世界を渡る正義の味方と人類最後のマスターの旅(仮題) (くれしぇんど)
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序章1 ガール・ミーツ・ボーイ

細々とゆっくり更新していきます。


赤黒い炎は町全体を飲み込むように激しく燃え盛り、丘の上の教会も激しい火の手に包まれていた。火の粉を全身に浴びながら、少女が少年に抱きかかえられている。彼女の体には所々痛々しい傷があり、少女の胸には深々と剣が突き刺さっていた。少年は必至に少女の名前を叫んでいる。

 

「セイバー、セイバーッ!!行かないでくれ…遠坂も、桜も、慎二も、一成も、藤ねえも皆いなくなっちゃたんだ。もう、誰もいないんだよ。セイバーまで失って、たった一人で俺は…」

 

「シロウ、貴方は強くなった。だから、私という剣がなくても大丈夫ですよ」

 

「強くなんかない。俺は結局何にも守れなかった。正義どころか、家族も日常も全部失ったどうしようもないマヌケだ。生きる価値なんて、ない」

 

少年がそう言うと少女は首を振って、吐血の跡が残るその小さな唇で必死に言葉をつむぐ

 

「リンもサクラも…私も、あなたに生きてほしいから命を投げ出したのです。どうか失った全てを糧にして生きてください」

 

そういって少女はせき込んで大きな血の塊を吐いた。顔を涙と鼻水でぐしょぐしょにした少年はこみ上げる嗚咽で一言も発することができなかった。

 

「最後に一つだけ」

 

少女はもう感覚のない体に力を入れ、死へと誘う耐え難い眠気を振り払い、苦しそうに体を持ちあげた。そして少年に軽い口づけをし、頬に流れる涙を優しく払う。

 

 

愛しています、シロウ。私はあなたに出会えて本当によかった。嗚呼、もし願いが叶うのなら、あなたの行く末を隣で見ていたかった―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人理継続保障機関フィニス・カルデア、そこで人類最後にして唯一のマスターであった私、藤丸立香がその称号を捨てることになったのは今から3カ月も前のことだ。特異点で出会い、類稀なレイシフト適性とマスターとして聖杯戦争を生き残った経験を持つ一人の男が第二のマスターとなったからだ。

 

彼の名は衛宮士郎。20歳ぐらいの青年で赤銅色に少し白髪が混じったような珍しい髪色をしている。その出自、特異点から逆召喚できるほどの異常なレイシフト適性、人理焼却を免れた理由など彼については未だカルデアの技術力を持ってもわからないことがたくさんある。私やドクターがそのことについて何度聞いてもうまい具合にはぐらかされてしまう。しかし彼は悪い人ではない、それどころかちょっと度を越したお人好しだというのがカルデア総員一致の見解だ。なんせ人類を救うというとてつもなく危険で重い使命を二つ返事で快く受け入れるぐらいだ。どうかしてるとしか思えない。彼がマスターになって早三カ月、私と彼とで解決した特異点は大小合わせれば両手の指じゃ足りないぐらいだ。初めこそ英霊やスタッフたちも疑惑の目を向けていたものも多かったが、彼はその評価をその実力と人柄とによって完全に払拭した。今では頼りになるマスターとして、皆から一目置かれている。勿論私もその一人だ。まぁ私は初めから彼を信用していたけど。今迄の旅ではそれこそ命の危機を含めていろいろなことがあったが、やはり彼と出会った時の衝撃はその中でも一段とすごいものだった。そう、あれは今のように何気なくベットに横になり、ぼんやりとしていた時の事だった――――――――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あの日私は淡いオレンジ色の光が満たす部屋の中で、羽毛の入った柔らかな枕に頭預けぼんやりとしていた。手足は度重なる疲労によってベットに沈み込んでピクリとも動かず、スプリングが優しく体を押し上げ、心地よい眠気が瞼を重くする。ついさっき中規模の特異点出の戦いを終えたばかり。久々のマイルームでぐっすりと体の疲れをいやしても文句は言われないはずだ。しかし、リラックスした肉体とは対照的に心は漠然とした不安に襲われていた。理由なんてない。特異点も無事に終わったし、疲れてるとはいえ体は大いに健康だ。だが、なんとなく何かとんでもないことが起きそうな予感がしていた。

 

「こういう時の私の勘ってなんかよくあたるんだよねー」

 

私はこれでもそれなりに絶望的な状況も死線も潜り抜けてきたつもりだし、それに多少ならずとも貢献してくれた自分の勘にはある程度の信頼を置いている。まぁ悪い時ほどよく当たるのだが。兎も角カルデアに帰ってきたばかりの今は思考がうまくまとまらない。大丈夫、万が一何か起こるにしても明日だろうし、ここには心強い英霊たちもスタッフもいる。そんなことを考えていたら次第にこの漠然とした不安よりも眠気が勝り、ますます体はベットに沈み込んでいく。

 

(そういえば帰ってきたときドクターやダヴィンチちゃん達がなんか騒がしかったけど…なんだったのかな?)

 

実は、あまりにも疲れていて、ドクター達には目もくれずマイルームに直行し、ベットに飛び込んで今に至っている。その時なんだか彼らが騒がしかった気もするのだがよく覚えていない。しかし、瞼はどんどん重くなり、ふと浮かんだ疑問について考える間もなく私の意識は眠りの底に沈んでいってしまった。しかし、その不安が現実になるのはそれからすぐの事であった。

 

どれくらい寝ていたのだろうか、意識がぼんやりと浮上し始めると遠くで虫の音が聞こえてきた。初夏の夜のような涼しい風が肌を撫でて、やわらかな刺激に軽く身じろぎする。カルデアで虫の声だなんて珍しいこともあるんだなとぼんやりと思っていると突然、ピチャと手が何か生暖かい液体に触れた感触がした。よくよく感じてみるとお腹のあたり温かく湿っている。

 

(え、うそ。私この年でおねしょした!?)

 

一気に頭から血の気が引く。風の心地よさもまどろむ眠気も一気に吹き飛んでしまった。顔が青くなる。そんなことはないと思っても、ベットで寝てる時にお腹辺りに感じる生暖かい水気なんておねしょ以外考えられない。おねしょなんて幼稚園以来だし、こんないい歳になっておねしょしたなんて知られたら英霊どころかマシュにも笑われるに違いない。そんなことになったら恥ずかしすぎてカルデアで生きていけない!!

 

「もう最悪!」

 

そう叫んで飛び起きた私の目に入ってきたのは変色したシーツでもマイルームの無機質な白い壁でもなく、視界一面を覆う満点の星空だった。思わず状況の不思議さを忘れて、その圧倒的な美しさに息をのむ。現代ではそうそうみられないほどの純粋で壮大な星空が広がっていた。一体それに何秒心を奪われたいたのだろうか。ふと我に返って視線を下におろした時、そこには血で赤く染まった手と血だまりがあった。

 

「え、何……これ」

 

驚愕と動揺で体が硬直する。いくら綺麗な星空に見とれてたからといって血だまりに気づかないなんて気が緩み過ぎていると言わざるを得ない。急いで辺りを見回すと、私のすぐ右に男の人がうつぶせに倒れていた。彼の腹には大きな裂傷があり、はみ出した臓器が辺りにまき散らされている。そこから止めどなく血が流れだしていた。間違いなく普通の人間ならば即死しているほどの大怪我であるが、その人は薄いながらも息をしていた。魔術だろうか、驚くべきことに傷も少しずつふさがりつつあった。硬直が解け、次第に生理的にこみ上がってきた吐き気を何とか堪えて、手当の必要性に思い立った私は、急いで魔術回路を起動させる。何度やってもなれない鋭い痛みと、回路の起動によるフィードバックでさらに激しさを増した吐き気をこらえながら治癒魔術を開始する。不思議なことに時が戻ったように生存不可能なはずの傷がが次々と塞がっていき、まき散らされた内臓もサーヴァントが消滅するときのように光にかえる。ものの15分ほどで完全に傷口は塞がってしまった。決して私の治癒魔術が魔法に域に達したとかそんなことはありえないし、ましてやサーヴァントでもない只の青年が人智を超えた回復力なんて持っているはずがない。

 

(そもそもどうしてこの人死にかけてるの…ってか誰!?私マイルームで寝たはずだよね!?というか、ここ、どこ!?)

 

おねしょ疑惑やら満天の星空やら突然の血だまりやら…あまりにも突飛で奇想天外な出来事が立て続けに起こって情報処理できていなかったが、明らかにここはマイルームでもカルデアでもない。さっきから腕の通信端末はまったくもって反応もしないし、マシュやほかの英霊とのつながりも感じられない。カルデアとのつながりを絶たれた可能性に思い当たり、不安と恐怖で冷や汗が一筋流れる。やっと回りだした思考も動揺した状態ではうまくまとまってくれない。

 

(明らかにここはカルデアじゃない。しかもこんなきれいな星空、現代って訳でもなさそうだし、また体ごと特異点に飛ばされた…?)

 

深呼吸を一つして心を鎮める。冷静になれ、私。辺りを遠くまで見回しても、辺りは建物どころか住居の明かりすら見えない一面の草原で、遠くの方には少し森が見える。草を撫でるように湿り気のない柔らかな風が流れている。先ほどから試しているものの、肌身離さずつけているリストバンド型の通信デバイスはこれっぽっちも応答してくれない。周囲を散策すべきだとは思うが、さっきまで内臓をぶちまけていた人を置いていくことはできなかった。いくら旅と突飛なことには慣れてるとはいえ、マシュもダヴィンチちゃんも他のサーヴァント達もいない状況で、異国の地にたった一人放り出されるとあってはさすがに寂しいし、怖くもなってくる。私は生来そんなに豪胆な人種でもなければ楽観主義者でもない。不安で涙がじんわりと浮かんでくるのは当然のことだ。今はドクターのあの明るい声音がとても恋しい。目をつぶったら、涙が数滴零れ落ちた。

 

「ドクター、マシュ、ダヴィンチちゃん…私、一人ぼっちでどうすれば―――――」

 

その時、ポスンと突然頭に優しい重さを感じた。そのまま頭をクシュクシュっと撫でられる。まるで小さい時お父さんに撫でられた時のように、大きな手を感じる。振り向くと、さっきまで意識がなかったはずの男の人が不慣れな手つきで私の頭をなでていた。私はしばらく撫でられるがままに身を任せた。

 

「落ち着いたか?」

 

彼はぶっきらぼうに、でも優しい声で言った。はい…とか細い声で返事をして目じりに残っていた涙をぬぐう。

 

「恥ずかしいとこ見せちゃいましたね。ごめんなさい」

 

「大丈夫だ。俺も…なんていうか、昔はよく怖い夢を見てじいさんにこうやって慰めてもらってたしな」

 

「あの、なんか、ありがとうございます」

 

「いや、お礼を言うのはこっちの方だ。もう少しで俺は死ぬところだった。命を救ってくれて、本当にありがとう」

 

そう言って彼は深く頭を下げた。私、大したことしてませんからと、ありきたりな科白を言ってこっちも頭を下げる。そのまま私は自己紹介をした。

 

「私は藤丸立香って言います。あの、わからないと思いますが、カルデアってところでマスターをしています」

 

「俺は衛宮士郎だ。色々あって今は世界を旅してまわっている。というか今マスターって言ってたけど、その手の甲の令呪といい、君は()()マスターなのか?」

 

「…っ!はい。サーヴァントと一緒に戦うマスターです。」

 

まさか士郎さんがマスターや令呪について知っているとは思わなかった。そのまま私はカルデアの事や、飛ばされる前の状況を簡単に話した。

 

「まいった。何十人もの英霊を従えて人類を救ったマスターとは…同じマスターでもへっぽこの俺なんかとは大違いだ」

 

「え、士郎さんもマスターだったんですか?」

 

「元、な。ずっと前聖杯戦争に巻き込まれて戦ったことがある」

 

まぁ結局負けたんけどなと言って士郎さんは不器用に笑った。あまりいい思い出ではなかったみたいで、少し気まずい雰囲気が流れる。

 

「えっと…士郎さんはどうしてここに?っていうかここはどこなんですか?」

 

「残念だけど俺にもわからないんだ。小一時間前に気が付いたらここより少し離れたとこで倒れてた。仕方なく歩き回ってたらいきなり―――――ッ!」

 

何かに気づいたいきなり士郎さんは声のボリュームを落とした。どうしたのか尋ねようとすると、彼は私の口を手でふさいだ。

 

「静かに、ゆっくりとそのまま伏せろ。どうやら囲まれてるみたいだ」

 

私は慌てて自分の口を塞いで息を殺す。思わぬ展開に心臓が早鐘を打ち始めた。士郎さんはそのまま立ち上がり、どこからか取り出した弓に剣のような矢をつがえた。

 

投影開始(トレース・オン)

 

英霊の宝具とは言わないまでも、それに匹敵するほどの大きな魔力が矢に込められていく。そして矢を限界まで引き絞ったところで膨大な魔力と共に放たれた。

 

赤原猟犬(フルンディング)

 

赤く輝く矢は目にもとまらぬ速さでまっすぐ飛んでいき、速度を落とさないで200mほど飛んだ後、急に爆発した。爆風で草原の草が一気になびく。私は驚嘆で思わずため息をついてしまった。異常な再生力や令呪を知ってたことから一般人ではないとは思っていたが、まさかここまで凄いなんて…

 

「悪いがここで伏せて待っててくれ。すぐに戻ってくる。それと、いつでも走れるよう準備をしといてくれ」

 

そう言うや否や彼は一気に駆けだした。見ると遠くの方から魔獣や悪霊の類が何十匹もこちらへ迫ってきていた。暗闇の中に目がうす青く光っている。辺りを見渡すと、いつの間にか全方位にかなりの数の不気味な青の光がが見えた。―――――――囲まれている。そう思うと、落ち着いたはずの恐怖が一気に湧き上がって、おもわず令呪の刻まれた手首を強く握りしめた。私は結局いくつもの特異点を超えても戦闘能力はほとんど普通の人と変わらないし、ましてや英霊などとは比べ物にならない。此処にはつねに一緒にいて守ってくれたマシュや英霊たちはいない。しかし、そんな思いは士郎さんを見てすぐに打ち破られることになった。

 

 

投影開始(トレース・オン)

 

いきなり彼の手に現れた双剣が走りくる魔獣ををざっくりと断ち切った。そのまま次々と魔獣を切り裂いていく。よだれを滴らせ次々にとびかかる魔獣に一切ひるむことなく冷静に一匹ずつ殺していく。瞬く間に前方にいた魔獣たちは物言わぬ肉塊と化した。

 

「今だ、立香!走れ!!」

 

士郎さんが叫ぶ。それを聞くや否や私は一心不乱に走り出していた。後ろからは沢山の獣の唸り声がする。前を見ると士郎さんは先ほど打った赤い矢をつがえていた。その矢は私が彼の横を通り過ぎると同時に音もなく放たれ、後方の魔獣を一掃した。その衝撃に魔獣たちが脚を止めると、士郎さんは私を抱き上げ、すごいスピードで前方の森の方へ駆け出した。突然のことで驚き、私は士郎さんの顔を見て言った。

 

「えっと…すごく恥ずかしいんですけど」

 

「悪い。出会ってすぐの変な男に抱きあげられるのは嫌だと思うけど、少しだけ辛抱してくれ」

 

男の人にお姫様抱っこで抱き上げられるなんて初めてで、自分の顔が紅潮しているのがわかる。それを知られまいと士郎さんからすぐ顔をそむけ、後方を見ると、魔獣達は見えなくなったいた。そのまま森に入り、しばらくしたら士郎さんは立ち止まって優しく私をおろした。

 

「どうやら撒いたみたいだな。怪我はないか?」

 

「おかげさまで無傷でした。本当にありがとうございます。というか士郎さんすっごく強いんですね」

 

「いや、そんなことはないぞ。サーヴァントに比べたら全然だし、人間でも俺より強い奴なんて沢山いる」

 

「でもほんとにすごいですよ!!マスターなのにあんなに戦えるなんて、同じマスターとして尊敬します」

 

「あー、そんなことよりその腕の機械、なんか光ってるぞ」

 

すこし照れて顔を背けた士郎さんに言われて、腕の連絡端末を見るとカルデアからの着信が届いていた。安心して、ため息が口から洩れる。

 

「よかったぁ…」

 

「そいつでカルデアってとことの連絡ができるのか?」

 

「はい。ついでに私のバイタルチェックと存在証明も同時にやってくれてるそうです」

 

「凄いな。一体どんな魔術なのか想像もつかない」

 

「私もです。あ、いま繋いでみますね」

 

そういって青く光るバンドのスイッチを押す。案の定、すぐに心配性なドクターの焦った声が聞こえてきた。後ろの方でマシュやダヴィンチちゃんの声も聞こえてくる。

 

「藤丸君!!大丈夫なのかい!?いきなりマイルームで反応がロストしたんだけど今どこにいるんだい?そもそも一体全体何が起こったんだ!?」

 

「落ち着いてドクター。私はこの通り大丈夫。ここがどこかはよくわからないけど、空に光帯があるしどこかの特異点みたい」

 

「ああよかったぁ。マシュやレオナルドも心配してるたよ。今ラインの構築をするからちょっと待っててね」

 

そう言うと管制室のあわただしい声が聞こえてきた。ドクターから代わったらしいマシュに大丈夫だよと言って現状を説明する。そうこうしているうちにラインがつながったようで、ドクターの立体映像が端末より映し出された。

 

「藤丸君のすぐ横に人間らしき生体反応が検知されてるんだけど、そこにいる君は誰だい?」

 

「俺は衛宮士郎。訳合ってこの世界に流れ着いて、立香に命を救われた者だ」

 

「流れ着いた!?ここは特異点だぞ!人理が焼却されている今、普通の人間がだどりつけるわけがない!」

 

「あー、いろいろあるんだ。できれば流してくれると助かる。」

 

「そういうわけにはいかないぞ。君が何者かわからなければ藤丸君の安全が保障できない」

 

「ドクター。士郎さんは私の命を救ってくれた。悪い人なんかじゃないよ」

 

「まぁ…藤丸君が言うならとりあえずは信じるけど…くれぐれも気を付けるんだよ」

 

そういうとドクターはまた作業に戻ったみたいで声は聞こえなくなった。

 

「すっごく心配してくれてる。いい人だな」

 

「ちょっぴりヘタレだけどすっごく頼りになるんですよ」

 

端末からブフォとドクターが照れてコーヒーを吹き出し、ダヴィンチちゃんがからかう声が聞こえてきた。私も士郎さんも思わず微笑んでしまう。

 

「けほっ…ああ、やっと座標が特定できた。とりあえずマシュをそっちへレイシフトさせるよ。暫くかかるから今日はそこで気を付けて待機しててほしい」

 

確かに今は夜で、辺りは森故に真っ暗だ。気温も少し肌寒い。すると士郎さんが適当な木の枝を集めて火を起こしてくれた。パチパチと焚き木が建てる音が心地よい。温かい火にあたりながら、ぽつりぽつりと暇つぶしにと今までの聖杯探索についての話をする。士郎さんはずっとこっちを見てすごく真剣に聞いてくれた。まだ出会って数時間のはずなのに、もう気を許してしまっている自分がいる。次第に緊張が解けたからなのか、温かさに包まれて眠気が襲ってきた。

 

(このままこの緩やかな時間がずっと続けばいいな)

 

なんて思いながら私は眠りについた。



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序章2 第二のマスターの誕生

全然内容が進んでないんですが、このままあと数話ほど序章=日常編をはさんで本編に入ります。あらすじ詐欺で申し訳ないですがあと少しお付き合いください。


「おはようございます。先輩。相変わらずねぼすけさんですね」

 

そんな声で目が覚める。まだ重い瞼を上げると可愛い後輩が私をのぞき込んでいた。

 

「おはよう。マシュ」

 

私も挨拶をして軽く体を伸ばす。地面で寝てしまったからか、体が少し痛い。士郎さんと話していたらいつの間にか寝落ちしてしまったみたいだ。なぜか私の体には、特異点にあるはずのない薄めの毛布が掛けられていた。

不思議に思い士郎さんを探して辺りに目を走らせても彼の姿が見えない。

 

 

「あれ、士郎さんは?」

 

「今、近くの小川で水を汲んできてもらっています。さきほど衛宮さんとお話ししたのですが、すごく親切で素敵な方ですね」

 

「やっぱマシュもそう思うよね!でも一体何者なんだろう」

 

「実は、衛宮さんはカルデアの解析でも魔力反応すらほとんど検知されなくて、ドクターによると先輩と私の目を通して辛うじて観測できるようなちょっと変な存在らしいです」

 

ますます疑問が尽きない。1950年に完成したらしいカルデアの発明の一つ。事象記録電脳魔ラプラスの観測をはねのけてきたモノは、今迄の旅でもそれこそ魔術王や聖杯を持つ魔神柱など規格外の存在しかいなかった。ただの魔術師であるはずの士郎さんがそんな存在であるわけがない。彼がもしも魔神柱だったとしても、魔獣に囲まれた私を助けたのは道理に合わない。そのまま見殺しにしていればグランドオーダーは終了し、人理の焼却は確実なものとなっていただろう。

 

「そもそもあんな何もないところで大怪我をしてたおれている時点でなんだかおかしいよね」

 

士郎さんがそこらの魔獣にはやられそうもないほど強いのは知っているし、あんな普通なら即死するような怪我を負うようなことがそうそうあるとも思えない。異常な傷の回復力といい、一夜明けて考えてみると、士郎さんがどれほどおかしな存在であるかがわかってきた。マシュやドクターに話してみても、二人とも彼については全然わからないと言う。そうこうしているうちに士郎さんが水くみから戻ってきたみたいで、落ちた木の枝を踏む足音が聞こえてきた。とにかく彼が悪い人ではないのはわかるから、今は保留ということで一応の結論を出すことになった。士郎さんに目をやると水の入ったバケツと共に矢の刺さった野兎を二匹連れていた。士郎さんは私に気づくと軽く手を振る。

 

「お、立香。起きてたのか」

 

「おはようございます。それは…野兎ですか?」

 

「ああ。水を汲んでたらちょうどいいとこに出てきたからな。矢をつがえてこう…びゅっとな」

 

そう言って矢を射る振りをする。ウサギを地面におろした士郎さんはどこからか包丁を取り出すと、慣れた手つきでウサギの毛皮を剥ぎ、下ろし始めた。いつの間にか昨日の焚火には火がつけてあって、水を温めている。あっという間にウサギを下し終わった彼は、持っていたバッグの中から香草らしい何かを取り出してウサギと一緒に揉み始めた。あまりの手際の良さに、思わずマシュと顔を見合わせる。

 

「先輩…これは…」

 

「凄い…タマモキャットやブーティカさんにも劣らない手際の良さ。いや、ひょっとすると二人以上かも…」

 

「ぜひともカルデアキッチンに欲しい所ですね」

 

実はここ最近英霊が増えてキッチンの料理の供給が追い付いていない状況だったのだ。娯楽の少ないカルデアにおいて食事はスタッフと英霊双方にとってのありがたい娯楽である。段々とかぐわしいスパイスの香りが鼻腔をくすぐりはじめ、昨日から何も入っていなかったお腹が鳴った。それを聞いた士郎さんは少し笑って

 

「もうすぐできるから、お腹がすいてるならこれでも食っててくれ」

 

と言って私とマシュに一個づつリンゴのような果実を投げた。お礼を言ってそれにかじりつくと、シャリっと子気味良い音を立てながら果汁が口内を潤す。果実を食べ終わったころにはウサギは焼き上がっていて、先ほどよりもさらに香ばしい香りに食欲が一段とましてくる。思わず垂れてきた涎を拭い、苦笑した衛宮さんが出来たぞといい終わるや否や、私とマシュはウサギにかぶりついていた。パリパリとした皮と対照的に、肉は鳥のもも肉よりも柔らかく、噛むたびに迸る肉汁と共に先ほどから漂ってきていたスパイスの香りがこれでもかというほど私の口内を蹂躙する。控えめに言って衝撃的な美味しさだ。隣りを見るとマシュも幸せそうな顔で肉をほおばっている。

 

「あぁ…先輩。特異点でこんな料理が食べられるなんて…私、生きててよかったです」

 

「ふぉんとおいしひゅぎる…ひぃあわふぇぇ」

 

「おいおい、食べながらしゃべると行儀悪いって習っただろ。でもそんなに美味しそうに食べてくれるなんて料理人冥利に尽きるよ」

 

士郎さんはゆっくりと肉を食べながら嬉しそうに顔をほころばせた。

 

結局私達はものの数分で食べ終わってしまった。その後に簡単にドクターとダヴィンチちゃんから現状についての情報を聞いた。士郎さんとマシュは私が寝ている間にすでに聞いていたらしくて、もう食事の片づけを始めている。その情報によると、この特異点は聖杯はおろか魔神柱すらかかわっていない極小の特異点で、ドクター曰くどうして特異点化したかも分からないほどの規模らしい。また、私がここまで飛ばされた理由もわからないそうだ。特異点の中心はここからそう離れていない洞穴で、そこでは多少大型の魔獣の生体反応が検知されているという。

 

数十分後、出立の準備を終えた私たちは色々なことを話しながら目的の洞穴に向けてゆっくりと歩きだした。今迄解決した特異点での出会いと別れ。命を懸けた戦い。召喚し、絆を結んだ英霊たちのこと。そして私たちのカルデアの日常について。私もマシュもそこまで話が上手い方でもないのだが、士郎さんは時々合いの手をはさみながら真剣に聞いてくれたので、ついつい話に熱が入ってしまった。だが、最初の特異点、冬木の話をした時に、一度だけ士郎さんの顔が苦しそうにゆがんだことがあった。もしかしたら彼自身があの冬木と何か関係があるのかもしれないが、私達がいろいろと質問しても、士郎さんは自身のことについてはほとんどはぐらかし、聞くことはできなかった。また、彼がこの特異点にいた状況を聞いてみても、意識を失って気が付けば倒れていたなんて、なんだか疑わしいことを話しただけだった。それでも士郎さんとの話は楽しいもので、そうこうしているうちに、あっという間に目的地の洞穴に到着していた。途中時々魔獣の小さな群れに遭遇するだけで、ほとんど戦闘らしい戦闘もなく、びっくりするほど順調についてしまっていた。そのまま洞穴の中に入ってみても、ドクターが言っていたように多少大型の魔獣がいるだけで、マシュと士郎さんがあっさり制圧してしまう。

 

「なんだかすごくあっけなく終わったね」

 

「そうですね。今までの特異点でもこんなにあっさり終わったのはないかもしれません」

 

「これで特異点とやらの原因は解消できたんだろ?これからどうなるんだ?」

 

士郎さんがそういうのを聞いて、私はあることを完全に失念していたのに気づく。そう、士郎さんは特異点が崩壊した後どうなるのかということだ。この特異点は人が住んでいる様子も見受けられないし、おそらくはこのまま只の何もない平原に戻る。そうなると他の世界から流れ着いたらしい士郎さんは一体どうなるのか。ひょっとしたらこのまま、特異点とともに消えてしまうのではないか。そんな嫌な想像が私の頭をよぎった。

 

「私たちはこのままカルデアにレイシフトして戻るんですけど…」

 

「そういえば…衛宮さんはどうなるのでしょうか?」

 

私と同じことに思い至ったらしいマシュが心配そうに士郎さんの顔を見る。士郎さんは表情を特に変えず沈黙を貫いている。するとドクターから通信が入った。

 

「確かに、彼が並行世界の漂流者で、偶々この特異点に迷い込んでしまったのならどうなるかはわからない。最悪、すでに崩壊が始まっているこの特異点ともに消滅してしまう可能性もある…」

 

最悪なことに私の想像通りになる可能性が浮上してきた。

 

「嘘っ…なにか、何とかする方法はないの!?」

 

「例えば、私たちのようにカルデアにレイシフトしてもらうっていうのはできないのでしょうか」

 

「残念ながらそれができる可能性は極めて低い。彼はカルデアの人間ではないし、藤丸君たちのように量子化されてレイシフトしたわけでもない、生身の存在だ。英霊たちのように召喚することもでいないんだ。そもそも、レイシフトを行うには適性がいる」

 

「で、でもここに飛んできた私や冬木での所長のように生身で跳んだ例はあるでしょ!」

 

私は必死に叫ぶ。だが、立体映像のドクターは悲しそうに首を振った。

 

「君も所長も共にカルデアスを通してこちらから飛んでいる。それも極めて高いレイシフト適性を有していて、だ。特異点からこちらに引き寄せるような逆のレイシフトも、所長のように存在が極めて曖昧な場合は可能かもしれないけど…わ、何をするんだいレオナルド!」

 

いきなりドクターの立体映像が乱れ、ドクターを押しのけてダヴィンチちゃんが映し出された。心なしかすごく興奮しているように見える。

 

「いやー、すごいね!世界最高の天才である私もこれには驚いたよ。なんとそこの彼、調べてみるとレイシフト適性が異常な数値を持ってるね。しかも、ラプラスの観測上は存在と非存在が重ね合わさってる、いわば虚数存在というべきものみたいだ。つまり、なんと都合のいいことにに逆レイシフトが成功しうる条件がぴったりあってるってことさ!!」

 

ますます驚かされた。嬉しい事なのだが、こんな都合よく行くものなのかと訝しむ。それでも嬉しくてつい口角が上がってしまう。隣りを見るとマシュも同じ気持ちらしい。二人で士郎さんの顔を見る。しかし、その表情はまだ変わっていなかった。暫く沈黙の後、彼が口を開いた。

 

「俺なんかが行っても大丈夫なのか?そっちは人理を救う戦いをしているんだろう。自分で言うのもあれだが、こんな得体の知れない男を招くのは危ないだろ」

 

それを聞くや否や端末からダヴィンチちゃんの声が聞こえてきた。

 

「その点に関しては問題ないね。ここには強力な英霊がたくさんいるし、君が何者であっても彼ら全員を相手にして勝てることはありえないだろう?それに、大丈夫だとは思うが来るなら最初は監視をつけさせてもらうしね。それよりもマスターとしての戦闘経験や、モニター越しでも伝わってくるその料理の腕といい、ぜひともカルデアに来てほしい人材だよ」

 

私やマシュもそれに同意して言う。

 

「もし士郎さんが一緒に戦ってくれたらとても心強いし、頼りになる。でも、人理修復はきつい戦いだし、人類全員を救うっていうプレッシャーもかかる。だから、戦わずにただ来てくれるだけでもいいから!」

 

「はい。私としても是非カルデアであの料理をまたいただきたいものです」

 

それを聞いていた士郎さんは暫く黙っていたが、ゆっくり口を開いて

 

「なら、未熟者だがよろしく頼む。そっちがいいならサポートもマスターとしての戦闘も勿論行うよ。個人的に、人を救うための戦いってのはなんだが惹かれるしな」

 

と言ってにっこりと笑った。

 

 

 

 

―—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

それ以来、衛宮さんは第二のマスターとして私達のカルデアの一員となった。

そして今ではマスターとしても、料理人としても絶対に欠かせないメンバーとなったいる。ついでにだらけがちな私の生活態度を正してくれる、しっかり者のお兄ちゃんみたいな存在だ。ちびっこサーヴァント達もみんななついているし、士郎さんからはなんだか甘えてしまうフェロモンみたいななんかが出ているのだろう。でも顔はまだ少し幼さを残しているし、時々天然なのかポカをやらかすので、なんだか親しみがわく。それもあってかマシュも今では衛宮先輩と呼んでいるし、私も自然とため口になってしまった。

 

お兄ちゃんといえば、いつだったか彼と魔法少女のイリヤとクロとあとアイリさんとの間でちょっといろいろあったんだっけ。クロとアイリさんに迫られてたじたじな士郎さんはとっても面白かった。他にも女性サーヴァント達に花嫁修業をつけたり、ケルト集団に強制的に修行つけさせられたり、BBちゃんに軽い調子で絡まれてたらものすごく戸惑ってたり、パッションリップとメルトリリスを見て死ぬほど驚いていたり――――――

 

 

色々と思い出していたらコンコンと二度、マイルームのドアがノックされた。

時計を見るといつの間にか7時を回っている。ああ、そろそろ晩御飯の時間だ。

 

「立香ー、ご飯だぞ」

 

士郎さんの呼ぶ声が聞こえる。私は元気に返事をしてベットから飛び起きる。パブロフの犬もさながらにもうよだれが出てきてしまう。一体今日のメニューはなんだろうか。私はスキップしながらマイルームを出て、食堂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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本編1 新しいグランドオーダーの始まり

遅くなってすみません。ちょっ色々考えたところ、誠に勝手ながら予告した序章の日常編は飛ばして、本編を先にどんどん投稿することにしました。序章は本編の合間合間に投稿していこうと思います。




――――――――――――――――――――そこは、廃墟だった。

 

かつての文明の輝きは今は見る影もなく、方々の家々から黒煙が立ち上る。

辺りには人肉の腐臭と、それを上回るほど濃い血の匂いが漂っていた。

 

そこは、嘗て世界で最も繁栄した都市であった。人々は理知的で、文芸は栄え、堅牢な城壁は一度も破られたことはなかった。

都市の中央には巨大な劇場があり、それを囲む町並みの美しさは正に帝国の繁栄そのものを表していた。

伝統を重んじ、知性と芸術を愛するこの帝国は、遠い昔ある独りの賢帝のもと、広大な領域を支配していた。

 

しかし、今や侵略者が街を我が物顔で闊歩し、略奪と破壊、殺戮と陵辱が繰り返されている。あちこちで女子供の悲鳴と絶叫が聞こえ、賊の下卑た嗤い声が繰り返される。

男たちはほとんどが殺され、死体は道端に捨てられる。女や子供はひたすらに陵辱された後、遠い異国の地に奴隷として売り飛ばされるのだろう。

もはやその都市には知性の輝きも伝統の美しさもなく、只野蛮と強欲が蔓延るのみ。かつての繁栄は見る影もない。

 

ある一人の男が、その街を眺めていた。彼は怒りに肩を震わせ、指先から血がにじむほど拳を握りしめている。

只、自分の故郷が崩壊していく有様を見ていることしかできない。もどかしさと己の無力さに慟哭する。

 

こんな屈辱はない。野蛮な屑共に全てが壊されていく様子は、彼にとって自分の妻や子息を殺されることよりもはるかに耐え難い苦しみであった。

蛮族どもは神の名のもとに、その薄汚い強欲さで以て我らが帝都に踏み入り、残虐の限りを尽くし、あまつさえ奴らの帝国を建て支配者を自称した。

 

嗚呼、こんな絶望はない。我らが偉大なる帝国が、このような結末を迎えるなど断じて―――――断じて認められない!!!

男は決意した。どんな手段を使ってもこの結末を回避し、かの塵どもの血と肉によってこの陵辱を贖うと。

 

だから、彼はその誘いを承諾した。彼はそれが悪魔からの誘いであると百も承知していた。神の血を受けた杯が万能の願望器であるなど、せめてもっとましな嘘を用意しろというものだ。

だが、神を冒涜したとしても、悪魔に魂を売り渡しても、この屈辱は晴らさねばならない。こんな結末は、否定されねばならない。

 

 

――――――聖杯を此処へ、帝国(ローマ)は我が手によって今より完全にして、永遠となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎はカルデアの廊下を歩いていた。その顔は心なしか少し不機嫌そうである。

いくら彼とは言え、ベットの中で微睡んでいた時に突然の緊急招集がかかって無理やり起こされたのだから、当然不機嫌にもなるだろう。因みに現在の時刻は午前3時である。

暫く歩いた後、ある部屋の前で立ち止まった。そこは彼ではないもう一人のマスターの部屋であり、彼女はカルデア一の寝坊助かつ遅刻常習犯である。

立花は間違いなくまだ夢の中だろう。そう確信した士郎はマイルームに音もなく入ると、大股でベッドの方に歩いていく。やはりというべきか、立香は毛布に包まり、すやすやと幸せそうな寝息を立てている。士郎にとっては飛び起きるような大きな音で召集はかかったはずなのだが…

 

「はぁ…」

 

ため息を一つついた後、士郎はガッと布団の角を掴み、ありったけの力を込めてそれを引きはがした。

布団が剥がされた勢いで、立香はベッドから転がり落ち、ゴツンと鈍い音を立てて床に転落した。

 

「いったぁ…だれぇ?」

 

立香がぼんやりしたと目を開けてみると、そこにはマイルームの冷蔵庫でよく冷えたミルクを持った士郎が仁王立ちしていた。

 

「緊急招集だぞ。これでも飲んで目を覚ませ」

 

そういって士郎が差し出したミルクを一気に飲み干すと大分意識がはっきりとしてきた。

立香が頬を膨らませ言う。

 

「もう…いくら私が朝が弱いからってそんな乱暴に起こさなくてもいいじゃん」

 

「それくらいしないと立香は起きないからな。当然の処置だ」

 

そういって士郎は毛布を畳む。一方の立香はまだ痛む頭をさすっていた。

 

「ほら、いい加減目が覚めてきただろ。ほら、ドクターのとこに急ぐぞ。またこの前みたいにマシュに怒られてもいいのか」

 

「いいし、怒ってるマシュも可愛いもん…」

 

「この馬鹿。いいからさっさと着替えろ」

 

立香は渋々といったように着替え始め、その間士郎は見ないように顔を背けながらベットを整える。

数分後には彼女は支度を終え、二人はドクターのもとに着いていた。呼び出しがかかって12分。ギリギリ遅刻は免れたようだ。

見ると、すでにマシュやドクター、ダヴィンチちゃんをはじめとする幾人かのサーヴァントがいた。しかし、皆、険しい顔をしている。

立香達が声をかけようか迷っていると、マシュがこちらに気づいた。

 

「先輩、衛宮先輩、おはようございます。どうやら突然新しい特異点が観測されたようです」

 

「ん、士郎君に立香君か。ちょうどいい。これを見てくれ」

 

そういってロマニは二人の前のモニターを何やら操作する。するとカルデアスが観測したヨーロッパ大陸の地図が表示された。

大陸を囲む大西洋はそのほとんどが解析不可(UNKNOWN)の文字で埋め尽くされており、一方の大陸はほとんどが赤く染まっていた。ただ一つ、大陸とドーバー海峡にて隔てられたブリテン島を除いて。

たが、よく見ればブリテン島も海岸の方から内陸にかけ、いくつか赤い斑点が見受けられる。

 

「これが今回突然観測された特異点だよ。時代は紀元後5世紀前半ごろ、場所は見ての通りヨーロッパで、かなり大規模な物になっている」

 

そう言うとロマニは地図の端を指さした。

 

「しかもこの特異点は今現在も東に向かって拡大を続けている。観測されたときは地中海周辺だけだった特異点は、今やイランを越え、インダス川に迫る勢いで広がっているんだ」

 

「わかりやすく言えば、かのアレキサンドロス大王の支配領域に迫るほどの広大な特異点となっているんだよね。いやぁ、もはやこれは特異点という言葉では言い表せない規模だね」

 

と引き継いだダヴィンチちゃんが言った。それを聞いた立香は驚きで目を見開く。

すでにカルデアは今迄第五特異点まで解決しており、後は第六第七を残すのみとなっているが、その中でもここまでの巨大なものは今までになかった。

しかも、一般的に特異点にはそれを引き起こしたある原因が存在していて、その存在が強く影響を与えている地域が特異点として変化する。

例えば第一特異点の場合なら、元凶はジル・ド・レェであり、特異点の範囲は百年戦争の舞台であるフランス王国国内に限られていた。

 

その法則で考えるとすれば、この巨大な特異点が示していることは、この広範な領域を支配下に置いているほどの人物がこの特異点の元凶であるということである。

聖杯探索においてその人物と衝突するのはおそらく避けられないだろう。となれば私たちはこの規模の大帝国を相手に戦わなきゃいけなくなるかもしれない―――――

そこまで考え、立香はごくりと唾を飲み込んだ。するとずっと黙っていた士郎がおもむろに画面のある一部を指さした。

 

「なぁ、此処はどうして赤く染まっていないんだ?」

 

彼が指さしたのは見える範囲でただ一つ白色で示された地域。ブリテン島だ。

 

「残念ながら現状では観測することができないんだ。そもそもこの特異点全体に一切の魔術的干渉を封じる強力な結界が張られている。これもかつてない規模の対魔術防壁だよ。

只、唯一結界が弱く、レイシシフトが可能である地域が今士郎君が指してくれたブリテン島だね」

 

「つまり、此処だけが唯一この特異点の侵攻を押しとどめてるってことなのか?」

 

「それはわからない。けどその可能性は高いと思う」

 

士郎はそうかとだけ言うと、また何かを考えるように黙り込んでしまった。

するとダヴィンチちゃんは二回手をたたいて全員の視線を集め言った。

 

「ということで今から二人にはこの島にレイシフトしてもらう。拡大する特異点も、この島でなにが起きてるのかも、結局は着いてからじゃなきゃわからない。謂わば行ってみてのお楽しみってことさ。

今回は先ほどロマニが言った防壁のせいで4人までしかレイシフトができない。リツカちゃんと衛宮君とマシュで三人として、あとの一人はどうしようか」

 

「あたしがいく。その辺の地理にはだれよりも詳しい自信があるし、敵はおそらくは()()()()なんでしょ」

 

立ち上がって声を上げたのはブーティカだった。彼女はかつてケルトの女王として幾度もブリテンにてローマと戦った英雄であり、自身で言った通り間違いなくこの地域には一番詳しいだろう。

それに彼女が言うように時代は5世紀のヨーロッパには風前の灯火でありながらも西ローマ帝国が依然として存在しており、このような大帝国を築き得る国家といえばかのローマ帝国以外考えにくい。

最高責任者であるロマニはしばらく考えた後、頷いた。

 

「んん…そうだね、キミに任せるのが一番だろう。二人のことをよろしく頼むよ。防壁があるとはいえ、サークルが確立できればもう数人はサーヴァントたちを送れるはずだ。とりあえずはある程度の龍脈に接続できると拠点の確保を目標に動いて欲しい。じゃあ」

 

その言葉を皮切りに職員たちがレイシフトの準備に動き出した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

四人と、いつも通りいつの間にかついてきてしまっていた一匹がレイシフトした場所では見渡す限り小高い緑の丘が広がっていた。一部の丘では岩が露出していて、葉の少ない木が点々と生えていた。

一見のどかな風景が広がっているように思えるが、丘のあちこちで黒煙が上がっており、血がこびりついた多数の防具や武具が転がっている。

わずか数時間前にかなり大規模な戦闘があったようだ。しかしいくら見渡しても人の気配はおろか、死体さえ一切見つからない。

 

「不思議ですね、これだけの戦闘の痕跡があるのに一切人がいません」

 

マシュが不思議そうにつぶやいた。他の三人も武器を手に取ったり、踏まれ乱れた旗を調べてみたりするもののまるで()()()()()()()()()()()()()()かのように打ち捨てられているようにしか思えなかった。

 

「それにしてもひどい有様だな。ここらに落ちている武器だけでも500は下らない。それに、落ちている二種類の防具の片方。ブーティカの予想通りローマ兵の物だ」

 

ブーティカは固くこぶしを握り締め、歯を食いしばっている。この光景は彼女のかつての故郷での記憶を強く呼び覚ます。

ローマ兵に蹂躙され、陵辱された絶望の記憶だ。彼女は足元にあった兜を強く蹴り飛ばした。そして、過去を振り切るかのように軽く頭を振って言う。

 

「二手に分かれて周辺を見て回りましょう。こんな戦場を見てもなにも得ることなんてないし、まだこの近くに生きている人がいるかもしれないわ」

 

それを聞いてうなずいた一行は士郎とブーティカ、マシュと立香に分かれ、日が暮れる前まで生存者を探しながら情報を収集することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎とブーティカは丘をこえ、鬱蒼としたくらい森の中を歩いていた。結局丘はひたすら持ち主が消えた武具や防具たちが転がっているだけで、一人として人を見つけることができなかった。

だが、その間にドクターたちが解析していくつかの情報と士郎が武器を解析した結果、この特異点は435年のブリテンで、攻め込んできているのはローマ帝国の兵だった。やはり拡大する特異点の原因はローマであり、それをとどめているのがブリテンの王国であった。だがこの時代のブリテンは混乱期に当たり、残された文献はほとんどない。一説にはこの時代にブリテンを統治したのがかの伝説に名高いアーサー王と円卓の騎士たちといわれているが、真偽のほどは明らかではない。いずれにせよ世界を飲み込まんばかりい膨張を続ける帝国を水際で押しとどめているこの国には強力な騎士たちがいるのだろう。

 

しばらく歩いて探してみると、枯葉の上に二人分のまだ新しい足跡を発見した。足跡はまっすぐ森の中央へ続いている。

二人が奥へ進むたび森はますます薄暗くなってゆく。ドクターのナヴィゲーションと土地勘のあるブーティカがいなければ、足跡を見失って間違いなく迷っていただろう。

 

「敵から身を隠す拠点を作るにはまさに最適な場所だな」

 

「あたしたちもアイツらを奇襲した時はよくこんな感じの森にキャンプ地を置いたものよ」

 

ふと士郎が足を止めて尋ねた。

 

「そういえばブーティカは一体何のために今回の旅をについてきてくれたんだ?やっぱり復讐…なのか?」

 

「ううん。復讐は私の生きている時代の話。やっぱりローマは憎いけど結局は負けてしまった私が出る幕なんかない。ただブリテンが、私の子供たちが困っていて、その相手がローマだったから居ても立っても居られなくなっちゃったってだけ。私はこの島が大好きだもの。この地から生まれた英霊として助けないわけにはいかないわ」

 

そういうとブーティカは屈託のない笑みを向けた。

 

「それを言うなら士郎も何かこの地に思い入れがあるんでしょ?」

 

予期していなかった質問を受け、士郎は一瞬固まる。

 

「なんか俺、変に顔に出ていたか?」

 

「いや、これは…そうだね…所謂母親としての勘ってやつかな。なんかここに来てからずっとそわそわしているというか、誰かに会うのを望んでいるんだけど合わせる顔がなくてどうしようか悩んでる…みたいな?」

 

「またえらくピンポイントだな…」

 

当たってるでしょ?っと聞いてくるブーティカに気のせいだと返す士郎の心臓は、心境が完全に見抜かれたことでバクバクと鼓動を速めていた。

彼はここ来た時からある強い気配を感じていた。立った一画分だけのこった令呪の痕がずっと疼いている。それがかつて契約していたセイバーの物だということもなんとなく確信が持てていた。

だからこそ、おそらくは何も覚えていないそのセイバーとの予期せぬ再会の可能性に大いに戸惑っていたのだ。まさかそれを完全に読まれることになるとは思いもしなかったが。

 

「まぁそういうことにしておいてあげる。幸い他は誰も気づいてなかったみたいだし、黙っててほしかったら今度新しい和食のレシピ教えてよね」

 

「ぐ…了解だ」

 

「あ、待って。あれって小屋の明かりだよね」

 

遠くの方にぼんやりと光が見える。士郎が千里眼で強化してみてみると、それは粗末な木の小屋で申し訳程度の窓と扉のほかに一切の装飾が付いていなかった。

よく窓から中を覗いてみると、だれかが部屋の中で横になっている。

 

「あの小屋の中に倒れている人がいる。俺が先に見てくるからブーティカは後から来てくれ」

 

「え!?あ、ちょっと!!」

 

そういうや否やブーティカの返答も聞かずに士郎は脚を強化し、一気に駆けだした。

ものの数秒で小屋の入り口に着いた士郎は、中にいる人を驚かさないようにそっと扉を開けた。

木がきしむ音がして開いた扉の先には、腕に包帯を巻き、甲冑を身にまとった少女が横になっていた。

 

「随分と早く戻ってきたのですね。ベディヴィエール卿――――――ッ!?」

 

顔を上げ、驚きに目を見開いた少女と視線が合う。彼女の瞳は透き通った美しい翡翠の色をしていた。それは、まさしく士郎が嘗て何度も目でおってしまい、長い年月の間ずっと焦がれ続けていたあの瞳だった。

薄暗い森の木々の葉の間から一筋の日の光が士郎を後ろから照らす。差し込んだ光の中、二人が向かい合うその光景は、奇しくもあの運命の夜のようで、士郎の目から頬へと一筋の涙が伝った。

 

 

 

 

 

 




伝説上のアーサー王物語の舞台となった時代は諸説ありますし、そもそもアーサー王が統治した王国は現実には存在しないとされていますが、この二次小説では5世紀前半に存在した古代ブリトン人の実在の王国だとして扱わせてもらいますのでよろしくお願いします。


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