3つの正義は表に賭ける (ミネラル・ウィンター)
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第壱話
魔職。の方は活動報告に詳しく書きます
普通の道から外れた場所にある
そんな路地裏に1人男が入っていった。
男は周りをキョロキョロと見回しながら、警戒して路地裏を進んでいった。
足どりからこの男はこんな所には来たことがない、表の住人だという事が分かる。
しばらくして、男は目的の場所にたどり着いた。
その建物は築10年弱の新しくもなければ古すぎるという事もないものだ。外見はパッと見では普通に見える。
だが1つだけ、おかしい所があった。
この建物の入り口には一枚の張り紙がある。その張り紙には手書きで『殺し屋やってます』と、消して上手いとは言えない字で書かれていた。
「こ、ここか・・・!」
男は緊張から
その建物は入り口からすぐに階段になっており、薄暗い通路が上にと続いている。
「おっと、ちょいと待ってくれねぇか?にいちゃん」
階段に足を掛けようとしたその時。突然、男の声が聞こえた。
急に聞こえてきた人の声にビックリし、反射的にその声の主を探す。だが、辺りに人は1人もいない。
声が聞こえたハズなのに姿は見えない。その不気味な事実がさらに恐怖を
「ここだよ、ここ」
1人で恐怖していると、再び声が聞こえた。
そして、次の瞬間。男が入り口の
「こ、"
「おっと、俺をあの人達と一緒にしてもらっちゃ困るな。俺はただの受付。"レイド"ってもんだ」
この力を使える人間は必ず先天的なもので誰でも使えるという訳ではなく、一部の人間だけが言霊を使う事が出来る。
そして言霊を使える者達を言霊使いと呼んでいる。
コンクリートの壁から男が出てくるという超常現象。これは彼の言霊の力によるものだ。
今現在、言霊使いが生まれるのは3000人に1人の確率だ。
言霊という力が発見されてから50年。その時から超特急で研究が進められているが、未だに解明には至らず。判明できた事は少ない。
レイドと名乗った男の斜め後ろには『
そしてその文字は数秒すると、空気に溶け込むように消えて
「にいちゃん。ここに来たって事は"
「っ!そ、そうだ!彼らに依頼があってきたんだ!」
「よし、わかった。あの人達は上にいる。依頼は直接頼むぜ。だが・・・あの人達に会う前に1つ、注意事項がある」
「ち、注意事項?」
先ほどまで作り笑いで話していたレイドから笑顔が消える。それはその注意事項がとても大切なものなのだと悟らせる。男は思わず2回目の生唾を呑んだ。
「・・・お前、女に手を上げた事はあるか?」
「・・・は?」
真剣な表情で、レイドはよく分からない質問をした。一体そんな事を聞いてどうしようというのか。
心理テストのようなものなのか。彼らのような裏の住人が知る暗号か。
「そ、そんな事を聞く必要があるのか?」
「いいから答えろ。過去一度でも女に手を上げた事はあるか?」
レイドの表情は真剣だった。
だが、質問の意図は何度考えてもわからない。
「答えろ」と言ったレイドの
つい数週間前の事だ。男はある事が原因で恋人とケンカをした。その時なにを言われたかハッキリとは覚えていないが、恋人のある一言でカッとなり恋人をはたいてしまっていた。
「あー、そうか。なら
「なっ!どういう事だ!?」
突然帰れと言われた男の疑問は当然だ。
どういう理由で「止めといた方がいい」という判断になったのか教えてほしいものだ。それに、それ以前に男は帰れない。男はある程度覚悟してきてここに来たのだ。
男がこのままなにもせず帰るという選択を選ぶのは不可能だった。
男はしばらくレイドと言い争った。どうして駄目なのか、何がいけないのか。レイドに聞くがレイドはハッキリとは答えなかった。
男は段々とレイドが嫌がらせで、言っているだけなのではないか?と思うようになってしまう。
そしてついに、レイドを無視して上に上がる事にした。
「俺はアンタに依頼をしにきたわけじゃない!上に彼らがいるんだろ?依頼を受けるかどうかはせめて、彼らに決めてもらう!」
そういって男は階段を上がっていった。
レイドは階段を上がっていく男の後ろ姿を見て、ニヤリと笑うと誰にも聞こえない声で呟いた。
「あーあ。忠告はしたぜ?」
階段を上がるとそこには1つの扉があった。
ここに彼らがいる。男はドアノブに手を掛けた状態で本日3度目の生唾を呑む。
そして意を決して、その扉開けた。
「ん?」
「・・・」
「Fooo!」
扉の先には三人の男がいた。
1人はソファに寝転がり、本を読んでいる。
もう1人は机に座り、なにやらパソコンの画面を
そして最後の1人はパイプ椅子に座り、子供のようにガッコンガッコンと椅子を前後に揺らして奇声を上げていた。
(間違いない!指名手配の写真と同じだ!)
三人の男達は最近ニュースでも報道されるような有名人だ。それも殺人という事件を取り上げる際、必ずと言っていいほど彼らの事も触れられる。最近だと個人のコードネームではなく三人一緒に組織名の方を聞く事が多い。
その組織名は『テロスティア』。
彼らは殺し屋だ。
「・・・とりあえず、そこの椅子にでも座ってくれ」
「っ!は、はい!」
男が入ってきた後、謎の沈黙があったがパソコンに向かっていた男。"レシオン"というコードネームの男が話を聞いてくれるようだ。
男は言われた通りに近くにあったパイプ椅子に座った。
「あー、それで?何の用?」
「は、はい。本日はあなた方に依頼があってきました!」
「依頼か。ターゲットの名前と・・・写真は持ってきているか?」
「はい!こちらです」
殺し屋に頼む依頼とは、もちろん殺しの依頼だ。
男はある人物を彼らに殺してもらいたくて、
「ん?この男・・・どっかで見たことある気がするな」
「はい。ご存知かと思いますが、この男の名前は"
「なるほど、あの会社の社長か」
男の依頼は大手の家電メーカーとして世界にも知られている会社。ノーブルという会社の社長を殺す事だった。
というのも、彼はつい最近までノーブルに勤めていたのだ。
ある時、重大なミスが発覚した。そのミスの原因は
だが社長の金成はそのミスを隠し、部下の男に自分の失敗を押し付けた。
結果、その男は会社を強制的に退職させられ加えて罰金を食らってしまう。
男は大手の会社でそれなりの地位にいたが、一変してドン底に叩き落とされたのだ。
そのせいで8年付き合っていた恋人ともケンカ別れし、彼の人生は見違えるほど変わってしまった。
その
あの男は数々の不正をし、権力を使いその不正を
決定的な証拠がない以上、あの男を法律で裁くのは難しい。
だからこそ、男は彼らを頼った。法律では裁けない悪を代わりに裁いてくれる存在。
「"
レシオンが写真をJと呼んだ男に向かってなげる。Jとはパイプ椅子を前後に揺らして奇声を上げている男の事だ。
Jは真後ろに飛んできた写真を見ずに受け取った。そしてその写真をじっと見る。
「・・・ギィィィルティ!!」
突然、Jがカタカナ英語を叫ぶと写真をレシオンに投げ返した。
Jという男の事は例の事件の事と噂ぐらいしか知らないが、その噂の通りヤバい奴という印象を男に植え付けた。
「依頼を受けよう。金の用意できてるか?」
「本当か!?良かった!金の事は知っている。前金で500万、依頼完了後に500万だろ?」
彼らテロスティアが依頼を受ける際、依頼料は必ず1000万円だ。その内の半分、500万は前金として払う。
彼らの依頼はよくも悪くも金額が固定されている。例え誰がターゲットだろうと、金額が変わる事はない。
どんな大物だろうが、名のしれない一般人だろうが、依頼料は変わらない。
男は持ってきていた500万をレシオンに渡した。
レシオンは慣れた手つきでその500万を確かめる。
「確かに500万、頂いた」
「ああ、よろしく頼む!あいつを殺したら必ず残りの500万も払う!」
「・・・いや、いい」
「え?」
「残りはいらねぇってことだ。お前の依頼はこの500万で受ける」
突然レシオンがおかしな事を言い出した。
男からしたら払う料金が少なくなるので、嬉しい事だが。その理由がわからない。
まさか気分で残りの500万をいらないと言っている訳ではないだろう。
なにか理由があるはずだ。男はそんな事をいうのか、レシオンに尋ねた。
「何故、ってそりゃあ」
男は忘れていた。下でレイドが止めたのに勝手にここに上がってきたことを、だ。
途中まで話がうまく進んでいたので、完全に忘れていたのだ。
「残りはお前の命を貰うからだ」
「ギルティ」
レシオンのその言葉が聞こえたと思うと、直ぐに後ろから別の男の声が聞こえた。
その声はJのものだ。
Jの手には中華包丁のような刃物が握られており、振り抜いたような動作をしていた。
男は宙に浮いた頭で最後に自分はJに殺されたのだと理解し、同時に先ほどのレイドの言葉どおりに帰れば良かったと後悔した。
ドシャッ、という鈍い音がする。
男の頭部が床に落ちた音だ。命令部である頭を失くし、立つ事が出来なくなった体の側に頭は落ちた。
頭部と体の切断面からは血が絶えず流れだし、床を赤色に染めていく。
「レイド。処理を頼む」
「へい!」
レシオンが壁に向かって話しかけると、壁からレイドが出てきた。出てきたレイドの背後には先ほどと同じように『同化』という文字が白く発光している。
レイドは手慣れた様子で男の死体を片付けると、死体を持って直ぐに部屋から出ていった。
レイドが出ていった事を確認すると、レシオンはソファで本を読むふりをして寝ている"リオン"を起こす。
「おい、リオン。そろそろ起きろ、仕事が入ったぞ」
「んんぁ?」
大きな伸びをして、リオンは起き上がった。
レイドが掃除したため部屋は何事もなかったようにキレイだが、多少の血生臭さを感じると直ぐに目が覚めた。
リオンはそれだけで寝ている間に何があったかを察し、早速準備を始めた。
「で、今回のターゲットは誰なんだ?」
これから誰かを殺しに行く事はわかったが、誰を殺しに行くかまではわからない。
リオンは服を着替えながら、レシオンに聞いた。
「ノーブルって会社の社長だ」
「りょーかい」
リオンはあくびしながら返事をする。まるで人を殺すというのが当たり前の事のように、殺人という事をなんとも思っていないのが今のやり取りでよくわかる。
それはリオンだけではない。彼ら全員が殺人をする事に抵抗がない。だが、殺人という行為について何も考えてない訳ではない。
それは彼らなりの答えが、彼らなりの正義があるからだ。
「じゃあ行くぞ」
「ああ」
「オーケー」
彼らは今宵も自分達の正義を信じ、その正義に反する悪を裁く。
『いっ、嫌だ!まだ死にたくない!!』
『た、助けてくれ!!』
『やめ、やめろ!やめっ!』
『バラ・・・バラ・・バラ、バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!GYAAAAAAAAA!HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!』
「はじまったな」
現在リオン達テロスティアの面々は先ほどの依頼にあったノーブルという会社の本社に来ていた。
もちろん主目的は社長である金成 春夫の殺害だ。
実行はJ、ビルの屋上にレシオン、ビルの中にリオンがそれぞれ待機している。
リオンとレシオンの後ろには『
これはリオンの言霊ではなく、レシオンの言霊だ。
レシオンの言霊は共有。言葉通り色々なものを仲間と共有できる能力だ。
現在は言霊と声の共有を行っている。
「そっちの様子はどうだ?」
『んー?ああ、ちょうどご到着のようだぜ?』
レシオンは屋上から望遠鏡でビルの下を見ていた。
すると数台の車がビルの下に付き、そこから何人かが降りてきた。
彼らは国の組織。その組織は対言霊使いとして設立された特殊部隊の1つ。その中でも特に凶悪な犯罪者―――テロスティアのような犯罪者達―――に対抗する為にある部隊『レジデンス』だ。
「来たか。メンバーは?」
『お前の幼馴染みちゃんと、ツンツンヘアーの男、怖そうな女上司、イケメンの男、だな』
「あいつは・・・今は別件中か?それで、ほかには?」
つい最近まで
『あーちょっと待てよ。あークソっ安物の望遠鏡じゃよく見えねぇ。駄目だな』
「・・・おい。もしかしてお前、望遠鏡なんて使ってんのか?」
『は?当たり前だろ?』
「・・・俺の言霊を使えばいいだろ」
『・・・』
思い付かない事だったのか、レシオンは言葉を詰まらせた。確かに『共有』の能力が発動している今、リオンの言霊を使う事ができる。彼の言霊を使えば自分の視力は良いと思い込む事で視力を良くすることができる。
だがリオンとJの二人と活動を初めてから二か月ほどしか経っていない。まだお互いの力を完璧に理解しきれていないので、レシオンはその発想に至らなかったのだ。
「自分は遠い所でも見えると思い込めば、遠いところでも見れるようになるぞ?」
『・・・ははは。よく気づいたな!俺は試したのだ!リーダー足るもの皆の事を考えないとな!うん』
「・・・」
『悪い。完全に盲点だった』
「しっかりしろよ。仮にも俺たちのリーダーなんだろ」
『わかってるって。で、どうすりゃいいの?』
「具体的なイメージをしながら思い込め。自分は全てを見通せるとか、ちょっと大げさに思い込む事がコツだ」
『なるほど、やってみるわ「
レシオンは言霊を言い、発動させる。
すると彼の後ろにある『共有』という文字の横に『偏執』という文字が現れ、白く発光する。
すると彼が思い込んだように視力がどんどんと良くなり、望遠鏡なんて使わずともビルの屋上から地上がハッキリと見えるぐらいまでになった。
『おお!すげぇ!めっちゃくちゃハッキリと見え・・・ッッ!?』
レシオンは確かに地上の小石までハッキリと見えるようになった。
だがリオンの「大げさに思い込む事がコツだ」という説明が悪かったのかレシオンの目は見えちゃいけないもの、いや見てはいけないものまで見ることが出来るようになってしまった。
これは不可抗力、事故だ。決して彼が意図したものではない。
「どうした?なにかあったか?」
『・・・なぁ。あの女上司いるじゃん?』
リオンは彼女に良く
良い思いでとは言えないものだが、彼女は精一杯やっていた。問題がある部下達―――もちろんリオンも問題児の1人だったが―――をよくまとめており、上司としては良い人間だった。
だが、そんな彼女が一体どうしたのだろうか。
驚き方からすると、なかなかの衝撃を受けたような反応だった。
「ああ、"
『その人さぁ・・・今日、めっちゃくちゃエロい下着を着てるんだけど・・・』
「・・・」
『・・・』
恐らくレシオンは彼女の服を
リオンの言霊は扱いが非常に難しく、思い込み加減を調節するのがとても難しい。これは言霊の使用者であるリオン自身ですら、時々加減を間違える事があるほどだ。
意図的に思い込むというのは自分自身に嘘を付き騙すという事だ。自分自身を騙すなんて事を、ましてやその度合いを調節するなど至難の技だ。
「いらん情報を伝えるな」
『悪い悪い。いや、つい見ちゃったからさ。この衝撃を誰かと共有したくて』
「・・・まぁいい。他にはあるか?」
『特になし。さっき言ったメンバーが入ってくるぞ』
「了解。あいつらの言霊は知ってるからな。とりあえず俺が相手をする」
つい最近まで一緒に働いていたメンバーの事だ。彼らの特徴や癖なんてものもよく知っている。
その上で一番厄介なのは、彼女。リオンの幼馴染みであり言霊使いの"
彼女の言霊は言霊使いにとっては天敵みたいなものだ。しかもそのタイプは
『了解。そういや、敵組織の情報がある程度わかっているってだいぶ反則だよな』
「そうか?俺たちの事もある程度知られてるんだから変わらないとおもうが」
もちろん、向こうもリオンやレシオンの言霊を知っている。だが、全部ではない。
言霊の範囲や制限など、詳しい事は知らないハズだ。逆に相手の言霊の事は詳しく知っているため、確かに有利とは言える。
『それもそうか』
レシオンのその言葉で話を終えると、リオンは少しだけ目を閉じた。
思い出すのは自分の過去。現在、敵対している
べつに後悔している訳ではない。これからよく見知った人間と顔を合わせる事になるからだろうか?
リオンこと
『偏執』
意味:かたよった考えをかたくなに守って他の意見に耳をかさないこと
言霊効果:自分で思い込んだ事が現実になる
言霊タイプ:自己発動型
使用者:リオン(石神 亮)
誤字やおかしい日本語などありましたら気軽に教えてください。
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第弐話
俺は言霊使いだった。言霊は『偏執』。
偏執とは、片寄った考えを頑なに守って他の意見に耳をかさないこと。
その言葉が言霊になり、思い込んだ事が実際に起こるというものになった。言霊のタイプは効果対象が自分自身だけの自己発動型だ。
この言霊の効果は、例えば自分の体は鋼鉄の用に硬いと思い込めば実際に鋼鉄の用に硬くなる。
自分は車を吹っ飛ばせるほど力が強いと思い込めば、実際に車を吹っ飛ばせる腕力になる。
対象は自分だけだが応用力の聞いたすごい能力だ。
そんな力があったからか俺が学生をやっていた頃は周りから浮いていた。別に周りの事はどうでも良かったのでなんとも思わなかったが、俺は明らかに気味悪がられたのだろう。
そんな中で唯一、俺と関わろうとしたのが小学校からの幼馴染である。
彼女も言霊使いで、言霊は『
自分の周囲、半径5メートル内の言霊を
まさに対言霊使い用の能力と言っていいだろう。
そんな言霊を使う彼女は俺とは違い周りに受け入れられていた。男と女の違いだろうか?
とにかく彼女は俺とは違い、他の連中とうまくやっていける人間なのだ。
それなのに―――
「なんで、俺と関わるんだ?」
「何でって・・・私が
「いや、悪くはないんだが」
「ならいいでしょ?」
だから俺は、彼女が俺と関わろうとする理由がわからなかった。
俺と関わったら周りの連中は彼女の事まで気味悪がるだろう。それは分かりきった事なのに、何故か彼女は俺と関わろうとした。
俺は別に拒絶する理由もなかったので、彼女の好きなようにさせる事にした。
中学が終わり、高校に入る。高校も彼女と一緒だった。もちろん俺が彼女についていった訳ではない。どういうわけか、彼女が俺についてきたのだ。
そこからまたしばらく同じ言霊使いである彼女と関わり、高校生活を過ごした。高校でも周りの俺への対応は変わらず。
彼女も最初は人間関係が上手くいっていたが俺と一緒にいたからか、段々と俺と同じような扱いになった。
しかし、彼女は何故か俺と一緒に居たがった。周囲の反応が悪くなっても彼女は離れようとしなかった。
そして、高校3年目。
俺達二人は彼らレジデンスにスカウトされたのだ。
「その力を正義の為に使ってくれないか?」と。
俺は特に将来の事を考えてなかったので、その誘いを受けた。彼女も俺が誘いを受けたと知ると、この誘いに乗った。
そして、俺達は対特殊能力部隊レジデンスに所属したのだった。
『亮!目標がそっちに行ったわ!』
「りょーかい」
男はちょうど凛花から逃げきたようで亮の方に向かってくるそうだ。
亮は凛花から通信を受けとると自分の言霊である『偏執』の能力を使い、両足の脚力がビルを飛び越えられるほどである、と思い込む事で脚力を強化した。
その状態で一度おもいっきり飛び上がり、上空から目標の正確な位置を把握する。
「あそこか」
そして今度は『偏執』の能力で自分の体重を重くし、目標の位置に落下していった。
その際にも同じように『偏執』の能力で微かな微調整をし、着地の際の衝撃もなくした。
逃走をしていた男は突如として落下してきた亮に驚くが、亮が着ている服を見てレジデンスのメンバーだと理解した。
「"リミテッド"、めんどくさいから大人しく捕まれ」
「はっ、捕まってたまるかよ!こんな最高の力を持って産まれたんだ。思う存分使わせてもらうぜ!」
レジデンスが対応している時点でこの男は言霊使いだ。
コードネームはリミテッド。罪状は主に強姦だ。
本来その程度ならレジデンスに案件が回ってくる事はないのだがこの男の言霊は応用力に長けており、最悪の場合はこちらの大事な戦力を人質に取られて利用されてしまう恐れがあったからだ。
リミテッドの言霊は『催眠』。
その能力は触れた相手に催眠をかける事ができる、というものだ。彼はこの言霊の力で強姦を繰り返していた。
そしてこの能力で見方が操られる事を恐れたため今回の作戦はいつもとは違い凛花と亮だけが行っており、他のメンバーは待機している。
(くそっ!今の状態の俺が追い付かれたって事はこいつもおそらく言霊使いか!一体なんの言霊か知らねぇが、あの女の言霊より厄介な言霊があるとは思えねぇ。ここは俺の言霊でこいつを催眠をかけて利用させてもらうか)
実は彼は自分に催眠をかけ、自分の人間としてのリミッターをはずしていた。そのせいで言霊使いではない、普通の人間には手に終えなかったのだ。
だが、その力は言霊の能力による物だ。その言霊事態を無効化する事ができる『無効』という言霊を持つ凛花は相手が悪かった。
まさかそんな言霊を持っている人物がいるとは思っていなかったリミテッドは逃げ出したのだ。
もちろん逃げ出した時に『無効』の効果範囲は狭いという事を知れたので、再度自分に催眠をかけてリミッターを外し身体能力を上げている。
そうして逃げている最中に亮が空から降ってきたのだ。
「なら仕方ないな」
大人しく捕まる気はない、とわかった亮はリミテッドに向かって殴りかかった。
無理矢理にでも捕まえるつもりだ。
しかし、リミテッドは催眠により自分自身を強化している。彼の能力は通常の人間が出せる限界レベルである。
動体視力や瞬発力、それらが限界まで高まっている彼にとって普通の人間が繰り出す拳など、止まっているも同然だ。
リミテッドは余裕で亮の腕を掴んだ。
「へっ!どんな言霊か知らねぇが触ればこっちのもんだ!『催眠』!」
そして触れているという条件を満たしている状態で言霊を発動した。
これで目の前の男はこちらが指示をしなければ動くことすらできない、催眠状態になった―――
―――ハズだった。
「触んじゃねぇよ。気色悪い」
「は?」
(おかしいっ!言霊は確かに発動した!発動したという事は近くあの女はいないハズだ!ならなぜ、この男は催眠状態にならない!?)
近くに無効の言霊を持つ彼女がいるならこの状況は納得できよう。
だが言霊はしっかりと発動しており、実際に彼の背後には『催眠』という二文字が宙に浮いて白く発光している。それなのに効果が発揮されていない。
彼が思い当たるのは一つの可能性。そんなハズはないとわかっていても結果が出ているのだからそう思うほかない。
「ま、まさか!お前の言霊も無効化のうりょ―――ッッッ!!」
亮は彼が言い切る前に、腹部に拳をめり込ませた。
「今だけな」
そう返事をした亮の背後には『偏執』の文字が白く発光していた。
亮は自分には言霊の能力が効かないと思い込む事で『催眠』の効果を無効化したのだ。
これは凛花の『無効』のように相手の言霊自体を無効化する訳ではなく、自分に影響する言霊の効果を受けないようにするだけだ。
一度に一つの効果しか発動できない制限がある以上、そう思い込み効果を発動させるのは中々のリスクがあるが今回ばかりは相手の言霊との相性が良かった。
亮は気絶したリミテッドに一時的に言霊を使えなくする薬品『アンワード』を打ち込むと、彼の腕に手錠をかけた。
「こちら、亮。目標確保」
「ご苦労だ。直ぐに回収する」
GPSで亮の位置は分かるので回収部隊が最短ルートで来てくれるはずだ。
恐らく5分~10分くらいだろう。亮は回収部隊が来るまで座って一休みしていると、回収部隊より先に凛花が合流した。
「お疲れ様。怪我はない?」
「ん・・・ああ」
「そっ、それなら良かったわ」
「・・・」
「・・・」
適当な雑談はすぐに終わり、互いに沈黙する。
亮は口数が多い性格ではない。基本的に無口。必要以上は口を開かないタイプだ。
それに対して凛花は、亮と喋りたいと思っていた。お互いに黙ったままだが凛花の方は何か話したい事があるのか、口を開けたり閉じたりを繰り返している。
そこで亮が話しかけてくれれば凛花としては話を切り出しやすいのに亮はそれをしない。
それは気付いていない訳ではなく、ただ"面倒"という理由だ。
そしてその事を凛花はわかっている。もう何年も一緒にいるのだ。亮の面倒くさがりな性格はよくわかっている。だからこそ、こうやって自分から話を切り出そうとしていたのだ。
「ね、ねぇ。亮?」
凛花は意を決して亮に話しかけた。
話しかけられてしまえば無視をするわけにはいかない。亮はチラリと目線だけを凛花に向ける。
「っ!」
(なにやってんの私!目を合わせただけでドキドキしすぎよ!!ほら、頑張って!今度の休日に一緒に出掛けようって誘うのよッ!!!)
凛花は亮をデートに誘いたかったのだ。
学生の時はいつもの一緒に――凛花が勝手に亮についていってただけ――帰っており、下校デートとも言えなくもなかった。
それは高卒で社会人になった今でも同じだ。
だが、それだけだ。同じ職場のため、行き帰りと仕事中は一緒に居るがそれだけなのだ。
休日はもちろん、仕事終わりに食事に行くことすらない。
このままでは良くないと思った凛花は少しでも関係を進める為に、今度の休日にデートに誘おうとしているのだ。
「そ、その。今度のさ、その、休みの日にさ、その、もしよかったらで良いんだけど、一緒に―――」
「来たぞ」
凛花が勇気を出して話していたが、それは亮の言葉によって遮られた。
「へ?」と、凛花が亮の見ている方を向くと回収部隊の車がすぐそこまで来ていたのだ。
車は二人の目の前で止まり、中から数人が降りてくる。
「お疲れ様です!目標を回収します」
「ん」
亮は回収部隊に目標を渡すと、自分も車に乗り込んだ。
回収部隊の任務は目標の回収と二人の回収だ。
回収部隊の隊員は凛花に対して「お疲れ様です!お乗りください」と車に乗るように
「・・・」
デートに誘うタイミング逃した凛花は無表情のまま車に乗り込み、その日の任務を終えた。
レジデンスの任務はだいたいこのようなものだ。
そんな事を4年続けていると、亮と凛花の二人はすぐに一人前になり新人と言われる事はなくなった。
言霊の使い方上手い亮と、対言霊使い用の言霊を持つ凛花。
二人はレジデンスのエースとして、活躍し続けていた。
だが、それは突然に終わった。
運命の出会いと言うべきか、亮はレシオンこと神田 京亮(かんだ きょうすけ)と出会ったのだ。
「おい!凛花!
その日は朝からある事件が起きた。
とある政治家が殺害されたのだ。犯人のコードネームは"レシオン"
『共有』という
その犯人をレジデンスが追っていた。
最初に追っていた
「相変わらず声でけぇな・・・言われなくても逃がさねぇって」
「
凛花が先に目標の元へ向かうと、少し遅れて
目標は自分の言霊の能力を使い、もう一つ言霊を使用して逃げていた。その言霊は『同化』。
建物や障害物と同化し、すり抜けながら逃走中だ。
だからまずは先回りして、凛花の『無効』で言霊自体の無効化を行う。その為には刀馬の言霊が必要だ。
「じゃあいくぜ鈴宮!『
刀馬は凛花に触れると、自身の言霊を言った。
刀馬の言霊は『強化』。効果は触れた人物の身体能力を強化する、というものだ。
接触発動型の言霊だが、自分自身にも効果が発動する言霊だ。
身体能力が強化された二人は意図も簡単に先回りを成功させた。
「くっ!女・・・って事は『無効』か!」
「その通りよ『無効』!」
凛花と亮は活躍もあって少しだけ有名になった。特に凛花だ。『無効』という言霊使いの天敵のような能力のため、言霊使いの間では
もちろん詳しい事はわかっていない。『無効』の効果範囲やどのタイプの言霊なのかなどは知られてはいない。
凛花の言霊『無効』が発動する。効果は範囲内の『無効』以外の言霊を全て無効化する。
よって凛花に掛けていた『強化』の効果もなくなってしまう。
「俺は・・・やらなきゃならない事があるんだ!こんな所で捕まってたまるか!」
「悪いが捕まってもらうぞ。こっちだってやらなきゃいけないが山ほどあるからな」
状況は2対1。片方が女だとしても、レシオンが圧倒的に不利だ。
協力者に助けを期待したい所だが、今回は言霊を使わせてもらうだけという約束があるため難しいだろう。
時間が建てば応援が来てますます不利になる。
決めるなら短期だ。
「くっ!中々動けるんだな」
純粋な人間の本来の力での格闘戦。このような時に備えてレシオンは常日頃から鍛えており、通常の近接戦でもそこそこ戦うことができた。
そのためまずはレシオンは刀馬と格闘戦を繰り広げていた。
そんな状況を遠くから言霊を使って見ている男がいる。
亮だ。面倒くさがりな彼はサボっていたのだ。
200mほど離れた所からダラダラと歩いて凛花達の元に歩いている。
「・・・」
必死に抵抗を続けるレシオンを亮は見ていた。
やがて、勝呂 優刀も凛花達に合流したためレシオンはその抵抗むなしく捕まってしまった。
だが、レシオンは捕まってもなんとかしようと抵抗を続けた。
亮はその光景を見ていた。なぜだか気になったのだ。レシオンの目が何か大きな輝きを放っている。そんなような感じがしてしまい、目を話せなくなっていたのだ。
俺は一人で先ほど捕まった犯罪者。コードネーム"レシオン"がいる拘置所に向かっていた。
レジデンスが犯罪者を捕まえた場合一旦―――一時的に犯罪者をいれておく場所―――拘置所に
その後に対言霊使い用の刑務所などに送られるのだが、今朝がた捕まったばかりのレシオンはまだレジデンスの本部にある拘置所に収容されている。
「・・・あんたがもう一人のエースか・・・一体なんの用だ?」
「コードネーム"レシオン"。お前に少し聞きたいことがあってな」
「
「いや、そうじゃない」
俺は静にレシオンの前に座った。
この拘置所は強化ガラスで部屋の中を見れるようになっている。
縦1m横1.5mほどの長方形の形だ。これは部屋の中を確認できるように作られているものだ。
部屋の中には両腕を壁に繋がれたレシオンがこちらを見ていた。
「はぁ?じゃあ何が聞きたい?」
「何故、あの男を殺した?何か理由があったんだろ?」
レシオンはレジデンスと対峙した時、必死に抵抗をした。
誰でも捕まりたくないのだから抵抗をするのは当たり前だが、抵抗している時の彼の目。
その目は何か大きな、絶対的な何かに向かっている。そんな輝きを持つ目だったのだ。
「なぜ、そんな事を聞く」
「個人的な質問だ。あそこまで必死になっていた理由に興味があってな」
「・・・」
レシオンは一旦黙った。
だが、直ぐに口を開き答えてくれた。
「やつが悪人だったからだ」
「・・・」
「やつは金銭を弱者から搾取していた。権力という武器を使い、無力な人間からその人間が稼いだ金銭を不正に奪っていたんだ。やつは自分以外はどうなってもいいと考えていた。いや、逆だな。自分以外の事なんて考えていなかったんだ。そんな奴を悪人と言わずになんと呼べば言いか俺は知らない」
「・・・」
確かに奴は数々の不正をしていた。
詳しくは知らないが、あとから色々と調べていた静さんが頭を抱えていた事から相当なものだったのだろう。
確かに、奴は悪人と言っても良いかもしれない。
「・・・なぁ。お前はどう思う?」
「なにがだ?」
「この世界だ。おかしいとは思はないか?」
「・・・」
なかなか規模の大きな質問だ。
世界がおかしいかどうか?おかしいに決まってるだろ。そんなもの。
「法律なんてものがあるが、それはあくまでもルールだ。正しいってわけじゃあない」
その通りだな。法律は国という組織をまとめる上で、人間が平和に生きるために人間によって勝手に作り出されたルールってだけだ。
中には曖昧なものや、しっかりと定義されてないものまである。
「・・・俺が人を殺すのは自らの正義のためだ。法律なんてちゃちなものじゃ裁けない悪を裁くためだ。俺は、人を殺す事は悪ではない。俺はそう信じている」
法律的にもそうだが道徳的にも、人を殺す事は悪い事だとされている。何故かはわからない。
殺人は法律違反ではある。だが、それは正しいことなのか。
そもそも法律が正しいなんて事は証明できない。いやできるハズがない。
「正義と悪。それはどちらも同じコインだと、俺は思っている。コイントスをされて、空中で回転しているコインだ。正義と悪はコインでの裏と表のようなもので、どちらも本質は同じコインだ。そしてそのコインはどちらが表なのか、どちらも裏なのか決まっていない。
そのコインが地面に落ちる事があれば、どちらが
どちらが
だからこそ!だからこそ信じるんだ。自分の正義が正しいと!自分の行いはきっと正しいと!自分の正義は表だと、信じるしかない!そして、俺は自身の正義のもとにこの狂った世界を変るんだ!その為には―――」
――ガシャァァァァンッ!!
俺は彼の話を最後まで聞くことなく、言霊を使い強化ガラスを破壊した。
「お、お前ッ!!何を・・・っ!」
「さあな。ただ、そうだな。あえて言うとしたら、この気持ちは・・・感動だ。俺はあんたの話に心を動かされた。それだけだ」
世界を変える。
俺は純粋に思ってしまった。
見てみたい。こいつが変えた世界を、こいつの正義そのものを。
俺の心はこの男によって動かされたのだ。
俺はこいつの正義を正しいと、こいつのいう正義が表だと信じる事にした。そして俺の正義も・・・。
そしてこの日、亮はレジデンスを裏切った。
その後、レシオンの脱走を手助けしたとして彼は犯罪者になる。
"リオン"というコードネームを与えられ、彼らレジデンスの敵になったのだ。
『催眠』
意味:暗示を受けやすい変性意識状態のひとつ。
また、その状態およびその状態に導く技術を指す。
催眠術とも呼ばれる。
言霊効果:触れた人物に催眠をかける。催眠をかけられる人物は最大で2人まで。
自分にかけることもできる
言霊タイプ:接触発動型
使用者:リミテッド(山本 和正)
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第参話
私はある大手の電気メーカーに勤めている。立場は社長の秘書という立ち位置だ。
自分でいうのもあれだが、25歳という若さでこの地位まで上り詰めたのはとても凄い事だと自負している。
待遇はもちろん環境や給料も最上位なものだ。
お金に困るなんて事とは縁を切った生活をしていると言っても過言ではない。
だけど。そんないい仕事だけど。
私は今この会社を、物凄く辞めたい。
「いつもありがたいねぇ。川上くぅん」
その原因はこの男。この会社のCEOである金成 春夫だ。
好きなものを好きなだけ食い散らかし、ブクブクと肥りきった体型に高そうな装飾品。
一目見れば自分は偉く、金を持っていると主張しているのがよくわかる。
だが、私がこの男を嫌っているのは外見の他に一つ。
「いやぁ。いつ触っても触り心地のいい、素晴らしいものだ」
なにもない、いつも通りのセクハラだ。
豚のような男の脂ぎった手がスーツ越しに私のお尻に触れる。
圧倒的な不快感に襲われるが、私には何も言えない。この男には圧倒的な権力と金がある。それで大抵の事は
こいつの嫌な所はそういう所だ。自分が不正してもそれを揉み消すだけの力があり、それを悪用している。
例えセクハラでこの男を訴えても、なんとかして揉み消されてしまう。これは過去に、私のいくつか前の秘書の時に実際にあったのだ。
それに先日、この男の身代わりに幹部の男が辞めさせられた。やってない事をやったことにされてしまった。男に掛かれば事実をねじ曲げることも
そして私は辞めようにも辞めれない。この男に気に入られたら最後、辞めることもできないのだ。
だから、私はただただ耐えるしかできないのだ。私にはこの男を敵に回す度胸も、勇気も、覚悟もないのだから。
「この後は会議があります。準備の方をお願いします」
「ああ。わかっているさ」
今日はこれから大きい会議がある。一応仕事なのでそのことを伝えると、私はお尻を撫でられながらもこの男と共に会議室に向かった。
会議中。私は常にこの男のすぐそばに立っていた。
男の手は私のお尻に伸びている。私は会議の最中、ずっとセクハラを受けているのだ。もちろん周りの人間もその事に気づいている。だが、何もいわない。当たり前の事だと言わんばかりに気にも留めていない様子だ。
いや、むしろ笑っているように見える。
今の私には、私がセクハラを耐えている事を笑っているように思える。
人が嫌な思いをしているのをこいつらは面白おかしく楽しんでいるのだ。
(なんで、こんな会社に入っちゃったんだろ・・・)
今、私が考えている事は後悔。こんな思いをするなら中小企業にでも勤めた方がよかった。
給料や環境や待遇が悪くても、そっちの方がよかった。今になって、普通の会社でOLをやっている友人のことが心底うらやましい。
(こいつら、全員死ねばいいのに・・・)
私はどこか諦めたように、笑っている男達に対して心の中で呟いた。
その時。
―――ガシャァァァァン!!
突然窓ガラスが割れ、刃物を持った男が入ってきた。
私はその男を―――
「ギィィルティィィィ!!!!」
―――知っていた。
「いっ、嫌だ!まだ死にたくない!!」
「た、助けてくれ!!」
「やめ、やめろ!やめっ!」
「バラ・・・バラ・・バラ、バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!GYAAAAAAAAA!HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!」
先ほどまで私を笑っていた男達の悲鳴や助けを求む声が聞こえる。私は目の前で突如として行われた残虐な行為に腰を抜かしてしまい、その場に座り込んでいた。
まず最初に、あの男。金成 春夫の首が飛んだ。
そのあと侵入してきた男はいつの間にか会議室の唯一の出入口に立っており、逃げ場をなくした会議室にいる人達を次々に殺していった。
男の後ろには『共有』と『偏執』の二文字が浮かび上がっており、その男が言霊使いである事を示している。
なぜ?
そんな言葉が私の頭中を駆け回っていた。
まず、ここビルの30階で周りに同じような高さのビルはない。それなのにどうやって外から窓ガラス割って侵入してきたのか?
それにこの窓ガラスは厚さ19mmの強化ガラスだ。刃物を持っただけの人間が一撃で、割るなんて事が可能なのだろうか?
そして何故、この男がこんな所にいるのか。これが一番の謎だ。
この男はいま色々と話題になっている殺し屋『テロスティア』その三人の内の一人であり、"世界最悪の殺人鬼"だ。
それは8年ほど前。日本で最悪の事件が起きた。
それは
死者の数はなんと、151人。世界最多、及び歴史史上最多の殺人数だ。
その男は悪魔だ、神だ、化け物だ、現代の切り裂きジャックだ、なんて言われ
しかし最近になってその男が現れたとニュースになり、現実でもネット上でも大騒ぎだ。
ニュースや手配書で見たことのある男が目の前で虐殺を繰り広げている。
部屋の一角が真っ赤に染まり、その場所からグロテスクな音だけがしている。
いつの間にか人の声はしなくなっていた。
聞こえるのは血肉を切り裂く不快な音と、男が上げる人間とは思えない化け物のような笑い声だけだ。
「Fooo!グレイト!・・・んー?」
放心していた私に、その男が気がついた。
私は腰を抜かしており、恐怖で指一本すら動かす事ができなかった。
返り血で全身真っ赤に染まった殺人鬼が私に向かってゆっくりと迫ってきている。
生臭いツンとした匂いが強くなり、鼻の奥を刺激すると私は漏らしてしまった。
「ぁ、ぁ、ぃぇ・・・」
なんとか助けを、命乞いをしようとするが上手く声がでない。頭の中を死の恐怖と死にたくないという思いで満たされる。
そして、目の前の死は私のすぐそこまでやって来た。見上げると死がこちらを見ている。
私は再度、声を出そうとしたが結果は同じだった。
(ああ、終わってしまう)
私は絶望し、そう思った。
だがその死は私に刃物ではなく、何故か"手"を差し出してきたのだ。
「ぇ?」
唐突に差し出された手。刃物を持っていない方の手が私の目の前に差し出されている。
その手は帰り血で真っ赤に染まり、今もなお誰かの血が
私はその手をどうしたら良いのかわからず混乱してしまった。
「おっと」
どうしていいかわからず、何をしたらいいかわからず、私が止まっていると男が動いた。
私はその男の期待に添えた行動をしなかったのだと思った。もしかしたら死なずにすんだかもしれない。差し出された手の意味を読み取っていればまだ死なずにすんだかもしれない。
そんな確信もない考えが浮かび、なにもしなかった事を後悔する。
だがそんな私の2度の絶望を他所に、男はテーブルに置いてある、会議用に用意されていたおしぼりを手に取ると手を血をキレイに拭き取り始めた。
そして、キレイになった手をまた私の前に差し出したのだ。
「ぇ、あ、ぁぅ」
「・・・」
再び差し出された手を今度こそなんとかしようと思ったが声はでないし、体は全く動かない。
また何もできないでいると、男は私の手を掴み私を引っ張り上げた。
引っ張られた反動で座り込んでいた私は立ち上がる。
そして男は立ち上がった私の肩をポンと優しく叩いたのだった。
「おーい、J。終わったか?」
「イェア」
「じゃあ、今リオンが足止めしてるから回収しにいくぞ」
私が男の行動に驚いていると、会議室の扉を誰かが開けた。
その男も私は見たことがあった。確か一度捕まったが脱走に成功した殺人犯・・・だったハズだ。
その男の後ろにも青く発光している『共有』という文字が浮かんでいる。
男はこの殺人鬼を呼びに来たようで、すぐにこの部屋から出ていく。それに続いて目の前の殺人鬼もこの部屋から出ていった。
「え・・・」
そしてこの部屋に残されたのは、何がなんだかわからない私と、ぐちゃぐちゃになった肉塊。そしていつの間にか会議用のテーブルに並べられた13個の頭部だった。
「はは・・・」
私はもう一度その場に座り込む。
何故自分だけ殺されなかったのか、実は少しだけ心辺りがあったのだ。
5年前の大量無差別殺人事件。その151人の死者は全員、男だったのだ。女の死者は一人としていない。その殺人鬼のこだわりなのか、男だけが151人も殺されたのだ。
だからなのか自分は殺されない、自分だけは殺されなかった。
男である金成達は無惨にも殺され、女であった自分はだけが生き残る。
そんな状況を、私は少しだけ笑ってしまった。
もしかしたら私が、女の私が「全員死ねばいいのに」なんて思ってしまったから奇跡でも起きてあの男を呼び出してしまったのだろうか?
あり得ないとわかっているが、私この狂った状況の中でそんな事を考えてしまうのだった。
「あ、
大体2ヶ月ぶりにコードネームではなく俺の名前を呼んだその声で目を開けた。
目の前には丁度思い出していた彼女。凛花が立っていた。
他には誰も見当たらないが、言霊を使って確認したところ一人は隠れているようだ。立花 静は指揮を取るため外で待機してるだろうから、この隠れてる人物に該当するのは残り二人。
そしてその内の一人は隠れるなんて事はしない性格のため、その隠れている人物が五十嵐 刀馬だと断定する。
「どうしてっ・・・どうして!!」
「・・・どうして、か」
凛花が聞きたい事はわかっている。
だが、俺はその答えを言う事はできない。
いや、違うか。俺は言う気がない。言う勇気がないのだ。何故なら俺は彼女に期待してしまっているからだ。
凛花は俺が答えを言ってくれるかもしれないと待っている。じっとこちらを見て、必死に俺を理解しようとしていた。
隠れてる
「っ!」
その時、俺の背後に高速で近付く存在に気がついた。十中八九あの男だ。
俺は直ぐに言霊を発言し、自分の身体は切る事ができない身体だと思い込み、その効果を発動させた。
次の瞬間、木刀を持った男がその木刀で俺を切りつける。俺はとっさに腕でその攻撃を防いだ。
「なに防いでんだ!裏切り野郎!!」
「防がないと死ぬ攻撃だからな」
俺を切りつけた男は勝呂 優刀。乱暴な言動が特徴的な男だ。こいつの言霊は『
接触切換型の言霊で、能力は自分が手で触れている"物"を何でも切る事ができるようにする、という能力だ。
もし俺が言霊を使ってなかったらこのまま真っ二つになっていただろう。つまりこいつは俺を本気で殺す気だったというわけだ。
「てめぇには殺害許可すら降りてんだ。諦めて俺に殺されろ!!」
「・・・なるほど。殺害許可が降りたのか」
少し意外だと思ったがよくよく自分のやった事を思い返してみれば、その判断は間違ってないと言える。
もっとも俺は自分のした事を悪だとは思っていないので、こいつら基準で自分の行動の悪さを見ると随分悪い事をしていると思う。
レジデンスは凶悪な犯罪者を対応するため、場合によっては殺害許可が出ることがある。それは国から殺しても構わないと言われているようなものだ。
殺害許可は滅多に出るものではなく、非常に凶悪な犯罪者や、確保が難しい犯罪者などに出ることがある。
まぁ俺の場合は最近までレジデンス側にいたので、情報の
「だが、俺を殺すならまだ足りないな」
「オイオイ!随分とおしゃべりになったじゃねぇか!!裏切ってからしゃべる練習でもしてたのかぁっー?」
勝呂は持っている木刀に力を込めて、力押しで俺を切ろうとしている。
近付いてきた時の高速移動といい、この力といい勝呂は既に強化済みだ。このビルに入って来る前に五十嵐の言霊『強化』で身体能力を上げてきている。
この状態の勝呂とやり合うのは少々部が悪い。
俺の言霊『偏執』は応用力が抜群だが一度に一つの効果しか発動できないというデメリットもある。
今は切られないように思い込んで五十嵐の『切断』に耐えているが、ここで再度『偏執』を発言して身体能力の強化をした瞬間に真っ二つに切られてしまう。
「ねぇ亮!今ならまた戻れるから!おとなしく捕まってよ!」
どうするか考えていると、俺達から少し離れた所にいる凛花が叫んだ。彼女の『無効』は無差別だ。下手に近付くと味方の言霊まで無効化してしまう。
凛花はまた今までのように戻りたいと思っているのだろう。恐らく彼女は俺を殺す事に反対のハズだ。だからこそ、俺が殺されそうなこの状況でそんな事をいったのだ。
だが、俺にそんな所に戻ろうなんて気持ちは全くない。あんな狭い場所じゃあ俺達の正義を執行する事はできない。
「お断りだ」
「はっ!そうだろうな!」
勝呂がさらに力を込める。
まずはこの状況をなんとかしなければならない、と思っていると勝呂の口角が少しだけ上がった。
するといつの間にか俺の背後に五十嵐が現れる。
先ほどから隠れていた人物が五十嵐だ。元々こうやって挟み撃ちをする作戦だったのだろう。直ぐに出てこなかったのは、凛花の呼び掛けに俺が応じる気があるかどうかを判断するため、といったところか。
俺はまんまと作戦通りに勝呂と五十嵐に挟み撃ちにされている。
だが、この状況は俺の思った通りだ。俺は五十嵐が出てくる時を待っていたのだ。
「悪く思うなよ!」
五十嵐が俺に向かって殴り掛かってきた。五十嵐は当然のように自分自身を強化しているだろう。つまりこちらが身体能力の強化をしていない状況で、あの拳をくらったら死なないにしても重症になるほどの一撃だ。
まぁ、食らったらの話だがな。
五十嵐が攻撃する瞬間。勝呂の力が一瞬弱まる。
こいつらの本命はあくまで五十嵐の攻撃。勝呂は俺を抑える事が目的だ。だからこそ、勝呂は五十嵐の攻撃したほんの一瞬の間だけ力を弱めた。
だが、その瞬間を俺は狙っていた。
俺は勝呂の力が弱まった瞬間に足払いをした。
「なっ!?」
勝呂の体制が崩れる。その瞬間に一回目の言霊を発言。全体的な身体能力強化を行い、背後にいた五十嵐を蹴り飛ばす。
体制が崩れながらも身体能力が強化された勝呂はなんとか持ち直し、五十嵐を蹴り飛ばした俺を攻撃してくる。
だが、既に俺は二回目の発言していた。
二回目に思い込んだ効果は反射神経の強化。これにより勝呂の攻撃を躱した後、3回目の発言をする。再び身体能力の強化し、勝呂を殴り飛ばした。
「ぐあっ!!」
「ぐおぉぉ!」
すると、一瞬で二人がぶっ飛ぶ状態が完成する。
勝呂は壁に激突し、五十嵐は床を数メートル転がっていった。勝呂の方は気を失ったのか動かなくなったが、五十嵐の方は俺を見ながら起き上がろうとしていた。
「あ、あいつの言霊っ!
言霊には一部の例外を除いて、
その時間はそれぞれの言霊によって異なり、長いものあれば短いものがある。
そして俺の言霊『偏執』はその一部の例外に
俺の言霊の一番の強みは、応用力の高さではなく
「くそっ、作戦失敗だ。凛花、お前は知っていたか?」
「い、いえ。私は、知らなかったわ・・・」
五十嵐がいつも俺と一緒にいた凛花なら知っていた可能性があると思い、凛花に訪ねるが彼女は知らない。
今まで人前で言霊の連続使用をしてきた場面はいくつもあるが、ここまでの速度での連続使用は初めてだ。そしてその事を
「おーい、リオン。帰るぞー」
「ん、ああ。終わったのか」
そんな事を考えているとレシオンとJがやって来た。
どうやらやることやったようだ。返り血で全身が真っ赤に染まったJを見て俺はそう思った。
チラリと凛花達を見る。勝呂がダウンしているのに、レシオンとJが合流して数的にも不利になっているというのに、二人はまだやる気だった。
そして、何故か凛花がレシオンに向けて凄く睨んでいた。
「久しぶりだな。亮」
ふと、その二人のものではない声が聞こえた。
凛とした女性の声だ。心辺りがある俺はその声の方を向く。
そこには俺の元上司である立花 静が立っていた。
「戻ってくる気はないんだな?」
「ああ。恩を仇で返すようだが、俺はそっちに戻るつもりはない」
「・・・そうか」
戻る気はないとハッキリ伝えた俺を彼女は残念そうに見ていた。彼女には世話になったが、こればっかりは譲れない。
「あいつが起きたら伝えといてくれ。あいつは何か企んでる時は口角が少し上がる癖がある。それと足下にも気を配れってな」
俺はこの場にいる全員に聞こえるように言った。
あいつはとは気を失っている勝呂の事だ。俺が五十嵐の奇襲に気付けたのは勝呂の悪い癖のおかげだ。あいつは昔から分かりやすい癖がいくつもある。
「・・・ああ、言っておくさ」
「じゃあな」
そう言うと俺は窓ガラスを破壊し、俺達はそこから外に飛び出した。
俺達全員が俺の『偏執』で身体能力を強化してこの場を離れる。拠点を知られる訳には行かないので、のんびり歩いて帰る訳には行かない。俺達は建物の上を飛びながら拠点を目指す。
離れる瞬間。凛花の「待って!」という声が聞こえたが、俺はそれを無視した。
「・・・いいのか?彼女のこと」
「・・・」
レシオンが変な気遣いをして聞いてくる。
だが、彼女の事については俺自信の考えもまだまとまっていない。俺はレシオンの質問に無言で答えてしまった。
「待って!」
「凛花、追うな」
追いかけようとした凛花に立花が制止の声がかかる。上司からの命令により、凛花は飛び出そうとした身体を寸前で止めた。
「そんなっ、静さん!どうしてですか!?」
「あいつがこっちに戻ってくる気がない事はお前もわかっだろ?」
「っ!!それはっ!なんとか私が説得して見せます!だから!」
「それにあの男・・・"ブラック・ジョーカー"は危険だ。亮が抜けてあいつが別の任務中である今の戦力ではあいつらを相手にするのは危険すぎる。だが・・・まさか本当にブラック・ジョーカーと組んでいるとは」
「・・・でもっ!」
「凛花、気持ちはわかるが今は立花さんの言うとおりだ。亮だけを相手に俺達二人は事実上負けたんだ。あいつらを相手にするのは戦力が足りない」
「・・・」
「今日の所は撤退だ。五十嵐、勝呂を起こしてやれ」
「はい」
五十嵐は気を失っている勝呂を担ぎ上げると、勝呂を背負いながら出口に向かってあるいていく。その後に立花も続いて外に出ていった。
「亮・・・」
最後に残った凛花はすっかり日が暮れている空を見上げながら、何を考えているわからない想い人の名前を虚しく呟くのだった。
『切断』
意味:物をたちきること。切り離すこと
言霊効果:手で触れた物は万物を切ることができるようになる。
言霊タイプ:接触切替型
使用者:勝呂 優刀
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第四話
「依頼・・・来ないな」
レシオンが思った事をそのまま口に出す。
だが、誰もその言葉に返す者はいない。リオンは完全に寝ており、Jは窓際でボーっと外を眺めている。
別に誰かから返事を期待して発した言葉ではないが、誰れからも返ってこない事に対してため息を吐いてしまう。
「金額下げるか・・・」
あまりにも依頼がないので前金500万、成功報酬500万、計1000万円という料金設定を変えようかどうか真剣に悩んだ。正直いうとこの料金設定は適当だ。なんとなく切りがいいからという理由で、決めた1000万なのだ。
彼らが人を殺すのはお金の為ではない。活動するための資金としてお金があった方がいいというだけだ。
そのため別に金額を下げてしまってもあまり問題はない。男三人が暮らすのに1000万は有り余る。
「計500万に値下げしようか」
レシオンは値下げ案の具体的な金額を口にすると電卓を取り出し、生活費の計算を始めた。
見てわかる様にこの三人の中でお金の管理をしているのは彼だ。
彼がこの役割を
リオンは面倒くさがりで、普段から財布すら持ち歩かず現金を直でポケットに突っ込んでいる。
Jは普段は何を考えているか全くわからないので、お金の管理を行うのは危険すぎる。
消去法でレシオンがお金の管理をしているのだ。
「うん、全然余裕だな。というか依頼人によっては前金だけの500万だし、あんまり変わらないな」
計算が終わり、依頼料が500万でも問題ないことを確認する。その過程で別に計算するまでもなかった事に気がついた。
彼らに依頼をした人間は前金で500万を持ってくる。そして前回のように依頼が悪人だった場合はその場で殺してしまうので、依頼完了後の報酬金を貰わない事がある。というかその場合の方が多いぐらいだ。
「ならやっぱり、噂か・・・」
レシオンがもう一つ心辺りのある、依頼が来ない理由を考えながらメールを送る。
彼らのテロスティアがどうやって他の人間に知られているか。それは噂を流すという原始的な方法だった。
彼らは普通の殺し屋達とは違い、基本的に別組織との繋がりを持たない。普通の殺し屋は情報屋やら取引屋、他の殺し屋などの他の組織と繋がりを持ち、主にそこから依頼をもらう。
だが、彼らはそんな組織とは繋がりを持たない。いや持てないのだ。
何故ならそいつらは悪人。彼らからみても悪人ばかりの集団だからだ。
テロスティアとしてを始めた時、Jの噂もあり色んな組織が彼らと繋がりを持とうとして接触してきた。だが目の前の悪人を彼らが放っておく訳はなく、彼らに接触してきた組織は壊滅。
組織にいた人間はもれなく全員殺された。
そんな出来事があり、彼らに接触する組織は壊滅するという噂が流れた。その噂を聞いた人間は普通の反応としてテロスティアに接触することはなくなり、噂を聞いてあえて接触してくる組織は例外なく壊滅した。
そんなこんながあり、彼らは別組織と組むことはない。だが、例外の組織がある。
その組織は彼らと組んでいるというよりはテロスティアの傘下という言い方の方が正しいだろう。その組織の分類は情報屋だ。レシオンがリオンと出会う前からの知り合い、"レイド"の組織だ。
レイドは元々裏の世界の情報屋をしていたが、一度足を洗っている。
その後レシオンと出会い、彼専属の情報屋になった過去がある。昔からの知り合いという事でレイドは信頼されており、Jの
そのレイドが彼らテロスティアの噂を色んな所にバラ撒いている。
その噂を聞いた人間がレイドの部下と接触し、この場所の話をする。というシステムだ。
今回の料金変更の事もレイドに頼み、噂を撒いてもらうつもりだ。
「でも、どうすっかな・・・」
「なんのご用ですか?」
レシオンが色々考えていると、彼の側の床からレイドが現れる。先ほどレシオンが送ったメールはこの建物の下にいるレイド宛のもので、『ちょっと来て貰えます?』という内容のものだったのだ。
「んー、ちょっとな」
レシオンは依頼が来ないという悩みをレイドに相談し、先ほど決めた料金変更の事を伝えた。そして例の噂をどうしたら良いのか相談し始める。
「"テロスティアに依頼した人間はその場で殺される"。こんな噂がかなり出回ってるんじゃ、そりゃ依頼なんて来ませんよ」
「だよなぁ。で、どうすれば良いとおもう?」
「この噂を消すのはほぼ不可能ですね。なんせ事実なんですから」
その通りだ。この噂が真っ赤な嘘ならば、しばらくすればこの噂は消えてなくなるだろう。だがこの噂の事は事実だ。実際に依頼人を殺す事がある。しかも、その真偽は調べればすぐに分かってしまう。
「いやぁ、そうなんだけどさ」
「まぁこっちの方で上手く情報操作してみます。さっきの料金変更の情報と合わせれば多少は良くなるとは思いますよ」
「・・・いつも悪いな、レイド」
「いえいえ、これが俺の仕事ですから。それでは」
そう言うとレイドは『同化』を使い、出てきた時とは逆に床に沈んでいった。
なんとか改善はすると聞いたレシオンは安堵のため息を吐き、チラリと他の二人を見る。
二人は最初の状況から一切変わっておらず、リオンは寝ており、Jはボーっとしている。
(こっちが色々と悩んでいるのにこいつらは・・・)
そんな思いが怒りとして込み上げてくるが、二人に怒った所で変わらないという結論に至る。
そして本日三度目の大きいため息を吐いた。
「あ、そうそう。言い忘れてました」
「ん?なんかあるのか?」
三度目のため息を吐いた所で再びレイドが現れた。
レイドがいきなり壁や床から出てくるのは、最早だれも驚かない。この組織では当たり前の事になっている。
「ある殺し屋の情報を手にいれました」
「ほう」
「それと、もう一つ。面白い情報も」
レイドが言った事を聞いたレシオンはニヤリと笑った。
「おい!起きろリオン!!」
せっかくぐっすりと寝ていたリオンはレシオンの大きい声で目を覚ます。
依頼でもあったのか、と思い意識を覚醒させるとそこには気持ち悪く口角を上げてニヤけているレシオンがいた。
「どうした、気持ち悪いぞ」
「う、うるせぇ!Jも早くこっちに来い!」
「オーケー、オーケー。HAHAHAHAHA!!」
「おいJ!お前まで笑うな!」
ニヤケ顔をメンバー達に笑われたが、話を進める為にここはぐっと堪える。本当なら―――出来るかどうかは別として―――一発ずつ小突いてやりたいところだ。レシオンは二人を集合させると先ほどレイドから聞いた情報、テロスティアではない本物の殺し屋の情報を話し始めた。
「さっきレイドからある殺し屋の情報を手にいれた」
「イエス!」
「ほう」
レシオンの発言を聞いて先ほどまでダルそうにしていたリオンとレシオンを笑っていたJが顔色を変えた。特にJの表情はまるでこれから遊園地に連れていってもらえると聞かされた子供のような、ワクワクしているような表情だ。
レシオンも顔を変えた二人を見て、再びニヤリと口角を上げた。
「じゃあ話していくぞ」
殺し屋の名前は"アレス・ウェポン"。
メンバーは3人で、それぞれのコードネームは"シルク"、"ボマー"、"ウェイブ"だ。
全員が男で、言霊使い。噂ではボマーの言霊は強い爆発を起こせるかなり強力な言霊らしい。
だがアレス・ウェポンの中で一番厄介なのはボマーではなく、恐らくだがシルクだ。
シルクは主に偵察などを担当しており、なんでもシルクの言霊は防御系の言霊らしくこちらのありとあらゆる攻撃が一切当たらないという噂がある。
言霊のタイプまでの情報は流石になかったが、もしその噂が本当なら一番厄介だと思われる。
ウェイブに関してはあまり情報は無かったが、攻撃系の言霊という噂が少しだけあるそうだ。
これらの情報とアレス・ウェポンが活動している拠点の場所の情報を二人に話すとレシオンは一旦、話すのを止めた。
「と、まぁレイドが教えてくれたアレス・ウェポンについての情報はこれぐらいだな」
「なるほどな」
「ほー」
アレス・ウェポンについての情報はなんとなく頭にいれた二人。リオンは既に頭の中でアレス・ウェポンへの対策を考えている。自分の思い込みで効果が変わる言霊の『偏執』は
「それと、もう一つ」
レシオンはそんな前置きをして、レイドから聞いたあるとって置きの情報を話す。
「このアレス・ウェポンは二日前にある依頼を受けたそうだ」
「・・・ある依頼?」
「それは・・・俺達、テロスティアを殺す依頼だ」
「っ!なるほど、向こうから来るのか」
「GYAAA!HAHAHA!」
「ああ、向こうは既に殺る気だ」
その事を聞いて彼らの
高笑いをしているJは、軽く興奮状態だ。
二人のやる気が高まった事を確認したレシオンは、次に担当を決める為に話し合いを始める。
「やる気は高まったな。なら、誰が誰を相手するか決めるぞ」
「とりあえず、シルクって奴を相手にするのはJの方がいいだろ」
「HAHAHA!!」
「まぁそうだな。俺は防御系の言霊と相性が悪いし、リオンは相性が悪いとまでは行かなくてもやりづらい事には変わらないしな。万が一を考えるとシルクはJに殺ってもらうのが一番だな」
「オーケー!」
「じゃあ残りはボマーとウェイブだな」
5分ほどどちらがどちらを相手するか話し合った結果ボマーをリオンが、ウェイブをレシオンが相手する事に決まった。
続けて作戦についての話し合いが始まったが、僅か数十秒ほどで話しが終わる。もちろんたった数十秒で作戦と呼べる上等なものは出来るハズもなく、最初にどうするかだけ決めて後は各自がなんとかする、というなんとも雑なものが出来上がった。
そして色々と決まった彼らは早速その作戦の実行に向かう。
「じゃあ、いくぞ。俺達の正義を執行する」
「前から思っていたんだが・・・それダサくないか?」
「・・・え、マジで?」
「HAHAHAHAHA!!!!HAーHAHAHAHA!!」
「お、おいJ!いくらなんでも笑いすぎだろ!?」
「これは、Jもダサいって思ってたって事だな」
「嘘だろ!?」
親しい友人同士のような会話をしながら、彼らは夜の闇に消えていく。
彼らの関係はきっと、一言でも表せるものだが同時に一言では表せない。複雑であり、単純でもある。そんな関係。
今から2日ほど前ある人間の殺しの依頼があり、殺し屋がその人間を殺害した。
「な、何故!?なぜこんなことをっ!?」
「・・・仕事だ」
時刻はちょうど午前0時を回った所で、辺りは夜という暗闇で満たされている。
周囲に街灯はなく、月明かりが入り込む古びた建物の中で二人の男が話をしていた。
だが、次の瞬間には巨大な爆発が起こる。大きな爆音に高熱の爆炎が建物を内部から破壊する。天井や壁はぶっ飛び、建物の中身が飛び出す。
爆発の中心に居た二人は当然のように爆発に巻き込まれた。
しばらくすると爆煙が晴れる。巻き込まれた二人が居たところには一人だけが立っていた。
「任務完了だ」
その男の背後には文字が浮かんでおり、その男が言霊使いであることを証明している。彼の背後に浮かんでいる文字は『爆発』。爆発という文字が赤く発光して浮かんでいる。
男は無線で任務の完了報告を済ませると、その場から立ち去った。
残されたのは所々に火がついている瓦礫だけ。もう一人の男は死体すら残っていなかった。
「ご苦労だボマー」
「・・・ウェイブだけか?シルクはどうした」
ボマーが拠点に戻ると一人の男、ウェイブがソファーでくつろいでいた。
ここは殺し屋、アレス・ウェポンの拠点。この男達はそのメンバーであるボマーと、ウェイブ本人だ。
ボマーがシルクだけがいない事に疑問を持つ。これから報酬の話をするというのに、シルクがいないのは珍しい事だ。
「そろそろ戻ってくると思うぞ」
「よぉ、いま戻ったぜ」
そうウェイブが言うと、言い終わったタイミングで誰が部屋に入ってきた。ずいぶんとラフな服装をしている男はそのままどかどかと部屋の中を進み、L字型のソファーに腰を降ろした。
「シルク・・・どこにいっていた」
「おお、ボマー。戻ってたのか」
少しわざとらしく、ボマーが居たことに今気付いたようなアピールをする。
その対応に
怒りを抑えると、ボマーも同じソファーに座りシルクがどこに行っていたのかの話を聞くことにする。
「それで・・・どこにいっていた」
「まぁそう焦るなよボマー。俺は単に仕事を貰いにいっていただけだって」
「仕事だと?」
疑問に思ったボマーにシルクではなく、ウェイブが答える。
「ああ、上から直接の依頼が来た」
上とは自分達より立場が上の、裏の組織の事だ。
今、裏の世界を仕切っているのはある2つの組織。
その二つ組織が現在はトップであり、それ以外の組織は一部の例外を除いてその2つの組織のどちらかの傘下である。
普段は傘下の組織には不干渉のトップだが、稀にそのトップの組織から傘下の組織に依頼がくる。それも正式なもので、しっかりと莫大な報酬金が貰える。
「それで、どんな依頼だ」
「だからそんな
「・・・後処理って訳か」
ウェイブは同じ裏の組織の人間を殺すと聞いて真っ先に裏切り者の、別組織の後始末を任されたのだと思った。
裏の世界では裏切り者や脱退者を許さない。これは自分達の組織の情報が他に漏れないようにするためだ。
裏の組織を抜けるには、少なくともそれ相応の対価が必要になるのだ。
だが、ウェイブの発言を聞いたシルクはそれを否定した。
「いや、そうじゃねぇ」
「どういうことだ?」
「その組織はトップのどちら側にも属していない。だが、新参者って訳でもなく、そこそこの大物だ」
「勿体ぶってないで、さっさと教えろ」
肝心な事をなかなか言わないシルクに、ボマーが腹を立てる。ボマーはこういうシルクの悪い正確には、うんざりしている。だが、仕事仲間ということでなんとか殺してはいない。
「だから焦ん・・・まぁいいか。簡潔に言うとだなぁ。無所属殺し屋グループ"テロスティア"のメンバー、リオン、レシオンそしてJの殺しを依頼された」
「なっ!」
「っ!」
シルクの口から出た意外な依頼内容に二人が驚く。
実はテロスティアの噂は表より、裏の方が広まっている。中でも接触しようとした組織はもれなく壊滅するという噂が大きい。しかもこの噂が事実である事からトップの2つの組織もあまりかかわりたくないと思ってるほどだ。
そしてなんといってもテロスティアの中で一番の噂がある男、Jの存在が一番大きい。
「で、どうする。いまならこの依頼を受けないって選択があるぜ?」
「馬鹿言え、上からの直接の依頼を蹴れるか。逆にこれはチャンスだ。テロスティアを壊滅さることが出来れば俺達は一気に上に上がれる」
上が手を焼いているテロスティアを、自分達アレス・ウェポンが対処できれば上から注目される事は間違いない。
なんせ上が対処しきれないからこうして依頼が彼らに回ってきたのだ。ここで自分達が上に出来ない事をしたとしたら、一目置かれるのは当然。
もしかしたらトップの組織にはいれるかもしれない。
そんな考えがウェイブの頭に浮かんだ。
「だよな。こんなチャンス逃せねぇよな。ウェイブならそう言うと思ったぜ!ボマーてめぇはどうする?」
「俺も答えは同じだ。それに誰であろうと、仕事として貰ったら実行するまでだ」
「ひゅーっ!流石ボマーだ」
「だが、今回は今までのようには行かないだろう・・・。シルク、直ぐにテロスティアの情報を集めろ!ちょっとした細かいものも全てだ」
「了解だ」
シルクはソファーから立ち上がり、部屋を出ていった。
シルクはその言霊の能力から、誰かに捕まったり殺られる事はない。そのため、情報収集や偵察などの役割は全てシルクが行っている。彼なら安心して危険な場所にも赴いて情報を集める事ができる。
シルクの言霊は数の少ない特殊なタイプのものだ。そのため対策される事はほとんどない。
もし、例外があるとしたらレジデンスにいる『無効』の言霊ぐらいだろう。
「さて、ボマー。俺達は俺達で準備を始めるぞ」
「ああ」
シルクが出ていく所を見送った二人は、情報収集とは違う対テロスティア対策を始める。
そして、次の日。シルクがテロスティアの情報を持って戻ってきた。
『強化』
意味:強くすること。さらに強くすること
言霊効果:触れた人物の身体能力を強化する。強化できる人物の最大数は10人。自分に効果をかけることもできる
言霊タイプ:接触発動型
使用者:五十嵐 刀馬
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