この世の全てを美少女に! (縛炎)
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1 異世界へ





 『小説を書いていますが、ハイファンタジーで人気の出る異世界チートの設定で悩んでます。アドバイスをください。』

 

 そんな掲示板のスレッドには、平和な書き込みが溢れる。

 

 『全種魔法属性。究極ポーション作成。万能テイム。無尽蔵魔力。不死身。・・・。』

 

 

 だが、それを良しとしない男がいた。

 

 デブでプロニートの俺、雄山正男(おやままさお)だ。

 

「は!!笑える。本質を隠すな。お前ら、欲望に、正直になれよ。ハイファンタジーの必須条件は、チートでは無い、《美少女》だ。ブスな嫁が出てくる最強チートなんて読みたいヤツいるのか?はい、論破。」

 

 カチャカチャカチャ、ターンッ!!

 

 顔を真っ赤にし、踊るようにキーボードを奏で、掲示板に、切れ味鋭い書き込みをして、一刀両断。今日もマジレスで論破して、素人さんを黙らせてやったぜ。ここは、戦場だから、ほのぼのコメントは通報っと。

 

 彼は、敵を撃滅した僅かな高揚感の後、何時ものように、倦怠感、喪失感、漠然とした不安といった負の感情に苛まれていた。

 

 ここ数年、心が休まった日が記憶に無い。挫折と厳しい社会の目が、優しかった彼を、捻くれたゴミ野郎に貶めていた。

 

 そんな社会のゴミが、本日、記念すべき30才の誕生日を、閉塞した牢屋のような自室で迎えた。アンハッピーバースデー俺♪と、ここまでなら、よくある話だ。

 

 

 しかし、暇を弄ぶ混沌神(クトゥルフ)が、そんなゴミに、気まぐれに魔法を貸した事から、停滞していた物語は動き出す。

 

 童貞で30歳を迎えた深夜4時。正男は、何時ものネット巡回業務に勤しんでいた。

 

 そこへ、突然、脳に語りかけてきた混沌神とやらが言うには、都市伝説だと思っていた魔法使いに、一時的にしてくれるらしい。

 30年も童貞を守り抜き、10年以上、1日も休まず自宅警備をやり抜いた俺へのプレゼントだそうだ。混沌神の本当の理由は、単なる暇つぶしなのは分かっている。

 しかし、混沌神に馬鹿にされたが、チャンスが来たなら掴むだけ。人間としての尊厳を失って久しい。反面、プライドだけは、肥大化しているが、それを抑え込んで耐える。なにせ独房で10年間耐えられる我慢強い男だ。耐えられない事など、無い。

 

 だから、変えてくれ。この現実を。

 

 

 この時、彼は停滞した人生で、実に10年ぶりに、変化を選んだ。

 

 混沌神から与えられた制限時間は20分で、その間なら、奇跡の魔法が使い放題らしい。

 

 

 この世界に絶望していた正男が、迷わず選んだ奇跡の魔法は、金でも地位でも巨悪を倒す事でも無く、《異世界転生》という1つのありふれた魔法だった。

 

「彼岸成就!!」

 

 彼は、叫ぶ!それは長年に渡り抑圧し続けた心の声。

 

「時は来た。この世界からは、おさらばだ!貴重な俺という人材を粗末に扱い、失った事を後悔するがいい!引き止めても無駄だ。俺の物語は始まるっ。異世界転生ぇぇぇ。」

 

 長年の過酷極まる1日も休まず働き続けた自宅警備の職場を、その日、放棄した。

 

 湧き上がる衝動に身を任せ、開かずの部屋の扉の封印を蹴破り、その勢いで玄関を開け放ち、自由な外の世界へ裸足で駆け出す正男。

 ざらついたアスファルトで足が傷つくのは恐れない。心がもっと傷ついている。魂が泣いている。

 もう社会のルールや常識には縛られない。隷属の軛から解き放たれ、赤い光に向かって、闘牛のように、全力で駆け出す男。心臓が躍動している。鬱屈したパワーを解き放て!彼は、奇跡の赤い光に導かれ輝く。

 

 

 そして今、自宅前の交差点で見事、転生トラックに轢かれて、転生の間に、いるのであった。

 

 

 正男の眼前にいる白い髭を生やした神が、迷える哀れな男に、お約束の退屈な願いを問うてきた。

 その問いに対し、彼は、なんの駆け引きも無く即答する。なぜなら、この答えは、小説ハーメルンを精読し、考察の結果、既に2年前から用意していたからだ。チャンスを掴めるのは、準備してきた者だけ。

 

「して、お主は、何を望む?」

 

「俺の望みは1つだけだ。世の中、女だけで良い。ハーレムを!美少女ハーレムを寄越せ!」

 

 正男の魂の叫びに、神は、目を丸くする。それは神すらも驚かせる傲慢な願いだった。そして、日々の暮らしに退屈していた神は300年ぶりに豪快に笑い、その願いを了承した。

 

「フハハ、逸材じゃ。退屈せぬ。良いだろう。その願い、叶えてしんぜよぉぉ!!」

 

 なにか勘違いしたのか、興奮したヒゲもじゃの耄碌した神に、バン!と背中を強く叩かれ、異世界ゲートへ押し込まれる。

 

 彼だけのチート異能。絶対美少女化(ハーレム)を獲得し、異世界の魔境へと、転移した。

 

 

「うおっとと、痛ぇーな。何処だ、ここ。密度の高い原生林か。しかし、神なら靴ぐらい、くれれば良いのに。」

 

 鬱蒼とした森に、急に現れたゲートから、ジャージ姿で裸足の正男が現れた。素足で、ふわふわとした一面に広がる苔の上に舞い降りた無闇な天才。ラノベ主人公よろしく、実に、ご都合主義な場所へと転移。

 湿った空気。生々しい木々。日本の打ち捨てられた杉林と違う、生きた森がそこにあった。

 

「ちっ、転生じゃなくて転移かよ。なんとかしてくれよ、この脂肪。しかし、社会のゴミから、成り上がるなら、これも悪くない逆境か。そうだな。それなら、今日から、ダストと名乗るか。」

 

 長年の不摂生から弛んだ腹をつまみ、文句を言いながらも、ニヤニヤは、とまらない。だって、異世界!しかも最高のチート付きですよ!

 

名前:ダスト

種族:人間(おっさん)

能力:かなり弱い

異能:絶対美少女化(ハーレム)[神R]

装備:異世界の服(ジャージ)[R]

弱点:裸足

状態:異世界デビューしました。

 

 




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宜しければ、ひふみ先生の最新小説もブクマお願いします。ちなみに、本家は、フルスロットルです。

全てを美少女にしちゃう女神の俺が失われたアレを取り戻すまで

作者:一二三 四五八
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2 ヒロイン登場

「しかし、どうするかなぁ。まずは街に行きたい、そして靴が欲しいな。」

 

 とても柔らかい苔の上とはいえ、裸足だ。不安は、尽きないが、街を探しながらあてもなく、魔境を歩く。

 木々の隙間からは、街は見えない。愚かな男は、足元も確認せず、街を探しながら、さ迷う。

 

「あー武器もねぇな。でもあっても使えないし、モンスターに遭遇したら、走って逃げるとして、無理めな敵なら木に登ってやり過ごす。で、街に着いたら、金はどうするか。そうだな、そこは問題ない。異能で美少女に養って貰う。完璧な計画だ。」

 

 そんな考え事をしながら、少し歩いた時、油断していたダストは、外の世界の洗礼を受けた。

 

 地球と比べ、凄くイージーな地形だったにも関わらず、悲しい事にダストの地球での前の職業の後遺症のため、その地形にすら耐えられなかった。

 自宅警備という狭い場所から24時間出られないという過酷極まる待機業務が、彼から深刻な程、筋力を奪っていたのだ。もともと、良くない運動神経も合わさり、なにも無い場所でバランスを崩す。

 

「うわぁぁ。倒れそう。あっ!目の前に、い、石があるぅ。」

 

 柔らかな地面に足をとられ、ゆっくりとバランスを崩した先に、さらに不運な事に、尖った石を発見。手をバタつかせるが、倒れるのは止まらない。このままでは顔に直撃。ぐんぐんと迫ってきた石に、慌てて、右手を伸ばし、ガード体勢をとるダスト。

 彼の本能が惰眠から目覚め、顔面へのダメージを減らすべく手を犠牲にする事を、選択した。

 

 したが……

 

 

 その時、異能が、発動した。

 

 !?

 

 まさに、尖った石で手を怪我すると思われた瞬間、彼だけの異能が発動した。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

 ダストの右手が光り輝く。そして、尖った石で怪我をするかと思われた瞬間、奇跡が起きた。例えるならば、それは神の奇跡、邪神の寵愛。

 

 重力に負けて倒れ込んだ彼の右手にきた衝撃は、尖った石に切り裂かれ熱を帯びたジンジンとする耐え難い痛みでは無く、なぜか、天上の「むにゅっ」とした幸せの衝撃だった。

 体験した事がない、甘い幸せの衝撃が、脳髄を奔る。

 

 

「は?なにが起きた?」

 

 事情を1ミリも理解出来ないダストは、手を握りしめ、指先で、もう一度その感触を確かめる。「むにゅっ」と、先程感じた天上の感触がある。つまり、先程の幸せな衝撃は、夢や幻では無く、現実である事を再確認した。だから何?意味分かんねーよ!そして、気持ちいい。

 

「うっはーっ、なんだ?このハリがあり充実感の溢れる弾力は!」

 

 さらに、分からない事は続く。目と鼻の先に、見知らぬ美少女が、いつの間にか、いた事に気付く。灰色の瞳に、灰色の髪。少し尖った表情。薄い唇。デニムのツナギから、見える細い手足。なんとはなしに気まずくなって挨拶をする。

 

「あっ、ども。」

 

 誰?いつの間に?という疑問もあるが、その瞳に、吸い込まれるように、目と目が合った。非難の色合いが込められた彼女の灰色の瞳が、すっと下の方を見る。その冷ややかな視線の先を追うと、彼女の形の良い胸に、伸びている痴漢の手を発見した。

 

 誰だ!この羨ましい手は!いや、違った。許せぬ、無垢な少女を弄ぶ痴漢め。成敗してくれる。義憤に駆られ手の付け根を視線で追うと、自分の身体に繋がっている。

 

 ふむ。

 

 これは、もしや?再確認の必要があるな。「むにゅっ。」おぉう。ハリのあるバストにしっかりと食い込む指が見える。眼福である。少女特有の膨らみかけた固めの弾力を味わう。

 俺の目は誤魔化せない。名探偵ダストは、この事件の犯人が分かった。「間違いない!犯人は、ダストだ!」

 

 バシン!

 

 正解者には、美少女のビンタを。

 穢なき美少女の胸を卑劣なる手で都合3回にも渡り弄んだ性犯罪ダストは、被害者の少女から、目から火花が出る程の強いビンタの刑に処された。

 

 

 

「す、すまない。悪気は無かった。」

 

「分かった。許してあげる。」

 

 ダストが、謝ると、驚く事に、あっさりと無表情の少女から許しが出た。

 

 え?許して貰えるの?

 

 何もしてないのに、挙動不審な態度から犯人にされた過去すらあるダストは、あっさりと許された事に驚愕した。

 

 もしや、もしや、これが…ハーレムのチカラか。俺の時代が来たかもしれん。

 

 

「えっと、助けてくれてありがとう。」

 

「いいよ。」

 

 少し微笑む美少女が、可愛い。灰色の髪が好きだ。恋に落ちたかも。心臓が高鳴る。異世界に来て良かったぁ。もっと、彼女の事が知りたい。

 

「あ、俺はダスト。君は?」

 

小石(コイシ)。」

 

 可愛い。思考のメモリは、彼女の映像記録に全て使っている。処理落ちしそうだ。なんて返せばいいか分からんくて、会話が止まる。元プロニートには美少女との会話はハードル高すぎ。心臓が痛い。しかし、いい名前だなぁ。あっ、それを言えば良かった。でもタイミングがもう遅い。

 えぇと、会話、会話。そういえば、よく分からないけど、転けそうな所を助けてくれたんだよね。

 

「あ、たす、助けてくれて、ありがとう。」

 

「こちらこそ、ありがとう?」

 

 というか、さっきも同じ事を言った事を思い出す。そして、なぜかお礼言われちゃったよ。

 小石ちゃんの優しい対応に、少し落ち着きを取り戻すと、なにか視界に違和感がある事に気付く。会話の切っ掛け、そういえば、先程まであった尖った石が無くなっている。彼女が、何処かに片付けてくれたのか?

 

「そういえば、ここにあった尖った石、知らない?」

 

「え…。私が、その…尖った石だけど。ダストが擬人化してくれたんだよ。石族に進化して情報量が増えて楽しい。だから、ありがとう。」

 

 

「は?」

 

 彼の低いマシンスペックでは理解出来ない。驚愕の表情でダストは固まった。

 

 理解能力の低いダストに任せると、日が暮れてしまうので、さっくり解説。

 

 

異能:絶対美少女化(ハーレム)[神R]

効果:この世の全てを美少女に!右手で直に強く触った装備品以外のモノを、美少女化する。物体すら擬人化する。唯一無二のダストだけの神異能

 

進化前:尖った石

大成功★

名前:小石(コイシ)

種族:石族(美少女)

特徴:灰色の瞳髪。少し尖った表情。

異能:不食[SR]、変身[R]

装備:ジーンズのツナギ[R]

欠点:移動不可

 

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

「…煩いよ、ダスト。」

 

 



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3 ゴブリン娘

 どうやら、俺の右手が、コイシちゃんを擬人化したようだ。この異能は思ったより、ヤバくね?生活に支障が出るのでは?

 

 ただ、そんな重要な問題よりも、時折、小石ちゃんが魅せてくる笑顔が、俺の心を捉えて離さなかった。

 恋したかもしれん。

 それに、女子とこんなに長く話したのは、初めてだ。

 

 耄碌神に、授けられた異能は、祝福というより、呪いに近い残念なものだった。

 欲しかった異能は、モテモテになる異能であり、石を擬人化するようなクソ異能では無い。

 

「これじゃねーよ。ボケ神め。」

 

 思わず叫んで、しまったが、まぁ、コイシちゃんに出会えた事だけは、感謝をしている。

 コイシちゃんは、俺が命を授けたようなものだから、上手くいくだろうという漠然とした自信がある。こんなに会話が続いてるんだから、俺に気があるでFAでしょ。責任を持って、俺の嫁にしてあげようか、こういうのは、男から誘わないとね。

 

「よ、良かったら、小石ちゃん。俺と街まで歩いてくれないか?」

 

「え…無理だけど。」

 

 え!!断われた!異世界ならワンちゃんあるかもと調子に乗った、これが豚野郎の末路かよ。辛い…。やはり俺は、異能を手に入れても飛べない豚なのか。

 ダストは、そう勝手に悲観的に、独りで結論づけた。傷つくのが、怖くて踏み込めないので、向かい合わず、自ら逃げ出した。

 この時は、まだ弱い男だった。

 

「ごめ、キモかったかな。」

 

「違う、ダストは嫌いじゃないよ。ただ、歩くのが無理なだけで。」

 

「どのくらい無理なの?」

 

「歩けって命令されたら、グーで殴るよ?」

 

 そう言って拳を握りしめる小石ちゃんは、可愛かったし、これ以上、嫌われたくないので、初恋の小石ちゃんと、一旦、別れを告げた。

 

 だって、グーで、殴られたら、心が死ぬ。それに物理的にも死ぬかもしれない。

 

 小石ちゃんは、種族的に移動出来ないだけなのだが、拒絶されたと勘違いしたダストは、寂しそうな表情を浮かべる小石ちゃんと別れ、別々の道を歩きだした。

 

「小石ちゃん。しばしお別れだ。強くなって、またここに、戻ってくる。」

 

「…約束だよ、ダスト。ここで待ってる。」

 

 メインヒロインと、しばしの別れを告げるダスト。

 

 

 初陣。

 

 とぼとぼと、歩いていると、鼻をつく不快な臭気が漂ってきた。つまり、敵が現れたのだ。メジャーなザコ魔物。緑の小鬼、ゴブリンと遭遇を意味する。

 

「ぐぎょ?」

 

 邪悪を煮詰めたような顔をしている緑の肌をした鬼の小人だ。弱いが、かなり残虐な性質のモンスター。

 

「ひぃぃぃい。」

 

 いきなり、錆びたナイフで躊躇なく襲ってくる小柄な魔物。武器を持っていないダストは、木を遮蔽物にしながら、豚のように悲鳴を上げながら、必死に回避する。

 先程立てた計画の走って逃げる事、木によじ登る事は、自分の運動神経では不可能な事が分かってしまったからだ。

 

 ゴブリンの攻撃を回避、回避、回避。さながら、平和な森の魔境の最弱決定戦が、ここに火蓋を切って落とされた。

 

 ダストは、無様に逃げながらも逆転のチャンスを、じっと待つ。プロニートであった彼は、待機業務は、他の追随を許さない。

 

 ゴブリンの拙い剣技。逃げ惑う素人。第三者から見れば、ほのぼのしいぐらいのお粗末な戦いだが、当人達は、真剣そのもの。と、その時、ゴブリンの雑な大振りの一撃が木に当たり、錆びたナイフが浅く幹に食い込んだ。

 

 そう。この瞬間を待っていた。ゴブリンの攻撃に一瞬の硬直が訪れるこの瞬間を。

 

 彼は、あの夜。

 

 30才で童貞を迎えた、邪神の気まぐれの一夜。運命が変わった。いや、自ら運命を変える事を選んだ。

 

 そう、チャンスを掴む男になったのだ。

 

「うぉぉぉっ!ゴブリンめ、俺の女になりやがれっ!」

 

 ダストは、雄ゴブリンの硬直した腕を掴む。

 

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:ゴブリン

少し失敗

名前:??

種族:ゴブリン族(美少女)

特徴:緑色の瞳髪。小柄な少女。

性格:残忍

異能:臭い息[N]

装備:蛮族の服[R]、錆びたナイフ[N]

能力:弱い→弱小

関係:敵対

 

「っしゃ!おらっっ!」

 

 ほんのり光る右手とともに、小柄なゴブリン娘が誕生した。

 

 美少女が異世界に1人増えた。艷やかな緑の髪。緑の瞳。やや緑がかったハリのある肌。キツイ表情。蛮族ルックというのか、首元にチープな牙のアクセサリー。毛皮のような巻布の服。

 

「うむ。間違いなく可愛いが。どこか、完璧じゃないような?」

 

 ダストの疑問は、すぐに解消された。彼女によって。

 

「人間のオス。犯すぐぎょ。」

 

 ゴブリン娘の吐いた息は、臭かった。吐き気のでる不快な酸っぱい息を放つ美少女。

 

「む、無理だ。俺には好きな娘がいるんだぁぁぁ。」

 

 自分から女にしておきながら、美少女ゴブリンの告白を断り、豚のように遁走するダスト。

 

「オスの子種袋、待つぐぎょ。」

 

「ひぃぃぃ。」

 

 はたして…ダストの童貞は、少し難ありの美少女に、無理矢理、奪われてしまうのだろうか?逃げろ、ダスト。

 

 



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4 死闘

 ダストは、転がるように遁走した。それを追いかけるゴブリンの美少女。

 

 とても羨ましい光景だが、残念な事に彼女の息は耐え難い悪臭だ。キスをしたら死ぬレベルで臭い。

 

「い、嫌だぁぁぁ。」

 

 柔らかな苔を踏みしめながら、逆走する。運動不足のダストは、息も絶え絶えで転がるが、それを追いかけるゴブリンも美少女化した事により、元々弱い能力が、さらに弱体化したようで、なかなか追いつかない。

 

 10年ぶりにダストが頑張って走った事により、徐々に差が開いてきた。

 

 このまま逃げきれたかと思った矢先、先程までの位置に戻ってきた事に、見知った女性との再会により気付く。

 

「おかえり、ダスト。え!もう強くなったの?」

 

 人族は短命であるが、成長が速い。ゆえに、魔王を倒せる勇者は人族である。が、さすがに、1時間も経っていないので、それは無理だ。

 

「ごめん、小石ちゃん。ちょっと寄り道しただけだから。」

 

「…残念。」

 

 すっかりと油断して、せっかく開いたリードを、美少女との甘美なお喋りで使ってしまったせいで、臭い息の女に追いつかれた。だが後悔は無い。

 

「追い付いたぐぎょ。」

 

「またね、小石ちゃん。取り込み中だから。くそっ、息がくせーんだよ。ゴブリン娘め。」

 

 ダストは逃げだしたが、ゴブリン娘は追いかけなかった。ん?

 

「ぐっぎょー。この泥棒猫ぎゃ。殺すぐぎょ。」

 

「…えっと、どちら様?」

 

 あろう事か、ターゲットを変更し、小石ちゃんに殴りかかるゴブリン娘。美少女どおしのキャットファイトが、始まった。

 ボカボカと、一方的に、殴られ続けている小石ちゃんに、遅れて気付くダスト。

 

「や、やめろっ!小石ちゃんに手を出すな。」

 

「ぐっぐっぎょーー。」

 

 さらに燃料を投下し、ゴブリン娘の攻撃は激しさを増す。ダストは、視界に映った、いい感じの木の棒を入手し、小石の元へ駆けつけた。

 

 男の子は、武器を持ち勇者となる。急激に、進化を遂げた男は、姫を守るため、緑の魔物と、相対する。

 

名前:ダスト

装備:異世界の服(ジャージ)[R]、木の棒[N]←new

 

「死にさらせや!このゴブコめ。」

 

 助走をつけての全力の一撃。華奢で、可憐な緑髪の美少女を、チカラの限り、硬い棒で、殴打する。渾身の力で撲殺する。

 

 ついには、ゴブリンの美少女は、動かなくなり、光となって消えて、後に残ったのは、ドロップアイテムのゴブリンのクズ魔石のみ。

 

 異世界から、美少女が1人消えた。

 いや、美少女でも、小石ちゃんを虐めるゴブリンに、存在価値は無いと考え直す。

 

 

「小石ちゃん、大丈夫、怪我は無い?」

 

「うん。痒くもないよ。石族だから。それより、その…もしかして、守ってくれたの?」

 

「あ、余計なお世話だったか。」

 

 気まずそうに言うダストに対して、小石ちゃんは、顔を赤らめて、手をモジモジしながら囁いた。

 

「嬉しい。格好良かったよ。」

 

 褒められた事など、何年ぶりだろうか。小学生、いや、幼稚園か。思い出せない。汗が頬をつたう。なぜか視界がぼやける。

 

「ダスト、泣いているの?痛い?」

 

「え、いや目にゴミが入っただけだ。問題ない。」

 

 泣いていたのか俺は。感謝だな。小石ちゃんとこの場所で住めるぐらい強くなって、また帰ってこよう。と、決意を固めるが、意外な事を言われて勘違いに気付く。

 

「ダスト、連れてって。自分で移動出来ないけど、一緒にいたいよ。」

 

「えっと、さっきの無理は、そういう意味だったのか?」

 

「そう…だけど?」

 

「いや、何でもない。行くよ、お姫様」

 

 困惑する彼女を広い背中にご招待だ。さっと、おんぶして、2人は街を目指して歩き始めた。

 

 

 あっ、背中に当たる感触が堪らない。背中で揺れる灰色の髪の美少女。なんて邪心は、50mも歩かない内に、叩き折られた。だって、だって。

 

「きゅ、休憩しよっか。」

 

 運動不足なんだもん。くっそー、せめて部屋の中で筋トレとかしとけよ、昔の俺。ぜぇぜぇと息の荒いダストに、小石ちゃんは、別の提案をしてきた。

 

「あの…小さく変身しよっか?」

 

「・・お願いします。」

 

 それは、苦渋の決断。楽園はなくなるが、生存するために仕方がなかった。宿に着くまで、しばしの別れを告げる。

 そして、ダストが頷くと、目の前で、灰色の髪の似合う少女は、しゅるしゅると縮み、小さな尖った石の欠片になった。

 

「よしっ、明日から筋トレしよう。」

 

 小石ちゃんをポケットにしまって、街を探して、フラフラと疲れた身体にムチを打ちながら歩き続けた。

 

 

 歩き続けたかいがあり、ようやく、街道が見えた。日が強く差し込む街道に降り立ち、鬱蒼とした危険な森を抜けた事に安堵する。

 

 

 



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5 厳つい騎士

 街道の真ん中の馬車の轍の無い部分を歩く。裸足のため、苔が残っている部分を選らぶ。間違って砂利を踏むと、酷く痛い。

 

「なんだ、馬車の残骸?」

 

 道の外れに、馬のいない車輪の潰れた馬車を見つけたので、興味本位で近付くと、人が倒れていた。

 

「大丈夫か?くそっ殺されてやがる。」

 

 駆け寄って確認したが、既に息は無かった。山賊にでも襲われたのだろうか?

 

 荷車の中を物色したが、荷物は、ほぼ略奪されており、価値のありそうな物は見付からない。

 根気よく探すと、村人の服と粗末な靴とスコップを見つけたので、有り難く拝借する。

 ただ、お目当ての食い物が見からなかったのが痛い。早く街に辿り着かないとヤバいかもしれない。ポケットに鎮座している小石ちゃんは、食事が不要だそうで、羨ましい限りだ。

 

 

名前:ダスト

装備:異世界の服(ジャージ)[R]、木の棒[N]

弱点:裸足

装備:|村人の服[N]、粗末な靴[N]、スコップ[N]、形見のネックレス[R]

 

 弱点の裸足が消えたのが、嬉しい。スコップは、地面に当たる部分だけ金属になっている。ジャージは処分した。力も無いのに、目立つのは良くないからな。

 

「さて、ひと仕事するか。」

 

 墓が必要だろ?ゆっくり眠れるよう服の代金分は、働いてやる。

 

 額に汗をかき、穴を掘り終えた頃、蹄の音が近付いてきた。

 

「動くなっ!そこで何をしている。」

 

 厳しい警戒の声が馬上から投げかけられた。ここが、ご都合主義の異世界で良かった、言葉は通じるらしい。

 

 振り返ると、弓を構えた厳つい騎士のような白人男に、睨まれている。あの矢が放たれたら、一撃で死ぬだろう。

 

「人が死んでいたのを見つけたので、墓を掘っているだけだ。」

 

 刺激しないように、ゆっくりと話す。

 

「そうか、すまない。旅人よ。山賊と間違えた。作業を続けていいぞ。」

 

 騎士はダストをじっくりと観察して、攻撃力が無い事が分かったのだろうか、警戒を解いたので、ダストは、遺体を穴の中に安置して埋める作業に移行する。

 

「おい、手伝ってくれねーのか?」

 

 街の位置が分からず腹も減ってイライラしていたので、馬から降りようともしない騎士に、不機嫌に突っかかる。

 

「分かった。形見を近くの村に届けるくらいはしてやろう。」

 

 街では無く村なのか。そこで、天啓が閃く。村の位置が分からなくて困っているが、それを解消出来る一手を思いついたからだ。10年ぶりに閉ざされた部屋から出て、俺は変わったので交渉も出来る。

 遺体を穴に埋め終わると、その墓標として、スコップを立てて、手の砂を払った後、ニヤリと笑って、形見のネックレスを見せながら交渉に入る。

 

「信用ならねぇな。この目で、届ける所を確かめない事にはな。」

 

 騎士は、怪訝な顔をして、俺の言いたい事が分かると嫌そうな顔で応える。

 

「俺を、乗り合い馬車として使うとは、良い度胸だな。面白い。間違えた詫びとして、連れてってやろう。」

 

 と、厳つい顔のおっさんは、馬上から手を差し伸べてきた。いや、そこまでは言ってない。案内してくれるだけで良かったんだが。断るか?いや、このタイミングで無理だろ、不審がられる。

 

「いや、あの。」

 

「なに、遠慮するな。」

 

 凄い迫力で迫ってくる。あっ、コイツ。道に迷ってる事が分かった上で提案してやがる。一本取り返したって顔してる。

 が、この厳つい騎士のニヤつく顔が怖すぎて、思わず、プレッシャーに負けて右手で男騎士の手を握ってしまった。

 

「あっ!」

 

「どうした?」

 

 美少女になっちゃううとか思ったんだが、あれれ?異能が発動しない。右手が光らないんだけど。なんでだ。ガントレット越しは無効なのか。

 

「いや、何でもない。」

 

「ふむ、行くぞ。」

 

 その時、重く弛んだ身体がフワリと浮く妙な体験をした。ぐぇぇ、肩が外れそうな程痛い。厳つい騎士様は、馬鹿力なのか片手一本で、この鈍重な体を引き上げたぞ。マジか、人間なのかコイツ。

 

「うわぁぁ。」

 

「さて、俺は穴を掘るのが好きでは無い。よって、落ちるなよ旅人。」

 

 なにが、天啓だ。こんな危険な男と交渉した自分を殴ってやりたい。村につくまで、激しく跳ねる馬の上で騎士にしがみつきながら、すごく反省した。

 

「ひぃぃぃ。」

 

 

 



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6 始まりの村

「そういえば、旅人よ、この辺りは山賊が出るので、気をつけてくれ。ではな。」

 

 別れ際、イカれた騎士が、何かほざいていたが、無視する。やっと村に到着して馬という狂気の乗り物から開放された。もう乗りたくはない。生きているのが、不思議なぐらいだ。

 厳つい騎士よ、次に会ったら、美少女にしてやるから、覚悟しておくんだな。

 

 

 しょぼい村に到着した。悪くは無いが、科学大国の日本と比べると、どうもね。《始まりの村》と心の中で、名付けよう。

 

 さて、形見のネックレスを引き渡し、入村できたが、現在の所持金は、ゴブリンのクズ魔石1個だけ。これで何とか食べ物を分けて貰いたいところだ。

 ハードモードすぎるだろ。パン2個、いやせめて1個だけでいいから交換して貰えないだろうか。

 広場の真ん中で、作戦を練る。鉛のように足は重いが、なにか行動に出なければ、遠からず飢えて死ぬ。この村では残飯なんか出ないだろう。ホームレスという選択肢すら選べない。

 

 

 思案していたら、金髪の爽やかイケメンが、近付いてきた。

 

「隣の大陸から来た行商人の形見のネックレスを届けてくれたのは、君かい?」

 

「そうですが、何か?」

 

 お近づきになりたいのは、美少女なので、イケメンは死ね。薬指に指輪ね、若そうだが結婚してるのか、羨ま死ね。

 しかし、情報屋が来たと思えば、有り難い。せいぜい利用してやろう。

 

「しかも埋葬してくれたんだろ、ありがとう。運送ギルドから失踪情報だけ届いて困ってたところだったんだ。君のお陰で、探す手間も、埋める手間も省けた。」

 

「当たり前の事をしただけだ。」

 

 照れ隠しに、そう答えながらも、お礼を言われた事が、素直に嬉しい。

 人から感謝されると、こんなにも、いい気分になるんだな。久しく忘れていた感覚。

 

「僕は、フランツ。この村の自警団をしている。良かったら、今日の酒を奢らせてくれ。この村の飯は美味いぞ。」

 

「そ、そうか。ありがとう。旅人のダストだ。遠慮なく頂こう。」

 

 なんだとっ!ありがとう。フランツありがとう。イケメンの癖にイイヤツだな。これで、飢えなくてすんだ。ピンチを脱した。

 食糧問題の解決策は、正直に白状すると絶望的だった。まさに、君は救世主だ。

 

 和解しよう。イケメンだから死ねとか思って悪かった。君は良いイケメンだ。

 

 俺たちは、固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 ピカッ!

 

 ダストの意に反して右手が光る。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

進化前:イケメン

成功

名前:フランツ→フラン

種族:人族(美少女)

特記:既婚者

特徴:金髪碧眼のスラリとしたスタイル

性格:爽やか

異能:剣技[N]→化粧[N]

装備:自警団の服[R]、普通の剣[R]→シックなドレス[SR]、小さなバッグ[R]

 

 

「あっ!なんという事を。」

 

 バカ、バカ、バカ、やってしまった。高速で、豪華な晩飯が遠ざかっていくのを幻視した。飯を奢ってくれる予定の爽やかイケメン自警団は、この世界から消えた。なぜ、迂闊にも握手をしたのだ。

 

 光る右手とともに、現れたスラリとした大人びた美少女と、ガッツリと握手している。これは、許してくれないだろう。罪悪感が半端ない。

 

 美少女が異世界に1人増えた。青い瞳、流れる短い金髪。爽やかな笑顔。スラリとした肢体。シックな白いドレス。青い小さなバッグがアクセントとなり、例えるならば、それは爽やかな海辺の青空。

 

「きゃぁぁぁ!」

「うわ、うわ、フランツが。」

 

 阿鼻叫喚だ。村人1が現れた。村人2〜6が現れた。村人7〜21が現れた。

 

▶逃げられない。

▶逃げられない。

▶逃げられない。

 

 

 



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7 フラン ドール

 

 この異世界で、最初に女体化した人間、フランツ。彼、いや既に彼女だが、不思議な事に、己の置かれた状況を、ふんわりと、理解し初めていた。

 フランツの美少女化を、なんとは無しに目撃した村人達よりも、自分の身体に起きた変化をいち早く、彼女は正確に自覚していた。

 

 自分の守る村に、フラリと現れたこの辺りでは見かけない風貌をした旅人ダストに、握手をした瞬間。彼女は、今までの常識を、己の身体を、書き換えられたのが分かった。

 爽やかな性格は、シンプルに状況判断する。どうやら、「女にされた」ようだ、以上。なってしまったものは、仕方が無いと受け入れる。

 日々の筋トレで、鍛え上げた筋張った筋肉、細くても力強い男の骨格、そういうモノは、既に無い。変わりに生まれた、繊細な花のような肉体と、こんこんと湧き上がる清らかな生命力を身体の芯から感じる。女になった事で、視線も少しだけ低くなった。

 

「僕、もしかして、女になった?」

 

「ご、ごめん。」

 

 フランツの心の中から滑るように流れ出た疑問を、ダストは申し訳なさそうに肯定した。彼女は、変声期が来ていない濁りの無い自分の声に驚く。

 

 フランツ、いや、僕はもうフランだ。そう認識すると、すっとなにかが腑に落ちた。

 

 だけど全然、情報が足りていない。彷徨う意識が、未だ握りしめている握手に向かうと、ダストの男らしいゴツゴツした手を感じてドキドキした。え、今、僕は何を考えた?

 

「ひゃっ!」

 

「ご、ごめん。」

 

 フランは、慌てて手を離す。僕は何を考えてるんだ。ドキドキと高鳴る心音を抑えながら、怪しい旅人ダストに、向けていた好感と僅かな警戒が、違うベクトルの好意と興味に変わっているのを感じて戸惑う。

 

 駄目だ、僕には妻がいるんだ。指輪を見て思いだせ!

 左手を見ると、見慣れた剣ダコのあった男らしい手では無く、すべすべとした細い綺麗な自分の手がある。

 そして、その白魚のように細くなった薬指から、サイズの合わなくなった婚約指輪が、するりと抜け落ちた。

 彼女を縛っていた責任が、いとも簡単に、溢れ落ちるように外れる。

 

 あはっ、もう駄目だ。・・僕。

 

 

 

 そんなフランの心境の変化を知らないダストは、危機的状況に追い詰められ焦りを感じていた。くっそー、あの耄碌神め、変な異能を渡しやがって。村の自警団という主要人物を、衆人環視の中、村の中央広場で、女体化した今、

 

 今後の展開が全く読めない。

 

 死刑が待っているのか、人体実験に利用されるのか、うやむやで無罪になるのか。

 

 直ぐに遁走すれば、良かったが、握手し続けていたため、機を逸した。しかし、爽やかに美しい大人びた美少女の手を振り払い逃げだす事など出来なかった。

 何にせよ、ダストの命運は、目の前の、小さなバッグから手鏡を取り出し自分の顔を、恥ずかしそうに確認しだした美少女に、掛かっている。おい、適応早すぎだろ、元イケメンさんよ。

 

 

 ざわつく村人達に、2人は囲まれていたが、ついに、

 

「おい!フランツを何処にやったんだぼ。」

 

 村人の1人が、不可思議な状況に、耐えられなくなって叫ぶ。おそらく、この朴訥そうな顔の青年はフランツの友人なのだろう。

 

 答えに窮して黙り込むダストに変わって答えたのは、御本人様。

 

「バルバレ、僕がフランツだ。いや、もうフランかな。」

 

「はぁ??ふざけんなぼ、女。雰囲気は似ているが、貴様は完全に女だぼ。」

 

「さすが、バルバレだね。女研究の第一人者。そう、僕は女になってしまった。だから、共用のエロ本は、もう使わないから、全て君にあげるよ。」

 

 ざわりっと、非難の目を浴びるモテなさそうな青年バルバレ。とんだ、とばっちりである。

 しかし、友情に厚い漢バルバレは、何処かに消えた友人を探すため、怯まずさらに死地へと踏み込む。

 

「女、フランツだと言い張るなら証明しろぼ。」

 

 真剣なバルバレの叫びに、フランは哀しそうに微笑み応える。

 

「君の覚悟は分かったよ、バルバレ。僕は君の親友だ。だからこそ、あえて言わせて貰う。ミーシャさんに、下着を返すんだ。」

 

「ぼぼ、黙るぼ。それはオラとフランツしか知らない事なのだぼ。」

 

 クリティカルな回答。フランツは、2人だけの男同士の秘密を明かし、バルバレとの友情と犯罪を証明した。

 

 犠牲の犠牲となった勇者バルバレの活躍により、《女体化》という奇跡が、ようやく愚昧な村人達の間にも、じわじわと認知される空気が漂い始めた。

 

 この後、バルバレは、社会的に死ぬ事となり、朴訥な青年から、気持ち悪い犯罪者にクラスチェンジするが、この物語とは関係が無いので流す。

 

 女体化より20分ぐらい経過した時だろうか、目の前の奇跡に戸惑い、なかなか次の行動が決まらない愚昧な村人達の輪が動く。

 村人達の輪の中から、必死にかき分けるように、焦燥に駆られた薬指の指輪が光る若い1人の女性が出てきた。どこかの令嬢だろうか、お嬢様の雰囲気がある。

 

「フランツ、フランツは何処?消えたっていうのは、どういう意味なの?」

 

「やぁ、ドール。」

 

 焦燥している元妻、ドールに、片手を上げて挨拶する爽やかな少女フラン。

 

「誰、貴女?フランツに似てるけど、フランツには妹なんていなかったはず・・・ねぇ貴女、私の夫のフランツを知りませんか?」

 

 焦燥した元妻の問いに、苦い顔して、フランは、何か小さな固い金属を、握り込ませるように渡して、残酷な言葉で返した。

 

「落ち着いて聞いて。フランツは、帰らない旅に出た。彼の最後の言葉は『ドール、愛していた。』と。」

 

 ドールは、嫌な予感がしながらも、恐る恐る震える手を開き、渡された物を確認すると、そこにあったのは冷たい金属の輪。見間違える事のない彼女が大切な人に贈った物。

 

 フランツとの結婚指輪があった。

 

 

「い、いやぁぁぁあ!!嘘よ、嘘と言って。フランツ、私を1人にしないで。」

 

 絶叫し、崩れ落ちる元妻を、爽やかに抱きしめる元夫フラン。

 泣き喚く少し可愛いお嬢様を、スラリとした美少女が抱きしめる。非常に眼福な光景が広がる。

 

 

 そして、うやむやのまま迷宮入りかと思われた今回の騒動だが、名探偵が生まれた事により、風向きは戻る。どうやら、まだピンチを脱していない。

 

「ん?」

 

 女の勘は、時に理不尽な程に正確に真相に迫るのだが、つまり、そういう事だ。

 ドールが、この抱き方、覚えがある?と気付くと、泣き喚いていた涙が、ピタリと止まっていた。真顔で、フランの方を見つめ、問正す。

 

「そういえば、貴女のお名前を聞いておりませんでしたね。」

 

「僕は、フラン。始めまして。」

 

 引きつりながら、言い逃れしようとした最低な元夫を、お嬢様探偵ドールは追い詰める。

 

「そういえば、夫の一人称は、僕でした。それに、フランツ、フラン。似ているとは思いませんか?」

 

「ぐ、偶然。それに、ほら胸もあるし。」

 

 目を反らしながら、答えるが、犯人は決定的なミスを犯す。もちろん、探偵は、それを見逃さない。

 

「男の癖が、抜けていませんよ、フランツ。女は、嘘をつく時、目を反らしません。」

 

 ビシぃ!と鼻先に指を突きつける。

 

「ぐっ。」

 

 犯人確保!

 

 しかし、探偵ドールは、まだ俯かない。真犯人がまだ残っているからだ。涙は、既に乾いた。

 ギリッ!とダストを睨む。

 

 女の勘が告げる。この見た目が怪しい男が、夫フランツを害した犯人に違いない。完全に正解ではあるが、そこに理論は無い。

 

「私の夫を女にした覚悟は、よろしくて?」

 

「ま、待て。悪気は無かった。」

 

 ドールは、ダストから自白を入手し、裁定を下す。それ即ち、有罪。

 探偵から裁判長に、そして執行人となった彼女は、村人達に混ざり、高みの見物をしていた冒険者を目敏く見つけて近づき、腰にさしていた鞘から剣を抜き放ち、奪う。

 

「お借りします。見物料です。」

 

「お、おい待てよ。いや、なんでも無い。いいから、気にしないでくれ。」

 

 白粉が流れる乾いた涙の跡がある彼女の鬼気迫る表情に、飲み込まれ、冒険者はアッサリと引いた。冒険者は後に語る、ハイオーガより怖かったと。

 

 もはや、執行官を止める者は、誰もいない。

 ギランと抜き放たれた剣が、ブタであるダストを屠殺しようと凶悪な光を放った。

 

 



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8 連行

 

 ナイフを突き付けられた事は、あるか?日本人のほとんどは、ノーと答えるだろう。ダストも当然、そんな経験は無い。

 

 怒り狂ったアネッサが突き付けたのは、刃渡り50cmくらいのショートソードだった。ゲームなら、ナイフと表現しても良い短さだ。時折、通り魔なんて報道があるが、この目で見るまでは恐怖感なんて無いと思っていた。マヌケだから殺されるのだと。

 

 ハッキリ言おう。夕暮れの光を反射し、ギラリと凶悪な光りを反射するそれは、身体の芯がキュッとなる程に怖い。

 痛みを与え、確殺できる暴力がそこに存在している。

 

 三国志とモンハンで慣らしたから余裕だとか思っていたが、ゲームとリアルは全然違う。

 

 無様に投降して命乞いするべきだが、ダストはあの夜から、屈するのは、もうやめた。だから、ブラフを震える声で叩き込む。

 

「女性に、怪我はさせたくない。刃物をしまえ。」

 

 返って来たのは、嘲笑と、素振りの音。やはり、ブラフ失敗。その空気を切り裂く音は、試すまでもなく回避出来ない速さなのだと教えてくれる。令嬢の嗜みなのか武器が使えるようだ。

 

 ビュオン、ビュオン!

 

「死にたくないの間違いでは、なくて?」

 

 活路を求めるべく、周囲を見渡す。チラリと、金髪碧眼のスラリとした美少女フランが目に入る。美しい。

 そうだ、美少女化による弱体化。ただ、剣を振り回す元人妻令嬢は、肌の露出が少ないため、能力が効かないと思われる。

 

 周りの村人達を女体化して逃げるか?おそらく駄目だ、あっという間に、後ろから切り裂かれる。良いアイデアは出て来ない。

 

「刑を執行します。」

 

 そう言って、剣を持ったアネッサが、後退るダストにジリジリと距離を詰めてきた。

 

 

 ダストの命が消えたかと思われたその時、新たなヒロインが現れ、豚の命を救う。

 

「異議あり!ドール・アネッサ、その剣を納めるのじゃ。」

 

 現れたのが、背の低い、しわくちゃな顔の婆さんでなければ、恋に落ちていたかもしれない。

 

「村長、横暴です。この怪しげな男は、私の夫フランツを、女にしたのですよ!」

 

「ドール・アネッサ、妾を差し置いて、刑を執行するなど、どちらが横暴か語るに落ちておる。皆のもの、この件は、村長が預かるのじゃ。この者を、引っ立てぃ!」

 

 ダストは、槍を突き出した歴戦のお爺さん達に囲まれ、連行される。親衛隊なのか、震える穂先で誤って刺されそうで怖い。

 

 どこに連れて行かれているかは知らないが、狭い部屋には慣れている。プロニート生活と違って、小石ちゃんが、取り上げられなければ、退屈はしないだろう。

 

「ダストー。もし生きて会えたら、御飯奢るよー。」

 

 遠ざかる俺に、叫びながら声をかけてくれた美少女フラン。お互い死なないといいなという思いを込めて片手を上げて応えた。

 

 

 連行されたのは、木枠の粗末な牢屋では無く、豪華な館だった。サーベルを持ったイケオジ執事が出迎える。

 

「主よ、お帰りなさいませ。」

 

「この小汚い豚を、風呂に入れた後、食堂へ連れてくるのじゃ。決して、逃がすでないぞ。逃げるようなら刻んで良いが、触れてはいかん。」

 

「は、了解しました。」

 

 そして、良く分からないまま、サーベルを突き付けられて、風呂場に入るように指示されたので、小石ちゃんだけを隠し持って、裸で風呂場に入った。

 

 その部屋には浴槽が無く、石造りの牢屋かと思ったのだが、清潔なので、やはり風呂場なのだろう。

 

 シャワーのような物があったので、それで身を清める。温風魔法により、タオルは要らなかった。

 

 風呂場から出ると、汚れた衣服が捨てられており、変わりに綺麗な平服が置いてあった。

 

名前:ダスト

装備:村人の服[N]、粗末な靴[N]

欠点:汚損

装備:布の服[R]、布の靴[R]

 

 

 もしかして、これは、おもてなしされているのだろうか?

 

 食堂に入る。

 

 長い机に、遠く向かい合うように、椅子が2脚。シャンデリア。高そうな燭台。白いテーブルクロスの上には、ピカピカに磨かれたナイフとフォーク。しかし、食事は無い。横笛を持った美女。待機するボーイが、3名。

 

 席について、待つこと体感で、20分。実際には、もっと短かったかもしれない。

 

 美女が優雅に横笛を演奏し始めると、先程の部屋の主が、現れた。

 

 さて、婆さんの目的はなんだ?

 

 

名前:リリィ・アーハイム

種族:人族(背の低い婆さん)

特記:権力者

異能:真実の眼[SR]

装備:シックなドレス[SR]、精霊石の指輪[SSR]、護りの護符[SR]

 

 

 



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9 ババア

 

 目の前に、婆さんが座り、話しかけてきた。2人だけが飯を食うのに、長机にする意味が分からない。暗殺対策なのか、権威を見せるためなのか。

 

「妾の名は、リリィ・アーハイムじゃ。我が異能の前では、どのような嘘もつけない。旅人よ、名前は?」

 

「ダストだ。なぜ、ここに呼んだ。」

 

 それなりに、離れているのに、声は、良く聞こえる。魔法が使われているのかもしれない。

 

「詳しい話は、食事をしながら、しようぞ。ところで、ダストよ、酒は飲めるのか?」

 

「あぁ、少しならな。」

 

 飲んだ事無いけど、適当に、そう答えた。プロニートに、お酒とか、そういう贅沢は許されなかった。だけど、30才だし、飲めるとは思う。

 しかし、俺の回答がお気に召さなかったのか、ババアの空気が変わる。さっそく嘘を見抜かれたらしい。

 

「飲めない。飲んだ事がない。どちらじゃ?」

 

「参ったよ、飲んだ事が無いんだ。」

 

 今の会話で分かった事がある。このババアは相当に、自分の異能を使い慣れている。30才の男を前にしてお酒未経験なんて発想は、普通は出て来ないから、飲めないと、早合点をすると思っていた。

 やり辛いババアだ。俺にも話せない事がある。迂闊に答えて死より怖いモルモットルートだけは避けなければいけないからな。

 気を引き締めていく必要がある。油断、即ち、死だ。最悪、黙って、情報は小出しにする。

 

「では、一杯だけにしておけ、酒は良いものじゃ。」

 

 美味そうな前菜と、ワインが運ばれてきた。お酒を飲んだ事は無いが、機会が無かっただけで、興味が無いわけではない。

 舐められては情報戦に負けるので、余裕な顔で飲み干してやろう。飲んだ事は無いが、何、一杯如き、問題ないだろう。

 味は、未知の味だった。渋いようで美味いような気もする。大人の味だ。へへへー。

 

 ダストは、酔った。

 

 それは、もうベロンベロンに。

 始めて飲むお酒は、そんなものだ。気を引き締めると決意して20秒後、お酒の力で、ぺらぺらと喋り出す。は?何でも聞いてくれよ、ババア。

 

 だんだん会話も加速してきた。すると、ババアが物騒な事を聞いてきた。

 

「ダストよ、妾を殺そうと思えば殺せるか?またその方法は?」

 

「ババア。舐めて貰っちゃ困る。瞬殺だぜ、このステーキナイフで、グッサリさ。でも、そんな事はしないから、命を大事にしなよ。」

 

 俺とババアとのフレンドリーな関係を嫉妬したのかイケオジ執事が、青筋をたてて、サーベルを向けてくるが、お酒で無敵モードなので、じぇんじぇん怖くない。

 むしろ、料理の脂で汚れたステーキナイフで、キンキンとそのサーベルの刃先を叩いて汚し、挑発してやった。

 

「妾の執事をおちょくるでない。これを見ても、その答えは変わらんのじゃな?」

 

 ご機嫌斜めなババアが、魔法を使ったのか知らないけど、ステーキナイフをグニャグニャに曲げて投げてきた。

 ゴツっと、テーブル中央に、着地したナイフの前衛オブジェ。

 

「変わるに決まってんだろ!俺の弱さ舐めんなよ。」

 

 汚したサーベルの刃先を綺麗にしようと、ナプキンで拭いて、脂をひろげたら、嫌な顔をされた。全く、どーして欲しいんだよ。

 

 

 デザートが出てきた頃、ババアの誘導により、アッサリと転移者だと突き止められると、ダストにとっては、禁断の質問をされた。

 パンドラの匣。闇を閉じ込め続けた開けてはいけない匣が開かれる。

 

「前の世界には、恋人を残して来たのか?それと、どんな暮らしをしておったのじゃ。未練は無いか。」

 

「恋人?いねーよ。嫁は100人以上いた。でも、全員、奥ゆかしいからさ、画面から出てこねーの。10年以上、家から出てない。ボトラーって分かる?俺は、エコだから2リットルを使うんだ。毎日、死にたいって思ってた。でも死ねないんだよねー。」

 

 つらつらと心の内を話すダスト。長年の鬱積していたヘドロのような感情が、清らかな涙となり、大河のように流れ出す。

 ババアは、そんな俺のつまらない。いや、耳を塞ぎたくなるような話を真剣に聞いてくれた。

 

「辛かったのじゃな。お主は、頑張った。本当に、よう耐えた。世間など知らん、妾が、お主を認める。飛び方を知らぬなら、教えてやろう。ふん、心配そうな顔をするな。お主は本当は飛べるのじゃ。妾を信じるが良い。何度、失敗してもええ。望むなら、妾が、庇護してやる。」

 

 はぁ。マジで、婆さんじゃなかったら、落ちてた。心の奥底が熱い。燃えたぎるように、熱い。

 だから、これはリップサービスだ。

 

「ありがとうな、リリィ。あんた、いい女だぜ。」

 

 

 そのままババアの館に、宿泊した。なぜか対応が優しくなった執事に案内され、千鳥足で付いていく。与えられた部屋で、胎児のように眠りにつく。

 

 添い寝してくれた小石ちゃんが、泣きつかれた俺を、撫でる手は、ひんやりとした石のようで、心地良かった。

 

 

 その日は、悪夢を見なかった。ーー実に10年ぶりに。

 

 



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10 未亡人

 ダストは、目覚める。

 

 良く眠れた。心が軽い。湧き上がる充実感。それは、変な感覚だった。

 

 食事を部屋に運んできたボーイに、お館様との会合まで、しばし待機せよと伝えられる。メイドでは無くてボーイなのは、ババアの趣味に違いない。

 

「美味いな。異世界なのに、ふわふわしたパンだ。小石ちゃんは、食べないの?」

 

「いらないかな。石族だよ、私。」

 

 不食スキルを持ってるらしい小石ちゃんは、栄養が不要らしい。食事の幸せを知らないのは、可哀想にも思うが、価値観の違いだろう。まぁ、極貧生活に陥る可能性がある俺としては、最高のパートナーだ。

 

 

 案内された会合の場所である小部屋には、向かい合う長椅子と、中央に机がある。長椅子に小石ちゃんと仲良く座ってババアを待つ。

 

 遅れて入ってきた背の低いババアは、小石ちゃんを見つけて、ぎょっとした。

 

「待たせな、ダストよ。人払いは済んでおる。ん、何者じゃ。」

 

「この子は、小石ちゃ」

 

「黙れっ、まだ魔道具を起動しておらん。よし、《盗聴防止(ジャミング)》を起動したので話して良いぞ。その娘、どうやって連れて来たのじゃ。ここの警備はそこまで緩くはないぞ。」

 

 屋敷の主である老婆リリィ・アーハイムが、机の中央に置かれた魔道具をしわくちゃな手で触ると、緑の光が部屋を満たした。

 

「小石ちゃんは、俺の異能で擬人化した石族で、凄い事に、小石の欠片に変身出来る。」

 

 説明を聞いたババアが思っていたより強力な異能である事に気付き頭を抱えて、能力を褒められた小石ちゃんが誇らしげに健康的な胸をはる。可愛いよ。

 

「ダストよ、この部屋での問答は妾だけの腹に秘めるとアーハイム家の名の元に約束しよう。悪くはせぬ。じゃから、これから妾の問いに対して、知っている事を正確に全て話すのじゃ。良いな?」

 

「あぁ、分かった。質問してくれ。」

 

 昨夜の一件で、ババアの評価はカンストしている。利用されてどんな目にあっても構わないと思っているが、相変わらずババアは凄い。『全て』というワードが、重要な事を黙りミスリードをさせる手法を潰しいてる。

 

「何が分かったのじゃ?」

 

「何が言いたい?ババアの問いに、知っている事を正確に全て話す。だろ?」

 

 ニンマリ笑うババアの意図が分からない。

ん?あぁ。全てとか言う単語は、聞こえてませんでした。という逃げを塞いだのか。慎重すぎる。

 

「良い子じゃ、それでええ。それでは、お主の異能について教えるのじゃ。」

 

 そうか、昨夜。その質問は無かったのか、何でもベラベラ話してたと思うのだが。目先の利益より、長期の信頼を取ってくれたようだ。

 

「俺の異能は、絶対美少女化(ハーレム)[神R]だ。まだ3回しか使っていないため、詳しくは分かっていないが、右手で直に触った装備品以外のモノを、例外なく美少女化するようだ。」

 

「『美少女化』とはなんじゃ?」

 

「この村で、俺の犠牲者フランツ、いや今はフランか。性別も外観年齢も変わっていただろ。女体化では無く美少女化だ。ただ、ゴブリンは、中途半端な結果だったので、この異能は、不安定なのかもしれない。」

 

 それを聞いて、ババアが悪い顔をしてニヤつく。若返りたいんだろうな。流石に、これくらいはダストにも分かる。

 

「ふむ。先程の『直に』とは?」

 

「ガントレット越しに触った時は発動しなかった。」

 

「手袋は、どうじゃ?」

 

「は?あ、いや、試した事は無いな。」

 

 一時退室したババアが、高級感溢れる木箱を持ち帰ってきた。箱をあけると、男物の黒革のお洒落な手袋が鎮座しており、その手袋を渡してきた。

 

「さて、試してみるかの?それを嵌めて妾と握手をするのじゃ。なに、失敗しても構わない。」

 

 言われるままに、格好いい中ニ心をくすぐる手袋をつけると、吸い付くようなフィット感で、とてもテンションが上がった。

 

 そのままダストは、ババアと握手をするが、予想どおり、何も起こらない。

 お婆ちゃんの知恵袋により、随分とお手軽な異能暴走の解決方法を授けられた。

 

「有効なようじゃな。妾のダーリンの形見の手袋をくれてやる。おおっと、妾は、未亡人じゃぞ。」

 

装備:黒竜の手袋[SR]を獲得。

情報:異能[神R]の封印方法を獲得。

情報:老婆リリィは未亡人(攻略可能)

 

「くそっ、不要な情報を獲得した。俺の明晰な頭脳に、闇情報が。」

 

「失礼な小僧じゃの。まぁ、ええ。分かっておるじゃろ、脱ぎな、ダスト。では、妾を美少女にしてもらおうかの。」

 

 ババアに、(手袋を)脱ぐように命令されて、素肌を晒す。ババアが悪い笑顔で、脱ぐ様子を、舐めるように視姦する。

 

 ダストの脂ぎったぶにぶにした素肌と、ババアのしわしわとした素肌が、お互いを求めて、近付く。

 

 



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11 ロリババア

 ダストは老婆リリィと握手をする。

 

 彼は、過酷なプロニート勤務の職業病で、捻くれてしまったが、幼い頃は、普通の優しい少年だった。

 だから、気付いてるんだぜババア、足が悪いんだろ。耐え難いはずの痛みを隠している仕草が、俺の死んだ婆ちゃんと一緒だから、分かる。老化という呪いに苦しんでるのを見ていると俺まで辛いんだ。

 

 さっそく、昨夜の恩を返す時が来た。倍返しだ。今度は、俺が救う番だ。こんな豚野郎に飛べるといってくれたな。そんなババアは、地平の彼方まで走れるようにしてやる。

 信じろ!この異世界でただ一人、奇跡を起こせる俺ならば可能だ。いや、奇跡は起こす。

 ダストは、尊敬と感謝を、ありったけ右手に込めて、リリィの手を握った。

 

 

 右手が光る。

 

 現実を変えろ、常識がなんだ、何に縛られている。老化という呪いが、痛む足腰が、まるでその背中に大きな岩を背負っているかのように禄に動けてないくせに、訳知り顔で諦めているのを見るのは、もうっ十分だ。

 

 

 砕けよ。

 全部、一切合切、全て砕けよ。

 

 汝は、美少女。

 

 今、この瞬間、俺だけの異能であるこの右手の奇跡をもって、無限なる活力を与える。その身に背負う大きな岩のような呪いは既に砕いた。美少女として生まれ変わるが良い。老婆リリィ・アァーハイムゥ!

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:老婆

大成功★

名前:リリィ・アーハイム

種族:人族(美少女)

特記:未亡人

属性:ロリババア

装備:シックなドレス[SR]→小春日和のワンピース[SR]

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 背の低い幼女よりのロリ少女。ぷるぷると瑞々しい肌、華奢だが、その小さな身体からは、内包するエネルギーが、陽向のように、発散されている。

 

 瑞々しい美少女。

 

 

 ダストの眼前で、完全に枯れたババアが、脱皮し、美少女として生まれ変わった。ロリババアの誕生である。

 

 鰹の古節のような化石女が、カンナで磨かれ、薄ピンクの空に透けるような削りたての花節のように鮮やかに変身した。その身体の線は、薄く細い。

 

 晩秋を思わせる茶色の渋い色味の高級で落ち着いた老婆の服が、春のようなひらひらとした桜色の可愛いらしいワンピースへと趣きを変えた。

 

 古節を削るかの如く、華やかな香りが部屋を満たす。御老人の加齢臭を誤魔化す香木の匂いが消え去り、少女の華やかな香りに変質し、部屋の空気が、春色に若く色付く。

 

「ん?そんな顔で見つめてどうしたのじゃ。あれ、声がおかしいのう。」

 

 妖精みたいなロリっ娘が、不思議そうに身をよじる。中身はババアだから、適応が遅いのかも。可愛いんだよ、貴女に見惚れてるんだ、さっさと気付けバカ。

 

「おぉっ、身体が軽いのじゃ、足が、足が全然、痛くない。腰が軽い。なんと神経痛が全然ない。うわぁ、手もすべすべなのじゃ。ん?服も変わっておるのう。うひゃあ。」

 

 興奮のあまり、ぴょんぴょんと飛び跳ねるロリババア。

 

「どうじゃ、妾は若いか、惚れたか?惚れたかのう?」

 

 部屋をぐるぐると走り回ったかと思うと、愛らしい目付きで、顔を覗き込んできた。完全に、肉体に精神年齢が引っ張られ、幼児退行しているらしい。

 

「うるさいぞ、ババア」

 

 照れ隠しに暴言を吐いて、頭を、わしわしと少し乱暴に撫でてやろうと幼女に手を伸ばしたら、さっと避けられた。

 

「手を出したくなる程に欲情されるとは妾も罪な女じゃ。しかし、残念ながら、安い女では無い。さて、いちおう確認させて貰うかの、分身想像(ミラージュ)

 

 魔法を唱えると、なんと、幼女が2人になった。全く同じ動きをする三次元の分身が現出した。動くと、揺れて姿が不安定になるが、止まっていれば違いが分からぬほど、あまりにリアルであり驚く。

 例えるならば、文明レベルの低い、未開のジャングルの住人が、自動車を見て、驚くような感覚。

 

「はぅ。この姿は、ええのう。気に入ったのじゃ。」

 

 自分の姿を見て、御満悦のロリババアは、色々なポーズをとって自分の姿を確認する。双子の幼女が、真似っ子をしているかのような、そんな光景は見ていて、ほっこりさせられる。

 

 

「ダストよ、此度は大儀であった。よって、そなたに褒美を取らせる。」

 

 何か思いついたのか、ニヤリと悪い顔で笑うリリィは、悪戯っ娘のようで、とても可愛い。

 それに対し、好きにしてくれと投げやりに、応えたダストは、次の瞬間、

 

 

「何をくれるんだ。むぐっ。」

 

 

 ーーー甘い。

 

 それは、爽やかな甘さ。

 脳髄が蕩ける。

 

 

 ダストの脳髄に衝撃が奔った。言うなれば、思考が白くなる見体験のゾーンに突入していたというのが適切だろうか。理解は追いつかないが、爆発する多幸感。

 

 熱い。熱い。熱い。身体が、叫びたがってるんだ。

 

 

『唇を奪われた。』

 

 これが、ファーストキスの衝撃なのか。

 キス、言葉にすれば、たったの2文字であり、ずっと無関係の事で、リア充がサルのように盛ってやがるのを冷めた目で見ていたそんな行為。

 

 とてとて、近付いてきたロリが、優しく頭を両手でホールドしたかと思うと、実に自然な感じで、いきなり唇を奪ってきた。

 

 さらに、攻撃はとまらず、侵食するピンクの小さな舌は、ダストの口内で、陵辱の限りを尽くした。

 すでに城は陥落しており、ダストに出来るのは怒涛の快感を享受し、びくん、びくんと与えられるまま反応する事だけ。

 

 嗚呼、ベロチューである。

 

 無垢なロリの中身は、大人の女であり、熟れた情感の残滓がある数々の浮名を流した歴戦の女帝リリィ・アーハイムなのだ。

 

「ふむ。ダストよ、美味であった。」

 

「あひゅう。」

 

 ぺろりと、満足げに舌なめずりするロリの前で、天国に旅立ったのは、経験値0の30年間という長い間ずっと始まりの村から出た事の無いレベル1の魔法使い。

 

 大量の経験値を獲得し、幸せのままレベルアップ酔いをする。

 

「し、幸せだぁぁぁあ。」

 

 ダストは、咆哮した。

 

 

 



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12 証明

 

 どれくらいの時間がたったのだろうか、竜宮城に行っていたのかもしれない。

 

 ぼんやりとしたフワフワとした意識のまま、湧くように満たされすぎたベロチューの充実感は、受け止めきれず溢れる。

 例えるならば、少し高級な小料理屋で、四角い木の枡に入った透明のグラスに、こんこんと注がれるのは、よく冷えた芳しき日本酒。並々と、注がれる命の水はコップの縁から溢れ、コースターとして敷かれた木の枡を満たす。枡に、液体が注がれる事により、ヒノキの香りが立ち昇る。そんな至福のひととき。

 

 軽く魂を抜かれて3歳児並の知能になったダストは、リリィに促されるまま、小石ちゃんをポケットに納めて手袋をしてお口を拭かれて、幼稚園へのお出かけするかのように、お手手を繋いで、部屋の外へと引率される。

 

 部屋の外で待機していた執事の横を、そのまま2人は、ほのぼのと通り過ぎようとしたのだが、2人の姿を確認したイケオジ執事は、厳しい表情に豹変し、抜剣した。

 

「待て貴様ら。お館様は、何処だ?」

 

 くいくい、っと剣先で、部屋に戻るように促し、不審な2人を押し戻す有能な執事。見た事の無い幼女も気になるが、そんな事より、先に出てくる予定のお館様がいないのが、執事にとって看過出来ない事だった。

 

「お館様、お館様ぁ!」

 

 摩訶不思議な事が起こっている予感がある。暗殺か誘拐か、部屋には敬愛する主の姿がやはり無い。

 

「イケオジよ。慌てるな、妾がリリィ・アーハイムじゃ。少しばかり若返ったが、さして変わっておらぬじゃろう。」

 

 老婆の名を語る幼女の言葉に、老執事の顔が、ひくつく。何処で知ったか知らぬがイケオジ等というふざけた愛称で呼んでいいのは我が主だけ。

 異変を聞きつけたボーイが集まってくる足音が聞こえる。逃さぬぞ侵入者、バカにしおって、後悔させてくれる。

 

「怪しき童め、その見た目で、お館様を語るなど無理がありすぎる。お館様は、何処にいる、言え。」

 

「な、なんじゃと、ほれ、見るが良い。このしっかりと摂生した細いこの綺麗な手足を。面影があるじゃろ。」

 

 懸命に説得するロリババアだが、いかんせん説得力に欠けるというもの。

 

「我が敬愛する主は、美しき枯れ枝のようなお手をされておる。しわしわのそのお手には、年輪のような経験が詰まっているのだ。」

 

「か、枯れ枝。しわしわとな。ほっほーう、イケオジよ、取り消すなら今のうちじゃぞ。」

 

 ボーイの応援が3名駆けつけた。

 若い後輩達の前に立って毅然した態度で、執事は、憤慨する幼女の、荒唐無稽な脅しを跳ね除ける。

 

「くどいぞ、愚かなる童め、お館様は、そんなピチピチしておらん。」

 

 全くもって執事の言う事は正しいのだが、真実は、いや正論だからこそ、逃げ場を許さない言葉は、剣となり人を傷つける。

 執事の、明後日の方向で敬意が込められた指摘に、ロリババアの乙女心は傷つけられた。

 

 それは、もう凄く。

 

 聖戦である。全ての『乙女の心を有する者』よ、集え。乙女心を傷つける敵を撃滅せんために。

 

「イケオジよ、妾は全て知っておるのじゃ。お主が、聖剣ゼノスだとか言いながら、木の枝を振り回していた時代からな。」

 

「な、なぜそれを。」

 

 狼狽する執事。ざわつくボーイ。魂を抜かれて幸せそうに微睡むダスト。

 反撃の糸口を探す執事に、指を突きつけたロリババア。諦めろ、逃げられぬ。このお方の名は、リリィ・アーハイム。

 

「そういえば、お主のくれた手作りの妖精の神秘の秘宝。フェアリーダークマターネックレスも、未だ大事に持っておる。」

 

「が、がふっ。」 

 

 泣きそうな執事に対しトドメとばかり、耳元で、これまでとは比較にならない黒歴史を暴露する。

 なぜ、耳元なのか?それは耳元で話す事で攻撃力が増し、さらに他の者に聞かせない事により、再利用出来るという大人の狡い思惑があるからだ。

 

「・・・。」

 

「お、お館様、許してください。良く思い出せば、お館様はピチピチだったような。少ぉーし、若くなっておられるけど、そんなに変わってないかなー。」

 

 

 乙女の敵は、打ち滅された。

 

 が、ここで終わらないのが、リリィ・アーハイム。さらなる死体蹴り?とか思ってしまった蒙昧な輩は学ぶと良い。

 

 

「イケオジよ、此度の妾への献身、大儀であった。その姿、執事の鑑である。」

 

 涙を垂れ流し、両手を地につき項垂れている敗戦の執事を、その泣き顔を隠し尊厳を護るように、抱きしめて包み込むは、瑞々しい美少女。嗚呼、美しい。

 

 しかして、実態は、私怨により言葉の暴力を振りかざして、いい大人を泣くまで追い詰めただけなのだが、そこから、なんとなく、いい雰囲気に持っていき、鮮やかに和解した。

 

「お、お館様ぁぁ。ご無事でなによりです。ぐすっ。」

 

 完全にマッチポンプであるが、生まれ変わったロリババアに、執事は信頼を厚くし、2人の攻防を間近で見ていたボーイ達も、畏敬の念を持って、跪いた。

 

 



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13 負傷兵ダスト

 

 若くなり活力が溢れると行動的になる。若さゆえの過ちもあるだろう。

 

「さて、美少女は世界の至宝じゃ。妾の真なる可憐な姿を、潤いが不足しておる民草に見せつけ、癒やしを与えてやるかのう?」

 

「はっ。お館様、良きアイデアに御座います。」

 

 奇跡の若返りを果たしたロリババアであるリリィは若さを得て、調子に乗り、イケオジ執事などの取り巻きを引き連れて、街を震撼させるべく出撃した。

 

 

 それとは対照的に、舘に残された負傷兵ダストは、冷たい石の上に横たわっていた。

 

 

 密会の後、暫くの間、ダストは館に逗留する事が決まった。異存はない。寧ろ、館の飯は美味いし、部屋は綺麗だし、ロリババア可愛いし、愛すべき小石ちゃんの事も大事にしてくれるので、このまま末永く依存したいぐらいだ。

 前職の経歴を活かして、この館で、プロニートを極めたいまである。こんな環境なら、心が荒むなんて事は全く無い。くそぅ、ニートにも格差が存在していたとは。

 

 異能暴走の心配が無くなったため、館の中なら自由にして良いとのお許しが出たが、与えられた部屋から出る気になれない。だってさ、

 

「いてて、遅れてきた筋肉痛がたまらなく痛い。異世界の宿屋で寝たら、翌朝には、全回復するのがお約束じゃねーのかよ。」

 

 

 昨日は動き過ぎた。命がけだったので仕方ないとはいえ、その代償は大きい。

 

 満足に動く事もままならない悲しき負傷兵ダストは、冷たい石の上に横たわる。

 

 ぼやかした表現をあえて取り除くなら、膝枕をしてくれた小石ちゃんの健康的な太腿の感触を堪能しながら、横になり、筋肉痛という傷を癒やしていた。

 

「あぁ、癒やされるよぉぉ。そこ、そこを撫で撫でしてくれ。ところで、小石ちゃん、痺れてない?大丈夫?」

 

「無いかな、石族だし。むしろ頼ってくれて嬉しいよ。もしかしたら、1年くらい連続でやれば、痺れるかも。あっ!やってみる?」

 

「嬉しい提案だけど、無いかな?」

 

「そう?ちょっと痺れてみたかった。」

 

 残念そうな顔をする小石ちゃんも可愛い。だけど、1年は無理かなぁ。そう考えると、日本昔ばなしの3年寝太郎は凄い。そんなには寝れねーよ。

 他愛もない事を考えているダストだが、3年寝太郎が聞いたら「10年もプロニートやってねえだよ。」怒りだすかもしれない。

 

「1年は無理だけど、今日1日なら。」

 

 そんな答えに、満足したかのように微笑む灰色の髪の少女を見ながら、幸せを噛み締めた。

 

 ここは、俺専用の居場所だ。

 やむおえず、トイレに行った後は、手を洗い速攻で、誰にも奪われないように定位置に戻る。約束を守る男、ダスト。というか、一時も離れたくない。

 

 夕食の時間、

 これは、さすがに予想外だった。

 行き過ぎているというか。

 

 晩飯が、部屋に運ばれてくると、膝枕したまま、小石ちゃんがフォークで食事を口元に運んでくれたのだ。断わるのも変なので、そのまま、一口目の『あーん』を頂戴し、自堕落極まる流れとなった。

 

 膝元で口を動かす豚に餌付けして楽しむ小石嬢が、楽しそうに微笑む。ぱくぱくと、長い時間をかけて、食事の時間を楽しむ。

 小石ちゃんも楽しんでいた。少しだけ、遠い場所に料理を持っていくと、一生懸命に食らいつくダストの姿が可愛いと。

 

 スローフードとは、これの事かと、お大尽遊びに没頭し、異世界の夜は優雅にふける。

 

 もしかしたら、食事を食べたがらない小石ちゃんと、この豚であるダストという歪な関係の2人にとっては、他人の理解は得られないが、食事の最適解なのかもしれない。

 

 



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14 旅立ち

 小石ちゃんに、膝枕をして貰いながら、朝食を食べ、昼食を食べ、夜食を食べる。足が痺れず、食事も不要な彼女に、隙は無い。

 

 初めて膝枕を体験した日から、その自堕落極まる生活がすでに、3日を数え、ダストは、プロニートから、妖怪ひざまくらに、進化を遂げるのかと思われていたのだが、

 

 ダストは、かっ!と目を見開く。

 

 男に変化が起きた。

 

 小石ちゃんの献身と、リリイの甘やかしにより、枯渇していた生命エネルギーが、完全充填されたのだ。

 

 死んだ魚のような目に、少年の頃の輝きが戻り、かつて成し得なかった冒険の続きを求めて、ギラギラと輝きだす。

 

 小石ちゃんの膝枕という甘美なる誘惑を振り切って立ち上がり、宣言する。

 

「小石ちゃん、俺と冒険に行こう。黙っていたが、俺は、哀しき使命を背負った男。世界を美少女で満たせと、この右手が疼くんだ。」

 

「うん、それは知ってた。分かった、ダスト、必要になったら呼んで。世界の果てまで一緒だよ。」

 

 ダストの目の前で、変身した小石ちゃんが、尖った石の欠片となり、燐光を纏い空中で緩やかに回転しながら、滞留する。

 ばしっと、それを掴みとり、居心地の良かった部屋の扉を開け放ち、リリイの書斎に、歩みを進める。

 

 さぁ、冒険の始まりだ。豚は、飛び立とうと決意を込めて、小石を握る。

 

 

 書斎で執事を侍らせ、山のような書類と格闘していたリリイは、妖怪ひざまくらになるかと思われたダストに気付き、怪訝な顔をして、忙しそうな手を止めた。

 

「リリイ、世話になったな。冒険に出る事に決めた。」

 

「おおぅ、ダストよ。動けたのじゃな。一緒に駆け落ちしてやりたい所じゃが、今は片付けなければならない案件があっての、すぐには行けぬ。妾がいない寂しさに、泣くではないぞ。」

 

 悪戯っぽく笑うリリイに、イラッとしたダストは大人の余裕でやり返す。

 

「いや、誘っては無いんだが。」

 

 リリイに500のダメージ!彼女は、ぐっと、その身を折る。ぷるぷると震えながら

 

「誘えよぉ。そこは、誘っとけよ。妾がせっかくお礼で夜這いに行ってやったというのに、何時もあの娘がおって何も出来んかったし。わ、妾は、可愛いじゃろ?可愛いよな?」

 

 涙目のロリが、訴えかけてきて思わず、たじろぎ、本音を漏らすダスト。

 

「まぁ、可愛いのは認める。」

 

「なら、なぜ抱きたいと思わぬのじゃー。」

 

 それは未だ童貞。ヘタレであるからだ。抱きたいが、彼は、駆け出し魔法使いであり、勇者では無かった。

 

「そ、そういうのは、愛し合った人と、なんというかムードが高まってから自然な感じが、理想かな?」

 

 そんな弱腰のダストの言葉に反応したのは、イケオジ執事。これはチャンスでは?それまでじっと、嫉妬に燃えながら唇を噛んで耐えていた執事は、ここぞとばかり、リリイにアピールする。

 

「お館様、そんな若造より、ワシがおりますぞ。なんなら、今夜は全裸待機しておきます。」

 

 弱腰なダストと、残念な部下に、頭をかかえたリリイは、ダムッと机を叩く。

 

「だっから、お主は童貞なのじゃ。あと、イケオジは黙れ。はぁ、まぁええ。そのうち、妾の良さに気付くじゃろうて。」

 

 不貞腐れたリリイは、疲れたように、引出しから、重そうな小袋を机の上に投げると、じゃらりと、金貨の擦れる音がした。さらに、何かのカードをすっと添えた。

 

「これは?」

 

「お小遣いと、冒険者カードじゃ。受け取るが良い。普通は、Fからじゃが、お主の場合は昇級試験で苦労しそうじゃから、妾の権力でCランクにしておる。」

 

「そんな事までしてくれたのか、ありがとう。遠慮なく頂く。」

 

 密かに憧れのあった冒険者カードを見ながら、ニヤつくダスト。

 

「で、何処に行くのじゃ?」

 

「いや、まだ決めて無い。まずは、村でゆっくりと情報収集してから考えようかと。」

 

 フランと食事の約束もあるしな。聞き込みもRPGの醍醐味だろう。しかしながら、そんなヌルい考えは、即座にダメ出しされた。

 

「ダストよ、そんな事では死ぬぞ。お主が、爽やかなイケメンを雌落ちさせたのは、覚えておるか?あの元妻が、館の近くで、血走った目で剣を持ってウロウロしてるのが、連日、目撃されておる。接敵すれば、おそらく瞬殺じゃろう。はぁ、短い命じゃったな。残念、残念。さて、書類業務に戻るかのう。」

 

「まっこと、残念に御座います。さぁ、さっさと、その命を散らして来い。」

 

 リリイに追従して、喜色満面になったイケオジ執事が、実に腹立たしい。

 

 

 館から、出られないだと!?脱出ゲームをやり込みすぎた時の閉塞感が襲う。やはり、プロニートにしか道は無いのか?

 

 しかし、さっき小石ちゃんに見得をきったばかりなので撤回したくない。おそらく、撤回したら、小石ちゃんは言うだろう。「おおー。これで、膝枕で痺れる経験が出来るかも。あと、362日試してみよ。」と。

 

 悪くないな。思ったよりも、有りよりの有り。しかし、ここは、成長を取る。

 

「リリイ、一緒に来てくれないか?」

 

「ほ、ほう。しっしかし、妾は、忙しいからのー。」

 

 嬉しそうに、ピコピコと耳が反応するロリババア。そして調子にのって、おかわりを要求してきた。

 おかわりを注ぐダスト。

 

「リリイ、お前が、必要なんだ。」

 

「困ったのう。こうも求められては。後で追っかけるから待っておれ。ひとまずは、移動手段を与えるので、付いてくるのじゃ。」

 

 欲情した女の表情になった主を見て、イケオジは、手にしていた書類を床へパラパラと落とす。

 

 全く、罪な女なようで。ただ、好かれているのは、悪くない気分だ。クソみたいな優越感に浸りながら、リリイの後を追い、馬屋に向かう。

 

 



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15 馬

 厩舎に入ると、少し獣臭さと、干し草の匂いがした。

 

 ブルルッ

 

 馬が鼻を鳴らす。

 3頭の馬がおり、その中にいた唯一の白馬が、ダストに興味を示して、人懐っこく、寄ってきた。

 

乗物:白馬[R]

名前:ハクレン

 

 でかく純真な瞳に見つめられて、どぎまぎしていると、すりすりと、大きな顔を擦りつけられた馬の顔から、体温を感じる。

 

 首筋を撫でてやると、気持ち良さそげに白馬は、目を閉じた。

 ちなみに、利き手である右手で撫でたが、黒竜の手袋[SR]を装備して、異能の暴走を完璧に制御しているので、何の問題も無い。

 

「ふむ。ハクレンに、気に入られたようじゃの。」

 

 その仲良さげな姿を見たリリィにお墨付きを貰ったが、乗馬に不安が残るため、他の候補も見せてもらう。

 

 ただ、野良犬にしか見えない醜悪なケルベロスの馬車や、地を這う絨毯という他の候補には魅力を感じなかった。

 

乗物:ケルベロスの馬車[R]

特徴:低級モンスター魔狼を利用

特記:キモイ

 

乗物:地を這う絨毯[SR]

特徴:絨毯の下に生えた触手で這って進む

歴史:空飛ぶ絨毯に憧れた魔道具師の失敗作

特記:キモイ

 

 なので、最初に見た馬をもう一度見に戻ろうか。乗れるか不安だけど、かなり気になっている。

 

 

 自然と早足になるが、これが駄目だった。

 膝枕業務により、無自覚のうちに、バランス感覚がおかしくなっていたダストは、なにもない所で躓きそうになる。

 しかし、同じ失敗は犯さない。今度は、ぐっと転倒しないよう右足を一歩前に出して、ダンッと踏み込み耐えた。

 

「うぉっとと。あっ。こ、小石ちゃぁーん。」

 

 ひゅうう〜、ぽちゃん。

 

 躓いた瞬間に、胸ポケットに入れていた小石ちゃんが、飛び出て、馬用の水桶の中に着水した。ゆらゆらと、浅い水底へ沈んでいく。

 

「今、助けるから。ごめん。」

 

 黒竜の手袋を濡らさないようにスタイリッシュに口に加えて脱ぎ、躊躇せず、水の中に素手を突っ込み、時間にして、僅か7秒でヒロインを救出っ。

 

 ハンカチで、濡れた小石ちゃんと手を丁寧に拭き、一件落着した。

 

 ・・ふぅ。

 

 

 ブルル?

 

 心配そうに見つめてきたのは、純真な瞳の馬ハクレン。

 

「心配してくれたのか、ありがとうハクレン。」

 

 寄せてきた首筋を自然な感じで、

 撫でた。

 

 そう。うっかりと、

 撫でた。

 

 

 

 

 ピカッ!

 

 黒竜の手袋を脱ぎ、素手で触った愚かなる男の右手が光る。ダストの顔は後悔に歪むが、もう遅い。奇跡は、起きる!

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

進化前:白馬

大成功★

名前:ハクレン

種族:獣人『馬』(美少女)

特記:背の高い8等身の美少女

異能:天翔る脚力

体質:M

装備:Tシャツ、ホットパンツ、ランニングシューズ[R]

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 背の高い8等身の美少女。その美脚は、空を翔ける脚力を秘める地上最速の乙女。純真な大きな瞳。Tシャツ、ホットパンツ、ランニングシューズのスポーティな美少女。

 

「ハクレン誕生。よろしくっす。」

 

 ポニーテールの赤毛が、元気に揺れる。

 

 



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16 馬車

 

 ダストの右手の奇蹟の異能により、白馬が獣人へと進化を遂げた。それを見ていたロリババアが腰を抜かす。

 

「う、馬が人間になったのじゃ。」

 

 やれやれ、だぜ。まぁ、乗物は無くなったが、仲間が増えた事を歓迎すべきか。後悔していた気持ちを切り替える。

 

「リリィよ、俺の異能の前では、常識なぞ置き去りにされる。あぁっと、こちらこそ、よろしく、ハクレン。」

 

 背の高いハクレンの差し出してきた綺麗な白い手を、ぶにぶにした醜いオークのような手で握るダスト。

 

「それで、御主人様、何処に行くっすか?」

 

「いや、まだ決めてなくてな。」

 

 まだ、そこまでは決めていない。まずは乗物を探しに来ただけだ。振り出しに戻った感はあるがと、思案するリーダーのダストに、参謀であるリリィが、案を出す。

 

「王都にでも行ってみたらどうじゃ?足がつくから、使いたく無かったが、乗合馬車を手配しようぞ。」

 

「あぁ、助かる。」

 

 ほぅ、王都か。ワクワクする響きだ。それに、馬車の旅も興味があると、今後の方向性が、定まったように見えたのだが、それに不満顔をしたハクレンに気付く。

 

「どうした、ハクレン?王都は嫌か。」

 

「違うっす。王都印の人参は、大好物っす。そこじゃなくて、なんで馬車なんすか?うちが、いるじゃ無いっすか!駄馬なんかに負けないっす。」

 

 ふふん、と鼻息の荒い美少女。どうやら、元、白馬のプライドが許さないらしい。しかし、既に奇蹟は起きた。忘れているようだが、現実から目を背けては、いけない。

 

「ハクレン、いいか。落ち着いてくんだ。君は、もう白馬じゃない、人間なんだ。」

 

!!

 

「そ、そうだったっす。いや、大丈夫、大丈夫なんす。早く乗るっすよ、御主人様。」

 

 しゃがんで、背中を見せて、まるで、おんぶしてやるから、乗ってこいといったポーズで待機するハクレン。

 

 可哀想で見ていられない。ダストは、困惑した顔で、リリィとアイコンタクト。

 これに同意を示していたリリィだが、速攻で裏切る。光の速さで。ニヤリと悪戯を思い付いたリリィは、

 

「これ、女を待たせるでない。早く乗ってやるのじゃダストよ。」

 

 ひっひっひ、と笑うロリババアの前で、ダストは、しぶしぶ、ハクレンに背負われる。

 

 ダストが、細くしなやかな背中に抱きつくと、ぶにぶにした足を、細い手でホールドされて、すっと、ハクレンが立ち上がった。

 視界が、ぎゅんと高くなった。揺れるポニーテールからは、このまま抱きついていたいような良い香りがし、落ち着く。

 

 そのまま、ハクレンは、なんと信じられない事に、軽い足取りで、豚のダストを背負ったまま、ひょいひょいと厩舎の中を軽快に歩いたのだった。

 

「思ったよりも、大丈夫っす。」

 

 

 えっ…マジかぁ。

 

 ダストとリリィの気持ちは、余裕な顔をして歩く獣人ハクレンの前で一つになった。

 

 

「では、王都に行ってくる。」

 

 馬に跨り、キリリと宣言するダストの姿は、まるでナポレオンのよう。

 

 その愛馬が、美少女でなければ、絵になっていたかもしれない。スラリとした背の高い美少女に襲いかかるオークというのが、正しい印象だ。

 

 しゅたた、と軽快に、ダストを背負った美少女は、走りだす。

 館を出て、すぐに、血走った目の完全武装したご令嬢とすれ違うが、あっという間に視界から振り切った。

 絶体絶命のピンチから、脱出。

 

 獣人ハクレンは、トントンと、軽いリズムで、大地を蹴るように疾走する。

 そう、驚くべき事に、ほとんど揺れないのだ。トップランナーが、ネックレスをしたまま走れるように、ハクレンも上半身がブレない。

 

 風が気持ちいい。

 

 流れるように、消え去る風景。

 

 これが、人馬一体。彼女の見ている風景。溶け込むように、ダストと、ハクレンは、一つになる。

 

 どのくらい走っただろうか、王都までは、まだまだ遠いのだが、それでも驚異的な距離を走った時に、彼女に異変が起きた。

 

「だ、駄目っす。」

 

 急に立ち止まるハクレンは、ダストをそっと、背中から降ろした。

 

「ど、どうした?ハクレン。」

 

 

 



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17 ハートを刻め

 

 ダストは、獣人『馬』である美少女ハクレンに背負われて王都に向かっていた途中、急遽、「駄目っす」と言って、立ち止まった少女の体調を心配をしたのだが、その心配は、すぐに彼女の残念な頭の心配へと切り替わった。

 

 

「駄目っす。このままのペースでは、王都の八百屋が、閉まってしまうっす。」

 

「え、どうでも良くない?」

 

 現実逃避したいダストを逃さまいと、がしっと、両肩を掴み、大きな純真な瞳で、美少女は真剣に訴えかけてきた。

 

「駄目ッスよぉお!うちは、今、王都印の人参が食べたい気分なんす。」

 

「おおぅ、そ、そうだな。着いたら、腹一杯、食べさせてやる。そうだ。人参フルコースなんてどうだ?」

 

 勢いに押されて、迎合する。ニンジンなんて安いものだから、そんな、つまらない事で、怒らせたくはない。

 

 大量のニンジンをちらつかせ、純真な美少女を籠絡する卑劣なる主人公ダスト。

 

「マジ!御主人様、大好きっす。」

 

「おぅふ。」

 

 安い誘惑に堕ちた美少女に、ぎゅっとハグされた。ダストを背負い、長時間走った身体は、体温が高く、心音が大きい。

 密着した美少女からは、どくん、どくん、と高鳴る鼓動が聞こえる。抱きしめられながら、鼓動を聞いていると、少女が緊張したのか、その鼓動は、ドッドドと早くなり、まるで勇気を振り絞ったかのように、お願いをされた。

 

「御主人様、ダストを真の御主人様と見込んで、お願いがあるっす。うちは、エネルギーを貰えたら、もっと早く走れるっす。」

 

「エネルギー?」

 

 恥ずかしそうに、離れて、もじもじした少女から渡されたのは、細い棒。

 握りやすいグリップから伸びる棒の先端は、ハート型をしている。魔法使いの杖なのだろうか?

 

「これで、うちに、やる気を入れて欲しいっす。」

 

「参ったな。本当に魔法が使えるかは分からないんだが、やるだけやってみよう。」

 

 

武器:火蜥蜴の鞭[SR]を獲得した。

効果:しなるムチは、愛の一撃。その先端についたハートの突起は、奴隷にハート型のアザを刻む。

 

「大丈夫っす。この鞭でうちをブッ叩くだけでいいっす。」

 

「鞭なんか、持たすんじゃねーよっ。この変態美少女が。俺はノーマルなの。巻き込まないでくれ。」

 

「失礼な、フツーすっよ。」

 

 ドン引きするダストに、純真なる少女は迫る。ムチで叩く行為は、白馬ハクレンにとっては、普通の事であったからだ。

 獣人となった今は適用する事は許されない世間とはズレた価値観。

 

 

「さぁ、行くっすよ。」

 

 美少女は、豚を背負い、王都に向けて、再び走りだした。

 

「早くムチを入れてください。」

 

 ペチッ。

 

「はぁ、全然ダメっす。もっと、心を込めて、あと台詞も付けて。」

 

 ヘタレな男に、上から目線でダメ出しをしてくる。イラッとしたので少し力が籠もる。

 

「このっ、変態が!」

 

 べチッ。

 

「まぁ、少し良かったですが、ダメダメっす。童貞の御主人様には、荷が重かったすねぇ。」

 

「ほっほう。キーボードクラッシャーと呼ばれた、この俺を怒らせたな?」

 

「童貞が怒っても怖くなーい。チェリーより、人参フルコース寄こせっす。」

 

 少女に背負われながら、顔を真っ赤にして怒る。良いでしょう、本気をだそう、少し君を見くびっていたようだ。

 音楽家の血が騒ぐ、キーボードを壊れるまで叩いた華麗なる旋律を奏でるピアニストから、指揮棒を振り回すように激しく太ももをムチでしばくマエストロになる。

 

「馬車馬のように、こき使ってやる。きびきび走りやがれ雌馬が!」

 

「ひんっひんっ!」

 

 俺の指揮棒で、嬌声を奏でろ。ビシビシとビートを刻み、狂想曲は、クライマックスにさしかかる。

 渾身のチカラを持って、お相手致す。

 

「その綺麗な太ももに、俺のハートを刻んでやる。悦べ、メスウマぁぁあ。」

 

 ビチィッ!

 

 しなるムチは、白い肌に、真っ赤なハートのアザをつける。ドMな女、ハクレンは悦ぶ。

 

「ひ、ひぃいん!」

 

 

 嬌声をあげ

 興奮した馬は、暴れ馬となった。

 

 ガコラッ、ガコラッ。

 疾走する剛脚は、地面を削り取るように、死の音を奏でる。

 

 すでにヤバい速度だ。落ちたら死ぬ。揺れる背中は、死と隣り合わせのライド。

 美少女の背中から振り落とされないように必死に捕まり豚のように哭く

 

「ひぃぃぃぃ。」

 

 嬌声と悲鳴がマリアージュし、王都には、あっという間に到着した。

 

 

 



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18 王都

 

 そびえ立つ城壁。跳ね橋のある門では、簡単な入国審査と、安い入国税の徴収を行っている。

 

 そこへ、背の高い美少女と、背負われた豚のような男が現れた。少女が襲われているのかもと思ったが、どうも男の方が憔悴しているように見える。

 スタスタと少女の足取りは軽い。理解できない怪しさがある。たまらず門番の声が出た。

 

「止まれ、帝国には何用で来た。」

 

 

「ニンジンを食べに来た!」

 

 元気よく挑発してくる美少女。

 怪しい。拘束して取り調べてやろうかと門番が警戒心を高めた時、憔悴した豚が、冒険者カードを出しながら答えた。

 

「稼ぎにきた。」

 

「C級冒険者だと!?ダスト殿、これは、失礼した。王都を満喫してくれ。」

 

 門番は驚愕する。戦闘力0に見えるこの男は、呪術師の類いなのだろうか。E級くらいなら嫌がらせに、拘束しても良いが、C級ともなると報復が厄介だ。関わりたくないので、アッサリと通過を許可する。

 

 |断罪の門(ジャッジ)も敵性反応を示さなかったので、犯罪者では無いのだからと門番は判断した。

 

 

 ダストは、美少女ハクレンに背負われながら、王都入国を果たす。

 王都は、全面舗装されており、都会感があった。トントンと、早歩きぐらいのペースで進む。乗り心地は素晴らしく良いが、人の視線が痛い。

 

「ハクレン、恥ずかしいので降ろしてくれないか。」

 

「駄目っす、御主人様。八百屋が締まるかもしれないので。」

 

 八百屋の誘惑に負ける御主人様とは、いったい何だろう。ぼんやりと、小石ちゃんの気持ちになりながら背負われたまま考えていると、迷わずスタスタと進み、八百屋へと到着した。

 

 山高く積まれた人参を見て、ハクレンが興奮気味だ。

 

「好きなのを選べ、また来るから、新鮮な物が食べたかったら、買い過ぎるなよ。」

 

 こくこくと頷き、真剣な顔で、同じにしか見えない人参を厳選しだすハクレン。

 

 女の買い物は長い。手持ち無沙汰になったダストは、ふらふらと、物色する。トライアドの根、マンドラゴラ、お化け大根、ジャックランタンの種。

 なかなか楽しめた。しかし、料理方法が分からない。というか、料理が出来ない。

 

 

「決まったか?」

 

「はい。御主人様、すぐに宿に行きましょう!すぐに!」

 

 そんな不穏なワードを聞いて、八百屋の親父が顔をしかめる。誤解を解かねば、

 

「ハクレン、人参が食べたいのは分かった。食べ歩きって知ってるか?買った商品は、すぐに食べても良いんだそ。」

 

「御主人様、なんて悪い人なんすか。ポリポリ。くぅ、食べ歩き最高っす。」

 

 誤解の解けた店の親父と一緒に、ほっこりした顔で、人参を頬張るハクレンを見つめた。

 

「勘違いして悪かったな。」

 

「いいさ、美味い人参があれば仕入れといてくれ。」

 

 八百屋の親父の謝罪を受け入れる。

 

 

 袋一杯の人参を買って、ホクホク顔のハクレンと街をぶらつき、宿屋を目指す。

 

 角うさぎの焼串を買って食べ歩きながら、到着した宿は、少し高そうな宿屋だった。リリィの御用達だから、不衛生な冒険者の宿とは違って当然だが。

 

「それでは、御主人様。明日の朝、お会いしましょう。」

 

「待て、ハクレン。」

 

「ぐぇ。御主人様といえども人参はあげないっす。」

 

 平然と馬小屋に行こうとしたハクレンを捕まえる。何?君はウィザードリィなの?馬小屋じゃないと老衰して死ぬの?

 

「人参なんか食わねーから、安心しろ。お前も部屋に泊まるんだよ。大人2名で。」

 

「は、はい。」

 

 宿屋の受付嬢が困惑した顔で、部屋の鍵を渡してくれた。

 

 



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19 正妻

 宿屋のカウンターに、置いてあった水色の魔石に目がいく。なんだろうか?と見ていると、それに気付いた受付嬢が、セールスしてくる。

 

水石(ブルー)はお持ちですか?少しお高くなりますが、ご用意しておりますが。」

 

「あぁ、丁度、切らしていた所だ。貰おうか?」

 

「お買い上げ、ありがとうございます。浴場の入口のくぼみにセットして頂ければシャワーが出ますので。」

 

 何処かで見た事があるなと思ったら、リリィの館の浴室だった。なる程、そうやって使うものなのかと水石をもてあそぶ。

 

 

 借りた部屋には、ベッドが2つあり、未体験のベッドに感激したハクレンは、ベッドの上で跳ねていた。

 

「御主人様、ベッドとかいう物は最高っす。なんなんすか、このふかふかは、藁とは別格っす。」

 

「だろう。馬小屋とは違うだろ?」

 

 こくこくと頷くハクレンを横目に、もう一つのベッドに、小石ちゃんを投げる。キラキラした光りとともに、大きく伸びをしながら、小石ちゃんが現れた。

 

「んんーっ。コイシ参上だよ。」

 

「うぉぅ!びっくりしたっす。」

 

「そういえば、お前らは、初顔合わせだったな。お互いに挨拶しとけ。」

 

 突然、現れた小石ちゃんに驚く雌馬。ダストの仕切りにより自己紹介が始まる。

 

「水も滴るいい女、小石です。よろしくね。」

 

「最速の乙女、ハクレン。こちらこそ、ヨロシクっす。」

 

 握手を交わす美少女。眼福である。しかし、小石ちゃんの挨拶が引っかかる。水も滴る?そういえばと、小石ちゃんを厩舎の水桶に沈めた記憶が蘇る。

 

「ご、ごめん。小石ちゃん。」

 

「ううん?ダストは格好良かったよ。」

 

「こ、小石ちゃーん。」

 

 正妻力溢れる小石ちゃんと抱き合うダスト。さっそく惚気を見せつけられたハクレンは、真顔でボリボリと、人参を食べる。くそっ、今夜はヤケ人参だ。

 

 ご機嫌斜めになったハクレンを、あやすかのように、部屋は賑やかな会話で満ちた。

 

 

 やがて夜が訪れる。大きい身長とは裏腹に中身がお子様なハクレンは、食べ切れなかった人参を大事そうに抱いて寝た。

 お子様が眠れば、大人な時間の訪れ。

 

 賑やかな会話が終わり、静寂の訪れた部屋には、良いムードが漂っていた。

 

 

「ねぇ、ダスト。ロリババアとキスしてたけど、コイシとは、しないの?」

 

「そんな、こと…」

 

 弁明しようとしたダストが振り返ると、そこには、目を瞑り待っている女がいた。ならば、行動は一つだ。覚悟を決めろ。

 

 そっと、唇を重ねる。

 カチッと歯と歯がぶつかる。経験値の低い初心なキス。そして再チャレンジ。今度は、柔らかな唇を感じる。

 

 ふぉおぉぉっ。何だ!?

 

 溢れてくるのは、幸せ。

 

 

 嗚呼、満たされている。

 これが、幸せというものなのか?

 とめどなく流れるアガる感情を受け止める。くぅぅ、幸せ。語彙力など遥かの昔に崩壊している。というか言葉等というもので表現出来るのか?して良いものなのか?立体的な感動の前で、文豪は無価値だ。

 

 さらに、童貞はやめておけばいいのに、踏み込む。

 

 テクも無いくせに、ベロを動かす。レイプのような自分勝手な下手くそなキスが小石ちゃんを陵辱する。

 

 ダストの下手くそな、貪るような情熱的なキスが終わり、トロンと、惚けるような小石ちゃんがいた。

 

 

 そんな小石ちゃんをベッドで待たせて、浴場に一人入ったダストは、水石をセットし、熱いシャワーを浴びる。気持ちは、そわそわしている。

 

 今夜、男になります。

 

 わしゃわしゃと、髪を洗う。

 

 汚れは、全て落す。毛根まで綺麗に、それが、せめてものマナー。ハラは決まった。後は男を見せろ。

 

 

 よしっ!行くぞ。今夜は一世一代の大一番。魔王城の前のセーフティポイントにいる。失敗は出来ない。気合いを入れろ

 

 パンッ!と顔を叩く。

 

 

 

 

 

 

 

 あっ、叩きましたね?

 

 

 右手が光る。

 

 光ってしまった。

 

 常識を書き換えろ。現実を書き換える右手は、ダストの盛り上がった気分など、気にはしない。

 

 さぁ、叫べ。あのお決まりのフレーズを

 皆様もご一緒に、

 

 

 

 



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20 女体化

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:プロニート豚

超成功☆

名前:ダスト

種族:人族(最強の美少女)

特記:主人公

装備:裸

異能:絶対美少女化(ハーレム)

寵愛:混沌神(クトゥルフ)

 

持物:黒竜の手袋、火蜥蜴の鞭[SR]

持物:布の服と靴[R]→穢れなきドレス[SSR]

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 黒髪の乙女。細い肢体。しなやかな張りのある玉肌は、身体を振ると、それだけで水が弾き、乾く。ふくらみかけた胸。

 無限の活力と寵愛。

 

 男根の消失。

 

 

 

「ふっ、ふひっ。やっちまった。」

 

 変な笑いが漏れる。

 しかして、その声は、鈴のような音色。

 

 鏡に映る自分の姿は、神々しいまでに美しい。見るに耐えない豚から、処女神へと転身した。

 

 美しい。欲情すら抱かぬ美しさ。

 穢れなき乙女。

 

 ボーボーと生えていた脛毛というか、首から下は、無毛になった。

 

 さっきまで、同じジャンプーを使っていたはずなのに、華のような圧倒的な香りが、浴室を満たす。いい匂いだ。心が沸き立つ。

 

 複雑な心境で、心は、荒れに荒れる。後悔の代償に、慢性的な疲労と倦怠感は消えて、多幸感と慈愛と活力で満ちる。

 

 女になった。

 

 今ならば少し分かる、フランの気持ち。

 これは、いい。

 

 際限のない自己嫌悪が、溢れる自己愛に変わる。常時、無敵モード。あたしを好きにならない男など、この世にいるのだろうか?

 

 ん!?

 

 変質していく思考に恐怖するが、俺は俺だ。まだ、大丈夫。

 

 脱衣所で、身体を拭く。すべすべした身体は、ほとんど乾いていて、柔らかな布の感覚を、鮮明に感じる。

 反面、肩まで伸びた髪は、しっとりしていて、なかなか乾かない。

 

 初めてしっかりと見たパンティを、ドキドキしながら手に取り、ほっそりとした脚を通す。吸い付くような絹の素材に、ドギマギする。エロすぎじゃね、これ?

 ブラは付け方すら分からなくて、手こずった。擦れる乳首が反応する。つけてみると、少し苦しいが、護られているような感覚。

 スカートをはく。ひらひらしていて、下はエロい下着一枚。くそったれ、正気とは思えぬ格好だ。裸で歩く以上の恥ずかしさ。すーすーする。

 

 キャミソールを着て上着を羽織る。どれもが、ひらひらしており、変な高揚感がある。

 

 姿見の前に移動し、状況確認というか、ファッションチェック。惚れる。これは、惚れる美しさだ。   

 

 

「俺、可愛くないか?」

 

 思わず女性のような笑い方をした自分に、ビビるが、見惚れる美しさ。ニマニマと笑い自分の顔をペタペタ触る。

 

 

 

 ピカッ!

 

「え?」

 

 そして、あろう事か、また右手が光った。

 

 それは混沌神(クトゥルフ)の寵愛。

 主人公だけの救済措置。

 

 



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21 混沌神の寵愛

 

 奇蹟の右手により、男根を消失し、豚野郎から、『美少女ダストちゃん』へと、クラスチェンジしたと思われた。

 

 だって、右手は不可逆の呪い。常識レベルのお約束だろ?

 

 そんな常識を嘲笑うかのように右手は光る。今まで何を見てきた。常識など、ただの過去例に過ぎない。現実を書き換えろ。

 

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:最強の美少女ダストちゃん

超成功☆

名前:ダスト君

種族:人族(最強の男の娘)

特記:主人公

異能:絶対美少女化(ハーレム)

寵愛:混沌神(クトゥルフ)

装備:穢れなきドレス[SSR]

 

 美少女は、男の娘になった。

 

 黒髪の乙女。細い肢体。しなやかな張りのある玉肌は、身体を振ると、それだけで水が弾き、乾く。

 

 見た目は、変わらない。

 

 しかしながら、変化もある。

 丸みを帯びた身体こそ変わらないが、ふくらみかけた胸が無くなり、男根が復活した。

 

 見た目が美少女である事の優越感と、女にはなれない偽物である事の劣等感が、ないまぜになった複雑な色気。

 

 完璧では無いからこその親しみやすさ。禁忌を犯す背徳感。

 

 

 ダスト君は、姿見の前で、恐る恐るスカートをたくしあげ、その下半身の男神を確認した。

 

 神に背く行為。禁断のエロスが、そこにあった。

 

「これは、新しい扉を開いたかも、しれんな。だけど、今日はお終い。またね、バイバイ。」

 

 

 ダスト君は、中性的な声で、寂しそうな表情をして自分にしばしの別れを告げる。優しく労るように、ペタリと頬を触る。

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:最強の男の娘ダスト君

超成功☆

名前:ダスト

種族:人族(おっさん)

特記:帰ってきた主人公

装備:穢れなきドレス[SSR]→布の服と靴[R]

 

 

「良かった。戻れたか。」

 

 何をもってハーレムとするか、おそらくそんな理由だろう。主人公に限り自由に、3形態の変身が出来るようだ。

 

 ぶにぶにした情けない体に戻る。

 

「フフフ、勇者よ。俺は、まだ2形態を残している。真実の姿を知った時、貴様は後悔するだろう。」

 

 後悔しか無いまである。それは、そうと。

 

「小石ちゃんを待たせてたな。俺は今夜、男になる。なるつもりだが、なんかこう、勇気を挫かれたな。」

 

 いつでも戻れる。それは、甘美なる誘惑であり、人間は得てして、低い方に流れるものである。

 そして、ダストは判断を誤り、決断の先送りを選択した。

 

「今夜じゃなくてもいいか。会ったばかりだし、まだ時間はあるし、もっとお互いに良く知って、2人の仲を進展させてから。」

 

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:プロニート豚

超成功☆

名前:ダストちゃん

種族:人族(最強の美少女)

特記:真主人公

 

 異世界に美少女が、帰ってきた。

 

 

 軽い足取りで、小石ちゃんの待つ部屋に戻るダストちゃん。

 

「ダスト?可愛くなってるよ。」

 

「大丈夫、元の姿にも戻れるから。小石ちゃんに、この姿も見てもらいたくて。」

 

「・・・ヘタレ。」

 

 むすっとした小石ちゃんに撫でられて、夜は深まる。姉妹のように、仲良く寝た。

 

 



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22 魔道具店

 

「うわぁぁ、誰っすか?」

 

「うるさいぞ、この駄馬が。」

 

 朝っぱらから騒がしいハクレンに起こされたので、火蜥蜴の鞭[SR]をひゅんひゅんしながら、この可憐なダストちゃんが、ダストである事を証明する。

 

「この口の悪さは、御主人様っすね。」

 

「今日は、3人で街へ繰り出し、冒険の装備を整えるぞ。よって、ハクレンよ。コイシちゃんを背負って出掛けてくれ。あと、おやつの人参は、3本までとする。」

 

「そ、そんなぁ。横暴っす。ぽりぽりぽりぽり。」

 

 ならば食い溜めしようと、食事を始める意地汚いハクレン。コイシちゃんが、慈愛の目で見つめてきた。はぁ…

 

「コイシちゃんに免じて、6本にしよう。」

 

「ありがとうっす。」

 

 

 宿屋は、とりあえず、3日分の前金を入れてあるので、残りの人参は宿屋に放置だ。リリィから貰ったお小遣いはかなり多いが、1年間の宿屋待機は、さすがに無理だろう。

 

 なにか稼ぐ手段が必要だ。それに美少女3人になったので、自衛の必要もある。

 

 

 街を歩く。

 

 美少女トリオのリーダーである俺は、珍しい黒髪の最強美少女ダスト。女王様よろしく、ひゅんひゅんとしなるムチを持っている。

 それに続く、背の高い美脚の女、ハクレン。その白い太ももには、俺の愛の証であるピンクのハートが咲き乱れている。

 ハクレンに、背負われた微表情の灰色の髪の美少女は、石族のコイシ。

 

 すれ違う人の視線を全て独占する。

 

 美少女は、正義。

 

 

 

 まずは、魔道具屋で、異世界のお約束のアイテムボックスを手に入れようか。

 

「おい、魔道具店に行きたいんだが?」

 

「こっ、こちらっしゅっ。案内しましゅ。」

 

 適当に、冒険者と思われる青年に、声を掛けたら、この有り様だ。気持ちは分からんでもないぞ、童貞。俺様は可愛すぎる。そうだ、君の事は、心の中で「マシュ君」と呼ぼう。

 自らも童貞である事を棚にあげるダスト。

 

 

 

「お勧めの魔道具店に案内しましゅ。店長は残念だけど、凄い人で、品揃えは最高でっしゅ。」

 

 ごちゃごちゃと、魔道具が置かれた店に案内された。

 

「いらっしゃい。でゅふふ。か、可愛すぎる。天使様達、何がご入用なんだ?」

 

 魔道具屋の奥で退屈そうにしていた丸眼鏡のハゲ親父が、興奮して飛び出して、声を掛けてきた。なんかヤダ。違う店に行きたくなるなぁ。

 

「・・アイテムボックスとか、冒険に必要な物。」

 

「ぼ、冒険者なのか?」

 

 この店長に、カードを触らせるのが、なんか嫌なので、見せるだけにする。

 

「Cランク!?凄いでゅふ。」

 

「触れるんじゃねーよっ。」

 

 無意識で、俺の清らかな手を、触ろうとしてきた丸眼鏡のハゲ親父の手を、ムチでしばく。

 

ビチィッ!

 

 店長の手に、俺のハートが、くっきりと浮かんだ。店長は、そのアザと、ハクレンの太もものアザを交互に見ながらニヤつく。そして、凄い人と呼ばれた店長の丸眼鏡がキラリと光った。

 

「でゅふふ。天使様、ちょっとお仕事してくれたら、美少女割を適用しちゃうよ。」

 

 

 

 びゅんびゅんびゅん。

 

 心を無にしてムチを奮う。断っても良かったんだが、9割引きって言われたらなぁ。

 店長の持ってきた商品に、次々と、ハートのブランドマークを付けていく。頑張る俺の隣で、マシュ君が、ぼったくりのマーク付ブランド魔道具をお買い上げしていた。キモイ、死ねばいいのに。

 

 女王様業務をこなした俺は、人数分のアイテムボックスと、各種魔石、スキルロール、毒消しの針、魔法石のランタン、オートマップを、格安で手に入れた。

 

「でゅふふ、またのお越しを。」

 

「来ねーよっ。」

 

 いや、近い内に、行く気がする。店長に問題有りだけど、品揃えは、神ってたからな。ツンデレだなぁ、俺。

 

 



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23 ギルド

 

 さて、準備も出来たので、

 冒険の始まりだ。

 

 ギルドに入ると、ドヨリっと空気が変わった。それもそうだ。見た事のない絶世の美少女が3人も、来訪したからだ。

 冒険者ギルドの受付嬢は美人揃いだが、我ら3人は、格が違う。突き刺さる男共の視線が快感である。

 

「今日は、何のご依頼でしょうか?」

 

 だから、受付嬢が、冒険者では無く依頼主だと勘違いしたのも無理は無い。ダストは、首を振って、カウンターに、カードを投げた。

 

「メンバーの追加を。」

 

「え?Cランク!?クラン《乙女達の楽園》のダスト様は、ベテラン冒険者様だったのですね。失礼致しました。」

 

 カードを確認した受付嬢が驚く、そして初めてクラン名を知った俺も驚いた。そんな名前だったんだな。

 

 もちろんギルドに来るのも初めてだ。目ざとく『初心者講習のご案内』を見つける。

 小銭を払えば、説明が受けられるらしいので、ハクレンをダシに話しを聞こうか。

 

 

「今日は、新メンバーのハクレンがいるから、初心者講習を受けたいんだが。」

 

「はい。ありがとうございます。では、簡単に常設依頼をお見せしますね。疑問に思った事は、どんどん聞いて下さいね。」

 

A 討伐 火竜

B 討伐 ワイバーン

C 採取 火竜の卵

D 討伐 オーク

E 討伐 ゴブリン

F 採取 ヒール草

S 採取 ヒール草

 

「あれ?FとSが同じっすよ?」

 

「Sは、サービスとか塩漬けと呼ばれる依頼ですね。このSの依頼は教会が出していて、報酬が安いんです。いわゆる慈善事業みたいな。ペナルティや、名声を高めたい冒険者さんが受けます。昇格試験にも少し反映されます。」

 

「依頼は、いきなりCからとか受けれるっすか?」

 

「そうですね。クランがCランクなので受けられますが、色々と知るために、まずはFやSを強くお勧めします。という訳で、Sを受けてみませんか?」

 

「ええー、嫌っすよ。」

 

「まぁ、まずは、お勧めどおりSを受けてやれ。」

 

「御主人様が言うなら分かったす。」

 

 確かに、ランクは、Cランクだが、それは不正をしているだけで、実力的にはFなのだ。なら、恩を売る意味も兼ねて、Sを受けて見るのも悪くない。ヒール草とかな。

 冒険者が無理そうなら、接客業もありかもしれん。

 

 

「あ、ありがとうございます。Sランクは、こちらになります。」

 

S 討伐 プラチナスライム

S 採取 ヒール草、世界樹の葉

S 清掃 排水溝、便所、ゴミ屋敷、猫屋敷

 

「猫屋敷の清掃って、何すか?」

 

報酬:屋敷の格安購入権

内容:屋敷の完璧な清掃

条件:猫ちゃんを虐待しない事

 

 何となく気になる依頼だった。ハクレンが聞かなければ聞いていたと思う。

 良い条件にも思えるが、何で塩漬け依頼になってるんだろうか。しかし、受付嬢は、顔を歪める。

 

「かなりヤバい依頼ですね。ただ、ご近所様からも『早くなんとかして』と苦情が凄くて、解決できればボーナスも出ます。沢山出ます。だから、う、受けてみませんか?ベテランCランクと見込んで、お願いですーーー。」

 

 中途半端美人の色仕掛け等、俺達には通用しないが、あまりに必死に縋るように拝み倒され、結局、かなりヤバい依頼を、受ける事になった。

 

「ありがとうございます。ギルドに救世主が現れました。」

 

 ほんのりと、泣いて喜ぶ受付嬢が作るのは、とても断りずらい空気だ。依頼失敗で突き返してもいいが、まずは見るだけ、見てみるか。

 

 

 まぁ、何とかなるだろう。そんな予感があった。

 

 



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24 猫屋敷

 

 ギルドで、初依頼を受けて、『猫屋敷の清掃』に向かう。地図を頼りに目的地へと向かうのだが、嫌だ、もう帰りたい。

 

 目的地に近付くほど、風に乗って不快な異臭が漂ってくる。なるほど、これは、かなりヤバい依頼だ。

 ツンとする鼻を殺す、吐き気のする異臭。猫屋敷の周辺は、閑散としているが、おそらくはこの異臭が原因だろう。家々の窓は固く閉められており、人通りはない。近くの酒場は、誰もおらずガランとしており、さながら、ゴーストタウンのようだ。

 

 

「帰りたい、帰りたいっす。」

 

「駄目だ。ハクレン、これが、お仕事だ。うぇっぷ。」

 

「頑張って、2人とも。」

 

 嗅覚の優れた獣人には辛いのだろう。俺も吐きそうだ。

 石族のコイシちゃんだけ、影響が無いのかハクレンの背中で涼しい顔をしている。羨ましい事だ。

 

 ほんの少しの金と名誉のために、新米冒険者は、地獄へと、一歩、一歩、近付く。

 

「うぅぅうーーっ。」

「ひにゃーぁぁっ、ぅゔぅー。」

 

 猫屋敷の中からは、不快な動物の鳴き声が聞こえる。猫の鳴き声は、ニャーニャーと可愛い物だと思って、この依頼を受けたのだが、劣悪な環境では、どうも違うらしい。

 

 立派な屋敷だ。この高級住宅街の中でも一際、立派だ。しかし、この強烈な刺激臭が、全てを駄目にしている。うろちょろする猫すら徘徊するモンスターと錯覚させるほどに。

 

「ハクレン、生きて帰ったら、ニンジン祭りをしてやる。だから、死ぬなよ。」

 

 こくこくと、泣きそうな顔で頷くハクレンの前で、決意を固めて、呼出の魔道具を押して、心を殺し、じっと待つ。

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。いっそ、このまま開かないでくれと、弱気になった時、動きがあった。

 

 勇者を迎える魔王城ように、不愉快な猫屋敷の立派な玄関扉が、ゆっくりと、ゆっくりと、開いていく。

 長らく手入れをしていないのか、悲鳴のような錆びた音で、扉は叫ぶ。

 

 

 ギィィィ。

 

 地獄の門が開いた。

 

 それを合図に、門の中に、閉じ込められていた魔王軍が、開放されたかの如く、勇者達に猛烈に襲いかかった。

 

「うおぇっぷ。」

 

 その濃度は、数倍。

 頭を殴るような濃度。猫屋敷の中で熟成された異臭は、外の比では、無かったのだ。

 さながら、猫の死体。そんな表現が的確な、刺すような吐き気のする異臭。

 

 ハクレンは、ぶるぶると震える。獣人の優れた嗅覚が限界を迎えたらしい。

 

 哀しそうな純真な眼で、ダストちゃんを見つめると、決意を込めて、予想外の言葉を言い放った。

 

「御主人様、うちは、戦線離脱っす。また生きてお会いしましょう。」

 

 なんという事だ!駄馬は、コイシちゃんを抱えたまま、あろう事か、御主人様を残して逃げた。

 

「こぉのっ、裏切り者ぉーーーっ。」

 

 

 走り去る最速の乙女。

 ・・彼女には誰も追いつけない。

 

 こうして、不快な猫屋敷の魔女セルゲイの罠にハマり、仲間と分断された勇者ダストちゃんは、1人だけでの戦いを余儀なくされた。

 

 はたして、この不快な魔女セルゲイに勝てるのか?頑張れ、生きて帰るんだ。

 

 



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25 適応

 

 老婆セルゲイ

 

 彼女が、この不快な猫屋敷の主である。異臭の充満する部屋で暮らす孤独な魔女が、心を壊してしまったのは、先の戦で、一人息子が命を落としてからだった。

 

 夫に先立たれ、一人息子を失った寂しさ埋めるために、猫を飼いだし、溺愛した。

 

 歯車は、狂い始めた。

 いや、息子を失った時には狂っていたのかもしれない。

 

 寂しさを埋めるため、どんどんと、増えていく猫。そして、それに伴い、どんどんと増えていくトラブル。彼女の周りからは、親しい人が減っていき、今や、広い屋敷には使用人すらいない。

 何とかしたいという気持ちは残っているが、嗅覚の鈍くなった老婆に残ったのは、今や、お金と息子の形見と沢山の猫だけ。

 

 

 玄関扉を開き、ダストちゃんを確認した、哀しき老婆セルゲイは、問う。

 

「何用だ、小娘。猫ちゃんを虐める気なら、生かしては帰さぬぞ。」

 

「うぇっぷ、失礼。ギルドから派遣されたダストちゃんだ。俺には、猫ちゃんを幸せにする秘策がある。」

 

「なんだと?その言葉、嘘であれば後悔するぞ。ついて参れ。」

 

 魔法という暴力を持つ老婆は、プレッシャーを乗せて警告した。

 

 

 老婆に、猫屋敷に入る事を許可されたダストちゃんは、鼻をしかめて、嫌嫌、後をついていく。

 

 刺激臭の充満するエントランス。

 

 そこは、さながら死の世界のようだ。美少女の存在しない土地。脳を歪めるような刺激臭が、ダストちゃんに、絶え間なく襲いかかる。

 

 しかし、人は慣れる生き物。無意識の内に生存のため適応する最適解を選ぶ。

 慣れろ、鼻からではなく、口から息を。ゆっくりと細く。吐きそうだ。

 

 うえっぷ。

 駄目だ。

 

 暗転する意識に、膝をつくと、何も触れていないのに、右手が輝いた。

 

 

 無意識が選んだ適応は、右手の奇蹟。

 

 ぶくぶくと、体が醜く膨れた。

 奇蹟よ、巻き戻れとばかり、豚野郎ダストが、ここに、復活した。帰ってきたぜ、この肉体に。

 

 

「だ、誰だ。どうやって?」

 

 老婆は、応接室に入ると、見知らぬ男ダストがいる事に気付いて、怯える。

 

 それに対して、ダストは、勧められてもいないのに、悠然とソファーに座り、右手を強く握り、傲然と言い放つ。

 

「俺は、ダスト。現実を変える男。些細な事は気にするな、重要な事は、一つだけ。あんたと、猫を救いに来た。」

 

 意味不明な発言をする男の目には、真実を語っている確固たる自信が宿っていた。

 

 気圧される老婆。長年の歪んだ寂しさという呪いが砕け散るかのような迫力を感じ、へたり込む。まさか?救ってくれる?

 

 孤独な老婆の前に現れた、英雄(ヒーロー)。

 

 

 ダストは、余裕を取り戻していた。

 

 異臭はする。

 が、問題は無い。なぜなら、俺は、プロニートという地獄を生き抜いた。舐めんじゃねぇ、これくらい、耐えられる。

 

「さて、詳しい契約の話をしようか?」

 

 黒竜の手袋をはめた指先でトントンと、机を叩き、猫屋敷の主である老婆に、目の前のソファーに着席するように促す。

 

 孤独な老婆セルゲイは、震えるように立ち上がる。信じたい訳のわからない何かがあるが、とても信じられない、そんな気持ち。

 

「言っておくが、この世から殺して、救うというのは、無しだぞ。」

 

「そんな、つまらない事は、しないから、安心しろ。」

 

 ふっと、優しくダストは、微笑んだ。

 

 

 魔法による契約を締結する。

 

契約:女神契約

違約:女神の呪い

目的:猫屋敷の浄化

内容:屋敷内の猫ちゃんの幸せな未来

確約:死や幻覚等で誤魔化さない事

報酬:猫屋敷の譲渡

期限:3日

特記:秘密の遵守

 

「ダストとやら、死ぬ気なのか?女神契約からは逃れられんぞ。方法は聞かせて貰っておらぬが、とても現実的とは思えん。3日だぞ!せめて、3週間ぐらいにせぬのか?」

 

「安心しろ。俺の右手ならば、今すぐにでも、ほとんど解決する。」

 

「では、何故、すぐにしない?」

 

「ちょっとした準備と、お仕置きだな。」

 

 ニヤリと悪い顔をするダスト。

 

 老婆セルゲイは、何を準備するのだろうかと思いを巡らすが、分からない。洗剤?そんなものでは、染み付いた異臭は落ちない。

 

「準備とは何だ?」

 

「秘密だ。」

 

 教えて貰えない事に気分を害したのか、強がる次の老婆の言葉が、ダストの逆鱗に触れる。

 

「またしても秘密か。ワシは失敗してもええから、せいぜい呪いを受けぬよう準備をする事だな。」

 

「失敗してもいい?ふざけるなよ。今、楽しいか?充実しているか?異臭が漂い、隣人が離れ、孤独な毎日。くそったれだろ。」

 

 そして、今度は老婆が怒るが、

 

「な、なんだと!」

 

「最後まで、聞けぇぇえ!!!似たような地獄から俺はやって来た。神経を磨り減らす毎日を10年過ごした。巡り合うのは運命だったかもしれん。くそったれな現実を変えて、あんたを救ってやる。」

 

 毒気を抜かれた老婆を残して、ダストは、準備をするために一度、ホームに戻る。

 

「し、信じていいのか?」

 

「必ず救う。一度帰るが、必ず約束を果たしに戻ってくるから、今夜はドキドキして待っていろ。」

 

 優しく微笑んで手をふった豚野郎の背中は、北圏の山脈の最高峰アルファより、大きく力強く見えた。

 

 



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26 お仕置き

 

 裏切り者に制裁を。

 

 強いクランを作るためには、時に、心を鬼にしなければいけない。一致団結するために、ルールを守る必要がある事を教えなければいけない。ちなみに、俺がルールだ。

 拷問方法が次々と浮かび、ハクレンの泣き顔を想像し、暗い愉悦を満たす。

 

 主人を見捨て、敵前逃亡した駄馬ハクレンの調教が必要だった。

 

 そうだ、古来日本で行われた、あの拷問にしよう。これに関しては、ノウハウがある。ジャパニーズの血が騒ぐ。

 

「ご、御主人様、反省したっす。だから、その、そろそろ許してくださいっす。それに、生きて帰ってきたんだから、良いじゃないっすか?」

 

「駄目だハクレン。敵前逃亡するような愚かなる駄馬には、お仕置きが必要だ。次からは、俺を背負って逃げるんだ。良いな?」

 

 ぶるぶると震えて半泣きのハクレンを、容赦なく抑えつける。こくこくと頷き反省しているようだが、俺はまだ満足していない。それに予定の時間よりまだ早い。

 

「ダスト、ごめん。私が変わるよ。むしろ、得意だから。」

 

「駄目だ。コイシちゃんも、逃げる時に俺を捕まえる余裕はあったはずだ。一緒に反省して欲しい。」

 

 しゅんと、なるコイシちゃんに僅かな罪悪感を感じる。

 

 そして、時は、来た。エネルギーが充電されたのが分かる。

 

「ご、御主人様ぁぁあ。ごめんなさい。」

 

「良かろう。ハートが咲き乱れる枕も、なかなか満足であった。」

 

 日本古来の拷問《石抱き》

 をソフトにしたもの、つまりは、ひざまくらである。正座をした事のないハクレンには、少々キツかったようだ。

 

 俺の脳ミソがしっかり詰まった重い頭が、白い綺麗な脚から、離陸する。立上がり、膝枕業務を終了させた。

 

 ホッとして、脚を崩し、ゆるゆるになったハクレンを横目で見る。お仕置きが終わったとでも思っているのか?甘いな、砂糖のような甘さだ。

 

 我が《乙女達の楽園》は、甘い組織では無い。その身に、罪を刻むがよい。

 

「良く耐えたな、ハクレン。さて、今夜は、リリィの行きつけの店で、人参の創作料理をを予約してある。ソースのかかった人参は、絶品だそうだ。ついて来い。」

 

「御主人様ぁ。」

 

 嬉しそうに、立ち上がったハクレンに異変が起きた。よろよろと歩き固まる。

 

「ん?どうした?ハクレン?足がとまっているぞ?」

 

 ハクレンを煽りながら、ぺちぺちと、太ももに、優しく鞭で触れる。

 

「ヒィヒィィン。触らないでくださいっす。痺れて。足が痺れて。」

 

「ふむ。歩きづらいのか、ではハクレンのペースに合わせてゆっくり歩くとしよう。店の閉店時間までに間に合うといいなぁ。」

 

「御主人様は、鬼畜っす。」

 

 ぷるぷると懸命に歩くハクレン。その足取りは、遅い。最速の乙女は、亀のようにノロノロと歩く。

 

 暗い夜道を、店の看板の灯りを目指して進む。頑張れ、痺れに負けるな。

 しかし、現実は、非情。到着間際で、ふっ、と消える灯り。

 

「うわぁぁん。灯りが消えたっす。」

 

「泣き言は許さぬ。これはお仕置きだ。最後まで歩くぞ、歩けるか?」

 

「はい、頑張るっす。」

 

 絶望的な顔をするハクレンは、涙を堪えるように、ぐっと唇を噛む。これは、お仕置きだから、やり遂げなければいけない。だから、フラフラとゴールまで歩いた。

 

 ダストは、そっとハクレンにハンカチを渡したが、ハクレンは使おうとしない。まっ、すぐに必要になるだろう。

 

 しょんぼりしたハクレンの前で豚野郎ダストは、ひゅんひゅんと火蜥蜴の鞭を魔法の杖のように振る。

 おや?夜に使った事が無かったから気付かなかったが、先端のハートの部分が赤く光るのだな。魔法使いらしさがプラスされた。

 

「泣かないでいいぞ、ハクレン。今夜の俺は、魔法が使える。」

 

「魔法?」

 

 その疑問には行動で答えようか。ひゅんひゅんと闇夜の中を、蝶のように舞う赤いハートが、店の呼び鈴を、捉えて鳴らした。赤い燐光が散る。

 

「どちら様ですか?」

 

「ダストだ。悪い、待たせたな、初めてくれ。ハクレン歓迎の人参パーティを!」

 

 その言葉とともに、店の灯りが一斉に点き、扉が開いて、従業員達が、まるで待機していたかのように現れた。

 

「お待ちしておりました。ダスト様、ハクレン様。今夜は、心ゆくまでご堪能ください。」

 

 ハクレンの大きな瞳が、さらに開かれる。店の灯りに、照らされて、驚きに染まる顔は、とても綺麗だ。

 

「ご、御主人様ぁぁあ。」

 

 ほらな、ハンカチ必要だっただろ?

 

 

 俺はダスト。

 裏切り者には、制裁を。

 頑張る者には、報酬を。

 

 我が《乙女達の楽園》は、甘い組織では無い。激甘な組織だ。

 

 おっと、コイシちゃんをポケットからお呼びしよう。食事は食べないが、いて欲しい。

 

 サプライズは大成功。実を言うと、ここまで上手くいったのは、リリィの御用達の店だからだ。計画を話したら、悪ノリしてくれて、アイデアまで出してくれて、この悪戯好きな店員達には感謝しかない。

 

 全ては、極上の笑顔の為に。

 

 

「ソース、ソースが人参に合うなんて。これは人参革命っす!」

 

「そうか、良かったな、ハクレン。こっちのも美味いぞ。」

 

 夢中で創作料理にパクつく、幸せ絶頂のハクレンを、コイシちゃんと、ほっこり見つめる。

 顔にソースがついてるぞ、ナプキンで拭ってやると、恥ずかしそうな顔をした。でも食べるのをやめないハクレン。そして、また、たっぷりソースをつけて一口食べて、それは、もう嬉しそうに笑った。

 見ているこちらまで、嬉しくなる。可愛いすぎかよ。

 

 心が、満たされた。

 俺は、今、幸せを噛み締めている。

 

 



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27 準備

 

 朝日が、昇る。それは、新しい1日の始まりであり、新しい人生の始まりである。老婆セルゲイとの約束を果たし、不快な猫屋敷の未来を、書き換えろ。

 

 

 おっと、しかし、焦って先が見えないヤツは、二流だ。このダストは、豚野郎の癖に、右手に頼りきった能力バカではない。

 

 俺の右手ならば、今回の依頼は、昨日の時点で、ほとんど解決していた。

 

 しかし、それは完璧ではない。

 

 その穴を埋めるため、リリィから貰った大金を全て使いきって《1枚の紙》を買いにきた。値下げ要求をして、一文無しになって、ようやく購入に至り、たった今、商談を終えた所だ。

 大金とはいえ、値下がりしているこのタイミングじゃないと、手に入らなかっただろう。

 

 

 何を買ったかって?

 

 それを語るには、俺の異能について、おさらいする必要がある。

 あぁ、『買った物が、すでに分かってるヤツは、ニヤつきながら読んでくれ。』との事らしい。

 

 俺の異能は、美少女化だ。女体化ではなく、美少女化。まさしく、ぶっ壊れ能力。

 

 ジジイが、ババアになっても、誰も得をしないんだが、ジジイが、美少女になるとどうだろうか?

 

 このヤバさを再認識して欲しい。

 

 しかしだ、無敵と思えるこの異能にも限界がある。

 

 俺だけの異能『|絶対美少女化(ハーレム)』は、分かりやすく例えるなら、無敵のスターだ。

 

 

 マリオってゲームなら、スターを与える事に等しい。ラスボスのクッパですら、ポコッと当たるだけで倒せてしまう。

 

 しまうが、時間制限がある。

 

 無敵の美少女の期間が終わった後、ただの美少女となる。そこからは、本人次第で、美女になったり、劣化したオバサンになったりしてしまう。

 

 今回の依頼、俺がペタペタと猫ちゃんを触るだけで、依頼は完了。みんなハッピーだ。だけど、無敵期間の終わった1年後はどうだ?5年後は?

 

 生活力のない美女達の半数は、奴隷に落ちるかもしれない。そんな未来は、とうてい受け入れ難い。

 

 それを、この《1枚の紙》が解決する。

 

契約:女神契約

違約:女神の呪い

内容:酒場の譲渡

確約:返品不可

特記:セルゲイ家の前に立地

 

 ようは、金だ。金の卵を産む、新たな職場を買った。

 

 不動産屋で、《酒場》の購入契約をすませたダストは、内心の笑いを噛み殺す。

 

 人の寄り付かない刺激臭のする酒場が、美女達の溢れる徒歩1分の職場に変わる、これは、笑いが止まらない。

 

 さらに、契約後にゴロッと態度の変わった不動産屋のインテリ眼鏡の若者が、追撃してきて耐えられなくなった。堪らず、吹き出す。

 

「ダストさん。女神契約は締結しましたので、もう返品は出来ません。遅くなりましたが、次回からは、買う場所の下見はしてください。私からのアドバイスです。しかし、その年では反省を活かす機会があるかは分かりませんが。」

 

「ぶはっ。おっと、悪いな。なんの問題もない。くっくっくっ。俺は、この商談に満足している。」

 

 

 

 愉快、痛快。

 空になった財布も、いっそ清々しい。

 

 足取りは軽く、英雄(ヒーロー)は、老婆セルゲイとの約束を果たすため、全てを救いに、地獄の猫屋敷へと、舞い戻る。

 

 さてさて、準備は完了した。

 

 

 愛すべき猫娘よ。

 

 にゃんにゃん言わせたるでぇ!

 

 



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28 猫娘カーニバル1

 

 昼下り、英雄(ヒーロー)が約束どおり帰ってきた。

 

 瘴気の中心。

 猫の死体、脳を殴るような吐き気を催す異臭がする、不快な猫屋敷セルゲイ家へ。

 

 こんな場所で生息出来るのは、心と嗅覚の鈍くなった者と。

 

 耐えられる者。

 

 ダストは、悠然と歩く。

 彼は、元プロニートであり10年超えの本物である。陽のあたらない部屋で、じっと耐えてきた。ゆえに、耐える事においては、他の追随を許さない。

 

 だから、悠然と歩ける。

 

 

 そんな男のブレない姿に、不安と期待と猜疑心とを諦めを詰め込んだ狂いかけた孤独な老婆は、希望という一筋の光を見た。

 見てしまった。

 縋るように、老婆セルゲイは呟く。

 

「・・待っていたぞ。」

 

「俺は、ダスト。現実を変える男。約束どおり、あんたと、猫を救いに帰ってきた。」

 

 ダストは微笑む。

 この屋敷からは、瘴気が漂っていた。それは、猫だけではない別の問題を抱えている事を暗示している。

 詳しい事は、専門的な知識の無いダストには分からないが、なにか直感のようなものはある。奇蹟ならば、なんとかなると。

 しかし、奇蹟を起すには想いが足りていない。圧倒的な意思の力が。足りないものを探して、言葉を続ける。

 

「問おう、依頼者セルゲイ。異臭が漂い、花瓶には、枯れた花。火山灰のように積もった埃。無惨に壊れた調度品。この部屋はまさに貴女の心の中だ。自覚しろ、認めてやれ、泣いているんだよ、あんたの心が。もう独り孤独に震えなくていい、だから、その心の内を晒せ。素直に願え。あんたは、何を願う?」

 

「変えてくれ。願わくば、あの日に戻してくれ。お願いだ。」

 

 嘆願する老婆を前に、黒竜の手袋を脱ぎ、コクリと頷いた。

 

「強く願うがいい、セルゲイ。ただの一度、奇蹟は起きる、この右手に誓って。」

 

「なーご。」

 

 空気を読まず、足に擦り寄ってきた猫を左手で、ひょいと捕まえた。

 

「見ていろ。奇蹟の始まりを。」

 

 

 すぅーと意識を集中する。俺だけの奇蹟の右手に、老婆の願いを集める。願え、強く願え。すると、右手が光りだした。

 

 そして、捕まえた猫に、ゆっくりと輝く右手を押し当てる。

 

 

 

 全ての決着をつけて不快な屋敷を浄化するまで、この右手の光りは収まらない。

 

 奇蹟は始まる。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:猫(三毛猫)

成功

名前:ミケ

種族:獣人『猫娘』(少女)

外観:猫耳と尻尾の生えた人間、可愛い。

胸囲:AA

装備:裸→街娘の服[N]

特記:進化可能(1/7)

 

 異世界に普通の少女が生まれた。

 

 猫娘。そうだ、あの猫娘。愛くるしい猫と少女が合体したチートの存在。可愛いもの✕可愛いもの=至高の猫娘。

 

「にゃーん!ミケ、参上にゃん!」

 

 

 老婆セルゲイは、腰を抜かす。まぁ奇蹟を目の当たりにした者はそうなる。

 

「ひぃ。猫が人に?まさか、これが秘策なのか。これは、秘密にして当然だ。なんいう力だ。英雄ではなく、神なのか、この男は?」

 

 しかし、俺は満足していない。想いが足りなかったのか、美少女とはならなかったからだ。おかしい?俺の猫娘に対する愛は、本物のはずなのだが。これは、もしや『当たりガチャのような確率』が存在しているのだろうか?

 

 転生前は、嫁リストの他に、猫娘フォルダがあったというのに。

 まぁいい。屋敷の中に、猫は溢れている。100匹以上はいるだろうと気を取り直す。

 

「猫娘よ、俺はハーレム王になる。始動せよ、猫娘48計画。乙女となりて、新たなる人生を歩み始めるが良い。行くぜ!」

 

 餌を食べている猫の群れに突っ込む。

 

 唸れ、右手よ。

 纏めて、現実を変える。

 

 右手に燐光を纏った豚野郎は、光り輝く右手を、呑気に餌を食ってる猫に振り回す。不快な屋敷で、ただ餌を与えられるままに貪るだけの毎日は、今日で終わりだ。

 

 進みだせ。

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

名前:ピンク

特記:進化可能(1/12)

 

名前:ミケ

特記:進化可能(1/7)

 

名前:バイオレット

特記:進化可能(1/18)

 

名前:ブルー

特記:進化可能(1/7)

 

 続々と、

 異世界に量産型少女が生まれる。

 

 屋敷全ての猫ちゃんを猫娘にするため、ダストは駆け回った。

 老婆は、年老いた黒猫を抱えたまま、ダストの付人となり、凶行、いやその奇蹟を、目に焼き付け続ける。

 

「俺が、女にしてやるっ!」

 

 次々と、生まれる猫娘。

 

 屋敷の部屋を移動し、猫狩りは、どんどんと、量産型少女を作っていく。

 

 食堂に、入った。

 テーブルの上には、枯れた花。無惨に割れた食器。埃は火山灰のような、死の世界。

 

 一匹の三毛猫を追い詰めた。

 

「三毛猫よ、俺からは逃げられない。女になれぇぇ!」

 

 そして、この異世界に7人目の『ミケ』という少女を、創造した時だった。右手は、真の力を発揮しだす。

 

 自由に歩いていた量産型少女のミケ達が、まるでブラックホールに吸い込まれるように、引きずられて、ダストの右手に集まってきたのだ。

 

 右手は眩い閃光に包まれる。

 

「うにゃ?うにゃーーっ!」

 

 名前:ミケ

 特記:進化可能(1/7)

 

 7人揃いましたね?

 おめでとうございます。

 

 

 真価発揮ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

進化前:ミケ✕7

大成功

名前:ミケ

種族:獣人『猫娘』(少女→美少女)

外観:猫耳と尻尾の生えた人間、尊い。

胸囲:AA→C

装備:街娘の服[N]→蠱惑のドレス[SR]

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 猫娘。そうだ、完成した猫娘。

 愛くるしい耳が、ピコピコと動き、ふさふさした尻惑がフリフリ揺れる。蠱惑的なドレスは、形の良い胸を強調し、色香を放つ。挑発的な美少女。

 

 

 ダストは、ついに掴んだ。その右手に、幸せの塊を。むにゅん。

 

 心が、心が、踊りたつ。

 カーニバルだ。わっしょい、わっしょいと、お祭り男の血が騒ぐ。SSRを出すために、血を流す覚悟がある。10連を回せ、もっとだ、もっと、もっと回せるだろ。

 

 むにゅん、むにゅん、むにゅん。

 

 力の限り攻める。

 ダストの童貞テクに興奮したのか、ミケは、顔を真っ赤に赤らめる。次第に、呆れと怒りに染まる顔。

 

 

「う、うにゃーっ!!」

 

 怒りのミケにより、バリバリと、三毛柄の付け爪で、顔を引っ掛かれた。

 

 どうやら爆死してしまったようだと、顔の引掻き傷から流れる血を気にもせず、ダストは右手の余韻を楽しむ。

 

 なに、傷は、男の勲章だ。

 スカーフェイスの豚野郎は、ニヤリと不敵に笑った。

 

 

 その時だった。

 自分の胸を抱き、恥ずかしそうにする猫娘から、三毛色、その三種に変わる放たれた光が、部屋を染めた。

 

 ゴゴゴ・・

 

 部屋が、揺れた。何かが起きようとしていた。

 

 



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29 猫娘カーニバル2

 

 美少女とは奇蹟の存在。

 

 つまり転じて奇蹟を成す者。豚野郎ダストに、その神聖なる膨らみを蹂躙された乙女は、羞恥に悶える。爆発する感情で、無敵時間を消費し、現実を書き換えろ。

 

 

 美少女ミケから、奇蹟が迸る。

 

 その奇蹟により、汚染された瘴気に満ちる部屋が、輝いていたあの日に、巻き戻る。

 

 美少女から出た風が、火山灰のような埃を吹き飛ばし、艶やかに光る大理石の床が現れた。無惨に割れた食器が、カチャカチャと音を立て、復元し、美しさを取り戻す。

 最後に、テーブルの上の枯れていた花は、種に戻り、葉となり、花となり、咲き誇る。淀んだ空気が、爽やかな香りへと置き換えられた。

 

 不快な屋敷の食堂は、美少女に相応しい世界へと生まれ変わった。

 

 食堂の浄化が完了しました。

 達成率:1/25

 

 

 少女シリーズをコンプして、美少女化する。そして、胸を揉み、羞恥心を爆発させて、部屋を浄化する。

 

 魔術的な仕組みは、さっぱりと分からないが、これだけ分かれば、十分だろう。

 

 

「なる程な手順は分かった。なら、後は、サクサクいくだけだ。」

 

 驚きのあまり、口をぱくぱくさせる老婆セルゲイの理解力を超越したらしい。この部屋に老婆と年老いた黒猫は、残しておくとしよう。黒猫よ、お前は最後だ。

 

 さてと、仕事をするかと、決意に燃える背中からは、湯気が揺らめく。

 

「男なら一度は夢を掴みたいと思った事はあるだろう。挫折し、部屋に、逃げていたあの日の自分に誓う。この手に、でっけぇ夢を掴んでやる。例え傷だらけになったとしても、俺は、今度こそ、やり遂げる。」

 

 

 美少女猫娘。グリーン、イエロー、ピンク、等と、破竹の勢いで、次々と奇蹟の存在を既に16人も生み出したダストは、一階の部屋の浄化を完了していた。

 

 のしのしと、歩く男は、ついに二階へと移動し、次なるターゲットを追い詰める。階段の隅で、怯える紫の瞳の猫の逃げ場を塞いだ。

 

「きしゃーっ。」

 

 

「はっはっはっ。次は貴様だ。我が寵愛を受け取り、女になるがいい。バイオレットォッ。」

 

 伸びる豚野郎の手は、威嚇する紫の瞳の猫を、正確に捕まえた。

 

 バイオレットシリーズの最後のバイオレットをメス化した事により、真価は発揮する。真価により生まれた吸引力は、まさにブラックホール。量産型少女のバイオレット達が、引きずられるように、ダストの右手に集まってきた。

 

 手摺りに捕まって抵抗する娘もいる。だが、無駄だ。街娘の靴が、すっぽ抜けて、右手の前方にあるなにかに吸い込まれる。そして、耐えきれなくなった分身が、壊れた手摺りとともに、引き摺り込まれる。

 

 一つになれ。

 

 紫の猫娘を全員を吸い込みおわったブラックホールは、眩い閃光に包まれる。

 

「にゃ?にゃぁあーーっ!」

 

 名前:バイオレット

 特記:進化可能(1/12)

 

 12人コンプリート

 おめでとうございます。

 

 

 真価発揮ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

進化前:バイオレット✕12

大成功

名前:バイオレット

種族:獣人『猫娘』(少女→美少女)

外観:猫耳と尻尾の生えた人間、尊い。

胸囲:AA→F

装備:街娘の服[N]→淫靡なるドレス[SR]

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 猫娘。これが、完成した猫娘。

 愛くるしい耳が、ピコピコと動き、ふさふさした尻惑がフリフリ揺れる。淫靡なるドレスは、豊満な胸を強調し、全ての男を誘惑する。紫の瞳の淫靡なる美少女。

 

 

 ダストは、掴んだ。その右手に、幸せの爆乳を。むにゅーん。

 

 でっけぇ。

 ははっ、最高だぜ、こいつは。

 

 血が集まる。

 滾れ。血よ、滾れ。カーニバルだ。わっしょい、わっしょいと、お祭り男の血が騒ぐ。それは溢れそうなSSR。片手では掴みきれないような存在感。

 その手に、掴みききれるのか?

 

 むに、むに、むに、むにゅーん。

 

 我(ワレ)、夢を掴む者也。

 

 

「にゃ、にゃーん!!」

 

 紫の瞳の猫娘が、泣きそうな顔で、豊満な胸をぷるぷると震わせながら、紫の付け爪で引掻いてくる。

 

「だが、離さない。これしきで、離してなるものかぁ。」

 

「ふざけんにゃ、この変態がっ!」

 

 前蹴りを叩き込まれたダストは、ゴミのように転がる。しかし、ダストの愚行にも思える行為こそが、屋敷の浄化に必要なのだ。

 少女達の居場所を取り戻すため、あえて犠牲になる。

 

 バイオレットが堪能的に鳴くと、爆発した羞恥心が一度だけ奇蹟を起す。

 

「にゃあぁーーん!」

 

 階段から、埃と壊れた石の欠片が流れるように滑り落ちて、堅牢な石階段が現れた。そして、ひび割れた部分や欠けた部分に紫の光が集まり、傷一つなく生まれ変わった。

 階段の上に現れた、巻かれたレッドカーペットが、ゴロゴロと広がるように転がったかと思うと、石の階段に、ぴったりと吸い付くように、ふわふわとした絨毯が張り付いた。

 

 エントランスの浄化が完了しました。

 達成率:17/25

 

 

 スカーフェイスの男は、立ち止まらない。拒絶されても、傷が増えても、成すべき事を成す。ダストは、使命感に燃えていた。

 

 俺は、オッパイマエストロだ。指先で、旋律を、嬌声を奏でよう。異世界に音楽を。

 

「ふにゃーっ!」

「にゃっふぅ。」

「にゃああん。あっひゅう。」

 

 こうして、瞬く間に、不快な猫屋敷は、全てを浄化され、あの日の姿を取り戻した。爽やかな空気が満ちる部屋には、可憐な猫娘がいる。

 

 

 スカーフェイスの豚野郎ダストは、美しい猫娘達を侍らせ、満足そうに笑いながら、ふかふかの赤い絨毯の貼られた階段を悠然と降りる。

 しかし、その右手は依然として燐光を放っている。まだ終わっていない。

 

 そう、異臭は完全になくなったものの、依然として残るプレッシャー。瘴気のような不快な圧力は消えていない。

 

 残す所は、最後の一匹となっていた。大勢の猫の中に黒猫は一匹もいなかった。つまりは、そういう事だろう。

 老婆セルゲイの抱く、始まりの老いた猫クロと決着をつけに、食堂へと向かう。

 

 



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30 猫娘カーニバル3

 

 老婆セルゲイは、蘇って綺麗になった食堂の椅子に座り、魂が抜けたように、黒猫を抱いたまま、佇んでいた。

 

 扉が開く。すっかりと、|男前な顔(スカーフェイス)になった男が仕事を成して帰ってきた。妖艶な猫娘達が左右の扉を開き、真ん中からその男ダストが現れる。

 

 バンと開け放たれた扉の後ろには、火山灰のような埃が積もる呪われた死の世界ではなく、かつての綺麗な屋敷が見えた。

 

「セルゲイ、屋敷は概ね浄化した。最後の仕上げといこうか?」

 

「ダスト、あなたは神なのか?」

 

 しかし、枯れた老婆セルゲイは、言葉を発するものの動こうとしない。動けないのは、彼女の時が、あの日から止まっているからだ。

 

 動こうとしない老婆の懐から、黒猫がするりと抜けだし、テーブルの上に乗った。長いテーブルの上をスタスタと歩き出して、ダストの元に近付く。

 

「ミャア?」

 

 猫の言葉は、分からない。が、一つ分かる事もある。触ってみろと、黒猫は言っている。蛇が出るか鬼が出るか分からない。

 

 しかし、俺の異能が出来る事は一つだけだ。ならば、全てのチカラを注ぎ込むだけだ。

 

「良いだろう黒猫。最後の奇蹟を成す。停滞した猫屋敷よ。動き出せ。」

 

 ピカッ!

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:年老いた黒猫

成功

名前:クロ

種族:獣人『猫娘』(美少女)

外観:猫耳と尻尾の生えた人間、尊い。

胸囲:B

装備:裸→貴婦人の服[SR]

特記:息子を失った次の日から屋敷に飼われ出した最初の猫。

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 真っ白なテーブルクロスの上に立つ猫娘。褐色の肌に短い銀髪が映える。テーブルの上に立った彼女は邪気の無い瞳で、ダストを見下ろす。健康的な美少女。

 

 右手の燐光は、消えた。

 この場での役目を果たしたとばかりに。

 

 だが、依然として、ざわざわとした嫌な感じ。この瘴気のようなものは消えなかった。黒猫が黒幕では無かったのか?ダストは、探偵ではないので、これ以上は分からなかった。

 

 考えの纏まらないダストの前で、黒猫の獣人クロは、くるりと優雅にターンする。

 

 そして、スタスタと、白いクロスのひかれたテーブルの上を歩き出したかと思うと、テーブルの上のものをガシャガシャと蹴散らし加速した。

 踏み切り、老婆の後ろにあった仁王立ちしている騎士像の上にジャンプして着地した。

 

 ぼんやりと、それを目で追う老婆に、クロは語りかける。

 

「私は、クロ。あの日、俯いている貴女が可哀想で、木の上から声を掛けたの。自分で降りられたけど、勘違いした貴女は、魔法で降ろしてくれた。」

 

「クロ、、なのか。」

 

 

「にゃーご。」

 

「降りられぬのか?全く困った猫だ。フロート。」

 

「にゃにゃ?」

 

 それは、あの日の再現。2人にしか分からぬやりとり。ふわりふわりと、落下する猫娘を老婆は、抱き止めた。

 

 時は、動き出す。

 決意を込めて、クロは、語る。

 

 

「私は、貴女の息子には成れないけど、娘ぐらいには、なってあげる。この悪夢を、終わらせるよ。」

 

 



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31 猫娘カーニバル4

 

「着いてきて。」

 

 猫娘クロに、先導されて、訳の分からぬまま、老婆セルゲイとダストは、ついていく。

 

 悪夢を終わらせると啖呵をきった娘は、瘴気の真相を知っているらしい。

 

 

 着いたのは、鍵の掛けられた部屋。

 金庫だろうか?

 

 ドアには、ガリガリと猫の研ぎ跡がついていた。それ以上の情報は何も得られない。

 

「ここは?」

 

「金庫だ。」

 

 短く問うダストに対する老婆の答えも短い。ですよね。だから?って感じだ。

 

 

 カンカン!

 

 猫娘クロが、振り返り、愚鈍な2人を見ながら、背中越しに、ノックをするように、扉を叩いた。

 開けろ?という事か?

 

 老婆が、呪文を唱えて解錠し、外扉を開くと、中から濃い瘴気が溢れ出してきた。

 

 透明な内扉の中にある物は、禍々しい鎧と、剣だけ。

 

「濃い瘴気だの。この金庫が、原因だったとは。金庫から漏れた瘴気と、異臭が混ざっておったのか。何故、分かった?ここには、息子の形見しか無いはず。」

 

「動物は、敏感だから。」

 

 悲しそうに答えるクロ。

 

「もしかして、何か知っているのか、クロ?」

 

「私もこれ以上は分からない。でも、知る方法はある。」

 

 と、このタイミングで、ダストを見てきたクロ。え?俺じゃないよ。分かりました、痴漢の罪は認めましょう。しかし、この部屋は関係ないだろ、それは冤罪だから。

 

「揉んで。」

 

「は?」

 

 嫌そうな顔で、お願いしてきたクロに、ダストは戸惑う。

 

「奇蹟の開放。この身体を対価に、ただ一度の奇蹟を。」

 

「まったく、生贄を差し出されたドラゴンの気分だ。正直、もうお腹いっぱいなんだけど。バイオレットちゃんと、比べると、ねえ?」

 

 ぐっと握られた拳に気付き、慌てる。くそっ、野生のカンなのか。

 

「黙ろっか。」

 

 おっと、口が滑ってたのか。良いだろう、オッパイマエストロは、アンコールに応える。

 

「クロよ。覚悟はいいな。天国の門を開け。存分に、嬌声を奏でるがいい。」

 

 涙目で耐える褐色娘のオッパイをこの右手で凌辱する。大きいものは素晴らしい。しかし、小さいものまた素晴らしい事を俺は知っている。硬い蕾を俺の形に馴染ませる。

 

 25人の演奏を終えて、パワーアップした俺の絶技を食らうがいい。

 

「にゃああーーあっん。」

 

 ふぅ。

 

 

 美少女は、その身を犠牲に、無敵時間を開放し、奇蹟を成す。

 

 光りが剣に降り注ぐと、振動しだした。この異世界に霊魂が有るのかどうかなど知らないが、剣の振動が音となり、語りかけてくるように聞こえる。

 

『ママ、ごめん。ドジってしまった。姫から頂いた鎧が悪魔憑きなんて、知らなくてさ。戦に勝利したのに、このザマさ。』

 

「・・・。」

 

『愛してたよ、ママ。』

 

「まったく、バカ息子が。」

 

 老婆は、泣いていた。泣きながら、息子の敵の悪魔に言う。

 

「悪魔め、もう隠れる事は出来ぬぞ。出てくるがいい。」

 

「ヒャハッ。気付くのがおせーんだよ。ババアとはいえ、涙の味は美味しいねぇ。瘴気拡散により悪意を集めて、俺はさらに強くなった。自分で動ける程にな。」

 

 鎧の悪魔は、カタカタと笑う。

 

「何を笑っておるんだ?」

 

「ヒャハハ、強がるなよ。お前ら、3人ぐらい片手で惨殺さ。扉を開けるのを待っていた。ここから出て、あれ?出られないな。」

 

 焦る悪魔に、老婆セルゲイは、憎しみを込めて、嘲る。

 

「ワシは、賢者だ。その魔法金庫の内扉は開けておらぬ。ただ、失意で貴様を見逃した事と換気口をつけておったのが間違いだった。息子からの最後の言葉は受け取った。もう未練は無い。息子の形見とともに、砕け散るがいい。」

 

 老婆が合図すると、じわじわと小さくなっていく魔法金庫。まず、長い剣が、迫る空間に押し潰されて、圧壊した。

 ギィィンと、嫌な音が、響く。剣より、強度のない悪魔の鎧の未来は、明白だ。

 

「ヒャ、待てよ。ババア、俺が息子の変わりになってやるから、早まんなよ。それに俺を装備すりゃ最強になれるぜ。勿体ないって。」

 

「愛すべき息子の変わりなどおらぬ。それに、ワシには娘が出来た。」

 

「ぎゃあああ。痛ぇ、痛ぇぞ。」

 

 まず悲鳴がし、ついで、ぶしゅっと液体が弾ける音。バン!と弾ける音。ジュュと焼ける音。

 ガコンッと最終的に吐き出された金属のキューブが、猫屋敷清掃の任務クリアを告げた。

 

 

【達成】

S 清掃 猫屋敷

報酬:屋敷の格安購入権

報酬:屋敷の購入権→譲渡

内容:屋敷の完璧な清掃

条件:猫ちゃんを虐待しない事

特記:

 

【達成】

契約:女神契約

違約:女神の呪い

目的:猫屋敷の浄化

内容:屋敷内の猫ちゃんの幸せな未来

確約:死や幻覚等で誤魔化さない事

報酬:猫屋敷の譲渡

期限:3日

特記:秘密の遵守

 

 

 



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32 猫娘カーニバル5

 

 猫屋敷と酒場を手に入れた。

 

 ギルドで、達成ボーナスを受け取り、酒場の開店資金に充てる。

 猫娘25名を抱えて、クラン《乙女達の楽園》は、大所帯となったので、金がかかる。冒険で稼がないのが、俺のクランらしいだろ?

 この日の午前中は、全員で掃除だ。一緒に、汗を流す。綺麗にすると、心まで綺麗になる。コイシちゃんは、動けないけど、グラスを磨かせたら天下一品だ。

 

 粗方、綺麗になったので、

 

 まずは、資材の買い出しだ。普通は、こういうのは、業者に任せるんだが、初回は、あえて、猫娘達に買い出しに行かせる。

 

「ミケ、お酒の買い出し、宜しく。手順は、覚えたな?」

 

「分かってるにゃ。」

 

 てくてく歩く獣人のミケは、可愛い。それは、もう、凄く。酒屋に入ったミケに釣られて、ぞろぞろと冒険者も入ってくる。

 

「な、何を、お探しで。」

 

「蜂蜜酒(ミード)、麦酒(エール)、妖精酒(フェアリー)、火竜酒(アッシュ)を、全部5本ずつ欲しいにゃ。」

 

「お買い上げありがとうございます。ところで、どうやって、持って帰るんだい?」

 

「あっ、困ったにゃあ。。力持ちの人、知りませんか?」

 

「「しょうがねぇ、俺達が運んでやるよ。」」

 

 と、後ろから声が掛かる訳だ。

 さぁ?誰が手伝うんだと、無言の戦いが始まる訳だが、激甘クランの《乙女達の楽園》は、争いを好まない。

 

「頼もしいにゃ!バンバン追加注文で。」

 

 そして、高級酒を減らし、安酒の嵩増しの注文にさらりと変えて、全員に活躍のチャンスを与える。

 

 ニコニコ笑うミケが、ぞろぞろと暇な冒険者達を連れて帰ってきた。

 

 他の買い出し班も似たような感じだ。1日目から繁盛しそうな予感がある。

 

 

 

「いらっしゃいませー。」

 

 美しい猫娘達の総出で、お出迎えだ。

 

 天国の酒場

《乙女達の楽園》オープンです!

 

 運搬という仕事を果たした冒険者達に、サービスの一杯をプレゼントだ。労働した汗に、沁みる程に美味いだろ。

 

 猫娘シルバーが、魔法が得意だったので、キンキンに冷やして貰ってる。

 

 さあ!ジャンジャン、バリバリお金を落として貰おうか。

 

 今夜の料理は、簡単な物でいい。というか、出来合いのものを買ってきて、皿に持ってるだけだ。

 

 猫娘が、器に盛ってる所を見たら、誰も文句は言わねーよ。3倍価格なのに、飛ぶように売れる。

 

 人を笑顔にするのは、良いもんだねぇ。

 

 ヒートアップしたミケが、片足で何かを踏みながら、蜂蜜酒を振り上げて叫ぶっ。

 

「皆ーっ。飲んでるかにゃー?セクハラしたヤツは皆で袋叩きだから、しないでにゃ。今夜は、猫娘カーニバル!薄い薄い蜂蜜酒がなんと、半額、半額だよー。」

 

 おぉっ、踏んでいるのを良くみると、セクハラして袋叩きにあったヤツだ。

 

 客に混ざって、ダストも美味そうに超高級酒の龍精酒を飲んだ。あぁ、これは、超VIPな客しか飲めないんだ。高すぎるし、だいたい普通のコネでは買えない。上手く表現する言葉を持たないが、香り高く、天にも昇る味だ。

 しかし、帰り道が、徒歩1分ってのが、最高過ぎる。よゆーで歩けるだろ?

 

 ういーっ。

 

 ハクレンに背負われて、戦線離脱した。

 

 

 

 そういえば、セルゲイの婆さんが、どうなったかって?どうでも良い事を気にする人もいるんだねぇ。

 

「老人には広い屋敷などいらぬ、小さい小屋でええ。」

 

 とか、言いながら、あの後、クロと、隣の家に入っていった。値段が高騰する前に、安く買い叩いたらしい。

 

 ちなみに、隣の家も結構な豪邸だ。マジで、ふざけんな。

 

「あぁー。クロや、魂の一杯だな。」

「そうだね。」

 

 超高級酒の龍精酒を、開店祝いに持ってきた老婆は、早速、開封して、娘クロと愉しそうに、それを呑んでいた。

 

 



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33 後片付け

 

 お祭りの後は、ぐちゃぐちゃに汚れている。まぁ、それは楽しんだ証拠だから、悪くないかもと俺は思う。

 

 さて、今日も皆で汚れを落としますか!

 

 なんて野暮な事は言わない。

 激甘クランは、そんな事はしねーっての。初日こそ、気分を高める為にやったけど、毎日とかブラック体育会系ですかって話だ。意識高い系を目指してるまである。

 

 そういえば、昨夜は、途中で脱落した訳だが、責任者がそれでいいの?って思う真面目くんもいるだろう。責任感が強くていいね、採用。勤務条件は、美少女化。なに?考え直させて欲しい。そっか、気が変わったら連絡をくれ。

 しかし、《乙女達の楽園》は、俺が脱落したら、後は、自由だと取り決めてある。好きなタイミングで、客を放ったらかして、後片付けも放ったらかして、バラバラと猫屋敷に帰る従業員達。猫娘嬢を楽しませなかった客が悪いという強気スタンスだ。

 

 ただ1人、例外はいる。猫娘クリア。存在感の薄い彼女は、接客したくないって言ったので、それを尊重して、深夜から明け方までのメモ係をして貰った。

 

 従業員が居なくなっても、賽銭箱に、金を入れて、セルフで飲み食いしても良いのが、《乙女達の楽園》のスタイルだ。

 ちなみに、価格は、ぼったくり価格から適正価格へと、急落する。人件費を引くとそうなる。

 

 コレを踏み倒す不届き者のツケを記録するのが、彼女の役割だ。

 

「良いぜ。ジャンジャンとツケてくれ。貸しを作れるのは、良い事だ。クリア、ご苦労さま。」

 

 メモを受け取り、クリアを労うと、嬉しそうにした。って、気を抜いたら、見失いそうになる程、存在感が無いな。

 

 

「あー、そこそこ。」

 

 ダストは、猫屋敷でゴロゴロしながら、オッパイによるマッサージを、バイオレットから受けていた。

 

 コイシちゃんの石ころを見るような目付きに気付き、ひざまくら神へと切り替わる。

 

 そうそう、酒場の掃除だったな。夕方までには済ませたい。

 

 この異世界には、悲しい事に、奴隷がいる。つまり、清掃には奴隷を、なんてヤツは3流だ。もっと安い労働力がある。

 

「ところで、ブルー見つかった?」

 

「にゃーうー。」

 

 ブルーは、猫語を未だに覚えている。野良猫ネットワークを使い、ストリートチルドレンのアジトを突き止めた。

 たまに猫語で話し掛けて来なければ、優秀なのだが。

 

「出掛けるぞ、ハクレン。」

 

 清掃員を捕まえて育成するぞ。

 

 

 小汚い廃屋に、そいつらは、いた。

 痩せ細ったガキ共が、6名。

 

「誰だ!?」

 

「酒場のオーナーのダストだ。昨夜、俺の店から食い物を盗んだのは知っている。許せんな。」

 

 ガキ共の顔が青く染まる。誰が囮になって、誰を逃がすかと、アイコンタクトして相談しているようだ。

 小さな少女を抜け穴から逃がす事に決めたようだ。なかなか見所があるが、バレバレなのは、子供という所。

 

「俺達を、奴隷商に売るつもりか!」

 

「そんな発想が許せんのだ。食え。」

 

 盗みをしないと生きていけない。そんな生き方は、遅かれ早かれ危険な事に手を出して死ぬ。そんな現実は、許さない。

 

「は?」

 

「食料っす。お菓子も人参もあるっす。」

 

 目を丸くするガキ共に、飯を提供した。

 ちょっと待て、ハクレン。人参は喜ばないと思うぞ?なにが、任せてくださいだ。

 

「俺達は、施しは、受けない。」

 

「施しが嫌なら、仕事をさせてやる。盗みを働くやつに反論などさせん。いいから、黙って、食いやがれ!」

 

 ガキ共を気迫で飲み込む。そして、意識の切れた間隙を狙い、優しい言葉で籠絡する係のハクレンが動く。

 

「はい、ウサギさんクッキーっす。」

 

「おぃひぃ。」

 

「なっ、ミーシャ食ったのか!?」

 

「ケンカ駄目っす。ほらほら、まだあるっす。」

 

 一人落ちたら早くて、バクバクと食らうガキ共。ただし、満腹になったら、たぶん寝るから、量は少なめだ。

 

 風呂屋に入れて、ボロ布[破損]から、貧乏人の服[N]に着替えさせる。

 

 そして、酒場の掃除をさせるが、ガキ共は、まだ役に立たない。

 やる気はあるようだが、見える所しか掃除をしない。なので、一手を打つ。サクラとして一緒に掃除していたミケに合図を送る。

 

「にゃあ!こんな所に小銀貨が落ちてました。」

 

 それを聞いて、ガキ共の目の色が変わる。羨ましいと思う者。なぜ?報告したのか、バカめと思う者。諦めている者。

 バラバラの気持ちを纏めるのが、リーダーだ。これは、俺の仕事。

 

「良かったな、ミケ。見つけた金は、高くても全額くれてやる。分け合う必要は無い。ただし、掃除をサボった場合だけは没収だ。」

 

「ありがと、にゃん。」

 

 なに?貰えるのか?ならば欲しい。ガキ共の気持ちが1つになる。机の下が、宝置き場に見えてきただろ?実際、酔っぱらいは、小銭とか落とすしな。

 

「あったぁ。しかも銀貨だ。」

 

「良かったな、坊主。掃除に励めよ。」

 

 仲間が見付ければ、もう駄目だ。目の色を変えた真剣な掃除が、スタートした。

 

 

 

「ミケ、ご苦労さま。名演技だったぞ。約束のまたたび酒だ。」

 

「ありがとにゃん。」

 

 そこには、悪い大人の裏取引があった。

 

 

 



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34 日々平穏

 

 日が暮れ出した頃、ピカピカに磨かれた床は、夕焼けを讃えており、見ていると、実に、気持ちがいい。

 達成感が、自尊心を満たすと言えば、適切だろうか。

 仕事を終えたスラム街の孤児達の顔は、出会った頃の荒んだ面影は無く、誇りに満ちていた。ダストも現場監督を努めたので、達成感を共に味わっていると、

 

「今夜も、稼ぐにゃあ。」

「猫娘ぇー、カーニバルっ。」

 

 ぞろぞろと、従業員の猫娘達が徒歩1分の猫屋敷から、出勤してきた。

 そんな中には、清潔さを取り戻した職場に気付く猫娘もいる。

 

「うわーっ、綺麗にゃん。これ、僕達がやったの?」

 

 ぐりぐりと、美人のお姉さんに、頭を撫でられた男の子は、魂を抜かれて、でれでれに。その気持ち分かるぞ、少年。

 

 微笑ましく見ていると、酒場の中を伺う見知らぬ青年と、目が合う。あー、店は、まだ開けてないんだが・・

 

「こんばんは~、運送ギルドです。頼まれた荷物を運んできたんですが、何処に置きましょう?」

 

 客では無いのか、運送ギルド?手ぶらなのに?誰かに任せても良かったが、興味を惹かれて対応する。

 

「えっと、ご苦労さま。荷物は何処だ?」

 

「あぁ、これです。」

 

 アイテムバックから、品物リストを取り出し、見せられた。アイテムバック!ふむ、そういえば、そんな物もあったなと思い出す。

 まるで、手品を見ているようだとそんな事を考えながら、品物リストをパラパラと捲り、訳知り顔で適当に頷く。

 

「その奥に、置いてくれ。」

 

「分かりました。」

 

 ドサドサと、猫娘達の誰かが頼んだアイテムが高く積まれるのを見て、品物リストに書かれた金額を渡したダストは指を鳴らし、猫娘を呼んだ。

 

「開店前だが、この一杯は、店からのサービスだ。今後とも宜しく。」

 

 猫娘から、蜂蜜酒(ミード)を受け取った配達員は、嬉しそうに一気に、飲み干して次の配達先へと歩きだす。この異世界は、朝から酒を飲んで仕事をするぐらいの緩い世界。

 

 そんな感じで開店準備をしていると、お客様、第一号が来店した。そういや、この客は、昨日も一番だったし、よく考えると、まだ店は開いていない。

 

 

「まだ、開いてないんだが。」

 

「妖精神霊酒(ゴッドフェアリー)を持ってきたぞ。固い事を言わなくても良かろう。さっき飲んでいたヤツを見た。ワシらは、隅っこの方でええからの。」

 

 セルゲイ婆さんが、娘クロと手を繋いで来店してきた。婆さんの言う隅の一角だけは、二階になっており、いわゆるVIPルームだ。今のところ、身内しか使っていない。

 あれ?今夜は、ドワーフの若者を連れてきているぞ、ははーん。俺でなきゃ見逃してたね。

 

「ん?どうした、色気づいたのか?」

 

「違うわ!ちょっと、バリアフリーの相談に連れて来ただけだ。」

 

 この後、老婆セルゲイの罠にかかり、このクソ美味い酒を飲まされ、クロに可愛くお願いされたダストは、「店のVIPルームをバリアフリーにしたい?いいよ、いいよー好きに、やってくれ。」と答えてしまうが、まぁ、そんな事は些細な事だ。

 

 

 ダストの酒場経営は、順風満帆だった。

 

 優雅に屋敷で、猫娘と戯れ、夕方になると、暇つぶしに酒場で騒ぐ。

 コイシちゃんのひざまくらを愛でつつ、バイオレットにセクハラし、ハクレンに乗って、少しお出かけする。

 

 のんびりと、

 緩やかに、時は流れていた。

 

 

 豚野郎ダストの熱烈なファン。いわゆる追っかけが、現れるまでは。

 

 



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35 追っかけ

 

 パチリ、パチリと、

 その日は、優雅に爪切りしていたのが、命を救った。異能の暴走を防ぐため、日中は、ほとんど、黒竜の手袋をして生活しているのだが、爪切りのために、その時は、脱いでいた。

 

「ダストォォ!」

 

 だから、聞き覚えのある来訪者の声に、驚いて思わず咄嗟の判断で、奇蹟を起こせ、ダストちゃんになる事により、一命を取り留める事ができたのだった。

 

 ピッカァ!

 

 美少女戦士ダストちゃん降臨☆

 

 え?ダストって誰の事だろう?俺は、ダストちゃんだよ。だからっ、人違い、人違い。

 

「こ、困ります。勝手に入られては!」

 

「五月蝿い、殺されたいのかしら?退きなさい。豚野郎のダストは、この部屋にいるの?」

 

 ダン!と、脆弱なる防衛網を打ち破り、部屋に、敵が入ってきた。始まりの村の、夫を女にされた、バツイチの令嬢ドールだ。

 

 可憐な猫娘達の手薄な防御体制を軽々と突破し、不法侵入してきた女の手には、手斧が握られている。

 

 怖、怖ぇぇ。

 ダストに会いたくて、はるばる訪れるなんてモテモテだね、ダストは。

 

「ダストは、どこ?」

 

「落ち着け、乱暴なお嬢さん。話を聞くから、そこに座って。今、お茶を用意するから待ってて。」

 

 今は、ダストではなく、ダストちゃんだが、この女はカンが良いので、そそくさと、敵前逃亡を図る。お茶を取りにいってそのまま逃げよう。実に自然な感じでドアに滑り込む。

 

 しかし、足を引っ張るバカがいた。

 

「ダストちゃん、お茶ならウチが淹れてくるっす。」 

 

 愚かなる駄馬ハクレンに、背中を撃たれ、ピンチに。

 

「ダストちゃん?」

 

 そのキーワードに反応し、ギギギっと、振り返る令嬢。

 

「ハクレン、隣町で竜涎酒を1本を買って来て、今すぐ。えーと、お嬢さん、そういう訳だから、そこで待ってて。」

 

 とりあえずバカを遠ざける。敬礼したハクレンは、ダッシュで消えていった。

 

「良いわよ、ダストちゃん。貴女には、聞きたい事が出来たから。すぐに来なければ、迎えにいきますから。」

 

「いやいや、そんなには待たせないよ。」

 

 能面の笑顔で笑うお客様を待たせて、ニッコリ笑い退出するダストちゃん。

 

 扉を閉めて、心臓を抑える。

 

 ドクン!ドクン!

 ヤバいぞ。ヤツは、お嬢様探偵ドールだ。何かに気付き始めている。

 

 夫の女体化を当てた、とんでもない女だ。バレる可能性がある。どうする。どうすればいい。

 

 紅茶を淹れる手が震える。

 なにか手はないのか?

 

 

 そうだ!逃げてしまえ。

 

 はっ、アポ無しで相手をして貰えるとか思ったのか?こちらには、最速の乙女ハクレンがいるんだ。アポが有っても逃げるがな、舐めんじゃねぇよ。

 

 いや、ハクレンは、今いない。

 隣町に、行っている。誰だよ、そんな指示だすバカは。

 ・・俺だし。

 

 

 斧エンドは不可避なのか。

 考えろ、どうやって切り抜ければいい。この暴走令嬢は俺を殺しに来てる。やり返すのは簡単だが、血を流すのは、スタイルに反する。

 誤魔化すには、そうだ第3の選択を選べ。

 

 ダスト君になる。

 天啓が閃く。これしか、生き残る道は残されていないと、そっと、顔を触る。

 

 ピカリッ☆

 

 曖昧な肉体になった。

 少女のような外観、しかして下半身に男神を宿す者。

 

 基本的には、女に成れない劣等感が最高のスパイスとなるため、女体化出来る俺には出番が無いと思っていた存在。

 

 しかし、現状、ドールに命を狙われる身としては、スパイスありまくりだ。暴君ハバネロより、暴君なお嬢様は、なんと20万スコヴィル。

 

 夫を女にした犯人と、被害者であるお嬢様探偵ドールの駆け引きが始まった。

 

 知能犯ダスト君は、凶悪な斧を持ったバツイチ女を、出し抜けるのか?

 

 



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36 駆け引き

 

 部屋の中には、フランを女に変えた豚野郎ダストの命を狙う、手斧を持ち復讐に取り憑かれたご令嬢がいる。

 誤魔化して、このピンチを切り抜けなければならない。

 

 俺は、いや僕は、ダスト君。《乙女達の楽園》のオーナー。豚野郎ダストも、令嬢ドールも、初対面だ。

 そう自分に暗示をかけて、手斧を持つ復讐者のいる部屋の扉を開けた。

 

 

「待たせたな、僕はダスト君。初めまして、手斧のお嬢様。さて、話を聞こうか、衛兵を呼ばなくていい納得出来る内容を期待している。」

 

「ダスト君?ダストちゃんでは無くて?」

 

 こぽこぽと、紅茶を注ぎながら、令嬢の質問に、自虐に満ちた表情でハスキーボイスで答える。

 

「ダスト君だ。僕は、こう見えて男だ。ちゃんなら、良かったのだがな・・」

 

「!!。ごめんなさい。」

 

 その表情には、女にも男にもなれない葛藤が、翳りとなって、妖艶な魅力として混在していた。

 最も、こんな状況に、彼、彼女?が、追いやられたのは、目の前のドールが原因なのだが。

 

「それよりも、来訪の理由を聞こうか?」

 

「私は、元夫フランツを、女に変えた宿敵を探しています。宿敵の名は、ダスト。小麦色の肌、黒髪、豚のような男の呪術師。その、ここに、いると噂を聞きつけて。」

 

 他人の家を襲撃してしまったと、すっかりと、勢いの無くなった令嬢が弁解する。紅茶を優雅に飲みながら、ダスト君は、思案げに結論を出す。

 

「それで、誤報だった訳だ。名前と髪の色は、同じようだしね。」

 

「ご、ごめんなさい。」

 

 上手くいっている。ここで、お帰り願えば決着していたが、しかし、暗示が強くかかり過ぎており、触れてはいけない方向へ話を進めてしまう。

 

「飲みなよ、せっかく淹れたのに、冷めてしまう。それで、その呪術師が、女に変えたとは?ホモに目覚めたって事?」

 

「いえ、女体化。文字通り女性の肉体へ変質したの。」

 

 令嬢の台詞は、衝撃的だった。

 それが、本当なら、僕が完全に女になれる可能性があるからだ。もちろん、この曖昧だからこその魅力も理解している。だけど、成れる事なら。

 気付けば、ダスト君は、令嬢の手を握りしめ、強く問いただしていた。

 

「は?本当なのか!女体化だと。その話、詳しく教えてくれ。」

 

「豚野郎ダストは、不可逆の奇蹟を行使した。いえ、混沌神の呪いと言えば良いのかしら、フランツは完全に女性になったの。」

 

 閉ざされていた未来への可能性が提示された。男の娘である自分も愛しているが、女体化し、好きな人の子供を産む。そんな夢のような普通の未来。

 

「宿敵探しに、協力しよう。ただし、復讐は、僕がその奇蹟を受けてからだ。」

 

「利害の一致ね。」

 

 猫屋敷を襲撃してきた敵と和解し、黒竜の手袋をはめた手で、固い握手をして、令嬢と協力して豚野郎ダストを追い詰める交渉は、ここに成立した。

 

 と、この辺りで、自分にかけた暗示が解ける。ダストちゃんになれば、解決出来るよと。

 

 んん?危ねぇ。この流れはマズイ。よしっ、話を打ち切り、お帰り願おう。

 

 そう思うと手から、チカラが抜ける。スルリと、握手を離した。交渉決裂だ。

 

「夢を、悪い夢を見ているのさ、僕達は。ご令嬢、新しい恋人を見付ければ、考えも変わるだろう。おっと、そういえば、似たような風貌の男を酒場で見かけた事がある。」

 

「そう…ダスト君は、諦めるのね。」

 

 

「ご令嬢も諦める事をお勧めする。色んな出会いもあるだろうし、良かったら、僕の酒場に遊びに来てくれ。」

 

「ええ。今日のお詫びに行かせて貰うわ。高いお酒を用意して待っててくださいな。」

 

 

 ふぅーっ。初戦は、僕の勝ちだ。

 

 

 



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37 策略

 

 勝った。

 しかし、僕は完封勝利を目指す。

 

 元の肉体に戻り平穏に暮らすためには、復讐令嬢による豚野郎ダストの屠殺を防がなくてはならない。

 復讐は、何も生まないのだ。

 

 解決手段として、バツイチ令嬢の彼氏を作るのが、手っ取り早いだろう。

 

 

「今日も頑張るにゃあ。」

「指名一番は、私が頂きだにゃ。」

「猫娘ぇー、カーニバルっ。」

 

 開店準備に忙しい酒場に出勤する。店内は、ピカピカと磨かれるように輝いており、とても気持ちが良い。

 

「ご苦労さん。綺麗になってて気持ちいいぞ。掃除の腕を上げたな。駄賃を受け取って引き上げてくれ。」

 

 栄養状態が改善されて、心なし肌艶の良くなったスラム街の孤児は、頼もしく頷く。

 そして、なぜか僕を見つめて凄く照れている。あっ、そうか。美少女の僕に惚れちゃったのかな?でも、僕は、男の娘なんだ、ごめんね?

 

 さてと、いつも通り、VIPルームへと入ろうとしたのだが、階段が扉で封印されていた。あれ?

 

「何だこれ?僕の部屋に、入れなくなったんだが?」

 

「あっ、御主人様、竜涎酒っす。それは、セルゲイさんが、バリアフリーって言いながら魔導エレベーターをつけたんで、閉じたらしいすよ。入口は、こっちっす。」

 

 お使いを終えたハクレンから竜涎酒を受け取り、魔導エレベーターに案内される。

 

 そういえば、酔ってそんな約束をしたらしいなと、新しく出来ていた小部屋に入ると、そこは、筒のように、吹き抜けていた。

 しかし、上を眺めて見るが、吹き抜けた先の空間は、ドンづまりで何もない。そんな奇妙な部屋。

 

「何だ?この部屋。何も無いが。」

 

「資格ある者が、扉を閉めると、魔道具が起動するっす。」

 

 そう言いハクレンが、扉を閉めると、ふわりと、身体が宙に浮いた。ひゅーうんと、華奢な身体が上に引っ張られるように上昇する。

 例えるならば、チンチンがキュッとなるような感覚。

 

 上昇が終わると、足元に、透明なタイルのような物が現れ、すとんと、着地した。

 現れた扉が、自動で開くと、見えるのは、少し豪華に改装されたVIPルーム。いつの間にか足元は、VIPルームに敷き詰められた、ふわふわとした黒い絨毯と同化していた。

 

「え、何だ、これ?」

 

「凄い豪華っすよね。打ち上げは、この部屋でするっす。」

 

 セキュリティと、特別感がアップされた、まさに秘密基地。

 とてとてと、歩き、高級そうな絨毯の感触を足裏で感じながら、辺りを見渡す。ぐるりと、屋上の外周を、廊下のような感じで、机と椅子で囲っている。

 魔導エレベーターの到着したこの一辺のみが、広いラウンジとなっていてお酒の注文が出来るカウンターまである。

 外周から見下ろす酒場の景色は、まるで、箱庭のように輝いていた。

 

「それは、良い考えだな。ハクレン。」

 

 褒めると、嬉しそうに、開店準備を手伝いに、彼女は退出した。早速、備え付けられたカウンターバーに、竜涎酒を預けて、冷やしてくれるようにお願いする。

 

 竜涎酒(アンバーグラス)。海竜より、稀に取れるその琥珀の液体は、堪能的であり、それでいて甘い土のような豊潤な香りを放つ。香りを飲み込むようなその酒は、なかなかに、心躍る味だ。

 

 

 VIPルームから、下界の喧騒を眺める。今夜も酒場《乙女達の楽園》は、繁盛している。美人な猫娘のキャストを揃えた店など他には無いから。オンリーワンという言葉で誤魔化さない、全員がナンバーワンの可愛さだ。

 

 しばらくすると、待っていた客が来た。

 

 男ばかりの客層の中では、やや目立つ。猫娘ほどは、美人とは言えないが、まぁ美人の分類に入るだろう、令嬢ドールだ。

 豚野郎ダストに御執心な令嬢は、酒も注文せず、荒くれの男共に、聞き込みをしていた。これは、早速出会いの予感か?

 男共には、ダストの平穏のため、頑張って貰いたい。

 

 ちなみに、荒くれ男共には、猫娘を使って、「太った黒髪の男は、北に行くとか言っていた。」とかいう嘘情報を掴ませてあるので、安心だ。

 

「オーナー、いい感じのターゲットを見つけましたにゃ。」

 

「ふむ、作戦を決行してくれ。」

 

 眼下を見下ろすと、どことなくフランツの面影がある青年を発見した。

 よしっ、お詫びに、いい感じにしてやるから、モテモテ野郎ダストの事は、諦めてくれ。

 

「お嬢様、いい加減、席について酒を頼んで欲しいにゃ。」

 

「あっ、それは、ごめんなさいね。」

 

 すると、荒くれ男共が、飢えた獣の目で、令嬢を見つめる。

 ギラつく獣を前に、狼狽える令嬢には、猫の魔の手が伸びる。

 

「お嬢様、安心して飲める席を知ってるにゃ。1名様、ご案内にゃー。相席だけど良いですかにゃ?」

 

「ボ、ボクは、構いません。」

 

「ごめんなさいね。お邪魔しますわ。」

 

 すんなり、ターゲットの場所に誘導っ。照れたようにフランツ似の青年が頷き、令嬢が、他所行きの笑顔で微笑む。

 よしっ、青年よ、そのまま、危険な斧娘と上手くやるんだ。

 

「今夜も、酒が美味いねっ。」

 

 人を幸せにするのは、良いものだ。あと開放感も最高ぉ。

 

 

 



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38 冒険へ

 

 勝った。

 

 そう思ったのだが、詰めが甘かった。

 なかなか、奥手な彼と、凶暴な斧ガールの仲は、進展しない。酒場には毎日同席するんだけど。

 

 さっさと、2人仲良く、始まりの村に帰って欲しいが、いまだ友達止まり。そんな訳で、僕は、男の娘ダストちゃんのままだったりする。

 

 

 この肉体。凄く良い。筋力は無いものの、疲れないし、滾る衝動もある。

 しかしだ。しかしだよ、あの斧娘から逃げるために、この姿を強制されている訳ですよ。それは、心の自由では無い。

 

 

 そうだ!

 

 このむしゃくしゃする気持ちを、モンスターに、ぶつけよう。

 

 異世界は、割と自由だ。

 つまり、サンドバッグのようなストレスを、発散する為だけに生まれたようなモンスターも、どこかに、いるはずだ。

 

 

「コイシちゃん、ハクレン。冒険に出掛けるよ!この異世界(で退屈している僕)を救うんだ。」

 

 決意を瞳に燃やして、男の娘ダスト君は、立ち上がる。小さき拳を突き上げろ!

 

「いいよ。いっぱいモンスター倒す。」

 

 しゅしゅっと、シャドーボクシングをした後、燐光を放ち、空中へ滞留した石の欠片になったコイシちゃんを、ぱしっと掴む。

 

「了解っす。ピンチな時は、御主人様も連れて逃げるっす。」

 

 あの日の約束を覚えていた騎士のようにしゃがむハクレンを、ぎゅっと、その平らな胸で抱きしめる男の娘ダスト。

 百合百合した絵柄だが、男だ!

 

 ハクレンに、背負われて、南のダンジョンを目指す。てってってっ、と廊下を歩きだして玄関へ着くと、ピンク髪の猫娘とすれ違った。

 

「オーナー、お出掛けですにゃ?」

 

「冒険が呼んでいる。」

 

 悪戯仔猫ちゃんピンクのアホ毛レーダーが、面白そうな予感に反応し、揺れる。

 

「にゃんと!ピンクも行くですにゃ。」

 

「フフ、可愛い仔猫ちゃん。僕達に、付いて来られなければ、置いていくが、それでもいいか?」

 

 そうそう。猫屋敷は、僕の所有物になった瞬間から、内履きと下履きを分けるルールとなった。だから、そんな会話をしながら履き替えてる。

 よいしょっと、ハクレンの背に掴まり直す。

 

「望む所ですにゃ。」

 

 ピンクの瞳に決意が宿る。

 

「では、行くっすよ。真っ直ぐ走るので、後を付いて来てください。」

 

 そう言い残したハクレンは、

 『どひゅん』っと加速して、

 ピンクの前から、走り去った。

 

 

「非道いですにゃーー。にゃー。にゃー。」

 

 そんな抗議の声すら、あっという間に置き去りにする彼女は、最速の乙女ハクレン。

 

 許せ、ピンクよ。

 お土産は、買ってくるから。

 

 



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39 剣舞の真髄

 

 南町には、あっという間に到着した。

 ハクレンの背中は、乗っていて、とても楽しい。

 

 それで、すぐに、ダンジョンに向かうのか?慌てない慌てない、僕の特別なクランを、普通の冒険者達と同じように、考えてもらっては困る。

 

 

 僕レベルになると、まずは、武器屋に向かう。そう、Cランク冒険者クラン《乙女達の楽園》は、未だに、誰も、武器を持っていなかった。

 

 ほんと、今更だが。

 

 

「そんな装備で、大丈夫か?」

 

 武器屋の親父が僕達の装備を見るなり、呆れ顔で聞いてきたが、僕はこの親父に呆れている。

 大丈夫では無いから、買いに来たのだと言いたい。

 

「一番、良いのを頼む。」

 

 まぁ、いい。金ならあるぞ、酒場で稼いだから。酒場経営が本業で、冒険は、ただのストレス発散だ。

 どうだ?上客だろ。しかし、そんな僕達に、親父は嫌そうな顔で答えた。

 

「お嬢様たち、悪いが、おじさんには、武器とか使えるように見えないんだが。」

 

「大丈夫だ。問題ない。」

 

名前:ダスト君

種族:人族(最強の男の娘)

装備:穢れなきドレス[SSR]黒竜の手袋[SR]

サブ:火蜥蜴の鞭[SR]

 

武器:右手:上級料理ナイフ[R]←NEW

武器:左手:上級料理ナイフ[R]←NEW

 

 

名前:小石(コイシ)

種族:石族(美少女)

特徴:灰色の瞳髪。少し尖った表情。

異能:不食[SR]、変身[R]

装備:お洒落なジーンズ[SR]←NEW

 

武器:煉獄剣[SR]←NEW

 

 

名前:ハクレン

種族:獣人『馬』(美少女)

特記:背の高い8等身の美少女

異能:天翔る脚力

装備:Tシャツ、ホットパンツ[R]、ダッシュブーツ[SR]←NEW

 

武器:装備不可

 

 

 親父には大見得を切ったのだけど、僕は、どうやら、重い武器を装備する事が出来ない事が分かった。

 安売りの剣の束に隠れた本物を引き当てるとか、興奮するよね。と、いい感じの剣を引き抜こうとしたが、まさか重くて持ち上げられないとは。

 軽い剣を求めて、辿り着いたのが、包丁だった。剣といえなくも無い。

 

 女に見えて、男の筋力があるのは、ニューハーフであり、男の娘は、普通の街娘より、華奢であるらしい。マジかよ。

 

 

「くそっ、料理ナイフしか装備出来ないって、どういう事だよ。」

 

「ダスト君の双剣姿も格好いいよ。」

 

 コイシちゃんは、そう言って、慰めてくれるんだが、ゴツい剣を軽々と持ってるんだよなぁ。力持ちー。

 しかし、思わぬ戦力外通告の駄馬ハクレンより、包丁が装備出来るだけ良しとする。心のオアシスだよ、君は。

 

 良いんだ、僕は、双剣で行くから。

 ちなみに両刀使いでもある。「そこのお兄さん、タイプだよ。今夜、一人で部屋に来ない?今なら、処女と童貞が選べる。」なんて妄想プレイが捗る。

 だが、店の親父が、忘れたい現実を指摘してきた。優しくしてくれよぉ。

 

「お嬢ちゃん、その。売っといてなんだが、包丁で冒険は諦めた方がいいのでは?そんな武器では、おじさんにも、ダメージが入らないからな。」

 

「僕は、強いよ。この危険な剣舞を見た後でも、まだ同じ事が言えるかな?」

 

 キレたダスト君は、包丁を、双剣のように構えて、キレのいい動きで踊る。

 おおっ、この身体なら、魔法剣を持つと戦えるかもしれないぞ。僕の強さを見直してくれたかな?

 

 チラッと武器屋の親父を見たが、そんなダストの想いなど通じず、デレデレとゲス顔になり、ひらひらと、揺れるスカートをガン見していた。

 

「げへへ。こんな剣舞なら歓迎だ。なんなら、もっと激しく舞ってくれてもいいぐらいだ。昂ぶってきたぜ。」

 

 この助べぇさん、もう、いいでしょう。どうやら君は、懲らしめてやる必要があるようだ。僕の剣舞の真髄を教えてやろう。

 

「この冒険者カードが、目に入らぬか!」

 

「し、C級だと!?もしや、魔法使いなのか。でも、剣舞は関係なくないか。」

 

 あるんだよなコレが。

 教えてやろう、不都合な真実を。

 

「良くカードを見ろ。僕は、男だ。」

 

「え???はぁ!?うぐっ、ホントに男だ。ま、まさか、男なのか。そんなものを見て喜んでいたのか。。もう少しでパンツが見えそうだったのに。はっ!危ない、なんと危ない。これは、恐ろしく危険な剣舞だ。」

 

 反省してくれたようで、何よりである。意気地なしさんめっ。

 

 危険な剣舞を踊る黒髪の男の娘ダスト君。その魅惑の踊りは、新たなる心の扉を開けてしまう。

 

 ガチャリ

「ダスト君だよ?男だけど、良いカナ?」

 

 見た目は、超絶可愛い美少女だ。少し切なげに、憂う瞳に、保護欲をくすぐられる。だが、男だ。

 

「へへへへ。」

 

 武器屋の親父さんが、放心して、「へ」しか言わなくなくなったので、モンスター退治に、行こう。狙うは、ザコラビット。

 

 子供でも、倒せると噂の癒やし系モンスターだ。唸れ、僕の上級料理ナイフ!

 

 

 



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40 南ギルド荒らし

 

 平和な南ギルドを荒らすべく、《乙女達の楽園》は、進撃を開始した。

 

「さてと、冒険者ギルドに、出発の届け出をするかな。」

 

 事前に、顔を出しておくと、情報が貰えたり、買取がスムーズだったり、と、メリットがある。

 

 ギルドに入ると、やはり、ドヨリっと空気が変わった。それも当然だ。見た事のない絶世の美少女が3人も、来訪したからだ。

 

 僕の可愛いさに惚れてしまった男の人は、ごめんね。

 

 

 そう。そして、被害者は男だけでは無い。一番の被害者は、男達の関心が奪われた女達だろう。この南ギルドには、受付嬢の他に、アイドルグループがいた。

 

 ダスト君達にアイドルの座を奪われた、その南ギルドの元アイドル《女神の使徒》は、苛立っていた。

 

 可愛い女性だけで結成されたそのクランは、女の身にありながら、Dランクの実力を誇り、ファンも多い。

 ただ、荒くれ冒険者の中では、可愛いだけであり、絶世の美少女クラン《乙女達の楽園》の3人を前にすると、路傍の石ころだ。

 

 懲りずに自分達を口説きにきた男冒険者の目が、そちらに釘付けになっているのが、分かる。

 

 くっそー。私達の居場所を奪いやがって、どうやって貶めようかと、他の男冒険者と同じく、受付嬢との会話に、聞き耳を立てる《女神の使徒》のメンバー。

 

「え?Cランク!?クラン《乙女達の楽園》のダスト様は、ベテラン冒険者様だったのですね。失礼致しました。」

 

 は?Cランクだと。私らより、上じゃねーか。思わず悔しさのあまり、《女神の使徒》は、ダスト君に、絡んで、舌戦を仕掛けた。

 

 

「あら、見ない顔ね。同じ女のグループとして、なにかアドバイスをしてあげるわ。行き先は、もう決まって?」

 

「いや、まだ決まって無いかな。」

 

 ハスキーボイスのダスト君が答えた。嫌味をたっぷり載せてアドバイスをしてあげる。

 

「なら、初心者平原が良いかしら。子供にも倒せるザコラビットで溢れているから。それに、近くにある、迷いの森は、恵みの宝庫よ。」

 

「そっか、ありがとう。そこに行ってみるよ。まさに、そういう場所を探していたんだ。」

 

 糞みたいな提案に、了承したダスト君に、さらに苛つく。

 ザコラビットは、子供でも倒せるほど弱く、ドロップアイテムは、大して、お金にならないし、迷いの森は入ったら死ぬからだ。

 

 そわそわと、男共が、《女神の使徒》から興味を失い、ダスト君達に、話し掛けるチャンスを伺っているのが分かる。

 それを少し迷惑そうな顔をしているダスト君達に、彼女達の苛つきは最高潮を迎える。何故なら、それは、つい先程までの立ち位置だったからだ。

 奪われたアイドルの座。だから、つい自分達に向けられていた心ない言葉を、彼女はぶつけた。

 

「綺麗な顔をしているようだけど、冒険するより、誰かの子供でも生んで引退したら?」

 

「僕は、子供は産めない。男だからね。」

 

 予想外の返答に、《女神の使徒》は、言葉を失う。禁断の質問をしてしまった罪悪感と、女として負けた敗北感で、彼女達は、もう戦えない。

 

 ザワリっと、周りを囲んでいた荒くれ男達の垣根にも、またヒビが入る。

 憂いを帯びたダスト君の瞳は、妖しく惹き込まれる何かと、近付きがたい混沌を内包していた。

 

 このままダスト君達は、出発できるかと思われたが、心の折れない青年が立ちはだかった。

 

「大丈夫、これだけ可愛いければ、性別なんて超えられるさ。」

 

 ダスト君は、その言葉にキュンと来た。そして、邪魔だから、退いて欲しいなという相反する気持ちが混在する。これが、悩める乙女心なのか。

 

 自分の気持ちに素直になろう。

 

 想いのまま、伝えよう。

 

 顔を赤らめて、もじもじしながら、ダスト君は恥ずかしそうに青年の想いに応えた。

 

 

「嬉しい。僕、勃っちゃった。」

 

 その魔法の言葉により、モーゼの魔法で、海が2つに割れ、道が拓いたかのように、南ギルドの冒険者達が、2つに割れた。

 

 進みだせ、道は拓いた。

 

 男の中の男の娘、ダスト君。今、出撃せよ、無害な平和を愛するザコラビットを殲滅せんがために、初心者平原へ!

 

 



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41 冒険

 

 そう。僕は、親切なお姉さんの勧めで、初心者平原に来ている。

 それでは、今回のターゲットを紹介しよう。

 

 ザコラビット。通称、貧民の肉。ボソボソとした食感で、味もイマイチ。しかし、子供でも倒せる程に、圧倒的に弱い貧民の救世主だ。

 

「はっーはっ!僕の双剣を食らうがいい。ダブルスラッシュ!」

 

 たたたっ、と駆け出した、黒髪の男の娘は、華麗に宙を舞い、くるくると回転しながら、双剣を奮う。

 キラキラと、煌めく高級料理ナイフにより、次々と、ぴょんぴょんと跳ねて逃げ惑うザコラビットを料理していった。

 

「楽しー。待て待てー。」

 

 その者、正に一騎当千。初心者平原に現れた殺戮の蹂躙者。次々と、死の国ヴァルハラに、ザコラビットを送りこむ。

 

「御主人様、あっちに逃げたっす。」

 

「ナイスだ、ハクレン。僕からは、何人たりとも逃げられない。たぁぁ。」

 

 だから、夢中になるあまり、ザコラビットを追いかけて、ダスト君達は、いつの間にか、迷いの森へと、誘われてしまった。

 これは、初心者が犯しがちな初歩的なミスであり、代償は、その粗末な命を支払うだけでいい。失敗から学べる事は、なにも無く、愚か者が淘汰される自然の摂理。そこは、命を失う死の森。

 

 

 |迷いの森(ゲットロスト)

 

 迷いの森は、迷い木という歩く樹木系のモンスターがいる。

 迷い木は、普通の木に成りすまし、人の見ていない隙に、移動して道を塞いだり、出口の無い迷路を作り、幻惑と生命吸収で、ひっそりと厄介な攻撃をしてくる。

 知らず知らずの内に、森を牢獄に変えてしまう恐ろしいモンスターだ。

 迷い木の吐き続ける霧のような精神を汚染する幻惑の息により、脱出は極めて困難であり、毎年、一定数の死者が出る。知ってる者は、誰も近付ない死の森。

 

「あれ?ハクレン。視界が悪くなってきたぞ。警戒して。」

 

「御主人様、分かったっす。あっ、ザコラビットを10時の方向に発見。」

 

「良いぞ。逃さぬぅぅ。」

 

 警戒とは、何処へやら。どんどんと、森の奥深くに入っていくダスト君一行。

 

 方向が分からない程の白い霧の立ち込めた森の深くへと、迷い木の作り出す迷路に導かれ、ずんずんと入っていく。

 普通は、こんな状況に陥ると、恐怖心で動けなくなるが、彼女達には獲物しか見えておらず、サーチ、アンド、デストロイを繰り返した。

 

 ストレス解消の為だけに、奮われる両手の凶刃が、死体の山を築き上げろとばかりに、逃げ惑うザコラビットの軽い命を刈り取っていく。

 

 そして、あろう事か、ザコラビットの『貧民の肉』というドロップアイテムすらも捨て置く、猟師のマナーすら守らぬ鬼畜っぷり。

 

 アイテムは、要らない。ストレスを解消させてくれとばかりに、無意味に簒奪される無垢な命達。

 

 それは、もう五里霧中の中で、夢中になって刈りまくった。僕のストレスは、溜ってるんだぁぁぁぁ。

 

 モヤモヤとした何かを、反撃してこないザコラビットに向ける。切ってよし、刺してよし、叩いてよし。実に、スカッとする。

 

「はーっ、楽しかった。良い汗かいたね。」

 

 満足げに、ヘタり込む男の娘ダスト君。追い付いてきたコイシちゃんを抱えてきたハクレンが、何かに気付いたのか、不安そうに言う。

 

「あのー?御主人様、どこっすか?ここ?もしかして、帰れないかもっす。」

 

「・・・え?」

 

 ザコラビットの無意味に散らされた怨念が、ダスト君に襲いかかる。

 焦るダスト君に、コイシちゃんは、優しくフォローする。いつだって、彼女は優しい。

 

「大丈夫だよ、ダスト君。私は、ここでも暮らせるよ?」

 

 少し感性のズレたコイシちゃんのフォローになってないフォローにより、爽快な汗が冷や汗に変わった。

 さらに、先程までは気付かなかったが、死の森の中からは、低い魔獣の唸り声が聞こえる。

 

 僕、もしかして、ピンチ?

 

 因果応報、なんて言葉通りに、このまま迷子になりデッドエンドするかとも思われたが、これまでの目を塞ぎたくなるような蛮行が、なんとファインプレーだった。

 

 普通の冒険者がしない正気を疑う褒められない蛮行。しかし、ここは、ご都合主義の異世界であるから、主人公ならば、奇蹟の一手に変わる。

 

 あまり知られていないが、迷い木は、一定量の生命を吸収するのと、休眠する性質を持っている。

 

 つまり、大量のザコラビットの粗末な生命と、ドロップアイテムの『貧民の肉』を、一気に森に捧げた事により、迷い木が一時的な休眠状態に入り、森の霧が、晴れた。

 

 それは、まさに奇蹟のような体験。

 

 太陽光を遮るほどに酷く視界の悪い霧は、方向感覚を失って閉じ込められたような閉塞感といった不安を助長していたが、その精神を汚染する霧が、鮮やかに晴れ渡った。

 先程まで聞こえていた霧の中でしか棲息出来ない危険なモンスターの唸り声も鳴りを潜める。

 

 

 差し込む陽の光。

 

 神秘の森は、そのベールを脱いだ。

 鮮烈な爽やかさを身に浴びる。

 

 森厳の奥にある貴重な森の恵みを隠匿していた白い精神を幻惑する霧が晴れると、目の前には、宝の山が現れた。

 

 宝石キノコ。伽羅の香木。叡智の実。知識の無い者が、見ても分かる別格の存在感を放つ数々のレアアイテム。

 

「あれ?霧が晴れた。」

 

「なんすか?これ、凄いアイテムに囲まれてるっす。」

 

「このアイテムの輝きは、まさしく高レアリティだよ。」

 

 

 迷いの森の奥。秘境の恵みを獲得した。

 

宝石キノコ×456

伽羅の香木×167

叡智の実×355

選別の枝×7

謎の貝殻×18

太古の化石×150

 

「いやー、たくさん採った。もうアイテムバックがパンパンだ。情報をくれた女神の使徒にも、お礼を言わないとな。」

 

「楽しかったす!」

 

「また来たいね。」

 

 ほくほく顔で、明るい陽射しの射し込む爽やかな見通しの良い森を、すたすたとピクニックするかのように歩き、帰途につく。

 

 冒険者の凱旋だ。

 今夜は、飲み明かすぞ。

 

 

 3人が、帰った頃、迷い木達は、僅かなる休眠より目覚めて、精神を汚染する白い霧を吐き出しザワザワと蠢きだす。再び、迷いの森は、濃い白い霧で覆われた。

 そう、ここは、死の森。本来なら立ち入れば命を失う、迷いの森。

 

 



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42 祝杯

 

 豚野郎ダストは、南町の酒場で、祝杯を上げる。琥珀色の液体に満ちた麦酒を高らかに持ち上げ、2人の美少女のグラスと、ガチンと合わせる。

 

「冒険のぉ、成功を祝ってぇ、乾杯!」

 

「いやー、最高っす。」

 

「楽しかったよ。」

 

 酒場の空気は、活気に満ちていた。ガヤガヤとした賑わいは、それだけで、わくわくとしてくる。

 男の娘ダスト君では無いのかって?あのモードは、あんまり食事が食べられないんでな。戻った。

 

 そうそう、秘境の採取品の買取は、懐が、火傷しそうな程の収益が出た。なにせ、ギルドの買取能力を超えたため、少ししか売却出来てないと言えば、分かるだろうか。

 

 受付嬢が、目を白黒させていたのは、痛快だった。その際に、モンスターは、何体倒したか聞かれたので、100匹以上と答えたが、今にして思えば、ザコラビットの事ではなく、霧の魔獣の事だったんだろうな。恐怖の感情を嗅ぎつけ、寄ってくるその凶悪な魔獣には、会っていない。接敵していれば、生きてここに、いないだろう。偶然、命懸けの冒険を切り抜けていた訳だ。

 

 まぁ、いいや。くっはーっ、しっかし、冒険者ってのは、儲かるんだな。とニヤつく。

 

「どうしたの?悪い顔してるよ、ダスト。」

 

「あっ、いや。ラノベ主人公が安易に冒険者になる理由が分かってな。冒険も良いもんだなと。」

 

「ラノベ主人公?それよりも、今度は、もっと活躍したいよ。」

 

 やや不満顔のコイシちゃんも尊い。

 

「あーと、コイシちゃんは移動出来ないもんな。そうだ、ハクレンに乗ったまま、攻撃するのは?」

 

「無理っす。怖いので。」

 

 安定の駄馬ハクレン。機動力に極振りなので、問題は無いけど、武器を持たない非暴力の女。

 しかし、コイシちゃんはガンガン行きたいらしい。うーん、と可愛く悩んでいたコイシちゃんは名案を思い付いたのか、興奮して、裾を引っ張りながら話してくる。

 

「えっと、ダストが、石状態の私を、敵に投げて、変身して戦うのは?ピンチになったら、石に戻ってやり過ごすから、一旦逃げて後で回収してくれれば、いいよ。」

 

「召喚獣?もしくは、ポケモンみたいだな。素晴らしいアイデアだ。採用しよう。」

 

 召喚獣コイシの誕生の瞬間であった。

 

 ハクレンの背に乗り、迷宮を走り、接敵したら、コイシちゃんを投げて召喚バトル。かなり、アツイ展開。

 ハクレンの機動力に、コイシちゃんの火力が加わり、迷宮への挑戦権を得た。ならば、

俺は、頭脳を担当しよう。頭脳は、もっともカロリーを消費する器官だから、補充も、仕事の内だろう。

 

「おぅ、コレとコレとコレを追加で。ジャンジャン持ってきてくれ。」

 

「野菜炒め追加っす。ニンジン多めで。」

 

「黄昏の果実水をくださーい。」

 

 適当にメニューを指差して、豚のように、がっつく。オーク肉は、甘い脂と、湧き上がるエナジーが、ガツンときて美味い。

 

 ハクレンが、野菜炒めの肉を残していたので、その肉をパクつく。好き嫌いせず残すな、とか野暮な事は言わない。豚である俺が、仲間の不始末を、責任を持って片づけよう。

 しかし、肉を食わなくても、筋肉がつくのは、種族の壁のような気がする。

 

 コイシちゃんも、液体は飲めるようになったらしく、食事に参加してくれて、嬉しい。

 

「くぅー、美味ぇな。大成功に終わった冒険の後は、格別だ。それに、斧娘からの束の間の開放感も、いいスパイスになってやがる。」

 

「なんか、一緒に冒険すると、より仲が深まった気がするよ。」

 

 コイシちゃんの言葉に、こくこくと頷くハクレン。どうも、口の中は、いっぱいなのか、声が出ないようだ。

 

「良い事、言うねぇ。と、それだ。」

 

「何が?」

 

「復讐の斧娘を、幸せにしてやろう。フランツ似の青年と、2人旅で、第2の人生を。幸せプランナーのダスト企画。」

 

「ダスト、悪い顔してるよ。」

 

「何を言うか。こんな聖人君子のような善政を敷く、リーダーに対して。」

 

「ふふっ。」

 

 いやー、もう入らないわ。流石に食い過ぎて、ダウン。ハクレンに背負われて、手近な宿に、その日は、御一泊となった。

 

 



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43 幸せプランナー

 初心者平原饅頭、またたびクッキー、大火山ヘルファイア饅頭と、何だか代わり映えしないお土産を大量に買い込む。

 

「酒場《乙女達の楽園》の、猫娘ピンクさん宛で、お願いします。」

 

「はい、ダスト様、承りました。」

 

 アイテムバックで、持ち帰る事も出来るが、運送ギルドに依頼した。

 なぜかというと、昨晩のコイシちゃんの発言により、令嬢ドールを追い詰める作戦を思いついたからだ。

 ダストのファンなのは、分かるが、手斧を持って熱烈に迫るのは止めてもらいたい。

 

 まずは、仕込みの一手。詰め将棋のように、斧を持った令嬢を罠にかけ、幸せロードを完成させてやる。

 

 

 幸せプランナーの使命感に燃える俺は、次の手を打つために、ハクレン号で、早いと評判の運送ギルドの配達員を、先回りして帰還した。

 

「ただいまー。」

 

 すると、勝手に冒険に出掛けた俺達を批判するかのように、リビングで、井戸端会議をしていた不機嫌な猫娘達のお出迎えを受けた。

 

「次は、連れて行って欲しいにゃ。」ですにゃ。」にゃーにゃー。」

 

「前向きに、検討しよう。」

 

 群がって抗議してくる美人の猫娘を適当に煙に巻く。しかし悪いが、今は構ってる余裕は無い、俺には、幸せプランナーの仕事があるんだ。

 

「クリアは、いるか?」

 

「はい、ここに。」

 

 突如、現れた猫娘クリアに驚く。存在感の薄さは、忍者か何かなのか。

 

「うおっ、いや。つけリストを見せて貰おうか。あぁ、ありがとう。」

 

 スッと、出されたメモ帳を受け取り、頭を撫でて褒める。ゴロゴロ喉を鳴らしながら、喜んでくれた。

 幸せプランナーの第2手で選んだのは、酒場で滞納している冒険者に、救いの手を差し伸べる事だった。

 

 

 バックヤードに、滞納者の一人を呼び出す。ロクに仕事もせず、早くから、店に来るとは、いい度胸だな。気にいった、その度胸を買ってやろう。

 

「おい、貴様。随分と、ツケが溜まっているようだな。」

 

「うぐっ。」

 

 バサリと、俺が投げつけたツケのコピーを見て、顔を青くする滞納者。大した額では無いが、彼にとっては、大金なのだろう。

 

「やはり、金がないようだな。いや、責めているのでは無い、優秀な貴様に相応しい仕事がないのだろう。そこで、債務を減らせる仕事を用意した。何、直ぐに終わるし、皆、幸せになれる良い仕事だ。」

 

 下準備は、これで完了だ。

 

 

 今夜も、ダストの事が、忘れられない斧令嬢が、やって来るのを待つ。

 何も知らず、来店した令嬢を、猫娘ピンクに、いつもの席に案内させて、料理が届いたタイミングで、仕込みがやってきた。

 

「こんばんは~、運送ギルドです。猫娘ピンクさんは、いらっしゃいますか?」

 

「はーい。ここですにゃ。何の用ですにゃ?」

 

「南町のダスト様より、御荷物です。」

 

 ギギギッと令嬢ドールが反応する。よしっ、釣れた。後はリールを巻くだけだ。

 

「失礼、ダスト?詳しく教えて貰えるかしら。今すぐ、南町に行かないと。」

 

「す、すいませんが、お嬢様。お客様の情報は、ちょっと。」

 

「お土産をくれたダストさんは、黒髪の恰幅のいいお客様ですにゃ。」

 

 令嬢ドールに、問い詰められて、たじろぐ配達員。さり気なくピンクからの確定情報を加えて、ここで、第2手だ。「行けっ」と二階のVIPルームから指示を出して、そこに債務者を突撃させる。

 

「おっ、南町に用事があるのか?なら、俺の仕事を手伝えよ。これから、南町まで護衛の依頼を受けて居るんだ。」

 

「でも・・・。」

 

 逡巡する令嬢。頼んだ食事は、ほとんど手をつけてないし、初対面の人だし、迷うのは当然だろう。

 

「さっさと、行くぞ。時間が無い。ほら、彼氏か?お前も来い。約束の時間に遅れてしまう。」

 

「わわわ、ボク達は、まだ付き合って。」

 

「・・分かりましたわ。」

 

 強引に、2人を連れ出した債務者。食事してる時間なんて与えまいと、なぜか必死な債務者。

 良い演技だ。なぜか、焦りが伝わる迫真の演技。あまり期待していなかったが、やるものだと、関心する。

 普通、こんな怪しい誘いには、乗らないが、今から出る南町の馬車なんて普通は無いからな。用意でもしない限り。

 

 連れ出された先には、かなりイライラした馬車の依頼主が待っていた。もちろん、彼は、仕込みの3番手、幸せプロジェクト要員だ。

 

「遅えぞ、オルグ。早く出発するぞ。」

 

「あぁ、悪い悪い。助っ人も連れて来たし、勘弁してくれよ。」

 

「仕方無ぇな。ほら、2人は、早く乗ってくれ。時間が無い。狭いけど、詰めて。」

 

「え、あの。」

 

「こっちは、南町まで、急いでんだよ!だから、早く。」

 

 流れるように、狭い馬車に積み込まれた2人は、訳も分からぬまま出発する。

 しばらく、進んで最初の休憩で、御者から告げられる。

 

「先程は、すまない。急いでいたから。オルグさん?帰ったよ。護衛料は2倍払うから、なっ、頼むよ。」

 

 そんな感じで、道中、一人部屋に、2人を押し込めたりと、言い訳を満載した馬車旅を、ご用意している。

 

 幸せになってくれ。

 

 

 そうそう、今回の協力者である債務者オルグが、迫真の演技をしてくれた原因が分かってしまった。

 

 彼は、令嬢の注文した手つかずの料理を、幸せそうに食っているのだ。度胸の半端なさに呆れるが、まぁ、いいや。

 

 

 いいね、完全勝利だ。

 これで令嬢ドールのダストに向けられていた熱い気持ちは、同行者に向かう事だろう。

 

「くはは、俺は、幸せプランナーだ!」

 

「にゃふーっ。」

 

 VIPルームで、コイシちゃんの肩を抱きしめながら、猫娘を侍らせて祝杯を上げた。

 

 




44は欠番です。


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45 林檎1

 

 平穏な1日の始まり。

 手斧を振り回す令嬢ドールのストーカー行為から開放されて、気が抜けていたのかもしれない。

 

 それは、ちょっとした興味からだった。

 禁断の果実に、手が伸びる。

 

 男は、アダムとイブが、楽園エデンを、追い出される原因となった知恵の実に、愚かにも手を出した。

 

 

 魔が差したんだ。

 

 キラリと艶めく赤。

 手で、その玉肌をキュキュッとコスり、表面にかけられたワックスを滑らかにすると、艶を増して、宝石のように輝く。

 それを、かぷりと、思い切りよく、かぶりつくと、爽やかな酸味が口の中で弾ける。

 

 そんなかつての記憶が、梅干しを見ると唾液がでるように、条件反射で気付いた時には、手袋を脱がせていた。

 

 テーブルの上に置かれた、その娘が、誘惑してきたように感じる。『私は、磨けば、光る娘だよ』と。

 

 

 だから、

 つい、手を出してしまった。

 

 ピカァ!

 

「えっ??林檎も光るの!」

 

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:林檎

成功

名前:リンゴ

種族:樹人『林檎』(美少女)

外観:オカッパ頭の白い幼女。照れると真っ赤になる。

装備:裸→森のワンピース[R]

弱点:裸足

特記:寿命(1日)

 

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 白い肌、銀のオカッパ髪。緑の髪留め。爽やかでいて甘い薄緑のワンピース。スカートから覗く細い素足は、ふにふにとしている。幼いけど、ちょっとエッチな甘酸っぱい女の子。

 顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに言ってきた。

 

「リンゴだよ。おにーさん、私を食べちゃいたいんですよね?」

 

 爆弾を投下した幼女は、両手で真っ赤な顔を隠して、小さな指の隙間からチラチラと、ダストを見てくる。

 

 助けを求めてコイシちゃんを見たダストは、コイシちゃんの最近少し豊かになりつつある表情が、すんっ、と無表情に戻ったのに気付き、慌てる。

 

「え!?コイシちゃん。誤解だ、だから、そんな目で見ないで。」

 

 爆撃は、なおも止まらない。

 

「リンゴに、かぶりつきたいんでしょ?知ってるんだから。」

 

「それは、擬人化前の話だから。なっ。」

 

 必死に抵抗する。幼女に欲情とか事案であるし、ただの健全な食欲だったと、誤解を解くべく徹底抗戦。

 

「でも、リンゴを女にしたのは、ダストさんでしょ。」

 

「ぐっ。言い方ぁ!」

 

 悶絶するダスト。完全に、この耳年増な幼女に、手玉に取られていた。

 

「誘い受けなのかなぁ。やれやれ、リンゴから手を出して、あ、げ、る。」

 

「ひぃぃぃ。あ、あれ?」

 

 リンゴちゃんは、果敢な攻めだったけど、如何せんお子様なのだ。文字通り、ダストの手を繋ぐだけに、留まった。

 

「ドキドキした?」

 

「ハッ。フハハ。お子様が、何を言っているのやら。この(オッパイ)マエストロである俺をからかうなど、ん?」

 

 何か変だ?ダストは、そんな違和感を感じた。繋いだ手が熱いような気がするが、子供の体温だからだろうか?いや、それだけでは、無い気がする。

 

「恋人繋ぎだけど、ドキドキした?」

 

「くぅぅぅ。これが、噂の恋人繋ぎなのかーー。」

 

 顔を、赤らめて、ぼしょぼしょと喋るリンゴちゃんに、ノックアウトされた。

 絡められた指先に、心臓はドクドクと血液を送り込む。

 

 禁断の果実に手を出してしまった豚野郎ダストは、猫屋敷という楽園から、出る事になるのだが、それは、次のお話。

 

 



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46 林檎2

 

 猫屋敷から出る、なんて言ったけど、リンゴに「お外を見たい」と可愛く強請られて、ちょっと外出する事になっただけだ。

 ちなみに、夕方までには、帰る予定。その時は、酒場のVIPルームに招待しよう。

 

 と、その前に、障害物を、はがさなきゃならん。ふぅ・・。

 

「にゃーん。可愛いにゃん、お姉さんの妹にならないかにゃん。」

「ピンクなら、もっとリンゴちゃんを可愛くしてあげられるですにゃ。」

「にゃふふふ。」

 

「はわわわ。」

 

 すっかり猫娘のアイドルに、いや、おもちゃかな?なったようだ。

 

「はい。一旦、終わり。リンゴは、これから、俺とお出掛けするから。」

 

 怯えたリンゴが、隠れるように、俺の足元に、ひしっと、しがみついてきた。

 

 

 

 お出掛けだが、リンゴは、始まりの日の俺と同じく素足で現れたので、今日は背負って歩く事にしよう。

 

 靴を作ってもいいが、めちゃめちゃ軽く、背負っても、なんら問題は無いので、明日でいいかな。

 

 と、ここで、予想外の展開となる。俺への信頼感を超えた依存心からか、リンゴが、ハクレンに乗ろうとしないのだ。

 

「え?ウチの方が乗り心地いいっすよ。凄い早いし。ねっ、ねっ。」

 

「フハハ、選ばれたのは俺でした。」

 

「リンゴちゃーん、考え直すっす。」

 

 馬としてのプライドがあったらしいハクレンは、いつになく真剣だ。

 少し優越感を刺激されたダストは、悪い顔で、お茶のCM風に、からかった。

 

 

「おにーさんが、いいの」

 

 ジャンプして、ぎゅ、っと首に抱き着いてきたリンゴちゃんは、背中でぷらーんと脱力したので、ダストは、足場になるように、太ましい腕を足元に入れてやり、肩車への移行を促した。

 

「んしょ、んしょ。おぉーっ。」

 

 よたよたと、ダストの肩に這い上がったリンゴは、高くなった景色に感動していた。

 

 ハクレンの方が、背は、高いが、安定感ではダストの圧勝である。広い背中は、男性にしかない力強さに満ちており、リンゴは信頼感を寄せた。

 

「でもな、ハクレンの方が、凄いから、ハクレンにも後で乗せて貰いな。」

 

「いやー、おにーさんがいい。」

 

 正直に、自己申告するダスト。しかし、わしゃわしゃと、髪の毛を毟るように、拒否するリンゴ。

 仕方がない子だ。求められたなら、応えようか、エスコートは、男の矜持。

 

「よぉしっ。約束だ。今日は、1日、俺が乗せてやる!」

 

「うわぁーい。ありがとう!」

 

 

 ふと、ハクレンを見ると、予想外に意気消沈していて、哀愁が漂っている。そっか、そんな事に、プライドを持っていたとは知らなかったよ。

 

「ハクレン。安心しろ、俺は、お前にしか乗らないから。」

 

「ご、御主人様ぁ。」

 

 うるうると、瞳を潤ませ、復活するハクレンが、パタパタと付いてきた。ちょろ可愛い。

 

 コイシちゃんは、猫娘と、ふりふりと、手を振ってお見送りしてくくれた。今日は、店のお手伝いの日らしい。

 酒場は、経営が順調なので、やりたい時に参加するスタンスで良いのだが、なんかシフト表があるらしい。

 やる気に水を差すのもアレなので、黙認している。

 

「では、ダスト号、出発っ。いってきまーす。」

 

 街をプラプラとする。

 買食いに食べ歩きなんかもして、悪い遊びを覚えさせる。

 

「ほへー。ほほー。」

 

 たぶんキラキラと、目を輝かせているだろうリンゴが、背中の上で、はしゃいでいる。

 

「どこか、行きたい所はあるか?楽しい所とか、美味しい所とか、ふわっとしたので、構わない。」

 

「んーー?。そうだ!あのね、もっと、上から街を見てみたいです。」

 

「ふむ。」

 

「街が一望出来る所を、知ってるっす。これは、名誉挽回っす。」

 

 ふふふと、悪い顔をするハクレン。なんか、くだらない事を考えていそうだ。

 

 

 



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47 林檎3

 

 ハクレンに案内された場所は、石の壁だった。よく見ると階段のようだが、まさか?

 ははっ、マジかよ。頂上を見ようとすると、ひっくり返りそうになるほどに、急な階段が、そこにあった。

 

 

|天国に至る階段(ヘブンズステップ)

 

「すげー階段だな。」

 

 あっ、無理。となる階段だった。

 頂上というかゴールが見えないのだ。錆びついた手摺りと面白味の無い石畳が延々と続き、言えるのは、やべぇって事だけ。

 

 こんなガチなヤツでは無くて、高い建物で良かったのに、活躍したいハクレンのお勧めで、とんでも無い所に連れてこられた。

 

 リンゴが登りたいとか言ったら、どーするんだよ。

 

「しかも、この階段は、僧侶の己を鍛えたいという信仰が注がれていて、沈み込むっす。もう、これは、うちの出番なのでは?」

 

 さらに、嫌な情報が追加され、入口で心を折られて立ち止まるダストに、声を掛ける者がいた。

 

「失礼。貴殿も挑まれるのか?山神アルファの加護があらん事を。では、お先に。」

 

 脚のふくらはぎが異様に発達した僧侶が、身長より高い重そうな荷物を背負い、ずんずんと階段を登っていった。

 呆気に取られて見送っていると、ある程度、登ると、ズリズリと、エスカレーターの反対側から登ってしまったかのように石畳の階段が下がっていくのを目撃し、眉間にシワがよる。マジかよ。

 

 ふんすっと胸を張り、出番っすよね?と、ちらちらと、こちらを見るハクレン。

 

 だが、ダストは、階段を見るだけで、心が折れていた。いつもなら、すでに帰っているだろう彼は、今日は、リンゴを説得して帰るつもりだ。それくらいの違いしかない。

 そんな豚野郎ダストは、知る由もないが、今日は、帰れない事となる。

 

「今からだと遅いし、明日にするかあ?そうだ、美味しいお弁当を持って、明日、出直そう。何か好きな物はあるか?楽しみだなー、明日っ。」

 

「リンゴは。明日は、、行けない。」

 

 そんな汚い大人のダストの提案に、返ってきたのは、意外にも明確な拒絶だった。

 

「何でだ?明日は、逃げない。金持ちも貧乏人も、平等に、明日は来るから。」

 

「明日なんて、リンゴには、ないの。」

 

 晴れているのに、ポタポタと、急に、雨が頭に降ってきた。生暖かい雨。それは、リンゴの涙だった。

 

 そして、続く言葉は、知りたくもない、現実を教えてくれた。

 

「明日はっ、行けない。・・だって、リンゴの命は、明日までは、保たないの。」

 

「は??どういう意味だ。生まれたばかりだろ?」

 

 ダストには鑑定能力が無い、だから、知らなかった、彼女の寿命が1日だという事を。だから、帰りたいあまり、心無い事を言ってしまった。

 

「おにーさんに、人にしてもらったけど、これは、仮初の身体だから、今も、どんどん燃えているの。やがて、燃え尽きる。たぶん。朝日は、見られない。」

 

「は、嘘だよな?」 

 

 

「・・・。」

 

 沈黙は、肯定。

 それは、変えられない確定した未来を告げる。現実を捻じ曲げた不安定な存在が、在るべき姿に戻るだけ。

 

「マジかよ。糞みたいな話だな。」

 

 聞きたくなかった。すでに、娘のように、感情移入しつつある自分がいる。

 

「今日は、もう無理…かな?」

 

「出来らぁ!リンゴ。景色が見たいか?頂上で下界を眺めたいか!」

 

 気付けば、何故か怒ってた。残酷な現実と、無力な自分に、無性にハラがたった。

 

「う、うん。」

 

「分かった。俺が、絶対に、見せてやるから。一緒に見るぞ。」

 

 |顔に傷を持つ(スカーフェイス)のダストは、ニヒルに笑う。絶大なる信頼の眼差しで、幼女リンゴは、ダストの頭を抱きしめた。

 

「ありがとう。おにーさんっ。大好き。」

 

 

 豚野郎は登り始めた。

 無謀にも、天国に至る階段へと。

 

 

 ボタリ、ボタリと重い汗が落ちる。

 

 身体の何処からか、油が漏れているのだろうか、そんな錯覚をする汗。

 

 よく分からない怒りをガソリンに変化させ、燃費の悪い鈍重な体を、動かす。

 

 想いとは、裏腹に、運動不足な体は、付いてこないようで、しだいに、意識とのズレが大きくなる。

 

 そんな足元が、ふらつき出したダストを見兼ねて、ハクレンが、進言してきた。

 

「御主人様、うちが、2人を背負って登るっす。」

 

 ふるふると、首を振り、その有り難い申し出を拒否するダスト。

 

 あぁ、非合理的なのは分かってるさ、ハクレンなら、直ぐに到着するし、酒場で余裕を持って、皆とお別れも出来る。

 汗も、かかないし、ハッピーだ。

 

 

 だけど、違う。

 

 それは、違う。

 

 最後なんだろ?思い残す事があっては駄目だ。俺はこの子と約束をした。

 

 だから、俺が、連れて行く。

 

 男を見せろや!

 

 ただ、ただ無心に、登る。登る。登る。

 

 

 

 しかしながら、刻々と、太陽は沈み始めていた。朱色になれば、あっという間に夜の帳が訪れる。

 

 そうなっては、景色はもう見えない。

 

 痛むヒザ、足裏。速度が出ない。

 

 そんな折、無駄に荷物を持った僧侶が降りてきて、すれ違う。

 

「失礼。貴殿、そろそろ暗くなるので、早めに下山するが良かろう。」

 

 僧侶の言葉は優しいナイフだった。

 まるで、「君は、いつまで夢を見ているんだい?いい加減、大人になりなよ。」と、路上ライブから抜け出せれなかった売れないミュージシャンのように、挑戦権は消失した。

 

 景色は、闇に沈んでいく。

 

「もぅ、いいよ。ありがとう、おにーさん。登っても、暗くて見えなくなったし。頑張ってくれて、リンゴは嬉しかった。」

 

 優しい言葉。

 だが、ダストは諦めない。

 

 ここで諦めるようなら、最初っから、意地なんて張ってないんだと。

 

「はっ、舐めて貰っちゃ困る。諦めていいのか?もう、燃え尽きてしまったのか?目の前には、奇蹟を起こす男がいるというのに、そんな最後で本当に、良いのか?ガキが、大人ぶるなよ。分かったふりして、我慢するな。我儘言うのが、お前の仕事だろ!願いなんてものは、シンプルだ。欲望のまま願え、リンゴ、お前は、何がしたいんだ。」

 

 



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48 林檎4

 

「嫌だっ。このまま燃え尽きたくない。ここにいた証。世界が、この世界が、見たいっ。おにーさんっ、リンゴに、世界を見せて。」

 

「任せろ。夢のような夜を約束しよう。」

 

 再び、ダストは、登りだす。

 

 薄ぼんやりと暗くなった《天国へ至る階段》を登る。退屈な代わり映えしない道は、足元が見えなくても、踏み外す事は、無い。

 

 太陽が、完全に落ち、煌々とした白い月が現れる。満天の星星が明るい。

 色とりどりな星が混ざり、ここが異世界なのだなと感じさせる。

 

「うっわーっ、綺麗っ。」

 

「あぁ、そうだな。こんなにも明るいものなのか。」

 

 異世界は、科学レベルが低く、夜は田舎の街のようだ。なので、夜景を楽しむなんて事は、出来ない。

 

 が、星が、こんなにも綺麗だったなんて。キラキラと光るなんて表現があるが、これの事だったのか。

 くははっ、何という陳腐な例えなのだ。これを見なければ、その意味は分からんよ。

 

 足を止めて、夜空を、無限に広がる夜空を見上げる。手を伸ばせば届きそうであり、伸ばすほどに、離れていく。

 

 リンゴは、一生懸命に星を掴もうとしていた。肩車では、星に届かないか、ならば、頂上まで、上がってみようか。

 

 

 |天国に至る階段(ヘブンズステップ)は、ある意味、魔道具であり、資格のある者しか、通さない。

 ハクレンは、チートで、コレを振り切れるが、ダストは何も持たないので、愚直に挑むしかなかった。

 

 ・・ハクレンは、何も言わず、ダストを見守る、その勇姿に魅せられていた。

 

 

 ダストの運動をほとんどしない、ぷにぷにと柔らかい足の裏は、熱を帯びて、悲鳴をあげ、ぶにぶにとした感触の水膨れが破れて、じくじくとした刺すような痛みに変わっているが、それが、どうした?精神が肉体を凌駕し始めていた。

 

 今日ほど、自分の体を呪ったことはないが、これほどまでに、自分の体を頼もしく思った事も無かった。

 

 ズズズッ。と、時折、沈み込む階段が、心を折りにくるが、それよりも僅かながら、登れている事に歓喜した。

 

 数々の修行僧を脱落させた、代わり映えのしない道に、彼は慣れている。なにせ、変化の無い部屋に10年いたプロニートなのだ。

 

 

 こんな物は、地獄では、無い。

 真の地獄を知っているからこそ、言える言葉。ヌルい、ヌルい、ヌルすぎる。

 

 残り時間は、少ない。

 無心で、登る。登る。登る。

 

 

 豚野郎ダストは、命を燃やし続ける、魔道具の資格を満たし、その祈りは、ついに天へと届いた。

 そう、天端、頂上へと、到達したのだ。

 

 狂うような階段が終わり、開けた土地が、3人を出迎える。

 

 

 

「うっわー!!頂上だ。」

 

「ハハハ、もう一歩も歩けんよ。ハクレン、お前は、凄いな。」

 

「御主人様は、凄さの本当の意味が分かってないっす。うちは、貴方が、主人である事が、誇らしいっす。」

 

 ダストは、ヘタり込む。コイシは、肩車から降りて、走り回る。

 

 両手を広げ、仰向けに倒れ込んだ。本物のプラネタリウム。科学大国では見る事の出来なくなった、失われた、かつての原風景が、この異世界には、まだ残っていた。

 

 魂が、躍動するような感動。

 火照る身体を鎮める。

 身体が冷え、心が燃えるように充実感で満ちる。

 

 

 ハクレンが、覗き込んで来たので、手を伸ばして、引き上げてもらった。肩を借りながら、端へと移動する。少ない光りの中に、自分の酒場《乙女達の楽園》を見つけた。

 

「リンゴ、見えるか?あれが、俺の店だ。」

 

「うん。世界を見せてくれて、ありがとう、おにーさん。」

 

 ダストだけの力で用意出来たのは、

 お粗末な夜景。

 

 これが、個人の限界。

 でもな、もう昔とは違う。仲間がいる。

 

「俺は、約束を守る。こんな結末で終わらせる気はない。だから、しばし、時が来るのを待て。」

 

「分かった?」

 

 分かってないであろう疑問に溢れるリンゴの頭を撫でながら、時間を潰していると、待っていた事が起きる。

 

 通話魔法だ。スマホが無いこの世界では、こちらから掛ける事は、出来ないが、魔法が使えるものならば、自由に話が出来る。

 優秀な魔法使いブルーが、話し掛けてきた。

 

「オーナー、何処にいるにゃ?早くリンゴちゃんの歓迎パーティ始めたいんですけど、皆、待ってるにゃ。」

 

「ブルーか、いいタイミングだ。この連絡を待っていた。悪いが、予定が変わり、リンゴとは、訳あって、山の上でお別れをする。俺は、大輪の花を持って送り出したいが、生憎と、今は何も持っていない。だから、お前らに頼みがある。」

 

「また勝手にゃ。はぁ…何すれば、いいにゃ?」

 

「夜空に、大輪の花を打ち上げろ。宝石キノコを、魔力暴走させて、空に解き放て。」

 

「はにゃ!?1個で1パーティが1ヶ月は生活できる高級品にゃよ?王族ぐらいしか、そんな事しないにゃ。」

 

「ならば、俺は、今夜限りの王となる。構わないから、やれ!」

 

 



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49 林檎5

 

 酒場《乙女達の楽園》、猫娘達がVIPルームに引き上げ、今日の営業は終わりかと、客がパラパラと帰り出したそんな時だった。

 

 引き上げたはずの猫娘達がいっせいに、VIPルームから、バラバラと降りて、なにやら、慌ただしく、酒場と猫屋敷の間の路上で、準備を始めだした。

 

 これは、祭りの予感がする。

 

 居残っていた客が、道に出てきて、帰りかけた客が戻ってくる。

 ミケが、空になった酒樽の上に立ち、見物客達を煽る。

 

「突然だけど、今夜は、オーナーの我儘で、猫娘カーニバル延長にゃ。乙女達の楽園から、忘れられない一夜をご約束。夜空に咲かすのは、大輪の華。打ち上げは、コイシが努めますにゃ。」

 

 そんなミケの煽りで、中心に視線が集まる。いるのは、猫耳が無く、灰色の髪をした、凛とした女性。

 ぺこりと礼をする。そんなコイシに、魔法使いブルーが、声を掛ける。

 

「タイミングを合わせて魔力暴走させて渡すから、コイシさん、すぐに投げてにゃ。」

 

「分かった。ダストに、届けるよ。」

 

 ブルーが魔力を込めて、ギラギラと不安定に光り出した宝石キノコを受け取り、コイシは、空に投げ放つ。

 

 固定砲台のコイシから、打ち上げられる宝石キノコは、光の帯を引きながら、夜空に高く高く飛ぶ。

 

 暴走した宝石キノコは、上空で、臨界点を迎え、ズドンッと中空で爆裂し、七色の光りを放ち、夜空を染め上げた。

 

 さながら、花火のような光景。

 

 キラキラと宝石のごとく、光りを空にたたえた後、残光が、街から少しの間、夜を払う。

 

 夜の街に、くっきりと、都市が現れた。その街並みの全貌を顕にする。

 

「たっまやー。」

 

「御主人様、なんすか、それ?しっかし、綺麗っすね。」

 

 リンゴは声も出ず、その忘れられない光景を目に焼き付けていた。これが、世界。おにーさんは、魔法が使えるんだと。

 

 

 弔砲の数は、兵士1発。大将でも17発。

 

 しかし、1日限りの少女のためだけに、放たれた宝石キノコは100を超える。このまま、全弾、打ち尽くすのかと思われたが、王都の警備隊が、駆け付けて、お終いとなった。

 

「お前らー、届け出をしてからせんかっ!全員拘束っ。」

 

 荒れる警備隊。

 

 しかし、そんな当たり前の指摘に、酒を飲みながら絶景を見ていた客や、花火を見に集まった野次馬に、火がつく。

 

「ざけんじゃねーぞっ。引っ込んでやがれ。」

「そうだ、そうだ。」

 

 地上では、少し醜い祭りが続きそうだ。ヤレヤレだと、ダストは他人事のように、ため息をついた。

 

 満面の笑顔で、約束を叶えた男に、幼女は抱きつく。傷顔の豚野郎が、どうしようもなく格好良く見えていた。

 

「ありがとう、おにーさんっ。私だけの勇者様。」

 

 嗚呼、綺麗だった。

 

 

 しかしながら、

 祭りの終わりは、少し寂しい。

 

 コーヒーカップに、火照るような覚めやらぬ興奮を並々と注ぎ、一匙の寂しさを加えたような、そんな後味。

 

 

 普通の祭りと違ったのは、今夜は、寂しさの入った壷が、倒れて、テーブルを汚してしまった。

 

 つまり、お別れの時が、来てしまった。リンゴの小さな仮初の体の命は、燃え尽きようとしていた。

 

「おにーさん、お別れの時間かな。」

 

 

「まだ、まだ。遊び足りないだろ。もっともっと、景色を見ようぜ。だから、だから。」

 

 衝動的に、ダストはリンゴを抱きしめたが、フワワと手の中の存在が、希薄になるのを感じる。

 手から質量が消えてゆく。

 

「おにーさん、あのね。リンゴは、」

 

 ついには、手の中から消え去る命。

 光りとなりて、砕けるように散る!

 抱きしめていたダストの手は、虚空をすり抜ける。ぶわっと、夜空に散らばるリンゴだった光りの塊。

 

 その手は、なにも掴めないし、なにも守れない。

 

「おにーさん、あのね。楽し、、かった。」

 

 

「リンゴおぉぉぉ、おーん。」

 

 男の雄叫びは、慟哭となり、涙は溢れる。

 狼の遠吠えのように、ここに居た事を誰かに伝える。

 

 思い出を胸に抱き、泣け。

 

 大丈夫だ。

 死んでいない。

 俺の心の中に生き続けろ。 

 

 



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50 化身

 

 悲しみに囚われたダストの気持ちが、少し落ち着いた頃、お通夜な空気にそぐわない、場違いな乾いた拍手が、響いた。

 

 パチパチパチ

 

 まるで称賛するかのような不愉快な拍手の方向をダストが振り向くと、顔見知りの男が立っていた。

 下山したはずの身長より高い重そうな荷物を背負った、脚のふくらはぎが異様に発達した僧侶。

 

「失礼。頂(イタダキ)に、到達した貴殿を認めよう。此度の祈りは、山神アルファへと届いた。その怠惰な肉体で、到達するとは、人族は、誠に面白い。」

 

「何の用だ?あんたも人間だろ、神にでもなったつもりか。」

 

「拙僧は、|天国に至る階段(ヘブンズステップ)、山神アルファの眷族、人ならざる者である。ゆえに、神に近い存在であり、貴殿の指摘は概ね正しい。此度は、化身になり貴殿を試させて頂いた。」

 

 そういうと、僧侶の体が消え、別の場所に現れたり、フェンリルや、ウッドマンに変化したりと、姿を変えた。

 

 僧侶の姿に戻り、化身は続ける。

 

「不快なる混沌神の穢れを宿し、人の子よ。何を想い、頂へと辿りついた。望むなら、その穢れを払ってやってもいいぞ。」

 

「この穢れは、俺の半身だ。何も思う所は、ねぇよ。女の子のお願いを聞いたにすぎない。」

 

 ダストの反論に、ピクリと僧侶の眉が動き、思案し、結論づける。

 

「女、惚れた女か?つまり、恋愛の感情であるか。」

 

「僧侶さんよ、あんたは、神さまなのかもしれないな。人間の心なんて、まるで理解出来てない。そんな感情じゃねーよ。」

 

 苛立つダストに、僧侶は、不思議そうに問いかける。

 

「何を苛立っている?」

 

「見てたんだろ?言わなきゃ分かんねーのかな。もう、会えないんだ。」

 

 僧侶は、驚いた顔して、笑う。

 

「会えない?くくく、失礼。もう一度会いたいか。人族とは誠に不思議、絶望する事でもなかろうに。あい、分かった。」

 

「は?何が。」

 

 僧侶は、ダストには理解不能な事を述べた後、腕を目の前で合わせて、気を昂らせていく。ジワリと、体から滲む黒い陰。

 

「拙僧は、山神アルファの眷族。全ての樹は、山神アルファに連なる者である。貴殿の此度の祈りに報い、願う者に、会わせてやろうぞ。」

 

「なんだ、何をする気だ!?」

 

 僧侶がパンッ!と手を叩くと、黒い陰に呑みこまれ、人影となり、膨れ上がる。

 やがて、それは木の形となり、巨大な一本の木で安定し、黒い陰が消えてゆくと、生々しい木肌が見えてきた。

 

 唐突に、現れた実体のある木。

 

 林檎がなっているのを見るに、林檎の木なのかもしれないが、なんの説明もなく、急展開に起きた怪奇現象に、ついていけない。

 

 ザワザワと、枝葉がざわめいたかと思うと、一本の枝が、手のひらに、ポトリと落ちてきた。

 

『林檎の枝』を獲得した。

 

 

「何なんだよ。これは、いったい。」

 

 答えるかのように木が振動した。

 暖かい波動を感じる。

 しかし、何かを語りかけてるようだが、まるで分からないまま、ぼーぜんと時が過ぎた。

 

 やがて、時間は切れ、一迅の風が吹き抜ける、枝葉がざわめき、若葉が舞う、その飛んできた若葉で遮られ一瞬、視界を奪われる。

 風が止み、視力が回復した時、巨木は、林檎の果実の芳香だけを残して跡形もなく消えていた。

 

「なんだったんだ、夢だったのか?いや、違う。」

 

 月の光りに照らされた、のっぺりとした溶岩のような足元に、木の葉が残っている。

 固く植物の育たぬ土地に、存在しないはずの木の葉がある。

 

 やはり、先程まで、そこに存在していた。

 疑えない証拠が、その手にある。

 

「俺は、再会できた…のか?この枝は、いったい?」

 

 よく分からないまま、ダストは、アイテムボックスに、林檎の枝を、収納した。

 

 

 

 再び、ゆらりと、僧侶が現れた。

 

「貴殿。山の良さが分かったか?また、ここまで、自分の足で登って来るが良い。」

 

「いや、もういいかな。」

 

 ダストは、思う。目の前の山の眷族とは、価値観が違いすぎて、会話をするのが無駄であると。

 

「ふむ、そうか。次の頂を落とすのだな。失礼、貴殿は、山の知識がないようなので、忠告致すが、下山こそ肝要。命を落とす者は多いので、心せよ。また、寺院に寄り、登頂の証を受け取るが良い。必ずや、称賛されるであろう。」

 

「いらない、誰かに認められたくて、登ったんじゃねぇんだ。ハクレン、お前の力が必要だ、後は任せるぞ。」

 

「了解っす。」

 

 もう、足は限界だ。

 山登りがしたかった訳ではなく、リンゴのお願いを聞いただけで、山登りは手段にすぎなかった。

 だから、もうここに用はないとばかりに、最速の乙女ハクレンの背に乗る。

 

「なっ、下山も含めて登山だというのに。山の山の素晴らしさを。」

 

「あばよっ。行けっ、ハクレン。」

 

 ハクレンは、ダストに任せられて、嬉しそうに走り出す。

 朝日が、登り始めた、天に至る階段の手摺りの上を、滑り落ちるように、彼女は、駆け下りる。

 あっという間に、天に至る階段の拘束を、置き去りにして、猫屋敷へと帰還した。

 

「朝帰りっすね、御主人様。」

 

「意味、分かってないだろ?」

 

 にへらっと笑うハクレンの頭を、わしゃわしゃと撫でたら、乙女の汗の匂いがして、思わずドキドキした。

 

 



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51 ポーション風呂

 

 猫屋敷に朝帰りすると、コイシちゃんがお出迎えしてくれたが、限界なので、そのまま、眠りにつく。

 黒い服は、吹き出た汗が乾き、体から流れ出た塩分で白く汚れていた。昼頃に起きて、汚れた布団と、服と、豚を、洗い場へ。

 

「うー。生き返るぅう。」

 

 ポーション風呂で、疲れを癒やす。ボロボロになった足に、しみる。

 おっと、悪いが、ただのおっさんの入浴シーン。まだ30だから、お兄さんのはずなのに・・・見た目が、もう。

 

 おぉ、神よ。なにゆえこのような姿に。

 

 

 ピッカァ!

 

「おぉっ!痛くない。うっひゃぁぁ。」

 

 美少女ダストちゃん降臨だよ☆

 自分の見た目に耐えられなくなって、異能を使ってみると、怪我すらない美少女に変身した。いやぁ、自分の可愛い声に、違和感しかない。

 ナイス俺!少し精神汚染が、心配だけど。

 

 水石(ブルー)を触り、変身により、減った体積分のお湯を補充する。

 

 ちゃぷちゃぷと、ライトグリーンのお湯を堪能する。綺麗なハリのある女子の手が、お湯の中を泳ぐ。

 ちなみに、ポーション風呂といっても、色と香りが似てるだけで、流石に本物ではないから。ポーションは、知っての通り、美味だけど、高級品なので、風呂には使えないよ。例えるなら、札束風呂と同じ、一回入ってみてぇー。

 

「いい湯だな、あははん。いぃ湯だな。」

 

 なんか歌まで、上手くなったような。声か、この美声のせいか?ずっと聞いていたくなる綺麗な声。

 

「ダスト、大好きっ。」

 

 うん。いいな。でも、自作自演は、ちょっと寂しいので辞めよう。

 

「あぁー。溶けるぅぅ。しかし、昨夜は色々あったなぁ。」

 

 昨夜の摩訶不思議体験を思い出し、なにか重要な事を忘れている気がするという気分に。

 

「あの頂で見た木は、リンゴの生まれた木なんだろうか?ところで、なんで、枝なんかを渡されたんだ?この大きさでは、箸ぐらいしか作れないんだけど。種なら、まだ分かるのに。・・・あっ!」

 

 声に出す事により、思考が整理されて、古い記憶を引っ張り出してきた。

 

 林檎は、種から育てない。

 

 何の知識だったか、アニメだったか、テレビだったか。いや、今はそれはいいので、本筋に戻ろう。

 

 異世界で食べた林檎は、色んな味がして、品種が多いなと漠然と思っていた。

 つまり、普通にハズレも多くて、美味そうなのに、酸っぱい林檎はザラにある。

 

 ところがだ、転移前は、どれを食べても同じように甘かった事を思い出す。言い換えれば、無個性な優等生ともいえる。

 種には、可能性が詰まっており、様々な分岐が有るはずなのに、全て同じ味。

 

 まるで、クローンのようだ。

 

 そうクローンなのだ。挿し木と言って、地面に刺したり、木に繋いだりして、育てる。という事は、つまり、

 

「リンゴが、復活するぞ!」

 

 マジかよ。現代知識チートは無いって思ってたけど、ここに来て使う事になるとは。

 異世界現地民では辿り着けない正解に、ダストちゃんは到達した。

 

 



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52 猫娘ミドリ

 

 いてもたっても、いられなくて、ダストちゃんは、風呂場から飛び出す。

 

 ぷるぷると、犬のように体を振ると、珠のような肌の水気は弾かれ、さっと拭くだけで乾く。

 ぶかぶかな、男物のシャツだけを羽織り、挿し木を試すため、中庭に突撃だ。

 

 豚野郎のシャツは、大きいので、裾の短いワンピースのようになるだろう。パンツは、ぶかぶかで履けないが、見えないので、いらぬ。よしっ。

 

 たたたっ。乾かない髪の毛をタオルで拭きながら走り出す。

 しかし、にゃあ?と、狩猟者と遭遇。

 

「待つんだにゃ、オーナー。今は、女の子でしょ、そんな格好は認めないにゃ。」

 

「くっそー。離せよ、ミケ。」

 

 偶然すれ違ったミケに、あっさり捕まった。猫娘は、捕獲能力が高いから逃げられない。

 

「そんな姿で誘って、ニャンニャンするつもりだにゃ?女の子は、恥じらいを持ってなきゃいけないにゃん。」

 

「ならば、女の子は過去の話だ。」

 

 悪い顔したダストちゃんは、異能を行使する。今日は、異能の大安売りだぜ。

 

ピッカァ!

 

 一部の人が大好き、男の娘ダスト君参上。

 ふぅ…。

 

 完璧かと思われた計画だが、少しだけ漏れもある。いつもなら服装がフィットするように変わるのだが、変わらなかった。

 

 ぶかぶかシャツ1枚だけの華奢な男の娘。むしろ、胸が、つるペターンになったせいで、ゆるゆる感がアップし、乳首見えそうまである。

 

「ミケ、僕は男だから、大丈夫。やる事があるから離してくれ。」

 

「うにゃあ。」

 

 ハスキーボイスで囁くと、ミケが恥ずかしそうにして開放してくれた。

 

 しかし、ダスト君も、下半身が、す~す~して、羞恥心を感じているので、一度、着替えに戻る選択肢もあったのだが、

 

 そこは、下半身に爆弾を隠し持つ女。

 いや厳密には男なのだが、隠す気のない爆弾を抱えたエロテロリストは、任務を優先し、下着もはかず猫屋敷を飛び出し、中庭への突撃を選択した。

 

 中庭を裸足で走るダスト君。といっても、植樹部分以外はゴムのような異世界産の謎素材で覆われているので、問題はない。

 

「リンゴ、今、復活させてあげるからね。」

 

 挿し木をすべく、アイテムボックスから、林檎の枝を、取り出して、舗装が無い植樹用の地面に突き立てた。

 

 ずんっ!

 

 

 が、何も起きない。

 

 異世界は、行動が成功ならアクションがあるので、すぐに成否が分かる、つまり失敗だ。

 

「つまり、木に継ぐパターンか。」

 

 キリッとした顔でダスト君は誤魔化そうとしたが、バッチリ見られたようで。

 

「あの、オーナー何やってるんですか?」

 

 声を掛けてきた猫娘は、農作業が大好きな緑髪の猫娘ミドリだ。今日も猫屋敷のガーデニングをしていたようだ。

 

 髪の毛を後ろで雑に纏めた、ツナギを着た美少女。野暮ったい格好が、余計に可愛さを引き立てていた。

 

「えーと、ミドリ。ガーデニングご苦労さま。ところで、そんな事より、良い感じの若木は、無いか?あれば見せて欲しい。」

 

 ダスト君は、説明を省いた。異世界の住人は、接ぎ木って言われても分からないだろう。そういう知識がなければ、おままごとに、見えるほどの奇行だから。

 

「えっ、若木ですか?うーん。あっ、世界樹の種が芽吹いたんです。こっちですよ。所で、何で、若木を?」

 

 ミドリの後についていきながら、酒場の客からの猫娘への貢物の中に、ホントかウソか知らないが『世界樹の種?』があり、そういえば、数日前に「世界樹の種?を、中庭に植えていいですか?」と、聞かれた事を思い出す。

 

 案内された先には、なんとこの短い期間で、生命力溢れる若木がなっていた。

 生い茂る若葉、これが、もしや世界樹の葉なのか。

 

「おおっ、もう若木になっているのか!凄い生命力だな。」

 

「はい。ミドリが愛情一杯注いでいますので、ワールドたんも、すくすく育ってるんです。」

 

 嬉しそうに、猫娘ミドリが微笑む。ふと、ツナギのポケットに剪定鋏を持っているのに、気付く。普通の紙を切るハサミより、肉厚の刃で、木もスパスパ切れる頼もしいヤツだ。

 

「ミドリ、ハサミを貸してくれ。」

 

「え?ワールドたんには剪定はまだ必要ないですよ。切るなら、葉っぱは、2枚までにしてください。」

 

 ミドリは、ぷるぷると震えながら、剪定鋏を差出してきた。

 

 ダスト君は、泣きそうな顔で、それを受け取り、流れるように凶刃は、襲いかかる。

 

「許せ。」

 

バツンッ!

 

 剪定鋏で、幹を裁ち切り、丹精込めて育てたワールドたんの命を、一撃で、摘み取った。

 

「うっにゃぁぁあ!!ワールドたんが!お、お、オーナー酷いです。あんまりです。」

 

「泣くな、ミドリよ。まだ終わっていない。忘れたか?僕は奇蹟を起こす。」

 

「オ、オーナー?」

 

「見よ、この林檎の枝を。これは昨夜お別れしたはずのリンゴだ。今ここに、奇蹟をなす。復活せよ、リンゴ。」

 

 ダスト君は、林檎の枝と、世界樹?の幹の断面を合わせる。接木テープなどは、この異世界では不要であり、成功すれば、すぐに結果が見える。

 

 光った。

 

 成功だ。林檎の若木の複製が、生まれた。

 邪悪なる錬金術師ダスト君は、キメラを錬成するかのように、命を複製するという禁忌の栽培方法を異世界で確立した。

 

 その奇蹟を目の当たりにして、ミドリは震える。それもそのはず、誰も思いつかないような新しい画期的な農法を考えだしたのだから、リスペクトが止まらない。

 

「生き返ってる?本当に生き返ってます。オーナー、いえ、ダスト様。凄いです。」

 

 興奮のあまり、抱き着いてきた。

 Bか、いやCは、あるな。

 

「ミドリよ、リンゴの世話を任せたぞ。」

 

「はい。ダスト様。」

 

 



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53 休業

 

 部屋に戻り、ミケに、服を着させられた。ダスト君モードだったので、男子の服を着たのだが、どうにも男装の美少女にしか見えなくて、違和感がすごい。あっ、いちおう男なんですけどね。

 

 さて、これから、する事がない。

 そんな感じで1日目が終わり。

 2日目も終わった。

 

 酒場のVIPルームで、下界の愚かなる民を眺めながら一杯やるという仕事を休んでいるため、特筆すべき事がない。

 

 そう、仕事を休んでいるのだ。

 宝石キノコによる打ち上げ花火の騒動が、警備隊の怒りに触れ、7日間の臨時休業を申し渡されていた。

 

「くそっ、国家権力め。まぁ、最近は、働きすぎていたから、いいか。休みも必要だし、だらだらしよう。」

 

「お疲れ様だよ。」

 

 際限なく甘やかしてくるコイシちゃんに甘えながら、くでー、と絨毯の上で、だらだらする事、すでに3日。

 猫娘も基本は、ソファーや絨毯の上でだらだらしている事が多くて、猫屋敷には、気怠げなムードが漂っている。

 

 スラム街の孤児達により、部屋は清潔に保たれており、実に快適だ。

 お金は、割と余裕が出来たので、少し営業停止されても、暮らし的には、何の問題もない。

 

 割と、この美少女達に囲まれた生活に満足していて、もう、ゴールでもいいくらいだ。

 

 文句があるとすれば、甘味が少ない事に、小説が読めない事や、ネトゲが出来ない事や、ユーチューブが見れない事等。

 

 あれ?割とあるな。

 そして、甘味に不満を持つ者は、ダストだけでは無かった。

 

「ダスト様。計画の準備が、整いました。」

 

「え?」

 

 猫娘ミドリが、声を掛けてきた。

 接ぎ木という知識チートを披露してから、ミドリには、ダスト様、呼ばわりをされている。

 林檎、桃、蜜柑、梨。どんな種類でも、最高品質の木を無制限に、複製できる超技術だから、衝撃が凄かったんだろう。

 

「ゴー、と言ってください。」

 

「ごー?」

 

 ダスト君より、作戦開始許可を受けたミドリがコクリと頷き、ミケに合図を送る。ミケが、指揮をとる。

 

「猫娘諸君、決戦の時は来たれり。先程、オーナーより、作戦開始を承ったにゃ。仔細は、軍師のミドリより話すにゃ。」

 

 この異世界にはスマホやPCは無いが、娯楽はある。ミケとミドリは、昨日、見てきた演劇の影響を受けて、変な喋りのブームらしい。

 

「先日、ダスト様より、禁忌の錬金術を授けられた。これにより、甘い果実のみを、食すという未来が見えてきた。もう酸っぱい果物とは決別出来る。同胞の猫娘共、甘味が食べたいかー。」

 

「「にゃー!」」

 

 イベントの気配を嗅ぎつけて、他の部屋にいた猫娘達も集まってくる。

 

「限界まで甘味を食べて飲む。その覚悟がない者は帰ってくれ。よし、ここに残った同士諸君に告げる。各地で、最高の甘味の成る木の枝を集め、激甘果実ジュースを作るよっ。」

 

「「「にゃー!!」」」

 

 沢山の標的リストが並べるように書き込まれたボードが部屋に持ち込まれる。

 

 アーケンマイア侯爵領産ゴールデンオレンジ。皇室果樹園産ロイヤル梨。王室果樹園産ゴールデン柚子。等等。

 

 綿密に打ち合わせを開始しだす猫娘達。

 

「この果樹園は、守りが硬いので、どうするにゃ。」

 

「私が、抜け道の地図を用意するにゃん。」

 

「管理してる男なら知ってるかもだけど、どうやって、当たりの甘い果実を探すにゃ?」

 

「色仕掛けならお任せですにゃん。」

 

 

 

 ほうほう。

 いいな。

 しかし、こんな光景を、何処かで見た事がある気がするんだよなあ。

 

 なんか嫌な予感がする。

 

 映画だ。

 なんの映画だったかまでは思い出せないが、あっ、主人公達の職業は思い出せた。

 

 はぁ…マジかよ。

 

 これって、

 

「これって、泥棒じゃん!」

 

「はにゃ?」

 

 ダストが、ツッコミを入れると、ミケが、あざと可愛く、首を傾げた。

 

「可愛く言っても、駄目だ。泥棒なんてマネは良くないだろ。」

 

「ニャフフ、すでに手遅れにゃん。」

 

 良い子ちゃん発言するダスト君に、ミケは、妖艶に笑い反論する。

 

「何だって?」

 

「私達は、酒場の荒くれ男達の心をすでに、盗んでるにゃん。」

 

 恋の泥棒ミケが率いる美少女猫娘怪盗団は、止められないかもしれない。

 

 



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54 怪盗

 

「別に問題なくないっすか?」

 

「私も、そう思うよ。」

 

「あれ?そうなのか。」

 

 ハクレンもコイシちゃんも「枝の窃盗」に乗り気なようで、どうにも、異世界の倫理観が、よく分からない。

 困っていたダスト君に、ミドリが、おずおずと話す。

 

「ダスト様が、悩まれてる理由が良く分からないのですが、挿し木を知らなければ、枝って無価値ですよね?」

 

「あっ、確かに。」

 

「なので、すんなり貰えるかと。こっそり折ってもバレませんし。ターゲットは、損した事すら気がつきませんよ。」

 

「それなら、問題無いな。」

 

 ダスト君は、あっさりと、悪の道へ堕ちる。正義は、死んだ。

 

 ここから、スリリングな華麗なる怪盗団編へと行こうかなと思っていたが、盗みだすものが、無価値に見える枝なので、トラブルもなく、すんなりと回収出来た。

 

 

 それでは、怪盗美少女猫娘の中から特に活躍した3人をご紹介しよう。

 

 猫娘『クリア』

 3位。その存在は希薄で忍者のよう、すたすたと、警戒厳重な果樹園に入り、ペキペキと目的の樹の枝を摘み取っていく職人。見つからないし、見つかっても、会釈して乗り切るプロ中のプロ。

 

 猫娘『ミケ』

 2位。交渉能力ピカイチのしゃべり系女子。巧みな話術で、美味しい樹を選別した上で、試食でさらに厳選し、気に入った枝を何気なく、ペきっと折る、後工程まで完璧な職人。ちなみに、お土産まで貰って帰る徹底ぶり。

 

 猫娘『ピンク』

 1位。美少女である事を自覚したクソ猫。「異世界一、甘い果実が食べたいですにゃ。」と、あちこちで呟き、グルメ貴族や、冒険者から、ガンガンと貢がせた。

 

 誠に、嫌な事であるが、別ベクトルで戦ったピンクの貢献は、大きい。

 そう。一番のハードルである美味い果実さえ見つけてしまえば、後は、「もう一度、食べたいですにゃ。」と、取りに行かせ、尾行し、枝をペキりと折るだけで、いいのだ。

 

 分かった事は、王様や権力者の食べている果実は、味より安全性が優先されているらしく、そこまで甘くなかった。

 道楽に走るグルメ貴族やグルメ商人、大規模農園の管理者が、良いものを食べている事が判明。

 

 傾向が分かれば、後は、楽だった。

 ピンクの作戦を、水平展開するだけなので。

 

 ハニトラ部隊を各地に派遣。「私に、一番を食べさてにゃ。」と、呟きまくり、釣りまくる。

 これには、ダスト君も参戦。しつこい口説きには「僕、男だけど良いかな?」とドキドキワードをぶっこむ。え、考えさせて欲しい?意気地なしさんめっ。

 

 こうして、各地より、高品質な枝を、回収しまくったのだった。

 

「圧巻だな。」

 

 ダスト君の前に積み上がるナンバリングされた枝。倉庫は、すでに、一杯になり、馬屋の中も枝が、ギッチリ。

 

 酒場の営業停止も解けたのだが、『挿し木農法』知識チートで、荒稼ぎをするため、ダスト君は、猫娘ミドリと開発を、頑張る事にした。

 

 といっても、アドバイスするだけだが。

 

 少し離れた休耕地を買い取り、四方を堅牢な外から決して見えない壁で囲い、秘密の作付けは始まった。

 

「ダスト様、農薬ポーションを使用し、10倍速で育てます。収穫量は半減するので、通常は、果実の代金より薬品代がかかってしまうのですが、すべてが高級品の果実の場合は、メリットしかありません。」

 

「10倍速か、それは凄いな。」

 

「はい。沢山、取れるように、なるべく大きいのを育てましょう。」

 

「いや、待て。それは早計だな。中庭には大きいのを植えたが、林檎は、本来、矮化が好ましいだろう。」

 

「ワイカって何ですか?」

 

「矮小化。あえて、小さく作る事だ。収穫量は、減るが、収穫効率があがる。こういう風に、別方面から、考える事も重要だ。台木といって、土台になる挿し木と合わせる木の種類もよく考えてみてくれ。」

 

「さすが、ダスト様。そのようなお考えがあるなんて。」

 

 何処かで仕入れた知識をペラペラと語るダスト君。いいね、知識チートは最高だ。

 

「あっ、ダスト様。別方面から考えてみました。魔木を使うのは、どうでしょうか?」

 

「良い着眼点だね。」

 

 魔木がなんなのか、よく分からなかったダスト君は、適当に褒めた。

 

「あ、ありがとうございます。ダスト様。嬉しいにゃ。」

 

 恥ずかしそうに笑うミドリは、なんかこう、守ってあげたくなるみたいな、磨けば光る系女子なので、お手軽感というか、馴染みやすさもプラスなポイントだ。

 ミドリは、褒めれば、伸びる子だと、ダスト君は確信した。

 

 

 



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55 魔木

 

 翌日。時刻は、夕方。ダスト君は、ミドリに、アドバイスをするため、秘密の作付け農園へと向かう。

 朝は、コイシちゃんのヒザを撫でたり、猫娘達の髪を撫でて喉をゴロゴロ言わしたりと、従業員サービスで忙しかったから、仕方がない。

 なにせ、福利厚生のしっかりした激甘クランを目指しているからな。

 

 つまり、忙しかったため、ミドリの秘密の農園へと足を運ぶのが遅くなった。

 僕は悪くないが、手遅れか。

 まさか、農園が、こんな事になっているとは。

 

 

 ザワザワ。

 

 不快に蠢く、樹木がお出迎え。

 植物が動いてるんだぜ?

 

 一夜にして、そこは、森の迷宮と化していた。入りたくねぇ。

 

 魔木(マジックツリー)。ダスト君は、知らなかったが、迷い木を始めとした食物系モンスターの事を表す。

 

「どうして、こうなった。褒めて、残念な方向に、伸びたのか。残念ファッションの女の子を磨くと、こうなるのか。」

 

 軽く絶望していると、しゅるると、木の蔦が、ダスト君の足元に巻き付く。

 そして、宙づりにされた。

 

「いやぁぁぁあ。てめっ、僕は、今日はスカートなんだぞ。離しやがれ。」

 

 スカートを必死に押さえてダスト君は、涙目になる。

 

「ダスト様に、じゃれついたら、駄目ですよ。めっ。」

 

 奥から現れたミドリの言葉に、反応したように、しゅんと、なった木の蔦から開放された。

 

「何だ、これはどうなってる。」

 

「はい。ダスト様に褒めて頂いた魔木を集めて、台木を作っています。なんと、魔木は10倍の成長速度です。農薬ポーションにゴブリンの屑魔石を混ぜて15倍になり、掛け合わせて150倍の成長速度になりそうです。」

 

「へー、そうなんだ。」

 

 異世界革命キター。2日毎に収穫出来るなんて、まるで、超魔法文明の香りがするじゃないか。同時に、滅亡までのカウントダウンも刻み始めた気分だ。

 

「ダスト様、尊敬致します。」

 

「よしっ、後はミドリに任せた。」

 

 キラキラとした笑顔に、今さらノーとは言えないだろ。もう止まらない。ならば、走り出せ。

 

 

 ミドリには、マッドサイエンティスト。いや、錬金術師の資質があったようだ。

 

 数日後には、その完成形が見えたのだ。

 

 チュッパチャップスが沢山刺さったツリーといえば、イメージしやすいだろうか。棒の先に果実が山成りになるといった矮化に成功していた。

 

 いずれは、魔木の特性を活かし、果実を最適な状態で、射出し、自動での箱詰めを目指すらしい。

 

 

 概ね良好だ。しかしながら、まだ厳選の作業が残っている。倉庫をパンパンにした枝の中から、当たり木を、探しださねばいけない。

 

 屋敷の食堂には、長机に、美しい猫娘達が並ぶ。ダスト君は中央に。

 果物の華やかな芳香に満ちていた。

 

 ずらりと並べられたるは、サイコロ状の果肉片と、爪楊枝。どんどん食べて、採点をしていく。

 爪楊枝に、書かれたナンバリングを探し、甘さ、華やかさ、香り、食感、奥行き、といった項目に点をつけるのだが、

 

「美味いにゃ!」

「こっちの方が、甘いにゃ。」

「外れたにゃあ。」

「これに決まりですにゃ。」

 

 和気あいあいとしているが、厳選の恐ろしさは始まったばかり、舐めたらあかんぜよ。

 まず、このテーブルにあるのか?そこからだからな。

 弱い者から、倒れていく、ペース配分をミスったら死ぬ。

 

「がふっ。」

 

 ほらな。

 まず、予想どおり最初に食べ切れなくなった犠牲者がでた。

 

 

 ・・僕だ。

 言い訳させてくれ、男の娘モードは、全然食べられない。女子より女らしいので、これは仕方がない。

 

 だが、仲間が、まだ戦っている。

 戦場に戻らなくては。

 

 気合いを入れろ!

 ほっぺたを、パンッと張る。

 

 

 



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56 食い倒れ

 

 帰ってきたぜ、戦場に。

 

 あぁ、ここが俺の居場所だ。

 

 

 豚野郎(ピッグマン)とか傷男(スカーフェイス)とか、俺の事を呼ぶ奴もいるが、俺はダストだ。ただのダストだ。

 

 1週間ぶりか。

 いや、もっと長いな。

 ハラが減った。何か喰わせろ、このままだと痩せてしまうだろと、俺の貪欲な細胞が渇望している。

 

 喰らってやる。

 全部、喰らってやる。

 

「俺の血肉になりやがれっ!!」

 

 

 爪楊枝をすっと刺し、桃の欠片を口にいれる。くにゅっとした身の詰まった果肉の弾力、じゅわっと迸る果汁、甘さと幸せが、口と心を満たす。鼻から抜ける芳香。

 しかし、やや酸味が強く、奥行きに欠けるのは、食うプロとして見過ごせない。

 

「85点。どんどん行くぜ。」

 

 しかしながら、

 猫娘達の目がどんどん死んできた。

 

「もう駄目にゃ。」

「にゃふっ。」

 

 脱落者は、調理班と交代してゆく。

 

 余れば捨てる事になるので、清掃を任せてるスラム街の孤児達にも食べさせて見た。今日だけ食い放題と聞いて、目をギラギラさせている。

 

「ホントに?ホントに?食べ放題なの?いくらでも食べるよ。」

 

「きちんと、採点するんだぞ。」

 

「分かった!任せて。うわっ甘い!」

 

 ガツガツと喜んで食べていたが、猫娘達と同じ運命を辿る。

 

「駄目っ。こんなチャンスは2度と無いのに、食べられない。」

 

 涙ながらに、ギブアップしていたが、結構頑張ってたと思うよ。予想外の健闘に拍手を贈る。

 そして、豚野郎ダストも味覚が崩壊してきたので、頼れる女神、美少女ダストちゃんへと最後のバトンを絆ぐ。

 

 ピカッ!

 

「皆の想いを、俺が果たす。女子は、甘いものは、別腹なのです☆」

 

 残機0。

 猫娘達もすでにリタイアしており、負けられない孤独な戦いが始まった。

 

 美少女ダストちゃんは、立ち止まらないよう、食って、食って、食いまくる。

 綺麗な口の中に、次々と、リズミカルに果肉が入っていく。そして、

 

「100点、完璧な理想系だ。」

 

 ついに、見つけたと思ったが、次の一口を食べて感想は変わる。

 

「むぅ、105点。この立体的な感動は、今までの常識を塗り替えた。やはり、全部食い切るまでは、終われないの!?」

 

 桃、林檎、梨、柿等と、味変をしながら、水でリセットをして、次々と食い進める。

 美味い、美味くないの先を見つめて、俺達は、この異世界で、スイーツ業界の覇権を握るんだ。

 

 あれだけ長々と連なっていた試食リストも最後の1ページとなり、震える手で、果肉片を口の中にねじ込む。

 姿、形は、美少女になったが、その心は、耐え続ける男、ダストだ。よく晴れた日も、雨の日も、風の日も、毎日、毎日、自宅の中に引きこもっていた豚野郎の心を思い出せ。

 

 限界へと挑んでいく。最後の一欠片は、75点で酸味が強めだったが、それが、むしろ心地良いフィニッシュ。

 

 食った、食い切ったぞ。なんとか、体調に異変を感じながらも、ついに、膨大にあった試食を全て完食したのだった。

 

「げふぅぅ。ご馳走さまでした!」

 

 ついに、やりきった。そして、その勇姿を見守っていた猫娘達の拍手に包まれるダストちゃん。

 

「凄いニャン。」

「ダストちゃん、頑張ったよ。偉いね。」

「御主人様、凄いっす。」

 

 ゴールまで走りきったランナーを称えるような称賛の視線が心地良い。

 

 ゴール?いや、これは始まりだと言わんばかりに、ダストちゃんは、首を振り、力強く、手を上げて宣言する。

 

「皆の健闘を称えよう。しかし、この戦いは、いまだ序章に過ぎない。これより、作戦は、第3段階へと移行する。判明した厳選種のみを栽培して最強の果実ジュースを作るぞぉ!」

 

「「「にゃー!!」」」

 

 新たなる時代の幕開けは近い。熱狂の渦に巻き込まれ、やりきった幸せな顔で、

 

 

 パタリと、倒れた。

 

 満腹感が、睡眠欲を強烈に刺激し、起きたのは、日も暮れ初めた夕方。

 

 体が重い。

 やはり、暴飲暴食だったか。

 

 食べてすぐ寝ると、牛になるなんていうが、Eカップはあるだろう、巨乳になっていた。

 しかし、お腹周りもぽっこりしているようだ。さすり、さすりと、触ってみる。

 ふふっ、可愛い赤ちゃん。

 

 豚じゃねーか。

 

 豚少女(ビックガール)。微少女ダストちゃんに、残念な進化を遂げた。

 こんな姿に需要があるかどうかは、分からないが、堕女神ダストちゃんは、デブ専という薄い需要すら狙っていく。

 

 



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57 D

 

 ぺたぺたと、お顔を触れば元の姿に戻れるんだが、それも明日の話か。

 さすがに、この異能にもクールタイムはあるらしい。

 

 太め女子は、今トレンドですか?そんな訳で、腹ごなしを兼ねて、街をぶらつく。

 なんのイベントも無いのに、屋台が出てるのが、かなりポイントが高い。

 

 しかし、これだけ太ってしまうとダストちゃんの面影は無い。

 

 D(ディー)と名乗ろうか、短い間だが、そうしよう。ダストちゃんとデブの頭文字を合わせて、ディーだ。

 

 

 何に、しようか?雑魚ラビットの貧民スープは、パスだな。キングベアの串焼きは少し重いか、ブルースライムゼリー、美味そうだ。デリシャスワームの輪切り焼き、少し違うか。

 夕食前だし、ヘルシーに行こうかな。

 

「火炎鶏の灼熱団子3個ください。」

 

「おうよ、大っきいお嬢さん。1個おまけしてやろう。」

 

「ありがとう、親父。」

 

 ぱぁぁ。と笑う、D。

 

 屋台の親父も粋な事をしてくれる。なんともデブましい光景だ。

 

 えっ?そんなに食うのとか思った人もいるだろうが、ちゃんと痩せ理論はある。やはり、筋肉をつけて痩せるのが、いいだろう。そのためには、タンパク質を摂り、さらに内部から燃焼する灼熱要素も入れていてスキが無い。

 

 Dは、おデブ理論を納めていた。

 痩せないための悪魔の計算式。

 

 かなり大きな肉団子を受け取る。拳大のそれは、一口ではいけないくらい大きい。

 

 はふっ。

 

「美味ぇ。ダイレクトに、じゅっと、くる熱さ。詳しく言うなら、身体の中からガツンと燃える火炎鶏特有の旨さが全面に出てる。それでいて穏やかな後味が堪らない。」

 

「いやー大っきいお嬢さんは、美味そうに食うな。実際に美味いんだが、作りがいのある食べっぷりで気持ちいいぜ。」

 

 とても美味そうに食うので、見ていた客の喉がゴクリと鳴る。

 

「おい、ワシにも1個くれ。」

「私が先よ。」

「何だ?俺は朝から食いたかったんだ。3つ寄こせ。」

「何だと、なら昨日から食いたかった。4つだ。」

 

 異世界の連中は1列に並ぶという事を知らないようで、ぎゃあぎゃあと争いが起きる。

 

 見かねたDは、仕切りだす。

 

「お前ら、順番に1列に並びやがれ。そこ、そこ、そこと、早いもん順だ。あと、一人3個までだ。それ以上欲しければ2回並ぶんだな。」

 

 ちゃっかり4個ゲットしているDは、乱獲を許さない。この3個までというのが曲者で、並んでしまった連中はこんなに待ったのに、1個だけだと勿体ないのではという考えがチラつくため、この日は、爆発的な売上げとなった。

 

 灼熱団子のファンが、増えるといいな。食べられなくなる?大丈夫、そんときは、俺の嗅覚で、新たなヒーローを発掘すればいいだけだから。

 

 お口を、もぐもぐしながら歩いていると、ふと、項垂れている新米冒険者達を見つけた。クエストが上手く行かなかったんだろうか?どうにも景気が悪い顔をしている。

 

 豚野郎ダストの時は、スルーするんだが、今は、Dであり、女の子である。だから、イケメン予備軍に、少し興味があった。

 

「どうしたんだ?しけた顔してんな?」

 

「ハハハ。」

「あ…いや、今日のクエストが、上手く行かなくてね。」

「金は、あるから、心配はいらないよ。ただ、装備を整えるために、貯めているだけで。」

 

 力無く笑う戦士、痩せた魔術師見習い、ショボそうなレンジャー。Dは、若手の3人の中で、もっとも可愛い男の魔術師見習い君の肩を豪快に叩き、

 

「やるよ、少年。食って元気出しな。」

 

「えっ、でも、それを渡したら、お姉さん足りないんじゃ。」

 

 凄く心配した顔で見つめてくる。失礼だぞ、俺は、女の子なんだ。そんなに食える訳無いだろ。

 

「俺は、ダイエット中だから、良いんだよ。それよりも、しっかり食べて、酒場《乙女達の楽園》に、通えるぐらい稼げるように強くなりな。」

 

「あ、ありがとう。」

 

 尊敬の眼差しで見つめる者、恋してしまった残念な者、感謝する者。

 

 ニカッと笑う罪作りな女D。

 

 さてと、酒場に戻らないとな。いい事をした後は、足取りが軽い。

 

「親父、キングベアの串焼き一つ。」

 

 なに?失ったカロリーは、補充しないといけないだろ。しかし、暴力的な肉汁が美味いな。異世界にしかない味覚の要素がある気がする。

 

 ・・この豚少女は、お財布ぐらいしかダイエット出来ない気がする。

 

 

 酒場《乙女達の楽園》に帰還。

 

 今日は、VIPルームには行かず、下界で、ゴミ共と混ざって食うとしようか。

 

 ダストちゃんモードと違って、男共の飢えた視線が来ないのが楽だ。あれは、あれで癖になりそうなんだけど、なんか怖いし。

 

 それでも、いちおう、性別女子なので、奢ってくれる奇特な奴はいたりする。

 

「ねぇ、君。食べっぷりがいいね。」

 

「Dだ。ゴチになる。キャストがいる内は、高い料金だから、後の方がいいぞ。」

 

 俺は、さり気なく気使いのできる女だ。しかし、王子様風の細い青年は、なぜか、豚少女に絡んできた。可愛すぎる猫娘より、話しやすいからか?

 

「いいよ、いいよ。Dちゃん、どんどん食べて。僕はこう見えて、お金持ちだから。」

 

「あ、ありがとう。」

 

 違う、デブ専なのかもしれない。この青年、見た目は、悪くないのに、なんて残念なのだ。浅ましくエサをがっつく俺を、微笑ましい顔で見てくる。

 

「へぇ、カクテルもあるんだ。Dちゃん、なにか飲む?」

 

「俺を酔わせてどうする気だよ。カクテルは今日からだから、味は安定してないが、その内、美味いのが出るようになると思う。俺なんかに構ってないで、美人の猫娘を口説くんだな。」

 

「Dちゃんも美人でしょ。そのままで、いいよ。あっ、すいませーん。桃のカクテル2つで。」

 

 キュンときた。そして、デブ専が確定し、やべぇなコイツとも思う。ドキドキしてきた。

 

 おそらくは、昼の試食の余りだろう桃のカクテルが運ばれてきた。仕事が早いようで、何よりだ。

 

「へぇ、コレはなかなか美味しい。Dちゃんも、どうぞ。」

 

「そ、そうか。なら、遠慮なくゴチになる。あっ、美味いな。」

 

 そんな感じで夜はふける。

 

「また、会えるかな?」

 

「全ては、運命神の導きのままに。」

 

 せつなげな王子様風の青年に、Dは微笑んで、手を振る。

 

 

 良い感じで、お別れしたが、もう、しばらくDに戻る気は無い。贅肉とともに去りぬ。

 

 



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58 欠けているモノ

 

 あれから、数日が経った。

 豚野郎ダストは、豚少女Dを探して連日、店を訪れる王子様を見て、少し、げんなりしている。

 

 酒場のVIPルームから下界を見つめるお仕事に戻り、地上を憂いていた。

 

「なぁ、セルゲイの婆さん。俺は、例え醜く太っても、モテてしまう。なんと罪作りだとは、思わないか?」

 

「何を言ってるか、毎度分からぬが、この果汁カクテルは、美味いのう。」

 

「うん。本当に美味しい。」

 

 同意は得られなかったが、セルゲイの婆さんと、クロも、喜んでくれて何よりだ。

 

「ダストは、格好いいよ。」

 

 際限なく甘やかしてくる女コイシに、癒やされながら、下界の喧騒を見守る。

 

 全てが、順調だ。

 厳選枝から魔木とのキメラ化で量産される激甘果実ジュースは、この異世界の何処にも販売しておらず、かなり好評である。

 

 好評であったため、酒場の果汁カクテルだけでは留まらず、昼間は、喫茶店としての営業も開始し、今や、女性客もバンバン獲得していた。

 

 それを見て、真似をする店が、続出したんだけど、使ってる果実の品質が違うんで、まるで勝負にならない。

 

 スパイを送り込んで種を盗むクソ野郎もいるが、数年後、違う新たな品種が出来るのは、自業自得としかいいようがない。なので、あえて盗ませてやっているが、くっくっくっ、オツカレサンだ。笑える。

 万が一、さらに良い品質の果樹の栽培に成功した暁には、代金として枝を徴収に行くから、せいぜい頑張って欲しい。こちらには、コピーを150倍速で育てるノウハウがあるので、世の役にたててあげよう。

 

 仕入先を聞いてくる商人もいるが、まさか、魔物農園だとは思わないだろう。運搬にはアイテムバックを使うし、愚かにも近付いた者は、魔木のエサになるので秘匿性は、バッチリ。

 

 そういえば、果実ジュースを提供して以来、バイトを募集していないのに、ガンガン申し込みが殺到しているので、料理とかの裏方で雇っている。

 果実が欲しいんだよね?良いだろう、良く頑張ったね、お土産にあげるよ。

 

 

 つまりだ。

 何が言いたいかというと、

 

 日本男児ダストは、この異国の地で、成功を納めています。

 

 相変わらず、酒場のVIPルームと、猫屋敷の自宅警備業務に就いているのが、少し笑えるが。

 

 

 異国?

 

 それは、ふとした疑問。

 そう、異国だ。まるで異世界というよりは中世にタイムスリップしたかのような、そんな表現がしっくりとくる。

 

「ダスト、悩み事かな?相談に乗るよ。」

 

「ありがとう、コイシちゃん。言っても分からないだろうけど、何だか、異世界ではないような気がしてな。」

 

 コイシちゃんに癒やされるよぉぉ。バーテンダーをやる日は、相手をしてくれないので、そんな仕事は辞めて、ずっと隣にいて欲しい。まぁ、いない日は、バイオレットとか、別の秘書が付くのだけども。

 

「異世界?んーと、それはいいや。えーと、何に違和感を感じてるの?」

 

「何か足りないような感じがするんだ。魔法はあるし、魔物もいる。文明レベルが低い未開の地で、成り上がる。失敗したのは、転生では無く転移で若返れなかった。これか?いや、違う。でも、成り上がれたよな?俺?だから、もう良いかな。」

 

 ダストは、少し疲れたように笑う。そこには、少年の夢を忘れて、大人になったような横顔があった。

 

「駄目だよ、ダスト。努力して、その甲斐があって、誰もが羨むような境遇にいるとは思う。でも、なにかが欠けてるのは、哀しい事だよ。ダストの願いは何?諦めないで!」

 

 珍しくコイシちゃんに、怒られた。その真剣な灰色の瞳に、見つめられ、忘れていた少年の心を、じわじわと取り戻していく。

 

 

「俺の・・・願い?」

 

 ダストの願いは、しょぼい。ビックリするぐらいシンプルだ。『女』が欲しい。

 

 金、名誉、若さ、強さ、そういうのは、全然いらない。

 厳密に言うと、最低限は必要だがそれはもう十分に手に入れてるし、女も、コイシ、ハクレン、猫娘達で、十分なはずだ?

 

 しかし、何か異世界要素が欠けている。

 

 

 原点に戻ろう。

 

 女+X(エックス)=異世界

 

 女絡みで異世界要素が欠けているなら、実に、簡単な公式で表せる。

 戦前の人ならエッキスと発音する欠けてる物エックス、未だ童貞で処女だが、もちろんセックスでも無い。

 

 この式を解けば、分かる。

 エックスとは何なのか、何を持ってファンタジーとするのか、問わねばならない。

 

 

 あっ!

 

 解は出た。拍子抜けするような結論。

 

「X(エックス)=エルフだ!エルフ成分が足りていなかったんだ。エルフの出ないファンタジーなんて、ゴミだ。」

 

「えるふ?」

 

 ダストは興奮してまくし立てたが、コイシちゃんには伝わらず、ぼんやりとしたリアクション。

 まぁ擬人化前は、動けぬ石だったから知らなくても仕方がないかと、婆さんに尋ねたのだが、

 

「婆さんなら、知ってるだろ?エルフ。あの耳長で、絶世の美男美女の森を愛する長寿の種族。」

 

「聞いた事がないの。わしは、賢者と呼ばれた身。若い頃は、あちこち旅に出たが、聞いた事がないわい。」

 

 返ってきたのは、思わぬ否定。こちらの世界に来て、なかなか見ないなと思っていたのだが、ただ運が悪いとは別の理由があるようだ。

 

「そんな・・嘘だろ。」

 

 となると、何処かの隠れ里にでも潜んでいるのか?世界の果てとか魔界にいるのか。

 会えないと言われると、無性に会いたくなるのが、人の性だが、エルフには会えないと諦めるしかないのか、でも、それは嫌だ。

 

「ダスト、探しに行こうよ。」

 

 おぉ、そうだな。女神コイシにより、光りの道を照らされ、悩みの迷宮を抜け出し、ショックから立ち直る。

 

「は!!笑える。何を迷っていたんだ。隠れているなら、見つければいい。それだけの事だ。引きこもりエルフめ、その神秘のベールを剥ぎ取って、裸に剥いてやるぜ。」

 

 動きだせ。

 立ち止まるな。

 

 居心地の良い自宅から飛び出し、冒険に出掛けるんだ。転移したあの日のように、勇気を持って一歩踏み出すんだ。

 

 ただ、今度の旅は、仲間がいる。

 

 

 



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59 猫娘ピンク

 

「それで、いつ出発するんですにゃ?強引に誘うオーナーのせいで、色々とお誘いの予定を断らないと、いけなくなったですにゃ。」

 

「いや、誘ってないんだが…。」

 

 VIPルームで、偶然にも小休憩をとっていたらしい猫娘ピンクが、俺達の会話を盗み聞きしていたらしく、割り込んできた。

 この前、置き去りにした事を根に持っているのか、うざ絡みしてくる。

 

 まさか・・・こいつ。ダスト様親衛隊の座を狙っているのか?少し自分が美人である事に自覚があるだけの存在で。あえて言おう、俺の能力ならば、美少女は作れるのだ。

 

「にゃふふ。」

 

 不敵に笑う勘違いした雌猫に、厳しい現実を教えてやる必要があるようだ。そうだよな、ハクレンと、信頼を込めて、俺専用の馬娘にバトンを渡す。

 

「残念っ、実に、残念っだ。猫娘ピンクよ、君は、可愛い。服装は、甘くお洒落だし、愛嬌があり、抜け目が無い。まさかのピンクの髪なのに、まるで違和感が無い可愛いさだ。しかし、誠に哀しきかな、機動力が足りていない。そうだよな、ハクレン。」

 

「そんにゃ、照れるですにゃ。」

 

 バトンを強奪した、照れたピンクの顔も、うざ可愛いな。

 しかし、俺は、美少女ハクレンに抱き着いて一心同体になっている時間が好きなのだ、誰にも邪魔はさせない。ところが肝心のハクレンが、変な事を言い出す。

 

「・・た、たまには、ゆっくり旅も良いかもっす。例えば、山に山菜を採りに入った時、探し疲れて、ふと、座り込んだ時、実は、ぱらぱらと、山菜に囲まれている事に気付くような、つまり、遅い速度でしか、気付けぬ事もあるっす。」

 

 んん?どうした事だ。

 君は、疲れないし、ゴールまで休まないウサギさんだったはずだろ?

 なんなら、周回で抜き去り、カメの心を折るまである。まず、すんなりと、一着でゴールし、2周目を目指すため、スタートに戻る。すれ違い際に、鈍ガメ野郎が「忘れものかい?」と聞いてくるのが、実に滑稽だ。リスタートし、すぐに追い上げて、悔しがるカメに、言い放つのだ。「え?ゴールは、してるっす。これは2周目っすけど…」と。

 

 

 そんなハクレンが、まさかのバトンミス。

 

 ギギギと、振り返り、ハクレンを見ると、美味しそうに、酒場で販売していないオレンジ色のオリジナルドリンクを飲んでいた。

 

「それ美味しそうだな、ハクレン?」

 

「流石、御主人様っす。いやー、ひと目で見抜くとはご慧眼っす。王都の厳選ニンジンをベースに、各種ニンジンと、林檎、レモン等のフレーバーをミックスした、ピンク特製スペシャルドリンクの良さが。ずずーっ。あぁ、美味いっす。」

 

 幸せそうな笑顔で、|ピンク(・・・)特製スペシャルドリンクを飲むハクレン。

 

「くそっ!!いつの間にか、ハクレンを買収してやがった。」

 

「にゃふっ。」

 

 俺だけのハクレンを奪われた気分だ。しかし、守りたい、この笑顔。

 どうすべきか悩むが、気付けば、ピンクの罠にハマっていたようで、正妻コイシの援護射撃が決め手となった。

 

「ダスト、連れて行ってあげなよ。」

 

「良いだろう、ピンクよ。特別に同行を許可する。道中、美味いスペシャルドリンクを作ってやってくれ。」

 

「了解ですにゃ!」

 

 猫娘ピンクが、同行メンバーになりました。

 

 コイシちゃんは、いつだって優しい。恋のライバルを無防備に迎え入れる程に、そんな事を考えていると、目が合った。

 

「だって、私は磨けば光るけど、種族的に、美しさが劣化しないからね。争奪戦が長引いた方が有利だよ。」

 

 え?

 堕天なされた?

 

 いや、幻聴に違いない。ハクレンを玩ばれた事がショックだったんだ。

 

 

 そうに違いない。

 

「よしっ、旅の準備をするため、屋敷へと帰還する。今日の営業は、ここまで。各自、好きな時に、撤退するように。」

 

「そんな、わしは、まだ満足しておらんのだが。」

 

 おっと、セルゲイの婆さんが、まだ飲みたいカクテルでもあったのか、慌ててる。ダストは、ニッコリと笑って、ホストとして発言した。

 

「はい、撤収!」

 

 絶望した顔のセルゲイ婆さんを置き去りにする冷徹な判断が出来る男ダスト。

 

 いや、俺が帰るだけで、猫娘達は帰らないと思うけど。婆さん、自覚無いだけで愛されてるんだぜ。それに、猫娘もなんだかんだ仕事を愛してるようだし。

 

 心配しなくても、老人の夜は早い。セルゲイ婆さんは、その後、1時間もたたぬ間に、娘クロと一緒に、満足した顔を浮かべて眠そうに、隣りの屋敷へとお帰りになったそうだ。

 

 



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60 ネズミ

 

 ふわりふわりと、資格ある者しか通れない魔導エレベーターを降下し、VIPルームから厨房へ、帰宅前に、従業員の猫娘達に一声かけるべく移動する。

 

 その時、ダストは、モヤモヤとした黒い感情が渦巻いていた。彼は、気付いていなかったが、ハクレンを喜ばせたのが自分でなかったのが、悔しかったのだ。

 言葉で表すなら、その醜い感情は、『嫉妬』。

 

 後に、邂逅する、知らず、負の感情に囚われていたから、あのような悲劇が起こってしまったのだと。

 

 

 頑張ってるキャスト達に、軽く挨拶し、厨房へと入る。赤毛の猫娘の指揮下の元、バイトの女性達が奮闘していた。

 

「2番焼き上げまで後25秒だにゃ、18〜21番の下準備を初めて。あれ?オーナー!悪いけど、副料理長、しばらく指揮を任せるにゃ。」

 

「はい、料理長。分かりしました。」

 

 エプロンで、手を拭きながら、赤毛の猫娘マゼンタが、とてとてと、近付いてくる。

 厨房は、煩いので、発注伝票を管理している部屋に移動。まぁ、ここは狭い部屋なので、2人きりになる。

 

「お待たせ、もう上がりかにゃ?」

 

「おぅよ。仕事、お疲れ様。カクテルに料理となかなか美味かった。セルゲイの婆さんも喜んでたし。あと、上から見ていたが、接客もいつも通り、素晴らしかったぞ。」

 

「当然にゃ。」

 

 嬉しそうに、照れるのは、猫娘マゼンタ。彼女には、料理とか裏方の総指揮を任せている。

 ふと、床にある見慣れない物が目についた。

 

 チュチュウ。

 

「何だ、これ?ネズミ捕り器か。うわっまだ食ってやがる。太り過ぎだろ、コイツ。」

 

「そうにゃ、今日、鉄壁の防衛網をくぐり抜け、私達の城へと、侵入してきたにゃ。あっという間に、ジュースの絞りカスを平らげて、こんな丸々と。」

 

 丸々と太った白いネズミが、ゲージに捕獲されながらも、まだ卑しくガジガジとゴミを食い荒らしていた。

 

「やられたのは、ゴミだけか?」

 

「そうにゃ、ゴミまでは、警戒出来ないので、そこを突かれたにゃ。」

 

「そうか、なら、問題無いな。」

 

「んんん。問題大有りにゃー。このクソネズミには、閉店後、天誅を食らわせてやる。猫の血が騒ぐにゃ。」

 

 いつもなら、「存分に、殺るが良い。」という所なんだが、この日は、ちょっと違った。

 黒い感情、嫉妬に囚われていたダストは、自分の方が役に立てるという訳の分からない偽物の使命感で自分の気持ちを偽っていたんだと思う。

 

 だから、妙な言動に出た。

 出てしまった。

 

「まぁ、待て。命を粗末にするでない。このネズミにも理由があるかもしれない。話し合えば、きっと分かり合えるはずだ。」

 

「でも、ネズミなんかと話なんて出来ないにゃよ?」

 

 すっと、黒竜の手袋を脱ぐ。

 

「確かに普通なら無理だが、俺には、それが、可能だ。」

 

「おぉっ!それは、まさしく封印されし右手。久しぶりに、ベールを脱ぐんだ。すげぇ格好いいにゃ、オーナー。」

 

 ゲージを開いてもらい、その中に、手を入れる。こちらを無視してガツガツと未だ卑しく貪る白ネズミに、奇蹟を。

 

「汝、賤しきネズミよ。美少女となりて、今までの行いを懺悔し、新たなる生を歩み始めるが良い。俺の女になりやがれぇぇぇ。」

 

「ヂュヂュウ。」

 

 

 ピカッ!

 

 食事に夢中な白いネズミを強く握りしめると、丸々と太ったネズミがバタつくように暴れ、右手が光る。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:卑しい白ネズミ

成功?

名前:チュチュ

種族:獣人『ネズミ族』(美少女)

外観:丸い耳。小動物系の愛らしい女子。

装備:裸→貧民の服[N]

敵性:邪悪

特能:多産

呪い:子供のほとんどは劣性遺伝子により獣人界最弱の能力値の鼠男で生まれる。稀に生まれる女性は、先祖返りで美少女になる事がある。

 

 

 ドガシャ!と、捕獲ゲージが、破裂して、吹き飛び、壁や天井に突き刺さる。

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 人と違うのは、丸い耳くらいか。小動物系のふわふわとした小柄な愛らしい女子。粗末な貧民の服も、まるでシンデレラのようなヒロイン感がある。ただし、どことなく説明しがたいのだが、不穏な印象を受ける女子。

 

 やはり、完璧な異能だ。

 食い過ぎて、ぽっこりと、お腹が出ているなんて事は無い。無いのだが…

 

 食い過ぎでは、あったらしい。

 

「ぶおぇぇぇ。」

 

 美少女は、もんじゃ焼きを作った。

 出会い頭に手料理を提供する美少女、すまない。美少女であるから、そのように幻視したが、やはりゲロである。

 

「うわっ、汚ぇ。」

 

「にゃぁああ。」

 

 ネズミーランドとかあるけども、やはり害獣とは、分かり合えないのかも、しれない。いや、これはデトックスだ、変わる可能性を諦めるな。

 

「うぉえっぷ。綺麗すぎる気分悪い床だったかラ、やっと汚れて落ち着くナ。清水に魚は棲めない、適度に汚れてなキャ。分かるダロ?」

 

「駄目だ、全然分からない。」

 

 しかも、美少女だから、手に負えない。こんな性格なら、光速で産廃に劣化しそうな感はあるが、現在は、美少女である。

 

「お礼に、一発やるカ?子種袋のおっさん。遠慮なんていらないから、ほら、誰とでも寝る聖女が目の前にいるヨ。ヌイてやるヨ。ほら、その臭ーい、子種袋をさっさと吐き出して、興奮させナ。臭い方がイイナ。」

 

 口元のゲロを、粗末な服の裾で、拭きながら発情した目で、手をわきわきさせながら、迫ってくる。

 

 

「もぅ、いい。黙れっ。」

 

 キレちまったぜ。必殺技『そげぶ』

 それは、前の世界の憧れのヒーローの技。

 

 ダストは、右手を握りしめた。

 

 力を込めて振りかぶる。ぐっと、溜めろ、張り詰めた弓のごとく、確実に一撃で葬り去るために。

 

「ボトラー時代なら分かり合えたかもしれない。毎日、毎日、冷えた飯を食って、でも、それしか生きる手段が無くて、太陽から逃げるよう生きて、世界が眩しくて、まして、そんな世界で楽しく生きてる奴らが眩しくて、世界が憎いんだろ。憎くて、生きにくくて堪らないんだろ。分かるぜ、10年間、そうだった俺には。だからこそ、言うぞ。よく聞け、この馬鹿野郎がっ!なら、変えろよっ!世界を憎むんじゃなくて、お前が変わるんだっ!

今のままじゃ、他人が変わる事なんて無いし、世界が変わる事なんてあり得ない。実に、簡単な話だ、自分を変えられないやつは、誰かに押し付けられた、くそったれな役割をやらせれ続けるのだから。

もういいんだ。律儀に、損な役割を演じ続ける必要なんて、全然無いんだ。だから、損な役回りを捨てて、裸足で走り出せ。重い開かずの扉を蹴破って、一歩、踏み出せ、その時に気付くだろう、世界はこんなにも自由だったと。

ゲロ女、自分の事を聖女と言ったな、それは性女の自虐ネタだってのは、もう気付いてるんだろ。卑下するな、前を向け、これから現れるお前の敵は、俺が全部ぶちのめす。お願いだから、お願いだから、もう、そんな惨めな役割を演じるなっ。

 

この世界が、ゲロ女にとって逃げ場の無い牢獄だっていうんなら、

 

まずは、そのゲロ女をぶち殺す!!

 

だから……だからさ、生まれ変わっちまえよ!普通の美少女チュチュになっていいんだ。既に、奇蹟は成った。俺は信じてるぜ。あとは、チュチュ。お前、次第だ!!」

 

 溜め込んだチカラを開放する。

 

 振り抜いた拳は、吸い込まれるように、顔面を的確に捉える。それは、元ゴミ野郎から、ゲロ女への熱い愛の一撃。

 

 

 頼む、目を覚ましてくれ、脳天を揺るがすように、根底を変えろ!変えてくれ!

 

 ゴミのように昏倒するネズミ。

 

美少女の無敵タイムを消費し、現実を書き換えた。

名前:チュチュ

敵性:邪悪→敵性反応消失

 

「マゼンタ。もし、起きてチュチュが働きたいって言ったら、雇ってやれ。」

 

 ガチャリと、小袋を投げつける。

 

「これは、何なのかにゃ?」

 

「給金の前払いだ、歩き始めて、世界に認められたという証明かな?切羽詰まってるヤツには、言葉なんかより、金の方が、嬉しいだろ。あっ、いやチュチュの子供が将来店にくると思うから、その先行投資だ。」

 

 慌てて誤魔化すが、ぷるぷると震えたマゼンタが、感極まって抱き着いていきた。

 

「オーナー、すげぇ格好いいにゃ!」

 

 美少女猫娘が抱き着いてきたのはいいのだが、

 どうも、汚されてしまったようだ。

 

 汚れたエプロンを擦りつけてくるマゼンタの頭を、ぽんぽんと、撫でた。

 

「分かったから、離れろ。」

 

「嫌だにゃー。」

 

 

 チュチュが、顔面崩壊した?おいおい、俺の異能はそんなヤワじゃねぇぜ。

 また、今度店に来たときは、うちの新たな看板娘を紹介するよ。

 

 



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61 猫娘マゼンタ

 

「あぁ、汚されてしまった。」

 

「にゃふ?」

 

 汚れたエプロンアタックにより、ダストは、名前に相応しい姿となったが、犯人であるマゼンタは、雑に誤魔化してきた。

 しかし、大人はこんな事ぐらいで怒ったりは、しないと余裕を魅せつける。

 

「いーよ、この汚れは、マゼンタが頑張ってくれた証だ。怒ったりしないから、お前も早めに帰れ。」

 

 ダストが労うと、再び、ぷるぷると震えるマゼンタ。あれ?どうした、この娘は何かの病気かなとか要らぬ心配をしていると、再び、仕事で汚れたエプロンをした猫娘は、ガバッと抱きついてきた。

 

「オーナー。それ、ずるいにゃー。」

 

 当然、避けようとしたダストだが、獣人の身体能力は、人より優れているので、回避なんて出来るわけがない。

 

「何がだ!離せ、さらに汚れるだろが。果汁でベタつくんだよ。怒らねーけど、汚されたいわけじゃねーからっ。離せ!」

 

「うっさい。バーカ。すげぇ競争率の高い戦いに巻き込むなバーカ。むしろ汚してやる。これは、マーキングなのにゃ。」

 

 その発言を聞き、何かを思い当たったのか、ドン引きするダストは、真剣な顔になり、触れてはいけない真相に迫る。

 

「マゼンタ、今、何って言った。マーキングだと。もしや!?元オス猫の可能性が出来てたのだが。」

 

「バーカ。あれだけ、何匹もごちゃまぜにしておいて、何言ってるにゃ。」

 

 ふらりと、力が抜けるダスト。完全に生まれ変わっているのだから、元が、男だろうが女だろうが、どうでもいい事。ましてや猫なのに。

 しかし、この男は童貞。幻想を諦められないピュアハートを持つ男。

 

「全部、雌猫の可能性もあるもん。」

 

「にゃー。今さら好感度下げようとしたって手遅れにゃ。その可能性もあるけど、真相は、闇の中にゃ。」

 

 ピキーンと、閃く。

 

「シュレディンガーの猫、あるかどうかは分からないという事か。信じれば、叶うのだな。」

 

「・・なんて駄目な男にゃ。アタシがいないと大丈夫だろうかって、すげぇ母性本能がうずくにゃあ。汚れろ、汚れてしまえー。」

 

 すっかり乱心して、キャラが変わってしまった美少女猫娘マゼンタの熱き包容は、彼女が満足するまで続いた。

 マゼンタからは、香水のような果実のいい匂いがする。

 

「今日は、これくらいで、勘弁してやるにゃ。」

 

 

 昏倒したチュチュに布団を掛けてソファーに放置し、密室のドアを開けて厨房へと戻った2人は、副料理長のバイト少女と目が合う。

 

「・・・。」

 

 副料理長は、料理長マゼンタの汚れたエプロンと、ダストの汚れた服を、ちらちらと交互に見ながら、赤い顔で言う。

 

「あの、・・・料理長、お楽しみだったんですね。」

 

 赤毛の猫娘マゼンタが、恥ずかしさで硬直し、その顔が赤くなって、そろそろと困った顔でダストを見上げた。

 

 しかしながら、乙女心を玩んだ男の姿は、すでになく、屋敷に逃げ帰る後ろ姿が見えた。

 

 ふふふ。とマゼンタは、笑う。

 

「今日は看板にゃ。各自、速やかに、加点リストのポイント分の給料を受けとって、完全撤収にゃ。」

 

 掃除は、しない。

 そのまま散らかして帰る。それは、翌朝のスラム街の孤児達の仕事だからだ。

 

 仕事量に応じて、どんどんとポイントが貰えて、その日の最後に、給金や、従業員にしか販売していない各種の最高品質の果実と交換出来る仕組み。

 

 給金なら好きな時間に交換出来るのだが、売れ残りの果実を持って帰りたいバイト女子が多いので、この時間帯がバイトの集まりが1番多かったりする。

 食べてもいいし、転売すれば、結構なお金になるからだ。

 

 事後処理は、済んだとばかり、駆け出す。

 

「逃がすわけないにゃー。」

 

 徒歩1分の通勤路の途中でアッサリと捕まるダスト。

 ニタリと笑ったマゼンタに、恋人繋ぎで、連行されて、屋敷へと帰った。

 

 それを見送っていた副料理長は、小さくエールを送る。

 

「頑張ってください、料理長。胃袋を掴んで、幸せになる未来を、スタッフ一同全力でバックアップしますので。」

 

 ダストは、繋がれた手にドキドキしていた。ニタリと笑ったマゼンタも可愛い。

 

「これで、一歩リードだにゃ。」

 

「ん?何だって?」

 

「にゃふ?」

 

 雑に誤魔化すマゼンタを白い目で見ながら、早く風呂に入りたいと、玄関を開けると、なぜか玄関で、待ってたバイオレットと目が合う。

 

「お帰りなさい、オーナー。随分と遅かったにゃ。あれ?何か汚れて。。マゼンタも汚れて。二人でまるで抱き合ったような?オーナー、少しお話がありますにゃ?」

 

「え?バイオレット、何か怖いんだけど。まずは、落ち着こう。こういうのは、誤解だ。おそらく、誤解だ。」

 

 ダストは、そろそろと助けを求めて、マゼンタを目で探す。

 

 しかしながら、ダストを汚した女の姿は、すでになく、風呂場に、向かってスキップする後ろ姿が見えた。

 

 ダストの顔がひきつる。

 

「ちょっ、マゼンタ。説明ーっ。」

 

「お風呂、お先に頂きますにゃ。」

 

「オーナー、お話を、じっくりと聞かせて欲しいにゃ?」

 

 

 どうにも今夜は、すぐにお風呂に入れないらしい。

 

 

 



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62 帰還

 

「オーナー、どういう事か説明してもらいましょうかにゃ?料理長マゼンタまで手を出すにゃんて。抱き枕担当の秘書官は私だったはず。浮気?」

 

 ダストは、Fカップの爆乳を持つ猫娘バイオレットに、お説教されて正座になっていた。

 

「待て、抱きつかれただけだ。俺は悪くない。チュチュを」

 

「チュチュって誰の事にゃ?」

 

 さらに、ご機嫌が悪くなったようなので、無理やり話題を変えるダスト。というか、このどうしようもない男は、先程のパンドラの箱の中身が気になっているもよう。

 

「それよりも、バイオレット。聞きたいのだが、擬人化前は、全員雌猫でいいんだよな?な?」

 

「え…何を言ってるの。記憶が無いけど、私は、12匹の超集合体だから、その確率は、限りなく低いのにゃけど。」

 

 ドン引きするバイオレットに、ダストは熱く反論する。男は、いつだってロマンを求めるべきだと、本人は思っているようだが、その実態は、童貞を拗らせているだけ。

 

「いや、そんな事は無い。計算してみても、12の2乗は144。つまり確率は0.7%。悪くない、SSRのピックアップキャンペーンなら、現実的に優しい数字だ。」

 

「はぁ…何を言ってるのか意味が分かんないけど、残念だということだけは分かるにゃ。頭が痛くなってきた。オーナーは、やはり私が直してさしあげないと駄目なのかにゃ。仮に、男が混ざっていたら、男心が分かるかもにゃ?そういうのは、良くない?」

 

 !?

 

「・・そんなメリットが。でも。」

 

 ダストの気持ちは揺れているが、冷静になって欲しい。混ざっていてもオス猫なので、分かるのは、せいぜい猫の気持ちである。うにゃー。

 

「オーナーは、きっと疲れてるのにゃ。そうだ。いつも通り癒やしてあげるから、ほら、おいで。おいで。」

 

 手を広げて、胸元を広げる。

 

 それは、たゆゆんと、揺れる天国への誘い。でっ、でっけぇ。

 

「すぐにでも飛び込みたいっ。だが、俺は汚れてしまったから、天国には、行けないんだぁぁぁ。」

 

 いらぬ気遣いをした童貞野郎ダストは、ともに汚れて、お風呂に一緒に入るラブラブ分岐ルートを選べなかった。  

 涙ながら風呂場へと走りさる男を、残念そうに、おっぱいは見つめる。

 

 特に進展も、準備もせぬまま、いつもどおりに一日が終わった。

 

 男は、旅の準備などすぐに済む。コイシちゃんは、さらにその上を行く。食べ物すら不要な彼女は、本当に何もいらない。

 ハクレンは、人参を厳選して、アイテムバックに詰めていた。そして念のため、残った人参もアイテムバックに入れる。なぜ厳選したのかは彼女にしか分からない。

 猫娘ピンクは、コイシに借りたアイテムバックに、ああでもないこうでもないと、厳選アイテムを詰めており、かなり大変そうであった。

 

 

 空は、晴天。

 日本と違い、乾いた風が心地良い。

 

 強い陽射しにハクレンは目を細めた。

 

 

 エルフを探す旅が始まった。

 

 さて、メンバーを紹介しよう。おなじみの豚野郎ダスト、劣化しない女コイシ、最速の乙女ハクレン。

 今回は、そこへ新メンバー、悪戯猫娘ピンクを加える。

 

 ハクレンが移動できぬコイシを背負い、3人は、てくてくと、歩きだした。

 

「にゃふふ。ところで、オーナー、何処へ向かってるんですにゃ?そろそろ目的地を教えて欲しいですにゃ。ちなみに、ピンクの前世は、全て雌猫ちゃんですにゃ。」

 

「そんなの俺が知りたいくらいだ。グーグル先生のいないこの世界はハードモードすぎる。その前の時代の情報ツール、広辞苑や大技林でも良かったんだが、本が貴族の嗜好品で、図書館すらないとか、どうなってんだ。」

 

「にゃ?」

 

 雌猫は、無計画ぶりに驚いて目を開くが、古参メンバーは動じない。

 

「御主人様は、いつもこんな感じっす。」

 

「大丈夫だよ。運命には、引き寄せる力があるから、ゴールにいずれ辿りつける。何百年かかっても私は大丈夫だよ。」

 

「にゃにゃ?のっけから雲行きが怪しいにゃ。だいたい、そのグーグル先生って何なのですにゃ。」

 

「こんな快晴なのに、何を言ってるんだ。グーグル先生は、24時間、どんな問いにも嫌な顔をせず、無償で即答してくれる先生だ。先生亡き今、頼れるのは、お婆ちゃんの知恵袋、リリィアーハイム先生。そう、原点回帰。第1目的地は、始まりの村だ。」

 

「神先生ですにゃ。始まりの村?にゃ?」

 

 猫娘ピンクは首を傾げる。そんな名前の村なんて地図に載っていないからだ。

 ちなみに、ダストが、勝手にそう呼んでるだけなので、知らなくて当然である。

 

 

 うー、わう、わう。

 狼のような獣の声が、聞こえる建物に入る。

 

「らっしゃい。ケルベロス運送へようこそ。ご予定は?」

 

「4人の片道2日で。」

 

 片道料金は、半額ではなく7割ぐらいかかる。料金の安い乗り合い馬車もあるが、果実チートで懐は暖かいので、自由の利くこちらを選んだ。

 

 ケルベロスとはいうが、魔狼という犬をゴブリン化させた犬ぞりみたいな馬車で、乗り心地はあまり良くないらしい。

 この醜悪な顔をした魔狼は、魔素を食っており、飯もほぼ食わないので、当然のように排泄物もなく臭いも少なくなり、非道だとういう1点を除けば、かなり画期的な発明といえる。

 

「またのご利用を。」

 

 ガララッ!

 店主に見送られながら、車輪が砂埃を上げて、進みだす。

 

「誰かに乗る日が来るなんて、夢にも思わなかったっす。」

 

「そうか。御者、任せたぞ。」

 

 まぁ、1時間ぐらいは、良かった。

 

「遅いっすね。」

 

「そうだな、それにケツが痛い。」

 

 もちろんダストが走るよりは、早いのだが、ハクレンが異次元すぎる。

 このままのペースだと、最初の予想どおり、何処かで一泊となりそうだ。

 

 



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63 馬車旅1

 

 魔狼の馬車に揺られる事、3時間と少し、豚野郎ダストは、根を上げかけていた。

 

 バネもサスペンションもクッションもない、その乗り物は、文明人である彼には、少しばかり過酷な時間というか、ゴンゴンと砂利の感覚が分かる拷問みたいな物であり、さらに、この日は、悪条件も重なっていた。

 

 

「衝撃くるっす!備えて、3,2,1」

 

 ドン!

 

 ふわりと浮き、叩きつけられる。

 ケツから、突き上げるような打撃。

 ゴムパイプのような物を乗り上げ、空中に僅かに浮かんだ後、硬い地面へとダイレクトに着地する。

 

 中腰で衝撃に、備えるのだが、足腰が弱って来ると、耐えきれず、今のようになる。

 

「くそっ、痛ぇ。ハクレン、休憩だ。ついでに遅めの昼飯にしよう。」

 

「了解っす。」

 

 コイシはノーダメージだが、皆それなりにダメージを受けており、ケツを擦りながら、フラフラと降車した。

 

「くそっ、処女なのに、ケツが痛い。」

 

「オーナー、今は男モードだから処女で当然ですにゃ?」

 

 迂闊な発言をしたが、禁書の類いが出回ってないせいか、猫娘ピンクが腐っていなかった事に安堵した。

 はてな顔のピンクには、どうか、そのままでいて欲しい。

 

「そうだな。しかし、ケルベロスの店主から注意は受けていたが、馬車殺しは、殺したくなるな。既に、死んでる所がさらに腹立たしいが。」

 

 |馬車殺し(ストッパー)

 体長5メートル、直径10センチくらいの蛇の魔物で、天気の良く魔素の濃い特別な条件が揃った日に、ニョロニョロと街道を横断するように這い、馬車に轢かれて死に絶えた後、『ブヨブヨした死骸』というドロップアイテムが障害物となる。

 地面に放置すると、1日で消滅するため、ある意味珍しい光景で、ダストは幸運であり、不幸でもあった。

 

「確かに、困るですにゃ。」

 

「ダスト、お尻痛いなら、私のヒザの上に座る?うん、それがいいよ。」

 

「ありがとう、コイシちゃん。それは、最終手段で。」

 

 彼女は、石族だから、そんな荒業がなんの問題も無く出来るのだが、ダストは我慢した。ちなみに最終手段は、時間の問題だろう。

 御者のハクレンは、バツの悪そうな顔で、切り出す。

 

「御主人様、ごめんなさいっす。」

 

「いや、ブレーキなんてついて無いから、全く悪くないぞ。むしろ、ハクレンは、頑張ってくれてる。それより、飯にしよう。」

 

「了解っす。」

 

 ふわふわ苔を見つけたのでその上に座り込んで、アイテムバックから、弁当箱を出す。

 

 それをコイシちゃんに、手渡し、食べさせて貰う。豚野郎の彼と、食べられない彼女の両方が幸せな、歪んだ食事風景。

 

「はーい。ダスト、あーん。」

 

「うん。美味いな。」

 

 

 イチャイチャと食事しながらも、ダストは、拷問馬車を観察する。軸受は、固定されており、間になにか挟むのは無理だろう。工具は、釘と金槌と針金ぐらいか。

 

 なぜ、こんな劣悪な馬車が運用されているのかというと、異世界の人間は、困難にぶち当たった時は、道具を作るのでは無く、魔法または、肉体を鍛えて、乗り越えようとするので、そういう意味で、改良しようとする彼の思考回路は変わっていた。

 

「どうやって、改良するかな?」

 

「ええー?ダスト、私のヒザが空いてるよ。」

 

 嬉しい提案だが、それはどうなのか。今、座ってる、ふわふわ苔を使いたいが、地面から離れると短時間で、死滅し弾力が無くなるので、禁止アイテムだ。

 

 このクソ蛇さえいなければ、ギリギリ耐えられるのにと、路上で轢かれて死んだ蛇を、憎しみを込めて見る。

 

「そうだ!このブヨブヨした死骸は、使えないだろうか?」

 

「酷いよダスト。私より蛇がいいの?」

 

「断固反対ですにゃ!こんなモノ車内に入れたくないですにゃーー。」

 

「待て待て、浮気でも無いし、車内にも入れない。」

 

 疑わしげな2人に見守られながら、ダストは、グロい蛇の死骸を、ずるずると引き摺って、馬車へと持ってきた。

 

「え?御主人様、いったい、何をやるつもりっすか?」

 

「まぁ、見てなって。」

 

 ドン引きする3人を余所に、科学の申し子であるダストは、釘を口に加え、職人となる。

 

 



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64 馬車旅2

 

 狂気の科学者となったダストは、トンテン、カンテンと、狂ったように、金槌で、釘を叩き、蛇のブヨブヨした死骸を木の板へと打ち付け始めた。

 

 

「ひぃぃぃ。オーナー、グロいですにゃ。」

「うちも、無理っす。」

 

「あの、ダスト。疲れてるなら、膝枕してあげるよ?ほら?」

 

 それでも、トンテン、カンテンと、狂気の科学者は、金槌を振るうのを止めない。

 

 そして、どうにかやっと、拷問馬車は、凄惨な悪魔馬車へと合成変化した。

 

素材:ブヨブヨした死骸[SR]

    +

乗物:木の馬車[R]

代償:30分毎にダメージ1D-2

乗物:悪魔馬車[SR]

代償:30分毎にダメージ1D-5

呪い:狂気+3

 

 

 木製の車輪の外周に、打ち付けられたグロい蛇のブヨブヨした死骸は、異世界人には全く意味不明のモノであり、狂気の馬車でしか無かった。

 

 ダストは、満足げにやりきった顔をした。

 

 2人の美少女は、ガクガクと震える。

 

 異次元の感性を持つコイシちゃんすら、心配な顔で、見てくるが、もうお分かりだろう。ダストは、クッションになるゴムタイヤを作っていたのだ。

 

「フフフ、完成したぞ。さぁ、試乗と行こうか。」

 

「ひぃ。嫌ですにゃー。」

「い、嫌っす。」

 

 ニッコリとダストは微笑む。女性をエスコートするのは、男の仕事だ。

 動じないコイシちゃんを、まずお連れする。そして、

 

「嫌よ、嫌よも好きの内〜。ほら、慣れるから、行くぞ。」

 

「にゃぁああ。」

「ひぃぃぃん。」

 

 猫娘ピンクの首元を引き摺り、ハクレンのケツを火蜥蜴の鞭でシバキつつ、出発準備は、完了した。

 

「さぁ、出発っ!」

 

 テンション高い豚、余裕な女、涙目の2人の少女を載せて、馬車は再び走リ始める。

 

「あれ?拷問馬車なのに、ゴツゴツしないですにゃ。これは、死んだですかにゃ?」

 

「駄目っす。死んだっす。劣悪な馬車なのに、なんかフワフワしてるっす。天国っすか。」

 

 ダストは、優しく、ゆっくりと、語りかける。

 

「大丈夫だ、2人とも死んでないから。俺が、乗り心地を良くしただけだから。」

 

 猫娘ピンクの顔が、恐慌状態から戻る。ハクレンの顔は見えないが同じようなものだろう。

 

「あれ?ホントだ?え?ほとんど、ゴツゴツしなくなったの!」

 

「それって、す、凄くないっすか!」

 

「これが、現代知識チートだ。」

 

 お粗末な知識を振りかざして喜ぶ男ダスト。しかしながら、純粋無垢な2人からの尊敬はとまらない。

 

「オーナー、天才だにゃ!」

 

「御主人様、流石っす。」

 

 若干、呪い:狂気+3の影響が出ているのかもしれないが、馬車は興奮に包まれる。

 

「ダストは、凄いよ。」

 

 コイシちゃんに、撫で撫でしてもらい、幸せは絶頂だ。

 

「馬車旅も悪くないな。」

 

 仕事を終えた男の傷顔は輝いていた。

 

 



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65 始まりの村リターン

 

 鮮烈な朝日が登り、見慣れた風景が見えてきた。

 

 旅の途中で、一泊する予定だったが、まるで不思議な事に、狂気に取り憑かれたかように、一昼夜、魔狼の馬車を走らせてしまい、始まりの村へと到着していた。

 

 そして今、「キャーキャー」と、ダストの改良した馬車を見た村人達からは、歓声が上がっている。

 

 まぁ、当然だ。

 こればかりは、仕方がない。

 

 なにせ文明レベルが違うからな。ダストだって、UFOみたら、たぶん騒ぐから、おそらくそういう事だろう。

 

 ダストの発明は、時代の最先端の先を行っていたようだ。

 

 車輪に釘で磔にしたグロい魔蛇のブヨブヨした死骸が、潰れ、血が車体に飛び散り、悪魔馬車に相応しい異様を誇っていた。

 馬車を引っ張る疲れ知らずの魔狼の醜悪な顔も、加点要素だ。

 

 呪い:狂気+3が、付与されたダストの力作は、娯楽の無い村人達の視線を独り占めにする。

 

「あー、やっちゃったか。目立ちたくは、無かったのだが。これが、主人公補正か。」

 

「御主人様、不味くないっすか?」

 

「ふむ。様子を見るか?」

 

 

 背の高い美少女が操る、悪魔馬車から、顔を出したのは、スカーフェイスの豚野郎だった。

 

 馬車の窓から、ひょいっと顔を出したダストは、野次馬の中に、いつぞやの令嬢ドールと、フランツ似の青年がいるのを見つける。

 ダストの元熱狂的ファン、復讐の斧ガール令嬢ドールと目が合ったので、アイドルの努めを果たすべく、手を振った。

 

 ニコリと微笑むダストとは対照的に、令嬢ドールの顔が、どんどんと青ざめる。

 

「駄目よ、駄目っ。早く逃げるの。貴方まで、女にされてしまう!」

 

「え?ドール?いったい何を言ってるの?ねぇ、ちょっと、ついて行くからそんなに強く引っ張らないで。」

 

 カタカタと、震えの止まらない手で、無理やり、状況を把握出来ない青年を引っ張っての2人の逃避行が、始まった。

 

 おっと、これでは、まるで悪者みたいではないか、失礼するなあ。いや、悪者だったかも、フランの件は、ごめんよ。

 かつてのストーカーは、別の愛に目覚めて、逃げる関係性が逆転してしまったようだ。

 

「愛とは、人を変えるものなのだな。」

 

「オーナーが、何を言ってるのか、まるで分からないですにゃ。」

 

 ミステリアスに、ダストは微笑む。

 

「まぁ、今、動くのは得策では無い。いずれ迎えがくる。」

 

 そういえば、この村の正式な名前は、分からない。貰った地図にも、家紋が描いてあるだけなのだ。よくRPGで村の入口にいる「ここは、〇〇の村だよ。」という住人は、必要なのかもしれない。

 

 

 くだらない事を考えながら、しばらく待っていると、やっとロリババアが現れた。

 見た目は、子供。中身は、ババア。ファーストキスを奪った瑞々しい美少女。

 

 彼女の名は、リリィ・アーハイム。

 

 

「随分騒がしいのう。何事じゃ!」

 

 緊張した顔で現れたロリババアが、ダストを確認して、げんなりした顔に変わる。

 ホント、迷惑かけて、すまない。

 

「この件は、妾が預かるのじゃ。この者達を、引っ立てぃ!」

 

 ダスト達は、槍を突き出した歴戦のお爺さん達に囲まれ、連行される。親衛隊なのか、震える穂先で誤って刺されそうで怖いのは、相変わらずだ。

 

 まるで、始まりの日の再現。

 

 ダストが手を上げて降りてくる。ハクレンが、コイシを背負い、それに続く。

 

「あの日と同じだね。」

 

「そうだな、コイシちゃん。」

 

 一人だけ全く状況を理解出来ない猫娘ピンクは、借りてきた猫のように大人しく、いつもの余裕が、まるでない。

 

 ロリババアに連行されながらダストは、村の騒動の原因を起こしたにも関わらず、苦言を呈した。

 

「リリイよ、この村の出迎えは、毎回、熱烈すぎると思うのだが。」

 

「煩いのじゃ、この問題児め。妾とて、このような方面のドキドキは望んでおらぬ。全く、火消しが面倒だの。して、ダストよ、童貞は、誰で捨てたのか?」

 

「・・・。」

 

 沈黙。

 恵まれた環境にありながら、この質問の答えをいまだ持たぬ男。

 

「え?嘘じゃろ。そうか、そうか。妾も罪な女じゃ。その一途な愛に免じて、筆おろししてやってもええぞ。妾もセカンドバージンじゃし。」

 

「そんなっ、お館さまぁ!わしも、一途です。」

 

 ご機嫌になるリリイと、泣きそうになるイケオジ執事に、案内されて館へと戻ってきた。

 ちなみに、リリイは身体こそ清いが、心は、大人であり熟女であり、ドロドロと熟成されている。

 

 負けるな、ヒロイン、コイシちゃん。

 

 



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66 事情聴取

 

「して、あの呪われた馬車は、なんじゃ?」

 

 ダストは、応接間に通され、一人、事情聴取される事になった。

 他の3人は、風呂に入りベッドコースのようで、羨ましい。

 

 徹夜明けなので、眠かったのだが、気付け薬を嗅がされ、かなりハイテンションになっている。

 魔法か麻薬的な、なにかなのか、栄養ドリンクよりも、遥かに効くとかヤバ過ぎ。

 

 

「あの原始的な馬車は、乗っていると、痛いだろ?サスもタイヤも無いからな。だから、俺がタイヤを作った。見た目が悪いのは勘弁な、釘しか無かったから。」

 

「サスに、タイヤとは、何じゃ?普通は、痛くなくなるように、魔法か肉体を鍛えるのだが。」

 

 相容れない価値観。どうも異世界の住人は、道具に頼る事をダサいと思っているフシがある。

 

「これだから、脳筋が。サスペンションは、バネとダンパーで構成されていて、」

 

 おっと、リリイが、ぼんやりとした顔をする。理解力を超えたか。

 

「例えば、今座ってる柔らかいソファーを馬車の中に持ち込んだら、どうなる?」

 

「確かに少し快適じゃな。高級馬車にそういうのは、すでにある。」

 

「そのソファーをタイヤに巻き付けたら?」

 

「な、何という贅沢な発想なのじゃ。」

 

「それが、タイヤだ。ただし、もっと頑丈で弾力性のある素材が必要だが。ブヨブヨした死骸を今回は仕方無く使ったが、ゴムといって、金属のように、溶けて、固まる素材がいい。」

 

「そんな理由で呪われておったのか。ゴム?ゴムゴムゴーレムのゴム素材でいいのかのう?」

 

「たぶん、それでいいかと。ゴム素材で空気を閉じ込めるとさらに良い。この掴めない大気だが、密封する事により、恐ろしい弾力性を発揮する。」

 

「何を、馬鹿な事を言ってるのじゃ。え?・・・本当なのか?え?」

 

「俺を信じろ。揺れない馬車は出来る。」

 

 困惑するリリイに、ダストは微笑む。

 

 この男は、奇蹟を起こす男

 ゆえに、今までの常識は書き変わる。

 

「す、凄いのじゃ、ダスト。まさしく、文明レベルを超えた革命。」

 

 この後、科学技術を詰めたロマン馬車が完成するのだが、権力者に秘匿されたため、一般に広まる事はなかった。

 

 次は、ダストのターンだ。

 

「体を鍛えるのは分かるが、魔法でなんとかなるものなのか?」

 

「ふむ。ダストは、凄いが、常識が欠落しておるのじゃ。一言で魔法といっても、様々なやり方があるの。ダメージ床から僅かに浮き回避する魔法、肉体強化してダメージを受けない魔法、回復力を高めダメージを回復し続ける魔法。」

 

「浮くとは?」

 

 その質問に、ニヤリと笑うリリイ。

 

「妾の魔法力を見るが良い。《フロート》。」

 

 僅かな浮遊感と、部屋が沈んだような錯覚。何かが起きたような気がするが、分からない。

 

「この魔法が何か?」

 

「すでに魔法は行使されだしたのじゃ。さてさて、今度はダストが驚く番じゃ。美味いのう。」

 

 優雅に紅茶を飲むリリイは、楽しそうに、答え合わせを待っている。

 

 ダストは、再確認する。ソファーには座ってるし、足元にはふかふかの絨毯があり、自分の体重も、しっかりと感じる。

 

 実は、フロートという魔法は、見た事がある。セルゲイの婆さんが、猫娘クロを、ふわりと浮かべていた。たぶん浮く魔法なのだと思っていたが、リリイも浮いていない。

 

 一瞬の浮遊感と、部屋が沈み込む感覚。

 

 これの意味するところは何なのか?

 答えを求めて部屋を見渡す。

 

 

 ダストは、ようやく理解した。

 

「な、何だと!?」

 

 



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67 フロート

 

「そうじゃ、絨毯ごと、浮かべておる。妾ともなれば、このくらい容易じゃ。」

 

 なんと、絨毯ごと、その上に乗ったテーブルとソファ2脚と2人の大人を、《フロート》で浮かべた規格外の魔女リリイ。 

 

 胸を張って自慢するが、悲しい事にこの幼女は、つるぺたである。

 

 つまり、ダストは、孫悟空のように、リリイの手の平の上に乗っていたのだ。

 

 

 これならば、揺れない。

 まるで、リニアモーターカーのような。

 異世界は、魔法で、こういう事が出来るので、科学技術が発達しないのかも、しれない。

 

「いらないじゃん!こんな事が出来るなら、サスもタイヤもいらない。」

 

 ダストは、むせび泣くが、リリイの反応は違った。

 

「いまいち伝わらなかったようじゃが、妾だから可能なだけで、普通は、1人ぐらいしか浮かないからの。それに、この魔法は、集中しておかんと、効果が切れる。ほれ、この通り。仮に、ダストの知識を使うと、集中しなくていいと言う事は移動中に休めるのじゃぞ!」

 

 慌てるリリイの集中が切れたのか、フロートの魔法が解けて、ふわりと着地し、地面がせり上がったかのような錯覚をうけた。

 

「魔法が解けたのか?」

 

「そう。だから、ダストの発想は、革命的に凄いんじゃ。ほれ、ご褒美に、妾の手作りクッキーを食べると良い。」

 

 ロリババアから渡された手作りクッキーを、ぽりぽりと食べて、心を落ち着ける。

 

「美味い。これが、お婆ちゃんの味。」

 

「失礼な、妾は美少女じゃぞ。とにかく、これで、事情聴取は終わりじゃが。どうして、妾の元に舞い戻った。後で追いかけると言ったのに、待ちきれんかったかの?」

 

 ニヤニヤとリリイは笑う。

 

「そういや、事情聴取されて、忘れそうになっていたが、リリイに、用事があったんだ。」

 

「全く、分かっておるわ、お小遣いが足りなくなったのじゃろう。ほれ。」

 

 明後日の勘違いをして、ガチャっと金貨の詰まった袋を投げつけてくるが、当然、そんな魅惑的な施しは、もう受け取らない。

 

 むしろ、アイテムバックから、金貨の詰まった重いアタッシュケースを取り出し、ドンッ!と置く。

 男は、今や人気酒場のオーナーであり、旅立ちの日に貰った大金の3倍を、机に積み上げて返すまでに、成長していた。

 

「いや、金はあるんだ。リリイには、感謝してる。」

 

「はて?ならば、いったい何の用なのじゃ。」

 

「(お婆ちゃんの知恵袋的な意味で)リリイにしか、聞けない事が出来たから、会いに来たんだ。」

 

「は、はーん。良い心掛けじゃ。妾の好きな物を聞きに来るとは、しかし、そういうのは、本人に直接聞くよりも、なんとなく察した方がポイントが高いのじゃぞ。」

 

 幸せな勘違いをしたリリイを手で制し、言いたい事をいう男、ダスト。その瞳は、珍しく真剣だった。

 

「俺は、エルフを探している。」

 

「エルフ?何じゃそれは、魔道具か何かなのか?」

 

「エルフとは、あの耳長で、絶世の美男美女の森を愛する長寿の種族なんだが。」

 

「聞いた事が、無いの。」

 

「そうか・・リリイも知らないか。」

 

 かなり期待していただけに、返って来た否定に、ショックを隠せない。しかし、ここで終わらないのが、リリイ・アーハイム。

 

「ダストよ、もう少し情報は無いのか?どんな生態をしておるとか?」

 

「エルフは、深い森の奥に住んでいる事が多い。人払いの魔法に長けており、何処かの隠れ里にでも潜んでいる事もある。魔族と繋がりがあり、魔界にいる可能性もある。」

 

「ふむ。それで。」

 

「基本、肉は食わない。肌は白く、銀髪が多いが、褐色のダークエルフも存在する。身体の線は細く、魔法と弓の扱いに長けている。」

 

「ふむ、ふむ。」

 

「性格は高慢で、世界樹を信仰している。1番の特徴として、美男美女しかいないため、有名な種族のはずなんだが。」

 

「馬車の解決手段の件といい、随分と妾達と常識が異なるようじゃの。ところで、そのエルフとやらには、いつ、どこで、会ったのじゃ?」

 

「いや、会った事は無い。」

 

 

「は?何じゃって。」

 

 リリイの顔が、固まる。

 

「だから、会った事は無い。」

 

 リリイは、こめかみを抑えながら、ため息をついた。

 

「妾の耳は、衰えておらんから、2度も言わんでええ。なぜ、会った事もない種族に、詳しいのじゃ?」

 

「それは、お約束だからだ。」

 

 力強く答えるダストに、リリイは、爽やかに微笑み、結論を下す。

 

「よしっ、分かったのじゃ。」

 

「そうか!分かってくれたか。」

 

 

「ダストよ、お主は疲れておる。協力はするが、馬車の精神汚染を受けとる可能性があるから一度、眠るのじゃ。」

 

「いや、全然、伝わってねえ!いいか、エルフは。」

 

「《スリープ》。明日になれば、人は賢くなる。」

 

「だから、本当にいるん。。くそっ」

 

 

 意識は暗転し、闇へと沈む。

 

 寝させてくれなかったり、眠らされたり、随分と、振り回される。

 やれやれ。だが、ワガママな女も、嫌いじゃないぜ。

 

 



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68 汝、求めよ。

 

 目覚めたら、日が暮れていた。夕食を求めて、鈍重な肉体の腹が鳴りだす。

 

 さっと、シャワーを浴びて着替え、食堂に案内されると、美味そうな匂いが漂ってきた。勧められるままに、ガツガツと食べる。魔物肉は当然美味いし、サラダに使われてるバネのような形の野菜も気に入った。

 野菜の名前が気になるが、それよりも心のほとんどは、エルフで占められていた。

 

 今の生活には満足している、しかし、ファンタジーな世界に来たからには、エルフには会っておきたい。遊園地に来たなら、ジェットコースターに乗っておきたい、そんな感覚。

 だから、ハラが膨れて、ひと心地つくと、質問を再開する。

 

 

「それで、エルフの事なんだが。」

 

「どうやら、精神汚染では、無いようじゃの。しかし、それは妄想では無いのか?会ったことも無いなら、存在も疑わしいぞ。」

 

 リリイが困った顔をする。手伝いたいが、今の彼女には、手掛かりすら、思いつかないからだ。

 

 悪魔と関わりがあると聞いたが、人型の悪魔は珍しいし、いずれも怖い見た目をしている。

 となると、次の可能性として、人体改造をする一族とも考えられるが、タトゥーや、顔に串を刺したり輪っかを付けたりと、美男美女とは、明らかにベクトルが違う。

 だいたい、耳が長くて、美しいというのが、そもそも彼女にはイメージ出来ない。

 

 とにかく、情報が足りていない。

 

 

「いや、確実に、この異世界に存在するはずだ。あと、その件で、リリイに謝らなければならない事がある。とても、重要な情報を、一つ言い忘れていた。情報開示が遅れて、ごめん。」

 

「ほう!重要な情報とな。」

 

 申し訳無さそうなダストに、リリイは、解決の糸口を感じて、食いつく。

 

「あぁ。エルフの外見だが、もしかすると、耳が尖ってるだけで、短いかもしれない。長いのは、日本のオリジナルだと掲示板で見た記憶がある。」

 

 しかし、糸は、ぷつりと切れる。

 

「全然、重要では無い。むしろ、謎が深まっただけなのじゃ。」

 

 エルフ愛に萌える男と、古い常識に固まったロリババアの会話は平行線を辿り、会話は、停滞する。

 

 ハクレンが、そんな空気を変えた。

 

「御主人様は、何で、エルフが存在するって信じてるんすか?」

 

 素朴な疑問から、事態は、犯人を暴くように、物語の真相に向けて、走り始める。

 

「え?異世界に、エルフがいるのは、常識だろ。お約束に近い。」

 

「お主の常識と、妾達の常識には、溝があるように感じるがのう?その常識とやら詳しく話してみるのじゃ。」

 

「だって、この世界はファンタジーの条件が揃っている。魔法、低い文明レベル、モンスター、亜人、冒険者ギルド。ならば、亜人の代表格であるエルフがいないのは、説明が付かない。」

 

「その、そもそも、亜人とは何じゃ?初めて聞くのじゃが。」

 

「え!?今さら、そんな事を聞くのか。獣人とか、人間以外の人に近い種族だけど?猫娘ピンクに、馬娘ハクレン、石族コイシ。目の前にいるだろ?」

 

 ロリババアが、呆けたような表情をしたかと思うと、じっとダストを見つめる。告げられたのは、不都合な真実。

 

「落ちついて聞くのじゃぞ。亜人は、本来、この世界の存在ではない。」

 

「ふっざけんなよ。それは、彼女達を認め無いって事か!」

 

 激昂するダストを、軽く諌める。

 

「早とちりするでない。今まで存在しなかったと、いうべきか。妾は、お主の言う亜人を、目の前の3人しか、知らぬ。」

 

「え!?そんな。リリイが知らないだけだろ。猫娘達は、酒場で違和感なく受け入れられていたが。」

 

「オーナー、初見のお客様には不思議がられてますにゃ。」

 

「そうだったのか?では、なぜ受け入れられてるのだ。」

 

「可愛さは、正義ですにゃ。」

 

 猫娘ピンクの解答に、頭が痛くなる。

 え?本当に、リリイの言うように、この異世界には、亜人は、いないのか。

 

「いや、しかし。俺は、樹人リンゴに、鼠族チュチュ。他にも現実的に、別の亜人の存在を確認しているのだが。」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

 リリイの常識が崩れかけ、再び迷宮入りしそうになったが、ピンクが核心をつく。

 

「言いづらいんだけど、オーナー。私達とその2人も、オーナーの奇蹟により、生み出された存在ですにゃ。」

 

「そうなのか?」

 

「・・あぁ、そうだ。」

 

 リリイ・アーハイムが宣言する。

 

「ならば、結論は出たの。おそらく、エルフは、この世界には、いない。」

 

「・・・そんな。」

 

 不意に、コイシちゃんに、無言で、ぎゅっと抱き締められた。彼女は、いつだって優しい。つまりは言外に、残念だったね。っていう意味だ。しかし、優しさが、刺さる。

 

「じゃが、諦めが、つくまでは、手伝っても良いのじゃ。」

「そうですにゃ、旅行楽しみですにゃ。」

「御主人様、何処までもお供するっす。」

 

 つまりは、そういう事だ。

 

 エルフはいない。

 埋蔵金は、出ない。

 

 ロマンは、ロマンなのだ。

 親子、3代に渡って、ロマンを妄執に取り憑かれたかのように、探すのか?

 

 人間は、欲深い。パチンコで負けを取り戻すまで、宗教で捧げた時間を叶えるまで、ソシャゲのガチャで当たりを引くまで。

 努力には、必ず結果が出る。そう刷り込まれた信仰が、対価を捧げる毎に、戻れない道を進ませる。一度ハマれば、逃げ出せない罠。

 

 延々と大切な何かを捧げるのか?

 

 

 問われている。

 

 大人になれ、夢を見るな。

 探すフリをして、適当なところで、幕を引き、綺麗に終わらせろと。

 

 

「旅行、楽しみじゃな。」

「楽しい旅行にするですにゃ。」

「御主人様、うちがいるっすよ。」

 

 もう諦めろよ。

 そんなムードだ。コイシちゃんは、何も言わないのが、有り難い。

 

「…そうだな。受け入れよう、エルフのいない現実を。」

 

 夢を諦めた時、少年は大人になる。

 

 いい年だろ、大人になれるさ。

 後は簡単だ。震えるように息を吐き出し、自分を納得させるため、もう一度、呟く。

 

「エルフは、現実的に考えて、存在しない。これが、この世界の常識。」

 

 優しく、4人の美少女に見守られる。

 尖らなくていい。諦めの先にあるのは、優しい世界。悪くないが、

 

 

「ふふっ、ふははっ。」

 

 突如、込み上げる笑い。

 まるで、ニートでは無いか、また欲しいものを諦めて、ただ耐え続けるのか。あの日の誓いは嘘だったのか。

 いや、違うだろ。

 

「俺は、変える!現実を変える。」

 

 うずく右手の、黒竜の手袋を脱ぐと、ダストの想いに呼応して、光っていた。

 

 ぐっと握りしめると、燐光が、花火のように飛び散り、森厳なる新緑の風の匂いが、部屋を満たした。

 何かが、変わる予感がする。

 

「現実がなんだ、常識がなんだ。俺だけの右手の力で、そんなモノは、書き換えろ。この異世界に、エルフが存在しないというのなら、エルフを顕現させろ。」

 

 亜人もいない退屈な異世界に、奇蹟を起こせ!常識なんてものは、俺の後に出来るんだ。

 

「皆、付いて来てくれ。エルフに会いに行くぞ。」

 

「「「「おー!!」」」」

 

 高らかに腕を上げ、仲間達と動き出し、エルフもサキュバスも狐娘も鬼娘もいない退屈で、くそったれな異世界に、新たな風は吹き始めた。手始めに、エルフからだ。

 彼だけの異能で何を成すべきなのか、答えは出た。

 

 この異世界を亜人美少女の溢れる現実に書き換えろ!

 

 



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69 エルフ1

 

「大森林アルファ、赤の森、カルガラ峡谷。この辺りかのう。」

 

 大きな地図を広げて、4人で、エルフの元になりそうな生き物がいるであろう行き先を、考えていた。

 しかしながら、この異世界には、魔法でも空を飛べる者はいないようで、地図の精度は限りなく低い。

 

「赤の森にしよう。」

 

「何故じゃ?」

 

「根拠なんて無いが、俺のカンが囁やくのさ。」

 

 ダストは、格好をつけた。

 手掛かりは無く、出たとこ勝負なのだ。

 

 ならば、何処だっていい。

 失敗の責任を誰かに押し付けないよう、あえて自信たっぷりに言うと、皆が信頼の眼差しで見つめてきたので、策がありそうな顔で頷いたが、この男にこれ以上の考えは無い。

 

「とりあえず、赤の森に1番近いこの村を目的地とする。」

 

 コンコンと、地図を叩く。

 

「拠点とするのじゃな。」

 

「それも、あるが|案内人(ナビゲーター)を雇うつもりだ。リスクが減らせるなら、有り難い。」

 

「良い考えじゃ。しかし、随分と遠い旅に、なりそうじゃが、どうやって行くのじゃ?」

 

「馬車旅は、もう嫌ですにゃ。」

 

 心底うんざりした顔でピンクが言う。

 あぁ、気持ちは、俺も同じだ。

 

「移動中は、石になってもいいよ。」

 

 とは、いつも優しいコイシちゃん。

 

「コイシが小さくなってくれても、御主人様、お館様、ピンクで3人っすね。他の乗り物よりウチが走った方が断然速いっすけど、3人も抱えるのは、無理っす。それに馬車を改造しても速度をだせば、かなり揺れると思うっす。」

 

 まぁ、問題は、そこだ。

 ハクレンが全力で、荒れ果てた街道を引っ張る馬車を想像したら、軽く事故って、あの世まで行ってしまった。

 言うなれば、まるで、霊柩車、速いんだけどなぁ。

 

「安心しろ、現代知識チートの馬車は、昨日、リリイお抱えの職人と話したが、開発に1ヶ月は掛かりそうだから、今回は、無しだ。ただ、移動手段は、まだ思いついていない。」

 

 そう、思いつかない。

 ハクレンが優秀過ぎて、他の移動手段が、しょぼ過ぎて。

 獣人化チートが発動したハクレンは飛行機並みに速いくせに、他の移動手段はクソなのだ。

 何なのだ、このギャップ。

 

「そうだ!あの、地を這う絨毯[SR]は?」

 

「絨毯の下に生えた触手で這って進むキモい魔道具じゃな。乗り心地は、悪くないが、歩く並みに遅いのじゃ。」

 

 困った。

 別行動をとり、ゴールで合流するのが、合理的ではあるが、それは、なんか違う気がする。

 

 ハクレンが3往復する!

 

 突如、閃く。

 これが、この異世界の技術水準では、最速の最適解であると優秀な脳が結論づけたが、それだと、チームの一体感というか冒険感がまるで出ない。

 

 

 いいか?

 こっちは、仕事じゃねぇんだよ。

 

 遊びだ!

 

 つい熱くなってしまったが、言いたいのは、一体感を大事にしつつ、それでいて速い手段を。

 

 何か方法は無いのか?

 しかしながら、良い考えは、まるで浮かばず、沈黙の時間が流れる。

 

 

 すると、小首を傾げていた猫が、ポンと手を叩き、とんでもない事を言い出した。

 

「そうだにゃ!ソファに、3人座って、リリイがフロートを掛けて、ハクレンが運ぶのはどうですにゃ?」

 

「おぉー、それなら、出来るっす。」

 

 二人は盛り上がるが、リリイの顔が珍しく狼狽する。このロリババアを焦らすとは、大したものだ。

 

「猫娘よ、ちょっとでも、妾の集中が切れると、高速で、地面に激突するんじゃぞ!恐らく、あの速さなら死ぬ。」

 

 それを聞いて、ピンクの顔がひきつる。どうやら、浅はかなアイデアだったと、気付いたらしい。

 

 

「ぼしょぼしょ。」

 

 そんな時、コイシちゃんが、耳元で、小声で冗談を囁いてきた。

 

 あ、それはいいかもと。

 それで行こうか。

 

 ダストは、いまだソファーで行くとかアホな事を考えてる3人に、悪い顔でニヤリと笑う。

 

「よし、移動方法は、決まった。ハクレンは、人参をありったけ買い出し。リリイとピンクは、赤の森の資料集めと準備。コイシは、俺の補佐だ。日の出と共に、出発する。明日は、ハクレン頼んだぞ。解散っ。」

 

 やる気に燃えるハクレンと、怯えた顔で見つめてくる2人。

 

 え?だから、ソファーでは行かないって。

 

 

 



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70 エルフ2

 

 ソファーに乗って旅に出るとか、頭のおかしい勘違いをしている2人組が、朝から暗い。

 

「お主ら、遺言は書いたかの?」

 

 リリイは、ロリな見た目なのに、言ってくる事がババアだし、ピンクは、借りてきた猫のように、大人しい。

 1日あれば気付くと思ったのだが、やれやれ、これは勘違いを正してやらないと。

 

「その必要は無いぞ。」

 

「そこまで、妾を信じてくれるのか!しかし、気持ちは嬉しいが、絶望的なのじゃ。まさか奇蹟は起きると?無理じゃろ、お主の異能はそこまで都合良くはない、まだ死にとうない、考え直してはくれぬか?」

 

 そうか、ソファー方式は、死亡率99%なんだね、逆に凄いや。

 だから、ソファーは使わないんだ。

 

「俺の決定は変わらない。考え直すのは、リリイの方だ。」

 

「・・やれるだけ、やってみるのじゃ。」

 

 絶望するロリと愕然とする豚。

 しょんぼりするロリも可愛いが、まだ言葉が足りなかったようで、これではまるで虐めてるみたいだ。

 ダストは、勘違いを解くべく、優しく頭を撫でる。

 

「違うぞ、リリイの嫌がる事をやらす訳が無いだろソファーなんて使わないし移動手段は別の方法を用意しているので、俺の異能とは何なのか?よく考えてくれ。」

 

「良かったのじゃ。」

 

 安堵でほぅと息を吐くロリババアが思考停止したので、代わりに猫娘が聞いてくる。

 

「どういう事ですにゃ?」

 

「コイシちゃんは言った『ハクレンが3人いるといいのにね。』と。」

 

 コイシちゃん、素晴らしい。

 それだ。

 

「でも、ハクレンは1人しかいないですにゃ?」

 

 悩ましげに首を傾げるピンクはあざと可愛く、誇らしげに胸を張るコイシちゃんは天使のよう。

 

「思考を飛ばせ、そこで停滞するな。そこから1つ進んだ先に、答えはある。」

 

「増やす?そんな異能は、聞いた事も無いですにゃ。オーナーの異能は。はっ!もしかして、ハクレンのような異能を持つ美少女を増やせばいいですにゃ。」

 

「正解だ!よくぞ、その答えに良く辿りついた、ピンク。」

 

 褒められたのが計算外だったのか、照れる姿は、普通に初々しくてドキリとした。

 その表情は、ダストも計算外であり、これが…ギャップ萌というやつだろうかと、おののく。

 

 そして、リリイはソファという死亡が確定した未来を回避した事に歓喜する。

 

「凄いのじゃ!妾の館には、あと馬が2頭いる。今すぐ馬屋に行くのじゃ。」

 

 興奮してロリが、裾を引っ張ってくるが、ダストは動かない。

 

「その必要も無い。」

 

 ニヤリと笑うダストに「なんで?」という視線が集まる。

 ようやく、未来を見せる時が来たとばかり、パンッと手を叩く。

 

「すでに奇蹟は起きている!入っていいぞ。」

 

 合図を受けて、ガチャリと扉を開けて部屋に入ってきたのは、彼女達の見知らぬ、新たな2人の美少女。

 

「紹介しよう。サラとポニーだ。」

 

 褐色の背の高いクール系の7等身の双子姉妹が、青林檎をくるくると回しながら挨拶する。

 

「「よろしく!移動は任せて。」」

 

 ちなみに、髪の短いのがサラで、長いのがポニーだ。

 こうして新たなメンバーを加えて、ダスト達の移動手段は、異世界最速となった。

 

 



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71 サラ

 

 と、まぁ格好つけたが、俺は優秀ではないし元ニートの豚野郎だ。

 劣っているとまでは思わないが、天才ならニートにならずにすんだルートがあったようにも思う。

 余裕な顔をした白鳥のように水面下で無様に足をバタつかせただけなので、格好良く見えたのなら、昨日頑張った努力が報われたんだろう。

 

 彼女達が、獣人となったのは、昨日の話であり、コイシの話で閃いたダストが馬房に行くと、あの日見た茶色の馬が2頭いた。

 

「長らく待たせたな。俺は覚えていたぞ、お前らの事を。変わりたくはないか?獣人はいいぞ、部屋から自由に出れてベッドもふかふかだ。」

 

 両手を広げて熱い言葉で勧誘してみたが、ハクレンのように寄っては来ない。

 そういえば、そんなヤツラだったか、いや来たのが遅れて拗ねているのかもしれない。

 

「人参だって、好きなだけ食える。ほら、人参だぞ。人参。」

 

 ならばと、アイテムバックから特別な高級人参を取り出して買収を試みるも、無反応。

 人参をぶらぶらさせながらバッドコミュニケーションを続けていると、そんな無様な姿を買い物帰りのハクレンに目撃された。

 

 ハクレンが無言で擦り寄り、手元の人参を欲しそうに見てきたので、なんの役にも立たなかった人参を渡すと、ポリポリと食べ始めた。

 

 馬の目の前で、餌の人参を奪いポリポリと食う美少女に呆れる。

 

「・・ハクレン、何しに来たんだ?」

 

「御主人様。サラとポニーは、人参より果実が好きっすよ?」

 

「そうだったのか!ありがとう。」

 

 アプローチが悪かった事に気付き、試しに青林檎を取り出すと、無愛想だった2頭の馬がスタスタと仲良く近寄ってきて嬉しそうに食べ始めた。

 2頭が食べた事のない完璧な品質の果実だったのか、一口食べた後のテンションは、怪しい薬を与えたように最高潮になる。

 

「もっと食べたいか?」

 

 ブルル!

 

「もっともっと食べたいか?」

 

 ヒィヒィィン!!

 

 涎を垂らして興奮する雌馬達は、最初のクールさは欠片もない。

 現在、異世界のフルーツ業界の最先端を独走する異端児は、双子の心をガッツリと鷲掴む事に成功した。

 

 後は、奇蹟を起こせばいい。

 

「まずは、自覚せよ。お前達は不自由である。少しの安寧と引換に、不当に、自由を奪われ続けている事を自覚せよ。

餌すら選べない憐れな存在から、自ら食べたいものぐらいは選べる存在へと昇格せよ。

 

俺の元に来い。

さすれば、禁断の果実を、好きなだけ与えよう。

 

・・思い出せ、あの味を。

 

俺は、アレを、持っている。

尽きない量を、持っている。

 

 

そんな生き方で満足か?

違うだろ。

自分の未来ぐらいは、自分で決めやがれ。

 

選べ、自由なる者達よ。

俺と来るならば、その想いを示すべく、全力で飛び込んで来るがいい!」

 

 ダストは言い放つと、手袋を脱ぎ異能の手をかざした。

 

 かざした。

 

 

 ぶるる。

 

 しかしながら、ダストの予想とは異なり、すたすたと2頭は馬房の端へと離れて行った。

 

「え?」

 

 そして、扉を鼻で押して、ダストとハクレンの2人を残して、馬屋の外へと出ていった。

 

「え?自分で出られるの?」

 

「はい、お館様は割と自由を与えてくれる人っすから。」

 

 その情報は、さっきの自由トークをする前に教えて欲しかったな。

 呆然と、干し草の臭いがする馬房を、2頭を追いかけるように出ると、2頭の馬の姿はすでに何処にも見当たらなかった。

 

「フラレたのか、俺は。…心のどこかで、無自覚に彼女達を馬だとみくびっていたのだろうか。」

 

 そんな心に吹いた隙間風を埋めるかのように、ぎゅっと後ろからハクレンに抱き締められて、目頭が熱くなる。

 

「ハクレン。お前ってヤツは。」

 

「御主人様さっきのは格好良かった。うちも微力ながら、お手伝いするっす。」

 

 

 ハクレンに、何か変な事を言われたような気がする。

 

「ん?手伝い?」

 

 バカラッバカラッ!

 

 すると、蹄の音が近づいてきた。

 土煙を上げて、質量のある物体が迫ってくるような?

 

「なんか、あれ近づいてないか?」

 

「御主人様に、全力で飛び込みに来てるはずっすけど?」

 

 ほう?全力で飛び込んで来いとは言ったけど、助走までは望んでいない。

 

 古来、戦場で馬に轢殺された雑兵は多いがそんな危険な戦場を連綿と生き残ってきたエリート雑兵の血をひくダストは、馬に轢かれたら、死ぬと直感的に理解した。

 

 逃げ出そうと身を捩ると、ハクレンにガッチリと、幸せヘッドロックされているため動けない事に気付く。

 幸せヘッドロックとは、背の高いハクレンが抱きつくと、健康的な胸部で頭がホールドされて身動きできなくなる新技である。

 

「・・ところでハクレン、何してるんだ?」

 

「御主人様が、飛び込まれても弾き飛ばされないようにお支えしてるっす!」

 

「ハクレン。お前ってヤツは!」

 

 バカラッ!バカラッ!!

 

 死の足音は、どんどん近づくが、幸せヘッドロックされているため動けない。

 

「離せぇぇええ!」

 

 惨めに生きようと、手を伸ばし足をバタつかせるが動けないものは動けない。

 

 偶然、絶大な破壊力を誇る跳ね上げられた前足に右手が触れなければ、死んでいただろう。

 

 

 光れ右手よ、生命を救い給え。

 

 ピカッ!

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

進化前:馬

成功☆

名前:サラ、ポニー

種族:獣人『馬』(美少女)

特長:褐色、背の高い7等身の美少女

異能:水面を駆ける俊脚

特記:双子

装備:Tシャツ、ホットパンツ、ランニングシューズ[R]

 

 異世界に双子の美少女が生まれた。

 

 背の高い7等身の美少女。その褐色の美脚は、水面を駆ける俊脚。地上最速に近い乙女達。純真な大きな瞳。Tシャツ、ホットパンツ、ランニングシューズのスポーティな美少女。

 

 後方のハクレン、前方のサラ、オマケでポニー。

 顔面を幸せサンドされて、ボーリングのピンのように、4人はくるくるとぶっ飛ぶ。

 

 暴れ馬と愛馬の裏切りにより、雑兵ダストは討ち取られた。

 

 

「「御主人様っ、私達を飼ってください!」」

 

 ダストは痛む首を押さえながら、アイテムバックから最高品質の果実を手渡した。

 

「サラとポニー、ダストだ。こちらこそ、よろしく。」

 

 



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72 エルフ3

 

「ところでダストよ、結界石はどのくらい持っておるのじゃ?」

 

「結界石とは?」

 

「何じゃと?そういえば、この世界に来て間もなかったか。冒険者ではなくても必須アイテムじゃよ。防御力1のバリアを展開し続けて虫等から身体を護る。攻撃力2を受けると回避しても壊れるので戦闘中は封印するアイテムじゃ。また半年ほどで砕けてなくなる消耗品でもある」

 

「何でそんな便利な物を誰も教えてくれなかったんだ。」

 

「こちらの世界では子供でも知っておる常識じゃからな。」

 

 イケオジ執事が、すっと現れる。

 

「こちらで準備致しますので、まずは朝食を。」

 

「任せたのじゃ、イケオジ。」

 

 案内されるまま、パンとサラダにベーコンそして紅茶のなかなかに優雅な朝食を食べて出発となった。

 

「結界石は、24個。石留めは、我らの物を6個用意しましたので、お使いください。」

 

 懐から大事そうに、綺麗な装飾のなされた小さい箱のような物を出してきた。

 

「いや、そんな大事そうな物は。」

 

「ダストよ、結界石は、石留めに入れて初めて効力を発揮するのじゃ。ここは素直に借り受けるのが良かろう。イケオジにボーイ達よ、大儀であった。」

 

 結界石の入った石留めを受け取ると、何かに包まれたような感覚になった。

 箱の中にある金属が結界石に触れると効果を発揮するらしくご丁寧にスライド式のスイッチがついている。

 日常生活の場合は、シャワーを浴びる時以外は、入れっ放しでも良いらしいが、そんな使い方をすると1ヶ月ほどで砕けるので、必要な時だけ入れるのが普通らしい。

 よし、入れっ放しで行こう。

 

 石留め[SR],結界石[R]を獲得。

 

 

 ハクレンにダストが背負われ、ペンダント化したコイシを装備。

 サラにリリイ、ポニーにピンクの組合せで旅立つ。

 

「行ってくるのじゃ。」

「お館様、ご無事で。」

 

 執事とボーイに見送られ、いざ出発。

 

「御主人様、案内よろしくっす。」

「え?ハクレンは道を知らないのか。」

 

「ダストよ、魔導コンパスを使えば良いじゃろう。」

「魔導コンパスとは?」

 

「何も知らんのじゃな。あと、探索するならオートマップ[SSR]があると良いのじゃが、さすがにアレは妾も持っとらん。」

 

「いや、それは持ってる。」

「どうなっておるのじゃ。」

 

 頭を抱えるリリイに、魔導コンパスを貰った。

 地図に書かれている記号を読み取らすと進むべき道を示してくれる。

 電池は屑魔石で良く、原理は全く分からないが、方位磁石というよりかは、ナビのようなものらしい。

 

 魔導コンパス[SR]を獲得

 

 少しグダグダした感じとなったが、どうにかお昼前に、エルフを探しに赤の森の1番近くの村メルカーナへと向けて出発した。

 

 

 ハクレンの背中は気持ちいい。

 良い匂いがして、一体感があり身体能力が拡張された気分になる。

 

 豚を乗せ、とんとんと、弾むようなリズムで、地面を抉りながら恐ろしい速度で狭い整備のあまりされていない街道を走る。

 結界石のお陰で風圧がなくなり車内いるかのように会話出来るようになったのが、さらに素晴らしい。

 

「気持ちいいな。」

「そうっすね。」

 

「昼飯は、どうするー?」

「まだ良いのじゃ。」

「後で良いですにゃ。」

 

 近づけば、バリアが繋がり会話が出来るのも、異世界ならではの魅力だろう。

 バイクやトラックで無線で話しながら仲間と旅をしている感覚。

 

 レーシングカーのような加速感を楽しみつつ。

 

 オフロードバイクの楽しさといえば良いのか、ゴロゴロと岩が転がる困難な道をトントンと軽快に駆け上がる。

 

「ここは、川の上を通った方が、早そうっすね。」

「は?」

 

 道の草が刈られておらず走りにくそうだったが、浅そうとはいえ川である。

 

「川は急に深くなる所があるんだ。危険では無いか?」

「御主人様、うちは本気を出せば空だって飛べるんすよ。」

 

 そう言って、川の上を走り出したハクレン。

 パシャパシャと音が変わったくらいで先程までと変化を感じない。

 

「どう、なってるんだ?」

「僅かに、浮いてるんす。」

 

 ほぅ、深く考えたら負けか。

 

「そろそろ休憩だ。次に店を見かけたら止まってくれ。」

「了解っす。」

 

 



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73 エルフ4

 

 お茶屋さんで昼休憩を挟む。

 恐ろしい速度で走るのであまり見えないため、さっきは民家に間違えて止まりかけた。

 

「サラ、速くなったのじゃ。」

「ポニー、とても速かったですにゃ。」

「「はい。」」

 

「休憩の果実だぞ。」

「「御主人様っ、ありがとうございます。楽しみに待ってました。」」

 

 このクール系の馬娘の双子は果実以外には本当にびっくりするぐらい興味を示さない。

 ドン引きする。

 

「いらっしゃい。」

「7人分、昼飯セットをくれ。」

「はい、すぐに、ご用意致します。」

 

 ペンダントを投げると、コイシちゃんが顕現する。

 

「コイシちゃん、退屈では、無かったか?」

「石状態でも、薄っすらと分かるよ。それにダストの傍にいられる方が嬉しかな。」

 

 コイシちゃんを呼び出したのは、やって貰いたい仕事があるからだ。

 

「はい。ダスト、あーん。」

「もぐもぐ。」

 

 すっかりと、餌付けが癖になってしまったので、問題ないシーンでは、このような食事スタイルとなる。

 

 ただ、ここの料理はイマイチだったので持ち込み品と入れ替えたが、場所代のような物なので気にしていない。

 サラとポニーは文句を言わずに食べていた。

 デザート用に、違う種類の果実をそっと渡すと蕩けるような笑顔を見せてくれた。

 

 地図を開いて現在地を確認すると、信じられない事に半分の地点まで来ており、驚きしかない。

 

「さて、残り半分だ。行くぞ。」

 

「「「おーっ!」」」

 

 

 地面を削り取るような走りを再開する。

 街道に赤信号は無いが、旅人や商人、冒険者などがいるため、すれ違う際は、一定速度まで落とすように、指示してあるのだが。

 

 時速40kmぐらいだろうか人族の限界を超えた微妙に速いのが、前を走っていてなかなか抜けない。

 

「御主人様、前に遅いのが道を塞いでるんすけど。」

「寄せろハクレン。会話をして退いて貰う。高速で抜き去ると風の衝撃波を与えて危険だから。」

 

「あの、すまないが、抜かせて貰ってもいいか?」

「うぉっ!何だ。人に追いつかれるのは7年ぶりだ。脚自慢なのか?兄ちゃん。え?走っていない、ただ背負われてるのか?」

 

「そうだが?」

「は?おいおい、どういうカラクリだ。兄ちゃんが魔法を使って強化してるのか?」

 

「え?俺は何にもしてないが。」

「舐めやがって、どこまで行くつもりなんだ!」

 

「メルカーナの村だが?」

「運送ギルドのスレイプニルと呼ばれたこの俺様を煽るとは、良いだろう。その喧嘩買ってやる。抜けるもんなら抜いて見やがれ。」

 

 顔を真っ赤にして、加速ポーションをごくごくと飲みだした男が、さらに人間の限界を超えて加速する。

 加速して、じわじわと、離れていく。

 

「御主人様、抜いていいっすか?そう言ってたすよね?」

「忠告はした。良いぞ、抜いてしまえ。」

 

 ダストの了解を得た馬娘達は異次元の加速力で男をスパンッと抜き去ると、すれ違い際に発生した巻き込む風により、進路の狂った男は樹木へと激突した。

 メキメキィとへし折れた木が、倒れる。

 

「くっそ、何て異常な速度だ。身代わり符が無かったら死んでたぞ。しかしな上等だ、俺様には夜通し走るギフトがあるんだ。他の配達先は後回しにして、ブチ抜いてやる。うぉぉぉっ!」

 

 人間の限界を超えた速度での追撃が再開された。追手は、配達ギルド1位の男。

 男は、少なくない犠牲を払ってもこの勝負に総てを賭けると決めた。

 

 

 このまま、ダスト達は逃げ切れるのか?

 

 というのは愚問だろう。

 夜通し走るギフトを持っていても無意味なのだ。

 

 だって、その日の夕方にはアッサリと異次元の速度で、エルフがいるかもしれない赤の森の1番近くのメルカーナの村へと到着したのだから。

 

 



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74 メルカーナの村

 

「ここはメルカーナの村だよ。」

 

 そんな村人(仮)を、猫娘はジト目で見てくる。

 

「オーナー、何言ってるんですにゃ?」

 

 言ってくれる人がいないから仕方なしにね?さて、本物の村人に聞き込みをしようか。

 第1村人発見、クワを持ったまさしく村人という服装、完璧だ。

 

「あのー、すみません。宿屋は何処ですか?」

 

「旅人かのう。宿屋なんてこんな小さな村には無えだよ。」

 

「え?」

 

 無いだと!?

 RPGの常識を軽々と覆してきた。

 

 では、テントを持っていない美少女クランの今夜は野宿なのか、異世界に来てニートを脱却したかと思ったら、ホームレスになるとは人生分からないものだ。

 

 そんな役立たずのダストを救うのは年の功、ロリなリリイ。

 

「村長の家に案内して欲しいのじゃが。」

 

「お安い御用だべ。」

 

 本物の村人に案内され、他の民家より少し立派な家へと案内された。

 

「ご苦労なのじゃ。」

 

「お嬢ちゃん、こげな事でお金なんかいらねぇだよ。村長ぉ旅人が来とるだー。」

 

 リリイの渡そうとしたお金を断り、声を張り上げる善良な村人。

 この村には呼び鈴という物はないらしい。

 

「おーぅ。良くいらっしゃたっな。入ってくれ、話は中で聞こう。これはまた別嬪さん揃いな事で。」

 

 出てきた恰幅のいい男性により、粗末な応接室へと案内される。

 

「妾達は、赤の森を調査しに、この村へと立ち寄らせて貰ったのじゃ。」

 

「おぉっ、都会の子供はしっかりして偉いねぇ。儂の孫にも見倣わせたいわ。廃屋が1軒あるから好きに使ってくれていいぞ。」

 

 リリイの幼い外見とは思えないしっかりとした対応に、村長は目をパチパチさせる。

 安心しろ、そいつはお前より年上だから。

 

「感謝する。取り敢えず、7日。滞在する予定じゃ。前金でも全額払えるから、食事とメイドと風呂等の可能な限りのもてなしをお願いするのじゃ。」

 

「風呂は付いてるし、食事も問題無いが、メイドなんてこの村には。手の空いた婆さんでも良いのか?」

 

「構わんのじゃ、何人でも良いから来た分だけ払うので大勢用意するのじゃ。じゃが、メンバーを見れば分かると思うが夜の接待は間に合っておるでの。」

 

 リリイが好き放題、話を進めてビビる。

 一体幾ら使う気なのかと、小市民の俺は気になって仕方がない。

 金銭感覚がぶっ壊れているようなので、これは後で注意しないといけないか。

 

「高くなるが、構わないんだな?」

 

「妾はリリイ・アーハイム。二言は無い。」

 

 ほーら、村長だって心配してるのに。

 足りなかったら、リリイにも出して貰おうか。

 

「大銀貨1枚だ。」

 

 大銀貨1枚、つまり10万円相当か。

 中々にボッタクリだが、専属メイド付ならおかしくはない値段であり、この程度なら払えなくも無いとホッとする。

 大銀貨1枚✕7人✕7日=大銀貨49枚。

 

「分かった、払おうか。」

 

 ダストは、小金貨4枚と大銀貨9枚を取り出した。

 

 それを見て、村長とロリが固まる。

 ロリがパクパクと口を動かし、

 

 ん?

 

「お主、金銭感覚がぶっ壊れるておるのじゃ!どういう勘違いをしたのか知らんが、全部で大銀貨1枚じゃ。」

 

 村長もこくこくと頷く。

 

「え?」

 

「1枚を残して、引っ込めるのじゃ。」

 

「分かった、仕方ない。」

 

 小金貨1枚(大銀貨10枚)を残して、残りを仕舞う。

 貧乏な村の、恰幅のいい見た目に反して小心者の村長が貰っていいのか悩みだした。

 

「はぁ…世間知らずで、すまぬのう。これは下げれぬから、せめて豪勢に頼むのじゃ。」

 

 村長は、震えながらキラリと光る小金貨を掴む。

 

「メルカーナの村へようこそ!」

 

 あっ、村長が壊れた。

 

 そしてダストは秘かに熱望していた『村の名前の紹介』を受け、感激する。

 

 

 廃屋に案内されると、大勢の村の女性が、掃除をしたり料理を作ったりと、てんやわんやしていた。

 村長、頑張ったなぁ。

 

「あんたら、赤の森の特産品が、食べたいんだってね。クリアフィッシュ、メルカーナの卵、紅葉蟹。今日は美味しいお魚を出すから期待していてね。」

 

「湖があるのか?」

「にゃんと、お魚ですにゃ!」

 

「私らは、買うだけだから、そこまでは。」

「白の湖があるらしいよ。」

 

「白湖か。どうやって捕るか知らないか?」

 

「うーん、この村は基本、農民だから、捕り方を知ってる人はいないんじゃ無いかな。」

「魚を卸してる、あの偏屈な森守なら分かるんじゃない?」

 

 

「「後は、ごゆっくりー。」」

 

 綺麗になった部屋と、

 ででーんと出された豪華な料理。

 

 仕事は済んだとばかり村の女性達は、帰宅していく。

 

 

【クリアフィッシュ】

 体長80cmのアロワナに似た魚が、豪快に焼き上げられていた。

 

 裏側の半身は、カルパッチョにしたり、煮付けてたりと、芸が細かい。

 

 料理前に見せて貰ったが、銀色の綺麗な魚だ、鱗が透明であり、この名前にも納得である。

 

「ダスト。はい、あーん。」

 

「もぐもぐ。淡白な白身かとも思ったが、力強くレベルアップするような異世界特有の味。モンスターなのか、こいつは。」

 

「美味しいですにゃー。」

 

「これは、なかなか美味いのじゃ。」

 

「御主人様!メルカーナ村ニンジンも、なかなか好きな味っす。なんといっても、取り立てっすよ。」

 

「うむ、良かったな。」

 

 馬娘達は菜食らしいが、それなりに満足してくれるらしい。

 

 

 食事を楽しんでると、いきなりドアが開いて使いっぱしりの若者が現れた。

 どうもこの村のセキュリティはゼロのようで慣れそうにもない。

 

「旦那、伝え忘れた事が・・・」

 

 ノックもせず現れた村人に、コイシちゃんの膝枕をしながら食べさせて貰うという自堕落なお大臣遊びを見られてしまった。

 おっと、都会の遊びは田舎者には、刺激が強すぎたようで、村人が固まる。

 

「何だ?」

 

「何だっけ?えーと、そうだ!村長が、赤の森の行くならこれを持って行けって。」

 

 ゴトリと置かれた瓶には、透明の液体が入っていた。

 

「これは?」

 

「虫除け。赤の森には、チクチクという激ヤバいモンスターがいるんだ。結界石も鎧も効かないから、血の赤とも呼ばれてる。その液体を塗ってれば、来ない。」

 

「そうか?助かる。材料は?」

 

「知らない。それと、死食鳥という変な黒くて丸々と太った不味い鳥が、テントとか設営品を壊すから、置きっぱなしは止めた方が良いらしい。」

 

「虫除け瓶の代金は?」

 

「いや、要らないよ。もう貰ってるらしいから、伝言は全部伝えたよ。じゃ、お邪魔しました。」

 

 見てはいけないものを見て、恥ずかしそうな顔をした若者が慌てて出て行く。

 

 ダストだって、足をバタバタさせたいくらいには恥ずかしい。

 コイシちゃんに頭を撫でられて、取り敢えず忘れる事にしようか。

 

 

 若者の言葉に含まれていた危険性を、聡明なリリイはいち早く理解した。

 

「赤の森に直行しとったら、そのチクチクとらに殺されておったのじゃな。それで案内人か、流石じゃの。」

 

「オーナーの先見の明が凄いですにゃ。」

 

「ダストは凄いよ。撫で撫で。」

 

 異世界は人の命が軽くて恐れるが、運良く回避出来たらしい。

 道案内くらいのつもりだったのだが、この村へ来て良かったと、撫で撫でして貰いながら、脱力した。

 

 



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75 エルフ5

 

 たっぷりと、虫除け薬を塗り、赤の森の浅い部分に挑む。

 

 赤の森は、実に広大だ。

 

 そして、殺戮者チクチクの棲む森。

 詳細は謎に包まれている。

 

 白い太い幹に、真っ赤な紅葉の葉をつけたメルルの大樹が現れた。

 これこそが、赤の森の由縁。

 

 深層に行けば、この紅い木が群生しており、狂ったような美しさを讃えていると聞く。

 

「綺麗だな。」

「綺麗だにゃー。」

「ほぅ、これはなかなか。良い物じゃ。」

 

 今朝は、森守には会えなかったため、様子見で浅い場所を散策する。

 

 というのも赤の森は、理由は分からないが、あまり冒険者に人気の無いスポットなので情報が無い。

 

 この辺りはまだ普通の森の様相を見せていて、紅い樹が一本あった他は、変わった物は無い。

 

「ピンク、期待しているぞ。」

 

「はいですにゃ。獣人の優れた身体能力を存分に活かしますですにゃ。」

 

「頼もしい。」

 

 この安易な発言により、ピンクを暗黒面に引きずり込んだのは俺の責任かもしれない。

 

 

 やる気に満ちた猫娘ピンクが、スンスンと鼻をひくひくさせ手で止まるような合図をしたかと思うと、ぐぐっと身を屈めて目を光らせた。

 

「うっにゃーーーっ!」

 

 突然、溜めた力を開放するかのように走り出し、高く飛び上がったかと思うと何も無い空中を斬りつけた。

 が、やはりそこには何もない。

 しゅたっと着地する。

 あまりの跳躍力に驚くが、手応えは何も無かったのか鈎手を見ながら呟いた。

 

「逃したですかにゃ。」

 

 こ、これは、ウチの猫が病気にかかってしまったらしい。

 誰もが一度はかかる病。

 中二病だ。

 リリイを見たら優しい目をして見守っていた。

 

「うむ、惜しかったな。あと、3センチといった所か。」

 

 それ中二病だよなんて言わないし、言ってる意味が分からないが取り敢えず残念な猫娘を褒めて乗っかる。

 そっかぁ、その属性を狙うんだと。

 褒めて伸ばす、例え残念な方にニョキニョキ伸びても、『美少女ならば、多少の欠点は、全て好意的な個性となる』からだ。

 それが、この世の残酷な真実。

 

「オーナーの言うとおり、長いのにしとけば良かったですかにゃ。」

 

「そんな事は無いぞ。長い鉤爪は振りぬくのが遅くなるから、現状では結果は変わらなかっただろう。」

 

 しかしながらピンクの作った流れは良い流れではないか?

 冒険に必要なのはワクワク感だ。

 ならば安易に流れに乗るべきだろう、丘サーファーのように。

 

 勿体つけて手袋を脱ぎ、ギラリと目を光らせる。

 

「どうしたんですにゃ?」

 

「しっ。」

 

 黙るように指示すると、リリイは呆れ顔だが、猫娘がゴクリと息を飲む。

 良いぞ、なんか凄い事やってる感の演出が出来たから、後は同じ流れだ。

 

 何もない場所になにかあるが如く駆けつけて、右手を全力で叩きつけるように伸ばす!

 

「うぉらあっ!」

 

 予定どおり、右手は光らないし手応えは何もないが、これは中二病ごっこであり、俺は仲間を1人だけ暗黒面には堕とさない。

 

「くそっ、逃したか。」

 

 そして、悲しげな顔。どうだ!

 ピンクゥ、心配するな、暗黒面には俺も堕ちてやるよとチラリと見たら、まさかの駄目出し。

 

「オーナー、そこには、気配無かったですけどにゃ?」

 

 ふぁ?そんな事、言っちゃうの。

 ピンクゥ!援護に来た味方を撃つとか、有り得ないよ、有り得ない。

 え?お前の中では選ばれた者は独りだけの設定で嫉妬したの!?

 

「ぶふっ。」

 

 リリイが堪らず吹き出す。

 おいおいおい、ねーよ、これは、ねーよ。

 

「失望させるな、獣人は感覚が優れているが、五感に頼りきっているようでは、まだ駄目だな。」

 

「オーナー、ピンクが間違ってたですにゃ。」

 

 悔し紛れに言ったら、まさかの改心パターンへと移行した!?

 

 どういう事なのかと猫耳をへにょんとさせ頭を垂れるピンクを見ながら考える。もしや、そうだ。

 俺が本気で中二病ごっこに乗っかるかどうか試したんだな、クオリティの低いヤツは参加する資格が無いと。

 

「いや、若い頃は良くやるミスだから、気にするな。」

 

「ありがとうですにゃ。」

 

 リリイがドン引きした顔で見てくるが、今から仲間に入ってもいいんだぞ、ピンクの謎審査を合格する必要はあるが。

 こういうのは、楽しんだもの勝ちなんだけど。

 

「うっにゃーーーっ!」

「うぉらあっ!」

「にゃーーっ」

 

 森に、無意味な掛け声が響き渡る。

 

「惜しかったですにゃ!これは!?オーナー、見てくださいですにゃ。」

 

 ピンクが、凝視していた鉤爪をブンと振ってきた。

 うおっ危ねえ。なになに、魚の鱗が1枚ついてるが昨夜の晩飯の残りか。

 

 飽きさせないよう優秀なピンクがネタを盛ってきたけど、近くに川は見当たらず、さすがに雑すぎて返事に困る。

 

「・・近いな。」

 

「ですにゃ。」

 

 困った俺のさらに苦し紛れな台詞に、中二病ピンクが、真剣な顔で頷く。

 

「ぶふぉあ。」

 

 リリイ、サラ、ポニー、アウト!

 俺だって笑いてえよ。

 後で3人にはケツバットのお仕置きをしないと。

 

 ハクレンが笑わないのは、会話も聞かずこっそり隠れながら、幸せそうにおやつのニンジンを齧ってるからだ。

 

 

「うっにゃーーーっ!」

「うぉらあっ!」

「にゃーーっ」

 

 はあはあ、さすがに疲れてきたが、ストレスは発散出来たので素直に感謝したい。

 そろそろ締めるか、あまりダラダラと同じネタを引っ張るのはいけないからな。

 

「日が暮れてきたな、恐らくは、このまま同じ事をやっても無意味だろう。」

 

「ですにゃ。」

 

「しかし、俺は今一度、足掻く。それで通用しなければ次の手へとシフトすべきだ。」

 

「仕方ないですにゃ。」

 

 うん、良いね。

 実に、綺麗な幕引きではないだろうか。

 

 後は、演技力が問われている。

 

 我に、秘策有り。

 先程、夕食に出ていた魚の死骸を森の中で見つけたからだ。

 この現象は珍しい事では無く、鳥が運搬中に落とした物だと思われる。

 川が近くにあるのだろう。

 

 目は虚ろでスライムに食われかけていた魚の死骸から、透明な鱗を3枚採取したので、仕込みはバッチリ。

 逃げられたか、と言って鱗を3枚見せればエンディングだ。

 リリイには見られてしまったが、ピンクにチクったりしないから大丈夫だろう。

 

 師匠ロールをしているので鱗ネタに乗っかりつつ、少しだけ上を行くとこうなる。

 

「ハァァァァ!」

 

 気合いを溜める演技、リリイは慈愛の微笑み、ピンクは息を飲む。

 

 駆け出す。

 

「隠れても無駄な事、俺の右手からは逃げられない。今日、逃げたとしても、無意味だ。俺は猟犬のように死神のように必ずや追い詰める。俺の女になりやがれぇぇぇ。」

 

 全身の力を持って右手を何も存在しない空間へと叩きつける。

 ピンクとともに、暗黒面に墜ちる覚悟が俺にはある!

 

 しかしながらピンクの謎審査を合格するには、これだけでは弱く最後のひと押しの意外性がいる。

 納得するため、何か掴みかけたかのようなトリッキーな動きがいる。

 

 伸ばす手をぐるっと真後ろへと廻して、何も無い空間を掴む、完璧だろ!

 

「光りやがれぇぇ!」

 

 

 俺の魂に呼応するかのように、右手が光りだす。

 

「は?」

 

 右手が本当に光った。

 そして、魚に触ったような感触。

 

 きもっ!

 ゾワリと、背筋に嫌な汗が流れる。

 

 明らかに、この空間には、何も無かったはずなのに、どうなってるんだ!?

 

 



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76 エルフ6

 仄かに発光しだした右手が空中を叩くと、そこには体長1メートルを超える大魚がいた。

 空に、魚。

 

 

 ピンクは中二病にかかったのではなく、獣人の鋭すぎる感覚で、透明化して空中を泳いでいた魚の気配に微かに気付き、追っかけていたのだ。

 ダストが真似をして伸ばした手が、偶然にもそれを捉える。中二病ごっこだと思い真剣では無かったからこそ嘲笑う魚の油断を突けたのかもしれない。

 

 透明化を暴かれ、忽然と空中に姿を現した龍魚(アロワナ)のような形をした魚は、銀色の身体で、虹色の発光体のラインが流れるように光っていた。

 

 銀の体躯に、右手の光る(・・・・・)手形の跡(・・・・)をくっきりとつけたまま、ゆらゆらと力無く空を泳ぐように逃げ出す。

 

 美しい。

 その幻想的な光景に心を打たれる。

 

 大気を泳いでる姿は、まるで違和感が無くて、まるで自分達が湖の底に沈んだような錯覚すら受ける。

 

 ダストは、空を見つめ、手を伸ばす。

 

 

「お前は何者だ?

 いつからそこにいた?

 

 再び神秘の空に消え去るつもりなのか?

 だが、それは俺が許さない

 既に異能で捉えた

 

 神秘のベール脱ぐ時が来たのだ

 お前は誰だ?

 真の姿を、見せやがれぇぇぇ」

 

 

 魂の叫びに呼応して、空にかざした右手と、魚に付けられた手形が、連動して強く光り始める!

 

 俺だけの異能の右手が、透明化で姿を隠し空を泳いでいた魚の真の姿を暴く。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:透明空魚(クリアフィッシュ)

成功

種族:???(美少女)

外観:美少女のフィギュア

装備:羽衣の服

特記:進化可能(1/12)

 

 異世界に美少女の欠片が生まれた。

 

 小さな美少女の偶然(フィギュア)は、ゆらゆらと、水底へ沈むように、ダストの手の平の中へとゆっくりと落ちてきた。

 

 

「流石ですにゃ、御主人様。」

 

「ひぃっ!本当になんかいたのじゃ。意味が分からんのじゃーー。」

「「ヒィィン!」」

「えっ!何があったすっか?ポリポリ。」

 

 反応はそれぞれだがダストの心臓もバクついている。

 嘘から出た真といえばいいのだろうか、ピノキオの伸び過ぎた鼻が、魚を突き刺したような気分だった。

 

 こうなったら、この嘘つきの鼻を伸ばしてしまえ。

 

「ようやく捕まえたぞ。」

 

「最高ですにゃ。オーナー、いえ師匠は、すでに五感を超えた高みに到達しておられたのですにゃ。」

 

「ダストよ、妾は疑っておった。疑ってすまなかったのじゃ。自分が恥ずかしい。」

 

 嘘つきダストの鼻がニョキニョキ伸びて純粋な美少女達の心に突き刺さり、尊敬の視線を獲得した。綺麗な何かを代償に捧げ大人へとなる。

 しかしながらまだ童貞を捧げていないので変身形態を残しているともいえる。この男、可能性の塊。

 

「まるで昨日の夕食の魚のようでしたにゃ。あれは美味しかったですにゃあ。」

 

「妾には、想像すら出来なかったのじゃ。昨夜の魚が空を泳いでおるなど、一体誰か思おうか。やはりダストは凄いのう。」

 

 偶然、透明空魚(クリアフィッシュ)という存在が判明したが、奇蹟が起きた事により疑問が増えた。

 

「なぜ美少女にならずにフィギュアになったんだ。これは、一体?」

 

「不完全体かもですにゃ?ピンクも猫娘[N]の記憶は、ぼんやりですからにゃ。」

 

 なる程その可能性が高いだろう。

 さらに少しでも手掛かりを得るため、動かない美少女フィギュアの詳細を確認する。

 もしや、ここに隠されているのか?スカートの中を覗いてみたら薄緑のパンツを履いていた。うむ。

 

「あと何匹か捕まえる必要があるという事か。大きな一歩を前進した。今日はこれで引き上げよう。」

 

「「おーっ!」」

 

 《乙女達の楽園》は、ホワイトなクランを目指しているので残業は無い。

 

 

「今日はメルカーナの卵を出してくれるらしいぞ。」

 

「魚が良いですにゃー。」

 

 興奮冷めやらぬまま、実にほのぼのと、ダストは美少女達を引き連れて、平和で貧乏な村メルカーナへと帰路に着いていた。

 

 

 

 ダスト達はまだ知らない。

 

 その少し前、平和な村メルカーナへ、人間の限界を超えて土煙を上げて走って駆けつける男が現れた。

 

 疲労困憊、満身創痍といったいつもと違う様子で倒れ込む男に村人達は慌てる。

 

「どうした!?スタンビートか?」

 

「水を‥」

 

「大丈夫か、ほら水だ。」

 

 一昼夜走り通して隈のある目で、ごくごくと水を飲む男。

 

 




ルビの振り方が、サイトで違う事に気付きました。

・・・修正中。
読みにくかったハズなのに、お気に入りつけてくれてた方には感謝を


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77 疲労困憊の男

 

 疲労困憊の男は、水を飲み少しだけ生気を取り戻したのか薄い笑みを浮かべる。

 

「そうじゃねぇよ。いつも通り運送に来ただけだ。最近、商売敵が調子に乗ってるから実力を示した。商売敵は来たか?」

 

 アイテムバッグから荷物を渡すと、村長は有り難そうに受取り、受取りサインをする。

 

「いや、来とらんね。もう20日も待ってるんだが。」

 

「そうか、まぁ8日かかる所を、特別に5日で来たからな。昨日は全速力で一昼夜走りっ放しだぜ。」

 

「8日?、い、5日だと!?無茶しやがって、さすが運送ギルドのスレイプニルは違うねぇ。凄すぎる。こんな辺鄙な村へ、いつも悪いな。」

 

 驚きのあまり目をパチパチとさせる村長に気を良くするスレイプニル。

 

「とはいえ、こっちも限界なんで2日程、支所で休ませて貰う。あと、滞在中に、豚野郎と女達のグループがもし来たら教えてくれ。」

 

「昨晩、そんな客は来たが。」

 

「昨晩?いや、そいつら以外で。」

 

 運送ギルドのスレイプニルが豚野郎に勝負を吹っ掛けられたのは夕方前なので可能性から除外したのは実に常識的な判断である。

 

 村長家で談笑し、フラフラと歩く男の背中には自信が漲っていた。

 胸元には、飛ぶように地上を疾走するクロック鳥を模した運送ギルドバッジが輝く。鳥が掴んでいる数字は最速の者にだけ許された1だ。

 

 そんな男が目を見開く。

 野郎、口先だけじゃ無かった。

 

 ライバルが村へと到着した。

 イライラとしてケンカを買った理由が分からなかったが、実力に気付いていたからかと。

 

 怪しげな豚野郎が背中に乗ってどんな魔法を使ったのかは知らないが、俺から遅れること、たった3時間でまさか追いついてきたのかと、赤の森の入口付近の探索を済ませて帰ってきたダスト達と再会し、疲労困憊の男はそう思った。

 

「よぉ、脚自慢の兄ちゃん。なかなか速いじゃねぇか、認めてやるよ。」

 

「だ、そうだ。良かったな、ハクレン。」

「御主人様、なんの事っすか?」

 

「運送ギルドのスレイプニルと呼ばれる俺を追い詰めるとは大したものだ。だが、一足遅かったようだな。」

 

「な、何だと!?くそっ。」

 

 悔しがり走り去るダストを見て、男は評価をさらに1つあげた。

 本当はすぐにでも休みたいがダスト達に敬意を評して、ゆっくりと追いかける。

 

「あの豚野郎、向上心も有りか。ぜひ、スカウトさせて貰おう。」

 

 

 廃屋に帰ってきたダストは、料理をしてくれてる村の女性達へ、開口一番、心配を口にした。

 

「買えなかったのか?」

 

「あら、お帰りなさい。そんなに楽しみにしてくれてたんだね。買えたから安心しなよ。ほっぺた溶けるくらい美味しいよ。」

 

「そ、そうか。ビビらせやがって、あの暴走男め。」

 

「何か言われたのかい?」

 

「いや、変なのに絡まれただけだ。疑うような事を言って悪かった、楽しみにしてる。」

 

 

 少し遅れて、コンコンとノックして入ってくるスレイプニル。

 

「よぉ、勝負は俺の勝ちだな。勝者から提案がある、スカウトに来たぜ。」

 

「何の話だ?ビビらせやがって、バッチリ買えたそうだ!」

 

「は?兄ちゃん、何の話だ。」

 

 噛み合わない2人のおっさんに、橋を架けたのは村の女性。

 

「スレイプニルさん、いつも配達ありがとねぇ。こちらの調査員さんは昨晩から村へ来てくれたんだよ。」

 

 村の女性の紹介を聞いて自己紹介がきちんと出来て無かった事に気付くスレイプニル。

 

「おっと、悪い。自己紹介をちゃんとしてなかったな。俺は運送ギルドのナンバーワンの男、通称スレイプニル。この村へは良く来ている。兄ちゃん達は、昨晩からか、昨晩?」

 

 そう言った男の顔がどんどんと青ざめていく、なんかもう倒れそうな程に。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「・・兄ちゃん。重要な質問がある。この村へ到着したのは何時だ?」

 

「え?昨晩だけど、今日は赤の森の探索に出てた。」

 

 スレイプニルは、まるで信じられない者を見るような目付きになり、村の女性に目で問いかけると、たじろぎながら女性は答える。

 

「調査員さんの言ってる事は本当だよ。どうしたんだい?」

 

「フフフハハハ。意味が分からねぇよ。こんなのにどう勝てっていうんだよ、ナンバーワンが聞いて呆れる。これを貰ってくれ。」

 

 泣きながら、ダストに誇り高きバッジを胸から剥ぎ取り押し付ける。

 

「いや、なんか分からないけど、いらない。」

 

「いいから!!貰ってくれ!」

 

 鬼気迫る顔で、バッジを無理矢理に受け取らされるダスト。

 

《運送ギルド最速の証:SSR》を獲得した。

 

「あの…これ。」

 

「無くすんじゃねぇぞ!!あと、必ず付けとけ、外してるのを見かけたら殺してやる!」

 

 何だかとても重要な物を押し付けられたらしい。効果も分からないし、外すと死ぬらしい。このアイテムは、呪われてる?

 

 困惑した顔で、村の女性を見たら、目を逸らされた。

 

 

 そういえば、最近。ハクレン頑張ってるよなぁ。労ってあげないと…プレゼントも毎回ニンジンでは、ちょっと。

 お、おやぁ?こんな所に、格好いいバッジがあるぞ。

 

 ダスト様争奪戦、『初めてアクセサリーを貰った女』ハクレン思わぬ展開で一歩リード!

 

 



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78 紅葉蟹

 

「ほら、紅葉蟹(モミジ ガニ)だよ、ほっぺた溶けるほど美味しいから?」

 

「メルカーナの卵では?」

 

「あれも美味しいけど、断然こっちだから今日はこれね。滅多に入荷しないんだから運がいいよ。」

 

 ドーン!と夕食で置かれた毛蟹サイズの真っ赤な蟹は、片方の爪だけがやたらと大きかった。

 地球と違うのは生きてる時から紅いらしい。あと、腐るのが速いので、必ず活きた状態で入荷するとか。氷魔法は珍しいのだろうか?

 

「濃厚!はぁ?美味っ。」

 

 暴力的に美味い。

 地球の蟹も好きだが、何というか格が違う。これを食った後は、へぇ、偽物しか知らないんだとか言ってしまいそうな程に。

 

「美味じゃ!なんじゃこれ!!」

「これは、なんか苦手ですにゃ。」

 

 ふむ。7人いて、2人だけしか食べられないとかメンバーの偏食が突き抜けてる気がする。

 ただ、日本の給食みたいに無理強いしないのが、当ギルドの方針です。

 

 コイシちゃんはそもそも食べないし、ハクレンも今日は食べないらしい。どうやら、おやつを食べ過ぎたのか、ピンク特製ニンジンジュースだけにするようだ。

 双子のサラとポニーは、仲良く果実を食べて蕩けるような顔をしている。

 

 つまり戦えるのは2人だけ。

 

「俺が、責任持って全部喰ってやるよぉぉ!」

 

「1人にはさせん、妾も手伝うのじゃ!」

 

 ロリが珍しく頑張ったようだが、その小さき身体では無理なようで。

 

「む、無念じゃ。」

 

「心配はいらん。後は、俺に任せろ!」

 

 くはっ美味い。

 殻は、コイシちゃんが剥き剥きしてくれるのでワンコ蕎麦のように圧倒的スピードで食いまくる。

 幸せすぎんだろ!

 

「はい、ダスト剥けたよ?」

 

「ありがとう、コイシちゃん。」

 

 俺は、止まらない。走り続ける男だ。

 

 ついには敵を打ち倒し全てを胃袋へと納めると、湧き上がるレベルアップするかのような満足感が体を満たす。

 食べ終わった後に遅れてくる充実感。

 なみなみと幸せを注がれて受け止めきれず溢れて、それが風呂のように溜まり身体がポカポカと温まるような。

 

 幸せゲージは既に振り切っているのだが、コイシちゃんが汚れた口元を拭いてくれたりと世話を焼いてくれ、さらにゲージの先へと連れて行ってくれる。

 

「ふぅー。御馳走様。明日は、この紅葉蟹を狩りに行かないか?」

 

「師匠、その偶像(フィギュア)どうするんですにゃ?クリアフィッシュ捕まえないと可哀想ですにゃ?」

 

「とは、言ってもなあ。」

 

「あのままでは何日やっても捕まえられぬじゃろう。森守(モリモリ)の所へ行ってみるのはどうじゃ?げふぅ。」

 

 いつも背筋を伸ばした行儀正しいロリのリリイがぶっ倒れてる。

 

「リリイなんで寝てるんだ、俺の真似か?」

 

「うるさいのじゃ。腹が膨れ過ぎてうごけぬ。妾に関わるでない。」

 

 手をプラプラと振るリリイ。からかうチャンスだが、俺も動けないので見逃してやろうか。

 

「でも、森守は偏屈なんだろ?」

 

「大丈夫。ダストなら出来るよ。」

 

 根拠の無さそうなコイシちゃんの発言に、撫で撫でが加わると、何故かどんな事でも出来そうな気がしてくる。

 彼女は勇気と自信を与えてくれる。コイシちゃんは何時だって優しい。

 これだけ背中を押されたら、豚野郎だって空を飛べるさ。

 

「よしっ、明日は森守に会いに行こう!」

 

 

 



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79 森守

 

 赤の森の特産品を全て独占している、森守の偏屈な爺さんに交渉に行く。

 

透明空魚(クリアフィッシュ)の捕り方を教えろじゃと?」

 

「いや、活きた状態の物が何匹か欲しいだけだ。生体の買取でも構わない。」

 

「取り敢えず付いて来い。」

 

 独占しているのなら、さぞや儲かってるのかと思ったら、赤の森の品は、劣化が速くて流通に適さず、販売先がメルカーナの貧乏村だけになるため暮らしぶりは微妙なようだ。

 嫌な目付きで女達を見た後、村から離れた一軒家へと案内された。

 

「貴様。条件がある、誰でもいいから、息子の嫁に1人寄こせ。そうすれば全てを教えよう。」

 

 おおっと、この爺は嫌われて当然だな。

 著しく不愉快だし渡すつもりは微塵も無いが、怒り狂って帰るだけの能無しなら、この異世界には立っていない。

 

「断る。彼女達は道具では無い。が、場合によれば助けてやれる可能性があるので息子と話をしてやってもいい。」

 

「何だと?貴様。」

 

「勘違いするな、既に一匹捕まえた。こちらは、少しだけ労力を惜しもうと来ただけに過ぎない。そちらの要求は、全く吊り合ってないんだよ。」

 

「うっ。」

 

「そもそも彼女達に吊り合う物など、この世には無い。これ以上、俺を怒らすな。会って欲しいなら、さっさと案内しろ。」

 

「こっちだ。頼む、息子を。」

 

 急に、存在が小さくなった老人の後を付いていく。元々、悪人な訳ではないのかもしれない。ただ、好感度はストップ安なので、交渉打ち切りはありうる。

 

 案内された先には、犬をあやしている捻くれた目付きの青年がいた。

 親がいては話にすらならないから老人を追い払う。

 

「話を聞くから、あっちに行ってくれないか?」

 

「何故だ。」

 

 もう流石に面倒くさくなって帰ろうとしたら、慌てて老人は退出した。

 捻くれた目付きの青年との交渉が開始される。

 

「何で俺が来たか分かるか?」

 

「女を差し出すのか?そうだな、あーその背が高いのはパスだ。ちんちくりんも駄目だ。そのピンクの髪で良いぞ。すげー可愛いな。おっぱいも大きいし。」

 

 選ばれたのは、ピンクでした。1番、嫌そうな顔してるな。

 森守の息子が、偏屈爺より、酷かったのは予想外だったが、交渉は決裂した。

 

 バウ!

 

 クソみたいな青年を、犬が噛んだ。

 

「痛っ、何するんだ。ペス。」

 

「なぜお前なんかが選べると思ったのか甚だ疑問だが、誰一人、お前なんかに、やる訳無いだろ。」

 

 俺が呆れて言い放つと、ペスがペロペロと青年の噛んだ部分を舐めはじめた。

 

 くぅーん。

 

 捻くれクソ野郎との交渉は決裂したので帰ろうかと思っていたのだが、彼の愛犬ペスの献身を見て、少しだけ考えが変わった。

 混沌神の寵愛を受けているため、悪戯心がざわめくのだ。

 

「ペスよ。」

 

「何で俺の犬と話を、」

 

「お前はっもう黙れ!!交渉は既に決裂しているから一言も話す権利は無い。いいか!」

 

 ダストは怒っていた。

 彼女達を貶められて、激情していた。

 

 気付いたら、相手の襟元を掴んで激昂していた。青年の方が明らかに身体能力が優れているのに、怯えたように頷く。

 喧嘩なんて、こんなものかもしれない。

 

 このクソ野郎は、チャンスを逃した。しかし、意外にも彼の愛犬はチャンスを咥えた。

 

 

 ダストは、犬と、真剣に対峙する。

 

「ペスよ、俺は奇蹟を起こせる男。しかし、今のままで充分に幸せでは無いのか?それ以上のステージへ進みたいと望むのか?」

 

 ばう。

 

「こいつは、魅力の無いクソ野郎だ、それでも良いのか。」

 

 ゔーっ。ばう。

 

「良いだろう。貴様の盲目的な献身に免じて、ただ一度限りの奇蹟を与える。」

 

 黒竜の手袋を、すっと脱ぐ。

 

 

 彼の名は、ダスト!

 

「願え!

 汝の領分を超える傲慢な願いを

 

 自分の在り方を否定し

 醜い程の盲目的な愛を持ち

 想い人の似姿へと変われ

 

 けして同じには成れぬ苦しみを

 その胸に抱きながら

 純粋なる献身と2人の愛で

 小さな溝を埋めるがいい

 

 現実を書き換え、獣人となれ!」

 

 

 無関係な犬と、その犬が愛する捻くれたクソ野郎の為に、右手が光る。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:残念な飼い主の犬

やや成功

名前:ペス

種族:獣人『犬族』(美少女)

特徴:捻くれた青年が好きな少女。

装備:粗末な服[N]

 

 美少女が異世界に1人増えた。

 

 以下、略。

 

 

 ダストは、ひと仕事終えて、手袋をはめる。

 

「ハーミット、ペスだよ。」

「え?ペス?」

 

 犬娘は興奮して青年に抱きつき、顔をペロペロ舐め出した。

 

 

「今日の事は他言無用だ。話せば掛けた魔法が解けてしまう。」

 

 ダストは嘘を吐いた。

 ただし犬が獣人になった等とバレれば幸せな生活は出来なくなるので間違いでは無いが。

 

 事態が収集するには今少し時間がかかるだろう。

 帰り際、老人に、言い放つ。

 

「約束は果たした。明日、料金を徴収にくる。知ってる事を整理しておけ。」

 

 

 今日は疲れた。

 帰ってコイシちゃんに癒して貰おう。

 

 



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80 エルフ7

 

 翌日。人って、たった1日でこんなにも変われるんだなと思ったのが素直な感想。

 

「ダスト様、お待ちしておりました。ささっ、こちらへお座りくだされ。」

「ダスト様、クリアフィッシュを仕留めておきましたので、どうぞ。」

「ダスト様、心より感謝致しますわん。」

 

 誰だ?こいつらって思うだろ、森守の親子と犬娘なんだぜ。美少女の力とは偉大としか言えない。

 

 偏屈爺さんの顔は緩みっ放しだし、息子の捻くれクソ野郎の目は輝きつつあった。

 犬娘ペスが、誇らしげな顔をしているが、この圧倒的な変化に心から称賛を贈りたい。

 

「ペス、良くやってくれた。もし2人が心変わりをしたら俺の店で雇うから遠慮なく、その時は《乙女達の楽園》を訪ねてくれ。」

 

 縮み上がった2人と、ふるふると首を横に振る盲目的な犬娘を見ると、どうやらその機会はなさそうだが。

 

「にゃふーっ。今夜の食事は、お魚ですにゃ!」

 

 ピンクは、朝から浮かれている。フィギュアがどうのこうの言っていたが、食べたかっただけなのか。

 

 そういえば、昨夜の飯は《メルカーナの卵》が出た。

 特に味もなく小さな丸いゴムボールのような代物だったが、メルカーナが何か誰も知らなかったので、蛙の卵を想像してしまった俺は、途中で食べるのを辞めてしまった。

 

「何で仕留めた。活きてる状態のは無かったのか?」

 

「誤解しないでくれ、ダスト様。クリアフィッシュは、赤の森の恵みで、なぜか死にかけの魚が地面でピチピチ跳ねてる時があるので、それを死喰鳥より先に拾ってる。だから、もともと弱って保たなかった。ただ、死んでるが、食べるのには何の問題もない。今朝は3人で手分けして幸運な事に2匹も拾えたから、勿論、全部持って行ってください。」

 

 焦ったように説明する青年。

 

「分かった。あと、赤の森の気を付けるべき危険性を教えて欲しい。」

 

 ダストの質問に、一緒に犬として森を駆け回っていた、犬娘ペスが答える。

 

「チクチクという小さい羽虫のモンスターの集合体に気を付けてください。虫除けを塗って、黒い雲のような虫溜まりを避ければ、大丈夫でございます。この攻撃的で火に耐性がある羽虫の細い針は鎧すら貫き、敵対すれば死にます。チクチクが赤の森の殺戮者として君臨してるため、他のモンスターは、死喰鳥と紅葉蟹しか居ませんわん。」

 

死喰鳥(デスバード)?」

 

「不味いためチクチクも襲わない黒く太った飛ばない鳥ですわん。死者の目玉しか食べない美食家で、バブルスライムと共生しており、あちこち啄む森の清掃人。ゲエエエと鳴くんですの。」

 

「ふむ。ペス、なかなか分かりやすかったぞ。」

 

 危険が無いなら、話は速い。

 なんたって彼女達は異世界最速っ。

 馬娘の魔導コンパスを現在地にセットして、指示を飛ばす。

 

「ハクレン、サラ、ポニー。魚を探してくれ。30分見つからなければ、タイムアップだ。ゴー!」

 

 こくりと頷き、ドヒュンッと超速度で消える3人組を見て、森守達は度肝を抜かれている。

 さて情報収集を続けようか。

 気になってる事がある。昨日食べたのが、何なのか?蛙でない事を祈るばかりだ。

 

「そう言えば、メルカーナの卵は、何の卵か知ってるか?」

 

「紅い木。メルルの木の苗ですわん。」

 

「え?木の苗なの。卵なのに?」

 

「鑑定でそう出たらしく、そこは間違いないですわん。水を入れて密閉した瓶を放置しておけば採れるらしく、昔から原理の分からないこのやり方で採ってるらしいですわん。」

 

 ふむ。採取方法は理解出来ないが、重要なのはそこでは無い。

 蛙の卵では無い!俄然、食い気が戻ってきた。リベンジに燃える。

 メルカーナの卵め、どう料理してくれよう。

 

 で、10分も経ってないのに、足音がするので見ると、頼りになる相棒が、もう帰って来たらしい。

 

 ハクレンがピチピチ跳ねる魚を捕まえて帰って来たのを見て、あまりの速い仕事ぶりに森守達も固まる。

 

「ナイスだ、ハクレン。」

 

 照れるハクレンは可愛い。

 ここから先は、俺にしか出来ない仕事だ。残りの欠片を集めて顕現させるべく、黒竜の手袋を脱ぐ。

 

「神秘の魚よ、俺の前に、その隠された姿を、晒せぇぇぇ!」

 

 右手に力を込めてクリアフィッシュを叩く。

 叩いたんだけど…

 

 

 ぺちん!

 

「あれ?光らないぞ。」

 

 何も起きないので首を傾げる?

 んんー?

 しかも、なんか微妙な雰囲気になり、少し恥ずかしい。

 

 考えていたら、リリイが顎に手を当てて推理しだす。

 今度、虫眼鏡を持たして探偵気取りに育てるのもありかもしれない。

 

「妾が思うに、魂が死んでおったら駄目なんじゃないかのう。恐らくは既に、その魚の魂は死んでおるのじゃ。」

 

「ふむ。」

 

 念の為、5分後に帰ってきたサラとポニーの魚も叩いてみたが、結果は変わらず。

 やはり魂が死んでいるのだろう、虹色の流れるラインが消えると駄目なんだろうと思う。

 活きたまま捕まえる何か別の手を考える必要があるようだ。

 

 ただ、網は、この辺りでは売ってる訳が無いし。金はあっても、アマゾンさんはいない。

 何か方法は。。

 

 そうだ!簡単な方法。

 釣りをしよう。

 

 幻想を纏っていても、こいつらはしょせん魚だ。半分、幻想を暴いた俺ならば釣り上げれる。

 

「よしっ。透明空魚(クリアフィッシュ)を釣り上げるぞ!白き湖へと案内してくれ。」

 

 しかし、頭の固い森守の老人はダストの提案に否定的だ。

 

「いや。でも、ダスト様。湖に魚の跳ねる音こそすれ、湖で釣ろうとした人間は過去に、何人もおるけど、誰も釣り上げたものはおらん。湖底にあるポムの木の根ですぐ根がかりするし、アタリすら無い。」

 

「当然だ、あの魚は大気を泳いでいるのだから。」

 

 ニヤリと笑い爆弾発言をするダストに、森守達は腰を抜かす。

 

「「大気を泳ぐ!?」」

 

「あぁ、俺達は、この目でしっかりと見た。」

「ですにゃ。」

「妾も、未だ信じられぬが透明になって大気を泳いでいるのを見た以上、否定できぬ事実なのじゃ。」

 

 リリイの追加説明で、森守達は目をパチパチさせるしかなかった。

 

「「普段は透明!?」」

 

「あぁ、そうだ。」

 

 

 森守達は、昨日の朝までなら、何を言っているのかと、馬鹿にしただろう。

 

 しかし、昨日この目で奇蹟を見て、犬娘ペスという人生を変える人に会った今、否定する言葉を持たない。

 

 透明空魚(クリアフィッシュ)という幼い頃に疑問を持った鑑定の名前も、ストンと胸に落ちる。

 

「「ダスト様は、森守の一族に渡る長年の疑問を、たった1日で解かれたのか!」」

 

「いや、まぁ偶然だ。」

 

 

「「いえ、ダスト様に偶然というお言葉など有りえません。我ら森守に、案内させてください。《ポムの樹の乳白色の池》へ。」」

 

 異様なテンションになった森守に案内され、ドン引きしたダスト様(笑)がついていく。

 

「師匠なら当然ですにゃ。」

 

 何故か自慢げなピンクを、横目にダストは薄く笑った。

 

 



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81 エルフ8

 

 《赤の森》

 

 

 紅葉もみじが咲き乱れる幻想的な森。厳密には、違う品種だが、一年中、赤い葉をつけるこの木の葉は、地球で見たそれと、良く似ていた。

 

 狂うような美しい紅。

 

 

 言葉が出ない。息を飲むような、群生地は心を穿つような大迫力だった!

 この周辺に、緑の葉をつける普通の木は、無い。まるで異世界に来たかのような。いや、来てたんだったか。

 

 神秘の森。

 虫除けが無ければ、死の森に変わる。

 

 下に落ちても紅葉の葉は、枯れる事もなく赤い。

 

 

 ポゥポゥポゥポゥ

 

 プヮプヮプヮプヮ

 

 

 森の奥へ、立ち入ると、何か分からないが、間が抜けた鳴き声が響くように聞こえた。

 

「あれは、何の鳴き声なんだ?」

 

「ダスト様、分かっておりません。」

 

 

 地面は、無数の穴が空いていて、透明度の高い水が所々張った湿地帯のような場所だ。

 

 清流も流れている。

 

 

 空気は、澄んでおり、魔力のようなみなぎるチカラを感じる大森林。ここが、赤の森。幻想的な場所だった。

 

 

「ダスト様、この先です。」

 

 パシャリ、パシャリ

 

 森守達の案内の後ろを付いていくと、水面から魚が、跳ねる音が聞こえた。

 どうやら近いようだ。

 

 白い湖が、見えた。牛乳風呂みたいな、白のイカれた光景。

 周りを囲む紅い木より落葉した紅い葉が、湖底に沈んでいくが、透明度が低いためか、すぐに見えなくなる。

 

 

 水面から魚が、跳ねる音が聞こえるが、跳ねた魚は見えない。

 

 間違いない。ここに透明空魚(クリアフィッシュ)がいる。

 

 この見えない魚の生態は知られていないから、釣りあげるためには、何を食べているのかを探る必要がある。

 

 水面を跳ねる音がするのは何故か?

 水中には棲んでいないと思われる。

 水を飲んでいる?

 それとも、ただ遊んでいるのか?

 

 白い湖の中程に、白いポムの女王樹があった。

 白く太い幹と枝だけの木だが、存在感があり枯れているようには見えない。

 

「黄色のボールが浮いてるっす。」

 

「あれは、ポムの実ですわん。」

 

 パシャパシャと波打つ場所に、何かが浮かんでいるようだ。

 しかし、よく見えるな。これが獣人との身体能力の差だろうか。

 

「中央の樹が、ポムの女王樹だろ?葉も実も付けてないように見えるが?」

 

「ダスト様、ポムの実は湖底にあると思われていて、色は決まっておらず、ボールのように跳ねます。割ると中には小さな美味しい実が入ってます。」

 

「本当に、変わった樹だな。もう少し情報が欲しい。小舟は無いのか。」

 

「昔はあったのですが、バブルスライムが溶かしてしまうので。」

 

 勢いだけで来てしまったが、手詰まり感が凄い。まぁ、地道に基本的な調査から行おうか。

 アイテムバッグから、次々と食品を出して地面に並べていく。

 

「師匠、何してるんですにゃ?」

 

「クリアフィッシュが何を食べるかを調査するための餌だ。少し離れて食いつくのを待つ。後は、湖の観察。何か分かったら、教えてれ。皆、絶対に釣り上げるぞ!」

 

「「おー!」」

 

 

 ・・・・・。

 

 なんてやったのが、2時間前だ。

 白い湖面は相変わらずパシャパシャ音を立てているが、各種置いた餌には何の反応も無い。

 というか、見えないモンスターをどうやって観察しろっていうんだ。どう考えても無理ゲーだろ。

 

「リリイ、透明化を見破る呪文は?」

 

「透明化という単語自体、お前様から初めて聞いたわい。無論、ある訳が無いのじゃ。」

 

「そっか・・。」

 

 ポゥポゥポゥポゥ

 プヮプヮプヮプヮ

 

 

 猫娘ピンクは既に寝ている。

 

 暇だ。

 集中力は切れて、心はここに非ず。

 コイシちゃんの膝枕で、気持ちよく眠ってしまいそうだ。

 何しに来たんだっけ?

 

 ぐぅ〜。

 

「腹も鳴ったので昼にしようか。コイシちゃん、食べさせておくれ。」

 

「昼飯は賛成なのじゃ。」

 

 そんな気が緩んだ間隙に、モンスターが現れた。唯一、きちんと仕事をしていた気が長い女、コイシが声を出す。

 

「あー。餌にお客さんだよ。」

 

 !!

 

 寝ているピンク以外の集中力が全開に高まり、餌を凝視する。

 

 

 

 ゲエエエ。

 

 しかしながら、招かれざる客。

 

 死喰鳥(デスバード)だった。黒く丸々と太った鳥は、トテトテ歩き、餌の上にバブルスライムを吐いて、去って行った。

 

 バブルスライムが増殖し、全ての食品を消化していく。

 

「クソがっ!やってられん。飯だ、飯にしよう。」

 

 皆で、ヤケ食いをした。

 お腹いっぱいになれば、この気持ちも変わるだろう。

 

 気持ちが変わったダストは、昼寝してもう帰ろうと心に誓いだす。

 そんな時だった。

 

「「あの…御主人様っ。」」

 

「え?サラにポニー、どうしたの?果実足りなかった?」

 

「「いえ…ポムの実の味が、気になって。」」

 

「あ、いや、でもなぁ。池を泳ぐのは危険だから。」

 

 恥ずかしそうに言うクール系双子は可愛いが、果実以外には興味をまるで示さない。

 俺も気になってるけど、この正体不明の白い池を泳ぐのは怖すぎる。どんな水棲モンスターがいるか分からないし、虫除けが落ちて泳いでいる途中でチクチクに襲われたら、死ぬ。

 

「「水には入りませんので、取りに行って良いですか?」」

 

「それが、出来るんなら良いぞ。」

 

「「はい。」」

 

 

 許可を出したら双子が、嬉しそうに笑い合い、思わぬ奇行に出た。

 

 ボーゼンと見送るダスト。

 

 



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82 エルフ9

 

 シュタタッン!と、ごくごく自然に水面の上を駆け出す双子の馬娘サラとポニー。

 

 

 水の上を歩くのは、イエス・キリストに始まり古くからよくある奇蹟だが、いきなり目の前でやられるのを見て、乾いた笑いが出た。

 

 手品と違いタネも仕掛けもない、現実が足元からガラガラと音を立てて崩れるような奇蹟を目の当たりにした俺は、衝撃を受けた。

 ボーゼンと乾いた笑いを浮かべたのは、その衝撃により唐突に、自分の中にある心のパズルが組み上がったからだ。

 彼女達は魅せてくれた。

 

 常識を変える力を。

 その力の名前は、奇蹟。

 

 彼は、彼だけの奇蹟の右手を見つめる。

 

 プロニートとして過ごした無駄な10年間、抑圧された部屋の中に閉じ込められて、俺はずっと泣いていたのだろう。

 働いたら負けとか、嘯きながら俺はずっと泣いていた。

 今、向き合い認めよう。

 泣いていたのだ。

 

『ダストは、よく頑張ったよ。』

 

 頭の中でリフレインする根拠の無いコイシちゃんの声に救われる。

 この魔法の一言を行ってくれる人がもし、あの時、周りにいれば、閉じ込められた部屋から出れたかもしれないのに。

 

『失望した、次こそは頑張れ、努力が足りていない、いい加減に働きなさい。』

 

 ニートを初めてしまったあの日。

 傷付いたバカで、不器用な俺は、子供のように部屋に籠もって強請るように、ただ言葉を欲しがっただけなのだろう。

 しかし、返ってきた優しさに似たナイフのような言葉に、切り裂かれた。

 

 悪意があった訳では無く、その言葉を、俺も親も知らなかっただけだ。

 

『頑張ったね、ダストなら出来るよ。』

 

 俺が、欲しかった言葉は、これだったのかとコイシちゃんに出会ってしばらくたった今、ようやく本当にいまさらだけど理解した。

 

 

 牢獄の鍵(欲しい言葉)を貰い損ねた俺は、抑圧された牢獄の囚人となった。

 無期懲役。

 10年目、恩赦で混沌神が来たのは幸運、いや奇蹟というべきか。

 

 

 ダストは、性別や美醜という神の決めた、絶望的な抑圧されたルールを打ち破る、彼だけの右手を見つめる。

 奇蹟は、手に入れた。

 

 俺は変われるのか。

 ギリギリと右手を強く握りしめる。

  

 

 

 しばらくして、馬娘達が水面を歩きながら、直径20センチくらいの色とりどりのボールのような物を抱えて帰ってきた。

 それはもう嬉しそうに。

 

「「御主人様っ、大量です。」」

 

「おう、お疲れ様。凄いじゃないか。すぐ切るから待ってくれ。」

 

 受け取ったポムの実は、弾力があり、受け取り損ねたポムの実がぽんぽんと跳ねて転がっていく。

 2人の期待したキラキラした眼差しを受けながら、まな板の上で半分に切ると、デロリとした内容液が出てきたので、慌ててボウルに中身を移すと、ポムの実の中身は、イクラの卵のような見た目をしていた。

 

「こんな中身だったのか。勢いで切ってみたけど、どうやって食べるんだ?」

 

「そのまま食べれば良いですわん。はっはっはっ。」

 

 息を荒くしながら興奮した目つきでポムの実を見つめた犬娘が、教えてくれる。

 

 

「そうか、ありがとう。ならば、次は切り方を変えてと。」

 

 上端をナイフで切り飛ばし、スプーンで掬って食べられるように細工してから、目を輝かせた双子に渡す。

 

「ほら、どうぞ。」

 

「「御主人様っ、ありがとうっ。」」

 

 嬉しそうに一口食べた双子だが、お気に召さなかったようで、テンションが落ちて、いつものクールな顔に戻る。

 

「え、、不味いの?」

 

「「不味くは無いけど、これではない感じ?」」

 

 サラが、食べかけを渡してきたので、そのままの流れで、サラの使ったスプーンを使いパクリと食べる。

 

 果物とは違う。

 イクラのような?

 

「確かに美味いけど、これはフルーツでは無いな。口直しは、いるか?」

 

 と、青リンゴを渡すと、嬉しそうに受け取ってくれて、ほっこりする。

 

 それを見たポニーが、慌てて食べかけのポプの実を渡してきたので、青リンゴとの交換に応じる。

 

「可愛いやつらめ。」

 

 

 さてと、残ったのはどうしようか。

 

 おおっ、そうだ。

 興奮していた犬娘にも切って渡してやろうと、ナイフを持つと耳がへにょんとなった。

 なんで?

 切るのをやめて、ぽんぽんとポムの実を弄ぶと、興奮してきた。

 

 そうか、ボール遊びがしたいのか!

 

 ダストは、犬娘と、ボール遊びをするため、力の限りポムの実を投げたり、

 

 

 なんて野暮な事はしない。

 ダスト改は、気配りの出来る男。

 

「ほら。やるから、どこかで遊んで来い。」

 

「わうう。」

 

 嬉しそうに受け取った犬娘ペスがポムの実を森守の青年に持っていく。

 

 青年がペコリと、ダストに頭を下げたので、ひらひらと手を振りそれに応えた。

 

 

 ボール投げに夢中になる2人を、微笑ましく見守る。

 

「行くよー、ペス。」

 

「わうわう。投げて、ハーミット!」

 

 青年は力を込めて高く投げる。

 

 しかしながら、始まるかと思われた2人の幸せな時間は訪れず、捻くれた目の青年と犬娘ペスは、肩を落とす事になる。

 

 

 捻くれた目の青年の粗雑な想いは、日頃の行いの悪さのせいか、彼女へとは届かず、簡単に奪われてしまったのだ。

 

 待つ事、3時間。遅れて来た、ダストの待ち人によって。

 

 一瞬だけ、空中にギラリと光る魚鱗が現れたかと思うと、空に投げたポムの実は虚空へと消え去った。

 

 それをハッキリと見たダストは、思わず興奮して叫ぶっ。

 

 

「ついに捉えたぞ、幻想の魚よ!」

 

「師匠、どういう事ですにゃ?」

 

透明空魚(クリアフィッシュ)は、ポムの実が、好物だったんだ。たぶんパシャパシャと水を叩く音は、水面に浮かんだポムの実を食べていたんだろう。」

 

「にゃんと!さすが師匠。」

 

「だから、これで釣れるぞぉ!」

 

 弟子の尊敬の眼差しの前で気持ち良くガッツポーズしていると、ロリのツッコミが入った。

 

「しかし、お前様のう。釣り道具なんて、持ってきて無いのじゃ。」

 

 さらに、犬娘からも追撃。

 心なしか元気が無い。

 

「それに、ダスト様。メルカーナの村にも無いはずですわん。」

 

「妾が思うに、そうじゃのう。ならば、帰って、別の街へ買いに行って、村に戻ると、再挑戦は3日後となるのじゃ。」

 

 

 完全に劣勢に立たされた、釣り道具を持たない釣り師ダスト。

 

 奇蹟は起こるのか?

 いや、奇蹟は起こすものだ。

 

「リリイ、知らないのか?俺は、今日釣り上げると言った。」

 

「お前様よ、釣りをするには糸がいるが、服の繊維は糸としては使えぬ。それに、針になるような針金も持っておらんかったじゃろ?つまり、奇蹟でも起きぬ限り、その可能性は、ゼロじゃ。」

 

 劣勢に立ったダストを無根拠に応援する女は黙っていない。

 

「ダストは、出来るよ。」

 

 その言葉を受けて、スカーフェイスの豚野郎、ダストは不敵に笑った。

 

「そうだ。俺は変わったし、変えられる。お望みとあらば見せてやろう。その奇蹟を。」

 

 パンッ!と顔を叩けば光りとともに、現実は変わりだす。

 

 ピカァ!

 奇蹟の美少女ダストちゃん降臨。

 

 

 豚野郎から美少女が産まれた。

 

 凡庸な森守達は、「「おぉっ、ダスト様が!?」」と人智を超えた2度目の奇蹟に腰を抜かす。

 

 

 



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83 女体化して魚釣り

 

 長く艶めいた黒髪を持つ乙女。細い肢体。しなやかな張りのある玉肌に、ふくらみかけた胸は、穢れなきドレスに包まれる。

 

 無限の活力と寵愛。

 

 

 男根の消失。

 

「ダストちゃん、参上☆」

 

 

 せっかく、豚野郎が美少女に女体化した

というのに、ロリババアは泣き叫ぶ。

 

「なっなんじゃ。妾は、また旦那様を亡くしてしまったのか。なんいという薄幸の未亡人なのじゃ。」

 

「うるさいなー。いや、俺だけは戻れるし。そもそも、リリイとは結婚してないからな?」

 

 自由に性別を変えられる事を知っているメンバーは、またかという顔だが、初めて見たロリと森守達の狼狽は激しい。

 

「も、戻れるじゃと!?」

 

「そうだが。」

 

 ホッと安心したリリイは、またわたわたと動き出す。これだけ驚いてくれたら、なんか嬉しい。

 

「何で、美少女になったのじゃ?」

 

「え?魚釣りの為にって流れだっただろ。道具が無いって自分が言ってたのを、もう忘れたのか。」

 

 このロリは、中身がババアなのでアルツハイマーなのかもしれないとダストちゃんは、失礼な事を考える。

 

「何でじゃ?」

 

「だから、」ぶつっ。

 

 説明が面倒になったので、実演する。

 長く伸びた黒髪を一房、ナイフでぶっつりと切ると、さらにリリイが驚く。

 

「ひぃぃぃ!お主様、髪は命じゃぞ。失恋でもしたのか?」

 

「え?」

 

 する訳が無いだろ、俺は美少女の中でも別格の美少女なんだぞ。

 アシンメトリーな髪形が可愛いまであるし、このまま街を歩いたら、真似して失敗する残念女子を作ってしまう罪作りな女の子だぞ☆

 ほら、あの森守の犬娘の彼氏のハミルトン?も、なんか俺に熱い視線向けてるんだろが。死ねばいいのに。

 

「ぐるる。ハーミット、浮気は、許さないですわん。がぶぅ。」

 

「痛っ、何するんだ。ペス。」

 

 大丈夫か?あのカップル。

 夫婦喧嘩は犬も食わないというので放置して、頼れるパートナーのコイシちゃんに、髪の毛を渡す。

 

「コイシちゃん、これを結んで魚釣りのラインを作って欲しいんだけど。」

 

「いいよ。任せて欲しいかな。」

 

 やる気満々のコイシちゃんが、可愛いよう。

 

「なる程!髪の毛で釣り糸を作るのじゃな。餌はあるし竿は良いとして、釣り針は、どうするのじゃ?」

 

「それも作る。森守の爺さん、この辺りで、固くて軽い枝はないか?」

 

「ダスト様、ポムの枝がいいですな。すぐご用意致します。」

 

 貰った枝を、両方が尖った爪楊枝みたいにナイフで削って加工して、真ん中を糸で結べば完成だ。

 

「そんなので、釣れるのじゃ?」

 

「まぁ、それなりに、だろうがな。」

 

 リリイは知らなかったが、ここまでは、昔ながらの漁のやり方だ。

 しかし、ここは異世界。もう一つ越えなければいけないハードルがある。

 

「お主様よ、透明空魚(クリアフィッシュ)は、大気を泳いでおる上、池の中程におるのじゃ。錘を付けて仕掛けを投げたら池底に沈むと思うのじゃが。そうなっては釣れんぞ。」

 

 そうなんだよね。空を泳ぐ、池の上にいる魚を釣らなくてはいけない。

 しかし、池はモンスターに襲われる可能性があり入れない。

 

「しかし、俺に秘策あり。猫娘ピンク、仕事の時間だ。」

 

「師匠、何をすればいいんですにゃ?」

 

 猫娘の優れた獣人の身体能力がうずく。

 

 



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84 エルフ10

 

「木の上から、空を泳ぐ魚を釣り上げたい。追い風に乗せて、仕掛けをふわふわと池の中央に運ぼう。ピンクはあの木に登って、皆が登れるように手掛かりになる木登り用のロープを作ってくれ。」

 

「了解ですにゃ。」

 

「なる程なのじゃ!」

 

 ダストちゃんは、池の周りに生えたノーマルなポムの木に登り、10メートルくらい上から、釣り糸を垂らす作戦に出た。

 

 ノーマルなポムの木は、池の中の女王樹のような禍々しさは無いが、高くて安定している。埋め尽くすような紅い木の中に数本混ざっている同じような白い幹の、このポムの木は、葉が無く枝が太くて、釣りの足場には最適だろう。

 

 ピンクが、しゅるしゅると樹の上に登っていき、俺の髪の毛から作った釣り糸で、木の蔦を巻き上げて、上で固定し、木登りしやすくするための木登り用のロープを作った。

 

 ピンクが作った木の蔦でできた木登り用ロープを補助として使いながら、幹を蹴るようにどうにか登り、荒い息を吐きながら、太い枝へと腰掛ける。

 

 

 思わず声が出た。

 

「なんて…綺麗なんだ。」

 

 見渡すかぎりの紅、鮮烈な紅の狂うような美しさを讃えた赤の森が眼下に広がる。

 

 上空から見える景色に息を飲む。

 

 

 これで釣りの準備が完了した。

 

 これより、ピンク、コイシ、リリイ、ダストちゃんの4人で、クリアフィッシュとの、空中バトルへと挑む。

 

 

「コイシちゃん頼んだ。」

 

「うん、任せてよ。」

 

 釣り師は、パワーガールのコイシちゃん。リールが無く巻き上げが出来ないので、カツオの一本釣りの如く、強く合わせた勢いだけで釣る。

 釣り上げた先で、異能の右手でキャッチし擬人化すれば一丁上がりという流れだ。

 

 リリイが餌のポムの実の中身を針に挿して、ふわふわと風に乗せて仕掛けを空中へと放つ。

 

「さて、妾のつけた美味しい餌に、食らいつくのじゃ。」

 

 

 すぐに、アタリが来た!

 

 コイシちゃんの手に持つ木で作った竿がしなると、空中にギラリと光る魚鱗と点滅する発光体が見えて興奮する。

 

 ダメージを与えると、透明化が一時的に解けて見えるようになるようだ。

 

「来たよ。むむー、絶対に釣り上げるんだから、いくよダストちゃん!」

 

 コイシちゃんが、ぐぐっとチカラを込めて竿を跳ね上げると、釣り上げられたクリアフィッシュが跳ねるようにぐんぐんと迫ってくる。

 

「来いよ、透明空魚(クリアフィッシュ)。俺がお前を女にしてやらぁぁぁあ!」

 

 ダストちゃんの燃える魂に呼応して、光り纏う異能の右手っ。

 この右手の輝きは、フィギュアを全て集めて不完全な魂をコンプリートし、美少女を顕現させるまで、消えない。

 

 光りを纏った右手を伸ばす。

 

 美少女ダストちゃんと、透明空魚(クリアフィッシュ)は激突する。

 

 その衝撃の出会いは、この異世界に美少女を生むっ。

 

 パアン!

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

外観:美少女のフィギュア

特記:進化可能(1/12)→(2/12)

 

 美少女の欠片を、掴み取った!

 

 手の中に顕現した小さな美少女の|偶然(フィギュア)は、ずんっと存在感を増して重くなり、ポケットに入れていたフィギュアが吸い込まれるように消失していく。

 

「しゃおらっ!」

 

「師匠、さすがですにゃ。」

 

 

「この調子で、どんどん釣り上げるのじゃ。ほら、食いつけ。」

 

 リリイが、いそいそと餌をつけて、再トライすると、すぐに餌が消えた。

 

 まさに入れ食い状態。

 エンペラータイム

 

 これは随分と楽しいらしく、コイシちゃんが珍しく燃えている。

 

「行くよダストちゃん。私が、ガンガン釣るんだからぁ。」

 

 透明空魚(クリアフィッシュ)は、びっくりしたように跳ねてコイシちゃんの剛力により引き込まれる。

 

 神秘のベールを纏い悠然と空から下界を見下ろしていた空の主は、強引に丸裸にされて神秘の国からひきづり墜とされていく。

 

 

「ナイスだ、コイシちゃん。

 俺が丸裸にしてやる。

 エルフぅぅう

 

 恥ずかしがらずに出てこいや。」

 

 

 ドパアン!

 

 

 砕けるような閃光

 

 異能発動ーーーー

 

 『絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

特記:進化可能(2/12)→(3/12)

 

 さらに、手の中の存在が重くなる。幻想の存在が現実へと近付いてきた。

 

 

「よっしゃあ!」

 

「はにゃー。師匠は格好いいですにゃ。」

 

 

「妾の餌はそんなにも美味いのか。どんどん食べるが良いのじゃ。」

 

 ご機嫌なリリイが仕掛けを放ち、ふわふわと、風に流されて運ばれていく餌。

 

 消えた!やはり、入れ食い。

 空に、銀色の魚が現れるのは、信じられないぐらいに幻想的な光景で何だか夢でも見ているかのよう。

 

 絶好調のコイシちゃんだったが、ぐっと竿を合わせたが、バツンッと音がして軽くなった竿が空をきる。

 針の外れたクリアフィッシュが、悠然と天空の中へと姿を消して逃げていった。

 

「あーあ、逃げられたよ。」

 

「コイシちゃん気を落とさないで。むしろ、あの古代人の仕掛けで釣り上げたのに、驚いてるくらいだから。コイシちゃんは天才釣り師だ。」

 

 奇蹟の美少女ダストちゃんから作成した髪の毛は、伝説級のアイテムなので簡単には切れたりしない強度がある。

 しかしながら、生きてるような美しさを持つ髪の毛の強度には問題が無いのだが、木で作った簡単な針には問題点がありまくり。

 そりゃ、逃げられて当然だろう。

 

 

「ダストの優しさが嬉しいよ。」

 

「いや、そんな事は、あるのか?」

 

 はにかむコイシちゃんの言葉が、意外すぎて戸惑うダストちゃん。

 プロニートだった頃は、掲示板で、他人の些細なミスを、マジレスで指摘して小さな喜びを得るどうしようもないゴミ野郎だったからだ。

 しかしながら変われたのか、もしや変わりつつあるのだろうか。

 

 朱に交われば赤くなるという諺は、悪い人の影響を受けるという意味だが、逆も有り得るのかもしれない。

 

 コイシちゃんの影響を受けて、良い方向へと変わりつつあるのだろうか。

 

 

「見てて、次は、私頑張るよ。」

 

「コイシちゃんが、頑張ってるのを俺はずっと隣りで見てきた。だから、きっと出来るさ。」

 

 エールを贈ると、コイシちゃんが、ふんすっとやる気を出した。

 

 

「妾も頑張っておるのじゃが?」

 

「あぁ、リリイも偉いね。よしよし。」

 

 子供かよ。いや見た目は子供なんだけども、そして雑に頭を撫でたら不満げだ。

 

「女に触られても嬉しくないのじゃ。」

 

「そうか?なら見せてやろう。」

 

 まさか、豚野郎を御所望されるとは驚きここに極まれり。

 趣味悪いぞリリイ。

 

 良いだろう、今日は惜しげもなく奇蹟を使うと決めているのでご希望どおり男になってやるよ、と顔に手を触れると光りがダストちゃんを包む。

 

 それを見てリリイは嬉しそうだが、喜ぶのはまだ早いぜ。なぜならば、もう一つ変身を残しているからだ。

 

 

 ピッカァ!

 

「ダスト君、参上!これで満足かな?リリイ。」

 

 鈴のような女らしい声から、中性的なハスキーボイスへと変わる。

 男の娘に変身っ。見た目は全く変わらないが、いちおう男には戻った。

 

 

「え…お前様、失敗したのか?女のままじゃぞ。」

 

「リリイ、僕は男だ。」

 

 しかし満足しないどころか、やや悲壮感を漂わせたリリイの間違いを、ふるふると首を振りハスキーボイスで指摘する。

 

「え、それは無理があるじゃろ。顔は変わっておらんし、変わったのは、胸が小さくなったくらいなのじゃ。」

 

「僕は、ついてる男だ。」

 

 疑問顔に変わったリリイに、秘められた事実を告げると、しばし悩みだした。

 

「ついてる?幸運?いや、もっと具体的な意味なのじゃろうか、、、!!」

 

 リリイは、ようやく結論に至ったのか、真っ赤な顔をしてダスト君を、ばしばしと叩いてくる。

 スカートの中に秘められた事実。つまりは、下ネタをぶっこんだ。可愛い見た目なのに、サイテーである。 

 

「リリイ、速く餌をつけるですにゃ。」

 

「おぉ、忘れておったのじゃ。」

 

 イチャイチャしていたら、2人の仲に嫉妬した猫娘に急かされて慌てて餌をつけだすリリイ。

 コイシちゃんは、1週間くらいなら待ってくれるぐらいに気が長いのでニコニコして待っている。

 

 

 ふよふよふよ。

 

 ばくんっ

 

 空中を漂うように風に流した餌が突如消えたならば、それは魚が食らいついた合図、ビシぃ!と合わせる。

 釣り上げて迫ってくる魚を、打ち返すように右手でぶっ叩く。

 

 パアン!

 

「僕に、隠された姿を見せろ!」

特記:進化可能(3/12)→(4/12)

 

 

 パパパ、パアン!

 

「女になれぇぇえ!」

特記:進化可能(4/12)→(8/12)

 

 

 手にしたフィギュアが、どんどんと精巧になっていく。

 綺麗な顔、薄い胸、そして尖った耳。

 そして、まるで本物の皮膚のようなリアルな質感。

 

 

「僕の右手が光り輝く。

 

 偶像(アイドル)

 この世に産み落とすまで

 右手は光り続ける

 

 神秘のベールを脱がせてやる!」

 

 ピカッピカッビカッ!

 

特記:進化可能(8/12)→(11/12)

 

 

 手の中のフィギュアの存在感は、さらにどんどんと増していき、さながら活きた人形のようだ。

 人形から、体温と鼓動を感じる。

 

 フィギュアのサイズは20センチといまだ小さいままだけど、次は何か劇的な変化が起きるような予感がする。

 

 完成しつつある。

 

 ダスト君は鑑定を持たないので正確な数値を知る事は出来ないが、女のカンがそう告げた。

 

「おそらく、あと一回だろう。」

 

「お前様、何で分かるのじゃ?」

 

「女のカンだね。」

 

 そう答えるとリリイは嫌そうな顔をしたが両刀使いだから、安心してね。

 

 

 ふよふよと、浮かぶ餌。

 最後の戦いが静かに始まった。

 

 

 ガガガガッ!

 

 今までと比較にならない強烈なアタリが来て、コイシちゃんが、ぐっと耐える。

 あまりの大魚の引きに、ギシィギシィと足元の枝が揺れる。

 

「うわっとと。」

 

「ふふ。ダスト大きいよ。これは、最後に相応しい相手だよ。絶対に釣り上げるんだからぁ。」

 

 大魚との力勝負が始まった。

 

 大空の主の魚影が見える。で、でかい。体長2メートルはあろうかという大物だ。

 キラキラと銀色の燐光と、流れる発光体が美しい。

 

 細腕のコイシちゃんがぐっと真剣な表情をして、ぐっぐぐ、ぐぅーーんと竿を上げきった!

 

 

「・・やったか。」

 

 誰かが、つぶやいた。

 その言葉は負けフラグ。つまりは、勝ちきれなかった。竿は上がったが、魚は遠い。

 

 ここに来て、糸を巻き取るリールが付いていない弱点が出たのだ。竿と糸だが、糸の方が圧倒的に長い。

 今までは、魚との力勝負に圧勝していたため、竿を上げる勢いで魚をドビュンと引き寄せて捕獲出来ていた。

 しかし、この大魚との勝負はギリギリの勝ちなので勢いはつかない。

 

 つまり竿は完全に上がっているが、魚は全然、捕獲出来る位置にはこないのだ。

 

 持久戦で弱らせて、心を折れば捕獲は出来るかもしれない。しかし、完全に折ってしまうと、擬人化が出来ないジレンマがある。

 

 ・・まさに、打つ手なし。

 

「ダスト、どうしよう?」

 

 



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85 エルフ11

 

 どうしよう?と聞かれても解決策なんて持ち合わせていない。

 それどころか、大魚が暴れるので、足場の枝が揺れてバランスを崩さないのが、せいいっぱいの有り様だ。

 岩場での釣りなら、根に入らないように移動したりするが。そうだ!コイシちゃんは、足場の弱い枝の先端近くにいる。だから、余計に揺れやすいのかもしれない。

 

「コイシちゃん、こっちへ来るんだ。」

 

「無理。」

 

 悲しそうな顔をする顔に失言した事に気付いたダスト君は唇を噛む。

 

「済まないッ。移動は出来なかったな、すぐに迎えに行くから。」

 

 おっかなびっくり落ちないように近付こうとしたが、目の前を高速移動する人影がすり抜ける。

 

 

「師匠、ここは任せるですにゃ。」

 

「助かる、ピンク頼む。」

 

 猫娘の運動神経は凄かった。

 不安定な場所にも関わらず、ジリジリと、ピンクがコイシちゃんを回収し枝が太くなる幹まで近付くと、ようやく揺れが収まった。

 

 ダスト君がやった事は、移動の邪魔にならないようリリイと別の枝に移ったぐらいだ。リリイは常識人なので常識を超えたことの対応は苦手なのかフリーズしている。

 

 しかし、依然として状況は変わらない。

 揺れなくはなったが、決定打がない。

 

 詰んでいるかのような状況。

 そんな中、決定打を考えついたのは、意外にもコイシちゃんだった。

 

「これだよ!ピンク、お願いがあるの。反対側に私を突き落として。」

 

「にゃんですと!?」

 

「ヤケになっては駄目だ、コイシちゃん!?」

 

 コイシちゃんは、ぐっと強烈な魚の引きに耐えながら、楽しそうに言う。

 

「冷静だよ ダスト君。私は落ちても怪我しない。それに木の幹に糸を通すように落下すれば木の高さの分だけ、体重で引っ張れるの。」

 

「確かに理論上はそうだけど、でも…危険には晒せない。」

 

 献身を断るダスト君。

 しかしコイシちゃんはフッと微笑む。

 

「ねぇ…私を信じて。」

 

 その言葉は、ダスト君のハートをぎゅっと捕まえた。

 

「分かった。そうだな 僕の間違いだった。コイシちゃん、ぶちかましてくれ。」

 

 

 この時、張り詰めていた釣り糸が、ゆるりと緩んだ。

 

 ライバルである大魚もなんと、魚の癖に頭を使ってきたのだ。生存競争に勝ち抜き、長生きした巨体だけはある。

 

 糸が張ってないと引っ張られない事に気付いた大魚が、糸が弛みながらも絶妙に遠い位置で、ゆらゆらと泳ぐ。

 口元をモゴモゴさせて原始的な針を外そうとしていた。

 

「クリアフィッシュよ、悪くない手だ。しかしコイシちゃんの方が少し早かったようだな

。ピンク頼むっ!」

 

「了解、行くですにゃ!」

 

 コイシちゃんを抱えてピンクも10メートル以上はある木の幹から飛び降りた。

 

 ぴょょおん。ひゅゅう。

 

「私が釣るンだからぁー。」

「間違ったですにゃああーん。」

 

 勢いで自分も飛び降りてしまったピンクの悲鳴がどんどん小さくなる。

 

 

「猫娘ピンクよ、その犠牲を忘れない。」

 

 ダストは気持ちを切り替えた。

 シューーッという音がして、滑る糸が幹を摩擦熱で焼いていく。

 下方向へと距離を稼いだ事により弛んでいた糸が再び、ピィィン!と張られて、クリアフィッシュの余裕な顔が唇を引っ張られて歪む。

 

 

 勢いがついた。

 

 大魚の力を2人の落下衝撃が完全に上回る。つまりは、圧勝。

 その勢いで魚をドビュンと引き寄せる事が出来たのだ。

 

 釣れた!

 

 凄い迫力で体長2メートルの塊がぐおおっと迫ってくる。ちびるぐらい怖いが、僕は男の娘だ!

 

 まるで生きているかのような小さな人形へ、劇的な変化を与えるべく最後の巨大な塊を受け入れる。

 

「来いよ

 

 幻想の魚、透明空魚(クリアフィッシュ)

 

 秘密のベールを脱ぎさり

 

 俺とともに歩め!」

 

 右手が強烈な光りを放つ。

 

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:|透明空魚(クリアフィッシュ)

成功

種族:???→フェアリー(美少女)

装備:羽衣の服[SR]→裸

異能:重力無効

身長:20cm

残り:奇蹟1回

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 小さな美少女の|偶然(フィギュア)は、その欠片を全て集めて、劇的な変化を遂げる。

 

 手の平サイズの身体を丸めると、背中から綺麗なクリアで銀光を帯びた羽が生えてきた。

 

 ダストの言葉のミスにより衣服が剥ぎ取られるが大きさが違いすぎて、さすがに性欲は湧かない。

 

 それは、幻想的な美少女。

 

 

 ダスト君は叫ぶ。

 

「えええ、エルフだろ。今、完全にエルフの流れだっただよね?」

 

「え?私はフェアリーですけど?」

 

 七色の燐光をまき散らしながら、裸の乙女は、ダスト君の周りをふわふわと飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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86 エルフ12

 

 フェアリーは、ダスト君の周りを余裕たっぷりに飛び回る。

 

 苦労して擬人化したクリアフィッシュが、エルフではなかった事に、失望が隠せないダスト君はその余裕にイラッとして噛み付く。

 

 

「はぁ…エルフは何処にいるんだよ。ところで、何で裸なの、変態?」

 

「はぁ?何を言ってるの」

 

 

 馬鹿にしたようにフェアリーは笑うが、ダスト君がノーリアクションな事に疑問を持ち自分の服装をチェックすると、激しく焦りだす。

 

 

「え?え?なんで?裸だし。羽衣の服がない。」

 

「いや、僕が聞いてるんだけど。恥ずかしくないのかな。」

 

 

「でもでも同性に見られても何の問題も無いし。それより、同じ同性のよしみとして、服を貸してくれない。ね?」

 

「僕は男だけど?」

 

 

 フェアリーは動揺しながら精神の安定を取り戻すため魔法を使う。

 

 

「ど、どう見ても女の子だし、嘘言っても分かるのだし。嘘発見(サーチライ)!」

 

 

 爽やかに微笑むダスト君。

 魔法は彼の言葉が真実である事を告げた!全裸を男に見られたフェアリーは、ふるふると震えだし、大音量の叫びを上げた。

 

 

「男だし いっ、やぁああ!」

 

 

 美少女とは奇蹟の存在、ゆえに秘められた奇蹟を開放する。

 身体から七色の光の球があちこちに放出されて飛んでいく。彼女の起こした奇蹟はソウルマーカー。しばしの間、魂の強さを光りで教えてくれる。

 

 異能の力により、範囲内の魂を内包する美少女になれる可能性を秘めた存在達は、見えないはずの魂が光りだし、その存在を主張しだす。

 

 日が沈みかけた赤の森。

 分厚い雲で夕陽は隠され、やや薄暗い、そんな世界の中で、池の上を飛んでいる透明な魚群の魂が光り出す。

 

 まるでホタルのような。

 水面に浮かぶ光りが幻想的だ。

 

 森全体が、ぼんやりと光る。

 まだ美少女化すべき相手が残っているとソウルマーカーが教えてくれていた。

 

 

 耳を押さえていたダスト君がハンカチを取り出して、泣きそうなフェアリーに渡す。

 

 

「ほら、これをあげるよ。お嬢さん。」

 

「え、いいの?」

 

「遠慮しないで。」

 

 

 貰ったハンカチをくるりと、身体に巻きつけるとお風呂あがりのようなスタイルに。背中には羽が生えているので、後ろ姿はセクシーで実に色っぽい。

 

 

「雄のくせに、裸の女に発情しないなんて何なのだし。」

 

「僕は、紳士だからね。」

 

 

 屈託なく、少女のような男の娘は爽やかに笑う。発情しなかったのは、体格差が違い過ぎる事、それに僕は女もイケるけど男性の方が好きだから。

 うっ…精神汚染が辛い。

 

 汚染された精神を浄化するべく、微かに光る景色を見つめる。

 

 

「綺麗だな。ここは、いつもこんな幻想の光りに満ちてるの?」

 

「これは、異能ソウルマーカーの力。って、変な異能を獲得してるし。使うと魂が光るみたい、あの池の上をふわふわと浮いてるのが、擬人化前の私。」

 

 

 どうも池の上を飛んでいる光りはクリアフィッシュのようだ。

 

 

「そうか、蛍みたい。」

 

「ほたる?」

 

 

「ふふ秘密。さて、今日は暗くなってきたし日の落ちないうちに帰ろうか。来るかい?お嬢さん。」

 

「付いていってあげてもいいし。」

 

 

 木から降りるべく幹の方へ振り返ると、ぼんやりと光る木の中で、木の虚と言えば分かるだろうか、樹皮が剥がれてむき出しになった部分が強めに発光していた。

 

 

「あれ?何か光って無いか。樹液に集まる虫だろうか?」

 

「分からない、でも魂が近くにあるみたいだし。」

 

 

 近寄って観察してみたが、ノーマルポムの樹からは樹液は出ないらしく虫は見えない。樹皮を剥かれた木肌が、光ってるように見える?

 

 そっと、手を伸ばして木肌に触る。

 

 

「うわっ、右手が光りだした。」

 

 

 この兆候は…

 

 樹皮がバラバラと剥がれ落ちて、すべすべとした木肌が露わになる。樹全体がギラギラと光り出す。

 

 ガッチリと右手で掴む。

 

 

 異能発動ーーーー

 

 『|絶対美少女化(ハーレム)!!』

 

 

進化前:ポムの樹

成功

名前:ポー

種族:樹人『木偶人形』美少女

装備:森人の服[N]

特記:木のような肌

残り:奇蹟1回

 

 異世界に美少女が生まれた。

 

 ヘンテコな樹から、生まれたのは、ぼんやりした美少女。木偶人形のような木肌の女の子は、のほほんと自己紹介する。

 

 

「ポーだよ。」

 

「は?」

 

 

 そして美少女化したという事実は、足場にしていたポムの樹の消失を意味する。

 

 つまり、ダスト君とリリイは、上空10メートルから投げ出された。

 墜落した先にあるのは、固い地面。

 

 

「うわぁぁ!」

 

「落ちるのじゃーー。フロート!」

 

 

 ふわりふわりと、落下速度が緩やかになったリリイは激突を、一人だけ免れる。

 

 ダスト君の心に、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 

 

 落下しながら怒っていた。

 これは始まりの日に似ているが、許せないと。

 

 このまま墜落すると死ぬ確率すらある。

 

 そんな何も出来ない状況だが、ダスト君はチャンスを掴む男。その右手は、始まりの日と同じように、しっかりと掴んでいた。

 

 ポーのおっぱいを!

 

 Cカップか?

 しかしながら、やはり許せない。

 

 これは、おっぱいに対する冒涜だ。

 

 

「何で固いんだよ。カチカチじゃないか、これは、おっぱいに非ず。」

 

 

 墜落とか、リリイの裏切りとか、死ぬかもしれないとか、そんなのはどうでも宜しいと。この女は、もっと刹那的に生きている。怒りをぶつけろ!

 

 

「おっぱいとは、柔らかいものなんだ!夢が詰まってるものなんだ。それを、こんな木型のようなカチカチでぇカチカチで良いのかよぉ。柔らかくなりやがれぇぇえ!」

 

 

 セクハラにより、奇蹟のトリガーを引き美少女の力を解放する。

 木偶人形ポーの奇蹟が発動。

 

 ぽよよおん。

 

 と、墜落したダストが弾むように空に飛び上がる。

 

 柔らかくなったのは、地面。

 危機を脱した。

 



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