その夜、奇跡はねじまがる (真坂ゆう)
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公開処刑と嗤う月

 例えば息をするのも辛かったとする。

 

 例えば目を開けるのも恐ろしかったとする。

 

 それでも僕の前にある現実は変わらない。

 

 目を閉じていても奴等の輪郭がありありと浮かぶ。

 

 僕は静かにもう一度現実に続く扉を開いた。

 

 わっと、歓声のような声が聞こえた。

 

 それからわらわらと、観衆の声が集まってくる。

 

 僕はというと、繋がれたままだ。

 

 相変わらず。

 

「さあ、ついに!」

 

 またわっと、声が群がる。

 

「数々の悪行誉れ高きこの稀代の大悪党どもに制裁を! 音に聞こえる限りでは優に十は殺しているまずこの男から——執行官!」

 

 総勢10名の咎人と、それを繋ぎ縛るロープと太い木製の磔台が輪を作っている。それを囲うように、執行官と呼ばれる長槍をもつ屈強な兵が立ち、虫を潰すような目で咎人を睨む。

 

 観衆はその更に一回り後ろに輪を作っている。

 

 つまり逃げ場はなしだ。

 

 呼ばれた執行官の一人が男の前で双剣を構えた。

 

 この執行官は兵の中でもリーダー格の階級。つまり、手練れである。

 

 剣の腕の高い者は順に長槍、剣、双剣、大剣へと武器を変えるのが、ここ、レングランドの習わしである。

 

「構え!」

 

 またわっと声が。双剣の執行官が唇を結び、気を張る。

 

「恨むなよ、これが貴様の運命だ」

 

 その言葉に僕の手がピリリと騒いだ。

 

 ふざけるな、と筋肉が隆起する。しかし、体を縛るロープは僕の物だけ特別性のバグ石を削った石の鎖でできている。

 

 これは抗魔の力があり、ようは自力での看破以外に道はない。少し試したが、骨が折れそうな痛みがあった。魔法は使えないのでつまり無理だ。

 

「その罪と悲運を抱きながら空に泣け、破あああああ!」

 

 双剣が閃いた。直後、悲鳴とも声ともつかぬ音とともに男が四つに割れた。綺麗に分断した剣は、魔の力を借りて空気をも裂き、当然のごとく木でできた磔台ががしゃんと倒れる。

 

「次」

 

 壁に放つように淡々と、命令塔がいった。

 

 さっきから命令しているそいつは周りの歓声に意も介さず、殺すことへの憐憫もなく咎人をながめている。

 

 そいつが珍しく意見を言った。

 

「なあ聴衆の民よ、一つご理解いただきたいのはあなた方は笑っている場合でもないということだ。学びがない人間はどう生きようが、この虫けらのように堕ちる。恨んで人を襲い、疎んで人を襲い、盗んで私腹を肥やし、奪う事に慣れ、簡単に人を殺したがる。こやつらはいわゆる世の中や、何かへの茫漠とした復讐のつもりだったのだろうが、片腹痛い。学びが足りなかっただけだ。人間は与えるから与えられる。助けるから助けられる。それは誰であろうと同じ。ただしほんの僅かの掛け違いで人は助けることも助けられることからも縁遠くなりやがて、落ちる。落ちた愚者をみて人は学ぶが堕ち人は学ぶこともなく土の肥やしになる。だから学びを忘れたらこうなる事をわすれないでほしい。こやつらは、それを知らず、身の内の迫害を世のせい人のせいにして、堕落した、迷惑な虫だ。しかしそれでも、最後に学びの一つとして役に立った」

 

 無表情で【拍手】と、そいつが言うと観衆が沸く。

 

 太鼓のような拍手と歓声で場がまた沸騰する。

 

 そうして気付けば、声を殺された虫たちは、もう息をしていない。

 

 最後の絶叫が聞こえたのは遠い昔の様に思えた。

 

 残る一人は僕一人。

 

 皆は逝ってしまった。

 

 片腹痛い。腹がよじれる。

 

 別に彼らは仲間じゃない。一瞬、一時だけ、境遇が似ていた。それだけのこと。

 

 たったそれだけのことで、僕に仲間は出来ない。咎人だろうが、千年生きた賢者様だろうが、物分かりのいい王族だろうが、純粋無垢な子供だろうが。

 

 僕は一人で生きて一人で死ぬのだ。

 

 様々な境遇で、死んだ咎人達をみても、僕は同情はしなかった。構えと、命令塔が言った。

 

 無論、その命令塔、とは王族階級の見も知らぬ他人のことだ。ただ僕を捕まえたやつだから、いい気はしない。

 

 ようやく僕の番がくる。双剣の手練れが剣を交差して構える。

 

 ぼそりと虫の羽音のように、すまんと言った気がしたが、気のせいだ。

 

 でも——その寸毫の、気のせい、が僕に迷いを抱かせた。

 

 その一瞬が、僕を長引かせた。

 

「その罪と悲運をいだき…………な、なに!?」

 

 僕が口の中からべっと吐いて舌に包んで出現させたオレンジ色の宝石。

 

 それを見た手練れが、人々が、疑義の声を漏らす。

 

 何故、それがそこにある、と。

 

 王族の秘宝が一つ竜火石は呪いの象徴である。持つと呪われ触ると呪われ、砕くとその地に天変地異が降り注ぐ、巷にごろごろしている伝承の一つだ。

 

 ついでに持つものを殺しても同じ災いがある。故に堕落した民の間ではこういう呪いのもつ石は守り石とされて大変高値で取引されている。これも盗品の一つだった。無論僕が盗んだわけじゃない。買ったのだ。

 

「ちっコソ泥めが」

 

 命令塔の男が怒気を含んだ呟きを漏らす。

 

「まあいい、こいつの処遇には考えがあった。聴衆の民よ。お集りいただき誠に感謝致す。これにて、公開の処刑は終了する」

 

 石は効果絶大だった。呪いに特に敏感なのはこの地の風土病のようなものだ。

 

 聴衆に不満は然程なかった。何故か僕の処刑に皆関心が薄い。僕自身も関心が薄い。

 

 “本当は死ぬ予定だったけれど”

 

「ふん、よかったなそこの。ただし、貴様の処遇は、見送られただけだ。おい、お前らこいつの目を隠せ。島流しにしろと、今しがた」

 

「聴衆もまだいるうちに、人の耳打ちをすぐに喋るんじゃあないよレコン。そんなだからその腕で出世できないのだよ」

 

 王族の男がレコンと呼ばれた男に忠告すると、彼は几帳面に頭を下げた。

 

 一方、王族の男はこれまでこちらを一度としてみていない。そう、まるで咎人ですらない。物の様に僕は扱われる。

 

 彼らは僕に関心がない。

 

 僕も彼らに関心がない。

 

 それは僕がさっきの石の件のように、取り扱いの面倒な奴、という烙印を押されているから。この国で僕を知らない奴はいない。さっきの大悪党の名は僕に対する言葉だろうと、僕にはわかった。

 

 これが僕と世界との隔たり。

 

 ローブの切れ端で視界を塞がれ、世界に闇が降りる。島に着くまではこのままだろう。島流しの船は長く、のろい。三日はいつ刺されるかわからない恐怖に眠れぬ夜が続く。

 

 この明けない夜が明けたとき僕はこの世界に、多分まだかろうじて抵抗する。

 

 想像が現実を殺すこの世界の、地獄が始まるのだ。

 

 日も落ち夜になる。

 

 島流しの最中、わざわざ漕ぎ手が夜だ、と知らせてきた。

 

 今宵は月がそぞろだ、とか言っていた。

 

 僕は目隠し布の裏にある光源に意識をぼんやりさせていたが、体勢を崩して、拍子に目隠しが緩んで外れた。

 

 その夜空の黒い地獄に、人を、世界を、見下ろすように、嗤う月があった。

 

 



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島流しの島の名はルシル

 夜が明けた。チュンチュン小鳥が泣いている。目を覚ますと、真っ先に納屋の中だとわかった。土埃と硬い草の上で寝転んでいた。

 

 記憶が正しいなら、島流しの島は、罪人の流刑に一般的なルシル島である。この島はえげつなさでいえば、本国の地下牢以上だった。

 

 音に聞くルシルはまず、食物を育てる土壌ができていない。鉱山ばかりで、食料は余った僅かな土地で自給自足だから、少ない人口でも生きていける人間はごくわずかとされる。

 

 それでも、水車のように次々に沸いてくる罪人を肥やしに土地を耕し、採掘と探索に明け暮れる、というのが、噂の一端である。

 

 ここにきて確定した噂はといえば、空気が汚いということだ。

 

 別名、ゴミ島。ゴミを廃棄して捨てるなら近海の海を汚染するよりもまずはここだとやっているうちに、島の過半がゴミで埋まっている。

 

 その独特の臭気に屋内のはずが思わずゲホっと咳き込んだ。

 

 よく小鳥がくるなと思うも、窓を開けてよく見たら鳥はまだ幼い子供の怪鳥だった。

 

 虫や、虫の糞を食って生き、汚物全般が好物の怪鳥にはむしろ極楽なんだろう。

 

 窓を開けてぼおっとそんなことを考えていると、後方のドアがばこんと開いて、筋骨隆々の中年の男が現れた。

 

「行くぞ囚人。歩きながら説明するから、ついてこい」

 

 僕は着替えもできずに、駆り出された。朝食は抜きらしい。

 

 そうして歩く事四半刻。

 

 男の説明はこうだ。

 

『食事は基本自給自足。あるものは好きに食っていい。誰のもんでもねえ。ここにいるのは、全員罪人だ。リーダーは俺ことクバリとウォーケンってのがやってるが、基本的につええやつがリーダーだ。殺しも、盗みも自由。だが、仕事をしねえやつはリーダーの俺達が許さねえ。海に沈めてやるから覚悟しとけ』

 

 聞く話によると、リーダーだけは特例として本国とのパイプ役として優遇されるらしい。大小にかかわらず、それまでの罪が放免になり、王国へ戻れるとのこと。

 

『山に着いたら仕事の段取りを話す。使えねえやつなら、ん?』

 

 こちらをみて、二、三瞬きするクバリ。

 

『おまえ、まさか魔法使えんのか?』

 

 僕の胴体にくんずほぐれつ絡みついた石の鎖をみて、すぐに察する。この地に住んでいる者で、魔法を知らない者は赤子だけだ。

 

『バグ石だ。生憎。使えるが使えない』

 

 すると、クバリは、そうか、と急に興味を失くして、

 

『使えたら、ここでは奴隷さ。よかったな小僧』

 

 と、荒くれもの特有の笑いで締めた。

 

 そんなこって日が暮れて、すっかり月が昇るころまで僕らは掘削と採掘に身を粉にし、月が笑う頃には、帰り道を土地勘だけで帰る他の罪人たちに交じって、初日はそう、途中で力尽きて、土くれの上で倒れた。

 

 しかし気候は冬が近い。このままでは凍死する。

 

 カッと全身を赤く上気させ、立ち上がり、総重量が太った子供程もある鎖を断ち切ろうとカチャカチャと震える鎖。

 

 しかし。

 

「はっ——はあはっだめだ。ただの石だが、継ぎ目が」

 

 夜も更けた家の前でそんな悪戦苦闘をする僕を見かねてか、諦めろと、声が投げられる。

 

「あんたは……とか聞かなくていい。ただの罪人だよ。ただし、あんたのような、ウソっぱちの罪じゃない。重罪だ」

 

 土を二、三歩踏む。罅の入ったガラス窓の向こうに、ベッドから身を起こす気配。

 

 黙って続きを待つ。無言の催促とみたか、

 

「まあ俺の事はいい。俺はもう肺を患ってる。持って十日だ。ラストっつったか。お前は——有名人だ。知ってるよ。こっちにも噂が回る。あのマクイ疑惑のある人間を逃がした。大スクープだ。知らない奴はいない」

 

 僕は答えない。代わりに、誰にでもなく、もう寝る、外は寒い、と言って。納屋に戻って行った。

 

 



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目的を疎明する夜

 マクイ、又は魔喰い。それがこの世界の混乱の元凶であり、現状こうなったルーツでもある。

 

 この世界には3つ災害がある。自然災害、人為災害。そしてもう一つが昔は存在しなかったらしい災害、空想災害である。

 

 思考あるところに災害あり。

 

 そんな嘘のような現実が始まったのが、ある人物が生まれた日と重なって、尚且つ名前まで天命のように被っていた。

 

 関連付けと忌み子の二つ名は瞬く間に広まり、その子供は翌朝には檻で暮らしていた。いわゆる隔離だ。遠ざけて蓋をしておけば、災いも鳴りを潜めるだろうと、そんな安易な考えはこれも瞬く間に泡と消えた。

 

 次にトライされたのが、地下牢だった。堅牢な石壁と石床で蓋をしてしまえば、今度こそ大丈夫だろうと、実施され、これも水泡に帰した。

 

 そもそも、何故、この殺伐たる生き馬の目を抜く戦場のような地でたかが子一人、処理しなかったのかといえば、そもそも、この地はこの空想災害が始まるまで各国、善良な民と善良な王で支えられた戦争嫌いな国ばかりの大層心の豊かな土地であった。無論、まるでなかったわけではないが、しかし、全ては空想災害が変えた。

 

 マクイの子をすぐに処理しなかったもう一つの理由は、かの者が王族の血筋だったからという、これは完全なる噂だが、火のない所に煙は立たぬともいう。

 

 かくかくしかじかをもって、マクイと名付けられた忌み子は最後には殺された。正確には殺された手筈だった。

 

 しかし——逃げた。しかし、逃げた先で野垂れ死んだそうだ。

 

 そうして、魔喰いの猛威は完全に去ったはずだった。

 

 10年が経った。

 

 平和な10年はしかし、生きていた、というレングランド最大の凶報が広がってすぐ、毛色を変えた。

 

 発覚したのは、今現在より半年前の事。

 

 それを見た、という人物が一人現れると、次々に目撃証言は集まった。

 

 その忌み子の出現によってまさにタイミングを同じく、再び魔喰いによる災いがこの地を襲い、人々はいがみ合い、争い、死人も出て、誤解が誤解を呼び戦争の雰囲気を醸していた。

 

 そんな最中ずっと逃げ続けていたそのマクイなる人物がようよう捕まった。

 

 マクイは女だった。まだ16,7の子供に毛が生えたような年齢だった。

 

 一緒に逃げ隠れしていた男も捕まっていた。同じ程度の若さの青年だった。

 

 男の名はラスト。僕だ。

 

 当然、初めに彼女を逃がしたのも——僕である。

 

 そして当然、この物語の主人公も——僕である。

 

 僕はまたこれから彼女を取り戻しに行かなければいけない。

 

 この物語の主人公として。

 

 いや、男として。

 

 いや、ただ一人の仲間として。

 

 この離れ島ルシル。天然の牢獄を抜け出して、もう一度。

 

 そう願いながら、月を見ながら微睡み、気付くと朝。

 

 ルシル島二日目の朝が来た。



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怪力の片鱗

 苦しかった。何が苦しいのか理解できない程に、僕は目覚めるまでもなく、意識を覚醒させた。

 

「うっげえっげほほ……なに……やってる?」

 

 クバリだった。

 

「見ての通り、一度呼んでも着いてこねえ。めんどくせえから、首に縄付けて引きづってるところだよ。生きてるだけありがたいと思……ほほお」

 

 引きずる縄にしがみつきそのまま立ち上がった。驚いたのは自分の怪力に易々と食って掛かる僕の肝っ玉にだろう。この程度の力の持主なら吐いて捨てる程いる。

 

「へっわかったなら、さっさと着いてこい。役に立たねえならお前も奴隷だ」

 

 返事の代わりに唾を吐いたがひょいっとかわされる。でかい図体でも反射はいいらしい。

 

 そうして採掘現場にたどり着く。この鉱山はルシルにおいて墓のない墓場だった。

 

 これまでに対策も何もない、知識の浅い作業によるガスの突出やガス爆発、火災によって、帰らぬ人となった人間の白骨が無数に放置されている。

 

 あるいはゴミとしてゴミ山の一角にまとめて投棄される。

 

 作業に取り掛かる前に多くの者は入り口の小さな池程の空間に置かれた自分の手製の墓に祈る。

 

 そのうちの一人から、おまえも、と何か石のようなものを渡されたが、無言で断る。

 

 太陽が今日はやけに機嫌よく光っていたが、中に入ってしまえば関係なくなる。

 

 昨晩話した奴はどこでどうしているかはしらないが、少しだけ、無事を祈った。

 

 その日は、クバリだけでなく、もう一人のリーダーらしきウォーケンと結構な数の囚人たちと簡素な会話を交わした。

 

 ただし、一人だけ、やけに背の低いひょろっとした体躯の子供のようなのが混ざっていた。

 

 運が悪いとしかいいようがない。仮に無実に近いような馬鹿馬鹿しい罪で流刑されていたとしても、ここには便宜上の監視役もいる。衆人環視もある。リスクに値する人間とも思えなかった。

 

「ようし、貴様等! 今日はここでお開きだ。あとは自由時間さ。寝る時間なんて決まってねえ。ママじゃねえからな俺は。好きに食って好きに寝て好きに遊べ」

 

 そうして、日が暮れた。

 

 因みに、農作系の仕事はない。自給自足だ。あくまで、仕事とは別にやらなければならない。故に多くの者は、小屋や壊れた家の連なる廃村に戻らず、この時間帯で畑仕事や果物を手入れして、なんとかぎりぎりの生活をしていた。

 

 だからいつものろくさしている僕は一人でゆっくり夜空を肴に夕涼みしながら帰るのである。まだ二日目だし、寒いし、夜の月は口角を吊り上げて笑っているけれど。

 

 これを習慣にするつもりだった。習慣にしていれば、いつかは、そこにある綻びが見えてくる。

 

 と、そんな時。ふっと耳を掠めたのは猫の鳴き声のような人の悲鳴のような、少女の悲鳴のような。

 

 ここに女がいるわけはない。しかし、万一にも、彼女だったなら。

 

 そんなありえない妄想が膨らんで、足はそちらに向かっていた。力の籠った足音はやがて、裸足のように音がなくなり、消え去るころにはその集団の一人の頭を拾っておいた岩で死なない程度に殴打した。

 

「ぐがあっ」

 

 すぐに男たちが振り返る。誰かを囲うように群れている。

 

「なんなんだああ? おまえ?」

 

 復唱する声。ちらっとその奥をみると、さっきのひょろっとした体躯の人間が、襲われていた。服を掴まれ、真っ最中ってところだ。

 

「いや、そいつの声に聞き覚えがあってね」

 

 そう、昨晩のあの声。あれと声質が近いというか、今日一日中彼らの声を全員聞かせてもらったが消去法で、さっき聞こえた悲鳴がそれだったってだけだ。

 

「あんたさあ、みてわからんの? こいつは奴隷だよ」

 

 見ればわかる。奴隷とは弱者だ。奴隷のされることも知っている。

 

「ここの奴隷。流刑されたっつっても、ご褒美がないとやる気が起きないだろ。おっしゃ。了解。兄ちゃん」

 

 肩を掴まれた。

 

「活きがいいね。今日は兄ちゃんが先番だ。おい、お前。そいつも新入りだろ。新入り同士ってのも面白い。筆おろしは強者にやらせるのが決まりだ。さっきの不意打ちに免じて」

 

 気付かぬ間に動いていた。既にもう僕の姿がない空間を見て、思考する間すら与えず、僕は既にひょろい奴の側に移動していた。何かしようとしていた奴は足払いで地に伏している。

 

 ひょろい奴が小声で何か言っていたが聞こえない。

 

 しかし、瞬く間に囲まれていた。

 

「正気かおまえ? 俺がわざわざ取り計らってやろうってのに、まさか、まさか」

 

 後退し、魔物にでもあったような目。不能とか偽善とか罵るのだろうかと思っていたら急に、割って入ってきた、異常。

 

「いいねえ、何やってんのかと思ったら大勢でねえ。よいしょっと」

 

 突然現れ、囲いの一人を片手で持ち上げて後方に落とし、椅子代わりにしたのは今日初めてみた顔の一人、ウォーケンという男だ。

 

 放り投げられ座られて、ぐえっと嘔吐いた男は腕が変な方向に曲がっている。

 

 全員固まっている。それでも不満のオーラが満ちていた。俺たちの自由がどうこうと、呟きが聞こえた。

 

「ああ、自由さ。この時間帯は何をするのも何を食うのも何で遊ぶのも」

 

 そして椅子の一人の腕を——捥いだ。

 

「うぎゃああああああああ」

 

 つんざくような悲鳴を意にも介さず、腕を高々とあげ、今度は——。

 

 食った。

 

「うひえ……旦那……」

 

 周りが、絶句してみている。

 

「俺も自由だ。お前らが自由なら全員自由だ。それがここのルールだよ。わすれたわけじゃないだろう。当然……」

 

 するとそこに獣二号が現れた。

 

「どうしたウォーケン? おっ今日の飯はそいつか。じゃあ、俺もいくか」

 

 刹那の動きだった。

 

 僕も目を凝らさなければわからない。

 

 鍛えられた獣のように素早く囚人の一人の背後により、そのまま、拳を放った。僕側からは腹から腕が生えたようにしか映らない。

 

「ぐべ……」

 

 数秒ももたずに生気がなくなる。

 

「臭いな、これはだめだ。よし、じゃあ、メインディッシュといくか」

 

 立ち上がる。

 

 ウォーケンも腕を食うのをやめて立ち上がる。

 

 直感だった。すぐにひょろいのが僕の後ろに回る。

 

 誰を狙っているのか、わからないほど誰しも馬鹿じゃない。

 

「そう、その顔だ。じっと見てると、食いたくなる。腹が減った」

 

 ひょろいのが、じっと肩を掴み、何かを呟いている。祈っているのだと、直感でわかった。どこの地方の宗教かはしらないが、死する前の最後の祈りはレングランドの伝統でもある。

 

 陽炎が揺らめいて見えた。

 

 死の淵の揺らぎ。

 

 僕と彼らの境で揺れている。

 

 忘れたわけじゃない。ここは流刑地。つまり墓場と同じだ。そこのボスに目をつけられている。理由はしらないが気分屋なのだろう。

 

 僕は、勝てる闘いしか闘わない。そう決めている。

 

 でも、賭けに出た。

 

「俺は、実は魔法が使える」

 

 ぴたりと彼らの足が止まった。

 

「俺の魔法はこのバグ石のコントロール化にあって、封じられているように見せかけているが、実はこの鎖、継ぎ目があるんだよ、つまり」

 

 不可能、ではないと。地の底を睨むように相手の顔を凝視する。しくじれば二人そろって腹の中、かもしれない。

 

「今からこれを外す。余興だと思ってみていろ」

 

 間髪入れずに喋くる。

 

 そうしてまず、歯を噛んだ。かみ合わせ、舌を誤らないように。

 

 次に、全身をバネにして、神経の糸を縦横無尽に行き渡らせる。

 

 体がパンクするほどの意識を胴体足腕に持ってくる。

 

 そして筋肉を壊れるまで膨張させる。

 

 両手を鎖にあてがって——全霊を込めた。

 

 意識が飛ぶほどの力を無尽蔵に爆発させる。

 

 一足飛びにはいかない。徐々に徐々に、怨念のように積み重ねる。

 

 これを破壊すれば、その一心で。

 

 何かが壊せる気がした。壊したこともない鎖。

 

 多分、誰も壊した事のない鎖。

 

 でなければ、特別性の意味がない。

 

 この石の鎖の強靭性。多分それを誰もが分かっていた。

 

 だから、クバリもウォーケンも何か一芸をして、言い訳に必死になる姿をみて、その肝の強さに免じて、今日の所は引こうと考えていたのだ、多分。僕の視点だから知るわけないが。

 

 そう、僕は知らない。彼らは今日突然豹変したのではない。きっと昨日今日のことではなく、ずっと。ここではこの島では人間が主食なのだ。それでも、僕は知らない。

 

 そんなお遊びは貴様等で勝手にやっていればいい、と。

 

 そしてずきりと、腕に悲鳴が走るのと、びきりっと石に亀裂が走るのと、ほぼ同時。

 

 次の瞬間、鎖は大仰な音を奏でて宙を舞った。

 

 誰もが放心していた。ぼけっと口を半開きにする男。目玉を仰々しく開ける者。表情が凍ったように固まった者。現実逃避に空を見る者。

 

 僕は言った。

 

「リーダー交代したいなら来い」

 

 頭上では今宵も月が笑っていた。人を食ったように下品に愉快に笑っていた。



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提案

 男たちは何も言わずに去った。クバリにウォーケンすらも僕の一芸を見た瞬間に目の色を失ったように覇気がなくなり、近くにいた男に紙片を渡して、去って行った。

 

 だが、それですべてが片付いたわけでもない。

 

 ここから出る手段は未だに見えないままだ。

 

「よう兄ちゃん、さっきはすまなかったな」

 

 思案していると、まだいたらしい。さっきの男たちのうち、二人がまだ居残って、こちらを値踏みしていた。

 

 ひょろいのがまた背中に隠れる。近づいてきたのは、最初に話しかけてきたやつだ。その横にはひょろい自分を襲おうとしたロイってやつがいた。自然と距離をとる。

 

「へっへっへ。いやすごいわ。すごかったわ。生まれてこの方、あんなすったまげた事しでかす奴に巡り合えるとは思いませんでしたわ」

 

「ほんと……ほんと」

 

 ロイのゆっくりした声にイラつくように早口で、

 

「あんたら、どこの出ですかいね。うちらは」

 

 その前に、と僕は手で制した。

 

「今この場でいうべきことが思いつかない輩に用はない、帰るぞ」

 

 そう言って彼らと縁を切ろうとした。すかさず、前に回り込まれた。

 

「ったあたあ! 待った。わかってまっせ。ほれ」

 

 そう言って煤けた腰の巾着から取り出したのは、フルーツの実。

 

 二つ、三つ、いや、ぼとぼとと、零れ落ちてくる。

 

「まあ軽い詫びでっせ。いやあね、ほれ。ここなーんもないでしょ。遊びの一つでもしてねえと、脳がバグっちまう。許してくんねえ」

 

 まあいいかと言える立場でもないし、また通り過ぎようとしたら、また塞がれた。

 

「待った待った。あんたら、あんだけのもん持ってんだ。或いはここのリーダーになれるかもしんねえ、いやなれる。だから」

 

「すまんが、あの手の行為に俺は感情を抱かない。是も非もない。陰も陽もない。邪も正もない。話すことはない。じゃあな」

 

 続きはきかなくてもわかったので、また去ろうと今度こそ歩幅を大きくすると、今度はロイという大柄が立ち塞がった。

 

「……必要なんだ。なあ兄」

 

 兄らしい男が、別の袋で水を飲んでいる。

 

「おう、そうだな。じゃあとりあえず、交渉だ。俺達の財産全てと交換でいい。髪もなんもはいでいい。だから、頼む!」

 

 続けざまだった。頼む頼む頼む。

 

 大の男が、人を襲った直後に頭を垂れる程みっともない事はない。

 

 また無視していこうとした時だった。

 

 肩を引っ張られた。力は弱いが、意志を感じた。

 

「まって。何か訳があるみたいだ。聞こうぜ、昨日の人」

 

 仕方なく僕は従うことにした。

 

 話の内容はこうだ。

 

 現在この島でとある実験をしている。

 

 その名も魔喰いの監獄実験、というらしい。

 

 王都の方でリーダー二人宛てにきた伝令のひとつでもある。

 

 魔喰いの殺し方と、その御し方について学び報告しろ。

 

 精確な意図はわからない。感染者の一人をこの島に放って何かをしようとした。

 

 ゴミも罪人もゴミ箱に放り込み、そのうえで、罪人を更に利用して、魔喰いの安全な殺し方というのをずっと編み出し考え続けていた。

 

 どこでもやっていることは一緒だったわけだ。

 

 魔喰いは感染する。一度感染したら、そいつはもはや脅威だ。

 

 一国を滅ぼしかねない魔喰い感染者を相手に国がしたことといえば、こういったリンチや相手の能力の無力化と、束縛と、断頭くらいである。

 

「だからな、あん二人のリーダーは、実は罪人を名乗ってはいるが、実は特殊な訓練を積んだ、屈強な兵士だって話だよ。だから、命も惜しいし、あんたが壊したあの鎖の堅牢さはよく知っていたはずだ。勝てないと思ったんだろうな」

 

 勝てないたって、勝ち方はいくらでもありそうなもんだが、まあ様子見ってところだろう。

 

「あんた、俺より強い」

 

 ロイがゆっくりと、巨人のような声で話し、鼻息を吹く。

 

「そこで相談だ。罪人はさ皆殺されちまう手筈なんだ。そこの女も同じだよ、だから」

 

 そこで僕が顔を傾けると、男が言葉を中断し、女と呼ばれたひょろいのが、向く。

 

 たしかに肌が白いし、ひょろいし、背が低いし、女みたいだったが、声は男のものだった。

 

 察するならば、鍛えたのかもしれない。男の声を。ここに放り込まれた時点で、徹底して。

 

 そういえば彼女はずっとローブを纏っている。頭も顔も隠しているから、わからなくても無理はない。

 

 身を守るため以外にないが、ふと彼女の余命を思い出す。そういえば10日もないと、言っていた。そして、今の話の流れだと魔喰いに心当たりがあるのは一人しかいない。

 

「…………まあいい。とにかく抜け出したいわけだ?」

 

 すると男二人がこくりと。後に続くように彼女も頷く。

 

「へっへ、どうするよ旦那。このまま奴らに捕まるか、御しながらなんとかひいひい言いながら明日もない暮らし。この土塊に骨をうずめるか」

 

「策もないうえに」

 

 兄の方が言葉を遮って、あると言った。

 

「まあいいや、とりあえず、明日話す。もうあの二人はおねんねしてる頃だろうよ。旦那らも寝ときなって。ただあし、戻るのに日が明けそうだから、自由にしなよ。明日は、仕事はなしだ。鉱山の裏で待ってる」

 

 



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馬鹿な二人

「出るぞ」

 

 彼らと別れて程なく開口一番に言った。女は口にこそしないが困惑していた。僕は説明が面倒で、大仰にため息をついた後に言った。

 

「人を見る目はある。一度あることは2度ある。悪人には2種類いる。信念のある惡と有象無象だ。あれは後者。信用できない。以上」

 

 女は疑問があっても口には出さずに二の句を待っていたが、待ちきれずに口を開いた。

 

「言っとくけど、あんなことは今日に限った話じゃない。今更だよ。あと、あんたはわかってないかもしれないが」

 

 夜の空を見上げ、小石を蹴る。時折、薄汚れた土煙を吸って咳き込む。

 

「あんなことなんて実はフェイクなんさ」

 

 僕はぴたりと足を止めた。

 

「あいつらのあれは、いつも私を庇っての嘘、嘘っぱち。つまり、逆なんだよ」

 

 夜風が静止した拍子に服の隙間を縫って体を冷やす。僕は黙って聞き入った。

 

「私な、実は、あんたがくる数日前に余命宣告をされたんだ。おかしいだろ、ここには医者なんていない。じゃあ、何故かって、あの二人だよ。あの大男達だ。私は、私も、魔法使いなんだ」

 

 振り返ると、神妙な顔で見つめ返す女がいた。

 

「肺病ってのは嘘さ。あんたの経歴もあって同情を買えたら何か変わらないか期待した。まあ子供騙しだけどあんたは結果的に騙されてくれた」

 

 僕の表情が変わらないのをみて一層表情に影を落としながら、

 

「とにかくっあんたには感謝してるんだよ。あいつらの演技だけじゃ乗り切れなかったからな。ルシルは魔喰いの実験場だ。私はもう最終実験として殺される手筈だった。だから、あの囚人たち、いや仲間と話して今日にも逃げる予定だった。しかし、足音と気配がしたから咄嗟に、蹂躙されてるふりをしてたってわけさ。ま、多分全部ばれてるんだろうけどな」

 

 自嘲気味に口だけ笑って、目線をはずす彼女に僕は、で、と続きを聞いた。

 

「いや、それだけだよ。私達は、もう諦めてる。多分私達の行動も思考も全て見抜かれていたから、あのタイミングであいつらが現れて、仲間がまたさらわれた。天国に」

 

 ゆっくりと祈る様に目を閉じる。

 

 そのままどこかにむけてまた歩き出したので、後を追う。

 

「でって感じだろう。で、も糞もない。そのままさ。私達は、いずれ必ず。そりゃまあ人間はいつか必ずそうなるわけだから、無駄な足搔きなんだろうけど。こんなところで死ぬのは誰だっていやさ」

 

 黙って夜道を行く僕に鬱憤を晴らすように、

 

「だから、私らは、どのみち今日明日でお陀仏さ。だから最後のやけくそであいつらがあんたに依頼した。あれ、バグ石っつうんだろ。通常の採掘の工程ではできない、魔法で加工された石。昔教育を受けていた頃に何かで読んだよ。通常の石の数倍の強度がある。人間業じゃない。あんたならあるいは」

 

 今度は先を歩いていた彼女が振り返った。

 

「あんたなら、一泡吹かせられるかもしれない。あの二人に、いや」

 

 またそのままそっぽを向いて歩きだした。

 

 まあいいやあ、っと伸びをするように言って、じゃあな、っと。

 

 どこかへ去っていく彼女は、大丈夫、私達は私達でなんとかするよ、と。

 

 どこか他人事のように言っていた。

 

 僕はその日は一睡もせずに、夜をみていた。土塊の上に寝転んでずっとあの不気味な笑顔を射殺すように見つめ続けていた。

 

 そうして朝が来た。

 

 遠間で何かが騒いだ。怪鳥がひどい声をあげて鳴いている。僕は無言でその場に駆けた。

 

 

 

「おっと昨日の!」

 

 鉱山の裏、昨日の待ち合わせ場所にいたのは、彼らと彼女と、あの大男二人。僕の前にずらりと並んでクバリがロープを握って引っ張ると、彼女が倒れる。首には輪を作ったロープが密着している。そのロープの反対には捕まえたと思しき無数の怪鳥を括り付けていた。そしてもう一本怪鳥の群れから伸びたロープをウォーケンが握っている。途中までついていき確認するか、そのまま行くところまで行くか、海側で飛び降りて泳いで帰ってくるか、どちらにしろ人間業じゃない。

 

「さあ、お前も観衆だ。こいつは昨日の晩、ボロ船で脱出しようとした。4人いた。他の3匹は既に始末した。後はこいつだ。こいつには特別凝ったプランを用意してある。それがこれさ」

 

 怪鳥がざっと二桁はいる。どれも足に縄がつけられその縄をクバリが持って手を離せば、一斉に鳥が飛び立つ。聞くまでもない。

 

「魔法使いは簡単には死なねえだろ。奴らの生命力は化け物だ。胴を切っても腹を刺しても、魔法で回復しちまう。上手く作用すればだがな。だが、これは、まあいい」

 

 実験だから、と言いたいのか。

 

 多分、上手く作用してもしなくても、確実に殺せる方法を模索してるわけだから、それで、首つりだ。

 

 鳥を適当に飛ばせて空の上で殺す。首つりなら回復のしようがない。いつかは力尽きて死ぬ、という打算の実験だ。

 

 奴らが、筏か何かの即席船で脱走しようとしていた彼女たちをどうやって捕まえこの状況に、などはどうでもいい。図体のわりのあの俊敏さは例え彼女に魔法があろうが、意味をなさない。抵抗すらしなかった可能性が高い。

 

 この世界の魔法に絶対はない。

 

 彼女の目が一心に何かを見ていた。何も映っている様子はない。目に映る景色以外の何かを一心にみている。祈っている。

 

 腹の底の見えない僕の助けなど、眼中にない。

 

 思った。

 

 あの彼女だったら、ここは、この場はどういうだろうかと。

 

 助けろというだろうか。助けられる保証はない。

 

 先刻も言ったが、僕はこいつら二人に一人で勝てる程強くはない。もしそうであるなら、とうに始末している。人一人を素手で殺すのは言うが易し。実際はかなりの長期戦と消耗戦になる。そこでこの筋肉の塊のような、体力と腕力と生命力しか取り柄のないようなでかぶつを仮に一人ずつでも相手にしていたら、救援がきたら、結果は明瞭だった。

 

「おい、もう離していいかよウォーケン。腕がやや疲れた」

 

 怪鳥の飛翔力は竜を超えるとさえ言われている。ただの噂だが、鼻毛を抜くような気軽さでクバリがそういって、

 

「これも主命だよ。さっさとしろ」

 

 そうして、彼女は空に舞い上がった。

 

 “馬鹿で助かった”

 

 僕は思った。

 

「やばい」

 

 クバリが髭をこすり、舌打ち。

 

「高度が高すぎるな。ウォーケン……あの馬鹿、変な提案しやがって。あいつが一緒に死んだら、あの魔喰いの女が死んだか確認ができねえ。やはりこの実験は失敗か」

 

 それでも眉はぴくりともしなかったが、遠間には生死の判断はつかない。それでもすぐにまあ大丈夫と、気を取り直し周囲を確認した。

 

 どいつもこいつも、死骸のような顔をしている。精も根も尽き果てて仲間の生死はおろか、自分の生死にすら愚鈍な興味の沸かぬ木偶。

 

「さあて、じゃあ唯一の観客は、っと」

 

 クバリの目にすぐに入ったのは——いるはずのないウォーケンの放心したような顏と、ふきっ晒しの荒れ腐った大地。そこにいた誰かがいない。代わりにそこにいた誰かの位置にウォーケンがいる。ぼうっとしていて、何が起きたのか判然としていない。

 

「おまえ、まさか……」

 

 ウォーケンも同時に空を見た。でもそこには荒れ狂う怪鳥数十羽と、首をつるされた彼女と——二本のロープしかない。それもすぐに見えなくなった。

 

 どちらも魔法の事は詳しくない。ただ兵長からは融通の利かない、暴れ馬とだけ。

 

 まさか、魔法にそんな賢しい技があるとは聞いていない。

 

 まさか、油断していたあの小童が、多少の怪力はあれど、逃げられないと踏んでいた、あの結局は捕まって監獄送りの知能のない囚人が。

 

 そして、万が一にもここの囚人を生かして逃がしたら。失敗したら。

 

 彼らは吼えた。

 

 後日。怒りに任せて彼らは島の住人を皆殺しにした。

 

 実験はまた新しい魔喰いと囚人が選ばれ再開した。

 

 



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空中の死闘

 一刻一秒を争う死中にいた。

 

 荒れ狂う暴風の中、怪鳥たちが右へ左へ上へ下へ。

 

 何かを振りほどかんと乱れ暴れて豪風がとぐろを巻く。

 

 竜を超えるといううわさ話もあながち嘘ではない程にとんでもない力。それが一つのロープの束につき20に枝分かれして10羽の怪鳥が担っている。怪鳥の語源は怪力の意味かもしれない。

 

 僕は辛うじて片手に結わえ付けたロープを逆に千切れんばかりに握りしめ、皮膚が擦れるのをどうにか軽減していた。それでも滲み出てくる血の量に切迫する命の危険を感じていた。

 

 自分のじゃない。彼女の。

 

 幸いにも本人の意識がないせいで体に抵抗した後がなく血の量は然程でもないが、首の骨はとうに折れているだろう。気道も潰れて、息をしていない。目も動いていない。伽藍洞のような両目に活動を停止した眼球が彼女の死期を告げていた。もうあと幾ばくも無いと。

 

 飛翔からまだ2分も経過していない。しかし、超速で飛翔し脳の血流が滞り、更に呼吸も止まっているとあっては、これはまさに一刻一秒。ただし無策でもない。

 

 僕はようやく彼女側のロープの一端を蹴り上げた足に引っ掛けた。そのまま、足に引っ掛けて第2工程が完了した。

 

 第一工程は僕の方の怪鳥のグループと、彼女側の怪鳥の連結である。クバリにばれないようにウォーケンに扮して予めロープに策を施してあった。二つのグループを見えないロープで繋ぐ策謀は即興で作ったボロ縄のためすぐに切れた。よって、飛び立って程なく両者は分かれて、どうしようもないことになるところを、僕が魔法を使ってどうにかするしかなかった。何度も言うが僕は魔法が使える。

 

 出来損ないのちゃちな魔法だが怪鳥の行く手に竜の幻影を作って軌道を逸らすくらいはお手の物である。

 

 僕が得意とする魔法の一つ、幻影の魔法は魔法の中でも特別高度と言われているが、僕はこれが特別得意なのである。

 

 軌道をある程度逸らしたあとは、同調が必要だった。

 

 今怪鳥たちは、同じ夢を見ている。行く手を扇動するように巨大な怪鳥が母鳥のように前を行き、ついてこい、と鳴き声をあげている夢だ。同調するように皆が足並みを揃えつつある。当初は、驚愕したのか、暴れ狂っていたが、徐々に安定してきて、ようやく彼女の方のロープに足が届いた。

 

 引き寄せる事に成功した僕は、幻影を維持したまま、

 

「ひぎぃぃぃぃぃい」

 

 一匹幻影が解けたのか、再び乱れた。

 

 その声で数匹が気付いて、拡散した。

 

 僕は僕側のロープを離し、そっちのグループと縁を切った。鳥たちが口から泡を吹きながら、彼方に向かって乱れ飛んでいく。視線を戻してすぐに幻影を彼女側の鳥たちに限定する。

 

 ロープを手繰り、ようやく彼女の身体に手が届いた。

 

「ごめん、もう少し待って」

 

 もう一刻一秒どころか死の匂いしかしない顔をしていた。

 

 唇が青く、顏から何から皮膚以外の色が浮かんでいる。

 

 僕はロープを伝い、彼女の首に結びついている、ロープの集結している箇所をナイフで削った。ロープは腐食していて凝固した血がこびりついていたが、そんなに切れない程じゃないのは、来る前にサンプルで確かめてある。しかし、ここは空の上。遮る力がなくて刃がうまく通らない。どうにか重力を使ってうまい具合に食い込ませ。

 

「もう少し、ああ」

 

 彼女の目から涙が零れていた。幻影かと思ったが違う。雨が降ってきた。

 

 身体が冷えたら一層苦行になる。

 

 僕は全精力をこめて最後の力を加えて切り離した。とたん、天地逆転。かと錯覚するかのように抜ける足先。支えがなくなり、力が下に一遍に降り注ぐ。でも感覚的には、上に飛翔している時と変わらない。しかし、かかる力は桁違いだ。

 

「さてと」

 

 落ちるまでに、堕ちるまえに、救命する。なにをするかなんてわかりきっている。僕は口笛を吹いた。

 

 直後、切り離してどこかに飛び立っていったはずの怪鳥が戻ってきた。怪鳥の狂気的な特徴と相反して彼らには同族意識が強い。自分たちの視点からは見えなかった僕たちが、今は死に体の仲間にでも見えているのだろう。何かに唆されて。

 

 僕がナイスキャッチと言うのと、彼らが嘴で僕の身体の節々を掴みあげるのは同時。

 

 流血を気にしている余裕もなく、少し時間にゆとりのできた僕は、彼女の意識を戻すべく、もう一つの魔法を使うことにした。

 

 治癒は僕が一番苦手とする魔法だったが、僕が苦手なのは対象が自分の場合だけだ。

 

 死に瀕している相手を治癒するのに、不安、も糞もない。

 

 やがて夜の帳がおりて再び夜空にあの笑う月が浮かぶ頃には、月夜の海の上、宙に羽ばたく怪鳥の群れと、僕のげっそりした顔と、彼女の寝息がゆっくりと宙にたゆたっていた。

 

「ごめんなさい」

 

 とりあえず不時着するまでは寝れない。不眠不休で寝ずの番をする僕の耳に、時折そんな言葉が断続的に聞こえてきて、僕はようやく少しまともな世界に戻ってきたような気がしていた。

 

 きっと全員があの二人みたいに、兵隊たちみたいに、故郷の奴らみたいに、大切な感情を捨てた人達ばかりじゃないってことを。

 

 自分ですら忘れていた心を取り戻すように、時折、あっちの彼女を思い出しながら、鳥の行方も操りながら、目指すは、その彼女のいる場所へ。

 

 列島大国レングランド最大の国土を誇る、僕自身の生まれた場所へ。

 

 愉快に笑う月に大事な感情を思い出しながら、寝ない程度に微睡んでいた。

 

 



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ハイレ港近辺

 着地点はレングランド最北。降雪の多いハイレ港という、列島にいくつもある港の一つ。

 

 より具体的な位置は、そこの鎖の錠が張り巡らされた倉庫の中だった。倉庫内に入るにあたって壁の薄い場所を近くに会った手斧で破壊して入った。そして、空いた箇所は適当な鉄板と幻影魔法でさも傷一つないようにみせている。

 

「しっかし埃臭いな。暗いしカビの匂いもする。もう少しましな寝床はなかったのかよ」

 

 寝ている間に何度か意識が戻っていた事は知っていた。しかし、それもほんの僅か。目が覚めつつも、ぼんやり夢が混じっていたそうな。

 

 彼女は起きてすぐに名を名乗った。

 

「エイブリー。姓は知らない。ただ目が覚めた時、目の前にあんたがいたから少し寝覚めは悪かったよ」

 

 まずこの言葉から紐解くとするなら、その後の会話も含めることになる。

 

「あんたさ、なんであいつらも一緒に助けなかったんだ? なんなんだあんたは。強いんだろ。あんな強靭な石の鎖を素手で破壊できるのに、なんであの程度の二人倒せなかったんだよ」

 

 もちろん、僕はすぐには答えず、やがて、二人だからだ、とだけ言った。

 

「そうじゃない。そもそもなんであいつらが私の仲間だって知っててそんで私だけ助けたんだよ! いい加減にしろよ! 皆で助かるつもりだったのに、余計なこと」

 

 どっかから適当にひったくってきたボロい毛皮を布団代わりにしていた彼女はそこに爪を食いこませる。

 

 僕はもう何度かため息を吐いてストレスも一緒に追い出した。いちいち説明するのがめんどくさかった。

 

「食料はご都合主義的に全て揃っている。ここは食糧庫だ。ただし、カビがひどいから、密封されてるやつ以外は食うな。採光がないけど、光が欲しければそこの鉄板をどかしな。ただし、長く外してると魔法が溶けて丸見えになる。服はあんたが寝てる間に、色々見繕ってきた。全部盗品……といいたいところだが、向こうにいるとき、金目の物をいくらか拝借してきた。ちゃんと買ってあるから、見つかって何かに追われる心配はない。あとは寒ければ、着こめ。さすがに火は起こせない。そんなわけで僕は行く。用事がある。命の安全がある程度確保された今の君にばかり手を煩わせてる余裕はない。じゃあな」

 

「ああ、勝手にしろ! 助けてくれてありがとう! でも大きなお世話だったよ! あそこにはあんたは知らんだろうけど、私の家族もいたんだ! ほんとうに大きなお世話だったよ! けっ!」

 

 そんな捨て台詞に僕は何を言うでもなく、そのまま鉄板を外して、立ち去った。立ち去る前に、周囲を見回し誰もいないことを再確認すると外から、被せた鉄板に手を這わせ、

 

「今から君はこの壁と一つになる。中身を守る守護者となる。その板の中ほどに見張りの目をつけておいた。外部からの侵入者を見つけたら中の人に知らせておくれ」

 

 幻影魔法を上掛けしていった。これは鉄板を物とみず、流動する素粒子とみなす、概念を元にした幻影魔法。全ての物体は生命も含めて素粒子でできている。そのすべてに魂が宿るとした、魔法。己の概念を変化させることで、物にまで幻をみせることができる。簡単にやっているが、僕の頭の中でおきている魔法の構築手段は王族の高価な服を作るより遥かに工程が多い。

 

 その工程を短くしたのが、より高度な魔法になる。経験だけではなく才能もいるが、今のこの国に、才のある人間は現存しない。ほぼ全て処刑されたからだ。

 

「よし、いくか」

 

 エイブリーとか名乗っていた少女の元へはもう戻る気はなかった。僕には使命がある。誰に命令されたわけでもなく、だからこそ重要な生きる意味だ。以前はそれすら意味を失くして、死に向かおうと諦めていた。何度も諦めて、今ようやく意欲が戻りつつある。

 

 彼女を助ける意欲。

 

 港を出たあたりで、どこぞの船から降りてくる渡航者の集団と合流し、紛れ込むことに成功した。すると集団の下に検閲の人間が近づいてきた。だらしないが、身なりはまともな壮年の男だった。簡単なボディチェックだ。やがて僕の番が来た。

 

「あーあんた、一応チェックいいかい?」

 

 第一関門、二重検閲。話によるとたまに外から火縄銃とか、使途不明なサーベルとか凶器を持ち込むことがあるらしい。それ以外では危険薬物や感染源となりうるウイルスの入った怪しいドリンクや、規制値オーバーの高濃度の酒類、毒草なんかもみるらしい。一通り終わって次の検閲に差し掛かるころにはもう何時間か経過していた。時計くらい持っているだろう身なりの渡航者が昼過ぎの時間帯を告げていた。

 

「いやあ、昔はこの辺ももっと緩かったはずなんだけどなあ。あれがきてからというもの、何でも危険危険って王様も臆病になっちまったみたいだな」

 

 石畳の上を名も知らぬ集団と歩きながら、町並みに目を配る。

 

 屋台が川の様に連なる商店街。船を作るように張られた洗濯物の数々。飛び交う生活音と、活きのいい商人の声。

 

 僕はこの辺りのことはあまりよく知らなかった。レングランドでも北の方は寒くて来たことがなかった。基本的に寒がりなので、本能的に近寄らないようにしていたのかもしれない。ルシル島も寒かったが、こちらは少し夕陽が水平線の向こうに顔をのぞかせる夕刻になると雪を降らせてきた。

 

 今夜の寝床を考える必要性がでてきつつあった。手持ちの金は、ルシルでこっそり拝借した金を数グラム売った金が780ベイス。価値で言うと、庶民レベルで少し豪華な食事が十回か、まともな衣を整えるのにフルで使うか、宿に7泊できる程度だ。宿は飯がでれば100ベイスは超える。安宿なら半分ですむが、有害な環境か虫がでまくるか、寒冷地なら、戸板や窓がなくて屋内で死にかけるかのどちらかだ。

 

 とりあえず、物見遊山をしたあとで、僕は近場の安めでぎりぎり許容範囲の普通の宿に泊まった。素泊まりだから、安宿と値段は変わらない。

 

「一人客は最近珍しいんだよ。ゆっくりしてきな」

 

 そうして2階の角部屋が宛がわれた。

 

「さあて、どうすっかな……」

 

 ひとまず、寝るべきか、考えるべきか、それとも夕食を外で済ませてくるべきか。悩んだ末に、とりあえずひと眠りすることにきめた。

 

 その日は屋内で宿には何故か2階に窓がなく一面壁なので月は見えなかった。

 

 



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孤独の迷路

 深夜、何かの気配がして急に目を覚ました。夢を見ていた覚えはないので浅い眠りだっただけかもしれないが、さっと部屋を見回しても人の気配はない。仕方なく、宿2階の廊下をぼけっと一巡りして一階へ。

 

 深夜であるにもかかわらず主人が起きていたが、夜風に当たってくるとだけ言って、戸を潜る。

 

 外は薄っすら雪が積もっていた。雪で化粧された夜の街は、まだ僅かにある光源を伴なって幻想的にその輪郭を映し出している。

 

 何もないよりは何かあった方がいい。頭にたまってきた雪を払いながら、黙々と進んでいた。

 

 この辺り一帯はまだレングランドの国土だが、支配域としてはやや弱い。レングランド自体が北よりに位置する中、更に最北の地であるこの領域は船の出入りにはあまり向かず。海は一年中流氷に覆われ陸は農産物が育たず生産性の低い土地として、田舎貴族の領土になっていたはずだった。

 

 故に検閲も必要最小限で、田舎故、僕の顔すら知らない人間が多く、しばらく休息をとるには適した環境と言えた。

 

 が、無論だからといって休息に甘んじる程弱くなった覚えはない。

 

 夜中に何くれとなく始まった散歩はまた再び海辺の倉庫付近まで足を運んだところで、終わった。夜風に当たるにしてはやや寒すぎる。

 

 わかっていた。

 

 自分だけ暖を取って、彼女だけあの扱いはあまりにも、僕らしくないと。

 

 あの彼女は人の嘘を見抜く。

 

 ここでエイブリーが死んだら僕がエイブリーを見殺しにしたと、色々苦情を言われるのだ。

 

 それは面倒なので、彼女に大目玉を食らう前に一応、危機回避である。

 

 そして、もう一つ。

 

 何か胸騒ぎがした。

 

 ただの勘だ。気のせいかもしれない。そうして、僕らが最初に辿り着いたあの倉庫の切れ端が視界に見えた時、僕は駆け足になり、少し冷や汗をかきながら、おざなりに倉庫の外壁に立て掛けてあった鉄板を蹴飛ばした。

 

 正面から入ってもよかった。なにせ、錠が外れていたから。

 

「ちっ」

 

 と舌打ちを零した。

 

 既に蛻の殻。代わりに、何か暴れた痕があった。

 

 ナイフが一本、根元から曲がって床に転がっている。

 

 僕が護身用にこっそり彼女の傍に置いておいたやつだ。

 

 その異様な曲がり方を見て、およそ市井の者の仕業でないことは明白だった。

 

 あの彼女、エイブリーだって魔法でこんなことができるとは考えにくいし、する意味も意義も謎だ。

 

 いくらか部屋の中を物色していると、彼女が布団代わりにしていた毛皮の裏に紙片を見つけた。

 

 それは、地図だ。乱暴に殴り書きされたレングランドの国土と、ここハイレの南西にある場所にバツ印がついている。

 

 そして、数字と記号が散らばっていた。記号は書いた者の独自のものとして、数字の方は、上に小さく性別がかかれている。15女、25、女、16、男、37、云々。数秒頭を穿り返して、僕はまた舌を打った。

 

「闘技場か」

 

 場所と記憶がマッチしていたので、間違いない。バツ印の場所は、地下闘技場である。賭け事好きにはたまらない場末の裏娯楽。あそこでは景品が金の代わりに人。つまり奴隷であったり誘拐した貴族の令嬢であったり、とんでもない時は王族の首であったりしたこともある。

 

 国の人間はとうに知っているけれど、対策の取りようもなく放置されているのは、管理している団体が、衛兵崩れの無頼漢ばかりで、中には数人がかりでも倒せないような化け物もいるって話だから、下手に手を出すと、思わぬ痛手を食う。よって誰からも放置された結果、悪人の吹き溜まりみたいな場所になっている。

 

 このメモを見る限り、エイブリーはさらわれた可能性が高い。

 

 だからどうというわけでもない。彼女は赤の他人である。たまたま流刑先で知り合って、少し話しただけの。昨日今日の縁だ。

 

 しかし何故か思案が続いた。長い長い一人の生活に疲れていたのか、それとも単に同情からか、気づけば倉庫から出ていた。

 

 笑う月が今宵は一層可笑し気に口角をあげて笑っている。それをみていたら、なんだか無償に、腹が立った。僕は急ぎ、宿に戻り荷をまとめると多めの金をカウンターに置いて雪の止まない夜の街を駆けた。

 

 



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ルシル島で

『だからさあ、あんちゃんのいう通り、あっしらはもう自分の身の振り方は弁えてるんよ。記憶は消えても罪はきえねえ。ここでは恩赦もねえ。こんな人世の愁嘆場で生きられると俺もこいつもあいつらも思っちゃいねえ。でもな信じてる馬鹿がいた。馬鹿だからな。罪を犯そうが人を殺そうが、まだ希望があると信じてる天性の馬鹿たれがいた。仲間だ。あんちゃんにとっちゃくだらねえかもしんねえ。でも、あの子があんたのようなつまらねえ業と違うれっきとした業を持っていたとしても、あっしらが虫けらにみえても、一つあっしらは決めてることがあった。それは何があっても、ここじゃ死ねねえってことさ』

 深夜のルシル島の鉱山裏。彼女と別れたあとにひっそりと、勘と本能で向かった先に彼らは待っていて、そう言って、彼らが渡してきたのは僕の想定外の物だった。

「マクイの始祖の在処といえばわかるだろ」

 とたん、思わず穴が開く程みつめた。

 “鉱石分布図”とだけ殴り書きされた地図。ただし印がいくつもついている。

「一番古いやつが、一本線。新しくなるごとに線が増える。最新の位置は」

「何故これを?」

 すると男は頭をかいて、バツが悪そうにした。

「いやね、こりゃ盗品なんだわ。昔ここにきて死んだ囚人がいた。そいつの持ち物だよ。しかし、なんとまさか、不思議や不思議」

 その先は大体想像がついたが、

「こりゃね、勝手に印が更新されるんだよ。何もしてねえのに。魔法……呪いの地図でっせ」

 つまり、これと彼らの命を交換しろと暗に言っていた。

 何故、あの彼女の地図とわかったかについては、単純に、地図の左端に王国の紋章と、家系図が記され、ある部分でまた×がつけられていたからである。

 そこが誰の席か、レングランドの民ならだれもが知っている。

「ルカナビア・ヴォイス・エドガー国王が愛した七人の子が一人。第六王女、ルカナビア・マクイ、だったか。なんでここだけこんな妙な名前にしたのかわからねえと一時期話題になった。女性らしくないだろうとな」

 それは僕も思っていたことだが、物事には何にだって理由がある。想像で補完するしかない時に人の本質が現れる。

「まあとにかくこれがあっしらの最後の命綱だ。それに対してあんたは何を提供してくれる?」

 答えはわかりきっていた。彼女を助ける、いつか助けると胸に誓いながら、薄っすらそれを諦めていた自分の愚かさに嫌気がさした。だから当然、もう一つしかない。

 僕はしばらく紙片に頭を当てて、祈るように呟く。顔をあげ、

「プランってほどじゃないが、あるにはあるさ。それにはあんたらにも少し手伝ってもらわなきゃならない。一足飛びにはいかないが、それでもいいなら」

「首を振るわきゃあるかい。決まりだ。すぐ実行に移そう。信頼してるぜ。あんちゃん」

 今日会った話したばかりの人間の何を信用するのかしらないが、こんなところで明日もない暮らしをしていればそれも麻痺するのかもしれないと、そんなふうに思った。

 夜が明け、作戦は決行された。そして、少なくとも、僕ら二人は無事脱出に成功した。

 他の者がどうなったかは知る由もない。

 そんな非情さも、この世の常、なのである。

 



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陽だまりの終焉

 パレードの始まる、数刻前だった。先刻来たばかりの、パレード開幕を知らせるピエロの余興でさえ余韻が窓の外でまだ音色を奏でていた。

 子供たちが居室でキャッキャキャッキャ騒いでいる。多分、一年に一度あるかないかの無礼講に舌鼓だ。私はもう少しお姉さんだから、姿焼きの肉料理くらいで騒げないが、もらった高価そうな手鏡は大事に手製宝箱の奥にしまった。

 すっと戸板が開かれ、両親が入ってくる。タバコを燻らせた父がそう固くなるなよっと言った。

「あの子たちも王様の催し物より家のケーキや偶の贅沢の方が嬉しいみたいね。あなたも、こういう日の趣向品で舌がお喜びなのかしらね。そしてリリー」

 振り返ると、その手に鍵、家の鍵。何を意味するかすぐにわかって、私はようやく目が輝いた。

「いこう! パレード!」

「ええ、行きましょう。特に今年のは、何やら催し物が豪華だとか言ってたわね、期待していいかもね。でもリリー、気合い入りすぎて、人にぶつかったりしないでね」

「わかったわママ!」

 私は嬉々として、両親の背中を追った。

 

 もうすぐ、はじまる。先頭の踊り子が、視界の隅に映った時、リリーと妻は、突進する猪のように、人を分けて、見に行った。

「ったく。好奇心のすごい奴らだな……まあ今日は特別か」

 私はとりあえず、また煙草をゆっくり吸い深く吐きながら、こんなものが吸えているのも、全て国の争いの種を華麗に沈めた国王のおかげだと、見た事もない恩人に頭の中で礼を言って長い文章をつらつらと並べ敬具する。

 今年は何祝いのパレードかは聞いていないが、パレードがあるという伝達だけが、街を駆け抜けた。それですぐに家に帰宅し、妻はごちそうを買ってきて、御馳走で小さい方の子供達を縫い留めているうちに、外出してひたすら酒と踊りを楽しむのが今日のプランである。

 実に、実に景気がいい。近所の者達も、そのまた向こう近所や遠く向こうの人々もほぼ全員が出てきてはしばらく覗いた後で、路地の隅に待機したり、わざと進行の邪魔になりそうな位置で口笛を吹いたり、昼間から酒を飲んだりしている。

 やがて、ピエロと踊り子と、華麗な技芸を魅せる集団が、じわじわと家の前に近づいて、通り過ぎようとしていた辺りで、噂が聞こえてきた。このパレードに王様や王女、つまり王族が参加していると。ならば、お目通りが叶うかもしれない。ここは城下でも辺境にあるせいかこういった国主体の催し物が行われずいつも寂しい思いをしていた。

 既にほとんどの人間が無礼講だ。行事周りで開かれる露店や行商人に金を払って食事をしたり、趣向品を買ったり、気など遣わずに老若男女好き放題して、場の雰囲気を楽しんでいる。

 この国にかつてあった災害を知らぬものなどいない。辛い環境を耐え抜いてきたからこそ、国全体がこうして傷を癒すように楽しまなければならないのかもしれない。

 川の様に長いパレードの列は終わりが見えぬ程、続いていた。どうにも妻と子の二人はその一番最後尾を目指しているようで、そこまでいかなければ追いつきそうになかった。人は1時間も経過すればすごい数になっていた。ようやく最後尾が見えた時、同時に娘たちもみえてきたので私は手を振った。

 恐れ多い事に、パレードの最後尾には明らかに雰囲気と召し物の違う数人がいて、恐れ多くも娘たちと何事か会話していた。その様子が慎ましやかで、和やかで、私は駆けた。私も王族を一目見てみたいと。

 ここは辺境だからどうしてもそういう事に疎い。この国の王族はあまり城下に顔を出さないことで有名だ。一部で心身を病んでいるという噂もあるが、噂は噂だ。

 近づくと王族の隣辺りに詩人がいて、何やら楽器を奏でていた。

『王さま、ここは我らの手を借りて。宴の日には精霊がやってくる。我らは貴方に服従し、この歌をもって精霊を根絶やしに。精霊に触れてはならぬその御手で。精霊に話してはならぬ。連れていかれる。さあ、我らの出番だ精霊よ。ようやくみつけた。僕は君を許そう。その入れ物の死でもって』

 途端、荷馬車の中の誰かと話していた娘がこてんと地面に転がった。

「ん?」

 様子がおかしいと感じて私は少し早足に。大きな声を出せる雰囲気ではないので、でも何か胸騒ぎがした。

 誰かが悲鳴を上げた。毎日聞いていたから知っている。この声は妻だ。こんなにも叫ぶのは大昔に料理で火傷をした一回こっきりだが、もっと鬼気迫る声音だった。

 転がった娘は立ち上がり、妻に何か言っている。ようやく手が届きそうなところまで来た、時にはもう遅かった。

 周りが雑然としていた。悲鳴があちこちで聞こえる。怒声も罵声も聞こえる。それで思い出す。この雰囲気がかつての災害の時と似ていると。私は子供だったから家でずっと震えていたが、実際に王の周りを囲う直属の護衛兵や、よくわからない立場の人間達が、私達を取り囲み、騒いでいた。その一つが耳に入る。

「再三言っておろう。こんにち、我らに近づき、私に話しかけてきた者こそが、悪魔だ。ユリウス、お前の予言はあたっていた。後で褒美を」

 ユリウスと呼ばれた白く羽のついた衣を纏った詩人が、恭しく首を垂れる。

「王さま、他の者も拘束しますか?」

 衛兵が、淡々と言う。まて、と王が手で制する。

「そやつの目を見ろ。人の目の形をしていない。僅差だが、悪魔の遣いの伝承にでてきた目だ。となると……」

 その目が妻に行く。娘は妻似だ。目元はとくに。

 私は動けなかった。

「さて、この二人だけかな? もっと多そうだが、何せ、王族に話しかける程の蒙昧さだ。こやつらが普通の市井人でないのは明白。連行は決まった。処遇はいかにしよう、誰か提案せい」

 奥からまた一人恐ろし気な奴が出てきた。今度は背の高い、ギラギラと派手な服に身を包んだ、王より偉そうな男だ。

「ん、王よ。それなら、あのマクイに食わせてみてはどうだろうか? 悪魔とはいえ、器は人間。人間の肉を食わせればあやつも人間に戻り、人間の心を取り戻すかもしれない。仮に共食いということになれど、何か発見があるかもしれない」

 王は、髭を二回擦って、そうするか、と馬車の中にある飲み物を手に取り口をつける。すると残った飲み水を娘の頭にかけた。

「浄化だ。気休め程度だが、ゆっくり己が魂の汚れを清め改めい」

 二人は既に震える力もなくして、石のように固まった。それを王の周辺にいた衛兵たちが、淡々と連行していく。

 私は動けなかった。恐怖が身体を縫い留めて、身じろぎ一つできず、ただ動けずとも、口は動いた。

「やめろ!」と王族相手にどの口が命令したのか、一秒もしないうちに、手前の衛兵がすっ飛んできて、双剣を構え、そこから先は覚えていない。

 すまない、と小さく謝罪された後、視界が次々に移ろい気付くと、世界が回っていた。そして、何かの衝撃。景色が止まり、床にまいた血の流れを見ていた。

「レコン、素早く的確な判断にまた一つ主の成長をみた。嬉しいぞ。褒美を」

 死んだのだ、と初めて気づいた。

 

 

 



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光を求めて

 この世界には十人十色の地獄がある。地獄と言えば不幸なのではない。本当の地獄は地獄に墓石を立て光を見失ったときから始まる。その点で言うなら彼女の地獄はまだ薄い乳白色の光が差し込む地獄の波打ち際だった。

 

 その光源を頼りに彼女はひたすら、暗中行軍。土と土の隙間を人一人通れるのも厳しいマムシの通った穴を掘って進む。

 

 奇跡に近い偶然の活路だった。大分前のこと。地下空間を張り巡っていたバグ石による封魔結界の一部に綻びが生じた。奇跡だった。以前、食事にでたカエル。食べずに残したそれの死体を、辛うじて使えるようになった火おこしの魔法で少しづつ燃えるように小さな火を起こし、本当に少しづつ芳香なカエルの匂いが出るように燻しながら、たまに窓の外に一部を放ったりして、待つこと数か月。とうに匂いなどなくなったと半ば諦めた頃になって、土の隙間からマムシが現れた。彼女はそれを見逃さずすぐに道中の携帯食に焼いて保存し、開いた穴を掘り進めた。

 

 彼女の放り込まれている地下牢には柵すらない。だだっ広い石敷きの地下空間に老若男女数10名が放り込まれ、広がる無窮の地獄があった。十人十色の地獄たちはそれぞれに抱える地獄と向き合えず、膝を屈し、本当の地獄となっていった。ただ一人を除いて。

 

「はっはっ……まってろあいつら」

 

 手の使い過ぎで一部骨が折れ、爪はとうにない。

 

 呼気が断続的でたまに咳が混じる。

 

 歯を噛んだはずなのに血がにじんだ。口の中はろくに手入れをしていない。

 

 着崩れた衣装は囚人用のボロだが、擦り切れて、継ぎ接ぎしてあるそこに湿った土がかいくぐり、体のどこを嗅いでも土の匂いしかしないだろう。

 

 でもどこか特徴のある顔立ちはまだ地下で這いずっている囚人たちのそれとは違う、気品でも、風格でもなく、力強さがあった。

 

「私は、彼を、超えるんだ!」

 

 魂に刻むように声を吐く。誰かが言ったことがある。生まれた時代が悪いと。

 

 誰かが言ったことがある。人間は弱いと。

 

 誰かが言ったことがある。お前は人間じゃないんだと。

 

 誰かが言ったことがある。そんな奴ら切り伏せて馬に食わして先へ進め。

 

 誰かが言ったことがある。あんたは弱くなんてないから。自分で自分を弱いと洗脳し、その呪縛の世界で、死ぬなと。

 

 人間が通るには不可能に近い穴の中を昨晩に降った雨の力も借りてほり進める彼女の表情はもう地獄の住人のそれではない。

 

 既に見えている薄い乳白色の光。それはつまり、もう後僅かで届くという事。

 

 彼に借りたチャンスを今度は自力でのし付けて返す。

 

「待ってろ。絶対に私は、もう一度」

 

 10年。陽の差さない土の下にいた。その間に彼女は様々な自分の噂を耳にした。新規で入ってくる囚人や、既に没した囚人や、兵士の会話から。

 

 彼女が牢に入ってからすぐ、外で起きる災害はぴたりと面白いくらいにタイミングよく鳴りやみ、国民は歓喜しているとのこと。

 

 自然災害もだが、人為災害まで止み、一部で妄想狂が言い出した、思考災害までも止んだ、との話である。それが彼女が生まれて10年。研究開発された魔法技術の粋であるらしきこのバグ石とやらによる成果であり、だれかが言い出した言い出しっぺのわからない妄想話はいつしか完結され、彼女がいなくなったことによるもの──つまりそれまでの災いが全て、彼女の感情による災いであったと確定され、もう二度と彼女が外の土を踏めることは叶わなくなった。

 

 新設されたバグ石を全面に施した地下の牢獄に彼女は放り込まれた。彼女は牢屋は慣れていたはずだった。しかしかつての牢では扱いが厚遇されていたため、孤独には耐性があまりなかった。ほとんどの囚人と看守は彼女を恐れ、しばらく一切の交流はなかった。長きにわたる孤独は精神を切り刻み、何度も泣いて何度も叫んで、何度も助けを求めた。

 

 しかし時間はある程度流れる日々を柔らかにした。時間とともに次第に、恐れの消えた囚人とは一人また一人と打ち解け合い、徐々に希望すら見えてきた、そんなころ、再びやってきた、王族たちの視察と入れ知恵。彼女の周りにはまた人がいなくなった。

 

 気付いたら10年が過ぎた。赤子の頃から入っていた牢屋は彼女にとって無骨な森のようなものだ。でもあと1年、5年と経つうちにもう一切合切陽の光を拝む欲求すらも消えている自分がいる。そんな未来に恐怖した。

 

 最後の最後の一房の力。

 

 それを振り絞り、彼女は最後の土をかき分けて、地上へ這いだした。

 

「やあ、おはようだ毒蝮。奇遇だな」

 

 彼女は驚かなかった。まだ身体は半ばまでしか這い出ていなかったが、聞こえた声に耳を貸さずにさらに力を入れる。そこには視線を向けなかった。既に数人の息遣いが聞こえるがそれでも無視した。

 

「僕の事は覚えているかな? 悲しい事に君のせいで王族の地位を失った君の元姉の友であり婚約者でもある、私だ。バイロン・セザール。つまり本来なら妹と、この間柄をなぞるのも汚らわしいが」

 

 バイロンは彼女の監視役であり、貴族でありながら自らその役を買って出た奇特な人間でもあった。それ故、彼女の動向は逐一把握しており、彼女が看守の目を盗んで、出た、ことも、数か月前から策を練っていたことも知っていた。そのうえで、待ち構えていた。

 

「土に潜ったマムシのことはとうに気付いていた。お前に最後の絶望を知ってもらおうと、こうして待ち構えていたわけさ。どうにもお前はあのマムシのように地を這う生き物のくせしてどこか人間めいている。光を見過ぎなんだ」

 

 汚物を見るように睨み唾を吐いたが、彼女は目もくれずにどこかをみていた。バイロンは気になった。気になったが視線の先はただの太陽だった。バイロンは大笑した。

 

「はっ馬鹿かお前は。なにを」

 

「あ」

 

 え、っと思わず間の抜けたような声を漏らしたバイロンを見て、付き従うように背後にいた衛兵たちが、驚く。

 

 そしてそんな彼ら等どこ吹く風とでもいうように彼女は泣いた。その一音を何度も繰り返して、泣き崩れ、太陽を直視して。

 

 凡そ10年ぶりに踏んだ土の感触と陽の光を、遠い昔に亡くなった母を思うように、ひたすら、ひたすら。流れる涙が枯れ果てるまで。

 

 そんな彼女を、しかし彼らは待っていた。

 

 彼らとて鬼ではなかった。ただ自分たちに訪れた不幸や面倒が全て目の前の女のせいだと思うと、相手に悪意があろうがなかろうが、憎しみしかなかっただけで、まるで情けの心がないわけでもない。

 

 そんな思いを打ち消すように、バイロンは騒いだ。

 

「お前にもう時間はないんだよ! せいぜい踏みつけた人の幸福の分まで苦しめ、と言いたいところだがっ、同じ高貴な血統のよしみで情けを与えてやろう! 私はもう呪われてもかまわない。一瞬だ。ここで果てろ」

 

 最後は暗黒から湧き上がるような鈍重な声で、彼は背に抱えた長大な大剣を振り下ろし、切っ先を彼女に向ける。

 

 膠着は長かった。じっと主の出方を伺う兵と今必殺の剣を放たんとしているバイロンと、涙に顔を濡らす、彼女——マクイ。

 

 その膠着がようやく動き出した時、彼女は手を天に掲げ、同時に、バイロンの大剣が彼女の命を横凪ぎにかっさらう。

 

 バイロンとしてはその予定だった。

 

 しかし——。

 

「彼女はどこだ!? どこだ!?」

 

 消えていた。振った剣は虚空を切り、彼女はまるで幻影をきったようにくねっと曲がり、感触すらなく、そこにいた誰かがもういない。

 

「ふっふざけるなああああ!」

 

 叫んだ声が虚しく空に鳴いた。

 

 10年。彼自身もそんな長きにわたり、牢獄生活を監視していて、すっかり忘れていたのだ。彼女が、そもそも魔法を使える、魔喰い、だということを。

 

 



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人間計算機

 この世には、魔法を使える魔喰いと、実は使えない魔喰いがいる。

 

 そんなことをのたまった馬鹿がいた。馬鹿は外ならぬ彼自身だった。

 

 鏡の向こうにいる彼自身の顔はひどくやつれている様にも見えるし、逆に庭木に芽吹く雑草のようにタフにも見える。

 

 しかし、人は全て、

 

「客観的評価がその者の全てである」

 

 にたりと笑う鏡の向こう。ギラギラした服を身に纏い、立ち上がった親熊より高い背で国王より偉そうな自分の姿形に満足しながら、自室を出て、城の衛兵の間に続く廊下を歩く。

 

 曲がりくねるセンスの欠片もない廊下だ。国の決定権の大半を任された男、大臣のゲル・イスカリオテはこの城の設計を担当した前大臣が嫌いだった。

 

「思うに、奴が死んだのはこの不格好でローセンスなこの建築図案に許可を出したあたりに起因するのではないかと私は思う。センスは、如何様にもなる。センスの是非を作るのは上の人間なのだ。上が決め下に行き届き、下の人間は勝手に自分たちがセンスを選び抜いていると錯覚する、幻惑のようなものだ。なれば、少なくとも大臣の居室は閣議の間に限りなく近づけるなり、兵の寝床を近くに置くなり、合理に富めば自然と下々の考え方にまでそのセンスは芽吹き、合理性に結びつく。上の作りし不可視の機微が下の者どもを左右する。故にそれを無意識に感じ取る下の者共は上の者のセンスを最大限まで要求する。それはいわば知性であり、力、等である。自身を生み出し守る他者からの評価は弄れる。弄らなかった故に奴は死んだ」

 

 長々と独りごちる。前口上が長いのは幼少期からの癖だ。

 

 程なく彼は衛兵の間で兵を数人引きつれて、更に螺旋階段を下り、地下へと向かう。

 

「失敬。ゲル様。ここより先はマクイの居室ですが、何用ですか? 王に」

 

 皆まで言うなと、沈着に告げる。

 

「なに。ぬしらの耳にまで入れるのが面倒な些事よ。王も知っている。さあ、時間が惜しい」

 

 それ以上は言うまでもないようで、早々に特注の扉を開ける。

 

 こんなところまでバグ石で睨みを利かせるのもまだまだ技術が発展していない証拠だ。

 

 開く寸前で、きゃっと声がした。

 

 気にせず入った。

 

「どうされました!?」

 

 書き物でもしていたのか、ペンが転がり、飛びあがる魔喰い。

 

 例えばあえて今の反応に目くじらを立てて、早々に指示に従わせれば早いし、何よりその性格を他者に植え付けることもできる。この一事は万事となり、広く大衆に感性が行き渡るきっかけにもなる。そんな考えを常々持っているがそう都合よくも行かぬことも知っている。そも、少なくともゲルの目的は恐怖政治ではない。

 

「いやいい。座っていなさい。それより、ランチはいかがだったかな?」

 

 質問の意図がわからず困惑していたので、そのまま意図など気にせず、答えなさいと告げた。

 

「はっはい。大変、おいしゅうございました……それが一体?」

 

「どうだろう? 次はこんな時化た場所ではなく、会食の間でディナーでもいかがかな?」

 

 全員言葉を失って、沈黙が続いた。仕方なく、続ける。

 

「王直々の御達しだといえば早いか」

 

 すぐに背筋を正し、異口同音を連ねる彼らに少々ため息をつきながら、また来た道を戻ることになった。

 

 その際にもう一つ知らせておくべきだと考えを新たにし、告げた。

 

「簡単な食事だが、一つ。ぬしには毎食ある者達の血を吸ってもらう。太古の大地に斯様な魔物がいたそうだ。人の生き血を吸い、不老不死の術を得るという。これもまた古文書で知った魔女の系譜かもしれないので、今回比較的に合理的に富む実験として、それを行い、ぬしに結果を見せてもらいたく思った。過去には魔喰いなど存在せず、純然たる魔法の使い手が存在したとも聞く。もしぬしがその素養があるならば、ぬしを身売りした家族諸共、最高の待遇で迎えようぞ。ただし失敗した場合、すまないが、非常に申し訳ない。しんでもらうことになる」

 

 彼女の顔から笑みが完全に消えたのと、外でイヌワシが悲壮な鳴き声をあげたのは、ほぼ同時だった。

 

 マクイはマクイでも彼女のその呼称の意味するそれは所謂暫時的な影武者のそれであった。待遇の観点から見ても自分が死ぬわけはまずないと、信じ込んでいた。

 

 淡々と歩く廊下の足音に混じり、時折すすり泣く声が響き渡った。

 

 

 

 



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気まぐれな闘技場

 魚の干物を齧りながら、ひたすら待っていた。ライノーツの本土は大陸全体でみると然程大きくはないが、それでも周辺の海にある小さな島を幾つも有し、国を複数吸収してきた、大国であり、内包する国の多いレングランドでは国防も簡単ではない。

 

 それなりに大きい故、国の端から端に行くのには、休みなく歩いて、早足で一月はかかる。とてもではないが、呆けている時ではない。

 

 それでも待つ必要があった。何故なら止まっていないと集中を欠き、定位置を欠き、非効率だったからである。

 

 より具体的に言うと、闘技場には行った。そして印の場所に行った僕が見た闘技場は、そこだと思っていた酒場の地下の先は、伽藍洞の廃墟と化していた。すぐに酒場で盛っていた人間に聞いた所、場所を移したが移転先は知らないとのことで、そのうちの一人を罠に嵌めた。

 

 どうにも過去に僕がここだと思っていた闘技場は、ここ十年の平和な環境で排除される憂き目にあっていたらしく、

 

『知っている人間しか知らない。そいつにそこが必要であるなら無理に探らなくても向こうから情報が入ってくるようにと決めたんだよ主催者が。俺は一応知っているが、あんたはそっち側の目をしてねえ。教えるのは無理だ』

 

 ときたもんで、僕は早速そいつに、そいつが崇めている神の幻惑をみせて喋らせた。

 

 結果わかったのは、闘技場の出入口は移動式のものになったらしい。

 

 この国だけで1000万は優に超える人口のたった10人弱。そいつらが毎回、目ぼしい場所を決めて、その場限りの闘技場を仕立てるらしい。

 

 そうして集めた軍資金で更に別の場所に設営する。人間離れしているが、然程驚かなかった。

 

 そこで使った魔法は広域幻惑魔法である。ほぼほぼ幻惑魔法しか使えない僕が考えた策は、不特定多数の人間に幻惑をかけ、隠れた催しがあれば、その場で騒動を起こす、というものだった。なかなか簡単にはいかなかった作戦だが、三日目にしてようやく、情報が入ってきた。

 

 ただしそこからは、馬車で移動しても十日はかかる。そこで開門しようとしていた。

 

 まず地図に幻をかけた。

 

『常世に在る万物の一つである君にもう制限はない。その実相を顕現し、刹那の世界を作れ。記した位置と位置を繋げてしまえ』

 

 そうして、待つことどれくらいか。

 

 日が三回明けてようやく地図が光りはじめた。無理難題をいうと、いくら魔法で得意な部類でも不安が邪魔をして、成功までに時間がかかる。

 

 僕がその場を動かなかったのは、地図に僕という位置——目印を植えつけるため。目印がいちいち動いていたら単純にやりづらいからだ。

 

 こうして、僕の目の前に地図が作りし幻影の門ができた。

 

 僕が作って見せている相手(地図)の幻だが、地図は、不特定少数の人間の概念において、世界を示す魔法のアイテムと、思い込みがある限り魔法は成立し実体が出来上がる。この世のどこかに一人でもそんな人がいる。それだけでいい。地図という物ではなく、地図という概念にかけた幻はこの世の概念にまで幻を発生させ——とにもかくにも、なんとかなったわけだ。

 

『御託はいいから早く潜れ』

 

 そう、彼女に言われた気がして、僕は準備も早々に門をくぐる。光に包まれた先にまたもう一枚扉があり、開けるとそこは闘技場のまさに闘いの真っ只中であった。

 

 



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気まぐれな闘技場2

 

 天を突くような雄たけび。激しい絶叫。空気が泡立つような熱狂。

 

 数十人数百人規模の時化た遊び場じゃない。見た限りざっと万超えはしている。こんな場所が実際本当にあるのかと、改めて思った。昔来た時は、なんてことのない普通の国に認可されている領土内の闘技場だった。無認可になっただけで面積は軽く十倍になり、観客もはるかに多かった。王城よりもでかい、といえば説明が早い。

 

「おおおおおおおおおおおおお」

 

 重なる絶叫。僕が潜ったのはどうにも戦士らの入場する扉だったようで、目の前に敵がいる。普通と違うのは、それが一人や二人ではなかったことだ。

 

「さあ! 最後の戦士が入場! 後二分! まだ飛び入り参加は受け付ける! 戦士に限り入場料はいらねえ! リスクに代わりファイトマネーがでるだけさ。ただし、戦士が死んだ場合は金はこちらで回収する! わかったか!?」

 

 おおおおおおおおお、っとまた声に声が連なっていく。

 

「1万ベイスもかけてんだ! 溝に捨てるのだけはやめてくれよリザ―!」

 

 その言葉に誘われるように、自らの掛け金を言って奮い立たせる観衆。

 

 闘技場の砂を踏んでいる戦士はざっと百人あまり。どういうルールで何が行われるのか何も聞いていない僕はとりあえず、念のため闘う前の自分自身に幻をみせることにした。

 

 自己暗示の強化版のようなものである。これは一度かけたら解除が利かない。自分自身で自分の幻を解く術はなく、魔力切れまで続く。

 

「さあて、はじまりだ。まず最初は前言通り貴様等の運を試す。ロシアンルーレット。終わったら、最後の一人になるまで殺し合いだ。雑魚どおし乳繰り合ってくれ。お前らはあくまで飛び入りの素人軍団。期待してねえけどな! じゃあ、最初の銃声が合図だ。ほれ」

 

 の直後に視界が揺れた。

 

 地を割ったような銃声と、鮮血。

 

 あっけなく僕は倒れ伏した。

 

「あっあがっ」

 

「おっと最初の犠牲者はそいつか。運が悪かったな」

 

 銃声のした方角を見た。僕を狙えるような位置になく、僕とその火縄銃の間には何人も戦士たちがいた。その隙間を縫うように唐突に撃たれて、偶然あたる。いや違う。

 

 こんなところまで、呪いの影響が出た。まだ持っていた竜火石は、この国の奴らは信じ込んでるが実際はただの石ころだ。僕自身の、呪い。

 

 倒れる時、反転して仰向けに倒れる。にたにたと嗤う戦士たち。馬鹿笑いする観衆。

 

 まだ昼間なのに空にはくっきりと見える、嗤う月があった。

 月が誰の何を笑っているのか、気になりつつも白む世界に弱い自分に嫌気が差した。

 



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気まぐれな闘技場3

 戦闘が始まった。

 最初の一撃はこの本戦前の闘技では軽い余興である。あまりにも戦闘の次元が低すぎるからと、雑魚をふるいにかける予選は見世物の一つとして相手にすらされていないのだ。

 リザ―はベテランの戦士だった。

 地下闘技場の土を最初に踏んだのは闘技場が国の鼻つまみものとして行き場を失う7年前から今に至る80数回の戦闘を全て生きて戻ってきた。無論、勝ち残った事はないが、死にかける寸前で彼には直感で線引きができた。野生動物に似た直感がこれまで彼を生かしそして強くしてきた。

 だから予選ではひとまず体力を温存するべく、闘うフリだけにとどめて最後の二人になったところで、残る疲労困憊の一人を背にした遠距離武器で射貫くのがいつもの定石であった。彼は足だけは速かった。

「てめえさっきから逃げてばかりじゃねえかよ。こいや!」

 雪男みたいな体格の男が己の筋力とリーチの短い手斧だけを武器に振り回している。こんな雑魚を相手にしている暇はないとリザ―は彼の執着心を逸らすべく、別の誰かに宛がうべく、背後の攻撃をかわしてそのまま彼へいざなう。

 予想通り、の展開に観衆が数人沸いた。彼のファンか何かが、エールを送っていた。

 予選でもたつく程浅くはない。

 観衆の一人に女性がいて叫んでいたので口笛を吹いて応える。

 っと、そのつんざくような声に今更違和感を覚えた。エールにしては鬼気迫るものを感じたが、なんと言っていたのか思い出せない。

 待つまでもなかった。すぐに第二声が轟いた。

「リザ―! さっきから、狙われてるぞ! 避けろ!」

さっきより一段とでかくはっきりした声で聞こえた。

 彼はすぐさま、全方位に視線を這わせた。途中で目を剥く。

「なんだありゃ」

 すごい勢いで、バックステップを決めながら人を躱し逃げ続けていたリザ―のみを狙うが如く直線的に、そいつは彼を追い抜かん勢いで迫っていた。

「あんな奴いたか?」

 全員確認したわけじゃない。しかし少なくとも、全員人間のなりをしていたはずだ。

 そこにいたのは、明らかな、獣だった。

 ライオンだった。それも大層発育のいい大人のライオンが何故か後ろ向きに逃げるリザ―一人をわき目も振らずに追いかけ続けていた。

 ようやく運営からでかい声で説明が入った。

「すまん戦士たち。貴様等は雑魚だ。見世物にすらならん雑魚だ。故に、そいつ一匹程度倒せないようなら話にならないってことで、見世物とダブルでお得なこの余興よ。さあ観客が愛想をつかすか、健闘して拍手喝采か、全ては貴様等にかかっている。気張れ!」

 無理言うなっとよそ見をしていた戦士が一人、闘っていた相手に首を狩られて血を撒いた。

「くっそくそくそくそくそくそくそくそ」

リザ―は自分の顔色が今何色なのかすらわからなかった。自分が狙われている理由がやたら逃げ続けていたせいだと気付いたのは、もう獣が目と鼻の先に迫っていた頃で、今更止まっても後の祭りだった。

「くそおおおおおおおお」

 既に至近距離に迫りつつあった獣。

 人間とは鍛え方も潜ってきた修羅場も格が違う相手。赤子の手をひねるように殺されるしかなかったリザ―が最後にとった行動。

 それは今まさに自分に噛みつかんとしている相手の目を見て、正面から最後の矢を射ることだった。

 この矢が当たれば或いは助かるかもしれない。仮に外れても誰かの助力になるかどうかはどうでもいい。

 私一人生きれば逃げきれれば。

 その考えは易々と覆る。彼の矢は射る寸でのところで、爪に弾かれ、もう片方の爪で肩口を掴まれ、そのままリザ―は闇に堕ちた。

 彼の撒いた鮮血が闘技場を凍らせ、全ての戦士たちが標的を獣に変えた。しかし誰かがもうやばいと、呟く頃にはもう生き残っている戦士の数は半数まで減っていたのである。

 怖がる観衆を他所に続行、続行、と囃し立てる観衆が過半数を占めていた。

「予選に俺達は何も期待しちゃいねえ! 早く本番をだせ! こんな恥ずかしい試合見せやがるな! 続行、続行!」

 三日で作られた天井にはでかい穴が開いて雨ざらしだが、その日は晴れていたはずだった。

 戦況を見ているかのような黒雲がゆっくりと闘技場一帯を覆っていた。

 

 



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