半吸血鬼人間は如何にして鬼を狩るか (ふじしお)
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That's life.
人生なんてそんなもの。
「
二つの人影が夜道を歩いていた。一つは大人の男。もう一つは少年。二人は共に稲穂のような金色の髪を持っており、そして男の眼は真紅に輝いていた。顔も、まるで西洋彫刻のように凹凸が深く、その姿と言葉から二人は外つ国から来たことが伺える。男は少年に何かを言い、そしてさらに進みを早めた。少年も、それに置いて行かれないようにそれに続く。
やがて、二人はある屋敷に辿り着いた。豪邸と言うほどでもないが、十分に大きな屋敷だ。屋敷の門の前には、二人の人物が立っていた。共に黒い詰襟と袴を着用しており、片方は刀を佩いている。帯刀している者が言葉をつむぎ、そして横の者がそれを違う言語に言い換える。赤目の男は丸腰の男の言葉に頷いた。丸腰の者は通訳の役を果たしているようだ。
帯刀している者に続いて、通訳、赤目の男、少年は屋敷の中に入った。中は典型的な日本家屋である。少年は物珍しいのか、しきりに周囲を見回していた。屋敷には帯刀している者と同じような服装をしている者が何人もいた。彼等の属する組織の制服なのであろう。その殆どが刀を佩いていた。
「我々鬼殺隊はこの日輪刀で頸を斬ることで鬼を倒しています」帯刀している者がそう言った。その言葉を、通訳は赤目の男に伝える。
『私達も似たようなものです。私達も日光の力を溜め込む鉱石から造られた武具を用いてヴァンパイアを狩っています』赤目の男の言葉を通訳は日の本の言葉に直した。
「ヴァンパイアとは?」
『陽の光を厭い、大蒜を嫌い、人の生き血を啜る者です』
「こちらで言う鬼と同じようなものか。それで、そのヴァンパイアが日本に来ていると?」
『可能性はあるでしょう。倒し損ねたヴァンパイアが突如姿を消し、その場には日本行きの船があったと報告が有りました。それも、もう出港してしまったと』
そんな大人達の話を、少年はつまらなそうに聞いていた。少年にわかるのは彼の母国語と教養の為の古典語だけである。少年は外で灯りに照らされた庭を見ていたかった。しかしそれには隣にいる、彼の父親である赤目の男と、この屋敷の者の許可が必要であり、それを貰う為に交渉する術を彼は持っていなかった。
少年はこの国に来るための船の中で読んだ御伽噺を思い出していた。そうすることでこの場から意識を逸らし、退屈を紛らわそうとしたのだ。庭に捨てられた豆が天まで届くほどに巨大な木になった話である。たしかその後は雲の上にある城に辿り着いて、そこから幾つもお宝を手に入れるのだ。しかし最後は城の主人にバレて、豆の木を降りる最中に主人に追われる。何とか家に戻って、そして主人公は豆の木を切ってしまうのだ。その拍子に、豆の木から落ちた城の主人は死んでしまう。〝楽して手に入れた幸福には価値がない〟と言う教訓話であった。
御伽噺を頭の中で再演することにも飽きた少年は、とうとう父親の気を引こうと、その裾に手を伸ばした。まさにその時である。おぞましい咆哮と共に、血の匂いと、数人の悲鳴がした。
「鬼だ!」誰かがそう叫ぶ。
「お館様に連絡を」「私じゃ歯が立たない!」「死にたくない」「斬れ! 死ぬ気で斬れ!」少年にとっては意味のない叫びがあちこちで上がる。詰襟の者は皆刀を抜いて〝ソレ〟に立ち向かった。
「
父親がそう言い、自らの剣を抜く。十字架を模し、日中に溜め込んだ日の光を存分に放つ輝きの剣だ。
少年は父親に言われた通りに前線から身を引く。途中で他とは違う刀を持っている詰襟の男に手を引かれた。「物陰に隠れていろ」その男はそう言ったが、少年には理解出来なかった。しかし、死にたくないのならここから動くな、と言うことは理解出来た。
男は不思議な形状の刀を抜き、〝ONI〟と呼ばれたバケモノに飛びかかる。〝ONI〟はヴァンパイアとは大違いだった。ヴァンパイアは変身することや異形をとることはあれど、あんな生理的に受け付けないような見た目をとることはない。少なくとも、少年の知る中ではそうだった。
少年は身を隠しつつ、戦況を伺った。父親がどのように戦うのかが見たかったのだ。それは父親が死ぬことは無いと言う信頼からの余裕であった。もし少年が先のことを知ることが出来たのなら、きっと目を瞑り、耳を塞ぎ、決してあちらを伺うことはしなかっただろう。
少年の父親は頸を斬られていた。それは十分にショッキングな映像であったが、少年の心に傷をつけることはなかった。──直ぐに再生する──。そう少年は考えていた。
しかし、父親の身体が動き出すことはなかった。それどころか、その身体は頸からどんどん灰になっていく。なぜ、どうして、疑問と絶望が少年の中で沸き起こった。少年は父親の頭を探した。もしかしたら、頭の方で再生しているのかもしれない。そう思ってのことだった。少年は父親の頭を見つけたが、同時に父親が遂に永遠の眠りにつく瞬間を見てしまった。何者かが父親の頭を踏み潰したのだ。父親の頭があった場所には、ただ灰が溜まっているだけであった。
少年は父親の頭を踏み潰した者を見た。その者はこの国に来てからよく見る、黒髪で、黒目で、小柄で、そして細い男で“あった”。みるみるうちに姿を変え、赤毛で、赤目で、大柄で、筋骨隆々の男になる。彼は正しく、父親が追うヴァンパイアであった。
「
少年は父親を殺した男を凝視していたが、突如身体に痛みが走る。少年の手を引いてくれた男の、焦ったような声が聞こえた。
痛みの走る部位に手を当てればぬるついた感触がした。同時に血の匂いが湧き上がる。少年が振り向けば目を血走らせ、鋭い爪に血を滴らせている〝ONI〟がいた。
「ギャハハハハ! 子供だ! 子供の肉は美味いらしいな。でも何か変な臭いもするな。何か混ざっているのか──まあ、どうでも良いか」
〝ONI〟はやけに巨大な手を少年に伸ばす。少年は身を捻ってそれから逃れた。もう痛みはなかった。
少年は手近にあった刀を拾う。いつの間にか、その場には立っている者は両手で数えられる程になっていた。少年は横目に父親の仇を見る。彼を見失ってはいけない。その為には、目の前のバケモノが邪魔であった。
少年は刀を振りかぶり、〝ONI〟に飛びかかる。少年は気づいていなかったが、かつての彼であれば、刀を振りかぶることも、ましてやそれを持って巨大な敵に飛びかかることも出来なかったはずだった。少年の筋力は飛躍的に増大していた。火事場の馬鹿力では説明出来ない程であった。
〝ONI〟は少年の身体を弾き飛ばす。少年は勢い良く床に叩きつけられた。その勢いで床が抜ける程だ。しかし、少年は直ぐに〝ONI〟に向かってくる。その身体は確かに血に塗れてはいたが、流れ出てはいなかった。
「
少年がそれでも立ち向かうのに驚いたのか、〝ONI〟はその動きを止める。少年は地面を思い切り踏んだ。そしてバケモノの頸元に飛び込む。父親を殺すことが出来たこの刀は、きっと父親の剣と同じ力を持つのだろうと、少年は考えた。この特殊な剣で頸を斬るのだ──そうすることでヴァンパイアを殺すのだ。そう、父親は言っていた。
少年は刀を振り抜いた。見事少年は〝ONI〟の頸を取ったのだ。〝ONI〟の身体が崩れ始める。しかし少年は気にもとめなかった。先程までヴァンパイアがいた場所には、ただ灰のみしか残っていなかった。
「
少年は泣いた。父親との別れの悲しみと、仇への憎しみに。それを見ていたのは、片手程の数になってしまった詰襟の者達と、片腕を失った少年の手を引いた男だけであった。
───────────────────────
「師匠」
あれから数年──。かつての少年はすくすくと育ち、今や五尺を優に超えていた。流暢に日本語を話し、黒の詰襟と袴を身にまとい、頭巾のついた珍しい形状の白の羽織を上に着用していた。そしてその背には、太陽の光を受けて爛々と輝く盾と剣が負われている。正しくそれは日輪刀であった。
なぜあの日の少年がこれらを見につけているのか──それもそのはず。少年は、鬼を討ち、そして父の仇を殺す為、鬼殺隊に入ったのだ。少年は鬼狩りとなり、順調に階級を上げていた。
「師匠、このアーサー・ナイト・アレクサンダー、柱に就任することになりました」
かつての少年── アーサー・ナイト・アレクサンダー(長いので以降はアーサーと記そう)──は美しい笑みを浮かべてそう言った。その手には鬼殺隊最高位者、産屋敷耀哉からの書状が握られている。ずっと握りしめていたのか、随分と皺が寄っていた。
「……そうか」アーサーに師匠と呼ばれた片腕を失った壮年の男は、たっぷりと間を取ってそうこぼした。彼は
アーサーは自身の昇級の決め手となった任務について事細かに別技に語る。鬼殺隊中核である柱まで登りつめた喜びと、そうあるべきであったと考えるふてぶてしさが言葉の節々から見受けられた。その様子に、別技は大きな溜め息をつく。弟子にした頃はもっと遠慮がちで、借りて来た猫のようだったのに。まあ、その時はアーサーも親と身寄りを無くし、その上で鬼を斬るなんてことをしていたので、大人しかったのは精神的に疲弊していたこともあるのだが。
「で? 何、柱になっただと?」別技の言葉にアーサーは「Yes」と応えた。どうやら随分と舞い上がっているようだ。少なくとも別技に彼の母国語である英語が通じないことを忘れているぐらいには舞い上がっている。普段の彼なら絶対にしないであろうミスだ。またもや深い溜め息をつき、今何と言ったのかを訊こうとして──やめた。どうせ『そうなんですよ、ええ』ぐらいの意味だろう。そう別技は結論づけた。
「で~? 何柱だ。もう他の柱とは顔合わせが済んだのか?」
「
アーサーは覚えの良い、可愛がりのある弟子だった。しかし同時に、とてつもなく面倒くさい弟子でもあった。
別技が初めてアーサーに会ったのは、外国からの使者を出迎える為の屋敷であった。
突如現れた鬼に、屋敷は混沌に包まれた。多くの者が命を落とした。落とさずとも、大事な何かを失った。
術にかかっていなかったアーサーは、鬼の姿を正確に捉えていた。そしてアーサーは既に事切れた隊士の日輪刀でその鬼を討った。その後、どうやら使者であったアーサーの父とアーサーは、書簡の送り主である『栄光の夜明け団』の中では疎まれている存在であり、そして今アーサーだけが母国に戻っても魔境に足を踏み入れるだけである──そうアーサーは語った。事件から一週間後、隠による全ての処理が終わったあとの、産屋敷邸でのお館様との会談でのことである。幼いながらも、アーサーは使者としての役割を果たしていた。
アーサーが日本に留まるにあたり、まず問題となったのがどこで彼の面倒を見るかである。そこで名乗りを上げたのが別技である。別技は鬼の懐に飛び込むアーサーを見て、見所があると考えていた。このまま日本にずっと留まるのであるならば、是非とも自分の後釜に据えたいと思うくらいには。別技は件の事件で利き腕を失い、鬼殺隊引退を余儀なくされていた。彼は戦力の確保を何より一番に考えていた。
幸運にも直ぐに別技がアーサーの身元を引き受けることとなったが、そこからが問題であった。通訳を挟まねばろくに意思疎通の出来ない日々。別技は直ぐに修行を行おうという考えを捨て、まずは言葉を覚えさせた。少なくとも、通訳を介さずに日常が過ごせるくらいにしようと考えた。毎日みっちりつきっきりで教えたおかげか、半年もすれば二人だけで日々が過ごせるようになり、アーサーは一人でお使いが出来る程にもなった。そうして漸く、別技はアーサーの修行を初めた。
別技が技柱と呼ばれる所以。それは彼が基本である五つの呼吸を全て極めたからである。その恐るべき才能と努力を讃え、人は彼を技柱と呼んでいた。そしてアーサーは別技を超える才覚の持ち主であった。呼吸を教えれば、三月もあれば〝全集中・常中〟を習得した。それを繰り返し、ついにアーサーは基本の五種の呼吸全てで〝全集中・常中〟を行えるようになった。それぞれの型を全て習得することは出来なかったが、それでも恐ろしい才覚である。だがしかし、まだ問題は残っていたのだ。一つは、アーサーが刀の使い方がとても下手であったということ。生まれのせいか、西洋剣の方が使いやすいらしい。そしてもう一つ。
「師匠、どうにも違和感が残ります。全ての呼吸で違和感があるんです」
「マジか……」
基本の呼吸が身体に合ってないとわかり、直ぐさま二人は新たな呼吸を編み出すことに集中した。そして半年、漸くアーサーは独自の、自らの身体に合った呼吸を作り出した。その名も
そうしてやっと自分に合った呼吸を身につけたアーサーを最終選別に送り出した。
無事に選別から帰ったアーサーを出迎え早一年。いくらアーサーが天才だとしても早すぎるのではないかと別技は考えている。
「──それで、嬉しくて此処に帰って来ました。アーノルドに手紙を託しても良かったんですが、やはり私自身の口で伝えたかったんです」
「ああそうかい……」
因みにアーノルドと言うのはアーサーの鎹鷲のことである。烏ではなく、鷲である。特に用事がなければアーサーの傍にいるのだが、今は見かけることは無い。産屋敷に行っているのか、人へ言伝を頼んでいるのか。そこまで考えて、別技は思考を止めた。自分には関係のないことだ。
「明後日が顔合わせなので、直ぐにでも出発しないといけません。なので、これでお暇させていただきます。お元気で、師匠」
そう言ってアーサーは庵を出て行った。全く忙しない。幾度目かの溜め息をつき、別技は弟子の昇級を祝って取っておきの酒を盃に注いだ。盃には満月が写る。彼はまだ人でいるのだろうか。別技はそうであれと願うしかなかった。
半吸コソコソ噂話
・アーサーは日本語を喋ることは出来ますが読み書きは殆ど出来ません。唯一覚えたのは自分の呼吸とその技の漢字だけです。
・別技の日輪刀は剣(つるぎ)。五種類の呼吸を用いて様々な動きをするので片刃ではなく両刃の方が良いということになりました。最終選抜の時、アーサーは別技の日輪刀を借りて行ったようですよ。
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Ask and you shall receive.
求めよ、さらば与えられん。
最終選別会場〝藤襲山〟。今回の選別も多くの入隊希望者が集まった。
特に目を引くのは二人。金髪碧眼の美少年と、黒髪をゆるく二つにまとめている女性だ。
少年は他の入隊希望者よりは歳若く感じられた。そして腰には両刃の剣をさしている。他の者が殆ど刀を有している中、その武器はかなり目立っていた。
女性はと言うと、こちらは少年とは逆に他の者よりも歳が上であるように見える。しかしその分か、幾らか熟達した雰囲気を醸し出していた。
そこへ二人の童子が現れる。者共の視線が一斉にそちらへ注がれた。童子はそれらを気にもとめず、まるで蓄音機を再生するかのようにスラスラと言葉を紡ぐ。
「──それでは、行ってらっしゃいませ」
その言葉と同時に、少年少女は藤の咲き誇る鬼の巣窟へと入って行った。
───────────────────
鬼共のひしめく山で、七日間生き残る。それが鬼殺隊へ入るための条件だと、師匠は言っていた。
アーサーは師匠から借りた剣を振るう。師匠の日輪刀は光の加減で七色に色を変える。それは自分が五種類の呼吸を極めたからであり、お前の日輪刀も同じ色に染まるだろう──そのように師匠は言った。
鬼を閉じ込めた檻の中で七日間生き残ることはアーサーにとっては苦行でも何でもなく、また実力を試すことにもならなかった。何せアーサーは鬼に攻撃された程度では死なないからである。それが鬼による攻撃であれば、アーサーは首を斬られようが心臓を潰されようが死ぬことはない。アーサーの身体には半分ヴァンパイアの血が流れているからだ。
アーサーの父親、ジュダス・ナイト・アレクサンダーはヴァンパイアであった。それも当代最強と言われる程の力を持つ程の。ヴァンパイアとして日々生き血を啜り、闇夜に潜んで生きてきた彼はある日出会った人間の少女と恋に落ちた。そして少女のために尽くそうとヴァンパイアを殺すヴァンパイアとなったのである。
その後、ヴァンパイアが存在することになったきっかけである始まりのヴァンパイア、ノスフェラトゥを倒し、ジュダスは恋に落ちた少女と子をなした。それがアーサーだ。
ヴァンパイアと人間の、両方の血を引く彼は日光にあたっても消滅することは無かった。本人も自分はヴァンパイアの特性を持っていないと考えていた程だ。しかし、彼が来日し、父親を喪ったあの夜に全てが変わった。父親の死をきっかけに、彼の中に眠っていたヴァンパイアの血が目覚めたのだ。
彼は日の光のない場所では日光の力を蓄えた武器で頸を斬られない限りは死なない不死性と、幼いながらにも鉄でできた武器を振るうまでの恐るべき腕力を手に入れた。
ならば日の光にあたれば死ぬようになったのかと言うとそうでも無い。彼は日の光にあたっている間はただの人間であった。傷は直ぐには治らないし、首を斬られれば死ぬ。そんな普通の人間であった。
そんなヴァンパイアなのか人間なのかよく分からない状態であるアーサーは鬼殺隊を入ることを目下の目標としていた。アーサーの父親を殺したヴァンパイアはジュダスのことを酷く憎んでおり、ジュダスに関係するもの全てを抹消するつもりであるとジュダスは考えていた。ジュダスがわざわざアーサーを遠く離れた日本へ連れて来たのも、一人にさせるよりも共に行動した方が彼のヴァンパイアの行動を読みやすく、またアーサーを守りやすくなるからである。
父親の仇であるヴァンパイアはきっと自分を殺しに来るとアーサーは考えた。そのために敵と戦い、勝つための力を彼は求めたのである。その結果が鬼殺隊であった。
それは吐き出される火の玉の如く。アーサーは山を駆け、出会い頭に鬼を斬る。一日目にして既に三体もの鬼を彼は屠っていた。もうすぐで夜明けだと、一息ついた彼の背後で蠢く気配があった。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
ドォンと、雷が落ちたかのような轟がした。アーサーが後ろを振り向けば、そこには頭が落ちた鬼の身体と、黒髪の女が。彼女が鬼を倒したのだろうか。アーサーは女をぼんやりと見ていた。
「大丈夫? 鬼にやられそうだったから、つい手助けしちゃったけど、要らなかったかな」
彼女は緩りと微笑む。黒髪を緩くまとめている髪紐には、青い不思議な形の石飾りがついていた。
「……いや、ありがとう。助かったよ」アーサーも笑みを浮かべて彼女に礼を言った。女はそれを見て更に笑みを深める。しかし直ぐに踵を返して林の中へ消えて行った。
───────────────────
先生からお借りした日輪刀で鬼を斬る。余程のことがない限り、技を使うことはなかった。と言うかそこまで苦戦もしなかった。
先程アーサーを助けた女、
サクサクと草木を掻き分けながら進んでいると、いつの間にか地面に木漏れ日が差し込んでいた。どうやら朝になったようだ。海儚は適当な場所で座り込み、刀を日光にあてる。付着していた鬼の血は、日の光を浴びることで消滅した。そしてそのまま、軽くではあるが手入れを行う。その間、海儚は先程出会った少年──アーサーのことだ──のことを考えていた。
稲穂のような綺麗な金髪だった。日光をうければもっと輝くのだろう。血のように赤い瞳も綺麗だった。切れ長の目で、整った顔立ち。弟の目を細めて、全体的な色を変えたら割と似ている。きっとよくおモテになるのだろう──そこまで考えて、彼女はフフと笑みをこぼした。
それから仮眠をとって、日が沈む頃に起き出す。夜は鬼の時間だ。この山で夜中に眠りこけているのは死に直結する。寝ていたら鬼に喰い殺されました、なんて、冗談にもならない。まず「生きていれば負けじゃない」と言い聞かせていた弟に合わせる顔が無くなってしまう。海儚はふらふらと辺りを散策し、鉢合わせた鬼を斬り倒す。やはり弱い鬼はすぐ死んでいくのか、昨晩と違い段々と技を使わねば鬼を倒せなくなってきていた。
髪紐に通した勾玉に手をやる。弟は今も先生のところで元気にしているだろうか。先生はそろそろ弟にも稽古をつけると言っていた。何だかんだ言って真面目な弟のことだからちゃんと修行には取り組むと思うが、それでも心配なものは心配なのだ。
───────────────────
「皆様お帰りなさいませ」「ご無事で何よりでございます」
七日後の早朝。山を降りた少年少女は二人の童子に出迎えられた。今回の選抜に合格したのは四人。髪を高い位置で二つ縛りにした少女。前髪を短めに切り揃えた少年。黒髪をゆるく二つにまとめた女性。そして金髪碧眼の美少年だ。
鎹烏を支給し、隊服の採寸をし、そして自らの日輪刀を作るための玉鋼を選ばせる。その後は帰って構わないと童子は言った。
「いや待て、何故私の鎹烏は鷲なんだ」解せぬ、と言わんばかりの表情を浮かべてアーサーは声を上げた。そしたらつつかれた。痛い。今は日光が出ているんだからやめろとアーサーは呻いた。鎹烏ならぬ鎹鷲はつつくのを止めた。言葉はちゃんと通じるようだ。出来れば英語も通じてくれると嬉しいなとアーサーは思った。
アーサー以外の三人はさっさと採寸なり鋼選びなりを終わらせてそれぞれ帰るべき場所に帰って行く。アーサーはその中に自分を助けてくれた女の姿を見つけ、まじまじと女の顔を見た。──似ている。そうアーサーは感じた。写真でしか見たことの無い母親と、彼女は何かが似ていた。顔立ちは全く違うはずなのに。雰囲気とでも言うのだろうか。アーサーは女を見つめながら思考の海に溺れていた。
「あの」「お帰りにならないのですか?」
アーサーの後ろには隊服を持った童子が立っていた。予想以上の近さに思わず彼は驚く。
「あ、ああ。すまない。これが隊服かな? それを受け取ったら帰ろう」
「そうですか」「アーサー様お気をつけて」
「ああ」
童子達はお館様の子供達だ。名前は忘れてしまったが、たしか黒髪が男の子で、白髪が女の子だったような。アーサーは二人から隊服を受け取り、鎹鷲に先導されて帰路についた。向かうは別技の家である。最後に二人に手を振れば、二人はぺこりとお辞儀を返した。
別技の家に戻ったアーサーを出迎えたのは別技による全力の
「ただいま戻りました、師匠。どうしたんですか、抱擁なんて珍しいこと」
別技の腕から逃れたアーサーは驚きを隠さずに言った。
「どうしたもこうしたもねェ。弟子が生きて帰って来たら嬉しいに決まってんだろうが」
対する別技は涙声を隠さずに言った。よく見れば頬も赤くなって、目も潤んでいる。明らかに泣きそうだ。選別で生き残った人々の人数を考えれば、自分が手ずから育てた弟子が生き残る確率は物凄く低いのかもしれない。そう考えると、アーサーも別技の涙を咎めることは出来なかった。
「……師匠。私が戻ったのをよろこんでいるのは嬉しいですが、今とても疲れています。やはり早く帰ろうと思ったのは間違いだったな。夜歩けば良かった」
日光の下、休み無く山から歩き通しで帰ったアーサーは身も心もくたくただった。元からアーサーは日の光は熱くて嫌いだったが、ヴァンパイアの力を得てからはそれが更に酷くなっていた。何せ日の光を身体に浴びるだけで疲れてしまう。これは服装も考えねばと歩きながらぼんやりと考える程だった。
「そうかよ。握り飯ぐらいは用意してある。まずはそれ食って寝とけ。どうせ日輪刀が届くまではまだ日があるからな」
別技はアーサーに自身の羽織を頭から被せる。視界が狭まるが、しかし日光が遮られて心地よかった。別技に手を引かれ今まで連れていかれる。まるであの時のようだとアーサーは一人思っていた。
数日後、アーサーの元に日輪刀が届いた。
「おめぇが剣を作れって言った奴かぁ?」鉄はアーサーの顔を見るなりそう言った。
「確か外国には刀は
つらつらと鉄はアーサーの後に続きながら言葉を続ける。アーサーはよくこんなにも舌が回って息が続くなと考えていた。この肺活量なら呼吸も使えるんじゃないかと思うくらいだ。
別技のいる居間にくろがねを案内すれば、二人は顔を合わせるなり「ゲッ」と顔を歪めた(実際表情が目に見えるのは別技だけなのだが、鉄の声も心底嫌そうな感じではあった)。
「なんだ、てめぇの弟子かい。
「
「なに言ってやがんだ鉄。此奴が刀ではなく剣を選んだのは俺のせいじゃねェからな」
担当の刀鍛冶に「担当しなきゃ良かった」と言われたも同然のアーサーは思わず驚きの声を上げる。それも母国語で。
「てめぇこそ何言ってんだ。此奴も可哀想に。おめぇの家に剣しかねぇから選択肢が限られちまったんだろうなぁ」
「はァ〜~〜?? ンな訳あるかい俺の倉庫にちゃんと刀ありますから〜此奴も最初は刀使ってましたから〜」
「ンッン!」
いつまでも終わりそうにない、いい歳こいたおっさん達の言い争いにアーサーは咳払いで横槍を入れる。
「あの、そろそろ私の剣を見たいんですが」
アーサーの少しばかり怒りのこもった声に二人はバツの悪い様子だった。
「あー……。悪かったなぁ。ほら、これがおめぇの剣だぁ」頬を掻きながら、鉄は背負っていた物を畳に置き、包んでいた布を広げる。
そこには細身の、十字架を模した一対の剣があった。
「選別の時にあれこれ注文をつけるのは珍しいからなぁ、久しぶりの剣を使う奴ってのもあったし、腕がなったぜぇ」
アーサーは興奮を隠さぬまま、剣に手を伸ばす。
「注文通りのはずだぁ。どんな風に色が変わるんだろうなぁ、見物だぜぇ」
片手に一振ずつ、一対の剣をアーサーは手に取った。瞬間、柄を中心に、剣が夜のオーロラのような色に染まる。
「へぇ」「ほお」別技も鉄も、アーサーの剣の色が変わるのを見て嘆息をもらす。
「何と言うか……形容しづらい色だな」
「おめぇの日輪刀と真逆だなぁ。ありゃあ確か白を基調としていただろう」こっちは黒が基調になっている。そう鉄は語った。
「凄い。とても軽いし振りやすい。形も注文通りだ」
「そうだろうそうだろう」アーサーの言葉に鉄が得意気に頷く。
「採寸で手の大きさや腕の長さ、身長だの何だのが細かく測られるからなぁ。それが俺達刀鍛冶の所にも送られる。だから出来る限り身体に合った日輪刀が作れる訳だ」
鉄の説明にアーサーは「はぁ」と声をもらした。それを気にもとめずに鉄は話を続ける。帰る様子も全くない。
急須に茶を淹れ直した別技が勢いよく茶を煽った。「此奴の話は長ェぞ。適当なとこで追い出せ」別技のあんまりな言い様に、アーサーはまたも「はぁ」と声をもらした。
それから二時間ほど鉄は話通し、そろそろ帰り道に鬼が出てしまうと言ってようやく鉄は刀鍛冶の里に帰って行った。
さて夕飯の支度をするかとアーサーが腰を上げた正にその時。鎹鷲がピーピー鳴きながら文字通り飛んで来た。
「ピー! アァーサァー! 任務ゥー!」
紙飛行機のようにスイイと鷲は空を切る。アーサーの頭に着地すると、その上でまたピーピー鳴いた。
「西ィー! 西ノ町へ向カエェ! 子供ガ、毎夜、消エテイルゥゥウ!」
鬼殺隊としての最初の仕事だ。アーサーは剣を腰に挿し、別技に声をかけ、鎹鷲に先導されて庵を出た。
───────────────────
──何かが此方の様子を伺っている。
海儚は何度も後ろを振り返る。しかしあるのは夜闇のみ。そこには猫も鼠もいなかった。
──気分が悪い。
足音がする。随分と重い足音だ。自分を観察している者はかなりふくよかなのか、それとも鍛えているのか。
──舐めるような視線を感じた。
これは昔に散々浴びた視線だ。目の前の食い物を前に舌舐めずりをしている視線。
踏み込むような音がした。即座に刀を抜き、技を出す。
雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟
──確かに音はした。技も自分が出せない技ではない。──しかし手応えがない!
「Good evening, young lady.」
背後を取られた。腰を抱かれ、動きを制限される。視界は暗い。痛みは無いから、ただ目を何かで覆われただけだろう。
「Are you a virgin? Is this your first time meeting a vanpaia?」
声からして男であることはわかる。しかし何を言っているのか理解出来ない。自分とは別の言語を話していることだけは明らかだ。舌と喉の使い方が全く違う。
海儚は男の腕から逃れようと身をまくるが、男の腕はビクともしなかった。呼吸を使ったままなのに、だ。この異常とも言える腕力、まるで鬼のようだった。
「Then you are lucky. Because the strongest vampire sucks your blood.」
男が何かを言い終えるや否や、海儚の首筋にチクリとした痛みが走った。そのまま何かが吸われる感覚。力は抜け、もはや海儚は男の腕に支えられていた。
しかし、突如として腕の枷が外れる。立つことも出来ない海儚はそのまま地面に倒れ伏した。
「Fuck! What is this bitch!?」
深く息を吸い、海儚は刀を振る。先程抱き込まれた時に大体の体格は把握していた。男の首があるであろう位置に向けて、刃を走らせたはずだった。
しかし、刀は男の身体に傷をつけることは無く。海儚は身体を捻って男と顔を向かい合わせた。はずだった。
「Oops. Don't be mischievous.」
海儚の視界は闇に包まれていた。目元が熱い。頬に何かが流れている感覚があった。むわりと立ち上る血の匂い。──まさか、目をやられた?
「Even though you sucked a lot of blood, you can move well.」
頭の側面、五箇所に感じる圧迫感。自身の鼻息が何かに当たり、熱が顔に戻る。顔の感覚からして頭を鷲掴みされていることはわかった。頭の圧迫感が無くなり、直ぐに身体中が硬いものに叩きつけられる感覚がした。
「You look beautiful if you look closely. I will forgive just by losing your eyes.」
そう言って遠ざかる足音と、何かが風を切る音がした。何かは猛烈な音を立てて着地する。
「Vincent…!」
何かはどうやら人だったようだ。何かの音を呟く。その声はどこかで聞いた覚えがある声だったが、今の海儚にはそれが誰のものなのかわからなかった。
「…If I feel strange, you are his child! And I seems to draw his blood. I cannot forgive that the blood remains in this world. I'll kill you. like him!」
「Shut up!」
ブンと、何か──恐らく武器を振り抜く音。海儚には理解出来ない言語を話す二人は、何か言葉を交わし、戦い合っているのだろう。海儚は段々と全ての音が遠くなって行く感覚がした。もう手足の感覚もない。次に意識が浮上した時には、彼女は清潔なシーツの上で、辺りには薬品や上品な香の匂いが漂っていて、血腥さとは縁遠そうな場所にいた。
半吸コソコソ噂話
・今回の最終選別で進行役をしていたのは輝利哉とくいなです。アーサーは輝哉の子供全員と面識があります。ですがその時アーサーはまだ日本語が不自由だったこともあり、髪が黒いのが男の子、髪が白いのが女の子、ぐらいしか認識していません。
・鉄さんは剣を専門とする刀鍛冶で、別技と同い年です。別技が鬼殺隊を引退するまでは別技の専属の刀鍛冶でした。別技のことは何度も自分が作った剣に駄目出しされたので嫌いです。(但し貴重なご意見に感謝はしている。)
・別技の日輪刀の色はイメージとしてはマ●ョーラエ●ジェルコレクションのガブ●エルカラー。アーサーの日輪刀の色のイメージはマジョー●コ●モコレクションのアン●ロメダⅡカラーです。光の反射や見る角度によって様々な色に変わります。
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