雨、そして花開く (時雨。)
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雨、ときどき天狗

その日は確か、酷い雨の日だったと思う。

ざぁざぁと屋根や外の地面を叩く大粒の雨にげんなりしつつも、鍛錬の為の木刀を壁から外して手に持つ。

既に準備を終えた親父はそんな天気をものともしないようなカラリとした笑顔を浮かべていた。

 

「――いいか?俺たち雨の守護者の役割は」

「全てを洗い流す恵みの村雨、戦いを清算し、流れた血を洗い流す鎮魂歌の雨。でしょ。もうそれ耳が腐る程聞かされたから。一々言われなくても分かってるって」

「ははっ、そりゃ鍛錬のたびに聞かされちゃそうなるわな。わりぃわりぃ。でも、これは絶対に忘れちゃ駄目な大事なことなんだぜ。己がボスにとっての、ファミリーにとっての雨であるにはどうするべきなのか。それは絶対に忘れちゃ駄目なことなんだ」

 

悪い、なんて言っておきながら更に念を押してくる押しの強い親父に少したじろぐ。

しかもそのままじっと真っ直ぐな瞳で見つめてくるものだから、つい気まずくなって反射的に視線を左へずらしてしまった。

この快活という言葉を圧縮して濃縮して抽出した様な性格の親父の血が流れていながら、こんな陰気な性格をしている自分が少しだけ俺は嫌いだ。母も親父に比べれば多少落ち着いた人ではあるが、それでも俺のようなジメッとした正確ではないので多分俺は母方か父方の曾祖父さんとかそのまた曾祖父さんみたいな所から隔世遺伝したんじゃないかと思っている。

出来れば俺も親父みたいな性格に生まれたかった。元からそうであれば、きっとこんな風に悩んだりせずに済んだはずなのに。親父や母さんもきっとそんな子供のほうが喜んだに決まっているのだ。

なんてほんの一瞬、視線と意識をこの場から反らしただけだというのに気がついたら頭に強烈な一撃が叩き込まれていた。

微かに耳が捉えられたのは親父が持つ木刀が風を切る音だけ。

視界がチカチカする程の衝撃と痛みを受けて思わず両手で頭を抑えて蹲る。

母親譲りの手触りの良い細い髪の下には、明らかに大きなコブが出来ているのが分かった。

きっと直ぐにもっと大きく腫れるだろう。

 

「~~っづぁあああ……」

「目の前に刀構えた奴が居るのに視線そらして意識まで飛ばす奴があるかっての。優しく小突くだけで済ませてくれるのは俺ぐらいだぜ」

「ど、どこが――」

 

両目いっぱいに涙を貯めて抗議の視線を送るが、親父は何かあるか?と言わんばかりの顔で片眉を上げてみせる。

くっそ、どこが小突いただけなんだ。口から脳みそまろび出るかと思ったぞ……!!

腹立つ顔しやがって、それ態とやってんの知ってんだからな!

目にもの見せてやる、と先程蹲った時に取り落した木刀を手に親父へ飛びかかる。

しかし、どれだけ木刀を振ろうとも、フェイントを混ぜて隙きを付いても、親父の余裕の笑顔は崩せなかった。

 

 

 

 

 

 

それから数年、ボンゴレ・デーチモの護衛やファミリー関係の仕事で親父が家を明けた日以外の全ての時間を親父との手合わせに費やしたが、ついぞ親父から一本を取ることは出来なかった。

親父が若かった頃からの映像データをジャンニーニに無理を言って探してもらい、周りのファミリー関係者に止まられるまで齧り付くようにモニターに張り付いて――てか実際に齧りついてみたが結局駄目だった。

その他にも他の守護者の方々に稽古を付けてもらったりもした。

獄寺さんに論理を学び、笹川さんに体技を学び、クロームさんに意思を学んで雲雀さんからはサンドバッグの極意を学んだ。

それでも俺の切っ先が親父を捉えることはない。

やはり親父の壁は高かった。

しかし、ここ数年で一度だけ親父余裕を崩し、ほんの少し、ほんの少しだけ驚いた顔をさせたことがある。

親父の戦闘映像のデータを見て研究に研究を重ねた結果、俺は時雨蒼燕流を半ば我流ながら使えるようになっていた。

それまで親父は俺にはまだ早いと通常の剣術の基本しか教えてくれていなかったので、文字通り我流に近い。正式に教わらずに自分で勝手に見て覚えることに罪悪感や妙な癖が付いてしまうのではという疑念はあった。

それにあくまで使えるであって使いこなせているわけではない。

だがそれでもあの親父の余裕を崩してやりたかった。まだまだだな、ではなく強くなったなと言ってほしかった。

そうすればきっと俺は――――。

 

 

型に振り回されつつも流れを作り、隙きを減らし、出来得る限り親父の余裕を潰して追い詰め、そしてようやく最期の一撃が――そう思った時には既に親父の木刀の先端が俺の額のコンマ数ミリ先にあった。

ただその空間に置くように構えられていた木刀へ俺は無様に自分から突っ込み、結果的にそれまで駆け抜けてきた方向へと間抜けなとんぼ返りを果たしたのだ。

綺麗な放物線を描いてかっ飛んだのは、俺がそれだけ時雨蒼燕流の型に振り回されていたということ。

要はつなぎ目を少なく、技と技の間を出来るだけ減らしたせいで前に進む自分の体を制御できなくなっていた。

結局また駄目だった。

その上いつも以上に間抜けな敗北。

親父の意向を無視してまで型を覚えて形にするまで漕ぎ着けたのに。

そう思うとじわじわと瞳から涙が溢れ、唇を噛む歯に力が入る。

額を赤赤と腫れさせ、ボロボロと涙を零しながらも自身の道着の裾をギュッと握りしめた俺を見た親父は、その大きな手を俺の頭に載せていつものようにカラリと笑った。

そしてこれもまたいつものように口を開いて親父は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、あの時親父は、俺になんと言ってくれたんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと山本!なにぼーっとしてんのさ!果たされたいの!?」

「ご、ごめん獄寺さん」

「謝ってる暇あったらさっさと気合い入れ直して前に出て!私が援護するから!」

 

そう言って匣兵器から小さなダイナマイトを弾丸として射出する事のできる銃口の大きな頭でっかちなハンドガンを取り出したのは獄寺さん。

その口癖と髪色、そして美貌を見れば言わずもがなボンゴレ・デーチモの右腕である嵐の守護者の彼の血縁者であることは明らかだ。

そしてまさしく彼女は獄寺隼人さんの娘さんである。

現在俺達は薄暗い路地裏で二人して息を荒げていた。家と言って別にやましいことやいやらしいことをしていた訳ではない。

現在俺達はボンゴレに先日ボロカスにやられ、掃討命令が出ているファミリーの関係者に襲撃を受けていた。

所用でボンゴレの縄張りの少し端の方へやってきただけだというのに、あっという間にすぐこれだ。

確かに自分たちより随分年下だし、親父達を下すよりよっぽど俺達をボコして捕まえて人質にする方が楽とは言えこれ幸いと襲いかかってくるのはどうなのかと思ってしまう。

 

「もう少し倫理観というか、自分たちの今後のこととか、色々考えた方がいいと思うんだよね。あのおじさん達」

「はぁ!?なんだって!!?」

 

獄寺さんの撃ったダイナマイトが着弾したのか遠くで大きな爆発音がした。

あちらもただ黙っている訳ではない。先程まで走り回って逃げていた俺達が抗戦の兆しを見せたのだ。

数の利を利用して匣兵器を使った一点集中の火力で押しつぶしに来るだろう。

そうなれば俺も獄寺さんも二人してお陀仏――いや、向こうの目的が捕まえることらしいから仏にはされないだろうが、先日のボンゴレへの恨みを俺達で晴らされるのは明らか。

雲雀さんズブートキャンプを乗り越えた俺はサンドバッグの極意を持っているからいいものの、きれいで可愛い獄寺さんはきっと間違いなくあのおっさん達に「いやーんのび太さんのえっち♡」なことをされてしまうことだろう。そうなれば彼らは勿論殺されるが俺も獄寺さんに殺される。

ともすればこのまま黙って獄寺さんに任せていたいというのも無理な話だ。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「おせぇのよっ!さっさとぶっ殺してきなさい!!」

 

爆風に銀色の長髪をたなびかせながら苛烈に指示を飛ばす獄寺さんは直ぐにもう一丁の援護用に爆発範囲を狭めた銃を取り出す。

 

「またそんな言葉使って、ビアンキおばさんに怒られるよ」

「うぐぅっ!?や、やめてよね……なんかお腹痛くなってきた……」

 

盛大に体調不良を訴える獄寺さんを放置し、薄暗い路地裏から飛び出す。

唐突に接近してきた俺に彼らは狼狽えるが、個別に分かれて好都合だとでも思ったのか直様近接戦闘の構えに入った。

既に相手の遠距離攻撃手段を持つ連中の射線はこちらへ集まっている。

ベルトの右腰に付けた匣兵器を右手の薬指に付けたリングに灯した雨の炎で開き、中から飛び出す刀を飛び出した方向そのままに逆手に持つ。

さぁ、戦闘開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘自体は的確な獄寺さんの援護や冴え渡る俺の素晴らしい剣技、それに何よりおっさん達がそこまで強くなかったことで割とすぐに片がついた。

獄寺さんにお互い武器を小脇に抱えたまま、気絶したおっさん達を縛り上げて道の脇に転がしておく。

そう時間は掛からなかったとはいえ、既に夕暮れ時。そう掛からないうちに家に向けて出発しなくては晩御飯に間に合わない。

どこかへ電話を掛けた獄寺さんは報告と数分間の談笑の後にこちらへ戻ってきた。

 

「ぱ――お父さんが直ぐにこっちに来てくれるってさ。私達はもう少しの間ここで待機ね」

「素直に前みたくパパって呼べばいいのに。なに?反抗期なの?早くない?」

「ばっ、馬鹿!だれが反抗期なのよ!!」

「わわ、事実を言われたからって怒るのは良くないと思う」

「こんの……!」

 

端的に言って俺達は油断していた。格下の、禄に匣兵器を使いこなせていない冴えないおっさんども。自分達より沢山いたのにあっという間に気絶させられた情けない大人たち。俺も獄寺さんもこれ以上ない程に気が抜けていた。

怒りと恥辱に顔を赤くした獄寺さんの向こう側におぼつかない動きだが目を覚ましたおっさんの一人が縛って地面に転がされたまま何かもぞもぞしているのが見える。

そしてその袖の内側からは隠し持った匣兵器が――――

煌めく閃光がこちらに向けて放たれる直前いきなり両肩を掴まれて目を見開いている獄寺さんを匣兵器の射線から投げ飛ばす。

地面に落っこちる音と共に可愛らしい小さな悲鳴が聞こえ、安心したのもつかの間。

真っ白な光に包まれながら先程自分が投げ飛ばした獄寺さんを見る。何が起きたのか理解した彼女は焦った表情でこちらに手を伸ばすが、最早間に合わない。

そんな彼女へ少しでも安心させようと口角を上げて笑みを作って見せるが、これから来るであろう痛みにビビって引きつった顔になってしまった。

ほんと、こういうとこだと思う。親父ならきっとかっこよく決めてみせるのに。

なんてことを思いながら、俺はこの日世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩い光はやがて収まるが、いつまでたっても覚悟していた痛みがやってこないことに困惑しながらもゆっくりと瞼を上げて行く。

瞳孔に差し込む眩い光に明けたばかりの瞼をとっさに閉じた。しかし、この光は先程のような人工的な眩しさではない。恐らくこの世で最も生き物が慣れ親しんだ光。

 

「日光……?」

 

陽の光を浴びるのはぽかぽかして嫌いじゃないが、今注目すべきはそこではない。

先程まで太陽は沈みかけで夕焼け空ではなかったか?

しかし、今周囲を照らしている光は白、というかなんというか、真っ昼間である。

それに今座り込んでいる場所だって先程までのような街中ではなく、鬱蒼とした森の中である。周囲の様子を見てみれば、現在俺が居るのはどちらかと言えば山の麓側のようだった。

もっと高いところには濃い霧が掛かっており、それらが木々の間を埋めるように揺れている。

 

「ここ、どこ……?」

 

そんな呟きに答えてくれる者など居るはずもなく――――

 

「ここは狭霧山だ」

 

返事を期待していなかった呟きに帰ってきた予想外の答えに驚いて反射的に飛び上がる。

ほぼ体に染み付いた動きだけでその場から立ち上がり、左手に持った刀の柄へと右手を添わせる。

万全な体制で声の主に目を向けると、そこに立っていたのはこれまたこちらの予想を三回転トーループくらい飛び越えた人物だった。

 

 

「て、天狗……?」

「儂は鱗滝左近次。お前は、刀を持っているが鬼殺隊というわけではなさそうだな」

 

真っ赤な顔に長い鼻。まさしく伝え聞く妖怪、天狗である。

天狗ってどうやって倒すんだ?

普通に刀で斬りつければいいのか?

青い波のような特徴的な羽織を着た天狗は視線を逸らさずじっとこちらを見下ろしている。

 

「きさつ、たい?ち、違います」

「では、お前は何者だ?」

 

 

 

そう問を投げかけた天狗に、俺は刀を握りしめて対峙した。

 

 

 

 

 



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