全部私でダークエルフ (政田正彦)
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 通称“どっちつかずの国”エフィ・カティ王国。

 

 世界規模で見れば……大きくもなければ小さくもなく。平和かどうかと聞かれれば、上流層だけ見ればそこそこに平和だし、下流層はそれなりに危機に瀕してもいた。国の位置が山か、海かで問われれば……少し北上すれば山が、南へ進めば大きな海が広がっている。

 

 可もなく不可もないこの国には、そこそこにある目玉の一つとして、王都から東へ真っすぐ進んだ先に広がる、攻略難度レベル70を超える超難関ダンジョン……名を、【エクタ大迷宮森林】という鬱蒼とした森が広がっていた。

 

 

 曰く、この森には希少な薬草が群生しており、1キロ持ち帰れれば遊んで暮らせる。

 曰く、この森には森を守護する妖精が住んでおり、彼らが作り出す魔法の霧に捕らわれると、生きて帰ってこれなくなる。

 

 曰く、この森には……近年まで伝説上の存在だと思われていた、精霊と共に戦う闘霊術を駆使するダークエルフが、ひっそりと暮らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 エルフと聞けば貴方はどんなイメージを思い浮かべるだろうか。

 

 人間とごく近い存在だが、エルフ特有の外見的特徴として、耳の先が長い。そして、美しい姿。作品によっては、長身でつり目がち等といった特徴もあるとされているエルフ。

 

 

 早朝、私が目を覚ますと、目の前には褐色肌の耳の尖った男が、そして女が居た。

 どちらも「アイドルか何かで?」と言いたくなるような整ったルックスの持ち主で、ポカンとした顔で男は女を、女も男を見つめていた。

 

 そして、意識が明瞭になっていくにつれて分かる、驚愕の事実。

 

 それは、男は私であり、女もまた私であり、意識が共有され、それはまるで、とてもリアルな一人称視点のゲームでありながら、複数のキャラクターを同時に操作しているかのような感覚。

 

 

 ダークエルフの男女。

 

 それが私の転生した姿だった。

 

 

 

 目覚めて身体が二つに、しかも男女に分かれてしまった事、そして、ゲームや本で登場するエルフ、それも褐色肌な事からダークエルフっぽい何かになってしまった事をひとしきり驚いた私達だったが、すぐに「驚くのは後にした方がいいかもしれない」という状況だと察する。

 

 というのも、目覚めた場所が鬱蒼とした森の中だった為である。

 

 まず私達は落ち着いて辺りを見回す事から始めた。

 手荷物は、民族的なデザインの施されたエキゾチックな服のみ。

 周囲に目線を移すも、じめっとした黒い土と鬱蒼とした草が生い茂り、私達が目覚めた場所は木の根にびっしりと生えた苔が作り出す天然の芝生の上である事が分かる。

 

 耳を澄ませると、女性側の個体が何やら水の流れるさらさらとした音を聞けた。

 

 水があるかもしれない。そう思い、男性個体を前にして、虫を警戒しながら、草木や枝を掻き分け、恐る恐る進む。

 

 すると、土が泥に代わり、先ほどより足が沈むところに出た。

 だがここから先は崖になっており、行き止まりだった。

 上を見上げると、岩壁から木々が生えており、その隙間からは空が見え、鳥が飛んでいるのが見えた。

 

 再び耳を澄ませ、視線を目の前の壁に戻す。

 

 よく見れば、その崖の所々から、湧き水らしい、冷たくて透明な水がちょろちょろと湧き出ているのが見え、それを辿ると、岩の裂け目に水が溜まっている場所があった。

 

 そこから更にたどれば、小川なんかがあるのかもしれない。

 

 上空に鳥が居るという事は、彼らもこれを飲んでいるのではないだろうか。

 

 

 私達は、ひとまず覚悟を決めてその水を口にし、喉を潤すことにした。

 

 

 次に私達はどうにか火を起こせないか、と周囲を見るも……この辺りはじめじめとしていて、枯れ枝や枯れ葉といった、火を起こせそうな物は無さそうだと悟る。

 

 ここの夜がどれだけ冷えるかは分からないが……とりあえずの拠点に、この岩壁から突き出た大きな木の陰を目印に、二人で枝や葉っぱ*1を集め、夜に備えることにした。

 

 木には見たこともない木の実が成っていたり、青紫色のキノコなんかも同時に複数見つけられたが……毒があっても困るので、これは、本当の本当に最後の手段とする。都合よく鳥の食べ残しなんかがあれば、有毒か無毒かが分かるかもしれないが……いや、むしろそれが無いという事は、つまりはそういう事なのだという位には警戒してていいのかもしれない。

 

 時間が分からないが、昼過ぎくらいだろうか。結構な量の枝と草が確保できた。

 

 正直言って寝心地の良い場所とは言えないが、幸い身体が二つあるので寝る時はお互いでお互いを暖めながら寝るという、はたから見ればバカップル間違いなし(なお実際には自分で自分の寒さを紛らわせるというなんとも言い難い行為)である。

 

 

 

 さて、空腹を紛らわせるために、そろそろここがどこなのかについて考えようと思う。

 

 まず、ほとんど確定的なのだが、私は俗にいう異世界転生とやらをしてしまったのだろうと思う。神様には会っていないが。ここまですべて夢でした、で終わるならそれはそれで良しとして。

 

 だがあまりにも感覚が明瞭過ぎる。むしろ、こうなる前の私よりも感覚が鋭い。特に女性個体は、クトゥルフなTRPGなら大活躍出来るだろう。湧き水の音を聞いたのも、上空に飛んでいる鳥を見たのもすべて女性個体である。

 

 一方で男性個体は、エルフというよりオーガか何かでは?と言いたくなるような筋肉質で長身、抜群のプロポーションとそれに見合うフィジカルの持ち主で、草木のほとんどは彼が集めた物だ。

 

 もしこの世界が魔法有のモンスター有の世界だったならば、戦闘面どうにかするのは殆ど男の個体になりそうだ。女が魔法でも使えればまた違うのかもしれないが。

 

 その魔法に関して言えば、まだ試してすらいないのが現状である。

 というか試すのが恥ずかしい。誰もいないところで「ステータス!」とか言う勇気が持てない小心者なのである。私は。私達は。

 

 しかし、実際問題こうして耳の先が尖ったエルフのような身体になったのだから、魔法の一つや二つ、使えてもおかしくは無いだろう。なんせ異世界転生というそれ以上にあり得ない出来事がすでに起こってしまっているのだから。

 

 

 ……まあ、折角だし。他にやることもないので、仕方ない。本当に仕方ない。誰も見ていないよな?大丈夫だよな?

 

 

 

「……ステータス」

 

 

 

 しん。と辺りを静寂が包んだ……ような気がした。実際には森の草木が風に揺れしゃわしゃわと音が鳴っているのだが。

 

 ……なるほどね。ステータスが出ないタイプの異世界転生ですか、そうですか。ふーん。いや、別に恥ずかしくなんてないが。全然。全く。これっぽっちも。大体人も見てないし。

 

 何気にこの世界に来てから初めて言葉を発した瞬間だったが、それは悲しい結果を生んで終わったのだった。

 

 ……といいつつ、それからも私達は魔法の練習を、冗談半分、本気半分で続けた。できないだろうけど、出来たらいいな、程度の軽い気持ちで。

 

 そう、そんな軽い気持ちだったのだが、日が暮れ始めた頃である。

 

 

 その頃は既に「体の中に意識を向けて~」とか「呪文を唱えて~」といった考えつく限りのことはやり尽くしてしまっており、女性個体の方が「マッチでもあれば火が起こせるかもしれないのに」と、エアギターならぬエアマッチでしゅっしゅっ、と火を起こす真似をしていた。

 

 するとどうだろう。彼女の手の先の延長線上で、しゅぼっと火が灯ったのである。

 

 ぽかん、としてそれを眺めているとほんの数秒でぷすっとそれは消え、白い煙が空気に解けていく。

 

 もう一度試すと、やはり同じことが起こった。

 

 もしかして、と思い、今度は「マッチの先に、油が染み込んだ松明がある」という設定で、エア着火をしてみることにした。

 

 すると、それはまさにファンタジー物でいうところの初級炎魔法。某有名ゲームでいうところのファイア、またはメ〇。

 

 火の玉が空中で燃え上がり、ぱちっぱちっ、と辺りを照らしていた。

 ……物語でよくあるようなカッコいいポーズではなく、透明な棒状の何かを持ち、その棒の先が燃えている、ような、あまり恰好のつかない魔法だったが、十分すぎる程に、それこそ今の私達にとっては希望の光であった。

 

 

 興奮していろいろと試してみたところ、どうやら、想像力を働かせることが重要だったようで「実際にそこにある」と仮定し、その通りの行動をすれば、例えば筒から水を取り出すように想像して、エア水筒をすれば、空中からびちゃびちゃと水が滴り落ちたし、ナイフを手に持っている、と仮定し、想像力を働かせて手を振れば、木の枝にカツッ、と切れ目が入った。

 

 

 では、「自分にはゲームや小説のような魔法が実際に使える」と仮定した場合はどうなるのだろう、と考えたところで、異変に気付いた。

 

 やけに、精神的疲労感が激しいのだ。

 

 ようやく異世界転生らしくなってきて、気分的にはまだまだ試したいことばかりなのに、精神は「残業明け直後、ベッドにダイブしたい」といった感じの疲労感に見舞われている。

 

 ……恐らく、感じていられていないだけで、この力を使うことで、MP的な何かを消費してしまったのだろう。

 

 幸い、火力に物を言わせて焚き木を作り、暖をとれる状態にしてあったのは幸いであった。

 

 特に女性の方が酷く疲れており、暗くなるころには横になって動けなくなってしまうほどだった。一晩寝て、起きた時には元気になればよいのだが。

 

 

 

 

 こうして私達は、襲われている女の子を助ける訳でもなく、ステータスを見て外れスキルにがっかりすることも、逆にぶっ壊れ性能にドン引きすることもなく……それはそれは静かに転生初日を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 ……寒い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 >>②<<

 

*1
断熱材替わり




主人公(前世)

年齢:?
性別:?
職業:会社員
趣味:サブカルチャー、アニメ鑑賞、ゲームプレイ、なろう。


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 エフィ・カティ王国では、「冒険者」は極々一般的な職業である。

 

 元々この世界でそれは珍しい職業な訳ではないのだが、なにせこの国の異名はどっちつかずの国。山にも海にも中途半端に近いこの国は、未開拓のダンジョンや未踏の地や海域に向かう為の仲介地点、冒険者の拠点として適した立地条件だったのである。

 

 そんな事もあってか、この国の冒険者の人口は世界的に見ても上から数えたほうが早い。酒場に入って冒険者のグループを三組以上見ない日は無いと言われるほどだ。

 

 だが冒険者としてそれなりに成功し、富と名声を得たグループはその中でも極々僅かの限られた者達だけであり……冒険者のほとんどは、そういった上級冒険者や英雄に少なからず憧れを抱いているものが殆ど。

 

 

「ねえ、リーダーまだ来ないの?」

 

「いい加減あいつの遅刻癖にもうんざりしてきたな」

 

「まぁまぁ、今回はクエスト先でトラブルがあったとかどうとか……理由がちゃんとしてるだけマシですよ」

 

 

 そんな“パッとしない”冒険者グループの「暁闇(ぎょうあん)の狩人」もまた、そんな憧れを抱き冒険者になった類のグループだ。

 

 今回彼らはめぼしいクエストを受ける事が出来なかったため、それぞれがそれぞれのクエストという名の雑務(店の手伝いや下水道の掃除)を終え、行きつけの酒場で、どうやら遅刻魔らしいリーダーと呼ばれる人物を待っていた。

 

「なあ聞いたか、迷いの森のダークエルフの話!」

 

 そんな中、酒場の一角から噂話が彼らの耳にも届く声で話されていた。

 

 

「聞いた聞いた!なんでも、伝説だと思われてたダークエルフが実在したっていう……」

 

「流石に法螺話だろ?暗闇を好むエルフなんて……想像も出来ねえや」

 

 

 なんでも、迷いの森で、伝説上の存在とされていたダークエルフが発見されたらしい。との事。

 

 エルフとは本来、光が多く集まる場所……清められた森だとか、精霊が飛び交う霊峰なんかで多く見かける亜人種の一種であり、人間とも友好的な関係を結んでいる種族である。

 

 故にここで言うダークエルフとは、エルフとは真逆の存在。暗闇を好み、エルフが透き通った肌の色である事に対し、彼らは皆、褐色の肌であるとされている。闇を好み、日の光に肌を晒さないにも関わらず、だ。

 

 

「……迷いの森って、リーダーが行ったとこじゃない?」

 

「ええ、ですがまさか……」

 

「……流石にありえないだろう」

 

 

 そんな噂話を聞きながら、彼らは自分達のリーダーがどこへ行ったかを再確認し……「いやいやまさかそんなわけ」と首を横に振った。だが、ひょっとすれば、その姿の一部分だけ、一瞬だけでも彼が見ているかもしれないという淡い期待を抱かずにはいられない。

 

 

 

 そうしてしばらくすると、酒場のドアが開かれ、大柄で筋肉質な男と、その後ろを着いていくようにトコトコと、15~16歳程度の背丈の少女が、頭から頭巾を被り、顔を隠しながら歩いていた。

 

「……遅れて悪い!」

 

「ほんとだよ!!」

 

 どうやらその大柄の男こそ、暁闇の狩人のリーダーだったらしい。リーダーは、ばつの悪そうな顔ですまんすまんと仲間の一人に謝ると、そのまま席に腰をかけ……ようとして、思い直したように立ち上がった。

 

「いや、重ね重ね悪いんだが……ちょっと場所を移そう」

 

「え?」

 

「……それは、ひょっとしてその後ろの子絡みか?」

 

「あー、そうそう、ちょっと人目のあるとこじゃ話せないっつーか、なんつうか」

 

「ま、まさか誘拐……!?」

 

「なわけないだろ!?いいから、いつもの宿屋まで……うおっ!?」

 

「きゃっ!?ごめんなさい!」

 

 

 そう言って、少女を連れて我先にとその場を去ろうとしたところで、彼は「ご注文の品お待たせいたしました~」と小走りで横切ろうとしていた店員と強かにぶつかってしまい、店員は手に持っていた飲み物を木のトレーから滑らせ……ローブを被っていた少女の頭にまるごとひっくり返してしまった。

 

 遅れてガチャーン!とガラスの割れた大きな音が店内に響き渡り、「おいおいまたかよ、気を付けてくれよな」と冒険者達がそちらへ視線を移し、「おぉい、大丈夫かあ!?」と声を上げる者も居た。

 

 

「す、すみません!すみません!」

 

「あ~こちらこそ……って()()()がびしょびしょになってるじゃねえか!」

 

「……キモチ悪い。」

 

「ごめんなさい!ほんとにごめんなさい!」

 

 

 頭巾の下に顔が隠れているため表情は伺えないが、僅かに見える口からは不満そうな声が漏れた。その事により店員さんからは目から涙が漏れた。

 

 

「……ってちょっと待て!ここでそれを脱いだら……!!」

 

 

 余程気持ち悪かったのだろう。少女はその場で頭巾を脱いでしまう。リーダーの制止の声も間に合わず、ただでさえ注目の的になっている現状で、少女の顔、その全貌が明らかになってしまう。

 

 少女は、艶やかな黒い髪と、浅黒い褐色の肌、そして金色の大きな瞳をくりくりと躍らせている。顔立ちは誰がどう見ても美少女と言わざるを得ない。何せ、依然として不満そうに眉を歪めているその顔ですら美しい。

 

 ……最も、ピン、と立ったエルフ特有の尖った耳が、彼女がエルフである事……その上、今まさに噂していた、迷いの森で発見されたダークエルフご本人であるという衝撃と比べれば些細なことかもしれないが。

 

 

『だ、だ、だ……ダークエルフだあ!!』

 

 

 誰からともなく、そんな声で酒場から驚きからくる絶叫が発せられ、途端に酒場はざわつき始め、騒ぎを聞きつけ衛兵までもがここに向かっているらしかった。

 

「ハハ……どうしよこれ」

 

 

 事を穏便に済ませようとしていた筈なのに、一番最悪な結果を生んでしまったリーダーは、無意識に口からため息が漏れた。

 



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 >>①<<

 

 

 

 私達は寒さに身を震わせながら目を覚ました。一人が寝ている間にもう片方が見張りをする作戦だったが、いつの間にか両方眠ってしまっていたらしい。

 

 何が居るかもわからない森の中でずいぶんと無防備を晒してしまったようだが、突然森に現れた人間を警戒してか、動物も、ファンタジーチックな何かも私達に危害を加えようとはしなかったらしい。たまたまかもしれないが。

 

 なんにせよ、だ……。

 

 

 ……猛烈に空腹である。

 

 

 魔法っぽい何かで食べ物を生み出せれば良いのに、と思ったが、どうも上手くいかない。せいぜい、食べたいと思った物の美味しそうな香りがフワッと辺りを漂うだけという、とても悲しい結果に終わる。

 

 レベルか……?レベルが足りないのか?

 

 なんにせよ、このままでは飢え死に待ったなしである。私達は迅速にこの空腹を満たす為に行動を開始した。

 

 

 

 魔法らしき何かのおかげで、昨日よりずっと森の中が進みやすい。昨日までは、行く手を塞いでいる草木を掻き分けながらだったのが、今では邪魔なら強引に叩き切る事が可能である。

 

 また、木が作り出す影のせいで昼間だというのに薄暗く、時に全く光が通っていない場所すらあったが、松明の魔法のおかげで十分に視覚を確保出来るのも有難かった。

 

 

 そうして森の中を進んでいると、女性個体……。

 

 

 ……女性個体、と言うのも面倒だし、私達は自分に何か名前でもつけるべきだろうか。まあ、それは後にしよう。

 

 ともかく、女の方が何か音を聞いた。それは、何かが羽ばたくような音だ。サイズは虫程度で、蝶にしては羽ばたく音が大きいし、蜂や蚊に比べると間隔が長すぎる、ぱたっぱたっ、と言うような羽音だった。

 

 もしこれが危険な生物のものであった場合、下手に刺激してしまうと痛い目を見る可能性がある。息を潜め、私達はその羽音のする方へと進んでいく。

 

 

 そこは、赤紫色の、プチトマト位の大きさの、イボイボした表面を持つ果実の成る植物の群生地らしく、どこを見ても同じ果実が成っていた。この羽音の持ち主は、この果実の花の香りにつられてやってきたのだろう。

 気付けば同じような羽音がそこかしこから聞こえていた。

 

 そして、注意深く周囲を観察していると、ついにその羽音の持ち主の姿を視認する事に成功する。ここに来て初めての生物との遭遇である。

 

 

 それは、一言でいえば、羽の生えた妖精であった。

 

 160mlのコーヒー缶よりも一回り小さい位の、精巧に作られた人形のような身体と、背中に対となるハート形の羽が生えた小人。

 

 ぱたっぱたっ、という羽音を立てながら、一生懸命に果実を採ろうとしている姿があちらこちらで見え、そして彼らは採った果実をどこかへと運んでいるらしかった。

 

 

 この果実は、食べることが出来るのだろうか……?勿論、彼らが毒性のあるものでも食べられるような身体の持ち主である可能性も否定出来なかったが、今の私達にそれを考えるだけの余裕もなく、彼らに見つからないよう、ひっそりとその果実をいくつか採取し、こっそりとそれを持ち帰った。

 

 羽音が聞こえなくなるまで離れた後、私達は果実を見つめて喉を鳴らし……ひとまず、体が丈夫そうな男が皮を剥いて、白く、そしてねちゃっとした果実の部分をひと思いに口に含んだ。

 

 

 ……味を何かに例えるとすると……ざらっとした舌ざわりの林檎のグミ……とでもいったところだろうか?……そこそこ美味であった。

 

 

 さすがに空腹が紛れる程の量は採れず、精々小腹を満たす位の量だったが、それでも今の私達には有難い、実に一日ぶりの食事。感激に涙さえ流しそうになる。

 

 あとは、まあ、後になって眩暈が出たり身体に発疹が出たり熱が出たりしなければ万々歳だ。

 

 

 

 その後も私達は探索を続けた。

 

 

 そして分かった事は、前世の世界では絶対に見られないような生物がかなりの数住んでいるらしい事が分かった。

 

 草みたいな体毛の猪のような生物であったり、先ほど見た羽の生えた小人、目が四つあるカエル……そして、それらの生物が残していったであろう、足跡や糞といった痕跡がちらほらと見受けられた。

 

 ……だが、人間が残していったと思われる痕跡は全くと言っていいほど見つけられない。

 

 

 水は、今朝の場所から近い場所に補給できる場所があるからまだいいとして……食料が無い。今のところ、食べて大丈夫だと確信が持てるのがあの木の実しかないというのが現状だ。

 

 そしてその木の実で誤魔化せる空腹も限界に近い。

 

 ならばやはり、今私達にとれる選択肢は一つしかないだろう。

 

 

 きっと最初は失敗するだろう。もしかしたら今日中には成功しないかもしれない。ずっと成功しなければ……飢え死にする未来しかない。

 

 だが、こちらには魔法もある。何も無いより成功確率は高い筈だ。

 

 

 私達は、身を潜め、息を潜め、より一層周囲を警戒しながら森の中を進んでいった……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 グレスボア。別名、草原猪。その名の通り、草原のような体毛が生えた猪である。最もこの世界でいう猪は、体長が1m以上あったり、鉄のような硬さの皮膚で覆われている事もあるのがこの世界の猪である。

 

 このグレスボアもまたそんな異世界の生態系に準じた生物の一種であり、体長は大きくて1m以上、主な生息地は森の中、それも深部、彼らが好む特定の草木が生い茂った場所で多く見られる。

 

 性格は比較的臆病で、大きな音や生物に敏感に反応し、刺激に驚くと鼻息で凄まじい強風を発生させ、外敵を吹き飛ばす習性を持っている。

 

 

 その日、森の一角、草木が生い茂った場所に彼は居た。

 

 このあたり一帯は彼らを害する敵があまり居ない。比較的安心して食事が出来る場所の一つだ。

 

 彼はいつものように、足元に生えているふかふかした草を貪っていた。

 

 

 刹那、がさりと遠くの草が揺れ動く。

 

 敏感にそれを察知した彼は、草を貪るのをやめ、その方向を一瞥すると、すぐさまその場を去ろうとする。

 

 すると、物音が一気に大きくなり、物凄い速さでこちらへ近づいてきたのが分かった為、彼は大慌てでその場から駆け出す。

 

 

 姿は見えないが、がさがさと鳴る音は確実に自分を追ってきている事が分かった。

 

 

 彼は恐怖と怒りを覚え、威嚇の意味も含め、鼻に空気を送り込み……急カーブして物音のする先を見据え、追ってきている何かへ向かって必殺のブレスを放つ。

 

 

 対角線上の木の枝や草木からバキバキと音が鳴り土煙が巻き上がる程の威力を持ったそれが放ち終わった後、ぱらぱらと草木が地面に落ちる音が響く。

 

 ……それからしばらくしても、ガサガサという自分を追う音は聞こえなかった。

 

 静かになった場所を尻目に、少しばかりの安心を覚えた彼は、その場から離れようと、何かが追ってきていたと思われる方向から目をそらす。

 

 

 その瞬間、彼の胸の辺りに凄まじい衝撃が襲う。

 

 ズン、と全身に、内臓に、心臓に響くような衝撃は痛みを伴い、気付けば彼は地面を転がっていた。

 

 再び、ガサガサという音が聞こえるも、最早彼にそれに反応出来るだけの体力は失われており、胸からどくどくと流れており、死は免れないだろう。

 

 

 少しして、音の正体であろう者()の正体が露わになる。

 

 

 

 どちらも、褐色肌で黒い髪、金色の瞳と、ピンと尖った耳を持つ人間の男女だった。

 

 女は肩程まで髪を伸ばしており、凛として整った顔立ちであり、女性らしい身体の持ち主で、服から垣間見える身体は健康的であったが、おそらく彼を追っていたのは彼女ではなくもう片方だろう。

 

 男は短髪で、キリッとした顔立ちであり、筋肉質で男らしい身体の持ち主で、服や肌のところどころに傷や泥の汚れが垣間見えた。

 

 男は 「ごめんよ」 何事か呟くと、手に持っていた透明な何かを振りかぶり、勢いよくそれを振り下ろした。

 

 

 それが彼が見た最後の景色だった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 お肉、おいしい。

 

 

 

 何度か獲物を見つけるも、失敗、失敗して、失敗を繰り返し、失敗を重ねる事5回目にしてようやく成功。

 

 なお、この凄い鼻息の猪には何度か遭遇し、そして逃げられていたのだが、2回目に彼らに遭遇した時、彼らは過度なストレスを感じるとあのブレスを放つらしい事と、彼らが鼻息を出している間は、その場からしばらく動かない事に気付いたのだ。

 

 故に、男で彼らを追いかけ、そして立ち止まり鼻息のブレスが終わったタイミングで心臓*1を狙って、女の魔法で仕留める。

 

 ちなみにこの女の魔法というのは、何回か繰り返して一番威力が高く仕留める事が出来ると確信した、弓の魔法を使用している。

 

 威力は今使える魔法の中でも一番。弓矢を作る必要が無く、弓を引く真似事(ポーズ)をすると、腕に強い抵抗感を感じ、放つと狙った場所に風穴が開くという魔法だ。

 

 一見有用な魔法だが、実はかなり消耗が激しい。弓を射る真似事をしているだけなのだが、使う力も威力もスピードもまんま弓矢で、実際の弓矢に比べればまだ命中率が高い方だろうかという程度の物。

 

 お陰で既に女の腕は悲鳴を上げていた。

 

 何回か試しているうちに魔法の練度がぐんぐん上昇していったのは嬉しかったが。

 

 

 

 油断した瞬間を狙う事の難しさ。

 あの鼻息のブレスの厄介さ。

 警戒心の強さ。

 一重に身体能力の高さ。

 

 

 

 そうして、ようやっと狩りに成功して手に入れた彼の身体を持ち帰り……解体作業に入る。といっても素人知識なので、食べれるかわからない内臓を抜き、蔓を重ねた物で縛って吊るして血抜きを行い、そして少ししたら食べれそうな部位を頂く。

 

 骨から切り外した肉を食べやすいサイズまで切り、それを木の枝を削って作った棒で肉を刺し、魚を焼くような要領で、焚き木にかざして火を通していく。

 

 じゅわじゅわと肉汁が溢れ滴り、少し焼き色がついたあたりで火から外す。

 

 ぐう、と同時に私達のお腹が鳴り響く。

 

 

 

 

 ああ、もう、辛抱出来ない。

 

 

 いただきます。

 

 

 

 

 

 そして冒頭まで戻る。

 

 なんというか……肉とはこんなにも美味しい物だっただろうか。調味料どころか塩も無いというのに、満たされるというか、なんというか……勿論あるに越したことはないのだろうけど。

 

 ……しかし生の肉は腐りやすく保存する方法が今のところ無いので、出来る限り腹に入れておきたい。水分を飛ばして塩漬けしたり出来ればまだ可能性はあるのだが……贅沢はいっていられない。

 

 私達は出来る限り彼を無駄にしないように食べていった。

 

 

 

 そしてふと、肉が無くなった彼の亡骸に目がいった。

 

 この世界で、この方法で弔いになるかどうかは分からない。

 

 だが、君のおかげで私達はこれからも生きていける。

 感謝の意味を込めて……自己満足かもしれないが、私達は彼の亡骸を、穴を掘って埋めた。

 

 その頃にはすっかり夜になってしまっていた。

 

 

 

 私達は、明日も生きていけるように願いながら、また昨日と同じように眠りについたのだった。

 

 

 

 そんな私達を、見ているものが居るとも知らずに。

*1
多くの動物は前足の脇辺りが心臓、つまり急所に該当する。海外では動物型の的を使う際、この場所に近ければ近い程得点が高いというルールも存在する



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