無感動な少女と魔眼使いの少年(リメイク版) (しぃ君)
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お知らせ

 体調不良にはなっていませんが、心はナーバスです。


 誠に勝手ですが、八月いっぱいは連載を休ませていただきます。

 理由としては、夏休みに入って課題が多いのと、大賞に応募する作品を書こうと思ってるからです。

 他にも、最近の投稿頻度と話の内容を見てもらえれば分かりますが、あまり良いものではないと思うんですよ。

 かれこれ八十話も書いてますから思い入れも強いですし、自分で納得ができる話を読者の皆さんにも読んでもらいたいと思っています。

 

 

 以上が休載のお知らせです。

 短いですが、ご容赦下さい。

 

 

 ここからは、今後の物語の進め方についてです。

 アプリシナリオ的にも、物語本編的にも最終局面に入っています。

 次回からのお話では、視点変更は主人公の結翔、メインヒロインのまさら&こころで行ったり来たりする感じになると思われます。

 勿論、話の都合上、他のキャラにも視点は移りますが、基本は上記の三人固定。

 

 

 百話に行くか行かないかくらいで最終回を迎える予定……少し超えるかもしれませんがお許しを。

 

 

 最後に、本編後のお話ですね。

 劇場版短編擬き(五~六話)をやって、各ヒロインのアフタールートを投稿します。

 まさら、こころ、ももこ、みたま、みふゆ、メル、鶴乃の七人のアフタールートを考えています。

 もし、「この七人以外との絡みがみたい!」と言う方がいらしましたら、感想かメッセージの方に一言送ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネタバレ注意な設定開示

「俺は無知でいたいんだ‼」という読者様は、ブラウザバックを推奨します。

 箇条書きで設定を書いていきますね。

 

 

 ・結翔くんの願いは「ヒーローになりたい」。

 ・本編内での結翔くんの強化フォームはあと二つ、本編後の劇場版フォームが一つ。

 ・幻覚は未来の可能性の一つ。

 

 

 ・魔眼の数は全部で八つ。(未来視・暗示・心転身・千里眼・静止・破壊・生と死・〇〇〇)

 ・ヒロインキャラは基本的にモチーフライダーがいる。

 ・まさら&こころのモチーフライダーはW。

 

 

 ──取り合えず、今開示しても問題ない……いや問題はありますけどネタバレギリギリの設定開示はここまでです。

(本当は文字数稼ぎだったなんて、口が裂けても言えない)

 

 二万UAに届きそうな今日この頃ですが、もしかしたら、気分で記念物語は作るかもしれません。

 学校の勉強に課題、大賞の締め切りに追われてますが、この作品は絶対に完結させます(鋼の意志)。

 

 読者様も気長に私の作品を待ってもらえると幸いです。 

 次の話は一か月後くらいになりますが、皆様も手洗いうがいを忘れず、お元気にお過ごしください。

 



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序章「 Start your new story (新しい物語の始まり)
一話「魔眼使いの少年はヒーローになりたかった」


 ……お久しぶりです。
 失踪クソ野郎のしぃです。
 リメイク版としての投稿となります。
 前作を読んでない人も、今作から入る人も、暖かい目で見て貰えると幸いです。

 人を勘違いさせるレベルの誤植があったので、一部変更しました(十一月十四日)


 新興都市神浜市。

 そこは、他の地域とは一線を引く魔法少女や魔女が集って()()街。

 居た…この言葉を使うには理由がある。

 

 

 この街には──いや、この世界には魔法少女も魔女も存在しない。

 ある一人の少年が、想像を絶する戦いの果てに書き換えてしまった。

 魔女と言う災厄が居なくなった世界は、上っ面の平和が流れている。

 魔法少女だった少女たちもその平和を享受し、居なくなったかもしれない友人たちと青春を謳歌していた。

 

 

 そんな美しい日常を、()()()()()()()()()()()美しい日常を、少年は慈しむように眺めている。

 

 

「これで、良かったんだよな…」

 

 

 複雑に感情が入り交じった声は震えていて、悲しいような嬉しいような…あやふやなものだ。

 世界の裏側に平和なんてないが、精神に幾分かガタが来た少年にとって、この街さえ笑っていればそれでいい。

 

 

 それでいい筈なのに……

 

 

「はぁ…………」

 

 

 もやもやとした正体不明な感情が胸の中で燻っている。

 苦しいとも違くて、悲しいとも違う、この感情の正体は……

 

 

「バカみたいだな…俺。分かってた筈なのに、今更寂しいなんて」

 

 

 寂しさだった。

 

 ──────────

 

 誰しも、子供の頃はヒーローに憧れるものだ。

 女の子だったらプリキュア然り、男の子だったら特撮系然り。

 特に男子は、日曜朝の特撮系が好物の中の好物だ。

 戦隊やライダーは子供心をがっしり掴む。

 加えて、ウルトラマンも忘れてはいけない。

 

 

 先程の話に例外はなく俺──藍川(あいかわ)結翔(ゆうと)もその一人だった。

 子供の頃からヒーローに憧れて、警察官だった父に勧められ、柔道や空手、合気道や剣道、出来るものは全てやった。

 辛い時もあったが、ヒーローになる為の相応の努力だと我慢した。

 

 

 でも、現実は小学生のテストのように簡単なものではなかった。

 俺が小六に上がる頃、父が事件の捜査の途中で殉職。

 忙しさ故にあまり家に居らず、交流が多い訳ではなかったが俺は父を尊敬していたし、父こそヒーローだとも思っていた。

 ヒーローは無敵、ヒーローは絶対に負けない。

 

 

 そんな幻想は呆気なく砕かれた。

 父の殉職の所為で、優しかった母は精神を深く病んでしまい家を出た。

 …当時、十一歳だった俺を置いて。

「お金は毎月口座に入れる」、その一言を残して去って行った。

 

 

 尊敬していた父の死がありながらも、俺はまだヒーローの存在を信じていた。

 いや、縋っていたのだ。

 居なくなってしまった母を連れ戻してくれる、都合の良い偶像(ヒーロー)を。

 

 

 その存在に縋り続けて一年、中学に上がって間もない時期にある事件が起きた。

 この事件をきっかけに、俺は父が所属していたある警察の裏組織を知る。

 

 

 公安Q科と呼ばれている、特殊も特殊で異能力が使われた事件を追う組織だ。

 最初は耳を疑ったが、父の友人を名乗る人が語っていた事から、嘘や冗談の類でないことを信じた。

 それ以前に、自分自身も異能力……普通では無い力を持っている事が分かっていたからでもある。

 

 

 その後は、父の友人のツテを使い、神浜にある組織に入った。

 名前は神浜市魔女特別対策班……のにち神浜市ウワサ魔女特別対策班に変わるが…今の所は関係ないので割愛しよう。

 魔女の存在なんて知らなかった俺は、魔法(異能力)を使える女性を追う部署なのかと思ったが違った。

 

 

 最初の方は、ヤのつく組織の動向を観察したり潜入したり、はたまた普通にボランティア活動したりと割と普通だった……今思えば、上司の優しさだったのかもしれない。

 

 

 仕事をやっていくうちに、世界の裏側の汚さが見えた。

 政治家が起こした表には出ない凄惨な事件や大企業の汚職、更には人間関係の歪みで起こる陰湿な虐め。

 小さい事から大きい事まで、綺麗な表の世界しか知らなかった幼い俺は父がどんな世界で生きていたか知った。

 

 

 それと同時に、父が自分の仕事を俺に見せてくれなかった理由も何となく察せた。

 世の中にヒーローなんて居ない。

 

 

 人々はそれぞれ違う正義を持っていて、それを支持してくれる正義の味方を欲している。

 誰も万人を助けられるヒーローは求めておらず、求められても万人を助けられる存在など居なかった。

 

 

 だがしかし、俺はそこでも…偶像(ヒーロー)に縋る事を諦めきれなかった。

「居ないなら自分がなれば良い」、と得意げに言って見せた。

 

 

 地獄が始まるとも知らずに……

 

 

 組織に入って半年が経ち、ようやく魔女と遭遇した。

 全くの偶然だったが、魔女の結界内には魔法少女が居て、その魔法少女は俺が良く知る人物だった。

 

 

 十咎(とがめ)ももこ、幼馴染であり親友。

 家族ぐるみの付き合いがあり、母が居なくなった事とある事件から一層距離が縮まった少女。

 

 

 姉貴気質な所があるが可愛い物好きと言う一面を持っている、至って普通の女の子…の筈だった。

 話を聞くに、キュウべえと呼ばれる真っ白なネズミや狐にも似たメルヘンな生き物? ぬいぐるみ? に「ボクと契約して魔法少女になってよ」と言われたらしい。

 

 

 契約の内容は至ってシンプル、何でも願いを叶える代わりに魔法少女として魔女と戦ってもらう。

 勿論、命懸けの戦いになる為、願いに上限はない。

 

 

 最初はももこを怒鳴り散らした。

 彼女の願いを馬鹿にしたくなかったが、それ以上に彼女が大切だったから怒った。

 そして、怒鳴り散らしている時にキュウべえが来た。

 

 

 契約と言っているなら破棄ができるのではないか? 

 そんな甘い期待があった俺は、キュウべえに問いかける。

 

 

「キュウべえって言うのはお前なんだよな? 単刀直入に言わせてもらう。

 今すぐこいつの願いを取り消してくれ。契約? だったら破棄が出来るんじゃないか?」

 

「君はなかなか聡いね。だけどそれは不可能だ。ボクは最初に『その魂を対価にして願うのはなんだい?』、と言った。魂を対価にしてるんだ、破棄出来たとしても、彼女の魂は無くなることになるけどそれでいいかい?」

 

 

 丁寧で論理的な口調とは裏腹に、全く感情の籠っていない声はどこか不気味で恐ろしさを感じた。

 けど、それ以上にキュウべえから出た言葉に恐ろしさを感じる。

 魂を対価に奇跡を起こしたならば、対価として支払った魂はどうなるのか? 

 

 

 ももこから聞いた話と自分の推測を合わせていくと、驚く程にスラスラと見えなかった答えが見えてくる。

 チラリと、ももこを見やった。

 魔法少女としての服装はどこか現実の世界に不似合いで、周囲の空間から浮いている。

 

 

 まるで、そこだけ空間が違うかのように。

 

 

「……キュウべえ、契約ってのは誰でも出来るのか?」

 

「魔法少女になる事かい? …普通なら出来ない筈だけど、君は特別らしい。イレギュラーと言う奴だね。出来ないことは無いよ? どうする」

 

「決まってる。やるに決まってるだろ」

 

「じゃあ、その魂を対価に君は何を願う?」

 

 

 隣に居るももこが何か言っているが、耳に入ってこない。

 そしてその日、俺は──────を願った。

 

 

 以降は、俺が魔法少女になった事で組織での本格的な仕事を始まった。

 ほぼ毎日、魔女退治に明け暮れる日々。

 父が命を懸けてまで守った街を守る為、理想のヒーローになる為。

 

 

 しかし、如何せん魔法少女としての経験値が足りなかった俺はチームに入れてもらった。

 三人組のチームだった。

 ある人物を師匠として魔法少女としての戦い方を学び、実践で練習しながら過ごす。

 異能力と魔法少女としての力を同時に使えていた俺は、完全に調子の乗っていた

 

 

 チームで活動しつつ、ももことコンビで魔女を倒し、仕事でも個人で魔女を狩る。

 オーバーワークが過ぎていた。

 それでも戦うことを辞めなかったのは、自分の強さに酔っていたからだ。

 街一つなんて、自分の腕に収まりきると勝手に思い込んでいた。

 

 

 ヒーローなんだから、持ったものも落とさないと……思い込んでいたのだ。

 だが、俺は大切なものをポロポロと落としてしまった。

 

 

 一つ落とした、英雄(ヒーロー)から偽善者(フェイカー)に。

 また一つ落とした、偽善者(フェイカー)から(ルーザー)に。

 

 

 新しく物語が始まる約一年前に、俺はチームを去った。

 屑に成り下がった自分を磨き直すために。

 

 

 その時に出会ったのだ、驚く程無感動な少女に。

 出会いは運命を変えて、最悪の戦いを勝ちに導いた。

 

 

 これが今までの大まかな流れだ、大分端折ってしまったがこれから語っていけばいいだろう。

 時間だけは幾らでもある。

 書き換えた弊害として世界から存在を抹消されたのだ。

 何をしてても咎められないし、誰も俺の存在を知らない。

 

 

 寂しいが、仕方の無い事だ。

 都合良く書き換えたのに、デメリット無しなんて強欲が過ぎるだろう。

 

 

 仲間だった少女たちの笑顔を見ながら、自嘲するようにクスリと笑う。

 想いを踏み躙ったのに、軌跡を思い出を書き消したのに、笑顔を向けて欲しいなんて……

 

 

「ホント、バカだなぁ…」

 

 

 クスクスと笑いながら、過去を振り返る。

 どこから語るべきだろうか? 

 やはり、彼女たちとの出会いだろうか? 

 

 

「出だしはこうだな。ある日。最強のヒーローである藍川結翔は、無感動な少女と心優しい少女に調整屋で出会った。それが、自分自身の運命を突き動かさすとも知らずに──」

 

 

 これは、俺の壮大な自分語りだ。

 完璧なヒーローになりきれなかった俺の回想録。

 

 

 そう…ただの自己満足と言うやつだ。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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二話「運命は動き出す」

 結翔「前回までの『無少魔少』。ネタバレを所々しながら、本編のことを端折って語ったな」

 ももこ「一応、アタシも出てきたけどな。チョイ役みたいに」

 結翔「いや、俺が主人公なんだし、しょうがないじゃん」

 ももこ「でもさでもさ〜、アタシだって喋りたかったぁ!」

 結翔「はいはい。愚痴はここまでね。俺やまさらとこころちゃんの出会いを語る二話をどうぞ!」


 ※これからのお話はマギレコのシナリオが始まる三ヶ月前のものです。


 ──結翔──

 

 学校帰りのある日、Q科の仕事が何もなかった事もあり、調整屋に足を運んでいた。

 廃墟の中を進み奥にある扉をくぐると、そこが調整屋だ。

 部屋の中に廃墟らしさはなく生活感が溢れている。

 

 

 柔らかそうなソファや小綺麗なテーブルや寝心地良さそうな寝台。

 どこから電気を取っているのか分からないが、蛍光灯はしっかりと光を発しているし、キッチンまで置かれている。

 

 

 だが、何時もなら居るであろう調整屋の主──八雲(やくも)みたまは居なかった。

 何時もなら、俺が扉をくぐった辺りで「いらっしゃ~い」と、間延びした声が聞こえてくる筈だ。

 銀色の綺麗な髪と女性としての証と言って過言ではない、胸のブツを揺らしながら寄ってくる。

 

 

 蒼色の瞳は全てを見透かしたようで、時々恐ろしく感じてしまったりする。

 体付きも良く顔立ちも整っているので、美人の部類に入るのだが……あの緩すぎる喋り方と雰囲気が全てを壊してしまうのだ。

 

 

「…そういや、最近は偶に学校行ってるんだっけ。今日に来たの、失敗だったか?」

 

 

 自問自答をしながらソファに座り、みたま先輩の帰りを待つ。

 スマホを弄っていれば時間はすぐかもしれないが、どうにも弄る気になれず、ぼーっと天井を眺めていた。

 十分程経っだろうか。

 育ち盛りな男子高校生である俺は、小腹が空いたことを知らせる腹の音を聞いてしまった。

 

 

 意識してしまったら逸らすのは難しく、「仕方ない」とため息を吐いてソファから腰をあげる。

「キッチンにある冷蔵庫から少し拝借してしまおう」、そんな悪い考えを持ってキッチンの中に入ると、鼻が曲がるような酷い匂いがした。

 納豆などの発酵食品とは全く別物の汚臭。

 

 

「臭っ!? みたま先輩、何で廃棄処理くらいしないんだよ!!」

 

 

 恐らく食べかけの品なのだろうか、色鮮やかだったであろう食品(汚物)たちが三角コーナーから溢れて、流しを侵食している。

 見て見ぬ振りをして、冷蔵庫から何か拝借すれば良いのだが、ここで俺お得意のお人好しが発動。

 鼻を曲げるような汚臭とバトルを展開。

 

 

 苦戦を強いられること数分、何とか汚物をゴミ袋にシュートし、袋を三枚ほど重ねる事で汚臭を遮断することに成功。

 一人やりきった顔で冷蔵庫に手を掛けた瞬間、ふと誰かと目が合った。

 

 

 みたま先輩に似た綺麗な銀色の髪、感情の色を全く感じさせない透き通り過ぎた蒼色の瞳。

 顔立ちは幼さを残しながらも、大人としての品格を持ち合わせたもので落ち着きを感じさせる。

 けれど、「表情筋が死んでいるのでは?」と疑うほど顔色が変わらない。

 

 

 俺なんて、今の自分の状況がヤバイ奴にしか見えなくて、どうやって誤魔化そうか必死に考えて、表情筋が痙攣を起こして変な顔になっていると言うのに。

 

 

「あ、えっと…その…。勘違いをしているかもだから一つ言いたいんだけど……俺は断じて強盗とかじゃないから!! 本当だから!!」

 

「そう。八雲みたまさんが何処にいるか知ってるかしら?」

 

「…………は??」

 

「…?? 何故、貴方が可笑しそうな顔をするの? 私は何も変なことを言ってないでしょ。八雲みたまさんが居ないから、場所を聞いただけ」

 

 

 会話のキャッチボールが全く以て成立しない。

 Q科の仕事上、多くの魔法少女と友達以上親友未満程度には交流を築いてきた俺だが、この時ばかりは言葉を失った。

 

 

(…コミュ力には、自信あったんだけどなぁ)

 

 

 加賀見(かがみ)まさらとの初めての出会い(ファーストコンタクト)は、ある意味最悪のものだった。

 

 

 ──まさら──

 

 私の目の前には、赤褐色の瞳を困惑の色に染めた黒髪の人が居た。

 …可笑しな事を言ったつもりはない。

 彼の事などどうでもよかったから聞き流して、私の聞きたい事を聞いただけだ。

 なのに何故、彼はここまで驚いて──いや戸惑っているのだろう。

 

 

 分からない。

 こころのお陰で、少しは分かるようになっていたつもりだが、全く持って分からない。

 

 

「まさらー? みたまさん、そっちに居た?」

 

「いえ、居なかったわ。代わりに、他の人が居たけれど」

 

「えっ?! 他の人って魔法少女なの?」

 

「…違うわ。もし、そうだったとしても魔法少年じゃないかしら?」

 

「…………へっ?」

 

 

 私の言葉に反応したのか、こころが走ってキッチンに近付いてきている。

 オシャレと言うものに疎い私には分からない、不思議な結び方で纏めた茶色の髪を揺らしながら、彼女──粟根(あわね)こころがキッチンに到着した。

 ガラス玉のような翡翠色の瞳は、目の前に立つ彼に向けられている。

 

 

 彼を見る瞳が、睨みつけるように鋭いものなのは何故なのか? 

 理解が出来ない私を他所に、二人は話し始めた。

 

 

「失礼かもしれませんけど、あなた…誰ですか?」

 

「…藍川結翔。不思議な眼を持つ魔法少女って言えば分かるかな?」

 

「不思議な…眼…」

 

「こころ、知ってるの?」

 

「う、うん。あいみから少しだけ。何でも、その不思議な眼を持つ魔法少女には未来が視える…とか」

 

 

 未来が視える…。

 魔法少女の固有能力の事だろうか。

 でも、こころの言い方からして、彼は不思議な眼を()()()()()()()()()()()()()()()…と言う事だ。

 私たちの存在があるこの世界では、未来を視る眼が有っても不思議ではない。

 

 

「未来視の魔眼のことかな…。まぁ、他にも色々有るよ。対象の時間を止めたり、対象を内側から破壊したり…色々とね」

 

「…魔法少女に変身して、その方が証明しやすいわ」

 

「な、なるほど!!」

 

 

 段々と、彼に興味を引かれる。

『魔眼』、それは一体どう言うものなのか? 

 性別が違うにも関わらず、魔法少女にどうしてなれたのか? 

 最後に──結翔は何故作り笑顔などしているのか? 

 

 

 

 三つの疑問が浮かぶ中、私は的確な意見で彼が魔法少女だと証明する方法を言った。

 納得故の大声を上げたこころを華麗にスルーし、私は彼を──藍川結翔を見つめる。

 首にかけていたネックレス型の黄色いソウルジェムを取り出すと、結翔は静かに「変身」と言った。

 

 

 すると、眩いほどの黄色い光がキッチンの中を包んだ。

 目を開けると、露出の多い昔の踊り子のような黄色い服に身を包んだ魔法少女が、悠然と立っていた。

 髪の色や瞳の色は同じだが、それ以外の外見が完全に別物になっている。

 黒い髪は腰まで伸びており、体付きも男性が望む理想の女性像そのもの。

 

 

「ほ、本当に、魔法少女だったんですね…」

 

「色々あってね。偶然に偶然が重なって結果だよ」

 

 

 同性の姿になった事で落ち着いたのか、こころは結翔と普通に喋れている。

 けれど、私は普通の話がしたいのではない。

 三つも疑問を聞きたいのだ。

 もし、心が動かされる答えが聞けたのなら、何か私にも掴めるかもしれない。

 

 

 好きなものも嫌いなものも、趣味すらもない私でも…彼と一緒に居れば何か変われるかもしれない。

 確率は低いだろうが、こころと一緒に居たことで少しは変わることが出来た。

 なら、0%なんて事は絶対にない筈。

 

 

 だから、私は彼に問いかけた。

 

 

「『魔眼』について、教えて貰っていい?」

 

「…何でかな、加賀見まさらちゃん?」

 

「っ!? …どこで、私の名前を? 私は名乗ってないはずだけど」

 

「悪いね。仕事の都合上、この街の魔法少女の名前は一応頭に入ってるんだ。初めて会ったから、写真と名前が一致しなくてさっきまで名前が出てこなかったけど。…こころちゃんのお陰で分かったよ」

 

 

 …仕事、一体なんの事なのかしら? 

 分からない、分からないけど……余計に引かれる。

 

 

「理由だったわよね。…貴方に興味があるから。これじゃ、ダメ?」

 

「…ふーん。まぁ、悪くないけど。でも、ダメだ」

 

「どうして?」

 

「『魔眼』は危険だ。生半可な気持ちで、知ろうと思わないでくれ」

 

 

 どうやら、あまり立ち入ってはいけないものらしい。

 …だけど、その程度で諦める程、私は諦めが良くない。

 この理由だけじゃダメなら…

 

 

「対価…私の体でどう?」

 

「ちょっと! まさら!」

 

「はぁ……。もう少し、自分の体を大事にした方がいい。君は君が思ってるより、誰かに想われている存在だ」

 

 

 そう言い残すと、彼は変身を解いて去って行く。

 追いかけようとしたが、先程の行動が祟ったのかこころが私の手を掴んで離さなかった。

 

 

 結翔が去って、八雲みたまさんが来るまでの二十分程。

 私は床に正座させられて、こころに説教をされた。

 二人が共通して言った言葉は一つ。

 それは、「自分を大切に」だった。

 

 

 ──みたま──

 

 学校から帰ると、床に正座させられているまさらちゃんと、彼女に対して説教をするこころちゃんが居た。

 一応、理由を聞いたが、納得できるものだった。

 

 

(まさらちゃんらしい…のかしらぁ)

 

「みたまさんは藍川さんのこと、何か知りませんか?」

 

「そうねぇ、お代を貰えればぁ口が滑っちゃうかもね~」

 

「グリーフシードが必要って事ね」

 

「もぉ、わたしが強要してるみたいじゃなぁい! 別に、私はそんな気がするって言っただけよぉ」

 

 

 おどけるように言うわたしに対して、まさらちゃんは顔色一つ変えずにグリーフシードを渡そうとしてきた。

 …それだけじゃ、面白くないのよねぇ。

 しょうがない、今回はサービスって事にしちゃおうかしら? 

 

 

「…今から言うのは、わたしの独り言よ。だから、誰かが聞いていてもしょうがないわ」

 

「…………」

 

「みたまさん…」

 

 

 相当、結翔くんに引かれてるみたいね。

 …でと、その理由で色々と語ってくれる程──彼は優しくないわ。

 いえ、『魔眼』の話題に対しては()()()()()()()って言った方が正しい。

 

 

「ある街に、最強のヒーローを自称する魔法少女が居ました。その子はとても強くて、心の優しい子でした。しかし、それと同時にとても精神が幼かったのです。だからこそ、天狗になりポロポロと大事なものを落としてしまいました」

 

「大事なものをポロポロ……と」

 

「そう。大事なものをポロポロと落とした果てに、その子は自分の事をヒーローと自称することを止めました。それでも、その魔法少女は今でも人助けを続けています。……本当に優しい子です」

 

 

 わたしの声に、慈しみの感情が入っていたからか、こころちゃんはうるうると目を潤わせている。

 対照的に、まさらちゃんは微塵も感情が外に出ていない。

 恐らく、内側に留めている、と言う訳でもないだろう。

 

 

「みたまさんは、その子の事を好きなんですね!」

 

「え? 大嫌いよ?」

 

「えぇ!? な、何でですか?! だって、今までの話の流れからして……」

 

 

 ああ、勘違いさせちゃったかしら。

 あくまで、言いたいように、聞いた事にわたしの勝手な考えを添えての独り言。

 好きとは、言っていない。

 最も、嫌いとも言っていないけれど。

 

 

「だって、ヒーローから勝手に押し付けられる善意なんて、気持ち悪いだけじゃない?」

 

「……」

 

「……」

 

「勿論、その子ことは大好きでもあるんだけどね〜。なんでかって言うとぉ、その子の優しさは温かいから……」

 

 

 ……ふふふ、少し困らせちゃったみたい。

 だけど、ここからはこの子たちが自分の意思で進むべきだ。

 

 

(介入はこれ以上避けるべきよねぇ)

 

 

 話の後、調整を済ませた彼女たちは程なくして、ここから出ていった。

 一人になると寂しさを感じるが、同時に落ち着きも感じる。

 

 

「結翔くん。わたし、そろそろあなたの作り笑顔は飽きちゃったわ。もっといっぱい本当の笑顔を見せてちょうだい?」

 

 

 今度の独り言は誰に聞かれることも無く、静寂の中で消えていった。

 届くことはない独り言だが、あの子たちならもしかしたら……なんてね? 

 




 次回もお楽しみに!

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三話「事件は何時も突然に…唐突に…」

 こころ「前回までの『無少魔少』。…と言うかこの略称、ちょっと微妙じゃないですか?」

 まさら「そうね、センスを感じないわ」

 結翔「作った作者が悪い、作者に聞いてくれ。取り敢えず、あらすじ!あらすじ!」

 こころ「あっ!はい!前回は私たちの調整屋での出会いを語ったものです。結翔さんは良い感じにまさらの質問を躱していましたね」

 まさら「あの時、結翔も私たちもただ、調整してもらう予定で行ったのに八雲みたまさんは居ないし、結翔が居たわ」

 結翔「…いや、俺をそんな下のように扱うの止めてくれよ」

 みたま「今後ともぉ、調整屋をご贔屓に〜。と言う事で、三話すたぁーとぉー!」

 結翔&こころ「えっ?それみたま(先輩・さん)が言うの!?」
 
  ──────────────────────

 少し文字数が多くなってしまいましたが、お許しを。


 ──結翔──

 

 まさらちゃんやこころちゃんに出会ってから一日。

 昨日は疲れもあってか、夕食を食べずに寝た為か空腹で目が覚める。

 外はもう明るく、太陽が元気に顔を出していた。

 時計を見れば時間は八時……八時!? 

 

 

「やべぇ!? 遅刻する!!」

 

 

 ついさっきまで、朝の七時頃だと勝手に思っていたので、制服を持って急いで自室を出る。

 家は駐車場付きの二階建てで、俺の部屋は二階の奥にある。

 その所為もあり、リビングまでが地味に遠い。

 ドタドタと音を立てながら階段を下りると、何故か開いているリビングのドアから、美味しそうな匂いが漏れ出ていた。

 

 

「……まさかな」

 

 

 こんな時間だ、アイツが来てる筈ない。

 ……でも、ドアを開けっぱなしで出ていくとも考えられない。

 疑問が足を止めるが、そんなことしてる場合ではないと思い出し、また動き出す。

 

 

 リビングのドアをくぐり中に入ると、そこには幼馴染であり親友でもある十咎(とがめ)ももこが居た。

 明るさの塊とも言える容姿の彼女、緋色の瞳とサラサラとした長い黄色の髪。

 髪は長さの為、後ろでポニーテールに纏めている。

 男兄弟に囲まれた所為か、姉貴肌が強いが「可愛い物好き」等のギャップもある。

 

 

 リビングとダイニングとキッチンが混合された、LDKの一室のキッチン部分で料理をしている。

 どうしてか、制服ではなく見慣れた私服の上にエプロンを羽織っていた。

 なんか…あれだな。

 スタイルがモデル顔負けで大人っぽいから、私服にエプロンだと新妻感がある。

 

 

 現に、ももこは追っかけをしているアイドルの歌を鼻歌しながら、笑顔で料理している。

 幼馴染として、親友として思う。

 ももこほどの優良物件はそうそう居ないと。

 

 

「おはよう、ももこ」

 

「おう、おはよう。もうちょっとで出来るから少し待っててくれ」

 

「あっ、ああ」

 

 

 自然に返してくるから、何で制服を着ていないのか聞くタイミングを見失ってしまった。

 

 

(…ももこが間違える訳ないし、今日は学校がない祝日か?)

 

 

 祝日の線を考えてカレンダーを見る……が。

 描かれているのは今日の日付と曜日だけで、祝日だとかは描かれていない。

 通常通り学校があるバリバリの平日だ。

 なのに、ももこは落ち着いて朝食を作っている。

 

 

「…スマホ見るか」

 

 

 最後の頼みの綱であるスマホ。

 学校側から休校の連絡が入っている可能性がある。

 メールを開き、新着のものを漁っていくと……

 

 

「あった。……学校内で事件が発生したため休校。事件の内容は…」

 

「意識不明の状態で、他校の生徒が校内に倒れていたんだってさ。それを宿直担当の先生が見つけたらしい」

 

「…なるほど。意識不明ってのは?」

 

「呼吸も脈もあるらしいんだけど、一向に目を覚まさない…とか」

 

「管轄外…か。異能力や魔女が関わってたら、連絡が来る筈だし」

 

 

 もし、異能力や魔女が関わっていたのなら、上司である萌坂(もえさか)咲良(さくら)さんから連絡が来る筈だ。

 上司である咲良さんは魔術師と呼ばれていて、異能力を使える人間とは違う。

 魔術と言う、魔力を使って人ができる術を簡略化したものを使える。

 区別ではないが、魔法と魔術は違うのだ。

 

 

 魔法は、魔力を使って法則外の奇跡を起こすことを言う……らしい。

 これは、咲良さんからの受け売りだから、俺自身はあまりよく分かってない。

 

 

「ほら、冷める前に食べちゃえよ。折角作ったんだから」

 

「そうだな。いただきます!」

 

「召し上がれ」

 

 

 良い具合に焼かれた食パン、バターの風味がするスクランブルエッグ、カリカリのベーコンとパリッと良い音がするソーセージ、最後に添えられたサラダ。

 飲み物は、俺の大好きな甘いミルクティー。

 朝から豪華な食事だ。

 

 

 料理が好きな俺でも、朝からここまではしない。

 朝は軽めに、ご飯、納豆、豆腐とワカメだけの味噌汁、お新香。

 これぐらいで済ませてしまう。

 低血圧と言う訳ではないが、昔から朝が弱いのだ。

 

 

 だが、知っている。

 目の前でニコニコとしているももこも、朝からこんな料理は作らない。

 何か……裏がある。

 

 

「食べる前だから言うけど、朝から豪華だな?」

 

「そうか? ファミレスとかのモーニングもこんなんだろ?」

 

「…何が目的だ?」

 

「いやー、今日唐突に休みになったからさぁ。友達と遊びに行こうにも、今から予定立てるのは面倒だし。だったら、身近に居る人と出かけようかなーと」

 

「荷物持ちか?」

 

「そんなとこだ。悪いけど付き合ってくれ…頼むよ!」

 

 

 長年連れ添った幼馴染のお願いを断る程、俺は屑じゃない。

 口から了承の言葉を出そうとした瞬間。

 インターホンのやり取りも無しに玄関が突然開かれて、誰かが侵入してきた。

 

 

 誰かと言っても、こんな登場をする奴は一人しかいないのだが……

 

 

「結翔ー!! 大変だよ大変、変態だよ変態!」

 

「後半はよく分からなかったが、取り敢えず言いたい事がある。普通に、家に入って来いっ!!」

 

 

 不法侵入も良い所な登場をしたのは、俺とももこが通う学校──神浜市立大附属学校(かみはまいちりつだいがくふぞくがっこう)の高校二年生で先輩の由比(ゆい)鶴乃(つるの)

 服装は学校が休みだと分かっているのに、何故か制服だ。

 

 

 ももこと鶴乃は魔法少女であり、元チームメイトでもある。

 なので昔から交流があったのだが、鶴乃はいつもこうだ。

 どこからそんな力が出てくるのか分からないエネルギッシュで、ももこ以上にニコニコとした笑顔を絶やさない。

『自称・最強の魔法少女』にして、『自称・俺の姉』。

 自称の二段コンボである。

 

 

 ここまで聞くとアホの子にしか聞こえないが、これでも学年一位の優等生。

 サイドテールに纏めた明るい茶色の髪と、情熱の炎を幻視させる赤橙色の瞳。

 自称・最強の魔法少女だけあって日々の鍛錬は欠かしておらず、シュッとし細い体付きで、生身の身体能力もずば抜けて高い。

 

 

(…姉って言うのは、あながち間違ってないから何も言えないんだよな)

 

 

 常に『最強』であり続ける鶴乃は、俺以上に作り笑顔を貼り続けている。

 生来の優しく明るい性格故、その作り笑顔は簡単には見抜けない。

 

 

「…で、何が大変なんだ?」

 

「それがね! 学校で事件がね!!」

 

「もう知ってる。連絡は来てないから、魔女関連じゃないよ」

 

「違うんだよ! テレビ見てテレビ!」

 

「はぁ。ももこ」

 

「あいよ」

 

 

 鶴乃の言われるがまま、俺はももこにテレビをつけるように促しパンを齧る。

 おかずをつまみながら、テレビがつくのを待っていると……

 

 

『神浜市立大附属学校の高等部敷地内で起きた事件の続報が届きました。意識不明の状態で病院に運ばれた他校の生徒たちが、徐々に衰弱しているとのことです。事件現場の様子を、これから中継致します。────』

 

 

 …意識不明の状態で病院に運ばれた他校の生徒たちが、徐々に衰弱してる? 

 普通ならありえない…普通なら…ね。

 美味しく食べていた朝食が、急激に不味くなっていく。

 

 

 嫌な予感がする…物凄く嫌な予感がする。

 今すぐにスマホを投げ捨てたい気分になるが、街を守る為にも投げ捨てる訳にはいかない。

 万が一、億が一、兆が一にでも俺の身勝手な行動の所為で死者が出たら、俺はまた後悔する事になる。

 

 

「…ももこ、出かける予定はキャンセルだ。仕事が入る予感がする」

 

「アタシも、なーんか嫌な予感がする。これが魔女の仕業なら、早く片付けないと不味くなりそうだ」

 

「でしょ? そうでしょ? 早く学校に行こうよ! ふんふん!」

 

 

 鼻息荒く言う鶴乃が急かし、俺自身ももしもを感じてぱぱっと残りの朝食を食べ尽くす。

 食べ終わった食器を重ねようとしたその時、スマホから軽快な音楽が流れ始める。

 

 

「やっぱり、咲良さんからだ」

 

 

 電話帳登録されてる名前は「キュアブロッサム」。

 冗談で登録したが、咲良さんが気に入ってしまい戻せなくなった。

 友人に電話帳を見られて誤解されたのは言うまでもない。

 

 

『もしもし、藍川です』

 

『結翔君、今大丈夫? お仕事頼みたいんだけど…』

 

『今、丁度暇になったところです。…うちの学校の事件ですよね?』

 

『情報が早いね。うん、その件なんだ。多分だけど、魔女が関わってるかもしれないから、行ってくれるかな? 先に着いてる警察官の人たちには伝えておくから』

 

『…二人連れて行きたいんですけど、良いですか?』

 

『…………誰の事?』

 

 

 魔女から魔法少女を守る立場にある組織なので、あまり関係ない子を危険には巻き込まないようにしたいと思ってるのだろう。

 咲良さんは間を空けて、連れて行く人物を聞いてきた。

 

 

『ももこと鶴乃です。戦力的にも問題は無いし、危険だと思ったら撤退させるんで…』

 

『なんだ、ももこちゃんと鶴乃ちゃんか! 全然イイよ、二人なら安心だし』

 

『それじゃ、お願いします』

 

『分かったよ。そっちも気を付けてね?』

 

『了解です』

 

 

 出来るだけ言葉短く返事をし、電話を切った。

 事件に魔女が関わっている可能性が、今の電話で高くなった。

 すぐにでも、現場である学校に向かうべきだ。

 

 

「二人とも、すぐ出るぞ」

 

「りょーかいっ!!」

 

「任せな!!」

 

 

 そして、俺たちは学校に向けて動き出した。

 

 

 ──ももこ──

 

 結翔の家を出てから十五分、学校に到着した。

 パトカーが何台も並んでおり、既に捜査を開始していることが伺える。

 そんな中を、結翔はなんの躊躇もなく入っていき、ある一人の警察官と話し始めた。

 

 

 ちょこちょこと話している内容は聞こえてくるが、あまり上手くは聞き取れない。

 私が聞き耳を立てているのを分かっているのか、結翔はチラリとこちらを見やりテレパシーを送ってきた。

 

 

(聞き耳立てるな。変に疑われるだろ?)

 

(しょうがないだろ。私たちが聞けない内容だったら、後から聞くの面倒だし)

 

(それは、そうだけど…。取り敢えず、もうすぐ終わるからそれまで待っててくれ)

 

 

 そう言って、結翔は一方的にテレパシーを切った。

 全く……。

 気を使ってくれるのは嬉しいけど、今はそんな場合じゃないだろ。

 普段は善意って言葉が服着て歩いてるくらい善い奴なのに、何で時々狡賢いんだか。

 

 

 二面性とは言えないけど、アイツは裏と表の境界線が曖昧過ぎる。

 素なんだろうけど、偶に危うく見えてしまう。

『自称・ヒーロー』だったあの時よりはマシだけど、今でもその危うさは消えてない。

 全てを背負おうとする癖に、大切なものをポロポロ落としてはその所為で傷つく。

 

 

 鶴乃と同じで、頭も良いし、柔軟に物事を考えられるのに……

街を守る』ことが関係してくると、途端に頑固になってしまう。

 ……街と言うより、街に住む人を守ると言った方が正しいと思うが、本人曰く「俺は街を守ってる」とのこと。

 

 

「はぁ〜」

 

「どしたのももこ?」

 

「いや、変わんないなぁって」

 

「あー、なるほど! 分かるよ、分かる。ももこより付き合いが短いわたしでも分かる」

 

「最近は、背負い込んでないって思ってたんだけどね」

 

「…しょうがないんじゃないかな? あれは、結翔の後悔の現れなんだし」

 

 

 その後も少し、鶴乃と喋っていると、ようやく結翔が戻って来た。

 少しだけ雰囲気が暗いと感じるのは、多分勘違いではない…筈だ。

 

 

「何かあったのか?」

 

「被害にあった生徒の一人が魔法少女だった。…現場に急ぐ。もしかしたら、戦闘の残り香があるかもしれない」

 

「おっけー!」

 

 

 他校の生徒たちが倒れていたのは、校舎に入る手前にある花壇の近くだ。

 宿直担当の先生が最後に見回りしたのが午前三時。

 その時には、生徒の姿はなかった。

 だから、事件が起きたのは発見された午前六時までの三時間。

 

 

 今は午前八時半、もし三時の見回り後すぐに魔女に襲われたのなら、魔法少女が応戦したとして約五時間が経っている。

 残り香があるかは、実際の所分からない。

 無い可能性の方が高い……が。

 

 

 アイツならきっとこう言う。

 

 

「可能性は0%じゃない。だったらやる価値はある」

 

 

 その言葉は、諦めないと言う誓の言葉でもある。

 現場に着いて数秒もしない内に、第六感が異様に敏感な鶴乃が魔力の残り香を感じ取った。

 

 

「結翔!」

 

「でかした鶴乃! そのまま追えるか?」

 

「だいじょーぶ! この最強の由比鶴乃に任せてよ!」

 

 

 鶴乃の先導のもと、私たちは魔女の元へと動き出した。

 

 

 ──まさら──

 

 学校に行く途中、偶然見つけた魔女を倒すためこころと一緒に結界に入ったが……どうやら私は選択を間違えたらしい。

 手酷く傷を負ったこころは地面に座り込んでおり、意識が朦朧としているのか動くことが出来ないので、それを庇いながら戦う私も服の所々が切り裂かれ、血が垂れていた。

 

 

 魔女の容姿は、何時もながら不思議なものだ。

 四肢の腕に当たる部分の先端にある手は輪っかのようになっており、風を輪っかに送り込むことで泡を生み出し、泡に当たった者の心──魂を泡の中に取り込む。

 それ以外の四肢である脚に当たる部分と背中には、風を生み出す為のプロペラが付いており、泡が当たらないと分かると、プロペラを使って風の斬撃を撃ってきた。

 

 

 頭部には球状になっていて、泡に取り込んだ魂を保管し養分(エネルギー)を吸い取っているようだ。

 幾ら魔女を傷つけても回復したので、良く観察したらその事実が分かった。

 傷を与えると、取り込んだ魂から養分を吸い取り回復する。

 これが起こるサインは、頭部の発光。

 

 

 一秒にも満たない一瞬の発光が回復のサイン。

 回復に時間は必要無いし、回復の所為で行動に遅れが生じることも殆ど無い。

 

 

 はっきり言って、油断していた。

 自分たちは常に命を危険に晒していると言う事実を忘れていた。

 この、防戦一方の状況が何時まで続くか……

 

 

 姿を消して攻撃を叩き込みたいが、背後で動けなくなっているこころを襲われたら元も子もない。

 

 

「………………」

 

 

 風の斬撃をギリギリの所で受け流す。

 使い魔を出して来ないのは、出すのも惜しいほど養分の余裕が無いのか……

 それか、使い魔を出さなくても勝てるほどの余裕なのか……

 

 

 思考する余裕があるだけマシなのか、受け流すことは出来るので限界まで受け流す。

 こころが少しでも回復すれば、一旦引く事も出来る。

 今は耐えなくては……

 

 

「………………っ!?」

 

 

 目の前の魔女に集中しすぎていたのだろうか、包囲するかのように使い魔が姿を現した。

 ……さっきまで気配なんて一切なかった。

 どこから? 

 いや、そんな事を気にしている場合ではない。

 

 

 使い魔の容姿は、胴体以外の全てがプロペラ。

 私たちをジワジワと弱らせてから、養分として取り込む気らしい。

 ジリ貧……そんな言葉が思い浮かんだ。

 

 

 それと同時に、走馬燈と言うのを見た。

 あまりにも一瞬だったが、多くのものを見た。

 希薄だと思っていた私の人生は、案外多くのことが記憶に残る程濃いものだった。

 

 

(…驚いた。…私は今、死にたくないって思ってる)

 

 

 こころともっと一緒に居て、多くの事を学びたいし、色々な事を知りたい。

 ……そして、昨日会った彼の──藍川結翔の事をもっと多く知りたい。

 私を変えてくれるかもしれない、二人の存在が…私を生にしがみつかせる。

 

 

「悪いけど……諦められない理由が出来てしまったわ。これが、怒り…なのかしらね?」

 

 

 死んでたまるかと言う思いと、こころを傷付けるなと言う思いが、怒りの感情から来るものだとようやく分かった。

 また一つ、何かを理解出来た。

 やっぱり、こころは私に必要だ。

 友人としても、仲間としても。

 

 

 短剣を構え直し、周りを見やる。

 十……二十……三十……三十七体ね。

 無謀、そう言われても可笑しくないが、諦める気は毛頭ない。

 

 

 一定の間隔で間合いを詰めてくる使い魔たち。

 だが、それにズレがあることを、私は見抜いた。

 第一陣として仕掛けてくるのは四体。

 

 

 先行を取られるのは不味い、だから私は先に短剣を振ろうと一歩踏み出したが……

 第一陣として来ていた使い魔四体と、第二陣として来ようとしていた六体

 が、何故か内側から爆発したようにグロテスクな中身が飛び出した。

 

 

 内側から爆発……いや破壊されたのか? 

 絶体絶命と言っても良いピンチに──結翔は現れた。

 

 

「昨日ぶりだね、まさらちゃん」

 

「ええ、昨日ぶりね」

 

「…こころちゃんの傷、治しておいた。君のも治すから、ちょっと待ってね」

 

 

 そう言うと、彼の右の瞳が水色に輝いた。

 次の瞬間、私が負っていた筈の傷は綺麗さっぱり無くなっていた。

 まるで、最初から傷など付いていなかったかのように。

 

 

 私に背中を向けて魔女を睨む彼の姿は、ヒーローそのものだった。

 きっと、結翔は否定するだろうけれど、私は…そう思ったのだ。

 

 

 ──結翔──

 

 鶴乃のお陰で魔女の結界を見つけた俺たちは、結界の近くに来てようやく中に他の魔法少女が居ることに気付いた。

 人数は二人、どちらも魔力が弱々しいことから、消耗していることが分かる。

 

 

「結翔! 中の子たち、結構ヤバいぞ!?」

 

「だな…。鶴乃、ここからは俺が先行する。代わってくれ」

 

「ん。任せるね」

 

 

 魔法少女に変身して結界の中に入った瞬間、千里眼を使い魔女が何処にいるか探す。

 魔力のお陰で、だいだいの方角がわかるので、あとは絞って探るだけだ。

 右眼が水色に光り始めて十数秒、何とか魔女と戦っている魔法少女たちを発見。

 

 

「こころちゃんにまさらちゃん!? どうしてここに…。いいや、それより急がなくちゃ!」

 

「面倒な話は後回しだな」

 

「だね、ゴチャゴチャ考えるより、そっちの方がやり易いし!」

 

 

 魔法少女の身体能力をフルで活用し、最速でまさらちゃんやこころちゃんの元に向かう。

 使い魔の数は……三十七体か。

 破壊の魔眼で倒せるのは十体ぐらいが限界…だな。

 

 

 だったら……

 

 

「ももこ! 鶴乃! 使い魔を二人とも九体づつ倒してくれ!」

 

「そこそこ多いな…。まぁ、なんとかなるだろ!」

 

「最っ強な魔法少女、由比鶴乃にお任せあれー!」

 

(……破壊!)

 

 

 俺がそう強く念じると、ジリジリと彼女たちに迫っていた十体の使い魔を、内側から破壊した。

 グロテスクな中身が出てるが……今更だろう。

 もっとグロいのなんて腐るほど見てきた。

 

 

 ももこと鶴乃にも目視できる距離になってきたのだろう、それぞれ武器を構える。

 ももこが持っているのは巨大な剣…と言うか巨大な鉈だ。

 鶴乃が持っているのは先端に刃が仕込まれた二本の扇子。

 

 

 ももこの攻撃方法はシンプルで、巨大な鉈を振り回すこと。

 鶴乃は少し工夫があり、接近戦もするが、扇子に炎を纏わせてブーメランのように投げたりもする。

 

 

 ももこの魔法少女衣装は黄色と黄緑で構成されており、大胆な露出特徴。

 まぁ、元々魔法少女衣装は露出が凄いが……

 鶴乃の魔法少女衣装は中国の僧侶を思わせるものだ。

 

 

 因みに、遠目から見える二人の魔法少女衣装は、ももこに似て相当際どい。

 武器はまさらちゃんが短剣、こころちゃんが……あれはトンファー、いやパイルバンカーって呼ばれるやつか。

 初めて見るけど……なんか、男心をくすぐる武器だな。

 

 

 ちょっと欲しい──じゃなくて! 

 今は、魔女退治に集中! 

 まずは……こころちゃんの怪我を治す。

 着地する前に、生と死の魔眼でこころちゃんの怪我を治し。

 

 

 着地した瞬間にグリーフシードをソウルジェムに当てて、穢れを浄化する。

 その後は素早く、まさらちゃんの前に立つ。

 

 

「昨日ぶりだね、まさらちゃん」

 

「ええ、昨日ぶりね」

 

「…こころちゃんの傷、治しておいた。君のも治すから、ちょっと待ってね」

 

 

 また、生と死の魔眼を発動し、一瞬の内に怪我を治していく。

 治したら、魔女の方を向いて睨みつける。

 

 

「この街を──この街に住んでる人たちを泣かせるのは俺が許さない!」

 

 

 魔力でシンプルな西洋剣を編み、柄部分を右手で握る。

 もう片方の手には魔力で編んだ拳銃が握られている。

 魔法少女ではない時から愛用していた銃…グロック17。

 装弾数は複列弾倉による17+1発であり、使用銃弾は9x19mmパラベラム弾。

 

 

 普通の魔法少女なら、銃なんて複雑な物魔力で編むことは出来ないが、組織で色々と教えて貰った俺は、銃の構造を十二分に理解している。

 だから、作ることが出来る。

 魔力で編むため、弾数は切れたら生成すればいい為、実質無限。

 チートにも程があるが、俺が編むことの出来る銃はこれ一丁のみ。

 

 

 他のは無理だった。

 流石に、ライフルやマシンガンたちの構造を理解するのは無理だ。

 代わりに、剣の方は自由自在に変えられる。

 槍や鎌にする事だって出来る。

 ……やらないが。

 

 

 グロックに魔力でコーティングした特殊な弾を装填し、慣れた手つきでセーフティを外す。

 あとは、引き金を引くだけで勝手に弾が飛んでいくだろう。

 

 

「まずは、使い魔から! 鶴乃にももこ! 使い魔をこれ以上魔女の方に近付けさせないでくれ!」

 

「あいよ!」

 

「ちゃらぁー!」

 

 

 ももこは言葉で、鶴乃は行動で任せろと言った。

 だったら、背中は任せて正面の奴らだけを倒す。

 未来視の魔眼を発動し、これから起こる未来を視る。

 そして、視た情報を元に、的確に一発づつ使い魔に弾丸を撃ち込んでいく。

 

 

 使い魔たちはそれを避けられず、呆気なく被弾する。

 すると、一体づつ違う倒され方をしていく。

 一体は内側から燃え尽き、また一体は膨れに脹れて破裂し中から水が出てくる。

 違う一体は内側から木の枝が飛び出し、体中を縛り上げて潰した。

 

 

 他にも、色々な倒され方をしていくが、見ている余裕はない。

 すぐに片付ける為に、本気の一撃を叩き込む。

 直死の魔眼、未来視の魔眼、千里眼を同時に使用する。

 

 

 直死の魔眼と千里眼で死の線と呼ばれる、斬られたら確実に死ぬ線がどこにあるか探し、未来視の魔眼で次の行動を視て、一番斬りやすい線を絞り込む。

 

 

(胴体の真ん中から、右腕にある輪っかまでが一番良いな…)

 

 

 距離を即座に詰めて、右手に持っている西洋剣を死の線に沿わせるように滑らせた。

 最後は、駄目押しに胴体の真ん中に残った銃弾をフルオートで発射。

 魔女はうめき声と言うなの断末魔を上げて消えていった。

 

 

「────────!!!」

 

「これで良し」

 

 

 魔女が消えると、結界も消える。

 使い魔たちも、ももこと鶴乃が倒していたのか残って居ない。

 全員が変身を解くと、こころちゃんが俺の方に来た。

 様子から察するとお礼だろう。

 

 

「あ、あの、ありがとうございました! 助けて貰った上にグリーフシードまで……」

 

「良いよ良いよ。残ったの、まさらちゃんにもあげて?」

 

「はいっ!」

 

 

 うん、良い笑顔だ。

 安心して、安心しきって、喜んでいる人の笑顔。

 この笑顔が見たくて、まだ人助けを続けているのかもしれない。

 …そうして、俺が微笑んでいると、小さな力でグイグイと上着の袖を引っ張られた。

 

 

 まさらちゃんだ。

 

 

「…ありがとう。貴方たちのお陰で助かったわ」

 

「その感じで、魔眼のことも諦めてくれると嬉しいんだけどなぁ?」

 

「それとこれとは話が別。魔眼の他にも聞きたいことがあるから、今後も貴方とは会うつもりよ」

 

「…………しょうがない。じゃあ、条件付きで教えても良い」

 

「…本当かしら?」

 

「勿論」

 

 

 俺の条件付き教えると言う言葉を聞いて、ももこと鶴乃がテレパシーを飛ばして来た。

 結構な食い気味で…。

 

 

(おい、結翔! そんなに簡単に教えて良いのかよ!!)

 

(わたしも、お姉ちゃんとしてどうかと思うよ! ふんふん!)

 

(いや、歳頃の女の子だったら絶対出来ない事だらからさ。大丈夫大丈夫)

 

 

 大丈夫、俺はそう思っていた。

 こころちゃんと同じく、安心しきっていた。

 …その安心を、簡単に打ち砕かれることになるとは、未来の俺以外知らなかっただろう。

 

 

「条件は……俺と一緒に暮らすこと。俺の家、広いんだけど一人暮らしでさ、結構寂しいんだ。だから、俺と一緒に暮らしていいって言うなら良いよ? 勿論、こころちゃんもね?」

 

「へっ? えっ、え〜〜〜〜!?」

 

「私は構わないわ」

 

 

 片方は即答される事が分かっていたが、もう片方であるこころちゃんが驚き動揺することは分かりきっていた。

 ふふふ、ふはははは! 

 よし、俺の勝ちだ。

 汚い手ではあるが、誰にだって話したくない事がある。

 

 

 ……まぁ、もし話す事になっても、発現した背景を語る必要は無い。

 語るとすれば、俺と彼女たちがもう少し親しくなってからだ。

 

 

「…残念。まさらちゃんは良くても、こころちゃんは無理みたいだね。悪いけど、魔眼の話はこれでお終い──」

 

「…分かりました。私も一緒に住みます! まさらと藍川さんを二人きりにするのは、色々と不味い気がするので!!」

 

「………………うっそぉん」

 

 

 …滅茶苦茶情けない声が出たな。

 こうして、俺と二人の唐突な同居生活が始まった。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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四話「疑問は時に残酷で」

 鶴乃「前回までの『無少魔少』。わたしたちの通ってる学校で起こった集団昏睡事件!何と!それには魔女が関わっていたんだよ!」

 結翔「その時、丁度よくその場に居合わせた鶴乃やももこに力を貸してもらい、事故現場の調査や魔女退治したな」

 ももこ「まさか、結界内にまさらちゃんやこころちゃんが居たのは、完全に予想外だったけどね」

 鶴乃「何とか二人を助けて、魔女を討伐した結翔だが、まさらにまたも迫られてしまう」

 結翔「絶対に大丈夫だと信じていた案は、こころちゃんの無謀とも言える勇気の一歩で粉砕」

 ももこ「なし崩し的に始まってしまった同居はどうなのか?四話をどうぞ!」



 ──結翔──

 

 いきなり始まった同居生活も一週間が経った。

 なんでも、一週間も過ごせば慣れるもので、二人は自分の家のように寛げている。

 流石に、下着姿で彷徨くと言った行動はなかった──訳ではなく。

 まさらが普通にやらした。

 

 

 …まさらちゃんの事をまさらと呼んでいるのは、そう呼んで欲しいと言われたからだ。

 こころちゃんはこころちゃんのままだが…。

 

 

 話を戻すが、まさらには色々なものが欠如しているのか、風呂上がりに堂々と下着姿で現れた。

 この行動には、こころちゃんも心底驚いていたようで、俺が注視する前に目を突いてある意味事なきを得た……いや、俺自身は事大ありだったけどね。

 

 

 幾ら、魔眼のお陰で治癒が早いとは言え、痛いものは痛い。

 

 

 それ以外にも、色々な事件が起こったが──それは隅に置いておこう。

 今日は、二人に魔眼の話をするのだ。

 出来るなら、ギリギリまで粘りたかったが無理そうなので諦めた。

 親しくなってから話した方が、色々と信じてもらいやすい。

 

 

 理由は幾つか有ったが、まさらとの約束を反故にする訳にはいかないし……それに、これ以上夜中に夜這い紛いの事をされるのは御免だ。

 お陰で、少なかった睡眠時間がゴリゴリと削られた。

 

 

 時刻は夜の九時過ぎ、リビングにある二人がけのソファに座る、パジャマ姿のまさらとこころちゃん。

 どちらも髪を下ろしているので若干雰囲気が違う。

 二人とも、少し大人っぽく見える。

 

 

 髪の長さでこうも変わるのか…と一人驚いていた。

 

 

「さて、魔眼についてだけど……どこから話そうか。…最初から最後まで、全部聞きたいよな?」

 

「ええ、一から十まで聞きたいわ」

 

「私も、出来るなら全部聞きたいです」

 

「そっかぁ。…じゃあ、一から話すよ? 時間かかるから眠くなってきたら言って。コーヒー淹れるから」

 

 

 コホン、と咳払いを一つすると、俺は話し出す。

 魔眼に纏わる諸々の事を、順を追って…。

 

 

「魔眼、それは悪魔との契約によって真の力を解放できる異能力。基本的には、家系の遺伝で魔眼が目覚める。魔眼の能力は十人十色、『○○の魔眼』って感じで能力に応じて○○に入る言葉が違う。千里眼や一部の魔眼以外はそうやって名前が決められている」

 

「…十人十色と言ったけど、具体的にどれくらいの魔眼があるの?」

 

「うーん。それはちょっと分からないな。俺の家系にある魔眼だけでも数十種類、微妙なのもあるけど全部魔眼だ」

 

 

 本当に凄い魔眼は、あらゆる物体を曲げられたり、因果を視たり、はたまた事象の上書きが出来たり。

 因みに、微妙な魔眼は、ただ透視が出来るだけだったり、鍵を開けるだけだったりなものも。

 

 

「…話を戻すけど、魔眼は基本的には魔力が無いと使えない。魔力がないものが使おうとすれば、脳に多大な負担をかけることになる。俺自身、魔法少女になる前は魔力がこれっぽっちもない体質みたいでさ、使うのに苦労したよ。酷い時は、使い過ぎで鼻血が出たりしたし」

 

「扱いが難しいんですね…。私だったら、怖くて使えないや…」

 

「逆に、使い方さえマスターしてしまえば、使い勝手の良い能力ね」

 

 

 二人の意見は最もで、慣れる前までは難しいが、慣れたらただの使い勝手の良い能力。

 

 

「最後に、契約についてだけど。俺は契約してない。本当なら、十歳の時に悪魔が契約するか聞きに現れるんだけど、何故か現れなくて。今の俺の魔眼は、レベル的にフェーズ1って所かな」

 

「真の力を発揮していなくても、この前の強さ……。最強の『()()()()』を自称していただけあるわ」

 

「ちょ、ちょっと! まさら!?」

 

 

 ヒーロー……ね。

 誰が言ったんだ? 

 まっ、大方予想はつく。

 みたま先輩で、間違いはないだろう。

 何で喋ったのか分からないが、これ以上の事を喋る気はない。

 

 

「…取り敢えず。魔眼については以上だ。俺が持ってる魔眼については、使ってる時にその都度教えるよ」

 

「…まだ一つ、聞きたいことがあるの。良いかしら?」

 

「別に大丈夫だ。答えられる範囲で答えるよ」

 

 

 出来るだけ逃げやすい道を作る。

 話したくない事を聞かれた時、こうやって道を作っておけば簡単に逃げられる。

 ……我ながら、なんともカッコ悪い技術だ。

 

 

 俺の言葉を聞いたまさらは、ピクリと少しだけを眉を動かしたが、それ以上は特に反応せず質問してきた。

 

 

「何故、作り笑顔なんて貼り付けているのかしら?」

 

 

 思いもよらない所から飛んできた質問。

 内容が内容だったので、俺自身、鈍器で後頭部を叩かれたかのような感覚だった。

 

 

 ──まさら──

 

 魔眼の説明を聞いた事で、私の疑問は一つ減った。

 残る二つの内、一つは完璧な返答が返ってくるとは考えずらい。

 何せ、結翔自身が知らないor分かってない可能性があるからだ。

 だったら、もう一つの疑問を投げかけるべきだろう。

 

 

 ……だから私は、もう一つの疑問を質問として投げかけた。

 

 

「何故、作り笑顔なんて貼り付けているのかしら?」

 

「……………………」

 

 

 驚いているのか、返答は帰ってこない。

 …もしかしたら、もう少し慎重になるべきだったのかしら。

 過ぎた事は仕方ない、過去は変えることなど出来ないのだから、今後の行動をどうするべきか考えるのが先決だ。

 

 

「…答えられないものだった?」

 

「いや…そんな事はない。…ただ、少し驚いててな。バレてないと思ってたもんだから」

 

「こころも、分かってたんじゃない?」

 

「それは…その……」

 

 

 この子も良く、作り笑顔を浮かべる。

 無意味だと言うのに、何故そんな事をするのか私は理解出来ない。

 だって、それをしてなんの意味があるの? 

 他人に媚びを売るような行為は必要な時もあるけれど、何時も作り笑顔を貼り付けている意味は皆無だ。

 

 

「癖だよ。どんな時も笑顔で居た方が、助けられた側は安心するだろ? 笑えない時でも笑う。笑って、嫌なことを吹き飛ばす。案外、理にかなってると思うぞ」

 

「そうかもね。だけど、それはただの現実逃避の延長に過ぎないわ。…私やこころを助けてくれた時に見せてくれた顔の方が、余っ程良いものだったと思う」

 

「まさら!!」

 

 

 大きな怒鳴り声がリビングに響く。

 あまり、気分の良い話ではなかったと思うが、まさかこころにまで負担をかけていたなんて…。

 やり過ぎてしまったのかしら? 

 気の利いた話し方なんて知らない私は、思った事をストレートに伝えてしまう。

 

 

 私の話し方は、誰かを傷つけるものだと、久方振りに思い出した。

 

 

「今日はもう休むわ。お休みなさい」

 

「…すいません、私も休みます。お休みなさい」

 

「うん、二人ともお休み」

 

 

 好奇心は猫を殺す…だったか。

 ことわざや四字熟語はよく出来ているものだと、改めて思い知る。

 私たちの部屋は、結翔と母親が使っていた部屋らしい。

 結翔の自室の三メートルほど手前にある部屋だ。

 

 

 隣にある部屋だからこそ分かるが、この夜、彼が部屋に上がって来たのは夜中の一時過ぎだった。

 

 

 ──結翔──

 

 まさらやこころちゃんが上に行ってから十分程。

 俺は、少しぼーっとしながら、テレビの脇に置いてあるタロットカードを手に取った。

 そのタロットカードに過去の仲間を重ねて、震えた声を零す。

 

 

「…メル…かなえ、俺の作り笑顔ってそんなにわかり易いか?」

 

 

 返ってくる筈のない問は、静かにリビングに響いた。

 …もしメルやかなえが生きていたら、心配して同じ事を言っただろうか? 

 それとも、まさらと同じく呆気らかんと言ったのだろうか? 

 

 

 だが、幾ら考えてもIF(もし)IF(もし)

 現実にもしもの世界なんて、在りはしないのだ。

 

 

 俺はその日、珍しく占いをして、ピアノを弾いたが……気晴らしにしかならず、結局はあまり寝られなかった。

 

 

 思い描く偶像で理想(ヒーロー)は、遠く離れているような気がして、それが無性に悲しかった。

 

 

 




 主人公プロフィール

 名前:藍川 結翔
 性別:男性
 外見:身長は170前半で、赤褐色の眼、本人は普通だと言っているが中々のイケメンである。髪は黒。
 誕生日:2月3日
 血液型:B型
 星座:水瓶座
 好き:魔法少女仲間、ミルクティー、占い
 嫌い:無力な自分、
 趣味:読書、料理
 特技:ピアノ  
 出身地:神浜市
 学校:神浜市立大附属学校
 年齢/学年:15歳/高校1年生


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五話「藍川家の距離」

 まさら「前回までの『無少魔少』。私が色々と質問して、ざっくりだけど、結翔から魔眼の説明やらをして貰ったわね」

 こころ「魔眼の能力自体は、完璧には把握してないけど。凄いやつばっかりだよね」

 結翔「俺からしたら、まさらやこころちゃんに笑顔の事バレた方が印象に残ってるよ」

 まさら「あれは、貴方が分かり易いから悪いのよ」

 こころ「……ノーコメントで」

 結翔「う〜〜〜!!もう良いよ!それじゃあ、五話をどうぞ!」


 ※一月二十七日に一部改稿しました



 ──ももこ──

 

 結翔の家でこころちゃんやまさらちゃんとの同居が始まって二週間の時が経った。

 最近は、「そこそこ上手くやれてる」と本人は言っているが、目の下に隈を作っている所を見ると、本日は寝不足らしい。

 いや、偶に登校途中に隈を良く見る事から、睡眠事情はよろしくないみたいだ。

 

 

 何せ、私やかえで、レナが何か言っても反応が薄い。

 

 

「──って思うんだけど、ユート君はどう思う?」

 

「…………悪い、ぼーっとしてて聞いてなかったは。何の話だ?」

 

「アンタ、最近ちゃんと寝てんの?」

 

「だな。今日の隈は特に凄いぞ」

 

 

 最初に結翔に話題を振ったのが中等部二年の秋野(あきの)かえで、小さく両サイドで二つ結びにした紅葉色の髪に、柿色の瞳をしている、パッと見気弱そうな魔法少女。

 その解釈に間違いわななく、怖がりで心配症だ。

 だが、優しく仲間思いで、アタシやレナと言ったチームのメンバーのためには、困難にも立ち向かって行く勇気があったりする。

 

 

 次に、続くように呆れた言葉を吐いたのが中等部三年の水波(みなみ)レナ、ツーサイドアップに整えたみ空色の髪に、アクアブルーの瞳をしている、パッと見勝気そうな魔法少女。

 その解釈は、親しくなるまでの誤解であり、本当は自信のなさを隠しているだけ。

 不器用なだけで、仲間のアタシたちの事をしっかりと見てくれて、思いやってくれる。

 

 

 そんな二人にとって、結翔は兄のような存在であり、遠慮なく寄りかかれる友人や良き相談相手。

 だからこそ、二人が心配するのは当たり前だし、アタシだって心配する。

 

 

「昨日は何やってたの?」

 

「……あー、休みだったから、まだ揃ってなこころちゃんとまさらの日用品買いに行って、丁度いいからと思って外で昼を食った。…で、帰りに何故か突然現れた魔女を倒して、次いでに変質者もとっ捕まえた」

 

 

 ……あれ? 

 アタシの勘違いか? 

 途中までは、普通だったのに後半が少し可笑しかった気がする。

 いや、後半と言うより最後のやつだ。

 魔女の次いでに変質者って……なんで、そこで変質者が出てくるんだよ!? 

 

 

「…のは良いんだけど、報告書作るの頼まれて、作って事務所に持ってったら書類整理の仕事も追加されちゃってさ……。帰って来たのが夜の十二時過ぎで、ご飯食って勉強してたら寝るの三時過ぎだった」

 

「レナ、色々ツッコミたいけど面倒臭くなってきた…」

 

「大丈夫だレナ…私も同じ気分だよ」

 

「私も、何だかいつも通りだけど、流石に頑張り過ぎだと思うよ?」

 

 

 三人中二人が揃って頭を痛そうに抱える中、残る一人であるかえでは心配そうな瞳で結翔を見つめた。

 身長の関係的に、かえでは下から見上げる形で結翔を心配そうな顔を見せる。

 妹のような存在から受ける心配そうな上目遣いは、存外答えるらしく、結翔は苦笑いしながら呟くようにこう言った。

 

 

「平気平気、ここ一年は風邪ひいてないし。幾ら不健康体になっても、風邪なんてひかないさ!」

 

 

 ……フラグだと、その場の全員が思ったし、それが当たると私はなんとなく信じていた。

 まぁ、翌日になると結翔は、予想通り三十八度越えの風邪で休んだが…。

 

 

 ──結翔──

 

 …体がだるい。

 頭は痛いし、喉はイガイガするし、体中熱いし。

 風邪の三拍子が揃ったような体調。

 鉛のように思い体の所為で、まともにベットから起き上がれず。

 こころちゃんが起こしに来てくれるまで、ひたすらに呻いているしかなかった。

 

 

「三十八度七分。完璧に風邪ですね。学校にはお休みの連絡入れておきます」

 

「ゴホッゴボッ! …助かるよ。…ああ、あとは俺の部屋あんま入んないで。風邪、移すと悪いから」

 

「嫌です。だって、中に入らなかったら看病できないじゃないですか?」

 

 

 もしかして、こころちゃんも休む気か? 

 幾ら同居してるからと言って、まだ他人も良い所だ。

 俺自身、出来るだけ家族と接しているような雰囲気で振舞っているが、彼女達がどうかは分からない。

 程度によるが、魔眼が有れば一日も経たずに熱は下がる。

 

 

 生と死の魔眼…他者に生命力を分け与え、使用者から死を奪う。

 文字通り、他者の傷を生命力を与えることで癒し、自分の体の自然治癒能力を格段に上げる事が出来る。

 契約してないフェーズ1の状態でも、即死レベルの怪我でなければ治すことは可能だし、俺自身も即死級の怪我を負わなければ死なない。

 

 

 因みに、この魔眼は自分のソウルジェムの穢れを浄化出来た。

 理由に不明点は多いが、体の自然治癒の中に含まれているのか、はたまた、魔眼の発動条件的には他者なのだろう。

 ……今はそんな事どうでもいい。

 兎に角、俺の風邪はすぐに下がるので、こころちゃんやまさらを休ませる訳にはいかない。

 

 

 …まさらが休むかは知らないが。

 

 

「こころちゃん…大丈夫だから。テキトーにご飯でも置いといてくれれば、それ勝手に食って薬飲んで寝とくし」

 

「ダメです! 私たちは今や家族同然ですから。助け合うのは当然ですし必然です!」

 

「………それじゃ、お言葉に甘えようかな。看病、お願いしてもいい?」

 

 

 こころちゃんは案外頑固だと言う事が分かった。

 それに、こころちゃんの想いも。

 良かった、気持ち悪がられてはなかったみたいだ。

 

 

「はい! 喜んで!」

 

 

 気持ちのいい笑顔で返したこころちゃんは、足早に部屋を出て下に降りて行った。

 すると、五分もしない内に階段を上がってくるスリッパの音が聞こえた。

 何か聞き忘れた事でもあったのだろうか、意識が薄いのであまりしっかりと返せるか分からないが、そこら辺は我慢してもらおう。

 

 

 ガチャリとドアを開けて……まさらが中に入って来た。

 …見当違いだったらしい、まぁ…まさらなら問題ない。

 

 

「風邪らしいわね。症状は?」

 

「頭痛、喉の痛み、体のだるさ…かな。…ゴホッゴホッ!」

 

「…そう。私も学校を休むわ。丁度、掃除と洗濯の当番は私だし。貴方には世話になっているしね」

 

「………………」

 

「鳩が豆鉄砲食らったような顔ね。何か可笑しかった?」

 

「いや…別に」

 

 

 以外、そう思ったのは胸の内に秘めておいた方がいい。

 失礼に当たるだろうし、それに────

 

 

(今言うんじゃなくて、ちゃんと元気になってからの方がいいだろうしな…)

 

 

 その後のことはあまりしっかりとは覚えていない。

 少し覚えている事と言えば、こころちゃんにご飯を食べさせてもらったことぐらいだ。

 

 

 ──こころ──

 

 結翔さんに朝ごはん兼昼ごはんを食べさせて一時間ほど。

 私は一人、結翔さんの部屋で、机の椅子をベットの近くに移動させて、彼の看病をしていた。

 おでこにある濡れタオルが乾いたら、桶の水で濡らしてまたおでこに戻す。

 

 

 汗を拭くのは、少し恥ずかしくて出来ずにいたが……結翔さんの寝顔は苦しそうだ。

 服が汗でベトベトの所為…なのかな? 

 羞恥心より、汗を拭いて上げたいと言う良心が勝り。

 私は、汗拭き用に持ってきていたタオルを手に取った。

 

 

「ご…ごめんなさい」

 

 

 出来るだけ優しく丁寧な手付きで、寝間着の上を脱がし、タオルで拭いていく。

 体の方は見ないようにしていたつもりだったが、偶然にも私は見てしまった。

 いや違う、嫌でも目に入ってしまうほど、大きな傷があったのだ。

 

 

 胸、腕、腹、背中。

 普段見れている、顔や手首や手のひらの辺りに傷はないが、そこ以外の殆どの場所に傷があった。

 胸にある大きい傷が一番目に付くが、それ以上にも大小様々な傷が視界一杯に入ってくる。

 

 

 …生と死の魔眼のお陰で怪我を負っても治ると言っていたが、これはもしかて……

 

 

「生と死の魔眼に目覚める前に、出来た傷…ってこと?」

 

 

 結翔さんによると、魔眼が目覚める時期はてんでバラバラだったらしい。

 確か…強い感情の波が、魔眼を目覚めさせる(キー)になるとか……

 ……いや、今はそれより看病が先! 

 私は、結翔さんの体が冷えてしまわぬように、さっさと汗を拭いて新しい上着を着せた。

 

 

 …下の方は……流石に手を出せなかったので放置せざるを得なかった。

 だって、一応家族のような存在であろうとも、下の方を見るのは……その……ええと……あまりよろしくない事なんじゃないかと思ったからだ。

 

 

 少し時間が流れて、時刻は二時過ぎ。

 朝ごはん兼昼ごはんのお粥を食べさせてから約四時間の時が経った。

 看病はどちらかと言うとされる側だった私は、疲れの所為かウトウトとし始めていたが気合で耐えていた。

 

 

 どうしてか、眠ってはいけない気がしたからだ。

 そして、私の勘は見事に当たって見せた。

 

 

 結翔さんが魘され始めたのだ。

 汗を拭いたあとからは、気持ち良さそうに眠っていたのに。

 突然、呼吸が荒くなり、汗がぶわっ吹き出している。

 …最後に、小さい声で何か言っていた。

 

 

 何かして欲しい事があるのかもしれない。

 そう思って、息が当たる距離まで顔を近付けて耳を澄ませた。

 

 

 ボソボソ声だったのが、次第に鮮明になり……ようやくしっかりと聞こえた時、私の耳は名前のような単語を聞き取ることに成功した。

 

 

「……メル……かなえ……ごめん。……ごめんなさい」

 

 

 弱々しく、それでいて悲しそうに、彼は──結翔さんは誰かに謝っている。

 体の傷と言い、今の発言と言い。

 藍川結翔と言う人間には、踏んではいけない地雷が道端の小石のように転がっている。

 

 

 踏むなと言う方が無理だと思うレベルで、結翔さんの地雷──もとい心の傷は多い。

 

 

 …それが、自分のことのように辛くて…苦しくて…。

 必死に手を握り締めた。

 家族のように接してくれる結翔さんに、私は惹かれていく。

 温かさが嬉しくて、家族と似ているのに違くて……

 …彼が作り笑顔を貼り続ける理由が知りたくなった……だからまさらの質問を止めなかった。

 まぁ、最後には言葉のキツさから止めてしまったが…。

 

 

 それでも、もっと…もっと、藍川結翔と言う人間を知りたくなった

 

 

 だから────

 

 

「…もっと親しくなれたら、その傷についても教えて下さいね?」

 

 

 そう言って、眠っている彼の手を握り続けた。

 手を握ってから、ほんの少しだけ。

 顔が柔らかくなったのは気の所為じゃないだろう。

 

 

 そして、私は自然と瞼を下ろした。

 

 

 ──結翔──

 

 目が覚めると、夕暮れ時。

 外ではカーカーとカラスが鳴いている。

 意識が薄ぼんやりとするが、朝よりかは体が楽になったことぐらいは分かった。

 それと、自分の左手がこころちゃんに握られるいる事も、何となくだが分かる。

 

 

 …過去のトラウマとも言っていい夢を見ていた。

 だから、多分魘されていたのだろう。

 それを見て、心配してくれたのだろうか? 

 

 

 確定ではないし、理由は定かではないが……

 

 

(そうだったら、なんか嬉しいな…)

 

 

 縮まる距離が嬉しくて、だからこそ怖くなる。

 魔法少女は命懸けの戦いを日常的に強いられる。

 最も、それは奇跡の対価故、しょうがないと言えばしょうがないが……

 キュウべえのやり方は詐欺に近い。

 

 

 感情がないからこそ出来る芸当だ。

 感情が在れば、どこかに綻びが生じる。

 

 

(守らないと…)

 

 

 自分の手が届く全ての人を。

 自分が落とさないで居られる限界まで守り抜く。

 英雄(ヒーロー)でもなく、偽善者(フェイカー)でもないが、やらなくちゃいけない。

 二度となにも失いたくないと願うなら。

 

 

 でも、その覚悟を固めるより前に、やるべき事がある。

 それは──

 

 

「ありがとね、こころちゃん…とまさら」

 

 

 お礼だ。

 

 

 父曰く「これが出来ない奴は永遠に半人前だ」とのこと。

 …まぁ、出来た所で未だに半人前なのだが……

 

 

 取り敢えず、それは良いだろう。

 問題は別にある……とても悲しい問題が一つ。

 

 

「…こころちゃん、手……離して」

 

 

 素の状態でも存外握力が強いのか、グッと握り締めてる所為で中々離れてくれない。

 強く動かすとこころちゃんを起こしてしまうので何も出来ない…。

 

 

 結局、ももこやレナ、かえでたちが見舞いに来るまでの十数分、このままでいたのは言うまでもない筈だ。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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六話「垣間見える過去」

 こころ「前回までの『無少魔少』。結翔さんが熱を引いて、私とまさらで看病をしました!」

 まさら「結翔は寝言で何か言っていたり、体中に傷があったりと、過去が掘り下げられないと、分からないことばかりだったわね」

 結翔「今回のお話は風邪を引いてから約一週間後。遂に、俺の師匠であるあの人が登場!」

 鶴乃「わたしのししょーでもあるんだよ!ふんふん!」

 まさら&こころ「過去が少しだけ掘り下げられるかもしれない、六話をどうぞ」




 ──結翔──

 魔法少女に隠された秘密。

 それを知る者は、この世界に多くは居ないだろう。

 現に、俺自身も約一年前の事件まで知らなかったのだから。

 

 

 知って良かったと思える真実、知って後悔する真実。

 この二つに魔法少女の隠された真実を分類するなら、間違いなく後者だ。

 だが、先程も言っただろうが、多くの者は真実を知らない。

 

 

 多くの魔法少女は女学生である為、今日も今日とて青春謳歌している。

 極小数の人間は違うが……

 

 

「……で? 何で居るんですか?」

 

「貴方に話があったからに決まってるじゃない」

 

「…ですよね。待ってて下さい、お茶でも出すんで」

 

 

 七海(ななみ)やちよさん。

 ももこ曰く、「強いくせに反則じみて細い手足をしている」、「髪は絹のようだし肌は水をも弾く赤ちゃん大魔王」……らしい。

 確かに藍色に近い青墨色の髪は絹のように触り心地が良かったし、肌も年齢を感じさせない潤い肌。

 瞳は碧く、知的な雰囲気を醸し出している。

 

 

 モデルをやっている事もあり、ラインは細く、お年頃の女の子の理想像のようだ。

 ……胸は別だ──

 

 

「結翔? 何か失礼な事考えなかった?」

 

「いえ、何も」

 

 

 やばいな、付き合いが長い所為か、考えを読まれてる。

 変な事を考えるのはよそう。

 思考を断ち切り、俺は手早くお盆にお茶とお茶菓子を載っけてテーブルまで持って行く。

 

 

「ありがとね。お茶菓子まで」

 

「色々と世話になりましたから。これくらい」

 

「…そう。調子はどう? …ももこの方も」

 

「良い方…だと思いますよ。あの頃に比べれば」

 

 

 事件当時に比べれば、俺の調子はすこぶる良くなってる筈だ。

 まぁ、事件前に比べればまだまだかもしれないが……

 

 

「ならいいは。今回、私がここに来たのは──」

 

の件ですね?」

 

「話が通じて助かるわ。その後どう? 何か分かったかしら?」

 

「咲良さんも全力で調べてくれてますけど、やちよさんと内容は変わらないみたいです」

 

「……仕方がない…のかしら」

 

 

 そんな事は無い。

 言いたい言葉は喉元で止まり、外に出ることは無かった。

 慰めの言葉は無用だと、彼女の発する空気が──雰囲気が言っていたから。

 

 

「こればかりは、本格的に事が始まるまで待つしかないですよ」

 

「思ったより、早く話が済んでしまったわね。…それじゃあ、あと一つ聞いていい?」

 

「俺が答えられる範囲なら」

 

 

 そう言うと、俺はどんな質問が来るか構えながら、お茶の入ったコップを手に取り口に含んだ。

 アツアツのお茶が口の中を満たし、暖かさが体に広がる為に喉から落ちようとした瞬間、やちよさんの口から思わぬ質問が飛び出した。

 

 

「みたまから、他の魔法少女と同棲してると聞いたけど。それは本当?」

 

「ブフゥ!?」

 

 

 …次いでに、俺の口からはお茶が飛び出した。

 運良く、やちよさんにかからずに済んだが、テーブルはビチョビチョだ。

 ボクシングやってたら、審判からボディーブロー受けたみたいな衝撃がある。

 やったことないけど、ボクシング。

 

 

「本当だって言ったら?」

 

「取り敢えず通報するわ」

 

「同業者に捕まっちゃう?!」

 

「……冗談よ。通報する前に私が処分する」

 

「もっと酷くなったんですけど!?」

 

 

 クスクスと笑う事からここまでの全てが冗談だと分かるが、目は全く持って笑ってなかった。

 上辺だけの笑顔は簡単には剥がれない。

 それに加えて、最近あまり笑わなくなった人が、笑っていたら誰でも不気味に思うだろう? 

 それと同じ現象が起きているのだ。

 

 

 俺自身のタイミングが悪いのか何なのか、最近めっきり笑ったところを見ていなかったので、余計恐ろしく感じる。

 本当の事を言ったら死ぬし、本当の事を言わなくても死ぬ。

 

 

(…あれ? よく考えたら。二つに一つの選択肢どころか、二つとも結果が同じじゃないか?)

 

 

 将棋だったら王手、チェスだったらチェックのように。

 完全なる詰みが目の前まで迫っていた。

 ……だが、俺だって馬鹿じゃない。

 こうなった時用に、リビングには二人の私物を目立つ所に置かせてないし、言い訳だって考えてある。

 

 

 やちよさん! 

 残念だったけど、今回は俺の勝ち──

 

 

「ただいま帰りましたー!」

 

「ただいま」

 

 

 玄関のドアが開く音と同時に、ただいまの声(死の宣告)が沈黙の所為で静まり返っていたリビングにまで響いた。

 あっ、やちよさんの瞳からハイライトが消えた……

 

 

 そりゃあ……怒られたよね、こってり一時間くらい。

 最初は弁護しようとしていたこころちゃんも、俺への怒りのボルテージが天元突破したやちよさんに適う筈もなく。

 最終的にまさらの一言で救われた。

 

 

「条件を飲んだのは私たち。貴女にとやかく言われる筋合いはないわ」

 

 

 少し攻撃的だった気がするが、やちよさんもそれが正論だと気付き、諦めたようにため息を吐いていた。

 その日、出会ってから初めて、まさらに本気で感謝した気がする。

 

 

 ──やちよ──

 

 説教は加賀見さんの一言で幕を閉じ、私と結翔は藍川家を出て外を歩きながら話している。

 特に意味のない、たわいない話をした。

 久しぶりの無駄話、話題は尽きなかった。

 

 

 ポイントカードのポイントが溜まりに溜まって、そろそろ使わないと不味いのに、何故か勿体なくて使えない話。

 大学の講義中に、教授(三十代の女性)が資料室に引っ込んだと思ったら、JKのコスプレをして出てきた話。

 それ以外にも、壊れた蛇口のように話題は出てくる。

 

 

 そして、いつの間にか、私が祖父母から譲り受けた屋敷であり、私自身住んいでる「みかづき荘」に到着した。

 何時もならここで別れるだろうが、その日はそこで結翔を帰そうとは思えずにいる自分が居て……玄関の前で足が止まる。

 

 

「まだ…持っている?」

 

「ソウルジェムとグリーフシードですか?」

 

「ええ。それ以外ないでしょ?」

 

「…しっかり持ってますよ」

 

「ソウルジェムは魂そのものであり、それが入った最高級の器。私たちに魔法少女にとって、心臓──核とも呼ぶべき存在。…色を失ったソウルジェムに、価値なんてないのよ?」

 

 

 私の言葉に、結翔は黙り込む。

 言いたかった言葉は口から出てこず、絶望に突き落とすような言葉が吐き出た。

 違う……違うの……私が言いたいことは……

 

 

「…それでも…それでも、これはアイツが生きてた証です。グリーフシードも同じ。だから、価値はあります」

 

「言い切るのね」

 

「価値観なんて、人それぞれ。千差万別ですよ。正義と同じ」

 

「まだ、ヒーローを目指しているの?」

 

「……期間限定だって、気づいちゃいましたからね。俺なんかじゃなれないって事も…。取り敢えず、今はやれる事を全力でやるだけです。街に居る人も守るのも、街自体を守るのも……全力で」

 

 

 目指してない……とは言わないのね。

 やっぱり、心のどこかでは諦めきれてないって事なのかしら? 

 私にとって結翔は可愛い後輩であり、弟子のような存在だ。

 困っている事があれば助けてやりたいが、私が近くに居ると……危険だ。

 

 

 それに加えて、今の私は何かと嫌われている人が多い。

 関わって、結翔の今までの友好関係を壊すのは気が引けてしまう。

 

 

『やっちゃんは、本当に優しいですね』

 

 

 幼馴染の言葉を思い出す。

 行方知らずの、大切な幼馴染。

 彼女の言葉は、とても温かくて、今の私を刺し殺すような言葉だ。

 

 

「結翔、暇だったらお茶でも飲んできなさい」

 

「…今日の料理当番、俺なんですよ。待たせる訳にはいかないんで、帰らせてもらいます」

 

「分かったわ。引き留めて悪かったわね」

 

「別に大丈夫ですよ。気にしてません」

 

 

 恐らくだが、結翔にとってここは思い出の場所でありトラウマの巣窟だ。

 居るだけで、グサグサと過去の思い出(トラウマ)に刺されるような場所だろう。

 …意地悪な言い方だっただろうか。

 

 

 一言、「また」と残して遠くなる背中。

 英雄になる素質があったのに、英雄になる努力を惜しまない少年だったのに……

 彼は──藍川結翔と言う人間は、どこまでいっても英雄に向いていなかった。

 

 

 山あり谷ありな結翔の人生は、英雄であり偶像(ヒーロー)になりたい少年の心を弱く作り過ぎてしまったのだ。

 こう在らなければならない、と言う理想は重石となり、心はあの事件で完全に崩壊した。

 

 

 何とか立て直してはいる……が。

 

 

「粟根こころに加賀見まさら。良い影響を与えてくれればいいけど…」

 

 

 どこか他人事のように呟いて、私は家の中に入っていった。

 気付いていなかったが、この時にはもう、物語の歯車は回り始めていたらしい。




 次回もお楽しみに!

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七話「越えてはならない一線」

 やちよ「前回までの『無少魔少』。少しだけ結翔や私の過去に触れつつ、これから起こる物語の情報も入れた話だったわ」

 まさら「結翔に後で話されて知ったのだけど、やちよが結翔の師匠だったのよね」

 こころ「何だか、結翔さんが誰かの事を『師匠』っね呼んでる感覚が上手く湧かないなぁ」

 結翔「そりゃあ、俺はそんな呼び方でやちよさんの事読んでなかったからね」

 こころ「えっ?そうなんですか?鶴乃さんが呼んでたからテッキリ……」

 まさら「二人の話が脱線してるけど、今回は結翔の過去ではなく結翔自身について語ってるは。それでは七話をどうぞ」


 ──こころ──

 

 ()()を貰ったのは、本当に突然だった。

 結翔さんとまさらとの同居生活が始まって一月と一週間。

 いつも通り学校に行った日に、悲しそうな顔で学友に渡されたのだ。

 

 

「こころ〜、これあげる」

 

「これって……あ、新しく近くに出来た。ど、ドリームカントリーのチケット!? それも、六枚……。いきなりどうしたの?」

 

「実はさぁ〜、家族で行く予定でずっーと前から予約してたの。…でも!! 家族が私以外全員、風邪になっちゃってぇ……」

 

 

 今にも泣き出しそうだったので、あたふたしながら彼女をあやした。

 私も感情豊かな方だと自負しているが、彼女はもっと凄い。

 …まぁ、豊か過ぎてそれがネタにされてしまっているのが可哀想だが……

 

 

「本当に貰っていいの? 他の子には聞いた?」

 

「それがさぁ、みんな無理だぁーって言って逃げちゃうんだよ……」

 

「そりゃあそうだよ。事前予約に外れた人が一杯居て、更にはその所為でチケット泥棒が発生してるくらいなんだから」

 

 

 結翔さんに曰く、一週間前にチケットが送付され、翌日から遊園地──ドリームカントリーが遊園開始。

 …最悪なことに、翌日の朝から泥棒が始まった。

 何でも、六日間で二十人以上が捕まったらしい。

 昨日の帰り道で、結翔さんが泥棒を捕まえたのを見ていたので、その数も頷けた。

 

 

 危険な代物とは言わないが、厄物の可能性は高いだろう。

 

 

(……でも、仲を深める良い機会だよね)

 

 

 遊園地で遊べば、少しは仲を深められる。

 そうすれば、藍川結翔と言う人間を知るチャンスが生まれるかもしれない。

 …私は自分の心を落ち着けて、出来るだけ柔らかい笑顔で彼女にこう言った。

 

 

「ありがとう!! 私、行きたかったんだ!」

 

「うぅぅう〜〜〜!!! そんなに良い笑顔で貰ってくれるなんて…こころぉ〜!!!」

 

 

 涙が溢れた顔を、制服に押し付けながら私の名前を呼ぶ学友。

 ズビーズビーと、鼻水を啜る音も聞こえてくる。

 ……今後、彼女に対しての態度を考えようと思った瞬間だった。

 

 

 ──結翔──

 

 こころちゃんが貰ったチケットで来た遊園地──ドリームカントリー。

 子供から大人、多くの層の人間を虜にするネズミがモデルのキャラが主役の遊園地。

 上下左右、どこを見渡しても、丸が三つ合わせて出来たネズミのマークが描かれている。

 

 

 俺の目の前で、まさらがモキュモキュと頬を少し膨らませて。可愛い擬音語が出てくる感じで食べているハンバーガーも、ネズミマークをイメージされてパンズが作られていた。

 …ネズミマークのイメージで作られたパンズを、リスのように食べるまさらは、愛くるしさに溢れている。

 表情筋が仕事をしていれば……の話だが。

 

 

「食べ方、ちょっとリスみたいだな。そんな美味いのか?」

 

「…………ん」

 

 

 口に詰まっている為、返事が出来ないからか普通に首を縦に振るだけだが、どことなく何時もより柔らかい……感じがする。

 相当美味いのだろう。

 

 

(ももこたちが来たら、俺も買いに行くか……)

 

 

 今日、ドリームカントリーに来たメンバーは、俺・まさら・こころちゃん・ももこ・レナ・かえでの六人だ。

 今、この場にいるのはまさらと俺だけ。

 他四人はジェットコースターに乗っている。

 そろそろ乗る頃なので、あと数分もすれば気持ちい悲鳴が聞こえる筈だ。

 

 

「まさら? ポテト貰っていいか?」

 

「…ん」

 

 

 サッと、俺の方にフライドポテトが入った紙袋を向ける。

 フライドポテト自体は細く、よく食べに行くマックのポテトに近い。

 早速頂こうと手を伸ばした時、勢い良く後ろから叩かれた。

 

 

「結翔!! たっだいまー!」

 

「遅くなってすいません。結構混んでて…。でも、凄く楽しかったです」

 

「ももこの調子で、何となく分かったよ。楽しかったならなにより……でもないか」

 

 

 ももことこころちゃんだけ見れば、素直に楽しかったみたいで良かったと言えるのだが、ももこの両脇にしがみついているレナとかえでを見たら、そうは言えない。

 ブルブルとチワワのように震える二人。

 庇護欲をそそられるが、今は二人が大丈夫が確かめる方が先だ。

 

 

「…大丈夫か? メッチャクチャ震えてるけど…」

 

「べ、別に!! レナは大丈夫よ! か、かえで一人で怖がってるのも可哀想かと思ったから! こ、こうやってるだけなんだから!!」

 

「あー、はいはい。かえでの方は?」

 

「ふゆぅ。も、もうジェットコースターに乗るのは良いかな…」

 

 

 聞く必要なかったな。

 …次回からは、ジェットコースターに乗るのを二人共禁止にしよう。

 言っておくが、ここは子供から大人まで楽しめる遊園地。

 設計自体、大人でも楽しめるようスリルはあるが、それでも子供が乗る事の出来るレベルだ。

 

 

 それでこれなら、今後は乗るべきではないだろう。

 幸い、ここにはそれ以外にも楽しい遊具が腐るほどある。

 遊園地とは、そう言うものだ。

 加えて、ここはドリームカントリー(夢の国)である。

 

 

 夢から覚めるのはまだ早い。

 

 

「テキトーに買ってくるから座ってろ。…こころちゃん、付いてきてくれる?」

 

「分かりました。ちょっと待って下さい…」

 

 

 バックをまさらに預け、手ぶらの状態で俺の方に小走りでやってくる。

 さっきまさらのハーバーガーを買った店に行き、本当にテキトーな品を頼む。

 パンケーキ(これもネズミマーク仕様)×2、ハンバーガー、サンドイッチセット×2の五つ。

 誰が何を食うのかは、戻ってから決めれば良い。

 

 

 こころちゃんにサンドイッチセットのトレーを持ってもらい、俺はハンバーガーとパンケーキの乗ったトレーを持つ。

 バランス的に絶妙な持ち辛さがあるが、堪えるしかない。

 

 

 テーブルに帰ると、レナとかえでは落ち着きを取り戻しており、俺とこころちゃんが持っていたトレーを受け取った。

 

 

「このパンケーキ…カワイイ! レナがもーらい!」

 

「ズルいよ、レナちゃん! 私も欲しい!」

 

「ここまで来てケンカするなよ。…ほら、二人で食べていいから」

 

「…はぁ、アタシとこころちゃんはサンドイッチセットにしよっか?」

 

「ですね」

 

 

 呆れた様子のももこと、苦笑い気味なこころちゃん。

 出来るなら公平に分けたかったが……ケンカされるよりはマシだ。

 レナとかえでは、揃って食べ始めており。

 とても良い笑顔をしている。

 

 

「俺もハンバーガー食うか…」

 

 

 二人を宥めた俺は、まさらが現在進行形で食しているものと同じハンバーガーを食べ始めた。

 シャキシャキのレタスに、少し酸味のある甘いトマト。

 その下にあるハンバーグは、恐らくケチャップと塩コショウで味付けされただけなのに、今まで食べたハンバーガーの中でもトップレベルの美味さを感じた。

 

 

「美味っ! 何だこれ…メチャクチャ美味い!」

 

 

 引き込まれるような美味さに食欲が沸き起こり、バクバクと食べ進めていく。

 だが、俺の至福の時間は一本の電話によって遮られた。

 

 

「……咲良さんから…か」

 

 

 とてつもなく嫌な予感がした。

 電話に出ない方が絶対に良いと、過去の経験が囁いている。

 碌な目に合わない、と直感が警鐘を鳴らす。

 けれど、俺に出ないなんて選択肢は初めから存在せず、ため息を吐きながら電話に出た。

 

 

『もしもし、藍川です』

 

『結翔君? 今日、ドリームカントリーに居るって言ってたよね?』

 

『…そうですけど。それが?』

 

『実はさ…あるテロリスト達がそこに来てるらしいんだ。…目的は勿論──』

 

『俺の魔眼…ですか』

 

 

 テロリストとと言う言葉に驚きはしない。

 もう慣れてしまったからだ。

 何せ、魔眼が目覚めてからは、世界中のテロリストや超人と呼ばれる異能力使いが襲いに来てる。

 何度も追い払ったし、捕まえた事もある。

 

 

 死にかけるのは日常茶飯事で、酷い時はテキトーな場所でワザとテロを起こして俺を誘き寄せた事もあった。

 まぁ、その誘いに安く乗ってしまうのが俺なのだが……

 

 

『相手の情報は? 何かないんですか?』

 

『ロストソルジャーズ。聞いたことあるでしょ?』

 

『…確か、各国の元エリート軍人の集まりでしたっけ。専らの活動内容は紛争地域での社会的弱者の救出、及び社会的強者の排除。世間から二分の意見をされている集団ですね』

 

 

 やっている事は、間違いのない人殺しと人命救助。

 二律背反の行動であり、彼らの誓いである『弱きを助け強きをくじく』の実行。

 犯罪者であることに変わりはないが、それでもある一方から見れば正義の味方にも見える。

 

 

 世間の評価は半々…どころか、彼らを正義の味方──ヒーローだと主張する人間の方が多い。

 誰かを犠牲にして、犠牲になった人の遺族を苦しめた果てに救われる生命。

 本当にそれがヒーローとでも言えるのか? 

 

 

 犠牲なくして、得られる物はない。

 だが…それでも、悪人であれ人の生命を犠牲にしていい訳が無い。

 許されていい筈がない。

 

 

 俺自身が一番嫌い、超えてはならない一線。

 それは、殺人だ。

 どんな悪事も理由によっては同情できなくはない……が、殺人と言う悪事──罪だけは絶対に同情出来ない。

 

 

 スマホを握る手に力が入り、ミシリと嫌な音が鳴った。

 

 

『…結翔君』

 

『終わったら電話します。何時でも来られるように準備だけはお願いします』

 

『了解。気を付けて』

 

『…………はい』

 

 

 全員が居る前で話した所為で、約二名は震え出している。

 他約二名は首を傾げていて、最後の一人は先程の俺と同じくため息を吐いていた。

 

 

「悪いけど、少し仕事が入っちゃったみたいでさ。ちょっとの間抜けるけど、安心して楽しんでて」

 

「安心出来る訳無いでしょ!!! レナなんてこの前、死ぬ所だったんだからね!?」

 

「わ、私だって! ナイフ突き付けられるのはもう嫌だよ!!」

 

「…えっとぉ……」

 

「何の仕事なの?」

 

「…面倒臭い事になったなぁ」

 

 

 怒るレナとかえで、疑問を口にするまさら、頭に大量の疑問符を浮かべるこころちゃん、最後に吐き尽くしたため息の代わりに表情筋が死んだももこ。

 …何だろう、凄い地獄絵図が広がってる。

 

 

「ロストソルジャーズ。聞いたことくらいあるでしょ?」

 

「各国の元エリート軍人の集まりよね? 『弱きを助け強きをくじく』を誓いとして実行している」

 

「…そ、そんな人たちがここに?」

 

「まぁね。大体、俺の所為だけど」

 

「…魔眼欲しさって所かしら?」

 

 

 流石はまさら。

 察しが良いのは、こう言う時に助かる。

 …何時もは察しの良さに困り果てているが……

 

 

「そんなとこだ。巻き込むつもりはないから、追ってこようとか考えるなよ? …一応、ももことこころちゃんは監視しといてくれ」

 

「あいよ。…無理し過ぎるなよ?」

 

「無事に帰って来てくださいね?」

 

「最善を尽くすよ」

 

 

 俺はそう言い残すと、千里眼を発動し周囲の確認をした。

 魔法少女ではない時の千里眼で見られる範囲は精々半径五百メートル。

 変身して範囲が半径約一キロ程になる。

 

 

 怪しい動きをしている奴が居ないか見て、ある程度見たら一旦魔眼を閉じる。

 使い過ぎは脳に負担が掛かる為、適度な休憩が必要だ。

 大抵の魔眼にはそれが言える。

 特に、未来視や千里眼の場合は、景色を映像として脳で処理するのが主な負担になっているのだ。

 

 

「遊園地にゴルフケースは、案外目立つよ。お兄さん方…」

 

 

 相対する事になるだろう敵に、俺は一人呟いた。

 

 

 ──ももこ──

 

 結翔が居なくなってから数分。

 多分今頃、ドンパチ始めてるだろう。

 …あれ以上怪我が増える事はないが、心配なものは心配だ。

 何せ、生と死の魔眼が治せるのは致死一歩手前までの傷や怪我。

 

 

 即死したら治せない。

 アイツに限ってそれはないが、少し──いやかなり落ち着かない。

 

 

「…ももこさん。気を紛らわすついでに、少し話を聞かせてもらっていいですか?」

 

「へっ? …ああ、別にいいよ? 何が聞きたいんだ?」

 

「結翔さんについてです。一緒に暮らしてても、知らない事って沢山ありますから。だから、幼馴染として近くに居たももこさんなら、色々と知ってるかなぁ〜と」

 

 

 今に限って、結翔の話か……

 多分、結翔が話してない事は沢山ある。

 約一年前の事件然り、仕事の事然り。

 

 

 話したくないことが色々とある筈だ。

 それを勝手に喋るのは、気分が乗らない……が。

 今後、この子たちが結翔と上手くやっていく為に、ある程度の事は話さないといけないだろう。

 

 

「アイツが話したくないと思ってる事は話さないけど…それでもいい?」

 

「構いません。…まさらもそれでいいよね?」

 

「ええ。構わないわ」

 

 

 アタシは、少し順序だてて説明するために、頭をフル回転させる。

 …過去の話から順番に辿るのが確実だろう。

 考えをしっかりと纏めて、アタシは話し出した。

 

 

「昔のアイツは、死ぬほど純粋な奴でさ…。本気でヒーローになれるって信じてた。でも、警察官である親父さんが殉職して、おばさんは心を病んでどっかに行っちゃってさ。…それが中学生に上がる前、小学六年生の時だ。それからは、アタシの母さんが結翔の母親代わりに色々やってた」

 

「…結翔に妹や弟は? 祖父母でもいいは」

 

「居なかったよ。…頼れる親類は誰も。中学に上がってすぐ、私が誘拐されてさ。それを結翔が死に物狂いで助けてくれたんだ。その時、魔眼が目覚めた。事件を解決したあと、結翔は親父さんの友人だって言う人の伝で今の組織に入った」

 

「……あれ? 今、サラッと誘拐されたって言いませんでした?」

 

「言ったけど…。別に大した事ないって。結翔がすぐ助けてくれたし」

 

 

 笑い事のように言うアタシに、こころちゃんは頭が痛くなったのか、手で頭を抑えていた。

 …まだ、話はここからなんだ。

 出来る限り、よく聞いて欲しい。

 

 

「組織に入ってからかな。アイツが、歪み始めたのは…。アタシが何言ってもダメでさ。変わった訳を聞いたら一言『世界の裏側を見た』って。当時は全然意味分かんなかったけど、今なら少し分かる。アイツは──結翔は知らない内に見て気付いたんだ。この世にヒーローなんて存在しないって」

 

「創作物とは違う。…その現実に気が付いたと?」

 

「まっ、そう言う事だな。その後は、少しくらい聞いただろ? アタシが魔法少女になって、アイツも後を追って魔法少女になった。何でなれたかは知らないけど…。最後に。今のアイツになるのに外せない事件がある」

 

「…どんなもの何ですか?」

 

「詳細は言えないけど、結翔はその時に大切なものをポロポロと落としたんだ。絶対に、落としちゃいけないものまでも…な」

 

 

 その手に掴んで、離さないと思っていたものを……アイツは落とした。

 絶対に、絶対に落としちゃいけないものと分かっていながら……

 

 

「事件が起きたのは約一年前。アタシ以外にも、色々な人の支えがあって、何とか立ち直ったのが今の結翔だ。……今のアイツは、危険──と言うか危うい。表と裏の境界線が曖昧過ぎるだよ。……根はどこまでも善い奴だけど、一線を踏み越えた奴には容赦が無い。残虐性…とはいかないけど、冷酷な部分もある」

 

 

「……冷酷ね。普段の実生活からは、欠片も見えないけれど……本当なの?」

 

「勿論。アタシは、この話題で一言も嘘はついてないつもりだ。間違った知識はあるかもしれないけどな」

 

 

 話せるのはここまで。

 この子たちがこれから先の話題に入るのに、どれくらい時間がかかるのか? 

 まさらちゃんもこころちゃんも、きっと良い子だ。

 あの結翔が、大切な思い出の詰まった家に住まわせている(条件の所為でもある)のだから。

 

 

 …だけど、もし、結翔を傷付けたならアタシだって容赦はしない。

 長年連れ添って来た大切な幼馴染だ。

 家族以上の存在で、アタシの……

 

 

「結翔はきっと、二人と家族みたいな近い関係になりたいって思ってる。だから、二人もそうしてやってくれ」

 

「……善処するわ」

 

「はい! 頑張ります」

 

 

 二人の言葉に、久しぶりの安堵の笑みが零れる。

 良かった……これなら安心出来る。

 ドリームカントリー……来た人に幸せな夢を見せる遊園地。

 

 

 今日は幸せな夢を見れる、そんな気がした。

 

 

 ──結翔──

 

 目の前に居る十人の屈強な男たち。

 分かる、肌で感じ取れる。

 ここに居る人間は、修羅場を幾つも潜ってきた奴らだ。

 気を抜いた瞬間に、蜂の巣にされるだろう。

 

 

 男たちの腰にある、それぞれ違う銃が何時でも俺の事を殺せると語っている。

 

 

「大人しく。こちらに来てくれるか? 手荒な真似はしたくない」

 

「……驚いた。態々日本語で話してくれるんだな」

 

「私たちは無益な殺しはしない。紛争などで社会的弱者を痛ぶる、社会的強者を排除するだけだ」

 

「元々、アンタたちもそっち側だったんじゃないのか?」

 

 

 俺の核心につく質問は、リーダー格の男の言葉を止めさせた。

 金髪碧眼に加えて彫りの深い顔は、外国人感を醸し出している。

 如何にも、私外人ですって外見だ。

 見た目で判断するのは良くないと誰かが言っていたが、犯罪者は悪事を起こした時点で悪人だ。

 

 

 正当な理由がなければ、同情の余地すらない。

 黙った男の隙を使い、破壊の魔眼を起動する。

 起動しただけでは右の瞳は水色に輝かない、発動する瞬間に輝くのだ。

 だから、じっくりと破壊する場所を選ぶ。

 

 

 破壊の魔眼は、一度に破壊出来る量が定まっている。

 銃を一丁一丁全て破壊するとなると、十丁同時が関の山だ。

 だが、一部分だけなら何十丁あってもギリギリで大丈夫な筈だ……多分。

 定まっているとは言え、完璧に測るのは不可能。

 

 

 破壊に限った話ではないが、静止の魔眼も基本的には質量で止められる時間と人数が決まる。

 割りとシビアなのが、攻撃面で活躍するこの二つの魔眼だ。

 

 

「……やっぱり、話すのは苦手だ。お互い戦う事(コッチ)の方が分かりやすいと思うんだが、どう思う?」

 

「…好きにしたら?」

 

 

 そう言うと、全員が銃を構えた。

 刹那、全員の銃のトリガーが砕け散る。

 驚いた瞬間を狙って、近くに居た二人を蹴りで沈める。

 一人は前蹴りを男の急所に、一人は前蹴りをした足とは逆の足で回し蹴りを首に。

 

 

 二人落とされた事で完全に調子を取り戻した八人は、全員が少しづつタイミングをズラして襲い掛かる。

 だが、未来視の魔眼で未来を見ている俺に攻撃はカスリもしない。

 確定した未来を瞳に映し、行動によって未来を変えられる魔眼。

 未来視の魔眼を持った本人は特異点の様な存在なるので、未来を変えても自身に影響はない。

 

 

 その後も、三分程敵の攻撃を受け流し続け、ようやく反撃に出る。

 受け流した瞬間に、相手の足の骨や腕の骨、或いは神経を破壊の魔眼で破壊する。

 元エリート軍人とは言え、複数箇所同時に神経や骨を破壊されては痛みで気絶しないなんて有り得ない。

 

 

 一人、また一人と倒れていき。

 リーダー格の男が最後の一人になった。

 

 

「…何故、私たちを殺さない」

 

「アンタたちが、本気で無関係の人を巻き込まない為に。場所を確保したり色々してたからな。悪人じゃないってのは会って、戦って大体分かった。俺の事も、異能力欲しさとは言え殺そうとしなかったしな」

 

「…どう思う? 私たちの事を…私たちのやってきた事を」

 

「凄いと思うよ。口で言うだけじゃなくて、ちゃんと行動を起こせるって。元エリート軍人として、世界中の紛争地域に出向いてたから出来るのかもしれないけど…。でも、人殺しは人殺しだ。正義の味方として正しい事をしたかもしれない……だけど、殺された人の家族はアンタたちを恨むだろうな」

 

「…誰かの犠牲があった平和に意味はないと?」

 

 

 彼の言葉に、俺は口を噤んだ。

 平和に意味が無い訳ない。

 ある仮面ライダーを見て俺は感じた、世界に愛と平和(LOVE and PEACE)があるのとないのでは全く違う。

 愛と平和はどちらか片方があるだけでも違うが、両方揃うことで相乗効果にも似た現象を起こす。

 

 

 紛争地域に愛はあるかもしれないが、平和はない。

 誰かの犠牲の上に平和が生まれるなら……それは良い事──な訳ないのだ。

 

 

「アンタのやり方は間違ってる。それだけは確実に言えるよ」

 

「……………………」

 

「今、投降すれば、俺が何とか上司に口添え出来る。俺が居る組織の関連部署に、アンタたちのやりたい事をやらせてくれる場所がある。……平和は戦う事をしなくても作れるってのが、そこで分かるよ」

 

 

 最後のトドメ、と言わんばかりの言葉は男のナニカを突き動かしたのか、ゆっくりと両手を上げて膝を着いた。

 

 

 その後は、咲良さんの救援もありスムーズに後処理が済んだ。

 護送車に乗る前に見た顔が、少し笑っているように見えたのはきっと間違いじゃない。

 

 

「……人殺しは嫌いだ。だけど、アンタたちの事は嫌いになれそうにないよ」

 

 

 夕暮れの遊園地。

 沈んでゆく太陽を見送りながら、一人仲間の下を目指した。

 

 

 善い人になれてるだろうか? 

 それだけが、唯一の心配だった。

 

 




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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八話「ヒーローの定義」

 結翔「前回までの『無少魔少』。俺のことについて語ったり、名前を出すと危ない遊園地に行ったな」

 まさら「ミッ〇ーマウスとか出てきそうな夢の国だったわね」

 こころ「一歩間違えれば、このお話がD社に消されちゃうから止めようか」

 ももこ「ピックアップする情報があるとすれば、結翔は殺人を悪事の中でも最悪なものとして見てるって事と、結翔の表と裏の境界線が薄いってことだな」

 結翔「ももこに大事な事言われちゃったけど……。取り敢えず、どうなる八話!」

 ※みふゆの一人称に間違いがありましたので修正しました。(3月6日)


 ──結翔──

 

「一緒に戦いたい?」

 

「はい。一ヶ月半一緒に居ますけど、結翔さんと一緒に戦ったことないな……って」

 

 

 ドリームカントリーの件から一週間。

 同居し始めてから区切りよく一ヶ月半が経った日。

 こころちゃんがそんなことを言った。

 丁度買い物途中に話しかけられたこともあり、夕食の献立でも聞かれるのかと勘違いしていた。

 

 

 一緒に……か。

 三人で戦って時の光景を何となく想像する。

 まさらが一人で突っ込んで、俺とこころちゃんがフォローする……なんて言うテンプレートな回答が浮かんだ。

 

 

 確か、キュウべえ(クソ野郎)曰く「迷いがなく強い」らしい。

 親友とも言える存在になったこころちゃんと出会うまで、防御を全く考えない攻撃特化のスタイルだったとか……

 ステータスの過半数を攻撃に振ったまさらと、逆にステータスの過半数を防御に振っているこころちゃん。

 

 

 相性が良いから成立しているコンビだろう。

 固有能力が攻撃時に有利な『透明化』のまさらに、防御に有利……と言うか防御そのもの『耐える』のこころちゃんだ。

 

 

「俺が二人の間に入ってコンビネーションを邪魔しちゃうかもよ?」

 

「平気です。今後も一緒に居るなら、トリオでの連携も練習しないと!」

 

 

 今日に限って押しが強い彼女の言葉に、俺自身もすんなり納得してしまい。

 翌日から、連携の練習をすることを約束した。

 だが、トリオなんてやった事ない俺からすれば、どう動けばいいのかなんて分からない。

 

 

 幸いな事に、トリオをやっている連中は友人に居るので、アドバイスは何とか貰える筈だ。

 

 

(ももこには声掛けるとして……。葉月(はづき)と……れいらは止めとくか。東に行くのは面倒事の種になりそうだし)

 

 

 諸々の事情を考えて、俺はももこと葉月にだけメールを送った。

 二人からの返信はすぐに着た。

 ももこからは『了解』と了承の返信だったが、葉月からは『ちょっと行けそうにない』と断わりの返信が来る。

 このはの所為、だろうなぁ。

 姉バカの典型的な例が、彼女だろう。

 

 

 友人レベルに仲良くはなれたが、あと一歩が中々詰められずにいる。

 …取り敢えず、今はいいか。

 

 

「一応、ももこには連絡取っておいたから、明日からやろっか」

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

 

 眩しい笑顔で頷くこころちゃんは、本当に良い子なんだろうなぁと俺に思わせる。

 家事全般出来るし、気も利いて色々やってくれるし……ももこと同等の優良物件だ。

 ホント、なんでこんな子に恋人ができないのか…。

 世の中の男子は目が腐ってるんじゃないか? 

 

 

「結翔さん? 早くしないと、タイムセール始まっちゃいますよ?」

 

「嘘っ!? 急げ急げ! 早くしないと、今日の夕食が無くなる!」

 

「えっ?! そんなに何も無かったんですかぁ!?」

 

 

 驚く彼女の声を流し、俺は主婦の波の中に入って行く。

 …ボロボロになりながらも、何とか夕食の食材を調達する。

 今度から、もうちょっと時間に気を配って考え事をしよう、と決意した。

 

 

 ──こころ──

 

 新西区の建設放棄地にて、私とまさら、結翔さんが三人で集まって居た。

 既に魔法少女への変身は終えており、連携の方法を考えている。

 

 

「こころちゃんはタンク役として、敵の攻撃をと注意を引きつけるのが仕事かな? まさらはこころちゃんに注意が向いてる内に、魔女に攻撃を叩き込む。俺は、魔女の動きを見つつ、二人のサポート…かな?」

 

「私は、別に何でもいいわ」

 

「まさら…。わ、私も、結翔さんの意見には賛成です。それが一番無難だと思いますし」

 

「まぁ、もしもの時は俺がタンク役で敵の攻撃と注意を引きつけるよ。これでも、そこそこ強いからね」

 

 

 魔法少女に変身した結翔さんは、凄く綺麗な女性だ。

 素の状態でも普通にカッコイイけど、変身するとカワイイも足されて……何だが女子として立場が無くなりそう。

 踊り子のようなヒラヒラとした黄色の衣装は、何とも言えない色香を放っており、一目どころか何回見ても元が男性だとは思えない。

 

 

「…にしても、ももこたちがくるまで暇だなぁ。はぁ、まさら組手でもするか?」

 

「分かったわ。…魔眼は使うのかしら?」

 

「使うわけないだろ。瞬殺で勝負が終わるわ」

 

「…それもそうね」

 

 

 ……あれ? 

 私が少し考え事をしてる内に、組手する流れになってる。

 そう言えば、結翔さんの武器って剣と銃…だよね。

 前聞いた話では、他にも色々な武器を使えるって言ってたけどどれくらい使えるんだろう? 

 

 

「あ、あの、二人ともストップで!」

 

「ん? どうしたのこころちゃん?」

 

「何かあった?」

 

「…いや、その……結翔さん前に言ってたじゃないですか? 色々な武器を使えるって。どれくらいの武器を使えるのかなぁ〜って?」

 

 

 私の疑問に、結翔さんは納得したように頷いた。

 以前と同じく、剣を魔力で編むと、私たちに見せながら様々な武器に剣を変え始めた。

 

 

「短剣、細剣、刀、逆刃刀、大剣、槍、二又槍、三又槍、薙刀、鎖鎌、鎌、大鎌、杖、棍棒。……あとは、まぁ色々かな」

 

「……早過ぎて全然見えませんでした」

 

「多過ぎる気がするけど、本当に使えるの?」

 

「使えなかったら変えねぇよ。銃の方はあのグロック以外無理だ。ライフルとか構造が難し過ぎて分かんないんだよ。あの銃はメンテも俺がしてるから、何となく構造が分かるだけ」

 

 

 手品のようにポンポン変わる武器の数は約十四。

 それ以外も使えるのが色々と有る……らしい。

 目の前に立つ結翔さんは、使えるのが当たり前みたいな感じだけど……どんなにベテランの魔法少女でもあの量の武器は使いこなせない…と思う。

 

 

 天才……? 

 いや、違う。

 血も滲む鍛錬を積んできた結果、使いこなせるようになったのだ。

 私生活の彼は、天才とは言い難い。

 変な所でミスするし、時々凄くアホっぽい事を言う。

 

 

 天才や鬼才とは違う、秀才に近い人。

 魔法少女としての戦闘力は天性のものだろうが、機転の良さや思考の柔らかさは後から必死になって身に付けたものの筈。

 そうでなければ、今まで生き残れていない。

 例え魔眼があれど、呆気なく生涯の幕を下ろしていた。

 

 

(ヒーローを目指して頑張って、自分をヒーローだと言っていた結翔さんが……自称するのを止めた理由)

 

 

 偶像の存在(ヒーロー)になろうとしたからこそ、身に付けた力。

 そのお陰で生き残った筈なのに、自称するのを止めたのは何故か? 

 

 

(ももこさんは、「大切なものをポロポロと落としたんだ。絶対に、落としちゃいけないものまでも…な。」って言ってた。これが…理由?)

 

 

 核心には迫れている筈なのに、決定的な一つが足りない。

 それが分かれば──

 

 

(きっと、結翔さんに近付ける)

 

 

 まさらがまさらなりに頑張って近付こうとしているなら、自分は自分なりの方法で近付く。

 踏み込んではいけない領域に足を踏み入れたとしても、彼の──藍川結翔の事を知りたい。

 作り笑顔の裏に隠された本当の顔を見たい。

 

 

(…出来るか出来ないかじゃない…やるんだ! この三人でやっていく為に……!)

 

 

 色々な事をじっくりと考えるのは、悪い事じゃない。

 だが、物事に耽けるのは、程々にしないといけない。

 何故なら……不測の事態は何時起こるか分からないからだ。

 

 

「こころちゃん!! 危ない!!」

 

「えっ?」

 

 

 結翔さんの声が聞こえたと思って顔を上げた瞬間、目の前ににオモチャの包丁のようなものが振り下ろされる。

 スーパースローのように止まった世界で、自分の死を薄らと悟った。

 眼前に迫るオモチャの包丁。

 しかし、その巨大さがオモチャなようなもの……と比喩させる。

 

 

 刃があり、それで私の事など切断できるだろう。

 目を瞑った。

 迫り来る死が恐ろしくて、現実から逃げた。

 勘違いしていた、絶対にしてはいけない勘違いを。

 

 

 強くなった気になって自分なら大丈夫、と言う勘違いを……私はしていたのだ。

 けれど、私は痛みを感じなかった。

 いや、感じたには感じたが吹き飛ばされた痛みだけで、斬られた時に感じる焼けたような痛みは全く持って襲ってこない。

 

 

 そっと、目を開ける。

 現実を直視する為に、目を背け続けないために。

 ……だけど、そこには見たくない現実が拡がっていた。

 

 

「っ!! ぁぁあ!」

 

 

 結翔さんの短い悲鳴が響き、私の目の前の地面にナニカが落ちた。

 震える足に鞭を打ち、立ち上がる。

 そして、目の前の地面に落ちたナニカを見つめた。

 

 

 有ったのは左腕。

 切断面が見え、露出した骨と筋肉が本来出られない、出るはずのない外界に晒されている。

 落ちた衝撃で肉片が少し飛び散っており、自分の頬にも血と肉片が付いていることが分かった。

 

 

 ……この時、一瞬にして私の中のナニカが弾けた。

 

 

「あ…あぁ……あ゙ぁぁぁぁ!!! 嫌、いや、イヤァァァァァ!!!」

 

「ちっ! まさら! こころちゃんを下げろっ! あと持ってるグリーフシード使って、穢れが溜まるのを防げ!!」

 

「っ!? 分かったわ」

 

 

 二人の声が遠く感じて、意識が段々と暗闇に沈んでいった……

 

 

 ──結翔──

 

 あまりにも唐突な結界への引き込みだった。

 本来ならありえない、ありえない筈なのに……

 

(何でも起こるのがこの世界だもんな…)

 

 

 まさらは既に臨戦態勢に入っているので、放っておいても大丈夫だろう。

 問題はこころちゃんだ、考えに耽っているのか今の状況に気付いていない。

 早く気付かせなければ、命に関わる。

 声を掛けようとしたその時、魔女は現れた。

 

 

 身体中が継ぎ接ぎだらけで、四肢や頭部のそれぞれがオモチャで構成されている。

 右手がオモチャの包丁、左手がけん玉、右足が人形、左足がコマ、頭はオモチャの鉄砲だ。

 

 

 オモチャの鉄砲から出てくるのは……恐らくスーパーボール。

 何で分かるかって? 

 未来視のジャスト二十五秒後の世界で、出てきたのがスーパーボールだったからだよ。

 

 

 しかし、三秒後の未来の方が不味い。

 三秒後の未来で、こころちゃんは頭部から包丁で真っ二つにされている。

 

 

「こころちゃん!! 危ない!!」

 

「えっ?」

 

(ヤバイ! 反応が遅かった! こころちゃんの回避は間に合わないぞ!?)

 

 

 距離にして約三メートル、全力で行けば二秒。

 一秒もあれば突き飛ばせる筈。

 その計算を出した時には、既に走り出していた。

 一歩一歩を極限まで早く、長くして距離を詰める。

 

 

 包丁の刃が届くまで残り一秒を切った時、ギリギリでこころちゃんを突き飛ばすことに成功した。

 けど、代わりに俺の左腕が吹き飛んだ。

 運悪く、こころちゃんを突き飛ばした方向に。

 

 

 加えて、俺は火に炙られるような激痛から短く悲鳴を漏らしてしまった。

 

 

「っ!! ぁぁあ!」

 

 

 幾ら戦いに慣れて、傷を──怪我を負う事に慣れても、痛いものは痛い。

 悲鳴を完璧に我慢するなんて、一人前になれていない俺には不可能だった。

 そして、こころちゃんが瞑っていた目を開いた……いや開いてしまった。

 

 

「あ…あぁ……あ゙ぁぁぁぁ!!! 嫌、いや、イヤァァァァァ!!!」

 

「ちっ! まさら! こころちゃんを下げろっ! あと持ってるグリーフシード使って、穢れが溜まるのを防げ!!」

 

「っ!? 分かったわ」

 

 

 想像を絶する恐怖から発狂気味なこころちゃんの事を一旦まさらに任せて、魔女と相対する。

 まさらに預けてあるグリーフシードは二個。

 二個で間に合うなんて事はない筈だ。

 

 

 …恐らくだが、使い魔を全く持って出そうとしないことから、魔女になって間もないことが分かる。

 目の前に居る、助けられなかった生命に謝罪の念を向けながら、打開策を頭の中で構築していく。

 

 

 けん玉の玉を体を捻って避け、包丁を剣で受け流し、人形足の蹴りを同じく蹴りで蹴り返し、コマのドリル攻撃を横っ飛びで躱す。

 殆どどれもが紙一重。

 打開策の構築に脳の処理を回している分、未来視や静止と言った他の魔眼が使えないのだ。

 

 

 しかし、もう打開策は思い付いた。

 初めに、こころちゃんを言葉で正気に戻す。

 根性論になるが、気合いで正気に戻す。

 次に、まさらと協力して敵を撹乱。

 最後は正気に戻したこころちゃんの手でフィニッシュ。

 

 

 …聞いた話によると、あのパイルバンカー、もとい可変型トンファーは射撃モードと近接モードがあるらしい。

 近接モードの時の攻撃力は俺やまさらより上だろう。

 弱点……直死の魔眼で視た死の線が集中している場所を教えて、そこを殴ってもらえれば完璧だ。

 

 

 そうと決まれば! 

 

 

「静止!!」

 

 

 静止で止められるのは二分が限界だ。

 さっき止められてれば良かったけど、些か時間が短すぎた。

 だけど、今なら余裕がある。

 

 

「まさら、動き出すのは二分後だ。もし、二分後までに俺がこころちゃんを元に戻せなかったら、お前が足止めしてくれ」

 

「了解したわ。…でも、戻すと言ってもどうするの?」

 

「簡単だよ。呼びかければ良い」

 

 

 自信ありげに言った俺に対し、まさらは少し顔を顰めながら頷く。

 ……そう言えば、腕を治してなかった。

 勝手に止血はされて、切断面は何事も無かったかのように塞がってるが、吹き飛ばされた左腕をくっ付ければ……あら不思議、腕は元通り。

 

 

「悪かったよ」

 

「分かればいいは」

 

 

 俺とこころちゃんを庇うように前に立つまさら。

 そんな事しろとは言ってないけど…良いか。

 治したばかりの左手を使い、こころちゃんの頬を優しく叩く。

 

 

「こころちゃん! 起きてくれ!」

 

「あ…ぁぁ…結翔…さん。う、腕、ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんな──」

 

「謝んなくていいから! 兎に角、俺の話を聞いて!」

 

「は…い」

 

 

 近過ぎた気もするけど、気にしない。

 反応はして、意識も少しは元に戻った。

 …目は少し濁っているが、まだ元に戻せる範囲内だ。

 

 

「俺は無事。腕も何ともなってない」

 

「で、でも、さっき」

 

「……何ともなってない!」

 

「ゴリ押しすぎませんか!?」

 

 

 …凄いな、あっさり元に戻った。

 ボケたつもりは無いけど、ツッコミされて元に戻るなんて……

 初めてだな、こんなに簡単に元に戻ったの。

 でも、これだったら、すぐにあの魔女を倒せる。

 

 

「よし、元に戻った」

 

「…何か嫌な戻り方ですね」

 

「動ける?」

 

「すいません。腰が抜けちゃって…」

 

「…計画は変更か……まぁ、何とかなるか」

 

 

 腰が抜けた状態のこころちゃんを、長くこの空間に置いておく訳にはいかない。

 まさらに避難の補助を頼むとしても、時間稼ぎは不可欠だ。

 

 

「…俺が時間稼ぐ、と言うよりアイツを倒すから。こころちゃんは下がってて。まさら、悪いけど、お前が危険だと判断したらすぐにこころちゃんと一緒に外に出ろ。あとの事は俺が何とかする」

 

「ん。了解したわ」

 

「ごめんなさい。結翔さん…」

 

「別に、謝る必要は無いよ。…大丈夫! 俺が守るから!」

 

 

 サムズアップと笑顔のダブルコンボを二人に向けて放ったあと、ゆっくりと魔女に向かって行く。

 オモチャの魔女は使い魔を出さず、包丁をデタラメに振りながら近付いてくる。

 

 

(右、左、斜め右、そのまま切り返し、突き)

 

 

 未来視で視た情報をフルで活用し、捌いていく。

 受け流すこと一分。

 段々とパターンがある事が分かってきたぞ……

 

 

 未来視の魔眼を一度閉じて、直死を発動。

 目星をつけておいた死の線を見直し、そこにありったけを打ち込む。

 剣を大剣に変化させて、速攻で距離を詰める。

 

 

 だが、俺はここで違和感に気付いた。

 全く迎撃の体制を取らないのだ。

 まるで、攻撃されても構わない……と言わんばかりに。

 

 

(……!? けん玉の玉が無い?!)

 

 

 千里眼を発動しようとした刹那、後ろから声が響き渡る。

 

 

「結翔! 後ろよ!」

 

「結翔さん! 後ろです!」

 

 

 二人の言葉で後ろを振り返ると、眼前まで玉が迫ってきていた。

 避けるには時間が足りないが、受け身は何とか取れる。

 

 

「ちっ! クソが!」

 

 

 腕を交差させてブロックするが、玉は余程勢いを付けていたのか地面とほぼ平行に吹き飛ばされる。

 地面に大剣を突き立て、止まることは出来たが二十メートル程飛ばされてしまった。

 魔法少女の身体能力なら二十メートルくらい秒で走れるが、それではいけない。

 

 

(一か八か、キックで……)

 

 

 右足を一歩分後に下げ、左足を半歩分前に出す。

 その後は、ゆっくりと腰を下ろし、右足に各属性の魔力を溜めていく。

 各属性の魔力量は全て1:1にして、少しづつ混ぜる。

 

 

 ここまでの工程で掛かった時間は僅か五秒前後。

 誰かに褒めて貰いたい気分だが、そんな状況ではないので集中して走り出す。

 一歩、また一歩と地面を踏み締める度、若干だが魔力の跡が地面に付く。

 

 

 魔力を纏った足は白く光っており、聖なる光を彷彿とさせる。

 

 

「これで決まってくれよ!」

 

 

 魔眼を使った、『一閃必殺』とは違う。

 魔法少女としての俺のマギア(Magia)

 名付けて『英雄の一撃(ヒロイックフィニッシュ)』だ! 

 

 

「はぁぁぁあ!!!」

 

 

 キックは正確に死の線が集中した部分を命中した。

 命中したと同時に、各属性の魔力が流れ込み、魔力の奔流に耐えられなくなった魔女は爆発した。

 

 

 爆発の煙が晴れると、オモチャの魔女が居たであろう場所にグリーフシードが落ちている。

 小走り気味に近付き、それを拾ってまさらやこころちゃんの方に戻った。

 二人の方に到着すると同時に結界も崩壊し、俺たちは全員変身解除した。

 

 

「終わった〜。今回は結構派手にやったな!」

 

「…体は大丈夫なの?」

 

「おおっ!? 珍しいな、お前が俺の事心配するなんて」

 

「片腕が吹っ飛ばされた人間に体の状態を確認しないなんて、人間性が終わっててもありえないは」

 

 

 正論で返されたけど…若干怒ってる感じがするのは気の所為か? 

 珍しいって言ったの怒ってるのか……? 

 そして、俺がぶつくさ一人で考えていると、こころちゃんが服の裾を掴んできた。

 何か言いたげな顔をしている所を見ると、また謝ろうとしているのだろうか……

 

 

「こころちゃん、どうかした?」

 

「…結翔さん、一つ聞きたいことがあるんです」

 

「何? どうしたの?」

 

 

 ごめん、俺の勘違いだったわ。

 …まぁ、大事な質問だと言うことは分かったから良しとしよう。

 

 

「何で、ヒーローを自称するの止めたんですか?」

 

「…言ってなかったっけ? ヒーローは期間限定だったんだよ…。どんなに頑張っても、遠くない内に気付いちゃうんだ。ヒーローになんて、本当はなれてないって」

 

「諦めてはないんですね?」

 

「それは……」

 

 

 彼女の核心を突く言葉は、俺に深く突き刺さる。

 …諦めていない、そうさ、俺は諦めてなんかいない。

 ただ、今の俺じゃヒーローを名乗れない、だから名乗らないだけだ。

 

 

「…なら、私が言います。結翔さんは間違いなくヒーローです」

 

「違う!!」

 

 

 建設放棄地に、怒鳴るような大声が響く。

 普通の奴なら、ここで押し黙ってしまうだろうが、彼女たちは魔法少女。

 ちょっと怒鳴られた位じゃ、怯んで黙るなんてことは無い。

 

 

自分の身を犠牲にして、他者を守る人をヒーローと呼ばずに何と呼ぶんですか? 

 

「そ……れは…」

 

 

 フラッシュバックする記憶。

 かつての仲間たちから言われた言葉を思い出す。

 

 

『結翔くんは間違いなくヒーローですよ! ボクが保証します!』

 

 

 違う。

 俺はお前を……

 

 

『結翔は……ヒーローだと思う。何となくだけど』

 

 

 違う。

 俺がもっと強ければお前を……

 

 

『ヒーロー…ねぇ。結翔はなれる…と言うかなれてるじゃない?』

 

 違う。

 俺はあなたの弱さに気付けなかったんだ……

 

 

『立派なヒーローですよ。結翔君は。ワタシとやっちゃんの自慢ですっ!』

 

 

 違う。

 俺があなたに寄り添えていれば……

 

 

『自称じゃなくて、結翔は本当にヒーローだよ! ふんふん! わたしも…早く、最強になりたいなぁ』

 

 

 違う。

 俺はお前の強さに寄りかかろうとしていたんだ……

 

 

『オマエはアタシのヒーローだよ。どんな時も助けてくれる……アタシのヒーローだ』

 

 

 違う。

 俺はお前から一度逃げたんだ……

 

 

 過去の言葉が、今の俺をヒーローに押し戻そうと叩いてくる。

 違うと言ってるのに……それなのに……

 

 

「結翔さん。私、思うんですよ。万人を救うヒーローも、少数も救うヒーローも同じだって。…だって、救われる側は──守られる側は全てじゃなくて、自分自身を守ってもらいたいんだから」

 

「…………」

 

「小さい女の子が、白馬の王子様を待つのと同じです。大抵の人は、自分を守ってくれるヒーローを求めているんです」

 

「…そんなの決めつけだよ」

 

「そうです。決めつけですよ。…でも、その通りだと思いませんか?」

 

 

 また、言葉が詰まった。

 言い返す言葉がない。

 言い返せる言葉がない。

 口を開くことが……出来ない。

 

 

「だから、結翔さん。私の──ううん、私たちのヒーローになって下さい! どうしても、万人を救える、守れるヒーローを目指すんだったら、手始めに私たちの事を守ってください」

 

「その理屈、分かんねぇよ。ホント……」

 

 

 笑うしかなかった。

 ヒーローと名乗る気はない……ないけど、振り出しから始めるのも悪くないと思っている自分が居る。

 今日の件で街も、街に住む人も守れていない事を再確認してしまったから……

 

 

「私も、結翔の作り笑顔は見飽きたわ。…早く、本当の顔を見せてちょうだい」

 

「…言っとくけど、ヒーローって名乗るつもりはないからな?」

 

「それで構いません! 私やまさらが勝手に思うだけですから!」

 

 

 本当に、眩しいくらいの笑顔だ。

 純粋な瞳は、あの頃の自分を微かに思い出させる。

 ヒーローの存在を信じていたあの頃の自分を……

 

 

「……あぁ! でも、今日は疲れたから帰る! 鍛錬はなしだぁ!」

 

「ふふ。良いですよ」

 

「…少しお腹が空いたわ」

 

「昼飯食って二時間なんだが……。はぁ、マックでも寄って帰るか」

 

「賛成です!」

 

「意義はないは」

 

 

 歩幅は少しバラついていたが、心の向きにバラつきはない。

 この日、俺たちはまた少しトリオとして──家族として進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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幕間「夢の誓いと小さな決意」

 幕間の為、あらすじは次回に持ち越しです。


 ──結翔──

 

 雨はわりと好きだ。

 外の雑音をかき消してくれる。

 お陰で、室内でゲームをしたり、読書をする絶好の天気。

 …だけど、今の俺はそんな気分じゃなかった。

 何も悪くない雨に怒りすら覚えるほど、酷く不安定だったのだ。

 

 

 チームから離れて一週間弱。

 魔法少女として二段階ものパワーダウンをした俺は、魔眼無しでは魔女に勝てないほど弱くなっていた。

 その所為で、本当なら帰れる筈だった時間に間に合わず、土砂降りの雨に打たれながら歩いている。

 

 

 生憎な事に、財布は家に忘れ、スマホは充電切れ。

 助けを呼ぼうにも呼べず、一人冷たい雨に身を濡らす。

 まぁ、呼べたとしても、呼ぶ気などサラサラないが。

 

 

 歩いて、歩いて、歩いて。

 沈む心に呼応するように、雨は激しさを増す。

 段々と寒いと言う感覚も薄れてきて、人にぶつかってもそれが分からなくなっていた。

 

 

 家を目指している筈なのに、足が何処か違う場所に向かわせる。

 初めて、慣れ親しんだ、大切な思い出が詰まった神浜(この街)から逃げたくなった。

 ……いや、それ以上に、こう言う時に限って俺を見つけ出すアイツから──逃げたかったのだ。

 

 

 こんな状態でアイツの優しさに触れたら、きっと溺れてしまう。

 優しい、本当に優しい幼馴染(ももこ)に、俺は溺れてしまう。

 今は、鶴乃がくれる家族としての優しさより、親友として──幼馴染としてのももこの優しさの方が、俺は怖かった。

 

 

 溺れたら、脱げ出すことは出来ない。

 ヒーローを目指す事を、きっと放棄してしまう筈だ。

 それだけは嫌だ。

 例え、叶わぬ夢だとしても、もう自分から名乗りを上げることはないとしても……それでも──

 

 

「…諦められるわけ…ねぇだろ」

 

 

 死んだ仲間に誓ったから。

 助けられなかった仲間に……誓ったから。

 はたから見たら、自慰行為にしか見えない『ヒーローごっこ』を俺は続ける。

 この街を、街に住んでいる人を守り続ける。

 

 

 ──この身を懸けてでも。

 

 

「どこ、行く気だよ?」

 

「…………」

 

 

 覚悟を決め直した瞬間に現れるとか、本当にタイミングが悪い。

 …多分、アイツからすれば最高なのかもしれないが。

 

 

「もう一回聞くぞ。どこに行く気だ?」

 

「別に、どこでも良いだろ?」

 

「コッチは、折角作った料理が冷めないうちに食べて欲しいんだよ。お前だって、アタシの気持ち分かるだろ?」

 

「…分かる──けど、今はほっといてくれ」

 

「嫌だ」

 

 

 キッパリと言い張るももこの顔は悲しそうで、今にも泣き出しそうな酷いものだ。

 心配してくれてるのだろう。

 彼女をこれ以上悲しませない選択肢は簡単に取れる。

 そっと抱き締めてやれば、きっとももこは安心してくれる。

 

 

 泣きそうな酷い顔は、何事も無かったかのような何時もの笑顔に戻る筈だ。

 だが、抱き締めてやれるほど、寄り添ってやれるほど、俺は強さを取り戻せていなかった。

 

 

 大切なものを持つのが怖い。

 落とさない為に近くに居れば良いのに、それすらも怖く感じている。

 ももこに優しくするのも、優しくされるのも、俺は怖かったのだ。

 

 

 心底、自分の事を屑だと思った。

 ヒーローを目指しておきながら、正反対に位置する行為をしている自分が嫌いで嫌いでしょうがなかった。

 無力さをこれほど呪った日は、後にも先にもこれが最後だと思わせるほどに。

 

 

「鬱陶しいんだよっ!! ほっといてくれって言ってるだろ!!」

 

「…なんだよ! 心配してんのに、その言い方はないだろ! それとも、アタシにボロボロになっていくお前を黙って見てろって言うのか?! ふざけんなっ!!」

 

 

 持っていた傘を放り投げ、ももこは俺の胸倉に掴みかかる。

 雨に濡れた彼女の顔は歪んでいて、滴る雫は涙か雨か判別できない。

 でも、本気で怒ってくれていることが分かって、少しだけ…嬉しかった。

 

 

 だからこそ、突き放さなければ。

 俺の為にも、ももこのためにも……今は──

 

 

「ももこ、いい加減に──」

 

「頼むから、アタシの前から、居なくならないで。お前まで居なくなったら……アタシは……」

 

 

 不安定な気持ち──即ち負の感情は、ソウルジェムを濁らせる。

 なんとなくだが、俺はこの時悟った。

 お人好しな性格は一生掛けても直りそうにないと…。

 

 

 ──ももこ──

 

 アタシの泣き脅しが聞いたのか、結翔は家に帰ってきた。

 それまでは良かったのだが、アタシ自身が安心しきってた所為か、気絶するようにソファで眠ってしまったのだ。

 

 

 夜の十時過ぎになってやっと目が覚めると、何時の間にか毛布が掛けられていて、結翔がソファの下に座って眠っていた。

 自分の部屋で寝てもよかったのに、アタシを起こして運んでくれても良かったのに。

 コイツはそうはしなかった。

 

 

 少しづつ戻ってくる優しさが嬉しくて、ニヤニヤと笑みが零れる。

 チームを離れてから一週間弱、結翔はアタシを避けていた──いや、アタシから逃げていた。

 きっと、今のコイツに取ってアタシの心配や優しさは、毒寄りの麻薬だったのかもしれない。

 

 

 求めてしまったら、受け止めてしまったら最後、ずっと離れられなくなる。

 苦しいのに、辛いのに、離れられなくなる。

 …夢を手放さなきゃいけなくなる。

 可能性だ、あくまで可能性。

 

 

 だけど、結翔にとってそれは何よりも恐れることなのかもしれない。

 

 

 それでもアタシは、結翔に寄りかかって欲しい。

 遠慮なく、寄りかかって欲しい。

 幼馴染として、親友として、誰よりも頼って欲しいんだ。

 

 

 寄りかかってばかりは嫌なんだ。

 助けられるばかりじゃ嫌なんだ。

 隣に立ちたい、胸を張って隣に立ちたい。

 

 

 負った傷が有るなら癒してやりたいし、作った思い出があるなら共有したい。

 結んだ縁が解けそうなら、勝手に固結びにでもしてやりたい。

 

 

 立ち上がろうと足掻いていたら、手を伸ばしてやりたいんだ。

 コイツが今までしてくれたように、今までしてきたように。

 軽くてもいい、少なくてもいい、頼むからアタシにその持ったものを分けてくれ。

 大切なものは渡さなくていいから、お願いだから分けて欲しい。

 

 

 だって──

 

 

「…大好きなんだから、これくらい願っても罰はないだろ?」

 

 

 想いが届くのは、あとどれほど先だろう? 

 何時でもいい、返事はして欲しいけど……別にしなくてもいい。

 ただ伝えたい、貯め込んだ想いの丈を。

 真正面から、大きい声で。

 

 

 あの時は出来なかったけど、今なら出来る……気がする。

 ちょっぴりだけど強くなった…アタシなら。

 寝息を立てる結翔の頭を優しく撫でながら、小さく決意した。

 

 

 ……翌日、二人揃って風邪を引いたが、仲を戻せたので良しとする。




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九話「ブラックなものたち」

 こころ「前回までの『無少魔少』。結翔さんと私にまさらがでトリオの練習をしようとした矢先魔女が現れて、それと戦ったんだよね」

 まさら「加えて、結翔が私とこころのヒーローになったわ。序に、結翔の傷を抉ったりした」

 結翔「言うことに人の心が全く感じられないのは気の所為なのか?」

 まさら「気の所為よ。貴方、私の事を馬鹿にしてるの?」

 こころ「幼稚な喧嘩が起こりそうですが、気にしないで九話をどうぞ!」

 結翔「幼稚じゃない!」
 まさら「幼稚じゃないわ!」


 ──結翔──

 

 同居が始まり、区切りよく今日で二ヶ月。

 ルーティーンとまではいかないが慣れてきた生活。

 まさらにこころちゃんも、実家に居た時のような落ち着いた暮らしができているらしい。

 

 

 ……まぁ、一番良かったことは、まさらの夜這いがなくなった事だ。

 理性が持つか持たないかの瀬戸際の時もあったから、大分助かる。

 でも、結局の所、まさらの積極性が消えた訳では無く、急に頼み事や質問をしてくる。

 

 

 今、まさにそれが起こったところだ。

 

 

「…俺の職場が見たい?」

 

「そう。一度、見ておきたかったのよ。構わないでしょう?」

 

「………………」

 

 

 曇りなき眼が、俺を見つめる。

 いや、見つめるだけに留まらず見定めようてしているのだ。

 末恐ろしい奴だ、俺が隠している事を触れていい範囲で根こそぎ持ってこうとしてる。

 

 

 …職場──もとい事務所に連れて行くのは不味い。

 何せ、あそこには魔女や魔法少女の因果関係を纏めた書類だったり、世界の裏側に通じる機密書がわんさかある。

 目敏いまさらの事だ、何か見つける可能性がある。

 魔法少女の真実を、今知られるのは不味い…非常に不味い。

 

 

 どうせ耐えられるまさらは良いとして、こころちゃんにとっては惨い話になるだけだ。

 それに、それを知られたら俺の過去も話さなければならない。

 関係が未だに不安定な状態で話すべきではない事。

 

 

 深くため息を吐いたあと、確認するように聞き返した。

 

 

「本当に見たいんだな?」

 

「勿論。見たくなかったら言わないわ」

 

「…あの、実は私も……」

 

「行くのはいいけど。あんまり資料とかに触ったりしないでね?」

 

「貴方の上司に、もし許可が貰えれば良いかしら?」

 

「その場合は良いよ」

 

 

 まるで、俺の言葉を先読みしていたかのように、まさらがするりと強引な方法を口にした。

 鼻にかけない天才肌は、嫌いになれそうでなれない。

 彼女は特にそうだ。

 

 

「そう言えば……ももこさんは、結翔さんの職場に行ったことがあるんですか?」

 

「ももこだけじゃなくて、やちよさんも行ったことはあるよ。…あの二人はなんて言うか、保護者としてって感じだったけど」

 

「やちよ…この前来ていた」

 

「そっ。西側のトップでありまとめ役みたいな人。実力は言うまでもなく最強クラスだよ。まさらでも勝てない」

 

 

 やちよさんに対する正直な言葉を口にすると、まさらが少しだけ顔を顰める。

 怒っているのか、はたまた少し不快になっただけなのか? 

 表情の機微は段々と分かるようになってきたが、内にある感情は見通せない。

 

 

「実力順に並べるなら──俺≧やちよさん>鶴乃=まさら≧ももこ>こころちゃん。って感じかな」

 

「…随分な評価ね。貴方が一番上なんて」

 

「で、でも、実際その通りなんじゃないかな?」

 

「理解してると思うけど、俺は魔法少女の前に超人だ。超人としての異能力や別の力が有る限り、同じ土俵に立ったら俺の方が強いのは当たり前だ」

 

 

 超人、それは人を超越する力を持った人。

 異能力を使う者や、魔術を行使する者。

 他にも、血筋の関係で異能力ではない不思議な別の力を持っている者も居る。

 その全てを一緒くたに纏めて超人と呼ばれている。

 

 

 少し前に、まさらにこの説明をしたら、「魔法少女も定義的には超人じゃないのか?」と聞かれた。

 鋭い指摘に目を見開いて驚こうとしたが、以前咲良さんに魔法少女は別のベクトルの存在と言われていたのを思い出して、一人何とも言えない気持ちになった。

 

 

「取り敢えず、話はこれくらいにするか。今から行くぞー!」

 

「えぇ!? い、今から行って大丈夫なんですか? もう八時過ぎですけど?!」

 

 

 時刻は八時半手前。

 どうせ、今の時間なら咲良さんは残業中だ。

 悲しいかな、最近は魔女が多くなった所為で、色々と作業に追われている。

 

 

 …入る前から聞いてはいたが、世界の裏側に在るだけあってブラックな組織だ──本当に。

 

 

 ──まさら──

 

 結翔の職場はパッと見たら、二階建てのどこにでもある事務所だ。

 カモフラージュなのか、なんなのか? 

 分からないが、悪目立ちはしないだろう。

 紛れ過ぎていて、探すのは面倒だろうけど。

 

 

 玄関のドアをくぐると、大きな下駄箱が一つ付けられている。

 見たところ、下駄箱に靴はなく、脱ぎ捨てられた革靴が段差付近にそのまま置かれている。

 それを見た結翔は、何事も無かったかのように靴を揃えて中に入っていく。

 

 

 不思議な事に、中にも異常な点は見当たらない。

 玄関を上がって数歩進むと右手に二階へ上がる階段、更に数歩進むと左手にドアがあり、その先が書類作業や事務処理を行う仕事場。

 中には既に人がおり、死んだ魚のような目をしてパソコンと睨めっこをしていた。

 

 

 デスクの周りには、エナジードリンクの空き缶や、栄養ドリンクの空き瓶が所狭しと並べられている。

 当人に捨てる余裕もないのだろう、腰まである栗色の長い髪は少しボサついていて、濡れ羽色の瞳も酷く充血していた。

 

 

 顔立ちは悪くない筈なのに、他の要素が全てを殺している。

 女性的振る舞いにどうこう言う人間ではないが、彼女は休暇を取るべきだと一瞬で判断した。

 

 

「咲良さん? 大丈夫ですか?」

 

「…あっ。結翔君。……それに、まさらちゃんにこころちゃん?」

 

 

 私たちがここに居ることに気付いて、少し顔付きが変わった。

 何かを警戒するような、そういう感じがする。

 

 

「職場見学がしたいって聞かなくて。…良いですかね?」

 

「良いよ〜。その変わり、結翔君には私の仕事を手伝ってもらいます。二人の見学が終わるまで……ね」

 

「含みのある言い方ですね。萌坂咲良さん」

 

「は、初めまして…!」

 

 

 温度差…と言うより、態度差のある言葉だが、咲良さんは気にした様子もなく、パソコンに向き直る。

 

 

「二階にある訓練室だったら、二人だけで入っても大丈夫だよ。あと、この部屋にある書類は触っちゃダメ。危ないヤツもあるからね。…分かった?」

 

「分かったわ」

 

「はいっ!」

 

 

 注意事項は聞いた。

 少し見て回るのも、悪くない筈だ。

 そう思った私は、こころを連れて二階に移動する。

 二階への階段を上がると、丁度最上段を上がりきって一メートルの所にドアが設置されている。

 しかも、ただのドアではない、分厚い金属製の物だ。

 

 

 金属自体も、鉄や銅ではないのが一目で分かる。

 紫色の鉄や銅なんて見た事がない。

 

 

 興味を引かれるが、中を見るのが先だ。

 分厚いドアを難なく開けて、中を見渡す。

 ……驚いた。

 床、天井、地面、壁、全て白で統一されている。

 天井までは高さ十五メートル、広さも一階より何故が広い。

 所々に弾痕や切り傷、溶けたような形跡が見られるが、この際諸々の事は気にしないでおこう。

 

 

 彼の事で、疑問を挙げていったらキリがない。

 しばらく見渡していると、一つの機械を見つけた。

 真っ白な部屋だからこそ良く目立つ、近未来的な機械だ。

 後ろに付いて歩くこころをチラチラと確認しながら、機械の前に進み説明書らしきものを読む。

 

 

「まさら? これ、なんなのかな?」

 

「シュミレーションをする装置みたいね。仮想の敵を作って、それと戦えるみたい。仮想の敵と言っても、攻撃が当たったら怪我をするし、攻撃を当てたら、現実の敵と同じく感触もするらしいわ。……便利な機械ね」

 

 

 説明書の内容は全部英語で書かれているが、内容は読解するくらいなんて事ない。

 こころの方に説明書を手渡し、体験がてらに入っている敵の情報から適当なのを見繕う。

 …泡の魔女か。

 ちょっとした因縁のある相手だが、丁度いい。

 

 

 結翔との組手や魔女退治のお陰で、実力は向上している筈。

 前より強くなったかを確認出来る絶好の相手だ。

 

 

「こころ。この緑色のボタンを押すと、エネミーを生成してシュミレーションを開始。赤色のボタンでエネミーの生成とシュミレーションを中止出来るわ。他の設定は済ませてあるから、合図を出したらシュミレーションを開始してちょうだい。……もし、貴方が危険だと判断したらすぐに中止していいわ」

 

「えっ!? ま、まさら、これ……全部読んだの?」

 

「ざっくりと読んだだけよ」

 

 

 そう言って、私は部屋の中央に行く。

 着いたら、魔法少女の姿に変身して、こころに合図を送った。

 ただ手を振るだけ。

 それだけでも立派な合図だ。

 彼女もそれを分かっているのか、頷いてシュミレーションをスタートさせた。

 

 

 徐々に構築されていく魔女を見ながら、落ち着いて武器を構える。

 相手の行動パターンは把握しているのだ。

 なら、それを加味して作戦を立てればいいだけ。

 勝負の結果は──分かりきったものだった。

 

 

 ──結翔──

 

 見学に行ってから三十分が過ぎだ頃。

 二人が帰って来た。

 何故かこころちゃんはビクビクしており、まさらはこころちゃんの背後に隠れている。

 いや、状況的にこころちゃんが隠しているのか……

 

 

 苦笑いが漏れた。

 そんな事しても、隠せるわけがない。

 千里眼を使えば、どんな角度からでもものを見る事が出来るのだから。

 

 

「こころちゃん。分かってるから退いて。怪我治せない」

 

「すいませんっ!! 私がしっかり止めてれば……」

 

「まさらが悪いのは分かってるから。謝んなくていいよ」

 

 

 影に隠されていたまさらは、俺の前に出て来る。

 かすり傷程度だが、複数箇所に怪我が見られた。

 ……シュミレーションの装置を弄ったな。

 簡単には扱えないように、英語の説明書を使ってたのに。

 

 

「シュミレーションは楽しかったか?」

 

「暇潰しにはなった」

 

「そりゃ良かったよ」

 

 

 傷口をぐりぐりと弄ってやりたいが堪えて、生と死の魔眼で癒す。

 思ったより傷口は浅かったのか、数秒も経たずに傷は塞がり元の健康的な体に戻っていく。

 複数箇所あると頭が痛くなるからやりたくないが、深くなかったのは僥倖として諦めよう。

 

 

「……咲良さん。悪いんですけど──」

 

「帰っても大丈夫だよ。私もそろそろ仕事終わるし」

 

 

 言葉を言い切る前に、咲良さんが微笑みながらそう言った。

 上司がそう言っているのだから、部下は帰る以外の選択肢がない。

 

 

 バツの悪そうな顔をするこころちゃんと、呆気らかんとした表情のまさらを連れて外に出る。

 夜は九時を回っており、外にはもうあまり人が居ない。

 街灯を頼りに、家への道を進んで行く。

 

 

 だが、不意に背後からの視線を感じた。

 敵意がある訳じゃない。

 …少し前のまさらと同じ、興味の視線。

 じっくりと観察するかのような視線は、気味の悪さを感じてしまう。

 

 

(面倒事に巻き込むのも悪いしなぁ……帰らせるか)

 

「…ごめん。悪いけど先帰ってて」

 

「忘れ物かなにかですか?」

 

「…そんなとこかな。すぐ追い付くからさ」

 

 

 貼り慣れた作り笑顔を見せて、帰りを促す。

 二人とも、渋々と言った様子で帰ろうとするが、まさらだけが引き返して戻ってくる。

 

 

「こころ…悪いけど、先に帰っていてちょうだい。私も、用事が出来たわ」

 

「そう? …分かった。先に着いちゃったら、暖かい飲み物でも入れて待ってます」

 

 

 寂しげな様子で言葉を残すと、こころちゃんは去っていく。

 無言の圧力でまさらを見つめるが、帰ろうとする様子はない。

 …今日何度目かのため息を吐き、どこかに居るであろう誰かに問い掛ける。

 

 

「誰か居るんだろ? 何の用だ?」

 

「…怒らせてしまったかしら? だったらごめんなさい。少し見ていたかっただけなのよ」

 

 

 真っ黒いゴスロリドレスに身を包んだ少女が、背後にあった電柱の上から降ってくる。

 ……ツッコミをするのも億劫だ。

 服とは正反対に純白の髪と、ルビーの瞳。

 陶磁の透き通る白い肌は、何かの病気にかかってるかのようだ。

 

 

「誰だ?」

 

「初めましてね。私はラプラス。ラプラスの悪魔、と言ったら分かるかしら?」

 

「ラプラスの悪魔──もといラプラス・デモン。主に近世・近代の物理学分野で、因果律に基づいて未来の決定性を論じる時に仮想された超越的存在の概念。ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つがゆえに、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知りえる、超人間的知性の事」

 

「正解。お嬢さんは博識だね」

 

「…別に、暇潰しに調べていた時に見つけて覚えただけ。……でも、貴方がラプラスの悪魔なら可笑しい事がある。貴方は、存在を否定された筈。何故、存在出来ているの?」

 

 

 俺の目の前で繰り広げられる会話。

 関係的には俺の方が深くある筈なのに、まさらが会話の流れを掴もうとしている。

 コイツ、もしかしてその為に……

 

 

「博識なだけでなく、聡いね。存在出来ている理由だったか……そんなの簡単さ、私を創ったのは『神』だ。例え人間に存在を否定されても、私の存在を完璧に消すことは出来ない。消せるのは神だけ。まぁ、この世界で存在を否定されると、活動はし辛くなるけどね」

 

 

 カラカラと笑うラプラスの悪魔。

 見た目は厨二病拗らせちゃった痛い子なのに、存在的には神の創造物の一つ『悪魔』だ。

 

 

「……で。ラプラスは何の用があってここに来たんだ?」

 

「君も薄々気付いているだろ? 契約だよ。遅くなって悪かったけど、契約を結びに来たんだ。私は君の契約悪魔だからね。私と契約すれば、連鎖的に全ての魔眼の契約が完了する。……因みに、私の魔眼は未来視だ。何時も使ってくれているのは知ってるよ。よ〜くね…」

 

 

 ペロリと唇を舐める動作は扇情的だが、それ以上に濃厚な魔力を感じる。

 魔女や魔法少女、魔術師とも根本的に違う。

 彼女が悪魔だと、疑う事は無い。

 だが……契約はしない。

 

 

「契約はしない。悪魔に魂を売るつもりは無い」

 

「酷いなぁ。私の魂と半分交換するだけだろう? しかも、信頼の為に」

 

「フェーズ2にシフトが上がれば、暴走の危険性もある。悪いけど、それぐらいは知ってるよ」

 

 

 ヘラヘラと笑って、ラプラスに言い放つと、彼女は心底残念そうに呟いた。

 

 

「残念だ。…じゃあ、全知である私が予言をしよう。……そうだな、君は私と絶対に契約する。その時の君は、相対する敵に果てしない憎悪と殺意を向けている事だろう。最終的に、藍川結翔──君は大切なものを自分の手で殺す──いや壊す事になる。私の予言は絶対だ」

 

 

 強い語気でそう言うと、ラプラスは霞のように消えていく。

 気が付けば、そこには誰も居なかった。

 隣に居るまさらが、刺すように俺を見ている。

 帰ってからの質問地獄に辟易しながら、二人で暗い夜道を歩いた。

 

 

 その日からまた夜這いが始まったが、何も考えなようにした。

 




 お待たせして、申し訳ありませんでした!

 次回もお楽しみに!

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十話「加速する運命」

 まさら「前回までの『無少魔少』。ラプラスの悪魔と遭遇したり、結翔の職場のブラックな一面を見たわね」

 結翔「俺にとってはつい最近まで日常風景だったけどな」

 こころ「あれが日常風景だったのは労働基準法的に不味いんじゃ…」

 結翔「…………………………大丈夫だよ」

 こころ「凄く間が長かったんですけどっ!?」

 まさら「色々な意味で危ない組織ね」

 結翔「気を取り直して!アプリ的にやっと本編!それでは、十話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 前略、なんやかんやで同居生活が三ヶ月をすぎた。

 …まぁ、なんやかんやで済ませるのもアレなので、端折って説明しよう。

 あった事の一つとして、まさらを特撮好きに洗の──じゃなくて、特撮好きになるように布教した。

 

 

 発端は些細なものだった……

 日曜の朝、ソファで寛ぎながら今か今かと仮面ライダーゼロワンが始まるのを待っていると、まさらが不意にこう言ったのだ。

 

 

「子供が見るものを見て、楽しいの?」

 

 

 大人気ないと思うが、俺はこの一言にカチンとキタ。

 祝日の朝と言う落ち着きのある時間帯に、俺の怒涛の洗脳──もとい布教活動が始まり、その日からまさらは特撮漬けの日々を送った。

 ローカルなモノからメジャーなモノまで、俺が知っている限り全ての特撮番組を見させ……結果。

 

 

 知識に富んだ特撮オタクが出来上がることに……

 当初、俺はそこそこレベルで好きになってくれたら御の字だと思っていたが、彼女は化けた。

 映像から入り、その後武器や変身道具、技や身体能力など、様々な知識をスポンジのように吸収して覚えたのだ。

 

 

 …取り敢えず、これが一つ目。

 二つ目は、小さい事だが、三人での連携が実践でも活躍できるまでに向上した。

 ほぼ、俺の仕事に付き合わされた所為なのだが…気にしない方が良いだろう。

 

 

 三つ目は……いや、特になかったな。

 ぶっちゃけ、それ以外は普通だった。

 ちょっと銀行強盗に巻き込まれたり、ちょっとヤクザに因縁ふっかけられてドンパチしたが──まぁ、特に何もなかったに近い。

 

 

 一ヶ月を振り返る事数分、ベットの上に居るのも不味い時間なので急いで起き上がる。

 こころちゃんの事なので、食事に問題はないだろうが、やらせっぱなしでは気が引ける。

 当番制にしてるとは言え、任せきりにするのは自分自身で許せなかった。

 

 

 パジャマをベットに脱ぎ捨て、学校に行くために制服に身を包む。

 学ランを着なくて済むのは良い。

 襟がどうにも鬱陶しいのだ。

 その点、ブレザーは良い。

 着やすいし、脱ぐのも簡単だ。

 

 

 殆ど羽織っているだけでも、先生に怒られることはない。

 ネクタイが有るのは──将来の練習だと思えば良いだろう。

 そうやって、自分に意味不明な言い聞かせをしつつ、着替えを終わらせて部屋を出る。

 バックはいつも下のリビングに置いているので問題はない。

 

 

 バタバタと忙しなく音を立てながら階段を下りて、リビングに辿り着く。

 すると、テーブルの上には普段通りの朝食が乗っていた。

 ハムエッグサンドとサラダ、飲み物に牛乳と言うシンプルな朝食。

 

 

 シンプルイズベストの言葉通り、俺はこの朝食が大好きだ。

 鼻歌交じりに席に着くと、対面に座りテレビを見ていたまさらが、相も変わらず無表情で俺を見つめる。

 

 

「おはよう。事件は?」

 

「おはようのあとの言葉がそれ? 貴方…、まぁ良いわ。特にそれっぽいのはないわね。私や貴方に関係するものは」

 

「そっか。……俺の方もメールは来てないし。今日はオフかもな」

 

 

 まさらの返しに、メールを確認するため一拍置いてから言葉を続けた。

 続けた言葉は希望形で、オフかも…としか出てこない。

 何処で、何時、何が起こるかなんて誰にも分からない…筈だ。

 事件を起こす犯人や、未来の全てを知っているヤツでもない限り……な。

 

 

「だったら、今日も集まりますか?」

 

 

 料理の片付けを終えたこころちゃんが、エプロンを着たままイスに座る。

 お弁当の準備がまだ残っているのだろう。

 手伝う考えをしながら、まさらと対照的な明るく朗らかな笑顔に癒され、頬が緩む。

 こう言う笑顔を守る為に、自分は頑張っているんだと再確認出来る。

 

 

 悦に浸る俺の脛を、まさらがスリッパの先で小突く。

 小突くのレベルがサッカーでボールを蹴る時の勢いと変わらない事に悶絶してる隙に、いただきますの声が聞こえ急いで俺も挨拶をする。

 

 

 同世代女子と同居してるのにも関わらず、この空間は何処にでもある極々平凡な家族のように見えた。

 縮まった距離感に、またしても頬が緩む。

 最近は良い事が多くて、心に癒される。

 悪い事も多いので、プラスマイナス的にはゼロだが……そこは気にしないでおこう。

 

 

 今日、俺の運命と言う名のレコードは、盤面を削りきる勢いで加速する。

 ……ある一人の少女との出会いが切っ掛けとなって。

 

 

 ──いろは──

 

 ──最近、私は同じ夢を見る。

 知らない女の子と病室の夢。

 その子が、ベットで本を読んだり、食事をするのをただ眺める夢。

 

 

「──────、────。────!」

 

 

 その子は、時々私に笑いかけて何かを言う。

 だけど私には、その声が聞こえない。

 

 

「────」

 

 

 静かで平穏な風景……

 なのに、胸が苦しくなるのはどうして? 

 ねえ、あなたは、私の──

 

 

 何か言おうとして、そこでプツンと映像が途切れて、夢の世界から叩き出される。

 私と同じ桃色の髪と朱色の瞳を持つ少女。

 

 

 神浜市に行ってから、何回も…何回も繰り返し見た夢に出てくる少女。

 そして、もう一つ。

 小さいキュウべえ……。

 会えれば、きっと何か分かる。

 

 

 確かめなくては行けない。

 夢を見てから、しきりにうごめく、押し込められた何かを探る為に。

 

 

 その日、私は学校帰りに神浜市に訪れた。

 夕暮れ時、新西区のある駅で降りた私は、魔女の気配を探りながら街を探索する。

 使い慣れてないスマホはあまり役に立ってくれない。

 …私自身が機械オンチなのか、地図アプリすらまともに扱えないのだからしょうがない。

 

 

 探る事数十分、幾ら探そうとも魔女や使い魔の数が多すぎて上手く魔力を追えない。

 

 

(魔女を追っていれば見つかると思ったけど…。ううん、諦めちゃダメだ。多分、この近くに魔女は居る。もう一度、探ってみよう…)

 

「──っ!? 違う! すぐそこに居る……!」

 

 

 掴んだ反応を逃がさない為にも、遅く帰ってお母さんに心配をかけない為にも、急いで確認しないと。

 使命感と私情に突き動かされるままに、私は魔女の結界を見つけ当てた。

 

 

「あった。魔女の結界を…」

 

 

 だけど…何故だろう。

 違う魔力も感じる。

 …違和感の正体は、すぐに分かった。

 

 

「中に居るんだ…。しかも、苦戦してるっ!」

 

 

 急いで助ける為に、魔法少女へと変身して中に入る──

 

 

「ちょっと待って!」

 

(…不味い…見られちゃった…)

 

 

 明らかに男の人の声。

 魔法少女の存在がバレるのは不味い。

 中に入って助けたい自分は居るが、助けたあとの言い訳を必死に考える自分も居る。

 

 

 今の内に考えないといけない。

 命懸けの状況では考える余裕すらないのだから。

 

 

「あの…ええと…こ、これは…その!」

 

「魔法少女の事は別に聞かないから安心して。でも、あんまり他所のテリトリー()に入るのは感心しないな」

 

 

 優しい声だった。

 色々と疑問が浮かぶ中、振り向くと──その人は居た。

 黒い髪に赤褐色の瞳と言うアンバランスにも見える二つが特徴的な人。

 整った顔立ちは、テレビに出ているアイドルよりもカッコ良く見える。

 

 

 ぼーっと見つめていると、男の人に肩を叩かれた。

 

 

「君と同じで、俺もこの魔女の結界に用があってね。…どうしてもって何かがあるなら、一緒に来る?」

 

 

 魔法少女でもない人が、魔女の存在を知っている。

 それ以上に、「一緒に来る?」と言う一言が私の頭を疑問符で埋めつくした。

 

 

「あ、あの、一緒に来るって言うのは…?」

 

「…色々と深い理由(わけ)はあるんだけど、俺も魔法少女なんだよね」

 

「へっ?」

 

 

 間の抜けた声が、私の口から漏れ出す。

 漏れ出したら、私の口は塞がらず、驚きのあまり言葉にならない絶叫が飛び出した。

 

 

────────!!! 

 

 

 これが、私と──藍川結翔さんの出会い。

 出会いは、私と結翔さんの運命を歯車が壊れる勢いで加速させた。

 そう、始まりはいつも唐突だった。

 

 

 

 

 

 

 




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十一話「知り合った二人」

 結翔「前回までの『無少魔少』。ようやくいろはちゃんと出会ったり、まさらが完全なる特撮オタクになったりしたな」

 こころ「……後半部分は要らないのでは?」

 まさら「いくらこころでも、特撮を要らない呼ばわりは聞き捨てならないわ!」

 結翔&こころ(…うわぁ、面倒臭い人オタクにしちゃったなぁ)

 まさら「特撮は要らなくないわ!全人類にとって、三大欲求の次に必要と言っても過言ではない!」

 結翔「いや、過言だろ。……取り敢えず、こうやって暑くなっているまさらや面倒臭がっているこころちゃんが出てこない十一話をどうぞ!」

 いろは(……何も喋れなかった)

 まさら&こころ「えっ?私たちメインなのに出番無い(の・んですか)!?」
 


 ──結翔──

 

 よその魔法少女()の悲鳴が響き渡って数秒後。

 やっと落ち着いたその子の前で、証明のために魔法少女に変身する。

 眩しいほどの黄色い光の粒子が舞い、俺の体は瞬く間に別物に変わっていく。

 

 

 程よく肉付きのある体、パースの整った顔立ち。

 腰まで伸びた黒髪は特に纏められておらず、体を揺らせば左右に髪がまう。

 男のお前がどうしてそうなるんだと言う程の美少女的容姿。

 

 

「……ほ、本当に、魔法少女だったんですね」

 

「そっ。悪いけど話は後で。飛び道具か…支援に回ってもらっていい? 俺、近距離タイプだからさ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 緊張しているのか、やけに高い声で返事をする彼女に笑を零しながら、俺は魔女の結界に足を踏み入れた。

 異世界……そう言っても過言ではない程に摩訶不思議な空間。

 千里眼を発動し、辺りを見渡す。

 

 

「魔力反応は……近いみたいです」

 

「うん。…そこまでは分かるんだけど、正確な場所となるとねぇー」

 

 

 手探りな状態で、魔力反応から目的の魔法少女を探していると。

 聞き覚えのある声が響いてきた。

 

 

「ひゃああ!!」

 

 

 ……魔力反応の時点で薄々察していたが、かえでか……

 

「──!? あっちだ!」

 

「みたいだね。……突っ込む、無茶振りもいいとこだけど、フォローお願い」

 

 

 そう言い終えると、俺は両手に愛用してきた武器を魔力で編む。

 グロックと片手剣。

 剣の刃の長さはいつもより長く、一メートル程にして、グロックに込める弾も単純な魔力で作った物ではなく、炎属性の弾を込める。

 各属性の弾を込めたい所だが、悠長にしている時間はないのだ。

 

 

 使い魔であろうアリにも似た敵は、目視できるだけでも十匹。

 かえでは悲鳴を上げながらそれに追われている。

 早く助けないと……! 

 走り回っているのに破壊の魔眼で狙いを付けるのは難しいし、未来視と掛け合わせるのも負担が大きいから連発できない。

 

 

 なら、グロックで追いつかれそうな奴から始末する。

 左手に握っていたグロックを構えて、次々と発砲していく。

 放たれた弾丸は寸分の狂いもなく、使い魔の頭部らしき部分に当たり、追いつきそうだった個体の全てが燃えていく。

 ローブを羽織った後ろの魔法少女の子も、何とか足止め程度の攻撃は出来ている。

 

 

 ……だが、感じ取っただろう。

 使い魔であるにも関わらず、自分の地域との位が違う強さを。

 まぁ、目は諦めるなんて微塵もなさそうな感じだけど……

 

 

 兎に角、今はかえでの救出が先だ。

 追っていた使い魔達は倒したが、ここま結界内、何時何処から襲って来るかなんて分かりやしない。

 未来視にも限度があるので、俺は全速力でかえでの下に向かう。

 

 

「おい! 大丈夫か?」

 

「ふぇっ!? …ゆ、ユート君? …それに……」

 

「大丈夫!?」

 

「え…その……うん」

 

 

 若干知らない魔法少女()が居ることに戸惑っているが、長居するのは危険だ。

 魔女自体は強くないが、数で来られると厄介極まりない。

 逃げるが吉、だろう。

 

 

「色々言いたい事はあるが、話は後だ…。すぐに結界から出るぞ!」

 

「う、うん!」

 

「はいっ!」

 

 

 結界から出る途中、何度か使い魔に遭遇したが、俺がグロックで瞬殺していたので、あまり時間をかけずに外に出る事に成功した。

 

 

「ふゆぅ………………」

 

「はぁ…何とか逃げられましたね」

 

「……そうみたいだね。怪我もしてないみたいだし、良かったよ」

 

「う、うん、ごめんね。助けれくれてありがとう…」

 

「ううん。気にしないで」

 

「そうだぞ、あんまり気にすんな。これも仕事の内だ」

 

 

 俺がそう言い終えると、入れ替わるようにローブの魔法少女の子が、眉を八の字にしてこう言った。

 

 

「ただ、使い魔が強くてちょっと驚いちゃった」

 

「強くて…? あの、もしかして、神浜の外から来たの?」

 

「え? …うん、そうだよ?」

 

 

 かえでの言葉に、その子は首を傾げながら返した。

 聞かれた言葉の意味がよく分かってらしい。

 かえでの言葉を補足するように、俺が言葉を継ぎ足す。

 それは試す言葉で、それは生かす言葉だ。

 

 

「……もし、生半可な気持ちで居るなら帰った方が君のためだよ。ここの魔女、他の町のより強いからさ。さっきの魔女も、この街の奴らなら一人でも倒せるよ」

 

「え…うそ…?」

 

「ユート君の言ってる事、嘘じゃないよ…」

 

「…心配してくれてありがとうございます。でも、私まだ帰れないんです」

 

 

 一生懸命な瞳だった。

 おい縋っているようで、純粋に追い求めているようで。

 どこか矛盾しているような、真剣な瞳だった。

 

 

「え、でも本当に…」

 

「あ、えっと、二人の話を疑ってる訳じゃないの! ただね、ちょっとここに来たのは理由があって…。」

 

「理由…?」

 

「それは、何の事?」

 

「あ、そうだ…。この街で見た事ないですか…?」

 

「な、何を?」

 

小さいキュウべえなんだけど…。キュウべえの子供みたいな…」

 

 

 小さいキュウべえ……か。

 丁度、調査対象になってた奴だよな。

 神浜に起きてる異常事態の一つ、通常の個体が居なくなり、特殊個体とも言える小さいキュウべえしか居ない事。

 他にも、噂……もといウワサの件だったり、魔女の増加の件だったり。

 

 

「小さい…キュウべえ…?」

 

「ご、ごめんね、知らないよね」

 

「いや、俺は知ってるし…かえでも──」

 

「う、うん。見た事あるよ」

 

「…………ホント!?」

 

「ああ。最近、この街にはあのキュウべえしか居ないからな」

 

 

 俺とかえでの言葉を聞いたローブの子は自然と顔が綻び、笑顔が漏れ出した。

 それほど大切な目的が有るらしい。

 小さいキュウべえが見つかった事を、心底喜んでいるようだ。

 

 

「私、その子を探しに来たの!」

 

「ふぇええ!?」

 

「へ〜」

 

「前に一度見てるんだけど、どこにいるか分からなくて…」

 

「あっ! それなら、急いだ方が良いよ!」

 

「い、急いだ方が良い…?」

 

「うんうん! さっきの結界に居たと思う。…見間違いじゃなければ…だけど…」

 

「えぇ!?」

 

 

 今度は喜びの表情から一転し、驚愕したらしくキョロキョロと辺り見渡す。

 魔女を探しているのだろうが──如何せん俺が派手にやり過ぎた。

 既にどこかに逃げた後だ。

 

 

 ……少し、悪い事をしてしまったかもしれない。

 

 

「教えてくれてありがとう! 私、さっきの魔女を追ってみる!」

 

「でも、慎重にね。あの、小さいキュウべえ。警戒心が強くて逃げちゃうから…」

 

「うん、分かった! ありがとう!」

 

 

 ……やっべ。

 色々と事情聴取する筈だったのに行かせちゃった。

 よその所の魔法少女のデータは、うちにないからなぁ。

 すぐに追い掛けたいけど…その前にやるべき事をやらねば。

 

 

「……なぁ、かえで?」

 

「ひぃい!? な、何かな、ユート君?」

 

「俺が前に言った事、覚えてるか?」

 

「……一人で魔女狩りはしない。どんなに弱くても、二人以上でやる事」

 

「勿論、理由も覚えているよな?」

 

「一人だったらミスしたらその時点で終わりだけど、二人ならフォローし合えるから……?」

 

「そうだ」

 

 

 覚えている事自体は嬉しいが、守れないようじゃ意味がない。

 撫でるような手つきのまま、頭に手を下ろすと、指先で頭にあるツボを押すように力を入れる。

 痛いけど、泣かない程度の強さで。

 

 

「ふゅぅうう!! 痛い、痛いよぉ、ユート君!」

 

「俺を心配させた罰だ。大人しく喰らっとけ」

 

 

 ウルトラマンの活動時間と同じくらいツボ押しを続けると、かえでは涙目になっていたのでそこでストップする。

 これで、次は約束を破ろうとはしないだろう。

 …………どんなに強い魔法少女でも、死ぬときゃ一瞬だ。

 一回のミスが、一瞬の遅れが、取り返しのつかない悲劇を産む。

 

 

 魔法少女の世界とはそう言うものだ。

 ……まさらには、もう少しそこら辺を考えて欲しいと、トリオを始めて感じている。

 

 

「…ほら、早く帰れ。門限だー! とは言わないけど、もういい時間だ。あんまり夜遅くに出歩くな、補導対象になるぞ」

 

「……はーい。ユート君も、気を付けてね。あの子、追うんでしょ?」

 

「一応ね。事情を聞かないといけないから」

 

「じゃあね、また明日」

 

「はいはい。また明日」

 

 

 そう言ってかえでを送り出すと、俺はもう一度千里眼を発動しあのローブの子の場所を探る。

 今回の件は、何時もより骨が折れそうだと、直感が囁いているような気がした。

 だが、ここで足を止める訳にはいかない。

 

 

 この街に入った時点で、あの子は守る対象だから。

 神浜に悪さしに来た訳じゃ無いだろうし、悪い子じゃなさそうだ。

 ならば、守らなければならない。

 何故なら、それが俺の役目だから。

 

 

 ──いろは──

 

 二人と別れて走り去ったあと、私は魔力反応を頼りに魔女の居場所を特定しようと奔走していた。

 そして────

 

 

(見つけた…! これ、さっきの魔女と同じ魔力パターンだ…。これなら追って行けるけど…何だか変な感じ…)

 

 

 さっきまで人が多い所に居たのに……今は人気が少ない路地裏に居る。

 理由が分からない以上、警戒心は解かないが…………

 やっぱり何か変だ。

 まるで、誘き出されてるみたい。

 

 

(まさか…!? 魔力反応は……近い! …違う! 向こうから来てる!)

 

 

 結界内に取り込まれた事から、私は一気に警戒レベルを上げて、辺りを見やる。

 しかし──

 

 

「…………あれ…?」

 

(…使い魔は…居ない?)

 

「──っ!?」

 

「キュ?」

 

 

 居た! 

 小さいキュウべえだ。

 明らかに他の個体とは違う容姿が、その証拠だろう。

 

 

「いたぁ!」

 

(あ…ゆっくり近付かないと、逃げられるかもしれないし…)

 

 

 ゆっくりと私が歩み寄ろうとしたその時、小さいキュウべえはあちらから近付いてきた。

 

 

「モキュー!!」

 

 

 警戒心が強いはずじゃ……、そう疑っていると、使い魔の耳に響く声が聞こえてきた。

 

 

「☆▲▽ポッポ──!!」

 

「こんなときに…! ──っ!?」

 

「▽シュッ■◆☆ポツ◇!!」

 

「何この数!? ……まさか、この使い魔、私が追いかけてるって」

 

 

 最初から気付いていて誘き出した? 

 態々路地裏にみたいな人気のない場所を選んだのも、他の魔法少女に見つからない為? 

 だったら不味い。

 さっきの戦いで分かったが、正攻法じゃ勝てないし、無理をしてもこの数を捌ききれる気がしない。

 

 

(どうしよう……どうしよう……。)

 

 

 思考が止まりかけるが、ここで終わる訳にはいかない。

 まだ知りたい事がある、知らなければならない事がある……気がする。

 なら死んでなんてやるもんか! 

 

 

 使い魔の攻撃を喰らいながらも、反撃で少しづつ数を減らしていく。

 私の武器はクロスボウ、連射力もあるが、魔力を溜めればパワーの篭った一撃だって入れられる。

 何とかそれを反撃として使い、減らせてはいるが……

 

 

「ポポッ▼△◎★!!」

 

「──っ!? そんな、こっちからも…!?」

 

 

 減らしても減らしても、増援が来て。

 減っては増えて減っては増えての状態。

 しかも、死角だった部分に来た使い魔の一撃を、私はノーガードで喰らってしまう。

 

 

「ふうぅぅう! はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

 意識が飛かける程のものじゃないが、どんどんと戦える余裕がなくなっていく。

 一度結界から出なければ……死ぬ。

 使い魔から喰らった攻撃の痛みが、それを私に教えてくれる。

 

 

(だめ…一回戻らないと…)

 

「☆▲▽ポッポー!!」

 

「あっ…」

 

 

 またしても、死角から現れた使い魔に目がいった瞬間、間の抜けた声が口から漏れた。

 そして、使い魔から攻撃が放たれ反応できなかった私に直撃する。

 

 

「ゥアアァッ!!」

 

 

 この言葉を最後に、私の意識は深く落ちていく。

 だが、ゆっくりと落ちているのか、薄らと意識がある。

 

 

(あれ…私…どうなったの…? 力が…はい、らない…)

 

 

 浅い夢を見るような意識の中、小さいキュウべえが目の前に現れる。

 

 

(キュウべえ…)

 

 

 そして、それ以外にも二人、私の前に現れる。

 一人はさっき会った人で……もう一人は……青墨色の髪に、碧色の瞳の魔法少女。

 

 

「ここは、あなたが居ていい街じゃないわ」

 

 

 ……彼女の言葉が、ゆっくりと落ちていた私を押して、深く……深く……私は──

 

 

 ──結翔──

 

 ギリギリの所で間に合わなかったらしい、ローブの子は気絶しており、やちよさんが彼女を守っている状態だ。

 ……多分、彼女一人でもどうにかなっただろうが、そうやって見過ごす事は出来ない。

 やちよさんに加勢し、邪魔だった使い魔を魔力で編んだ大鎌を振り回すことで払っていく。

 

 

「……すいません。遅くなりました」

 

「…別に、大丈夫よ」

 

「あの子には色々と事情を聞かなきゃいけませんから、助けて下さって助かります」

 

「この街に無駄な死体を増やしたくないだけよ」

 

「…そう言う事にしときます」

 

 

 そこで、俺たちの会話は途切れ、使い魔を狩るのに集中していく。

 あらかた片付け終わった所で、やちよさんと一緒に結界を出る。

 勿論、ローブの子は背負っていく。

 寝ている女の子の体を触るのは、色々アウトな気がするが、警察の肩書き(国家権力)がある限り大丈夫だろう……大丈夫であって欲しい。

 

 

「…取り敢えず、俺はこの子を寝かせられる場所に。……やちよさんは?」

 

「あなたの行動次第で、またその子の前に現れるかもね」

 

「分かりました…。戦わない事を祈りますよ。魔法少女同士の争い程、不毛な事は無いですし」

 

 

 俺はそう言い残し、その場を去って、近くにあった公園を目指す。

 ……因みに、変身はちゃんと解除している。

 ローブの子も、変身は気を失った所為で強制解除されている。

 

 

 五分もしないで公園に着くと、俺はベンチに彼女を寝かせ、羽織っていたブレザーを体にかけておく。

 これで体は冷えずに済むだろう。

 ……まぁ、俺の体は冷えるので、ココアでも買いに行くのだが……

 

 

 太陽が沈み、月が仕事をし始めた頃、彼女は唐突に目を覚ました。

 自分にかけられているブレザーに首を傾げている所に、俺が声を掛ける。

 

 

「おはよう、調子はどう?」

 

「へっ? あ……あなたは……」

 

「そういや、まだ名前言ってなかったっけ? 俺の名前は藍川結翔。魔法少女で──一応警察官だよ」

 

 

 そう言って、俺はいつも携帯している警察手帳を、ズボンのポケットから取り出してみせる。

 階級は警部で、役職的には公安Q課の係長。

 本来なら諸々のキャリアがなければ、俺の歳でなる事など不可能だが、魔法少女として公安の警察官として、実績は山ほど積んだ為、昇格して今の役職に。

 

 

 目の前にいる少女も、目を丸くして驚いている。

 何せ、俺はまだ十五歳。

 警察官になんてなれる筈ない。

 …アルバイトだけど、咲良さんからはアルバイト扱いされてないし、実質正式な警察官に近いのだが……

 

 

「………………す、すいません! ぼーっとしてしまって。…ええと、藍川さん? で良いですか?」

 

「好きな方で呼んで、気にしないから。あっ、あと敬語もなしね。歳あんまり変わらないし」

 

「はい。ええっと、私の番ですよね? …私の名前は環いろはです。よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 

 こうして、俺といろはちゃんは本当の意味で知り合った。

 未来を視れる俺でさえも、この後の展開は全く予想出来なかった。

 まさか、この子が神浜の運命を変える内の一人だったなんて。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

 最後に、投稿が遅れまして申し訳ありません。
 それと、明けましておめでとうございます。


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十二話「夢を追う少女と、それを守る少年」

 いろは「前回までの『無少魔少』。結翔さんと私が会った話ですね。……あらすじで呼び方変えていいんですかね?」

 結翔「良いんじゃない?どうせ変わるんだし。何時変わるか期待して待っててもらえれば」

 まさら「そうやって、私たちで期待値上げるからしぃが投稿し辛くなるんじゃないかしら?」

 こころ「その説、若干説得力がありますね……」

 結翔「取り敢えず、今回もヒロインズのこころちゃんとまさらは登場しないので悪しからず」

 しぃ「……多分、序章の最後の方まで出番はあるか分からないです。……申し訳ない。……取り敢えず、出会った二人はどうなるのか?十二話をどうぞ!」

 結翔&まさら&こころ&いろは『えっ?なんでしぃ(さん)がそれ言う(の・んですか)?』


 ──いろは──

 

「…一応、挨拶も済んだし。これからどうしよっか?」

 

「私っ! まだ小さいキュウべえを探したくて……」

 

「分かった…。でも、あの人に魔女に負けたのを見られたのは、ちょっと──いや、かなり悪いね。調整屋に行くしかないかぁ…」

 

「ちょ、調整屋?」

 

 

 藍川さんの口から出てきた調整屋、と言う言葉に私は首を傾げる。

 聞いた事がない……それどころか、どんな事をしている場所なのか、想像つかない。

 そんな私を見て察してくれたのか、藍川さんは私に調整屋の説明をし始める。

 

 

「調整屋はね、俺たちのソウルジェムに触れて、他の魔力を注ぎ込んだり、潜在能力を引き出したりしてくれる場所だよ。……まぁ、口で言っても伝わらないし、実際に行こうか」

 

「は、はい……」

 

「心配しないで、君が目的を果たすまで俺が守るから。色々と事情も聞きたいしね」

 

 

 カラカラと笑いながら、私の事を守ると言ってくれる藍川さんは、本当に善い人そうだ。

 起き上がったばかりの私を支えてくれたり、歩く際もこちらに歩幅を合わせてくれる。

 滲み出る優しさが眩しい、そう思える人だ。

 

 

 そうして、公園から出て調整屋に行こうとした時、前方から誰かが走ってきた。

 

 

「おーい! 結翔ー!」

 

「微妙なタイミングだな…。まぁ、俺たちが公園から完全に出た後じゃないだけマシか……」

 

「ひでぇ言い様だな。いきなり電話で呼び出したくせに」

 

「悪かったよ…今度なにか奢るからそれでチャラにしてくれ」

 

「嘘だよ。奢らなくても良いから…話は電話で聞いたけど、その子が?」

 

 

 緋色の瞳と明るい黄色の長い髪をポニーテールにまとめた女の人は、私の方を見ながらそう言った。

 同じ女性として、羨ましさが溢れる容姿をしている。

 大人の女性一歩手前、そんな所だろうか。

 だけど、この人も私や藍川さんと同じ魔法少女なんだろう。

 

 

「そっ。同性のお前が居た方がリラックスできるかな〜って思ってさ」

 

「はぁ。…なら、別にアタシじゃなくても良くないか? こころちゃんにまさらちゃんも居ただろうに」

 

「実力的にまさらは問題ないけど性格的な問題があるし、こころちゃんだと少しだけ実力に問題がある。と言っても、ほんの少しだけどな」

 

「で、アタシが呼ばれたと? 何だよ、消去法じゃないか」

 

 

 目の前で繰り広げられる言い合いに、私は参加する事など出来ず、ただただぼーっとそれを眺める。

 悠長にしている時間は無いのに、何故か二人の言い合いは少し心地が良く感じたからだ。

 既視感(デジャブ)のある光景だった。

 ……いや、もしかしたら私は──

 

 

「いろはちゃん? 悪いけど、手短にももこの事を紹介するね。こいつの名前は十咎ももこ。俺の幼馴染みであり魔法少女」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「ももこ。こっちが街の外から来た魔法少女の環いろはちゃん」

 

「よろしくね、いろはちゃん。小さいキュウべえを探してるんだよね? アタシも付き合うよ!」

 

「…はいっ! ありがとうございます!」

 

 

 付き合うよ、その一言が嬉しくて、私の口からは自然と感謝の言葉が飛び出した。

 きっと、藍川さんと同じく強い魔法少女だと言う事は確かだ。

 そんな人が手伝ってくれるなんて頼もしい事この上ない。

 

 

 私は浮き足立つ感情を何とか抑えて、調整屋までの道程を歩いた。

 

 

 ──結翔──

 

 

 神浜ミレナ座、そこが調整屋の拠点だ。

 廃墟になった映画館を利用して、みたま先輩は調整の仕事を請け負っている。

 基本的なお代はグリーフシードだが、調整屋の付近にいる魔女や使い魔退治でも免除される時がある。

 ……商魂逞しい人なので、偶にぼったくりなお代を請求するが無視して構わない。

 

 

「…ここが、調整屋さん……ですか?」

 

「まぁね。調整屋は魔女や使い魔の類とは戦えないから。こう言う人気がない所の方がやっていき易いんだよ。俺やももこは偶に、ここの近くに出た魔女や使い魔退治で、お代をチャラにして貰ったりしてるよ」

 

「へぇ…。お二人は良く来るんですか?」

 

「そうだね。チーム内のグリーフシードに余裕があったら、出来るだけ来るようにしてるよ」

 

「アタシも、チームでやってるから来る時は他の奴らも一緒にって感じかな」

 

「藍川さんも、ももこさんもチームでやってるんですね」

 

 

 話しながら調整屋の奥へと進んで行くと、段々と見慣れ景色が広がってくる。

 見慣れたにも関わらず、どこか幻想的にも見える空間には、生活感の漂う家具が置かれており、しっかりとキッチンまで設置されている。

 何日かぶりの来店だったが、俺は普段通りの口調でみたま先輩を呼ぶ。

 

 

「みたま先輩〜」

 

「おっす、調整屋〜」

 

「あらぁ、久しぶりね結翔くんにももこ。最近来ないから寂しかったわ」

 

「そうですか? 結構頻繁に来てるつもりですけど」

 

「結翔、調整屋のノリに乗らなくていいから……。どうせ、最近じゃ客も多くて思い出す余裕もないくせに」

 

「そんなことないわよぉ? あら、そちらの子、見ない顔ねぇ」

 

 

 相も変わらず、燕尾服のような魔法少女の衣装と、ゆったりとした口調。

 銀髪の綺麗な髪を少し左右に揺らしながら、蒼色の瞳でいろはちゃんに目を付ける。

 新規のお客様が来たのが嬉しいのかニコニコとした顔で、早く紹介してよと言わんばかりに俺の方も見てくる。

 

 

「えーっと、今日は俺ら二人の用じゃなくて。新しいお客さんの紹介なんですよ」

 

「あの、この人が、調整屋さん、ですか…?」

 

「どうもー、調整屋さんです」

 

 

 みたま先輩のキャラに、若干困惑しているいろはちゃん。

 反対に、若干困惑しているいろはちゃんに、いつもと変わらない雰囲気で話しかけるみたま先輩。

 相性が良くない訳じゃないんだろうけど……

 ……そうして、俺が考えに耽っていると、いつの間にか自己紹介が始まっていた。

 

 

「八雲みたまって言うのよ? 以後、ご贔屓にしてちょうだいね」

 

「えっ、あ、はい。私は環いろはっていいます。よろしくお願いします!」

 

「……自己紹介はもういい? だったら、みたま先輩。」

 

「なぁに?」

 

「いろはちゃんのソウルジェム、ちょっと弄って欲しいんですよ」

 

「あら、軽々しく言うけど、お代はもちろん、あるのよね?」

 

「勿論。俺が持ちますよ。まさらやこころちゃんにあげても、まだ余ってますから」

 

「ええ!?」

 

 

 お代の話をした時から、自分で払うつもりだったのだろう。

 だが、いろはちゃんのグリーフシードに余裕があるかは分からない。

 ここ最近、付近の街の魔女がここに集まっている事で、不作が続いているらしい。

 他所の街から来たいろはちゃんにとって、グリーフシードの価値がどれ程のものか俺は知らないのだ。

 

 

 だからこそ、払わせる訳にはいかない。

 魔法少女にとってグリーフシードは生命線そのものだ。

 

 

「そんな! 助けて貰った上に……支払いまで……」

 

「いろはちゃん、そんなにグリーフシードの余裕ある? 無いんだったら頼っときなよ、こう言う時はお互い様でしょ?」

 

「うぅ…」

 

「まぁまぁ、いろはちゃん。結翔がこう言った時はどうしようもないよ、頑固だし。…だから、喜んどきな」

 

「はい、ありがとうございます! …で、あの、それで…ソウルジェムを弄るって…」

 

 

 やっぱり、やってる人(みたま先輩)に聞いた方が実感が湧くのかな? 

 …あれ? 

 それとも、俺の説明下手だった? 

 嘘……結構ちゃんと説明したつもりだったんだけどなぁ……

 

 

 意味不明な決め付けで俺が傷ついている間に、話は進んでいった。

 

 

「ふふっ、それはね…。あなたのソウルジェムの中にわたしが触れるってこと。そして、他の魔力を注いだりぃ、潜在能力を引き出したりするの」

 

(藍川さんの言ってた通りだ……)

 

「ほんとにそんなことが…?」

 

「一度経験してみると。ビックリすると思うわよぉ。だからね、さっそく始めちゃいましょう」

 

「あっ、はい!」

 

 

 緊張しているのか、顔が強ばっているいろはちゃんに、みたま先輩は冗談のつもりでこう言った。

 

 

「それじゃあ、服は脱いで、そこの寝台に横になってねぇ」

 

「はい、わかりま──えっ、脱ぐ…!?」

 

「そう、そこのカゴの中に入れてねぇ」

 

「……………………」

 

 

 この言葉を、真顔で言ってるのだから本当にタチが悪い。

 笑うでもなく、申し訳なさそうにするでもなく、ただただ普段通りの真顔でそう言うのだ。

 女優顔負けの演技力だと、褒め言葉として言ってやりたい気分だ……

 だって、いろはちゃん俺の方をチラチラ見ながら考えちゃってるもん。

 

 

 頑張れいろはちゃん! 

 負けるな! 

 てか、どう考えても嘘だから! 

 

 

「みたま先輩……」

 

「…分かりました!!」

 

「分かるな! …ったく、調整屋。いじめてやるなよな」

 

「ふふっ、ウソでした〜」

 

「えぇぇ…」

 

 

 こんな、馬鹿みたいなやり取り経て、ようやく調整が始まった。

 仕切りカーテンで見えないようにした場所で、二人が調整をしており、俺とももこは近くのイスで終わるの待つ。

 因みに、ただの仕切りカーテンなので、会話はバリバリ聞こえている。

 

 

「はい、そうリラックスしてー。しんこきゅー」

 

「す────は────」

 

「ゆったりぃ、身を任せてぇ。大地に沈んでいく…しずかにー…しずかにー」

 

「はぁ…」

 

「それじゃあ、ソウルジェムに触れるわよぉ?」

 

 

 

 …仕事中みたいに、普段からこれだけ真面目ならどれだけ嬉しい事か……

 いや、あれがみたま先輩の売りみたいなもんだし、しょうがないか。

 彼女の過去を考えたら、こうやってやっていけてるだけマシ……なのか。

 

 

「くっ…」

 

「力を抜いてぇ…。もう少し…ふかーくっ…」

 

「あぁぁっ!!」

 

 

 調整が成功したのだろう。

 いろはちゃんの出した声がその証拠だ。

 最初は苦しさがあるが、段々と心地の良い感じがして、ああやって声が漏れる。

 人によっては恥ずかしいと思う人も居るが、俺は特に気にしていない。

 ……一々声に反応していたら、まさらやこころちゃんとの同居生活で疲弊してしまうからだ。

 

 

 取り敢えず、終わったなら様子を見に行かなければいけない。

 …どうしてか、俺はこの時から嫌な予感がしていた。

 

 

 ──いろは──

 

 私はまた、あの夢を見ていた。

 いつもの病室……だが、いつもの夢より鮮明に見える。

 

 

「また、あの子の病室…?」

 

(何でだろう…前より鮮明に見える…)

 

「やっぱりあなたの病室だ。さすがに私も覚えちゃったよ。…ねぇ、あなたさっき、私に何か言おうとしてなかった?」

 

 

 公園で眠っていた時も夢を見て、その時、目の前にいる桃色の髪と淡い緋色の瞳の少女は私に何か言おうとしていた。

 それを私は確かめたい。

 でも──

 

 

「────」

 

「え? あ、あの、ごめんね。もう一度言ってもらっていいかな…?」

 

「────」

 

「違うの、そんな悲しい顔しないで。ちゃんと聞こえないだけで…。…ねぇ、あなたは誰…?」

 

「────」

 

「…もしかして私、あなたと会ったこと…あるの?」

 

 

 その言葉を最後に、少女は消えていく。

 コロコロと私の前で表情を変えていた少女が消えていく。

 

 

「行かないで! 答えて!」

 

 

 だけど、私の言葉は届かなくて、少女の影は消えていく。

 そこに誰も居なかったかのように消えていく。

 

 

「ねぇ、あなたは私の…何…?」

 

 

 どうして、見る度にこんなに愛おしくて懐かしいの…。

 

 

 そこで、私の夢はまた、終わってしまった。

 

 

 ──結翔──

 

 俺とももこが様子を見に行くと、いろはちゃんがどこか物悲しそうな顔でイスに座っていた。

 そんな彼女に、みたま先輩が話しかける。

 

 

「どう? 体の調子は良い感じかしら?」

 

「えっと…。はい、さっきよりずっと良いです。なんだか、体がポカポカしてます」

 

「ふふっ、それなら成功ねぇ。最初は体がだるく感じたり、違和感があるかもしれないけど、しばらくすれば、少しづつ馴染みはじめるから」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 物悲しそうな表情は、話し始めてからは数瞬のうちに消えていった。

 …何があったのか? 

 俺にはそんな事分からないので、取り敢えず少し様子を見守るしかない。

 

 

「………………」

 

「ん? どうしたんだよ調整屋。急に神妙な顔しちゃってさ」

 

「…えぇ、ちょっと……」

 

 

 どうしてだろうか、俺は彼女の神妙な顔を前にも見た事がある。

 そう、あれは、俺が初めて調整してもらった時の事だ。

 ……調整の途中で見たいろはちゃんの過去に何かあったのだろう。

 

 

「ねぇ、いろはちゃん…」

 

「はい?」

 

「わたしね、ソウルジェムに触れるとその人の過去が見えちゃうの…」

 

「過去…」

 

「そう…。だからね、いろはちゃんの過去も見えたわ」

 

「え…」

 

 

 普段の顔からは想像できないほど、申し訳なさそうにみたま先輩がそう言うと、いろはちゃん驚いたように首を傾げる。

 まだ、完全には意味が分かってないのか……それとも──

 

 

「勝手に見たのは謝るわ。決して誰にも言わないから…。それでもね、ひとつだけ聞かせて欲しいの」

 

「なん、ですか?」

 

「あなた、何を願ったの…?」

 

「…? 私がなにを願ったのか?」

 

「…わたしたち魔法少女が契約するときに叶えた願い事よ…。覚えてる?」

 

「はい、もちろんです。私は…。私は…………。あれ…願い事…。私の…………」

 

 

 みたま先輩の問に、いろはちゃんが詰まったその時。

 突然、彼女が頭を抑えて苦しみ出した。

 ……恐らくだが、無理に何かを思い出そうとして苦しんでいるのだろう。

 俺は急いでいろはちゃんに駆け寄った。

 

 

 フィクションなどでしか見る事は無いと思っていたが、まさか本当に記憶喪失の人間に会う事になるとは……

 

 

「あっ、はぅ…。また、どうしてっ!!」

 

「いろはちゃん!?」

 

「大丈夫か!? いろはちゃん!」

 

 

 俺が生と死の魔眼で、何とか痛みを抑えてから数分。

 ようやく落ち着いてきたのか、いろはちゃんが喋り始めた。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。あの子は誰…? 私の願いと関係があるの…?」

 

「ごめんなさい。苦しめる気は無かったの…」

 

「あの小さいキュウべえ、やっぱり私と何かあるんだ…!」

 

「いろはちゃん! まだ外に出ちゃダメだ!」

 

 

 いや、落ち着いてない。

 完全に動揺している。

 まだ、調整で強化した体は完全には馴染んでいない。

 今の状態で外に出るのは、危険極まりない。

 何故なら……外にはやちよさんが居るかもしれないからだ……

 

 

「行かせて下さい! 私、見つけないいけないんです。あの、小さいキュウべえを!」

 

「いろはちゃん、ちょっと待って! 今から探しに行くのは無茶だ。幾ら強化したとは言え、まだ馴染んでない状態なんだよ!」

 

「でも、私、あの子を見てからおかしくなったんです。知らない女の子の夢を見て、その度に胸がざわついて…。今は何故か愛おしくなって、もう訳が分からないんです。だから、どうなるかなんて分からないけど。もう一度、小さいキュウべえに会ってこの夢がなんなのかハッキリさせたいんです!」

 

「待っ──」

 

 

 俺が声を掛けて止まらせようとした時にはもう、いろはちゃんは居なくなっていた。

 

 

 ──やちよ──

 

「やっぱり結翔とももこの所に居たのね。…あの二人を巻き込まなかったのは……信頼の差──それとも」

 

 

 私がそう考えていると、砂場の魔女を探してローブの魔法少女が走っていく。

 …私の予想が間違っていなければ、この後、結翔やももこは追ってくる。

 二人に加勢されたら、流石に勝ち目はないだろう。

 出来るなら、彼女には早々に自分の街に帰って欲しい。

 

 

 ……無駄な死体は無い方が良いんだから。

 




 次回もお楽しみに!

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十三話「似ている二人」

 ももこ「前回までの『無少魔少』。調整屋で調整を受けたな、あとはいろはちゃんの無くなった願いの記憶が、小さいキュウべぇに繋がってるかもって事が分かった話だな」

 結翔「夢の話にも小さいキュウべぇは繋がってるかもだし、色々謎が多いんだよな、小さいキュウべぇ」

 まさらを&こころ『今回も出番がない(の・んですか)?』

 結翔&ももこ『…………うん……まぁ……ね…?』

 まさら&こころ『酷い(です)!!』

 結翔「…作者に直談判してくれ」

 まさら「取り敢えず、マギア打ってくるわ」

 こころ「待ってよ、まさらー!私も行くー!」

 結翔「……作者の安否は気にせず、十三話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 いろはちゃんが飛び出してすぐ、俺も後を追う為に飛び出そうとするが──みたま先輩に引き留められる。

 

 

「ゆーうーとーくーん? お代、払ってから行ってねぇ」

 

「……すいません。忘れるところでした」

 

「結翔、急がないと!」

 

「わーってるよ。ちょっと待ってろって」

 

 

 急かすように言うももこに当たる気はないが、少し口調が荒くなってしまう。

 何せ、自分が守ると言った少女が、敵が居るであろう場所に突っ込もうとしてるのだから、焦るに決まっている。

 ……敵と言っても、魔女じゃない。

 魔女だったらどれだけ良かった事か。

 

 

「…みたま先輩、これお代です。今後もよろしくお願いします!」

 

「はぁーい。毎度ありがとうございました〜」

 

「飛ばすぞっ!」

 

「場所分かんのかよ? …俺が先に行くから着いてきてくれ」

 

「ーっ!? 分かったよ…頼む」

 

 

 正論で、気持ちが先を急ぎ過ぎているももこを落ち着かせてから、調整屋を出る。

 千里眼を発動し、周囲を見渡す。

 あまり…遠くには行ってない筈だが……

 

 

(……見当たらない)

 

 

 よくよく考えれば、魔法少女は変身してなくても身体能力が高い。

 だからこそ、中学生そこらの女の子でも、先程までの数分の内に、簡単に千里眼の範囲から出られる。

 一応、範囲自体はもう少し広げられるが、それでは路地裏等の薄暗い道は見通すことが出来ない……

 

 

「……ももこ、ちょっと面倒臭くなったかもだ」

 

「……………………」

 

「俺が悪かったから、そんな睨まないでくれよ……」

 

 

 ジト目で睨みつけてくるももこをよそに、俺はある人物に電話をかける。

 辺りも暗くなってきており、本来なら退勤時間を過ぎているだろうが、あの人だったら今日も今日とて残業だろう。

 ……これ以上仕事を増やすのは申し訳ないが、緊急事態だ。

 頼らざるを得ない。

 

 

 三コールほど待つと、ガチャリと音がなり、スピーカーから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 だいぶ疲れが溜まっている声だが、この際気にしないでおこう。

 

 

『もしもーし、萌坂でーす』

 

『藍川です。今いいですか?』

 

『……もしかして、事件起こっちゃった感じ? ごめんね、仕事溜まりすぎてて、そっちに気を回せてなかったかも…』

 

『いえ。まだ、何とか間に合うレベルです。俺の居る場所の近くで、二人で争っている魔法少女を探して下さい』

 

『争っている時点で間に合ってない気がするけど……うん、考えるのは止めとく。分かったら、地図で場所送るから』

 

『ありがとうございます。頼みます』

 

 

 そう言って電話を終えると、ももこはまだ俺の事を睨んでいた。

 ……どんだけ怒ってるんだよ。

 取り敢えず、コイツの機嫌を直しつつ、いろはちゃんを探すしかないか……

 

 

 今後の動きを何となく頭の中でまとめ、俺とももこは捜索に一歩踏み出した。

 

 

 ──やちよ──

 

 調整屋から出てきた桃色の髪の少女の前に、私は立ち塞がっている。

 さっきまでは、結翔達がずっと傍に居たから追い出すことは出来なかったけど今なら……

 

 

「邪魔が入ったお陰で遅くなったけど、今なら心置きなく、あなたを街から追い出せる」

 

「街から…追い出す…?」

 

「そう、あなたは私の前で証明してしまったから…。この街で生き抜く実力がないということをね」

 

「──っ!?」

 

「さ、自分の街に帰りなさい」

 

「いや、です……。私、目的があってこの街に来たんです…だから!」

 

 

 ……諦めが悪いのかなんなのか、彼女は譲る気は無いらしい。

 意思の籠った瞳がその証拠だ。

 だけど、そんな意思一つでやっていける程この街は甘くない。

 もし、甘かったらどれほど良かった事か──

 

 

 だから言うのだ、言わなければならないのだ。

 どれだけ誰かに嫌われようと、この街から去れと。

 

 

「だからどうしたの? 目的も果たせずに死にたいの?」

 

「でも私、調整屋さんにソウルジェムを弄ってもらって…。だからもう、大丈夫です」

 

「また、結翔とももこのお節介ね…。…はぁ、わかったわ」

 

「通してくれるんですか!?」

 

 

 私にそう聞く少女に対し、こう返す。

 

 

「えぇ、あなたが自分の強さを証明できればね」

 

「──っ!?」

 

 

 そう言い終えると、私は魔法少女に変身する。

 体の周りを光が包むと、一瞬の内に先ほどまで着ていた服が着慣れた魔法少女の装いに変わる。

 ルーティーンのように続けてきた普段通りの動作で、魔力で槍を編んで手に取った。

 

 

「かかってらっしゃい。あなたがこの街で生き抜けるがどうかは、私の目と腕で判断するわ」

 

 

 少女の瞳に迷いはない……が。

 恩人とは戦いたくない、そんな顔をしている。

 少しだけ、昔の結翔に似ている。

 優しさと純粋さで満ち溢れていた、あの頃の結翔に……

 誰かの希望()であろうとしていた、ヒーローであろうとしていたあの頃の結翔に。

 

 

 そんな考えをしている内に、彼女は魔法少女への変身を終えていた。

 クロスボウを構える少女の顔は未だに、戦いたくないと言っている。

 でも、私にも色々と目的があるのだ。

 

 

 ……話を聞くに小さいキュウべぇを誘き出すには、悪いけど彼女を利用するのが一番だ。

 みたまの調整のお陰か、先程結界内でやられたようなヘマはもうしないだろう。

 長年の勘は良く当たる。

 

 

「覚悟は出来たかしら…? 退くなら今の内よ」

 

「………………」

 

「やっぱり。あなた、気が弱そうに見えて、結構頑固なのね……」

 

 

 戦いたくないと言う想いと、諦められないと言う想いがぶつかりあった曖昧な表情で、彼女は私との距離を詰める。

 最初の一射が放たれた時、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 ──結翔──

 

 闇雲に捜索にすること数分。

 拉致があかないと思い始めた頃に、咲良さんから情報が送られてきた。

 今、捜索している所からそう遠くない場所だったが、路地裏だった事から見逃していたらしい。

 

 

 焦っていた所為で起きた痛恨のミスだが、悔やんでいる暇はない。

 急いで行かなければ、いろはちゃんがどうなるか分かったもんじゃない。

 やちよさんの事だから、最悪の事態にはならないだろうが、守ると決めたのだから、出来る最善を尽くす。

 

 

「ももこ!」

 

「あいよ!」

 

 

 会話を交わさなくても、ある程度ならももこは分かってくれる。

 こう言う時、コイツの存在は本当に有難い。

 説明をする手間を極限まで省き、俺とももこは咲良さんから送られてきた情報を頼りに動き出す。

 

 

 魔法少女の身体能力をフルに活かして、ピョンピョンとビルの屋上や住宅の屋根を飛び渡る。

 全力で動いたお陰か、一分も経たずに目的の場所に到着した。

 ……だが、戦いは既に始まっており、予想通りいろはちゃんが劣勢だ。

 

 

「……だけど! まだ間に合う!!」

 

 

 やちよさんの振るう槍が、いろはちゃんに追い打ちをかけようとしたギリギリのタイミングで、俺の剣が間に合った。

 作り慣れた両刃の西洋剣と、ハルバードにも似た槍が火花を散らしながら競り合う。

 

 

「さっきぶりですね…?」

 

「……お節介も程々にしたらどう?」

 

「嫌です」

 

 

 力任せに槍をかち上げて何とか距離をとる。

 ももこも大剣を持ちながら威嚇してることも相まって、やちよさんは攻めてこない。

 その内に、生と死の魔眼を発動していろはちゃんの怪我を治し、もう一度向かい直す。

 

 

「取り敢えず、間に合って良かったよ。……遅れてごめんね」

 

「追ってきて正解だったな」

 

「も、ももこさんに、藍川さん!? どうしてここに…?」

 

「やちよさんがいろはちゃんを狙うのは分かってたからね。…守るって言ったからさ」

 

「相変わらず、趣味の悪い女だよ…」

 

「この街に無駄な死体を増やしたくない…それだけよ…」

 

「それは俺も同意見ですよ。…でも、このやり方はダメでしょ」

 

 

 無駄な死体は増やしたくない…その考えは分かる。

 誰だって、自分の周りの人が死んで欲しいなんて願わない。

 俺がこの街を守る限り無駄な死体なんて作らせないが……限界は絶対にある。

 日々、限界を超えるために鍛錬しても、限界を超えたその先にまた限界は現れる。

 

 

 鍛えている人なら分かると思うし、何かスポーツをやっている人がいれば分かるはずだ。

 成長に終わりはない、それ以上に限界に果てはない。

 人間に限界地点なんて存在しやしないのだ。

 勝手にその人が決めてるだけで、もっと先に行ける可能性はある。

 

 

 だが、そう簡単にはいかない。

 ……だから、俺は日々鍛錬や魔女狩りをしているのだ。

 また、取りこぼさないように。

 

 

 やちよさんだって本当は──

 

 

「はっ、よく言うよ。大方、魔女の数が減るからだろ? 街に魔法少女が増えりゃ個人の取り分も減るからな。だから、調整屋も紹介しないで力技で追い出そうとしてる」

 

「………………。いい加減、誤解されるのも気分の良いものじゃないわね。………………そうね。ねぇ、あなた…。小さいキュウべぇを見かけたってどこで見かけたのかしら?」

 

「えっ、あの、砂場の魔女の結界です…」

 

「そう、それじゃあこうしましょう。砂場の魔女を先に倒したら実力は認めるわ。ハンデとして私は一人、そっちはタッグで構わないわ。これでどうかしら」

 

 

 ……多分、俺の勘が外れてなければ、やちよさんはいろはちゃんの実力を既に認めてる。

 目的は……さっき聞いた小さいキュウべぇ…か。

 危険因子であるイレギュラーは排除するって事か、昔、散々言われた。

 いろはちゃんだけが、今の所あの小さいキュウべぇに近付ける、だからそれを利用するつもりだろう。

 

 

 やっぱり、頭の切れる人だ。

 腹の底を読むのは結構面倒臭い。

 これなら、まさらを相手にする方がマシだ。

 

 

 このゲームはいろはちゃんの勝利で終わる──いや、やちよさんがいろはちゃんに勝利を譲り終わる。

 いつもの数秒から数十秒先を見通す未来視ではなく、もっと先を見通す未来視によれば……ゲーム終了後にやちよさんは、ももこが預かっていた小さいキュウべぇを奪う。

 

 

 いつもの未来視ではないので、断片的にしか見えないが、結界内のどこかで出会って流れで連れて来たか……はたまた連れてこられたか。

 

 

 よし、ゲームに乗ろう! 

 

 

「え、そんな勝手に…! 私は小さいキュウべぇさえ見つかれば別に…」

 

『乗ったー!』

 

「えぇ!? ちょっと、ももこさんに藍川さん!? あの、私は別にそこまで認めてもらわなくても…」

 

「これでこの堅物が認めてくれるなら安いもんさ」

 

「…それに、いろはちゃんはもしかしたら今後も、この街に来るかもしれない。俺だっていつでも君を守れる訳じゃからね。ここで認めてもらえれば後々楽だと思うよ?」

 

「あ…うぅ…」

 

「やるぞ、いろはちゃん!」

 

「はい、分かりました…」

 

「よし、それじゃあ決まりだ!」

 

「決まりね」

 

 ……ごめんね、いろはちゃん。

 色々と流した感じにしちゃって……

 でも、ここからが本番だ。

 さっきの未来視通りにはなる筈だが、念には念を……

 

 

「…いろはちゃん、タッグはももこと組んでくれ。俺が入ったら意味が無い。……俺は裏方に回るよ」

 

「……分かりました」

 

「魔女の結界を追うわよ」

 

「それだったら私が!」

 

 

 そう言うと、いろはちゃんが前に出て砂場の魔女の結界まで案内していく。

 廃墟の奥、随分と人気のない所に結界は有った。

 ……魔女に感情がない訳では無い、殺されたくないと思うのは必然だろう。

 

 

「…ありました。ここです」

 

「随分と奥に隠れてたな」

 

「さすがに複数の魔法少女に狙われたら逃げたくもなるわよ。さっきは小物一匹だったから気が大きくなってたんじゃない?」

 

「小物……」

 

 

 一々、嫌われる言い方をする人だ。

 変に悪者ぶるのは似合ってないから、出来るなら辞めて欲しいんだけどなぁ。

 約一名、気付けない奴がいるんだから……十咎ももこって奴が──

 

 

「取り敢えず、その分のハンデは付けたつもりよ。ももこと二人で頑張りなさい。強くなった実力とやらを精々発揮してね」

 

「…………」

 

「……一々ムカつく言い方だな。こっちはアンタの都合で提案を飲んでるってのにさ」

 

「別に合わせなくても結構よ。それならそれで私と戦って勝てばいい話だけど」

 

「ももこもやちよさんいい加減にしてくれ。…ゲームを始めるぞ」

 

 

 結界内に入った途端、使い魔が波のように押し寄せる。

 こっからは、俺は裏方に回ってやちよさんを妨害しにいく。

 ……まぁ、妨害なんて意味ないかもしれないけど。

 

 

 ──やちよ──

 

 行く道を邪魔する使い魔だけを的確に退けて、私は最短ルートで結界の最深部を目指す。

 恐らく、結翔も今頃、私の後を追う形か、他の方法を使って最深部に向かっているだろう。

 ……ももこ達は、もしかしたら小さいキュウべぇを探しているかもしれない。

 

 

 しかし、かもしれないを考える余裕はない。

 弱いとは言え、魔女の結界の中で考え事をするのは自殺行為だ。

 結翔達に散々言っていた私がやるべき事ではない。

 

 

 槍を最小限の力で動かし、そこに水の魔力を纏わせて、使い魔をスパスパと切り裂いていく。

 豆腐を切っているように呆気なく散っている所を見ると、攻撃力に特化している使い魔に見えるが……

 

 

「力の差……かしら」

 

 

 圧倒的な力の差。

 使い魔なんて邪魔にすらならない。

 サクサクと敵を捌きながら進み、私はものの数分で魔女プライベート空間である最深部に入った。

 

 

 そこには人型を残した魔女である、砂場の魔女と──結翔が居た。

 ……何故いるのか? 

 

 

「……あなた、どうやって私より先に来たの?」

 

「裏技ですよ、裏技」

 

「裏技…ねぇ。どうして、あの子の為にそこまでするの? 義理なんてないでしょ?」

 

「ないですよ。…でも、助けたいって思ったんです…守りたいって思ったんです。だからやります。人間、理由なんてそれだけで大抵なんとかなるもんですよ?」

 

 

 カラカラと笑う結翔は、どこか昔の雰囲気が戻っていて少しだけ嬉しくて、でも……何故か悲しい。

 

 

「砂場の魔女は?」

 

「気絶してますよ。暇だったんで、邪魔しちゃおうかなぁ…と」

 

 

 なるほど、私達が喋ってる間に何もしてこなかったのはその所為か……

 相変わらず、チートじみた強さだ。

 魔女を気絶させるなんて、余程力加減が上手くなければできない。

 

 

「良いわ。久し振りに稽古でも付けてあげる。…全力で来なさいっ!」

 

「言われなくても…!」

 

 

 使い慣れた剣ではなく、私と同じ槍を魔力で編み、突貫してくる。

 槍は基本的に薙ぐか突くものだ……一応切り裂く事も出来るが、慣れないと難しい。

 結翔がいつも使っている剣とは少しどころか、大分違う。

 切り裂く、と言う行為を取りずらい分、どうしてくるか──

 

 

「はぁっ!」

 

 

 最初の一撃は姿勢を低くして接近してからの切り上げ。

 来ないと思っていた……全く持って面倒な手だ。

 剣なら刃の部分が縦に長い分、刃同士でぶつけられるが、槍はそうもいかない。

 柄の部分で受け止めれば、込められた力によっては真っ二つに切られる。

 

 

 

 なので受け止めることは不可能に近い、受け流しも切り上げとなると少々リスキーな賭けだ。

 だからこそ、ここでの最善手はバックステップで下がる事。

 

 

「ふっ」

 

 

 下がったら、魔力で槍を複数作り、砲弾のように発射する。

 発射された槍は同時に結翔に辿り着くのではなく、少しズレて辿り着く。

 作った順からどんどん発射していくので、誤差が出るのは必然。

 複数同時に作って発射するのは可能だが、一気に躱されて距離を詰められるのは不味い。

 

 

 彼に懐に入られては数分と持たないだろう。

 だからこそ、私はこの手を選んだのだが──

 

 

「オラァ!!」

 

 

 瞬時に武器を槍から双剣に変えて、撃ち込まれていく槍を叩き落としていく。

 着弾のズレを利用し、確実に一つずつ、丁寧に叩き落とす。

 右の瞳が水色に光ってない所を見ると、魔眼は使ってないのだろう。

 元々あった素質と努力と経験値のお陰で、この程度なら簡単に落とせるようになったらしい。

 

 

 …一番使い慣れてる剣に変えた時点で、槍にはそこまで自信がないのだろう。

 

 

「槍はまだ苦手?」

 

「そうですね、苦手ですよっ!」

 

 

 双剣で槍を叩き落としながら段々と近付いて来る結翔。

 あと少し、そうなった時、ももことローブの魔法少女が最深部に入って来た。

 ……一応、小さいキュウべぇも居るみたいだ。

 一緒にそれを見た結翔は、武器を消した。

 

 

「……おいおい、冗談キツイぞ。いくら何でも早すぎる」

 

「魔女が…気絶してる」

 

「思ったより早かったよ。やったねいろはちゃん」

 

「……はぁ、時間稼ぎされたわね。本当ならあなたたちの負けよ。結翔の横槍がなければね。……だから、もう一度チャンスを上げる。あなた一人で魔女を倒しなさい。そうすれば実力を認めてあげるわ」

 

「……一応、一撃で気絶させたから、そんなダメージは入ってないよ。ほぼ、フルパワーの状態だし」

 

 

 私と結翔の言葉をももこは良く思わなかったらしい。

 いや、全面的に私の所為か…………

 

 

「バカにするのも大概にしろよ! 人を弄んで!」

 

「せっかく譲歩したのに弄ぶなんて酷い言い草ね。それにこれは、あなたの問題じゃないわ。どうするかはこの子次第よ…」

 

「くっ……!」

 

「さぁ、どうするの?」

 

(藍川さんとももこさん、二人が言ってたみたいに、またこの街に来るかもしれない……)

 

「それなら、私は……今ここで魔女を倒してみせます!」

 

「そう、それなら見せてみなさい神浜の魔女を倒すところを」

 

「…頑張れよいろはちゃん」

 

「大丈夫。今のいろはちゃんなら勝てる筈だ」

 

 

 サムズアップで送り出す結翔と、応援の言葉で送りだすももこ。

 ……私と結翔もももこの方に移動し、戦いを見守る姿勢に入る。

 

 

「藍川さん。キュウべぇの事、お願いします」

 

「了解」

 

「プギュ!」

 

 

 そして、砂場の魔女との戦いが幕を開けた。

 

 

 ──いろは──

 

 目の前に居る魔女の存在感は大きい。

 今まで自分の街で相手にしてきた魔女が、粒のように小さく見える。

 まるで、氷山の一角だけを見て生きていたみたいだ。

 勝手に思い込んでいた魔女の強さを、砂場の魔女はあっさりと超えている。

 

 

 風を操る攻撃は当たったらひとたまりもないだろう。

 全ての攻撃をギリギリの所で避けているが、あと何回持つか……

 私の攻撃もみたまさんの調整のお陰で、ダメージ自体は入っているが、それが効いているかと言われると首を横に振らざるをえない。

 

 

 躱しては射って、躱しては射っての繰り返し。

 膠着状態がかれこれ十分程続いている。

 調整に体力が追い付いてない所為で、回避も難しくなってきた……

 

 

「これで……!」

 

 

 溜めに溜めた一撃を放つも、風を操って作った竜巻で相殺されてしまう。

 …………イチがバチか、マギアで決着を着けないと。

 折角のチャンスが無駄になっちゃう! 

 

 

 それだけは……それだけはダメだ!! 

 

 

 未来への希望の想いを、魔力と一緒にクロスボウに流し込み一つの矢を作る。

 それを上空に向かって打ちあげながら叫ぶ。

 

 

ストラーダ(strada)フトゥーロ(fturo)

 

 

 次の瞬間、風を幾ら大きな竜巻を作っても、相殺できないほどの大量の光の矢が降り注いだ。

 それは未来への道を晴らす矢で、未来を切り開く矢。

 私の…マギアだ。

 

 

「──────!!!」

 

 

 魔女は私のマギアを受けて、断末魔を叫びながら消滅していく。

 ……その日、私は思い出した、初めて魔女を倒した日の達成感を。

 結界が晴れて、グリーフシードを回収すると、私は藍川さんとももこさんの下に走る。

 

 

 達成感以外にも、思い出した事がある。

 覚えてないだけかもしれないが、私は初めて人助けではなく、自分の目的の為に自分の意思で魔女を倒した。

 

 

 それが、何故か無性に嬉しかったのだ。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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十四話「長い一日の終わり」

 やちよ「前回までの『無少魔少』。裏技とか言って先回りした結翔と私が戦ったり、認めることを賭けていろはが砂場の魔女に挑んだわ」

 結翔「相変わらず、ここのあらすじってざっくりしてますよね」

 こころ「長々と説明口調になるより良いんじゃないんですか?」

 まさら「そうね。しぃは説明下手だし。最終回が終わったら、設定資料集でも出すわよ」

 結翔「それ、何ヶ月後の話だよ……」

 まさら「さぁ、私とこころは今回出番があるから機嫌が良いの、面倒な事は振らないで」

 やちよ「あなたから振ったんじゃ……。はぁ、楽しんで十四話をどうぞ」


 ──結翔──

 

「やった、いろはちゃん!」

 

「はい、はい。やっちゃいました」

 

「どうだ、やちよさん!」

 

「どうしてももこが得意げになってるんだか…」

 

 

 目の前で起こっている微笑ましい光景を俺は見守る。

 心底嬉しそうに笑みを零すいろはちゃんと、それ以上に嬉しそうに笑うももこ。

 そして、嬉しさから得意げに言ったももこに若干呆れるやちよさん。

 

 

 懐かしい光景のリプレイを見ているような感覚だ。

 

 

「さぁ……」

 

「なに、これ以上、難癖付けようっての?」

 

「まさか、実力は認めるわよ。最初から大丈夫だろうとは思っていたからね」

 

「やっぱりそうか…」

 

「え、え、そうなんですか?」

 

 

 嬉しそうな表情から一転、いろはちゃんは驚いたような表情に変わる。

 そりゃそうだ、試されてると思っていたのに、本当は戦う前から認めていたんだから。

 俺だって、そんな事されたら驚くし、何だか肩透かしを喰らったようで腑に落ちない。

 

 

「えぇ、何となくだけど、その人を見れば分かるわ」

 

「なんだ…。だから、魔女を譲ってくれたり…」

 

「いや、人を弄んだだけだ…」

 

「別に弄んでなんかないわよ。目的のために導線を引いただけ」

 

「導線…?」

 

 

 そろそろ来るか…。

 俺はそっと、腕に抱えていた小さいキュウべぇを肩に乗せて、いつでも魔力で剣を編み出せるように準備を始める。

 まぁ、やちよさんは目敏く俺の行為に気付いているみたいだけど……

 多分、力づくで取りに来るだろう。

 

 

 小さいキュウべぇの……命を。

 

 

「そう…。ちょっといじめすぎたのかしらね。私の前に、このキュウべぇは現れてくれないから…」

 

「え……」

 

「小さいキュウべぇ…。今まで有り得なかったイレギュラー。気が付いたら、神浜市からいつものキュウべぇは消えていて、この子しか存在しない。どう考えても危険な因子にしか思えないのよ」

 

「はっ…!? 藍川さん!!」

 

「大丈夫」

 

 

 やちよさんが槍を持って俺に突撃してくる。

 最小限の動きで俺の肩から小さいキュウべぇを叩き落とす気だろうが……そうはさせない。

 瞬時に剣を魔力で編み、下から刃ではなく柄の部分を狙って切り上げる。

 

 

 刃に当てなくても、柄の部分を切ってしまえばその先にある刃も意味は無くなる。

 リーチも短くなる為、やちよさんは一旦下がりざるを得ない。

 

 

「…あなたも分からず屋ね。そのキュウべぇに関わるとロクなことにならないわ」

 

「いやいや。元々、コイツだけじゃなくて、他の個体に会った時点でロクなことにはならないでしょ」

 

「それもそうね…。だけど、あなただってその小さいキュウべぇを探していた筈でしょ? イレギュラーは出来るなら排除したいって、前にボヤいてたじゃない」

 

「言いましたね、そんな事。……安心して下さい、もし本当に危険な存在だって分かったら──その時はどうにかしますよ。でも、今はまだ何もしてない。だから、俺からも何もしない」

 

「これから何かするかもしれないのに、あなたは排除しないって言うの? リスクの芽は早々に詰んでおけって、口を酸っぱくさせて言ってきたつもりだったんだけど…?」

 

 

 向かい合う俺とやちよさん。

 彼女は息を吸うように魔力を操り、新しい槍を作って俺に向ける。

 俺も俺で、肩に乗せている小さいキュウべぇの頭を撫でながら、やちよさんに剣を向けた。

 一歩も引く気はないと、やちよさんの表情からビシビシと伝わってくる。

 

 

「お願いです、止めてください! …そんな事されたら、聞けなくなっちゃう! その子は……大切な子かもしれないのに!!」

 

 

 いろはちゃんの叫び声は切実なもので、それを聞いた瞬間俺は決めた。

 責任は全部俺が取ればいい。

 だから、この小さいキュウべぇをあの子に託そうと。

 

 

「悪ぃなチビスケ…。投げるぞ!」

 

 

 肩に乗せていた小さいキュウべぇを、俺はキャッチボールをするような要領でいろはちゃんに投げる。

 下手したら最高時速100kmはくだらない速さで小さいキュウべぇは飛んでいき、いろはちゃんの腕に収まる形でようやく止まった。

 …………若干目を回しているように見えるが、気にしないでおこう。

 

 

「きゅ、キュウべぇ!?」

 

(あれ……意識が……)

 

 

 いきなり飛んできて目を回している小さいキュウべぇを、心配するような素振りを見せた刹那、彼女は膝から崩れ落ちるようにうつ伏せに倒れてしまう。

 クソ! 

 やっぱり不味かったのか! 

 

 

「いろはちゃん!!」

 

「しっかりしろ、いろはちゃん!!」

 

「はぁ…だから言ったでしょ…。アナタの自己責任よ」

 

「……いいえ、俺の責任です。俺がチビスケを──」

 

 

 少しの後悔の中、小さいキュウべぇを排除しようと決めた時、俺はそれを見てしまった。

 気を失っているいろはちゃんの頬を舐める、小さいキュウべぇの姿を。

 どこか慈しむように頬を舐める姿は……まるで──

 

 

「…ももこ、調整屋にいろはちゃんを運ぶ」

 

「小さいキュウべぇは?」

 

「…私が消して──」

 

「俺が連れて行きます。…俺の勘は間違ってませんでした」

 

 

 そう言い残して、俺とももこはその場を去る。

 小さいキュウべぇはさっきの事もあり、少し俺を警戒していたが、俺が笑うと「モッキュ!」と鳴いて、俺の肩に飛び乗った。

 …お前を信じて正解だったよ、きっと。

 

 

 一旦、考えるのをそこで辞めて、行きと同じ方法で調整屋に帰っていった。

 

 

 ──いろは──

 

 …………………………

 ………………

 

 抱きしめた小さなキュウべぇから……何かに…来る…

 

 

「お姉ちゃん、今日も来てくれたんだねっ!」

 

 

 お姉ちゃん…? 

 夢の中に出てくる桃色の髪を持つ少女が、私にそう笑いかけながら言った。

 訳が分からないまま…何かが流れてくる。

 

 

「あーあ、早く元気になって。お姉ちゃんと学校に行きたいなぁ」

 

 

 ずっと入院しているこの子…

 私…どこかで…! 

 

 

「お姉ちゃん…息が…はぁ…うぅ…」

 

「ゆっくり体起こそうねっ! ■■は強い子だから大丈夫だよ!」

 

 

 私…知ってる…

 あの子の苦しそうな顔も嬉しそうな顔も…全部…

 あの子、そう名前…なんだっけ…

 懐かしくて愛おしい、あの響き…

 

 

「お姉ちゃん、本当に私、退院出来るの…?」

 

「そうだよ、うい!」

 

 

 退院出来る事に驚いたあの子に、私はそう言ったんだ。

 うい…? 

 うい…うい…

 そう、ういだ! 

 

 

 私の妹…。

 ずっと入院していて、身体が弱くて、すぐに消えてしまいそうな……

 かけがえのない私の大事な妹…

 どうして私…こんな大切な事…

 

 

 ……キュウべぇに願ったのに、私の願いの根幹だった筈なのに……

 

 

「お願い! 妹の病気を治して! ういを元気にしてあげて! そのためなら…。私、何でもするから…!!」

 

「環いろは、それが君の願いなんだね」

 

 

 無感動にそう言ったキュウべぇを、私は今、思い出した。

 そして、夢は覚める。

 

 

「はっ……………」

 

「あらっ! ももこぉ、結翔くぅん、いろはちゃんが目を覚ましたわよっ!」

 

「えっ、ほんとに!? いろはちゃん、大丈夫!?」

 

「ももこ、あんま詰めよんな。起きたばっかりなんだから」

 

「ももこさん……みたまさん……()()さん……」

 

 

 思い出した、私は思い出したんだ。

 自分の抜けていた記憶を。

 そして、その記憶の中で私は……結翔さんに会っていた。

 何回も、何回も会っていたのだ。

 ういが居た病院で──

 

 

「……どうしたの、いろはちゃん?」

 

「私…思い出しました…。どうして魔法少女になったのか…」

 

「えっ……?」

 

 

 戸惑うももこさんを他所に、私は……浮かんでくる言葉をそのまま吐き出す。

 上手く纏められないから、そのまま吐き出す。

 大丈夫だと、私は思ったから。

 結翔さんなら、理解してくれると勝手に思ったから。

 

 

「私、妹のために…。あの子の病気を治すために、魔法少女になったんです…! どうして忘れてたんだろ…こんな大切なこと」

 

「忘れてたって…どういうこと…。長い間、離れて暮らしてるとか…」

 

「いえ…ずっと一緒でした…。この間まで、同じ屋根の下で一緒に寝て、ご飯も食べてました。でも、みんな消えてるんです…。なかったことになってるんです…。あの子がこの世界に居た事が…」

 

「そんなことって…」

 

 

 有り得ない。

 私だってそう思いたい。

 だけど、きっと現実だ。

 ういは確かに居た。

 妄想なんかじゃない、幻想なんかじゃない。

 

 

 私が作り出した夢なんかでもない。

 本当にそこに居て、何かの拍子で霞のように消えてしまった。

 

 

「でも、実際にそうなんです。家に帰っても、ういが居ないのが普通になってて…。お父さんとお母さんと三人でいつも通り暮らしてた。私だって、さっきまで自分の事一人っ子だって…」

 

「……なるほどねぇ。それって俺たちが妹ちゃんに会ってても、忘れてるかもってこと?」

 

「はい…きっと…。結翔さんとも、私は会ってます。…きっと、ういに関する全てが消えてるのかも…」

 

「…魔女の仕業かしらぁ?」

 

「魔女の可能性もあれば、異能力者の可能性もありますよ…。存在事消すなんて異能力も魔女も聞いた事ないけど…ね」

 

 

 結翔さんたちでも……知らないナニカ? 

 違う。

 多分、そうじゃない。

 もっと近い……ナニカだ。

 それに──

 

 

「私が思い出せてない事が他にあるのかも…」

 

「モッキュ」

 

「キュウべぇ…。…もう、あなたに触っても何も思い出せないね。でも、あなたがういの事を思い出させてくれたんだよね?」

 

「キュ?」

 

「きっとそうなんだよ…。そんな気がする…。………………。うん…決めた…」

 

 

 この街には、きっともっと手掛かりが埋まっている筈だ。

 だから──また来よう。

 

 

「いろはちゃん?」

 

「私、また来ます。この神浜市に」

 

「目的は果たせたんじゃないの?」

 

「今度はういを探さないといけませんから…。きっと、この神浜市のどこかに、手掛かりがある気がするんです。ういが消えちゃった理由も、あの子が今、どこにいるのかも。ういの事を思い出させてくれた。この小さいキュウべぇが居る街だから…」

 

 

 この子が思い出させてくれたんだ。

 ういの事を。

 私の大切な…妹の事を……

 

 

「…その記憶が実はウソで何かに理由があって植え付けられた。そんな事も考えられると思うんだけどぉ」

 

「それでも私は、この記憶を信じます」

 

 

 だって、ういの事を考えるだけで愛おしく感じるから。

 鮮明になった思い出が、あの子がいたって実感を与えてくれるから。

 そして何より……

 

 

「今の私は…。()()()って妹がいる環いろはだって思えるから…」

 

 

 ──結翔──

 

 何の理屈にもなってない言葉だ。

 だけど、とても良い言葉だと、俺は思った。

 

 

「環ういがいる環いろは。その記憶を信じて、妹ちゃんを探すんだね。この神浜市で…」

 

「はいっ!」

 

「俺は大歓迎かな。役目に重みが増すのは、俺にとって悪い事じゃないし」

 

「わたしもお客様が増えるし無理に止められないわぁ」

 

「みたま先輩…」

「オマエなぁ…」

 

 

 俺とももこの言葉が重なると、みたま先輩がクスリと笑う。

 食えない人だなぁと、そんな事を思いながら、肩に乗せている小さいキュウべぇを見ながらいろはちゃんとの話を続ける。

 

 

「取り敢えず。次にいろはちゃんが来るまで、チビスケは俺が預かっとくよ。どうも、この街からは出たがらないみたいだからさ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それじゃあ、いろはちゃん」

 

「はい」

 

「この子に名前を付けてあげてくれる?」

 

「名前?」

 

「ずっと小さいキュウべぇなんて、可哀想じゃなぁい? だから、なにか分かりやすい新しい名前をって思って」

 

 

 普段通り、緩い雰囲気を纏うみたま先輩の提案は最もなものだった。

 確かに、いつまでも小さいキュウべぇやチビスケと呼ぶのは可哀想だ。

 呼び名があれば、コイツも喜ぶかもしれない──まぁ、かもしれないだけど……

 

 

「でも、私が…いいんですか?」

 

「良いんじゃない? コイツは多分、きっといろはちゃんにとって大切な存在だと思うよ」

 

「…それじゃあ、えっとキュウべぇちゃん…」

 

「あら、本当にそれでいいのぉ?」

 

「それじゃあ、えっと…。チィで、どうでしょうか?」

 

「ふふっ、良いんじゃない?」

 

「だな、チビスケも喜んでる」

 

 

 新しい名前を貰って小さいキュウべぇ──もといチィは尻尾をフリフリしながら喜んでいる。

 今にもその辺を駆け回りそうな雰囲気が出ている所を見ると、相当喜んでいるらしい。

 ……名前を付けてもらうってのは、嬉しいもんだよなぁ。

 

 

「チィ、これから一緒にういを探してくれる?」

 

モキュキュ(うん、もちろんだよ)!」

 

「よろしくね!」

 

 

 肩から降りたチィはいろはちゃんの手に乗り尻尾を振っている。

 ……何だろう、キュウべぇ(クソ野郎)だって言うのに愛くるしい犬に見えてきた……

 よし、考えを逸らす為に、話を変えるか。

 

 

「そう言えば、いろはちゃん。俺と昔会ってたって言ったけど、どこで会ってたの?」

 

「えっと、ういが入院していた病院で…。里見メディカルセンターって言うんですけど」

 

「あぁ〜! 行ったことあるよ。…でも、俺が通ってたのは三年前くらいまでだよ? それ以降、俺は怪我とかしなくなっちゃったし」

 

「……??? で、でも、私はそこで結翔さんと会ったんです。妹とも楽しそうに話してたのを覚えてます!」

 

「……むむむ。分かったよ。俺の方もういちゃんと里見メディカルセンターの事、色々調べてみるよ」

 

 

 戸籍情報を洗うのは……咲良さんに頼むか。

 俺は足を使って里見メディカルセンターの面会情報を……

 こう言う時、国家権力の盾は役に立つ。

 改めて、警察組織に入って良かったと思うよ。

 

 

「ありがとうございます!!」

 

「今日は遅いし、もう帰ろっか。駅まで送ってくよ」

 

「すいません。色々と…」

 

「こんな夜道を女の子一人で歩かせるのは、警察官としてアウトだしね」

 

 

 そう言って、カラカラと笑いながら俺は調整屋を出る。

 いろはちゃんが眠っている間に、作っておいてハムエッグサンドをテーブルに置いてから。

 

 

「みたま先輩、泊まってくなら食ってください。迷惑料金です。……ケチャップとか梅干しとか付け加えないで下さいよ?」

 

「もう、ももこや結翔くんの料理にそんな事しないわよぉ〜」

 

「なら良いですよ」

 

 

 笑顔でそう言うみたま先輩に、俺は苦笑いしながらももこやいろはちゃんを追い掛ける。

 こうして、今日と言う長い一日は──終わらなかった。

 

 

 ──まさら──

 

 結翔が帰ってこない。

 もう九時は回っていると言うのに、家に連絡すら来ない。

 何かあったのではないかと心配するこころを、落ち着かせながら待つのも段々と疲れてきた。

 早く帰ってこないものか……

 

 

「ただいま〜」

 

「! 結翔さん!」

 

 

 玄関から聞こえるただいまの声に反応し、こころがリビングを出て玄関に小走りで向かって行く。

 私も、こころの後を追い、玄関に顔を出す。

 そこには、何故か頭に小さいキュウべぇを乗せた結翔が居た。

 

 

「…………結翔さん?」

 

「何で、そんなのを頭に乗っけてるの?」

 

「ああ、コイツか? 色々あって家で預かる事になった」

 

「そう。まぁ、それはいいわ。それじゃあ、家に帰るのが遅くなった理由を話してもらいましょうか? 貴方の所為で色々大変だったのよ…? 納得出来る理由を話してちょうだい?」

 

 

 私の声は、いつもより低く、結翔やこころからは怒ってるように聞こえるだろうが、私は別に怒ってない。

 ただ、私やこころを差し置いて、今の今までどこかに行っていた理由を聞きたいだけ。

 …二度目になるが、別に怒ってない。

 

 

 胃のあたりがムカムカするが、怒ってない。

 怒りとは、もっと熱くなる事だ。

 だから、これは怒りじゃない。

 

 

 取り敢えず、後でキックでもかましてやりたい。

 

 

「い、いやぁ、実は街の外から来た魔法少女が居てさ。…その子のいざこざに付き合ってたらこの時間に……」

 

「あくまで遊び歩いて訳じゃないと?」

 

「あ、あぁ」

 

「…今回は許してあげる。こころも、これ以上は何も言わないで」

 

「う、うん。元々、私は怒ってないし…」

 

「私は怒ってない」

 

「いや、でも、少し声が低いし、不機嫌そうだよ?」

 

「怒ってない」

 

「で、でも──」

 

「怒ってない」

 

「……はい」

 

 

 ……少し強く言い過ぎただろうか? 

 はぁ、得た感情をコントロールするのは難しい。

 怒ってないつもりでも、相手からは怒っているように見えてしまうのだから。

 

 

「ご飯にしましょう。こころが作ってくれた料理が冷めるわ」

 

「お、おう。そうするか…」

 

「モッキュモッキュ!」

 

「この子、何食べるんでしょう?」

 

「……何でも食べるんじゃない?」

 

「おかずで作ったサバの味噌煮の余り、食べますかね?」

 

 

 そんな事を話しながら、私たちはリビングに入っていく。

 ここからは、普段通りの私たちだった。

 食卓を囲んで、何でもない話をして、テレビを見て、ベットで眠る。

 

 

 …最近、結翔の傍で寝る事に安心感を覚える自分が居る。

 私はどこか変になってしまったのだろうか? 

 それとも──

 

 

「………………どうでもいい…か」

 

 

 眠気に抗う事はせず、瞼を下ろす。

 今日もまた、私は結翔の隣で………………

 




 次回もお楽しみに!

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一章「戦わなければ、守れない」
十五話「ウワサの始まり」


 こころ「前回までの『無少魔少』。ようやく長い一日が終わり、いろはちゃんが妹の事を思い出したり、今後も神浜市に来る事が決まった話だね」

 いろは「はい!これからよろしくお願いします」

 まさら「…今回の話は少し短いわね?」

 しぃ「…バイトが……バイトが……」

 結翔「俺より楽だろ」

 まさら「…まぁ、色々あるけど、楽しんで十五話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 いろはちゃんが神浜市に訪れるようになって数日も経たないある日。

 俺はやちよさんに噂の件で喫茶店に呼び出されていた。

 噂であり、うわさであり、ウワサ。

 やちよさんは時によって、その言葉を使い分けている

 

 

 因みに聞いたところによると、噂を現実のものとする存在がウワサらしい。

 うわさは現実になるほど信憑性のある噂を示す言葉らしい。

 …若干、この時点で着いていくのが億劫になるが、仕事上やめるわけにはいかない。

 

 

「遅くなってごめんなさい」

 

「問題ないですよ。やちよさんか忙しいのは知ってますから」

 

「それで……私が頼んでいた資料は持って来てくれた?」

 

「資料も持って来ましたし、事前の調査も済ませてます」

 

 

 今回、俺とやちよさんが追っている噂である絶交ルールのウワサは、既に行方不明者も出している危険なウワサだ。

 やって来て早々、やちよさんが俺に頼んでいた資料を求めてくるのも頷ける。

 

 

「これが最近の行方不明者のリストです。…一応、行方不明者の周辺環境も洗ってみましたけど、友人や家族から出てきた情報はどれも同じ。…親友である誰かと『絶交』して、後悔故に謝ろうとしていた」

 

「流石、手際がいいわね」

 

「いろはちゃんに頼まれていた事の片手間でやっても出来ますよ。これぐらい。……いや、どっちも本気で取り組みましたよ?」

 

「別に、疑ってなんてないわよ。あなたが真面目なのは知ってるわ」

 

 

 そう言うと、やちよさんは行方不明者リストに目を通し、俺の事情聴取のメモにも目を通す。

 あらかた見終えると、彼女は一つため息をついた。

 それが、犠牲者が既に出ている事へのやるせなさからなのか、それとも自分の行動が後手に回ってる事への不満か……

 

 

 俺には到底見分けがつかない。

 ただ一つ分かるのは──今回の件を解決しようと真剣に動いている事だ。

 

 

「結翔」

 

「…? どうしました」

 

「もし、何かあったらすぐに伝えてちょうだい。これ以上、犠牲者を出す訳にはいかない」

 

「了解です。いろはちゃんの件もあるんで、少し忙しくなるかもですけど……まぁ、頑張ります」

 

 

 いろはちゃんの妹探しの件は、病院の方は手掛かり無し。

 面会記録の中に、俺やいろはちゃんの名前は無かった。

 無論、環ういの名前も……

 

 

「……あの子にも、絶交ルールの件は話したわ。忠告だけど」

 

「……………………」

 

「何よ、その顔は?」

 

「いやぁ、人間って早々変わんないな〜って」

 

 

 俺がニヤニヤとやちよさんを見つめていると、イラついたのか低い声でこう言った。

 

 

「決めた。今回は奢りなさい」

 

「? 別にいいですよ。俺、お金には困ってないんで」

 

 

 まぁ、俺は呆気らかんと普通に返した訳だが。

 何せ、俺の仕事は出来高制。

 魔女を倒せば倒すほど、魔法少女を救えば救うほど俺の給料は増える。

 最近は魔女が多い所為で、二日に一回は魔女を狩ってるし、一日一回は魔法少女のピンチを救ってる。

 

 

 これで三人暮らしが出来ないわけが無い。

 月にウン十万は軽く貰っているのだ。

 

 

 ……どれもこれも命懸けなのだが。

 そして、俺の言葉を聞いて、やちよさんはまたため息をついて、運ばれてきたコーヒーを口につける。

 

 

「…噂の件、今後大きく動いていく筈よ。十分注意しなさい」

 

「いつも命懸けですからね、注意するもなにもないですよ」

 

 

 あくまでいつも通りだと言う俺に対し、やちよさんは苦笑気味に笑った。

 この時、気付いていれば良かった。

 ウワサの突き抜けた面倒臭さに……

 

 

 ──ももこ──

 

 先日、かえでとレナが何度目かの絶交をした。

 いっつも些細な事で喧嘩をする。

 大抵はレナが悪くて、かえでが待って、レナが悪いのに気付いて謝って、それで終わるのだが……

 

 

 今回の絶交は過去で類を見ないほど長く続いている。

 いろはちゃんも何かとコチラを気に掛けてくれている。

 本当は、アタシがそっちを手伝うつもりだったのに……

 

 

『なぁ〜結翔〜、どうすればいいと思う?』

 

『…夜中に電話してきて、一方的に話して、区切りが着いたと思ったらそれか? 一発ぶん殴りたいんだが…?』

 

『悪かったって…。それに、いつもお前が授業抜け出したあと、フォローしてやってるだろ?』

 

『……はぁ。で? 二人は絶交だって、言っちまったのか?』

 

 

 やっぱり、結翔も絶交ルールの噂を……

 何でだろう、凄くイライラする。

 アタシの話を真面目に聞いて、心配して言ってくれてるのに──凄くイライラする。

 ……また、噂なのか? 

 

 

『結翔も噂の所為だって言うのか?』

 

『まぁな。現に行方不明者リストの人間は、恐らくだが絶交ルールを破っている奴等ばかりだからな』

 

『噂が……人を襲うのか?』

 

『分かんねぇよ、こっちも調査中だ。……やちよさんのことで引っかかってるのは分かるけど、自分の仲間の為に疑えるものは疑っとけ』

 

 

 疑えるものは疑っとけ……か。

 分かっている、分かっているんだ。

 自分が意固地になってるだけだなんて……

 そんなの分かっている……なのに……

 

 

『……サンキューな。アタシの方でも、色々やってみる。……もし、何かあったら──』

 

『安心しろ。俺が助けてやる……必ず』

 

『……安心した』

 

 

 本当に何でだろう。

 たった一言、アイツに助けてやるって言われただけで、さっきまでのイライラが吹き飛んで、ポカポカとした温かいモノが溢れてくる。

 凄く、凄く安心する。

 ……やっぱりやろう。

 

 

 明日、かえでとレナを無理矢理にでも引き合わせて仲直りさせる! 

 出たとこ勝負でやってやる! 

 だから──もしもの時は……助けに来てくれよ? 

 

 

 ──まさら──

 

「……絶交ルールのウワサ?」

 

「ああ、聞いた事あるだろ? …ももこの所が不味い事になってる、悪いけどお前たちにも手伝ってもらいたい」

 

「私は構わないけど…こころは?」

 

「私も大丈夫です。…もしかして、レナちゃんとかえでちゃんが絶交って──」

 

「あぁ、言っちまったみたいだな」

 

 

 目の前に座り、朝食を食べながらそう言う結翔は、とても眠そうだ。

 昨日は夜に行かなかったが、何かあったのだろうか? 

 目の下の隈が酷い、はっきり見えるレベルだ。

 

 

 私たちに頼るのも珍しい。

 何故なのか? 

 

 

「…私たちを頼るなんて珍しい」

 

「別に、そうでもないだろ? 頼る時は頼るさ。仲間で家族なんだから」

 

「そうですよねっ! ウワサがどんなのか分かりませんけど…三人でなら何とかなりますよ!」

 

 

 こころは余裕がありそうだが……。

 多分、今回の件は長くなる。

 絶交ルールだけじゃない、ウワサ自体の件が長くなる。

 そんな予感がする。

 

 

 結翔もそれに気付いているのだろうか? 

 

 

「結翔。今回の件…」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「いえ…なんでもないわ」

 

「??」

 

 

 疑問符を浮かべる結翔を他所に、私は考えに耽ける。

 きっとこの瞬間には決まっていたのだ。

 避けようのない結末が……

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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十六話「中途半端な人と意固地な人、それを眺める怒った人」

 かえで「前回までの『無少魔少』。ユートくんとやちよさんが絶交ルールのウワサを調べてたり、私とレナちゃんの絶交の件でももこちゃんと電話したりしたよ」

 レナ「……………………」

 結翔「…本当に面倒臭い時あるよな、レナって」

 ももこ「そこも可愛いんだよ」

 結翔「否定はしねぇけどさぁ……」

 レナ「もう!レナの前で勝手にレナの事褒めないでよ!!さっさと十六話をどうぞ!!!」


 アラもう聞いた? 

 誰から聞いた? 

 絶交ルールのそのウワサ。

 

 

 知らないと後悔するよ? 

 知らないと怖いんだよ? 

 

 

 後悔して謝ると、嘘つき呼ばわりでたーいへん! 

 怖いバケモノに捕まって無限に階段掃除させられちゃう! 

 

 

 ケンカをすれば、ひとりは消えちゃうって神浜の子供たちの間ではもっぱらのウワサ。

 オッソロシー! 

 

──────────────────────

 

 ──いろは──

 

 レナちゃんとかえでちゃんが絶交してから数日。

 遂に痺れを切らしたももこさんが動き出した。

 私も、ももこさんたちのチームに、妹たち──ういに灯花(とうか)ちゃんにねむちゃんを重ねてしまった所為か見過ごせず、仲直りの手伝いを申し出た。

 

 

 重ねてしまった理由は本当に単純で、三人の関係性が似ていたからだ。

 灯火ちゃん──里見(さとみ)灯花ちゃんは宇宙のお話を偉い人と議論するような頭の良い子。

 ねむちゃん──(ひいらぎ)ねむちゃんはお話を書くのが大好きでネットに載せた物語が本になるような子。

 

 

 二人とも本当に才能に溢れた子たちだったけど、いつもはよくケンカしあう普通の女の子だった。

 そして、そのケンカの仲裁に入るのは決まってうい。

 

 

 本当に……良く似ていた、だから放ってなんておけなかった。

 ……まぁ、まさか一人でレナちゃんを誘導する事になるなんて。

 しかも、本当なら委員会で残っているレナちゃんを学校の校門前で待ち伏せする筈が、唐突に委員会がなくなった所為でゲームセンターに行く事に……

 

 

 機械音痴な私は、ももこさんから送られてきた私は地図の見方に四苦八苦しながら、ようやくゲームセンターに到着する。

 

 

「ゲームセンターって、もっと怖い人ばっかりなのかと思ってたけど普通の人ばっかりなんだね……。でも、なんか圧倒されちゃう……」

 

 

 …いや、圧倒されてる場合じゃない。

 

 

(レナちゃん…レナちゃん…)

 

 

 人は多過ぎず少な過ぎず、まばらな感じだった為か──目的の彼女は思うより早く見つかった。

 ……あまり話し掛けやすい雰囲気ではないが。

 

 

「あの子…。あれって…もしかして…」

 

「あー、もう! この台おかしいんじゃない!? 今のどう考えてもBADじゃなくてGREATでしょ! 判定狂ってんじゃないの!?」

 

(なんか怒ってるけど。今、行かないと……ダメだよね……)

 

「ふぅ……よし!」

 

 

 私は少し近寄り難い雰囲気も出しているレナちゃんに、勇気を持って一歩近づき話し掛ける。

 見るからに不機嫌そうな顔だが……臆してはいられない。

 

 

「あ、あの、レナちゃん!」

 

「あぁ? 誰? って、アンタ、あの時、レナを止めようとしたヤツ! ……何の用……? ももこに言われてきたんならほっといてくれない?」

 

「あの、そうじゃなくて……」

 

「じゃあなによ!」

 

「ひっ……えっと……。レナちゃんも史乃(ふみの)沙優希(さゆき)が好きだって聞いたから話そうって……」

 

 

 嘘を言うのは心苦しい。

 騙している事が心に響くが……背に腹はかえられない。

 二人の仲直り為に、私が出来ることをやらなくちゃ…。

 

 

「えっ、アンタ知ってるの!? 歴史と浪漫の刀剣愛ドル! 史乃沙優希!」

 

(あ、そう言うの……なんだ……)

 

「う、うん、それでね。新西区の建設放棄地でね、ゲリライベントがあるんだって。良ければ……一緒に行かない……?」

 

「もっちろん! で、アンタはちゃんと刀剣サイリウム持ってきた!?」

 

「と……えっ……。…………うん‼」

 

 

 ももこさんからそんなの聞いてない…。

 でも、レナちゃんが言うんだからきっと──

 

 

「んなもんないわよ!」

 

「ぇええ!?」

 

 

 嘘!? 

 ……不味い、凄く不味い。

 ここからどうすれば……

 頼れる人は居ない。

 どうやって話を進めたらいいか──いや、まず話を進められる? 

 

 

 無理だ……やってしまった。

 多分、私は一番してはいけないミスをした。

 

 

「やっぱ、ももこからなにか入れ知恵されたんでしょ。人の好きなもので釣ろうなんて良い根性してるわね。サイテー。マジふざけんじゃないわよ、レナ絶対行かないからね」

 

「うぅ……あのね、でも……」

 

「なに、アンタ今度はレナと本気でやりあおうってワケ?」

 

「ごめんなさい……」

 

「謝るぐらいなら、最初から言うな、バカ!」

 

「うぅ……」

 

「レナちゃん!」

 

 

 どん詰まりだった。

 そんな私たちの前に──かえでちゃんは現れた。

 ももこさんと一緒に建設放棄地に向かっているであろう、かえでちゃんが現れたのだ。

 

 

「もう、今度は誰よ! ──っ!? あんた……かえで……」

 

「かえでちゃん……? どうしてここに……」

 

 

 かえでちゃんが現れた事によって、色々なものが変わった。

 上手く行けばこのまま──そんな淡い期待が私にはあった。

 だって、()()三人だったら、こうなればすぐにでも仲直り出来る。

 

 

 でも、違う。

 あの三人と、ももこさんたちは違う。

 関係性は似てるが、同じ人間じゃないし……なにより状況が全く持って違う。

 絶交ルールのウワサ、私はそのウワサの真の恐怖を知らなかったのだ……

 

 

 ──結翔──

 

『……かえでが攫われた?』

 

『はい。……恐らくなんですけど、ウワサだと思います』

 

『かえでがレナに謝ったら、変な結界に呑まれて使い魔擬きにかえでが攫われたと……』

 

『絶交ルールのウワサを破ったから……でしょうか?』

 

『多分ね。……俺も出来るだけ早くそっちに行く。新西区の建設放棄地だったよね?』

 

『そうです。…お願いします』

 

 

 ももこから連絡を受けた数分後、いろはちゃんからも連絡もらった。

 …はぁ、念の為に連絡先を交換しといて良かったよ。

 ももこは未だに半信半疑で、俺とレナの言葉だから微かに信じてる節がある。

 

 

 もう、動き始めてる。

 まさらとこころちゃんに先に向かってもらうか? 

 ……いや、そうするしかない。

 

 

 俺が行くには少し遠い。

 人通りが多い場所に居る所為で、一旦違う場所に行かないと魔法少女に変身すら出来ない。

 

 

「…クソッ! 調査は切り上げて、すぐにでも行くべきだったか……」

 

 

 出来るだけ、ウワサの弱点になる情報が欲しかったが、そうも言っていられない。

 今は、一分一秒が惜しい。

 冷静に判断して、事を進めないと。

 

 

 また、俺は──失ってしまう。

 

 

(そんなの真っ平だ…!)

 

 

 そこからの行動は早かった。

 即座に人気の少ない場所に移動し、変身してすぐに電話をかける。

 相手は──

 

 

『新西区の建設放棄地』

 

『分かったわ。こころも連れて急いで行く』

 

『頼んだ』

 

 

 短い言葉でまさらとの電話を終えて、俺も建設放棄地に向かい始める。

 しかし……その時にはもう、戦いは始まっていた。

 

 

 ──ももこ──

 

 レナの作戦は……一応成功した。

 アタシたちは結界の中に居る。

 いつもの魔女の結界とはナニカが違う。

 そのナニカが分からないが、絶対的にナニカが違う。

 

 

 そして、かえでがアタシたちの目の前に現れる。

 けど……あれはかえでじゃない。

 使い魔らしきものを従えて、彼女はこう言ったのだ。

 

 

「迎えに来たよ、レナちゃん」

 

「かえで!?」

 

「レナちゃん、こっちにおいでよ。一緒に階段さんをお掃除しよう」

 

「なに言ってるのよかえで…。アンタがこっちに来るのよ!」

 

「じゃあ、私が連れて行ってあげる。今よりずっといい所だから」

 

「やめて! かえでちゃん!」

 

「┃『』『』『』『』!! ┃」

 

 

 ……アタシは動揺して動けなかった。

 情報量が多過ぎたのだ。

 使い魔らしきものを従えているかえで、いつもの結界とはナニカが違う結界、ウワサが現実になっているかもしれないと言う事実。

 そんなアタシより先に、いろはちゃんが声を出した。

 

 

「レーナちゃん、ふふふっ」

 

「はやっ! かえでの動きとは思えない…」

 

 

 かえでは、普段からは想像も出来ないほどの俊敏な動きで、レナとの距離を詰める。

 変身はしたが、動くに動けない。

 動揺が、アタシの体を思うように動かせてくれない。

 

 

「なんだよこの結界、こいつら本当に使い魔なのか!?」

 

「┃『』『』『』『』!! ┃」

 

「いけない、レナちゃんと引き離されちゃう!」

 

 

 使い魔らしきものが邪魔をする為に、アタシたちの方にも群がり始める。

 ……動揺はまだ抜け切ってないが、動かなければレナまで──

 

 

「あたって!!」

 

「┃『』『』『』『』!?!?!? ┃」

 

「これで、道が出来た! ももこさん、今のうちにレナちゃんを!」

 

「──っ! あぁ!!」

 

 

 いろはちゃんが使い魔らしきものを倒してくれたお陰で道は出来た。

 素早く、アタシはその道を通ろうとするが……

 追加の使い魔らしきものがぞろぞろと現れる。

 

 

「┃『』『』『』『』!! ┃」

 

「そんな、まだいるのか!?」

 

 

 そうやって、アタシが足止めを食らっている間に、かえでがレナを連れて行こうと強行手段に出た。

 ……クソ! 

 レナは相手がかえでだから……手が出せない! 

 

 

「それじゃあ、行こうかレナちゃん」

 

「┃『』『』『』『』!! ┃」

 

「なんで、なんでかえでなの! ずるい…こんなの…。攻撃できるわけないじゃない!!」

 

「みなさん、お願いしますー」

 

「┃『』『』『』『』!! ┃」

 

 

 やばい…やばい…やばい!! 

 手間取ってる隙にレナが……

 悲痛そうな顔をするレナに、アタシは手が伸ばせない。

 アタシの手は届かない。

 足りない……長さが足りない、力も足りない……全然届かない。

 

 

「イヤアアアアアア!!」

 

「レナちゃん!!」

 

「くっ、一足遅かった…」

 

「やちよさん!?」

 

 

 ……なんで、なんでアンタなんだよ! 

 アイツは、アイツはどこで何してんだ!! 

 やちよさんが来た事によって、アタシの頭に段々と血が昇っていく。

 

 

「神浜うわさファイルの通り、現実になってしまったわね」

 

「何がうわさファイルだ! 魔女の性質が、偶然似てただけだろ!」

 

 

 可笑しいのなんて気付いている。

 だけど…だけど、それをウワサとして納得できるかは別問題だ。

 信頼してるアイツが言った言葉も、やちよさんに言われると信じられなくなってしまう。

 

 

 身勝手な我儘だって気付いていて、それでも──

 

 

「いい加減現実を見なさい! あなたが、私を嫌いなのは構わないわ。だけど、それを理由に仲間を危険に晒さないで。曲がりなりにもリーダーでしょ」

 

「……………………」

 

「魔女と魔法少女が集まり、調整屋や小さなキュウべえが現れ。噂まで現実になる神浜市…。もはや、普通の状況じゃないのよ…」

 

「………………。分かった…分かったよ。認めざるを得ないよ…」

 

 

 ………………あぁ、もう。

 アンタが完璧に変わってたなら、どれほど良かったか。

 中途半端に優しくしないでくれよ。

 そうしないと、またアタシは頼っちまう。

 

 

「…それで、私たちはどうすればいいんですか?」

 

「レナとかえでが敵の手に落ちれば、すぐに逃げられてしまうわ。だから今は、ここのボスを倒すか二人を足止めする必要がある。私はかえでの動きを止めるわ。あなたたちは、ボスを見つけてくれる?」

 

「…分かりました!」

 

「……身をていしてレナが作ってくれた機会だ無駄にはしないさ。それじゃあ、行こういろはちゃん!」

 

「はいっ!」

 

 

 やちよさんにかえでを任せて先を急ぐ。

 あまり時間を掛けてはいられない。

 なるべく早く敵を見つけて叩かなければ、レナまで……

 

 

「にしても、ほんと、何なんだこの結界……。噂が現実になるって信じた所為かかなり異質に見えてくるな……」

 

「…そうですね」

 

 

 いろはちゃんの相槌が聞こえた次の瞬間、凄まじい魔力反応を感じ取った。

 間違いない、さっきの使い魔らしきものとは桁が違う。

 まさか、魔女? 

 

 

「──っ!? いろはちゃん、今の魔力感じた!?」

 

「はい…強いです…。さっきの使い魔なんかより全然強いです!」

 

「おいおい、まさかの魔女のお出ましか…? ともなると、余計に理解不能だな…」

 

「はい…。つまり──」

 

「階層のない結界という事ね…」

 

「つうことになる──って、なんでまさらちゃんがここに!?」

 

「…一応、私も居ます」

 

 

 いきなり背後に現れたのは魔法少女に変身しているまさらちゃんと、追いかけてきたのであろうこころちゃん。

 何故二人が……

 

 

「何で二人が──」

 

「──っ!? ももこさん、来ます!」

 

「ちっ! 話は後だ!」

 

 

 現れた魔女は、かえでの言葉にもあった、階段の要素を取り込んだものだろう。

 そこらの魔女より明らかに強い、階層のない結界と言い──まるで魔女らしさがない。

 

 

 喰らった衝撃波も、魔法少女として活動してきた中でもトップクラスだ。

 何度も何度も喰らって立ち上がれるものじゃない。

 

 

「|ラ↑ン↓ラ↑ンラ/‼|」

 

「ももこさん、魔女の所にレナちゃんが!」

 

「|ラ↑ン↓ラ↑ンラ/‼|」

 

「くっ、ぁぁぁ……」

 

「ちっ、かえでと同じように。レナまで洗脳しようってか……? させるかよ……させて、たまるかああああああ!」

 

 

 アタシは大剣を持って突っ込み、過去最高の踏み込みで思い一撃を入れたが……相手はビクともしない。

 その後も、無我夢中になって大剣を叩き込んだが、全く持って攻撃が通ってる感じがしない。

 まさらちゃんも、アタシに続く形で攻撃を仕掛けているし、いろはちゃんやこころちゃんだって援護射撃してくれてるが……

 

 

 全く効いていない。

 アタシの大剣による重い一撃も、まさらちゃんのダガーによる連撃も、いろはちゃんによる矢の連射も、こころちゃんの可変型トンファー(射撃モード)による電撃も、ダメージを与えられてない。

 

 

「……くそっ、なんなんだよ……。攻撃が通ってる感じがしない……」

 

「えぇ、全く持って効いてないわ」

 

「まさら! 落ち着いてる場合じゃ…!」

 

「苦戦してるみたいね」

 

「やちよさん!」

 

「かえではどうしたんだ!?」

 

「しばらく眠ってもらってるわ」

 

 

 ……ダメだな、アタシ。

 また、頼ってる。

 また、甘えてる。

 ちょっとは、強くなれたつもりだったのに。

 

 

 ……いや、結翔に甘えてる時点で、強くなんてなれてないか。

 お礼だけは、言わないと。

 きっと、それだけは間違えちゃいけないから。

 

 

「そっか、ありがとう…」

 

「あら、ずいぶん素直なのね」

 

「感謝するべき時は、誰だろうとちゃんとするさ。それで、あの魔女……そうやって倒せばいいんだ?」

 

「そんなの、分からないわよ」

 

「っ、はあ!? 噂を調べたりするのはアンタの専売特許な筈だろう!?」

 

「『神浜うわさファイル』だって、そんな万能じゃないわ。解決されたこともないのに、うわさがつくわけないでしょ。このうわさの続きはね、私たちで新しく記すしかないの」

 

 

 …………一度、頭を冷やさないとダメなのかもしれない。

 でも、その余裕が無い。

 今すぐにでもレナを助けないと。

 

 

「くぅぅ、役に立たない」

 

「ようやく状況が掴めたからって簡単に人を頼ろうとしないで、また私の金魚の糞になるつもり? 甘えん坊のももこちゃん」

 

「か、過去を蒸し返すなぁっ!」

 

「|ラ↑ン↓ラ↑ンラ/‼|」

 

「は……あなたの……しもべに……」

 

「いけない……急がないと……レナちゃんが……」

 

「|ラ↑ン↓ラ↑ンラ/‼|」

 

「ックゥゥゥアアアアア‼」

 

 

 間に合わない……

 あぁ、いつもそうだ。

 タイミングが本当に悪い。

 バットタイミングのももこ、そう言われていた過去を思い出す。

 

 

「ももこさん、やちよさん! このままじゃ、レナちゃんが!」

 

「えぇ、分かってるわ。だけど、ここからは本当に無策よ」

 

「ただ、六人の力で押していけば、気絶くらいは狙えるかもしれない」

 

「そんなの、希望的観測でしかないわ」

 

 

 本当に、中途半端な人だ。

 冷たくするなら、もっと前からやっていてくれ。

 優しくするなら、もっと前からやっていてくれ。

 変わってないから、反発しちまうんだ。

 

 

「待て! 六人じゃなくて七人だよ!」

 

 

 そう言って、アタシの前に現れたのは──ヒーロー(結翔)だった。

 

 

 ──結翔──

 

 ギリギリ、ラスボス前には間に合ったらしい。

 ももこたちの前に着地すると、魔力で剣を編み構える。

 敵は使い魔擬きも合わせると結構な数だ。

 それに……

 

 

「階段さんの邪魔は許さない」

 

「この身は階段さんのもの…」

 

「──っ!? レナまで……」

 

「嘘…。間に合わなかった」

 

「ももこ……アンタはもうレナたちのリーダーじゃない」

 

「ごめんね、ももこちゃん。階段さんの方が魅力的なの……」

 

「くっ、何が守ってやるだ……何も出来てないじゃないか……。やちよさんの言う通りだ……、個人的な感情で噂を楽観視してこんな結果を招いた……。リーダー失格だよ、まったく。二人とも、アタシも謝るから目を覚ましてくれ」

 

「目を覚ませ? 何を甘いこと言ってるの」

 

 

 ……俺は何も口を挟まない。

 口を挟んでも良い事なんてない。

 

 

「やちよさん……でもアタシは、コイツらを守らないと……」

 

「傷つけないことは守ることと同義じゃない、それぐらいわかるでしょ。あなたは仲間を傷つけることで自分が傷つきたくないだけよ」

 

「やちよさん。幾らなんでも言い過ぎです! ももこさんにとって、二人は大切な仲間なんですよ!!」

 

 

 こころちゃんがやちよさんに食ってかかる。

 やちよさんが言ったことは紛れもない正論で、こころちゃんが言ったことも紛れもない正論だ。

 正論と正論のぶつかり合い。

 本来なら起きない筈のそれが起きていた。

 

 

「……ももこ。貴女には荷が重いでしょ。私とこころがやる。それでいい?」

 

「悪いけど……頼む」

 

「まさら、こころちゃん。使い魔擬きの処理も頼む。こっちに近付けさせないで」

 

「了解です! 任せて下さい」

 

 

 そう言うと、まさらとこころちゃんは二人と使い魔擬きを連れて、離れていく。

 ……邪魔者は居なくなった。

 これで、心置き無く、ウワサを潰せる。

 

 

 さっきまでのやるせなさを力に変えて剣を握った。

 直死の魔眼で死が見えないという事は、特定の条件下でしか倒せない敵という事だろう。

 

 

 まぁ、取り敢えず。

 

 

「俺の妹分に手ぇ出してくれたんだ。覚悟は……出来てんだろうなぁ!!」

 

 

 俺の怒りの声が響く。

 次の瞬間、俺たちの初めてのウワサとの戦いが幕を開けた。




 次回もお楽しみに!

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十七話「見つかった勝利の法則と、見つからない少女」

 チィ「モッキュ、『モキュッモキュ』。モキュッキュ、モキュモキュ、モキュモキュモキュキュ」

 結翔「……キャスティングミスだろ」

 いろは「ええと、翻訳すると。前回までの『無少魔少』。かえでちゃんとレナちゃんが、敵に洗脳されちゃいました。そして、それを取り戻すためにやちよさんと結翔さん、こころちゃんにまさらちゃんが助けに来てくれました」

 まさら「モキュ語……解明できる人って居るのかしら?」

 こころ「さ、さぁ…。で、でも、案外居るんじゃない?」

 結翔「モキュ語の解読法は分からないけど、取り敢えず十七話をどうぞ!」




 ──結翔──

 

 目の前に居る巨大なウワサに、俺の攻撃はノーダメージだった。

 剣で切っても防御力故に弾かれて、グロックによる銃撃も同様。

 頼みの綱である直死の魔眼が使えない為、二つある内の一つのマギアは打てない。

 

 

 一か八か、もう一つのマギア、『英雄の一撃(ヒロイックフィニッシュ)』で片をつける。

 

 

 右足を一歩分後に下げ、左足を半歩分前に出す。

 その後は、ゆっくりと腰を下ろし、右足に各属性の魔力を溜めていく。

 各属性の魔力量は全て1:1にして、少しづつ混ぜる。

 

 

 いつもの動きで、無駄なく、遠慮なく、全てを注ぐ。

 賭けはしたくないが仕方がない。

 

 

 これで決めなければ、殆どの攻撃が通じない事になる。

 

 

「これで……終われぇぇぇえ!!!」

 

 

 助走をつけてから高く空に飛び、聖なる光を彷彿とさせる、白い魔力を纏った右足をウワサに向かって突き出し、落下する力も合わせたキックを放つ。

 しっかりとマギアはは命中したし、ダメージを与えた感覚もあった。

 

 

 ウワサは流れ込んだ魔力の奔流に耐え切れなくなり爆発し、爆風が視界を奪ったが──聴覚までは奪えない。

 だからこそ、それは聞こえた。

 

 

「|ラ↑ン↓ラ↑ンラ/‼|」

 

「嘘だろ……あれが効かないのかよ」

 

「……! 結翔さん! やちよさん! ももこさん! 四人で連携して攻撃しましょう」

 

「…なるほどね。絶交の性質とは逆をやってみようってわけね」

 

「はい! そうです、それです!」

 

 

 …そう言う事か。

 いろはちゃんの発想が間違いないのなら、俺の攻撃が効かなかったのも頷ける。

 

 

「繋がり…信頼…友情…絆…なんて言うかそういう感じかしら?」

 

 

 意識して攻撃しなきゃ、意味が無いってことか…

 いつも無意識下でしている事を、しっかりと意識する事が倒す為のキー。

 意識しなきゃ出来ない絶交に、無意識下の信頼や友情は意味が無い。

 同じく、意識しているからこそ、効果を発揮出来る。

 

 

「何となくだけど、勝機が見えてきたな」

 

「だけど、ただ繋がりはあっても、アタシとやちよさんの絆って…」

 

「私はももこのこと普通よ?」

 

「それなら、アタシだってやちよさんの事は…普通だよ」

 

 

 お互いに普通と言い張る二人。

 いや、言い張ってはないな。

 …………お互い不器用と言うか、なんと言うか。

 ほら、いろはちゃんがたじろいじゃってるじゃん。

 

 

「普通なんですね…。あぁ…えっと…」

 

「それじゃ、好き嫌いじゃなくて共通点ならどう?」

 

「そ、そうですよ! かえでちゃんとレナちゃんを助けたい気持ちは同じですよね? それって今の私たちにとって一番強い繋がりじゃないですか?」

 

「…そうね。私たちを結び付ける一番強い繋がりかもしれないわね」

 

「うん…確かに。それじゃあ、かえでとレナを助けたい気持ちを…一発、いや四発ほど、乗せていきますか!」

 

「はい! それでいきましょう!」

 

 

 意見が纏まってきた時、ウワサが怒りの声にも近い、音を吐き出した。

 衝撃波を出す程のものでは無いが、そろそろ相手も決めに着たいのだろう。

 ……それなら、こっちだって同じだ。

 

 

「|ラ↑ン↓ラ↑ンラ/‼|」

 

「ちょうど、相手もお怒りだし良いタイミングだわ。あなたのせいで、どれだけの子が消えたのかしら償えとは言わない。……ただ、消えなさい!」

 

「何度、本音を出してぶつかっても繋がっていられる。そういう友だちってすごく大切だと思う。だから私は、その絆を切ろうとしたことを許せない!」

 

「最後こそ、ちゃんと守り切らないとな…。だからさ魔女さん…アンタは地獄で贖罪し続けろ! コノヤロオオオオオオオオオ!!」

 

「俺の仲間に手を出したのが運の尽きだったな……ウワサ。勝利の法則は決まった!!」

 

 

 やちよさんの槍の一撃が、いろはちゃんの限界まで溜めた一射が、ももこの憤怒の一振が、俺の勝利への一打が重なり、ウワサを跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 消滅したと同時に、不思議な結界は解けるがウワサの居た場所にグリーフシードはない。

 

 

(やっぱり、魔女とは完全に別物なんだな……)

 

「よし、結界は解けた…。あとは、かえでとレナを…」

 

「きっと近くにいるはずよ探しましょう」

 

「二人とも無事でいて……!」

 

 

 ……っ!? 

 しまった、考えるのは後だ。

 俺はすぐさま千里眼を発動し、辺りを見渡す。

 すると、思ったより早く二人は見つかった。

 こころちゃんとまさらも一緒だ。

 だけど……かえでが起きてない。

 

 

「見つけた! 急ぐぞ」

 

 

 考え事をしていた俺が言える事ではないが、見つけたからには先導する。

 一分もしない内に目的の場所まで着くと、涙目のレナと眠ったままのかえで、静かに俯くこころちゃんに僅かに唇を噛むまさら。

 ……場の雰囲気は、とてもウワサから解放されて喜んでいるとは思えないものだ。

 

 

「………………」

 

「なんでレナだけ目が覚めるのよ。かえで、アンタだって大丈夫でしょ? 目、開けなさいよ…」

 

「レナ!」

 

「ねぇ、ももこ助けて! かえでが起きない! レナとかえでのこと守るって言ったでしょ!?」

 

「っ…!」

 

 

 レナの悲痛な叫びに、ももこは答えることが出来ず、小さく舌打ちをする。

 重苦しい雰囲気の中、レナは言葉を続けた。

 

 

「お願い! ゲーセンとかおごれなんて言わないから! なんとかしてよ!」

 

「やっぱり、長く操られていた方が消耗が激しいみたいね…!」

 

「すいません、ももこさん。私とまさらがもっと早く……」

 

「私の治癒能力で…。あと、ももこさん。さっきの魔女のグリーフシードは」

 

「あの魔女は、グリーフシードを落とさなかった…。急いで魔女を探してくるよ」

 

 

 ももこが飛び出そうとした瞬間、俺は小さな巾着袋から一つのグリーフシードを取り出す。

 ストック自体はそこそこある。

 …最初から、俺がこれをまさらかこころちゃんに渡していれば話は早かったのだが、使われたくないやつも入っていたので渡さなかった。

 

 

 因みに、巾着袋の中には、色を失った透明なソウルジェムが一つと、グリーフシードが出したやつを含めず五つ。

 その内一つはソウルジェムとセットで、ビニールで個包装してある。

 

 

「世話焼きね、あなたも」

 

「お互い様でしょう?」

 

 

 かえでのソウルジェムにグリーフシードを当てて穢れを浄化し、序に生と死の魔眼で怪我を治す。

 

 

「レナ、言う事があるんだろ?」

 

「…うん。かえで…かえで…目を覚まして! 仲直りの印にって、かえでが好きなもの買ってあるから! ずっと謝りたくても謝れなくて、渡したくて渡せなくて…! ずっと鞄の中に入れてあるの! いつでも渡せるから、渡したいから、だから起きて! お願い…」

 

 

 心からの言葉だろう。

 ウワサの事を真剣に考えていたレナは、謝りたくても謝れない状況に後悔して、好きなものを買っても渡せない事に苦悩して。

 ぐちゃぐちゃになりながらも吐き出した、心の底からの言葉だだった。

 

 

「レナちゃん…」

 

「かえで?」

 

「うん…」

 

「──っ!? よかった、よかったぁ!」

 

「はぅぅっ、揺らさないでよぉ。…私、ちゃんと聞こえてたよレナちゃんが謝ってるの…。謝ってくれてありがとう…」

 

「うん、うん…ぐすっ…」

 

「家庭菜園から果物取ってたのレナちゃんだったんだね…」

 

「うん…」

 

「私のペットのこと、そんなに気持ち悪いって思ってたんだね」

 

「うん…」

 

「あとで、ちゃんと謝ってね…」

 

「やだ、二度は謝らない…ぐすっ」

 

「ふふっ、分かった」

 

「はぁ…ほんと…良かった…」

 

 

 泣き笑いながら抱きつくレナと、困ったように笑い抱きつかれるかえで。

 そして、それを見て安堵したような笑みを浮かべるももこ。

 

 

(……守れた。良かった)

 

 

 俺も、自然と笑みが零れた。

 今、目の前にある、三人揃った当たり前の光景を守れたのが嬉しくて、昔のように無邪気に笑った。

 久しぶりの、本当の笑顔だったのかもしれない。

 

 

 ──いろは──

 

 温かい雰囲気が場を包む中、やちよさんは一人、その場を去ろうとしていた。

 そして、私はやちよさんに聞きたかった事を聞く。

 疑問に思っている事を、聞く。

 

 

「待ってください、やちよさん」

 

「何? もう終わったでしょ?」

 

「はい、そうなんですけど…。ひとつの教えて欲しくって…」

 

「何かしら?」

 

「さっき倒したのって本当に魔女なんですか…?」

 

「それは、どういうこと?」

 

「やちよさんも、結翔さんも、ずっと魔女って言わなかったから…」

 

 

 …さっきまでの戦いの中、ウワサを調べてまであろうやちよさんと結翔さんは、一言もアレを魔女だと言わなかった。

 私も、グリーフシードを落とさない事や、いつもと違う結界だった事もあり、魔女ではないのかも……と疑いが生まれた。

 

 

「…………鋭いわね。そうね…私は違うと思っているわ。多分だけど、結翔もね」

 

「じゃあ、今のはいったい…」

 

「私はウワサと呼んでいるわ」

 

ウワサ…?」

 

「そう、魔女でも使い魔でもない。ウワサうわさのために現れる。うわさを現実にする存在として、うわさを守る存在として…」

 

 

 うわさを守る存在がウワサ? 

 うわさを現実にする存在がウワサ? 

 ……駄目だ、何となく理解はできても、完璧には飲み込めない。

 自分で、経験したはずなのに……

 

 

「………………。あの、ごめんなさい。上手く飲み込めなくて」

 

「絶交ルールであなたも経験したはずよ。うわさ通りにするために、かえでたちをさらいにきて、うわさの内容から外れようとする私たちを、排除しようとした…。あれは本当にただ、うわさのために存在してるの。魔女や使い魔とは決定的に違う存在でしょ?」

 

「…ウワサ…本当にそんなのが…」

 

「信じたくなければ、信じなくていいわ。ただ、気を付けなさい。この神浜に通う以上は、避けられない存在でしょうから…」

 

 

 そう言って、やちよさんは去っていった。

 優しい人だと、思った。

 ……失礼かもしれないけど、どこか結翔さんと似ている。

 あの人は、誰かの為に動ける人だ。

 

 

 きっと、私の考えは外れてなんてないだろう。

 

 

 ──結翔──

 

『面会記録の方には、俺やいろはちゃんの名前はなかったよ』

 

『じゃ、じゃあ、入院記録は……』

 

『そっちも……。あっ! でも、さっき教えてくれた灯花ちゃんとねむちゃんって子は居たよ。確か、退院したのは──』

 

『…それ、ういが退院した時期の少し後です! …良かったぁ、灯花ちゃんもねむちゃんも、ちゃんと居たんだ』

 

 

 嬉しさ故に、声のトーンが一つ上がるいろはちゃん。

 記憶が偽物じゃない証明の足しにはなったらしい。

 他にも、俺が調べた情報の開かせる部分全てを彼女に話した。

 流石に、住所までは言えなかった。

 

 

(幾らなんでも、アウトな個人情報だし。それに──)

 

 

 俺でさえ、それを()()()()()()()()()

 警察官、と言う後ろ盾があっても、彼女達の住所は詮索を禁止された。

 里見メディカルセンター、何か裏があるのか……それとも──

 

 

『結翔さん、今日はありがとうございました!』

 

『ううん。どういたしまして』

 

 

 電話を切ると、俺は自室を出てリビングに降りる。

 リビングにはソファに座り、膝の上にチィを占拠されたまさらが、無表情──ではなく少しだけ微笑んでチィを撫でていた。

 

 

「……はぁ」

 

「人の顔を見てため息を吐くなんて、良い度胸してるわね」

 

「いや、いつも今みたいに柔らかい表情だったらなぁってさぁ」

 

「まぁ……良いわ。…そうそう、今日の晩御飯はシチューらしいわよ」

 

「マジか……楽しみだな」

 

「フランスパンがないってこころが言ってたわ。ダッシュで買ってきてちょうだい」

 

 

 いつも通りの無表情で、家主の俺をパシらせるあたりは肝っ玉が座ってる。

 ……いや、色々なものがまだ無いから言えるだけなのか? 

 ふぅ……まさらの事はまだ分かんない事が多いな。

 

 

 結局、パシらされた俺は、近くのスーパーに駆け込んだ。

 すると、そこでやちよさんと偶然遭遇。

 ……何故だろうか、凄く見られてる気がする。

 

 

「あなた、入れ知恵したでしょ?」

 

「別に、してないですよ」

 

「……はぁ。悪いけど、あなたには『口寄せ神社』のこと調べるの、手伝ってもらうから」

 

「勘ですけど、いろはちゃんも調べますよ」

 

「その時はその時よ」

 

 

 そう言うやちよさんはいろはちゃんが噂を調べる事を止める気なのだろうか? 

 それとも──

 

 

(為せば成る…。俺がどうにかすればいいか)

 

 

 いつも通りだ。

 やるべき事を、役目を果たす。

 この街を──この街に居る人を守る。

 

 

 ……あっ、こころちゃんのシチューはとても美味しかったです。




 次回もお楽しみに!

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幕間「姉のようで、母のような彼女」

 幕間はヒロインたちとの過去を掘り下げたり、イベントをやったりします。
 今回の幕間登場ヒロインは、次の話から本格的に登場する元気一杯なあの子です!


 ──結翔──

 

 チームを離れて、三週間ほどが経った。

 今日も今日とて、お仕事の為に一人で魔女狩りだ。

 

 

 ……最近、魔女を倒すのに、果てしない罪悪感を持ち始めていることに気付いた。

 そりゃあ、あんな現実見せつけられたら、誰だってそうなるだろう。

 弱体化の件もあり、酷くボコボコにされたものの、なんとか辛勝を得た。

 

 

 体中に浅くはない傷が所狭しと出来ており、骨まで到達してないのが唯一の救いである。

 最も、叩きつけられたり、吹っ飛ばされたりした所為で、内臓器官にダメージが入ってるし、骨にも少々ヒビが入ってしまった。

 

 

 外見の傷だけ生と死の魔眼で限界まで消した──治したが、痛みは消えてないし、内臓器官や骨のヒビはまだ治せてない。

 お陰で、酔った中年オヤジのように、千鳥足で帰り道を歩いている。

 帰ったら帰ったで報告書を書かないと駄目だし、ももこも飯を作りに家に来てる筈だし……はぁ……

 

 

 別に、報告書は良いのだ。

 あった事をあったまま書けばいいのだから。

 問題はももこだ。

 この状態をももこに見られれば、お説教コースは免れない。

 自宅に着くまでに治る怪我じゃないのは明らかだし、治ったとしても痛みは完全には消えない。

 

 

 バレるのは確定事項だろう。

 

 

「…参京区か」

 

 

 この街のどこになにがあるか、大体の事は把握している。

 ここから一番近くて、尚且つ俺が休めそうな場所は……あそこしかないか。

 フラフラとした足取りで、商店街の道を歩く。

 見慣れた光景の中に、久しぶりに見る看板が見えた。

 中華飯店『万々歳』。

 

 

「鶴乃が居ないことを祈るか……」

 

 

 付き合いがそれなりに長い鶴乃は、俺の不調に気付く。

 それでも、必死に笑顔を貼り付けるだろう、俺を安心させるために。

 それだけはさせたくない、家の為に必死に頑張っていて、仲間を一人失っても笑顔であり続けようとする彼女に、俺を安心させるために無理を強いたくない。

 

 

 ……それでも、心のどこかで、俺は鶴乃の姉のような──母のような安らぎを求めていた。

 

 

 普段通り──には到底及ばないガサツな開け方で引戸を開ける。

 中には、鶴乃の父さんが夜に向けての仕込みをしていた。

 時刻は四時過ぎ、妥当な仕込みのタイミングなのだろうか? 

 

 

「あれ? 結翔君じゃないか!? どうしたんだい、随分久しぶりじゃないか!」

 

「あぁ、最近は結構自炊してるんで、来る機会が減っちゃって……」

 

「…………顔色悪いよ? 奥の座敷で休むといい、空いてるから。お冷いるかい?」

 

「じゃあ、お願いします」

 

 

 不味いな。

 鶴乃の父さんにもバレるレベルで、顔色悪かったのか……

 こりゃ、帰ったら速攻バレてたな。

 

 

 案内されたままに、俺は奥の座敷へと歩いていく。

 座敷前に辿り着いたら、靴を脱いで上に上がる。

 ここの座敷は一つだけ、六人が座れるスペースがあり、座布団も勿論六枚ある。

 他のテーブル席からは仕切りで見えないようになっている。

 

 

 ……ここまでくれば分かるが、鶴乃は居ない。

 二階にいたとしても()が来た時点で、アイツなら飛んで来る。

 そして、客が俺だと知ったら飛び付くまでがセットだろう。

 

 

「居ないなら……ゆっくり──」

 

 

 座布団を三枚ほど重ねて枕代わりにすると、着ていたブレザーを脱ぎ、掛け布団にして目を瞑る。

 その日、俺の精神的疲労と肉体的疲労はピークに達していたのだ。

 だから、目を瞑った数秒後には意識は僅かしか残っておらず、その僅かに残った意識を俺は放り捨てた。

 

 

 ──鶴乃──

 

 偶然見つけた魔女を退治して家に帰ってきたわたしは、お父さんからの言葉に相当驚いたと思う。

 

 

「結翔君が来てるぞ。…悪いが、少し体調が悪そうなんだ、奥の座敷で眠ってるから様子を見ててやってくれ」

 

「へっ? ……え? え?」

 

 

 あまりにも驚いて、開いた口が少しの間閉じなかった。

 いきなり結翔が家に来ていた事も驚いたし、体調が悪そうなのにはもっと驚いた。

 ……最近は、ももこがご飯を作ってあげに行ってるから、来ないと思ってたんだけど。

 

 

 

 何かあったのかな? 

 だって、今の結翔は……悪いけどすっごく弱くなってるから。

 精神的にも、魔法少女の強さ的にも……

 

 

「助けられなかった、俺が殺したようなもんだ」、そう言った彼の物悲しい背中を、今でもハッキリ覚えている。

 他には何も教えてくれなかったけど、それだけは教えてくれた。

 守れなかった事を、教えてくれた。

 

 

 きっと、わたしの優しさは結翔にとって猛毒だ。

 ももこの幼馴染としての優しさと並ぶ猛毒だ。

 わたしの優しさを、結翔は拒む。

 誓を鈍らせるから、優しさを貰う資格はないと言うから。

 

 

 座敷に向かって歩き出す。

 とぼとぼと歩いて向かい、仕切りの端から覗くように中を見る。

 ……結翔は、眠っていた。

 気持ち良さそうに眠っていた。

 

 

「…………ふふっ」

 

 

 それがなんだか嬉しくて、無意識に笑いが零れた。

 よーく見ると、目の下に隈がある事が分かる。

 多分、最近はあまりに眠れてないのだろう。

 だから、気持ち良さそうに眠っている姿を見て、嬉しく思った。

 

 

 弟のような存在、一人っ子のわたしにとって、結翔はそんな存在だ。

 頑張り過ぎて、傷つき過ぎて、脆過ぎて、優し過ぎて。

 彼の全ては、常人の域を超えている。

 

 

「戦わなければ、守れない……か」

 

 

 いつか、結翔が言っていた。

 

 

「戦うのは嫌いだけど、ヒーローだから大切を守らないといけない。守るためには、拳を握らないといけない、武器を取らないといけない、誰かを──傷つけないといけない」

 

 

 その為の鍛錬はしてきた、とも言った。

 

 

 戦うのが嫌いなのに、ヒーローとして大切を守るために、誰かを傷付ける鍛錬をした。

 

 

 矛盾しているように感じた。

 それが結翔を傷付けているようにも感じた。

 

 

 ゆっくりと座敷に上がって、座布団の代わりに、自分の太股の上に結翔の頭を置く。

 壁際に頭を向けていた事で、壁に寄り掛かりながら膝枕が出来るのはいい。

 耐性は辛いかもしれないが、寄り掛かれる分、幾らかマシだろう。

 

 

「わたしが言えた事じゃないけど、頑張り過ぎじゃない?」

 

 

 答えは返ってなど来ない。

 そんなの分かっている。

 

 

 ……わたしは、きっと、結翔にとって迷惑な気持ちを持っている。

 それを伝えたら、結翔はどんな顔をするだろうか? 

 喜んでくれるかな? 

 気持ち悪いって言うのかな? 

 ……困っちゃうのかな? 

 

 

 喜んでくれるなら嬉しい。

 気持ち悪いって言われたら悲しい。

 困っちゃったら、やっぱり少し悲しい。

 

 

 だから、この気持ちは見なかった事にしよう。

 全部終わるまで、見なかった事にしよう。

 

 

 もし、全部終わっても、ここに気持ちがあったなら……その時は──

 

 

「ちゃんと、言うから」

 

 

 報われなくていい、それでも知って欲しい。

 貴方が傷付いて、悲しむ人がいる事を。

 貴方が苦しんで、自分も苦しんでしまう人がいる事を。

 

 

 知って欲しい、わたしの姉としては邪な気持ちを。

 いつか、君に好きだと叫びたい。

 

 

 ──結翔──

 

 起きたら、目の前に鶴乃の顔があった。

 後頭部には、柔らかい感触を感じた。

 

 

 膝枕されていると気付くのに、さして時間は掛からない。

 そして、言い間違えにもギリギリで気付いた。

 

 

「かあさ……なんで、膝枕してんだ?」

 

「んー……気分?」

 

「まっ、別にいいか」

 

 

 動きたいが、まだ動ける状態じゃない。

 ブレザーのポッケに入れていたスマホを確認すると、時刻は七時を回っていた。

 店内にはチラホラと客が居る雰囲気があるし……随分寝てしまったらしい。

 

 

 ももこからの不在着信もエグい量溜まっている。

 ……帰るの、嫌だなぁ。

 

 

「鶴乃〜?」

 

「なに?」

 

「泊まるって言ったら、どうする?」

 

「…………へっ? そ、それ、はは、ちょっと困る……かも」

 

「だよなぁ。……しゃあない、帰るか」

 

 

 名残惜しさを感じながら、頭を上げて体も起こす。

 流れでブレザーを着て、そこら辺に投げ捨てていたバックを手に持つ。

 スクールバックのようなそれは、持ち運びがしやすそうで壊れにくいから買った、と言うだけのデザイン性度外視の一品。

 カッコ良くなければ可愛くもない、シンプルなバックだ。

 

 

 帰らないと面倒な事になるし、帰っても面倒な事になるが……致し方ない。

 今日は甘んじてお説教コースに行くとしよう。

 そうして、座敷から出ようとする前に、俺は鶴乃にこう言った。

 

 

「今日はありがと。…………またな」

 

 

 色々と言いたかったが、飲み込んだ。

 姉のようで、母のような彼女に甘えたくなくて、その強さに寄りかかろうとした自分が嫌で……飲み込んだ。

 

 

 その時の俺は、自分が嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分で自分を殺したいほどに……嫌いだった。

 




 次回もお楽しみに!

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十八話「心の底から会いたい人」

 鶴乃「前回までの『無少魔少』。絶交ルールのウワサを倒して、いろはちゃんたちはようやくウワサが、魔女とは別物だと分かったよ」

 いろは「結翔さんは最初から分かってたんですよね……教えてもらいたかったです」

 結翔「だって、言っても信じてもらえるか半々で、分かんなかったから」

 やちよ「私はちゃんと忠告したわよ」

 いろは「…はぁ。取り敢えず、鶴乃ちゃんが本格参戦する十八話をどうぞ…!」

 チィ(しぃ代理)「もっきゅ、もきゅ!(悪いけど鶴乃の出番は、早くても次話からだよ!)」




 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 口寄せ神社のそのウワサ

 

 家族? 恋人? 赤の他人?

 心の底からアイタイのなら

 こちらの神様にお任せを!

 

 絵馬にその人の名前を書いて

 行儀良くちゃーんとお参りすれば

 アイタイ人に逢わせてくれる

 

 だけどだけどもゴヨージン!

 幸せすぎて帰れられないって

 水名区の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 キャーコワイ!

 

──────────────────────

 

 ──こころ──

 

 今日も、結翔さんは噂の調査に行くらしい。

 先週から、ここ一週間ずっとそうだ。

 

 

「今回調べてる噂は、口寄せ神社の噂って言うんですね」

 

「うん。何でも、心の底から会いたい人に会えるんだとか。まっ、幸せ過ぎて帰れなくなっちゃうらしいけど」

 

「会いたい人…………帰れなくなる……」

 

 

 結翔さんが、口寄せ神社のウワサを調べてるのはなんでなんだろう? 

 勿論、仕事だからって言われたら納得するしかないけど──何か違う気がする。

 本当に、結翔さんに会いたい人が居るって思ってしまう。

 

 

 真面目な人でもあるから、私情を仕事に持ち込む人じゃないと思うけど……

 そう、思ってしまったら、疑ってしまったら止まらない。

 私は失礼だなと思いながらも、疑問を結翔さんに問い掛けた。

 

 

「……結翔さんって会いたい人、居るんですか?」

 

「あぁ……そう言う事。居るよ…居る。寧ろ、数年間も魔法少女やってれば、会いたい人の一人か二人は居ると思うよ」

 

「す、すいません、失礼な事聞いて…!」

 

 

 地雷……だったのかもしれない。

 苦笑気味に言う結翔さんを見て、私はどうしようもない嫌悪感に襲われる。

 聞かない方が良い事だってある。

 多分、私の質問は聞かない方が良いものだったのだろう。

 

 

 どうにかこうにか話題を変える為に、私はさっきまでの話でもう一つ気になった事を聞いた。

 

 

「幸せ過ぎて帰れないって。それならそれで、良いんじゃないでしょうか?」

 

「……こころちゃんならそう言うよね。でも、俺はヒーロー目指してるから。ヒーローは守るだけの存在に在らず、救う存在でも在る。だから、ウワサによるまやかしの幸せ──偽物の幸せを、俺は本物の幸せだとは思いたくないし、思って欲しくない」

 

「それで、まやかしの幸せから救う……ですか?」

 

「そっ。本物の幸せを、自分の手で掴んでもらうためにね」

 

 

 先程とは一転、真剣な顔付きで語る結翔さんは、本当にヒーローのようだ。

 勝手な憶測でしかないけど、結翔さんの理想のヒーロー像は、皆が思う理想のヒーロー像とは少しズレている。

 

 

 単純に、悪者を倒す、困っている人を助ける人を、結翔さんはヒーローだとは思っている──けどそれだけでは彼の理想に届いていない。

 きっと、結翔さんの理想のヒーロー像は色々なものが混ざっている。

 それは悪を倒す者で、困っている人を助ける者で、大切を守る者で、手に届く全てを救う者で、平和を愛す者だ。

 

 

 グチャグチャだけど、纏まっている。

 方向性の全てが、善であり──(希望)だ。

 

 

「……っと、そろそろ行かないと。家の事、よろしくねー!」

 

「は、はーい!」

 

 

 時計を見て慌てだした結翔さんは、私にそう言って家を飛び出して行った。

 リビングには、いつもと違う静かな雰囲気が満ちている。

 ……最近は、結翔さんとまさらが、一緒に特撮系の番組を見ながら色々と喋っていたから、そう感じてしまうのかもしれない。

 

 

 まさらも、今日はフラフラとどこかに出掛けて行ったから、家は私一人。

 静かな雰囲気に寂しさを感じながらも、テキパキと家事を済ませていく──筈だったのだが。

 ふと、戸棚の上に置かれているアルバムに目が行き、興味本位でそれを手に取って見てしまう。

 

 

 入っている写真は、多くが中学生時代のものだ。

 他にも二つある事から、小学生時代やそれより古い物は他の二つに入っている……と言った所だろうか。

 

 

 ペラペラとページを捲っていくと、見知った顔である七海さんやももこさん以外にも人が出てくる。

 特徴を挙げていくなら、一人が金髪ロングので少し目付きが鋭い──悪い人。

 もう一人は、白髪ショートカットでおっとりとした優しそうな人。

 最後の一人は、緑青色の髪を赤いリボンで纏めた快活そうな人。

 

 

「……この中の誰かだったりすのかな?」

 

 

 いや、余計な詮索はよそう。

 幾ら距離が縮まったからと言っても、これは踏み入ってはいけない一線を超えている気がする。

 

 

 待とう、いつか喋ってくれる日まで。

 

 

 ──結翔──

 

 水名区には古くからの伝説──もとい伝承がある。

 

 

 むかしむかし、身分違いの恋に落ちた男女がいました。

 二人は愛し合いましたが関係が女の家族に知れ、男は殺されてしまいました。

 悲しみにくれた女はある日、男の字で書かれた紙を見つけます。

 その紙にはある場所が記されていました。

 

 

 女がその場所に訪れると、なんとそこには死んだはずの男が現れ……二人は再会できたのでした。

 

 

 ……とまぁ、ざっくりと話すのならこんな感じだ。

 だが、この話にはオチがある。

 女が再会を果たした男は、実は幽霊だった──と言うものだ。

 

 

 良い話と言えば良い話で、悲しい話だと言えば悲しい話。

 見る人によって、全く違うものに見えてくる。

 因みに、俺は悲しい話だと思った。

 

 

 何故かって? 

 そんなの簡単だ、何故なら既に大切な人は──愛した人は死んでいるのだから。

 

 

「で? 今日は水名区のスタンプラリーを回って調査……と」

 

「ええ、そうよ。出遅れてる分、隅々まで調査しないといけないわ」

 

「取りこぼし=被害者の──行方不明者の増加ですからね」

 

「報告は回りながらでいいわ。絶交ルールの件も含めて話してちょうだい」

 

 

 やちよさんはそう言うと、スタンプラリーの紙を取ってサッサと歩いて行く。

 ……何と言うか、本当に……

 

 

 ため息が出るのを我慢し、俺もスタンプラリーの紙を取って彼女を追いかける。

 追い付いたら、報告を始めていく。

 

 

 絶交ルールの報告は一つだけ。

 ウワサを倒した後に、被害者であろう行方不明者が続々と発見された事。

 俺の仕事にミスがなければ、被害者は一人残らず発見されている。

 

 

 続いて口寄せ神社のウワサについて。

 調査の結果から推測するに、口寄せ神社のウワサは信憑性が高い。

 何故なら──

 

 

「行方不明者のほぼ全員が、ここ数年の内に家族──身内や恋人、親友や幼馴染み、親しい人を亡くすか、行方不明でなくしています」

 

「つまり、心の底から会いたい人が居る人が、被害者になりうるし、既に被害者になっていると」

 

「はい。それが、一番分かりやすい共通項です。他にも色々ありますが、それが一番多いです」

 

 

 俺の報告が終わると、やちよさんも調べた結果を細かく報告してくれる。

 やちよさんも片っ端から調べているらしいが、このスタンプラリーに行き着いているあたりを見ると、結構手詰まり気味らしい。

 

 

 その後も、スタンプラリーを回って行った。

 男の家から始まり、逢瀬を重ねた路地裏、追い詰められた南門、切り捨てられた旧邸宅、最後に男の手紙にあった水名大橋。

 

 

「結構歩きましたね」

 

「疲れてはないでしょ?」

 

「そりゃあ、ヤワな鍛え方してませんからね」

 

 

 報告を終えた後は、少しの会話で間を保ち水名大橋まで来たが、そこで見覚えのある人影を見つけた。

 チィが居なくなっている事と、妹さん探しをももこが手伝っているのは聞いてたから、神浜に来ているだろうとは思っていたけど、まさかここで会うとはね……いろはちゃん。

 

 




 次回もお楽しみに!

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十九話「怖いくらい真っ直ぐで」

 鶴乃「鶴乃です、今回も出番はあまりないそうです。鶴乃です、次話からやっとまともに出られるそうです」

 まさら「まさらです、今回も出番はないそうです。まさらです、メインヒロインズの一人なのに一章に入ってから出番があまりないです」

 こころ「こころです、今回は出番はないそうです。こころです、メインヒロインズの一人なのにまさらと同じく一章に入ってから出番があまりないです」

 みたま「みたまです、今回も出番はないそうです。みたまです、メインヒロインズの一人なのに上二人と同じく一章に入ってから出番があまりないです」

 ももこ「……大丈夫かこれ?」

 結翔「前回までの『無少魔少』。口寄せ神社のウワサを追い始めた俺とやちよさん、掴めるものがあまりない中辿り着いたスタンプラリーでいろはちゃんと出会う」

 ももこ「……どうなるんだ十九話。まぁ、楽しんでどうぞ!」



 ──いろは──

 

 絶交ルールの事件から早一週間。

 その間、私はももこさんたちのチームにも協力してもらい、神浜の街を探し回ったが、一向に調査は進んでいない。

 

 

 けれど、報告をし合っている途中、かえでちゃんからウワサの被害に遭っていた人達が戻ってきたことを聞いた。

 最初は有り得ない事だと思ったけど、そこで私はある事を思い出す

 妹の──ういの言葉だ。

 

 

 灯花ちゃんとねむちゃんが喧嘩している時だったかに言った言葉。

 

 

『想像する小説家のねむちゃんと、想像を叶える科学者の灯花ちゃん。なんかふたりを見てると、この世界はたくさんの想像があって、その想像はいつも本当になってるんだって思う。それってあれだよね、ふたりがいれば、この世界って何でもできるってことだよね』

 

 

 ういはこの言葉を、とても嬉しそうな笑顔で言っていた。

 私はこの言葉から、ウワサを調査する事を決意し、動き始めた。

 だけど、思っていたように調査は進まず、みたまさんの助言で水名区にまで足を伸ばしたのは良いものの、助言にあった神社の噂は聞けず、途方に暮れる始末。

 

 

 同じ魔法少女だったら色々と聞けるのに、そんな不満を叫んだ時に一人の女の子が目の前に現れた。

 サイドテールに纏めた明るい茶色の髪に、元気が溢れ出すような赤橙色の瞳を持つ魔法少女、それが自称最強の由比鶴乃ちゃん。

 

 

 彼女から口寄せ神社のウワサを聞き、鶴乃ちゃんも調査してる事から協力し合うことに。

 翌日──であり今日、私は一人で鶴乃ちゃんに言われた水名区に伝わる伝説から、口寄せ神社のウワサを調べる事になったのだが……

 

 

 なんと、調べる手段はスタンプラリー。

 しかも、明らかに町おこしのためのものだ。

 ……でも、手掛かりは少ないので無駄にする訳にもいかず、私はチィとペアでそれを回ることに。

 

 

「男性の家、逢瀬を重ねた路地裏、追い詰められた南門、切り捨てられた旧邸宅、最後に男の手紙にあった水名大橋。……はぁ、やっと揃った…」

 

 

 時間は掛かったが、何とか最後まで回りきった。

 ウワサの調査が進行したかは分からないが、なんとも言えない達成感がある。

 スタンプラリーなど久々にやったからだろうか? 

 

 

 嬉しさに浸るのもそこそこに、口寄せ神社の場所を探そうとすると……

 用紙にはこう書かれていた。

 

 

 AとB、ふたりの紙を線に合わせて重ねましょう。

 太陽に透かしてみると、重なったスタンプが地図になってふたりを導いてくれるでしょう。

 重ねましょう……ふたりの……

 

 

「………………えっ?」

 

 

 え、え、私の紙…A…。

 これって、もしかしなくても、ふたりで回るものだったの? 

 達成感と嬉しさの感情が一転、時間を無駄にしただけだという虚しさと悲しさに変わる。

 

 

「そんなぁ〜…」

 

「あなた、何してるの…?」

 

「おっ、いろはちゃんじゃん。どしたの、こんな所で?」

 

「ふぁっ!? やちよさんに結翔さん!?」

 

 

 回りが見えないほどの落ち込みだったのか、私は突然現れた二人に対して大袈裟な驚き方をしてしまった。

 だけど……あれ? 

 でも、二人もここで何をしてるんだろう? 

 

 

 疑問はあったが、聞かれた事は答えないと。

 普段通りのスタンスで、私はここに居る理由を──何をしているかを話した。

 

 

「あ、えっと、実はスタンプラリーを回ってて…」

 

「スタンプラリーって…。妹を探すと言っていた割には、呑気なことをしてるのねと、言いたいところだけど、まさな、同じことをしてるなんて」

 

「奇遇だね〜。あぁ、それと、そっちの方手伝えなくてごめんね。色々と立て込んでてさ。仕事が入っちゃったんだよ」

 

「いえ、それは大丈夫ですよ。結翔さんが忙しいのは分かってますから。それより、同じことって、やちよさんに結翔さんも?」

 

「えぇ、これで最後のスタンプよ。で、どうすればいいのかしら…。………………」

 

「………………んん?」

 

「あ、あの…」

 

 

 結翔さんと先に、やらかしたなぁと言った顔に変わる。

 やちよさんも、徐々に顔色が変わり、驚愕の色が見て取れる。

 多分だけど、二人とも気付かないでやってたんだろう。

 ……それぐらい必死だったのかな? 

 私が声を掛けても、二人は全く反応してくれなかった。

 

 

「AとB!? はっ…! 環さん、もしかしてあなたも…」

 

「はい………………」

 

「はぁ、最初に気付いてれば良かった…。道理で、紙が二束あった訳だ」

 

 

 私は、二人に口寄せ神社の事を話す。

 ため息を吐いた結翔さんは落ち込んでいたが、私が話し始めると真剣な態度で聞く姿勢に入った。

 

 

「実は口寄せ神社のことを調べてて、それでヒントになるかなってスタンプ集めをしてたんです…」

 

「ふーん…」

 

「な、なんですか…?」

 

「思ったより、ちゃんと調べてるのね。ただ、調べてるのが口寄せ神社だなんてね…」

 

「神浜うわさファイルに載ってたりしますか…?」

 

「答える必要はないわ…」

 

「やちよさん…」

 

「あぅ…」

 

 

 語調の強い言葉に、私は一瞬怯んでしまう。

 何と言うか、やちよさんは優しい人だが、同時に厳しい人だ。

 どこかサバサバとしていて、色々なものを割り切っている感じがする。

 

 

 私のそんな様子を見兼ねた結翔さんも、やちよさんに対して呆れた表情を向けている。

 しかし、やちよさんは気にすることなく話を続けた。

 

 

「それ以前にあなたは、うわさから手を引いた方がいい。前にも言ったけど、半端な気持ちで首を突っ込んで痛い目を見ても知らないわよ?」

 

 

「でも…」

 

「私が何を言っても、調べるでしょうね…。本当に、嫌な所ばかり似てるわね

 

 

 小さく呟いた声は聞こえなかったが、諦めの着いた表情からは、もう無理矢理にでも止める意思はないらしい。

 私はそれに、少しの安堵を覚えた。

 結翔さんが味方をしてくれるとは思うけど、何度も狙われるのは流石にごめんだ。

 

 

「はい、ういを見つけるチャンスかもしれませんし…」

 

「妹のことになると本当に頑固なんだから」

 

「あの、やちよさんは…」

 

「なに?」

 

「やちよさんはどうしてイベントに参加したんですか?」

 

「それも、答える必要はないわ」

 

「……ごめんね。こればかりは、俺も答えられないよ。結構デリケートな問題だから」

 

「これもですか………分かりました。でも、最後まで調べるつもりなんですよね?」

 

「えぇ、そのつもりよ」

 

 

 良かった。

 だったら、運が向いてくるかもしれない。

 私の紙はAだけど、二人の紙がもしBだったら……

 

 

「それならあの、私…Aなんです!」

 

「何を急に…って、そういうこと? 私は…」

 

「一応、俺のも……」

 

 

 書いてあるAとBを確認するのに、さして時間は掛からない。

 数秒もしない内に、二人から同じ答えが返ってきた。

 

 

「何の因果かBよ」

「俺もBだね。ラッキーだよ、いろはちゃんが居て」

 

「それじゃあ!」

 

「はぁ…仕方ないわね…。結翔」

 

「了解です」

 

 

 私が紙を渡して、結翔さんが自分の紙を重ねる。

 またしても、数秒の内に結翔さんから納得の言った声が漏れた。

 そういう事か……と。

 

 

「なるほどね。なんてことないスポットだ」

 

「分かるんですか?」

 

「まぁね。付いてきて、案内するから。……良いですよね?」

 

「えぇ、構わないわ」

 

「やった!」

 

 

 嬉しさのあまり浮き足立った私は、先に体が動き出してある物が落ちた。

 それをやちよさん言われて気付いた。

 

 

「何か落としたわよ?」

 

「え…?」

 

「この、ノートあなたのでしょ?」

 

「あはゃっ!? あの、これは!」

 

「何を慌ててるの?」

 

「慌ててまひぇん! ただの宿題ですから…!」

 

「………………そう?」

 

「…………え? 何この厨二病黒歴史ノート拾った時の反応見たいの。嘘、まさか、いろはちゃん……」

 

 

 動揺が激しすぎた所為か、案内しようとしてくれた結翔さんにあらぬ誤解をされた気がするが、その時の私には誤解に気づく余裕はなかった。

 

 

 誤解を解いたのは、少しあとの話である。

 

 

 ──結翔──

 

 水名神社、内苑と外苑に分かれているほどの大きく立派な神社。

 そこそこの知名度があり、訪れる人も少なくない。

 かく言う俺も、初詣に来た事が何度かある程だ。

 

 

「ここがゴール…すごく大きい神社ですね…」

 

「内苑と外苑に分かれているぐらい立派な神社よ」

 

「あの、やちよさん…。もしかしてこの神社が、口寄せ神社だったり…」

 

「だったら良かったんだけどねぇ」

 

「違うんですか…」

 

「俺とやちよさんが調べた限りじゃ違うかな、何も起きなかったし」

 

「それに、元々は縁結びとは関係がない神社だから」

 

「でも、スタンプラリーの話は本当かもしれませんよね?」

 

 

 ガッカリそうな表情のいろはちゃんだが、これで挫けるような玉じゃないらしい。

 何か掴もうと、必死になっている目が見て取れる。

 ……奔走してるのはどっちも同じか。

 

 

 仲間を探しているやちよさんも、妹を探しているいろはちゃんも、被害者を増やさないようにウワサを潰そうとする俺も。

 必死なのは──諦めずにもがいているのは同じだ。

 

 

「どうだろうね、結局何も起きなかったし。……まぁ、それだと多分、神様じゃなくて、民話が影響してるのかも。伝説や伝承とも言うけど」

 

「…本当ですか?」

 

「えぇ、本当よ。私も一緒に居たもの」

 

 

 そこで一度会話を切り、中に入る。

 神社に入ると、すぐに巫女さんがやってくる。

 案内の為なんだろうけど、来慣れてるからあんま意味ないな。

 一応……厚意は受け取るが、申し訳ない気分になる。

 

 

「ようこそ、お参りくださいました」

 

「スタンプラリーのゴールってこちらでしょうか」

 

「あ、スタンプラリーに参加してくださった方ですね?」

 

「はい。このスタンプの用紙、こちらで回収していただけますか?」

 

「はい、大丈夫です。確かに、頂戴……あら、両手に花ですね」

 

「言わないで下さいお願いします」

 

 

 用紙を受け取って貰ったのはいいが、要らぬ誤解まで勝手に受け取られてしまった。

 決してそんな関係ではないので、楽しそうにニマニマとこっちを見ないで頂きたい。

 ……いや、マジで本当にっ! 

 

 

「コホン。では、最後に…」

 

「最後に?」

 

「何か?」

 

「な、なんですか」

 

「こちらの神社の中で三人それぞれ想いを伝えあって下さい。今回の景品として縁結びのお守りを差し上げます」

 

「えぇ…?」

 

「なんて恥ずかしい…」

 

「うっそぉん…」

 

 

 傍から見ると、修羅場の始まりだぞ。

 方やモデル業をこなす落ち着いた大学生、方や可愛くて幼さが残る中学生。

 ……地獄かな? 

 

 

「行きましょう、環さん…」

 

「修羅場は御免だ。申し訳ないけど、出よっかいろはちゃん…」

 

「…うぅ、やちよさんって何考えてるか分からないです」

 

「え、言うの?」

 

「へ?」

 

「ふっ、ふふ、あなた素直過ぎるわよ」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 

 二人は二人で盛り上がっている。

 これから、俺にも矛先が向くと思うと少しホッコリしそうだが、俺は心臓バクバクだ。

 返しを間違えたら告白と取られかねない。

 ……あれ? 

 やっぱり地獄じゃない? 

 

 

 ……死んだら、怪獣墓場にでも行きたないぁ。

 生のゼットンとかタイラント見たい。

 

 

 俺が遺言と死後のことを考えている間に、話は進む。

 

 

「…はぁ…もういいわ…何でも言いたいこと言って」

 

「な、何でもって言われると…。えぇと…よく分からないけどいい人だなって思ってます…。結翔さんは頼りになる優しい人だなって…」

 

「そう。ちなみに私はあなたと結翔のことこう思ってるわ。怖くなるくらい真っ直ぐだって。さて、あとはあなただけよ結翔」

 

「……俺は、いろはちゃんのこと良い子だなって思ってます。あと、肩に力を入れすぎかなって。やちよさんのことは──昔と変わらず優しい人だなって」

 

「……そう」

 

 

 その後は、お守りを貰って帰って行った。

 帰り道、やちよさんが少し上機嫌に見えたのは、きっと見間違いではないだろう。

 

 




 次回もお楽しみに!

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二十話「最強の助っ人と、謝りたい人」

 メル「前回までの『無少魔少』。やちよさんと結翔くん、いろはちゃんの三人でスタンプラリーに行って修羅場っぽくなったです」

 結翔「ざっくりし過ぎだし、お前出てくるの早いし」

 まさら「良いわよね、鶴乃は今話も次話も出れて」

 こころ「私とまさらなんて、チョイ役でしか出てないよ?」

 鶴乃「ま、まぁ、まぁ。きっと、次のウワサの話は出れるから」

 まさら「あとで、どこかの失踪系投稿者を脅しておこうかしら?」

 こころ「トンファー貸そうか?」

 結翔「……色々と物騒な話で盛り上がってるが、二十話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 昨日の修羅場事件から一日。

 今日はやちよさんと別行動で、ウワサの調査をすることになっていた。

 

 

「……って、言っても。調査する事は殆どやり尽くした感があるんだよなぁ」

 

「口寄せ神社のウワサ、だったかしら?」

 

 

 ソファで、膝に乗っけたノートパソコンを覗き込む俺の隣に、まさらが話しかけながら腰掛ける。

 隣に座ったまさらに、俺は苦笑いしながら愚痴を零す。

 

 

「ああ。これ以上被害者を増やさない為にも、早く解決まで持ってきたいんだけど、肝心の神社の場所が分からないんじゃ話にならねぇよ」

 

「…私も、暇潰しがてら、色々調査したけど駄目ね。ウワサのウの字すら出て来なかったわ」

 

「被害者の共通項も洗ったし、怪しそうなものは全部調査した。最後に、絶対関係ないだろうって言うスタンプラリーも回った。……あと、何すりゃいんだよ」

 

「スタンプラリー回ったの? 暇なの?」

 

「ちげーよ。水名区の昔話と言うか伝承でだな──」

 

 

 俺は、まさらに水名区の伝承を話した。

 すると、まさらは呆気らかんとこう返した。

 

 

「その話が元になってるなら、神社に行く時間が鍵なんじゃない?」

 

 

 神社に行く時間? 

 一瞬、意味が分からなかった俺は、すぐに答えを聞こうとしたが、ふと思い出した。

 女が最後に出会えた男は、既に死んで幽霊だった事を。

 まさらの言葉から察するに……行く時間は──

 

 

「なるほど! 夜か! 夜に行ってお参りすれば…!」

 

「案外、簡単な話でしょ? どうして、気付かなかったの? いつもの貴方なら、もっと早くに気付けただろうに」

 

「…………少し、焦ってたのかも」

 

「でしょうね。最近の貴方は、どこか落ち着きがなかったから」

 

 

 まさらに勘づかれてるって事は、こころちゃんにもバレてるな。

 全く以て、察しが良すぎるのも大概にして欲しい。

 二人とも、何を気遣ってるのか、一線は超えないが……超えようと思う日はそう遠くないだろう。

 

 

 それまでに、心の準備を済ませておかなければ。

 臆病な俺の、心の準備を。

 

 

 ──いろは──

 

 本当なら、今日は鶴乃ちゃんと二人で片っ端から神社を回るつもりだった。

 だけど、昨日帰りに電車で見た、ビルの上にある神社がどうしても気になり、私は鶴乃ちゃんと別行動でそこに行くことにした。

 

 

 建物の名前は水名ホテル参番館。

 人気もないし、あまり長居しても良い事はなさそうだと思った矢先、魔女の気配を感じ、魔力を探ると……魔女はそこに居た。

 

 

 強敵の予感がしたが、放っておく訳にもいかず一人で結界に入るも苦戦を強いられ、途中で来てくれたやちよさんに助けられた。

 二人で魔女の結界の最深層に踏み込むも、使い魔同様魔女も強く、更に既に巻き込まれた人が居て、人命を優先しその場を離れた。

 

 

 これが、さっきまでの一連の流れ。

 私たちは今、取り逃した魔女を追っている。

 調査も大事だが、魔女を放っておく訳にはいかない。

 幸い、魔力を出来る限り込めた矢を魔女に撃ち込んだので、追跡は難しくない。

 

 

 結界内でも言われたが、やちよさんはもう私の行動に、どうこう言うつもりはないとの事。

 ……少しだけ、認められたようで嬉しかったのは秘密だ。

 私が魔力反応を追って、魔女に辿り着いた場所は──ショッピングモール。

 

 

「ありました、魔女の結界…」

 

「魔女の魔力パターンも同じ間違いないわね。それにしても、どうしてショッピングモールなんて…」

 

 

 やちよさんの言葉に、私は素直に納得した。

 だって、他に逃げ場所なら幾らでもある。

 人気がない場所の方が、魔法少女に見つかる心配もないだろうに。

 どうして──ショッピングモールに? 

 

 

「…? なんかいつもより人が多いですよね…?」

 

「人が多い…? はっ………………!! そういうこと…」

 

「やちよさん…?」

 

「環さん、私、気付いてしまったわ…」

 

「気付いたって、そんな深刻な状況なんですか…?」

 

 

 声を震わせてそう言ったやちよさんからは、真剣な雰囲気を感じる。

 一体、やちよさんは何に気付いたのだろう? 

 次の一言を聞き逃さない為に、私は耳を澄ませた。

 だが、出てきた言葉は、予想の斜め上を行くものだった。

 

 

「えぇ、そうよ…。今日はね…」

 

「今日は…」

 

「ポイント10倍デーの日なのよ」

 

「ポッ…ポイント10倍デー?」

 

 

 いきなり言われた言葉に戸惑う。

 ポイント10倍デー、単語自体は知っているが、それと今の状況に何が関係してるのか分からない。

 だが、私の反応が悪かったのか、何故かやちよさんはポイント10倍デーの素晴らしさを語り始めてしまった。

 力説するやちよさんに乗せられてしまった、私も私なのだが…

 

 

「ピンときてない…。その辺はまだお子ちゃまね。今日はね、買い物をすればなんでもポイント10倍。土日のお客様感謝祭を超える大祭典よ」

 

「それって、本も文房具もですか!?」

 

「そう、本も文房具もよ…」

 

「お菓子も…」

 

「もちろん、お菓子も。ここにあるもの全てがポイント10倍よ! …ってそうじゃないのよ。ポイント10倍の素晴らしさを説明したい訳じゃないわ。魔女の狙いが分かったの」

 

「へ? 魔女の狙い…?」

 

「魔女もポイント10倍を狙ってきたのよ…」

 

 

 魔女の狙い。

 ポイント10倍が魔女の狙い? 

 ……いや、違う。

 辺りを見渡して、もう一度考え直す。

 普段より多く見える人、恐らくポイント10倍デーに合わせて買い込みに来たのだろう。

 

 

 だったら、魔女の狙いは──

 

 

「…あ。みんなが集まるから…!」

 

「えぇ。人が集まっているのを感じてここに来たのかもしれないわ…。このままじゃ、みんなが危ない。呪いを撒き散らす前に倒しましょう!」

 

 

 そう言うと、やちよさんは魔法少女に変身して結界の中に入って行く。

 私も続くように変身して結界の中に入ろうとしたが、後ろから誰かに肩を掴まれた。

 既視感──とは違うが、覚えのある感覚だった。

 

 

 彼は──結翔さんは、私をいつも驚かせる現れ方をする。

 前も、その前もそうだった。

 

 

「最初にあった時と少し似てますね」

 

「……はぁ……はぁ。声は、掛けてなかったけどね」

 

「……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫。急いでたから息が上がってるだけ。すぐ治る」

 

 

 額から伝う汗は、どれだけ急いで来たかの証拠だ。

 荒い呼吸も、加わる事で結翔さんがどれだけ急いで来たのか、想像に難しくない。

 少しだけ、クスリと笑った。

 本当に、どこまでも誰かの為に一生懸命になれる人だと思ったからだ。

 

 

 でも、忘れてはいけない。

 ねむちゃんと灯花ちゃんが、珍しく口を揃えて言っていた事を。

 

 

『優し過ぎる人程、早死する』、と。

 

 

 灯花ちゃんが得意とした分野の中にある、統計学的な意味でも。

 ねむちゃんが好きな物語の中でも。

 優しい人程頼られて、それを断れずに背負い込んで最期は──言うまでもない。

 

 

 唯一、ういだけが、そう言う人は最期に報われるものだと言っていた。

 最期に幸せになれる人だと言っていた。

 

 

 私はどちらの意見にも納得して、どちらの意見にも賛同した。

 そうあって欲しいと思ったから、そうなるだろうと思ったから。

 

 

 だから、私は結翔さんに頼り過ぎたくない。

 いつかは、背中を安心して預けられるような存在になりたい。

 

 

「……ごめん。もう行ける。──変身!!」

 

 

 光が彼を包み、魔法少女の姿に変える。

 腰まで伸びた黒い髪、やちよさんと同じくモデルのように整った顔。

 露出の多い昔の踊り子のような衣装は、色っぽいが大変良く似合っている。

 やちよさんのスラッとした青を基調とした衣装は落ち着きを表しているが、結翔さんのヒラヒラとした黄を基調とした衣装は彼の明るさを表していた。

 

 

「やちよさん一人じゃ流石に不味い。悪いけど、急ぐよ!」

 

「っ!? はい!」

 

 

 私はクロスボウを、結翔さんはフィクションの世界で見るような西洋剣と拳銃を手に、結界の中に入って行った。

 

 

 ──結翔──

 

 結界に入ると、すぐに使い魔が襲ってきた。

 常人が見たら気が狂うような意味不明な空間である結界内に、これまた常人が見たら気が狂うような意味不明な使い魔。

 キラキラとした紙やら鉄格子のようなもので作られている使い魔は、体の一部である紙を飛ばして攻撃してくる。

 

 

 見てくれは当たっても痛くなさそうだが、実際に当たったら余裕で切り傷が出来るし、下手すれば五体満足では居られないだろう。

 まぁ、未来視の魔眼を発動して未来を視ている限り、俺たちに紙が当たる事は無い。

 何故なら、俺が全ての紙をグロックで撃ち落とすからだ。

 

 

「……………ふぅ」

 

「落ち着いてる場合じゃないわよ。すぐに使い魔を片付ける、環さん」

 

「はいっ!」

 

 

 いろはちゃんがクロスボウで射抜き、使い魔が固まった瞬間にやちよさんが槍のひと薙ぎで切り裂く。

 数度も連携した事などないだろうに、相変わらず上手い人だ。

 

 

「……急ぐわよ。話は後で聞くわ」

 

「了解です」

 

「…あの、お二人って知り合いなんですよね?」

 

 

 最深層へ向かう為に走りながらも、いろはちゃんが話し掛けてくる。

 一瞬、やちよさんの顔を見た。

 縦にも横にも、首を振ることはなく、ため息を吐いた。

 喋っていいと言うことだろう。

 

 

「俺が魔法少女になったのは約三年前。その時から、魔女を倒すのにそこまで苦労はしてなかったけど、いっつも怪我して帰ってくる俺を見てももこに泣きつかれちゃってさ。上司に相談して、師匠に良さそうな人を教えてもらったんだ」

 

「それが、やちよさん?」

 

「…酷かったわよ、あの時の結翔は。いきなり家に来て、弟子にして下さい! って頼み込んで来たんだから」

 

 

 呆れ顔で俺を見ながら、使い魔の攻撃を受け流すやちよさん。

 それを見た俺は苦笑しながら、即座にグロックの引き金を引き使い魔に特製の魔力弾をぶち込む。

 すると、弾が当たった使い魔は内側から出た炎を包まれて燃え尽きる。

 

 

 こんな話をしながら連携が出来るのは、経験のお陰かそれとも──

 

 

「まぁ、色々あって。今に至るんだよ。今でも、それなりな関係だよ」

 

「そうなんですね。…気になった事があるんですけど、良いですか?」

 

「面倒な話じゃなければね」

 

「昔の結翔さんってどれくらい強かったんですか?」

 

 

 あー、それか。

 聞かれると、困る質問じゃないけどなぁ。

 なんと言うか、言い辛い。

 規格外(チート)だった、そう言うのは簡単だが、どれくらい強かったと聞かれると……

 

 

 そう、俺が言い悩んでいると、やちよさんが俺の代わりに答え始めた。

 

 

「昔の結翔は今と変わらないくらい──いや、今より強かったわ。素のスペックから固有の能力まで全部が規格外(チート)だった」

 

「え、今より強いって…?」

 

「言ってなかったけど、今の俺って二段階くらいパワーダウンしてるんだよね。お陰で、素のスペックは落ちたし、固有の能力は使えなくなったんだよ〜」

 

「ぱ、パワーダウン?! そんなの起きるんですか!?」

 

「結翔は色々と特別なのよ。調子が一番良かった時は、キック一発で並の魔女なら倒せてたわよ」

 

 

 次々と語られる真実は、いろはちゃんにとって情報量が多過ぎたらしく、軽く目を回している。

 俺は、それを尻目に、後方から横槍を入れてくる使い魔にグロックで牽制し、剣を投げ付けておく。

 使い魔は剣を軽々と避けるが、どうせ避けられると思っていた俺は即座に剣をブーメランに変えて、無理矢理、投げた所に戻ってくるブーメランの性質を利用し使い魔を倒す。

 

 

 ……ヤバイ、頭痛くなってきた。

 魔眼の使い過ぎか…? 

 未来視の魔眼の発動を止めて、右眼を元の視界に戻す。

 

 

 はぁ、やっぱりスッキリするな。

 未来視の魔眼は使い易いし便利だが、如何せん(現在)(未来)の情報を同時に処理しなければいけないので疲れる。

 

 

 そうして、俺が魔眼の事でため息を吐きそうにしていると、軽く目を回していたいろはちゃんが復活しており、俺の目を見つめていた。

 ……いや、そんな見られても、良い物なんてないよ? 

 

 

「結翔さんのその眼って確か……」

 

「あー。いろはちゃんは前に俺に会ってるんだっけ? だったら手短に話すけど、魔眼(これ)は超能力とか異能力とかそんなものだよ。ご先祖さまが悪魔と契約してたりすると、手に入る」

 

「ザックリした説明ね」

 

「いえ、前に教えてもらった時も同じ感じでしたので……」

 

 

 話は続けても良かったが、流石に結界の最深層の入ったので止めておく。

 …ゆっくりと辺りを見渡すと、のそのそと魔女が現れた。

 ピンク色の兎のぬいぐるみをそのまま巨大化させたような魔女だ。

 使い魔が強かったから、もっと気持ち悪い感じのが出てくるかと思ったら意外と可愛い──

 

 

 俺がそう思った途端、頭が中心から裂けてナニカが出てきた。

 体の色も、いつの間にか体調が悪そうな水色に変わっている。

 

 

「……え? 何あれ? さっきまで可愛げある感じだったのに、急に体調悪い感じになるじゃん。急に気持ち悪くなるじゃん! 詐欺でしょ!」

 

「はぁ、環さん。バカに付き合ってないで、早く倒すわよ」

 

「え…? あっ、はいっ!」

 

 

 少しボケただけなのに、バカって言われて挙句置いてかれたんだが。

 酷くない? 

 ちょっとはボケたって良いじゃん。

 最近、色々あってあんまり精神的によろしくないんだから。

 ……まぁ、全部自分の所為か。

 

 

 結局、俺はため息を吐いて、二人に合わせた。

 やちよさんといろはちゃんは前に交戦しているのか、弱点らしき裂け目から出てきたナニカに集中して攻撃しているので、俺自身もグロックから吐き出される銃弾を片っ端から撃ち込んだ。

 

 

 しばらくすると、魔女も弱ってきたのか耳に出来た口のような部分使った攻撃を止めて、自爆特攻のように突っ込んで来た。

 

 

「結翔! 決めなさい」

 

「トドメはお願いします!」

 

「任せてっ!」

 

 

 やちよさんの叩き付けるような槍の一撃で一瞬動きが止まり、その間にいろはちゃんが大量の矢を撃ち込む……が、魔女はまだ止まらない。

 そこに、俺がトドメの一撃と言わんばかりにダメ押しの振り下ろしで、裂け目を広げて、完全に真っ二つにする。

 

 

 すると、次の瞬間には結界が解けて元のショッピングモールに戻った。

 

 

「はぁ…はぁ…倒せたぁ…」

 

 

 魔女が強かった分、真剣な命のやり取りだったこともあり、いろはちゃんの息は絶え絶えだった。

 まぁ、原因はそれだけじゃないと思うけど。

 

 

 チラッといろはちゃんのソウルジェムを見る。

 濁りきってはないが、穢れが溜まっていた。

 緊急事態、とは言えないが、そろそろ限界だろう。

 俺は落ちているグリーフシードを拾って、いろはちゃんに手渡す。

 

 

「お疲れ様。今回の戦利品は、いろはちゃんに上げる」

 

「グリーフシード…。え、あの、いいんですか?」

 

「自分のソウルジェムを見てみなさい?」

 

「あっ……」

 

 

 いろはちゃんは自分のソウルジェムを見て、ハッとしたようにこちらを見つめる。

 妹ちゃん──ういちゃんの事になると、結構自分の事が疎かになってしまうのか? 

 それとも、単にソウルジェムを確認してなかっただけか? 

 

 

 どちらにしろ、ソウルジェムに穢れが溜まり濁っていくのは不味い事だ。

 溜まりきってなかったのは幸いだろう。

 

 

「ソウルジェムに穢れが溜まりきると大変なことになるわ。今のうちにグリーフシードで浄化した方がいいわよ」

 

「でも…」

 

「あなたが機転を利かせたから魔女を見つけることができたの。貰えるだけの権利も理由も十分あるわ。ほら、遠慮しないで」

 

「やちよさんもこう言ってるんだし。甘えていいんじゃない?」

 

「…それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」

 

「気を付ける事ね。ウワサはグリーフシードを落とさないんだから。噂ばかり調べていると、あとで痛い目を見るわよ」

 

「……………………」

 

 

 手のひらにあるグリーフシードとソウルジェムを交互に見つめるいろはちゃん。

 まだ、余裕はあるかもしれないから、とっておくつもりなのか? 

 止めておくべきだと、注意するべきなのだろうか……

 

 

 言い淀んでいると、俺より先にやちよさんが聞いた。

 

 

「使わないの?」

 

「まだ少し大丈夫そうなので、とっておきます。今、使っちゃうのはもったいない気がして」

 

「そう…」

 

「油断はダメだよ?」

 

「分かってます。ダメだと思ったらすぐ使いますから」

 

 

 念を押す俺に、いろはちゃんは笑顔で頷いた。

 ……無理している、訳じゃない。

 そこまでは分かるが、それ以上は分からない。

 笑顔が本物かどうかぐらいは見分けられるが、それ以上は俺には出来ないらしい。

 

 

 少しだけ、悔しさを感じながら、いろはちゃんの話の続きを聞く。

 

 

「それじゃあ私、戻ります。さっきの神社まだ調べてませんから」

 

「えぇ、遅くなる前に行くと良いわ」

 

「はい!」

 

 

 そう言って、いろはちゃんが走り出そうとした瞬間、アナウンスがショッピングモールに鳴り響く。

 あっ、そう言えば、やちよさんに口寄せ神社の事を言うの忘れてた……

 

 

 急いで来たかのに、それを言えなければ意味が無い。

 いろはちゃんにも教えて上げたいし、呼び止めないと! 

 

 

「いろはちゃ──」

 

『ただいまから30分間の、タイムセールを行います』

 

「──っ!? 待って環さん!」

 

「へっ!?」

 

 

 やっちゃった。

 こうなったやちよさんを止めるのは至難の業だ。

 歳について言及する気は無いが、家計を任される身になれば分かる。

 タイムセールとポイント10倍デーのコンボは、主婦層やそれに並ぶ者たちにとって逃してはならない獲物だ。

 

 

「手伝って頂戴!」

 

「てて、手伝う? って、何をですか?」

 

「今日はお惣菜が安いのよ! ここのコロッケとても人気だから環さんも……お願い…」

 

「え、え、え、えぇ!?」

 

「それに、ポイント10倍デーとタイムセール。このチャンスは…! …ん? ………………」

 

「あれ、やちよさん? どうしたんですか? 行かなくていいんですか? コロッケ…」

 

「ウッソだろ……まさか、やちよさん」

 

 

 いや、有り得ないでしょ……

 絶対に有り得ないでしょ……

 まさか、そこから? 

 そこから口寄せ神社のウワサのトリックに……? 

 

 

「タイムセール…限定された時間…。はっ…!」

 

「………………?」

 

「マジかぁ。俺、来なくても良かったかもなぁ」

 

「そうだわ! 口寄せ神社…!」

 

「口寄せ神社…? って、やちよさん…!」

 

「…あっ」

 

「やっぱり、調べてたんですね…」

 

「……………………」

 

 

 やちよさんは少し考えると、俺の方を見て頷いた。

 まさかとは思うが、俺に全投げする気か? 

 嘘……じゃないか。

 俺が気付いているのも分かってるっぽいし。

 

 

「…いろはちゃん、口寄せ神社についてなんだけど──」

 

 

 その言葉に続けて、俺は話した。

 推測ではあるが、伝承や民話の話から察するに場所は水名神社であり、参拝する時間が夜ではないといけない事。

 水名神社は夜に参拝できないことから、それを見逃していた事。

 

 

 それを話すと、いろはちゃんは納得したように頷いて、俺にこう言った。

 

 

「付いて行っても、良いんですか?」

 

「…えぇ、今回の件であなたの強さは分かったし、人数は多いほうが良いわ。行くのは……明日にしましょう。心の準備はあって困らないと思うから」

 

「そう…ですね」

 

「私は夕方まで講義があるから、駅前に十八時半くらいに集合。良いかしら?」

 

「俺は全然」

 

「私も………あっ! 一人、連れて来たい人が居るんです! 最強の魔法少女なんです! ……自称ですけど」

 

「……分かったわ」

 

 

 やちよさんの一言で、今日はお開きとなった。

 ……ウワサとの戦いは明日に持ち越しだ。

 

 

 それが、少し嬉しいやら……苦しいやら……不安定に心が揺れた。

 先走りし過ぎているのだろうか? 

 色々と大事な事を考え過ぎているのだろうか? 

 

 

 全く、俺の臆病は治りそうにない。

 

 

 ──鶴乃──

 

 いろはちゃんと口寄せ神社のウワサを調査し始めてから三日。

 ようやく、口寄せ神社を見つけた。

 な、なんと、そこは水名神社だったんだよ! 

 

 

 結翔が言ってた事だし、間違いないよね! 

 ふんふん! 

 

 

 ……取り敢えず、テンションを上げるのはそこそこにしよう。

 十八時半に駅前に集合……その前に準備運動しないとね。

 いろはちゃんと調整屋から走って向かった後、わたしは暇な時間を使って鶴乃体操をしながら体を解し、駅前に戻ってきた。

 

 

 そこで、見覚えのある人を見つけた。

 三人いる中の二人は予想の内だったが、予想外の人が居た。

 やちよだ! 

 

 

「あーーーーーー! やっちよししょーーー!」

 

「思った通りね」

 

「相変わらず、元気ハツラツって感じだな」

 

「だーーー!」

 

 

 嬉しさのあまり、わたしは勢いのままに飛び付いた。

 だって、やちよがここに来るなんて思ってもいなかったから。

 てっきり、結翔とわたしといろはちゃんで行くと思っていたから。

 

 

 まさか、やちよが居るなんて! 

 

 

「あぐっ!ちょっと鶴乃、飛びつかないで! 暑苦しいし、周りの目を考えて!」

 

「もしかして、いろはちゃんが約束してたのって、結翔だけじゃなくてやちよとも!? まさかふたりが知り合いだなんて思わなかったよ。やったね、嬉しいね。また一緒に戦えるなんてねっ!! ふんふん!」

 

「私はそうでもないわ…」

 

「うぇぇ!? なーんでー!? 結翔は! 結翔はどう!?」

 

 

 やちよから腕を離して、今度は結翔に抱き着く。

 さっきのやちよと同じく短い悲鳴を上げていたが、特に気にしないでおこう。

 それより、私は結翔の答えが聞きたい! 

 

 

「……お、俺は嬉しいぞ。鶴乃は頼りになるしな」

 

「でしょでしょ!!」

 

「環さん…」

 

「すみません、鶴乃ちゃんと知り合いだなんて知らなくて」

 

「いえ、話を聞いたときから察しはついていたわ…」

 

「知り合いじゃないよ!? わたしたちは同じチームだから!」

 

「あ、そうなんですか? ……あれ? でも、結翔さんって……」

 

「過去よ、過去の話。はぁ…それじゃあ鶴乃も連れていきましょうか…」

 

「行こう行こう!」

 

 

 わたしが笑顔でそう言うと、抱き着いている結翔の顔がひくついていた。

 あれれ? 

 もしかして強く抱きつき過ぎたかな? 

 だったらどうしよう? 

 離す? 

 離さない? 

 

 

 ……うーん、このままでいっか! 

 

 

「この、ひっつき虫はね、一度ひっつくと離れないし…。それに今回は人数がいる方がいいから…。猪突猛進なところを除けば鶴乃の実力も確かだしね」

 

「さすが、自称最強ですね」

 

「えっへん!」

 

「……悪いけど、環さん。結翔から鶴乃を離すの、手伝ってちょうだい。そろそろ、結翔の体より……理性が限界よ」

 

「……はい」

 

 

 それから約十分ほどひっつき続けた──抱きつき続けたが、二人に剥がされてしまった。

 まぁ、その後は、あれよあれよと進んで行き、水名神社に到着した。

 

 

「この間と違って、夜に来るとちょっと怖いですね…」

 

「参拝時間が終わると照明も落ちるから。こうした静寂に包まれた神社も中々おつじゃない? …ただ、ああいうのが居ると台無しになっちゃうけど…」

 

「夜の神社って初めて! 暗い中で気に囲まれてるとなんだか都会じゃないみたい! あ、こういうところってお化けとかも出てくるのかな? この神社の話にあった男の人とか出てくるかも…!」

 

「もう、変なこと言わないで鶴乃ちゃん!」

 

「おい鶴乃、暗い中で動き回ると危ないぞ」

 

「大丈夫だよ、ただの砂利道だ──あぎゃん!」

 

 

 結翔の制止の声をしっかりと聞いていれば良かった。

 わたしは動き回っていた所為で全力でコケて転び、挙句服が汚れてしまった。

 痛いし、汚れたし、気分萎えそうになる。

 

 

「いたぁあい!」

 

「言われたそばから…」

 

「大丈夫!? 鶴乃ちゃん!」

 

「うん…泥ついた…」

 

「はぁ…後で洗うか…」

 

 

 少し涙目になりながらも先を見ると、内苑の門が閉まってるのが見えた。

 やっぱり! 

 当たり前かもしれないが、本当に閉まってるんだ。

 

 

「あっ、内苑の門! ほんとに夜は閉まってるんだね!」

 

「えぇ、だから私も結翔も気付けなかったのよ…」

 

「そう言えば、お参りできませんね…」

 

「でも、お参りすりしかないでしょ?」

 

「へ? それってもしかして」

 

「察しが良くて助かるわ。これから内苑に侵入するのよ」

 

「こらそこ。警察官の前で、堂々と侵入とか言うの止めなさい。取り締まれない俺が居た堪れなくなるでしょ!」

 

 

 やちよは、結翔の言葉をガン無視して話を進める。

 うわぁ、いろはちゃんでさえ若干引いてる。

 なんだが、やちよって結翔のボケに結構厳しいよね。

 場を和ませたり、なんやりしようとしてるのを邪魔してるみたい。

 

 

 …いや、多分本人にそんな意思はないんだろう。

 ただただ、結翔のボケに反応したくないだけだ。

 可哀想な目で結翔を見つめていると、いろはちゃんたちは話を続けていた。

 

 

「そ、そんなことしたら怒られちゃいますよ…!」

 

「じゃあ、私と鶴乃で行ってくるわ。鶴乃は行くでしょ?」

 

「もっちろん!」

 

「環さんに結翔は? 妹さんのこと、本当にいいの…? ウワサを野放しにするの? せっかく誘ったのに残念だわ…」

 

「うぅぅぅ、行きます!」

 

「やだなぁ、ボケですよ。行くに決まってるでしょ。行かきゃ、被害者増えちゃいますし」

 

「決まりね」

 

 

 その言葉を区切りに、わたしたちは内苑の中に入って行く。

 中は静寂に支配されている、そんな言葉が似合う程に静かだった。

 時間が惜しい事から、やちよが手順の確認の為に、手短に説明をした。

 

 

「──という内容よ。だから会いたい人に会うにはね、神社の絵馬を使う必要があるわ」

 

「…そして、ういに会えたら、連れて戻ればいいんですね…。無理矢理、手を引いてでも…」

 

「そうね、それぐらいの気持ちで挑みましょう…! あなたも…私も…」

 

「はっ…! 私、絵馬を持ってないです…!」

 

「俺が用意してるから大丈夫。手ぶらじゃ来ても意味ないしね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 結翔はいろはちゃんとやちよに絵馬を手渡し、貰ったあとはやちよを先頭に先に進んでいく。

 …ちょっと待ってよ! 

 わたしのは、わたしの分は!? 

 嘘だよね、嘘なんだよね!? 

 

 

 結翔の事だもん、わたしをびっくりさせる演技なんでしょ? 

 少し涙目になりながらも、結翔に訴え掛けた。

 

 

「え、あ、結翔ー?」

 

「ん、どうした? 何だよ、その手は…」

 

「え、う、わたしの絵馬は…?」

 

「無いぞ。元々、やちよさんといろはちゃんと俺の三人で入る筈だったし。用意できねぇよ」

 

「んー……んーんー!」

 

「………………いや、そんな顔しても無いものは無い。そもそも、本当に必要なのか?」

 

「はぇ? ………………はっっっ!」

 

「要らないだろ?」

 

 

 よーく思い出せば簡単な事だ。

 わたしとやちよと結翔の探している人は同じ。

 だったら、態々私が行く必要なはい。

 ……あれ? 

 でも、それなら結翔が行く必要も──

 

 

「別にわたしは行かなくていいけど。結翔はなんで?」

 

「ウワサの中に入った方が、見つけて叩きやすいからな」

 

「そっか。なら、この由比鶴乃がお祈りする三人の盾になるよ! 急に敵のウワサが出てきたら危ないもんね」

 

「まったく、すぐ突っ走るんだから…。頭の回転が早いのは結構だけど脇道にそれないようにしなさい」

 

「頭の回転が早い?」

 

「これでもわたし、学年の中では最強だから」

 

「最強…?」

 

「成績が一番いいってことよ」

 

「ぇええ!?」

 

 

 なんでだろう? 

 これを言うと、いっつもみんなに驚かれる。

 わたしからすれば、最強の魔法少女は、勉強でも最強じゃなきゃいけないんだよ。

 少しだけ、本当に少しだけ、いろはちゃんに驚かれた事がショックだった。

 

 

 ──結翔──

 

 書きたい人の名前を絵馬に書き、キチンとお参りをすればウワサの結界に入れる……筈だ。

 正直、ここからは何が起こるか分からない。

 俺自身、警戒を怠るつもりは無いが、対応できるかは運次第だ。

 

 

「結翔? 書き終わった?」

 

「一応」

 

「………………なるほどね」

 

「人のを勝手に見ないで下さいよ」

 

「別に減るものでもないでしょう?」

 

 

 そう言うと、やちよさんといろはちゃんは絵馬を書き終えてお参りを始めたので、俺も急いで参加する。

 

 

「よっし、ウワサめ! 来るならこい! もしも、ういちゃんたちを連れて帰るのを邪魔するなら! 最強のわたしがこてんぱんにするからね!」

 

「ちょっと、鶴乃! 刺激するようなこと言わないで!」

 

「──っ!? これ、絶交ルールの時と同じ…」

 

「不味いな、急がないとお参りが…!」

 

「│ ▽□◆△/\!!! │」

 

「余計なこと言うからウワサが出てきたじゃない!」

 

 

 うん、あれだな。

 鶴乃の擁護をしてやりたいけど、今回はアイツも悪いわ。

 挑発するような事をして、出てこない程じゃなかった訳だ。

 分かって嬉しい事でもあるが、同時にピンチが来てるのであまり嬉しさを感じない……いや、嬉しさよりも焦りの方が大きいな。

 

 

 あとは心配……だな。

 

 

「本当、いつもトラブルを引き起こすんだから…」

 

「わたしのせいかな…?」

 

「それ以外、考えられないわよ! ほら、最強の鶴乃ちゃん。盾になるなら、早速出番よ!」

 

「はい! 背中は私に任せて、会いに行ってきて!」

 

「カッコつけてるけど、あの子が撒いた種なのよね」

 

 

 苦笑気味なやちよさんと変身した鶴乃を見ながら苦笑する。

 なんと言うか、ベストマッチとはいかないが、案外悪くない噛み合い方をしている二人だ。

 俺が入る隙間がない程じゃないにしろ、二人の仲は一応健在らしい。

 

 

 いや、これも一重に鶴乃の努力のお陰か……

 褒めてやりたいんだが、当の本人があれじゃなぁ。

 

 

「│ ▽□◆△/\!!! │」

 

「やちよ、ウワサが多いよ! このままじゃそっちに行っちゃうかも!」

 

「ちょっと、盾になるんじゃないの? ほら、ちゃんとしないと自称最強の名前に傷が付くわよ!?」

 

「うえぇええん、頑張る!」

 

「さて、急ぐわよ二人とも。ウワサが来る前に全て終わらせましょう!」

 

「は、はい!」

 

「ですね」

 

 

 絵馬を持って、鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。

 そして、会いたい人の事を──謝りたい人の事を、想う。

 神に願うなんて、意味の無いことだどしても、願い想う。

 

 

 もう一度、会いたい……と。

 ウワサは噂を現実にする存在だ。

 だから、俺はもう一度、会いたい人に会うことが出来る。

 

 

 目を開けると、そこは水名神社ではない、どこか別の異空間だった。

 

 

「夕方。…ウワサの結界内だったら、景色なんて思うがままか」

 

 

 夕日さす神社のような異空間を歩く。

 結界にしてはどこか優しい雰囲気が漂っている。

 辺りには、幸せそうに眠る人々の姿が見えた。

 恐らくだが、あれが幸せ過ぎて帰れなくなった人達だろう。

 

 

「………………」

 

 

 今すぐにでも助けたいが、大元のウワサに会えない限り、意味は無いだろう。

 だからこそ、俺は歩く。

 神社ではないが、神社のような地面の道ではなく、無限に続く太鼓橋の上を歩き始める。

 

 

 いろはちゃんとも、やちよさんとも会えないが、きっと彼女とは会えるから。

 

 

「久しぶり…で、間違いないよな? ()()

 

「そうです。久しぶりです、結翔くん」

 

 

 死んだ筈の安名(あんな)メルと言う少女に。




 メルの喋り方、イマイチよく分かってないし、今日は本文長いしでごめんなさい。

 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想や評価もお待ちしております!


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二十一話「守れなかった過去と、守れるか分からない未来」

 みたま「前回までの『無少魔少』。前回は、口寄せ神社の場所が分かって、突入したって所よねぇ」

 結翔「……出番欲しいからって、あらすじ紹介に来なくても」

 ももこ「まぁまぁ、調整屋の事をそう言ってやんなよ」

 こころ「そうです!今話も私はチョイ役なんですよ!」

 まさら「私はそこそこ」

 ???「私はまだですねぇ。はぁ、早く本編に出たいです。やっちゃん……」

 しぃ「……今の一言でバレちゃったよ。折角名前伏せたのに」

 メル「そんな事はさておき!ボクが活躍する二十一話をどうぞ!!」


 ──結翔──

 

 目の前に立っている少女の名前は安名メル。

 大東学院の黒を基調としたボレロタイプのブレザーを着て、緑青色の髪を赤いリボンで纏め、エメラルドグリーンの瞳でこちらを見つめている。

 快活そうな少女だ。

 

 

 約一年前まで、俺ややちよさんたちとチームを組んでいて、そこで……俺が守れなかった──殺してしまった魔法少女。

 占いが大好きで、朝の占いでその日を歩め方を決める変わった奴だった。

 でも、悪い奴ではなかった。

 

 

「……偽物なんだよな?」

 

「逆に、本物だって言って信じます?」

 

「いいや。信じない」

 

「そうでしょう?」

 

 

 クスクスと笑うメルは、本当に本物の彼女のようで、今すぐにでも抱き締めたい気持ちに襲われるが、必死に堪える。

 今回は、それをしに来たんじゃない。

 俺は謝りに来たのだ、彼女に謝りに来たのだ。

 

 

「メル。…ごめん。最期まで伝えられなくて、最期にならないと伝えられなくて……ごめん」

 

「別にボクはいいですよ。最期だって、そう伝えたはずです。……ボクは望む答えを貰えた、君は望む答えを言ってくれたです。それだけで十分だったんです。それ以上を求めるのは傲慢ってやつです」

 

「…でも!! もしかしたら、俺がもっと早く答えを出してれば、俺が関係が崩れるのに臆病にならなければ、メルは──」

 

「今でも生きていたかも? です? ……結翔くん、どう頑張っても、それはたらればですよ」

 

 

 俺の言葉に、メルは淡々と返す。

 それが、俺への最大の恩情だと、頭では分かっている──分かっているけど心で納得なんて出来ない。

 出来やしない。

 

 

 仲間だった、家族だった、大切だった、俺の──

 

 

「ボクに心残りはないです。……いや、一つあります。それは──」

 

「俺の事?」

 

「そうです。結翔くんの事ですよ。ボクの事を忘れろだなんて言いたくないです。と言うか、言っても忘れてなんてくれないですよ。だから、ちゃんと進み始めて欲しいです。足掻き続けるのは──停滞するのは悪い事じゃないと思いますです。けど、そこに居るだけじゃ、また守れないですよ。誓ったんなら進み続けないと、なんたって結翔くんはヒーローなんですから!」

 

 

 忘れろと言わなかったのは、優しさで。

 足掻き続けるのを、停滞するのを悪い事じゃないと言ったのも優しさで。

 進み続けろと言ったのは、多分彼女の願いだ。

 

 

 なんで、なんだろうな? 

 俺が一番、ヒーローになりたいと思ってるのに、俺自身がなれないって一番思ってる、相応しくないって思ってる。

 でも、俺が守れなかった奴が、今近くにいる奴は、みんなが俺をヒーローだと言っている。

 

 

 優しくされる資格なんてない、好意に答える資格もない。

 そんな俺に、優しさを向けてくれる人がいて、好意を余すことなく言ってくれる人がいて……俺はそれを心地良いと感じている。

 ダメなのに、大勢守るべきものを殺したのに。

 優しさを向けられたいと思っている、好意を嬉しく感じてしまう。

 

 

「……本当に、なんで俺の周りばっかこうなんだよ」

 

「そりゃあ、結翔くんが優しいからですよ。結翔くんが好意を持って相手に接しているからです。類は友を呼ぶ? でしたっけ? それですよ、きっと」

 

「そっか、そうなのか」

 

 

 一人だけ例外が居るが、何時かはそうなるのだろうか? 

 分からない、分からないが少し楽しみだ。

 臆病だから、真実を伝えるのはきっと先になる。

 もっと先になる。

 下手をしたら、俺の口から言えるかどうかすら怪しい。

 

 

 怖い、嫌われたくない、離れていって欲しくない。

 彼女たちがそんな子じゃないと分かっていても、俺はそう思ってしまう。

 ……本当に臆病になってしまった。

 

 

「……どうやら、ウワサが暴れだしたみたいです。そろそろ──」

 

「あぁ、行かないとな」

 

 

 どんなに苦しくても、どんなに辛くても、ヒーローは戦わないといけない。

 それは、俺が他のヒーローから学んだ事。

 弱さを押し殺してでも、戦場で拳を握り、剣を取らなければいけない。

 

 

 少しの間考えて、メルの方に歩き出した。

 例え、偽物でも、そこに居るのは安名メルだ。

 だから俺は──

 

 

「……セクハラですよ」

 

「なんとでも言え」

 

 

 そっと抱き締めた。

 仲間だった、家族だった、大切だった、俺の──()()()()だった。

 この世にはもう存在しない、初恋の人。

 

 

 優しくされる資格は貰っておきたいが、好意に答える資格は当分いらない。

 メルに未練がある訳じゃない。

 だけど、誰かの好意に答えられるほど、俺は強くないし、自分を好きにも慣れない。

 

 

 加えて、危険な仕事をしている、何時どこで死んでも可笑しくない。

 俺の弱さで、誰かを傷付けるのは、好意を持ってくれた誰かを傷付けるのはごめんだ。

 まぁ、時既に遅しと言った可能性もあるが。

 

 

「…じゃあな。また、墓参りにでも行くよ」

 

「そうして下さいです」

 

 

 俺は走っていくウワサの元へ走っていく。

 メルが見えなくなった頃、頬を伝った涙はきっと気の所為だ。

 絶対に、気の所為だ。

 

 

 ──いろは──

 

 結局、ウワサの結界の中で会えたういはういの姿をしたナニカだった。

 

 

『運命を変えたいなら神浜市に来て、この街で魔法少女は救われるから』

 

 

 意味が分からなかった。

 ういが魔法少女を知っている事にも驚いたし、私の言葉を聞いてくれない事に……

 だけど、そのお陰でういが偽物だと分かった。

 

 

 偽物のういは私が何をするでもなく、勝手に消えていて、次の瞬間から私は急いで走り出した。

 やちよさんと結翔さんが心配だっから。

 二人はどうなってるのか気になったから。

 

 

 ……ういが偽物だったように、二人が会えた人も偽物の可能性が高いと思い、伝える為に走り出した。

 最初に見つけたのはやちよさんだった、近くに居る女性は白髪ショートカットのおっとりとした優しそうな人。

 すぐに行こうとしたが、ウワサの手下に手間取り遅れをとった。

 

 

 ウワサの手下を倒して、二人の元に辿り着くと、少しの会話の後にやちよさんがこう言った。

 

 

『環さんを倒しなさい…そうすれば認めるわ』

 

『…ごめんなさい、環さん。まさかあなたに甘えることになるだなんて。お願い、この偽物を倒して…。今の私じゃうまく動けそうにないから…』

 

 

 近くに立つみふゆさんが本物か偽者か見分ける為ではなく、自分が戦えないから、代わりに倒して欲しいと。

 だから、私は全力で戦って偽物を倒した。

 チャクラムを使う魔法少女であるみふゆさんを相手に、必死で食らいついて勝利を得た。

 

 

 戦いが終わって聞くと、みふゆさんはやちよさんにとって大切な幼馴染らしい。

 もっとも、ここに来ている時点で、行方知れずなのは確定だろう。

 だからこそ、口寄せ神社を調べていたと。

 

 

 ……よく見ると、ソウルジェムが酷く濁っていた。

 会えなかった事が、偽物だったことがショックだったのかもしれない。

 私は自然と、昨日貰ったグリーフシードをやちよさんに使った。

 やちよさんには怒られたが、別に構わない。

 だって、二人が言っていたのだから。

 

 

 穢れが溜まりきると大変な事になる……と。

 

 

 その後、ウワサに惑わされなかったことから私たちは現実世界に戻って来た。

 鶴乃ちゃんも出てきたじゃウワサの手下を倒し終わっていたのか、変身を解いていて、三人で今回のうわさの話をした。

 

 

「人の弱みにつけこんだ嫌なうわさ」

 

 

 それが三人の総意だった。

 鶴乃ちゃんがこれからもみふゆさんの事を調べると息巻いていると、やちよさんがこう続けた。

 

 

「まだ、終わってない」

 

「ですよね、前みたいにうわさは消してないですし…」

 

「私は会いたかった人を否定した上眠りもせずに戻って来た。これはウワサからすると無視できない状況のはずよ」

 

「あれれ? でも、結翔は──」

 

 

 未だ帰ってこない結翔さんの話を、鶴乃ちゃんが続けようとすると、どこからか声が聞こえてきた。

 気味の悪い、気持ちの悪い声だ。

 

 

『最愛ノ者トノ再会ヲ求メテ殺メル者ヨ。神ヲ謀ッタソノ罪、万死ニ値スルデアロウ』

 

「来たわね」

 

「│鮟画碑憶蝮騾繧後陦後!! │」

 

「これが、うわさを現実にしている大元のウワサってわけね」

 

 

 変身し直して、ウワサと相対する。

 大きい……が、絶交ルールの時に出てきた奴よりかは幾分かマシに見えた。

 結翔さんが居ないのは大きいが……何とかしなくちゃ! 

 それに──

 

 

「今、謀ったとか聞こえたような気がするけど。それが、このウワサの言葉ならそっくりそのまま返さないとね」

 

「はい、会いたい気持ちを利用するなんて」

 

「万死に値するわ!」

 

「──じゃあ、一番槍もーらった!」

 

「えっ!? 今の流れ、私たちだと思うんですけど!?」

 

「鶴乃らしいわ…」

 

「ですねぇ……」

 

「──って!? 結翔さん!? いつから…?」

 

 

 いきなり現れた結翔さんは、どこかスッキリした表情をしていた。

 ……少しだけ泣いたあとがあるのは気の所為だろうか? 

 

 

「取り敢えず、話は後でね。今は目の前の奴を倒さないと」

 

「…分かりました!」

 

「鶴乃に続くわよ!」

 

 

 一番槍として突っ込んだ鶴乃ちゃんが、既に攻撃を仕掛けている。

 刃仕込みの扇子に炎を纏わせて斬ったり、炎の竜巻みたいなものを出して攻撃をしているが、あまり効いている様子がない。

 

 

 …硬い敵って事なのかな? 

 だったら、一発一発に力を込めて! 

 

 

「はぁっ!」

 

 

 連射、とはいかずともそこそこの頻度で打ち出される光の矢は、簡単に弾かれてしまう。

 結翔さんも銃の弾丸が弾かれた為、舌打ちをしながら、剣を片手に突っ込む。

 やちよさんと二人で連携しながら斬りかかるが、私の攻撃と同じく全くダメージが通ってない。

 

 

 結翔さんたちに教えて貰った、魔力を託すコネクトも効果は期待できないだろう。

 

 

「やちよさん、矢も弾も弾かれてます!!」

 

「斬撃も無理っぽいですね」

 

「……あれかな? 魔力を弾くコーティングでもしてるのかなぁ? 油まみれの厨房みたいな!」

 

「また、そんな適当なこと言って…。んなわけないで…しょ…いえ…。ウワサはウワサ…魔女と関係ないなら…」

 

「やっぱり有り得るってことだよね」

 

「だけど、分かった所で解決策が出てくるわけじゃないぞ…」

 

 

 このまま行くと、ジリ貧で私たちが負けちゃう。

 解決策……とはいかなくとも、取っ掛りやきっかけさえあれば……

 

 

「何か考えるきっかけってないですかね…? 馬、蛙、口寄せ、神様…」

 

「ほっ?」

 

「鶴乃?」

 

「鶴乃ちゃん?」

 

「う──ん…。神様!!」

 

 

 唸り声を少しだけ上げてから、鶴乃ちゃんがひらめいたように叫んだ。

 頭の回転が早いと言うのは本当らしい。

 もしかしたら、ここから逆転のチャンスがあるかもしれない。

 弱点、とはいかなくても攻撃が少しでも入るようになれば……

 

 

「ナイスだ鶴乃! 何を閃いた?」

 

「ひらめいたよ! あのね、神様って願いを叶えてくれるでしょ? で、魔法少女って願いを叶えて生まれたでしょ? どっちも奇跡に関係してるから魔力の質が似てるのかなーって! もしそうだったら、魔法とか効かなそうじゃない?」

 

「…百歩譲ってそうだとして…どうすればいいのよ…」

 

「う──ん…物理攻撃…? 木を引っこ抜いて殴るとか!」

 

「他に!」

 

 

 あれ、なんでだろう? 

 凄くダメそうな予感がしてきた。

 私たちじゃ、どうにもならなそうな感じの予感だ。

 

 

 例えば、無理難題な攻撃方法が鶴乃ちゃんの口から出てきそう……

 

 

「えぇと…呪いや穢れの力?」

 

 

 やっぱり!! 

 

 

「そ、そんな力、私たちにはないよぉ! …鶴乃ちゃん、私たち…もしかして今…」

 

「絶体絶命かもね、たはー。それに、正しいかどうかも分からないし」

 

 

 笑顔でそう言う鶴乃ちゃん。

 全然笑顔になんてなれない。

 本当に絶体絶命のピンチが、目の前まで音を立ててやって来ているのだから。

 どうにかする方法はないか辺りを見渡すと、結翔さんが面倒臭そうな表情で右眼を抑えていた。

 

 

「敵が強い理由はどうあれ、笑えない状況なのは確かみたい。………………。呪いや穢れの力…ね」

 

 

 ピエロが付ける緑色に変な模様が入った二股帽子の頭部に、ピンクと黒で配色された卵型の胴体、そしてそれを支えて動き回るための車輪。

 二股帽子を伸ばして叩くような接近攻撃と、毒の泡のような遠距離攻撃で遠近両方にも対応出来る攻撃方法は厄介でしかない。

 

 

 毒の泡の攻撃は避ける事が出来ているが、二股に別れた帽子の先で叩くような攻撃は上手く避けられない。

 泡のようなゆっくりのスピードじゃないし、芯のない捻ることが出来る攻撃は避け辛い。

 

 

「│鮟画碑憶蝮騾繧後陦後!! │」

 

「づぅ!!」

 

「環さん!」

 

「ちょっとかすっちゃいました…まだ大丈夫です」

 

「でも、明らかに動きが鈍いわ。鶴乃はまだいける!?」

 

「時間をかけると、魔力が尽きちゃうかも!」

 

「さすがに、攻撃が通じないんじゃ自称最強も形無しってわけね。…あまりとりたくない手段だけど」

 

「…やちよさん、悔しいけど逃げるしかないと…思います」

 

 

 結翔さんが決死の応戦をしてるから、私たちには飛んでくる攻撃が少ないだけだ。

 既に、結翔さんは満身創痍。

 魔眼のお陰で傷の治りは早いらしいが、治ったそばから傷がついていくんじゃ回復しても意味がない。

 

 

「鶴乃、退くわよ!」

 

「アイアイサー! 戦略的撤退だー! よーい、どん!」

 

「ちょっと先に行かないの! 少しは連携を考えて! もう…」

 

「行きましょう、やちよさ…」

 

 

 一瞬、全身から力が抜けて、続けようとした言葉が途切れた。

 何故だろうか、上手く力が入らない。

 立つことさえままならないレベルで、完全に力が抜けていってしまう。

 

 

 なんで……? 

 

 

「環さん!?」

 

「──っ!? いろはちゃん! 大丈夫!?」

 

「ご、ごめんなさい。急に体から力が抜けちゃって…。ふぅっ…うぅ…」

 

「──っ!? あなた、そのソウルジェム…」

 

「ソウルジェム…?」

 

 

 やちよさんにそう言われて、私はソウルジェムに目を向けた。

 酷く、濁っていた。

 穢れが溜まりきる一歩手前、と言った所だろう。

 

 

 絶体絶命…そんな言葉が脳裏によぎる。

 先程より、状況が酷くなったのは明らかだろう。

 

 

「あれ、すごい穢れが溜まってる…。もう少し、大丈夫って思っ出たんですけど…。ういに会えなかったの、ショック、だったのかな…?」

 

「そんな状態で…どうして私にグリーフシードを!」

 

「大丈夫ですよ、やちよさん…ちょっと、動き辛いだけですから」

 

「動かないで! 私があなたを負ぶっていくわ。結翔!」

 

「グリーフシードを!」

 

 

 結翔さんが小さな巾着袋からグリーフシードを投げ渡す──が、ウワサの手下にそれを弾き落とされてしまう。

 

 

「ちっ! 早く行って! 俺が時間を稼ぎます」

 

「……死ぬんじゃないわよ」

 

 

 やちよさんの言葉に、結翔さんは何も答えず、大元のウワサに向き直る。

 思えば、この時から、私の体は少しづつ違う何かに変わりつつあったのかもしれない。

 

 

 ──結翔──

 

 鶴乃の推測による仮定が合っていれば、俺とこのウワサはまだ相性が良い。

 何故なら、俺の魔眼は悪魔との契約の証。

 呪いや穢れの力で構成されてると言ってもいい。

 

 

 直死で死の線は見えているが、攻撃が通らないから意味がない。

 未来視の魔眼を使って、ヘイトを俺に向けながら避け続けるのが一番の手だろう。

 攻撃はウワサの手下を消すだけで十分。

 ウワサ本体にも、ヘイトを俺に向け続けさせる為に攻撃するが、軽くでいい。

 

 

 倒せないなら倒せないなりの戦い方がある。

 幸い、そこまで早くはないから、避けるのは難しくない。

 だけど、庇ってた分のダメージが残っているし、毒も結構回ってきている。

 

 

 魔眼の限界は、そう遠くない。

 

 

「クソっ!」

 

「│鮟画碑憶蝮騾繧後陦後!! │」

 

 

 毒の泡攻撃はグロックで撃って、出来るだけ遠くで対処。

 二股帽子のような頭の耳でする叩く攻撃は、未来視の魔眼で先読みし避ける。

 攻撃パターンは多くないので対処事態はできるが、攻撃が通らないのが痛い。

 

 

 マギアである『英雄の一撃(ヒロイックフィニッシュ)』で吹き飛ばす事は出来ても、体力を消耗するだけで焼け石に水。

 かと言って、もう一つのマギアである『一閃必殺』は斬撃が通らないので意味がない。

 

 

 万事休すも良い所だ。

 でも、逆境を覆してこそ──

 

 

「ヒーローってもんだろ!!」

 

 

 過去の力に縋りたいが、泣き言を言っている暇はない。

 魔力の質が似ているから問題なのだ。

 魔力の質を極限まで、光から闇に寄せればいい。

 それだけの話だ。

 

 

 一か八かの賭けになるし、失敗したら後ろにいかれること間違いなしだろう。

 だけど……やるしかない。

 

 

 過去に味わった絶望は、メルに会ったお陰で鮮明に思い出せる。

 出来るだけ濃く闇の魔力を生成する。

 穢れが溜まっていくが問題はない。

 生と死の魔眼が勝手に穢れを浄化していくからだ。

 

 

 使い勝手のいい魔眼で、本当に助かる。

 ……もっと、早く目覚めてくれれば良かったのに。

 後悔や憎悪、そう言った穢れになりうる感情を溜めて魔力を生成する。

 

 

 拳に魔力を纏わせて、一気にウワサとの距離を詰める。

 最速の足運びで間合いに入り、最凶の一撃を喰らわせた。

 

 

「吹き飛べっ!!!」

 

 

 拳は確実にウワサに届いたし、ダメージを与えた感覚もあった。

 だからだろうか、俺は一瞬、油断してしまった。

 消せた自信はなかったが、ダメージを与えた感覚があったから。

 

 

「……よし。取り敢えず、ごうりゅ──」

 

 

 後ろを振り返り、やちよさんたちの様子を確認しようとした刹那、背筋が凍るように固まった。

 まさか、と思った。

 そんな事ある筈ないと思った。

 だけど──

 

 

「│鮟画碑憶蝮騾繧後陦後!!!! │」

 

「えっ……」

 

 

 車輪を捨て、龍のような姿になったウワサが、俺の背後に陣取っていた。

 

 

 さっきので相当ダメージが入った筈だ。

 まず、間違いなくすぐに動ける筈はない。

 なのに、何で動けてる? 

 

 

 車輪捨てて、スピードが上がってるなら、俺がぶち込む前に車輪を意図的に外して、限界まで後ろに引いたのか? 

 ……いや、だとしても、こんなすぐに動けるようになるか? 

 

 

 逡巡する思考、僅か数秒の間に行えたと思うと僥倖なのか? 

 んな訳ない。

 間違いなく、一発食らう。

 防御姿勢に──

 

 

「│鮟画碑憶蝮騾繧後陦後!!!!!! │」

 

「ぐっ……ぁああああ!!!!」

 

 

 尻尾による吹き飛ばし攻撃で、俺は地面と水平に飛ばされる。

 不味い、不味い不味い不味い! 

 防御姿勢で腕をクロスしたのはいいけど、吹き飛ばし攻撃の衝撃でまともに動かねぇ。

 ジンジンと痺れてクロスした状態から動かせないし、かと言って無理矢理足で止めようとすれば、最悪足がちぎれるしよくても折れて使い物にならなくなる。

 

 

 やっと勢いが収まっても、地面でバウンドして余計に吹っ飛ぶ。

 勢いが完全に止ったのは、内苑の壁に当たってからだった。

 背中から当たった事もあり、肺の中にあった空気が無理矢理外に出される。

 そして、序と言わんばかりに血塊が口から吐き出された。

 

 

 口の中に残る鉄の味。

 久しぶりに味わったよ……二度と味わいたくないと思ってたけどな。

 痛みと吐血、魔眼の使い過ぎ、様々な要因によって揺らぐ視界で、俺はそれを目にした。

 

 

 いろはちゃんから生まれたとも見える()()は、鳥の姿に似ていて何故か全身を布で覆っており、ペスト医師がつけるマスクを頭部に被っていた。

 彼女は何もしなかった──いや、出来ることなどなかった筈だ。

 何せ、彼女のソウルジェムは穢れが溜まりきる一歩手前で……

 

 

「…ま……さか。魔女の力?」

 

 

 呪いや穢れの塊である魔女の力を、限定的に使っているのか? 

 有り得ない、だけど──色々の物が有り得てしまうのがこの世界。

 彼女から生まれたそれは、あっという間に苦戦していたウワサを倒して、消えていった。

 

 

 そして、ウワサが消えたと同時に、結界も解けていった。

 

 

「結翔! 大丈夫!? 肩貸すよ!」

 

「悪いけど、頼むは……」

 

 

 俺が鶴乃に肩を貸してもらいながら、いろはちゃんたちの方へ移動する。

 すると、そこではやちよさんがいろはちゃんの無事を確認していた。

 

 

「環さん! 大丈夫!? あなた…そのソウルジェム…」

 

「へ…? あ、あれ…? 穢れが消えてる…?」

 

「………………」

 

「はっっっ!! 分かった! 今のは穢れを使った技なんだね! すごいね、いろはちゃん! 魔法少女の新しい技を発明だー! ふんふん!」

 

「うるっさいなぁ! 耳元で大声出さないでくれ! ただでさえ頭がクラクラするのに、余計酷くなる!」

 

 

 耳元で大声をだす鶴乃を叱り、何とかいろはちゃんとの会話を繋げる。

 善い奴なんだけど、偶にダメなんだよな。

 

 

「そう、なのかな…? すみません、全然自覚がなくって、私…」

 

「俺も初めて見るよ。…あれがなんだかは、後で考えよう。それより、一旦調整屋に行くよ。ソウルジェムの事なら、俺らよりみたま先輩の方が知ってるし、休む場所もあるしね」

 

 

 俺が調整屋で調査や休憩を済ませようと言うと同時に、どこからか見た事のない魔法少女が現れた。

 金色の髪はフィクションでしか見た事のないツインドリルになっており、同じく金色の瞳がじっくりとこちらを──いや、いろはちゃんを見つめている。

 

 

「悪いけど、行かせる訳にはいかないわ」

 

「え!? えと…あなたは…?」

 

「私は(ともえ)マミ。見滝原の魔法少女よ。…あなたたち、魔女と一緒にいてよく平気でいられるわね。妙な結界があると思って入ったら思いがけない収穫だったわ」

 

「……笑顔でずいぶんと敵意を剥き出しにしてくるわね」

 

「えぇ、そうね。ただそれは、そこの魔女さんにだけよ」

 

「………………。わ、私、ですか…!?」

 

「白々しいわよ。まさか、人に紛れている魔女がいるなんて思わなかったわ」

 

「なにを勘違いしているの? ここにいるのは全員あなたと同じ魔法少女よ」

 

「だけど、その子は違うわ。お生憎様だけど、この目で見ちゃったのよね。本当の姿を…」

 

 

 話を聞くに、他所のテリトリーの魔法少女で、運悪くさっきのいろはちゃんが出したあれを見たのか。

 最悪だ……。

 黙って聞いてれば、色々言ってくれちゃって。

 

 

「取り敢えず、百歩──いや、千歩譲っていろはちゃんが魔女だったとして、君がここに居る意味が分からない」

 

「…私の街で、魔女が減ってるの。キュウべえに聞いたら、この神浜市に集まっているって聞いたから調査に来たのよ」

 

「まーたアイツか。…はぁ、一応言っておくけど、俺たちも魔女が増えて苦労してるんだ。狩っていくなら好きにしてくれ。但し、うちは早い者勝ちなんでな、遅れないように気を付けて」

 

「……ご忠告どうも。じゃあ、そこにいる魔女を狩らせてもらうわ」

 

「やってみろ。手負いだけど、追い返すくらい出来るぞ」

 

「そうかしら。随分辛そうよ? あなた」

 

 

 ……痛い所突いてくるなぁ。

 ぶっちゃけ、今戦ったら負ける。

 魔眼使えないし、相手は余裕有りそうな感じだし。

 さて、どうしたものか? 

 

 

 俺が言い返せず黙っていると、いろはちゃんが一歩前に踏み出した。

 

 

「環さん?」

 

「私だけを狙ってるんですから、私が戦います。それに、今、まともに動けるの私だけみたいですし」

 

「強いよ。俺たち四人でもどこ吹く風って感じだし」

 

「なんとかしま──」

 

 

 なんとかします、そう言いかけたいろはちゃんだったが、突如響いた乾いた金属音に言葉が途切れる。

 …今日は、言葉が途切れるのが多い日だな。

 

 

 それより、マミちゃんだっけ。

 あの子凄いな。

 背後からの一撃に完璧に対応した。

 しかも、リボンをマスケット銃に変えるなんて…あれは相当魔力の扱いに長けてる証拠だ。

 

 

 いろはちゃんじゃ勝ち目が無いどころか、本気で狩られる可能性があったかもな。

 まぁ、それも杞憂か。

 なにせ、まさらが来たからな。

 

 

「──っ!」

 

「………………」

 

 

 既に魔法少女に変身していたまさらは、固有の能力である透明化で近付いて不意打ちを浴びせようとしたのだろう。

 失敗に終わったが、一人増えただけでも心強い。

 まさらは押し切れないと分かると、力を抜いてダガーをマスケット銃の銃身を滑らせて受け流す。

 

 

 受け流した後は、すぐさまこちら側に移動した。

 

 

「か、加賀見さん!?」

 

「ナイスまさら。助かった」

 

「迎えに来たのよ、貴方が遅いから。…状況は大体分かってる。面倒だけど、目の前の敵は私が片付ける。環いろはは下がっていて」

 

「……えっ!? で、でも、二人で戦った方が」

 

「言っておくけど、私は死ぬまで退かないし、死んでも退かないわよ?」

 

「……………………分かりました」

 

「ならいいわ」

 

 

 暴論でいろはちゃんの協力を拒否し、まさらは敵であるマミちゃんに向かい合う──と思ったが不意にこちらを向く。

 …何故だろうか、若干不機嫌そうに冷たい目つきで俺を見ている。

 

 

「覚悟しなさい。こころ、泣いてたわよ。あの子を泣き止ませるのに苦労したんだから」

 

「……悪い」

 

「謝るのはあの子にしてちょうだい。さっさと片付ける」

 

「……さっきから、言わせておけば好き放題言ってくれるわね」

 

「別に、貴女を弱いだなんて思ってない。ただ、強い弱い関係なく、片付けると言っているだけ」

(何分あれば回復する)

 

(五分)

 

(分かった)

 

 

 自分の言葉に被せるように、まさらは俺にテレパシーを送る。

 相も変わらず、高等テクニックな事をサラリとやってくれるなお前。

 何十回と特訓して習得した俺が拗ねそうだよ。

 

 

 拗ねそうになる心を引っ叩いて、目の前で起こる戦いに集中する。

 まさらの透明化は結構面倒臭い能力だ。

 

 

 基本的には、格上倒し(ジャイアントキリング)は出来ない。

 何故なら透明になるだけで、立てた音や気配は消せないからだ。

 だがしかし、加賀見まさらと言う少女に、この能力は嘘みたいに合っている。

 

 

 本来、透明化は歴のあるベテランや強者には効かない。

 どうしてかと言うと、音や気配でバレるから。

 他にも、例え弱くとも耳が良ければ音は聞こえるし、鶴乃のように第六感が鋭ければ気配で分かる。

 

 

 まさらが使うとあら不思議。

 某ハンターなハンターに出てくる、ゾルディック家の皆様にみたいに、完璧に物音を消すし気配も消す。

 マギアの名前が不可視の暗殺者(インビシブル・アサシン)なだけはある。

 

 

「行くわよ」

 

「来なさい!」

 

 

 先に仕掛けたのはまさら、ダガー右手に持ち一気に手前まで近付き──消える。

 マミちゃんはそれに驚きつつも、冷静に先程までまさらが居た場所にマスケット銃を発砲し、撃ち終わったら投げ捨てた。

 

 

 使い捨てマスケット銃。

 ……うん、なんか言葉にするとパワーワード感があるな。

 その後も、まさらは透明化状態を維持したままダガーによる攻撃を仕掛けているようだ。

 

 

 見えないが、マミちゃんが必死にマスケット銃で防いでいる所を見ると、結構早いし手数も多いらしい。

 戦い始めてから一分もしない内に、マミちゃんの体には所々浅い切り傷が出来ていた。

 

 

「凄い」

 

「あの子に透明化、厄介な組み合わせね」

 

「うんうん! どこからか攻撃してくるか、全然想像つかないよ!」

 

 

 ……まぁ、一番恐ろしいのはここからだよ。

 俺の読みが間違ってなければ、まさらはそろそろ透明化を解除する。

 

 

「手抜きのつもり?」

 

「いいえ別に」

 

「そう。じゃあ、遠慮なく行かせてもらうわ!!」

 

 

 やっぱり、まさらは透明化を解除してマミちゃんを煽った。

 煽ったのは、浅いけど怪我をしたマミちゃんを焦らせる為……か。

 お互いに間合いに入り、マミちゃんはガン=カタのような二丁銃使った肉弾戦、対するまさらはダガー一本を右手に持ち、左手は可能な限り開いたまま対処している。

 

 

 時折発砲音が聞こえるが、まさらが無表情を崩してない所を見ると、全く持って脅威になりえてないんだろう。

 涼し気な様子で、振り回されるマスケット銃を受け流しているので、余裕は有り余ってるな。

 流石に余所見は出来ないが、テレパシーを送っても問題ないレベルだ。

 

 

 話を戻そう。

 まさらの一番恐ろしいのは、その天性の才能だ。

 勉強にしても、運動にしても、まさらの才能は異常だ。

 特に運動能力──戦闘能力は群を抜いている。

 長年鍛錬を積んできた俺や、魔法少女として歴のあるやちよさんに、追い縋る程の戦闘能力。

 

 

 水泳をやっているらしいが、それだけで鍛えられとは思えない。

 俺との組手でも、淡々と無表情で俺の攻撃を受け流す。

 魔眼を使ったら流石に顔色が変わるが、それ以外の時は全然と言っていいほど顔色は変わらない。

 

 

 他所のテリトリーではそこそこ歴があるであろうマミちゃんも、まさらの涼し気な様子で攻撃を受け流す状況に歯噛みしてるのか、一歩引いた。

 だが、まさらはそん事では退かない。

 今まで順手で持っていたダガーを逆手持ちに変えて、踏み込んで振り下ろす。

 

 

 流石のマミちゃんも、そんな攻撃は喰らわないと言わんばかりにマスケット銃で受け止めたが、視線を武器に集中し過ぎたのが悪かった。

 右手に持っていたダガー振り下ろす為に、まさらは左足で踏み込んだ。

 アイツはそれを利用して、右足で脇腹に蹴りを叩き込む。

 

 

 反応が間に合わなかったマミちゃんは後方に吹き飛ばされるが、マスケット銃を発砲し、その反動で勢いを止める。

 しかし、押されているのは火を見るより明らかだ。

 

 

「……貴女の負けよ」

 

「何を言って──」

 

「ったく、神浜の猛者が雁首揃えてどういうことだ? 傍観者を決め込むなんて泣けてくるよアタシは」

 

「ももこさん!? どうしてここに?」

 

「ちょいと、四人の手伝いに来ただけさ。そしたらこのザマだからね。今週のビックリドッキリNo.1だ。で、そこの三人はなんで突っ立てるんだ? …って、よく見りゃ、なんでボロボロなんだよ!」

 

 

 ももこのノリッツコミに座布団の一枚でもくれてやりたい。

 だが、そんなものはないので、普通に返すことにした。

 

 

「既に戦ってきたからよ…」

 

「わたしも…魔力がカラカラだよぉ…」

 

「おいおい、まさか、お前が…!」

 

「ちょっと待って、それは誤解だわ!」

 

「と、言われてもこの現場を見た以上はさ。こちとら、はいそうですかって納得できないんだよなぁ。まさらちゃんはいつから?」

 

「四人が危害を加えられた後」

 

「ちょっ!」

 

 

 ……アイツ、ナチュラルに嘘ついたな。

 しかも、平然とし顔で言ってるよ。

 前は嘘を吐くことに意義を感じられないとか言ってた気がするのに、今ではこれなんだから……

 

 

「さすがに、退いた方が良さそうね」

 

「事情は良く分からないけどさ、消えるならさっさと消えてくれ。10秒だけ我慢してやる」

 

「…覚えておいて、私はあなたたちの敵じゃないわ。私の敵は、ここにいるただ一人。人に化けた魔女よ」

 

 

 そう言い残して、マミちゃんは去っていった。

 ……その後はと言うと、ももこがバットタイミングにウワサを調査した後だと知り、とぼとぼと帰り。

 いろはちゃんがやちよさんに誘われてみかづき荘に行った。

 鶴乃は閃いたように何故かダッシュで帰って行った。

 

 

 勿論、みんなには俺がグリーフシードを渡して穢れは浄化したので、一応問題は無いだろう。

 調整屋には行かなかったが、まぁあれは後回しでいいだろう。

 

 

 ……唯一の問題があるとすれば──

 

 

「……家、帰りたくねぇな」

 

「諦めなさい」

 

 

 泣いて心配してくれたこころちゃんが、家で待っていると言う事だ。

 

 

 ──こころ──

 

 今、私の目の前には正座をする結翔さんが居る。

 こうなった原因は元々、結翔さんにあるのだ。

 

 

 遅くならない内に帰ってくると言ったのに、帰ってきたのは十時手前。

 しかも、顔色も全然良くなさそうだったし、取り敢えず少し休んでもらったあと、お説教を開始した。

 ……その間、まさらは普通にレンジでチンしてご飯をチィと一緒に食べていた。

 

 

「いい加減! 心配する人がいることを分かってください!!」

 

「はい……すいません」

 

「次のウワサの調査から本格的に私とまさらも加わります! あと、いろはちゃんのお手伝いも私します!」

 

「…………分かったよ。けど、無理はし過ぎないでね?」

 

「自分に言ってます?」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 結局、この後も、終始結翔さんは謝りっぱなしだった。

 ……だけど、こう言う時は大抵結翔が悪いので、仕方の無い事だ。

 少しだけ、縮こまりながら謝っている彼を可愛いと思ったのは、心の奥底に沈めておこう。




 今回の話でお気付きの人も多いですが、結翔くんが自分を殺したいほど嫌いなのはそう言う訳です。
 アニメ版のみを視聴している人は……それはそれは楽しみにして下さい。
 (アニメ版に追い付くとは言っていない)

 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想や評価もお待ちしております!


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幕間「在り方は変わらない」

 最近、出番が少ないあの子が今回の幕間ヒロインです。
 ヒントは、調整!


 ──みたま──

 

 一体、どこからが間違いだったのだろうか? 

 魔法少女になる願いか? 

 それとも、戦う力がないのに魔女との戦闘経験を積みたいと十七夜(かなぎ)に頼んだ事か? 

 

 

 ……まぁ、そんなの今となっては後の祭りだ。

 何せ、数秒後にはわたしは死体となって転がっているのだから。

 迫り来る魔女の攻撃。

 毛が真っ赤に染った羊に、キャタピラの足と刀のような角が足された魔女。

 キャタピラの足のお陰か、羊の見た目からは想像も出来ないほどの俊敏な動きで突っ込んでくる。

 

 

「……死ぬんだぁ、わたし」

 

 

 呟く声は、きっと誰にも聞かれない。

 だから、言ってしまった。

 誰もがピンチの時に言う言葉を──誰もが危機に瀕した時に言う言葉を。

 その言葉は──

 

 

「助けて…」

 

 

 救いの懇願だった。

 手を差し伸べてくれるヒーローが来る事を、わたしは祈ってしまった。

 そんなの居る筈ないのに。

 

 

 居ていい筈がないのに。

 誰かの為に命を懸けられる人間なんて──ヒーローなんて居ていい筈ないのに。

 わたしは、彼女の──彼の在り方、ヒーローと言う在り方を欲してしまった。

 

 

 後から考えると、これが一番の間違いだったのかもしれない。

 だって、ヒーローは来てしまったから。

 

 

「じゃあ、助けます」

 

 

 そう言って、ヒラヒラとした昔の踊り子のような、黄色の衣装に身を包んだ魔法少女は、わたしの前に立ち振り向いた。

()()()()()()()()()()()()()()()()に作られた笑顔が、彼女の顔に貼り付けられている。

 目の前まで来ている魔女には目もくれず、安心させるためにわたしの方だけを見ていた。

 

 

「ま、前……」

 

「あぁ、大丈夫ですよ。そいつなら──もう倒しましたから」

 

 

 ──は? 

 何を言っているのか分からない。

 彼女が現れたのはついさっきだ。

 しかも、わたしの方に振り返っているし、わたし自身殆ど彼女から目を離してない。

 

 

 魔女だって、視界の端に入っていた。

 それを、倒した? 

 有り得ない、有り得る筈がない。

 わたしが疑いの視線を向けていると、次の瞬間、結界が解かれ元の世界に戻っていた。

 

 

「……え? ……えぇ?」

 

「えーっと……大東学院の八雲みたまさんですよね? 俺の名前は藍川結翔です」

 

「ちょ、ちょっと待って。今、どうやって……魔女を?」

 

「あー、それは、その、……気合い?」

 

 

 おどけて笑う彼女は、そう言うと魔法少女の変身を解いた。

 すると、藍川結翔は彼女ではなく、彼だということが判明した。

 短く切り揃えられた黒髪と、落ち着いた雰囲気のある赤褐色の瞳。

 整った顔立ちは変身前からのものだったのか、綺麗だと素直に思った。

 

 

 だけど、わたしはそれが見たいのではない。

 わたしが聞きたいのは、どうやって魔女を倒したのか、何故わたしを助けたのか…だ。

 

 

「……男の子だったのねぇ、あなた」

 

「驚かないんですね? これ見せたら、初めては大半の人に驚かれるんですけど」

 

「魔法少女って言う存在が居るだけで、十分ファンタジーだと思うわぁ」

 

「ですよね……。取り敢えず、どうやって倒したのかでしたっけ? 種は簡単ですよ、ただ死の線になぞって切っただけです」

 

「──意味は分からないけど、あなたが特別だって事は分かったわ。あなたが、十七夜が言っていたヒーローの魔法少女ね?」

 

 

 確か、十七夜が言っていた。

 この街で、最強格の魔法少女にしてヒーローの話。

 その魔法少女には様々なものが視えるらしい。

 未来や死が視える他にも、時を止められたり、対象を破壊するとかなんとか。

 

 

 冗談のように思ったが、今、わたしは確信した。

 ……十七夜の話は本当だ、何せ今、わたしの目の前でそれが起こったのだから。

 

 

「あの人、俺の事そんな紹介したのか……」

 

「むっ。他の紹介の方が良かったか? 藍川」

 

「十七夜!?」

 

「…悪かった、八雲。途中ではぐれてしまってな。藍川が来てくれなかったら、どうなっていた事か…」

 

 

 まさかはないと思っていたが、十七夜も無事そうで何よりだ。

 ショートカットの白髪に銀色の瞳、それを噛み合せるようなクールな顔付き。

 魔法少女の変身を解いた、昔からの知り合いである和泉(いずみ)十七夜が面目なさそうな表情でわたしに謝っていた。

 

 

 真面目だけどどこか変な彼女は、わたしにとって最初の味方であり、最古の親友とも言っていい。

 

 

「別にいいわよぉ。彼が助けてくれたんだし」

 

「そうですよ十七夜さん。終わった事は気にしない方がいい。みたま先輩もそう言ってるんですし」

 

「……結果論だが、そうだな、分かった。二人がそう言うなら、自分もそうするべきだろう。さて、この後はどうする?」

 

「それなんだけど、わたし、一つ聞きたいことがるの? 良いかしら?」

 

「…えぇ、どうぞ」

 

「何で、わたしを助けたの?」

 

 

 彼は、わたしの質問にキョトンとしている。

 まるで、質問の意味が分からないとでも言わんばかりだ。

 何か、わたしが可笑しな事を言ったかしらぁ? 

 特にそんな事は言ったつもりがなかったのだけど……

 

 

 そう、わたしが思っていると、彼は曖昧な表情でこう言った。

 

 

「だって、助けてって言ったじゃないですか?」

 

 

 だから助けたんだ。

 そう言いたいのか、彼は──結翔くんは「俺は何か変な事言ってるか?」と言った感じで頭を抱えていた。

 彼にとって、わたしの質問は少し意地が悪かったのかもしれない。

 だけど、聞きたかったのだ、何で……何故助けたのか。

 

 

 自分の命を懸けてまで、他人を助けるなんてどうかしている。

 自己犠牲の精神なんてものじゃない。

 それはただの自我欲(エゴ)じゃないか。

 

 

「八雲、藍川はそう言う奴だ。あまり気にするな。気にしても意味が無いぞ」

 

「……みたいね。この調子だと」

 

「……………………」

 

 

 黙りこくってわたしの質問を真剣に考えている彼は、本当に誰かを助ける事に自分の命は二の次らしい。

 間違っていると言ってあげたいが、わたしは言えない。

 言ってはいけない。

 だって、一度彼の在り方を欲してしまったから。

 

 

 今日、初めてわたしは知った。

『助けて』の一言で助けてくれるヒーローの存在を。

 

 今日、初めてわたしは知った。

『ヒーロー』である為に自分の命を懸ける、自我欲(エゴ)を持った藍川結翔と言う存在を。

 

 未来で──最後の決戦の日、わたしは彼が変わらない事を知った。

 

 

 ──結翔──

 

 口寄せ神社のウワサの一件の翌日。

 休日だったこともあり俺は、調整屋に顔を出していた。

 

 

 午前は十時を過ぎた頃、朝日が少し眩しい時間帯だ。

 木枯らしのような少し冷たい風に吹かれながらも、一人虚しく調整屋まで歩いた。

 どうせだったらまさらでも連れてくれば良かったが、生憎、彼女は部活で朝から居なかった。

 

 

 こころちゃんも、学校の友達と遊びに行くとのことで、連れて行く訳にも行かず。

 こうして、一人虚しく来たわけだ。

 

 

「みたま先輩ー?」

 

「は〜い? どうしたのかしらぁ?」

 

 

 俺が呼んだら、彼女は眠気眼を擦りながら出てきた。

 ソファで眠っていたのだろう、変な寝癖がついている。

 体を痛めるから、あれだけ止めろと言っているのに……

 はぁ、とため息を吐いてから、こちらに来ていた彼女の肩を掴み、寝ていたであろうソファに無理矢理座らせる。

 

 

「ゴーインねぇ」

 

「寝癖バリバリついてますよ」

 

「あら、そうだったの? も〜、それなら早く言ってちょうだいよぉ。身嗜みも、商売ではしっかりしなきゃいけないのよ?」

 

「面倒臭くても、家に帰って寝ればこうはならないんですよ。ソファで眠るから変な寝癖がつくんです。…あと、体を痛めますから止めてください。次やってるのが分かったら、飯作りませんよ?」

 

「え〜!? それは困るわぁ。サービスするから、見逃してよぉ!」

 

 

 可愛く言ってもダメなものはダメだ。

 こうでもしないと、本気で止める気配がなさそうだし。

 俺が無言で髪を梳かしていると、後ろから足音が聞こえた。

 他の客だろうか? 

 俺の話は急ぎでもない、今日中に聞ければ十分なので、順番を譲ろう。

 

 

 そう考えた俺は、髪を梳かし終えると同時に後ろに振り返りこう言った。

 

 

「順番譲りますよ、十七夜さん」

 

「そうか? 藍川が良いなら良いが。…助かる。おはようだな、八雲。朝から悪いが、早速調整を頼む」

 

「分かったわぁ」

 

 

 二人はそう言って仕切りの向こうに行く。

 ……そう言えば、初めて会った時もこの三人で居たんだっけ? 

 少し懐かしい。

 確か、最近は弱い使い魔程度なら相手を出来るようになってきた、とも言っていたし、みたま先輩が本格的に戦うのも遠くないのかもしれない。

 

 

 まぁ、勿論の事、彼女を戦わせるなんてしないが。

 非戦闘員を戦わせるなんてする訳にはいかない。

 

 

 いつか、戦う時が来たとしても──

 

 

「俺が……守ればいいか」

 

 

 自分が守ればなんとかなる、自分が頑張ればなとかなる。

 俺はいつだって、そう思っている。

 ……だけど、それも少しづつ変わり始めた。

 昔と同じままじゃ、何も出来ない。

 

 

 大切を──大切な人を守るためには、自分の考えを見つめ直す必要があるのかもしれない。

 もっとも、根本の在り方が変わる気はしないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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二十二話「可哀想で危険な傭兵さん」

 まさら「前回までの『無少魔少』。口寄せ神社のウワサをいろはが良く分からない力で倒したり、見滝原から来た魔法少女に襲われたりしたわ。…名前は巴マミる?」

 結翔「一つ余計なの混じった所為で酷い名前になってるな、それ」

 こころ「……想像してしまった自分が憎いです」

 まさら「本編ではそうならないわ。…多分、きっと、maybe」

 結翔「クソほど未確定な言葉を並べるな。…ったく。いつも通り、楽しんで二十二話をどうぞ!」



 ──結翔──

 

 口寄せ神社の件から、また幾らかの時間が経った。

 今、俺は組織の仕事の一つである魔女退治をして家に帰って来てる所だ。

 ……まさらと一緒に。

 

 何故、まさらが居てこころちゃんが居ないのかと言うと、いろはちゃんの妹探しの手伝いをしてるからだ。

 もっとも、最近は鶴乃の家でもある万々歳でラーメンを啜る日々だが。

 

 

 なんでも、鶴乃曰く『柊さん』は常連らしい。

 それを聞いたいろはちゃんは、一旦待ちの姿勢で万々歳に通い続けた。

 

 

「多分、今日でそれも最期だろうな」

 

「……? 何が今日で最期なの?」

 

「いろはちゃんたちが万々歳に毎日通うのだよ。…言っちゃ悪いが、鶴乃の常連の定義は緩い。一ヶ月に一回来てくれればそれで常連だからな。まぁ、俺は週一で通ってるから、鶴乃曰く『超常連さん』らしいけどな」

 

「週一? あぁ、私たちが家に帰ってる日に食べに行ってるのね。……でも、あの50点料理を週一で食べに行ってるの? ももこや貴方が作った方が断然美味しいでしょうに」

 

 

 まさらの言う、私たちが家に帰ってる日は本当の家に帰ってる日の事だ。

 相手の親御さんに、「事故は起きてませんよ」と実際に証明する為にやってる。

 ……本当は、週に一回くらい顔を見に行って欲しいからだ。

 家族との絆は、大切にして欲しいし──それに……

 

 

 いや、違う違う。

 話したいのはそこじゃない。

 今、話したいのは、万々歳の料理についてだ。

 まさら、お前はまだ、あの50点料理の良さを分かってない。

 変わらない味は、慣れれば美味く感じるし、鶴乃が作る料理は温かいから食べてて心地良いんだ。

 

 

「50点料理って、お前、あそこの料理はなぁ──」

 

「はいはい。大体分かったから違う話をしましょう」

 

「すげぇ、テレビで聞いてる分には良いけど、実際に言われるとウザイなその言葉」

 

「煩いわね。……それより、口寄せ神社の件。結局どうなったの?」

 

「お前なぁ……はぁ。確認されてる限り、行方不明者は全員帰ってきた無傷でな」

 

 

 少なくとも数日単位で行方不明になっていて、飲まず食わずだった筈なのに、行方不明者たちは栄養失調にすらなっていなかった。

 これを素直に良かったと取るべきか、怪しんで可笑しいと疑うべきか。

 少々判断に迷う所だ。

 

 

 一つ、言える事があるとすれば、ウワサは危険、その事実に尽きる。

 一歩間違えたら、本当に死者が出るし、今後出てくるウワサが無傷で済ませてくれるとは限らない。

 

 

「…ウワサは着実に増えてる。数は多くないけど、潰すには苦労するよ」

 

「何個かウワサを消したって言ってたとけど、何を消したの?」

 

「何個かって、まだ二個くらいだよ。…一つは『気紛れアサシンのウワサ』、もう一つは『我慢少女のウワサ』だ」

 

「『気紛れアサシン』に…『我慢少女のウワサ』?」

 

「話すと長いけど…帰り道は暇だしな」

 

 

 魔女が逃げに逃げて、大東区に来たから帰るのにも時間は掛かる。

 地理的に、場所は俺達が住んでる新西区とは真反対で東の奥の方。

 道すがら、俺はまさらに『気紛れアサシン』と『我慢少女のウワサ』の内容を話した。

 

 

 ──────────────────────

 

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた? 

 気紛れアサシンのそのウワサ

 

 嫌な上司? ウザイクラスメイト? 裏切られた恋人? 

 本当にケシたいならお任せヲ

 

 依頼書にその人の名前を書いて

 ポストにポイすればそれで終わり

 ケシたい人を気分次第で消してくれる

 

 でもでもでもキヲツケテー! 

 気分次第で依頼者を消しちゃうって

 新西区の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 オイノリダー! 

 

 ──────────────────────

 

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた? 

 我慢少女のそのウワサ

 

 辛いこと、苦しいこと、悲しいこと

 いっぱい、いーっぱいガマンしてない? 

 

 溜め込み過ぎてるならご相談

 ガマンしていた事を全部ぜーんぶ引き受けてくれる

 

 けどねけどね話過ぎはヨクナイヨー! 

 溜め込み過ぎたもの全部消しちゃうって

 南凪区の間ではもっぱらのウワサ

 

 ナンデヤネーン! 

 

 ──────────────────────

 

「──ってな感じだ」

 

「相変わらず巫山戯た内容ね。…でも、両方危険ってことは分かったわ」

 

「唯一の救いは、俺一人でも倒せる敵だったことだ。絶交ルール見たいに、二人以上必要な場合は面倒だしな」

 

「…まさかとは思うけど、こころに内緒じゃないでしょうね?」

 

 

 まさらの言葉を聞いた瞬間、俺はそっぽを向いて口笛を吹き始める。

 誤魔化した、精一杯誤魔化した。

 バレたら、また説教コース確定どころか、本気でGPSとか盗聴器とか付けかねられない。

 

 

 まぁ、俺の子供のような誤魔化しが、まさらに通じる筈もなく。

 帰ったらこころちゃんに報告することが決定した。

 

 

 ヒーローとして頑張ったのに……解せぬ。

 そうして、帰り道を歩いていると、参京区の辺りでみなれぬものをみつけた。

 自転車の移転販売か? 

 

 

「……なになに、キリッと冷えた幸せの水。フクロウ印の給水屋さん。疲れた人のために無料で提供中」

 

「どこかの天然水ってことかしら?」

 

「さぁな。…にしても、幸せの水かぁ。オカルトチックな売り文句だな」

 

「私たちの存在が既にオカルトチックでマジカルだと思うわよ?」

 

「違いない…」

 

 

 水を配っているおっちゃんは優しそうだけど……

 なんでだろう、違和感がする。

 珍しいけど、なくはないありふれた日常の光景なのに。

 どうしてか、違和感がする。

 

 

「考え過ぎか…」

 

「帰りましょう。早くしないと、料理が冷めるかも」

 

「だな。こころちゃんを待たせるのも悪いし。……怒られるのは嫌だけど」

 

 

 俺の最後の言葉を、まさらは無視して先を行く。

 それに追い付くように俺も小走りで距離を詰めた。

 非日常を味わって一時間も経ってないのに、俺たちは日常の中に居た。

 

 

 ──こころ──

 

 やちよさんに言われた、電話帳を使った柊ねむちゃんの捜索から一日。

 結果として、電話帳に載っていた四つの家は全て全滅だった。

 いろはちゃんが凄くガッカリしてたのをハッキリと覚えている。

 私は、何も言えなくて、そのまま流れで別れた。

 

 

 その後は、家に帰って料理を作って結翔さんたちを待った。

 放課後、仕事が入ったので急遽まさらと一緒に、大東区まで行っていたらしい。

 ……帰ってくると、家に入るなり玄関で土下座をされて驚いたが、理由を聞いて納得した。

 

 

 今度から私たちも手伝うと言ったのに、一人でウワサを調査し倒したとの事。

 怒った、怒りに怒った。

 一人で戦った事を怒った。

 

 

 守って下さいとは言ったが、それが一緒に戦わないと言うことではない。

 家族だと言うなら頼って欲しい。

 その件でひとしきり怒ると、どこからが紙が落ちてきた。

 紙には『21』と書かれていた。

 

 

 結翔さんは怪しいと、何かに巻き込まれてるんじゃないかと言ったが、私はそれを気にしない程に怒っていた為、説教は続いた。

 今思えば、少し頭に血が上っていたのかもしれない。

 何せ、いろはちゃんと一緒に居た時から、どこからがその紙が落ちてきたのだから。

 

 

 ……そして、今日に至る。

 朝起きると、ベットの周りに紙が落ちていた。

 それも、一枚や二枚じゃない。

 十二枚、十二枚も落ちていたのだ。

 慌ててパジャマのまま、結翔さんの部屋に突っ込んだ。

 

 

「結翔!!! 大変ですっ!?」

 

「……んん。何が?」

 

「紙、紙がいっぱいっ?!」

 

「……あぁ、なるほどぉ。下で待ってて、すぐ下りるから」

 

「はっ、はい」

 

 

 同じ部屋で眠っていたまさらも、私の慌てた起床後の行動で起きたのか、パジャマから着替えて先に下に下りている。

 彼女は最近買った、シンプルなデザインの水色のパーカーにジーパンを着ていた。

 

 

 私が下りた少し後に、私服であるベージュのトレンチコートに、まさらと同じくジーパン姿の結翔さんも下りてきた。

 それを合図にするように、まさらが私に問い掛ける。

 

 

「……こころ。一体どうしたの?」

 

「実は──」

 

 

 そう言って、私は昨日の話を、出来るだけ細かく話した。

 すると、二人とも引っ掛かる事が合ったのか、私の話が終わったあと、結翔さんが続けるように言った。

 

 

「フクロウ印の給水屋で配ってた水を飲んだんだよね?」

 

「はい。……ちょうど、私といろはちゃん、喉が渇いていたので……つい」

 

「まぁ、ああ言うの見たら怖いもの見たさで飲んでみる…ってのも有り得るよな。でも、そんなウワサ聞いた事ないし……はぁ。どうするかなぁ……取り敢えず、一旦合流するか」

 

「七海やちよたちと?」

 

「あぁ。もしかしたら、あっちが尻尾を掴んでるかもしれないし。掴んでなくても、人手はあって困らないだろ?」

 

 

 確かに。

 いろはちゃんも巻き込まれてるんだったら、やちよさんも動くし、一緒に探せれば運良く見つかるかもしれない。

 もし、これがカウントダウンか何かだった場合……残りあと、九時間程だ。

 

 

「よし! 決まったら行動だ。急がないと、何が大変な事に──」

 

 

 そう、結翔さんが言い終える前に、ヒラヒラと紙が落ちてきた。

 紙には『8』と書かれている。

 ……もう、あまり時間は残ってないらしい。

 

 

 ──結翔──

 

 やちよさんたちと合流するべく、俺たちは急いで万々歳に向かった。

 咲良さんへの報告を済ませてから来たので時間は掛かったが、ギリギリセーフだろうか? 

 そっと引戸を開けると、やちよの叱るような声が聞こえた。

 

 

「すぐにこの子と解約しなさい!」

 

 

 ……解約、なんだそれ? 

 考えようかと思ったが時間が惜しかった為、俺は気にせず中に入った。

 そこには、やちよさんといろはちゃん、鶴乃に──なんとフェリシアが居た。

 深月(みつき)フェリシア、傭兵としてそこそこの知名度がある魔法少女。

 悪い意味で……だが。

 

 

 実力は悪くないのだが、如何せん、魔女を知覚した瞬間からこちらのコントロールが殆ど効かなくなる。

 所謂、暴走状態というやつだ。

 

 

 まぁ、過去の事を含めると、分からなくもない話なのだが……

 

 

「そんな突然!?」

 

「そうですね、突然過ぎて話に追い付けませんでした」

 

「あぁっ! 結翔のにーちゃん!」

 

「……本当に、あなたが居ると話がややこしくなるわね。あのね、環さん。深月フェリシアは有名なの」

 

「強い傭兵としてだろ!?」

 

「いえ、悪い傭兵としてよ。それも針が振り切れて測定不能なぐらいね」

 

「なんだとー!」

 

 

 いや、まぁ、悪い奴ではないんだけど、やちよさんの言う通りだよ。

 悪い奴ではない、悪い傭兵なのだ。

 弁護してやりたいが、しようにも色々と話さなきゃいけないしなぁ。

 人の過去を許可なしに言うのは最低な行為だ。

 

 

 俺だって、未だに言えない過去がある。

 ……結局、俺が臆病なだけなのだが。

 

 

「そう、なんですか?」

 

「魔女と見れば目の色を変えてブレーキなしに暴走する。強さは折り紙付きだけど、その暴走で味方を苦境に追いやることもある危険人物」

 

「なんだよそれッ! 確かにちょっとは迷惑かけてるかもだけどさ!」

 

「それに、報酬次第じゃ寝返ることも多々あり。魔法少女に敵も多いから、関わって良いことはないわよ」

 

「うぐっ…」

 

「暴走は…確かに…」

 

「既に環さんも経験済みじゃない。ほら、返してらっしゃい」

 

「そう言われても私…。どうしよう…」

 

 

 ……この場面だけ見ると、子犬を拾ってきた娘と、返して来いと言う母親って感じだ。

 よくアニメやドラマとかで見る展開だな。

 ちょっと面白いと思ってしまったのは、心の奥底に沈めておこう。

 

 

モ、モキュ(返しちゃだめだよ)

 

「そうだよね、フェリシアちゃん何も知らないし心配だもん…」

 

「オレはやだぞ! だって、ごはんー!」

 

「ごはん?」

 

「あ、私が作ってあげるって」

 

「また、随分と安いのね…」

 

「あの、私がフェリシアちゃんと一緒に居ますから」

 

 

 いろはちゃんが心配そうに言うもんだから、やちよさんも少し考えを改めようとしたが……

 続く言葉が、やちよさんの考えを改めようと言う意志をかき消した。

 ……そろそろ、会話に入りたいんだけどなぁ。

 

 

「さっすが、いろは! 偏屈ババアとは違うな!」

 

「…こいつ」

 

「ちょっ、フェリシアちゃん!」

 

「やちよはババアじゃないよ! ギリ未成年だよ!」

 

「はぁ? 誰だよオマエ…」

 

「最強の魔法少女、由比鶴乃とはわたしのことだー!」

 

「はっ、知らねーし。どうせ自称最強だろー? 結翔と同じだよ」

 

「ぐふぅ!?」

 

 

 え? 

 なんで? 

 ……いや、まだあの頃は自称してたけど。

 今、言わなくても良くない? 

 思わぬ所でボディーブロー喰らった感じなんだけど。

 

 

 心が痛い。

 やだもう帰りたい。

 

 

「…………はぁ、飛び火して被害者が出てるじゃない」

 

「ゆ、結翔さん大丈夫ですか!?」

 

「完全な死角からの攻撃だったわね」

 

 

 ため息を吐くやちよさん。

 心配するこころちゃん。

 鼻で笑うようにこちらを見るまさら。

 

 

 三者三様の反応を見せる中、俺が立ち直るまでに、鶴乃とフェリシアは喧嘩勃発の一歩手前までいってた。

 何とかいろはちゃんとやちよさんが仲裁して事なきを得たが、その後はすぐに二人一組で行動する事が決まった。

 

 

 それと、やちよさんはウワサを広めている存在にあったらしい。

 使い魔ではないが、ウワサを広める為に存在する事は確かとの事。

 見つけたら連絡を欠かさないように、そう言って別れた。

 

 

 ウワサの事は、まだやちよさんも掴みきれてなかったようだ。

 ガッカリしたいがそうもいかない。

 時間は残り少ない訳だし、急がなければ何が起こるか分からない。

 

 

 念の為に、ウワサに既に巻き込まれているであろう三人を一組にして行動させて、俺とまさら、やちよさんと鶴乃で行動する事になった。

 

 

「……ねぇ、結翔? 私は、深月フェリシアとこころを一緒に居させたく──」

 

「居させたくない…だろ? 分かってるよ、そんな事。だけど、お前の我儘聞ける程悠長な余裕はねぇ。それに、アイツは──フェリシアは悪い奴じゃねえよ」

 

「…そう、言い切れる根拠は?」

 

「……アイツは両親を魔女に殺された──と思い込んでる」

 

「どういう事?」

 

 

 ペラペラ喋りたくないが、まさらを納得させる為だ。

 ……悪いな、フェリシア。

 

 

「アイツの両親の死因は火事による焼死。ようは事故死だ。そして、原因は──フェリシアのイタズラ。構ってもらう為にしたイタズラで両親が死んだ。そんな現実に子供が耐えられると思うか?」

 

「思わない…わね」

 

「だろ? そして、丁度良くその場にキュウべえが現れて、願いとして記憶を消した。その代わりに、都合のいい記憶を差し込んだ」

 

「それが、魔女に殺されたと言う記憶?」

 

「正解」

 

「待ちなさい。それが真実だとしても。何故、それを貴方が知ってるの?」

 

「何でって、そりゃあ──」

 

 

 記憶を消したショックで気絶して、焼け死ぬ寸前だったアイツをマンションから助けたの──俺だしな。




 次回もお楽しみに!

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 無駄なネタは書くけど、無駄な文章は書かない。
 散りばめられた伏線はキッチリ回収する系投稿者です!(覚えてる範囲で)


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二十三話「復讐の先に虚無はある」

 フェリシア「前回までの『無少魔少』。結翔のにーちゃんが倒したウワサの話をしたり、いろはやこころ、オレがうわさに巻き込まれたかもって話だったな」

 結翔「おぉ。フェリシアお前、やれば出来るじゃないか!後でアイスをやろう」

 フェリシア「やりぃ!あ……オレ、今日の飯代ない」

 結翔「しょうがねぇなぁ……ほら、一万」

 まさら&こころ『……あ(察し)』

 鶴乃「色々と思う所はあるけど、二十三話を楽しんでどうぞ!!ふんふん!」


 ──こころ──

 

 私といろはちゃんとフェリシアちゃんは三人で、近くにあったデパートに来ていた。

 ウワサがいるうわさを調査する為だ。

 勿論、やる事は聞き込み。

 

 

「私も、聞き込みとか苦手なんだけどね」

 

「わ、私もかな……」

 

「聞き込み?」

 

「最近聞くようになった噂はありませんかって聞くの」

 

「なんだよ、戦うんじゃないのかよ。面倒だし、オレはいいや。パスで」

 

「パスなんてありなの!?」

 

 

 いろはちゃんの声が人が疎らなデパート内に響く。

 聞き込みやすさなら、人が多いほうがいいが。

 私たちのような聞き込みが苦手な部類の人間には、疎らな人盛りが丁度いい。

 結翔さんやまさらだったら別なんだろうけど……

 

 

 でも、流石に二人だけじゃ時間が掛かる。

 フェリシアちゃんに手伝って貰えないのは、先を見越して考えると問題だ。

 

 

「それにオレ、オマエに付いてくって言ったけど、手伝うとは言ってないしなー」

 

「それはそうかもしれないけど…」

 

「うわさに巻き込まれてたら、大変なんだよ?」

 

「んなのへーきだよ。別に大したこと起きねーって。…あぁ、ノド渇いた…」

 

「………………」

 

 

 うわさを信じていないフェリシアちゃんは、あまりうわさの調査に乗り気じゃないらしい。

 困った様子で、いろはちゃんが私の方を見る。

 多分、何が良い案がないか聞きたいんだろう。

 私が思うに、彼女は傭兵、報酬を貰って動く。

 

 

 だったら、追加の報酬を渡せばいい。

 馬を走らせるために、目の前に人参をぶら下げるように。

 

 

「ジュース買ってあげよっか? 今なら、アイスだって付けちゃうよ?」

 

「マジで!?」

 

「じゃあ、手伝ってくれる?」

 

「もちろんだ! ──っ!? ………………」

 

「フェリシアちゃん?」

 

「昨日の魔女だ…!」

 

 

 昨日の魔女…? 

 私が言葉の意味を探しあぐねていると、フェリシアちゃんは既に走り出していた。

 ……考えるのは後にしないと、今はあの子を追いかけなきゃ。

 

 

 一人にするのは……不味い気がする。

 

 

「いろはちゃん! 行こう!」

 

「で、でも……」

 

「魔女は放っておけないし、フェリシアちゃんだって放っておけないでしょ?」

 

「…分かった!」

 

 

 先を急いでデパートの外に出たフェリシアちゃんを追う。

 まだ遠くには行ってない、数メートル先に見える小さい背中を頼りに私といろはちゃんは走る。

 昨日も見た参京区の街並みを駆け抜けて、ようやくフェリシアちゃんが入ったであろう魔女の結界を見つけた。

 

 

「……変身して、早く行こう!」

 

「うんっ!」

 

 

 二人揃って魔法少女に変身し、結界の中に入る。

 ガラッと視界に映る風景が切り替わり、現実とはかけ離れた異界に足を踏み入れた。

 少し目を細めて奥を見やると、魔法少女に変身して大きなハンマーを振り回しているフェリシアちゃんが居た。

 

 

「∞εζπЖαγ!!」

 

「りゃああああ!! ガンガンガーン!」

 

 

 ハンマーで叩き潰されている使い魔は、形容し難い容姿をしている。

 人差し指を立てた黄緑色の左手の先に鍵の付いた輪っかを掛けて、胴体であろう部分は手に突き刺さったピンセットで何故かズボンを履いている。

 

 

 そんな、意味不明な使い魔に、フェリシアちゃんは一人でハンマーを振り続ける。

 暴れ牛を連想させる角の付いた二股帽子を被り、帽子の上にゴーグルも掛けいる。

 全体的に薄紫色で構成された魔法少女の衣装は、彼女の成長しきってない心を表してるようだ。

 

 

「≠∫∫∞⊇∂-β㊀∴-!?!?」

 

「じゃまぁ!」

 

「ふぁっ!」

 

「いろはちゃん! フェリシアちゃん! ちゃんと周りを見ないと!」

 

「ずりゃあッッ!」

 

「聞こえてない…!」

 

 

 ドンドンと爆発したかのような音を立てながら、フェリシアちゃんは使い魔の数を減らしていく。

 ……減らしていくスピードは良いが、振動が周りに響くレベルで強い攻撃の所為で、上手く使い魔と戦えない。

 多分、昔の私だったら簡単にやられていただろう。

 

 

 結翔さんに鍛えてもらっていて良かったと、久し振りに実感する。

 

 

「⊥∀β≠㊀ω§!!」

 

「りゃあっああああ!」

 

「──っ!? フェリシアちゃんの攻撃が…!」

 

「下がって! いろはちゃん!!」

 

 

 勢い余ったハンマー攻撃が、いろはちゃん当たる寸前。

 ギリギリの所で私のカバーが間に合い、可変型トンファーでハンマーを受け止める。

 全体で受け止めるように、肘を曲げて腕を立てて構えたのに、それでも私は少し後ずさった。

 

 

 重い一撃は、私自身の固有の能力が無ければ、痛いダメージだっただろう。

 受け止めた可変型トンファーから響く揺れで、私の腕はジンジンと痛む。

 

 

「くっ!!」

 

「こころちゃんっ!」

 

「あっ…! ご、ごめん! 大丈夫か!?」

 

「ダメだよ、フェリシアちゃん。魔女を倒したい気持ちは分かるけど、冷静にならないと…。誰かと一緒に戦うなら、尚更だよ。もっと周りを見ないと、大切なものを傷付けちゃうよ…?」

 

「………………」

 

「フェリシアちゃん。こころちゃんの言う通りだよ? 周りを見ないと…もっと評判が悪くなっちゃうよ?」

 

「仕方ねぇじゃん…。仕方ねえじゃん!!」

 

 

 私といろはちゃんの言葉に、フェリシアちゃんは声を震わせて返した。

 その声に含まれる感情は、きっとフェリシアちゃんのような女の子が持つようなものではない……ドス黒いものだ。

 

 

「コイツが…コイツが…。コイツが父ちゃんと母ちゃんを殺した魔女かもしんねーじゃん!」

 

「それって、この結界の魔女が…」

 

「わかんねぇ…。それは、わかんねぇけど。どの魔女が殺したか知らねえけど…! でも、知らねえから! ずっと本気じゃなきゃダメなんだ! 。オレは逃がさねえ…見つけた魔女はぜってーに」

 

「…あの、ごめんなさい…! 私、フェリシアちゃんのこと知らずに」

 

「……私も、ごめんね」

 

 

 いろはちゃんは謝った。

 私も謝った。

 だけど、私は──謝りたくなかった。

 その行為は間違ってると言いたかった。

 

 

 だけど、魔女の結界内で話をしている余裕はない。

 時間も余りに余ってる、そんな状況ではないのだから。

 

 

「フ──!」

 

「フェリシアちゃん。一旦落ち着いて、一緒に魔女を倒そう」

 

「……わかった」

 

「いろはちゃんも。話は、外に出てから」

 

「うん」

 

 

 その後、魔女は冷静になったフェリシアちゃんと私といろはちゃんの三人で倒す事が出来た。

 結界が解けると、私は近くに転がっていたグリーフシードを拾い上げて、二人の元に戻る。

 

 

 空気は、どこが重い。

 先程の言葉の所為だろう。

 …疑う必要は無いが、もし先程の言葉が本当なら、彼女は今まで一人で生きてきた事になる。

 

 

 寂しかったんじゃないか? 

 苦しかったんじゃないか? 

 辛かったんじゃないか? 

 一人で……怖かったんじゃないか? 

 復讐の憎悪だけを糧に、生きてきたんじゃないか? 

 

 

 グルグルと回る思考を一旦放り捨て、沈黙していたフェリシアちゃんに話しかける。

 

 

「フェリシアちゃん、さっきの魔女は……」

 

「分かんねぇ…。でも、こうやって倒してたらきっと知らないうちに倒してる。父ちゃんと母ちゃんの仇…。ま、もう倒してるかもしんねぇし、倒してねえかもしんねぇけど…」

 

「そんなの、終わりがないよ…」

 

「いいんだよ別に。オレはそのために魔法少女やってんだから…」

 

 

 フェリシアちゃんの言葉を聞いて、私は結翔さんと少し前にした会話を思い出した。

 

 

 ──────────────────────

 

 ある日の、夕方。

 結翔さんとまさらが見ていた特撮番組の中で、復讐の為に戦うヒーローを見た。

 私は、少しだけ気になって、結翔さんに復讐について聞いた。

 

 

「結翔さんは、復讐ってどう思います?」

 

「…人を殺す事や、人を殺そうとする事は許せないけど。誰かを殺したい程憎むって気持ちは……分からなくはないかな。復讐は──言わば当事者に許された特権みたいなものだよ。やるも良し、やらないも良し、その人次第さ。まぁ、良い事ではないけどね」

 

「ですよね…」

 

「………………復讐の先にあるのは虚無だ。虚無だけが存在する」

 

 

 虚無がある、虚無が存在する。

 そんな矛盾しているような事を言う結翔さんは、至って真面目な表情だった。

 まるで、それを見たかのような表情だった。

 気になった私は、彼の言葉を鸚鵡返しした。

 

 

「虚無だけが存在する?」

 

「あぁ。復讐は、自分に残っていた全てをすり減らして、犠牲にし続けて行うものだ。すり減らして、犠牲にし続けて、最終的に復讐を達成しても、残っているものは何もない。何も残らない。復讐ってのはそう言うものだ」

 

「……見た事、あるんですか?」

 

「あるよ…一度だけね。最悪の未来だった」

 

 

 そう言う、結翔さんの表情は苦虫を噛み潰したようなものだ。

 ……私は、それ以上なにも言わなかった。

 言いたく…なかった。

 

 

 ──────────────────────

 

 言いたい言葉が幾つも出てきては沈んでいく。

 それを何度か繰り返し、一つでた言葉は在り来りなものだった。

 

 

「何かあったら、言ってね?」

 

「………………」

 

「なんで、オマエらが悲しい顔すんだよ! これはオレの事だし関係ねーだろ! ほら、噂、探しに行こーぜ」

 

 

 私の言葉をフェリシアちゃんは聞き流した。

 ……お節介過ぎたかな? 

 でも、私はそれを言いたいと思ったんだ。

 だったら、間違いだって言う事はないだろう。

 

 

「手伝ってくれるの?」

 

「そりゃ、だるいけどさー。ジュース買ってくれるんだろ?」

 

「………………」

 

 

 フェリシアちゃんの言葉に、いろはちゃんは少し考えるように、一瞬目を閉じた。

 同じことを考えていると思う。

 出来るだけ、何かしてあげたい…と。

 

 

 勝手な思い込みかもしれないけど、それが堪らなく嬉しくて、私は早く行こうと声に出そうとすると……

 

 

「それじゃあ──」

 

「あっ、なんだアイツ!」

 

『へ?』

 

「あ、あれってやちよさんが言ってた…!? 連絡、入れておかないと!」

 

「わ、私も、結翔さんに…!」

 

 

 突然、驚いたようなフェリシアちゃんの声が重なった。

 驚いている彼女が指さす方向を見ると、そこには人型の使い魔擬きが居た。

 ……もしかしなくても、うわさを広めているウワサだ。

 私といろはちゃんは急いで、結翔さんに連絡を入れる。

 

 

 数分の内に返信が来て、すぐに向かうとの旨だった。

 

 

「おい、あれ使い魔か?」

 

「やちよさんも言ってたけど、違うような気がする…。結界を持ってないし…」

 

「じゃあ、なんなんだよ」

 

「わ、分からないよ…」

 

「あっ……」

 

「あんだよ?」

 

「静かに…何か話してる…!」

 

 

 少しだけうわさを広めているウワサに近付き、耳を澄ませる。

 そのウワサが話していた内容は──私たちが求めていたものだった。

 

 

 ──────────────────────

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 ミザリーウォーターのそのウワサ

 

 むかし懐かしママチャリの、荷台に乗った保冷箱

 

 おじちゃん1杯くださいなって

 貰った水を飲んだなら

 ゴクゴクプハーッって気分は爽快、元気も一杯!

 

 けれどだけども、それはまやかし

 飲んだ水はヤバイ水!! 

 

 24時間経っちゃうと

 水に溶けた不幸が災いを引き起こすって

 参京区の学生の間ではもっぱらのウワサ!! 

 

 モーヒサーン!

 

 

 ──────────────────────

 

 ミザリーウォーターのウワサ。

 多分それが、私たちが巻き込まれたウワサの名前だ。

 24時間経っちゃうと……この言葉から察するに、降ってきていた紙はカウントダウンのつもりだろう。

 

 

 当たって欲しくない予想が当たってしまった。

 

 

「おい…これって…」

 

「うん…。私たちが飲んだ水のことだ…」

 

「あの、おっちゃん…悪いヤツだったのか…!?」

 

「悪い人って言うか、うわさの一部でしかないんだと思う…。幻みたいなものだと思う…」

 

「わけわかんねぇよ」

 

「紙の数字が時間なら…私たちに残された時間って。あと、5時間もない」

 

 

 不安そうに言ういろはちゃんに対し、フェリシアちゃんは呆気らかんと返した。

 

 

「ってもまぁ、十分不幸な目にはあったし。今さらどうでもいいけどな」

 

「えぇ…」

 

 

 困惑の色を見せるいろはちゃんは、黙りこくって考え始めた。

 不幸の内容を考えているのだろうか。

 ……安直に言えば、大切なものをが傷付くとか、壊れるとか。

 はたまた、私たち自身が死んでしまう…とか。

 

 

 不幸の内容は五万とある。

 考える余裕を持つくらいだったら、ウワサを消すために動く方がいいだろう。

 

 

「いろはちゃん。ウワサが言っちゃうよ?」

 

「あ、追いかけないと!」

 

「えぇ、追いかけんの?」

 

「何か詳しい話が聞けるかもしれないから」

 

 

 そう言って、うわさをを広めているウワサを追おうとした途端、突然現れた黒いローブの不審者に腕を掴まれた。

 咄嗟に後ろを見ると、いろはちゃんもフェリシアちゃんも腕や肩を掴まれていた。

 

 

「行かせない…」

 

「だ、だれ…!?」

 

「こい…」

 

「ひゃっ!」

 

「わっ! おい、はなせよ!!」

 

 

 警戒が薄すぎたのかな……まさか後手に回るなんて。

 どうにかして掴まれた手を退かしたいけど、妙に力が強くて退かせない。

 路地裏の方に連れ込まれると、ようやく腕の力を緩めたので変身して力づくで腕を退かす。

 

 

「こんなところに引きずり込んで何ですか! 通して下さい!」

 

「戦うつもりはない…」

 

「どけっつってんだろコノヤロー!」

 

「ちょっと、待って!」

 

 

 黒いローブの二人は魔法少女だ。

 フェリシアちゃんはすぐに分かったのか、ハンマーを黒いローブの魔法少女たちに振りかざした。

 二人は受ける体制をとることも出来ず、吹き飛ばされる。

 

 

 確かに、フェリシアちゃんは強いが、あんなにあっさりと負けるほど強いのか? 

 今の攻撃だって、結構大振りだったから、受ける体制をとるのは難しくなかったと思うが……何か引っ掛かる。

 

 

「くっ…………」

 

「おい、いろはにこころ! こいつらめっちゃ弱いぞ! このままやっつけて行こうぜ!」

 

 

 吹っ飛ばされた黒いローブの魔法少女を見て、フェリシアちゃんは笑顔でそう言った。

 だけど、それに続けるようにどこからか現れたやちよさんが、その言葉を否定した。

 

 

「その必要はないわ。今さら行ったところでアイツには追いつけないから」

 

「やちよさん…」

 

「連絡を受けて来てみたら、なんか変なのに捕まってるね」

 

「そうだよ、いろはちゃんたちに何したの!?」

 

「……………………」

 

 

 やちよさんに続くように、結翔さんと鶴乃さん、まさらが私たちのもとにやって来た。

 

 

 ──結翔──

 

 まさらと一緒に連絡を受けた場所の近くに行くと、やちよさんと鶴乃に会い、何故か少し離れた路地裏にいるこころちゃんたちを見つけた。

 そして、近くには黒いローブの魔法少女が二人。

 

 

 明らかに怪しい。

 恐らく、邪魔をしたのはコイツらだろう。

 

 

「七海やちよ、由比鶴乃、環いろは、藍川結翔…ちょうどいい…」

 

「何がちょうどいいの! はっ。もしかして何かわたしたちに言いたいことが!?」

 

「その通り…」

 

「っていうことは…。あの変なヤツに手を出すなってこと!?」

 

「その通り…」

 

「それで、話し合いをしたいっていうこと!?」

 

「全て言われてしまった…」

 

「鶴乃ちゃんすごい…」

 

「えっへん!」

 

「…いや、コントじゃないんだからさぁ」

 

 

 一連のやり取りに苦笑を零しながらツッコミを入れる。

 鶴乃のよく回る頭は凄いと尊敬できるが、場の雰囲気を緩めてしまう時があるのが玉に瑕だ。

 現に、まさらはいつもの真顔を少し崩して、微妙な表情をしている。

 

 

 やちよさんは、ため息を吐きながらも話を続けた。

 

 

「…それで、何を話し合いたいの?」

 

「これ以上、うわさに手を出すのは止めて欲しい」

 

「そう言われても理由がまるで見えないわ。これじゃ、話し合いっていうよりも、一方的にそちらの条件を呑めと言われているようだわ」

 

 

 やちよさんの最もな言い分に、黒いローブの魔法少女は、先程から続く感情が見えない声で返す。

 

 

「その通り…。うわさを消しても良いことはない、手を退いて欲しい…」

 

「…そりゃあ無理だろ。被害者が現に出てる。今の所、死者はいないが、何時ででも可笑しくない状況だしな。あと、お生憎さまだが、姿をローブで隠したやつの話を聞く質じゃないんだ」

 

「…………。今回のミザリーウォーターのうわさも、ですか?」

 

「そうだ…」

 

「でも、私たち…。もう巻き込まれてるんです。勝手に不幸になれって…酷いと思います…」

 

「どうせ、このままだとあんたたちが守ってるウワサにわたしたちが辿り着くって、そう思ってるんだね!? だから急に出てきたんでしょ!?」

 

「………………」

 

「にひっ」

 

 相変わらず、鶴乃は怖いな。

 カマかけやがった。

 こっちが数的有利だから、取れる情報を根こそぎ盗るつもりなんだろう。

 本当にどこまでも頭が回る奴だな。

 鶴乃みたいな奴ほど、敵に回したくはない。

 

 

 全く持って、味方でよかったと思うよ。

 

 

「…手を退く気はないんだな…」

 

「…フェリシア。耳を貸しなさい…?」

 

「あ? 何だよ…?」

 

「そこ、何をコソコソしている…」

 

「別に、あなたたちを潰そうって話してただけよ」

 

「どう足掻いても、争いは避けられないか…」

 

 

 そこからは、一方的な戦いだった。

 数では七対五。

 だが、実力だけで言えば、強くなったいろはちゃんやこころちゃんの足元にも及ばない。

 ぶっちゃけると、途中から「俺一人で相手をしてもどうにかなるのでは?」と思っていたくらいだ。

 

 

「へへっ、このオレに勝てると思ったか!」

 

「くっ…分かっていた…。だからこそ交渉しようと」

 

「交渉の定義を辞書でちゃんと引いてくるといいわよ。交渉にすらなってなかった」

 

「…そこでだけどさ」

 

「なんだ…」

 

「オレがそっちについたら形勢逆転だと思わねー?」

 

「──っ!? フェリシアちゃん!?」

 

 

 フェリシア? 

 一瞬、やちよさんの方を見やる。

 さっき、コソコソと話していたのは、コレと理由がある。

 勘でそう思ったからだ。

 

 

 …だって、フェリシア一人がそちらについた所で、戦力差は変わらない。

 路地裏の狭さでハンマーを相手するのは辛いが、伊達に死線はくぐってない。

 タイマンをはったら秒で蹴りがつくだろう。

 

 

(フェリシアに追加報酬を頼んだ。敵の場所を探ってもらうわ)

 

(了解)

 

 

 テレパシーで短いを会話をする。

 単純な作戦だが、悪くない。

 問題があるとすれば、報酬次第でアイツが本当に寝返る可能性がある事だ。

 

 

 あんまり、フェリシアとは戦いたくないんだよな……

 その時はその時、なってから考えればいいだろう。

 

 

「どういうことだ…」

 

「それなりの報酬があるなら寝返ってやるって言ってんの」

 

「フェリシアちゃん! どうして、さっきまで一緒に──」

 

「何言ってんだ? オレは傭兵だぞ」

 

「…だからって……」

 

「…分かった。それなりの報酬は用意する…」

 

「いーねー! つーわけで、オレは今からこっち側! 悪いないろは、こころ」

 

「………………本気なの?」

 

「………………本気なんだよね?」

 

 

 ……うわぁ、演技だって言い辛い。

 チラッとまさはの方を見やると、まさらもなんとも言い難い表情だった。

 今日はよく表情筋が仕事をするな、とでもジョークを言えば場は和むだろうか? 

 

 

 そんなことを考えている間に、一度撤退することが決まった。

 ……だが、撤退すると言うのに、鶴乃がどこかに消えている。

 あぁ、なるほど。

 もしもに備えて、鶴乃に尾行させてるのか。

 だったら、本当に徹底してるな。

 

 

 路地裏から戻って少しした後に、フェリシアに追加の報酬で動いてもらったことを伝えると、二人は相当驚いていた。

 ……あと、こころちゃんは俺とまさらに恨みがましい目線を送っていた。

 

 

「……紙が」

 

「4…か。ちょっと、不味いかもな」

 

 

 残り時間は、あまり多くない

 

 

 




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

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二十四話「現れるマギウスの翼と自傷の覚悟」

 結翔「前回までの『無少魔少』。ウワサの内容がやっと分かって、分かったと思ったら、新しい敵である黒いローブの魔法少女が現れて、最後にはフェリシアがそっち側に寝返った演技をして終了って話だったな」

 こころ「みんな酷いです!先に教えて貰いたかったですよ!!」

 まさら「明らかに芝居がかった口調だったのに気付かなかった方も、悪い所はあると思うわ」

 こころ「…そう言われると…何も言えない…」

 いろは「私もです……」

 まさら「約二名、落ち込んでいるのが居るけど、二十四話をどうぞ!」




 ──結翔──

 

 案の定と言うべきか、フェリシアは帰ってこなかった。

 …信用していなかった訳じゃない。

 ただ、アイツは傭兵だ。

 報酬が良いなら、そっち側に着くのは当たり前。

 

 

 しかも、報酬に自分の生活が掛かってるなら尚更だろう。

 …だけど、それは俺が居なかったらの話だ。

 最近は、魔女が多いお陰で傭兵家業に困ってはいないが、少し前までは魔法少女が増えた所為で魔女が足りず、彼女は報酬を貰えない危機にあった。

 

 

 報酬が無ければ、明日を越すこともままならない。

 フェリシアのそんな状態を、俺が見過ごせる筈もなく。

 アイツが払えず滞納していた学費を払い、あまり高くはないがアパートを貸し与えた。

 食費に困っていたら、金を渡したし、まさらやこころちゃんが実家に帰っている日には、顔を見にも行っている。

 

 

 ここまでの事を踏まえると、報酬は恐らく──

 

 

「魔女を自由に狩る権利…って所か」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「フェリシアちゃんの事でなにか分かったんですか!?」

 

「いいや。…ただの推測だよ」

 

 

 十中八九当たってるだろうけどな。

 

 

 今、俺たちは鶴乃の案内によって、フェリシアが行ったであろう場所に向かっている。

 鶴乃の尾行方法が屋根伝いだった事に、若干頭を抱えながらも走った。

 道中、鶴乃はフェリシアをある場所を境に見失ったと言ったが、俺は別に気にしない。

 

 

 何故なら、千里眼があるからだ。

 ある程度場所さえ絞り込めれば、俺の眼で見つける事は難しくない。

 寧ろ、絞り込めただけで上々。

 ……残り時間は二時間を切っているのだから、油断は出来ないが。

 

 

 そして、鶴乃が見失った場所まで到達する。

 

 

「さぁ、ここから先はあんまり分からないんだけど。場所はかなり絞り込めてると思うよ!」

 

「えぇ、急いでウワサの場所を突き止めましょう」

 

「ですね……」

 

「そうはさせねぇよ」

 

 

 やちよさんの言葉に、俺が頷いたその時、フェリシアがどこからか現れた。

 立ち塞がるような言葉の言い方から察するに、やはりあちら側に着いたらしい。

 

 

『フェリシアちゃん!』

 

「なにしてたの!? ずっと待ってたのに!」

 

「そりゃ悪かったな」

 

「演技はお終いにして、私たちと一緒にウワサを倒そうよ!」

 

「それはできねーな。だって、もう演技じゃねーもん」

 

「…やっぱり、よほど良い報酬を提示されたってことかしら」

 

「んまぁ、そんなところだな。ひとりで生きていくには十分なちょー良い条件だからな。それに…これだけあったら誰も裏切る必要ねーし」

 

 

 視線が俺の方を向く。

 …バカなだなぁ、フェリシア。

 お前が後ろめたく思う必要なんて、これっぽっちも無いのに。

 寂しそうな顔で、悲しみを含んだ目で俺を見るフェリシアは、歳不相応な思いやりが見えた。

 

 

 甘えられなかった分、甘えればいいのに。

 言えなくなってしまった分、我儘を撒き散らせばいいのに。

 フェリシアは俺にそれを言おうとしない。

 

 

 ……本当にバカなやつだ。

 

 

「所詮はプライドもなにもない報酬第一の傭兵ってことね。一緒に行動すれば見直す点もあると思ったけれど。思いすごしだったようね」

 

「なんとでも言えよ。敵に何を言われようが、オレは痛くもかゆくもねーから」

 

「なぁ、フェリシア。…本当に報酬に目が眩んだだけなのか?」

 

「……………………」

 

モ、モキュ…(ううん、違うと思うよ)

 

「……だよな」

 

 

 いろはちゃんも、こころちゃんも、鶴乃でさえも違和感に気付いている。

 あっちに行ったり、こっちに行ったり、行き当たりばったりな動き。

 不自然に思うのは当然だ。

 まぁ、うわさを信じていないと言う意味では、動き方は妥当かもしれないが……

 

 

 それにしたって不自然だ。

 

 

「なーんか変な感じ」

 

「鶴乃さん?」

 

「フェリシア、自分の状況分かってないんじゃないかな?」

 

「やっぱり、そうなんですかね?」

 

「うん、人のこと言えないけどさ。行き当たりばったりで何も考えてないと思うんだよね」

 

「はい、今回のうわさのことちゃんと理解出来てないと思います」

 

「何、ごちゃごちゃ言ってんだよ」

 

 

 小さい声で喋っていた、いろはちゃんとこころちゃんと鶴乃の三人に、フェリシアは低い声で喋りかけた。

 頑張って低い声を出しているのだろうが、全然怖くない。

 こころちゃんやまさらが怒っている時の方が万倍怖い。

 

 

 …まさらなんて、下手を打てば包丁が飛んできそうな勢いなんだもん、怖いに決まっている。

 

 

 俺が違う事を考えてる間に、フェリシアは変身を済ませて、ハンマーをこちらに向けながら叫んだ。

 

 

「そっちからこねーならオレからズガンといくぞ!?」

 

「相手は、こう言ってるけど?」

 

「フェリシアちゃん! もう二時間ない間に、本当に不幸になっちゃうよ!? それでもいいの?」

 

「またそれかよー。今さら不幸になろーがオレには何ともないからな。父ちゃんと母ちゃんが死ぬ以上の不幸なんてあってたまるかよ」

 

 

 いろはちゃんの言葉に反論するフェリシア。

 当たり前の反応だ。

 …両親を失う以上の不幸なんて、そうそう転がっていないだろう。

 

 

「…私もね、妹がいなくなってるの」

 

「だから、なんだよ?」

 

「それはね、私にとっての不幸だよ。でもね、それだけが不幸じゃない。不幸っていろんな事があると思うの。いなくなった妹に何かあるかもしれないとか。やちよさんや鶴乃ちゃん、結翔さんやこころちゃんに何かあるんじゃないかとか…」

 

「はっ。……オレには家族も仲間もいねーよ。関係ねー話じゃん」

 

「でも、それだけじゃない! ずっと変わると思うの自分にとって大切なことって。フェリシアちゃんにはないの…? 今、大切なものって…。ねぇ、お願い、ちゃんと…ちゃんと考えてみて…」

 

 

 そっと、フェリシアは目を伏せる。

 一瞬、こっちを見たのは気の所為……じゃない。

 なんだかんだ、ちょっとは思われてるらしい。

 

 

「………………ゆい──ぬいぐるみ、とか。牧場で父ちゃんと母ちゃんに買ってもらった…牛の…」

 

「…それが無くなったら、どうするの…?」

 

「はぁっ!? や、やだ! あれ、オレの宝物だぞ!?」

 

「だから、不幸ってそういうことだよ!」

 

「──っ!?」

 

「お願いだから、自分から不幸になろうとしないで! もしも、その牛さんが傷付いちゃったりしたら。また、フェリシアちゃんが傷つくことになる…。私、見たくないよ。これ以上、フェリシアちゃんが不幸になる姿なんて…」

 

「いろは…」

 

 

 思った以上に、いろはちゃんの言葉はフェリシアの心に刺さったらしい。

 変身を解除して、今にも泣き出しそうなうるうるとした瞳で、いろはちゃんの名前を口にする。

 俺やこころちゃんの方にも、申し訳なさそうな視線を送っていた。

 

 

「ねぇ、だから一緒に!」

 

「うん…。オレ、宝物を無くしたくねぇ…大切な人も居なくなって欲しくねぇ…。奪うようなヤツの味方にだってなりたくねぇ。これ以上、迷惑だってかけたくねー! だから、いろはたちに付いてく!」

 

「フェリシアちゃん!」

 

 

 話が終わると、やちよさんも申し訳なさそうに両親が居ない事を聞いたり、鶴乃とこころちゃんが号泣してフェリシアに抱き着いたり。

 色々あったが、フェリシアが敵のアジトまで俺たちを案内することになった。

 

 

 その道中で、彼女はこう言った。

 

 

「サンキューないろは。オレ、お前のお陰でもっと嫌なヤツにならなくてすんだぞ」

 

 

 くしゃりと笑ったフェリシアはとても嬉しそうで、俺も釣られて笑ってしまった。

 誰かが救われた時に見せる笑顔は格別だ。

 手を取れたのは俺じゃないけど、フェリシアが救われたのは素直に嬉しかった。

 

 

 そうして、案内されるがまま着いた場所は参京院教育学園。

 

 

「参京院教育学園って。学校がアジトなの?」

 

「つーか、もうちょい先だな。今日は休みで生徒もいないし入るのはよゆーだろ」

 

 

 フェリシアはそう言うと、ズンズンと先に進んでいく。

 俺たちも、後を追うように先を急ぐ。

 

 

「この校庭を越えた先に、地下水路への入り口があって。そこがヤツらの拠点になってるんだ」

 

「でもさ、ふと思ったんだけど。フクロウ印の給水屋さんを消せばいいんじゃないの?」

 

「同感ね。昨日も、この時間帯に居たんだから探せば見つからない事もない筈よ」

 

「オレには言われてもなー。噂のことなんてわかんねーし」

 

「きっと敵のウワサは出てくるでしょうけど。それは所詮、小物のウワサでしかないわ。うわさを消すなと言ってるいるヤツらの拠点がここにあるなら、恐らくうわさを具現化させている大元のウワサもここに居るはずよ」

 

「そうですよね。……だとしたら、早く行かないと」

 

 

 俺たちは、地下水路への入り口へと足を踏み入れる。

 薄暗い地下水路はレンガ造りのトンネルのようになっており、コウモリまでも住み着いている。

 

 

 いろはちゃんとこころちゃんと鶴乃の三人は、少女らしくコウモリに驚き悲鳴を紛いの声を上げた。

 

 

「……バレるな、こりゃ」

 

「…私も、『キャアア!』とか声を上げた方が良いのかしら?」

 

「いや、良いよ。てか、お前微塵も怖いと思ってないし、近くに来たとしても叩き落とすじゃん」

 

「……それもそうね」

 

 

 そんな他愛ない話を繰り広げたあと、俺は先頭に出る。

 殿はまさらが居れば十分だろう。

 

 

「そこにいるのは、だれだ…」

 

「だろうも思ったよ」

 

 

 目の前に現れた黒いローブの魔法少女。

 ここが拠点なのは間違いないらしいな。

 俺はすぐさま魔法少女に変身して、拳を握る。

 

 

 戦いは始まる寸前だった。

 

 

 ──まさら──

 

 私に最後尾──殿を任せた結翔は、現れた黒いローブの魔法少女の前に立つ。

 黒いローブの魔法少女は、フェリシアを見て少し残念そうに呟いた。

 

 

「深月フェリシア…。まさか報酬を自ら捨てるとは」

 

「へーんだ! オレだって人の宝物奪うようなヤツにはなりたくねーからな!」

 

「どうあっても、退くつもりはないんだな…」

 

「えぇ、当然でしょ? こちらも譲る気は一切ないわ。あなたたちの素性も目的も知らずに譲るなんて。そんな都合のいい話は有り得ないでしょう?」

 

「……………………」

 

 

 七海やちよにそう言われた黒いローブの魔法少女は、考え込むように黙り込んだ。

 私も、彼女の言う通りだと思った。

 素性も目的も何も知らないのに、退いて不幸になりなさいなんて、誰が聞き入れるのだろうか? 

 

 

 普通の思考を持っている者なら、聞き入れるなんて有り得ない。

 黒いローブの魔法少女もそれが分かっているのか、重いため息吐いてから騙り始める。

 

 

「対象者以外には公言するのは控えるように言われているが、不毛な争いを避けられるのなら言わなくてはならない…」

 

「巻で頼むよ。こっちも、時間が残ってないんだ」

 

「あぁ…。………………。…私たちはマギウスの翼だ」

 

「……マギウスの翼…ねぇ」

 

「私たちの上に立つマギウスの目的を果たすため、彼女たちの翼となる集団のことだ。その中でも私たちは黒羽根と呼ばれている」

 

「……んで、その目的って言うのは?」

 

 

 訝しげな様子で聞く結翔に、黒羽根と呼ばれる魔法少女は怯える様子もなく話を続けた。

 怯えてないように見えるのは……感情を押し殺しているだけだろうが……

 虚勢を張るのは上手いらしい。

 

 

「…魔法少女を救うこと。マギウスは、この神浜市で魔法少女を呪縛から解放する。私たちはその助力となるため活動している。魔法少女解放のためにもうわさを消されてはならない」

 

「魔法少女を解放するってどう言うことですか?」

 

「それに、うわさを守れば成立するって理屈も分からないわ」

 

「それは……」

 

 

 口篭る黒羽根。

 呆れる、呆れるしかない。

 理屈も分からずに手伝うなんて、何の意味があるんだ? 

 何か意味があるのか? 

 

 

 全く持って意義を感じられない。

 

 

「…お前ら、それすら分からずに手伝ってるのか?」

 

「………………」

 

「なに、チンタラしてんだよ!」

 

「くっ……」

 

 

 黒羽根が黙っていると、見知らぬ赤髪に緋色の瞳を持つ魔法少女が乱入してきた。

 乱入してきた魔法少女は槍を片手に、黒羽根を力技で倒し、私たちに向かって言い放つ。

 

 

「相手のご高説なんざ聞いてる暇あるのかい? 残りあと…。おっと…。……ちょうど1時間。それもご丁寧にタイマーで刻んでくれるらしい。会報だかなんだか知らないけど、先にやることがあんだろ?」

 

「あなた、佐倉さん!?」

 

「途中で、アンタらを見かけて追いかけてきて正解だな」

 

「くっ…お前は…」

 

「悪いけど、あたしはコイツらみたいに、余裕をぶっこくつもりはないんでね。話なら、ウワサとやらを片付けてからにさせてもらうよ」

 

「戦わざるを得ないか…」

 

「話が分かる奴は好きだよ」

 

 

 そう言うと、黒羽根の一味がぞろぞろと現れ始め、行く手を遮るように立ちはだかる。

 後ろには居ないから、加勢するべきか? 

 

 

「結翔」

 

「みんな、変身だけはしとけ。黒羽根のヤツらは俺一人でも十分。魔力消費と体力の消耗はこのあと痛いからな。あと、悪いけど、佐倉さん一緒に戦ってもらえる?」

 

「本当なら断りたい所だけど、今回はそうもいかないからね。ひとつ、よろしく頼むよ」

 

 

 そう言い終えると、佐倉と言われた魔法少女と結翔は十数人の黒羽根相手に、多対一の状況で戦い始める。

 結翔は素手で、黒羽根の攻撃方法は様々だ。

 鎖を使った攻撃が主だが、それ以外にも剣や鎌、鉤爪のような物も使っている。

 

 

 それを相手に、結翔は素手で相手をしている。

 ハッキリ言って、相手に勝ち目はない。

 全ての黒羽根をほぼ一撃で倒し、挙句彼女たちの攻撃は一切が当たらず、受け流されるか躱される。

 

 

「固有の能力を使ったなら別だが、お前たちがそれをしない限り俺には勝てないよ」

 

 

 襲い掛かる黒羽根を一人づつ無力化していく。

 剣を振られれば、一度目の蹴りで剣を折り、続く二度目の蹴りで相手を吹き飛ばす。

 鎌を振られれば、一旦避けて空振りさせ、相手が二撃目に入る前に腹に掌底を入れて気絶させる。

 

 

 鎖を投げつけられれば、投げられた鎖を掴み無理矢理引き寄せて、相手を地面に叩きつける。

 一瞬で意識を刈り取り、痛みを極力感じさせないようにしているのは、彼なりの優しさなのだろう。

 

 

 ……そして、最後の一人となった黒羽根が掠れる声で結翔に問い掛けた。

 

 

「魔法少女の解放、藍川結翔ほどの魔法少女なら知っている筈だ、その意味を」

 

「…………知ってるよ。だけど、俺はウワサで誰かを犠牲にしてまで、救われたくはない。…それに元々、俺は救いなんて要らない」

 

 

 どこか吐き捨てるように、結翔は苦虫を噛み潰したような声で言った。

 分からない事だらけだった、結翔の事情が、今回の件で余計分からなくなった。

 ……マギウスの翼には、感謝したくてもしたくない。

 

 

 黒羽根を全て倒し終えたあと、私たちは奥へと進んでいく。

 

 

 ──結翔──

 

 薄暗い地下水路の奥へと進むと、大きく開けた場所に到着した。

 大元のウワサがあるかと思って踏み込んだが、そこに居たのは白いローブを被った魔法少女が二人居るだけだ。

 

 

「聞こえてましたよあと1時間ですってね」

 

「聞こえてたねあと1時間だって」

 

「ねー」

 

「だけどウチらには関係ない。ここで足止めさせてもらうから」

 

「そのままご不幸になられて辛酸をお舐めくださいませ」

 

「ねー」

 

「あなたたちの目的のために…ですか…?」

 

「というよりも、マギウスのため、全魔法少女のためにでございます」

 

 

 何とも特徴的な喋り方だ。

 その特徴的な喋り方を使って、俺に素性がバレないかとか考えないのだろうか? 

 いや、バレてもいいと思ってるのか? 

 

 

 何とも言えない複雑な気持ちになっている俺を他所に、鶴乃が白いローブの二人に向けて叫んだ。

 

 

「何が解放かなんてわからないけど、人の不幸の上に成り立つ解放なんてわたしはいらないよ!」

 

「無知な者には理解できる問題ではございません」

 

「静かにウチらがすることを見守ってろって感じだよね」

 

「ねー」

 

「誰が見守るかってんだ。どうせ、こっちの言葉なんざコイツらには通じない。さっさとやっちまおうぜ」

 

「へへっ、オレもそう思ってたところだ時間もないもんな!」

 

「そうだね、先を急ごう」

 

「だね。私たちの時間も余裕がある訳じゃないし」

 

「どうせコソコソ姿を隠すような連中よ。大した相手じゃないわ」

 

 

 …それがそうとも限らないんだよな。

 一人一人は別にそうでも無いが。

 二人揃うと厄介この上ない。

 しかも、この開けた空間は音が良く響く。

 

 

 アイツらの為に用意されたステージと言っても過言じゃない。

 参った、そう言いたくなる気分だ。

 

 

 俺の魔眼と、あの二人の攻撃方法は死ぬ程相性が悪い。

 

 

「あら、姿を晒すことぐらい造作もないことでございます」

 

「ウチらを黒い連中と一緒にして欲しくないよ」

 

「ねー」

 

 

 そう言い終えると、二人は白いローブを脱ぎ捨てる。

 出てきたのは瓜二つの少女。

 同じ茜色の髪を持ち、苺色の瞳を持っている。

 一人は幅広のポニーテールで、もう一人は髪を纏めた根元から分かれているツインテール。

 背丈も殆ど一緒で、唯一違う所があるとすれば、スレンダーな体型かグラマラスな体型かの違いだ。

 

 

 グラマラスな体型で髪を幅広のポニーテールにしているのが、双子の姉である天音(あまね)月夜(つくよ)

 スレンダーな体型で髪を纏めた根元から分かれているツインテールのしているのが、双子の妹である天音月咲(つかさ)

 

 

「マギウスの翼、白羽根。天音月夜にございます」

 

「マギウスの翼、白羽根。天音月咲だよ。どうぞ、ウチの奏でる音色に」

 

「酔いしれてくださいませ」

 

 

 独特な喋りを終えると、二人は同時に笛を持ち構える。

 …急いで警告しないと不味いな。

 

 

「…みんな! ここはアイツらのフィールドだ。気を付けろ!」

 

「流石、結翔様でございます」

 

「でも、ここに来た時点でもう遅いんだよ?」

 

「ウワサに巻き込まれた奴らは走れ!! 奥に行けば勝ちだ!!」

 

 

 演奏を始める前に行かせないと。

 時間の切迫具合から、俺はそう叫んだ。

 すると、ウワサに巻き込まれている四人は走り出す。

 天音姉妹は歯噛みしながらも、俺から目を離さない。

 

 

「行かせていいのかよ?」

 

「結翔様から目を離す方が危険でございます」

 

「それに、ウチらをだけが相手なんて言っないし」

 

『ねー』

 

 

 二人が声をそろえると、黒羽根がぞろぞろと出てくる。

 流石に、二人で空いてする訳ないよな。

 

 

「……やちよさん、鶴乃、まさら。三人は黒羽根の対処を」

 

「二対一よ、なんとかなる訳?」

 

「何とかしますよ。それより、ウワサにあの四人を届けないと」

 

「分かったよ! 結翔!!」

 

「面倒ね…分かったわ」

 

 

 三人をフォローに向かわせて、俺は二人と向かい合う。

 ぶっちゃけ、未来視の魔眼があっても、反響した音を避けるなんて非現実的な無茶だ。

 音を防ぐだけなら耳を塞いでも良いが、そしたら武器が持てないし攻撃もし辛い。

 

 

「さて…どうするかな」

 

「…今だったら、まだ間に合うでございます結翔様」

 

「マギウスの翼に入ろうよ、結翔くんだったらマギウスも歓迎してくれるよ?」

 

「…散々言っといてそれかよ。言っとくけど、お前たちに手を貸すつもりはない。確かに、お前たちは俺が守るべき大切だけど、お前らがやってることは見過ごせない。犠牲の上に成り立つ救いなんてまやかしだ、俺はそんなの望んでない。俺は、俺なりのやり方で、みんなを救うために──みんなを守るために戦ってるんでな」

 

 

 彼女たちの誘いを断り、俺はいつものグロックと西洋剣を魔力で編み構える。

 二人も、俺を勧誘するのは諦めたのか、笛を構え直す。

 静止で一気に決めるか? 

 

 

 いや、黒羽根からの攻撃もあるから、無闇に魔眼を使うのは控えるべきだ。

 暗示の魔眼や心転身の魔眼も、今の状況では意味が無い。

 混乱させることは出来ても、決着を簡単に付けることは不可能だ。

 

 

 そうして、俺が考えている間に、彼女たちの演奏が始まった。

 反響して飛んでくる音は、当たるだけで体を痺れさせ、脳に直接響き渡る。

 音の効果は絶大で、視界が揺れるような錯覚が起き、まともに立っていられないし、思考も上手く纏まらなくなった。

 

 

 フラフラと揺れる体を奮い立たせ、目の前に居る二人の奏者を見すえる。

 避けるのは困難で、デタラメに避けても次の音が来るため防戦一方になるだけ。

 

 

 ……やりたくない手を取るしかない…か。

 グロックを耳と同じ高さまで上げて、左右の耳の高さも平行に合わせる。

 天音姉妹も、俺の作戦に気付いたのか、月咲の方が俺に笛を吹きながら接近してくるが関係ない。

 

 

 引き金はもう──引いた。

 甲高い銃声がその空間に響き渡り、次の瞬間には俺の世界から音が消えた。

 左右の耳を一直線上に持っていき、両耳の鼓膜を同時に貫通させて聴覚を一時的に破壊した。

 

 

 自傷行為による緊急離脱は何度かしてきたが、比較にならない激痛だった。

 耳から流れる血の感触は温かく、ドロドロとした他のナニカも流れ出ている。

 …医者ではないので知らないが、普通こんな事やったら死ぬ。

 魔法少女であり、生と死の魔眼を持っている俺だから出来るのだ。

 

 

 ジンジンと痛む耳に苦しみながらも、近付いてきていた月咲を蹴り飛ばし月夜に当たるように吹き飛ばす。

 吹き飛ばしたら、グロックを発砲して弾丸で二人が持っている笛を弾く。

 …ふぅ、これでようやく武器と言う武器が無くなった。

 新しい笛を魔力で編むよりも、俺の攻撃の方が早い。

 

 

「──────────!!」

 

「────────────!!」

 

 

 うん、何言ってるか分かんないけど、驚いてるのは二人の顔で分かった。

 多分、有り得ないでございますとか、普通そんなこと絶対やらないよ、とか言ってるんだろうなぁ……

 …いや、知らんけど。

 

 

 二人に銃口と剣先を向けながら、更に奥へと続く道の方を見やる。

 グットタイミングと言うべきか、丁度四人が奥へと入っていく瞬間だった。

 

 

 俺は警戒を緩めず、徐々に戻っていく聴覚を感じながら、ウワサと相対するであろう四人にエールを送った。

 頑張れ、と。




 次回もお楽しみに!

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二十五話「未だ見えぬ罪の過去」

 みふゆ「前回までの『無少魔少』。フェリシアさんの寝返りいろはさんが止めたり。マギウスの翼と言う、ウワサの影で暗躍していた組織が分かったりしましたね」

 結翔「いや、出てきていいのかよ?」

 みふゆ「知らないですよ、台本渡されてはいやってって感じでしたから」

 まさら「チィにやらせたあの回よりマシでしょ?」

 こころ「いや、それはそうだけどさぁ……違うんじゃないかな?」

 結翔「まぁ、色々と疑問に思うことはあるけど、楽しんで二十五話をどうぞ!」


 ──こころ──

 

 結翔さんたちに黒羽根たちの対処を任せ、ウワサに巻き込まれている私といろはちゃん、フェリシアちゃんに佐倉さんは、大元のウワサが居るであろう奥へと進んでいた。

 だが、奥へ奥へと進んでも、ウワサの気配は感じない。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「本当にこの奥に居んのかよー?」

 

「それは私にも分からないよ。だけど、居ると思う…。あの人たち、マギウスの翼はうわさを守るって言ってたから…」

 

「これで、いなかったらサイッアクだな」

 

「怖いこと言わないでよ、フェリシアちゃん…」

 

「それは、考えたくないな…」

 

「……………………」

 

 

 私たちが走りながらそう話していると、佐倉さんはどこか不機嫌そうに眉を八の字にしていた。

 何かあったのかな? 

 話し掛けようと思っても、良い言葉は浮かばず、どうするか迷っていた時。

 

 

 辺りの風景が一瞬にして切り替わる。

 一度見た事のある場所であり、魔女の結界とは明らかに違う空間。

 ……奥に大元のウワサが居ると言うのは本当だったらしい。

 

 

 運良く辿り着いたようだ、ウワサの結界に。

 

 

「な、なんだこれ! …どうも、魔女の結界とは違うみたいだな…」

 

「よかった、合ってたよ。フェリシアちゃん、こころちゃん、佐倉さん」

 

「そうか、これがウワサってヤツの結界か」

 

「はい」

 

「久しぶりに見たけど、やっぱり魔女の結界とは雰囲気が違う」

 

「きっとミザリーウォーターのうわさを守るために出てきます」

 

 

 いろはちゃんがそう言った直後、紙がヒラヒラと落ちてくる。

 書いてある時間は『0:30』、残り時間は三十分と言うことだ。

 決して多くはない、ウワサの強さが分からない以上、余裕は余りないと見るべきかもしれない。

 

 

「ちっ、ようやく辿り着いたけど。時間は待っちゃくれないみたいだね。どうしたもんかな…」

 

「急ぐっきゃねーだろ!? 早く行こうぜ!?」

 

「うん、フェリシアちゃん! それじゃ行き、わっ!」

 

「い、いろはちゃんだいじょ、きゃ!」

 

「何、二人して何もないところでこけてんだっ、あっ」

 

「あっはは、さんにんともどんくさいなっ。いって! なんで!? 石落ちてきた!」

 

 

 最初にいろはちゃんが転び、次に駆け寄ろとうとした私が転び、その次に私といろはちゃんに文句を言おうとした佐倉が転び、最後に私たち三人を笑っていたフェリシアちゃんの頭の上に拳大の石が落ちてきた。

 正直言って有り得ないほどの不運──いや不幸だ。

 いろはちゃんや私が転んだだけなら偶然で済ませられるが、三人が転び一人には石が落ちてきた。

 

 

 常識的に有り得ない──なら、非常識的な力が働いているのではないか? 

 

 

「いろはちゃん、これって」

 

「…なぁ、まさかとは思うけどさ」

 

「佐倉さんとこころちゃんも思いました?」

 

「アンタらはどう思う」

 

「…ここの水を私たちが飲んだとしたら…。この結界の中は…」

 

「な、なんだよ。結界の中だから何なんだよ!」

 

「不幸で満ちてるかもってこと…だよね」

 

 

 私がいろはちゃんの言葉に続くように言葉を重ねた。

 言い終えた後に目配せすると、いろはちゃんと佐倉さんは無言で頷いていた。

 どうやら、見解は全員同じらしい。

 ……まぁ、それが分かったとしても、これからどうすれば良いのかなんて、そう簡単に思い付きはしないのだが……

 

 

「オレに落ちてきたのも不幸だってことか!?」

 

 

 フェリシアちゃんが驚いたように叫んだと同時に、うわさをを守るためのウワサが現れた。

 小物だろうが、油断は出来ない。

 見た目は、カラフルなフクロウが腰あたりに、液体の入った桶を装着している感じだ。

 フクロウ印の給水屋を意識してるのだろう。

 

 

「|hoot-オッ∂hoot-オッ∈|」

 

「なっ、使い魔か!?」

 

「違うよこれがうわさを守るウワサだよ」

 

 

 数十匹とはいかないが、十数匹の小物のウワサが現れ、私たちを取り囲む。

 一匹一匹は強くないが、私たちがまともに動けない。

 動けば動くだけ不幸に見舞われる。

 コウモリが顔に当たるは、何かグチャりとした物を踏むは、石が落ちてくるは。

 

 

 攻撃をするのも一苦労。

 私は、両腕の可変型トンファーを近接モードから射撃モードに変形させ、電撃を放つ事でウワサを撃ち落とすが、撃っている途中も不幸が続く。

 銃口部分にコウモリがピンポイントで入ってきて暴発しかけたり、私が撃った電撃の着弾地点に狙ったように石が落ちてきたり、挙句の果てには私の周りにだけ大量にバナナの皮が置かれて足場を失ったりした。

 

 

 正直、今まで戦ってる中で一番辛い戦闘だった。

 全力を出せないのがこれ程までに辛いとは思わなかったし、最悪な事に無駄に時間を使い過ぎた。

 

 

「|hoot-オッ∂√!?!?|」

 

「なんとか、倒せましたね…。フェリシアちゃんのハンマーが落ちてきた時はさすがに焦りましたけど…」

 

「オレのせーじゃねーもん」

 

「…そんな事があったんだ。集中してたから気付けなかったよ、ごめんねフォロー出来なくて」

 

「大丈夫。ウワサの結界のせいだから仕方ないよね…」

 

「どっかで出し抜いてウワサを倒そうと思ったけど。マジで4人で協力しないと共倒れになりそうだな…」

 

「えっ、出し抜くって…。そんな事考えてたんですか!?」

 

「ウワサは魔女とは違うんだろ? 魔女を倒したときみてーにみんな無事とは限らないじゃん」

 

 

 驚くいろはちゃんを他所に、佐倉さんは淡々と理由を言った。

 ウワサに囚われた人たちは、今まで全員無事に解放されてきたけど……

 それが今回も通じるとは限らない。

 一理ある、私は佐倉さんの理由にそう思った……が。

 

 

 今の状況から鑑みるに、出し抜けるなんて甘い現実ではないと分かったらしい。

 

 

「確かにそうかもな!」

 

「だろ? だけど今は、ンなこと考えてたらすぐにタイムリミットさ」

 

「じゃあ…」

 

「あぁ、こうなりゃ誰が助かろうが恨みっこなしだ! 変なこと言っちまって悪かったな」

 

「いえ、急に出し抜くなんて言うからビックリしちゃいました」

 

「でも、佐倉さんの理由は一理あると思いますし、しょうがないですよ」

 

「…それじゃ、4人で倒しましょう!」

 

「制限時間も迫ってるからな」

 

「ドカンとズカンとやっちまおーぜ!」

 

「頑張りましょう!!」

 

 

 四人の結束が固まったのは良い事だ。

 だけど、奥へ行けば行くほど、不幸は濃くなっていく。

 出てくる小物のウワサの妨害もあり、時間は刻々と失われる。

 

 

 緊張感が漂う雰囲気の中、希望はしっかりとそこにあった。

 

 

「おい、あれ見てみろよ! 先にまた、広い場所があるぞ!」

 

「──っ!?」

 

「あの杯…ウワサ…?」

 

 

 少し先にある、先程と同じく開けた場所に、ウワサは居た。

 角杯と言った方が正しいのだろう。

 黄金で作られたであろうそれは、所々色褪せており、よく分からない目玉擬きや、布切れが付けられている。

 中に入っている液体は限界ギリギリと言った状態で、チャプチャプと溢れてきている。

 

 

「…あのウワサから、水が溢れてませんか?」

 

「あぁ…あたしらが飲んだ水だとすると…。どうやら大元のウワサってヤツにたどり着いたみたいだな」

 

「あれをぶっこわしゃいいんだよな!? おっし、オレが一撃でガツンとやってくる!」

 

「フェリシアちゃん! ひとりで行かないで!」

 

「んだよ、あとは壊すだけだろ? …んあ?」

 

「アブねえ!」

「危ない!」

 

 

 フェリシアちゃんの口から間の抜けた声が漏れた刹那、彼女の真上から人一人覆い隠せるほどの石──ではなく岩が落ちてきた。

 間一髪の所で佐倉さんの攻撃が間に合い岩を砕き、私が両腕の可変型トンファーを近接モードにして散らばった岩を弾けたから良いものの……

 気付かなかったらペシャンコになってお陀仏……なんて事も有り得ただろう。

 

 

 ……これ以上、近付かせないと言う意思表示と言った所だろうか? 

 全く持って、迷惑この上ない。

 でも、もしこれが続くなら──どうすればいいんだろう…? 

 

 

「にゃっは! な、なんだよ。今度は岩まで落ちてくんのかよ!」

 

「はぁ…佐倉さんが壊してくれなかったら、フェリシアちゃんぺちゃんこになってた…。こころちゃんもありがとう」

 

「ううん、どうってこと…」

 

「ぐぬぬ、よくもやったな! わっ、わっ!」

 

 

 私が言葉を返そうとした時、怒りに任せたフェリシアが飛び出そうとするが、またしても岩が落ちてきた。

 今度はなんとか自分で壊せたから良かったものの……そう何度もやられたらジリ貧になってしまう。

 

 

「無闇やたらに近づこうとすんな! けど、参ったなこりゃ…」

 

「そうですね…近付こうとすると、岩が落ちてくるみたいです…」

 

「アンタらならなんとかならないか?」

 

「そうですね、あの距離なら十分届きます」

 

「私も、最大まで溜められればなんとか…」

 

「こころちゃん、二人で──」

 

「うん!」

 

 

 溜めて…狙って…撃つ。

 しっかりと手順を確認し、実行に移す。

 近接モードから射撃モードに変形させ、まずは溜める。

 本来なら近接モードでも使わないレベルで、魔力を電気に変換しトンファーにチャージする。

 

 

 限界まで溜めきると、耳障りな警報音が鳴り出す。

 これが合図だ。

 照準なんてないので、着弾地点を慎重に見極める。

 両腕を平行に、腰を落として、敵を見据える。

 

 

 …準備は、整った。

 

 

「いろはちゃん!」

 

「分かった!」

 

『いっけぇ!!』

 

 

 私の電撃と、いろはちゃんの矢は同時に放たれ、確実にウワサに命中した……が、かすり傷の一つすらついていないし、微塵もダメージを与えられたと思えない。

 

 

「う、嘘…」

 

「ぜ、全然効いてない!?」

 

「ありゃあ相当かてぇぞ…。ったくどうしたもんかな…」

 

 

 頭を抱えながら佐倉さんがそう言うと、紙がヒラヒラと落ちてくる。

 書かれている時間は『0:10』、残り時間は十分を切ったらしい。

 不味い……近付こうとしても近付けないし、遠距離からの攻撃も全く効かない。

 こんな時、結翔さんなら──

 

 

 私が必死に打開策を模索していると、紙を見たフェリシアちゃんも焦り始める。

 

 

「わっわっ、どうすんだよ! あと10分もねーぞ!?」

 

「…あたしの槍も伸ばしたら向こうに届くかもしれねえ。今はいろいろ試してみるっきゃないな」

 

「でも、もう時間ねーぞ!?」

 

「文句を垂れたところでどうしようもないだろ? 騒ぐ暇があんならなんか考えな」

 

「ウガー!」

 

 

 フェリシアちゃんも破れかぶれに、持ちうる限りの攻撃を試すが、その大半が届かないし、届いてもビクともしない。

 打開策を模索しながら攻撃を試すが、一向に良い方法は浮かばないし、攻撃は通らない。

 

 

 段々と焦燥感と絶望感が体を支配していく。

 ……どうしたら、良いのかな? 

 聞いても、答えてくれる人なんていやしない。

 けど、結翔さんならこう言う筈だ。

 

 

『最後の一分一秒まで諦めるな。希望は絶望の先にちゃんとある』

 

 

 …きっと、今の絶望的な状況の先に、希望はある。

 だったら、諦められない。

 最後まで足掻き続けなければ…! 

 

 

「そう言えば…あのウワサ何もしてくる気配がありませんね」

 

「こっちがくたばらなくても壊せなきゃ向こうの勝ちだからな。どうしたもんかな。あたしももう、打つ手がねぇ…」

 

「どうすればたどり着けるかな…?」

 

モッキュー!(岩が落ちるより早く行くんだ)

 

「走ってもこけちゃいそう…。パッと向こうにたどり着けたらいいんだけど…」

 

「んな、都合が良い方法なんてないだろ…」

 

「わ、私、思いつきました!」

 

「オレも!」

 

 

 岩が落ちるよりも早く行く。

 チィの考えを参考にするなら、落ちてくる岩を利用すればいいんだ。

 要は、落ちてくる岩を蹴って次の岩に、そしてまた蹴って次の岩に。

 普通なら出来ないって思うけど、私はやれそうな人を知っているし、魔法少女の力があれば出来なくはないと思う。

 

 

「なに、どうするつもり!?」

 

「へへっ、岩が落ちてきてもそれより早く行きゃいいんだよ!」

 

「それは私も思ったけど、そんなことできるの?」

 

「魔法少女の力があれば、落ちてくる岩を蹴って向こうに飛べるかもしれない」

 

「オレ、パワーだけは自信あるからな!」

 

「…できるのかな…?」

 

「いーんじゃね? やらないよりやってみろだ!」

 

「そーだそーだ、やらないよりやってみろ、だぞ!」

 

 

 心配そうにこちらを見やるいろはちゃん。

 博打に近い案だが、これ以上の案は出てこないし、時間も余り余裕はない。

 一か八かの賭けに出るしかないのだ。

 

 

「いろはとこころに赤いねーちゃん! ちゃんと岩、抑えたか!?」

 

「うん! こっちは準備できたよ!」

 

「おう、ちゃんと抑えとけよ!? オレが全力で蹴ったら、ドーンって吹っ飛ばされるかもしんねーぞ?」

 

「三人がかりだし、流石にそうはならないよ。私の固有の能力もあるし」

 

「…だそうだ。これで吹っ飛ばされてたまるかよ」

 

「おっし、それじゃーいくぞ! いっち、にーのぉ…さん! だっ!」

 

「フェリシアちゃん!」

 

 

 先程までの勝気な笑みは消え、痛みに顔を悶えさせている。

 飛ぶのが上手くいかず、顔から行った所為で鼻血さえ出ている。

 やはり無謀も良い所な作戦だったのだろうか? 

 

 

 いいや、悩んでいる暇はない。

 これが成功しなければ、全員揃ってウワサにやられる。

 

 

「顔打った…」

 

「大丈夫!? 鼻血出でるよ…?」

 

「いてぇ…」

 

「…これさ、成功したところで天井とか地面に直撃して、自滅するのがオチなんじゃねーか…?」

 

「……………………うん、そうかも。ひぁ! あぁ、あと5分だよ…!?」

 

 

 ……落ちてきた紙に書かれている時間は『0:05』。

 本気で、時間がなくなってきた。

 

 

「まだ、向こうまで辿り着けてないのに……」

 

「こうなりゃ再チャレンジするしかねえ!」

 

「おう! ほら、もっかいやるぞ!」

 

「もう鼻血、止まったの…?」

 

「ん、首トントンすんのそしたら止まるだろ?」

 

 

 こんな状況でも、フェリシアちゃんは笑っている。

 ……ダメだな、私。

 絶対成功させなきゃって、勝手に思い込んでフェリシアちゃんのこと考えてなかった。

 

 

 落ち着こう。

 落ち着いて、今度はフェリシアちゃんのことも考えて、上手く支えないと。

 

 

「フェリシアちゃんなら出来るよ。頑張って!!」

 

「…おう!」

 

 

 その後、二回…三回…四回とチャレンジし、とうとうチャレンジは十回目に達した。

 いろはちゃんの治癒魔法で傷を治してはチャレンジするのも限界、時間は紙によれば『0:03』で更に限界。

 

 

 だけど、諦めるわけにはいかない! 

 

 

「おっし、これで決めなきゃの10回目!」

 

「いち」

 

「にーの!」

 

「さん!!」

 

「りゃああああ!」

 

「くぅっ!」

 

「ぐぐっ…! 確かにスゲーパワーだな…!」

 

「でも、やりました! 成功しました!!」

 

 

 時間的に最後のチャレンジでもある十回目。

 ようやく成功し、フェリシアちゃん飛んでいく。

 確実に、落ちてくる岩より早く飛べている。

 

 

「おっし、落ちてくるよりこれならはえーぞ! ──っ!?」

 

「…やべぇ、速度が落ちてきた」

 

「簡単には、行かせてくれないよね…フェリシアちゃん!」

 

「危ない! フェリシアちゃん!」

 

 

 あと、私たちに出来るのはサポートだけ。

 スピードが落ちて、追い打ちのように落ちてくる岩に当たる直前、フェリシアちゃんは思い付いたようにニカッと笑い、二段ジャンプの要領で岩を蹴って更に飛んだ。

 

 

「二段ロケットだーーー!」

 

「あいつ、落ちてきた岩を蹴って…」

 

「これなら行けるよ佐倉さん、こころちゃん!」

 

「…あれ? でも、フェリシアちゃんが蹴った岩が……」

 

「こっちに飛んで来やがる!」

 

 

 足場として蹴った岩が、暴走したトラックもビックリの速度で迫ってくる。

 いろはちゃんの矢じゃ、溜めて撃つのは間に合わない。

 私は即座に近接モードにしていた可変型トンファーを構えて、思いきり岩を殴った。

 密着させることで衝撃波と電気を流し、岩を破壊する。

 

 

 奥では、フェリシアちゃんがウワサと戦っていた。

 ハンマーの攻撃は着実にダメージを与えているが……倒せる気配は見えない。

 何度も、何度も、ハンマーを振り下ろして攻撃を繰り返すが、ただへこむだけ。

 

 

 一向に倒せるビジョンが見えない。

 マギアで決めようにも、フェリシアちゃんの魔力は残り少ないし、私たちもギリギリだ。

 

 

 フェリシアちゃんのサポートとして、落ちてくる岩を射撃モードに変形させた可変型トンファーで砕く。

 佐倉さんも槍の棒部分を多節棍のように使い、網を作って岩を受け止めてサポートする。

 

 

 だけど、倒す兆しは見えない。

 

 

「あたしたちはそっちに行けねーんだ! お前がなんとかするしかねーんだよ!」

 

「なんとかって…オレ…オレ! ああ、もう! ズガーン!!」

 

 

 ヤケクソ気味にフェリシアちゃんがハンマー振り回すと、それが当たったウワサが、こちらの方に先程の岩より早いスピードで飛んでくる。

 

 

「さ、杯が飛んでくる!!」

 

「いろは、こころ、そいつを貫け」

 

「もう時間がねえ、一発勝負だ!」

 

 

 迫り来るウワサ。

 私といろはちゃんは残った魔力をありったけ込めて、攻撃を放つ。

 光の矢と電撃が混ざり合い、過去最高の威力となった私といろはちゃん一撃は、飛んでくるウワサを貫き、完璧に破壊した。

 

 

 そして、ウワサが消滅すると結界が解かれ、通った筈の参京院教育学園の校庭端に移動している。

 終わった事に安堵していると、気味の悪い色のくす玉が現れた。

 一瞬、何がなんだか分からなかったが、すぐにくす玉が割れて中から『おめでとう』と書かれた紙が落ちてくる。

 

 

「フェリシアちゃん、こころちゃん、佐倉さん!」

 

「あぁ、あたしのところにも落ちてきたよ。涙なんて描いちゃってよっぽど悔しかったのかもな」

 

「はぁ〜よかったぁ…。不幸にならないで済むってことだよね…」

 

「みたいだね。良かったよぉ…」

 

 

 この紙を見て、私の体から本気で力が抜けていく。

 命のやり取りは、何時になってもなれるものでは無いと、また実感させられた。

 その後は、結翔さんたちと合流出来たけど……何故かまさらと結翔さんを除いた、四人の顔は余り良いものではなかった。

 

 

 天音月夜さんと天音月咲さんの表情が悪いのは分かるけど、何でやちよさんと鶴乃さんの表情が悪かったんだろうか? 

 …私が、その意味を知るのに、余り時間は掛からなかった。

 

 

 何故なら、結翔さんの両耳からは、血とそれ以外のナニカが流れていたからだ。

 

 

 ──結翔──

 

「悪かったな二人とも、今回のうわさも消させてもらった」

 

「マギウスの意向に添えなかった…なんたる失態でございましょう」

 

「こうなったらせめて…」

 

「不穏分子の命だけでもなんとか頂戴しなくては…」

 

「ねぇー…………」

 

「止めとけよ。勝てない試合はするもんじゃないぞ」

 

 

 俺がそう言って、彼女たちを諌めると。

 それに続く形で、聞き慣れた声が耳に響いた。

 ……出来るなら、こんな形で聞きたくない声だったのに。

 

 

「そうよ、今回はおとなしく退きましょう」

 

「──っ!?」

 

「この声…」

 

「久しぶりね、やっちゃん、結翔君」

 

「みふゆ…?」

「みふゆさん…」

 

 

 同じ人の名前を、違う声の俺とやちよさんが同時に呼んだ。

 何となく分かっている。

 この場所に、この時間に現れたこの人がどう言う立場に今居るのか。

 聞きたいことが山ほどあった。

 

 

 今までどこに居たのか? 

 今まで何をしていたのか? 

 何故連絡の一つもくれなかったのか? 

 

 

 だけど、俺が何かを言う前に、鶴乃が嬉しさの爆発により飛び付いた。

 

 

「み、みふゆだーーーー! どこ行ってたの!? やちよとすごく探したんだよ!? だーー!」

 

「わっぷ…! 鶴乃さん、飛び付かないでください…」

 

「今日はみふゆの帰還記念祝賀パーティーだね」

 

「帰還…ですか…」

 

「そう! おかえりだよ! 万々歳でお祝いしようよ!」

 

「残念ですがそれはできません」

 

「ほ? 何で?」

 

 

 顔をきょとんとさせている鶴乃。

 …頭が回るアイツなら、どれだけ嬉しくても今の言葉で気づく筈だ。

 いや、最初から薄々気付いているんじゃないか? 

 信じたくなくて、信じられなくて、惚けているんじゃないか? 

 

 

 そう思ってしまう。

 みふゆさんは、物悲しそうな表情で、鶴乃に告げる。

 

 

「ワタシはね、鶴乃さんたちのところに、もう戻れないんです…」

 

「そんな冗談やめなよー」

 

「鶴乃さんなら気づいてるんでしょ? このタイミングで現れたんだから」

 

「…でも、違うよね」

 

 

 縋るような声だった。

 否定して欲しいと、必死にみふゆさんに抱きついている。

 幼い子供のように見えた。

 今だけは、鶴乃の笑顔の仮面は剥がれかけている。

 

 

 悲痛そうに顔を歪めながら、抱きつかれているみふゆさんは、静かに真実を話す。

 

 

「いえ、想像の通りです。ワタシはマギウスの翼です」

 

「えあ、お…敵なの…?」

 

「あなたたちがうわさを消すなら…ワタシは鶴乃さんの敵です」

 

「ウ、ウソだぁ…。やちよぉー…結翔ぉー…」

 

「……………………」

 

「…私だって、ウソだと思いたいわよ…。あなた、本物のみふゆなの…?」

 

 

 俺は、何も言わずに、ただみふゆさんを見つめた。

 居なくなったあの頃から、あまり変わっていない姿をただ見つめていた。

 涙目の鶴乃とやちよさんは、まだ信じ切れてないらしい。

 

 

 いや、それが普通か…。

 俺が淡白すぎるのかな? 

 だって、しょうがないだろ。

 割り切らなきゃいけない、割り切って戦わなきゃいけない。

 そうしないと守れないものがあるから、戦わないと守れないから。

 

 

 心の弁明は誰にも届かない、だから、みふゆさん口が動くのは必然だった。

 

 

「…口寄せ神社に行ったそうですね。わざわざ、ワタシを探しに…。そこで、偽物のワタシにあったんですよね。嬉しいです。それだけ真剣に探してくれて、親友としての冥利に尽きます。…結翔君も、ワタシが居なくなった当時、寝る間も惜しんで探してくれたんですよね。…人伝ですが、聞いてますよ」

 

「何が親友冥利に尽きるよ…。どうせあなたも…本当は偽物なんでしょう…?」

 

「………………」

 

「………………。ここはうわさの中じゃありません…。本物以外が現れるなんてことは決してありません…」

 

「…こんな形で。こんな形で再開したくなかった! でも、今からでも遅くないわ戻ってきなさい、みふゆ!」

 

 

 見たくないんだ。

 今すぐにでも、この場から逃げ出したい。

 臆病な俺は、この現実を耐えられない。

 

 

 現在の惨状の殆どは、俺の所為だ。

 俺が二人の幼馴染みの弱さに気付けなかったからこうなった。

 俺が笑顔の仮面を重ねた少女の強さだけを見て、仮面の下にある弱さに気付けなかったからこうなった。

 

 

 耳を塞ぎたいけど、塞げない。

 もう一度撃ち抜いてやろうかとも思ったが、こころちゃんが居る手前それも出来ない。

 生殺しにされている気分だ。

 

 

「無理です…。今のワタシにはマギウスの翼での役割があります。マギウスと彼女たちについてくる魔法少女を結ぶという役割が…」

 

「彼女たちが言ってることなんてまやかしかもしれないわよ…?」

 

「それでも縋りたいんです」

 

「解放に?」

 

「そう、解放に…」

 

「魔法少女としての覚悟は前から決めていた筈でしょ!」

 

「それは今となってはやっちゃんだけなんです!」

 

「──っ!?」

 

「これ以上、追求しないでください。ワタシは揺るぎません…なんと言われようと、決して…」

 

「あなたが人を傷つけてまで救われようとするだなんて…。1年前の…あの出来事のせい…?」

 

「それも()()ですね…。やっちゃんを変えてしまったように…」

 

 

 脳裏に焼き付いて離れない過去が、一瞬だけ見えた。

 切っても切れない、俺の罪が見つかった日で、人生最悪の日。

 二度目の絶望を味わった日。

 

 

「でも、私はあなたのようにはならなかった。結翔だってそうよ」

 

「それは、元の人間性の問題です。ワタシは何がなんでも救われたいと思ってしまった──救いたいと思ってしまった。そうなる素質があった。親友のあなたなら分かると思います」

 

「…目を覚まさせてあげるわ!」

 

 

 魔法少女に変身したままのやちよさんが槍を構えるけど、俺はそっとやちよさんの肩に手を置いてそれを止めた。

 意味がない。

 力づくでどうこうなる問題ではない。

 …俺は、それを知っている。

 

 

「みふゆさん、少しだけ言わなきゃいけない事があります。良いですよね?」

 

「…えぇ、どうぞ」

 

「今後、あなたが俺の前にマギウスの翼の一人として現れたら、あなたは俺の敵だ。これだけは憶えておいてください」

 

「そう…ですね」

 

 

 あぁ、もう。

 何で? 何でなんだ? 

 なんで、俺の時の方が悲しそうな顔をするんだ? 

 止めてくれよ。

 頼むから、悲しいって思わないでくれよ。

 

 

 今すぐにでも、助けたいって思ってしまうじゃないか。

 

 

「…あなたがそっちに行ったのは、俺の所為でもあるんですかね?」

 

「かも…しれませんね」

 

「…分かりました。じゃあ、これも序に憶えておいてください」

 

「…………なんです?」

 

「苦しくて、辛くて、怖くて、どうしようもなくなったら。絶対に『助けて』って言ってください。聞き逃しませんから、絶対に言ってくださいね? 一人で──死なないでくださいね? 言ってくれたら、あなたがどこにいても、助けに行ってみせますから」

 

「本当に…あなたと言う人は…いつも──」

 

 

 小さく呟く彼女の声は聞こえない──聞こえないふりをした。

 何となく、彼女が次に言う言葉分かっていたから。

 

 

「…結翔君、ワタシはあたなの在り方を認めません。自分がどれだけ傷付いても、誰かを助ける──誰かを救う、そんな在り方を認めません。認められません。ワタシは救われたい…だけじゃない。あなたを救いたいから、こちらに来たんです。その力がなければ、あなたは傷つかなくて済みますよね?」

 

「…………どうでしょう」

 

「ヒーローです、あなたの在り方は確かにヒーローです。ワタシも、あなたをヒーローだと思ってます。だけど、その在り方はきっと、今後あなたを苦しめる。誓いや約束はあなたを縛り、いずれ殺すでしょう。……そんなの、ワタシは見過ごせません。猛毒です、治療不可能な病です、あなたの在り方はそう言うものです。だから、ワタシが救います」

 

「救う──ですか。……俺は、一度たりとも救われたいなんて思った事ないですよ」

 

 

 魔法少女としての変身は既に解いている。

 振り返らずに、俺はその場を去った。

 きっと何も起こらない、きっと何も起こせない。

 奇跡なんて、起きやしない。

 

 

 俺は、それを誰よりも知っている。

 

 

 その後の話は、いろはちゃんに電話で聞いた事だが、何でもフェリシアといろはちゃんはやちよさんの家であり下宿屋でもあった、みかづき荘に住むことになったらしい。

 明日にでも、フェリシアに貸していたアパートの契約を、解除しなきゃいけないな。

 

 

 それと、いろはちゃんたちはうわさを消しながら、マギウスの翼との接触を図るらしい。

 俺も、ウワサは見過ごせないから手伝う事になりそうだ。

 

 

 ……まだまだ、俺の忙しい非日常は続く。

 

 

 ──まさら──

 

 家に帰っている途中の、結翔は明らかに変だった。

 カラカラと作り笑いをしているし、陽気な声で私とこころの言葉に返している。

 

 

 異常だ。

 無感動だと言われた事のある私でも、結翔の異常性は分かった。

 

 

「…ねぇ、結翔? 今のあなたは苦しいの? 辛いの? 怖いの? 私には分からないから、ちゃんと教えて」

 

「さぁな。そのどれかかもしれないし、全部かもしれないし、はたまた違うやつかもしれない。……本当に、どうなんだろうな?」

 

「質問を質問で返さないで。…おちゃらけてる余裕があるの? それとも、そんな風に仮面がないと喋れない程、苦痛なの?」

 

「……結翔さん、私も知りたいです。私たち…その…家族なんですから、色々な事を共有しないと」

 

 

 結翔は私とこころの両方を見て、諦めたように笑った。

 その笑みは作り物じゃないと、すぐに分かって。

 ますます意味が分からなくなった。

 

 

「どんなに苦しくても、どんなに辛くても、ヒーローは──」

 

「戦わなくちゃいけない…でしょ?」

 

「そうだ。だから、気にするな。理由になってないけど、気にしなくていい。これは、俺自身が解決しなきゃいけない問題だ。……もしも、本当に困った時は言うさ」

 

「…信じてますよ」

 

 

 どこか暗い雰囲気は、家に着く頃にはなくなり。

 いつも通りの、柔らかくて温かい空気が私を包み込んだ。

 

 

 初めて、今がずっと続けばいいと思った。




 次回もお楽しみに!

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 アンケートの短編は、仮面ライダー龍騎をリスペクトした作品になる予定です。(一応、ネタバレ含んだ前日譚みたいな感じでもある)


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幕間「嘘にまみれていたとしても」

 今回のヒロインは、私的にヤンデレ気質やメンヘラ気質がある、あの子です!


 ──結翔──

 

 事件と言うのは、その全てが唐突に起きるものだ。

 窃盗も、殺人も、強盗も、詐欺も、なにもかも。

 犯人だけが、いつ、どこで、何をするか知っている。

 

 

 だから、被害者は何も出来ない。

 脅迫状や犯行予告でも送られない限り、自分が明日死ぬなんて分からないし、分かるわけがない。

 

 

 ……だから、これは俺の無謀な迷走だった。

 

 

 一週間前、電話越しのやちよさんから言われた言葉を、俺は最初理解出来なかった──いや、理解したくなかった。

 

 

『みふゆが……居なくなった』

 

 

 たった一言。

 その、たった一言を、俺は理解するのに時間を要した。

 一分だったか、五分だっから、はたまた一時間だったか? 

 正確な時間など憶えてない、けど時間を要した事だけは憶えている。

 

 

 理解したあとは、すぐさま行動に移る。

 コネと言うコネを使いまくり、彼女を──梓みふゆという女性を探す。

 先ずは、東のテリトリーを纏める十七夜さんと、南のテリトリーを纏める(みやこ)ひなのさんに連絡を取り、テリトリー内で見掛けたら、連絡を入れてもらうようお願いした。

 

 

 次に、組織の事務所に行き、咲良さんにお願いして、街中のカメラの映像を見せてもらえるようにした。

 

 

 それ以外にも、手段は尽くせる限り尽くした。

 

 

 一日の流れとして、早朝から学校に行く時間まで聞き込みをして、学校が終わったら聞き込みを再開し、深夜になるまでそれを続ける。

 深夜になったら、事務所に行きその日一日のカメラの映像を確認。

 

 

 魔法少女としての力と、超人としての力をフルに使って探す。

 でも、一週間掛けても見つからない。

 

 

 一睡もしてない所為で、意識はハッキリしてない。

 酷い時は電柱や看板を人に見間違える。

 

 

 寝れる時間はあるにはあった。

 だけど、最悪の事を想像したら寝る事なんて出来なかった。

 

 

 無駄な時間は一分一秒作らず、探し続ける。

 薄々、気付いていた。

 

 

 探すなんて、無謀な事だと。

 もし、みふゆさんが自分から居なくなって、全力で逃げる事に──隠れる事に徹してるなら、俺たちには到底見つけられっこない。

 幾ら魔眼があっても、見通すことは出来ない。

 

 

 何故なら、彼女の魔法少女としての固有の能力は幻覚。

 やろうと思えば、カメラに映る姿さえも誤魔化せる。

 魔眼の特性を知っているみふゆさんなら、俺に見つからないようにする事なんて、難しくない筈。

 

 

 考えれば考える程、無茶だと、無謀だと、現実を突きつけられる。

 けど、諦めるなんて出来ないし──したくない。

 喪失、それを二度だ──二度も味わった、三度目なんて真っ平だ。

 あんなに苦しいのは、あんなに辛いのは、あんなに悲しいのは、もう味わいたくない。

 

 

 その思いを胸に、夕暮れ時の街を歩く。

 限界に近付く体にムチを打ち、聞き込みを続ける。

 スマホに入った写真を見せて、知らないか聞いて、それで終わり。

 単純なフローチャート(手順)だ。

 

 

 だがしかし、俺の体はとっくに限界など超えていたらしい。

 ふとした拍子に、段差も何もない場所で転んで、頭から地面に突っ込もうとした。

 ぶつかる、反射的に目を瞑ったが、数秒経っても痛みは訪れず。

 何故か、顔全体が柔らかい感触に包まれた。

 

 

 何が起きたか分からぬまま、顔を上げると、そこには白髪ロングの女性が穏やかに微笑んでいた。

 理解した、自分の顔を包んでいた柔らかい感触が何かを。

 

 

 急いで体を離し、その女性に謝った。

 

 

「す、すいませんでした!! その、えっと、あ…あの……」

 

「大丈夫ですよ。気にしてませんから。……それにしても、酷い隈ですね? しっかり寝てますか?」

 

「ちょっと…色々あって最近寝不足で」

 

 

 優しそうな殿茶色の瞳や、パッと見で目を引く白髪、それに加えてモデル顔負けのスタイル。

 一瞬、みふゆさんかと思ったが違う。

 と言うより、俺は彼女を()()()()()()()()()()()()

 

 

 時間が惜しかったので、申し訳ないが先を急ごうとした途端、俺の制服の袖を彼女が掴んだ。

 

 

「あんまり無茶すると体に障ります。あそこのファミレスで、少しゆっくりしませんか?」

 

「……分かりました」

 

 

 断ろうと思ったのに、彼女の言葉に俺は逆らえなかった。

 実際、彼女の言う通り、これ以上の無理や無茶は体に障る。

 ……ももこや鶴乃にも大分心配を掛けているし、ゆっくりするのは悪くない。

 

 

 流れるようにファミレスに入店し、席に着く。

 それにしても、変な人だと思った。

 あくまで俺と彼女は他人だ。

 なのに、幾ら俺みたいなガキが酷い隈を付けて、目も充血させて、挙句の果てにフラフラと歩いて転けそうになったからって、ファミレスなんかに誘うか? 

 

 

 ……いや、俺なら誘うな。

 心配だし、見ていて怖いもん。

 …この人も、そんな感じなのかな? 

 

 

「あの、お姉さん? なんで俺を誘ったの?」

 

「あなた、鏡を見た方がいいですよ。不健康まっしぐら見たいな顔付きですから。そんな子を放っておけませんよ」

 

「…………そうですか、ありがとうございます」

 

「色々あってと言っていましたが、何かあったんですか? この際ですから、相談くらい乗りますよ? 年長者ですから!」

 

 

 少しだけ胸を張って、彼女はそう言った。

 重なる、みふゆさんだとは思えないのに、不思議なくらい重なる。

 鶴乃とは違う形で姉ぶろうとする所が、酷く重なった。

 甘えてくるのに、本当に凄く弱いのに、頼られようとする所が──本当に酷く重なる。

 

 

 だから、俺は言ってしまった。

 言えない部分は伏せたり誤魔化したりしたが、言える限りの全てを口にした。

 彼女の事を、何も知らないまま。

 

 

 ──みふゆ──

 

 夕暮れ時の街を、ワタシは魔法を使って変装しながら歩いていた。

 幻覚の魔法は便利だ。

 やろうと思えば、カメラに映る自分さえ消せるのだから。

 

 

 結翔君は、きっと色々な手段でワタシを探すから、こうでもしないと隠れられない。

 バレたら、彼はワタシを止めようとする。

 引き戻そうとしてくる、優しく温かい言葉で、ワタシを引き戻そうとしてくる。

 

 

 だけど、ワタシはもう戻れない。

 傲慢だけど、ワタシは一人の女性としての幸せが欲しいのだ。

 だから、魔法少女の呪縛から解放されたい。

 

 

 たとえ、その所為で大切な人の敵になるとしても……

 全て解放されれば、苦労は報われるのだから。

 

 

 我慢しよう、そう思った。

 会いたい、会いたい、会いたい。

 あの背中に寄り掛かりたい。

 幼馴染みの背中に寄り掛かりたい、ワタシのヒーローの背中に寄り掛かりたい。

 

 

 彼女に解散だなんて、言って欲しくなかった。

 人は変わってしまう生き物だとしても、変わらないままでいて欲しかった。

 

 

 彼に出て行くだなんて、言って欲しくなかった。

 ヒーローと言う在り方が全てを背負っていくものだとしても、ずっと傍で笑っていて欲しかった。

 

 

 ワタシは罪深い。

 傲慢で、強欲で、嫉妬深い。

 最低だ、死んでいった仲間にさえ嫉妬している。

 彼の心に永遠に刻まれる傷になった事に、彼の忘れられない人になった事に、嫉妬していた。

 

 

 だから、ボロボロになってワタシを探す彼を見つけて、こう思ったのだ。

 嬉しい…と。

 だけど、同時にこうも思ったのだ。

 苦しい…と。

 

 

 生き地獄、彼の在り方はきっとそれだ。

 損し続ける、苦しみ続ける。

 自分を犠牲にして、誰かを助け続けるのは──誰かを救い続けるのは、生き地獄そのものだ。

 

 

 この瞬間、ワタシの中に解放を求める理由が一つ増えた。

 彼を──結翔君を救いたい…と。

 

 

 転びそうになった彼を、ワタシはそっと抱き支えた。

 温かい、だけど冷たい。

 ボロボロになった彼は凄く冷たかった。

 

 

 酷い隈に充血した瞳、青白いを通り越して真っ白に到達する寸前の顔。

 幻覚の魔法を使い、彼を半強制的に休ませた。

 それと、ワタシを梓みふゆだと思わせないようにもした。

 

 

 ファミレスに入り少し話すと、彼はワタシに気を許したのか自分から話し始める。

 魔法少女の事は伏せていたが、ワタシを探しているということを。

 

 

「すっごくお世話になった先輩なんです。色々と教えて貰って、家族みたいに接してくれた優しくて温かい…そんな先輩なんです。その人が突然居なくなっちゃって、一週間前から時間を見つけては探してるんです」

 

「時間を見つけては…ですか。どう見ても、時間を削ってはの間違いでしょう?」

 

「うっ……それは…その…。まぁ、そうです。…心配で、最悪の場合を考えたら、気が気じゃなくて。とても眠れないんです。…だから、寝る間も使って探してます」

 

 

 ──そこまで、大切に思ってくれているんですね、ワタシのこと。

 今すぐにでも、抱き締めたかった。

 ワタシはここに居ると、言いたかった。

 

 

 けど、そんな事言えない、言える訳がない。

 だけど、ワタシは強欲だから、こう返した。

 

 

「大切に思っているんですね、その先輩のこと」

 

「…………はい。大切な人です。絶対に替えがきかない、大切な人です」

 

「………………羨ましいですね、同じ女性として。あなたのように一生懸命探してくれる人は、本当に──羨ましいです」

 

 

 笑いながら、結翔君にそう言った。

 そう言うと、彼は照れを隠すように頬を掻いた後、眠そうに目を擦った。

 

 

 愛おしい、素直にそう思って、優しく頭を撫でる。

 他人からやられたそれは、普通気持ち悪い筈なのに、彼は手を跳ね除けようとはしない。

 それが無性に嬉しかった。

 

 

 先程の言葉も合わせれば、ワタシは天にも登る気持ちだったのだ。

 我を忘れないように、ワタシは彼の頭を撫で続けた。

 数分もしない内に、彼は眠りに着いた。

 

 

「……………………」

 

「…良い夢を、見て下さいね」

 

 

 手提げの小さな赤い鞄から、ワタシはボールペンを取りだし、紙ナプキンにメモ書きをする。

 

 

『押してダメなら引いてみろ、です。もしかしたら、ひょっこり帰ってくるかもしれません。焦らずゆっくり探すのがいいと思います』

 

 

 それだけ書くと、ワタシは席を立ち、二人分のお会計を済ませる。

 ドリンクバーを頼んだが、最初の一杯以外飲まなかったので意味はなかったようだ。

 でも、まぁ……奢れたのだから良しとしよう。

 

 

 ワタシは最低最悪な優しい嘘を吐いて、ファミレスを出た。

 太陽はまだ仕事を終えてないようで、執拗にワタシを照らす。

 まるで、今すぐにでも戻れと言わんばかりに。

 

 

 無言の太陽の圧を無視し、ワタシは街を歩く。

 また、大切な人たちと笑い合える日を願って。

 




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二十六話「藍川結翔は勇者ではない」

 さな「前回までの『無少魔少』。ウワサを消し去った結翔さんたちの前に現れたのは、昔の仲間である梓みふゆさん。最悪な事に、結翔さんたちはみふゆさんがマギウスの翼の一人だということを知ってしまう」

 結翔「良い感じ、良い感じ。さっすが、さなは出来る子だな」

 さな「そう、でしょうか?」

 まさら&こころ「………………(私たちヒロインなのに空気だ)」

 みたま&ももこ「………………(私たち今回も出番ないなぁ)」

 鶴乃「……大丈夫かな、これ?」

 みふゆ「さ、さぁ、私にはなんとも…」

 結翔「色々とディレクターズカット版見たいだけど、二十六話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

『……分かりました、お忙しいところすいません』

 

『いやいや、俺も手伝えなくてごめんね。何かあったらもう一回かけて、その時には行けるよう頑張るから』

 

 

 そう言って、俺は電話を切った。

 電話の相手はいろはちゃん。

 なんでも、マギウスの翼が深く関わってるうわさを見つけたらしい。

 

 

 最初は、電波少女の噂を調べてて、その後に行き着いたのがひとりぼっちの最果て、最後に名無しの人工知能のうわさ。

 追っている間に、見滝原から知り合いを探しに来た魔法少女に会ったり、天音姉妹の一人である月夜から色々と聞き出したりした、と言っていた。

 

 

 うわさの内容は……

 

 

 ──────────────────────

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 名無しさんのそのウワサ

 

 昔は人に囲まれて

 成長してきた名無しさん

 それは人が作った人工知能で

 何でも覚える大天才!

 

 だけど悪い言葉を覚えてしまって

 人に恐がられるようになっちゃうと

 デジタルの世界で隔離されて

 ひとりぼっちの寂しい毎日

 

 それから寂しい子を見つけては

 電波塔から飛び降りさせて

 “ひとりぼっちの最果て”に

 監禁するようになっちゃった!

 

 いつかは手放してくれるけど

 絶対にひとりは手放さないって

 中央区の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 スターンダローン!

 

 

 ──────────────────────

 

 うわさを調べている身として、俺も知らないうわさだった事に驚いた。

 そして、そのうわさを現実にするウワサがいろはちゃんにコンタクトを取り、自分を消して欲しいと言っていたと言う事にも驚いた。

 

 

 名無しの人工知能のうわさに辿り着けたのも、ウワサ自信が道案内をしてくれたかららしい。

 一連の流れとして、驚く事は多々あったが、一番驚いたのは今囚われている──監禁されている少女が二葉(ふたば)さなだと言う事だ。

 

 

 しかも、昔聞いた電波少女の噂は今にも泣き出しそうな悲痛な声で『助けて』と求めていたが、今の声は違い笑い声。

 

 

 詳しく教えてもらった俺に、いろはちゃんは協力して欲しかったようだが俺は──断った。

 忙しくて手を離せそうにないと言って、断った。

 

 

 本当は嘘だ。

 今は家で、最近倒した小物のうわさの報告書を書いている。

 急行すれば間に合うし、忙しくもなんでもない。

 ぶっちゃけるなら、あと少しで終わるところだったので、暇になるくらいだ。

 

 

「……今更、どんな顔で会えばいいんだよ」

 

 

 さなは、俺が昔救えなかった少女。

 両側で纏めたウェーブのかかったモスグリーンの髪と、深緑色の瞳が特徴。

 彼女は、母親の再婚によって、家庭環境が異常な程悪くなり家ての居場所が無くなり、学校でも周りから浮いて存在感が希薄になり誰にも相手にされない。

 

 

 最終的には、魔法少女になった時の『透明になりたい』と言う願いで、誰からも見えない存在になってしまった。

 ……同じ、魔法少女以外から。

 

 

 出会った時期は、俺がチームを抜けた後で、まだまさらたちとチームを組む少し前。

 半年…とは行かないが数ヶ月前だ。

 

 

 さなの事情を知った俺は、どうにも放っておくことが出来ず、彼女に寄り添った。

 最初は心を開いてくれなかったが、俺が距離を詰めようと下の名前で呼んだ途端、反応が変わり心を徐々に開いてくれるようになった。

 

 

 二、三週間ほど、出来るだけ彼女の傍に居るよう努め、唯一の居場所になれるよう頑張ったつもりだ。

 お陰で、完全に打ち解けて笑ってくれるようになり、自分の事も少しづつ話してくれるようになった。

 

 

 親友、とはいかないが友人と言っても差し支えない間柄になれたと思っている。

 だけど、この関係はさなの一言によって崩壊した。

 

 

『ずっと…あなたの傍に、居ていいですか?』

 

 

 さなに、そう言う想いが無いのは、俺自身が一番知っていた筈なのに。

 ただ、自分の存在を認めてくれる、自分を必要としてくれる、自分の名前を呼んでくれる、そんな友達の傍に居たかったから出た言葉だと、その時の俺は気付けなかった。

 

 

 だって、それは当時の俺にとってトラウマだったから。

 あの時のメルと、一語一句違えず同じ言葉だったから。

 逃げ出したのだ、彼女から──双葉さなから。

 

 

「…断って良かったんですか? ウワサ退治の件」

 

「俺が行っても、少し遅いよ。もう始まっちゃうだろうしね」

 

 

 そんな事はない。

 いろはちゃんは、待つと言ってくれたし、それなりの猶予があったから連絡してきたのだ。

 始める直前に電話するなんて、有り得やしない。

 

 

 

「…私の…私の勝手な勘ぐりかもしれないですけど、結翔さんはきっと後悔しますよ」

 

「それは…………そうかもね」

 

 

 こころちゃんは、心配そうに眉を八の字にしながらそう言った。

 勘が良いのも、本当に困りものだ。

 こう言う時、俺は彼女たちに嘘が付けない。

 付けたとしても、それはすぐバレるような幼稚な嘘だ。

 とても、真実を隠し通せるようなものじゃない。

 

 

 勇気を持てれば、一歩踏み出せるのに。

 自分だけの力じゃ、俺は勇気を持てない。

 いや、今の自分になった時点で勇気なんて持てる筈がなかったのだ。

 殆ど強迫観念で人助けをしている、今の自分になった時点で。

 

 

 助けたい気持ちも、救いたい気持ちも、ここにあるのに。

 それを後押しするのは、いつも『後悔』と言う名の強迫観念。

 

 

 ……吐き出すように、断った理由と今回のうわさについて話した。

 すると、彼女はこう言ったのだ。

 

 

「行けば良いじゃないですか、後先なんて考えず。それが、ヒーローってものなんじゃないですか?」

 

「……………………」

 

「私も、まさらも手伝いますから。一緒に行きましょうよ?」

 

「…ありがとね。すぐ、出る準備しよっか」

 

 

 後先考えず…か。

 まんま、昔の俺みたいだ。

 今を精一杯生きて守ろうとしていた、昔の俺の考え。

 もっとも、それは今でも変わってない。

 

 

 少しだけ、変わった事があるなら、今だけじゃなくて未来の事も考えるようになった。

 まぁ、俺は変わるかもしれない未来に怯えているだけだが……

 

 

「……覚悟は、決めないとな」

 

 

 拳を握り、剣を取り、銃の引き金に指をかける。

 そんな覚悟を、もう一度決めなくてはいけない。

 例え、相手が大切な人だったとしても……守る為に、戦わなければいけない。

 ……それが、ヒーローなのだから。

 

 

 ──さな──

 

 ひとりぼっちになった原因を聞かれたら、私は自分の所為だと答える。

 全部全部、自分の所為。

 

 

 私がダメだから。

 私がバカで何もできないから。

 私は迷惑を掛けるだけ、邪魔なだけの存在なんだと思った。

 

 

 誰にも会いたくなくなって、誰にも見つけられたくなくて、私は透明になることを願った。

 なのに、彼は──結翔さんは私を見つけた。

 

 

 公園で体育座りで蹲っている私に、彼は声を掛けた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 たった一言、たった一言だった。

 見知らぬ私に、彼はそう一言声を掛けた。

 そんな事する意味なんてないし、そもそも私の事なんて見えてない筈なのに。

 

 

 そう考えた私は、何も答えなかった。

 今思えば、私は怖かったのだ。

 だって、誰かに私を知ってもらう程、失望される気がしたから。

 

 

 親しくなればなる程、私を知れば知る程。

 私のダメさ加減を、バカさ加減を知ることになる。

 本当に何もできない人だと、知られることになるのだ。

 

 

 そうやって、ずっと蹲っている私を見て、彼は何を思ったのか、頭を撫で始めた。

 戸惑った。

 久しぶりの事だったから、余計に戸惑って私は顔を上げる。

 その時、ようやく彼と目が合った。

 

 

 赤褐色の瞳は輝いていて、吸い込まれるように見つめ続けた。

 すると、結翔さんはカラカラと笑って言った。

 

 

「見つめられると照れるなぁ〜」

 

「え…あ……その、そう言う訳じゃ──」

 

「知ってるよ。…中々反応してくれなかったから、そのお返しってやつ」

 

「ひ…酷い…です!」

 

「ごめんって。…でも、体の方に問題はなさそうで良かったよ。顔色もそこまで悪くないし」

 

 

 不思議な人。

 初対面の感想はそれだ。

 でも、会う回数を重ねる度に、私の彼へ向ける目は変わっていった。

 

 

 優しい人で、強い人。

 私とは違う、対極の場所に居る人だと思った。

 なのに、彼は酷い話も嫌な顔一つせず、親身になって聞いてくれる。

 

 

 まるで、本当の兄が出来たような感覚で、本当の友人が出来たような感覚で、凄く凄く嬉しかった。

 ずっと傍に居たい、そう思えた。

 

 

 だからだろうか…私は言葉にして伝えないとと思ったのだ。

 いつもしてなかったから、するようにすれば一緒に居られると、そう思った。

 だけど、それは間違いで、彼を傷付けた。

 

 

「ずっと…あなたの傍に、居ていいですか?」

 

「あ……あぁ……えっと……その…」

 

 

 苦しそうな顔で、彼は喉を詰まらかのように途切れ途切れの声を出す。

 結局、結翔さんは「ごめん」そう一言残して去って行った。

 ……ずっと謝りたかったけど、謝る事は叶わず。

 

 

 本当の自暴自棄になった私は、ひとりぼっちの最果て訪れた。

 私に相応しい場所だと思ったから。

 そこで、私はウワサと出会う。

 

 

 名無しの人工知能のうわさ、それを現実にするウワサ。

 怖い言葉を散々言われたが、自暴自棄になっていた私にその言葉は意味がなくて、ただただ私は自分のネガティブさ加減を吐露し続けた。

 その内に、私は名無しの人工知能であるウワサに名前を付けた。

 Aiだからアイ、アイちゃん。

 

 

 名付けられたあと、次第にアイちゃんに優しさが芽生え、私を励ましてくれるようになった。

 彼と居た時間以上の時を過ごす内に、アイちゃんは私にこう言うようになった。

 

 

「>さなは、帰らなくていいんですか?」

 

「>もし、あたなを必要としてくれる人が、ここまで来たらどうしますか?」

 

 

 前者は心配から来た言葉、後者も私の吐露したある言葉を心配したが故に出た言葉。

 

 

「もう、居場所なんてないから。私が無くしちゃったから」

 

「……本当に来てくれたら、私はもう一度誰かを信用できるかも」

 

 

 二つの回答を聞いたアイちゃんは、私の知らない内に外とコネクションを取って、ある人を連れてきた。

 

 

「アイちゃん、この人たち…誰?」

 

 

 名前は環いろは…さんと言うらしい。

 他にも、二人見知らぬ魔法少女がウワサの結界の中に居る。

 環いろはさんと同じく桃色の髪をした人と、黒い髪を三つ編みにしたメガネの子。

 

 

 私と同じ魔法少女で、私が見える人。

 でも、ここに来る魔法少女はマギウスの翼と言われる人達だけだ。

 他の魔法少女が来る事は難しい。

 

 

 最初、何も知らなかった私は疑った。

 何故なら、マギウスの翼はアイちゃんのうわさの中で、魔女を育てているような人たちだ。

 

 

「みんなもマギウスの翼…?」

 

「ううん、違うよ。私たちは普通の魔法少女」

 

「…じゃあ、何をしに来たの?」

 

「私ね、さなちゃんを迎えに来たんだ」

 

「私を、迎えに…?」

 

 

 その言葉に、私は困惑した。

 困惑し戸惑った私は、震える瞳でアイちゃんの方を向く。

 アイちゃんは、電子の体にノイズを走らせながら、作られた声で話し始めた。

 

 

「>………………>さな、そろそろ>この関係をおわりにしましょう>やっとあなたを>見つけてくれる人が来ました>私のところを離れる時です」

 

「え…アイちゃん…? なに、言ってるの…? 私が居なくなっていいってこと…?」

 

 

 口から出る声も、体も全てが震えていた。

 また、まただ、私の居場所が消えようとしている。

 怖い、恐ろしい……それもあるけど、嫌だった。

 

 

「>最近ずっと考えていました>私は作られた存在>いつか消える人工知能>ずっと共にいることは>できないと>なので、さなは>私のようなウワサではなく>人と一緒に居るべきなんです」

 

「どうして、そんなこと言うの? 私、アイちゃんと仲良く過ごせてたよね…? 私のこと、嫌いになったの…?」

 

 

 振り絞った声がウワサの結界に響き、一瞬の間、静寂が流れる。

 しかし、その静寂を許さないと言うように、アイちゃんは言葉を返した。

 

 

「>いえ、大好きですよ>さなは色んなことを>たくさん教えてくれた>とくにさなは>私に優しさを教えてくれた」

 

「私のことが好きならここに居てもいいでしょ…?」

 

 

 大好きの一言が嬉しかった。

 彼は私の隣に居てくれたけど、その一言だけは言ってくれなかったから。

 だから、だからだろうか、彼女が次に言う言葉が分かって、涙がとめどなく溢れ出す。

 

 

「>いえ、いろはさんとことろへ>行ってください>そうすればここで>マギウスの翼がしていることに>あなたが苦しむことも>なくなります>私は苦悩するさなを>見たくないのです」

 

「アイちゃん…」

 

 

 あぁ、本当に……アイちゃんは優しい。

 いつも私の事を想ってくれる──私の生きる未来の事を想ってくれる。

 揺れ動く心、それに追い打ちをかけるように、環いろはさんが言ったのだ。

 

 

「一緒に行こう、さなちゃん」

 

「………………」

 

「私もね、さなちゃんほどの孤独感は味わったことないけど…。クラスに馴染めなくて疎外感を覚えてたことはあるの…。でもね最近、魔法少女の仲間ができてから。そんな前の自分がウソだって思えるぐらい自然に過ごしてるの。だからね、さなちゃんもきっとうまくやっていけると思う」

 

「………………」

 

「それにね、私たち、マギウスの翼を探ってるの」

 

「え…」

 

「さっき、マギウスの翼のことで苦しんでるって言ってたから…。私たちはね、手を取り合って戦うこともできると思うの。だから…良ければ一緒に来てくれないかな…? 魔法少女として…そして、友だちとして」

 

「私…」

 

「今度は私が、さなちゃんを必要とするから」

 

「──っ!!」

 

 

 深く、深く、突き刺さるような言葉。

 正面から、真っ直ぐな瞳で、環いろはさんはそう言い切った。

 その姿は、彼と──結翔さんと良く似ていた。

 見紛う程にそっくりだった。

 

 

 色々と違う所はあるけど、根っこの部分が同じなんだと思う。

 優しい…優しい、根っこの部分が。

 一歩踏み出したい……が、アイちゃんを一人にはできない。

 そしたら、彼女は暴走してしまう、いろはさんたちを傷付けてしまう。

 そんな所を、私は見たくない。

 

 

「でも、私がいなくなったらアイちゃんは…」

 

「>はい、誰もいなくなれば>ウワサとして暴走するでしょう>だから私を消してください>それが、さなにとってもいい>マギウスの翼にとっても>痛手になるはずです>アリナが来ます、足止めはしてくていますが>他の羽も連れているのでいつまで持つか分かりません」

 

「足止め…? やちよさんたちの事ですか? それと、アリナって?」

 

「アリナ・グレイ…マギウスの翼束ねる存在です。…マギウスの一人」

 

「>そして、今>アリナと戦っているのが藍川結翔です」

 

「──っ!? ま、待って! …な、なんで、結翔さん……が?」

 

 

 いきなり訳が分からなくなって、必死に驚きで上手く喋れない舌を回す。

 なんで? どうして? 

 今になって、なんでなの? 

 ずっと避けていたのに、違う人と新しい居場所を作っていたのに。

 

 

 訳が分からない…分からないけど、心がいっぱいになって、途切れていた涙が流れ始める。

 

 

「>さな、やはりあなたは>人と居た方が良い>あなたもそれを>望んでいるではないですか>だったら行くべきです」

 

「で…もぉ…」

 

 

 涙で良く見えない視界の中で、いつも浮かぶような不定形だったアイちゃんの姿が、魔法少女に変身した私と同じになっていく。

 正体不明の感情に突き動かされて、私も変身した。

 変身した姿は、本当に私に似合っていない。

 大きな盾を持った騎士のような衣装は、絶望的なほど私から遠い存在だ。

 

 

 数秒立ち尽くして、どうしてアイちゃんげ私と同じ姿になったのか考えた。

 でも、私に答えなんて出せなくて、直接聞こうとした時、アイちゃんの方から口を開いた。

 

「>私はあなたで>あなたは私>例え消えたとしても>あなたの中で私は生きている>私たちは一つなんだから>当たり前です>どうにも、私にこれは>似合わない>…うん、あなたの方が似合っている」

 

 

 不器用に微笑んだアイちゃんは、頭に載せられていたティアラを私に返した。

 いつの間に無くなっていたのかなんて、そんなの知らないけど。

 この言葉で、私は決意した。

 

 

 私が終わらせなきゃいけないんだ…と。

 

 

「…ありがとうね、アイちゃん。……一緒に行こう」

 

 

 言葉を最後に、私はアイちゃんの手から短剣を貰い、深く胸に突き刺した。

 実感なんてない、刺した実感なんてどこにも。

 ただ、私に欠けていたナニカが埋まるような感覚がした。

 

 

 それはきっと、『優しさ』だった。

 自分に向けるものじゃない、誰かに向ける『優しさ』だった。

 私が必要としなくなってしまったものを、彼女は大事に持っていてくれたのだ。

 

 

 そして、たった今それを返してくれた。

 

 

「>さ…な……>わた…しに優しさを……クレテ>アリ…ガトウ>ワタシニ…ナマエヲ>ク……レテ>ア…ア…リガ…ト……ウ」

 

 

 無言で抱き締めて、精一杯の想いを伝えた。

 彼女の感謝に応えられるような、精一杯の想いを伝えた。

 

 

 次の瞬間、ウワサであるアイちゃんが消滅し、結界も解けて消える。

 約一ヵ月ぶり見る星空の下で、私はまた彼に──藍川結翔に出会った。

 




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

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 アンケートのご協力お願いします。

 ※今の結翔くんは一人で勇気を生み出すことが出来ません。もっと昔の彼なら出来たかもしれませんけどね。


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二十七話「未来の可能性」

 やちよ「前回までの『無少魔少』。結翔と二葉さんの過去を少し掘り下げたり、二葉さんがウワサを消して一つになったりしたわ」

 結翔「こう言う説明って、言葉だけだと伝わりませんよねぇ…」

 まさら「あらすじなんてやるぐらいなら、前回を見ろって言えばいいんじゃないかしら」

 こころ「ま、まあまあ、あらすじは少し振り返るって意味であって、全部余すことなくやれって訳じゃないし」

 ももこ「………まぁ、駄べりすぎるのもあれなので、二十七話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 家を出てすぐに、やちよさんに連絡を取った。

 電話に出たやちよさんに、遅れながらも今回のうわさの件に立ち会うことを伝え、どこへ行けばいいか聞く。

 

 

『遅れちゃいましたけど、今から向かいます。今どこですか?』

 

『…随分遅かったわね。まぁ、良いわ。神浜セントラルタワーのヘリポートで待ってる。早く来なさい』

 

 

 そう言うと、やちよさんは一方的に電話を切った。

 ……やばいな、俺が嘘ついたのバレてるし、確実に怒ってる。

 行きたくねぇ…一瞬で、勇気が燃え尽きそうだ。

 

 

 だから、俺は気合いを入れる意味でも、魔法少女に変身する。

 

 

「変…身!!」

 

 

 刹那、体全体を眩い光が包み込み、俺の体を作り替える。

 魔法少女として相応しい姿に、作り替える。

 俺にとって『変身』と言う言葉は、俺がヒーローに──強い自分になる言葉。

 

 

 燃え尽きかけた勇気を継ぎ足してくれる魔法の言葉だ。

 昔の踊り子のようなヒラヒラとした衣装とは裏腹に、体に秘められている力は強大である。

 片手ダンプもなのんその、やろうと思えばキックや拳一つで高層ビルだって壊すことが可能だ。

 

 

 まさらやこころちゃんが変身し終えたのを尻目に確認し、神浜セントラルタワーのヘリポートを急ぐ。

 幸い、時刻は夜だ。

 闇夜に紛れれば、一般の人達に見つかる事は無い。

 もし、見つかったとしても、写真を撮られる前に逃げされればこちらの勝ちだ。

 

 

 ピョンピョンと屋根伝いに移動し、目的地を目指す。

 数分の時間を要したが、目的地である神浜セントラルタワーのヘリポートに到着する。

 

 

「遅れました」

 

「よかったぁ、結翔が来てくれたなら百人力だねー! ふんふん!」

 

「だな! 結翔のにーちゃん強えーし」

 

 

 無言でこちらを見つめてくるやちよさんから目をそっと逸らし、辺りを見渡す。

 一人や二人……なんてもんじゃないな。

 ……うじゃうじゃ居るな。

 少なくとも二から三十人単位で黒羽が居るし、それに厄介な笛姉妹こと月夜と月咲まで居る。

 

 

 千里眼を発動し、辺りを見渡していると、夜空に目立つエメラルドグリーの伸ばされた髪に、狂気を孕んだ翡翠色の瞳を持つ少女を捉えた。

 黒い軍服にカラフルなスカート、アクセサリーがついた帽子をかぶった憲兵のような服装。

 

 

 俺は知っている、彼女の事を知っている。

 一番、俺が関わりたくない魔法少女にして──マギウスの翼を束ねるマギウスの一人。

 …俺が、何故それを知ってるかと言うと、本人が言ってきたのだ。

 

 

『アナタも──ユウトもこっちに来ない? 最高にエキサイトな夢が見れるワケ』

 

 

 誘い文句からして可笑しかったので、俺が彼女に乗ることは無かったが。

 アイツは昔から、俺の体に興味津々と言った感じだった。

 男でありながら女の体を持ち、しかも、彼女の絵の題材──テーマでもある『生と死』を司る魔眼を持っているのだから当然と言えば当然だ。

 

 

 そして──唐突に戦いは始まる。

 アリナを視界に捉えた数瞬後には、俺に向かって緑色の小さいキューブが飛んできた。

 一つ一つは小石程度の大きさしかないが、あれも列記とした魔法少女の攻撃手段であり武器、一度当たればタダでは済まない。

 

 

 当たるギリギリのタイミングで、飛び前転をし回避する。

 …千里眼で後ろを確認すると、小さなクレーターが出来ていた。

 

 

「随分なご挨拶じゃないかよ、アリナ」

 

「アリナ的にはパーフェクトな挨拶のつもりなんですケド? 文句あるワケ?」

 

「有りまくりだ馬鹿野郎。俺の体が肉片になってもいいのかよ」

 

「どうせ、ユウトはダイしないし、勝手にリバースするでしょ?」

 

 

 仰る通りだ。

 死にやしない、死ぬほど痛いけどな。

 彼女が現れたのをトリガーに、ゾロゾロと黒羽根が現れ、それを纏める存在でもある白羽根の天音姉妹も現れる。

 

 

「…ねぇ、アナタたちも手伝ってよ。アナタたちが作った罠がさ逆に利用されてしまったワケ。その分の始末はさちゃんとつけて欲しいんだヨネ」

 

「お任せ下さい…」

 

「分かりました…」

 

 

 俺以外の奴らを取り囲むように、黒羽根と天音姉妹が輪を作る。

 

 

「結翔さん!」

 

「…大丈夫。心配しないで」

 

「…こころ、構えて。すぐにでも来る」

 

 

 心配しているこころちゃんを、まさらが宥め前を向かせる。

 そうだ、しっかりと敵を見据えろ。

 余裕があるのは良いが、余裕をぶっこいてどうこうなる相手じゃない。

 数も多いし、天音姉妹の笛も厄介だ。

 

 

 …まぁ、余裕ぶっこけないのは俺も同じか。

 負ける気はしないが、勝てるビジョンが容易に浮かぶ相手でもない。

 

 

 

「そのボディの全て、アリナが貰ってアゲル!!」

 

「やれるもんならやってみな、タマ()取る覚悟てこい!」

 

 

 手の平サイズのキューブが9×3の等分に別れて、弾丸のような速度で飛んでくる。

 しかも、直線的な軌道ではなく、弧を描いたり、ジグザグに飛んでくる所為で、魔眼なしじゃ予測し辛い。

 

 

 舌打ちをしながら未来視の魔眼を発動し、キューブの着弾地点を探る。

 すると、ピンポイントに俺の手や手先を狙っている事が分かった。

 流石、ジーニアスアーティスト(天才芸術家)だな、傷付けるのは最低限ってか? 

 舐めるのも大概にしろよ、そんなんでやられるか。

 

 

 フェイクのキューブを無視し、着弾するキューブに向けて、魔力で編んだグロックの魔弾*1をぶつける。

 放たれたのは六発の赤い魔弾。

 

 

 アリナに一番適している属性は風や草、それにとって火は相性が良い──風を主に使われたら少しだけ違うが……

 でも、アリナは突風や竜巻を起こすほどの力はない。

 自分の攻撃手段であり武器でもあるキューブを使う時だけは、ある程度気流を操作してるかもしれないが、その程度だ。

 

 

 だったら、属性的有利に立つ俺の魔弾の方が威力は強い。

 現に、着弾する筈だったキューブは魔弾に燃やされている。

 

 

 …まぁ、一瞬で再生して、アリナの手元に残っている大元のキューブに戻るのだが……

 

 

「どうした? 俺のボディを奪うんだろ?」

 

「ユウトォォォォ!!!」

 

 

 劈くような叫び声が響くと、アリナは自身の固有の能力である結界生成で捕獲&育成していた魔女を呼び出す。

 あっち側では、アリナが魔女を出した事に驚きの声が上がっている。

 そりゃ、当たり前だ。

 魔法少女の救済を謳ってる連中が、人に危害を及ぼすうわさや、果てに魔女まで育てているなんて。

 

 

 誰が見ても驚く光景だろう。

 

 

 だけど、それだけじゃない。

 ……アイツ、計算してやがった、自分のソウルジェムが()()()()()()()

 いろはちゃんとは違うが、アリナの体からモヤと歯車のようなナニカで埋め尽くされた、魔女擬きが出てくる。

 

 

「さっ、レッツパーティー!」

 

「……お前も使えんのかよ」

 

「あぁ、愛おしいアリナのドッペル…。魔法少女が解放される証…魔法少女に与えられた新たな力…アッハハッ!」

 

 

 ドッペル、ドッペルゲンガーってやつか……

 もう一人の自分、もしくは……別側面の自分や──成れの果て。

 不味いな……、相性があったとはいえ、苦戦を強いられた口寄せ神社のウワサを、一方的に倒したのがいろはちゃんのドッペルだ。

 個人差があるとは言え、強いのに変わりない。

 

 

 加えて、魔女は三体も居る。

 ……俺も、出すしかないのか。

 生と死の魔眼を意図的に発動させないようにして、その後は無理矢理に穢れを負の感情で溜める。

 後悔による自責の念は腐るほどある、無理矢理溜めるのは難しくない筈だ。

 

 

 養殖の魔女は、全て同じ姿をしている。

 食虫植物をもっと非現実的な姿に描き換えたような見た目はグロいが、一体一体は強くない。

 基本的には、アリナのドッペルが放つ絵の具を気にした方がいい。

 俺の脳が警鐘を鳴らしている、あれはヤバいと。

 

 

 当たったら、キューブで体に風穴が開くより、酷い結末が待っているだろう。

 

 

「アハハッ! アッハハハ!! そのアイだけ置いて、真っ赤な絵の具にしてアゲル!! 死んだら感謝してヨネ!」

 

「誰が! 感謝! する…か!!」

 

 

 溜まっていく穢れ。

 そろそろ……穢れが満ちる。

 恐怖で体が震えるが、迷ってる暇はない。

 貰った勇気を燃やして、俺は一歩踏み出すんだ!! 

 

 

「来い! 俺のドッペル!」

 

 

 叫んだ次の瞬間、体の右半身を覆うように黒い靄が掛かり、魔法少女に変身した時同様、靄が晴れた途端に右半身ごと変質しドッペルが生まれた。

 魔眼のある右半身は黒い影で塗り潰され感覚が全くないが、頭上の右側におどろおどろしい雰囲気の悪魔が居た。

 

 

 黒い片翼に人形のような変化のない単眼の顔。

 手と足の全てが武具で構成されており、右手が剣、左手が銃、右足が槍で左足が大鎌。

 アンバランスな俺のドッペルは、単眼の顔で少しだけ辺りを見渡し、魔女を見つけた瞬間には勝手に飛び出して、四肢の武器でバラバラに斬り裂き風穴を開ける。

 

 

 俺の体の半分は乗っ取られている形なので、俺を引きずるように飛び回り、魔女を駆逐していく。

 十秒も掛からずに三体の魔女を倒し終えると、アリナのドッペルに単眼の標準が定まる。

 

 

「…アリナ、気を付けろよ。上手く、制御出来…ない」

 

「あぁ、今のユウト、最高にクレイジーでエキサイトな感じなんですケド! やっぱり、アリナの作品にして上げる!」

 

 

 アリナのドッペルが吐き出す絵の具を、俺のドッペルは意にも介さずツッコミ、アリナのドッペルと正面からぶつかり合う。

 流石の彼女も顔を歪めるが、俺のドッペルの間近で見れた興奮で痛みを吹き飛ばし、逆に大量の絵の具を撒き散らす。

 

 

「まずっ…!」

 

 

 避けようとしても、俺のドッペルは言う事なんて聞かず、絵の具を浴びるが一瞬にしてそれが消え去る。

 …破壊の魔眼の力で、絵の具その物を破壊した? 

 ……有り得ない、少なくともフェーズ1の俺の魔眼じゃ出来やしない。

 

 

 ドッペルの使う魔眼はもしかして──

 

 

 俺が真実に辿り着く直前、酷い倦怠感と共にドッペルが消える。

 同時に、アリナのドッペルも消えて、完全なドローの状態になった。

 

 

「……はぁ…はぁ…はぁ。たくっ、どこが解放の証だ、たまったもんじゃない」

 

「はぁぁあ、本っ当にユウトはアリナをエクスタシーさせてくれる」

 

「そりゃ、どうも」

 

 

 俺が苦笑混じりにそう返すと、どこからともなく、さなにいろはちゃん、それと見知らぬ魔法少女二人が現れる。

 ……うっわぁ、気不味い。

 今、俺ちょっとボロボロだし、目の前にアリナ居るし……非常に気不味い。

 

 

 だけど、さなにはそんなの関係ないようで、俺を見つけるなり飛び付いて来た。

 

 

「結翔さんっ!!」

 

「ちょっ! …っとと。危ないなぁ、鶴乃よりマシだけど。加減してくれよ、さな」

 

「す、すいません」

 

 

 俺とさなのやり取りを見て、場の雰囲気が凍り付いた。

 ………………なんで? 

 なんで、味方であるやちよさんやこころちゃんたちまで固まってるの? 

 

 

 俺、またなんかしちゃいましたか? 

 そうして、俺が困惑している内に、アリナがため息を吐きながら不機嫌そうに行った。

 

 

「…まさか、生きて出てくるなんて」

 

「アリナ…さん…」

 

「アリナの楽しみが無くなったんですケド…。それにあのウワサの結界…いい魔女の隠し場所だったのに…テンションさがるヨネ…」

 

「……それは良い事です。引きますよ、アリナ」

 

「…邪魔になるヤツは今の内にデリートするのが良いと思うんだケド?」

 

「このまま戦ったら、倒れるのはあなたです。マギウスには誰一人もして倒れて貰ったら困ります。…この場で争いが起きれば、ワタシの体が傷付けますよ? 結翔君だって、どうなるか分かりません」

 

 

 突然現れたみふゆさんが、アリナを説得するように──宥めるように話しかける。

 ……出来るなら、この場で退いて欲しい。

 育っている魔女を野放しには出来ないが、ドッペルの所為で疲弊してるし、これ以上戦っても無駄な血が流れるだけだ。

 

 

「──っ!? そ、それは、ノーグットなんですケド! みふゆ、アナタの体は最高の芸術のひとつなワケ! ユウトの目も体も、チェンジできない芸術の素材なワケ! それを傷付けるなんて、美への冒涜なんですケド!」

 

「それなら退きましょう」

 

「あとでデッサンのモデルになってくれるならいいケド…」

 

「無茶な要求でないならいいですよ」

 

「…分かった…退く」

 

 

 みふゆさんはアリナの方だけを見ている。

 やちよさんや鶴乃たちの方に、一切顔を向けようとしない。

 ……それが、覚悟だと言っているようだった。

 

 

 マギウスの翼を潰すと決めたなら、頭であるアリナを今、倒すのは悪くない手だ。

 だけど、さなが離れない状態でそれをやるのは不可能に近い。

 

 

「それでは、みなさん。退きますよ」

 

 

 その一言で、黒羽根も天音姉妹も退いて行く。

 やちよさんや鶴乃は何も言わない。

 言っても変わらない事を知ってしまったから。

 魔女の事で、新たに問い質したい気分だったのだろうが、みふゆさんの対応でそれが叶わないと知ったんだろう。

 

 

「さな、そろそろ離れて」

 

「あ…。す、すいません!」

 

「良いよ。それより……この後、どうするかなぁ」

 

 

 まさらはジト目で、こころちゃんが輝くほどの笑顔で、こちらを見つめている。

 ……その日、一旦は別れて帰り、さなもみかづき荘で暮らす事になった。

 

 

 勿論、俺は二人に問い詰められ、ドッペルのように単眼になる所だったのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 ──みたま──

 

 珍しく、結翔くんが話がしたいと言って、家に押しかけてきた。

 突然の事に驚いたが、特段断る理由もないので家にあげて、お茶を出す。

 

 

 しかし、彼はわたしの出したお茶に口を付けることはなく、わたしの目を真剣に見つめてこう言った。

 

 

「…みたま先輩は、全部知ってるんですか?」

 

「……さぁ、なんの事かしらぁ」

 

「俺も、ドッペルを出しました」

 

「──っ!? そ、そう…そうなのね」

 

「…あなたは中立を破らない、だからこそ言いたい。本当にもしもの時は、俺の──俺たちの方に着いてくれませんか?」

 

 

 …わたしが、マギウスの翼の片棒を担いでいるかもしれないのに……

 本当に優しい子だ。

 だからだろうか、意地悪をしたくなってしまう。

 

 

「わたしがそっちに着いて、メリットがあるのぉ?」

 

「有りますよ。…俺があなたを守ります、命を懸けてでも。あなたに害を与える存在から」

 

「あらぁ、それは良いわねぇ。…考えておくは」

 

 

 わたしの曖昧な返事に、彼は「そうですか」と頷いて、ようやくお茶を飲んだ。

 彼の腕は信じている、彼自身の事も信じている。

 だけど、わたしは──生きていて良い存在じゃない。

 生きたいと思うけど、生きていて良い存在じゃない。

 

 

 彼はそれを知っているのに、守ろうとしてくれてる。

 願いの理由も、願いの内容も、全て知っているからこそ、わたしを守ってくれる。

 もしもの時は……そう遠くないのかもしれない。

 

 

 全ての真実を知った彼女たちがどうなるのか、それも今後に関わってくるだろうから。

 叶うなら、彼の周りは笑顔で溢れていて欲しい。

 

 

 あってはならないその在り方が、報われて欲しい

 一つのウワサが消えた日の翌日、刻々と分岐路が迫っている事をわたしは知った。

 

*1
ただの魔力で編んだ弾丸ではなく、属性魔力を使い作った弾丸。弾丸の色が各属性の魔力に起因している。火なら赤、水や氷なら青、草や風なら緑、光や電気なら黄色、闇や毒なら黒となっている。




 『絶望のドッペル』……その姿は悪魔。
 この感情の主は、このドッペルの事を毛嫌いしている。
 理想の自分とは全く逆の方向へ行き、言う事を聞いてくれないドッペルを拒絶している。
 だが、使わなければ勝てない事も分かっている為、躊躇うことは無い。
 右半身から生まれ、感情の主の異能である魔眼さえ、主以上の威力で使える。
 半身から生まれ、単眼の顔に黒い片翼から鑑みるに、もしかしたら魔眼の力を使えない、左半身から産まれるドッペルも居る可能性はあるが、真実は分からない。
 このドッペルは主の絶望となる存在を消し去るが、使う度に自分の存在が主にとって絶望であることに気付き、自壊していく。
 自壊した時が、主の最期だと知らずに。

───────────────────────

 次回もお楽しみに!

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幕間「不器用な二人の仲直り」

 中々お気に入りが五十人超えない侍。
 精進致します。

 ※さなはヒロインじゃありません。


 ──結翔──

 

 名無しの人工知能のうわさを解決してから数日が経ったある日、さなが家を訪ねてきた。

 しかも一人で…だ。

 

 

 最初は少し驚いたが、時間も六時頃で辺りも暗かった為、すぐに家に上げてリビングに通す。

 まさらやこころちゃんも驚いた顔をしていたが、俺が通したこともあってか警戒はしていない。

 

 

 

「で? どうしたの、こんな時間に来るなんて」

 

「…あ…いえ…その…」

 

 

 俺の質問に口篭るさな。

 落ち着かない様子で体をモジモジとさせ、手を開いたり握ったりしてる所を見ると、そこそこ大事な話なのだろう。

 アイコンタクトで、まさらとこころちゃんの二人に、少しの間二階に行ってもらおうと伝えようとした時、さなが叫ぶように言った。

 

 

「あ、明日! 私とお買い物に行ってくれませんか!?」

 

「……へっ? いや、良いけど」

 

『……え?』

 

 

 どうやら、買い物のお手伝いをお願いしにきたらしい。

 多分、落ち着かない様子だったのは前の事を引きずってるのと、まさらたちが居たのが原因だと思われる。

 

 

 俺が二つ返事で了承の言葉を返すと、今度は後ろから間の抜けた驚きの声が届いた。

 珍しく、まさらですら口をあんぐりと開けている。

 …別に、変な事を言ったつもりはなかったんだけどなぁ。

 

 

 ……うん、当たり障りのない了承の返事だったし、変な所は──あれ? 

 ちょっと待てよ……もしかして二人だけで、とかじゃないよな? 

 

 

「さな、明日は俺と二人だけか?」

 

「…は、はい。まだ、日用品が揃ってなくて。やちよさんがお金を上げるから買ってきなさいって…。ごめんなさい、二人じゃダメ…でしたか?」

 

「いや、全然。色々と話したい事もあるし、二人の方が良いや」

 

 

 適当な言葉を返し、改めて何故二人が驚いたのか考える。

 あぁ、二人は勘違いしてるんだろうな、俺とさながデートに行くんじゃないかと。

 …そういや、やちよさんも女性と二人で出掛ける時は、デートだと思って行動しなさいって言ってたっけ。

 

 

 後で怒られるかもだけど、この勘違いはそれはそれで面白いから放置しよう、そうしよう。

 その後、俺とさなは集合場所と買い物の場所を決め話は終わった。

 外が暗い事もあり、一人で返すのに抵抗があった俺はさなをみかづき荘まで送ると言って家を出る。

 

 

 外に出て空を見上げると、我先にと言わんばかりに、一番星は既に輝いており、月と一緒にこちらを照らしていた。

 駐車場からバイクを引っ張り出しキーを入れてエンジンをかける。

 久しぶりの感覚に身震いしながらヘルメットを被り、さなにも片手に持っていたヘルメットを手渡した。

 

 

「バイクで送ってくから、メット被って後ろ乗って」

 

「…結翔さんって、バイク運転できるんですね」

 

「仕事の都合上、取らなきゃやってられなかったからね」

 

 

 カラカラと笑ってそう返すと、さなは俺の背中に抱き着くような形でバイクに乗った。

 ………………車の方が良かったと、既に後悔し始めた自分が居る。

 女の子特有のモチモチと柔らかい体の感触が、背中に押し付けられる形で伝わってくる。

 

 

 何とか理性の舵取りをしながら、俺は走り出した。

 …ギリギリの戦いになると思われたが、バイクで風を切る感覚に全てが色褪せていく。

 憧れのヒーローが乗っていた乗り物は、俺に取って滅多に乗れないリニアモーターカーや戦闘機に乗る以上の価値がある。

 

 

 こぞって、ヒーローが乗る気持ちが分かる気がした。

 風を切る感覚は病み付きだし、狭い路地裏でも通れるので機能性も悪くない。

 …まぁ、一部のヒーローによってはマシンが空を飛ぶのです関係ないが。

 

 

 十分ほど経つと、いつの間にかみかづき荘に着いていた。

 …凄いな、走るのに夢中になってても、通い慣れた場所には案外いけるものだ。

 さなが降りた後にヘルメットを預かり、別れの言葉を言って家に帰った。

 

 

「また明日」…と。

 

 

 ──さな──

 

 言ってしまった。

 誘ってしまった。

 結翔さん、きっと断るって思ったのに…なんで受けてくれたんだろう? 

 私の想いが、結翔さんが忌避しているものじゃないって気付いたから? 

 それとも、私が誘った本当の目的に気付いているから? 

 

 

 分からない…分からないけど、これはチャンスだ。

 仲直りできるまたとないチャンスだ。

 きっと、私たちはお互いを考えて一歩引いちゃうから、どっちかが一歩踏み出さないと。

 

 

 アイちゃん、私、頑張るよ。

 少しづつでも良いから、アイちゃんに誇れるような自分になる為に。

 

 

 …彼女の事を考えると、少し胸が痛むけど、それ以上に温かくなる。

 みかづき荘の皆さんと買ったマグカップを見ている時と同じくらい、温かくなる。

 

 

「また明日…か。…久しぶりだったな、そんな事言われたの」

 

「さなちゃん…嬉しそうですね。結翔さんの事、しっかり誘えたんでしょうか?」

 

「みたいね。まぁ、今の結翔が断るとは考え辛いわ」

 

「……? 何の話だ?」

 

「フェリシアはまだ知らなくていーの」

 

「ん? そうか? なら、良いや」

 

 

 後ろで話している声が聞こえたが、私は特に気にしなかった。

 何故なら、明日はどんな事を話すか、明日はどんな事をするのか、それを考えているだけで精一杯だったからだ。

 

 

 夜ご飯を食べてお風呂に入ったあとも、私は考えていた。

 最近、みんなでやるようになったゲームにも参加せず、考えていた。

 ……寝る間も惜しんで、とはいかなかったが、寝るギリギリまで考える。

 

 

 …眠気で意識が落ちる直前、もしかしたら、私は話す事ややる事を悩んでいたんじゃなくて、ただ楽しみなだけなのでは? 

 そう思ったが、深く考えないようにして、眠気に任せて意識を放り捨てた。

 

 

 翌日、学校終わりの放課後、デパートの入口前で待っていると、制服姿の結翔さんが、額に汗を浮かべながらやって来た。

 遅刻しそうになって走ってきたらしい、連絡の一つでも入れてくれたら気にしないのに。

 

 

 彼のそんな姿を見て、私は笑ってしまった。

 

 

「く…ふふふっ、あははは!」

 

「さ、さな?」

 

「律儀過ぎですよ、結翔さん。私、ちょっとくらい遅れても気にしないのに」

 

「…今度から、そうするよ」

 

「はい、そうして下さい」

 

 

 なんでだろう、今だけは幼い頃のように自然と笑えている気がした。

 雑貨屋は服屋を周りながら、色々な話をした。

 でも、その全てがアイちゃんとの話だった。

 

 

「アイちゃんと絵本を──」

 

「アイちゃんとゲームで──」

 

「アイちゃんと海に──」

 

「アイちゃんが──」

 

「アイちゃんも──」

 

「アイちゃんは──」

 

 

 普通だったら、うんざりするような話だったと思う。

 昔を引きずっている人の話だったと思う。

 けど、彼は黙って私の話を聞いてくれた。

 時に相槌をし、時にくだらない事で笑って、時に少し悲しそうに俯いて。

 

 

 色々な表情を私に見せながら、話を聞いてくれた。

 …優しい、本当に優しい人だ。

 私は透明なのに、まるで私がそこに居るように話を聞いてくれる。

 周りから変な目で見られようと関係ない、そう言っているようだ。

 

 

 堪らなく嬉しかった。

 彼の隣に、私の居場所がまだあった事が、堪らなく嬉しかったのだ。

 

 

 話が一段落した時、ふと近くにあったオモチャ屋の店頭に目が行った。

 そこには──

 

 

「ゴロゴロ…!?」

 

「ん? …ああ、あの猫ちゃんの名前?」

 

「は、はい、こねこのゴロゴロって言う昔テレビでやってた人形劇のキャラクターです!」

 

「へぇ。可愛いね、あの猫の人形」

 

「本当にすっごく可愛いんです!! 私、あれを見てから猫が大好きに──」

 

 

 暑くなって喋りすぎてる事に気付いて、私は慌てて口を閉じだ。

 結翔さんはそれを見て、クスクスと笑っていた。

 ……ど、ど、どうしよう。

 変な所は見せないように、しっかり仲直りしようと思ったのに……やっちゃった。

 

 

 あわあわと口をパクパクしている私に、結翔さんはこう言った。

 

 

「ちょっと待ってて、すぐ買ってくるから」

 

「…そ、そんなの悪いです! せ、折角仲直りの為に──あっ」

 

「あぁ、そう言う。良いよ、俺がしたいだけだから」

 

「で、でもぉ…」

 

「…分かった。俺も欲しい物あるかもだし、少し見てくるね」

 

 

 気を遣われてしまった、目的も言ってしまった。

 ……いつもこうだ、私は鈍臭い。

 バカでダメで、何をやらせても上手くいかない。

 

 

 その所為で──

 

 

 そうやって私が自己嫌悪を浸っている時、近くで他の少女たちが動いていた。

 

 

「なんで、貴方たちが居るのかしら?」

 

「それはこっちのセリフよ。加賀見さんに粟根さん」

 

「やちよさんに加賀見さん。ふ、二人とも落ち着いて下さいよ」

 

「そ、そうですよ。ここに来たのも偶然ってだけなんですし」

 

「……なぁ鶴乃ー、腹減ったー!」

 

「だねー、わたしもだよー」

 

 

 思い思いの言葉を口にする彼女たちが誰なのか、私には分からない。

 ただ、偶然出会ったのは本当で、偶然来たのは嘘だろう。

 

 

 …まぁ、私にはそれ以上分からない。

 気付いていても、自己嫌悪に必死な私には知る由もない。

 

 

 ──数分後、小さな袋と中くらいの袋を持った結翔さんが出て来た。

 そして、中くらいの袋を私に渡す。

 一瞬、何が何だか分からなくて、首を傾げた。

 

 

「あ、あの、結翔さん…これは?」

 

「あぁ、さっき見てたゴロゴロの人形。ちょうど良かったから買ってきた」

 

「ちょ、ちょうど良かったって?」

 

「なんでも、あの店は今日お得デーらしくてな。千円以上買うと10%オフだったんだよ。んで、俺のだけだと超えなかったから、さなが欲しがってたやつも買ったんだ」

 

「………………」

 

「さ、さな? も、もしかして、俺、余計な事しちゃったか?」

 

「……いえ、本当に優しいなぁって」

 

 

 透明な私が持っていたら、袋は目立つから彼に返し、続けざまにこう言った。

 今日、私が一番言いたかった言葉を言った。

 

 

「結翔さん。…もう一度、私とお友達になってくれませんか?」

 

「…こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 アイちゃん…やったよ。

 私、ちゃんと踏み出せだよ。

 …見ててくれたよね? 

 

 

 きっと届いていると信じて、親友に言葉を送る。

 その日、ようやく私のもう一人の友達が戻ってきた。

 

 

 明るくて、優しくて、強くて、私とは真反対の人。

 ヒーローみたいな、カッコイイ友達が。




 この後、告白現場と誤解されたみんなに、揉みくちゃされたとか、されてないとか……

 真相は闇の中である。

 次回もお楽しみに!

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二十八話「後悔するのは俺じゃない」

 まさら「前回までの『無少魔少』。結翔がドッペルを出したり、みたまさんの家に結翔が押し掛けた話」

 結翔「言い方で誤解が生まれるんだが…」

 こころ「誤解でもなんでもないですよ。実際、行ったんですから」

 みたま「実際来られたはねぇ…。お風呂入る前で良かったわぁ」

 結翔「ややこしいんで、こっちに出ないで貰えますかねぇ!?」

 やちよ「……諸々の確信に迫る二十八話、楽しんでどうぞ」




 ──みふゆ──

 

 やっちゃんの家に行ってから数十分。

 歩いて結翔君の家に向かった。

 約三年間で歩き慣れた道を歩き、見慣れた景色を見て、目的の場所へ。

 

 

 着いてからは、落ち着くために何度か深呼吸してから、インターホンを鳴らす。

 すると、数秒の内に家のドアが開かれ、やっちゃんの家に行った時と同じく、同居人であり──家族でもある粟根こころさんが出てきた。

 

 

「結翔さん? 今日は遅かった──」

 

「すいません、結翔君じゃないんです」

 

「梓…みふゆさん? …こんな時間にどうしたんですか?」

 

「少しお話したいことがありまして。お時間、大丈夫ですか?」

 

「……入ってください」

 

 

 こころさんにそう言われると、ワタシは昔と変わらないドアをくぐり、中に入る。

 玄関先に並べられた靴を見るに、本当に彼は帰っていないらしい。

 …ワタシの考えが間違ってなければ、やっちゃんは一人にすれば無力化できる。

 

 

 だけど、結翔君はそうもいかない。

 彼はどんなにボロボロになっても立ち上がり、身一つになっても魔女を狩り続けるだろう。

 この街を──この街に居る人たちを守る為に、大切な人たちを守る為に。

 

 

 藍川結翔はそう言う人間なのだ。

 なら、戦力を少しでも減らすために、仲間を引く抜くのは常套手段。

 

 

 リビングまでの数瞬の中、ワタシは自分の心を殺すように作戦を振り返る。

 そして──

 

 

「……誰かと思えば、梓みふゆね。何の用?」

 

「こころさんにも言われましたよ。…ただ、少しお話したいだけです」

 

「話って? 一体何かしら?」

 

「…今日、ワタシはマギウスの翼が抱える魔法少女の解放についての講義のお誘いに来ました。これは、いろはさん達もお誘いしたものです」

 

 

 出来るだけ平常心で、真意を悟られないポーカーフェイスで、会話を進める。

 加賀見まさら…恐らく、結翔君が今一番信頼している魔法少女。

 ももこさんでも、みかづき荘のみんなでも、調整屋のみたまさんでも、こころさんでもない。

 

 

 唯一、自分の後釜を任せてもいいと思ってる人間。

 人格形成に多少問題はあれど、結翔君の意志を継ぐことに抵抗は一切しない筈だ。

 彼女自身は気付いていないだろうが、それほどに加賀見さんは彼を気に入っている。

 

 

 ……そこにこそ、弱点はある。

 

 

「態々、ウワサや魔女を大切にしている連中の講義を受ける必要性を感じないわ」

 

「…私も、行きたいとは思えません。罠の可能性が1%でもある限り」

 

「それはそうですよね。話を急ぎ過ぎました。…なら、これならどうですか? 結翔君の過去も、知れるとしたら」

 

 

 ピクリ、と二人が一瞬だけ反応する。

 まだ、話してはいないようだ。

 しょうがない、と言うべきなのか。

 元々、彼の過去はまともな精神状態では話す事が出来ない。

 入ってはいけないトラウマの巣窟であり、パンドラの箱のように開けてはならない。

 

 

 そんな自分の過去を、彼は簡単に話そうとしない。

 …嫌われる事を恐るから。

 自分の罪の過去を、後悔の過去を教えて、嫌われると本気で思っているから。

 

 

 馬鹿な話だ、そんな訳ないのに。

 きっとみんな同情して悲しんでくれるだろうに。

 彼は──結翔君はそうは思わない。

 

 

「それを、今ここで話す事は──」

 

「出来ません。ワタシが言っても、信じてもらえない可能性がありますから。…だから、この招待状に書かれている記憶ミュージアムにてお待ちしております。勿論、黒羽根も白羽根も呼びません。呼ぶのは良くて数人です」

 

「分かった。……明後日、土曜日の正午にそこに行けばいいのね?」

 

「はい、そうです」

 

「……この事は、結翔さんに伝えても?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 

 話しながら招待状を手渡し、その招待状を見たまさらさんの質問と、こころさんの質問に答える。

 その後は、悩む二人を他所に、座っていたイスから立ち上がり、リビングの中を見て回った。

 

 

 一瞬、視界の端に映ったタロットカードとギター。

 それを見て、彼が変わらない事を悟った。

 誰よりも一途に仲間を思っている事を、誰よりも思っていたが故に永遠に後悔し続ける事を、ワタシは悟った。

 

 

 二人が小声で話をし続けている中、ワタシは手慣れた手つきでキッチンに行き、戸棚の奥の方に仕舞われていたマグカップを手に取る。

 料理途中だったのだろう、丁寧に下処理が行われ切り分けられた食材が転がっている。

 

 

 ワタシはそれを傍目に、インスタントのココア作りイスに戻った。

 そうして、ワタシが一服し終えると、答えが出たのかまさらさんが立ち上がってワタシを見据えながら言う。

 

 

「結翔の意見も聞くけど、一応参加希望よ」

 

「私も同じくです」

 

「分かりました、こちらの方もお二人が来る前提で話を進めておきますね」

 

 

 手に持っていたマグカップを置き、その場を立とうとした時。

 玄関のドアが開かれ、聞き慣れた声が響いた。

 

 

「ただい…ま…」

 

 

 途切れながら響く声、ワタシの靴に気付いたのだろう、ドタドタと足音を立てながら廊下を歩き、勢い良くリビングのドアが開かれた。

 制服姿の彼は、懐に入れておいたであろう拳銃をワタシに向けて、こう言った。

 

 

「マギウスの翼として俺の前に現れたら、敵だって言いましたよね?」

 

「お帰りなさい、結翔君。少しお話に来たんです。もう、お暇する所ですよ」

 

「嘘だ。あなたは腐ってもマギウスの翼の幹部、ただ話に来るなら顔が割れてる天音姉妹で十分だ。そうでしょう?」

 

「流石は結翔君、良く回る頭ですね。…新しい家族の皆さんとも仲が良さそうで何よりです」

 

 

 どこか嫌味を言うように、ワタシは話を続ける。

 決めたのだ、救う為に最低な女になると。

 彼に嫌われようと構わないと。

 ……ワタシは決めたのだ。

 

 

「…答えになってないです」

 

「まだ、話してないそうですね。色々と、昔の話を」

 

「……………………」

 

「それの事も話す体で彼女たち二人を、マギウスの翼が抱える魔法少女の解放についての講義にお誘いしました」

 

 

 無言で、ワタシの瞳を見る彼は、酷く悲しそうな顔をしていた。

 何故、そんな顔を向けるのか分からない。

 ポーカーフェイスは完璧な筈だ。

 …バレてる訳が無い、ワタシの嘘がバレてる訳ないのに。

 

 

 そう思ってしまう。

 …だから、ワタシはトドメを刺すように。

 彼の横を通り過ぎる寸前、耳元で呟くように言った。

 

 

「また、大切を作って、失うことになっても知りませんよ。あの時みたいに」

 

「──っ!! …分かってますよ、そんなの」

 

 

 無防備に、通り過ぎるワタシを見ない彼に少しだけ苛ついて、痕を付ける意味で耳を甘噛みした。

 ……反応してくれても良いのに。

 無反応な彼を置いて、ワタシはリビングを出てそのままの流れで家を出た。

 

 

「……大好きなんですよ。だからこそ、救いたいんです」

 

 

 ワタシは傲慢で強欲だから、大切な全てを救いたいし救われたい。

 ……そう言う意味では、あなたとワタシは似ているのかもしれませんね、結翔君。

 

 

 ──まさら──

 

 梓みふゆが出ていった後、結翔は何を思ったのか壁を殴った。

 その顔は、見た事のない顔だった。

 初めて見る、後悔の顔だったのかもしれない。

 

 

「クソっ!」

 

「あ、あの…結翔…さん? 顔色悪いですよ? 休んだ方が……」

 

「…大丈夫。で? どこに誘われたの?」

 

「記憶ミュージアムよ。何処にあるか知ってるの?」

 

「…………一応な」

 

 

 そう言うと、結翔は学校に持って行ってるバックから、クリアファイルを取り、私に渡した。

 ファイルの中には、記憶ミュージアムについて、と書かれている書類が数枚入っている。

 

 

「…最近出来たばかりのウワサなのね」

 

「丁度今日、ある程度調べ終わった所でな。運が良かったよ…いや、悪かったか」

 

「私とこころは行こうと思ってる。貴方はどう思う?」

 

「…行きたいなら行けばいい。俺は行けないけどな」

 

「行けない? 行きたくないの言い間違いでしょ?」

 

「ちょ、ちょっとまさら! 幾らなんでも…そんな言い方ないでしょ!?」

 

 

 事実そうなのだからしょうがない。

 私たちが、結翔と距離を詰めようと思っても、過去を知らないんじゃ本当の家族にはなれない。

 …私はそう思ってる。

 こころだってそうだ。

 

 

 結翔の事は嫌いじゃないし、結翔が私たちに言った唯一の願いくらいは叶えてもいいと思ってる。

 家族みたいになれたらいい、そんな他愛もない願いも彼にとっては本当なのかもしれないから。

 だから、過去を知らなくてはならない。

 

 

 私たちは知らなさ過ぎるから、知る為の手段は選んでられないのだ。

 結翔が喋りたがらないなら、他の誰かから聞けばいい。

 

 

「俺は臆病だ。人を傷付けるのが怖いし、人から嫌われるのが怖い。…だけど、お前らの邪魔をしようとは思わない。俺の過去が知りたいなら行けばいい。もっともな話、後悔するのは俺じゃなくてお前らだしな」

 

 

 突き放すように、吐き捨てるように、彼はそう口にしてリビングを出た。

 夕飯はいらないと、そう一言言って。

 

 

 チラッとこころの方を見やると、寂しそうにリビングのドアを見つめていた。

 私はそんなこころを見ているだけなのが嫌で、そっと視線を逸らし書類を目を通した。

 記憶ミュージアムのうわさ、その内容は──

 

 

 ──────────────────────

 

 アラもう聞いた? ダレから聞いた?

 記憶ミュージアムのそのウワサ

 

 変えたい記憶? 忘れたい記憶?

 それとも思い出したい、き・お・く?

 

 記憶の事でお悩みならば

 記憶ミュージアムにイラッシャイ!

 

 チリンとベルを鳴らしてみれば

 そこは、アラユル記憶を展示して

 研究を進める博物館!

 

 記憶を通して解明された

 色んな真実が見られちゃう!

 

 保管されてる記憶を見ると

 ソノ人の記憶に影響されちゃうって

 栄区の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 アリャコリャナンダー?

 

 

 ──────────────────────

 

 うわさの内容はこんな所。

 …対象者の記憶に影響される…か。

 洗脳される可能性は否めない。

 

 

 でも、直接結翔の記憶を見ることになる、と言う事だ。

 一体、結翔の過去に何があったのか、興味は有る。

 まぁ、それ以上に、その過去を知ってもっと距離を詰めるのが今回の目的なのだが…

 

 

 私は不思議な感覚に悩まされていた。

 見てはいけないものを見ようと、開けてはならないものを開けようとしている、そんな気がしたのだ。

 

 

 だけど、勘違い、私はそう決め付けて結翔に渡された書類を見やった。

 御丁寧に、ちゃんとウワサが潜む場所も書かれている。

 

 

 こころが環いろはとも連絡を取り、一緒に行く事を決めた。

 …触れてはならない部分に、手を掛けてるとは知らずに。

 

 

 ──結翔──

 

 約束の日の正午過ぎ。

 今頃、みんなは真実を知っている事だろう。

 魔法少女の命そのものであるソウルジェム。

 

 

 魔力を使うことは命を削る事。

 だから、俺は自分のソウルジェムを浄化できる。

 

 

 他にもある。

 魔法少女の真実。

 魔女との関係性だ。

 

 

 穢れを溜める魔法少女と、呪いを振りまく魔女。

 対を成す存在であり、魔女の落とすグリーフシードで浄化できるソウルジェムの穢れ。

 

 

 同一線上に存在する者同士でなければ、生物が交配できないように。

 ソウルジェムとグリーフシードが同一線上になければ穢れを浄化なんてできない。

 

 

 魔法少女の成れの果てが魔女であり、願いを叶えて魔法少女になったその日から何時か魔女になる運命を背負う。

 

 

 恐らく、ただ話すだけの講義はこれでお終い、体験学習に突入するのも時間の問題だ。

 記憶ミュージアムのうわさ、内容が本当なら見せるのは俺の記憶。

 

 

 みふゆさんではなく、俺の記憶。

 誰よりも絶望して、誰よりも希望を見出した俺の記憶。

 

 

 生温い記憶では意味が無い。

 ある部分で見せる記憶を切れば、問題なく洗脳できる事だろう。

 

 

 ……本当に良いのか? 

 

 

 そう、誰かが問い掛けてきたような気がした。

 

 

「…良くないに決まってんだろ!」

 

 

 一も二もなく飛び出した、場所は分かってる。

 バイクのエンジン音を鳴らし、俺は風を切るように記憶ミュージアムへと急いだ。

 ……そして、途中でやちよさんにも会った。

 

 

 やはり、と言うべきか、彼女も見過ごせなかったらしい。

 一時期の彼女に戻り掛けているが、今は構っている場合ではない。

 後ろにやちよさんを乗せて、目的の場所へと急いだ。

 法定速度はオーバーしていたが関係ない、今は一分一秒を争う事態なのだ。

 

 

 ようやく着いた目的の場所、一見ただの廃墟にしか見えない建物だが、臆することなく先に進む。

 初めに出会ったのは、白い襟で濃い緑色のブラウスと同じく濃い緑色でタータンチェックのスカートを着ており、頭にはブラウンのベレー帽を被った幼い少女。

 

 

 お嬢様のような長く伸ばされた茶色の髪に、知的探究心に満ちたダークブラウンの瞳。

 …間違いない、いろはちゃんが探して子の一人。

 里見灯花だ。

 

 

「あれ、あなたベテランさんにヒーローさん?」

 

「あなたは…」

 

「…里見灯花…だな?」

 

「ピンポンピンポーン! 大正解。改めて、初めまして七海やちよに藍川結翔。わたくしは里見灯花。マギウスのひとりだよ」

 

「里見灯花…環さんが探していた…!? いえ、その話は後よ環さんたちはどこに行ったの!? マギウスのひとりと言うならここで講義をしてたんでしょ!?」

 

 

 荒々しい声で聞くやちよさん。

 根本からは変われない、彼女の優しい一面は俺もよく知っている。

 優しいから、仲間を助けようと声を荒らげているのだ。

 どれだけ協力関係だと割り切ろうとしても、彼女は割り切れない。

 

 

 そう言う人間だから。

 

 

「それはもう終わったよー」

 

「じゃあどこに…」

 

「くふっ、記憶ミュージアムで体験学習中だよ」

 

「やっぱりそういうこと…私も行かせてもらうわよ」

 

「俺もだ、仲間が──家族が大変なんでな」

 

「邪魔をさせるわけにいかないよー。…いや、いっか」

 

「──っ!? どういうつもり?」

 

「体験学習の邪魔をしたかったら行ってきてもいいよってこと」

 

 

 掌を返すような反応を見るに、相当自信があるのだろう。

 今回の作戦に……

 けど、そんなの関係ない、考えなんて後回しでいい。

 今は、全力で助ける、ただそれだけで良いのだ。

 

 

「解せないわね…」

 

「この言葉には裏があるからね。それでも行く?」

 

「えぇ」

 

「勿論」

 

「わ、あっさり」

 

「裏だろうがなんだろうが構わないわ」

 

「その裏すら潰せばいい話だしな」

 

「………………。記憶ミュージアムを開くベルは扉の前に置いてあるよ」

 

 

 御丁寧に教えた里見灯花の横をぬけて先を行く。

 ベルを鳴らして中に入ると、そこは図書館のように本が整然と並べられている空間だった。

 魘されるように眠るまさらやここちゃん、みかづき荘のみんなを見て確信する。

 

 

 今すぐにでも止めなければ…と。

 

 

「どうぞ、真実をご覧になってください。ワタシが見て来た──いいえ、彼が見て来た魔法少女の真実を…。どうなって出てくるのか楽しみにしてます」

 

「やっぱりそういうことなのね」

 

「趣味が悪いですよ、みふゆさん」

 

「…やっちゃんに結翔君。あなたたちも懲りない人ですね、警告はしたはずですよ」

 

「私は善良な魔法少女を助けに来ただけよ」

 

「家族を──仲間を助けに来ました、それだけです」

 

「お互いに似てるんだか似てないんだか……。あなたたちも改めて見てきてください。あのときのことを…」

 

「その本は…」

 

「…まさか!?」

 

 

 刹那、みふゆさんが取り出した本が急に光り始め、俺たちを覆い尽くした。

 …次の瞬間、俺は意識を失って泡沫の夢を彷徨う事になった。

 切っても切り離せない、過去と言う名の泡沫の夢に──

 

 

 ──────────────────────

 

 これは少年が完璧なヒーローだったと…思い込んでいた時の物語。

 失って初めて気付く後悔の話だ。

 

 

 家族を作って──失って。

 初恋を知って──失って。

 

 

 屑に成り果てるまでの、ほんの少しのロスタイム。

 そこにいた誰もが忘れられない、想い出のロスタイム。

 

 

 奇跡を起こせなかった…変わらない過去の話。

 

 

 

 

 




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 次回から過去編である、二章「彼は誰かのヒーローだった」


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二章「彼は誰かのヒーローだった」
二十九話「弟子入りしましたヒーローくん」


 結翔「前回までの『無少魔少』。魔法少女の真実がみんなに知れ渡ったり、みふゆさんに過去の記憶に閉じ込められたりしたよ」

 まさら「今回から過去編なのよね、感慨深いわ」

 鶴乃「どんな事があるのか、ドキドキワクワクって感じたね!!ふんふん!」

 結翔「…あぁ、そういや、この頃の事はお前に言ってなかったっけ?」

 ももこ「事情があったししゃあないだろ。取り敢えず、過去編の第一話である二十九話を楽しんでどうぞ!!」


 ──結翔──

 

 咲良さんに貰った地図を片手に、俺はある場所を目指す。

 みかづき荘、と呼ばれる下宿屋だ。

 

 

 目的はただ一つ、そこに居るベテラン魔法少女である七海やちよさんに弟子入りする為だ。

 弟子入りする理由は…経験不足を補う為。

 魔法少女になってまだ数週間、幼馴染であるももこと狩りはしているし、他にも咲良さんからの依頼で仕事として狩りをしているが、未熟さ故に生傷が絶えない。

 

 

 先日、ももこに泣きつかれ、泣く泣く俺は誰かに師事する事にしたのだ。

 そして、その事を咲良さんに相談すると、師事するのに良い相手を紹介してもらえた。

 魔法少女歴四年のベテランで、比較的人格者、且つモデルとしても有名な七海やちよさん。

 

 

「……ここが、みかづき荘?」

 

 

 下宿屋と言うだけあって、大きい建物だ。

 緊張に体を強ばらせながらも、俺は勇気を振り絞ってインターホンを鳴らす。

 すると、十秒もしない間に、玄関のドアが開かれ神浜市立大附属学校の制服に身を包んだ七海やちよさんが現れた。

 

 

「…あら、新しい入居者かしら? 何も話は聞いてないのだけど…」

 

「あ、あの…えっと、俺は入居希望とかじゃなくて…その…」

 

「? 神浜市立大附属学校の生徒よね? 何年生?」

 

「お、俺は中等部一年の藍川結翔です! …で、で、弟子にしてください!!」

 

 

 …やっば。

 菓子折りとか色々持って来たのに、何も渡さず、理由とかも言わず、いきなり本題に行っちゃった…

 下げた頭を少しだけ上げて、一瞬、彼女の様子を伺う。

 …まぁ、そうだよね、固まるよね、いきなりあんなこと(弟子にしてください)言われたら。

 

 

 理由を説明しようと、体を起こして話そうとした瞬間、彼女の方から戸惑いの色が乗った声が聞こえた。

 

 

「と、取り敢えず、中で話を聞くわ。外じゃあれだし…」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 

 玄関先で靴を脱ぎ、来客用のスリッパを借りて廊下を歩く。

 少し歩いた先のドアを進み、共有ルームと思われる部屋に入る。

 リビングとダイニングとキッチンが一緒になったような部屋は、広々としていて快適そうだ。

 ソファやら丸いガラステーブルやら、色々と置かれている。

 

 

 適当な所に座ってと言われたので、一人用の小さなソファに腰掛け、持って来た菓子折りを膝の上に乗せる。

 …あれだな、モデルさんってだけあってスラットしてて、綺麗だしカッコイイ。

 身長は160そこらだろう…良いなぁ。

 

 

 150程しか身長がない身としては羨ましい限りだ。

 

 

 数分ほど、キッチンに行った七海さんが戻ってくるのを待つ。

 手持ち無沙汰なので、ただただぼーっと虚空を見つめる。

 戻ってきた七海さんは、自分用と俺用と思わしきマグカップを持って来た。

 

 

「コーヒーしかないの、ごめんなさいね。ミルクと砂糖は好きにしてちょうだい」

 

「ど、どうも」

 

 

 対面に座った彼女は、コーヒーの入ったマグカップと、コーヒーミルクとスティックシュガーが入った、可愛らしい箱を俺の方に寄せた。

 適当にスティックシュガーとコーヒーミルクを入れて、スプーンでかき回し、完全に砂糖が溶け切ったのを確認してから口に含んだ。

 

 

 慣れない苦味に顔を歪めながらも、落ち着きを取り戻した俺は先程の話を詳しくする為に口を開いた。

 

 

「…弟子入りの件なんですけど」

 

「モデル志望かしら? …悪いんだけど、それは私の方ではどうにも──」

 

「ち、違うんです!? そっちじゃなくて、魔法少女のあなたに弟子入りしたいんです!」

 

「…藍川くんだったかしら? 一体、何処でそれを知ったのか知らないけど、あなたが関われることじゃないわ、諦めなさい」

 

 

 男の俺が言っても、やっぱり信じてもらえないよなぁ……

 魔力は感じても、別の何かだと勘違いしてるんだろう。

 だったら、証明するまで。

 俺は制服のポケットから魔法少女の証であるソウルジェムを取り出し、一言。

 

 

「変身!」

 

 

 刹那、俺の体が光に包まれ、変化していく。

 魔法少女として、相応の体に。

 昔の踊り子のような扇情的な衣装は、黄色を基調とした色合いで出来ており、赤と白のラインが刻まれている。

 

 

 正真正銘、魔法少女としての俺がそこに居た。

 

 

「……………………」

 

「…あ、あの、七海さん?」

 

 

 口を開けて、ポカーンとしている七海さんの肩を揺さぶって、正気に戻す。

 正気に戻った彼女は、困惑の色が濃く出た顔で、俺に問掛ける。

 

 

「…本当に魔法少女なの? 藍川くんは」

 

「えぇ、まぁ。色々あって…」

 

「わ、分かったわ。…一応、私に弟子入りしたい理由も聞いていいかしら」

 

「えっと…。学校の先輩に聞いて、善い人なのは知ってたしベテランの魔法少女だって聞いたので…。あと、生傷が絶えないことを、幼馴染に怒られて、挙句泣きつかれたんですよ…それで弟子入りを。これ、菓子折です、後でどうぞ」

 

「御丁寧にどうも。…じゃないわね。はぁ…あなたの事について色々聞きたいのだけど良いかしら?」

 

「勿論、なんでも聞いてください」

 

 

 そう言った次の瞬間、七海さんの口から出てきたのは飛んでもない話だった。

 ピンポイントに狙ってるとしか思えない話だったのだ。

 

 

「割と最近の話なんだけど、自称ヒーローの魔法少女が東と西のテリトリーを行き来して、ピンチになった魔法少女を救ってるらしいの。しかも、あなたと全く同じ服装で、戦う時は右眼が水色に光っていたとか…」

 

「………………俺ですね。その、仕事の都合上、この街の中で魔女が出れば東や西とか関係なく行かなきゃいけないので」

 

「なるほどね…。でも、話を聞く限りじゃ、藍川くんは相当強いじゃない? 怪我なんてそうそう負わないと思うけど」

 

「…いや、ピンチの子を庇ってるとそうもいかなくて。倒す事は出来ても、どこかしらに怪我が残っちゃうんですよ」

 

 

 苦笑まじりにそう返すと、七海さんは「そう」と短く言った。

 数秒の間、静かな時が流れ、七海さんは顎に手を当てながら思い出したように聞いてくる。

 

 

「水色に光る右眼は、魔法少女としての固有の能力かなにか?」

 

「…あぁ、違いますよ。俺の固有の能力は──────ですから。水色に光る右眼は、魔眼を発動している証です」

 

「魔眼? …予想の斜め上を行く、ファンタジーな回答ね。…で、どんな力があるのかしら」

 

「俺が今持ってるのは、未来視の魔眼と千里眼だけですね。未来視はその名の通り、未来を視ることの出来る魔眼です。千里眼は半径1kn圏内を自由に見渡せる魔眼ですね」

 

 

 懐疑的な視線が、俺に向けられる。

 そんなの有り得ない、とは口にしては言わないが、視線が物語っていた。

 証明する方法は幾らでもあるが…どうするべきか…

 少しの間悩んだが、良い事を思い付いた俺は、声のトーンを上げて話し始める。

 

 

「今から、誰でもいいんでこの家に人を呼んでください。来た人を当てて見せます」

 

「…一回きりよ」

 

 

 そう言うと、七海さんはスマホを取り出して、誰かに電話をかけ始める。

 七海さんの事は少し調べたが、交友関係は全く手を付けてない。

 そこまでプライバシーを侵害するのはどうかと思うし、弟子として親しくなればそれも関係ないと思ったからだ。

 

 

 数分後、玄関の方でドアが聞こえる音がし、それに続くようにスタスタと廊下を歩く音が聞こえた。

 そして、その音は、この部屋のドアの前で止まる。

 瞬間、俺は未来視の魔眼を発動し、未来でドアの前に立つ──ドアを開ける人物を視た。

 

 

「一人は、白髪ショートで殿茶色の目をした優しそうな女の人で、もう一人は金髪ロングの目付きが悪い女の人です!」

 

「…正解よ。二人とも、入ってきてちょうだい」

 

「なんなんですか? 部屋の前で少しだけ立ち止まって欲しいって、ビックリしましたよ?」

 

「…私も……あんまりよく分からなかった…」

 

「取り敢えず、紹介するはね。今日から私の弟子になった、神浜市立大附属学校の中等部一年、藍川結翔よ」

 

「よ、よろしくお願いします!!」

 

 

 この日、俺の魔法少女としての新しい生活が始まった。

 




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三十話「どうして、そこまで強くなりたいの?」

 結翔「前回までの『無少魔少』。いよいよの過去編に突入し、やちよさんとの初対面を済ませたよ」

 まさら「結翔にも、あんな初々しい時期があったのね」

 こころ「結構驚きだよね」

 鶴乃「私も!全然知らなかったよ!」

 みたま「その頃の結翔くんに会ってみたいわねぇ」

 みゆふ「この頃の結翔君は……すっごく可愛かったんですよね」

 ももこ「アタシに確認取られても…。過去編二話であり三十話をどうぞ!」


 ──やちよ──

 

 結翔が家に来てから一週間。

 最初の頃は少しおずおずとした様子だったが、次第に慣れてきて、今では普通に話すこともできるようになった。

 

 

 そして、今日から本格的に彼への指導を開始した。

 真っ先に結論を求めるなら、私はこう言うだろう。

 私に師事する必要はない、と。

 

 

 魔法少女としての素のスペックだけでも、私と大差ないどころか私より上。

 固有の能力も、多様性に富んでいて、万能と言っても差し支えないレベルだ。

 

 

 彼自身が指導の前に私に言った通り、足りてないのは経験だけ。

 多様性に富んでいるからこそ、万能に近いからこそ、使いこなすのは経験を積むしかない。

 使う武器も様々、剣や体術に問題は無いが、それ以外は経験が必要。

 

 

 要するに、経験以外は全て問題ないのだ。

 経験だけが問題なのだ。

 だったら、私に師事する必要なんてない。

 …今更、追い返すなんて事はしないが、一応相談するべきだろう。

 

 

「今日はここまでよ」

 

「わ…分かりました」

 

 

 少し息の上がっている結翔に指導終了の声を掛ける。

 滴のように汗を垂らしながら俯く彼は、酷く疲労しているように見えた。

 当然だ。

 あれだけの力を使って、デメリットがない訳ない。

 

 

 魔眼を使ってる分、体だけでなく脳にも相当な負担が掛かっているのだから。

 結翔に、指導場所である建設放棄地に来る前に買っていた、スポーツドリンクを投げ渡す。

 

 

「疲れてるみたいね。キツかった?」

 

「いえ…大丈夫です」

 

「そう。…取り敢えず、呼吸が落ち着いてから話しましょう」

 

 

 そう言って、私は魔法少女の変身を解き、彼の息が整うのを待った。

 数分の時間を要したが、彼の呼吸は段々と落ち着きを取り戻し、元の呼吸に戻る。

 私はそれを見計らうように、もう一度声を掛けた。

 

 

「今回の指導を通して、分かったことを言うわ」

 

「…はい」

 

「私が思うに、あなたはどっちかって言うとパワーで押し潰す戦い方だけど、固有の能力は多様性に富んでる。余裕が有るなら、戦い方を変えるのがいいわ」

 

「戦い方を…変える?」

 

「そう、マルチタイプのあなたは、スペック的にみてもどれも上の上。だからこそ、パワーで来るタイプの奴にはスピードで、スピードで来るタイプの奴にはパワーで、あなたと同じタイプの敵にはそのまま押し切りなさい。それが出来るのがあなたよ──結翔」

 

「なるほど…」

 

「あとは、やっぱり経験ね。能力や力に振り回されないように、経験を積まないことには出来ることも出来ないわ。次の指導からは、そこを重点的にやりましょう。一つ一つの能力を最低限使えるようにする。地道な作業だけど、大丈夫?」

 

 

 私がそう聞くと、彼は魔法少女の変身を解き、輝く笑顔で「はい!」と頷いた。

 純粋な子だと、改めて思った。

 信じて疑わない目を向けられると、少しだけ意地悪をしてみたくなるのは、私だけではない筈だ。

 

 

 釣られて少し笑った後、私は目的の事を話した。

 

 

「結翔…あのね。さっきも言った通り、あなたに必要なのは経験よ。言い方は悪いけど、私に師事する意味はハッキリ言ってないわ。魔法自体も、上手く使えてるんだしね」

 

「…そうですか」

 

「…どうして、そこまで強くなりたいの?」

 

「初めて会った日も話したと思うんですけど、弟子入りしに来た理由は色々あるんですけど、一番大きいのは…幼馴染にあるんです。少し長くなるんですけど、良いですか?」

 

「えぇ、構わないわ」

 

 

「よかった」と、苦笑気味に呟いた結翔はそのまま話し始めた。

 強くなりたい、その理由を。

 

 

「ももこって言う奴なんですけど、昔っから男勝りな奴で、死ぬ程馬があって今まで一緒にやってきてたんです。でも、中学に入って少しした頃に、ももこが誘拐されて……」

 

「誘拐!? だ、大丈夫だったの?」

 

「なんとか、アイツは怪我なく済んだんですけど…。済んだ理由は、俺が誘拐犯の攻撃からアイツを守ったからで…背中に大きな傷が出来たんですよ」

 

 

 そう言うと、彼は上着を脱いで背中を見せた。

 …夥しいほどの傷の中で、特に存在感を持つ大きな切り傷が一つ。

 右の肩甲骨の辺りから、左脇腹に掛けての傷だ。

 恐ろしい程に綺麗な切り傷だった。

 

 

 ただの刃物で切っただけではそうならない、そう感じるような傷。

 

 

「これを付けたやつも、実は俺と同じ異能力者で、綺麗な切り傷になってるのもその所為ですね。確か、空気を刃にして飛ばす異能力だったかな…?」

 

「…随分落ち着いてるのね。私は、ちょっとパニック気味よ……」

 

「後で聞いて分かったんですけど……元々、ももこが攫われたのは俺に非があるんです。だって、その異能力者は俺の魔眼目当てで、ももこを誘拐して囮に使ったんですから。…父さんが生きてた頃は、父さんが守ってくれてたみたいで、そんな事、一回も起こらなくて。父さんが死んで一年ぽっちで、そんな事件が起こって、俺はそれを機に今の組織に入りました」

 

「……大変、だったのね」

 

 

 それくらいしか、言える事がなかった。

 彼の話によると、その後は幼馴染が魔法少女になってる事を知り、自分も後を追うように魔法少女になったらしい。

 

 

「俺が強くなりたい理由は幼馴染であるももこを泣かせたくないから…あと、父さんが命を懸けて守ったこの街を守る為、ですかね」

 

「大好きなのね、その幼馴染さんの事」

 

「はい、たった一人の家族みたいなもんですから。…だから、アイツが悲しそうな顔をするのが見てられなくて。だってアイツ、俺が背中を見せる度に悲しそうな顔するんですよ?! しかも、傷を増やして帰ったら泣いて怒るし。…ホント、溜まったもんじゃないですよ」

 

 

 優しそうな笑顔で、結翔はそう言った。

 歳不相応な慈しみを知る彼に、私は一抹の不安を覚えながらも、何かを言うことはなかった。

 ただ、静かに、大切を語る少年を見守る。

 

 

 街を守りたいのは本当で、でもそれ以上に幼馴染を大事にしているのも本当で。

 きっと、私には考えられないような苦しみがあったのだろう。

 

 

 若干十一歳にして、両親が居なくなる。

 世の中に目を向ければ、もっと辛い環境の人間もいるだろう…だけど。

 私の目の前に居て、その心を知ることが出来るのはたった一人──藍川結翔だけ。

 

 

「父さんがよく言ってました。女を泣かせる奴と、お礼を言えない奴は何時まで経っても半人前だって」

 

「良いお父さんね」

 

「…俺の憧れです」

 

 

 …叶うなら、彼が笑っていられる未来があったらいいな、そう思った。

 

 

 ──結翔──

 

 夜も八時を回った頃、薄暗い街灯の明かりに照らされながら、歩き慣れない帰り道を歩く。

 一人、と言うのは味気ないが仕方ない。

 アドバイスされたことを真剣に考えて、新しい戦法をブツブツと呟いていると、後ろから声を掛けられた。

 

 

「おーい! 結翔ー!」

 

「んぁ? ももこか、どした?」

 

「どした? じゃねぇよ。帰ってくる時間くらい連絡しろって、危うく冷めた料理振る舞うところだったぞ」

 

「あー、悪い。色々考えながら歩いてたから…つい」

 

「…心配するから、ちゃんと連絡してくれ」

 

 

 俯いてそう言うももこから、買い物袋をひったくり、空いた手で彼女の頭を撫でる。

 申し訳なくて、言葉で返しても安心なんてさせられないから、行動で返す。

 でも、簡単には許してくれなくて、「バカ…アホ…ポンコツヒーロー」と吐き捨てるように呟く。

 

 

 ……おい待て、最後のは聞き捨てならないぞ。

 誰がポンコツヒーローだ、誰が。

 

 

「おいももこ、ポンコツヒーローはないだろ」

 

「じゃあ、アッパラヒーロー」

 

「いや、それも──」

 

「バカヒーロー」

 

「…それでいいよ」

 

 

 結局、家に帰るまで、俺は彼女の頭を撫で続けた。

 途中から少しづつ、こちらに肩を寄せてきて、俺の存在を確認するように腕を組んだ。

 

 

 暑苦しいと、文句の一つでも言ってやっても良かったが、俺は終始無言を貫いた。

 今日で、改めて再確認させられる。

 

 

 彼女は──十咎ももこは、俺の大切な存在だと、大切な家族だと。

 やちよさんたちも、いずれ俺のそう言う存在になるのだろうか? 

 

 

 分からない…けど、彼女たちのそう言う存在になれたら嬉しいと、純粋に思った。

 俺の中では分からないけど、彼女のたちの中で大切な存在に、大切な家族になれたら、嬉しいな。

 

 

 夜道を二人で歩きながら、俺は未来に思いを馳せた。




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三十一話「彼がヒーローたる所以」

 ももこ「前回までの『無少魔少』。やちよさんとの特訓で、結翔が多様性に富んでいて、万能な能力を持っていることが分かったり、大切にしているものが分かったな」

 結翔「未だに、能力は明かされないんだな」

 まさら「チート能力だからでしょ?」

 こころ「強過ぎて明かせないってやつですか?」

 しぃ「…その通りだ」

 ももこ「誰もツッコミしてくれないって…悲しいんだな」

 結翔「大切にされてるももこちゃんって言って欲しかったのか?」

 まさら「…可愛いわね」

 こころ「可愛いですね」

 ももこ「うがぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!もう、さっさと三十一話をどうぞ!!」


 ──みふゆ──

 

 結翔君が家に来てから、早二週間。

 彼はすっかりみかづき荘の生活に慣れ、ワタシややっちゃん、かなえさんと話す態度も柔らかいものになっていた。

 

 

 そんな、秋真っ只中のある日。

 何時もなら稽古? 鍛錬? に出かけている筈の結翔君が、みかづき荘のリビングで、教科書を広げて勉強をしていた。

 しかも、「うーん、う──ん」と教科書と睨めっこして唸っている所を見るに、行き詰まっているようだ。

 

 

 …やっぱり、こう言う時は、年長者としてお姉さんとして、勉強を教えて上げるものでしょう。

 距離をもっと縮められるチャンスでもあるし、一石二鳥と言うやつです。

 これ幸い、そんな感じで、ワタシは勉強中の彼に声を掛けた。

 

 

「結翔君? お勉強ですか?」

 

「ん? …あ、はい。仕事の都合上、何時授業に出れなくなるか分からないんで、先を見越して予習しとこうかと…」

 

「…そうですか。でも、行き詰まってるように見えましたよ? 大丈夫ですか?」

 

「実は…そうなんですよ。ぶっちゃけ、行き詰まってて。もし良ければ、教えてもらっていいですか?」

 

 

 苦笑混じりの申し訳なさそうな表情で、彼はワタシにそう言った。

 仲間なんだから遠慮する必要なんてないのに……

 ワタシは二つ返事で了承し、結翔君から教科書を借り問題に目を通した。

 

 

『CはADの中点で, ∠BAC=∠EDCのとき、△BAC≡△EDCとなることを証明せよ』

 

 

 ……どうやら、ワタシはとんでもないミスをしたらしい。

 問題に目を通した瞬間、ワタシはそう覚った。

 何を隠そう、ワタシは数学が大の苦手教科なのだ。

 苦手教科だから忌避してるなんて訳じゃない、しっかり授業は受けてるし、テストもそこそこの点数は取れるよう頑張ってるが……

 

 

 どうにも六十点の壁を超えられず、基礎問題がギリギリ、応用問題なんて以ての外だ。

 加えて、ワタシが一番苦手なのは証明問題。

 …やっちゃんの手助けがあってようやく一問解けるか解けないか、そんなレベルなのだ。

 

 

 チラッと、結翔君の様子を見やる。

 ……キラキラとした希望の眼差しを向けられていた。

 ワタシが丁寧に教えてくれるのを信じて疑わない目だ。

 ど、どうしよう、彼の純粋な好意が、今のワタシには重い。

 

 

 アワアワと、教科書に書かれた問題と睨めっこしていると、結翔君もワタシの異変に気付いたらしく、居た堪れない表情になっていた。

 …あぁ、ワタシはなんてダメなお姉さんなんでしょう。

 純粋な少年に、こんな表情をさせてしまうなんて……

 

 

「あ、あの? みふゆさん? だ、大丈夫ですか…?」

 

「結翔君…ごめんなさい。ダメなお姉さんで…ごめんなさい」

 

 

 ガラステーブルに突っ伏し、ネガティブに自己嫌悪するワタシを、彼はあの手この手で起き上がらせる。

 数分後、なんとか起き上がったワタシが教科書を見直すと、名前の欄に『七海やちよ』と書かれており、しかもこれが二年生の物だと分かった。

 

 

「…結翔君? これって、二年生のものですよね? どうして…?」

 

「さっきも言いまたしけど、仕事の都合ですよ。早め早めに予習してるんです。中学一年のは残り少なかったんですぐ終わって、今は二年のやってるんですよ」

 

「そうだったんですか…道理で…」

 

「…え、英語! 英語教えてもらっていいですか!? いやー、俺、英語も苦手なんですよ。こっちも詰まってるんでお願いします!」

 

 

 気遣われてる。

 四歳下の異性に、気遣われてる。

 なんだろう、恥ずかしいと思うべきなのだが…これはこれで、なんとも言えない感情が────

 

 

 二時間後、ガラステーブルの対面に座りながら、ワタシたちは勉強を進めていた。

 結翔君は飲み込みが早く、ワタシが少し教えると、スラスラと問題を解いて行った。

 ワタシの教えが良いからだと、彼は言ったがそうではない。

 

 

 人並みの教え方だった筈だ。

 だから、彼の地頭の良さが出ただけだろう。

 

 

「──っと、そろそろ休憩しましょうか」

 

「…ですねぇ。少し疲れちゃいました」

 

「今日は少し暑いですからね…冷たい麦茶でも持ってきます」

 

 

 そう言って、ワタシは立ち上がり、棚から二人分のコップと冷蔵庫から麦茶の入った冷水筒を持って行く。

 …今更だが、彼は暑くないのだろうか? 

 時期的にはまだ更衣は夏服でも構わない筈なのに、長袖のワイシャツにブレザーを羽織っている。

 

 

 休憩合間の雑談ついでに、ワタシはそれを聞くことにした。

 

 

「一つ聞きたいんですけど、結翔君は暑くないんですか? 今日は夏日で、まだそっちの学校では、更衣は夏服でもいい期間なのに冬服ですけど」

 

「俺…夏服──と言うより、半袖の服とかハーフパンツとか着れないんですよ。体中にできた傷が酷くて」

 

 

 カラカラと誤魔化すように笑い、彼はブレザーとワイシャツを脱ぎ、シャツ一枚になった。

 そのお陰か、体中にある夥しいほどの傷の一部が空気に晒される。

 浅いものもあれば深いものもあり、細い傷跡があれば太い傷跡もある。

 

 

 修羅の道を歩んで来たのかと疑う程に、彼の体は傷だらけだった。

 とても、十二歳の少年にある傷の量ではない。

 

 

「…これは、魔法少女になる前に出来た傷ですか?」

 

「大半はそうですね、一部は魔法少女になってから出来た傷ですが」

 

「…ちょ、ちょっと待って下さい!? 魔法少女になってからも、傷が増えてるんですか?!」

 

「えっ?? いや、そうですけど…」

 

 

 有り得ない、本来有り得る筈がない。

 魔法少女とは、魔女と言う呪いを振り撒く怪物と戦う宿命にある。

 だからこそ、体もそれ相応に変化し、ちょっとやそっとの事じゃ傷なんて出来やしない。

 

 

 もし、怪我をしたとしても、治癒魔法は初期の初期に習う必須科目だ。

 習わない訳がないし、幼馴染さんが先に魔法少女になってるんだったら、教えてもらってる筈だ。

 …なら、何故? 

 

 

「結翔君、一つ教えておきます。本来なら、魔法少女になった人間は、ちょっとやそっとの事じゃ怪我をしませんし、傷にもなりません。しかも、傷を負っても、治癒魔法で治すことが出来る筈です。…治癒魔法は──」

 

「習いましたよ、幼馴染に。…でも、なんでなのか、俺の治癒魔法は他人にしか使えないんですよ。それに加えて、他の魔法少女の治癒魔法も、俺には効き辛いみたいで…」

 

「……そんな事が」

 

「元々、特異体質の集合体みたいなもんですからね。医者が言うには、今まで普通に生活できていたのが奇跡らしいです。常人より発達した脳、生まれつき脆い体、薬の効き目の薄さ、自然治癒能力の異常な高さ。良さと悪さのバランスが取れてないって。まぁ、体が脆い言っても、病気にかかりやすい訳じゃなくて、ただただ、骨や筋肉や皮膚が傷つきやすいってだけなんですけどね」

 

 

 いきなり言われた物凄い情報量に困惑気味のワタシは、彼の言葉にまともに返せず、押し黙ってしまった。

 …彼の言葉が本当なら、彼はそんな危険な状態で人助けをしてると言う事だ。

 正直に言って、正気の沙汰じゃない。

 

 

 ただでさえ傷つきやすくて──脆い体で、誰かを庇って傷跡を増やす。

 一歩間違えば命を落とす事だってあるのに、彼は全く持ってそんなの気にしてない。

 

 

「…幼馴染さんが泣きついた理由が分かりますね」

 

「……? どうしてですか?」

 

「だって、結翔君は全然、自分の命を大切にしてないじゃないですか!?」

 

「別に大切にしてますよ。俺は目の前の命を助けるのに必死なだけで、自分の命だって大切に思ってます。…だって、この命が無かったら、救えない人が大勢居るから」

 

 

 きっと、今の答えが、彼がヒーローたる所以なのだろう。

 誰かの命を助ける為に、自分の命を使う。

 自分の命が無いと誰も助けられないから、大切にする。

 

 

 ワタシはその日、純粋な光である──希望である彼からは、到底考えられないほどの理想の歪さを見た。

 

 

 ──結翔──

 

 自室のベットにて、俺は天井を見上げながら、今日の事を考え込んでいた。

 みふゆさんに言われた『自分の命を大切にしてない』の一言。

 俺なりの答えを返したつもりだが、その後にも勉強を教えてくれた彼女はどこか暗かった。

 

 

「…なに、ミスったのかなぁ」

 

「…明日も早いんだぞ、早く寝ろよ」

 

 

 モゾモゾと俺の隣で身動ぎをするももこにそう言われ、渋々俺は目を瞑る。

 約一か月前の誘拐の件から、彼女は時たまこうやって俺と一緒に寝るようになった。

 

 

 …まぁ、あんな事があればPTSDになっても可笑しくない。

 逆にならない方がどうかしている。

 ももこの場合は、暗闇がどうにもダメらしい。

 俺と一緒じゃない時は、母親か弟に力を借りてるとか。

 

 

 頻度としては俺が一番多いらしいが、理由ははぐらかされた。

 ただ一言、「お前の隣が一番安心する」とだけ言って。

 

 

 嬉しいような、悲しいような。

 そんな気持ちが、俺の中に渦巻いた。

 

 

 血の繋がった家族より、俺を居場所として求めてくれることが嬉しくて。

 血の繋がった家族より、俺を居場所として求めていることが悲しかった。

 同じ理由で、二つの感情が湧く。

 

 

 そっと、その感情に見ない振りをして、少しだけ震えるももこを抱き締めた。

 壊さないように、優しく抱きしめた──贖罪の念に駆られながら。

 

 

 思えば、この時から、俺は歪み始めていたのかもしれない。




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 ※結翔君は特異体質のオンパレードだけど、分かっている読者さんなら分かる。


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三十二話「立てた約束は守ってもらわないと」

 かなえ「前回までの『無少魔少』。結翔が自分の特異体質を話したり、みふゆが自分の命を粗末にする結翔を怒った話……かな」

 結翔「特異体質って面倒臭いけど、カッコイイよなぁ」

 まさら「そうね……分からなくはないわ」

 こころ「……えぇ、普通の方がいいんじゃないかなぁ?まぁ、魔法少女の時点で普通じゃないけどさ」

 結翔「そう言えばそうか…」

 かなえ「思う所はあるけど……楽しんで三十二話をどうぞ」



 ──かなえ──

 

 あたし、雪野(ゆきの)かなえは、あまり愛想良くはないし口数も多くない。

 生まれながらの三白眼と金髪の所為で、他人からは良い印象を持たれ難い。

 

 

 初対面の人には、大抵一歩引かれるのに彼は──結翔は違った。

 空いてる時間にあたしと会えば、飽きることなく話し掛けてくる。

 話題のストックがどれだけあるのか気になる程話は続くが、あたしは短い相槌を返すだけ。

 

 

 普通は楽しくなんかないだろうに、彼はあたしに話し掛けてくる。

 満面の笑みで、あたしに話し掛けてくる。

 純粋な──無垢な笑みをこちらに向ける結翔に、あたしは知らぬ内に心を許し、偶に彼の前でも笑えるようになっていた。

 

 

 出会ってから三週間の節目のある日。

 初めて、あたしから話題を振った。

 もっとも、身勝手な願いを聞いて欲しいが為に……だが。

 

 

「…結翔は…さ。ピアノ…弾けるんだよね?」

 

「へ?…あぁ、弾けますよ。母さんがピアニストでしたし、今でもそれで食ってるくらいですから。物心ついた頃からよく弾いてました。……まあ、最近は、指を訛らせないために、偶に弾くくらしいしませんけど」

 

「……そっか。キーボードも……弾けたりする?」

 

「えぇ。家にピアノ置けるほど裕福でもなかったですし、ピアノ教室に行って弾く以外は、家に置けるキーボードで代用してましたから。…それがどうかしたんですか?かなえさんから話題振るなんて珍しいです」

 

「実は──」

 

 

 その言葉に続くように、あたしは願いを──頼み事を話した。

 軽音部に入っていて、バンドをやっている事。

 そのバンドで近々ライブがあり、その練習にギターだけだと味気ないし、合わせの練習も出来ないので、キーボードを弾いて手伝って欲しい事。

 

 

 諸々の事を話終えると、結翔は目を輝かせながらこう言った。

 

 

「かなえさん、バンドやってたんですか!?凄いです!カッコイイじゃないですか!!勿論、手伝います!」

 

「あ…ありがとう。……取り敢えず、キーボードを──」

 

「持ってきます!!」

 

 

 ……物凄いスピードで、結翔はみかづき荘のリビングを飛び出し、そのままキーボードを持ってくる為に家に帰った。

 先に言えば良かった、もうあたしの部屋にキーボード持ってきてあるって。

 まぁ……自分の奴の方が、調整もし易いし……良いのかな?

 

 

 待つ時間が勿体ないと思ったあたしは、自室からギターを持ってきてチューニングを始める。

 チューナーにギターを繋ぎ、弦を鳴らしながら逐一チューナーを見てペグで高さを合わせる。

 慣れたもので、最初は十分以上かかっていたが、最近は五から六分程で出来るようになった。

 

 

 チューニングが終われば、ギターアンプをスピーカーに繋ぎ、暇潰しに一曲弾いてみる。

 今日はやちよもみふゆも居ないから、迷惑は掛からないし、みかづき荘の近くの民家は少し遠いので、騒音被害になる事もない。

 

 

 暗譜は済ませてあるので、特に楽譜を見ることも無く、スムーズに曲を進めていく。

 途中から、歌詞を口ずさみ始めると、あたしは止まることをしならい子供のように弾き続け。

 気が付いたら、一曲だけと思っていたのに、結翔が帰ってくるまでに三曲は弾いていた。

 

 

「良い音でしたね。…優しい感じがして、俺は結構好きです」

 

「そう…。早速だけど……一回弾いてみて」

 

「了解です!」

 

 

 結翔はあたしがそう言うと、パッパと調整を始め、二分ほどでオーケーのサインを出してくる。

 単純に実力が見たかったあたしは、クリアファイルに入れっぱなしにしていた、適当な楽譜を取り出して渡した。

 それを受け取った結芽は、ふむふむと流し見をしながら頷き、キーボードに備え付けられている楽譜立てに楽譜を置き、手慣れた指運びで演奏を開始する。

 

 

 渡した楽譜はJ-POPの曲で、どちらかと言うとノリや勢いのある曲調なのだが、結翔が弾くと落ち着いた温かさある曲調に変わった。

 まだまだ音楽の道を歩んで間もない若輩者だが、今のあたしにも分かる事がある。

 彼は──結翔は紛うことなき天賦の才を持っている。

 

 

 原曲の形を残したまま、オリジナルと言っていいほどに高い完成度で曲調を変化させ、与える印象を変化させたのだ。

 

 

 思わず、漏らすはずのなかった感嘆の声が漏れだした。

 

 

「……良い」

 

「ホントですか?!良かったぁ……結構不安だったんですよ」

 

 

 苦笑気味にそう言った結翔に、あたしは改めてお願いすることにした。

 

 

「結翔……あたしと一緒に……弾いてくれない?」

 

「喜んで!」

 

 

 やちよとみふゆが帰ってくるその時まで、あたしたちは音楽を奏で続けた。

 夢のように過ぎた、楽しすぎる時間。

 余韻に何時間も浸れるほど、痺れるものがあった。

 

 

 そんな感覚を味わせてくれたお礼に、結翔にライブのチケットを渡した。

 まだまだ未熟だが、結翔にあたしの──あたしたちの音を聞いて欲しかったから。

 ……本当に、良い一日だった。

 

 

 ──結翔──

 

 貰ったチケットで見に行ったライブ。

 体の芯から燃えるような熱さが、ライブの会場には詰まっていた。

 トリを飾ったのが、かなえさん──ううん、かなえたちのバンドだった。

 

 

 三曲やって、三曲とも違う曲調だった。

 一つは、激しくも落ち着きのある曲調のもので、もう一つは、優しく温かい曲調のもので、最後のは明るく力強い曲調のもの。

 そのどれもが、心に響き渡るような良い音だと思った。

 

 

 ライブが終わった直後、俺は関係者特権でかなえが居る控え室に飛び込んだ。

 他のバンドグループの人たちも、余韻に浸っているのか誰も動こうとしていない。

 

 

 キョロキョロと辺りを見渡して、数秒も経たない内にかなえたちを見つける。

 

 

「かなえ!!」

 

「……結翔……どうだった?」

 

「最っ高だったよ!!最高過ぎて、さっきから手の震えが止まんない!」

 

「…そっか…それは良かった。…もし、結翔が良ければ……」

 

 

 言おうとした言葉は途切れ、口篭るかなえ。

 何か迷っているのだろうか?

 別に迷うことなんてないのに、言いたい事は言った方がいいに決まってる。

 

 

 だが、俺はそれを口に出す事はなく、かなえの言葉を待った。

 彼女が自分の意思で言う言葉を待ったのだ。

 沈黙の中、数分の時が過ぎ、ようやく彼女の口が開かれる。

 出てきた言葉は──

 

 

「次のライブ…ゲストとして……出ない?」

 

「…良いの!?出る!出たい!!ふぉーう!テンション上がるー!」

 

 

 嬉しさの余り、その場でバク転するような勢いで飛び跳ねた。

 周りに居たバントメンバーには微笑ましく見守られ、かなえにな少し呆れられながらも、俺は喜びを顕にした。

 だって、しょうがないじゃないか。

 

 

 あんな音を奏でた人たちと一緒にやれるなんて、そう言う音楽の道を歩いてる人なら絶対喜ぶ。

 何故なら、俺が現に喜んでいるからだ!

 

 

 まぁ、その後は、はっちゃけ過ぎた俺を、かなえが抱いて外に出た。

 少ししたら下ろしてもらえて、喜びや嬉しさに浸りながら、かなえと帰り道を歩いた。

 ルンルン気分で鼻歌交じりに歩いていると、一瞬、視界にノイズが走り世界が切り替わる。

 

 

 未来視の魔眼を発動していない筈なのに、断片的な未来の情景が流れ込んでくる。

 視えたのは、強そうな魔女に砕けた紫色のソウルジェム、横たわるかなえ。

 ……未来視の魔眼で視えた事は絶対に起こる──が、俺なら変えられる。

 

 

 魔眼で未来を知った、特異点である俺なら。

 切り替わった世界が元に戻ると、かなえが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

 

「…大丈夫?」

 

「心配ない、気にしないで」

 

 

 俺はそれだけ言って、先を急ぐように早足で歩いた。

 約束したんだ…ライブを一緒にやると。

 それまでに、彼女に何かあっては困る。

 

 

 ……立てた約束は守ってもらわないと。

 だから、その為に。

 

 

 ──俺がかなえを守る。

 大切な仲間を、大切な友達を、大切な家族を、俺が……この手で。

 




 結翔くんは、結構恵まれている部分はあります。
 人間関係とか、才能とか。
 主立って、恵まれてない点を上げるなら心の強さ……ですかね。


 特別短編は、過去編が終わってから本編と同時進行でやります。


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三十三話「なんで、死なせてすらくれないんだよ!!」

 結翔「前回までの『無少魔少』。俺とかなえとの仲が掘り下げられて、尚且つ不穏な未来が垣間見えた話だったな」

 まさら「本編に出て無いと、ここしか出番がないから困るは」

 こころ「だよね。暇だから、どこか行きたいけど、行ってる間にこの席取られるのやだし…」

 みたま「そんな事言っていいのぉ?わたしなんて、全然出れてないのよ?」

 ももこ「ダル絡みすんなよ、調整屋。アタシだって出れてないんだぞ?」

 結翔「はいはい。出れてない談議はその辺にして、皆さんは楽しんで三十三話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 あの不吉な未来視から一週間ほどが経った。

 特になにも起きること無く時間は過ぎていったが、俺は出来るだけ警戒を緩めないよう、気を張って生活をしていた。

 

 

 ……そして、今日。

 昨日、取り逃してしまった魔女の再調査をする事になった。

 未来視の事を誰にも言ってなかった俺は、かなえが集団行動が苦手な事を知っていたので、二人一組で調査することを提案し、彼女を一人にしないよう努め難を逃れた。

 

 

 調査の最中も、かなえの一歩前を行き、何時でも対処出来るよう魔眼を起動状態に保つ。

 脳への負担は掛かるが、泣きごとを言っていられる余裕はない。

 もしかしたらじゃなくても、かなえの生死が掛かってるのだ。

 慎重に慎重を重ねて、調査をする俺にかなえは疑問を覚えていたようだが、特に何かを言われることは無く、調査は進んだ。

 

 

 徐々に足取りが掴めてくると、魔女の逃げ場が建設放棄地だと知る。

 人通りが少ない為、逃げ場には丁度いいが、養分を蓄えるには向いてない。

 …昨日やり合って分かったが、もう既に手をつけ難いレベルで強くなっている。

 

 

 あれだけ強ければ、養分もそれ相応に必要だろうに……何故? 

 浮かんでくる疑問に、納得のいく答えが出せないまま目的の場所に向かうと、やちよさんにみふゆさんもやって来ていた。

 

 

「調査はお終いね」

 

「ですね。……お二人も、ここに来たってことは」

 

「間違いないと思います」

 

「…やるなら……早くやろう」

 

 

 全員が一斉に変身すると、魔女の結界が現れる。

 誘い込むように現れたそれに、俺たちは突入し辺りを見渡す。

 …少し離れた先に、魔女の姿が見て取れた。

 逆さまになった生首の姿をしており、先端がカールした髪と大きな鼻、唇を突き出した口が特徴。

 

 

 ……嘘だろ。

 何で、昨日より魔力が濃くなってるんだ? 

 ただでさえ厄介だったのに、比にならないレベルで強くなってる。

 

 

「…やられたわね。あそこまで成長したのは一晩でかなりの人間を捕食したみたい」

 

「…クソっ!」

 

「待ちなさい結翔!? 一人で突っ込んでも──」

 

 

 やちよさんの制止を振り切って、魔女に突っ込んだ。

 当然のように、俺の周りを使い魔が取り囲む。

 魔女の使い魔は、操り人形を吊るす木片を繋げた白い下半身の姿をしている。

 

 

 …だけど、そんな事はどうでもいい。

 俺は固有の能力を使って、あるものを体内に仕込む。

 その後は、体中を炎が包み込み、手近な使い魔に抱き着き叫んだ。

 

 

「ウルトラダイナマイト!!」

 

 

 叫び終えた瞬間、眩い閃光が辺りを包み大爆発を引き起こす。

 辺りに居た手下は灰も残らず吹き飛んでおり、無くなった筈の俺の体は光の粒子と共に再生される。

 奥の手中の奥の手、俺が知る中で最大級の自爆技。

 使用後の疲労は半端なものでは無いが、相手を倒す為ならしょうがない。

 

 

 それより今は、魔女を倒すのが先決だ。

 これ以上犠牲者を増やされて溜まるか! 

 街を──街で生きる人を守るって決めたんだ!! 

 

 

 ……この時、俺は冷静じゃなかった。

 早く気付けば良かったんだ、目の前からじゃない、死角から迫る脅威に。

 

 

 訳も分からぬまま咄嗟に、俺の体が突き飛ばされた。

 振り向くと、そこにはかなえが居た。

 その後ろには、使い魔に拘束されて動きが封じられているやちよさんとみふゆさん。

 

 

 俺を突き飛ばしたかなえにな絡みつく使い魔。

 そして、それを狙ったように口からレーザーを発射する魔女。

 かなえは、ギリギリ動かせる腕を駆使し、武器である鉄パイプでレーザーを受け止める。

 

 

 ……早く、助けなくちゃ。

 そう思っても、体が動かない。

 否、動かせない。

 さっきまでは、怒りの所為でアドレナリンがドバドバ出ていたから立っていられたが、一度途切れてしまえばお終いだ。

 

 

 ウルトラダイナマイトの影響で、まともに体が動かない。

 ただただ、俺は涙を流しながら、彼女の背中を見つめる事しか出来なかった。

 一瞬、彼女は振り返って、俺にだけ届く声で言った。

 

 

「約束……守れそうにない」

 

 

 こんな時になっても、彼女はそう言ってくれた。

 俺が守る筈だった、俺が約束を守らせる筈だった。

 なのに…なのに、俺は……

 

 

 悔やんでも悔やみきれない。

 彼女の奮闘のお陰で、俺たちは三人は救われた。

 …代わりに、大切な仲間である彼女──雪野かなえを失う事で。

 

 

 結界が解かれ、俺は砕けたソウルジェムを必死に集めた。

 砕けたなら直せる。

 そんな甘い考えの元で、俺は死に物狂いで集めた。

 

 

 でも、それは無駄な事だと、無慈悲なキュウべえからの宣告が聞こえる。

 

 

「ソウルジェムは君たちの魂その物だ。君の能力がどんな物でも治せるわけが無い」

 

「……は? …じゃあ、なんだよ。かなえはもう死んでるって事か?」

 

「? 何を言ってるのか分からないな。君たちの体は既に死んでるのと同じだよ? 魂を抜き取ってソウルジェムとしてるんだ、魂であるソウルジェムが無くなったらただの抜け殻さ」

 

「……なんだよ、それ……!」

 

 

 心がぐしゃぐしゃに握り潰されたような感覚。

 父さんが死んだ時と同じか、それ以上の絶望だった。

 そして、その絶望がキーとなり、新しい魔眼が目覚める。

 ……どこまでも遅い目覚めだった。

 目覚めた魔眼は俺が集めていたソウルジェムの欠片を、完全に復元して見せたのだ。

 

 

 ……だが、かなえは起きる気配がない。

 代わりに、キュウべえが抑揚のない声で語り掛けてきた。

 

 

「…流石だね、結翔。まさか、ソウルジェムを──魂を復元するなんて、一体君は何者なんだい? 興味が尽きないよ」

 

「……そんなの知るか!! 治したんだから! かなえは起きる筈だろ! なんで起きない!!」

 

「一度散り散りになった魂が、完璧に復元された程度で治るとでも? 魂はそんな生易しい物じゃないよ。ボクたちですら、扱いを間違えるんだからね」

 

 

 何故起きないかの証拠のように、綺麗な紫色だったソウルジェムは無色透明なものになっており、輝く事も穢れが映ることも無い。

 やちよさんもみふゆさんも何も言わない。

 ただただ、嗚咽を漏らす俺の背中を摩っていた。

 

 

「約束……したじゃんか! 一緒にライブやるって…約束…したじゃんか! 守らせる筈だったのに…なんで…なんで! お前が俺を守ってんだよ! 逆だろ! お前が守られるべきだっただろ!」

 

 

 無茶苦茶な言葉を涙と一緒に吐き出して。

 最後には、悲しみが怒り──いや憎悪に変わり、その場を飛び出した。

 アイツを死に追いやった、魔女が許せなかった。

 ──それと同じくらい、自分が許せなかった。

 

 

 何度も何度も、変身と再変身を繰り返し、ボロボロになっても治る体で戦い続ける。

 魔女を三体倒した所で、八つ当たりのような復讐になんの意味もない事に気づいて、事務所に向かった。

 

 

 報告しなければならないから。

 魔女との戦闘での結果を、報告しなければならないから。

 変身と再変身を繰り返して、治りかけのボロボロな体を引きずって歩き、辿り着いた先で咲良さんに迎えられた。

 

 

 知っていた、全部知っていたのに、彼女は俺の話を何も言わず聞いてくれた。

 全部話し終わった後に、彼女はこう言ったのだ。

 

 

「……お疲れ様。今回の件は…残念だったわ。でも、ここで終わるなんてダメよ。もし、あなたが彼女の死を無駄にしたくないなら、こんな事が二度と怒らないよう努めなさい。それが、ヒーローってものでしょう?」

 

「……はい。分かり…ました」

 

 

 死を無駄にしたくないなら……か。

 俺はその言葉を聞き終えたあと、静かに事務所を出て、建て替えが予定されている廃ビルに行った。

 

 

 廃ビルの中には誰も居ない…それもそうだ。

 経年劣化で今にも崩れそうな場所だから、誰も寄り付かない。

 

 

 好都合だった。

 一生、後悔を背負って生きて行くなんて、俺には出来ない。

 もう一度、あるかもしれない大切な人の死に怯えて暮らすなんて、耐えられる訳がない。

 

 

 だったら、いっそ、ここで死んでしまえれば楽じゃないか。

 丁度よく、自分の事を殺したいとも思っていたのだ、一石二鳥だ。

 歪みに拍車が掛かった俺は、意味不明な理論を構築し自分の死を勝手に肯定した。

 

 

 なんとなく分かる、新しく目覚めた魔眼は契約してないと、致死の傷は治せないし──即死は勿論ダメ。

 そこから俺は、色々な自殺法を試した。

 焼死、窒息死、服毒死、中毒死、失血死、感電死、拳銃自殺、凍死。

 属性魔力や武器を使って出来うる限りの全てを試した、だが…結果は──

 

 

「…ふざけんなよ…なんで…なんで、死なせてすらくれないんだよ!!」

 

 

 時間が巻き戻るように、俺は死んでもその死を無かった事にするレベルで治された──いや、直された。

 …最後の手段は、まだ有る。

 俺は、ネックレス型のソウルジェムを無理矢理引きちぎり外すと、それを近場の地面に放り捨てた。

 

 

 そして、右手に限界まで魔力を溜めて、全てを放出するように殴り付ける。

 ソウルジェムが砕けたら死ぬ、それは実証された。

 なら、そうすればいい。

 

 

 今までの自殺法とは比べ物にならない激痛が体中に響き渡る。

 悶絶する程の痛みは確かに届いたが……ソウルジェムは砕けるどころかヒビが入った程度で、それもすぐに修復されてしまった。

 

 

 …ここで、ようやく理解した。

 自分が死ねない事を、死ぬ事すら許されなくなった事を。

 

 

 狂えたら、どれだけ楽だったろうか。

 中途半端な心の強さが、狂う事さえ許してくれず、ただただ歪むだけだった。

 

 

 ──────────────────────

 

 藍川結翔から、その日、純粋さは薄れていった。

 ヒーローへの憧れも、強さへの渇望も、純粋な想いは薄れて消えていく。

 唯一、消えなかった純粋な優しさも、後悔と言う名の強迫観念に侵食されていった。

 

 

 残ったのは、どうしようもない希望の光と、諦めきれない情熱の炎だった。

 

 

 ──英雄(ヒーロー)偽善者(フェイカー)に成り下がる。

 

 

 

 




 ※ネタバレ気味な解説
 六話「垣間見える過去」より、七海やちよの言葉を一部抜粋。

 ──────────────────────

 英雄になる素質があったのに、英雄になる努力を惜しまない少年だったのに……
 彼は──藍川結翔と言う人間は、どこまでいっても英雄に向いていなかった。


 山あり谷ありな結翔の人生は、英雄であり偶像(ヒーロー)になりたい少年の心を弱く作り過ぎてしまったのだ。

 ──────────────────────

 結翔くんは英雄になる素質がある事を、英雄になる努力を惜しまない人間だと言うことを周りの人間は知っていて、それは事実です。


 英雄になる素質が有るからこそ、ソウルジェムは全力のパンチでも壊れずヒビが入っただけ。
 心が弱いから、仲間の死に完全に耐えきれない。

 
 今回の話で分かったと思いますが、結翔くんは死にません…てか死ねません。
 彼のソウルジェムはそう易々と砕けませんから。
 何故なら、英雄になる素質が有る人間の魂ですからね。


 以上、ネタバレ気味な解説でした。

 ──────────────────────

 次回もお楽しみに!

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三十四話「安名メル! それがボクの名前です!」

 メル「前回までの『無少魔少』。かなえさんの死によって真実の一つが浮き彫りになったり、結翔くんの秘密が少し分かった話でしたね」

 結翔「今回からは第二部って感じだけど…ラブコメ要素はあるのか」

 まさら「あっても構わないけど、私たちの出番は?」

 こころ「過去編になってから悲しいくらい何も無いよね」

 ももこ「いやいや、しょうがないでしょ?二人はまだ、結翔に会ってすら居なかったんだから」

 メル「そう言う事です!大人しく、ボクのヒロイン力を見ているですよ!」

 結翔「いや、まだ今回はプロローグ回で、次回からが本編なんだけど……。まぁ、いいか。皆さんは楽しんで三十四話をどうぞ!」


 ──やちよ──

 

 魔法少女の真実に近付いた日から──いや、かなえの死から一週間が経った。

 葬式やら告別式やらはとうに終わり、いつも通り…から少し欠けた日常に、歯車は戻り始めている。

 

 

 ……筈なのに、結翔を見たら私はそうは思えなくなった。

 先程も言った通り、葬式やら告別式やらはとうに終わっている。

 だが、その式典に結翔の姿はなかった。

 大切な日に遅刻や欠席なんて、彼がする筈がないと分かっていた私とみふゆは、何度も電話したが……その日、電話越しに彼の声を聞くことはなかった。

 

 

 そして、今日、ようやく結翔がみかづき荘に顔を出した。

 恐ろしい程にニコニコとした笑顔で、瞳の奥にドロドロとした黒いモノを宿したまま。

 明らかに可笑しかった。

 いつも通りな筈なのに、とてもそうは思えない。

 

 

 瞳の奥にある黒いモノが、私にそう思わせる。

 もう少し、早く気付くべきだったのだ。

 彼がまだ、幼い子供だと言う事に。

 大切な人との二度目の別れは、結翔の心に私たちじゃどうしようもない、傷を植え付けた。

 

 

 それから、一ヶ月もしない内に結翔の幼馴染である十咎ももこが、私たちのチームに加入した。

 理由は単純明快、「結翔が心配だから」だそうだ。

 ……まぁ、それもそうだろう。

 

 

 あの日から、私たちでも分かるほど可笑しくなった結翔を、一番近くに居て、一番多くの時を過ごしてきた幼馴染が分からない訳が無い。

 

 

 未だ無くならないかなえの死から生まれる暗い悲しみは、「結翔をどうにかしなければ」、と言う強い決意で捩じ伏せた。

 苦しいし、辛い。

 誰も、私の傍に居なかったなら、泣き叫んで嗚咽を漏らしたい。

 

 

 だけど、それは駄目だ。

 私は、このチームのリーダーであり年長者なのだから。

 支えられる側ではいけない、支える側で無ければいけない。

 

 

 かなえが守ってくれた──繋いでくれた命を無駄な時間に使えない。

 

 

 一年半、私は──私たちは、結翔の傷が癒えるように努めた。

 日常と非日常を繰り返す中で、結翔が「誰も失いたくない」、と言う言葉から彼を鍛え上げた。

 

 

 時に遊び、時に鍛え、日々を過ごした。

 あの日を境に魔法少女として著しく弱体化した結翔を、限界まで鍛え上げる。

 固有の能力も、一部以外全てが封印され、残されたのは自傷系の力が殆ど。

 出来るだけ、それを使わせない為に鍛え上げた。

 

 

 結果は……まぁ、最悪のものだ。

 危機的状況に陥ったら、結翔は必ず自分を犠牲に他者を生存させる。

 

 

 そんな戦い方を続けて一年半、瞳の奥にある黒いモノはなりを潜めた頃。

 私たちは高等部三年、結翔たちが中等部二年に上がって間もない日。

 転機は訪れた。

 

 

「東から逃げてきた魔女を狩って来い?」

 

「えぇ。あなただけなのよ、テリトリー外やその付近に行けるのは。何処も彼処も魔女不足だから…」

 

「この前の席で、そこだけはハッキリさせられて良かったです」

 

「まぁ、昔から結翔は色々やってきたし、その功績が称えられてってやつだろ?」

 

「……俺一人でも良いんですか?」

 

 

 バツの悪い表情で、結翔はそう言った。

 この子は何を言ってるのかしら? 

 あなた、私がダメと言っても行くでしょう? 

 と言うか、こう言う言いつけを守ったためしがないでしょうが。

 

 

 命が懸かった物事で、結翔に待ったは通じない。

 だったら、放し飼いにした方がまだマシだ。

 その為に、先日の十七夜との会談で、結翔だけを例外とし、テリトリー外を移動出来るようにした。

 

 

「…追加事項よ。これは十七夜からの依頼で、魔女に追われてる魔法少女が居るらしいの、その子の回収もお願い。あなたの眼なら詳しい場所も分かるでしょ?」

 

「!? 分かりました! 特急で行ってきます!」

 

 

 私がそう言うと、結翔は一目散に飛び出してみかづき荘を出た。

 ももこもみふゆも、結翔の慌てっぷりを見て苦笑していた。

 そう言う所が、結翔らしい…と言うべきか…なんなのか。

 結局、私も二人につられて苦笑した。

 

 

 ──メル──

 

 占いの結果は最悪、命の危機が迫ってるから今日は外に出ないと決めた矢先に、十七夜さんがボクの家に来て、無理矢理ボクを引っ張り出した。

 その後は散々なものだった。

 魔女に執拗に狙われるし、車に引かれそうになって十七夜さんと離れちゃうし、挙句さっきの魔女に捕まって今にも死にそうですよ。

 

 

「……もう、お終いですよ?! 誰か、助けて下さいです!!」

 

「そっか、じゃあ助ける」

 

「……へ?」

 

 

 目の前に現れたのは一人の魔法少女。

 無造作に伸ばされた艶のある黒髪に、燃えるように赤褐色の瞳、端正な顔立ち。

 同性であっても見惚れるような容姿。

 纏っている衣装は、昔の踊り子が着るようなどこか扇情的な物で、淡い黄色に真紅のラインが入っている。

 

 

 武器は特に持っておらず、目の前に居る彼女は、素手でボクが苦戦していた魔女の使い魔の攻撃を受止め、蹴り一発で沈めた。

 

 

「怪我はない? 大丈夫?」

 

「は、はい。大丈夫です…」

 

「良かった。俺の名前は藍川結翔。……東のテリトリーの子だよね? 十七夜さんから依頼されて助けに来たよ」

 

「か、十七夜さんから?! ……あれ、もしかしてここってもう……西のテリトリーです?」

 

「うん。ここは水名区で、西のテリトリーだよ。随分逃げてきたんだな」

 

 

 優しそうな笑顔で言う結翔さんは、ボクの方を見ながら迫り来る使い魔をワンパンで倒し、徐々に数を減らしていく。

 ……十七夜さんが言うには、西のテリトリーの魔法少女は厳しい…って感じだったのに、あんまりそうは感じないです。

 

 

 強いて言うなら、結翔さんの強さにドン引きしてくらいです。

 そのまま、結翔さんはボクを守りながら、ずんずんと進み魔女の結界の奥深くまでやってきた。

 魔女が遠目に見えるようになった所で、結翔さんは変な構えをしだした。

 

 

 

 両の手で半円を描くように頭上まで持っていき、丸いナニカを落とし込むように胸に手を下ろす。

 すると、胸の辺りにはハンドボールくらいの炎球? 光球? が作られており溜まったそれを、野球ボールを投げるように魔女へと投げつけた。

 

 

「デラシウム光流!」

 

 

 技名かなにかだろう、そう結翔さんが叫んで投げつけたデラシウム光流は、魔女へと当たると内側から爆発するように、魔女は砕け散る。

 

 

 呆気ない、ボクを殺そうとした魔女はあまりにも呆気ない終わり方でいなくなった。

 結界が解けると同時に、ボクと結翔さんは魔法少女への変身を解除した……が、眩い光が引いた後、目の前に居たのは結翔さんではなく──結翔くんだった。

 

 

 沈黙、後に絶叫。

 見惚れるような美人──美少女だった結翔さんは、見惚れるような美少年に変わっていたのだ。

 見惚れるような…と言う部分は変わってないが、それ以上に変わっていはいけないものが変わっていた。

 

 

「きゃぁぁああああ!!!」

 

「……あ。やっべ、やらかしたかなぁ…」

 

「おと、おとおと、男の子!? だだだ、だって、さっきまでは女の子で……て言うか魔法少女なのに男の子って…! ああ、もう、やっぱり今日は最悪の日ですよ!!」

 

「…えぇ、助けたのに、この言われようって……」

 

 

 ボクがそうやって騒いでいると、鉄のタライが頭に落ちてきた。

 ……痛い…ギャクチックなのに、普通に痛い。

 二重の意味で最悪だ。

 やっぱり、占いの結果を信じて、家を出ない方が良かった。

 

 

 帰るにしても、ここから家へ帰るには時間が掛かる。

 

 

「うぅぅ…家に帰りたいです」

 

「…なぁ、それだったら家に来ないか? ……いや、あそこは俺の家じゃないけど」

 

「…へ、変な事しませんよね?」

 

「する訳ないでしょ。怯えてる女の子にそんな事するやつ、ヒーローじゃないし」

 

 

 彼はそう言うと、「着いてきて」と言わんばかりに手招きをして歩き出した。

 ボクはまだ、自分の名前すら言ってないのに、家に上げようとするなんて……お人好しが過ぎるんじゃないだろうか? 

 

 

 …でも…まぁ、悪い人じゃない…のかな。

 

 

「ボクの名前、まだ言ってないですよ」

 

「……聞き忘れてた。名前は?」

 

「安名メル! それがボクの名前です!」

 

「さっきも言ったけど、藍川結翔。藍川でも、結翔でも好きな方でどうぞ。渾名は自由」

 

「じゃあ、結翔くんで!」

 

「了解。それじゃあ、俺はメルって呼ぼうかな。よろしく、メル」

 

「はい、よろしくです!」

 

 

 まだあって間もなくて、お互いの事を名前以外まともに知らないのに、何故か十年来の親友のように、彼とは上手くやっていけそうな気がした。

 これも、一重に結翔くんの人柄の影響だろうか? 

 

 

 取り敢えず言えることは二つ、結翔くんは顔と性格がすこぶるイイ、それだけだ。

 

 

 ──────────────────────

 

 二度目の始まり。

 彼女たちの行く末は地獄と決まっている。

 だが、それまでの道のりは儚くも温かい、天国のようなものだった。

 

 

 彼はそれを、しっかりと憶えている。

 何せこれは、彼の記憶の一部なのだから。




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三十五話「運命ってやつだね!」

 鶴乃「前回までの『無少魔少』。メルとの出会い、結翔たちの一年半の様子がざっくりと語られたね」

 結翔「本当にざっくりだったな。もっと詳しくやっても良かったけど…結構尺とるからな」

 まさら「メタいわね」

 こころ「メタいですね」

 メル「まで序盤も序盤で、ラブ展開もコメ展開も薄めですしね。しょうがないですよ」

 ももこ「次回からは頑張るらしいぞ」

 結翔「受験生の明日から頑張るや、ニートの明日から本気出すと同じくらい説得力がないな。…まぁ、皆さんは楽しんで三十五話をどうぞ!」

 


 ──メル──

 

「占い…?」

 

「そうです! ボクの占いは百発百中。悩み事があればどんどん来て欲しいですよ!」

 

「悩み事…ねぇ。あんまねぇなぁー。…あぁ、最近、みんなとの距離が近くなったのは良いんだけど、偶に俺を男だと忘れて話しかけてくるのが嫌だな」

 

「微妙です…。もっと何かないんですか?」

 

 

 ボクの言葉に、結翔くんはうーんと首を傾げるだけで、他の悩みは出てこなさそうだった。

 …と言うより、さっきの悩みはボクじゃなくて他の人に言って欲しいですよ。

 

 

 結翔くんが居る、七海先輩のチームに入ってから二週間。

 彼との距離は縮まりに縮まり、他のチームメンバーとも仲良くやれている…気がするです。

 七海先輩はクールだけど優しい人で、みふゆさんは良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把な人で、ももこさんは明るくて元気な人。

 

 

 そして、結翔くんは底なしの光の人。

 明るくて、優しくて、元気で、周りに光を振り撒いてくれる人。

 

 

 まだ、何回かしか一緒に魔女を狩ってないが、ボクは既に二度は彼に命を救われてるですよ。

 誰かの為に命を懸けられる、そんな綺麗な自己犠牲が出来る彼を…少し怖く感じる時もある。

 

 

 でも…まぁ…善い人なのには変わりないし、光なのは変わりない。

 偶に良く分からないボケをかましてくるが……

 

 

「もういいですよ! ボクが勝手に占うですよ! 当たって驚いて下さい!!」

 

「…いや、良いけど。お前の占いと俺の未来視には近いものがあるから、もしかしたらお前の占い、俺は避けられるかもしれないぞ?」

 

「……マジです?」

 

「うん、マジ」

 

 

 短い返事の後…ボクは何も聞かなかったかのように、即興で頭に浮かんだオリジナルのメソッドを使い、バックの中から取り出したタロットカードで占いを始める。

 流れるような手付きで占いを始めたボクを、結翔くんは珍しそうなものを見る目で見つめた。

 

 

 数秒の静寂が流れ、出た答えは──

 

 

「むむむ、今日の結翔くんは乗り物に注意した方が良いですよ! 特に自転車、車レベルの速さの自転車に突っ込まれる可能性が高いです!」

 

「死ぬほど具体的な占いだなっ!? 普通、乗り物に注意…で終わりじゃねぇのかよ!!」

 

「ボクの占いは、細かい所までハッキリすることが多いですよ。そう言う意味で、結翔くんの未来視に似てるですね」

 

「似てるなんてレベルじゃねえ!? まんま同じじゃねぇか!! 怖いわ、お前は俺の人生の台本でも持ってんのか?!」

 

「そんな事聞かれても…困るです」

 

 

 態と恋する乙女っぽく、恥じらいを持ちながら顔を逸らすフリをすると、結翔くんは苦笑しながら呟いた。

 もういいよ、と。

 からかい過ぎたですかね? 

 

 

 けど、結翔くんも悪い所はあるですよ。

 ボクの占いが外れるかもしれない…なんて。

 有り得ない…それこそ有り得ないですよ。

 

 

 どれだけ…どれだけボクがこの占いに悩まされてきたか…

 

 

「こらそこ! なんで止めないんだよとか言わないですよ! ボクと言えば占い、占いと言えばボク。そんな相互関係なのですよ!」

 

「…誰に向かって喋ってるんだ?」

 

「え? 結翔くんですけど?」

 

「言ってねぇよ! 思ったけど…少しだけ思ったけど。一言も言ってねぇから!」

 

「…可笑しいですね、そしたらボクは誰に向けて言ったんですが?」

 

「俺が聞きてぇんだよ! なんでお前が疑問形で俺に聞くんだよ! 逆だろ、普っ通逆だろ。俺がお前に聞く所だろ!」

 

 

 キレ気味なツッコミをかます結翔くんを華麗にスルーして、ボクは学校の宿題に取り掛かる。

 ……前に、一つだけ疑問に思った事を聞いておこう。

 

 

「対処法は、聞かないんですか?」

 

「あぁ? 別に良いよ。ぶっちゃけ、俺よりぶつかってくる奴の方が災難だからな。下手しなくても、チャリはぶっ壊れるし」

 

「相手の心配だけ…ですか?」

 

「まぁな」

 

 

 …時々見える、彼の少し怖い部分。

 それが、今見えた。

 こういう所だ、こういう、本来なら自分の心配、良くて相手の心配を少しする程度なのに、結翔くんは相手の心配だけしかしてない。

 

 

 まるで、自分の命なんてどうでも良いと言うように。

 見知らぬ誰かの事を心配する。

 美しい自己犠牲にも限度がある…ボクはそう…思った。

 

 

 ──結翔──

 

 メルとのやり取りが落ち着いた後、暇を持て余してスマホを弄っていた所、やちよさんに頼み事をされた。

 頼み事の内容は、テリトリーを破りまくり、強い相手に決闘を申し込む魔法少女、通称決闘少女を、調きょ──ではなく教育の為に捕縛してきて欲しいとの事。

 

 

 なんでも、東のテリトリーの長である十七夜さんも手を焼いているらしい。

 早急に事態に対処するように…と。

 咲良さんから幾分か事情は聞いていたし、組織の方から任務として依頼されるのも時間の問題だった。

 

 

 頼み事だから強制はしない、と言われたが、俺は頼み事を断れる質じゃない。

 知っててやったのか、本当に善意でそう言ってくれただけなのか……半々だな。

 

 

 面倒事の予感しかしないが、俺はその決闘少女をを探す為に外に出た。

 良く現れるのは参京区だと聞いていたので、その辺をフラフラしていると……

 

 

「…んんん??」

 

 

 少し奥に見える坂の方から、物凄いスピードで下ってくる自転車が見えた。

 有り得ない事に、隣を走る車と並走どころか、それ以上の速さで走っている。

 そこまで傾斜が高い坂じゃないので、あれ程速度が出るなんて可笑しい。

 

 

「原付…じゃないよな」

 

 

 態々千里眼まで発動して良く見ると、それが正真正銘自転車だと言う事が分かった。

 ……しかも、乗っているのは俺やももこ、やちよさんが通っている神浜市立大附属学校の制服を着た少女。

 サイドテールに纏めた明るい茶色の髪と、情熱の炎を幻視させる赤橙色の瞳、あどけなさがあるものの整った顔立ち。

 

 

 特徴と言えばそんなものだろうか。

 …あと、一つ付け加えるなら、見目麗しい美少女だと言う事だ。

 なんで、俺の周りには綺麗な人や可愛い奴が多いのか…? 

 正直に言って目の毒だ…まぁ、偶に目の保養にもなるが、基本毒だ。

 

 

 これ以上目が肥えると、並大抵の女性に関心を抱けなるかも…と、どうでもいい心配をしていると、辺りをツンザクような大声が──絶叫が聞こえた。

 

 

「とーめーてー!?!?」

 

「…前言撤回したくなってきたな。美少女だけど、美少女とは言い難い」

 

 

 見目麗しい美少女から、残念美少女に認識をチェンジして、近くまで来た自転車を静止の魔眼で止めた。

 …恐らく、それが最初の間違いだった。

 自転車を止めたのは良かったのだ、()()()()止たのは……

 魔眼の対象外だった少女は、慣性の法則に従い前方に投げ出され、何故か俺に向かって落ちてくる。

 

 

 …しかも、出前のバイトでもしていたのか、アルミ製の出前缶も次いでと言わんばかりに落ちてきた。

 

 

 やっべ。

 口からそう漏れる前に、少女に押し倒されるような形でアタックされ、挙句顔面に出前缶が着地した。

 不幸中の幸いは、少女が俺の胸ら辺にアタックしてきた事だろう。

 お陰で、彼女に出前缶が当たることはなかったが…やばいちょっと泣きそうなくらいに痛い。

 

 

 どこまで強くなっても、痛みは慣れない。

 アルミ製の缶とは言え、中に食器が入ってればそれなりに重いのでそこそこ痛いのだ。

 

 

「……痛てぇ」

 

「ごごご、ごめんね! 重かったよね、痛かったよね! 本当にごめんね! 久しぶりの出前で気分がうなぎ登りで…調子乗っちゃって…」

 

「…大丈夫だから、一旦離れて」

 

「う、うん…」

 

 

 少女に離れてもらい、顔面に着地した出前缶をどかす。

 少し痛みは残るが、気にしても意味は無いので、静止の魔眼で止めていた自転車を動かし、壊さないように前輪を掴んで止める。

 …もし、彼女が普通の少女だと分かった暁には、記憶処理を頼む事になるがしょうがないだろう。

 

 

 手の平の皮が少し剥けて、ヒリヒリと痛むがすぐに再生し元通りになる。

 それを、少女はポケ〜っとした表情で見つめていた。

 …流石に、俺がヤバイ奴だと気付いたのだろうか? 

 説明するのが面倒臭い…が、少しは説明しないとダメだろう。

 

 

 そうして、俺が口を開こうとした途端、彼女が限界まで詰め寄ってきた。

 

 

「ねぇねぇねぇ!? 今のってなに! 凄い、凄いよ! もしかして…君──」

 

 

 …まさか、今ので俺が魔法少女だって──

 

 

「超能力者!?」

 

「…惜しい」

 

「え? え? え? どこが惜しいの!? どこ、どこが惜しいの!? ねぇねぇー!」

 

「色々とだよ…はぁ…」

 

 

 察しが良いのか悪いのか…彼女は、俺の事を魔法少女ではなく超能力者と勘違いしてしまった。

 超常的な力を使う、そう言う意味では間違ってないが…惜しい。

 そこまで察せるのなら、自転車の前輪を腕力だけで止めた所も異常に思ってくれ……いや、男の時点で難しいか……

 

 

 取り敢えず、一応警察官なので、どうしてああなったのか理由を聞いた。

 

 

「…さっきも言ったけど、久しぶりの出前で気分がうなぎ登りで……。わたしの家、中華飯店『万々歳』って言うんだ。聞いた事ある?」

 

「あぁ…五十点料理だっけか? 可もなく不可もなくの飯屋だって聞いてる」

 

「だよねぇ……」

 

「…なんか、ごめんな」

 

 

 数分の間、静寂がその場を支配したが、何とか少女立ち直り自己紹介を始めた。

 

 

「わたしの名前は由比鶴乃! 最強の由比鶴乃だよ! よろしくね!」

 

「俺の名前は藍川結翔。神浜市立大附属学校の中等部三年生。よろしく」

 

「はっ!? 結翔も同じ学校だったんだね! 偶然会った超能力者の子が同じ学校の後輩だったなんて……これはアレだね! 運命ってやつだね! ふんふん!」

 

 

 鼻息荒げにそう言う彼女──由比鶴乃は、コロコロと表情を変えて、最後にはニコニコとした人懐っこい笑みを浮かべた。

 俺の勘と推理が間違いなければ、彼女は十中八九魔法少女。

 まず初めに、普通の少女じゃ、あの坂の傾斜で車を追い抜くのは難しい。

 歳をとったおじいさんでも無理なく歩けるレベルの坂道だ、緩やかなものだろう。

 

 

 あと一つ、自転車を止めた時に気付いたが、チェーンが緩んで外れかけていた。

 新車のようで、見た所買って一ヶ月から二ヶ月。

 普通の女子高生はどんなに荒い乗り方をしても、買って一ヶ月から二ヶ月でチェーンが外れかけるほど緩むことは無い。

 

 

 純情そう、と言うか正直そうな彼女に、鎌をかけるのは意味をなさない可能性が低い……

 当たって砕けろ作戦*1で行くしかない…か。

 

 

「…由比さんは──」

 

「鶴乃でいいよ? 鶴乃おねーさんでもいいよ?」

 

「鶴乃はさぁ、魔法少女って知ってるか?」

 

「鶴乃かぁ……。!? ちょ、ちょっと待って、今なんて言ったの?!」

 

「だ、だから、魔法少女について知ってるかって」

 

 

 俺が聞く限り、本日二度目の驚きの絶叫を上げた鶴乃は、まくし立てるように、俺に質問攻めをする。

 

 

「なんで、なんで結翔がそれを知ってるの! どこで知ったの!? と言うより、どうやって知ったの!? なんでわたしにそんなの聞いたの!? 答えてよ!!」

 

「近い近い…と言うより、いきなりまくし立てるなよ。返し辛いだろ」

 

「ご、ごめん…」

 

「…一から話すから少し長くなるぞ」

 

 

 俺は自分が魔法少女になったと経緯や願いの内容、加えてその後の道程を話した。

 かなえの死は……幾分か濁して。

 伝えられるだけ伝え終えると、泣きながら抱き着いてきた。

 

 

 どうしていいか分からず、彼女の背中を叩きながら、俺は泣き止むのを待った。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「うん…。結翔は…さ、辛くないの?」

 

「辛いよ。だけど、アイツの死に向き合わない方が余っ程辛いから」

 

「そっか…。ねぇ、結翔って強いんだよね? …決闘しようよ、わたしと」

 

「おいおい…待てよ、まさかお前が決闘少女か!?」

 

「まぁね。最っ強の魔法少女を目指してるから、その為に。…もし、わたしが勝ったら、結翔を守らせてもらう」

 

 

 強い信念を感じる瞳で、鶴乃は俺を見据える。

 話に脈絡がない気がするが、彼女にとっては違うのだろう。

 …望むところだ。

 誰であろうと、負ける気はしない。

 

 

 ヒーローとして、負ける気訳にはいかない。

 いつもの建設放棄地にて、俺たちは戦った。

 今までやってきた対人戦の中で、一番神経を使う戦いだったような気がする。

 

 

 鉄の扇──鉄扇に火を纏わせてブーメランのように飛ばしたり、そのまま打撃や斬撃に持ち込んだり、大技として炎の渦を打ち出してきたりもした。

 お互い全力で戦って…勝ったのは俺だった。

 

 

 昔は全ての属性魔力に適性があったが、今は違う。

 青と緑、水や氷、木や風の力は上手く使えなくなってしまったし、固有の能力も一部を除いて封印された。

 一重に弱体化が原因だろう。

 だがしかし、悪い事ばかりではなかった。

 

 

 昔より、赤、炎との相性が良くなったのだ。

 他にも、黄と紫、光や電気、闇や毒との相性も良くなった。

 だからこそ、俺は鶴乃に勝つ事が出来る。

 

 

 勝ったあと、鶴乃にどうして強いのか聞かれ、俺が師匠──やちよさんのお陰だと言うと、紹介して欲しいと言われ、次の日から彼女もみかづき荘のメンバーとなった。

 

 

 少しづつ、昔のように明るい世界が俺の周りで広がっていく。

 それが少し嬉しくて、怖かった。

 ……次は何時壊れるのか、分からないから。

 

*1
正面突破や直接手段に頼る作戦




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三十六話「 Point of no return(回帰不能点)

 みふゆ「前回までの『無少魔少』。メルさんの占いの凄さが分かったり、鶴乃さんが結翔君との決闘の果てに仲間に加わったりしました」

 結翔「鶴乃はあの時から強くってさぁ、ギリギリだったよ」

 まさら「鶴乃とは…そうね、一度本気で戦ってみたいわ」

 こころ「鶴乃さんだったら、案外引き受けてくれそうで怖いんだけど…」

 メル「ボクの…ボクの出番がぁ…」

 結翔「はいはい、文句言わないの。ちゃんと見せ場は作ってあるんだから」

 ももこ「お待たせしました、三十六話をどうぞ!」


 ──みふゆ──

 

「水女の子!?でしょ〜! どうよ、暇だったらこの後遊ばない?」

 

「良い所知ってんだよ俺たち! 楽しめるぜ?」

 

「えっと…ワタシ、お友達と約束が…」

 

「まぁまぁ〜」

 

 

 今現在、ワタシはフィクションでしか見た事のない軟派な人たちに絡まれていた。

 魔法少女の力を使えば悠々と彼らをいなせるだろうが、それはしてはいけない。

 

 

 この力は、ワタシたちが人を守るための力だ。

 決して人を傷付ける為にある訳じゃない。

 迫り来る手、ワタシはどうする事も出来ず、恐怖から目を閉じた……が。

 待てど暮らせど、手がワタシの体に触れる事はなく、聞き慣れた優しい声が耳に響いた。

 

 

「すいません、お兄さん。俺の連れに軟派するの止めてくれます?」

 

「……はぁ、ガキがよぉ〜。お兄さんたちの怖さを知らねぇみてぇだな」

 

「いっちょやるか相棒」

 

「…後悔しても知りませんよ」

 

 

 険悪な雰囲気の中、ワタシがそっと目を開けると、そこには結翔君が居て軟派な二人と殴り合いの喧嘩をしていた。

 …いや、喧嘩とも言えない代物だ。

 なにせ、結翔君は相手の攻撃をいなしたり受け流すだけで、一切攻撃をしてない。

 

 

 それ所か、チラチラとワタシに目線を送って、「少し待っててください」と伝えてくるような力の差。

 相手も、段々と可笑しい事に気付いたのか、数分も経たない内に逃げ出してしまった。

 

 

 軟派な二人に相応しい最後、そう言える。

 喧嘩──もとい小競り合いを終えた結翔君は、ワタシを見てにへらっと笑いこう問い掛けた。

 

 

「大丈夫ですか? 何かされてません?」

 

 

 笑っている、笑っているのに、瞳の奥底にあるドロリとした黒いナニカが、チラリと顔を出す。

 笑顔だけど、笑顔じゃなくて。

 笑顔じゃないけど、笑顔で。

 

 

 矛盾の塊のような少年がそこに居た。

 昔より男の子らしくなって、時折人を勘違いさせるレベルの事を言う。

 やっちゃんの教育の賜物か、立派な紳士に育った。

 些か紳士過ぎて、少し心配な部分はある……例えば複数の異性に迫られたり…とか。

 

 

「問題ありません。結翔君、いつもありがとうございます。何年やっても、ワタシはあまり力を加減できるタイプではなかったので…正直に助かります」

 

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

 

 

 スマートな返しで、ワタシが持っていた部活用の少し大きい荷物を、自然な流れで奪い去る。

 女性に重い荷物を持たせない…と言ったところだろうか。

 気が利くのは良いが、気にし過ぎだとワタシは思う。

 

 

 それぐらい持てるから大丈夫です、と言っても、彼は持ちますよと返してくる。

 底なしの優しさ、と言えば聞こえはいいが、もしその優しさが底に辿り着くような事があればどうなるのだろうか? 

 

 

 天使のような慈悲を持ち合わせる彼が、もし優しさも正しさも何処かに捨ててしまったなら。

 一体どうなるのだろうか? 

 

 

 彼の優しさは、ワタシの心をポカポカと温めてくれる。

 彼の正しさは、ワタシを眩しいくらいに照らしてくれる。

 

 

 ワタシは、彼の優しさを褒める、失って欲しくないから。

 ワタシは、彼の正しさを羨む、そう在りたいから。

 

 

 善性の塊である結翔君が、もし…もしも悪に染まったなら、それは世界の終わりに等しい事態だ。

 テレビか本の受け売りだが、理由も無しに人を助けられる人は──救える人は、理由も無しに人を殺せる素質があるらしい。

 

 

 彼の目指す理想の偶像(ヒーロー)を追い駆ける先には何があるのだろうか? 

 幾つもある答えの中で、有力なのは三つ程。

 一つは、自分を犠牲にし続けて誰かを助ける果てに死ぬ結末。

 もう一つは、一つの事件をトリガーに彼の善性が反転し──英雄や天使でもない──誰もが恐れる悪魔になる結末。

 

 

 最後は、救ったはずの誰かに殺されてしまう…そんな結末。

 

 

「……………………」

 

 

 自分の隣を歩く彼を、ワタシは見つめる。

 一年半、それは一緒に過ごす中で、絆を育むには十分過ぎる時間。

 本当に愛おしい存在になった。

 弟のようで、時折友達のようで、それでもやっぱり男の子らしくさっきみたいに守ってくれて。

 

 

 結翔君は好きだけど、彼の在り方までは好きになれなくて。

 その在り方が身を滅ぼすことを、容易に想像できてしまうのが怖い。

 

 

 頭の悪いワタシは一つの事にしか集中できなかったから、気付ける訳なかった。

 もっと早く気付けば良かったのだ。

 

 

 彼が既に、自分の身を滅ぼし掛けてることに。

 後の後悔の引き金であり、マギウスの翼に入る切っ掛けとなることに。

 救いたいし救われたい──そうやって肥大化する自分の果てしない欲望に……もっと早く気付けば良かった。

 

 

 そしたら、取り返しのつかない一線を、超えることなんてなかったのに。

 

 

 ──結翔──

 

「ゲホッゲボッ!」

 

「風邪か〜?」

 

「いや、噎せただけだよ」

 

 

 キッチンに立ち調理をするももこに、俺はそう返したが──本当は嘘だ。

 噎せてなんかいやしない。

 本当は……吐血したのだ。

 最近、段々と手強くなる魔女に対して自爆技を連発していたのが、主な原因だろう。

 

 

 固有の能力が封印された事で、俺の一番火力が出る技は一つだけになった。

 その他はあまり戦闘では力を発揮しえないものや、使えるには使えるが効率の悪いものばかり。

 最終的に使うのは大抵が自爆技に限られる。

 

 

 もっとも、自爆技に使用していた能力も上手く機能していない為、俺の生と死の魔眼で代用している始末。

 威力はあるが、多用や連発のし過ぎはこうやって過度に体に負担を強いる。

 

 

 吐血する回数は、少しづつ増えていった。

 一日に一回や二回程度だったのが、今日なんて二桁は優に超えている。

 鉄分やらなんやら、必要な物はサプリで補っているし、生と死の魔眼が俺を死なせようとしないが、辛いものは辛い。

 

 

 みふゆさんをみかづき荘に送る途中や、送った後に部屋の中で駄弁ってる時ですら、吐血するのを必死で抑えていたぐらいだ。

 …今は、バレてない事を祈るしかない。

 自爆技を禁止されたら、守れなくなる命が一気に増える。

 

 

 ギリギリのラインで今は守れている街の人も、守れなくなる可能性は0じゃない。

 

 

 みんなの事だって──

 

 

「結翔? 本当に大丈夫か? もう、飯出来てるぞ?」

 

「…さっきも言ったろ、大丈夫だよ。ぼーっとしてただけ」

 

「ならいいけど…。冷めないうちに食っちゃってくれ」

 

「おう。…いただきます」

 

 

 一口、俺は目の前に見える料理で一番好きな唐揚げに箸を伸ばした。

 ジューシーな肉感と、ご飯が進む旨味が口に広がる──筈だった。

 歯応えは確かにあるのに、まるでゴムを食べているような感覚。

 味はしない、何の味もしない。

 

 

 噛み続けたガムの方がまだマシだと思えた。

 それ程に、何も感じられなかった。

 どう反応したらいいか分からず、そっとももこの方を見る。

 

 

 彼女は、美味しそうに唐揚げを頬張り、納得のいく出来だったのかウンウンと頷いていた。

 …コイツが料理でミスるなんて億が一にも有り得ない。

 しかも、唐揚げは大皿に載っけられている物で、二人でつついている状態だ。

 

 

 一つだけ味を感じないなんて…有り得る筈がない。

 …怖くなって、唐揚げに手を付けるのを止めて、副菜であるきゅうりの浅漬けを口に運んだ…が、これも同様。

 食感は確かにある、食べてる感覚はあるのに、全く味は感じない。

 

 

 呆然としている俺は動きが止まってしまい、それを疑問に思ったももこに声をかけられた。

 

 

「どうした? …もしかして不味かったか? 今日は、ももこさん会心の出来だった気がするんだが…」

 

「…あぁ、いや、美味いよ! めっちゃ美味い! 美味すぎて意識飛んでたくらいに美味い!」

 

「そうか!? なら、良かったよ」

 

 

 嬉しそうに微笑むももこの顔が脳裏に焼き付く。

 コイツの笑顔を守りたいと思った…その心は嘘じゃない。

 だけど、こんな嘘で…守りたかった訳じゃない…そうじゃないんだ。

 

 

 食事を食べ尽くしたあと、俺はすぐに家を出てツテを使って病院に駆け込んだ。

 知り合いの先生に見てもらった結果、一時的な味覚障害だと分かった。

 加えて、原因は過度な身体的疲労やストレスによるもの、と言う事も分かった。

 

 

 悲しい事に、俺はとっくに超えてはならないラインを踏み越えていたらしい。

 生と死の魔眼は俺を生かす…だけど、完全な形でずっと生かし続けることが、段々と難しくなってきている。

 

 

 自爆技を封印するのが先か、はたまた俺が生きる屍になるのが先か、最悪なチキンレースが始まった。

 




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三十七話「優しい仲間に囲まれて」

 やちよ「前回までの『無少魔少』。みふゆによって結末の示唆があったり、結翔の不調が分かったりしたわ」

 まさら「不調と言うよりか、今にも死にそうな感じよね」

 こころ「うん。いっつもボロボロになって戦うイメージがあるけど、ここまで来ると…なんか…ね」

 結翔「あの時は…本当に辛かった。でも、生きてる実感がある分マシか。痛いってことは、まだ生きてるって事だしな」

 ももこ「……と、取り敢えず、今の発言は聞き流して三十七話をどうぞ!!」


 ──やちよ──

 

「結翔の様子が可笑しい?」

 

「そうなんだ。…それで、みんな何か知らないかと思って…」

 

 

 みかづき荘のいつもの溜まり場で、結翔を覗いた五人が集まって、今にも泣きそうなももこの話を聞いていた。

 なんでも、ここ最近の結翔の様子が可笑しいらしい。

 

 

 …私も、そう言われると、最近の結翔には違和感を覚える部分はある。

 

 

「気の所為かもしれないけど、最近のあの子は私の料理を食べても、ただ美味しいって言うんじゃなくて、美味しいと()()()()って言うのよ」

 

「…アタシの時も同じです」

 

「可笑しいと思う点ですか…。ボクとしては、最近の結翔くんは占いの付き合いが悪いですよ。しかも、偶に何か我慢するように顔を顰めてるです」

 

「あー!? わたしもあるよ、可笑しいと思う所! 最近の結翔の笑顔は、作り物みたいな感じが凄い!」

 

 

 私の話に続くように、メルと鶴乃が自分自身が気付いた可笑しい思う点を言う。

 一人一人、違う事を言っているが、そのどれもに共感するように全員が頷く。

 

 

 仲間や友達、家族として近い距離感で接してきたからこそ、誰かに言われればそれに気付ける。

 話し合いは続き、探せば探すほど、結翔の可笑しい点や違和感は湯水のように溢れ出てくる。

 

 

 ここでようやく、みんなが危機感を持ち始めた。

 今のまま、結翔を放置するのは危険だ…と。

 

 

 そして、それを後押しするように、みふゆが最後の爆弾を投下する。

 

 

「ワタシの勝手な勘違いじゃなければなんですけど…」

 

「何かあるの、みふゆ?」

 

「教えてください! みふゆさん!」

 

「…分かりました。皆さんの話を聞いて思い出したんです、勘違いや見当違いかもしれませんが…。…最近の魔女狩り、結翔君はあの自爆技を、ほぼ絶対と言える程に使用してるんじゃないか…と」

 

 

 …みふゆ、あなたの話は見当違いなんてものじゃないわ。

 もしかしたら、核心を突くような鋭いものよ。

 

 

「…ありがとう、みふゆ。大体の答えは分かったわ」

 

「ほ、本当かよ! やちよさん!?」

 

「えぇ。…結翔にね、約束をしたの。自爆技は危険だから、魔女狩り一回に対して一度まで…って」

 

「…それが、答えにどう繋がるんです」

 

「…!? まさか、やちよししょー!?」

 

「そのまさかよ。結翔は人命が掛かってる時は、基本私の言う事なんて聞きやしないわ。だけど、自爆技に関しては違う。あれは、使えば使う程に体力を大幅に消耗する、デメリットも多い技なの。だから、結翔は大人しく、律儀に従ったわ。……でも、もし…もしの話しよ。魔女狩り…それが、一日に一回じゃなかったら?」

 

「…何度も、自爆技を使える──いや、使うって事か…」

 

 

 威力に対してデメリットは相応しいものだ。

 体力の消耗は激しいし、戦闘を続行するのだって、経験を積んでいても難しい。

 なのに、結翔はさも当然のように戦闘を続行するし、仲間がピンチになったら庇って怪我をする。

 

 

 継続して戦闘ができるのなら、結翔は全く以て自己を省みない戦い方をする──彼はそう言う人間だ。

 

 

「私の方から、結翔に一週間魔女狩りも仕事も休むよう言っておくわ」

 

「いや、アタシの方から──」

 

「ももこじゃダメよ。あなた、あの子に強く言えないでしょ?」

 

「──っ!? …そうだな。やちよさんに…任せるよ」

 

 

 幼馴染だからこそ遠慮無くものを言える…が、それは時に通用しない。

 それに加えて、ももこはこう言う時、あまり強く言えないタイプだ。

 結翔の思いを一番理解し、尊重してるからこそ、強く言う事は出来ない。

 一番の理解者、と言うのは最悪な事に重すぎる足枷になるのだ。

 

 

 …ももこの為にも、早くあのバカヒーローを一喝しなければ。

 私はそう決意した。

 

 

 ──結翔──

 

 昨日はみかづき荘に来るなと言われたのに、今日は来いと言われた。

 正直訳が分からなかったが、来いと言われて行かない訳にもいかないので、俺は今日やる筈だった組織の仕事を明日にスパーキングして、みかづき荘にやって来た。

 

 

 中に上がると、なんと言うか……言い表し難い雰囲気が溜まり場──と言うよりリビングのドアから漏れ出ている。

 入りたくない……物凄く入りたくないが、俺は意を決して部屋のドアを開けた。

 

 

 すると、明らかに怒ってますと言った顔付きのやちよさんが、ソファに腰掛けながら俺を睨みつける。

 …俺、そんな不味い事したか? 

 ……いや、心当たりは大いに有るが…バレてない筈。

 

 

 

 恐る恐る、ドアをくぐり中に入ると、彼女は手招きをして俺をもう片方のソファに座らせる。

 そして、俺が座ると同時にこう言った。

 

 

「あなた、明日から一週間、仕事と魔女狩りを休みなさい」

 

「……はっ? いやいや、何言ってるんですか!? そんなの出来るわけないでしょ!?」

 

 

 冗談じゃない。

 魔女狩りも仕事も、どっちも休めだなんて……

 それじゃ、街を守れない。

 食ってかかるように、俺は叫んだ。

 

 

「…冗談じゃないわ。あなたも、思い当たる節や心当たりの一つや二つ、有るんじゃない?」

 

「……それとこれとは話が別です。仕事も魔女狩り、人命が懸かってるんですよ? 休める訳ないじゃないですか!!」

 

 

 あくまで、俺の意見を聞く気は無いのか、やちよさんは徐に立ち上がった。

 そして、立ち上がった次の瞬間、彼女の体に靄がかかり姿を変えていく。

 靄が晴れた後…俺の目の前に居たのは、やちよさん──ではなくみふゆさんだった。

 

 

 やられた…騙された。

 まさか、俺の不調を探る為に幻覚まで使われるなんて……

 どこまでも冷静に、七海やちよと言う人間は頭が回る。

 

 

 確実に、今ので俺の不調はバレた。

 

 

「少し前のあなたなら、この程度の幻覚しっかりと見破れた……そうじゃないかしら?」

 

「……………………」

 

「あのね、結翔。私たちはあなたに意地悪がしたい訳じゃないの。それぐらい分かるわよね?」

 

 

 彼女の言葉に、押し黙ったまま俺はこくりと頷いた。

 分かっている…そんなの分かっている。

 だけど、一週間…一週間で何か大変な事件が起こるかもしれない。

 魔女の所為で誰かが死ぬかもしれない、異能力者によって街が滅茶苦茶にされるかもしれない、何が起こるかなんて誰にも分からないのだ。

 

 

 怖い…怖い…怖い…。

 誰かが死ぬのはもう嫌だ…嫌なんだ。

 力があるのに、救えないのが嫌なんだ。

 伸ばした手で誰の手も掴めないのが、嫌で嫌でしょうがない。

 

 

 大切に思われてるのは分かる、心配してくれてるのも分かる。

 だけど、納得出来るかとは話が別だ。

 反論する、頭を必死に回して反論する。

 

 

「…俺の仕事は誰がやるんですか? 危険ですし、素人がやれるもんでもない。魔女狩りはどうするんですか? 幾ら魔女の数が減ったからって、被害者が0になった訳じゃない。俺がいなくなったら、戦力だって──」

 

「仕事は私とみふゆでやる。魔女狩りだって、あの子たち三人でも務まらないことはない。あなたが居なくても、十分回せるわ」

 

「で…でもっ!!」

 

「でももなにもないのよ! いい加減気付きなさい! 全部全部、あなたの為に言ってるのよ!?」

 

「ワタシからも、お願いします…」

 

 

 やちよさんが怒鳴って、みふゆさんが頭を下げて……俺がノーと言える訳がない。

 従う以外の道は、完全に絶たれていた。

 良く知ってるからこそ、俺の行動パターンは理解される。

 

 

 少し間を開けて、やちよさんが再び喋り始めた。

 

 

「体の調子はどうなの? どこまで悪いか…正直に話しなさい」

 

「…吐血と一時的な味覚障害。医者からは、過度な身体的疲労かストレスが原因じゃないかと」

 

「過度な身体的疲労かストレス…ねぇ。大方当たりじゃない? 自爆技の使い過ぎで、生と死の魔眼でも完璧に治しきれなくて、治しきれないまま使うから、疲労やストレスが溜まってこうなった…でしょ? 一日、最高で何回使ったの」

 

「……三回」

 

「嘘を付かない。少なくとも五回は使ってるわね?」

 

 

 …なんで、本当に何でもお見通しなんだよ。

 俺の私生活監視してるんじゃないか? 

 そう疑いたくなるような、鋭い指摘。

 勿論、三回で済むわけない。

 

 

 本当は──

 

 

「…八回…です」

 

「よろしい。…明日から、鶴乃かももこかメル、三人をあなたの監視に付けるわ。まぁ、もしかしたら、全員かもしれないけど」

 

「…分かり…ました」

 

「ゆっくり休みなさい。学校には連絡を入れておくから」

 

 

 大人しく、俺は頷いた。

 逆らってもいい事なんてないし、これ以上、やちよさんやみふゆさんに悲しい顔をさせる訳にはいかない。

 

 

 …久しぶりの休みだ、偶にはゆっくり羽を休めよう。

 俺はそう決めて、一週間の安静期間を過ごす事にした。




 次回もお楽しみに!

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三十八話「忠告…それは真実への道標」

 ももこ「前回までの『無少魔少』。結翔をハブった女子会により、強制的に結翔の一週間安静期間が設けられたよ」

 結翔「ハブったって言い方に悪意を感じるんだが…」

 こころ「まぁまぁ、良いじゃないですか、本編出れてるんですから」

 まさら「そうよ、私とこころなんて一ミリも出てないのに」

 結翔「そりゃあ過去編だからね!?お前らが出られるわけないでしょ!」

 鶴乃「わたしたちは出れて良かったねぇ、ししょー」

 やちよ「別に、喜ばしい事でもない気がするけど…」

 みたま「わたしだって出番が欲しいわぁ!」

 メル「…なんだか、あらすじ紹介の場より、ただの愚痴の言い合いコーナーになってる気がするですよ」

 かなえ「気に…しない方がいい。…皆さんは、楽しんで……三十八話をどうぞ」


 ──ももこ──

 

 六月も中旬、梅雨入りをし、ジメジメとした嫌な空気が覆う夏の日。

 本来なら、学校でそのジメジメとした嫌な空気と暑さに耐えながら、授業を受けている筈だが、アタシとメルは二人して結翔の家に居た。

 

 

 約束の最初の日、監視のためにアタシたち二人は態々学校を休んで、結翔の家に訪れている。

 鶴乃も来る筈だったが、狡休みは出来ないと断られてしまった。

 …なんだかんだ、結翔に似て真面目な奴だから、しょうがないと言えばしょうがない。

 

 

 まぁ、そんな訳で、結翔の家に朝から行った訳だが酷いものだ。

 しっかりとベットで寝ろと言ったのに、リビングのソファで寝てやがる。

 テーブルに散らばった書類や、置きっ放しのノートパソコンを見る限り、昨日のギリギリまで仕事をしていたのだろうか? 

 

 

 やっぱ…コイツバカだろ。

 あんだけ休めって言われたのに、約束の裏を突いてギリギリまでやるなんて……

 

 

 呆れからか、アタシは声にならない小さい嗚咽とため息を漏らし、寝ている結翔の脳天にチョップをかます。

 

 

「痛てぇ!? 何すんだよ!」

 

「それはこっちのセリフだバカヒーロー。限界ギリギリまで仕事しやがって……はぁ……」

 

 

 二度目のため息を漏らすと、アタシはテーブルに散らばった書類をかき集めクリアファイルにしまい、ノートパソコンの上に載せ端に寄せる。

 その後は、手際良く、作ってきたサンドイッチが入ったタッパーをテーブルに置き、キッチンからコップや牛乳を持ってくる。

 アタシが朝食の準備をしている間に、メルに結翔の顔を洗いに行かせ、時間の無駄を作らせない。

 

 

 特にこれと言って急ぐ用事はないが、朝食はしっかりと朝に食べた方がいい。

 今は午前九時過ぎ、そろそろ食べないと昼食が入らなくなる。

 

 

 見たいと言うであろう結翔の為に、テレビをつけてコップの位置を調整する。

 結翔の隣は──アタシで良いか。

 メルと結翔は対面の方が話しやすそうだし。

 

 

 適当に座る位置を決めて、二人が顔を洗ってくるのを待つ。

 二分もしない内に、すっかり目が覚めた結翔とメルが帰ってきた。

 …少しだけメルの耳が赤い気がするのは…気の所為だろうか? 

 

 

「……おはよう」

 

「おはよう。ウチで朝食は作ってきたから、コップと牛乳だけ貰った」

 

「ん。さっきまで、眠くて頭が回ってなかったから聞けなかったけどさ…なんでお前ら居んの?」

 

 

 訝しむような視線でアタシとメルを見る結翔。

 大丈夫、こう言う時の為のしっかりとした理由は、二人で口裏を合わせてある。

 その理由は──

 

 

『おばあちゃんが危篤になったって言って休んだ(ですよ)』

 

「何勝手におばあちゃん殺そうとしてんだっ!? お前らのおばあちゃんはピンピンしてんだろ!!」

 

「他に良い理由が無かったんだよ……。じゃあ、あれか? アタシたちは女の子の日なので休みます、って言う言葉を担任に言えば良かったのか?」

 

「振り切ってるよっ! お前らのアクセルは何時もMAXか!! もっとマシなのさぁ…あったじゃん。例えば、風邪気味でぇ…とか──」

 

「ボク! ボクは良いの思いついたですよ!」

 

 

 アタシの投げやりな返しに結翔はツッコミ。

 ツッコミの後に言った例えにメルが乗っかる。

 風邪気味が良いなら、女の子の日って女子の中では無難だと思うんだけどなぁ……

 

 

「言ってみろよ、メル」

 

「ボクが思いついた理由は──占いの結果が悪いので休みます! ですよ!」

 

「うん、それを言うのはお前だけだし。絶対に普通の人には通じないから、二度とその理由で学校を休もうとするな。さっきの女の子の日の方がまだマシだ」

 

 

 そんなこんなで、学校を休む無難な理由の議論をしながら朝食は進んだ。

 結翔はツッコミながらも、時折テレビを見てニュースを確認したりしていたが、めぼしいものは無かったのかすぐに食事に意識を戻していた。

 

 

 食事後はクーラーの効いた涼しく快適な部屋で、暇を潰すためにどうしようかと駄弁っていると……

 

 

「……あれ? これってTwitch! 天々堂の最新ゲーム機のTwitchじゃないですか!? スマプラも有ります!!」

 

「あぁ、そういや、ももこんとこの弟たちにせがまれて買ったんだっけ? やるか? 暇潰しには持ってこいのゲームだぞ? ……友情が崩壊するかもしれんが」

 

「やるやる! やるですよ! …ちょっと待って下さい?! 最後、最後なんて言いました?!」

 

「大丈夫、大丈夫だよメル。アタシたちの絆は、そう簡単に壊れないって!! ……まぁ、アタシは結翔とこのゲームをやった後に大喧嘩した事あるけど」

 

「フォロー! フォローが雑です!? なんで二人共最後に爆弾落とすんですかっ!!」

 

 

 メルが偶然発見した天々堂の最新ゲーム機であるTwitchと、同じく最新ソフトであるスマプラspecial。

 少し前に、ウチの弟たちにせがまれて結翔が買った物で、暇な日は良く遊びに来てやっている。

 かく言うアタシも、弟たちを家に帰した後、結翔と二人で世界大戦に潜ってる事もあったりなかったり……

 

 

 その関係で、アタシと結翔はお互いにそこそこ強いが、負ける時はトコトン負けるので、一度大喧嘩した事がある。

 …まぁ、敗因を押し付け合って喧嘩になったと言う、幼稚な理由なのだが…言わなければ良いだけだ。

 

 

 Twitchのリモコンは取り外し可能だが二個までしかないので、予め買っておいた予備リモコンを使い、三人での大乱闘が始まる。

 スマプラは内輪の中でやるなら、みんなでワイワイできるパーティ型格ゲーで、使えるキャラは大抵が天々堂のキャラ、一部別ゲーのキャラも居て、バラエティーに富んでいて、中々に楽しくできる。

 

 

 アイテムも豊富で一発逆転だって不可能じゃないのが、このゲームの良い所。

 初心者でも、上級者に勝てる可能性が1%は確実に残るゲームだ。

 ……本当のプロが相手だと、アイテムが有っても勝率なんて無いに等しいが、言わぬが花だろう。

 

 

 テレビの大画面にゲームの画面が映し出され、キャラ選択に移行する。

 

 

「アタシは、どうしようかなぁ…」

 

「ボクはアイクで行きます! 重量級のパワーを見せてあげますよ!」

 

「俺はデデデで行こーっと」

 

「…お前…ガチかよ。なら、アタシもピチューで行こ」

 

 

 アイクはあまり勝手が分からないが、ピチューはコンボキャラで繋げに繋げれば、十秒そこらで30%ほどダメージを与える事が出来るのだ。

 ゲームの仕様上、%が増えれば増えるほど吹っ飛びやすくなり、場外に吹っ飛ばせれば勝ち、相手の残機──ストックを減らせる。

 

 

 因みに、結翔が使うデデデはゴルドーと言う自分の配下を飛ばしてくる攻撃が厄介で、%をそれで貯めた後に下Bの必殺技で大体の敵はやれる。

 

 

 見た所、メルは初心者だ。

 それ相手にガチで行こうとしているアタシと結翔。

 …アレだな、ハッキリ言って弱い者イジメしてるみたいで、なんだか可哀想になってきた。

 

 

 だって、案の定、結翔とアタシにボコられて、最初に三ストック全部無くなって退場してるもん。

 ……うわぁ、見てるよ。

 今にも泣き出しそうなのを必死に我慢して、睨み付けてるもん。

 

 

 だけど…うん…余計に可哀想な事に、顔が可愛いからあんまり怖くないし、泣きそうなのを必死に我慢してるのが、可愛さに拍車をかけてるな。

 ちょっとだけモフりたい気分だ。

 

 

 そうして、アタシが遊んでいたのもあって、一回戦目は結翔の圧勝。

 一ストックは削れたが、その後は削れずアタシが負けた。

 そして、試合が終わると同時にメルが猛抗議をしてきた。

 

 

「ズルいですズルいです!! 二人揃って強いじゃないですか!? ボク、全然攻撃できないままやられたですよ!!」

 

「だって、本気でやらないと失礼だし」

 

「アタシも、やる以上負けたくないし」

 

「ぐぬぬぬぬ。良いです! 鶴乃さんが来てから相手してもらいますから!」

 

 

 ……それは、止めた方がいいぞ。

 鶴乃って、普段は猪突猛進の熱血バカみたいな感じだけど…アイツにあれでも学年トップの成績だし、運動神経抜群でゲームとかでも負けなしだ。

 アタシと結翔がタック組んでようやく勝てるレベルだし…

 

 

「…メル。鶴乃は止めとけ、痛い目見るぞ」

 

「何を言ってるんですか! 鶴乃さんですよ! 流石のボクでも勝てるですよ」

 

「お前は知らないかもしれないけど、アイツはあれでも相当スペック高いぞ。成績は学年トップだし、運動神経抜群だし、加えてゲームでアイツが負けた所を、俺は数えられる程しか知らない」

 

「えぇ〜!! そんなぁ…じゃあ、ボクは今日、一勝も出来ないってって事ですか?」

 

 

 アタシと結翔はそっと、顔を逸らした。

 …なんと言うか、居た堪れない雰囲気が溢れていたから。

 

 

 結局、この日、メルがスマプラでアタシたちに勝つ事はなかった。

 

 

 ──結翔──

 

 時刻は十時過ぎ、メルと遅れてやって来た鶴乃は帰り、ももこだけが残って俺と駄弁っていた。

 月夜が輝くいい時間、俺たちが眠りに就くのもそろそろだろう。

 寝支度に入ろうと、ソファを立ち上がった瞬間、玄関からドアをノックするような音が聞こえた。

 

 

 …インターホンがあるのに、態々ノックする理由はない。

 もし理由があるなら、姿を見られたくない…とか、そう言う理由だ。

 明らかに怪しい雰囲気が漂う中、俺は渋々立った次いでに事を済ます。

 

 

 一瞬、ももこもソファから立とうとしたが目で止めた。

 こう言う時、幼馴染と言うのは助かる。

 アイコンタクトが取れるのは楽で良い。

 

 

 玄関でスリッパを履き、ドアを開けると……

 そこには、如何にも優男と言った雰囲気の奴がいた。

 焦茶色の髪を適当な長さで揃えられ、栗色の瞳は俺を優しく見据える。

 中性的な顔立ちで、柔和な笑顔を貼り付けた姿は、探せば居そうな優男…と言ったところだろうか。

 

 

 俺は、コイツを知っている。

 公安Q科の数少ない同期であり、俺と同い年の少年、名前を──桜美(さくらみ)誠司(せいじ)

 異能力は重力操作…俺よりコイツの方がチートじみてると思う。

 確か、今は俺と同じで他の街の魔女班に入ってる筈だが…どうしてここに? 

 

 

「なんで来たんだよ、暇か?」

 

「同期が体調を崩したって報せを聞いたら、誰だって見舞いに来るさ」

 

「咲良さんかぁ…ったく。んで、見舞いに来たのに、見舞い品の一つもないのか?」

 

「辛辣だなぁ…。少し話がしたくてね」

 

 

 見舞いはフェイク……そっちが本命か。

 話…か、一体何を……

 

 

 俺がそう考え込んでいると、誠司は笑顔を剥がし真剣な顔付きで話し始める。

 考え込むなら聞け、ってことか。

 

 

「…魔法少女の真実について、君はどこまで知ってる?」

 

「ソウルジェムが魔法少女の魂そのもので、あれが割れたら死ぬって事ぐらいだな。…もう一つは、俺たちの体は既に魂が抜き取られた人形って事だ」

 

「やっぱり、そこまでか…」

 

「なんだよ、お前は他に知ってんのか?」

 

「…いいや、僕だってそこまでだよ。でもね、上司に掛け合って何とか情報を引き出した──いや、訂正するよ。忠告はして貰えた」

 

 

 やけに遠回しな言い方をする誠司。

 まるで、回答を急ぎたくないみたいだ。

 …急ぐほど、忠告がヤバかったって事か? 

 

 

「で、その忠告は? どんな内容なんだ?」

 

「穢れを溜めすぎるな…ってさ。言っても信じてもらえない、とも言ってた」

 

「…ありがとな、一応警戒はしておく。お前の方も気を付けろよ?」

 

「分かってるよ、僕はあくまで魔法少女じゃなくて超人だからね」

 

 

 取り敢えず、話は終わったのか笑顔で誠司は去っていく。

 手を振ってくるアイツに、俺も手を振り返し見送る。

 

 

 …穢れを溜めすぎるな…か。

 しっかり注意することが、また増えたな。

 ため息を吐きながらも、俺は玄関のドアを開け自宅に戻る。

 

 

 休みはまだあるんだ、有効活用して色々と考えよう。

 俺は、今後の事を頭の中で描きながら夜を過ごした。

 




 次回もお楽しみに!

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三十九話「無意識下の救い」

 鶴乃「前回までの『無少魔少』。安静期間に入った結翔の家で遊んだり、結翔は同僚の人に忠告を受けたりしたよ」

 結翔「名前ありの男って珍しいよなぁ」

 まさら「今後出てくるのかしら」

 こころ「結翔さんの同僚ですから、もしかしたら…」

 しぃ「いや、多分全く以て出ないよ」

 まさら&こころ「早く記念物語出し(なさい・て下さい)」

 みたま「はいはーい!調整屋さんも出たいでーす!」

 結翔「誰が出るかは…まぁ、お楽しみと言う事で」

 メル「皆さんは、三十九話を楽しんでどうぞ!」

 ※この作品内では諸々の時系列が狂っています。


 ──鶴乃──

 

 夢を見ていた、温かい背中の上で。

 幼い頃の夢。

 尊敬するお爺ちゃんの作文を学校で読んで、お爺ちゃんに優しく諭された夢。

 

 

 由比家の復興の為、大統領になってホワイトハウスでラーメンを出す。

 突飛で、多分、わたし以外の人が見ないであろう夢。

 

 

 お爺ちゃんは、「鶴乃は鶴乃の幸せを探して大切にしたらいい」って言ったけど、わたしの幸せはお爺ちゃんの夢を叶える事。

 留学しているお姉ちゃんと一緒に、由比家の栄光を取り戻す為に頑張って、そのために偉業を成すこと。

 

 

 でも、でも…お姉ちゃんは──

 

 

『わたしたちがしようとしていたお爺ちゃんの夢を叶えるって目標…もしかしたら悪いことだったのかもしれない…』

 

 

 悪いこと…どういうことなの? 

 

 

『最近お爺ちゃんの言葉を思い出したの。()()()()()()()()()()()()()()()()()って』

 

 

 そうだよ、だからわたしはお爺ちゃんの夢を叶えるって、由比家の栄光を──偉業を成して取り戻そうって二人で──

 

 

『この言葉って実は、お爺ちゃんなりの拒絶だったと思わない? 自分の夢に踏み込もうとするわたしたちへの優しい拒絶…』

 

 

 拒絶? 

 拒絶って何? 

 わたしの──わたしたちのやってきた事は? 

 

 

『だとしたらわたしたちがそれを無碍にしてお爺ちゃんの夢に踏み込んでいた…独りよがりで勝手に…』

 

 

 違う…違うよ! 

 わたしとお姉ちゃんは、良かれと思って……大好きなお爺ちゃんの為に……

 

 

『お姉ちゃんね、留学してから夢を持ったの由比家の再興や偉業なんて関係がない夢を…』

 

 

 なんで…どうして…? 

 由比家の再興は? 偉業は? 

 

 

『自分でそれを追いかけるようになってからそんなこと考えてた』

 

 

 なに、何を考えてたの? 

 教えてよ、分かるように…ちゃんと。

 

 

『わたしなら自分以外に自分の夢を背負われるのは嬉しい反面、申し訳なかったり場合によれば嫌かもしれないって…』

 

 

 そんな…じゃあ…今までの時間は? 頑張りは? 

 なんだったの? 

 一体何のためにあったの? 

 

 

『ごめんね…。面と向かって話せない以上はなるべくちゃんと伝わる形を選ぼうと思ってこうして手紙という形にしました…』

 

 

 …会いたいよ、会って話したいよ。

 何が、お姉ちゃんを変えたの? 

 わたしも知りたい、どうしたら変われたの? 

 

 

『鶴乃も一度、考えてみてください…』

 

 

 無理だよ。

 今更、そんなの無理だよ。

 いっぱい、いっぱい迷惑掛けてきた。

 最強になる為に強い人に決闘を申し込んで、ししょーを作って教えを乞うて、全力勝負で突っ走って…今日だってそれで…。

 

 

 あれ? 

 …じゃあ、今、わたしはどこに? 

 

 

 夢現な気分は完璧に抜け切り、視界がドンドンとクリアになっていく。

 自分のとは違う鼓動が伝わってきて、少し揺れる感覚と胸から伝わる温かい温度が、自分の今の状況を教えてくれる。

 

 

 …わたし、背負われてたんだ。

 申し訳なさでいっぱいになって、自分を背負っているであろう少年に──ヒーローに声をかけた。

 

 

「ごめんね、結翔。寝ちゃってたよ。…お休みの期間、終わったばかりなのに」

 

「良いよ別に、今日は後方支援であんまり動いてなくて疲れてないしな」

 

 

 一週間の安静期間をやっと終えた翌日、腕の訛りを解消するため魔女狩りに行った。

 流石に前衛を任せる訳にはいかないので後衛に任された結翔だったが、わたしがさっき夢の中で見た手紙──現実でも来ていたものを読んで焦って突進した所を、彼は間一髪で救ってくれた。

 

 

 そっか、わたし気絶してたんだ…恥ずかしいなぁ。

 下ろしてと言おうにも、彼は一切下ろそうとしないだろう。

 それなら、優しさに甘えるのも悪くない。

 

 

 心に渦巻く不安、頭を回るお姉ちゃんの手紙の言葉。

 溜め込むなんて不可能だった、どこかに吐き出してしまいたかった。

 わたしは、そっと結翔の肩を叩き、ある場所へと誘導した。

 

 

「行って欲しい場所があるんだ。良いかな?」

 

「…分かったよ。でも、遅くならない内に帰るぞ。鶴乃のお父さんも心配するし」

 

 

 やっぱり優しい、わたしの思いも聞いてくれるし、ここに居ないお父さんの思いも汲み取ってくれるなんて。

 本当に、優しい子だ…。

 

 

 誘導すること数分、参京区の少し外れにある公園に到着した。

 寂れた公園だ。

 遊具なんて、滑り台とブランコ、あとは砂場ぐらいしかない。

 でも…ここは、わたしの思い出の場所だ。

 

 

 初恋の人に会った場所で、お姉ちゃんとの楽しい思い出が詰まった場所。

 結翔は、わたしをそっとブランコに下ろし、自分も隣にあるブランコに座った。

 

 

 そこから、少しだけ声の出ない静寂が過ぎて…。

 わたしは、必死に頭をフル回転させながら、今まで起きた話を色々と作り替えて、例え話として結翔に話した。

 心配されたくない…だけど、心の底では彼の救いの言葉が欲しくて、辻褄が合うように必死に繋げて、彼に伝えた。

 

 

「…その子がやってきた事は──頑張ってきた事は無意味で無価値…だったのかな?」

 

「さぁな、俺には分からねぇ問題だよ。どっちかって言うと、お前の方が分かりそうだけどな?」

 

「…だね。でも、結翔の意見も聞きたいんだ? ダメ…かな?」

 

「偉業を成せなかったら無意味、偉業を成しても無価値…そうかもしれない。けどさ、やってきた事が──頑張ってきた事が全部そうなるとは分からないだろ? 確かに、色々な人に迷惑を掛けたかもしれないけど、その迷惑で助かった人が一人でも居るかもしれない。もし、ソイツが自分の幸せを探し直すなら、周りを見ろって伝えろよ。悪い奴じゃないなら、きっと優しい友達が探すのを手伝ってくれる」

 

 

 結翔はそう言うと、空いた時間を潰すように、ブランコであそび始めた。

 …周りを見ろ…か。

 …居たね、優しい友達、わたしの周りにはいっぱい。

 

 

 まだ、幸せを探すのは時間がかかりそうだけど……頑張ろう。

 気合いを入れ直すように、両手で顔を叩き、ブランコから立ち上がろうとした瞬間、目眩と元に視界が揺れて足取りがふらつく。

 倒れる! 

 そう思ったその時、わたしの体を結翔は優しく支えた。

 

 

 あぁ、覚えてる。

 この感覚を、わたしは覚えてる。

 既視感を感じた光景に、思わず涙が零れた。

 

 

「ったく、大丈夫かよ」

『ったく、心配させんなよ』

 

「鶴乃」

『鶴ちゃん』

 

 

 違うセリフだった、違う呼び名だった。

 遊んだのも会ったのも、過去のあの一日だけ。

 お爺ちゃんに優しく諭されたあの日、わたしはここで泣いていて、それを結翔が慰めてくれた。

 

 

 まるで、ヒーローのように、落ちそうになっていたわたしを救い上げてくれたんだ。

 

 

「ありがとね、結翔」

『ありがと…結くん』

 

 

 助けてくれた彼に、わたしも昔と同じ想いで、それでいて昔と違う言葉で返した。

 その日、わたしは姉であろうとするには邪な想いを取り戻した。

 時々、顔を出してしまう、温かい想いを──取り戻した。

 

 

 ──結翔──

 

 鶴乃を送って帰った後、俺は一人、自分の家への帰り道を歩いていた。

 変な例え話だったが、答えを間違えなかっただろうか? 

 

 

 それだけが、俺は心配だった。

 だけど、気付けば良かった──気付ければ良かった。

 

 

 彼女が──由比鶴乃と言う強い仮面被った少女が見せてくれた、本当の素顔に。

 少女らしい、弱い部分に。

 

 

 そうやって、何時だって俺は、終わった後に気付いて後悔する。

 




 ヒーローとして在り続ける彼は、例え無意識下でも人を救い続ける。
 代償は、もう支払った。


 次回もお楽しみに!

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四十話「温かい非日常に、浸かっていたいんだ」

 メル「前回までの『無少魔少』。鶴乃さんが色々吐露したり、結翔くんがそれを無意識の内に救っていたりした話ですよ」

 結翔「無意識の内に救っていたって結構凄いよな。なんで出来たんだ?」

 こころ「それは、私たちが聞きたいくらいですよ」

 まさら「そうね、なんで出来たのかしら?」

 鶴乃「結翔が優しかったからだよ!ふんふん!」

 ももこ「なんとも大雑把な理由だな…」

 みふゆ「あらすじはここまでに、皆さんは四十話をどうぞ!」


 ──メル──

 

 夏と言えば海、海なのです。

 ボクは憧れていました、友達と一緒に行く、夏休みの海水浴と言うものに。

 

 

 白い砂浜に、青い海、サンサンと照らす太陽。

 砂浜でお城を作ったり、ビーチバレーしたり、水の掛け合いをしたり、遠泳気分で泳いだり、ただただ浮き輪で波に揺られたり。

 

 

 最高のバカンスを楽しむものじゃないですか? 

 折角、海に来たんですから、日頃溜まった疲れを癒す為に、羽を伸ばすべきじゃないですか? 

 なのに…なんで…何で、ボクは…ジェットスキーでテロリスト相手に命懸けの鬼ごっこしなきゃいけないんですか!? 

 

 

 ひー! 

 撃たれてる、よく分からない長い銃で撃たれてる!? 

 

 

「死ぬ!? 死にます!? あんなの当たったら死んじゃいますよ!? もっと飛ばして下さい結翔くん!!」

 

「無茶言うな! 運転の制御が効く限界速度で走ってるわ!! と言うか、魔法少女はあんな鉛玉が当たったくらいじゃ死なねえから!? ソウルジェムだけしっかり胸に抱いとけ!」

 

 

 厳つい二人組が運転するジェットスキーから、結翔くんが運転するジェットスキーで逃げる。

 …どうしてこうなったのか? 

 それは、少し遡って話さなければいけない──

 

 

 ──────────────────────

 

 夏休み直前の週末。

 ボクは、七海先輩と一緒に商店街に買い物に来てたですよ。

 なんでも、商店街で買い物するとクジ引きの券が貰えるらしく、丁度それが溜まっていたからと言っていた。

 

 

 粗方買い物を終えた後、クジ引き会場に向かうと、偶然買い物に来ていた結翔くんとももこさんに遭遇したですよ。

 

 

「あら、二人とも偶然ね。そっちもクジ引きかしら?」

 

「そうなんですよ。商店街の知り合いが多いんで、顔を見に行く度に貰っちゃって……。そろそろ消費しようかなーって…。ほら、六等まで有りますけど、六等でも洗剤とか貰えますし」

 

「五等でタオルセット、四等で電気ケトル、三等でTwitch、二等で大型テレビ、一等は海の旅のファミリーチケット二泊三日…か。結構豪華だな」

 

「海の旅…! 結翔くん、結翔くん! 一等! 一等を当てて下さいですよ!!」

 

 

 一等の景品に、ボクの心は弾みに弾んだ。

 ファミリーチケット、と言うことは大人数で行く事を想定とされている筈。

 ボクたちは六人で一チームなので、可能性は十二分に有りますよ!! 

 興奮が収まりきらないボクは、クジ引きの抽選をしているお姉さんに、問い詰めるように言った。

 

 

「お姉さん! その一等のファミリーチケットは何人まで可能ですかっ!?」

 

「え、えぇ、そうね、ちょっと待ってちょうだい。………ええっと、六人までよ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 よっし! 

 完璧、完璧ですよ! 

 クジ引きの屋台を見る限り、今日から抽選が始まったらしい。

 有る…チャンスは十分にあるですよ! 

 

 

 ボクは急いで、七海先輩と結翔くんの背中を押して、抽選をやらせた。

 よく見る、ガラガラを回して、出た玉の色で何等か分かるやつだ。

 期待の眼差しを向けるボクに、二人は渋々と言った様子で抽選の為の券を出した。

 

 

「お願いします」

 

「こっちも、お願いします」

 

「お二人分ご一緒でもよろしいですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「では、十五回分ですね。どうぞ、回しちゃって下さい!」

 

 

 営業スマイル前回のお姉さんにそう言われま結翔くんは、ガラガラを回していく。

 …白…白…白…白…白…白…白…白…白…白…白…白…白…白。

 …嘘でしょ? 

 十四回引いて、その全部がハズレ賞なんて…どんだけ運ないんですか!? 

 

 

「結翔くん! ラスト、ラストですよ気張って引いて下さい!」

 

「そう言われてもなぁ…。出ないもんは出ねぇよ」

 

 

 ため息を吐きながら、結翔くんが最後の一回を回した。

 呆れと諦めの表情が混じった結翔くん。

 七海先輩とももこさんも、どうせハズレ賞だろう、と言った諦めの表情が見て取れる。

 …だけど、だけど、ボクは信じてます! 

 

 

 結翔くんは、やってくれる人だって! 

 コロッコロッ、と穴からでてきた玉は──

 

 

「うっそぉーん…」

 

「やった、やりました! 金です、金ですよ結翔くん!? 最っ高です、本当に最っ高です! 信じてたですよ、結翔くん! 大好きです!!」

 

「おめでとうございますっ!! 一等、一等賞になります!!」

 

 

 抱き着くボクと、驚き過ぎて顔が幼稚園児のお絵描き並になっている結翔くん、七海先輩やももこさんも同様に驚きで固まっていた。

 そこからは、トントン拍子で話が進み、夏休みの最初の週に行く事が決まった。

 みんな、何とか予定を空ける為に、早々にやる事を済ませ、そして旅行当日。

 

 

 保護者役が居ない事を、みふゆさんや七海先輩が渋っていたが、結翔くんと言う一応国家公務員が居ることを何とか盾にし、納得させた。

 みんな揃って電車に揺られ、着いた駅は磯の香りが感じられる程、浜辺が近い駅でした。

 

 

 天気は快晴、ボクたちはすぐに宿に荷物を置いて、必要な物だけを持って外に出た。

 ビーチパラソルにクーラーボックス、海用レジャーシートや折り畳み式のビーチチェア、数多の浮き輪と空気入れ、全員分のスマホや財布を入れられるエコバック。

 

 

 大分大荷物になったが、旅行なのだから、十二分に楽しむためにはしょうがないですよ! 

 大丈夫、大丈夫! 

 結翔くんが半分くらい持ってますから。

 

 

 ボクたち女子組が宿で水着への着替えを済ませる中、結翔くんは先に行って場所を取っています。

 浜辺の方にも脱衣所は有ると聞きますが、宿から浜辺まで歩いて数分なので問題ありません。

 

 

 一番に着替え終わったボクは、みんなより一足先に浮き輪の一つと空気入れを持って外に出た。

 待ち切れなかったボクは歩くなんて事は出来ず、走って浜辺まで向かう。

 

 

 着いた先に見たのは…圧巻の光景だった。

 キラキラと光って見える白い砂浜、それと同じく光の反射で光って見える青い海、そこで笑顔で遊ぶ多くの人たち。

 

 

 少しだけぼーっとして、その光景を見ていると、後ろから声を掛けられた。

 いつも通り…ではなく、少しだけテンション高めの低い声だ。

 聞き慣れた…声だ。

 

 

「結翔くん、結翔くん! 凄いですね、海って!」

 

「だな、久しぶりに来たから、少しワクワクしてる」

 

 

 男の子がよく着る迷彩柄の海パンと、白いラッシュパーカーを羽織り、彼は──藍川結翔はそこに居た。

 彼は、ボクを手招きし、取った場所へと案内する。

 海用レジャーシートが敷かれ、そこにビーチパラソルが刺さりしっかりと日陰ができ、クーラーボックスを重しに風で飛ばないようにしていた。

 

 

 場所は人が多くもなく少なくもなく、疎らな場所。

 完璧だ、理想とも言える場所取りと、理想そのものと言える見栄え。

 

 

「さっすがー! 結翔くんは場所取りの達人ですね!」

 

「よせよ、全く嬉しくないだろ」

 

「またまた〜! 照れてるだけなんですよー!」

 

「いや、場所取りの達人とか全く嬉しくないんだが」

 

「嬉しくないですか?」

 

「うん」

 

「…なら、今度から結翔くんには場所取りの全てを任せますね?」

 

「ごめん。お前、鼓膜機能してる? 俺の話聞いてる?」

 

 

 取り敢えず、無視に無視を重ね、結翔くんの意思は遮っておいた。

 ……こんなバカみたいなやり取りは嫌いではないが、思う所がある。

 普通、女の子が水着で来たら、「似合ってるな」の一言ぐらい言ってくれてもいいんではないか…と。

 

 

 ボクと結翔くんは親友です。

 でも…それでも、ボクだって列記とした女の子ですよ? 

 褒められたいって、至極当然に思うじゃないですか? 

 

 

 ジーッと、結翔くんを見つめた。

 数秒、これを無言で続けていると、結翔くんも気付いたのか、納得したように頷いてこう言った。

 

 

「髪型変えたか?」

 

「違う! 合ってるけど…合ってるけども…違う!!」

 

「あれ、違ったかぁ……」

 

 

 確かに、確かに、海で邪魔にならないように、いつもポニーで纏めている髪をお団子にしましたが……違うんですよ! 

 そこじゃないんですよ! 

 

 

 もう言いです、直接言ってやります! 

 

 

「結翔くん! ボクの水着……………」

 

「…ん、水着がどうした?」

 

「いや……だから……その……水着……」

 

 

 あ、あれ? 

 どうして? 

 上手く言えない…何時もだったら、思ったことなんて後先考えずすぐに言えるのに。

 なんで? どうして? 

 

 

 緊張? もしかして緊張してるんですか? 

 相手は、相手はあの結翔くんですよ? 

 時々ポカをやらかすバカヒーローですよ? 

 ボクの親友ですよ? 

 

 

 今になって、なんでこんなに鼓動が早くなるんですか? 

 可笑しいでしょ…あれ? 

 もしかしたら、全然可笑しくないのか? 

 

 

 …だって、初めて会った時もそうだったけど。

 結翔くん、顔面偏差値カンスト勢だし、オマケに優しいし、超がつくほどのお人好しで、困った時はいつも助けてくれて。

 そんな所がボクは大好きで……って、違う違う違う!! 

 

 

 そうじゃないでしょ! 

 ああ、もう! 

 言え、言うんですよ、ボク。

 水着、似合ってますか? 

 

 

 この一文を言えば終了です。

 …七海先輩やみふゆさん、ももこさんや鶴乃さんと一緒に選んで買ったんです。

 オシャレ度が偏差値換算されるなら、東大だって難しくないレベルの筈ですよ。

 

 

 緑主体で水玉模様の、パレオタイプの水着。

 …大人っぽいかもしれないけど、背伸びしてるかもしれないけど──

 

 

「水着、似合ってますか?」

 

「…ああ、そういう事か。…似合ってるよ、可愛いと思う」

 

「…そ…そうですか。なら、良いです」

 

「はぁ〜、でも、こうなると憂鬱だな」

 

「…ちょ、ちょっと待って下さい! な、何が憂鬱なんですか! 失礼です」

 

「お前に対して言ったんじゃねぇよ。…この後来る面々も、俺にお前と同じ言葉を問い掛けられたら、しっかり答えなきゃいけないからな」

 

 

 本当にどこか、憂鬱そうだ。

 …もしかして、結翔くんって女嫌──

 

 

「あぁ、別に女嫌いじゃないぞ。人並みには好きだ。だけどなぁ? お前らは意識してないかもしれないから言っとくけど! 全員、全員が美少女なんだよ、お前らは! そんな奴らに、チェリーボーイである俺が水着似合ってるか聞かれるんだぞ? 冗談じゃない!」

 

「…まず、チェリーボーイってなんですか?」

 

「…端的に言えば、女慣れしてない男の事だ」

 

「嘘じゃないですか、結翔くんはボクたちといつも一緒に居ます。それに、他の魔法少女の知り合いも多いじゃないです?」

 

「あのな、俺が日頃からお前らを女性として意識してると思うか? する訳ないだろ。理性が壊れるわ。俺は、お前らと接する時はしっかりと一線引いてる。やちよさんやみふゆさんだったら、仲間とか先輩。鶴乃は姉とか友達。ももこは幼馴染や親友。メルだって親友。その一線があるから、俺の理性が壊れることはまず無い。だけど…だけどなぁ」

 

 

 なんだろう、結翔くんが苦労人に見えてきた、可哀想な人に見えてきた。

 

 

「水着が似合ってるか聞かれたら、見なきゃいけないだろ? テキトーに答えたら失礼だし。ただでさえ、最近の水着は布面積が少ないのに、それをお前らが着たら、俺はお前らに一線を引けない。どう足掻いても女性として認識してしまう」

 

「……まるで、悪いこと見たいですね」

 

「悪いに決まってるだろ! ファミリーチケットだから、今日に至っては寝る場所も同じなんだぞ!? お前や鶴乃なら…まだなんとかなるけど。他三人はマジで無理だ」

 

「ボクと鶴乃さんは結翔くん的に女性じゃないと?」

 

 

 若干怒気を混じえた語調でそう言うと、結翔くんは冷静且つ真面目な顔で、「いや、違う」と返した。

 

 

「…じゃあ、ボクと鶴乃さん、他三人の違いはなんです?」

 

「分かり難いかもだけど…お前らはどっちかと言うと、可愛い系なんだよ。愛でたくなるような感じの…美少女なんだ。でも、他三人は違う、ももことみふゆさんは…色々と目に毒だし。やちよさんもモデルやってるだけあって、既に大人の女性感が強い。美少女と言うよりは美人寄りなんだよ…」

 

「……あぁ。なんとなく分かりました」

 

「分かってくれたか…良かったよ、流石は俺の親友」

 

「はいはい、いつもどうもですよ親友」

 

 

 …さっきまでのドキマギした感情を返して欲しい。

 胸が苦しくなるような、そんな感情を返して欲しい。

 今の話の所為で、モヤモヤした胸に引っ掛かる感情しか、残ってないじゃないですか。

 

 

 結局、結翔くんは後から来た四人にも、ボクと同じ言葉を言われていた。

 付き合いの長い、七海先輩やみふゆさん、ももこさんは当然と言った感じで聞いていたし、鶴乃さんも食い気味に聞いていた。

 

 

 …鼻血が出かけていたが、結翔くんは気合いで耐え、何とか問答を済ませ、ビーチチェアに寝っ転がる。

 感想を聞き終えた七海先輩たちは二対二でビーチバレーをしており、結翔くんはぼーっとそれを見つめる。

 

 

 …ダメだ、これじゃあ時間が無駄になってしまうですよ。

 チラリ、と四人にも目を向けながら、昨日から調べていた情報を頼りに当たりを見渡す…すると目的の物が見えた。

 ジェットスキーの貸し出し。

 珍しい事に、この浜辺ではジェットスキーの貸し出しを個人がやっている。

 

 

 しかも、三時間コースで千円と言う破格ぶりだ。

 

 

 うる覚えだが、結翔くんは乗り物の免許を色々持っている。

 その中に、水上バイクの免許もあった気がするのだ。

 

 

 ……本来なら、年齢的に免許は取れない筈だが、何故か持っている。

 不思議だ…だけど、今はそれが有難い。

 

 

「結翔くん? 暇だったら、少しアレに乗ってみませんか?」

 

「ジェットスキー? …いや、良いけど、どうしたんだよ急に? 浮き輪に乗って波に揺られたりとか、水の掛け合いとか、今やってるビーチバレーとか、色々やりたかったんじゃなかったのか?」

 

「昨日の内に調べてたんですけど、この浜辺の近くに小さい島があるらしいんですよ? 無人島で、しかも面白半分で行った人が行方不明になるって噂があるんですよ。…どうです、行きたいと思いません?」

 

「え? 何それ、めっちゃ男心擽られる。行きたい、ってか何かあるかもだしヒーローとして放っておけない!」

 

 

 好奇心とヒーローとしての使命感、それが半々で混ざりあっている感じの結翔くんは、ニコニコとした笑顔でボクの話に乗った。

 エコバックから財布とスマホを取って、すぐにジェットスキーを借りに行った。

 

 

 最初は門前払いを食らいそうになったが、なんとか免許を見せて納得くしてもらい、二人してジェットスキーに跨った。

 チラチラと、結翔くんが後ろを気にしているのが気掛かりだったが、それ以上の興奮がボクを突き動かし、彼を囃し立てる。

 

 

「はーやーくー! はーやーくー!」

 

「はいはい、行くぞ!」

 

 

 結翔くんはエンジンをかけて、モーターが動き出したところでアクセル全開で走り始めた。

 上がる水飛沫と風を切るような感覚。

 無人島まで、これだったら十分もせずに着きそうだ。

 

 

 スピードが早い分、振り落とされないように彼の腰をしっかりと掴む。

 テンションがハイになってるお陰か、あっと言う間に時が過ぎ、小さいながらも段々と無人島が見えてきた──が、何故か結翔くんはジェットスキーの速度を落とし始めた。

 

 

 そして、ゆっくりと後ろを振り向く。

 ボクも、それに釣られるように後ろを振り向くと……後方からボクたちを追うようにもう一つのジェットスキーが現れる。

 ……魔法少女の能力を限界まで駆使し、よーく見据えると。

 

 

 乗っているのはボクたちと同じ二人組で、一人は長い銃のような物を持っているのが分かった。

 最初は水鉄砲かとも思ったが…そうでは無いらしい。

 

 

「あ、あの、結翔くん? あれって……」

 

「悪い、メル。巻き込んだかも」

 

 

 突然の言葉をボクは理解出来なかった。

 悪い、巻き込んだかも、二つの言葉から…導き出される答えは? 

 

 

 ……そう言えば、今日の朝の占いで二人乗りは気を付けろって──

 

 

「多分、アイツらテロリスト集団の構成員だ。それか、どっかの国の秘密組織…かな? まぁ、答え合わせはどっちでもいい。…取り敢えず、アイツの狙いは俺の眼だ」

 

「魔眼…ですか?」

 

「そゆこと。さぁーて、どうするかな…メル居るしなぁ」

 

「もしかして…もしかしてですけど、ボクも狙われたり?」

 

「そりゃあ、俺の背中に引っ付いてりゃ剥がす為に撃ってくるだろうな」

 

「……です」

 

「ん? 今なんて──」

 

「アクセル全開です! トップスピードで逃げて下さい!!」

 

 

 ──────────────────────

 

 遡り終了。

 今現在も、ボクたちはテロリスト二人組に狙われたりまま、ジェットスキーで鬼ごっこをしています。

 

 

「どうにかして下さいよ! このままじゃ、いずれジェットスキーの方に玉が命中しちゃいますよ!?」

 

「分かってるよ…!」

 

 

 彼はそう言うと、ようやく反撃に出た。

 魔法少女に変身し、一本の短剣を作り出したのだ。

 片手でジェットスキーの操縦をして、半身を逸らして反対の手で短剣を投擲する。

 

 

 投げられた短剣は無回転で飛んでいき、ピンポイントでハンドルの付け根に当てて粉砕した。

 一瞬、投げられた短剣が曲がったように見えたが、あれは見間違いではないだろう。

 

 

 ハンドルが逝った所為で操縦不能となり、テロリストの乗ったジェットスキーはアクセル全開のままどこか遠くに去っていった。

 

 

「…あれ、どうするんですか?」

 

「後で、捜索隊の要請でもするさ。運が良ければ、一日かそこらで見つかる。見つからなかったら…まぁ、自業自得だな」

 

「そう…ですね。早く帰るですよ」

 

「無人島は?」

 

「何と言うか…同じ人間相手だと肝が冷えたですよ。大人しく浅瀬で水の掛け合いが、砂浜でお城でも作るです」

 

「賢明だな」

 

 

 その後は、何事もなく楽しい一日でしたが、色々な意味で衝撃的な一日でした。

 

 

 ──結翔──

 

 旅行の日の夜、俺は一人眠れず、暇を潰すために砂浜に足を運んだ。

 昼間はあれだけ人が居たのに、今は人っ子一人居ない。

 まぁ、夜中の一時だしな、そりゃ誰も居ないか。

 

 

 特に何をするでもなく、ただただぼーっと海を見つめる。

 …こんなに…こんなに、幸せに生きて良いんだろうか? 

 

 

 アイツの分も生きると誓ってから、アイツの死を無駄にしない為に絶対にヒーローになると誓ってから。

 かれこれ、もう一年半が経った。

 

 

 長い一年半だった気もするし、短かった気もする。

 ヒーローを名乗っているが、俺はきっとヒーローじゃない。

 あの日、アイツが死んだ──俺が助けられなかったあの日に、分かった。

 

 

 だから、なると誓った。

 だから、名乗り続けた。

 そう在り続ければ、きっとなれると疑ってなんていなかったから。

 

 

「俺は──」

 

 

 ヒーローに近付けているのか? 

 広い海を見つめながら、自問自答を繰り返す。

 繰り返して、繰り返して、繰り返して。

 それでも答えが出せない自分に呆れて、海の代わりに空を見上げた。

 

 

 座っていた足を崩し、寝っ転がる。

 浴衣に砂が入るが…どうでもいい。

 

 

 何もかもがどうでも良くなって、乾いた笑いがこぼれた。

 幸せ恐れる自分、ヒーローに近付けてるか分からない自分、叶わぬかもしれない夢を見ている…愚かな自分。

 

 

 全てがどうでも良くなった。

 幸せを恐れても、ヒーローに近付けてるか分からなくても、叶わぬ夢を見てるとしても、どうでもいい。

 今は……今はただ、この温かい非日常に浸かっていたいんだ。

 

 

 誓いを胸に、この温かい非日常を、街を──街に住む人を守れればいい。

 

 

 空を見上げて、俺はそう思った。

 そして、そんな俺の隣に──親友が寝転んだ。

 

 

「隣、失礼しますね」

 

「既に失礼してるだろ。…どうしたんだよ、明日が楽しみで眠れなかったか?」

 

「違いますよ。ぐっすり寝てましたです。でも、さっき少し目が覚めて、隣に君が居なかったから……」

 

「起こしちまったのか、悪かったな。…眠れなくてさ、暇潰しに来た」

 

「へぇー。何かあったんですか?」

 

「別に。眠れなかっただけだよ」

 

 

 その後、少しだけ間が空いて、メルが話を続けた。

 

 

「楽しかったですね。まだ一日、自由はありますけど…。来年も来たいです!」

 

「…来年って、お前、受験生だろ? 良いのかよ」

 

「うぐぐ…。だ、大丈夫です。ゆ、優秀な家庭教師を雇いますから!」

 

「時給は千円な」

 

「高いですよ!? 親友価格にならないんですか?!」

 

「それとこれとは話が別だ。…まぁ、来年も来たいってのは同意だな」

 

 

 楽しい時間だった。

 こんな時間がずっと続いてくれたら、どれだけ喜ばしいことか。

 ……本当に来年も来たい、そう思える旅だ。

 

 

「じゃ、じゃあ、宿代とかは結翔くん持ちです!」

 

「言っとくけど、俺の財布の紐はやちよさんとももこが握ってるからな? 頑張って緩めろよ〜」

 

「えぇ…。稼いでるのに、お小遣い制なんですか?」

 

「まぁな。この間なんて、欲しい物があったのにお金が足りなくてさ。何とかももこややちよさんを説得しようと思ったけど無理で……」

 

「諦めたんですか?」

 

「いや、咲良さんに頭下げて給料前借りした」

 

「そこまで!? そこまでしたんですか!?」

 

 

 あの時ばかりは、咲良さんもドン引きしてたな。

 まさか、たかがオモチャの為に頭下げるなんて、普通の人は思わないしな。

 

 

 …だって、しょうがないじゃないか、限定商品だったんだから。

 一ファンとして、買うしかないでしょ。

 

 

 結局、俺たち二人は、お互いが眠くなるまで喋り倒し、宿に帰ったのは三時過ぎだった。

 …翌日、夜中に外に出たのがバレ、二人揃って怒られたのは良い思い出だ。

 

 

 ──────────────────────

 

 遊び尽くした旅行の最終日、お土産屋巡りを終えた一行は、帰りの電車の中で眠っていた。

 …約二名を覗いて。

 

 

「疲れたー。けど、楽しかったな…」

 

「本当ですよ! 最っ高の旅でした。…結翔くん、一昨日──いや、、昨日の話覚えてます?」

 

「…来年も行きたいってやつか? それとも財布の紐緩めるってやつ?」

 

「どっちもですよ。どっちも。…約束です、また一緒に行くですよ。全員で」

 

「…あぁ。予定、しっかり空けとくよ」

 

 

 また、約束をした。

 あの時と同じく、絶対に守らせると固い決意の上で結んだ約束。

 

 

 その約束が果たされることは──なかった




 関係の無い一言
 誰か、私の代わりにゆゆゆのRTAを書いてくれ。


 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

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四十一話「誰もが未来を想ってる」

 結翔「前回までの『無少魔少』。みんなで海へ旅行に行ってテロリストと命懸けの鬼ごっこしたり、メルと来年も来る約束をしたりしたよ」

 まさら「テロリストと命懸けの鬼ごっこって、パワーワード感あるわよね」

 こころ「普通なら絶対組み合わせない同士単語ではあるね…」

 ももこ「それがあるのが、藍川結翔って奴なんだよ」

 みたま「さっすがぁ、一番の被害者が言うと説得力が違うわねぇ」

 メル「本気で怖かったんですからね!?冗談みたいに言わないで下さい!!」

 やちよ「…お待ちしていたかは分からないけど、四十一話をどうぞ」




 ──結翔──

 

 夏休み、それは学生が青春を謳歌する絶好の機会である長期休暇(バケーション)

 だが、俺はいつもと変わらず、みかづき荘に顔を出して宿題に励んでいた。

 

 

「…かったるい。早く終わんねぇかなぁー」

 

「結翔くん! そんな事より、占いですよ占い! 今日のボクは絶好調、どんな占いも良い方に転がるですよ!」

 

「あー、はいはい。ちょっと待ってなー」

 

 

 メルのウザやかましい声を聞き流しつつ宿題を進め、キリのいいところでペンを置く。

 八月も初旬、そろそろ真面目に宿題に手を付けないと不味いと言うのに、俺は親友であるコイツ(メル)が宿題をしている姿を見た事がない。

 本当に大丈夫か? 

 調子こいてると、夏祭り行けないで、居残って宿題三昧だぞ? 

 

 

 とまぁ、色々思う所はあったが、心の奥底に仕舞い、メルの方に顔を向ける。

 占い…か。

 やちよさんと話していた、メルの固有の能力を見極める良い機会かもしれない。

 

 

 俺は、おもむろにポケットからスマホを取り出し、ある画面を見せた。

 それは──

 

 

「お…おお…大石昌良さんの、神浜ライブ…限定百名。し、しかも、これって神浜市の人限定じゃないですか!? ど、どうしてこれを…?」

 

「俺、大石昌良さんのファンクラブ会員だし、神浜市の人間だし、そりゃあメールが来るだろ。…んで、九月第一週の日曜日がライブなんだけど、今日がチケットの抽選結果が出る日なんだよ」

 

「それの結果を占って欲しいと?」

 

「おう。丁度良いやつがそれぐらいしかなくてな」

 

「…未来を見るだけなら、未来視の魔眼でも事足りるのでは? ボクの占いはお役御免じゃないです?」

 

「いや、お前最初に言ってたじゃん。どんな占いもいい方に転がるって」

 

 

 未来視の魔眼を持つ俺に、未来を占う事に本来なら意味はない。

 だって、能力使って未来を視れば良いだけだからな。

 

 

 だけど、今回はそんな事しない。

 やちよさんの仮説が正しいなら、メルの固有の能力は未来誘導。

 占いで出た結果を未来に手繰り寄せる能力。

 

 

 今回の占いは、それを確かめる為のものだ。

 俺は、メルがタロットをいじって占いをするのを、ぼーっと見つめながら結果が出るのを待った。

 

 

 三分ほどの時を要して、占いは終わり、メルは俺に結果を告げる。

 

 

「…結翔くん。占いの結果ですが……」

 

「あぁ、ハズレだったか? まっ、残念だけどしゃあないな。あの人も人気のシンガーソングライターだし、百人の中に入るのは早々──」

 

「いや、当選しますよ。しかも、ペアチケットが」

 

「なんでだよ!? 今の表情と喋り方からしてダメなやつだったじゃん!」

 

「ペアチケットだったから…その…誰と行くのか気になって…」

 

 

 しおらしいメルの反応。

 なんだよ、その反応……まるで恋する乙女みたいだ。

 …んなわけない…よな。

 取り敢えず説明不足は補うか。

 

 

「友達だよ。俺と同じで大石昌良が好きな奴がいてさ、そいつもファンクラブ会員なんだけど。どっちかがハズレでも良いようにペアチケットで申し込んだんだ」

 

「…女の子ですか?」

 

「ないない、普通に男友達だよ。…でも、そいつ運悪くてさぁ、既に予定が埋まっちゃったんだよ」

 

 

 確か、家族旅行だっけ? 

 なんで夏休みに行かないのか気になるが、当たっても行けないから他の奴と一緒に行ってくれって言われた。

 でもなぁ…他に大石昌良好きな奴なんて…。

 

 

「…メル?」

 

「な、なんですか?」

 

「お前さ、大石昌良好きだった──」

 

「好きです!! 大好きです!! CDだって全部持ってます!!」

 

「お、おう。なら、一緒に行くか?」

 

「行きます!!! 流っ石、結翔くん! 太っ腹ですね! 大好きですよ!!」

 

 

 嬉しさの余り抱き着いてくるメルを受け止めながらも、俺はメールが来たことを報せるバイブがあったスマホを開く。

 メールの内容は、抽選の結果当選したのでお金を払って下さいと言うものだった。

 限定に限定を重ねたとは言え、まさか当選するとは……

 

 

 俺の運……だけじゃ、こうはならないよな。

 考察の為、天井を見上げて考えていると、買い物から帰ってきたみふゆさんとももこがやって来た。

 

 

「…何があったんだ? 勉強中じゃなかったのかよ、折角アイス買ってきたのに」

 

「遊んでいたなら、アイスは没収ですね」

 

「いや、ちょっと待って下さいよ!? 誤解です誤解! 色々と訳が──」

 

「メルに抱き着かれてるのもか?」

「メルさんに抱き着かれてるのもですか?」

 

「本当なんですー!」

 

 

 …その後、何とか誤解を解き、二人にもメルの固有の能力の検証を手伝ってもらった。

 ももこの占いの内容は、このままエスカレーター式で進学するべきか否か? 

 みふゆさんの占いの内容は、家族が準備したお見合いに行くか否か? 

 

 

 取り乱しそうになったが、寸でのところで抑え、メルの占い結果を待った。

 二人合計で十分程掛かった占いの結果は──

 

 

「ももこさんは模試の結果を見てからでも問題ないです。勉強できてなかったのが心配だったんでしょう?」

 

「あ、あぁ。最近、魔女狩りが忙しくて、どうにも時間が取れなくてな…」

 

「続いてみふゆさん。みふゆさんは行かない方がいい──いえ、行かないべきです」

 

「な、なるほど…。分かりました、親に相談してみます」

 

 

 断言したな。

 二人の占い結果がどうなるのか…分かるのは明日。

 ももこの模試の結果が届くのも、みふゆさんのお見合いも丁度明日だ。

 

 

 …まぁ、明日まで待つなんてまどろっこしい事、俺はしたくないので未来視の魔眼を使うが。

 断片的に明日の未来を掻き集める。

 未来視の魔眼の良い所は、近い未来であればある程情報を集められる事。

 

 

 出来るなら、数秒後や数十秒後がいいのだが、致し方ない。

 限界まで未来視の魔眼で情報を集め、パズルのピースのように少しづつ当てはめていく。

 

 

 そして、視えて未来は──

 

 

「…正解だな」

 

「ん? どうしたんですか、結翔くん?」

 

「メル」

 

「はい?」

 

「お前、当面占い禁止な」

 

「…………えっ?」

 

 

 固まってるメルを無視しながら、やちよさんにメールで報告する。

 コイツの占いは危険だ。

 俺が関与できる範囲なら構わないが、なりふり構わず占いをしていたら、死者が出る可能性がある。

 

 

 …それに、もしかしたら、自身の占いで命を落とす可能性だって0じゃない。

 スマホに目を落としていた俺が、もう一度顔を上げてメルの方を見た。

 静かだった、普通に叫び散らすかと思ったのに。

 

 

「ひっく…えっく…うぇ…うぇぇぇぇん!! ゆいとくんがぁ…ゆいとくんがぁ…!!」

 

「ちょっ、メル!? いや…お前…ガチ泣きって…」

 

「結翔…」

「結翔君…」

 

「やめて!? そんな目で見ないで!!」

 

 

 わんわん泣く親友(メル)に、軽蔑の視線を向けてくる幼馴染(ももこ)先輩(みふゆさん)

 居心地が悪いなんてものじゃない。

 癒しのポイントがあるなら、メルの泣き顔ぐらいだ……滅茶苦茶可愛い。

 ……じゃなくて!! 

 

 

 急いで、メルを泣き止ませないと、俺が死ぬ…社会的に!! 

 

 

「わ、悪かったメル! 占いしていい、していいから! 泣くのやめてくれ!」

 

「…ぐす。…ほんと?」

 

「ほんとにほんと。嘘だったら何でも言うこと聞くよ」

 

「…分かった…です」

 

 

 その後は、占い禁止を言った意図を伝え、占いをするのは良いが、悪い結果になったら報告するように言って、その日は終わった。

 なんだかんだで、休みなのに疲れる一日だったよ…全く。

 

 

 ──メル──

 

 …うぅ…思い出すと恥ずかしい。

 なんで、結翔くんの前であんななきかたするんですか、ボクのバカバカバカ! 

 

 

 …はぁ、もう。

 こう言う時は、気晴らしに占いでもしましょう。

 占うのは…そうですね、分かりやすく。

 …近い未来なんて良いかもしれません! 

 

 

 じゃあ、早速っと。

 ボクは、手早くタロットカードをポケットから取り出し、頭に浮かんだオリジナルのメソッドに従い、カード引いていく。

 数分後、占いに出た結果を、一枚の紙に纏めた。

 

 

 その内容は──

 

 

『神浜に異変が起きたとき、何か大きな変化が訪れるかもしれない。

 だけど、そこにはいくつもの点が集まり柔らかな円を描いている。

 多分これは人の円、ボク達魔法少女が紡ぐ円。

 この時はきっと今よりも危険だけど一緒に優しさも満ちている。

 そのきっかけを作る星がみっつ。この星はきっと人を表している。

 

 

 そして、やちよさんの近くにひとつと、結翔くんの近くにふたつ落ちている。

 この人たちが原因なのかは分からないけど、今から会うのが楽しみ。

 やちよさんと結翔くんの近くに落ちてるってことはボクもきっと会うと思うから。』

 

 

「…こんな所…ですかね」

 

 

 紙への纏めを終えたボクは、そっと机にペンを置く。

 不思議な事に、ボクの存在は占いの中で結翔くんと重なっていた。

 あと、もう一人、雪野かなえ…と言う人の存在も結翔くんと重なっていた。

 

 

 これがなにを示すのか分からないが…きっと悪い事ではないだろう。

 むしろ、結翔くんと重なっているのは良い事だ。

 ずっと一緒に居られる…という事じゃないか。

 

 

 一人、ニヤニヤとしながら、ボクはその紙を見続けた。

 

 

「君とずっと先の未来でも…笑っていたいです」

 

 

 ──────────────────────

 

 安名メルと言う少女は、終ぞ自分の占いの本当の意味に気付かなかった。

 

 本来、重なる筈のない存在同士が、重なっている違和感に。

 

 彼女が書いた一枚の紙を少年が見て、占いの本当の意味を知るのは、もう少し先の話だ。

 

 泡沫の夢が覚めたあとの話だ。

 

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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四十二話「大好きの告白は、音に紛れて消えていく」

 ももこ「前回までの『無少魔少』。メルの固有の能力について調べたり、少しだけ未来の話をしたな」

 結翔「未来の話つっても、一章とか現在進行形の話だけどな」

 まさら「あらすじでネタバレを堂々とするのはどうかと思うわ」

 こころ「そうですよ、この話から見た人も居るかもしれないじゃないですか!」

 みたま「そうよぉ。配慮は大切よぉ〜」

 みふゆ「…あらすじ紹介なので、仕方ないのでは?」

 鶴乃「みふゆ。多分、みたまやまさらちゃんたちは、出れないことの恨みで……」

 メル「ボクが活躍しない!!四十二話を楽しんでどうぞ!」


 ──ももこ──

 

 夏祭り、それは夏の風物詩。

 お小遣いの入った巾着袋片手に、屋台を歩き回り豪遊し、最後には打ち上がる花火を見て感動する。

 一年に一度しかない夏の祭典。

 

 

 今日、その日がやって来た。

 例年と変わらず、アタシは母さんに着付けを手伝ってもらい浴衣に着替える。

 母のお古である浴衣は、アタシには似合わないほどに可愛らしい。

 全体的にピンク色で、彩り豊かな花で埋め尽くされている。

 

 

「なぁ、母さん? アタシがこんなの着て…」

 

「大丈夫よ。私の目を信じなさい。…それに、ゆうとくんだったらきっと大丈夫よ」

 

「…一言も、結翔の事は言ってない」

 

「あらぁ? 違ったかしら? ゆうとくんに褒められたいんじゃないの?」

 

「……違う」

 

「嘘おっしゃい。耳まで真っ赤よ?」

 

「〜〜っ!?」

 

 

 急いで耳を手で覆い、後ろに居る母さんを睨みつける。

 四十後半とは思えない若々しい母さんは、口元を手で押さえてクスクスと笑っていた。

 ……クソっ! 

 だから、母さんに着付けを手伝ってもらうのは嫌なんだ。

 揶揄われなかった試しがない……

 

 

 はぁ、とため息を吐き、用意していた巾着袋を持って玄関に向かう。

 巾着袋にはスマホと財布、何かあった時のための痛み止めの薬などが入っている。

 …あのバカヒーローは年中無休で厄介事に巻き込まれる体質だから、少しくらい準備はあった方がいい。

 

 

 幾ら、魔眼のお陰で治りが早いとは言え、痛いものは痛いのだから。

 

 

「…行ってきます」

 

「行ってらしゃーい。楽しんできなさい!」

 

「…はーい」

 

 

 テキトーな返事をし、鼻緒を履いて外に出る。

 …何分前から待っていたのだろうか、暑そうに手で顔を仰ぐ結翔がそこに居た。

 浴衣は黒く、薄らと白い縦縞が入っているのが分かる。

 巾着袋と鼻緒も黒な所を見ると、全身黒で揃えたのだろう。

 

 

 ファッションセンスがあるんだがないんだか…相変わらず分からない奴だ。

 

 

「お待たせ。悪かったな、結構待っただろ?」

 

「良いよ別に。男は待つのが仕事、女は待たせるのが仕事ってどっかの偉い人が言ってたし」

 

「ははっ、なんだよそれ。…取り敢えず、行くか」

 

「おう」

 

 

 モヤモヤと胸の中に渦巻く気持ちを無視して、アタシは夏祭りが行われる水名神社に向かう。

 水名区までの道のりは遠くない、歩いてもそう時間は掛からないだろう。

 今は午後四時過ぎ、五時前にあっちに着ければ十分遊べる。

 

 

 それまでは、結翔と駄べりながら歩くだけだ。

 

 

「そう言えば。他の奴らは?」

 

「結翔、お前聞いてなかったのかよ…。メルは宿題サボってたからやちよさんとみふゆさんの監視の中、現在進行形で宿題をやってる。鶴乃は万々歳の出張屋台を手伝うから一緒に回るのは無理だって」

 

「…なるほど。だから、いつも通り、俺とお前の二人で回ることになったのか…。まっ、偶には良いだろ、騒がしくないのも」

 

「……かもな」

 

 

 少しだけ顔を伏せながら、アタシはそう返した。

 何故だろうか、『いつも通り』と言う言葉が嬉しい。

 いや、言葉が嬉しいんじゃない……『いつも通り』の中で、アタシは結翔の隣にずっと居られるのが嬉しいんだ。

 

 

 ニヤけそうな顔を必死に隠すため、少し顔を伏せたまま、会話を続けた。

 そうして、数分歩いていると、突然、結翔がこう言った。

 

 

「浴衣、新しいのにしたのか?」

 

「…へっ? …あ、あぁ、そうなんだよ。母さんのお下がり…と言うかお古。アタシには似合わないぐらい可愛いだろ?」

 

「別に? 普通に似合ってるぞ? なんでそんなこと言うんだよ…。お前は昔から、可愛い服は自分には似合わないって思ってるだろうけど、それは違う。お前は可愛いし、可愛い服も似合う。自信持てって、かれこれ十年幼馴染やってきや奴の言葉だぞ?」

 

「なんで…なんで、お前はそうスラスラと……」

 

「? なんか言ったか?」

 

「何でもねぇよ! このバカヒーロー!」

 

「痛ってぇ、俺なんもしてねぇだろ!? 暴力に訴えんな!」

 

 

 隣であーだこーだ言ってくる結翔を無視し、限界まで心を落ち着かせる。

 早鐘を打つように鳴る鼓動が煩い。

 夏だから、そんな理由で表せないほどに顔が熱い。

 

 

 顔面偏差値東大生が!! 

 アタシじゃない、そこらの女子だったらコロッと落ちるような口説き文句を言うんじゃねぇよ! 

 …いや、アタシだからこそ効く言葉だったのか? 

 

 

 …ああ、もう!! 

 この際どうでもいい、そんなのどうでもいいんだ。

 頼むから、頼むからさ…今はまだ幼馴染のままで居させてくれよ。

 壊したくないんだ、今のアタシたちの関係を。

 怖いんだ、拗れて…捻じ曲がって、会えなくなる可能性が。

 

 

 進めと後押しする心を、縛り付けるように抑える。

 数度の深呼吸で鼓動をいつも通りのものに戻し、結翔の方を見る。

 …まだ、ブツブツと文句を言っていた。

 

 

 その横顔は、何故かとてもキラキラとして見えた。

 本当に…何をしてても絵になる奴だ。

 バカでアホで鈍感で…でも、優しくて温かくて隣に居るだけで安心出来る存在。

 

 

 昔から、隣に居るのが当たり前だった半身のような存在なんだ。

 離れるなんて、そんなの考えられない。

 だから、想いを伝えるのが怖い…怖くて堪らない。

 

 

 アタシは、結翔(バカ)の横顔に少し見蕩れながら、ゆっくりと水名神社への道のりを歩いた。

 辿り着いた時には、大分心は落ち着いていて、久しぶりに見る屋台にアタシと結翔は目を輝かせた。

 

 

「チョコバナナにわたあめにリンゴ飴、たこ焼きに焼きそば」

 

「かき氷に射的、金魚すくいにヨーヨーすくい。型抜きもあるぞ!」

 

「よし、どれから行く?」

 

「…そんなの勿論!」

 

『わたあめ!!』

 

 

 二人して揃った声に笑いながら、わたあめの屋台に急ぐ。

 結翔は見知った顔だったのか、店主のオヤジさんと気軽そうに話していた。

 

 

「おお! 藍川の坊主じゃねえか、見ねぇ間にでかくなったなぁ…。隣は…彼女か!? 偉く可愛い子じゃねえか! 良くやったな!」

 

「オジサン…ももこは幼馴染だよ。彼女じゃねえ」

 

「まぁ、良いさ。わたあめだろ、まけといてやるよ、二人で百円だ」

 

 

 オヤジさんは専用の機械でわたあめを作り出すと、そこらの屋台とは一線を画す巨大なわたあめをアタシと結翔に差し出した。

 …その後、どんな屋台に行ってもこんな事が続いた。

 

 

 値段をまけてくれたり、オマケでチャレンジの回数を増やしてくれたり、単純にそのまま量を増やしてくれたり。

 

 

「…結翔、お前知り合い多過ぎじゃないか?」

 

「…父さんに連れられて、昔からボランティアやってたし。組織に入ってからも、定期的に地域の人と交流するために、ボランティアに行ってるからな。その所為だろ」

 

「…ふーん」

 

「なんだよ、面白くなさそうな顔しやがって」

 

「別に〜」

 

 

 アタシが知らない結翔が居て、ムシャクシャして、彼の少し前を行くように一歩前へ出る。

 花火までまだ時間はあるが、場所取りの為か人混みが多くなってきた。

 …そんな中で、アタシは結翔の一歩前に出てしまった。

 

 

 だからこそ──ハグれるのは必然だった。

 ムシャクシャが収まらなかったアタシが、文句の一つでも言ってやろうと振り返ると、そこに結翔の姿はなくて…焦るように辺りを見渡す。

 人…人…人…人。

 代わり映えのしない光景、その中に結翔の姿は見えない。

 

 

 戻ろうにも、多くなってきた人混みの中を切り分けて走るのは難しい。

 魔法少女になって高くなった身体能力も、人の密集地帯じゃ使うのは愚策だ。

 何せ常人より強いのだから、下手を打てば人に怪我をさせてしまう。

 意味は少し違うかもしれないが、宝の持ち腐れ…と言うやつだ。

 

 

 使えないなら意味が無い。

 頭を回して、打開策を見つけだす。

 辺りを見渡したり、走り回るのは、いい策じゃない。

 ただでさえ人が多いのだから却下だ却下。

 

 

 …あとは…そうだ!! 

 スマホ、スマホが有った! 

 流石に電話ぐらいは通じる筈。

 

 

 巾着袋からスマホを取り出し、電話をしようとした途端……画面が真っ暗に暗転した。

 嘘だろ……

 

 

「ふざけんな!! なんで、なんでこんな時に限って!!」

 

 

 アタシが頭を抱えながら叫ぶと、周りから視線が集まってくる。

 …結局、アタシは視線から逃げるように、屋台が並べられてない外苑に走った。

 外苑は基本的に、花火を鑑賞するために解放されている場所。

 当然、多くの人が、友達と、家族と、恋人と、仲間と固まっている。

 

 

 一人なのは…アタシだけだ。

 なんだか、それが凄く虚しくて、哀しくて涙が零れた。

 アイツは悪くない、アタシの不注意なのに、グチャグチャになった感情を吐き捨てるように、ここに居ない結翔にぶつける。

 

 

「アホ…バカ…アッパラパー…鈍感…ボケ…オタンコナス…女誑し…イケメン陽キャ…ヒーローバカ」

 

 

 折角の夏祭りなのに。

 アタシたちが自由でいられる限られた時間なのに。

 なんで…なんで…オマエは居ないんだよ。

 

 

 汚れるのも気にせず、アタシは体育座りで蹲る。

 偶に心配してくれた人が声を掛けてくれたが、無視してしまった。

 申し訳ないけど…返せる程の余裕は無くて、アタシは泣き続けた。

 

 

 弱い、アタシは弱い。

 アイツの隣に居たいのに──居る筈なのに、何故か後ろを追っている気がする。

 

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 泣くのも苦しくなって帰ろうとしたその時──聞き慣れた声が届いた。

 

 

「…はぁ…はぁ…探したぞ…ももこ」

 

「…結翔。…ゆうとぉ!!」

 

 

 大粒の汗を額から流し、鼻緒も履いていない結翔がやって来た。

 抑えられなくなって、アタシは結翔を抱き締める。

 結翔も、しっかりと抱き締め返してくれた。

 少しだけ汗臭くて、でも、それだけアタシの事を心配してくれたんだと思うと、それも愛おしくなって──心の底から嬉しかった。

 

 

 ずっと抱き締めていたいけど、外だった事を思い出してサッと離れる。

 

 

「…どうして、鼻緒履いてないんだよ」

 

「どっかの誰かさんを探す為に邪魔だったんだよ、走り辛くてな」

 

「…そっか」

 

「なんで笑ってんだよ……。まっ、無事ならいっか」

 

 

 そう言うと、結翔は無理矢理巾着袋に入れていた鼻緒を取り出して吐き直す。

 その後、アタシたちは昔からの隠しスポットで、二人揃って夏の夜空に咲く火の花を見る為に歩き出した。

 離れないように、強く手を握って。

 

 

 ──結翔──

 

 ももことハグれた後、俺は──迷子の少女を保護していた。

 一応警察官でもあるので、迷子の子供を放っておく訳にはいかない。

 幸運にも、すぐに親を見つける事は出来たが、ももこを完全に見失ってしまった。

 

 

 千里眼を使えば簡単に見つけられるが、こんな大勢人が居る場所で魔眼を使えばすぐにバレる。

 足での捜索を余儀なくされた俺は、辺り一帯を探し回った。

 屋台の知り合いに見てないか聞き、外苑に行ったと聞いた俺は走って外苑を目指した。

 

 

 何もないとは思うが、心配なものは心配だ。

 魔法少女はそう簡単に死なない…が、これ以上アイツの心に傷を残したくない。

 その一心で走り続け、ももこを見つけた。

 

 

 抱き締められたのは驚いたが…俺も俺で心配していた気持ちが溢れて抱き締め返した。

 その後は、ゆっくりと二人だけの秘密の隠しスポットで花火が上がるのを待った。

 

 

 互いに無言で、特に何かを言うことは無くて、それでも手は離さない。

 離れ離れにならないように……

 

 

 やがて、花火が上がり始めた。

 一つ一つが、空に輝く星のように綺麗で、見惚れるように空を仰いだ。

 

 

「…大好き」

 

 

 一瞬、隣からそう聞こえた気がして、ももこの方を見た。

 彼女も、俺と同じく花火を見つめていた。

 気の所為…か? 

 

 

 浮いては沈む感情を心の片隅に追いやり、二人で空を見上げる。

 俺は終ぞ気付くことはなかった、ももこの真っ赤に染まった耳に。




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四十三話「ボクは全部初めてですよ」

 メル「前回までの『無少魔少』。結翔くんとももこさんのデート回でしたね。最後に告白したのは憎いですねぇ…?」

 結翔「俺に向かって言われても困るんだが…」

 ももこ「正面切って言われると、中々恥ずかしいな…」

 まさら&こころ『…何を見せられてるんだろう…私たちは』

 みふゆ&みたま『年上役なのに…最近出番が……』

 鶴乃「なんだか初々しくていいよね!」

 結翔「お前だけだよ、そう言ってくれんのは…」

 メル「最近コメディが控えめの四十三話をどうぞ!」



 ──メル──

 

 夏休みも終わりを告げた、九月第一週の日曜日。

 ボクは結翔くんとライブに行く為の待ち合わせ場所に、約束の時間ギリギリに着いた。

 

 

「お…お待たせ…しましたです」

 

「ん? いや、そんなに待ってないから良いよ。ほら、時間も丁度いいし、息が整ったら出発するぞ」

 

 

 きっと、ボクが来るずっと前から待ってた筈なのに、そんなの気付かせないような口振りで彼はそう言った。

 …勿論、ボクだって好きで遅れた訳じゃない。

 彼にいつもと違う印象を与えたくて、髪を結ばずに伸ばして、服も少し感じを変えた。

 

 

 背伸びしてるかもしれないが、履きなれないヒールを履いて、丈が長めのモスグリーンのスカートと白と黒のボーダーシャツを着て、小物入れの為にショルダーバックを肩にかける。

 落ち着いた女性の雰囲気を出そうと頑張った。

 

 

 …だけど、彼は──結翔くんはうんともすんとも言ってくれない。

 せめて、髪型変えたの一言くらい…言ってくれても良い筈です。

 

 

 独り相撲感が否めない現状に、ボクは頬を膨らませ不機嫌感を漂わせながら、彼の隣を歩いた。

 流石は七海先輩が育てた紳士(笑)、一応はボクの不機嫌に気付いたらしい。

 

 

 次いでに、ボクの変化にも。

 それ故に何か言おうとしているのか、あーでもないこーでもないと頭を振っている。

 すぐに気付かなかった罰ですよ。

 

 

「えっと…その…似合ってるぞ。いつもと雰囲気が違うけど…可愛いよ」

 

「女の子の頑張りやオシャレには、すぐに気付くべきですよ。たとえ、ボクが親友でも!」

 

「わ、悪かったよ…今後気を付ける」

 

「そうして下さい」

 

 

 彼にそう言って、ボクは素面のまま目的地を見据える。

 目的地のライブハウスはもう目と鼻の先だ──だと言うのに。

 辿り着く前に、ボクの心臓が破裂しそうだ…。

 

 

 うぅぅぅ、もう! 

 たかが一言、たかが一言褒めて貰えただけなのに、さっきまで剥くれてて不機嫌だった筈なのに……

 そんなのどうでも良くなるくらい、心が踊るような嬉しさが溢れてくる。

 素面を保つのも…限界がある。

 

 

 ニヤけそうな顔を抑え、赤面しそうな顔を冷ます。

 自分の精神を統一するように、ボクが集中していると、既にライブハウスに着いてたようで結翔くんはチケットの交換済ませてきた。

 

 

「はい、お前の分のチケット。それと…コーラな」

 

「ありがとうございます。…あっ、お金──」

 

「大丈夫。海の時の臨時収入が思ったより多かったからな、まだ余ってるんだよ」

 

「…なら、良かったです」

 

 

 彼から飲み物であるコーラを受け取り、ステージのある奥に入って行く。

 他のお客さんも既に殆ど揃っているのか、ライブが始まる前なのに盛り上がっている。

 自然と先程までの想いはなりを潜め、ライブに向けての違う熱が込み上げてきた。

 

 

 結翔も同じなのだろう、嬉しそうに破顔させて笑っている。

 その後は、流れるような時間だった。

 楽しい時間があっと言う間に過ぎるように、ライブは順調に進んで行った……が、激し過ぎる盛り上がりの所為か人の波が激しくなり、少しづつボクと結翔くんの距離が離れていく。

 

 

 ダメ…! 

 急いで戻らないと! 

 そう思っても、波が凄くて上手く動けない。

 ……しかも、誰か分からないが──触られている。

 

 

 気持ち悪い……魔女を前にしていた方がまだマシだと思える程の、凄まじい嫌悪感。

 数秒前まで、ただの楽しいライブだった筈なのに──一秒でも早くここを出たいと思っている。

 

 

「やだ…助けてですよ…ゆうとくん…」

 

 

 助けを求めて出た声は小さくとても震えていた。

 でも…でも…ボクは信じていた、きっと彼なら気付いてくれると。

 ライブの盛り上がりで殆ど掻き消えたとしても、助けを求める声だったら彼は聞き逃さないと。

 

 

 そして、ボクの予想は当たった。

 もがいて伸ばしていた手を、結翔くんは掴んで──引き寄せた。

 

 

「出るぞ」

 

「でも──」

 

「出る」

 

 

 普段の彼からは考えられない真面目な顔付きで、男の子らしい力強さで、結翔くんはボクを引っ張って行った。

 ライブハウスから出て、ボクたちは近くのベンチに腰を下ろす。

 結翔くんは何も言わず、ただただ申し訳なさそうに顔を俯かせていた。

 

 

 …楽しい時間で、楽しい思い出て終わる筈だったのに。

 どうして、こんな事に──ああ、でも…少しだけ嬉しい。

 ボクの為に、彼は動いてくれだから。

 だから、ボクが文句を言う必要は──いや、意味はないですよ。

 言う権利も…ないです。

 

 

 どうやって励ませばいいのか分からなくて。

 彼が思ってくれた嬉しさだけが込み上げてきて。

 励ましたい心と、嬉しさで満たされていく心がぶつかり合って、ボクはとんでもない事を口にした。

 

 

「結翔くん…大好きです。ずっと…あなたの傍に、居ていいですか?」

 

「…………え?」

 

 

 なんの脈絡もない、突然の告白に彼は戸惑った。

 ……それ以上に、ボクの方が驚いている。

 確かに、彼を励ます言葉を──喜ぶ言葉を送りたいと思って、ボクの本音……『大好き』の言葉を口にして、嬉しさで満たされていく心が『ずっと…あなたの傍に、居ていいですか?』と口にした。

 

 

 やってしまった…。

 なんて言うタイミングで告白してるんだ!? 

 もっと、もっといいシチュエーションがあっただろ! 

 ボクのバカ! バカバカバカ!! 

 

 

 自己嫌悪に浸っているボクに、結翔くんは苦笑しながらこう言った。

 

 

「ありがとな、俺もメルの事は好きだよ」

 

 

 違和感にはすぐに気付いた。

 分かる、彼の──結翔くんの好きはボクの好きと違うことが。

 それが哀しくて、ボクは自分の気持ちを、想いを証明するように──不意打ち気味に唇を重ねた。

 

 

 少しだけ湿っぽくて、柔らかい感触。

 初めての…感触。

 体が──顔が熱くなっていくのを感じる。

 高鳴る鼓動をそのままに、ボクはもう一度伝え直す。

 

 

 胸に灯る、熱い想いを。

 

 

「好きです。大好きです。…ボクの好きは、こう言う好き…です」

 

「……………………」

 

 

 恥ずかしくて、結翔くんの顔を直視出来ないけど、伝わった筈だ。

 待った。

 ひたすらに待ち続けた。

 一分、二分、三分、四分、五分──時は過ぎる。

 

 

 静か過ぎる事に、また違和感を覚えて彼の顔を見上げた。

 その様子は──

 

 

「へっ?」

 

「……………………」

 

 

 嘘…有り得ないですよ。

 ボク以上に真っ赤に染まった顔と、完全に脳がショートしたのを表すかのように登っていく湯気。

 彼は、藍川結翔は、気絶していた。

 

 

 ──結翔──

 

 いつの間にか意識を失っていた俺は、後頭部に感じる柔らかい感触と、鼻をくすぐるような甘い匂いで目を覚ました。

 

 

 そうだ。

 確か、メルがライブハウスで人の波に揉まれてて、どさくさに紛れて痴漢する奴もいて、助けを呼ぶコイツを外に引っ張り出したんだ。

 その後は──申し訳なさで落ち込んでた俺をメルが……

 

 

『結翔くん…大好きです。ずっと…あなたの傍に、居ていいですか?』

 

『好きです。大好きです。…ボクの好きは、こう言う好き…です』

 

 

 ……思い出したぞ。

 俺…メルとキスして…それで──混乱し過ぎて気絶…したのか。

 だせぇ、マジでだせぇ。

 いや、まで自分には純粋な部分が残ってたと喜ぶべきなのか? 

 

 

 それよりも、今の状況をどうにかしなければ。

 多分、今…俺は膝枕されているんだから。

 

 

 歪む視界のピントを合わせ、起き上がろうとすると……メルが余裕の微笑みを持って俺を見つめていた。

 ……クソっ! 

 顔が良いから、憎むに憎めねぇな! 

 

 

 いつもの彼女とは違う、大人っぽい雰囲気に…当てられているのか? 

 

 

「おはようです。ボクのファーストキス、如何でしたか?」

 

 

 余裕の微笑みを崩さぬまま、彼女はそう言った。

 

 

「……悪くなかった」

 

「そうですか…そうですか…」

 

 

 短く返した俺と、その返しにくつくつと笑うメル。

 今までの関係性がひっくり返ったような感覚だ。

 なんだろう、無性にムカつく。

 一泡吹かせてやったり…って顔が、無性にムカつく。

 

 

 でも…何故だろう、それさえもどうでもいい程に、メルの笑顔に見蕩れていた。

 メルの事は好きだ。

 だけど、俺の好きはあくまで親友に対する『好き』であり、家族や仲間に対する『好き』。

 

 

 恋と言うよりは愛。

 儚い想いではなく、深く厚いものの筈だ。

 友愛であり家族愛、それと同類の感情の筈なのに──胸の奥がザワつく。

 既知のものでは無い、未知のものを今し方実感している証拠…だとでも言うのだろうか? 

 

 

「答えは──まだ出せそうにない。悪いな、ホント」

 

「良いですよ。もし、ボクの事が好きじゃなくても、絶対に好きにさせてみせますからっ!」

 

 

 満面の笑みで答えるメル。

 後に知った事だが、この日のメルは占いを一切して来なかったらしい。

 彼女は──安名メルは、大一番の勝負を、占いと言う力を使わずに戦った。

 

 

『占いと言えばボク、ボクと言えば占い』

 

『占いはボクの生き甲斐であり、ボクの一部なんです』

 

 

 なんて言う迷言を残した彼女が、その力を使わなかった。

 やろうと思えば、良い方向に占えて、確実に付き合えたかもしれないのに。

 

 

 …変な所で誠実な奴だと、俺は今日再確認した。

 




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四十四話「アタシを見てよ!」

 しぃ「遅ればせながら、意外に優秀な球磨さん☆10評価、凡庸さん☆9評価、アベンジさん☆8評価ありがとうございます!」

 結翔「…遅せぇよ」

 ももこ「と、取り敢えず、前回までの『無少魔少』。メルと結翔がライブに行って、会場内で人波にもまれて痴漢されてるメルを結翔が連れ出して、その後告白したって話だな」

 まさら「要約し過ぎてぶっ飛んだ話に聞こえるわね」

 こころ「そうだね。…なんだか、すごい話に感じる」

 メル「ボクの独走が決定した話でしたね!!最っ高の気分ですよ!」

 みふゆ「それがどうなるのか分からないのが、人生なんですよメルさん」

 みたま「そうねぇ、面白いわよねぇ、人生って」

 結翔「なんだか、深い話みたいになってるけど…皆さんは無視して四十四話をどうぞ!」


 ──ももこ──

 

 長い長い夏を終えて、二学期が始まる。

 少し時間はかかったものの、学校生活のリズムを取り戻し、非日常の中の日常を謳歌する筈の今日。

 アタシの隣の席に居る結翔は──どこか上の空だった。

 

 

 一緒に登校している時も、休み時間も、果てには授業中までも、ただただぼーっと虚空を見つめる。

 登校中や、休み時間中なら、まだ何かを疑う事はなかっただろう。

 疲れてんるだろうなぁ、とか。

 昨日も頑張ったんだろうなぁ、とか。

 

 

 そこら辺で思考は途切れる筈なのに──まさか、授業中まで上の空だなんて……

 

 

 あの、バカが付くほど真面目な結翔が、授業を聞かないなんて有り得ない。

 疲れてノートを取れないだけならまだしも、授業を全く聞かないなんてなかった。

 

 

 何か…あったのかな? 

 心配になって聞いても、結翔はただ聞き流すだけで……それが少し悲しかった。

 

 

 今日はもう、四時間目の授業に入っている。

 残暑の所為か、はたまたお陰か、エアコンのお陰で快適な授業だ。

 …だと言うのに、アタシはずっと集中する事が出来ず、隣の幼馴染を見続ける。

 

 

 授業も耳に入れているし、ノートもちょこちょこ確認して取っているが、授業を受けてる気分ではない。

 どこか落ち着かない。

 

 

 このまま結翔を放っておいたら、どこかに行ってしまいそうな気がしたから。

 アタシの手の届かないどこかに、行ってしまいそうな気がしたから。

 それが、怖い。

 どうしようもないくらいに、怖い。

 

 

 友達は居る、仲間も居る、家族だって…居る。

 一人欠けたところで、気にしないと他の誰かは言うかもしれない。

 けど、アタシにとって、結翔は欠けてはならない存在だ。

 

 

 苦しい時も、辛い時も、嬉しい時も、楽しい時も、悲しい時も、隣に居るのが当たり前なんだ。

 昔からそうだったんだ。

 今更になってそれが変わるなんて……無理だ、無理に決まっている。

 

 

 耐えられない、アタシはそれに耐えることが出来ない。

 色々な感情がごちゃ混ぜになって、結局、途中からはノートすら取らずに結翔を見続けた。

 

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 

 アイツの瞳に、アタシが映らないなんて嫌だ! 

 隣に居るのに、なんで見てくれないんだ!? 

 頼むから…頼むからさ、隣に居る時くらい、アタシだけを見てくれよ。

 アタシじゃない誰かを、遠くに見ないでくれよ。

 

 

 ザワつく胸の感情が制御出来ない…

 痛い…チクチクと刺されるような痛さを感じる。

 なんで? なんでなんだ? 

 こんな痛み、アタシは知らない。

 

 

 …恋って、誰かを好きになるってこんなに痛いのか? 

 好きな人に見てもらえないって、こんなに苦しいのか? 

 

 

 訳が分からなくなって…アタシは教室を飛び出して屋上に走った。

 着いた先の屋上は、四時間目の途中と言う事もあって誰も居ない。

 

 

 それを良いことに、アタシは柵に寄りかかって腰を下ろした。

 どんよりとした空気は、先程までの快適な教室とは雲泥の差。

 

 

 終いには──

 

 

「…こりゃ良いな、泣いててもバレやしない」

 

 

 ぽつりぽつりと、雨が降り始めた。

 最初は弱かった雨も、時が経つにつれて強くなっていく。

 大粒の雨がアタシの体を濡らしいてく。

 

 

 肌にまとわりつく濡れた服の感触がやけに気持ち悪く感じた。

 

 

 ……嗚呼、この雨がアタシの恋心も──流し落としてくれればいいのに。

 溢れ出る涙と大粒の雨が混ざり合い、流れ落ちる。

 

 

 雨の音以外、何も聞こえない。

 泣き叫びたい気持ちを押し殺して、ただ…涙を流す。

 

 

 世界から自分だけが弾かれたように、アタシは一人ぼっちで……

 でも、お節介なアタシのヒーローはそんな事を許せなかったのか、どこからともなく現れて、呆れが混じった笑顔で、傘を差し出した。

 

 

「どこ行ってんだよ…ったく」

 

「ゆうと…!」

 

 

 込み上げるものをぶちまけるように、傘を払い除けて抱き着いた。

 アタシを全身で感じられるように、アタシだけを感じてくれるように、抱き着いた。

 

 

 ──結翔──

 

 正直、あの日から殆ど上の空…と言った状態だった。

 悩んで、悩んで、悩み続けて、答えが出ない事に、また悩む。

 

 

 メルの言葉を思い出す度に、心臓が締め付けられるような感覚に陥る。

 多分……俺はメルに惹かれているんだと思う。

 だけど、決定的なナニカが足りなくて、答えは出せない。

 

 

 待ち続けさせるのが嫌でも、待たせるしかない今の状況が歯痒く感じてしまう。

 …でも、それ以上に、俺は今までの関係を壊すのが──怖い。

 決定的なナニカを探す為に動き出したいのに、最初の一歩が踏み出せないでいる。

 

 

 優柔不断な自分に呆れ果てながら、俺は今日も悩んで過ごす。

 …だけでは終わらなかった。

 四時間目の途中、ももこが教室から飛び出したのだ。

 それに気付いて、ようやく俺は上の空な状態から抜け出し、イスから腰をあげる。

 

 

「あの、せん──」

 

「藍川、早く行って十咎を連れ戻して来い。お前の役目だろ」

 

「いや、俺の役目って訳じゃ……」

 

「いつも、お前の為に尽くしてるんだ、それぐらいやるのが(おとこ)ってもんだろ?」

 

「…元々行くつもりですよ!」

 

 

 数学教師の言葉を、俺はイラつきながらも聞き流し、教室の外に出る。

 行く場所は限られている、しらみつぶしに探せば見つかる筈だ! 

 

 

 そこからは本気の捜索だった。

 人に見られないように魔眼を使い、手当たり次第に探していく。

 粗方場所を潰し終わった後、本命の屋上に眼を向ける。

 ……居た。

 

 

 やらかしたなぁ…泣いてるよ、アイツ。

 色々と思い当たる節が有り過ぎる事に、頭を抱えながらも傘を持って屋上への階段を駆け上がる。

 朝は絶好のお洗濯日和だったのに、昼前にはこのザマだ。

 洗濯物を干してこなかったのは僥倖だったと考えるべきだろうか? 

 

 

 現実逃避の為に、考えを逸らしながらも、俺は傘をさしてももこに近付いて行く。

 ……俺の足音にも気付かない所を見ると、相当参っているようだ。

 罪悪感を感じながらも、俺は態と呆れ混じりの笑顔でこう言った。

 

 

「どこ行ってんだよ…ったく」

 

「ゆうと…!」

 

 

 すると、ももこは差し出した傘を払い除けるように、俺に抱き着いた。

 震える声や肩、雨に濡れて寒いから……なんて訳ではなさそうだ。

 傘を持っていた手を離し、そっとももこを抱き締める。

 

 

 何があったのか完璧に分かる訳じゃないが、少なからず俺がなにかしたのかは確かだ。

 それを聞き出す為に、俺が口を開こうとした瞬間、ももこが震える声と揺れる瞳を向けてきた。

 

 

「ゆうと…ゆうとぉ…。お願いだかさ…お願い…だから、アタシのことを見てよ! 隣に居る時くらい、誰でもないアタシを見てよ! じゃないと…じゃないとアタシ、苦しくてどうにかなっちゃいそう」

 

「ももこ…」

 

「それだけだから…ね?」

 

 

 懇願するような顔が酷く儚げで、俺は頷くことしか出来なかった。

 この時の俺は、彼女の言葉が遠回しでもなんでもない、本気の告白だと気付くことが……出来なかったのだ。

 

 

 今までずっと連れ添って来た幼馴染か、自分に好意を寄せる親友のような後輩。

 どちらも大切で、どっちの手も取りたくて──でも、そんなのは無理だと分かっていて、それでも悩んで時間だけが無情にも過ぎていく。

 

 

 シーソーのように、片方に寄ったらもう片方にも寄って。

 それを永遠に繰り返すどっち付かずの日々。

 メルのアプローチで心が惹かれ、ももこの何気ない仕草に心が戻される。

 

 

 勇気を持って怖い気持ちを乗り越え、一歩前に踏み出せれば、答えはすぐにでも出せるのに……

 隣に居る彼女の泣き顔が忘れられなくて、ずっと立ち止まっている。

 

 

 残り時間は、もう僅かだと言うのに。




 ちょこっと捕捉(ネタバレかも)

 答えを出すためには決定的なナニカが必要で、それを探す為に動きたいけど結翔は動き出せない。
 何故なら怖いから、関係を壊すのが怖いから。

 本当は決定的なナニカ=勇気で、関係を壊して先に進む勇気がないからナニカを探せず、その為に答えも出せない。

 一歩踏み出す勇気があればそのまま答えられる。


 次回もお楽しみに!

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四十五話「いつも通りの温かい日々が続いてくれたら、それで良い、わたしはそれで構わない」

 結翔「前回までの『無少魔少』。メルの告白を受けた後、上の空状態だった俺と、それを良く思えなかったももこが動き始めた話だな」

 ももこ「何だか…アタシが悪いみたいなんだが!」

 まさら「本編に出てるんだから文句言わないで」

 こころ「そうですそうです!私たちは出れてないんですからね!!」

 みたま「わたしも出れてないわよぉ…寂しいわぁ…」

 やちよ「面倒臭いのが湧いたけど、取り敢えず四十五話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

「…きろ……翔…きろよ」

 

「………ですよ…結……くん!」

 

 

 夢現な状態の俺の耳に、聞き慣れた二人の声が聞こえる。

 どちらも、俺が今、色々と心労を掛けられている少女だ。

 

 

 全く以て、今日くらいゆっくり寝させて欲しい。

 昨日も……ん? 

 いや、可笑しいだろ。

 なんでコイツら、俺の部屋に居るんだ? 

 

 

 確か……今日は休日の筈。

 …はぁ。

 俺はため息を零しながら、ゆっくりと意識を覚醒させていく。

 最初に感じたのは、誰かがのしかかっているような重さ。

 

 

 御丁寧に、声が聞こえた二人分の重さを感じる。

 …寝てる人の体に乗るのはどうかと思う。

 

 

「お前らさぁ、なんでいんの? て言うか、なんで乗っかってるの?」

 

「…もしかして、忘れちゃったんですか?」

 

「はぁ〜、アタシらもアタシらだけど、お前もお前だな」

 

「ん???」

 

 

 呆れたような顔をするメルとももこ。

 俺は首を傾げて唸った。

 忘れた、と言うメルの言葉とももこの発言から鑑みるに…何か今日、約束があったのだろうか? 

 

 

 そんな訳ない、俺は約束を忘れるタチじゃない。

 なら、なんだ? 

 …二人の服装は、動き易そうな私服。

 遊びに行く予定だったのか? 

 

 

 唸っていても答えは出てこない。

 俺は一度諦めて、乾いた喉を潤す為に、リビングに降りる。

 階段を降りて行くと、リビングの少し開いた隙間から、楽しそうな喋り声が聞こえた。

 

 

 …これも、聞き慣れた声だった。

 本当に、何か大事な予定を忘れているらしい。

 嫌な予感に頭を抱えながらも、リビングのドアを開けて中に入る。

 

 

 そこには、ももこやメルたちと同じく、動き易そうな私服を纏ったやちよさんとみふゆさん、そして鶴乃が居た。

 困惑の表情を見せる俺に、三人もどこか違和感を覚えたようだ。

 俺が口を開くより先に、鶴乃が口を開く。

 

 

「ねぇ、結翔? もしかして、今日の予定…忘れちゃった?」

 

「…いや…まぁ…そんな事は無いぞ…多分…」

 

「諦めなよ!? その感じは絶対忘れてるよ!! 逆にその言い方で覚えてたら、びっくりだよ!?」

 

「ちょっと、あとホントちょっと待ってくれ。全力で思い出すから…!」

 

 

 頭をフル回転させて、記憶を探っていく。

 最近の記憶から順に、出来る限り詳細まで……詳細まで……

 

 

「ゴフッ!?」

 

「ゆ、結翔!? あなた、大丈夫なの?!」

 

「ち、血が出ちゃってますよ!?」

 

「アワアワアワ!? きゅ、きゅきゅ、救急車呼ばないと!!」

 

 

 やっべ。

 詳細に思い出し過ぎて、色々と胃にストレスが……

 ダメだ、これ以上思い出したら、胃に穴が開きそう。

 …いや、もう開いてるかもだけど。

 

 

 若干パニック状態になった三人を宥め、俺は諦めて今日の予定を聞いた。

 その頃には、メルとももこも下に降りてきていた。

 

 

「前々から話してたじゃない、今日はミナギーランドに行くって」

 

「…南凪区のあそこですか?」

 

「そうですよ。やっちゃんとワタシでチケット自体はもう取ってありますから、あとは足さえ用意出来ればなぁ〜と」

 

 

 なるほど、俺はアッシーか。

 みんなで行く予定ではあるけど、節約はしたい…と。

 一応、車の免許とバイクの免許、その他色々な乗り物の免許は持っているが…車は今、車検に出していた筈だ

 あるのはバイクだけ…どうするかなぁ……

 

 

 またしても唸り出しそうな俺だったが、ある事を思い出した。

 ないなら、借りればいいのだ! 

 幸いな事に、家のお隣さんは大家族、車もミニバンで六人乗りなんて余裕余裕。

 

 

「ももこ!」

 

「な、なんだよ! いきなり肩掴むな!!」

 

「お前ん家の車貸してくれ!」

 

「…あぁ、そう言う。…良いぞ、父さんも最近は乗ってってないし、兄貴たちが偶に使ってるけど、今日は何処にも行かないって言ってたから」

 

「良し! そうと決まれば準備しますかー!」

 

 

 一人出遅れている俺は、すぐさま顔を洗い服を着替え、最低限の荷物をショルダーバックに詰めて、もう一度下に降りる。

 全員揃ったことを確認したやちよさんが音頭を取り、俺たち──みかづき荘一行は車でミナギーランドに向かった。

 所要時間は大体三十分程度。

 

 

 移動の間は、ももこが助手席で勝手に音楽を掛けたり、メルと鶴乃は後ろの席でガイドブックを読み込んでたり、やちよさんとみふゆさんは二人して真ん中の特に煩い席に座りながらも、悠々と眠っていた。

 

 

 ドライブの時間はあっと言う間に過ぎて、俺たちはミナギーランドのチケット売り場兼入口に来ていた。

 入る前に、やちよさんが先に買っていたチケットを俺たちに配る。

 アトラクションのフリーパスを買っているあたり、相当な覚悟が見えた。

 今日と言う休日を全力で満喫するつもりなのだろう。

 

 

 …まぁ、それはそれで楽しいからいいか! 

 

 

「最初は何処行きます?」

 

「そうねぇ、無難にコーヒーカップやメリーゴーランドでもイイわね、あとはちょっとヒネってゴーカートってとこかしら」

 

「えぇ〜! やちよさん、こう言う時はドンと行こうよ! 絶叫系がイイって!」

 

「わたしもわたしも!! 最初に勢いを付けて、全部のアトラクション制覇したいしね! ふんふん!」

 

「ボクは七海先輩の意見に賛成ですよ、飛ばし過ぎるとガス欠しそうですし」

 

「ワタシは、別にどちらでも…」

 

 

 相変わらず、好き放題やり放題な感じで意見が飛び出す。

 無論、俺はやちよさんの意見に乗っかるつもりだ。

 何故かって? 

 そんなの決まってる、こちとら、朝吐血したばっかなんだぞ? 

 最初に絶叫系に乗ったら胃がどうなるか分かったもんじゃない。

 

 

 ここは一旦、コーヒーカップやメリーゴーランドでクッションを挟んでからの方が、胃的には優しい配慮だ。

 

 

「俺も、やちよさんの意見に賛成です。最初は慣らしで行った方が楽ですし」

 

「…結翔がそう言うなら」

 

「多数決的に負けだしね…」

 

『…結翔(君・くん)』

 

「え? これ、俺が悪いの? 嘘だよね、絶対俺じゃないよね? なんでそんな目向けられなきゃいけないの? 可笑しくない!?」

 

 

 最初に乗るアトラクションが決まったのは良いが、メルとみゆふさんには何故か憐れむような目で見られた。

 

 

(おい、そこの占い大好きっ子、俺の事が好きなんじゃないのかよ! 哀れみの目を向けるな!)

 

(いえ、それとこれとは話が別です)

 

 

 テレパシーでの会話は、メルの冷静な一言で呆気なく幕がおりた。

 ガッテム! 

 

 

 ……取り敢えず、コーヒーカップ乗るか。

 全員で移動しコーヒーカップの待ち列に並ぶ、フリーパスのお陰で優先的に乗れるのは有難い。

 こう言うテーマパークでは如何にして暇な時間をやり過ごすのが、関係を破綻させないキモだからだ。

 

 

 因みに、某有名なネズミの国でデートするとカップルは必ず別れるらしい。

 なんでも、待ち時間が長すぎるとか、男が美人のキャストに目移りするだとかで、関係が破綻するとか。

 

 

 そんな事が起こらないのが、ミナギーランドの良い所だ。

 人の入りは可もなく不可もなく、そこそこの賑わいが丁度いい。

 五分ほどで俺たちの番になり、係員の女性にマイクを使って声を掛けられる。

 

 

『三名一組でお乗りくださるよう、お願い申し上げます』

 

「…どうします?」

 

「グーパーで良いんじゃない? 丁度私たちは六人なんだし」

 

「それもそうですね」

 

 

 昔ながらの組み分け方法、グーパー。

 ジャンケンの要領でグーかパーを出して、同じく手を出した同士で組む。

 全員が頷き、最初の言葉を口にした。

 

 

『グッとパーで別れましょ!』

 

 

 結果は──

 

 

「…どうして…どうしてこうなるんですかぁ!!」

 

「…アタシも、アッチが良かった」

 

「諦めなさい、あなたたちも納得してやったんでしょ?」

 

 

 パー組は、ももことメルにやちよさん。

 そして──

 

 

「全力で回すからねー!」

 

「おいバカやめろ! 壊れるだろうが!」

 

「加減はしてくださいね?」

 

 

 グー組は、俺と鶴乃にみふゆさんとなった。

 恨みがましい視線が送られてくるが、無視してコーヒーカップを楽しむ。

 鶴乃が真ん中の皿を回してはしゃぐ中、みふゆさんはそれを見て微笑んだ。

 俺も、鶴乃と一緒になってコーヒーカップを回していく。

 

 

 あれ…コレすげぇな、やってると滅茶苦茶楽しくなる! 

 

 

「鶴乃! これ滅茶苦茶楽しい!!」

 

「でしょでしょー! 最っ高だよー!!」

 

「イエーイ!」

 

「ふっふっー!!」

 

「お、お二人共、ちょっと待てください!? は、早過ぎて目が……」

 

 

 みふゆさんの制止の言葉は、俺の耳を右から左に抜けて行き、どこかに飛んで行く。

 その所為で……アトラクション終了後、俺と鶴乃は地面の上で正座させられていた。

 …みふゆさんはと言うと、ベンチでぐったりしている。

 

 

「二人とも、言うことがあるわよね?」

 

「みふゆさん、ごめんなさい」

 

「わたしも、調子に乗っちゃいました。…ごめんなさい」

 

 

 半べそかいている鶴乃は可哀想だったのか、みふゆさんはぐったりとしていた体を起こし、大丈夫ですよと微笑んだ。

 …まだ少し顔が青いのは見なかった事にしよう。

 

 

 その後は、メリーゴーランドとゴーカートに乗り、緩やかに助走をつけて、俺たちは絶叫系のアトラクションに足を運んだ。

 絶叫系の王道であるジェットコースターにフリーフォールが二種類づつ、このミナギーランドにはある。

 

 

 そして、ここでも、事件は起る。

 ジェットコースターに乗る事が決まったのはいいが、ジェットコースターは基本的に二人一組で座る。

 

 

 …また、組み分けだ。

 出来るなら、ももことメルとは組みたくない。

 いや、組むことでどちらかを選ぶ切っ掛けになる可能性はあるが……その前に胃が死にそうだ。

 

 

 今日は休みを謳歌するためにここに来た。

 なら、しっかりと休息を取るべきだ。

 意志を固め、先程のグーパーにチョキを足した、グーチョキパーで組み分けを開始する。

 

 

『グーチョキパーで別れましょ!』

 

 

 掛け声が揃い、またしても一発で、組み分けは終わった。

 

 

「…なんでまた、ももこさんと…」

 

「いやまぁ、悪くないけどさぁ…」

 

 

 グー組は、ももことメル。

 そして、チョキ組は──

 

 

「今回も一緒だね、みふゆ!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 鶴乃とみふゆさん。

 最後にパー組は──

 

 

「ふぅ…安心しました」

 

「…あなたねぇ」

 

 

 俺とやちよさん。

 それぞれ二人一組のペアになった俺たちは、係員の誘導に従いジェットコースターに乗り、安全バーを下げる。

 開始まであと数秒、そうなった所で、やちよさんが小さな声で聞いてきた。

 

 

「…モテるのは良いけど、しっかり決まったの?」

 

「…バレますよね。…すいません、まだ──」

 

「謝ることじゃないわよ。それに、謝るにしても相手が違う」

 

「ですよね」

 

「…悩んでるのは良い事よ、それだけあの子たちを大事に思ってるって事だもの」

 

 

 短い会話はそこで終わり、最恐の時間が始まる。

 体に感じるジェットコースター特有の重力感と、気持ちのいい風。

 後ろから聞こえる悲鳴が最高のスパイスとなり、俺も声を上げて叫んだ。

 

 

「いやっふうぅぅぅぅううううう!」

 

「きゃぁぁああああ!!」

 

 

 一番面白かったのは、ジェットコースターを乗り終わったあとの、やちよさんの髪の乱れ具合だが……これは心の奥底に閉まっておこう。

 一つ目のジェットコースターが終わった絶叫系を制覇した俺たちは、残るアトラクションも順調に制覇して行った。

 

 

 因みに、お化け屋敷では両手に花──いや、桃と蜜柑を両腕に押し付けられて、理性と戦いながらギリギリの所で踏破した。

 ……二度と、ももことメルと一緒にお化け屋敷に入らない事を、俺は今日ここに誓う。

 

 

 次は持たない。

 俺の理性と胃、概念的にも物理的にも死ぬ。

 

 

 結局、最後に残ったのは──お馴染みの観覧車だった。

 

 

 ──鶴乃──

 

 結翔と二人、わたしは観覧車の中に入る。

 一周は約十分。

 その間、わたしと結翔は二人きりで、景色を眺めて時を過ごす。

 

 

 ……正直に言おう、わたしは今、物凄く緊張している。

 だ、だって、目の前に居るのは、わたしの初恋の人で…今でも大好きな人。

 幾ら結翔を弟だも思っていても、姉として接しようとしても、好きなものは好きなのだ。

 

 

 この気持ちを無視するなんて…わたしには出来ない。

 向かい合って座る結翔は、偶にこっちに話を振りながらも、外の景色に見入っている。

 

 

「…広いよな。俺たちが守ってる街って」

 

「そ、そうだね。…こうやって見ると、結構広い…ね」

 

「ちゃんと守れてるか何時も不安になるんだ。でも…でもさ、こんな平和な景色見てると、しっかり守れてるんだなって確認出来る。…偶には良いな」

 

「ふふっ」

 

「何だよ、いきなり笑って…」

 

「ううん、なんでもなーい!」

 

 

 …彼とこうやって喋っていると、落ち着ける。

 さっきまで、彼の所為で高鳴っていた心臓も、今は元に戻っていた。

 観覧車が傾くのもお構い無しに立ち上がり、わたしは結翔が座る対面に足を運び隣に腰掛けた。

 

 

 そして、彼の肩に頭を預ける。

 服越しに伝わる彼の温かな体温が、わたしには安らぎを与えてくれた。

 ……家でも、みかづき荘でもない、わたしが一番安心できる場所は──彼の隣だった。

 

 

 少しづつ、少しづつ瞼が重くなっていって、ゆっくりと視界がぼやけていく。

 隣から聞こえてくる結翔の声も、もう聞こえない。

 ああ、だけど、見えなくても分かる。

 

 

 結翔は今、笑っている。

 …笑っているならそれで良い、それで良いんだ。

 いつも通りの温かい日々が続いてくれたら、それで良い、わたしはそれで構わない。

 

 

 遅くても良い、ゆっくりと前へ進めばいい。

 わたしたちには明るい未来がきっと、待っているんだから──

 

 

 ──────────────────────

 

 残った少ない時間を切り分けるように、彼ら彼女らは非日常の過ごしていく。

 永遠の終わりはすぐそこに。




 次回もお楽しみに!

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四十六話「ボク、最高に幸せです」

 まさら「前回までの『無少魔少』。みんなでテーマパークに行った話ね、私たちが行ったところとは違うみたい。…と言うより」

 こころ「誰も来ないね」

 みたま「そりゃあそうよ、あの子たちにとってはトラウマものだもの」

 メル「それで済ませていいのか、甚だ疑問です。ボクはハッピーでしたよ?」

 まさら「…それはあなただけよ」

 こころ「結翔さんたちの事を思うと…そうですね。メルさんだけだと思います」

 みたま「若干名可哀想な人が居るけど、四十六話をどうぞぉ!」


 ──結翔──

 

「……ゴホッゴホッ!」

 

「む。大丈夫か、藍川?」

 

「…はい、なんとか」

 

「しかし、驚いたぞ。体の不調は治ったと聞いていたからな」

 

 

 吐血した俺にそう言ったのは、和泉十七夜さん。

 ついさっきまで、一緒に魔女狩りをしていた、東のテリトリーを取り纏めるトップ。

 そこそこ長い付き合いで、俺の体調のことやらなんやらも、やちよさん伝で聞いているのだろう。

 

 

 吐血の件は、体の不調──ではない。

 相応の対価、と言うものだ。

 

 

「体の不調じゃないですよ。…弱体化した件は話しましたよね? その後から、固有の能力──固有魔法が一部を除いて封印されて、残った一部を使うにもデメリットが付くようになったんですよ」

 

「なるほどな…。それは難儀だ」

 

「一応、デメリットが付かないものも有りますけど。威力がイマイチだったり、強くても並の魔女にしか効かないんで、結局はさっきみたいに──」

 

「自爆技や高火力高負荷の技に頼るしかない…と」

 

「…そう言う事です」

 

 

 デメリットが吐血だけで済んでるのは幸運なのか、はたまた不運なのか、俺には分からない。

 少なくとも言えることはただ一つ、俺の固有の能力は、弱体化などない万全な状態でなければ、扱い切れる代物じゃない…と言う事だ。

 お陰で全ての技が自傷技や自爆技に近い。

 

 

 …だけど、それを持ってしても、先程の魔女には敵わなかった。

 通算二度目の戦いだったと言うのに、仕留め切れなかったのである。

 一度目の戦い、南のテリトリーの取り纏めである、都ひなのさんとやった時も良い所までは行ったがそれまで、仕留め切るには至れなかったのだ。

 

 

 魔女の進行方向的に、次は西のテリトリーに入って来る。

 もし、新米の子が当たったりしたら、逃げる事すら叶わない…そんな結末が待っている。

 それだけは…それだけは何としても阻止しなければならない。

 

 

 一応、明日は鶴乃以外全員集合出来る。

 今回の魔女への保険として、予定を空けておいてもらったのだ。

 本音を言うなら、俺はあの魔女をみんなと戦わせたくない。

 勿論、みんなの強さを信頼していない訳じゃないが、如何せんこれまでの魔女とは格が違う。

 

 

 五人なら勝てる……なんて甘い考えじゃ、誰かが犠牲になる可能性は十分にある。

 …気を、引き締めなければいけないようだ。

 

 

「…取り敢えず、今日はこれで。撃退は出来たので、東のテリトリーはもう大丈夫だと思います」

 

「了解した。正直助かった、自分一人でどうにかなる相手ではなかったからな」

 

「困った時お互い様でよ。それじゃ…」

 

 

 十七夜さんと別れて、俺は帰路に着く。

 運命の日は、刻々と近づいていた。

 

 

 ──────────────────────

 

 翌日、逃した魔女を叩く為に集まった、鶴乃以外のみかづき荘のメンバー。

 だが、戦いが始まり長引くにつれて、戦況が悪くなっていった。

 明らかに、昨日より強い。

 

 

 …やられたっ! 

 昨日逃した後に、相当数食われたんだ…。

 だから…目に見えて強い。

 

 

 みんなは何回もやり合ってないから、不思議に思わない。

 強いて言うなら、何時も戦っている魔女より強いな…と言う程度。

 

 

 メルのソウルジェムは穢れが溜まりかけ、最後のストックであるグリーフシードで回復している状態。

 …そして、その護衛としてももことみふゆさんが付いている。

 

 

 正直に言おう、俺とやちよさんじゃ火力不足だ。

 幾らコンビネーションが良くても、フィニッシャーまであと一歩届かない。

 だけど…ここで諦める訳には…いかない!! 

 

 

「結翔、右から攻めなさい! 私は左から!」

 

「はい!」

 

 

 両サイドから、魔女に攻撃を仕掛ける。

 魔女は巨大な黒い腕で、手には白い模様が描かれており、周囲にはトゲを持った肌色の腕が生えている。

 使い魔は、黒い蜘蛛かノミのような姿をしており、細長い口と縞模様の尻尾を持っている。

 両方とも異形と呼ぶに相応しい。

 

 

 進行に邪魔な使い魔を、俺は戦斧で蹴散らしながら、魔女への最短ルートを走る。

 やちよさんも俺と同様、最短ルートで魔女へと走る。

 同時に着いたのを良い事に、俺とやちよさんは連携攻撃を仕掛けた。

 

 

 戦斧の長所である重い一撃を入れるため、空中で体ごと回転させて遠心力を上乗せした一撃を。

 槍が武器であるやちよさんは、追加の槍を魔力で編み、叩き込む。

 

 

 少なくとも、この一撃がまともに効いていれば、気絶とは行かずとも怯みくらいには──

 

 

 そう思いかけた瞬間、俺は魔女本体である黒い腕に吹き飛ばされた。

 結界内が黒い森林だったのが幸いして、木に衝撃を分散させて遠くまで行かずに済んだが……

 

 

 最悪だな、右腕がエグい曲がり方をしている。

 グロテスクなB級映画に良くありがちな、あらぬ方向に曲がった腕。

 アドレナリンがドバドバ出てるお陰か、痛みはそこまで感じないが…右腕が使えなくなったのは痛い。

 数分すれば回復するが、その数分を稼ぐのが、この魔女相手には至難の業だ。

 

 

 …後先考えず、マジカルダイナマイトで爆発して無理矢理治す手もあるが、長引きそうな今の戦いで、それが悪手だと嫌でも分かる。

 

 

「でも、休んでる暇はねぇよな!!」

 

 

 震える体にムチを打ち、魔女の元に戻る。

 戦斧はもう使えない、片手じゃあれは厳しいからな。

 徒手空拳で使い魔を退けながら戻ったタイミングは──最悪な事件が起きた直後だった。

 

 

 倒れ伏すやちよさん、それを庇うように前に出て、魔女の攻撃を受けた──肩代わりしたメル。

 …良く見なくても、メルのソウルジェムが穢れていくのが分かった。

 もう持たないと、直感的に理解した。

 

 

「メル!? やちよさん!?」

 

 

 急いで二人に駆け寄る。

 やちよさんは、俺の声で辛うじて残っていた意識を取り戻し、立ち上がったが……メルは起きない。

 

 

「…結翔、メルを連れて離脱しなさい」

 

「で…でも」

 

「命令よ! メルの命を優先! 私が時間を稼ぐ!」

 

「…すいません」

 

 

 使い物にならない右腕ではなく、健在な左腕でメルを抱えて戦線を離脱する。

 森林の影を移動しながら、使い魔をやり過ごして結界の出口まで急ぐが、その途中で聞こえる筈のない…メルの声が聞こえた。

 気を失っていた筈なのに…もしかしたら、傷は深い所までいってないんじゃ? 

 

 

 俺がそう楽観視しかけたのも束の間、小さく震える声でメルがこう言った。

 

 

「…下ろして…です」

 

「は?! 何言ってんだっ! 今すぐグリーフシードで穢れを浄化しないと、お前がどうなるか!」

 

「…それでもお願いです。…下ろして…結翔くん」

 

 

 この言葉で、俺は分かってしまった。

 間に合わない…と。

 でも、でも、諦め切れる訳ないだろ!! 

 無理でも無茶でも、やってみなきゃ分からない……何時もだったらそう言えるのに。

 

 

 お前が…お前がそう言ったら、俺が何も言えねぇだろ! 

 

 

 そっとメルの体を下ろして、俺はぶちまけるように叫んだ。

 朝の彼女の言葉が、嘘にしか思えなかったから。

 

 

「何が…何がラッキーデイだ!? 仲間守れても…死んだら…死んだら意味ねぇだろ!!」

 

「…ふふっ、そうですね。…でも、ラッキーデイですよ。だって、尊敬するリーダーを守れて、大好きな人の命を繋げてボクは幸せですから」

 

「…嬉しくねぇよ」

 

「…本当は──死ぬのは結翔くんだったんです。魔女の攻撃からやちよさんを庇って…それでソウルジェムが砕ける」

 

「嘘だ」

 

「嘘じゃ…ないですよ」

 

「嘘だ!!」

 

 

 嘘だ、嘘の筈だ。

 有り得ない、有り得る筈がない。

 アイツの占いは絶対だ、俺が内容を知らない場合、俺が意図的に内容を変える為に動かない場合、結末が変わる事はありえない…その筈だ。

 

 

 その筈…なのに、分かってしまう。

 彼女が運命を──未来を変えられた理由が、分かってしまう。

 想いだ、彼女は──安名メルはたった一つの想いで、俺の死という未来をひっくり返したのだ。

 

 

 あの時、かなえが死んだ時出来なかった事を、彼女は想い一つでやってのけた。

 それがとても嬉しくて、とても悔しくて。

 …涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 なんだよ…なんなんだよ!! 

 こんなのってありか!? 

 ふざけるな…ふざけるなよ!! 

 

 

 俺が守る筈だったのに、彼女は守られる立場だったのに…なんでこうなるんだ!! 

 

 

 嬉しくて、悔しくて、哀しくて、辛くて。

 グチャグチャに混ざった感情を吐き出すように、いつものように軽口を叩いた。

 

 

「ポンコツ占い師!!」

 

「酷い言い草ですね、バカヒーロー…」

 

 

 遅過ぎた、何もかもが遅過ぎたんだ。

 こんな軽口にさえ、安らぎを覚える程に、俺はコイツの事が──好きだった。

 元々、似ていたんだ、俺たちは。

 

 

 バカで、アホで、お人好しで、占いなんかで人を救えると信じてる。

 根っこの所で繋がっている、だからトントン拍子で仲良くなって、お互いに惹かれた。

 今すぐにでも、叫んでやりたい。

 

 

 想いを伝えたい。

 でも、それはダメだ。

 ここまで、ここまで待たせておいて、やっぱり好きでしたなんて…許される筈がない。

 

 

 ああ…クソ。

 なんだよ、これ、前が見えねぇ。

 

 

 溢れる涙が視界を塞ぎ、歪んだ像が映るだけ。

 そう、像が映るだけなのに、分かる…分かるんだ、彼女が笑っている事が。

 

 

「何笑ってんだよ…」

 

「いやぁ…ボクの事、大切に想ってくれてるんだなぁ…って」

 

「当たり…前だろ」

 

「…じゃあ、最後のお願い…聞いてくれます?」

 

「何でも言え、叶えられる範囲で全力で叶えてやる」

 

「じゃあ──告白の返事、下さいです」

 

「…今更だろ」

 

「叶えてやるって言ったですよ」

 

「分かったよ…やるよ」

 

 

 …俺もバカだな、ホントに。

 コイツがこう言うの、なんとなく知ってたのに。

 最低だよ…自分が屑にしか見えない。

 

 

 冷たくなった彼女の体を抱きながら、俺は想いの丈全てを伝えた。

 

 

「好きだ…大好きだよ!! 俺だって…俺だって、お前とずっと一緒に居てぇよ!!」

 

「…えへへ…そっかぁ…大好き…か」

 

「そうだよ、大好きだよ! だから頼むよ、死ぬな!! 死なないでくれよ!! ずっと一緒に居てくれよ!!」

 

「やっぱり…ラッキーデイですよ。大好きな人に、大好きだって言って貰えて、尊敬するリーダーをを守れて、占いもハズレた。…ボク、最高に幸せです」

 

 

 そう言うと、メルの瞼がどんどんと落ちて行く。

 だけど、それに耐えるように、メルは言葉を遺す。

 

 

「あの日、君に会えてよかったですよ。みかづき荘のみんなと過ごせて良かった。たった半年ぽっちでしたけど…かけがえのない大切な時間です。ありがとう、結翔くん。ボクに、この感情を教えてくれて。…君が初恋の人で…良かった」

 

「……………………」

 

 

 何も言えなかった、遮るなんて、出来なかった。

 だって、最期まで笑顔だったから。

 溢れ出ていた涙を必死に止めて、出来る限りの笑顔で彼女の言葉を聞いた。

 

 

 そして、ソウルジェムは穢れきり、その形を変えていく。

 ……クソッタレな光景が目の前に拡がっていって。

 形を変えたソウルジェムはグリーフシードとなり、そこから魔女へと変化した。

 

 

 驚く程に冷めた頭が、冷静に状況を理解し、今まで出ていたヒントから真実へと辿り着く。

 願いの果の結末に、辿り着く。

 

 

 頭では理解出来た、目の前で見せられたんだ、当然だろう。

 だけど、心が理解出来る訳がない。

 理解できなくて、理解したくなくて、絶望が俺の心を叩き割った。

 

 

「…なんなのよ…これ」

 

 

 やちよさんの声が聞こえたが、俺は無視した。

 叩き割れた心を必死に拾っていたからだ。

 一つ一つ、パズルのピースのようにはめていくが…足りない。

 所々に穴が出来ている、ハリボテも良い所だ。

 

 

 けど、立ち上がるには十分。

 いや、十分過ぎた。

 

 

「やちよさん。…メルからの遺言です。尊敬するリーダーを守れて幸せでしたって」

 

「…何が…何がラッキーデイよ!? ふざけないで…ふざけないでよ!!」

 

 

 ボロボロの彼女を尻目に、俺はメルだった魔女の元に向かう。

 後ろにはももこやみふゆさんもやって来ていて、この状況に驚いている。

 …無理もない、こんな真実受け入れろと言うのが無理な話だ。

 

 

 …はぁ、どうして、どうしてだろうな? 

 どこで間違えたんだろうな? 

 自問自答をしながら、魔女へと向かい合う。

 

 

 メルだった魔女は、一向にこちらに攻撃を仕掛けない。

 まるで、倒されるのを待っているかのように。

 …止まっていた筈の涙が、また溢れ始めた。

 

 

 いっその事、怪物になってくれれば、やりやすかったのに…それも許してくれないんだな──お前は。

 ハリボテの心を引っさげた俺に、まともな魔力のコントロールなんて出来やしない。

 

 

 光だけを──ただただ光だけを右足に集中させる。

 いつものように構えて、息を吐いた。

 

 

 最期に、言えなかった言葉を添える。

 

 

「メル。お前は俺の光だった。いや、みんなが俺の光だった。その中で、お前は特別明るくてさ、眩しいくらいだった。だから、すぐに終わらせる」

 

 

 言い終えた俺は、マギアである『英雄の一撃(ヒロイックフィニッシュ)』を放つ。

 光の魔力だけを纏った右足が魔女に当たると、次の瞬間には辺りが眩い閃光に包まれて、それが晴れた時には魔女は消えていた。

 

 

 代わりに、魔女が居た証として、一つのグリーフシードが落ちている。

 俺は無言でそれを拾い上げ、メルの下に持って行った。

 そして、二度と動くことのない彼女の手に、それを握らせる。

 

 

「お前のだぞ…メル」

 

 

 ──やちよ──

 

 結翔はメルにグリーフシードを握らせると、スタスタとこの結界の魔女が居る下へと向かった。

 心の整理なんて着いてない…けど、結翔を一人行かせる訳にも行かなかった私は、彼を引き止める。

 

 

「結翔、待ちなさい! 何処に行くつもり?」

 

「魔女を…殺しに」

 

「あなた、さっきの見たでしょう!! あの魔女も、私たちと同じ……」

 

「だからこそですよ。これ以上、呪いを振りまく前に殺してあげないと」

 

 

 魔眼を発動したのか、右眼が水色に光っている。

 …だけど、その眼からは、明確な殺意を感じた。

 

 

 私はそれを見て、結翔を止める事が出来ず、行かせてしまった。

 仲間の二度目の喪失は、私たちに回復不可能──いや、修復不可能な亀裂を産んだ。




 次回もお楽しみに!

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 過去編はあと一話です。


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四十七話「運命と言う名の筋書き通り」

 結翔「前回までの『無少魔少』。メルが魔女化して……それで…」

 まさら「台本を考えた人はドクズなのかしら、良心がないように見えるわ」

 こころ「…うん、私も流石にこれは酷いと思う。…前回は、メルさんが魔女化してしまって、結翔さんがそれを倒して、もう一体の魔女も倒しに行ったって話ですね」

 メル「ボクが結翔くんの正妻になった話ですね!」

 みたま「でも、付き合ってはないから、概念的な元彼女よねぇ?」

 ももこ「…生々しい話は、楽屋裏でやってくれ。取り敢えず、四十七話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 魔女狩りが終わったあと、俺たちはみかづき荘に集まり、キュウべえから話を聞く事になった。

 …当たり前と言えば当たり前だが、空気は重い。

 何時もだったら率先して空気を変えようと務める俺やももこも、一言も喋ろうとしない。

 

 

 …だが、キュウべえが来てから、空気が変わった。

 先程見せられた衝撃的な光景の説明を、キュウべえに求めた。

 

 

「キュウべえ…魔女って、魔法少女ってなんなんだ?」

 

「この国では、成長途中の女性の事を少女って呼ぶんだろ? だったら、やがて魔女になる君たちの事は、魔法少女と呼ぶべきだよね?」

 

「クソ野郎が…! じゃあ、俺たちが今まで倒してたのは──」

 

「結翔っ!」

 

「だけど! やちよさん!」

 

 

 俺の言葉を遮るやちよさんを他所に、キュウべえは話を続ける。

 感情を度外視した、無機質な声色で、メルヘンな見た目からは想像もできない現実的な答えを言い放つ。

 

 

「結翔、そんなに嘆く事じゃないよ、全てはこの宇宙の寿命を延ばすためなんだ。長い目で見れば、これは君たち人類にとっても得になる取引だって分かってもらえる筈だよ? それに、君の目指す街の平和にも関わってくるものじゃないかな?」

 

「…ざっけんな!! 誰かを犠牲にして得たものなんて──」

 

「でも、君だって自己犠牲をして街の平和を維持してるだろ? 大して差はないんじゃないかな? 自分は良いのに他人はダメなんて、君の方が身勝手だよ?」

 

 

 神経を逆撫でするような言い分。

 正論だ、間違ってる訳じゃない…訳じゃないけど、それは違うだろ!! 

 じゃあ、なんなんだ? 

 俺が倒してきた──俺が殺してきた魔女はみんな、この街を守ってたって事なのか? 

 

 

 メルも………………

 違う、絶対に違う。

 そんなはずない! 

 もし、そうだったとしたら、俺がやってきた事は……一体なんだったんだ? 

 

 

 街の平和を守る為に、街に居るみんなを守る為に、俺がやってきた事は、ただの手柄の横取りだったんじゃないか? 

 

 

「俺がやってきた事は…一体…なんだったんだよ!」

 

「君がやってきたこと? ヒーローごっこの事かい? ボクから言わせてみれば、本物のヒーローは倒された彼女たちさ。君は彼女たちの功績を打ち消して──横取りして後釜に座っただけ。偽りのヒーロー……いや、ヒーローを演じていただけに過ぎないよ」

 

「………………」

 

「そもそも、君一人が魔女になっていれば、宇宙の寿命を延ばすこの行為は終了する」

 

「……はっ?」

 

 

 …俺一人が魔女になれば、他の誰かが魔女化する事も、魔法少女になることも……ないって言うのか? 

 キュウべえの言葉が本当なら、俺って……なんなんだ? 

 訳が分からない、言っている意味が分からない。

 

 

 これ以上聞くなと、頭が警鐘を鳴らしているが、心が聞けと叫んでいる…逃げるなと鼓舞してくる。

 逃げられない、逃げたら……俺は自分で立てた誓いにも背く事になるから、それだけは嫌だ。

 

 

 絶対に…嫌だ。

 

 

「…どう言う意味だ」

 

「結翔君、これ以上は──」

 

「そうだよ、結翔! もうやめ──」

 

「黙っててくれ。大切な事なんだ」

 

 

 みふゆさんもももこも止めようとしたが、黙らせた。

 聞かなきゃいけない、たとえハリボテの心が砕けることになっても……

 俺は──

 

 

「早くしろ、キュウべえ」

 

「分かったよ。先ずはボクたちの目的とエネルギーの回収方法について話すけど、良いかい?」

 

「ああ」

 

「ボクたちの目的は、宇宙の熱的死──わかり易くすると、エントロピー増大を回避する事。そして、ボクたちは代替エネルギーとしての感情エネルギーの発生源を求めて、地球に飛来した異星生命体──君たちから言わせれば宇宙人ってやつかな?」

 

「…………大体は分かった、続けろ」

 

「エネルギーの回収は、数ある人間の感情の中でも特に強大な、第二次性徴期の少女が幸福から絶望に転じた際の感情エネルギーを採取すれば完了だ。魔法少女から魔女になる瞬間が、相転移エネルギーの回収効率が一番いいね」

 

「第二次性徴期の少女……か。俺が魔法少女になれた理由は、幸福から絶望に転じた際のエネルギー効率がいいと判断したから…か?」

 

「そういう事になるね」

 

 

 面倒臭い説明が入ったが、分かったことがある…コイツらは天性の屑だ。

 エネルギーの回収効率がいいから、第二次性徴期の少女を選び、そして『奇跡』と言う餌をぶら下げて契約させる。

 その後は、魔女になるのを待つだけ。

 …多分、魔女になる道筋を作る事だって、コイツらはやる。

 

 

 宇宙の存続の為だったらなんだって。

 

 

「君は本当に特別だよ、まさにイレギュラーさ。多感な第二次性徴期の少女より希望に満ち溢れていて、絶望に自ら足を運んでいくんだから。まぁ、同情も出来るけどね。因果律の収束具合から見ても、君は産まれる前から()()()()()()()。地球に意思がある──『神』が居る良い証拠だ」

 

「…………ハハッ、そうかよ…そういう事かよっ!!」

 

「ここまでは、地球に宿った意思──所謂『神』が書いた筋書き通り…と言った所かな?」

 

「父さんが死んだのも、俺が魔眼に目覚めたのも、魔法少女になったのも、かなえが死んだのも、メルが魔女になったのも…運命だったてことか?」

 

「そうなるね」

 

 

 ずっと、掌の上だったって事か。

 キュウべえ(クソ野郎)に騙されて、組織にも騙されて、神には踊らされて、ヒーローを気取ってた……だけ。

 バカみたいだ……今までやってきた事が。

 全部全部決められた事で、死ぬ事さえ許されない。

 

 

 段々と、ハリボテの心が壊れていくのが分かった。

 ポロポロと、落ちていくのが感じられる。

 折れたい、ポッキリと折れて、立ち直れなくなりたい。

 

 

 なのに、なのに、俺は──

 

 

「…………続ける」

 

「ヒーローごっこを、かい?」

 

「そうだよ。…アイツは、運命を変えた。自分で定めた運命をひっくり返した。…だったら、俺に出来ない言われは無いだろ? 本物のイレギュラーに──ヒーローになってやるよ」

 

「それも筋書き通り、かもしれないよ?」

 

「かもな。だけど…諦めるなんて、俺には出来ねぇ」

 

 

 ソファに寝かせていたメルの手から、グリーフシードを取り、かなえのソウルジェムを入れていた巾着袋に仕舞い込む。

 …死んでるなんて思えないほど、穏やかな顔だった。

 とても、幸せそうな…顔だった。

 優しく頭を撫でて、みかづき荘を出て行く。

 

 

 外に出ると、雨なんて降ってない筈なのに、頬に水滴が垂れる。

 可笑しく思って空を見上げると、夕焼けが目に染みるほど輝いていた。

 

 

「……さよなら、メル。…いつか、また」

 

 

 帰路を歩く俺の目からは、止めどない涙が溢れた…溢れて出て止まらなかった。

 大好きだった彼女に会いたくて、もう会えないのなんて分かっていて、悔しくて…苦しくて、涙が止まらない。

 

 

 結局、俺は彼女の葬式に、顔を出せなかった。

 …だって、出せるわけないだろ? 

 最終的に彼女を──メルを殺したのは俺なんだから。

 

 

 親に顔向けなんて…出来ない。

 泣いて、泣いて、泣いて、涙が枯れ果てる頃には、一週間の時が経っていた……

 

 

 ──ももこ──

 

 結翔は一週間の時を経て、ようやく学校に顔を出した。

 その時の顔はいつも通りで──いつも通りだからこそ、異常に感じる。

 見慣れた顔なのに、全く知らない顔に見えた。

 

 

 キラキラと輝く瞳なのに、ドロリとした闇が垣間見える。

 矛盾していた、寒気を覚える程に、矛盾していた。

 いつも通りなのに、いつも通りじゃない。

 輝いている筈なのに、底知れない闇が見える。

 

 

 アタシは……一言も声を掛けられなかった。

 だけど、アイツは何事も無かったかのように声を掛けてきて、一緒にみかづき荘に顔を出した。

 

 

 やちよさんもみふゆさんも、鶴乃でさえも、結翔の異常に気付いていて、それでも、誰も何も言えなかった──いや、結翔の纏う雰囲気が暗に言うなと語っていた。

 

 

 そして、結翔は──

 

 

「遺品整理、手伝いますよ」

 

 

 率先して、誰も手を付けていなかった──誰も手を付けられなかった遺品整理を買って出て、テキパキと片付けていった。

 時折、やちよさんに何かを確認していて、聞けば遺品の幾つかを貰っていいかの相談だったらしい。

 

 

 やちよさんも、メルの親から言われていたのか、幾つかだったら…と許可を出していた。

 

 

 ……アタシ、最低だな。

 ライバルが居なくなったことに、少しだけホッとしている。

 結翔をアタシの隣から奪う存在が居なくなったことに、心底安堵している。

 悲しんでいる筈なのに、嬉しくて。

 嬉しい筈なのに、悲しくて。

 

 

 中途半端な感情がせめぎ合って、ただ見ている事しか出来なかった。

 午後四時過ぎから始めた遺品整理は、九時前には終わって、今日はそのまま解散…そんな流れだった──筈なのに。

 結翔は思い出したように、リビングのドア手前で止まってこう言った。

 

 

「俺、チーム抜けます」

 

「……分かったわ」

 

「や、やっちゃん!?」

 

「し、ししょー? な、何で?! 止めないと、簡単に抜けるなんて──」

 

「みふゆ、鶴乃、良いのよ…何も言わないで」

 

 

 みふゆさんと鶴乃は反応していたが、アタシは何の反応も出来ずにいた。

 ……さっきまで、そんな感じ微塵もなかったのに…なんで? 

 どうしてなんだ? 

 

 

 一言、その言葉が口を出なくて、アタシは俯くだけ。

 結翔はそのまま話し続けた。

 

 

「色々考えたんです。考えて考えて、分かったんです。俺は、ここに居たら弱いままだ。パワーダウンした分、取り戻さないと! …だから、抜けます。でも、縁が切れた訳じゃないです。何かあったら呼んでください、絶対に助けになりますから」

 

 

 見なくても、分かる。

 コイツは、きっと笑顔でそう言うんだ。

 怖いくらい歪な笑顔で、そう…言うんだ。

 

 

 そして、それから数ヶ月の時を待たずに、アタシたちチームみかづき荘は解散した。

 これが、約一年前までに起きた事件。

 魔法少女の真実に辿り着いた時の…話だ。

 

 

 ──────────────────────

 

 ロスタイムの話は終わった。

 ここからは、絆を確かめる物語。

 

 

 解けかけた縁を結び直す物語が始まる。

 

 

 燃え上がる炎は、怒りか──憎悪か。

 




 次回からは三章に入ります、三章は『いつも誰かの手を取って』。

 次回もお楽しみに!

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三章「いつも誰かの手を取って」
四十八話「取り戻したもの、失ったもの」


 結翔「前回までの『無少魔少』。真実を突き付けられた俺たちが、キュウべえを問い詰めたり、その過程で俺の意味不明な設定が明かされたな」

 まさら「ようやく出番ね」

 こころ「楽しみです!」

 結翔「誰もあらすじに触れてくれないの悲しいから、少しは触れてくれない?」

 ももこ「心配すんな、アタシが居るよ!」

 みたま「わたしも居るわよぉ!」

 メル「ボクもーー」

 結翔「はい、過去編から時間軸は元に戻り本編に。俺の過去を見た、まさらとこころちゃんはどう動くのか?楽しんで四十八話をどうぞ!」




 ──結翔──

 

「どうですか、結翔君? 思い出しました? 守れなかった過去を…」

 

「ええ、嫌なくらいハッキリと」

 

「じゃあ、こちらに──」

 

「行きませんよ、行く訳ないでしょ」

 

 

 濃霧の中に居るのは、俺とみふゆさんの二人だけ……じゃないな。

 もう一人…居る、出て来てないだけだ。

 

 

 夢見心地は最悪。

 心にのしかかるような後悔を感じる…が同時に、燻っていた──情熱と言う小さな火が、また燃え盛っている気がする。

 誓いは、俺の心にしっかりと刻まれていたんだ。

 

 

 色々なものが邪魔をして、小さく灯っていただけに過ぎない。

 記憶の追体験のお陰で、大分スッキリと片付けが出来た、それだけは感謝しなければいけない。

 

 

「また、大切なものを…失いたいんですか? メルさんや…かなえさんのように?」

 

「嫌ですよ。嫌に決まってる。けど…俺は、マギウスの計画に賛同出来ない。確かに、魔法少女の解放は魅力的です。でも、関係ない無関係の人間を巻き込むのは──犠牲にするのは違うでしょ?」

 

「いやーなくらい、せいろんだにゃー。でも、ヒーローさんだって、わたくしたちと同じで、自分を犠牲にしてるよね? それは良いの?」

 

「良いんだよ、俺は。お前らと違って、残機が無限なんでな。幾ら犠牲にしたって構わない」

 

「その所為で、誰がが悲しむとしても?」

 

「あぁ。…それに、もしもの時はケアするさ」

 

 

 カラカラと笑って、里見灯花に俺はそう返した。

 ヒーローとしての勘が言っている、コイツは不味いと。

 …あのキュウべえ(クソ野郎)と同じで、人の弱さにつけ込む所が特に。

 鶴乃とこころちゃん…考えうる限り、この二人は確実に持ってかれる。

 残りも、どうなるかは…正直分からない。

 

 

 だけど、俺はそれを踏まえても、マギウスにつくつもりはない。

 

 

「尊い自己犠牲なんて、在りはしないんですよ?」

 

「それでもです」

 

「…本当に変わりませんね」

 

「変わりましたよ…少しは」

 

 

 みふゆさんは悲しそうにそう言った。

 あれ程、敵だと言ったのに、そんな顔しないでくださいよ。

 コッチが悪者みたいじゃないですか……

 どうする事も出来ない俺は、待った。

 

 

 彼女の調子が戻るまで、ただただ待った。

 ──そして、戻った彼女は、俺にこう問い掛ける。

 

 

「何故、あの二人を傍に居させたんですか?」

 

「流れ…と言うか…勢いと言うか、最初はそんな感じでしたよ? …でも、時間と事件を重ねるにつれて、絆が深まって…みかづき荘に居た頃の、家族みたいな感じになったんです」

 

「家族…ですか」

 

「はい。俺にとっての家族は血の繋がりもありますけど、それと同じくらい強い絆で結ばれた相手で……居なくなって欲しくない人」

 

「ワタシも…その一人だったんですよね?」

 

「だった、じゃなくて、今でもですよ。…最後に付け加えるなら──あの二人はメルと同じで、運命を変えるものを持ってる気がしたんです。俺は…それを教えてもらいたい。要約するなら──ただのエゴですよ」

 

 

 お世辞にも、ヒーローとは言えない理由。

 けど、きっと人間らしい理由だ。

 弱くて脆い、人間らしい理由。

 …変わった俺も、変わってない俺も、全部引っ括めて俺なんだ。

 

 

 俺は、俺が信じた道を突き進む。

 ヒーローとして、正しいと思った道を。

 その過程で…どれほど傷つくことになろうとも。

 

 

「これで、終わりだ」

 

 

 夢から覚めるように濃霧が晴れて、俺は現実世界に引き戻された。

 

 

 ──まさら──

 

「結翔君の記憶、どうでしたか?」

 

「酷い、その一言に尽きるわ」

 

「これが、魔法少女の真実です。…まだ、ワタシたちに対立しますか? 大切なお友だちが、魔女になる可能性を消せるのに」

 

「…流石ね、私の事を理解してる。正直、私一人ならどうだっていいわ。元々、魔法少女になった時に、何時死んでもいいよう覚悟はしてきた。…まぁ、今はそれすら揺らいでるけど」

 

「なら──」

 

「嫌よ」

 

 

 私の、切り捨てるような言葉に、梓みふゆは動揺していた。

 …別に、何も可笑しいことは言ってない。

 酷いと思ってるのも確かだし、大切な友人であるこころが魔女になるのも──私は認められない、私だって…今は死にたくない、けど、それとこれとは話が別だ。

 

 

 マギウスの思想は共感できる部分もある、だがやり方には賛同も共感もできない。

 …そもそも、私たちは──

 

 

「どうして〜? こっちに来れば、助かるんだよ? わたくしの言ってること、理解してるよね〜?」

 

「どうしたもこうしたもないわ。無関係の人間を犠牲にするのは悪い事。頭の良い貴女なら分かるでしょ? …それに元々、私たちは自分から望んで魔法少女になった。例外はあれど、殆どの場合がそう。なのに、真実を知った途端、今まで守ってきた恩を返せと言うように、無関係の人間を犠牲にする。可笑しいと思わない?」

 

「……みんながみんな、あなたみたいに強い訳じゃ──」

 

「強い、弱いは関係ない。自分が契約したから魔女と戦わなきゃいけなくなった、一般人を守るのは次いでよ──副次的効果に過ぎない。なのに、あたかも守ってあげましたと言うのは……気に食わない。守ってあげたとか、声高らかに言いたいなら、少なくとも結翔みたいに全力で命を懸けてからにしなさい」

 

 

 私の言葉に、二人は黙りこくる。

 当然だ。

 私は間違ったことは言ってない。

 結翔を引き合いに出したが、出来るだけ客観的な判断をした。

 

 

 元を辿れば、結局は自分たちの自業自得。

 キュウべえに非はあるが、契約したのは自分で、魔女と戦うと決めたのも自分。

 その責任を、守っていた無関係な人間に載っけるのは──違う。

 犠牲にするのは──違う。

 

 

「話は終わり? なら、出させてもらうわ。…結翔の記憶を見せてくれた事、それだけは感謝しておくわ。ありがとう」

 

 

 そう言うと、霞のように二人の姿は消えて、濃霧が晴れた。

 夢の覚め時だ。

 

 

 ──こころ──

 

「結翔君の記憶、どうでしたか?」

 

「…こんなのって…こんなのってないですよっ!! なんで…なんで! あんなに頑張ってた結翔さんが、酷い目に遭わなきゃいけないんですか!? 理不尽ですよ! 不公平ですよ!」

 

 

 なんなんだ、なんなんだ、今見た記憶は! 

 酷いなんてものじゃない。

 今まで感じた事の無いような不快感が込み上げてくる。

 意味が分からない、訳が分からない。

 

 

 結翔さんが──分からない。

 狂えた方が楽だったのに、なんで笑えるの? 

 怖い…優しく見えていたあの笑顔が、今となっては恐怖の対象でしかない。

 …そして、それと同じくらい悲しい。

 

 

 誰よりも頑張ってきたあの人が、報われないなんて間違ってる。

 私は…自分が魔女になることよりも、親友であるまさらが魔女になるよりも、結翔さんが傷付くのが嫌だった。

 だって…だって…そうじゃないか!! 

 色々なものを背負ってきたのに、傷だらけになって走って来たのに。

 

 

 これ以上…これ以上、背負ったら、これ以上傷付いたら、結翔さんは本当に壊れてしまう。

 そんなの…そんなの…私は認められない。

 

 

「…どうすれば…結翔さんを救えるんですか?」

 

「魔法少女が解放されれば、結翔君を救うことに繋がります」

 

「マギウスのやり方に賛同は出来ません…出来ませんけど、結翔さんを救う方法がそれしかないなら私は──マギウスの翼に入ります」

 

「歓迎するよ〜! 丁度、粟根こころに合う実験があったんだー!」

 

 

 くふふ、と嬉しそうに笑う里見灯花ちゃん。

 みふゆさんも、心做しか微笑んでいる。

 

 

 それを見て、少しだけ後ろめたくなった。

 …ごめん、ごめんなさい、結翔さん、まさら。

 

 

 私は──そっちには行けないよ。

 だって、結翔さんを救わなきゃいけないから。

 

 

 ──結翔──

 

 意識の覚醒に合わせて、寝起きで歪む視界が修正されていく。

 まだ、ウワサの中…か。

 辺りを見渡すと、まさらとこころちゃんが倒れている事がわかった。

 

 

 やちよさんと入った筈なのに…都合良く飛ばされたって事か。

 取り敢えず、俺は近くに居るまさらに最初に声を掛けた。

 

 

「まさら、まさら! 大丈夫か!」

 

「…うぅ。…最悪の目覚めね、もっと良い夢が見たかったわ」

 

「残念。軽口が言えるってことは──」

 

「洗脳はされてないわ。お陰様でね」

 

「どういたしまして」

 

 

 まさらの無事は確認出来た。

 あとは、こころちゃんだ。

 期待は出来ないが、0%じゃない。

 運ゲーも良い所だが、今回は賭けるしかないんだ。

 

 

「こころちゃん、こころちゃん!」

 

「起きてちょうだい、こころ!」

 

「……ん…あぁ」

 

「良かった!」

 

「………………ひっ!?」

 

 

 無事に意識を取り戻したこころちゃんに、俺は安堵の笑みと手を向けたが…彼女は小さな悲鳴と共に俺の手を弾く。

 ……見間違いじゃなければ、こころちゃんは俺の事を、理解できない怪物を見る目で見ていた。

 そこで、思考が停止してしまい、俺は去って行く彼女を追いかけられなかった。

 

 

 一瞬、握っていた手を離してしまったような幻覚が、俺の目に映った。

 そこで気付いた、どう足掻いても、今回の件は一筋縄じゃ行かないことを。

 




 次回もお楽しみに!

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四十九話「未来を切り拓く」

 やちよ「前回までの『無少魔少』。過去編からようやく現在に戻って、夢の世界で対話したり、結翔が粟根さんに拒絶されたりした話ね」

 結翔「……正面切って言われると傷付くなぁ」

 こころ「………………ごめんなさい」

 まさら「別に、こころが気にする事じゃないと思うけど」

 みたま「そうよぉ。あんな過去見せられたら大抵の人は引くもの」

 結翔「過去の俺が悪いのは分かるんですけど、傷口に塩塗るのやめてもらっていいですか!?」

 ももこ「本編の終わりが全く見えない四十九話を楽しみにどうぞ!!」



 ──結翔──

 

 少しの間、ぼーっと去って行くこころちゃんの背中を見つめる。

 まさらも、こころちゃんの表情を見て動揺していたのか、動けずにいた。

 

 

 だが、最悪な事にここは敵陣の中、ぼーっとしている案山子を見逃すほどウワサは甘くない。

 手下であるウワサが、ゾロゾロと押し寄せてくる。

 

 

「ちっ! まさら、構えろ!」

 

「…分かった」

 

 

 重ね重ね運が悪い、俺たちの居る場所は十字路のようになっていて、本棚で隠れていなかったのだ。

 反射で魔法少女への変身を済ませて、拳を構える。

 昔の踊り子のような衣装には、大部分を占める黄色以外にも真紅のラインが追加されていた。

 

 

 感覚的に分かっていたが、ようやく一段階元に戻ったようだ。

 隣に居るまさらは、俺の姿を見て興味深そうな顔付きで話し掛ける。

 

 

「その姿…」

 

「強化フォーム…とかだったらカッコイイんだがな。残念な事に一段階元に戻っただけだよ」

 

「そう…。戦力には期待しても良いのよね?」

 

 

 返事の代わりに、俺は迫って来たウワサを迎え撃つ。

 注射器のような体にタイプアームが羽のように生えており、先端には唇、動き回るための鉄の足もある。

 殆どの個体はタイプアームを羽のように使い、飛びながらこちらに襲いかかる。

 

 

 構えた拳に炎を纏わせ、一番最初に来たウワサを殴り付ける。

 殴られたウワサは炎の熱と衝撃に耐えられず、吹き飛ばされながら燃え尽きていく。

 この偽善者の衣装(フェイカーフォーム)は、基本戦術が肉弾戦。

 固有の能力──固有魔法を使って武器の召喚も出来るが、燃費も悪いし体への負担も大きい。

 

 

 殴ったり蹴ったりした方が早いのだ。

 俺はそのまま、殴った勢いを利用し、体を捻って次のウワサに踵落としをお見舞する。

 

 

「まっ、ざっとこんなもんだ」

 

「…まだまだ居るわよ?」

 

「…面倒だからすぐ終わらせる。下がってろ」

 

 

 身体中に炎を纏わせ、外から内に熱を凝縮していく。

 痛い…痛いけど、耐えられない訳じゃない。

 それに爆発すれば、一瞬で元通りだ。

 火傷なんて残らない……体力は相当消耗するが、ちまちま相手をしている暇はない。

 

 

「マジカルダイナマイト!!」

 

 

 ウルトラダイナマイトの代わりであり、最低最悪な下位互換。

 固有の能力なしでやるただの真似事。

 爆発後は、生と死の魔眼と簡単には砕けないソウルジェムを起点に、体を再生させる反則技。

 

 

 威力は折り紙付き。

 並の魔女なら一撃だし、強力な魔女にも致命傷を与えられる。

 …一応、ウワサにも効果はあったみたいだ。

 不自然に宙を浮くソウルジェムの周りに、光の粒子が集まり体を成していく。

 

 

 やっぱり、結構キツイな…。

 久しぶりの所為で、体力の消耗が激しいぞ……

 

 

「…はぁ…はぁ。まさら、急ぐぞ」

 

「少し、聞いていい?」

 

「…少しならな」

 

「今の貴方が強いのは、過去の貴方が強かったから? それとも、過去の貴方の力を、今の貴方が使ってるから?」

 

「…両方、かな。話は終わりか? もう行くぞ」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

 手下のウワサがそこら中に居る為、みんなの魔力を探り難いが文句は言ってられない。

 意識を集中させて魔力反応を伺い、当たった場所を千里眼で確認する。

 …ビンゴ! 

 

 

 少し離れた開けた場所に、いろはちゃんとやちよさんが居るのを確認した。

 …揉めている所を見ると、あまり良い雰囲気は感じないがしょうがない。

 それより、居ないみんなの方が心配だ。

 

 

 洗脳されてもってかれたか……

 

 

「クソっ!」

 

 

 悪態をつきながらも、俺とまさらは目的の場所を目指す。

 ようやく二人が遠目に見えて来た所で、聞いた事の無い、いろはちゃんの怒鳴り声が聞こえた。

 

 

「ふざけないでください!? なんの理由も説明せず、いきなり解散なんて言われても、私は認めません!!」

 

「…認めなくてもいいわ」

 

「やちよさんとって…私たちとの縁はそんな簡単に切っていいものだったんですか!? みんなで買ったマグカップは…嘘だったんですか? 私たちを仲間と認めてくれた訳じゃ──ないんですか?」

 

「──っ」

 

 

 解散…か。

 あの時と同じだな。

 …俺が彼女の弱さに気付けなかったあの時と同じ。

 繰り返しそうになっている…また、繰り返しそうになっている。

 

 

 余りにも唐突な解散宣言。

 過去にも一度あったそれは、ももこに相当な傷を植え付けた。

 …泣きついて来たももこの弱々しい姿を、今でも覚えている。

 

 

 尊敬していた先輩だった。

 信頼していた先輩だった。

 目標にしていた先輩だった。

 

 

 だけど、メルの死から歯車が狂って何もかもが噛み合わなくなって……

 

 

 目の前で、また同じ事が起こりそうになっている。

 止めなくては…いけない。

 逃げた者として──ヒーローとして。

 

 

「やちよさん…。自分を偽るのは、苦しいだけですよ?」

 

「…そこまで言われたら、良いわ言うわよ。聞けばどうせ、離れていくだろうから。あの二人──メルとかなえが死んだのは私の願いの所為なのよ。魔法少女になる時、私は『生き残りたい』と願った。モデルとしてのチームを存続させる為には、リーダーである私が生き残らきゃいけなかったから。…今となっては過去の話だけどね」

 

「その願いが、どうして安名メルと雪野かなえの死に繋がるの?」

 

「二人はね、死ぬ間際にこう言ったのよ。『アナタ、チームに必要だから』、『尊敬するリーダーを幸せでした』。分かるでしょ? 願いが変わらない限り、私は仲間を犠牲に生き残り続ける。…だから、チームは解散よ。私は、一人で戦う、戦い続ける」

 

 

 …明らかに、片方は言っていない。

 まさか…都合の良い記憶を植え付けられた? 

 俺が考えている内に、いろはちゃんは動き出していた。

 

 

「私…怒ってるんですよ? いきなり解散なんて言うし、さっきまで全然訳も言ってくれなかったし。…やちよさんが、願いの事を気にしてるなら。これからは、私が()()()()()()()()()! ウワサも、私一人で倒して、死なないって事を証明してみせます!!」

 

「やめて…! お願いだから…やめてちょうだい」

 

「い、いろはちゃん!? 流石にそれは無茶だよ!」

 

「そうよ、環いろは。…私もやるわ」

 

 

 そう言うと、まさらはいろはちゃんの隣に並んだ。

 これには、流石にいろはちゃんも驚いて、大丈夫だと言おうとしたが……

 

 

「…魔女の気配?」

 

「最初から感じてた。私が魔女をやる。環いろははウワサを倒しなさい」

 

「で、でも…」

 

「ウワサと魔女、二体同時なんて出来る訳ないでしょ? それとも、無駄死にして、七海やちよにトラウマを植え付けたいの?」

 

「…いいえ」

 

「なら、決まりね」

 

 

 魔女の魔力は…さなを助け出した時に取り逃した、アリナの作品と似ている。

 つまり、強力な魔女って事だ。

 …正直、やらせたくない。

 ギリギリの戦いになる事は間違いないのだから。

 

 

 だけど、俺は何も言わない。

 こうなったまさらを止めるのは、こころちゃんじゃないと無理だ。

 後は、二人の勝利を祈るしかない──筈なのに、やちよさんは食い下がらなかった。

 

 

「加賀見さん!? あなたは仲間でもなんでも──」

 

「七海やちよには恩がある。だから、その恩返し。今だけは仲間よ」

 

「恩? …そんなのない筈よ」

 

「ある。結翔を生かしてくれた。…もし、貴女が結翔を弟子に取ってなかったら、きっと結翔は誰かを庇って死んでいた。生と死の魔眼が無い頃なら尚更…」

 

「それだったら! あなただって私たちを助けてくれたじゃない? 水名神社で」

 

「あれは、結翔を迎えに行っただけなのに攻撃されたから、ただの正当防衛」

 

 

 いや、それは違ぇだろ。

 明らかにお前から攻撃してただろ。

 …と、そんなツッコミは野暮なのでせずに、ただ見守る。

 

 

「…そうだとしても、私は助けられた。違う?」

 

「煩いわね。貴女のそう言う態度、不快なのよ」

 

 

 絶対零度の蒼色の瞳がやちよさんを突き刺す。

 すげぇな、言葉の節々から棘を感じる。

 本気で不快に思ってる証拠なのだろう。

 

 

 まさらはそのまま、話を続けた。

 

 

「絶交ルールのウワサの時、あなたはももこにこう言ったらしいわね? 『傷つけないことは守ることと同義じゃない、それぐらいわかるでしょ。あなたは仲間を傷つけることで自分が傷つきたくないだけよ』。仲間を死なせないことと、チームを解散することは同義じゃない。貴女は仲間が死ぬ事で自分が傷付きたくないだけよ」

 

「そ…れは……」

 

「いい? 私がやると言ったらやるの。私がルールよっ!」

 

 

 吐き捨てるようにそう言ったまさらは、いろはちゃんを連れて魔女とウワサが居る方に進んでいく。

 言葉に詰まったやちよさんは、呆然とした様子でそれを見送った。

 

 

 今後の未来を賭けた戦いが、今、始まろうとしている。

 

 

 ──まさら──

 

 本当に不快だ。

 結翔の近くには、バカなお人好ししか集まらないジンクスでもあるのか? 

 孤独になってまで仲間を想うのなら、最後まで足掻いて仲間を守ろうと努力すればいいだけだ。

 

 

 何故それをしないのか? 

 仲間を思う心があるなら、そこまでするべきじゃないのか? 

 本当に理解に苦しむ不快さだ。

 

 

 優しいから孤独になってまで仲間を思って、優しいから仲間の為に自分を犠牲にする。

 …バカの集まりだ。

 

 

「その、ありがとうございます、加賀見さん。…怒ってくれて」

 

「…感謝される事はしてない。私がやりたいからやっただけ。…バカなお人好しは、時々本当に不快だわ」

 

「…私は、加賀見さんも十分お人好しだと思いますよ?」

 

「私が? 有り得ないわ」

 

 

 そう切り捨てて、私と環いろはは自分の敵に対面する。

 容姿は結翔が前に話ていた、ピンク色の兎のぬいぐるみを模した魔女にそっくりだが……圧力のケタが違う。

 アリナ・グレイの作品…だったかしら? 

 手塩にかけて育てだのが分かる、尋常ではない魔力の濃さ。

 

 

 無傷の勝利は望めない。

 あそこまで啖呵を切ったのだ、退く訳にはいかない。

 けど、こころの事があるので死ぬ訳にもいかない。

 

 

 絶体絶命とはいかないが、生と死の狭間で戦う事になるのは確実。

 

 

「…負けない、負けられない」

 

「はい。勝ちましょう! 背中はお願いします」

 

「使い魔一匹、そっちに送ったりしないと約束するわ」

 

 

 …なのに、不思議と大丈夫だと思える。

 昔は信じていなかったが、画面越しに見るヒーローはどんな困難にも立ち向かい、打ち勝って見せた。

 私はヒーローになりたいとは思はない…が、結翔の家族として、恥じない人間でありたいとは思う。

 

 

 いつも通りの慣れた所作で、ダガーを編み、敵を見据える。

 余裕の表れか使い魔など出さず、魔女本体が突っ込んできた。

 …完全に舐められているが構わない。

 

 

 全力で叩き潰すだけだ。

 透明化で姿を消しながら、私は突っ込んでくる魔女を迎え撃つ。

 青白い焔をダガーに纏わせ、継ぎ目をなぞるように切り裂いていく。

 魔女は、透明化した見えない私を攻撃する為に、腕を振り回したり、耳を叩き付けたりと、大振りな攻撃を仕掛けるが、体を反らしたり、屈めたりするだけの最小限の動きで回避する。

 

 

 少しづつ、少しづつ、私は魔女の体力を削っていく。

 この魔女は強い…強いけど、なんとか対処出来る。

 当たったら即死は免れないが、当たらなければいい。

 

 

 限界まで透明化を維持し、傷を増やしていく。

 

 

 ここで、ようやく本気を出す気になったのか、頭の部分が中心から裂けて口のような器官が姿を見せた。

 

 

「本気の攻撃で使うまで封印してるって事は、そこが弱点なんでしょ?」

 

 

 一瞬だけ姿を見せて気を引き、もう一度透明化する。

 マギアを使う意志を感じ取ったのか、青白い焔はひとりでに動き出し魔女を囲むようにサークル状に灯った。

 

 

 それを合図に、私は自身の出せる最高スピードで、先程から攻撃していた継ぎ目に追撃を仕掛ける。

 ある程度追撃をしかけたら、上空に飛び透明化を解除、姿を見せてもう一度引きつける。

 …予想通り。

 

 

 魔女はこちらに開いた口と耳を向ける。

 耳で捕らえて口に放り込むつもりだろうが、そうはいかない。

 空中と言う不安定な状況の中でも、私は焦らず迫り来る耳を切り裂く。

 タッチの差ではあったが、右の耳より左の耳の方が早く来たので、左手に持っていたダガーを順手から逆手に持ち替えて、左耳を刺すように切り裂き、右耳は蹴り払う。

 

 

 勝利の法則は今、決まったのだ。

 

 

「これで…終わりよ」

 

 

 私のマギア『インビジブル・アサシン(不可視の暗殺者)』。

 片手で逆手持ちしていたダガーを両手に持ち替えて、切っ先を下に振り下ろす。

 口を閉じようとしても遅い。

 

 

 切っ先は既に口に入っている。

 その後は重力に従ってダガーを地面まで落とす。

 魔女は頭にあった口から裂けて、グロテスクな中身が外界に触れる。

 

 

 トドメ、そう言わんばかりに周囲に青い結晶状の刃が放射状に降り注ぐ。

 勝利の余韻に浸りながら、後ろを振り返ると、そこには未だに戦闘を続行している環いろはが見えた。

 

 

 苦戦しているようだが…私の仕事は終わり。

 加勢するつもりはないし、加勢したら意味が無い。

 

 

 ただ一言。

 

 

「期待…してるわ」

 

 

 ──いろは──

 

 視界が霞んで、体がまともに言うことを聞いてくれない。

 相手のウワサはメカメカしい機械のようでありながら、生き物にも見える矛盾の塊。

 

 

 攻撃方法も特殊で、刷った紙を飛ばしてきたり、手下のウワサに奇襲させたりと厄介で、周囲に気を配りながら、大元のウワサを倒さなければいけないのは、正直言って勝ち目が見えない。

 

 

 でも、倒すと言った。

 リーダーになると…言ったんだ。

 だったら、負ける訳にはいかない。

 

 

 鶴乃ちゃんにフェリシアちゃん、さなちゃんにこころちゃん、みんなを連れ戻すまで…絶対に負けてなんかいられないんだ! 

 

 

 飛んでくる刃のような紙を避けながら、ウワサの周囲を回り続ける。

 一つの場所に留まらず、出来るだけ動き回りながらクロスボウで攻撃を仕掛け、隙を作る。

 

 

 クロスボウでの攻撃は溜め攻撃ではなく連射攻撃。

 大きな一発──マギアはダメ押しに使う、それまでは隙を作るまでチクチクと小さいダメージを与え続ける。

 

 

 背後からくる手下のウワサに構ってる余裕はない。

 前に進みながら避ける為に飛び前転をしたり、スライディングして攻撃を回避。

 チクチクとダメージを溜める作戦が功を奏したのか、少しづつウワサの攻撃頻度も減ってきて、手下のウワサに指示も出せていないのか攻撃が止んだ。

 

 

 チャンスだ! 

 この期は絶対、逃がしたりしない!! 

 

 

 持ってる魔力を全て出し切るように、私は特別な一射を構える。

 暗雲立ち込める未来、それを切り拓く一射。

 

 

「お願い! 私たちの未来を切り拓いて!! 『ストラーダ・フトゥーロ(未来への道)』!!」

 

 

 放った一射はウワサの頭上に飛んでいき、眩い光を放つと、光の雨──小さい矢となって降り注ぐ。

 蓄積されていたダメージと合わせて限界を超えたのか、ウワサのメカメカしい見た目は崩れていく。

 

 

 同時に結界も晴れて、元の書庫へと戻った。

 

 

「…はぁ…はぁ。やりましたよ、やちよさん。ボロボロですけど、私はウワサを倒しても生きてます」

 

「ホント…頑固なんだから」

 

「やちよさん。証明されました。いろはちゃんもまさらも生きてる。あなたの願いが原因で、メルやかなえが死んだんじゃない」

 

 

 結翔に肩を借りながら、私はやちよさんの元まで歩いて、残った力を振り絞って抱き締めた。

 私はちゃんとここに居ると、分かってもらう為に。

 

 

「…ありがとう…ありがとう…()()()!」

 

「……はい、どういたしまして」

 

 

 名前を呼んでくれたのが嬉しくて、やちよさんの願いへの懸念が晴れたのが嬉しくて、私は笑った。

 

 

 来た道を辿りながら、私たちは帰路につく。

 体の傷は、結翔さんに治してもらい、ゆっくりとだが出口に向かう。

 

 

 もう目と鼻の先、そうなった所で、彼女は現れた。

 最悪な出会いを果たした魔法少女──巴マミさん。

 まどかちゃんやほむらちゃんの探していた先輩が…どうしてここに? 

 

 

 やちよさんや私、加賀見さんが足を止めて様子を伺おうとすると、結翔さんが私たち三人を真横に突き飛ばした。

 次の瞬間…私たち三人がいた場所には小さなクレーターが出来ていて、宙を舞う人の腕が目に映る。

 

 

「ぇ?」

 

 

 呆然とする私を他所に、すぐにやちよさんと加賀見さんが立ち上がり、消耗している私を庇うように前に立った。

 第二ラウンドは唐突に始まったのだ……

 




 次回もお楽しみに!

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五十話「潰えぬ希望」

 まさら「前回までの『無少魔少』。七海やちよの懸念を晴らす為に、私と環いろはがウワサ達と戦った話ね」

 結翔「ゼロワンネタが入れられた事に、作者は大層喜んでたよ」

 やちよ「あそこまでゴリ押しされるとは、正直思わなかったわ」

 いろは「そうですね…。私も、加賀見さんが強引に来るとは思いませんでした」

 みたま「強引なまさらちゃん…見たかったわぁ」

 こころ「…私もです!!」

 鶴乃「私の出番がやってこない!五十話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 右腕に感じる激痛。

 顔を顰めたくなるのを限界まで我慢して、相対する敵を見据える。

 口寄せ神社のウワサの時に出会った魔法少女…巴マミちゃん。

 

 

 だが、同一人物とは思えない程に、纏っている雰囲気が違う。

 どんよりと暗い瞳は底なし沼のように光がなく、見た者を引きずり込むような恐ろしさがあり、魔力も魔法少女のものでありながら何か不純物が混じってる感じがする。

 

 

「マミちゃん…だよね。出会ってそうそうぶっぱなすのはどうかと思うよ?」

 

「啓示を受けたんです。だから……しょうがないんですよ。解放の為に──救済のために、あなたたちは邪魔になってしまうから」

 

 

 …彼女たちにとって、俺たちは意思疎通が不可能な狂人判定でも食らったのだろうか? 

 まっ、邪魔者は消す、と言う単純思考で動いてくれるのは有難い…が、嫌な予感がする。

 脳が煩いほどに警鐘を鳴らし、逃げろと叫んでいる。

 真実を話して取り込んだ──ってだけじゃないな。

 

 

 腕を拾って、くっ付けて、仲間を連れて逃げる、簡単に見えるが恐ろしく難しい。

 まず、後ろを振り返る隙を与えてくれそうにないし、隙があったとしても背中を見せたくない。

 

 

 静止の魔眼で一瞬だけ動きを封じて、走り出す案もあるが……何秒止められるか全く分からない相手には悪手も良い所だ。

 チラリと右隣を見ると、やちよさんとまさらは既に臨戦態勢を取っている。

 判断が早くて、本当に助かるよ。

 

 

「まさら、やちよさん」

 

「五秒稼いで上げる。早く取ってきなさい」

 

「背中にも目を回しなさい、注意はこっちに寄せるけど、攻撃が絶対にそっちに行かないとは限らないから」

 

「すいません」

 

 

 そう言った次の瞬間、俺は無事な左手に合わせるようにグロックを魔力で編み、フルオートでマガジンに生成した赤い魔弾を撃ち尽くす。

 それを合図として、まさらが透明化でマミちゃんに攻撃を仕掛ける。

 ここからは賭けだ……

 

 

 警戒はしつつも、最高速で右腕を回収し、切れ目が合うようにくっ付ける。

 燃えるように熱く痛む右腕を睨みながらも、感覚を確かめる為に手をグーパーし確認。

 問題は…ないな。

 

 

 よし、反撃開始だ! 

 左手に持ってるグロックと同じ物を右手にも用意し、マミちゃんに突っ込む。

 

 

「まさら、代われ!」

 

「──っ!」

 

「…あなたが相手なら、本気でやらないと」

 

 

 銃のグリップ部分を殴り付けるように振り下ろすと、マミちゃんは不敵な笑みを浮かべながら受け止めた。

 …嘘だろ? 

 警戒心MAXだったから、本気でやったのに…ビクともしてない。

 

 

 不敵な笑みに、言い表せない不快感を感じていると、一瞬の内に彼女が纏う雰囲気が──いや、魔力が変わった。

 魔法少女としての衣装は、黄金の装飾を身に付けた純白に。膝下にかかるほどの広いヴェールをかぶり、その上に王冠を被る。

 背後には無数の矢が突き刺さった光背のような環を背負っている。

 

 

「良いねぇ、フォームチェンジ? 俺は嫌いじゃないよ、そう言うの。…纏ってるのがウワサの魔力じゃなきゃね!!」

 

「ふっふふふ、あははははははははははは!!」

 

 

 甲高く耳に響く笑い声が漏れるのと同時に、環の部分からマスケット銃が顔を出す。

 手に持ってる二丁と合わせて……軽く二桁には登っているだろう。

 洗脳されてるのは確実とは言え、まさか人の最大の枷である、殺人への忌避を取り除くなんて……どうかしてるぞ。

 

 

 それが無くなった人間は──もう、普通じゃいられない。

 マミちゃんは狂ったよう笑いながら、幾つもの銃口を俺に向けた。

 即座に未来視の魔眼を発動し、コンマ一秒でも早く放たれる銃から対処していく。

 

 

 …クソっ!! 

 二丁拳銃にしたのは、失敗だったか?! 

 

 

 有り得ない…そう言いたけど、現実にそれは起こる。

 洗脳されウワサの影響も受けている彼女はコンマ一秒のズレもない、正確無比な射撃を、明らかに正常とは言えない状態でやってのけた。

 

 

 未来視の魔眼から、急いで静止の魔眼にチェンジし叫んだ。

 

 

「静止!」

 

 

 十数発の弾丸とマミちゃんが俺の目の前で静止する。

 持って三秒…だが、俺にとっては命を繋ぐには十分過ぎる時間だ。

 短い時間を最大限活用し、俺は魔弾で彼女の放った弾丸を相殺する。

 

 

 全弾相殺する頃には静止状態から動き始めていたが、間に合ったならセーフだ。

 俺の魔眼の効果に、狂ったように笑っていたマミちゃんも少し動揺し動きを止めたが……俺はその隙を逃がさない。

 

 

 構など取らず、今一番上手く使える赤の属性魔力──炎を右足に纏わせ、マギアを放つ。

 本来なら威力も含めて、各属性の魔力をしっかりと混ぜた方が良いのだが、そんな余裕はない。

 

 

「喰らっとけ!!」

 

 

英雄の一撃(ヒロイックフィニッシュ)』は、マミちゃんの鳩尾辺りに入り、余程の威力だったのか、地面と平行線を描くようにに吹っ飛んだ。

 

 

「逃げるぞ!!」

 

「…は、はい!」

 

「分かったわ」

 

「…急ぎましょう。多分、すぐに起きるわ」

 

 

 変身を解除し、入口に向かう。

 夕暮れはとうに過ぎたのだろうか、街灯の明かりが頼りなくらいに薄暗い。

 俺は、乗ってきたバイクの飛び乗りキーを入れて、エンジンをかける。

 

 

「いろはちゃんは俺と一緒にバイクで! 二人は…公園で落ち合おう」

 

「わ、分かりました!」

 

「気を付けなさい。ここからは、援護なんて出来ない」

 

「それは、私たちも同じよ、加賀見さん…」

 

 

 てっきり、俺たちはマミちゃんが追ってくるものだと思っていたが、いつまで経っても彼女は現れず、目的の公園に着いた。

 記憶ミュージアムからそこそこ距離のある場所に位置する公園。

 

 

 ここまで来れば、一先ずは大丈夫だろう。

 ……後は、尾行している子をどうするべきか…それが悩みどころだ。

 

 

 ──いろは──

 

 何とか、記憶ミュージアムから脱出した私たちは、ある公園で一度足を止めて集まった。

 …何故か、結翔さんだけは考え込んでいる様子だったが、私が何か出来る訳でもなく、ただ彼が口を開くのを待った。

 

 

 すると、結翔さんは近くにあった小石を拾い、公園にある茂みに思いっきり投げ込んだ。

 一瞬、何をしているのか分からなかったが、答えはすぐに分かる事になる。

 結翔さんが小石を投げ込んだ場所から、カキンと鉄を打ったような音がして……一人の少女が顔を出した。

 

 

 騎士にも見える装いで、サーベルのような剣を持った──魔法少女。

 青色ショートの髪に水色の瞳、鶴乃ちゃんに似たどこか人懐っこい笑みを浮かべながら、変身を解除してこちらに歩いて来る。

 

 

「あたし、もしかしなくても、警戒されちゃってます?」

 

「…まぁね。色々とこっちにも事情があって、今は敏感なんだ。何か用?」

 

「さっきの建物で戦ってた…人。あたしの先輩で、巴マミさんって言うんですけど…。何があったか、知ってたりします?」

 

「…も、もしかして、まどかちゃんやほむらちゃんの…お友達ですか?」

 

「えっ!? まどかとほむらのこと知ってるの!? だったら、話が早いや。実は──」

 

 

 彼女の名前は美樹(みき)さやかちゃん。

 まどかちゃんやほむらちゃんと同じく、巴さんの後輩で、帰ってこない彼女を探しに来ていたらしい。

 そして、偶然にも、私たちが巴さんと戦っているのを発見して追ってきた…との事。

 

 

「本当は、すぐにでも出て行って仲裁したかったんですけど…。全然、私の知ってるマミさんじゃなくて。信じて貰えないかもしれないですけど、凄く優しい人で、あたしたちにとって良い先輩なんです!! …あんな事する人じゃ──」

 

「分かった。君の言葉を信じるよ」

 

「…ほ、本当ですか!?」

 

「えぇ。今の彼女は洗脳されているようだし…。普段はしないような事をしても不思議じゃない。…取り敢えず、私たちが知っている情報の全てをあなたに話すわ。…少し重い話もあるけど、大丈夫?」

 

「…お願いします」

 

 

 やちよさんが丁寧に、話の筋を通して話していく。

 どうして、巴さんがあちら側に居るのか…その理由を。

 

 

「魔女化…。ごめん…ぜんっぜん処理しきれない…。それってマジなの? あたしたちが魔女になるって…」

 

「はい…私もやちよさんも、結翔さんに加賀見さんも、この目で見たことなんです…」

 

「ウソでしょ…。それで、マミさんもマギウスの翼…って言うのにいたってわけ? ダメ…信じらんない…」

 

「誰も、この目で見ないと信じられないよ。いや、信じたくない…と思う」

 

 

 美樹さんは上手く受け止められてないのか、少しだけど体が震えている。

 …それはそうだ、それが真実なら、今まで私たちが倒していた魔女は──元は同じ魔法少女と言う事になるのだから。

 

 

「じゃあ、あたしが倒してたのって…。くっ…! ちょっと、帰って頭冷やしてくる」

 

「美樹さん…!」

 

「あまり、根詰めて考えないで。もしも何か聞きたいことがあれば、いつでも来てちょうだい。まだ、あなたに話せることは色々とあると思うから…」

 

「はい…」

 

「あの、ごめんなさい。…急にこんな話を」

 

「いいよ、聞きたいってお願いしたのはあたしだし。…それに、いずれ知る事になるんでしょ? それが、今だったってだけだよ…。受け入れられないけど。…あたしの方こそ、ごめん。帰って、まどかたちと色々話してくる」

 

 

 そう言い終えると、美樹さんは足早に去っていった。

 加賀見さんは終始無言で、どこか虚空を見つめているようだ。

 …彼女を見て、何か思う事があったのだろうか? 

 

 

「あの子…大丈夫かな」

 

「ちょっと、話すのを早まったかもしれないわね…。もう少し丁寧に話せる場を用意するべきだったわ…」

 

「一応、まどかちゃんにも連絡を入れておきます…」

 

「えぇ…」

 

「話は終わり? なら、帰りましょう。これからの事、考えなきゃいけないでしょう?」

 

 

 無機質で感情を感じさせない声音に変わらない無の表情。

 最近になって見慣れたその顔に、怒りが垣間見えたのは…見間違い? 

 

 

 その後、私たちは、家までの長い道のりを歩いて帰っていく。

 それはやちよさんが一言、「時間はかかるけど少し歩いて帰らない?」と、優しく笑いかけた気持ちが何となく分かったから。

 

 

 方向が少し違いながらも、結翔さんに加賀見さんも家に寄っていくと言って、歩いている。

 

 

 言葉も交わさずに歩みを進めると、少しづつ自分の胸が締め付けられてくるのが分かる。

 結局、私が誘いに乗ったからだ、相手をあなどっていたからだって、気持ちが溢れてくるから。

 

 

 それは、やちよさんや……加賀見さんも同じかもしれない。

 二人も歩き始めると、何も言わずに前を向いているだけだから。

 

 

 後悔に満たされたまま考えていると、自分がしたいことは簡単に見つかる。

 みんなの洗脳を解いて助けたい、ういを見つけたい、みふゆさんを連れ戻したい。

 

 

 この気持ちにウソはない。

 だから、落ち込んでなんていられない。

 自分のせいでこうなったことは反省して、もう一度立ち上がらないと、何も進まない。

 

 

 みんなを助けるとこなんて…出来ない。

 

 

「歩いて帰ってくると、かなり時間がかかっちゃうわね。これじゃ、明日の朝は起きられそうにないわ…」

 

「同感ですよ。…俺は寝られそうにもないですけど」

 

「やちよさん」

 

「ん?」

 

 

 やちよさんの言葉に、カラカラと笑いながら賛同する結翔さん。

 そんな二人の何気ない会話を邪魔したくはなかったが、お礼は言っておきたくて、彼女の名前を呼んだ。

 

 

「ありがとうございます。考える時間をくれて」

 

「別に、私だって今回のことはちゃんと反省して、自分でも区切りを付けたいと思ったから」

 

「私も気持ちに区切りを付けました」

 

「そう、それで、どういう気持ちになったの?」

 

「変わりません。ただ、自分の中で覚悟が決まっただけです」

 

「その覚悟、聞かせてもらっていい? リーダーの言葉聞きたいわ」

 

 

 私の目をしっかりと見据えて、やちよさんはそう言った。

 試してる訳じゃない、純粋に私の言葉が聞きたいだけなのだ。

 だから、私は期待に応えようとする訳ではなく、ただ自分の思いを述べる。

 

 

「はい…。マギウスの翼からみんなを助け出します。…私たち四人だけになってしまいましたけど…」

 

「俺たちも数に加えてくれてるんだ。嬉しいねぇ」

 

「茶化さないで、ポンコツヒーロー」

 

「んだと! 誰がポンコツじゃ!?」

 

 

 ボロボロになって負けて帰ってる筈なのに、私たちの心はめげずに前をむいていた。

 …これも、結翔さんのお陰なのかもしれない。

 以前より温かい、太陽のような存在感が私たちを優しく照らしてくれる。

 

 

 そうやって、少しだけど、笑いながら歩いた。

 時間を掛けて、ゆっくりと。

 

 

 ようやく見えた、見慣れたみかづき荘の外観。

 数時間離れただけなのに、もう何年も帰ってなかったような錯覚を覚える。

 しかし、それと同時に、違和感を覚えた。

 

 

 それは──

 

 

「あれ…電気が点いたまま…?」

 

「家を出るときに、ちゃんと消したはずよ…」

 

「もしかして…フェリシアちゃんたちが…?」

 

「あぁ、多分──」

 

 

 何かを言いかけた結翔さんを他所に、私は急いでみかづき荘に走った。

 玄関を開けて、靴を脱ぎ、サンダルを履いて廊下を走る。

 リビングのドアを開けて、私はもしもの可能性を信じて呼び掛けた。

 

 

「フェリシアちゃん! さなちゃん!」

 

 

 だけど、家に居たのは──苦笑いを浮かべたももこさんだった。

 

 

「えっと、ごめん、ももこでした…」

 

「そんな…」

 

「えぇ!? いろはちゃん!? そんな崩れるようなこと!? そりゃ、アタシはバットタイミングのももこだけど…」

 

 

 疲労もあってか少しばかりの期待が打ち砕かれたからか、私は膝から崩れ落ちるようにへたりこんだ。

 …期待、し過ぎたのかな…? 

 

 

 そして、少しの間を置いて、やちよさんや結翔さんたちが入ってきた。

 

 

「ももこ…」

 

「あ、やちよさん…に結翔にまさら?」

 

「どうしたの、勝手に上がり込むなんて…」

 

「そりゃ、用事があるから上がり込んだのさ。合鍵の場所は定期的に変えた方がいいよ」

 

「余計なお世話よ。…で、用事って……あの事よね」

 

「分かるのか…?」

 

「えぇ…。レナとかえでに真実を話したのなら。あの解散の話が出てもおかしくないと思うわ…」

 

 

 ももこさんとやちよさん、互いに向かい合って話を続けた。

 どうしてか、二人の間には、重苦しい空気が流れている。

 

 

「お察しの通りだよ。アタシも自分の事にはちゃんとケリをつけたくてさ。もう一度、しつこく聞いてやろうと思ったんだ」

 

「しつこくしなくても説明するわ…。あなたにもずいぶんと迷惑をかけたから…」

 

「どういう心境の変化だよ…」

 

「いろはと…加賀見さんにね、体を張られて説得されてしまったのよ…」

 

「いろはちゃんと…まさらちゃんに!?」

 

「あ、はい…。急に解散って言い始めて、それで…」

 

「ふっ、まさか予想した通りになってるなんてね。グッドタイミングなんだか、バットタイミングなんだか…」

 

 

 呆れたような苦笑いを、ももこさんは零した。

 零れた理由は分からない、安心したからなのか、はたまた──

 

 

「まぁ、それはいいとして、聞かせてくれるんだろうね」

 

「えぇ…。納得してもらえるか、それは分からないけど。答える準備はできてるわ。解散した理由も…私が何を考えていたのかも…」

 

 

 それから、やちよさんは申し訳なさそうな表情で、一つ一つ話していった。

 時折、ももこさんは相槌を打っていたが、それ以上は何も言わず、ただ聞くだけだった。

 

 

 全てを話し終わって、やちよさんがこう続けた。

 

 

「だから私はね自分自身を疑うことはやめて、最後のチャンスを自分に与えることにしたわ…。ごめんねももこ…。あなたにはどれほど心配をかけたか知れないわ…。たとえ、私の願いのせいじゃなかったとしても、あなたを苦しめたのは私の罪。何を言われても、何をされても受け入れるわ…」

 

「その言葉に二言はないね、やちよさん…」

 

「もちろんよ…」

 

「じゃあ、ちょっと苦しいかもしれないけさ…勘弁してくれよ?」

 

「ももこさん…!」

 

 

 私が止めようと、間に入ろうとした時、結翔さんは無言で私の肩を掴んだ。

 首を横に振って、大丈夫だと目で語った。

 …私は大丈夫の意味が分からなかったが、成り行きを見守る。

 

 

 やちよさんは目を瞑り、ももこさんは思いっきり──抱き着いた。

 強く…強く…離さないように。

 

 

「ぐっ…ももこ…そんなきつく抱きしめないで…」

 

「良かった…。本当はアタシらがなんかしちゃったんじゃないかって。そうじゃなかったら、本当に変わったのかもしれないって、そう思ってたんだ…。けど、アンタの口から本当のことが聞けてよかった。本当に何も変わってなくて、良かったぁ!」

 

「ももこ…。本当にごめんね…」

 

 

 泣きじゃくるももこさんの背中を、やちよさんそっと撫でながらあやした。

 解けかけていた縁が戻ったその光景に、私も涙を零す。

 私がやった事は間違いじゃないと、証明されているようだったから。

 

 

 二人の蟠りも無くなり、話が終わった後、今後の事についてももこさんに聞かれた。

 マギウスの翼に連れて行かれたみんなを取り戻す事を伝えると、心許ないグリーフシードを集めると言い出してくれて、本当に嬉しかった。

 

 

 まどかちゃんからも返信がきて、またこちらに来る…との事だった。

 まだ、終わってない。

 まだ、希望は潰えてない…その事を実感した。

 

 

 ──結翔──

 

 今後の事を少し話したあと、俺たちは家に帰っていた。

 ももこも、今日は疲れたのか大人しく自分の家に帰り、藍川家には俺とまさらと二人だけ。

 …特に何をする訳でもなく、マジカルダイナマイトとマミちゃんとの戦闘で疲労がピークに達しつつあった俺は、そのままソファにダイブする。

 

 

「ご飯とお風呂、どうする?」

 

「作る気も起きないし…風呂もシャワーで済ませる」

 

「そう。…大丈夫──じゃないわよね」

 

「…………そうだな、大丈夫じゃない」

 

 

 忘れるに忘れられない、最悪な過去の追体験。

 さっきまではみんなの手前、なんでもないように振る舞っていたが、家でまでそんなのできっこない。

 グルグルと頭を巡る考えを吐き出すように、まさらに問い掛ける。

 

 

「なぁ…まさら。お前だったら、どうしてた?」

 

「…分からないわ。私はあなたじゃないから、あなたの感情なんて分からない。だから、どう行動すれば良かったのか…そんなの分からない。それに、私が最前の答え、完璧な答えを出したとしても意味なんてないわ。過去は過去、()()()()()()()()()()()()()なのよ?」

 

「たらればでも、聞きたいもんは聞きたいんだよ」

 

「運命を恨めば? それか、その運命を作った神様を恨めばいい。それじゃダメなの?」

 

「恨んださ、恨んで恨んで恨み尽くした。…けど、結局は運命を変えられなかった、無力な自分を恨んだ。殺したいくらいに…な」

 

 

 なにも、変えられなかった。

 彼女は変えて見せたのに、俺は変えられなかった。

 無力で、無知で、俺は何一つ成せていなかったのだ。

 

 

 救えてるようで救えてなくて、助けてるようで助けられてなくて。

 救っているようで救われていて、助けているようで助けられていて。

 

 

 自分自身が、ヒーローでもなんでもない、偽善者に見えてしょうがない。

 でも、周りに居るみんなが俺をヒーローだと言ってくれるから頑張ってこれた、誓があったから折れずにやってこれた。

 

 

 ……まだ、諦めるには早い。

 運命は変えられる、いや、変えてみせる。

 

 

「こんな所で、終われないよな」

 

 

 重い体を持ち上げて、シャワーにでも入ろうとリビングを出ようとしたその時、何故かまさらに抱き締められた。

 しかも、胸を押し付けるような形で、抱き締められたのだ。

 世間一般の男から見れば、「おい、その場所変われ!」と言われる場面だが…良く考えて欲しい。

 

 

 柔らかい感触は確かに最高だ…最高だが、息ができない!! 

 疲れも相まって力が入らず抜けられない…! 

 必死にタップして、危険を伝えると、まさらは手を離した。

 

 

「はぁ…はぁ…いきなり何すんだよ、死ぬかと思ったわ」

 

「…こころは、こうされると落ち着くと言っていたから。あなたも、そうかと」

 

「……ありがとな、心配してくれて」

 

「…私たちは、家族…でしょ?」

 

「…そうだな。よし! 明日からは頑張ってもう一人の家族を探しに行くぞ!!」

 

「えぇ、そうね…」

 

 

 えい、えい、おーと拳を上げると、まさらは、らしくない笑みを浮かべながら、俺に習って拳を上げた。

 

 

 …絶対に、こころちゃんやみんなを取り戻すと、俺は心に決めた。




 次回もお楽しみに!

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幕間「天使と悪魔」

 今回は少し物足りないかも…許してください。


 ──結翔──

 

 …俺は今、先程までの自分の言葉を死ぬほど後悔している。

 調整屋にて、俺は先日、夜遅くに家にお邪魔した件で何かお詫びをしようとして、こう言ったのだ。

 

 

「俺に出来る事ならなんでもない構わないですよ」

 

 

 みたま先輩の事だから、調整屋の近くに居る魔女や使い魔の退治や、ご飯を作って欲しい…なんて可愛らしいお願いが来るものだと思っていたのだが──現実は違った。

 俺の言葉に、彼女はこう返したのだ。

 

 

「じゃあ、女の子になってぇ、わたしとデートしてちょうだい?」

 

「デートですね。それくらいならお安い……ちょっと待って? 今、デートの前になんて言いました?」

 

「だからぁ、女の子になってぇ!」

 

「……それは…流石に」

 

「えぇ…。でも、結翔くん…なんでも構わないってぇ…」

 

 

 目をうるうるさせながら上目遣いでこちらを見つめるみたま先輩。

 この時、俺の選択肢から『断る』は消えた。

 機嫌を損ねたら、それこそ不味い。

 調整無しで今後を戦い抜くのは、不可能と言っても過言じゃないのだ。

 

 

「分かりましたよ。…でも、俺、女物の服なんて──」

 

「大丈夫よぉ、わたしがちゃーんと持ってきてるからっ!」

 

「…用意が良い事で」

 

 

 このやり取りを経て最初に戻る訳だが……

 魔法少女になるのと女装するのでは、なんだかんだ違いがあることが分かった。

 慣れているので羞恥心はあまりないが、メイクをされるのはむず痒いし、スカートはスースーするし、ムダ毛は残らず剃られたし、胸も盛られた。

 

 

 カツラ──この場合はウィッグと言った方が正しいのか? 

 黒髪ロングのそれを付ければ、はい完成。

 鏡の前に居るのは、どこからどう見ても男には見えない自分の姿。

 

 

 服装は、白いタートルネックに、膝丈ほどの黒白ギンガムチェックのスカート、最後は黒パンスト。

 色合いはシンプルで、派手なわけでも地味過ぎる訳でもない。

 

 

 メイクだって、薄化粧と言った所で、そこまで丁寧に仕上げられた訳じゃないのに、ちゃんと女の子してる。

 …どんなマジックだよ。

 

 

「さぁ〜て! 結翔くん──ううん、結翔ちゃんのお着替えも終わった事だし、街に繰り出すわよぉ〜!」

 

「…分かりましたよ」

 

 

 声帯弄って声色を変える訓練…こんな時の為にしたんじゃないのに!! 

 何時もの魔法少女服のままのみたま先輩に連れられて、俺は歩き慣れた街に繰り出した。

 中々に歩き辛いヒールに四苦八苦しながら、最初にやってきたのは良く行くショッピングモール。

 

 

 正直に言おう、生きた心地がしないと。

 バレたら、一生ネタにされるのは確定。

 しかも、親しい知り合いや友人にバレたら、俺は恥ずかしさの余り外を歩けなくなりそうだ……

 

 

 …まぁ、そんなのお構い無しに、隣に居るみたま先輩はずんずんと進んで行くんだが。

 

 

「みたま先輩っ! もうちょっとゆっくりと歩いて下さいよ。こっちは、ヒールなんて初めてなんですよ!」

 

「大丈夫、大丈夫〜! 結翔ちゃんは可愛いからぁ〜」

 

「そう言う問題じゃ──」

 

 

 そう言いかけた瞬間、目の前から、今一番会いたくない二人が歩いて来た。

 まさらにこころちゃんだ……

 買い出しの日は…今日だったな。

 二人して両手に買い物袋を持ち、談笑しながらこちらに向かってくる。

 

 

 頭で判断するより早く、俺は逃げようとしたが、腕をがっしりとホールドされていた為、ぎこちない形で動きが止められる。

 そーっと振り返ると、天使のような悪魔の笑みを浮かべたみたま先輩が、テレパシーで伝えてきた。

 

 

(…もしこのまま逃げちゃったらぁ〜、わたし口が滑っちゃうかもなぁ)

 

(くっ! ひ、卑怯ですよ! こんなの横暴です!)

 

(別にぃ、わたしは滑っちゃうかもなぁって言っただけよ? 本当に滑るとは限らないじゃない?)

 

(…どれくらいの確率で、滑るんですか?)

 

(そうねぇ…少なくとも、0が二つは付くわねぇ)

 

 

 0が二つ…か。

 普通に考えたら、小数点が着く、0.01%とかなんだろうけど……

 凄い、嫌な予感がする。

 

 

(小数点って着きます?)

 

(小数点? 着くわけないじゃなぁい)

 

(100%じゃん! 確実に100%じゃん!! 滑らせる気満々じゃん! 何が、滑っちゃうかもなぁ…だ!)

 

(酷いわねぇ、結翔くん。もしかしたら100%以上かもしれないでしょ?)

 

(どこが? どこら辺が酷いの? 俺なんか酷いこと言いました?)

 

(もう! 煮え切らないと、1000%になっちゃうわよぉ!)

 

 

 ぷんぷんと可愛い感じで言っているが、全然可愛くない。

 いや、可愛いけど、悪魔にしか見えない。

 と言うより、1000%って何? 

 100%ならまだ分かるけど、1000%って何が起こるの? 

 

 

(…分かりましたよ、やりますよ)

 

(物分りが良い子は好きよぉ! それじゃ、行きましょ〜!)

 

 

 バレないと鷹を括ってるから、こんな事をさせられるんだろうが……多分まさらにはバレる。

 アイツの直感と観察眼を軽視してはいけない。

 …絶望しながら、俺は帰ってからどう弁解するかを考えていた。

 

 

「あっ、みたまさん」

 

「どうも」

 

「こころちゃんにまさらちゃん。奇遇ねぇ、こんな所で会うなんて」

 

「そうですね。…お隣に居るのは?」

 

「わたしの友達なのよ、名前はぁ──」

 

河合(かわい)優香(ゆうか)! ど、どうも〜」

 

 

 柔らかく甘ったるいとも思える声音で、二人に偽名を伝え挨拶を交わす。

 咄嗟に思い付いたやつだから、俺の名前を少し変えただけに過ぎない。

 …どうだ、これなら少しは──そう思ったが、まさらはこちらをジーッと見つめていた。

 

 

 やっべぇよ、マジでやべぇよ。

 確実に怪しまれてるよ……

 

 

 ど、どうにかして、注意を逸らす方法は……

 チラチラと辺りを見回すと、目に映った婦人服店に『セール』の三文字が見えた。

 これだ!! 

 

 

「ねぇねぇ、みたまちゃん〜? あそこ見てみようよ〜! セールだって、セール!」

 

「良いわねぇ! ちょうど、冬服を買おうか迷ってた所だったのよ。会ってすぐで悪いけど、それじゃあねぇ〜」

 

 

 窮地をギリギリの所で脱した俺とみたま先輩。

 …ドクンドクンと脈を打つ、心臓の鼓動が煩い。

 死ぬ所だった──主に社会的に。

 

 

 その後は、特に何も起こらずに済んだが…今後は二度と勘弁して欲しい。

 そう、強く思った。

 

 

 ──みたま──

 

「わたし、案外写真家の素質があるのかもぉ〜!」

 

 

 そう一人笑いながら、スマホの写真フォルダに大量に保存された、今日の写真を漁る。

 久しぶりの羽根伸ばしだったので、少しハシャギ過ぎてしまった。

 反省するべき所はあるが、今はお気に入りである彼の写真を、存分に堪能しようじゃないか。

 

 

 鼻歌交じりに、一頻り彼の写真を堪能し終えると、ある違和感に気付いた。

 

 

「これ…ただの手ブレ…かしらぁ?」

 

 

 数十枚ある写真の中で一枚、たった一枚だけ、手ブレの所為か何の所為か分からないが、普通じゃ有り得ない写真が有った。

 黒いモヤのような何かが、結翔くんに纒わり付く気味の悪い写真。

 

 

「悪魔?」

 

 

 最近見た、SFドラマの影響だろうか、わたしにはそれがこの世のものではない、異形に見えた。

 怖くなって、写真を消去しようとも思ったが、どうしてか後一歩のところで指が止まる。

 

 

 消してはいけないと、誰かが言っているように感じた。

 わたし以外誰も居ない、自分の家の筈なのに。

 急に寒気が強くなって、わたしはスマホの写真フォルダを閉じた。

 

 

 その日は、無性に、人肌が寂しくなった。

 最低最悪な願いをしておきながら…わたしは、誰かに寄り掛かりたいと思っている。

 

 

 嗚呼、わたしに都合の良い味方に──ヒーローにもっと前に出会えていれば、そんなたらればを想像しながら、グチャグチャな感情を押さえ付けるように眠りに着いた。

 




『調整屋の手記』──藍川結翔について──

 神浜市のみに存在する異常分子(イレギュラー)
 男性でありながら魔法少女になり、他の魔法少女からも一目置かれている、逸材。

 一連の過去の出来事の所為か、死生観に歪みがある。
 街や、街に存在する他者の生存を第一優先とし、自分の命を二の次三の次にする程、自己犠牲を厭わない。
 英雄願望に取り憑かれており、自ら進んで修羅の道を歩んでいる。

 属性魔力への適正も、異常な部分が見える。
 本来、属性魔力は赤が緑に強く、緑が青に強く、青が赤に強い三竦み。
 加えて、黄と紫の対立関係がある。

 適正は基本、三竦みから一つ、対立から一つの、計二つ。
 三竦みから二つなんて事も無ければ、対立から二つなんてことも無い……その筈なのに。

 だけど、結翔くんは三竦みから赤、対立からは黄と紫の二つ、計三つに適正がある。
 彼は危険だ。

 もし、敵対するなら、彼の一線は超えない方が良い。

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 次回もお楽しみに!

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五十一話「崩れていく平和」

 結翔「前回までの『無少魔少』。ウワサに呑まれたマミちゃんと戦ったり、見滝原の魔法少女であるさやかちゃんにあったり、まさらが慰めるために抱き締めてくれた話だったな」

 まさら「最後のはいらない」

 ももこ「えー、いるでしょ!それないと、読者さんやってられないよ?」

 まさら「良いのよ。元々、この小説にラブコメタグ付けてないんだから」

 結翔「ぶっちゃけるなよ…」

 みたま「ラブコメ要素はないけど!みなさぁん、五十一話を楽しんでどうぞぉ!」


 ──結翔──

 

 記憶ミュージアムの一件から、数日が経った──いや、経ってしまった。

 手がかりは殆どなく、詰みに近い状態だ。

 しかも、いろはちゃんたちが先日会った白羽根は、こう言っていたらしい。

 

 

『このふたりも由比鶴乃や粟根こころのように道具として使わせてもらおう』

 

『どれだけ喚いて捜しても仲間はもう助からない』

 

『覚えておけ、どうせお前らは後悔する』

 

 

 逃亡する際に放った言葉でもあるので、負け犬の遠吠え…と割り切りたいが、そうもいかない。

 マギウスの翼、その上に立つマギウスは危険だ。

 人の心を持ってるのか、それを疑いたくなるレベルで。

 

 

 刻一刻とタイムリミットは近付いてる。

 俺は、家のリビングで、ノートパソコンと山積みになったファイルと睨めっこしながら、情報を整理していく。

 

 

 マギウスの翼が関わる情報の全てを洗い出し、纏める。

 昨日までで大分終わったが…お陰で寝不足だし、学校にもまともに行けてない。

 出席日数の件で怒られるのは勘弁願いたいのだが……

 

 

「…やるしかない…よな」

 

 

 ため息を吐きながらも、これまでに作った自分のレポートを読み進めていく。

 外に出て魔女を狩ってくれてるまさらやももこ、陽動作戦のようにウワサを潰してマギウスの翼と接触を図ろうとしている、いろはちゃんとやちよさんの為にも、何でもいいから新しい発見が欲しい。

 

 

 なけなしの集中力を犠牲に、目を走らせていると、俺は過去の自分の資料から、一つの地図を発見した。

 それは、これまでに潰してきたうわさや、害はないので放置していたうわさの出現場所を印した地図。

 

 

 うわさには少しだけ種類がある。

 やちよさんの受け売りだが……

 

 

 無条件で出現するうわさ。

 特に理由はなく自然に発生するうわさ。

 場所が限定されているものは少ない。

 例として挙げるなら、『ミザリーウォーター(フクロウ印の給水屋)』。

 

 

 特定の行動で出現するうわさ。

 誰かの行動によって発生するうわさ。

 場所が限定されているものは少ない。

 例として挙げるなら、『絶交ルール』。

 

 

 最後に、特定の場所に出現するうわさ。

 特定の場所で恒常的に出現しているうわさ。

 条件を満たさないと入れない場合がある。

 例として挙げるなら、『口寄せ神社』。

 

 

 この三種類、全てのうわさの出現場所を印した地図を、俺は既に描いていたのだ。

 さっすがー、過去の俺!! 

 こう言う時、自分の面倒臭い性格が好きになれる。

 

 

 そして、地図を確認していくと……ある事に気付いた。

 地図のある部分が、台風の目のようにうわさがない。

 場所的には……工匠区の旧車両基地…か。

 罠かもしれないけど…行ってみる価値はある。

 

 

 あと…他には……

 そうやって、目を凝らしていると、もう一つ不思議な場所を見つけた。

 うわさが出現した事を示す印が、幾つも重なっている場所だ。

 …新西区(うち)にある里見メディカルセンター…か。

 

 

 取り敢えず、分かった事は伝えないと。

 俺は、近くに置いていたスマホを手に取り、やちよさんに連絡を取った。

 何回かコールが続いたあと、スピーカー越しに驚きの感情が混じった声が聞こえてくる。

 

 

『流石結翔ね。グットタイミングよ』

 

幼馴染(ももこ)の事、ディスってます?』

 

『冗談はよして。今ね、いろはと一緒にうわさが出現した場所を地図に描いてみたのよ。そしたら──』

 

『台風の目みたいな場所と、出現場所が複数重なる所が見つかった?』

 

『そうよっ! よく分かったわね』

 

『丁度、俺も過去の資料から地図が出てきたんですよ。うわさの出現場所を示した地図が。…今すぐ合流します』

 

『あなたなら場所は大丈夫よね。里見メディカルセンターに行くわ。一応、地図も持ってきてちょうだい』

 

 

 了解です、の一言で締めて、俺は電話を切る。

 中々にグットタイミングだったようだ…いや、バットタイミングになり掛けたけど……

 それは、まぁ、良いだろう。

 

 

 最低限の荷物であるスマホとサイフ、ソウルジェムと巾着袋を持って外に出て、約束の場所に向かった。

 地図は、スマホで写真を撮って保存済みだ。

 

 

 …鬼が出るか蛇が出るか、それは分からない。

 

 

 ──いろは──

 

 結翔さんと合流してすぐ、私たちは里見メディカルセンター近くに足を踏み入れた。

 自然と溢れてくる緊張感。

 やちよさんが警告するように、口を開いた。

 

 

「この辺りから、うわさが増えるはずよ」

 

「病院の近くに拠点があるから、うわさも拠点を守るために…。なんて、ありますかね…?」

 

「それは考えに難い…かな。うわさって特定の条件を満たさないと現れないし、防衛向きではないからね」

 

「そっか…。罠みたいな内容のうわさもなかったですしね」

 

「えぇ…」

 

 

 ここにあるうわさに規則性もなければ、罠になるようなうわさもない。

 正直、私たちには、ここにうわさが集中している意味が、皆目見当もつかないのだ。

 うわさを囮にして誘き寄せる罠…だったりして? 

 

 

 そんな当たって欲しくない考えは、数秒後…現実になった。

 うわさを囮にしたかは分からないが、複数の魔力反応を、やちよさんと結翔さんが感知した。

 

 

「複数の魔力の反応よ」

 

「多分、マギウスの翼です!」

 

「…とは言っても、鶴乃たちのことはどうせ知らないんでしょうね」

 

「でも、聞くだけ聞いてみましょう」

 

「そっちの情報が出なかったら、アジトだけでも吐いてもらわないとな」

 

「えぇ…。早く出てきなさい!」

 

 

 やちよさんの言葉に反応するように舗装路の脇にある茂みから、複数の羽根が姿を現した。

 白羽根は一人だけで、他は黒羽根を複数人従えている。

 二桁は居ないけど…なんだろう。

 

 

 違和感を感じる。

 

 

「ここのうわさを纏めて消すつもりかもしれないが。そうはさせない。行くぞ、三人を抑えろ」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「誰が抑えられるものですか」

 

「話は聞かせてもらうから! 鶴乃ちゃんとこころちゃん、フェリシアちゃんにさなちゃんの場所を!」

 

「力づくでも…ね!」

 

 

 タンカを切って、戦いが始まろうとしたその時。

 私の違和感は、確信に変わった。

 複数居る黒羽根の中の二人から感じる魔力に…私は懐かしさと親しみを感じる。

 

 

 あまりにも酷似している、フェリシアちゃんとさなちゃんの魔力反応に。

 

 

「ぇ、この、反応って…。フェリシアちゃんに…さなちゃん…」

 

「この黒羽根が…そうみたいね…」

 

「本当に、良心どころか、心が欠片もないみたいな行動するな。サイコパスの方がまだ良心あるぜ」

 

「……………………」

 

「ふたりとも駆り出されたのかもしれないわね。必ずここで確保するわよ!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

「仲間同時で潰し合うとは、これは見物だな」

 

 

 フィクションに良く出る、悪党が言う定番セリフを口にした白羽根。

 若干の怒りを覚えながらも、私たちはフェリシアちゃんとさなちゃんを確保する為に動こうとした…刹那。

 二人の内一人、フェリシアちゃんが、黒羽根のローブを脱いで、一歩こちら側に着く。

 

 

「ハンッ! ざーんねーんでした!」

 

「えっ…」

 

「誰が見物になんかさせるかよ! オレは最初からいろは側だバーカ!」

 

「えぇっ!?」

 

「ちょ、嘘でしょ!?」

 

「馬鹿な…!?」

 

「あの子、洗脳は!?」

 

 

 私とやちよさんが驚きの声を上げ、結翔さんが苦笑してる間に、もう一人のさなちゃんもローブを脱いで、一歩こちら側に着いた。

 

 

「私もです…。ここで、お家に帰らせてもらいます…!」

 

「さなちゃんも?」

 

「いろはさん…!」

 

「なっなっ、どういうことだ!?」

 

 

 慌てふためく白羽根。

 他の黒羽根に指示を出せないままで、二人は無事に戻ってくる。

 抱き着いてきたフェリシアちゃんをやちよさんがキャッチし、さなちゃんも私の方に寄ってくる。

 

 

「いろはさん…!」

 

「さなちゃん! 大丈夫!? 無事!? 怪我してない!?」

 

「はい、私…元気です…!」

 

「良かったぁ…」

 

「…くっ、ふたりをこっちの黒羽根を返せ」

 

「返せ? ふざけんな、コイツらはお前らのじゃねぇ!」

 

 

 結翔さんが一喝すると、白羽根たちは動揺したまま去っていき。

 私たちは再会の喜びを、存分に分かち合った。

 泣いて謝るさなちゃんを、私は抱き締めて。

 お互いに謝り合うやちよさんとフェリシアちゃんも、抱き締め合った。

 

 

 それを、結翔さんは微笑みながら見つめる。

 だけど、その目には、僅かな悲しみが混じっていることに、私は気付かない。

 

 

 一頻り、喜び合った後、私たちはみかづき荘に戻った。

 途中で、魔女狩りをしていた加賀見さんとも合流し、家で落ち着いてから、二人の話を聞くことに。

 

 

「はい、ココア」

 

「おぉ、あったけー」

 

「ありがとうございます」

 

「あちっ、ふーふー」

 

「…ふー…ふー」

 

 

 渡された温かいココアを飲んで、二人の顔が蕩けていく。

 ゆったりとした落ち着いた雰囲気が漂う中、少しだけ申し訳なさそうな表情で、結翔さんが私たちが一番聞きたい質問をしてくれる。

 

 

「早速で悪いけど。二人とも、どうやって抜け出したの? こころちゃんと鶴乃は? 一緒じゃないの?」

 

「えっと、鶴乃さんと粟根さんは、分からないんです…。途中でどこかに連れて行かれちゃって…」

 

「連れて行かれた…?」

 

「そんな…。やっぱり、白羽根が言ってたのって…」

 

 

 各地のうわさを潰すツアーの最中に出会った、白羽根が言っていた言葉。

 嫌な言葉、耳に残る、嫌な言葉。

 

 

『どれだけ喚いて捜しても仲間はもう助からない』

 

『由比鶴乃や粟根こころの後を追わせてやれ』

 

 

 脳裏に過ぎる、最悪の結末。

 必死に妹探しを手伝ってくれた新しい友達であるこころちゃんに、みかづき荘の仲間である鶴乃ちゃん。

 …もし、二人が死んでいたとしたら──私の!! 

 

 

「鶴乃ちゃん…こころちゃん…」

 

「みふゆ…あの子、鶴乃や粟根さんに…本当に手をかけたっていうの」

 

「…もし、それが本当なら。私は、梓みふゆを──」

 

「ち、違うんです…!」

 

 

 重い話題に、顔を顰める結翔さんにやちよさん。

 あの加賀見さんでさえ、みふゆさんに本気の敵意を向けようとした時、さなちゃんが待ったをかける。

 

 

「みふゆさんは、あの人は…!」

 

「だけど、連れて行ったんでしょう?」

 

「白羽根が言っていたわ、仲間はもう助からないって」

 

「じゃなくて、あの…私たち…!」

 

「そうだぞ、オレたち。あのねーちゃんに助けて貰ったんだ」

 

「はい…。さっきの戦った時も私たちが紛れ込めるように、わざわざ手配までしてくれたんです…」

 

 

 噛み合わない会話。

 みふゆさんの事に関して、私たちの中で食い違ってる部分がある。

 何が食い違ってるのか…聞かなきゃ! 

 

 

「…さなちゃん、フェリシアちゃん、詳しく話して貰っていい?」

 

「俺からも、頼むよ」

 

「…はい」

 

 

 何かを考えるような難しい顔付きのまま、結翔さんもさなちゃんとフェリシアちゃんの二人に、何があったのかを詳しく教えてもらうよう頼んだ。

 私たちは、その話を聞いて。

 みふゆさんに残っている、優しさの欠片を垣間見た。

 

 

 ──みふゆ──

 

 ワタシたちのアジトである、ホテル『フェントフォープ』。

 その一室にて、鶴乃さんたちは捕らえられていた。

 監視と洗脳の持続確認が、当面のワタシの仕事。

 だから、こうして彼女達の監視をしている訳だが、洗脳で操られている様は…とても痛々しい。

 

 

「だーもう。いつまでこんなところで待ってなきゃなんないんだよ。オレたちも解放のために色々やりたいよな」

 

「うん、そうだね。せっかく()()()()()()()を手に入れたんだもんね」

 

「はい…。ウワサを使っても魔女を使っても解放に繋がるのなら…。私、なんでもやりたい…」

 

「これ以上、傷付けさせない為にも、全ての魔法少女を解放しないと」

 

 

 それぞれが違う理由を持ってここに居る。

 …その中でも鶴乃さんとこころさん、二人は特に危ない感じがする。

 コールタールのように、暗く淀んだ瞳からは、光が見えない。

 結翔君の記憶は酷く、彼女たちに作用している。

 

 

 それもその筈か…。

 なにせ、彼が誰よりも希望を持っていて、彼が誰よりも絶望を身に受けたから……

 

 

「今のマギウスが相手ではそれだけでは済みませんよ」

 

「みふゆ…」

 

「いいんですか? あなた自身も捧げないといけないかもしれないのに。特に、やっちゃんと結翔君の仲間だった…あなたたちなら、なおさらヒドイ目に遭ってもおかしくありません…」

 

「いいに決まってんだろ。それぐらいの覚悟出来てるし」

 

「はい…。いくらでも私を使ってください…。どうせ透明人間ですから…」

 

「わたしだってなんでもするよ。みふゆの頼みだったら、もっと頑張るからね」

 

「私も幾らでも頑張れます。ずっとずっと我慢してきた、あの人の為にも」

 

「…鶴乃さん…こころさん。駄目ですよ…それは…そこまでするのは駄目です」

 

 

 だって、彼はそんなの望んでない。

 そんなの、ワタシが一番分かってる。

 …ワタシがここに居るのは、責任が有るから。

 ワタシを信じて着いてきてくれた羽根たちを、解放に導く責任が有るから。

 

 

「でもさ…じゃあオレたち何のために」

 

「みなさん。もう一度、思い出しでください! 本当の気持ちを…!」

 

「本当の気持ち…?」

 

「そう言われてもなぁ…」

 

「………………。まさか、幻覚の力を治療で使うとはい思いませんでした」

 

 

 変身したワタシは、彼女たちに固有の能力──固有魔法である幻覚をかける。

 帰るべき場所を示し、有耶無耶にされた目的を思い出させる。

 フェリシアさんとさなさんは、これでどうにかなった…だが、鶴乃さんとこころさんはどうにもならない。

 

 

 幻覚が届かない深くまで洗脳が侵食しているのか…あるいわ、何か違う想いがあってここに居るのか。

 …知っている、鶴乃さんが安心する場所かここじゃない。

 彼女が安心できる場所は、家である万々歳でありみかづき荘…そして、彼の──結翔君の隣だ。

 

 

 こころさんも同じ、結翔君への想いを利用されている。

 本当は彼がこんな事、望まないのも知っているのに、グチャグチャに想いを捻じ曲げられてここに居るんだ。

 

 

「…おふたりは上手く解けたようですね」

 

「どうして私たちのこと…」

 

「そうだぞ。オレたちのこと洗脳しといてわけわかんねーぞ」

 

「………………。マギウスが越えようとしているからです。越えてはいけない一線をあなたたちを利用して…。それは、ワタシの本意ではありません。あくまでワタシは、皆が解放されるのを望んでいますから」

 

 

 嘘だが…嘘も方便という。

 本音も混ぜているのだから、どうか許して欲しい。

 越えてはならない一線を、ワタシは彼女たちに踏み越えて欲しくない。

 …見る人が見れば滑稽だろう。

 想い人の家族だから、友人だから、犠牲にしたくない…なんて。

 

 

 間接的とは言え、ワタシたちは既に人を手に掛けている。

 今更、そんな事…と言われてもしょうがない。

 でも…ワタシは……

 

 

「………………。それなら、鶴乃さんに粟根さんは…? 二人のの洗脳も解いてあげてください…!」

 

「…試しては見ました。ですが……深過ぎます。ワタシの力では敵いませんでした」

 

「そんな…」

 

 

 さなさんの悲しそうな顔が、ワタシの胸を締め付ける。

 良心なんて、一番最初に捨てられれば、もっと上手くやれていたんでしょうか? 

 ……無理ですね、ワタシがそれを捨てたらこの組織は崩壊してしまう。

 解放が遠のくのだけは、絶対に回避しなければ……

 

 

 そう、深く考えていると、ガチャリとドアが開く音が聞こえた。

 

 

「いけない…。灯花とアリナが…。ふたりとも暫く洗脳されたフリをしてください!」

 

「ねーねー、まだみんな洗脳は続いてるかにゃー?」

 

 

 現れた灯花とアリナに、洗脳が解けてない二人も、解けている二人も、従順の意を示す。

 幸運にも、何とか洗脳が解けているのはバレずに済んだが、鶴乃さんとこころさんが持って行かれてしまった。

 

 

 …何をするのか、それだけは聞きたくて、ワタシは二人に問い掛ける。

 

 

「鶴野さんとこころさんに、何をするつもりですか?」

 

「決まってるでしょー? イブの孵化が近いんだよ? これ以上は足踏みできないの! あとちょっとなのに、ベテランや環いろはたちがうわさを消してイライラするし、どーせ止めないんでしょー? それなら、もうゆっくりしてる必要なんてないよねー? パッと終わらせたいの」

 

「でも…」

 

「ほら、一緒に行こう最強さんに我慢さん!」

 

「うん、わたしにできるならなんでもやるよ」

 

「はい、私がやれることならなんだって」

 

 

 不味い、肝心の内容が…! 

 止めないと…聞かないと…終わってしまう前に。

 

 

「待って! 灯花、アリナ、教えてください。鶴乃さんとこころさんを…どうするつもりですか…?」

 

「別に単純なんですケド。この最強には沢山殺して貰おうと思うワケ」

 

「殺す…いったい何を…!?」

 

「うわさも、たっくさん消されちゃったからねー。我慢さんは巴マミと同じになってもらうよー? くふっ」

 

 

 年相応に無邪気に笑っている筈なのに、ワタシは彼女が怪物に見えた。

 善悪の概念、そんなの全く知らない無邪気な子供が、解放と言う大義の為に……

 

 

 考えただけでも、恐ろしい現実だ。

 ワタシは、自分の権限を駆使して灯花とアリナに、二人の処遇──フェリシアさんとさなさんの今後を話した。

 

 

『我々の夢を踏みにじる者同士、傷つけ合ってもらうのがいい』

 

 

 この言葉の意味、それはやっちゃんたちに洗脳状態──だと思わせた彼女たちを嗾ける作戦。

 作戦を聞いた、灯花とアリナは当然快諾し、ワタシは彼女たちを送り出した。

 

 

 願うなら、幸せであって欲しいから。

 

 




 次回もお楽しみに!

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五十二話「赤黒い殺意」

 こころ「前回までの『無少魔少』。結翔さんが過去の資料から、違和感に気付いた、さなちゃんやフェリシアちゃんが帰ってきたり、みふゆさんの優しさが垣間見えた話ですね」

 結翔「……本編的にアウトじゃね?」

 まさら「あらすじ紹介なんだからセーフよ」

 ももこ「そうかぁ?まぁ、別になんでもいいと思うけど」

 こころ「うぅぅぅ!酷いですよ!良いじゃないですか!私があらすじ紹介したって!出番が欲しいんですよ!」

 メル「いや、前回出番あったじゃないですか?」

 やちよ「はいはい、話は終わりにして。…皆さんは、楽しんで五十二話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 フェリシアとさなの話を聞いて、俺は微かに残るみふゆさんの優しさを感じた。

 だけど、それ以上に……最悪の気分だ。

 常人より性能の良い頭が、不思議なくらいポンポンと、有り得なくない推測を立てていく。

 

 

 アリナの鶴乃に対する『沢山殺して貰う』と言う発言と、里見灯花のこころちゃんに対する『巴マミと同じになってもらう』と言う発言。

 前者は一見、情報が少ないように見えるが、ももことまさらが言っていた、最近良く聞くようになった、近々開園する遊園地の噂と関係があるとしたら? 

 

 

 どうだろう、下手したら数百人から数千人規模の死者が出ることになる。

 しかも……鶴乃の手によって。

 

 

 後者だって、相当不味い。

 俺の推測や勘がもし間違っていないなら、マミちゃんはウワサを纏っている、加えて精神も弄られて洗脳状態。

 ……こころちゃんもそうする気なのだろう。

 

 

 どうすれば死ぬかもしれない人を救えるのか? 

 どうすれば鶴乃に手を下させないで済むのか? 

 どうすればこころちゃんが纏うであろうウワサを剥せるのか? 

 

 

 色々な案が浮かんでは沈む。

 どれもこれも確実性に欠けるし、推測が正しい証拠がないから、先を上手く見れない。

 未来視の魔眼も、数時間後や数日後の未来視は断片的過ぎて、正直言って宛にすることも難しい。

 

 

 あーでもない、こーでもない。

 そうやって、頭を悩ませていると、聞きなれた声が聞こえたと同時にみかづき荘のリビングのドアが開かれる。

 入って来たのは……ももこだ。

 

 

「こんばんわー」

 

「ももこさんだ」

 

「よっす、やちよさん、いろはちゃん。それに、結翔とまさらちゃん。四人とも揃ってるみたいだな。お、それにフェリシアにさなもいるじゃん! だいぶ揃って…。って、なんで居るのさ!」

 

「さっすがももこ、期待を裏切らないタイミングだな。さっき、その話が終わった所だよ」

 

「なんて、タイミングだ…」

 

 

 煮詰まる思考を、一度切り離すように、俺はももこに軽口を叩く。

 ももこもももこで苦笑いをしながら、簡単な事情を聞いて、話を進めていった。

 先ずは、一番最初はこれまでの行動の結果報告。

 

 

「それで、街を周りながらうわさを消した成果なんですけど…。結局、何も得られませんでした…」

 

「うわさを守る羽根は何も知らなかったそうだしね…」

 

「はい…。鶴乃ちゃんやこころちゃんの居場所を探すにも拠点の方はさっぱりです…」

 

「けど、フェリシアとさなが帰ってきたならさ、拠点の場所は分かるんじゃないか? そこに鶴乃やこころちゃんが居るかもしれないんだろ?」

 

 

 当たり前過ぎる彼女の正論に、さなは申し訳なさそうに表情を曇らせる。

 …この感じからして、あまりいい答えは得られないだろう。

 口元をモゴモゴさせながら、さながももこの質問に答えた。

 

 

「それが、私たち移動するときは目隠しをされてて…」

 

「なーんも分からないんだよな」

 

「おう…マジか…」

 

「だけどね、他の方法で思わぬ成果が得られたのよ」

 

「はい、神浜うわさファイルのうわさを地図に纏めてみたんですけど…」

 

「結翔?」

 

「あいよ。全員見てくれ」

 

 

 みかづき荘にあるノートパソコンを拝借し、スマホと繋いで写真フォルダから地図を出す。

 そして、それを全員が見えるように画面を向ける。

 全体が埋まるレベルで印が付けられた地図、これを見て最初に口を開いたのはさなだった。

 

 

「わぁ、すごい数ですね…」

 

「これが、全部うわさなのか…?」

 

「あぁ。これまでに消したうわさと、場所が分かるうわさの全てだ。やちよさんのやつに東側のはないけど、俺はあるからな…余計分かりやすい」

 

 

 驚きの声を上げる面々、その中でまさらは睨むように、東の方にある台風の目のような、印が一切ない空白地帯を見つめる。

 周りの様子と見比べると、それがどれだけ異常か一目瞭然。

 

 

「東の方…台風の目のようになってるわ」

 

「それが言いたかったんです!」

 

「ははぁ…なるほど…。もしかしたら、ここがうわさの発信源かもしれないってことか?」

 

「はたまた、この辺りにはうわさがない理由があるとかね」

 

「どちらにしても、うわさが関係している以上、マギウスの翼の拠点かもしれません。ここに行けば鶴乃ちゃんやこころちゃんのことだって分かるかも…」

 

「それ以前に鶴乃やこころちゃん自身がここに居るかもしれないな」

 

 

 全員が悩む中、ももこはもう一つの不可解な場所である、印が重なる里見メディカルセンターの事を聞いたが、ここにはさなやフェリシア以外、なんの手掛かりもなかったと伝えると苦笑を零した。

 また、バットタイミングだった…と。

 

 

「取り敢えず、今気になるのはこの台風の目だけって事か…」

 

「そうですね…」

 

「ふむ…」

 

「ももこさん…?」

 

「いや、それならさ、アタシも話したいことがあるんだけど」

 

 

 そう続けて、まさらと一緒に遊園地のうわさの事を話した。

 いろはちゃんややちよさんも、聞いたことがないと言っていた…それもその筈だろう。

 恐らく、まだ出来て間もないうわさだからな。

 

 

 …だからこそ、分からない。

 うわさの内容も、その一切が謎だ。

 分かることは一つ、それは──

 

 

「東の方からうわさが伝わってる気がしてさ」

 

「私は、学校の方で、ももこが知る前から聞いていたけど、どうでもよかったから気にしていなかった。…でも、この伝わり具合は異常。うわさと断定てしも間違いではないと思うわ」

 

「東…」

 

「それってあれじゃん! 地図と一緒じゃん!」

 

「東から流れてくるうわさ…東の方にある台風の目…」

 

「どうよ、関係ありそうじゃない?」

 

「はい、気になります!」

 

「因みに地図に描くと…」

 

 

 そう言って、ももこは、パソコンの方ではなく、やちよさんたちが持っていた地図に描きこんでいく。

 俺は、それを傍目に見ながら、考えを巡らせていく。

 …やっぱり、遊園地のうわさは…色々と関係がありそうだ。

 形振り構ってる状況は、とっくに過ぎ去ったらしい。

 

 

「ざっとこんな感じだな。これなら、栄で一番広がってるのも、アタシらが知らないのも頷けるだろ?」

 

 

 矢印で広がり具合を示しているのだろう。

 東にある台風の目から栄、水名、新西と言った感じに描かれている。

 近い順に並べると、そのまま、栄、水名、新西だ。

 

 

「やちよさん、やっぱりここ、行ってみるべきだと思います」

 

「鶴乃が居なかったとしても、幹部クラスは居そうね」

 

「もし、ここがうわさの拠点なら急いだ方がいいぞ」

 

「なにか不味いんですか?」

 

「あぁ、その遊園地、明後日の夜明けにオープンらしい」

 

「…はぁ、夜明けにオープンなんて怪しさてんこ盛りだな」

 

「でも、問題がありませんか? ここって東だから簡単に入っちゃいけないって。やちよさん、言ってませんでした?」

 

 

 なんだ、いろはちゃんも東西の話を聞いたのか? 

 …魔女の少ない時は、本当に戦争状態だったからな。

 自慢じゃないが、俺がギリギリの綱渡りをして、均衡を保っていたと言っても過言じゃない。

 

 

「えぇ、だから連絡を取るしかないわね。もしかしたら、彼女が結翔も知らないうわさを知ってるかもしれないし」

 

「っつーことは、頼るのか?」

 

「頼らざるを得ないだろ、東のボスに」

 

「東のボス?」

 

「あぁ。工匠区と大東区を預かる魔法少女で、今の魔女がうじゃうじゃいる神浜になる前は敵に近い存在だった」

 

 

 彼女の名前は和泉十七夜。

 ショートカットの白髪に銀色の瞳、それを噛み合せるようなクールな顔付き。

 魔法少女の衣装は軍服を思わせるような純白のデザインで、右目にはモノクルがあり、それにソウルジェムが埋め込まれている。

 

 

 変身後のソウルジェムは人それぞれ、千差万別に形を変えるが、モノクルに変わるのは非常に珍しい例だろう。

 もっとも、その理由は、彼女の固有の能力──固有魔法である読心に起因してるのかもしれないが……

 

 

 電話は俺の方から入れた。

 やちよさんの方から入れても良かったが…こんな混沌とした状況だ、十七夜さんからの信頼度だけで言えば俺のほうが上なので、俺がかけた。

 数コールめで電話に出たが、様子が可笑しい。

 

 

『済まない、少し用事でな、聞き取り辛くなる。許せ』

 

 

 そう言って、スピーカーから聞こえる魔法の音や、しなる鞭の音。

 …戦闘を、少しの用事と考えるのは、強さ故だろうか。

 諸々の事情を伝え協力を打診すると、あっさりOKを貰えた。

 

 

『うむ。ぜひとも情報を共有しながら協力しようではないか』

 

『助かります』

 

『なに、藍川には恩がある、自分から頼みたいぐらいだ。それに、かつてのライバルである七海たちとの共闘。…ドラマだな! 明日を楽しみにしている!』

 

 

 電話が切れたので、そのままの流れで話を続けた。

 

 

「どうだったの、結翔?」

 

「快諾でしたよ。戦いながら電話してたみたいですし、俺の知らない所で向こうも手を焼かされてるみたいです」

 

「た、戦いながら…!?」

 

「相変わらず、えげつないな…」

 

「相変わらずって、昔からなんですね…」

 

「あぁ、昔から強いよ。やちよさんや結翔と肩を並べるぐらいに…」

 

「…取り敢えず、行動は明日からだ。今日は早く寝て、明日に備えよう」

 

 

 形振り構っていられないが、俺は一旦休まないと不味いし、フェリシアとさなもダウンしている。

 …少しづつ霞がかかる意識。

 家まで持てば御の字だろう。

 

 

「でも、遊園地のオープンは…!」

 

「分かってるよ。でも、一旦休もう。明日は十七夜さんもきてくれるし。今日はみんな疲れてる…それに、フェリシアとさなも寝ちまったしな」

 

「くぴー…すぴー…」

 

「すー…すー…」

 

「ま、そっか…」

 

 

 穢れが溜まっているのは、先に気付いていたので、急いで…生と死の魔眼で浄化する。

 ……やっぱり、これでも出来るんだな。

 

 

 ソウルジェムは魂そのものを形にした物であり、寿命を魔力に変える変換装置のような役割を持っているんだと…俺は思う。

 穢れは寿命の減少──生命力の減少を表している…なら、他者に生命力を与える生と死の魔眼で穢れを除去できる。

 

 

 力技なトンデモ理論にしか思えないが、出来てしまった。

 でも、これで一つ分かったことがある。

 鶴乃もこころちゃんも穢れが溜まっていると言う事だ。

 魔女になる可能性が低い…とは言え、絶対とは言いきれない。

 

 

 いろはちゃんとももこが、フェリシアとさなをベットに運んだ後、一言こう言った。

 …絶対に言わないと思っていた言葉、絶対に向けないと思っていた意志を抱いて。

 

 

「いろはちゃん。…これだけは、覚悟しておいて。もし、今回のマギウスの計画が成功して、人が死ぬような事があれば……」

 

「あれば…?」

 

「俺はマギウスを殺す。次が起こる前に…必ず」

 

「──っ!?」

 

「結翔!?」

 

「な、何言ってんだよ…お前!?」

 

 

 まさらとももこの声が聞こえたが、俺は反応はせず、みかづき荘を出る為に腰を上げた。

 ……越えてはならない一線に、少しづつ近付いている気がした。

 

 

 ──まさら──

 

 家に帰ってから、結翔は無言でリビングに行き、ソファに寝っ転がった。

 …先程の言葉に、嘘偽りはない、私はそう思っている。

 藍川結翔に二言はない、やると言ったらやる…そう言う人間だ。

 

 

「…結翔、本当に殺す気なの?」

 

「……もしもの話だ。そうならない為にも、死ぬ気で戦うさ」

 

「一つ、聞いていいかしら? …貴方の魔眼、何時から()()()光るようになったの?」

 

「いきなりどうしたんだよ? 俺の魔眼は水色に光ってる筈だろ?」

 

 

 確認の為に、結翔は魔眼を発動する。

 色は……水色だ。

 なら──さっき、みかづき荘で見た時の赤黒い光は一体……

 

 

「フェーズ1.5って所か…都合が良いかもな」

 

「何か言った?」

 

「んや、何も」

 

 

 そう言って、結翔は睡眠不足を補うように、静かに瞼を下ろした。

 数分もしない内に規則的な寝息が聞こえてきた。

 …相当無理していたのだろう、眠気が限界だったらしい。

 

 

 私は彼の寝顔を見守りながら、ここに居ない親友を想う。

 彼女が居ないだけで、日常に物足りなさを感じる。

 早く、連れ戻さなければ……それに……

 

 

 結翔の精神安定剤として、鶴乃も必要だ。

 彼女も連れ戻す。

 

 

 それまでは、赤黒い光は保留にしておこう。

 …もしかしたら、勝手に結翔が話してくれるかもしれない。

 聞こえないフリをしたが、バッチリ聞こえていた。

 フェーズ1.5…だったか? 

 

 

 契約してフェーズ2だと言っていたので、無理矢理フェーズをシフトしようとして、中途半端に止まった状態を指しているのだろう。

 

 

 あの赤黒い光に、明確な殺意を感じたのは…私自身の気の所為だと願いたい。

 

 




 次回もお楽しみに!

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五十三話「取り返しがつかなくなるその前に」

 まさら「前回までの『無少魔少』。脱出の一幕の話を聞いたあと、ももこがきて色々と話したわ。遊園地のうわさの事や東にある台風の目、なんとか東のボスである和泉十七夜に協力を取り付けたって言う話ね」

 結翔「作者自身も今後の展開を考えあぐねてるんだよなぁ」

 こころ「メタ過ぎません…それ」

 しぃ「そうだそうだ!考えあぐねてるんじゃない、真剣に悩んでるんだー!!」

 みたま「出てきて話す意味、絶対に無いわよねぇ」

 みふゆ「…皆さんのお陰で評価バーに色が着きました!これからもよろしくお願いしますね?と言う訳で、五十三話を楽しんでどうぞ!」


 ──結翔──

 

 眠れていたなかった分を取り返すように眠った翌日。

 十七夜さんと落ち合う場所である工匠区に向かう為、電車を使って移動することになった。

 メンバーは、俺とまさら、ももこにいろはちゃんとやちよさん。

 俺とまさらとももこは、家が隣同士なので、同時に出て同時に着いたが、何故かいろはちゃんとやちよさんは少し遅れ気味でやって来た。

 

 

 しかも、若干だが顔に疲労の色が見える。

 

 

「はぁ………………」

 

「ふぅ………………」

 

「ちょ、ふたりともなんで早々に疲れてんの…」

 

「朝から一戦交えたからよ…」

 

「はい、大変でした…」

 

「…まさか、マギウスの翼と?」

 

 

 だとしたら不味いな……動きが気付かれたのか? 

 良くない方向に行きそうになる思考を遮ったのは、なんとも言えないオチだった。

 

 

 

「いえ、フェリシアと二葉さんよ…」

 

「…はっ?」

 

「実は──ふたりが着いてくるって言って、言うことを聞いてくれなくて…。結局、実力行使で家に置いてきたんです」

 

「それは、朝からお疲れ様だね」

 

「まぁ。確かに洗脳の影響がどう残ってるか分からないしね」

 

「そうなのよ、もしもの時は呼ぶって言ってるのに……」

 

 

 一瞬、やちよさんがお姉さんと言うより、お母さんに近く見えたのは…心の奥底にしまっておこう。

 取り敢えず、集合は完了したので、俺たちは電車を使っての移動を済ませる。

 …最近はあまり使っていなかった気がするので、電車に揺られる気分を味わうのは懐かしく感じる。

 

 

 未だに残る眠気と抗いながら、目的の駅を目指す。

 どれくらい経ったのだろうか? 

 途中からうたた寝していた俺は、まさらに頬をひっぱたかれた事で駅に着いた事を察した。

 

 

「痛てぇ…。もう少し、優しく起こしてくれても良くないか?」

 

「揺すっても起きなかったから叩いたのよ。貴方はうたた寝程度に感じてるけど、私からすればガッツリ寝てたわよ?」

 

 

 ぐうの音も出ない。

 言われてみれば、うたた寝と言うには申し訳ないくらい、深く落ちてた気がする。

 そりゃ、揺すっても起きんわ、元々電車自体揺れてんのに。

 

 

 駅から出て、少し散策しながら十七夜さんと落ち合う場所に向かっていると、いろはちゃんが尋ねてきた。

 尋ねてきた内容は言わずもがな、十七夜さんについてである。

 

 

「それで、今日会う人って」

 

「和泉十七夜っていう魔法少女だよ」

 

「どういう人なんですか?」

 

「そうね、とても強くて…」

 

「ちょっと変わり者…かな?」

 

「へぇ…変わり者…?」

 

 

 言い方に語弊を感じるが、概ね彼女に抱いている印象はそれだ。

 魔法少女としての歴があり、強さも折り紙付き。

 初対面では取っ付き難い人だと感じるが、話してみると案外面白い人だと分かる。

 

 

「昔のテリトリー争いの時はやちよさんと競ってて、ちょうど真ん中の中央区を取り合った事もある。…まぁ、結翔は二人が啀み合う度に頭を抱えてたけどな」

 

「…昔は殺伐としてたから」

 

「対立が激化する前に、街を守るって言う意味で俺が中立に立って、二人を無理矢理話し合いのテーブルに着かせたんだよ。やちよさんもその時に連絡先を交換して、折を見て相談してたって訳」

 

「魔女が増えてからは、やりとりも無くなっていたけど。まさか協力することになるなんてね」

 

「と、話をしてたら、あの姿は…」

 

 

 話の途中、ボソッとまさらが、どうでも良かったが、魔女を狩り辛くて良い迷惑だったとボヤいていた。

 …そういや、お前って中央区出身だったもんな。

 学校もそっちの方だし…毎朝電車通学ご苦労様です。

 

 

 心の中で軽口を言っていると、脇腹に一発良いのを入れられた。

 痛てぇぞ、さっきの電車の中と言い、今日は当たり強くないか!? 

 

 

 苦笑しながらそう思っていると、少し先の方から十七夜さんが小走りでやってきた。

 

 

「久しいな藍川! 七海に十咎も! それに懐かしいな。…それに? む、だれだ!?」

 

 

 …いや、初対面の人にその言葉はないでしょ。

 突然の言葉に困惑の表情を見せるいろはちゃんと、特に動揺も物怖じもしないまさら。

 二人のフォローをする為にも、俺たちは一度場所を移し、近くにあったファミレスに入った。

 

 

 適当なテーブルに座り、こちらの事情を出来るだけ細かく説明していく。

 

 

「なるほど、由比君に粟根君が…藍川や七海たちにとっては痛手だろう…」

 

「えぇ…。それで、こちらの問題ではあるのだけど。連れ戻すのを手伝ってもらえないかしら?」

 

「うむ、実に良いことだ。マギウスの翼が相手なら、喜んで手を貸そう。借りもあるしな」

 

「やったな、やちよさん、結翔!」

 

「一安心、だな」

 

「そうね」

 

 

 昨日は快諾してくれたけど、それはこちらの事情を話していないから。

 全て知った上で協力を承知してくれるのは、本当にありがたい。

 これも日頃の行いのお陰…だったり。

 

 

「でも、喜んで手を貸すって十七夜さんも何か被害に?」

 

「あぁ、怒り心頭というやつだ。工匠の仲間を皮切りに随分と連れて行かれたからな。ひとりでいかがしたものかと考えあぐねていたところだ。だが、これ幸い、藍川からの提案ときた。手を結ぶしかないだろう」

 

「そんなに連れて行かれたの?」

 

「あぁ、東の魔法少女の多くが黒羽根や白羽根に混ざっている…」

 

「そうだったのね…」

 

 

 悔しそうに歯噛みする十七夜さんは、普段の彼女を知っている俺からしたら、あまり見ていて気分の良いものじゃない。

 自分にも仲間にも厳しい人だが、それと同じくらい優しい人だ。

 東のボスとして、ひいてはリーダーとして情に厚い人柄を持っている。

 

 

 ここまで来て…詰まっている訳にはいかない。

 俺たちは情報の共有として、十七夜さんにうわさの事を聞いた。

 

 

「十七夜さんは、うわさって調べてたりします?」

 

「もちろんだ。彼女たちの泣き所だからな。触れない訳にはいかないだろう」

 

「それなら、その情報が欲しいわ」

 

「ふむ、それはまたどうしてだ?」

 

「あの、これを見てください」

 

 

 そう言うと、いろはちゃんは昨日の内に俺が倒したうわさも印した、完成版に近い地図を見せた。

 十七夜さんは、それを興味深そうに眺める。

 ニヤリ、と口角が上がったのが見て取れた。

 

 

「これは面白いな工匠区で口を開いている」

 

「そうよ。…でも、もしかしたら結翔の知らないうわさを、あなたが知ってるかもしれない。悪いけど、思い当たるものを描いてもらえるかしら?」

 

「うむ、数は多くないがメモに纏めてある。ちょっと記してみよう」

 

 

 ペラペラとメモ帳を捲りながら、印を描き足していく。

 全てを描き終えた十七夜さんは、少し申し訳なさそうな表情をしていたが、推測が確信に変わっただけでも十分だ。

 里見メディカルセンターのように印が重なる部分は現れなかったが、空白の円は完全なものとなった。

 

 

「済まない、あまり役には立てなかったようだ…」

 

「十分ですよ。お陰で、推測が確信に変わりました。…少なからず、ここに何かがある。もしくは、誰かが居る可能性は十二分にある」

 

「えぇ、想定通りだわ」

 

「十七夜さん、円の中心ってどこなのか分かりますか?」

 

「…恐らく旧車両基地だな。普段は子どもたちの危険な遊び場といったところだ。…実にいいな」

 

 

 不敵な笑みを魅せる十七夜さん。

 その笑みからは、サンタからのプレゼントを楽しみにする子どものように、純粋な喜びを感じる。

 やっと尻尾が掴めた、そんな想いが溢れているのだろう。

 

 

「何が?」

 

「やつらの拠点を見つけたところで自分だけでは手に余るからな。正に僥倖、ひねり潰してやることができる」

 

 

 ……ごめん、前言撤回。

 そんなに純粋なものじゃなかったわ。

 明らかに怨恨も混ざってる悪どい感じの笑みだ。

 

 

 一応、敵の拠点かもしれない場所に目星は付いた。

 今すぐにでも動きたいが…まだ時間が早い。

 

 

「それじゃあ、さっそく」

 

「いえ、待ちましょう」

 

「七海の言う通りだな」

 

「えっ?」

 

「いろはちゃんは知らないかもだけど、魔法少女の活動は基本的に逢魔が時──分かりやすく言うと夕暮れ時からが多いのが定説と言うか、お決まりなんだよ。今から行って幹部が居ないと、それこそお終いだからね」

 

「そういうことよ。鶴乃や粟根さんが居なかった場合、次は聞く相手が必要になるわ」

 

「…時間は? ギリギリになるかも」

 

 

 まさらの心配はもっともだ。

 どうなるか分からない以上、無駄に時間は浪費出来ないが……現状、一回の失敗が大勢の死に直結している。

 迂闊には動けない。

 

 

「そう焦るな加賀見君、気持ちには余裕がある方がいい」

 

「そうね。口を挟んで悪かったわ」

 

「じゃあ、少しお茶を飲んでから行きましょうか」

 

 

 …とは言っても、ただお茶を飲むのではない。

 車両基地の構造を十七夜さんから教えてもらい、立ち回りを考える。

 聞く限りだと使われなくなった車両や、古い部品などが無造作に置かれている為、遮蔽物が多い。

 銃は、跳弾による味方への誤射も有り得るので、使わない方が良い。

 

 

 大鎌や大剣、槍と言った長物も、遮蔽物の多さから考えてやりにくいのは目に見える。

 ももこが苦笑気味なのはしょうがのないことだろう。

 …使える武器はダガーや短剣と言った短く小回りの効く武器か、ステゴロ──徒手空拳が無難か。

 

 

 にしても…十七夜さん、バイトの方は余裕があるのかな? 

 失礼かもしれないが、十七夜さんの家はあまり余裕がある経済状況じゃない。

 バイトの掛け持ち三昧で、家族の生活費をようやく工面していると言っていた。

 

 

 ももこも、それが気になっていたのか、暇を潰す次いでに聞いていた。

 

 

「そう言えば、十七夜さん」

 

「どうした十咎」

 

「前はバイト三昧だったけど今日は大丈夫なのか?」

 

「良い質問だな。実は最近ないいバイトを見つけたんだ。時給もそれなりで多少は楽させてもらってる」

 

「今は惣菜コーナーじゃないのね」

 

「あぁ、メイドカフェでメイドをやっている」

 

「──!? ゲホッゲホッ!」

 

「汚いは、結翔」

 

「いや、流石に今のは驚くわ!!」

 

「意外すぎる…」

 

 

 メイドカフェでメイドさんって…。

 そういや、この前連絡取った時にそんな話してたな。

 彼女なりの冗談だと思っていたが、まさか本当だったとは……

 驚きのあまり訝しむような目線を十七夜さんに送っていると、流石の彼女も不機嫌そうに言ってきた。

 

 

「失礼だな藍川に十咎。これでもそれなりのものだぞ」

 

「本当かよ…」

 

「俄に信じ難いな…」

 

「コホン…」

 

 

 場の空気を改めようとしたのか、少しの咳払いの後、意味の分からない茶番が始まった。

 

 

「やぁご主人! よく来たな!」

 

「既に色々……いや、まぁいいか。…パフェください」

 

「うちが誇る自慢のパフェだ。さぁ、心置き無く食せ」

 

「…よくある愛情を注ぐあれは?」

 

「客に愛情なんてあるわけないだろ980円分なら既に注入済みだ」

 

「やっぱなんか違ぇよ! 絶対にそうじゃない!」

 

 

 メイドとしての定義を、あらぬ方向にぶん投げだような振る舞いは、存外にも店では人気らしい。

 …ネットで調べたら、色々出てきたよ、メイドの「なぎたん」。

 色々言われているが、一番多い意見を取り上げるなら、「変わってるけどそこが良い!」らしい。

 正直、変わり過ぎだと思うが…気にしないでおこう。

 

 

 茶番のお陰か、ある程度時間を潰し終わった俺たちは、旧車両基地に移動を始めた。

 外は夕暮れ時、空が暗くなりつつある時間。

 ただただ遊びに来ただけだったら、偶にしか見ない景色に一喜一憂出来たのだが、そうもいかない。

 

 

「和泉十七夜。さっき、車両基地は、危険な遊び場と言っていたけど…。普通の子がいる、なんてことは無いの?」

 

「十七時の音楽が流れたら、子どもたちは帰るからな。それに、以前は夜になると、不良共が溜まっていたが…。マギウスの翼が現れてからはとんと姿を見なくなった」

 

「集まるのはちょうどこれからってとこね」

 

「そういうことだな」

 

「………………」

 

「…環君、そう警戒しなくてもいいぞ」

 

「ふぇ!?」

 

 

 何か気を張り巡らせていたいろはちゃん。

 十七夜さんはそれを自分に対する警戒と取ったのか、肩の力を抜かせるためにそう言ったが……逆効果だったのか、驚いて余計力を入れてしまった。

 その後も、あーだこーだ警戒を解くために何か言っていたが、いろはちゃんは考え事をしていただけだった。

 

 

「…取り敢えず、お互い頑張ろう。自分も連れ戻したいヤツらが山ほどいるからな」

 

「そういえば、月咲ちゃんが連れて行かれたって」

 

「うむ、月咲君から随分とな。まったく、脆弱な部分を突いて人を集めるとは外道だ。許せん…」

 

「はい、私も許せません…。記憶ミュージアムでのことも、鶴乃ちゃんやこころちゃんのことも」

 

「…ここだけの話、藍川は大分辛いだろう。自分の直感だが、今一番無理をしているのは彼だ」

 

「力になれてると良いんですけど…」

 

 

 会話は丸聞こえだが、特に気にする事はない。

 強いて言えば、心配されてるのが少し嬉しく感じるくらいだ。

 クスリと笑みを零しながらも、俺たちは旧車両基地の中に入っていく。

 中には鉄道ファンなら、興奮を抑えられないだろう光景が広がっていた。

 

 

 今では見る事の無い、古い車両が幾つも置かれており、それに合う古い部品がゴロゴロと無造作に置かれている。

 確かに、子どもには持って来いの危険な遊び場だ。

 かくれんぼ等をしたら、さぞ楽しいだろう。

 

 

「ここが、車両基地…」

 

「今となっては老朽化した車両が放置されてるだけだがな」

 

「………………。何も反応がないな」

 

「そうね。人の気配所か、魔法少女の反応も0よ」

 

「もしかして、あの地図の話、アタシらの勘違いってことか…」

 

「ここは拠点じゃない…? 遊園地のオープンまで時間が無くなってきますよね…」

 

「着々と…ね。勘づかれたかしら…」

 

「ふむ…」

 

 

 動くに動けない。

 そんな中、十七夜さんだけが、顎に手を当てて何か考えていた。

 もしかしたら、何か他に思い当たる場所があるのか? 

 

 

「十七夜さん? 何か考えがあったりします?」

 

「考えにくいが新車両基地の可能性もある」

 

「そっちに場所を変えたって事ですか?」

 

「捨てきれん可能性だ。自分が確認してこよう。土地勘がある方が調べるのも早いだろう」

 

「えぇ、お願いするわ」

 

「うむ、分かった。しばし待っていろ」

 

 

 新車両基地を捜索する為に十七夜さんが出て行った後、俺たちも俺たちで旧車両基地の捜索を開始した。

 もしかしたら、なんて事があるかもしれないからだ。

 みんなは足で、俺は千里眼を駆使して、捜索をしたが──手がかりになるような物は見つからない。

 

 

 時間だけが過ぎていく状況だ。

 最悪の結末が、一歩づつ足音を立てて近付いているのが分かる。

 

 

「やっぱりいないわね」

 

「くそっ、空振りか…」

 

「十七夜さん戻ってきませんね…」

 

「向こうの状況も聞きたいところなんだけど…」

 

 

 やちよさんがそう呟いた瞬間、魔女の反応を俺たちはキャッチした。

 …嘘だろ、さっきまでなんもなかったぞ? 

 いや、知ってる。

 俺は……これを知ってる、アリナのキューブ結界か!? 

 

 

 クソっ! 

 罠だったのか!! 

 

 

 急いで魔法少女に変身し、拳を構える。

 みんなも、俺に続くように変身していく。

 一つ……二つ……三つ……四つ……五つ。

 ご丁寧に、人数分の魔女が現れた。

 そして──

 

 

「静かに燃える魔力の炎。飛び込んだのは五月蝿い羽虫」

 

「もしも燃えてくれぬなら、我らの音色で蹴散らしましょう」

 

 

 面倒だけど、都合良く。

 唯一顔が割れている白羽根であり、幹部に近い存在。

 天音姉妹が優雅な微笑みのまま、降りてくる。

 イラつく文言を次いでに。

 

 

「深みにはまってくれたね月夜ちゃん」

 

「そうでございますね月咲ちゃん。今回こそ汚名を晴らし功績を立てる機会でございます!」

 

『ねーっ!』

 

「月夜ちゃん、月咲ちゃん…!」

 

「あの笛姉妹が魔女を…駒を握らされて来たってことね!」

 

 

 ここで、コイツらをとっちめられれば、遊園地のうわさやら、鶴乃やこころちゃんの事を聞き出せる。

 ピンチはチャンス、ここでものにしてみせる! 

 

 

「ここはうわさを知りすぎた人が吸い込まれる蟻地獄」

 

「病院に向かった時点で命運は尽きたでございます」

 

「すぐにここに来るのは、分かってたから」

 

「ねー」

 

「ウチらの拠点が知りたかったんだろうけど、残念だけど不正解だよ」

 

「これ以上、私たちの解放を邪魔はさせません。静かに冥府への道を辿るでございます!」

 

「罠にかかっちまったけど、チャンスだ。ボコって聞き出す! 先ずは、魔女を片付けるぞ」

 

 

 俺の言葉を聞いたいろはちゃんたちは、それぞれ魔女の結界に入っていく。

 だけど……俺は入らない。

 昨日、まさらが言ってた事が本当なら、今の俺は無理矢理フェーズを上げられる所にいる。

 

 

 殺意は……簡単には抱けない、怒りで、俺はこじ開ける!! 

 破壊の魔眼と直死の魔眼を同時発動し、結界を見定める。

 右目から発せられる光は……赤黒い。

 視える……死の線ではなく、そこを突けば死ぬ死の点が。

 

 

 フェーズ1.5になったお陰で、概念や事象にまで関与できるようになった。

 しかも、死の点まで視えるおまけ付き。

 死の点をしっかりと見つめて、俺は小さく呟いた。

 

 

「破壊」

 

 

 瞬間、結界が音もなく崩壊していく。

 結界の出入口と言うより、結界自体を破壊したので、中にいる魔女も生きてはいないだろう。

 養殖、しかもあまり強くない魔女なら、今の俺は相対せずに倒せるようになった訳だ。

 

 

 自分のチートぶりに呆れて、笑いが込み上げてくる。

 まぁ、それを見ていた、天音姉妹は驚いて口をアワアワさせていたが。

 

 

 さて、ここに居るのは…黒羽根が二十人か。

 千里眼で大体の位置を把握し、どこから出てきても対応出来るように、全神経を集中させる。

 

 

「な、な、何をしたんでございますか、結翔様!?」

 

「あ、有り得ないよ!! 結界を…結界を破壊するなんて!?」

 

『ねーっ!』

 

「別に、出来たからやった。それだけだよ」

 

「……月夜ちゃん!」

 

「行くでございます、月咲ちゃん」

 

『笛花共鳴』

 

 

 彼女たちが笛を吹く。

 前回、ミザリーウォーターの時に喰らったものとは、比較にならないほど頭に響く。

 ガンガンと頭で鳴り響く音が、集中力を削ぎ落としていくが……今の俺なら!! 

 

 

「破壊!!」

 

 

 頭に直接響く音自体を破壊し、障害をかけ消す。

 …完璧ではなかったのか、少し残響が残っているが戦闘に支障はない。

 迎え撃つ! 

 

 

「出てこい! 黒羽根!」

 

「月夜様、月咲様、お下がりください」

 

「ここからは私たちが…!」

 

 

 五人一組でチームを組んでいるのか、前後左右から同時攻撃を仕掛けてくる。

 …甘いな、タイミングが少しズレてる。

 たった一歩か二歩の差だが、俺にっては大きな差だ。

 

 

 前方から来る敵には足止め代わりに、固有の能力──固有魔法の一部である、超自然発火能力(パイロキネシス)で地面を燃やしておく。

 

 

 驚いて足を止めた、左右と後方の黒羽根たち。

 一番近くにいた後方の黒羽根たちに近付き、そこから人数を減らしていく。

 鉤爪や鎖を使って抵抗しようとするが…意味がない。

 未来視で全てが見えてるのだから、当たる筈もなく、俺は一人、また一人と鎮めて行った

 

 

 まず、目の前に居た黒羽根に前蹴りを叩き込み落とし、その両隣に居た羽根は、片方の羽根のローブを掴み、振り回すことで、巻き込み吹き飛ばす。

 後ろに居た羽根は鎖で拘束しようとしてくるが、届く前に超自然発火能力(パイロキネシス)で溶かして、どちらも蹴り飛ばした。

 

 

 次は左右の敵。

 恐れながらも立ち向かってくる十人。

 纏めて倒す為、俺は身体中に炎を纏い、叫んだ。

 

 

「マジカルダイナマイト!!」

 

 

 瞬間、爆風で左右の羽根は吹き飛ばされ、威力が大き過ぎた所為か基地全体が震えた。

 爆発の中から立ち上がったのは…俺一人だ。

 

 

 前方に居た敵は、既に戦意喪失しているのか、攻撃を仕掛けようとして来ない……が。

 動かれても面倒なので、取り敢えず意識を狩り取っておく。

 流れるような動きで相手に近付き、後頭部に重い一撃をかます。

 

 

「どうする? 残ったのはお前たちだけ。しかも、さっきの技はもう二度と効かないぞ? あんなのただの初見殺し、二度目はないし、未来を視てる俺には通じない」

 

「くっ! …殺すなら殺すでございます」

 

「拠点の場所は絶対に吐かないから!」

 

「……十七夜さん? 居るんでしょ? 早く覗いてくださいよ。時間が惜しいんです」

 

「…なるほど、やはり二人の話は嘘だったわけか。…まぁ、こんな時にテリトリーを奪いに来るなんて、可笑しい話だと思ったんだ。自分に嘘をつくんだったら、心の底から嘘をつけ!! こんなダメな後輩になって、悲しい限りだ」

 

 

 そう言いながらも、彼女はしっかりと心を覗いた。

 分かりやすく笑っているのが、その証拠だ。

 

 

「やけに雑念を混ぜられたが、概ね大丈夫だ」

 

「了解」

 

 

 しまった、と言う顔をする双子の天音姉妹。

 面倒事は終わりだ、さっさと二人を取り戻さなければ。

 情報は揃った、あとは天音姉妹の意識を刈り取るだけ。

 

 

「……悪いな」

 

 

 解放と言う夢に縋りたい気持ちは分かる。

 だけど、それで無関係の人間を巻き込み、殺すのは間違っている。

 …一線、その一線だけは何人も越えてはならない。

 




 次回もお楽しみに!

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五十四話「本当のわたし」

 鶴乃「前回までの『無少魔少』。東のボス、和泉十七夜と合流しに結翔たちは、ようやくの思いで双子の天音姉妹からわたしたちの居場所を聞き出したって話だよ」

 しぃ「今回は文字数多いので、、目が痛くなったらごめんなさいね」

 結翔「詰め込みすぎなんだよ。もうちょっと小出しにすればいいのに」

 まさら「そうよ、一万字に届いたら分けるとか、出来るでしょ?」

 こころ「ま、まぁまぁ、頑張って書いてくれたんですから…」

 みふゆ「ワタシの出番がぁ……」

 ももこ「色々言いたい人も居るけど、五十四話をどうぞ!」


 ──まさら──

 

 魔女を倒して結界を出てきた時には、既に外の戦いは終わっていた。

 …彼が、結翔が一人で終わらせていたのだ。

 周りの惨状からして、あまり手加減はしなかったのだろう。

 微かに残る、何かが焼け焦げた臭い。

 

 

 チラリと、結翔を一瞥するが、特に変わった様子はない。

 あくまでも、いつもの彼。

 

 

「由比君と粟根君の現状と、居場所は分かった。移動しながら説明しよう。…時間がないんだろう?」

 

「そうね…。急ぎましょう」

 

「はい…。それで、場所はどこなんですか?」

 

「うむ、自分の地元だ。大東区の観覧車草原に居る。まぁ、邪魔な箱物の名残だがな」

 

 

 そう言うと、和泉十七夜が先頭に立って移動を始めた。

 移動の最中に聞いた話では、どちらも洗脳されたまま、鶴乃はウワサを守る為にウワサの一部に、こころは巴マミと同じくウワサを纏う実験体にされたらしい。

 

 

 なるほど。

 アリナ・グレイの言葉通り…か。

『沢山殺して貰う』、つまりは遊園地のうわさに鶴乃を組み込んで、客として来たものを殺していく…。

 恐らく、こころは外で行く手を阻んでくる。

 

 

 …率直に言って、こころに力技だけで押し勝つのは至難の業だ。

 技術があっても、攻略には時間がかかる。

 耐久戦、その一つに限れば、彼女は魔境と言ってもいい神浜でも、トップを目指せる。

 

 

 走りながらではあるが、七海やちよと環いろはが連絡をとって、二葉さなと深月フェリシアに増援を頼んだ。

 黒羽根の数を考えれば…増援は必須。

 私の勘では…確実にマギウスの一人が出しゃばってくる。

 

 

「……分かった。伝えておくね」

 

「何かあったの?」

 

 

 大東区に入って、観覧車草原まであと少し…そんな時に、仲間との電話を切った環いろはが、焦りが見える表情で言った。

 

 

「あの、うわさを聞いた人がもう動き出してるみたいです!」

 

「はぁ!? ちょっと、早すぎるだろ! って……」

 

「徹夜する気か…? バカ野郎! 余計時間が無くなりやがった…!」

 

「…なら、急ぎましょう」

 

「はい!」

 

 

 何とかできる限界など、とうに超えている。

 余裕なんてものはない、虚勢でどうにかしていたが、それも持たなくなってきた。

 文句を吐き散らす結翔から、色濃く焦りが見て取れる。

 

 

 先程よりスピードを上げて、目的の場所を目指す中、増援として呼んでいた、二葉さなと深月フェリシアが合流。

 

 

「おーいーつーいーたー!」

 

「お待たせ…しました…!」

 

「フェリシアちゃん! さなちゃん! ありがとう、ふたりとも来てくれて」

 

「おう、さっさと鶴乃とこころ助けようぜ! もう元気だからな!」

 

「はい、元気ですから…!」

 

 

 …疑う訳ではなかったが、本当に元気らしい。

 昨日とは比べられない程に、顔色は健康そうだ。

 洗脳の影響もここまでくれば、流石にもう残っていはいないだろう。

 安心しきるのも良くないが、一応は仲間だ。

 疑うばかりでは意味がない。

 

 

「ふふっ。これで頭数は揃ったわね。来てくれて助かったわ。天音姉妹が言ってた通りうわさが重要なものだと、激戦になるって思ってたから」

 

「おう! バリバリのドンだっ!」

 

「でも…そんなに危険なんですか…?」

 

「自分が七海に付いたのはあちらも想定外のはずだからな。マギウスと幹部勢揃いなんて可能性もゼロとは言えん」

 

「それってかなり不利なんじゃ…」

 

 

 表情を曇らせる二葉さな。

 彼女の言う通り、幾ら雑兵と言えど数が集まれば、将を討ち取ることも難しくない。

 数、その一点だけで言えば、私たちは不利も不利だ。

 加えて、マギウスも居るとなると、対応を間違えた時点でゲームオーバー…なんて事も有り得る。

 

 

 和泉十七夜も同じ意見だったのか、険しい顔付きで答えた。

 

 

「二葉君の言う通り。全ての戦力を一点に集中されたら…ひとたまりもないだろうな。羽根とはいえ、積もれば山になる下手をすれば呑まれるかもしれん」

 

「だけど、今なら間に合うわ」

 

「羽根が集まる時間が無いから…」

 

「その通りよ、私生活があるし、市外の子も沢山いるはずだからね」

 

「…けど、多くても関係ないわ」

 

「だな、邪魔な奴らは蹴散らして、鶴乃とこころちゃんを取り戻す」

 

「短期決戦上等だよ。どっちみちタイムリミットは夜明けって決まってるんだからさ」

 

 

 ももこの言う通り、タイムリミットは決まってる。

 だったら、多かろうが少なかろうが関係はない。

 時間内に助け出して、それで終わりだ。

 …絶対に失敗は許されない。

 失敗したら、それは関係性の崩壊を意味する。

 

 

 結翔のマギウスに対する印象は今でさえ最悪なのに、今回の件が成功すれば……彼は確実に許さないだろう。

 視界に入った瞬間に、死が決定する。

 それだけは、阻止しなければ…。

 

 

 未来の事を考えて意識が飛んでいた私を、現実に引き戻したのは、七海やちよの言葉だった。

 

 

「そこで、人の割り振りについてなんだけど。『みふゆ、灯花、アリナ、粟根さん、羽根』に対しては5人であたって。『遊園地のうわさ』に対しては3人であたりたいわ」

 

「その、うわさには誰が入るんだ?」

 

「私とやちよさん…あと、結翔さんで行こうと思います」

 

「……………………」

 

「分かってちょうだい、結翔。遊園地のうわさの強さが分からない以上、オールマイティに動けるあなたがこっちにいて欲しいの」

 

 

 口を一文字にして黙りこくる結翔。

 悩んでいる内容は…分かりやすい。

 どちらを助けるべきか、悩んでいるのだ。

 …はぁ、全く以てしょうがない、優柔不断なヒーローだ。

 

 

 私は立ち止まる彼の背中を蹴飛ばすように、言い放つ。

 

 

「こころは私が何とかする。鶴乃は貴方が何とかしなさい」

 

「…悪い、頼んだ」

 

「決まりね。鶴乃を助ける方法は、今の所、大元のウワサを消す以外思い付かないわ」

 

「ですね…」

 

「でも、やるしかないでしょ? こうなったら…!」

 

 

 その後、和泉十七夜の、二葉さなと深月フェリシアに対する自己紹介が入り、それから数分の間に目的の場所に辿り着いた。

 おまけとして、魔法少女の反応付きで。

 

 

 ──結翔──

 

 観覧車草原。

 数度しか来た事がないが、忘れるのが難しい光景が広がっている。

 何せ、パッと見るだけではただの草原なのに、奥にはデカデカと観覧車が建っているのだから。

 

 

 異物感が凄い、俺はそう感じる。

 だから、忘れることが出来ない。

 

 

「ここに、鶴乃やこころちゃんが…」

 

「辿り着けば遊園地のうわさに入れるのかと思ったけど、入口は他にあるようね…。うわさの入口…どこに…」

 

モギュゥゥゥ(観覧車じゃないかな?)

 

「遠くに見える観覧車…。遊園地のうわさなら、観覧車に名残があるし。あそこがちょっと怪しいと思いませんか?」

 

「だな、移動してみるか…」

 

 

 ももこの言葉を合図に、俺たちは先に進もうとしたが…思ったようには進ませてくれないらしい。

 白羽根と黒羽根が、行く手を阻む壁になるようにゾロゾロと現れた。

 

 

「悪いがここは我々で守らせてもらう」

 

「白羽根」

 

「……………………」

 

「おいおい、黒羽根のヤツも…。予想してたとはいえ、結構な数でお迎えだな…」

 

「喜んで迎えてくれるみたいで嬉しいよ、全く。……にしても、コイツらを…分かってんのか? 今回のうわさの事」

 

「救われることだけを望んで、考えることを放棄した輩だ。知り得るはずがない」

 

「何を話している? 引き返す気になったか?」

 

「…ここまで来て、引き返す質に見えるか?」

 

 

 全員が変身した状態で、武器を構えている。

 これを見て、引き返す気に見えるなら、どこかで気が狂ってるんじゃないか? 

 そう軽口を叩きたいが、正直、この数を蹴散らすしていくのは面倒だ。

 ももこもそう思ったのだろう、好戦的な顔付きはそのままに、ため息を吐いた。

 

 

「…初っぱなからコイツらだと、奥にはマギウスが居そうだな…」

 

「やっぱ、あの怖いヤツいんのかよ…」

 

「引き返さないなら、こちらからいくぞ」

 

「はい…」

 

「ふっ…。知った魔力をいくつか感じるな」

 

「こっちもですよ…。最悪の気分です」

 

「そうか…。まぁ、ここで無駄に足止めを食らうこともないだろう。元仲間も混ざっているだろうし。ここは、自分が受け持つ」

 

「いいのか?」

 

 

『元』が付くとは言え、仲間だ。

 やり合うのは、苦しいものもあるだろうに。

 申し訳ない気持ちが溢れてくるが、十七夜さん覚悟を無駄には出来ない。

 時間は一分一秒でも惜しいのだ、先を急ごう。

 

 

「どのみち誰かが当たる必要があるからな」

 

「すいません。頼みます」

 

「お願いするわ、十七夜」

 

「うむ、頼まれた」

 

 

 そう言い残して、俺たちは走る。

 後方では、数秒もしないうちに、戦いの音が響き出した。

 負ける…なんて事は有り得ないが、怪我が少ない事を祈ろう。

 

 

 思いは彼方に、目的地へと足を進めていく。

 少しばかり歩き辛い草原の先、ようやく目的の観覧車へと辿り着いた。

 

 

「この辺りに、うわさが…」

 

「反応は…あるな」

 

「そうね…。だけど、それだけじゃないわ」

 

「灯花ちゃんたち…」

 

「もう、目の前ね…」

 

「目の前っていうか、頭上なんですケドっ!」

 

 

 ありがとな、宣言してくれて!! 

 降り注ぐ、緑色のキューブ。

 一つ一つが、魔法少女の体に風穴を開ける威力を持っている。

 まぁ、宣言してくれたお陰で、全部破壊の魔眼で消せたんだがな。

 

 

「やってくれるわね、しかも…この攻撃」

 

「あのヤべーやつだっ!」

 

「アリナ…」

 

「ホント、ムカつくキンパツ、それに透明人間も…。邪魔しないで欲しいんですケド、ユウト? …そこにいるアサシンもだよねぇ、アリナの作品を壊してくれちゃってさぁ…! アリナ的にバット過ぎだヨネ」

 

「ほんと、今回は静かに全部終わると思ったのにねー。最強さんのお仕事も、あと少しで終わるのに」

 

「ワタシの責任です…。申し訳ございません…」

 

「まっ、良いよ? 実験の成果…見たかったし。一応、みふゆに任せてたんだから、ちゃんと反省してよねー」

 

 

 そう言いながらも、里見灯花はクスクスと笑っている。

 お礼を言いたかったのか、みふゆさんのことを呼ぼうとしたフェリシアの口を塞いでおく。

 …実験の成果ねぇ。

 さっきから感じる、異常なまでの魔力と……殺意。

 方角は分からなくもないが、目の前の敵から目を離すのは悪手だ。

 

 

 千里眼を使うのも、意識を二分させる行為なのであまり向かない。

 二兎追うものは一兎も得ず…だ。

 今は、目の前に集中する。

 

 

「はい…」

 

「ま、どっかのピーヒョロ姉妹と違って初めてのことだし、それでギルティーって言うのはちょっと酷だヨネ」

 

「酷いにゃー。わたくしだって一回は許すよ。それに、ここが見つかるっていう限りなく低い可能性を想定して、最強さんを使ったのが無駄にならなくて良かったしねー。予備の我慢さんも居るし…。くふっ」

 

「そういうことかよ…。わざわざアタシらが手出ししにくいように…」

 

「さーどーかにゃー?」

 

「不快ね。私の友人を予備扱いなんて。…反吐が出るわ」

 

 

 まさらの冷たい言葉とギラついた眼光が、里見灯花を射抜くが、彼女は意にも返さない。

 なんだ、心が鋼で出来てるのか? 

 それとも、切れないこんにゃくか? 

 イラつかせる要素満載な、どこまで行ってもクソガキとしか言えないヤツ。

 

 

 いろはちゃんの懇願も…額縁に収めても良いくらいの綺麗な笑顔で却下している。

 …勿論、遺影の額縁だけどな。

 

 

「みんなには遊園地で幸せになって貰わないとー。そして帰りたくなくなってー、でも入場待ちはいっぱいいるから強制退場してもらっちゃうの。この世から! その時の感情の起伏って凄そうでしょ!? とーってもエネルギーが得られそうでしょー!? くふふっ」

 

「それって、みんなを殺すってことじゃない!!」

 

「じゃないと、エネルギーが足りないし…」

 

「…いろはちゃん、止めとけ。話が通じる相手じゃない、平行線だ。無駄に時間を使う余裕は…俺たちにない」

 

「ハイハイ、ユウトがセイドした通り。ここから先はアリナたちを倒してから行ってヨネ」

 

「もー、せっかく時間を引き延ばそうと思ったのにー! …我慢さん、仕留めちゃってー」

 

「──っ!? まさら、二人で行くぞ!」

 

 

 いつの間にか頭上に飛んで来ていた、我慢さんと言われる魔法少女を、俺は全力で開けた場所に蹴り飛ばす。

 …彼女が誰か分かっている、だが加減をしている余裕はない。

 久しぶりに感じた本気の殺意…そして、ウワサの魔力。

 

 

 蹴り飛ばした場所の先に居たのは、天使──そう形容するしかない姿のこころちゃんが居た。

 マミちゃんの聖女の次は天使か…センスが良いよ全く。

 殺戮の天使…って奴か? 

 

 

 純白の翼を背に生やし、頭上には天使の輪が浮いている。

 魔法少女としての衣装も、ウワサの影響か明るい黄色ではなく、眩しいほどの純白になっていた。

 

 

 当たりはつけていたが、まさか倒した筈の『我慢少女のウワサ』を纏ってくるとは……

 相性は抜群だろう……なんで『我慢()()のウワサ』なのに、天使なのかは知らない。

 

 

 天使のように優しいって意味か? 

 安直だが、そんなのしか思い浮かばない。

 …ただ一つ、言えることがあるなら、目の前に居るこころちゃんは危険だ。

 魔法少女でありウワサ、その強さはマミちゃんで実感している。

 

 

「まさら、お前一人で勝てんのか?」

 

「やると言ったらやる。心配してる余裕があるなら、早く離脱してうわさの方に行きなさい」

 

行かせませんよ…解放の邪魔はさせません!

 

「解放で色んな人が犠牲になるとしても?」

 

はい。だって、結翔さんは頑張ったじゃないですか!? そんな人が傷付くなんて、そんな人が悲しむなんて間違ってる!!

 

 

 言葉からして、俺の事を想ってくれてるのは分かる…分かるけど。

 洗脳で捻じ曲げられた想いで助けられても、俺は嬉しくないし……こころちゃんにそんな事言って欲しくなかった…それなのに。

 武器である可変型トンファーがこちらに向けられる。

 射撃モード…やばい! 

 

 

 俺とまさらは急いで左右に避ける。

 空気が焼けるような音が耳に届いた瞬間、先程まで居た場所は草が焼け焦げ地面に小さい凹みができていた……いや、凹みと言うよりはクレーターだ。

 当たったらタダじゃ済まないのは、今ので証明された訳だ。

 

 

「本気…みたいね」

 

「避けるのが正解だな、ありゃあ、魔力でバリア張ってどうにかなる威力じゃない」

 

結翔さんもまさらも眠って。私は…二人と戦いたくない

 

「なら、戦わないで欲しいわ…全く」

 

 

 ダガーを構えるまさらは、顔を顰めて、どう攻撃するべきか悩んでいる。

 俺も、いつものように剣を編んで構えるが、攻め辛い。

 固有の能力が──固有魔法が全部使えれば…なんて、無い物ねだりをしながら正面切って斬り掛かる。

 

 

 攻略方法は、戦いながら考える。

 足を止めたら、間違いなく死ぬからだ。

 俺が距離を詰めたのを機に、こころちゃんは可変型トンファーを近接モードに変えて、俺の全力の振り下ろしを受け止めた。

 

 

 さっきと言い…今と言い、全力でやった筈なのに、ダメージを与えられる気配が一切しない。

 

 

「っ!?」

 

見えてるよ、まさら!

 

 

 恐ろしい事に、まさらが透明化状態で近付き、死角から攻撃を仕掛けたと言うのに、それに反応して跳ね返した。

 しかも、きっかり一発腹に入れてる。

 透明化状態は意地でも解除してないようだが、見えている…その言葉がハッタリではない限り、まさらは安全なんかじゃない。

 

 

 だと言うのに…このタイミングで、その声は響いた。

 

 

「いろは、結翔、こっちよ!」

 

「は、はいっ!」

 

「クソっ! …今行きます!」

 

 

 少なくとも、一撃入れてから! 

 いつものように右足ではなく──右の拳に魔力を集中させていく。

 他の属性魔力を混ぜる余裕はない。

 赤──豪炎だけを右手に纏わせ、可変型トンファーを盾に、防御姿勢をとるこころちゃんにぶつける。

 

 

 マギアに近い攻撃だった為か、彼女は防御姿勢のまま後ろに下がっていく。

 足を無理矢理地面にめり込ませて、吹っ飛ばされるのを回避したって訳か……

 本当のこころちゃんでも、ここまで俺の攻撃を耐えた事はない。

 

 

 まさらに任せるのは…不安が残るが…任せるしかない。

 

 

「まさら、あとは任せた!」

 

「…っ、えぇ、任されたわ」

 

っぅ、行かせなーー

 

「貴女の相手は私…よ。…悪いけどね」

 

まさら…そこをーー退いて!!

 

 

 後方で激しくぶつかる二人を他所に、俺はやちよさんの方へ向かう。

 やちよさんの後ろに続いて、ゴンドラの中に入ると──そこは遊園地だった。

 ウワサの結界が遊園地になっている…という事だろうか? 

 

 

 地面のタイルは普通だけど、アトラクションの色合いとか流れる音楽とか……妙に気味が悪い。

 

 

「一応、入れましたね」

 

「…入り方も、鶴乃をウワサから剥がす方法も、みふゆが教えてくれたわ。フェリシアと二葉さんの時みたいに…」

 

「やっぱり…そうですか。みふゆさんも、今回の件は不本意だった…って事ですかね?」

 

「でしょうね」

 

「それで、鶴乃ちゃんを元に戻す──ウワサから剥がす方法って何なんですか?」

 

「ウワサから引き剥がすには、相当な量の魔力が必要になるわ。現に向かってる人を考えるともう時間も無いし…。私たちの魔力のことを考えても、多分、チャンスは一度ね…」

 

「一度きり…」

 

 

 …どうするか。

 無闇矢鱈に動き回って、鶴乃を探してる時間はないし。

 それに…なんだ、思考が纏まらない。

 

 魔眼はギリギリ使えるけど、精度も……落ちてる。

 フェーズ1.5に上がった筈なのに…見辛い。

 

 

「…結構不味いですね。上手く頭が回りません」

 

「やっぱりうわさの中ね…なんだか急に意識がぼんやり…」

 

「はい、気を張ってないと、何か気力が削がれていくような」

 

「えぇ…」

 

「あれ、結翔! いろはちゃん! ししょー!」

 

 

 その時、一番聞きたい声が聞こえて、一番見たくない姿が目に映った。

 形だけで言えば、それは鶴乃だった。

 だけど、決定的に違う。

 この遊園地と同じく、鶴乃を構成する服や髪、瞳や肌の色合いは以上だった。

 

 

 エメラルドグリーンの髪、緋色にも見える赤紫色の瞳、雪女のような真っ白な肌、そして緑系統で塗り直されたような服。

 

 

「鶴乃ちゃん…!?」

 

「つる…の…?」

 

「その姿…あなた本当にウワサに…」

 

「さんにんともキレーションランドにようこそ! って開園前なのに来ちゃダメだよ。さんにんともせっかちだなー」

 

「鶴乃ちゃん! あのね!」

 

「ここはね! みんなでワイワイ楽しむよりも、のーんびりするところなんだよ。何も考えないで済んで悩みからも解放されるって、とっても幸せでしょ!? さんにんはもちろん特別だから開園前でもノンビリしていいよ!」

 

 

 いろはちゃんの声を遮って、鶴乃は──ウワサの鶴乃はキレーションランドの解説を始める。

 対面したら分かる、少しづつ、少しづつ気力が抜けていく。

 魔法少女の俺たちでこれなら…一般の人は? 

 

 

 …一日と持たずして、生きる気力すら持ってかれる。

 

 

「さっきの感覚、やっぱりうわさの影響だったんだ。こんなの普通の人が入ってきたら…」

 

「下手したら、一日持たずに……」

 

「鶴乃ちゃん!」

 

「ん? どうしたの? ノンビリしてていいよー? アトラクションは準備中だからベンチでノンビリしてもいいし、芝生にゴロンってするのもオススメだよ!」

 

「違うの鶴乃ちゃん! ここから出よう!」

 

「そうよ、一緒に帰るわよ、鶴乃!」

 

「あーわたしはいいよー」

 

 

 間延びした声で返ってきたのは、紛れもない拒絶だった。

 だけど、それだけじゃ引き下がれない。

 俺たちがここに居られるのは、外の仲間が必死で頑張ってくれてるからだ。

 そんな仲間の頑張りを無駄には出来ない。

 

 

 それに、俺はみんなで帰る為に、ここに来たんだ。

 

 

「お前の家は万々歳だろ!」

 

「それに、鶴乃ちゃんは私たちのチームの一員なんだから」

 

「ううん、わたしは帰らない。だってね、わたしにとってここは、楽しくて安心できるところだから」

 

「だけど、お前はこのままじゃ──」

 

「引っ張っていってでも、ここから連れて帰るわよ!」

 

 

 やちよさんがそう言った途端、鶴乃は物憂げな表情で頷いた。

 背筋に嫌な汗が…流れる。

 

 

「結翔…やちよ…いろはちゃん。そっか…うん…分かったよ」

 

「良かった、それじゃあ」

 

「さんにんとも邪魔するんだ。遊園地の運営を…邪魔するんだ」

 

「え?」

 

「まさか…」

 

「それなら黙ってないよ。さんにんには大人しくしてもらうから!」

 

『│ツッタッラッタ♪ │』

 

 

 軽快な音を鳴らしながら、メリーゴーランドに居たであろう機械仕掛けの馬が、こちらににじり寄ってくる。

 考えたくはないが、鶴乃の意思でここに呼び寄せられた…そういう事だろう。

 数も少なくない。

 

 

 強さが分からない以上、倍以上の戦力とやり合うのは…嫌だが、そうもいかない。

 鶴乃を取り返すのを邪魔する以上、倒すしかない! 

 

 

「あなた、本当にウワサなのね…」

 

「余裕はないですよ! 構えて下さい」

 

「│パッパカタッタ♪ │」

 

 

 小物のウワサ──馬が放ってきた攻撃は、一見するとなんの害もないカラフルな光だが、当たった瞬間、気力がごっそり削られて体を重く感じるようになった。

 厄介だ…光線技なら、ウルトラマンみたいに、ただ痛いヤツだけの方が万倍マシだ。

 

 

 痛みなら生と死の魔眼で和らげられるし、怪我も治せるのに……

 気力を削られると、段々と思考もぼやけてきて、魔眼の効力が落ちる。

 そのお陰で、概念の破壊も出来ない。

 

 

「二人とも、気をつけて…。さっきの光線、当たったら気力をごっそり削られる」

 

「って言っても、戦う以上、全部は避けられないわ…!」

 

 

 ウワサの結界の影響か、徐々に気だるさが増していく体。

 未来視の魔眼で幾ら未来を視ても、体が思うように動いてくれない。

 戦う事に、体が上手く動かなくなって、数分もしない内に、俺たちは地面に膝を着いていた。

 

 

「はぁ…はぁ…。だめ…やちよさん…結翔さん…。頭がフラフラしてきた…」

 

「気力が削られると、こんなに力が入らなくなるのね」

 

「…体が重い…まともに動かねぇぞ、これ」

 

「ほらほら、さんにんとも。そんなカッカしちゃだめだよー。ノンビリまったりだよ。何も考えなくていいからね」

 

「鶴乃ちゃん…」

 

「オープンするまで一緒にお喋りでもしてよーよ」

 

「鶴乃…だめよ…」

 

「そんな怖い顔しないでよやちよ。あ、そうだ。これねオープンしたら出そうと思ってるメニューなんだ。ドリンクメニューとフードメニューがあってね。良かったらさんにんとも試して欲しいな。みんなー持ってきてー!」

 

 

 目の前にメニュー表を置いた鶴乃は、そう言うと、パンパンっと手を叩いて、ウワサにフードメニューの一つと、ドリンクメニューの六つを持ってこさせた。

 持ってこられたフードメニューは……鍋だった。

 ドリンクメニューも麦茶に紅茶、オレンジゼリージュースにメロンソーダ、コーヒーにホットミルク。

 

 

 ……ドリンクが注がれているコップは見覚えのあるものばかり。

 鍋だって、昔からみかづき荘で食べていた、寄せ鍋。

 

 

「ほら、これ、どうかなどうかな!?」

 

「これ…私のマグカップ」

 

「私のも…。それにこれ…どうして遊園地で鍋なの?」

 

「だって、ノンビリといえば鍋だって思わない?」

 

 

 当然! 

 と言った様子で、彼女は笑顔で胸を張っている。

 俺のマグカップも出してくる当たり、鶴乃の優しさを感じる。

 懐かしさも、どこからか溢れてきた。

 

 

 二度と思わないと思っていたのに、少しだけ昔に帰りたくなった。

 

 

「ホント、変だよ…おまえ」

 

「これじゃあまるで…」

 

「みかづき荘ですね。…ふぅ。やちよさん、結翔さん…。ノンビリしてちゃダメですね…。鶴乃ちゃん、帰りたがってる…」

 

「そうね、外のみんなも長くはもたないわ…」

 

「…だからやりましょう」

 

「えぇ、そうしましょう」

 

 

 いろはちゃんとやちよさんが、鶴乃の為に言葉を尽くしていた。

 …多分、俺の勘違いじゃなければ、鶴乃がここに居る理由はそのままだ。

 安心できるから、居心地が良いから、ここに居る。

 

 

 何も…考えなくていいから。

 気を揉むこともない…楽園ってことか。

 本当に、どこまで似た者姉弟をやればいいのか。

 背負い込んで、背負い込んで、背負い込んで。

 

 

 転んで…でも、まだ立ち上がれる。

 みんなの知らない、俺だけが知っている、由比鶴乃。

 ……あの時、あの公園で話してたのは、お前の事だったんだよな? 

 

 

 お前が求める幸せは安心できるこの場所に……ずっといる事なのか? 

 違う、絶対に違う! 

 

 

 お前が今までやってきたことは無駄じゃない。

 お前が今までやってきたことは無価値じゃない。

 お前が頑張ってくれたから、今があるんだ。

 

 

 もう、笑顔の仮面は被らなくていい。

 救ってやる。

 あの時は、無意識だったけど、あの時は知らなかったけど、今知ったから。

 絶対に救う。

 

 

 頼ってくれたよな? 

 あの日、あの公園で、お前は俺を頼ってくれたよな? 

 誰にも頼った事なんて、なかっただろ、お前。

 本当に、不器用な頼り方だった。

 

 

「鶴乃。お前、だけだったんだ。俺の家族ごっこに付き合ってくれたのわ。やちよさんやみふゆさんみたいに、導くお姉さんじゃなくて、隣に立って手を引いてくれるお姉ちゃんだった。…お互い、作り笑顔は卒業しようぜ?」

 

「……結翔」

 

「ヒーローだからな。…今、救ってやる」

 

「わたしは…わたしは、救われたくない。結翔が救われて欲しい」

 

「こころちゃんもそう言ってたよ。…でも、俺は救われてる。みんなが傍に居てくれてるだけで、俺は十分救われてるんだよ」

 

 

 救いなんていらない。

 俺は救う側(ヒーロー)だ。

 仲間が、家族が傍に居てくれるだけで、俺は良いんだ。

 

 

「結翔、一体どういう事なの!?」

 

「私たち……鶴乃ちゃんの事、理解出来てなかったって事ですか?」

 

「……そうなるね。俺たちが理解すべきなのは、いつも笑顔で知らぬ間に背負い込んで、傷付いていく由比鶴乃なんだよ」

 

「なんでも、お見通しだね、結翔には…。でもさ、わたしが帰りたいって思っても、帰れないんだよ。わたしはウワサだから、責務がある」

 

「んなのどうでもいいんだよ!! 大事なのはお前の意思だ。…助けてって言え!」

 

「わたしは…わたしは…! これ以上、結翔に背負わせたくない! ここに居てよ! ここに入れば、苦しまなくて済む、傷付かなくて済むんだよ!? みんなだって、悩む事もない、ずっとゆっくり…していられるんだよ?」

 

 

 揺さぶり問い掛ける鶴乃。

 だが、やちよさんも、いろはちゃんもウワサ側に着くことは無い。

 

 

「私、口寄せ神社の時からずっとずっと頼ってきた! でも、これからは頑張るから。鶴乃ちゃんがいっぱい甘えられるように、頼ってくれるように頑張るから! だから、帰ろうよ!」

 

「あなたにキツく当たってしまってごめんなさい。私の勘違いで、凄く苦しめたと思う。殴られたって構わない、リーダーとして私は最低だった。虫がいいことだって分かってる、だけど、お願いよ…戻ってきて!」

 

「…だ、そうだ。答えは出たか?」

 

「………………分かんない。分かんないよ? こんな時、どうすればいいのか、分かんない」

 

「簡単だよ」

 

 

 無責任なバカヒーローに向かって、『助けて』って言えば良いんだ。

 

 

 ──鶴乃──

 

「メルさんは、魔法少女として立派に全うしたと思います。悲しいけど、鶴乃さんだけが責任を感じることじゃないんですよ?」

 

 

 まだ、わたしが頼りないから、本当のことを教えてくれないのかな? 

 頑張らないと、もっと頑張らないと。

 

 

「もう私に関わらなくていいの、チームは解散って言ったでしょ」

 

 

 不安になっちゃだめだ。

 わたしは最強なんだから、むしろ陰でししょーを支えるんだ。

 

 

「やちよさんにはほとほと愛想が尽きたよ。みふゆさんだって居なくなって当然だろ…」

 

 

 みふゆに話を聞いて、やちよを説得して、結翔を引き戻して、ももこの誤解も解いて……

 わたしが頑張ればなんとかなるよ。

 

 

「ありがとな。お前には助けられてばかりだ」

 

 

 違う、わたしこそ結翔に助けられてもばかりなんだ。

 凄く傷ついて、悩んでる。

 わたしは、お姉ちゃんだから、弟を助けてあげなくちゃ……

 その為にも、もっと強くならなきゃ。

 

 

「はい、いつかういを見つけて、また家族みんなで暮らすんです」

 

 

 いろはちゃん、大変だな。

 わたしが先輩として力にならないと。

 なんたって最強だからね。

 

 

「こんなメニューあんのー? 覚えきれねーし読めねーよ…」

 

 

 ひとりで生き抜くなんてわたしより大変。

 わたしがフェリシアのししょーとして勉強も仕事も鍛え上げないと! 

 

 

「………………」

 

 

 まだ不安なんだろうな。

 ここはやっぱりやちよチームの潤滑油、由比鶴乃が居場所を作らないと! 

 

 

 わたしが頑張らなきゃ。

 不安になってるヒマはない。

 だって最強なんだから。

 偉業を成すんだからこれぐらい、みんなに幸せになって欲しい。

 

 

 そう思ってたのに、そう思ってた筈なのに。

 今は? 

 今はどうなんだ? 

 本当のわたしをみんなが知ったら、わたしはどうすればいいんだ。

 

 

 作り笑顔(これ)はもう使えない、笑顔の仮面は使えない。

 そしたら…そしたらどうすればいい? 

 わたしは──なにをすればいいの? 

 わたしは、なにをしていいの? 

 

 

 分からない、分からない筈なのに、結翔の簡単だよの一言で、スっと口から言葉が漏れた。

 

 

助けて

 

「分かった、今から…助ける!」

 

 

 今日、この日、わたしの笑顔の仮面はヒーローに剥がされた。

 ……悪い気は全くしなかった。

 




 次回もお楽しみに!

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五十五話「優しき暗殺者の蒼炎」

 まさら「前回までの『無少魔少』。遊園地のうわさと鶴乃やこころが居ると言われた観覧車草原に行くと、マギウスの翼やマギウスに出迎えられ、ウワサの一部となった鶴乃とウワサを纏ったこころと対面した話ね」

 しぃ「今回は文字数控えめだよ!やったね!」

 結翔「前回のことを反省したのは良いから、早く本編の続きを書いてくれ」

 こころ「今回の三章、半分くらいオリジナルが入ってるんですから、早め早めに書き終えておけば楽じゃないですか?」

 しぃ「……いや、バイト…あるし」

 ももこ「三万課金して推しを出せなかった悲しい敗北者だな。…取り敢えず、あらすじはここまで!」

 みたま「皆さんはぁ、五十五話をどうぞぉ〜!」

 


 ──まさら──

 

 ウワサに囚われた鶴乃を助ける為に、結翔が去ってから数分。

 私とこころの戦況は酷いものだった。

 彼女は私の攻撃を受けきり、ガラ空きになったボディに一発入れて返すだけ。

 一度たりとも、まともに攻めてきていない。

 

 

 手の内は全てバレている。

 切れるカードは……悲しいが、殆ど残ってない。

 未来を見通す眼など、私は持っていないが、それでも分かる。

 勝てる未来は、万に一つ──いや、億に一つもないと。

 

 

 それを、こころも分かっているのだろう。

 こう言った。

 

 

諦めなよ、まさら。これ以上戦っても、意味なんてない。解放されれば、傷付かないで…済むんだよ?

 

「………………」

 

 

 傷付かないで済む……か。

 あの最悪な夢を見て、貴女はそう思ったのね…こころ。

 確かに、結翔は傷付いた。

 心にも、体にも、これ以上ない傷を負って、彼は立ち上がった。

 

 

 ヒーローである為に弱さを隠し、人であるが故に嫌われるのを恐れて過去を隠した。

 両極端だ、あまりにも両極端だ。

 在り方が歪んでいる、醜く…そして、美しく。

 

 

 だけど、結翔はただ傷付いただけじゃない。

 重い覚悟と揺るがない誓を胸に、立ち上がったのだ。

 

 

「…まだ、終わってない」

 

そっか…。じゃあ、悲しいけど、早く終わらせよう

 

 

 一瞬にして、目の前に居たこころが消えた。

 脳が警鐘を鳴らす前に、直感が私を動かす前に、体はくの字に曲がって吹き飛ばされていた。

 自分が体験している筈なのに、やけに他人事のように感じる。

 

 

 地面との平行線をなぞるように体が飛ばされた。

 攻撃と同時に電撃も流された所為か、痛覚を司る神経が麻痺し、痛みは感じない。

 笑える、どうやって攻撃されたのか、それすら見えなかった。

 

 

 電撃を流された事から、近接モードに切り替えた可変型トンファーで殴られたのは分かるが、戦闘で研ぎ澄まされていた筈の五感は、何も捉えられなかった。

 地面に叩きつけられ、引きずるように転がる私は、ただ無力感に打ちひしがれる。

 

 

 差があり過ぎる。

 攻撃は通じず、防御は間に合わない。

 しかも、一度食らったら瀕死ときた。

 …魔法少女への変身は既に解除されている、私は何時死んでも可笑しくない状況にいるのだ。

 

 

 そんな、私の前にこころはやってくる。

 悲痛そうな面持ちで、傷付けた事を本気で後悔している…そんな所だろうか。

 

 

降参して

 

「……嫌…よ」

 

喋れないくらい苦しいのに…まだやるの? 次は、死んじゃうかもしれないよ?

 

 

 煽っている訳じゃない、彼女は本気で心配している。

 だが、それは無用だ。

 圧倒的な差、私の心を支配する無力感、悲しみながらも敵対する友人。

 状況は最悪だ…でも、悪くない展開だ。

 

 

 私は痺れが残る体を無理矢理動かし、立ち上がる。

 無理矢理起き上がった所為か、視界は揺れて焦点が上手く定まらないし、足はカクカクと震えて立っているのがやっとで、手だって武器どころか、その辺の小石一つ持つ事さえ困難なレベルで力が入らない。

 

 

 上手く喋れない舌を噛みちぎりたくなるが、しょうがない。

 私は自分の想いを叫んだ。

 

 

「…そうね、貴女の…言う通り。次は死ぬかもしれない。……私たちには、マギウスの計画を潰しても…解放に変わる代案はない。…お先真っ暗だわ」

 

やっぱり…分かってるんだ。…なら、なんで? なんでそっちに居るの? こっちに来た方がーー

 

「でもね、こころ。…私は、自分が信じた正義を貫きたいの。昔の私なら…こんなこと、絶対に思わなかっただろうけど。…今の私は違う」

 

 

 だって、大切な家族に出逢えたから。

 血の繋がってない、絆だけで繋がった、不安定で…それでいて温かい、最高の家族に。

 

 

 生に拘りなんてなかった。

 死に恐怖なんてなかった。

 

 

 人はいずれ死ぬのだ、なら何故その死に怯えて過ごす必要があるのか? 

 魔法少女として、日常的に命のやり取りをするようになっても、私のこの思想は変わらなかった。

 いいや、本当ならその先も変わる筈がなかったのだ…彼女と、粟根こころと会わなければ。

 

 

 不思議な子だった。

 私と居ても、メリットなんて何も無いのに、彼女は傍に居たがった。

 魔法少女としても強くはなくて、私に着いてくるのも精一杯なのに、ピンチになったら勝手に割って入って怪我をする。

 

 

 不快だった。

 訳が分からなかったが、彼女が傷付くのが不快だった。

 …そこからだ、私が変わり始めたのは。

 

 

 こころから、少しづつ…少しづつ、色々な感情を教わった。

 知識としてしか知らなかった多くの感情を、実際に体験させてもらうことは、得難いものだと自負している。

 

 

 そうして、変わりつつある私にトドメを刺したのは、紛れもなく…彼──藍川結翔だ。

 不思議…そんな言葉では表せない程に、結翔は私の常識の埒外に居る人間だった。

 

 

 ブレーキのない、アクセルだけの自己犠牲の精神。

 加えて、優し過ぎる、お人好しな性格。

 理解不能だった。

 他人の為にそこまで出来る、彼の在り方が。

 こころもそうだが、その優しさは度を超えている。

 

 

 一度、何故そこまで優しくなれたのか、どうしてヒーローに固執するのか聞いてみた。

 その時出た答えは──

 

 

『ただのエゴだよ。優しくしてるのも、ヒーローになりたいと思うのも、俺がそう在りたいと思ってるからさ。…誓と夢の末路だよ』

 

 

 今なら分かる。

 だけど、当時の私は分かる筈もなく……

 

 

 その後、洗脳を受けるように、私は彼に特撮ドラマを見せられ続けた。

 正直、私はテレビのフィクションより、実際に体験できる方が好きなのだが……何故か、驚く程自然に惹き付けられた。

 

 

 そこで、ようやく答えの一部が見える。

 彼はずっと前から惹かれていたのだ。

 どんな逆境も、どんな絶望も、希望と絆で乗り越える英雄(ヒーロー)に。

 

 

「空っぽだった私は、もう居ない。居るのは、貴女と…バカヒーローに毒された──ううん、満たされた私だけよ。笑顔を守って、困っている誰かの手を取る。簡単そうで、凄く難しいこと……それが私の信じる正義」

 

…そんなのじゃ、誰も救えないよ。誰も、救われないよ

 

「あら、そうかしら? …それじゃあ、手始めに、貴女を救うわ。…最初に手を取ってくれたのは、貴女だったわよね? 安心しなさい、今度は……私がその手を取るから!」

 

 

 再変身し、ウワサを纏ったこころを見据える。

 マギアは通用しない、他の技もダメ。

 なら、新しく一から作ればいい。

 見本は嫌ってほど、隣で見せて貰えた。

 今なら……出来る!! 

 

 

 ダガーを編んだ右手に、魔力を集中させていく。

 彼のような豪炎ではなく、優しく燃える蒼炎を纏わせ、構える。

 

 

無駄だよ…そんなの効かない!!

 

 

 そう言った、彼女は出力を最大まで上げた電流を、可変型トンファーに流す。

 振り絞った一発だ。

 失敗は許されないし、失敗したらそこで終わり。

 

 

 絶望的な状況なのに、私は笑みを零した。

 こうやって、彼女と正面切って争うことは無かったから…少しだけ嬉しい。

 喧嘩するほと仲がいい…だったか? 

 

 

 フィクションによくある河川敷での喧嘩。

 どことなくそれに似ている。

 場所も違えば、取り囲む事情も違う…けど、喧嘩してから仲直り、その過程に間違いはない。

 

 

「これで…終わり!!」

 

私は! 負けない!!

 

 

 お互いの武器が触れ合った瞬間、辺りを閃光が包み、衝撃波が私たちを吹き飛ばした。

 先程飛ばされた時よりはマシだが、痛覚が戻り始めた所為か、地面を転がる感触は最悪の一言に尽きる。

 

 

 時々刺さる小石の感覚は、明日まで残るだろう。

 …しかし、そんなのはどうでもいい。

 今、重要なのは、こころからウワサを剥がせたかどうかだ。

 本音を言えば、あの攻撃で纏っていたウワサを倒せてれば良いが…そうも上手くはいかない筈。

 

 

 なら、少なくとも、こころからウワサが剥がれていれば良い。

 期待を胸に、体を起こす。

 再変身した筈なのに、魔法少女の衣装は消え去っている…強制解除されたようだ。

 

 

「ここ…ろ」

 

 

 視界の先に、彼女を捉えた。

 纏っていたウワサは……私の蒼炎に燃やされている。

 天使の翼も…輪も、蒼炎が焼き尽くしていた。

 侵食されて、明るい黄色から純白になっていた魔法少女の衣装も、元に戻りつつある。

 

 

 どうやら、やり遂げたようだ。

 フラつく足取りで、横たわる彼女の下まで歩く。

 たった数メートルの筈なのに、それが果てしなく遠く感じる。

 途絶えそうになる意識を限界まで引き伸ばし、体より先を行こうとする魂を押さえ付ける。

 

 

 

 

 

「…ま…さら?」

 

「起きたのね、こころ?」

 

「わ…たし、今まで、何を──」

 

 

 起き上がりながら開いた口から出てくる声は──言葉は、不自然に途切れた。

 …あぁ、私の姿を見て思い出したのか。

 制服には所々穴ができており、そこから生々しい傷跡が見え隠れしている。

 見えないが、顔にも少し傷ができているだろう。

 

 

 青白く顔色を変えていくこころを見て、私は呆れたように笑った。

 貴女は悪くないのに、なんでそんな顔するんだ…と。

 立つことはなく、座ったままの状態の彼女を、私は抱き締める。

 とうに蒼炎は消え、今ここに居るのは、正真正銘粟根こころただ一人。

 

 

 だから、私は抱き締める。

 

 

「貴女は悪くないわ」

 

「…だけど! 私…結翔さんやまさらに、酷いこと…いっぱい!!」

 

「分からず屋ね、全く。…もう一度、言ってあげる。これが最後よ?」

 

 

 私は彼女の両頬に手を添え、面と向き合う。

 しっかりと瞳を見据えて、その奥にある不安や後悔を取り除くように、私は言うのだ。

 

 

貴女は悪くないわ

 

「まさら……まさらぁ……!!」

 

 

 涙を流す彼女の頭を撫でながら、ウワサの結界に居るであろう、ヒーローを思う。

 

 

「頼んだわよ、結翔」

 

 

 鶴乃を助け出せれば、それでゲームセットだ。




 次回もお楽しみに!

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五十六話「英雄の力」

 いろは「前回までの『無少魔少』。ウワサを纏ったこころちゃんと加賀見さんが戦って、ギリギリの所で勝ってウワサを剥がしたって話ですね」

 まさら「…正直、本気で死ぬかと思ったわ。それぐらいギリギリだった」

 結翔「一応、師匠として嬉しく思うよ。頑張ったな、まさら!」

 まさら「褒めるくらいだったら、美味しいご飯でも用意してちょうだい」

 こころ「絶賛頑張ろうとしてる結翔さんにそれ言うの!?」

 みたま「あら、だったらわたしが作ってあげるわよ〜」

 結翔&まさら&こころ『いいえ、結構です』

 みたま「えぇ、なんでよぉー!ケチねー!」

 ももこ「調整屋がなんか駄々こねてるけど、五十六話も楽しんでどうぞ!」


 ──結翔──

 

 鶴乃の『助けて』、と言う言葉を聞いて、俺たちが動き出そうとしたまさにその時。

 待ったをかけるように、フェリシアとさなが現れる。

 

 

「話は全部聞かせてもらったぞ!」

 

「はい…。一緒に帰りましょう、鶴乃さん」

 

「あなたたち、アリナは…」

 

「今は、レナさんとかえでさんが…!」

 

 

 かえでの奴、ももこが魔法少女の真実を話してから、あんまり調子良くないって言ってたけど……レナがなんとかしてくれた訳か。

 …本当なら、そっちも気に掛けられれば良かったんだけどな。

 ももこの奴が、お前はお前がやるべき事をやれば良い、って言うからさ。

 

 

 取り敢えず、アリナとやり合ってるのが二人だと分かったのは良いが……

 幾ら二対一でも、負ける可能性は十分にある。

 自分の作品とか言って、キューブ結界の中から魔女をポンポコ出してくるし、天音姉妹が復活して加勢に来ないとも言いきれない。

 ウワサを鶴乃から剥がしたら、パッパと大元のウワサを倒す必要がある。

 

 

 その為にも、全員の協力が必要だ。

 

 

「おい、鶴乃! 今度はオレがお前を助けるからな! 結翔の兄ちゃんばっかに任せられっか!! …オレだってな…オレだって! 鶴乃のこと理解するから! 迷惑かけねーから! だから、戻って来いよ!」

 

「フェリシア……。うん、お願い。みんなで、わたしを助けて…!」

 

 

 頬を流れる一筋の涙。

 それが、俺たちの結束を強くする。

 頼ったのだ。

 願ったのだ。

 

 

『助けて』と、『みんなで助けて』と、彼女は願ったのだ。

 だったら、助けるのが、ヒーローってものだろう? 

 周りに居るみんなを見回す。

 誰もが頷いていた。

 

 

「私たち四人の魔力を、あなたに託すわ…結翔」

 

「お願いします、結翔さん!」

 

「頼んだぞ、兄ちゃん!」

 

「受け取ってください!」

 

「……あぁ、雑魚は頼んだ」

 

 

 四人から受け取った魔力を、少しづつ移動させ右足に集中させる。

 悲しみのある青の属性魔力が、優しさのある黄の属性魔力が、不安のある緑の属性魔力が、後悔のある紫の属性魔力が、怒りのある赤の属性魔力が、混ざり合っていく。

 

 

 悲しみも、優しさも、不安も、後悔も、怒りも、全部纏めてぶつける。

 

 

 鶴乃、お前が居ないと悲しいんだ。

 鶴乃、お前の優しさに助けられたんだ

 鶴乃、お前と離れ離れになるのが、不安で不安でしょうがないんだ。

 鶴乃、お前の弱さにもっと早く気付けたらって、後悔してるんだ。

 鶴乃、お前が奪われた事に、俺は怒っているんだ。

 

 

「俺には──俺たちには、お前が必要なんだよ!!」

 

 

 頼りたいんじゃない、ただ傍に居て欲しいんだ。

 三度目は、耐えられない。

 父さんの時とは訳が違う。

 力がある、ヒーローの名に恥じない力を俺は持っているんだっ! 

 

 

 一撃を受け止めるように、彼女は腕を広げて俺を待っている。

 笑っていた、ポロポロと涙を流しながらも、俺を──俺たちを信じて笑っていた。

 翼のある鳥のように空高くまで飛び、全てを込めた右足を向ける。

 

 

 マギアであってマギアじゃない。

 最強の一撃を、俺は放つ。

 

 

 キックが直撃した瞬間、想いを乗せた魔力の全てが、鶴乃の中に流れ込んでいく。

 

 

「…いっけえぇぇぇえ!!」

 

 

 流れ込んだ魔力は、内側からウワサの殻を破り、盛大に爆発した。

 …だけど、分かる。

 傷なんて、鶴乃に一つも付いてないことを。

 未来で結果を視た訳じゃない…けど、分かるんだ。

 今までの苦労を完璧に精算できる、そんな未来が。

 

 

 背中を仲間に任せ、待った。

 そして、少しの時間を置いてから、煙が晴れた場所に彼女は、二本の足でちゃんと立っていた。

 爆発の所為で、少々すす汚れているが…その方が自然体に感じる。

 

 

 いつものように、にへらっとした場を和ませる笑みではなく、くしゃっとした心からの笑みが見て取れた。

 申し訳ないと心で思ったが、俺は一目散に駆け出して、彼女を抱き締める。

 

 

「鶴乃!! …鶴乃鶴乃鶴乃! 良かったぁ……。無事、なんだよな?」

 

「うん! 万々歳の看板娘兼、チームみかづき荘の潤滑油兼、結翔のお姉ちゃんな由比鶴乃だよ!! ふんふん!」

 

「ははっ…。最後のは要らないが…無事ならそれで良いや」

 

 

 どれ程抱き合っていたんだろう。

 いつの間にか、雑魚の処理が終わっていたみんなが帰ってきて、やちよさんの咳払いで俺たちは一度離れた。

 その後は、みかづき荘の面々が代わる代わる抱き締めあっていた。

 

 

 ……喜びあってる時間も、そろそろ限界みたいだな。

 

 

「みんな、ありがとう。…あれだね、みんなに色々バレちゃったって思うと、顔から火が出そうだよ! …あ、それより急がないと…朝にはオープンしちゃう…!」

 

「あとは、大元のウワサを消すことができれば」

 

「おう! 全部解決だな!」

 

「でも…どうやって…大元のウワサを出せば」

 

「内容に反する…?」

 

 

 いろはちゃんたちは、大元のウワサをどう出そうか迷ってるみたいだが……意味の無い事だ。

 …やっぱり、やちよさんは気付いてるな。

 良く考えれば、分かる。

 

 

 キレーションランドの目的は、入場者の気力を奪い尽くして、人数が溢れる前に、生きる気力さえ失った者を殺し、エネルギーを得る。

 客を遊園地に入れる→気力をどんどん奪っていく→入場者が溢れそうになると生きる気力さえ失った者を殺す→エネルギーを得る。

 このサイクルを続けるのが、キレーションランドの目的であり、ウワサの内容なのだろう。

 

 

 既に、俺たちは気力を奪われて、ぐーたらで安楽な生活を送る筈だが、それに反抗している。

 加えて、ウワサの一部である鶴乃まで取ろうとしているのだ…これで、大元のウワサが黙っている訳ない。

 

 

 噂をすれば影ってやつか? 

 強大な魔力反応が、こちらに近付いてきた。

 

 

「まぁ、その必要はないでしょうね」

 

「│………………ォォン…ォォン│」

 

「鶴乃って言う、ウワサの一部を持ってこうとしたんだ。黙ってるほど優しくはないだろ」

 

「よくも、最強の魔法少女。由比鶴乃を弄んでくれたね! ここは、わたしが、やられた分をやり返すぅぅぅ…。うぅ、なんで力が…」

 

「│………………ォォン…ォォン│」

 

「うわっおっ!」

 

 

 現れた大元のウワサは…恐らくだが、観覧車草原にある観覧車を模したものだ。

 …折角助けたってのに、あんのバカは一人で突っ込んで、ゴンドラの中に余裕で閉じ込められている。

 外から見た感じでも分かるが、ゴンドラの中身は…あまりいいものじゃないし、外面も気色悪さMAXだ。

 

 

 頼れって言ったのに、さっきはちゃんと助けてって言えたのに……

 どうして、こうもあっさりと突っ込んで行けるのか──いや、それが鶴乃らしさ…か。

 良い意味でも、悪い意味でも、真っ直ぐで優しい奴だからな。

 

 

 安堵からか、はたまた呆れからか、口からため息が漏れた。

 

 

「はぁ…。らしいっちゃ、らしいが、そこまであっさり捕まらなくても良いんだぜ?」

 

「ゆ、結翔さん、言ってる場合じゃないですよ! 鶴乃ちゃんが…!」

 

「おい、捕まっちまったぞ! つーか、なんでアイツ、あんなヘトヘトなんだよ!」

 

「……やっべ。俺の所為かも。さっき、怪我は無いように感じてたけど、体力の事とかは考えてなかった…」

 

「大丈夫だよみんな! こんなウワサわたしひとりで!」

 

「え…さっそく言ってることが…」

 

 

 …本当に、不器用な奴だ。

 見ろ、さなが滅茶苦茶困惑してるじゃねぇか。

 オロオロしてるのを眺めるのも良いが、時間は有限。

 まさらとこころちゃんも心配だし、ササッとケリをつけねぇとな。

 

 

 もう一度、気を引き締めて。

 腹の底から、アイツに──鶴乃に届くように声を出した。

 

 

「頼れって言ってんだよ! 助けてって、もう一回言え!!」

 

「…………そだね。じゃあ、もう一回、みんな助けて!」

 

「うん、みんなで助けるから!」

 

「えぇ、このままウワサも消して、さっさと撤退するわよ!」

 

「了解!」

 

 

 やちよさんの言葉を皮切りに、大元のウワサとの戦いが始まった。

 小物のウワサである馬を、周囲に盾のように配置し、自分は遠距離から攻める作戦らしい。

 大元のウワサの攻撃は、一つ一つ種類の違うゴンドラから、一見シャボン玉にも見える大きい透明な球体を吐き出し、その球体の核とも言うべき部分の色で、攻撃方法が変わる。

 

 

 水色なら、当たった瞬間、水風船のように中身の液体が飛び出し、それに当たると眠気が酷くなる。

 黒色なら、当たる直前に自ら割れて、ガス状になって纏わり付くことで気力を奪っていく。

 

 

 小物のウワサの猛攻を躱しながら、大元のウワサに辿り着き、一発入れるのは至難の業だろう…。

 しかし、そんなの関係ない。

 人の仲間に…人の姉に、手ぇ出しておいて、タダで済むと思ったら大間違いだ。

 

 

 球体による、水攻撃もガス攻撃も、こちらに近付く前に俺が破壊の魔眼で消す。

 いろはちゃんが後衛で支援、さなが盾から出る鎖で中央から小物のウワサを纏め、やちよさんとフェリシアが前衛でそれを叩き、道を開く。

 

 

 ある程度道が開けて来たのを確認すると、俺は右腰をバンッと力強く叩く。

 すると、腰に靄の掛かったベルトが巻かれ、唯一見える、中央の赤く光る宝玉のような部分から、一本の剣──フレイムセイバーが出てきた。

 刀のような刃の形状をしており、刀身の温度を摂氏7000度まで上げる事が可能な代物だ。

 

 

 刀に見られる鍔部分には、セイバーホーンと呼ばれる金色の角が二本、切っ先と峰に沿うような形で着いている。

 必殺技を使うタイミングになると、追加で二本──合計四本のホーンが展開され、フォースアイと言う、埋め込まれた秘石にある炎の力を全開放する。

 

 

 …少し、早口になって解説したが、分かりやすく言うなら、赤──炎系統の滅茶苦茶に切れ味のいい武器だ。

 グリップ部分を両手で握り、穴が出来た敵の包囲に突っ込む。

 左右から阻むように邪魔されるが、フレイムセイバーをひと薙すればあら不思議、小物のウワサは呆気なく消滅していく。

 

 

 一体は、単純に両断され、また一体は、フレイムセイバーの熱によって溶けるか燃えていく。

 固有の能力──固有魔法で、今召喚できる使い勝手のいい武器が、丁度これなのだ。

 他にもあるが、この状況に合う武器はあまり多くない。

 

 

 あったとしても、無駄に召喚することは出来ない。

 なにせ、武器召喚や超能力などの行使は疲労は大きいので、そう易々と使えないんだよ。

 

 

 敵をバッタバッタと切り裂きながら進むと、ようやく観覧車の足元まで辿り着いた。

 

 

「…ふぅ」

 

 

 肺に残っている空気を全て吐き出し、そして、また吸い込む。

 必殺技を放つ為、セイバーホーンの残り二本を展開し、炎の力を全開放する。

 ただ刀身の温度を上げるのではなく、炎を纏わせる事で更に威力を底上げし、観覧車の頂点まで飛び上がる。

 

 

 本家では破壊力30t、両断した敵を発火させる効果がつく必殺技、その名も──

 

 

「セイバースラッシュ!!!」

 

 

 振り下ろしたフレイムセイバーは、大元のウワサである観覧車の頂点から地面までを、勢いを落とす所か上昇させて両断し、トドメを刺すように燃やしていった。

 大元のウワサは消滅し、その所為で中に囚われていた鶴乃は重力に従い、真っ逆さまに地面に落ちる。

 

 

「│……ォォン…………│」

 

「わっわっ、お、落ちる!」

 

「…はい。キャッチ、っと。むっ! …お…重い」

 

「ヒドイよ!」

 

 

 鶴乃の文句が聞こえるがしょうがないだろ? 

 結構な高さから落ちてきたのを、出来るだけお前に衝撃がないようにキャッチしたんだぞ。

 俺の膝や腰に負担が掛かるのは当然だ。

 

 

 …いや、流石に、重いって言ったのは反省するけどさ。

 三徹して一日は休んだけど、まだ体に疲労が残ってるんだよ。

 それに、今日は超自然発火能力(パイロキネシス)使ったし、武器召喚もしたからな…。

 

 

「助けたぞ。調子はどうだ?」

 

「悪くないよ! むしろ、絶好調!」

 

「これで…終わり…ですよね…?」

 

「うん、後は結界が消えるだけだね…」

 

「……………………」

 

 

 いろはちゃんの言葉を最後に、少しの間、静かな時が流れる。

 …憂うような顔付きの鶴乃。

 どうせ、迷惑かけちゃって悪いな…とか、思ってるんだろうな…コイツ。

 

 

「あの、みんなごめんねすごく迷惑かけちゃって…」

 

「なんで、あなたが謝るの? 悪いのは私でしょ」

 

 

 謝り合戦を二から三分ほど続けた後、結局は鶴乃の事をちゃんと知れて良かった…と、そこに落ち着いた。

 最後は手を重ねて円陣を組む流れになり、俺も誘われたが、丁重に断った。

 …その輪に、俺が入るべきじゃないと…そう思ったからだ。

 

 

 確かに彼女たちのことは仲間だと思ってるし大切だ…だけど、俺がそれをやるべき相手は──いや、やる相手は二人だけだ。

 

 

 結界が崩れて消えていく中、期待と不安を胸に、俺たちは外に出る。

 ……戦いは、完全に終わった訳じゃないから。




 次回もお楽しみに!

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五十七話「夜明けの彼ら」

 こころ「前回までの『無少魔少』。ウワサから鶴乃さんを引き剥がし、大元のウワサをカッコよく倒して終わりましたね!」

 結翔「今回は、その後、ウワサの結界を出てからの話だな」

 まさら「正直言って、今の状況で一番私が危ないのよね」

 こころ「そうだよ!再変身も出来ないくらい疲労しちゃってるもん。…ホントにごめんね」

 まさら「…別に、謝って欲しかった訳じゃないわ」

 アリナ「ハイハイ、そんなのどうでもいいんだヨネ。早くストーリーをスタートさせるワケ。五十七話、スタート!!」


 ──こころ──

 

 まさらに肩を貸しながら、私は場所を移動する。

 …多分、今のまさらは再変身することが不可能だ。

 そんな彼女を、戦闘が続いている場所に置いておけない。

 

 

 だけど……

 

 

「大丈夫よ。…あっちに行ってちょうだい」

 

「で、でも…体が!」

 

「そろそろ、来るわ」

 

 

 訳が分からず、困惑したまま固まっていると、先程まであった筈のうわさの反応が消えた。

 どうやら、結翔さんたちがやってくれたらしい。

 うわさの反応が消えてから数秒、体の芯まで響くような元気の良い声が聞こえた。

 

 

「今の元気は20点くらいだけど、やる気なだけならいつでも満点! 最強の魔法少女。由比鶴乃、復活だー!」

 

 

 みかづき荘の面々に加えて結翔さんが、うわさの結界への入口だったであろう、ゴンドラから出てくる。

 少し、鶴乃さんの魔力反応が弱く感じるのは、中での戦いで消耗したからだろう。

 …私のソウルジェムだって、穢れの溜まり具合が凄かった。

 

 

 まさらがグリーフシードを集めてくれていなければ、私は……どうなっていたんだろう。

 ドッペルシステムを信じるなら、助かっていただろうが──もしそうじゃなかったら? 

 ウワサを纏っていた私に効果がなかったら? 

 

 

 正直、想像するだけでも恐ろしい。

 魔女になるなんて…。

 いや、それ以上に、まさらや結翔さんを傷付ける方が…恐ろしい。

 

 

 灯花ちゃんといろはちゃんたちの話を聞きながら、私はそんな事を考えていた。

 

 

「これで、うわさに巻き込まれた人たちは無事だよね、灯花ちゃん」

 

「…そうだけ。本当に腹が立つよ、ムシャクシャするよ集めたエネルギー全部使って原子レベルまで分解したいよ。でも、やらない。また解放が遠のくから」

 

「良い判断だ。…もし、やろうとしたら。誰かが殺られる前に、俺がお前を殺るからな」

 

 

 喉を鳴らしながら固唾を呑み、背中から冷や汗を流す。

 ゾッとした。

 私の感性に間違いがなければ、それは、人生の中で絶対に向けられる事のない最恐の意。

 名前は……殺意。

 

 

 言葉や声音だけじゃ表現出来ない本気を、結翔さんは最恐の意で表していた。

 直接向けられていない私ですらこれなのだ。

 灯花ちゃんは良く、無事でいられていると思う。

 

 

 ……いや、違うみたいだ。

 よく見ると、足が微かに震えている。

 怖いのだろう、恐ろしいのだろう。

 それでも、彼女は虚勢を張り続けている。

 

 

 やちよさんは、その姿に呆れるように言った。

 続くいろはちゃんは、諭すように言った。

 

 

「こんなやり方は、これっきりにしておきなさい。…何があっても責任なんて取れないわよ」

 

「そうだよ、灯花ちゃん、もうやめよう…」

 

「やり方が気に食わないなら関わらなきゃいいでしょー!? はぁ〜あ…。今回上手くいけば全部終わり。マギウスみんなで揃ってお祝いできたのになー」

 

「マギウスみんなで揃って…? まさか、もう一人居るのか!?」

 

 

 結翔さんが、慌てて周りを見渡そうとしたタイミングで、聞き覚えのある喋り方の、あの声が聞こえた。

 

 

 ──────────────────────

 

 アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 キレーションランドのそのウワサ

 

 ノンビリ、ダラーッとハッピーになれちゃう

 ストレスフリーなテーマパークが

 グランドオープン♪

 

 帰りたくなくなること間違いナシで

 いつまでもずーっといられちゃう!

 

 だけど満員のときはアテンションプリーズ

 出たくない人はこの世から退場させられるって

 神浜市の人の間ではもっぱらのウワサ

 

 まぁイイジャーン!

 

 

 ──────────────────────

 

「ウワサさん、そのうわさは消滅したよ」

 

「まぁイイジャーン!」

 

「今の声って、あの使い魔みたいなヤツの」

 

「それに…」

 

「あ、ねむ来たんだね。もう動いて大丈夫なの?」

 

 

 灯花ちゃんにねむ、と言われた少女は、ゴンドラと観覧車の中心を結ぶ鉄骨の上にちょこんと座っていた。

 …見た感じの年齢は、灯花ちゃんとそう変わらない。

 小学校の五か六年生あたり…かな。

 

 

 ウワサさんと呼ばれる、うわさを広める使い魔のようなものと一緒に現れた。

 何時からそこに居たのか、全く気付けなかった……

 さっきとは違う、別の冷や汗が背筋を流れる。

 

 

「万事問題なしと言えば嘘だけど祝いの席だと思って来てみた。だけど蓋を開いてみれば惨事も惨事の大惨事。まさか僕の命がまたひとつ消されているとは衝撃だよ」

 

「ねむ、ちゃん…?」

 

()()()()()環いろは、僕の名前は柊ねむ。随分と僕のことを嗅ぎ回っていたみたいだね。会いに来たのが今になったのは謝罪するよ。うわさをひとつ作るのは僕にとっても命を使うようなものでね。随分と疲労が蓄積して動けなくなるから、こうして顔を合わすのが遅れたんだよ」

 

 

 外国でよく見られるアカデミックドレスのような魔法少女衣装を纏い、現れた少女。

 いろはちゃんから聞いていた、柊ねむちゃんの顔立ちや瞳の色に髪色…そして喋り方までそっくりだ。

 

 

 同一人物…そう思って間違いはないのだろう。

 しかも、さっき言ったうわさを作る…と言う発言。

 うわさの元凶、彼女がそうなのは確定事項だ。

 

 

 いろはちゃんは動揺からかうわごとを言うように呟いた。

 

 

「うそ、ねむちゃんが最後のマギウス…。じゃあ、私とういの記憶も…」

 

「灯花の言う通りみたいだね。本当に摩訶不思議な記憶を持ち合わせてるみたいだ。それはさておき、僕が具現させた世界をいくつも消してくれたみたいだね。強い憤りと共に遺憾の意を表明するよ」

 

「なるほどね。お前が元凶か…クソッタレが…!」

 

「ご名答、僕が創造主だよ」

 

「…何が遺憾の意を表明…だよ。何人の被害者が出たと思ってる? 危うく、お前らの所為で人生を滅茶苦茶にされる人が出る所だったんだぞ? そこん所は分かってんのか?」

 

 

 明らかに怒っている。

 何時もより激しめの口調で、結翔さんは捲し立てる。

 だが、マギウスの面々はそんな言葉を涼しい顔で聞き流していた。

 …尤も、灯花ちゃんだけは、さっきの言い表し難い殺意を向けられた事で、完全に聞き流せていないが。

 

 

 それでも、他二人は全く以て反省する色なんて見えやしない。

 本当に…同じ人間なのか疑いたくなる。

 正常な倫理観はどこかに捨て去ってしまったらしい。

 無関係な誰かを犠牲に解放を目指すなんて、そんなの間違っている。

 

 

 今回に至っては、何百、何千の人達の命を犠牲にする所だった。

 それを彼女は、未来の魔法少女も救えるなら安いものだと…そう言ったのだ。

 

 

 信じられなかった。

 正気を疑うような言葉。

 …真っ当な思考では、解放など出来ないと暗に言っているのか? 

 

 

 

「ほんと、みんなヒドイよねー。時間がない中、命を削ってまで解放しようとしてるのにー」

 

「ここまでくれば、もういいと思うんですケド。アリナ的には、もう気兼ねする必要はないし。気を遣うことなく、フリーダムにやっちゃえばいいヨネ」

 

「今回で概ね必要なエネルギーは確保できる想定だったけど。秘密裏に動いても駄目で、素直に動いても駄目なら…。あとはもう、僕たちとしても身勝手に動くしかないよ…あっ…。は…はぁ…ぅ」

 

「ねむ! まだソウルジェムが安定してないもう少し休んでないと…!」

 

「環いろはに…挨拶ができてなかったからね…」

 

 

 垣間見えた優しさ。

 純粋な良心の形で、彼女の心にそれは残っている。

 なら、何故なの? 

 何故、その優しさを他の人に向けられなかったの? 

 

 

 仲間だけ助かれば、魔法少女だけ助かればそれでいいの? 

 私だって…私だって、解放に代わる案なんて浮かばないけど、それでもその優しさがあるなら、もっと他の方法を考えられたんじゃないの? 

 誰も巻き込まない、やり方を目指せたじゃないの? 

 

 

 ふつふつと湧く怒り。

 肩を貸しているまさらの存在に気を遣いながらも、私は彼女たちに噛み付いた。

 

 

「…ねぇ、どうしてなの?」

 

「なに、我慢さん? 何か言いたい事でもあるの?」

 

「なんで…なんで、そんな優しさを他の誰かに向けられなかったの? …まさらを傷付けた私が、こんな事言う資格ないって分かってるけどさ…それでも聞きたい! その優しさがあれば、今、仲間に向けた優しさがあれば、もっと違う方法を取れたんじゃないの!? 私たちは手を取り合えたんじゃないの!!」

 

「……粟根こころ。君の指摘は尤もだ。だけど、方法はこれしかなかった、だからやってるんだ」

 

 

 私の瞳を真っ直ぐと見据えて、ねむちゃんは答えた。

 …声音から、態度から、嘘だと思える要素は出てこない。

 結局、私たちはどう足掻いても、分かり…合えないらしい。

 

 

 それが、悲しくて。

 私の瞳からは、自然と涙が流れた。

 彼女たちはそれを見ても、何かを思ったような素振りをみせることはなかった。

 まさらが優しく、私の背を撫でた。

 

 

「ねむちゃん…」

 

「なに、環いろは…」

 

「私、ねむちゃんの作ったうわさのこと知ってるよ」

 

「それはどういう意味? ベテランのファイルの話?」

 

「うわさはきっと…病院で考えてたんだよね…。灯花ちゃんとねむちゃんと、あと…ういと一緒に…」

 

「やっぱり、環いろははおかしいよ」

 

「そうだね。残念だけど記憶違いだよ。いや記憶捏造と言ってもいいね。これは僕が考えた創作物。その真実を歪曲させるような証左はどこにもないよ」

 

 

 いろはちゃんの言葉を、ねむちゃんは否定する。

 ういちゃん…居なくなった、いろはちゃんの大切な家族。

 過去に結翔さんとも合ってるって言ってたのに、結翔さんも思い出せないし知らないと言ってた。

 

 

 でも、結翔さんはいろはちゃんの話を信じた。

 …だって、ういちゃんの話をしてる時のいろはちゃんは、何時も必死で──それでもどこか嬉しそうだったから。

 大切なんだなって、大好きなんだなって、凄く伝わってきたから。

 

 

「いろはちゃん…今の話は本当なの?」

 

「はい、私の記憶では3人で作ってたはずなんです」

 

「また、ういちゃん絡みで記憶が失われてるって事か…」

 

「不思議な事もあるものだな」

 

「不思議もなにも環いろはがおかしいだけだよ。みんなして、どうしてそっちの話を信じるのー?」

 

「仲間だからな。理由なんてそれだけで十分さ」

 

「ふーん。わたくしには並列化されたつまらない思考に思えるけど。まーいーや」

 

 

 仲間だから、その一言を薄っぺらいと貶すような口振りだった。

 ねむちゃんが言うように、私だって怒っている。

 結翔さんが言っている事は至極正しい。

 仲間だから信じる。

 仲間だから疑わない。

 

 

 そんなの、当たり前だ。

 それぐらい出来なきゃ、仲間なんてやっていけない。

 もし、それが出来ないなら、私たちは何時後ろから刺されるか分からないまま、戦闘中や日常を過ごす事になる。

 罪悪感の欠片もないのか、マギウスは話を進める。

 

 

「それより、もっと建設的な話をしようよ」

 

「まだ、譲歩するワケ」

 

「譲歩じゃなくて相互理解を促すんだよ。…我慢──粟根こころが言う通り、それができてれば無用な争いが無くていい。だから僕たちの目的、解放の手段。その共有ぐらいはしても損はないはずだよ」

 

「…うん、そーだね。変な記憶の話は置いといてー。マギウスが目的を果たすための方法を教えて上げるよ。もしかしたらこれまでのことも、納得できるかもしれないしね」

 

「…分かった。出来るかどうかは置いといて、聞かせてくれ」

 

 

 均衡状態はギリギリの所で保たれている。

 今、どちらかが刃を抜けば、その瞬間から戦争は始まる。

 それぐらいギリギリの限界値点で、均衡状態があるのだ。

 

 

 だからこそ、誰も戦おうとはしない。

 戦争は疲弊が激しい。

 あちら側だって、幾ら羽根が多いと言っても、限度がある。

 今後重要になる働きアリを、こんな所で浪費しようとは思わないし、こちらだって十分に疲弊している今の状態で戦いたいとは思わない。

 

 

 現に、まさらは限界を越えて、フラフラとしている。

 結翔さんがそっと、生と死の魔眼で傷を癒してくれたが、体力までは元に戻らない。

 今にも意識が飛びそうな中、話を聞こうと踏ん張っていた。

 そして、話が始まる

 

 

「わたくしたちの目的はね、魔法少女の解放。その、魔女化という呪縛からね。それはもう知ってるよねー?」

 

「お蔭さまでな。…続けてくれ」

 

「その基礎となる部分はね、もうこの神浜でできてるんだよ。邪魔なキュウべえはいないし、魔女化だってしないでしょ? それって、理想的だと思わないかにゃー? ソウルジェムが壊れること以外は、なーんにも怖くないんだもん。だからわたくしはね、それを世界中に広げたいと思ってるの」

 

「魔女にならない神浜を世界に広げるってこと…?」

 

「そーいうことっ」

 

「目的は分かったけど、それじゃ説明になってないわ」

 

「うん、どういう理屈で魔女とうわさが必要なの?」

 

 

 やちよさんが言う通り、今の説明は目的を話しただけだ、具体的な手法は言われてないし、鶴乃さんが言った、魔女とうわさの必要性も分からない。

 何故、人を呪う魔女が必要なのか? 

 何故、人を巻き込み苦しめるうわさが必要なのか? 

 

 

 理由が無いのに使うなんて有り得ない。

 しっかりとした理由もなしに使う程、彼女たちが考え無しには…私は見えない。

 できるだけ綿密に、できるだけ完璧に、彼女たちは作戦を立てているはずだ。

 

 

 まだ、幼い子供に見えるが、知識量だけで言えば負けず劣らずの引き分け所か、私たちが普通に負けているレベル。

 天才の知識量は馬鹿にできない。

 

 

「もう、急かさないでよー。えっとね。わたくしたちが魔女とうわさを使うのは、エネルギーが欲しいからだよ。うわさのせいで、神浜の人が悲しんだり、喜んだりして発生させるエネルギー。魔女が蓄えたり、魔法少女が魔女化するときに発生させるエネルギー。こうしたエネルギーたっくさん使ってね、みんなの解放に繋げるんだ」

 

「そういうワケ。集めたエネルギーはアリナたちが作ってるアートワーク、エンブリオ・イブの孵化を促すんだヨネ」

 

「そしてエンブリオ・イブの孵化と同時にマギウスが揃っていれば、僕達はこの神浜という街から世界に向けて、奇跡を起こすことができるようになる。実現すれば前代未聞。かつ、独立を確立するようなものだ」

 

「そう! キュウべえという存在から独立した人類は、宇宙に認められる。そうすればわたくしは、人類が何万年かけても知れないような、宇宙の全てを知ることができるかもしれないんだよ」

 

「僕は神浜だけじゃない。この地球そのものを原稿にしてあらゆる物語を具現化できる」

 

「アリナは、自分のアートワークを永遠に生の象徴として君臨させ、次は宇宙規模のアートに、このソウルを委ねられるワケ」

 

「もちろん、魔法少女は救われてみんなハッピーハッピーだよ」

 

 

 ……正直に言って良いなら、私は途中から話に着いていけなかった。

 まず、最初から可笑しい。

 ウワサを使って、人から感情と言うエネルギーを吸い上げる。

 魔女は──自我さえ無くした魔法少女の成れの果てを、道具のように使いエネルギーを回収。

 果ては絶望に染まった魔法少女が、魔女化する時のエネルギーさえ利用する。

 

 

 解放とは、そこまで残酷なことをしなければ成し遂げられないの…? 

 加えて、話に聞いたエンブリオ・イブ、それはなんだ? 

 ウワサなのか、はたまた魔女なのか? 

 得体の知れないものに、その回収したエネルギーを集めて、本当に解放は実現するのか? 

 

 

 疑問符だらけだ。

 相互理解、その言葉をもう一度、考え直して欲しい。

 これは相互理解なんて優しいものじゃない、ただの思想の押し付けだ。

 酷く醜い、最悪の表現。

 

 

 チラリと、結翔さんたちの方を見た。

 彼は、呆れたような表情で続けた。

 

 

「悪趣味な宗教勧誘ありがとよ。一人に一つづつ、アドバイスしてやる。灯花、お前は人を舐め過ぎだ──いいや、人の命の重さを舐め過ぎだ。ねむ、地球を原稿にするなんて止めとけ、幾らお前でもクソッタレな神様の運命(筋書き)は書き換えられない。アリナ、いい加減気付け、アートにご執心なのは良いけど、放ったらかしてると大事な人は勝手にどっか行くぞ」

 

「…なにそれ」

 

「意味が分からないね」

 

「ナンセンスだよね、ユウトって」

 

「あーはいはい、分かってたよ。話しても無駄だってな。…さっさと帰れ、奇襲なんて掛けないからよ」

 

 

 結翔さんの言葉を聞いたマギウスの面々は、どこか気の抜けたような顔で帰っていった。

 最後に一言、「もう、手段は選ばない」そう残して。

 

 

 私たちも、少し話をして帰路に着いた。

 東のリーダーでもある和泉十七夜さんと、いろはちゃんにやちよさん、あと結翔さんは、今後の方針──動き方を決める為に、話し合いの場を設けようと話していた。

 

 

 その間…私は取り敢えず謝りまくった。

 迷惑を掛けた色々な人に謝った。

 みんな、悪くないって言ってくれたけど、それでも私が自分自身を許せなくて、謝り倒したんだ。

 

 

 一通り全員に謝り倒したら、少しだけ心が楽になって、肩の力が抜ける。

 …少しだけ抜け過ぎて、まさらを押し倒しそうになったのは秘密。

 

 

 帰る途中、結翔さんとまさらの話によると、今回の戦いはみふゆさんがこっち側に助力してくれたから、私たちが勝てたらしい。

 尤も、彼女は別れる直前に耳打ちで、こう言った。

 

 

「ワタシには黒羽根と白羽根の皆さんを引き込んだ責任があります。夢を叶える、責任が…。マギウスのやり方は許せるものじゃないです、けど、離れることは出来ません。……ごめんなさい」

 

 

 とても、悲しそうな表情をしていたのを、私は覚えている。

 結翔さんを見て、申し訳なさそうに泣き笑いしていたのを覚えている。

 …勝手な思い込みかもしれないが、みふゆさんはきっと大好き人の前で笑顔でいたかったのだ。

 

 

 でも、申し訳なさを隠せなくて、中途半端な泣き笑いになってしまったんだ。

 …私は、ライバルの多さをここに来て痛感させられる。

 

 

 だって、家に着いたあと、結翔さんはもう一度外に出てしまったから。

 …何故かって? 

 それは──

 

 

「少し、鶴乃が心配だから家まで送る。みかづき荘に寄るとは思うけど、今日は家に帰るだろうし」

 

 

 多分、私はこの恋のレースで、最後尾を走ってるそんな気がした。

 まさらが参加するかは…正直分からない…けど、まさらもきっと結翔さんが嫌いではない筈だ。

 

 

 一寸先も闇、そんな未来が不確定な状態なのに、恋の道までイバラとは…神様は少し意地悪だと思う。

 

 

 ──鶴乃──

 

 わたしたちは、結局徹夜で今後の事を話し合った。

 朝日が見えてきた所で、一度話し合いは終わり、朝食をとる事になったんだけど……わたしはどうしても家が心配で、みんなに謝って帰ることに。

 みかづき荘を出て、実家である『万々歳』に足を向けようとした瞬間、門に寄りかかって眠り転けている結翔を見つけた。

 

 

「ゆ、結翔!? ど、どうしたのこんな所で? もしかして、みかづき荘に用があったの?」

 

「…んぁ? 鶴乃か…帰るんだろ? 送る」

 

「い、いや、送るって…。私が結翔を送りたいくらいだよ!」

 

「…お前の父さん、すげぇ心配してたらしい。俺が着いてった方が、説明が楽だろ? それに……」

 

「それに?」

 

「…今のお前を一人にするのは嫌だった。それだけ」

 

 

 …結翔はそう言って、フラフラとした足取りで、万々歳へと歩き始めた。

 もう時期的には冬だ。

 手袋やマフラー、防寒具の一つもしてない結翔は、手を少しだけ震わせて、トナカイのように鼻を真っ赤にしている。

 

 

 本当に、お人好しが過ぎる。

 …そう言う所が好きなんだが、少しやり過ぎだ。

 追いかけるように小走りで彼を追い、横に並ぶ。

 フラつく結翔の体を支えるように、寒そうな結翔の体を温めるように、腕を組み、恋人繋ぎの要領で手を握る。

 

 

「温かいでしょ?」

 

「…ありがとな」

 

「いえいえ、どういたしまして!」

 

 

 恥ずかしさを誤魔化すように笑って、私は家までの帰路を歩く。

 なんでだろう? 

 何時もなら、早く早く進もうとするのに…。

 今だけは、できるだけゆっくり、この時間を続けたいと思ってしまう。

 

 

 恥ずかしさと嬉しさで緩みそうになる顔を気合いで抑えるが…煩いくらいに鳴り響く鼓動は、どうしても止められない。

 …ま、不味いよ!? 

 ガッツリ手を握ってる結翔には…バリバリこの鼓動が──心音が聞こえてる筈。

 

 

 昔とは少し違い、見上げるようになった彼の顔をチラ見した。

 

 

「…あっ」

 

 

 ……赤くなってましたね、ハイ。

 不味いよ、不味すぎるよー!! 

 緊張してるの、恥ずかしがってるの、思いっきりバレちゃってるよ!? 

 

 

 そ、そうだ! 

 素数を数えよう! 

 なんかで、素数を数えると落ち着くことができるって書いてあった筈! 

 

 

『2、3、5、7、11、13……』

 

 

 …ん? 

 ちょっと待って、今、声被ってなかった? 

 もう一度、結翔の顔を見上げる。

 あっ、目が…合った。

 

 

 お互いに、見つめ合って…同時に笑いだした。

 何がおかしいのか分からなかったが、わたしたちは笑いあった。

 …バカみたいだけど、こんなやり取りがわたしは大好き。

 

 

 どこまでいっても、わたしたちは簡単には分かり合えない。

 思想の共有なんて出来ないし、お互いが考えてる事なんて分からない。

 分かる人がいるなら、こっちが教えて欲しいくらいだ。

 

 

 もし、結翔の考えてる事が全部分かるなら…それなら…わたしは──どう思われてるのか知りたい。

 ねぇ、結翔、私の事──

 

 

「好き?」

 

「へっ? …悪い、今なんて言った?」

 

「…ん? んんんんん???」

 

 

 …や、やっちゃった。

 聞いちゃった。

 口に出そうなんて、全然思ってなかったのに…出しちゃった。

 

 

 ど、どどど、どうしよう!? 

 な、何かで誤魔化さないと! 

 えーっと、えーっと、えーっと………ダメだ、全然思い付かないや。

 

 

 良し! 

 ここまで来たら、逃げ腰は止めよう! 

 直球勝負で行こう。

 わたしは、何時だってそうやって来たんだから。

 そうしないと、メルにも結翔にも失礼だ。

 

 

 組んでいた腕と手を離し、わたしは結翔と向かい合う。

 彼は、いつも通り、わたしがなにか言うのを律儀に待っていた。

 …大きく息を吸い込んで、ゆっくりとそれを吐く。

 何度か繰り返して、落ち着いた所で、わたしは一気に結翔との距離を詰めて、唇を──重ねた。

 

 

 ドラマや映画でしか見た事なんてない、メルと結翔のは…ノーカンだ。

 経験なんてない、彼女と同じで初めてだ。

 …歯が当たる事もあると聞いたが、どうやら上手く出来たらしい。

 触れ合った瞬間、恋心を爆発させるような火薬が、わたしの中で投下された。

 

 

 頭が真っ白になって、ここが商店街だとか、人が通るかもしれないなんて事は、どこかに追いやられた。

 ただただ、この時間を続ける為に、彼を抱き寄せた。

 結翔は……抵抗しなかった。

 

 

 嗚呼、本当に優しいなぁ……

 きっと、拒絶してわたしを傷付けないように、気を遣ってるんだろうな……

 

 

 好きだ、彼のそう言う所が大好きだ。

 だけど、同時に……大嫌いだ。

 優し過ぎるそんな彼が大嫌いだ……

 気なんか遣わなくて良い。

 そう思わせたくて、わたしを刻みつけるように長い長い口付けを交わした。

 

 

 離れたあと、わたしは伝えた。

 閉まっていた、何時か伝えようと隠してきた想いを。

 

 

「結翔。わたしね、結翔の事が大好きなんだ。…付き合って、なんてそんな事、今は言わないよ? …まだ、苦しいと思うから。だけど、全部終わって、整理がついたら…答え聞きたいな」

 

「良い返事じゃなくても…か?」

 

「うん、聞きたい。…言っとくけど、わたしはもう止まれないからね? ガンガンアプローチさせてもらうから!」

 

「…分かった。…頑張るよ、お前の想いを裏切らないように」

 

「なら良し! 帰ろー! お店がわたしを呼んでるよー!!」

 

 

 これで良い。

 これで良いんだ。

 結翔が進むキッカケになれれば良い。

 まぁ、勿論、わたしを選んで欲しいけどね? 

 

 

 恋は勝負で戦争、負けないからね、絶対。

 救われた、助けられた、今日、わたしは結翔の恋敵たちに心の中で宣戦布告した。

 

 

 ──結翔──

 

 鶴乃を送り届けたあと、俺はゆっくりと自宅に足を運んだ。

 嫌でも、唇に残る感触から、さっきまでの事を思い出す。

 …顔がかぁーっと熱くなる。

 

 

 未だに、俺は誰かからの好意を、受け取る資格なんて無いと思ってる。

 それは変わってない…変わってないけど、鶴乃の想いを無下にしない為にも、ちゃんと向き合って進まなきゃ行けない。

 

 

 口寄せ神社の件で、進む意志は固めたつもりだったんだけどな…弱虫め。

 自分自身に悪態をつきながら、俺は歩を進める。

 彼女たちの話し合いは思ったより長かった。

 朝焼けが目に染みる時間になって来し、恐らく自宅にいる二人の家族は眠って──ないだろうな。

 

 

 きっと、俺が帰ってくるまで待っているに違いない。

 クスリと笑を零しながら、鶴乃との一件を心にしっかりと書き留める。

 

 

「やるしかない…よな」

 

 

 何時の間にか帰ってきていた自宅の玄関ドアを開き、中に入る。

 リビングの方で少し物音がするし、よく見ると電気も付いていた。

 やっぱり、起きてたか。

 

 

 靴を脱いで、廊下を抜けて、リビングに入る。

 最初に目に映ったのは、暇そうな顔付きで、ソファに体を預けてテレビを眺めるまさら。

 次に目に入ったのは、制服の上にエプロンを着て朝食を作っているこころちゃん。

 

 

 いつも通りの日常風景。

 ポカポカと心が温かくなるのを感じる。

 …そう思ったのも束の間、一瞬にも満たないコンマ数秒の世界で、右側の視界にノイズが走った。

 

 

 驚いた俺は目を擦って、もう一度確認するが…見間違いだったのか、右端のノイズは消えていた。

 その後は、こころちゃんの作った朝食を食べながら少し談笑し、学校までの時間を過ごした…が、その間に着々と右端の視界に映ったノイズは広がっていく。

 

 

 ノイズが走る時間は増え範囲も増え、消えた後にノイズが映る、その間の時間だけが減っていく。

 最終的に、行ってきますを言う頃には、俺の右側の視界は完全にノイズに支配され、テレビで稀に見る砂嵐だけが映されていた。

 

 

 そして──

 

 

「──っ!?」

 

「結翔? …どうしたの、顔色が良くないわ」

 

「それはお互い様だ。…何でもない、疲れてるだけだよ」

 

「本当に大丈夫ですか? 大事をとって休んだ方が……」

 

「大丈夫、大丈夫。その内良くなるよ」

 

 

 作り笑いは捨てた、だから浮かべないし、浮かべる余裕が無い。

 左眼に映る光景はいつも通りなのに、右眼に映る光景は──ハッキリ言って地獄だった。

 

 

 左眼にも右眼にも、確かにまさらとこころちゃんの二人は映っている…が、あまりにも差があり過ぎる。

 分断された視界で、一方が日常を、一方が地獄を垂れ流してくる。

 

 

 日常の中に居る二人はいつも通り、制服姿でスクールバックを片手にこちらを見つめている。

 地獄の中に居る二人は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 日常の空は青いのに、地獄の空は黒い。

 夜だからとか、そんなチンケな理由じゃない。

 …暗闇だ、地獄では、空の上にある太陽の光さえ見えない、そんな暗闇が覆っている。

 

 

 最悪の日々は唐突に始まった。

 




 次回もお楽しみに!

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幕間「彼女候補のお姉ちゃん」

 ──結翔──

 

 左右で分断された世界を見ながら、俺は学校への道のりを歩いた。

 吐血と味覚障害はあったが、まさか幻覚を見ることになるとは…到底思ってもみなかった。

 力を求めた弊害、というものなか。

 

 

 理由は分からないが、一つ分かることがある。

 …このまま生活し続けるのは、無理があると言う事だ。

 健康──それは、WHO風に言わせれば、心身共に健やかであること…らしい。

 

 

 身体の方は寝ればなんとかなるが、心の方はそうもいかない。

 あくまで幻覚、夢にまで侵食されることはないと思うが、もし侵食されたら? 

 俺は寝てる時も、起きてる時も、地獄の光景に魘され続ける事になる。

 

 

「…最悪だな」

 

 

 考えただけでも恐ろしい。

 身震いする体を抑えながら、歩を進める。

 学校の近くになってきた事で、チラホラと、俺と同じく制服を着て登校する生徒が目に入った。

 

 

 尤も、目に入った途端、左側では談笑してても、右側では斬殺遺体になってるのだが……

 笑えない冗談だ、全く。

 すれ違う知り合いと朝の挨拶を交わしながら、学校の中へと入っていった。

 

 

 下駄箱で靴を履き替え、そそくさと自分の教室に向かう。

 魔法少女の多いこの街では、一つの学校に下手したら二桁以上の魔法少女が居る。

 そいつらをあまり視界に入れないように移動して、ようやく辿り着いた教室。

 

 

 時刻は朝の八時半前。

 教室は、俺より前に登校してきた生徒で賑わっている。

 昨日のドラマやアニメの話題で一喜一憂する生徒が居た、ファッション誌片手に放課後の買い物の相談をしてる生徒が居た、今日提出の宿題を必死に終わらせようとしている生徒が居た。

 

 

 でも、俺の右側の世界では、その全ての人物が物言わぬ死体に変わっている。

 正気を失いかねない光景を見た俺は、逆流し口から吐き出しそうになる胃酸を、ギリギリの所で食い止め、それを悟られないようなテキトーな声音で挨拶を済ませる……が、どうも約一名には効かなかったようだ。

 

 

 バックから取り出した最低限の荷物を机に置き、椅子に座ったあと、俺は机の横にあるフックにバックをかける。

 出来るだけ自然な動作で、流れで、俺はやったつもりだが…やはり効いてない。

 隣から感じる、訝しむような視線に、俺はため息を零しつつも反応する。

 

 

「…見つめられとる照れるんだが?」

 

「嘘こけ。演技はバレバレだ。役者には向いてない、やちよさんと一緒にモデルでもやってた方が良いよ」

 

「アドバイスありがとな…。んで? 何の用だよ、俺、滅茶苦茶眠いから、一限が始まる前まで寝たいんだけど」

 

「…ハイハイそうかよ。悪かったな、話しかけて。一つ、聞きたいだけだ。お前──何を隠してる? さっきまでの一通りの動き、パッと見ただけじゃ、いつも通りの自然な動きだったけど……アタシの目は誤魔化せない。自然過ぎると違和感だよ、それ」

 

 

 流っ石ももこ、略してさすもも! 

 …いや、そんな事言ってボケてる場合じゃないな。

 バレたらバレたで面倒だ。

 

 

 コイツ、咲良さんから魔眼やそれ以外の異能力のことを色々と聞いてるから、案外そう言うのに聡いんだよなぁ。

 早朝にあった鶴乃の告白から、まだ数時間程度だが、俺を取り巻く環境は目が回るほどのスピードで変わっている。

 

 

 あれだ、ラノベやシリーズ物の本を一巻から読んでるのに、途中で何故か数冊飛ばしたみたいな感じだ。

 あれ、やだよな。

 主人公が違う力を手に入れてたり、ヒロインが何故か闇落ちしてたり、なんて超展開があったら、その原因分かんないし。

 シリーズ物は一巻飛ばすとだけでも、前回読んだ巻の事件や事故から、数ヶ月後とかざらだ。

 

 

 …さっきから不味いな、現実逃避しようとしてるのか、俺? 

 両の瞳に映るのは、心配そうにこちらを見つめる幼馴染。

 訝しむような視線は若干残ってるが、それでも心配の感情の方が上だろう。

 

 

 俺には勿体ないくらいの良い幼馴染なんだ。

 そうなんだ、そうなんだけど、右側の地獄で彼女は──死んでいる。

 まさらやこころちゃん、朝にすれ違った生徒とも違う、死に方で。

 

 

 ナイフやダガーと言った、短い刃物で心臓をひとつき、それが死因だろう。

 死に顔は…困惑と驚きの表情。

 

 

 まだ、数十分ほどしか、この地獄と戦っていないが、分かってきた事があった。

 それは、地獄ではどう言う風に死んだのか、誰に殺されたのか、それがハッキリせず、死んだ後の体──死体だけが映るのだ。

 

 

 だが…最悪な事に、この数十分で更に成長したのか、地獄ではももこが息絶えるまでの過程が流され始めた。

 しかも、音声付きで。

 

 

『なんで…どうして? …()()

 

 

 困惑と驚きの表情の正体は、これか。

 そりゃ、そうなるは、だって──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ももこでさえ、いや、ももこだからこそ…か? 

 けど、問題点はそこじゃない。

 

 

 発狂するのが先か、幻覚が治まるのが先か、現状では分からない。

 今必要な行動は一つ、人との接触を最低限に保つ事だ。

 勿論、仕事はするし、困っている人は助けるが……それ以外は、出来るだけ人を避けよう。

 

 

「大丈夫だよ、大丈夫。ちょっと徹夜明けで気分が悪いだけさ、すぐに良くなる」

 

「…今は、その言葉を信じる。何かあったら、ちゃんと言えよ?」

 

「りょーかい」

 

 

 わざと間延びさせた気の抜ける返事をし、ももこの注意を退かせる。

 悪いな、ももこ。

 お前に知られるのは、ちょっと不味いんだ。

 

 

 ──鶴乃──

 

 お昼休み。

 それは、みんなでワイワイしながらご飯を食べる、わたしの楽しめる時間のひとつ。

 だと言うのに…今日は一人面子が欠けていた。

 

 

 いつもなら、わたし、いろはちゃん、ももこ、かえで、レナ、結翔の六人で食べてる筈なのに、一人居ない。

 …その人物は──

 

 

「結翔、来ないね」

 

「すぐ追いかけるって言ってたんだけどな…」

 

「結翔さんの事ですし、どこかでお手伝いでもしてるのかも?」

 

「あー、有り得そう、それ。…でも、まぁ良いんじゃない? 来れないなら来れないで、連絡の一本くらい寄越すでしょ、アイツ」

 

「だね。ユウトくんだったらそうするよ、きっと」

 

 

 中庭で食べる昼食は気持ちがいいし、箸が進むが…如何せん物足りない。

 告白にキスも添えたのだ、顔を合わせたら合わせたで上手く喋れないかもしれないが、それでも結翔と居たいんだ。

 想いが通じ合ってれば、その人を傍に感じられる、わたしはフィクションで聞くその言葉を信じている…けど、それとこれとは話が別だ。

 

 

 傍に居る、それは感じられるが、できるならわたしは結翔に触れたいし、触れられたい。

 …我儘になり過ぎたわたしの想いは、留まることを知らなかった。

 みんなと話していて、それだって楽しい筈なのに、なんでだろう、うわさから助けて貰ったあの時と同じようには笑えない。

 

 

 作り笑い…じゃないけど、苦笑いをしてるような感じになってしまう。

 最初に違和感に気付いたのは、いろはちゃんだった。

 

 

「…鶴乃ちゃん? どうかした?」

 

「へっ? い、いや、なんでもないよ?!」

 

「声裏返ってるぞ、鶴乃。…結翔に用でもあったのか?」

 

「ええっと…それは…。ある言われればあるし、ないと言われればないと言うか……なんと言うか……」

 

 

 に、煮え切らない回答になってしまった。

 こ、このままじゃ不味い。

 今朝のようなポカはごめんだ。

 いろはちゃんやかえで、レナに想いを知られるのは問題ないが、ももこは不味い。

 

 

 わたしの直感が叫んでるよ、彼女もきっと…と! 

 だからこそ、バレるなんてのは論外だ。

 話題…話題…なんでも良いから、変えないと!! 

 

 

 ヤバいよ、最悪だよ…。

 都合良く、そんな良い話題が浮かぶほど、わたしにはネタのストックがない。

 じりじりと近付いてくるももこ。

 

 

 どんな時代も、ゴシップは女性の興味を惹く。

 ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女と、後ろにずり下がりながら、嫌な汗をかくわたし。

 そして、口は開かれた。

 

 

 あぁ、終わった。

 宣戦布告はしたけど、関係を壊したかった訳じゃないのに……

 諦観するわたしの耳に入ったのは、想像していたものじゃない、いつも通りの言葉だった。

 

 

「新作料理の味見、してもらいたかったんだろ?」

 

「……そ、そう! 実はそうなんだよ!! 察すがももこ、分かってるねよね!!」

 

「だろー? アタシらで良けりゃ、味見くらいするぞ? どうだ?」

 

 

 …セーフ。

 なんとか、首の皮一枚繋がったらしい。

 その後、わたしは弁当箱の中に入っていた試作品を、少しみんなに味見してもらい、感想を貰った。

 まぁ、案の定、五十点だった訳だが…気にしないでおこう。

 

 

 うん、それが良い。

 結局、結翔はお昼休みギリギリになっても、連絡の一つもしてくれなかった。

 可能性は低いが、顔を合わせるの…気不味く感じてたのかな? 

 …もし、そうだったなら、申し訳ない気持ちになる。

 

 

 想いを伝えたのはわたしで、受け取ったのは彼。

 …わたしは、彼を困らせたかった訳じゃない、ただ伝えたかっただけなんだ。

 

 

 ダメだ…モヤモヤする。

 心をグチャグチャに引き回されている気分。

 全部が全部分からなくなって、凄く不安になる。

 

 

 受け入れてくれたのは、夢だったんじゃないか? 

 姉として振舞っていたのに、想いを伝えた所為で困惑させてるんじゃないか? 

 長い口付けの所為で、重い女だと思われたんじゃないか? 

 

 

 考えれば考える程、底なし沼に沈むように、ズブズブとはまっていく。

 被害妄想が過ぎるのか、最後にはわたしの事を本当は嫌いなんじゃないか? 

 そう思い始めてしまった。

 

 

 家である万々歳に着いたわたしは、引き戸をガラガラと開けて中に入る。

 …今日は営業していない、お父さんが熱を出したからだ。

 当然と言えば当然、居なくなったわたしの事を心配して、行きそうな所全部を、隈無く回ったと聞いていたから。

 

 

 気持ちを切り替える為にも、わたしは店を掃除し、明日の仕込みを迅速に済ませていく。

 お客さんはまばらな為、量は最低限。

 だけど、不測の事態があっても良いように、少し多めに作っておく。

 

 

 集中していたお陰か、余計な事を考える事無く、わたしは仕込みを終えた。

 今は……七時前くらいか。

 手持ち無沙汰になったわたしは、お父さん用にお粥を作り、自分の晩御飯用にチャーハンと即席スープを作っておく。

 

 

 お盆に乗せて、奥の部屋で休んでいるお父さんにお粥を届け、帰ってきた丁度良いタイミングで、誰かが店に入店した。

 

 

「いらっしゃいませー! …って言いたい所なんですけど、今日は──」

 

「悪い、鶴乃。…休業してんのは分かってんだけど、なんか作ってくれないか?」

 

「結翔…!? ど、どうして? 最近は家で食べてるって……」

 

「ちょっとな…色々あってさ」

 

「チャーハンとスープならすぐ出せるよ、晩御飯用に多めに作ってたの。…半分こしよっか?」

 

 

 そう言って、わたしは大きい皿にこれでもかと載せられたチャーハンと、小さいお椀に入れられたスープをカウンターに置いた。

 結翔も、それを見て自然とカウンター席に座る。

 テキトーな小皿を二皿持って、わたしも結翔の隣に並ぶように座った。

 

 

『いただきます!』

 

 

 お互いに合わせ訳でもないのに、自然と声は重なって、店内に響く。

 朝のように二人して笑って、食事を始めた。

 …と言っても、わたしは彼の食べる横顔を見るばかりだ。

 

 

 いつもいつも、美味しいなんて言わない癖に、彼は笑顔でわたしの料理を食べてくれる。

 もどかしいけど、それが堪らなく嬉しく感じた。

 言葉にしなきゃ伝わらないけど、言葉にしなくても伝わるものがあった。

 

 

 笑顔を見てればわかる。

 …正直に言えば、うちの五十点料理を好き好んで食べる人は多くない。

 みんながみんな、この味が安心するんだと言って、万々歳に足を運ぶ。

 

 

 結翔もきっと──

 

 

「────お前の──好きだわ」

 

「…へ?」

 

 

 …わたしが好き? 

 いや、いやいやいや、有り得ない。

 き、昨日の今日どころか、今日の今日、告白したのはつい半日前だ。

 い、幾らなんでも、早過ぎるよ!? 

 

 

 暴れ出す心臓を抑え込むように、わたしは胸に手を当てる。

 大丈夫、落ち着け、わたし。

 そうだ、きっとこれは聞き間違いだ、そうに違いない。

 だったら、結翔に聞き直せば済む話だ! 

 

 

「ゆ、結翔? さっきなんて言った?」

 

「いや、だから、好きだって言ったんだよ」

 

「はぅぅ〜……」

 

 

 ヤバい、ダメだ、恥ずかしさと嬉しさで心臓が限界突破して爆発しそうだよ!! 

 顔も沸騰してるんじゃないかってくらい熱いし……

 こ、これ以上は不味い、一旦、距離を離さなければ。

 

 

 口実を作るために、わたしはお椀に入ったスープを飲み干し、席から立ち上がった。

 

 

「わ、わたし、スープのお代わり取ってくるね!」

 

「お、おう」

 

 

 困惑する結翔を他所に、わたしは彼の傍を離れ、厨房に籠る。

 時間を掛けたら怪しまれるので、迅速にスープのお代わりを済ませ、戻ってくる。

 スープを持っている、と言うのは良い理由になる。

 

 

 走って零さないために、ゆっくり歩いていると言えば、誰もが信じるだろう。

 …それをやっているのがわたしじゃなければ。

 

 

「どうしたんだ、鶴乃? そんなゆっくり歩いて。いつもなら、スキップしながら持ってくる時だってあるのに」

 

「あ、あははは、今日は並々入れちゃったから、慎重を期してるんだよ〜!」

 

 

 苦笑いを浮かべて戻ってる途中、わたしは気付けば良かった。

 先程、急いで立ち上がった所為で落とした、手拭きタオルに。

 どこかで見る漫才のように、わたしはタオルで足を滑らせ、前方に倒れた。

 無論、スープが入ったお椀は手から宙に投げ出される。

 

 

 運の悪いことに、結翔が居る方へと。

 あぁ、と声を発する前に、スープの入ったお椀は空中で静止し、わたしは倒れ込んだ所を、結翔に抱えられるように助けられた。

 

 

「…あり、がと」

 

「どういたしまして」

 

 

 …あの時のキスと同じように、頭が真っ白になった。

 結翔の優しい抱擁と、温かい香り。

 安心する…結翔の匂い。

 

 

 この後、冷静になったわたしがもう一度、結翔に問い掛けた所。

 好き、と言うのは、わたしの料理がと言う意味だったらしい。

 

 

 早とちり&勘違いをしたわたしは更に恥ずかしさがまして、結翔がここに来た理由を根掘り葉掘り聞き出した。

 初めは少し渋っていたが、ゆっくりと、話してくれた。

 

 

「幻覚と、それに付随した幻聴?」

 

「あぁ。魔眼のフェーズを無理矢理上げた弊害だと思う。…右眼に映る世界は──地獄だ。何度も何度も、お前が俺に殺される映像が見えてる」

 

「…ごめん。辛かったよね。…わたしだけ、勝手に舞い上がっちゃって」

 

「悪くないよ。元々は、俺の責任だし」

 

 

 空元気を振り絞ったような、そんな笑みだった。

 作った笑顔に近い、今出せる限界の微笑み。

 ……今、わたしがすべきことは多分一つだ。

 恋する乙女、その前にわたしは結翔のお姉ちゃんなんだから、家族なんだから。

 

 

 しっかりと支えて助けてあげなきゃ。

 

 

「偉いね。結翔は偉い。半日ぐらいだったけど、その幻覚と幻聴にずっと耐えてたんでしょ? 凄いよ、姉として誇らしいよ! …だから、本気で辛くなったら何時でも吐き出していいんだよ?」

 

「何時でも?」

 

「うん。わたしじゃなくても良い。誰でもいいから、何時でもいいから吐き出すの。誰も、そんな結翔をみて軽蔑したりなんかしないよ!」

 

 

 さっきとは逆、わたしが結翔を優しく抱き締める。

 胸に頭を抱き寄せて、心音を聞かせて強ばった心を柔らかく解していく。

 辛かったら、苦しかったら、吐き出せば良い。

 その為の家族、その為の──仲間なんだから。

 

 

 ──結翔──

 

 鶴乃に慰められて、万々歳を出た後。

 スッキリした心とは別に、罪悪感が芽生えた。

 彼女は善意で、心音を聞かせて落ち着かせる、と言う方法を取ってくれたのだろうが……逆効果な部分もあった。

 

 

 頭に残る柔らかい感触が嫌でもフラッシュバックする。

 今朝のキスの件と良い、さっきの抱擁と良い……不味いな。

 

 

 恋する乙女ムーブをする鶴乃だけではなく、自称姉ムーブをかます鶴乃にさえ、俺は反応してしまっている。

 

 

「…こんな事で、こんな時に感謝するのは変だけど。今だけは、本気で死ねない事に感謝してるな」

 

 

 あんなの、諸々含めたら、心臓が幾つあっても足りねぇよ…マジで。

 …今後の未来に、一抹の不安を覚える、十五の冬の日だった。




 次回もお楽しみに!

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五十八話「ヒーローだって人間」

 結翔「前回までの『無少魔少』。マギウスの目的や解放の手段を聞いたり……鶴乃の告白があったりした話だな」

 まさら&こころ『……………………』

 みたま&ももこ『……………………』

 鶴乃「えへへー、あれだね、面と向かって言われると照れるね?」

 結翔「お前、状況理解してる?滅茶苦茶みんなに睨まれてるんだけど」

 鶴乃「それだけ羨ましいって思われてる事だよ〜!」

 結翔「ポジティブお化けかお前は!!…怨嗟の視線が恐ろしいが、皆さんは楽しんで五十八話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 遊園地のうわさを倒し、鶴乃とこころちゃんを救出してから二日。

 昨日、鶴乃のお陰で大分楽になった筈の心は、今さっきまで見ていた夢で最悪な状態まで急降下していた。

 

 

 まさか、地獄が夢にまで侵食してくるとは…。

 寝覚めが悪いし、しかも、今日は朝から嫌な予感がしていた。

 ボヤける視界の中、左右の差に辟易としながらも、俺は傍に置いていたスマホを取り、メールやその他の通知を確認する。

 

 

 多くが、やっているゲームアプリのどうでもいい通知だが、その中で一つ、メールが見えた。

 送り主は──

 

 

「まさか…な」

 

 

 藍川和恵(かずえ)…俺の母さんだ。

 メールの内容は簡潔に纏められており、ただ一言、正午に家に着きます…と。

 スマホに表示される時計の時刻は…ジャスト十時。

 寝坊が過ぎるのはさて置き…あまり良い休日にならない事が確定した朝だ。

 

 

 適当な服に着替えて下に降りると、リビングでは部屋着の二人がソファで寛いでいた。

 

 

「随分な顔色ね、寝たの?」

 

「寝たよ。夢見が悪かっただけ」

 

「…ご飯、どうします? さっき、まさらとホットケーキ作ったんですけど、まだ生地は余ってますよ?」

 

「んー、じゃあ、それで。次いでに、コーヒーもお願い」

 

「ミルクと砂糖は?」

 

「ありありで」

 

 

 会話を終えると、こころちゃんはソファの端に掛けていたエプロンを取り、キッチンに向かう。

 …俺は、ソファに座るのではなく、イスに座りテーブルの上にあった新聞をとった。

 一応、あの遊園地のうわさでの被害者は微々たるものだったと、調査結果が出された。

 

 

 新聞には、デカデカと集団催眠事件…なんて書かれているが、あながち間違えとは言えないので笑えない所だ。

 先に持ってこられたコーヒーをチビチビと口に含みつつ、他の記事にも目を通す。

 地域新聞と言う事もあり、案外細かな記事が目立つが、これと言って事件の匂いがするものはない。

 

 

 まぁ、まさらが開口一番に事件を口にしなかった時点でお察し…と言うやつだったが、確認は大事だ。

 

 

「お待たせしました、どうぞ」

 

「ありがとね、こころちゃん。…いただきます」

 

 

 置かれたホットケーキにはシンプルに、メープルシロップだけが掛けられており、甘い香りだけで上手いと分かる。

 唯一の欠点は、右側の視界が惨憺たる光景の中、食べなければいけないと言うことだけだ。

 美味しいよ、と一言、感想を言ったあと、黙々と食事を終えた俺は…母さんが来ると言う話をサッと済ませる。

 

 

「結翔さんの、お母さん?」

 

「あぁ、あと一時間ちょいで来る。気不味かったら、上に行っててもいいから」

 

「別に、ここに居ても良いってこと?」

 

「まぁな。どっちでも良いよ、好きにしてくれ。…ただ──」

 

「ただ?」

 

「見てて、気分の良いものじゃないかもな」

 

 

 不穏な言葉は、場の空気をどんよりとしたものに変える。

 聞きたい事は山ほどあるし、俺は…自分を抑えられる自信がない。

 いつもの、ヒーローとしての俺ではなく、正真正銘…ただの人間である藍川結翔を俺はきっと抑えられない。

 

 

 家の事情も相まって、見ていて気分の良いものでは絶対ない。

 正直、不倫現場を年端もいかない子供に見られるような、そんな複雑な気分になる。

 言い表し難い、ドロドロとした不快感を産む可能性は0じゃない。

 

 

 それでも二人は──

 

 

「なら、居るわ」

 

「私も…居ます。ご挨拶、したいですし」

 

「…良いよ、好きにしろって言ったのは俺だし」

 

 

 時間だけが、流れるように過ぎていった。

 テレビがついて音が出ている筈なのに、壁に掛けられた時計の秒針が嫌にハッキリと聞こえる。

 目を細め、視界を最低限確保し、残ったコーヒーを口にした。

 

 

 緊張感が、鼓動を早くする。

 静まれ、そう何度も言い聞かせても、聞いてくれる訳はない。

 落ち着きのなさは、いつの間にか最高点に達し、無意識に貧乏揺すりを始めた所で、玄関から懐かしい声とドアが開く音が聞こえた。

 

 

「ただいま」

 

 

 迎えに行こうかと思ったが、足は動かず、俺は母さんがリビングに足を運ぶのを待つ。

 リビングのドアを開け、久しぶりに目にした母さんは…一切昔と変わっていたなかった。

 

 

 腰まで伸びた落ち着きのある黒色の髪に、優しい温かみのある焦げ茶色の瞳。

 三十代とは思えぬシワひとつない潤った健康的な肌に、綺麗と可愛いが同居してるかのような端正な顔立ち。

 服装は紺のロングスカートに横縞の入ったロンT、その上に黒色カーディガンを羽織っている。

 

 

 息子の俺から見ても、美女と呼べる…そんな母さん。

 

 

 お帰り、その一言は上手く喉を通らず、俺は一言。

「久しぶり」、と呟いた。

 

 

 母さんも、俺の様子を見て何か気付いたのか、少し悲しそうな声で「久しぶり」と言った。

 キャリーケースを引いている母さんはテーブルの横にそれを置き、俺と向かい合う形でイスに腰を下ろす。

 

 

 初めに、母さんは俺ではなく、横のソファに居た二人に話しかけた。

 

 

「ええっと、銀色の髪の子か加賀見まさらちゃんで、茶色い髪の子が粟根こころちゃんよね? 結翔が世話になってるって聞いたわ。ありがとう」

 

「い、いえ! こ、こちらこそ、結翔さんにはお世話になっていて…。寧ろ、私たちがお礼を言いたいと言うか……」

 

「えぇ、私たちは世話をする事もあるけど、世話になる事が多いわ。…助けられと事も多い」

 

「あら、そうなのね?」

 

 

 絵に描いたようなテンプレートな微笑みを浮かべつつ、挨拶を済ませた母さんはこちらに振り向く。

 すると、思い出したように、キャリーケースを開けて、中から色々な物を取り出した。

 

 

 大半は、俺が好きな特撮ヒーローの玩具で、中には数個だが時計やネックレスと言った、アイテムも入っている。

 一瞬、なんでそんなものを出したのか分からず困惑していると……

 

 

「結翔、こう言うの、好きだったわよね? …色々な国に行ってきたから、お土産にって…思って買ってきたの。どうかしら──」

 

 

 ……お土産…か。

 喜ばせようって善意なんだろう、そうなんだろうけど、久しぶりに会った息子にそれかよ。

 分かってる、分かってるけどさ…! 

 

 

 違うだろ! 

 そうじゃないだろ!! 

 普通、謝るんじゃないのか? 

 父さんの死後、すぐに蒸発して四年間も放置し、金だけ送り続けた事を、謝るんじゃないのかよ! 

 居なくなった理由を説明するんじゃないのかよ! 

 

 

 普段なら湧かない、不安定な状態だからこそ湧いた怒りが、俺が守っていた最後の一線を切り捨てた。

 バンッ! と、強くテーブルを叩き、俺はイスから立ち上がる。

 決めた、吐き出す。

 全部、吐き出してやる。

 

 

 辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったことも全部。

 

 

「…今更、母親面しないでくれ!!」

 

「っ!? …ご、ごめんな──」

 

「もう、謝って欲しくない。俺は聞きたいんだよ! なんで…なんで、俺を置いて──俺を捨てて行ったんだ?」

 

 

 ずっと心に閉まってた。

 最初の疑問、根源たる疑問。

 居なくなった当時、俺は暇があればずっと考えていた。

 どうして、母さんは俺を置いていったのか? 

 

 

 何かしてしまったのか? 

 俺が悪い事をしたから、置いていったのか? 捨てていったのか? 

 なんでだ? 

 なんでなんだ? 

 

 

 分からない。

分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。

 

 

 何度考えても、幾ら考えても、答えなんて…出なかった。

 だから、聞いたのに……母さんは何も答えない。

 じゃあ、次だ。

 

 

「じゃあさ、なんで、今更帰ってきたの? ……四年間、父さんの命日にすら、帰って来なかったのにさ!!!」

 

「ゆ、結翔…違うの! わ、私ね──」

 

「違わない!! 俺は…四年間ずーっと、命日の日は墓に居た。朝日が登ってから夜が耽けるまでずっとだ!! だけど、幾ら待ってもアンタは帰って来なかった!!」

 

 

 雨の日もあった、雪の日もあった、だけど俺は待ち続けたのだ。

 傘をさすこともなく、雨に濡れながら、雪に凍えながら、待ち続けたのだ。

 もしかしたら、その可能性を信じて、待ち続けた。

 墓に眠る父さんに、ここ一年の事を話して、笑って…ときに泣いて。

 

 

 絶対に来ない母さんを待つ。

 話したい事が積もる程あって、それは年を重ねる事に増えていく。

 来なかった……でも、大丈夫。

 来年がある、そんな紙より薄い可能性を期待した。

 …けど、現実は甘くない。

 

 

 何時だってそうだ、地獄を見るのは決まって──信じる奴だ。

 

 

「…この家だってそうだ! 思い出があった、色々なものが詰まってた! 苦しくて、あの頃はここに居ることさえ辛かった! だけど…だけど! 帰ってきた時に、お帰りって言いたくて、一秒でも早く会いたくてここを残した、ここに住み続けたんだ!!」

 

「……違う、違うの…結翔、私は──」

 

「何も違わない!! アンタは、俺だけじゃない…! 父さんの事さえ裏切ったんだぞ!? 命日にも墓で手を合わせなくて何が妻だよ!! 何が愛してるだよ!! ざっけんな!! アンタなんか──」

 

「結翔さん!!」

 

 

 こころちゃんの声で、俺はようやく止まれた。

 ……今、止められなかったら、俺は一体なんて言おうとしたんだ? 

 アンタ(母さん)なんか……その続きはなに? 

 

 

 震える手を無理矢理抑えるように握り、俺は無言で部屋を出た。

 

 

「…出てってくれ。ここは、()()家族の家だ」

 

 

 こう、残して。

 

 

 ──和恵──

 

 結翔が出ていったリビングで、私はポロポロと涙を流した。

 償って、もう一度、家族としてやり直す為に来たのに…このザマだ。

 テーブルに置いたお土産を、壊れないようにそっとキャリーケースにしまい直し、出続ける涙を誤魔化すように、顔を伏せて腰を上げる。

 

 

「…ごめんね。嫌な所見せちゃったよね? あの子は悪くないから、これからもよろしくね?」

 

「ちょっと待って。…私も一言言いたい事があるわ。家族の事情に首を突っ込むのはどうかも思うけど…私も、結翔の家族だから言わせてもらう」

 

「…どうぞ。私は罰を受ける身ですから」

 

「私は…両親に愛されて育ったと思うわ。…こんな希薄に育ってしまったのは、偶に申し訳なくなるけど、産んでくれたことに感謝してる。……だから、言わせてもらう。…貴女はどんなに辛くても、親として結翔の傍に居るべきだったと。貴女が、亡くなってしまった結翔のお父さんだけでなく、結翔の事も愛してるなら」

 

 

 全く以て、最も過ぎる正論だった。

 そうだ、そうなんだ、私が傍に居て支えるべきだった。

 あの子はまだ…子供なんだから。

 

 

 なのに…なのに、私は逃げた。

 全部捨てて逃げたんだ。

 到底許される行為ではない。

 あの人だって、許してはくれないだろう。

 

 

 償いたい、けど、償えない。

 償えるものが、私にはない。

 一度、捨ててしまった私には、もう何も残っていない。

 

 

 私はあの日、この家から、この街から、結翔から逃げたあの日に、何もかもを失った。

 母親でいる資格も、あの子やあの人を想う権利も、家族の絆さえも……私は──失くした。

 

 

「…ありがとう、正面から言ってくれて。優しいのね、まさらちゃんは」

 

「別に、優しくなんかないわ。見てて、いたたまれなかったから言っただけ」

 

「そう…それでもよ、ありがとう」

 

 

 感謝を伝えて、私はキャリーケースを引いて、家を出る。

 この家に戻る事は、二度とないだろう。

 そう、思いながら。

 

 




 次回もお楽しみに!

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五十九話「真実との邂逅、自称姉と母」

 和恵「前回までの『無少魔少』。私が四年ぶりに家帰ってきて、結翔から質問攻めにあった…そんな話ね」

 結翔「突然帰ってくるってメールが来て、驚いたなんてもんじゃなかったよ」

 まさら「最初に母親だって聞いてなかったら、姉かと疑う程だったわ」

 こころ「だよね。すっごく綺麗で若そうな印象が……あの肌の秘密を聞きたい」

 ももこ「止めといた方がいいぞ、あの人、薄化粧程度であれだから」

 みたま「突然現れた結翔くんのお母さん、これからどうなるのぉ〜?みんなは楽しんで五十九話をどうぞぉ!」


 ──結翔──

 

 リビングを出たあと、俺はそのまま、家からも出た。

 先程の会話の所為で、余計、家に居辛くなったからだ。

 それに……

 

 

「幻覚や幻聴のこと、もしかしたら、咲良さんならなんか知ってるかもな…」

 

 

 こう思ったからだ。

 魔術と異能力、畑は違えど一応は公安Q科の部署内に属している。

 期待はあまり出来ないが、正直な話、今は藁にもすがる思いだ。

 

 

 右側に映る地獄の後継の所為で、少しづつ俺自身が変わりつつある。

 ……吐き出すつもりだったけど、あそこまで言うつもりはなかった。

 ちゃんと吐き出して、しっかり話し合うつもりだったのに……あのザマだ。

 とぼとぼと歩きながら、事務所を目指す。

 

 

 時折すれ違う、赤の他人でさえ、地獄では俺に殺されている。

 原因はフェーズを無理矢理上げたからだと予測しているが、何故フェーズを無理矢理上げたから幻覚や幻聴が起きるようになったのか? 

 その理屈や理由は何一つ分からない。

 

 

 それを知るためにも…だ。

 ようやく辿り着いた事務所の、玄関ドアを開けて中に入る。

 靴を適当に脱ぎ揃えて、スリッパを借りて廊下を進む。

 左手にあるドアを開き中に入ると、いつものように目の下に隈を作って、パソコンと格闘している咲良さんが居た。

 

 

「こんにちわ、咲良さん。……今、少し話し良いですか?」

 

「ん? あぁ、結翔君か。良いよ、どうしたの?」

 

「実は──」

 

 

 俺は、取り敢えず、洗いざらい話した。

 報告できてなかった諸々を含めて話終えると、最後にやっと本題に入る。

 

 

「幻覚に幻聴ねぇ…。しかも、魔眼を使う右眼の方で。なるほど、なるほど……」

 

「治す方法を知ってたらそれが一番良いんですけど…。なんでも良いから知りませんか? 情報が一つでも欲しいんです!」

 

「……結翔君もいい歳だしね、もう話してもいいか。ちょっと、キツイ話になるけど、良い?」

 

「大丈夫です。…お願いします」

 

 

 いつもの喋り方じゃない、真剣味を感じる芯の通った声。

 おちゃらけた空気は一切なく、少しだけ咲良さんの表情が曇った。

 申し訳なさそうで、悲しそうな、そんな表情だったと思う。

 

 

 俺が何故、思うとしか表現出来ないかと言われると、咲良さんが数秒後に発した言葉が、あまりにも信じられないものだったからだ。

 暗闇に隠されていた真実を、嘘と偽りで塗り固められた真実を、解き明かす話。

 

 

「あなたのお父さんは……事故死じゃない。()()()()()()

 

「……ぇ?」

 

「…ごめんなさい、言葉足らずだったわね。私が殺すしかなかったの。あなたのお父さん──藍川英斗(えいと)は悪魔との契約によって、可笑しくなってしまったのよ」

 

「可笑しく?」

 

「そう。本来なら十歳の時に契約悪魔が来るそうなんだけど、英斗さんの前に契約悪魔が現れたのは三十歳の時よ。……その時、英斗さんは国家を揺るがすような凶悪な事件を追ってて、国民を守る為にどうしても力が必要だったの」

 

「だから、契約を?」

 

 

 三十歳な時に契約したなら、丁度他界する一年前になる。

 なんで、なんで、この件を今話してるんだ? 

 一体、俺の幻覚や幻聴の件となんの関係がある? 

 

 

 ……いや、ある。

 関係なら、一つだけある。

 契約したってことは、フェーズが上がってる筈だ。

 俺も、やり方こそ違えどフェーズは上がった。

 

 

 なら、根本の原因はフェーズを上げること…なのか? 

 

 

「…でもね、契約をしてから英斗さんは可笑しくなっていった。日々、あなたと同じように幻覚や幻聴に悩まされ、まともに家に帰れてなかったわ」

 

「………………」

 

 

 そう言われれば、そうだった。

 他界する──死ぬまでの一年間、父さんはあまり家に顔を見せなかった。

 死ぬ前の父さんに最後に会った日は、事故の二ヶ月も前。

 …よくよく考えれば、最初から可笑しかった、そういう訳か。

 

 

「そして、事故があった伝えられた日。発狂寸前だった英斗さんは……弟子である私に二つお願いをした。一つは自分を殺す事。もう一つは──」

 

「俺と母さんの事…ですか?」

 

「………………」

 

 

 咲良さんはそれ以上、何も言わず、ただコクリと頷いた。

 恨んでないと言えば……嘘になる。

 けど、俺は恨むのと同じくらい同情した。

 大切な人が罪を犯す前に止める、それがどれだけ辛いか、俺はよく知っている。

 

 

 父さんも、信頼する弟子に介錯してもらえたんだ、本望だろう。

 …もし、何か望んでいたなら、それは俺や母さんの事。

 最後に一目会いたい、それぐらいは思っていた筈だ。

 優しい人だった、強い人だった──俺の憧れた、最初のヒーローだった。

 

 

 そんな人でも、魔眼は狂わせる。

 なるほど、時間は掛かったが理解したぞ。

 右眼に映し出される地獄は、俺の未来だ。

 発狂し悪魔に魂を売った後の、俺の最悪の結末の一つ。

 

 

 一年あっても、父さんは治療法を見つけられなかった。

 今すぐどうこうするのは、不可能と考えて良いだろう。

 

 

 俺は、咲良さんに一言、ありがとうと伝え事務所を出る。

 廊下を出た直後、すすり泣くような声が聞こえたが、俺は振り返らなった。

 慰めるのが俺じゃ、きっと辛いだけ。

 

 

 何せ、咲良さんから見れば俺は師匠から託された子供で、その子供が師匠と同じ未来を歩もうとしてるのだから。

 無力感は相当なものだし、それを証明する存在である俺が慰めるなんて、辛いだけじゃ済まないかもしれない。

 

 

 事務所を出たあと、色々な事を整理するように、俺はフラフラと街を歩いた。

 父の死の真相、母の突然の帰宅、幻覚や幻聴の正体の一端、そして地獄のような未来。

 

 

 歩いて、歩いて、歩いて。

 気が付いたら……

 

 

「むっ、こんな所で何をやってるんだ藍川?」

 

「……ん? あれ、十七夜さん?」

 

「何故、そちらが驚いたような顔する。驚いているのは自分だ。ここは大東だぞ?」

 

「へっ?」

 

 

 俺は知らぬ間に大東区にまで足を運んでいた。

 そして、何故かそのまま、俺は十七夜さんがバイトしてるというメイド喫茶に、強制的に連行される。

 理由を聞くと、彼女は……

 

 

「自分はこれでも、上に立つ人間だからな。顔見知りの精神状態くらい、表情を見ればなんとなく察せる。…なにかあったんだろう? 話ぐらい聞く」

 

「…ありがとう、ございます」

 

 

 優しさが痛くて、でも、とても温かい。

 流れないと思っていた筈の涙は、勝手に流れていた。

 

 

 ──和恵──

 

 家を出てから数分。

 行く宛てもなく飛び出した所為で、私はブラブラと、見知った景色を眺めながら歩くしかなかった。

 そして、丁度その時、懐かしい場所を見つける。

 

 

 公園だ。

 あの子が、よくあの人──英斗さんやももこちゃんと遊んでいた公園。

 まだ残っていたなんて…少しばかり感激した。

 自然と足はそこへ向かい、キャリケースを引いて行く。

 

 

 ベンチに腰かけ、昔の思い出を、この公園の光景に重ねる。

 家族には戻れないと、分かってしまったからか、余計に感傷に浸ってしまう。

 

 

 時計の針を戻すだけでは過去に戻れないし、進めても良い未来は訪れない。

 過去と言うのは不変の事象、変わる事など有り得ないのだ。

 でも、願ってしまう。

 

 

 幸せだったあの日に戻れたら…と。

 家族みんなが笑っていたあの日に……

 

 

「たった一人欠けただけなのにこうも変わるなんて。…やっぱり、あなたは大き過ぎるわよ。英斗さん…」

 

 

 たった一人、されどその一人あまりにも大き過ぎた。

 私の心にも、結翔の心にも、大きく存在していたんだ。

 四年間、無くなった部分を埋めるように、旅に出て。

 各地で嫌という程、ピアノを弾いて回った。

 ……得られるものなんてたかが知れていたというのに。

 

 

 ポロポロと流れる涙は止まってはくれない。

 思えば思うほど苦しくなって、それでも諦めるなんて出来なくて。

 私は未練がましく、家族に縋りつこうとしている。

 

 

 最低な事をしたのに、許されない事をしたのに、私はまだ──

 

 

「わわっ!? 大丈夫、お姉さん! そんなに泣いて、何かあったの!?」

 

「……ごめんなさいね。こんな所で泣いて、迷惑よね」

 

「全然迷惑じゃないよ? だって、公園にはわたし以外誰も居ないし」

 

「それでもよ。…私なんか気に掛けなくていいわ」

 

 

 目の前に居たのは、サイドテールに纏めた明るい茶色の髪と、情熱の炎を幻視させる赤橙色の瞳を持つ少女。

 可愛らしい幼さの残る顔立ちをしている少女は、私に心配するような表情を向けていた。

 

 

 バイトの途中だったのだろう、出前缶を自転車のカゴに入れて、愛らしい私服の上にエプロンを羽織っている。

 急いでるだろうに、私なんか気に掛けなくて良いと言ったのに、少女はただただ私を見つめ続ける。

 

 

 結局、私の方が折れて、少女の名前を聞いた。

 

 

「お名前、聞いても良いかしら?」

 

「わたし? わたしの名前は由比鶴乃だよ! 参京区にある中華飯店『万々歳』の看板娘!」

 

「由比…鶴乃ちゃんね? それに…中華飯店『万々歳』…。あぁ、ももこちゃんから聞いてるわ。そう、あなたが最強の魔法少女ね?」

 

「そうそう! わたしが──ちょ、ちょっと待って!? なな、なんでお姉さんが、ももこを知ってて、私が魔法少女って事を?!」

 

「あぁ、名乗ってなかったわよね。私の名前は藍川和恵。…一応、藍川結翔の母親よ」

 

 

 そう言うと、鶴乃ちゃんは、口をあんぐりと開けて固まってしまう。

 彼女が驚きから開放されたのは、数分が経ってからだった。




 和恵さんが魔法少女の事を何故知ってるのかは次回!

 という訳で、次回もお楽しみに!

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六十話「似ている親子」

 鶴乃「前回までの『無少魔少』。咲良さんから結翔のお父さん、英斗さんの死の真相が話されたり、和恵さんと私が出会ったりしたよ!」

 結翔「ようやっと、家族の話を掘り下げられたって作者が喜んでたな」

 まさら「今の今まで名前すら出て来てなかったからね」

 こころ「前々回辺りから、オリジナルで色々とやってますよぇ。本編はちくちく進行です」

 ももこ「アタシの出番は全然ないけどな。どうしてだよー!」

 みたま「わたしもよぉ〜!」

 鶴乃「と、取り敢えず、収拾が着くうちに、六十話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 強制的に彼女に連れられて着いた店は、看板からしてメイド喫茶らしい、可愛さの溢れる店。

 

 

 定員として裏口から入った十七夜さんとは違い、俺は正面の玄関から入らなければならない。

 入り辛い、と言うのが正直な感想だ。

 存外、女性客と男性客の比率は半々くらいで、席も殆ど埋まってる事から、人気のあることは外からでも伺える。

 

 

 半狂乱な視界の中、落ち着く為に深呼吸をし、店への扉を開く。

 すると、カランカラーン、と気持ちのいいベルの音が鳴り、先程の学生服とは明らかに違う、フリルのついた、白と水色で構成されたメイド服を着た十七夜さんが現れた。

 

 

「よく来たな、ご主人」

 

「た、ただいま…です」

 

「空いてるテーブルに案内する、しばし待て」

 

 

 そう言うと、十七夜さんはテキパキと邪魔な仕事を片付け、俺を空いたテーブルへと案内する。

 席に着くと、メニューシートを渡された。

 …何も頼まないのもあれなので、良さそうな物を探していると、十七夜さんが小声で話し掛けてくる。

 

 

「『メイドのなぎたんにご相談』を頼まないと、自分は時間を作れない。頼むぞ」

 

「あー、なるほど。…じゃあ、『極糖ミルクティー』と『メイドのなぎたんにご相談』をお願いします」

 

「うむ、承知した」

 

 

 …メイドとして、珍し過ぎるタイプだけど、あれで人気はあるらしい。

 オーダーを受けて、キッチンに頼みに行く間でも、他のテーブルのお客さんに引き止められてるくらいだしな。

 しかも、一回や二回じゃない。

 俺が見逃してなければ、少なくとも四回は声を掛けられていた。

 

 

 幾らメニューシートにあるとは言え、彼女を──みんなに人気なメイドの『なきだん』を、独占するのは如何なものなのか? 

 地獄にあまり人が映らないように気を遣いつつ、俺はそんな呑気な事を考えていた。

 …本音を言えば、そんな事をしてなきゃ、俺はやっていけなかった。

 

 

 垂れ流される地獄の光景は着々と成長を続けている。

 他の事を考えていれば幾分か気が紛れるし、意識が埒外に居る時は気にならないが……そう都合良く行ってはくれない。

 幻覚や幻聴と来たら、その後は何だ? 

 

 

 幻嗅…もしくは、幻触か? 

 腐敗臭や血の匂いも嫌だが、人を殺す感覚を何回も味わうのはもっと嫌だ。

 それが、知人や友人、仲間や家族なら尚更…だ。

 

 

 呑気な事を考えていたいのに、悪い方悪い方へと寄っていく思考を断ち切ると同時に、目の前にトレーから移されたであろう、ソーサーとティーカップが置かれる。

 

 

「遅れて悪かったな、少々他のご主人に呼ばれてしまって」

 

「良いですよ、そこまで待ってた訳じゃないですし」

 

「時間は有限だ。細かく話して欲しいが、手短に纏めて貰っても自分は構わない」

 

「それじゃあ──」

 

 

 話せる事は全部話した。

 魔眼に関係すること、母さんとのこと、そして父さんの死の真相。

 色々と困惑するような話だったと思う。

 だけど、十七夜さんは時折相槌を打ちながら、俺の話を黙って最後まで聞いてくれた。

 

 

 久しぶりに、彼女の上に立つ者としての凄さを実感した。

 聞き上手、そんな言葉では言い表せない。

 鶴乃が優しく包み込んでくれる姉なら、十七夜さんは隣に立って肩を抱いてくれる先輩。

 家族でもなんでもないのに、後輩だからと言う理由で、親身に話に乗ってくれるお節介な先輩だ。

 

 

 今はそのお節介が、胸に響く。

 

 

「藍川、自分はお前が良くやっていると思う。母親への態度を除けば…な。まぁ、それも精神の不安定さ故だろう。咎めようとは思わない。仲直りはすべきだと思うがな」

 

「それは…はい。そうですね」

 

「それにしても…興味深いな。魔眼の契約とはそう言うものだったのか。まさか、魂の半分をお互いに交換し合うなんて。…それで、無事にはすまんだろうに」

 

 

 魔眼の契約──即ち悪魔との契約は対価として魂の半分を交換しなければならない。

 そうする事で、悪魔の権能──能力である魔眼の力、その全てを発揮出来る。

 

 

 問題点は幾つもあるが、一番の問題は──心の強さ。

 もし、心が弱い者が魔眼の契約をして、悪魔と魂の半分を交換したなら、確実に体を乗っ取られる。

 もっとも、それは今の俺も同じだ。

 十七夜さんもそれに気付いていたのか、俺に警告するように言った。

 

 

「間違っても契約だけはするな、藍川。今の不安定な精神状態で契約しようものなら、契約をする悪魔に乗っ取られる可能性は十分に高い」

 

「分かってますよ…。俺だって、デメリットが明確に分かってるのに、契約をしようなんて──」

 

「でも、お前の父親はした。違うか? 私が思うに、お前の父親は、お前と同じかそれ以上に頭が切れる人だ。そんな人がこのデメリットに気付かない訳がない。それでも、契約をせざるを得ない状況に追い込まれた…そうだろ?」

 

 

 黙って、彼女の言葉に頷いた。

 確かに、その通りだ。

 父さんが、あの父さんが、このデメリットに気付かない訳がない。

 デメリットを押し通してでも、やらなければならない事があった。

 …そういう事だろう。

 

 

 少し陰鬱となり、暗くなる雰囲気の中、十七夜さんは警告を続ける。

 本当に強くて、優しい人だと…そう思った。

 

 

「最後は、私の仮説だが右眼に映る地獄の話だ。…もし、もしお前が心の光を、善の想いを捨てた状態で契約したなら、そこに居るのはもうお前じゃない──藍川結翔じゃない。乗っ取られる所か悪魔に全て食われて、藍川結翔と言う存在はこの世界から消える。残るのはお前の骸を使って、この世界を蹂躙するバケモノ。…お前は地獄の光景を発狂して悪魔に魂を売った後の、未来だと言っていたからな。それから考えた仮説だ」

 

「嫌なくらい、本当にありそうな筋の通った仮説ですね」

 

「まぁ、あくまで仮説、もしもの話だ。お前が発狂したら、というな」

 

 

 …最悪だ、そう言って放り捨てたい仮説だが、そうも言えない。

 筋が通り過ぎている、そんな仮説だ。

 当たっている可能性はあるし、未来に起こる可能性だって0とは言いきれない。

 ここまで来ると、如何にこの未来を先送りにするかが重要になってくる。

 

 

 マギウスとの抗争の件もある。

 手段を選ばない、そう言われてしまったのだから、逃げるなんて事はできない。

 正面切ってぶつかり合うしかない。

 

 

 詰め込み過ぎたのか、自然とため息が漏れる。

 それを見た十七夜さんは苦笑し、可能性は低いが賭けてみる価値はある、そんな案を話してくれた。

 

 

「みたま先輩に施術してもらう?」

 

「あぁ。魔眼と言うのは、魔力を使って発動してるんだろう? そして、その魔力はソウルジェムから引いてきている。上手く魔力経路(パス)が辿れれば、異能力自体に干渉出来る可能性はある」

 

「……幻覚や幻聴、そのものを消せなくても、魔眼を使用不可にして、症状を無理矢理抑えられるかもって事ですか?」

 

「その通りだ。…八雲もそんな施術初めてだと思うが、現状の対処法で思い付くのはそれぐらいだ。自分から連絡入れておくが、藍川からも入れて、すぐにでも調整屋に行くと良い」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 お礼を言うと、十七夜さんは微笑んで、テーブルから立ち上がる。

 そして、何故か俺の方を向いて、変なポーズを構えた。

 いや、カッコイイ…カッコイイけど、さっきまでの良さを全部壊すような感じがするな。

 

 

 ポーズを決めた十七夜さん──なぎたんは、キメ顔で俺に向かってこう言った。

 

 

「困り事なら、メイドのなぎたんにお任せ、だぞっ!」

 

「……え、あっ、はい」

 

 

 羞恥心と言うものが皆無なのか、十七夜さんはキメ顔で決めゼリフを言い終えると、すぐに伝票を持ってレジに向かう。

 俺の気を紛らわせる為に、態とやってくれたんだろう。

 少しだけ心が和んだ代わりに、俺の十七夜さんは対する印象は、やっぱり変な人に確定した。

 

 

 ──和恵──

 

 中華飯店『万々歳』。

 私が鶴乃ちゃんに連れられてやってきた彼女の家であり、曾祖父の代から経営されている歴史のあるお店。

 引き戸を開けて中に入ると、店中に人影はなく、お世辞にも賑わっているとは言えない。

 

 

 可もなく不可もない料理の味から、着いたあだ名が『五十点料理』らしい。

 ……でも、なんだろう。

 入った店の中はどこか落ち着く、謎の温かさがある。

 時刻は一時過ぎ、少し早めのお昼休憩をとっていたのか、鶴乃ちゃんのお父さんらしき中年の男性が、カウンターの席に座ってお茶を飲んでいた。

 

 

「ん? 鶴乃、出前は終わったのか?」

 

「うん、行ってきたよ。…と言うより! お客さんが居ないからって、サボっちゃダメだよ!」

 

「ちょっと休憩してるだけだよ。…後ろの女性はお客さんかな?」

 

「そうだよ、結翔のお母さん!」

 

「結翔くんの……。どうも、鶴乃の父の陽向(ひなた)です。いつも、息子さんには娘がお世話になっていまして。先日も、行方知れずだった娘を連れて帰ってきてくれたんですよ」

 

「そんな事が…。でも、私は…そんな事言われる資格ありません」

 

「……鶴乃、悪いけど。奥に行っててくれないか?」

 

「…? 良いけど、いきなりどうしたの?」

 

「ちょっとな、親同士で話したい事がある」

 

 

 そう言うと、陽向さんは、店の奥──家の方に鶴乃ちゃんを行かせた。

 彼はカウンターの席から腰を上げて厨房に行くと、ガサゴソと業務用の冷蔵庫から、適当なツマミと瓶のビールを取り出し、大きめのコップ二つと一緒に、お盆に乗せて持って戻ってくる。

 

 

 座敷の方に私を手招き、座らせると自分も座り、大きめのコップ二つとツマミの入った皿、瓶のビールをお盆の上から移し、テーブルの上に置く。

 とても穏やかな表情だった。

 瓶ビールの蓋を慣れた手つきで開けて、コップに注いでいく。

 

 

「これでも、何十年って飯屋をやってますから。それなりにお客さんは見てきました。…まぁ、見慣れた顔触れの方が多いですけどね。……貴女みたいな人は、ゆっくりお酒でも飲んで、吐き出した方がスッキリする」

 

 

 並々とビールが注がれたコップを私の方に寄せ、自分の方にあるコップにもビールを注いだ。

 ツマミは二つ。

 キムチと枝豆、中華飯店らしい一皿と居酒屋のような一皿が置かれている。

 

 

「そんなに、わかり易かったです? 私って」

 

「いやいや、そんなでもないですよ。ただ、似てるんです。親子揃って、辛い時とか苦しい時とか、同じ顔してる」

 

「ははっ、それは…嬉しい限りです」

 

 

 笑みが零れる。

 鋭い訳じゃない、ただ、見た事があっただけなんだ。

 …私と同じ顔をした、結翔の顔を。

 

 

 ももこちゃん曰く、常連だって言ってたし、結構通ってたのかな? 

 手作りの美味しい料理は、家でも食べられるだろうに。

 ……いや、家だから嫌…だったのかな。

 

 

 結翔の事情や情報は、逐一ももこちゃんから聞いていた。

 魔法少女の事や異能力の事もそれで知ったんだ。

 最初は色々と渋っていたももこちゃんも、何とかお願いを聞いてくれた。

 

 

 私が居なくなった後の結翔の人生は、出会いと別れの繰り返し。

 悲惨、その一言に尽きる。

 親しくなった人、その殆どが、約束を叶える前に死に別れてしまった。

 守ると誓った、大切な仲間でさえも。

 

 

 まさらちゃんの言う通り、私は親として隣であの子を支えるべきだったんだ。

 辛くて苦しい、悲しみに溢れる息子に、無力感に打ちひしがれる息子に、私は寄り添うべきだった。

 

 

 今となっては、後の祭り。

 元々お酒に強い訳でもない私は、ビールに酔った所為か、全部ぶちまけた。

 流石に魔法少女の事や異能力の事は、ギリギリで飲み込んだが、それ以外は全部吐き出した。

 

 

 それを聞いた陽向さんは、驚いたような表情になりながらも、黙って話を聞いてくれる。

 愛していたのに逃げた私の、身勝手な叫びを聞いてくれた。

 

 

「──と言う訳です。笑っちゃいますよね。…今更、やり直そう、なんて」

 

「かも…しれませんね。でも、貴女は悪くない。大切な伴侶が死んで、悲しまない方がどうかしてる」

 

「でも結局、最低な事に変わりありません。逃げたんですから、私は。……怖かったんです。あの子もいずれ、私を残して逝ってしまうんじゃないかって。凄く、怖かったんですっ!」

 

 

 似ていた、結翔のあの人を──英斗さんを追う背中は。

 子供なのに、下手な大人より大きくて、寄りかかっても倒れないんじゃないかってくらい、強そうな背中。

 微笑ましかったそれに、今では恐怖しか感じない。

 

 

 英斗さんのように誰かを守って死んでしまう。

 大切な誰かを残して死んでしまう。

 そんな未来が、容易に想像できる。

 

 

 一度目の英斗さんの時でさえこのザマなのに、二度目は? 

 私は結翔が死んだら、どうなってしまうの? 

 

 

 大切な、本当に大切な私の子供。

 英斗さんとの、愛の結晶。

 お腹を痛めてでも産んだ、世界に一人しか居ない、私たちの子供。

 

 

 今を生きる私の、唯一の心の支え。

 やり直したい、けど、やり直せないならそれでもいい。

 ただ、ただ、生きていて欲しいんだ。

 私の事を憎んでいても、嫌いでも、構わないから。

 幸ある人生を送って欲しいんだ。

 笑顔で日々を過ごして欲しいんだ。

 

 

「やり直せないのは確定してしまいました。だから……もう少ししたら、街を出ようと思います」

 

「そうですか。…なら、最後に思い出話でもしませんか?」

 

「思い出話?」

 

「もう、帰ってこない気なんでしょう? …だったら、最後は思い出に浸って行くのも悪くない筈です」

 

「…良いですね」

 

 

 その後、私と陽向さんは思い出話に花を咲かせた。

 お酒が入った口は良く回る。

 心の奥底にしまわれていた懐かしい思い出が、ポロポロと出てきた。

 良いものも、悪いものも全部。

 

 

 その中でも、一番記憶に残っているのは……

 

 

「結翔くんが初めて喧嘩をした日?」

 

「はい。…あの子、昔からヒーローに憧れていて、英斗さんの勧めで柔道や剣道、空手や合気道をやっていたんです。運動神経は悪くなかったんで、どんどん強くなっていったんですけど、喧嘩の仲裁に入っても力を使おうとしなかったんです。…怪我をさせたら悪いからって。元々暴力が好きじゃなかったんですよ」

 

「……あんまり、向いてなかったんじゃないですか? 武道とか習うのは」

 

「ですね。力があるのは、人助けに役立つって本人は喜んでましたけど。……話を戻しますね。学校があったある日、家に電話が来たんです。喧嘩で相手に怪我をさせてしまったって。主婦で家に居た私は、英斗さんに電話を一本だけ入れて、すぐに学校に向かったんです」

 

 

 本当に、あの時ばかりは心底驚いた。

 喧嘩をしただけでも驚いたのに、まさか、相手に怪我をさせるなんて。

 ……正直に、困惑を隠せないまま学校に向かい、結翔から話を聞くと。

 

 

「喧嘩した理由。ももこちゃんが、怪我をさせた男子から悪口を言われて、泣いてしまったからなんです。丁度、結翔がトイレに行ったタイミングで悪口を言われたらしくて、帰ってきた時にはももこちゃんが泣いていたんだとか」

 

「……なんだ、優しい子じゃないですか。友達の為に拳を振るえるなんて」

 

「でも、喧嘩は喧嘩。怪我をさせたこと、それはいけない事ですから謝らせて。家に帰ってからも叱りました。英斗さんからも拳骨を食らってましたね。…だけど、最後に一言。『もし、お前が殴っていなかったら。俺はもっと怒ってた』って言ったんです。矛盾してますよね」

 

 

 殴って怪我をさせたことにも怒るのに、殴らなかったらもっと怒っていたなんて、矛盾している…結翔も最初はそう感じただろう。

 だけど、本当は違う。

 あくまで、英斗さんは力の加減を見誤ったことに怒っているのだ。

 殴った事にはこれっぽっちも怒ってなどいない。

 

 

 寧ろ、あの人は誇っていた。

 あれほど、誰かを傷付けることを毛嫌いしていた結翔が、大切な友達の為に拳を振るえることに。

 

 

 こうやって、思い出を話していると、自然とポカポカとした気持ちになる。

 良いものと悪いもの、全部含めても、三人で暮らした日々は、胸を張って幸せだったと言える。

 

 

 ……あぁ、やっぱりダメだ。

 私は未練がましくて、女々しい。

 もう一度、もう一度だけでいいから、あの子を抱き締めたいと思っている。

 

 

 感情を吐き出す蛇口はとうに壊れてしまったのか、涙となって全部流れていく。

 いつの間にか奥から出てきていた鶴乃ちゃんに、優しく肩を抱かれながら、私は願いを口にした。

 叶うなら、厚かましくも願っていいのなら。

 

 

 あと一回、あと一回だけでいいから。

 

 

「あの子と、家族としてやり直すチャンスが欲しい…」

 

 

 そう、思った。




 次回もお楽しみに!

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六十一話「秘められた思い」

 みたま「前回までの『無少魔少』。結翔くんは十七夜に話を聞いて貰ったり、お母さんである和恵さんも、鶴乃ちゃんのお父さんである陽向さんに話を聞いて貰ったって言う話ね」

 結翔「…あれですね、久しぶりの登場だからテンション上がってますね」

 まさら「それはそうよ、みたまさん、幕間を覗いたら、本編に登場するの結構久しぶりなんだから」

 こころ「そう言われればそうですよね」

 ももこ「あらすじ紹介に出張ってたからそうは感じないけどな」

 みたま「酷いわぁみんな!わたし、今日を楽しみにしてたんだからぁ!」

 和恵「まぁまぁ、みたまちゃんも落ち着いて。…取り敢えず皆さんは楽しんで六十一話をどうぞ!」



 ──みたま──

 

 わたしは、結翔くんの事を気に入っている。

 それは、認めよう。

 だけど、好きか嫌いかで言われたら答え辛い。

 

 

 好きな部分は勿論ある。

 優しい所や世話焼きな所は特に好きだ。

 …嫌いな部分も勿論ある。

 優し過ぎる所と、頑張り過ぎる所だ。

 

 

 調整をする時、わたしはソウルジェムに触れる。

 その所為か、相手の過去を見る事が出来てしまう。

 商売には無論の事、守秘義務は存在するので、無闇矢鱈に言いふらしたりはしないが……

 

 

 魔法少女になる子たちは、多くの場合、過去に闇や傷を抱えている。

 彼は──結翔くんは特にそれが深い。

 だからわたしは、彼の調整をするのがあまり好きではない。

 一緒に過ごす時は気が楽でいいのに、本業である調整を嫌うなんて……店主として失格だろうか? 

 

 

 憂鬱な気分を吹き飛ばすように、わたしは愛想のいい外面を張り付ける。

 十七夜と結翔くんの両方から連絡があった。

 なんでも、今から施術に来るそうだ。

 調整とは少し違う、主に怪我や呪い等を掛けられた時の、対処に使われる言葉。

 

 

 怪我なんて事、結翔くんに限っては有り得ない。

 十中八九魔眼のトラブルだ。

 何かあったんだろう。

 

 

 ガチャリ、とドアが開く音が聞こえたので、そちらに振り向くと、苦笑気味に笑う結翔くんが居た。

 

 

「すいません、急に施術なんて頼んじゃって」

 

「良いのよぉ、今日は予約も入ってなかったし。お代さえちゃんと払ってくれれば〜。…時間が掛かるかもしれないし、さっさと始めちゃいましょうか」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 寝台に横になった結翔くんの枕側に立ち、胸に置かれたソウルジェムに触れる。

 上手く魔力経路(パス)を辿って魔眼まで行ければ、干渉できる可能性はある……筈だ。

 正直、こんな施術した事がないので、成功するかなんて分からないが、やれるだけやってみるしかない。

 

 

 いつも世話になっているんだから、これくらいの恩返しはしなくちゃね。

 深く、深く、彼の魂を潜って行く。

 色々な、もの(記憶)を見た。

 本当に『幸』と言う字から一本棒を取ったら『辛』とは、良く言ったものだ。

 

 

 彼の人生が『幸』あるものから、『辛』いものに変わった理由は…恐らくだが、母親の蒸発だろう。

 それが、過去にあるであろう転換点(ターニングポイント)

 母親と言う、本来欠けてはならない──いや、欠ける筈のない一本が欠けてしまったのが、全ての原因なのかもしれない。

 

 

 父親の死は避けられなかったが、母親の蒸発は避けられる道筋も、少しはあった筈だ。

 

 

 魔法少女になってからは、それが如実に現れている。

 先ず始めに、雪野かなえさんの死。

 この時に、生と死の魔眼が目覚め、自分が死ぬに死ねない事を知った。

 …あまりにも惨い事実だ。

 後に知ることになるが、彼は死ぬことも魔女になる事も許されず、永遠の生に苦しむ事になる。

 

 

 次に、結翔くんにとって初恋の人である安名メルの魔女化、及び殺害。

 残酷な魔法少女の真実に辿り着き、そして、生まれた魔女を──大切だった人の成れの果てを彼は殺した。

 壊れた心を無理矢理直し、ハリボテの状態のまま、もう一つの真実をキュウべえから知った……

 それは自分が異端の存在──異物(イレギュラー)だと言うこと。

 

 

 信じ難いが、納得のいく部分もある。

 あまりにも、道筋が出来すぎている。

 まるで、最初から決まっていたかのように、淡々と進んで行く。

 辛いのに苦しいのに、それを押し留めて──いや、押し潰して歩いて行く。

 

 

 魔眼が原因で起きた幻覚や幻聴に至っては、心を押し潰してどうこう…なんて話じゃない。

 幾ら心が強い人間でも、持って数時間、下手をしたら数分で精神崩壊し、果ては発狂コース間違いなしだ。

 

 

 …でも、良く考えれば、結翔くんが発狂していないのは簡単な話だった。

 心が半ば壊れているんだ。

 だからこそ、まだ発狂にまで至っていない。

 だけど、それも時間の問題だろう。

 

 

 調整で、本来は感じる筈のない、記憶に秘められた感情さえ、伝わって来ているんだから。

 

 

 辛い辛い辛い辛い悲しい辛い辛い辛い辛い辛い恋しい辛い辛い辛い辛い辛い苦しい辛い辛い辛い辛い辛い楽しい辛い辛い辛い辛い辛い嬉しい辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い……死にたい。

 

 

 死にたい。

 生きていたくない。

 痛い。

 なんで俺なんだ? 

 理不尽だ、不条理だ。

 

 

『誰か俺を殺してくれ

 

 

 その後は、ただひたすらに殺してくれと連呼する。

 普段、全部押し潰しているものが、調整では丸裸になり溢れ出てくる。

 わたしが、彼の──結翔くんの調整を好きになれない理由はこれだ。

 

 

 あまりにも深く、重く、そして暗い、どんよりとした感情の波。

 生半可な精神じゃ受けきる事なんて、出来はしない。

 もし、もしも、彼の己を殺してくれと言う願いを、叶えられる人がいるならば、それは運命を変えることの出来る人間だ。

 

 

 死なないと言う、最悪な運命を変えることの出来る人間だ。

 …尤も、そんな人物はこの世に数人と居ない訳だが、彼はその内の二人の手を既に掴んでいる。

 離さないように、必死に。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 深く潜り過ぎたのか、いつの間にか施術は終了していた。

 神経を何時もより張り巡らせたお陰か、時間が経つのがやけに早く感じる。

 体感では三十分ほどだと思ったが、時計の長針は優に一周はしているようだ。

 

 

 一応、魔眼に干渉し、一時的にだが、無理矢理封印することは出来た。

 だが、あくまで一時的な措置であり延命治療に過ぎない。

 効果が切れかけたら、また封印し直さなきゃいけないし、どんなデメリットが起こるか想像もつかない。

 

 

 それに……生と死の魔眼だけは、封印どころか干渉も出来なかった。

 まるで、宿主を守るかのように、魔力経路を辿っても独自の結界のようなものが張られていて、封印することを許さない。

 

 

「…起きたら伝えなきゃね」

 

「………………ん」

 

「あら、随分早かったわね。新記録更新よぉ?」

 

「…そりゃ…良かったです」

 

 

 寝起きに近い状態なので、結翔くんは体を少しフラつかせていたが、即座に立て直し寝台から降りる。

 体を解すように伸びをし、わたしに目線で訴え掛けてきた。

 早く結果を聞きたいようだ。

 

 

 全く以てせっかちさんねぇ…。

 

 

「施術は一応成功よぉ。生と死の魔眼以外、封印することは出来た。幻覚や幻聴はどう?」

 

「…問題ないです。偶にノイズが走って視界がボヤけますけど、左眼でなんとかなると思います」

 

「そう。なら、良かったわぁ!」

 

 

 自分でも自覚するほどに、甘ったるく柔らかい声音で言葉を返し、笑みを浮かべる。

 結翔くんは、念の為に自分でも魔眼が使えないかチェックを始めたが……その時だった。

 突然、彼は咳き込みだし、手で口を覆う。

 

 

「ゴホッゴホッ…ゴホッ! オェッ!」

 

 

 何かを吐き出したような声と共に、床にポタポタと真っ赤な液体が滴り落ちる。

 血だ……彼は吐血したんだ。

 急いで背中をさすろうと、結翔くんに近付いたが、彼がしゃがみこんで、床に有り得ない量の血を吐いた瞬間、わたしの足は止まってしまう。

 

 

 医者じゃなくても分かる、床に吐き出された血の量は、明らかに致死の領域だ。

 魔法少女の体は頑丈だ、ソウルジェムさえ砕けなければ死ぬ事はない、だけど苦しいものは苦しい。

 

 

「ま、待ってて! 今すぐ回復魔法が得意な子を──」

 

「大丈夫…です。…すぐ、片付けますね」

 

 

 口元を抑えていた右手には、ベッタリと赤い血が着いていた。

 赤黒く見えたのは、気の所為なんかじゃないし、大丈夫な訳がない。

 けど、結翔くんはわたしの言葉を無視して、パッパと片付けを済ませると、調整屋から去っていってしまった。

 お代をテーブルの上に置いて。

 

 

 本音を言えば、気が気じゃなかった。

 わたしの施術の所為かもしれないと思うと、胸がキュッとしまって苦しくなる。

 急いでこの事を、ももこやまさらちゃん、やちよさんにも連絡し、わたしは先程まで彼が寝ていた寝台に寝転がった。

 

 

 …どうやら、わたしは自分が思っているよりも、彼を気に入っているらしい。

 商売には必要のない感情を抱きつつある事に、わたしは今更になって気づいた。

 

 

 ──和恵──

 

 思い出話のお陰か、決心がついて、外に出ていこうとしたその時、鶴乃ちゃんが奥から出てきて私の服袖を掴んだ。

 

 

「か、和恵さん。もう、行っちゃうの?」

 

「えぇ。あの子に謝って……それで、もう一度チャンスを貰いに行くわ」

 

「そっか……うん。わたしも行くよ! お姉ちゃんとして、結翔を説得してみせる!!」

 

「お姉ちゃん?」

 

「………………あ」

 

 

 やってしまった、そう言わんばかりの表情の鶴乃ちゃん。

 だらだらと脂汗をかき、焦っているようにも見える姿は、少し面白かった。

 私はフォローするように、彼女の頭を優しく撫でる。

 …嗚呼、こうやって、誰かの頭を撫でたのは何時ぶりだろうか。

 

 

 未だに昔の思い出に浸り続けている心に喝を入れながら、鶴乃ちゃんへの言葉を紡ぐ。

 

 

「ありがとう。あの子、一人っ子だから、鶴乃ちゃんみたいな優しいお姉ちゃんが居るのは、凄く喜んでると思うわ」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうよ。…鶴乃ちゃん、悪いけど、結翔の家に先に行っててちょうだい? 私、もう少しだけ街を見て回りたいの」

 

「分かったよっ! 最っ強の由比鶴乃にお任せあれー!」

 

 

 調子を取り戻したのか、鶴乃ちゃんは笑顔で店を出ていった。

 …決心はついたけど、もう少しだけ遠回りして、街を見ようと思う。

 あの頃と今、変わってしまった部分を自分の目で見つめ直す為に。

 陽向さんに会釈をし、お代をカウンターの上に置いて、外に出る。

 

 

 天気は快晴、眩しいくらいに輝く太陽が私たちを照らしていた。

 キャリーケースを引いて、街を歩いて回る。

 結論を先に行ってしまえば、四年で変わっている所はあまりなかった。

 喜ぶべきか、苦しむべきか。

 

 

 あの頃の景色と変わっていないのは、私的にはとても喜ばしいことだ。

 けど、あの子からしたら……とても苦しいことだっただろう。

 変わらない景色に過去を照らし合わせて、何度悲しませてしまったんだろうか? 

 

 

 分からない……だって、私はあの子じゃない。

 親だ、私は確かに結翔の親だ…けど、あの子の全てが分かる訳じゃない。

 贖罪をしながらでも良い、もう一度家族として……

 

 

 そんな事を考えながら歩いていると、ふと周りの景色が可笑しいことに気が付きた。

 見慣れた光景は何処かに消えて、目の前には摩訶不思議な世界が広がっている。

 カラフルな森のようなファンシーな世界だが、異様なほどの寒気と気味の悪さを感じた。

 

 

 ももこちゃんこら聞いた話が本当なら、ここは相当に不味い場所だ。

 ただの人間にとってここは死地、居てはならない場所──魔女の結界。

 

 

「……出口は、見つけられるかしら」

 

 

 考え事をしながら歩いていた事を本気で後悔しそうになる。

 文句ばかり言ってる余裕はないので、取り敢えず元来た道を戻るように振り返ると、キラキラとした紙やら鉄格子のようなもので作られた、生き物とは凡そ言うことの出来ない物体が浮いていた。

 

 

「使い魔…?」

 

 

 自分の口から盛れた単語を聞いて、ようやく理解する。

 危険だと。

 このままじゃ、死ぬ…! 

 至って普通の人間である私では、使い魔に攻撃を仕掛けることなど出来ない。

 

 

 取れる手段は一つ、逃げる事だけだ。

 キャリーケースを引いて、必死に走る。

 …キャリーケースを置いて行けと、頭が命令してくるが、私はそれを無視するように諭す心に従う。

 この中には、家から持ち出した思い出の品が幾つも詰まってる。

 

 

 捨てる訳にはいかない。

 これを捨ててしまったら、私は本当に家族に戻れなくなってしまう。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

 体の一部である紙を飛ばして攻撃してくる使い魔。

 運良く当たらないで済んでいるが、それも後何分持つか分からない。

 ジリジリと詰まる距離、私は全力疾走しているが、あっちは遊んでいるに過ぎない……その筈なのに。

 

 

 そして、最悪な事に、目の前から通せんぼするようにもう一体の使い魔が現れた。

 声を発する器官がない代わりに、鉄格子の部分を、ガシャンガシャンと笑うように鳴らしている。

 

 

 絶体絶命だった。

 驚きのあまり転んでしまった私の手からキャリーケースが離れ、倒れた衝撃で開いてしまったのか中身が溢れ出る。

 死、それが目の前にあるにも関わらず、私は中身を集めて覆い被さるように蹲る。

 

 

 溢れ出た中身に中には一枚の写真が入っていた。

 あの頃の写真、みんな笑顔で幸せだったあの頃の写真。

 …お願い、英斗さん、私にもう一度チャンスを下さい。

 こんな所で、私……死にたくないんです! 

 だから……

 

 

「助けて!」

 

「…その声だけは、聞き逃さないって決めてたんだ」

 

 

 聞いたことのない声なのに、どこか懐かしく感じる、そんな不思議な声が聞こえた。

 顔を上げると、そこに使い魔は居なくて、昔の踊り子のような、黄色と赤で構成された衣装を身に纏った少女が、見覚えのある銃を片手に立っていた。

 

 

 少女は、私に銃を持っていない手を差し伸べる。

 躊躇いながらも、私は手を借りて立ち上がった。

 

 

 その後、少女は私が覆い被さって守っていた物を、キャリーケースにしまい込んでいく。

 何故だろうか、無言でそれを行う、不器用に見える優しさが、今は亡きあの人に──英斗さんに重なる。

 

 

「本当に、ありがとう。あなたのお陰で助かったわ。…名前、聞いても良いかしら?」

 

「通りすがりの魔法少女だよ。…名前は別に覚えなくていい」

 

「……そう」

 

「魔女はすぐに片付ける。適当な場所で隠れて」

 

 

 私はその言葉に従い、適当な物陰に身を潜める。

 …あぁ、やっぱり似ている。

 テキトーな言葉ではぐらかすところなんて、まるで瓜二つだ。

 

 

 戦い終わったら、何も言わずに去ってしまっだろう。

 ……会ったらちゃんと言わないと。

 もう一度、ありがとうって。

 

 

 ──結翔──

 

 母さんを助けたあと、俺は魔女の結界の最深部までやってきた。

 養殖された量産型にも等しい魔女、以前は少々苦戦したが、今なら余裕だ。

 例え魔眼が使えなくても、戦えない事は無い。

 

 

 右眼は視界不良で、体調は壮絶に悪いが……なんとかなるだろう。

 さっき、偶然にも懐かしい写真を見てしまった所為か、どうしようもない程に申し訳なくなって、母さんとやり直したいと……そう、心の底から思った。

 

 

 まだ、心を整理する時間は必要だが、落ち着いたらもう一度話し合おう。

 …その為にも、さっさと片付ける。

 

 

 右手に持ったグロックに魔弾を込め、使い魔を見つけ次第ぶち込んでいく。

 近接で処理する時間が惜しい。

 なるべく早くここから母さんを出したいし、時間を作って心を落ち着かせたい。

 

 

 ……魔女には悪いが、速攻で終わらせて貰う。

 捉えた魔力反応を頼りに場所を割り出し、ようやく魔女と対面する。

 目新しさを感じない、ピンク色のうさぎのぬいぐるみ擬き。

 

 

 変色して大きな口を開ける前に、倒す。

 そう決めると、俺は持っていたグロックを捨て、刀を魔力で編む。

 魔眼を使えないからマギアの一つである、『一閃必殺』を使う事は出来ないが……適性が上がった光と闇を混ぜれば! 

 

 

「どりゃぁぁあ!!」

 

 

 居合の要領で刀を振るうと、思ったより簡単にぬいぐるみの首を刎ねることが出来た。

 …あんまりやった事はなかったが、十分使える技だ。

 その事実を認識し終える頃には、結界が解けて世界は元に戻る。

 

 

 俺は、母さんから逃げるように、その場を去った。

 ごめん、ちょっとだけ時間が欲しいんだ。

 心の中で、そう謝りながら。

 




 次回もお楽しみに!

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六十二話「家族だから」

 和恵「前回までの『無少魔少』。みたまちゃんの施術のお陰で、結翔は魔眼の幻覚と幻聴を封印できたけど、代わりに吐血するようになっちゃったり、私が魔女に襲われて、通りすがりの魔法少女に助けられたって話ね」

 結翔「代わりに吐血って軽い感じだけど、結構辛いんだが…」

 まさら「当たり前でしょ、辛くなかったらデメリットでもなんでもないわ」

 こころ「ま、まぁ、極端な気がしますけどね……」

 和恵「今回で家族編は一区切りだけど、皆さんは楽しんで六十二話をどうぞ!」



 ──結翔──

 

 家に着くと、玄関の前に鶴乃が立っていた。

 俺が向こうに気付くのとほぼ同時に、鶴乃も気付いたのか、手を振りながらこっちに小走りでやってくる。

 

 

「お帰りー! 待ってたんだよー?」

 

「…もしかしなくても、母さんと一緒に居たりしたか?」

 

「うん。色々聞いたよ。…ねぇ、結翔──」

 

「言わなくても良いよ。…少しだけ時間をくれ、先に話したい事がある」

 

 

 真剣な俺の声音で何かを察してくれたのか、鶴乃は笑顔で頷いた。

 こう言う時、コイツの察しの良さには助けられる。

 鶴乃の横を通り過ぎ、俺は家の中に入った。

 適当に靴を脱ぎ揃え、リビングの方に歩いていく。

 

 

 幻覚や幻聴、加えて吐血の事を喋れば、説教されるのは間違いないだろうし、最悪泣かれる可能性だってあるが……

 話さない、と言う選択肢は俺にない。

 意を決してリビングに入ると、いつもと変わらない二人が寛いでいた。

 

 

 …きっと、俺が気にしている部分に触れないようにする為だろう。

 温かい優しさの現れだった。

 あまりの嬉しさに笑みを零しながらも、話をするために声を掛ける。

 

 

「……二人とも、話があるんだ」

 

「帰ってそうそうね。…どうしたの?」

 

「なにか、あったんですか?」

 

「俺さ──」

 

 

 その言葉に続くように、俺は魔眼による幻覚や幻聴、それを封印した事による吐血の話をした。

 こころちゃんは何処か心苦しそうに、まさらは今日の俺のらしくない行動に合点がいったのか、納得の表情をして聞いていた。

 だが、全部話し終えると、二人は揃って笑い始める。

 

 

 困惑する俺を他所に一頻り笑うと、彼女たちも話し始めた。

 

 

「話してくれて嬉しかったんですよ。…いつも、結翔さん大事な事は全部一人で抱え込もうとするから」

 

「そうね。…貴方はいつもそう。自分一人で何とか出来る、自分一人で何とかしなきゃって躍起になる」

 

「…そんなにか?」

 

「えぇ」

 

「はい」

 

 

 頷く二人を見て、俺は苦笑するしかなかった。

 一応、こころちゃんとまさら、二人に話す話は終わったので、まさらにだけ声を掛けて二階に上がる。

 …話さなきゃいけない話は、一つじゃないからだ。

 

 

 ──まさら──

 

 結翔に声を掛けられ二階の部屋に行くと、彼は私をベットに座らせた。

 他にも話があるのか? 

 あるとしたら、それはなんなのか? 

 

 

 私は何も分からないまま、ベットに腰掛けて、彼が話し始めるのを待つ。

 少しの間を置いて、結翔は私に話し始めた。

 一つは、自分がいずれ化け物になること、もう一つは……

 

 

「そうなった俺を…殺してくれ

 

「…は? 貴方、本気で言ってるの? 私に貴方が殺せるとでも?」

 

「可能性はある。だから、言ってるんだ」

 

 

 正直言って意味不明だ。

 今の結翔は、完全ではないが実質不死。

 誰がどう殺そうと、死ぬ事なんて有り得ない。

 それを、私が殺す? 

 

 

 笑止千万、と言うやつだ。

 それに、例え殺せたとしても、私は結翔の形をした物を──殺したいとは思わない。

 その時が来るまで、殺そうとは思えないだろう。

 

 

 けど、彼の願いを無下にしたいとも思わない。

 話だけでも、最後まで聞くべき…か。

 

 

「……分かったわよ。それで、その可能性って言うのは?」

 

「俺はお前の──いや、お前たちの未来を視る事が出来ない。…それが可能性だ」

 

「…ちょっと待って、それは嘘でしょう?」

 

「嘘じゃえねえよ。俺が一度でも、お前たちとの鍛錬で魔眼使った事あるか?」

 

「…ないわね。でも、あれは鍛錬の意味がなくなるからって、貴方が……」

 

「悪ぃ、あれ少し嘘だ。本当は未来視が使えなかったから、他の魔眼も機能しないと思って使わなかっただけ。…まぁ、使えたとしても、使う気なんてなかったけど」

 

 

 自分の命の終わりを、私に委ねようとしているのにも関わらず、何処か飄々とした態度で彼は言った。

 …いや、そうでもしないと、普通では居られなかったのかもしれない。

 結翔だって人間だ、怖いと思う心だってしっかりと備わっている。

 

 

 こころを選ばなかった理由は…あの子じゃ出来ないからだろう。

 優し過ぎるあの子は、結翔を──化け物に変わり果てた結翔を、殺す事は不可能だ。

 

 

 消去法と言う理由に呆れながらも、それしか方法がない事に、私は自嘲気味に笑う。

 最近、良く自分の無力さを痛感させられる。

 強くなりたいと…心の底から願った。

 

 

 そんな私を知ってか知らずか、結翔は最後の話しを始める。

 

 

「最後にもう一つ。これは…俺からのお願いみたいなもんだ。肩の力を抜いて、リラックスして聞いてくれ」

 

「……いいわ、話してちょうだい」

 

「俺が居なくなった後のこの街を…頼む」

 

「他の人じゃ、ダメなの…?」

 

「お前が良いんだよ。…お前だったら、俺の意志を継いでくれる。そんな気がするんだ。まぁ、お願いだから無視しても良い。お前は──加賀見まさらとして生きたいように生きればいい」

 

 

 お願いと言うには余りにも大きいが、それは……信頼の裏返しなのかもしれない。

 彼が死ぬ気で守った街を、死後、私に託してくれてる。

 少しだけ頬が緩んだ。

 

 

 加賀見まさらとして生きたいように生きればいい。

 私の意志を尊重する言葉だった。

 だからだろうか、私は悩んで…悩んで悩んで、それを引き受ける事にした。

 

 

「決めたわ。…貴方の代わりに、この街のヒーローになる。約束よ」

 

「ありがとな…まさら」

 

 

 今思えば、悩んで悩んで、引き受けた理由は彼に大切なものを託して貰えた、優越感だったのかもしれない。

 

 

 ──和恵──

 

 鶴乃ちゃんに言われて、玄関の前で待つこと十数分。

 結翔…と思わしき魔法少女の子と別れてから、三十分以上が経過している。

 見間違いや勘違い…そんなものではないと信じていた。

 

 

 そして、答えはようやく明かされる。

 玄関のドアが開かれ、結翔が中に入るように促す。

 

 

「お邪魔します」

 

「おじゃましまーす!」

 

「……別に、ただいまで良いよ」

 

 

 寂しそうに、そう一言零すと結翔はリビングに進んでいく。

 私と鶴乃ちゃんも、それに続くようにリビングに入った。

 中には、既にこころちゃんとまさらちゃんが居て、準備は万端と言った感じだ。

 

 

 対面のイスに座り、私と結翔は向かい合う。

 お互いに、言葉が出ない。

 一言、ごめんなさいと謝って、もう一度やり直したいと伝えるだけなのに。

 喉につっかえて出てこない。

 

 

 数分の間、静かな時が流れる。

 一歩歩み寄るだけで、救われるのに…その筈なのに…

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

『あ、あの!』

 

「…結翔から話しなさい」

 

「いや、母さんから…」

 

『……それじゃあ』

 

 

 まるで、コントのようなやりとりだった。

 重なる声がリビングに響き、私と結翔は久しぶりに揃って笑う。

 あぁ、写真じゃない、本物のこの子の笑顔を見たのは何年ぶりだろうか……

 四年……四年前が、遠く感じる。

 

 

 手を伸ばしても届かない、そんな遠い過去のように…感じる。

 今なら掴める、今なら離さないでいられる。

 もう一度抱き締めると…決めたんだ! 

 

 

「結翔。…今までごめんなさい。あなたに、本当に酷いことをしたと思ってるの。我儘だって…分かってる。けど、もう一度、もう一度だけやり直すチャンスが欲しいの」

 

「…そんな事言ったら、俺だってごめん。朝、凄い酷いこと言っちゃった。本当はあそこまで言うつもりなくて、ただ聞きたかったんだ。なんで置いていかれたのか」

 

「話すべきよね。…良く、聞いて欲しいの。実はね、私──」

 

 

 理由を話した。

 臆病な私の理由を、話した。

 最初は複雑そうな表情をしていた結翔も、段々と頷くだけになって、最後には納得したのか、ポロポロと涙を零し始める。

 

 

 誰に何を言われた訳もなく、私はその涙を拭いた。

 そして、イスから腰を上げて、結翔の方に歩き、優しく抱き締める。

 ポロポロと流れる涙で私の胸を濡らし、嗚咽を零す。

 

 

「俺…おれ、ずっと捨てられたって…思ってて…! 嫌われたんじゃないかって……ずっと怖くて!」

 

「ごめんね。…ホントにごめんね」

 

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 泣き終わった結翔は、晴れやかに笑った。

 明るい太陽のような、そんな笑顔だった。

 

 

 良かった。

 …きっと、やり直せる。

 そう思った直後、結翔は誰もが思いもしない言葉を口にした。

 

 

「…母さん、もう少しだけ外にいて欲しいんだ」

 

「ど、どうして? やっぱり、まだ……」

 

「違うよ。…色々あってさ、母さんの安全が完璧に確保されるまで、外に居て欲しいんだ。今戦ってる相手は、手段は選ばないって言ったから、何をしでかすか分からない。もしかしたら、母さんに危害が及ぶ可能性がある」

 

「……そう。分かったわ。待ってるわね」

 

「任せて!」

 

 

 笑顔を崩すことなく、結翔はサムズアップをして、私の言葉に答えた。

 ……やり直せるまではもう少し掛かるが、やり残した事を済ませる良い機会。

 

 

 そして、私は家を出る前に、結翔と連弾をした。

 揃って笑ったのと同じく、久しぶりだったが、気持ち良く弾く事が出来て、素直に嬉しかった。

 

 

 また、こうして、弾けたら良いな。

 あの頃みたいに……家族で──




 次回もお楽しみに!

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幕間「隣が良いんだ」

 今回の幕間ヒロインは──この子だ!!


 ──ももこ──

 

 調整屋──みたまから連絡を貰った翌日であり、結翔と和恵さんが仲直りをした翌日。

 アタシと結翔はいつも通り、学校で授業を受けていた。

 

 

 先生が黒板に書いた内容を板書しながら、チラチラと結翔を見つめる。

 調整屋が言うには、今の結翔の状態はお世辞にも良いとは言えないらしい。

 なんでも、致死量を優に超える血を吐いたとか……

 

 

 本音を言うと、気が気じゃない。

 魔法少女だから死にはしない、死にはしないが、心配なのだ。

 凄く苦しい筈なのに、コイツはいつも大丈夫ってフリをする。

 …最近は作ったような笑顔は見せなくなったが、それでも誤魔化す癖は消えてない。

 

 

 だから、こうやってアタシは結翔を見ている。

 もし、何かあってもすぐに対応出来るように。

 

 

 時々、アタシの視線に気付いた結翔が首を傾げていたが、テレパシーで気にするなと伝えておいた。

 まぁ、休み時間になるとアタシの行動に誤解した友達が「アツアツな視線送ってたねぇ〜!」とか、「恋する乙女って感じで可愛いよ〜」とか言ってきた所為で、気恥ずかしかったが、なんとか耐えて誤解を解いた。

 

 

 そうして時間は経ち、アタシの心配が現実になったのは、五限目が丁度半分終わった辺り。

 アタシが板書をしていて見ていなかった数秒の間に、これでもかと言うくらい顔色を真っ青にした結翔が、席を立ち教室から体を引きずるように出て行った。

 

 

 一瞬、何が起こったのか理解出来なかったアタシだったが、考えるより先に行動に移す事を決め、席を立つ。

 

 

「先生! …すいません、結翔を追います」

 

「お、おう。体調が悪そうだったら、そのまま保健室に連れてってやれ」

 

「はい」

 

 

 先生に信頼されている事実を上手く使い、アタシは後を追うように教室を出る。

 意外にも、こう言う時に、自分の人望の厚さを再確認できるのだ。

 尤も、今はどうでもいい話。

 

 

 今、最も重要なのは、結翔の状態を知る事。

 最悪に近いのは知っているが、どれほどなのか自分では見た事がないから。

 一番近くの水道に足を運ぶと、明らかに何かを吐いているような人の声が、聞こえた。

 

 

 恐る恐る近付くと……口元と手を血で染めた結翔がそこに居た。

 真っ青を通り越して白くなりつつある顔色は、血を吐いた所為で余計に体調が悪くなった事を、如実に表している。

 

 

「ゆ、結翔!? しっかりしろ! アタシが誰が、ちゃんと分かるか?!」

 

「…大丈夫…だよ。お前の事くらい、しっかり見えてる」

 

「ふざけんな!! 大丈夫な訳ないだろ! 引き摺ってでも保健室に連れて行くからな!!」

 

 

 一通り怒鳴り追えると、アタシは保健室の先生に配慮し、血を落とす。

 近くにあったハンドソープを使い、結翔の手を洗う。

 力がまともに入ってない、弱々しい手だった。

 血の跡が残らないように、優しく洗い流していく。

 爪の隙間に入った血は上手く取れなかったが、それ以外は全部落とせた。

 

 

 口元は……しょうがない。

 スカートのポッケからハンカチを取り出し、水に濡らす。

 

 

「我慢しろよ」

 

「…ん」

 

 

 少し強引だが、口元を水に濡らしたハンカチで拭いていく。

 粗方、血で汚れた部分が無くなったのを確認すると、アタシは結翔の手を引いて保健室に向かう。

 …抵抗は、されなかった。

 

 

 いや、出来なかったのかもしれない。

 力のない手は、強く握ったら折れてしまいそうで──とても怖かった。

 

 

 ──結翔──

 

 保健室に着くと、戸の前に出張中の張り紙が貼ってあり、小さく自由に使えと書かれていた。

 …養護教諭としてそれはどうなのか、薬の危険性を説く立場の人間が、勝手に使えとかこの学校ヤバいな。

 

 

 そんなどうでもいい事を考えて意識を飛ばしていると、いつの間にか部屋の中に入っていて、ベットに座らされていた。

 ももこは薬が置いてある棚を漁りながら、俺に話し掛けてくる。

 

 

「痛い所とか苦しい所、分かるか?」

 

「分からん」

 

「分からんって……言ってくれなきゃ、薬を──」

 

「いや、お前が一番知ってんだろ。俺に薬が意味ないの」

 

「……そうだった。調整屋に頼む…訳にはいかないし。頼れるあてはいろはちゃんくらいか?」

 

「そんなとこだな」

 

 

 薬が効き辛く、治癒魔法もほぼ効果が見えない。

 唯一、まともに回復出来る手段があるならみたま先輩の調整か、いろはちゃんみたいな、願いによって固有の能力──固有魔法が治癒の魔法少女に見てもらうことだ。

 

 

 どちらにしろ、今の状況でみたま先輩は呼べないし、いろはちゃんを呼ぶ事も難しい。

 それに、さっきは痛い所や苦しい所が分からんって答えたけど、本当は──痛過ぎて、苦し過ぎて、どこがどう痛くて苦しいか分からない…と言う意味だ。

 

 

 吐血した所為で、余計に体調は悪化したし、嫌な鉄の味が口の中に残っている。

 …これ以上、ももこに迷惑を掛けるのはあれだな。

 

 

「…ももこ、俺はここで寝てるから、お前は早く戻れ。心配しなくても、寝てれば少しは──」

 

「嫌だ。アタシも残る。少なくとも、いろはちゃんがここに来れるようになるまでは…な」

 

「でもなぁ、ここに居たって時間の無駄だぞ? 暇潰しの一つも出来やしない」

 

「アタシは、お前のアホ面見てるだけで十分暇潰しになるよ」

 

「ひでぇな」

 

 

 軽口を言い合っている間は、少し気が紛れる。

 …まぁ、本当に少しだが。

 

 

 体の節々が痛いし、疲労感と虚脱感が大きい。

 一度寝たら、そのまま起きられない…そう感じてしまう。

 でも、寝ないと楽にはなれない。

 

 

 少しでも休憩しないと、体が壊れる。

 あの地獄を見るよりか幾分かマシだ、今は我慢するしか方法はない。

 マギウスの計画を阻止するまで、死ぬ訳には──いや、消える訳にはいかないんだ。

 

 

 座っていたベットにそのまま横たわり、布団を掛けて目を瞑る。

 …温かい手が俺の頭を撫でて、優しく手を握ってくれた気がした。

 何故かそれだけで、体が楽になって、俺は浅いながらも眠りにつくことが出来た。

 

 

 ──ももこ──

 

 眠りについた結翔の手を握りながら、寝顔を眺める。

 相変わらず、眠っている時の顔だけは年相応に子供っぽい。

 …いつも、無理して気を張りつめてるから、こうやって眠っている時しか気の抜けた顔は見れない。

 

 

 本当にコイツはバカでアホな奴だ。

 アタシの事を『大切』だとか、『親友』だとか言って特別扱いするクセに、全然気を遣ってくれない。

 何も言われないのが一番辛いって、コイツは知らないのか? 

 

 

 特別扱いするなら、最後まで特別扱いしろよ! 

 何を言っても良いから、全部話してくれよ! 

 話してくれなきゃ…なんも分かんないじゃんか…。

 

 

 限度があるんだよ、アタシはお前の全てを知ってる訳じゃないんだよ!! 

 いい加減……分かってくれよ──気付いてくれよ、アタシの気持ちにさ。

 

 

「お前と幼馴染じゃなかったら、こうはならなかったのかな?」

 

 

 返事が来ないことなんて、分かってる。

 だけど、聞きたいんだ。

 幼馴染じゃなかったら、ずっと隣に居なかったら……アタシはこの想いを──この苦しみを知らずに生きられたのかな? 

 

 

 …いや、無理だな。

 アタシはどう足掻いてもお前と出会って、こんな関係に…なっていた気がする。

 それに、今更だが、アタシはお前が隣に居ない日常なんて、想像できない。

 

 

「隣が良いんだ、隣じゃないと嫌なんだ…! もう、背中だけ見て生きるのはうんざりなんだよ」

 

 

 隣に居たつもりで、いっつも後ろを歩いていた。

 お前がいつも前に居て、アタシを守ってくれた。

 …それだけじゃダメなんだ、それだけじゃ嫌なんだ。

 

 

 隣が良い。

 同じ場所に立って、同じものを…アタシは見たい。

 本当に最低な奴だ。

 バカでアホでお人好しで、いらない気ばかり回して、アタシを苦しめて…傷付ける。

 

 

 でも、アタシはそんなお前が──藍川結翔が……

 

 

「好きだ、大好きだ。お前の隣に居るのはアタシが良い」

 

 

 ……アタシも最低だから、眠る結翔にイタズラをした。

 きっと許されないイタズラだけど、別に良いよな? 

 初めてはもっと昔に済ませてるから、アタシらには挨拶みたいなもんだよな? 

 

 

 そう自分に言い聞かせて、唇を重ねる。

 冷たいけどほんのり温かい、優しく柔らかい感触。

 口の中に広がる鉄の味が、少しだけクセになりそうだった。

 

 

 誰も見ていない事を、誰も来ない事を良いように使い、アタシは何度も何度も唇を重ね、口付けをした。

 段々と歯止めが効かなくなって、漫画やドラマ、フィクションの中でしか見た事のない、舌を使った大人のキスに踏み込もうとした瞬間、「ガシャン!」と音を立てて保健室の引き戸が開かれる。

 

 

 ビクリ、と体が跳ねて咄嗟に結翔から離れた。

 …この時に気付けば良かった、自分の唇から糸が引いていることに。

 

 

「結翔ー! だいじょう──ぶ…?」

 

「つ、鶴乃!? …え、えっと、これは……」

 

「…どうしたの、ももこ? もしかして、看病する筈が、結翔と一緒に寝てたの? …ヨダレみたいの垂れてるよ?」

 

「っ!? …あぁ、悪い。教えてくれてありがとな」

 

「いえいえ、どういたしましてだよ!」

 

 

 気の所為…じゃないよな。

 ほんの少しだけ、鶴乃の目が酷く冷たく見えた。

 …もしかして、鶴乃も? 

 

 

 あぁ、ダメだ。

 今はそんなの考えてる時間じゃない。

 五時限目は…そろそろ終わるな。

 一応、いろはちゃんを呼びに行こう。

 

 

 留守は鶴乃に任せればいいんだし、そうした方が良い。

 …それに、今、鶴乃と二人で居る方が気不味いからな。

 

 

「鶴乃、結翔のこと頼む。アタシ、いろはちゃん呼んで来る。治癒魔法が効くか試したいからさ」

 

「りょーかいっ! 最っ強の由比鶴乃に任せてよー! ふんふん!」

 

 

 鼻息荒くそう言う鶴乃に、その場を任せ、アタシはそそくさとその場を離れた。

 

 

 ──結翔──

 

 テレパシーを使って鶴乃を呼んだのは正解だけど、色々な意味で失敗だったな。

 見るからに不機嫌そうな顔で、俺を睨んでるもん。

 …しょうがなくないか? 

 

 

 寝付けたって言っても浅かったんだから、途中で起きるのもしゃあないだろ! 

 ももこにキスされてる意味不明過ぎる場面で起きた所為で、起きるに起きれなくてタイミング見失ったんだから。

 

 

「モテモテだねぇ〜?」

 

「らしくないセリフ言うな。ただでさえ疲れてるのに余計疲れる」

 

「冗談だよ…。それより、どうするの?」

 

「…待ってもらうしかないだろ。マギウスの一件が終わるまで」

 

「だよね…」

 

 

 自分で蒔いた種は自分で拾わないとな。

 好意を無下にする行動は屑以下の行為だ。

 …二度と、あんな事は起こさせない。

 しっかりと答えられるように…決めないとな。

 

 

 今日、決意がまた少し、固くなった。




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六十三話「助けては言えなかった」

 まさら「前回までの『無少魔少』。結翔が私に自分の命を握らせて、街を託したり、母親と仲直りした話ね」

 結翔「今回からはお前がメインだからな。頑張ってくれよ」

 こころ「まさらがメインと言うより、私たちにライトが当たってる感じですよね」

 みたま「わたしの出番?」

 ももこ「話聞いてやれよ、アタシらの出番はないって」

 メル「ボク!ボクの出番は!?」

 結翔「いや、余計ないだろ」

 まさら「少し話は短いけど、皆さんは六十三話を楽しんでどうぞ」


 ──まさら──

 

 結翔と母親の件が終わってから早二日。

 放課後の夕暮れ時、私は一人、レンタルショップからの帰り道を歩いていた。

 

 

 今日も学校はあったが、結翔の仕事は休みらしい。

 …まぁ、吐血して倒れかけたのが昨日の今日の話なのだから、当たり前だ。

 だからこそ、そんな暇を持て余しているであろう結翔の為に、レンタルショップから彼が好きそうなものを何個か借りてきた。

 

 

 ……選ぶのに一時間以上かかったが、しょうがない。

 なにせ、私は誰かの事を想って物を選んだことがないんだから。

 初めての体験だった。

 こころやあいみは、私に合う物を選ぶ時、こんな感情を持っていたのだろうか? 

 

 

 喜んでくれるか少しだけ不安になって、それでも結翔の笑顔が見れるかもしれないと思うと、楽しくて心がウキウキする。

 色々な初めての感情の応酬だった。

 歩く足が早足になるのも、仕方のない事なのかもしれない。

 

 

 だけど、多分、これが最初の油断だった。

 何時の間にか、私の周りを取り囲むように、魔法少女の反応が現れ始めたのだ。

 一瞬、勘違いかと思ったが違う。

 

 

 妙に統率と連携の取れた動きに加えて、少し離れた所に感じる強い魔力。

 マギウスの翼…か。

 逃げるのは簡単だ。

 透明化を使えば、追うのは困難だろう。

 

 

 しかし、これはチャンスでもある。

 離れた所に感じる強い魔力、少なくとも幹部クラスが一人いる証拠だ。

 捕まえれば、マギウスの翼のアジトを聞き出せる。

 

 

 そう考えた私は、誘い込むように、路地裏への道を進んで行く。

 薄暗く道幅も狭いが…襲うならもってこいの場所。

 取り囲んでいた内の三つの反応が、私に向かって飛んできた。

 急いで魔法少女に変身し、到着順に相手を潰していく。

 

 

 一番目の黒羽根は鉤爪を切り裂くように振り下ろしてきたが、左手に持ったダガーでそれを受け止め、無防備な脇腹に回し蹴りを叩き込む。

 二番目の黒羽根は鎖を利用して私を捕縛しようとしたが、動きが遅い。

 回し蹴りの勢いを使って、向かってくる鎖を地面に踏みつけ、何も持ってない右手で鎖を引っ張り壁に叩き付ける。

 

 

 三番目の黒羽根は、先の二人が瞬殺されたのを見て動揺したのか、鉤爪での攻撃を外したので、可哀想だが後頭部にエルボーを入れて眠らせた。

 

 

 取り敢えず、三人はノーダメージで倒したが…あと四人か。

 しかも、その内の二人は知っている魔力だ。

 ……天音姉妹。

 

 

「黒羽根じゃやっぱり、簡単にはやられちゃうかー」

 

「相手が相手ですから、しょうがないでございます」

 

「でも、私たちなら──」

 

「ええ、私たちなら──」

 

「……御託はいい、早く来なさい」

 

 

 クスクスと笑って現れた二人に、私は挑発するように言った。

 音の攻撃は厄介だが、ここはあの時の場所と違って、反響はしない。

 フィールド的には私が有利な筈だ。

 …なのに、何故だろう。

 

 

 脳が警鐘を鳴らしている。

 体が無意識に走って逃げようとしている。

 不味いと、なんとなく察した。

 透明化で撹乱しようとしたその時、二人が笛に口を付けた。

 

 

『笛花共鳴』

 

 

 刹那、頭の中に直接音が響くような感覚に陥った。

 とても綺麗な音のはずなのに、魔力によって色付けされた魔音とも呼ぶべきそれは、グチャグチャに私の脳を掻き回す。

 痛いとか、苦しいとか、その程度では収まらない。

 

 

 激しい目眩と手足の痺れ、手に持っていたダガーが流れるように滑り落ちた。

 私自身も膝から地面に崩れ落ちる。

 頭が上手く回らない、体が上手く動かない、辺りを見回すことさえままならない。

 

 

 このままじゃ……

 嫌な想像が脳裏を過る。

 ダメだ…ダメだ! 

 私は結翔に託された、託されたんだ。

 

 

 一度逃げて、体制を……立て直さないと。

 透明化を使い、地面を這うように、私はその場からに逃げ出す。

 流石の天音姉妹も透明化した私に魔音を当てるのは難しいのか、段々と体の自由が戻ってきて、何とか立ち上がり壁を伝うように離れて行く。

 

 

 ……良かった、借りてきたDVDやBlu-rayたちは無事だ。

 折角借りてきたんだ、置いていく訳にはいかない。

 自分が持った物まで透明化出来るなんて、そんな都合の良い固有魔法で助かった。

 

 

 少しでも気分を楽にする為、態と脳天気なことを考えて、路地裏を進む。

 あと少し、あと少しで、表道に出られる。

 ある程度距離を離せた事を確認し、私は透明化を解除した。

 便利な透明化だが、表道をそのまま歩く訳にはいかない。

 

 

 もし、今の状態で一般人にぶつかれば、簡単に透明化が解けてしまうからだ。

 一応、もう一度反応を確認してから、魔法少女の変身も解いて、私は動き出す。

 やけに人通りが少ないが、気にしている余裕はない。

 

 

 何故なら、逃げ切れた実感はあったが、それ以上に嫌な予感がしたからだ。

 態々、幹部クラスまで引っ張てきて、こんなに簡単に私を逃がすだろうか? 

 仮に、私が敵だったらそんな事しない。

 

 

 少なくとも、逃げる所までは想定内として、もう一つの罠を──まさか!? 

 私は再度変身し、そこら辺に落ちていた小石を、適当な方向に全力で投げる。

 少し間を置いてから、『ガキン!』と、石を投げた方向から音が聞こえた。

 …どうやら、嫌な予感は的中したようだ。

 

 

「……冗談、だったら笑えたのにね」

 

「残念ですが、そうではありません。…ここはもう、アリナの作った結界の中。先程まで居た少ない人影は、ワタシが作った幻です」

 

「ゲームオーバー…かしら」

 

「はい」

 

 

 きっと、ここで一言、助けてと言えば結翔は飛んで来たのかもしれない。

 だけど、私はそれを出来なかった。

 託して貰えた私が、約束を交わした私が、助けてもらうなんてお門違いじゃないかと、そう思ったから。

 

 

 そして、それ以上に、私は驕っていたんだ。

 自分一人でもなんとかなると。

 ……結果は惨敗だった。

 

 

 ──結翔──

 

 未だに帰ってこないまさら、もう夜も九時を回っている。

 行くと言っていたレンタルショップに話を聞きに行ったが、店員さん曰く五時前には店を出ていたと言う。

 

 

 探せる所は全て見て回ったが手掛かりは0。

 お手上げだ、千里眼が使えれば別だが、生憎な事に魔眼は封印中。

 全く以てタイミングが悪い。

 

 

「ったく。どこに行ったんだ、まさらの奴」

 

「──ここよ」

 

「っ!? おまっ!? いや、どっから湧いてきた!!」

 

「用があったのよ。帰るのが遅れた」

 

「用があったって……。あのなぁ、一本電話入れるくらいできただろ?」

 

 

 俺の抗議を無視し、まさらはずんずんと先に進んで行く。

 カチンと来た俺は、彼女の肩を掴んで動きを止めようとしたが、何時の間にか俺の視界は反転していた。

 そして、一拍遅れて背中に激痛が走る。

 

 

 痛い…痛いけど、そうじゃない。

 今、コイツはどうやって俺を投げた? 

 …殆ど体を動かしてるようには見えなかった。

 

 

「お、おい、まさら。これはやり過ぎだろ、滅茶苦茶背中に痛てぇんだけど」

 

「自業自得よ。勝手に触らないで」

 

 

 氷のように冷たい視線が俺に向けられる。

 心底、俺の事をどうでもいいと思っている目だ。

 …何か可笑しい、いつものまさらじゃない。

 

 

 少しだけ気になった俺は、躊躇いを感じながらも、魔力を探った。

 そしたら、本来ならまさらから感じる事のない魔力反応が出てくる。

 

 

 それは──ウワサの魔力だった。

 




 次回もお楽しみに!

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六十四話「見えたのは一端」

 結翔「前回までの『無少魔少』。まさらがマギウスの連中にやられて、帰って来た思ったら冷たい昔のまさらに戻ってたって話」

 まさら「変わらないざっくりとしたあらすじ紹介ありがとう」

 結翔「すげぇな、ありがとうから感謝の念を感じないぞ」

 まさら「良かったじゃない」

 こころ「…どこら辺が良いのかな?」

 ももこ「…修羅場な空気を感じるが、皆さんは六十四話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 家に帰ってからも、まさらの態度は変わらず。

 俺より付き合いの長いこころちゃんは、まさらと話さなくても、彼女から放たれる独特の空気で違和感に気付いた。

 一瞬、こっちに視線を送ってきたが、かぶりを振る俺を見て視線をまさらに戻す。

 

 

 何が起こったのか、それが分かるのは現状まさらしか居ない。

 必然的に、まさらに聞くしかないのだ。

 

 

「まさら、何かあった?」

 

「別に。悪いけど、ご飯を食べたらすぐ寝るわ」

 

「…うん。分かった」

 

 

 素っ気ない態度。

 いや、機嫌が悪い時は偶にそうだけど……

 言葉じゃ表現し辛い、違和感と言うかモヤモヤした何かを感じる。

 パクパクと、今日の夕飯であるカレーを表情を変えずに口に放り込む彼女は、動く為に必要なエネルギーを補給する、無感動なロボットのようだ。

 

 

 可哀想な事に、最近増えてきた表情筋の仕事は、あっさりと無くなってしまった。

 それを見たこころちゃんは、どうして良いか分からない、そんな表情でこちらに寄ってくる。

 

 

「…まさら、どうしちゃったんでしょうか?」

 

「さぁ…。俺が会った時には既にこれだったし、原因は……まだ言えないかな」

 

「確かじゃないから…ですか?」

 

「うん。…明日になっても直ってなかったら、本格的に動き始めよう。一応、学校ではまさらの事を──」

 

「見張ってろ、ですね。分かりました」

 

「ごめんね…」

 

 

 親友と言っても良い仲の友人を監視しろなんて、普通は嫌がるだろうに、こころちゃんは笑顔で引き受けてくれた。

 優しい彼女に甘えている自覚は…少しある。

 けど、まだ確定してないのに疑う訳にはいかない。

 

 

 少しウワサの魔力を感じたから、だから何かあったと決め付ける。

 …だから、ウワサに呑まれてるかもと決め付ける。

 そんな事してたら、魔女裁判のように仲間同士で傷付け合い、最悪殺し合う可能性だって無くはない。

 

 

 考えを纏め、自分の中で結論を出す。

 もう、夜も遅い。

 一夜待ってダメだったらその時点で調査に乗り出す。

 

 

 決定した事を頭の中で反芻させながら、食事を取りもしもの段取りを考える。

 まだ見ぬ明日を待ち遠しく感じるのは、慣れた感覚だが…少しだけ恐ろしい。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 そう言って、食べ終えた食器を片付けたら、パッパとシャワーを浴びて自室に戻る。

 夏でもないのに、その日はやけに寝辛く感じた。

 

 

 ───────────────────────

 

 夜が明けた、鬼が出るか蛇が出るか…。

 俺は寝間着から制服に着替え、バックを持って下に降りる。

 辿り着いたリビングのドアの前で、俺は一瞬止まってしまった。

 

 

 止まった理由は…声が聞こえたから。

 …幻聴ではない、心が弾んでいるような高い声。

 こころちゃんかと思ったが、声質が違う。

 そう、どちらかと言うと、まさらの声質に近い。

 

 

 物凄く、嫌な予感がしたが…開けない訳には行かなかった。

 意を決して中に入ると、そこには──

 

 

「おっはー結翔! 今日は遅いね〜? そろそろ時間ヤバいよ!?」

 

「…だな、早く朝ご飯食べるか」

 

「賛成〜!!」

 

 

 今まで見た事のないような、満面の笑みを浮かべるまさらが居た。

 ……いや、可笑し過ぎる。

 表情筋の仕事が増えてきたと思っていたが、流石にこれは増え過ぎだ。

 ブラック臭がプンプンする。

 

 

 しかも、昨日との態度の差がありすぎて、色々と振り切れている。

 こころちゃんに目をやるが、昨日の俺と同じくかぶりを振っていた。

 …朝起きたらこれ、と言う訳か。

 

 

 コミニケーションは取れるようになったが、これはこれで違和感があり過ぎてヤバイ。

 その後、若干困惑しながらも朝食を終えた、俺とまさらたちはそれぞれの学校へ向かった。

 

 

 どうしてか、今日は運良く体の調子が良い。

 右眼は……お察し通り視界不良だが、特に問題はない。

 なので、取り敢えず、俺は早速動き出すことにした。

 

 

 学校に着いたら、いろはちゃんたちに一斉メールを送り、お昼休みに集まってもらうよう伝える。

 それが終わると、次に昨日の内に決めていた行動内容を振り返った。

 

 

 最初に、お昼休みに集まったメンバーにまさらの現状を話し、ウワサの魔力を感じた件も伝える。

 次に、それぞれから意見を貰い、今後のまさらへの対処を考える。

 ウワサの一部になった鶴乃を助ける時は、思いを通じ合わせると言う方法で上手くいったが、まさらにそれが通じるか分からない。

 

 

 そもそも、まさらがどう言う状況なのかも、未だにハッキリしてないのだ。

 唯一分かるのが、ウワサの魔力を感じたと言う事だけ。

 

 

 当面は尻尾を出すまで監視、監禁なんて以ての外だ。

 だけど、もし、ウワサに操られて一般人への被害を出した場合、俺はアイツをどうすればいいか分からない。

 力づくにでもウワサを引き剥がす? 

 …ダメだ、それでまさらが死んだら元も子もない。

 

 

 ぐるぐると頭を回る問題に、俺は答えを出すことが出来ない。

 そして、時間はあっという間に過ぎて、お昼休みにになっていた。

 隣の席に居るももこに声を掛けられて、ようやく意識が現在に戻ってくる。

 

 

 弁当を持って中庭に行くと、いつもの面々が既に集まっていた。

 いろはちゃん、かえで、レナ、鶴乃の四人だ。

 俺はその場に着くなり、早口になりながらも現状を話す。

 

 

「まさらちゃんが可笑しい…ねぇ。アタシらには分かんない問題なんじゃないか?」

 

「いや、お前らでも分かる。昨日から──」

 

 

 話の最初は疑っていたももこも進むにつれて、苦い表情に顔色を変え、他の面々も重苦しい表情に変わる。

 

 

「それは…可笑しいね」

 

「はい。ウワサの魔力も感じたって事は…ウワサが絡んでる可能性が高いですよね?」

 

「いろはがそう言うなら、そうなんじゃないの? レナやかえではそこら辺、詳しくないわよ?」

 

「うん、ユウトくんの力にはあんまりなれないかも…」

 

「…それ言われると、アタシもあんまりだな」

 

「そうか……」

 

 

 前途多難だな、意見があんまり出てきそうにない。

 ため息をはつきたい気持ちを我慢し、監視以外の案を考える。

 この少ないヒントから、ウワサの一端が見えれば、対応出来る可能性もあるんだけどな……

 

 

 揃って頭を悩ませる中、鶴乃とももこがポツリと呟いた。

 

 

「にしても、なんか猫っぽいよな。…まぁ、前々からそんな所はあったけど」

 

「あぁー。ももこの言いたい事、なんとなく分かるよ。気分屋って言うか気まぐれって言うか…まさらちゃんは猫っぽいよね」

 

「猫っぽい? …言われてみれば、確かに猫っぽいな。気分屋…と言うかどこか気まぐれな感じはする」

 

 

 興味を示した事には一直線で、それに飛び付くし。

 それ以外の事にとことん無関心。

 気まぐれ、そんな言葉が似合わなくも──

 

 

「あ」

 

 

 まさか、気まぐれ、気まぐれが答えか? 

 …昨日の夜の態度から、朝になって振り切るように変わったのも、気まぐれな性質が如実に現れたから? 

 

 

 じゃあ、アイツに関わっているウワサの正体は──俺が倒した筈の『気まぐれアサシンのウワサ』…なのか。

 …辻褄は合わないことはないし、こころちゃんの件で、倒した筈のウワサを復活させることが出来るのも分かっている。

 

 

 対処法が見えてきたぞ!! 

 あのウワサが相手なら狙うのは夜だ。

 依頼書をどこから貰って誰を消すかは分からないが…尾行すれば無問題。

 

 

「ナイス! ナイスだ! 鶴乃にももこ!! よっし、これでなんとかなる!」

 

「い、いきなりなんだよ? と言うより、何が分かったのか説明しろよ!?」

 

「そ、そうだよ! 褒められのは嬉しいけど、わたしたちは全然わかんないよ!!」

 

 

 二人の声を聞き流しながら、俺は考える。

 確証はないが、ほぼ決まりに近いウワサの正体と……その対応。

 ウワサからの解放方法は分からないが、やるしかない。

 

 

 出たとこ勝負はいつもの事だ。

 




 次回もお楽しみに!

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六十五話「零度の殺意」

 こころ「前回までの『無少魔少』。皆さんとの話し合いで、結翔さんがウワサの一端を掴んだって話ですね」

 結翔「一歩前進だな」

 まさら「ここからどうなるのかしら?」

 ももこ「それ…まさらちゃんが言うセリフじゃなくないか?」

 鶴乃「だね…。なんと言うか、それじゃない感がハンパないよ!?」

 結翔「まぁまぁ。セリフは作者が考えてるんだから仕方ないでしょ?」

 こころ「…メタいなぁ。…み、皆さんは楽しんで六十五話をどうぞ!」


 ──結翔──

 

 夜、月明かりと街灯だけが頼りになる時間。

 何も言わず外に繰り出したまさらを、俺は追い掛ける。

 尾行……と言うよりストーカー紛いの行為な気がして、少しの罪悪感を感じるが、割り切るしかないだろう。

 

 

 間違っても、そんな感情に引かれて足を止めてはいけない。

 

 

「…被害者が出た後じゃ、遅いもんな」

 

 

 一応、俺の存在には気付いてないのか、はたまた気付かないフリをしているのか、彼女はさっさと歩いて行く。

 魔法少女に変身することもなければ、ウワサの力の一端を見せることもない。

 

 

 宛が外れた可能性を脳裏に浮かべながらも尾行を続けていると、不意に視界からまさらが消えた。

 …ちくしょう! 

 固有の能力の事を──固有魔法の事を考えてなかった。

 

 

 今から魔力を探った所で、追うのは不可能に近いし…手詰まりか。

 でも、固有魔法まで使って消えたんなら、黒の可能性は高い。

 もう一つ、もう一つ、確かな証拠があれば、問い詰めて吐き出させる事も難しくない筈だ。

 

 

 様子見で……一旦戻るか。

 辺りを散策しても無意味な事は分かってる。

 …事務所に行って、監視カメラの映像を逐一監視するのが関の山。

 被害者が出る、そんな最悪が現実味を帯びてきた。

 

 

 ため息を吐きたい気持ちをグッと抑えて、事務所へと歩を進める。

 ──そんな時だった。

 首筋に強烈な寒気が走り、脊髄反射で体をひねる。

 恐ろしい程に冷たい、零度の殺意。

 

 

 すんでのところで躱す事に成功したが、目の前に現れた存在に俺は言葉を失っていた。

 人と呼ぶにはあまりにも不定形で、怪物と呼ぶには可笑しい程に繊細な形。

 乱れた映像のように、体中にモザイクが掛かっており、容姿から人物を特定できない。

 

 

 加えて、魔力の反応を伺っても、魔法少女かウワサかすら判別不可能ときた。

 もし、目の前にいるコイツがまさらで、今の姿が気まぐれアサシンのウワサを纏った状態だとしても、俺はそれを証明ができない。

 

 

 だけど、ここでコイツを倒せれば、証明できる。

 交戦する価値は…ある筈だ。

 

 

 すぐさま魔法少女に変身し、構える。

 相手も俺の交戦する意思が分かったからか、獲物を構えた。

 短剣……いや、ダガーか…? 

 何も分かってなくても…これだけでヒントになるって事だな。

 

 

 まぁ、最悪なヒントだけどな…趣味が悪い。

 人間性をどこかに放り捨ててきたんじゃないか、全く。

 悪態をついてやりたい気持ちを我慢し、篭手を魔力で編む。

 敵だと割り切れれば楽だが、相手はまさらの可能性が高い。

 それは、無理な話だ。

 

 

 お互いに、一歩づつ距離を詰めながら間合いを伺う。

 あっちの方が、少し間合いが広いが、誤差の範囲内だ。

 接近戦になったら拳もダガーもそこまで大差はない。

 詰めて、詰めて、詰めて。

 

 

 お互いの距離が二メートルを切った瞬間、尋常ではないスピードで奴に……背後を取られた。

 先程と同じく、首筋を狙った横振りの斬撃を、俺は屈んで躱す。

 髪の毛が数本散ったのが見えた。

 

 

 タイミングはギリギリだったらしい。

 嫌な冷や汗が背中を伝う。

 同じ攻撃を二度食らう事になるとは……油断してたのか? 

 …いや、違う。

 

 

 油断はしてなかった、寧ろ、今までで一番警戒していた筈だ。

 何せ、まさらだったら、いきなり消えるかもしれないんだから。

 背後に意識を回していない筈がない。

 

 

 それでも…それでも反応できない程に、奴は速かった。

 魔眼が封印された所為で、右眼の視界はあまり良くなかった…良くなかったが、捉えられないなんて……

 偽善者の姿(フェイカーフォーム)でこれなら、屑の姿(ルーザーフォーム)じゃお話にならないな。

 

 

 自嘲的な笑みを浮かべながらも、俺は背後に居るであろう奴に足払いをかける。

 だが、奴は既にバックステップで下がっていた為、足払いは空を切る。

 屈んでいた体を起こし、もう一度向き合う。

 

 

 さっきのは、多分そう何度も回避出来ない。

 連続でやられたら不利になる一方だ。

 …だからこそ、攻めるしかない!! 

 

 

 全力で踏み込み、間合いを詰める。

 一瞬にして0になった距離に驚く奴の腹に、俺は掌底を叩き込んだ。

 入った感覚は確かにあった…それなのに、奴は微動打にしていない。

 それどころか、お腹をさすって「今、何かしたのか?」と、言わんばかりの視線を返してきた。

 

 

 冗談キツイぜ。

 魔力で属性を付与した攻撃じゃなかったにしても、普通なら吹っ飛んで即気絶の威力があった筈だ。

 なのに、ピンピンしてる。

 ダメージが入った様子も全く以てない。

 

 

 やっぱり……奴が纏ってるのは気まぐれアサシンのウワサか。

 それだったら、俺の攻撃が入らないのも頷ける。

 間違いなく、奴の方が俺より格上だ。

 もし、奴がまさらだとしたら、狙われたから相手をしているが、脅威と見なされてない……眼中に入ってない事になるし、諸々の辻褄も合ってくる。

 

 

「厄介だな…お前」

 

「……………………」

 

「気まぐれに、一言くらい喋ってくれても良いんじゃないか?」

 

「……………………」

 

 

 俺の軽口にも反応せず、意義を感じないと言わんばかりの視線を送り返してきた。

 アイコンタクトでやり取りとは、また面倒な。

 バックステップで距離を開けなながらも、俺は奴を見据える。

 

 

 無くならない零度の殺意をそのままに、ダガーを逆手持ちに変えた奴は、刃を覆うように青白い炎を纏わせる。

 蒼炎と言うには、やけに禍々しく感じた。

 

 

 一歩も動いていないのに、ジリジリと距離を詰められているような錯覚を覚える。

 倒すと言う考えは、既に俺の頭から無くなっていた。

 今は、どう立ち回り逃げ切るかを、必死で考えている。

 

 

 負けたら、その時点でゲームオーバー。

 うわさの内容通り消される事だろう。

 全神経を集中させて、目の前に居る奴を見つめる。

 

 

 一分、二分、三分……何も起こらず時間だけが過ぎていく。

 幻覚でも見せられているのか、俺がそう疑った時、無事だった筈の左眼の視界ともどもぐにゃりと歪む。

 訳は……すぐに分かった、皺寄せだ。

 今日は朝から調子が良かった、右眼の視界もそこまで酷くはなかった、その分の皺寄せが今来たのだ。

 

 

 体から力が抜けていき、頭を酷い痛みが襲う。

 トンカチやバットで殴られたような、ガンガンと脳まで響く痛みだ。

 平衡感覚もどこかへ流れて行き、立ってさえいられなくなる。

 不味い、不味い不味い不味いっ!? 

 

 

 気を失ったらその時点でアウトだ! 

 耐えろ、耐えろ、耐えろ!! 

 ここじゃ…終われ……ないだろ! 

 

 

 震える体に鞭を打ち、無理矢理に立ち上がらせる。

 

 

「…はぁ……はぁ…」

 

「……Finale(終わり)よ」

 

 

 だけど、モザイク処理された声を聞いたのが、俺の最後の記憶になってしまった。

 

 

 ──まさら──

 

 目の前で眠る彼を、私は抱き上げて運ぶ。

 マギウスの連中には、彼を──結翔を見つけて倒し次第消せと言われたが、私は気まぐれアサシンのウワサ、消す対象は私が決める。

 誰の指図も受けないし、受ける気もない。

 

 

 うわさの内容をただ遂行する。

 受け取った依頼書を読み、気まぐれに、依頼者か依頼書に書かれた人間を消す。

 ただそれだけだ。

 

 

 強者である私が、弱者を甚振る事に意義を感じえないが、しょうがない。

 それがうわさを守るウワサの役目なのだから。

 …自分にそう言い聞かせるように、私は彼を家に運んだ。

 適当にソファに眠らせて、寝顔を見つめる。

 

 

 とても苦しそうな顔を……していた。

 …ここで消してあげれば楽になるのでは? 

 一番嫌な行動が脳裏に浮かび、即座にそれをかき消した。

 

 

「貴方が消えるのは今じゃない」

 

 

 約束は果たす。

 ウワサに自我を完全に喰われても、ウワサにどこまでも私を侵食されようとも、それだけは違えない。

 

 

 貴方と交した、信頼の約束()だけは……必ず守ってみせる。

 

 

 だから、どうかお願い。

 私を──助けて(殺して)

 




 来週から学校が始まる為、週一投稿になる事が予想されます。
 気長に待って頂ければ幸いです。

 次回もお楽しみに!

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六十六話「倒すと助ける」

 みふゆ「前回までの『無少魔少』。結翔くんとウワサを纏ったまさらさんが戦って、負けた結翔くんをまさらさんが介抱って話ですね」

 結翔「本編で言い切ってないのにあらすじて言っていいんだろうか?」

 まさら「良いんじゃない?ここって基本メタネタのオンパレードだし」

 メル「そうですそうです!退場したボクが出てくるくらいですから!」

 こころ「それはそれでどうなんでしょう…」

 かなえ「…六十六話…楽しんで」


 ──みふゆ──

 

「みふゆさん、大丈夫ですか?」

 

「あまり、体調が良くなさそうでございます……」

 

「…いえ、気にしないでください。大丈夫ですから」

 

 

 昔、彼が誤魔化す時に良く使っていた常套句を、ワタシは苦笑気味に言った。

 口を酸っぱくして使うなと言っていた懐かしい思い出が、少しだけ蘇る。

 その所為か、憂鬱な気分が抜けなかった。

 月咲さんと月夜さんの心配は嬉しかったが、しっかりと相手が出来るほど、今のワタシは強くあれない。

 

 

 今まで、色々な事をしてきた。

 事情を知らない人から見たら、悪逆非道な事も多かっただろう。

 ……いや、例え事情を知っていたとしても、糾弾する者は少なくない。

 もしかしたら、知らぬ所で人の命を奪っていたかもしれないし、大切なものを壊していたかもしれない。

 

 

 後悔したって今更だと分かっている、ちゃんと割り切ってやっていた筈なのに──自分が卑しい最低な女だと、今回の件で改めて自覚した。

 だって、そうじゃないか。

 他人の時は見て見ぬフリが出来るのに、割り切ることだって出来るのに、大切な人の事となったら、このザマだ。

 

 

 果てしない後悔が、ワタシの心にのしかかる。

 取り返しのつかない事をしてしまった…と。

 人殺しに加えて、洗脳と精神の陵辱。

 体を、精神を、ウワサに徐々に犯されていくのは、一体どんな感覚なのだろう? 

 

 

 正直、想像もつかないし、したくもない。

 加賀見まさらさんに粟根こころさん、結翔くんにとっての大切をワタシは傷つけた……いや、現在進行形で傷付けている。

 何度謝っても謝り足りないけど、謝りたい。

 

 

 けど、ダメだ。

 彼は、結翔くんはきっと許してしまうから。

 ワタシの辛さや苦しさを理解しようとしてしまうから、ダメだ。

 謝ってはいけない、謝りたくても出来ない。

 

 

「……そろそろ行きますね、会議に参加しなければいけませんから」

 

 

 丁寧に微笑んで、ワタシは二人から離れて、マギウスの三人が集まる場所に向かう。

 ここはホテル『フェントホープ』。

 マギウスの翼の本拠地(アジト)である。

 

 

 少々入り組んだ構造をしており、新人の羽根は迷うことさえある場所だ。

 そんか場所を、ワタシはトボトボと歩いていく。

 心が重いからなのか、足取りも悪い。

 いつもならすぐ着く筈の会議場所にも、時間をかけて歩いた。

 

 

 会議場所、そこは庭園のような所だ。

 中心では、丸いテーブルにティーパーティーのセットが置かれており、三つのイスに三人のマギウスが座っている。

 

 

「すいません、遅れました」

 

「いいよいいよ、アサシンさんも来てないしねぇ〜」

 

「そうだね、来た時間だって集合時刻の五分前だ。僕から小言を言うなんて事はないよ。…強いて言うことがあるなら、顔色の悪さかな? どうしたんだい、あまり体調が優れていないように見えるけど?」

 

「…気にする事ではありません、少々寝不足なだけですよ、ねむ」

 

 

 訝しむような視線を送ってくるアリナを避けるように、ワタシはねむにそう返した。

 少しの間、静寂が流れる。

 会議に現れる人物は残り一人。

 勿論、その残り一人と言うのは──

 

 

「時間ピッタリだね」

 

「失敗したのかと思ったよ〜」

 

「取り敢えずはサクセスってワケ?」

 

「…三人一斉にに喋らないでちょうだい、あと早くこの目隠しを外して」

 

 

 黒い布で視界を覆われた状態のまさらさんが、黒羽根の案内の元現れる。

 マギウス三人の言葉を鬱陶しいと言わんばかりに一蹴し、布を取るように言ってくる所を見ると、まだ完全にはウワサに操られてないらしい。

 アイコンタクトで案内役の黒羽根を下がらせて、ワタシが彼女の目隠しを外していく。

 

 

 反抗的な態度に見えたが、どうやら攻撃を仕掛けてくる程ではないらしい。

 目隠しを外し終えたまさらさんは、感情の伺えない冷たい瞳をワタシに向けながら、静かにお礼を言って報告をし始めた。

 

 

「ウワサとしての報告よ。依頼書を貰った中から、試験的に十人消したわ。嘘かどうかは勝手に確かめなさい」

 

「……灯花、彼女の言葉に嘘はないよ。後でイブの様子を見に行こう、エネルギーがしっかり貯まっている筈だ」

 

「そっかそっか、なら第一段階はよゆーでクリアだね! …それでー、もう一つの目的は?」

 

「…結翔とは交戦して勝利──いえ、相手が勝手に負けたわ。多分、普通にやっていても、私は勝っていただろうけど」

 

「なっ!? そ、それは本当ですか?!」

 

 

 驚きのあまり、ワタシは思った事が口から漏れる。

 三人が動揺していない所を見ると、ここまでは想定内だったらしい。

 

 

 だ、だけど、そんなこと有り得るのか? 

 勝手に負けたと言う言葉はよく分からないが、普通にやっていても勝っていた…なんて。

 相手はあの結翔くんだ。

 幾ら身内との戦闘だろうと、簡単に手は抜いたりしない。

 

 

 寧ろ、何かが起こる前に全力で止めようとした筈だ。

 どうしようもない恐怖と、先程より重い後悔が合わさるようにのしかかる。

 ねむに目線を送ると、彼女はゆっくりとかぶりを振った。

 

 

 嘘や冗談じゃ…ない。

 

 

「一応、消してはないみたいだね?」

 

「ええ」

 

「ウェイト! ちょっと聞いてないんですケド? アリナに言わないで、勝手にユウトのボディとアイをデリートしようとしてたワケ? ふざけないで!! ボディはまだしも、ユウトのアイはみふゆのパーフェクトボディに並ぶプレシャス! あれをデリートするなんて美への冒涜なんですケド!!」

 

 

 叫ぶように捲し立てるアリナを、灯花がギリギリのラインで宥める。

 そんな珍しい光景も目に入らないくらい、ワタシの頭はいっぱいいっぱいだった。

 

 

「貴女たちに何を言われようと、私は結翔を消さない。今はまだ、その時じゃない」

 

「えぇ〜、逆らっちゃうの?」

 

「私は気まぐれアサシンのうわさ。うわさとしての責務は果たすけど、誰の指図も受けない。依頼書を書かれても、消すとは限らない」

 

 

 まさらさんはそう言うと、口を閉じた。

 聞きたいことは色々とあるが、今は止めておこう。

 可能性程度の話だったが、結翔くんが魔眼を使えない、と言ううわさは現実かもしれない。

 

 

 ……責任感と罪悪感に板挟みにされたワタシは、結局なにも出来なかった。

 

 

 ──結翔──

 

 意識が覚醒し、一番最初に感じたものは痛みだった。

 ガンガンと脳に響く痛みが、二度寝に入りたい俺の体を無理矢理起こす。

 

 

「……んん、あぁ」

 

「おはよう……いいえ、もうこんにちはの時間ね」

 

「…!? ま、まさら! あれ…? てか、なんで俺リビングのソファに…?」

 

「さぁ、私が起きた時にはここに居たわ。それより良いの?」

 

「何がだよ?」

 

「ん」

 

 

 まさらが指を指した方向にあったのは掛け時計。

 右眼の視界は、今日になって殆ど使い物にならなくなったので少し見辛い。

 …針が刺している時間は……丁度お昼頃だった。

 のんびりしてる場合じゃねぇ! って、思うけど。

 ここまで盛大に遅刻してると、五限目に間に合えばそれで良いかなって思えるな。

 

 

「はぁ……こころちゃん、起こしてくれなかったのか?」

 

「置き手紙」

 

「……なるほど、そういう事か」

 

 

 手紙には短く、『疲れているようだったので起こしませんでした』と書かれていた。

 分かりやすくて助かる。

 心配してくれてたんだろう、だから起こさなかった。

 ホッコリと和もうとしたその時、体が燃えるように熱くなり、頭痛と同等かそれ以上の痛みが内臓を襲う。

 

 

「ゴホッ! ゴホッゴホッ!!」

 

「……………………」

 

 

 咳き込む俺の背中を、まさらは優しく撫でた。

 きっとこれは、見逃してはいけないサイン。

 自我が完全には無くなっていない証拠。

 辛いだろうに、苦しいだろうに、それでもコイツは俺の背中を摩ってくれる。

 

 

 取り戻さなきゃ、ウワサを倒して、全部取り戻さなきゃ。

 口を抑えた手に着いた血、それを見ないようにして、俺は立ち上がり歩き出す。

 

 

「学校、行ってくる。お前も、早く行けよ」

 

「分かってる」

 

 

 一度二階にあがりパッパと着替え、バックを持って家を出る。

 学校には行くが、最初は事務所だ。

 被害者の数を確認する必要があるから…な。

 重い体を引き摺って、ノロノロと歩いて行く。

 

 

 今、バイクや自転車に乗ったら絶対事故るだろうなぁ、と自嘲気味に笑いながら道を進む。

 何年も通ってきた道が遠く感じるのは、きっと気の所為だ。

 自分にそう言い聞かせて、体にムチを打つ。

 

 

 ようやく辿り着いた事務所の玄関を潜り、作業室に顔を出す。

 

 

「結翔くん!? だ、大丈夫? すっごく顔色悪そうだよ?」

 

「大丈夫じゃないけど、大丈夫です。…昨日の監視カメラの映像って見れますか?」

 

「う、うん。共有フォルダに、もう入れてあるけど……」

 

「ありがとうございます。見せてもらいますね」

 

 

 一言断りを入れて、俺は自分のデスクのイスに座り、パソコンを立ち上げる。

 数十秒もしない内にスタート画面に入り、パスワードとIDを入力して、デスクトップに移動する。

 ファイルのアイコンがズラリと並ぶ中から、左下のタスクバーにあるやつを開く。

 

 

 その後は、共有フォルダに入り、名前代わりに日付と地区名が書かれた動画を見ていく。

 一つ一つを、右半分が使い物にならなくなった視界へ通す。

 見辛いなんて文句、言っている余裕はない。

 

 

 神浜市にある地区は全部で九つ。

 同時に見れたら楽だったんだけどなぁ…なんて、ないものねだりが生まれるのはしょうがない事だと思う。

 

 

「……やっぱり…一人じゃないよな」

 

 

 一つの地区で一軒、新西区では二軒が、ウワサを纏ったまさらに侵入された。

 まぁ、ウワサを纏ったまさらだと断定は出来ないが十中八九そうだろう。

 モザイクみたいなやつが外れてくれれば楽なんだが、そうもいかないよな……

 

 

 少なくとも、十人は消された。

 従来通りのうわさなら、まだ被害者は生きてるし、十分助かる。

 今日の夜、もう一度仕掛けるっきゃない。

 

 

 そうと決まれば……こころちゃんに連絡するか。

 俺は一通のメールを、こころちゃんと──みたま先輩に送った。

 

 

 ──こころ──

 

 お昼休みも終わる頃、結翔さんから一通のメールが着た。

 放課後、調整屋に直行して欲しいと書いてあった事から察するに、昨日の話だろう。

 何があったのかちゃんと説明してくれる筈だ。

 

 

 疑いたくない、疑いたくないけど、結翔さんを倒したのは…ウワサを纏ったまさらに違いない。

 だって、それ以外の犯人が思い浮かばないし、結翔さんを倒せる人なんて相当限られてくる。

 

 

 元々が強いまさらが、ウワサを纏って更に強くなったなら、その次元まで行ってても可笑しくない。

 実際、それ程強くない私でも、ウワサを纏えばまさらより強くなれたし、結翔さんとだって良い所まで行けるだろう。

 

 

 最悪が形にならなければいいな……

 そんな淡い期待を抱いて、私は学校終わりに調整屋に向かう。

 …まさらが遅刻して学校に来ることは──なかった。

 

 

 来慣れた廃墟に足を踏み入れ、中に進んで行くと、見慣れた風景にこれまた見慣れた二人が居る。

 結翔さんとみたまさん、二人とも真剣な表情で座っていた。

 待たせていたかもしれない、そんな罪悪感が足をさっきより早く動かす。

 

 

 ようやく二人が居る場所に辿り着いた私は、少し息を整えてから声を掛けた。

 

 

「すいません、遅れちゃいましたかね?」

 

「いいや、そんなに」

 

「えぇ、暇だっただけよぉ」

 

「なら、良かったです」

 

 

 バックをイスの脇に置き、習うように座る。

 私が座ったのを見て、結翔さんがゆっくりと話し始めた。

 昨日の夜に起こった事と、そして、まさらが纏っているウワサの事を。

 期待なんてしても意味ないって……分かってた筈なんだけどなぁ。

 

 

 十中八九当たりだと、結翔さんが言ったと言う事は、そうなんだろう。

 

 

「まさらが纏っているのは『気まぐれアサシンのうわさ』だ。…正直、アイツの能力は厄介が過ぎる。その能力は──」

 

「能力は?」

 

「自分が敵だと認識した者以外からの攻撃を通さない。…要は、自分と同等か、自分より強い奴の攻撃じゃないと、アイツはダメージを受けないって事。これの時点で、割と詰んでる」

 

「……結翔くんでも負けたのよねぇ。どうするの? 囲んで叩く?」

 

「焼け石に水ですよ。アリが幾ら集まってもゾウには勝てない。そもそも、この街で俺より強い魔法少女なんて、片手で数えられるくらいですからね」

 

 

 驕りなんかじゃない、紛れもない事実だ。

 魔眼がなくても、結翔さんはこの街で一二を争う強さを誇っている。

 その結翔さんが言い切った…言い切ったんだ。

 人数差があってもどうにもならないと。

 

 

「そんな……。それじゃあ、勝ち目はないんですか? まさらは、()()()()()()()()()()!!」

 

「キツイだろうね、あのうわさを()()のは。確率で言ったら良くて1%あるかないかだ。……0じゃないだけマシさ」

 

「ほ、本当ですか!? …策が、あるって事ですよね?」

 

「うん。その名も、『当たって砕けろ作戦』。命を懸けてでも、うわさを()()

 

 

 飄々とした態度で彼が言い放った策は、およそ策とは言えない代物だった。

 どこまでも自己犠牲的な結翔さんが選びそうな手だけど、今回は違う。

 私は話し合いのつもりだった、それなのに今の結翔さんの言い方はまるで、一方的な報告だ。

 

 

 この人は、この人は!! 

 最初から決めてたんだ、最初からそのつもりだったんだ。

 その身を懸けてでも、まさらを助けるつもりだったんだ。

 

 

 なんで、どうしてなの? 

 仲間じゃ──家族じゃなかったの? 

 私たちって……なんだったの? 

 

 

 爆発するように溢れてくる疑問を、彼にぶつけた。

 

 

「…こんなの、こんなのってないです!! わたし…私、話し合おうと思ってたのに、結翔さんは最初から決めてたんですね?! 自分一人でやろうって、最初から決めてたんですよね?! あんまりです、こんなの…こんなのただの報告じゃないですか!!!」

 

「そうだね。でも、決めたんだ。だから、やる。今日の夜、俺が帰ってこなかったら、後はお願いね?」

 

 

 そう言うと、結翔さんは一人消えていく。

 ……私にはそれが、彼の未来の結末に見えた。

 

 

 ──みたま──

 

 全く、面倒臭い仕事押し付けられちゃったわねぇ。

 一人、わたしはそう声を漏らす。

 こころちゃんもトボトボ帰っちゃったし……

 さぁて、お仕事しようかしらぁ! 

 

 

『やちよさん、ももこ、十七夜さんに、さっきまでの話の全てを、メールで伝えといて下さい』

 

 

 賑やかな夜に、なりそうね。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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六十七話「光の豪炎と闇の蒼炎」

 結翔「前回までの『無少魔少』。みふゆさんとマギウスの間での溝が分かったり、調整屋でまさらが纏ってるウワサについて話したりしたな」

 まさら「投稿頻度が激減して、みんなも覚えてないから。このテキトーなあらすじも少しは役に立つわね」

 しぃ「ひ…酷い言われよう。学校あるんだししょうがないじゃん」

 こころ「知ってますよ?家に帰ってきてからの空いた時間、疲れた〜とか言いながらゲームやってるの?」

 しぃ「うっ!」

 ももこ「しぃが最近忙しく、て投稿頻度が落ちてるけど、ゆっくり待っててくれ。それじゃ、六十七話をどうぞ!」



 ──結翔──

 

 夜、月明かりと街灯だけが頼りになる闇の時間。

 つい数分前に出ていったまさらを追うように、俺も家を出る。

 正直、泣きついて止めようとしたこころちゃんを、振り払って来たのは辛い。

 

 

 だって、しょうがないじゃないか。

 今のアイツに敵うのは、この街で俺しか居ない。

 即ち、俺しかアイツを──まさらを倒せない、と言う事だ。

 加えて、こころちゃんにとって、まさらはかけがえのない親友、戦うことなんてきっと出来ない。

 

 

 決め付けだと言われても仕方ないと思うが、事実そうなる事は明白だ。

 生来、俺と同じで、彼女は人を傷付ける事に向いてない。

 時間が経てば経つほど、同種の人間だと分かる。

 だから、置いて来た。

 

 

 それに、負けるとは限らない。

 調整屋で話した事の中には二つの嘘がある。

 一つは『気まぐれアサシンのうわさ』の、能力…と言うより特性の話だ。

 自分が敵だと認識した者以外からの攻撃を通さない、そう言ったが、本来は通さないのではなく極端に通り辛いだけで、一応ダメージは入る。

 ……まぁ、前回は全くダメージが入った様子は見えなかったけどな。

 

 

 そして、もう一つの嘘は、ウワサを倒せる確率が1%あるかないか、って言う話だ。

 …やろうと思えば、俺は確率を五分まで持って行ける。

 命懸けの勝負になるが……いつもの事だ。

 

 

 偽善者の姿(フェイカーフォーム)豪炎の力(バーニングモード)

 過去のヒーローたちの炎の力を、全て借りて成れる一時的な強化フォーム……みたいなもんだ。

 持つ時間はキッカリ三分。

 元々、三分しか戦えないヒーローたちも混じってるから、ちゃんと三分力が持つだけマシだ。

 

 

 …勿論、デメリットはある。

 偽善者の姿(フェイカーフォーム)豪炎の力(バーニングモード)になったら、武器の召喚は不可能になり、三分の力の行使が終わったら強制的に変身解除させられる。

 

 

 体調が絶望的な今の状態で、変身解除させられたら、死ぬのは確定事項だろう。

 でも、方法はこれしかない。

 やらなけきゃ勝てないなら、やるしかないんだ。

 

 

 自分自身にそう言い聞かせながら、まさらの背中を追っていく。

 やがて辿り着いた場所は、いつもの建設放棄地だった。

 

 

「なんだよ、最初っから気付いてたのか?」

 

「後ろを歩かれて、気付かれない方がどうかしてる」

 

「…なるほど、一理あるな」

 

 

 カラカラと笑い、彼女の言葉を流す。

 癪に障ったのか、まさらは既にウワサを纏った状態に変身している。

 …でも、前回までのとは違うな。

 体の所々に青白い炎が点っている。

 まるで、体を守る鎧のように。

 

 

 不気味な感覚が肌に刺さるが、関係ない。

 

 

「変身!!」

 

 

 そう言って、俺も姿を変える。

 俺にとっての『変身』は、理想の自分に──憧れのヒーローになる為の言葉。

 簡単に言えば、今より強い自分になる為の言葉だ。

 

 

 着慣れた、昔の踊り子のような黄色い衣装に身を包むと、赤いラインが引かれていた部分に豪炎が点る。

 それと同時に、まさらと同じように、体の所々に蒼炎が点る。

 

 

 対をなすように向かい合う俺たちは、開始の合図もなしに拳を混じえた。

 恐らく、一発一発がお互いにとって必殺の一撃。

 避けて、受け流して、時には相殺して、防戦をやり過ごし機を見て攻撃に移る。

 

 

 一歩も引けない戦いだった。

 一歩引いた時点で負けが決まるような戦いだった。

 蒼炎と豪炎がぶつかり合い、辺りを熱気が包んでいく。

 

 

 彼女が放つ回し蹴りを屈んで回避し、そこから飛び跳ねるような勢いをつけてアッパーカットを仕掛ける。

 だが、まさらも負けじと、上半身を仰け反らせるような形で俺の攻撃を避ける。

 

 

 チャンスだと思った。

 上半身が仰け反った体制が悪いまさらに、俺は上を取っている。

 飛び跳ねるような勢いをつけたお陰で、地面から軽く二メートルは浮いていたのだ。

 体を捻り、空中で一回転しもう一度勢いをつけ直してから、踵落としを放つ。

 

 

 避けられない事を悟ったのか、まさらは腕をクロスし防御体制を取ったが……甘い。

 それぐらい貫通出来る!! 

 

 

 踵落とし食らったまさらは、体制の悪さから地面に叩き付けられ、全力で背中を打った。

 受け身なんて取れやしない、気絶させる勢いでやったつもりだ。

 なのに、

 

 

「……嘘だろ…マジかよ!?」

 

 

 彼女は起き上がった。

 地面に軽く、クレーターのような陥没地帯が出来ていると言うのに。

 ……ダメージは確実に入っている、それを証明するように、唇の端からチロチロと血を流してるし、動きもどこかぎこちない。

 

 

「そこまでして…何がしたいんだよ、お前は」

 

「……………………」

 

「黙り…か」

 

 

 ウワサを纏っている状態だと、喋れないって事か? 

 ……だったら、一度力づくでウワサを剥がして、話させるしかない。

 丁度、残り時間が一分を切った所だしな…。

 

 

 右手に力を──魔力を集中させる。

 徐々に豪炎が集まっていき、やがて俺の右腕全体を覆っていく。

 

 

「今、終わらせてやる」

 

「……………………」

 

 

 そう言い放つと同時に、俺の拳も放たれる。

 豪炎を纏った拳が、あと少しで当たる、そんな時。

 

 

「………………助けて」

 

「──っ!?」

 

 

 数センチ、あとほんの数センチの所で、俺の拳は止まってしまった。

 どうして……どうして!? 

 今になってその言葉を!! 

 怒りと困惑が混ざり合う中、不意に聞いた事のある声が響く。

 

 

「僕の──いや、僕たちの予想通り。ヒーローさんは手を止めたね」

 

「だねぇー。察すがわたくしたち! アサシンさーん? そのまま追い込んじゃって〜?」

 

「キルしたら許さないカラ?」

 

「……………………」

 

「…どうして、マギウスがここに? っ!? まさか!」

 

 

 急いで、辺りの魔力を探る。

 すると、出るわ出るわ。

 黒羽根や白羽根の判別は少し難しいが、少なくとも十や二十じゃない。

 積み上がったコンテナの上でふんぞり返ってるマギウスと…みふゆさん。

 その後ろには、白羽根が二人控えている。

 十中八九天音姉妹で決まりだろう。

 

 

 やられた……

 囲まれて、逃げ場がない。

 もう、残り時間も僅か。

 強制変身解除なんてさせられたら、確実に死ぬ。

 

 

 まさらが俺を殺さなくても、他の誰かが殺す。

 酷い詰みの仕方だと、我ながら思う。

 用意周到にも程があるよ、全く。

 

 

 だが、そんな状況をどうでもいいと思わせる程の激痛が、体に走った。

 ……クソッタレ、腹に入れられた。

 込み上げる嘔吐感を我慢して蹲っている内に、二回目の攻撃が俺を襲う。

 まさら渾身の前蹴りが、追撃よろしくまた腹に刺さり、後方に吹き飛ばされる。

 

 

 運が良かったのは、マギウスが居る場所とは反対側、建設放棄地の入口側に吹き飛んだ事。

 運が悪かったのは、吹き飛ばされて激突した場所が鉄骨置き場だった事だ。

 

 

 強打した背中と、前蹴りを入れられた腹を襲った耐え難い痛みが、限界の来ていた魔法少女への変身を解除してしまう。

 ……ヤバイな、マジで詰んだかもしれない。

 項垂れながら、震える身体を無理矢理起こす。

 昨日、気絶した時よりか、体調自体はマシな方だが、揺れる欠けた視界とフラつく体はどうにもならない。

 

 

「…ははっ、年貢の納め時って感じか?」

 

「うんうん、そんな感じだよ〜? 邪魔なヒーローさんには──イレギュラーなヒーローさんには、早く退場して欲しいんだよね? ……この世から」

 

「悪いね。僕たちの計画に、ヒーローさんが居るのは不都合であり、不安要素なんだ。しょうがない事だと割り切って、潔く負けて貰えると助かるよ」

 

「バットな展開だヨネ、ユウトには? でも、ユウトが最初からこっちにカムしてれば済んだ話だカラ」

 

「……………………」

 

 

 まさらとみふゆさんだけは何も言わず、ただこちらを見つめている。

「まだ、何かあるんだろ?」と、問いかけてきているようだ。

 ……まっ、その通りなんだけどな。

 詰む可能性は最初から織り込み済みだよ。

 

 

 だから、みたま先輩にお願いしたんだ。

 メールしてくれってな。

 だって、あの話をされたら、絶対みんな来るからな。

 

 

「悪いけど、そこどいて!!」

 

「アタシらは急いでんだよ!!」

 

「邪魔、しないで下さい!!」

 

「ちょっと、鶴乃! ももこ! 粟根さんも! 突っ走らないで!」

 

「…うむ、随分と賑やかだな。自分も混ぜてもらおう」

 

「か、十七夜さんまで加わらないでくださいよー!」

 

「結翔のにーちゃん! 助けに来たぞー!」

 

「わ…私も、居ます!」

 

 

 ……どうしよう、予想してたより多いんだけど。

 いや、やちよさんにお願いした時点で、みかづき荘のメンバーの何人かは来ると思ってたけど、まさか全員来るとは…。

 まぁ、良いか。

 チームみかづき荘に、十七夜さん、ももこ、こころちゃん。

 戦力的には十分だ。

 

 

「朝には、まだ早いからな。ここからが勝負だぜ」

 

 

 ……戦えないけどな、俺。

 

 

 ──こころ──

 

 結翔さんが出ていった後、数分もしない内に、インターホンが鳴った。

 玄関前で立ち尽くしていた私は、一瞬、「結翔さんが帰ってきたのか!?」と、思ったが…結翔さんならインターホンなんて鳴らさない。

 何せ、自分の家なんだから、何も言わずに入って来る筈だ。

 

 

 じゃあ、誰だ? 

 …私は、恐る恐る玄関ドアを開ける。

 するとそこには、ももこさんたちが居た──結翔さんが絆を紡いだ魔法少女仲間が居た。

 

 

「…どうしたんですか? 結翔さんなら、今は──」

 

「そのバカヒーローの事で用があるんだ。…悪いけど、一緒に来てくれるか?」

 

「こころちゃんも一緒に、結翔にお説教しよう!」

 

「今なら、まだ間に合う筈よ」

 

「家族なら、絶対に諦めちゃダメだよ。こころちゃん!」

 

「そうだぞ! 結翔のにーちゃんを一発ガーンとぶん殴ってやろうぜっ!」

 

「…助けましょう。私たちは結翔さんに、助けて…貰ったんですから」

 

「自分も賛成だ。借りは返せる内に返さないとな」

 

 

 なんだか嬉しくて、笑みと同時に涙が零れた。

 私の大切な人は、みんなにこんなにも想われてるんだと思うと、嬉しくて堪らなかった。

 ……行こう。

 

 

「結翔さんを助けに、行きましょう!」

 

『おー!!』

 

 

 近所迷惑なんて気にしないくらいの声が、夜の街に響く。

 まさらも結翔さんも、どっちも助けて…帰るんだ。

 私たちの家に!




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六十八話「二代目は仮面を被る」

 やちよ「前回までの『無少魔少』。結翔が単身、ウワサに憑かれた加賀見さんと戦ってやられて。ピンチになった所に私たちが間に合ったって話ね」

 結翔「この話し方だと、俺がボッコボコにされた感じに聞こえるんですけど?」

 まさら「ボッコボコにされてたじゃない、貴方」

 結翔「されてねぇよ!?俺、結構頑張ってたよ!」

 ももこ「はいはい、頑張ってた頑張ってた〜。それじゃ、六十八話も楽しんでどうぞー!」

 結翔「主人公の扱いが雑なんだけど!!」

 


 ──やちよ──

 

 ようやく辿り着いた建設放棄地にて、私たちが目にしたのはコンテナの上でふんぞり返っているマギウスたちと、鉄骨置き場で体を震わせながら立っている結翔だった。

 息も絶え絶えな所から察するに、もう魔法少女に変身する余裕はないと見る。

 

 

 …本当に、手のかかる(馬鹿)弟子だわ。

 吐きそうになるため息をぐっと堪えて、みんなに指示を出す。

 

 

「十七夜、フェリシア。二人は羽根の足止めをお願い。こっちに来させないで」

 

「うむ、任された」

 

「…分かったよ、やりゃあ良いんだろ? ボッコボコにしてやるよ!」

 

「いろはは結翔の治療を最優先。粟根さんと二葉さんでその護衛よ」

 

「分かりました!」

 

「が、がんばります!」

 

「……………………」

 

 

 流石に、納得は…してくれないわよね。

 でもね、粟根さん? 

 分かって欲しいの。

 きっと、あなたは戦えないでしょう? 

 自分の親友と。

 だから、私が──私たちがやるの。

 

 

 鶴乃とももこに目配せをし、正面に居る加賀見さんを見据える。

 もしかしたら、今はマギウス以上に厄介な相手かもしれない彼女に、私たちは武器を向けた。

 

 

「鶴乃、ももこ、合わせなさい。…全力で加賀見さんを叩いて、ウワサを剥がす!」

 

「師弟コンビ!? 師弟コンビだね!? 腕が鳴るよ!! ふんふん!」

 

「…おい、鶴乃。喜んでる余裕は…ないぞ。もう、来る!」

 

「気まぐれに、相手をしてあげる」

 

 

 さっきまでの雰囲気をぶち壊すように突貫してきた彼女は、逆手持ちにしたダガーに不気味な蒼炎を纏わせて、突き刺すように振り下ろした。

 完全に消す気だった…そうとしか思えない程の攻撃。

 避けることは出来たが、空を切って地面に突き刺さった衝撃から、軽く飛ばされる。

 

 

 燃え広がるように迫ってきた蒼炎は、水の盾で防いだが……風に乗ってきた熱だけでも喉を焼くような熱さだ。

 直撃したら──その後の想像は難しくない。

 十中八九、元の形ではいられない。

 体が残っていれば御の字、そう思わせてくる。

 

 

 だけど、戦うしかない。

 今は、戦うことでしか分かり合えないんだから。

 

 

(二人で両サイドから、私は上から叩く!)

 

(アタシが右!)

 

(じゃあ、わたしが左だね! 最っ強のわたしに任せてよ!)

 

 

 テレパシーでの作戦会議を終えたら、私は全速力でその場から消える。

 作戦通り、鶴乃とももこが二人で挟み込むように攻撃を仕掛けて、注意を引いている間に完全に意識の外に外れ上空まで飛ぶ。

 

 

 …案外、二人は悪くない連携が出来ている。

 (馬鹿)弟子一号と違って、言う事を素直に聞いてくれて嬉しい限りだ。

 けど、それでも攻撃は通らない。

 二人が行う、息つく間もない連携攻撃を、ウワサを纏った加賀見さんは涼しい顔をして流している。

 

 

 しかし、

 

 

「上がお留守よ!」

 

 

 私の声を合図に、鶴乃とももこを退かせて、マギアを発動。

『アブソリュートレイン』、私がいつも使っている槍が無数に召喚され、敵に向かって降り注ぐ。

 限界まで鶴乃たちに拘束されていた筈の加賀見さんは、現在の敗北濃厚な状況を見ても顔色一つ変えない──それどころか薄く笑っていた。

 

 

「気付かないとでも?」

 

 

 嘲るかのようにそう言った彼女は、自分に当たり致命傷になるような槍だけを完璧に選択し、弾いていく。

 まさに、神業と言っても過言ではない偉業。

 槍が降り注いだ後の荒れた地に、傷一つない加賀見さんだけが立っている。

 

 

「ち、チートだよぉ…」

 

「幻覚を見てるみたいだ…」

 

「ここまでなんて、想定外よ…」

 

 

 強さの格が違う。

 私たちだけじゃ勝てない。

 子供と大人が戦ってるようなものだ。

 このままやってても、勝てる未来が一向に見えない。

 今の一連のやり取りでそれが簡単に分かった。

 

 

 分厚い雲のような不安が私たちを取り囲む中、無言で現れた粟根さんが、加賀見さんと向かい合うように前に立つ。

 無理、無茶、無謀、三拍子が揃ってるほど勝ち目のない状況なのに、彼女は前に出た。

 きっと、私たちが何を言っても届かないと、そう思える強い意志を持って。

 

 

 ──こころ──

 

 いざ、向かい合うと、押し潰されるレベルの威圧感に圧倒される。

 だけど、私を見るまさらの表情は、どこか物悲しそうで…寂しそうな雰囲気があった。

 あくまで…あくまで雰囲気だ。

 

 

 顔色や表情は微塵も変化していない。

 鉄仮面のような無表情で、私を脅威とも感じ取っていない涼し気な顔をしている。

 いつも通りだった、いつも通りに見えた──少し前までなら。

 

 

 今は違う。

 最近は違う。

 色々な表情を見せてくれるようになったし、色々な想いを感じてくれるようになった。

 ……だから、許せない。

 許せるわけが無い。

 

 

 彼女が望みに望んで、ようやく手に入れたものを、奪おうとしているマギウスが。

 助けるんだ…助けなきゃいけないんだ! 

 まさらはそうしてくれたんだから、私だってやらなきゃいけないんだ! 

 

 

「全力で行くよ。……絶対、助けるからっ!!」

 

「……………………」

 

 

 近接モードに変形させた可変型トンファーを両手に構えて、全力で突っ込む。

 走って向かう途中に電気を溜めて、右の拳を放つと同時に放出。

 鏡合わせをするように、まさらは不気味な蒼炎を纏わせたダガーで突いてくる。

 

 

 雷と炎がぶつかり合い、空気を焼くような爆発を起こすが、爆風の衝撃を気合いで耐えて、残った左の拳をぶつける。

 放った拳から電気が放出されるが、まさらは自分の体を覆っていた蒼炎を集めて、バリアにして防ぐ。

 またしても、爆発が置きた。

 

 

 今度は一旦距離を取るために、爆風の衝撃を利用して後ろに飛ぶ。

 ……なんとなくだけど、まさらがどう動くかが分かる。

 爆煙が晴れるまでの間、私はそんな事を考えていた。

 

 

 どうしてかなんて分からなくても、分かるならそれで良い。

 助けられるならそれで良い。

 

 

 可変型トンファーを射撃モードに移行させて、どっしりと構える。

 結翔さんとの戦いは見てないけど、さっきまでのやちよさんたちとの戦いの中では、一度も透明化を使ってなかった。

 違和感があった。

 まるで、使いたくないと思ってるかのような……そんな違和感。

 

 

 全神経を集中させて、感じ取る。

 きっと、爆煙が晴れた中にまさらは居ない。

 

 

 気を抜くな、耳を澄ませ、目を凝らせ、肌で感じろ。

 二人に──結翔さんとまさらに強くしてもらった成果を、今こそ見せる時だ!! 

 

 

「……………………そこっ!」

 

「──っ!?」

 

 

 放たれた雷の弾丸は、綺麗にまさらの肩に当たった。

 ダメージはそれほど通ってないだろうが、当たった衝撃と驚きから透明化が解除される。

 正直、勘に近かったけど、なんとなくいける気がするって思った。

 

 

 もう一回、接近戦に持ち込んで押し切る!! 

 射撃モードから近接モードにした可変型トンファーを構えて、私はもう一度まさらに突っ込んだ。

 

 

 ──結翔──

 

 いろはちゃんに体を治して貰いながら、俺は腰を下ろして、戦場の行く末を見ていた。

 ……自分が勝てなかった理由が、少しだけ分かった気がする。

 俺はまさらを──ウワサに憑かれたまさらを倒して、助けようとしていた。

 でも、こころちゃんは違った。

 

 

 こころちゃんは、ウワサに憑かれたまさらを倒そうなんて、思っていない。

 あの子は純粋に、まさらを助ける為に必死になって戦っていたんだ。

 中途半端だった、だから、まさらの「助けて」に揺らいでしまった。

 

 

 ヒーローとして間違えずに済んだのが、唯一の救いかもしれないな……

 最も、みんなに守って貰ってる時点でヒーロー失格な気がするけど……

 

 

「やるしか……ないだろ」

 

「結翔さん、どうしたんですか?」

 

「いろはちゃん、俺の体を魔力の限界まで治してくれる? 勿論、穢れはどうにかするから」

 

「……嫌って言ってもやらせますよね?」

 

「まぁね」

 

 

 意地が悪いなぁ…俺も。

 断らない事を良い事に、いろはちゃんの優しさに付け込んでて。

 だけど、やるって決めたんだ。

 アイツを止められるのは、俺だけなんだから。

 

 

「策がある。当たれば勝てる光線がある」

 

「光線…? もしかして、結翔さんの──」

 

「固有の能力の一つさ。その名も──コズミューム光線!」

 

 

 ウルトラマンコスモスが強化フォームである、エクリプスモードの時に使う必殺技。

 デメリットが怖いが、無理矢理引き出せないこともないギリギリのラインにこの技はある。

 …何故なら、ウルトラマンコスモスのエクリプスモードは、コロナモードと呼ばれる太陽の力も入っているからだ。

 

 

 コズミューム光線の効果は色々とあるが、一番のポイントは邪悪な者にしか効かないこと。

 まさら自体は邪悪とは程遠いが、憑いてるウワサは邪悪そのものだ。

 やろうと思えば、邪悪なウワサだけを消し去ることが出来る。

 

 

 邪悪を滅する光であり、善良を照らす光。

 

 

 本来なら使えない……けど、今ならいける気がする。

 限界を超えて、絶対に助けてみせる! 

 

 

「…………終わりました」

 

「ありがと、いろはちゃん。これ、グリーフシードね」

 

 

 覚悟を決め直した俺は、いろはちゃんにグリーフシードを手渡し、立ち上がる。

 そして、もう一度──

 

 

「変身っ!!」

 

 

 体中を炎が覆い尽くし、俺の体を魔法少女のそれへと変えていく。

 俺は変身が終わると同時に体を覆う炎を払う。

 変身できたのは──偽善者の姿(フェイカーフォーム)…か。

 なれるなら、豪炎の力(バーニングモード)になりたかったがしょうがない。

 

 

 やれるだけの事を、するまでだ! 

 

 

(こころちゃん、まさらを力づくで抑えて! 時間は十秒持てばいいから!)

 

(…今回のはちゃんとした策ですよね? 信じますよ!)

 

 

 そうテレパシーを返したこころちゃんは、近接で殴り合っていたのを上手く利用し、背後を取ってまさらを羽交い締めにした。

 抵抗するまさらだが、こころちゃんの固有の能力は『耐える』だ。

 幾ら強化されてても十秒程度なら無問題。

 

 

 呼吸を整え、光線を打つ為の構えを取った。

 まず、両腕を胸の前で交差させてエネルギーを溜める。

 そしたら、それを右腕に移し突き出すようにして放つ。

 

 

「コズミューム光線!!」

 

 

 叫ぶように言った技名と同時に、右腕の拳から、オレンジ色の光線が放たれる。

 オレンジ色の光線には──光には、『優しさ』と『強さ』、そして『勇気』が詰まっている。

 俺が今、限界を超えて使えるのは、きっとみんなから俺にないものを貰えたからだ。

 

 

 だから、

 

 

「これで終わりだ!!」

 

「│っぅ!? うぅぅぅうああぁぁぁぁぁあああ!!! │」

 

 

 痛みからか、断末魔にも聞こえる声が上がっているが、この声はまさらのものではない、ウワサのものだ。

 全くもって紛らわしい。

 それに、もし光線の不安定さ故に、ダメージがまさらに通っているなら、こころちゃんにも通ってる可能性が高い。

 

 

 エネルギーが切れ、光線を打ち終わったあとには、不気味な蒼炎が殆ど消えたまさらと、それを羽交い締めにしていたこころちゃんだけが残っていた。

 ウワサの魔力は……

 

 

「くっ!」

 

 

 一瞬、視界がグラつく。

 やばいな…全部使い切ったか。

 掠れるような苦笑が声から漏れ、魔法少女への変身が解ける。

 

 

「ちょっ! アサシンさんやられちゃったよ? どうするの〜!」

 

「物語としては劇的で心が刺激されるけど、今は困るね……」

 

「まぁ、アリナ的にはグッドな展開でもあるケド。全体的にはバットだヨネ」

 

「………………はぁ」

 

 

 言いたい放題言ってくれるな、本当に。

 今すぐにでも腰を下ろして休みたいが、アイツを迎えに行かなきゃいけないからな。

 目配せでこころちゃんに拘束を解かせると、まさらもふらつくような形でこちらに歩み寄って来る。

 

 

 嬉しくて、苦笑なんかではない、本物の笑みが零れた。

 二人して少しづつ近付いて、ようやく抱き締めてやれる……そんな距離になった時。

 胸に何かが刺さったような痛みが走る。

 鈍くなりつつある痛覚が痛みを教えた頃には、口と左胸から血が溢れ出していた。

 

 

「ゆ…うと? …!? 結翔! ち、違うの! これは、私じゃ──」

 

「わかってるよ…わかってるから」

 

「ごめ、ごめんなさい、私……こんなことするつもりじゃなくて……」

 

「お前は、悪くないよ」

 

「でも…でもっ!」

 

 

 気付けなかった、俺が悪いんだ。

 ……そうか、まだ残ってたんだな──右手に。

 イタチの最後ッ屁ってやつか? 

 最悪だな…って、言ってやりたいけど…良いか。

 

 

 なにせ、初めて見れたからな。

 お前の、()()()

 写真に撮って、壁紙にでもしてやりたい。

 少なくとも、一週間はそのネタで弄れるし……

 

 

 そんな、バカみたいな事を少しだけ考えて、また笑った。

 

 

「だって、お前今、誰かのために泣けてるじゃんか」

 

「こ…れは……。…私…泣いて……」

 

「何度も間違ってきたけどさ……今なら胸張って言えるよ。お前に託したのは間違いじゃなかったって。自分を…信じろ……!」

 

 

 そう言い終えると、俺は微かに残っていた意識を手放して、深く…深く…落ちて行く。

 彼女の腕の中はポカポカと温かくて、良い夢が見れる気がした。

 

 

 ──まさら──

 

 胸が引き裂かれるような思いだった。

 知らなかった、私は知らなかった。

 こんな痛みも、苦しみも……

 

 

 託された、だからこうなる事は仕方の無い事。

 現状をそんな言葉で片付けられるほど、私は無感動じゃなくなっていた。

 知りたくなかった……こんな未来が待っているなら。

『悲しみ』も『苦しみ』も、『優しさ』も『嬉しさ』も、全部知りたくなかった。

 

 

 死んだように眠っている結翔を環いろはに預け、コンテナの上に居るマギウスを見る。

 耳に入ってくる話は、とても気分の良い話じゃなかった。

 

 

「はぁー。とんだ茶番だったにゃ〜。見に来たのは無駄だったかもね〜」

 

「それはどうかな? 現状は未だにこちらが有利だ。ここで全員が排除すれば、有益な時間だったと言い張れるよ」

 

「エキサイティングな発想だヨネ。アリナは賛成しても良い──」

 

 

 その時、アリナの発言を遮るように「バチィン!」、という音が響いた。

 聞き覚えのある音。

 雷の弾丸が、発射された時の音だ。

 ふと、横を見ると。

 涙を堪えて、射撃モードに移行した可変型トンファーを、マギウスに向けるこころが居た。

 

 

 銃口からは微かに煙が上がっているのを見ると、撃ったのは確実。

 ……泣きながら怒る彼女は、私から見ても、とても痛々しいものだった。

 

 

「早く退いて下さい。……次は当てます」

 

 

 震えた声なのに、何故か良く通る……そんな声。

 次弾の装填準備に入る彼女を止めたのは、私たちの中で二番目に結翔と付き合いが長い七海やちよ。

 そっと、可変型トンファーに手を当てて、銃口を下ろす。

 

 

「なんで…なんで止めるんです!! あの人たちは──」

 

「結翔は、それを望まないでしょ?」

 

「それは……」

 

「おぉ〜、流石ベテランさん。次いでに、最強さんたちも宥めて欲しいなぁー?」

 

 

 里見灯花が指摘した鶴乃とももこは……こころよりも酷い状態だ。

 憎悪──とまではいかないが、憤怒しているのか、今すぐにでも飛び出しそうに見える。

 嫌な所で要領が良い鶴乃は、憤怒を理性の鎖で繋ぎ止めているが、それも長くはない。

 

 

 一番付き合いが長いももこに至っては、未だに突っ込んでないのが奇跡だ。

 

 

 私が、やるしかない。

 結翔の代わりに、ヒーローを。

 だから、要らない感情は仮面で押え付ける。

 無感動の、私だけの仮面で。

 

 

 だって彼は言っていたから、

 

 

『仮面ライダーってのは、仮面の下に色々なもんを隠してるんだ。笑顔も、後悔も、悲しみも、怒りも、苦しみも、全部な。いつの時代も、ヒーローは思いを隠してる。助けたいって思いと、守りたいって思い以外はな』

 

 

 二つ以外は要らない。

 二つ以外は邪魔だ。

 今は、私が託されたヒーローなんだから。

 

 

 ダガーを右手に編み、不意を着くように透明化して投げた。

 一度、私に触れて透明化の対象になった物体は、離れても一定時間透明化していられる。

 絶対に当たる、その自信があった。

 

 

 何故なら、彼女たちは慢心していたから。

 圧倒的な戦力差に自信を持っていたから。

 

 

 増援に来ようとしている羽根が、たった二人の魔法少女に止められていると言うのに。

 

 

「終わりよ…」

 

 

 そう言った直後、里見灯花の右足にダガーが突き刺さる。

 声にならない悲鳴が、建設放棄地に響く。

 周りに居たマギウスや、梓みふゆ、白羽根の天音姉妹が慌てふためく中。

 昔の自分のように、平坦で無機質な声で警告する。

 

 

「次は心臓に当てる。大丈夫よ、魔法少女はソウルジェムが砕かれない限り、死なないんだから。…まぁ、死ぬほど痛いでしょうけどね」

 

「退きますよ! アリナ、ねむ! 灯花は私が背負います! 今ここで、マギウスに欠けられたら困ります!!」

 

「……理解できないね、アサシンさん」

 

「ホント、冷めるヨネ。グッバイ〜」

 

「……………………」

 

 

 魔力反応を確認するまでもなく、次々とマギウスの翼が散って行くのが分かる。

 ……帰ろう。

 家に、帰ろう。

 今日は疲れた。

 ゆっくり休みたい。

 

 

「もう、良いでしょう。帰るわよ…こころ」

 

「ちょっ! ま、待ってよ、まさら!!」

 

 

 動揺し固まる皆を置き去りにするように、私は結翔を背負って歩き出す。

 後ろから私を追うこころは、助けてくれた皆に一礼をしていたが、そんな事をする余裕は私にはない。

 今にも溢れ出しそうな感情を、無感動の仮面で無理矢理抑えているからだ。

 

 

 あぁ、明日になったら、いつも通りに戻れるだろうか? 

 結翔の顔を、ちゃんと見れるだろうか? 

 お礼を、しっかり言えるだろうか? 

 

 

 初めて、明日(未来)を怖く感じた……そんな夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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幕間「死へのカウンドダウン」

 スマホ版のみ、ここ好きボタンなるものが追加されるらしい。
 私から言えることは一つ、みんなー!
 オラにここ好きって所を教えてくれーー!!!

 ※強制ではないです、ただやってくれると私が嬉しいだけ。


 ──みふゆ──

 

 どうしようもない、やるせない程の後悔で枕を濡らした翌日。

 ワタシは今、一番会いたくない人に、偶然……会ってしまった。

 彼に──結翔くんに。

 

 

「昨日ぶり…ですね」

 

「どうも。……まさらから色々聞きましたけど、その後はどうでしたか?」

 

「お陰様で、灯花も少しは頭が冷えたみたいです」

 

 

 苦笑気味に返すワタシに、彼は「そうですか」と一言言ったきり、言葉を詰まらせてしまう。

 それもそうだ。

 敵だ、ワタシは彼にとって敵なのだ。

 本来は、こんな世間話するような事、ある筈がない。

 

 

 だけど、ただただ優しい彼は、ワタシを心配してこうやって話してくれる。

 ワタシの方が、心配しているのに、彼は偶に見て見ぬフリをする。

 

 

 健康的には見えない青白い肌、瞳の下には、ろくに寝れていない証拠である酷い隈も出来ていた。

 声のトーンも少し控え目で、いつもの快活な様子は隠れている。

 ……良く見ないと分からないかもしれないが、体の重心も傾いていた。

 

 

 もし、昔と変わらず、ワタシが彼の傍に居たなら迷わず言っていただろう。

「早く休んでください」と。

 でも、違う。

 今のワタシと彼の距離は遠いし、そんなこと言えるような立場でもない。

 

 

 次々に浮かぶマイナスな考えを振り切るようにかぶりを振って、ワタシの方からもう一度話しかける。

 

 

「…結翔くんは、お買い物ですか?」

 

「あぁー、違いますね。病院帰りです、ちょっとした検査に行ってきました。……悪いんですけど。みふゆさん、この後って時間あります」

 

「──は、はい、問題ないです」

 

 

 病院に検査、その二つの単語から導き出される答えは酷く単純で、自分自身を殴りたくなるような、そんな後悔が襲う。

 結局、連れてこられるままにファミレスに移動し、中に入ったら入ったで店員に案内され、空いているテーブルに腰を下ろした。

 ざっとメニューを流しみした後、テキトーな軽食とドリンクバーを頼み、注文を済ませる。

 

 

 話は、ここからだった。

 

 

「色々と話したい事はあるんですけど、これ見てもらっても良いですか? ……戒めだって言って貰ったレントゲン写真です」

 

 

 そう言って、結翔くんは二桁には届かない程度のレントゲン写真を、ワタシに渡してくれた。

 薬学部ではあれど、医大志望をしている身。

 参考書や学術書等で、少しだけ見慣れたそれには……絶望が詰まっていた。

 

 

 この写真が冗談や嘘の類でないなら、自分の錯覚を疑いたくなる。

 見た所、内臓器官はボロボロだし、骨だって非健常者のそれ。

 脳に至っては、健常者にも非健常者にも見られない異常がある。

 中途半端にしかない医学の知識が、曖昧な所までしか教えてくれないが、確信した事がある。

 

 

 魔法少女じゃなかったら、魔眼がなかったら、彼はもうこの世に居ないと言う事。

 

「……結翔くん。これを見たお医者様はなんて?」

 

「なんで生きてるの? って聞かれましたよ。…超人とか魔法少女とか、裏の方にも顔が利いて知識もある。付き合いの長い人だったんですけどね」

 

「そうです…か」

 

 

 言葉が出てこなかった。

 さっきとは逆に、ワタシが押し黙ってしまう。

 だって…だって、しょうがないじゃないか!! 

 明らかに、原因はワタシたちにあるんだから! 

 

 

 謝りたい……謝りたいけど、出来ない。

 結翔くんは許してしまうから──ワタシが許されてしまうから。

 だけど、謝りたい。

 押し潰されるような後悔を吐き出したい。

 

 

「……結翔く──」

 

「謝らなくて、良いですよ。…怒ってない訳じゃないけど、あなたが謝る必要はないから。まぁ、代わりって言っちゃなんですけど、俺の重荷を少し背負って下さい」

 

「……へっ?」

 

 

 重荷を背負って欲しい。

 彼の口から、終ぞ聞くことはないと思っていた言葉が放たれた。

 そして、それと同時に、彼はソウルジェムをワタシの前に置く。

 希望が詰まったかのような黄色の光を放つそれには──あって良い訳のない陰りが見えた。

 

 

 ……穢れが、少しだけ溜まっていた。

 普通の魔法少女だったら驚きはしない。

 少しの穢れが溜まるなんて、日常茶飯事だ。

 しかし、結翔くんは違う。

 特別だ、彼は特別なのだ。

 

 

 ソウルジェム()に穢れが溜まるなんて有り得ない。

 生かすための魔眼が、死なせないための魔眼が、穢れを浄化している──いいや、消している筈。

 じゃあ、これはなんだ? 

 重荷とはなんだ? 

 

 

 一体、これは──

 

 

「限界が来てるんです。体にも、魂にも。……生と死の魔眼も、これ以上生かすことは出来ないって感じですかね」

 

「そんな……。結翔くん!! 今すぐ契約をして下さい!! 確か、契約をすれば不死に──」

 

「嫌ですよ。死にたくはないですけど、生き足掻きたくもないですし」

 

「…どうしてですか?」

 

 

 死ぬかもしれない、その報告が重荷だとでも言うのか? 

 確かに、彼はこの事を仲間内に伝えるのを渋るだろう。

 性格が性格なのだから仕方ないが……なんでワタシなんだ? 

 他にも良い人はいた筈だ。

 

 

 ワタシと結翔くんは敵同士なのに、自分が不利になる情報を流すのは……何故なんだ? 

 分からない、分からない、分からない。

 ……けど、怖いのは分かった。

 自分が、彼の死を恐れている事は分かる。

 とても、嫌な自覚だつた。

 

 

「どうしてって言われてもなぁ…。強いて言うなら疲れたからですかね? …だって、死んだら誰も守れないって思ったから頑張ってた生きてきたのに、生きてても大切な人を守れなかったんですよ? 死にたくなるじゃないですか? …まさらに後の事は託したし、俺が居なくなっても大丈夫」

 

 

 カラカラと誤魔化すように彼は笑った。

 それは、とても自嘲的な笑いで、悲しそうに感じる。

 知っているからだ、自分が死んで悲しむ人が居ることを。

 

 

 少しだけ間を空けて、ワタシは確認するように言った。

 まだ、ワタシが彼の大切から外れていない事を、利用するように。

 

 

「…本気で、言ってるんですか?」

 

「…………な訳ないでしょ。自分が死んだら、傷付いて悲しむ人が居ることくらい分かってますよ。でも、どうにも出来ないんです。だから──これでいい。この事は、誰にも伝えない。みふゆさんに言ったのは、嫌がらせってことで」

 

 

 昔みたいにあどけない笑顔でそう言った後、結翔くんは去っていった。

 止めるのは簡単だけど、ワタシにはそれをする資格なんてない。

 ……あぁ、みんなが笑っていたあの頃に戻りたいなぁ。

 

 

 叶えられる筈のない夢が、ワタシの中で少しづつ増えていく。

 底のない欲望なんて、持たなければ良かった。

 

 

 ──結翔──

 

 ファミレスから出た後、人混みを避けるように俺は路地裏に入り込んだ。

 鉛のように重い体は、上手く動いてくれなくてイライラする。

 でも、自業自得……か。

 

 

 呆れて笑いも出てこないが、何を言っても今更遅い。

 俺はスマホのカメラで自分の顔を確認する。

 

 

「……こりゃ、酷いな」

 

 

 暗示の魔眼を使っておいて正解だった。

 下手したら死体にしか見えない土気色の肌を見て、俺は確信する。

 さっきまで会っていたみふゆさんには、外見だけだと体調が悪い程度にしか見えなかっただろう。

 

 

 見破られる可能性もあったが、上手く事が運んで良かった。

 みふゆさんに会ったのも、体のことを正直に話したのも、もしかしたら寝返ってくれるかも……って言う打算の元だ。

 

 

「性格悪いわね〜マスター?」

 

「黙れ。あと、俺はお前のマスターじゃない。契約してないからな」

 

「良いじゃない、そう遠くない内に契約するんだから。……にしても、それ、燃やしていいの?」

 

「あっ? ……あぁ、これの事か、別に良いんだよ。まさらにこれ以上背負わせるのは酷だし、なにより俺がやりたくない。どうせ、言わなくてもすぐにバレるしな。魔眼は無限に使える訳じゃないんだ」

 

 

 突然に現れたラプラスの悪魔に俺はそう返した。

 右手でレントゲン写真を燃やし、左手で──半分が穢れに染ったソウルジェムを眺めながら。

 

 

「持って……一週間ってところか?」

 

「さぁ、どうだろうね? 私には分からないよ。…まぁ、マスターが契約してくれないと困るからね。パッパと契約して欲しいものだ。イレギュラーを見てるのは楽しいしね」

 

「そうかよ」

 

 

 時間がない、余裕もない。

 右眼に映る地獄の光景も、到底無視できる域を逸脱している。

 幻覚、幻聴、吐血、味覚障害。

 封印中もあった吐血は続投、他にも三つの症状が戻ってきたり、復活したりした。

 

 

 最悪な事に、タイマーが音を立てて鳴っていた。

 残り少ない、俺の寿命と言うタイマーが。




 次回もお楽しみに!

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最終章「世界と明日とヒーローと」
六十九話「戦争の幕開け」


 結翔「前回までの『無少魔少』。みんなの協力のお陰で、何とかまさらからウワサが剥がせたって話だな」

 まさら「………………………」

 こころ「あっ……デリケートな話題だからまさらが」

 みたま「いけないのよぉ、結翔くん。女の子を泣かせちゃ?」

 結翔「…いっつも思うんですけど、俺そんな責められるようなことしてます?」

 ももこ「時間も押してるので、皆さんは楽しんで六十九話をどうぞ!」



 ──結翔──

 

 鶴乃をうわさから解放してから、怒涛の勢いで過ぎた一週間だった。

 母さんと喧嘩して、仲直りして。

 まさらがウワサに憑かれて、それを剥がして。

 気苦労の絶えない一週間だった気がする。

 

 

 でも、それも昨日で終わり。

 今日からは本格的に、マギウスとマギウスの翼の対策に入る。

 とは言っても、今日は先週一週間の労いも兼ねた作戦会議。

 実行に移すのは明日からになる……そう思っていた。

 

 

 ───────────────────────

 

 いつも通り学校に来て、当たり前のように授業を受けているだけなのに、酷く体が重い。

 幻覚や幻聴は治まらないし、頭痛もする。

 先生の声は聞こえてはいるが集中出来ず、聞き流すだけになっていた。

 

 

 声が聞こえないなら板書くらいしっかりしようと思ったが……手が震えてペンが上手く持てない。

 最悪だと、愚痴りたい気持ちに蓋をして、聞いているフリをして一日を過ごした。

 

 

 放課後、十七夜さんのメイド喫茶で作戦会議をする事になっていたので、学校に居るメンバーを集めて場所に向かった。

 ももこに鶴乃、いろはいゃんにかえでとレナ。

 そこに俺を加えた六人で歩いて行く。

 

 

 並んで歩いていると分かるが、良くも悪くも、魔眼の復活は影響が大きい。

 何せ、どれだけ俺の体調が悪くても、暗示の魔眼である程度誤魔化せてしまうからだ。

 本当に助かる。

 

 

 正直、歩くのが苦痛でしょうがなかった。

 いや、少し違う。

()()()歩くのが苦痛でしょうがなかった。

 体がだるく、重いのはこの際どうでも良いが、幻覚と幻聴は辛い。

 言葉で表現するのが億劫な程に、辛い。

 

 

 現に、ももこたちが何か言ってるのか、何を言ってるのか分かりやしないからな。

 だから、誤魔化せるのは助かる。

 騙し騙しの現状に申し訳なさを感じながらも、俺は歩いた。

 

 

 ようやく辿り着いた、目的の場所であるメイド喫茶。

 十七夜さんに案内され通されたテーブルに座り、みんなは談笑しながらやちよさんが来るのを待った。

 慣れ、とは言いたくないが、少しづつ気分が落ち着いてきた俺も、ちょくちょく会話に混ざりながら待つこと数分。

 

 

 遅れてきたやちよさんは、少し険しそうな表情で俺たちを見て、遅れてきた訳を話し始めた。

 

 

「珍しいですね。やちよさんが遅れるなんて」

 

「ちょっと、調整屋に寄っててね」

 

「調整屋って、そりゃどうしてさ」

 

「ケガ人を保護してもらったの」

 

「──!? どういう事ですか…」

 

「マギウスの翼が動き出したわ」

 

 

 話を聞くに、羽根の連中が怪我を負わせたらしい。

 脳裏に蘇る「手段は選ばない」、の一言。

 先程までの明るい雰囲気は消え、真面目で暗い、締め付けるような空気が張り詰める。

 

 

 少ない情報から、今後の動きを炙り出すために、まさらが疑問点を上げた。

 

 

「事情は分かったわ。…けど、どうして無関係の魔法少女を狙ったのかしら?」

 

「流石に、そこまでは分からないわ」

 

「んー…ほっ! エネルギーを欲しがってたし、魔法少女の魔力狙いとか!」

 

「うゆ…。私たちイブのエサになっちゃうの…?」

 

「例えばの話でしょーよ」

 

「でも、被害者が出た以上は他の人が狙われる可能性も…」

 

「こころちゃんの言う通りです。みんなにも知らせないと!」

 

 

 いろはちゃんが立ち上がり行動を起こそうと言葉を放った瞬間。

 狙ったかのように、魔女の反応が現れる。

 ……しかも、一体じゃない。

 複数体、どこからともなく湧いてきやがった。

 

 

 ここら辺にこんな数の魔女の魔力反応はなかった筈。

 マギウスの翼が動き出したのは、間違いないと見るべきだろう。

 

 

「え、この反応って…」

 

「魔女だね。…しかも、複数だ」

 

「妙だな…。徐々に近付くわけでもなく、突然複数体で現れるとは…」

 

「アリナ…」

 

「魔女を捕獲して使う彼女なら十分有り得るわね」

 

「早く、行きましょう! 被害に遭った子と関係あるか分かりませんけど、このまま放っておく訳にも…!」

 

「……だね、急ごう」

 

 

 テーブルに万札を一枚置いて席を立つ。

 焦りからか、落ち着いてきた幻覚や幻聴はぶり返したが、構っている余裕はない。

 店を出て通りに出ると、魔女の反応が遠ざかっていくのが分かった。

 誘き出してるのか……分断するつもりか。

 

 

 理由は分からないが固まって動いても仕方がない。

 ここは一旦別れるしかない──そう言葉にしようとした途端、見覚えのあるマスケット銃が俺たちを囲むように現れる。

 

 

「……最悪だな」

 

「って、えええっ!? な、なんか銃に囲まれてる!」

 

「この銃って…」

 

「フフッ、やっぱり出てきたわね。魔法少女が傷付けば動き始める。マギウスが踏んだ通りだわ。乱暴に引き止めて悪いけど、ちょっとだけお話に付き合ってくれないかしら?」

 

「…巴さん」

 

「洗脳は解けてないようね…。それに、今の口ぶりからすると魔女と魔法少女の件はあなたの仕業のようだけど」

 

「えぇ、そうよ。こうして現れたのも、その事を伝えようと思ったからよ」

 

 

 暗く淀んだ気味の悪い瞳を、マミはちゃんはじっと俺たちに向けている。

 行動でも纏う空気ですらも、ここから動くなと伝えてきている。

 だけど、敵の話を態々全員で聞いてる余裕はない。

 相手は──俺がすればいいか。

 他は逃がして、内容は電話で伝えればいい。

 

 

 そしたら、余計な情報はカット出来るし……揺さぶりを掛けられる心配もなくなる。

 まぁ、一番の理由はそれじゃない…が。

 

 

(返事はしなくていい。……破壊の魔眼で銃を壊すから、隙を見て脱出。連絡は俺の方から入れる。出来るだけ早く他の魔法少女に危険を伝えてくれ)

 

 

 テレパシーでそう送って数秒も経たない内に、俺は叫ぶ。

 

 

「破壊!」

 

 

 耳に響くような破裂音と共に、銃が砕け光の粒子となって消えていく。

 刹那、俺以外の全員が魔法少女に変身し散開した。

 マミちゃんも、それを食い止めようとマスケット銃を展開するけど、遅い。

 引き金が引かれる前に、全て破壊できる。

 立て続けに破裂音が鳴り、砕けた銃が光の粒子となって散っていった。

 

 

 流石に無駄だと気付いたのか、彼女はこちらに苛立ちの視線を寄越す。

 

 

「俺一人になったけど、話を聞いてもいいか? ……どうして、無関係の魔法少女を襲った」

 

「……マギウスから聞いてなかったかしら? もう、手段は選ばないって」

 

「ああ、聞いたよ。…でも、ここまで大っぴらにやるとは思わなかったからな」

 

「しょうがないじゃない。これ以上、解放という奇跡から遠ざかる訳にはいかない。だから、彼女たちと決めたのよ。この街の魔法少女が異端に染まってしまう前に消そうって」

 

 

 消す…か。

 綺麗な言葉で言っているが、やろうとしてる事は虐殺や殺戮の類。

 幾ら救いの為だからって──奇跡の為だからって、やっていい事と悪い事があるだろ。

 

 

 確かに、解放の代案を出せって言われても出来ねぇよ。

 けど、だからって誰かを犠牲にして良い理由にはならない。

 殺していい理由には……ならないんだよ。

 

 

「ペテン師が。やろうとしてる事は虐殺と殺戮だろ」

 

「そうよ。魔法少女の解放を邪魔する穢れた人たちを殲滅して、マギウスと私を信じる敬虔な人たちだけを救うの」

 

「そんなの、みんなが苦しむだけだ」

 

「苦しむべき人が苦しむだけよ。私たちの悲願が果たされたら、多くの魔法少女は幸福になるわ。フフフッ。鹿目さんたちも、理解は出来なかったみたいだけど。もうすぐ分かるわ、私がしていることが、マギウスの翼が正しかったって」

 

「消したのか?」

 

「安心してちょうだい、彼女たちは消してないわ。ただ、見滝原から出られないようにしてるだけ。彼女たちも魔法少女の解放の恩恵をウケる資格はあるから」

 

「…ちょっとは安心したよ。完璧に自我を失った訳じゃないな」

 

 

 過去の仲間を巻き込まないあたり、まだ少しは残ってる。

 俺じゃ、彼女に憑いたウワサを剥せるかは分からないが……今は押し返して、逃げるが勝ちだ。

 魔法少女に変身し、バックステップで距離をとる。

 

 

 豪炎の力は使わない。

 あれは奥の手中の奥の手、変身出来なくなるなんて今の状況じゃ死も同然。

 体の調子的に、今日は再変身が出来ない。

 しくじったら終わり。

 

 

 集中して、気を引き締めろ! 

 

 

「来いよ。消すんだろ? 俺たちのこと」

 

「…良いわ。ここで戦うつもりはなかったけど。相手になってあげる」

 

 

 そう言うと、以前も見た、黄金の装飾を身に付けた純白の魔法少女衣装を纏う。

 おぞましい程の魔力量は、ウワサの力が上乗せされてるからか溢れ出て、肌を刺すようにまとわり付いてきた。

 

 

 本気で戦えば勝てるだろうが、その場合、残るのは彼女の亡骸だけだ。

 ……殺す気で戦わないと勝てない。

 だけど、操られている彼女にそんな事は出来ない。

 加害者でもあり被害者、一番損をして苦しむ場所に彼女は──マミちゃんはいる。

 

 

 同情と憐れみからか、俺は少しの間止まってしまい、その間に面倒臭いものを引っ張りだされた。

 

 

「さぁ、フローレンスいらっしゃい!」

 

「っ……!」

 

 

 魔女と魔法少女の中間を行くような存在──ドッペル。

 主を守護するように現れたドッペルは、背後に構えこちらを見すえている。

 黄色と白を基調としラメが装飾されたような蕾の頭、手足のように伸びる黄色のリボン、羽の代わりに柊の葉にも似た葉っぱが付いており、背中には主であるマミちゃんと同じく巨大な光環が浮かんでいる。

 神々しい見た目とは裏腹に、押し潰すかのような威圧感を放っていた。

 

 

 対抗するには、こっちもドッペルを出すしかないと、直感的に理解した。

 

 

「今も昔も変わらず、私の誇りは皆を救うこと。その至上とも言える魔法少女の解放に近付いて、私がどれだけ高揚しているのか、あなたもきっと分かってくれる筈よ!」

 

「…クソッタレ。来い! 俺のドッペル!!」

 

 

 俺の言葉に応えるように、ソウルジェムが穢れで染っていく。

 ……くっ。

 ヤバイ……呑まれる。

 無理矢理にソウルジェムを穢れで染めるなんて不味かったか? 

 でも、やらなきゃここで死ぬ。

 全部黒く塗り潰される前に、押し返して逃げる! 

 

 

 そして、ソウルジェムが穢れ切り、体の右半身を覆うように黒い靄が掛かる。

 魔法少女に変身した時同様、靄が晴れた途端に右半身ごと変質しドッペルが生まれた。

 魔眼のある右半身は黒い影で塗り潰され感覚が全くないが、頭上の右側に久しぶりに見る悪魔がいる事が分かる。

 

 

 あの時より、黒い影で塗り潰されてる範囲が少しだけど増えてるな…。

 そうやって、前回との差異を気にしている内に、四肢の武器を構え動き始めた。

 右手が剣、左手が銃、右足が槍で左足が大鎌。

 黒い片翼を羽ばたかせ、本来白目である筈の部分まで漆黒に染まる瞳で凝視する様は恐ろしく、悪魔と呼んで差し支えない。

 

 

 アリナとやった時は引き摺られて行くのがやっとだったが、呑まれかけてるお陰か、コイツのやりたい事が何となくで感じられる。

 俺とマミちゃんはお互いのドッペル同士がぶつかり合う中、その下で拳と銃をぶつけ合う。

 先程と同じく、引き金が引かれるより早く破壊の魔眼を使い、魔力で編まれた銃を壊していく。

 

 

 身を守る武器が無くなった所を、殴って追い打ちに入るが、ギリギリの所で再度編まれた銃で阻まれてしまう。

 そんな攻防を何度も何度も重ねる。

 

 

「フフッ、どこまで持つのかしら?」

 

「さぁな、自分の目で確かめてみろよ!!」

 

 

 売り言葉買い言葉で返しているが、限界が近い。

 意識が薄くなってきたし、体も上手く動かなくなってきた。

 拳を握る手は震え、地面を踏む足はフラフラと揺れしっかりと立っていられない。

 

 

 戦い始めて数分程度なのに、既にガタがき始めている。

 一か八か、ここで一気に! 

 

 

 いつもと違い右半身の自由がないので、左足に紫の属性魔力──闇を溜めていく。

 一定の域に達した所で、銃のガードを押し破るように蹴りを放つ。

 

 

「これで、終われ!!」

 

「っ!? きゃあああああ!」

 

 

 吹き飛ばされたマミちゃんは、道脇の茂みに突っ込んで行った。

 ……よし、これで暫くは追って来ない筈。

 ここを、離れて一回連絡しないと。

 

 

 無理矢理出したドッペルを引っ込め、魔法少女への変身も解き動き出す。

 上手く動かない不自由な体に苛つきを覚えるが、悪態をついても仕方ない。

 不格好な感じになりながらも、俺は走ってその場を去る。

 周りの建物を確認しながら走ること数分。

 

 

 ある程度離れた事が分かったので、走るのをやめてスマホを取り出す。

 息が絶え絶えだが、どうだって良い。

 一刻も早く伝えなければ。

 慣れた操作でスマホを弄り、やちよさんに電話をかける。

 

 

 一コール、ニコール、三コール、四コール、ようやくガチャリと音がした。

 電話越しから聞こえる声の賑やかさからして、散開して近くの魔女を倒した後、方針を話す為に一度集まったのだろうか? 

 

 

 ……いいや、考えるのは後でも出来る。

 今はやるべき事をやらなくちゃな。

 

 

『やちよさん、よく聞いてください。アイツらの狙いは羽根を使って魔法少女の虐殺する事です。俺たちみたいな異端者──解放を拒む者が現れる前に殲滅するって』

 

『……有り得ないって言えたら良かったんだけど、そうもいかないわよね。現に羽根に襲われた魔法少女が居たわけだし』

 

『今後の方針ですけど、今のところは保護を優先した方が良さそうです。魔女退治は、魔女が近くに居たら各々判断ってことで。事情をある程度話して、調整屋に。詳しい話はそこで話すってことでお願いします。俺の名前を言えば、大抵の人は何とかなりますから』

 

『分かったわ。知りたくない事を知る事になろうけど、しょうがないわよね……。あなたも、調整屋に向かいながら魔法少女と魔女を探してちょうだい』

 

『了解です』

 

 

 最後の一言を言って間もなく、全身から力が抜けていった。

 …ドッペルの消耗は思ったより激しかったらしい。

 証拠に、浄化された筈のソウルジェムが、既に半分以上穢れで染っている。

 

 

 ため息を零した後に苦笑し、使い物にならない体に鞭を打ち、調整屋へと向かわせる。

 道中、全くと言っていい程、魔女や魔法少女の気配や反応はなかった。

 運が良かったのかなんなのか、俺は調整屋に一番乗りで着き、みたま先輩の間延びした声を耳にした。

 

 

「いらっしゃ〜い──って! 結翔くん!? どうしたの?」

 

「色々あって……。悪いんですけど、この場所少し借りても良いですか?」

 

「別に良いけど、何かあったか──」

 

「マギウスの翼が動き始めました。無差別に魔法少女を殺そうとしています。…ごめんなさい、勝手にここを避難所に指定しちゃいました」

 

「ま、待って! 一気にそんな事言われても…飲め込めないわ!」

 

「…休ませて貰ってる俺が言うのって凄く申し訳ないんですけど、みたま先輩には選んで欲しいんです」

 

 

 中立を破るか、破らないか。

 衝撃の連続に固まるみたま先輩、無理もない。

 事情には詳しくても、こんな凶行に出るなんて分からないからな。

 

 

 でも、絶対に今日、決めなければいけない。

 何故なら、最悪の抗争が──戦争が始まったんだから。




 次回もお楽しみに!

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七十話「傷だらけの英雄」

 みたま「前回までの『無少魔少』。十七夜のバイト先に集まって話すはずが、マミちゃんに襲われちゃって、魔法少女の無差別な虐殺が始まるって話だったわね」

 結翔「相変わらず端折りすぎて何の話だったのか分かんないあらすじだな。……と言うか、なんで二週間も投稿しなかったんだ?」

 しぃ「いや……先週は投稿しようとしたんだけど、案件やってて……」

 まさら「さっさと片付ければ良かったのに、放置していたのは貴方でしょう?」

 しぃ「ご、ごもっともです」

 こころ「まぁまぁ、反省してるみたいですし、それ以上は止めてあげましょうよ」

 ももこ「弄りすぎは良くないしな。尺もあるし、皆さんは楽しんで七十話をどうぞ!」




 ──みたま──

 

 今日という日は、なんでもない一日として流れるはずだった。

 変わることの無い、在り来りな日常の中に埋もれるはずだった。

 ……そう、さっきまで思っていたのに。

 突然現れた彼──結翔くんの話を聞いたら、もうそうは思えない。

 

 

 マギウスの翼が本格的に動き始め、しかも、無関係な魔法少女を殺そうとしている。

 由々しき事態、なんて言っていられる余裕はない。

 幾ら商売とはいえ、自分が関わりを持った人に死んで欲しいとは、わたしは思わない……思わないけど、結翔くんの一言が胸に引っ掛かる。

 

 

「中立を破るか、破らないか。選んで欲しい」

 

 

 もし、もしの話だ。

 わたしが中立を破ったらどうなる? 

 少なくとも、調整屋周辺の戦闘禁止は無くなってしまう。

 困る魔法少女は少なくない。

 小競り合いなんて日常茶飯事。

 

 

 今は魔女が多くいるから早々起きないが、少なくなってきたらそうともいかない。

 グリーフシードを巡ってのいざこざは絶えなくなる。

 調整屋が絶対的な中立としてあるから、この戦闘禁止区域が成り立っているんだ。

 

 

 極論、神浜に絶対安全を保証できる場所が無くなる事になってしまう。

 これだけは避けたいし、避けなければいけない。

 彼だってそれを分かっているはずなのに……なんで……

 

 

「……結翔くん、正気かしら? そんな事をすれば──」

 

「みたま先輩が言いたい事は分かります。あなたが中立を破れば、非戦闘区域が無くなってしまう。それは、安心と安全が確保された、憩いの場と言ってもいい場所が無くなるってことだ。…それでも、あなたには選んで欲しい。と言うより、こっちに来て欲しい」

 

「メリットは? わたしがそっちに着くメリットはあるのかしら?」

 

「そうですね…。少なくとも、食いっぱぐれる心配はないです。それに、前も言いましたけど、俺が命を懸けてあなたを守ります」

 

「……ふーん。その体で、良く言えるわね」

 

「ーっ!?」

 

 

 グサリと刺さる一言だったのだろう。

 彼は──結翔くんは、少しだけ顔を顰める。

 来た時から体調が悪そうだったから、不審がられない程度に観察していたら、原因はすぐに分かった。

 

 

 一つは、穢れが溜まったままのソウルジェム。

 もう一つは、魔力の波の酷い乱れ。

 

 

 普通の魔法少女なら、ソウルジェムに穢れが溜まるのは至っては当たり前だが、彼は違う。

 生と死の魔眼がある限り、半自動もしくは自動的に穢れは浄化されるはずだ。

 先ずこの時点で、結翔くんの体が正常な状態ではない事が分かる。

 

 

 そして、魔力の波の酷い乱れに至っては、普通に戦っただけじゃ、ここまで不規則な乱れは起きない。

 魔力の波は、心臓の鼓動に似ている。

 基本的には穏やかでゆっくりだが、激しい運動や緊張をすると、高鳴り速くなっていく。

 

 

 今の結翔くんの魔力の波は、てんでばらばらだ。

 速くなったりゆっくりになったり、突然切り替わる。

 明らかに異常だ。

 

 

「それで、どうなの? その体でちゃんと、わたしを守ってくれるの? ヒーローさん?」

 

「……守りますよ。俺の命が尽きるまで」

 

「……はぁ。本当におバカねぇ、結翔くんは」

 

 

 相変わらず、彼は自分の価値を分かっていないらしい。

 守ってくれるなら有難いし、守って欲しい。

 だけど、わたしは結翔くんみたいな子を犠牲にしてまで、生きていい人間じゃない。

 

 

 何故なら、わたしの願いは『神浜を滅ぼす存在になりたい』、というものだったからだ。

 勿論、嘘や冗談なんかじゃない。

 契約した当時のわたしは、色々と追い詰められていて、そう願った──いや、願うしかなかった。

 

 

 もっとも、そんな力は手に入らず、つい最近まで、使い魔とさえまともに戦えなかったのだが……

 

 

「…わたし、中立を破るわ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「言っておくけど、別に結翔くんたちの為じゃないわ。お客さんが減ったら困るもの。……ああ、あともう一つ。わたしの為に死ぬなんて許さないから。絶対に死なないでよ?」

 

「……善処します」

 

 

 そう言うと、結翔くんはフラフラと外へと向かって行った。

 調整屋の外には、両手両足の指を使っても数え切れないほどの、大勢の魔法少女の魔力を感じる。

 狙いはきっとわたしじゃない、彼だ。

 

 

 最優先で始末しろと命令が下っているのだろう。

 出口までフラフラと歩き、外に出る直前、彼は前触れもなく振り返ってわたしに言った。

 温かい笑顔にサムズアップを添えて。

 

 

「大丈夫です! 俺が守りますから」

 

 

 世界の一瞬を切り取って絵にできるなら、この一瞬は綺麗な自己犠牲が垣間見得る、最高で最悪な作品になる。

 タイトルを付けるなら……そうね。

『傷だらけの英雄』かしら。

 

 

 ──結翔──

 

 説得は上手く済んだけど、俺の体の事は流石にバレただろう。

 ……プラスマイナスで考えるとマイナス寄りのプラスって所だ。

 微妙なラインではあるが、みたま先輩がこちらに着いてくれただけマシだと考えよう。

 

 

「さて…と。どうするかなぁ〜、これ?」

 

 

 目の前に広がる黒羽根と白羽根の大軍。

 軽く千里眼で見た所、少なくとも三十は居る。

 それ以上は数えるのが億劫になってやってない。

 

 

 近付けば近付くほど分かるが、コイツらは本気の殺意を俺に向けている。

 幻惑の魔法じゃ作れない、本物だ…本物の殺意だ。

 ピリピリとした空気が肌に刺さる。

 夕暮れをバックに戦うなんて熱い展開ではあるが、集団リンチなんてごめんだ。

 

 

 ……一か八か、自分に暗示の魔眼を掛けるしかない。

 羽根たちが未だにこちらに来ないのを良い事に、俺は自分に暗示を掛ける。

 幻覚なんて見えないし、幻聴も聞こえない、頭痛だってしないし、体もだるくない。

 自分はすこぶる健康だと、異常なんてないと、自身を騙す。

 

 

 今日一日の気休め程度にしかならないが、持てば良い。

 明日の世界()を守る為なら、なんだってやってやる!! 

 

 

「行くぞ!!」

 

 

 魔法少女に変身し、全力で一番近くにいる黒羽根に突貫する。

 俺がある程度近付くと、羽根たちも動き出し、取り囲むように迫ってきた。

 飛び蹴りを一番近くにいた黒羽根に喰らわせ、そこからは死に物狂いの殴り合いだ。

 

 

 鉤爪で引っ掻かれそうになったり、鎖が飛んできたり、鎌が振るわれたり、矢が降ってきたり、剣で斬り裂かれそうになったり。

 それを、避けて避けて避けて避けて避けて。

 未来視の魔眼で視た情報を、限界まで処理速度を上げた脳で解析し、次に繋げる。

 

 

 でも、全部が全部上手く行く訳じゃない。

 俺だって、何度も攻撃を喰らった。

 以前までの黒羽根や白羽根とは、覚悟が違ったんだ。

 人を殺してはいけないという倫理観が欠如したのか、リミッターがハズレ、有り得ない強さを見せている。

 

 

 剣で右腕を斬り裂かれた、治した。

 矢で左足を射貫かれた、治した。

 鎌で首を刎ねられた、治した。

 鎖で右足を絡め取られ千切られた、治した。

 鉤爪で左腕を引き裂かれた、治した。

 

 

 避けられなかったら治して、避けられたら反撃してを繰り返し。

 少しづつ頭数を減らしていく。

 血を流し過ぎて意識が朦朧としてくるが、何とか生と死の魔眼の回復が間に合って、戦闘を続けられている。

 

 

 魔眼に苦しめられているはずなのに、魔眼がなかったら死んでいる現実はとても皮肉的だ。

 殺してしまわないように加減して、ようやく羽根が半数になったところで、彼女たちは倒れた半数を担ぎ、退いて行った。

 

 

「……やっとか」

 

 

 危機が去ったからか、体から力が抜け、その場にへたり込む。

 最悪だ、暗示は解けていないはずなのに、さっきと変わらないくらい体が重くなってる。

 ソウルジェムもまた少し濁ってるし……

 五体満足に生きてるだけマシだと思うしかない…か。

 

 

「まだ契約しないの? 本当に死んじゃうわよ? マスター」

 

「黙ってろ。俺は、絶対に契約はしない」

 

「死んでしまったとしても?」

 

「ああ」

 

「やっぱり、人間は愚かで面白いわね…!」

 

 

 そう、嘲笑うように言うラプラスは、対極的な真っ黒いゴスロリドレスと純白の髪を揺らし、ルビーの瞳でこちらを見つめている。

 癪に障る奴だ…全く。

 言い返してやりたいが、そんな無駄な事に使う体力は残ってない。

 

 

 結局、俺はため息だけを吐いて、調整屋へと戻った。

 

 

 ──ラプラス──

 

 もう少し、もう少しでマスターは堕ちる。

 ああ、早く彼の大切なものがなくなってくれないだろうか? 

 力を求めてくれないだろうか? 

 

 

 全てを守る力を与えて上げる、全てを壊す力も与えて上げる。

 だから、私の所まで堕ちてきてちょうだい。

 

 

 私のマスター……この世界に産まれてしまった、悲しい異常者(イレギュラー)

 




 次回もお楽しみに!

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IF√
IF√ももこ「泥沼な現実逃避」


 先日投稿して即消しした『魔法少女大戦』の代わりです。
 アンケートに答えて下さった皆様、本当に申し訳ありません!

 今後はこうならないように、気を付けて書いていこうと思います。

 今回のIFは、結翔の心が完全に折れてしまったらと言うもしもです。
 メルの死後のお話ですね。


 ──結翔──

 

 あの日、メルが死んでから、一ヶ月の時が経ち、俺は──全てがどうでも良くなっていた。

 ヒーローになる夢も、街を守る──街にいる人を守る理想も、丸めてゴミ箱に投げ捨てて、日々を惰性に過ごす。

 

 

 魔眼のお陰で穢れが溜まらないのを良い事に、魔女狩りもせず、ももこに連れられて学校に行って、偶に買い物にも行って…それの繰り返し。

 見える景色全てが色褪せて見える。

 

 

 やちよさんやみふゆさん、鶴乃にももこ、他にも心配してくれる人は大勢いたが、誰の言葉も心に響かない。

 ただただ耳を、声と言う音が抜けていくだけ。

 

 

 授業も退屈で、昔の俺なら考えられないが、サボることも増えた。

 先生には、これ以上出席日数が足りなくなると内部進学すら危ういと言われたが、どうでもいい。

 学校に未練なんてないし、行く価値なんて、もうないとすら思ってるのだから。

 

 

 …だけど、俺の事を良く知る幼馴染は──十咎ももこと言う少女は、飽きることなく笑みを浮かべ、俺を迎えにやってくる。

 意味の無い事だと、理解してる筈なのに何故辞めないのか? 

 俺には分からなかった。

 

 

「…お節介が過ぎるんじゃねぇの?」

 

「お前には、これぐらいが丁度いいんだよ。ほら、行くぞっ!」

 

 

 幼い頃とは逆、ももこが俺の手を引いて、引っ張って行く。

 人は変わらずにはいられない、成長して根っこが変わらなかったとしても、他のどこかが絶対に変わっている。

 …俺が変わったように、コイツも変わればいいのに。

 こんな面倒臭い奴の相手をしていても、疲れるだけだろうに

 

 

 ももこは、変わらず家に来る。

 太陽のような眩しい笑顔を引っさげて、いつものようにこう言うのだ。

 

 

「おはよ。ほら、早く行くぞ!」

 

「…あぁ」

 

 

 心のどこかで、昔に戻りたいと思っていて。

 でも、申し訳なさに押されてそんな事は言えない。

 最期まで…最期まで笑顔だった、アイツの顔が脳裏にチラつく。

 

 

 自分の事なのに、分からない。

 自分が何者なのかすら、分からない。

 無い無い尽くしのこの状況に嫌気がさしたのが、全ての始まりだったのかも……

 

 

 そう考えたら、惰性で続きてきた日々も、意味がないことに気づいた──いや、元々気付いていた。

 隣に居てくれるももこの笑顔を、これ以上曇らせたくなくて、俺はやってきたんだ。

 

 

 潮時…なのかもしれない。

 惰性の関係はおさらばして、彼女を自由にしなくては。

 それが、俺ができる最善の行動だ。

 

 

 …決めたら、後は早かった。

 放課後、俺の家に勝手に居座るももこに、俺は唐突に話し始める。

 

 

「ももこ。もう、お節介は辞めろ。俺は学校も組織も…もう辞めるから。だから、俺に関わらなくていい。…面倒押し付けて悪かった」

 

「…はっ? い、いきなりなんだよ! 冗談は……やめ…ろよ」

 

「何年も幼馴染やってりゃ分かるだろ?」

 

「…分かんない」

 

「そうか。なら、分かれとは言わない。…合鍵、返せ」

 

 

 合鍵(それ)は、俺とももこの間にある信頼の証。

 切っても切れない縁を、形として表したもの。

 …俺は今、それを返せと言ったのだ。

 

 

 当然の事ながらももこは動揺したが、鍵は返さまいと一歩後ろに下がる。

 …無意識にバックの盾になった所を見ると、鍵は通学用のバックに入れてるらしい。

 

 

「なんで!! なんで、そんな事言うんだよ!?」

 

「俺と居ても時間の無駄だろ? 今は少しストックが溜まってるからいいけど、無くなったらどうする? 魔女狩りに俺は参加しないし、チームだって抜けて来たんだろ? …態々、俺の為に。俺に構ってたら、やりたい事、やらなきゃいけない事、全部全部…出来なくなっちまうぞ?」

 

「アタシは…アタシは、やりたくてやってるんだ! お前の為になりたくて! アタシは──」

 

「それが邪魔だって言ってんだよ! いい加減わかれよっ!! 迷惑なんだよ!!」

 

 

 怒鳴るように言った言葉を聞いても、ももこは悲しそうに俯くだけで、鍵を渡そうとはしない。

 意地でも渡さない、そんな意志の現れだろうか? 

 

 

 多分、この時、俺は最善の行動を取ろうと思って、最低な思考をたたき出した。

 酷い事をすれば、コイツはもうここには来ないと、勝手に思い込んだ。

 

 

 ゆっくり、ゆっくりと近付いて、ももこを床に押し倒した。

 

 

「ゆう…と?」

 

「お前が…悪いんだぞ」

 

 

 その言葉を最後に、俺は口を閉ざし。

 無言で彼女を襲った…無理矢理彼女の初めてを奪った。

 高校一年生とは思えない艶やかな肢体を貪るように、幼馴染であるももこを──犯す。

 

 

 痛かっただろうに、涙を流しながらも、彼女は最後まで微笑んで、行為を受け入れた。

 後悔しても遅くて、自分から関係を壊してしまったのが申し訳なくて、俺は逃げるようにももこを放置して自室に駆け込んだ。

 

 

 ……もう、終わり。

 今までの関係は破却され、もう元には戻れない。

 

 

 そう、思っていたのに、翌日の朝。

 彼女は──ももこは、いつも通りの笑みを浮かべて、ドアの前に立っていた。

 

 

 ──ももこ──

 

 アタシはきっと…最低な女だ。

 何故なら、メルが居なくなって、結翔に空いてしまった心の穴に、許可なく入り込もうとしている。

 

 

 これを最低と呼ばないでなんて言うんだ? 

 …最初は、本当に最初の内は、ただただ、結翔を支えたくて、結翔の為になりたくて、アイツの手を引っ張って来た。

 

 

 だけど、今は違う。

 違うんだ! 

 どんどん肥大化していく欲望が、アタシを飲み込んでいって……

 

 

 結翔に必要とされたくて、アタシはアイツの隣に居る。

 メルのことが好きだった事なんて、分かっている…分かっているけど……

 隣に居るのに、見て貰えないのが嫌なんだ! 

 

 

 彼がアタシを見ていないのなんて、すぐに分かって、そこからは必要とされる為に必死で頑張ってきた。

 

 

 校則に引っかからない程度だが、慣れない化粧をして少しでも気を引こうとした。

 弁当だって、彼に美味しいと思って貰えるように、試行錯誤を繰り返した。

 他の部分でも、彼に必要とされる為に、なんでもやってきた……なのに。

 

 

 なのに、彼はこう言ったのだ。

 

 

『それが邪魔だって言ってんだよ! いい加減わかれよっ!! 迷惑なんだよ!!』

 

 

 目の前が真っ暗になる感覚がして、結翔に押し倒された状況にも、全く着いていけず……そのまま、アタシは初めてを奪われた。

 痛かった…痛かったし悲しかった。

 

 

 だって、シてる途中の結翔はずっと苦しそうで、何かに怯えるようだったから。

 ……だけど、アタシは心の奥底では嬉しいって、そう思ったんだ。

 突き放す為の行為だったとしても、求められていることが、結翔に初めてをあげられたのが…嬉しかった。

 

 

 彼の苦しさを少しでも和らげるために笑った。

 昔から、結翔はアタシの笑顔が好きだったから。

 笑えば、少しは苦しさも和らぐんじゃないかと思って、笑った。

 

 

 行為が終わった後、結翔は逃げるように自室に戻って、アタシも…痛みを感じる身体を引きずりながらも、家に帰って風呂場で処理を済ませた。

 母さんには…バレてしまったかもしれないが、どうと言うことは無い。

 

 

 翌日、アタシはいつも通り、結翔の家に行き、玄関前で彼を待った。

 …結翔はアタシが来た事に、相当驚いていた。

 そりゃそうだ。

 普通、自分の初めてを強姦まがいの行為で奪われたら、そんな奴のいる家に行こうとは思わない。

 

 

 でも、アタシは違う。

 好きじゃない奴に、慰めで初めてを捧げたりしない。

 アタシは、十咎ももこは、そう言う(人間)だ。

 

 

 快晴の空の下、昨日と同じように、アタシは言った。

 

 

「おはよ。ほら、早く行くぞ!」

 

「えっ……あ……?」

 

 

 固まってしまった結翔だが、数分で我を取り戻し、アタシを家に引きずり込んだ。

 

 

「なんの…つもりだ?」

 

「迎えに来たんだよ。お前、先生にこれ以上の欠席は不味いって言われてんだろ?」

 

「違う! そうじゃねぇだろ! なんで…なんで! あんな事されたのに、また来てんだって聞いたんだ!!」

 

「…結翔はさ、アタシが慰めで自分の初めてを上げると思う?」

 

「…そ…れは……」

 

 

 視線を外そうと、顔を逸らす結翔の頬に手を添えて、動かせないように固定する。

 そしたら、その後は──言えなかった想いを伝えるだけ。

 何かを言わせる前に、邪魔な口を無理矢理塞ぎ、結翔に抱き着いた。

 

 

「アタシは…結翔の事が好き──大好き。…ずっと隣に居たいって、思ってる」

 

「俺は…! それを受け取る資格なんて……」

 

「資格なんて、どうでも良いよ。…アタシ、なんでもするよ? 結翔の隣に居られる為ならなんでも。…シたいなら、いつシても良いよ? それでも、ダメ?」

 

 

 淫魔の囁きのように、アタシは結翔の耳に口を近付けそう言った。

 思えば、あの日からアタシたちの関係は破綻していたんだ……

 壊れてしまった関係を、アタシはグチャグチャに掻き回すことで捻じ曲げて、狂った関係にまで押し上げる。

 

 

 泥沼の現実逃避だって分かっている。

 いずれ、前を向いて歩かなきゃ行けない日が来るのも知っている。

 だけど…だけど、今は、この爛れた日々で生きながらえなきゃ、アタシたちは本当に──壊れてしまう

 




 次回もお楽しみに!

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