TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… (ベリーナイスメル/靴下香)
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その男、女体へ飢えすぎにつき

 鳩が平和の象徴?

 いや、断固として俺は否と言うね。

 

 おっぱい。

 

 そう、おっぱいこそが平和の象徴なのだよ。

 

 鳩が揺れて幸せな気持ちになるか? ならないだろう?

 鳩がチラリズムに身を任せたってドキッとしないだろう?

 

 考えてみて想像してみてくれよ。

 

 おっぱいが揺れ描く歪な曲線。

 まさにそれは幸せの軌跡。

 チラリと服の合間から見える谷間なんぞ鼻血を止められない。

 熱く流れる血潮が一部に集まっていく事を実感してしまう。

 

 男なら。

 男なら、その様に遭遇し、実感してこそ世界の平和に思いを馳せてしまうってもんだ。

 

 実際あっただろう? 知ってるんだ俺は。

 おっぱい募金とかいう幸せ企画。

 

 ありゃ天才だよ。

 募金をして救われる命。

 募金をして得られる謎の満足感と陶酔感の嵩増し。

 

 そういう形ないもんをちゃんと手にできるんだ。

 真面目にその言葉、概要を聞いたときには目から鱗が落ちたよ。

 

 ……残念ながら生まれも育ちもど田舎の俺は出来なかったけどさ。

 

 いやさ愚痴じゃねぇけどさ!!

 そんな幸せイベントってやつは何で都会でやるんだよ!!

 

 こちとら! 駅まで三時間に一本しか出てないバスに乗り込みっ! 無人駅の改札くぐって二時間に一本しか停まらない電車に乗りっ! 何回乗り換えたらようやくマンションらしきものが見えると思ってんだっ!!

 

 電車が通ってることが奇跡だよ! むしろバスもだよ!!

 

 うん、落ち着こう。

 

 いや、いいんだ。

 実際にその機会を得ることが出来て失われる夢ってもんがあるはずだから。

 こうして想いを馳せているくらいが丁度いいんだろうさ。

 

 だけどさ、やっぱさ。

 

 住んでる所、ど田舎。

 一番近い年齢の異性なんて言えば二周りくらい離れていて、畑仕事に綺麗な汗かいてる肝っ玉系かーちゃんなお隣さん。

 

 ……性の目覚めではお世話になりました。

 

 それはさておき、同年代の女の子がいねぇんすよ。

 限界集落って知ってるか?

 もう見渡す限り人の良い爺ちゃん婆ちゃんばかりなんよ。

 すんげーお世話になってて感謝の気持ちに絶えないけどさ。

 今も謎の行事と言わんばかりによくわからん注連縄巻かれた岩を磨いてるけどさ。

 

 でもさ!

 

 お祭りで! 浴衣着た可愛い女の子のうなじを辿って見える二つのお山。

 ちょっと何処見てるのよ! なんて顔を赤くされながら言われたりさ。

 もう、えっちなんだから、あとでゆっくり、ね? なんて色っぽく言われたりさ。

 見たいの? もーしょうがないなぁ! はいっ! なんて無邪気にご開帳されたりさっ!!

 

 ご都合主義? 知らんがな!

 エロゲ脳? 二次元に求めるくらい許せ!

 

 そういう青春が! 送りたかったんだよ!!

 

 え? おっぱいおっぱい煩い?

 

 あぁいや、わかってる。

 よしよしわかってるさ。

 

 お尻もいいよな? うんうん、俺だって大好きさ。

 

 例えば食い込み。

 

 ありゃロマンだよ、そうだよそうに決まってる。

 ましてやその食い込みを直すシーンなんぞたまんねぇよな。

 

 太ももだって実に良い。

 

 ムチムチが重なってむっちり。

 最高じゃねぇか挟まれたい。

 

 わかる、理解している。

 

 要するに、だ。

 

 女体は素晴らしい。

 変態と言われようがキモイと言われようがこれだけは譲れねぇ真実。

 

 何度も言うが、俺のようにしわくちゃに囲まれて育った人間は余計に憧れるんだよ。

 ぼっち飯なんていいじゃん、周りには関わりなくてもいるんだろ? 男も女も。

 だけどさ、俺、学校とか行ってもさ。

 教師すらいねぇんだぞ? 教壇に立ってくれてたの爺ちゃん婆ちゃんだぞ?

 

 限界集落で限界だったんだよ、青年の迸るリビドーを胸に秘め続けるのはっ!

 

 つまるところ俺は。

 

「女の身体が見たいっ!!」

 

 

 

 とは言った。

 間違いなく言った。

 

 だけどさ。

 

「弥生ちゃん! 大丈夫っ!?」

 

「は、はぇ?」

 

 目を覚ましてみればすんごく心配そうな顔を俺に向けてくる女の人。

 

 女の人?

 

「良かった……身体におかしいところはないでござるか?」

 

 ござる?

 え? てか髪長っ!? 赤っ!? 女の、人……?

 

 いや、違う。

 

「けん、しん……?」

 

「おろ? 拙者、名乗った覚えはないでござるが……」

 

 左頬に十字傷。

 忘れようにも忘れられんでしょ、るろうに剣心の主人公。

 

 え? いや、はい?

 

「良いじゃない剣心、もしかしたら眠っている間に聞こえてたのかも知れないじゃない」

 

「そう、でござるな。なんとなくは感じていたでござるが、薫殿はやはりおおらかな御仁のようだ」

 

「何よ、別に良いじゃない」

 

「悪いとは言ってござらんよ」

 

 てことはこの人神谷薫……さん?

 目の前で夫婦漫才を繰り広げてるこの二人。

 

 あ、いや、確かにこの二人は結ばれるけど――

 

「づっ!?」

 

「! 大丈夫!?」

 

 いってぇ……頭、めっちゃズキズキする……なんだ、これ?

 風邪、でも引いてたっけか? 俺……。

 

「私、先生引き止めてくるっ!!」

 

「薫殿っ!? ……これは」

 

 バタバタと薫……さんらしき人が部屋から出ていった。

 いてぇ……いてぇよ、クッソ、まじ……。

 

「弥生、殿でござったか? お主は、何を探しているでござる?」

 

「探し、て……?」

 

 んだよ、別に何も探してなんか……。

 

「ここには……拙者の逆刃刀以外、刀はござらんよ」

 

「っ!?」

 

 思わず、顔が上がった。

 俺の意思じゃない、上げようとなんて思ってない。

 だけど確かに俺は目の前で目を真っ直ぐに見てくる剣心らしき……いや、剣心の顔を見て。

 

「なるほど。先の件、やはりあれは拙者を狙ったものでござったか」

 

「先の、件?」

 

「覚えて、ござらんか? あの抜刀斎を騙る大男とその手下。拙者が叩き伏せていく中感じた剣気……お主のものでござろう?」

 

 気づけば、頭痛は気にならなくなっていて。

 目が覚めていきなりわけわかんないことになってて、混乱しているはずなのに。

 何故か思考は冷えていて。

 

「……どうやら拙者は、ここに居てはいけないのかも知れないでござるな」

 

 そう言って立ち上がろうとする剣心。

 その目は近い内に話を必ず聞く。

 だから今はゆっくり休めと言っていて。

 

「駄目……です」

 

「……」

 

「出てっちゃ、駄目、です」

 

 剣心の着物の裾を無意識に握っていた。

 

 それは、何でだろう。

 

 なんとなく、この手を離したら剣心は薫さんの下からも離れると理解できた。

 それはいけない。

 この人は薫さんと幸せになる人で。

 ここから離れると、漫画で語られたように孤独と罪の意識で押しつぶされるように生涯を終える。

 

 そう思ったから。

 

「……ふぅ、やはり同じ場所で過ごす人とは似るものでござるな」

 

「……」

 

「薫殿と、よく似た目でござる」

 

 そう言って、漫画で見慣れた困った笑い顔で座り直してくれた。

 

「落ち着いたら、教えてほしいでござる。もしも拙者に……いや、拙者の過去に起因するものがあるのなら、尚更」

 

「あり、がとう……」

 

 再び頭痛が苛む。

 だけど妙な安心感があった。

 

 この人を、この場に留めることが出来た。

 

 何故かそんな確信。

 それに、酷く安堵した。

 

 横になってみれば硬い枕。

 いや、そもそも俺が枕と思っているもんじゃない。

 

 妙に高いし、頭を包む感触すらない。

 あぁ、そうか、明治時代にポリエステルなんぞありはしないか。

 

 明治時代。

 

 そうだ、るろうに剣心って言えば確か明治十一年。

 ざんぎり頭を叩いて見れば文明開化の音がする。

 そんな歌が歌われてから十一年。

 

 あぁ、変な実感の仕方をしてしまったな。

 

 ここは、間違いなく。

 俺の知ってる世界じゃねぇや。

 

 

 

「大丈夫? 弥生ちゃん」

 

「え、ええっと、はい。もう大丈夫です」

 

 心配ですって顔に書いてる薫さんの膝の上。

 

 くっそ柔らかいんですけど……これが、女の人……。

 

 とりあえず頭痛は収まった。

 と言うかあの後どうやら気を失ってたみたいで、その間に先生……ってーと小国玄斎って爺さんだっけか? 神谷活心流道場のかかりつけ医。

 多分その人が診察してくれたんだろう。

 

 聞く所によると特に外傷はでかいたんこぶ以外見られずとのことで。

 頭を打った衝撃がまだ残ってるんじゃないかとか。

 

 まぁ明治時代の医学がどれだけ進んでいるかなんて詳しくないけど、流石にMRI検査だCT検査だなんだがあるわけもないし、そう言った診断結果になるのかも知れない。

 

 んで、だ。

 

 どうしてこうなった?

 

「えっと……薫、さん……ですよね?」

 

「え? うん、そうだけど……どうしたの?」

 

 心配顔から不思議そうな顔へ、そして。

 

「も、もしかして忘れちゃった!? 打ちどころが悪かった!?」

 

「あばっ!? あばばばばば!?」

 

「か、薫殿っ!? 頭を打った人の頭を揺するのはやめるでござるっ!?」

 

 あー……世界ががっくんがっくんするぅ……。

 

 間違いねぇ、神谷薫だ。

 だから何でさっきから変な実感の仕方してんすか……おろろろろー……。

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

「だ、だいじょーぶ……れすぅ……」

 

 あっかんて。

 めっちゃ目回ってるって。

 

 ていうかさー……。

 

「ごめんね、ごめんね弥生ちゃん」

 

「は、はい、大丈夫、大丈夫ですから」

 

 うん、謝り続けられるのもあれなんだけどさ。

 それよりも。

 

 これ、誰の声だよ。弥生って誰だよ。

 俺はど田舎育ちの限界青年だぞ。

 

 こんな可愛い声何処から聞こえてんだよ。

 

「ふぅ……とりあえず大丈夫そうでござるな? 流石に婦女子の部屋に居続けるのも気が引けるでござる。薫殿、後はよろしく頼むでござるよ」

 

「うん……あ、改めてありがとうね剣心」

 

 そう言った薫さんに向けて柔らかく笑う剣心。

 そのまま部屋から出ていった。

 

 あーそっか、婦女子の部屋ってことはここ、薫さんの部屋か。

 申し訳ないことしたな、俺みたいなムサい男に寝具まで貸して。

 

「あ、じゃあ自分も……」

 

「え? 弥生ちゃん何処に行くの?」

 

 立ち上がってそう言えばそんな言葉。

 

 いや、何処に行くも何も……何処に行けば良いんだろ……。

 まぁ、雰囲気からして何かしら繋がりがあるっぽいし、一晩だけ泊めてもらえるようにお願いしようか。

 

 明日のことは明日考えよう、なんだか身体も変に……変に、軽すぎる?

 

「い、いや、流石に薫さんの部屋ですよね? ここ。も、申し訳ないんですけど何処か部屋貸してもらっても良いですか? 一晩だけ泊めてもらいたいのですけど」

 

「え? いや、ねぇ? 何、言ってるの? ここ、弥生ちゃんの部屋、よ?」

 

「はい?」

 

 弥生ちゃんの部屋? ヤヨイチャンノヘヤ?

 弥生ちゃんって誰? ヤヨイチャンッテダレ?

 

「ちょっと……本当に大丈夫? もしかして、本当に忘れちゃった……!?」

 

「え? あ、あの? いや、その?」

 

「た、大変っ! けんしーん!! いや違うわね、せんせーーーい!!」

 

「あっ!? 薫さんっ!?」

 

 い、いっちまった。

 

 ええ……? いや、ここが弥生ちゃんとやらの部屋って言われても……ん?

 

「……うそん」

 

 ふと視界に入った鏡。

 明治時代にこんだけ綺麗な鏡ってあるもんなんだなーなんて現実逃避もしたくなる。

 

「こいつ、誰だよ……」

 

 映った自分らしき存在に目を疑う。

 右手を挙げれば目の前の女の子が右手を挙げて。

 頬をつねってみれば同じく綺麗な顔を歪ませて。

 

「……はぁ?」

 

 何よりも。

 

 おっぱいがあった。

 

 浴衣っぽい服を押し上げる胸の膨らみ。

 恐る恐る触ってみれば柔らかい二つのお山はぽよぽよ形を変えて。

 

「うーん……」

 

 何度気を失えば良いんだ俺は。

 

 あぁでもこれだけは言える。

 

「女体にリビドー、こうじゃない」



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その男、美少女につき

 正直なところ。

 

 よくあるじゃん? 漫画でも、アニメでも異世界に転移しましたっ! なぁんて展開。

 んでそんなお話の中に出てくるやつは最初からして違うんだよ。

 

 とりあえずここが何処か把握しないとな。

 まずは人のいるところに行かないと。

 

 とかなんだ言ってすぐ動けるやつ。

 

 そりゃあ後で英雄だ勇者だなんて言われるよ、なんなら世界に注目されるよ。

 

 ちょっとどころか違うのかも知れねぇけど、事実は小説より奇なりな体験をした俺はただひたすらに動けないまま戸惑っていた。

 そう思えばそんな主人公たちが主人公足る理由の第一歩には到底及ばない。

 

 確かに知ってる世界だ、ここは。

 漫画で知ってるってだけだし、何なら舞台が明治時代ってことで日本が歩んだ歴史の軌跡ってやつの中。

 だったらそんな突拍子もない創作物の主人公を見習って何らかの行動を起こすべきなんだろう。

 

 だけど言わせて欲しい。

 

「……やわらけぇ」

 

 胸を触ればそれなりの膨らみ。

 限界集落生活で培った筋肉なんて何処へやら、ぷにぷにと柔らかい腕や太もも。

 

 現実逃避をするならば挟まれてぇなんて思っていたこと請け合いだろう。

 どうやっても自分の太ももに挟まれるなんてことはできないわけだが。

 

 要するに俺にとって自分の身体が女になったって事実は他の何を差し置いても重要過ぎる変化だった。

 

「何やってるの? 弥生ちゃん?」

 

「え? あ、その、ボディチェックを……」

 

「ぼでぃちぇっく?」

 

 自分のおっぱいから視線を上げてみれば見たことのない自分とその後ろで髪を結ってくれている薫さん。

 鏡にいる薫さんは不思議そうな顔をしながらも手を止めないまま、俺の長い髪を弄ってくれている。

 もう何度もやってくれているんだろう、熟練というかなれた手付きで。

 

 みるみるうちに和服黒髪サイドテール美少女が目の前で出来上がっていった。

 

「ありがとう、ございます」

 

「良いのよ、いつもやってることだし私も楽しいから……って、うーんやっぱりなんだか落ち着かないね」

 

 そう言われても苦笑いしか浮かべることができない。

 

 神谷活心流道場、その奉公人。

 それが俺こと、巫丞弥生(ふじょうやよい)

 

 事前に、というか小国先生から色々聞いていてよかったと改めて思う。

 頭を打ったことによる記憶の混乱。

 そんな診断で落ち着いたからこそ訝しまれることなく自然に色々聞くことが出来た。

 

 聞けば薫さんのお父さんが存命だった頃から神谷活心流道場でお世話になっていたらしく、俺と薫さんは姉妹同然に育ったとかなんとか。

 きっとそう言われるくらいには仲睦まじい二人だったんだろう、だから俺の変化に薫さんは戸惑ってる。

 そりゃそうだ、ガワは巫丞弥生でも中身は全然違う、それも男なんだから。

 

 こんなに近くで年頃の女の人と接したことは無いし、会話することだってそうだ。

 ぶっちゃけ、きょどるのを必死で堪えてるってわかって欲しい。

 

「うん、出来たっ!」

 

「あ、はい」

 

 我ながら完璧ってな具合でウンウン頷く薫さん。

 やっぱり苦笑いを浮かべながら鏡を見直すと。

 

「こ、これが……俺……」

 

 やだ、何この美少女。嫁にしたい。

 

 ……いやいやいや。まぁ落ち着こうか。

 

 思わず自分(・・)の姿に惚れそうになってる場合じゃないというか落ち着け。

 

「もう、弥生ちゃん? そんな風に自分を呼んじゃダメよ? 女の子なんだから」

 

「あ、う……はい」

 

 女の子、女の子、女の子……うごご。

 

 そうやって誰かに言われるととても辛い。

 急に身体がそうなったとしてもやっぱり俺は男なのだ、いや男の身体を持っていたのだ、それを急に変えられるわけもない。

 

 とは言え流石に自分の呼び方くらいは意識して変えるべきだろう。

 

「私、私、私……」

 

「うんうん! さ、それじゃ朝ごはん食べに行きましょ!」

 

 そうだよな。

 まぁここで俺は男なんだなんて喚いてもきっと何にもならないわけで。

 とりあえず元の身体なんし場所に戻るのは後で考えよう、まずは腹ごしらえだ。

 

 ……ん?

 

「あ、あの、薫さん? 朝ごはんの準備は……」

 

「私がやったわよ? いつも弥生ちゃんに任せっぱなしだったからね! ちょっと張り切っちゃった!!」

 

 ……あー。

 

 メシマズショックで元の世界に帰れたりしないかな? ワンチャンねーですか? ねーっすか、そうですか……。

 

 

 

 ――こ、今度からは拙者も手伝うでござるよ。

 

 剣心と二人で味噌汁プシャーするのを堪えながらの朝食が終われば冷や汗をかきながら剣心はそんなことを言った。

 悔しげというかなんと言うかな薫さんだったけどまぁ仕方ない、早く自分で身支度を整えられるようになって食事作りに励もう。

 

 料理? 出来るよ? 限界集落人舐めんな、おふくろの味はまかせろー。

 

 ともあれ俺に加えてもう一人緋村剣心という居候が住むことになった神谷活心流道場。

 何故か剣心が洗濯物を干しながら、門下生が入ってこないと苛立つ薫さんを宥めている。

 

 比留間伍兵衛と喜兵衛。

 あの二人によって嵌められたうちではあるが、剣心が言うようにこの明治という時代では一度離れれば中々新しく門下生が入らない。

 

 刀の時代は終わり、近代国家を目指し国は火器、兵器を求めた。

 

 黒船来航によって齎されたものの一つにそれがある。

 

 結局剣心のように超人的な剣術を修めている人間はまだしも、銃に刀は勝てないのだ。

 ガトリングガンに刀を持ってどう挑めば良いのかという話。

 故に兵器の扱いだったり、軍艦の操舵技術であったり。

 戦い、戦争という面から見ればそういうものが時代に求められた結果でもあるんだろう。

 

 男の子の浪漫から思えば少し切ないとも思うけど、やっぱり現代人な俺は何処か冷めてるというか。

 仕方ないよな、なんて思う部分もあった。

 

 ――と、に、か、く! 買い物に行くわよっ!

 

 ――おろ?

 

 曰く、居候が一人増えた分の食材を用意しなければならないとのこと。

 俺としてはようやくというべきか、外がどうなっているのかなんてことを考えていたところでもあったので一緒について来たわけだ。

 

「馬上から失礼。警察署に行くにはこの道でよろしいのかね?」

 

「うわっ!? あ、えと……」

 

 うわー馬車なんて始めて見たよ……って、誰だっけかこの人……。

 ていうか警察署の場所なんてわかんねーです、助けて薫さん。

 

「あ、すいません。ええと、警察署でしたら――」

 

 やっぱ明治なんだなって。

 道に車といえば馬車なんだなって。

 人力車とかはもうあるんだろうか、それともまだ籠をえっほえっほと担いでいるんだろうか。

 

 じゃなくて、思い出した。

 山県有朋。

 国軍の父なんて呼ばれたりしてたって歴史好き爺ちゃんが言ってたっけ。

 

「ありがとう」

 

「いえ、お気をつけて」

 

 馬車が去っていくのを見送って。

 思わぬビッグネームに出会ったななんてぼーっと思ったりして。

 

「――なんだか騒がしいわね」

 

「え?」

 

 薫さんの怪訝な声色によって意識が戻って騒ぎに気づいてみれば。

 

「捕物だってよ。廃刀令違反者を警官が追ってるんだとよ」

 

「へ?」

 

 あ、大根が落ちた。

 

 じゃなく。

 それってもしかしなくても。

 

「薫さん!」

 

「うんっ! 行くわよっ! 弥生ちゃん!」

 

「はいっ!」

 

 剣心のことだよなぁ。

 

 ってか待って。

 山県有朋と出会って、捕物騒ぎって……もしかして。

 

「剣心っ!!」

 

「――!? 薫殿来るなっ!」

 

 剣客警官隊。

 その言葉を思い出したのと薫さんのリボンが斬られて地面へと舞ったのは同時。

 

「次は着物を斬り刻んで辱める……もう一度言う、抜刀したらどうだ?」

 

「お前は、本当に警官でござるか?」

 

 あぁ、そうだしっかり思い出した。

 剣心の言葉を受けてにやにや語っているヤツの言う通り、合法的に帯剣を許可された警官隊。

 ……いや、アイツの言葉を借りれば、合法的に人を斬れる、か。

 

「ふざけんなっ! 横暴だっ!」

 

 取り巻いていた人たちが言うけど……って、待て待て、これって漫画そのまんまなんじゃ……?

 

「フン、この俺に罵声を浴びせるとはいい度胸だ……官吏抗拒罪(かんりこうきょざい)適用――一人残らずしょっぴけ、抜剣許可っ!!」

 

 あーうん。

 だよな、こうなるよな、そうなってたし。

 てことはこのあとあれか、剣心が抜刀して……。

 

「きええええ!!」

 

「――弥生ちゃん!!」

 

「――は?」

 

 何で俺は今、斬りかかられている?

 違うだろ? ここは剣心が抜刀して、それで騒ぎが収まって。

 誰一人として斬られないはずだ、怪我人は出ないはずだ。

 

 知ってる、知ってるんだ。

 

 だって、そうだっていうのに。

 

「弥生殿っ!!」

 

「いやああああ!?」

 

 目の前に、白刃が迫る。

 酷く、ゆっくり近づいてくる。

 

 このままだと、死ぬ。

 間違いなく、あっけなく、その刃が俺を切り裂く。

 

 だって言うのに剣心はまだ抜刀していなくて。

 到底間に合わないだろう位置に居て。

 

 だから。

 

「!?」

 

「……」

 

 避けた(・・・)

 容易く、呆気なく、完璧に。

 

 命を裂くはずの凶刃は空を裂いた。

 

 よほど手応えがあったんだろう、驚いた目を空振った刀の先から俺へとゆっくり移そうとして。

 その様をどうしようとしたのか俺の右手が腰の辺りで何かを掴もうとして空振った。

 

「……え?」

 

「相手なら拙者がいたす。地べたを舐めたいものはかかってこい」

 

 空振った感覚で我に返り、剣心の声が耳に届いてきた。

 

 ――俺は、今……?

 

 自分の感覚に何故か恐怖を覚え、剣心が警官隊を斬り伏せていく光景。それを薫さんに抱きしめられながら見ていた。

 

 

 

「弥生ちゃん、大丈夫?」

 

「え、ええ……はい。大丈夫、です」

 

「怪我が無くて本当に良かったでござる」

 

 未だに心配そうな顔を向けてくる薫さんと剣心。

 まだ少しぼーっとするけど、特に何処を怪我しただ何だは無くてすこぶる快調。

 

 そんな俺を見て一区切り安心できたのかほっと一息しながら家路ののんびりと歩く。

 

 薫さんはきっと剣心が流浪人になった理由をほんの少し理解できて、剣心はリボンの代償に家事へと勤しむことを促されて。

 

 傍から見れば、この二人は早くもきっといわゆるいい雰囲気を纏い始めてるんだろうやがて結ばれるに向けて。

 

 手を、見る。

 

 あの剣を避けた後、俺は何をつかもうとしていたんだろう。

 もし、空振らず何かを掴んでいたのなら。

 俺は何をしようとしていたんだろう。

 

 避けたって実感はない。

 あの時覚えていることは、驚きの目を向けようとしてくる警官の首。

 それを凝視していたって実感。

 

 容易く、呆気なく、完璧に避けた先で俺は何をしていたのだろうか。

 

 少し、怖い。

 

 改めて俺は何でも無い一般人で。

 限界集落で女の人って存在に飢えてリビドーを持て余しまくってた男、そのはずだ。

 

 それが今、何をどうしてか明治時代。それもるろうに剣心って漫画で描かれた明治時代に居る。

 

 特別な何かを持っているなんて思ったことは無い。

 特別な力が眠っているなんて中学生の頃にあった黒歴史。

 

 言って良いのか悪いのか。

 何処にでも居る男。

 そんな俺は誰もが経験できないようなことを経験している真っ最中。

 

「わけ、わかんね……」

 

 思わず呟く。

 

 ――この世に意味のないことは無い。

 

 酔っ払った近所の爺ちゃんが事ある度に言ってた言葉。

 それがまさしくそうだってんなら、俺がここにいることにも意味があるはずだ。

 

 だけど、それは一体何なのか。

 

 女の身体を持って、架空の世界、架空だと思っていた世界にやってきて。

 

 俺は今、生きている。

 

 意味。

 

 それを探すべきなのか、それともモブとしてこの世界に骨を埋めるのか、はたまた次に目覚めた時はまだ見慣れているだろう天井が見られるのか。

 

 わからない。

 わからないけど、まぁ。

 

「なるようになれ、か」

 

 同じ爺ちゃんが言った言葉。

 意味があって世界は動く、ならまずはその意味に身を委ねよう。

 

「弥生ちゃん?」

 

「弥生殿?」

 

 優しい目が向けられる。

 

 そう、そうだ。

 なら、まずは生きよう。

 

 少なくとも、俺にとって辛い世界じゃないのだから。

 

 



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その男、剣客もどきにつき

 さて、いい加減自分で身支度が出来るようになった俺。

 髪を結ってくれていた薫さんは何やら寂しそうではあったものの喜んでくれたり。

 

 ていうか、だ。

 

 いちいち距離が近くて女の人の香りがヤバイ。

 

 そうなのだ。

 剣術小町だなんだ言われてる薫さんは美人なのだ。

 性格はまぁ男勝りであってちょっとアレかも知れないけどそうなのだ。

 そして女耐性ゼロの俺はとってもドギマギしてしまうのだ。

 

 ……いやさ、当たり前かもだけど初めて知ったよ女の人の匂いってやばいのよ。

 漫画とかでさーそういう描写あるじゃん? 想像力貧困もええところの俺は香水か何かなのかな? 

 なんて思ってたけどさ、そうじゃないんだよ。

 

 女の人はいい匂いがする。

 

 これは心のノートにしっかりと記載しておかねばなるまい。

 正直初めて女の身体で良かったなんて思う、ありえないけど男だったらもう大変なことになってる、下半身的な意味で。

 

 とはいえ。

 

「よし」

 

 鏡に映る自分の姿は道着。

 サラシもしっかり巻いたしクーパー筋もきっと負担は無い。

 それにこうしてみれば道着姿もクるものがあるわけで。

 

 ……ん?

 

「じゃねぇえええええ! よし! じゃねええええええええ!!」

 

 男!! 俺は男なんすよ!!

 なんで着付けというかこんなに手際良くなったの!?

 

 道着だけじゃないよ! 日中着の着物もそうだよ!

 このままじゃ着付け屋できちゃうよ!!

 

 ゴロゴロと畳の上で悶てしまう。

 

 何処に着付けが上手い男がいるんだよ、いやいるのかも知んないけどさ!

 少なくとも俺の頭には居ないよ!

 

 いやだ……このまま女装趣味が目覚めたらどうしよう。

 なまじっか弥生は可愛いから困るんだ、そうだこいつが悪い。

 

 改めて鏡を見てみれば若干憔悴しているけど、可愛い顔。

 一五歳らしいこの少女は年齢に見合わずちょっと色っぽい。

 ぷっくらとしてる唇にしても、右の目尻にある泣きぼくろにしても。

 ちょっと肩をはだけてみれば耐性ゼロの俺には素晴らしいおかずになること間違いなし。

 

 おっぱい信者を自称してやまない俺であっても百点満点を出したいこのサラシの下にある物体。

 そうだよ、一五歳にしてはおっきいんスよこのお胸様。

 明治時代において女性は一五歳から結婚できるが適齢期は一八歳、ようするに薫さんは適齢期真っ只中。

 これが自分じゃなければきっと結婚を前提にお付き合いを申し込んでいただろう弥生ちゃん。

 

 ふと気づいた。

 

「これ俺だあああ!! なんで自分に結婚申し込むとか考えてんのおおおおおお!!!」

 

 ゴロゴロリターンズ。

 

「……何やってるの? 弥生ちゃん……」

 

「はうあ!? か、薫さん?」

 

 ジト目で見られてドキドキしちゃう。

 えへへとごまかすように笑ってみれば額に手をあてて呆れてる薫さんだけど。

 

「もう、もうすぐ始めるから早くおいでね?」

 

「は、はぁい」

 

 切り替えよう。

 ため息とともに道場だろう向かった薫さんの後を深呼吸してから追いかける。

 

 そう、道場。

 

 道着を来ていたのは別にコスプレショーをしたかったわけではない。

 今から受ける神谷活心流の稽古、そのためだ。

 

 なんでも比留間兄弟の件、つまり偽抜刀斎騒動が始まる頃に弥生から打診していたらしい。

 この騒動が終わったら稽古をつけて欲しい、と。

 

 で、まぁ俺がこんなだから今日まで延びていたわけだ。

 

 当然だけど寝耳に水ではあった。

 

 ――稽古の件、どうする?

 

 なんて、さっき朝食の場で言われた時はびっくりしたもんだ。

 それでも薫さんはウキウキしてるのは頑張って抑えようとしているのがわかるくらいには俺と稽古をしたかったらしく。

 そんな薫さんの希望を叶えたいって思いもあってお願いしますと口にしたんだ。

 

「神谷活心流、か」

 

 そんな建前はあるけど、俺自身も楽しみだった。

 竹刀なんて握ったことないけど、限界集落故に誰かと一緒に部活動に励むなんてことも無かったし。

 何よりここはるろうに剣心の世界。

 

「やっぱ、刀を持ってこそ、だよな」

 

 剣客として名を馳せたいなんて大それた考えはないけど、そんな世界にあった自分ではいたいもんだから。

 

 

 

「ど、どうですか!?」

 

 竹刀の持ち方、足の運び方。

 なんやかんやと手取り足取りにいちいち反応する男心へ安心しながら教えてもらった後。

 めーんめーんと叫びながら竹刀を何回振っただろうかいい加減疲れてきたってのもあり、薫さんを見てみれば。

 

「……私、弥生ちゃんに初めて教えるわよね?」

 

「え? そ、それはもちろんそうですけど……」

 

 なんてすごく難しそう? 複雑な顔をしながら言われてしまった。

 さっきまで道場の外で洗濯しながらチラチラと様子を窺ってたらしい剣心もいつの間にか道場の中にいて。

 

「まぁ、いいわ。そうね、少し休憩したら一度私と打ち合ってみましょ」

 

「えぇっ!?」

 

 打ち合いって……!

 いやいや、絶対ムリっすよ!? 俺、初心者。ユー師範代。

 

「安心するでござるよ、薫殿も師範代。それをする必要があると判断したのでござろう」

 

「で、でも……」

 

 必要って言われても。

 

「拙者の目から見ても……そうでござるな、わからない。というのが正しいでござろうか……弥生殿の剣には、そういった不思議を感じるでござる」

 

「不思議、ですか?」

 

 何が不思議なんだろうか。

 も、もしかしてものっすごい才能が眠ってるとか!?

 

「左様。確かに初めて竹刀を握った者らしい(・・・)動きでござるが……それに違和感を覚えるのでござるよ」

 

「違和感……」

 

 どういうことだろう?

 紛れもなく俺はドが付くほどの初心者なのは間違いない。

 それでもその様に違和感を覚えるってのはちと意味がわからない。

 

 要するに、周りから見れば初心者の振りをしているように見える、ってことだよな?

 

 ……いや、マジで初心者なんですけど。

 

「まぁとにかくやってみるでござる。それで薫殿もわかることがあるであろう……拙者としても」

 

「はい?」

 

「なんでもないでござるよ。さ、薫殿」

 

「うん。……さ、それじゃあやりましょう! 剣心、合図お願いできる?」

 

 心得たと笑って俺と薫さんの間に立つ剣心。

 未だに困惑してる俺を他所にすっと右手をあげて――

 

「――はじめっ!」

 

「めえええええん!!」

 

「いいっ!?」

 

 手が下ろされたと同時に薫さんが突っ込んできた!?

 いやいや手加減とかねぇっすよこの人! 大人げない師範代っすよ!?

 

 ――それに、しても。

 

 綺麗な剣閃。

 純粋に、剣へと打ち込んできたなんて、素人でもわかるくらいに。

 床を蹴ってまっすぐ。

 動いているのに重心はブレず、きっと正しく竹刀を振るために。

 

 そんな、薫さんの竹刀が、ゆっくりと俺の眼前に。

 

 危ない。

 素人の俺は、この剣に対して為す術がない。

 それがわかる。

 

 もしも。

 

 もしもこれが、真剣だったのなら。

 

「――っ!」

 

「な!?」

 

 簡単に刈り取られるだろう命。

 神谷活心流は人を活かす剣、故に命を奪うことはない。

 だけどそれでも。

 

 脅威(・・)

 それに変わりはない。

 

 だから避けた。

 

 見切ったわけではない、避けようと思って避けたわけじゃない。

 いわば反射。思考が避けろと言う前に行動を実行した。

 

 そして。

 あの時空振った手には既に得物が握られていて。

 

「くっ!! ってええええ!!」

 

「!?」

 

 動こうとした瞬間、薫さんの竹刀が俺の手首を捉えた。

 

 ……痛い。

 

「一本、でござるな」

 

「……え、あ?」

 

「……ありがとうございました」

 

 ……えっと?

 

「あ、ありがとうございました」

 

 礼に始まって礼に終わる。

 それくらい知ってるよ、うん。

 

 で?

 

「お……わ、私は、一体何を?」

 

「……なるほど」

 

「うん、そうね。私にもわかったわ」

 

 わかった?

 えぇっと? 一体何がわかったんでしょうか?

 あのあの、二人でウンウン頷いてないで?

 

「弥生ちゃん」

 

「は、はい!」

 

 なんかよくわかんないけどすごく真剣な顔をした薫さんは。

 

「明日から、がんばりましょう」

 

「……? は、はい」

 

 そんなことを言ってきた。

 

 

 

 さて、そんな稽古が終わってみれば騒がしい表。

 なんとなく思ったのは町で剣心に起こった騒動から入門希望者がぞろぞろイベントかなって予想は的中して。

 

 ――悪いけどお引取り願うでござるよ

 

 って剣心の一言で散り散りになっていった。

 

 薫さん涙目。そして怒りの剣心虐待。

 

 そんな光景を尻目に思ったことはいくつかあって。

 やっぱり強さに憧れる日本男児はまだまだいるんだって実感と、どうやら正しく漫画通りにコトが進んでるってことだ。

 

 もしもまさしくそうならば。

 出かけていった二人はこれからスリに逢うだろう。

 

 明神弥彦という名前のスリに。

 

 そしてまぁなんやかんやあってボコボコにされた弥彦がここに来るわけだ。

 

 留守番して、帰ってくる二人のためにわざと一人分多くの料理を仕込む。

 無駄になったのならまぁ俺が食えばいいだろう、この細い身体に入り切るかは不安だけど。

 

 つまるところ。

 きっとこの世界は剣心が過去を乗り越えて薫さんと結ばれるエンディングに向かってるんだろう。

 弥彦がここに来ればきっとその証明になる。

 

 だからこそ意味がわからない。

 

 意味。

 

 ここに存在する、意味。

 俺が居なきゃ剣心が過去を乗り越えられないわけじゃないだろう、それこそ俺が神谷薫としてこの世界にいるとかなら別だけど。

 正直なところ、それを邪魔したいとかそんな気持ちは欠片もない。

 

「なら、このままなんちゃって明治をエンジョイ――っつぅ!」

 

 なんて考えたのと同時に頭痛がやってきた。

 

 いてぇ……なんなんだ、この頭痛は。

 もう剣心を見て心が粟立つことはない、だけども何かに囃し立てられる。

 

 剣心の逆刃刀を見る度に、剣心がその刀を振る度に。

 

 ――、――と囁かれる。

 

 それは一体誰にだろうか。

 頭痛に耐えながら想うのは自分となった巫丞弥生。

 未だ慣れない自分自身。

 

 きっと、こいつは何かを求めている。

 それだけが何故か分かる。

 

「分かってる……分かったから、いてぇんだって……!」

 

 自分に言い聞かせるように言ってみれば引いていく頭痛。

 

 大きく、深呼吸をする。

 巫丞弥生は、一体何を俺に求めているのだろうか。

 もしかしたら、その求めこそがここにいる意味なのだろうか。

 

 わからない。

 わからない、けど。

 

「ただいま、弥生ちゃん」

 

「おかえりなさい、薫さん」

 

「ちょっと(くるま)を呼ぶから、ご飯待ってもらっていい?」

 

「はい、わかりました」

 

 あぁ、とすればやっぱりか。

 明神弥彦はここにやってくる。

 そして剣心の勧めで神谷活心流の門下生となるだろう。

 

「早くも姉弟子になる、か」

 

 出来ることなんてわからない。

 だったらわかるまではエンジョイしよう。

 

 折角可愛い……いや、生意気な弟弟子が出来るんだ、それくらいはいいだろう?

 

 ……ん?

 

「なんですんなり姉弟子とか思ってんだ俺は……」

 

 無性に肩が重くなったけど、まぁとりあえず。

 

「メシ、作ろ……」

 

 ――このブスからっ!?

 ――この子を門弟にっ!?

 

 そんな声を聞きながら、慣れてしまった割烹着を着込んだ。

 



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その男、姉弟子につき

 明神弥彦。

 一口で言ってしまうのであればプライドが服を着て歩いているような少年。

 いやまぁ、漫画で初登場の時に思った感想そのまんまだけど。

 

 そんな少年との邂逅はなんと言うかなものだった。

 

 ――お、おう……えぇっと、東京府士族、明神弥彦だ。よ、よろしく。

 

 はじめましてと言った俺に弥彦はちょっと言葉を詰まらせながら返事をした。

 そしてそんな様子を見てピーンと男の直感がささやく。

 

 あ、こいつ俺のこと絶対可愛い、あるいは美人と思っただろう。なんて。

 

 いや、自惚れじゃないけど弥生は可愛い。

 正直なところ俺が俺であれば絶対に見惚れてた。

 見惚れるより先に動揺したり混乱したのは間違いなく弥生が俺だからだろう。

 

 ……勘違いだったら相当恥ずかしすぎるけど……認めたくない……。

 

 ともあれ、だ。

 

 流石にるろうに剣心の未来を知ってる俺は慌てたわけだ。

 弥彦の嫁は燕ちゃんなんです、異論は認めません。

 

 だから俺に惚れられたら困るわけで。

 よくわからないままに未来を俺なんかが変えてしまってはいけないのだ。

 るろうに剣心のエンディングは決まっていて、それは変えてはいけないもの。

 そんな認識があったから。

 

 どうしたものかと考えそうになったとき。

 

 ――あなたの兄弟子……いえ、姉弟子なんだからしゃっきりしなさい。

 

 なんて薫さんの援護射撃? があった。

 

 すると効果覿面と言うべきか。

 

 ――んなっ!? こ、こいつがぁ!?

 

 と、見る目を変えてきた。

 

 弥彦の目は言っていた。

 こんな女が自分より先に剣術を? 姉弟子? ありえねぇ。

 なんて。

 

 思えば薫さんに対してキツくというか生意気にあたってしまうのも同じ理由だろう。

 

 女に教わるなんて。

 

 そんな考え方。

 同様に自分の歩むだろう道の先に俺がいるということを上手く処理できなかったんだ。

 それだけではないかも知れないが、一つの要因であることに間違いないと思う。

 

 それを弥生ならどう思っただろう?

 確かめるすべはないけど、俺は理解を示した。男だからな。

 

 俺がいた現代日本では女性の社会進出だ活躍の場だと常に話題が昇っていたが、ここは明治時代。

 るろうに剣心の明治時代はどうかわからないけど、少なくとも学んだ歴史上の明治時代において女性が社会的にであったり強い(・・)わけがないという認識が一般的なはずだ。

 言い方を変えるなら男は女を守るもの、平たく言えば男は女の庇護者とでも言うべきか。

 故に生意気な態度をとってしまう弥彦の気持ちは、男としても知識としても理解できる。

 

 明らかに変わった弥生への視線。

 好都合だと思った。

 実際俺に対しての好感度は低いほうが良い。

 燕ちゃんと結ばれろって思いももちろん、弥彦が嫌とかそんなことじゃなくて俺が男と結ばれるなんて想像もしたくないのですよ。

 

 だから言ったんだ。

 

「よろしくおねがいしますね? 弥彦……ちゃん?」

 

 

 

「めんっ! めんっ!」

 

 さて、女性らしい話し方とはなんだろうか。

 腕を振り続けながら考えたのはそんな事で答えは敬語。

 

 とりあえず、ですます口調でいけばいいんじゃね? って答え。

 

 いやまぁまて安直かも知れないけどさ、俺ってば同年代の女の人とロクにしゃべったことねぇじゃん? だからわかんないのさ、女性らしいってやつが。

 男女共通した喋り方で差がそこまでないものって言ったら敬語なわけよ敬語。

 

 これならボロが出にくいし、何より偶然ではあるが元々こういう喋り方だったらしい弥生ちゃんてば。

 だから意識して敬語、ですます口調をしだした時薫さんは喜んだ。

 ちょっと回復してきたのね、なんて。

 自分のことかのように喜ぶ薫さんに少し胸を痛める気持ちはあるけど、路線はこれでいいんだって思うことにした。

 

「……集中、できてないでござるな」

 

「……あ、あはは。わかっちゃいますか?」

 

 素振りしている近くに座っていた剣心が苦笑いを浮かべながらそんなことを言ってきた。

 

 まぁそれも仕方ないんですよ。

 

「るっせぇ! こうかよブス!!」

 

「ブスって言うな!! シメるわよっ!!」

 

 背後でのやり取りがもう苛烈過ぎて仕方ない。

 要するにそんな喧騒からの逃避なのだ、自分の口調を考えだしたのは。

 

 集中力が切れていることを自他共に認めた俺は一度竹刀を下ろす。

 

 なんとなくというかなし崩し的に竹刀を振るう事になった俺だけども、元々身体を動かすのは嫌いじゃないしむしろ好きなもんで。

 道場で汗を流しながら、この家の家事に勤しむ。

 そんな生活も悪くないかななんて思う。

 

 ただ、気になることがあるとすれば。

 

「剣心さん」

 

「何でござるか?」

 

「あの時……薫さんと打ち合った時、私の何が分かったのでしょう?」

 

 ジクジクとうずく弥生の心。

 剣心が近くにいればいるほど、何かの衝動が生まれそうになる。

 流石にそんなことを聞いても困らせるのは分かっているから、口からは違うことを。

 

「そうでござるな……薫殿が言っていない事を拙者が言うのも気が引けるでござるよ」

 

「そう、ですか」

 

 多分、剣心も気づいている。

 自覚している、この人の前では視線が泳ぐ、未だに手は何かを探そうとする。

 だからこんなことが聞きたいわけじゃないなんてきっと分かってる。

 

 それは優しさなんだろうか?

 

 多分、違う。

 この時の剣心はまだここを帰るべき場所と定めていない。

 仮宿。

 いずれ去る場所だと思っているはずだ。自分にはその資格が無いと思っているから。

 深入りしてはならない、そう心に決めているはずだ。

 情を移さないようにラインを定めている状態だろう。

 

「なら、えと……まだ始めて少しですけど、どうですか? 私の剣」

 

「おろ? ……そう、でござるな」

 

 少し意地悪したくなったのは多分この焦れる心のせい。

 聞いてもきっと深入りを避けようとする剣心に言えとまっすぐ見つめて訴える。

 適当ではないだろうけど、流そうとした剣心は困ったように視線を返して口を開いてくれた。

 

「……まるで、男児のように剣を振るのでござるな」

 

「んえっ!?」

 

 意地悪をやり返されたわけじゃないのに驚いた。

 

「伏せた事にも繋がる故あまり言えないでござるが……弥生殿は力で剣を振っているでござる。あまり例がないから確かではござらんが……薫殿然り、女人は力を遠心力や自身の力以外で補う剣を振るっているでござる。それが、弥生殿にはござらん」

 

 思わず真顔で聞き入ってしまった。

 そう言われて思い返してみれば、神谷活心流奥義の刃止め、刃渡り。

 これも言ってしまえばカウンターで、相手の力を利用する。つまり自分以外の力を自分のものにするものだ。

 薫さんが戦った……十本刀のあのオカマ。

 あいつに繰り出した膝挫(ひざひしぎ)もそうだ、相手の突進力と自分の突進力を重さの掛かった膝にぶつけることで破壊力を増した技。

 

 だから女性である薫さんも、子供で筋力が未成熟の弥彦だって戦えた。

 

「それが悪いこととは言わないでござる。ただ、神谷活心流を女性として修めるのであれば……そういったものは意識すべきでござろうな」

 

「なる、ほど……」

 

 やっべ、流石超一流の剣客さん? 頷く以外のことが出来ねぇ。

 

 多分、これは神谷活心流に限ってのことじゃないだろう。

 言われた視点で考えてみれば、飛天御剣流だってそうだ、動の中に刀を振るって動がある。

 

 確かに剣心の師匠、比古清十郎のような体躯に恵まれているなら静から動に移るだけでも十分な力を発揮するだろう。

 そこに飛天御剣流を重ねれば……うん、ぱねぇ。

 

 女性としての動き、か。

 

 ……無理だろ常識的に考えて。

 

「不思議なのは――」

 

「はい? 不思議、ですか?」

 

「いや……何でも無いでござるよ」

 

 そう言って、にっと笑った。

 

 

 

 そんなわけで稽古終了。

 剣心が相変わらずそんなにいるの? っていう量の買い物を押し付けられて、俺は廊下を雑巾もって走って。

 そんな中、表が騒がしい。

 

 ドッタンバッタン大騒ぎと共に道場の扉だろうバタンと勢いよく閉まる音が聞こえて。

 

「あー……菱卍愚連隊、だったっけ?」

 

 そうそう、元門下生のヤツが酒飲んで酔っ払って喧嘩売っちゃいけねぇ相手に喧嘩売ってうちに逃げ込んできたやつな。

 まぁそんなお馬鹿さんはどうでもいいけど、弥彦が門下生になるって言うことになった出来事だ。

 

 確か薫さんの強さが垣間見れたんだっけ?

 弥彦にとったらちょっとだけ素直になれるようになったきっかけというか、薫さんが少なくとも教えを請う相手だと認めるに足る剣客だと認識できたって事。

 

 結局といえばアレだけど、剣心が木砲の砲弾逆刃刀で真っ二つにして脅して終了だし……掃除の続きするか。

 

 と、思ってたんだけど。

 

「ボロ道場ごとぶっ飛ばすぞぉ!!」

 

 でっかい何かが壊れる音が響いた瞬間。

 頭の中にあった何かがキレた。

 

「だ、誰が掃除してんだと……!」

 

 違うそうじゃない。

 なんて空耳が聞こえた気がするけどキレたってところは一緒だから無問題。

 俺も弥生も(・・・・・)キレてた。

 

 走って道場に家側から駆け込んで見れば集まる視線も気にならず、竹刀に一直線。

 

「こんのドグサレさん!!」

 

「ひいっ!?」

 

 とりあえず誰だっけこのモブ。

 佐藤くんだっけ? 忘れたけど竹刀で叩いとく。

 

「てめぇもですこの野郎! 誰がいつも掃除して誰がこのあと掃除すると思ってんですかっ!!」

 

 もう一人にもビシビシ。

 

 シリアス?

 知りません。薫さんのいいとこ奪っちゃうとか全然知りません。

 

「んでてめぇらですよっ! わざわざ木砲とはいい度胸です! やってみやがれこのやろうです!!」

 

「んなっ!? なんだてめぇっ!?」

 

「ここはっ! 私の大事な場所ですっ!! それを無粋なもんでぶち壊し!! てめぇらも同じにしてやりますっ!!」

 

 もう何言ってるか自分でもわかんねぇ。

 ただ竹刀をぐっと握った感触だけがはっきりしていて。

 同じように床をぐっと踏み切ろうとしたとき。

 

 ――ありがとう。

 

 そう言われて、後ろから薫さんに抱きしめられて。

 ようやく頭が冷えた。

 

「弥生ちゃんも含めて……あなた達に剣を教えたのは私と父さん。愚剣の責任は私にあるわ」

 

「でも、でもっ!!」

 

「くすっ……。良かった、変わっちゃったななんて思ったけど……弥生ちゃんは弥生ちゃんのままだった――活人剣を教えてたつもり(・・・)って思ったけど、少し、救われたわ」

 

 ――弥彦、あんた口は悪いけど剣の筋はいい線いってるから。頑張りなさいよ。

 

 薫さんの背が遠ざかる。

 知ってる、漫画で見た、その背中。

 

 だって言うのに、知ってるのに。

 このあと剣心がやってきて、無事解決するのに。

 

「薫さんっ!!」

 

 心が、痛い。

 それでも、動けない。

 愚連隊の男が、スケベ顔して薫さんに手を伸ばして――

 

「ふざけんじゃねぇっ!!」

 

「や、弥彦ちゃん……?」

 

 男の顔に足の裏を叩き込んだ。

 

「この明神弥彦をそこの下衆二人と一緒にするんじゃねぇっ!! てめぇ一人を痛てぇ目に遭わせてっ! 女一人泣かせてっ! ハイお終いってワケに行くかよっ!!」

 

 泣かせて……?

 あ、そうか。

 

 俺、泣いてるんだ。

 

 その涙の理由もわからないまま。

 剣心が姿を現したことに気づかないまま。

 

「……ありがとう」

 

 誰に向けてか、誰が言ったのか。

 

 口から自然にそんな言葉が出ていた。

 

 

 

「くそっ! てめぇっ!!」

 

「はいはい、ちょっとは姉弟子の強さがわかりましたか?」

 

 弥彦の門下生宣言が飛び出てから。

 いつもの鍛錬が終わった後二人で打ち合うようになるという日課が増えた。

 

 自分でもよく言うなんて思う。

 姉弟子とか言えるほど強さに変わりはないんだろう。

 口調ほど余裕は無くて、今だって恥ずかしい姿を晒さないかと心配で仕方がない。

 

 弥彦に感化された、なんて言ってしまえばそのとおりで。

 強くなるのも悪くないかななんて思ってしまった俺だから。

 

「るっせぇ! 猫かぶりっ! その口調怖いんだよっ!!」

 

「あら……なんのこと、でしょうかねっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 猫かぶり。

 そのとおりだろう、俺は弥生って皮をかぶった俺だから。

 その言葉は俺によく似合う。

 

 弥彦相手にあの(・・)感覚は覚えない。

 それでも何故か、本当に何故か身体が少し動かしやすくなった。

 だからこうして姉弟子としての面目を保っていられるのだろう。

 

「はい、じゃあ今日の風呂焚きは弥彦ちゃんでお願いしますね」

 

「うぐっ……」

 

「男に二言は?」

 

「……あーもうっ! ねぇよっ! ちくしょうっ! あといい加減ちゃん付けはヤメロッ!」

 

「私に勝てたら考えてあげます。では、よろしくおねがいしますね」

 

 細かいこと、詳しいことはわからない。

 ただ、ようやくというべきか、()は強さを求め始めた。

 身体が、心が望んでいたように、ようやく。

 

 だけどもうそれで良かった。

 

 わからないから。

 

 わからないから、わかることだけ、わかりたいと思ったことだけはやろうと思う。

 

 強くなる。

 そうすればきっと、見えるものがあるのだろうから。



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その男、命知らずにつき

 切実な事情があった。

 

 門下生二人とは言えいわゆる月謝、金を払っているわけでもなく居候といえばアレだがプー太郎二人とプー姫が一人。

 人間が生きていく上で当然必要な食事だなんだとあるわけで。

 

「いらっしゃいませー!」

 

「ほら、弥生ちゃん! もっと愛想よく!」

 

「は、はーい! いらっしゃいませぇ~!」

 

 導き出される答えは……金、金がねぇんすよっ!!

 だから働いてんスよ! 赤べこでっ!!

 

 おかしい、これはおかしい。

 俺こと弥生の働き口は神谷活心流道場であるわけで、いわば雇い主は薫さんの父、ひいては薫さんなのだ。

 言うところのお仕事(ご奉公)で貰える給金が稽古代として、生活費として相殺するならわかる。

 

「どうしてこうなったのです……!」

 

「はい! ぼやかない!」

 

 何で俺が生活費を稼ぐことになるんじゃい……!

 

 いや! 薫さんだって出稽古だなんだとやってくれてる。

 わかる、わかってるんだ!

 ただ納得がいっていないのさ。

 

 なんで俺が給仕(ウェイトレス)をしてるのだと。

 

「おーおー新人ちゃん! 今日も可愛いねぇ!」

 

「あ、あはは……ありがとう、ございますぅ」

 

 嬉しくねぇ! 嬉しくねぇよ畜生っ!!

 喜んでたらダメだよこんなのっ!

 

 あぁ弥生ちゃん、あなたはどうして女なの……どうして可愛いの……。

 

 この時期には燕ちゃんもまだ奉公(しゅうしょく)していないらしく、妙さんには悪いけど見目麗しい俺は看板娘扱いで。

 

 一日目で新人が入ったと噂になり。

 二日目でその新人が可愛いと評判になり。

 三日目でファンがついた。

 

 くたばれ明治。

 

 容姿だけならず女の身で竹刀を持ち歩きながら町中を闊歩してる俺だから余計に印象に残りやすいみたいで。

 剣術小町って薫さんの通り名を奪ってしまいそうな勢いで認知されそうになってる助けて。

 

 ……もう竹刀持ち歩くのやめようかな……。

 

 そんなことを思いながらも、板についてきた営業スマイルを振りまく。

 いちいち口笛を吹いてくるファンの存在は知らないふり。

 こっそりケツに手を伸ばそうとしてくる飲んだくれの脅威()を何食わぬ顔で躱して叩き落としてみれば。

 

「もう……だめですよ?」

 

「は……はいっ!」

 

 酒の影響だけと信じたい頬の染め具合で叩いた手を擦りながら良い返事。

 男のケツ触って嬉しいのか? さてはてめぇホモだな?

 あー俺今女だった。

 

 何回ループした思考だろうか、もう最近は忙しさもあって思考の片隅に追いやられたそれ。

 

 目まぐるしくグルグルと動いて。

 やっと落ち着いて来たかなと思ったその時。

 

「そんなやり方では自由民権等――!!」

 

「それでは板垣先生を死地に――!!」

 

 自由民権運動の壮士が煩い。

 

 ぶっちゃけセクハラ紛いのことをしようとしてくるヤツよりよっぽど厄介。

 本人たちは至って真面目なんだろうが、酒を入れてガミガミ言い合ってる光景は迷惑の一言。

 

「あぁ……またです」

 

「そうやねぇ……せやけど大事なお客様にかわりないさかい。なんともいえまへんわぁ……」

 

 たまーに現れてはあんな感じ。

 まったくいつの世の中も酔っ払いは面倒くさい。

 

 と、同時にだ。

 

 あいつらが赤べこに来る、いや居るってことはここに剣心たちが来れば……。

 

「あ、いらっしゃいませぇ!」

 

「おう、空いてるかぃ?」

 

 相楽、左之助。

 悪一文字を背負うその人がやってきた。

 

 うん、まぁそうだよな。

 あの時、この人も居たんだ、だったらいつのタイミングかでやってくるのは当然だ。

 

「ん? 嬢ちゃん、何か俺の顔についてるか?」

 

「い、いえ申し訳ありません。……お席、ご案内します」

 

 いっけねぇ、マジマジと見ちまった。

 やっぱ弥彦曰くの剣心組ってやつのメンツを見れば一瞬固まっちまうや。

 

 赤報隊。

 左之助がその隊に居たことは漫画オリジナルの設定だってわかっているけど、やっぱり思うところはあるもんで。

 ニセ官軍とされたその生き残り。

 

 維新志士への恨み、怒り。

 それを糧に生きていた……いや、生きている左之助は喧嘩に明け暮れ毎日を塗りつぶしている。

 全てを忘れる事のできる喧嘩に依存して。

 

「それでは、少々お待ち下さい」

 

「あいよ」

 

 こうして喧嘩以外の時は、普通だ。

 営業スマイルに愛想笑いを返してくれる、そう。仲間内から言われている物足りねえとギラギラした笑みを隠しながら。

 

 剣心はこの時もつ左之助の力をしみったれた強さだと言った。

 

 強さを求め始めた俺からすれば強さの種類なんてわからない。

 漫画、小説、アニメ……そんなもんで語られる色々な強さはわかるけど、求め始めたことでわかるものがある。

 

 今の左之助が持つ強さってやつは、俺から言えば生きる強さだろう。

 

 恨みが怒りがあるとは言えど、正直自死を選ぶ事無くそれどころか八つ当たりとは言え喧嘩することによって生きている。

 

 意味なく理由なく。

 されども強さを求め始めた俺は、どんな強さでも眩く思えた。

 

「――あら、薫ちゃん」

 

「え……?」

 

 そんなことを考えた時だった、剣心たちがやってきたのは。

 

 

 

 ――俺は町外れの破落戸(ごろつき)長屋にいっからよ。

 

 自由民権運動壮士と左之助、剣心たちの一幕が終わり、俺の仕事も終わり。

 道場へ帰る前に、何故だろう俺は左之助が言った場所へと向かっていた。

 

 心が向かえと言ったわけじゃない。

 ただ、この時の左之助……いや、斬左と話をしたいと思った。

 剣心と戦うことによって斬左をやめた左之助。

 もうすぐ起こるだろうそれがあるのなら、斬左と話すことが出来るのは今だけだから。

 

 機会が貴重だから?

 会って何を話す?

 

 全然決めてない。

 ただ……本当に、言葉を使うのなら衝動的だった。

 

 だから忘れていた。

 

「ほぅ……? ついている」

 

「あぁ、そうだな兄貴」

 

「……比留間、兄弟……!!」

 

 そうだった、そのあとすぐだった筈だこいつらが斬左に喧嘩依頼をするのは……っ!

 

 日はもうすぐ沈む、逢魔が刻とはよく言ったもんだ。

 内心迂闊な自分に舌打ちしたい気持ちを堪えて竹刀を握る。

 

「おいおい正気か小娘? あの時のことを忘れたか?」

 

「……そのとおり忘れました。私ながらバカだと思っていますが……あなたたち程じゃありませんよ。どうやったって、何をしたって……斬左に喧嘩依頼をして利用しようとしたところで、剣心に一泡吹かすことすら叶わないと理解できないあなたたち程じゃ」

 

 あー……なぁんで挑発しちまうかね?

 ただどうやら、弥生はこの二人が許せないらしい。

 借り物の怒りがそう俺に実感させる。

 

 ――こいつらを――せ。

 

 そう、囁いてくる。

 

「こ、の……死にたいようだな!?」

 

「待て。……確か巫丞弥生と言ったな? 何故お前がそれを知っている」

 

「さて……何故でしょうか? 小物の考え位わからない私ではないということかも知れませんよ?」

 

 大男の方からの殺意がヤバイ。

 ものっすごく逃げたいのに、意思が逃してくれない。

 対峙しろ、戦えと訴えてくる。

 

 そうは言うけどどうやって戦うんだよまじで。

 

 小物の言葉が効いたのか兄貴の方まで顔を赤くしだした。

 うん、絶体絶命。

 

「おい」

 

「分かってるぜ兄貴……殺すのは、後だよな?」

 

 へぇ?

 あぁ、確かについているとか言ってたか? 残念今はついてません。

 

 ……うん、絶好調。

 

「おう小娘、まぁ今は骨だけで勘弁してやる。大人しくしろ」

 

「……」

 

 うん、逃げられないね。

 だったら仕方ない……。

 

 本気だすか。

 

「きゃーーーー!! 痴漢ーーー!! 暴漢ーーーー!! 狼藉者ですーーーーー!!」

 

「んなっ!?」

 

 ふはははははは!!

 バーカカーバ豚のケツぅ!!

 

 びっくりしたまま固まりやがって! ざまぁ見晒せ!!

 こんな長屋近くでなぁにやる気になってんの? バカなの?

 現代でも使われるだろう必殺技を喰らうがいいっ!!

 

「あ、兄貴っ!?」

 

「ちぃっ!! 一旦退くぞっ!!」

 

 あ、なんか心ががっかりしてる。

 いいじゃない、女の子だもの。

 

 ……あ、何か俺までがっくりしてる。

 

 生きるって辛いね。

 

 慌てて逃げていく二人をやるせない気持ちで見送る。

 ガヤガヤと長屋から顔を出してくる住人の皆様に頭を下げて、そのまま地面に埋まりたい気持ちをぐっと堪えて。

 

「んお? 嬢ちゃんは……赤べこの看板娘じゃねぇか、こんなところでどうした?」

 

「あ、はは……こんばんは相良左之助さん。少し、お話しませんか?」

 

 結果オーライにしたくないけどオーライな機会を手に入れた。

 

 

 

「ガハハハハハッ! 嬢ちゃん中々やるじゃねぇかっ!!」

 

「わ、笑い話のつもりじゃないんですけど……」

 

 長屋から出た顔の一つに左之助もあって。

 そうして部屋に招いてもらって、事の顛末を話せば爆笑されて。

 

 やっぱり地面に埋まりたい。

 

「んで? そんな大変な目にあって俺になんのようだ?」

 

「え、えっと、ですね」

 

 ひとしきり笑われた後、左之助はようやく水を向けてくれた。

 

 とは言えさっきも思ったとおり、話す内容なんて具体的に決まっていない。

 ただ、俺は。

 

「喧嘩屋斬左と……話をしたいと思って来ました」

 

「……へぇ?」

 

 その一言で顔色が変わった。

 仕事用の顔、とでも言うべきだろうか。

 今の彼が持つ本質、それがむき出しになった顔。

 

 物足りない、喧嘩に溺れたい。

 

 そんな顔。

 

「すまねぇな、驚いちまった。看板娘の嬢ちゃんが……そんな話を持ってくるなんて思わなかったもんでな」

 

「……」

 

 ちらりと視線を動かせば無造作に置かれた斬馬刀。

 

 斬馬刀の左之助、通称斬左。

 

 彼の持つ怪力だからこそだろう馬ごと相手を両断するなんて物騒な相棒。

 その存在が、彼の放つ何かが……眼の前にいるのは左之助であってそうじゃないことを教えてくる。

 

「で……? 誰だい? 俺の喧嘩相手は」

 

 期待、だろう。

 わくわくしている、新たな喧嘩相手に。

 

 彼の頭の中にあるのは誰だろうか。

 全く想像していない誰かだろうか、それとも――。

 

「私、です」

 

「……は?」

 

 気づけばそんな答えが口から出ていた。

 

「おいおい、すまねぇな耳がおかしかった。もう一度言ってくれや」

 

「だから、私、です」

 

 本当に迂闊だったのは今こそこの時だった。

 

 会話して何かを知ることなんて出来ない。

 この人は、今の彼は拳を交えることこそが対話なんだ。

 

「私は、あなたと喧嘩をしに来ました。斬左さん、依頼、受けてくれますか?」

 

「――」

 

 当然だろうその表情は。

 目を丸くして、真意を探るように俺を見る。

 

「それとも、受けられませんか? 赤報隊……その生き残りは相手が女だからと逃げるのですか?」

 

「――てめぇ」

 

 向けられる視線が変わった。

 

 何処でそのことをと疑問の色はすぐに怒りへと変わった。

 

「喧嘩相手の生死は俺の知ったことじゃねぇ……言っている意味がわかるな?」

 

「……はい、もちろんです」

 

 それでも。

 そう、それでもだ。

 

 俺はこの人と語り合いたかった。

 生きる意味を喧嘩で塗りつぶした彼の思いを知りたかった。

 

 強く、なるために。

 



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その男、命がけにつき

 正直なところ、今自分を突き動かすものが何なのかわからない。

 強くなりたいと思ったのはここまで……斬左に喧嘩を売るほど強いものだったのだろうか。

 分かってるはずだ、今の俺は弱いって。

 剣の稽古をし始めて日も浅い上に、遥か高みに居るだろう斬左……左之助や剣心たちから見てみればそれは豆粒ほどの力。

 

 るろうに剣心の世界。

 言ってしまえば異世界にやってきた俺は、まずスライムから倒して経験値を積んで強さを目指すことこそが普通。

 そんな普通からみれば、レベル1の戦士がどっかのボスを相手にしようとしているようなもんだ。

 確かに戦えば、大きな経験となり自分の力になるんだろう、それはわかる。

 だけどそれをする、したいと思うほど、生死を懸けるほどの意思を持って強くなりたいと願ったわけじゃないはずだ。ましてやそもそも経験とできるほどの戦いになるのかすら危ういわけで。

 

 だから、わからない。

 

 強くなりたいと願った思いは、果たして自分のモノなのだろうかと。

 この身体に眠る願望。

 これもやっぱりそんな借り物の気持ちなんじゃないのかと。

 

「……今ならさっきのことは忘れてやってもいいんだぜ? もっとも二度とその面を見せねぇって約束はしてもらうけどな」

 

 日が落ちきった川辺。

 少しの距離を開けて、斬馬刀を布に包んだまま担ぐ斬左はそんなことを言ってきた。

 

 らしくない、のかもしれない言葉。

 

 それほどまでに今の俺は滑稽なんだろうか。

 足は、震えているし既に吐く息で肩が上下する。

 逃げ出したい思いなんてとっくに天元突破してる。

 

 だって言うのに心が熱い。

 

 逃げるな立ち向かえと、震えを、息を抑え込んで来るかのように燃えている。

 

「……そう言えば、喧嘩依頼料のお話をしていませんでしたね?」

 

「あぁ?」

 

「そうですね……満足出来なければ私を自由にして頂いて構いません」

 

 熱に浮かれて言っている言葉をイマイチ理解しないままに。

 ただただ熱の存在を理解出来たそのまま口にする。

 そしてそれは斬左の口角を持ち上げたようで。

 

「はっ! 上等だっ!! 精々楽しませてくんなっ!!」

 

 ようやく見れた斬左としての笑みを浮かべたまま、斬馬刀を放り、徒手空拳で突撃してきた。

 

 

 

「うらぁっ!!」

 

「――っ」

 

 間合い。

 俺の知識は漫画やアニメで語られるモノと、薫さんの教えだけ。

 

 頼りないそれにしがみついて、必死に竹刀を構える。

 

 一言、斬左の拳は脅威だった。

 いや、それだけでは足りない。

 

 天性の打たれ強さ。

 

 それこそがやっぱり紛れもない斬左の異才だろう。

 

「はっ! これじゃあ酔っぱらいの寸鉄のが痛かったぜっ!?」

 

「く……っ!」

 

 要するに斬左そのものが脅威だった。

 竹刀をまともに受けても止められない突進。

 意に介さず振りかぶられる拳。

 

 斬左にとって俺なんて案山子と変わりないだろう。

 勝ちの道筋なんて到底見えない、月明かりはあまりに乏しくて、そんな道を照らしてくれない。

 

 それでも。

 

「っち……! またかよ!」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 こうしてまだ戦ってるつもりでいられるのは、脅威を躱し続けていられているからだろう。

 

 都合五回目。

 

 全く同じではないけど同じ行動を重ねた。

 

 斬左に比べれば小柄もいいところな俺の身体。

 それ故に避けやすいなんて理由はあるだろうけど、ここに来て一つの確信を得た。

 

 俺――弥生は自分の身に降り注ぐ脅威を避けることが出来る。

 

 どういった理由か、理屈かはわからない。

 

 確信。

 俺は体力が続く限りきっと斬左の攻撃を避け続けることが出来る。

 

 頼りなさすぎる間合いの知識と頼りになりすぎるこの異能ともいうべき力。

 足を止めて拳の乱打なんてされれば一溜まりもない俺がこうやってなんとか戦いになっているのはその二つのおかげ。

 

 突進される、避けて体勢を整えられる前に間合いを取り直す。

 

 それが、今俺に出来る唯一の戦い方。

 

「だが……そろそろつれぇだろう? いい加減寝ちまいなっ!!」

 

「っ!!」

 

 再度の突進。

 わかりやすく斬左の目が、振り上げられた腕が、何処をどうして狙うか伝えてくる。

 

 それをこの身は逃さない。

 

「ふっ……!!」

 

「――」

 

 六度目も結末は同じ。

 そこでようやく斬左の目が変わった。

 

「なるほど、な」

 

「ふぅ……ふぅ……。なに、か?」

 

 空振った拳をマジマジと見た後、大きく深呼吸をする斬左。

 

「俺の拳はお前にゃ届かねぇ……いや、このままヤり続けりゃいつかは捉えられるだろうがよ。ようやく分かったぜ」

 

 ニヤリ。

 と言う音が聞こえてきそうだ。

 

 ただその笑みには喧嘩前に見られた物足りなさってヤツが消えていた。

 

「お前は強えぇ、少なくともそこらのごろつきなんかよりゃあよっぽど。痛くも痒くもねぇが、避けるだけじゃねぇ……ちゃんと折れずに戦ってらぁ」

 

「……嫌味に、聞こえなくもないですが……ありがとうございますと言っておきます」

 

 斬左は笑った。

 喧嘩と認めた最中で、笑った。

 

 その意味はなんだろうか。

 

 笑いながら斬左は。

 

「なら……強えやつにゃコレを使わねぇとな」

 

「――っ!」

 

 斬馬刀を広い、巻布を取り払った。

 

「久しぶりだからよ、勘弁してくれや? 斬馬刀の左之介……斬左。喧嘩第二幕、行くぜっ!!」

 

 現れた手入れの行き届いていないボロボロの斬馬刀。

 

 その刃に。

 月明かりに照らされた煌きに。

 

 俺は、ようやく勝ち筋の光を見た。

 

 

 

「うらぁっ!!」

 

「っつつ!!」

 

 斬馬刀の質量、それを操る斬左の膂力。

 

 それによって生まれる風圧に足を取られながらもやっぱり俺は躱し続ける。

 

「ははっ!! 今のは危なかったんじゃねぇか!? おらっ! もっと俺を楽しませろっ!!」

 

「無茶……言わないでくださいっ!!」

 

 拳とは段違い。

 目に見えて大きくなった脅威にゴリゴリと体力が削られていくのがわかる。

 

 だけど。

 

「ったく! その身のこなしはずりぃぜ!!」

 

 剣心も言ったとおり、斬馬刀は攻撃手段が振り下ろすか薙ぎ払うかの二択と至極読みやすい。

 避けるって異能が無くとも常に二分の一の確率で避けることが出来る。

 そう、避けるという行為だけなら容易いのだ。

 

「はぁっ! はぁっ!!」

 

「そろそろ、かぃ? 念仏唱えるなら待ってやるぜ?」

 

 それでももう限界。

 集中力も、体力も悲鳴が上がらない位そう訴えてきていて。

 

 そんな中であっても心は熱く燃えたぎったままで。

 

「バカにバカ言われるなんて……悔しいです」

 

「あぁ?」

 

 口端にかかった力を実感できる。

 そう、今俺は笑ってる。

 

「途中で諦めるくらいなら……喧嘩なんて売りませんよ」

 

「――ッハ!!」

 

 ――ちげぇねぇ。

 

 ぐっと斬馬刀を構え直す斬左。

 

 そして俺も。

 

「……へぇ?」

 

「……」

 

 竹刀を地面と並行に構えて、竹刀の柄越しに斬左の興味深げな視線を受け止める。

 

 これは木刀じゃない。

 そして知識で知っているだけの技で、一度たりとも練習なんてしていない。

 

 間合い。

 

 斬左の間合いは広がって、俺は縮めた。

 

 剣心の言った言葉。

 相手の力を、自分の力以外を利用する力。

 

 だったらもうこれしかない。

 できるできないじゃない、できなけりゃ死ぬだけだ。

 

 怖い。

 普通に、怖い。

 

 震えている足はずっとそのまま。

 熱に浮かされ地面を舞う。

 

「行くぜ?」

 

「ええ、終幕、です」

 

 二択。

 ちゃんと自覚した異能じゃなく、決めつけで。

 俺はその決定に命を託す。

 

 ――まったく、わけわかんねぇや。

 

 心でそう呟いて、一歩。

 地面をダンッと踏み切って。

 

「うらあああああああ!!」

 

「あああああああああ!!」

 

 恐怖を叫びで押しつぶして、見えた斬左の剣閃は。

 

 横薙ぎ。

 

「っ!?」

 

「神谷活心流!! 柄の下段っ!!」

 

 膝挫(ひざひしぎ)

 

 長い髪が斬馬刀に巻かれて千切れた感触。

 それすなわち俺が横薙ぎされた斬馬刀の下を潜れた証明。

 

 後は、この柄を、斬左の膝に――。

 

「お――おおおおおおおお!?」

 

「!?」

 

 ズンっと言う衝撃が重なった(・・・・)

 同時に目の前にあったはずの膝が。

 

「ご、ふ……」

 

 消えて変わりに斬左のもう片足が俺の腹に突き刺さっていた。

 

「なん……で……」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 暗くなっていく視界で見えたもの。

 それは少し遠くで地面に突き刺さっている斬馬刀。

 

「そっか……流石、相良、さのす、け……」

 

 重心がかかってる方に狙いを付けておけばよかったとか。

 薙いだ斬馬刀を勢いのまま放り投げて蹴りへとすぐさま切り替えるなんてヤバイだろとか。

 

 そんなことよりも。

 

 やっぱり左之助って強えわ。

 そんなことを思って、意識を手放した。

 

 

 

「――はっ!?」

 

「よぅ、目ぇ……覚めたかぃ?」

 

 ばっと身体を起こしてみれば煎餅布団の言葉を体現したかのような布団がはらりと。

 

「っぐ!?」

 

「オイオイ、無茶しちゃいけねぇな? いや、だったら俺に喧嘩売ってんのも無茶か……じゃあなんつーんだろうな」

 

 は、はらいてぇ……いや、まじ、まじでいてぇ……これ、絶対折れてるよね? あばらとかなんか絶対。

 

「こ、ここ、は……?」

 

「俺の部屋だ。まぁ流石に女を一人あの場に置いとくのもな」

 

 ようやく声の主、左之助を見てみればシーシーと魚の骨らしきものを咥えてる。

 その顔はどっか満足げで。

 

「……私を、殺さないのですか?」

 

「何か勘違いしてねぇか? 俺は別に殺しがしてぇわけじゃねぇ……喧嘩がしたいだけだ。相手の生死はそいつの運だ」

 

 あぁ、そう言えばそんな事言ってたっけ?

 そのおかげで生きてるっつーことか……てか。

 

「あー……でぇじょうぶだって、別にナニかしたわけじゃねぇよ。そこまで飢えてねぇもんでな」

 

「あ、はい……そうですか、そうですね」

 

 ほっと一安心……。

 いや、流石に男に掘られるのは勘弁……。

 あーでも何だろ、意外と紳士? それとも実は奥手さん?

 俺ならまず間違いなくいただきます……ダメだ、度胸ねぇわきっと。

 

「下心は別にあんだよ。……嬢ちゃん、何で俺が赤報隊の生き残りだって知ってる?」

 

「……それは」

 

 やっべ、言い訳考えてなかったてへぺろ。

 

 な、なんて言おう……煽るのに都合が良かったから使っただけなんてとても言えないぞ?

 

「……」

 

 あー……はらいてぇ……二重の意味で。

 左之助は話せって顔で……いや、言うまで逃さねぇって顔してるしさ。

 

 ……言うべき、なんだろうか。

 

 未だにわけわかんねぇけどここは漫画の世界で、左之助たちはその登場人物。

 漫画を読んだ俺だから知ってるんですよ、なんて。

 

 ……ばかじゃねぇの? 言ったら今度こそぶちのめされるわ。

 

 あ。

 

「に、錦絵です。ご存知ないですか? 赤報隊一番隊、相良総三」

 

「っ……あぁ、知ってるよ、知りすぎている程にな。それがどうしてぇ?」

 

「その錦絵の後ろに、左之助さんに似た人が描かれていて……もしかしたらって思ったんですよ」

 

 月岡津南もとい月岡克浩まじ感謝。思い出してよかった漫画知識、さすが俺。

 

「……そうかい。それがたまたまってわけかい」

 

「はい」

 

 信じてお願いプリーズ。

 しっかりと目を合わせてしれっと返事をしてみりゃ探るような目つきの左之介。

 

 ……だめ?

 

「んじゃあわかった。今回の喧嘩料は……その絵を俺に持ってきな、それで勘弁してやるよ」

 

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 っぶねー! まじっべー!

 

 あーほんと寿命が縮んだよ、ごまかせてよかった!

 ま、まぁそんなに高いもんじゃ無かったはずだ、売れ残りまくってるやつだし、いざとなったら店主に色仕掛けでもなんでも……。

 

 しません。

 ちゃんとお給金で買います。

 

「わぁった、じゃあそれで手打ちだ。身体がマシになるまでここは好きに使っていい、その後は家にけぇんな」

 

「はい、ありがとうございます。……? あの、何処へ?」

 

「さて、な。どうやら今夜は千客万来の大繁盛らしい……嬢ちゃんがいる前で話すことでもなし、ちっといってくらぁ」

 

 そう言って長屋から出ようとする左之助。

 

 ……あぁ、比留間兄弟が来たのかな?

 そう思えば、変に未来が変わっていないことにちょっと安心したり。

 

「あぁ、それと」

 

「? はい?」

 

 ふと思い出したように左之介は足を止めて、肩越しに。

 

「またヤろうぜ? 喧嘩、よ」

 

「……あ、あはは……機会があれば、お願いします」

 

 そう言ってにかっと、悪一文字越しに左之助(・・・)の笑みを見せてくれた。 

 

 



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その男、ご主人さまにつき

「シメてやるっ!!」

 

「お、落ち着いて下さい薫さんっ! だ、大丈夫ですから! ね? ね?」

 

 さて、動けるようになるまで時間はそれなりにかかって。

 戻ってきたら門の前でうつらうつらとしながらも待っててくれた薫さんに迎えられて。

 左之助との一件を正直に言ってしまうのに気が引けた俺は。

 

 ――暴漢に襲われて……。

 

 的な説明をした、してしまった。

 

 邪魔だと思った和服も動きやすいようにって破ってしまったから、いい感じにそれっぽく(・・・・・)見えてしまってあら大変。

 まぁ薫さんは心配一色だった表情を見る見るうちに怒りへ変えたわけだ。

 どんだけ愛されてるんだって思うよりも先に申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ暴れてる薫さんを宥める。

 

「まぁまぁ薫殿、弥生殿もこうして無事に帰って来たわけだし、落ち着くでござるよ」

 

「で、でもっ!」

 

「弥生殿? 大丈夫なのでござるな?」

 

「は、はい」

 

 頷きまくる。

 確かにまだ少し腹は痛いけど……うん、大丈夫。嘘ついた心のが痛いわ。

 

「む、むぅ……弥生ちゃん、ほんとに大丈夫?」

 

「……はい、大丈夫です。ごめんなさい、心配かけて」

 

 頭を下げる。

 心配をかけた事、嘘を吐いている事。

 

 ただ、不思議と今回の件は必要だったんだろうと思ってしまっていて。

 嘘でしたごめんなさいと謝るって気持ちは生まれなくて。

 

「そっか……ならもう心配かけないでね?」

 

「はい」

 

 そう言って門をくぐる薫さんに複雑な思いを抱えることになってしまった。

 だけど薫さんの後を追おうとした時に。

 

「……何をしてきたのか、暴くつもりはござらんが、弥生殿」

 

「……」

 

 やっぱり真面目な顔をするとかっけぇな剣心。

 男でもどきっとするもんだそうだろう? ……そうだと言ってくれ。

 

「あまり、身内に心配をかけない方がいいでござるよ」

 

「……あなたに言われたくありません」

 

 まじめな顔から一転していつもの困ったような笑顔でそんなことを言われるけど。

 どうやら珍しく俺と弥生の意見は一致したようで。

 

 ブーメランなんだよなぁ……その言葉は自分によく言い聞かせてどうぞ。

 自分で招いたことなのに憎まれ口叩いちゃうのはいかんのだけども……うぅん。

 

 ともあれ、だ。

 

 もう変に嘘でごまかすのはこれで最後にしようと思う。

 借り物の気持ち、身体……そうなのかも知れないけど、この世界にいる薫さんたちにとっては関係の無い事だから。

 やるなら、できるなら正々堂々としようと思う。原作知識を利用しないとは言ってない。

 

 

 

「くっ、このっ!!」

 

「あら弥彦ちゃん、そんなんじゃだめですよ?」

 

 数日後。

 すっかり怪我も治って動けるようになって。

 

 弥生は脅威からその身を躱すことが出来る。

 それはつまり脅威として感じなければその力は発揮出来ないということで。

 

 こうして弥彦と稽古をしている中ではあの感覚がやって来ることは無かった。

 どうやら弥彦は薫さんいわくのいい筋しているものの、まだまだその才覚を現しているわけではなさそうだ。

 

 っていうのもまぁ当たり前だろう。

 稽古し始めてまだ時間がそれほど経っていないっていうのはもちろん。

 弥彦がその強さを伸ばしたのは剣心の戦いを間近で誰よりも多く見てきたからだ。

 

 見取り稽古。

 

 誰だったか言った言葉通り。

 この時の弥彦はまだあの愚連隊が放った木砲の弾を真っ二つにした位しか剣心の剣を見ていない。

 

 これから。

 弥彦はまだまだこれから死戦を見て、感じて。そして経験していって強くなるんだろう。

 

 そしてそれは俺も。

 

 訳わからずではあったものの、左之助……斬左との戦いを経て俺もどうやら強くなったらしい。

 それは少なくともこうして弥彦に対して余裕を持って相手できる位には。

 

 強くなったというか……違和感すごいんだけど、言葉にすれば馴染んだって感覚がある。

 

「でぇっ!!」

 

「――そこっ!」

 

「うおっ!?」

 

 焦ったらしい弥彦の面打ち、がら空きになった胴を打ってみれば吸い込まれるような有効打。

 

 がら空きだと思えたこともそうだし、気づいたこともそう。

 たった一度、死戦なんて言えないかもしれない戦いで、妙な余裕が生まれた。

 

 身体(やよい)をしっかり使うことが出来るようになってきたとでも言うべきか、どうすればこの身体で戦うことが出来るかってのを無意識に理解できる。

 

「大丈夫ですか? 弥彦ちゃん」

 

「くそっ!!」

 

 悔しそうに床へと毒づく弥彦。

 気持ちはわからないことは無い。やっぱり女に負けるってのは、認めている相手ならともかくもプライドをえらく傷つけることには変わりないのだし。

 薫さんに対しての態度もそうだし、まだまだプライドという服は重く弥彦に纏わりついているんだろう。

 

 なんて思ったんだけど。

 

「まだまだ稽古が足りてねぇ……今に見てろ! すぐに勝ってやるからなっ!」

 

「……」

 

 どうやら見くびっていたらしい。

 勝気な笑顔でそう宣言する弥彦にちょっと見惚れてしまった。

 

「……ふふっ、簡単には抜かされませんよ弥彦ちゃん」

 

「うるせぇ! すぐにちゃん呼びなんて出来ねぇようにしてやるからなっ! もう一本だっ!」

 

「はいっ!」

 

 やっぱすげぇよ剣心組は……。

 どいつもこいつも揃ってかっけぇわ。

 

 

 

 安心したと言うべきか。

 

 ――よう、喧嘩しに来たぜ。

 

 特にこの世界へと及ぼした影響ってのはちっさいもんで、ちゃんと左之助は剣心に喧嘩を売りに来た。

 薫さんたちの中に俺の姿を見つけて一瞬驚いてたけど、軽く笑った後剣心の経歴を話しだした。

 

 比留間たちの姿を改めて見てざわつく心を感じたけど、なんとも言えない薫さんの表情もあり落ち着かせて。

 

 緋村剣心の正体が緋村抜刀斎だと言うことを知っても態度を変えない弥彦に安心したり。

 

 そんなことを背後のやり取りで覚えながら、俺は左之助に話しかける。

 

「ありがとうございます」

 

「何のことだよ」

 

「黙っていてくれて、ですよ」

 

 あの場で余計な事言ってれば色々まずかったわけで。

 意図してかどうかはわからないけど、お礼は言っておくべきかなって。

 

「……俺にこうして話しかけてちゃ意味ねーんじゃないのか?」

 

「……あ」

 

 そうだよ! 何やってんだよ俺!

 ぬぐおぅ……ウカツッ! 迂闊すぎますよ俺!

 

「まぁいい。どのみち俺ぁそんなことに興味ねぇ。……嬢ちゃんならわかってんじゃねぇのか?」

 

「……偽善やろうの維新志士をぶったおす、ですか」

 

 そう言ってみればわかってんじゃねぇかと言わんばかりに笑みの種類を変える左之助。

 

「勝てると?」

 

「……わかんねぇ。けどな嬢ちゃん、俺たち赤報隊は、負けられねぇんだよ」

 

「わぷっ……」

 

 頭を撫でられた。

 あー撫でポってこういう時になるもんかね?

 こん時の左之助の笑顔は多分、今この時にしか見られないモンだろう。

 

 剣心曰くのしみったれた強さ、ひん曲がった何か。

 そんな時だからこそ見られるもんなんだろうから。

 

 ……ポってませんぞ?

 

 

 

 けどまぁ。

 

 斬左が倒れて、隙有りと拳銃をぶっ放したものの見事に刀の鍔で銃弾を受け止めた剣心。

 ならばと拳銃を俺たちに向けてくる狸野郎。

 

 剣心と左之助の戦いはすごかった。

 こうして紙でもテレビででもなく間近でこんな戦いを見られるなんて、剣の道を志してない人であっても興奮もんだろう。

 

「だったら両足を折れっ!」

 

「流石兄貴、頭がよく回る!」

 

 なんて俺たちを拘束すべく指をバキボキ鳴らしながら近づいてくる木偶の坊。

 

 ――ようやく、来た。

 

「ヤロウ!! 薫! 弥生! 何をぼーっとしてんだっ! さっさと逃げろっ!」

 

「だめ……さっきので腰が……!」

 

 あん時は逃げたけど。必殺技使っちまったけど。

 やっぱり弥生は許してなかったようで。

 

「バカですね、逃げるのは弥彦ちゃん、あなたですよ」

 

「あぁっ!?」

 

 弥彦の持っていた竹刀をすっと奪う。

 ちょっといつも使ってるものよりも短いけれど、こいつ相手なら誤差もいいところ。

 

「私、これでも怒ってるんですよね。薫さんにした仕打ち……到底許せるものじゃないですから」

 

「や、弥生ちゃん!?」

 

 前に出る。

 大丈夫だってあっちの狸野郎は。

 

「土龍閃っ!!」

 

「あぐぅあっ!?」

 

「兄貴っ!?」

 

 ほら、ボコボコになった。

 

 なら後は。

 

「てめぇの番だな?」

 

「ぐっ!? 何を……!?」

 

 ぐっと足に力を入れて……いくらでかくても鍛えられないところだってあるわけで。

 一歩踏み出そうとしたとき。

 

「あ……あああああ!?」

 

「言ったはずだぜ!? これは俺の喧嘩っ!! 邪魔するやつぁ許さねぇっ!!」

 

 立ち上がった斬左が投げた斬馬刀で邪魔をされた。

 

 言った斬左は俺にも言ってるかのようで。

 

「……仕方ない、ですね」

 

 見事に横槍を入れられた……いや、入れようとしたのは俺か。

 とりあえずやり場のない実感してしまった怒りを。

 

「とーうっ!」

 

「ふぬぐっ!?」

 

 デカブツの金的にぶちこんだ。

 

 神谷活心流、禁じ手。末代祟(まつだいたたり)である。

 

 

 

 あれはなんだ! 鳥か! 飛行機か!

 龍槌閃だっ!!

 

 てなもんで。

 追撃の剣心ナックルによって地面に沈んだ斬左は左之助に。

 しっかり原作通りに終わって日常が再びやってきて、俺は赤べこ奉公中。

 

「怪我はもうええの? あんまり無理したらあかんよってに」

 

「はい、もうすっかり大丈夫です! お任せください!」

 

 心配げな妙さんに自分の胸を叩いてみればやわらけぇ。

 

 いや違うそうじゃない。

 

 ともあれそんな俺を見てもう一度、痛くなったらいつでも言ってねと言ってくれた妙さんはやっぱりいい人だなんて思ったり。

 

「おうおう寂しかったぜ!」

 

「あはは、ありがとうございます、ご心配おかけしました」

 

「そうだぜ弥生ちゃん! 俺、弥生ちゃんの顔見れなかったら手が震えちまってよ!」

 

「それは飲みすぎです。ちょっとお酒控えてください」

 

「ぼぼぼぼ、ぼくのやよいちゃ……」

 

「はい、お帰りはあちらです」

 

 こうやって温かく迎えてくれるファンの存在にほっこりしないでもない。

 というか大げさすぎである。

 

「おう、やってるねぇ……空いてるかい?」

 

「あ、左之助さんいらっしゃいませ。空いてますよ」

 

 入り口の戸が開いた音に振り向いてみれば包帯だらけのミイラ男、左之助のご登場だ。

 のしのしと歩いてくる姿には流石に頑丈だなぁなんて思ったり。

 

「えいっ」

 

「ふぐっ!? て、てめぇ……!」

 

「あら? 売りは打たれ強さで、こんなの屁でもないんですよね? 安静にしろって言ったのにこんなとこまで来てるんですからね?」

 

「こ、この……ろくな死に方しねぇぞ……? わざわざ、ぼでぃがぁど? しに来てやってる俺になんて仕打ちをしやがる……っ」

 

 そうなのだ。

 もう大丈夫って言ってるのに、稽古まで再開してるのに赤べこに出勤させなかった過保護真っ盛りの妙さんと薫さん。

 その悩みを解決したのが左之助で。

 

 妙さんは食い逃げしてたのを見逃す代わりに左之助へとそんな依頼をしたのだ。

 

 流石にそれを盾にされちゃ首を横に振れないわけで、左之助は俺が赤べこで働いた後の護衛……もといボディガードという役割に収まった。

 喧嘩屋廃業した後プー太郎とならずに済んでヨカッタネ。

 

「今の私にすら負けちゃいそうなボロボロさんに言われたくありませんよ」

 

「ぬぎっ!? こ、このやろう」

 

 怪我が治ってからで良いっつったのになぁ、やれやれだぜ。 

 まぁ俺としてもありがたいのだ、ボディガードの件は。

 

 実のところ俺は左之助に稽古をつけてもらう気マンマンである。なぁに心配はいらない、また喧嘩しようぜとの言質はある。

 

 剣心はいわずもがな無理なのはわかる。

 薫さんに稽古をつけてもらうのは良いけど、やっぱり弥彦程ゴリゴリ教えてもらえるわけじゃなかったもんで。

 色んな意味で気を遣われてるわけだ、色々の一部を俺はまだ理解できてないだろうけど。

 

 そんなわけで左之助の言ったまた喧嘩をやろうという言葉を都合よく解釈する気なのだ。

 

 ただ問題もあって。

 

「おいこらてめぇ! 俺たちの弥生ちゃんと何楽しげに話してやがる!」

 

「……あぁ?」

 

 弥生ファンかっこ酔っぱらいの存在である。

 いや、酔っ払ってなくても悔しげに左之助を見てる人がいるあたり嫉妬ぱねぇんだろうなぁ……。

 

 男は皆ホモ、はっきりわかんだね。

 

「別に楽しかねぇよ、俺は仕事で……」

 

「楽しくないぃ!?」

 

「な、なんて事いいやがるっ! あったまきた表でろっ!」

 

 あーもうむちゃくちゃだよ俺知らねぇっと。

 

 こうして喧嘩屋斬左改め、左之助は俺の用心棒となったのだった。

 



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その男、雑魚につき

 ――おめぇは性格が悪い。

 

 左之助が望んだ喧嘩とは形を変えて。

 俺にとっては稽古であり研究。

 

 ――私とまた喧嘩したいのなら私を強くしてください。

 

 性格云々はこの言葉に対しての返答。

 意外と面倒見が良い左之助だってのはこの時からか、それとも二言はないという男気からか。

 どちらにしても男の俺としては、心地の良い挑発というものがわかるわけで。

 

「甘いねぇ」

 

「くぅっ!」

 

 恒例となった左之助相手の稽古。

 赤べこから道場までの道途中にある川辺で左之助に竹刀を振るう。

 

 ビシビシと力の限り振っているのにも関わらず左之助はやる気なさそうに避ける。

 やる気ないのはあれだ、当たっても避けても同じだからだし左之助にとっては喧嘩という名前のお遊びだからってのが一つ。

 

「てぇいっ!」

 

「おっと」

 

 要するに言ってしまえば、当たっても痛くないのである。

 いや、そりゃもちろん左之助にとっての話で、一般人やら左之助が言うところのゴロツキ相手にゃ十分なのかも知れないけど。

 圧倒的に力が足りない。

 

「ふぬ、ふぬぬぬぬ!!」

 

「あーもう、ムキになんなよ弥生(・・)。わかってんだろ?」

 

「……むー」

 

 しっちゃかめっちゃかに振り回していた竹刀を深呼吸して下ろす。

 そう、分かってる。

 

「いてぇってわかった上でなら耐えられる程度なんだって。おめぇの力は」

 

「はっきり言いますね……」

 

 それがある意味心地よくもあるのだけど。いや、Mっ気の話はしていない。

 

 剣術を修める他ないのだ平たく言えば。

 どうやったって今の俺は女、非力な女でしかない。

 力任せに腕を、竹刀を振ったところで大したダメージを負わせることは出来ないんだ。

 

 逆に言えば。

 

「だからこそあん時感じたのは間違いじゃねぇんだろうがよ。ちゃんと剣術してくれや」

 

「……はい」

 

 左之助と戦った時。

 膝挫を狙ったのはまさしく正しい。

 

 剣術として、女性の身軽さを利用して、相手の力を勢いを利用しての攻撃。

 

 左之助の嗅覚というか、危機察知能力は正しかった。

 だから慌てて俺を蹴り飛ばしたんだ。

 

 そう、ゴロツキ程度ならきっともうなんとかなるだろう。

 だけど、左之助……もっと言うなら剣心やこれから現れるだろう四乃森蒼紫、斎藤一になんか通用するはずもないんだ。

 

 その確認が、一つ。

 

「じゃあ、仕切り直しで」

 

「おうっ、待ってました!」

 

 もう一つが弥生としての稽古。

 

 竹刀をちゃんと構えてみればニコニコと急に楽しそうな左之助にいらっとするけど。

 巫丞弥生が剣客として強さを目指すための稽古。こっちのほうが左之助に取っちゃ楽しい喧嘩(遊び)なんだろう、はっきりしてるなぁ。

 

 強くなりたいから手伝って欲しいと言った時の左之介はまさに何いってんだコイツって顔をした。

 教えるなんて似合わない、ガラじゃないと自覚してるのもあるだろうけど、まぁ何で俺に言ってんだって感じだろう。

 

 利用するみたいな考えで申し訳ないが、それでも左之助は大きい差はあるけど一般人以上幕末で戦った人たち以下の存在だ。

 いや、もう少し言えば明治という時代で強い人以上、幕末の強い人以下というべきか。

 るろ剣格付けチェックなんていい気持ちはしないけどな。やるなら人気投票やってどうぞ。

 

 ともあれまぁ俺にとっちゃ有効的。

 地雷の存在はあるけど、一番近い教科書で目指すべき壁なのだから。

 

「おらぁっ!!」

 

「っ!!」

 

 簡単に拳の間合いに詰めてこられてそれを振るわれる。

 それも仕方ない、俺から能動的に仕掛けたところでダメージを与えられないのだから相手のアクションを待つ他ない。

 

 後の先。

 言ってしまえばカウンター。

 

 それこそが俺の生きる道であり、唯一の活路。

 それを自覚して、伸ばすための左之介先生なのである。

 

 まぁお代はメシと左之助を楽しませることって話で納得してもらった。

 

「お……っとぉ……! そうそう、これだよなぁ! 相変わらずこう(・・)なるとこええこええ!」

 

「お褒めの言葉、どうもっ!! えいっ!!」

 

 この前自覚したとおり弥生は脅威を避ける。

 それは半分自動的と言ってもいい、身体がまじで勝手に動く。

 だからこそ俺は後の先をどうやって得るかを考えず、得た先のみを考えることが出来る。

 

 ……よくよく考えるとチートだよチート、まじで。

 

 神谷活心流。

 奥義が柄の間合いを会得することが重要なように、膝挫なんて技があるように。

 通常剣の間合いよりさらに一歩踏み込んだ位置は神谷活心流がより活きる間合いでもあった。

 

 そしてその間合いは拳のそれに近い。

 

 解釈違いも甚だしいだろうが、俺の印象と記憶……そして弥生の身体。

 それがそうだと訴えている以上、その感覚に身を任せるしかない。

 

「しっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 振るわれた右拳の外側に躍り出て、脇腹へと柄を突き立てようとしてみれば慌てて飛び退く左之助。

 

「いや、ほんっとえぐいよな? 見た目の割に」

 

「み、見た目は関係ないですっ!」

 

 そう言われても仕方ない。可愛いから仕方ない、じゃなくて。

 

 真面目な顔をしているつもりだけど、何故か笑顔が浮かんでるってわかる。

 そのくせ人体急所を柄で突こうとしてるんだ、えぐい。

 

 ランランと笑いながら死ねって言われたら誰だって怖いだろう。そういうことだ。

 

 警戒しすぎだと思わんでも無いけど、左之助自身、俺のカウンターに対してはめちゃめちゃ気を配ってる。

 それだけあん時狙った膝挫が相当印象に残ってるってことなんだろうけど……ここまで警戒されるとなぁ。

 

 ともあれ。

 

「次、行きますよっ!!」

 

「おうっ! かかってこいやぁ!」

 

 左之助から学べることはとても多い。

 愛想つかされないように頑張らねぇとな。

 

 

 

 左之助騒動が終われば黒笠騒動。

 

 政府要人を狙った暗殺事件の始まり始まりなわけで。

 確か鵜堂刃衛(うどうじんえ)、だったかな? 心の一方なんていう金縛り術、二階堂兵法を修めた凶賊。

 新選組に所属して、危険人物だからと粛清されかけて逃げて、人斬りの道を選んだその人。

 

 なんて情報はここで言うべきじゃないだろう。

 道場の庭で警察の人と剣心たちが話しているのを尻目に廊下の掃除へと勤しむ。

 

 実際、この話で俺が出来ることは何もないと思う。

 これから起こることに対してアプローチ出来ることがないというべきか。

 

 辛いとは思うけど、薫さんはこの件で剣心に潜む人斬り抜刀斎を目の当たりにするんだし、上手くこうしてああしてと動かしてしまえばそれが崩れてしまう危険がある。

 

 原作ブレイクはしたくないんすよまじで。

 嘘をつかないって誓いももちろんだけど、やっぱり型にハマってほしいのだ俺としては。

 たとえば何がきっかけで剣心が人斬り抜刀斎になったまま戻れなくなってしまうかわからないし、何なら薫さんが剣心を嫌いになる可能性だってある。

 

 出来ることならば、介入で変わるものがあるとしても手のひらの上であってほしい。

 もちろん左之助との喧嘩(けいこ)然り、そういう自分のためになることは狙っていく所存だけども。

 

 見えてる、知ってる地雷を踏み抜く、後に響きそうなポイントを変えようとする。

 そういうことは意識的にはやらないように気をつけたいと思う。

 やらなくちゃならない状況だけだ、やるのは。できれば一生来てほしくないけど。

 

 なんてことを考えていたら剣心と左之助は早速準備をして、豚……もとい、護衛対象がいる谷邸へと足を向けていった。

 

「弥生ちゃん」

 

「あ、はい。どうしましたか薫さん」

 

 頭三角巾をとって薫さんへとお返事。

 いや、これしてないと髪が汚れるからな。

 

 ……いやまて違う、俺が気にしてるわけじゃない。薫さんが気にするからしてるだけだ。

 

「明日早く起きてお風呂焚いて待っておこうと思うの。だから、稽古の時間早めてもいいかな?」

 

「えっと……」

 

 おうおうもう剣心のことが気になって仕方ないってか? 恋する乙女ってか?

 

 ……いやまて違う、俺はそこまでおっさんでは無かったはずだ、うごご。

 

 ともあれもう特に掃除だなんだの予定は無い。

 大丈夫ですよ、お願いしますと返事してみれば用意してくるねとその場を後にした薫さん。

 

「なぁ、弥生。剣心に限って大丈夫だとは思うけどさ……」

 

「うん? あぁ……弥彦ちゃんも心配なんですか? 大丈夫ですよ、きっと。そんなことより今日はせめて私に一太刀頑張ってくださいね?」

 

「んなっ!? こ、コノヤロ! 今に見てやがれっ!!」

 

 おーおーかわゆいかわゆい。

 プンプンと怒り肩で去っていく弥彦だけどまぁやっぱり年齢相応だわな。

 弟がいたらあんな感じだろうか? なんて。

 

「だけど……」

 

 緋村抜刀斎、か。

 

 その単語を思い浮かべると一際心が跳ねる。

 俺はもちろんその存在を知っている、そしてどうなっていくかも知っている。

 

 それでも、弥生はどうなんだ。

 

 この身体の持ち主は、何で緋村抜刀斎を知っているのか。

 いや、言うまでもないがその単語に反応するってことは抜刀斎を知っている、もしかしたら何か関係を持っている可能性すらある。

 

 こいつは、一五歳だ。

 今は明治十年、幕末の時にと考えても五歳かそれより下の頃。

 関わりがあるなんてとても思えない。

 

 そうだというのに。

 

 ――。

 

「あぁもう……分かったからそう訴えんな……いてぇって」

 

 粟立つ心に合わせて頭痛がやってくる。

 

 わかったと言ってもわかることなんて全然なくて。

 唯一わかること、分かっていたことは。

 

「コイツは緋村剣心……いや、緋村抜刀斎を求めている、んだろうな」

 

 少し慣れた頭痛と自分の膨らみを感じながら、頭痛が治まるのを待つことにする。

 やわらかい。

 

 

 

 明けない夜はない。

 なんてよく聞く言葉。

 

 眠れない夜を過ごしたのは薫さんで、怪我した左之助のために風呂を焚き直したのは俺。

 そう言えばこの光景を鵜堂刃衛も見ていたはずだ、だからこそ薫さんをこのあと拉致るのだし。

 

「何処だったかな?」

 

 確かそこらの雑木林――。

 

「っ!!」

 

 あぁ、居る。

 あそこに居る。

 

 分かってしまえば足が震えた。意識してしまえば放たれる濃密な殺気に酔ってしまいそうだ。

 

 いや、本人は殺気なんて放っていないのかも知れない。それでも心底身体が縫い付けられた。

 

 なんてこった甘すぎた。

 そうだよそうだ、刃衛だって幕末を生きた者だ。

 剣心が勝てる相手だからといって、俺にとって……今の俺にとって脅威どころか、災害みたいな存在だと言うことに違いはねぇんだ。

 

 心の一方をかけられたわけじゃないっていうのに、身体が重くて仕方ない。

 

「――っつあ」

 

 不意に、それが解けた。

 同時に床へと両手をついた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 冷や汗が止まらない、床に広がる水玉の数がどんどん増えていく。

 

 甘かった。

 

 本当に、心の底から甘かった。

 

 左之助に強いと言われて、慢心していた。満足してしまっていた。

 確かにゆっくり一歩ずつ得られる何かはあった。

 

 足りない。

 明らかに足りない。

 この絶望的と言えるような差を実感してしまってそう思う。

 

 対峙したわけでも、殺気を、剣気を向けられたわけじゃない。

 多分、ただ視線を向けられただけ。

 

 脅威を避けることが出来るはずなのに、そんな挙動を一切する事なく止められた。

 

「ちく、しょう……!」

 

 それが悔しかった、ものすごく悔しかった。

 どうしてこんなに悔しいのかはわからない。それでも、それでも。

 

「情け、ねぇ……っ!」

 

 慢心していたことも、それで満足していたことも。

 言われた気がした。

 死戦の経験すら無いヤツが何言ってんだと。

 

 俺にただ目を向けただけであろう刃衛も。

 何より……弥生も。

 

 路端の石、豆粒に等しい俺を笑った気がした。

 

 だから。

 

「鵜堂刃衛っ!! 俺と、俺と勝負しろっ!!」

 

 木々に向かって叫ぶ。

 

「俺を、殺してみろっ! やってみろっ!!」

 

 だけど帰ってくるのは木々のざわめきだけで。

 

「ちくしょう……ちくしょうっ!!」

 

 居たとしても、居なかったとしても。

 相手にされることはない、それだけが分かって。

 

 悔しい思いの中で、苛立つことしか出来なかった。



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その男、前向きにつき

 前向きに考えよう。

 天狗鼻を叩き折られるのは世の常ではあるけど、伸びる前の鼻を潰されるのは貴重なことだ。

 弥生というチート。

 多分、あのままだったら確実に増長していただろうそう思う。

 

 仮に、だ。

 世界を余裕で潰せるくらいの俺つえぇチートばりに。

 たとえばるろうに剣心の世界でファイアーだとかサンダーだとか、そんな魔法が使える異能であるなら。

 

 誰もそいつの鼻を叩き折れないだろう。それは悲しいことだ。

 

 良き友人は作れるのかも知れない、可愛いヒロインに惚れられるのかも知れない。

 それでも切磋琢磨し合う誰かを作るのは難しい。

 

 誰かが言った、最強という名前の孤独。

 

 想像するしか無いけど、俺は最強なんてものよりは誰かと一緒に頑張るほうがいい。

 

 だから自惚れない(・・・・・)

 

「――っ!!」

 

 こうやって剣を振るって流れる汗でいい。

 流した分だけ強くなれたらいい。

 

 感謝するよ、刃衛。

 お前は何もしなかった、それでも得るものがあった。

 

 俺は弱いと思い知ることが出来た。

 

「荒行かぃ?」

 

「っ!! ……左之助、さん」

 

 声の方を振り向いてみれば三角巾で腕を固定したままの左之介。

 なんとなく呆れたような雰囲気を纏いながら笑ってる。

 

「そんな、とこです」

 

「へぇ」

 

 左之助越しに見える外は赤色。

 一人で素振りしだしたのは確か昼だっただっけ?

 

 ……どうりで胸の谷間に汗が……。

 

「弥生……お前、そういうところだぞ?」

 

「はい? ……あぁ、すいません。すぐにご飯作ります」

 

 そういうところって何処だよ。

 

 まぁいいや、腹減って探しに来たんだろう? んじゃちゃっちゃとメシを……あれ?

 

「――っとぉ」

 

「す、すいません」

 

 歩こうとすれば膝から崩れ落ちそうに……やっべ、むっちゃ身体重い。

 というか左之助ナイス、転けなくて済んだぜありがとさん。

 

「だから……そういうところだぞ?」

 

「はい?」

 

 ごめんわかんない。

 それよりすまんですぞ、片手怪我してるってのに申し訳ない。

 弥生は軽いだろうから大丈夫だと思うけど……って。

 

「近いですっ!?」

 

「今更かよっ!?」

 

 ごめんごめん、こういうところね、おけまる把握した。

 うん忘れてたよまじで、俺女だったよそうだよ。

 

 谷間見た時に思い出しましょうね自分。

 

 ふと左之助を見れば困ったように頭をガリガリと。

 いやまぁ困りますよねわかります。

 俺ならきっとその仕草だけじゃ済まないですはい。

 

「はぁ……ったく、メシはいいから少し休みな。お前の汗入り夕餉なんざ食べたかねぇよ」

 

「え? あ、はい……すいません」

 

 美少女の汗とかご褒美なんじゃ?

 なるほど明治、慎み深い。そして現代人はじまってたな。

 

 ともあれ床に腰を落ち着けてみれば何故か左之助も目の前にどっかりと。

 

「んで、だ。何があった」

 

「……え」

 

 ……びびった。

 何が驚いたって、確信を持って言ってきたことに、だ。

 

「呆けてんじゃねぇって、俺は弥生のぼでぃがーどだ。雇い主サンのことは聞いとかねぇとな」

 

「……」

 

 やだなにこの人かっこいい。

 

 ……いかん、俺は男、俺は男……。

 

「……強く、なりたいんです」

 

「十分強えじゃねぇか。いつも喧嘩ん時言ってるだろう?」

 

「女にしては……いえ、女としてなら、ですよね」

 

 わかってる。

 いや、わかったんだ。

 

「私は……剣客として、強くなりたいです。遊びで、喧嘩でじゃないです。一人の剣客として、強くなりたいんです」

 

 左之助は俺をそう見ていた。

 

 なるほど、たしかに今の時点でも薫さんほどなんて言えないくらいには差があるだろうけど強いんだろう。

 明治という時代に生きる女の中では強い。

 

 それはきっとすごいこと。

 

 だから左之助は俺に強いと言った。

 同じ戦いに身を置いた人間としてではなく、そこらの女の人を見れば強いと言ってくれたんだ。

 

「先に言っておくけどよ……俺は弥生との喧嘩で確かに満足した。いい喧嘩だったと思ってる」

 

「……前置きはいいんです。あなたらしくもない、はっきり言って下さい」

 

 じっと左之助を見る。

 一瞬たじろいだように見えたけど、それもすぐに仕切り直して。

 

「無理だろうよ」

 

「……」

 

 すっぱり言い切ってくれた。

 

「嬢ちゃん……神谷薫ってヤツが強いのは多分ちっせぇ頃からずっと竹刀を握ってたからだ。それでも言っちゃわりぃが俺とヤり合えば俺が勝つだろうよ」

 

「私じゃ……遅すぎる、と?」

 

「折れねぇ強さはある、肝っ玉も据わってらぁ。だがよ……お前が言うところの強くなるには、十年おせぇ」

 

 ……反論できない。

 

 左之助だってそうだ。

 ずっとずっと喧嘩に明け暮れた、その時間を重ねた。だから強くなった。

 剣心だってそうだ。

 師匠の下修行を続けて、身につけた力を幕末の京都で振るい……強さを増した。

 

 時間。

 それは今超人かと思えるような人間であっても必ず強さのために費やしたもの。

 

 それが、俺には無い。

 

「……」

 

 悔しい。

 あの時感じた刃衛のプレッシャーを撥ね退けるには、その力を持つには。

 

 あまりにも遅すぎる。

 

「だがよ、それでも……それでも強くなりてぇんなら」

 

「……?」

 

「覚悟が必要だ」

 

 覚悟。

 それは、何のだろうか。

 

「さっきも言ったがおめぇには折れねぇ強さがある。それを持って、持ち続けてよ……死ぬほどつれぇ戦いを経験できれば」

 

 ――もしかしたら俺のぼでぃがーどはいらねぇようになるかもな。

 

 

 

 そんな左之助とのやり取りがあった後。

 でろでろに剣心の血でダメになった薫さんのリボンを洗い終わって、以前より距離が近くなった剣心と薫さんにほっこりして。

 

 やっぱり無事に二人は帰ってきたのだ。

 つまり鵜堂刃衛は散ったのだ。剣心の手で……ではなく、時代によって。

 

 明治の世になっても人斬りは必要とされる。

 そして人斬りとしての価値を失えばやっぱり行き着く先はそこになるんだろう。

 

 人を斬りたいがためにその畜生道とも言える道に身を置き続けた狂人であり強人、刃衛。

 

 それほどまでの道を歩んで尚、散る。

 それほどまでの道を歩んで得た力を、散らす。

 

 諸行無常なんて言えばカッコつけ過ぎだろうか。

 歩んだことも、歩むつもりも無いけどそんな道を歩んで行き着いた先になんとも言えない感情を覚える。

 

 ――もし俺も、そんな強道を歩めて力を得たのなら。

 

 その先は何処に向かっているのだろう。

 俺の、弥生の歩む道は何処に繋がっているんだろう。

 

 るろうに剣心の世界で。

 わけもわからないままやってきたこの世界で生きた先に。

 

 俺たちは何を求めているんだろう。

 

「……なんて、らしくないですね」

 

「弥生ちゃん? どうしたの?」

 

「おう弥生っ! さっさと一本いくぜっ!」

 

 今日こそはと息を巻く弥彦に苦笑いしつつ竹刀を構える。

 

「はじめっ!」

 

「うおおおおおっ!!」

 

「――っ」

 

 向かってくる弥彦。

 巻き上げる気炎とは裏腹に工夫を凝らしているのがわかる。

 

 がら空きの胴。

 誘っているとわかる位には俺だって成長してる。

 

 だから問題は。

 

「ちぃっ!!」

 

「……まだまだっ!」

 

 俺が分かっていると分かっている上で誘っているかどうかだ。

 

 相変わらず弥生の異能は発動しない。

 弥彦との打ち合いはまるっきりそれを感じない。

 

 要するにこれは俺の素の実力一本なのだ。

 

「でぇええええ!!」

 

 再度同じ行動。

 それしか出来ないのか、それともよっぽどその行動の先に置いている布石へ自信があるのか。

 

 ……面白い。

 

「そこぉっ!!」

 

「かかったなっ!! くらえっ!!」

 

 そう、これは素の実力試し。

 

 そのはずなのに。

 

「――っ!!」

 

 自動的。

 自動的に、身体が打った胴の勢いそのままに流れた竹刀、その先へと。

 

「な、にぃ……!?」

 

「っ!! これで終わりですっ!!」

 

 会心の出来だったのだろう弥彦の胴返し面。

 その面を俺は躱して、膝を突きながら再び胴を返した。

 

「一本っ! そこまでっ!!」

 

「ちっくしょおおお!! ありがとうございましたっ!」

 

「……ありがとうございました」

 

 礼に終わる。

 

 ……正直、泣きそう。

 泣いてもいいよね、女の子だもん。

 

 いや、いかん。

 プライドまで投げ捨ててどうするよ。俺は強い子男の子。

 

 今、間違いなく弥生の力が発動した。

 それはつまり、弥彦の攻撃を脅威と感じたということ。

 

 俺と弥彦の差が縮まりつつあるということ。

 いや、もしかしたら既に抜かされているのかも知れない。

 

 あかん辛いだれかぼすけて。

 

「遅くなってすまないでござるよ」

 

「あ、おかえりな――」

 

「随分しなびた家ね。剣術道場?」

 

 高荷恵、きたああああああ!!

 

 来ましたついに来ましたよどうか俺を治療して下さい出来るなら男に戻してください。

 

 実のところ俺は恵さんが好きなのです。

 

 いやさ、すんげぇいじらしいじゃん? いい女じゃん?

 性格黒いのかも知んねぇけどさ、俺、イケルよ、大好物だよ?

 やっぱり時代は明治だけどいつでも変わらぬ美人っているもんなんすよ!

 

 待てよ?

 俺今女じゃん?

 

 ってことはさ!

 一緒にお風呂イベントとか頑張ったらできんじゃないの!?

 

 うっそまじで?

 燃えてきたっ!!

 

 シリアス? 知らんがなっ!

 

 俺は今、最高にキてるっ!!

 

「見損なったわっ!!」

 

「ほげっ!!」

 

 あ、薫さんナックル。追撃の面打ち乱打。あれは痛い。

 

「まさかそんな人買いみたいな事するなんて! 左之助ならわかるけど剣心まで!!」

 

「なんでぇそりゃあ」

 

 日頃の行いっすよ左之助さん。

 いや、根は良いやつ……うんにゃこれは褒め言葉じゃねぇや。

 俺は好きっすよ左之助の兄貴。

 

「ええっと、高荷さんでしたよね? こいつにはよく言っておきますからどうぞお帰りになって……」

 

「あら、私は帰る気ないわよ?」

 

 ――私ねぇ、この人のコト気に入っちゃったの。片時も離れたくないくらいよ。

 

 キマシタワー!! じゃねぇけど来ましたわ!!

 こんなコト言ってる裏ではこいつ使える的なことを今は考えてるんだろうけど良いんです!!

 

 おい剣心俺と代われっ!! 弄ばれたいっ!

 

「あんまりからかうんじゃねぇよ。この嬢ちゃん、すげー単純なんだからよ」

 

 ぶちぃっ!!

 

 あ、うん。

 そんな音が聞こえたね、冷静になったよわぁい。

 

「出てけ-! みんな出てけ-!!」

 

 皆に俺は換算されてないの? なぜなのほわい。

 

 俺以外を放り出した薫さんの背中へと苦笑いを送ってみる。

 

「何っ!? 弥生ちゃんっ!」

 

「あ、あははー……私、汗流してご飯の準備してきますね-」

 

 偉い人は言いました。

 三十六計逃げるに如かず。

 

 さくっとその場から逃げようとするんだけど……ぬぐ。

 

「ねぇ、弥生ちゃん」

 

「は、ははは、はい?」

 

 首根っこをむんずっと掴まれて逃げられない。

 あぁ、やっぱり薫さんはラスボスなんやなって。

 

 そんなアホなことを考えてみれば。

 

「わ、私って……単純、かな?」

 

「……あー」

 

 何この可愛い生物。

 少し俯きながら上目遣いしてこないでよ、それは剣心にやってよ、禁じ手だよ、末代は祟れないよ。

 

 はーやっぱこの人がヒロインなんやなって。

 いや、俺は恵さん推しですけど。

 

「そこが可愛いと思いますよ、多分剣心さんもそう思ってるんじゃないですかね」

 

「か、かわっ!? 可愛いって! 剣心もっ!?」

 

 何この可愛い生物ぱーとつー。

 急にいやんいやん、ぐりんぐりんと怒ってた薫さんは何処行った?

 

 ……やっぱ単純なんだなって。

 

 はぁ。

 

 まぁいいや、ともあれ、だ。

 

「武田観柳……いや、四乃森蒼紫現る、か」

 

 漂い始めた戦いの気配に、心がうずいた気がした。



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その男、口先上手につき

 隠密御庭番衆。

 強さの証明……いや、最強という華を今も尚追い求める幕末の残り火。

 それが四乃森蒼紫であり、江戸御庭番衆。

 

 帰ってくるなり部屋に引っ込んだ剣心と恵さん。

 今頃剣心が武田観柳の私兵団規模を聞いたりと情報収集に励んでいるところだろう。

 それを怪しんで薫さんが出歯亀しようとしてるのはさっき聞こえた声でわかってる、薫さん可愛い。

 

 味噌汁を温めていた釜戸の火を落として、これから起こるだろう戦いについて考える。

 

 まずは今から御庭番衆の癋見(べしみ)、ひょっとこ、般若がここに来るだろう。

 最初から姿をあらわすのはひょっとこだけで、まぁ剣心、左之助によって問題なく撃退されるはずだ。

 

 その中で、俺は何が出来る?

 

 弥彦の代わりに恵さんを毒殺螺旋鏢から守る?

 いや、弥生の異能は自分に対してのみ有効だ、そういった誰かを庇うために発動するかどうかはわからない。

 わからないものをいきなり実戦投入するなんてことは出来ないし、ミスって恵さんに螺旋鏢が刺さるなんてことになったら目も当てられない。

 

「だと、するなら……」

 

 直接癋見と対峙する。

 そうして戦闘不能に陥れることができれば恵さん、ひいては毒殺螺旋鏢の毒にやられそうになる弥彦を守ることは出来る、けど。

 

 それをしてしまったら高荷恵の正体というべきか、高等な医術を修めている人間だということが発覚しなくなるわけで。

 

 かと言って可愛い弟弟子に辛い思いをさせたくもない複雑な乙女心。

 なんてこった、これが恋か。

 

 んなわけねぇ。

 

 っていうか何で俺は戦うこと前提で考えてるんだまじで。

 色々思考回路がおかしくなってきているこの頃いかがお過ごしですか。

 

 別に漫画通りに物語が進むのならばそれを害さない程度に見守ればいい話だというのに。

 

「……っ」

 

 どうもそれは弥生が許してくれないらしい。

 弥生の訴えは頭痛となって、確かな熱となって俺を動かそうとする。

 

 それに。

 

「わかってるよ……」

 

 俺も、そうだ。

 そうやって借り物の熱に浮かされている。

 強くなりたいという思いは日毎に増していく。

 

 命をかけた戦いは、もうすぐそこまで迫っているんだ。

 それに対して臨もうとする心があることを否定できない。

 

 本来のこの身体の持ち主は、一体何を望んでいるのか。

 強くなった先に何を求めているのか。

 心なんていう不確かな存在となってなお、俺をどうしたいのか。

 

「――来た」

 

 門が大きな音を立てて壊される音。

 いつぞやも言ったがそれ誰が掃除したり何なりすると思ってんだこのやろう。

 

 まぁ良くないけどいいや……行こう、死戦が、そこにある。

 

 

 

 そんな俺の決断は。

 

「雑魚が高みの見物なんてカッコつきませんよ」

 

「――てめぇ」

 

 癋見と戦うことだった。

 木に登って見物決め込んでる癋見に大きめの石を投げて挑発してみれば引っかかってくれた。

 

 後ろではちょうど剣心が逆刃刀グルグルしてひょっとこの火吹き対処し終わったところ。

 

「弥生殿っ!?」

 

「弥生ちゃん!?」

 

 そんな中こんなことしてる俺へと驚く薫さんと剣心だけど……申し訳ねぇ。

 心配かけるなって言われたけど、約束したけど。

 

「心配しないで下さい。心配するほど危険な相手ではありませんから」

 

 挑発ぱーとつーを敢行する。

 

 弥彦も驚いていたけど、そんな中で左之助だけが俺にじっと視線を向けていた。

 

 ――でぇじょうぶか?

 ――もちろんです。

 

 目線でやり取りをした後、癋見へと視線を向けてみれば顔を赤くして地面に降りてきたところらしい。

 

「ぶっ殺すっ!!」

 

「そういうのは殺した後にどうぞ?」

 

 慌てて薫さんがこっちに来ようとしたのか、そんな気配がちらり。

 流石にもう相手から目を離せないから何も言えないけど、左之助の声が聞こえた後気配が消えた。

 

 ありがとさん。

 

 さて、癋見。

 

 漫画では螺旋鏢を放っているところしか見なかったわけだが。

 多分、俺と癋見の相性は悪くない。

 

「くらえっ! 螺旋鏢!!」

 

 というのも。

 

「っ!?」

 

「やれやれ、それしか出来ないんですか?」

 

 基本的には螺旋鏢による中距離から遠距離攻撃、それに対する弥生の異能。

 螺旋鏢が弥生にとっての脅威である限り、極論目を瞑っていても避けられるだろう、今そうしたように。

 

「てめ――っ! まぐれでいい気になるなよっ!?」

 

「まぐれ? ふふっ、可愛いですね? ほんとにそう思うのですか?」

 

 立て続けに放たれる螺旋鏢をすいすいと躱す。

 そう、螺旋鏢は確かに俺の命を脅かす脅威ではあるが、戦闘において脅威ではない。

 だから問題は。

 

「ちぃっ!!」

 

「――っ」

 

 どうやって距離を詰めるか。それに尽きる。

 

 今避けながらも間合いを詰めようと進んだ分離れられた。

 良くも悪くも、だけど、癋見は俺のことをそれなりにやるやつだと認識したのだろう。

 

 故に自分の得意技……いや、信のおける技に固執した。

 それなりにやる相手、その実力がわからない。

 なら近づいて相手の間合いに入るのは得策ではないと判断したんだ。

 

「傷つきますね……こんなに可愛い女の子を避けるなんて」

 

「るせぇ! 不気味なんだよっ! いいからさっさと死ねやっ!!」

 

 あくまでも予想だけど。

 あの四乃森蒼紫の部下って言うんだから近距離で戦う術だってあるはずだ。

 御庭番衆である以上いわゆる基本的な忍者? としての術は修めているはずなんだ。

 

 だから、もしその術をもって戦われたらどうなるかはわからない。

 

 故に今の状況でどうにか勝つしか無い。

 相手が俺のことを警戒して(・・・・)螺旋鏢で戦おうとしているうちに。

 

「まったく……いい加減埒があきませんね。男らしくこっちに来てもらえませんか?」

 

「抜かせっ! これが俺の御庭番衆としての力だっ! 俺の螺旋鏢でてめぇを仕留めてやるっ!」

 

 とはいえ癋見。

 頭に血が上りやすいというか、挑発へと簡単に乗っかってくれる一面があるわけで。

 

 そして原作知識持ちの俺は一番激昂させられるであろう言葉を知っているわけで。

 

 ――出来れば、言いたくない気持ちがある。

 

 正直、俺は御庭番衆が好きだ。

 癋見もひょっとこも式尉も般若も。

 この後向かうだろう武田観柳邸で繰り広げられる光景を慮れば貶す言葉なんて使いたくはない。

 

 だけど。

 

「そんなだから……一芸だけのキワモノ野郎なんてバカにされるんですよ? 役立たず、さん?」

 

「――殺すっ!!」

 

 向けられた殺気に背中の産毛が逆立った。

 怒りの表情を貼り付けて吶喊してくる癋見に心で謝る。

 

 それでも勝つ。

 強くなるって決めたから。

 

「ああああああああっ!!」

 

「死ねえぇえええええ!!」

 

 バカにされて尚、癋見が選んだ攻撃は螺旋鏢。

 それこそ自分が御庭番衆である証と言わんばかりに、飛びかかってきながらもその構え。

 

 勝負に勝って試合に負ける。

 

 そんな言葉を思い浮かべながら。

 

「そこっ!!」

 

「ふぐっ!?」

 

 カウンターで胴へと竹刀を叩き込んだ。

 

 

 

「弥生ちゃん……」

 

「あはは……心配、かけちゃいましたか?」

 

 振り向いてみれば安心したかのような薫さん。

 見ればひょっとこと左之助の戦いも丁度終わったところのようで。

 

「楽勝っ!」

 

「の割には満身創痍でござるな」

 

 なんてやり取りをしてる剣心と左之助。

 

「あの二人みたいに心配されないようになるには……どれくらい強くなればいいんでしょうね」

 

「……そっか、弥生ちゃん強くなりたいんだ」

 

 そう言って見れば薫さんの目が少しだけ変わった。

 強いて言うなら、妹分を見る目から……一人の剣客を見るかのような。

 

「強いなんてもんじゃないわよ……あなたも、あの二人も一体何者?」

 

 おっと恵さん強いの中に俺も入れてくれるんすかぐへへありがてぇ。

 

「ふふ、弥生ちゃんもあの二人も……頼りになる自慢の、仲間よ」

 

 ああーうれしみで成仏しそうなんじゃあー……。

 いやまだだ、お風呂イベントを迎えるまでは死ねない。

 

 とは言え。

 

「……」

 

 地面に伏せている癋見。

 心の底から申し訳ないと思う。

 

 もっと俺が強ければ、あんな挑発なんて必要なかった。

 純粋に、力の差で打ちのめすことが出来なかったことが悔やみとしてある。

 

 この、小さな弥生の掌。

 

 こいつがこんな異能を持つ理由はわからない。

 けど、それに甘えてばかりもいられないわけで。

 

 覚悟。

 あの時左之助が言ってくれた言葉。

 その覚悟の一つに、きっと今の気持ちを呑み込むってのがあるんだろう。

 

「強く、ならなきゃ……」

 

 そう思う。

 左之助にきっぱり無理だって言われたけど、それでも。

 

 戦おう。

 強くなりたいって気持ちは、もう弥生だけのものじゃないのだから。

 

「あぶねぇっ!!」

 

「っ!?」

 

 弥彦の声に驚いた。

 その声の先を見てみれば。

 

「いくら小さな鏢だって心臓にでも当たったらただじゃすまないのよっ! 危険だからあなたは下がってなさい!!」

 

「冗談じゃねぇ、剣心たちも……それにこの馬鹿姉弟子もこの女守ってんだろ? 俺だって剣心組の一人だぜ、攻め手は無理でも守り手ぐれーはきちっとやるぜ」

 

 ……迂闊。

 

 迂闊すぎだ。

 何やってんだ俺は、浸ってる場合じゃねぇって!!

 

 自分でも分かってたじゃねぇか! 危惧してただろう俺!!

 

「で、でしゃばった報いだぜ……! 毒殺螺旋鏢、こ、これが御庭番衆、癋見の真の技……」

 

 半身を起こしていた癋見は再び倒れる。

 

 あぁもう! こんな形で原作進行すんなしっ!! 俺のアホ! 一回死んどけっ!!

 

「解毒剤を持っているはずでござる!! それを――っ!」

 

「止そう」

 

 あぁああああもう! 般若さんこんな形で登場すんなしっ!

 いいから解毒剤下さいまじで!! 謝るからっ! 顔怖いっすから!!

 

 あたふたしてたら剣心と般若の一合、やっちまえ剣心!

 

 あ、やっぱだめっすよね、逃げられますよね、はい。

 

「解毒治療は時間との勝負よっ! 急ぎなさいっ!」

 

 ……落ち着こう。

 そうだ、迂闊と猛省するけどやっぱりこうなるさ。

 

 恵さんが指示を飛ばして、それに従って。

 

 あれよあれよと動く中。

 

「……完璧だと、思ったんだけどな」

 

 最後の力を振り絞らせられる程度には浅かった。

 そんな実感、力不足に思いを馳せた。

 

 

 

「左之助さん」

 

「おぉ? 弥生、どうした?」

 

 高荷恵の真実。

 剣心と恵さんの会話をこっそり出歯亀して知った薫さんと左之助。

 

 薫さんは納得したけど、やっぱり左之助は納得できていないようで。

 いまいち踏ん切りがつけられないと顔に書いてある。

 

「ありがとうございます」

 

「なんでぇ急に」

 

 あの時俺が戦うことを認めてくれた。

 それがやっぱり嬉しいのですよ。

 

「それでですね。そんな私が嬉しくなるくらい人の気持ちを汲めるあなたが、何浮かない顔してるんです?」

 

「……ちっ」

 

 そう、聞いてしまった。

 後で剣心も言ってるけど、振り上げた拳の下ろし先を見失ってしまったんだ。

 

 優しい……というか、人の気持ちを汲める左之助だから。

 恵さんの素性、過去を知って責められなくなった。

 

「ふふっ、私、やっぱり左之助さんのそういうところ好きですよ」

 

「はぁっ!?」

 

 おおっと勘違いすんなよ? 兄貴的存在としてって意味でだぞ?

 俺はノーマル、至って女の子が好きな一般男子です。

 

「誰を責めればいいかわからないんですよね? 恵さんにイラつく想いはある、けど納得しなきゃならない、けど抑えられない」

 

「……」

 

「いいじゃないですか、それで。納得できないことを無理やり納得するなんてあなたらしくないですよ。そうしようと努力する左之助さんはかっこいいですけどね」

 

 まぁ結局観柳邸に乗り込んで大暴れしないと気持ちの整理出来ないだろうしな。

 納得じゃなくて発散。

 そうして左之助は生きてきたんだし、何より悪一文字はそういうものじゃない。

 

「いい子になるため悪一文字を背負ってるわけじゃないでしょう? だったら、いいじゃないですかそれで」

 

「……はぁ、ったく……弥生、ほんとにてめぇはそういうところだぞ?」

 

「わぷっ! もう、頭撫でないで下さいっ!」

 

 こんな風に言ったところで左之助のもやもやとした想いは晴れないだろう。

 けど、自分はこう思ってると相手に伝えるってのは大事なことだ。

 強くなりたいとこの人に伝えたからこそ、癋見との戦いが実現したように。

 

 どっちにしろそれを晴らすのはやっぱり剣心の役目だし。

 

「……ありがとよ」

 

「はい、お礼は稽古で結構です」

 

 ともあれ、だ。

 

 次の戦いは観柳邸。

 ……俺も、もう一つの覚悟を決めなきゃな。



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その男、初めての死戦につき

「おはようございますっ! 恵さん!」

 

「おはよう、弥生さん」

 

「やですよもうー、弥生って呼び捨てにして下さい」

 

 あーにっこり笑顔の恵さんは……最高やなっ!!

 

 そうです、弥彦も回復して少し。

 本日はお日柄もよく、恵さんとおはぎを一緒に作ろうイベント開催予定です。

 

 そうして少しずつ好感度を稼いでお風呂イベントに繋げるんや……やったるで……。

 

「ええっと、それで? 私に何か用?」

 

「はいっ! 良ければ一緒におはぎ作りませんか? 薫さん、材料いっぱい買っちゃって一人じゃ大変なんですよ」

 

 少しずつうちに慣れてきてくれた恵さん。

 その要因の一つに俺がいるというのは疑いようもない事実だろう。

 

 薫さんにはなんか恨めしそうに嫉妬されたり、弥彦にはなんだかわからねぇけどいいんじゃねぇ? って顔されたり。

 剣心には仲良きことはーなんてにっこりされて、左之助には複雑な顔を浮かべさせた。

 

 まぁそれくらい俺はグイグイ恵さんに絡んでいってるわけだ。

 今ほど自分が女であるということに感謝したことはない、きっとガワが男ならこうはいかないだろうさ。

 

「そうなのね。随分と久しぶりだけど……一緒なら大丈夫かしら」

 

「恵さんなら大丈夫ですっ!」

 

 いえーい! 前向きな返事いただきましたっ!

 やったるでぇ! そして貪り食うぜぇ! 恵さんのお手製おはぎとか家宝にするくらいの気持ちで!

 永遠に胃の中で留まれ、留まって欲しい。

 

 そんなこんなで一緒におはぎを握る。

 

 横目で見る恵さんの顔は何処と無く楽しげで。

 激動を乗り越えてきた……のはまぁこの人だけじゃないけど。

 やっぱりこうやって戦いとは無縁の世界で、穏やかにおはぎを握ったり、医者として患者を診たりしてる姿が一番似合うと思う。

 

 守りたい、この笑顔。

 

 日々ここでの生活に慣れて、少しずつ笑顔を多く見せてくれる恵さん。

 それを嬉しいと思う嵩を増す度に武田観柳許すまじの気持ちも増してくる。

 

 こんな人を自分の欲を満たすためだけに使っている人間は許せない。

 

 なんちゃっての正義感だろうけど、やっぱりむかっ腹を抑えることは難しいもんで。

 

「ん? どうかした? 弥生」

 

「あ、いえ……その、なんでも無いです」

 

 おっと見つめすぎた。

 不思議そうな目で見返されてしまったぞ?

 

 って、ひえっ?

 

「うふふ、私じゃ何も出来ないかも知れないけど……言ってご覧なさいな? 言うだけでも楽になることってあるものよ?」

 

「あわ、あわわわわ……」

 

 あご、あごを指でくいって……くいって!

 あぁ……おねーたま……ぼく、もうらくになってもいいよね……。

 

「あら」

 

「ぷしゅるー……」

 

 あかんこの人やっぱしゅき。

 

 目の前が暗くなったけど幸せいっぱい胸いっぱいです。

 

 

 

 とは言え。

 

「しくったっ!」

 

 恵さんが書かされた置き手紙をくしゃりと丸めた剣心。

 やっぱりこうなる。なんて達観してる自分が嫌になる。

 かと言ってこうなった原因の場に俺が居合わせたところで今度は俺を材料にされるだけの話で。

 

 小賢しく思考を回す自分へと余計に腹が立って。

 

「左之っ! 観柳邸の場所はわかるなっ! 行くぞ!」

 

 慌ただしく出発しようとする剣心に心の中で同意して。

 

「行けよ」

 

 左之助の冷たい言葉を耳にする。

 

「あの阿片女のためになんで俺が動かなきゃなんねーんだよ」

 

「てめー! いつからそんなダセェこと言う様に――」

 

「いい加減にしろ左之。お前らしくもない」

 

 あぁ、そうだな剣心。

 俺もそう思うよ。

 

 俺だってこんなかっこ悪い左之助は見たくない。

 けども気持ちはわかるんだ。

 

 だからさ。

 

「人が動くにいちいち理由が必要ならば、拙者の理由はそれで十分でござる」

 

 発破かけてやってくれよ、いつもの左之助に戻れるように。

 それが出来るのは剣心だけだからさ。

 

 捨てられた子犬のような目、心許せる家族に等しい存在を求める恵さん。

 それが剣心の動く理由だってんなら。

 

 恵さんに幸せになって欲しい。

 そんな想いでも十分だろう。

 

 命をかける、理由には。

 

「私も行きます。恵さんのこと、好きですから……これでも十分ですよね? 剣心さん」

 

「――そう、でござるな」

 

 そう言ってみればやっぱり困ったような笑顔。

 共に戦う者として認められたわけじゃないってのは分かってる。

 

 だけど、いずれ。

 

「ここは命懸けでも助けに行く!! それが出来ねーで何が活人剣の神谷活心流だ!!」

 

「こいつぁ、多分徹夜仕事になる。六人分の朝食と風呂の準備を忘れんなよ」

 

 ――四の五の考えんのはもうやめだっ! ここは俺らしくひと暴れしてやるぜ!

 

 うんうん、それでこそ左之助っすよほんとに。

 

 さぁ、それじゃあ。

 

「行くぞっ!!」

 

 応っ! 

 

 

 

 はえーでっかい。

 そんな感想を覚えたのも束の間。

 レッツ突入である。

 

「は、はええ……なんだ、あれは?」

 

「オラオラっ! よそ見してっと! 怪我するぞっ!!」

 

 まぁ正直俺と弥彦の出番なんかないわけでだな。

 ただのランニングになってるこの状況は少し恥ずかしい。

 

「左之助っ! 遅れを取るんじゃねぇぞっ!!」

 

「……弥彦ちゃん」

 

 流石です弥彦さん。その心意気、見習いたい。

 けどまぁ安心しなって。

 

「左之っ! 弥彦っ!」

 

「おうっ! ほらよっ! お前の出番だ活躍してこいや!!」

 

 あーいってらっしゃいませー。

 左之助に放り投げられた弥彦は銃士隊に突っ込んで、お見事な活躍。

 

「……んだよ」

 

「いーえ、何でもありませんよ。私も投げます?」

 

「……そういうところだぞ」

 

 もうどういうところなのかわかりませんよっと。

 

「さっさとかっこいいところ見せてくださいね?」

 

「ちっ……わぁったよっ!!」

 

 汚名返上期待してます。

 ま、多分俺はその光景を見れないかも知れないんだけどね。

 

 むしろ生きてここから帰られるかなとすら思ってる。

 私兵団を薙ぎ払って、進んでいく度に心臓が早鐘を打つ。

 突入する時も大概緊張してたけど、遠くの門が大きく見えるようになってくる度に、その緊張で心臓が押しつぶされそうになってる。

 

 覚悟。

 命をかける、覚悟。

 

「年貢の納め時だ、観柳」

 

「――っ」

 

 口上が始まった。

 あれだけ小さかった玄関はすぐそこ。

 

 そしてその玄関を越えれば待ち受けるのは般若。

 

 俺の、命を燃やす相手。

 

「私兵団五十人分の給与をお支払いしましょうっ! 是非とも私の用心棒にっ!!」

 

「降りてくるのか来ないのか、どっちなんだ」

 

 全く馬鹿げてる、相当頭おかしい。

 

 なんでよりにもよって般若なんだろうか。

 左之助と剣心が出来る、強いと認めた相手だぞ? 何でそんなヤツ相手にしようと心に決めているのか。

 

 生き様だってそうだ。

 何故か共感できるその軌跡。

 

 十中八九負けるどころか殺される。

 分かってる、分かってるっていうのに。

 

「一時間以内にそこにへ行くっ!! 心して待ってろ観柳!!」

 

 死ぬほど辛い戦い。

 その最初を般若に求めた。

 

 そして馬鹿げてると分かってるのに。

 

「……行きましょう」

 

「おう」

 

 どうにも止められない。

 

 

 

「江戸城御庭番衆密偵型――般若。お頭の命につきこの場を死守する」

 

「不要の戦いは避けたいでござ――弥生、殿?」

 

「不要なんかじゃありませんよ、必要です。彼にとっても……私にとっても。ねぇ、般若さん?」

 

「……お頭の命は絶対だ。それは女子供とて変わらない」

 

 構えようとした剣心の前に立つ。

 ここに来て心臓は嘘のように静まり返っていた。

 覚悟が出来た、ってことなんだろうか。それとも現実感がなさすぎて心が理解できていないんだろうか。

 

「無茶だ弥生殿っ!! 般若の相手は拙者が――!!」

 

「剣心、ここは弥生にまかせてやっちゃくれねぇか? もちろん、最悪の場合は責任もって俺がなんとかする、剣心の不殺を破らせることは絶対にしねぇ……だからよ」

 

「左之っ!?」

 

 ありがてぇなほんと。

 けど最悪の場合……つまり死にかけるってのがあったら。

 それはまぁあれだ。

 剣客としての自分は死ぬってことだろう。

 

「剣心、あんな馬鹿姉弟子だからさ……」

 

「弥彦……」

 

 おうおう、流石かわゆい弟弟子。ありがとよ。

 

「弥生殿」

 

「はい」

 

「無理だと判断したら……止めるでござるよ」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 そう、それでいい。

 いや、死なないことに安堵したわけじゃない。

 

 ここで負けたら俺はもう強さを目指せない。

 

 仮に死にそうになって、剣心たちによって九死に一生を得るようなことがあれば。

 

 俺はもうすっぱり剣の道を諦める。

 違うな、活人剣を振るうものは如何なる敗北も許されない。

 敗北してしまえば神谷活心流(・・・・・)巫丞弥生の死、そのもの。

 

 だから、ここはデッドライン。

 

 越えられれば、剣客としての道が拓き、退けばもう二度と拓かれない分岐点。

 

「神谷活心流、巫丞弥生……参ります」

 

 その戦いの幕は。

 

「キエエエエエエ!!」

 

「っ!!」

 

 般若の鉄甲が打ち鳴らされた音で切られた。

 

 

 

「破ッ!!」

 

「っ!!」

 

 顔面を前言通り遠慮なく狙ってきた般若の拳を避ける。

 当たり前だが般若の攻撃は脅威判定。

 身体は自動的に回避してくれる、つまり俺は後の先に集中するべき。

 

 なんだけど。

 

「疾ッ!」

 

「く……ぅっ!!」

 

 俺のカウンターより早い攻撃の繋ぎ。

 避けたと思えば竹刀を振るうより先に般若の身体が動く。

 続けざまに襲ってきた肘打ちを大げさに飛び退いて間合いを離そうとしてみれば。

 

「逃さんっ!!」

 

「くそっ!!」

 

 一足飛びで再び拳の間合いに引き戻される。

 

 左之助と稽古を積んでいて良かったと思う反面、違いが大きすぎて面食らったのがもう半分。

 確かに拳の間合いは理解できている、だが身体のこなしが全く違う。

 

 平たく言えば隙がない、割り込む呼吸を生むことが出来ない。

 まさしく般若は卓越した拳法家だった。

 

 途切れなく、間断なく。

 放たれ続ける般若の攻撃へと、ただ避けるだけで精一杯。

 

 だけどそんな攻撃が。

 

「……なるほど、癋見が負けたのも頷ける」

 

「はは……あなたに褒めてもらえるなんて光栄ですよ」

 

 不意に止んで言われる。

 

「お前にはどうやら私の術は効かないようだ……それに、その身のこなし。侮れる相手ではないらしい」

 

「……買いかぶり、ですよ」

 

 般若の術――伸腕の術。

 腕に横縞の入れ墨を入れることで目の錯覚を誘い、太く、短く感じさせるもの。

 

「なるほど、合点がいったでござる」

 

「剣心? 何がわかったんでぇ?」

 

 流石剣心、相対せずともそれを理解するなんてぱねぇです。

 

 後ろの解説を耳に流しながら呼吸を整える。

 そう、俺は般若の攻撃を認識していない。

 認識しているのは弥生の異能。

 その異能へと身を任せて避けているに過ぎない。

 

 ただこの場では……いや、癋見と戦っていた時でもそれはうまく作用した。

 勘違い、とも言えるかも知れないけど、この力は相手の気を引き締めるには十分なものらしい。

 

「それにあの仮面で目線を察知し難くなる……拙者でも、一工夫凝らさなければあの術を見極めることは出来なかったでござろう……弥生殿、お主は一体……」

 

 どうやら勘違いは味方にまで……。

 いや、この戦いを預けてくれる理由になるなら何でも良いか。

 

 どちらにせよ。

 

「だが――」

 

「っ!!」

 

 再びの接近戦。

 そう、般若も分かってる。

 

「私に攻撃出来ないのであれば同じことだっ!!」

 

「まったく、その通りですねっ!!」

 

 俺はまだ一度も攻撃しようとしていない、っていうか攻撃できない。

 攻撃しようとすればきっとその瞬間般若の拳が俺の身体を捉えるだろう、それくらいはわかる。

 

 ジリ貧。

 

 これはそういう状況だ。

 確かに体力の続く限り回避は出来る、左之助の時と同じように。

 だけどそれは体力がなくなるまでこの状況が続いてしまえば負けるということで。

 

 ならその隙を作るためにどうすればいい?

 

 挑発? 効果は薄いだろう。

 あえて先制する? 現実的じゃないし、防がれるかカウンターでワンパンされて終わりだろう。

 

 分かってる、分かってた。

 

 俺じゃあ到底般若に勝つなんて無理だ。

 力が足りない、戦闘経験も足りない。

 

 時間も足りない。

 

「破っ!!」

 

「つぅっ!!」

 

 思っているより体力、集中力の消耗が激しい。

 今頬を掠めた般若の拳然り、体力の限界より先に攻撃を躱す限界が来そうな気もする。

 

 当たり前だ。これは死戦、死闘なんだから。

 

「そろそろ、限界のようだな」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 分かってただろう? 決めただろう?

 命を懸けるって。そうして強くなるって。

 なら後はそれを実行するだけじゃねぇか、出し渋って何も出来ずに負けちゃいましたなんてバカにも程があるだろう?

 

「弥生殿」

 

「だめ……ですよ……まだ、終わってません、限界じゃないです」

 

 下がれって言いたいんだろう? それも分かってる。

 今なら無傷で退ける。

 この戦いからも、この先の戦いからも。

 

 そしてなんでも無い平和な毎日がやってくる。

 

「それは、だめ……です。わた、し、決めたんです……強くなるって、あなたと並び立てるほど、強くなる、って」

 

「……」

 

 高望みにも程があるけど。到底簡単な道じゃないって分かってるけど。

 

 弥生はそれを求めている。

 そして俺も。

 

「じゃないと、意味、ないですから、私が、生きる、意味が……」

 

「生きる、意味……」

 

 それはもう弥生と俺の願いだ。二つで一人分の意志だ。

 俺が弥生の想いに引きずられてるからじゃないのかとか、そんなことはもうどうでもいい。

 

 意味のない命なんて無い。

 でもそれは自分で動いて得るものだ。

 

 それは、近所の爺ちゃんがいつも酔っ払って言ってた言葉。

 

 俺の、生きる意味。

 

 かつての俺じゃないかも知れない。

 弥生という借り物に収まった命なのかも知れない。

 

 それでも。

 

「手を、伸ばす……そして、掴み取る。そうじゃなきゃ、意味、ないですっ!!」

 

「弥生、殿……」

 

 そんな願いが生まれたことだけは確かだから。

 

 真っ直ぐに般若をにらみつける。

 何の攻撃を受けたわけでもない、それなのにすっかり満身創痍。

 

 これが、闘い。

 自分の命を天秤に載せて、行われる死戦。

 

「覚悟は出来たようだな」

 

「ふふっ……! わざわざ待ってくれるなんて……! やっぱり般若さんは紳士ですね……っ! おまたせしました! さぁ! これで終わりにしましょうっ!!」

 

 あぁ、感謝するよ般若。

 そりゃ操ちゃんも慕うわ。俺も慕っちまいそうだ。

 

 覚悟を決める。

 

「鉤爪っ!?」

 

「弥生殿っ!!」

 

 俺の覚悟に呼応してくれたかのように、般若の手から鉤爪が現れる。

 

 ありがてぇ、ちゃんと、俺を殺してくれる気マンマンだ。

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬の余白。

 だけど永遠にも等しいくらいに感じられる時間。

 

 あぁ、そうだった。

 

 弥生は回避してくれる。

 俺は攻撃することだけを考えればいい。

 

 だったら。

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

「ああああああああああっ!!」

 

 同時に、しちまえばいいんだ。

 

 出来る。

 今の俺……俺と弥生ならきっと出来る。

 

「っ!?」

 

「くらい……やがれええええええっ!!」

 

 飛天御剣流――龍巻閃もどき。

 

 般若の鉤爪が半身を捻った俺の頬を浅く切り裂く。

 髪を留めていたリボンが裂ける。

 

 それでもそれは回避が成功した証明。

 

 だからそのまま。

 

「――っ!!」

 

 流れた相手の身体、立ち直せていない身体を地面にそのまま叩きつけるように。

 遠心力をたっぷりのせた一撃を。

 

 般若の後頭部に叩き込んだ。

 

「や、やりやがった……!」

 

「す、げぇ……」

 

「今のは……」

 

「はぁっ!! はぁっ!!」

 

 地面に顔から突っ込んだ般若さんが立ち上がる気配は無い。

 弥彦が化け物と称した素顔が割れた仮面から覗ける。

 

 そしてその目から完全に気を失っていることがわかった。

 

 確認できて、ようやく。

 

「はぁっ……はぁああああーーーー……」

 

「弥生っ!!」

 

 クソデカため息と一緒に地面へ座り込めた。

 

 床、つめてぇなぁ……あー俺、生きてるわ……ちくしょうやってやったぜ。

 弥生も、ありがとうな……残念かもしれねぇけど、俺、生きてるよ。

 

「立てっか? ……ったく、俺より先にかっけぇところ見せてんじゃねぇよ」

 

「あはは、たまには私のかっこいいところも見せておかないといけませんし」

 

 手を差し出してくれたのは左之助。

 握って立ち上がろうとするけど。

 

「あ、あらら?」

 

「っとぉ……いい加減それやめろや」

 

「わざとじゃないですって!」

 

 もう生まれたての子鹿もびっくりな足元で、左之助の胸の中に収まってしまう。

 

 ……あーいや、男の胸に収まるなんて生理的嫌悪感は疲労により無効です。

 

「弥生殿」

 

「……言いたいことはわかります。ですが、今は恵さんが先です……急ぎましょう」

 

 どうしてと顔に書いている剣心には悪いけどうまく説明できる気もしないし、今はそんな事追求してる場合でもない。

 

 般若の四乃森蒼紫への心酔っぷりが語られなかったことや、恵さんの居場所を聞けなかったのは残念だけどとりあえず。

 

「……やった」

 

 剣客としてのスタートラインに立てたことを喜んでおこう。



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その男、剣客につき

「お、重くないですかっ!?」

 

「あぁ? 全然軽ぃ軽ぃ、ちゃんとメシ食ってるか?」

 

 左之助の背中におぶられて進むは観柳邸。

 とりあえず女として言っておかないといけない台詞を言ってみればカカカと笑う左之助。

 

 外とは違って中は私兵と思わしき奴らは居ない。

 なんでだろうね、御庭番衆が自分たち以外がいることを嫌ったとも取れるけど、鉄砲なんしの火器は狭い室内でも有効だと思うけど。

 

 まぁ都合がいいのには変わりない。

 外から見た景観から予測して、何ていう誤魔化しを交えつつ道をこっちじゃないかと誘導しつつ。

 触れられなかった般若の過去を、ここまでして四乃森蒼紫に仕えようとするなんてとか、なんちゃってなフォローをしつつ進んでいけば。

 

「っとぉ!」

 

 でっかい鉄球が飛んでくる。

 

「ぷぎ」

 

「あ……」

 

 そして鉄球を避けた左之助の背中から落ちる俺。

 ……か、顔打った……。

 

 お、お嫁にいけ……行く気はないっ!!

 

「ここまで来るってこたぁ般若が倒されたってわけかい……なかなかやるねぇ」

 

 あ、あざーっす! 式尉さんあざーっす!

 微妙な雰囲気に流されず原作展開まじ感謝っす!!

 

「江戸城御庭番衆、本丸警護方式尉――アイサツ代わりだっ! もう一丁!」

 

「オラァッ!」

 

 ナイスキャッチ左之助。

 良いですよ、俺を落っことしたのは不問にしますよ? うん。

 

「さっさとあのヒネクレ女引っ張ってこい!」

 

「左之……弥彦、行くぞっ!!」

 

「応っ!!」

 

 はーいいってらっしゃいませー……あーどっこいしょ。

 やっぱすげぇな剣心、弥彦担いであの身のこなしとか真似できる気がしないよ、なんだよ階段の手摺を飛び跳ねるって。

 まじ超人……。

 

「弥生、わりいな」

 

「いーえ結構です。それに……」

 

 ――かっこいいとこ、見せてくれるんですよね?

 

 そんな挑発をしてみれば。

 

「ハッ! しゃあねぇ、おめーのぼでぃがぁどが如何に強いか……見せてヤんぜ!」

 

 にっかり笑って言ってもらえた、流石です。

 

「三下とは言え喧嘩屋斬左なんて言われたぁヤツが、いまや女の前で粋がる男になっちまったとはねぇ」

 

「あ?」

 

 おっと式尉さん、なかなか挑発の腕前がよろしいですね。

 というかやめろ、色々俺に効く。こんなナリですけど男です……心は。

 

「斬馬刀も無くなっちまってなぁ。まぁ一番いいとこはお頭に譲って、俺様はお前で我慢してやるぜ」

 

「勘違いしてんなよツギハギダルマがっ!!」

 

 はい、じゃあ俺はもうちょっと休むので後よろしくおねがいします。

 

「三下で我慢してやるのは! 俺の方だぜ!!」

 

 

 

 安心して腰を落ち着けて見てられるってのはもちろん原作知識って存在もあるけど。

 

「どいつもこいつも強ぇだけなんだよ。強者どうしが集まりゃそりゃ強ぇ……だが、それだけだ」

 

 ――緋村剣心は、違うぜ。

 

「強さに溺れて武田観柳の走狗に成り下がったてめぇらなんざと! 緋村剣心は器が違うんでぇ!!」

 

「くぉ……のっ!!」

 

 強さに溺れているのが今の江戸御庭番衆なら、暴力に溺れていたのは左之助。

 

 そこからすくい上げたのは剣心だけど、先を歩み始めたのは間違いなく左之助だ。

 その一歩は重いもんだっただろう。

 負けました、間違ってましたと言われてすんなり納得できるヤツなんていない。

 だから恵さんのことだって最初は渋った。背負う悪一文字が左之助を囃し立てた。

 

 それでも、今。

 左之助は戦っている。

 

「大口を叩くのはこの式尉様を倒してからにしな!!」

 

「そういうところが……強さに溺れてるってんだボケェッ!!」

 

 式尉の両手から嫌な音が響いた。

 

 勝負あり、だ。

 

「いくら頭が固くても……中身はそうじゃねぇ、だったよな」

 

 左之助の拳打を額に受けて、ずるりと床に沈む式尉。

 

「てめぇも機会があったら剣心と戦ってみな……なくしちまった大事なもんをもしかしたら取り戻せるかもしれねぇぜ」

 

 不意にふらつく左之助の身体。

 その身体を。

 

「……そういうところ、ですよ? 左之助さん」

 

「……けっ」

 

 しっかりと受け止めた。

 

 どことなく満足げな表情で気を失った左之助。

 

「剣心さんの器が違うって言えるあなたも……負けないくらいでっかい器なんですよ」

 

 面と向かってなんて恥ずかしくて言えたもんじゃないから今のうちに。

 

 ほんとに、この世界にはかっこいい奴らが多すぎる。

 これじゃあ俺、女になっちまうよ……いやいや勘弁してくれ。

 

 とりあえず。

 左之助を床に寝かせるのはちょっとあれかなと思って膝枕。

 むしろ俺が弥生に膝枕されたいのでちょっと嫉妬する気持ちが無いことは無い。

 

 まぁこっからは左之助含めて式尉、般若の覚醒待ちだしもっと言うなら剣心と蒼紫の戦いに決着がつくのを待つ他ない。

 

 それが終われば……。

 

「……江戸、御庭番衆の終焉、か」

 

 四乃森蒼紫というお頭が存命で終わる以上消滅というわけではない、形だけ、ではあるけど。

 それでも蒼紫は修羅道を往くことになる。

 

 どうにか、それを回避する手段はないかとも考えるけど。

 

「……辛い、な」

 

 それはきっとやってはいけないこと。

 

 江戸城御庭番衆の終焉は、京都御庭番衆との絡みへと繋がる。

 そして修羅の道に堕ちた蒼紫と剣心は志々雄真実のアジトで対峙しなければならない。

 

 もしかしたら、それをなさずに全員が救われるルートなんてのもあるのかも知れないけど。

 残念な俺の頭はそれを思いついてくれない。

 

 それが、悔しい。とても悔しい。

 

「……巫丞弥生と言ったか」

 

「っ!?」

 

 声に視線を上げてみればそこには。

 

「……いやー、ほんと般若さん(・・)の顔はびっくりホラーですよ」

 

「ほらぁ?」

 

 般若さんが立っていた。

 いやほんとこの人の顔は夢に出てくるわ、今日寝られるかな。

 

「……式尉も、負けたか」

 

「ええ、左之助さんの勝ちです」

 

「お前は……いや、肝が座っているのは先でわかっているが……それにしても」

 

「寝首をかいてまで得る勝利に価値なんてないでしょう?」

 

 まぁあなたの台詞なんですけどね。

 そういって見れば表情がわかりにくいはずの般若さんは穏やかに笑った気がした。

 

 

 

「行かない、のですか?」

 

「お頭の邪魔をする気はない」

 

 そういう般若さんは心の底から蒼紫の勝利を信じていて。

 左之助は狂信と評したけど、俺にはどうもそんな風には思えなくて。

 

「それにお前へ負けた私だ、どの面を下げて会えと言うんだ」

 

「……お得意の変装でそこは一つどうでしょう? そのためのお顔でしょう?」

 

 一本取られたと小さく笑う般若さん。

 

 こうして敵対が終われば、なんてことはない平和を感じてしまいそうで。

 

 もし。

 もしも、ここで武田観柳がガトリングガンを準備していると言えたのなら。

 

 そんな考えが過って、口にすることを堪える作業に苦労する。

 

「もし、もしも……」

 

「言うな巫丞弥生。我らは御庭番衆、もしもの話に興味はない。それがたとえどのような空想であってもだ」

 

 溢れ出そうになった想いを止められる。

 そうじゃない、そうじゃないんだと言いたいけれど。

 それすらも止めるかのように、現実をいつでも、どこまでも現実として受け止める覚悟を示された。

 

「お前は強かった。私が負けたということがその証明になるかはわからんが……その強いお前が空想に逃げるんじゃない」

 

「……はい」

 

 それどころか諭されてしまう。

 

 この訳のわからないまま生きることになったるろうに剣心の世界。

 これは紛れもない現実で、簡単に……簡単に人は死ぬ。

 そう、言われてしまったようにも感じてしまう。

 

 俺が思う、最後の覚悟。

 

「私は……剣客として、生きていけるでしょうか?」

 

「剣客として、か」

 

 やっぱりこの人は面倒見が良いのだろう。

 さっきまでまじもんの殺し合いをしていたのにも関わらず、至極真面目な顔をしているであろう様子で考えてくれる。

 

 俺を、操と重ねているんだろうか。

 もう、二度と会えないまま終わる、かつての教え子を。

 

「生きていけるかどうかはわからん。だが、生きていこうとする。その強い意思こそがその成否を決めるのではないか?」

 

「強い、意思」

 

 生きてみせるという、覚悟。

 弥生のせいでこうなった、なんて言い訳しない。

 自分で自分のケツを持つ。

 そんな至極真っ当な覚悟。

 

「お前を詳しくは知らない。ただあの道場の奉公人としか調べがつかなかったからな。だが、紛れもなく私を倒したことはその道を征く歩みだろう」

 

「……」

 

 そうだ、今更だ。

 勝利したということにビビってる場合じゃない。

 

 ビビるなんて情けないんだ。

 それじゃ負けたヤツに顔向け出来ない。

 

 それに俺は神谷活心流。

 負けを許されない。

 勝って笑って守ったものを安心させる存在。

 

「ありがとうございます」

 

「ふん……嫌味にしか聞こえんな」

 

 舌打ちした般若さんだけど、やっぱり何処か笑ってるような気がした。

 

 そして。

 

「っ!!」

 

「……上で何か異変が起きたようだな」

 

 ついにその時がやってきた。

 

「――般若さんっ!!」

 

「む?」

 

 言葉にできない。

 かける言葉も思い浮かばない。

 

 これから死地へと赴く勇士に、俺は何も出来ない。

 

 だから。

 

「……敵に頭を下げるバカが何処にいる」

 

「……」

 

 呆れたような声を頭の上から聞いて。

 それでも俺は涙を堪えて頭を下げ続けた。

 

 

 

 俺は、忘れない。

 幕末、その力を振るえずに終わり。最後の最後まで戦う事を選び続けた御庭番衆を。

 

 二つの結末。

 

 その戦いから逃れられず命を散らしたものに華を添えるため修羅へ赴くものの姿を。

 

 これが、戦い。

 

 守られたもの、得たものはある。

 

「弥生?」

 

「恵さん」

 

 小国先生と共に道場を去ろうとする恵さん。

 やけに心配そうな顔をされてしまう。

 

「……あなたも、本当にありがとうね」

 

「へっ? あ、あう?」

 

 ぎゅっと抱きしめられてしまえばいい香り。

 

 き、き……。

 

 キマシタワー!!

 

「これでも私は名医のつもりだから……いつでもいらっしゃい? おはぎでも用意して待ってるからね」

 

「ひゃ、ひゃいぃ……ありがとうごじゃいましゅ……」

 

 薫さんとは違うにおひ……あー……たまんねぇぜ……。

 

 最後に間近でにっこり笑った恵さんは、いつもの調子で……いや。

 ようやくらしい彼女で門をくぐっていった。

 

「剣心、おめぇ……」

 

「わかってるでござる。きっと蒼紫は傷を癒やして、確実に拙者へと勝てるという自信と実力を身に着けてから再び姿を現すでござろう」

 

 こうして原作通りになった。

 それは安心するべきことのはずだけど。

 

 やっぱり何処か少し、しこりのようなものが心に残り続けていて。

 

「そういえば弥生殿?」

 

「え、あ、はい?」

 

 にかっと笑いながら剣心はおもむろに言った。

 

「般若を倒した時の技でござるが――」

 

「し、し……知りませぇえええん! ひ、ひしょが……ちがう! 身体が勝手に動いただけですぅ!!」

 

 さ、言い訳考えないと。

 それが、問題だ。 



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その男、先輩につき

 夢を見た。

 どんな夢か思い出せないとか言う言葉はない。

 だってそうだろう?

 ただ目の前に弥生が立っているだけの夢なんて忘れられるはずもない。

 

 その弥生はじっと俺を見ているだけで、ただただ本当にじっと見ていただけで。

 

 不意に笑顔を覗かせたと思った時に目が覚めた。

 

 何だって言うんだろうね、ほんとに。

 鏡越しじゃなくて見る弥生は俺がやる弥生よりも弥生らしく笑ったから、多分言うところの本物ってやつなんだろう。

 枕元に立つとか怖すぎるからあんまり考えたくないけど、怖いもんだっていうふうには捉えられないから不思議なもんだ。

 

 まぁそんな事はいい、些細なことだ。

 

「さ、三条燕です……よろしくおねがいします」

 

 そうだよ今日は燕ちゃんが赤べこにやってきた日なんですよ! テンションあがるね!

 やっぱりおどおどしてる様だけど可愛いからオッケーです、これから一緒に頑張りましょうねどうぞ。

 ほらほら妙さんもニコニコ頷いている。

 

 ――東京府士族! 明神弥彦だっ! よろしくおねがいしますっ!

 

 先に働き出した弥彦ちゃんの挨拶を思えばなぁ。

 礼儀正しいのかどうなのか。その挨拶はどうなの弥彦ちゃん。妙さんも苦笑いしてたし。

 もちっと言葉使いをですね? いやまぁ頼もしい雰囲気ではあったけど。

 まぁ可愛いってレベルで考えてくれてるかな?

 

「燕ちゃんは……そうやね、弥生はん?」

 

「あ、はい?」

 

「最初のうち、燕ちゃんの面倒見てもらってかまへんやろか?」

 

 おっとぉ……こいつぁときめきイベントが来やがりましたね?

 アルバイト先に新人がやってきた、そして先輩として教える日々。

 最初はミスしまくるドジっ娘を優しく手ほどきしていくうちに信頼されて……ぐふふ。

 

 はっ!

 いかん、燕ちゃんだぞ俺。

 燕ちゃんは弥彦の嫁、異論は認めない。それはもちろん俺に対してもだ。

 

「はいっ! お任せ下さいっ! よろしくおねがいしますね? 燕ちゃん!」

 

「は、はい! よ、よろしくおねがいします! えと、弥生さん」

 

 おぉっとそいつはちょっと待ってくれ。

 弥彦との仲を邪魔する気は欠片もないが、邪魔にならない程度にならわがままを言わせておくんなまし。

 

「違いますよ燕ちゃん」

 

「え? ち、違うって……な、何がですか?」

 

「先輩」

 

「はい?」

 

「私のことを呼ぶときは、先輩と呼んで下さい。あ、弥生先輩でも構いませんからね?」

 

 これだけは譲れない。

 可愛いおどおど系後輩がちょっと顔を赤らめながらも一生懸命に先輩にちょこちょこついていこうとする様子。

 

 たまんねぇな?

 

「わ、わかりました! 先輩!」

 

「うん、大変良く出来ました。それじゃあ説明するから来てくださいね」

 

 あ、なんですか妙さんその顔は。

 大丈夫安心して下さい、すぅぐ一人前にして差し上げますから手取り足取りうへへ。

 

「……馬鹿姉弟子」

 

「なんですか? 弥彦ちゃん」

 

「なんでもねぇよっ!」

 

 大丈夫だって、綺麗な身体で返してやっからよぅ……ぐへへのへ。

 

 

 

 さてまぁそんな感じで燕ちゃんと弥彦が赤べこで働くようになって数日。

 

 弥彦は逆刃刀を買うために、燕ちゃんは……まぁ、お家事情というか、没落した士族とは言えかつての主君である長岡幹雄に赤べこで強盗するための協力を強いられて。

 弥彦も言っていたがこの明治って時代になっても旧柄に囚われてしまうのは馬鹿らしいのかも知れないけど。

 やっぱりそれも一つ燕ちゃんの魅力なんだろう。

 

 実際るろうに剣心の明治時代はもちろん、俺が知っている明治時代だってそう詳しくはない。

 何が普通で普通じゃないかなんていまいち判断が付きかねる。

 

 素直で実直。

 気弱なところも守ってあげたい系女の子ってなもんで。

 それに加えて美少女、俺にとっちゃもうそれだけで百点満点文句なし。

 

 守らないと……使命感ってなもんだ。

 

 とまぁ小難しく原作知識から考えてみるけど。

 

「せ、先輩。も、戻りました」

 

「うん、おかえりなさい。炭、重くなかったですか?」

 

「あ、あの。弥彦ちゃ……弥彦くんが手伝ってくれて」

 

 あーそかそか。弥生ファンの相手だなんだで忙しかったけど。

 なんか見覚えある顔が座敷に座ってるなとは思ってたんだ、もうそんな時期か。

 

 やだなぁ、こんな俺を先輩として頼りにしてくれる幼気な美少女に行かせたくねぇなぁ。

 

「コラァ! 注文遅いぞぉ!」

 

「江戸っ子は気が短いですねぇ……ちょっと待ってて下さいね、行ってきますから」

 

「あ、あの! わ、私が行ってもいいですか?」

 

 よくないです。

 あーとってもよくないです。

 

 けどなぁ……これってあれだよなぁ……弥彦の所謂初お披露目に繋がるイベントだよなぁ……。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「はい、いつまでも先輩に迷惑かけてられませんから」

 

 やだなにこの子尊い。

 

 っく! てやんでぇこのやろぅめぇ! 泣かせるじゃねぇか! くぅー!

 

「わかりました……じゃあ、お願いできますか?」

 

「はいっ!」

 

 はー健気。

 このイベント終わったら輪をかけて可愛がろ。

 

「あ、妙さん。出した分の炭補充行ってきますね」

 

「え? ええの? 汚れてまうよ?」

 

「構いませんよ。燕ちゃんもそろそろ接客中心で頑張ってもらわないと」

 

「そうやね……うん、燕ちゃんも独り立ちせなあかんね。じゃあお願いしてもええ?」

 

 うんうん任せてくださいやし。

 

 まぁ、この後の顛末を見に行くためなんですけどね。

 あ、ちゃんと戻ってきます。我慢できなくなって返り血で汚れてたら許してねてへぺろ。

 

 

 

 赤べこ裏で弥彦が頑張ったのを見て。

 燕ちゃんが殴られた瞬間飛び出そうになったのをなんとか堪えて。

 

 弥彦が頑張ってお手製の対複数相手への訓練道具を作ったけど一蹴されて。

 

「じゃあ他に何か良い手があるのかよ!!」

 

「そ、それは……」

 

 さて、それじゃあ剣心のありがたーいお言葉を……ってあれ? 薫さん? 何で俺をチラ見してるんですか?

 あ、なんですか弥彦ちゃん、何で続いて俺を見るんすか?

 

「なぁ馬鹿姉弟子」

 

「……なんとなーく嫌な予感がするんですけど、なんでしょう弥彦ちゃん」

 

「俺に……避け方教えてくんねぇか? 複数相手はやっぱり、その、なんだ。一度態勢を崩されたらなし崩しにやられちまうだろ? 頼む」

 

 はいきましたー。そうですよね、そういう可能性もありましたね。

 

「いやいや、私なんて教えられるほど――っと」

 

「へぇ? 後ろから投げた石をまるで見えてるかの如く避けられるってぇのになぁ?」

 

 左之助ぇ!! おまえ、おまえなぁ!? ニヤニヤしてんなし!?

 しかも割と思いっきり投げただろ! 脅威判定バッチシなくらい! 何すんだよこのボディガードは!

 

「頼む」

 

「あ、あは……あはははは……はぁ」

 

 ちらっと洗濯してくれてる剣心の方を見るけど……あーダメだよあの人ニコニコしてるだけだよ。

 ありがたぁい教えを弥彦に言い渡してやってくれよ、俺じゃあ説得力ないってば。

 

 あれですか、俺が過去のことをほじくり返すなんていやらしいですよなんて龍巻閃のこと煙に巻いた仕返しですかそうなんですか。

 

「……弥彦ちゃん」

 

「おう」

 

 言ってもなぁ……。

 

 ほんとに俺は弥生の異能を深く考えずそういうモノとして納得しただけなんだ。

 細かい理屈だとか、どうやって察知してるのとかそういうのはさっぱりなんだ。

 

 だからまぁ、そうだな。

 

「私だって、一度にそんな多くの相手から攻撃されたらひとたまりもありませんよ。飛天御剣流を修めているとかなら兎も角ですけど?」

 

「おろ?」

 

 あー白々しいなぁ剣心は! ほら、笑ってんじゃねぇかちくしょうめ!

 

「そっか……」

 

「私と弥彦ちゃんに大きな差なんてありません。私が見切れる攻撃なら弥彦ちゃんにも見切れます。それでも言えることがあるとすれば、そうですね。複数を相手にしなければ良いんじゃないですか?」

 

「相手に、しない?」

 

 はいはい、じゃあ剣心の台詞を容赦なく奪うことにしますね? 弥彦ちゃんのリスペクト成分奪っちゃいますからね!

 

「例えば、逃げる」

 

「逃げるぅ!?」

 

「そうです、逃げていれば当然脚力の差で相手はバラけます。そこを一人ずつ一刀のもと斬り伏せる……まぁ自身に優れた脚力があることが前提ですが。要は一対一で戦える状況を作ることですよ」

 

 そう言ってみれば弥彦は考え込みだして、剣心や左之介、薫さんはなんかわかんないけど感心したような目を俺に向けてきて。

 やめてくれぇ……恥ずかしいというかなんというかなんだよってば……。

 

 けど般若に勝ってからってからというものの見方をちょっと変えられた感は否めないんだよなぁ……。

 

 まぁいいや。

 とりあえず最後までちゃんと言おう。

 

「弥彦ちゃん」

 

「……なんだ?」

 

「私が言うにはいささか足りない面が大きいですが……神谷活心流は活人剣。その剣を振るう時、必ず自分の後ろには誰かが居ます。自分と、その誰か。二つの命が剣にかかっているんです……敗北は許されない(・・・・・・)。それだけは、覚えていて下さいね」

 

「……!」

 

 命は投げ捨てるものムーブかましてる俺が言うのはすんげーお門違いなんだけどもね。

 ほら、薫さんも困った顔してる、そうだけど弥生ちゃんが言うなって顔してるきっと。

 

 それでもまぁ。

 

「応っ!」

 

 神谷活心流で強くなってくれな? 弥彦。

 

 

 

「こんな夜更けにお散歩ですか?」

 

「っ!?」

 

 あーごめんて。びっくりさせたよね、ほらほら怪しいもんじゃなーい。あなたの先輩です。

 

「弥生、先輩と……?」

 

「神谷薫、弥彦の師匠よ」

 

 さて……おうおう、やってるね。

 しっかり主犯さんとの一騎打ちに持ち込めてるじゃないか、流石です。

 

「主家に尽くすのが武家士族のしきたりと幼い頃から教わってきました……ですが、他人様にかかる災難は見過ごせません。そう思って是が非でも止めようと思って来たら弥彦ちゃんが」

 

 うん、やっぱり燕ちゃんはいい子だ。

 確かに形だけ見れば悪事の片棒を担ぐ真似をしたわけだけど……なぁに、未遂になっちまえばそりゃ無かったで済む話だ。

 

 ささ、薫さん、言ってやってくださいよ。

 

「……弥生ちゃん」

 

「……え」

 

 ガッデム! こんなとこで原作改変やめてくれっ!

 ここで薫さんと燕ちゃんのキマシタワーフラグを建てないでどうするんだっ!!

 あーやめて下さい燕ちゃん! そんな目で俺を見ないで!

 

「……ここは弥彦ちゃんに任せて下さい。もう、あの男は燕ちゃんじゃ止められないです。でも、その代わり」

 

「その、代わり……?」

 

 あーもう……どう修正していくかなこのあと……ええいままよっ!

 

弥彦(・・)が勝てば、燕ちゃんは強い心を持って下さい。後になってこうしてくるくらいなら最初からきっぱり断る。難しいかも知れません、けど私のせいで戦わせるなんて思うほうが、遥かに辛いでしょう?」

 

「せん、ぱい……」

 

「そうよ燕ちゃん。四民平等の世になったと言っても、人の心が変わらないと何の意味もないんだから」

 

「薫、さん……」

 

 うんうん、いい塩梅、かな?

 

 二人の戦いに目を向けてみれば。

 

「甲元一刀流!! 必殺! 浮足落としっ!!」

 

「勝って!! 勝ってお願いっ!! 弥彦()!!」

 

 勝ちフラグ来ましたーついでに弥彦と燕ちゃんフラグも建ちましたね間違いない。

 

「俺は、勝ぁつ!!」

 

 見事に弥彦ちゃんは勝利を修めてくれましたよっと。

 

 

 

「いらっしゃいませぇ!」

 

「なんや燕ちゃん元気になったねぇ」

 

「ええ、良い事です」

 

 ちょっとだけ前向きに、というか素を出し始めたんだろう燕ちゃんは忙しそうに店を駆け回ってる。

 

「はいはい、そういうお店へどうぞ!」

 

「あいてっ! ち、違うんだ弥生ちゃん! こ、これは魔が差した……俺は弥生ちゃんひとすじだあああああ!!」

 

「……あ、あはは。ありがとうございます、先輩」

 

 気弱そうなところを助平オヤジに狙われそうになってるのは不安だけども。

 まぁこの俺が目を光らせてるから大丈夫だ問題ない。

 だから安心しろよ弥彦。

 

「な、なんだよ」

 

「いや別に何もないですよ弥彦ちゃん。あぁ間違えました、弥彦、君?」

 

「――ブッ殺す!!」

 

「あわ、あわわわ!?」

 

「はいはい、お仕事中ですよお仕事中! 倉庫整理お願いしますね」

 

「ちっ! 帰ったらシメテヤル……!」

 

 肩を怒らせて倉庫に向かう弥彦にニヤニヤしてしまうのも仕方ないでしょう? 許せ。

 当面からかう所存で予定だから。

 

「あ、あの」

 

「うん? どうしましたか?」

 

「わ、私も手伝いに行って、いい、ですか?」

 

 ……。

 

「もちろん構いませんよ。接客は私に任せて行ってきて下さい」

 

「あ、あう……その目はやめてほしいです」

 

 そう言いながらもパタパタと後を追っていく燕ちゃんを見送って。

 

 うん。

 

「……来たな」

 

 場所が場所ならガッツポーズを決めていたに違いない。

 これで燕ちゃんと弥彦は安泰だろう、安直か?

 

 さて、後は。

 

「あぁ……俺たちのやよつばが……」

 

「言うな……弥生ちゃんだけでも最の高だろ……」

 

 俺と燕ちゃんの百合光景かっこ妄想を愛でる会の連中を叩き出すだけだな。

 



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その男、出稽古につき

 やっぱり百の稽古より一度の実戦とは言ったもので、俺も弥彦も死線をくぐって強くなった、最近本当にそう思う。

 

 いや、もちろん剣心レベルなんて畏れ多くて言えないけどさ。

 

 こうやって見れば弥彦は目が良い。

 視力の話じゃなくて、見取り稽古で普段の稽古で得られる経験を増していたなんて評されていたこともそうだし。

 

「めぇんっ!!」

 

 今、弥彦は相手の竹刀を見切って(・・・・)から打ち込んだ。

 相手のレベル云々の前に、そりゃ一流……かどうかはいまいちわかんないけど、真剣の太刀筋を見切れるんだからお遊び剣術相手なんか余裕もいいところ。

 あえて見切ったのはまぁ……うん、自惚れでもなく俺相手を想定しているからだろう。

 

 面を綺麗にもらった相手は目を白黒させているけど、まぁちと舐めすぎたじゃなくて実力に差がありすぎたな。

 そんな相手が理解できないくらいには強くなった。

 

 さっきも言った目の良さ。

 つまるところ見切りが抜群なんだ。

 最終的に指二本で白刃取りするくらいになるんだしと思えば当然かも知れないけど、その才覚はこうして今から芽を伸ばしている。

 

 そしてもう一つ。

 

「どうだよ馬鹿姉っ!」

 

「あははーすごいですねぇ弥彦ちゃん」

 

「ふぬぬ……くそっ! 次ぃ!!」

 

 身近な目標の存在。

 

 剣心を遥か先の目標としながらも、弥彦は俺を乗り越える、乗り越えたい相手と見定めたようで。

 俺が左之助を壁として設定したように、弥彦もまた俺をそう捉えたことで日々の成長っぷりを増しているように思う。

 

 呼び方にしてもそうだ。

 

 馬鹿姉弟子と呼ばなくなって、弥生姉と呼ぶようになった。

 馬鹿姉か弥生姉かは状況によってついたりつかなかったりだけど、なんともこそばゆいもんだ。

 

 でもお願い、兄だと叫ばせて。

 

「やよ、やよいた……弥生さんっ! 僕もお願いしますっ!」

 

「あ、はいっ! よろしくおねがいしますね!」

 

 おっと弥彦ばっかり見てても仕方ないね。

 

 さて、ちゃんと相対してみればどうも挑むってよりかは……うん。

 憧れのあの人と相手になれるんだーぽよよ。

 ってな感じで浮ついてる男の子……いやまぁ多分弥生と同い年位だろうけど。

 

 一つ浅く深呼吸を入れて竹刀を構えてみれば察知できる相手の強さ。

 それは一言寝ていても勝てる。

 

 そう、俺もやっぱり強くなった。

 一つ実感としてある今の力。

 

 相手の攻撃が自分にとって脅威であろうがあるまいが、避けられる。

 

 もちろん従来通り、予期せぬ驚異から自動的に身を躱しもしてくれる。

 

「と、とおおー!!」

 

「……はいっ! へっぴり腰にならないでちゃんと思いっきり打ってきて下さい!」

 

 へろへろな打ち込みを竹刀で払って肩へと強めに打つ。

 

「いつっ! で、でも……」

 

「でも、なんですか?」

 

「ぼ、防具をつけてない相手に打ち込むのは気が引けると言いますか、可愛い顔に傷をつけたくないといいますか……」

 

 あーはん?

 いや、つけててもつけなくても一緒だよ。言っちゃ悪いけどもね。

 

「ふふっお気遣いありがとうございます。ですけど……一緒ですよ」

 

「え?」

 

「あなたの振る竹刀なんて当たりませんから」

 

「っ!?」

 

 あ、ちょっと顔赤くなった。

 プライド傷つけちゃったかな? ごめんね。

 

 でもまぁ許してほしい。

 正直こうやってちょっとした縛りプレイでもしないと俺ってばすぐ怠けちゃうもんでな。

 これも一つの追い込み方なんだって、自分のさ。

 

「男でしょう? バシっと一本決めて次からは防具をつけろ、なんて格好いいこと言って下さいよ」

 

「は、はいっ!」

 

 え? なんで嬉しそうなの? やる気満々になったのは良いけどなんで?

 

 まぁええわ……。

 

「めぇんっ!!」

 

「そうそう、その調子ですっ!」

 

 避ける。

 それはやっぱり自動的に。

 

 そうして俺は観察して思考する。

 どのタイミングで、どう身体を使えばいいか。

 

「ってえええ!!」

 

「っ!」

 

 なるほど、確かに遠慮はしていたらしい。

 それなりに太刀筋は良いし、空振って流れる身体を利用して次の一刀にしっかり繋げようとしてる。

 手合わせ前に言っていたここ、前川道場の有望株ってのは間違いじゃないらしい。

 

 そしてだからこそ都合がいい。考え事をしながら戦うには。

 失礼ではあるけど、自分の動きや身体を確認しながらじゃないといまいち整理できないんだよごめんな。

 

 あの時出来た龍巻閃。

 やろうと思って出来るモンじゃない、それでも出来た。

 それには理由があるはずだ。

 

 多分、弥生は龍巻閃を知っていた。

 

 だからすんなり身体が動いた、俺の思っていた通り以上の挙動をこなした。

 ほんとに――あ、そう言えばこんなんでしたね。

 ってな感じで動いたんだ。

 

 ありえんでしょ常識的に考えて。

 

 何? 何なのこの体の持ち主こと弥生ちゃん。あなたは何者なの?

 この今も尚相手の攻撃を避ける異能。

 順当に考えれば弥生の持ち物ってか何ていうのかな、スキルだろう。

 それを俺が間借りしてるようなもんのはずだ。

 

 飛天御剣流を知っていて、あまつさえこんな異能を身体に染み込ませる。

 

 ただもんじゃない。そう思う。

 

「はぁっ!! はぁっ!! くそっ! どうしてっ!! てえええ!!」

 

「……そろそろ、ですね」

 

 うんごめん没頭してた。

 相手や攻撃問わず発動するようになったからってほんとごめん。便利なんだわ……。

 

 てかなんでそうなった……言うなら進化したのかね。

 もしかしたら……俺と弥生の存在がちゃんと重なりつつある、とか?

 

 ……まぁ、良いか。

 

「そこっ!!」

 

「いっつ!?」

 

 だいぶ前から雑になっていた動きの隙を打ってあげる。

 流石にどの隙かは自覚できる程度のモノを選んだ、これならプライドは傷つきまいて。

 

 慢心も良いところかもしれないけど、俺に時間は足りない、いや遅すぎると言われたもんで。

 ちゃんと具体的なビジョンを持って稽古しないとだめだと思うんだ。弥彦の様にすることなす事全てを吸収できたら良かったんだけどな。

 

「ありがとうございましたっ!」

 

「あ、ありがとう……ござい、ました……」

 

 おう、息も絶え絶えねー名前も知らない前川道場門下生君。

 もちっと剣術へと真面目に打ち込んでねー。有望なんだからさ。

 

「流石剣術小町の妹分……剣術乙女と言うべきか、見事なものだ」

 

「いっ!? あ、その、えっと……ありがとう、ございます?」

 

 なんすかその二つ名……乙女? やめて下さい死んでしまいます。

 

「これに懲りてお前も、勝ったら逢い引きしてくれなど()かすでない」

 

「はい……申し訳なかったです」

 

「あはは、いえいえ気にしてませんよ」

 

 そうなのだ。

 この門下生一号君、勝ったらデートしてくれなんて言ってきてな。男らしいったらありゃしない、正直そこは尊敬してる。

 

「しかし、緋村君や薫君が太鼓判を押すわけだ……わしでも一刀浴びせられるか……」

 

「はえっ!? や、やめて下さい前川さんっ!? 私、そんな大層なもんじゃないですから!?」

 

 むっちゃ好戦的な目で見られてるどうしよう死んでしまいます勘弁して下さい。

 ていうか太鼓判って何さ! あ、剣心にっこりしてる! 今日のご飯は薫さんに頼むぞ畜生っ!

 

「最近血が滾ることも無くなって久しい……緋村君には断られてしまったからな、どれ一つ儂直々に――」

 

草鞋(わらじ)を脱がんかっ!!」

 

 おっと……騒がしいね、予想通り。

 

 そそ、今回剣心がついてくる状態での前川道場出稽古。

 つまるところ。

 

「吾輩は石動雷十太!! 日本剣術の行く末を真に憂うものであるっ!!」

 

 雷十太の登場ってなわけです。

 

 由太郎君どこー?

 

 

 

 強さってやつがわかるようになったからこそ、やっぱわかるもんはある。

 

 前川さんは……多分、若い頃はほんとに強かったんだろう。

 それでも、そう。

 自身の憂う剣術の弱体と並んで自身も弱くなってしまった。

 

 年齢のことだってもちろんだけど何よりも雷十太の言うように時代の流れによってだろう。

 

 竹刀で三本勝負。

 

 命を賭けたからこそわかるその温さ。

 雷十太は確かに愚物と称された通りの人物かも知れないが、中々に的を射たことを言っていた。

 

 命は一つしかない。

 だからこそ一度の戦いに死力を尽くすのだ。

 

 若かりし頃の前川さんなら、きっとそうは言っていなかったんだろうと思う。

 江戸十傑に数えられる程の人だ、そう、思いたい。

 

 後に続いた剣心と雷十太の戦いも俺にとっては興味深いものだった。

 

 見切り方(・・・・)

 俺ははっきり言って見切りに関しては相当低レベルだ。

 見切る前に勝手に身体が動いている、それはつまり見切るという行為を奪うことでもあったからだ。

 こうして自在に異能を発動出来るようになった今、そうとう意識しないと見切りの技術は身につかないだろう。

 

 だから興味深かったのは剣心の足運び、避け方。

 重心の残し方、どうすれば次に対応できるか、どうすれば攻撃できるか。

 意識してみればそれはものすごくためになるものだった。

 剣心本来の動きではないからこそ、あの人の素の身体能力や剣術の基礎というものに触れられた気がする。

 

 何よりも、読み。

 

 最後雷十太が飯綱を放った時に避けられたのは上段からの打ち下ろしを読んでいたからこそ、見切れたものだ。

 読んでいたからあの一刀へと違和感を覚えられた、危機を感じられたんだ。

 

 つまり見切りを伸ばすことが難しい俺だからこそ、読みの力を伸ばさなければならないと思えた。

 先を読み、もっとも効果的なカウンターを正確に放つ。

 それが俺をもう一段階上のステージへと連れて行ってくれるファクターだろう。

 

「それで、ですね。竹刀の持ち方は……」

 

「……」

 

「おいエロガキ。馬鹿姉の胸に鼻伸ばしてんじゃねぇよ」

 

「んなっ!? だ、だだだだ誰がっ!!」

 

 え? おっぱい?

 ……あーそうだ、朝早すぎて身支度整える暇なくてサラシ巻くの適当だった……。

 

「だめですよ? 由太郎さん?」

 

「いいいいっ! ち、違う! て、適当な事言うなっ!!」

 

 そう? まぁ良いけどさ、すまんねそういう視線にはまだ敏感じゃねぇんです。

 

 ていうかそこでポワポワしてる師範代さん、いい加減目を覚ましてどうぞ。

 なぁんで俺が教えてるんスかね……間違ってても知らないよ? 最初が大事だよ?

 

 どったんばったん弥彦と大騒ぎしてる由太郎を見ながらため息を一つ。

 

 前川道場が当面閉まることになって。

 塚山家からの招待状が届いて剣心たちは応じた。

 俺はまぁ内容も知ってるし、掃除やらなんやらしないといけないしで残ったのさ。

 

 てことはこうして由太郎が来るわけで。

 早寝して待ち受けてたつもりだけど予想以上に早かった、恐るべし。

 

「あ、おふぁよー……弥生ちゃん……」

 

「あ、起きました? それじゃあ後はよろしくおねがいします」

 

「ん、んぅー……っはぁ! うん、ごめんね、ありがとう」

 

 いえいえどういたしまして。

 

 ともあれ塚山由太郎。

 剣の才能も豊かで、強くなりたいと思ってて、性格は弥彦に似てるせいか同じ燕ちゃんを好きになる……ん?

 

 まて、そうだよ。

 

 確かなんだっけ柱に書いてたんだっけ、後書きだっけ。

 

 そうだよそうだよ、燕ちゃんを二人共好きになるんだよ。

 

 いいか? 俺は弥彦と燕ちゃんカプすこすこマンだ。

 由太郎君には非常に申し訳ないが、そうなのだ。

 

「待てよ……?」

 

 俺に惚れさせたら良いんじゃね?

 

 ……え? まじで?

 

 無理無理無理、無理の助。

 惚れさせてご結婚までするの? ねぇよ。

 いやしかしやひつば……ぐぬぬ。

 

「ど、どうしよう……」

 

 くそっ! こっちの気も知らないでのんきに喧嘩してやがるっ!

 あ、ついに弥彦へ薫さんのげんこつが飛んだ、痛そう。

 

 ま、まま、ええわ?

 

 と言うか独逸(ドイツ)へと由太郎は飛ぶことになるんだ、帰ってきてから考えよう。

 

「……剣が持てなくなる」

 

 最終的に門下生一覧、師範代のところへ名札がかけられることから治療が成功するってのはわかる。

 だけど。

 

「いいのか? 本当に」

 

 弥彦ってライバルを得て立ち直りはする。確かにする。

 けど、もしも無傷で今から剣を握ることが出来ていれば。

 

「――っ」

 

 ドクンと心臓が大きく跳ねた。

 いかん危ない、何考えてんだ俺は。

 

 原作改変はしたくないって思ってただろう?

 

 自分で考えたじゃねぇか、出来れば原作通りに進んでほしいって。

 その中で俺が生きる意味を見つけたいって。

 

 なのに、なのに。

 

「……」

 

 吐いた息が震えてる。

 強くなりたい、剣の才能もある。

 だけど、腕が動かない。

 

 それは……何の才能もない俺でも想像を絶する苦しみだってわかる。

 

「くそ……楽しそうに竹刀を振って……!」

 

 俺は、どうするべきなんだろうか。

 俺は、どうしたいんだろうか。

 

 思わぬ悩みに頭を抱えながら、きっと恨めしそうな顔をしてるだろうそのままに素振りする少年の姿を眺めた。

 



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その男、開き直りにつき

更新再開
すまねぇちょっと死にかけてましたが私は元気です


 由太郎を助けよう。

 

 いや、簡単に決めた訳じゃない。

 正直原作改変なんて大それたことをしたくない気持ちは未だにあるし、その結果バタフライエフェクトよろしく変わった未来に対して責任を取れるのかなんて不安だってある。

 それでも、だ。

 

「しっ!」

 

「……良い太刀筋です」

 

 振るわれる剣閃。

 俺みたいな素人だって剣才に溢れたものだと理解できるほど。

 

 それだけじゃない。

 由太郎の剣は既に弥生センサーにバッチシ引っかかっている。

 これはもう控えめに言ってヤバい。

 

 弥彦が真面目に稽古しだしてからそれなりに時間は経った。

 そう、経ってようやくセンサーに引っかかる様になった弥彦に対して、由太郎がこの域に辿り着いたのは道場に来てまだ一月どころか一週間でこれだ。

 

 剣心が唸るわけだと納得が行き過ぎるし、ブランクがあっても神谷活心流の師範代までなるわけだ。

 

「ど、どうですか!? 弥生さんっ!」

 

「あはは、さっきも思わず言ってしまいましたが大したものですよ、ほんとに」

 

 あぁ~純真な笑顔が眩しいんじゃあ~。

 

 いやまて俺はショタにときめく心は持ち合わせていない、いいね?

 

 言葉通りどうですかと笑顔を向けてくる由太郎の後ろから恨めしそうな視線を送ってくる弥彦はまぁ置いておいて。

 あの件、雷十太の手駒というか真古流の門下生と言うべきか。

 奴らがうちに話し合いという名の襲撃事件があってから。

 

 剣心の強さを実感したのだろうことも踏まえて、強さへの憧れをより輝かせた由太郎の力量はメキメキと向上している。

 

 元々弥彦と同じように漠然とした強さへの憧憬、飢えともいうかね、そんなもんがあって。

 それを半ば雷十太の邪魔をしてはいけないと、稽古をつけて欲しいと訴えられない、無理やり押さえつけていたってのが大きな一因なんだろうな。

 

 言ってしまえば振りまくったペットボトルの炭酸飲料みたいなもんだ。

 溢れ出ないように無理やりキャップを閉めていたけど、何かの拍子で開けられてしまえば勢いよく出てきてしまう。

 

 剣を振るたびに何かの手応えを得て。

 凄いと言われるたびに手応えを確信して。

 

 由太郎は今まさに進化の時真っ只中なんだろう。

 

 わけも分からず弥生という異能を持っていたハリボテの強さで強者を演出している俺には少し眩しいと感じてしまう姿。

 もしも自分がそういった才能を持ち合わせていて、それが伸ばされる最中に居たのならきっとこの子と同じ様な顔をしていたと確信できる。

 

 正直に言ってしまえば嫉妬すらしてしまう。

 

 才能。

 それは誰もが欲しいと願いながらも誰もが持ち合わせているわけではないだけに。

 

「弥生さんっ! それじゃあおねがいしますっ!」

 

「……ええっ! 今日も手加減はしませんよっ!」

 

 だから、だからこそ。

 

 雷十太についでの如くその道に土をつけられてはいけない。

 そんな風に思ってしまった。

 

 高みを目指して欲しい。

 後ろで不貞腐れている弥彦と肩を並べて、お互いを刺激し合って。

 

 原作の未来と同じ結末を迎えて欲しい。

 それと同じかそれ以上に、その気持ちは強いと認めてしまったから。

 

 

 

「や、やっぱり敵わないか……」

 

「あら、勝てると思っていましたか?」

 

 とは言えまだまだ簡単に踏み台とされるわけにはいかないわけで。

 

 自分のポジションはよく理解してるんだ俺は。

 弥彦が打倒弥生と燃えているのにも関わらず、如何に才能豊かな由太郎とは言えぽっと出に負けるなんて駄目でしょう? 駄目駄目。

 仮に由太郎が無事に雷十太イベントを超えることが出来てこの道場へと通う身となれば。

 

「つ、次は絶対勝ちますからっ!」

 

「ふふふ、はい! 楽しみにしていますね」

 

 弥生を目標とする人間が一人増えるわけで。

 

 ……いやね? 別になんかしたわけじゃないんですよ? でもね? こう、由太郎君の目つきがまるっきり憧れのお姉さんを見るような目でですね?

 どうしてこうなった……これじゃそのうち赤べこ(あそこ)で非公式ファンクラブに加入しかねないぞ?

 

 由太郎は本来誰にでもタメ口というか……内心とは別に少年っぽいというか、そういう言葉使いをするわけですよ。弥彦と同じように。

 現に薫さんや剣心に対してはわりとそんな口調をする中、弥生に対してはこうなんですよ。

 

 やばいね。間違いない。

 ていうかまじでなんかしたっけ? ほんとに心当たりがない。

 ここに由太郎が通う事になってから、薫さんが由太郎に教えてその成果を俺にぶつけるって形。

 ぶつけてる間に薫さんが弥彦の面倒見るって感じでだな。

 

 うーん。

 

「あ、あの……その、だ……ですね?」

 

「うん? どうしましたか? 由太(・・)君」

 

 声のする方向を見れば顔を赤らめながら俯いてる由太郎。

 何だこいつどうしたの?

 

「弥生ちゃん……またやってるわよ?」

 

「え……? あ、あぁ! ごめんね由太君! つい無意識に」

 

「い、いえ!」

 

 あー……そうかこれか。

 うん、心当たり有ったわ、これだわ間違いない。

 いやいや、ほんとこう弥彦にしてもそうなんだけどいい位置に頭があってつい……。

 

「……裏切り者ぉ……」

 

「うん? 弥彦ちゃんもされたいんですか? どうぞどうぞ? いつでもどうぞ?」

 

「ち、ちげっ!?」

 

 ほらほら遠慮せずにウェルカムですぞ?

 頭撫でるなんていつでもやりますよほら。

 

 いやさ、俺ってば限界集落人じゃん?

 だからこう自分より小さな子っていないわけよ。居てもすぐ都会に出ちまうからなあいつら。

 わりとずっと兄貴分というか、そんな風を吹かしたかったわけですよ。

 

 兄貴分?

 ええそうです、兄貴分です。姉貴分じゃ断じて無いです。

 

「弥生ちゃん……もしかして恵さんの悪い影響受けた?」

 

「悪い影響、ですか?」

 

 いやん、何だか険しい目ですよ薫さん。

 わたくしが影響を受けるには少しどころじゃなくて色気が足りませんことですわおほほ。

 

 ……はい、反省します。

 

 これが無自覚系か、許せねぇ。

 大いに反省する所存だ。いたいけな純真弄ぶやつは俺がぶっ飛ばしてやる。

 

 ともあれ。

 

「っと、そろそろ赤べこに行かないといけませんね。ほら、弥彦ちゃん。いじけてないで準備して行きますよ」

 

「い、いじけてなんかねぇぞっ! この馬鹿姉っ!!」

 

 はいはい、ごめんなすってねー。

 

 

 

 そんなこんなで赤べこでのお仕事を終えて。

 由太郎の気持ち、雷十太の下で強くなりたいという決意表明を聞いて。

 夜も遅くなったからと、皆で由太郎を家まで送ることに。

 

 多分……いや、間違いなくここで雷十太は剣心に戦いを仕掛けてくるだろう。

 

 由太郎の回想。強さへの憧憬、その源泉。

 

 正直、ネタを知っている俺としては心が痛い。

 作り上げられた舞台の上で、そうなるように仕向けて。

 ただただ自身のバックボーンを作りたいがために都合よく扱われた塚山家。

 

 なんちゃっての正義感は許せないと叫んでいる。

 そんな声は由太郎を助けるって行動の正しさを証明しているようにも聞こえて。

 

 土壇場。

 こんな土壇場でだからこそ、本当に良いのか? なんて思いが湧き上がる。

 

 わかってるさ、優柔不断だって。

 一度心に決めたのなら、それを貫き通せばいいって。

 

 それでもこれはるろうに剣心という漫画の作者によって作り上げられた世界だ。

 一つ一つの行為には意味があって、結末につながっていく繊細な物語だ。

 

 既に般若さんと戦ったりしておいてなんだけど。

 もう既に言って良い位置には居ないのかもしれないけれど。

 

 それでも――

 

「ぬうぅんっ!!」

 

「っ!?」

 

 それでもこうして時間切れはやってくる。

 完全な不意打ち、誰一人怪我はしていないが、塚山由太郎という剣客を目指した心を打ち砕くには完全な一撃。

 

「違うっ! 今のはただのアイサツ代わりだっ! 全然本気なんかじゃなかった! そうでしょ!? 先生ぇっ!!」

 

「――」

 

 目も向けない。

 心も動かさない。

 

 由太郎以上に俺が一番動揺しているのかもしれない。

 必死に違うと叫ぶ由太郎を見て、実際にまるっきり反応を示さない雷十太を見て。

 

「俺の斬馬刀ん時と同じだな。いくら威力があろうと、当たらなきゃ意味がねぇ」

 

「ぬぅっ!」

 

 そんな愚物の剣なんて当たる剣心じゃあない。

 軽々と躱し、見切る剣心は続いた目潰しさえも意に介さず。

 

 龍槌閃。

 

 綺麗に雷十太の肩口へと決まったけど……そうだな、やっぱりこうなる。

 

「どうやら貴様は纏飯綱(まといいづな)の方では倒せんか」

 

 ――来る。

 飛飯綱(とびいづな)、由太郎の剣生命を一時的に奪う凶剣が。

 

 良いんだな? 本当に。

 これは強さの熱に浮かされたわけでもなく、弥生の心に引っ張られたわけでもなく。

 

 俺の意思。

 

 それでいいんだな?

 由太郎を助けていいんだな!?

 

「――構わないっ!!」

 

「――!? 弥生ちゃんっ!?」

 

 構わねぇ! やらないで後悔するよりやって後悔しようぜ俺っ!

 確かにこれはるろうに剣心の物語だ! だけどそれはそこに生きる俺の物語でもあるんだからっ!

 

「や、やよいさっ――!?」

 

「づぅっ!?」

 

 少し距離のあった由太郎へ走って突き飛ばしてみれば避けそこねた飛飯綱が身を裂く感触。

 あんまりにもすっぱり切れてたから衝撃はねぇなんて思ってたけどそんなことは無かった。

 

「だ、だいじょうぶ、ですか?」

 

「弥生さんっ!? 弥生さんっ!?」

 

 痛くはない、けど熱い。

 ものすごい熱を左肩に感じる。

 

「弥生ちゃんっ!? 大丈夫っ!? 弥生ちゃん!!」

 

「あ、はは……ちょっとは……神谷活心流らしく……出来まし、た……か?」

 

 あー駄目だ。

 なんかすんごく暗い。

 

「弥生殿……っ!」

 

「剣、心さん……後は、おねがいします」

 

 あれなんかなー、これって脳が処理しきれないから意識落とそうとしてんだろうなー。

 なんて。

 やだなー、弥生さん。

 ちゃんと異能、発揮して、くださいよー……。

 

 

 

 そうして、こうして。

 

「シメテヤルッ!!」

 

「はっ! やってみろっ!!」

 

 元気に竹刀をぶつけ合う弥彦と由太郎。

 それをお茶しばきながら眺める俺。

 

 世は泰平事もなし。

 

 由太郎は筋を斬られるなんてことなく五体満足。

 俺といえば三角巾をぶら下げてはいるものの傷口がしっかりくっつくための処置ってだけでまぁ剣の道を諦めるなんてことにはならず。

 

 目を覚ました時には全部終わっていて、まぁ原作通りブチキレた剣心によって雷十太は心を粉砕されたみたい。

 そう言ってみれば簡単な話なんだけど、薫さん曰く大変だったそうだ。

 

 俺が怪我した瞬間左之助はブチキレて雷十太に殴りかかろうとしたって話だし、弥彦も似たようなもんだったそうで。

 やっぱり剣心の生き地獄を味わわせてやるという言葉でなんとか収まったそうだけど……。

 

 それもまぁ意外と言えば意外な話。

 

 今までを顧みて、弥生と剣心はそう良好な関係を築いていたわけでもないはずだから。

 原作通り、師匠(雷十太)に裏切られた弟子(由太郎)という構図ではあったが、その怒りの中に俺の負傷という要素も加わっているとなると少し驚いたもんだ。

 

 現に。

 

「傷の調子は大丈夫でござるか? 弥生殿」

 

「剣心さん」

 

 いつものちょっと困ったような笑顔と少し申し訳無さそうな雰囲気で隣に座ってきた剣心。

 その目はやっぱり左肩と三角巾に注がれていて。

 

 自分でやったことだし決めたことだから気にしないでほしいんだけど、どうやらまぁ剣心の庇護対象としてカウントはされているらしいのかな?

 いい機会だし聞いてみるか。

 

「ええ、大丈夫ですよお陰様です。それに、ありがとうございます」

 

「おろ? 拙者、何かお礼を言われるようなことをした覚えはないでござるが」

 

「由太君はもちろん、私のためにも怒ってくれて、ですよ」

 

 そう言ってみればちょっと驚いた後、やっぱりいつもの笑顔を受けべて。

 

「なに、むしろ拙者は謝らなければならぬでござる。纏飯綱……見破る種はあった、だが不覚を取った。その責任を取ったつもり、というだけでござる」

 

 なるほど、やっぱり剣心は距離の取り方が下手だ。

 謙遜、遠慮。

 これはそういったものではなくやんわりと釘を刺しているんだ。

 勘違いするな、と。

 それこそが勘違いなのかも知れないけど、やっぱり原作の知識ってのは額面通りを素直に受け取らせてはくれない。

 

「ええ、そうなのかもしれません。だから感謝の気持ちを伝えたのは私の自惚れで……ちょっとした期待っていうだけですよ」

 

「自惚れと……期待、でござるか」

 

 これから先、俺の行動で何かが変わる。

 今こうして目の前で元気に竹刀を振ってる由太郎。

 まさしくこれは俺が変えた未来の姿。

 

 だったら。

 

「決めたんですよ、私。もう開き直っちゃおうって」

 

「開き直り?」

 

 そうさ。

 原作至上主義。

 それはもちろんそのままに。

 

 俺は確かにるろうに剣心の世界では異物に過ぎないのかもしれない。

 だけど、この世界(・・・・)で脇役ではいられない。

 

「やりたいことをやって、言いたいことを言う。そうやって……この世界を生きようと思います」

 

「そう、でござるか……」

 

 言っていることを理解したわけじゃないだろう。

 あんまりにも不明瞭で、ここから何かを察しろなんて方が無理難題だ。

 

 でもそのおかげで。

 

「俺はっ! 神谷活心流で! 弥生さんを守るんだっ!」

 

「はっ! 生意気言ってんじゃねぇよっ! 弥生姉より弱いくせにっ! まずはこの明神弥彦を倒してから言ってみやがれっ!」

 

 可愛い弟弟子が一人増えたんだ。

 

 あぁ、そうさ。

 そのほうがずっと良い。

 こそこそとこの世界の隅っこで生きて、知った未来へ歩むよりも。

 

 未知へと進んで、苦労するほうが、よっぽど生きてるって思うから。



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その男、生き慣れにつき

「おいこらぁ! 表出ろぉ!」

 

「あー? いや、俺ぁ弥生を迎えに来たってだけで……」

 

 今日も今日とて赤べこは平和です。

 

 必死に弥生ファンが左之助に絡んでいる光景から目を逸して平和を想う。

 

 最近、非公式ファンクラブの拡大ぶりが酷い。

 いや、理由は言わずともがな燕ちゃんだったりするわけで。

 守ってあげたい系女子の燕ちゃんと面倒見の良い快活系女子弥生。

 そんな二人が揃えば無敵も無敵すぎるわけだ。

 

 ……あくまでも客観視した感想です。

 異論は大いに認める、いや異論ください。

 

 ともあれ時代の最先端を行き過ぎてる赤べこのお客様達はほんとにどうかしている。

 妙さんは繁盛して嬉しいわぁなんとか言ってるけど結構困ってたりもするんだ真面目に。

 というのもファンクラブ内で派閥のようなものが出来てしまったんだよな。新参と古参の間で。

 元々はマナーが良い……ってか、お仕事の邪魔にならない程度だったり、今みたいに俺や燕ちゃんをだしにして喧嘩を売ったりはしなかった。

 古参と言うにはあまり時間が経っていないはずだけど、大人しい人達は既に古参扱いで、現状に対して思うことがあるのかよく俺に謝ってくれる。

 

 ――少し悪調子が過ぎたね、ごめん。

 

 そんな風に。

 

 ただそれでも若い男ってのは流行には敏感というか、ミーハーというか。

 認めたくないけど剣術乙女なんて名前が広まったと同時に、凛々しい名前と割烹着姿な俺とのギャップが相まって爆発的な人気を生み出してしまった。

 いや、ほんとに認めたくないけどそういうことなんだ。

 

 人が集まれば当然マナーってラインはあやふやになるし、その線を軽々と超えることに躊躇しない人間だって出てくる。

 実際燕ちゃんの押しに弱そうな雰囲気を見てグイグイと来すぎる(・・・・)人だって居たりもしたし、酒を理由にがっつりセクハラを狙ってくる奴も居たわけで。

 おまけで言うならそんな馬鹿の中に、弥生に怒られたいがために燕ちゃんへとちょっかいをかけようとする、なんて馬鹿……もとい変態すら居たりしたのも困ったもんだ。

 

 ただまぁ。

 

「おい弥生、おめぇからもバシッとなんか言ってやれよ」

 

「あーははは……ほら、それもボディガードのお役目ですよ、ね?」

 

 あ、おかえりなさい。

 ちゃんと手加減は……うん、大丈夫なはず。今回は断末魔みたいな悲鳴は聞こえなかったから。

 

 そう、左之助の存在である。

 妙さんがのほほんと繁盛を喜んでいられるのも、左之助のおかげで。

 赤べこの用心棒として雇われたわけだ。

 と言ってもマジの用心棒というわけじゃなく、来た時に面倒事へ対して睨みを利かせてくれたらそれでいいって感じで軽いもの。お給金はお店に来た時タダ飯が食える。

 大体俺が赤べこに仕事へ来ている時は必ず迎えに来てくれるから、マナーの悪いファンクラブの奴らに対して抑止力となっててでかい行動に踏み切れないわけだな。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「んあ? いや、良いってことよタダ飯食わしてもらってんだ。これくらい構わねぇよ」

 

 うんうん燕ちゃんもお礼言っといて? あ、でも後ろですんごい目をしてる弥彦もかまってあげてどうぞ。

 

 まー流石に弥彦を用心棒と言うには少年がすぎるからね、仕方ないね。

 

「あ、弥生ちゃん。堪忍やけどあれお願いできる?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。次の時に持ってきますね」

 

 しれっと返したけど危ない忘れかけてた。

 月岡津南、隻腕の伊庭八郎の錦絵頼まれてたんだよな……ん? ってかこれって……。

 

「なんでぇ? 何処か寄るのか?」

 

「あー……えっと、はい。少し買い物に付き合ってもらいたいんですよ」

 

「うふふ、伏せやんでもええよ。月岡津南の剣客、伊庭八郎! その錦絵を頼んでるんです」

 

 あ、大丈夫なのね伏せなくても。

 ここらへんは明治ならではの価値観なんだろうか? いやほら、推しの絵を集めるとかって所謂オタク趣味じゃないか。そういうのオープンにしてもええもんなんかね。

 いやまぁ現代でもオープンオタクってのはいたらしいから、おかしいわけじゃないんだろうけど。生憎同年代やらそういう趣味を持ってる人が周りに居ないもんでいまいちわかんねぇんだよな。

 だから単純にエロ本を通販で買って、親にばれないようにあの手この手を駆使してた俺の感覚での配慮だったんだけど……。

 

「言いたいことはハッキリ言ったほうが良いぜ? なぁ? 小さい嬢ちゃん」

 

「いえ……」

 

 ああうん、そんな性少年時代の話はいいな、うん。

 

 そうだよ、これってアレだよ。

 左之助と月岡津南……もとい、元赤報隊、月岡克浩の再会イベントだよな。

 

「そんじゃ月岡津南、伊庭八の錦絵……二枚で良いんだな」

 

「っ!」

 

 あーはいはい左之助かっこいー。

 だけど駄目です、燕ちゃんは弥彦の嫁です。男気見せるのは俺だけにしてください。

 

 ……ん?

 いや違う、相手を選んでくださいということで一つ。

 

「仕事さえなけりゃ俺だって……」

 

 弥彦はもっと頑張れ。

 

「弥生」

 

「あ、はい。表で待っててくださいー!」

 

 

 

 そんなこんなで。

 すっかりゴタゴタ続きで忘れてたけど、左之助に相楽総三の錦絵を買うってのと忘れてごめんなさいで伊庭八の代金も払って。

 

「細けぇことは気にすんねぇ! ブッ潰れるまで飲んで騒げっ!!」

 

 左之助の奢りというかたかり。

 旧知……赤報隊で培った間柄、月岡克浩の金で宴会が始まったわけだ。

 

 妙さんや燕ちゃんは居るけど、残念ながら由太郎はいない。

 流石のお金持ちとでもいうか、雷十太の件があってから夜間の外出は控えていると残念そうに……ものっすごく残念そうに言ってた。

 

 だから今度ウチで宴会しましょう! 二人で!

 

 二人で宴会とはこれ如何に。

 そんなお誘いを帰り道に俺を守れる位強くなったらぜひと断っておいた。由太郎はやる気になった、ふふん。

 

 お酒は二十歳になってからが基本の俺としては弥彦がグビグビ飲んでる姿にはちょっと違和感を覚えるってもんだけど……まぁ俺は良いけどさ。

 

「弥彦ちゃん? あんまりグイグイ飲みすぎると後がしんどいですよ?」

 

「るっせぇ馬鹿姉! こんな時は飲まねぇとやってらんねぇんだ!」

 

 あ、ふーん?

 良いんですか俺にそんな口を聞いて。ふーん?

 

「……その姿、燕ちゃんが見たらどう思いますかねぇ」

 

「ぶっ!?」

 

 うわきったねぇもったいねぇ!

 あーていうか明治の酒って強いね、アルコールの匂い凄い。鼻から酔っ払いそうだ。

 

「なななな、なんで燕の話が……ってかあいつは関係ねぇだろっ!」

 

「べっつにぃ? 私はどう思うか聞いただけですよ? ええ、弥彦ちゃんがそう言うなら関係ないんでしょうね? まぁ私としても楽しむことこそ宴会の作法だと思ってますし? 止めませんよ? ええ」

 

 さぁて弥彦はどう出る? 出ちゃいます? あ、嘔吐は勘弁なっ!

 ほらほら、言葉に詰まってる場合じゃないっすよ? もっと追求しちゃいますよぅ?

 

「う……」

 

「う?」

 

「うるせぇ馬鹿姉ぇ!!」

 

 あーあー……かっくらっちゃってもう。俺、しーらねっと。

 

「あはははは! けんしーん!」

 

「わ、笑い上戸……」

 

 出来上がるのはっや!?

 薫さん酒に弱かったんだなぁ……さすがの飛天御剣流も酔っ払いに為す術もなしか。

 

 え? なんですか剣心さん。助けて?

 

「無理です」

 

「おろろー……」

 

 俺に何期待してんすかねぇ? こういうのは生温かく見守ることこそ作法だよなぁ?

 大人しくそのまま相手しておいてどうぞ。その姿を俺は心から応援するものです……こんぐらぁ……。

 

 妙さんたちの方を見れば今が好機と言わんばかりに津南さんから自画像描いてもらってるし、良かったですね、お礼はお賃金に。

 ていうか燕ちゃんも大概好きなのね、錦絵。嬉しそうな顔しちゃってまぁ。

 ん? あぁ、俺は良いんですよ、正直自分が女なんだって証拠を増やすのは辛いんです。先輩を差し置いてとか気にしなくていいんだよー。

 

「おう弥生。楽しんでっか?」

 

「ええ、お陰様で。料理も美味しいですし、言うことなしですよ」

 

 あーどっこしよってな感じに左之助が隣に座ってきた、けど近いっすね距離。パーソナルスペースって知ってますか? 知らんがなってなもんだ。

 まぁそんなところが気楽で良いんだけど……いやはや、俺が男だったらなぁ……。

 

 ホモの話はしてない、いいね?

 

「それで? なんでまた急にこんなことを?」

 

「あん? お礼返しだよ、日頃世話になってっからな」

 

 ふぅん……いやまぁ左之助にとっちゃその言葉に偽りはねぇのかも知れないけどもな。

 ネタ知ってる身からすりゃ結構寂しいね。

 

 わかってくれとは言わねぇ。

 

 ここを離れる時に言う左之助のセリフ。

 確かに男として、大人としてその言葉に内包されている意味は察するにあまりある。

 一人の責任を取れる(・・・)男として、ここから先は自分で選んだことだと踏ん切るための宴会。

 そんな風に俺は思ってる。

 

「……私は、そういう事をされたいわけじゃないんですけどね」

 

「どういう意味でぇ?」

 

 もしも俺が今男なら。

 左之助とは友情を結びたいと思う。実際俺はこの人に対してそういう気持ちを抑えられない。

 だから女や原作知識を都合よく利用しているって感は否めない。

 

「赤報隊の左之介相手でも、喧嘩屋斬左相手でも、相良左之助相手でも……別にこういうことは貴方に対して願ってはいないんですよ」

 

「……弥生、おめぇ……」

 

 じっと左之助を見つめてみる。

 珍しく揺れる左之助の瞳には微かな動揺が見て取れて。

 

 もしかしてこれからすることをわかっているのか。

 

 そんな風に思ってるのかも知れない。

 

「止めはしません。その権利もないです。何より私は貴方が左之助らしく生きる様が一番好きですから。ただ……」

 

「言うな、弥生」

 

 あぁ、わかってるよこれは失言だ。

 止める権利が無いといいながら止めようとするのはご法度だ。

 わかってる。

 

「……俺にとっちゃやっぱり赤報隊は特別なんだ」

 

「……」

 

 これは残滓だ。

 過去も経緯も、全てを飲み込んだ相楽左之助をしてもなおその背を引張る過去。

 赤報隊としての残りカス。

 

 未だそれに囚われて動けない月岡克浩を見て、飲み込む前の自身を重ねている。

 

「左之助さん」

 

「おう」

 

 いつの間にか伏せていた顔を上げてみれば、複雑ながらも笑っている左之助の顔。

 

「また、明日、です」

 

 だから俺はこういうしか無い。

 わかってる、剣心が動いて何事も無かったかのような明日が来ることを知っている。

 だけどそれは俺だけしか知らないことで。

 

 明日赤べこで働いて、左之助が迎えに来る。

 

 やりたいことをやりたいように、言いたいことを言いたいように。

 

 そんな明日を待っていると、左之助に伝えることがきっとそうなんだろう。

 

 

 

「おい、弥生ちゃん元気ねぇぞ……」

 

「お前がこの間やりすぎたからっ!」

 

「ちちちち、違いますぅ! ちょっと愛が止められなかっただけですぅ! 弥生ちゃんも笑って駄目ですよって言ってくれましたぁ!」

 

「いやお前、弥生ちゃん青筋立ってたからな……?」

 

 うるさいよファンクラブ。聞こえてるんだよまったくもう。

 

 まぁアンニュイにもなっちゃうガールですよほんとに。

 結末を知ってるとはいえど、やっぱり複雑なんですよ。

 

 知っているからこそ変えられるってのは由太郎で実感したところだったんです。

 それでも変えられなかったもんがあってへこんでるんです、わかりますか? わからないですよねはい。

 

 いや、そう気持ちを切り替えようと頑張ってるんだけどなぁ……こんなに女々しかったか俺は。

 

「いい加減にしようぜ。いいか? 推しは愛でるもの、愛でるやり方は千差万別あろうとも、超えてはならない一線がある」

 

「そうだぜ? 今みたいな弥生ちゃんを見たかったわけじゃないだろ? ちゃんと守るとこは守ろうや……俺たちゃ弥生ちゃんの笑顔を見に来てんだから」

 

「……そうっすね、間違えてました、俺。ちょっと謝ってきます」

 

「いや、間違ってたのは俺たち全員だ……物々しいかもしれんが、全員でいこう、な?」

 

「……はいっ!」

 

 あーなんすかなんすか?

 何を全員一斉に立ち上がってんすか? 周りのお客さんにそういうのこそが迷惑ってわかんねぇっすか? 出禁にしますよ? 今なら躊躇なくやっちゃいますよ?

 

「うーっす……弥生、迎えに来たぞー」

 

「またてめぇかぁ!?」

 

「な!? なんでぇなんでぇ!?」

 

 あ、一斉に回れ右。ちょっとおもしろい。

 

 はぁ、やれやれ、いい加減マジで切り替えましょ、そうしましょ。

 

「はいはい、他のお客さんの迷惑ですからねー」

 

「そ、そんなぁ弥生ちゃん……」

 

 みっともない顔すんなし!? ってかちょっと気持ち悪いぞ!?

 

「大の男が情けない声出さないでください! ほらっ! 皆さんのおかげで私も元気出ましたから! ね? ありがとうございます」

 

「よっしゃああああ!! 弥生ちゃんがニコッと笑ったから! 今日は笑顔記念日じゃああああ!!」

 

「間違ってなかった! 俺は間違ってなかったぞおおおお!! ひゃっはああああああ!!」

 

 ……サービスしすぎた。

 あ、厨房さんすいません、酒追加だそうでーす。忙しくさせてすんませーん。

 

「……そういうところだぞ、弥生」

 

「知りませんよ全く」

 

 困ったような笑顔は剣心の専売特許です。

 左之助はもっと豪快に笑ってどうぞ。

 

「ま、いいです。左之助さんも何か食べていくでしょう? 今何か持ってきますからどうぞお席へ」

 

「おうっ! ありがとうよ!」

 

 はいはい、いい笑顔っと。

 

 ま、いいでしょ。

 今回はこれでいいんですよきっと。

 剣心達の生き様を変えるなんてそれこそ神様の所業だ。

 俺をこんなにした(そいつ)だけども、まぁ。

 

「よしとしますか」



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その男、知り過ぎにより

 運命の日……と言うには少しだけ早いか。

 

「巫丞弥生……か、置き土産は一つで良かったんだがな」

 

「……斎藤、一」

 

 薫さんが剣心、弥彦、由太郎を連れて出稽古に行って。俺は残念ながら買い物だなんだと家事の日につきお休み。

 帰ってきてみれば道場は派手にぶち壊れてるし、左之助は血まみれだ。

 

「ほう……? 何処でどうやってその名を知った?」

 

「答える義務があるとでも?」

 

 ふつふつと怒りが湧いてくる。

 左之助に重症を与えたことも、道場をぶち壊したことも。

 

 だから自然と、無意識に持っていた竹刀を構えた。

 

「確かにそうだ、そんな義務は無い。だが……今それを知っている人間が居ると少し困るんだよ」

 

「ええ、理解していますよ。今貴方の正体を知っている人間がいるのもそうでしょうし、わざわざ緋村抜刀斎を焚きつけるために悪役を買って出た意味もなくなってしまいますもんね?」

 

 言ってみれば斎藤の眉が僅かに動いた。

 

 そうだな、今俺は冷静じゃない。

 この場でベストな展開は怯えて尻もちでもついていることだったんだろう、それもわかる。

 だけど、それを実行する気は欠片もねぇや。

 

「貴様……何処まで知っている?」

 

「さぁ? 掌の上で転がしてみればどうですか? ……そうしたようにっ!!」

 

 竹刀を振るう。

 簡単に避けられてしまうけど。

 

「舐めないでっ!!」

 

「……ほう」

 

 転がそうとしてきたんだろう、足を躱すと同時に再び竹刀を振ってみればそれを斎藤は右腕で防御する。

 あぁ、弥生センサーは今日も絶好調だ。

 

 わかってる、わかってるさ。

 

 今の俺じゃどうやっても斎藤一に勝てるわけがないってのも。

 こんなことする意味が欠片もないことも。

 さっさと左之助の傷を手当する方が百倍大事だってことも。

 

「どうしました? 新撰組三番隊組長の名前が泣いてますよ?」

 

「ち……」

 

 少しの苛立ちを見せる斎藤。

 誇りを挑発に使われたことに対してか、思った以上に俺が面倒くさい相手だと感じたのか。

 そんなのはわからない。

 

 こんなあいつから見ればへなちょこ剣術だろうこの腕。

 何度ぶつけたって、何度躱したって、斎藤にとっては何のダメージにもならない。

 それでも、だ。

 

「――っ!」

 

「ふん、どうやら牙突についても知っているらしい。安心しろ、今日はさっき折れた仕込み杖以外持ち合わせていない」

 

 刀こそ持っていないけど、牙突の構え。

 まだ繰り出されていないのにも関わらず弥生センサーがビンビンに警鐘を鳴らしているのがわかる。

 

 そう、それでも。

 

「友人をあんな目に遭わされて、道場をこんなにされて……黙っているわけにはいかないんですよ」

 

「……いい覚悟だ」

 

 別に斎藤一を嫌っている訳じゃない、いけ好かないやつだとは思うけど。

 ただ悪即斬の意志へと一念に従い戦い続ける姿には憧れる。

 そんな気持ちももちろんある、あるだけにここは折れてはいけない場所で退けない場所。

 

 集中しろ、集中。

 

 剣心もやってたじゃないか、あの返し技。

 

 出来る。

 俺なら出来る。

 

 壬生の狼が持つ牙を躱して刃を突き立てられる。

 

 床が軋む音がした――来るっ!!

 

「――なっ!?」

 

「知ってると! 自分で言ってましたよねっ!?」

 

 ここだっ! 右側面にある死角っ!

 後は思いっきり――!!

 

「んなっ!?」

 

「……寝ろ」

 

 当たった。

 振った竹刀は当たったはずなのに……意にも介されない。

 センサーは反応したけど、流石に振ってる最中に別の動きなんて出来ねぇ。

 

 一瞬感じる浮遊感と、強く後頭部に走る衝撃。

 

 あぁ、ほんっといけ好かない。

 相手が女でも遠慮なしっすよ、ほんと……。

 

 

 

 これは夢だと一瞬で理解した。

 

「はじめましてっ! ……というのもおかしな話ですか、ではこんにちは……いえ、貴方はまだ起きていないのですからどう言えば良いのでしょうね? 何回やっても未だにわかりません」

 

「あ、はぁ」

 

 あぁ、そうだ。

 起きていない、つまり眠っている時に見るものってのは夢なわけで。

 だけどそうだから夢を夢と判断できたわけじゃない。

 

「ん? どうしました? 見慣れた(・・・・)姿でしょう? 驚くほどのことでは無いはずですが」

 

「いやいや、ようやくちょっと慣れてきたって姿が目の前にありゃ誰でも驚くって」

 

 目の前に弥生がいる。

 非現実的だから非現実、夢だと理解できたんだ。

 

 俺の知らない弥生はこれこそが弥生だと示す……いや、きっと本物だからそう思うんだろう。

 

 浮かべる表情も、仕草も……雰囲気でさえ。

 全て俺とは全く違うと言っていい。

 

「そうですね、そうですよね。はい、わかります。そういう反応を見たことも少なくありませんから」

 

「ちょっと言ってる意味がわからないです、はい」

 

 んーと唇に指を添えて可愛らしく悩む弥生だけど、どことなく艶を感じるのは何故だろうか。

 ある意味俺が思う理想の女の子を体現してるって感想だけど、不思議とそう思ってはいけないと壁があるように感じる。

 

「貴方で弥生は……何人目でしたか。もう数えるのにも飽きてしまったので覚えていません。そんな中で今の反応もきっとたくさんありました」

 

「何人目って……待ってくれ、一体なんの話をしているんだ?」

 

 いつもの弥生口調で話されているせいかね、自然と元の口調が口からでる。

 ただそれ以上にこいつが言っている意味が欠片もわからなくて混乱した。

 

 何人目? 数えるのに飽きた?

 

「巫丞弥生という存在は異物である」

 

「――っ!」

 

 混乱はすぐに収まった。

 弥生は俺の知らない、浮かべたことのない表情で簡単に混乱を鎮めて来た。

 

 暗い……いや、昏い瞳と薄ら笑い。

 

「酷い話ですよね? そんな存在だと知らない私は、新月村から東京に出て来て出会った緋村剣心という存在に恋をしたというだけで何度もこの時を繰り返している」

 

「時を、繰り返している?」

 

 昏い瞳は少し危ない光を放っている気がする。

 

 狂気。

 

 一言で言ってしまえばそんな色。

 想像上の弥生がまず間違いなく持ち合わせていないだろうそんなもの。

 

「私だけならまぁ……いや、もちろん嫌ですが。それは私の後世の存在すらも奪ってこの時を巻き戻しています。……そう、貴方は私という異物をこの世界に閉じ込めるがために弥生としてここへ連れてこられた」

 

「連れてこられた……って、ちょっと待ってくれ。お前の後世? ってことは俺は――」

 

「察しが良いですね? そう、貴方は遥か未来の血縁者。……男性が私になるというのは初めてですが、間違いありません」

 

 ……いや。

 それが、もしも本当の話ならば。

 俺が生きていた現代、あの限界集落で女体へ憧れ悶々としていた世界は。

 

「……るろうに剣心の未来?」

 

「……一人、また一人と時を巻き戻すために弥生としてこの世界を生きる。ある人は諦めて子を為し生を終え、ある人は絶望の中自死を選び……ある人は戦い、その半ばで生命を散らしました。得た経験を、知識を弥生に宿して」

 

 それは、どんな人生だったのだろうか。

 俺のようにわけがわからないままこの世界に連れてこられて、弥生という役割、ポジションを与えられて。

 

「誰一人としてこの繰り返しを終わらせることが出来ませんでした。ええ、正直今の私でも思います。不殺を心に宿している人に殺されることなんて……ましてや緋村剣心。不可能が過ぎます」

 

「剣心に殺される? よくわかんねぇけど、それがお前の言うこの異常な状態を解決する方法なのか?」

 

 言ってみれば頷く弥生。

 弥生の言う巻き戻し、あるいは繰り返しがどれほどの異常なのかはわからない。けど、確かにるろうに剣心の世界にやってくるなんて異常なことだとはわかる。

 そしてその解決方法が剣心に殺されること。

 

 ……うん、無理ゲー。

 

 どうやったら緋村剣心(・・・・)に人を殺させられるというのか。

 抜刀斎として覚醒させてしまって後の人生を孤独に生きろと言うのか。

 

 あぁ、無理だ。

 原作至上主義の俺には到底出来ない。

 

「これが最初で最後の機会ですし一応言っておきます。私のために死んでもらえませんか?」

 

「……」

 

 無理だ。

 何度も言うけど無理無理の助だ。

 

 けど……。

 

「考えておくよ」

 

「……あら? ふふふ、やっぱり男の人はちょっと違うのでしょうか? それは初めての答えです」

 

 保留としたことをだろうか。今までの人達はイエスかノーかをすぐに答えていたのだろうか。

 

 それを考えることに意味はない、か。

 むしろそれ以上に気になることと言えば今更だけど、どうしていわばオリジナルの弥生とこうして話が出来ているのかって部分なんだけどな。

 最初で最後と言われたんだ、ならこれから先を気にする必要はない。

 

 まぁそれを含めて、だ。

 

「もう答えは出ているんだ。俺は俺の望む通り、感じたままにこの世界を生きるって。その途中、もし剣心に殺されたいと思えばそうするよ」

 

「なるほど。なら、私はそれを期待することにしましょう。ずっと見てきた私じゃない弥生の物語、飽ききって久しいですけど、今回は少し面白そうですから」

 

 あぁ、そうだな。

 もしもこのやり取りで心に決めることが出来たとすれば。

 

「あぁ、まぁ……期待しといてくれよ」

 

「はいっ! 楽しめるものにしてくれること、期待しています!」

 

 弥生()はこんなふうには絶対笑わない。

 

 それだけだ。

 

 

 

「――っは!?」

 

 目を開けてみれば知らない天井。

 

 何処だここと思うよりも先に、頭の中がめちゃくちゃだ。

 

「いつっ……」

 

 めちゃくちゃ痛い後頭部を抱えてみれば、思い出した斎藤との闘い。

 そして確かに覚えている弥生とのやり取り。

 

 あぁ、そうだ全部覚えてる。

 

「目が覚めたか」

 

「っ!? 斎藤、一……さん?」

 

 ドアノブが回る音に目を向けてみればやってきたのは斎藤。

 

「ほう? てっきり襲いかかってくるとでも思っていたんだがな」

 

「……頭痛くてそんな事できませんよ。大丈夫でもする気はありませんが」

 

 何が楽しいんすかねぇ……? やな感じに笑わないでくださいよ。

 ほんっとこの人の嫁さんはどんな感じなんだ……マジで菩薩の可能性がありますねこれは。

 

「それで? ここは何処です?」

 

「おいおい、随分と余裕だな巫丞弥生。意識が戻れば見知らぬ場所にいたとしては冷静が過ぎる」

 

 いやだからその笑いやめてくださいよ。

 こっちは真面目になんも楽しくないんですってば。

 

「ここは警察署の一室だ。しばらくここに居てもらう」

 

「取り調べは結構ですよ?」

 

「……阿呆が。洗いざらい吐かせるに決まっているだろう? 俺の目的……任務を知っているということは、何故の部分も知っているということだ。そしてそれは国家機密に抵触している」

 

 ですよねー。

 全くさっきの俺をぶん殴ってやりたいっすよ、どうしてベストを尽くす……いや、選ばなかった俺。

 いやわかってますよ、そういう風に生きるって決めたばかりですもんね俺。

 

「諦めて吐いて潔く処分を受けることだな」

 

「ですよねー……って! 処分!?」

 

 処分って何!? 処分って、処分されるってことっすか!?

 待って待って俺ってば重犯罪人ですかっ!?

 

「当たり前だろう。疑わしきは罰せよとは好みじゃないが、今の所(・・・)貴様にかかっている嫌疑はそう言っていられる程ぬるい案件じゃない」

 

 もしかして俺……またやっちゃいました?

 

 違うそうじゃない。

 うそん、ここでるろ剣ライフのエンディングはじまっちゃう?

 

 ……ん?

 

「え、今、今の所って言ったよね?」

 

「……」

 

 いかん素が出た。見ろ斎藤さんを、呆れていらっしゃ……らない!?

 

「察しが良い奴は嫌いじゃあない。そうだ、その通り今の所は、だ。だが、まずは洗いざらい吐かなければ避けられない道でもある」

 

「……」

 

 わかるな? と言った感じに目を向けられる。

 

 なるほどなんとか首は繋がりそうだ。

 要するにこれは協力要請になるか尋問になるかの瀬戸際なんだ。

 斎藤……警察に対して情報提供を行えば命は繋がるだろう、どういう形になるかはわからないが。

 ここで変につっぱねて断れば、げに恐ろしやな尋問ルート突入だろう。

 

 流石にドMでもないので協力する方向を考えたいけど問題は何処まで話すかという点。

 

 実は未来の人間なんですよとか言い出したら別の意味で収監待ったなし。

 斎藤というか警察側が欲しているのは志々雄真実についての情報なんだから、そこらへんのことを話す必要がある。

 

 だけど、今この場で比叡山にアジトあるらしいっすよなんて言ったら駄目だろう駄目駄目。

 それはまず間違いなく俺の手に負えないかつ未知の志々雄一派打倒ルートに突入してしまう。

 それが原因で剣心があの道場に戻らなくなるような結末を迎えてしまえば目も当てられない。

 

「どうした、黙り込んでいるならそれ相応の手段を取ることになるが」

 

「……っ」

 

 やばい、尋問に切り替わりつつある。

 そりゃそうだ、時間をかけたらそれだけ怪しまれるのは当然だ。

 

 ええい、ままよっ!

 

「志々雄真実の暗躍……それを止めるために緋村抜刀斎に協力を要請。しかし、抜刀斎の力量がどれほどのものかを確かめるそのために貴方は今動いている」

 

「……続けろ」

 

 知っている理由。

 原作知ってますから、じゃあない。

 この世界に生きる人間が納得できる理由が必要だ。

 

 弥生が志々雄真を知っていておかしくない理由、弥生のルーツ……。

 

 そうだ。

 

「私は、新月村の出身です」

 

「新月村……? 少し待て……場所は?」

 

「東海道……沼津から少し離れた半林、半農の小さな村です」

 

 手帳を取り出して、何かを確認しながら問われた。

 

 ヤバいくらいに心臓がドキドキしてる。

 闘いの緊張とはまた別の、いやな緊張だ。

 どちらにしても命がかかってるからそれもまぁ仕方ないことなんだけども……。

 

「なるほどな。それで? どうやってそれを知った?」

 

「三島栄一郎という名前に覚えがあるのでは?」

 

 ここが賭けどころ。

 もしも三島氏が署内勤務の密偵だったらアウト。

 仮に弥生と面識があったとしても、俺と面識がない。そこで必ずボロが出る。

 

「ち……密偵だというのに……同郷の間柄で何を話していやがる」

 

 セーフ! これはセーフの気配ですよ!

 それと三島さんごめんなさい!

 

「既に奪還を諦められている新月村。そんなこと政府は表立って認めないでしょう。表では動けない、ならば残る手段は裏しかない」

 

「……わかった。気になることはあるが、一先ずそれで納得しよう。だが、巫丞弥生。貴様は随分と他人事のように話すんだな?」

 

「っ!」

 

 心臓がめっちゃ跳ねた。

 それがわかるくらいにビビった。

 

 だって正直他人事だもんよ……知ってるだけですもの……。

 

「……そう見えたのなら、光栄ですよ」

 

「ふ……」

 

 あーもう! だからそういう笑い方すんなし! あんたの内心なんてほんっとよくわかんねぇんだからさ!

 

「今はここまでにするか。しばらく貴様はここに居てもらうことに変わりはない、処分は追って伝える」

 

「処分!?」

 

 え!? もしかして俺都合よく扱われた!? 都合のいい女!? ぽいされちゃう!?

 

「安心しろ。どのみち抜刀斎がどう動くかによって先は変化する。それ次第で貴様をどう利用するかも変化するが、悪いようにはしない」

 

「そう、ですか」

 

 それだけ言って斎藤は席を立つ。

 ただ、なんだろう、その背中から……。

 

「剣心さん……いや、抜刀斎と戦いに行くのですか?」

 

「……ふん。前言撤回しよう、察しが良すぎるのも困りものだな」

 

 迸る戦いへの覚悟とでもいうのか。そんなのを感じて。

 それ以上に何も言わないで去っていた背中を見送って。

 

「……ぷはぁー……あー、まだ心臓うるせぇ……」

 

 とりあえず乗り切ったと思っていいよね。

 

「だけど……」

 

 あぁ、そうだな。

 これから先、どうするか考えとかないとな。

 

 



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その男、荒行につき

「巫丞弥生、どちらかを選べ」

 

「は、はぁ」

 

 唐突ですが姉さん事件です。

 斎藤一が今目の前で日本刀か木刀か選べと言ってきます。

 

 道場のような一室。

 多分警官達の訓練場的な場所だろう、連れてこられて直様こうです。

 周りには警官だろう道着を着た人が何人かいて俺達の方へと視線を向けている。

 ちらちらと……ではない、むしろガン見も良いところ。

 その証拠に落ち着かない俺が周りへと視線を回して、誰かと目をぶつけても逸らされることはない。

 

「どうした? 得物を選ぶだけだ、早くしろ」

 

「いや、えっと? 何故と聞いても良いのでしょうか?」

 

 言いながらもなんとなくわかっちゃうんですけどね! これってあれですよね! 多分俺の実力を測るためになんかするんですよね!

 

 まだ顔や身体、ところどころに包帯を巻いたちょっと痛々しい姿の斎藤。

 昨日剣心と戦ってきたばかりだってのに元気だねほんと、流石不死身と呼ばれた男。

 

「貴様の処遇を決めるためだ。いいから選べ」

 

「処遇って……もう」

 

 そう言われちゃ選ばないといけない。ぐぅの音も出ないってこのことよな……いや、出させないって方がそうか。

 

 とは言え。

 

「……」

 

 木刀と、刀。

 

 単純に使いやすい方を選べと言われているわけじゃないってのは流石にわかるさ。

 聞かれてるんだ、お前は人を殺せるかどうかと。

 

 木刀でだって人は殺せる。

 そりゃ剣術を学んでる身として十分に理解できる。

 

 だけどこうやって生身の刃を見て、どうしても命って言葉に直結するのは刀だと実感できた。

 

「……やはり貴様は察しが良い。良いだろう、しばらく悩め。待ってやる」

 

 何か言われた気がするけど、頭に入ってこない。

 

 処遇を決めるため。

 確かにそうなんだろう、だけどこれは前提として既に志々雄真実討伐、その作戦の中に組み込まれている。

 どちらかを選び、選んだ先に戦いはもう決められているんだ。

 

 神谷活心流巫丞弥生。

 

 その存在として選ぶのならば間違いなく木刀。

 活かすために適しているのは木刀。

 

 ただ、そう。

 

 巫丞弥生という俺が選ぶ道はどちらなのか。

 

 緋村剣心が選んだ不殺という道。

 そのため手にした刃は逆刃だけど、それは裏を、刃を返せばいつだって人を殺せるということ。

 本人がどう考えてるかなんてわからない、けど俺はこの先そんな中途半端な道を選ぶわけにはいかない。

 

 当然だ、それほど器用でもないし強くもない。

 

 切り裂ける刃を持てば、峰打ちという選択肢を取る余裕なんざ簡単に消えてしまう。

 

 だからどう言っても、どう言われても。

 

「人を殺せるか、否か……」

 

 そういう選択。

 この世界を生きると決めた俺はどう道を歩んでいくのかその決定。

 

 急すぎるとも思う。

 今ここで決めなければならないのかと愚痴すら零したくなる。

 

「一つ、教えてやろう」

 

「……はい?」

 

 不意に言葉調子が変わった斎藤の声に目が持ち上がる。

 そこには多分原作では見られなかった表情。

 何処か俺を労るかのような、心配するかのような。

 

「貴様とやりあった時、俺の牙突を返したあの一閃。あの時貴様が持っていたものが真剣だったのなら……今頃抜刀斎と戦えてはいなかっただろうな」

 

「っ!」

 

 わかりやすく明示されてしまった。

 それこそが差だと、竹刀では到達出来なかった域だと。

 

 勝敗の域を左右できたものではないかも知れない。

 だけど、少なくとも後に影響はあっただろうと。

 

 そして。

 

「そうだ、巫丞弥生。貴様は戦力足り得るんだ。事情に精通したそれなりの腕を持つ剣客としてな」

 

 光栄と思うべきだろう。

 幕末を生き抜いた人間であり、戦い抜いた唯一の新撰組。

 そんな人間にここまで言ってもらえたんだ。

 

「その葛藤を未熟だなんだと言うつもりはない。誰とて最初の一歩は躊躇するものだ、よほどの狂人でもなければな。故に貴様の選択に対して何か言うつもりも感じるつもりもない。貴様は幕末ではなく、この明治を生きる人間だ」

 

 随分と優しい事を言ってくれる。

 いや、優しいのかはわからないけど……志々雄真実は幕末の残り火だ。そんな存在相手に明治に生きる人間を使うってのに抵抗があるんだろう。

 あぁ、そうだとするのならやっぱり優しいんだろうな。

 

 口調は厳しくても、目的遂行のため冷徹になれる人間でも。

 

 だから多分こんな言葉をかけられるのはこれで最後だ。

 瀬戸際に居るからこその言葉なんだ。

 

 どちらを選んでも、示してしまえば俺は……。

 

 

 

 運命の五月十四日、その日を迎えるまで俺はひたすら稽古の日々だった。

 

 外と連絡を取ることが許されたわけでもなかったから、やることが無かったという面はあるけど。

 剣心達はどうしているのか……ってのは漫画の通りなんだろうけど、それでも心配だ。左之助とか弥彦とか由太郎とか。

 

 けどまぁどうすることも出来ないわけで。

 

 志々雄真実編に絡まないという選択肢もあったんだろうけど、残念ながら重要参考人的なポジションに収まってしまったが故にもう無理。

 上手く使い潰されないためにも、何より今から起こる話の中で俺が俺の意思に沿って動けるためにも強くなる事が必要で。

 

「つ、次っ! おねがいしますっ!!」

 

「おうっ! 剣術乙女の技、しかと確かめてやる!!」

 

 最初こそ舐められてた……いや、ぶっちゃけ警官にあるまじきというか、巷で噂の剣術乙女と手合わせかーぐふふ。

 みたいな空気があったのは間違いないけど、それを払拭するのに時間はいらなかった。

 

「おおおおっ!!」

 

「っ!」

 

 斎藤が集めた人達だ、流石と言うべきだろう。

 それぞれが剣心や斎藤のような超一流とまでは言わずとも、一流を称して不足はない人間ばかり。

 恐らく志々雄真実に対する主力とでも言うべき存在。

 一人一人と相対する度背筋に流れる冷や汗を止められない。

 

 目の前、鼻先を掠める剣閃に躊躇はない。

 相手の目はまっすぐ俺を貫いてくるし、一刀一刀が確実に命を狩ろうと襲いかかってくる。

 

 それでも。

 

「甘いですっ!!」

 

「っつぉ!?」

 

 払拭した。

 何よりも自分の手で。

 

 今ではもう良き稽古相手ですらない、超えるべき、打倒すべき相手として見られているのは――

 

「はぁ……はぁ……次ですっ!!」

 

「おうっ!!」

 

 俺がそんな人達の上に位置しているからだ。

 

 選択の後続いた稽古。

 舐めた剣閃を叩き折って。

 生半可な気持ちでこの場に居るわけではないと示して。

 

 俺は、選んだ。

 

 ならそこにあるのは責任。

 責任を取るに足る人間であらねばならないという義務。

 

 権利があった。

 権利を得た。

 ならば生じる義務からは逃げられない。

 

 生きると決めたんだ、なら殉じよう。

 

「やっているな」

 

「……斎藤さん」

 

 やっぱり鼻につくその笑い顔。

 現れた斎藤に思うのはそんなこと。

 

「貴様が指定した日は今日だったな」

 

「ええ、五月一三日……今日で間違いありません」

 

 立てかけられてる刃引きされた訓練刀を手にとった斎藤は鞘から刃を抜いて感触を確かめてる。

 俺もその姿を見て上がった息を整えるため深呼吸。

 

「随分と体力がついたみたいじゃないか」

 

「……お陰様で」

 

 そりゃ毎日毎日荒行という言葉が温く感じるほどでしたから。

 ボロカスになりながらも続けられたこの稽古はマジで地獄でしたよほんと。

 

「ついたのは体力だけじゃないですよ?」

 

「ふん」

 

 お互いわかってる。

 たかが一週間程度で体力はつかない。

 

 身についたのは戦い方。

 

 余計な力の抜き方であったり、より長期的に戦い続ける力。

 

「貴様は言ったな? 殺さなくても殺す道を選ぶと」

 

「ええ、一言一句間違いありません」

 

 そうさ選んださ。

 

 木刀で日本刀の道を征くと。

 

 先を知っているからこそ、選ぶ前の俺ではいられないんだ。

 

「抜刀斎……いや、緋村剣心の影響でないことを願うばかりだ。……来い、甘ったるい貴様を否定してやる」

 

「認めさせてあげます……私の道を……!」

 

 神谷活心流巫丞弥生。

 

 それは知らないうちに、わけがわからないうちに与えられていた名前。

 それでも俺はこの道でいい、この道が良いと決めた。

 

 誰憚ることなく進んでやると。

 

 

 

「……やはり貴様は牙突を知っている」

 

「ええ、知っていますとも。それは得意技(突き)を絶対の必殺技とまで昇華させたもの……ですが」

 

 知っているから何だというのか。

 こうして避けられるとは言え、それは牙突を、斎藤を攻略したということにはならない。

 

「紛れもない事実を一つ言ってやろう。その躱す技術……それは貴様の言うところである必殺技足り得るものだ。だが――」

 

「わかってます。コレ(・・)がその域への道を阻害している、でしょう?」

 

 木刀。

 あの時竹刀での返し技を斎藤に防がれたように。

 やっぱりどうあがいても女性の力のもと竹刀、木刀でその腕を叩き折るなんて難しい。

 膝挫みたいに相手の力を完璧に利用するって話ならともかく、だ。

 

 日本刀。

 正しくそれを扱う技術さえあればそれは叩き折るどころか、その腕を真っ二つにしていたことだろう。

 少なくとも生身の腕で防ぐという選択肢は奪えたはずだ。

 

「わかっているなら良い」

 

「ええ……だからこそ」

 

 ずっと考えてた、実践だってしてきた。

 

 巫丞弥生の力を活かす方法。

 

「行くぞ」

 

「……肯定する準備が出来たなら、どうぞ」

 

 見せられた構えはやっぱり牙突。

 不思議と周りに居る警官達の唾を飲み込む音がハッキリ聞こえた。

 

 弥生は脅威から身を躱すことが出来る。

 

 ずっとそうとだけ思ってたこの異能。

 

 それは少し違っていた。

 弥生は言っていた、繰り返される巫丞弥生の生と死がこの身体に蓄積されていると。

 

 ある弥生は戦ったんだろう。

 ある弥生は逃げたんだろう。

 

 戦った弥生は死を刈り取る技術を理解して。

 逃げた弥生は死を避けきる技術を理解した。

 

 そう、つまるところ。

 

「――っ!!」

 

 死、そのものを察知できる力。

 殺すことも、殺されることも。

 この世界において、命へと誰よりも早く触れる事が出来る力。

 

 それこそが、弥生に培われた力。

 

 斎藤が床を蹴った。

 酷くゆっくりに感じる世界。

 伸ばされる左腕、それが目指すは弥生の命。

 

 脅威だ。

 これは凶刃だ。

 

 俺の目指す道を断つモノだ。

 

「――なっ!?」

 

「――まだですっ!!」

 

 牙突の下へ潜り込む。

 

 出来るさ。言ってたじゃないか、この避ける技術は必殺技だって。

 この先を間違えなきゃそれに足り得るって。

 

 だから。

 

「ぐっ!?」

 

「ああああああっ!!」

 

 斎藤の持ち手を木刀で思い切り叩く!

 非力な女の力と言ってもその模造刀を零させる程度にはあるんだよ!

 

「ちぃっ!!」

 

「やらせないっ!!」

 

 咄嗟に沈んだ俺の身体を蹴り上げようとする辺り流石過ぎるぜっ!

 でもこの拳の距離ってのは――

 

「嫌ってほど慣れてるんですよねっ!」

 

 あぁ、左之助に感謝しとかないとね、お陰様ですよコレはほんと。

 

 蹴りの風圧を感じながら、向かうように躱して軸足へと木刀を奔らせ――その足を掬った。

 

「……肯定、出来ますか?」

 

「……」

 

 転がせた斎藤に跨って木刀を喉元に突きつける。

 

「わかってます。貴方が言うところの正真正銘な牙突を使わなかったことなんて……これが真に命のやりとりだったとするなら、私は手も足も出なかったって」

 

 こんな簡単に届く域にある人じゃない。

 勝ったなんて欠片も思えない。

 

「阿呆が……それでも、今この図に変わりはない」

 

「そうでしょうか? もしも私が貴方の思う悪であるなら……間違ってもこうはなりませんよ、きっと」

 

 言いながらその場所から退く。

 ふんっと一息吐いた後立ち上がり、俺の乗っていた場所を手で払いながら斎藤は笑った。

 

「良いだろう巫丞弥生、よく覚えておいてやる。この先、ある程度貴様の及ぼせるであろう範疇を改めておく」

 

「……ありがとうございます」

 

 ふぅ……ともあれこれで少なくとも、るろうに剣心京都、志々雄真実編で変に邪魔されるってことはなくなっただろう。

 自由自体はあまりないのかも知れないけど、斎藤の理解は得られたと見ていいはずだ。

 

 斎藤にとって……いや、日本、現政権に対して俺は敵ではなくまた志々雄側の人間じゃないという理解。

 そして志々雄討伐に対して有益であるという証明。

 

 なんて思っててもバカバカしくなるのは、明日大久保卿が殺されてしまうのにも関わらずそれを伝えていないことあたりだろう。

 

 本当に俺は都合よく色んなものを利用しているなと自省するけど、いいんだ。

 

 開き直ったのはもう前の話。

 行けるところまで生きたいように行くだけだから。

 



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その男、再出発につき

「弥生、殿……?」

 

「お久しぶり、ですね剣心さん」

 

 紀尾井坂の変。

 大久保利通が暗殺された。

 

 表立っての発表は石川県士族による犯行だとされているけど、やっぱり俺も斎藤も……剣心もそうだとは思っていない。

 

「まずは心配をかけてごめんなさい。そして、混乱しているでしょうけど今はまず川路さんの所へ」

 

「……わかったでござる」

 

 事の次第を聞きに来たんだろう剣心。

 俺の姿を見て一瞬色々な思考が過ぎったんだろうけど、それもすぐ収めてくれた。

 

「よし、揃ったな(・・・・)。行くぞ」

 

 落着と見たんだろう、斎藤が案内するかのように先を進んで。

 俺と剣心は黙ってその背を追う。

 

 そうだ、まずは全員が現状を正しく認識しなければならないんだ。

 確かに全貌を知っている俺だけども、剣心も斎藤も予測でしかない。

 それをそうだと断言するのは簡単だけど、確証があるわけでもなし、説得力もないわけで。

 すこしもどかしい気持ちはあるけれど、仕方ない。

 

「これが志々雄のやり方だっ!!」

 

 ドアを開けて入った一室。

 中に居た川路さんが俺たちの姿を認めれば、すぐ吐き捨てるようにそう言った後机を大きく叩いた。

 

 あぁ、本当に慕っていたんだな。

 

 背を向けて肩を震わせているその姿は、そんなちっぽけな言葉では言い表しきれない程のものを孕んでいるように見えて。

 本気で大久保利通と共に日本を善き道へと歩ませたい、歩ませられると信じていたんだろう。

 

 その意気も、志も。

 

 ここで潰えてしまったと、心の底から怒りと共に絶望を吐き出しているようだ。

 

「……国民国家(ネイションステイト)。御上が全てを決めるのではなく、国民一人一人が自分の道を選ぶ国家か……壮大過ぎる理想だな」

 

 斎藤が言う理想の時代で生きていた俺からすればあまりピンと来ないものではある。

 幕末、幕府の終焉を目の当たりにした志士達の気持ちを図るには到底。

 

 もしもここで大久保利通が生きていたのなら。

 時代は圧縮、あるいは短縮されて、本当に国民国家……民主主義の時代がやってきていたのかな?

 

 わからん。

 それを覗こうとしても手に負えないし、何よりも野暮だ。

 

 こうして歯車は大久保利通、あるいは川路さんの思い描いていたものとは違うものと噛み合った。

 

「時代が、流れ始めた」

 

「……そうだ巫丞弥生。今まさに明治という時代は再び動き直した」

 

 これから。

 やっぱり俺が知ってる日本史の道を歩んでいくのだろうか。

 

 るろうに剣心の後世で生きていた俺が知っている日本史。

 

 第一次世界大戦、第二次世界大戦。

 

 そうやって、戦争の歴史へと向かっていくのだろうか。

 

 それもわからないけど。

 少なくとも、ここで国民国家という一つの理想への道は閉ざされ、別の道へと進んでいくんだろう。

 

 それだけはわかった。

 

 

 

「そう、でござるか」

 

「……ええ、改めてご心配おかけしました」

 

 恐らく左之助が重傷を負ったあの日以来俺の行方は知られてなかったんだろう。

 薫さんや弥彦、多分由太郎だって見つけようと奔走してくれたはずだ。

 自業自得とはいえちゃんと説明しなきゃと警視庁を後にしようとした剣心と話す。

 

 剣心自身も色々混乱しているんだろう。

 何処かぼんやりと……いや、頭の中にある色々な考えを整理しようとしてるんだろうな。

 これからまず間違いなく剣心は薫さんへと別れを告げる。

 それは今の剣心であっても心を痛めることに違いはない。

 

「記憶喪失は、嘘だったのでござるか?」

 

「いえ。ですけど……そうですね、私は記憶喪失でしたし、記憶喪失を利用もしました」

 

 あぁ確かにそういう意味では嘘をつき続けていたことになる。

 それは否定しないしする気もない。

 

 どう言い繕おうたって、自分が動きやすく、生きやすくするための術にそれがあって。

 その手段を取ったのは俺だから。

 

「流石薫殿……といったところでござるな」

 

「え?」

 

「薫殿は気づいていたでござるよ。自分の知らない弥生殿であると」

 

 うっそ、まじで?

 ……いや、まじでとか言えるくらい演技出来てねぇよな普通に考えて。

 元々の弥生像すら知らなかったんだし、当たり前といえばそうなのかも。

 

 だけど。

 

「それでも自分の妹分に変わりはないから。そう言っていたでござるよ」

 

「そう、ですか……」

 

 ……薫さんには弥生としても俺としても一生頭上がらねぇんじゃないかって。

 あぁ、そうだな、だから剣心の大事な人になるんだ。

 その一角をようやく実感できたよ。

 

「だからこそ、でござるが――」

 

「それは出来ません」

 

 わかってる。

 だから薫さんの側に居てやってくれと言いたいんだろう?

 気持ちも理解できるさ分かりたくないくらいに。

 

「私は、志々雄討伐作戦に組み込まれています」

 

「――」

 

 驚く、よな、うん。

 

 どういう風にかって部分は政界のごたごたで斎藤に現場の指揮権が移らないと決められないだろうけど、とりあえず京都へ向かうことには決まっている。

 

 流石にこの辺り、弥生の出生を利用したこともあってごまかしきれないわけだ。

 

 それはもちろん、剣心に対しても。

 

「だからこそ剣心さん、その言葉の先は自分にも問いかけてみて下さい。それに頷けないのなら、私もきっと頷けません」

 

「弥生、殿……」

 

 明治時代を生きる、じゃあないんだ。

 るろうに剣心の世界を生きる、なんだ。

 

 何度でも思うけど、このまま東京で留守番して、赤べこで働きながら客をあしらって。

 のんびり道場で稽古をしながら、一人のなんちゃって剣客として過ごすって選択肢もある。

 

 けど、そうはしない。

 

 この状況で結局動かなかった人は誰一人剣心組の中で居なかったし、涙を堪えてここに残った人もいる。

 

 自分に出来ることがあって、出来ることから目を逸らして我関せずで生きること。

 それこそ、弥生を想ってくれた薫さんの気持ちを無碍にすることだと思う。

 俺が京都へ行って戦うことを望んでいるんじゃない。

 

 弥生()が俺らしく生きることを望んでくれてるんだと思うから。

 

「剣心さん」

 

「なん、でござるか?」

 

 じっと目を見据える。

 人斬り抜刀斎という過去、狂気を己の内に宿していると実感し直した剣心、葛藤している剣心。

 その姿はらしいんだろうけど、らしくない。

 

「私は、もう答えを見つけています。だからあなたも……いえ、緋村剣心としての答えを、どうかこの先で手にして下さい」

 

「……」

 

 抽象的が過ぎるけど、言えることはこんなこと。

 俺が言ったところで……誰が言ったところで、結局答えは自分で見つけなきゃいけないし、剣心はいずれ(・・・)それを手にする。

 

 ほんっと。

 知っているって、嫌だなぁ。

 

 

 

「弥生っ!!」

 

「あはは……お久しぶりです、にょっ!?」

 

 おわ痛ぇ!? 肩!? 力入れすぎですってヴァ!?

 

「どこ行ってやがった!? 俺たちがどんだけ心配したか!!」

 

「わかってます! いえ軽々しく言えないですけどわかって、わかりましたからぁ!? ちょっと落ち着いて下さいぃ!?」

 

 心配が、心配の気持ちが痛い!?

 これじゃあ話になんないっすよー勘弁してくださいよー。わざわざこうして夜に来たって言うのにご近所さんの注目ばっちりですよきっと。

 

「わかってねぇ! が、まぁいい! おい! 道場には行ったのか! あいつらも(つら)ぁ見せてやんねぇと――」

 

「いえ、左之助さん。その必要はあるけどないんです」

 

「……あぁ?」

 

 はいはい、いいから落ち着いて下さいね? どうどう。

 うん、睨んでくれてもいいから……あーこっちのがもっといてぇや。

 

「必要はねぇって……どういうことだ」

 

「……いつものとこ、行きましょっか」

 

 あぁ、始めから話を聞いてもらえるとは思ってないさ。

 話になんないって、話にする気が無かったのは俺、か。

 

「いつものとこって……弥生、まさか」

 

「そ、いつも喧嘩してるとこですよ。私と……ね」

 

 それで一旦終わりにしなくちゃな。

 このわけがわからないままに始まって培った関係。

 剣心にとって薫さんとの別れがそれならば、俺は左之助との別れが必要だ。

 

 東京編。

 

 弥彦や由太郎とも培ったものはある。

 けど、あいつらにとって俺は追う存在。

 言い方は悪いけど、追う立場なら勝手に必死で追ってくるといい。

 

「いい風、ですね」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 目的地はすぐだ。

 そんな距離があるわけじゃないから、なんだか勿体ない気がする。

 

 すぐに着いてしまうから、話す言葉はいっぱいあるのに。

 ごめんなさいだって、ありがとうだって。

 たくさん、たくさんあるはずなのに。

 

 結局口から出るのは困った時に出てくる天気の話。

 そんなもん。

 

 でもまぁそれでいい。

 

「左之助さん」

 

「おう」

 

 俺にとってまず追った人間は左之助。

 その差は縮まっただろうか、追いつけただろうか。

 

「今日、この時、今から……貴方は私のボディガードではありません」

 

「どういう、意味でぇ?」

 

 文字通りそのままだよ、左之助。

 

 これは俺にとってのリセットだ。

 弱い自分をなんとかしてもらうための関係じゃない。

 一緒にしっかり前を見据えて歩くために必要なことなんだ。

 

「解雇ですよ、左之助(・・・)。私より弱い人に守られるなんて……笑い草も過ぎます」

 

「弥生、てめぇ……」

 

 あ、お怒りですよねわかります。

 こんなん言われたら普通キレる、俺もキレる。

 

 許せ、なんて言わないよ左之助。

 

 筋が通ってない上に心無い言葉と聞こえるのは当たり前だけど、これでも心を持って言ってるつもりなんだ。

 いつまでもあんたを庇護者にしてはいられない。

 

 喧嘩で始まった関係なら、喧嘩で一回終わりにしよう。

 

「気に入りませんか? 腹が立ちますか? ……失望、しましたか? ええ、構いません、その方がいい。だから精一杯の感謝を持ってこういいましょう――」

 

 ――かかって、こい。

 

 木刀を構えてみれば、戸惑いながらも怒りに任せて突っ込んでくる左之助。

 

 ほんとうに、ごめん。

 都合よく利用した、あんたの性格をも手玉に取った。

 

 だからもし。

 

「おおおおおおっ!!」

 

「ああああああっ!!」

 

 もしも、俺が無事に生き延びて。

 再び笑い合うことが出来たのなら。

 

 今度は胸を張って友人と貴方を呼びたいから。

 

 

 

「弥生殿……」

 

「あはは、また会いましたね」

 

 あー……身体いてぇ……自業自得だけどもちっと左之助さん手加減してくださいよほんと……俺、女の子っすよ? まったく。

 

 ……いや、もう突っ込むのもしんどい。

 

「随分と、ボロボロでござるな」

 

「それは、剣心さんもでしょう?」

 

 主に心が。

 まぁ俺の心もわりとピンチですけどそれはいいんです。

 

「斎藤さんに許可はもらっています。東海道で京都を目指すのですよね? 私もご一緒します」

 

「それは……いや、弥生殿に隠すことでもござらんか。そういう弥生殿だ、拙者が一人を選んだ理由もわかっているはずでござろう?」

 

 人と関わりたくない。

 関わってしまったが故に今こうして心を痛めてるんだもんな。

 俺もさっきそうやってきたからわかってるよ。

 

「ええ、だからこれは関わろうとしているつもりではありません。ただ、今回の作戦上私も東海道を行く必要があるだけです」

 

「……」

 

 いや、そう訝しまないで下さいよ。

 

「そう思われるほど……私はあなたと関わってきたつもりは、無いのですが」

 

「……やれやれ、随分と人が変わった……いや、それが素の弥生殿なのでござるか?」

 

 素というか前言ったでしょ? 開き直っただけですよ。

 

 それにまぁ、東海道を行く必要があるってのも嘘じゃない。

 新月村。

 あそこに剣心達は寄ることになるんだけど、個人的……いや、弥生的にも気になるんだ。

 実際斎藤も後で来ることになるんだけど、まぁそれの先遣とでもいいますか。

 

 三島兄をダシにしちゃったしな……出来れば、生かしてあげたい。

 

「それはご想像にお任せします。だからそう、これはたまたま向かう方向が一緒で、か弱い乙女の私は、安心を買うためにあなたへと声をかけているだけなんですよ」

 

「仕事上の関係、というやつでござるか」

 

 ええ、その通り。ドライもドライな関係ですよ。

 如何ですか? 泊まる気ないだろうけど望むなら、お宿にも泊まれますよ? 斎藤からそれなりのお金もらってきましたし。

 

 ……いや、連れ込み宿的な意味じゃない。そこは開き直ってない。

 

「もちろん京都に着くまでです。それ以降は別行動、お約束します」

 

「わかった。納得しなければならないのでござろうな……」

 

 そう言って、ほんと久しぶりの困った笑顔を見せてくれた。

 

 うん、やっぱり剣心にはその顔が似合う。

 

 そしてその隣に薫さんが居て欲しいと思う。

 出来れば、多くの仲間達と共に。

 

 その中に。

 

「はいっ! それじゃあ出発しましょう!」

 

 俺も胸を張って笑顔でいられたら、そう思うんだ。



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その男、旅路につき

「こらぁっ! そこの若いの! わしの目の前で廃刀令違反とはいい度胸だぁっ!」

 

 おこなの? 激おこなの?

 いやまぁびっくりしたよ、まったくあの笛うるさいわほんと。

 

「あーっと、申し訳ありません。一応許可を頂いていますので、こちらを」

 

「なんだぁ……っ! も、申し訳ありません! 任務、お疲れさまですっ!」

 

 斎藤から預かっていた帯刀許可書を見せてみれば効果覿面ってなもんだ。

 まぁこれで三回目だからね、慣れたもんですよ。

 

「いえいえ、そちらこそお疲れさまです。職務熱心大変結構なことだと思います、その調子で皆の安全をよろしくおねがいしますね」

 

「はっ!!」

 

 おー……いい敬礼。

 いや、許可書の中身は見るなって言われてるから見ないけどさ、一体なんて書いてあるんすかねぇ……。

 

 あ、見送りは良いですよほんと。すっごくなんか行きにくい。

 

「感謝すべきかそうじゃないか、いまいち判断がつかないでござるな」

 

「まぁまぁ。確かに余計悪目立ちしてしまってる感は否めませんが……剣心さん、あるいは私が目立つだけなら構わないじゃないですか」

 

 志々雄一派に自分たちの足取りを掴まれていないなんて思うほうが甘い。

 現に斎藤もそう言っていたわけだし。

 

 なら逆の発想。

 目立てばそれだけ注目を惹きつけられるわけで。

 俺と剣心へと目を割いたぶんだけ他が動きやすくなるはずだ。

 

 浅はかなのかも知れないけど、剣心へそう説明してみれば納得してくれたし、あながち間違ったことでもないだろう。

 

 それより問題なのは。

 

「弥生殿、今日で小田原は抜ける予定でござるが……大丈夫でござるか?」

 

「あはは、気にしてもらって嬉しいですけど。仕事のお付き合いですから、心配は無用ですよ」

 

 わかってたことだけど剣心は健脚だ。

 いや、というよりはこの時代の人達自体がそうなんだ。

 

 東海道を歩いて京都まで。

 

 鉄道敷設で歩きの旅行客ってのは少なくなったらしいけど、こうして歩いてみればその陰りってやつをいまいち実感は出来ない。

 鉄道が出来る前、江戸時代なんかの人達はこれが普通だったってんだろうから凄いよな。

 

 ともあれこの道程。

 距離で言えば日本橋から三条大橋まで約四百九十二キロ。

 剣心なら五日もあれば十分らしいけど、いやまじぱねぇっすよ。

 車ですらちょっと気が引ける距離だよ、新幹線が恋しい。

 

「仕事仲間だからこそ、でござるよ。それに――」

 

「わかってます。宿は取らないのですよね? 今のうちから無理するなという部分はよくわかります」

 

 俺を許容してくれた剣心だから、人と可能な限り関わらないってのは俺が許容するべき事柄だろう。

 剣心の懸念もまぁもっともな話だと理解できるし、あえてという程じゃないけど、原作よりも多少強く注目を引いているんだ、宿泊中に襲撃がある可能性は高まっているはず。

 

「やれやれ。素の弥生殿は少し頑固でござるな」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうでござるよ。拙者、単純に野宿を強いるのは忍びない気持ちからそういっただけでござる」

 

 む……やっぱりその笑顔は反則です。

 

 そうだよなぁ……ちょっと決めつけが過ぎるのかも知れない。

 知っているのはガワだけなんだ、裏、裏ばかりを測るんじゃなくてもう少し額面通りを素直に受け止めるようにしないと。

 

「……そうですね、斎藤さんみたいになりたくないですし。気をつけます」

 

「おろろ」

 

 今までは知っているをポジティブに捉えていたけど、やっぱり弊害ってのはあるね、うん。

 

 あ、斎藤さん? くしゃみしてます?

 特に謝る気はないですよ? あしからず。

 

 

 

「野宿は久しぶりでござるな」

 

 そういう割には手際がよろしいことで。

 地図を出して現在地なんかを確認している間にぱぱっと剣心が用意してくれた。

 

 実のところ剣心との間にそこまで会話はなかった。

 それこそ出発して最初だけで、ある程度大丈夫だと思われたのかそれ以降はめっきり口数が減った。

 

 焚き火の炎が揺らめいて、その焔が剣心の瞳を映す。

 

 何を思っているのだろうかってのはやっぱり薫さん達のことだろう。

 

 恨まれても仕方ない。

 

 そんな風に今思ってる剣心なんだろうけど、俺にはどうしてもそうとは思えなくて。

 

「別に恨まれてはないと思いますよ」

 

「……拙者、口にしていたでござるか?」

 

 少し驚いて口元に手を当てながら視線が向けられる。

 

 さて、俺は原作シーンから思い浮かべた内容ではあるけど。

 

「いえ? 多分、あなたと関わりを持った人間がみれば私でなくても思い至るんじゃないでしょうか」

 

「……」

 

 弥彦なら、らしくねぇぞ剣心。なんて言いそうだし。

 左之助なら、とりあえず一発景気付けに殴ってそうだ。

 

 薫さんでも……うん、黙って察して寄り添う、かな?

 

「恨まれてはないです、絶対。でも……絶対(・・)怒ってはいますよ。なんで黙って消えるような真似をしたんだ、そんなに自分たちは頼りないかって」

 

 薫さんに黙って消えたわけじゃないはずだけど。

 それでもショックを抜けた薫さんもまたブチキレてるだろうな、おんなじような言葉と一緒に。

 

「……関わったつもりがないと言う割には……よく知っているように話すのでござるな、弥生殿は」

 

「ええ、そうですね。あなた程皆と関わったつもりがなくても、この程度はわかります。わかるんですよ、剣心さん」

 

 気づいてないかも知れないけど。

 心の奥底ではわかってるんだろう? あの場所に居たいと思ってしまった自分の心を。

 戻るべき場所に成り得たと感じてる気持ちを。

 

 何より俺の言葉に心を乱した。

 それが何よりの証拠だろうよ。

 

「――っ!」

 

「……剣心さん」

 

「わかってるでござる……だが女と複数だろう男の声。志々雄一派ではなさそうでござるが」

 

 いやまぁわかってるよ俺は。

 

 巻町操(まきまちみさお)

 四乃森蒼紫大好きっ娘の登場だね。

 

「あぁ、関わりたくないと言うなら私が行きますけど――」

 

 ――どうします?

 

 そんな風に目で聞いてみれば。

 

「山賊か追い剥ぎの類か……どちらにしても放っておくわけには行かないでござるよ」

 

 そう言って、やっぱり困ったように笑いながら腰を上げてくれた。

 

 

 

「あーっ!? あたしの外套ぉっ!!」

 

「あ、すまぬ、つい……」

 

 まぁちょうど目にできたのは男達をのした操ちゃん。

 お金の代わりに剣心の刀を剥ぐと豪語するんだけど、ごらんの有様だよっ!

 

 あー、まぁそろそろ私が出るかー……。

 

「はいはい、落ち着いて下さい。外套のお金はお支払いしますから……とりあえずこのお金は返しに行きましょう?」

 

「何よっ! 急に出てきて! そのお金はあたしが手に入れたんだからあたしのもんだっ!」

 

 はいはい、うるさいですよっと。

 あ、良いんだよ剣心。逆刃刀渡さなくていいんです。

 なぁに経費で落ちるさ。さて、財布は――

 

「――っと」

 

「へぇ? やるじゃん」

 

 手癖わりぃなこの娘。

 財布だそうとしたところに手を伸ばしてきおったぞ。

 

 うーん……正直さっさとこの金返しに行きたいんだけどなぁ。

 一応俺は警察へと協力している身だからさ、悪事を見過ごしてしまったら斎藤に怒られるじゃ済まないわけで。

 

「弥生殿?」

 

「剣心さん、それ小田原宿の田村屋ってところのらしいですので先に返してきてくれませんか? ちょっと私、この子とお話してから追いかけますので」

 

「おはなしぃ?」

 

 なんて言ってみればすんなり頷いてくれた。

 理解が早いっすねうん、それだけある意味信頼されてるのかな?

 

「あ、ちょっとっ!」

 

「はいはい、あなたは私と楽しいお話タイムですよ」

 

「何さっ! あれはわたしんだっ! もうっ! いいよ! 外套代にあんたの金剥いですぐ追いかけてやるっ!」

 

 がめついなぁ……ちゃっかりしてると言うべきか?

 あ、でも苦無じゃなくて体術で向かってきてくれるのね、そこらへんは良識的かも?

 

 いやいや、追い剥ぎする子に良識ってなにさ……大概俺も毒されてるなぁ……。

 

「んえっ!?」

 

「……うん、いい体術です。よほど良い師に巡り会えたんでしょうね。でもまぁ……おいたが過ぎますね」

 

 流石の般若さん仕込みというべきかね。

 掌打が外れるや否や当て身に切り替えて……さっき剣心にもやってたよねそれ。

 ちょっと女だからって甘く見ないでくれます? 俺、男ですから。

 

「な、中々やるじゃない」

 

「へぇ? 中々、で終わらせられるのですか?」

 

 攻撃の繋ぎ。

 当身に切り替えようとした先に木刀を置く。

 中途半端な体勢でその木刀に触れるか触れないかの位置で止まっていた操ちゃんは俺の言葉で慌てて距離を取り直す。

 

「……」

 

「あぁ、苦無使います? 先に言っておきますが無駄ですよ?」

 

 剣心みたく抜刀の風圧で落とすなんて芸当は無理だけど。

 少なくとも持ってるだろう苦無を避ける自信はある。

 

 操ちゃんの貫殺飛苦無は点と面の攻撃、両方の特性を持つ。

 

 まずは一本を集中して投げる、暗殺とかそういった点の攻撃。

 

 だけど今はこうしてお互いの面が割れて、相対している状態。

 一本一本を連投するなんてその繋ぎに合わせて攻撃して下さいと言っているようなもんだ。

 撤退しながらの牽制として使うなら有用だけど、少なくとも今の操ちゃんに撤退の文字はないだろう。

 

 なら一度に数を投げる。

 それが面の攻撃だ、単純に避けづらい。

 しかしながらそれをやってしまいもし外れたら(・・・・・・)後が無いことは理解してるだろう。

 残されている体術。それは俺に通用しないとさっき証明されてしまってるのだから。

 

 支援として遠距離から攻撃するならともかく、一対一で戦う巻町操の真髄は苦無と体術の組み合わせなのだろうから。

 もっと言えばそもそも一対一を仕掛けるのが間違ってる。さっきの盗賊達とはそもそもの力量差が大きいから対処出来ただけだ。

 

「先に言っておきます。今の私は逮捕権を所有しています」

 

「な……」

 

 期間限定ではあるけど、志々雄に関わってるだろう(・・・)人間を捕縛、逮捕出来る権利。

 一応今の俺は密偵に限りなく近い存在に加えて、警官としての権利も有しているなんてチート状態。

 

 ……よくもまぁここまでの権限を俺に与えたよ斎藤さん。ちょっと信頼しすぎじゃねぇ?

 

「今ならあのお金を返して、無かったことにしてあげます。ですが、その手に持っているものを私に投げれば……保証はしません」

 

「ち……」

 

 うわ、俺性格悪いな!? よくもまぁそんな言葉が口からでたよ。

 間違いなく斎藤の影響ですねこれは。

 あっはっは、都合悪いのは全部斎藤のせいにしちゃえ! てへぺろってなもんだ。

 

「もう少し言いましょうか。今なら、引き分け(・・・・)という体で落着できますよ?」

 

 うん。

 これがトドメの言葉だろう。

 

 操ちゃんの戦意が萎えていくのがわかる。

 流石にそこまで馬鹿じゃない、ここで本気を出してぶつかり合う意味なんて無いし必要もない。

 

「わかったわよ……」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 めっちゃ不服そうではあるけど、な。

 

 

 

 そんでまぁご丁寧に田村屋の前で待ってた剣心と合流して。

 流石に壁をひとっ飛びなんて芸当は出来ない俺だから河原で待ってると言って。

 

 あそこに見える橋がもう少しで剣心によって破壊されるやつだろう。

 

 ってなるとこのあたり。

 ここいらにいればまぁまた合流できるだろうさ。

 

「もうすぐ、新月村、か」

 

 座ってみれば石の感触が冷たくて。

 

 今までの弥生は新月村へと足を運んだんだろうか。

 オリジナルの弥生はその村でどういった生活をしていて、どういった理由で東京へ出てきたんだろうか。

 

 そう、俺が知りたいのはそこ。

 

 志々雄一派……てか尖角だっけ? により占拠状態だろう村。

 開放したいがために、ではなく。開放しなければ弥生の情報が聞けないから開放する。

 もちろん三島兄のことも助けられるなら助けたいけど……無理だろうな。

 あの人の死を剣心が看取るからこそ、そこへ足を運ぶ理由になるんだし。

 

 京都に着くまでに。

 俺は弥生の情報を集めたかった。

 

 オリジナルの弥生。

 そんな弥生の終わらないループ。

 

 弥生は剣心に殺されたら終わるといっていた。

 るろうに剣心の流れがわかっている俺にとっては正直無理も無理だと断言出来るんだけど。

 知っているからこそ弥生の死(・・・・)という道を模索出来るのかも知れない。

 そう思って、そう思ったからこそ弥生へと興味が湧いたんだ。

 

「わかったからって……実行するかはわかんねぇけど」

 

 自殺願望者じゃあるまいし。

 なんで自分が殺されるために努力しなきゃならないんだって話だ。

 

 だから空想。

 もしも緋村剣心が緋村抜刀斎になってしまったらって可能性を妄想する理由でしかない。

 

 ただそれでも。

 

 後世の人間をこの世界へ産み落とす。

 

 後の世代を使ってこの世界を繰り返しているのなら。

 

「……らしくねぇ、な」

 

 口から聞こえた音は女の声。

 俺はもう俺じゃない。

 元の俺を既に忘れそうになっているくらいには馴染んだこの身体。

 

 他の誰かも、こうやって弥生になる。

 

 それは、少しだけ、気持ちが悪い気がした。

 

「っと、そろそろか」

 

 橋を渡ろうとしてる二人がヤクザ達に挟まれた。

 ならそろそろ橋も落ちる。

 

「……これって、この後誰が修理するんだろうな」

 

 俺、しーらないっと。



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その男、帰郷につき

「ねぇっ! ねぇってば!」

 

 弥生ですが、後ろから聞こえる声がうるさいです。

 

 いやまぁ仕方ないよね、ついうっかり四乃森蒼紫ってワードを漏らした剣心が悪い。

 蒼紫の足取りを調べてる操ちゃんにとっては値千金というかようやく見つけた手がかりだ、食らいついて離さない意気は見上げたもんだよほんと。

 

 針のむしろとまでじゃないだろうけど、剣心も居心地が悪そうだ。

 別に責めてるつもりはないんだけど剣心にとったら知らなかったとは言え自ら旅路を喧しくしてしまったことを反省してるんだろう。

 その証拠になんとも申し訳無さそうな顔を時折俺に向けてくるし。

 

「仕方ないですって」

 

「あぁ、ありがとう弥生殿」

 

 ってやり取りも何度目か。

 

「教えてよ! 蒼紫様はどこ!」

 

 しっかしもうちょっと聞きたいならそれ相応の態度ってのがあるんじゃないかね。

 続く口汚い言葉チビやら男女やら……あ、おっぱいおばけは褒め言葉ですどうも、羨ましいか? ふふん。

 

 操ちゃんは損してるよななんても思う、ある意味箱入り娘なんだろうとも。

 御庭番衆先代の愛孫。

 その立場というか出自から可愛がられてきたんだろうなと。

 

 多分漫画やらで操ちゃんって人物を知っていなけりゃあんまりいい気分ではいられなかったのかもしれない。

 

 いや、想像してみてくれよ。

 なんかわからんけどストーカーばりに付きまとわれて、挙げ句罵言を浴びせられ続けるわけで。

 正直今の段階で剣心が御庭番衆の終焉を知っているから相手のことを察して腹を立てないって、どんだけ聖人だよって話。

 

 良くも悪くも真っ直ぐで素直な操ちゃん。

 だからこそ憎めないというか、可愛がってしまうんだろう。

 

 とはいえ。

 

「……」

 

 ――どうするでござる?

 

 そんな視線が向けられてきた。

 

 どうするも何も、撤くしかないんじゃないかなって。

 ほんで根性見せられて剣心が折れる形が一番いいんじゃなかろうかと。

 

 ただまぁそれに俺は間違いなくついていけないからどうしたもんかなって部分。

 

 剣心はもちろんだけど、ぶっちゃけ操ちゃんに追いかけられたらあっという間に俺は捕まる自信がある。

 ベースのスペックが違いすぎるからね、仕方ないね。

 

 かと言って、別々に行動してってなるとちょっと厳しいんだよな。

 街道から外れて森の中を進んで行くからこそ新月村の事件へと介入できるんだし。

 新月村を合流地点にして落ち合いましょうなんて出来ないからなぁ……ん?

 

 ――再合流地点は沼津宿でどうですか?

 

 視線を送り返しながら口パク。

 まぁ伝わるでしょ多分。一瞬驚いてたみたいだし、疎通できてる出来てる。

 

 どの道剣心が原作をなぞるなら新月村に行くことになるんだ。

 だったらそれ前提で俺も新月村に行けばいいわけで。

 

 俺と剣心だったら十中八九操ちゃんは剣心を追うだろう。

 まだ操ちゃんに対して優しさと言うか、ある程度コミュニケーションを取ってる剣心だし。

 

 あ、俺?

 一切合切無視してますよごめんなさい。

 いや、剣心程腹芸が出来る自信もないのでな……心がちょっと痛いけど思いっきり突き放してるほうがいい。

 

 どの口が言うんだってツッコミは無しの方向で。

 

 剣心の顎が少し沈む。

 はい、それじゃ。

 

「撤くか」

 

「撤きますか」

 

 

 

 案の定と言うべきか、操ちゃんは剣心を追った。

 後から思えば捕まえるなら俺のほうがやりやすいんじゃなかろうかとも思ったりしたけど結果オーライ。

 剣心は操ちゃんに折れて一緒に行くことになるだろう。

 そして俺が言えたことじゃないが、街道じゃなく獣道を進むこと、そんな道を二人で行くことで歩みは多少遅くなるはずだ。

 その間に俺は街道を急いで先に新月村へ行かねぇとな。

 

「しっかし……」

 

 弥生を掠める視線、視線、視線。

 コレばっかりは予想というか考えが及ばなかった。

 

 可愛らしい女の子が一人旅。

 

 あーこれだめですわ。襲って下さいって言ってるようなもんだわ。

 

 そう、すれ違う若い男だったりなんなりが好色そうな視線で見てくるわけですよ。

 こいつらまとめて皆ホモ、間違いない。

 

「おいお嬢ちゃん、一人急いで何処へ行くんだい? よかったら一緒に行ってやろうか? へへ……」

 

「結構です」

 

 こんな声をかけられたのも何度目か。

 ぶちのめしてしまおうかなんて考えたのも何度目か。

 急いでるんですよね、ほんと。

 剣心と操ちゃんだ、歩みが遅くなるっても知れてるし、常人より速いのは確かなわけで。

 常人よりほんの少し上かもしれない俺程度じゃ必死こかなきゃ駄目なんすよね。

 

「おいおい、こっちは善意で言ってんだぜ? 顔くらい向け……ヒッ!?」

 

「私……自分より弱い人に興味ないんです。出直して下さいね」

 

 流石に視線にムカついたからぶちのめすなんてしてしまうと今の立場上まずい。

 だから、こんな感じに無遠慮に肩を掴まれるって場面の時だけ相手をひっくり返す程度はする。

 

 ただまぁ……。

 

「ほ……惚れたっ!!」

 

「……変態」

 

 なんか知らんけど。

 睨んで邪魔するなと言ったつもりなのにこんな事を言ってくるやつが多いのはなんでだろう?

 ちょっと明治進み過ぎてないか? いかんでしょこれは。

 

 仕方なーく木刀で可能な限り優しく転がして差し上げる。

 

 ほんっとさ、勘弁してくれよまったく。

 

「――っ」

 

 なんて馬鹿をしながらも時折感じる冷たい視線。

 好色馬鹿の影に隠れて感じる命の脅威。

 

 剣心と別れてから感じるこの視線は明らかに多くなった。

 

 ある意味作戦は成功だったんだろうな。

 志々雄の手先に間違いはない。

 今の所襲ってくる気配は無いし、別れてから初めての一人野宿でも仕掛けて来られなかった。

 おかげで若干寝不足だ、どうしてくれんだよ全く。

 

 上手いなと思うのは、手下どもは交代制で見張りをつけているってところ。

 

 何度か視線の持ち主を突き止めてはいるものの、様子を伺っている内に違う人物に変わっていたりと組織的に見張りをつけている。

 様子を伺おうと待ちの姿勢を取ったのがまずかったんだろう、こちらから仕掛けるってのは難しくなった。

 それに加えてなんでも無い一般人かっこ変態ども。

 ものすごくやりづらい。

 

 そういう意味から考えれば、剣心が森の中を進んだのは結果的に良策だったんだな。

 追っ手にしても監視の目にしても、振り切りやすいし突き止めやすい。

 もちろん隠密に優れた相手なら難しいのかも知れないけど、そこは剣心に操ちゃん。プロもプロってもんだ。

 

「しくじったなぁ……」

 

 思わず愚痴ってしまうよ。

 正直なところ剣心に監視をつける理由ならいくらでも思い浮かぶ。

 だけど弥生にそれをつける理由がいまいちわからない。

 もちろん警察側、国側の人間の一人として捉えられているだけなら構わないんだけど、剣心と一緒に行動していたからな、それがどう作用しているもんやら。

 

 逮捕権を持っているんだ、片っ端から捕まえてしまうってのもアリなのかも知れないけど。

 今に限って言うなら新月村へと剣心達と同時、あるいは先に着かなきゃならないわけで。

 

 うーん……。

 

「ま、いっか」

 

 あんまり深くは考えないでおこう。

 とりあえずこれで足を絡めている暇はないってのは確かだ。

 急がねぇとな。

 

 

 

「貴様、余所者だな」

 

「……いいえ? 余所者ってわけじゃないですよ?」

 

 急いだ結果がこれだよっ!!

 

 ひのふの……八人位? めっちゃ囲まれてる、囲まれてます。

 うわー……やっちゃったなぁ、ほんと。

 

 これあれだよ。

 俺に監視をつけてた理由でしょきっと。

 別に迂闊な真似をしたつもりは無かったんだけどな……この辺りなら剣心達と合流しやすいかと落ち着こうとした場所に兵を置かれた。

 

「余所者は生かして帰さんっ!!」

 

「だから違うって……もう」

 

 一応この村出身らしいんだがなぁ。

 ともあれ村には入っていない、まだ入り口が見える位置。

 

「死ねぇっ!!」

 

「――」

 

 後ろの人が槍で突き殺そうとしてきたみたいだけど……当たんないねぇ、訓練してる?

 あ、次は右ですか、はいはい。おー悪くない太刀筋っすねぇ。

 

「こ、こいつっ!」

 

「……うるさいなぁ」

 

 考え事に集中できないじゃないかまったく。

 確かに袋叩きさながらの光景で状況なんだろうけど、あんまりにもなってない。

 数の暴力を活かしきってない。

 

 逃げられないのは間違いないけど、だからといって俺を仕留めきれないのも間違いない。

 

 自分の身体を弥生に任せて、状況を整理しよう。

 

 さて、どうやら俺は剣心達より早く辿り着いたようだ。

 剣心が先に着いたってんならもうちょっと村中が騒然としてるだろう。

 そんな様子も見られないし、時期を間違ったわけでもなさそうだ。

 

「この、ちょこまかと……!」

 

 ということは、だ。

 

「チャンス、か?」

 

 おっと、目の前を刀が通り過ぎましたね怖い怖い。

 

 そうだ、これはチャンスだ。

 三島兄、あの人は間違いなく剣心の目の前で息を引き取った。

 それはつまり剣心が来るまでは生きていたって証明に他ならない。

 

 元々の目的。

 弥生を探るって事を考えたら――。

 

「いい加減に――へぶっ!?」

 

「はい、考え事終了っ! あ、邪魔なんで退いてくれますか?」

 

 そうだね、俺を討ちたいならそれこそガトリングガンでも持ってきてどうぞ。

 雨は避けられないけど、そんな余白のありすぎる攻撃じゃ甘い甘い。

 

 ……強くなったよなぁ。

 

「まぁ、律儀に相手する必要もないんですけど……ねっ!」

 

「ぐふっ……」

 

 よーし、とっかーん!

 

 相手の崩れた陣形を突破する。

 勢いのまま村に突っ込んでみれば。

 

「あれはっ!!」

 

「ん?」

 

 あの特徴的なトンガリハゲっ!

 間違いねぇっ!!

 

「尖角っ!!」

 

「なんだぁ……? 小娘。邪魔をするな」

 

 うわ、でっかい。比留間弟といい勝負かも。

 明らかに異常成長、ハッキリわかりますねこれは。いや、破軍の不二ほどじゃねぇか。

 

 そんなことより。

 

「その二人を離しなさい」

 

「あ、あなた……弥生ちゃんっ!?」

 

「駄目だっ! 逃げなさいっ!!」

 

 三島さんの両親、か。

 いい人だな、今まさに殺されかけていたってのに俺の心配か。

 ってことは。

 

「三島さんは?」

 

「あの子ならっ……うぐっ」

 

「ほう、貴様この村の出か……貧相な村の女にしては中々良い身体をしてやがる。どうだ? この尖角様の女にならないか?」

 

 うえ、きんもー。

 冗談は頭の形だけにしてくださいよほんと。

 

「もう一度言います。その二人を離しなさい」

 

「聞く耳持たねぇ……良いな、気に入った」

 

「ごふっ」

 

 ……あぁ? 気に入られてもなんも嬉しくねぇけど?

 ていうか乱暴に降ろしてんじゃねぇよぶっ飛ばすぞ?

 

「おいっ! 村のモンっ! 出てこいっ!!」

 

「ひっ……!」

 

 あぁ、ちっさい村と言えどそれなりに人はいるもんだよね。

 何処と無く俺の育った限界集落を思い出さなくもないけど……あ、こんにちはお久しぶりです?

 俺の姿を見て弥生がどうのって言ってるあたり、ここが弥生の出身地で間違いは無いらしい。

 

 ていうか人集めてどうすんのさ。ご丁寧に兵まで出てきたし袋叩きパートツーはじまっちゃう?

 

「全員で、この女を嬲れ」

 

「……は?」

 

「聞こえなかったのか? 同郷の女だろう? その女を全員で嬲れ、殺すなよ? 後で俺が楽しむ」

 

 ……何いってんだこいつ。

 

「ひ、ひどいっ! よくもそんなっ!」

 

「黙ってろ。そうだな、女。お前が俺のモノになるってんなら……この二人は生かしてやるし、同郷のモンにボコボコにされずにも済むぞ?」

 

 下衆、ここに極まれり、だな。

 

 なるほど? 擬似的な村八分かっこ物理って感じか。

 確かに見知った人にそんなことされちゃ身も心も大ダメージだね間違いない。

 しかも三島さんの両親以外仕方ないみたいな感じで石やらなんやら手にし始めたし?

 

 同郷じゃなくてもキくな、これ。

 

「は、はやく尖角様に跪けっ!」

 

「お、お前が余計な事するからこうなったんだっ!」

 

 投げられる石。

 避けようとする弥生の身体をあえて押さえつける。

 

 むっちゃ痛い。

 石が、じゃない。

 心が痛い。

 

 原作改変しようとしてる罰がこれなのだろうか。

 酷く醜いだろうこの光景、萎えてしまいそうだ。

 いっそこいつらまとめて全員ぶっ飛ばしてやろうかとさえ思ってしまう。

 

 だけど。

 

「……その二人から、離れなさい」

 

「ク……ハーッハッハッハ!! 強い女もそこまで来るとはなっ! 何処まで俺好みになりゃ気が済むんだっ! ハーッハッハッハ!!」

 

 開き直ってるんだって、俺はもう。

 

 神谷活心流、巫丞弥生。

 

 そう生きると、決めている。

 

「感謝しろよ? 俺は片腕くらいなくとも楽しめる! 楽しんでやれる男だからなっ! ふんっ!!」

 

 そうだな、感謝するよ尖角。

 

「――なっ!?」

 

「ええ、感謝しますよ……あなたがグズの間抜けなおかげで、最高の結果を手に入れられそうです」

 

 あぁ、そうだ。

 おかげで三島一家はなんとか命を繋げることができそうだ。

 

 後は……。

 

「そのためにも尖角……覚悟してください? 神谷活心流、巫丞弥生……参ります」



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その男、勝利につき

「尖角に楯突くなんぞ……馬鹿なことを……!」

 

「そ、村長……巫丞家のモンが楯突いたせいで……お、俺たちも……」

 

「案ずるなっ! もはやあやつは村の者ではない! そ、それでどうにかなるっ!」

 

 はぁん? ほんっと弥生ちゃん何したんすかねぇ……いや、家っつってたから親がどうかしたのかね。

 

 まぁ、いい。

 

「ブァウウアアアッ!!」

 

「うるさいですね……!」

 

 今は出自よりこいつだ。

 

 尖角。

 

 三下といえばそうなんだけど、それは剣心達にとっての話。

 はっきり言って俺にとって相当な強敵に違いはない。

 だってそうだろ? 剣心の罠に引っかかったとは言え、背後を取れる程の速さに加えて――。

 

「ヴァアアア!!」

 

「……ちっ」

 

 両手の握り懐剣。

 力は見た目の通り強い。木刀で受け止めるなんて考えた瞬間死ぬだろうな。

 となるとやっぱりいつもどおり、避けるという手段に行き着くわけだ。

 

「フンッ! ちょこまかと! さっきの威勢はどうしたぁ!?」

 

「その尖った頭に脳みそ詰まってます? 詰まってるなら自分で考えたら如何ですか?」

 

 原作では剣心のスピードと同じって思い込みによる自爆で勝負は終わった。

 当然俺はあんなスピードを出せるわけないからその手段は取れない。

 

 そう、そんな思考トラップに嵌めることはできない。

 

 しかしながら。

 

「情けない姿だっ! 一太刀すら抜かず、ただ避けるだけとはなっ!」

 

「ほんっと……うるさい」

 

 まさに尖角の姿は暴れるって言葉がよく似合う。

 懐剣を力任せ、速さ任せに振り回し、俺を追い立てる。

 完全に主導権を握ったと思えるくらいに自分のペースで、すこぶる気持ちいいだろう。

 

 至近距離で避け続けてるせいか、尖角の汗が時折跳ねてきて俺の嫌悪感も最高潮だ。

 

 間合い的には拳の距離に近い尖角。もっとも巨大な体躯もあって小柄な俺からすれば木刀の間合いと噛み合ってもいる。

 あえてその位置で避け続ける理由としては、尖角の攻撃がより激しくなるためってだけ。

 

 目論見通り、尖角は調子に乗って勢いのまま攻撃の回転を早めてる。

 やかましい雄たけびとともに暑苦しいにも程があるってもんだ。

 

 対する俺。

 

 冷静……ってわけでもない。

 正直、気を抜いたら(・・・・・・)感情のままに木刀を振ってしまいそうになるのを必死で堪えてる。

 

 落ち着いて、力を抜いて。

 

 ただただこの異能に身を任せる。

 

 集中。

 

 視界がどんどん狭くなっていくのがわかる。

 見るべきものはただ尖角の懐剣だけ。

 アレほどやかましく聞こえた雄叫びも気づけば耳に入ってこない。

 チラチラと俺を取り囲む兵や村人が見えるけど、尖角の勢いに巻き込まれてはいけないと遠巻き気味。

 

 つまり。

 俺と尖角の戦いに邪魔は入らないってこと。

 

「――」

 

 まだまだ調子に乗って何かを言ってる尖角。

 内容はわからない、どうせヴァーとかなんとか言ってるんだろう。

 

 俺だって避けられないものはある。

 

 たとえば雨を避けろなんて言われても無理だ。あたりまえだ。

 剣心がいずれ会得する九頭龍閃だって怪しいところだろう。

 つまるところ俺は広範囲同時攻撃ってやつはどうあがいたって避けられない。

 

 尖角。

 

 確かに速い。

 持ち上げ過ぎかも知れないけど、剣心の龍巣閃を常に浴びてるようなもんだろう。それくらい速いし力強さも感じる。

 

 けど、避ける合間が無いわけじゃない。

 

 その間へ身体を滑り込ませることに難を感じない。

 

 いつだったか思ったな。

 

 俺は体力の続く限り脅威を避け続けることが出来る。

 

 それはそのままその意味だ。

 そして警察署での荒行は戦闘体力を増加させるための稽古。

 

 脱力する。

 余計なものをこそぎ落としてただただ避けるという一目に専念する。

 

 邪魔な情報をシャットアウト。

 音も、景色も……全て。

 

 そうすれば完全な無の空間。

 

 俺だけの世界ができあがる。

 

「はぁっ! はぁっ! 何故だっ!? 何故あたらないっ!?」

 

 世界から帰ってきたのは頬に水滴を感じたから。

 

 目の前には汗だくの姿になった尖角が荒い息をつきながら両腕を信じられない思いを振り払うように動かしている。

 

「ヴァ……ヴァアアア!!」

 

「……そこです」

 

 気がつけば避けることしか入れ込めなかった合間は攻撃を入れ込む程の大きさになった。

 膝を狙ってコツコツと木刀を振るう。

 

「ハ……ハーッハッハッハ! 何だその攻撃は! そんな太刀ではこの尖角様をいつまでも倒せはしないっ!!」

 

「――阿呆が」

 

 おっといけねぇ、斎藤さんの口癖がうつっちゃいましたねテヘペロ。

 

 何処に元気を取り戻す要素があったのか。

 確かに一刀のもとねじ伏せるなんて出来ませんよ。

 俺の戦い方はいつだって、いつまででも相手の力を利用するだけ。

 

 避ける、打つ。

 避ける、打つ。

 

 相手の攻撃と重なるように、カウンターを膝に集める。

 

 そして。

 

「ウグッ!?」

 

「……いつまでも倒せない、でしたか?」

 

 やったことは二番煎じ。

 相手の自滅を誘っただけ。

 ただ、俺でも出来る……いや、俺だから出来る方法で。

 

「気持ちよかったですか? すっきり出来ました? ……私で、満足は出来ましたか?」

 

「あ……あぐ、あ……」

 

 興奮して、いい気になって、逃げまとう俺の姿に満足はできたかな?

 興奮で消えていた痛みが限界を超えて。

 気づけば尖角の両膝は青いを通り越してドス黒くなっている。

 

 両膝を震わせながらなんとか立とうとする尖角だけど。

 

「えい」

 

「ウグアアアアアア!?」

 

 あーうっさいの復活だな。大の男……いんや、でかすぎる男がみっともない。

 

「お、お前らっ! こ、こいつを早くやってしまえっ! おいっ!」

 

「みっともないですねぇ……良いですけど。で? やりますか? 尖角を今にも殺せそうな私と」

 

 一瞬武器を構えようとした兵たちは一睨みでその戦意を萎えさせ尻もちをついた。

 

 ま、ここで逃げてもどうせ志々雄はこいつらを処分するだろうし? いい言葉だよね、弱肉強食。

 俺に向かってくるのが殺されない分正解だけど、それを理解されちゃいけないよな。

 

「あまり虐めてやるな、巫丞弥生」

 

「っ! 斎藤さん……」

 

 立ってる人間に目を向けてみれば一週間ちょっと付き合った嫌味ったらしい笑顔。

 なるほど、どうやらタイミングはわりと合っていたらしい。

 斎藤の後ろには困ったように笑う剣心と驚きに目を丸くしてる操ちゃんに……。

 

「弥生……姉ちゃん……?」

 

「お久しぶりですね、栄次君」

 

 三島弟が顔を覗かせていた。

 

「貴様の案じていた三島栄一郎も一命を取り留めた。安心しろ」

 

「そう、ですか……良かった」

 

 ならこれで三島家は全員無事ってわけな。

 

 だったら後は。

 

「あなただけですね、尖角」

 

「ヒッ……!?」

 

 視線を戻してみれば芋虫……というにはでかすぎるな。

 手だけでなんとか後退ろうとしてる尖角の姿。

 

「どうします? このまま志々雄に殺されます? それとも大人しく法に裁かれます?」

 

「あ、あ……」

 

「……いや、その必要はないかもですね」

 

「あの、巫丞のモンが……尖角を……」

 

「なんでも良い……今、尖角は……!」

 

 ほんっと……この村の人って都合良いよな。

 絶対強者で自らたちを圧する者が弱っていたら……。

 

「斎藤さん」

 

「なんだ」

 

「……私じゃ、ちょっと止められないです。お願いしていいですか?」

 

 正直すごく気持ちが悪い。

 悪意……なんだろうか、よくわからないけどそんな悪い空気に酔った。

 

「やれやれ……仕方ない。その代わり、三島一家は任せたぞ」

 

「はい、お任せ下さい。それに……この後、行くんでしょう?」

 

 そう言ってみれば当然だと言わんばかりに鼻を鳴らしてくれる。

 

 志々雄がいる屋敷に乗り込んで、そこで尖角の相手をするって算段は狂ったけど。

 そのおかげで三島一家に対するフォローと自分のフォローができそうだし、仕方ないか。

 

「……あんた、ただもんじゃないとは思ってたけど」

 

「よして下さい、買いかぶりですよ。それよりお願いがあります。私が三島さん達を安全な場所へと移す間、周囲の警戒をお任せしたいのですけど」

 

「わかった。こんな状況だし、一肌脱いであげる」

 

 うん、ありがとう。

 やっぱりいい子なんだよな、操ちゃん。

 

「弥生殿」

 

「……志々雄の居場所は斎藤さんが掴んでいます。京都より早まりましたけど……行くのでしょう?」

 

 覚悟決めてる剣心は頷いて。

 まぁその覚悟はから回って挙げ句逆刃刀折れちゃうんだけど……必須イベントだろうし仕方ない。

 

 志々雄にしてもせっかく尋ねてきてくれた先輩(・・)を無碍にするなんてことはしないだろう、それ故のカリスマだろうし。

 

「ほんとに……弥生姉ちゃん、なのか?」

 

「……ええ、もしかしたらあなたの知っている私ではないかも知れませんが、ね」

 

 とりあえず、場所変えますか。

 あんまり、誰にとってもここは良い光景ではなくなるのだろうから。

 

 

 

 三島兄こと栄一郎さんは村からすこしだけ離れた荒屋に簡単な手当をされた状態で横になっていた。

 

 この場所を懐かしく思うのはなんでだろう。

 ボロボロの家だけど、確かに昔生活していた痕跡が残っている。

 

「……ただいま」

 

 無意識に言葉が口からこぼれた。

 そして理解した。

 

「こんな形の帰郷になっちゃって……なんて言ったら良いのかわからないけど……おかえりなさい、弥生ちゃん」

 

 ここは、弥生の生家だ。

 

 三島母さんが複雑な顔で言ってくれて。

 それ以上に難しい顔をした三島父。

 

「兄貴っ!!」

 

「……栄次? それに、親父……お袋……?」

 

 ちょうど英一郎さんも気がついたようだ。

 身体を起こそうとしたけど、やっぱりそれなりに重傷なんだろう顔を顰めて結局身体を横にしたまま。

 

「良かった……良かったよ……」

 

 出来れば抱きつきたかったんだろうけど、そんな兄の様子をみて傍らに座り込み泣く栄次。

 親父さんとお袋さんも安心できたようだ。

 

「……まずは皆の手当をし直しましょう。準備しますから、とりあえず皆さん楽にしてて下さい」

 

 そう言ってみれば緊張の糸が途切れたかのように座り込む。

 当然だ、今の今まで殺されかけていたんだ、疲労の極地にいると言っていい。

 改めて見れば皆栄一郎さんほどじゃないけど怪我をしているし、命に別状はないとしてもほっといていいレベルでもない。

 

 とりあえずお湯を沸かして皆の身体を一旦綺麗にしないと。

 布は……うーん、箪笥に入ってる服、煮沸すれば使えるか? 村に戻って必要なものを取ってくるわけにはいかないし……。

 まぁ一旦これで様子を見るしかないか、幸い沼津宿まで遠くはない。

 ある程度疲労を抜いて、身体が動くようになって。宿まで行けたらなんとかなるだろう。

 

 しかしどうするかな。

 どういう風に説明して理解を得ればいいんだろ。

 まずこの人達との関係性がわからない。

 三島一家は弥生のことを知ってるみたいだけど、アレだけのやり取りじゃ流石に掴めないっすよ。

 

 むぅ、原作外しの弊害は大きいなぁ。

 

「ごめんなさい、やらせてしまって……何か、何か手伝えることがあれば……」

 

「あ、いえいえ。大丈夫ですからゆっくりしてて下さい?」

 

 うーんやっぱりいい人なんだろうな。

 

 申し訳ないって文字を顔に貼り付けて言ってくれるのは悪い気しないんですけど無理しないでくださいねお袋さん。

 

「で、でもっ! 私達はあなたにあれだけの事をしていたのにっ! こうして命まで助けてもらってっ! これじゃあ――」

 

「やめなさい」

 

 おっとー……情報を零してくれるのはありがたいけど、何やら不穏だね? 正直もっと言って下さいどうぞってなもんだけど……そう気楽なものでは無いのね。

 

「……改めて、ありがとう。こうして一家無事なのは弥生ちゃんはもちろんあの人達のおかげだ……だが、どうしてだい? 僕達含めた村の皆が巫丞家にした仕打ちを忘れてしまったわけではないだろう?」

 

「……」

 

 どうやら弥生は、いや巫丞家は何かされていたらしい。

 

 沈黙は金。

 

 こういう時は黙るに限る。

 

「助けてくれたことは感謝しているんだ……本当に、恩返しが出来るなら何でもすると誓える位に。だけど……本当に手前勝手だけど、恨まれて当然の僕達を助ける。それをとても不気味に思ってもいるんだ」

 

 意を決して……いや、多分これが大黒柱なんだろうな。

 きっと不気味に思ってるってのは三島一家全員の考えでもあるだろう。

 

 恨まれて当然、か。

 

「罪を憎んで人を憎まず、ですよ。それに私はきっとあなた達の知っている弥生じゃあないです。今は神谷活心流巫丞弥生。活心流の理に従って助けたんです」

 

 嘘は言ってない。

 弥生の問題はこの際置いておくにしても、俺の都合的にどの道少なくとも栄一郎さんに対して情報のすり合わせをしなきゃ駄目だっただけでもある。

 無論、神谷活心流の担い手として当然の行為だとも思っているけどな。

 

「……大人に、なったんだね」

 

「それほどの時間は、きっと経ったんですよ」

 

 時系列もわかんない。

 どのタイミングで弥生がこの村を出て神谷活心流道場の世話になりだしたのかとか。

 るろうに剣心の世界は理解しているけど、巫丞弥生の世界は全く理解していないんだから。

 

 それっぽく言っておくしか出来ない。

 

「それでも、言わせてくれ。僕達は君達を生贄にした。村の繁栄を願うがために君達を必要悪として扱った。それは紛れもない罪だ……憎まないと言ってくれても、それだけは一生を賭けて償わせて欲しい」

 

「あ、ちょ……あ、頭を上げて下さい!?」

 

 じゃぱにーずどげざ!?

 うわっ! お袋さんまで!? あぁ! 栄次君までしなくていいって!

 

 慌ててそんな風に言ってる頭の傍らで。

 妙な納得があった。

 なるほど、詳細はわからないけど巫丞家は村八分にされていたんだろうな。

 そして、生家に来たと言うのに弥生の両親がいないということ。

 それはつまり。

 

 ……。

 

 いや、よそう。

 単純に、シンプルに考えて捨て置こう。

 要するにこの村人は尖角に占拠、統治される前から弱肉強食のもと生きる素養があった。

 それだけの話だ。

 

「はぁ、もういいですから、ね? それより、傷の手当……やっちゃいますよ」

 

「……すまない」

 

 いいんですよ。

 腹黒い俺ですから、負い目を抱えてくれているならありがたい限り。

 この後するお願いを守ってくれる鎖になり得ますからね、えへへ。

 



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その男、やり手につき

「弥生殿は斎藤と一緒に行くのでござるか」

 

「ええ、伏せていましたが京都までご一緒するのが目的ではありませんでしたので」

 

 三島一家にはこちらの都合についてよく話して理解してもらった(・・・・・・・・)

 流石に中身違うんスよーなんて言えなかったので、若干強引に三島兄の名前を利用させてもらったこと。

 悪用には違いないけど、俺自身志々雄一派と戦うためにそうしていると。

 

「なら次に会うのは」

 

「はい、京都で……また、お会いしましょう」

 

 そう言ってまっすぐ剣心の目を見る。

 やっぱり、人斬り抜刀斎とるろうにの自分で揺れている剣心。

 言い換えれば、まだ俺はこの人に殺される事が出来る。

 

 なんて。

 思考の中にそれは存在しているけど、その道を辿ることは無いだろうな。

 

 新月村でのこの一件。

 おかげで俺はるろうに剣心の世界でやりたいことが見えた。

 

「ねぇ、あんた」

 

「……やれやれ、私には一応巫丞弥生という名前があるのですが」

 

「……弥生」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 操ちゃんから向けられる目には色々なものが宿っていた。

 

 剣心のように……いや、剣心程とはまだまだ言えないだろうけど、やっぱり俺も常人の壁を超えつつある人間。

 それが今回よくわかった。村人から向けられる視線はほぼ全てが苛立つものではあったけど、中でも尖角に対して向けるものと一部一緒であるということに気づいて若干泣きそうにもなった。

 

「ううん、やっぱ、いい」

 

「そうですか……いえ、それがいいと思いますよ」

 

 だからだろう。

 操ちゃんも、四乃森蒼紫の情報を持っているに然る人間として俺を認めたんだ。

 今聞かなかったことはきっとその情報に関して。

 

 あるいは、何処か俺のことを侮っていた点に対して何かいいたかったのかも知れない。

 

 二人と一旦別れの挨拶を終えて。

 振り返ってみれば三島一家と斎藤が話している光景。

 

「巫丞弥生。三島一家は警察で保護しながら東京へ向かわせるでいいんだな?」

 

「はい。三島さん達を襲撃する理由はもう無いでしょうけど念の為。向こうに着いたら一旦栄一郎さんの家で過ごしてもらって……私が帰れば、また追って連絡します」

 

「……ありがとう。この恩は、必ず」

 

 やだなぁもう、いいんですよーちゃんと口裏合わせてくれたらー。

 

 そういって親父さんが栄一郎さんへと肩をまわして馬車に乗り込んでいく。

 お袋さんも俺と斎藤にふかーいお辞儀をした後背を向けて。

 

 そんな中。

 

「なぁ、弥生、姉ちゃん」

 

「どうしましたか? 栄次君」

 

 何かを考え込みながら、俺の目と別の場所を行ったり来たり。

 

 複雑といえば複雑だな。

 原作では孤独になったこの子、斎藤の家内である……確か、時尾さんだっけ? その人のもとに身を寄せることになるけど。

 それがこうして一家無事でいる。

 自分以外全員の死を知った時の栄次は復讐に生きようとして、剣心に窘められて涙を流した。

 

 今回、この子は何もしないでそのまま事態が過ぎていっただけだ。

 自分の手を、動かすことのないまま。

 

 それは間違いなく幸せなことなんだろうけど、復讐を誓うように過激な面を持ち合わせているこの子だ。

 やっぱり整理しきれない思いがあるのだろう。

 

 だったら。

 

「……え?」

 

「悔しいですか? 自分が何も出来なかったこと」

 

 しゃがんで、頭に手を乗せる。

 そうしてしっかり目を合わせる。

 

「……」

 

「私も似たような気持ちを感じた覚えはあります。わかる、とは言いません。ですけど――」

 

 ずっとずっと守られる側の人間でいる。

 それは、ある意味あの村の人間と同じとも言えるんだ。

 誰かのせいすること、それは誰かを盾にすることでもあるんだから。

 

「強くなりなさい、栄次君。キミが守りたいものを守ることが出来るくらいに」

 

「――!」

 

 納得するには強くなるしかないんだ。

 自分で自分を納得できる位に。

 

 誰だって誰かに守られて、そして誰かを守って生きている。

 悪くばかり言ってしまったけど、あの村の人間だって確かに自分たちの生活を守ろうとしていたのだから。

 

「あぁ!」

 

「ん、いい顔です! さ、皆待ってますよ? 道中気をつけてくださいね」

 

 元気に走る背中を見送る。

 出来れば神谷活心流で、なんて気持ちもあるけどそれはあの子が選ぶことだ。

 ていうか類友とでも言うのかね、仮に栄次が神谷活心流の門を叩いたとしたら似たような子が三人に増えてすっごいことになりそう。

 

「やれやれ、随分と子供の扱いが上手い」

 

「そうでしょうか? ……まぁ、こうして年下の子を可愛がることなんて、東京へ行くまではありませんでしたから。その反動で甘々なのかも知れません」

 

 あーだからそういう笑い方はやめてくださいってほんと。

 色々こっちも裏考えちゃうんですからね、勘弁してほしいのです。

 

 それに、だ。

 

「そんなことより。私の身の潔白は証明出来ました?」

 

「……ったく。あぁ、安心しろ巫丞弥生。以降貴様は純粋な協力者だ」

 

 重傷患者相手だけど、それはやっぱり取りたかった裏だろう。

 抜け目無い斎藤ではあるけど、俺に対する信頼を深めるためでもあるだろうし。

 

 うん、三島兄、グッジョブ。

 斎藤をだまくらかすじゃないけど信じさせるとか並大抵のことじゃねぇっすよ、素晴らしい。

 

 ……なんて思いたいけど。

 斎藤を欺くなんて無理って考える方が自然だよな……大事の前の小事として捨ておいてくれてるのか、それとも別の判断材料があったのか。

 

 まぁ少なくともこうして参加を許されてる以上、俺が裏切らなければいいだけか。やられそうになったらなったときだ。

 

「なら……次に進みましょうか」

 

「あぁ。しかし、良いのか巫丞弥生。俺としてはありがたい反面、惜しくもあるんだが」

 

 そう思ってくれるのはありがたいんだけどね。

 一応顔見知りさんが無残に殺害されてしまうってのは結構心に来そうなんで。

 

 俺の次の任務。

 それが斎藤が集めた剣客隊の護衛。

 

 この新月村で緋村剣心の内に潜む人斬りを顕にするという目的のもと十本刀へと集結令が下る。

 

 その中で一つ見過ごせない事件があって。

 

「ご自分で言っていたでしょう? 私達の動きは掴まれている前提で動いたほうが良いと。なら、自由に動ける私が適任です」

 

「確かにそうだがな……いや、現地の警官がどれほどかわからんが主力に替えは利かないか」

 

 そういうことですよ。

 

 神戸に向かって、そこから京都を目指す斎藤の選りすぐり。

 言い換えれば東京の警察署で俺の稽古に付き合ってくれた人達。

 

 彼らは神戸に着き、そこで十本刀の宇水に殺される。

 

 宇水の情報、まぁ力量だな。

 それについてまだ把握していない斎藤は、恐らくこの時点である程度の被害は出るかも知れない位には考えているとは思う。

 だけど結果的には全滅。

 

 俺自身宇水の相手を出来るとまでは言わないけど、一晩……同じく十本刀の張曰くの夜襲一、二時間なら耐えられるとは思う……いや信じたい。

 流石に斎藤へ手傷を与えられる相手だ、そう安くは見積もらないし、見積もれない。

 

「しかし忘れるな」

 

「あ、はい? 何をでしょう」

 

 珍しい顔してどうしたのさ。

 

「奴らは確かに主力ではあるが、欠けてはならない力は貴様や抜刀斎である事を」

 

「……」

 

 あれあれ?

 あれれのれー?

 

「……何だ? その腹立たしい顔は」

 

「いやーまさか斎藤さんに心配されるなんて思ってなくてですねー? そうですよねー私も戦力の一人ですもんねぇ?」

 

 いやー良いもん見れたし聞けたわー!

 これは家宝にしなくてはなりませんね間違いないっ!

 

「……猫娘が」

 

「ね、ねこむすめぇ!?」

 

 え、なにそれ可愛い。

 いやいや、猫かぶりって意味なんでしょうけどね!

 

「……心配してくれて嬉しいにゃん」

 

「……いいだろう、精々主力を守る盾となり役目を果たしてこい」

 

 あ、駄目ですか。

 まだまだ明治は語尾萌え文化に届いてなかったですかそうですか。

 

 

 

 そんなわけで、色々改めてお船の上。

 

 一度東京へ戻って準備をし直してって運びだったから忙しなかったけど。

 幸い船酔いには強かったらしく、快適に過ごせている。

 

「――」

 

 だから考える。

 

 宇水対策。

 

 やつ曰くの心眼、その正体は視覚が奪われたことにより発達した異常とも言える聴覚だ。

 心音や筋肉の動きまで聞けるその耳は、確かに姿や光景を見なくともその場を把握出来るのかも知れない。

 

 しかしながら、だ。

 

「おーい、弥生ちゃん。こんなもんでいいのか?」

 

「ん、はい、良いですね。ちょっと使ってみましょうか」

 

 導火線に火を付ける。

 ジジジと音を立ててそれが短くなって――

 

「おわっ、結構いい音するな!」

 

「……はい、これなら十分でしょう」

 

 大きな炸裂音を響かせた。

 

 今炸裂したのは爆竹。

 玉屋、鍵屋ってのは江戸時代からある。つまり花火の専門屋ね。

 花火が世に出回り始めたと同時に爆竹も花火に比べたら下火だけど流通している。

 

 そう、今回宇水対策に用いるのは爆竹と銃。

 

「しっかし銃はわかるが、なんでまた爆竹なんか?」

 

「子供騙しと思われるかもしれませんが……私達が気をつけないといけないのはやはり夜襲です。暗闇の中、爆竹とは言え火薬。相手をひるませるには十分です、銃は爆竹をより効果的にするためのものですよ。主体は爆竹です」

 

 宿みたいな小さなところで銃を扱うなんて難しいのはわかってるしな、しかも想定上では夜だし。

 脅しというか、そんな要素でしか無い。

 

 こちらの人数は五〇人と俺。

 つまり五一人がいる、そんな相手に白昼襲撃を仕掛けるのは無謀ってもんだろう。

 実際宇水も夜を選んでいる、夜襲、暗殺に近い形のほうがやりやすいと判断したんだろうさ。

 時間や人目を気にしないでいいなら真っ向から相手しても勝てる実力が宇水にはあるんだろうけど。

 

 仮に俺一人対宇水という状況で二時間耐えろってのは……十分じゃないけど可能だと思いたい。

 ただ、今回はこの人達の生存ってのが条件にある。

 形としては俺が宇水の注意をひきつけて、まわりから攻撃ではなく爆竹で宇水の注意を逸らすことが出来ればって感じ。

 

 それにやっぱり爆竹は音もでかい。

 宿場でこんなでかい音を立てたら当然騒ぎになるわけで。これなら一、二時間と言わずもっと早いうちから撤退という手段を取らせる事が出来るかも知れない。

 

 何より。

 

「……憂さ晴らし如きであなた達の命を取られるなんて、許せませんから」

 

「ん? 何か言ったかい?」

 

「いえ、何も」

 

 志々雄への復讐を諦めたくせに、諦めてないふりして。その憂さを晴らすために人を殺す。

 

 しみったれすぎでしょ。かっこわるいにも程がある。

 

 全員無事に京都へたどり着く。

 恐らく宇水を撤退させることが出来れば、それは叶うだろう。

 もしかしたら一度撃退しても何度か再襲撃してくる可能性はあるが。

 

 どちらにしてもお互い時間は有限だ。

 志々雄にびびってる宇水だ、そう到着を遅らせるわけにはいくまいて。

 

 後は。

 

「そう言えば、弥生ちゃん。アレ、出来るようになったのかい?」

 

「あぁ……そう、ですね。一応、実戦でも出来ましたけど……まだ想像してる完成には程遠いですね」

 

「え、実戦したのかい!?」

 

 ええまぁ一応。

 

 ただほんとに完成には遠い。

 理想というか完成形はやっぱり攻守……いや攻避一体の動きだ。

 尖角は確かに速かった、それ故にあいつが疲れる、動きが鈍くなるまで回避に徹することしか出来なかった。

 それはまだこれが完成していない証明。

 

羽踏(うとう)……完成したら、ぜひ手合わせお願いするよ?」

 

「その呼び方やめて下さいってば……何だかむず痒いです」

 

 この人達との稽古と……斎藤、新撰組の一つの技を必殺技にまで昇華させるというやり方。

 それで思いついた回避一点を突き詰めた動き。

 誰が言い始めたかそれが羽踏。

 

 尖角戦でやったように、脱力し完全に弥生の異能へと身を任せるもので、攻撃力も防御力も投げ捨てて回避に特化した状態。

 一番近いのは蒼紫の流水の動きだろうか。違うのは攻撃に移る(・・)という過程がなく、避けることが攻撃になる……避けながら攻撃し続けるって部分だけど。

 

 斎藤の牙突を避けつつ攻撃出来たのが一つの完成形ではある。

 けどあれはまだ返し技って範疇を抜け出せていないようにも思える。

 

 究極的には避けてる間に敵が倒れるって状態。

 

 それが、俺の必殺技。

 

「だけど……一体弥生ちゃんは何処まで強くなる気だい? 正直――」

 

「言わないで下さい……まだまだ、こんなんじゃ足りないんですよ」

 

 正直女の子にしては強すぎる、かな?

 この人達もいい人だ、時代背景的に自分たちの上に女がいるってのは認めたくないことだろうに。

 そんな雰囲気は欠片も見せず、憧れてくれている、倣いとしてくれている。

 

 やっぱりそんな人をここで失うわけにはいかない。

 

「もし、完成できたら……」

 

 剣心や斎藤……左之助の後ろに続くのではなく、並び立てるのだろうか。

 

 そうなれば……いや、そうなりたいな。ならなくちゃ。



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その男、迂闊につき

 海上で宇水の対策というよりは襲撃者がいた場合について対策を検討し合ったり。

 これから起こることを考えれば焼け石に水なんて言葉が似合うのかも知れないなんて思ったり。

 

 ただ予想を裏切って、宇水の襲撃は神戸滞在中に訪れなかった。

 

 嫌な変化だった。

 皆には神戸から京都までの道中襲撃に気をつけましょうと言っていたから肩透かしを食らったのは俺だけ。

 それは不幸中の幸いと言うべきだろうけど、予想していたケースの中で最悪のモノでもあった。

 

 何故襲撃されなかったのか。

 警戒の仕方が露骨過ぎたのだろうか、事前に用意周到も良いところだったんだ、察知された可能性は高い。

 

 だけど何度か味わった原作通りへの流れ。

 その経験が宇水の襲撃はあって然るべきだと俺に告げる。

 

 だったら結局の所知っている俺がなんとかするしか無いんだ。

 原作で詳しい日時が記されていない以上、この日この時に来るってのがわからない。

 ならば神戸から京都までの道中、俺が常に気を張らないとならないわけで。

 

「大丈夫かい? まだ日程には余裕がある、少し休んだほうが……」

 

「いいえ、大丈夫です。余裕があるなら余裕がある分進みましょう。休むのはそれからでいいです」

 

 基本的に神戸からの道中は徒歩だ。

 日中に動けるだけ動いて、夜間は俺を全面的に前へと出した安全確保。

 そりゃ疲労も溜まるってもんで。

 

 神戸を出発して道程はおよそ半分くらいだろうか。

 

 今、俺の体力気力は限界に近い。

 策士策に溺れるなんてまさにこのことだろう。

 検討した内容はやりあっている最中を想定してばかりで、肝心の察知するって部分が薄いものだったと気づいた時には後の祭り。

 

「俺たちなら大丈夫だからさ、ほんとに少し休んだほうが良いよ」

 

「……お気持ちは、ありがたく」

 

 我ながら頑なだなんて思いもするけどこればかりは仕方ない。

 

 守ることの難しさ。

 救えなかった命を救う難しさ。

 

 三島一家を救ったことでそれに気付かされた。

 確かに俺は救ったさ、傷は多少つけてしまったけれども命を守った。

 それでもそれが薄氷の上を歩いた結果には変わりない。

 

 もしも、あの時尖角が俺の予想以上に強かったら。

 もしも、尖角が手段を選ばず途中であの両親を人質にとったら。

 

 ……いかん、疲労でだいぶネガティブな思考になってる。

 

 頭は鉛でも入ってんじゃねぇかって位どんよりしてる実感があるし、身体を動かしたくないなんて倦怠感に苛まれる。

 

 一緒にいる人達から見れば何をそんなに必死となっているのかと疑問が浮かぶ様だろう。

 実際に何度か心配と呆れ混じりに言われたんだ。

 

 そんなに俺たちは頼りないかと。

 

 もちろんそんなつもりはない。

 一緒に稽古したからこそわかるけど、剣心や斎藤が雲の上過ぎる存在なだけでこの人達も十分に強い。

 仮に弥生の異能がなければ手も足も出ないレベルの人達だろう。

 もっともそれは弥彦や、もしかしなくても由太郎だって素の俺からすれば雲の上の人種なんだが。

 

 しかしながらにひしひしと感じる意識の差。

 宇水の強さを知らないからこそそんな言葉が出るんだろう。

 

 手も足も出ず……かどうかはわからないけど。

 視覚に頼らない奇襲を得意とする宇水。そんな相手に夜間戦闘を強いられて無事である理由が見つからない。

 加えてガチのタイマンでも斎藤に手傷を負わせた相手。

 甘すぎるにも程があった。

 

 やっぱり、知っているっていうだけでこうも明確に差が生まれる。

 

 この人達の力量も理解しているし、信頼もしている。

 だけど、ここにはいざとなったらの剣心も斎藤もいない。

 なら万が一にもを許せないし、全ては俺が解決しなければならないこと。

 

「弥生ちゃん……」

 

「……行きましょう」

 

 なら気張ろう。

 気負いすぎると言われても、呆れられようとも。

 俺の望む未来を掴むために。

 

 

 

 果たして。

 これは奇跡というべきだろう。

 

「ほう? 俺を察知できるとは中々……ただのネズミじゃないらしい」

 

「はは……そう言って頂けるなら幸いですよ」

 

 あれから更に進んで。それと共に疲労は積もって。

 限界って言葉が頭に浮かんだその日の夜、宇水は襲撃を仕掛けてきた。

 

 決まっていたかのように背後から俺の首筋を掻っ切ろうとしてきたらしい攻撃を躱して。

 自分の身体とは思えない身体を動かして振り向いて、剣先越しに覗けばそこには薄ら笑いを浮かべた心眼さんがいる。

 

「しかし随分と……ククク、弱った様じゃないか?」

 

「っ……ええ、お陰様で」

 

 あぁ、そうだな今の言葉で確信した。

 

 自滅を誘われたと。

 

「あぁ、貴様の考えていることはわかるぞ? どうしてと驚いているんだろう?」

 

「その下り、私としては飽きているんですよね。それに……驚くのはあなたの番ですっ!!」

 

 心底自分でも爆竹を持っていてよかったなんておも――

 

「あぁ、火薬の匂い……これは爆竹、か? よく考えたものだと褒めておくぞ」

 

「なっ――」

 

 む、胸元に入れてたのに!? て、てめ、うら若き乙女の胸元弄りやがったな!?

 

 い、いや構わねぇ! 皆が休んでるところとそんな距離は無い! なら叫んでしまえば――

 

「叫ぼうとした瞬間死にたいならそうすればいい。確かにこんなものを用意されてはかなわん、手土産には物足りないが……無いよりはマシだろう」

 

「くっ!!」

 

 や、やりづれぇ! ほんっとこのエセ心眼はたまらねぇなぁもう!

 

 叫びながら戦闘なんざ無理だ、叫ぼうとした瞬間にさっくりやられて終いだ。

 大きく叫ぶ、それは多量に呼吸を消費するってこと。

 筋肉は当然硬直するし、その隙を逃すこいつじゃねぇだろう。

 

 ……やばい。

 

 なら戦う? この疲労の極地と言える状態で?

 逃げようとしたって簡単に追いつかれるだろう、戦っても……異能についていける身体ではない。

 

 無理だ、策士策に溺れるどころじゃねぇや、策士策に殺されるだなこれは。

 

 詰み。

 いや、まじでやばい。

 

「わかる、わかるぞぉ……手土産には確かに物足りないが、その気持ちで十分馳走にはなれた」

 

 しくじった。

 そうだ、そうだよ。

 宇水の異常聴覚を封じれば戦えるなんて何故思えたのか。

 こいつの真骨頂は襲撃……奇襲だ。

 状況を読み取る力、察知する力だってそれ相応に持ち合わせているはずなのに……!

 

「後悔は十分か? 反省はしたか? ならば……死ね」

 

「――っ!!」

 

 くそ……やるしか、ねぇ……!

 どんだけ絶望的だろうが、俺は俺の名に賭けてここで負けるわけにはいかねぇ!

 

「今が夜というのが残念だ。高笑いの一つでも贈ってやれたというのに……なっ!!」

 

「くぅっ!!」

 

 反応が遅い。

 センサーが鳴ってからコンマ数秒。

 その数秒が何度も知った命の分水嶺。

 

 明らかに、死へと振り幅が寄っている。

 

「……疲労困憊なはずだが」

 

 あぁ、否定は出来ないさ。むしろ認める。

 後何合避けられるかなんて考えるのが怖い。

 もう次の一刀を避けられる自信なんて皆無。

 

 ましてや宇水の必殺技なんて絶対に無理。

 

「ふんっ!」

 

「っ! はぁっ!」

 

 よ、避けられた……いや。

 

「なるほど」

 

 避けてしまった。

 それは、まさしくそうだ。

 

 だって。

 

「……あまり時間はかけたくないからな」

 

 必殺技なんて思い浮かべなきゃよかった。

 

 宇水は今、見切ったんだ。

 普通には殺れないと。

 

 流石、超一流。

 濃密過ぎる殺意に身体が震えておしっこ漏れそう。

 いや、そりゃご褒美か……あぁ、駄目だ疲れすぎてて思考回路がおかしい。

 

 来るな、はっきりわかる。

 

 宝剣宝玉、百花繚乱。

 

 手槍……いや、ローチンだっけか?

 あれと柄尻についてる鉄塊。そのコンビネーション。

 

 尖角のとなんて比べるまでもないよなぁ……あー無理だ。

 

 詰みだ。

 最後の最後で迂闊な手をうったもんだ。

 

 素人が、中途半端に力を持つからこうなる。

 いつだったか天狗になりそこねたから。天狗になってる自分に気付けなかった。

 

「死ね」

 

 ――宝剣宝玉、百花繚乱。

 

 

 

 死。

 

 

 

「なん……!?」

 

「は、はは……」

 

 生きてる。

 俺、生きてるよ。

 

「馬鹿なっ!!」

 

「あは……あはははははは!!」

 

 あー身体めっちゃ重てぇ。

 いや、無理だって無理。

 ほら、今目の前を刃が……いやいや鉄塊が。

 あぁ、次は足? 手広いねぇ? 腹? はいはい。

 

 なぁんで生きてるのかな? 俺。

 

 もう完全に諦めてるってのに。

 もう完全に力を抜いてるってのに。

 

「あはははははははは!!」

 

 笑うしかねぇ、勝手に笑い声が出る。

 頭はもう一歩も動けないと言っている、身体が声なき悲鳴を上げている。

 それでもこの身体は全力で死を回避する。

 

 見えた。

 掴んだ。

 

 これが、死を乗り越えた先に見える世界。

 生と死の狭間で得る力。

 

「何故……何故だっ!! 何故貴様はっ!!」

 

「知りませんよ……っとぉ!!」

 

「ちぃっ!!」

 

 おーいそんなに距離を開けてどうするのさ? 俺、ただ一刀木刀を振っただけですよ? お得意の心眼で俺の心境察知してどうぞ。

 

「貴様……何故」

 

「知りませんよ。でも感謝します宇水。おかげで、私のこれは完成に至れそうです」

 

 羽踏。

 

 意識して身を任せるんじゃない。

 意識しないで身を任せる。

 

 これだ、これなんだ。

 俺の必殺技、その完成形は。

 

「さぁっ! もっと私に教えて下さいっ! もっと……もっとだ!!」

 

「ぐ……」

 

 とっかーん。

 

 しようとしたところで。

 

「全員っ! 投擲用意――てぇっ!!」

 

「ちぃっ!!」

 

 あー……そうだよね。

 こんだけ盛り上がれば……流石に気づくよね。

 

 ……残念。

 

「無事か! 弥生ちゃん!」

 

「……はい、お陰様で」

 

 あらら、潔い撤退だね宇水さん。流石超一流。

 もっともっとあの世界を見ていたかったけど……いいや。

 

「……後、お任せします」

 

「弥生ちゃんっ!?」

 

 我に返ったら……もぅまじむり、ねよ。

 

 

 

 結局。

 

「わぁい京都らぁ」

 

「おう、京都だぜ」

 

 あの襲撃以降俺が歩くことはありませんでしたとさ。

 

 流石の宇水も二度目のリスクを回避したんだろうなんて思うけど、嫌な感じにしこりを残してしまった。

 この影響が後に響かないといいけど……次に京都で宇水が現れるのは京都大火実行日、京都御庭番衆の面目躍如というかお手柄になる場面だ。

 そこに当然この人達も参加することになるだろう、戦力確保に御庭番衆の力添え。滅多なことにはならないだろうけど……ふぅむ。

 

 ふぅむじゃねぇよ。

 

 歩くことがなかった。

 それはもうその言葉通りです。

 あれ以来俺に無茶させるなという暗黙どころか露骨な了解があったようで。

 代わる代わる俺は背におぶわれてここまで辿り着いた。

 

 ……もうね、恥ずかしいのなんのって。

 

 マジで穴があったら入りたいってレベルじゃなかった。

 通行人はなんだこいつばりの視線を向けてくるわなんだともう大変に心苦しかったです。

 

 ほんとどうしてこうなった。

 

「感謝してるんだ、俺達は。同時に何度も言ったがいくら頭を下げても足りないとも思っている」

 

「いやもう聞き飽きましたからおろして下さい」

 

 間違いなく俺は今死んだ目をしてる。

 久しぶりに感じる地面の感触は酷く心を落ち着かせてくれた。

 

 まぁあれだ。

 やっぱりこの人達は何処か現状を侮っていたらしく。

 どうしてここまで警戒するんだとも思っていた様子。

 確かに神戸到着の時は警戒心もあった。

 だけど日が経つにつれてその心も落ち着いて、安全な道程に安心して。

 警戒がどんどん緩くなってきたところだったんだあの襲撃は。

 俺としてはもう疲労でそこまで考えが回ってなかったから反省もしてるんだけど、その気苦労を勝手に慮ってくれたみたい。

 

 だから遠慮しないで八つ当たりにおっぱい押し付けといた。

 

「あ、あのさ……」

 

「あぁ、はい。確かに予定よりずいぶん早く着きましたから……まぁ宿場の警官さん達と合流した後はお好きにどうぞ。私は関与しません」

 

「おおおお!!」

 

 そのせいかこいつらのムラムラは絶好調。

 ククク、いいよなぁこの感触はよぅ……! 申し訳ないって気持ちもあるから下心なんて見せられねぇよなぁ!

 わかる、わかるぞぉその気持ちっ! 

 だからこの後遊郭に行こうが何しようが構わねぇよ? あ、でも襲撃には気をつけるんだぞ?

 

 ……俺も今男だったらなぁ……くそう。

 

 ともあれ京都入り。

 今のシーンはどのあたりだろうかと、皆の背を見送りながら考える。

 

 体感的になんてあやふやだけど、そろそろ剣心は逆刃刀真打を手に入れただろうか。

 それとももう既に比古清十郎の下で修行に励んでいるだろうか。

 

「……とりあえず」

 

 警察署に行こう。

 流石に斎藤は先に着いているだろう、情報収集に励んでいるはずだ。

 そして。

 

「左之助との再会、かぁ」

 

 あんな別れ方をしたんだ、何されるかなぁ……怖いです。

 斎藤がこっちの警察署についたときには既に勾留されているはずだ、だとするなら再会は避けられないだろう。

 

 ぶん殴られる覚悟はしておいたほうがいいかも知れない。いや、覚悟だけして避けるけど。

 

「避ける、か」

 

 宇水との戦いで得た感覚、力。

 あれから実践する機会は無かったけど、あの時の感覚はしっかりと残っている。

 きっと、俺はそういう域(・・・・・)に辿り着いた。

 

 だったら少し左之助との喧嘩(さいかい)も楽しみだ。

 

 多分……いいや、間違いなく。

 

 あの人とのやり直しはまたそれから始まるのだろうから。

 

 



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その男、再会につき

 さて、京都に無事で辿り着いたわけだけど今の状況はどうなってるんだろうか。

 流石に薫さんと弥彦はもう京都にいるだろう、白べこへ足を運べばもしかしたら会えるかもしれない。

 剣心は既に逆刃刀真打を手に入れてもう比古清十郎の下で奥義伝授のために修行を積んでいるだろうか。

 

 独自路線というか、原作から外れた障害ってのはやっぱりこのあたりに響く。

 時系列をそのままなぞっているだけだったのならこんなことで頭を悩まさないで済んだんだろうけど仕方ない。

 とりあえず斎藤との合流場所である警察署に行くべきなんだろうけど、状況把握も優先したいなんても思う。

 

「しっかし、京都か」

 

 弥生になる前でも京都に足を運んだ経験はない。

 けったいな話でもあるな、まさかこんな身になってから初めて来ることになるなんて。

 けども。

 

「お! ねぇちゃん! ちょお一緒に茶でもしばかへんか!」

 

「ひゅうっ! えらいべっぴんやん! ちょおこっちきぃへんか!」

 

 何処にでもこんなやつらは居るんだなぁ……。

 変なところで妙に安心してしまったよほんと。

 

「あはは、申し訳ありませんが少し急いでいますので」

 

「ええやんええやん! ほんまちょいだけやって! さきっぽだけでかまへんのや!」

 

 先っぽってなんだよ……お茶じゃ無かったのかよ……。

 アグレッシブが過ぎるぞ関西。怖いよ京都。

 全く命の危険は感じていないはずなのに何故か弥生センサーがフルオープンだよどうしてくれんのさまったく。

 

 ひょいひょいと……なんて言えたら良いんだけどまぁやり過ごしながら。

 ナンパなんて進んでるんだな都会ってやつはとか色々おかしいことを考えながら。

 とりあえず警察署に行く前に薫さんや弥彦に謝るほうが先かなと白べこを探す。

 

 その最中。

 

「――」

 

 鍔鳴りと共に背筋へと氷柱を突っ込まれた。

 

 四乃森蒼紫。

 

 その男が目の前に立っていた。

 

「抜刀斎は何処だ」

 

「……私が、それに答えるとでも?」

 

 センサーがフルオープンだと思っていた。

 でもそれは間違いだった。

 

 静かに剣心の居場所を聞いてくる蒼紫の瞳は言わなければ殺すと言っていたし、それをそうだと感じる間もなく身体が避けたがっている。

 一瞬にして弥生の異能がすべて蒼紫に向けられていることを実感した。

 

「言わなければ――」

 

「殺すと? やれやれ、無理矢理にも程がありますね。自らが望む情報を持つであろう人間を殺すなんて愚の骨頂だとは思いませんか?」

 

 なるほど、蒼紫にとってはまだまだ俺は一般人と変わりない一人のままだったんだろう。

 確かにこの人相手に俺の実力を見せたことはない、だから仕方ない。

 

 とは言えこの人に勝てるなんて到底思えない。

 思えないけど簡単に殺されるような自分ではないという自負と自信もあった。

 

 だからだろうそんな言葉が勝手に口から出たのは。

 だからだろうそんな俺へと僅かに瞳を揺らしたのは。

 

「……」

 

「なんて、ね。そう剣呑な目をしないで下さい。私は別にあなたと抜刀斎の決着を邪魔する気は無いです。無いだけに知っているのなら伝えていますよ」

 

 実際あてはあるわけで。

 居るとすればさっきも考えた通り逆刃刀真打を手に入れるために動いているか、比古清十郎の下に居るだろう。

 それを伝えることに抵抗は無い。

 

 ってのもここで剣心と蒼紫の戦いが実現して決着が付けば、志々雄のアジトで言ってしまえば余計な傷を剣心が受けることもなくなるからって考えがある。

 それでもはぐらかしたのは志々雄のアジトに四乃森蒼紫が居ない状態ってのがどうこれからに作用するのかわからないからだ。

 もちろん、最強という華を手にしたいというのならば、天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)を会得した剣心と戦ってどうぞとも思ってる。

 

「そうか」

 

「……それでも私の口を割ろうとするなら相手をするのもやぶさかではありませんが?」

 

 いや正直めっちゃやぶさかあるから勘弁して欲しい。

 剣心、斎藤、蒼紫は紛れもなく原作最強クラスだもん、経過はどうあれ最終的に負けるだろうすなわち殺される。

 

 ……いや、そこに並び立とうと思ってるんだ。

 逃げても居られない、か。

 

「どうします?」

 

「……」

 

 覚悟を決めて目を見返してみれば、もう興味を失ったかのように背を向けた蒼紫。

 

 ……残念だとも、良かったとも思う。

 そして良かったと思う気持ちを否定できないということは、まだまだ並び立つには覚悟も実力も足りてないなと悔しく思った。

 

 

 

「ご苦労だった」

 

「ええ、我ながら苦労だったと思いますほんと」

 

 白べこに行ってみれば、そこに薫さん達は居なかった。

 妙さんの姉、冴さんいわく探し人が見つかったとかなんとか。

 つまり現状、剣心は既に逆刃刀を手に入れて比古清十郎の下へと行っているのだろう。

 

 確認出来たことだしと警察署に向かえば丁度斎藤も着いたところだったらしく、同時に鉢合わせたことを少し驚いたんだろうその後に労ってくれた。

 

「報告は後でまとめて聞く。どうやら志々雄一派の剣客が捕らえられているらしくてな、まずはそっちからだ」

 

「ええ、了解です」

 

 十本刀、張のことだろう。

 剣心が逆刃刀真打を手にしたというのなら、張は敗北して警察に引き渡されているわけで。

 一先ず大きく原作と食い違っていないことに安堵した。

 

「長旅ご苦労。そして藤田君、彼女が――」

 

「ええ、協力者です」

 

「始めまして、巫丞弥生と申します」

 

 角刈り小太りの署長さんへと挨拶をしてみればやっぱり驚かれている様子。

 まぁそりゃそうだよな、何処まで斎藤から説明されてるかは定かじゃないけど、こんな裏の血なまぐさい案件に絡むようには見えないだろうし。

 

「ご安心を。署長が想像しているよりも遥かに使える女です」

 

「そ、そうか……いや、キミがそういうのなら何も言うまい」

 

 使える女ですってよ奥さん。喜んで良いのか微妙ですわね!

 まぁ良いですよ構いません、そういう評価を得られる位置には辿り着いたと思っておきましょう。

 

 そうして三人で地下へと足を進める。

 

 ……ちょっとドキドキしてきた。

 ようやくというかまぁ俺にとっちゃ張がどうのってよりも、左之助との再会のが緊張するイベントなもんで。

 

 どんな風に話してたっけな。

 正直()をさらけ出したのは別れるあの時一回だけ。

 剣心も言っていたように、素の俺ってやつはどうにも少し皆の弥生とは違うらしいし。

 

「へへ、思惑通り……って、弥生?」

 

「……」

 

 さぁ、やってきたよ俺ってば。

 

 どうする?

 俺は今、なんと言葉を紡げばいい?

 

「何だ、こいつを知っているのか?」

 

 斎藤が水を向けてくる。

 その顔は何処と無く悪戯っぽい。

 知ってるも何も、道場でやりあった時のこと忘れたわけじゃないでしょうに……って、あぁ。

 

「いえ全く」

 

「そうか、なら単なる人違いか頭がイかれているかのどちらかだな。どちらにしても邪魔だ、ここに閉じ込めておきましょう」

 

「うむ」

 

「ちょっと待てコラァ!!」

 

 いやー斎藤さんってばお茶目さんだなぁ! そんな一面あるんすねぇ! 弥生の中で斎藤株ストップ高ですよえへへのへ!

 

「逃げんのかてめー()! 開けねぇなら自分で開けるぞ! いいな!」

 

 ま、そうだよな。

 いい感じに緊張を解してくれてありがとさんってことで一つ。

 

「な……!」

 

 いい音するなぁ……流石二重の極み。

 そうですよ署長さん、あれ、二重の極みっていうんスよ。

 

「以前の俺と同じとナメてかかると、てめぇらもこうだぜ?」

 

「署長。こいつの始末は私()がつけます。上で待っていて下さい」

 

 その言葉になんとも言えない目を返した署長だけど、結局言われた通り上へと戻っていった。

 

「正直、探してた……いや、会いたかった奴が二人同時ってぇのは混乱するがよ。まずは――」

 

「なるほど、技の発想は空手の(すか)しと同じようなものだな、尤も威力は――」

 

 さて、斎藤が左之助の口上なんざ知らぬとばかりに二重の極みを検証して、防御のいろははどうしたなんだと左之助といちゃついているわけだが。

 

 一言、見違えた。

 

 なんて言ってしまえば上から目線で嫌な感じかもしれないが、左之助の姿を見た感想はそれだった。

 確かに技を教えた悠久山安慈が言っていた若鶏のようだという言葉。

 思わず頷いてしまいそうになる。

 

 だからだろう、二重の極みで驚かされただけじゃなく斎藤が左之助の相手をしているのは。

 使えるかも知れない。そんな気持ちなのかも知れないが、ようやく左之助へと向ける視線の種類を変えた。

 

「あー!! 納得いかねぇ!! 勝負! 勝負せい! そこで素知らぬふりしてる弥生もだっ! てめぇそういうところだぞ!!」

 

「ぷっ」

 

 うわ、久しぶりに聞いたなそのセリフ。

 思わず笑っちまったよ、あぁ、馬鹿にしたわけじゃないですって落ち着いて下さい。

 

「まぁまぁ落ち着いて下さい」

 

「あぁ!?」

 

「私は斎藤さんと違って優しいですから。ちゃんと後で相手をしてあげます(・・・・)。今はそんなことしてる暇が無いだけですよ」

 

 ねぇ斎藤さん? なんて目を向けてみればやれやれと鼻を鳴らす斎藤。

 暇なやつだ、付き合いのいいやつだ……わかってるじゃないか。

 そんな色々な意味を含めた目で見返されてしまう。

 

「ちっ! 覚えたからな! ちゃんと後で喧嘩すっぞ!」

 

「ええ、約束です。斎藤さん」

 

「あぁ」

 

 そう言ってから厳重に閉じられたドアを開ける。

 

「……なんや随分騒がしかったなぁ? こちとらええ気分で寝てるんや、もちっと静かにしてえな」

 

 さて、それじゃあ尋問開始ですねっと。

 

 

 

 なんというかな鳥対箒の勝負が終わって。

 やっぱり左之助も大概かっけぇなぁなんて感想を覚えながら両手が自由になった張。

 約束通りなんでもしゃべると言ったことは嘘ではなく、志々雄による京都破壊計画についてが語られた。

 

 俺の護衛があったおかげというべきかその剣客隊襲撃についての話は挙がらなかった。

 これについては後で俺から斎藤へと話さなければならないだろう。

 

 そう、後で。

 

「……弥生」

 

「はい、何でしょう?」

 

 今は、喧嘩(再会)のお時間だ。

 

「俺が京都に何しに来たか、わかるか?」

 

「足手まといになるためでしょうか?」

 

 我ながら性格が悪い。

 剣心の力になりに来たってのなんて重々承知している。

 だけどまぁ俺と左之助は絶賛喧嘩別れ後の喧嘩中、だったらこれくらいのことは言っておかないといけないだろう。

 

「あぁそうだ。てめぇ達の力へなりに来たんだ」

 

「……へぇ?」

 

 挑発したつもりだけど。

 意外にも左之助は激昂するわけでもなく、ただ静かに俺の目を見てくる。

 

「悔しかったぜ、あの喧嘩はよ。ずっと妹みたいに思ってたヤツが……守ってやらねぇとなんてガラにもなく思ってたヤツがよ。俺にすら手に負えねぇだろう何かと戦おうとしてたって気づいてな」

 

「……っ」

 

 果たして。

 見くびっていたって言葉は生ぬるすぎた。

 俺は左之助を知った風に扱っていたけど真に理解していなかった。

 

「ちっせぇ身体で、俺より弱えと思っていたヤツが精一杯必死によ。何にそうしてたのかはわかんねぇ、けど気づいた俺は本気で自分をぶん殴りたくなった」

 

 左之助は言ってるんだ、俺にそう言わせてしまった自分が情けないと。

 そんな自分で居てしまった、居続けてしまったことが悔しいと。

 

「お前は、強え」

 

 弱いやつ扱いされたことなんて、欠片にも腹を立てていなかった。

 こうすれば後腐れなく一旦別れることが出来るなんて俺の目論見は、全くの無駄で無為だった。

 

「だからよ……俺の喧嘩、買ってくれや。喧嘩屋斬左でもねぇ、てめぇのボディガードでもねぇ。相楽左之助の喧嘩をよ」

 

 誰にも迷惑をかけないところでとやってきた夜の河原は寒い。

 だと言うのにものすごく心が熱い。

 

 あぁ、やっぱり剣心組はどいつもこいつも揃ってカッコ良すぎる。

 

 原作知識を小癪に利用して、降って湧いた力を利用して。

 小賢しく、はしっこく。

 そうやってここまで来た俺でも。

 

「口では如何程でも……らしくないですよ、左之助(・・・)。かかって、来なさいっ!!」

 

「へっ!! ありがとよっ!!」

 

 なれるだろうか、かっこよく。

 この人達の隣に、真に並べるだろうか。

 

 いや。

 

「あああああああ!!」

 

「うおおおおおお!!」

 

 なってやるっ!!

 



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その男、喧嘩の終わりにつき

「はっ! あそこで見せちまったのを後悔するぜっ!!」

 

「ええ! 大盤振る舞いするのも大概にしたほうがいいですよ!」

 

 あの時の喧嘩。

 俺は左之助の振るう拳に向かって木刀を振った。

 相手の力を利用して、木刀の柄尻でその拳を破壊しかかった。

 

 今俺の左頬を通り過ぎていった腕。

 かつてのようにそれはもう出来ないだろう。

 やろうと合わせた瞬間二重の極みで木刀ごと俺が壊される。

 

「ちぃっ! 相変わらずっ! そういうところだぜっ! 弥生いぃ!」

 

「めんどくさい技拵えてっ! それはこっちのセリフですよ左之助っ!!」

 

 甘えたことを言えば左之助は別に俺を殺そうとは思ってないだろう。

 だけど、それを理由にして回避に手を抜いたり知ってしまっている二重の極みへの警戒を疎かにしてしまえば何より左之助を侮辱していることになる。

 

 とは言えまだ羽踏は発動させていない。

 かつてのように異能で避け続けて、相手の隙を木刀で穿つ。

 やっぱりそれだけじゃ大したダメージを与え続けられない俺ではあるけど。

 

「ぐっ……!」

 

「どうしました!? 前より弱くなったんじゃないですか!?」

 

 塵も積もれば山となる。

 さっきから俺は左之助の隙をしっかり狙って攻撃を右肩に集めている。

 これは本能だ。

 反射という本能に限りなく近い何かを利用した攻撃。

 確かに大したダメージではないのかも知れない、だけど露骨過ぎる攻撃の集中ってのはわかっているだけに意識の中へとこびりつく。

 

 左之助みたいなタフな相手は本来気に留めるほどの攻撃じゃないってわかってる。だからこそ無理やり意識の中へと割り込む攻撃を繰り出さないといけない。

 実際左之助はそれが出来る人間だし、利用もしてきた。

 だから気付かせる。斎藤が言っただろう防御のいろはを無視した代償を刻み込む。

 

 現に痛みを実感してきたんだろう、僅かながらに肩を気にする、かばうような反応を見せ始めている。

 

 やっぱりこれも俺だから出来る左之助への対処方法。

 羽踏を発動させてしまえば意識的に攻撃を集めるなんて出来ない、だから発動ギリギリのラインで踏みとどまる。

 

「強え。弥生、てめぇはほんとに強くなった」

 

「ええ、ありがとうございます。お陰様ですと言っておきますね」

 

 少し距離が空く。

 お互いの間合いは交差していない位置で左之助は笑う。

 

「だがそうじゃねぇだろう、てめぇはまだ手を残してる。だからこうして俺に教えるみてぇな戦い方が出来るんだ」

 

「……」

 

 まぁ、気づかれるか。

 いや正直驚いてるよまじで。

 

 そう、俺は今左之助にとって超える壁になっている。

 

 剣心を一発ぶん殴ってお前の力になりに来たってセリフ。

 それを俺へと示そうとしているんだ。

 

「てめぇにとって俺ぁまだ東京にいた頃の俺だろうよ。それで構わねぇ、拘置所(あそこ)で見せただけで納得されちゃあ敵わねぇ」

 

 つまり。

 

「認めさせてやるぜ、弥生」

 

「……どうぞ」

 

 左之助の表情が変わった。同時に異能が一斉に警鐘を鳴らしてきた。

 

 今のままじゃ、死ぬ。

 

 これは左之助なりの信頼のぶつけ方だろう。

 自分が本気を出してもこいつは死なない、なんていう。

 ありがたくも思う。正真正銘今、俺と左之助は遠慮がいらない関係に至ったのだろうから。

 

 だから。

 

「――羽踏」

 

 意識を委ねる。

 委ねた先は自分の中にある弥生という異能。

 力も、感覚も……全幅の信頼を弥生()へと寄せて。

 俺だけの世界へと入り込む。

 

 左之助が見せるというなら俺も見せよう。

 あんたが見る俺って存在がどうなのか、もう今はわからない。

 わからないから教えてくれ。

 

 俺は今、あんたにとってなんなのかを。

 

 妹分と思われているなら今は何なんだ。

 守ってやらないといけない存在だと思っていたなら今は?

 

 かつて俺が憧れ追いつく目標とした、悪一文字の背中は今、何処にある?

 

「――」

 

 雄叫びを上げてるんだろう気当たりが凄い。

 右腕を振りかぶりながらの突貫、露骨過ぎるこの手で殴るという意思。

 そう、右手だ、二重の極みを発動出来る右手。

 左之助だってわかってるだろう、その右手さえ避けることが出来ればって俺の考え。

 当然だ、二の矢として左手で殴ろうとしてくればその左手に合わせてかつてのようにカウンターを決めればそれで左手は終わり。

 後はさっきと同じように、立てなくなるまでダメージを積み重ねてしまえばそれでいい。

 

 如何に左之助がタフで、倒れても倒れても立ち上がってくる意思と力の強さを示しても、あの時と同じく物理的に不可能になってしまえばどうしようもないのだから。

 

 それだって、わかってるだろう? 左之助。

 だったら、あんたは、何を俺に見せる?

 

「っ!?」

 

「おらぁっ!!」

 

 確かに、確かに身体は避けようとした。

 しかしそれは右手に対して反応したわけじゃなく。

 

 地面。

 

「くっ!?」

 

 二重の極みの威力が地面に伝わり弾ける。

 大小様々な石礫が俺へと飛びかかってくるけど――無理だ多すぎる! 避けきれない!

 

「おおおおお!!」

 

 だけど、だけどだ左之助!

 その程度の痛み、俺だって我慢できるんだぜ!? その程度で俺の異能を捉え超えられるなんて甘いっ!

 

 残念だよ左之助!

 ならここであんたの繰り出そうとしてる左手、責任持って貰い受けるっ!!

 

「――なっ!?」

 

「……どうだよ示せたか? 納得は出来たか? 俺は、てめぇの力になれるか?」

 

 左之助の左拳を潰すつもりで振った木刀が――砕け散った。

 

「右手だけ……そう思っていたのが、間違いでしたか」

 

「どうして右手だけだと思ったのかはわかんねぇが……まぁ、ご覧の通りでぇ」

 

 大誤算、なんて一言で言えば済む話だけど。

 

 まじか、左之助、両手で二重の極みを使えるようになったのか。

 

「おらっ!」

 

「あいたっ!?」

 

 呆然と砕けた木刀を見ていたら、不意に頭を叩かれた。

 

「お前には左手で勘弁してやる。もう一人ぶん殴らねぇといけないやつが残ってるからな」

 

「……ふふ、その技を使うのは勘弁してあげてくださいね?」

 

 あぁ、そっか。

 わかった、わかったよ左之助。

 

 あんたは右手で剣心を、左手で俺を殴るためにここまでやってきたんだな。

 

「んで? どうだ? まだ足りねぇってんならもういっちょやってやってもいいが?」

 

 どうだと言わんばかりの表情。

 久しぶりに見たな、当然か。

 だけどやっぱり、酷く心地が良い。

 

「完敗ですよ左之助。ええ、私には……私達には勿体ないくらいです」

 

「そうかい、だったら良かったよ」

 

 あー……悔しいとすら思えねぇや。

 やっぱりこいつら強すぎる。

 

 そうだ、そうだよな。

 ここはもう、俺の知ってる舞台ってだけでキャストは同じだけど同じじゃない。

 それでも、やっぱり性根は変わらずに輝いていて。

 

「左之助」

 

「なんでぇ?」

 

 大人しく白旗を振ろう、嬉しい気持ちのまま。

 

「これからも、よろしくおねがいします」

 

「おう」

 

 かつて目指した悪一文字を靡かせた背中が、隣にあることを実感した。

 

 

 

「そうか……」

 

 左之助との再会が終わり。

 斎藤へと神戸から京都への道中で起こった事を報告した。

 

 宇水と交戦したことがメインではあったが、張の話にも出てこなかったしあいつが十本刀であるってことが伝えられないのがもどかしかったけど、これもまぁ仕方ない。

 代わりに死を覚悟するほど強いやつに襲撃されたって体で話す。

 こちらはそれなりの剣客が揃っている中一人で襲撃してきたことも含めてかなりの腕前であるということ、盲目でありながらこちらの動きをすべて把握しているかのように戦うこと。

 

 そういった事を話していた時、斎藤自身襲撃者が十本刀であるのでは無いかとあたりをつけたような感じだった。

 京都に来るまでと来た後、志々雄一派の一般兵とでもいうかそういった奴らの実力はある程度掴んでいるだろう斎藤。

 新月村での戦い含めて、俺としても一般兵相手に遅れを取る可能性はほぼ無い。

 そんな俺が手こずったというだけでも警戒に値するなんて嬉しいことを言ってくれた。

 

 こう、改めて剣心や斎藤っていう強キャラさんから向けられる俺への認識だけど、多分斎藤が一番俺のことを買っているような気がする。

 気のせいかも知れないけど、相性いいんだろうな……複雑だけど。

 

「襲撃者については改めて張へと確認しておこう。仮に十本刀と同等の位置にいるとして考えるのならば間違いなく俺の用意した剣客隊は相当な被害を受けていたはずだ。改めて、ご苦労だったな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 気のせいじゃないかも知れないね。はい。

 何が斎藤の琴線に触れてるのかいまいちわからないけど、良好な関係を築けてるわこれ。

 

「ともあれ京都破壊計画だ。これについて貴様はどう思う?」

 

「そう、ですね……」

 

 京都破壊計画は東京攻撃の隠れ蓑。

 だなんて言うのは簡単だけど、まだその時じゃないだろう。

 まだ斎藤が持っている情報が足りていないし、役者も揃っていない。

 

「気になることがあるとすれば、簡単に情報が掴めすぎているという部分でしょうか」

 

「……続けろ」

 

「警察……こちらの諜報部が優秀であるとしても、です。張は簡単に情報を吐いていますし、また吐かれては困るからと処分される雰囲気もない。これは明らかにおかしいです」

 

 後の展開先取りではあるけど。

 少し考えればやっぱり分かる話でもあるのだ。

 

 確かに張は厳重な警備の下ここへ拘置されているが、宇水や宗次郎。そういったクラスの実力者ならば張を処分するのは不可能ではないだろう。

 このタイミングなら宗次郎はまだ十本刀招集のため京都にいないかも知れないが、それでもそれを知っていない人間はそう考えておかしくない。

 

「貴様もそう思うか。まだ俺がここに到着して間がないが、そういった動きは確認できていない」

 

「何か裏がある……とまでは考えられますが。ごめんなさい、それ以上のことは考えが及ばないです」

 

 そこまで言ってみれば斎藤は瞑目して考え込む。

 少しもどかしいけど、答えを出すのはやっぱり剣心が揃ってからだろう。

 もしかしたらここまでの情報と俺の言葉で斎藤はあたりを付けてしまうのかも知れないけど。

 

「そう言えばあの阿呆と一戦交えたんだったな? どうだった?」

 

「左之助のことですか? やですよもぅ、気になるならご自分で戦ってみてはどうですか?」

 

 おっと、話題の転換ですね? それに左之助を持ち出してくるなんてやっぱり気にしてるんですねーもう。

 

「その顔はやめろ。俺が聞きたいのはヤツの実力ではない、戦った貴様の仕上がりが気になっただけだ」

 

「もー誤魔化さなくても――あ、いいえ、なんでもないです。そう、ですねぇ……」

 

 最大の驚きといえばやっぱり両手で二重の極みを使えるようになったことだろう。

 これがこのまま原作通りの流れを辿って安慈と左之助が戦うことになった時どう作用するのかはわからないけど、単純なスペックとしてまだまだ安慈に届いていない左之助だろうからそこまで心配はしていない。

 

 じゃあ斎藤が気にしているらしい俺の仕上がりについて。

 

「自分の弱点がしっかりわかりましたよ」

 

「ほう」

 

 興味の光を俺に向けてきた。

 

「やっぱり私はどうやっても物理的に避けられない攻撃には弱いです。言ってしまえばまったくの同時、広範囲攻撃には手も足も出ない。もしもあれが石礫ではなく爆発などといった致命的な攻撃なら……考えたくはないですね」

 

 実際二重の極みで弾けた地面は爆発と言っていい位のモンではあった。

 あの時は気にならなかったけど、戦い終わった後避けそこねてた礫の当たった場所は青痣になっていたしそれなりに痛かった。

 もっと大きな礫だったりしていたら骨までいっていたかも知れない。

 

 そう考えてみれば操ちゃんの飛苦無も状況や投げられる飛苦無の数と範囲によっては俺の弱点に届き得るもんではあるんだろうな。

 直接的な防御力が足りないってのは俺にも当てはまる。

 回避力と防御力はやっぱりイコールでは結ばれないのだろう。

 

 加えて読み。

 何時だったか思った読みの技術も必要だろう。左之助の右手が地面狙いであるってのは気付けるだろう範囲だし、読めていたならもう少し違った戦いになっていたはずだ。

 放置していたツケとでも言うか、読み技術の向上は羽踏発動のタイミングを測るのには必須だろうし意識しねぇとな。

 

「なるほどな。しかしそれが叶う攻撃がどれほどあるかと考えれば……そう多くはないと思うが」

 

「ええ、ですが弱点の把握は大切です。そうでなければ牙突に種類を設けてはいないでしょう?」

 

 言ってみれば斎藤は少し目を丸くして。

 

「ふん……やはり貴様は察しが良すぎるな」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます。まぁだから、ですよ。私の必殺技も幾らかカバーする面を考えなければならないでしょう」

 

 俺にある武器といえば神谷活心流剣術とこの異能。

 神谷活心流奥義が刃止めであることのように、基本的には防ぐことを目的とした剣技が多いように思える。

 膝挫にしても相手の力を利用するってことは、相手が攻撃しようとしてくるって結果の後、要するに後の先を取る形だ。

 それはこの異能と相性がいいってのはわかってる。避けながら攻撃するってのは非常に神谷活心流とマッチしている。

 

 つまるところ俺の異能含めてさらなる高みへ至るためには神谷活心流の習熟が必要不可欠なんだろう。

 

「それはもちろんそうだがあまり欲張るな。先が見えたからと言って、それを為せるのはまだ先の話だ」

 

「……はい、わかっています」

 

 これから先、少なくとも志々雄一派との戦いが終わるまで俺が神谷活心流の稽古をする時間は取れないだろう。

 薫さんと別行動を取っている時点で神谷活心流の習熟は難しい。だからこそ異能を活かした戦い方を模索しているものの……これは一つの到達点に辿り着いたと言っていい。

 

 改めて俺は今の俺で京都編を乗り越えないといけないのだ。

 警察側に居るというか、斎藤の側にいている以上この後の動きは自分の意思よりも斎藤の采配にかかっている。

 京都大火への備えとして警備に回っている警官、剣客隊の指揮を取るって可能性もあるし、もしかしたら煉獄出港阻止に回るかも知れない。

 

 俺としては……いや、なんとも言えないな。

 

「まぁいい。話を戻すが、現段階では判断を下す情報が足りていない。抜刀斎もまだ姿が見えんしな。僅かな時間しか無いのかも知れないが、貴様は京都巡回、警邏にあたっておけ」

 

「わかりました」

 

 言うように、もう時間は多くないだろう。

 

 左之助との再会も果たせた、薫さん達とはまだ会えていないけど……どういうルートを辿っても顔を合わせることにはなる。

 だったら、その辺りも含めて覚悟を固めておこうじゃないか。



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その男、交渉につき

「なるほど、な」 

 

 京都警邏という名前の地理把握。

 指示されてから剣客隊の人達と京都大火が実行に移された際の打ち合わせを行いながら京都をぐるぐると歩き回る毎日。

 中には地図上で確認するよりも遥かに家屋同士の幅が狭く、火をつけられたらあっという間に燃え広がってしまうだろうなと思える場所も幾つかあったり。

 

 ……あったりというか、多すぎたりと言うべきだろうか。

 

 地理把握に努めてから僅か数日だ、それだけで既にここは急所だなと思える場所が既に剣客隊の五十名でまかなえるキャパを超えた。

 いや、当日は京都御庭番衆との連携もありなんとか事なきを得るってことになるだろうから問題では無いんだけど。

 もっと言えば京都警察の人員、動かせるだけ全員……確か付近の人も集めて五千人だったか、物量だけで言えば足りるのかも知れない。

 

 けども単純な数を重ねたとしても、それを誰が指揮するんだって問題。

 一緒に来ている剣客隊の一人一人、それぞれある程度の人数を束ねる能力も実力もある、正直剣客隊中でその能力が一番足りてないのは俺だ。

 単純計算しても五十人で五千人だから一人頭百人の指揮を執らないといけない。

 それは現実的な数、だろうか?

 軍隊行動というかそっち方面はちんぷんかんぷんだが、もう殆ど時間は残されていない、そんな中当日初顔合わせでいきなり指揮下に置く。

 

 無理だ。

 

 仮に十全な連携を取れるとしても、さっき言ったように指揮官の数を急所と思われる場所は超えた。

 

「……やはり、協力者が必要ですね」

 

「協力者か。確かに戦力として見れるかつ信頼できる存在であればという言葉がつくが、喉から手が出るほど欲しいな。だが、そのあてはあるのか?」

 

 それはもちろん。

 ただ、警察側として正式に御庭番衆へと依頼って形式を取れたとして、それを受理してくれるかはわからないけど。

 あれは剣心が頼んだからこそすぐに動いてくれたんだろうなって考えがある。

 加えて御庭番衆と警察の関係。

 これもいまいち見えない部分であって想像が及ばないところ。

 

 そうやって思えば原作であの時あのタイミングでしか為し得ないことだったのかも知れないのよな。

 

「言ってみろ」

 

 む、表情読まないでくださいよ斎藤さん。

 まぁもったいぶる余裕は色んな意味でないか。

 

「京都御庭番衆の力を借りれないでしょうか」

 

「御庭番衆、か」

 

 少し難しそうな顔をする斎藤。

 存在は認知していたんだろう、もしかしたら考えたことなのかも知れない。

 

「難しい、ですか?」

 

「まぁな。御庭番衆お頭、四乃森蒼紫は東京警察が追っている存在だ。その(ともがら)の力を借りると警察から正式に依頼するのは難しい」

 

 むーそっか、そうだよなぁ。

 それ以外に理由があるのかも知れないけど、今言われた理由だけでも十分か。

 四の五の言ってられる状況では無いんだけどな……。

 

 いや、待てよ?

 

「警察としてじゃなければ大丈夫ですか?」

 

「あぁ、その言葉を待っていた。巫丞弥生、貴様ならそれが可能かもしれないからな」

 

 言わされたっ!!

 あーあーその顔! その顔だよ! そういうところだぞ斎藤一! そのにやけ面をやめるんだっ!

 

 くっそーいやそうだよな、ワンチャンありますよね俺なら。

 

 翁がもう今は倒れているだろう、蒼紫の手によって。なら今は巻町操がお頭だ。

 交渉するとなれば面識のある人間がいい、そうなると俺か斎藤だ。

 でも斎藤は立場も時間も許してはくれない、なら俺しかいないよなぁ……。

 

「どうだ? やれるか?」

 

「……」

 

 そりゃ出来ると思う。

 巻町操一人、いや、操ちゃん率いる御庭番衆なら難しかったかも知れないけど、今はあそこに薫さん達がいる。

 だったら身元の保証は十分だし、薫さんを通じて俺も信頼されるだろう……ってのは打算が過ぎて嫌になるな。

 

 ともあれ交渉がうまく行かなくても京都大火を知って動かない御庭番衆というか操ちゃんじゃない。

 だったらそれとなく情報を零すだけでもいいと思うけど……やっぱり組織的に動いた方が被害は少なくなるよな。

 

 ってなると俺は今回煉獄出港阻止メンバーには入れない。

 当然だろうけど、そうやって依頼した人間がその時いないなんてありえないだろうしな。

 

 実際煉獄出港阻止メンバーになっても出来ることなさそうだし仕方ないか。

 でも出来ることなら志々雄に会ってはみたかったな……いや嘘です、由美さんの半出しおっぱいが見たかったです。

 

「正直に言えば、だ」

 

「はい?」

 

 そこで表情を斎藤は変えた。

 漫画だけで知る斎藤は所謂ヤなやつだけど凄いやつで剣心のライバルというか、そんな感じだったけど。

 この世界で斎藤は俺に色々な表情を見せてくれた。

 

「たまに我へと返る時がある。年端も行かぬ女に使えるからと何を求めているのかと」

 

「……」

 

 これもその一つだろう。

 後悔しているような、本当に自分のやっていることに疑問を感じているような。

 それでもその顔を浮かべさせた感情は心配というものから来ているとわかる。

 

 それは、とても。

 

「……なんだその顔は」

 

「いえ~? べっつにぃ~?」

 

 とても嬉しいもので。

 

「いやー! やっぱり斎藤さんは優しいですねぇ! 良いんですよ? ほらほらもっと私に頼っちゃって下さいどうぞ!」

 

「……猫娘が」

 

 思えば今の発言が出るまで、斎藤は俺を男でも女でもなく俺として……一人の剣客として扱ってくれていた。

 使える手駒の一つってだけだったのかも知れないけど、それは今の俺を望んでくれていると感じてしまえて。

 

「……了解しました。誠の旗の下散っていった狼達、その鎮魂のためにも……お任せ下さい」

 

「……そういうところだぞ、貴様」

 

 仕方ないなんて気持ちじゃなくて、快く受け入れることが出来た。

 

 

 

「弥生姉ぇ!!」

 

 京都御庭番衆拠点とは裏の顔。表の顔は料亭葵屋なんて場所。

 その入口に何故か弥彦が立っていて、こちらから声をかけるまでもなく近寄ってきた。

 

 やれやれ、そんなに俺が恋しかったかね? 可愛い弟分ですよほんと。

 

「ふんっ!!」

 

「――やれやれ、久しぶりの挨拶がこれとは勘弁してほしいです」

 

 とか思ってたら間合いに入るなり竹刀ぶっ放してきやがった可愛くねぇ。

 せっかく熱い抱擁で迎えてやろうと思ったのになぁ、ほれほれぽよぽよだぞ?

 

「るっせぇ! いきなりいなくなる馬鹿姉にはこれで十分だっ!」

 

「……ええ、本当にそう思います。ごめんね、弥彦ちゃん」

 

 まぁ、おちゃらけるのもこの辺で。

 

 本当に申し訳なく思ってる。

 今回ばかりは、どうしようもなく、疑いようもなく俺が自己中に突っ走った結果だ。

 

 斎藤と道場で戦ってからなし崩し的にではあった。

 それでも俺はきっと神谷道場で、皆と一緒に剣心の行動へ落ち込み、一緒に京都へ来る道もあったはずだ。

 色々な要素が絡み合った、仕方ない。

 そう言いたい気持ちは微かにあるけれど、それを言っちゃかっこ悪い。

 

「反省してんだな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「なら、ヨシ!」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って弥彦は笑ってくれた。

 あぁ、やっぱり心地が良いな。

 

「それで? いきなり顔だしてどうしたんだ?」

 

「あら? もうちょっと会えて嬉しいなんて言ってくれても良いんですよ?」

 

「バッ!? バカヤロウッ! いいからさっさと要件を言えっ! ってか薫も心配してたんだ! 用がなくても会っていけっ!」

 

「ええ、もちろんそのつもりですし、頭を下げる準備もしています……ですが、今はそれより先に――」

 

 ――京都御庭番衆お頭に、繋いで頂けますか?

 

 続けた俺の顔を見て、弥彦が生唾を飲み込む。

 何か重大で重要な案件があると感じ取ったんだろう、いい勘してる。

 

「……わかった。ちょっと待っとけ」

 

「はい」

 

 言いたいことはあったんだろう、それをも呑み込んだ。

 

 少し見ない間に、随分と男の表情をするようになった。

 流石薫さんのケツを叩いただけあるなんても思うけど、本当にあの歳位の成長は一瞬だ。

 背もこれからどんどん大きくなって、剣術の腕もメキメキ上達させて。

 

 あっという間に世間に名を知られる剣豪になる。

 走っていった背中を見ながら、そんな事を確信した。

 

 その時俺はどうなっているんだろう。

 目指すこと、やりたいことは見つかった。

 それを為しているんだろうか? 皆が想像つかない未来で、俺は胸を張れているんだろうか?

 

 そうあって欲しい。

 そしてそうあるためにも。

 

「あんた……弥生?」

 

「ええ、久しぶりですね操ちゃん」

 

 葵屋の玄関から顔を覗かせた操ちゃんに向かって笑いかけた。

 

 

 

「京都、大火……!?」

 

「はい」

 

 部屋に通されて、事情を説明して。

 その途中薫さんがバタバタと部屋に入ってきて、一瞬すごく嬉しそうな、安心したような顔をしてくれたけど、雰囲気を察して静かに座ってくれて。

 後を追うように弥彦や御庭番衆の面々も入室して、薫さんに倣って腰を落とした。

 

御庭番衆(・・・・)としての情報網でどの程度情報を掴んでいるかはわかりませんでしたが。どうやら初耳のようですね」

 

「お増さん?」

 

 操ちゃんがお増さん……確か御庭番衆としての名は増髪だったか。窺うような目を向けたけどその首は横に振られた。

 俺としては現段階では知らないと把握していることではあるけど、確認しながらのほうが無難かつ確実だ。

 思い込みで動くのが一番怖い、もう何がきっかけでどう変わってるのかは分からないんだから。

 

「私は今警察側の協力者として……というか志々雄一派討伐の協力者として動いています」

 

「ええ、新月村での事があったしそれは何となく分かる。だけど……」

 

 情報の信憑性を疑っているんだろう、少し難しそうな顔を浮かべてる。

 なんだ、お頭なんて似合わないと思ってたけど中々どうしてそういう(・・・・)顔をするんだな操ちゃん。

 

「操ちゃん」

 

「ん? 何? 薫さん」

 

 そこで今まで黙ってた薫さんが口を開いた。

 

「弥生ちゃんの言ってることだもん。きっと本当よ」

 

「……わかった」

 

「……薫さん」

 

 思わず薫さんの方へと目が泳いでしまう。

 そこには凛とした顔で、変わらない信頼を俺に向けてくれている人がいた。

 

 ――大丈夫、信じてるから。

 

 そんな風に目が言っている。

 

 ちょっと泣きそうだ、俺はきっと何も薫さんの信頼を得られるようなことはしていない。

 ただ自分勝手に好きな事を好きなようにしていただけのはずだ。

 

 だと、言うのに。

 

「――そこで、です。今回の志々雄一派による京都大火計画。その阻止に御庭番衆の力をお借りしたいのです」

 

「なるほど、ね」

 

 だめだぞ俺、目を潤ませている場合じゃない。

 信頼してくれてるんだ、なら応えないと。

 応えるためには今ここで泣いて頭を下げてる場合じゃない、それを望まれてもいないだろう。

 

「御庭番衆の力と言っても何を貸せばいいの?」

 

「御庭番衆の情報網を使って、京都に住む人々へ警戒を促してほしいのです。決行は恐らく夜遅く寝静まった頃。火付け役は恐らく少数でしょう、犯行現場を見て大声を上げられるように計らって欲しいのです」

 

「警官側の動きは?」

 

「当日、数千人規模の人員が動きます、志々雄一派と正面衝突するために。要するに表の戦いは警官隊で、そして裏の防備を御庭番衆、ひいては京都の人達にお願いしたい」

 

 そこまで言うと操ちゃんは静かに瞑目して考え込む。

 駄目だろうか? やっぱり剣心の口からじゃないと信用されないだろうか?

 自分の心臓の音が煩い、戦い以外でここまで緊張するのも初めてかも知れないけど、ここで狼狽える姿は見せていられない。

 

 黙って操ちゃんの考えがまとまるのを待つ。

 

「――正直なところ」

 

「はい」

 

 やがて考えがまとまったのか操ちゃんは俺の目を真っ直ぐに見て口を開く。

 

「あんたのことは信用出来ない。いや、していない」

 

「……」

 

 それもそうだろう。

 俺と操ちゃんはそういう関係で結ばれているわけじゃない。

 ましてや御庭番衆としての力を求められたのならお頭としての決断は責任を負って然るべきものだ。

 だから当たり前。

 そう言われるのは当たり前。

 

「だけど……もしもそれが本当だったらって可能性の時点で見過ごせないし、何より薫さんが信用できるって言ってる。だから今回は頷いてあげる」

 

「ありがとう、ございます。そして、よろしくおねがいします」

 

 ……ふぅー。

 ほっとした。なんとかこれで少なくとも原作の形を取ることは出来る。

 

 しかし流石だな薫さんは。

 ほんっと、一生頭が上がらない。

 

「良かったね、弥生ちゃん」

 

「ええ……ありがとうございます。薫さん」

 

 じゃ、上がらない頭を下げに行きますか。

 

 

 

「そっか」

 

「はい」

 

 今まで。

 道場で斎藤と戦ってから今まで。

 起こったこと、起こしたこと全部を話した。

 

 そのどれもは紛れもなく自分の意思であり、薫さん達が心配するということをわかった上で選び進んだ道だと説明した。

 話しながら、声が震えないように精一杯の努力をして。

 逸してしまいそうになる視線をぐっと留めて最後まで薫さんの目を見て言いきった。

 

「後悔は、していません。だけど……」

 

「弥生ちゃん」

 

 謝ろうと思った。

 心配をかけたことも、きっと色々気を揉んでくれたことも。

 だけど制された。

 

「後悔していないのなら謝らないで。後悔して欲しいとも思ってない、それよりもただ……無事で良かった。私はそう思ってるんだから」

 

「……薫さん」

 

 きっと。

 薫さんも、成長したんだろう。

 無くしたくないものを無くさないように、心を決めて京都へ来た。

 そうして揺るがず大切なものを大切にする心を手に入れたんだ。

 

「弥生ちゃんは私の妹分。それはあなたがどうであれ変わらないこと。だけどあなたはあなたなんだから、自由に考えて自由に動いていいの。それが弥生ちゃんのやりたいことなら尚更、ね。私は、そうする弥生ちゃんが一番好きだから」

 

「――」

 

 そういって笑う薫さんは……すごく、優しくて。

 この人はずっと……ずっとずっとそうやって弥生を見守って来たんだろう。

 弥生が俺になってからも、ずっと。

 

 変わったけど変わらない目で、変化も成長も何もかも。

 

 あぁ、そっか。

 

「おかえり、弥生ちゃん」

 

 剣心、悪い。

 散々早く実感してとかなんとか心で思ってたけど。

 

「ただいまっ! 薫さんっ!!」

 

 そりゃどうやら俺もだったわ。

 全然わかっていなかったわ、帰る場所の大事さを。

 

 ありがとう、薫さん。



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その男、京都守護者につき

 ――頼んだぞ。

 

 そんな言葉は俺の心を震わせた。

 なんとなく利用しているだろうと感じていた側面がある斎藤だけに、こうして心底任されるって確信できるものには重みを感じた。

 

 剣心と左之助、斎藤は原作通りに煉獄出港阻止へと向かい、俺は京都に残った。

 前にも思ったけど、やっぱりあの戦いはどう考えても足手まといになってしまう。

 役に立てる術があるとすれば剣心よりも先に煉獄を偽装した船を見つけることかもしれないけど、誤差に過ぎないだろうし。

 発見した後の事を考えれば剣心や斎藤はともかく、左之助のように海に浮かぶ板の破片を飛び石代わりに行くなんて芸当も無理だ。

 泳いで近づいたにしてもそれこそ煉獄が持つ兵器のいい的でしかないだろう。

 

 力になれることは是非もない、ただそれでも皆の弱点になってしまうのだけは嫌だった。

 

 悔しい、とても悔しいけれど。

 わきまえなければならない、退かなければならない一線っていうものはある。

 

 我ながら何を今更なのかも知れないけど、煉獄戦に関してはこれに抵触する部分だと思う。

 そう思えばこの後に続く比叡山、志々雄アジトでの決戦はどうするべきだろうか。

 内心、当然というかついていきたい気持ちはとてもある。

 だけど、この煉獄戦が言うところの締め切りだろう、志々雄へ明確に倒すべき敵として認識されるその機会の。

 

 なら、葵屋襲撃へと向かってくる十本刀への備えとして残る道。

 翁さんは負傷で動けないから当然として。かつ、増髪さん達京都御庭番衆の実力が操ちゃんとそう変わらないものだとするのなら。

 

「俺が一番の戦力、か」

 

 恐らくそうだろう。

 

 薫さんと話して、少し弥彦の稽古に付き合って。

 

 ――神谷活心流の剣客としてなら私の方が強い、けどただの剣客としてなら弥生ちゃんに勝てると思えない。

 

 思わず買いかぶりだと慌てて言おうとしたけど、そういった薫さんの目はとてもおだてているようには見えなくて。

 生唾を当然飲み込んで、ゾッとしたもんだ。思っていた以上に俺はどうやら死線を潜りすぎていたみたいだ。

 

 救われたのは続いた言葉で、負けるつもりはないと言われたこと。

 神谷活心流の師範代としてまだまだ教えるべきことは見えるし、勝てないながらも負けることもないと言ってくれたんだ。

 

 正直薫さんの実力っていうのはいまいち掴めないところ。

 神谷活心流という括りの中で言う俺は恐らく弥彦と同等か辛うじて少し上の腕前で、その遥か上に薫さんがいる。

 掴めないのはその括りから外れた、命を賭けあった戦いの中での実力。その勝負の行方が不透明なんだ。

 

 試してみたいという気持ちはある。

 だけどそれ以上に恩人であり、姉である薫さんと刃を交えたいとは思わない。

 

 だからそれはそれでいい。

 

 戦いの中で肩を並べたいと思ったのが剣心達なら、神谷活心流を担うものとして肩を並べたいと思ったのが薫さんだ。

 それがきっと最高の恩返しで、俺のやりたいことの新しい一つとなった。

 

 とは言え、だ。

 

「……京都大火阻止、か」

 

 今晩起こるのは大軍と言えば大げさかもしれないが、複数対複数の戦い。

 当然そんな戦いの経験はないからいまいちどう動けばいいのかはわからない部分がある。

 剣客隊の人は任せろと言ってくれたものの、俺がいるという変化をどう繋げるかが大切だ。

 

 原作では死者、重体者が僅かといえ出てしまった戦い。

 

 この世界でもそれを同じ結果を辿ってしまえば斎藤はよくやったと言ってくれるだろうが、俺が自分を許せない。

 そう考えた時、一番に抑えるべき相手は飛翔の蝙也だろう、あの空をある程度自在に動ける存在は極めて厄介だ。

 極端な言い方をすれば人数の壁を無視できないそれ以外の十本刀は当たらないでにらみ合いをしていればいい。

 お互いの兵と兵をぶつけ合って硬直状態を生み出せば、その間に火付け役が失敗し目的達成不可能になる。

 そうなってしまえばこっちのもんだ、相手は最大目標を失ってまで留まる理由がない。

 

 無論十本刀それぞれが一騎当千の強者である以上、刺激を強めてしまえば兵を下げて出張ってくる可能性が高まってしまう。

 ゴリ押しで火付けを成功させてしまうのが怖いところだろうな。

 

 変に十本刀……特に悠久山安慈、魚沼宇水の情報は操ちゃんに伝えないほうが無難だろうか。

 知ってしまい変な警戒をさせてしまえば、原作通り宇水の行動を安慈が止めるといった展開を失ってしまいかねない。

 ものすごく気が進まないけど、操ちゃんには危機一髪体験を経て盛大に悔しがってもらおう、ごめん。

 

 ともあれどの道俺は警官側だ。

 棚の上にぶん投げているかも知れないが、自分の事を考えよう。

 

「さて、どうするかな……」

 

 頭を抱えながら、葵屋へと足を運んだ。

 

 

 

「いいですか! 常に十本刀の姿には警戒して下さいっ! 深追いは決してしないように! 専守防衛! 相手を倒すことではなく京都へ入れない事を第一にっ!!」

 

「了解っ!!」

 

 どうしてこうなった。

 

 いやまてほんとにどうしてこうなった。

 なんで俺が正面部隊の指揮を取ることになってんだ、おい署長どういうことだ説明しろ。

 

「い、いいのかね!? 相手はそこまで多く兵の数を減らしていない! このままではその十本刀とやらが来てしまったら――!」

 

「むしろその方が都合がいいんです! 姿が見えないことが一番怖い! それにこの戦い、相手を倒すことが勝利条件じゃありません! 京都を守りきることが勝利条件です!!」

 

 あー! もう!

 わたわたしてんじゃねぇよ! てめぇタマついてんのかこのやろう!

 

 斎藤も余計なことを言ってくれたよこんちくしょう!

 相手の実力をよく知る俺を全面に頼るじゃないっすよ!

 頼るのと指揮預けるのは話が違いますよほんとに!!

 

「弥生ちゃん! 相手は怯え腰だ! このまま一気に行けば――!」

 

「駄目です! 宇水を忘れましたか!? 深追いしたところをぐっさりなんて私は泣いてしまいますよ!?」

 

 剣客隊さんあんたらもだ!

 ええ、ええよく警官達をまとめましたよ! ほんとにすごいっす!

 でもそんなあんたらがなぁ! 俺を頼ったらなぁ!

 

「報告! 敵敗走の気配!!」

 

「ありがとうございます! ここが一番の警戒どころですよ! 兵が下がろうとすれば相手はより大きな力を投入してくるはずです! 前で戦っている人にそう伝えて下さい!」

 

「了解しましたっ!!」

 

 こうなるだろ!? あいつなにもんだ、あの人達が指示に従うとかすげぇ人だってなるだろ!?

 

 まぁじ勘弁してくださいよほんとに。

 俺はさ、こうさ、使われる立場だと信じてたのにさ。

 信じて送り出された俺はなんだこれ話が違う状態だよ。

 

 やりづれぇ……めちゃくちゃやり辛い。

 

 でも、まぁ。

 

「被害状況は!?」

 

「はっ! こちらの損害は軽微! 負傷者はすぐに下がる事を徹底しています故重傷者、死者は今の所ゼロです!」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 指揮と言えない指揮だろうけど、今のところは最良の結果だ。

 時間はもうすぐ零時。

 そろそろだろう十本刀が火の手の上がらないことを訝しんで姿を現すのは。

 

 そう思った時。

 

「――!」

 

「ほう……?」

 

 あっぶねぇ!? 今のは本気でやばかった!

 

「い、今のは?!」

 

「……十本刀の一人でしょう。まっすぐ指揮官……私を狙うなんて、流石いい度胸してますね」

 

 予想通り、想定通り飛翔の蝙也。

 警官隊を狙わず直接王狙いとは恐れ入った。

 

 兵をターゲットにしなかったのはラッキー……いや、ちゃんと頭を下げろって指示があったし、上手く警戒できたが故に俺しか狙えなかったのかもな。

 

「署長、ここの指揮はお返しします。……専守防衛、いいですね? 十本刀と思われる相手が前に出たら剣客隊の人複数で相手をして貰って下さい」

 

「なっ!? 弥生君! キミはどうするんだ!?」

 

「私ですか? 私は――」

 

 ――あのうざったいハエを叩き落としてきます。

 

 

 

「わざわざご苦労なことだ。俺はすぐにでも別の場所に翔べるというのに」

 

「そうですね。まぁ、雑魚相手に粋がりたいならそうすればいいと思いますよ? 誉れ高き? かどうかはわかりませんが、女相手に逃げる十本刀さん?」

 

 俺より高い位置から見下してきた、なんとなーく癋見臭がするこちら飛翔の蝙也さん。

 挑発へ簡単に青筋を立ててるあたりも似ているなぁなんて思いながら、屋根の感触を草履越しに確かめ木刀を向ける。

 

「貴様――」

 

「あぁ失礼。確かにあなたの攻撃はこういった戦いでは有用性抜群……私の戯言を捨て置いてどうぞせせこましく警官と戦って下さい」

 

 釘付けにするためとは言え肝が冷える。

 正直なところ、蝙也の飛空発破は俺にとって最悪に近い攻撃手段。

 剣心のように翔べるわけでもなし、弥彦程身軽でもなし。

 本気であいつがダイナマイトを使いながら飛翔し戦うといった戦法を取られてしまっては為す術もない。

 

 それにダイナマイト。

 これは俺の弱点でもある広範囲攻撃だ、相性だけで言うなら最悪に近い。

 ましてや今は屋根の上。

 それこそ使われた瞬間民家へ被害が当然出るし、最悪これが原因で火の手があがってしまう。

 

「死に急ぐバカを相手にする暇はない。一瞬だけ時間をくれてやる」

 

「それはどうもありがとうございます。一瞬で天国へ連れて行ってあげますよ」

 

 だから剣を交えるのはこの一瞬だけ。

 この一瞬にすべてを賭ける。

 

「――死ね」

 

 蝙也の取った手段は――滑空。

 

 狙うは一点。

 その身を包む外套の留め帯。

 

 すでに弥生の世界に入っている。

 身体は相手の持つ刃を簡単に避けてくれる。

 

 だから集中。

 狙いを定めたその一閃は。

 

「――なっ!?」

 

「ごめんなさい。行き先間違えました。そちらは地獄行きとなっております」

 

 見事に留め帯を引き裂いた。

 

 バランスを崩してゴロゴロと転がり落ちていったその先は……残念、志々雄側の陣営か、これじゃ確保は出来ないな。

 まぁ、あいつには弥彦が成長するための糧になってもらうって大事な役目があるしこれでいいのかも知れない。

 

 尤も。

 

「恥を忍べる器があれば、だけど」

 

 プライドの高そうなヤツだ、引き返してどういう扱いを受けるのかはわからねぇけど。

 汚名返上に燃えてくれることを祈るばかりだ。

 

「……ん?」

 

 屋根の上から見ればどうやら相手の多くは敗走を始めたようだ。

 多分、鎌足の部隊はまだ抗戦してるのかもしれないが……助太刀しに行こうそしてダメ押しだ。

 

 とりあえず。

 

「なんとか……なったか?」

 

 怪我人の数を聞くまで安心は出来ないけど、どうやら少なくとも京都を守り切ることは出来たと確信できた。



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その男、危うくにつき

「やれやれ、貴様には驚かされてばかりだな」

 

「あぁ、拙者としても弥生殿に残ってもらって良かったと心底思うでござる」

 

「いえいえ、私としても新撰組の生き残りさんと剣心さんにそう言って頂けて一安心というものです」

 

 死者ゼロ、重傷者八人、軽傷者多数。

 家屋の損害は小火程度が数件。

 

 まさしく出来過ぎと言っていいくらいの勝利だ。

 重傷者も命に関わるような人はおらず、治癒後も日常生活に影響はないだろうという見立て。

 

 言葉通り一安心ってもんだ。

 重傷を負った人には申し訳ないと思うけど、やっぱり死者ゼロって言葉は大きい。

 署長さんにしても、変に自分の手柄へとせず俺の功績だと斎藤に言っていたらしい。

 

「やはり剣客隊が全員無事だったということが大きいな、貴様が居なかった場所で随分と活躍してくれたようだ」

 

「そのようですね。あの人達の誇らしい顔、見てもらいたかったですよ」

 

 皆が皆俺に向かって、どうだ俺たちもやるだろう? なんてドヤ顔してきたのがほんとに嬉しかった。

 実はちょっと泣きそうなくらいだったもんだ、あの人達含めて今回の結果は本当にこうなって良かったと思う。

 

 原作では死者が少ないながらも出たはずだ、それを俺だけの力じゃないにしてもゼロにできて、無事な笑顔を見れて。

 直接的にも、間接的にも。多くの人をその運命から逃れさせたという実感が胸をついてくる。

 

「まぁこっちのことは良いんです。そちらの首尾はどうでしたか?」

 

「あぁ……比叡山に志々雄のアジトがあるらしい。そこで決戦だ。俺と、抜刀斎……それにあの阿呆の三人でな」

 

 おっと、わかってますよそこには巻き込まないって顔しなくても、わざわざ三人と強調しなくても……ね。

 

 残念……と言えばそうだろうな。

 志々雄との戦い、いや、志々雄アジトでの戦いは原作内屈指の盛り上がりどころだ。それを目の前で見たいなんて気持ちは物凄くある。

 けど敢えて合っているかわからない言葉を使えばその戦いへ参加する権利がない。

 

 俺は明治政府に何かしら思うことがあるわけでも、人斬りとしての責任があるわけでも、悪即斬という信念があるわけでもない。

 

 そんなミーハーな心で参加するなんてとてもじゃないけど言えたもんじゃないわ。

 

 加えて言うならついていって誰と戦うのかと言う問題。

 行きたいと言う気持ちはあれど冷静に考えれば、あの戦いは全てが後に繋がっている。

 安慈と戦うのは左之助以外考えられないし、斎藤は宇水と戦ったからこそ意識の中から外れられた。

 蒼紫にしても、宗次郎にしても剣心が戦わなければ救えない。

 あの場所に俺の戦う舞台がないんだ。見るだけしか出来ない、いや由美さんのおっぱいは見たいけど。

 

「弥生殿……」

 

「わかってます。志々雄一派の強襲が京都……いや、葵屋へ来ないとは言い切れない。私はその備えとして葵屋で待機することにしましょう」

 

 複雑な顔をしているのは剣心。

 巻き込みたくないという気持ちはもちろんあるだろう、だが葵屋で備えるという俺に嬉しいとも思っている様子で。

 

 二律背反、なんだろうな。

 俺を頼れる仲間と思ってしまう(・・・)気持ちと守護すべき存在と思いたい(・・・・)気持ちは。

 

 実に俺の実力は中途半端だ。

 斎藤、剣心、左之助に並ばないまでも影を踏んでいる。そんな位置。

 だからこそ、葵屋を守るには十分と思ってしまえる。

 

 思い上がりなのかも知れないけど、大枠で見た時の俺は紛れもなく強者の位置づけなんだろうから。

 

「すまぬでござるな」

 

「何に対して謝っているんですか剣心さん。まさかこの戦いへと……志々雄のアジトへと一緒に乗り込めないことを謝っているんですか? そうだとするなららしくもないのでやめて下さい」

 

 気を使うところが間違っているというかズレているだろう。ほんと、らしくない。

 

「私は……あなた達が勝利して、生きて帰ってくると心の底から信じています。なら、帰る場所を守ることはとても大事な役目です」

 

 きっと薫さん達への心づもりが決まっていく中で、俺への扱いはまだ定まっていないんだろうとも思う。

 

 俺と、剣心。

 

 この関係は最初から今まで、本当に微妙な間柄だから。

 

「ありがとう、でござるよ」

 

「……信用、信頼しろなんて言いません。言えるわけもない。ですけど、あなたを信じている人は沢山……身近にもいます。そして私は、その人達の幸せを心から願っています。その為には剣心さん……あなたがきっと必要です」

 

 じっと剣心の目を見つめる。

 逸らすわけでもなく、剣心は俺の目を見つめ返してくれて。

 

「……心に、刻んでおくでござる」

 

「ええ、生きるという意思は何よりも強い。そうでしょう?」

 

 そう言ってみれば一瞬驚いた顔をした後。

 

「あぁ。その通りでござる」

 

 いつもの笑顔で笑ってくれたんだ。

 

 

 

 そんなこんなで今回の戦闘、その処理を手伝う中考えるのは葵屋での攻防。

 

 配置はやっぱり弥彦と……恥を忍べたなら蝙也。

 薫さんと操ちゃんが鎌足を相手して、夷腕坊を御庭番衆の四人が相手することになるか。

 破軍の不二に関しては匙を投げると言うかどうやっても無理だ。比古師匠の到着を待たざるを得ない。

 

 てか、そうだ不二だよ。

 アイツは警察署襲撃してから葵屋へとやってくるはずだ。

 変にそこで犠牲者を出すのは癪だしなんのための京都大火阻止だったんだって話になるから署長さんに言って当日は警察署を空にしてもらおうか。

 

 いや、そうしてしまえば葵屋へ破軍の二人というか不二の到着が早まって早期決着につながってしまうかも知れない。

 そうすれば比古清十郎の到着が間に合わず俺たちが全滅ってことにもなる可能性がある、か。

 比古清十郎を先に葵屋に案内するってなれば……いや、全部あの人に任せれば良いんじゃない案件になるか。そうなってしまえば誰も得るものが無くなる。

 

「……だからといってここを犠牲にするのも、なぁ」

 

 志々雄との戦いに決着がつくまで剣客隊は京都に居てくれているらしい。当然その役目は志々雄一派の動向に備えるため。

 言ってしまえば不二の相手をすることは本懐でもある。

 避難しろって言うのは指くわえてみてろと言うに等しい。

 情報提供して不二の詳細を伝えるのも変な話だ。あの戦いで姿を確認したわけでもなし、なんで知ってんだと疑惑が生まれかねない。剣客隊の人達は無条件で信じてくれそうだけど、京都警察の人達はそうでもないだろう。

 先の戦いで生まれた信頼関係に賭けるのは分が悪いと思う。

 

「やっぱ……警戒を促すだけになる、か」

 

 まぁ変な話、不二を見て戦意を保てる人間はそうそういないだろう。

 弥彦には申し訳ないが俺だってハナから諦めてるというか無理だ。知ってるだけにそう思う。

 勝てるなんて思うには身体が小さすぎる。

 

 ここに来てお祈りゲーとは歯がゆいけど、剣客隊の人には上手く強力な兵器を持ち込まれる可能性があるとでも話して立ち向かうよりも退く心づもりをしてもらおう。

 俺が警察署に待機してその先導をしても良いのかも知れないけど……それは剣心への約束を反故にするってことだし。

 

 じゃあ改めて俺が相手にすべきは誰だろうか。

 消去法で言うなら夷腕坊……か。

 

 相手としてはどうだろうかと考えるまでもなく戦いの相手としてなら相性は最悪だろう。

 俺の得物は木刀、打撃は絶対に通らない夷腕坊への勝ち筋は薄い。

 

 だが負ける相手でもない。

 

 夷腕坊の種……中に操縦者がいるという情報を持っているのはもちろん。

 相手も俺に対して有効な攻撃を持っていない。

 もちろん俺の体力が続く限りって限定はあるけど、それでもそれまでは引き分け続けられる。

 

 操縦者……確か外印だったか? そいつに対して交渉するってのも手段の一つかもしれない。

 

「って、そうじゃなくてだ」

 

 最初から勝ちを諦めたら駄目だ。

 何かその場所に勝つための手段は無かったか? 弥彦だって戸を羽代わりに跳んで蝙也に勝利を収めたじゃないか。

 姉弟子がこんなこと考えてどうするんだ、情けない。

 

 勝つための方法……方法……。

 

「おーい、危険物は何処に集めてたっけ?」

 

「危険物? ……っておい!? 何だそりゃ!? 藤田警部補呼んでくるわ!」

 

 ん? 何騒いでるんだ?

 危険物って……!!

 

「それです!!」

 

「わっ!? や、弥生さん!? ど、どうしましたか!?」

 

 はい、悩み解決ですね! 素晴らしい!

 これがあればバッチリですよ!

 

「私が直接さいと……ううん、藤田さんに持っていきますよ。丁度用事もあったことですし」

 

「え、ええ? いや、そうですか。ならお願い……してもよろしいですか?」

 

「はいっ! お任せ下さいっ!」

 

 よっしゃよっしゃ。

 後はこれを一部ちょろまか……いや、ちゃんと説明した上で貰うか。

 斎藤も許してくれるだろう、許して下さいお願いします。

 

 これさえあれば……うん、なんとかなるだろう。

 

 

 

 すんげー訝しまれましたが私は元気です、はい。

 上手く説明できなかった自分が情けないというかなんというか。

 ともあれお目溢し頂けたのでなんとかなるでしょう、うん。

 

 同時に先に葵屋へと向かった剣心達へと伝言を頼まれた。

 言わずともがな、志々雄のアジトへと乗り込むのは明朝になるという件だ。

 俺としても今日中には葵屋へと向かうつもりだったのでオッケーです。

 斎藤にも葵屋であるかも知れない襲撃に備えるためにと説明して了承は得ている。

 

 そうしてたどり着いてみれば残念なことに操ちゃん号泣イベントは既に終わっていたようで、悲しいね。

 

 蒼紫を無事に連れて帰るという約束。

 

 こうやって考えれば剣心は約束に生かされているなんて面も見えてくる。

 過去にしても、生き様にしても……現在にしても。

 きっと誰かとの約束や己との誓い。そういったものでいつだって崩れそうな心を支えているんだななんて改めて思ったり。

 

 一言それはすごいことだと思う。

 現代っつか、もともと俺が居た時代で。言ってしまえばなんとなくでも生きていける時代、そういうものを心に旗して生きている人間なんてどれくらいいるだろう?

 家族のため、愛する人のため。

 そういうのはきっと沢山ある。けど、目に見えない何かで生きるっていうのはとてもむずかしいこと。

 

 だってそうだろう?

 無欲に生きるって言えば少し違うのかも知れないけど、剣心は間違いなく見返りを求めていない。

 あなたにパンを焼いたから私にもパンを焼いてくれ。

 無欲そうに、人が良すぎる風に。そういう欲を見せない人は大勢いるし、俺だってそうだ。

 

 あえていうのならば、救った人、手を貸した人が幸せに生きてくれたらそれが見返りに足る。

 

 そんな風に考えて生きるなんてどうやっても俺には出来ない。

 

 今はまだ贖罪の意識からそうなのかも知れないけど、剣心の本質は間違いなくそこにある。

 

「……恐ろしいとも、思えます」

 

「そうじゃな。弥生君、お主は見た目の割に本質をよく見ているの。操にも見習ってもらいたいものじゃ」

 

 今、目の前に座っている木乃伊(・・・)、もとい翁さん。

 皆へと斎藤の伝言を伝えた後、先の御庭番衆の活躍、助力に対するお礼を述べるため面通しをしてみれば話題は剣心の事になっていた。

 

 この人はほんとにメリハリがすごい。

 最初俺を見た時にはうひょひょーい! なんて怪我を感じさせないテンションのあげっぷりを披露してくれたが話し始めてみればこうだ。

 人の呼吸をよく掴んでくるというか、上手く自分のペースに持ち込む。

 

「それは過分な評価です。私は人よりすごく臆病で、石橋を叩いて叩いて……日が暮れるまで叩いてから渡るような人間というだけです」

 

「その割には最初から確信していたように話すのじゃな? ……いや、それを突くのは野暮というものか」

 

 年の功とでも言うんだろうな。

 俺の居た限界集落爺さんもそうだったけど……多くの人と関わるって経験は、やっぱり宝で自分を成長させることに必要なものらしい。

 

「話を戻そう。弥生君はここが志々雄一派に襲撃される可能性はどれほどと見ている?」

 

「ほぼ確実でしょう。万が一剣心さん達が負けたとしても、それは個の力を打ち破ったに過ぎない。組織的な力を潰さないと志々雄側の完全勝利とは言えませんから」

 

 とは言うもののこれは知ってるってだけで、それに尤もらしい理由をつけているだけだけど。

 

「相手にとってみれば剣心さん達がここにいないというのは好機でもあります。その機をむざむざ逃すような真似は……考えにくいですね」

 

「そう、じゃな……。志々雄一派の兵が集団で来る程度であればそう怖いものではないが……そうとは思っていないのじゃろう?」

 

「はい。恐らく十本刀かそれに近い実力を持ったものがやってくるでしょう。私もいることですし」

 

 俺という存在……というよりは十本刀に対抗し得る存在がいる程度には相手も思っているだろう。

 ならば生半可な戦力を送ってくるわけもない。

 

「それじゃよ。弥生君、率直に言ってお主はどれほどの力を持っている? 只者ではないことはわかる、しかし――」

 

 ――恐らく残った者の中では一番強いでござるよ。

 ――あぁ、ちげぇねぇな。

 

 後ろの戸が開き顔を覗かせたのは剣心と左之助。

 

「緋村君、左之助君……いや、しかしじゃの」

 

「こういった方がいいでござるか? 弥生殿は左之助と同じく、拙者が最も頼りにしている人間の一人だと」

 

「安心しろって、そいつぁただの女じゃねぇからよ。俺らにしても弥生がここに居てくれりゃ、安心して戦えるってもんだ」

 

 ……。

 

 ふぅ、駄目だぞ俺。ここで泣くなよ?

 

「私は……守りたい。大事な人達が大事にしているものを、守りたい。それが、私の大事を守ることですから」

 

 心配してくれる気持ちは、嬉しい。

 まさしく翁さんがしているのは心配だろう、操ちゃんと同じ年の瀬の若者……それも女を戦場に立たせるなんて抵抗があるはずだ。

 戦いに生きたわけでもなく、戦いを定められたわけでもない。

 そういう意味ではきっと薫さんだって、弥彦だって本音では戦って欲しいとは思っていないんだろう。

 だからこそ、これ以上って思ってる。

 俺みたいなうら若き乙女が戦いへ身を投じることを嫌がっている。

 

 ……ん?

 

「はぁ……いかんな、老兵は死なず唯去るのみと思ったばかりじゃと言うに」

 

 いやいやいや!?

 今俺ちょっと危なかったよね!? 自分が女だって心底認めそうになってたよね!?

 

「わかった。これ以上は何も言わん。弥生君、どうかよろしく頼む」

 

「え? あ、はいっ! お任せ下さい!」

 

 そう言って俺に手を差し伸ばしてくる翁さん……ってまぁそれはどうでもいいんすよ!

 待って待って? 俺男、あいむあんだすたん? お、と、こ!!

 

 ひゅぅ……危なかったぜ、心だけは男でいたい。マジもマジ。

 

「へへっ! 頼むぜ弥生!」

 

「あぁ、弥生殿。すまぬが力を貸してくれでござる」

 

「はいっ! お任せ下さい!」

 

 まま、ええわ? 

 とりあえずいい流れっぽいし? うん。大丈夫。

 

 だけど。

 

「いつまで握ってさすってるのですかこの助平ジジイ?」

 

「ひょっ!?」

 

 ジジイになってもホモとか救えねぇぞ? ったく。

 

 さ、それじゃ。

 明日は頑張りましょうか、ね。

 大事を守るために。



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その男、決戦前夜につき

 柄にもなくってほどでもないか。

 緊張しているのは当然、落ち着けるわけもないこの夜。

 

 葵屋の一室を借りて身体を休めてるつもりだけど、どうにも手足の震えが収まらない。

 わかってる、わかってるんだ。

 何処かこの事態を傍観している、第三者的な俺は言っている。

 

 何を今更びびってるのか、死線は幾つか潜ったし剣心達のお墨付きだってあるんだぞって。

 

 それを受け入れられる位には冷静なつもりだし、理解もしている。

 

 今、ここに至るまで俺は小賢しい知恵で生き抜いてきた。

 自分自身の選択だ、悔いなんて無い。この世界で思う通りに生きると決めてからずっと、そういう覚悟は心に決めていたはずだ。

 

 実際先の京都大火阻止だって、剣客隊護衛だって。

 位置づけの中で俺は上手く立ち回ってきたつもりだし、その自負だってある。

 それでも初めてなんだ、そう思ってしまう。仲間と呼べる人達、見知った人達。

 漫画の中で勝手に知って、この世界で深く知った人達の中で一番という位置づけは。

 そういう目で見られているのだって、信頼されているのだって初めてなんだ。

 

 プレッシャー。

 これはそれだろう。

 弥生になる前からずっと憧れてた架空の人物。弥生になってから見上げて、背中を追い続けた人達。

 

 戦いに対する恐怖はもちろん今までだってある。

 戦うことに恐怖を感じなくなりゃそれは狂人の域だ、なれるともなりたいとも思わない。

 ただただ信頼に応えられるのかという重圧に息が詰まってしまう。

 

「……怖い」

 

 信頼に応えたいと思えば思うほどに。

 勝利なんかじゃない、信頼されている弥生という俺の像を保ち続けられるかが怖い。

 

「ったく、顔ださねぇと思ったら」

 

「っ!? 左之助……?」

 

 こいつノックもなしに……俺が着替え中とかだったらどうすんだよ? デリカシーって言葉を教えてやろうかこんちくしょう。

 

 あぁ、でも嫌だな。すごく嫌だ。

 

「んで? 何そんな腑抜けたツラしてんでぇ」

 

「……そんな顔してるつもりはないですよ。それより私が着替え中とかだったらどうするんですか」

 

「そんときゃ役得ってヤツだ」

 

 あーどっこらせってなもんで左之助は目の前にあぐらをかいてきた。

 ほんっと左之助は……。

 

「んなこたぁ良いんだよ。そんなんで明日は大丈夫か? わかってんだろ? お前はここの最大戦力ってヤツなんだぜ?」

 

「……」

 

 あぁ嫌だ。

 どういう顔かわかんねぇけど、左之助が言う腑抜けヅラってやつをこの人に見せたくなかった。

 折角友人と一方的かもしんないけど思えるようになったってのに。

 これじゃあ失格も良いとこだ。

 

「うるさいですね、そんなことわかってるんです。ほっといてくださいよ」

 

「……ったく、こりゃほんとにダメだな」

 

 肩すくめられた。似合わねぇなこの野郎。

 あーでもダメだ、言う通りダメダメだ。

 ほっといてくれなんて何処のガキだよ、精神年齢そんなの言うくらい幼かったっけかちくしょう。

 

「話せよ、弥生。今のツラはてめぇがしていて良いツラじゃねぇ」

 

「……」

 

 見られたもんは仕方ない。

 そうだよな、仕方ない。

 最初っからそう思って相談すりゃ良いのに。

 

 どうしてだろう、口が開かない。

 

「……思えば、ほんとにおめぇは強くなったよな」

 

「……え?」

 

 不意に懐かしむような表情になった左之助。

 それこそ似合わない穏やかな顔。

 

「覚えてっか? 俺に河原で負けてよ、それからよくわかんねぇ喧嘩(けいこ)をしてよ。観柳んとこで般若に勝って」

 

「ええ、もちろん。覚えていますよ」

 

 それは俺の軌跡だ。

 その中で俺は少しずつ、少しずつ自分の道を探して、見つけて。

 今に至って生きている。

 

「誰が今のお前を想像できた? 少なくとも俺ぁ欠片も今を想像できなかった。後ろをちょこちょこしてる、多少腕の立つ神谷活心流の使い手で終わると思ってたぜ? 俺は」

 

「でしょう、ね。私だって今を改めて思えば驚きますから」

 

 だろ? なんて得意げに笑う左之助。

 

 実際そうなる道のほうが大きく広がっていたはずだ。

 過去の弥生達がどういう道を歩んだかはわからない、だけど今こんな状態にたどり着いている弥生なんて……俺だけなのかも知れない。

 

 訳の分からないままこの世界で過ごして。

 もしかしたら認められないままに死んだ人だって多いのかも知れない。

 

 そんな中できっとか細い道を選び続けた結果が今だろう。

 

「てめぇは強い。強くなった。誰もが想像しなかった弥生になった。てめぇの弱さが霞んで見えなくなっちまうくれぇに」

 

「……」

 

 俺の、弱さ。

 

「いつだって余裕そうな顔して、愛嬌を振りまいて、期待に応えて、誰も信じられねぇような結果を出して。お前の弱さの上にはドンドン荷物が増えていきやがった。そりゃあ俺にも背負えねぇかもしんねぇくらいの」

 

 そう、なのかも知れない。

 強がって、こうすることが自分の望みなんだからと心を奮わせて。

 気づけばハリボテの強さでもカバー出来ないくらいの荷物が伸し掛かっていて……それに今気づいただけなのかも知れない。

 

「だからよ。良いんだぜ? また俺がぼでぃがーどになってやっても」

 

「……はい?」

 

 そういう左之助の顔は至極真剣で。

 ほんとに背負ってやると言っていて。

 

「お前はよくやった。京都大火を犠牲者無しに仕舞えるなんて俺にゃ無理だ。それだけじゃねぇ、ここに来るまでにあった出来事の中で俺じゃ手に負えねぇことだってあったかもしんねぇ」

 

「それは……!」

 

 よくやったんじゃない、自分で勝手に首を突っ込んで自分でケツ拭いただけのことで!

 そう願わなければ穏やかな生活を送れていた! 自業自得ってだけの話で!

 

「だから……良いんだぜ? 俺が、守ってやる。いつかみてぇに」

 

「……」

 

 誘惑。

 これは誘惑だろう。

 

 あぁ、そうか。

 

「バカがバカ言ってんじゃないですよ」

 

「お?」

 

 何度目だこれは。

 バカは俺だ、バカって言ったやつがバカってのはこのことだ。

 

「これは私が選んだ道です。望んで背負った荷物です。左之助、あなたじゃ力不足にも程があります」

 

 なぁに勝手にビビって大げさにしてんだ俺は。

 そうだよ、何処まで言っても自業自得。

 思うように生きるってのには当たり前についてくる責任。

 

「らしくないですよ左之助。あなたの思う弥生はそれほどやわじゃねーです」

 

「……けっ」

 

 未開を切り開いてこそ、未知を突き進んでこそその先に生きる意味がある。

 

 これは過程にある一つの結果だ。

 そこで潰えてしまうような自分は何時までたってもこの人達の隣に並べない。

 

「背負ってみせますよ、左之助。あなたの悪一文字ほどじゃないのかも知れません。ですが、精一杯。私は私の望む未知を掴み取る」

 

「はっ! そうだな弥生。そうだ、そういうところだぜ? 俺たちが信頼してるのはよ」

 

 あぁ、感謝するよ左之助。

 そうさ、何度だって足を止めてしまうようなよわっちい俺だけど。

 

 やってやるさ。

 剣心じゃねぇけど言ってやる。

 

「後は私の心一つ。恐れるものは何もない」

 

 

 

「皆で一緒に、東京へ帰ろうね」

 

「あぁ」

 

 朝日に向かって……いや、決戦へと向かって歩みを進める三人。

 その背中を見送って、大きく深呼吸を一つ。

 

「皆さん、私の見立てでは葵屋へと間違いなく襲撃が来ます」

 

「……」

 

 さっきまでの少し穏やかな空気が引き締まる。

 薫さんも、弥彦も……操ちゃんや御庭番衆の人達でさえも、静かに覚悟を決めた表情で俺を見てくる。

 

「恐らく十本刀の三強以外の戦力が、ここに」

 

 見立てもクソもない話だが、葵屋強襲というルートに対して大きく何かを作用させたつもりは無い。

 風が吹けば桶屋が儲かるって話じゃないけど、少なくともそういうフラグ管理をしてきたつもりだ。

 

「全体の指揮は翁さんが執るべきでしょう。そしてその中に私は数えないで下さい。もしかしたら皆さんにとって突拍子もないことをするかも知れない、勝手な行動をするかも知れないですから」

 

 少し驚きの表情を浮かべるのは弥彦と操ちゃん。

 一丸となって事へあたろうとしている時に何言ってんだなんて思ってるのかも知れない。

 

「ふふ……でも、安心して下さい。ここに誓いましょう。絶対に皆さんを守ってみせると」

 

 神谷活心流にかけて。

 託された想いにかけて。

 

 そして、自分自身にかけて。

 

「弥生ちゃん」

 

「はい」

 

 なんだろうか、薫さんはふっと穏やかな顔に戻して。

 

「じゃあ私が弥生ちゃんを守るわね」

 

「だったら俺が薫を守ってやらぁ」

 

「あ!? じゃ、じゃあ私は――!」

 

 ……あぁ。

 なんだろう、なんなんだろうなこれは。

 

 皆がお前を守る、じゃあ私があなたを守ると言い合って。

 今から決戦だって言うのに笑い合って。

 

 俺が決めた覚悟なんて、すごくすごく小さいことなんだなって思えて。

 

「あはっ……あははははは!」

 

 思わず俺も笑ってしまう。

 ほんとに、この人は、この人達は。

 

「ええ、ええっ! そうですね! 皆で守りましょう! 皆の帰る場所を! 命を! 力を合わせて守りましょう!」

 

「ったりめぇだぞ馬鹿姉ぇ! なぁに一人でかっこつけようとしてやがんだ!」

 

 あぁ、あぁ。その通りだよ弥彦。

 でも勘弁してくれよ? ちょっとはカッコつけとかねぇとさ、お前らのかっこよさに隠れてしまいそうだから。

 

「威勢が良いですね弥彦ちゃん? そういうのはもっと強くなってから言って下さい?」

 

「んだとこのやろう! シメてやる!」

 

 はっ! 十分しまったさ。しめてもらえた。

 

 もう、迷わない。

 もう、立ち止まらない。

 

「……勝ちますよ」

 

「応っ!!」

 

 そうさ俺だってもう剣心組。

 皆に負けないくらいかっこよく生きてやるっ!!



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その男、布石につき

 重要度で言えば志々雄を倒すことよりも葵屋を守りきるほうが高い。

 

 万が一剣心達が敗北したとして。

 剣心が考えたように志々雄一派も再起するまでに時間は要するだろう、しかし十年、二十年後に力を取り戻した志々雄達への対抗戦力が育っているとは限らない。

 そう、対抗戦力としてカウント出来る葵屋を守りきるっていうのは十年後の日本を守るということなんだ。

 四乃森蒼紫へ剣心が勝利して、御庭番衆の幕引きをお頭である蒼紫が行わないのであれば、だけど。

 対抗戦力としてだけじゃない、人材育成なんて面から見ても世間一般っていう枠組みから外れた位置にいる御庭番衆。

 今回の戦いを経て将来への備えとして御庭番衆、その力の純度を保つあるいは向上させるって視点が生まれた。

 

 実際翁さんはその必要もあると考えているようだ。

 後継者として考えられている操ちゃんを鍛えるのはもちろん、将来生まれるだろう操ちゃんの子供へも。

 

 もう一度言おう。

 葵屋を守ることは将来の日本を守ることだ。

 

 全てがマイナスに転じてしまっても、先のために打つ手は必要なんだ。

 それこそが俺という弥生がこの世界で生きるために取らなければならない責任。

 

「駄目です! 囲まれてるっ!」

 

「やはり緋村君の予測はあたっていたか……」

 

 目を開ける。

 見れば葵屋玄関を百人余りの志々雄一般兵が取り囲んでいて、十本刀の蝙也、鎌足、夷腕坊が前に立っている。

 

 大丈夫だ。やれる。

 

 警察署には剣客隊の人達に集まってもらってる。

 正直破軍、不二相手は無理だ。比古清十郎を待つ他ない。

 出来るだけの備えがこの程度ってのは痛恨だけど、避難誘導や人的損害を軽微に収めることは出来るはずだ。

 

 ……まぁ、俺の言うことへ素直に頷いてくれるのは嬉しいんだけどちょっと不気味です。

 

 ともあれ。

 より良い未来のためになんて死んでも言えない。

 きっと今小さな事を変えたがために将来大きく変わってしまうことなんて想像できないほどあると思う。

 

 だから、全力で責任を取る。

 俺が生きて良いんだって自分で信じられる、信じ続けたいがために。

 

「翁さん、私は――」

 

「さぁっ! 観念して出てらっしゃいなっ! あぁ巫丞弥生? とか言うヤツは私が直々に首をぶち切ってあげるからねっ!」

 

 なんでご指名だよっ!? お前の相手は薫さんと操ちゃんだろぉ!?

 慌てて窓から見てみれば、俺に気づいたのかニンマリ笑ってやがるぞあのホモ野郎。

 

「あんたがそうね? 随分とやってくれたじゃない。方治のやつが随分と警戒しろってうるさくてさぁ、志々雄様も頷いちゃうし! だったら私の出番にしたいのよね!」

 

「――っ」

 

 翁さんへ目配せしてみれば難しい顔をしながら頷かれてしまう。

 きっついな……夷腕坊相手だと決めていただけに切り札が効果なしだ。

 

 っていうか正直この三人、誰を相手にしても厳しいんだよな。

 蝙也の飛空発破ははっきり言って為すすべないってか見つけられなかったし、鎌足にしても高速広範囲攻撃の乱弁天(みだれべんてん)だったか。それを繰り出されてしまえばかなり分が悪い。 

 だからこそ相性的に夷腕坊って思ってたんだけど……いや。

 

「翁さん、皆が死なないよう……頼みましたよ?」

 

 窓枠に手をついて乗り越える。

 

 相性だなんだじゃねぇって。

 小賢しく考える必要はねぇんだ。

 

「私の指名料は高いですよ? 鎌足、さん?」

 

「……へぇ? 随分と堂に入ってんじゃない。あんたにやられたってのもわかる気がする」

 

 鎌足がちらっと蝙也の方へと視線を向けたのに釣られれば、舌打ちの音が聞こえてきそうな苦々しい顔。

 自尊心を抑え込めたようで何よりです。

 

「お褒めの言葉ありがとうございます。あなたこそ、随分と鬼気迫った表情だことで……それほど私が怖いですか?」

 

「は……上等ね」

 

 鎌足が台詞と一緒に大鎌を構えたことで一気に緊張感が高まった。

 後ろの着地音へ気を向ける余裕すらない。

 どういう配置になったか気になるけど……無理、鎌足から目が逸らせねぇ。

 

 だけどどんな配置になったにせよ夷腕坊を倒せる……いや、退けられる面子がここにはいない。

 夷腕坊を相手にしている人が倒れるまでに、鎌足を倒して救援に向かう必要がある、きっと夷腕坊を退けられるのは今この場に俺しか居ない。

 

 ちったぁ操ちゃん相手にした気軽な態度を見せてくれってなもんだ。

 それともこっちからカマかけないとだめか? あーいや、俺が見てぇのはおっぱいであってかつて見慣れた象さんじゃねぇ。

 

「行きますよ」

 

「来なさい、その首……貰ってあげるわ」

 

 

 

 一言、強い。

 

「うりゃあっ!!」

 

「――っ!」

 

 甘く見ていたつもりはないし、分が悪いとすら思っていた。

 

 それでも、足りなかった。

 

「どうしたのっ!? 避けるだけ!?」

 

「うる、さいっ! ――つぅ!?」

 

 あぁ、自分でも言ってたっけ?

 大鎌の鎌足と言ってもその獲物は大鎖鎌。

 その真髄は鎌と鎖の波状攻撃、か。

 

 今、鎖分銅が頬を掠めた。

 ご自慢の鎌を避けるのは容易い。

 超重武器だけあって力強さは感じるが速さはそこまでではない。

 だけど鎖分銅が不味い。

 

「流石に、よくわかってるようね」

 

 ニタリと鎌足が嘲笑う。

 あぁ、男だと知ってなかったらゾクゾクしてたんだろうけどな……いや、そんな余裕はねぇか。

 

 波状攻撃、鎌が来て鎖分銅が来る。

 鎌、分銅を順序よく避けても再び鎌が襲ってくる。

 

 はっきり言おう。

 攻撃に移る隙がない。呼吸が噛み合いすぎている。

 

「ええ……正直、今のままじゃ突破口が見つけられません」

 

「くふふ。体力比べでもしてみる? 私が疲れるのを待つってのも悪くないかも知れないわよ?」

 

「冗談は止してください。男のあなたに腕力でも、体力でも勝てる気がしませんよ」

 

 おーおー驚いてら。もしかしたら持ちネタだったのかも知れないね。

 だとしたらわざわざその証拠も見せるまでが鉄板? ……とんだ露出狂じゃねぇか。

 

「あんた……いつから」

 

「驚くことでもないでしょう? そもそも超重武器を女の手で扱えるなんて現実的じゃないですし……いくら可愛い服に身を包んでも、女の身体かそうじゃないくらいはわかります」

 

 言うまでもなく知っていたからってのは大きいけど。

 自分を使って女体研究した成果でもある。やらしい意味ではない、断じて。

 

「だから戦うのでしょう? 女を捧げられないあなたは勝利を捧げるしかない……可哀想、哀れですね」

 

「……」

 

 おわっとあぶねぇ!? 無言で武器振ってくんなし!?

 

 ていうかこの煽り癖、まじでなんとかしないとやべぇな……ほら。

 

「――乱弁天」

 

 逆鱗に触れちまった。

 

 まぁこうなるのも仕方ない。

 捧げられるのに、捧げるつもりがない俺と。

 捧げたいのに、捧げられない男。

 

 そりゃ、どうやっても分かり合えない。

 

「はあああああっ!!」

 

「くっ!!」

 

 ものすごい風圧だ……ってかホント、触れるもの全てを破壊するってな感じ。

 呼吸が噛み合いすぎているなんてもんじゃない、呼吸の中に入り込むことすら出来ない。

 

「殺すっ! その首、ぶちぎってやるっ!!」

 

 どうして俺はいつまでたってもスマートに事を運べないかね。

 嫌になる、嫌になっちまうよまったく。

 

 だけど。

 

「それがいい――羽踏」

 

 いい加減、そういい加減これを完成させよう。

 神谷活心流の習熟がなんても思ったけど、そんなの関係ない。

 完成させたら進化できないわけでもなし、完成できなきゃ死ぬだけだ。

 

 そして俺は死ぬつもりなんて欠片もない。

 

「――」

 

 退く一歩を前に変えて。

 音の無い世界へ踏み入る。

 

 全力で。

 全力で異能へと委ねる。

 

 リボンが裂けた。

 道着が破れた。

 

 それでもこの身に傷はない。

 

 見える? 見えない。

 ただただ手に持った木刀を振る瞬間を待つ。

 

 鎌足の顔は驚き一色。

 そりゃそうだ、多分誰もこの空間に入ったことも、入れたこともない。

 ましてや鎌と鎖分銅が舞い飛ぶこの中で、何秒だろうか生きているなんてありえない。

 そう、わかりやすく顔に書いてある。

 それでも乱弁天を止めないのは流石と言わざるを得ない、けど。

 

 生を望んだ俺の心は、ただひたすらに繋ぎ続ける。

 容易く破れるだろう薄皮を心で厚くし、挟んだ川を泳ぎきる。

 

「ぐっ!?」

 

「――」

 

 一つ。

 台風の目へと楔を打ち込む。

 

「コム、スメェ……っ!!」

 

 二つ。

 入りきってしまえ外周ほど激しい攻撃は見られない。

 

「ごっ……!?」

 

 三つ。

 退くことも進むことも出来ないなら後は――。

 

「だりゃああああああ!?」

 

「――!!」

 

 力任せに振り払うしかない。

 

 それを。

 

「龍巻閃……もどきですいません」

 

「――ぁ」

 

 穿つ。

 鎌の後に続いていたはずの鎖分銅は、向かってくるも勢いを止めて途中で地に落ちた。

 

「オカマの気持ちなんてわかりません、わかりたくもない。ですが……嫌いじゃ、ないですよ」

 

「……」

 

 気を失っているんだろう鎌足に向けて。

 女になったけど女になれない俺から見れば、眩しいくらいに女だった。そう思う。

 

 

 

 戦いの余韻を一旦振り払っていつの間にか少し離れていた葵屋へと走る。

 

「薫さんっ!!」

 

「弥生、ちゃん……? 良かった、勝ったんだ……くっ」

 

 そこにはおそらく蝙也のダイナマイトだろう、爆風に巻き込まれて傷を負った薫さんが地面に膝をついていて。

 そこから離れるように弥彦が蝙也と戦いを続けている。

 

「流石、ね」

 

「操ちゃん!?」

 

 ただそれより酷いのは御庭番衆の皆。

 意識を保っているのは操ちゃんだけか、他の四人は地面に突っ伏している。

 拳をまだ握りしめているように見えるし、傷だらけだけど致命傷はない……と思う。

 

「ぐふ?」

 

「ちぃ……っ!」

 

 だけど一刻も早く手当をする必要があるだろう。

 操ちゃん自身もボロボロだ、それでもしっかり地面に踏み立っているのは仮とはいえどお頭としての意地か。

 窓口にいる翁さんへと目配せすれば頷いてくれるし、ここは。

 

「操ちゃん、あいつの相手は私が引き継ぎます。その間に御庭番衆の皆を葵屋へ」

 

「……悔しいけど、ごめん」

 

「弥生君っ! そいつは分厚い肉で攻撃を弾き返すっ! くれぐれも注意するんじゃっ!!」

 

 わかってますと頷きを返してから夷腕坊へと向き直る。

 くっそ、人形だってわかっててもこのツラはムカつくもんがあるな。

 今すぐギタギタに……って言いたいんだけど。

 

「……っつ」

 

 羽踏発動による集中力の消費が激しい。

 もう一回はちょっと無理だな。

 

「はぁっ!!」

 

 棒立ちに近い夷腕坊へと木刀を奔らせる。

 防御力に絶対の自信があるんだろう、中にいる外印がほくそ笑んでそうでなお腹が立つ。

 いいさ、凍りつかせてやるよ。

 

「――人形遊びには満足できましたか? 外印」

 

「――っ!?」

 

 夷腕坊の身体がビクリと震えるけど……震えたのは中の人だろう。大丈夫だ、ちゃんといますよ。

 

「退きなさい、外印。あなたの目的はここで勝つことでも、志々雄に勝利を捧げることでもないはずです」

 

「……」

 

 ぼよんと少し力なく木刀が弾かれる勢いと一緒に少しだけ距離を開けるけどまだお互いの間合いの中。

 しっかりと突きつけた剣先に夷腕坊の瞳の奥が光っている気がする。

 

「人形遊びという言葉は失礼でしたね? ですが、その人形と心中する気はないでしょうあなたには。そう、あなたのことを私は知っている。知っているだけに、どうすればソレをあなたもろとも壊せるかも知っている」

 

「……何が、言いたい」

 

 しゃべったー! じゃなく。

 

 俺にしか聞こえないような声で、確かに嗄れた音が耳に届く。

 

「先程も言いましたよ? 退いてください。直にこの勝負にもケリが着く。機能美は確認できたでしょう? ならそのタイミングで戦意喪失を装って逃げればいい。それまで、私と睨み合ってくれれば不自然でもない」

 

「……」

 

 普通に戦ってもいいのかも知れない。

 けど正直俺も結構限界だ。こうして強者ぶってはいるものの気を抜いたらちょっと座り込みたい位。

 弥彦と蝙也の戦いが終わるまで粘れば勝手に逃げていくだろうこともわかる。

 だけど、今のこの状況からどうなるかがわからない。

 葵屋の攻防が知っている形から大きく外れてしまったことでもしかしたらコイツが大暴れする可能性だってある。

 

 なら布石としつつハケさせる後押しの一手。

 

 まだ京都編が終わった後についてあれこれ考えている訳じゃないけど、これで俺と外印の繋がりは出来た。

 どうあがいても敵同士、ここで作った繋がりはやがて戦いへと結ばれるはずだ。

 

「貴様が私の存在を誰かにしゃべる可能性を捨て置くことは出来ない」

 

「ならここで私の口を封じますか? いえ、言い方を変えましょう。私に勝てると思えるのですか?」

 

 そもそも外印にとってこの戦いはノーリスクだったはず。

 ただ夷腕坊の機能美を確認する、戦いの中にこそ自身の求める美の形が追求できるからという理由だけでここにいる。

 

 そこに俺というリスクが生まれた。本来誰も知らないはずの外印という存在を知っている俺って因子。

 鎌足に勝った俺だ、ある程度の実力に疑いは持てないだろう。壊せる手段がある、知っているといったことも不気味に思えるはず。

 

「鎌足に勝ったことといい、貴様も外法のものか」

 

「……さて、一方的に知られているというのも嫌でしょう。だからその問いに対してはそうですよと答えておきます」

 

 まぁ嘘ではないさ。

 未来、その一つの形を知っているなんて外法も外法だしな。

 

「……いいだろう、覚えておくぞ巫丞弥生」

 

「もう少し若くなってから出直して下さい」

 

 そうして、俺と外印の睨み合いは。

 弥彦が勝利するまで続き、原作通りぼよんぼよん撤退を見せてくれた。

 



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その男、瀕死につき

 大きく息を吐いて心を落ち着かせる。

 

 上手くいった。

 周りを見れば俺以外結構な傷を拵えているものの死者は無し。

 この後破軍の二人、もとい不二が来るってのはあるけど比古師匠に丸投げってもんだ。

 

 勝った。葵屋の攻防はここで終わり、あとは剣心達を信じて待つのみ――。

 

「弥生っ!!」

 

「――っ!?」

 

 操ちゃんの声と身体が勝手に動いたのは同時。

 すぐその後目の前の空気が裂けた。

 

「発砲っ!? 一体どこからっ!?」

 

 操ちゃんがぐるりと周囲を見渡す姿を見上げる。

 情けねぇ、気力が尽きそうになっていたせいか地面にへたりこんじまった。

 

 ――じゃねぇっ!

 

「っ! 皆は葵屋の中へっ!!」

 

「何いってんの! あんたも――!」

 

「心配いりませんっ! いまので目が覚めましたからっ!」

 

 くっそ迂闊だった!

 夷腕坊が撤退したのにも関わらず、志々雄の一般兵は退いていないことに何かしら違和感を覚えるべきだった!

 

 ぐっと立ち上がろうとすればやばい気配。

 崩れた体勢のままゴロゴロと転がる。

 

「うおおおっ!!」

 

「っく! 邪魔ぁっ!!」

 

 トドメと言わんばかりに刀を振り下ろしてきた一般兵にカウンターを決めて。

 

 なんとかようやく立ち上がれたけど……くそ、射手が何処にいるかわからねぇ。

 

「死ねぇえええっ!!」

 

「お断りですっ!! ――っ!?」

 

 更に襲いかかってきたヤツへと木刀を奔らせようとすれば、間を裂くかの様に銃声が響く。

 

 動きづれぇ……!

 位置どころじゃねぇ、射線的にさっきとは別方向から飛んできてる。

 細かく居場所を変えながら俺を撃つべく狙いをつけてやがる……!

 

「弥生っ! あたしもっ!!」

 

「いいからっ! 時間を稼ぎます! 手当を済ませてからもう一回っ!!」

 

「くっ! わかったっ!!」

 

 言い終わりにもう一発飛んできた……!

 

 やべぇ……やべぇぞ。

 体力はまだなんとか大丈夫、だけど気力が保たない。

 集中できてないのがわかる、弥生の異能といえど扱う俺がこの調子じゃ不味い。

 

 しかもこの後不二が来るはずだ。

 比古清十郎が如何な達人とはいえ、不二を相手にしながらこの狙撃手をもどうにかするってのは……出来そうなのが腹が立つな、なんか。

 じゃなくて。

 

「おらぁっ!!」

 

「ぐっ――甘いん、ですよっ!!」

 

 兵一人一人なんか大したことはない。

 だけど、いつ何処から撃たれるのかって恐怖が擦り切れてる精神にガリガリ来る。

 

「っとお!?」

 

 本格的に反応が遅れてきたぞ、本気で不味い。

 なんとか射手を見つけないと……!

 

 ここで俺が倒れちまったら兵だけでも葵屋を制圧出来ちまう。

 今辛うじて戦えるのは俺と操ちゃんだけだろう、操ちゃんだけで射手と兵の相手は荷が重い。

 比古清十郎含めた救援が来る、それまでに壊滅しちまうなんて笑えねぇどころじゃ済まない。

 不二の巨体だ、遠目から見ても目印に容易いはずだけど……ここに来る必要が無くなってしまえば、葵屋って場所で(・・・・・・・)比古清十郎と不二の戦いが起こらなくなってしまう。

 

「……踏ん張りどころ、ですね」

 

 気力がなんて言ってる場合じゃねぇぞ俺。

 考えろ。考えるんだ。

 これは狙撃だ。遠くから俺を狙っている。

 狙われる理由は考えた通り、俺さえなんとかしてしまえばここでの勝負にケリがつくからだろう。

 逆に言えば俺さえ戦える状態なら守りきれるはずだこの場所を。

 

「ちぇえええいっ!!」

 

「あま――くぅっ!」

 

 今度は逆側から……?

 ありえるのか? この短期間で真逆の位置から射線を確保出来るのか?

 仮に出来たとして全力で走って構えて狙って撃つ。

 そんな芸当出来るやつがいるもんなのか?

 

「はぁ……はぁ……人間、技じゃねぇ」

 

 人間やめましたなんて人はこの世界にアホ程いるだけに納得してしまいそうだ。

 だけどそれだけに人間を辞めても出来ないもんは出来ないってレベルも良くわかってる。

 わかってるだけにこれが複数人による狙撃包囲網だってことが理解できる。

 

 ここから簡単に特定出来ないような位置。

 この時代にズームスコープ、ドットサイトなんて代物があるかはわからねぇ。あったにしても近代程じゃないはずだ。

 どれだけの達人、超人であったとしても扱う道具に限界はある。

 

「弥生っ!!」

 

「っ! 危ないっ!!」

 

 駆け寄ってきた操ちゃんを庇って地面を転がる。

 手当は……まぁ走れる位には出来た、か。

 

「操ちゃん、銃での狙撃って大体どれくらいの距離が現実的ですか?」

 

「……正直、あんまり銃には詳しくない。けど、どれだけ長くても――」

 

 百、いや二百メートル、か。

 だけどその距離から射抜く事が出来るやつなんて限られてるだろう。

 順当に考えて、一番腕が良いやつが一番遠くにいるはず。

 

 それくらいなら……なんとか、なるか?

 

 だったら後は。

 

「操ちゃん、今から兵に突貫します」

 

「いっ!?」

 

「私が突貫して、敢えて狙撃を誘います。おそらく射手は複数いるはず、その中で一番遠くから狙っている人を探して教えて下さい」

 

「ちょ、ちょっと! そんな無茶な――」

 

「いいからっ! 私を信じなくてもいいっ! だったら使えっ! 使える手駒として私を使いなさいっ! 葵屋を守るお頭として!」

 

 どんっと操ちゃんを突き飛ばす。

 突き飛ばす前にいた場所へと銃弾が飛び、俺と操ちゃんの間を切り裂いた。

 

「頼みましたよ、お頭さん。私が射手を倒す。その間の葵屋は……任せた」

 

「……」

 

 数瞬の間。

 そして操ちゃんは頷いて再び葵屋へ。

 

「よし……!」

 

 体力は? ギリギリ。

 気力は? そろそろ目の前が暗くなってきた。

 

「聞こえますかっ! こそこそしているドブネズミ! いいでしょう! 私を見事撃ち抜けたのなら、後世に誇ること許してあげますっ!」

 

 残っているのは意思だけ。

 生き抜いてやるという意思しかない。

 

「神谷活心流巫丞弥生っ!! 推して征きますっ!!」

 

 十分だ。

 それで十分俺は戦える。

 

 

 

「侮りがたし、巫丞弥生」

 

「はぁ……はぁ……あなた、でしたか」

 

 流石の操ちゃんだったけど……下手こいたのは俺だな。

 追い詰めるまでに随分とやらかした。

 初めて……では無いけど、まともに傷をつけられたのは久しぶりだ。

 左肩、右脇腹、それぞれ銃弾によって皮を裂かれている。

 

「誇りなさい、佐渡島方治。私に傷をつけた人間はそういない」

 

「そのようだ。報告は聞いている。耳を疑ったぞ? 京都大火計画を防いだ真の中心人物、更に宇水の剣客隊襲撃阻止……こうして相対するまで信じられなかった程に」

 

 驚きは、ある。

 驚いている暇がないだけだ。

 志々雄の忠臣……いや、狂信者と言ってもいいほどの人物がここにいる。

 

 思い出してみればライフルを持っていたシーンがあったな。

 飾りや脅しではないだろう、それを扱う実力だってあって然るべきで、その力が俺の負傷。

 

「ええ、こちらとしてはありがたい限りですよ。ありがとうございます、侮ってくれて」

 

「戯言を……だがそれもここで終わりだ」

 

 見れば銃の先に刃がついている。銃剣ってやつか。

 実際に扱ったシーンを俺は見たことがないけど……伝わってくる雰囲気は強者のソレ。

 

 対する俺はもうボロボロも良いところ。

 

「終わり? そうですね、確かにそうだ。終わらせましょう、弱肉強食の世界はあなた達の手では訪れないのだから」

 

 だけどやろう。

 ある意味志々雄以上に佐渡島方治は厄介だ。

 たかが個人で武器、兵器の密輸取引はもちろん、組織を纏め上げた実務能力。

 志々雄居てこそのこいつなんだろうけど……志々雄の無念を自分がと心に決めたのなら、間違いなく日本の脅威なのだから。

 

「――っ!」

 

「つぅっ!?」

 

 ……ありえねぇ、構えずライフルを抜きざまに――。

 

「はあああああっ!!」

 

「ちぃっ!」

 

 なんつー……鋭い突き。

 

 イメージに無い力強さ。

 なるほど確かに十本刀だ、頭脳の人だけじゃねぇ。

 

「どうしたとは言わんっ! 弱っている今ここで! 貴様だけでも殺してやるっ!」

 

「ぐ……!」

 

 体調が万全であったなら、なんて思いたくもなる。

 相性で言うなら悪くないはずだ、体捌きも優れているだけで常人離れしているわけじゃない。

 純粋な実力で言うなら何枚も俺が上手だってわかる。

 

 だけど。

 

「そこだっ!!」

 

「いづっ……!!」

 

 痛いってか熱い……! もろに太もも撃ち抜かれた……!

 

 これは、不味い。

 

「勝負あり、だ」

 

「……」

 

 立ち上がれない。

 もとからそれなりに出血もしていた、本気で身体が動かないし、血が流れていくごとに何かが抜け落ちていく感覚がある。

 

 あーくそ……これで――。

 

「遺す言葉があれど聞き入れないぞ? ……死ね」

 

 剣客としての(・・・・・・)勝利は無理か。

 

 もしかしたら……俺も、死んじまうかもな?

 

「――なっ!?」

 

「生きていて、下さいねっ! 南無っ!!」

 

 対夷腕坊戦の切り札――京都大火阻止作戦で手に入れた、蝙也のダイナマイト。

 それを、射線に――。

 

 最後に見たのは赤い華。

 最後に感じたのは熱い風。

 

 最後に願ったのは互いの命。

 

 届けばいいなと一切の意識を放り投げた。

 

 

 

「いやーこれじゃあ翁さんの事を木乃伊だなんだと言えませんね!」

 

「ったく、目が覚めたと思えば馬鹿姉は元気すぎるな」

 

 不二の手によって倒壊した葵屋を見て何故か笑いがこみ上げる。

 ってのもなんだ。

 

 俺はどうやらしっかり原作通りの結果にたどり着けたらしい。

 

「まぁ流石の俺も驚いたがな。爆破心中なんぞ若い女がして良いもんじゃないぞ」

 

「あはは、ありがとございます。比古さん」

 

 実に都合よく俺は比古さんに助けられたようです。

 葵屋に向かう道中、俺を担いで来てくれたらしい。

 

「お礼は私の身体を見たってことで良いですか?」

 

「将来性に期待してやる。出直してくるんだな小娘」

 

 ふっと笑う比古さんやっぱりかっこいいですはい。

 あーキャーキャー言ってる増髪さんは放置の方向で。なんか恨みがましい視線を送ってくるのも放置。

 知らんがな、俺やれることやったしさ、頑張ったしさ。

 そういうのよりちょっと労ってくれてもいいんじゃねぇかなって……はぁ。

 

 まぁそんなわけで俺は包帯ぐるぐる巻きですよ木乃伊です。

 体中痛いのなんのって大変だけど元気です。

 比古さんも言ってたけど、予想される爆発からその程度で済んだのが不思議なレベル。

 恐らく生存本能が為した技なんだろうなって言われたけど……多分、弥生のおかげなんだろうな。

 

「でも弥生ちゃん? もうこんな無茶はやめてね?」

 

「そーよっ! あの時は勢いに負けちゃったけどね! あたしが行っても良かったんだからね!」

 

「ま、前向きに善処致します……あと操ちゃんじゃ無理ですよ冗談はやめてくださいね」

 

 なんて言ってみればムキーと怒り狂う操ちゃん。

 やれやれって顔してるけど嬉しそうなのは薫さんで。

 

 あー……終わったぁ……。

 

 結果論でもあるんだけど。

 変えた責任、取れたんじゃないかなって。

 多分自分の気持ちというかミーハー気分を殺せないで比叡山に行ってたら……うん、葵屋は壊滅してただろうな。

 ほんっとに由美さんのおっぱいが見れなかったのは残念だけど、まぁこの光景でヨシとしておくべきだろう。

 

 まだ戦ってるだろう剣心達は大丈夫だ。

 大丈夫だと信じてる。

 なら後はここで待ってるだけだ。

 

「これで……皆で東京へ帰れますね、薫さん」

 

「弥生ちゃん……」

 

 驚きなさんな薫さん。

 俺はあなたの気持ちを代弁しただけですぜ?

 

「そうだね。早く帰って道場も再開しないとね」

 

「はいっ! ……あーでも、赤べこでのお仕事も再開かー……」

 

 なんだか背筋に走るものがあったけど、気のせいだきっと。

 

 振り払うように見上げる空。

 あれだけ血生臭い戦いの中であっても青く青く何処までも広がっている世界。

 

 あー……俺、生きてるなぁ。

 

 そんな事を思いながら静かに息を吐いた。



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その男、東京帰還につき

 一ヶ月。

 俺たちが繰り広げた葵屋での死闘、剣心たちが繰り広げた比叡山での死闘から経った時間。

 

 あの日の夜、満身創痍とはいえしっかり帰ってきてくれた剣心たち。

 ちゃんと原作通りの結末を迎えることで一安心したのもつかの間だったのは俺。

 

 所属している組織の違い。

 なんだかんだ言ってもやっぱり警察組だった俺はそれなりに忙しかった。

 

 ……いや、太ももライフルでぶち抜かれたって相当な重傷なんだけどさ、まじで。

 人使いが荒いにも程があるよ、なぁ斎藤さん。

 

「……なんだ? 言いたいことははっきり言え」

 

「べっつにぃ?」

 

 まぁ流石にブラック企業も真っ青な使われっぷりをされたわけじゃない。

 ただ東京から駆けつけてくれた恵さんのおかげというべきか、せいというべきか。ある程度動けるようになるまで然程時間はかからなかった。

 幸か不幸か、銃弾は貫通しきっていたし大きな血管を傷つけていたわけでもなく、爆発による火傷なんかも含めて二週間程でだいぶ良くなった。

 

 それでも病み上がり、怪我上がりの人間がプチ復興作業の陣頭指揮なんかするもんじゃないだろう常考。

 

「仕方がないだろう、貴様が居る居ないでは作業効率が大きく変わる」

 

「はぁ……喜ぶべきか他の感情を覚えるべきか。難しいところですよ」

 

 京都警察署の人たちから向けられる尊敬の視線がやばい。

 そう、京都大火阻止戦と葵屋防衛戦。

 二つの戦いでどうやら巫丞弥生の名前はめちゃくちゃ広まったらしく。

 

「お疲れさまです! どうぞ! お茶、冷やしておきました!」

 

「あっ! これはどうですか? さっきまで川で流してた西瓜です!」

 

「あ、ははー……ありがとうございます。暑いのは皆さんもそうですから、もうひと頑張りした後で一緒に夕涼みしましょう?」

 

「はいっ!」

 

 なんて返してみればガッツポーズと一緒にその場を後にする警官さん。

 

「相変わらず人使いの荒いやつだな?」

 

「あなたに言われたくありませんよ……」

 

 くつくつと笑う斎藤にがっくり肩を落としてしまいますねこれは。

 

 とは言え、剣心や左之助もそうだけど、この人も大概な重傷拵えて帰ってきて今こうしているわけで。

 そんな人の前で弱音を吐くってのもかっこ悪いと思う。

 

「お互い無事に生きていたんだ。なら先を迎えるためにすべきことをするのは当たり前だろう」

 

「はいはい。そうですね、そのとおりです」

 

 それでも白い目を向けちゃうのは勘弁な! 不死身さんまじ不死身。

 

「おいこら! ワイを呼んだんはそこでいちゃついてんを見せるためかい!」

 

「あ、ほうきさんごめんなさい、今行きますね」

 

「ええかげんその呼び方やめぇ! ワイにはちゃんとした――」

 

「さっさと行ってこい、煩くてかなわん」

 

 しっしっと邪魔を払うようにされてしまった。

 

 まぁ気持ちはわかる、というか同感だ。

 

「ぐぬぬぬ……! くっそだらぁ! ほんでなんやねん!」

 

「わかってます、わかってますからちょっと落ち着いてください」

 

 元十本刀の張。

 こいつは煩い。

 

「なんやその態度は! さてはワイを舐めてるんやな? ええでぇ……いっちょわからしたるっ!」

 

「わからされる、の間違いでしょう? これだから噛ませは」

 

「誰が噛ませ犬じゃ!」

 

 はいはいと宥めながら。

 

 改めてなんでこいつを密偵にスカウトしたんだろうかね。

 正直向いてないにも程があると思うんだけど……実力は確かだし、荒事には向いてるのも違いないんだろうけど。

 

「ほんま気に食わん……ごっつ気に食わんわぁ……上がいけすかんなら下もそうっちゅうわけや」

 

「上? 斎藤さんのことですか? うん?」

 

「なんやとぼけた顔しおって、あいつの部下なんやろがい」

 

「え、違いますよ?」

 

 うん違う。

 便宜上斎藤の直属として動いてはいたけど、別に部下って訳じゃない。

 

「はぁ? なら、あー……」

 

「弥生です」

 

「弥生はんは、なんでワイらと戦ったんや? 警官ちゃうならお国の僕っちゅうわけでもないやろ、抜刀斎の仲間やからか?」

 

「仲間……そうですね、そうだと嬉しいですけど。それでも私が戦った理由ではないですね」

 

 戦った理由、なぁ。

 別に、戦いたくて戦った訳じゃない。

 ただ、思う通りに生きるって中に戦いがあっただけで、変えてしまった道のりの軌道修正に戦いが必要だっただけで。

 

「ならなんやねん」

 

「……明日も今を歩くため、ですかね」

 

 知っている未来通りに生きるため。

 知っている幸せの中に皆が居てほしいから。

 

 ずっと言っているし思ってる。

 俺って異物がこの世界に居ていいんだよって免罪符が欲しいって。

 そしてそれを掴み取るために。

 

「ようわからんわ」

 

「ふふ、そうですね。私にもよくわからないんですよ」

 

 生きる意思は何よりも強い。

 

 俺にとってこの言葉は、きっとそういう(・・・・)意味なんだろう。

 

 

 

「あの阿呆は?」

 

「言われたとおり葵屋に行ってもらいましたよ」

 

 冷房なんてないこの時代。下手すりゃ部屋の中の方が暑いんじゃないかって思ったりするけど、窓に吊るされた風鈴の音が風と一緒に涼を運んでくれるだけマシ。

 

 事後処理ももうすぐ終わり。

 警察署を含めた京都の町で損壊した建物の修繕も目処が立ち始めた。

 だからだろう、こうして改めて斎藤に呼ばれたのは。

 

「……あいつがお前のように察しが良ければいいんだがな」

 

「あはは、それは斎藤さんの仕込み次第、教育次第じゃないですかね」

 

 色々察している俺に向けてふっと笑う斎藤。

 関わってから今までで、随分と柔らかい表情を見せてもらえるようになったなと、なんだか嬉しくなってしまう。

 

「恩赦が確定した。巫丞弥生、貴様は晴れて一般人だ」

 

「ありがとうございます。と言ったほうが良いですかね?」

 

「阿呆が。喜んでおけ、さもなければこっちの具合が悪い」

 

 多分、斎藤としては俺を部下に置きたい気持ちがあるんだろうな。

 こと今回の志々雄編で見せた活躍はあんまりにも有能すぎるんだろう。

 かと言って、いつか言ったとおり俺を危険な道に置き続けることへも抵抗がある。

 

 故に、恩赦として一般人へ戻す。

 それで斎藤自身も気持ちの整理をつけたんだろう。

 

「貴様への嫌疑、要するに志々雄一派の構成員であるという疑いは晴れた」

 

「それは何よりですね、もう疑われるのはこりごりですよ」

 

 途中から少なくとも斎藤からそういう目では見られてなかったと思うけど、それでも公に認められたってのは嬉しいね。

 やっぱあれかな、娑婆の空気はうめぇとか言っとくべきだろうか。

 

「加えて、だ。巫丞弥生、貴様何か欲しい物はあるか?」

 

「欲しい物、ですか?」

 

「あぁ、貴様の功績は褒賞がついて然るべきものだ。しかし、コトが志々雄という日本の暗部だっただけにおおっぴらに渡せなくてな。俺を通じてではあるが……望みがあるなら聞こう」

 

 おっとこれは予想外。

 というか完全に考えてなかったな……正直嫌疑のことについても頭にあんまりなかったし。

 こういうのを棚ボタとでもいうのかね、しっかし褒美、なぁ。

 

「今すぐに決める必要はない、東京へ戻ってからでも良い。だが、その場合俺を捕まえるのに苦労をするハメになるが――」

 

「いえ、その必要はありません。決まりました」

 

「――ほう。では聞こう。巫丞弥生、貴様は何が欲しい」

 

 ぶっちゃけ欲しいもんなんて無い。

 敢えて言うならるろうに剣心の変わらない未来を、なんてもんで。

 それは俺がこの先自力で掴み取るべきものだ。

 

 だから。

 

「貸しを。藤田五郎で斎藤一、そんなあなたに貸し付けを一つ。それが私の望みです」

 

「ハ――」

 

 そう言ってみれば、斎藤は目を丸めて一つ息を漏らした後。

 

「ハハハハハ!! 良いだろう巫丞弥生、貸し一つだ」

 

「ええ、ちゃんと返してもらいますからね?」

 

 大爆笑した後しっかりと頷いてくれた。

 

 

 

 そして。

 

「お帰りなさい」

 

 薫さんが神谷活心流道場、その門の前で剣心へ手を差し伸べる。

 

 そうだ、ここが剣心の帰る場所。

 今まさにそうなった。

 

「ただいまでござる」

 

 一瞬迷って、それでもしっかり応えた剣心。

 

 旅の終着はここだけど、戦いの人生は未だ完遂せず。

 それでもようやくここで日常を迎える、迎えることが出来るとは認めてくれたんだろう剣心。

 

 皆と一緒に剣心の一歩を噛みしめるように迎える。

 

 こう出来ることを嬉しいと思う、心から。

 だけどるろうに剣心の物語はここで終わらない。

 

 それを知っている事が残念だ。

 純粋に新しい日常の始まりを迎える気持ちになれない。

 まだまだ仮初め、偽りとは言わないけれど一瞬の安息であることを知っている。

 

「どうした弥生、難しい顔して」

 

「左之助」

 

 一緒に笑顔で門をくぐったはずなのに、俺だけ少し陰を差していたことを気にかけてくれたんだろう目ざとい。

 

「なんかまだ気になることでもあるのか?」

 

「ふふっ、そういうのはありませんよ。ただ赤べこに出勤することを考えると気が重いなぁと」

 

「プッ! ガハハハ! なんだ弥生! 一人だけ先になんてこと考えてやがる! 葵屋の連中じゃねぇけどよ! まずは宴会だ宴会! 凱旋には飲めや歌えやの騒ぎが必要でぇ!」

 

 背中をバシバシ叩かれる、ってかいてぇぞこのやろう、しかも右手使ってんじゃ……あぁそっか、両手で二重の極み使えるようになってたから、そこまで負担はかかってねぇのか。

 

「ちょっと! バカのバカ力で弥生ちゃんを叩かないでよね! しかも右手! 痛めてるって自覚を持てっ!」

 

「良いじゃねぇかちょっとくれぇ! なぁ弥生!」

 

「はー……恵さん、バカにつける薬を一つ下さい」

 

「あったら私が真っ先に欲しいわよ……」

 

 うんうん、深刻な怪我に至ってないようで何より。

 あーでもこの状態だとあれか、両手を使った二重の極みを習得しない可能性があるな、要矯正だ。

 

 ……やれやれ。

 

 そうだな、そうだよな。

 

「じゃっ、お酒は万病への薬ってことで。今日は騒ぎますか!」

 

「おっ! いいねぇいいねぇ! よぉし! オイ弥彦! ひとっ走りいってこいや!」

 

「はぁ!? なんで俺が――!」

 

 やることは変わらねぇ。

 これからも、全力で剣心たちの未来を守る。

 それだけだ。



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その男、日常復帰につき

「弥生ちゃーん、牛定三番さんー」

 

「はぁい!」

 

 一言言っていい?

 

「せ、先輩、え、えと、えっと」

 

「あかんよぉ燕ちゃん。これはお仕置きやからねぇ」

 

「うぅ……ごめんなさい、先輩」

 

「あ、あははー……うん、いいんですよ燕ちゃん。気持ちだけ――」

 

「はぁい! 次はこれやでー!」

 

 くっそ忙しい!!

 

 これがパワハラか、恐怖で震える。

 いやいや震えてる暇なんて無いですまじで。

 

 とりあえず人、店員は十分に居るはずなのに俺へと振られる給仕の山、山。

 にっこり笑顔を忘れずにとは妙さん絶対の申し付け。

 そしてそんな笑顔で料理をテーブルへ運べば。

 

「うおおおおお!! 弥生ちゃんだああああああ!!」

 

「はい、弥生ちゃんですよどうもお久しぶりですそしてさようなら」

 

「うおおおおん! 待って、待ってくれええええ!」

 

「おい、これも注文しようぜ、また弥生ちゃん来てくれるから」

 

 やめようそんなに注文してどうするの。

 

 はい。

 只今絶賛妙さん曰くのお仕置きなう。

 

 いやさ、ぷっつり音信不通になった俺だからさ、文句なんて言えないけどさ。

 それでもこれはどうなのさ、どうなの?

 後ろで燕ちゃんが心配そうな視線を投げてくるのは嬉しい、元気百倍、俺が居ない間頑張ってくれたんだな応えないと。

 

 そしてその隣でいつもの細目を携えながら般若を従えた妙さん。

 

「はぁい弥生ちゃん! 次は――」

 

「あははーもうどうにでもなれー」

 

 いやまぁさ、心配してくれたんだろうさ。

 人のいい妙さんのことだ、もしかしたら心配で眠れない夜だって過ごしたのかも知れない。

 実際俺がバツ悪そうにだっただろうけど、赤べこに戻った時なんて何も言わずに抱きしめてくれたりさ。

 

 やっぱ年上って大正義。

 

 じゃない。

 こうやってお仕置きで水に流してくれるってやつですよ。

 というか、こうして慌ただしくも元気に働いている俺の姿をお客さんに見せて安心してもらうってのもあるだろう。

 

 俺はどこにも足を向けて寝れねぇななんて思ったりもするけど。

 

「やよいちゃあああああああ!」

 

「やよ、やよよよよよよよ」

 

「落ち着いて下さい、そして食って下さい」

 

 改めて弥生ファンがやばい。

 これでもちょっと落ち着いたんだよほんとに。

 ぶっちゃけ復帰初日とか思い出したくないレベルでもみくちゃにされた、どさくさに紛れて胸も揉まれた、後でシメといた。

 度を越して騒いでいたファンの中に由太郎の姿があったのは忘れてあげたほうが良いだろう。

 

 愛されてるなぁと思いつつ、愛されすぎてるなぁとも思ったり。

 

 実際、俺が東京の警察所に拘留されてる間、ファンたちの大捜索が行われていたらしい。

 あの時、外の動きを全然知ることが出来なかったからあれだけど、それこそ血眼で。

 

 思い出したくない初日、その理由の半分はそんな優しい皆を泣かせてしまったってもんもある。

 

「やっぱり、先輩が居てこそ赤べこですね」

 

「はぁ、はぁ……ありがとうございますね燕ちゃん。でも疲弊した私を見て言われるのはちょっと複雑です」

 

 ほんわか笑顔で言ってくれる燕ちゃんは天使だけど、ちょっとつらい。

 

 まぁお仕置きは一週間、今日で終わりだ。

 

 目をお金に変えた妙さんが言うには、俺が復帰した初日からの三日間でなんと通常売上半月分の稼ぎを叩き出したらしい……控えめに言って狂ってる。

 ともあれこの一週間で覚えのあるお客さんやお店の店員さん、皆に改めて謝ったりなんなりで迎え入れ直されて。

 

 うん、なんとも言えない幸福感があるってもんですよ。

 

「うええぇぇっへっへへ、やよいたあああん……ぐへへへ」

 

「はい、お帰りはあちらです」

 

 あ、セクハラは結構です。

 

 

 

「お、帰ったか」

 

「はい、ただいまです左之助。弥彦は?」

 

「いつものだよ。あいつ、剣心が相手してくれるからって最近ずっとああだ」

 

 苦笑いを浮かべる縁側で羊羹を食べてる左之助。

 道場から竹刀が合わさる音が聞こえるし、今日もどうやらお楽しみのようだ。

 

「あ、弥生ちゃんお帰り」

 

「はい、ただいま戻りました薫さん。あ、すぐ着替えてくるので今日も稽古、よろしくおねがいします」

 

 そう言って見ればちょっと困ったように、だけどすぐに頷いてくれる薫さん。

 

 東京へ帰ってきてからというもの。弥彦が剣心に竹刀を振り回すのに夢中になってるように、俺も薫さんに稽古をつけてもらうことへ夢中になっている。

 っていうのもあれだ。

 改めて剣のいろはを教えてもらってみると色々な発見があった。

 それは足運びであったり間合いのとり方であったり……何なら竹刀の握りなんて基本的な部分でもある。

 

 弥生の異能ですっ飛ばしていた事を改めて見つめ直す。

 

 これははっきりと自分にとってプラスに働いていると実感できた。

 基本が出来ていないとは言わない。

 ただ少なくとも俺が今に至る過程の中で、あるはずの初級から上級とステップ。その中級って部分がごっそりと抜け落ちているんだなと理解した。

 

 確かに。

 薫さんから提案したことだが、稽古の最後に必ず他流試合の感覚(・・・・・・・)で薫さんと試合をする時間がある。

 その時間で、俺は薫さんに問題なく勝つことが出来た。

 しかし、だ。

 これが神谷活心流としてなら話は違ってくる。

 

 相手を倒すのではなく制する。

 

 この違いはものすごく大きい。

 いつかの誰かが言っていたが、相手を慮ってどうして倒せるのかと。

 

 俺も、同意見だ。

 しかし、薫さんはそれをしていてなお一流の剣客だ。

 

 今まで倒してきた相手に対して、生きていますようにだとか、急所は外してるから大丈夫だろ。なんて微妙な考えで相対していない。

 どこまでも神谷活心流は愚直に相手を生かして制する。

 

 そしてそれは脈々と弥彦にも受け継がれている。

 剣心との稽古……いや、敢えて言えばちゃんばらごっことしよう。

 その中でさえ弥彦は神谷活心流の太刀筋を描く。

 

 剣心が飛天御剣流を教えているつもりはないっていう言葉。

 その中にはきっと、神谷活心流の剣客としてこのまま育って欲しいという想いもあるんだろう。

 そういう成長の中に飛天御剣流は要らない、いや、混じってはいけないとすら思っているのかも知れない。

 

 だからこそ、はんちくに弥生の異能が混じっている俺って存在が恥ずかしくなった。

 

 弥彦はあれほどまっすぐに剣客としての才覚を伸ばしている。

 強さに違いは無いけれど、それでもかつて子供心に憧れた光景と姿があった。

 

 元々神谷活心流を学ばないと、なんて思っていたところだ。

 そしてその気持ちは間違いじゃなかったし、重要なことだった。

 

「おう、邪魔するぜ」

 

「……私がまだ着替え中だったらどうするんですか」

 

「終わってんじゃねぇか」

 

 まったく真面目なこと考えてるときに左之助は。

 もう完全にあれだよね、気楽な友達みたいな感覚で接されてるよね、俺のこと女だと思ってねぇわこいつ。

 

 ……ん?

 

 いやいや、それでいいんすよ、俺男ですって。

 

「嬢ちゃんに気を使ってんのか?」

 

「はい? 薫さんに? 何に気を使うってんですか」

 

 気を使うってなぁ。むしろ使ってもらってるくらいなんですがそれは。

 

「いやよ。最近弥彦が剣心にべったりじゃねぇか。それでその分おめぇがってな」

 

「あはは。そんな繊細な私に見えます?」

 

「割と見える」

 

「ぐ……と、とにかく! そういうのじゃないですよ。……私に必要なものはまだまだ沢山あって、その一つを薫さんが持っている。それだけのことです」

 

 利用している。

 それは間違いない。自分がもっともっと高みに至るために。

 

 気が引けるなんてかつては思ったけど、自分の思うように生きると決めてから不思議とそんな甘い考えは無くなった。

 

 薫さんを尊敬している気持ちに嘘はない。

 一流の剣客としても、姉のような存在としても。

 

 そしてだからこそそんな考え、甘えこそ薫さんは嫌がるだろうとも思う。

 あの人は俺にも、弥彦にも持った翼を大きく広げて飛んで欲しいと願っているんだ。

 

「……でかくなったな」

 

「は? セクハラですか左之助。ぶっ飛ばしますよ?」

 

「せくはら? なんだかわかんねぇが喧嘩なら買ってやんぞコノヤロウ」

 

 そうしてニッカリ笑った左之助にパンチを一つ。

 

 あぁそうだ覚えとけよ左之助。

 俺に足りないものはきっとお前だって持ってんだから、いつか全力で学びに行ってやる。

 

 

 

 さて、薫さんとの稽古も終えて。

 一日のシメとして、姉弟子の俺は弥彦と勝負する。

 

「よろしくおねがいします」

 

「お願いします! ……今日こそ一本取ってやるからな、弥生姉」

 

 目の前で竹刀を構える弥彦。

 左之助じゃないけど、でかくなったななんて毎回思う。

 

 以前こうしていた時よりも、遥かに重く、強い雰囲気を纏うようになった。

 

 そしてそれは弥彦も同じだろう。

 今からするのは神谷活心流としての試合じゃない。

 一人の剣客として相対しているんだ。これは弥彦が望んだことだ。

 

 背中にうっすら冷や汗が伝う。

 同じかそれ以上に……弥彦は始まる前から呼吸を乱している。

 

 そうだ、弥彦は。

 

「落ち着いて下さい」

 

「っ!」

 

 強くなった。

 強くなったからこそ、相手の強さを感じられる様になった。

 

「いや、間違えましたね。どうぞ、落ち着かないで下さい。熱くなって下さい。いつものように、負けねぇと吠えながら立ち向かってきなさい」

 

 それこそ弥彦の味。

 負けん気に押されて、必死に足掻いて。

 

 もっともっと強くなれ、弥彦。

 

「はじめっ!!」

 

 薫さんの合図が降ろされる。

 

「うおおおおおっ!!」

 

「――」

 

 そうだ向かってこい弥彦。

 そしてそれを俺は全力でねじ伏せてやる。

 

 ――羽踏。

 

 世界を切り替える。

 気持ちがいいくらいまっすぐと振り下ろされる面の一撃。

 もしもこんな異能がなければ呆気なく通してしまうだろうその太刀筋を――

 

「一本っ!!」

 

「っつぅ!」

 

 ――躱し様に小手へと竹刀を奔らせる。

 世界を戻したと同時に薫さんの声が上がった。

 

「――やっぱ、つえぇなぁ……弥生姉は」

 

「弥彦ちゃんこそ。けど、まだまだちゃん付けは続きそうですね」

 

「はっ! すぐ取っ払ってやるさ! 今に見てろよ!」

 

 悔しいだろうけど、笑顔でそういった弥彦の強さ。

 死線をくぐって、成長したこの姿。

 

 神谷活心流としての俺が追いかけるこの小さな背中。

 剣客として追わせる俺の背中。

 

 どうか釣り合いが取れていますように。

 そう願わずにはいられない。

 

「どうでぇ? 剣心」

 

「……一言、強い、としか言えないでござるよ」

 

 はいはい、高みの見物はすぐ出来なくして差し上げますよ。

 

「ね、弥彦ちゃん」

 

「うわっ! 頭を撫でんじゃねぇ! この馬鹿姉っ!!」

 

 

 



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その男、剣心とのお話につき

「それにしてもさ」

 

「おろ?」

 

「はい?」

 

 剣心へぶんぶん竹刀を振り回していた弥彦。

 汗を拭いながら、不意に思い出したなんて風に口を開いた。

 

「なんで弥生姉ぇは剣心と戦わねぇんだ?」

 

 戦う、ねぇ?

 思わず剣心と顔を見合わせてしまう。

 

「随分と物騒な話でござるな」

 

「ええ全く。急にどうしたんですか?」

 

 剣心は苦笑い混じりに、多分俺も似たような顔してると思う。

 

「急にってわけじゃねぇよ。ずっと思ってたんだよな。俺は剣心とこうしてるけど、なんで弥生姉ぇはやらないんだ? やりたくないのか?」

 

「うーん……」

 

 思わず考え込む。

 

 まぁ確かに純粋な疑問なんだろう、強さを求める人間が、強い人間に稽古……なんて言えば大層かも知れねぇけど、軽くでも手合わせしてもらえるなら飛びつくもんだ。

 弥彦は傍目でみててもわかるくらい強くなりたいって思ってて、それを実行に移すことに躊躇はない。

 由太郎にしてもそうだ。弥彦に負けたくない、俺に惚れてほしいなんて思って強さまっしぐらだ。

 

 ……惚れませんよ? 残念ながらノーチャンスです。

 

「そう言われてみれば。拙者としても気になるでござるな」

 

「あ、裏切りましたね?」

 

「おろ?」

 

 まったく剣心はおちゃめだなぁ? 今日は薫さんメシな。

 

 ともあれ。

 

「私ももちろん強くなりたいと思っていますよ? ですけど……」

 

 何ていうんだろうな。

 強くなりたいと思っていて、そのための手段を厭わないって覚悟もある。もちろん真っ当な方法の範疇で。

 ただそれでも。

 

「今じゃない……そう、今じゃないんですよ」

 

「今じゃない?」

 

 うまく言葉に出来ないけれど。

 

 俺個人の思いとしてもったいないなんて気持ちがある。

 遊びだとしても、真剣だとしても。

 そういう立場や環境でこの人と刃を交えたくないんだ。

 

「……いずれ、拙者と刀を交えたい。そういうことでござるか?」

 

「気持ちの上では……そうですね。やっぱり剣心さんは、目標の一つであり壁ですから」

 

 ふむ、と考える剣心。

 こういうところで変わったな、なんて思う。

 多分京都での一件が無ければ、困ったように笑って誤魔化されて終わりだっただろう。

 

 前向きに、というよりは真面目に考えてくれている。

 恐らく、俺と戦うことを拒否するのではなく、どうすれば双方納得出来る形で戦えるのかを。

 

 そして多分気づいている。

 仮に道場でやるような真剣試合(・・)では納得されないだろうとも。

 

「わかった。覚悟しておくでござるよ」

 

「ふふ、ありがとうございます。言質、頂いておきますね」

 

 うん、ありがたい。

 

 ただうまく言葉に出来ない部分。

 俺の中に眠っている弥生。

 弥生がそんな生半可を許してくれないような気もするんだ。

 

 折角殺してもらえる機会だったのに。なんて。

 

 ……。

 

 あぁ、そうか。

 

 俺の気持ち、弥生の気持ち。

 

 きっと、俺は。

 

「なんだよ! 二人してわかったような雰囲気出しやがって!」

 

「あはは、弥彦ちゃんにはちょっと早かったですかね?」

 

「んだと!? シメてやる!!」

 

 弥彦の飛び蹴りを軽く躱して。

 

 俺はきっと剣心と、命のやり取りをかけた勝負をしたいんだなってことを理解した。

 

 

 

 はっきり言ってドン引きなうだ。

 何回もまじかよなんて頭で思って自問自答、多分口からも出てたと思う。

 

 追いつきたい、並びたいって思ってたのははっきりわかってた。

 それが目標だと思ってた。

 

 でもそれは少しだけまだ先があった。

 

「なるほど、なー……」

 

 木刀を振ってはいるけど、風切り音が耳にまるで届いてこない。

 

 どうやらすっかり勝負とは命のやりとりあってこそ真剣勝負、なんて思想が根付いてしまっていたらしい。

 いや、多分。

 一般人だったはずの俺は死線を潜り過ぎた。間違いなく感覚がぶっ壊れている、多少剣の腕がたつ一般人の域を逸している。

 

 わかってるさ。

 腕試しなら試合をすればいいって。

 審判をつけて、面前でやればいいって。

 

 でも、それをして納得、あるいは満足出来る自分をまるっきり想像できない。

 

 あぁ、ほんとになるほどだ。

 薫さんが俺を出稽古に連れて行かなかった理由。

 今の俺は、絶対、無意識にやりすぎる(・・・・・)

 

 どうしてこうなった。

 本気で唖然としてしまう。

 今になって斎藤が言った民間人を戦いへ巻き込みたくない理由の一つだろうことを理解できた。

 

 まだ人を殺したことは無いけれど。人を殺したいとも思わないけど。

 

 誰かを殺す覚悟を決めたがっている。

 それはつまり、殺される覚悟を決めたがっていることでもある。

 

「やらかした、なぁ」

 

 あぁ、あぁ。

 まるっきり知らないはずの弥生の目論見通り。

 このままじゃ俺はきっといつか剣心に勝負を挑む。

 剣心は絶対に俺を、誰かを殺さないけれど、そう確信出来るけれど。

 

 経た紆余曲折は、どうやら殺されるための準備でもあったらしい。

 

「やんなる、な」

 

 弥彦のような真っ直ぐさがあったのならば。

 きっとこうもひん曲がらずに済んだんだろう。

 

 この世界で、原作通りのハッピーエンドを迎えたい。

 その気持ちは確かに、然と、強くある。

 

 でもその先は?

 描かれなかったるろうに剣心、その未来に生きている俺は、一体何をしている?

 

 その未来はきっと知らない、未知の道。

 そこに俺は、何をどうして生きている? 生きている、意味は?

 

 ……教えてくれ、意味のない事なんて無いって言うのなら、そんな未来で俺は何を生きる意味にすればいい。

 

「やってる、でござるな」

 

「あ、え……? 剣心、さん?」

 

 相変わらず風切り音は聞こえなかったけれど、違和感なく耳に届いた剣心の声。

 音を辿って顔を向ければ、いつもの少し困ったような笑顔があった。

 

「随分と集中していたようでござるが……少し休憩をいれても良いと思うでござるよ」

 

「そう、ですね……」

 

 よくよく見れば剣心はお盆にお茶を入れて持ってきてくれていた。

 湯気は立ってない。温くなるまで見られていたのか、それとも飲みやすいように配慮してくれてたのか。

 

 縁側をなんとなしに促されて、向かう。

 少し前なら、こんだけ剣を振るのに夢中だったなら、しばらく歩けないくらいだったのに、今は何の無理もなく足が動く。

 

「ありがとうございます。あのままやってたら倒れてたところですよきっと」

 

「邪魔をしてしまったかと思ったが……そうなら良かったでござる」

 

 受け取ったお茶はやっぱり冷めていて。

 明治時代だ、キンキンに冷えているなんてことはないけど、火照った身体に馴染むように染み渡っていく。

 

 続いて剣心も湯呑へ口をつけて。

 俺と二人、なんとはなしに空を見上げる。

 

「……何を小娘が、なんて思いましたか?」

 

「弥生殿?」

 

 自分では、剣心や左之介。斎藤の影を踏んだなんて自惚れているけれど。

 きっと本人たちからすれば、まだまだケツの青いガキで女。

 いや、そんな風に思われていないなんてわかってる、斎藤はいまいち自信ないけど。

 

 だから口にするのは卑怯なんだろう。

 それでも口に出そうとしてしまうのは、それこそ青二才の証明。

 

「京都で言った頼りにしている仲間……その言葉に嘘偽りはござらん。左之にしてもそうでござる。そんな相手にそう思われることを誉れとして受け取りはしても、侮蔑する理由にはならないでござるよ」

 

「そう……ですか」

 

 違う、違うそうじゃない。

 その言葉は、ある意味まだまだ俺を下に見ているからこそ言える言葉だ。

 俺が弥彦に抱いている感情と同種のもののはずだ。

 

「私は……きっと、あなたを殺したいんだと思うんです」

 

「……」

 

 そして同じくらい殺されたいと思っている。

 

 弥生も俺も。

 もはや混ざり合って溶け合いすぎたこの心と身体。

 

 私怨なんてない。だけどただただこの世界をあるべき形に収めたい。

 その一点において、疑いようもなく、どうしようもなく俺は弥生と一致している。

 

「驚きましたか?」

 

「……いや」

 

 だけど剣心はやっぱり笑って。

 

「知っていた、と言えば言い切りすぎでござるが……うすうすは、感じていたでござるよ」

 

「……」

 

 あぁ、そうか。

 京都で雪代巴の墓前へ花を手向けた剣心は。

 

「弥生殿がどうしてそう思っているのかはわからないでござる。だが、少なくとも拙者は――」

 

 ――過去と向き合う覚悟は出来ているでござる。

 

「もしも弥生殿が、拙者の過去が原因で、拙者にそう思っているのなら――」

 

 そこまで剣心に言わせて、言ってもらって我に返った。

 

「止めましょう……すみません。こんな事を言ってしまいましたが、私は、今の幸せを壊したくないとも思っているんです。忘れて下さい」

 

 だから慌てて遮った。

 今の剣心に贖罪を問うのはダメだ。

 恐らくもうすぐ始まる人誅の時間、雪代縁との戦いで答えを見つけた剣心に向けるべき言葉だ。

 

 何より。

 

「贖罪の意識を覚えるべきはあなたでは無いのですから」

 

「弥生殿……」

 

 この剣心ではない剣心との、罪とすら呼んで良いのかわからないモノを押し付けてはいけない。

 お門違いにも程がある。同じ人物であって、違う人なのだから。

 

「さぁ、もうすぐ薫さんたちも帰ってくるでしょう、左之助も来るでしょうし……夕飯、手伝って頂いてよろしいですか?」

 

「……あぁ。わかったでござるよ」

 

 ごめん剣心。青二才で。

 きっとこれは剣心の問題じゃない。

 

 どこまでも、どこまでも俺の問題なんだ。

 

 もうすぐ始まるだろう、縁との戦い。

 あぁ、そうだ。

 剣心が答えを出すように、俺もいい加減答えを出そう。

 

 願わくば、誰もが納得できる未来に至れるように。



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その男、心境整理につき

 気持ちはわかった。

 一度理解できたらそれをそのまま飲み込めて頷けるし、否もない。

 

 だけどまぁ、わかりきっていることではあるけど今の俺では力不足もいいところだ。

 仮に前言を速攻で翻して戦いを挑んだところで瞬殺されるだろう。

 

 いや、瞬殺されることに問題はない。

 単純に納得できないんだ。

 

 そう、力不足とわかっている。

 ならばやれることをやりきった上で、だ。

 

「おいおい、弥生ちゃんの憂鬱な顔とか……どうしたんだ?」

 

「そうですね……でも、ふふふ、その、言いにくいんですが……」

 

「あぁ、控えめに言ってもぐっとくるな」

 

 今改めて神谷活心流を学んでいる。

 これはまず間違いなく俺を成長させる一つの因子となってくれるだろう。

 剣術のいろはってやつは、やっぱり必要なんだって、東京に帰ってきてからの数日で痛いほど実感できた。

 

 それに加えて、剣心。

 こんなこと言える程の実力者に至って無いけど……。

 

 今の剣心に戦いを挑んでも意味がない。

 

 先を知っているだけに。そう、先を知っているからこそ全てを乗り越えた緋村剣心と戦いたい。

 

「……なぁ、弥生ちゃんって。あんなに美人だったっけか?」

 

「有罪」

 

「よぉしちょっと表出ろ再教育だ」

 

「ちがっ!? 可愛いし天使万歳だけどよっ!? あんなに艶っぽかったっけって話!?」

 

 仮に、色々諸々を棚に上げて今戦いを挑めば。

 さっき思った力量差はあれど、剣心は黙って罰を自身に刻む。

 

 贖罪の意識から戦おうとする剣心は、きっとそれが正当な理由であれば黙って打擲されることへ抵抗しない。

 瞬殺されるってのは、下手すれば間違いで、瞬殺してしまうことになりかねないんだ。

 

「――い」

 

 そうだ。

 だから剣心には答えを出してもらおう原作通り。

 

 剣と命を賭して、戦いの人生を完遂する。

 

 その答えを導き出した剣心と……うん。

 

「よぉし!」

 

「せんぱ――わひゃあ!?」

 

 ん? 燕ちゃんなんで後ろでこけてんの? 仕事中に遊びかな? ……ふふふ、成長したじゃない。

 

「大丈夫ですか? 余所見でもしてました? あぁ、弥彦ちゃんなら今裏で炭用意してくれてますよ?」

 

「ちがっ!? ……うー、先輩ひどいです」

 

 んんん?

 俺、また何かしちゃいました?

 

 あれ? ってかなぁにファンクラブの方々さん、こっちみんな。

 

「はいはい、食べ終わったのならお会計して下さいね」

 

「やったぜいつもの弥生ちゃん! お会計にはまだ早い!」

 

 あん? まだ何か食べんのかい?

 よく食べるねほんと。

 

「だ、だめっす。自分もうさっきのでお腹いっぱいです……」

 

「あぁ……やよつば……これは良い文化……」

 

 何だこいつら斎藤さんカモン、そして悪即斬プリーズ。

 

 

 

 お仕事終わりは左之助のお迎えから。

 

「別にもうボディガードは要らないんですよ?」

 

「かかっ! 硬いこと言うんじゃねぇよ、いいじゃねぇか」

 

 そう言って魚の骨をプラプラさせる左之助。

 こっちに帰ってきてから何気に初めてのお迎えである。

 

 ……まぁなんだ、別にそこまで長い付き合いってわけでもねぇけどなんとなくわかる。

 

「やれやれ、まだまだ小娘扱いしたいってわけでも無いでしょうに。それで?」

 

「あん?」

 

「何か話したい事があるんでしょう?」

 

 言ってみれば一瞬表情を固めて。

 

「……ったく、ほんとによ、そういうところだぜ?」

 

「だからどういうところですか」

 

 もう耳タコですよほんとに。

 友達に遠慮してないでさっさとゲロって下さいなっと。

 

「あー……なんだ。今日あの女狐のとこにコイツを診てもらいに行ってたんだけどよ」

 

「あれ? まだ治療終わってませんでしたか? もしかして結構重傷です?」

 

 原作での左之介は右手だけで二重の極みを乱発して負担を重ね、止めと言わんばかりだった三重の極みでやらかしたはずだ。おまけに志々雄への一発。

 この左之助は両手で使えるようになってるからそこまで負担がかかった訳じゃない、なんて思ってたけど原作通りへの謎パワー働いちゃった?

 

「うんにゃ、もうでぇじょうぶだ。今日で終わりっつってたしな。まぁそん時によ、ちと話してたんだが――」

 

 話を聞いて思い出した。

 恵さんが言うところの失恋へ心の整理をしている最中なこと。

 何かしらの強い念が込められた刀傷は、その想いが晴れない限り消えることは無いなんて話。

 

「剣心の十字傷はよ、ありゃ剣心が片付ける問題だ。だから別に気にしてねぇ」

 

「ええ、私達が何かしてはいけない問題でしょう」

 

 うんうんと頷く左之助の目にはわかってるじゃねぇかなんて色。

 

「弥生はあの女狐と何か帰って来てから話をしたか? もし話してねぇなら……なんだ、まぁちぃとよ」

 

「そうですね、今度羊羹でも持って伺います。京都はもちろん、いつもお世話になってますし……左之助の右手を無料で診てもらってるお礼も兼ねて」

 

 そこまで言えば少しだけバツの悪そうな顔をしてから、お礼を言われた。

 

 なぁに気にすんなってプータロー、いつか身体で返してもらうさ。

 

「ていうか弥生、おめぇも何か浮ついた話の一つでもねぇのかよ」

 

「やめてくださいきもちわるい」

 

 いやほんとやめてほもはやめて。

 

 ……思わずこみ上げるものをなんとか抑える。

 

「おいおい、そんなに嫌がる話だったか? わりぃな」

 

「……いえ、こればっかりは仕方ないです、はい」

 

 というか左之助に言われるのもなんだか癪というかなんというか。……なんでだろ。

 

「んじゃあこの先何かやりてぇこととかあんのか? 正直、俺にゃあおめぇが道場(あそこ)で一生を終えるって光景が想像出来ねぇが」

 

「そうですね……いずれ、出るときは来るんだと思います。剣心さんと薫さんの邪魔になるでしょうし――」

 

 ちゃんと物語がうまく進めば、だけど。

 

 この前考えた生きる意味。

 新月村での一件で、なんとなく、弱い人を守りたいじゃなくて、弱い人を強くしたいなんて思ったりもした。

 新月村は……今どうなってるのかわからない。もしかしたら斎藤の言うように、人間の汚いところが露呈して人間関係が拗れに拗れているのかも知れない。

 

 そう、俺自身もそうだけど。

 誰かに助けられるってのは、あくまでもきっかけだ。

 助けられた後、助かった自分がどうなるのか、どうなっていくのかは自分が決めること。

 

 もしかしたら同じ失敗を繰り返すのかも知れない、似たような窮地に立たされるのかも知れない。

 そんな分岐点に立った時、自分が望む未来へ踏み出せるための力を付けてもらいたい。

 

 そんな一助に、なりたい。

 

「ほぉん……意外とって訳でもねぇが。考えてやがんだな」

 

「考えるだけならタダですから。でもその前に、私は一つやらなければならないことがあるもので」

 

 そうだ。

 こんな夢物語は、見失ってしまった未来にある。

 剣心という高い高い壁の向こう側、そこにある。

 

「左之助はどうなんですか?」

 

「俺か? ……さぁて、な。少なくとも、嬢ちゃんと剣心が上手くいって、そのガキは見てぇと思ってるがよ」

 

 聞き返してみれば夕焼け空を見ながらそんなこと。

 

 まぁそうだろうな。

 剣心たちと関わりを持ち始めてから今日に至るまで。

 今の日々は左之助にとって、こんな世の中に生きるのも悪くねぇ。なんて思えるための期間に過ぎない。

 

 原作然り、悪くねぇと思って左之助が生きるには狭すぎる日本だ。

 

 やっぱり、俺は、漫画で見た、ちっぽけな小舟に乗って海原を行く左之助の背中が忘れられない。

 

 なんだかもやもやする気持ちはあるけれど。

 それについていくのも悪くないかもなんて思ったりもするけど。

 

「ま、ゆっくり考えましょうよ。自分らしい明日を迎えるために」

 

「……そうだな」

 

 二人揃って夕日を見上げて、なんだか少し切ない気持ちになった。

 

 

 

「薫さん」

 

「うん? どうしたの弥生ちゃん」

 

 いつもの稽古、薫さんとの一本勝負の後。

 女の人が汗をかいてる姿って色っぽい……なんて昔は思っていたけど、不思議と今はそんなに。

 あれほどおっぱいおっぱいと思ってたのに、今は薫さんの胸元が見えても気にならない。

 

 ……いや、健全なシーンだからそう思ってるだけだ。そうに決まってる。

 

 まぁそれはおいておいて。

 

「私は、神谷活心流の師範代になれますか?」

 

「……弥生ちゃん」

 

 すなわち神谷活心流の看板を背負うことが出来る人間になれるのか。

 回りくどいのは俺も薫さんも嫌だろう……いや、俺だけがそうなのかも。

 とにかく真っ直ぐに、正座して目を真っ直ぐに見て。

 

「正直に、教えて下さい」

 

 予想は、している。恐らく、確信もある。

 

 俺自身も悟っていると、薫さんだってわかってるんだろう。瞑目して少し、同じく正座をして目を見返された。

 

「無理ね」

 

「……」

 

 あぁ……覚悟はしていたけど。やっぱりクるものがある。

 そして。

 

「薫さんは、やっぱり優しいですね」

 

「そんなことない。今、自分がどれだけ酷いことを言ってるのか、わかってるもの」

 

 それでもその目は真剣で。

 

「弥生ちゃんは……強くなった。門下生としてではなく見るのなら、私は一人の剣客としてあなたを尊敬するほどに」

 

 わかる。

 ここ最近ずっと竹刀を交わしていたんだ、それくらい感じられる。

 そしてそれは薫さんだって一緒だ。

 

 薫さんが一流の剣客であるが故に、余裕を持って相手を活かそうなんて考えられないが故に。

 俺が勝負時、何を考えて、何処を狙ってるのか。きっと伝わってる。

 

「こうして改めて指導して。力不足を嘆いちゃうほど、私にはそれを矯正することは出来ない。初めてあなたの剣を見た時、わかっていたことだっていうのに、出来ない」

 

「……はい」

 

 手を、すでに離れてしまっていたから。

 

 今の感情がわからない。

 悔しいとも思う、辛いとも思う。

 膝の上で結んだ手に、涙が落ちた。

 

「弥生ちゃん」

 

「はい」

 

 いつの間にか俯いていたらしい顔を上げる。

 

「それでも、ここで剣を握っている間はうちの門下生だからね」

 

 その先にあったのは笑顔。

 

 あぁ、やっぱり優しいな。

 薫さんが言った言葉の意味。

 

 ――思うがままに生きてね。

 

 そう言っている、言われたんだ。

 俺が得た力を間違った方向に使うわけがないという信頼。

 手が届かなくて、目が見えない場所にいても、きっと光の射す場所を歩いてくれるという確信。

 

「ありがとう、ございます!」

 

「ううん、こっちこそ。だからこれからは――」

 

 ――家族になろうね。

 

 そう、俺と同じように。

 目端へ涙を溜めて、言ってくれた。



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その男、大失敗につき

「おせぇ! 剣心のヤロウ! もう四時半だぞ!」

 

 おーおー吠えてますねぇ。

 全く、先を知らないってのはちょっと羨ましいもんだ。

 

 あぁ、そうだ。

 きっと今日の夜、赤べこは人誅の犠牲になる。

 

 色々な思いから、宴会の準備をやらせて下さいと厨房に立っている俺。

 なし崩し的ではあったけど、やっぱり愛着というか……そういう思いがある。

 やっぱりだからだろうな、こうして丁寧に料理を作ってしまうのは。

 

 こういうところなんだろうな、俺が神谷活心流でいられないっていうのは。

 だってそうだろう? 俺は知っているのにも関わらず、赤べこが犠牲になるのを止めようとしていないのだから。

 

 京都で色々していた頃ならば、きっと赤べこ壊滅も阻止してその上で物語を上手く進めようとしていたはずだ。

 

 ……自分が嫌になる。

 剣心が人誅と向き合うことが大事だってわかってる。なんてのを理由にして、犠牲を容認してしまうなんて。

 

 人誅。

 考えてみれば、もしかしたら弥生も雪代縁たちの仲間に入って、無理矢理にでも剣心と戦う道があったのかも知れない。

 弥生の想い。

 剣心を殺し、殺されたいと願う心。

 それは間違いなく人誅と言える範疇に存在しているのだから。

 弥生に従って、人間関係を振り切って。

 何も感じることのないよう心を凍てつかせられたのなら。そんな風にも思う。

 

 かと言って時既に遅し。

 人誅グループに信頼関係があるわけじゃないだろうけど、参加するのには無理がある。

 何より薫さんを実際には殺さないとは言え、危険に晒すなんてとんでもない。

 上手くグループに入れたとしても、絶対にボロが出て終わりだろう。

 

 終わり、と言っても雪代縁は俺を殺せないだろうが。薫さんを手に掛けることが出来なかったように。

 

 何にせよ、だ。

 そもそもこの戦いに介入するべきなのかどうかって問題だってある。

 これは剣心の戦いだ。

 大事な大事な、心と過去との戦いだ。

 

 剣心と命のやり取りをしたいなんて願っている俺が参加しても良いもんなのか。

 そう思って躊躇してしまう気持ちがある。

 

「だけど、やらかしてるなぁ……俺」

 

 外印。

 葵屋での戦いで、俺は夷腕坊ではなく外印とやり取りしてしまっている。

 仕方がなかった……なんて思いたいけど、それでもいざ目前に迫ってくるとどういう影響が生まれるか心配にもなってしまう。

 

「ほんとに、俺は……都合が良いやつだ、なぁ」

 

 あぁそうだな。

 丁寧に料理を作ってしまうのは……きっと愛着なんかじゃない。

 罪悪感からだ。

 

「弥生ちゃん? お客さん来はったから、ごめんやけど鮭飯一つお願いしてもええ?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 鮭飯……そうか、来たか。

 

 武身合体、鯨波兵庫。

 

 ……。

 

「ダメだ、考えんな。これは、必要なことなんだから……!」

 

 歯を食いしばって、耐える。

 

 お笑いだ、何が耐えるだ。

 かつての自分が今の自分を見たらぶん殴ってる。

 そうだってわかってるのに……!

 

「ちくしょう……!」

 

 心とは裏腹、すごく美味しそうに出来上がった鮭飯へ。

 

 無性に、腹がたった。

 

 

 

「で、どうした? 二人して何があってぇ?」

 

 宴会の帰り道。

 左之助が俺と剣心に対して口を開く。

 

「……はぁ、左之助に心配されるのに慣れた自分が嫌ですね。お気遣いなく、私は男の人には言えない乙女の秘密です。それより剣心さんのほうですよ」

 

「ち……まぁそう言えるならでぇじょうぶか。だが後でしっかりシメてやらぁ。で? 剣心は」

 

 ふぅ……。

 割と大丈夫じゃないけど、自分が物語の邪魔をしちゃ洒落になんねぇしな……しくったなぁ、顔に出てたか? 

 まぁいいや、気をつけよう。

 というか弥彦、酒クセェ。

 

「嬢ちゃんたちに隠すのは構わねぇが……俺に隠すのなら、まだこの俺を弱点扱いするつもりなら。全力でてめぇを叩き伏せてでも口を割らせてやるぜ」

 

「生憎とそこまで野蛮な私ではありませんが。今の幸せが脅かされるのを、忍べる女ではないつもりですよ」

 

「……そうだな、すまん。左之と弥生殿には……話しておくべきでござったな」

 

 どの口が言うんだまじで俺は。

 心が痛すぎて笑えないぞ。

 

「いい加減、お前も平和に慣れろよ」

 

 左之助がそう言って促した、蛍と戯れる三人。

 そんな光景が、より胸を突き刺して、ご都合主義すぎる俺の心を痛めつける。

 

 この光景は――

 

 

「!?」

 

 

 アームストロング砲で切り裂かれるって、知ってるんだから……!!

 

 

 

「先輩?」

 

「ん……どうしましたか? 燕ちゃん」

 

 無垢な瞳がつらい。

 心配しないでくれ、しないで欲しい。

 もう痛すぎる。

 

「半鐘の音……やっぱりさっきの轟音……」

 

「アームストロング砲? いくらなんでもそれは」

 

 あるんだよ。

 ありえないことなんだろう、だけどあり得たんだ。

 

 我慢しろ、俺。

 状況を待て。

 すぐだ、すぐに警官達とすれ違う。

 

 そうすれば……!

 

「おお! これは緋村さん!!」

 

「署長殿? これは?」

 

「聞こえませんでしたか!? さっきの轟音! 砲撃ですよ! 何者かが上野山から市街地に向けて一撃! 赤べこという牛鍋屋が直撃を被りました!」

 

 来たっ!!

 

「弥生ちゃん!?」

 

 誰かが呼んだ気がする。でも止まらない、止められない。

 ようやくだ、ようやく状況が動いた。

 これで俺も上野山へ向かって、剣心や左之介と確認すればいい、人誅の始まりだって。

 

 それで……それで……!

 

「なん、で……」

 

 知ってただろう、分かってただろう?

 赤べこがどんな状態になったかなんて。

 上野山へと向かって、調べて、来る人誅にどうやって対応するのかだって、考えただろう?

 

 だっていうのに。

 

「う、あ……うあああ……」

 

 なんで俺は。

 

「うああああああああああ!!」

 

 赤べこの前に居るんだ。

 

 赤べこだった前で、なんで俺は膝をついている? なんで泣いている?

 なんで涙が止まらないんだ、止められないんだ。

 漫画で知ってたじゃないか、こうなるって。

 

 さっきだって思ってたじゃないか。

 

 この光景を見たくないから上野山へと向かうんだって。

 

 ……。

 

 あぁ、そうか。

 そうだよな。

 

 状況を言い訳にして、物語を言い訳にして。

 

 逃げようとしていたのか、俺は。

 逃げたかったのか、俺は。

 

 力をつけて、もしかしたら何か出来るかも知れないって分かってたのに。

 そんなことを言い訳に、建前に。

 

 ここは漫画の世界なんかじゃなく、すでにリアルだって、十分に分かっていたから。

 ここに生きる人達が、意思をもって、意味を持って俺と関わっていたから。

 

 ショックを受けるって、分かってたから。

 

「弥生ちゃん……」

 

「ああ、あああ……おれ、おれは……ああああぁぁ」

 

 何が剣心の物語、だ。

 そこに生きる俺の物語でだってあるんだぞ。

 

 京都に居た頃、十分に分かってたじゃねぇか。

 

 無様。

 無様すぎる。

 

 剣客隊をどうすれば生かせるか、新月村をどうすれば救えるか。

 あれだけあの時考えたのに、今考えなかったのは。

 

 身近での悲劇を認めたくなかったから。

 

「大丈夫、大丈夫だから、ね……」

 

「ひぐっ、かお、かおる、さん……ううううう!!」

 

 後悔は先に立たない。

 回避する方法が、あったはずだ。その上で知る未来へと繋げられる方法だってあったはずだ。

 剣心との戦いに夢を馳せるなんて、とんでもない。

 

 まだまだ、俺は、弱かった。

 

 

 

 一夜明けて。

 初めて眠った薫さんの胸の中、驚くほどに男らしい欲求は生まれなくて。

 

 思いっきり反省して。

 

「剣心さん、左之助」

 

「もう、落ち着いたでござるか、弥生殿」

 

「おう、でぇじょうぶか弥生」

 

 きっとさっき薫さんが入った時、慌てて隠したんだろう地図。

 それを俺の前では隠そうとしないことに覚悟を決めて。

 

「話はおおよそ掴んでいます。そして今お話していたことは甘いと断じます」

 

「甘い、でござるか?」

 

 すっと剣心の目が細められる。同じく左之助も。

 その目を見返して、頷きを一つ。

 

 覚悟は、決めている。

 

「剣心さんが懇意にしている場所は確かにここと、小国診療所……そして破壊された赤べこ。同感です、そこがいずれ(・・・)狙われるのは明確です」

 

「だったら俺たちで分かれて守りゃあいいじゃ――」

 

「待った。弥生殿、いずれ、とは?」

 

 流石剣心、冴えてる。

 

「つまり相手も分かってるんですよ、そこを守るであろうことは。人誅……いや、復讐を名目に掲げているのならもっと……もっと剣心さんに苦しんでもらいたいはず。そんな相手が、早々と直接対決に挑むでしょうか?」

 

「弥生殿は、他に狙われるところがある。そう考えているのでござるな?」

 

 再び頷く。

 漫画では確かにこの後標的にされるのは前川道場と東京警察署長の家だ。

 標的が変わるような変化はもたらしていないはず、だったらそれは動かない。

 

「私の考えでは、前川道場、そして警察署長宅」

 

「いや弥生。確かに剣心と関わりがあるのにちげぇねぇが、流石にそこまでやるか?」

 

「言ったでしょう左之助。剣心さんを苦しめたいのなら、関わりの濃い薄いじゃない。そこを襲撃することで剣心さんが自分が関わったせいだと思わせられればいいだけなんです」

 

 少し難しい顔をして黙る左之助、一理あると思ったんだろう。

 そしてそれは剣心もそうだ、一瞬はっとしたような表情の後静かに考え込む。

 

 そうさ、反省したんだ、後悔もした。

 ならもうしない。

 そのためにこれ以上絶対被害を出さないと覚悟した。

 

「……我慢、出来ないんですよ。これは卑怯だ、姑息すぎる。剣心さんの過去を責め立てたいがために多くの犠牲を出すなんて、認められるわけがない」

 

 だからもう遠慮しない。

 かつて決めた、自重しないを改めて心に決めた。

 これが剣心の答えを出すための物語であろうと関係ない、やりたいことをやる。そのためになら何だって利用してやる。

 

「その間、ここと小国診療所はどうするでござる? 弥生殿の言には一理ある、だが――」

 

「私では力不足ですか?」

 

 じっと剣心の目を見つめる。

 

 原作通り、前川道場に左之助を、署長さんの家に剣心を。

 そしてここを俺が守る。誰もまだ来ないはずだけど、何かあれば命を賭して。

 

「わかったでござる。……弥生殿、頼むでござる」

 

「よして下さい、私としても、守りたいモノです」

 

 俺のやらかしのせいで、剣心からは多分いまいち信頼を向けられていないはずだ。

 その上で無理矢理にでも信頼しなければならないのはキツイことだって分かってる。

 

 だからこそ示す。

 

 俺はあなたと戦いたいけれど、幸せの場所を守りたいと言ったことだって偽りはないんだって。

 

「……うっし、話は纏まったな。弥生、他に何か考えられることはあるか?」

 

「そうですね……アームストロング砲が示したように、相手は場所ごと破壊することも目的の一つとしてあるのでしょう。個人での襲撃、そして兵器などによる破壊。両方へと気を配る必要があります」

 

 前川道場には戌亥番神が襲撃に、そして外印が爆弾を。

 署長宅には乙和瓢湖が襲撃に、そして鯨波兵庫の砲撃が。

 

 ……家屋に関しては、正直どうにかするのは難しい。

 左之助のおかげで前川道場の家屋被害はそれほど大きいものにはならなかったはず。

 だが署長宅は厳しい。

 俺が砲撃地点を調べて鯨波兵庫を止めてもいいけど、そう動くことになればここの守りがなくなる。

 それを剣心は許さないだろう。

 

 後一手、足りない。

 

 斎藤へ協力を仰ぐには時間的に厳しい。

 恐らくすでに調査へと乗り出しているはずだし、捕まえられる確証はない。

 会えさえすれば、貸し一つの返済を理由に動いてもらえるんだけど……。

 

 いや、待てよ。

 

「恐らくどちらかにアームストロング砲は飛んできます。ですが、安心して下さい、アテがあります」

 

「アテ、でござるか?」

 

「……こんなこと今言うのもアレだが。おめぇ、ちょっと顔広くなりすぎじゃねぇか?」

 

 呆れたように言われるけど、いいじゃんか。その御蔭で被害ナシに収められるかも知れないんだから。

 

「ただアームストロング砲以外の破壊兵器に関してはわかりません……どちらが出くわすかわかりませんが、十分に警戒して下さい」

 

「ああ、分かったでござるよ」

 

「おうっ! 任せときなっ!」

 

 よし!

 なら動こうか……覚悟しろよ雪代縁。

 お前の気持ちはわからねぇけど知っている。

 それだけに上手く行かせないことへ心苦しさもあるけど……。

 

 構わねぇ。



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その男、強者につき

 陸軍省。

 正直、お目当ての人物に出会うまで入り口で張り込んでやろう位の気持ちだったけど。

 運が良かったと言うべきか、ダメ元で取り次いで欲しいと見かけた人に声をかけてみれば繋いでくれた。

 

 ……いや、普通にビビってる。

 

 そう、俺は今志々雄一派討伐のために斎藤が結成した剣客隊の一人に会うためここに居る。

 そしてその活躍は一部の人へ伝わっているみたいで。

 

 見た目からは想像出来ない程、やたらめっぽう剣の腕がたつ女。

 

 そんな風に巫丞弥生の名前は少しだけ話題になっていたらしい。

 声をかけた相手が俺以上にビビってたことにビビったって話。何か知らんけど握手まで求められた、あれ? ここ赤べこかな?

 

 ともあれ巫丞弥生の話題に触れた人へと運良く声をかけられたって訳だ、ついてる。

 

 頷いてくれるだろうか? はっきり言って私事も私事。

 陸軍省の軍人へと頼むようなことでもない、むしろ彼らにとってみれば些事とすら捉えられかねない。

 

 ただ俺にとっては大事なんだ。決して些事じゃない。

 利用できる可能性が少しでもあるならそれに全力を尽くす。

 

 だから。

 

「力を貸して下さい!!」

 

 コツコツと足音が近づいて、ドアが開いたと同時に頭を下げた。

 力を貸してもらっても、何も返せない。

 だから下世話な話、俺自身を望まれたって差し出す覚悟すらある。

 

「わかった。僕たちは何をすればいい?」

 

「――へ?」

 

 そんな覚悟とは裏腹に、えらく即答を貰えたことにびっくりして顔を上げてみれば。

 

「あ、あれ? み、皆さんお揃いで……?」

 

「いやぁ、驚いたよね。弥生ちゃんが訪ねてくるって言ったら陸軍所属の奴ら一斉に集まっちゃって」

 

「いや、そりゃ来るだろ当たり前だ」

 

「まったくもってその通り。というかなんでコイツの名前を出したんだ? 俺の名前を出せば一発だったのに」

 

 なんて言ってる皆は笑顔で。

 口を開いたままの俺に向かって何やらごちゃごちゃ言っていて。

 

「そんなことより頼み事だろ? 詳細を教えてくれ」

 

「い、いや、あの? 手を、貸してくれるんですか?」

 

 そう言ってみれば、皆は一瞬唖然とした後……爆笑した。

 

「あはははは! 何言ってるんだ!? 当たり前だろ?」

 

「いやいやいや、弥生ちゃんの珍しい顔見れたってことで!」

 

「見くびられたもんだなぁ……ま、その認識を改めさせてやるさ」

 

 何いってんのこの人達。

 え? なんで笑ってんの?

 

「弥生ちゃん」

 

「え、あ、はい?」

 

 不意に真面目な顔へと戻った一人。

 他の人もそれに続いて、顔を引き締めて。

 

「僕たちはね、ずっとキミの力になりたいと思っていたんだよ? 実感は無いかも知れないけど……僕たちは返しきれない程の恩を、キミに感じているんだからね」

 

「お、恩?」

 

「あぁそうだ。弥生、俺たちゃお前が居なかったら……今ここに居ねぇ。あの宇水ってやつに殺されてた。それくらい分かってる」

 

 口にした人へと頷きが続く。

 未だに、俺は驚きから抜けられない。

 

「それに……こんな可愛い女に頼られて、二つ返事出来ねぇやつは男じゃねぇよな?」

 

「おうとも!」

 

 真面目な顔は、安心させてくれるような笑顔に変わって。

 

 そんな笑顔を見られて、ようやく。

 

「はぁ……これだから助平どもは」

 

「あぁ!? その言い草は無いよ!?」

 

「否定は出来ない」

 

「あ、じゃあ頼み事が終わったら一献付き合ってもらうってことで」

 

「おい抜け駆けやめろや、皆の弥生ちゃんだろうが」

 

 わいわいがやがやと。

 

 揃いも揃って馬鹿ばっかりだ。

 お前ら絶対暇じゃねぇだろ? 斎藤が声をかける位の人物で、ここ陸軍省だぞ?

 俺如きに構ってる場合じゃないはずだ。

 

 だって言うのに……!

 

「あぁもうっ! わかりました! 終わったらいくらでもお付き合いしてあげますからっ! お願い、聞いてもらいますよっ!!」

 

「おうっ!!」

 

 あぁ、こんなにも。

 こんなにも世界は俺に優しい。

 

 頼んだぜ、皆。

 

 

 

「そうでござるか……なんとも心強い」

 

「いやおめぇ陸軍省って……なんて言ったら良いかわかんねぇよ」

 

 剣客隊……陸軍省から引っ張った人だけではあるけど、協力してもらえることになったと報告。

 あの人達には、アームストロング砲が警察署長宅へと放たれるって想定の下で場所を割り出し、警邏してもらえることになった。

 一応念の為、前川道場へ砲撃可能な位置も検討して。そこに対しては陸軍夜間演習と言う名目で演習を行ってもらえると。

 

 ……改めて思うけどやばすぎるバックアップだ。あの人ら本気過ぎる。

 帰ってくる寸前に我へと返って、とんでもないことしてしまったなんて冷や汗が出たよ。

 

「とは言えこれでようやく万全でしょう。後は――」

 

「あぁ。拙者たち次第、でござるな」

 

 頷きを一つ。

 時刻は夕方、そろそろ出発だ。

 

「剣心さん、左之助……よろしく、お願いしますよ?」

 

「あぁ、任せるでござる」

 

「心配すんねぇ! いっちょやってやらぁ!」

 

 そういった二人を見送って。

 気にしないようにしていた道場の物音へ耳を傾ける。

 

「――!!」

 

「――!!」

 

 あぁ、確か弥彦の奥義教えてくれって直談判だったか。

 

 正直俺としてはなんとも言えない部分ではある。

 弥彦の気持ちは十分にわかる。そしてある程度の強さを持ったからこそ、薫さんの気持ちもわかる。

 

 物語として、弥彦は結局教えてもらえることになるけれど、今抱えている焦燥感は苦しいだろう。

 そしてその焦燥感から奥義っていう強さを求めてしまうのもわかる。

 

 ――俺だけ弱いのは嫌だ。

 

 弥彦は薫さんが言うように、十歳の男の子としては……日本ですでに一番かも知れない。

 

 そう、薫さんが弥彦の強さを求めた理由を安直だと思ってしまうのも仕方ない。

 日本で一番の十歳男児。

 だからこそ大事に育ててあげたい、俺はもう無理だから、今度こそ。

 

 責任感。

 薫さんはきっと、原作以上に弥彦のことを大事にしたいと思っているはずだ。

 

「先輩……」

 

「あぁ、燕ちゃん。挨拶が遅くなってごめんね? 今日からよろしくおねがいします」

 

「はい……」

 

 礼儀正しい燕ちゃんにしては珍しく、気もそぞろというか……まぁ、気になるよね。

 

「男の子って、不思議でしょう?」

 

「え?」

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ。その三日は……こんな感じなんですよ」

 

 燕ちゃんは頷いた。

 そしてじっと道場へ目を向ける。

 

「強さを求める……その、剣客さんって、そういうものなんでしょうけど……でも」

 

「でも?」

 

「強くなれば、それだけ自分も……相手だって怪我じゃ済まなくなるのに」

 

 あぁ、やっぱり燕ちゃんは天使だな。

 血生臭い場所にずっと居たから、なおさら。

 

「ふふふ、燕ちゃんは優しいね。でもね、少なくとも弥彦ちゃんはね?」

 

 ――自分も相手も、そうさせないために強くなろうとしてるんだよ。

 

「――」

 

 道場へ向かう。

 後ろで燕ちゃんが何かを言った気がする。

 

 そうだな、俺はもう神谷活心流でいられない。

 だって言うのなら、そんな俺だからこそ出来るコトがここにも一つある。

 

「!?」

 

「――弥生、ちゃん?」

 

 驚く二人。

 すっかり息は上がっていて、道場は荒れ放題。

 

 大きく深呼吸を一つ。

 

 そして。

 

弥彦(・・)。三十分あげます。それで息を整えなさい」

 

「――っ」

 

 立て掛けてある木刀を手に取り、弥彦の目を真っ直ぐ見て告げる。

 

 弥彦の喉が動いた。文字通り息をのんだ。

 

 薫さんが何かを理解した。瞑目して、頷きを一つした。

 

「一本勝負。いいですね」

 

「――おうっ!!」

 

 

 

 無茶難題だ。

 でも冗談じゃない。本気も本気。

 

 弥彦と俺の間にある壁、それは決して大きくない。

 だけどそれを乗り越えるのは容易いことじゃない。

 

 乗り越えさせるつもりは無い。させてあげようとも思ってない。

 

 何故ならこれは弥彦が自分でよじ登らないとダメだから。

 

 間に立っている薫さんも理解してる。

 この勝負は、弥彦にとっては始まりで、俺にとっては終わり。

 

 神谷活心流、巫丞弥生への決別。

 

 だから全力で一人の剣客として相手をする。

 俺の先にある存在は、もっともっと遥かな高みで待っているんだと。

 そしてそれに至る道は険しく、まさに修羅の道なんだと。

 

 実感してなお、挑むのか、臨むのか。

 

 それを、示すんだ、弥彦。

 

「――はじめっ!!」

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 薫さんの手が振り下ろされる。

 同時に弥彦が突っ込んでくる。

 

 羽踏は……まだ使わない、使わせてみせろ。

 

「――」

 

「ちぃっ!」

 

 一太刀目は面。身体に近い位置すれすれで避けた。

 近い位置で避けるってことは、無駄な動きが無いってこと。

 それを弥彦は十分に分かってる、だから勢いのまま大きく間合いを引き離した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 すでに大きく呼吸が乱れているのは弥彦。

 

 さっきとはうって変わって、じりじりと間合いを測りあう硬直時間。

 今の一撃で理解しただろう、次に下手をすれば間違いなく返す刀でお終いだと。

 実際羽踏を起動していたらその結末を描いていた。

 

「……」

 

 もう相手を煽る言葉なんて必要ない。

 一瞬口から出そうになったけど、俺には必要なくなった文句だ。

 

 盤石。

 そう盤石、万全の形で迎え撃つ。

 

 どうあがいても後の先で仕留めるしか出来ない俺だから。

 相手の必殺、その先に俺の必殺はある。

 

 だから、待つ。

 

「――ふっ!」

 

 次手は口から息を漏らしただけ。

 やっぱり素早い、躊躇ない踏み込みと身のこなし。

 

 描く剣閃は――逆風(切り上げ)!!

 

「我慢できなくなりましたかっ!?」

 

「るっ……せぇ!!

 

 その勢いがつきすぎた逆風。

 足元が宙に浮いてしまうほど。

 

 ……残念、だ。

 そりゃ自暴自棄ってもん――

 

「う、おおおおおお!!」

 

 ――や、ば、い。

 

 準備していた返す刀を放棄して、全力で避ける。

 だってそうだろう?

 

「龍翔閃……」

 

「……もどき、ってな」

 

 大きく間合いを離したのは俺。

 つけすぎだと思った勢いには、その後があった。

 

 あぁ、そうだ。

 

 そのなりふり構わなさが欲しかった。

 

「ふふ、あは……あはははは!!」

 

「――っ!!」

 

 思わず笑ってしまう。

 薫さんが、燕ちゃんが見ているけど……ごめんな、嬉しいんだよ本当に。

 

「――羽踏」

 

 弥生の世界へ持ち込んだのは嬉しさだけ。

 俺の大笑いに隙を感じ取った弥彦は再び突っ込んで来ているけど。

 

 残念、そりゃ隙なんかじゃねぇよ。

 

「っつぅ!?」

 

「――来なさい、弥彦」

 

 流石に俺とずっと稽古してないね。

 初見じゃ絶対それ、防げなかったよ? 俺を姉弟子に持てたこと、大いに喜んで?

 

「っだらああああ!!」

 

「そうっ! そうですっ! 弥彦っ!! 私を……乗り越えてみせろっ!!」

 

 嬉しい、嬉しいな。

 弥彦はやっぱり弥彦だ。かっけぇよお前。

 今はまだ、無理だろう。俺に勝つなんて。

 そんなコト、理解してるんだろ? それでも立ち向かわなきゃ、なんとか勝つ方法をって必死なんだろ?

 

 最高だよ、弥彦。

 

 絶対お前はでかくなる。

 漫画で知ってるから、原作だとそうだからなんて思いで馬鹿にしてるんじゃない。

 

 実感できた。

 弥彦は、こんなにも強い。

 

 この世界の弥彦は、もっともっと、俺が知らない、想像できないくらいにでかく、強くなる。

 

 だから。

 

「――そこぉっ!!」

 

「っぐ……っつぁ」

 

 どうあがいても防げないし避けられない。

 そんな一撃を、強く……全力で胴へと抜き放った。

 

「そこまでっ!」

 

「はぁっ!! っつぁ! は、あぐ……あり……ありがとう、ございましたっ!!」

 

「……ありがとうございました。見事でしたよ、弥彦」

 

 最後はもう気力だけだっただろう。

 頭を下げ合うと同時に、弥彦は前へと崩れ落ちた。

 

「弥彦君っ!!」

 

 その様子を見て燕ちゃんが駆け寄る。

 うん、そんな感じで弥彦を支えてあげてくれな。

 

「……薫さん、弥彦に奥義、教えてあげて貰えませんか」

 

「はぁっ、こんなの見せられたら……断れないわよ、弥生(・・)

 

 弥生。

 ちゃん付けじゃなくなった理由を噛み締めて。

 

「きっと、ただ安易に強くなりたいって願ったわけじゃないんですよ弥彦は」

 

「……うん」

 

 憧れが目標になって。

 目標の遠さを実感して。

 

「強さに年齢は関係ありません。性別だってそうです。きっと、誰もが強さを目指す権利を持っている」

 

 その権利に少しだけ早かったり、気づけただけなんだ。

 

 俺も、弥彦も。

 

「そうだね……うん、そうなんだね。ねぇ、弥生?」

 

「はい?」

 

 

 ――これからもずっと。弥彦の強さの先に居てあげてね。

 

 

 ……あぁ、この人は。

 尊敬してやまない師匠であり姉は。

 

 まったく。

 それがどれだけ難しいことなのか、十分わかってるくせに。

 

「ええ、頼まれました」

 

 



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その男、夜間待機につき

 火照った身体に夜風が気持ちいい。

 女の身体になってろくでもないことに気づいたけど、熱が籠もりやすい。

 よく漫画なんかで巨乳の女の子がならでは(・・・・)の苦悩があるなんて言ってたけど……わし、こんなのしりとぉなかった。

 

「こら、女の子がはしたないわよ」

 

「あ、あはは……すいません、つい」

 

 おにぎりをお皿に載せて差し入れてくれた恵さんから顔をそらしながら、開けていた胸元を整える。

 呆れているのかな? まったく、なんて目で見られながらも手渡されたおにぎりを一口。

 

 ……美味しい。

 

「やっぱり恵さんは料理上手ですよね」

 

「それはありがとう。まぁあなたの家主に比べたら……でも、弥生ちゃん程じゃ無いと思うけど?」

 

 いやはや何を言いますやら。

 恵さん手ずからの握り飯故に最の高なんですよ。

 

「それにしても……良かったの?」

 

「何がです?」

 

「こっちに来て」

 

 そういった恵さんの表情は、なんとも言えない。

 

 言外に言っているんだ、ここを守るよりも神谷道場を守るべきだろうと。

 確かに神谷道場は最重要防衛所。ここが直接破壊されてしまえば同時に剣心の心だって壊れる。

 壊れるだけじゃない、剣心が剣心だけに万が一俺が居ないせいで道場が破壊されても、決して俺を責めないだろう。

 

 元はと言えば自分のせいで。

 

 そうやって自分を責め立てるに違いない。

 

 恵さんは分かってるんだ。

 自分の重要性よりも、遥かにあの場所が重要で、何より剣心が守りたい場所であることを。

 

 それだけじゃない。

 

「左之助に言われませんでしたか?」

 

「何を、かしら?」

 

 そのために自分が犠牲になっても構わないとさえ思っている。

 並んで崖の淵に手をかけているのなら、迷いなく自分から手を離す覚悟をしている。

 

「剣心さんの幸せに、恵さんだって存在しているんですよ」

 

「――」

 

 俺は恵さんが好きだ。

 そうやって自己犠牲と言うには悲壮過ぎるかも知れないけれど、誰かの幸せを強く願う恵さんが大好きだ。

 

 だからこそそんな目をしないで欲しい。

 引き立て役なんかじゃないし、ましてや当馬でもない。

 

 医者として多くの人を救い、多くの幸せを願う恵さんは素敵な人なんだ。

 

「恵さんと薫さん……姉さんの間で、決着がついたのはわかります。ですけど、それはあなたが不幸になっていいという理由ではありません」

 

 選ばれなかったから、身を引いたから。

 

 陳腐な言い方だけど、幸せの形は一つじゃないと思う。

 剣心と結ばれることこそが最大の幸せってわけでもないはずだ。

 

「だから私はここを守るんです。剣心の幸せを守るってお題目だけじゃない、私が私の幸せを守るためにもここを守るんです」

 

「……弥生ちゃん」

 

 台無しな話ではあるけど、今晩は道場を襲撃されないと知っているからってのはもちろんある。

 それでも陸軍省の人に道場で何か異変があればと備えの準備はしているし、いざとなれば向かえる手はずは整っている。

 

 ただ、どうしても今恵さんと話したかった。

 今晩が終われば、神谷道場へ襲撃が来るのは目と鼻の先。

 そうなれば神谷薫、偽りの死。人誅が完成されてしまう。

 

 こうして落ち着いて話すのは、これが最後になってしまうかも知れない。

 

 恵さんは大人の女性だ。

 放っておいてもきっと上手く心の整理をつける。

 

 でもこれだけは言っておきたかったんだ、言わなくちゃいけないって思ったんだ。

 

「私は、あなたの幸せを守りたい。私が幸せでいるために、諦めたくない、切り捨てたくない。全てを守るって決めたんです」

 

 恵さんだけじゃない。

 弥生っていう俺を取り巻く全ての大事を、守る。

 

「……くすっ」

 

「うえっ!? な、何か変なこと言いました!? ちょ、調子に乗っちゃいました!?」

 

 なんですかその生暖かい目は!? や、やめてくれ! その目は俺にこうかはばつぐんだっ!

 

「ううん、あなたが女だっていうのがすごく残念だなって思っただけよ。本当に……今からでもちょっと男になってみない?」

 

「あ、あははー……非常に光栄なんですけど、とっても複雑です」

 

 男なんですよ、ホントは。いや、マジマジ。

 ってかさっきのセリフ、どう考えてもプロポーズですね本当に、ありがとうございました。

 

「ふふふ。それじゃ、しっかり守ってね? ……ありがとう」

 

「はいっ! お任せ下さいっ!」

 

 そう言って恵さんは背を向ける。

 目端に光った何かは……見なかったことにしよう。

 

 

 

 さて。

 夜も更けて、随分と眠気が強くなってきた。

 

「ふあ……」

 

 流石に寝ないけどさ。

 万が一の話が起こっても困るし、気合い入れて起きます起きます。

 

 まぁ良いタイミングだしこれからのことを考えよう。

 

 さっきも思ったけど、今日が終われば一気に慌ただしくなる。

 剣心が帰ってくれば、過去についての話が始まるだろう。

 正直知っていることだしわざわざ聞かなくてもいい。剣心だって、話さなくてはならないと思ってはいるだろうけど、聞かなくてはならないというわけでもない。

 

 空気読めないヤツだって話かもしれないけれど、こういう時間を上手く使うべきだとも思う。

 

 陸軍省へのお礼はこの件が一段落ついてから改めてと言っているし、気にしないでおくとして。

 実は生きてたんだぜドヤァしたいだろうし、斎藤さんへのアプローチもおいておくとして。

 一番の問題は――

 

「誰を敵にするか、か」

 

 戌亥番神、乙和瓢湖はそれぞれ左之助と弥彦の相手で確定だろう。

 左之助に関しては今の状況をほぼ両手が使える状態で迎えているし、心配は欠片もない。

 弥彦に関しても……多分、原作よりも一段上の実力に至っているはずだし、弥彦が弥彦でいる限り負ける絵が想像できない。

 

 残るは鯨波兵庫、外印、八ツ目無名異。

 雪代縁は論外だ、あいつに対して相当ムカついてはいるけど流石に剣心が戦うべき相手。

 鯨波兵庫はまぁ……出オチと言えば言葉は悪いけど戦うタイミングが無い。

 

 ならば外印か無名異。

 

 順当に考えれば、先の葵屋で相対したことを考えても外印なんだろうけど……。

 

 参號夷腕坊、猛襲型。

 

 はっきり言って相性が悪すぎる。

 左之助や剣心クラスの破壊力を有していない俺じゃあどうやってもあいつを剣では(・・・)倒せない。

 ダイナマイトじゃないけど、爆発物なんかあれば話は別だろうけど、剣客としてのプライドからだって認めたくないし、調達だって厳しいだろう。

 戦う時だけ日本刀を用意する? いやいや、木刀と刀じゃ取り扱いに違いがありすぎるし、突き一点張りして勝てる相手でも無い。

 

 何より勝敗は別としても、外印を相手にしてしまうと剣心が万全な状態で縁と戦うことになる。

 

 縁が強いのは言うまでも無いけど、本人が言ったとおり天翔龍閃が初見であるか否かの違いは大きい。

 剣心の精神面で違いはあるだろうけど、それを抜きにしても天翔龍閃は強力な剣技だ。否応なしに縁がぶっ飛ばされてしまう可能性はある。

 

 それだとまずい。

 縁がここで倒されて、剣心が自分の人生に答えを見つけないまま、上っ面の幸せ生活を送るってルートも良いかも知れないけど、それこそいつか何処かで綻びが生じるだろう。

 

 薫さんは一度、殺されたと思わなければならない。

 

「……いてぇ、なぁ」

 

 改めて考えればものすごく心が濁る。

 皆の幸せを守るために、一度不幸のドン底に落とさなくちゃならないなんて。

 早速の矛盾に嫌気が差す。

 

「だけど……それでも……」

 

 幸せは先に待っているんだから、踏ん張りどころだ。

 

 なら、俺の相手は無名異か。

 道場での守りを固める立ち位置、斎藤の出番を奪うことになるけど、まぁ良いでしょう。

 

 ただ無名異相手なら盤石、勝てるのかという問題。

 

 そしてその答えは分が悪いの一言。

 

 リーチの問題じゃあない、あいつの攻撃による土砂の防壁が問題なんだ。

 本命の鉄爪による攻撃はまだいい、だけど土や石が飛んでくるのはどうにも出来ない。

 確実に消耗戦へと立たされる。

 土砂によって体力を加速度的に削られて、小さな傷を重ねて、最後は爪攻撃の餌食。

 

 そんな攻撃を乗り越えて追い込んだとしても、結界。

 地中の爆弾を一斉に起動されては……厳しいじゃ済まないだろう。

 

 いっそのこと、今回は何もしない?

 

 ……それもあり、か?

 薫さんを拉致しようとする縁と一対一で戦う。

 それで負けてしまえば……。

 

「あぁダメだ、自分を許せなくなって死ぬ」

 

 うん却下だ。

 

 やっぱり無名異対策だ。

 

 ずっとそうしてきたじゃないか。

 知っていることを武器に変えろ、俺だからこそ出来る戦い方を模索しろ。

 

 まずどうやって戦う?

 鉄爪やアイツの化け物じみたリーチ、間合いは問題ない。

 土砂。そう、土砂が問題だ。

 羽踏を発動してしまうと、土砂すらも避けようとしてしまうから使えない。意識的な無意識下で戦うのはムリってことだ。

 つまり俺本来の力で戦うことになる。

 

「……うわぉ、それってまぢやばくね?」

 

 意外なところで気づいてなかった。

 今まで本当に弥生の異能ありきで戦ってたんだなぁ……死ぬかも。

 

 いや、生死の極致を避ける弥生だ、そうそう簡単には死なないけど……。

 

 つまるところ土砂を気合で無視して鉄爪避けて木刀ぶち込めってわけか。泥臭い戦いになりそう。

 やっぱ原作リスペクトというか斎藤リスペクトで、土砂より前に出てる手を狙うべきか。

 

 ただそれをして上手くいったとしても、だ。

 やっぱり問題の結界。

 

 俺に剣心や斎藤みたいな跳躍力はない。

 追い込まれた後一斉爆破されて、上の更に上を得るなんて芸当は無理だ。

 

「いや……上……?」

 

 上空に飛ぶってことは、地の加護を放棄するってことだ。

 上から振り下ろされる爪に土砂は無い。

 

 そうだ、それこそが唯一の勝機。

 

 地対空で仕留める。

 

「出来るのか……?」

 

 一斉爆破だ、当然隙間なんて無い。

 両足なくなったよ! やったね弥生ちゃん! 

 それが見えてる。

 

 そう、死が見えている(・・・・・・・)

 

「ならなんとかなる」

 

 ぶっつけ本番、未体験ゾーン突入もいいところだけど。

 

 俺の勘が、弥生の異能が言っている。

 

「――ヨシッ!」

 

 やってやろうじゃねぇか!



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その男、夢につき

 予想通りというか、漫画通りというか。

 朝になれば左之助と剣心は無事に帰ってきた。

 

 小國診療所で待機している間、あの小川で聞いた砲撃音を聞くことも無かったし爆発音も響かなかった。

 恐らく前川道場も、署長さんの家も無事だろう。

 

 左之助の両手は無事。

 おかげで恵さんの薬箱アタックを食らうハメにはならなかったけど、それでも手にダメージはあるみたいで、簡単な治療を施されながらそんな予想を確信に変えられる話を左之助はしてくれた。

 

 両手が無事な分というか、戌亥番神は漫画以上にプライドを傷つけられていたらしい。

 左之助はあんな勘違い野郎に負ける自分じゃないと笑っていたけど……恵さんの消毒液アタックには負けていて、戌亥は消毒液以下な可能性が……?

 ともあれ笑って良かったねと言えるくらいの結果にはなった。

 

 ただ、それは良いとしても。

 

 ――あんなに辛そうな剣心、初めて見た。

 

 帰ってきた剣心に一休みを提案した薫さんの言葉。

 

 正直に言えば、帰ってきたのが剣心だと一瞬わからない位だった。

 

 道場へ帰ってくる道中、会ったんだろう雪代縁に。そして重なって見えた雪代巴に。

 辛そうなんて一言で済ませられるほど気楽じゃない。

 どうやっても解けない過去の鎖。

 向き合う覚悟を決めたことで、それは実感となって剣心の身体を締め付けあげる。

 

 だからこそ。

 そう、だからこそ、だ。

 

 この人誅から始まる戦いは、剣心が自らしっかり乗り越えないといけないことなんだろう。

 そしてそれは俺を含めた、剣心組皆の戦いでもある。

 

 無力を嘆きたくもなる。

 過去を知ることは出来ても、触れることが出来るのは……きっと薫さんだけなんだろうから。触れることが出来たとしても、その鎖を引きちぎるのは他ならぬ自分自身だけだ。

 

「落ち込んでる場合じゃない、よな」

 

 一つ大きく深呼吸。

 

 きっと今日の夜、剣心の口から語られるだろう人斬り抜刀斎としての過去。

 知ってるから聞かないで良い、なんて思っていたけど。

 剣心は言うところの()へ話すことで心の整理をつけようとしている。

 なら、皆ってやつに入っている俺だけが聞かないわけにはいかない。

 それもきっと、一つの手助け、協力の形なんだろう。

 

「弥彦」

 

「おうっ!!」

 

 息を整え直していた弥彦へ声をかけて。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 再び始まる柄のかち上げ。

 

 神谷活心流奥義、刃止め。そして刃渡り。

 薫さんが言うように、柄の間合いを習熟することが大切なんだろう。

 すでに腕振りは始めていて、今はこうして俺相手にかち上げをしている弥彦。

 

 その表情は鬼気迫ると言って良いかも知れない。

 俺がこうして竹刀を持っているって言うこともあるんだろう、あれだけ言ってしまえば大きな口を叩いたんだ。

 どれだけハードであっても膝をついてなんかいられない。

 

 ハードっていうのは。

 

「遅れてますよっ!!」

 

「――っぐ!?」

 

 甘くなり始めればすぐに一撃かます俺のせい。

 

 流石に燕ちゃんにはこんなことさせられないし、出来ない。

 そう、今やっている弥彦の特訓はただの柄かち上げじゃあない。

 軽い実戦要素が含まれている。

 

「どうしました? 今のは私だって見逃しませんよ?」

 

「わか……てるっ!」

 

 再びかち上げ始める弥彦。

 

 流れ、飛び散る汗を見て、やっぱり強いなと改めて思う。

 多分、もう単純な剣客としての身のこなしは俺を軽く超えていると思うし、剣閃一つ、太刀筋一つとってもそうだ。

 まさに今、弥彦は羽化しているその最中。

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 荒い呼吸と、竹刀が合わさる乾いた音。

 一つ受けるたびに一つ何かの階段へ手をかけて、二つ音が鳴る度に足をかける。

 

 恐ろしいとさえ思う。

 本当に才能がある人間ってのは、スポンジだ。

 あらゆるものを吸収して蓄える。

 

「そこまでっ!!」

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました」

 

 薫さんの声にかち上げが止まって。

 ちらりと窺えば、一つ頷いた後。

 

「まだまだ刀身に頼ってるわよ弥彦。折角弥生が手伝ってくれているのを無駄にするつもり?」

 

「んなことねぇっ! まだまだ……やってやらぁ!」

 

 俺が神谷活心流で無くなったことを弥彦も分かってる。

 薫さんも門下生としての弥生って存在はもう居ないと分かっている。

 

 だから今の俺は多少の腕が立つ剣客として弥彦の稽古を手伝っているっていう図式。

 

「弥生、ありがとう。ここからはもう一回私がやるわ」

 

「はい、わかりました」

 

 持っていた竹刀を薫さんに渡して、道場を後にする。

 

 後ろで未だ響く竹刀の音。

 それを背に俺もやれることをしようと心に強く決めた。

 

 

 

 ――拙者の手で斬殺した妻、緋村巴の弟でござる。

 

 全員がその言葉に息を呑み、剣心が放つ雰囲気に飲み込まれた。

 

 漫画では、絵とセリフでどんな事があったのかがわかる。

 剣心の知り得なかったことでさえ、読者であった俺は知っている。

 

 だけど語る剣心を知らなかった。

 こうして目の前で、深く、深く悔いるような、赦されることを求めているかのような。

 自分のことを罪人だと、誰に言われるよりも強く自分で思っているって。

 

 簡単に。

 いともたやすく、察する事ができてしまう。

 

 話の頃は剣心が祝言をあげて、片田舎へ雪代巴と越したところ。

 

 一息つこうと剣心が言ったことで、一旦場が終わって。

 

「元服って言ってな、剣客目指すんなら覚えときな。それに一八つったら当時は適齢期の後半――」

 

 茶の間に剣心と薫さん以外が集まって休憩。

 

 恵さん弄りはやめるんだ、なんて頭の片隅に置きながら思うことは知ったかぶりを恥じる気持ち。

 

 あぁ、本当に。

 俺は事実しか知らなかったんだなって。

 事実を知って、なんとなくこういう気持ちなんだろうなんて。

 お察し万歳、それで決めつけ、手のひらの上で転がしたつもりでいた。

 

「――い、弥生?」

 

「あえ……? あ、左之助。どうしました?」

 

 っと、ちょっと自分の世界に没頭しすぎてた。

 はいはいなんですかー?

 

「んな思いつめたような顔してどうしたんでぇ?」

 

「んー……そんな顔、してました?」

 

 やっべ無自覚だった。うわ、皆して頷かないで下さいよ。

 ちょっと恥ずかしいじゃないですかってばいやん。

 

「弥生ちゃんが思い詰めるようなことは……もしかして剣さんに妻が居たって話?」

 

「かかかっ! 弥生がんなこと気にするタマか――へぶっ!?」

 

 うむ、恵さんナイスでーす。左之助流石にデリカシーないね、ボッシュートです。

 

 ……いやまぁ、元気付けようとしてくれたんだろうけどさ、わかってるよ。

 

「まぁもちろんそれは驚きましたけど。なんでしょうね、どうにも……キナ臭い」

 

「……ええ、そうね。本当に剣さんを愛していたのかさえ、わからない」

 

「でもそれは流石に。そんな人と祝言をなんて……」

 

 うん、話が逸れたね良かったね。

 

 まぁ情けないのさ、自分が。

 

 今までだって、知ったかぶりをして上手くここまで歩んできた俺だけどさ。

 それでもこうして生の声で、生の想いを語られて動揺にも似た感情を覚える。

 

 多分ここにいる人達は……薫さんはもちろん、燕ちゃんだって。

 受け止める覚悟がしっかり出来ていた。

 俺だけが、ふわふわとした覚悟だった。

 

 赤べこが砲撃された時も。

 そうだからあれだけ取り乱した。

 

 ……こうして、剣心の話を聞けて良かった。

 まだ続く過去の話だけど、これで俺も。

 

 ――剣心、聞かせて。

 

 覚悟の重さを知ることが出来たんだから。

 

 

 

 話し終わった後は沈黙が待っていた。

 覚悟だなんだとは別の部分、誰も何も言えなかった。

 いや、言う必要も無い。

 誰もが皆、分かっているんだ。

 

 剣心が整理できないことを整理しようとしているって。

 

 余計なノイズを入れないように。

 しっかりと受け止めて、胸に刻んだんだ。剣心の過去を。

 

「弥生?」

 

「少し、風にあたってきます」

 

 女四人が一つの部屋に……なんて状況にドキドキしていい場面でもなし。むしろ出来ない。

 一言断りをいれて、恐らく左之助と弥彦がいるだろう表に出る。

 

「男と自負するなら手ぇ出すな。例え剣心が死ぬことになっても――」

 

「――」

 

 あぁ、こっちはこっちでまぁ熱い話をしてたっけな。

 

「やれやれ、涼みに来たと言うのに暑苦しい」

 

「あん? なんだ、寝られねぇのか?」

 

「弥生姉ぇ」

 

 声をかけてみればにやりと笑う左之助と、少し照れたような弥彦が顔を向けてきて。

 

「とは言え、そのためにも……分かってますね? 左之助、弥彦」

 

「あぁ、剣心が私闘に全力を出せるよう……それ以外は全部こっちが受け持つ覚悟で行くぜ」

 

「あぁ! よぉし! そうとなれば早速奥義の稽古だ――!」

 

「……新しい遊びか?」

 

 弥彦の腕振りを見て左之助が一言。

 遊びみたいだけど必要な稽古なんすよ、なんすよ……。

 

 しかしまぁ。

 

 やっぱ俺ってば性根はまだまだ男だね、安心した。

 こういうなんていうのかな、男臭い空気がやっぱり心地良い。

 

 夢を語って、夢へ努力して。

 

 自分が生きる目的に向かって勇往邁進。

 

 かつて限界集落で生きた時は、こうして誰かに夢を語ることも、一緒に夢を抱く相手も居なかった。

 だからこうできる今を感謝すべきなんだろう俺は。

 

「俺は本当の意味で、強くなりたい」

 

 剣心の跡を継ぐ。

 弥彦が星を見上げながら語るそれはまさしく夢だ。

 左之助が言うように、胸を張って高笑いをして語るべき夢。

 

 それが叶うと俺は知っている。

 けど、どうしてそうとまで思ったのか、覚悟が出来たのか。

 

 ようやくそれに触れられた。

 

「弥彦なら、大丈夫」

 

「や、弥生姉ぇ?」

 

 左之助にからかわれてる弥彦だけど。

 

「あなたがでっかい男になるなんて……わかりきってますから」

 

「……っち、弥生よぉ。そういうとこだぞ? おめぇは変な所で甘ぇよな」

 

 そうかな? 変な所って言われてもな。

 この誓いは高笑いして胸を張ってするもんだ。

 だって言うならしっかり認めてやらなきゃダメだろう、なんて。

 

 ……ん?

 

「あれあれ? もしかして嫉妬ですか左之助?」

 

「んなっ!?」

 

「もう既にでかい男だと思ってましたのにー? そんな男には甘やかしなんていりませんよねー?」

 

「あーなるほど……こうするのか流石だな弥生姉ぇ」

 

 はいはい、俺こと弥生ちゃんに勝とうなんて百年早いんですよっと。

 

「仕方ないですねー。ほら、高笑いして胸張って下さい? よしよししてあげますよー?」

 

「……てめぇ!」

 

 はんっ、やれるもんならやってみさらせぇ!

 

 ぎゃーぎゃー煩く。だけどそれがいい。

 

 十日後。

 来る戦いは、それぞれの道を見つけるため。

 

 俺もそれまでに、胸を張って高笑い出来る夢を持とう。

 



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その男、帰り道につき

 一先ずのんびり出来るのはこの十日間。

 それは皆の共通認識だろう、そして自分の先について考え始める十日間でもある。

 弥彦が腕振り一万回を突破して、左之助がタダ飯たかりに来るのを受け入れて。

 

 なんてことはない。いつも通りの日常だ。

 

「弥生ちゃんがサービスしてくれるって!?」

 

「うっひょうほんとかよ赤べこ始まったな」

 

 そう、いつもどおりの日常、日常……。

 そんな中赤べこ再建に向けてビラ配りをしてるなうな俺ですよ如何お過ごしですか。

 

「なぁにとんちんかんなこと言ってるんです。赤べこは料理を楽しむ場所であって私を楽しむ場所じゃないのですよ?」

 

「弥生ちゃんを……」

 

「楽しむ!?」

 

 うぉい言葉尻だけに反応するんじゃあない。

 その助平精神を引っ込めろ、今すぐにだ。

 

「そうか、なら俺も一つ……」

 

「この間の貸しを……赤べこで!?」

 

 んで陸軍省の皆さん無事で何よりです! とっても嬉しいんで回れ右して仕事にカエレッ!

 

 あーったく無茶苦茶だよ。

 どいつもこいつも弥生ちゃん弥生ちゃんと男のケツ追い回して何が楽しいんだ、いいケツなのは認めるが。

 いやそうじゃない。

 

「あーもう! 再開した暁には! 私によるお酌サービス、つけちゃいますぅ!」

 

「やっほおおおおおおおい!!」

 

「流石弥生ちゃんそこに痺れる憧れるから結婚して」

 

 やんややんやの大騒ぎ。

 天下の往来だって忘れてんじゃねぇのこいつら恥ずかしい。

 

 でもまぁ。

 

「ええの? 弥生ちゃん」

 

「……嫌だって気持ちはまぁありますけど。でも……」

 

 そうだ、今いる日常を守るんだ。

 より幸せな日常へ向かうんだ。

 

「やっぱり賑やかな赤べこが、大好きですから」

 

「先輩……」

 

 嘘じゃない。上っ面じゃない。心底そう思う。

 

 そうなんだよ燕ちゃん。

 俺たちが戦う理由は、いつだって何かを守るためなんだ。

 もう俺は神谷活心流じゃあないけれど、それでも活心流の理を無くしたわけじゃない。

 

「ぐすっ……なぁ、弥生ちゃん?」

 

「あーあー妙さん、もう泣かないで下さい。それで? 何でしょう?」

 

 思わぬ感動をぶちこんでしまったらしい。

 あんまり思ったことを簡単に言ってしまうのも考えものだよね。

 いやでも最近こうなんだよな、ちゃんとというか、言ってしまう。

 

「もし、もしな? 良かったらでええんやけど……ウチに、こうへんか?」

 

「ウチって……赤べこに、いや。妙さんの所にってことですか?」

 

 おっと、予想外のお誘い。

 

 まぁ確かに、この後がしっかり上手く行けばだけど、道場に居てもただのお邪魔虫だしなぁ。

 

「そうや。ウチに来て、一緒に赤べこを切り盛りしていかへんか? うちは……本気で思ってるよ」

 

 つまりなんだ。

 これは正社員雇用的なお誘いか。

 隣にいる燕ちゃんも、これで先輩とずっと一緒になんて目でキラキラとまぁ……。

 

 率直に言って嬉しいし、渡りに船……って言えばちょっと腹黒いか。

 でもこうやって俺を認めてくれるっていうのは悪い気しないどころかむちゃくちゃ嬉しい。

 

 けども。

 

「ありがとうございます、妙さん。ですけど、まずは身内(・・)のごたごたを何とかしたいので」

 

「うんうん、それも大事やもんな。ええんよ、返事は急いでへんし、ゆっくり考えて」

 

 ありがたい。

 人情あふれる人達だから、大事にしたいしそれに応えたいって想いはすごく強い。

 

 けど、そう、だけども。

 

「……先、かぁ」

 

 ふんわりとしか思い描く事が出来ていない未来。

 乗り越えなければ前に進めないと感じている壁。

 

 やっぱり俺にはどうしても剣心と戦わなければ、それに腰を落ち着けて考えることは出来ないらしい。

 

 

 

 終わりではなく始まり。

 別れではなく旅立ち。

 

 そう剣心が薫さんへと語ったように、俺達は知らぬ間に、無自覚に未来へと歩く。

 

 薫さんは、剣心へと告白したのだろうか。

 そして剣心はそれを受け入れたのだろうか。

 

 なんて、赤べこからの帰り道で、ぼうっと考える。

 

「おう、弥生。赤べこのけぇりか?」

 

「左之助……。ええ、今日も沢山ビラを撒いてきましたよ」

 

 相楽左之助。

 多分、異性として一番弥生へ親しい人物だろう。

 もしも、俺が俺なんて言わず、れっきとした女だったら……薫さんが剣心へ告白するように、左之助へと告白していたのだろうか。

 

 ……うわ、考えただけで鳥肌立った。良かった。

 

「へっ、そりゃご苦労さんだったことで」

 

「ええ、ご苦労さまでしたよ。プー太郎」

 

 顔を見合わせて笑う。

 どちらにしても、だ。

 

 俺は左之助が好きなんだろう、最低限人間として。

 その上にきっと男同士の友情とか、異性なら恋心とかそういうのがあるんだろう。

 

 あぁ、認めよう。

 男でも女でもない俺は、今の感情に答えは出せない。

 

「左之助は」

 

「おん?」

 

「どんな未来を描いていますか?」

 

 知っているさ。今まさに先ってやつへ悩んでいることくらい。

 どれだけ強くなっても、先を見据えて歩もうとしている奴らは最強だ。

 道を切り拓こうとする力は、生きようとする意思は、何よりも強いのだから。

 

「おめぇ……」

 

「その未来に誰が居ますか? あなたの隣で誰が笑っていますか? 私はまだ見えません、思い描くことすら出来ない。やりたいことや、ぼうっとしたものはあります。けれども」

 

 中途半端な俺は、まだそれを描く資格がない。

 男としても、女としても。この明治を生きる人間としてではなく、もっと単純な、生物としての未来。

 

「私は、思うがままに生きたい。そしてそのためには必要なことが沢山あって、それを一つずつ片付けている最中です。左之助は……左之助はそれを手伝ってくれますか?」

 

「……」

 

 告白じゃあない。

 ずるいと思う、一緒に居て欲しいとは言わないのだから。

 左之助の未来は、俺以上に誰にも憚らず、何にも縛られず自由に生きていて欲しい。

 そういう男だって、そういう未来を生きるって知っているから。

 

「おらぁよ……難しいことはやっぱわかんねぇ。おめぇが何を期待してるのかもわかんねぇ。だけど一つわかってることがある」

 

「それは……なんですか?」

 

 左之助が分かっていること。

 それは一体なんだろうか。

 

「おめぇが……弥生が、生涯をかけて付き合えるダチってことだ」

 

「――」

 

「正直に言やぁよ。てめぇとガキ拵えて大黒柱ってヤツに収まるのも悪くねぇなんて思ったこともある」

 

 それは……うん、自分で言っておいてやっぱり生物的な嫌悪感があるな。いや、ごめんまじで。

 

「んだけど、やっぱちげぇんだ。おめぇは……弥生はなんつーかよ、帰る場所なんだ」

 

「帰る場所、ですか?」

 

「あぁ。ふらっとどっか行ってよ、まぁたふらっと帰ってきたときによ、呆れた目で今度は何処でバカやってきたんだって言ってくれる……そんなヤツで、けぇってくる場所なんだ」

 

 帰る場所、か。

 あぁ、そうだな、悪くない。すこぶる最高に悪くない。

 

「先のことは……やっぱわかんねぇ。もしかしたら、いつか考えたように、おめぇとくっついてる未来ってやつになってんのかも知んねぇ。けど、どういう形であっても、そんな光景だけは変わんねぇんだろうなって思う」

 

「……ふふ、とんだ放蕩クソヤロウですね」

 

 あぁ、そうだな左之助。

 俺たちの関係ってのは男女じゃねぇよな。

 俺もそう思うよ、あんたと子供作ろうが、一人で生きていようが。

 

 多分、いやきっと。それだけは変わんねぇな。

 

「ちっ。ちげぇと言えねぇ俺が憎いぜ」

 

「だまぁらっしゃいバカヤロウ。悪一文字を背負った人に良いやつはいませんね。はっきりわかりました」

 

 やっぱりお互い笑顔で。

 こんなクソ話をしても、どっか俺たちは外れてる。

 

「だからよ。おめぇの言う思うがままに生きようや、お互いによ」

 

「ええ、全くですね。ありがとうございます」

 

 肩に遠慮なくパンチして。

 返ってきた拳を軽く躱して。

 

 お互いの未来を祝福し合った、帰り道。

 

 

 

 そして決戦の日はやってくる。

 

 この日を迎えるために準備はした。

 多くのことをしたわけじゃない、赤べこは痛恨だったけど……被害を最小限に収めてここまでやってきた。

 

 これから始まるのは剣心の私闘。

 多くの絶望がやってくると俺は知っているけれど、それでも。

 

「未来へ生きるために」

 

 皆が皆らしく幸せに。

 それだけを願い、心へ定めて再び戦いの場に立つ。

 

「最前には拙者が立つでござる。左之は前庭、弥生殿には道場周辺を。攻守の判断は任せる」

 

「おうっ!」

 

「はいっ! お任せをっ!」

 

 事前に相談したわけじゃないけれどいい場所につけた。

 標的と定めているのは八つ目。あいつは最初薫さんを狙いやがるからな、しっかり咎めてやるし煽ってやる。

 

「弥彦、お主は最悪の場面に限り攻撃へ転じることを許すでござる」

 

「お……おうっ!!」

 

 ――おおしやるぜえええ!!

 

 うんうん、燃えてて大変結構なことだ。空回りしないことを祈るのみ。

 

 全員で生きて、朝を迎える。

 やってくるのは絶望に彩られた朝だと知っているけれど。

 

 未来に、変わりはない。

 希望へ続く道に、変わりはない。

 

「――来たっ!?」

 

「……いや、なんだよ花火かよ、驚かしやがって」

 

 いいや違う、これは間違いなく開戦の合図。

 

「いえ、驚いたほうが良いようですよ……!」

 

「え……?」

 

「っ――! あれは!!」

 

 さぁ、始めよう。

 お大臣よろしく空で見下ろすクソガキを……まずは引きずり下ろしてやるっ!!



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その男、人誅戦につき

 開戦の合図は鯨波兵庫から。

 

 どう考えても先走りだろう、外印が呟いたように一発逆転の可能性を高めるアームストロング砲。

 それが使用不可に陥る状況は避けなければならないはずだ。

 

「次弾装填!」

 

「そうはさせぬ」

 

 無論、というか。

 チームとして、団体戦としての勝利を目指すならって話だけど。

 

 そんな意識あいつらには無いだろう。

 人体急所の一つである脇下、打ち抜かれた鯨波兵庫はその身体を沈める。

 

 代償は左之助の斬馬刀のみ。

 改めてここまでは出来すぎと言っていいくらいの状況だろう。

 

「さぁ、薫さん、恵さん道場へ」

 

「う、うん」

 

「弥生ちゃん、動じないのね」

 

 感心したように……ってのも違うか。

 少し驚きを含ませながら俺へ言うのは恵さん。

 

 一番強いのは知っているからってのが理由だけど、同じくらい鉄火場に慣れてしまったんだろう。

 慣れてはダメなものでもあるっていうのはわかるけど、まだまだこんなことで取り乱していられない。

 

 そうだ、そう言えばこの後……!

 

「左之助っ!」

 

「おう?」

 

「私にもっ!!」

 

 上空を見上げれば気球から飛び降りようとしてくる二人。

 そのうちの一人、戌亥へ向かって左之助の拳を要求する。

 

「んなっ!?」

 

 なんだ、やれば出来るもんだな? それとも左之助が上手いのか。

 

 しっかりと攻撃態勢を整えながら飛べた俺に対して戌亥は上手く動けない。

 そうそう、ここでダメージを与えられずともちょっかいを出しておかないとね。

 

「雷神車キャンセル、ってね」

 

「こん、のっ――!」

 

 無意味に門を破壊させてたまるもんかって話。

 俺つえーしたいならどっか別の世界に転生してどうぞ。

 

 体勢を完全に崩した戌亥が落ちていく。まぁちゃんと着地程度は出来るだろう。

 

「――」

 

 飛び上がった先で外印と目が合った。

 そして互いを認識し合った。

 

 ……嫌な交差ではある。

 ここで戦うつもりはないけれど、いつか戦うことになるって確信を得てしまった。

 

 まぁ……それも。

 

「この戦いが終われば」

 

 届かせるつもりは無かった声だけど、小さく外印が頷いた気がする。

 

 下を見れば門は無事。

 うん、良かった良かった……ってあれ? 下?

 

「……どうしようめっちゃ高い」

 

 これ絶対ダメなやつだよね? 戌亥は着地出来たかもしれないけど、俺、潰れるよ? べちゃって。

 

「……やっべ」

 

 助けて弥生えもん!! こんな間抜けにわし、死にとおないで!!

 

「わっきゃあああああ!?」

 

「――っとぉ。んで弥生? おめぇは一体何しにいったんでぇ?」

 

 よぉしナイスキャッチ左之助流石だべいべー! ケツに手が触れてるのは勘弁してやんよっ!

 

「あ、ありがとうございます助かりました」

 

「まぁいいけどよ。しっかり頼むぜ?」

 

 コクコクと頷いてその場から離れる。

 

「て、てめっ――」

 

「あなたが私の相手? 馬鹿言わないで下さい、物足りなすぎます」

 

 まぁ隙だらけだわな、後ろ姿を戌亥に狙われるけどすいすいってなもんだ。

 

「じゃ、左之助。よろしく」

 

「あぁ」

 

 もちろん余裕の退散ですよ、プロですから。

 

「ねぇ弥生ちゃん?」

 

「なんでしょう? 恵さん」

 

 そうして戻った道場の入り口、なにやらジト目が痛いけどなんでございましょうか?

 

「……感染(うつ)った?」

 

「……忘れて下さい」

 

 バカは死ななきゃ治らないけど、感染するようなもんじゃないと信じたい。

 

 

 

 さて、戦況に変わりはなし。

 ちょっかいは結局ちょっかいレベルで終わった素晴らしい。

 左之助と戌亥の喧嘩第一幕が始まったけど、漫画通り左之助がまずボコられているけど特に心配はしていない。

 

 乙和と剣心の睨み合いは続いている。

 相手からもこちらからも膠着状態と言えるだろう。

 つまりは外印……夷腕坊が降りてくる。

 

 ――。

 

 ちらり、と弥彦ではなく俺へと剣心の視線が配られた。

 そしてその視線にノーを突き返す。

 

 気球の数とこちらの戦力数。

 事前に打ち合わせていた通りだ、ここで俺は動かない。

 その役目は弥彦に譲ってほしいという訴え。

 

 だから今の視線は最終確認。

 いざとなれば俺が責任を持つという意味。

 もちろん弥彦に万が一は起こさせないし、敢えて言うなら万が一を起こさせないための布石でもある。

 

 剣心には天秤を渡したんだ。

 弥彦が乙和と相対して戦う危険性と、俺がこの場を離れてあるかもしれない奇襲で薫さんたちが傷つく危険性。

 

 その天秤は結局俺が薫さんたちを守る方へと傾いた。

 

 夷腕坊が、降りてくる。

 土煙をあげて、晴れた先には禍々しいと言っていいその姿。

 

「弥生……!」

 

「ダメです、私は動けません。気球はあと一つ……あいつの動向へ気を配りながら誰かと戦うなんて私にはムリです。それにアレと戦えるのは……剣心さんしか、いないでしょう」

 

 薫さんが言いたいのは俺が乙和と戦って剣心が夷腕坊と戦うって布陣。

 だけどそりゃムリだ。

 戦いの構図が変化して、俺が乙和と戦えば、八つ目の相手をするのは弥彦だ。

 最悪じゃないけど、斎藤がやってきて戦ってくれる可能性もあるけれど、ここで弥彦の戦いを奪うわけにはいかない。

 

 乙和と俺なら、十中八九俺が勝つ。

 相性はもちろん、単純な力量差だってあるだろう。

 だからこそ、俺が戦ってはいけない。

 

「そんな……!」

 

「大丈夫。ほら――」

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 行け、弥彦。

 

「弥彦っ!?」

 

「さっきの一閃が最初から腕の武器を狙ったもんだとも気づかねぇヤツに、剣心の相手が務まるとでも思ってんのかよっ!!」

 

 そうだ、よく言った。そしてよく戦いの場へ立った。

 

「剣心が……戦いの場を弥彦に任せた……」

 

「ええ、そうですよ薫さん。弥彦は……もう、剣心さんにだって認められる剣客なんです」

 

 わかるよ弥彦、今の気持ち。

 葵屋の時みたいに、状況的に戦わなければならないから戦うんじゃない。

 

 誰かに、託される。頼られて戦う時の高揚感にも似た感情。

 

 心配すんな、絶対に死なせないってのはもちろんだけど。

 骨はちゃあんと拾ってやるさ。

 

「……」

 

「大丈夫です、弥彦は……勝ちますから」

 

 

 

 これで、三局の戦い。

 俺としては何とか、だろうこの構図に持ち込めた。

 剣心と外印の戦いが始まった以上、これで俺の相手は八つ目で確定。

 もしかしたら斎藤が登場する機を窺ってんじゃねぇかと勘ぐったりもするけど、あの人の性格的に待機なんかしないだろうし、縁を捕まえるためのチャンスを逃す人でもない。

 つまり今まだ斎藤はいない。

 

 八つ目の動きを警戒しながらではあるけど。

 

「やっぱ……強え」

 

 思わず口から溢れた。

 確かに痛撃を受けた剣心ではあるけど、ありゃ初見殺しに近い。

 以降の読みで、剣心が違えることはなく、やっぱり戦いからは安心感が伝わってくる。

 

 いや、早くも安心しているのは俺だけか。

 隣にいる薫さんも恵さんも固唾を呑んで見守っているし、俺だけ緩めていても仕方ない。

 

 ぶっちゃけこの二人だけじゃない。

 俺以外この場にいる全員が剣心の戦いへ目が釘付けだ。

 

 この間に何か出来ないかななんても考えたりするけれど、なんてことはない。

 

「……」

 

 俺は俺で剣心の戦い方を分析するのに夢中なんだから。

 

 実際の話。

 俺が今まで勝ち続けて来られたのは、弥生の異能はもちろんだけど、同じくらい知っているという部分が大きい。

 だから事前に入念な想定を頭の中で繰り広げて、足りなければ何かのピースで埋めてと不安材料を潰していったからこその勝利でもあった。

 所々相性じゃねぇだろうとか無策も承知で戦ったことはあるけれど、それでもベースは分析によって導かれる勝利の方程式。

 

 そんな分析で見ても、やっぱり剣心一番の武器は速さだ。

 読む速さ、決断の速さ、身体の速さ、剣の速さ。

 あらゆる速さを極めた先にこそ剣心の力がある。

 

 それに追いつくためには、どうすればいいか。

 

 不可能だろう、後から追いかけてたどり着ける境地でもない。

 後から恵さんから告げられるように、その境地は常人には負担が多すぎる場所なんだから。

 

 ならばどうすればいいのか。

 どうすれば剣心と戦いになるのか。

 

 今もそうだけど、剣心は予想できないことに対して脆い。あるいは想像以上と言うべきか。

 いつか誰かが言っていた気がするけど、読みに頼りすぎている面がある。

 力でねじ伏せているように見える戦いだけど、その実剣心の戦いとは究極に型へとはめこんだ戦いなんだ。

 

 こうすればこうする。こうなればこうなる。

 

 その読み、決断をとてつもないスピードで思考し、決めその道筋を描く。

 だからこそ、そんなパズルピーズが狂っていればフォローが効かなく、痛手を負ってしまう。

 

 対する、俺。

 

 俺自身も何気に剣心と似ている。

 勝利の方程式を築いてそのレールを走ろうとするって意味においては。

 

 だけどそれでも、俺にとって相性が良い。

 

「うん、そうだよな」

 

 俺と剣心の決定的な違い。

 それは道筋にある。

 

 答えに至るまでの道筋を俺は見ていない。

 剣心は道筋から答えに至るまで全てを見ている。

 

 こう思えば俺ってば随分と適当ね、なんても思うけど。

 自分自身の力がはっきりとしていないからこそ究極的な結果オーライを求めてしまってる。

 

 そしてそれは剣心にとって、全てが初見であるということ、予想がつけられないということ。

 

「……いける、かもしれない」

 

 恐らく剣心の戦いを見るのは、ここが終われば後は縁との直接対決だけ。

 

 考えよう、熟考しよう。

 かつてもそうしたように、今も。

 

「あれが……!!」

 

「飛天御剣流奥義、天翔龍閃……」

 

 あーでも、あれだけはどうしようもないっすねはい。

 

 

 

 ――楽勝っ!

 

 ――あ、じゃあぶっ潰れた道場の壁、修繕お願いしますね?

 

 ――あぁん!?

 

 勝利することを欠片も疑っていなかった左之助はちゃあんと勝利を収めてくれて。

 ちょっと手を痛めたは痛めたんだろうけど、恵さんに呆れられることなくてよかったね。

 

 そして今。

 

「どこ見てやがる。お前の相手はこの俺だぞ」

 

「チッ……口数の減らない」

 

 こっちを見て撤退を考え始めた乙和を睨み返して。

 

「死ねるかぁああああああっ!!」

 

 弥彦はしっかりと刃渡りを決めた。

 

 さぁ、次は俺の番だ。

 こんなとことで躓いてはいられない。

 さっき定めたばかりなんだ、未来も、強さの果ても。

 

 すっかり腰の抜けた薫さんを可愛いと思っている場合じゃない。

 後ろで斎藤の声が聞こえた気がするけど気にしている場合でもない。

 

「薫殿っ! 早くこっち――」

 

「いえ、その必要はありません」

 

 天井から音を立てて現れた化け物紛いの腕。

 その腕をしっかりと木刀で払う。

 

「チィッ!」

 

「……さて」

 

 うん、我ながら元気いっぱい、力負けするかなと思ったりもしたけどこの分なら大丈夫そうだ。

 

 じゃ、やりますか。

 

「ねぇ? 化け物さん」

 

「……五分預かるぞ、抜刀斎」

 

「待てっ! 八つ目!!」

 

「五分もいりませんよ、三分で十分です」

 

 おっと、だーいぶ巻き進行にしちゃいましたね? 口上言えなくて残念無念。

 

「この姿を化け物と呼んだヤツから! 真っ先に俺は殺してきたっ!!」

 

 っ! っとぉ!

 わぁいお家に堀が出来たよー? 鯉でも買いましょうか薫さーん。

 

 ……あー冗談だろ?

 やぁっぱ読むのと見るのは段違いね、知ってた。

 

 はいはい、そんな自慢げにニヤつかないでくださいよまったく。

 

「なんだ、こっちは問題ないか」

 

「ええ、欠片ほども。ですので、斎藤さんはお空の大将をよろしくおねがいします」

 

 そう返してみればなんてことない、やっぱ戦いたかっただけなんすねぇ。

 でもごめんなさいですよ、見て楽しんでもらえる程度には頑張るつもりなんでギャラリーよろしくです。

 

「どうだこの威力。俺は化け物じゃなく、人間を超えたものなのだ」

 

 ドヤ顔鬱陶しいな。というか舌が主に気持ち悪い。

 

「その牙はまぁ良いとして。舌も人体精製でしたっけ?」

 

「これは自前だ」

 

 あーあーそうだったそうだった。

 別にこの辺を原作意識したつもりは無かったけど丁度いい。

 

「なるほど? 十分化け物ですね」

 

「っ!? 殺すっ!!」

 

 はいはい、もうその手のセリフって聞き飽きてるんですよね。

 

 八つ目、あんたを弱いなんて思わないよ。ぶっちゃけそんな余裕をぶっこくほど余裕があるわけでもない。

 それでもあえて言うよ。

 

「殺す? あなたが? ……ふふっ」

 

 ――身の程知らずですね。

 

「っ!?」

 

「……貴様」

 

 一番に驚いてくれたのは剣心かな? それとも左之助?

 んでちょっと怒ってる風味なのは斎藤かな?

 

「まぁ、見ていて下さいよ斎藤さん。私も……別に遊んでいただけってわけじゃないんです」

 

 そうして構えた身体に力を込める。

 

 長い長ーい八つ目の腕に対して構えるは。

 

「ふん。つまらないものは見せるんじゃないぞ?」

 

「ええ、見せてあげますよ。……私流の牙突ってやつを」



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その男、虚ろな勝利につき

 こうして八ツ目無名異と相対して。

 単純に感情の浮沈が激しすぎるだけなんだなと実感する。

 

「コロス!」

 

 今も物騒な言葉を使って騒いでいるけれど、その実冷静な部分を残している。

 牙突の構えを取った俺に対して、同じく構えている八ツ目だけどいきなり感情のまま襲いかかって来ないのがその証左。

 

 奇しくもな左対左は描かれず、右対左。

 

 少し感じるやりにくさ。野球経験者なんかはわかるのかもしれない感覚。

 それでもお互いに恐らく間合いの一歩……いや、半歩外での待機。

 

 この硬直はまだ続きそうだ、歓迎したくない間ではあるけれど、どの道俺の牙突は待ちの一手。

 

 カウンターの牙突(牙突弥生流)

 

 牙突の本質は突進だ、自分の体重、身体のバネ、そして脚力から生まれる勢い。

 それらを片手平突きにのせて攻撃力へと変える技。

 実際に斎藤が使い分けているように、間髪入れず横薙ぎへ切り替えられる物だったりと派生というか型みたいなものはあるんだろう。

 

 そして本質が突進であるならば俺の牙突は牙突ではないのかもしれない。

 

 斎藤曰くの正真正銘な牙突。

 

 あれは全体重を前方へ向けて、全てをその一刀に懸けると言っていいくらい、実に新選組の生き様を示すかの様な技。

 対して俺は全力で後方へ体重を乗せる。全身全霊で身体のタメ(・・)を作る。

 

 弥生の世界へは入れない。

 だからこれは恐らく初めてだろう、弥生ではない俺という剣客の勝負。

 

 散々アクションを卑怯にも知って、利用して。

 

 それでも生きてやると、無様で醜く足掻いてやるという決意表明。

 

「ちょ、ちょっと、ほんとに大丈夫なの!?」

 

「あぁ、心配すんねぇ。弥生は――」

 

 ――負けねぇよ。

 

「殺す殺すコロスッ!!」

 

「……さっさと来なさい、化け物」

 

 嬉しい台詞が台無しだっての。

 

「殺すっ!!」

 

 ――来た。

 

 予想通り想定通り、間合いが交差する前にアイツの左腕は地面を抉る。

 その破壊力にたじろぎたくなる気持ちを堪えてぐっと力を込めて。

 

 突進が重なるから土砂の防壁は驚異たり得るんだ。増した勢いに土砂は猛威を振るうんだ。

 本命はあの左手左腕。必ず土砂より先に腕が来る。

 

 だから。

 

「大した着眼だ――っ!?」

 

「知ってますよ、防げるんでしょう?」

 

 その左手が精密機械もびっくりな動きを描けることは知っている。

 この後に続く牙突零式なんて奥の手を持ってない俺にはそんな場所は狙えない。

 

 突き出した俺の左手は何のため?

 そりゃ狙いを正確につけるためでありあんたの土砂から視界を守るため。

 

 ――ここだ。

 

 相手の左手を潜り、土砂に向かって大きく踏み込んで。

 

「うあああああああああ!!」

 

 身体にビシバシと土が跳ね当たる。負けるな俺、男の子だろう?

 何のために突進を選ばなかったんだ、何のために力を溜めていたんだ。

 

 それはもちろん。

 

「――!!」

 

「このためですっ!!」

 

 相手のほうがリーチがある。

 ならば入り込んでしまえばこちらのもので。

 

 ぶちりと髪を止めていたリボンが切れた感触。

 もう何度も味わった感触で。いい加減短くしてやろうかな? なんて場違いにも程があることを考えながら。

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 相手の左肩付け根へ木刀を全力で突いた。

 木刀から伝わる嫌な感触、肩峰か鎖骨を砕いて筋を断った。

 

「一応言いますが、動かさないほうが良いですよ? 無茶したらもう二度と使い物にならなくなります」

 

「がっ、がっ、グギ……!!」

 

 心配……なんて言わないけど、まだ戦闘を続けるなら続けている内に骨が皮膚を突き破る可能性大。

 我ながらえぐすぎるとも思うけれど、それだけに想像では測れない痛みだろう。

 

 弥生を外れた俺は、どうにもやり過ぎる……いや、拙すぎる故にこうなってしまう。

 

 そう、だけどこれで終いになるはずだ……普通なら(・・・・)

 

「ぐおおおおおっ!!」

 

「……ええ、まぁ。期待してはいましたけど、続行だと確信してました。それでも敢えて言いましょう、まだやる気ですか?」

 

 牙突零式とどっちのがエグいのかな? まぁどっちもどっちか。

 俺の手元にはまだ木刀がある。流石に貫くなんて出来ないからね。

 

「当然だっ! 俺は抜刀斎を殺すためだけに一五年生きてきたっ! ここで闘わずにして退くならば死んだほうがマシだっ!!」

 

「……そう、ですか」

 

 なんとなく、俺じゃなくて弥生は理解できるのかもしれないなその想いは。

 剣心……抜刀斎に殺されたいと願い続けて弥生のループを続けて、続けさせられて。

 悲しくて虚しい闘いの人生。

 執念とも言えるだろう、呪いとも言えるだろうその生き様は。

 

「なら私がその闘いへと引導を渡してあげましょう」

 

「ほざけっ!!」

 

 素直な思いだ。

 そしてそれはいずれ弥生にも。

 なんとなく、物悲しい気持ちで屋根裏へだろう逃げ込んだ八つ目を見送る。

 

「いくぞっ! おおおおおお!!」

 

 上空から襲ってきた八つ目を躱して。モグラごっこを眺める。

 本当に、その肩、腕でよくやる。

 

「弥生殿っ! それは――!」

 

 結界でしょう? 大丈夫です。

 

 確かに弥生の異能、その致命的な弱点は広範囲同時攻撃。

 八ツ目無名異が縁から渡された……万弾地雷砲、だったっけ? それはまさにあてはまる。

 

 だけど、だけどだ。

 

「流石抜刀斎、察しがいいな」

 

 そんな言葉と一緒に大きな爆発音。

 爆発音に混じって聞こえなかったけど、多分誰かが弥生の名前を呼んだ。

 

「よく見ておけ抜刀斎、お前に関わった人間がまた一人死ぬ様」

 

 そうだ、だけど。

 

 いい加減戦っている相手は俺だってことを思い出して欲しい。

 さっきからずっと、俺はあんたと戦っている気がしない。

 

 まぁそれは俺もなのかもしれないけど。

 八ツ目と戦っているようで、八ツ目を通して別の何かと戦っている。

 

 酷く、酷く虚しい闘い。

 

 だから八ツ目、その気持ちは俺が預かるよ。

 いずれ来る未来への戦い、その時俺が全てぶつけてやる。

 

「――行くぞ。これで貴様の最後、全地雷を一斉爆破する」

 

「後でちゃんと埋め立ててから帰って下さいね」

 

 言い終わって。

 弥生の世界へ入り込む。

 

 全自動回避同時攻撃。

 

 あぁ、改めて考えてもチートに過ぎる。

 この身体は、この世界は。いつだって自分の命を繋ぐ場所へ入り込む。

 

 一斉爆破? ええ、ええとっても痛いですね。

 さっきからとっても熱いし爆風はあんたの土砂の防壁よりも激しく身体を襲う。

 

 それでも俺は生きている(・・・・・・・・・・・)

 

 爆弾の威力に差が有ったのか? 密集が薄い場所があったのか? それともたまたま自動的に向かった先の破壊力が少なかったのか?

 そんなことはわからない。

 ただ弥生は自分の死が見えている場所を避け、死が見えない先へと進んだに過ぎない。

 

「!?」

 

「そして空に飛んだあなたに土の加護はない」

 

 残念だったな八ツ目無名異。

 背負ってるもんは、若干俺のほうが重かったらしい。

 

 命ある場所へ動けたのも自動なら、奔らせた剣閃もまた自動。

 

 振り下ろされた鉄爪を躱し、カウンターを胴へと抜き放つ。

 

「――」

 

 ちらりと剣心へ目を向けて。

 

「さて八ツ目無名異、あなたは運が良い。私はつい最近神谷活心流を辞した所、つまり不殺の理から外れています」

 

「ぐ……ぁ……」

 

「あなたにとって剣心を殺すこと、死が救済となるのなら、私があなたに救いをあげましょう」

 

 八ツ目の目が俺とぶつかる。

 窺える色は少し怯えが混じっていて。

 あぁ、戦いは終わったんだなと理解した。

 

「弥生殿」

 

「……ええ、信じてましたよ」

 

 どうやら意図は伝わったらしい。静かに語りかける剣心へ背を向けて。

 

「ご満足のほどは?」

 

「まぁまぁ、ということにしておいてやる」

 

 にやりと笑う斎藤へ笑顔を返した。

 



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その男、絶望への入り口につき

「張さんは裏取り……今頃は雪代縁のアジト探索ですか?」

 

「……だから貴様は……やれやれ、逃した魚は大きいと思うことにしよう」

 

 そんな風に話しかけてみれば目を丸くされた後に笑われる。

 ていうかまぁた俺やっちゃいましたね? こんなん言ったらまた尋問されますよ怖いです。

 これだから戦闘後の高揚感ってのはダメだ、落ち着きなさい。

 

「わぷっ?」

 

「後、少しは女らしくなれ」

 

 投げつけられたのは制服の上着。

 

 はて? 女らしくも何も俺は男ですが?

 なんて思いながら自分の姿を確認してみれば。

 

「いやーん?」

 

「……阿呆が」

 

 色々際どい格好になってますねはい。斎藤さんまじ紳士。

 

 と言うか今更ながらに身体いてぇわ、アドレナリン不足ですね間違いない。

 それでもまぁ動ける程度、爆発の熱波による火傷がメインだろうか、ひりひりする程度。後は土砂のせいだろう細かい傷が幾つか。

 ほんと弥生の異能様々ですね。

 

「しかし考えたな」

 

「はい?」

 

「牙突の話だ」

 

 あぁ、弥生式。

 まぁぶっちゃけ見て覚えられる技でもなし、主に突きの正確性を高めるためと、より的確かつ攻撃力の高いカウンターを考えた結果で型を模倣させてもらった。

 

「私には体重はもちろん力がありませんから。相手の勢いを利用する形で、牙突と言うには少し拙いが過ぎると思いますけど」

 

「あぁ。だが、後の先をあぁも的確に取る……いや、取れるのは貴様だからこそだろう。少し癪ではあるが、認めてやる」

 

 面白くなさそうにを気取ってはいるけれど、顔は少しにやけてる。

 なんですか斎藤さーん? ちょっと慕われるのが嬉しいように見えますよ斎藤さーん?

 

「その顔はやめろ。そういうところだ。そしていい加減後ろの心配そうにしている医者に気づけ」

 

「はえ?」

 

「……まったく、やっぱり弥生ちゃんなんかのバカ感染ったでしょ? 正直肝が冷えたどころじゃなかったのよ?」

 

 いやぁ申し訳ない。これも戦闘後の高揚感が悪い、全部それが悪いから俺なんも悪くない。

 

「良いから行ってこい。俺は別に逃げん」

 

「はぁい……斎藤さん」

 

「なんだ?」

 

 ――また、後ほど。

 

 そう口だけで言ってみれば、顎を引くように小さく頷いてくれた。

 

「それにしても」

 

「どうしましたか? 恵さん」

 

「弥生ちゃん……ほんとに強かったのね」

 

 わぁおすんげー今更感!

 っても仕方ないか、実際に俺が戦った所を見たことないもんね。

 

 でもなんだろうな。

 

「それほどでも……ですができれば、あんまり見てほしくなかった気もします。今更、ですが」

 

「あら? それはどうして?」

 

 くるくると手際よく巻かれる包帯。

 消毒液がやっぱり沁みる中、なんでそんな風に思うのか。

 

「言いましたよ? 私は恵さんが好きですから。血生臭い娘だと思ってほしくはないんですよ」

 

 なんて言ってみるけど。いや、恵さん大好きはマジだけど。

 

 多分戦いの人って思われるのが嫌なんだろうな。

 俺にとっては近所のキレイなお姉さん、恵さんにとっては近所の可愛らしい女の子。

 そんな関係でずっといたかったんだろうと思う。

 

 女の子……?

 

 だめです男の子です。

 

「……そ。じゃ、おバカな女の子だと思うようにしておくわ」

 

「あ!? あー! 違います! 私別に左之助してませんから!」

 

「――おいこら弥生。その左之助してるってなんでぇ」

 

 あーもう無茶苦茶だよ! 俺しーらねっと!

 

 

 

 そんな俺達の様子に剣心は一つ心を固める。

 

 とは言っても、迷いは晴れないまま、この戦いの先にあるだろう答えを求めて戦いの場へ赴いた。

 俺もいい加減クールダウン。ここからは茶化しはナシだ、そうやってる心の余裕もない。

 

「資質もある、鍛錬も積んでいる。だがそれだけだ」

 

「これでしっかり剣術を学んでいれば……」

 

 心の余裕がないって小さい理由の一つ。

 それが、倭刀術。

 

 これは少し前から思ってたんだ、実に俺向きの剣術だと。

 

「ならばまず一つっ!!」

 

 ――蹴撃刀勢。

 

 いや、流石にあんな太刀なんか持ってないし持つつもりもないから、そのままトレースするなんて不可能だけど。

 もっと言えば狂経脈なんてのもない上、空中疾走も当たり前だがムリ。故に学ぶべきは発想。

 

 つまるところ、しなやかな動き(・・・・・・・・)

 

 かつて本格的に剣を握る前、剣心にも言われたように。

 俺はまだまだ力で剣を操っている。

 

 さっきお披露目した弥生流牙突もそうだ。

 斎藤のようにそれ一本で戦うなんて程昇華できてるわけでもなし、使えてワンポイント、ピンポイント的な使い方になる。

 羽踏にしてもそうだ。

 回避と攻撃を同時にする……これは物理的やらなんやらを含めて、絶対的に回避できない攻撃へ対しては無力。

 

 ベースとなる剣術が必要だ、神谷活心流では生きていけない俺だから。

 

「良いのか? 抜刀斎を見なくて」

 

「……ええ」

 

 見方が違うのも流石に斎藤さんにはバレるか。

 

 正直、この……今の(・・)緋村剣心に学ぶべきところは無い。

 さっきの夷腕坊戦や、言ってしまうならばこの後、雪代縁との再戦にならば学ぶべきところはあるが。

 

「あぁっ!?」

 

「……なるほど、な」

 

 目の前で龍巻閃が返された。

 それで斎藤は俺の言う所を理解したらしい。

 

「巫丞弥生、貴様には今何が見えている」

 

「……ご自分が口に出したくないからって私に言わそうとしないで下さい」

 

 信頼とも言えるだろう。斎藤を含めて、恐らくどころか確実に今の時点では誰も。

 

「緋村剣心が負けるはずない」

 

 そう思っているはずだ。

 俺がそう思っていないのは、知っているのはもちろん……唯一まだ剣心と戦いたいと思っているからだろう。

 斎藤はこの剣心と戦いたいとは思っていないだろう、何処までも決着をつける相手は抜刀斎だ、だから気づいた。

 

「ちっ……」

 

「……」

 

 舌打ちを一つ。それから斎藤は薫さんの所へ。

 最大の弱点はお前だから何処かへ退けと言いに行ったんだろう、それはやっぱり抜刀斎であれ緋村剣心であれ負けるところを見たくないがため、だろうか。

 

 そしてここが運命の分かれ道。

 

 どうしても薫さんの擬死が見たくないのであれば、問答無用で退いてもらうべきだっていうのは分かってる。

 だけどそれでもその先にこそ幸せがあると知っている。

 

 歯がゆい。

 

 全ての犠牲なく幸せに。

 そう決めたからこそ、ここで動けない事が辛い。

 

 あらゆるケースを考えた。

 ここで自ら悪役を買って薫さんを攫ってしまうことさえ考えた。

 

 それでも、どうしても先に綻びを描いてしまう。

 ここで薫さんの擬死が無ければ、きっと剣心は答えにたどり着かない。

 正直な所、雪代縁は対緋村剣心にのみ最強のジョーカーたり得る存在で、ともすれば斎藤や左之助なら呆気なく勝ってしまう可能性だってある。

 

 何だったら私が戦っても良い。

 若い女を傷つけることが出来ない縁だから、多分誰よりも勝利の目があるかもしれない。

 

 だけどそれじゃあ一生剣心は前を向かない。

 そしてその先にあるのはなんとも気味の悪い幸せのみ。

 もしかしたらそれで納得するべきなのかもしれない、自分のエゴを通した、だったらそれで満足すべしと言われているのかもしれない。

 

「……嫌だ」

 

 でも嫌だ。

 俺のせいで幸せに陰りを作ることだけはダメだ。

 

 巫丞弥生は異物なのかもしれないけれど。

 るろうに剣心の世界に居てはならない存在なのかもしれないけれど。

 

 俺も、幸せになりたいから。

 

 

 

 やはりと言うべきか。

 

「所詮、所詮死など一瞬の痛み」

 

 天駆ける龍の爪も牙も、地に伏せる虎へは届かなかった。

 

 ――貴様を生き地獄へ叩き落とす。

 

「姉さんはこっちへ!!」

 

「や、弥生!?」

 

 あぁでもそれでも。

 精一杯の抵抗はしてやる!

 

「弥生! 嬢ちゃんを頼んだぞ!!」

 

「わかってます!!」

 

 くそっ! 煙幕でいまいち方向が掴めねぇ……! これじゃ別の道に逃げても追いつかれちまうっ!

 やっぱり道場か……? 道場しか、ねぇのか!?

 

「くそっ!」

 

「弥生! 剣心が!!」

 

「くっ! バカいってんじゃないです! 姉さんが死んだら悲しむのは誰ですか! 悲しむ人の中に誰がいますか!?」

 

 あーもう! これは恵さんの役目! 光栄だけどこのタイミングは嬉しくないっ!!

 

「っ!?」

 

「風向きが……っ!」

 

 煙に巻かれないよう強く薫さんの手を掴み引く。

 今の戦況はどうなってる? もう鯨波は目を覚ましただろうか。

 だって言うのなら……そろそろ。

 

「私怨はないが、やつに人誅を下すため――」

 

「ちぃっ!」

 

 来やがった! 雪代縁!

 

「ふん、余計なヤツまでいたか」

 

「姉さんに……手出しはさせない!」

 

 大丈夫だ、雪代縁は俺にも薫さんにも手を出せない。

 時間を稼ぐ程度なら問題ない、なんならここで倒してしまっても――。

 

「――巫丞弥生」

 

「なっ!?」

 

「弥生!!」

 

 現れた影は――。

 

「そう何度も邪魔をされては、な」

 

「外印……っ!!」

 

 足元を見ればご丁寧に鉄線で編まれた陣のようなもの。

 命に関わる攻撃を避ける事ができる……が、命に関わらない攻撃には反応出来ない。

 

 こんな形で……新しい弱点に気づくなんて……最悪もいいところっ!!

 

「外印……おまえぇ……っ!」

 

「おお、怖い怖い。……だが、いずれを今にしている暇はない。少しの間、じっとしてもらうぞ」

 

「やよ――っ!?」

 

 ――諦めろ。

 

 あぁ、嫌だ。

 その台詞は、それだけは。

 

 分かってるのに、ちゃんと薫さんは生きているって知ってるのに。

 

「姉さんっ!!」

 

「とは言えこのままじゃ仕事も出来ん……眠れ」

 

「かひゅっ!?」

 

 変な声が出た。

 あぁ、そうか、俺はいま、鉄線に……。

 

「は、な……せ……」

 

「……縁じゃないが言わせてもらおう」

 

 ――諦めろ。

 

 いやだ、いやだ、薫さんを守れなかったなんて認めたくない。

 皆の絶望する表情なんて見たくない。

 

 いやだ、いやだ、いや、だ、い――



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その男、前進につき

 恐らく。

 ユメノオワリとは今を指すんだろう。剣心は行方をくらまし、神谷薫は死に。

 道場に流れる空気は重たいを通り越している。

 

 人の価値ってものが本当にその人が死んだ時に流れた涙で決まるというのなら。

 あんまりにも少なすぎる(・・・・・)

 もっと、もっと多くの涙が溢れて良いはずだ、それこそ海が出来るほどに。

 

 いや、分かってる。

 薫さんが生きていることなんてわかっている。

 分かっているだけに、本気で死んだと思っている人達の中にいることが辛すぎた。

 こうなるって知っていたのに、覚悟していたのに。

 後悔する権利なんてあるはずもないって、言われるまでもないのに。

 

 自罰的といえばそうなんだろう、誰に左右されるわけでもない自分の中で定まっている未来。

 そのために親しい人たちを悲しみに沈めているという事実は、自分で裁くまでもなく俺を責め立てた。

 

 だから逃げた。

 

 信じられないの一点張りで。まるで狂人かのように。

 今の皆からすれば、生きているはずのない薫さんを探そうとする、現実が見えていない人を演じて。

 

「……切り替えろ、俺」

 

 一人呟く。

 引きずられている場合じゃあない。自分で選んだ道なんだ、都合が良すぎる。

 狙い通りじゃないか、むしろ漫画の道を辿ったんだ喜べ。

 

 ただ、どうしても。

 

 もし縁がトラウマを克服していたら?

 なんて想像が、発想が邪魔をする。

 

 目が覚めた時、剣心が泣き崩れていて、その先に薫さんの死体があって。

 もしも……もしも本物だったらって。

 そのまま棺桶に入れられた薫さんから、何の人工物も出てこなかったらって。

 

「落ち着け、冷静になれ……!」

 

 縁は俺に対して酷く動揺していたように思う。

 故に自らの手ではなく外印を使って俺を行動不能にしたんだ。そのはずだ。

 

 若い女性を傷つけることが出来ないだけではなく、姉と呼んでいる存在を知って。

 まず間違いなく俺って存在を自分と重ねたはずだ、それが出来ないのならそもそも人誅なんて考えても実行に移さない。

 

 縁が巴さんを姉ちゃんと慕ったように。

 俺もまた薫さんを姉と慕っているなんて、すぐ理解に及んだはずだ。

 

 今頃は、原作以上に心へダメージを負っているだろう。

 もしかしたら、眼鏡の奥に映す巴の顔は曇っているどころじゃないかもしれない。

 

「違うって……そうじゃないって……」

 

 なんて、それこそ自分を棚に上げて恨みって心で誤魔化しているに過ぎないんだろうな。

 

「皆、ごめんな……」

 

 弱くて。より良い幸せを模索できなくて。

 

 だからこれは一生背負わないといけない業。

 剣心が抜刀斎として多くの命を奪ったことをそう捉えているように。

 俺もまた、薫さんの擬死を死として扱ったことを、簡単に解決させてはいけないと心に刻んだ。

 

 

 

 皆で行った落人村。

 そこではしっかり漫画で見た光景が流れていった。

 

 左之助の言う仇討ち。

 心情的には近いものがあるけれど、やっぱりブレーキがかかった。

 もちろん、このままで終われないという気持ちはある。

 だけど、それでも。

 

「この状態を容認したのは……誰だ、って話で」

 

 何も言うことが出来なんだ。

 もう疲れたと言った剣心にも、そんな姿に怒りが収まらない左之助にも。

 

 だから。

 

「ねぇ、四乃森蒼紫さん」

 

「……」

 

 いつか会ったのは京都の市内。

 お互いに面識はそれだけ。

 

「私には薫さんが死んでしまったなんて信じられないんです」

 

「……そうか」

 

 それでもこうして言葉を返してくれるのはきっと優しさなんだろう。

 何を考えてるのかわからない代表ではあるけれど、カリスマだけはビンビンと伝わってくる。

 

「ええ、なんで一番心へ傷を負わせることが出来るだろう殺害の場面を剣心の前でやらなかったのか……そんなことを考えると、ね」

 

「――!」

 

 そこでようやく俺に目を向けてもらえた。

 流石に表情へ出さない蒼紫さん、ご立派です。

 

「過程を省く必要は何処にもない。むしろ本当に絶望の底へ叩き落としたいのなら、それはあるべきもののはず」

 

「あぁ、その通りだ巫丞弥生。俺にも違和感があってな、その時の一部始終を出来る限り詳しく話せ」

 

 本来ならこれは恵さんの役割だけど。

 俺自身少し逸っている気持ちがある。一刻も早くこの辛い現状から抜け出したいと思っているんだろう。

 今から墓を暴く……なんてのは無理だろうけど。

 それでも、少しだけでも早く今から脱却したい。そんな気持ち。

 

 だから遠慮なく話した。

 途中、随分と冷静なんだななんて突っ込まれたのはかつての斎藤さんを思い出してしまったけど。同じく、そう見えたなら光栄だとしか言えなかった。

 だってそうだろう? あの時はなし崩し、場当たり的にカードを切っていった結果だったけど、今回はある程度思考を巡らせている。

 

 随分と、虚勢を張るのが上手くなってしまった。

 

「わかった」

 

 そう一つ頷いた後、その場を後にしていく蒼紫。

 

 なんというか、本当に掴めない人だ。

 恐らく徹底的な現実主義という隠密のルールに則って行動し、明日の夜にでも薫さんの墓は暴かれる。

 それでこの空気も終わりだ。

 

「あぁ、そうか」

 

 ふと、気づいた。

 

「蒼紫達の到着を早める手助けをするだけで……もしかしたらこの戦いは――」

 

 ――終わっていたのか。

 

 あぁ、そうだ。そのはずだ。雪代巴の手記、それがただの一日でも早く手に入っていたのなら。

 

 なんてこった、正解はこんな簡単なところにあった。

 

 バカだ。

 

「はは……ははは」

 

 バカだなぁ……俺。

 何がバカって……。

 

「なんでこんなに嬉しいんだ」

 

 なんでだ、なんでだろう?

 なんでこんなに涙が出るんだろう。

 

 なんで今さら、心が痛いんだろう。

 

「そっか……そうなんだ」

 

 ようやく俺は俺をちゃんと責められる。

 仕方のないことだから、乗り越えないといけないからなんてお題目で隠していた心。

 

 ミスを見つけたから、自分の迂闊を見つけられたから。

 

「ごめん……ごめんなさいぃ……!」

 

 やっと、後悔できる。

 

 

 

「剣心さんとのお別れは済みましたか?」

 

「……弥生。んだ? おめぇも俺と来るか?」

 

 いやいや、目が笑ってねぇですって。

 弥彦の台詞が引っかかってるのはわかるけど、俺にあたることでもねぇでしょうに。

 

「まぁ、それもいいっちゃ良いのかもしれませんけどね」

 

「……は」

 

 あぁ、分かってるんだろ?

 絶対についてこないってわかってるからの台詞だったんだろ? それくらいわかるさ。

 

「弥彦に言われたでしょうし、私が似たようなことを言っても仕方ありません」

 

「んだよ……だったらいっちょ喧嘩でもすっか? そうすりゃ、多少でも気が晴れるぜ?」

 

 おーおー狂犬もびっくりね。触るもの皆傷つけるってか?

 

「いいえ? 私の気はもう晴れていますから」

 

「あぁ?」

 

 訝しげだねぇ。

 けどまぁ、生憎と。

 

「もう動くしかありませんから。いつまでも終わってなんて居られないんです」

 

「意味、わかんねぇ……! こちとらむかっ腹が立ってたまんねぇんだ……! たとえてめぇでも――」

 

「はっ! バカ言ってんじゃねぇですよ左之助。アイツがダメになったから自分もダメになることを容認しちゃうようなヤツを殴る拳も剣もねぇんです」

 

 今の自分がどんだけ情けない背中してるか分かってるか?

 

「私の好きな左之助なら一人でも薫さんの仇討ちに走っていましたね!」

 

「――!」

 

 あんたはそういうヤツだよ。

 剣心に引きずられて落ち込んだりするタマでもねぇだろう?

 

「まぁもっとも? そうして欲しいなんて思ってませんし? 今の左之助にソレをされるくらいなら今ここで貴方を潰してから私が仇討ちに走ります」

 

「てめぇ……!」

 

 あーあー、これだから左之助は。

 道を開けるがてら拳を躱して、その背中を木刀で小突く。

 

「行けよ左之助。一旦終わってこい」

 

「あぁっ!?」

 

 存分に苛立って、存分に憂さ晴らししてこい。

 

「返す拳は結構です。もうちょっとマシな面してから殴り返して来なさい」

 

「――ちっ」

 

 それでもまぁ言っておかないといけない言葉はあるか。

 

「良いですか左之助。待ちはしません、けど必ず……見届けに帰って来なさい。これでも、今でも……私は貴方の帰ってくる場所でいるつもりですから」

 

 言葉が届いたのかは、わからない。

 もう漫画で、原作でこうだからこうなるとも思わない。

 

 俺は、俺として、弥生として、どこまでもこの絆を信じてやる。

 

 

 

「それで俺に裏を取りに来たってわけか」

 

「ええ、嬉しいですか?」

 

 なんて言ってみれば斎藤はニヤリと笑って。

 

「コイツより遥かに使える人材が来るのは喜ぶべきことだ」

 

「おうコラちょっと待ちや!? こんだけコキ使っといてそらないんちゃうか!?」

 

 はいはい張さんは煩いんで黙っていてくださいねー。

 

 ま、邪険にされず良かったよ。なんとなくウェルカムな雰囲気です。

 

「それで? 今度は何処まで掴んでいる?」

 

「荒川河口……まぁ、斎藤さんと同じ睨みをつけてるって感じですか」

 

 言ってみればやっぱり眉を一つ動かして。

 

「やれやれ、貴様がそう言うならこれは本筋と考えて良さそうだ。そして欲しい裏は神谷薫が生きているだろうことか?」

 

「まさにその通り。そしてありがとうございます」

 

 うん、どうやらしっかりと薫さんは生きているようだ。

 これで一安心、しっかり動けるってもんです。

 

 今頃蒼紫達による神谷薫の墓暴き計画が立てられているところだろう。

 それに付き合うのも良いけど、やっぱり俺だからこそ動けることを優先すべきだ。

 

「よし。ならばここからはすり合わせだ。改めて(・・・)何処まで掴んでいる?」

 

 っとー流石にここで逃しちゃくれないか。

 ここで中華マフィア……縁達との関係を疑われないあたり結構信頼されてるよな。

 いや、もしかしたらその筋も疑ってるのかもしれないけど……。

 

「推論を元に、と前置きしますが。雪代縁に組織の旗頭となる力はあっても纏め上げる能力はないでしょう。実務、折衝担当がいると睨んでいます」

 

「続けろ」

 

「そして雪代縁最大の目的は現段階で達成している……剣心さんへ人誅を仕掛けるためだけにと決めつけるのは早計ですが、達成した以上組織のトップとして据え置くには危うい人種です」

 

 今現在に至るため。

 ここまで生き延びるって部分があったにせよ、その理由はやっぱり剣心へ復讐するためのはず。

 

「そういった組織のトップとして日本に来た、という点も絡めて考えて。日本へ市場を広げるには絶好の好機であるはず。実務折衝担当がこの機を逃すとは思えない」

 

「……流石だな。今からでもコイツの代わりにならないか?」

 

「ちょおい!?」

 

 いや流石に人誅編以降はお役に立てないでしょう遠慮いたします。

 

 ともあれ一つ斎藤は頷いた後。

 

「貴様の言う実務折衝担当……組織のナンバーツーが東京へ入ったと連絡があった。雪代縁個人の人誅なら可愛いものと見過ごせようが、ここから先は絶対にまかり通らん」

 

 流石の迫力。

 斎藤の悪即斬、それに抵触するとなると本当に。

 

「一つ、網を張っていまして」

 

「網?」

 

 まぁ張ったのは俺じゃないけど、蒼紫だけど。

 あん時の借りはしっかり返しておかないといけない。

 

「時間をかければ警察の捜査でも新アジトは割れるでしょう、ですがこちらも確実性が高いはず」

 

「わかった。ならば互いに情報が得られ次第連絡を取り合えるよう図っておく」

 

 今度は二人で頷く。

 

 そうさ外印。

 甚だ八つ当たりで申し訳ないが、いい加減葵屋から続いてる妙な縁……終わらせようぜ。 

  



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その男、外法の戦いにつき

 ――良いだろう、だが始末は俺がつける。

 

 それが条件。

 簡単すぎて涙が出るね、蒼紫には心から感謝しよう。

 

 じっと息を潜めて待つのは外印。

 そう、アイツの言う造形美その集大成である神谷薫の死体人形。

 取りに来るのをひたすらに待つ。

 

 手に持つのはいつもの木刀。

 少し肌寒くなってきたせいか、やけに冷たく感じるそれに対して心は熱い。

 

 今の所、一勝一敗の引き分け。

 なんて単純な話ではないけれど、葵屋での攻防では俺が勝って、先の人誅戦では手痛い敗北を刻まれて。

 いい加減だましだましで紡いでしまった縁を断ち切ろう。

 

 だましだましでやってしまったからこそ、見て見ない振りをしてきたからこそ。

 自業自得の大後悔。そんな無様を晒してしまったんだ。

 自分にある何かへの決別、そして腐れ縁ではなく腐った縁を振り切る。

 

「……ふー」

 

 落ち着こう。

 因縁と言うには言いがかりにも程があるけれど。

 荒くなりそうな呼吸を抑えつけて。

 

 外印。

 いつでも考えている相性。

 

 弥生対外印を相性だけで考えるならガン不利と言っていい。

 鉄線の直線的な攻撃、あるいは曲線の攻撃。

 それらに対して脅威はほとんど感じないが、間合いの広さと、鉄線を用いた環境利用攻撃。

 

 何度だって確認するけれど、俺は広範囲同時攻撃に弱い。

 最近判明した命を目的としない攻撃もそうだし、トラップばりの攻撃にだって弱い。

 

 八ツ目の地雷爆破を生き抜けたのは……予め命を繋ぐ場所へ目星をつけられた事が大きい。

 異能で爆弾の位置を察知出来たんだって理解だけど、外印の攻撃とは似ているようで少し違う。

 

 最大の噛み合わない点ってのが、間合いに入ることを徹底して許されないだろうということ。

 

 もう散々外印に手の内は明かしてしまっている。

 なら相当侮られるでもない限り剣の間合いには入ってくれないだろう。

 木刀の間合い先、中遠距離を維持されたまま何処かでハメられるってビジョンが見えている。

 

 防御する、つまり避けることはしっかり警戒していれば何とか。

 だけど攻撃する手段が無い。

 

 夷腕坊に搭乗していない外印だけど。

 それでも夷腕坊と同じく打開策がいまいち見えない。

 

 ノープランで勝てる相手なんてこの世界にはいないってのは重々実感させられているし、承知もしている。

 だからこそこの事前に対策を打たないで勝負へ向かうことに意味がある。

 

「俺が、何処まで強くなったか」

 

 試金石に出来る相手じゃないってのも、分かってる。

 何を偉そうな事考えているんだって、俺の中にある何かが叫んでいる。

 

 それでも……それでも、だ。

 

 この世界に生きる人達は、いつだって初見相手だ。

 知っているなんて武器を持ち合わせていない。

 それでも勝利しているんだ。

 

 知っているってことを避けられないし、今更忘れることも出来ないけれど、せめて。

 

「――来た」

 

 蒼紫に教えてもらっていた仕掛けを起動する。

 

「うおっ!?」

 

 大漁大漁……なんておちゃらけたい口にチャックをして。

 

「やっぱり来ましたね、外印」

 

「巫丞弥生……! 貴様の仕業か……!」

 

 いいえ、蒼紫の仕業です。

 まぁ、こいつには外法のものって自己紹介っぽいことしてたっけ? ならここでそれっぽく笑っとくのが吉かね。

 

「貴様っ! 私の、造形美の傑作を! 何処に隠した!!」

 

 叫びと共に飛んできた鉄線……確か、斬鋼線、だったか? 身体が勝手に反応して頬の少し横を通り過ぎる。

 そのことに一つ安心、どうやらしっかりと今のは(・・・)避けられるらしい。

 

「ふん、どうやら知っているらしい。流石外法のもの(同類)、博識だな」

 

「……甚だ反論したい気持ちが大きいのですが、まぁそれほどでも……と、お答えしておきますね」

 

「ならば貴様もわかるだろう、それに対する想いが。遺憾ではあるが、それがなければ縁の所から無事にここまでたどり着けなかったとすら思うほどの」

 

 別にもう辻褄を合わせる必要もないんだけどな。

 それを自覚してなおやってしまうのは……嫌な癖になったなんて思う。

 

 んで? 無事にたどり着けなかった?

 確かに帰りの船で襲われたんだろうけど……余裕そうだったし、余裕の返り討ちだろう?

 

 それ以外に何かあった?

 

 いや、まぁいいか。

 

 ダイヤモンドの粉末をうんたらかんたら。

 さも俺に勝ち目は無いってお話を校長先生の如く長ったらしく。

 

「ごちゃごちゃ煩いですね」

 

「何……?」

 

 不意を……つけてはいねぇか。

 構わねぇ。反射的に振るわれた鉄線を避けながら――。

 

「羽踏――!」

 

「くっ!?」

 

 手応えは……残念ありません。

 

 だけど。

 

「別に貴方から聞きたいことは唯一つ、そして貴方に教えることは何一つ無い……いい加減鬱陶しいんですよ外印」

 

「……貴様」

 

 あぁ、やっぱり無理だわ。

 冷静になろうと努めてたけど、早速羽踏起動させてるし、全然ダメだった。

 

「たっぷり八つ当たり、させて頂きますよ……再起不能は覚悟しろ、外印っ!!」

 

「小癪……なァ!!」

 

 

 

 擬似的に、今の俺は蒼紫お得意の流水の動きに近いことをしている。

 なんだっけ? 確か――

 

「水を裂くこと、括ることは叶わず……全くもって無駄な労力ご苦労さまです」

 

「小癪もそこまでくると言葉が思い浮かばんよ……巫丞弥生っ!!」

 

 来たっ!

 

 どごんと大きな音がして、周りへ這わされた鉄線が墓石を砕き、降り掛かってくる。

 

 ――信じてるぜ、弥生。

 

「つぅっ!!」

 

「裂くこと括ることが出来ぬのならっ! 叩いて飛沫にするのみよっ!!」

 

 ここでやることは力を込めることじゃない、その反対、力を抜くこと。

 弱点だって分かってる、勝手に身体へ力が入るのだって分かってる。

 

 だからこそ、抜け。

 

 全身全霊で弥生へ身体を預け、捧げろ。

 

「縁も黒星(ヘイシン)も……貴様も。総じて外法の人形使いをナメすぎだな――」

 

 俺の生きる場所、生きていられる場所はその先にある。

 

「さて、そろそろ――」

 

「――そろそろ、なんですか?」

 

 あーあー、黒ドクロ頭巾さえなけりゃなぁ? きっとその驚いた間抜け面を拝めたんだろうけどなぁ!

 

「化け物、か?」

 

「生憎残念とまだ(・・)それ呼ばわりは早いですね」

 

 うん、身体に痛いところは無い。

 一旦羽踏も解除だ、ここが山場だったんだ、この後下り坂になるかは未だわからないけど。

 

「……貴様の目指す先とはなんだ? それだけ秀でた力がありながら……この世だ、女が剣客として成功するわけでもなし。そもそも剣で収められる成功すらなくなりつつある」

 

 おっと、勧誘かな……? いや、勧誘もしたいんだろうけど、こりゃ半分はマジの疑問だな。

 

「ええ、そうでしょうね。私は剣客として何らかの成功を収めることは無いでしょう。この剣は今だけ、幸せを切り拓けさえすればそれ以降私にとって無価値もいいところ」

 

 あぁそうだ。

 鍛えたこの腕も、力も、剣術も、異能も。

 

 全てはイマの為だけに。

 

「目指す先に成功は無く、ただただ壁へと挑む心だけがある……外印、バカなことは言わないで下さいね? 貴方の言う成功は……私にとって地雷もいいところなんですよ」

 

 剣心や左之介、斎藤や蒼紫。

 彼らに並び立ち、雌雄を決する。

 

 あぁ、憧れだ。そんな場面を迎えられたら、きっと嬉しくてどうにかなっちまうだろうよ。

 

 だが残念、そこに勝利という成功を求めてはいない。

 

「私はいつだって最強で最高の彼らを見ていたいんです。そのためには何でもする。それがもし、私の死であるとするならば潔く死にましょう」

 

「意味が、わからんな。貴様、さては狂人か?」

 

 狂人なぁ。

 まぁそうなのかもしれないな、きっとこんな力を得たのなら、今まで数多の弥生は知らないけれど、俺みたいな中二病を拗らせたヤツなら俺つえーに走っていてもおかしくない。

 なんだったら、俺みたいなムーブかまして、陸軍省だなんだに入省して……なんてエリートコースを走っていたのかも知んねぇ。

 

 もっと言えば、俺が歩んだ軌跡より遥かに上手く立ち回って……自分にも、それこそ剣心たちにすら苦境を与えないようにしているのかも。

 

 だけど、それに俺は何の価値も感じない。

 

 ただただ見たいのは輝いているヤツらが輝いている姿。

 求めるのは彼らが幸せの中にいる光景。

 

「狂人で結構。狂人故に、貴方を排除する理由にもなる」

 

「――!」

 

 言ってはないけどさ。

 ほんとにこれはただの八つ当たりなんだよ外印。

 自分の失敗をあんたのせいだって押し付けようとしているだけなんだ。

 

 そうか、あぁ、なるほど、だからやっぱり俺は狂人らしい。

 

「何を、笑って……!」

 

「ふふ、ふふふ……笑わずにはいられませんよ! ええ、ええ! わからなくて結構です! わかって欲しいとも思わない!」

 

 自分へ盛大に笑いながら。

 

「……牙突」

 

「いいえ、違いますよ? これは――」

 

 ――羽突(ハトツ)

 

 思いっきり後ろ足で地面を蹴って。

 同時に弥生の世界へと身を委ねて。

 

 牙突弥生流の完成形。

 

「血迷ったか!? 左様な勢いでこれは避けられまい!!」

 

「――」

 

 おいおい忘れたか?

 鉄線も、墓石アタックも。

 

 俺の命はその先にある。

 

「っ!?」

 

「ああああああああああ!!」

 

 された攻撃が何だったのかはわからない。

 もうそれすら気にならない。

 

 ただただ目指すのは外印の水月(みぞおち)

 その一点。

 

 視界が反転した、ずれた。

 構わない、中心に置いたそれが揺るがなければそれでいい。

 

「っつぐぇ!?」

 

「――」

 

 突きが、完全に入った。

 自らの意思で、急所を狙った一撃。

 

 完璧に、入った。

 

 

 

「が……ご……」

 

「……苦しんでる暇は無いですよ? 外印」

 

「ぎぃっ!?」

 

 手の甲を突く。

 右手、左手と順に、強く、強く。

 

 これでもう、こいつは鉄線を使えない。

 

「あなたには薫さんの居場所を教えてもらわなければなりません……さぁ、吐いて? どうぞ」

 

「ごっ! ぎ、ぐ……!」

 

 あぁ、興奮が収まらない。

 

 捕まえた昆虫をピン刺しにしている気分だ。

 標本を作らなきゃならないのに、どうせ命を最終的に奪うっていうのに。

 

 命を弄んでいるこの実感。

 

「あれ? 言えませんか? すいません、尋問って言うんでしたっけ? 私、初めてなもので……至らなくて申し訳ありません」

 

「ごぉっ!?」

 

 尋問? あぁ、拷問だっけ? まぁどっちでもいいか。

 

 しかし喋ってくんないなぁ……もう一箇所位急所打っとく? 一本いっとく?

 

「巫丞弥生」

 

「煩いですね、今良いところなんですよ、邪魔しないで下さい」

 

 あぁ、そうだ。

 まだ大丈夫そうなんだ、だったら――。

 

「ふぐっ!?」

 

「……落ち着け、今のお前を誰にも見せられん」

 

 いったぁ!?

 

 ……あえ? 蒼紫?

 

「蒼紫、さん?」

 

「やれやれ正気に戻ったか。俺としては安心できたが……それは俺だけだろう」

 

 うん? 一体何のこと……って。

 

「うわ、それ私がやったんです?」

 

「……あぁ、後は任せろ」

 

 ……いやーちょっと直視できませんね。

 完全に血に……いや、狂気に酔ってましたね間違いない。胃のあたりからこみ上げるもんが……うぷっ。

 

「おろろろろ――」

 

「……まぁ良い。その姿を見て、誰もお前を外法の者だとは思うまい」

 

「げ、げほーのものじゃないでず……ずずっ。え? と言うかあれ?」

 

 なんでそんなこと言ってるんすか? え? いやもしかして。

 

「察しが良いな。その通り、こいつと共に貴様も外法のものであれば葬り去るつもりだった」

 

 ……うそん。

 あーでもあれだ、この人それが目的で生きてるんだっけか……。

 

 いやいや、そんな事実聞きとうなかった。

 斎藤といい、蒼紫といい。ちょっと狡猾が過ぎませんかね?

 

 まぁいいや、結果オーライ。

 なんだかすごく眠いんだパトラッシュ。

 

「連れて帰ってはやる」

 

「ありがとうございまーす……あと、おねがいしま、す……」

 

 すんげー気持ち悪いけど。

 気分はなんだか整理できた。

 

 複雑な気分のままで。

 

「……せめてソレからは避けておけ」

 

「……」

 

 漂う臭気に涙を流した。



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その男、葛藤につき

 目を覚まして酸っぱい匂いに包まれていなかったことに嬉しくなって。

 そういうところだぞ蒼紫なんて思いながら感謝して。

 

 気づけば馬車の中。

 斎藤と蒼紫に加えて俺、雪代縁が作った荒川河口のアジトを潰して、町中で暴れているだろう鯨波兵庫を止めるために向かっている。

 

 実を言うと、アジト潰しに連れて行かれるのには結構反発もした。

 弥彦が鯨波兵庫に対してちゃんと勝てるかって不安があったからだ。

 信じているかそうでないかという話ではなく、単純に自分の居ない所で物語が進むことへ抵抗があったからって面が大きい。

 

 それでもやっぱり斎藤との繋がりがそれなりに深いし、まして今回個人的な情報ライン共有を図っている。

 だからこっちを蹴るって行動が結局取れなかった。

 

 つい最近大反省したこともそうだけど、こうして物語の中にいると、時間の経過に対して錯覚を感じてしまいそうだ。

 確かに薫さんの死が擬死であると判明してから、話は加速度を増して進んでいく。

 自分の身体が二つあれば、なんて思うのはこんな時なんだろうか? 少し使い方がおかしい気もするけど、欲しい物は欲しい。

 

 まぁそれでも、鯨波兵庫と弥彦の戦い。

 これは弥彦が剣気に目覚めるというか、一人前、一流の剣客へ至るための戦いだし、何より緋村剣心復活イベントの締めでもある。

 

 ……なんとなく。

 俺としてはとても嬉しいことではあるんだけど、弥生としては微妙なんだろうなとも思う。

 

 弥生はあくまでも緋村抜刀斎に殺されたいと願っている存在だ。

 永遠に続くかとも思えてしまう弥生という存在ループ。

 それに終止符を打てるのが抜刀斎。

 だったらここで緋村抜刀斎は絶え、緋村剣心のみが残るっていうのは歓迎したくないことでもあるだろう。

 

「……どうした?」

 

「あぁ、いえ……」

 

 そんなことを考えていたら無意識に斎藤を見つめてしまっていたらしい。

 

 この人も、やっぱり緋村抜刀斎との直接対決を望んでいる一人だ。

 漫画では……いや、この世界でもきっと、戦って決着をつけることっていうのは出来なくなるんだろう。

 出来なくなるってのは違うか、決着をつけたいと希う相手が居なくなるといった方が近い気もする。

 

 そう考えれば、蒼紫と斎藤ってその部分に大きな違いがあるよな。

 

 斎藤も蒼紫も。

 二人共過去から続く自分の生き様に従って生きているけれど、蒼紫は剣心と戦って色々な気持ちへ整理をつけて、新たなる道を歩き始めた。

 だけど斎藤はそうじゃない、ずっとずっとこれからも、決着はつけられず、自身で言ったとおり生き残る。

 すなわちよりこの明治を自分の生き様を貫いて生きていられるかというモノしか残らない。

 

「おい、何かわからないが哀れみの目を向けるのはやめろ」

 

「え? そんな目してました?」

 

 わりと真面目に嫌そうな顔された、いやマジでごめんなさい。

 

「やれやれ、貴様にそういう目をされると気分が悪い。どうした? アジトで怪我でもしたか?」

 

「いえいえ、全く掠りもしてません。……いや、斎藤さんはやっぱり忙しい人なんだなって思って」

 

 頭を下げながらそんなことを言ってみる。

 心配してる相手に心配されるって程滑稽なことはないけれど。

 

「そうか。しかし何だな、羽突……だったか。中々に仕上がってるじゃないか」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 おっと慰められてるのかな? それとも話題転換?

 とりあえずお礼を言っておけば肩を竦めた斎藤は蒼紫を視線を投げて。

 

「目を疑った……というのが当てはまるか。突進中は極端に視界が狭くなるはずだが、そうであっても全てを見通すかの如く回避しながらの突進突き……様々な技法は知っているが、先の技は記憶にない」

 

「あ、蒼紫さんまで……」

 

 わー慰めじゃなかった。普通に感心されてるぅ。

 

 ……いやマジで嬉しいわ。

 雲の上にいる人達に認められる的発言はこの上なくくすぐったい。

 

 まぁあれだ。

 

 気づいたのは八ツ目と戦った時、地雷爆破から生き残った時。

 弥生の異能は死を避ける。それは少し発展して言えば、生きる場所へとたどり着く能力。

 

 平たく言ってしまえば、そこが自身の生を繋ぐ場所であれば擬似的な神速を持って辿り着ける。

 

 ぶっちゃけ発動したあとむっちゃ身体痛くなるから乱用は出来ない。

 当然だ、自分の筋力とか全てを無視して動くのだから。

 たとえるなら磁石みたいなもんだ、自分を生きる場所へと無理やり引き寄せる。

 

 そしてその最終形が羽突。

 

 羽踏が異能を最大限防御的に使う技なら、羽突は最大限攻撃的に使った技。

 相手の懐に生きる場所を見出し、そこへ異能による全回避を発動したまま引き寄せられるように突っ込む。

 

「一度貴様の身体がどうなっているのか蓋を開けたい気持ちがある」

 

「や、やめてください!? セクハラですよ!?」

 

「……なんだせくはらとは。まったく」

 

 ともあれこれで二つの武器が出来た。

 その確認は……なんだっけ、四神(スーシン)だっけ? 斎藤さんも乗り気じゃ無かったはずだし、出番頂いてやりますか。

 そして恐らくそれが最終(・・)確認だろう。

 

 その戦いが、終われば……きっと。

 

 

 

 感じていた不安は杞憂に終わって。

 無事と言ってしまえば随分と感覚が狂ったな、なんてことを実感しつつ、ベッドの上で眠っている弥彦と剣心の部屋を後にして。

 

 実感といえば、やっぱり自分自身のこと。

 一つの確信、俺はどうやら弥生に引きずられている。

 

 外印と戦った後の高揚感。

 あれは感じてはいけないモノだったと思う。

 正確に言うならば、元来の俺ってヤツならきっと感じなかったモノだ。

 

 弥生の異能が、俺の剣術が。

 一つ上のステージに登る度に、狂気とでも言うのかそんなレベルも一つ上がる。

 

 いや、弥生のせいにしている分まだマシなのだろうか。

 今感じている気持ちを、俺自身が強さに酔っていると認めたくないからなんて思うくらいにはまだまともなんだろう。

 

 強くなった。

 正直馬車の中で二人から褒められたというか認められたと言うか、そんな言葉を向けられるほどには。

 

 精神に不調はなく、身体は戦えば戦うほどに好調へと至って。

 こうして不意に一人の時間を迎えると、よくわからない不安が心を過る。

 何を今更、なんて思ったりもするけど、それでもようやくなんだ。

 

 人を……簡単に(・・・)殺せる程に強くなってしまったと自分のことを認めたのは。

 

 慢心でも、自信過剰でもなんでもなく。

 最終確認と定めた四神、その誰が相手になったって苦戦するイメージがわかない。

 本当に、強くなってしまったんだなと思う。

 

 そう、しまった、だ。

 

 確実に毒されている、といえば言葉が悪いか。

 持て余しているんだ、自分の強さを。受け入れてないんだ、強さってやつを。

 身体は、剣は、強くなった。何度も反省したし、辛い気持ちを自業自得の名の下に味わった。

 それでも一向に心は強くなっていない。

 

 そういう部分を見れば、やっぱり剣心も弥彦も左之助も。

 偽物じゃなくて本物なんだなって思う。

 

「強さ、か」

 

 手のひらを見る。

 もうすっかり自分の身体だと認識できるようになった、女の身体。

 昔みたいにさらしを巻く度、謎の照れを覚えることも無くなった。

 

 すっかり、もう、自分の身体だ。

 

 窓に移った自分の顔を見て。

 かつての自分、男だった自分を思い出すのが難しい。

 果たして俺はどんな男だったか。

 この世界に来てから、それほどの時間は経って居ないはずなのに、随分と過去の思い出に思えてしまう。

 

 それが、不意に怖くなった。

 

 電子レンジも、洗濯機もないこの世界。

 慣れ親しんだはずの文化でさえまるっきり違うというのに、すっかりるろうに剣心、その明治に生きる一人の女だ。

 

 それでも、まだ。

 

「……俺は」

 

 割り切れない思いがある。

 今呟いた俺って一人称にすら違和感を覚えるようになってきたけど、まだ。

 

 この世界を生きる一人の人間として覚悟は決めた。

 しかし、この世界に生きる一人の女としての覚悟は未だ。

 

 かつて欲望を向けたこの胸は、いつの間にか向けられる対象になっていた。

 

 想像できないんだ、左之助が言ったように、ガキを拵えるなんて。

 そうだろう? その拵えたガキってのは自分の腹の中に居るんだ、わけわかんねぇ。

 今の俺に母性なんてもんがあるのかすらわからねぇんだ、自分の子供を愛せるかなんか、きっとマジモンの女以上にわからない。

 

 怖い。

 女であることが、怖い。

 

 こんな時、女の人はどうするんだろう。

 母親に相談するのだろうか、それとも女友達に?

 この世界にいた、弥生の母親は既におらず、燕ちゃんや恵さんに相談する勇気もない。

 

 孤独だ。

 心は男で身体は女、なんて話をかつての世界で話題として知っていたけど。

 そんな人達もこんな悩みを覚えたんだろうか。

 

「……ふぅ」

 

 大きく息を吐く。

 どうやら生きる覚悟ってのは、そういう意味への覚悟も決めなくちゃいけないらしい。

 

 幸い、というべきだろう。

 俺にはつけなければならない決着が一つある。

 

 剣心と、戦う。

 

 緋村抜刀斎を超えた、緋村剣心になら。

 もしかしたら、弥生は納得するのかもしれないし、俺も、心の整理をつけられるだろう。

 

 そうだ、あらゆる壁と定めた剣心。

 なら決着をつけよう、そして着いた決着を持って……覚悟を決めよう。

 

 未来を手にするために。



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その男、最終確認開始につき

「とうっ!」

 

「いぃっ!? いきなりすぎんだろ!?」

 

 はいはい、そんなわけで左之助のお帰りですね、おかえりなさいませー。

 挨拶がてらちょっとした奇襲、羽突かっこ弱ってなもんで。

 

「で? 今度は何処でバカやってきたんです?」

 

「あー、まぁ。一言でいやぁ喧嘩を、だな」

 

「はい、亜細亜一のバカ決定戦優勝おめでとうございます」

 

「あぁっ!?」

 

 恵さんの台詞だけども、まぁどうやら俺のとこへ一番に顔だしてくれたみたいだし多少はね?

 ていうか汗だくやべぇな左之助。

 

「とりあえず汗拭いてください」

 

「おお、ありがとうよ」

 

 燕ちゃんに渡すつもりだった手ぬぐいを渡して。

 左之助が帰ってきたってことはぼちぼち弥彦と剣心も目が覚めるだろう。

 

 右手の負傷が無い左之助だ、ほんと遠慮なくというかやりたい放題やってきたんだろうなと、汗を拭う左之助を眺めながら。

 曰く所の喧嘩。

 単純と言うかなんと言うか、清々しいなんて言葉が似合う左之助の表情だけど、それは喧嘩だけで晴らした曇天ってわけでもないだろう。

 過去にケツを叩かれた。

 これでようやく、左之助も前を向けたんだ、定かじゃない未来を心のままに行くと。

 

「んだよ、悪かったって。だからんな目で見んねぇ」

 

「はい? あぁ、いえ。別に咎めているわけじゃありませんよ。まぁ腑抜けて帰ってきたわけじゃなさそうですね」

 

 いかんいかん。ちょっと最近色々妬ましいなんて思うんだよな、自分を棚に上げまくってるけど。

 やっぱ先を見ることが出来たやつは羨ましい。

 自分で自分の首を締めてるってだけに過ぎないんだけど、やっぱり俺は剣心と戦うまでは見れなくて。

 

 左之助が喧嘩をして鬱憤を晴らしたように、俺もまたそうしなくちゃいけない。

 

 強迫観念に近いのかもしれないけれど、やっぱり。

 

「そうかよ。まぁなんだ……わりぃな」

 

「……」

 

 あー……うん、ちょっと謝ってる方向変わったね?

 なんだろ、一人で先に行って悪いな、って感じだろうか。まぁちょっと妬ましいじゃないけど寂しい気持ちはあるな。

 

 だけど。

 

「バカ言ってんじゃねぇですよ左之助。あなたには……いえ、あなたも私の先を行く人間であって欲しいのですから」

 

「はっ! だったらさっさと追いついてこいや?」

 

 ったく、付き合いが長くなるってのも嬉しいやらなんやら気恥ずかしいもんだ。

 明治での年の瀬と俺が生きていた現代で重みがどう違うのかわからないけれど、同年代って存在はどうやら素敵なものらしい。

 

「ええ、そうさせてもらいますよ左之助。まぁとりあえず――」

 

 ――おかえりなさい。

 

 ――おう。

 

 手を上げてみれば随分といい音が響いたハイタッチ。

 今日がいい日であることを教えてくれる音色だった。

 

 

 

 さて、左之助と弥彦がメシタイムの間。

 剣心が再び立ち上がった時の顔を見たいのは山々だったけれど、俺にもまだやることがあるわけで。

 

「準備は……って、聞くまでもないですね」

 

「……ふん、当たり前だ」

 

 やってきたのは警察署、斎藤のお部屋。

 まぁ随分と荒れている……ってわかるのがなんだか嬉しいけれど。

 乱雑に書類が散らかされているわけでもないけれど、やっぱり抜刀斎との決別を意識しているんだろうな。

 

「何か手伝いをと思いましたけど、やること無さそうですね」

 

「まぁな。後は明日を待つのみだ」

 

 実のところ予想通りでもあったりする。

 自分の気持ちを実務に悪影響として及ぼす様な人でもないし。

 だからここに来たのは提案するため。

 

「じゃ、ちょっと汗でも流しませんか? 左之助じゃあありませんが、気晴らしにはなりますよ」

 

「貴様……やれやれ、俺をあの阿呆と一緒にするな」

 

 なんて言いながらもちょっと笑ってるじゃないですかやだなーもう。

 

「わかる……ってわけじゃないです、それほど安っぽいモノでもないでしょうし」

 

「……仕方ない。少しだけだ」

 

 一瞬驚いた顔が見れたのはヨシとしておこう。立ち上がってくれたしね。

 幕末に生きた勇士、そんな人にしか抱えられなくて背負えない想い。

 理解が及ぶなんて思えないし、間違っても言えない。

 

 そして同調して慰めに来たわけでもなければ、斎藤自身それを求めているわけでもない。

 

 故にここへ来たのは示すため。

 俺を本当の意味で闘いへ誘ってくれた人への恩返し、それに足る人間へなったと。

 

 稽古場へ向かう俺たちの間に会話は無い。

 

 斎藤は何を思っているのだろうか。

 頭のキレる人だ、言葉にできない何かを感じ取ってもらえたなんて思うのは甘えなのかもしれない。

 本当に、ただの気晴らし、そのために相手をしてくれるってだけなのかもしれない。

 

 それでもいい。

 これは俺が打てる最後の布石であり、最後の修行。

 

 超えられるなんて思っていない。

 斎藤とガチで戦って勝てるなんて微塵も思わない。

 だけどそれでも認めて欲しい。

 

 あなたの代わりに戦う……緋村剣心との何かへケリをつける人間に足る者だと。

 

「いつか貴様は言ったな。殺さなくても殺す道を選ぶと」

 

「はい、たしかに言いました」

 

 向かい合う。

 それだけでわかる斎藤という壁の高さ。

 

「かつてそれを甘いと断じた。しかし、貴様は見事にそれを貫いた」

 

「……」

 

 感じる重圧、剣気。

 そのどれもが俺の心を折ろうと伸し掛かってくる。

 

「だが、外印。貴様は酔った、殺意に、狂気に。あの時四乃森蒼紫が居なければ確実にお前はヤツを殺していただろう」

 

「……はい」

 

 否定できない、むしろ肯定する。

 あの時の高揚感にもにた何か、それは今でも覚えていて、心の何処かでもう一度と願っていることを。

 

「貴様は、まだまだ弱い。強くはなった、初めてやりあってから今に至るまで、目を疑う程に強くなった」

 

 分かってる。

 小手先の力ばかりが身について、戦いを何処か舐めていて。

 肝心の心がクソザコナメクジであることなんて。

 

「故に……来い、貴様の甘さを殺してやる」

 

「……お願いしますっ!!」

 

 断ち切ろう、甘さを。

 精算の時はまだもう少し先だけど、ここで、彼と同じく幕末を生きた人の胸を借りよう。

 

 そして。

 

「はあああああああっ!!」

 

 歩きだそう。

 

 

 

「おいおい弥生姉、そんなんで大丈夫か?」

 

「なぁに言ってんですか弥彦。心配は嬉しいですけど、こんなのへーきへーきですって」

 

 身体の痛みより、むしろ舟の揺れの方がキツイっす。

 あー大地が揺れるんじゃあ……おろ……っぷ。ゲロインじゃないです。

 

「いやまぁ、弥生姉がそう言うなら大丈夫なんだろうけどさ。頼むぜ?」

 

「ええ、ありがとうございます。そして弥彦こそ」

 

 大丈夫ですよありがとうと笑おうとした時。

 

「っ!?」

 

「何事だっ!?」

 

 あかんこれ機雷あかんて。めっちゃ揺れるだめだめもう……。

 

「おろろろろ……」

 

「うわぁっ!? やっぱダメじゃねぇか!!」

 

 返上失敗ですねはい。

 あーもう、後はお願いしますほんとまじで。

 

「……ったく、おい、小舟を出すぞ」

 

「ひゃ、ひゃあい……ご迷惑おかけしますぅ……」

 

 言いながら肩を貸してくれたのは斎藤さんまじありがとう。

 後ろに左之助が所在なさげに手を伸ばしているけどごめんフォロー出来ません、うっぷ。

 

「……あんたねぇ」

 

「うぅ、操ちゃんにこんな姿、見られとぅなかったです」

 

 呆れてジト目を送ってくれちゃうけれど、勘弁してください。むしろ気にせず川蝉の嘴(カワセミのはし)よろしく。

 

「――距離、六十一、五(メートル)。右に二十九、七分だ。水中を見ようとせず、波の変化を集中して見極めればいい、射て」

 

「――はい! 貫殺飛苦無、川蝉の嘴!!」

 

 え、まってちょっとまって。

 それ、成功したら爆発するよね? かっこいいシーンだけど爆発するよね?

 

「おうっぷ」

 

「おいやめろ、ここで吐いたら海に沈めるぞ」

 

 無理無理無理無理。死ぬ、マジで死ぬ。

 どうせなら殺せ、戦って死にたいだけの人生だった。

 

 あー景色が揺れるんじゃあ……目も回るんじゃあ……。

 

「やはり捨てるか」

 

「が、がんばりまひゅかりゃ……おねがいしましゅ」

 

 うおおお……頑張れ俺、超がんばれ。波に負けるなゲロに負けるな。

 弥生は強い子可愛い子。

 私、吐き気なんかに負けない!

 

 

 

「くっ、殺せ」

 

「何いってんでぇ……」

 

 やっぱり船酔いには勝てなかったよ。

 あぁ、弥彦のジト目が痛いし、斎藤さんの視線が心臓狙ってるってはっきりわかります。

 

 やっぱり大地って良いよね、揺れないもん。抱きしめたいな!

 

 決して地面に突っ伏したい気持ちで溢れかえってるわけではない、断じて。

 

「縁!! 聞こえているだろう! 拙者だ!!」

 

 あー剣心、わかるんですけどね、かっこいいんですけどね?

 すっごく頭に響くから勘弁してくださいお願いします。ほんとごめんなさい。

 

 まぁあれだ、縁はともかく、黒星は十分かそこいらでここまで来るはずだ。

 それまでに何とか体調を整えよう。

 

「め、恵さん……」

 

「……はい、これ胃薬」

 

 流石だぜ恵さん、愛してる。

 水筒と一緒に受け取って、しばらく目を瞑る。

 

 ふぅ……。

 

 いい加減ネジ締めなおそう。

 ようやくだ、ようやく原作中で知っている戦い、その最後。

 俺が定めた最終確認。

 

 相手は誰になるだろうか。

 斎藤には事前に言ってある。悪即斬に抵触する相手でもなし、殺したがりというわけでもなし、普通に任せてもらえた。

 そのまま斎藤の代わりに戦うってなるならば青龍だろうか、確か見切りを極意とした相手で大刀を獲物にしていたっけか。

 

 とは言え、あの四神は自身達で一番相性のいい相手を判別して戦うのだから、そうだと限られるわけでもないだろう。

 ならば予想されるのは誰か、あえて言うのなら玄武だろうか。

 拳相手はやっぱり拳だろうし、蒼紫相手にはやっぱり朱雀だろう。

 

 弥彦のことを考えるとやっぱり俺に青龍をアテて欲しい部分があるが……ふむん。

 ぶっちゃけ俺から考えると玄武が相手になった場合、正直楽勝が過ぎる。

 

 異能は考えて対応出来るようなもんじゃない。

 

 弥生の異能はいわば反射だ。

 本能の動きに近い、本能を思考し対処しろなんて無茶も過ぎるわけで。

 そういった意味から考えれば、青龍の見切りなんていうやっぱりこれも反射に近い特技じゃなければ対処出来ないだろう。

 

 もっとも、それが初見、ぱっと見で把握できるのかってところだけれど。

 

 ただまぁ青龍の相手が弥彦になった場合は少し困るな。

 弥彦の勝ちは揺るがないだろうけど、負うダメージは絶対にあるはずだ、その量は青龍を相手にした場合のほうが多くなるはず。

 間合いでの勝負って弥彦はまだいまいち経験が無いはずだし、ちょっと俺もあの槍チックな武器を弥彦がどうするのかって部分がイメージできない。

 

「さて、どうなるか」

 

 思わず呟く。

 一緒に息を吐いてみれば胸のムカツキは随分とマシになった。

 

 立ち上がってみればふらつきもしない。

 砂を踏みしめてみれば、少し勝手は違うけれど戦闘行動に支障はない。

 

「――やはりな」

 

 不意に斎藤がタバコをポイ捨てした。だめだぞ。

 

 言葉で前を向いてみれば五つの影。

 

「――暴悪に荒れ狂えっ!!」

 

 うわ、きんもー。

 左之助も言ったけどニタリじゃねぇよったく。

 

「四対四……おい、弥生、でぇじょうぶか?」

 

「誰に言ってんですか、もちろんです」

 

「……さっきの姿からそうとは思えねぇんだけどな」

 

 はいはい忘れて下さいね。

 

 さて。

 

 なんだか戦いの前口上が述べられているけれど、やっぱ黒星って小物だな。

 同じ組織のナンバーツーといえば、方治のことを思い出すけれど、こうも簡単に感じる器の違い。

 

「おい」

 

「はいはい? どうしましたか斎藤さん」

 

「今回の仕事は思った以上につまらなさそうだ。後は任せる」

 

 そう言って少し離れてタバコへ再び火をつけた斎藤さん。

 

「……ありがとうございます」

 

「ふん」

 

 その姿に御礼を。

 

「――ならばチンピラとガキとメスガキと陰気な男だっ!!」

 

 あっ、ふーん?

 なんだっけ? 抜刀斎と戦わせてくれなきゃやだやだやだーだっけ?

 と言うか語彙すくねぇなナンバツーかっこ笑いさんよ。

 

「年頃の娘に向かってメスガキとは……やれやれ、クソガキに言われると腹も立ちませんね」

 

「わかったもういいっ!! どうやら全員ここで死にたいようだナ! 四神!!」

 

 おーたっかーい。

 んで? そのジャンプする意味は何?

 高いたかーい?

 

 うっせ他界させっぞこんにゃろう。

 

「――っ!!」

 

「……」

 

 よっし、青龍キター!!

 んじゃ、さっそく……。

 

「最終確認、開始、っと」

 



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その男、最終試験につき

 さて、青龍。

 見切りを得意とした相手ではあるけれど……。

 

「ふっ!」

 

 とりあえず一刀。

 力を抜いて、相手よりもまずは足場の確認。

 やはりと言うべきか、砂浜は多少勝手が違う。踏み込めば幾分沈みが深いし、力を伝えるのにラグがある。

 

 なるほど、それでもこれなら十分だ。

 

「……その程度か?」

 

「……」

 

 おっとー、それは挑発ですねわかります。

 まぁそうですよね、最大の武器をまずは見たいよね、そしてそれを見切りたいよね。

 

 気持ちはわかるよ。

 知るって言うことは武器だ、俺自身もそれを武器としてきたし、している。

 相手、最大の詰めろ……寄せ手、切り札。

 そういったものを回避できるという札が出来てしまえば、大きな安全マージンだから。

 

 だけどそれは決して勝敗を決めるモノではない。

 

「やれやれ、きかん坊ですね。せっかちな男は嫌われますよ?」

 

「ハッ!」

 

 まぁ良いさ。

 左之助じゃねぇけど、お前ほどで足踏みしてやるほど退屈はしてないんだ。

 存分に試させてもらうさ。

 

「――羽突」

 

 若干不安ではあったけど、なるほど雑魚って言い切れてしまうほどではないらしい。

 しっかり青龍の懐に生きる場所が見えたってことは、ちゃんと危険な場所があるってことだ。

 

 そして当然。

 

「――見切った」

 

「へぇ?」

 

 いやいやいや、ダメでしょ早漏でしょ。

 羽突の真髄はただの突進突きじゃねぇんすよ? それをただのそれとして見切るのは早計に過ぎませんかね?

 

 ……まぁ良いか。

 

「ヌシが只者ではないということはわかる。身に纏う雰囲気が、そして気迫が、そうだと告げている」

 

「そりゃどうもありがとうございます」

 

 なんだよ口がうまいなーもう。

 とは言えまぁ木刀ですものね、結構いい感じに左腕へ入ったけど……ダメージは如何ほどか。

 見る分には使用不可能ってほどじゃないか、急所に打ち込んだわけでもなし、しばらく痛みが邪魔をする、まぁそんなもんだろう。

 

 大刀を振るうにあたって片手では厳しいだろうけど、簡単に犠牲にするんだ。それほど左腕が使えなくとも影響はないんだろう。

 何より見切るってのは相手の武器を封殺することでもある。見切った確信を得たんだ、なら対処(・・)で勝負を決められるということ。

 

「故に勝利の代償としてこの負傷……十分に安い」

 

「なるほど? まぁ良いです、じゃあどう見切ったのか教えていただきましょうか」

 

 ……羽突はあんまり乱用したくないんだけどな。まぁ良いさ。

 羽突の弱点、教えていただきましょうね。

 

 同じく、突っ込む。

 そして。

 

「容易いこと!! その技の弱点! それは――」

 

「――それは?」

 

 相手にとって右側、俺にとって狙いをつけるための左手側。

 原作よろしく死角を利用した攻撃は……呆気なく空を切って。

 

「うぐっ!?」

 

「……阿呆。一見で見切れなかった試し、今作っちゃいましたね」

 

 カウンターとなり俺の突きが再び青龍の右腕へ吸い込まれた。

 まぁ仕方ないよね、何処までも弥生の真髄は回避することなんだから。

 

 でもまぁ、羽突は一旦お休みだ。

 恐らく。

 

「ぬうぅっ!」

 

「……あらら。自尊心、傷つけちゃいました?」

 

 ただの愉悦ヤロウは煽り耐性ゼロなんだろうから。

 わけわからん逆上でこうなるってのも分かってた。

 

 そしてその攻撃も、羽踏へ切り替えた俺へは届かない。

 

「……つまらない人ですね。斎藤さんがやる気なくなるのもわかります」

 

「き、キサマッ!」

 

 いやいや、更に自分を見失ってどうするよ。

 こちとら最終確認の予定なんだ、それにすら至らないでどうするんだ。

 

 遮二無二、とでも言うべきか。

 ぶんぶんと獲物を振り回す青龍は滑稽と言っていい。

 

 沸々と湧き上がる、あの時感じた高揚感。

 

 それは俺の甘さだ。

 手の中で藻掻く羽蟲をどう潰そうかと浮上する昏い感情。

 

 それに決してもう酔わない。

 

「シッ!!」

 

「おごっ……」

 

 カウンターを見切るなんてそりゃ無理だ。

 いや、あくまでもこの状態の青龍なら、だけど。

 

「いい加減冷静になって下さい。良いですか? 私の真髄は反撃と回避。それをちゃあんと見切って下さい」

 

「こ、このっ!」

 

 それが出来ない青龍じゃあないだろう。

 わかっていれば、冷静であるならば見切られるはずだ。

 それすら出来ないと断じてしまうほど低く見てるつもりは無いし、敬意を払っていないわけでもない。

 

「ほらほら、さっきまでの笑みはどうしたんですか? たかがメスガキの一人ですよ? ちゃあんと対処して下さいよ」

 

 だって言うのにこの口は……もう煽らずにはいられませんことよ、おほほ。

 

 仕方ない。

 

「よっと」

 

「っ!」

 

 一旦間合いを大きく取る。

 このままじゃ何も得るもの無く羽踏で終わっちまう。

 

「ふぅ、落ち着いて下さい。そして私の手札はご理解頂けたでしょう? そしてあなたなら出来るはずだ、見つけられるはずです私の対処法を」

 

「――」

 

 よしよし、目に理性が帰ってきたね、お帰りなさい。

 

 じりじりと間合い外で思考戦。

 まぁ俺は別に何も考えていないのだけれど。

 

 この最終確認、その意図はやっぱり俺の粗探し。

 ぶっちゃけ先の斎藤とやった一戦であらかた掴めてはいるんだ。

 心を正しく燃やすことはもちろん、技量的なものだって。

 

 だからこれは答え合わせ。

 青龍を使った答え合わせに過ぎない。

 

「――来い」

 

「ええ、良いでしょう」

 

 青龍も答え、見つけたようで何より。

 

 んじゃ、リクエストにお応えしまして最後の羽突、行きますか。

 

「――」

 

 ……意識が切り替わる。

 今までのなんちゃって遊びに近いもんじゃなく、正真正銘、異能へ身体を委ねる。

 

 弥生じゃない俺がすべきことは唯一つ、唯一点。

 

 突っ込む。

 

「見切ったっ!!」

 

 そうだ、それで良い。

 防げないカウンターなら、カウンターに合わせろ。

 

 クリスクロス。

 

 ボクシングじゃそんなふうに言われてるんだっけ? カウンターに対するカウンター。

 

 突きを浴びながらも、青龍の大刀が下段から俺へと迫る。

 だから。

 

「――な」

 

 あぁそうだ。

 その選択は正しい、それこそ俺の弱点だ。

 

 さっきまでのな。

 

「くら、え……!!」

 

 女性特有の身体の柔らかさ、靭やかな動き。

 

 迫り来る刃に向かって、脱力する。

 満点とまではいかないけれど、及第点ではある。

 狙いのずれた刃が頬を少し引き裂いて、振り上げられた。

 

 ここから。

 地面へ四つ這いになったこの態勢、ここからだ。

 

「弥生流……柄の下段――」

 

 ――膝挫。

 

 構えた柄は青龍の膝へとしっかり吸い込まれ。

 

「ぐ、おおおおお!?」

 

 嫌な感触と共に青龍が砂へと沈んだ。

 

 

 

 ――ここにいるのは皆。拙者が心から信をおいている、仲間でござる。

 

 ですってよ奥さん! 聞きました奥さん!

 

 いやー勝てるとは踏んでましたけど結構際どかったね。

 ぶっちゃけ羽踏で完封だったんだろうけど、やっぱり確認大事。

 

 まぁなんだ。

 要するに俺はカウンターに合わせられると弱いんだ。

 先の斎藤との稽古。

 そりゃもうそればっかり狙われたよマジで容赦ねぇ。

 

 実際随分前に言われてたよな、平たくいえば非力だって。

 痛いとわかっていれば我慢できる、なら相打ち以上を狙った攻撃に対してダメージトレードで負ける公算が高いって。

 

 しっかり急所を狙って行けばそれは解消されるけれど、羽踏じゃ無意識下にいるからそれも無理だし。

 羽突じゃ突く場所を選ぶって事が出来ない。

 

 つまるところ羽突と羽踏の連携。

 そして最終的に俺へと戻り攻撃する。

 

 この一連の流れを確認したかった。

 

 そういう意味で青龍へと期待していたんだよ。

 カウンターに対するカウンター、それに気づけるのはこいつ以外でも出来るだろうが、実践できるのは四神の中でこいつしか居ない。

 その目論見に見事応えてくれたんだ、感謝しないとな。

 

「ふぅ」

 

 心のなかで感謝して、ちらっと斎藤へと目を向けてみれば一つ頷いてくれた。

 まぁ少しだけど怪我しちゃったのは誤算ではあるな、女の命は髪と顔。お嫁に行けなくなっちゃう。

 

 ……いや、もう突っ込むまい。

 

 ともあれ勝利だ。

 他の人へと目を向けてみればしっかりと優勢、もう勝負もつくだろう段階。

 

 蒼紫は朱雀を拳でボコボコにしてるし、左之助も同じくボコボコ。

 弥彦はしっかり玄武の棍の先を抑えて刃止めしてるし。

 

 うん、勝利だね。

 

 そして。

 

「――っ!」

 

 雪代縁が現れる。

 

 ……別に感覚が鋭いわけでもない、だと言うのに伝わりすぎる程に伝わってくる憎悪を身に纏って。

 

 そんな縁と一瞬目が合う。

 なんだろう、僅かな表情の変化、だけどそれも一瞬で。

 

「立て、抜刀斎」

 

 静かに、剣心へ向けてその憎悪を解き放つ。

 

 前に立ちふさがる弥彦と左之助。

 だけど一切の視線を向けられず、ただただ剣心へと。

 

「あー! もう!」

 

 そんな重すぎる空気に、待ち望んでいた声が響いた。

 

「薫さんっ!!」

 

 やったぜ!! 安心した!

 

 あー……良かった、本当に良かった。

 分かってたけれど、分かっていたはずだけど。

 

 こうして無事な姿が見られて、ようやく安心できた。

 

「そこまでだ」

 

 思わず駆け寄ろうとするけれど、もちろんそれを遮るのは縁。

 

「オイ黒メガネ――」

 

「待って下さい左之助」

 

 左之助に一言。

 そして剣心へと一つ視線を向けて。

 

「……弥生殿?」

 

「剣心さん、薫さんのついでで良いので……迎えに来て下さいね」

 

 静かに縁へ向けて歩く。

 

「お、オイ! 弥生!!」

 

「……」

 

 向けられなかった縁の視線。

 それが今この時はっきりと俺へと注がれた。

 

「あの時はどうも、縁さん」

 

「……なんだ、キサマから殺されたいのか」

 

 何処か声が上擦っているのがわかる。

 あぁ、そうだろうな。

 俺とお前の立ち位置は、非常に似ているんだろうから。

 

「ハイサヨウナラはしませんし、剣心との戦いを邪魔するつもりもありません。だから私だけ、私だけでも姉さんの隣にいさせて貰えませんか?」

 

「……」

 

 じっと縁を見つめる。

 瞳が黒メガネの後ろで揺れているのがわかった。

 

 だから。

 

「良いだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 許された。

 

「弥生っ!!」

 

「はぁ……無事で良かったです、姉さん」

 

 はぐっと抱きしめ合う。

 さっきの安心はこれで心に落ち着いた。

 

「もうっ! 弥生はいっつもむちゃばっかりするんだからっ!」

 

「あははー、姉さんにだけは言われたくないです」

 

 まぁどっちもどっちか、そうだねうん。

 これで皆も少しは安心を深めてくれたというか……剣心と縁の戦いへと集中できるだろう。

 

「じゃ、後は剣心さんを信じるだけですね」

 

「……うん!」

 

 そうして二人で戦いを見守る態勢に。

 

「弥生殿、ありがとう。そして薫殿」

 

 ――すぐに迎えに行く。そこで待っていてくれ。

 

 ……あー剣心やっぱかっけぇなぁ! くっそう!

 じゃ、これも最後の戦い。

 知っている戦いの最後。

 

 しっかりと、最後の見物人を、満喫することにしよう。



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その男、決意につき

 戦いの……いや、俺の人生はいつから始まっていたんだろう。

 男として生きていた頃からか、それとも弥生として第二の生を得てから? それともオリジナルの弥生が生まれた時?

 今となっては全てが俺そのもので、まるで命が二つあるかのよう。

 

 いつから。

 いつから今目の前で刃を交えている人を殺したいと思っていたのか、殺されたいと願っていたのか。

 弥生が俺で、俺が弥生。

 そうなってしまってからは、もう、意味のない疑問なんだろう。

 

 これが知り得るるろうに剣心、その漫画の最終戦。

 後で彼が言うように、戦いの人生は未だ完遂されていないけれど、それでも最後。

 

 この戦いが終われば……ようやくと言えるのだろう、剣心が剣心として生きるように。

 俺も、弥生でもかつての俺でもなく。

 生まれ変わった俺として歩き始めるために。

 

 不意に笑ってしまいそうになる。

 今の状況、この世界へ産み落とされたこと。

 

 事実は小説より奇なり、なんて言葉があるけれどそれはまさしくその通りだ。

 誰が想像できる? 女の身体になって、中身は男のままで。

 今までの弥生はどう考えていたんだろうか、そんなことすら笑えてしまう。あぁ、だから俺はやっぱり狂人なんだろう、外印が言った通り。

 あんまりにも欲望へ忠実過ぎるんだ。かつて欲望の向け先だった、この胸、この身体。

 男らしくと言うべきか色々とヤることだって出来たっていうのに。

 チキンハートだと己を情けないなんて思うべきか、それともそれ以上に強くなるって欲望が強かったと思うべきか。

 

 それは後者だと信じたい。

 だってそうだろう? 皆と同じように、目の前で繰り広げられる剣心と縁の戦いから目を離せない。

 誰もが剣心の勝利を願っている、もちろん俺だって。

 

 ただ、その内訳は俺だけが異なるだろう。

 

「……なんて、ね」

 

 集中しよう。

 知識と照らし合わせて見る……いや、観察できる剣心の戦いはこれが最後だ。

 強さそのものが剣心の域へ手をかけたなんて今も思えない。

 だからこそ、対緋村剣心の対策を練る必要がある。

 

 場面は高さの勝負。

 縁の疾空刀勢(しっくうとうせい)、ありゃどうやっても真似できない。

 高さ、力、速さの中で、剣心が唯一縁に勝るのは速さのみ。

 

 これもそうだ、剣心の読み、予測から外れた技術。

 故に剣心は痛撃を受けることになった。

 つまり俺の考え、緋村剣心は予想外に脆いっていうことが正鵠を射ている証左だろう。

 

 自分へと置き換えてみれば情けないことに、どれも剣心には及ばない。

 そんな今持ち得る俺の武器の中で、剣心の予測や読みを超えられるものと言えばやっぱり異能しかない。

 

 故に緋村剣心が絶対に避けられないと確信した攻撃を避ける、それにカウンターを放つことこそが勝利への道。

 

「――っ!!」

 

 そして今二度目の九頭龍閃が発動前に潰された。

 

 あぁ、実に素晴らしい着眼点。

 発動されてしまえば、絶対に避けられないだろうその技の潰し方。

 あれは、恐らく羽突で似たようなことが再現可能だろう。

 

「立て! 人斬り抜刀斎!!」

 

 縁が吠える。罪を祓うにはまだまだ足りないと吠え立てる。

 あらゆる負の感情から生まれる強さを以て、緋村剣心をねじ伏せようとしている。

 

 きっと、縁が最高のパフォーマンスを発揮出来るのは、剣心相手だからこそなんだろう。

 もちろん素の力に疑問は浮かばない、だけどここまで強くはならない。

 

 俺は……負の感情とは言わずとも、そこまで熱望しているのだろうか。

 仇でもない、それどころか尊敬の念を捧げる人。

 そうだと言うのに、ただただ未来を歩くために必要だからと思いこんで刃を向けようとしている。

 

 そんなことが、許されて良いのか?

 

「――死人に罰を下す術はない!! だから愛するものが代わりに罰を執行する!!」

 

 あぁ、そうか。そうなんだ。

 

 弥生はもう、罰を下されることは無いんだ。

 こうして無限とも思えるループの傍観者となることこそが罰なのかもしれないけれど。

 それをもう十分だと赦すことができる存在がいない。

 

 緋村剣心に殺されたいと希う心。

 

 それは果たして罪なのか? 誰かを好きになることが罪なのか?

 そりゃ随分とひん曲がった願いだと思うし、危うすぎる恋心だと思う。

 でも、だからこそこの罪の中に未だ生きている。

 

 つまり、弥生は。

 

「分かったよ、弥生。だったら俺が精一杯あんたを愛してやる」

 

 久しぶりに感じる、自分以外の鼓動。

 分かってる、何いってんだって話だ。

 今もなお願う気持ちは確かに存在していて、あんたの心を燃やし続けている。

 

 だったら簡単だ。

 

 あんたは失恋をするべきだ。

 

「……っ」

 

 あったまいてぇ、なぁ……。

 分かっただろう? もう十分だろう?

 緋村剣心は、どうあがいても神谷薫と結ばれる。

 だったら薫さんを殺すか? 今までの弥生にそういうヤツがいたとして、それであんたは満足できたか?

 出来ねぇだろう? あんたがどれだけあの場所を、薫さんを好きかなんて十分知っている。

 

 諦めなければならないんだよ、弥生。

 そして次の恋を見つけないとならない。

 

 限界集落育ちの俺だ、まったく恋がどんなもんかなんて説明出来るわけもない。

 近所の一回り年上の元おねぇちゃんに憧れた話なんて聞きたくもねぇだろう?

 

 だけどそれでもあんたは俺だ。

 俺と同じように、未来へ向かう一歩を踏み出せないでいる者だ。

 

 だから俺が示してやる。

 あんたの恋を終わらせてやる。

 

「……ふぅ」

 

 どくどくと流れる血潮が妙にハッキリわかる。

 自分の心臓だってのに、煩いとすら思える音を奏でているのにまるで他人事。

 

 もう一度、前をしっかり見る。

 そうすれば。

 

 一人でも、多くの笑顔と出逢いたかった――

 

「剣と心を賭してこの闘いの人生を完遂する! それが拙者が見出した答えでござる!!」

 

 ほら弥生、あの人は答えを見出したぜ?

 だったらその通りに生きてもらおうぜ、助けてもらおう。

 全力で、あの人を頼っちまおうぜ。それであんたが笑えるならさ。

 

 そんために、俺だって全力でやる。

 あぁそうだ、十分過ぎるほどの理由だよ弥生。

 いい加減に一歩、踏み出そうぜ。

 

 

 

 狂経脈下の縁へ、龍鳴閃が叩き込まれる。

 

 やっぱり、剣心はすげぇな、なんて陳腐なことを思いながら。

 それ以上か同等か、縁の執念に感服する。

 

 正直な所、まったくもって縁は嫌いではない。

 そりゃなんだ、赤べこの件はもちろん、罪人とした相手を裁くことに必要なら何でもしていいなんて思想へ同調しているわけではないけれど。

 大事な人をずっと大事に想えるってのはすげぇことだと思う。

 

 その部分を考えれば、ちょっとベクトルは違うけれど、弥生もそんな感じなんだろうなとも。

 

「俺が唯一守りたかったものは既に貴様に……貴様に奪い取られているっ!!」

 

 ――だから……殺すっ!!

 

 ……哀れ、とも思わないよ縁。

 そしてどちらが正しいから勝ったとか、間違っていたから負けたとかそんな次元でも考えられない。

 

 そもそも私闘だ、それで決着がつくわけでもない。

 

「弥生」

 

「……はい?」

 

 そんな時、決着がもうすぐ着くだろう瀬戸際で。

 

「私、どんなになっても剣心を支えるよ」

 

「……ええ、お願いします」

 

 色々な意味が含まれたその言葉。

 多分、俺が剣心との真剣勝負を決めているって部分も分かってるんだろうな、俺がそうだと理解するよりずっと前から。

 

 ありがとう、薫さんはやっぱり最高のお姉ちゃんだよ。

 

 天翔龍閃と虎伏絶刀勢が交差する。

 そしてやっぱり。

 

「剣心の、勝ちだっ!!」

 

 知っている、そして望んだ光景が映っていた。

 

 さて、安堵している場合でもない。

 黒星の銃ぶっ放し案件は……いや、動けねぇな。

 むしろその後、飛び出す薫さんを何とか守らねぇと。

 

「ダメッ!!」

 

 って早いよ薫さん!! ええいままよっ!! 縁! 信じてるからな!

 

「姉さんっ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 薫さんを庇って地面へ倒れた音と、縁が黒星を殴った音は同時。

 そしてトドメをさそうとした縁へ剣心が割り込んだことを確認して。

 

「……姉さん?」

 

「……その目はやめて欲しいかなー、なんて」

 

 ……やれやれ、まぁだからこそ、か。

 

「ちくしょう……ちくしょう……!!」

 

 さ、後は薫さん、剣心とよろしく。

 

 んで、だ。

 

「縁……さん」

 

 砂へ手を突く縁。

 なんだろうな、この感情は。言葉にできない。

 

「あなたは、私に、似ている」

 

「――」

 

 そう思っているのに、口から勝手に言葉が出る。

 

「悔しい気持ちも理解できます。既に失ってしまった幻影へしがみつかなければ生きていられなかったことも」

 

 縁は答えない。

 ただただ視線は砂浜に。

 

「私はもう、自分で答えを出すことは出来ませんが。それでも一つの光明を得ました……願わくば、あなたにも光差すことを……祈っています」

 

 ……。

 

 そっか、あぁ、わかったよ弥生。

 

 じゃあ、後は。

 

「……やる、か」

 

 終わらせよう、この物語を。

 そして紡ごう、俺の世界を。



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その男、決戦につき

 いつもの日常ってやつが終わって、少しだけ変化した日常の中。

 

 皆の負傷が順調に回復して、剣心と姉さんは京都へ雪代巴の墓参りに行って。

 留守を預かった俺は思う存分、思うがままに道場を使って稽古に励む。

 

 そんな姿は弥彦にとって良い刺激になったらしく、まだまだこれからだと兜の緒を締める事が出来たらしい。

 

 なんだかんだ一番軽傷だった俺だから。

 誰よりも早く稽古する時間を持てた、そしてだからこそ周りの視線も集められたのだろう。

 

 操ちゃんや左之介、驚くことに蒼紫でさえも稽古に付き合ってくれた。

 その誰もが何かを察してくれたように。いや、再び流れ出した時間の中で、俺だけが停滞していると気づいたんだろう。

 

 だけど悲しいかな、稽古をいくら積み重ねた所で今以上の技量が身につくことってのは無いんだと実感してしまう。

 もちろん経験にはなるんだろう、蒼紫が付き合ってくれたことなんてあり得ないと言っていいくらいのものだし、何よりの稽古だ。

 それでも、薄々わかっていたのかもしれないけれど、俺の力っていうのは流動的で、相手によって左右される部分が大きすぎる。

 だからやっぱりこうした稽古は自分の中にある緊張感を一定に保つというか、モチベーションを維持する意味合いが大きかったんだろう。

 

 そんな日々の中左之助に言われた言葉がある。

 

 ――がんばんな。

 

 一言そう言われた。

 見透かされていると思うべきか、字面通り応援をもらったと思うべきか。

 

 俺が剣心と闘うと決心したってのを感じたんだろうあいつは。

 なんともこそばゆいやり取りのはずだったのに、そんな気持ちは欠片も浮かばず静かに頷くしか出来なかった。

 そう言われて気づいたって言えば鈍感過ぎるんだろうけど、弥彦もなんだかんだで気を使ってくれていたらしい、俺が稽古している間、弥彦は一度も俺に声をかけていなかった。

 

 ――弥生姉ぇは男じゃねぇけど、それでも男と男の真剣勝負を邪魔するほど野暮じゃねぇ。

 

 なんて言ってたっけか。

 あれだけ俺は男なんだと心で言い直していたのにも関わらず、初めて――

 

 ――こんな可愛い女の子に向かって男とは何いってんですか。

 

 とか言ってみたりして、そしてそれに違和感を覚えなくて。

 

 あぁ、しっかりと心の準備が出来ているんだなと妙な所で変な実感もした。

 

 弥生が失恋するための準備なら、俺は女としてこの世界を生きていくための準備なのだろう。

 もうどこを探したって、弥生って人間も、俺って人間もいないのだから。

 

 そうしてゆっくりと。

 時間が然程あったわけじゃないけど着実に。

 

 闘いへの意思を固めて。

 剣心と姉さんが帰ってきて。

 

 恵さんの会津帰郷予定の話を聞いて今、斎藤一がいる部屋の前で大きく深呼吸をした。

 

「失礼します」

 

「……貴様か」

 

 一つ視線を向けてきた斎藤の顔色は変わらない。

 まぁそりゃそうだろう、ついさっき剣心からの果たし状が届いた所なのだろうから。

 一緒にいるはずの張は何処へやら、幸いだろう今はいない。

 

「読んでみろ」

 

「……」

 

 机に置かれていた手紙を指してそう言われる。

 けれど首を横に振って。

 

「心は決まりましたか?」

 

「……っち。ヤツが漏らしたのか、それともお前の察しが良すぎるのか……後者だろう、そういうところだぞ貴様」

 

 言いながら立ち上がった斎藤は窓から外を眺める。

 もう許されるだろうと、静かに隣へ歩を進めてみれば。

 

「弥生。お前は俺がどうすると思う?」

 

「……さて、私は斎藤さんではありませんので」

 

 顔を見ないでも、少しだけ笑った雰囲気を感じる。

 

 正直に言ってしまえば。

 俺はこれを利用するつもりでいた。

 

 決闘を受けなかった斎藤。

 今回もそうするだろうと、そういう気持ちに流れるだろう。だから京都での貸しって理由を与えて、その権利を譲ってもらう腹積もりがあった。

 

 だけど実際こうして斎藤の顔を見ると、そんなことは言えなくなった。

 

「……」

 

 何を見ているのだろうか、その目に映るのは果たして俺と同じ光景だろうか。

 違うように思える。

 きっと今斎藤は胸の内を整理して精算しているんだろう、かつてより現在まで望んでいたはずの決着。

 相手だったはずの剣心は、もう決して抜刀斎とは言えない存在で。

 

「思えば、俺は認めたくなかっただけなのかもしれんな」

 

「緋村剣心が……あなたにとって決着をつける相手ではないということをですか」

 

 こくりと頷かれる。

 

「抜刀斎と新選組は共有していた。もっと大きな括りで言えば、あの幕末で戦いに生きた人間すべて。立場から交わることは無くとも、己にとっての悪を斬るために生きていた」

 

 それはどんな時代だったのだろうか。

 漫画や教育で断片的に知っている……いや、この人を含めた幕末を生きた人の前では知っているなんて言葉も烏滸がましい。

 

「掲げる正義は違った。新選組の示す誠でさえ、僅かな人間としか共有出来なかった。しかし、共通の敵を敵と定めた」

 

 新選組も、色々な苦難を隊内で乗り越えたはずだ。

 鵜堂刃衛のことだってそうだろうし、芹沢鴨という人だっていたはずだ。

 新選組という名がつくまでに、想像もできない程の何かを経験しているんだ。

 

「故に……俺は抜刀斎と決着をつけたかったのだろう」

 

 新撰組三番隊隊長、斎藤一としての生き様を遂げるために。明治に生きる藤田五郎として生きる覚悟を決めるために。

 

 ……いや、そう考えることこそが侮辱となってしまうのかもしれない。

 だけど俺には……俺の目の前にいるこの人は、そう思っていると思える。

 

「好きにしろ、弥生」

 

「っ」

 

 前触れ無く、視線を捉えられた。

 そしてその目は静かで、穏やかで。とてもとても深かった。

 

「明治に生きる緋村剣心と戦う事ができるのは斎藤一ではなく、同じ明治に生きるものがするべきだ……そしてそれがお前なら、何も言うことは無い」

 

 あぁ、あぁ。

 言葉がない、思い浮かばない。

 

 今まさに、俺の目の前で、緋村抜刀斎と斎藤一の決着が着いた。

 

「斎藤さん」

 

「なんだ」

 

 もしかしたら少しだけ狂った結末、決着なのかもしれない。

 それでも。

 

「……行ってきます! そして、ご健勝をずっと祈っています!!」

 

 斎藤に背を向けて。

 ドアで入れ違った張を通り抜けて。

 

 ――阿呆が。

 

 最高の応援を背に受けた。

 

 

 

「弥生、殿?」

 

「こんばんは、剣心さん」

 

 冷えてきた風が剣心との間に流れる。

 心から生まれた熱を視線に乗せて剣心を見てみれば、驚き、戸惑いを顔に貼り付けている。

 

 だが、それも一瞬で。

 

「そうか、拙者はどうやら愛想を尽かされたらしい」

 

 そういって少しだけ寂しそうに笑う剣心。

 だけど、斎藤の代わりに闘うなんてわけじゃないけれど。

 

「そうではありませんよ」

 

「……」

 

 言っておかなければならない。決してそんな意味じゃないと言うことは。

 

「決着をつける相手はあなたじゃない。そして、もうその決着はすでに着いている。それだけのことです」

 

「……そう、でござるか」

 

 ぐっと力を込めて、何かを想うように目を瞑る剣心。

 

 そのまま一間、二間。

 心を冷まさないままに、剣心を待つ。

 

「……それで。そのことを拙者へと伝えに来てくれただけではない……のでござるな」

 

「はい」

 

 そしてようやく剣心が俺を捉えた。

 

「その前に教えてもらいたい。弥生殿が拙者と闘う理由はなんでござる?」

 

 当然の疑問ではない。

 むしろここで何故闘わなければならないのかとか、戦いたくないなんて言われていたら、それこそ自分勝手に失望していた所。

 

 緋村剣心は、自然と、俺が戦いを望んでいると、そしてそれに応えると覚悟した上でその疑問を問うたんだ。

 

「巫丞弥生を終わらせるため」

 

「巫丞弥生を、終わらせる……?」

 

 頷く。

 

「剣心さん。あなたの目の前にいる私は、弥生ではなく、また俺でもない。そんな中途半端なこの世界の不純物なんです。確たる一になるためには巫丞弥生を終わらせるしかない、新たなる一歩を踏み出すためにはどうしてもあなたが必要なんです」

 

 剣心の瞳に理解の色は含まれない。

 だけどそれでいい、理解されることを望んでいないのだから。

 

「私怨はこの私に存在しない。されども巫丞弥生はあまりにも貴方を殺したがっている」

 

「……」

 

「人誅……ですよ、剣心さん。先の件もそうだ、陳腐なものから、真っ当なものまですべてを人誅と呼ぶのなら、これもまた人誅」

 

 そうさ、これは人誅と書いて八つ当たりと読む児戯にも等しい動機。

 もっともらしいことを、言葉を並べたってその事実からはどうやっても逃れられない。

 

「拙者との闘いが……弥生殿にとって、真に必要なのでござるな?」

 

「はい」

 

 断言する。

 今のままじゃ前にも後ろにも進めない。

 

 そしてこの返事で剣心が。

 

「……弥生殿」

 

 こうして構えてくれたことこそが、彼に対して積み重ねられた信頼の証左なのだろう。

 

「……ありがとうございます」

 

 その信頼を裏切らない。

 

 ただ望む事があるならば。

 

「どうか、全力で」

 

「元よりそのつもりでござる。弥生殿相手に、手など抜けぬ」

 

 さぁ、やろう。

 恋い焦がれた一戦を、希った熱戦を。

 

 始めよう。

 

 



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その男、生きる意味につき

 目の前に立つ人。

 それは紛れもなく最強の剣士。

 かつて幕末で人斬り抜刀斎と志士名がついたほどに人を斬り殺し、京都の町へ血の雨を降らせた人。

 

 こうして闘うと互いの心が決まって、相対して初めて分かる。

 

 ――強い。

 

 何をわかりきったことをと何処か冷静な自分が言うけれど。

 

 このプレッシャー、この剣気。

 

 立っているだけで精一杯になっていたかもしれない。

 今までの、俺ならば。

 

「――!」

 

「――!」

 

 合図なんて無かった。それでも同時に踏み込んだ。

 逆刃刀は鞘に納めたまま――抜刀術が、来る――!!

 

「はああああああ!!」

 

「おおおおおおお!!」

 

 疾い、疾すぎる。

 神速だなんだと評された身のこなし、そして抜刀の速度。

 その一閃を。

 

「っ!」

 

 躱す。

 まだ羽踏の領域へは入っていない、それでも躱すことが出来る。

 そしてもちろんここで終わりじゃねぇよな!

 

「双龍閃――!!」

 

「読んでましたっ!!」

 

 隙を生じぬ二段構えだなんてわかってる! ここで呑まれてなるもんかっ!!

 

「龍巻閃――もどきっ!!」

 

 鞘の一撃に対してカウンターで合わせる。

 

 まだだ、この程度じゃ剣心の筋書きを超えられないってわかってるさ!

 

「上っ!!」

 

 手応えのない龍巻閃へ意識を飛ばしている場合じゃない、上へと飛ばれた……ってことは。

 

「龍槌――っ!?」

 

「こいっ!!」

 

 速さでも高さでも……力だって負ける。

 それでも闘える、闘ってみせる。

 

 行くぜ、弥生……!

 羽踏――!

 

「くっ――まだでござるっ!」

 

「龍翔閃へは繋げさせませんともっ!!」

 

 身体のバネ。

 龍槌閃から龍翔閃への繋げ様。

 その切り替わる一瞬を狙って、軸足へと木刀を奔らせる。

 

 驚いたようにその場から飛び退く剣心。

 これでお互い間合いの外。

 

「……流石、という他ないでござるな」

 

「それは……ええ、素直に受け取ることにしましょう。そして全力を出して頂けているようで何よりです」

 

 序幕から随分と飛ばしてくれたもんだ、ありがてぇ……っていうのも変か。

 正直まともな技のやり合いからはじまるとは思ってなかった。

 小手調べとでも言わんばかりにまずはチャンバラだろうって思ってたんだけどな。

 

「お互い手札の探り合いをする間柄でもないでござろう。拙者が弥生殿の手札をある程度知っているように、弥生殿も拙者を知っている」

 

「その通り、ですね」

 

 お互いの技を評しあったことはない。それでも互いの力へ理解はある程度及んでいるはずで。

 剣心は超一流の剣客、その知識や経験から。

 俺は原作知識と実際に見た光景から。

 

 なるほど、言っておいてなんだがその通りだ。

 

「故に……互いの弱点と思われるモノへも」

 

「……あぁ」

 

 少し間があってから頷かれる。

 

 そういやそうか。

 知識が武器にならない闘いは……これが初めてか。

 やだねぇ……最初で最後と決めている剣心の闘いが、やっぱり一番困難じゃあないか。

 

 ということは。

 

「来ますか、九頭龍閃」

 

 逆刃刀の剣先が向けられる。

 俺の弱点に相当する、広範囲同時攻撃。

 

 こればっかりは羽踏では躱せないだろう、剣の速さに追いつけない波状攻撃ってモンでもない。

 九つの斬撃を相殺しようにも力で競り負ける。

 

 これは一番容易く想像できる、詰めろの技。

 

 だけど。

 

「……そうか」

 

「ご自分で仰ったでしょう? 手札を知っている、と」

 

 剣心戦、一つ目のターニングポイント。

 ある条件……というか、前置きがなければ……、アレさえ来なければ……。

 

「見せてもらうでござるっ!!」

 

 剣心の足元から音が鳴った。

 来る。

 突進からくる、九つの斬撃。

 

 賭けには勝ったみたいだ。

 

「――羽突!!」

 

「九頭龍――っぐ!?」

 

 ……足の筋肉が悲鳴あげてる、びきって言った。

 流石すぎるよ剣心、疾すぎる。

 

 でもまぁ。

 

「縁さんは実に素晴らしい解法を見せてくれました。絶対に避けられない攻撃なら、攻撃となる前に潰すと」

 

 

 

 羽突は剣心の右肩へ。

 技の発生前にしっかり入れ込めたはずだけど……咄嗟に身体をずらされて甘いとまでは言わないけれど、これで自由に剣を振るえなくなる程のダメージは与えられなかったみたいだ。

 

 これじゃあむしろ収支はマイナスか?

 九頭龍閃に一度追いついただけで、足が若干笑ってる。

 今のはまぐれだと決めつけられて、二発目を持ってこられたら……ちょっと危ういな。

 

 無駄なあがきかも知れないけれど、余裕があるように、それは通用しないんだと示せるように。

 必死で涼しい顔をして、右肩を押さえている剣心へと視線を投げる。

 

「強い、でござるな」

 

「いいえ、剣心さん。それは過分な評価です。むしろ今のはあなたの読み抜け、私の手札への理解が甘かっただけのこと」

 

 ターニングポイントを潜り抜けて。

 最悪のパターンは土龍閃からの九頭龍閃。

 

 土龍閃が先に入っていれば、こうも目論見通り九頭龍閃は潰せていなかっただろう。

 八ツ目戦然り、待ちから放つ羽突へ切り替えて、分の悪い賭けへと身を投じなければならなかった。

 

 剣心の読みが甘かったと言ってはみたけれど、そういう発想を持ちえなかったのか、それとも九頭龍閃だけで十分だと思われたのか。

 それは定かじゃないけれど、とりあえず有利って言葉は少しだけ俺に寄りかかってくれたらしい。

 

 ここからだ。

 

「はああああっ!!」

 

「っつぅ!!」

 

 攻勢へ出る。

 自分から仕掛けるとなると、随分と拙い俺だけどそれでいい。

 右肩を庇うようにしながらも木刀をしっかり躱す剣心、その右手は俺が振り終わる時や、放つ寸前に反応している。

 

 そうだ、俺の異能抜きでの攻勢ってのは拙い。

 つまり剣心ほどの実力者から見れば隙だらけということ。

 

「くっ!」

 

「……」

 

 剣心が大きく退いて再び距離が開く。

 

「見抜いている、ってことですか」

 

「あぁ、厄介にも程がある」

 

 二つ目のターニングポイントは分け、ってところだろう。

 ここで剣心が俺の隙を咎めて来るようであれば、羽踏の餌食って話だったけど……流石にそこまで簡単にはいかないらしい。

 

 つまり、俺に仕掛けられてそれを返すって構図は全てアウト。

 剣心はどうやっても自分から仕掛けないと俺を倒すことは出来ない。

 

 とはいえこの状態を拒否されるってことは、それを理解しているということ。

 

 ……読み取れ、見抜け。

 だったら剣心は何を考える? 次のターニングポイントは何になる?

 

 九頭龍閃を発動前に止めた。

 って言うことは別の見方をすれば、それは発動させてはならないと警戒しているってことだ。

 それは剣心も考えただろう、もう一度九頭龍閃を放つという選択肢もあるはず。

 

 逆刃刀を構え直した剣心の瞳から読み取れるものはない。

 変わらぬ剣気を俺に向けて、静かに放っている。

 

 さぁ、何で来る……!

 

「っ!!」

 

「こっちでござる!!」

 

 速――! 後ろ――!?

 

「おおおおおおお!! 龍巣閃っ!!」

 

 龍巣閃かっ!! 流石のチョイスッ!!

 

 行くぜ、弥生!! 三つ目のターニングポイントだ!!

 

「羽踏っ!!」

 

 龍巣閃、その二撃目で何とか羽踏を起動できた。

 代償は一房の髪、自慢のキューティクルポニーがハラリと落ちる。

 

 そして訪れる弥生の世界。

 

 ここまで龍巣閃の剣閃が疾いと、もう目で追うのは無理。

 余計な情報をシャットアウトするために、目を瞑る。

 感じるのは身体の近くを振り抜ける逆刃刀。

 

 九頭龍閃とは違い、一刀一刀を感じることが出来た。

 しかし合間に木刀を滑り込ませられるほどの間は無い。

 

 避ける、避ける、避ける……。

 

 避ける度に強く生を実感した。

 今、俺は、闘っている、すなわち生きている。

 避けることが出来る、一歩ずつ前に進むことが出来ている。

 

 あぁ、確かに俺は勝利を求めているわけじゃない。

 それは俺の地雷も良いところ、剣心だって輝いているヤツその一人だから。

 いつだってその輝きは眩しいほどのものであって欲しい。

 俺って輝きを消し去ってしまえるほどに大きく、強く。

 

 だからこそ。

 

「そこぉっ!!」

 

「なっ!? くっ!」

 

 一つを選んだ。

 放ったカウンターを簡単に回避されて。

 

「後ろがお好きなようでっ!」

 

「っ!?」

 

 再び回り込まれた背面へと今度は先んじて斬撃を置くように放つ。

 それを本当に無理やりだろう避けた剣心はバランスを崩――。

 

「かく――っ!?」

 

 崩したところを狙おうとすれば、そこはダメだと弥生の警鐘。

 ここに来て初めて自分から距離を取った。

 

 龍巻閃。

 

 今踏み込んでいたら絶対に――

 

「おおおおおおっ!!」

 

「しまっ――」

 

 ここで来るか九頭龍閃!!

 

 くっそやべぇっ! 羽突で潰せないっ!!

 

「――やってやらぁああ!!」

 

 わかった! 腹くくってやるよ! 全部……避けてやる!!

 

 極まった集中の中、全てがスローモーションに感じる世界で。

 

 壱、唐竹――避ける。

 弐、袈裟斬り――頬を少し裂かれる。

 参、右薙――木刀で逸らす。

 肆、右切り上げ――着物を裂かれる。

 伍、逆風――後ろに飛び退く。

 陸、左切り上げ――太ももに結構深く入る。

 漆、左薙――何とか木刀での防御が間に合う。

 捌、逆袈裟――敢えて受ける。

 

 そして。

 

「あああああああっ!!」

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 玖、突き――羽突を合わせる。

 

 訪れる交叉。

 身体に奔る痛みで膝をついてしまいそうだ。

 

 でも、まだだ。

 三つ目のターニングポイントは不利を運んできた。

 それでも何とか痛み分け、最後の突きにだけではあるけど、完璧にカウンターを入れた。

 

「ぐっ……」

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 振り向いてさらなる攻撃を。

 しようとした所でお互い同時に膝をついた。

 

 俺は右の太ももに、剣心は右肩に。

 

 九頭龍閃の突きが柄で良かった、最後うまく合わせられたのは羽突が間に合ったのは、それのおかげだ。

 

 互いに大きな痛手。

 それでも剣心の目から闘志は一向に衰えず……いや俺もか。

 闘いにのめり込みきった表情をお互いに浮かべているんだろう。

 

 そんな実感をした瞬間。

 

「やはり、お主にも……弥生殿にもまた、これしかござらんか」

 

 そんな言葉が聞こえた。

 

 

 

 間もなく終着駅。

 立ち上がったのは同時、顔を見合わせて表情を緩めたのも同時。

 

「天翔龍閃ですか」

 

「あぁ、もはやそれしかござらん」

 

 そして笑ったのも同時。

 何故笑みが浮かんだのか、それはわからない。

 

 ただ、俺はやっぱりこの時を待っていたんだろう。

 剣心に飛天御剣流の奥義を使ってもらう。

 これしかないと思ってもらえた、そう思われるほどに強くなった。

 

 あの時見た背中はもう見えなくて、隣で目の前にいる人と肩を並べられたなんて錯覚が強く感じられる。

 

「剣心さん」

 

「なんでござる?」

 

 多分、彼をこう呼ぶのはこれで最後。

 だってそうだろう?

 

「どうか、姉さんを幸せにしてあげて下さい」

 

「あぁ」

 

「どうか、泣かせるようなことはしないで下さい」

 

「あぁ」

 

「そしてどうか、どうか幸せになって下さい」

 

「……あぁ」

 

 これからは、剣心のことを義理の兄と呼ぶことになるのだから。

 

 弥生。

 もう良いだろう?

 勝っても負けても、これで最後にしようぜ。

 あんたの恋心は、命尽きるまで背負ってやる。

 俺があんたの分までこの明治を幸せに生きてやる。

 

 だから。

 

「――!」

 

「――!」

 

 踏み込みもまた、同時。

 何の合図もやっぱり無かったのに、示し合わせたかのように。

 

 ――左足。

 

 天翔龍閃。

 

 身体を大きく沈ませて避ける。

 

 あぁ、任せてくれ弥生。

 ちゃあんとこの先だって考えてるんだ。

 右足、すんげー痛いけどさ、大丈夫だ。

 

 後頭部を逆刃刀が通り過ぎていった。

 訪れる空間の修復。

 剣心へと吸い込まれそうになる身体。

 

 その力へ逆らわない。

 

「弥生流――奥義っ!!」

 

 そうさ、この一歩さ。

 大きく前を踏みしめて、未来へ進むことを決意した。

 

 見せてやるよ。

 

 これが、これこそが。

 

「俺の――TS(生きる意味)だっ!!」

 

 目の前を通り過ぎていった枯れ葉が、ぱつんと弾けた。 



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TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……

「やよいせんせー! さよーならー!」

 

「はい、さようなら。また明日お待ちしていますね、気をつけて」

 

 どの時代、どの世界であっても子供の愛らしさというものは変わりがないらしい。

 元気に手をふる子どもたちを見送って、見えなくなった頃に大きく伸びをする。

 

 こうして平和を満喫できるのも、何処かの誰かが日夜一生懸命頑張ってくれているから。

 そんな頑張っている人の中に、()って存在があれば良いのだけれど。

 

「なんて、ね」

 

 振り返ればそこには弥生流活心塾。

 流石に姉さんに被れ過ぎただろうかと不安にもなるけれど、この前来てくれた時に喜んでくれたし万事オッケーだと信じたい。

 

 人に物を教えるなんて柄じゃないのは重々承知で、何よりそんな頭が良いわけでもない。

 しかしそこは活心塾。

 高等な学問なんかじゃなくて、知っていれば生活が少しだけ豊かになるかもしれないって範囲のお勉強。

 なんちゃってに成り下がっただろう剣術遊びも加えて、今を生きる子どもたちが少しでもより良い未来を掴めるようにと願いをかけて。

 

 この話を姉さんにしてみれば物凄く良いじゃないと太鼓判を押してくれたし、義兄(にい)さんもそうだ。

 流石に元手があるわけでもなかったので、二人の子供が産まれるまでにたくさん働いてと思っていたんだけれど。

 

 ――弥生さんの手助けなんていくらでもっ!

 

 なぁんて新しく塚山家の当主となった由太郎が出資してくれたおかげでトントン拍子。

 まぁ下心が透けて見えたのはご愛嬌で、自分より弱い男の人と結婚する気は無いと言ってみれば落ち込むこと無く、むしろ燃えてくれたのでヨシとしよう。

 そんな由太郎も今では立派な神谷活心流師範代、私へと熱を上げ続けてくれているおかげで変に他の女の子へちょっかいをかける事なく、日夜剣の腕を弥彦と喧嘩しながらも高めあっているらしい。

 

 もっとも、そんな弥彦や由太郎にもう勝てる気は一切無いのだけれど。

 

「……ふふ」

 

 思い出すのは剣心との闘い。

 あの後から、今となっては僅かだと思える時間を共にした異能。

 それはすっかり消え去ってしまっていた。

 

 もう自動的に身体が危険を避けることはないし、羽踏や羽突なんてもってのほか。

 今の私はまさに、女の割に強い。程度の力しか持ち合わせていない。

 その辺のゴロツキ程度に遅れを取るつもりは欠片もないけれど、まぁ剣を生業にしている人には白旗を揚げるしかないだろう。

 

 だけどこれでいい、これが良い。

 剣心たちとそれなりに関わりのある一般人。

 今のポジションこそがきっと、自分にとって ベストの立ち位置であることを実感したのだから。

 

「やよいちゃーん! 終わったろ? 昼の牛定頼むわっ!」

 

「はいはい、毎度ご贔屓に。ですけどごめんなさい、今日は臨時休業となっております」

 

 塾の看板を裏返せばそこには桃べこの文字。

 そして入り口の戸には臨時休業の張り紙。

 

「……ダメだ、ちょっと死んでくる」

 

「はいはーい。来世でもご贔屓にー」

 

「そこは止めてよっ!?」

 

 常連さんとのやり取りももう随分と慣れたもんだ。

 

 牛鍋屋、桃べこ。

 

 東京と京都の間、赤と白の間だから桃なんて安直な考えで付けた店名。

 これもまたえらく妙さんには気に入ってもらえたもので。

 

 昼までは塾、昼からは牛鍋屋。

 

 従業員僅か私だけの、塾にしては少し広くて、食事処にしては少し狭い。

 そんな私の小さな城。

 

「うー……ちょっとだけ! さきっぽだけ!」

 

「……はぁ、やれやれ。仕方ないですね、お弁当にして包んであげますから少し待ってて下さい」

 

「やったぜ!」

 

「……ちゃんと皆で分けて下さいね? 沢山作ってあげますから」

 

 ちらりと後ろに見えた人集りへ視線を一つ投げて見ればむさ苦しい照れ笑い。

 まったく、過去のことはわからないけれどすんげー手のひら返しもあったもんだと暖簾を潜る。

 

 道は東海道、場所は沼津の宿場町。

 新月村から遠くなく、未だそれなりに人通りがある、賑やかとも閑散とも言えない町。

 

 常連さんの多くは新月村の住人達。

 だけどたまに軍関係の人やら警察関係の人やらが訪れるというなんかよくわからないスポットとして色々な噂があるらしい。

 

 まぁ私としては日々生きていくに困らない程度儲かればいいと思っているからなんでも構わないのだ。

 だから軍だ警察だを鼻にかけるバカはしっかり懲らしめる。

 そして今もなお繋がりのある人達にそんなバカはより絞られる、ざまぁ見晒せ。

 

 ……ただね? その謝罪をって名目のもと大勢で押しかけられたら一緒だからね?

 

 少しの頭痛に顔をしかめながら、慣れた手付きで弁当を用意して。

 

「お待たせしました」

 

「ひゃっほーーーー! これがないと生きていけねぇぜぇ!!」

 

 はいはい往来でバカ騒ぎしないで下さいねーぶっ飛ばしますよー。

 

 まったく、ほんとに活気を取り戻してくれちゃって。

 志々雄一派に占領されていた時からは考えられないね。

 

 ……ま、最初を思えばやっぱりこの光景は良いものなのでやらないけれど。

 

 わだかまりは……ここに店を構えてから何年だろう、それでもまだある。

 けれど、多くの人と店を通して、塾を通して打ち解けたとは思う。

 

 ――今度こそ、誰一人犠牲にすることなく幸せに生きて欲しい。

 

 あまり掴めなかった弥生の人生だけれど、それでも想像を交えながらそう訴えて。

 ゆっくりと、少しずつ。

 

 そしてそれがこの結果だよ。最初のシリアスは何処に行ったのやら。

 

「って、そう言えば弥生ちゃん。今日の臨時休業はどうしてだい?」

 

「あぁ、身内が来るんですよ。集まるのは久しぶりなので……私事で申し訳ありません」

 

 軽く頭を下げてみれば、そういう時があってもいいよねと好意的な返事をもらって。

 中には自分だって身内じゃないかとか調子に乗った人もいたので一つ睨みを入れておいて。

 

 ありがとうねと後にして行った皆を見送った。

 

「さて……それじゃ、準備しますか」

 

 何年ぶりだろうか、全員が集まるのは。

 あの時、皆それぞれ自分の道を歩み始めてから、今まで。

 

 楽しみ、だな。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

「あぁ」

 

「やっ! 来たよ弥生! ちゃあんと美味しいもの準備してくれた?」

 

 最初に来てくれたのは蒼紫と操ちゃん。

 まさかマジで来てくれるとは思ってなかったから、驚きを挨拶でごまかして頭を下げる。

 

「もーそんな堅苦しくしないでさー! 今日は楽しもうね!」

 

「俺は下戸だぞ」

 

「ええ、もちろん知ってます。むしろ料理をお楽しみくださいませ。……私はここで皆を出迎えますのでどうぞお先に」

 

 そう言って戸を開けてみれば我先にと素早く入り込む操ちゃん。

 

「貴様には今の姿が一番良く似合っているな」

 

「……ふふ、小料理屋の主に言われちゃ説得力がありすぎますね、ありがとうございます」

 

 すれ違いざまにそんな言葉を交わして。

 

「弥生姉ぇ!」

 

「おー久しぶりですねぇ弥彦!」

 

 続いて来たのは弥彦。

 近くに剣心達は居ないから、別で来たのかな?

 

「燕と妙さん、差し入れっつうか料理の材料持ってきたみたいでさ、どっか置いとける場所ねーかな?」

 

「わ、気にしないでいいのに……じゃあ弥彦、裏口開けといて貰っていいですか? はい、鍵」

 

「おうっ!」

 

 鍵を受け取って走り出した弥彦の背中にあるのは小さな悪一文字。

 大きくなった背中だけれど、やっぱりいつ見ても可愛い弟にしか見えないのは私が姉バカだからだろうか。

 

「弥生さんっ!」

 

「はい、いらっしゃい由太郎君。いつもお世話になっています」

 

 深めに頭を下げてみれば、すぐさま慌てる気配が伝わってきて。

 

「いいい、良いんですよ気にしないで下さい! お、俺が好きでやってることですからっ!」

 

「ふふっ。じゃあこれも私が好きでやってることですから、気にしないで、ね?」

 

 そう言って由太郎の頬を撫でてみれば湯気を吹き出した。

 

 ……よしよし、まだまだ絞れるな。

 じゃなく、いい加減新しい恋見つけてどうぞ。

 

「弥生」

 

「恵さんっ!」

 

 その場でプシューしてる由太郎を放っておいて。

 姿を見せてくれた恵さんへ駆け寄る。

 

「忙しいのに、ありがとうございます!」

 

「良いのよ。こういうのは多少無茶でもして時間を作らないと……気づいたら次に会う時おばあちゃんとかになっちゃいそうだから」

 

 いやぁ、歳を重ねてさらなる色気が……うぅ、もう身も心も女になったつもりだったのに……恵さんぱねぇっす。

 

「ま、積もる話はまた後で、先に入ってて良いのかしら?」

 

「ええどうぞ!」

 

 店に入っていく恵さんの背中をうっとり眺めて。

 途中で由太郎の手を取って一緒に入ったことを確認して。

 

「おー! 弥生! 久しぶりでぇ!」

 

「……うわくっさ」

 

 髪伸び放題、髭伸び放題。

 それでも一目で左之助だとわかるヤツ。

 

「んだと!? 随分な言い草じゃねぇか!」

 

「はいはい。とりあえず臭いんで皆に会う前に風呂入ってきて下さい臭い」

 

「ぐぎぎ……このやろっ!」

 

 何も言えなくなったのか、乱暴に手を振るってくるけれど。

 

「……お帰りなさい」

 

「おうっ!」

 

 それはハイタッチ。

 乾いた音が、夕焼け空に吸い込まれる。

 

「ふぅ……」

 

 一先ず来店ラッシュは終わりだろうか。

 まだ遠目にも剣心達の姿は見えない。

 

 懐中時計を見てみれば、時間にはまだ少し余裕がある。

 

「やっぱり……斎藤さんは……」

 

「来るわけがないだろう」

 

 ……うわぁお。

 

「ふん。そうだな、貴様のそんな顔を見れただけで満足だ」

 

「……手紙、送ってみるものですねぇ」

 

 目を瞬く。

 いやはやまさか、斎藤が、ねぇ?

 

「勘違いするな、すぐに出る。こちらへ向かう予定があったからな、一目見に来ただけだ」

 

 仏頂面ではあるのだけれど、何処か少し気恥ずかしさを感じるのは気のせいだろうか。

 いやま、それでも十分嬉しいんだけれど。

 

「それは残念です。まぁ、なんだかんだで結構会いますし、次回に期待しておきますよ」

 

「……阿呆が」

 

 ほんとにそれだけ言ってさっさと背を見せた斎藤。

 

 実は知り合いの中で一番会うのは斎藤だったりする。

 やっぱり警察関係者ではあるし、警察御用達といっちゃなんだがそういう場所になりつつある桃べこだからやっぱり会うもんだ。

 

 流石に今日は緋村剣心がいるんだしと、まぁ仕方ない。

 出来ることなら参加しておけば良かったなんて思わせられる位の話を準備出来るように今日を楽しもう。

 

 斎藤の背が見えなくなって。

 視線はそのまま日が落ち始めた空へ向けて。

 

「……幸せだぜ? 弥生」

 

 かつての口調で言ってみるけれど、もう何の鼓動も感じない。

 

 確信はない。

 けれど、もう次の弥生は生まれないんじゃないか、そんな風に思う。

 

 折れた木刀。

 今も、不似合いが過ぎるけれど、店の中に飾ってあるかつての自分が生きた証。

 

 今までの歩みは、そう、今この時を生きるため。

 

 女になって、女としてこの世界を生きる。

 まだまだ。

 まだまだ先はわからない。

 もうこの先は何も知らない真っ白な世界。

 

「あ、弥生ー!!」

 

 遠くで手を振る姉さんの姿。

 隣で剣路に髪を引っ張られている剣心の姿。

 

「ねえさーーーーん!! にいさーーーーん!!」

 

 その二人へ向けて、未来へ向けて。

 

 一歩、踏み出した。

 

 

 

      TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……  完




 あとがきにまで目を通して頂き、ありがとうございます。

 TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……。
 なんとか無事、完結しました。

 途中投稿が滞ってしまい申し訳ありませんと先ずは謝罪を。
 まぁ、色々ありました色々。

 そんなわけでるろうに剣心の二次小説、如何でしたでしょうか? 楽しんで頂けましたでしょうか?
 作者が昔、るろうに剣心を呼んだ時、やはりと言うべきか作中の登場人物たちの真似をしました。
 二重の極みを練習してみたり、そこらへんの木の棒をジャンプして龍槌閃ー!とか言いながら振り下ろしてみたり。
 二重の極み練習で調子に乗りすぎて手の骨へヒビいれたのも、折れた木の棒で怪我したのも、今となってはいい思い出です。

 はい、いい思い出にしたいです。

 黒歴史はさておき、やはり憧れというものは原動力になり得ると作者は思います。
 本作の主人公がそうであったように、明日へ向かう一歩を生み出す力であると思っています。
 そんなサムシングを本作から感じてもらえたなら、作者冥利に尽きるというものです。

 実のところ。
 作者は本作を書き始めるまでいまいちTSってよくわからなかったりしました。
 書いた動機は好きな作品をとありきたりなものに加えて、TSわかんねーからTS書いて理解してやる! ってなもんで。

 それでも作者の思うTSってやつを書けたと満足しています。

 そして満足いく作品が書けましたのも、完結まで多くの応援、感想、ご評価を賜ったからこそです。本当にありがとうございます。

 また、前作、今作と同様に、次回作でも作品を通じて一緒に楽しめますことを祈って、本作は筆を置くことにします。

 ありがとうございました! ベリーナイスメルの次回作にも、乞うご期待下さい!



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