グレイゴーストは恋を知る (ペトラグヌス)
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私の日記

×月××日

指揮官から日記帳をもらった。何でも、自分の心の整理に役立つらしい。私は必要ないと断ったのだが、強引に押し付けられてしまった。あの指揮官にしては珍しい。あんな強気な態度をられたのは初めてかもしれない。

 

×月××日

することもなく暇なので、これを書いている。指揮官はいつまで私をここに閉じ込めておくつもりなのだろうか。窓から見える戦場が恋しい。

 

×月××日

私にこれを書く意味はあるのだろうか。兵器である私に心の整理などいるのだろうか。

 

×月××日

今日も一日ベッドで過ごした。私の居場所はここではない。すでに傷は癒えた。ならば、出撃するのみだ。

 

×月××日

出撃しようとしたのだが、指揮官に止められてしまった。廊下に立ちふさがり、通り抜けようとすればしがみつかれる。正直、私は驚いた。着任してからというものの、私はこの指揮官にいろいろと驚かされてきたが、今回はまた違った驚きだ。消極的な指揮官がこんなにも積極的に私に何かしてきたことは今までになかった。いったい何があったのだろうか?

 

×月××日

朝、指揮官が私の部屋にやってきた。それだけでも驚きだが、それ以上に驚いたのは私を秘書艦に任命したということだ。適材適所という言葉がある。私はそのような仕事に向いているとは到底思えない。

 

×月××日

今日は秘書艦として迎える最初の日だった。最初の業務は、指揮官の書類整理の手伝いだ。一体今までどうしていたのか知らないが、執務机の上にはいくつもの書類の山が築かれていた。普段から指揮官室には居ないようだし、きちんと仕事をしているのだろうか?こんなになるまで放置しているなんて、私の前任者もいったい何をやっていたのか。

 

×月×日

今日も書類の相手をした。この仕事は苦手だ。やっていると私が何なのかを忘れそうになってしまう。

 

私は戦うために造られた存在だ。それを思い出させてくれるだけでもこれを書く意味はあるのかもしれない。

 

×月××日

あまりにも量が多いので、指揮官に今までどうしていたのかを聞いた。驚いたことに、これができたのはつい最近のことらしい。書類の内容も大半は備品や装備についてのもので、いつも基地中を回って皆の要望を聞いているそうだ。思えば私も何度も要望はないか聞かれていた気がする。それを聞いてからは、少しはこの仕事にも意味があると思えた。

 

×月××日

ようやく書類整理が終わった。一段落したところで、指揮官に秘書艦として今後どのような仕事をすればいいのか尋ねたのだが、これがどうにも要領を得ない。聞くと、今まで秘書艦をつけたことはなかったらしい。私が今までであった指揮官の中にはいろいろな人がいたが、みな誰かしら秘書をつけていた。本当におかしな指揮官だ。

秘書艦としての仕事については、当面は指揮官の手伝いを色々とすることになった。おかしな指揮官だとは思うが、不思議と悪い気はしない。お互いに遠慮なく意見を言い合えるような関係でありたいと思う。

 

×月××日

他の子たちの装備を見て感じたのだが、指揮官はどうにも装甲にこだわりすぎているように感じる。機動力を上げたほうがかえってダメージが減るといった事例は数多くある。明日、指揮官に言ってみるとしよう。

 

×月××日

今日は秘書艦らしく指揮官にコーヒーを入れたのだが、不評だった。指揮官が遠慮なくいったところによると”泥水”のような代物だそうだ。流石に私もムッとしたが、たしかに指揮官が入れたコーヒーは美味しかった。なぜああも違うのだろう...。

 

×月××日

先日の提案を試したところ、皆のダメージが減ったと指揮官がお礼を言ってきた。大したことではないと思うのだが、なんにせよ良かった。最近わかって来たのだが、指揮官はかなりの心配症だ。装甲に拘っていたのもそこら辺が理由なのだろう。きっと艦隊の皆もあまりに心配する指揮官の手前、意見できなかったのだろうな。これからも、このように活発に意見交換していきたいと思う。

 

×月××日

今日はロイヤルの皆においしいコーヒーの淹れ方を教授してもらった。初めに私がいつものやり方を見せたのだが、皆は唖然としていた。そんなにひどかったのだろうか…。だが、今日一日でみっちりと仕込まれたわけだから私の技術は格段に向上したことだろう。更にブラッシュアップしていき、指揮官を驚かせたいものだな。

 

×月××日

遂に実戦に復帰した。ブランクを考慮しての簡単な任務だったが、帰ってきたのだなと実感した。だが、あんなにも待ち焦がれていた戦場のだというのに、不思議と気乗りがしない。私の居場所はここしかないというのに。

 

やはり、実戦から長らく離れていたからだろう。ここから徐々に感覚を取り戻していきたい。

 

×月××日

最近、指揮官は機嫌がいい。不思議に思って聞いてみると、原因は私だという。何でも、私の戦い方が変わったのが嬉しいのだそうだ。言われてみれば、変わったという気がする。以前の私は少し無理をしていたのかもしれないな。

だが、なぜうれしいのかと聞くと指揮官は露骨に話題を変えてしまった。なんだか、けむに巻かれたような気がする。戦果が増えたのがうれしいということなのだろうか?

 

×月××日

やはり、最近の私はおかしい。なぜだろう。戦場で戦っているときよりも、秘書艦の仕事をしているほうが心が安らぐ。私は、戦場が居場所の兵器だというのに。私のどこかが故障してしまったのだろうか。

 

×月××日

指揮官から何かあったのかと尋ねられた。私は顔に出てしまうほどに思い悩んでいたのかというのか。だが、この悩みを指揮官に打ち明けるのはなぜだかためらわれる。本当に、なぜなんだろうな。

 

×月××日

このままでは私の存在意義が失われていく。それがどうしようもなく怖い。これを書くのだって、私を損なっている。もう、やめよう。

 

×月××日

なぜ、なぜこれを捨てられないのだろうか?なぜこれを開いてしまうのだろうか?

 

わからない。私はもう、何をどうすればいいのかわからない。

 

×月××日

どうすればいいんだ。誰か教えてくれ。

 

……指揮官、教えてくれ。私は……

 

 

 

×月××日

私は、いったい何者なのだろうか。私は人ではない。戦うために造られた兵器だ。そのことに疑問はない。だが、私は、私たちは、心を持っている。泣き、笑い、怒り、悲しむ。人のまねごとかもしれない。それでも、私たちは確かに心を持っている。これもまた、疑いようのない事実なのだ。

 

……これだけのことに気付くのに、随分と時間がかかってしまった。私だって皆と、指揮官と、過ごす時を楽しんでもいいのだな。

 

×月××日

朝、いつものように指揮官室に向かうと、指揮官が机で寝ていた。最近働きづめのようだから、寝るように言っておいたのだがな。私たちのことを心配してくれるのはいいが、少しは自分の心配もしてもらいたいものだ。

指揮官を起こした後は、コーヒーを入れた。ロイヤルの皆の指導のおかげで、私の腕前は相当なものになったと自負している。今はまだ指揮官には及ばないが、最終的には指揮官を私のコーヒーの虜にして見せよう。

 

×月××日

今日は皆と昼食を共にした。やはり、皆と取る食事はいいものだな。風とともにやってくる磯の香り、目の前に広がる……美しい海。私は、これまで海を美しいだなんて思えなかった。兵器が、戦場を美しいと感じてはならないと思っていたのかもしれない。今、こうして私が美しい海を見ることができるのは、指揮官のおかげだ。

 

×月××日

今日は近海の哨戒任務にあたった。途中、小規模な重桜の駆逐艦隊と遭遇したが、すぐに退いていった。ここの所、重桜とは小康状態が続いている。まだ戦争は終わりそうにもない。だが、指揮官とならいつか必ず、この戦争を終わらせることができると信じている。

 

そうだ、今日は指揮官も前線で指揮を執った。やはり、指揮官がいると皆の士気も上がる。かく言う私もそうだ。戦場だけが居場所だった今までの私とは違い、今の私には帰りたい場所がある。共に歩みたい仲間がいる。敵を倒すためではなく、皆と無事に帰るために、私は戦おう。

 

×月××日

今日の哨戒任務も小規模な艦隊に遭遇した程度だった。やはり最近の重桜は消極的なのだろうか、すぐに撤退していった。……ここ最近、このようなことが増えているような気がする。私が出ていない任務の報告書にも目を通したが、以前に増して重桜艦隊との遭遇が増加していた。近々、大きな動きがあるのかもしれない。指揮官にも伝えておこう。

 

 

×月××日

幸いにも、指揮官は軽傷だった。一週間もすればまた職務に復帰できるらしい。

 

私のせいだ。私が不甲斐ないばかりに指揮官は傷ついた。私のせいだ。

 

×月××日

指揮官のお見舞いに行った。指揮官は自分を責めなくていいと言ってくれたが、私が責められずに誰が責められるというのだろうか。あの時、指揮官が庇ってくれなければ私はここにいなかったかもしれない。でも、そんなことよりも、指揮官が死んでしまっていたかもしれないのだ。

……私は、指揮官を失いたくない。指揮官の隣にいると、心が安らぐ。指揮官の隣こそが私の帰りたい場所だ。私は、指揮官と共にこの先の未来を歩んでいきたい。

だから、私はもっと強くあらねばならない。大切な皆を、指揮官を、私の居場所を守るために。

 

×月××日

時が過ぎるのは早いもので、私がここに来てから一年がたった。随分といろいろなことがあった。この日記帳も、残りのページが随分と少なくなってきたな。

この一年で一番の出来事といえば、やはり指揮官に出会えたということだろうか。指揮官に出会って、私は変わることができた。平凡な日々がかくも美しいものだということを知った。本当に、指揮官には感謝してもしきれない。願わくば、また来年も指揮官とともにこの日を迎えられることを。

 

指揮官からプレゼントをもらった。こんなことは初めてだ。もらったのはクラシックな万年筆。あまり気の利いたプレゼントを思いつかなかったと指揮官は言っていたけれども、私にとってはどんなものでも一生の宝物だ。大切に使いたいと思う。ありがとう、指揮官。

 

×月××日

最近、時折胸が苦しくなる。それは決まって指揮官が他の子たちと話しているときだ。指揮官が他の子たちと楽しそうにしているのを見ると、胸が締め付けられるような感覚を覚える。指揮官が笑顔で楽しく過ごせているのは、私にとってもうれしいことのはずなのに。

 

×月××日

この気持ちはなんなのだろう。指揮官の隣で過ごしていると、胸の鼓動が早くなる。体中が熱くなって、指揮官と目を合わせることすらままならない。でも、なぜだかわからないけど、とても幸せな気持ちになる。

指揮官から離れていると、胸の鼓動が早くなる。特に他の子たちと一緒にいるところを見ると、締め付けられるように胸が痛む。そんな時の私は、幸せからは最も遠いところにいる。

この気持ちはなんなのだろう。

 

×月××日

ようやくわかった。私が抱いている気持ち、それがなんなのかということを。

 

私は、指揮官に出会ってからいろいろなことを知った。コーヒーのおいしい入れ方を知った。海がこんなにもきれいだということを知った。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、苦しいこと。ただの兵器ではない、心を持った存在としての”私”を知った。

そして、誰かを好きになるということも知った。

 

私は、指揮官が好きだ。

 

初めは頼りない、おかしな指揮官だと思っていた。しばらくして、陰ながら私たちのために働いてくれていると知り、おかしいけれどいい指揮官だと思うようになった。秘書艦として過ごすうちに、指揮官といるのは楽しいと感じるようになった。兵器ではない私を見つけてくれた指揮官と、共に戦争を終わらせたいと思うようになった。指揮官に庇われて、この先に未来を共に歩みたいと思うようになった。

 

私は、指揮官とずっと一緒にいたい。戦争が終わった後も、その先もずっと。

私にはもう指揮官のいない世界など想像することもできない。

指揮官が私のことを好いてくれなくてもいい。ただ、傍に居られればそれだけでいい。それだけで私は、生まれてきてよかったと心の底から思えるんだ。

 

×月××日

指揮官といると、想いがあふれそうになってしまう。この気持ちは、私の中だけに留めておくべきものだ。

 

×月××日

ダメだ。我慢できない。どうしても、指揮官に私の気持ちを知ってほしい。

 

×月××日

指揮官に私の想いを伝えた。少し驚いたような顔をした後、指揮官はいつになく真剣な表情で少しだけ待ってくれと言った。受け入れてもらえるのだろうか。不安だ。

 

×月××日

今日は指揮官は一日中指揮官室にこもっていた。手伝おうかと声をかけたのだが、これだけは自分でやりたいといわれてしまった。一体何をしているのだろう?

 

×月××日

今日も指揮官は出てこなかった。早く答えを聞かせてほしい。

 

×月××日

指揮官はどうしたというのだろう?私の話を忘れてしまったわけではないだろうに。

 

×月××日

私は指揮官に拒絶されてしまったのだろうか

それでもいいからちゃんと私に言ってほしい。

 

×月××日

明日、指揮官の部屋に行こう。無理やりにでも入って、話をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃ?指揮官そんな顔してどうしたにゃ?悩みがあるなら明石が聞いてあげるにゃ」

 

 

 

「はい、指揮官の分にゃ。こういう時には釣りでもするのが一番にゃ。……ん?あれはなんにゃ?」

 

「にゃ!?そんな血相変えてどうしたにゃ!?……え?見覚えがある?……そういうことなら、明石に任せるにゃ!」

 

「よいしょと……ええと、エンタープライズ、にゃ?」

 

 

 




                                 つ づ く


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僕の日記

お気に入り登録、感想、ありがとうございます!
読んでいただけるだけでも感謝です。


「邪魔するわよ」

「…………」

「あら、いつまでそうしているつもりなのかしら?」

「…………」

「……はあ。まあいいわ。これ、ここに置いておくわよ」

「…………」

「じゃあね、エンタープライズ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

×月××日

以前から伝えられていたように、今日は彼女の着任日だった。正装をして外に出ると、空はあいにくの雨模様。降りしきる雨の中、20分ほどたっただろうか。定刻通り、彼女はやってきた。

歴戦の勇士、灰色の亡霊。彼女を形容する言葉は数あれど、それらは皆”彼女”という戦士を表したものだ。それらに惑わされ、僕も知らないうちに彼女に対する印象を固めてしまっていた。どこまでも冷徹で如何なる任務をも成し遂げる孤高の女戦士。書類で見た彼女は、そんな面持ちに見えた。だから、彼女を迎え入れるには勇気と、そして覚悟とが必要だった。僕は、彼女という戦士を迎え入れる覚悟を持ってそこに立っていた。

だが、そんな覚悟など要らなかった。開けた視界の先には、一条の光が差していた。その光が彼女だった。その眩しさに、僕のちっぽけな覚悟も、固まっていた彼女への偏見も、全て吹き飛ばされてしまった。真っ白な軍装、大きな帽子、アメジストの瞳、そして長いプラチナ・ブロンドの髪。その艶やかな白髪は彼女に儚くも荘厳な雰囲気を与えていた。僕は彼女に目を奪われた。…いや、それだけではない。僕は彼女に、心までも奪われてしまったようだ。

 

×月××日

今日は彼女に基地施設の案内をした。まあ、この基地は前線の急造基地でたいして立派なものではない……有り体に言えばみすぼらしい基地だが、みんなの生活環境の整備には十二分に力を入れているし、大軍港に負けていないと自負している。……だが、どうやら彼女のお眼鏡には適わなかったらしい。僕が施設の説明をしても反応が薄かったし、しまいには早く出撃したいなどといわれてしまった。だが、こんなことでくじける僕ではない。今後は今まで以上に施設の整備、発展に取り組んでいきたいと思う。

 

そんなことはさておき、今日一番の出来事といえばやはり彼女と一日を共に過ごすことが出来たということだろう。基地の案内という絶好の名目を得て合法的にだ。並んで歩いていると、潮風が仄かに彼女の香りを伝えてくる。華美なものではない。例えるならば石鹸の香りと言うべきか。その香りを振りまく彼女は、横目で見ても凛々しく、可憐だ。広がる銀糸は透き通るようで、艶やかな質感。遠くから見ても近くから見ても、彼女は僕の心を捉えて離さない。

 

×月××日

今日は彼女と他の子たちとの初顔合わせだった。ユニオン最強の戦士と名高い彼女とあって、みんな緊張していたようだ。そもそも彼女はあまり乗り気でなかったようで、自己紹介も名前程度の簡単なもので済ませてしまっていた。意外と人見知りなのだろうか?みんなには温かく彼女を迎え入れてあげてほしいとお願いしている。これから同じ時間を過ごしていくうちに仲を深めていってほしい。

 

×月××日

今日は彼女と最終ミーティングを行った。着任からこれまでで気になった点や、出撃にあたっての要望などを話し合うためだ。これが終わればいよいよ実戦となる。実戦でより良いパフォーマンスを発揮してもらうため、そして何より無事に帰ってきてもらうために、彼女とのコミュニケーションは不可欠だと思っている。

 

だが、彼女とのコミュニケーションは難易度が高すぎる。目が合う度に心臓の鼓動が早くなるのをはっきりと感じた。視線を下げるわけにもいかないし、横を向くのも不自然だ。僕はいったいどうすればいいのだろうか。こんなことでは彼女と信頼関係を築くのには程遠い。

 

慣れるしかないのだろうか……

 

×月××日

今日は彼女に実戦に出てもらった。この基地に来てから初めての出撃なので、比較的安全な海域の哨戒任務をお願いした。今回は僕の眼で彼女の戦いを見ることはかなわなかったが、近いうちに僕も前線で指揮を執りたいと思う。彼女を見ていたいというのもあるが、それよりも出撃した子たちからの報告が気になった。それをこの目でしっかりと確かめたい。

 

×月××日

初めて彼女の戦いをこの目で見た。そこでは、報告にあった通りの光景が広がっていた。──彼女は突出しすぎている。それは、決して身勝手というわけではない。僕も初めに聞いたときは武勲を上げようと気を急いているのかと思った。だが、次第にそうではないとわかってきた。きっと彼女にとってはそれが普通なのだろう。彼女は本当に優秀だ。優秀で、やろうと思えば一人で何でもできてしまう。自分を狙う敵艦だけではなく、他のみんなを狙う敵まで彼女一人でどうにかできてしまうのだ。今日だってそうだった。ほかの子への攻撃を自分を盾にして防ぐ。返す刀で敵を倒す。なるほど、これでは彼女の数々の武勇も納得だ。それと同時に、僕が初めて彼女を見たときに感じた儚さの理由が少しわかった気がする。

 

×月××日

彼女が着任してから一か月がたった。やはり彼女は強大な戦力だ。この一週間で今までの一ヶ月分の戦果を挙げた。だが、彼女は少し無理をしすぎる傾向にあるように思う。先日も、出撃のローテーションが緩すぎると直訴してきた。彼女のそんな姿は、見ていて痛々しい。僕もこれまで、何度か彼女にあまり無茶をしないようにと伝えてきた。だが、そのたびに彼女は最低限の修理はできているから問題ないといって話を切り上げてしまう。 僕は、彼女に信頼されていないのだろう。彼女に信頼してもらうにはどうすればいいのだろうか。

 

 

 

 

×月××日

恐れていたことが現実になった。彼女が倒れた。僕の責任だ。彼女に嫌われたくないという邪な気持ちが彼女を傷つけた。指揮官として果たすべき責任を怠った。僕の責任だ。

×月××日

先日は少し動揺してしまった。彼女は幸いにも大事には至らなかったようだ。だが、しばらくは療養してもらいたいと思う。彼女が出撃しようとしたら、何をしてでも止めてみせる。

 

僕は、彼女に信頼されたいと思っていた。信頼されるためにはどうすればいいか、ずっとそれを考えていた。だが、僕はそこで致命的な間違いを犯していたのだ。信頼関係を築くのは、みんなに最高のパフォーマンスを発揮してもらうため、みんなに無事に帰ってきてもらうためだったはずだ。彼女が疲弊していると知っていたのなら、信頼のあるなしなどを考える前に彼女を止めるべきだったのだ。

 

ここ最近の僕は浮かれていた。これからはその浮ついた気持ちを捨て、指揮官としてすべきこと、できることを遂行していこう。

 

 

 

 

×月××日

早速彼女が出撃を企てた。曰く、傷はもう充分に治った、私の役割はこんな所で寝ていることではなく戦うことだとのことだ。そんなことを言われたら、ますます行かせるわけにはいかなくなった。今回は、どうにか出撃を思いとどまらせることができたが、彼女はまた同じことを繰り返すに違いない。何かいい案はないだろうか?彼女は真面目なので、何か戦闘以外の仕事を見つけてあげればいいかもしれない。

 

×月××日

今朝、彼女に指揮官命令として秘書を務めるように言った。命令という言葉に、彼女も渋々ながら承諾してくれた。命令をするのはどうにも苦手だが、彼女にはこちらの方がいいのだろう。秘書艦制度を使うのは初めてなので、何をやってもらえばいいかはよくわからないが、取り敢えずその場その場で何かしてもらおう。

 

×月××日

今日は彼女と一緒に書類整理に勤しんだ。この仕事は正直あまり好きではないが、みんなの為になると思えばやる気も出るというものだ。今回は二人なので、いつもの二倍、いや三倍のペースで進んでいるように思う。秘書艦、想像以上にありがたい存在だ。明日からもこの調子で頑張ろう。

 

×月××日

相も変わらず書類と格闘していたのだが、ふと彼女が今まで書類をどうしていたのかと尋ねてきた。どうやら彼女は、僕が仕事をさぼって書類をためていたと思っていたらしい。これがわずか数日にしてできたものだと説明すると、彼女は驚いたような表情をしていた。思えば、彼女は今まで申請してこなかったので思いが至らなかったのかもしれない。僕も説明不足だった。何も言わずに書類整理をさせれば、そう思うのも道理だし、仕事にやる気も起きなかったことだろう。今後はこのようなことが起こらないよう、しっかりと意思疎通していきたい。

 

×月××日

ようやく長い戦いが終わった。彼女も心なしか満足げだった。そんな彼女に、次の仕事について聞かれたのだが、何も考えていなかったので適当を言っていたことがばれてしまった。だが、不思議と彼女は柔らかい表情で、これからはお互いに遠慮なく意見を交わしていこうと言った。

今まで、僕は彼女のそんな表情を見たことがなかった。

 

×月××日

早速、彼女から提案があった。装備を装甲重視から機動重視にするべきではないかという意見だ。彼女の言葉を受け、みんなにもう一度聞いて回ったところによると、どうやら僕の選ぶ装備は耐久、防御には優れているが、鈍重なきらいがあるらしい。

確かに、開戦初期の激しい攻撃にさらされて防御一辺倒だった昔とは違い、哨戒・偵察任務が主な現状には重い装備はそぐわない。

だが、なぜみんなは早くそれを言ってくれなかったのだろうか?尋ねると、みんな一様に口ごもってしまった。もしかすると、僕がみんなに強く勧めてしまったために言い出しにくかったのかもしれない。

僕が見落としてしまっていたことを意見してくれた彼女に感謝だ。早速取り入れていきたいと思う。

 

×月××日

今日は彼女にコーヒーを入れてもらったのだが、これがなかなかのものだった。申し訳ないが、飲むのに苦労を要する液体だったと思う。正直な感想を伝えた後の彼女は、なんというかムッとしていたが、僕が入れたコーヒーを飲んだ後にはリベンジに燃える目をしていた。今後の成長に期待したいと思う。

 

×月××日

彼女は軍人としてだけではなく、秘書としてもとても優秀だ。僕が築いた書類の山もあっという間に片づけていくし、最近はコーヒーを入れるのも上手になってきた。今まで秘書というのは任命したことがなかったが、これはなかなかいいものだ。もちろん、戦術の方も一級品で、僕よりも優れた意見をいくつも出してくれる。それと、艦隊のみんなについても色々と意見してくれた。誰がどんな装備を欲していただとか、誰の能力を強化したらいいだとか、みんなのことをよく気にかけている。これも、彼女のいいところの一つだ。

×月××日

大分彼女の秘書官業務も板についてきたように思う。それに、少しずつだが表情が豊かになってきたような気がするのだ。以前の彼女は仏頂面をしているか、鬼神のような表情で戦うかだった。だが、今ではどうだろう。僕の下らないジョークに苦笑しながらたしなめてくる彼女。コーヒーを一緒に飲みながら談笑する彼女。どれも、以前の彼女からは考えられない。僕は、それがとても嬉しい。

それと同時に、僕は彼女にどう接したらいいのかわからなくなる。捨てたはずの気持ちが、再び顔を出しそうになる。

彼女は本当に優秀だ。だから、僕なんかがそれを望むのは高望みというものだ。

 

×月××日

今日は、久々に彼女と出撃した。長らく離れていた戦場ではあったが、彼女にとってはその程度のブランクはなんでもないらしい。ただ、以前と違った点が一つある。それは、艦隊のみんなとのコミュニケーションだ。元々、視野の広い彼女ではあったが、今までは自分で処理していたそれらをみんなと共有していたのだ。この変化はとても好ましい。ただ、気になることがあるとすれば、それは彼女の表情だ。時々見せるその陰りはなんなのだろうか。明日、彼女に聞いてみよう。

 

×月××日

彼女に、何があったのか尋ねた。だが、帰ってきたのはなんでもないという言葉。以前にも聞いたことがある言葉だった。杞憂だといいが……。

 

×月××日

やはり、彼女の表情はすぐれない。最近では、戦場だけでなく日常の場でもその顔を見せるようになった。

 

もう今度は間違えない。指揮官として、義務を果たそう。

 

×月××日

……きっと、彼女はずっと一人で頑張ってきたのだろう。誰かに頼ることなく、常に一人で戦ってきたのだろう。

僕は、彼女に信頼してもらえたものだと思っていた。心を開いてもらえたものだと思っていた。だが、それは全くの勘違いだった。僕は、一番近くにいたはずなのに、彼女が苦しんでいるのに気づいてあげられなかった。

彼女だって、一人の女の子なんだ。笑って、泣いて、怒って、悲しむ。そういう当たり前の感情を、当たり前のように抱いて然るべき存在なんだ。

僕は、そんな彼女を、一人の女の子を、守ることのできる存在でありたい。

 

それが僕のただ一つの望みだ。

 

 

×月××日

最近、なかなか前線に出られない。理由はもちろん例の件だ。初めは半ばこじつけのようであったが、徐々にデータが集まりつつある。このまま継続すれば、もしかすると上にも認めてもらえるかもしれない。

明日こそは前線にでよう。

 

×月××日

本当に彼女はいい顔をするようになった。目の前の敵を倒すことだけを考えていたような昔と違い、今はもっと大きな未来を見据えたような目をしている。これこそが僕の守るべきものだ。

 

×月××日

彼女から重桜の大規模な攻勢があるかもしれないと聞いた。上からの注意喚起はないが、彼女の言うことだ。注意するのに越したことはない。警戒を密にして敵襲に備えたいと思う。

 

 

 

 

×月××日

ここ何日か眠っていたようだ。幸い大した怪我ではなく、すぐに復帰できると聞いて安心した。

 

目が覚めた時、はじめに視界に飛び込んできたのは彼女だった。彼女は、今にも泣きだしそうな目でこちらをのぞき込み、よかったと繰り返し言っていた。

我ながら無茶をしたと思う。重桜艦隊の襲撃を退け、彼女と二人で歩いているときだった。海に、何か光るものが見えたような気がした。体が勝手に動いたという奴だろうか。薄れゆく意識の中で考えていたのは、彼女は無事だろうかということだったと思う。

結果的には彼女は無事で僕も軽傷だった。でも、彼女は怒っていた。目覚めたときに見た、泣き出しそうな目のまま怒っていた。あなたがいなくなれば誰が皆を指揮するんだ、私は誰の秘書をすればいいのだと。一通り怒った後には自分のせいで僕が怪我をしたと謝ってきた。

それを見て僕は、どうしようもなくうれしかった。彼女がこんなにも怒ってくれて、こんなにも悲しんでくれて、こんなにも僕のことを心配してくれていて。

 

僕はやっぱり彼女のことが好きだ。

 

×月××日

彼女が来てから一年がたった。この一年の間、彼女は本当に変わったと思う。でも、その変わっていったどの彼女のことも、僕は好きだった。一年前に一目ぼれした時からその気持ちは変わらずにいる。……いや、むしろ強まっているのかもしれない。僕もそろそろ腹を決める時だ。

 

彼女には万年筆を送った。我ながらセンスがないと思うが、気持ちだけでも受け取ってもらえたのなら嬉しい。

 

×月××日

試しに上に今までのデータと研究成果を送ってみたところ、反応は良好だった。更なるデータ収集と研究を進めていけば、近いうちに正式に制度化できるかもしれない。明石にも助力を乞おう。

 

×月××日

最近、彼女の様子が妙だ。何というか、落ち着かない様子なのだ。聞いてもはぐらかされてしまうし。といっても、以前のように危うい感じではない。何なのだろう?

 

×月××日

今日、彼女に想いを告げられた。戦争が終わったその先も、ずっと一緒に居たいと。僕は、どういう顔をすればいいかわからなかった。

彼女のことをずっと想い続けてきた。初めて出会ったときからずっと。でも、叶わない願いだと思っていた。彼女は立派で、優秀で、僕なんかとは比べ物にならない。そう思い、一度はあきらめた想いだった。

でも、彼女はこんな僕と一緒に居たいといってくれた。ならば、僕もそれに全力で答えるしかない。

だから、少しだけ待っていてほしい。

 

×月××日

ついに、上から内々に制度化が決定したとの通達があった。思った以上に連絡に時間がかかり、彼女をやきもきさせることになってしまったが、これでどうにか勘弁してほしい。

 

彼女は戦うための兵器だ。だから、人と関係を持つことなど有り得ない

 

そういった世間の声から、これで彼女を守ることができる。

 

つい先ほど、明石が頼んでいたものを完成させてくれた。特注品なので高くついたが、一生に一度だ。明日、彼女に渡そうと思う。

 

×月××日

朝、いつも通りに部屋で待っていたのだが、いつまでたっても彼女が来なかった。彼女の部屋を訪ねるも返事がない。体調がすぐれないのだろうか?

 

×月××日

おかしい。返事すらないのはいくらなんでもおかしい。……待たせすぎて愛想をつかされてしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……指揮官……指揮官……」

「私は……私は……!」

「ううっ……ああ……あああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 




指揮官も重い気がします


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グレイゴーストの恋の終わり

たくさんの方に読んでいただき、嬉しい限りです。


薄暗い空から、雨が降り注ぐ。戦況の変化による艦隊再編。私がここに来たのはそれに基づくものだ。最前線にあたる南洋の小さな基地。そこが新たな私の任地となる。私を取り巻く環境の突然の変化。だが、戸惑いはなかった。私は使役される存在であるし、敵を撃滅するための存在だ。あえて言うのならば、むしろ好ましいというものだ。ここでならば、私は私の存在意義を存分に証明できる。

 

基地についた私を出迎えたのは指揮官だった。それもたった一人で。物好きな指揮官もいるものだ。

梯子を使って地上に降り立つ。今日から、新たな私の戦いが始まるのだ。

 

「エンタープライズ、着任した」

「…………っああ、よろしく頼む」

 

私に向けられる目は様々だ。奇異の眼で見られることもあるし、嬉々とした眼にさらされることだってあった。だが、一番多いのは恐怖に満ちた目だ。私は、未知の技術によって作り出された、人の形をした兵器だ。そんな、未知への恐怖。作られたのにもかかわらず人の形をしていることへの嫌悪。何よりも、私の持つ力への恐怖。私につけられたグレイゴーストの渾名は、それを如実に表していた。

だが、この目はなんなのだろう。私という兵器を取り扱おうとする指揮官のそれではない。強靭な意思によって恐れを覆い隠していた屈強な指揮官たちのそれでもない。危険物を取り扱うかのような神経質なそれでもない。

私に、私でない私を見ているような目。その目の持つ意味を、私は知らない。

 

着任してから数日、私はいまだ戦場に立てずにいる。施設の案内、艦隊の面々との顔合わせ。私には必要性を感じられないが、指揮官にとっては違うのだろう。

はじめて会った時から、妙な指揮官だと思う。だが、どんな指揮官の下であろうと私は私の責務を果たすまでだ。そのためにも、私に早く戦場を与えてほしい。

 

やはり、ここが私の居場所だ。向かってくる敵を撃滅する。その責務に身をゆだねる。この行為だけが、私の存在証明だ。

 

指揮官の考えはよくわからない。損傷箇所にはすべて処置を施した。私は十全の力を発揮できるはずだ。それなのに指揮官は私の出撃に難色を示す。私が戦えるということを話せば引き下がるが、もう何度もこのやり取りは繰り返している。なぜ使える兵器を運用しようとしないのだろうか。他の艦にしたってそうだ。十分に戦力になるまでに回復しているのにもかかわらず、必要以上の休養期間がある。出撃の間隔だって相当に長い。指揮官は私に何をさせたいのだろうか。

 

他の艦たちを見ていると、奇妙な感覚に襲われる。私たちの本質を見失うような、そんな感覚に。

 

体が重い。最低限の修理はできているはずなのに。だが、こんなことでは私は倒れない。向かってくる敵をすべて打ち倒すまで……っ!

 

 

指揮官から日記帳をもらった。不可解だ。これは私が使うようなものではないはずだ。

 

「指揮官、これはなんだ」

「日記帳だよ」

「そんなことはわかっている。だが、私には不必要なものだ」

「……いいや、そんなことはない。毎日を意味あるものにするためにも、自分と向き合って心の整理をすることは大切だ」

「……心の整理?おかしなことを言う」

「僕は真面目だ。とにかく、これは置いていくよ」

 

もらった日記帳。書くことなどあるはずもない。

 

思った以上に損傷は大きく、休養が必要なのは自分でもわかる。だが、どうしようもなく退屈だ。

……仕方がない。指揮官の言ったことだ。日記でも書いてみるとしよう。

 

 

 

「指揮官」

私は知りたかった。指揮官のその目を。

「どうした?」

私の知らない、その目を。

「……指揮官は、私のことをどう思う?」

「どう……」

他の指揮官とは違う、その目を。

「……私が、怖くないのか?」

指揮官は何と答えるのだろうか。確信はない。けれども、きっと、指揮官なら……

 

「……そんなわけない」

 

私の望む答えを返してくれると思ったんだ。

 

「……確かに、初めは少し怖かったのかもしれない。こんな武勲艦が来るなんて、一体どんな子なのかって」

「でも、実際に会ってみたら……」

「……会ってみたら、どうだったんだ?」

「……いや、すごく優秀で、真面目で、……少し無鉄砲で」

「……とにかく、怖いだなんて思うわけないだろう?」

 

指揮官がどんなことを考えてその答えを返してくれたのか、すべてを理解することはできない。ただ、最後の言葉に偽りはない。なぜだか、そう思うことができたんだ。

 

指揮官は、今までのどんな指揮官とも違う。

……私は、指揮官とならお互いに遠慮なく意見を言い合えるような、そんな仲になれると思えた。

 

 

 

「エンタープライズ?入ってもいいか?」

ドアの外から声がする。それは、指揮官の声。……私が待ちわびていた人の声。

でも、返事ができない。言葉がのどにつっかえてしまって出てこないんだ。指揮官に気づいてほしい。でも、指揮官に気づいてほしくない。そんな、まるで人間みたいに相反した気持ちが私の喉をふさぐ。

 

それでも、ドアは空いた。暗い部屋に光が差し込む。私の眼に指揮官が飛び込んでくる。

それでもう、私は耐えきれなかった。

「指揮官……教えてくれ。私は……私は……っ!」

指揮官は何も言わなかった。ただ、やさしく私を抱きしめてくれた。伝わってくる、人の温かさ。私が失って久しいその熱が、私の何かを溶かしていく。

ぽつり、ぽつりと肩に何か温かいものが落ちてくる。ぽつり、と指揮官が言葉をこぼす。

「……ごめん。本当に……僕は……!」

「なん、で……指揮官が、泣いているんだ」

何か熱いものが私の頬を伝って落ちていく。

「……僕は……気づいてあげられなかった……!わかった気になっていたんだ……!」

「君は、エンタープライズは、こんなにも苦しんでいたのに……!」

「こうやって当たり前に涙を流す、当たり前の、一人の女の子だったのに……!」

「あっ……」

そうか。私は泣いているんだ。嬉しくて、泣いているんだ。涙は、こんなにも熱いものだったんだ。

「ああ……!」

そうだ。指揮官は、あなたは、そうだったのだな。私が忘れていた、忘れようとしていた、心を持った存在としての私。あなたはずっと、その私を見てくれていたのだな。

 

 

 

 

「エンタープライズ?大丈夫か?」

「……はっ!?……ああ、済まない、大丈夫だ」

仕事中だというのに、眠気に負けそうになってしまった。まだまだ私も未熟だな。

「……気分転換に散歩でもするか」

「こんな時間に?」

「夜の散歩というのも、なかなかいいものだよ」

指揮官は時々こうやって仕事を中断する。あまり褒められたものではないが、きちんと仕事は間に合わせているし、何より私もこんな時間が好きだ。

 

指揮官とともに、夜のビーチを歩く。星明りのビーチが奏でるはさざめく波の声。まるで、世界に私と指揮官しかいないようだ。きっとここが目的地だったのだろう。流木に腰掛け、持ってきたコーヒーを啜る。

「夜の散歩もなかなかいいだろう?」

「……ああ」

今日の空に、月はいない。そのせいか、いつもより星々が輝きを増して見える。

「……星がきれいだね」

「……ああ。昔から星は好きだった」

「?」

「……天の光は全て星、海の光は全て敵────昔はそう思っていたんだ」

「……」

「あの頃は、それだけ追い詰められていたんだろうな。……変わることができたのは指揮官、あなたのおかげだ」

「……まったく……」

「?……どうかしたか?」

「……いや、少し照れ臭いなと思っただけだよ」

「……そうか。ん?あれはなんだ?」

何か光るものが海に浮いている。それを見た指揮官は、微妙な表情をしていた。

「ああ……また明石がやってるのか……」

「あんなにライトを使って……何をやってるんだ?」

「魚釣りだと。明かりで魚を集めるんだそうだ」

「ああ……何というか……雰囲気が台無しだな」

「……まあ、これで海の光は全て敵なわけではないと証明されたわけだ」

「まったく……ふふっ!」

「ははっ!」

しばらくの間、私たちは笑い続けた。

 

そんな、楽しい、美しい記憶。

 

 

 

 

「指揮官。大切な話があるんだ」

そう切り出すと、指揮官はいつになく真剣な表情でうなずいた。

私の、一世一代の大勝負。今にもあふれ出しそうなこの気持ちを、指揮官にも知ってほしい。

不安もある。もし受け入れてもらえなかったら、私は自分がどうなるかわからない。ただ、それでも、この気持ちを伝えなければ、私は一生後悔し続けることになる。それだけは嫌だった。

「……指揮官。私は……」

胸が早鐘を撃つ。今ならまだ止められる。

「私は……」

でも、止めるわけにはいかない。

「私は……」

だって……!

「……あなたのことが好きなんだ」

「もちろん、分かっている。あなたは人で、私は作られた存在だ。でも、それでも、この気持ちを抑えられないんだ!」

一度堰を切った言葉は、洪水のように溢れ出す。

「私は、あなたの隣に居たい。戦争が終わっても、この命が果てるまで、ずっと。あなたの隣だけが私の居場所なんだ」

「あなたが私を好いていてくれなくてもかまわない。ただ、隣においてくれるだけでもいいんだ、それだけで、私は……」

「エンタープライズ」

指揮官が、私の言葉を遮る。何と言われるのだろうか。心の中で感情が渦巻く。

「……少しだけ、待っていてくれるか?」

帰ってきたのは保留という答え。ただ、その表情はそれがその場逃れなどではなく、何か覚悟を決めたと語っていた。

「……ああ!勿論だ!」

 

 

 

「指揮官。入るぞ?」

返事はない。だが、私は今日何としても指揮官から答えを聞くと決めていた。だから、扉を開く。

予想と違い、指揮官は部屋には居なかった。何か用事でもあるのだろうか。明かりはつけっぱなしのようであったし、指揮官が返ってくるのは疑いようがない。だから私は、ここで指揮官の帰りを待つことに決めた。

 

そして、それを見つけてしまう。

 

机の上に置いてあった報告書。指揮官がここ数日作っていたのは、おそらくこれなのだろう。

手が震える。喉が急速に乾いてくる。表紙には、ただこう書いてあった。

 

「KAN-SENとの交友関係の進展に伴う各種能力の向上」

 

曰く、指揮官とKAN-SENは交友関係の進展、いわば親密度が高まるにつれて能力が向上するという。

曰く、この事例は報告者によって各種データが収集され、普遍的なものであることが確認されているという。

 

「嘘、だ……違う、指揮官はそんな……!」

必死に否定しようとした。指揮官は兵器としての私ではない、一人の女の子としての私を見つけてくれた。だから、こんなの絶対何かの間違いだ。机の上を見る。何か、否定材料があるはずだ。指揮官は、私の指揮官は……!

 

机の上には、指揮官の日記が置いてあった。書いたばかりなのだろう、インクがまだ乾ききっていない。そこには、こう書いてあった。

 

「彼女は戦うための兵器だ。だから、人と関係を持つことなど有り得ない」

 

あれ?おかしいな。文字が霞んでよく見えない。そこにそんなことが書いてあるはずがない。そんなはずはない。でも、何度眼をこすっても、何度見返しても、そこに書かれてある内容は変わることがなかった。

頬を何かが流れ落ちる。私は、指揮官に涙があれほどまでに熱いことを教えてもらった。でも、不思議だ。今日の涙はとても、とても冷たかった。

 

 

 

そこから、どうやって部屋まで戻ったのかは覚えていない。ただ、部屋についてベッドに突っ伏したとき、私の恋が終わったのだと知った。

「うう……ああっ!…………っあああああああ!」

私は泣いた。信じていた指揮官に裏切られた。その悔しさの涙だろうか。それとも、恋が終わったことへの悲しみの涙だろうか。私にはわからない。ただ、一つだけはっきりとわかっていたのは、これが私が流す生涯最後の涙になるだろうということだった。

 

 

私は兵器だ。それ以外の何物でもない。なぜ、私には心などというものがついているのだろうか。こんなものがなければ、何にも惑わされずに済むのに。

 

なんで!どうして!

こんなにもはっきりと、これ以上なく明確に私の告白を否定されたのに!

こんなにもはっきりと、私の信頼を裏切られたのに!

 

どうして、どうして私は、指揮官のことを嫌いになれないんだ……!

 

指揮官のことを嫌いになろう、憎もうと思うたびに、指揮官のことを思い出してしまうんだ……!

その度に、私は、私の偽らざる気持ちのことを思い出してしまうんだ……!

こんなひどいことをされたのに、それでも、どうしようもないほど、指揮官のことが好きなんだ!

 

いままで築き上げてきた、指揮官との思い出がどうしても忘れられないんだ!日記だって捨てた、思い出も捨てた、みんな海に還った、そのはずなのに!

 

心だ。心なんてものがあってしまったばかりに、私はおかしくなってしまった。もう、私は使い物にならない。兵器としても、人もどきとしても。

 

 

 

兵器が兵器によって兵器の命を断つ、か。生涯不敗のグレイゴースト様が自らに敗れて終わるというのもなかなか皮肉が効いた話だ。

グレイゴースト、思えばこれ以上に私を的確に言い表した言葉はなかったのかもしれない。

敵味方から畏怖され、灰色の一生を過ごす。人に触れようとしたところで、幽霊にそれは叶わぬことだったのだ。

手にしたものをこめかみに突きつける。引き金を引けば、すべてが終わる。

そんな命の散り際に、思い浮かぶのはやはり指揮官だった。こんな短い一生ではあったけれども、それでも、あなたに会えただけでよかった。指揮官、さようなら。ああ、あなたの声が聞こえる気がするよ。

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

銃声が鳴り響く。放たれた銃弾は私の生を断つはずだった。

だが、私は生きている。

 

ゆっくりと目を開く。そこには、地獄が広がっていた。

 

私の想い人は、胸に大輪の花を咲かせて倒れていた。

 

「なんで……なんで……!」

「…………った…………」

「なんであなたが!」

「エンター、プライズが無事で、よかっ、た…………」

「指揮官!指揮官!」

「ああ……ああ、ああ、ああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の処分が決まった」

「…………」

「すべての軍歴をはく奪し、不名誉除隊処分とする」

「…………解体しないのか?」

「情状酌量の余地ありという判断だ。これで君は本当にゴーストとなったわけだ。では」

「…………」

「…………私は、何のために生きているのだろうな」

「…………あなたにもらった命を、私は生かせそうにないよ」

「…………指揮官」

 




終わりません。まだ続きます。


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グレイゴーストは愛を知る

お待たせしました。最終話です。


世界というものは、想像をはるかに上回って残酷だ。

あの時、指揮官がその身を挺して救ってくれた私の命。だが、命の代償はあまりにも大きかった。

 

私は、もう二度と指揮官と会うことはできない。

 

私は、あなたに救われた命で、色を失った、灰色の世界を生きていくことになった。それは、生きながら死んでいるようなものだ。あなたのいない世界になど意味はない。けれども、あなたにもらった命を捨てることだけは決して許されないことだ。

だから、私は亡霊のように生きていく。それが、私にふさわしい刑罰だ。

 

 

「エンタープライズ、入るよ?」

「…………」

「はい、これ。日記帳、大切なものなんでしょ?」

「…………っ!」

「それと…これは指揮官が用意していた物みたいなんだ。……きっと、エンタープライズが持つべきものだから」

 

それは、指輪だった。

それを見た瞬間、涙がとめどなくあふれてきた。私にそんな資格などないはずなのに。

 

「だ、大丈夫!?」

 

指揮官は、こんな私のことをずっと好いていてくれたのに。ただ想いを伝えて終わりにしようとした私なんかとは違い、私の未来のことを真摯に考えてくれていたのに。

全ては愚かな私のために台無しになってしまった。

それなのにもかかわらず、私はそんな幸せな未来を失ったことに涙を流している。

すべて私のせいなのに。指揮官の、皆の、私の未来を奪った張本人なのに。

それがこの上なく浅ましく、愚かで惨めだ。

 

「……エンタープライズが一番つらいことはみんな知ってるよ。だから……」

「違う!」

「えっ……」

「……私は咎人だ。私が皆から指揮官を奪ったんだ」

「……」

「だから、つらいだなんて思う資格もない。思われる必要もない。…それなのに!」

「どうして皆は、そんなに私にやさしいんだ…!」

「本当は憎いのだろう!?本当はこんなことなどしたくもないんだろう!?」

「……なぜ、なぜ皆は私を罰しない!?私はそうされて当然の存在なのに、皆から指揮官を奪った存在なのに!」

「…………私に、やさしくしないでくれ…!」

 

なぜ皆は、この愚かな私を罰してくれないのだろう。

そうされて当然だと思っていた。そうであるべきだと思っていた。だが、現実は違った。

食事を持ってきてくれることもある。部屋を片付けてくれることもある。声をかけてくれることだってある。

そんな皆は間違っていると思っていたし、何よりそれを享受する私が許せなかった。

 

「……初めはね、エンタープライズを許せないっていう子もいたんだ」

「……実を言うと、私も少しそう思ってた。……だって、私も指揮官のことが好きだったからさ」

「…………っ!」

「でもさ、見つけたんだ」

「……何を?」

「二人の日記をさ」

「…………!」

「……あれを読んだら、エンタープライズを責めることなんてできるわけないじゃないか」

「……私たちも、指揮官が好きなんだから。その指揮官が悲しむようなこと、私たちにはできないよ」

 

それだけ言うと、彼女は出ていった。

私だけでない。皆、指揮官が好きだったのだ。それなのにも関わらず、指揮官は私を選んだ。それなのにも関わらず、私はそれに気づけなかった。気づこうとしなかった。

これを愚かといわずして、何というのだろう?

 

 

 

「エンタープライズ、いつまでそうしているつもりだ?」

「…………」

間もなく、私はここを去らなければならない。もはや私は軍のものではないのだ。それなのに、私はこの部屋から出る気力すらわかなかった。ずぶずぶと、沼に沈んでいくような毎日。皆の言葉を聞いても、そこに込められている憐憫と同情がさらなる自己嫌悪を生み出す。

「……またそうやって黙っているのか。……自分のしたことの重大さはよくわかっているようね」

だから、こんな風に言われるのはむしろ心地よかった。

「わかっているのならば、責務を果たすべきだ」

「…………だからこうしている」

「……前言を撤回する。あなたは何もわかっていないようね」

おかしなことを言う。私のしたことの重大さは私が一番よく知っている。それが決して許されないことだと知っているから、こうして生ける屍を生きているのだ。

「そんなことをして指揮官が喜ぶとでも思っているのか?」

「指揮官はそんなことをさせるためにあなたを助けたとでも思っているのか?」

「……あなたに何がわかる」

「……そうね。私にはわからないかもしれない。だが、あなたはそれを誰よりも知っているはずだ」

「…………」

「……間もなく、指揮官は本国に移送される。責務を果たせ、エンタープライズ」

「…………今更、どんな顔していけばいいというんだ。……私に、指揮官と会う資格などない」

「……指揮官は、私が殺したも同然なんだ」

「でも、生きている」

「……っ!意識が戻るかどうかもわからない、そんな状態なのだぞ!」

「それでも、生きている」

「……っ!だが!」

「……あなたが!あなたが指揮官を信じないでどうするんだ!?」

「資格がない?甘えたことを言うんじゃない!あなた以外にだれが指揮官の隣に居られると思っているんだ!?」

「あなたはそうやって自分の罪から逃げているだけだ!自分の責務から逃れているだけだ!」

「……っ!」

「……命ある限り、絶望するのには早すぎる。命さえあれば、そこに希望は見いだせるはずだ」

 

 

それだけ言うと、彼女は出ていった。

……そんなことは、言われるまでもなくわかっている。こんなことをしている場合ではないということは。

こんな風に閉じこもっていても何にもならない。そんなことはわかっているんだ……!

でも、それでどうしろというんだ。指揮官を傷つけた私が、指揮官の隣にいることなんて許されるわけがない。指揮官の想いを踏みにじった私が、そんなことを望むのなんて許されるわけがない。

 

「あなたはそうやって自分の罪から逃げているだけだ!自分の責務から逃れているだけだ!」

 

……っ!違う!私は、私は逃げているわけではない!これが私の罰なんだ!これが、私の……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エンタープライズ、来なかったね」

「本当にそれでよかったのかしら?」

「……いいや、彼女は来るさ。彼女も……」

 

 

 

「指揮官!」

 

 

 

「指揮官のことが好きなのだからな」

 

 

 

 

 

30分後にまた来る。そう言って、皆は出ていった。

我ながら、浅ましいと思う。もう二度と、あなたに会うことなんて許されないと思っていたのに。あなたに会う資格なんてないと思っていたのに。

だから、今日はあなたにお別れの挨拶をしに来たんだ。最後に、それだけは許してくれ。

 

初めは、おかしな指揮官だと思っていたんだ。私はあなたと出会うまで、あなたのような指揮官に出会ったことがなかった。私を兵器として扱う指揮官にしか出会ったことがなかったんだ。だから、歓迎会を開いてくれたり、施設を案内してくれたりしたときもその好意を無下に扱ってしまっていた。あなたの方針と対立したり、あなたの制止を無視して出撃したりもしていたな。

でも、秘書艦を務めているうちに、少しずつあなたのことが分かってきたんだ。あなたが、いつも艦隊の皆のことを考えていること、私たちを怖がったりせず接してくれていること。その時、私は思ったんだ。この指揮官は今までとは違う、信頼できるって。

日記を書き始めたのもこのころだった。初めは書く必要があるのか疑問に思っていたけれど、今ならわかる。あなたは、私に思い出を作ってくれたのだな。戦いだけの私に、日々の生活の尊さを教えてくれようとしていたのだな。

初めてあなたに抱きしめられた時、私は人の温かさを思い出すことができた。無くしていたはずの心を、もう一度取り戻すことができた。思えば、この頃からあなたを意識していたのだろうな。

あなたに守られたとき、私は気づいたんだ。あなたを失いたくないと。あなたの隣が、私の居たい場所なんだと。

あなたとかけがえのない日々を過ごす中で、私は恋を知った。あなたを好きになった。

でも、私はあまりにも愚かだったんだ。そのせいで、私は、あなたを……こんなにもしてしまった。あなたの人生を今奪ってしまっているんだ。……そして、これからの人生も、もしかすれば、そのすべてを。

許してくれ、と言ったらあなたは許すだろう。でも、私が許さない。私が犯した罪は、許されないものだ。

だから、もう二度とあなたに会わないようにしようと思っていた。ずっと遠くから、あなたの回復を、そして、あなたが幸せな人生を送れることをことを、祈ろうと思っていたんだ。だって……

 

もう一度、あなたに会ってしまったら、そんなことできなくなるってわかっていたから……!

 

私は馬鹿だ!大馬鹿だ!

私の罪は許されない、そう、わかっているのに……!

……許してほしいと思ってしまっているんだ!指揮官、私は、どうすればこの罪を償えるんだ……?どうすればあなたに許してもらえるんだ……?

どうすれば、もう一度、あなたの隣にいられるんだ……?

 

 

 

 

 

 

指揮官。私の話を聞いてくれるか?

 

指揮官。私は、私の恋を終わらせることにしたよ。

 

 

 

 

私は、ただ、あなたの隣に居られればいいと思っていた。あなたに好かれていようと、好かれていなかろうと。そのくせして、私はあなたに今まで通り、大切に扱ってくれると思い込んでいた。

この上なく幼稚で、自分勝手で、独りよがりなこの想いをあなたに抱いていたんだ。

それでも、あなたはこの想いを真摯に受け止めてくれた。押し付けられた私の恋を、受け入れてくれようとしてくれていた。

でも、そんなものではだめだ。

私は、この恋を終わりにしよう。

 

 

だから、私はあなたを愛そう。あなたの隣にいるだけでない。あなたを愛し、あなたに愛される存在であろう。

もう、独りよがりのこの想いをあなたに押し付けはしない。

お互いの想いを受け止め、お互いにお互いを受け入れられるような、そんな関係になるために。

私は、あなたに愛してもらうために、命のすべてを捧げる。あなたにもらった命のすべてを。

それが私にできる、唯一のあなたへの贖罪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはよう、指揮官。今日もいい天気だぞ。……そうだ、また新しい料理を作ってみたんだ。東煌の料理というのはなかなか面白いものだな。同じ国の料理のはずなのに、全く違う系統のものがいくつもある。ちなみに、麻婆豆腐とやらは作れるようになったぞ。……指揮官にも、いつか食べてほしいものだな。

 

 

今日は服を買いに行ったんだ。ふふっ、今の格好を見れば驚くだろうな。何せ、昔の私はいつも同じ服装をしていたからな。今では随分といろいろ着るようになったんだ。指揮官にも、そのうちいろいろと見せたいものだな。

 

 

釣りというのは、いいものだな。明石が好んでいたのもわかるような気がするよ。といっても、明石のように船で釣ったわけではないのだがな。……今度はそれもしてみたいな。いつか、一緒に行こう、指揮官。

 

 

今日は皆からの便りが届いたんだ。……皆、元気にやっているようで安心したよ。軍のことだから、詳しくは書いてなかったけれど、指揮官の考案したケッコン制度は盛んになっているらしいな。皆の待遇もかなり改善したらしいぞ?……みんな、あなたのおかげだ、指揮官。

 

 

すまない、雨に降られてしまってな。……やはり、こっちの雨は冷たいな。南洋の温かい、シャワーのような雨とは大違いだ。ただ、こういう日もこういう日の楽しみがあると最近知ったんだ。今度指揮官にも教えよう。

 

 

もう二年か。早いものだな。……一年前はこんなことになっているだなんて想像もしていなかった。

でも、戦場だけが私の居場所じゃない。今の居場所はここだ。私がこんな風に、毎日を楽しめている。それは二年前には考えもしなかったことだ。今の毎日は楽しいよ、指揮官。

 

 

指揮官、聞いてくれ。ウェールズがケッコンしたらしいんだ。……本当に幸せそうだったよ。文章からにじみ出るほどに。皆、自分の幸せをつかんでほしいものだな。……私は幸せだよ。こうしてあなたの隣に居られるんだ、幸せに決まっているさ。

 

 

指揮官、大ニュースだ。アズールレーンとレッドアクシズの間に講和条約が成立したらしい。……ああ、そうだ。戦争が終わったんだ。

……私は、昔、あなたと一緒なら戦争を終わらせることができると思っていた。でも、私たちがいなくても、戦争は終わるのだな。……いや、違うか。皆も随分と活躍していたらしいし、ケッコン艦も多くが多数のバトルスターをもらったそうだからな。あなたも、戦争を終わらせた立派な立役者の一人なのだな。

 

 

なあ、指揮官。戦争は終わったぞ。もう、平和な世の中が戻ってきたんだ。

それなのに……なぜ、あなたは目を覚ましてくれないんだ……!

ああ、すまない、あなたの前ではもう泣かないって決めたのに。でも、すまない、おかしいな。涙が止まらないんだ。

 

……指揮官、寂しいんだ……!

こんなにもあなたのそばにいるのに、どうしようもなく寂しいんだ……!

もう一度、あなたの声が聴きたい……!もう一度、あなたのぬくもりを感じたい……!

あなたに……会いたい……!会いたいよ、指揮官……!

 

指揮官……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………ズ」

「えっ……?」

 

何かが、聞こえた気がした。

 

「エンター、プライズ」

 

それは、私が二年間、待ち続けた人の声。

 

「し、き……かん?」

「好きだ、エンタープライズ」

 

二年間待ち続けた、告白の答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛しているよ、エンタープライズ」

「私もあなたのことを愛しているよ、指揮官」

 

 




エンタープライズを幸せにしたい!ということで書き始めたのですが、予想以上に暗いものになってしまいました。エンタープライズの良さが皆様に伝われば幸いです。
蛇足の明るい話は書くかもしれませんが、取り敢えず本編はこれで終わりです。今までお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。


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