バカは死んでも治らない (さっさかっぱー)
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プロローグ

人間は考える葦である。

 

昔の哲学者だか神秘学者が残した言葉の通りである。

今にして思えば、この言葉はそうあるべきという戒めなのだ。

人は葦でしかない。だからこそ考えるべきなのだと。

考えることから逃げるべきではないと。

そういうことなのだなと、ふと実感した。

 

なぜかといえば、考えを放棄した結果がこれであるから。

 

腹に突き刺さった槍に、こちらを見下すニヤニヤ笑顔。

バカは死んでも治らなかったらしい。

二度目の生も生来の、いや生前の癖で台無しだ。

 

くそったれ

 

暗転

 

一度目。

夢も野望もなく学業を修了した私は特に考えもなく就職活動して、なんとなく入社して働いて。気づけば30も過ぎ、これまでの人生になんの意味も感じられないことに思い至った。

仕事は順風満帆。成績は上々。営業成績は五指に入る。けれどやりがいはない。無味乾燥。仕事が恋人とまで入れ込めればよかったかもしれないが、金を稼ぐための手段以上の意味は感じられない。そもそも何のために金を稼ぐ?何か生涯をかけるような趣味があればよかったんだろうか。

かけらも興味を覚えなかったが、ある後輩のように人生全てをオタク趣味に捧げているのですら楽しそうで意義深く思える。……こんな論調だとオタク趣味の後輩に怒られそうだが。

無趣味を二乗したような生活を送り、それをダメかも思いながらも、ただ何も行動を改めることはしなかった。

 

何もなさぬまま朽ちるだけの人生。

そんな人生でもいいではないか。

やりがいは感じられずとも、仕事はそれなりに楽しくはあった。結婚して子育てをするだけが人生ではないはずだ。

趣味の溢れる人生の中、趣味を求める必要もない。自由ってのはそういうものさ。

…………なんて。

 

そんな不真面目に悟ったように自己正当化しながら生活している時のこと。

 

気づけば真白な部屋に立っていた。

 

そこで佇む少女だか少年だかわからない神を名乗る存在はただ一言こう言った。

 

「人生をやり直したくはありませんか?」

 

これまで不満をぶちまけていたけれど、それでも私は満足して生きていた。そうでなければ、同じ職場で働き続けていないし、満足していないのならいないなりの行動をしていただろう。

我が人生に不満こそあれ、それなりに満足していた私は、けれどその誘いに乗った。

 

魔がさした。

冗談だと思ったわけじゃない。

なぜか、目の前に立つ年若い人にしか見えない自称神さまは、神であると静かな確信と納得があったし、ドッキリ企画だとか、妙なセミナーの勧誘だとは全く思わなかった。

 

そして二、三のお願いを受けて封筒を一封もらった。

封筒の中のお札は一言だけずつ書いてあって、白い部屋で目を通したら消えていた。

 

消えた封筒を不思議に思い、顔を上げて。

 

神様を名乗る人が消えていて。

 

無味乾燥な人生の最後には上出来なファンタジーだと笑って。

 

"やり直し"をはじめた。

 

二度目。

"やり直し"はそれなりに楽しかった。

営業職で叩き込まれた対人スキルでそれなりの関係は築けたし性別不明な神様にもらった封筒もそれはそれは便利だった。

 

お札の内容はお願いした丈夫な体に、無限ハンバーグ、ちょっとした式神操作。堅実なボーナスにちょっとしたファンタジー。実に素晴らしい。

風向きが怪しくなったのは小学校の高学年ごろ。

二分の一成人式なんてイベントで将来の夢を真面目に考えてみようと思ってしまったタイミング。

 

望むべき夢も、臨む野望も。

かけらも見えず途方にくれた。

 

私は何も変わっていなかった。

人生を上手くやったところで、充ち満ちた人生にはならないらしい。

 

そうして終えた初等教育。

何も変わらず迎えた高等教育で出会ったのは、私とは正反対の少年。

話に聞く限り、充ち満ちるとは真逆の状況を振りまいてなお、野望に恋い焦がれたような人間だった。

彼はまるでこの世の主人公が自分であるように振る舞い、全ては自分のものであると言って憚らなかった。

そんな彼は周りから距離を置かれ、嫌われていたけれど、僕は彼をどこか羨ましく思っていたように思う。

 

そして、なんの因果かその彼に腹部を貫かれ、このまま二度目の生を終えようとしている。

 

二度目の生を受けたとはいえ一度目の生を死で終えたわけではないから、死ぬのは初めてなのだけど、正直今覚えている感情は我ながら殺される人間の心情ではない気がする。

 

「人から恨まれるような覚えはないんだけどなぁ」

 

恨みが残るだけ一度目よりはマシかもな。と自嘲する私を彼が嗤う。

ニヤニヤ笑顔で何か言っているが、すでに私には聞き取れるほどの感覚は残っていない。

夕暮れのせいか、はたまた失血のせいか。彼の顔がぼやけてきて、消える。

 

また何も残せないまま、私の二度目は終わった。

 

明転

 

三度目。



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一話 ーさんどめー

三度目。

 

考えもしなかったが、二度目で終わりということではなかったらしい。神(自称)に力を授けられ槍に貫かれて人間に輪廻転成とはもう何の宗教だかわからない。

思いもしなかった三度目の生に動揺する。

 

二度目とはいえ未だ慣れない前世を思い出す感覚に頭を振りながら、今世の状況と前世との感覚をすり合わせる。

 

今は昼で周りは子供ばかり。

自分の記憶を辿れば小学校の2年生と言ったところか。

黒板をみればプロジェクターに映し出されたリンゴを三人の子供が取り合う光景を包丁を持った女性が困り顔で見ているイラストが写っている。スクリーンが汚れているのか曲がっているのか女性の顔に影ができているせいで、妙に猟奇的なシーンに見えてしまう。

 

ああ。

確か前回もこんな感じだった。

前世が今世に馴染む感覚。

自分と自分が混在して、ゆっくりと混ざり同一になる感覚。

気持ち悪いが、どこか愉快な、呼吸を我慢しながら水面を目指しているような、そんな感覚。

 

三度目の割り算の授業を終え、感覚の余韻に浸りながらぼーっとしていたら隣の席の子に袖を引かれた。どうも給食当番だったらしい。

懐かしいランドセルをみれば、側面に給食セットと書かれた袋が吊るされている。

 

「ん?」

 

違和感を覚えた。奇妙な違和感。

まるでボタンを掛け違ったような違和感。ドリアを頼んだはずなのにグラタンが出てきたみたいな。キャベツと間違えてレタスを茹でてしまったような。

エプロンを身につけて給食帽をかぶりながら違和感を辿って視線を右往左往。

そして違和感の元にたどり着いて、ゆっくりと股間を弄ってみて。

私は意識を失った。

 

 

学校教育に求められる水準が著しく高くなっている昨今、生徒が教室で意識を失えばどうなるか。

答え。担任の首が飛ぶ。

翌日に担任がいなくなったと聞いて驚きました。そりゃもう。

穏やかで優しそうな気のいいお兄さん風の担任は意地の悪そうな中年のおばさん先生に変わっていた。

私の精神強度がまさか一人の人生を狂わせるとは思いもしない。お世話になっていた先生には大変申し訳ない。

とはいえ許してほしい。

男だと思いながら赤いランドセルを見て、あるべきものが、計五十年の付き合い(途中でモノは変わったけれど)の竿がなくなったのだから気を失うくらい許してほしい。

先生(元)も竿無くしたら気くらい失うに決まっている。私の竿掛けてもいい。

 

兎も角。

今世の性別は女性らしい。

名前は松本そら。

昭和を感じるひらがな二文字の名前は、これまでの二つ目の名前よりも馴染むような気がする。性別に馴染みはないが。

まだ年齢一桁にもかかわらず両親とは事故で死別。現在は祖母の元で二人暮らし。我ながら中々に重たい背景の少女だ。

 

記憶を遡れば、この松本そらという少女一人でいることを好み趣味は昼寝か日向ぼっこ。休日は祖母とともに縁側でお茶と饅頭とお昼寝を楽しむ少女らしい。

何というか、とても親近感がわく。

前世でも前々世でも私の休日はそんなだった気がする。

最も隣に祖母はいなかったし縁側のある家にも住んでいなかったが。

 

そんな松本そらという少女には一人の友人がいた、いやいる。

日向ぼっこをする傍らでニコニコふわふわとのんびり喋る少女。

何をするでもなくぼーっとするだけの友人関係。

彼女の名は布仏本音。

記憶によればのんびり屋の秀才少女。

私の観察からすればいいとこのお嬢様。

ほんわかなんて擬音を背負っているような少女で、気を失った翌日も朝目があった途端に、とてとてとこちらに駆けてきて一声かけてくれた。

松本そらはいい友人を持っていたらしい。

 

と、人ごとのようにいうけれど松本そらは間違いなく私である。

前世を思い出しこそすれ、性別がわけわからなくなりこそすれ、私は松本そらであるのだ。

"今世の私は"ということではない。

私は間違いなく松本そらなのだ。◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎やーーーーーであり、松本そらなのだ。

生まれてからの記憶は確かにある。

二桁に及ばない記憶だが、今は亡き両親の愛に育まれ、死別を悼み、祖母とともに生活してきたのは間違いなく私である。

私が私であることの何が問題であるのか。

…………男である自意識には問題しか感じないが。

 

「んー。そららどうしたのー?」

「んーー。ゎんでもー」

 

ハンバーガーにパクつきながら公園のベンチで本音と日向ぼっこしながら、とりあえず前世のすり合わせに区切りをつける。

こうなったのは仕方ない。あとはおいおいやってこう。

「営業の心得十二条」「肉を切らせて骨を断つ四の心得」「ぼったくってもぼったくられるな」

高水準の営業成績を築き上げて来たあれらの本を思い出せ。

対症療法的にしのげるもんさ。これまでもそうだったんだから。

 

「あー。いいなー。はんばーがー」

「んんー。……ん」

「おーくれるの?」

「ん」

「ありがとー」

 

私の持つハンバーガーにパクつく彼女を眺めて、何とかなるさー精神で懸念事項を放り投げる。

TGとか知らないしマイノリティーとかも知らない。

中学生になるまで男女もないさ。大丈夫大丈夫。はははー。

 

「そららのはんばーがーおいしー」

「なんてったって神様印だからねー」

 

一つを二人でペロリと平らげて、いいとこのお嬢さん(推定)にジャンキー代表とも言えるバーガーを食べさせていいものかと首をひねる。

まあ悪いものが入っているわけでもなし、夕飯が食べられなければ本音が怒られるだけかと目を閉じる。

 

「みすてられたきがする」

 

普段のとぼけた様子に反して妙に鋭い本音の勘。

一周回って納得しそうになる彼女の勘だが、問題は彼女の鋭さではなく、ムスッと頬を膨らませる幼女である。

ほっぺにはハンバーガーのケチャップが付いていてとても可愛らしい。

主観年齢とか性差とか今生の私は性的錯綜せざるを得ない条件が整い過ぎている気もするが、まだ小学二年生である。この身に恋はまだ遠い。

解決は思春期の私にまる投げるとしよう。

 

「見捨てるなんて。頬にケチャップが付いたまま帰ると本音が怒られるんじゃないかなーと思っただけ」

 

そう言いながらティッシュで本音の口元を拭う。

されるがまま拭われる本音を見ながら、やっぱりいいとこのお嬢さんは着替えだのなんだのは人にさせるものだから人に何かされるのをあんまり嫌がらないんだろうかとどうでもいいことを考える。

 

「えへへー。そらら、お姉ちゃんみたい」

 

そりゃ内年齢は計50を超えるもの。お姉ちゃんどころかおばあちゃんと言われたって反論できない。……大変不本意ではあるが。せめておじいちゃんでありたかった。

 

「本音にお姉さんっていたっけ?」

 

記憶を遡る限り、それらしい人と出会ったことはないはず。

一年半の付き合いで、出会ったことがないのなら中学生以上の年の離れたお姉さんなのだろうか。

 

「いるよー。ろくねんせー」

 

年は離れているが小学生らしい。

こんな妹がいれば心配で顔を見にきそうなものだが、やはり学内で姉妹に会うのは気恥ずかしかったりするのだろうか。

 

もう一口いい?と聞く彼女に、好きなだけどうぞ。と三分の一ほど残ったバーガーを渡すと、わはーと歓声をあげてもしゃもしゃしだした。

 

……思い返しながらよく考えてみると、本音は本音でしっかりしている。忘れ物したところを見たことがないし、移動教室でもいの一番に動き出す。周りをよく見て動いているし、交友関係もソツなくこなしている。多分クラスで、もしかしたら学年の中でも、一番交友関係が広いのではないだろうか。

思い返せば、こうやって二人で日向ぼっこをするのはたまにで、大半は私一人でボーッとしていることの方が多い。

私が日向でボケーっとハンバーガーにパクついていると、トテトテと近くに来てハンバーガーをねだるか、ポテっと隣に座って舟を漕ぎだす。

 

営業スキルをフルに使った二度目の自分と比べてみても、異例の交友範囲である。自分の営業スキルなど大したことがないんじゃないかと思ってしまう。

いやいや、彼女のスキルの高さを賞賛すべきで比較して落ち込むようなもんじゃないと自己弁護しながら、私も二度目のように、彼女のようにちょこちょこと動き回るべきかと前世で幾度となく考えたことを再考する。

 

今世では上手くやるなんて漠然した目標じゃなく、鮮烈で恋い焦がれるような、そんな夢を、私は生きていたんだと納得できるものを探そうとすることに決めている私は、これまでと反して自分のやりたいことをやると決めている。

流されるまま生きてその果てにあるのが無味乾燥な労働か串刺しなら、好き勝手生きてそのまま燃え尽きる方に憧れる。

 

とは言え、まだ夢も目標もない私は、ただただ日向で頭をひねる。

そんなことでは前進し得ないことを半ば理解しながらも。

 

変化が必要だ。

死んでも治らなかった性根に、変化が必要だ。

バカにつける薬が必要だ。

 

考えねばただの葦だ。

 

とは言え、将来を黙々と考えると性差と内年齢の問題が首を擡げる。

第二次性徴期で内外の差異が均されることを祈るが、万が一の予防策は必要だ。

どのくらいの付き合いになるかは不明だが、この可愛らしい友人にもカミングアウトする必要が出てくるかもしれない。

 

ただパクつく少女を眺めながら、ただ一人の友人には理解してほしいなとぼんやり祈る。



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第二話 ーにねんせいのにがっきー

転校することになった。

 

その話を本音にすれば、いつもほんわかしている彼女はしなっとしぼんでぽろぽろ泣いた。

小学校入学から二年の付き合いになる彼女の初めて見る泣き顔だった。

私だって出来る限りここを離れたくない。けれど、あの優しいながらも頑固な祖母があれほど真剣な顔で言うのだ。神様からもらった力もなんの役にもたちゃしない。

 

 

祖母は表立って動いていなかったから何が切欠だったのか正直判断がつかないが、たぶんあれが切欠なんだろう。

 

"双騎士事件"

世界中から打ち出されたミサイルを華麗に迎撃する2台の人型ロボット。

ミサイル迎撃の後は背後から迫る戦闘機とのカーチェイス。カーじゃないか。

熾烈なというほどのこともなく、まるで子供と遊ぶ大人のように軽く捻って戦闘機を置いてけぼりにして離脱するロボット。

後から聞いた話によるとあれには人が乗っている系ロボットで名前はインフィニット・ストラトスと言うらしい。

 

そのISを開発した篠ノ之博士が一連の映像とともに声明を出し、世界は大騒ぎとなった。

一緒にテレビを見ていた祖母は硬い顔で私の頭を撫でると自室にこもって何か作業を始めていた。

 

あれから一ヶ月ほど。やたら親戚の皆さんが祖母のうちに顔を出すなと思ったりもしたし、祖母の外出が増えた気もした。ちょっとたかそうな着物を買ってもらって着付けの仕方を教わった。

今にして思えば状況証拠はこれ以上ないほど揃っていた。

 

三度目の生にして初めてSFチックな出来事にであって正直浮かれていた私は、これら一連の出来事について考えを巡らせることもしなかった。

フィクションチックなのは神様(自称)がくれた能力群くらいなもので、一度目の杜王町でも、二度目の駒王町でもファンタジーとは無縁。生まれ直す度違う世界に生まれ落ちているようだし、こんなこともあるのかもしれない。

 

そして気がつけば祖母の元を離れ祖母の年の離れた弟(定年間近、マタギ、未婚)の元で田舎の学校に通うことが決まっていた。

詰めろをかけられた状況で手番はあちら。どうしようもなくなった状況で考えるしかできなかった私は、祖母の動機を考えてみるも、考えるという行為で結果を出せるほど祖母のことを知らないのだと思い至り。

 

優しかった祖母と向き合わなかったのかと衝撃を受けた。

 

引っ越し当日。

クラスの代表としてきた委員長としょぼんとしぼんだ本音、そしてまっすぐに私をみる祖母に見送られ。私は東北に引っ越すことになった。

 

「またね」

「……うん」

「手紙も書くよ」

「…わたしも、かく」

「ん。待ってる。委員長も来てくれてありがとう。クラス代表なんて休日に引っ張り出してごめんね」

「いや、今日は俺もどうせ暇だったし。端からみてて二人とも仲が良さそうだったから、えっと。その。……なんかごめん。気の利いたことも言えなくて。引っ越した先でも元気で」

「ふふ。気を使ってくれてありがとう。おばあちゃん。えっと……また遊びに来てもいいですか?」

「いつでもおいで。……待ってるよ」

「……うん。じゃあ、またね」

 

そのままおじさんの車に乗り込んで、馴染みのある街を去った。

後ろを見るのが怖くって私はずっと前を見ていた。

 

 

 

転校した先で転校生に出会った。

篠崎箒と名乗る彼女はなんの因果か私と同じタイミングで同じ学校に越して来たらしい。

職員室で短く挨拶すれば、同じ教室に案内される。少人数だから一クラスしかないのかと思いきや小中あわせてで一クラスらしい。

あまりの限界集落ぶりに恐れ慄いている私に反して篠崎さんは面白くもなさそうに「箒だ」と一言名乗って席に座った。

それに倣って「そらです」と名乗るが、どうもしっくりこなかった私は「よろしくお願いします」と一言添えて席に座った。

凛とした子なら似合うが私のようなのんびり系には一言挨拶は向かないらしい。

そのまま授業にはいるが、先生一人に生徒十人。その上学年もバラバラ。どうやらこの空間では自学自習で不明点を先生に聞けばいいらしい。

 

困った。

小学校二年生のレベルどころかこうこ……中学レベルであれば難なくこなせる私にこの状況は苦行だ。

四十分授業をどう潰すか考えなきゃならん。

 

とりあえず最初の授業は四十分瞑想するという苦行でどうにか乗り切った私は転校生に御馴染みな質問責めにあっていた。と言っても転校するのは初めてなので、本当に御馴染みなのかは知らないが。

低学年の子たち(三人)に篠崎さんと二人質問責めにされる。その様子を高学年の先輩方(五人)が温かい目で見守っている。

低学年とはいえ三年生の子は私の年上であるので、ぞんざいな扱いをするわけにもいかず。どうしたものかと律儀に質問に答えていると、耐えきれないとばかりに篠崎さんは長い袋を担いで部屋を出て行った。

凍りつく空気。泣きそうになる三年生(女)。囃し立てる上級生(男)。げんこつを落とす中学生(男)。

凍りついた空気が今にも弾けそうなタイミングで一番年上であろうお姉さんが手のひらを叩き場を静める。

泣きそうになる三年生をあやしながら私に篠崎さんの迎えにやろうとするお姉さん。

曰く、転校生同士の方が取っ掛かりやすいだろうとのこと。

小学二年生に無茶を言う。

相互理解に努めようとしない人間ほど付き合いづらいものはないんだぞ。

とはいえ新参者が最高権力者に立ち向かっても無様な結果になるだけである。それに人生経験が二回あるとは言え二回とも男社会で生きて来た。そんな私が女性のコミュニティでうまく立ち回れるはずもなく、長いものに巻かれるくらいの処世術しか持ち合わせていない。

……交際経験が片手で足りないくらいあればなんとかできたのかもしれないが、生憎何も残さず生きて来た私にはそんな生産的な技術などありはしない。精々が営業職で培ったその場しのぎ力程度である。

 

迷うことなく首を縦に振り、パニックになりかけの教室を後にする。

そう言えば校舎の構造すらまだ教えてもらってないなと思うが、古今東西ああ言う輩が行く場所は決まっている。

 

「あ、いた」

 

屋上で竹刀を腿に置き禅をする少女を見つけて、側に行く。

扉を開いて二、三歩歩けば篠崎さんから鋭い声で

 

「近寄るな!」

 

どうも彼女は大変お怒りらしい。

三年生の質問も当たり障りのないものだったしなぜ彼女がそんなに怒っているのか見当もつかない。

とは言え授業までもう時間もないし、最高権力者であるお姉さんに彼女の捕縛を命じられている私としては彼女の都合に頓着する気もない。

彼女は気にせず近づく私に気がついたのか竹刀を構えて立ち上がった。

 

「どうせお前も、私の姉が目的なんだろう!私は何も知らないし、姉に連絡を取る気もない!ほっといてくれ!」

 

いまいちピンとこないが、彼女の言葉から飛躍して妄想すればに遺産を相続してしまったか、借金をこしらえた姉が逃走でもしたのだろう。

……相当参っているらしい。同情するが、相手をするのは面倒だ。

「取引先を怒らせてしまった時の万の心得」がふと頭をよぎる。

前々世で大変お世話になった本だし、前世ではこれのおかげで穏やかに生きられた。とは言え結果としてまっているのが無味乾燥な生活か、槍に貫かれる未来である。

営業成績はそれなりに出せたが、私生活がそんな有様になるのならやるだけ無駄である。

と言うか無味乾燥どころか性の不一致に悩む人生になることがほぼ確定している現在、他人との付き合いで頭をひねるのも面倒だ。

ああ、本音と日向ぼっこしてお茶啜るだけの人生になればよかったのに。

 

「はぁ。……もう好きにして」

 

どうせ荷物は教室なのだ。ここから直接帰るなんて暴挙はさすがにするまい。教室に戻ればお姉さんがなんとかしてくれる。

女社会の諸々もそもそも女性が私含めても四人しかいないのなら大したことにはならないだろうし。……ならないといいなぁ。殺伐としてるのかなぁ。

 

面倒ごとを放置することに決めた私は篠崎さんと距離をとって、屋上の柵に寄っかかってハンバーガーを取り出した。

まだ朝の十時。給食を控えているが気にすることはない。

こうみれば田舎もいいものじゃないか。

一面の緑に綺麗な青空。ポカポカな日向で食べるハンバーガーはまた格別なものだ。

本音への手紙のネタが増えたことを喜んでいると後ろから声がかかった。

 

「……すまん。悪かった。引っ越しは本意ではなかったし姉のせいでゴチャゴチャして。…………」

 

のんびり系を自負する私としては他所様の家族関係に首を突っ込みたくないし、こんな誰でもいいから聞いてほしい的なことに巻き込まれるのは面倒だ。

 

「好きにしたらいいよ。怒るのなら怒って、帰りたいのなら帰って。私はここでのんびりしてくから」

 

一緒に食べる?そう言ってもう一つハンバーガーを篠崎さんに向ければ、おずおずと手を伸ばす。

あれ?どこから?と首をひねる篠崎さんにマジックマジックと適当に返せばそのままむしゃむしゃ食べ始める。

 

面倒ごとは聞くのもごめんだし、とは言えこのままバッサリと言うのも性に合わない。

自分の引っ越しすらどうにもできないのだ。

私にできることといえば穏やかに日向ぼっこをするコツを教えるくらい。

 

それなりの満腹感と穏やかな陽気があれば人は幸せになれるんだから。

 

二人してモフモフハンバーガーを食べていると、私たちを探しに来た先生とクラスメイト一同に見つけられ、二人でしこたま怒られた。

そのあとハンバーガーが如何に都会の食事っぽいかを三年生の子に語られて、それに当てられたのかお姉さん主催でハンバーガー製作会の開催が決定した。

不安はあったがなんだかんだうまくやっていけそうである。



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三話 ーインターバルー

前略ごめんください。

布仏本音様

 

食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋…。どんな秋をお過ごしですか。

本音であれば、ぼんやりとしていながら全部楽しんでいるようにも思えます。

季節の変わり目は体調も崩しやすいでしょうし、お体にお気をつけください。夏と思えるほど暑い日もありますが、お腹出して寝ないように。

 

さて、転校してからはや一年半、細々と続くこのやり取りもかれこれ何通目でしょうか。とりあえず、取り溜めてあるファイルは二冊目になったので、それなりにの数になっているとは思いますが。

なんでこんな話をするかといえば、書くネタがないからです。

こちらは変わらず、お世話になっているひで爺さんの小屋で紅葉を見ながらハンバーガーを食べたり、篠崎さんの素振りを見ながらうたた寝たり、ちびっこたちの失せ物を探したり。あいも変わらず時間を食い潰す日々を送っております。

運動会や文化祭でもあればネタの一つにでもなるのでしょうが、生憎うちの学校では一学期と三学期ですし。

二学期の一大イベントである紅葉狩りについても、先週の手紙に書いてしまいましたし。便箋に向かう今でも、何を書けばいいのかわからぬままです。

 

ただ、いつも通り学校から帰って机の上にひで爺が置いてくれた本音の手紙を読んだら_______

 

 

無性に声を聞きたくなった。

そう書こうとして右手で便箋を握りつぶした。

 

 

「ん?どうした?」

「なんでもない。ちょっと暴走した手に喝を入れたところ」

「??まあ、なんでもないならいいが」

 

まさか乙女な自分に総毛立ったとは言えまい。

ひらひらと手を振る私を見ると、篠崎さんは、こう呼ぶと彼女は怒る、何が楽しいのか素振りを再開する。

 

規則正しく全身で。

上から下に、構えなおして。上から下に。

前に後ろに前に。

たったったった。とメトロノームのような彼女は、眠気を誘う誘蛾灯のよう。

けれど、その格好は奇天烈で、腰や背につけた何かしらがふらふら揺れてがしゃがしゃ鳴って、穏やかとは程遠い様相だ。

 

今でこそコレを前にして寝られているが、今でならコレが子守唄がわりになるが、彼女と慣れていない頃は、ましては初めての時は酷かった。

 

この昼寝に最適な場所を見つけて、一人で伸びやかに過ごしていたのは、ここに転校して来てから三日後。

日当たりが良くてほどほどに暖かくて、座り心地のいい木か岩があって雨宿りもできて、背もたれっぽい何かがありさえすればどこでだって寝られる私であっても昼寝ポイントに妥協は許されない。正直半年かかっても見つけられないと踏んでいたのに、たかだか三日で見つけられたことは拍子抜けだった。

とはいえ絶好のポイントすぎて信じてもいない神様に祈った上に、本音への手紙がいつもの五倍になるくらいには浮かれていた。

けれど、一人で過ごす穏やかな時間は長くは続かなかった。

 

目の前で素振りをする彼女。

木にもたれ平穏を体現していた私の前に竹刀やら何やら諸々背負って現れた彼女は、私の平穏をぶち壊した。

彼女のあまりに奇天烈な格好に目を丸くして木の根から転げ落ちた私は、同じく目を丸くして頬を染める彼女に助け起こされた。

 

「そんなに変か?」

 

それが彼女と私の最初の一歩。

友人ほど近くないが、それでもそれなりには近い距離。

以来彼女は微睡む私の目の前で、がしゃがしゃふらふら素振る毎日。

交わす言葉はこんにちはとさようなら。

 

何が気に入ったのか私の絶好昼寝ポイントの目の前でガッチャンバッチャン。耳障りだし格好が煩いし私史上、前世を含んでも、最高のポイントでなければ渡り鳥のごとく別ポイントを探しに出るところだ。

ただ、別ポイントを探しに出なかったのは彼女の目、全身で五月蝿さを体現している格好にも関わらずそれとは真逆の静けさを纏った両目、あの目が原因だ。

どこか、一度目に死別した先輩にも似た気配を、危ういものを感じた私は彼女をほったらかすこともそれに触れることもできず、その場でうたた寝ることにした。

 

とはいえ穏やかには程遠く、二日後にはどこから漏れたかクラスのちびっ子や先輩方もこの場所を嗅ぎつけて。

そこから先は平穏とは縁遠いものになった。

…………まあ、それもせいぜい三十分程度なもので、私たちが素振るかうたた寝ることしかしていないとわかれば、ここいらで遊んでいた皆さんも飽きて別の場所に向かうようになった。

私としては日暮れにかけての十分ほど。徐々に暗くなる木々の中ゆっくりと登る月を眺められればそれでいい。

もっとも、そんな光景が見られるのも月に一度くらいだが。

 

今日も先ほどまでちびっこたちがいたのだが、彼女とのかけっこで勝てないことに文句を言って私が汚れを払った服をパッととるとその足でどこかへ行ってしまった。

どこか寂しげに彼らを見送った彼女はそのままいつものように素振りを始めた。

がしゃがしゃ鳴る不思議な格好を眺めながら便箋と筆記具を出して、何にもない中から何を書こうかと頭をひねっていたのだ。

 

彼女と私の話か。

ソレを書くのはどうだろうか。

けれど、特に語るところはない。

挨拶を交わしたり、たまに課題の相談をしあうようなよく言ってもクラスメイトがせいぜいの関係だ。

悪く表現すればベストプレイスを侵略する彼女と、みみっちくそこから離れない私。侵略者と防衛者とも言える。

 

たまに混じる小学生も、奇天烈な格好で一定のリズムで踊るような彼女の真似をしてそれに飽きたらどこかに消える。火曜か木曜、週一程度でくるあの子たちは、多分きっと私たちが爪弾きにならないように、というお姉さんの配慮なんだろう。

 

ああ、そうだ。

お姉さんのことを書こう。

今年で中学校を卒業して、ここを離れ全寮制の私立高校に向かう彼女のこと。

笑顔で後輩と遊ぶ彼女のこと。穏やかにちびっこの世話を焼く彼女のこと。余所者も暖かく招き入れた彼女のこと。冷めた目で鏡を見つめる彼女のこと。

 

書くことが決まれば、あとは容易い。

思うままにつらつらと。

先ほどまでは煩わしかったがしゃがしゃも、筆が進み始めればなんて事はない。

彼女の素振りが終わる頃には私は手紙を書き終えて、どの封筒を使おうかと夢現で考えていた。

 

コツンと頭をつっつかれて、目を向けると目の前の篠崎さんが。

竹刀で空を示してそっちを見ろと言いたげに目を向ける。

何だ何だと目を向ければ、木々の隙間から登る大きな満月。

月に一度の大スペクタクル。

 

ほぅ。と。

息が漏れたのは多分私。

だって篠崎さんは忌々しげに月を一瞥して竹刀を袋に入れて帰り支度をしているから。

 

「ありがとう」

 

私がこの光景を楽しみにしているのを知っているのは驚きだったが。というか、彼女が私の様子を気にしているなんて思っても見なかった。

 

「…………月好きなのか」

「……。目で追うくらいには?」

「なぜだ?」

「変わらないから」

「ん?」

「どこで見ようが誰と見ようが。月は」

「…………変わらないものなら、月より太陽だろう。不実な月など……」

「……シャイクスピア?意外と文学少女。ほら。太陽は見るのが、「面倒か」……うん。よくわかってるね。さては私のファンだね?」

「ファンじゃない。友達だ」

「え?」

 

ムスッとしながら返す彼女に思わずとぼける形になってしまった。

ムスッとからムッとに変わって、踵を返す彼女に慌てて声をかける。

 

「ありがとう。篠崎改めて箒ちゃん。体育会系な遊びは好きじゃない私だけれど、そう言ってくれるのは嬉しいな」

 

一本筋の通った彼女。

裏切りに怯える彼女。

だからこそ、彼女の言葉に嘘はない。きっと。

 

もうちょっと街中の、学年ごとにクラスができる学校なら多分縁も所縁も無かっただろう彼女。

 

多分、同年代が二人だけだからこそそういうことになったんだろう。とはいえ、私が好ましく思っているのだから私としては諸手を上げたい。進学で別れて縁が露と消えたって、別になんてことはない。未来の私が悲しむだけさ。

 

ムスッとした彼女に慌てて荷物をまとめて追いつくと、やや頬を染めているのに触れないように一緒に帰ろうよ。と声をかける。

 

ああ、こんなことになるなら手紙、もうちょっと悩んでもよかったな。本音に友達を紹介したかったなぁ。

 

 

一筆申し上げます。

松本そら様

 

こたつがほしい季節になりました。こたつで食べるアイスを心待ちにしています。山の方では雪が降ったところもあるみたいですね。そららのところも降ったのかな?こちらはあんまり降らないので、少し羨ましいです。そららと雪だるま作りたいなぁ。

 

IS学びに都内の学校に行くってすごいお姉さんですね。空飛べたら楽しいだろうけど、私は別にいいかなー。

けど、飛べたらそららのとこまでパッといけて良さそう。

そういえば、ISを学ぶ専門学校ができるんだって。もうちょっと先のことになるらしいけど。お父さんがそんなこと言ってた。

空飛ぶ練習なんて素敵だなぁ。ISに乗れば私も空を飛べるかな?

どうせ飛ぶならそららと一緒に飛びたいです。

友達と空飛ぶなんて、それはとっても素敵だなって。

 

山の方は寒暖の差が激しいって聞きました。

体調崩されませんよう、ご自愛ください。

 

かしこ

布仏本音



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第四話 前編 ーてんこうー

転校することになった。

 

言われる側になったその言葉を聞きながら、むしろそれだけで済んだのは幸運だったんじゃなかろうかと思いながら、ベッドの脇で悔しげに目をそらす彼女に「そ。元気で」と短く返した。

一年前の本音は、これほどまでにあっさりとはしていなかったかな、と我ながら友達甲斐のないやつだと自嘲する。

短い返答をどう捉えたのか、彼女、箒は目を伏せて声にならない音を発して病室を出て行った。

晩夏を知らせるヒグラシの声がただただ鬱陶しい。

 

言葉足らずだったかもしれない。

けれど、いくら言葉を重ねても伝わらなかった気もする。

 

ハタン、と。

力なく閉まったドアを見つめながらどう答えればよかったのかと首をひねり、結局場当たり的な対応に頼ろうとしている自分に重ねて自嘲する。死別するわけでもないのだし、縁が合えば会うこともあるだろうと考えを結ぶ。怪我が治れば会いにも行けるさ。

ドアから目を離し窓をぼんやりと見つめ、身体中が訴える鈍い痛みに顔をしかめた。

 

 

彼女が転校することになったそもそもの原因。

私が入院することになった原因。

 

そう表現すれば、まるで私は何もかも知っていて、だからこそ彼女にあんな対応しかしなかったんじゃないかと邪推させるかもしれないが、私がわかったことは些細なことだけだ。

出来事に起因していたらしいの私の事情と彼女の事情、それにちっぽけな決意。

私にわかるのはそんなこと。

 

原因を特定できるほどの頭もない私にも、何が起きたのかと私が何を起こしたのかということはわかる。

私にわかったことを箇条書きすれば、

彼女が名前を偽っていたこと。

彼女が後継した遺産なり借金なりが人命より重いレベルであるということ。

あとは神の力(笑)から(笑)が取れたくらいか。……そのおかげで病院で寝たきりになっているのだが。

 

事の原因はともかく、ベッドで寝たきりになったきっかけは昨日の放課後まで遡る。

いつものように授業を終え、日課の日向ぼっこに精を出していた時。

授業が終わるのが遅かったからいつものスポットではなく校庭のソテツの下でゴロンと横になっていた私は、いつものガシャガシャをつけずに静かに素振っている箒を眺めていた。

いつもより静かだなぁと眺めていると、何に気がついたのか、彼女が私のもたれる木に登り始めた。

 

多分、そこが始まり。

いや、始まりというのは正確ではないかもしれない。

すでに始まっていたものが昨日顕在化しただけだろうから。

……切欠という方がしっくりくる。

いつもの場所に行っていたなら、彼女があそこで隠れなければ、隠れるより先に見つかっていたら。考えられるもしが実現していたら。

きっと私は何も知らぬまま教室で彼女の転校を告げられたか、はたまた彼女が行方不明になったという報告を受けたかもしれない。

 

だから、あそこで彼女が木に登って隠れきれたことは始まりというよりも分岐点。そういう表現がしっくりくる。

 

 

ああ。あそこで彼女売ってれば今この疼痛に悩まされることもなかったのになぁ。

 

 

実戦至上主義であるらしい彼女の流派では刀を担いだまま野山を駆け巡ることもあるらしいと聞いていた私は、多分これもその一環なのだろうと思って、スカートであることを気にせず音もなく登る彼女の尻を眺めていた。

未だ女性的感覚がわからない身ながらも、熊さんプリントのパンツは小学何年生まで大丈夫なんだろうか、と彼女に知られれば竹刀でぶっ叩かれること間違いないことを考えていると、どこかで見た覚えのある女性に声をかけられた。

二言三言話すうち、この女性が箒が隠れた原因なのだと思い至った。

どうやら彼女は箒の保護者らしく、急用があるとかで箒を探しているらしい。様子から察するに、先んじて自分を探す保護者さんを察した箒は、連行を嫌って隠れたのだろう。

 

瞑目して考えること少し。軍配は箒に上がる。

詳しい事情など知らないが、ここは恩を売っておこう。

とはいえ本当に火急の件なら嘘をつくのも憚れる。

急ぎなら私も探しましょうか?と問えば、

手伝ってもらうことでもないわ。と食い気味に答えられる。

 

手伝いが不要というならそれほど火急の用事でもあるまい。

 

いつもは竹刀片手に野山を駆けてますよ。とアドバイスらしきものと、あったら探していたことも伝えますね。と言うと、ありがとう、家で昼寝したほうがいいわよ。と返される。

 

いえいえ。嘘つきに感謝などとんでもないと内心思いながら、学校の方に走っていく保護者さんを見送る。

 

保護者さんが校舎の向こうに消えてから、箒がスルスルと木から降りてきた。

 

「……ありがとう」

「嘘つきに礼なんてとんでもない。……心当たりは?病院に入院中の親戚「ない。全くもって。ない」なるほど」

 

どうも彼女は嘘が下手くそらしい。遮るように語気荒く言い放って、一歩下がって目をそらして挙動不審になるとは一周して嘘だと見抜いて欲しいのか。

 

「保護者さん呼んでこようか?」

「いや!……本当に心当たりはないのだ。私が必要になる事態など……」

 

……。まあ彼女がそう言うならそうなんだろう。

ハンバーガーにパクつきながら、そ。と返せば、彼女は少しムッとしながら口を開き、何を言うでもなく閉じて素振りに戻った。

 

事態に変化があったのはそれから三十分後くらい。のはず。

普段そんなに時間を気にしない私の体感で三十分なので、実は十分とかあるいは一時間経ってたかもしれない。

何が楽しいのか延々と素振りを続ける箒の後ろから見覚えのない男性がこちらに近づいてくる。

保護者さんの急用関係者さんかな?と思い箒を呼んでそちらを指差せば、箒が振り返って妙な顔をする。

見覚えがないのか、それともあまり会いたくない親戚か。

表情の機微にそれほど敏感ではない私が、彼女の内心を推し量ることはできず、私もきっと彼女と同じように妙な顔をしたことだろう。

 

その男性が箒のそばに近づいて、二言三言話していた。

箒が校舎の方を指差していたから道に迷ったか学校への来客の体を装っていたんだろう。

気難しいがそれなりに親切である彼女は多分案内しようかと男に背を向けて、黒い機械。多分今にして思えばスタンガン的なものなのだろう。それを押し付け、倒れた彼女を肩に担ぎ、あっけにとられる私に何かの器具を向けて、私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

目が覚めて、残る手足の痺れに違和感を覚えて周りを見渡す。

隣に横たわる箒に見慣れた窓。

ここは確かひで爺が使う山小屋だ。

そして、いつもはひで爺が座っている椅子に神経質そう手に持っている器具を弄んでいる。机の上は見えないが、ドライバーやら六角レンチやらが並んでいるんだろう。腰にはナイフ。手には部品が外れている銃のような機器。手足の痺れと形状から察するにおそらく銃型のスタンガン。

針を飛ばすようなものなのだと思う。お腹のあたりに血が滲んでジンジンする。

 

子供とは言え、自称神さまのおかげで普通よりかなり丈夫な私の意識失わせるともなればそうとう強力なものに違いない。

……私でなければ、死んでいるかもしれないほどに。

 

思わず隣に横たわる箒の容態を確かめようとする。そこで初めて自分が縛られていることに気がついた。

バタンと倒れて、這いずりながら箒に近づく。

 

首筋に赤い痕。おそらくスタンガンを押し付けられた部分。

息はある。呼吸も普通。おそらくは。

傷跡も、素人意見ではあるが、それほどひどいものには見えないので時間が経てば綺麗になるだろう。

……なって欲しい。

 

箒を観察していると襟首をつかまれぐいと後ろに引っ張られる。

ああ、男のことなど意識の外だ。

わき目も振らずガタガタと音を立てて確認すればそりゃ意識が戻ったことを気づかれるか。

 

箒から引き剥がされた私は床に投げ捨てられ腹を思いっきり蹴りつけられる。

 

「うぐっ」

「黙ってろ。動くな。痛い目みたくなけりゃあな」

 

それだけ言って元いた場所に乱暴に戻されて髪をつかまれ顔を上げられる。

 

「いいか。動くな。黙ってろ」

 

そう言って頬を殴り、男はひで爺の席に戻ってまた手元のスタンガンをいじり始めた。

 

――なれない感覚に泣いている自分を自覚し、これなら精神も徐々にこの体に慣れていくのかなと安心した自分がいたことが印象的だった。

 

涙を流す私が不愉快だったのか。こちらに近寄る男は、縛った腕を捻り上げ、黙れ、泣くなとがなりたてる。

 

――「黙れ」と言われたと言うことは声をあげて泣いていたのだろうか。どうにも曖昧だ。

 

徐々になくなる感覚に怖くて涙も引っ込んで。

恐怖に震えて、一周回って冷静になって私たちの行く末を思い叫びそうになる。

 

冷静じゃない頭で考える。

 

考えろ。人はただの葦でしかない。

 

ここの場所は知っている。

おばあちゃんの弟のひで爺の小屋だ。

マタギをやっているひで爺が狩った獣の処理をする小屋だ。一緒に入ったこともあったし、たまに来て昼寝をしたこともある。

縛られた腕をなんとかしてこやから飛び出さえすれば、大人の足とは言えど、慣れた山道でなら逃げ切れる。……はず。

 

恐怖に震えながら考えを進める。

逃走の選択肢の問題点はおそらく三つ。

 

一つ。複数犯である可能性。

あくまで可能性である点は否めない。

とは言えその目算が高いだろうと思っている。

連れ込まれたのがハイエースであれば、幼女趣味のキチガイにさらわれたのかと身の毛もよだつが、ここはひで爺の小屋だ。

半年前から膝を患っているひで爺の小屋だ。私がマメに昼寝しがてら掃除しに来ているからそれなりに綺麗だが、そもそも膝を患ってからヒデ爺は来なくなって基本的には私の遊び場だ。大人はこなくて、そもそもここで私が遊んでいることはあんまり知られていない。

知っていてここに連れ込んだ可能性。事前準備をしている可能性。

その可能性は低くない。

とするなら単独犯でない方がしっくり来る気もする。

それに箒の"家庭の事情"がどれだけ重いか不明だ。

篠崎家がさる公家の血を引くやんごとない血筋、とか。世界的大企業の娘とか、ヤクザのお嬢様でした、とかであれば、複数犯どころか組織的に本筋の方々がいるであることは間違いない。

一対一で対人。目の前の男を伸して終わりなら容易い。神様に感謝。けれど、経験値の高い山でもそんな輩達から逃げ切られるほど自分の能力を信じられない。

ましてやそれが一度も使ったことがないならなおさら。

 

さらに一つ。箒を置いて行かざるを得ない。

けれど、殺されることはないだろう。

ぞんざいに扱われている私とは裏腹に、分厚いカーペットの上に寝かされて、拘束もされていない様子の箒。

誘拐なんていう狂気の選択をしている以上、酷いことをされる可能性は低い……はず。

箒の事情が不明だからこそその可能性がないと断定できないのが怖い。

 

一つ。この神経質そうな男。

そしてこれが三つ目の致命的な理由でもある。

単純な無力化なら容易い。

簡単に拳を上げたこの男の行動から察するに、私は箒の枷である可能性が否めない。

目撃者をそのままにしておけないというのもあっただろうが、箒の友人であろう私を、それなりに嬲っておけば、彼女は間違いなく逃げない。責任感の強い彼女は、自分の事情に巻き込んだ上、ボコボコにされる私を見れば間違いなく自分を責める。

心を折るための道具なんだろう、私は。

 

であれば、私が逃げた後、彼女は枷に嵌められる。

それがどんなものか。想像するのも恐ろしい。

最悪の場合、大団円を迎えられない結末が訪れる。

恐怖で歪んだ思考では、大団円なぞ思い描くことすらできやしない。

 

彼女の事情か、私の資質か。

ハッピーエンドは訪れない。

 

あゝ、ハッピーエンドなぞ彼方の果てだ。

どうして平穏から外れたいなぞと願ったのか。

 

原因は彼女の事情か?

そんなバカな。

 

これは私に起因している。

二度目以降の生の対価。

平穏の逆を望んだこと。

これが無関係なはずもないだろう。

 

あゝ。後悔先に立たずとは。

 

私の個人的な望みのせいで、誰かが不幸になることは御免こうむる。

多分私はそれを許容できない。

人のためでなく私のために。

私が十全に平穏を享受できないから。

 

あゝ。

 

だとすれば、

私が恋い焦がれた私の望みは、

多分きっと。

 

ああ全く。青い鳥オチなぞ。不愉快極まりないオチか。

恐怖が転じて怒りに変わる。

自分に矛向く怒りに染まる。

 

だが、まあ。

死んでも治らなかったのは、バカではなく自分が望んだものであるのなら。

それはそれで悪い話じゃないんだろう。

 

「ふう」

 

それにきっと

恐怖に震えるより怒りに震えた方がいくらかは健全かも。

 

さて、では力の限り。

平穏を望もう。

平穏に恋い焦がれよう。

何を切り捨てても私は願いを切望しよう。

ほんのちっぽけな、自分の世界の平穏を。

 

あゝ、平穏を求めるが故に平穏から遠ざからねば成らぬとは、何と因果な事也哉。

 

ばからしい。

 

平穏から程遠いところにあると思っていた夢が野望が、まさか平穏そのものとは喜劇そのものではないか。

一生使わぬだろうと、そう思っていた力も、この事態には頼もしい。

ただの賑やかしでしかなかった力も心強い味方だ。

 

何に変えてでも。平穏を。

穏やかな時間をささやかな友人とともに。

 

ふと自分の右手が輝いているのを目にした。

後ろ手に縛られているはずなのに、輝いていることがわかるほどの明るさ。

見えていないのに右手のひらが輝いていることがわかる感覚。

眩いばかりの光なのに、神経質そうな男は何も言わない。

 

なんとなく察する。

これが感じているのは自分だけだ。

そしてこれはあの自称神様の力の断片だ。

 

右手に輝く"倍"の文字。

頭でなく感覚で理解した。

この力の使い方を。

 

「ご都合主義的な展開をどうも」

 

くそったれな神様め。今度会ったらぶっ飛ばしてやる。

 

「ああ?」

 

ああ、口に出ちゃってたか。

 

「貴方に言ったわけじゃない」

「黙ってっいてっ!!」

 

ぬるり、と男の拳を躱せば、拳は壁にめり込み血が弾ける。

 

「"無生物"を"生物"を変える力。拘束具(ロープ)には外れてもらった。そして次は君を縛ろう」

 

私を縛っていたロープが意思を持って目の前の暴漢に襲いかかり、巻きつき、縛り付ける。

誰だって、たとえ拘束具であっても、真摯にお願いすれば頼みを聞いてくれるもんさ。

 

「君が縛ったんだ。因果応報。そしてだめ押し。"ハンバーガー"に"倍"を加える力」

 

右手から出したハンバーガーを一飲みにして念じる。さあ。大きくなぁれ。大きくなぁれ!

 

「子供の私が何を倍にしようと効果は薄い。だから、私のロマンをお見せする」

 

さっきの分だ。歯を食いしばれ。

 

「四ツ星神器"唯我独尊"、"倍"を加える力、"生物"に変える力、重ねて名付けて"ハングリー・バーガー"」

 

これが渾身の一撃だ。

 

私の身長を優に越える巨大な魚の頭に、ハンズが現れ、ミートパティが乗っかりレタスが現れさらにハンズが重なった。

私は到底これをハンバーガーとは呼べないが、デザインについては要練習か。

今はこれで十分だ。

 

「 !!!!!」

 

声にならない声をあげて。ハンバーガーに丸呑みされる。

 

ザマァ見ろ。

 

さて、賽は投げられた。

こっからは電撃戦だ。



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四話 中編 ーきゅうてんちょっかー

電撃戦になると思ったんだけれどなぁ。

 

ハンバーガーから尻を突き出して倒れている男を見ながら物思いに耽る。

神器を使った。暴漢も悲鳴をあげていた。

音はそれなりにたったはず。

間髪入れずに外にいるだろう見張りが飛び込んでくるだろうという予想は大外れ。

思い出したように机に駆け寄って、武器になりそうなものを探すことしばし。

以前と変わらない場所にしまってったナイフを見つけて、慌てて掴む。折りたたまれたナイフを広げるには慌てすぎていたのか、開くときに指をひどく切ってしまう。けれど、今はアドレナリンが大量に分泌されているのか痛みらしい痛みを感じない。

けれど、ナイフ開く程度でこれとは相当に切羽詰まっているようだ。

 

というか、ナイフよりよほど強力な力を持っているくせに、目に見える力に頼ろうとしているとは。

他人に力を振うことに思いの外動揺しているのか。

 

優に一週間分の食料になりそうなハンバーガーに挟まれている、窒息しているかもしれない男を見る。

伸された男が死んでいるのか生きているのかは不明。大きすぎるハンバーガーが思いの外不気味すぎて生存確認のために近づくのが怖い。この歳で前科一犯とは、我ながら平穏を目指すものの行いとは思えない。

 

一度目からずっと、争いとは縁遠い生活をしてきた。

二度目は槍で突き殺されたとはいえ、鮮やかすぎて暴力という感覚は覚えなかった。

それにそれまでは平穏そのものの人生だった。

 

その理由を知っている。

 

“平穏の才”

 

自称神様曰く、私にはその才能があったらしい。

人類史上類を見ないほどの強度を持つその才能は、使い方次第では世界平和すらたやすく実現出来るほどの強度を持つとか。

とは言え、私の三十余年の人生はその才能を内向きに特化させた。

つまり世界がどうあろうとも自分だけは平穏でいられるように特化させたらしい。

 

たとえ世界が戦火に染まろうと。

たとえ世界が貧困に喘いでも。

 

私だけはその色に沈まない、塗りつぶされない。

さながら沼に浮く蓮の葉のように。

私は何色にも染まらない。

 

自称神様は私の才能を欲しがった。

神様仲間と議論になったらしい世界平和の実現を手っ取り早く実現するツールとして私の才能を欲しがった。

だから“平穏の才”と引換えにいくつかの才とともに新しい人生を歩むことを了承した。

 

とは言え疑問ではあるのだ。

二度目でこそこういう出来事があるんじゃないのかと。

むしろ積極的に動いていた分この程度とは言わないまでももう少し騒動があっても良かったはずだ。

騒動らしい騒動が刺し殺されただけというのは納得がいかない。

 

 

「それは才能を剥ぎ取るのに思いの外時間が掛かったからだよ。」

 

 

ふと気が付けば、いつかの部屋にいて、私は松本そらでなく■■■■■だった。

 

「そして君が三度目の生を受けたこともそれに起因している。」

「つまり君が特化させた“才能”はこちらの想定以上に君に根付いていて、

「君はこちらの用意した“才能”を十全に受け取ってなどいなかったし、

「君の“平穏”もはぎ取れてなどいなかったんだ。」

「そしてこちらが苦心している間に君は○○○に刺し殺されて、

「君に死なれては困る僕としては、

「三度目という選択肢をとらせてもらったわけだ。」

「まあ、つまり。」

「ここから漸く僕たちに契約は始まるわけだ。」

 

つまりあなたは世界平和に邁進し、

 

「君は新たな生を送る。」

 

なるほど。

 

「君は一度分の得をしたとも言えるし、から回った分損をしているとも言えるけれど、

「ま、お互いの想定外だったし、仕方がない。」

 

たしかに。

契約外だ。

仕方がない。

 

「おっと、

「なんだい?」

「仕方がないなんて言いながらこの好戦的さは。」

「“唯我独尊”なんて今君が出せる最大火力じゃないか。」

 

神器を容易く止めるとはさすがだね。

 

仕込みがあったはずだ。

都合のいい異能の開拓なんてあり得ない。

これまで研究を重ねてきた結果ならわからないでもないが、能力らしい能力の行使は毎日のハンバーガーぐらいだ。

 

「研究は重ねてたろうに。四つ星天界人さん。」

「マッチポンプだとでも言いたいのかい?」

「無関係、とまではいえないが、

「仕組んでたわけじゃないよ。」

 

信じるとでも?

 

「そもそも職能力に関しては毎日使ってたんだろう?」

「飽きもせずハンバーガー漬けの毎日。」

「内心の変化もあったんだろう。」

「職能力なんてそんなものさ。」

「■■君はたやすく人に殴りかかるような人じゃあなかったからね。」

「内心の変化、自分の捉え方が変われば、たやすく獲得できる。」

「というか。予備知識もなしに四ツ星を開拓した人間が、

「職能力を開拓した程度で驚くのは不思議だね。」

 

四ツ星?

 

「ああ、その辺の知識は与えよう。」

「こちらに得があった分、

「君にもお返しをしないといけない。」

 

得?

 

「君の“平穏”は君すら殺してみせた。」

 

は?

 

「いやはや、流石に因果律に影響のあるものだという仮説が、まさか手に入る前に判明するとは。」

「幸運だった。」

「君が○○○に殺されていなかったら平穏とは程遠い生活になっただろうからね。」

「○○○を見ている限り。」

 

…………。

程遠い?

 

「ああ、表現として“平穏”がと言ってみたけれど、

「君を殺したのは間違いなく○○○だ。」

「表現には気を付けないとな。」

「ん?そう。良く君の元を訪れていた竜、或いは近所に住む神社の幼馴染。」

「父からの血筋、悪魔との契約。」

 

……竜?血統に悪魔?父さん?

 

「幼馴染の姫島朱乃、君に懐いていた少女オーフィス、そして天界人の血筋、

「混血児に竜、君の資質。」

「それは間違いなく君を平穏から遠ざける。」

「どうあがいても平穏にたどり着けなくなった瞬間、

「平穏にたどり着く可能性が潰えた瞬間、

「君はあっさりと、苦しむことなく○○○に殺された。」

 

…………。

彼もあなたが?

 

「ああ。バッティングしたのは想定外だった。」

「彼からは“可能性”を貰ったよ。」

「その代わりに望んだのはなんだったっけな……、

「たしか“槍”とそれを扱う“技能”それに“経歴”とかそんなだったかな?」

 

もしかして、この世界にも?

 

「前回に関しては不運なバッティングだった。」

「私の取引相手が偶然同じ世界に落ちるには稀なことでね。」

「勘違いさせたら悪いが、

「君の今世において私が第二の、第三以降の生を与えたのは、

「君くらいなものだ。」

「だが同じようなことを考えている奴は大勢居てね、

「いる可能性は否めない。」

「と、言うわけで、“平穏”を剥ぎ取った報告に来たわけだ。」

「だからこその君の状況であるとは言えるかもしれないけれどね。」

「"才"の反転。君の"平穏"を剥ぎ取って、そこに三つほど混ぜ込んだわけだけれど、

「どうもそれじゃあ釣り合いが取れなかったのかな?」

「"異能"だとか"才能"だとか、等価に交換するのは難しいんだ。」

「だから足りなかった分の"反転"が起きたのかもね。」

「"平穏"の"反転"が。」

 

…………。

 

「まあ反転に関しては契約外だ。」

「これから新たな生を楽しむといい。」

 

…………。

貴方が仕組んでないのならいい。

そうさせていただきます。

 

「まあ、よくよく見たら一度目の過少な渡し具合が、いい方向の傾けてるみたいだね。」

「小さな力だったからこそ、上手くコントロールできた。」

「挙句レベル2とはね。」

「それでトントンとする案もあったんだけれど、

「渡した方が研究に役立ちそうだ。」

「君の持つ異能の予備知識。」

「その基礎にある力の知識と、

「その果てにあるもののこと。」

「まあ、後者はすでに持ってるみたいで、

「必要なさそうだけれど。」

「あとは助言、というか神託かな?」

 

…………。

はぁ。

 

「予備知識もなしに四ツ星で、さらには職能力に至った君には素直に賞賛を送るよ。」

「僕と一緒に研究でもするかい?」

「まあ"平穏"の例もある、

「君はそういう自己進化とか、技術、異能、才能の先鋭化が得意なのかもね。」

「"才"というより、そういう特性なのかな?」

「私も君を真似て、こいつをこねくり回すとするよ。」

「最後に一つ神託を。」

「二度目と同じ結末を辿りたくないのなら、

「三度目は差異を学ぶといい。」

「さっきは否めないなんて言ったけど、

「そうである可能性は意外と高い。」

「僕はどうも二番煎じどころかブームに乗っかっただけっぽい。」

「それじゃ、いい生を。■■君。」

 

ええ。私も渇望できる夢を叶えられるよう頑張りますよ。

 

 

ふと、気がつけば。

あいも変わらず奇天烈なハンバーガーでに向かい合う状態に戻っていた。

時間感覚が揺らぎ一瞬だったのかそれなりに長い時間だったのかわからないまま、けれどそれを確認するまもなくひどい頭痛にうずくまる。

天界人。神器。繁華界。三界。職能力。天界力。地上に落ちた天界人の少年達の記録。世界の融合に伴う異変の記録。

ファンタジーの塊みたいな知識が頭をよぎり、そのままヨジ切れそうになる。

声もなく頭を抱えてうずくまっていると、後ろからドタバタと音が聞こえ、何かがこちらに駆け寄ってくる音が聞こえる。

 

「大丈夫か!!」

 

ああ。君かい。箒。

大丈夫大丈夫。ちょっと声出せないほど頭が痛いだけ。

 

「なっ。これは……!」

 

声から察するに彼女はひどく動揺しているようだが、頭痛でそれどころでない私としては、そちらに気を回せない。

 

バタバタと何かをしている様子が聞こえ始めてから一分ほど。

捩じ切れそうな痛みがジクジクという疼痛に変わって、周りを見られる程度に余裕が出てきた頃。落ち着いて手のひらの痛みが戻ってきた頃。

 

分厚いカーペットを引きづろうとしている彼女の姿を見つけた。

頭をさすりながら起き上がりなんの目的があるのか、明らかに彼女の力では引きづれていないカーペットの移動を手助けしようと近づき、カーペットに手を伸ばす。

 

けれど、カーペットに右手が届くことなく。

箒に跳ね除けられた手が、乾いた音を立てた。

右手に滴る血液がはねた絵の具のように壁を塗る。

子供がしてはいけないような鋭い目が私を見据えて、縫い付けた。

 

自分が思っている以上に傷ついた顔をしていたのかもしれない。

私の手を弾いたのだと気付いた彼女は慌てた様子で私に駆け寄ると右手をとってカーペットに引き倒された。

痛む頭に響いてか、顔が酷く歪む。

 

「すまない。男が来たのかと……。大丈夫?」

 

手をひらひらと振り、なんでもないと伝えたつもりだが、相変わらず歪んでいる顔がそれの信憑性を損なっている気がしてならない。それどころかひらひら降ったのは右手だ。赤く染まった右手から垂れたものが肘まで濡らす。

 

「…………」

「…………」

 

こんなことをしている場合ではないのだが、何か言いたげにこちらとハンバーガーを見て、口を開いては閉じてを繰り返している彼女を見るとそれを無視するのも憚られる。

 

意を決したようにこちらを見て、口を開いた彼女の言葉は結局私には届かなかった。

 

彼女が喉を震わす前に、胸から紫電が迸る筋骨隆々な男がケチャップに濡れた拳で私を殴り飛ばした。

壁にぶつかって前後不覚になる私はもんどりうちつつも顔をあげ、殴り飛ばした男を見る。

ケチャップとマヨネーズさらにひき肉っぽいものでぐちゃぐちゃになった髪を振り乱しながら目は虚ろ。胸元には腰にぶら下げていたナイフが刺さっている。

 

「っ。なっんだっていうん「"銀のっ……!!」っ箒!!」

 

後ろから飛びかかる箒を頭から掴む。

ギシギシと嫌な音が響き、箒の悲鳴が耳に入る。

 

「っ。ロープを"生物"にっ……っ!!きゃっ!」

 

思い切り。箒を投げつけられる。

彼女を腹で受け止められたのは不幸中の幸いだ。

頭同士でぶつかるよりマシ。

天界人は人並み以上に丈夫。

腹部を強く打ち付けられたって歯を食いしばれば……っ。それよりも。箒は。

 

「胸元のっ……鐚っ。あれは……」

「むっ?うぇっ。び「 !!!!!!!」っ!!」

 

箒は何か言っていた。けれどそれを確認するより早く。私が吐き気を抑えている間に間髪入れずに暴漢に思いっきり蹴りつけられる。

 

ヒデ爺の小屋は木造だ。

素人仕事だが、いい出来だろう?一からおいらが作ったんだ。

なんて自慢された。

私がきてから趣味の煙管をやらなくなったおじさん。

いつも柔らかく笑い、怪我した足を引きずって、眠る私を迎えに来てくれる人。

実際いい仕事だ。

私じゃ、言われなきゃ素人仕事だなんてわからない。

それほどしっかりしたつくりだし、雨漏りも隙間風もない良物件。

 

自称神様に恵んでもらった特典は、天界人と呼ばれる異世界の人としての力だそうだ。人とは異なる力を持って人以上に丈夫な体を持っている。

けれど、そうであっても、人が壁をぶち破るなんてことがあるものか。

 

小屋の壁をぶち破り、右手に焼け付くような感覚を覚えながら地面を転がる。何かにぶつかり呼吸が止まり、まるで酔っ払ったみたいに視界が回る。

 

視野の確保も儘ならぬまま、なんとか顔を上げて、周囲の状況を探ろうとて、目の前に男が立っているのが見えた。

グイと足を掴まれて、ズリズリと引きずられていく。右手の熱がどんどん冷めて、視界の回転が徐々に収まっていく。

視界が回る不快感が治ると全身から軋むような痛みがじくじくと迫ってくる。

乱暴に投げられて巨大なハンバーガーにぶつけられる。

うっすらと目を開けるとあらぬ方向に曲がった右腕に、ひきづられていた時についたのであろう血の跡。

ちらと右腕を見れば、まだだくだくと流れ出ている血が見える。

とめどなく溢れる赤はケチャップに比べれば随分と生臭い。

 

失血とともに薄れる意識の中、右腕の向こうに箒がうつ伏せになっているのが見えた。

そして彼女に向かう暴漢の姿も。

 

目がさめる。

 

失血するわけにはいかない。

 

服を"生物"に変えた。腕の根元を縛り付けてこれ以上血を流さないように。

 

意識を失うわけにはいかない。

 

服に傷口の刺激をお願いする。痛みで意識が一瞬戻る。

 

友人を助けなければならない。

 

どうする?

 

平穏を望まなければならない。

 

どうする?

 

考えろ。考えろ。考えろ。

 

今の最善の一手は。

 

服にお願いした。

飛び散る鮮血が箒を赤く染め、こちらを向いた暴漢と目があった。



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四話 後半 ーたたかいー

一か八かの賭け。

それは能力頼りの自爆特攻である。

 

私の能力。

大まかに分ければ二つ。

細かく分ければ三つ。

一つは天界人の持つ天界力に根ざす"変える力"にいくつかの"神器"。

一つは右手のハンバーガーに根ざす"加える力"。

 

この分類も自称神の知識がなければ知りようはなかった。

てっきり神器の類も式神化の一種だと思っていたし、何より差に気が付けるほど能力を使ったことはない。自称神が言った研鑽も先鋭化も、暇つぶしのお遊び以外の何物でもなかった。

 

生物化の能力は便利だ。

掃除洗濯料理にゴミ出し。家事をお願いできる能力は日常生活では非常にありがたい。

右手から出るハンバーガーも最高。

生涯食事の不安がないってのは、将来的な安寧を約束されたようなものだ。

人より丈夫な体も、この体に巡る天界力ってのも便利だ。生物化させたモノが力持ちになるし、私の足も早くなる。

 

けれど神器は正直持て余していた。

拳銃より威力のある砲撃はどこで必要になる?

天井に大穴を開ける腕に使い道がある?

身の丈以上のサイズの刃物で何を切る?

大型トラックを潰せる万力で何を潰す?

 

護身用にしては過剰すぎる力。

軍隊に襲われても単純な火力だけなら圧倒してしまいかねない。

そもそも人と戦う必要があるなんてどうして考えられるんだ。

 

けれど、現実に。

心当たりもなく心臓を穿たれて絶命した。

目の前で友人が酷い目にあいそうだ。

 

戦うなんて想像もしなかった。

 

今戦わなければ、私を友達だと言った彼女が酷い目にあう。

人より丈夫な私の右腕を砕いた暴漢が、今度は彼女の頭を砕きかねない。

 

彼女の未来が砕かれる。

 

そんなことはあってはならない。

平穏は何より優先される。

日向で穏やかに過ごせる時間は何より尊い。

友人と笑える関係は何より重い。

 

覚悟は決めた。

 

細工は皆無。時間はない。

あとは賭けの結果次第。

 

"無生物"を"生物"に変える力。

名前だけ聞けば新興宗教の教祖通り越して神を名乗って信者を募れそうな能力だが、それほど万能というわけでもない。

正しく表現するなら私が触れている"無生物"を一つだけ"生物"に変える力。

一つだけというのも曖昧だ。

ロープを生物化することは可能。

けれどビル一棟は不可能。

細い糸と縒って合わせたロープ一本は一つ換算。

鉄骨だのコンクリだのを組み合わせた一棟は一つ換算できない。

イメージの問題か。それとも私の力の限界か。

 

とはいえ、今回はシンプルだ。

血みどろに染まった服。硬く右腕に巻きつく服に歯を食いしばってお願いする。

 

「しっかり狙って。お願いね」

 

服は砲撃の神器"鉄"に姿を変えて箒へと歩みを進める暴漢を狙う。

狙って撃つなんてしたこともない。その上、その口径は私の身の丈以上。私の視界いっぱいに広がるそれは、威力の大きさを物語っている。けれど、銃身の向こうが見えない私が狙いをつけられるはずもない。

 

そう私は狙いをつけられない。

けれど生物化した神器なら。

 

神器自身が狙いをつけられる。

 

"鉄"が勝手なタイミングで発砲する。

 

木製の時計の文字盤の模様が目立つ砲身から、黒い石が放たれる。

 

思わぬタイミングに踏ん張るどころか歯を食いしばることもできず吹っ飛び、回って右手がさらにひしゃげる。

 

花火を思わせる破裂音に、突如現れた視界いっぱいの石の砲弾。

それらは暴漢の意識をこちらに向けるのに十分すぎて。

 

回避のみに意識がいった隙に、砲弾で視野が覆われているその隙に。

 

「"威風堂々"」

 

腕を潰しかけている巨砲が姿を変える。

巨人の右腕。

そうとしか形容できないものがくしゃくしゃな右腕を覆うように、暴漢へと届くように巨砲から姿を変じる。

腕の神器"威風堂々"。

本来は防御に使うらしい神器。けれど戦いなんて経験のない私にとっては、巨大な足場程度にしか使い道のないもの。

 

"鉄"の砲弾が壁に穴を開けて飛んでいく。

私から暴漢の姿は見えない。

 

「ああ。これでいい。賭けは私の勝ちだっ!」

 

私からは見えない。つまりそれはこの"威風堂々"の向こうにいるということだ!

巨大な腕がなにかに触った感触がある。

生物化した"威風堂々"はその何かを掴んで握りしめる。

もがく暴漢が右腕から抜け出せないことを確認して、ホッとしそうになるのに歯をくいしばる。

 

「賭けは一つ。あなたに能力が通じるか。そこが肝だった」

 

薄くなる意識。

歩み寄る睡魔。

 

「ここの壁を蹴破ったように"鉄"を破壊されていたら勝ち目はなかった。避けるなら方向はわかる。箒とは逆側。そっちに避けるに決まってる。だから、避けた時点で詰んでいた。三手詰めだ」

 

喋ってなければ意識が落ちる。

意識が落ちれば"威風堂々"は、男の拘束は消えてしまう。

意識を保つように懸命に勝ち誇る。

 

「"鉄"を迎撃、できないのなら、"威風堂々"の拘束を、破ることはできない。二ツ星神器だ強度は、"鉄"よりは、……強い」

 

男の表情が読めない。

視界がぼやけてきた。

 

「だから。……あとは。……。…………」

 

 

 

 

「"銀の戦車"ッ!!」

 

懐かしい声。

誰の声だっけ?

 

「胸元のナイフをはじきとばせッ!!」

 

うるさいなぁ。

まだ寝かせてよ。

鍛錬したりないんじゃないの?箒?

……箒?

 

「っ!!」

 

目を開ける。右手はくしゃくしゃの血まみれ。

巻き付いていた服も力を失い滲むように血が流れている。

 

「あ!」

 

暴漢に目を向ける。すでに"威風堂々"の拘束を外れていた男は神経質そうな顔を痛みに歪めて膝をついている。

先ほどまでの圧力はなく弱々しく視線が右往左往している。

 

「"鐚"はすでに破壊した。……あとはお前だけだ。友達に手を出した報い!その身に刻み込めっ!!"銀の戦車"!!」

 

あえて表現するならドシャリとでも形容すべき音が響く。

箒が暴漢に何かしたらしいが、私をかばうように前に立つ箒の背中が、何が起きたのかを隠していた。

 

しばし身じろぎすらしなかった箒はやがてゆっくりと息を吐くとこちらを振り返る。

頬にかすり傷、袖は破れ血が滲んでいて痛みに顔をしかめている。

けれど、その瞳の輝きは何も変わっていない。

初めてあった時から変わらない淡い影とともに、何も変わっていない。

 

ああ良かった。そう思ったところで、壊れた壁の向こうに黒塗りの姿が見えて。

何かが割れるパリンという音を聞いて。

箒が私に覆いかぶさって。

耳をつんざくような破裂音と、目を焼くかのような閃光が私の五感を塗りつぶし、私は気絶した。

 

ここまで。

ここまでが私の知る一連の出来事。

誰も事情を説明してくれず。

何もわからぬまま彼女は転校して行った。

事態だけが進行して、終ぞ私は蚊帳の外。

 

別れ際、彼女が言いよどんだ言葉を、私は結局聞くことはなかった。

見舞いに来た彼女は、何も言うことなく転校した。

 

面倒ごとに関わるのは御免だけれど、それでも、彼女の力になれないにしても、相談に乗るくらいはできたのかもしれないなぁと、ベッドから見える青葉を見ながら、ぼんやりと考えた。

 

 

私が退院できたのは、それから1ヶ月後。

不思議なことに右手に関する質問も、ヒデ爺の小屋にあったはずの奇天烈ハンバーガーについても何か聞かれることはなかった。

ただ怪我が治って日常生活を問題なく遅れるまで回復すると、松葉杖片手に退院の許可が出た。

 

ヒデ爺は一番に駆けつけてくれて、なんどもなんども頭を下げた。

患った膝を無理やり曲げて土下座までするヒデ爺には泣きそうになった。そんなヒデ爺を殴り飛ばしながら現れたおばあちゃんの姿を見て本当に泣いた。毅然として、いつものように凛と立つおばあちゃんは、けれど両目を赤く染めて。痛いか。とそれだけ聞いて、私が答える間も無くさめざめと涙を流した。

おいおいと泣くヒデ爺に静かに涙を流すおばあちゃん。

2人とも静かに私を撫でて涙を流した。

 

三人とも落ち着いたのはしばらくしてから。

どうしたものかとオロオロしていた看護師さんが呼んできた担当の間先生がなだめるまで続いた。

 

静かに落ち着くよう何度も諭して部屋を出ていった先生はちらっと私を見て優しげに笑うと部屋のドアを閉めた。

笑みの意味がわからず首をひねっていると、おばあちゃんが小さく呟いた。

 

「そら。何か言うことはあるかい」

「姉さん。まだ、倒れて間もないんだ。まだ「ひでは黙ってな」うっ」

 

たぶん。昔っから目の前の姉弟の力関係はこうだったんだろう。

思わず笑ってしまって、こわいこわいおばあちゃんに睨まれた。

 

「ごめん。つい。……何から話せばいいのかなぁ」

 

ヒデ爺が謝ったように私も言わなければならない。私のこと。奇天烈極まる境遇を。

けれど、話す前に確認したほうがいいんだろか。……意味のないことか。

 

「友達を庇って戦った。その結果がこれ。端折ったらこんなものだけど……。……うん。最初から話す」

 

相手が既に知っていようがいまいが、これは私から話すべきことだ。そうでなければ"納得"できない。

 

「私の名前は松本そら。そして■■■■で、◯◯◯◯。おばあちゃんが聞きたいのはこう言うこと?それとも私の力のことかな?」

 

そういってハンバーガーを出して手の上で踊らせてみればおばあちゃんからゲンコツをもらう。

 

「食べもんで遊ぶんじゃない。この罰当たりもんが」

 

病人が食うもんじゃないといって取られて、意外といけるじゃないかと美味しそうに食べるおばあちゃん。

ヒデ爺がゲンコツされた私を気遣うように痛くはないかいと聞いてくるが痛いより驚きが優っている。

 

「知ってたよ。雅子も恭二君も。あんたのこと」

「は?」

「は?ってなんだい。口に聞き方には気をつけなさい」

「いや、え、で「口答えするんじゃない。大事な話してんだ。相応の態度で聞きなさい」はい」

「あんたは天からの授かり子。雅子と恭二さんはそう言っとった。そして一番に私に報告に来た。この子を育てたい。ツテを紹介してくれって」

「……」

「紆余曲折はあったが、まあ結局あの子らが育てることになった。だから知ってたよ。私含め、ひでも。あんたが普通じゃないって。もっと早くいえばよかったんだ。こんなうまいもん出せるならね」

「姉ちゃん。もうちょっといい方ってもんが「ひでは黙ってな」……」

 

相変わらずの掛け合いも。私の頭には入ってこない。

 

「……なんだ。気付いとらんかったんか。もうちょっと聡い子だと思ってたがね。……まあ聡ければこんな大怪我はしないか。……そら。よくお聞き。あんたが所謂"転生者"ってことも。普通じゃないことも。雅子も恭二も承知しとった。その上で我が子だと、いつか家族になるんだと笑っとったよ。これも縁と言ってね」

「どうして……」

 

この問いかけも意味をなさない。ただとっさに出た問いかけ。

 

「私の……。雅子は子供ができん身体だったからね。養子の話は前々から出てた。だから特に意味なんてないよ。ただの縁。あの子らはそらと出会い、そうしようと思った。それだけさ」

 

まあ、悪い縁にも出会ったようだがね。

そう寂しそうに呟くおばあちゃんの目に映っていたのは果たしてなんだったんだろうか。

 

「……あ「また来るよ。今はのんびり寝てなさい」え?」

「姉ちゃん、もうちっと「ほら。ひで。行くよ。ついでに間先生呼んで来な。そらの今後を詰めなきゃならん」……はぁ」

 

ため息をついたヒデ爺に眉を釣り上げるおばあちゃんがあまりにいつもと変わらなくて。思わず笑ってしまう。

笑ったのに気がつくとこっちをちらと見て、ニヤリと口角を上げると元気そうにドアの向こうに歩いていった。

ヒデ爺が心配げにこちらを見て何か言おうとしたけれど、廊下から聞こえて来るおばちゃんの声に肩をすくめて一礼して出ていった。

 

「……言いたいだけ言って出てくなんて。引越しの時と一緒だ」

 

思わず呟いた頬はなぜか緩んで。

 

「全く。酷いばあちゃんだ」

 

鏡がないのは幸いだ。

今の自分は見たくない。



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五話 ー進学ー

ーーけど、まさか先輩から誘ってもらえるとは思っても無かったですよ。同期が話してましたよ?あらゆる誘いを断ってる鉄壁の先輩って」

 

週末、華の金曜日、仕事帰りの高級レストラン。

 

入社当初からお世話になっている先輩に誘われるままに入った店は、自分一人だったらまず入らないだろうフレンチレストラン。

すわクビか左遷か、なんて恐れおののきつつも、そんな気配はかけらもなく結局誘われた目的もわからず、最後のジェラートに舌鼓を打っている。

これで、誘われたのが女性の先輩なら最高の夜に期待していたところだ。生憎とノーマルな僕としては、金髪イケメンで社内でも五指に入るトップセーラーとはいえ男性に誘われても困るだけ。

 

 

我慢しきれず聞いてしまって、ワイングラスを口に運ぶ手が止まった様子が目に入る。

地雷踏んだかと戦々恐々としたけれど、先輩の口からこぼれたのは溜息だった。

 

「……苦手なんだよ。大勢で和気藹々とするノリが。どうせ飲むなら一人穏やかに月見でもしながらが一番いい。植物のように穏やかであればそれ以上は求めない」

「あー。確かに先輩孤高って感じですもんね。なのに人当たりもいいとなればそりゃ社内でモテますよ」

 

そういえば、と口にして少し迷う。

社内で度々耳にする先輩の噂。

のみの席での話題には適切だが、普段からあまり私生活を探られたくない様子を隠さない先輩からすれば、これを聞いてもいいものかどうか。

迷った末に取りやめて、最初から疑問に思っていたことを聞いてみる。

 

「どうして今日、僕を誘ってくれたんですか?いや、もちろん光栄ですし、なんなら今後も誘ってほしいくらいではあるんですけれど」

 

プライベートに踏み込むよりは、幾分マシな質問のはずだ。おそらく、多分、きっと。

 

「ん?ああ。ひどく個人的な用だったんだが、いや、実はもう済んでいるんだ。いやそんな狐につままれたような顔しないでくれよ。例えるなら超能力者は二人もいなかった。そんな当たり前の話なんだから」

「いや、一人もいないと思いますよ?」

「違いない」

 

上機嫌にはははと笑う先輩はグラスを傾けワインを呷る。

赤ワインが似合うイケメンってのはなかなかに反則だ。

なかなか上機嫌なのか、面白いくらい進むグラスを見て心配になったが、人付き合いを好まない先輩が、僕の前ではハメを外すなんてシチュエーションにちょっと愉悦感を感じていたり。

……ほんと女の先輩だったらその後を期待したに違いなかったのに。

 

酔っ払いの常なのか、壮年男性の常なのか。人生観を語り出した先輩を僕が止められるはずもなく。延々と続くと思われたそれは我に帰った先輩によって止められた。

彼女のこと、仕事のこと、趣味のこと。そして生き方のこと。

店を出てから時計を見て驚いたが、せいぜい一時間たらずのことだったらしい。

 

「ーーつまりね 君、勝ちも負けもいらない。ただ植物のように穏やかで静かな生活のためなら万難を排してでも……。失礼。ちょっと酔いが回ったようだ。ふぅ。出ようか」

「あ、はい。今日は誘っていただいてありがとうございます」

「こちらこそ誘われてくれてありがとう。ここは奢るよ」

「いや、そん「先輩の甲斐性というヤツさ。ああ、代わりというわけではないけれど、僕が誘ったってことはあまり吹聴しないでくれよ。勘違いした女どもに群がられるのは嫌なんでね」んふっ。彼女さんいらっしゃいますもんね。わかりました。ごちそうさまです…………そういえば、彼女さんどんな方なんですか?」

「……そうだな。手が綺麗な人だ。それはもう切り取りたいくらい」

 

その一年後、楽しげに恋人に惚気ていた先輩は失踪した。その挙句救急車に引かれて死んだらしい。

そしてさらに十年後僕は白い部屋で自称神様と取引をするわけだけれど、そんなものは些細なものさ。

 

些細ではないもの。

 

二度の死を経験してなお色褪せず目に焼き付いているあの表情。あの瞳の色。

静けさを語る先輩の、あの穴の底を垣間見たような暗さとも、太陽を見上げたような明るさとも言える、形容しがたい光。

 

二度目、彼に殺されたからこそ、あの一度目のあの記憶が引き立った。あの異様な光に、あの時感じなかった違和に気がつけた。

私を槍で突き殺した彼。

彼の瞳には先輩に比べて濁りが目立ったけれど、それでもあの輝きは眩しかった。

 

私が生涯帯びなかった輝き。

命を賭してでも望むこと。

多分先輩も彼もそれを心に秘めていた。

 

 

 

箒と別れてから早5年。

おばあちゃんが好き勝手言い放ってから5年。

引っ越し先も連絡先も教えてもらえず、進学せずとも疎遠になってしまったことにショックを受けるだなんて、自分が思っていた以上に箒のことを好ましく思っていたなんて一幕もあったけれど、自称神様のいう"反動"なんてまるで何もないかのように穏やかにすぎた。

私が望んだ通り平穏無事の時間は過ぎた。

 

小学校を卒業しても相も変わらず同じ教室で自習する日々。

気がつけば最年長になり、徐々に人数が減っていく新入生の世話をしながら、本音と文通をする毎日。

人付き合いをしていないわけではないのに、これと言って友人が増えないのはおかしいとぼやく私に、私がいるよ!と返信してくれるのが目下のブームだ。本音がいればもう何もいらない気がする。

 

本音の進路はIS学園だそうだ。

ISになんて興味ないとかつての手紙に書かれていたような気がしたが、なんだかんだ興味があったのだろうか。

 

IS学園

私が中学に上がる前くらいに設立された学校。

日本にありながら受験にパスポートが必要となる無国籍学校。

高校受験で、まさか指紋認証レベルの本人確認をされるなどと思ってもみなかった。

高校受験レベルをはるかに超えた理数系のテストに、日本人であることに疑問を覚える国語のテスト。一転、社会科目のテストはといえば一般常識があれば満点が取れるような当たり障りのない易しい試験。

ちぐはぐと言わざるをえないテストの数々と機体を起動させるだけの名ばかり実技試験。

 

そう。私もIS学園を受験して、なんの因果か受かってしまった。

"反動"とやらのおかげ説が今のところ有力候補である。

 

受験する切欠は本音からの手紙と、神様とやらの神託。

なんてのは後付けで、フィクション染みたテクノロジーなんて男の子心にダイレクトに突き刺さる言葉のおかげだ。

一度目の人生では技術営業にも手を出した時期もあったし、今世は最先端テクノロジーを売り歩く男なんてのもかっこいいかもしれない。

…………最先端テクノロジーを売り歩く女なんてのもかっこいいに違いない。

 

"双騎士事件"以降ちらほらとメディアに出てきていた最先端テクノロジー。

最近では世界大会なんてのもあると聞く。

女性しか使えない宇宙にすら手が届く代物であるらしいインフィニット・ストラトスは私の心の琴線に触れた。

体は女心は男。そんな私が使用できるか心配だったが問題なく起動できたし空も飛べた。

名ばかりの実技試験を終えて帰宅した私が軽く調べてみると、精神と肉体の性差に悩む人間で起動できるか否かの実験を行ったことがあったらしい。

結果は生まれ持った肉体の性別に依存するとのこと。

アメリカの軍大学の発表である。

 

……気になってさらに調べてみたらインフィニット・ストラトスに関わる論文全てがどこそこの軍学校が提出しているものであった。であれば、表に出ているのはほんの一部に違いない。公開しているもので結構な数あるのだから軍事機密扱いのものも相当な量あるんじゃなかろうか。そんな軍事機密のオンパレードに私が乗って大丈夫なんだろうか。

さらに調べてみれば現在、インフィニット・ストラトスの過半数は軍事利用されず、思春期の少女のおもちゃになっているらしい。

IS学園所有(つまりは国連所有)となっているのだとか。

 

びっくりである。

世界に200台ないらしいISのうちの半数近くがIS学園にあることとか。

たったの2台で数百のミサイル迎撃して、当時の最先端戦闘機を軽々と置いてけぼりにした兵器が半数とはつまり100機ほど。思春期の少女が集まる学校に置いてある。

入学試験の個人確認甘すぎじゃあなかろうか。

静脈とか網膜とかDNAとかもっと確認した方がいいんじゃなかろうか。

それともISちっくなファンタジーサイエンスで実は個人確認が必要ないレベルのセキュリティだったりするのかも。

 

とはいえ、現実にそんな状況で数年運営しているのだからそれなりに信用できるセキュリティなんだろう。

信用できるセキュリティなんだろうけど、学校生活の説明が分厚いマニュアル一冊送って終わりだなんて中学生にはちょっとハードル高すぎませんかね。一度目ではセキュリティの最先端は逆にアナログだという売り文句で営業をかけたこともあったけど、本当に大丈夫なものなんだろうか?日本の配送業者ってそれほど信用できるものなのか。

紙で送って終わりってそれはセキュリティ大丈夫なの?引越しの準備の片手間に読める量じゃないんじゃないかな。

 

ぼーっと、表紙に極秘だなんて冗談みたいなハンコが押されてる冊子で目を滑らせていると、右手を引っ張る少女が一人。

どうやらおままごとに誘ってくれるらしい。

その子のお姉さんが後ろで慌ててペコペコ頭を下げているが、そんな気にしなくても。

やんわりと右手を掴む手を離し、左手をつなぐ。

どこでやるのと聞けば校庭の松の木の下でやるらしい。

なかなかみる目があるじゃないか。あそこは学校内じゃ随一の昼寝スポットだ。

今にも走り出さんばかりに左手を引っ張る少女をしっかり手綱を取りながら、少女の姉にひらひらと手を振る。

 

お飯事ではペットのハムスターをやる羽目になった。猫派の主張は多数派に潰され無言で見守るハムスター。挙句「檻からでちゃダメね」とは罰ゲームか何かだろうか。チビちゃんたちが嬉しそうでお姉さんは嬉しいよ。まったく。

 

 

ちびっこの相手をして、お別れ会なんて開いてもらって。

ヒデ爺に見送られておばあちゃんと少し過ごして。

おばあちゃんとお話ししながら引越しの準備をして。

涙ながらの別れもあって、笑いながらさよならした。

経験則からいえば、あのちびっこたちとは二度と会うことはないのだと思うと悲しいような気もする。村から出て行った人たちと再会したこともない。けれど、なんだかんだ続いた腐れ縁だってあったのだから縁さえ合えば会えるだろう。

 

地元を離れIS学園に向かう電車を待つ。

日本領海にあるのに切符買うのにパスポートがいるのはこの駅くらいのもんだろう。

お祝いにもらった扇子をパチパチしながらショルダーバック片手に写真を眺める。

左手に群がるちびっことそれを微笑ましく見守る先生たちと撮った集合写真を眺めながらパチパチパチパチ。

もらって二日と経ってないのにもう左手に馴染んでいる扇子。

さすがおばあちゃんセンスがいい。……なんちゃって。

なんてくだらないことを思いながら時間を潰していると後ろから声がかけられた。

 

「それ、やめてもらっても?」

 

振り返れば金髪の美少女が眉をひそめて私を睨んでいる。

美人が凄むと怖いけど、右手見てもそれほど気にしない態度は結構好印象。

私より扇子が似合いそうな彼女は左手に視線をやり顔を上げた。

 

「ごめんなさい。癖になってて」

 

扇子を胸ポケットにしまって写真を鞄に。

パチパチで迷惑かけるとは扇子が馴染んでいない証拠じゃないか。

こんな美人いたのに気がつかないとは男の子心は死んでるね。

この調子で女の子心が芽生えれば言うことないんだけれどなぁ、なんて。

 

「貴方もIS学園に?」

 

扇子を仕舞えば眉間のシワは幾分かやわたんだけれど、空気は硬いまま。

こんなのはごめんだと当たり障りのない質問をするが、そもそもこの駅にはIS学園行きの電車しかこない。無駄極まりない質問である。

 

「ええ」

 

…………。おわり。

でしょうよ。

どうもこの金髪美人馴れ合うつもりはないらしい。

であれば、わざわざ痛い目みる必要もない。

 

「…………」

「…………」

 

無言で二人、海の見えるホームで電車を待つ。

 

…………。

 

……麦わら帽子かぶってきたらよかったな。思ったより日差しが強い。

小腹が空いたのでハンバーガーにパクつけば後ろから怪訝な声が。

 

「……今それどこから出されました?」

「あーっと。……、食べる?」

 

しまった。完全に意識の外だ。

後ろに彼女がいたの失念していた。

 

慌てて新しいものを差し出すも、悪手であると気がついたのは出した後。

 

右手に突如出現したハンバーガーをギョッと見つめて、彼女は一歩後退る。

そのまま恐る恐るといった感じで右耳の青いイヤーカフスに手を伸ばすと震える声で呟いた。

 

「貴方も"転生者"ですの?」

 

べチャリと。ハンバーガーが地面に落ちた。



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六話 ー新生活ー

ばたん。とベッドに倒れこむ。

 

疲れた。

もう寝てやる。

 

壁に積まれた段ボールに達筆な字で松本そらと書いてあるのが見えた。荷解きは早いうちに終わらせなさいよ。なんておばあちゃんの言葉が頭をよぎるが、おばあちゃん私今日は疲れたよ。都会なめてたよ。十年弱の田舎生活は私から社会性を失わせるのに十分だったよ。明日から本気出すから。

 

頭の中に浮かぶおばあちゃんに頭にツノが生えたあたりで、ノックの音が聞こえた。ドアの方を見れば、隣のベッドが目に入る。

 

そうかルームメイトがいるのか。

…………。はぁ。

気の合うなんて贅沢は言うまい。

はっきり言えば、本音であれば最高。のんびり屋な子なら次点。

 

「はじめまして。わたくぅぃっ!?」

 

金髪美女なら最悪の極み。

 

祈るようにドアを開ければ、金髪美女と目があった。

爽やかな笑顔が妙な形に固まって可愛らしさとも凛々しさからもほど遠くなる。

私も似たような顔をしていたに違いない。

 

いったいどんな采配だ。

自称神様、今度あったら思いっきりぶん殴ってやる。

神器能力込み込みで本気の一撃見舞ってやるからな。

 

 

時を遡ること半日ほど。

右手からこぼれたハンバーガーの残骸をどうにか袋詰にした後。

電車のボックス席に私と金髪美人は座っている。

彼我の距離は2mほど。あまり広いとは言えないボックス席でギリギリまで距離を取ろうともがいている金髪美人に、そんな嫌なら違う席も空いてるよ?と問えば、貴方みたいな危険人物放っておけるもんですかときた。

いったい私が何をした。

 

そんな彼女に私ができることといえば

 

「えーっと。てんせーしゃなんて身に覚えも心当たりもないんだけれど。うち神道だし。食べ物で遊ぶなんて不謹慎だと怒るのは至極当たり前だと思うしそのことについては謝ります」

 

全力でとぼけることくらいである。

 

もちろん転生者なるものに対して心当たりはある。

おばあちゃんから名前だけは聞いていたことだし。

あれから一切細かいことは教えてもらえなかったけど、考えることはできた。

転生。つまりは死んで新たに生を受けることのはずだ。

一度目から二度目はともかく、二度目から今生へは死んで生まれているので転生と言えるだろう。

 

と言うか今まで気にも留めなかったけど、右手からハンバーガーが現れる様は完全に普通ではない。

二度目からこっちかれこれ三十年ちょっと。

誰からも突っ込まれなかったので完全に普通の認識でいた。

 

いや、オーフィスなんてなんか黒い蛇を常に飼い慣らしていた身につけていたし、あの幼馴染も妙な帯電体質だったし、槍出現させて挙句人を刺し殺す輩もいるんだからハンバーガーなんて全然平和的じゃん。なんでこんな警戒されるのか。不思議極まりない。

 

マジックですよ。奇術なんです。と袖をめくって右腕を見せる。

 

ほら肩から手首にかけて如何にもな怪しい布巻いてるじゃん。詳細はネタバレになっちゃうから言えないけど、引っ掛けたり引っ張ったり引きつけたりそれはもう練習してさ。いや。もうハンバーガー切れたからもう一度はできないんだけど。と言うかハンバーガー出しただけでこんな警戒しなくてもさ。え?ハンバーガー?なんでって。手のひらに収まらないサイズのもので、普通?出てくる?なんて?思わないような?出てくると思わない?思わないもの?を?出した方が驚かれるじゃない?ですか?…………ほらハンバーガーしかない。

いやそんな胡乱な目で見られても。

ネタバレ?イヤイヤ。マジシャンにネタバレ求められても困ります。

他の?他って?…………!?いやいや。鳩とかトランプって。いやいやいやいや。

…………中学校。えっと海外だとエレメントスクール?え?みどる?そうなんだ。そこの出し物でこれだけ練習してね。

いや私といえばハンバーガーだったし。送別会でも特大ハンバーガー用意してくれるレベルで私といえばハンバーガーだったから。

誕生日ケーキじゃなくて誕生日ハンバーガーだったから。あの子達のハンバーガー絶品だったから。え?ジャンキー?不健康?

…………見た目通りのお嬢様な感性ですね。貴族?へぇ。この美味しさも手軽さも理解できないなんて自称貴族様は随分狭量なんですね。偏見で物見て、自分で考えることしないなんて。だから現代で化石みたいな身分引けらかせるんですよ。は?下々?貴族のことわからないってそっくりそのままお返ししますよ。とう言うかそれ思いっきりブーメランですよ?貴族なんて頭立つ身分のくせして下々に上に立つ人間の理解求めるんですか?え?ノーブレスオブリージュって貴方の母国の言葉ですよね?ああ、いえ。すいません脱線しました。

貴族云々はどうでもいいんです。あ、いえ。貴族様様です。貴族サイコー。あなたのおかげで私は今まで生きてこれました!

それはそれとして貴族様にはやっぱりハンバーガーの良さを知って欲しいんですよ。

ほら。これ。全て手作りです。

無農薬無添加で神様印のまさに至高の一品。

これを一口食べてもらえれば……え?また?袖使ってない?

…………しまった。

 

我を忘れてしまった結果である。

身からで錆とも言う。

 

今にして思えば、あれは彼女なりの策略なのではなかろうか。母国で貴族やってると言えばそれなりに話術も政治力もあるだろう。そんな彼女にかかればのほほんと過ごした大和撫子である私が隠していることなど瞬く間に暴かれて…………ないな。墓穴掘っただけか。

営業で鍛えた誤魔化し力はどこいった。きょうはおっさんの調子悪いのかな?このまま出てこなきゃいいのに。

 

右手に出現したハンバーガーを恐る恐る見つめる彼女と目が合う。

取り繕うことを諦めた私は、右手のハンバーガーに噛り付き、無言で窓の外を見る。

…海を見ながらハンバーガーってのもいいものだなぁ。山育ちな私にはこうだだっ広いとちょっと不安になっちゃうなー。

 

「オルコッ党と言う言葉に聞き覚えは?」

 

震える声で囁くように発された音は静かな車内で私の耳に届いた。

今度こそ本当に聞き覚えのない言葉に首を傾げて返した。

 

「オリゴ糖?あの単糖がいくつか結合してできるあの?」

 

見つめ合うことしばし。ゆっくりと深い息を吐いた彼女は知らないならいいですの。とコッテコテなお嬢様言葉で返事をして、そのまま窓に向かう人形となった。

その後何を話すでもなくIS学園について、人混みに紛れたと思ったら彼女はどこかへいてしまった。

 

その後寮生活の注意を受けて、制服などの支給品と事前に郵送済みの荷物はすでに部屋に運ばれている旨を伝えられ、軽いオリエンテーションがあって、寮に来たわけである。

……人多過ぎ。ガヤガヤしすぎ。キャピキャピしすぎ。

何。私今あれらと同じ生物なの?ここまで違うの?おっさん出てきて。今こそ鍛えた営業力を発揮……ちょっと人酔いしすぎた。本音探すどころじゃない。自分見失って神器で逃げ出すところだった。

 

 

そして一人部屋で一息つこうとしたところで金髪美人再来である。

もうどうにでもなってください。

 

「…………はじめまして。松本そらです」

「……初めまして。セシリア・オルコット、です」

「……」

「……」

「とりあえず入ります?」

「………………………。はい」

 

間。

そんなに嫌か。瞑目して眉間に皺寄せるレベルで悩むところか。

背を向けて自分のベッドに座って入口を見る。

おい。十字を切るな。私をなんだと思っている。

 

はた。とそっとドアが閉まる音が聞こえてそれからゆっくりと十秒かけてベッド机のそばまで歩いてくる。

牛歩戦術ってのはこう言うやつか。

机の上に鞄を乗せて、壁においてあるアルファベットでいろいろ書かれている段ボールに目を向けてふぅ。と息をはいてこちらを向いた。

 

背筋を伸ばしてキッと鋭い視線を向ける様はとても様になっていて。

何かを恐れている様子も、萎縮している様子も見受けられない。

 

「ほい」

 

と右手にハンバーガーを出して見ると思わず一歩引く彼女。

心なしか目が潤んでいるように見える。

 

「…………」

 

鞄から紙皿を出してテーブルへ。

ハンバーガを置いて両手が空っぽアピール。

 

「ほいっ」

「ひぃ」

 

右手からハンバーガーを出してみればさらに一歩下がる彼女。

……なんか面白くなって来た。

紙皿をもう一枚取り出してハンバーガーをそこへ。

二皿とも金髪美人、オルコットさんに向けてみれば怪訝な顔をこちらに向ける。

 

「どうぞ。何があったのか知らないけれど、これからルームメイトになるわけだし。腹割って話したい。私が何かするたびに右往左往されても困るし、どうせなら代返し合えるくらいには仲良くなりたいんだ」

 

だからどうぞ。とハンバーガーを指差せば、恐る恐る近寄る彼女。

二つのハンバーガーを見比べて右の皿に手を伸ばす。

右の皿に触れたのを確認して、左皿に乗っているハンバーガーにパクつく。

 

「私の名前は松本そら。ご指摘の通り、君が知るものと同じかはわからないけれど、転生者のくくりに入る人種だ。君が転生者の何を知っているか知らないけれど、私は君に敵意も害意も持っていない。…………強いて言えばハンバーガーの美味しさをいかにわかってもらうかを懇々と考えているくらい。ハンバーガーをポンポン出すだけの一般人です」

 

ひつ口齧ったハンバーガーを皿において。ゆっくりと自己紹介。

あなたは?と目で問えば、彼女もゆっくりと口を開く。

 

「私の名前はセシリア・オルコット。イギリスの名家オルコット家三十七代目当主。転生者とやらについて知っていることはほとんどありませんが、二度と関わり合いを持ちたくない人種であることは間違いありませんし、ジャンクフードを好む気持ちもわかりません。が、お気遣いいただきありがとうございます。これはありがたく。いただき……ます」

 

なんで疑問形?と首を傾げていると、ほんの少し躊躇して思いっきりかぶりついている彼女が目に入った。

予想外というように目を開く彼女の表情に、してやったりと美味しいでしょ?と問えば、目をそらしながらもハンバーガーを完食する彼女。

美しい所作で口元を拭き、多分相当ニヤついている私を軽く睨む彼女に私は思わず大笑い。

 

ハンバーガーを美味いと思う人間に悪い人はいない。

 

なんとかうまくやっていけそうで何よりなにより。



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七話 ー新学期ー

「はじめまして!2組担任の森 あいです。とりあえず一年よろしくお願いね!」

 

快活という表現がしっくりくる眼鏡の似合う彼女は、自らをISの整備を専門にしているエンジニアだと名乗り、教員免許を持っていたから担任をやる羽目になったのだと笑いながら語る。

 

「操縦も一辺通りできるとは言え、専門ってわけじゃないから。答えきれない部分はなんとかできるように頑張ります」

 

例えば、と言葉を切って考えている森先生。

 

いきなりできません!なんて元気に言われてもこちらとしては困るばかりである。どうしたものかと若干キョロキョロしているクラスメイトも何人かいるしこんな担任で「1組担任の織村先生を紹介してみる……とか」大じょ「きゃーーーーーーー!!!」!!?!?!?!!???

 

思わぬ反応にギョッとする。

ざわつくクラスの反応に森先生は満足げ。

してやったりを丁寧に表現すれば自ずとあんな顔になるんだろう。

最新技術を学びに来た理系女子集団連中だと、半ば偏見を持っていたけれど、なんというか想像していたのとは著しい乖離がある。

いや、偏見と現実が違うなんて当たり前極まりないことだけれど、なんというかこの反応をする理系女子というのはイメージがつかない。

 

「はい!静かにー!みんなが織村先生の大ファンなのはよくわかったけどこのクラスの担任は私だからねー!」

 

パンパンと手を叩きクラスを静める。

クラスメイトたちを見回して、興奮冷めやらぬなりに静まり返ったことを確認するとニヤリと笑った。

 

やな予感が「ちなみに私は整備が専門なので、実技の授業は1組、つまり織村先生のクラスと合同です」「◆◆◆◆◆◆◆◆◆ーーーーーーー!!!!!!!」……………うげぇ。

 

もはや声とすら認識できない大音量のノイズ。

なんというか。女性オンリーな環境なだけでも辟易しているのに。

正直このクラスでやっていける気はしない。

 

 

 

学校初日にして不登校になりそうである。

おっさん若い女の子の感性わかんないし厳正なるくじ引きの結果クラス代表押し付けられるし休み時間にクラスの子大半外出て行って何するでもなく廊下でたむろってるし学食にハンバーガーないし事あるごとに悲鳴じみた歓声が聞こえてくるし妙な偏見で凝り固まった人間が散見されるし学食にハンバーガーないし。

校庭に木蔭がないのも大きなマイナスポイントである。

部屋に戻れば待っているのはふかふかベッド。貴族様が文句を言わないレベルには上等なものなのだろうそれには大変満足してます。IS学園サイコー。

とはいえ、隣の貴族様がトゲトゲしていなければの話である。声の感じが刺々しい。強いて前向きに捉えるならば、私に対する遠慮がなくなって友人に一歩近づいたくらいか。…………刺々しい友人は遠慮したいところだが。

 

うるさい。帰ったらまず何より微睡むのが優先でしょ。いいじゃん。そのままで。制服二着三着あるんだから。勘弁して。ほんとに。実力行使する?普通。同性とはいえデリカシーをね。いや、剥かれるのってヤバイヤバイ。いやわかった。脱ぐから着替えるから。構えながらにじり寄らないで。その顔女の子がしていい顔じゃない。

 

これが自称神様の言う"反動"なんだと言うのなら、全くもって一回目の私の目論見通りである。

波乱を望んだ一回目の私よ。ぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけよ。

平穏でなくとも心休まらずとも、せめて瞑想させて欲しい。五分でも静寂が欲しい。

島一つが学園になってるなんて聞いて、海辺の岸壁に腰掛けながら微睡むのも素敵かもしれないなんて夢想してた時期に戻りたい。まさか塀に囲われた上、塀の外に出るのに許可がいるとは。

防犯上仕方ないとはいえ外に出るための申請に一週間かかるとはちょっと予想の斜め上である。どこいった適当試験の最先端セキュリティ。

授業が終わって、寮に戻る前。

本音を探しがてら学園を探索して知った驚愕の事実、屋上の閉鎖。

学校での絶好の昼寝スポットが全滅である。

 

口煩い貴族様の魔手から逃れて、ベッドで微睡もうとしてもドアの向こうからガヤガヤと聞こえる環境音。冗談だと言ってくれ。昨日気にならなかったのはあれか?昨日から入って来てたのが一部だけだったからか?もしかしてこれからずっと?就寝時間以降はそうでもないはずだと思う、思いたいけれど休日に昼寝もままならなかったりする?本当に?

 

……………………。

 

なぜ止める貴族様。え?二組の?なに?知らないけど。あ、ごめん聞いてなかった。え?代表?うん、私。クジ引きで。うん。それじゃ。いたっ。……離してくれるかな?ちょっと右手引っ張るのはシャレになんない。え?なに?…………。うん。ほう。…………はぁ。わかったからとりあえず離してもらえる?うん。ありがとう。で?……え。なに言ってんの。男が?候補に。物珍しさで?……えっと。そもそもISって女性しか動かせないんじゃないの?いや。前世を思い出すから新聞もニュースも読まないし見ない。…………いや。世界経済に興味持ったところで法人営業くらいにしか役に立たないし。いや、まあ土人と言われても反論できない育ちだけど、日本語だと一般的に土人って蔑称だから気をつけてね?というかよくそんな言葉知ってんね。今時そんな罵倒聞かないけど。それで?その男達が代表に?いいんじゃない?代表なんて面倒なだけだし。選ばれた余裕?聞いてた?くじ引きよ?くじ引き。強いていえば神に選ばれたなんて表現ができるけど、ありがた迷惑極まりないし次会ったらあいつ殴ってやる。

…………まあ混ぜっかえしたけどさ。言わんとしてることはわからんでもないよ?英国の代表候補生ながら最先端実験機"ブルー・ティアーズ"の搭乗者。インフィニット・ストラトス第三世代機にしてSF映画に必須装備とも言える脳波感応型兵装を実装している唯一の機体。そんな機体を与えられてる君は、随分と期待されているに違いない。…………いや。違うよ。シャレとかじゃなくてね。……ポカンとしないで。そうだよね。日本人的なシャレとかって母国語じゃない貴族様にはわかんないのかな?ほら機体と期待で……。いややっぱなし。

とりあえず、それなりに努力してその立場、機械を手にした君はきっと運だけでここにいる彼らが気に入らないんだろう。…………そういうことだよね?要はサッパリと雑にまとめればちやほやされてる彼らにムカついた。そういうことね?もっと私頑張ってるのにっ!って。

そりゃね。適当にもなるよ。さっさと貴族様に納得いただいて寮監を説得しなきゃいけないから。構ってられる時間が、そりゃそうよ。平穏は何より優先される。明日が火曜日でよかったね。土曜日だったら間違いなく貴女を放置して寮長室に直行してた。え?ドアを防音仕様に。は?ゆっくり寝られないとか私に死ねと?

…………平穏は何より優先される。私に貴族様の気持ちがわかんないように、貴族様も私の気持ちわかるわけないんだから。

とはいえ、おんなじ部屋のよしみだし。同じ皿のハンバーガー美味しく食べた仲だし。応援するし、協力するのもやぶさかじゃあない。

で。まあ結論模擬戦やることになったんでしょ?ならそこでぶっ潰してやればいいじゃん。試験で初めて触ったらしい男性生徒諸君はISへの推定搭乗時間二時間弱。私と一緒。それに対して負ける目は間違いなく無い。貴族様どれだけ乗ってるの。数千?ああ。そう。懸念点を挙げるとするなら貴女の機体が実験機であるところだけど。国家が公式発表して大々的にひけらかしてるくらいなんだし名ばかりのハリボテなんてことはないでしょ?貴女の言う努力がどの程度かはさておいてさ。訓練も模擬戦も星の数ほどこなしてるでしょ?なら負けの芽はないはず。素人考えではね?それで?貴族様のお考えではどうなの?数千の搭乗時間をこなしたイギリス代表候補生さまのお考えは?負けの芽はおあり?…………そうだよね。苛立ちも不愉快さも軽蔑も模擬戦で男連中に叩きつけてやればいい。

はいおしまい。もういい?私は寮長に相談しに行きたいんだけど。

いい?もう引っ張って止めないね?よし。離したね?

じゃあ行って来ます。あ、そのあと学食なんていかが?お貴族様の口に合わないかもしれませんけど。そう?それじゃまた後で。お箸の使い方でもお教えしますよお嬢様。え?知ってる?そりゃすごい。

 

んじゃいってきまーす。

 

 

ちなみに、私の要望は寮長に一蹴された。



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七.五話 インターバル

「……そらさん。私の生活が一般的でなかったのは重々承知しております。けれど、あなたのその寝放題な生活は間違いなくおかしいです」

 

朝、布団を抱く私は貴族様に叩き起こされて授業を受けて、寮室に戻り次第まどろむ私は貴族様に連行されて夕食を食べ、寝支度を整え復習をして寝る。

というか、なんなら暇を見つけては微睡もうとする私をみかねてあまり言いたくなさそうに貴族様がいっている。

 

「……貴族様。あまり普通、とか一般的とか。普遍性とか世間とか。プライベートにまで一般化をさせ始めるとストレスでハゲちゃうよ。せっかく綺麗な長髪なんだから。もっと「誤魔化さないでくださいまし」……」

 

少し頬を染めながら遮る。コミュニケーションを取り始めてまだ二日ながら彼女のチョロさの部分はわかりつつある。

……変な男にコロリと行きそうで不安である。ダメな男だろうが養える自立した精神性と貴族たる経済力、つまりは非常に高い甲斐性を持っているところにも余計不安を感じさせる。

 

「寝放題というけどね。授業にはまだ遅刻したことないし、予習復習も追いついてるし、誰にも迷惑かけて「朝起こしてるのは私ですし、予習復習って教科書ノートにまとめてるだけじゃないですの」……」

 

ノートにまとめるだけ、とは言ってくれる。

とはいえ彼女の勉強風景を見ている私としてはぐうの音も出ない。

 

「教科書では補いきれていない部分もあります。そらさん、そこわかった上で教科書しか見てないでしょう」

「予習してもわからないところを授業で補完するものじゃない?」

「参考資料は調べました?論文は?タブレットもあるのですから調べるのは苦でもないでしょうに。最低限自分で調べられるところまでは調べるべきです」

「最低限が高すぎる……」

「それにそらさん。操縦の方はいいんですか?そっちに関してはノートにすらまとめていないようですけれど」

「私、整備科志望してるから。そっちは最低限でいいかなって」

「……クラス代表でしたわよね?」

「遺憾ながら」

「対抗戦どうするんですの?」

 

聞き覚えのない単語に首をひねる。代表になって二日目。先生から雑用を押し付けられつつ話を聞いたが、そんなことを聞いた覚えはない。

ポカンとした私を見てひたいに手をあてため息をつく貴族様。

まるで私が無知であるかのような態度にはカチンとくる。ため息をつく仕草が絵になるのも相まってとても不愉快であるが、多分彼女に他意はない。多分。高貴な生まれで才能もあって努力家な彼女には、調べもしない私の態度はまるで子供のように見えるのだろう。多分。きっと。たかだか二日の付き合いで彼女の何がわかるわけでもないが。

というかそもそも代表の仕事であるなら私が知らないというのは森先生の連絡不備である。私は悪くない。

 

「五月の半ばにある模擬戦ですの。クラスの代表が行うトーナメントマッチ。優勝クラスには学食の無料券が与えられるとか」

「模擬戦って?レースか何か?」

「有り体に言えば銃火器を使ったの落とし合いですわ」

「…………。軍事利用しないって標榜されてる割に随分なイベントだ……」

「まあ、建前ですわよ。その辺りは。"双騎士事件"以降不安定だった国家間のバランスがバラまかれたISコアのせいで余計不安定になって。形だけのそんな建前に頼るほかなかったというのはとても恐ろしい話ですけど」

 

…………一度目でそれなりに真面目なサラリーマンをやって言っとはいえ、ここまで実感を持って国際政治に感想を言ったことはなかった気がする。

 

「で。私はそれに出なきゃいけないわけか。なるほど。……貴族様変わってくんない?」

「それを私に言いますの?」

「ははは」

 

美女は怒っていても美人なもんだ。

結局、勝ちはしたものの代表は男子の譲ったらしい貴族様はジト目でこちらを見つめる。

 

「それに、その貴族様ってやめてくださらない?どうにもバカにされてる気がするんですけれど」

「土人よりはマイルドだと思うけど」

「くっ。実は根に持ってましたのね。というか否定しませんのね」

「そう思われてるってことは、つまり私がどういう意図で言っていようが言い訳にしかならないし。……まあ、バカにしてるつもりはないよ。名前より先に呼び名が口に馴染んじゃっただけ」

「…………私の名前。言えます?松本そらさん」

「…………」

 

子供がささやかな悪戯を企むような満開の笑顔で私の名前を呼ぶ彼女。その笑顔に思わず息を飲んで。私の中のおっさんのハートを打ち抜いたその笑顔に思わず言葉を失い、茶化すことすらできなくて。

 

「……そ・ら・さ・ん?」

 

すでに答える機を逃した私に取れる選択肢はただ一つ。

ちょっとした動揺に重ねて聞く彼女の様子に自らの失態を悟り撤退を図る。

 

「おやすみ!」

「あ、こら!」

 

後ろのベッドにダイブして布団にくるまり丸まって。

 

「ちょっとそらさん!本当に名前わかりませんの!?というか。また着替えもせずに飛び込んで!夕飯も食べてないじゃないですの!そらさん!?」

 

ふふふ。鉄壁の布団シールドを破れるものなら破ってみたまえ。

なんだかんだまだ私のパーソナルスペースに入り込めていない程度には私を警戒か恐怖している君には破れまい。

 

けれど、

 

私の陳腐な策略を彼女はたやすく蹴破った。

 

「そらさん!」

 

私のなとともに剥ぎ取られて布団の向こうに、怒りに頬を染め眦を釣り上げた彼女の顔が。剥ぎ取った布団は重力に従い床に落ちて、私は無様に丸まっていた。

 

するりと頬に手を添えられて目の前で。

 

「いいですか?私の名はセシリア・オルコット。由緒正しきオルコット家の当主にして英国が誇る第三世代機のテストパイロット。松本そらさん。あなたが私の名を覚えるまで、何度でも言いましょう」

 

目と鼻の先には彼女の顔が、誇り高い彼女の力ある眼が私を見据えている。

 

「松本そらさん。私の名前はセシリア・オルコット。どうぞ、よしなに」

 

頬に添えられた手は微かに震えている。力ある眼は動揺に揺れて、けれど、しかと私を見つめている。

 

「もっと。距離を取ってくると思ってた。それにこんなに手が震えてる」

 

頬に添えられた手に私の手を重ねる。

思わず引こうと動いた彼女は結局それをすることはなかった。

 

「結局距離を置いたまま。なんだかんだ三年間すぎていくものだと思ってたよ。一つ聞きたいな。君が距離を置く、忌避か嫌悪か憎悪すらしているかもしれない転生者とやらに、一歩踏み込めたのはなぜだい?たかだか二日で私に何を見つけたの?」

 

揺れる眼に震える手。けれどその眼の力は陰ることなく私を見ている。

 

「バカバカしくなりました。あなたを、自堕落なあなたを怖がる私が。籠るだけではあの女の思う壺です。あの男の二の舞です。私は前に進まなければならない。セシリア・オルコットでなくてはいけない」

「……素敵だね。応援してるよ。貴族様。貴方が貴方であるために」

 

パッと。手を離して立ち上がる。

 

「ただ穏やかに過ごしたいだけの私からすれば眩いばかりで、自己嫌悪で溶けそうだ。貴方自身でありたいなんて、そりゃとっても素晴らしい」

 

貴族様の教えに従いとりあえずは着替えようかな。

 

「だから一つ譲歩する。とりあえず制服では寝ないようにします」

 

制服を脱ぎ捨ててくるりと回って貴族様に向き直る。

ポカンとこちを開けて一つ大きくため息をついて、じとりと脱ぎ捨てられた制服を睨みつけてから貴族様は口を開く。

 

「……はぁ。できれば夕飯をハンバーガーで済まさないというのも加えて欲しいんですが」

「好物を取り上げられるのは辛いなぁ。そこは、まあおいおい。善処したくはないけど今後前向きに検討するよ」

「ぶくぶく太っても知りませんわよ」

「そりゃ怖い。じゃあ、学食でサラダでも食べに行こうかな。貴族様も行く?」

「ええ、是非。健康的な食生活が何たるかを教えて差し上げますわ」

「うん。英国貴族が言う健康的な"食生活"が如何なるものか聞いてあげよう」

「……信用してませんわね?」

「……よし!着替え終わり!さ、行こう行こう!」

「これでも栄養学収めてますのよ?チェルシーに任せきりにしないように一から学んで「はいはい。わかってるわかってる。いいもの食ってるもんね」そ・ら・さ・ん〜!!」



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第八話ー再会ー

衝撃の事実を知った。

イマドキの女子高生は携帯電話を持っているものらしい。

因みに、私は携帯電話あるいはスマートフォンなるものを持っていない。

なんだかんだ一度目の感性が強い私にとって、その手の機械を思春期の少年少女が持つことにはどうも違和感がある。

 

ルームメイトと円滑な生活をおこなうには小さなことでもホウレンソウ。

ということで入学初週の授業を終えて休日の予定の擦り合わせをしている中、貴族様とのお話の中で携帯電話を持っていない旨を話したら、これだから転生者は、と謎の蔑みをいただいた。別に前世でも前前世でもバリバリ使ってたから。一日中電話鳴りっぱなしになってたこともあったから。繁忙期はアポイントより電話してる時間の方が長かったから。メールも電話も使いこなして、忙殺されてたから。

と、慌てて否定するもニヤついてカケラも信じちゃいない。

というか、なんだかんだ説明していなかったけれど、私の前世が男性だと知ったら彼女はどんな反応をするのか。好奇心が刺激されるが、どちらかといえば恐怖の方が大きい。

 

「別に。携帯くらい不要じゃない?ビジネスマンでやっているわけでもないし。近況報告も手紙で十分」

「待ち合わせが不便ではなくて?」

「事前に共有すれば十分じゃない?どうせ約束するのにコンタクトしてるタイミングはあるんだし。それに寮生活じゃ待ち合わせの難易度も低い」

 

外出許可の申請に一週間かかるため土日は校内で過ごさなければならないのだが、どうもお嬢様には不満らしい。

IS学園が設立してすぐにできた複合商業施設。世情に疎い私は耳にしたことがなかったけれど、かなり話題になったらしい。英国貴族の耳に入るレベルで話題になるのだから相当なものなんだろう。

そこに行きたかったらしい貴族様は、光栄なことに私を誘ってくれたのだが、その手の施設には興味のない私は外出許可を理由にそれを断った。対してあっさりと引き下がった彼女は同じく代表候補生の先輩にそこで食べたクレープを自慢されたのだという話をしてくれた上で、外出許可が出れば一緒に行くのだと約束をさせられた。

 

わざわざ休日を使って人の群れに突撃する意味を見出せない私としてはなんのかんの理由をつけて行かないつもりだったわけで、貴族様はどうやらこの一週間である程度私のタチを理解してくれたようである。さすが四日目で迫ってきただけある。それを理解せず突っ込んできたのはちびっこくらいなものだったので理解した上で突っ込んでくる彼女はやや新鮮ではあった。意外と不愉快にならないものである。いや、彼女の詰め方が上手いのかな?

 

土人に文明開化をもたらしたいのか、携帯の利便性をあーでもないこーでもないとプレゼンしてくれる彼女。この一週間で彼女に生活習慣をかなり頼っている私としては彼女に流されるまま携帯電話の導入を考えてもいいけれど。

なんというか。

一度社会人を経験した上で義務教育を受けると、とても人としてダメになった気がする。保護者と学校に管理されているこの状況は最高だ。

もちろん全員が全員そうじゃないだろうけれど。社会人を経て学びたいが故に大学に通い直していた後輩もいたし。あのバイタリティは尊敬するが真似はできない。

 

ダメになった私はこう感じている。

 

携帯を持ったら友人関係から連絡がよくあるだろう。それこそ休日、木陰で微睡んでいるときに。ハンバーガー片手に一人ハイキングを楽しんでいるときに。休日の朝今日は何をしようかと二度寝しながら布団とデートしているとき。

 

正直耐えられる気がしない。

営業としてそれなりに働いてきた経験故に仕事を想起させるのもいけない。利便性はこの上ないが、交友関係の狭い私にとって携帯ははっきり言って不要である。

 

「利便性はよく知ってるよ。使ったこともあるしね。そしてそれを知った上で持っていないんだから」

「便利なのを知っているなら持っていない今なおさら不便そうですが……。あら?これまで持ったことがないのでは?」

「あーっと。……持ったことがないのは今世の話。前世では、一度目ではなおのこと……あー。ごめん。あんまり聞きたい話じゃないでよね。とにかく!文通の方が性に合うし!必要になったら買うから!そのとき相談する!いいよね!」

 

前世の下りで崩れた表情を見て慌てて言い切る。

これだから転生者は。なんて自分で言っておきながら私からその手の話をすればそんな顔するのだからなんというか打たれ弱い子である。

 

「……その。ごめんなさい」

「あー。こちらこそ申し訳ない。とりあえず、明日は学内で日当たりのいいとこでも探そうかなって。昼寝ポイントをね」

「……はぁ」

 

あれ?なんか別方向に崩れた。

 

「別に人の趣味に文句は言わないですけれど、せめて私が理解できる趣味はないですの?」

 

肘をついて流し目でこちらを見る金髪美少女の姿にときめいている自分を見つけて苦笑い。

この調子なら三年間の生活で内に潜む男性は消えそうにないなぁ。

 

「んー。………………。ハン、バーガー?作り?」

「…………」

 

そんな目で見られても。

食事が趣味って割と一般的だと思うんだけど。

 

それに地元じゃ受けたよ!パーティーにまで発展したよ!

困った。同級生と遊んだ経験なんて箒としかないし、あれは遊ぶと言うか修行とか見学とかそんなだったし。あとはちびっことおままごと?…………困った。

 

「逆に貴族様はどうなのさ。明日の予定。外出できないことがわかった今。一体どうするつもりなの?」

「どう、と言われましても。演習場も枠一杯すでに抑えておりますので、空き時間でそらさんに合わせられるかしら、くらいのものですわ」

「ん?外出る予定じゃなかったの?」

「出られないって管理課の方に言われた時点でおさえられるだけ抑えましたとも」

「ああ。そういう。んー。……。ちなみに空き時間っていつ?」

「お昼頃ですわね。正午から二時頃まで。まあ、個人練習ですので多少前後するくらいなら構いませんわ」

「それなら昼飯でも食べない?貴族様のお口に合うかわからないけれど、美味しいもの準備しとくよ」

「……はん「うん」はぁ。そらさんのハンバーガー美味しいのですけれど、カロリーが」

「そんなあなたにレタスサンドの美味しさを伝授します。明日の昼はお楽しみにね」

「……ええ。楽しみにしておりますわ」

 

あと、と続ける彼女に合わせて口を開く。

 

「「貴族様なん」てお呼びになるのはお辞めになって。と言う」

 

にこりと笑う私を半眼で見る彼女。

 

「もう口に馴染んじゃった。あんまり人をあだ名呼びする習慣なかったから気に入ってるんだ。この呼び方」

 

この五日間恒例となりつつあるやりとり。

本当に嫌ならもう少し語気荒く言うだろうし、好きでないにしても許容しているのかなとは思う。多分。だといいな。

 

はぁとため息をついてシャワーを浴びに行く彼女に手を振って布団をかぶる。

金曜の夜ほど穏やかに眠れる日もあるまい。

 

あゝ。このために一週間頑張った。偉いぞ!私!

おやすみなさい!

 

 

はたんと頭を叩かれて起きる。微睡みかけで起こされるのは非常に腹がたつ。

キッと睨めば、腰に手を当て仁王立ちする彼女。

 

「私のことをなんと呼ぼうと勝手ですが、私とルームメイトになった以上。寝る前には少なくともシャワーを浴びていただきます」

「私は湯船派。更に朝に入りたい派。明日は休みで朝時間あるんだから別に朝はいってもいいじゃない。おやすみなさい」

「せめて髪だけでもまとめてください。せっかく綺麗な黒髪なんですから。私が許容しかねます」

「私は気にしない」

「私が気にします」

「……平穏を乱すなら実力行「それにお風呂に入ってからの方がよりリラックスして眠れますわよ?」…………大浴場行ってくる」

「ええ。是非そうなさって」

 

一糸纏わぬ姿で仁王立つ彼女はさながら裸婦像のごとく芸術じみた輝きを帯びていたが、私の中のおっさんは反応しなかった。

まあ、女の裸は自分のでみなれてるもんね。スタイルは似ても似つかないけれど。

 

「あ。金曜日は混むそうなので、タオル類持って行った方がよろしいかと」

「そうなの?ありがと。それじゃ行ってきます」

 

裸の女性に反応しない女はいたって普通なので問題がないけれど、裸の女性に反応しない男というのは完全に終わっている気がする。というか、さっきの流し目に反応して裸に反応しないってもう自分が男女どちらに寄っているのか自分でもわかりゃしない。

 

自分について考えるなんて思春期相応なことに手を出しながら大浴場の扉を開ける。ピークは過ぎたようでロッカールームには疎らに人が見えるくらい。

……あ。タオルは持ってきたけど着替え忘れちゃったな。……まあいいや。今着てるのを着て戻ろう。

籠に着替えを放り込み、右肩に手を伸ばしたところで懐かしい気配を感じた。

 

「そら、か?」

「ん?あら?」

 

扉の前で凛々しく立つ彼女は、姿も声も私の記憶とはかけ離れていたけれど、多分間違いなく転校して行方知れずになった彼女。

 

「そう言う君は篠崎さん」

「だから、篠崎と呼ぶなと……」

 

懐かしい恒例のやりとり。思わず笑みを浮かべて彼女に近寄り左手を伸ばす。

 

「久しぶり。箒」

「……。ああ。久しぶり」

 

がっしりと硬い掌と握手をする。

おそらくまだ剣道は続けているんだろう。

 

厄介な事情を持っているらしい彼女。

私と友達である彼女。

こんなことがあるのなら、"反動"とやらに感謝してもいい。

 

「ほんとう。元気そうでよかった」

 

まだ夢にも野望にもなっていないささやかな種火だけれど。

この火をくれた彼女との再会は、きっと吉兆に違いない。



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九話 ー決別ー

決別は驚くほど早かった。

 

再会を喜びながら風呂に向う私たち。

別れてからのことをちらほらと話していると、どうやら貴族様と同じクラスらしいということがわかった。

これ幸いと共通の話題を掘りすすめると、中には地雷が埋まっていた。

 

「お前はあんな輩の肩を持つのか?」

「語調はきついけど、悪い人とは思えない」

「私の話を信じられないと?」

「信じられないわけじゃ「頭の固いカビの生えた差別主義のくそったれ貴族のいうことは信じて私のいうことが信じられない。と?」……」

 

その上処理に失敗して自爆。

 

なんというか。貴族様は高校デビューに失敗していたらしい。

それも多方面に喧嘩を売るという不良漫画のごとき所業だとか。

言葉を継げず、思わず黙ってしまった私に畳み掛けるように箒は言う。

 

「あの女は頭のおかしい女性強権主義者と同じことを喋り、あろう事か日本文化まで貶したやつだぞ。そんな輩の肩を持つのか?」

 

頬を上気させているのは、湯のせいだけではあるまい。

彼女のあまりの剣幕に、浴場でのんびりしていた皆さんがそそくさと出て行っている。穏やかの時間を壊してごめんなさい。これでもまっすぐないい子なんです。許せないだろうからリンチで許してあげてください。

 

「主義主張は人それぞれだ「他人に迷惑をかける主張なんて捨ててしまえ!」わぁお」

 

何言っても止まりそうにない。

穏やかさを第一に考える私としては、穏やかであるべき場所ベスト十に入る浴場で騒ぎ立てる事に忌避感どころか嫌悪感を抱くのだが、相手が久々に会っている数少ない友人ということもあって強気に出られない。

 

「あの。落ち着い「いいか!あの輩は「"旅人"」

 

能力を行使。

 

箱の神器

七ツ星神器"旅人"

 

バタン。と。

瞬く間に出来あがった箱に閉じ込める。

時計の文字盤が刻まれた立方体をぽかんと見つめて我に帰る。

 

困った。衝動的に神器使っちゃった。強気に出られないからって弱気に実力行使はダメだろう。

転校の契機になった事件のせいか、彼女を前にするとハードルが下がるらしい。

これじゃ思わず手が出ちゃう子供じゃないか。

 

慌てて"旅人"を解除すると拳を振りかぶった彼女と目が合う。

 

「うわっ」

 

慌ててしゃがみこむと勢い余ってつんのめった彼女が私の上にドテンと転ぶ。

 

「ぶぎゃ」

「きゃ」

 

女の子にあるまじき声を上げる私と普段の凛々しさに反して女の子らしい声を上げる箒。おっさんが出てきたかな?

……仕方ない。それなりに鍛えている彼女は筋肉がついている分同じ体型の女性より重いんだ。なにより寝ることを優先しているもやしっ子に支えられるはずもない。そりゃ背中に乗っかってきたら重さに耐えられず顔面ダイブしちゃうよ。

 

べたんとうつ伏せに倒れる私を取り起こしてくれる箒。

そのまま私を胸に抱きあたりを警戒するように見回す。

 

「すまない。危うく殴ってしまうところだった。大丈夫か」

 

おっぱいでいっぱいいっぱいになっている私に投げかけられるのは固い言葉。

私一切見ずにそういう彼女は眉間に皺を寄せてあたりを警戒している。硬く私を抱きしめている彼女の向う。影のようなものが漂っているように見え、あれ?消えた?

苦虫を噛み潰したような表情で何かをつぶやいている彼女は瞑目して深呼吸をすると目を見開いた。

 

「すまない。巻き込んだ。私の背で丸まっていろ」

「え?」

「スタンド攻撃だ!後で詳し「そらさん?」っ!!」

 

扉の向こう。引き戸を開けて貴族様が顔をのぞかせている。

私を背の影にやる箒越しに彼女の困惑した表情が見える。

 

「オルコット……だと……?」

 

酷く動揺している。

まっすぐな太刀筋を振るう彼女を一年眺め続けていた。

だからわかる。

彼女は今、とても迷っている。

 

「…………。あー。これは、その。着替えはカゴに入れておきましたのですが」

 

頬をやや染めて制服のまま浴場に入ってきた視線を右往左往させながらセシリアは言い辛そうに言葉を選んでいる。

 

「その、人の趣味にとやかく言うつもりは「"銀の戦車"ッ!!」

 

影が見えた気がした。

思い切り貴族様に向かって行ったように見えた影はやがて形を失い見えなくなった。

 

次の瞬間貴族様は頭から吹っ飛び浴場の隅に置いてある桶の山に突っ込みひどい音を立てた。

 

「っ!!」

 

思わず貴族様のもとに駆けよろうとする私の左手をがしと握り油断なく桶に埋もれた貴族様を見ている箒。

 

「セシ「…………テレキネシス、の類でしょうか。」……っ!」

 

ゆらりと。

桶の山を崩しながら立ち上がる貴族様。

額から血を流し、焦点のあっていない目でこちらを見ている。

 

その目。

そのあまりの色に、かけた声が途切れる。

 

貴族様が立ち上がると同時に箒も油断なく立ち上がり、影を従えて構える。

悠然と立つ彼女達の間に嫌な緊張感が張り詰めている。

首をさする貴族様が手をどかすと、そこには赤い跡が。

 

ミミズ腫れ?テレキネシス?

 

「攻撃を受けた、と言うことは、つまり。ああ。待ってましたわ。あなたは転生者なのね。あの篠ノ之博士の妹が転生者というのは驚き、いえ。そうでもありませんわね。逆に納得しましたわ」

 

カタカタ、と。後ろ手で浴場のドアを閉める。

ミミズ腫れのはずが、それにしてはおかしい夥しい流血が、だらだらと制服を染め広がっていく。

制服のまま浴場に一歩二歩と入ってくる彼女の目は虚ろで。

 

「確かに既存兵器どころか既存勢力すら塗り替えた所業。特典だの異能だのそうなのかもしれませんわね。母も研究畑の人間でしたし」

 

歩みを進めるほど、彼女の表情は曇っていく。

首筋のミミズ腫れが裂け、血が流れる。流れる血はやがて制服どころか床に広がり一面を黒く染める。

 

「けれど、不思議ですわね。貴女の"魂"はいたって健全で、一度死を経験したとは思えないほど綺麗ですわ」

 

ぞるり。と床一面の血液が脈動する。

どす黒いソレは排水口に、私たちのいる方に流れ「っ!!"銀の戦車"!!そらを後ろに放りなげろ!」

「え?いたっ!!」

 

右腕を思い切り引っ張られて後ろの湯船の放り込まれる。

右手の違和感と突如呼吸ができなくなった感覚に混乱していると箒に掴まれ身を起こされる。

 

「……これだから転生者は。命を軽く見てるのかしら。そらさんを水死されるつもり?」

「……ぐっ」

 

箒じゃない?

いや。この声は貴族様?

何が……??

 

目を開ければ地獄が広がっていた。

 

私を抱く貴族様の目は虚ろで暗く前を見ていて、部屋が薄暗くなっているようで。

貴族様が見る方向に目を向ければ針の筵になっている箒が。

 

どす黒いを通り越して真っ黒に染まった床。

天井に伸びる数多の針。

それに磔にされながらも瞳に闘志を称える箒。

その様子を無表情に、虚ろに眺める貴族様。

 

ああ、これはまずい。

貴族様の瞳に宿る暗さを知っている。

これは彼と同じ目だ。

私を刺し殺した彼と同じ目だ。

あれよりもっと濃いナニカだ。

 

どろり。と箒を縫い止めていた針が形を失いベシャリと床に波紋する。

ベシャリと同じく床に倒れこむ箒は黒く雫を垂らしている。

…………あれは液体なのか?

 

「また、奪うのですわね。あの女と同じように。私から、人としての生も、生活も、尊厳も、全てを。もう私はあの頃とは違う。無力で泣くことしかできなかったあの頃とは違うもう私は選べます強要されることなく自分の意思で選びますえらびますともすべてかちとらなければいけないけだかくうえな「"銀の戦車"!!思い切りぶん殴れ!!」っ!!」

 

バシャン。とまたまた水没し、今度は自分で立ち上がる。

さっきは急だったが、落とされることがわかっていれば、殴りかかる黒い影が見えていれば、慌てることはない。

 

「そら!逃げろ!そして千冬さ「"悲鳴共鳴"。さようなら。転生者さ「そうだ。選ばなきゃいけない。"威風堂々"箒を守って」

 

ばきゃん。と床から現れた刃は四方八方から箒に殺到するが、同じく床から現れた二本の巨腕がそれらをすべて打ちはらう。

 

「"無生物"を"生物"に変える力。"ハンバーガー"に"倍"を加える力。二ツ星神器“威風堂々”。合わせて重ねて。二ツ星神器重ね技"暗黒幻影獣ボンゴボンゴ"……なんちゃって」

 

ギョッとした様子の箒に、虚ろにこちらを見つめる貴族様。

 

「さて。誤解を解きたい。貴族様、箒は転生者じゃない。彼女の幼馴染で、そして転生者である、この私が保証する。不器用でまっすぐな、つまり愚直な年相応の女の子だ。まっすぐが故に思い込みが激しい部分があるから今回のような誤解が起きたが。原因は私だ」

 

目に宿る暗さは消えない。

表情の影はさらに深さを増した。

 

けれど、

 

「ええ。そうですわね。そうでしたわね。ハンバーガーを出せるだけの一般人さん。……結局。そうなるのですね」

 

そう呟いて、私に向かってボソリと何か呟くと、浴槽に浸かっていた両足をそのままに、そのまま歩いて出て行った。

 

ガタン。とドアが閉まると思わずその場に座り込む。

温かいお湯に浸かっているはずなのに、背筋の震えが止まらない。

 

彼女は箒を殺そうとしていた。いや、転生者を殺そうとしていた。一切の迷いなく。あの刃で滅多付きにするつもりだった。生前私を刺し殺した彼の比じゃない殺意。一体彼女は何者だ?

ふと気がつけば、黒く染まっていた床は元の青いタイルに戻っている。そして一部が赤く…………箒!

 

「大丈夫かっ!」

 

バシャっとお湯をはねのけて箒のもとに駆け寄る。寄ろうとして立ち止まった。

右腕に二箇所、右足左足に一箇所ずつ。左腕は壁に寄りかかっているので見えないが血が流れている様子から察するに怪我をしているはずだ。すぐにでも近寄って引きずってでも保健室に連れて行きたいが、ゆらりと立ち上る影がそれを邪魔をする。

 

「やはり、見えているのか」

 

影の手前で立ち止まってみれば、固く重い箒の声。

影が何かを突き付けている。

……これは猟銃?

 

「…………これは?」

「教えると思うか?」

 

つまり。

 

「寄るな転生者。全部仕込みか。あの時からずっと。…………信じていたのに」

 

彼女は私と敵対している。

 

「手負いだからとなめるなよ。"幽波紋"は精神の力。私の心は今怒りに煮えたぎっている。悲しみに震えている!」

 

のそりと、壁から離れ怪我をした両の足で立ち上がる。

フラつく体とは裏腹に、闘志を燃やす瞳に思わず下がる。

 

「待って。何を言っているのか分からないし、そもそも私は戦うつもりも「ない、と?」……ええ。」

「…………。"銀の戦車"ッッ!!」

「………??……!」

 

気がつけば、銀の針が顔の隣を通り過ぎていた。

 

頬が裂け、一条の血が落ちる。

触れてわかった。これは甲冑を着た騎士だ。

形を持った精神だ。

 

ああ。これは、

 

先輩のと同じものだ。

 

思わず飛び退いた私を変わらず睨みつける箒に言葉を失う。

 

「もう私に近寄るな。失せろ。」

「なっ。ほ「失せろっ!ゾンビがっ!」っ!!」

 

気がつけば、取るもの取らず部屋に向けて走っていた。

神器も能力も使って全力で。

 

待ち望んだベッドは固く冷たく私を迎えた。

まだ濡れた髪もそのままに。枕を抱いて目とつむった。

 

翌日風邪をひいた。

 

朝から晩まで寝ていた私は結局貴族様と昼を食べることなく、日曜日も一日寝ていた。

丸二日寝るだけの生活ができたのだ、

これを平穏と言わずして何が平穏となるのか。

 

だから私はこの二日に満足しなければならない。

満足しなければ。



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第十話 ー平穏ー

気がつけば四月が終わっていた。

 

何度か芯を変えたボールペンに、既に各科目一冊分は使い切ったノートたち。それに比例してある程度理解できるようになったISの基礎知識を鑑みるに、なんとか学園生活をできているらしい。

 

とはいえ私生活は澱んでいる。

 

朝。

誰にも起こされることなく目を覚ますと既に隣のベッドから人の痕跡は消えている。のんびりと準備をしてホームルームの五分前ちょうどにクラスに着く。朝食は神様印のハンバーグに、インスタントのお味噌汁。

 

昼。

授業を受け、その合間に予習復習に精を出す。たまにクラス代表として雑用に駆り出されたり、クラスメイトと話しかけたりする。話題は授業のことから新生活のことまでよりどりみどり。最近のブームは対抗戦のことだろうか。

クラスメイトと話しながらできるだけ教室から出ないように心がける。なるべく箒や貴族様と出会わないように。出会ってしまえば最悪私の心が折れる。

 

夕方。

授業が終わるやいなやアリーナに直行する。

利用者名簿を確認し、二人の名前がないことを確認するとISを借りて操縦練習。どちらかの名前があれば図書室に切り返す。一日の復習から気になったことの調査まで。操縦基礎から武装構成論まで。やはり最先端の技術を教える学校なだけあって最新の論文やら技術誌やらレベルの高いものが置いてある。

一日の中で最も有意義な時間と言える。

 

夜。

施錠時間とともに追い出され、学食に寄って残り物を漁る。

部活に精を出した人たちの利用時間とかぶるので、なかなか騒がしいが、これも学生生活らしくて好ましい。空中を舞う味噌汁なんて学校生活でしか拝めないだろう。隅でのんびりと学食の光景を楽しむ。

消灯時間の三十分前に部屋に戻る。部屋の隅で何やら作業をしている貴族様に挨拶するも返事はない。服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びて寝る。おやすみなさいは返ってこない。

 

あの浴場の出来事からこっち私は貴族様が寝ているところを見ていない。おそらく私より遅く寝て早く起きている彼女は、多分私のことなど信用していないのだろう。

宗教的な理由を持ち出して部屋替えを希望してみたが、寮長の先生に一蹴された。いい案だと思ったんだけどなぁ。スパモン。

 

 

どれほど不愉快な日常であれ、人は慣れる生き物である。

一見平穏でその実真反対な生活といえど、一ヶ月も経とう頃には慣れたものだ。……慣れるまでは大変だが。

あの浴場の出来事の翌週はそれはもうひどかった。

たった一週間で朝の支度を貴族様に頼り切っていた私は寝坊して遅刻しかける。昼食を食べに学食に向かえば、箒とすれ違い、親の仇のような目で睨まれて黒い影を向けられる。そして、部屋に戻れば虚ろな目をした貴族様が何をするでもなく私を見つめる。穏やかさなどどこにもありはしない。

改善点をあげ、行動範囲を絞り、行動時間を組み直す。

そして一週間ほどで今の生活をルーチン化して表面上は"穏やかな生活"にたどり着いた。そして気がつけば四月が終わり、日本における国民の祝日はIS学園では適用されないことでクラス中が怒りに狂乱する中、私は五月の到来を知った。

 

五月の最初の金曜日。

いつものように図書室から帰り、部屋の隅でぼぅと窓の外を眺める貴族様に帰ってこない挨拶をしてシャワーの中でもの思いに耽る。

 

考え方を変えてみれば、これは私の求めていた"穏やかな生活"そのものなのではなかろうか。

規則正しくじっくりと寝て、最先端科学を学び、学食は美味しい。それなりにクラスメイトとも仲良くやれていて、誰にも脅かされることのない学生生活ではないか。……正確に言えば脅かされかけているが、あちらから関わってくる様子もないし、こちらが気をつければ何も起きないだろう。

"心の平穏"など、事実をどう捉えるかでしかない。この生活を"平穏"であるのだと私が納得しさえすれば済む話だ。

あまり記憶にないが一度目でも二度目でも人生観の違いで袂を分けた人達もいたはずだ。先輩とは平穏談義で盛り上がったが、あの隠しきれていないプライド高さにはついていけなかった。オーフィスとも木陰でお茶な話題で盛り上がったが、あの排他的な思考は理解できなかった。

そう。些細なことだ。多感な思春期に起きたよくあるすれ違い。

ただ幼馴染と喧嘩して、ルームメイトとうまくやれていないなんてよくある話だろう?殺し合いに発展しかけることは稀だろうが、それこそ神とやらの言う"反動"とやらのせいだろう。それがなければ些細な喧嘩で済んだはずだ。そう。よくあることだ。仕方がない。よくあることでこれよりひどい状況なんていくらでも考えられる。そう。もっとプラスに……。

 

…………。

 

考えを止める。

生産的じゃない。

堂々巡りの末袋小路にはまりそうだ。

 

一つ大きく息を吐いて、桶に溜めた水をかぶる。

思わず変な声が出たが、頭は冷えた。

シャワーでお湯をかぶりもう一息。

 

「ああ、木陰でずっと寝てたいなぁ」

 

おっと。思わず。

もう一度深呼吸して、「よしっ!」と声を出す。

グッと上体を伸ばして、浴室から外に出る。バスタオルを拾い肩にかけたところで、外の異変に気がついた。

何やら騒がしい。誰かが口論している?

パパッと拭いているうちに静かになり、慌てて頭にタオルを巻いて外に出る。

すると扉が何かにぶつかり「ぶへぇっ」と奇天烈な声が聞こえた。

慌てて扉の向こうを見てやれば、仰向けに倒れる小柄な少女が目を向いていた。

 

「うわ。ごめん。大丈夫?」

「あいたぁ。大丈夫じゃないけど、私も悪かったわ。あたた」

 

栗色の髪の少女は鼻の頭をこすりながら右手をこちらに伸ばす。

左手でその子を助け起こして声をかける。

 

「いや。共同で使う場所なのだし。もう少し気を使うべきだった。申し訳ない」

「いやいや。私もあんたが入ってるのを知って無遠慮にも入ろうとしたんだし。普通に待ってればよかったわ。ちょっと気が早ってたわね……」

「……?何か火急の用が?だったすまない。すぐ着替える。どこに向かえばいい?」

「あ。いやいや。違うのよ。外に出る必要はないし、一言もらえれば私のようはすぐ済むから」

「…………?どう言うこと?」

「譲って欲しいの。クラス代表」

「……。…………?そもそ、っくしゅん!すまない先に服を着ていいか?もう春とは言え流石に夜は冷える」

「あ。いやいや。本当に一言もらえればいいから。そんな腰落ち着けて話すような「ことだろう。袖の下にしろ。八百長にしろ。適当な口約束で済ますわけにいかない」は?八百長?」

 

ポカンとした少女の脇をすり抜けてベッドに出してある寝間着を切る。気を利かせてくれたのか、活動的な私のそばにいたくないのか貴族様はいつの間にか部屋から出て行っていた。

 

「あら?イギリスの候補生って気が効くのね。よいしょっと」

 

ここ一ヶ月ほど、誰も座っていなかった椅子に少女は腰掛け再度私に言う。

 

「で、もういい?着替えてもらったとこあれなんだけど、私としてはあんたから一言肯定の文句が聞ければいいのよね。はい、か是。そのどっちかを」

「……。対価は?私としては譲ることに文句はない。どうせ一組か四組が掻っ攫う。マイナスの評価を受けなければいいくらいのものだからね。こういった提案はまあ別にアリだと。そう思いはするけど」

「……?対価?……一般生徒ってそんなに大変なの?」

「ん?いや、その交渉はお粗末すぎないか?そもそも君はお願いに来た立場なんだろう。まさかなんの準備もなしに来たのかい?対価を用意もせずに頷くとでも?」

「いや。雑務丸ごと押し付けられるんだからあんたにも全然メリットはあるじゃない。まだ一ヶ月だからそうでもないけど、これから課外実習だったり実習授業増えて雑務増えるわよ?それともバリバリ委員長やってたような仕切り屋タイプ?自分が一番じゃないと気が済まない。みたいな。いや、クジ運でなったんだからそれはないか」

「雑務?……待ってくれ。これはそもそも再来週末の代表戦に向けた八百長の依頼だと。そう言うことだよね?」

「は?八百長?なんで私がそんな面倒なことしなくちゃいけないのよ」

「……そもそも君は誰だ」

「え?ああ。あの子には名乗ったし、もう名乗った気でいたわ。ごめんなさい。中国代表候補生鳳鈴音。明日から二組の代表になるわ。よろしくね」

「…………ああ。そう言うことか。現二組代表。松本そらだ。つまり君は。「クラス代表譲って欲しいの」そうだね。最初から一貫してたね。すまない。日本語が理解できなかった。君は日本語うまいね」

「ええ。これでも中学前半まで日本にいたから」

「……ほう。そりゃすごい。なるほど。と、すると君が代表にならないとまずいのはあれかい?国からの、とかそのあた「関係ないわよ。全く。興味もないし」なるほど。…………」

 

ふむ。ん?

 

「で?譲ってくれるわね?」

「…………ふむ」

「…………」

 

まるで断られるとは思っていない顔。

そういえば、二度目の彼もこんな顔をしていたっけ?深い交流はなかったし、伝え聞いた諸々からなんとなくそう思うだけだが。

 

一体彼女は何を根拠にこんな自信を持っているんだろう。

中国では転入生がくるとクラス長だの、委員会だの再編成されるのが当たり前なのだろうか。いや、中学校までは日本にいたそうだからそれはないのか。彼女の認識は多分私とそれほど違いない。だとすれば彼女なりの責任感なんだろうか。国の代表候補生なのだからクラスを導かないといけない。みたいな。我ながら意味不明な発想だが狂信も盲信もありえない話じゃないんだろう。浴場の出来事を思い出す限り。

結局自分で信じているもの以外は悪か虚言か敵で、都合が悪くて不愉快で嫌いなものは排除することしかしない。言葉で武力で捻り潰して押し通す。どうして耳を傾けてくれないのか。我を通すのがそれほど楽しいか。

 

「…………」

「で?」

「ん?ああ。ごめん。ちょっと思考が迷走してた」

「そんな悩むこと?自分がしたいように一言言うだけじゃない」

「え?」

「さっきはあんなこと言ったけど、嫌ならそういえばいいのよ。私としては困るし、強硬手段はしたくないんだけど」

「……ああ。そっか。なるほど」

 

ストンと。

たった一言で一ヶ月考えを巡らせてたことが単純明快に思えてくる。

そうだ。

 

"不惑"

 

体得したことを忘れるとは、得られないことより罪深い。

 

「ありがとう。君はなかなか素敵な女性だ。シンプルでよかったんだ。私が納得できなければ意味はない。そうだ。そうに違いない。ハハッ。いやはや」

「??どういたしまして?」

「ああ。それで感謝したいのは山々なんだけど、答えはNoだ。今の所は」

「……へぇ。"今の所は"?」

 

にぃ。と口角が上がる彼女に私も満面の笑みでで答える。

 

「私は納得がしたい。"納得"のない決定になんて毛ほどの意味もありゃしない。"不惑"であれど、盲信はしたくない。鳳さん。あなたが私を納得させられるかどうか。あなたが我を通すのなら私を"納得"させてくれ。君がクラス代表を求める理由はなんだい?」

 

少し迷って、口を開いた彼女の頬は紅く染まって。簡潔に彼女は答えて、私は二つ返事で頷いた。



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十一話 ー違和ー

二つ返事で頷いたって生徒間だけで代表を交代できるわけもなく。

 

朝一。教員の出勤時間に合わせて森先生を訪ねる。

手短に用件をつたえれば目を丸くした。

 

「え、松本さん変わっていいの?」

 

自薦も他薦もされてないし、なりたかったわけでもない。

とは言え、ここまで驚かれる理由は何だろう。

 

「えっと。何でそんな驚かれるのかは疑問なんですけれど、私としては別に。こだわりもないですし」

「へー。意外。テキパキ仕事やってくれるし、あんまり社交的じゃないだろうにクラスの子達に満遍なく絡んでたから、代表の仕事割と好きだと思ってた」

 

よく見てらっしゃる。

 

「まあ、当人同士納得してるなら私から言うことはないかな」

 

問題なく変われそうで何よ「ただ」おや?

 

「理由が聞きたいな。交代する理由。ね。鳳さん」

 

ふと、気がつく。

昨日彼女がまっすぐ放った恋心。

随分世間を騒がせたらしい彼らのうちの1人、世界を動かした三人のうちの最初の1人。

まだ彼には届いてないらしいが、それでも私にはまっすぐ届いた恋心。

果たしてそれは代表を変わるに相応しい理由になるだろうか。

 

思わず隣を見ると鳳さんと目があった。

逡巡ののち、彼女が言う。

 

「お願いしたんです。私から。あー。えっと」

 

しどろもどろに指示語を発する彼女に森先生はポカンとしている。

頬を染めている鳳さんは可愛らしさを全開にしているが、ここではあまりプラスには転じない気しかしない。

 

「私がお願いしたんです」

 

仕方なしに口を開いて、そっと鳳さんに目配せする。

 

「さも、彼女からお願いしたみたいなのは、きっと鳳さんが優しい人なんだからだと思います。ありがとう」

「松本さんから?んー」

 

おや?とあまり信じていない様子の森先生。

さて、どう表現すればそれほど事実と乖離しないか。

 

「そんなに代表やだった?仕事は率先してやってくれてたように思ってたけど」

 

……事実との乖離は仕方ない。

ややノープラン気味だけど、多分大丈夫。……かなぁ。

今は何より事実っぽさを演出のため返事をすべき。

 

「あ。いえ。別に嫌だったとかじゃないです。クラスのみんなも協力的でしたし、私自身前に立つのは好きじゃないなりに嫌いではないですから」

「……じゃあ。何で?」

「代表選。ってあるらしいじゃないですか。代表同士の模擬戦でトーナメントを行うイベント。噂だと今月末に開催されるんだとか。代表として、事務仕事押し付けられるのも諸々仕事が増えるのは別に構わないんですが、わざわざ剣闘士のごとく衆人環視のもとで戦わさせるのは嫌だなと。……たぶん、だからこそ森先生も代表の選出の際言わなかったんだと思うんですが」

「…………?」

 

個人感情による好き嫌いに根ざした、担任の説明不備の指摘。

純日本人な森先生をであれば、戦いたくないなんて感情はひっくり返せないはず。……一組担任の織村先生は噂を聞く限りバッサリ切り捨てそうだが。

 

「だから代表候補生のふぁ「ああ!そっか。まだアナウンスしてないんだっけ」おねが、え?」

「最初の実習授業でアナウンスするつもりだったの忘れてた。ごめんごめん。対抗戦は代表が出なきゃいけないわけじゃないの。いろんな人が来る学校だから代表が必ずしも模擬戦をできる人かどうかもわからないし、そもそも宗教的な理由で出られない人もいるしね。……まあ、逆に出なきゃいけないって人もいるんだけど」

「ん?」

「つまり、理由がそれだけなら、別に代表変わる理由はないし、まあ今朝のHRでアナウンスでも「鳳さんが片思いの彼にいいところ見せたいそうなんで、出させてあげてくだ「ちょっとぉ!?」んふふ。なるほど。ほんとはそういう理由だったんだ」

 

こら右手を引っ張るな。いたい。君はサポーター見てるだろう。

根回しは精度と速さが命なんだから。

 

「私は異論ないよ。自薦か他薦で出場者を決めるつもりでいたし、代表を決める時の様子を見る限り、自薦も他薦も起きそうにないし。……その場合は、松本代表にお願いせざるを得なかったんだけど」

「鳳さんがいる以上。私が出ることなんてありませんよ。真面目に仕事こそすれ、荒事になんて出たくないですし。出たくないとはいえ、出ざるを得ないなら出たでしょうから。鳳さんに感謝の一つでもしときます」

「あ。出たくないのは本当なんだ」

「整備科志望ですよ?私。風に聞いたモンドグロッソがオリンピックみたいな大会ならともかく完全に代理戦「松本さん?ここ職員室」まあ、そんな感じです。朝からありがとうございました」

「いえいえー。ではこの後HRで」

「ありがとうございました!」

 

鳳さんが元気よく礼をして、私は控えめに会釈をして。

職員室を出たところで袖を引かれる。

 

「大丈夫?」

「ん?」

「あれ。モンドグロッソがどうのって。先生方そこ出身の人多いし」

「え。そうなの?…………まあ。思春期によくあるハシカみたいなもんだって思われるように祈るよ」

「ハシカって。…………。ありがと。助かったわ」

「いえいえ。"納得"すること。まっすぐ主張すること。こちらこそありがとう。鳳さん」

「んー何言ってるかわかんないけど、まあありがたく受け取っとくわ」

「ぜひ受け取って。私も今日から始めるから」

 

個人的なことなので詳細は言いませんけど。

もしかして何年も交友が続くなら酒の席ので話題にはなるか「あ」

 

「あ?」

 

突然。ふとこちらを見て鳳さんは立ち止まる。

 

「鈴音、鈴でいいわ。よろしくそら」

「……ああ。よろしく。りんちゃん」

 

快活な笑顔で手を伸ばす彼女に握手を返し、多分この子とも友達でいられないんだろうなと小さく思った。

 

 

ざわざわ。と。

朝から女子高生たちは大変元気だ。

授業時間などそっちのけでざわざわざわざわ。

真っ二つに割れた教室の中ざわざわざわざわざわざわ。

私を心配げにざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ。

恋する乙女を応援しざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ。

 

ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ。

 

うるさい。

 

森先生もりんもここまでざわつくとは考えていなかったのか少し動揺しているように見える。私もこうなるとは露ほども思わなかった。

 

HRでの対抗戦の案内。

りんちゃんは自己紹介を終え、拍手で迎えられ席に着く。

ふふん。と自信ありげに小さな体を目一杯、漢字よりひらがなでめいっぱいと書いた方が似合う彼女が、めいっぱい大きく見せて自己紹介する様に胸をキュンキュンさせている自分を見ないふりをしていると、りんはない胸張って言い放った。

 

「対抗戦は任せなさい!私が来たからには対抗戦の優勝は確実よ!」

 

キョトンとする一同。ぼんやりと傍観する私。私に集中する視線。

おや?と首を傾げていれば、あれよあれよと言う間にクラスは真っ二つ。対抗戦に向けてりんを歓迎する陣営に、何故かなぜ私が対抗戦に出るべきだと声高々に主張する陣営。

多数派はりんの派閥。ちなみに私もこちら。少数派ながら対抗戦の選手選定を巻き返しかねない勢いを持っているのはあちら。

私がりんの派閥にいるにもかかわらず全く勢いが衰えない。

 

「松本さんはこれまでずっと頑張って来たじゃ「なんでぽっと出「義務じゃないだから別に出なくても「そもそも代表以外がクラスの「なんで代表が鳳さんを「ざわ「根本的にルールが「ざわ「だから民主主義「宗教的にそもそも「ざわ「私から言わせれば「他薦されたんでしょ?ならみんな「ざわ「でもさこういうのって代表が「ルールどうなって「でもだからって「おかしく「ざわざわざ」

 

既にクラスは煽られた闘牛のように、誰かが発した言葉に向かっていく。そしてその先でも新たな火種が生まれて。

 

りんの失言から起きたとは思えないほどの混乱。

いや失言ですらなかったはずだ。

それなりに優秀なはずの少女たちがまるで力技しか知らないガキ大将のような意見の押し付け合いをしている。

 

集団となると頭のない怪物である。

三度目では歴史に名を残していない彼の発言は、なかなか持って的を射ている。

 

困惑した森先生に動揺を露わにしているりん。

正直私も訳がわからない。

私を推薦する一派がいることもわからないし、彼女たちがここまでの熱量で言い争っていることも理解できない。

 

意見の押し付け合いははやがて議論のテイすらなさなくなり、もはや言葉が声になりそれが音になった頃。

 

「何を騒いでいる」

 

ふと。我に帰る。

音を発する畜生に成り果てたクラスメイト達も我に返ったようで、疑問符を浮かべながら入口に立つ年若い女性に視線を向ける。

そこに立つのは寮監の先生。

 

「織斑先生……」

 

後ろから聞こえてきた声に、そこに立つ女性こそがかのブリュンヒルデだと知る。

 

世界最強。

刀一つでそこまで上り詰めた戦乙女。

言葉一つで混乱を鎮めた彼女を見れば、ネットで見たガッツポーズだけで対戦相手を沈めたなんて噂も頷ける。

 

結局。織斑先生の独断で、模擬戦にて決まる運びとなった。

そりゃ貴族様に土人と言われても仕方ない。愛すべき祖国が誇る偉人がこんな脳筋なんだもの。

 

 

その日。混乱は落ち着いたものの妙に空回る空気は戻らないまま、特筆することも起きず授業が終わった。

放課後に教室で談笑する面々も今日はそんな気にはならないらしく、ホームルームが終わるとすぐに人気がなくなった。

人のいなくなった教室でりんと軽く打ち合わせた後、アリーナで練習をして、いつもより早い消灯の一時間前に部屋に戻る。

 

今朝を思えば、幸先の悪い一日であることは疑いようもないが、それでも先延ばしにはできない。

意を決して貴族様に声をかけようとキョロキョロしても、件の彼女は影すら見えない。おおかたシャワーでも浴びているの、ん?こんなにこの部屋って暗かったかな?

違和感を覚えて窓に近寄る。

陽も落ちたのだと思ったら違う。

黒い膜が窓を覆っている。

ああ。この膜を知っている。

かすかな匂い。これは血か。ああ。知っている。これは。

 

いつか風呂場に満ちていた匂い

 

異常事態を察して慌てて振り返って、満面の笑みの貴族様と目があって、私は意識を失った。



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十二話 ー狂人ー

この感覚には覚えがある。

首筋に走る焼け付くような、痺れるような痛み。

縛られた両手。括られた足。目の前を塞ぐ布。

忘れもしない六年前。

右手に残る怪我の原因。

かつての山小屋での一幕。

 

「気づかれました?」

 

数週間ぶりに聞く声。

目隠しされているからか、その声に乗る感情を嫌になるくらい感じ取れる。

この感情は初めて触れた感情で。

けれど、この感情は、クラスでのあの違和感(空回り)そのものだ。

 

「ああ。久しぶり、かな。……貴族様」

「よかった。覚えてくださったのですね。ここのところ喋らなかったですし、もしかしたら忘れてしまわれたかと」

「こう見えて、人より身体能力が高くてね。五感も鋭いもので、なんなら匂いで貴族様を見つけられる」

「あら。私、綺麗好きですのよ?昔の体臭を香水でごまかすような「血の匂い。この前は風呂場だったからわからなかった。それともそれこそ香水か何かで誤魔化した?あの黒い、真っ黒な何かは血だったんだ。箒がテレキネシスを使う超能力者なら、私が多少丈夫な天界人なら、貴族様は血を使う超能力者なのかな」……。そうですわよ。今、視界を塞がれている貴方にはわからないでしょうが、今、貴方は私の、血。血の海の真っ只中にいる」

 

ねっとりと。

貴族様は楽しげに話す。

 

「四肢を縛られ椅子に縛られ、私の血の海の中にいる。」

 

パンと、手を叩いたのだろうか。

小さな音。

 

「あなたは、私の、中に、いる。」

 

日常の中ならなんでもない、意にも解さない些細な音。

直後気配もなく耳元で囁く貴族様。

思わず体が仰け反り、拘束された体のまま倒れベシャリと、血の、海に、沈む。

 

「あらあら。右手の怪我大丈夫ですの?包帯を剥いだ時には驚きましたわ。そんなひどい怪我なんですもの。知らずにとはいえ引っ張ってたりしてごめんなさいな。」

 

ああ。どうりで右手が動かないわけだ。。

思わず文句を言おうと口を開けば、ひたひたと揺れる液体がドロドロと口内を犯す。

 

「ごほっ!げほっ!」

「あら。飲みたいのならそう言ってくださればいいのに。ほら。」

 

バタンと仰向けになるように蹴り飛ばされる。下敷きになった右手はすでに痛みすら感じない。

咳き込みたいのか痛みに歯を食いしばりたいのか、苦痛を発する信号をどう知りすればいいのかわからなくなっていると、口に何かを突っ込まれ、耳元で艶やかに囁かれた。

 

「ほら、お噛みになって。」

 

舌を撫でる指の感覚に思わず嘔吐く。

嘔吐いても嘔吐いても指が抜かれる様子もなく、頭を引こうにも椅子の背が邪魔で動かせない。

まだ喉に残る血で呼吸すらままならない。

 

「血ではなくて私の指がお好きですの?そんなにねぶられましても、私にそのケはありませんわよ?」

 

もはや相手の発する声も、声と認識できないほどにパニックだ。

ただ耳の近くで鼓膜を揺らす何かがいることだけ、そしてその存在が一体なんなのか、私は考えることを進められない。

 

「あらあら。泣いてしまうなんて。そらさんは本当にどうしようもない。……血濡れてないところも涙でぐしょぐしょですわよ?そんなーー

 

 

ふと、気がつけば。

転んでいたはずの椅子は立ち上がっていて、近くにいたはずの貴族様は気配すら感じられない。

 

どころか。

 

普段なら聞こえる隣室の生活音すら聞こえない。

全くの無音。

 

どっどっど。

 

と一瞬静まった心臓が再度大声で喚き出す。

静寂を誤魔化すかのようにどっどっどと鼓動を打ち鳴らす。

 

「…ぁ…ぉ…。」

 

声がかすれる。

呼吸はできる。

体は動かせない。

相変わらず足は括られてる。

相変わらず手も縛られている。

変わりなく目隠しもある。

血の匂いも健在。

 

状況を確認する。

深呼吸。

血の匂いが不愉快だ。

 

首筋が痛い。焼けたようだ。

多分貴族様が使ったスタンガン。

護身用のブツか、下手すればISのなんらかの兵器。

 

状況を思い出す。

深呼吸。

血の匂いが気持ち悪い。

 

相変わらず全くの無音。

動けばギシギシと椅子が鳴る。

耳が聞こえる。体も動く。

 

状況を再確認。

深呼吸。

血の匂いしかしない。

 

「またこれだ。状況だけが目まぐるしく変わる」

「"納得"だ。しさえすれば結末はなんでもいい」

「ああそうだ。向き合いさえできればなんだっていい」

「たとえ先に平穏がなかろうと、"納得"さえすればいい」

 

私の声が小さく響く。

異常な環境でハイにでもなったか。思索だけが先んじて思いだけ口から溢れる。

 

たとえ嫌だろうとも。

 

声が聞こえる。

 

"納得"すべきだ。

頭の中の男が囁く。

 

この状況を作った彼女にも、私を刺し殺した彼にだって、それをするだけの事情が、思いがあるはずだ。

何かなんてわかるはずもない。

人の思いなんてわかるはずもない。

結果が全てを物語る。

それを為した。

であるならそれ相応の理由があるのだろう。

だからこそ"納得"すべきだ。

どうせ私には夢も望みもないんだから。

 

"納得"すべきだ。

頭の中の少年が言う。

 

どうせ何も変わらない。

ただ漫然と目の前の出来事を片付けるうちに人生は終わる。

受かったから大学に行って、受かったから仕事をして。

そして投げ出して。

嫌になったらどうせ投げ出す。

一度そうした。二度目は幸運なだけ。

投げ出す前に終わった。

今回も幸運だ。投げ出す前に終わる。

どうせ夢も望みも見つかりはしない。

 

"納得"すべきだ。

私は笑う。

 

何も残らなかった一度目と違って。

恨みしか残らなかった二度目と違って。

殺されるほどの憎しみを向けられたんだ。

下手に愛されるより難しい。

だから彼女の思いにこそ"納得"すべきだ。

 

「うるさい」

「ああけどわかった」

「二度目まで。ごにょごにょ考えてたからダメなんだ」

「平穏の才。ストレスはあれど苦難とは無縁の人生」

「成長などあるものか」

「……うん。案ずるより産むが易し。いい言葉。座右の銘にでもしようかな」

「成長しないといけない。技術の向上という意味でなく、精神的な成長が必要だ」

「ああ全く。吉良先輩、あなたの行った通りだ。小手先だけでマインドが薄っぺら」

「すでに"自覚"はしてるんだ。人としても生物としての歪な自分は」

「だから"忍耐"ぼうと決めている」

「揺らごうと迷おうと、"不惑"。あるがままであろうと、すでに私は心に決めている」

 

そうだ。

どうも最近頑なだった。

部屋に入る前、りんに教えてもらったことさえ抜け落ちていた。

視野狭窄だ。

答えはとうに持っていた。

まっすぐに。シンプルに。

 

私はどうしたい?

 

「……多分、貴族様のタチなのか」

「予定通り。話をしよう。ロープ君。ちょっと解けて」

 

ロープが解けてぺちゃりと落ちる。両手を縛っていた紐も、椅子と私を結ぶ紐も意思を持って解けて落ちる。

 

「右手のこと。口止めしとかないといけないかな。」

 

だらりと垂れた右腕にロープが一本まとわりつく。

蛇みたいなそれはグルグルグルと右腕を覆う。

左手で目隠しを解くと、ようやく状況がわかる。

まるで牢のように丸い何かに囲われている。

何かに手を触れてみれば、固い感触が返ってくる。

 

これも血なんだろうか。

箒を針山にした光景が頭をよぎり思わず退がる。

背面でも同じものにぶつかりゾッとする。

 

「落ち着こう。鉄の処女まがいのことをするつもりならとうになっている。縛って入れる必要はない。……ないはずだ。」

 

不安は拭えない。

一刻も早い脱出を。

 

「"不惑"。私は鉄だって切れる。あの太刀筋を一年間見続けた」

 

あの一途な彼女とも向き合わないと。

一途な想いを秘めていた彼女と。

 

「"無生物"を"生物"に変える力」

 

内ポケットにしまい込んだ扇子がまるで生き物のようにクネクネ動いて胸元から這い出てくる。

倒れた拍子に折れたのか骨がボロボロでもう使えたものじゃないだろう。

折れた骨を痛そうに庇いながら扇子はやがて私の左手に収まった。

 

「"快刀乱麻"」

 

刃へと姿を変えた扇子で私を囲う血の球体を思い切り振り抜けば、血だまりの奥の電灯に目が眩む。

囲いの向こうの貴族様と目があった。

その向こうで目を丸くしているりんが何か言っているが、今はそんなの後回し。

 

「さあ。貴族様。お話ししよう」

 

刃を向けて。貴族様とおんなじような笑みを浮かべて。

 

「"納得"させて。その末にならどうぞこの首どうとでも」



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十三話 ー決闘ー

今にして思えば、多分りんちゃんが来たから貴族様は私を囲いに閉じ込めたんだろう。

私を起こして、縛って、閉じ込めて、素知らぬ顔で追い返そうとしたんだろう。

けれど、あの時の私はそんなこと、というかすぐそこにりんちゃんがいるのを気にも留めずに全能力をもって貴族様とぶつかった。

まあだから、この程度で済んだのは良かったの違いない。

 

頭に角を幻視させる気迫で、嵐の前触れのごとく怒る織斑先生を見ながらそう思った。

 

 

満面の笑みを浮かべる貴族様。

多分私も晴れ晴れしい笑みを浮かべていたはず。

部屋に満ちたどす黒い血に立つ彼女は右手から滴る血を一振りの大剣に変える。床に満ちた血はドアを塗り固め壁へと変わる。

 

「……堂に入ってる。その細腕ですごいね貴族様」

「あなた程ではありませんわよ。随分狂気に沈んでいたと思いましたのに。もう振り切ったご様子で。羨ましいわ」

「クラスの子達も、貴族様が?」

「私ではありません。いえ。そうかもしれないですわね。意図したものではないですけど、私はどうも、狂いすぎてるみたいですので」

 

笑顔のまま大剣を振り下ろす貴族様。

あまりの前兆のなさに受けそこない、左手の"快刀乱麻"が弾かれる。

 

「っぐぅ!!」

「狂気は伝染する。家族もみんな狂ってしまいましたわ。母は私を解体しようとしましたし、父は何もかもを捨てようと「"威風「タネは割れてますわ」

「っぁ!」

 

腕の神器"威風堂々"に変わろうとした"快刀乱麻"が弾かれる。

姿を変えきれなかった"快刀乱麻"は扇子に戻って床に落ちる。

そして間髪入れずに蹴り飛ばされて受け身も取れずに壁にぶつかる。

 

頭をぶつけたのか、ぐらぐら揺れる地面に倒れ臥す私を笑いながら彼女は扇子を踏みつけて、話を続ける。

 

「あなたの力。何かしらを召喚する力。右手で触れたものを媒介にしているのかしら。お風呂ではタオル。今は扇子。既に動かない右手を酷使してまで、そんなに力を使いたいのかしら?転生者の考えることはわかりませんわね。……私がわからないのなら普通なのかしら?ああ。なら母も父も普通だったのかしら。きっとそうに違いありませんわ!私を改造した母も!逃げ出そうとした父も!きっと!普通に「いい、ね。もっ、と話して、よ」あら。まだ元気ですのね。細身な割にタフですこと」

 

扇子は貴族様の足元に転がっている。

壁を背に立ち上がろうとして、足を滑らせ倒れながら貴族様に言葉を続ける。

 

「普通か、否、か。ふぅ。どうでもいい。私が、聞きたいのは、貴族様が、箒が、私を拒む理由。そこだけだ。殺したいくらい憎いなら、私を"納得"させてみろ。その上で殺してみろ。それまでは意地でも死んでやるもんか」

「……殺してみろだなんて。随分な物言いですこと」

 

私は別に殺したいわけじゃありませんわ。

 

そう言いながら大剣を振り下ろす。

予兆なく、ぬらりと。頭めがけて振り下ろされる。

 

貴族様は勘違いをしている。

神器の発動条件は右手で触れることじゃない。

神器の発動条件は生物化したものだ。

 

そして転がった扇は神器化はとけていても、生物化はとけていない!

 

つまり。

 

「"威風堂々"」

 

踏みつけられた扇がバッタのように跳ね、その姿を変じる。

 

二ツ星神器

腕の神器

"威風堂々"

 

筋肉がそのまま露出しているような、赤黒い腕。

 

突如として現れた腕は椅子、ベッドを弾き飛ばして現れた巨腕は貴族様を掴み取ろうと掌を広げる。

対して貴族様は現れた巨腕に迷うことなく大剣で切りつけるが、微動だにすることのない"威風堂々"にますます笑みを深めると距離を取る。

 

まるで威嚇するように手をニギニギと閉じては開いてを繰り返す"威風堂々"の陰から血濡れの私は声をかける。

 

「武術か異能か。それはさておいて。貴族様のそれ。なんとなくわかってきた」

 

狭い部屋で巨大な腕を攻めあぐねているのか、貴族様から返答はない。この膠着状態の中で打開策がでなければ私の明日はグラムいくらのバラ肉だ。

 

考えろ。私は葦でしかないんだから。

 

前兆のない攻撃。これに関して結論は出ている。

鍛錬の結果か、そういう体質か、ありえないほどの関節の可動域か、考えられない強度の靭性か、単純にそういう異能か。種は不明。

結論手の打ちようがない。

 

だとすれば、こちらの勝ち筋を押し付けるしかない。

私ができて、おそらく相手ができないだろうことで後手に回す。

 

箒との一悶着を思い出せ、先ほどの斬撃を思い出せ。

 

攻撃力は恐らく人を両断できる程度。

神器を破壊する程の出力ではない。

"威風堂々"は壊れていない。

"快刀乱麻"で両断出来た。

だが前兆のない攻撃ゆえに不意打たれればその時点でおしまい。

攻撃をさせない動きが必要。

 

血の針による遠隔攻撃は恐らくない。

なぜならこの部屋は既に血の海だ。

できるのなら、あるいはやる気なら既に私は穴だらけになっていないとおかしい。

固形化できる量に限りがあるのか、条件が不足しているのかは不明だが今こうしている以上考えても仕方ない。保留。

 

対物理防御は高いかもしれない。箒のテレキネシスがどの程度の強度か不明だが、頭から勢いよく桶の山に突っ込んでも大事なさそうに動けていた。血の操作。武器と成せる。針状になって人を貫通した。"威風堂々"にぶつけても刃こぼれしないほどの強度。"快刀乱麻"で切断は可能だった。部屋を覆っているところを考えれば、下手すればいくらでも作り出せる可能性があるかもしれない。

 

"旅人"で遮断。

遠隔で操作可能であれば外から破壊される可能性あり。遠隔主体にスタイルを切り替えられれば手も足もでず負ける可能性が高い。却下。

"鉄"、"唯我独尊"、"百鬼夜行"等による奇襲。

物理防御の高さが不明、周りを巻き込んで破壊した場合怪我人死人が出かけない。却下。

"無生物"を"生物"に変える力による拘束。

何を変える?そもそも神器を解いた時点で膠着状態はなくなる。右手から武装を召喚する異能だと勘違いしている今拘束はできる可能性が大。……却下。思い出せ。手首から大剣を生成していた。体から刃を、血を出せるなら、この部屋にあるもので拘束できたとして、たやすく拘束を外せるはずだ。

 

「ああ。右手で触れたものを媒体にして召喚解除、再召喚も可能なのかしら。ハンバーガーを出すだけなんて、よく言えたものですわね」

 

声が聞こえる。

準備が整って気をそらすためか、準備を整えるための時間稼ぎか。

 

"ハンバーガー"に"倍"を加える力。

何ができる。何を倍に……。

 

「そんなのはおまけさ。私の要望は、丈夫な体、食うに困らない。ちょっとしたファンタジー。その三つだったんだから。まさかこんな殺意増し増しなことになるとは思ってなかったんだ。というか普通に生活しててこんなもの使わないしね」

「あら。お風呂で使われた時は随分使い慣れたようでしたけれど」

 

声音は変わらない、恐らく表情も相変わらずの満面の笑みだろう。

 

何ができる?

どうすれば勝ちだ?

 

「こんな力使いこなせなきゃ人死が出かねない。田舎の山でそりゃあ真面目に練習したさ」

「その真面目さで、私の起こされないくらいには早起きして欲しいですわ」

 

勝ち?

勝ち負けだって?

私はどうしたい?

 

「最近はどっかの誰かさんが拗ねて起こしてくれなかったから、1人で寝起きしてたけどね」

 

ああ。そうか。

前提が違う。

戦う必要はない。

言葉をかわすための時間稼ぎができればいいんだ。

 

「この1ヶ月弱。寂しかったよ。幼馴染は射殺さんばかりに睨んでくるし、ルームメイトは私がいないかのように振舞ってるし。せっかくの高校生活が新聞紙並みにモノクロだった」

「転生者にも人並みの感情をお持ちなのね」

「ああ。貴族様には大変不愉快だろうけどね」

 

"威風堂々"をとく。

ぽちゃんと血の海に落ちた扇は生物化すらさせていない。

 

笑顔がやや崩れた貴族様にしてやったりと笑顔を返しながら言葉を続ける。

 

「けれど、人並み以下な部分もあった。残念ながらね。平穏であればそれでもいいと思って、そう結論を出そうともしてた。けど、1人でそうやって自己完結してたから生を投げ出したんだと、刺し殺されたのだと思ってね。"納得"すべきだと。そう、ただ一つ。"納得"がしたい。そのために行動すべきだと。貴族様が私に何を思ってこうしたのか。それをわかれば、それでいい」

「狂人の言い訳に興味がありますの?」

「ああ。あるね。生憎読心の異能は持ってないんだ。言ってくれなきゃわからない。狂人だったら、なおのこと」

 

"納得"させてくれ。貴族様。

 

「……」

「改造。と言ったね。この血のこと?」

「……」

「転生者が絡んでいる。いや、転生者が改造をした?転生者への復讐のために改造を受けた?」

「……」

 

崩れた笑顔は既に満面の笑みに戻っている。

大剣を構えた彼女は変わらない笑顔を私に向けている。

反応はない。

彼女の言葉なしに"納得"はありえない。

 

思い出さなければいけない。

わずか一週間足らずの彼女との生活を。

彼女は何を望み、どうあろうとした?

自在に動く血液。

何にでも変じられる血液。

最初から私がそうであるとは知っていた。

いつでも殺せる機会はあったはずだ。

けれど生きている。

だが殺そうと動いている。

 

……いや、違う。また間違えた。思索だけでは届かない。

考えたってわからない。わかるわけがない。

思い出せ。案ずるより産むが易し。行動せよ。

 

……逆転させよう。

 

「私の話をしよう。君が思うところのある。転生者の話。聞きたくなくても聞いてくれ。それまでは……」

 

聞いてくれるまで、死んでも殺されるもんか。

 

反応はない。

陰った瞳が私を写すだけ。

 

「昔気質な頑固親父と昔はちょっとしたものだったらしい母の元に生まれる。生まれは日本。北のほう。S県M市の杜王町。特筆すべきこともなく学校を終え、地元ではそれなりに有名なカメユウ商事に入社。期待もされ今でも尊敬している先輩の部下になり、順当に出世。私生活では特筆すべきことはなし。そして転機となるのは。神と名乗る存在との遭遇」

 

陰った瞳が動いた気がする。

そう思いたいだけかもしれない。

 

「その神曰く、私には平穏に過ごせる才能があるそうだ。そしてその才能を欲しがった神は才能と交換でいくつか望みを叶えてくれるという。条件としては転生がつくと。そう言う話だ」

 

ややこちらを向いた気がする。

そう思いたいだけかもしれない。

 

「そこで魔がさした。その誘いに乗ってしまった。ああ。嫌悪されるべき選択と言われても反論できない。だって、これまでの人生を価値がないものだと自認したも同じだ。自殺より殺人より罪深いと言ってもいい」

 

表情に動きがあった気がする。

そう思いたいだけかもしれない。

 

「私は、人生を。……投げ出した」

 

心が動いている。

そう思いたいだけだ。

 

「そして、愚かにも生を受け。無様に成長し、そして君に出会った」

 

何かを言おうとしている気がする。

そう思いたいだけだ。

 

「平穏無事な穏やかな生活。確かに私は好きだった。満足していた。満ち足りていた!けれど。残ったのは私だけ。後世に何かを残すことなく、時とともに風化して消えるだけ。夢も野望もない立ち止まり時の流れを感じるだけ。何の価値もない人生だった。何も残らぬ、何も目指さぬ無価値な生だ」

 

そう思っていただけかもしれない。

 

「けれど、私は変われるはずだ。何かを望み、何かを残す人間になれるはずだ」

 

そう思いたいだけかもしれない。

 

「だから、魔がさした。新たな生を望み、結果として恨まれて死んだ。恨みを残せただけまだマシとも言えるが。何かを目指したわけでもない。それでは到底"納得"できない」

 

そう思っている。

 

「私は満足して死にたい。"納得"して生ききりたい。貴族様。君は一体何を望み、なぜ私を憎むんだい?」

 

それで納得できるなら、殺されたって満足できるかもしれない。

恨み以上が残せれば御の字だ。

 

「…………」

 

ああ。けどこれは自己満足か。

勝手に思いを押し付けて。わかってもらうつもりで何を言おうが結局彼女には届かない。

だって結局。私は何も残せないんだから。

 

「………」

 

けれど、それでも。

未熟な私にはこの程度のことしかできない。

あとは、待つのみ。

 

「私の望み。ですか」

「ああ。転生者を、……」

 

殺したいのかい?

それはなぜ?

復讐?嫌悪?忌避?

 

言葉を重ねようとして、黙る。

待つべきだ。

いや。時間を稼ぐべきだ。

いや。すでに言葉は尽くした。

殺されてはたまらないけれど、待つべきだ。

まだ口は回る、けど私の思いはすでに伝えた。

 

彼女は逡巡している。

きっと思いを口にしてくれる。

そう思いたいだけかもしれない。

 

ほら。口が開いた。きっと思いを伝えてくれる。

たとえそれが死刑執行の言葉だとしても。

 

そうに違いない。

そうであってほしい。

 

「私は生きなければなりません。私は、オルコット家長女として、逃げ出してはなりません。未来を選ばなければいけない」

 

再確認するような、気負うことなく口から出てきた言葉。

そこに感情の色は見えず、妄執も狂気も感じられない。

 

けれど、だからこそ。

きっとこれは。

彼女の心そのものだ。

 

そう思いたいだけかもしれない。

 

「そ。じゃあ。……生きるために、選ぶために、私は、不要?貴族様の、未来に私は邪魔?だから?」

「……」

 

ああ。口を出してしまった。

けど、それでも言わずにはいられない。

 

友達からの拒絶がこんなに辛いなんて。

 

「私は、あの時嬉しかったんだ。君に見惚れた。布団を剥いで仁王立ちしていた君は。私の頬に手を添えて、私はここにいるのだといった君を!君は一歩踏み出してみせた。転生者だと知って、よく思っていない、憎んですらいたにも関わらず。私に手を差し伸べてみせた。一歩踏み込んでみせた!馬鹿馬鹿しいと笑いながら!震えながら!頬に添えられた君の手に!!」

 

あの瞬間君は私に希望を見せてくれた。

人は変われるんだって。

男だったら惚れてたね。

 

「セシリア。僕にとって君はもう友達なんだ。だから」

 

不要だなんて言わないでほしい。

 

言葉に詰まって、口から出たかどうかわからない。

 

涙ぐんで言葉に詰まるだなんて情けなくて悔しくて、顔を伏せて歯をくいしばる私の頭に優しげに手が乗せられる。

 

「ああ。……転生者に狂人。割れ鍋に綴じ蓋ですわね。……部屋汚してしまってごめんなさいな。いつかの約束。明日昼食にでも……」

 

そう言って、貴族様が上から降ってくる。

形を失った大剣はどろりと溶けて消えて無くなる。

 

「ごめん」

 

潰されながら受け止めて。

抱きとめきって声をかける。

既に気を失っているらしい彼女に届いたか否かは些細な問題だ。

 

多分、私の言葉は届いた。

 

押し付けがましかっただろうけど、それでもきっと届いてくれた。

彼女のことは理解しきれなかったし、彼女が譲ってくれたんだろうけれど、彼女の抱えたものの得体の知れなさは"納得"できた。

それ以上の価値はない。

 

願わくは、友人の助けになれんことを。

 

「満足したか」

 

脱力しきった友人の向こうから、冷え切った声が飛んでくる。

目を向けてみれば、これ以上ないほどに怒っているだろうスーツ姿の女性が仁王立ちしていた。

 

「はい」

「……そうか。……覚悟はできているだろうな」

「はい。織斑先生。止めずに待っていてくださって、ありがとうございます」

「……まずは部屋を片付けろ。説教はその後だ」

「え。説教?」

「なんだ。不満か?」

 

説教?事情を知っているらしい人間が説教だけで済ませるのか?謹慎どころか、放校処分までありえるんじゃ。

 

「ふん。高々学生の喧嘩程度で何を心配しているのか知らんが、お前も私の生徒だ。説教を免れると思うなよ。明日は覚悟しておけ。朝礼前には片付けを終わらせて寮長室にくるように」

 

そう言って踵を返す織村先生はドア越しに見てたりんちゃんをヘッドロックしながら引きずっていく。痛い痛いと騒ぐりんちゃんに黙祷と感謝を捧げながら、とにかく片付けを始めようと右腕に包帯を巻き直して、貴族様をベッドに寝かせた。

 

明日は平穏とは程遠い一日になりそうだけれど、不思議と悪い気はしなかった。

 

さぁて。まずは血濡れの床の掃除からだ。

 

ああ全く汚しやがって、今日は眠れないに違いない!



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十四話 決着の後

貴族様とお話しをした翌日。

思った以上にしんどい一日になった。

 

片付けが済んで、というか妥協して、なんとか床についたのが午前四時過ぎ。日の出(5時前くらい)とともに寮長室に向かい朝食を五分で平らげなければならないほどじっくりと説教されてクラスについたと思ったらりんちゃんから右手をグワングワンと振り回され昨夜のことを根掘り葉掘り聞かれて昼にはクラスにまで突撃して来た貴族様に食堂まで攫われてハンバーガー論争を繰り広げ放課後は反省文で消し飛んだ。

 

しんどい。

若者ってタフ。

 

反省文提出ついでに釘を刺してくださった織斑先生に頭を下げてようやく自室についたのが消灯時間ギリギリ。

眠気で潰れそうになりながら寮室のドアを開ければ、貴族様は鼻歌交じりに髪を梳かしている。

 

むしろ加害者側の貴族様の方が余裕があるのは全くもって納得いかない。

 

ベッドに飛び込む私に流石の貴族様もやいのやいの言ってくる様子はない。と思えば、かすかに香ってくる血の匂いに飛び起きる。

 

私の動きに驚いたのか、体を強張らせてこちらを見ている貴族様は鏡に向かって髪を寝る用にセットしている。就寝前の習慣だ。仲違い前もよくやっていた。

もっともその時は背から生やした血の腕など使っていなかったが。

 

「どうかされました?」

「どうかもするよ。……ちょっとびっくりしただけ」

 

血の匂い。異能を隠す必要もないから本気で躾にでもきたかと思ったけど流石になかった。昨日やりあってちょっと神経質になってるな。

計六本の腕を器用に操り髪を梳かしている様子を眺めながら、思わずため息をつく。

 

「器用なもんだね。工場のライン見てるみたいで気持ちいいよ」

「それは褒められてるんですの……?」

 

首を傾げて眉を寄せる彼女にはあの美しさがわからないらしい。

あのものづくりの一大スペクタクルの良さがわからないなんて。感性は人それぞれとはいえ、あの良さを是非知ってほしいね。

 

営業スキルの基本

まず良さを知ってもらう。

 

……まずは身近なところにまで落とし込もう。

 

「ちなみにその手。鏡ごしでも動きが見えないと思うんだけど」

「小さい頃からしておりますからね。もう慣れましたわ」

「器用なもんだね。すごいや。六本も動かしてるとこんがらがらない?」

「んー。いえ?これ私が操作しているってわけではありませんし。そらさんの右手もそうではなくて?」

 

どう誉めたたえようか考えていたところに思わぬ反撃。

ものづくりスペクタクル行ってる場合じゃない。

 

貴族様は右腕を看破している……?

 

「……びっくり。ご存知で」

「なんとなく……勘ですわ。動かないんでしょう?能力をもって辛うじて動かせている?のかしら」

 

暴漢に襲われて以降、私の右腕は感覚を失った。

触覚は消え失せて動かすこともままならない。

けれど私は右腕に巻いた包帯を生物化する事でまるで右腕が動くかのように振舞っている。

練習を重ねて筆記はもちろん箸で食事をできるまでにはなったので、もうバレる事はないと思っていたんだけれど。

 

というか昨夜。"無生物"を"生物"に変える力での不意打ちは通用しなかったらしい。完全に看破されてる。

 

だとすると昨日の足元から不意打ちすら読まれてた説が首をもたげる。

貴族様が本気だったら、私今頃サイコロステーキだ。

 

「ほんとびっくり。いい勘してる。大正解。ちなみになんでわかったの?」

「……お風呂で。おっしゃってたでしょう?ええっと。……"無生物"を"生物"に変える力。二つ星神器、あとはハンバーガーに……ええっと、加える力?」

「ああ。自滅してたわけか」

「あとは……。魂が見えましたから」

 

魂?

 

「……魂の感知というんでしょうか。血の操作は言わずもがなですが、魂の……波長と言うんでしょうか。それを感じ取れる。ちっぽけななものでしたので、昨日不意打ちもらうまで扇が生物化してるなんて露ほども思ってませんでしたが」

「またファンタジーな」

「そらさんの異能程じゃないですわ。なんですのあれ。ポール・パニヤンの斧?」

「え。あの伝承こっちでもあるんだ。あれ?けど出身イギリスだよね?ケルト神話は詳しくないから振られても困るけど、そっちじゃないの?なんでアメリカ?」

「あら前世でもあったんですね。不思議ですわ。まあアメリカにいたことのある友人がそういったことに詳しかったのですわ」

「なるほど。いいよねー。伝承物はよくナイトショーに彼女と一緒に見にいったなぁ」

「彼女?」

「ああ。前世唯一の浮いた話」

「……」

「懐かしいな。……。ギリシャ神話、アーサー王伝説。古事記に西遊記。ガリバー旅行記も面白かった」

「今のそらさんの方がよっぽどファンタジーですけどね」

「ごもっとも。けどこういうのは画面越しに見るのがいいんだ。自分で持ってても心は踊らないね。折り紙は踊るけど」

「折り紙?」

 

問ひ返す彼女にニヤリと笑ってみせる。

 

前世にて、オーフィスや幼馴染の巫女さんに人気だった出し物。

折り紙を生物化させたダンスショー。

当時でできなかったが、これに“倍”を加えてやれば社交ダンスも再現可能。

 

ルーズリーフからやっこさんを折って、ぺこりとお辞儀をさせる。

だらんと垂れた右腕を机の上に乗せて、お辞儀をする彼に聞いてみる。

 

「あれ。覚えてる?」

 

任せろと言わんばかりに胸を張るやっこさんは軽やかにステップを踏み始める。それをしばらく眺めていた貴族さまは何かを思い出そうとしてやっこさんを見つめている。

 

「……これ。あれですわね。ハリーポッターの」

「お。今世でもあるんだ。そう。4部のパーティーの再現」

「お相手もいないのではかわいそうでは?」

「まあまあ。今相手を折ってるから」

「一組しかできませんの?」

「生物化できるのは一つだけ。けれど倍にすれば二ついける」

「パーティーには程遠いですわね」

「残念ながらね」

 

相方を折って生物化させて、すでにダンスを始めている彼を指し示す。トコトコそばまで歩いていく彼女は一人でダンスをする彼の肩を叩く。

彼女に気づいた彼は跪き、彼女の手を取る。

 

「あら。ダンスの申し込みかしら」

 

頷いた彼女は立ち上がった彼と組みくるくるとダンスを始める。

 

うろ覚えな音楽を口ずさめば、それに合わせて彼らは踊る。

重ねて聞こえてくる音に顔を上げれば、背から伸びる血の腕で指揮をしながら私に合わせてて鼻歌を歌う貴族さまと目があった。

私より断然上手い。

 

「大体わかりました。ではダンスパーティーにしましょうか」

 

うろ覚えな音楽が一周した頃か。

貴族さまはウインクを一つして、血の腕を伸ばし液滴を垂らす。

垂れた血液に驚きこちらを見上げるやっこさんたちに笑いかけていると、垂れた血液が立ち上がる。

人の形になった液滴は軽く屈伸をすると同じく屈伸をしている液滴の肩を叩く。

 

「丸パクリですが、こんなのはどうです?」

 

おそらく貴族さまの異能で操作しているであろうヒトガタが計6人の3組。やっこさんの周りを同じようにくるくる踊る彼らはオルゴールの上で踊るバレリーナのよう。

 

主人公のように中央で踊って気を良くしたのか、へんなアレンジを始めるやっこさん。相方はついていけてないようで、たまにリズムを崩してヨロヨロとしている。

 

恐らくこういった社交ダンス的なものを一通り修めているであろう貴族様は三組のダンスをくるくる指揮しながらやっこさんにあーでもないこーでもないと指示を出す。

 

完璧主義者だろうことは知っていたが、どうやら私に想像以上らしい。徐々にヒートアップする貴族様が怖くなったのか助けを求めるようにチラチラとこちらを見るやっこさん。

 

「だからもっとこう収束率を5%あげる形で」

「落ち着きなって。もっと細めるってこと?指先?手のひら?折り紙の手でどうやって親指を表現すればいいのかな?」

「手先を切ればそれっぽくなります」

「ちょっと待って折り紙とはいえ生物。刃物はやめてあげて!怖がってる怖がってる!貴族様!?ストップ!ストップ!」

 

チョキン。という音に思わず目を背ける。

ごめんなさい力不足でした。君の勇姿を見届けることすらできない無力な私を許して。

 

熱中しやすいたちなのかおどるやっこさんを捕まえてハサミを片手に鬼の形相。

止めようとする私を背から生やした血の腕で押さえつけ素知らぬふり。

怯えるやっこさんに捕まらなかったもう一体のやっこさんは決死の覚悟で貴族様の元へ向かい、血のヒトガタと戦争をしている。

 

押さえつけられた私の目の前で行われているのは、折り紙のやっこさんと泥人形のような血のヒトガタの戦争。サイズで勝るやっこさんはヒトガタを蹴って殴ってどかそうとするが、槍だの剣だので武装した上に数で勝るヒトガタに翻弄され劣勢。

一昔前のコマ撮り映画みたいに臨場感はあるが見ていて気持ちいモノではない。やっこさんは体を穴だらけにしながら血のヒトガタちぎっては投げちぎっては投げ。ヒトガタは投げられ、へし折れた腕を使って槍でつき、剣で切りやっこさんを穴だらけにしていく。

そんな光景に背景は、背から血の腕を生やしたボサボサ髪の金髪美女がハサミ片手に鬼の形相だなんてホラー極まりない。

血の腕で触れたところは赤い手形までつくんだからなおのこと。

 

最初は怖がって顔を背けていたやっこさんもその形が完成に近づくにつれて、想像以上の出来の良さに驚いているようだ。表情は全くわからないが。

折り紙に手のしわまで再現できてるって貴族様の工作丁寧過ぎない?あ。生命線結構ながい。

本人、折り紙にこの表現は不適切だろうが、本人は貴族様の工作に感化されたのか貴族様の指示通りに右手を動かしている。助けようとしているやっこさんのことは意識の外らしい。数の暴力でボロボロにされているやっこさんの生物化を解除するか否かを悩んでいると部屋の入り口でバタンと大きな音が聞こえる。

貴族様と見てみれば、ドアを開いてうつ伏せで倒れているりんちゃんの姿が。

 

血の手形だらけの私に、蜘蛛のごとく多腕を背から生やした貴族様。

生理的嫌悪感を催す血の匂いを振りまきながら暴れる血のヒトガタ。

なるほど。りんちゃんホラー耐性あんまりないんだね。ホラーというかモンスターパニックというか。

 

 

りんちゃんをベットの上に運んで、机の上を拭いて、ばらけた折り紙をゴミ箱に放り込んで、包帯を巻き直して。

急な来客が再度意識を失わないようにバタバタと準備をしているうちに就寝時間になってしまった。

りんちゃんのぽっけで震えている携帯に疲れて寝てしまったからこっちで寝かせとくねと、彼女のルームメイトに口裏合わせをお願いする。

正直織斑先生を騙せるほどの口裏ってなんだろうとは思うけれど、しないよりはマシだと思いたい。

お互い人の形から逸脱していないかを確認して、部屋の中を最終確認した上でりんちゃんの頬を軽くはたく。うわ。プニプニ。スベスベ。なにこれ。和む。

眉をひそめて肩を強張らせる彼女は怖い夢を見ているに違いない。

私の中のおっさんがむくむくと起き上がり始めた頃に、ぱちりと目を開いてガバリと起き上がる。

頭突きをくらいそうで思わず仰け反るが、りんちゃんはそんな私を気にせずキョロキョロと部屋を見回し貴族様と目があったらギョッと動きを止める。

しばし見つめ合い、不思議に思って首を傾げた貴族様の様子に飛び上がって驚くりんちゃん。

 

「あの「ひゃっ!」……」

 

貴族様は尋常ならざる様子のりんちゃんに心配げに声をかけるが、当の彼女は可愛らしく悲鳴をあげている。

私も心配で声をかけてみれば私に気づいていなかったのか仰天してベッドから落ちる始末。

 

「大丈夫?」

 

ベッドから見下ろしてみればくちゃりと潰れた彼女は恥ずかしげに頬を染めていた。

 

「大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけ。……あれ?なんであんたたちここにいるの?」

 

……記憶が飛んでらっしゃる。

 

「「……」」

 

貴族様と見つめ合い、なかったことにしようと互いに頷いた。

宥めすかして誤魔化して。りんちゃんに用件を思い出してもらうことしばし。

 

「あっはっは。代表候補生ともあろうに恥ずかしいわ。まさかまたドアにぶつかっちゃうなんて」

「ひどい音がしましたけど大丈夫ですの?ほんとなら医務室にでもいった方が……」

「大丈夫大丈夫。ちょっと鼻がヒリヒリするくらいだし」

「意識を失うなんて相当ですわよ。あら赤くなってますわね。でしたら……これを」

「え?なにこれ」

「軟膏ですわ。打撲でしたりした時に重用しますの。治りも早くなりますし、青くなっても隠せますから」

「いいわよ。中国じゃ青アザなんて日常茶飯事だったし気にしないって」

「女の子が身嗜みに気を使うのは義務ですわよ。ね。そらさん」

「え。あ。うん」

「そらさんももう少し身嗜みに気を使っていただければいいんですけれど……」

「えっと。はい。そうだよね」

 

ほらこっち向いて。とやや痛そうに赤く染まっている鼻や頬に軟膏を塗り始める貴族様。

その絵はまるでやんちゃな妹を心配する姉のように愛に溢れているが、その光景を眺めている私は戦慄していた。

 

貴族様の誤魔化し方がえげつない。

りんちゃんの記憶が塗り替えられてしまっている。

名状しがたき光景を見て気を失った記憶は、ノックもせずに入ってきた挙句浴室前のドアにぶつかって昏倒したという事実に塗り変わった挙句、まるでりんちゃんに非があるかのような状況になっている。

あんまりにもあんまりである。

 

申し訳なさすぎて、とっておきのお茶を準備しながら2人の元に向かえば、仲のいい姉妹のように顔を弄り弄られている2人の姿が。

仲よさそうに見えても片方が片方を恐怖でノックアウトしたばかりである。しかもノックアウトした方が弄っているとなると見かけのほのぼのから縁遠い光景に思える。

さっきの多腕の姿も相まって、モンスターパニックものならこのあとりんちゃんは食い殺される展開が見える。

 

「はい。これお茶ね。お菓子も持ってきたけど、食べる?」

「食べる!」

「まさかハンバーガーではないですわよね……?」

「ん?チョコバーガー食べたかったの?言ってくれれば作ったのに」

 

なぜか呆れ顔でため息をつく貴族様。

もしかしてハンバーガー原理主義者だったのだろうか。

 

「あ。牛肉100%のミートパティ以外認めない人?もちろんハンバーガーをハンバーガーたらしめるのはバンズとミートパティだよね。確かにそれが変わればただのサンドイッチじゃんという意見はわかる。定義付けって大事だし迷走した末に生まれたバーガーってのは悲しみを背負ってるという意見もわかるよ。けどベジタリアンのためのウィジーバーガーだってミートパティを使ってないけれど、あれはハンバーガーであると声を大にして言いたい。主義主張宗教国籍何が違おうとも美味しく食べられることこそがハンバーガーの良さなんだから。とはいえ、何でもかんでもバーガーバーガーつければいいなんて最近の料理屋の論調は好きじゃ「そらさん。お茶のおかわりをいただけます?」……はい」

 

我に返れば美味しそうにクッキーを食べるりんちゃんに我関せずとお茶を飲んでいた貴族様。

 

「聞いてた?」

「え?ああ。緑茶で結構ですわよ。そらさんが入れるなら紅茶より緑茶の方が美味しいですし」

 

クッキーとは合いませんけど、まあ夜中に食べるものでもないですわよね。と美味しそうにクッキーを頬張るりんちゃんを優しげに見ている貴族様。チョコバーガーからフルーツバーガーまでデザートバーガー類を山と盛って一時間バーガー談義してやると心に決めながらお茶を注いで渡す。

 

「それで。りんちゃん。こんな夜中にどうしたの」

 

まあ、日中に約束したことなんだろうけど。

 

「あ。ごめんごめん。って一応伝えた気もするんだけど」

「とすると今日の?まさか今日の今日に来るとは思わなかった」

「急だったのは謝るわ。けど一夏と一護に一歩迫れるなら早いほうがいい」

「……?あいにく私はその2人を知らないんだけど」

「いいのいいの。私の事情だし。バカどもが引いてた一線。それを踏み越えたいだけ」

 

よくわからないが、彼女の中で筋は通ってるらしい。

かけらもこちらを視野に入れないような物言いは不愉快を通り越していっそ嫌悪感を抱きそうになるが、続けて喋ろうとお茶を飲み干した彼女を見て衝動的に動きそうになる口を噤む。

 

「まあそれは本音としても。そらとは仲良くしたいから、合わせて一線を超えたいなって。あ、もちろん嫌なら言わなくていいわよ。私が知りたいのは私の事情だけど、喋りたくないのはそっちの都合だし」

 

可愛らしく目を逸らしながら、ほんの少し声を揺らして続ける。

 

そういえば、一昨日も同じことを言っていた気がする。

真っ直ぐな目。あの手この手で聞き出そうとして来るくせに言いたくなければ断っていいなんていう矛盾。けれど思わず納得してしまうのは、彼女の性根は真っ直ぐだからなんだろうか。

これが彼女らしさ、なんだろうか。

 

揺れる彼女の視線を受けて、嫌悪感は気づけば消える。

 

「りんちゃんが知ってるのは。私と貴族様が喧嘩したこと。そこまで?」

「……超能力の行使。そらと貴族さんが斬り合ってたところまで」

 

あれは斬り合ったというより、切り損ねられたという表現が正しい。貴族様にその気があれば今頃グラムいくらのミンチ肉になっていたに違いない。

 

「それで、織斑先生を呼びに行った?」

「ええ。千冬さんがその手のことを知ってるのは知ってたし、呼びに行って待つように言われて。それで部屋の片付けしてた」

「部屋?」

「千冬さんの。暇だったし、座る場所もなかったし」

「……」

 

かのブリュンヒルデの生活力が垣間見えるエピソードはともかく、織斑先生、実はかなり最初からいたんじゃなかろうか。

 

「あと私が知ってるのは、なんだかんだ仲直りできたんだろうなってことくらい。昼ご飯一緒に食べるくらいには仲良いみたいだし」

 

あの昼食風景をもってそう表現するとはなかなかの眼力をお持ちのようだ。なにせ終始ハンバーガーの良さとイギリス料理のまともさで言い争っていたんだから。

 

「それで?鳳さんは何を聞きに来たのかしら。生憎私は約束のことを知りませんので、一度説明していただければ嬉しいんですけれど」

「鈴でいいわよ。きぞ「セシリアとお呼びください。決して。いいですか?決して貴族様などとお呼びにならないよう。お願いしますわね。鈴さん」……ええ。よろしくね。セシリア。それで約束の内容なんだけど」

 

私をチラと見る彼女に小さく頷く。隠すようなことでもないし、貴族様に了承をもらう方がやりやすい。

 

「超能力とか異能とか。転生とか特典とか。知ってること教えて欲しい。一夏と一護が隠して来たことを知りたい。私はもう守られるだけじゃ嫌。次は私も一緒にいたいから。だから教えて」

 

思い出すのは箒との一幕。

頭をよぎるのはセシリアとの一幕。

転生がバレた風呂場の一幕。

殺されかけた昨夜の出来事。

事情を抱えた剣道少女。

事情を背負った貴族少女。

今度は中華少女だ。

剣道少女は去った。

英国少女は隣にいる。

では目の前の彼女は?



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十五話 模擬戦

朝。

 

完全に寝不足である。

貴族様との大喧嘩。

朝早くからの生活指導にくわえて、りんちゃんとの夜遅くまでのお話。

二日合わせて睡眠時間驚異の4時間。

 

……あれ。意外と寝てるな。

前世はともかく、前々世では一日一時間睡眠の繁忙期を毎年のようにこなしていた気がする。

……いや。思い違いだ。記憶は美化されるし誇張される。今より体力のないあの頃でそんな活動できるもんか。しっかり働けてたぶんしっかり寝ていられたはずだ。"平穏の才"があったんだ。そんなのは思い違いに違いない。そうに違いない。あんな残業が平穏にカウントされてしまう労働環境が先進国日本にあるはずないじゃないか。だから思い出すのはやめよう。

 

購買で買ったエナジードリンクを飲みながら森先生の朝礼を聞く。目は冴えるが、どこかぼんやりしてしまう。先生が何を言っているのか理解するのにラグがある。どうやら模擬戦の日時が決まったらしい。今週末の三限目の実技の授業でやるとのこと。場所は第三アリーナ。私とりんちゃんは二限目を免除された上で事前準備をさせてもらえるんだとか。

 

 

…………え?

 

 

 

あっという間の週末。

 

クラス代表戦のための模擬戦と銘打たれていても、私にとっては本番である。

なにせ勝ち目がない。

今後舞台に上がることは間違い無くないんだから。

 

取りたくもない刀を持って、物騒な銃火器の仕様を確認して。

今日乗るISの型番を見てほくそ笑む。

 

貴族様の助けがあっても、なんとか飛んで動くくらいしかモノにできなかった。なんせ特訓時間を入れても起動時間は累計三十時間足らず。代表候補生に質の悪いマトを提供する程度のことしかできなさそうだ。

 

一通り確認を済ませてアリーナに出てみれば満面の笑みを浮かべたりんちゃんが物騒なもの(青龍刀)片手に待っていた。

 

「……久しぶりね。元気そうでよかったわ」

「クラスで毎日会ってたじゃないか」

「遊べなくて退屈だったし」

「よく言う」

 

気力も体力も十二分にたぎらせている彼女は訓練の時間を詰め込みに詰め込んでいたことは知っている。フルに詰め込んだはずの私よりアリーナに入り浸っていたのだから相当だ。

 

「ま。セシリアに任せてよかったわ。詰め込みの体育会系じゃ、私が手を出すまでもなく寝不足で落ちそうだし」

「……問題は詰め込みの理系だったことなんだけどね」

 

思わず溢れた小さなぼやきも、それを耳にしたであろうりんちゃんの怪訝な表情も、ISのハイパーセンサーは余すところなく拾い上げる。

 

 

模擬戦に向けて距離を置こうと言い出したのはりんちゃん。

教えることも、操縦も、私がやるとフェアじゃないし。と貴族様に後のことを任せてそれっきり。

どんな話し合いがされたのか、部屋に戻れば一週間に及ぶみっちりした基礎訓練スケジュールを片手に貴族様がウキウキしながら待っていた。

箒との諸々を解決したいから明日からと切り出したが、気がつけば時間をおいて解決する方向で納得させられ、基礎訓練の量が倍になっていた。

英国貴族は英才教育が凄まじいらしい。貴族様の交渉能力がすごい。前世の経験からすれば、どこの会社でもトップセーラーになること間違いない。竿掛けてもいい。

 

妥協点として話し合いの席を貴族様経由で設けてもらうことになり、一週間の基礎訓練が開始された。

 

けれど残念なことに一週間でモノになったのは移動だとか姿勢制御くらいのものである。刀の扱いは下の下。地に足つけてもまともに振れないのに飛んでできようはずもない。銃の扱いはなんとか中の下。止まった的に向かってであれば百発百中。ISのハイパーセンサー様様である。

問題は避ける側にもハイパーセンサーが付いていることで、貴族様どころか善意で協力してくれた先輩にも銃弾が当たらない。ISのハイパーセンサー凄すぎである。まさか弾を見て動けるレベルとは思わなんだ。素人の私でさえ避けられるんだもの。

 

飛行と射撃を両立できる程度に動けるようになったところで、代表候補生相手との戦闘を考えれば焼け石に水である。というか何故年頃の女学生集めて対抗戦をさせる種目が殺し合いの真似事なのか。上手く使えば国一つ火達磨にしかねない兵器を女学生に渡して今から殴り合いを始めてもらいますとは、最高にクールな指導方針である。

所謂戦闘行為が総合的な能力を見られるなんてお題目が通っているらしいが私としてはもっと道徳と倫理を優先して欲しい。

 

とまぁ。初めてISに乗るまでは模擬戦を酷く倦厭していた。

 

現実逃避気味に世の首脳やらIS委員会なんて怪しげな組織に呪詛を吐くが。りんちゃんの満面の笑みを見ていると自分の価値観が信用できなくなる。

 

「りんちゃんが元気そうでよかったよ。私はどうもこういうのに慣れてなくてね」

「またまた。結構飛び方堂に入ってるわよ」

「空間"把握"に"バランス感覚"はね。免許皆伝しちゃった。まさかこの一週間でモノにできるとは思ってなかったけど。嬉しい誤算だ」

「そうね。嬉しい誤算だわ。私も危なっかしい羽虫落とすより、ヒュンヒュン飛ぶ燕落とす方が楽しいわ」

「お望みなら翼でも生やそうか?」

「あら。あんたに翼なんて似合わないんじゃない?セシリアみたいに金髪のくるくるロングじゃないと。あんたが生やしたら天使より烏天狗って感じ」

「あやや。随分な物言いだね。そんなに私って暗い?笑顔を心がけてはいるんだけど」

「その能面みたいな笑顔のこと?やめてよね。セシリアといる時くらい自然じゃないと笑顔なんて言わないわよ」

「能面の表情も味わい深いと思うんだけど」

 

りんちゃんの背丈以上の青龍刀を担ぎながら私より上空から見下ろす彼女。

彼女の声はもう聞いた。

既に"納得"は済ませている。

なんなら負けてもいいけれど、私にも闘わなければいけない理由がある。

 

「理由つけて棄権すると思ってたわ」

「理由がなければここにいちゃいけない?」

「理由がなければ闘わないでしょ。あんた」

「精々一週間で随分と私を知ったふうに言うね。さては私のファンかい」

「バカ言ってんじゃないわよ。友達のことくらいわかるわよ」

「光栄だね。恐悦至極」

「……。ラッキーだったわ。セシリアに教師の才能があったなんて」

「貴族様?」

「セシリアが上手くモチベーションをあげたんだと思ったんだけど」

「ああ。理由の話か。貴族様はあまり関係ない。シンパシー、かな。陳腐な同情と言っていい。かくあるべき、と自認しているものに一歩踏み出して欲しかった。それだけ」

 

だから。と右手に銃を、左手に刀を。

銃はブラフで刀もたいして使えない。

 

勝算は皆無。

そう証明された。

 

理詰めで、統計で、確率で。

私が理解できる全ての方法で証明を突きつけられた。

 

だからこそ。

 

「悪いけど、落とす気で行く。精々優しくコテンパンにしてね」

「ほんと嬉しい誤算だわ。やる気がある方が楽しいもの。それに私まだ女友達と喧嘩したことないのよね」

 

ああ。

全く。

知り合って一番の笑顔じゃないか。

 

「じゃあ、そら。行くわよ」

「おうともさ、りんちゃん。仲良く正しく喧嘩しよう」

「ええ。仲良く元気に。殴り合いね!」

 

直後驚くほど重たい斬撃が振り下ろされ、なんとか防御が間に合うも、受け切れず地面に突っ込んだ。

彼我の距離が突然消えたかと思う速度。

ハイパーセンサーに感謝。

まさかアクション映画よろしくで青龍刀とチャンバラするとは思わなんだ。

 

たった一度。

りんちゃんの一撃だけでわかる。

勝ち目はない。

重たい一撃をいなす技術はないし、あんな速度避けるのに精一杯だ。

負けない努力でお茶を濁すしかない。

 

神器のスペック差を用いなければ私なんて所詮その程度。

生物化と倍加で数の優位を作らなきゃ、勝ちの目も生まれない。

 

何処かの誰かが計算した通り。

勝つ努力が身を結ぶ未来が見えない。

 

そう。

だからこそ。

 

一矢報いねばいけない。

たとえ、その可能性がなくたって、行動のもと未来が生まれる可能性が皆無じゃないのだと。生物は変われるのだと。

きっと、いまは、コレでしか伝えられないだろうから。

 

因果なものを作るね、篠ノ之束博士。

 

 

怒濤。

息つく間もなく。

苛烈な。

 

修飾語句が足りない。

いっそシンプルに激しいと表現するしかない攻撃が繰り出される。

受ける技術なんて持っていない私からすれば避けるだけで精一杯。距離をとることすら許さない立ち回りに容赦の無い振り回し。

知識のない私にすらわかるほど洗練されている連撃。箒がやっていた素振りとは違う、振り続けることを前提とした踊りのような攻撃。側から観戦するだけなら激しさより美しさが優っていたかもしれないが、分厚い鉄板が顔スレスレを通り過ぎれば感心する余裕なんてなくなる。

 

「その刀は!飾り!かしら!避けるだけじゃ!勝てないわよ!」

 

アリーナは有限。前方はりんちゃんが振るう青龍刀の嵐。横に逃げようものならこれ幸いと蹴りが飛んでくるのが目に見える。このままだと追い詰められるのは目に見えている。けれど、打開策はなし。彼女の制空圏上を通らねば、上にも下にも行けやしない。無策に突っ込めばタコ殴りされるのは見えている。

 

打開策が必要だ。

そして当然、策はある。

手も足も出ない。その結果を覆せ。

 

一瞬。そう一瞬あればいい。

噂の遠距離攻撃は今回に限って彼女が使うはずがない。

他ならぬ彼女がそう言っていた。

行動しろ。命に可能性を提示しなければならない。

 

最終目標は一矢報いる。

どうすればいい?

彼女に勝利はできない。性格性能経験どれを取っても勝てる状況は整えられない。

前提は敗北か?

敗北を前提として、どう一矢報いる。何をすれば一矢報いたことになる?

そもそも誰に一矢報いる?

決まっている。諦めている自分に。そう言った命に。

かくあれかしと定められた運命に。

 

敗北を前提に"渾身"の一撃を叩き込め。

 

勝算などなくとも、勝気でちっちゃい友人に目にもの見せてやれ。

 

アラートが鳴る。

背後も頭上も、既に逃げ場はない。

可愛らしい顔が勝ったとばかりに力強く歪む。

とうとう背を壁にぶつけて、恐ろしい威力を孕んだ青龍刀が迫ってきている。

 

けどね。りんちゃん。

勝ち誇った時、既に君は敗北している。

勝利を持って行けるほど、技術も能力もなくても、一矢報いさせてもらう。

 

歯を食いしばって衝撃に耐える。

絶対防御があったところで痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。

 

けれどここでなら。

重たい一撃でも、激しい一撃でも、吹き飛ばされて距離を置かれることはない。

壁と青龍刀に挟まれた今なら。

この瞬間でしか私の"渾身"の一撃は届かない。

 

りんちゃんは、二撃目には移れない。

私に食い込んでいる刃は既に私が抱き込んでいる。

 

足を壁に。両足を沿えろ。

思いっきり蹴り出せ。

刃を抱えている手を動かせ。

愛しい人を抱き込むよう両肩に添える。

 

ガチン。

と。

 

金属がぶつかり合う異音がアリーナに響き渡る。

遅れて、ガラン。と。床に落ちた青龍刀が音を立てる。

 

飛び膝蹴り。

それも殺意溢れる顔面への攻撃。

十中八九これでは終わらない。

天界人として一般人とはかけ離れた身体能力であっても、ISの加速を利用した一撃であっても、壁を蹴り出した反動を利用できたとしても。

 

だが、今出せる最大の一撃。

 

「君の計算を上回れたかい?」

 

武術を習ったわけでもない私にはこの状態からの連撃なんてできようはずがないが、この気を逃せばほぼゼロな勝算はゼロとなるのは間違いない。

頭に抱きつく形になっている両手に再度刀と銃を取り、技術も心得もなく乱打に乱射。確かに手応えがあって、撃ち尽くせば、五分に持っていける確信が

 

「ええ。全く計算外もいいとこよ。コレ。使うつもりなんてなかったのに」

 

露と消えた。

 

背後から、気配なく答えが返ってきて、自分が声を出していたのだと気づく。

 

ハイパーセンサーは注視していた。

センサーが表示しているシールドエネルギーは、先ほどの乱射乱打が、確かに届いていたことを示している。

 

一体どうやって背後へ移った。

今の今まで確かに攻撃は当たっていたはずだ。

 

先ほどとは異なり、隙間から発光しているような肩部のユニットを示す彼女。ハイパーセンサーはさらに笑みを深めている彼女の表情と頬を落ちる汗の一粒さえ見逃さない。

 

「影へ舞い込む。意識の影を掻い潜る。人呼んで影舞踊、なんて。けどね。嬉しいわ。やっぱり友達って対等じゃないと。一方的になぶるなんて趣味じゃないし。まさか避け切った上に受けて返されるなんて。そら。次はどんなことしてくれる?どんな策がある?さあ!行くわよ!これで終わりなんて言わないでよ!!」

 

ごめんりんちゃんこれでおわりです。

 

見えぬ弾丸の雨になすすべなく。

蹂躙された末、勝者はあっさりとりんちゃんに決まった。

 

 

「はい。2人ともお疲れ様でした。ということで、クラス対抗戦への出場者は鳳鈴音さんに決定です!」

 

パチパチパチパチ。とそれなりにしっかりした拍手がクラス中から起きる。小さな体で目一杯胸張って勝ち誇る彼女は随分と可愛らしい。

 

「では鳳さん対抗戦頑張って!あと一応今の時間は実技の授業なので、きちんとレポートは提出してもらうからね。来週のこの時間までに私宛に提出してください」

 

はーい。と元気よく返事するクラスメイトたちの様子はこの模擬戦を起こした騒動の時とは雲泥の差だ。

 

ない胸張って勝ち誇る様子は確かに可愛らしいが、勝算のない模擬戦だったとはいえ負けるのは悔しい。この鬱憤はからかって解消するとしよう。

 

「さて。ではこの流れで対抗戦のスケジュールと集合場所のアナウンスに移ります。当日は朝からアリーナにこもりっぱなしなので教室じゃなくてアリーナへ直接いってもらいます。座席は__」

 

どうせれば勝てたかな。

……まずは基礎練習を重ねないと。

 

その日。授業を終え、ささやかな残念会を貴族様とやった夜。

久しぶりに枕を高くして寝られた日。

 

ふと。目が覚めた。

これまでの人生で一番の目覚めと言っていいほどの爽快な目覚め。

だが夜中である。

 

激動とも言える一週間を終えてようやくゆっくりと眠れるタイミングだというのに。

貴族様のシゴキは終わった。

りんちゃんとの模擬戦に頭を悩ますこともない。

唯一の不安の種である箒との諸々は貴族様によって日取りも決まった。

不安はあれど、ひさびさに枕を高くして寝られる日。

 

目覚めの爽快さはやがてどんよりした嫌悪感に変わる。

 

窓から覗く満月に、窓に映った私の顔が映り込む。

気持ち悪い。

 

たまにあるのだ。

気がつけば心地よい微睡みが去って、妄想、それもタチの悪い、が居座って眠気を寄せ付けない時が。

貴族様を起こさないよう。そっと身を起こしてカーテンをくぐる。

窓越しに見る月を眺めながら、小さくため息をつく。

どうやら今日はもう眠れそうにない。

 

窓から月が見えなくなるまで、月に映り込んだ自分と見つめ合った。



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十六話 呼び出し

「賭け?」

「そ。一夏と私どっちが勝つか」

「……織斑くんが勝てるとは思えないんだけど」

「ところがどっこい。意外とオッズは拮抗してるのよねぇ」

 

昼休み。

対抗戦に向けて、一組代表の織斑くんの指導にかかりっきりな貴族様ではなく、件の彼と絶賛喧嘩中なりんちゃんと食堂でランチ。

初恋の彼と喧嘩している彼女は苛立ちを隠そうともしないが、食事中くらいもう少し穏やかになってほしいものである。

とはいえ、私もどんぶりをひっくり返さんばかりに驚いたばかりなのでおあいこだけど。

一組の代表が貴族様でないどころか、代表になったらしい織斑くんにむしろ協力的な貴族様に仰天したのは先ほどの話。

賭けの内容を話す彼女はトレイの側に置いてある新聞をこちらに寄せる。

 

「校内新聞?」

「そ。バカに能力を持たせるとろくなことにならない典型例よ」

 

記事をまとめたであろう先輩に対してすごい言いようである。

記事に目を落とすと、織斑くんの来歴がかなり詳細に書かれている。

 

「……え。これほんと?」

「忌々しいことにね」

 

記事の内容はシンプル。

対抗戦に向けてそれぞれの出場者のプロフィールが載っている。中でも特に取り上げられているのは織斑くん。特に、というか記事の6割は彼のことだ。

賞罰から来歴。健康診断結果。交際歴などなど。出るところでたら手が後ろに回りそうな詳しさである。

 

「……これ。証言してるのりんちゃん?」

「そんなわけないでしょ!!」

 

バタン!と机を叩きながら立ち上がる彼女は、静まる食堂を気にする様子もなくドタンと椅子に座る。

 

「……次ふざけたこと言ったらぶっ飛ばすわ」

「心に留めとく」

 

運動神経の良さ、かのブリュンヒルデと同じ剣道道場で修練の経験があり、先の模擬戦ではイギリス代表候補生に善戦した。それなりに結果を残すのではなかろうか、というのが記事の締めくくりになっている。

 

「多分この情報源はあのクソ野郎よ」

「……一応食事中なんだけど」

「今日。夜。空けといて」

「寮監にバレても知らないよ」

「放課後。模擬戦付き合ってくれる?」

「サンドバックになる趣味はないけど……まあいいや。いいよ。空けとく」

 

怒り冷めやらぬ彼女は、食堂で愚痴るよりは生産的なことでストレス発散をしようと目論んでいるらしい。付き合わされる身としては迷惑な限りだが、事情を知っている身としてはできるだけガス抜きに付き合いたいとも思う。とはいえ、いくら回避に集中したところで、雨粒を避けることは不可能である。ましてやそれが見もできないのなら尚更。

 

放課後サンドバックにな上に睡眠時間が削られることを宿命づけられた私は午後の授業の合間に、ぼんやりとりんちゃんの言葉を思い出していた。

 

あの記事。詳細な来歴が書かれていても、不思議なことに全く織斑くんの為人は見えてこなかった。

まるで聞いたことのない国の年表を流し見たような無味乾燥な印象。少し前に聞いたりんちゃんの話の方がよほど彼の為人につながりそうだ。

 

ハサミ片手に狂乱する多腕な金髪女。三流ホラーを生で見てりんちゃんが気絶したあの夜。

幼馴染への恋心を再度吐露した上で、一線を超えたいのだと伝えられた。

頬を染めて身を乗り出した貴族様も勘違いしたようだが、べつに肉体的接触的な意味ではなかったらしい。精神的な、というかいわゆる個人的事情家庭の事情的なものに突っ込むための準備らしい。

 

「転生者ってのが関わってるのは知ってる。あとは特典ってのが関わってるってこととか」

 

かつて起きたらしい事件を語りながら、そこで得た知識を基にずっと考えていたらしい。

 

「一夏と一護がいなかったら私どころかクラス中が死んでた。あの仮面の化け物に喰われてね」

 

トカゲとゴリラを仮面でくっつけたような造形の化け物が修学旅行のバスを襲ったらしい。

ゴジラだのガメラだののごとくビームすら口から出したらしいそれを、幼馴染たちは斬り払うは、打ち消すは人間技とは思えない方法で撃退したらしい。

けれど、その一連の出来事は今の今まで、正確には私と貴族様の一幕を見るまでは忘れていたらしい。

黒幕の高笑いも、幼馴染たちの会話も、庇われた傷も。一切を。

私。怒ってるのよ。と呟く彼女の目に熱を感じて、気がつけば頷いていた。

 

けれど、私が話せることは少ない。

 

かつて神を名乗る人物からの甘言に乗ったこと。

才能と引き換えに別の才能をもらったこと。

 

精々がこのくらいなものだ。

寝不足も相まって知る情報を箇条書き的に言い放っただけになってしまったのは申し訳ないが、仕方がない。眠たかったのだ。

寝落ちした私をよそにまた後日話し合う約束を取り付けたらしい貴族様とりんちゃんはたまに食堂で話している様子を見かける。

 

……あれ?

そういえば、あの時自称神様はなんて言った?

 

二番煎じどころか、ブームに乗っかっただけ……?

2度目の失敗を繰り返したくなければ、差異を探せ?

 

素直に取るなら、転生者は他にもいるということなんだろうか。

差異って何だ。……思い当たる節はある。貴族様が箒に言っていた。

 

一度死を経験したとは思えないほどの魂。と。

 

つまり、転生者とそれ以外には観測可能な差異があるんだろうか。それを見分けられる貴族様の異能が鍵?しかし時系列がおかしい。あの時点で、私は貴族様の異能どころかその存在すら知らない。それとも自称神様には時系列は関係ないのだろうか。あるいはその差異を見つけられる人物を探せということ?たまたま貴族様がそれを持っていただけ?……異能を持つ人間はそれなりにいる。箒を始め、あの暴漢、貴族様そして話に聞く織斑くんに一護くん。騎士の召喚、怪力無双、血液操作、射撃系に特殊な刀術。そして私の各種異能。……私だけ毛色が違う気がしてならない。やはり私だけが転生者なのだろうか。一組の貴族様が暴れることなく学校生活に勤しめているということは見ただけそれとわかる人は一組にいないということだろう。

けれど、りんちゃんの幼馴染たちは知っていた?転生者、特典。その言葉は他ならぬ彼らの口から出たそうだし。貴族様と同じ系列なんだろうか。

 

「わからん。堂々巡りだ」

「ほう。松本。どこが堂々巡りだ。さぞ難しい事を考えているんだろうな」

「え?」

 

ふと顔をあげれば、ISの飛行理論について講義する織斑先生と目があった。カツカツとこちらに歩く様になぜかゴジラのテーマが頭の中になり始める。

 

「黒板も目に入らないほど、何に悩む。模擬戦で自在の飛んで見せたその腕ならこの程度の理論わからないはずはないと思うが?」

 

腕を組んで仁王立ちで私を見下ろす先生。

さすが女の園IS学園。お婆ちゃん以上に仁王立ちが似合う女性が存在するとは思わなかった。

 

「すいません。集中できてなかったです」

「授業は真面目に受けろ。授業後職員室まで来るように。異論は」

「ありません」

「次はない。いいな」

「はい」

「では授業に戻る。松本103ページの3段落目から読め」

「はい」

 

授業後、貴族様から一片通り説明を受けていた私は今更質問などあるわけもなく、貴族様の説明で分かり辛かったところでも聞こうかなと職員室を訪ねると涙目の先生に生徒指導室に連行された。

 

「ありがとう。山田先生。そこに座らせてください」

「織斑先生。あの書類の方は……「……すまないがお願いできますか?」ですよね。分かりました。メール送っときます」

「助かります」

「では。頑張ってね……!」

 

去り際に励まされて涙目の先生、山田先生?は出ていった。

多分純粋な善意での励ましなんだろうけれど、不安を煽られたような気しかしない。

 

「突然の呼び出しで悪かったな。さて、この後鈴、鳳とアリーナでの約束もあるようだから早めに済ませる。一点。ただそれを確認するだけだ」

 

授業でいつも見ているような、テキパキとした進め方。

けれど、目は輝いているし、なぜか立って話している。

……尋問?

 

「ISのコア。その秘密に気がついているな?」

「え?」

「……」

 

予想外とは言え先生に対しての受け答えとしては礼節を欠いた返答だ。慌てて頭を下げてみても、先生は音沙汰もなく仁王立ち。

 

「……ISの意識に触れたな?」

 

逡巡の後、口を開いた先生は不思議なことを言う。

 

「はい。触れたというか、一方的に。ですが秘密、ですか?意識なんて今更な話だと思いますけど。ISの意識の話なんて教科書でも触れられてますし」

「……なるほど。今夜。空けておけ。補習だ。またISの意識に関しては他言無用とする。いいな」

 

確認の意思を聞いてはいても、その言葉に込められた意味はまさか断るまいな。と言う圧がある。だからこその仁王立ちで、だからこその生徒指導室。

夜時間にダブルブッキングなんてモテモテだなぁと現実逃避しかけたが、こちらを見据える、むしろ睨むと言っていい先生の眼の前で断る選択肢などない。

翌日にずれたりんちゃんのアポでまた寝不足になるんじゃなかろうかと嫌な気持ちになりながら、とりあえずは頷いた。



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十七話 公然の密会

「ぜったい、仕方ないなんて、思ってなかった」

 

グチグチと文句を言うなんてのは生産的でないし安寧には程遠い。できる限りそんなことしたくないしそう口にしてしまう状況とは一生関わり合いになりたくないが、それでも口から漏れてしまう。

 

織斑先生に呼び出された。ごめんね。

 

そう伝えれば、織斑先生なら仕方ないわねと鷹揚に笑ってみせたりんちゃんは、けれど最初から全力全開のストレス発散モードで暴れてみせた。力を持つだけの素人に為す術などあるはずもなく、彼女のストレス発散に付き合うサンドバックに徹するしかなかった。

空間"把握"に"バランス感覚"に免許皆伝をもらったとは言え上には上がいると言うことか。

見えない砲撃、苛烈な青龍刀。虚実織り交ぜた連打になす術なく。ただ落ちないよう致命となる攻撃以外の防御を諦め、痛みをこらえながら防御に徹する。我ながら防御においてであればこの学園一なんじゃないかと笑い飛ばせるくらいには頑張った。

 

「あたたた。なんかヒリヒリする気がする」

 

最後思いっきり吹っ飛ばされて地面に叩きつけられて、アリーナを使用していた他の生徒が引いている中、私を担いでピットまで戻ったりんちゃんはさながら熊か虎である。

食べないよね?と誰かが呟いた声を聞いて思わず笑いそうになったが、むすっとしたりんちゃんの顔が目に入って慌てて笑顔を引っ込めた。

 

最後は謝りながら立ち去ったりんちゃんを尻目に、思春期は大変だなぁ。と人ごとのように笑って使用したISの整備を始める。

 

君がいなかったら私はミンチだ。命の恩人感謝永遠に。なんて。声をかけてみても返事なんて返ってくるはずもなく。内部までイジる技術を持たない私は、結局使用した機械の整備を全て上級生に投げることになるのだけれど、とは言え綺麗に拭いてあげるくらいはしたい。

あれだけの猛攻を受けて、凹みどころか傷ひとつない装甲は流石最先端謎SF技術と言わざるを得ないが、それでもアリーナに舞う砂埃でかなり汚れている。意識と機体につながりがないらしいとはいえドロドロに汚れた服を着て欲しくはない。

 

「あれ。これってもしかして」

 

どこか見慣れた量産機に、さらに見たことのある型番を見つけて、これが幾度も使ったことのある機械であると悟る。

一度目は受験の際に、そして二度目はりんちゃんとの模擬戦までの一週間。

 

私と会話した機体だ。

 

ふと、思い出す。

ISの意識。織斑先生はそう言った。

私の異能に関わることなので、話せたことは誰にも言っていないし、そもそも思い返せば会話と言えるのかも怪しい言葉のやりとり。いや、やりとり以下だ。この子の一方的な話にカチンと来ただけなんだから。

 

「……やっぱり。生物化できない」

 

“無生物”を“生物”に変える力。

限定条件は一つ。同時に生物化できるのは一つまで。それだけ。自称神様の取り扱い説明知識でそうなんだから、おそらく間違いはないんだろう。

文字通り生きていないものに仮初めの命を与える力。折り紙のやっこさんにタップダンスを躍らせることもできるし、自らを縛るロープにほどけてもらえることもできる。

あまりに構成が多すぎるものは生物化出来ないが、基本的に例外はない。

つまり、生物化可能な物体が生物化できなかった場合、その物体は生命である。と。そう表現できるものなんだろう。

 

 

訓練中、ズルができるかとISを生物化し損ねて貴族様の一撃をモロに食らったことがあった。その時は能力の練度の問題で、つまりは私の意識容量、空を飛んで攻撃を避けながら能力を行使する並列思考、が足りないせいだと思っていた。

結局能力の行使(ズル)はなしで真っ当な訓練をしようとその後能力を使おうなんて思いもしなかったが、その日の訓練を終えて、いつものように装甲を拭いていると、ふと馬鹿げた考えが頭をよぎった。

 

生物化できないのは、つまり最初から生きてるんだ。なんて。

ISは生きているなんて荒唐無稽すぎて思わずふふっと笑ってしまった。なにせ貴族様の詰め込み教育で疲れてたんだ。箸が転がっても大笑いする精神状況だったし軽い感じでふふって。

 

そして気がつけば、ISを纏っていて、いつもはセンサーの情報が並んでいるモニターに文字列がズラズラと。

貴族様の詰め込み教育でとうとう精神が病んだのだと思った。

その内容に思わず言い返そうとした私は、けれど何も発することはできず、ISから追い出されて、まるで最初からそうだったように整備室の隅に立っているISの前で転がっていた。

 

三度目の正直とは行かずサンドバックの革としか使ってあげられなかったことに若干の申し訳なさを抱えながら、もう一度コンタクトできるかなと試してみるが、うんともすんとも言わず、彼女は鈍色の装甲に日光を反射させている。

以前の一回は偶然の産物だったんだろうなぁと思うけれど、普通に話せたはずの人、厳密に言わずとも人ではなく機械だが、人と話せなくなるのは愉快じゃない。箒もそうだし、仲直りできたとは言え貴族様もそうだ。果たしてあの偶然は再現性のあるものだったのだろうか、であれば条件を見つけたいものだけど。

 

あーでもない。こーでもない。と機械を前にして腕を上げ片手で触り両手で撫で抱きつきぶら下がり発動しない能力をかけたりとやりたい放題の奇行にふけって入ると頭にペットボトルをぶつけられた。

 

「あた」

「何やってんのよ。心配して損したわ」

 

冷えたスポーツドリンクが床に転がり、私はISから落ちないように腕部に足を引っ掛けてぶら下がる。

さながら中国雑技団。……果たして今世には存在するのだろうか。

ISからぶら下がったまま上下反転した出口から歩いてくるりんちゃん。タオルにスポーツドリンク。マネジャーと言うより気の利く妹を幻視する。

 

「ちょっとね。思考錯誤してた」

「一発芸を?やめなさいやめなさい。あなたセンスないから。お笑いならセシリアの方がセンスあるんじゃない?」

 

失敬な。

 

「あれはユーモアのセンスがあるってより天然よりなんだろうけど。はい。これ」

 

りんちゃんはぶら下がる私に床に転がるスポーツドリンクを拾って差し出すと呆れ顔のまま続けた。

 

「これでも、宴会芸には自信があったんだけど」

「血まみれダンスを芸だって言うんならやめてね。食事全部もどす自信があるから。……。本当に大丈夫そうね」

 

手を離し足だけでISに引っかかりながら、さながら蛇のように地に足つける私の様子を見て再度呟く。

 

「この子に守ってもらったしね。大したことないよ。と言うか心配するなら青龍刀ぶん回す前に考えるべきだと思うんだけど」

「それが出来てればもっとお淑やかになってるっつーの」

「その短慮さを活かして彼に告白してくればいいのに」

「短慮って何よ。気風がいいと言いなさい」

 

それでいいならそう形容するけど、果たして意味わかって言ってるのかな?

 

「気風の良さで告白でもなんでもしてくりゃいい。世間一般では可愛い部類だよ。君は。靡かない男がどうかしてるね。……ありがとね。感謝しとく。今度缶コーヒーでも奢るよ」

「缶コーヒーじゃなくて甘いのがいいわ」

「……そうだね。学生向けならコーヒーよりジュースか。バーガーに合うのは「……ハンバーガーじゃなければなんでもいいわ。そらのハンバーガーってなんか重いし」!!」

 

衝撃である。

軽食でご飯と言うよりむしろお菓子と言ってもいいほど生活に馴染むハンバーガーが重い!私の振る舞いがそうさせているのであれば、ハンバーガー伝道師を自称する私としてはその振る舞いを直さなければならないし、そうのたまったりんちゃんにハンバーガーを親戚で年下の後輩くらいの気軽い距離感に感じさせなければならない。

 

「ハンバーガーが重いなんてっ!どこが!!」

「そこよ」

 

 

そろそろ初夏とは言え、皐月の夜はまだ冷える。

風呂上がりの湯気を纏いながら寮監室のドアを叩く。

 

りんちゃんの小さな嫌味と貴族様の苦笑いに送り出され歩くことしばし。寮長室の前に立つ。

肩を組んで仲よさそうに夜会の準備をする二人の様子に思わず閉口してしまったが、今夜の織斑先生は私とのアポがある。夜会がバレる心配はいつもより低いと言えるのだろう。だからか寮監室まで歩くまでどこで知ったのかやっかむような視線と、夜会の準備を楽しげにして見せる同級生の姿が散見された。

部屋の中から私の気配に気がついたのか、手の甲がドアを叩く前にドアが開いた。

 

「入れ」

 

意図せず手のひらに当たってしまった手の甲を気にすることなくそう言う先生。

とって食われそうな気迫を感じながらのっそりと部屋に入る。

 

「あれ?」

「どうした?」

 

綺麗で整った部屋の様子を見て首をかしげる。

りんちゃんの言葉で片付けが苦手で散らかしてばっかりだと思っていたんだけれど。

 

「いえ。ステキな部屋だなぁ。って」

「ほう。鈴音に何か言われたか。私が片付けができない女だとでも?」

「いやいや。プライベートを言い回るような子じゃないですよ。ああ。……強いて言えば一回だけ」

「ほう?」

「先生の妹になる為なら努力を惜しまないって」

「……。変わってないか」

「以前の彼女を知りませんけど。可愛らしくて素直な子です」

「そうか」

 

懐かしげに目を閉じる先生は何を思い出しているのだろうか。

というか、りんちゃんを名前呼びってことはそういうことなんだろうか。今は業務外だから腹を割って話そうと暗に言っているんだろうか。

 

「真っ直ぐすぎて織斑君と喧嘩したらしいですけどね」

「やはりか」

「ええ。早く仲直りして欲しいですね。愚痴聞かされる身にもなってほしいです。そういえば、先生。最近生徒間で対抗戦の一位に誰がなるかって話題になってますけど、先生はどう見ます?」

「ほう。私に聞くのか?」

「やっぱり一組推しですか?」

「……」

「……すいません。失礼でした」

「いや。いい。だがずいぶん喋るな。森先生から聞いていた印象とだいぶ違うが」

「天下のブリュンヒルデの部屋にお呼ばれしたらそりゃ普段とは違いますよ」

 

なんせ美人の部屋で二人きり。

その上美人はスーツを若干着崩しているんだから私の中のおっさんもビンビンである。

 

「ミーハーなことは好まないと思っていた」

「キャーキャー騒ぐだけがミーハーじゃないですからね。ISのこと調べてみて驚きました。ISの記事の実に3割は織斑先生の記事なんですから。ファンにもなりますって」

「そういうものか」

「ええ。そういうものです。で、どうですか?」

「ん?」

 

「その。後ろの。それが何か知りませんが、何かわかりました?」

 

織斑先生の背後。

筋骨隆々な金色に輝く男が揺らいでいる。

見るからにパワー系なその男は睨むでも眺めるでもなくただ私を見ていた。

 

「……見えるのか」

「ええ。それ、箒のと同じですか?」

「"銀の戦車"も見えるのか」

「ああ。確かそんな名前でしたね。銀色の騎士のことですよね?」

「……なるほど。松本。結という名に聞き覚えはあるか」

「ムスビ?紐の結び方だったり、あるいは起承転結の結ですか?」

「……なるほど」

 

気がつけば、輝く男の拳と織村先生の竹刀が私の目の前で止まっていた。この竹刀はいつどこから取り出した?

驚いて後ろに倒れれば、謝罪とともに先生に助け起こされる。

 

「すまない。一応の確認だ」

「……確認にしてはずいぶん暴力的ですね」

「性分でな」

 

驚いた。

風を受けた。

拳で押し出された空気がまるで圧のように。

けれど、あるはずの動作が、男の動作も先生の動作も。

全く見えなかった。

 

前々世とは種族からして変わっているためか、いわゆる身体技能は軒並み上がっている。

天界人はよほど過酷な環境に適応してきたのか体力テストでは満点を取りのがすのが難しいレベル。もちろんそれは動体視力も同様で、これまで見逃すほどの速さになんてお目にかかったことはない。

ISの高速軌道さえ肉眼で追える私が見逃すなんて一体どれほどの速さか。

よほど早いのかそれともべつのカラクリか。

 

「教え子に手をあげるなんてメディアが面白おかしく騒ぎ立てますよ」

「許せ。これから話すことの前提みたいなものだ」

 

敵意はない。はず。

暴漢に感じた害意も、貴族さまから感じた忌避感も、箒から感じた嫌悪感もどれも織斑先生から感じられない。

 

「前提。というと例えばあの夜のモロモロですか?てっきりISの意識の話のことだと思ってましたけど」

「それはあとだ。もう一人来てから話す」

「後。とすると今はあの夜の?」

「ああ。異能を持つ人間は一定数いる。松本がそうであるように、オルコット、私や箒を始め何人かな」

「まあ。私が持ってるってことは他の人が持ってるっていうこともあるんでしょうね」

 

前世の幼馴染は携帯の充電に困ってなかったし、オーフェスも人外じみた身体能力を誇っていた。私を刺し殺したあの槍も何もないところから出て来ていたしそういう異能だったのかもしれない。

 

「そう。それほど珍しいものではない。おそらく世界人口の1%前後。それくらいは観測できている。歴史上そうだろうと思われる人間の資料も散見された。そして異能を持つ人間は二つに分類できる。先天的か後天的かだ」

「はぁ」

「そして現代に生きる後天的な異能者はほぼ九割九分ある男が関わっている」

 

ゆっくりと席に座りなおす先生は、けれどその圧は先ほど竹刀をつきつきられた時より増して。

 

「小娘。お前。私の敵か?」

 

座りながらに腰を抜かした私は笑うことしかできなくて、前々世で鍛えた営業スマイルを貼り付けることしかできなかった。

 

敵意も害意もないただの圧。

威圧感というのは、こういうものを言うんだろうか。

 

表情筋を一つでも動かそうものなら叩き切られそうな圧。

呼吸でさえひどく重い。

抵抗を選択肢に入れたくない。

 

竹刀は床に転がっている。

織村先生は何をするでもなくこちらを見つめているだけ。

先程のように背後に黄金の像が揺らいでいるでもなく、竹刀を突きつけられているわけでもない。

かのブリュンヒルデだろうと、いかに達人であろうと、人以上の性能で“神器”を振り回す天界人の方が大仰で強力には違いない。

 

なのに。

 

まるでこの場を切り抜けられるイメージがわかない。

 

で、は、これ、は、考えが纏まらない。

視界が白んできた。

あれ?世界が、傾

て。

 

…………。

 



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十八話 珍客

…………。

 

目が覚めた。いつもと違う枕の感覚に慌てて目を開く。

寝覚めが悪い。妙な気持ち悪さを感じて周りを見渡せば、べちゃりと額から何かが落ちた。

 

「タオル?」

 

手にとって眺めている間に、眠る、いや意識を失う前の記憶を思い出す。

 

ばっ、と。慌てて身を起こせばこちらを見つめる織斑先生と目があった。心なしか申し訳なさそうな表情をしている気がする。

 

「目が覚めたか」

「……敵じゃないです」

「ん?」

「先生の、思惑、お考え、を。私は先生のお考えを「松本?」知ら存じ上げないので、断言はできませんが、先生のお心をそれとなく伝えていただければ邪魔どころかお手伝いさせていただきます矮小なわが身ではありますが粉骨砕身働かせていただきますのでどうか命だけは命だけとは言わず多少の時間も自由にしていいと言っていただけるなら時間の許す限り我が身の能力の許す限り先生に「待て待て。落ち着け。水を」んっくっく。ふぅ」

 

コップに注がれた水を一気に飲み込み息を整える。

 

「こんな矮小な身を心配いただけるなんてなんて寛大な「落ち着け。あとその手、右手のをやめろ。バレバレだ」なるほど」

 

右手に巻かれた包帯の先生の死角になっている肘の裏。

徐々に動き出そうとしている箇所を一瞥して右手をひらひらさせる。

勝てないなら逃げ出せるだけの準備を、と能力行使の準備すらチラと見ただけで看破する。

右手でコップを置いて、右手に巻いた包帯の生物化を解除する。

最悪服を生物化させた上で、九ツ星神「すまなかったな。大人気なかった」え?

 

「一応。裏は取れている。君は敵ではない。先天的な異能者には違いない。かつて箒が襲われた時、君がいなければもっとひどい被害が出ていただろうし、風呂場での一件も、不用意であるが不慮の事故だ。まあ、とにかく。君が何であれ、箒の友人であろうとしていることは信じられる」

「…………」

「ただな。少ないなりに修羅場をくぐっている君が、どの程度できるか知りたかった」

「……それで威圧を?」

 

顔をしかめていえば、苦笑しながら水をもう一杯注いでくれる。

 

「性分だ。不器用でな。剣を交えなければ為人はわからん」

「……交えるどころか」

 

ひと睨みでKOされても判断つくものだろうか。

 

「全くわからないわけでもない。……壁ぶち抜こうと考えて、辞めただろう」

「……」

「沈黙は肯定と受け取る。箒の件から推察するに、君の異能は寮の駆体をぶち抜いて逃げ出せるだけの出力はあるだろう。だがそれをしなかった」

「……。できなかっ「たのではないだろう」……」

「まあ、あくまで私の想像だ」

「かのブリュンヒルデに過大評価いただけるなんて光栄ですね。正確か否かはさておき」

「……意外と森先生の見たとおりなのか。やはり教師としては三流だな」

「どういうお話をされてるのかは大変気になりますが、本題に入っていただいていいですか。私の為人のためだけに呼んでくださったんですか?個人的にはISの意識の方の話に興味がありますけど」

 

「よくぞ聞いてくれました!!」

 

その声を聞いた次の瞬間いくつかのことが同時に起こり、

 

そして。

 

気がつけば、地べたに這いつくばっていた。

 

ガラス片が散らばったアスファルト。

打ち付けたのか痛みを帯びる頬。

背を踏みつけている足。

呼吸がしんどくなるくらいの圧迫感。

 

織斑先生から発されていた威圧感とは違う、もっと物理的な圧力。

 

何が起きたかわからない。

 

私はただ逃げようとしただけのはずだ。

背筋を這い回った怖気に従うかのように、異能の秘匿も、声の主の正体も。何を気にすることもなく逃げ出した。投げ出した。

生物化した服を翼の神器、九ツ星神器“花鳥風月”に変え、窓を突き破って逃げたはずだ。

逃げようとしたはずだ。

 

考えがあったわけじゃない。

確信も何もない。

反射というにふさわしい、だからこそ最速の一手。

 

「んー。どうしていきなり逃げられるのかな。名乗ってないし、姿どころか気配も感じてなかったはずなのに。何を根拠に逃げる選択をしたのかさっぱりわからないや。やっぱり人間って不思議だね。ちーちゃん」

「お前の持論などどうでもいい。今すぐその足をどけてコレを解除しろ。生徒を傷つけることは許さん」

「わあ。素敵な先生ってやつだね。ちーちゃんもペシャンコになってもおかしくない重力場にいるのに平然としちゃってぇ」

「御託は「けどダメ。コイツこの状況でも逃げ出そうとしてるし解除した瞬間さっきの羽根みたいなので逃げ出すに決まってる」……松本。コイツは常軌を逸していて人情のかけらもない負の感情を煮詰めたようなやつだが、危害は加えない。加えさせない。だから逃げ出さずに話を聞いてほしい」

「信用できません」

 

“ハンバーガー”に“倍”を加える力

力を倍にする。

名付けて"パワ"そら。

 

大仰な神器は見せ札として丁度いい。

 

“ハンバーガー”に“倍”を加える力。

ステータスの倍化。

使いやすい上に秘匿性が高いのが素晴らしい。

 

体の"力"を倍に。

それでも身体にかかる重圧は酷く重い。

だが潰れそうな苦しさは軽くなった。

かろうじて動けそうだ。

 

けどまだ足りない。

 

さらに重ねる。

 

速さを倍に。

名付けて"ハヤ"そら。

 

こうも重ねても普段以下。

けれどそれでも。ゼロよりはマシになった。

 

踏みつけられた足を。

全身にまとわりつく重さを。

はねのけて立ち上がってやる。

 

「いい警官と悪い警官ですか?威圧した後、なだめすかして褒めてみせて後ろから不意打ち」

 

手と足で踏ん張って、上の足を気にせずゆっくりと起き上がろうと力を込める。

否、倍加した力と早さをもってしてもゆっくりとしか起き上がれない。

倍化の継続時間は1分。

二つ重ねて30秒。

重力場では倍化が切れれば動くことすらできなくなる。

 

「織斑先生はそう言った腹芸が得意でないタイプだと思ってました」

「んー。オマエがなに思おうが別にどうでもいいんだけど」

 

重力場と表現した。

重力の場だ。

であれば範囲内のものすべてに影響があるに違いない。

つまり重くてデカイ神器なんて枷にしかならない。

 

「無駄な努力とはいえ、この“天災”を前に諦めないその意地の悪さは認めよう!けど残念、オマエが何をしようと何も出来るはずが「“旅人”」___」

 

なら枷にならないものを使えばいい。

 

七ツ星神器

箱の神器

“旅人”

 

箒との関係をこじらせた切欠。

内からは破れぬ絶対の檻。

唯一他の神器と併用できる使い勝手のいい神器。

何より非殺傷なのがいい。

 

背に足が乗っている。

つまり元凶の人間は私の上にいるわけだ。

 

生物化させた服が、大口を開けて私の上にいる女性を囲い込む。

彼女が発しているであろう重力場かが効果を失えばよし、そうでなくても閉じ込められれば逃げられる可能性が「ザ〜ンネン。凡人が“天災”に届くわけがない」

 

箱が閉じるきる寸前。

聞いたことのないような硬質な音が響き、ハラハラと何かが降ってきた。

 

何が起きたのか理解したのと同時に、勝ち目のなさを理解してしまった。

 

貴族様の予兆ない攻撃云々の比ではない。

りんちゃん相手に勝ち目を探すこととも月とスッポン。

 

私を踏みつけているこの女。

“旅人”を内側から破壊しやがった。

 

速さ、硬さ。

この二点において“旅人”はトップレベルの性能を持つ。

コンマ5秒で閉じられる箱は内側の攻撃では破壊されない。

そう設定されている神器。

出てくる場所も秀逸。なんと言っても相手の足元を自動的に判別して発動するんだ。目の前にいる私に意識を向けている相手であれば気がつけば既に閉じ込められているなんてザラ。

 

それを、

避けるどころか、

動くことなく、

破壊しやがった。

 

何かカラクリがあった?重力場だけが彼女の異能だけではない。腕力が著しく高いのか?それとも破壊に特化した何かが「あれ?もしかして今のが最後?他にもあるんだよね?結から色々もらってるんでしょ?いろいろやってたんでしょ?それでこれだけ?いやいや。凡愚とは言えそれはないでしょ。結が手を加えれば凡愚も英雄に早変わり。え?本当におしっおお??」

 

腰から生えた手で、女の右足を思い切りはらいのける。

背中からもう一人私が生えてきた光景にさすがに度肝を抜かれたのか、キョトンとした顔で私を見ている。

 

「二ツ星神器”威風堂々“。歯ぁ食いしばれっ!!」

 

バラバラに散った服の破片がその身を赤黒い腕に変じ摑みかかる。

"威風堂々"の握りこぶしからひょこっと出た顔に向かって思い切り左の拳を振り抜く。

 

奥の手。最終手段。最後の切り札。

バイそら。

 

私自身を"倍"にした。

 

神器はいい。

その大仰さゆえに警戒心はそちらに向く。

 

ステータスの倍加はもっといい。

大仰な神器に隠れた切り札になる。

 

そして。ステータス以上のものを倍加できるこの能力はの真価は。

全て晒した後にこそ効く。

 

伏せ札は、今こそ生きる。

 

天災の想定外をぶつけられる。

だから"倍"を加える力はその警戒を打ち抜くのにちょうどいい。

 

確実に油断はつけた。後はそれに乗じて逃げられれば_____

 

が。

そこで理解した。

理解してしまった。

 

私の左手を一瞥もせずに掌で受け止めるその女。

爛々と目を輝かせて私を見つめるその女。

対して力を込めた様子もなく"威風堂々"の掌を片手で止めたその姿。

 

この女がどうやって"旅人"を破壊したのか。

何をもって破壊できたのか。

 

その女の身の丈ほどある巨大な掌による拘束をまるで飴細工のようにその片腕で変形させている。

 

あろうことかこいつ腕力だけで神器を破壊しやがったのか。

 

「驚いた。分身までできるんだ。いや?分裂?それともコピー?自己意識はどうなってるのかな?おやや?どっちも本体!?いいねいいね!ようやく面白そうな能力持ちに出会えた。再現が簡単そうなものばかりだったし、結の異能も大した事ないんじゃないかって思ってたんだけど。そういうのもあるのか」

 

笑みを浮かべる女は美人だ。

おっさんは反応しないことに違和を覚えるくらいには美人。

絶世という形容はきっとこの女にこそふさわしい。

 

ああ。まさに世から隔絶されている。

 

笑みを浮かべながら、興奮を語りながら、重力場になすすべなく地に伏せている二人の私にゆっくり近く。

起き上がれないにしろ、常人より遥かに丈夫でタフな天界人としてのこの身を力でねじ伏せ、私たちを同時に組み伏せる。

 

理解した。

勝ち目はない。

勝ち目を考えることすら恥ずかしく思えるほどの力量差が存在している。ゾウとアメーバの差の方がまだ近い。人と惑星を比べた方がまだましだ。

 

だが勝たなくったっていい。

私の目標を思い出せ。

本能に身を任せて逃げ出そうとしたのは正解だ。

逃げ出す前に逃げ出せないほどの差まで理解できていれば大正解ではあったが。

 

勝つ必要はない。

学生生活に戻れればいい。

どうすれば切り抜けられる。

七ツ星神器が破壊された。だとすればそれ以上の強度の「束。いい加減にしろ。「あいたぁっ!!イタタ!痛いよ!愛が痛すぎぃっ」ふんっ」

 

突如。私たちを組み伏せていた女が消え。両肩にこれでもかと乗っかっていた重みも消え失せた。

 

「分身はよほど興味をそそったようだな。ようやく隙ができた」

 

助け起こされ、背の汚れを払われる。

私と目があった織村先生は不敵に笑い私の頬についた泥を拭って背を向ける。

 

「信じられまいが、信じられようがどちらでも構わん。話をする必要がある。松本。すでにお前は私に覚悟を見せている。私はそれを見て、信じられる人間だと思っている」

 

背を向ける織村先生の背後、つまり私の目の前、に先ほど見た黄金に輝く男が現れる。

 

「だが、束の件に関しては申し開きはできない。あいつの頭を下げさせて謝罪させる。そこから始めることにしよう」

「えー。なんでそんなのに謝る必要があるのかな。逃げ出そうとしたそいつが悪いんじゃん」

「お前みたいなのが背後にいれば誰だってには出すに決まっている。そもそもお前が悪くないはずがない。覚悟はいいな」

「うふふ。私は、悪く、ない。わーるくないよーだ。悪くあるはずがない。ちーちゃんと楽しく愉快に喧嘩するのも楽しそうだけど、今はいいや。話をするってんならそれで手打ちにしよう。お前が逃げ出さなければ、分身なんて見られなかったし。だからとりあえずまあ。ごめんね?それとありがとう。これでいい?ちーちゃん」

 

いつのまにか持っていた白いハンカチをヒラヒラ降ってコーサンと笑う女を見ている織村先生の表情は私からは見えない。

女はそのまま織村先生に背を向けて、割れた窓から部屋に戻ってひと撫でで割れた窓を直して見せた。気がつけば神器の余波でそれなりに荒れていた地面も、ズタズタになったはずの私の服も元の通りに戻っている。

 

窓を開けて手招きをする女の様子に織村先生はため息を一つつくとこちらに向き直り手を伸ばす。

 

「すまないが、少し付き合ってもらう。信じるか否かはそれから決めるといい。私たち、……私は、少なくとも松本の敵ではない」

 

逡巡する。

そもそも思わず逃げ出したが、呼ばれた原因であるISの意識には浅からぬ興味はある。

 

だが思わず逃げ出した。

この事実から考えれば、その時の本能を信じれば、きっと今窓から手招きしているあの女、あれに関わるのはやめたほうがいいに違いない。

 

私は何がしたい?

私は何を目標にしている?

 

瞑目して。

考えて。

 

織村先生の手をとった。

 



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十九話 春の夜長

あの女、篠ノ之束から逃げ出したのは失敗だったが、逃げ出すべきだと判断を下した本能には拍手喝采を送りたい。

 

累計70年ほどになる私の三度の人生であれほど優秀な人間には初めて出会った。一体どんな経歴があればあれほどの逸脱できるのか。まさに絶世。世界とは隔絶された存在だ。稀代の大天才。ある雑誌に曰く"天災"とは言い得て妙だ。あれは災害に似た何かだと言われた方がまだ納得できる。

あれに比べれば私なんて赤ん坊遡って受精卵レベルである。

あれに比べれば生を投げ捨てて新たな人生を求めたクズである私の方がまだマトモである。

 

 

気がつけば新品同然となっていた織村先生の部屋で、織村先生の陰に隠れながら篠ノ之博士とISの意識のお話。

マトモにコミュニケーションを取ろうという気がないのか、会話らしい会話にならず、尋問という表現が適切なやりとりをすることしばし。憮然とした表情でもういい。だからお前は凡人なんだ。と捨て台詞を残してSF映画よろしくその姿を消した。

何が気に食わないのか同じことを何度も繰り返し聞くくせに、結局私が聞きたいことは答えやしない。

 

前々世の営業経験でやたら注文を付けるくせに利益を寄越さないクライアントを思い出した。利益よこさないどころか協力的ですらないのだから最悪の部類に入る。その上あの博士は今までの経験上の誰よりも優秀と言うのだから救いは存在しない。

何かしらの事情で取引をやめられないと言う点もそっくりである。

 

深夜。消灯時間が過ぎ、真っ暗な廊下を歩く私はきっと側から見ればゾンビである。いつかの箒の罵倒が想起されますます気分が落ち込む。

懐中電灯を片手に私の半歩前を歩く織村先生は、そんな様子に気がついてか振り向いて声をかけられた。

消灯時間を過ぎているからか普段よりずっと声量を絞っている。

 

「束が礼を言っていた」

「は?あ、いえ。すいません。失礼な口を聞いてしまいました。なんとおっしゃいました?」

 

教師、目上の方に向けてあんまりな言い方だが、織村先生の発言にはそれだけの破壊力があった。

時間にしてせいぜい二十分。さらにその内の五分弱は博士に踏んづけられただけの付き合いだが、確信を持って言えることがある。

あの博士は人を人とも思わないマッドサイエンティストだ。

あの謝罪の薄っぺらさよ。

 

そんな人間が、付き合いの薄い私に礼?

今生最高のジョークだ。

 

「束はあれで、真っ当な感性を持った人間なんだ」

「まっとう」

「そう嫌わんでくれ。あれでも友人だ。松本はいい印象を持っていないだろうが」

 

なにせ出会い頭に足の裏をお舐め状態である。

とはいえ失礼極まりない態度であったことは否めない。

逃げ出そうとして神器を繰り出して拳を振り上げて。

最終的にお茶しながらお話したとは思えないはじまりだ。

 

「すいません。ただ好ましくは思えないです」

「そうだろう。誰彼構わず挑発して、それを楽しんでいる節がある。そういうスタイルとはいえ、そんな人間を初対面から好ましく思うものなどいるまいよ」

 

さぞ生きづらいに違いないが、あれほどの傑物であれば、生きづらさなぞ気にしないに違いない。なにせ生きている世界が違うんだ。

 

「それであいつは口が裂けても言わないだろうが、礼の件だ。箒の件、箒を助けてくれてありがとうと」

「箒?」

 

なぜそこで箒の名前が?

かけらも分からず首をひねる。

箒の名前が出てくる理由がわからない。

 

「……?箒は束の妹だ。その縁で私とも交友がある」

「…………。なるほど……?」

 

…………???

 

「それはたしかに礼を言われることになるのでしょうが、もしかして人違いでは?おっしゃってる箒ってあの、今私と絶賛喧嘩中で一組に在籍されている剣道部所属の篠崎……ああ。偽名でしたね。そういえば。もしかして本名って」

「そうか知らんのか。察した通り本名は篠ノ之箒。束の妹だ」

「あー。……なるほど。あーー」

 

ああ!!

 

「今点と点が繋がりました。そりゃ狙われますね。あんなモンスターみたいなやつが派遣されるわけですよ。……襲われ慣れてるはずですね。……」

 

……なるほど。

 

「友達を助けるのに、自分が生き残ろうとするのにお礼言われても困ります。ただ、まあそうですね。真っ当な感性を持ってるみたいですね」

「……妹思いだからな」

 

妙な間が気になるけれど、家族思いな人であれば悪い人ではないんだろう。コミュニケーションを取りづらい人間というだけであまり仲良くしたいとも思えないが。

 

けれどよくよく考えれば、第一声は排他的な表現ではなかったはずだ。説明しよう!なんてむしろこちらに歩み寄る発言だったはずだ。とすると一目散に逃げ出した私が悪いのか?いや、百歩譲って私が悪いにしてもあれはない。

 

「織村先生。博士とは仲良くなれそうにないですけど、いの一番に逃げ出そうとしたことを謝っていたとお伝えいただけますか。虫のいい話ですが」

「ああ。伝えよう。……だが私に言わせれば、あそこで行動を起こせた。その点は評価したいがな。行動の選択は間違いだが」

「評価?」

「束の第一声。大抵は心が折られる。本人の気質を結がさらに……いや。これは明日にしよう。この話を始めれば夜が明ける。明日は空いているな」

 

部屋の前についたところで、先生は話を区切る。

そして次のデートの約束を取り付けようとするなんて私のモテ期がようやくきたらしい。

 

少し扉を見つめて、先生に答える。

 

「光栄なお誘い嬉しい限りですが、……明日は貴、セシル、あー、オリ………ルームメイトが取り付けてくれた箒との仲直り会があるので、可能なら夜中まで時間取っておきたいです」

「……では明後日の金曜日を空けておけ」

「空いてますけど、クラス対抗戦の後ですよね?」

「ああ。この話に猶予を与えられない。聞かないという選択肢もだ」

 

わぁ。モテモテだぁ。

クラス対抗戦の後に重たそうな話し合いなんて素敵。

 

「わかりました。就寝時間までは空けておきます」

「すまないな」

 

そう言って、部屋に入るよう手で示して踵を返す織村先生は、最後に思い出したように普段の声量で言葉を発した。

 

「鳳、オルコット。就寝時間は遠に過ぎている。次は反省文だ。来たいのなら来てもいいが、対抗戦で無様を晒すようなら私直々にシゴいてやる。松本。来客の件は他言無用だ。以上。明日遅刻はするなよ」

 

名前を呼ばれた途端扉の奥でどったんばったん聞こえて来たが、織村先生はそれを気にすることなく廊下の影に消えていった。

消えた向こうに小さく一礼して部屋に入れば、小さな声でやいのやいの言う声が聞こえる。

 

「だから言ったでしょう!部屋の戻るようにと。お陰で私まで先生に注意されましたのよ!」

「あんたがドアで耳そばだててるからでしょ!私これでもかくれんぼ得意なの!音も匂いも消してたわよ!千冬さんがドア一枚透視できないわけないじゃない!私は部屋の隅でガタガタ震えてただけよ!」

 

流石に透視能力は持ってないと思う。

小声で言い争うなんて高等技術は昨今の女子高生に標準装備されているんだろうか。

 

「ごめん。織村先生がここまで送ってくれるとは思ってなかったや」

 

ドアを閉めて言えば、気にしなくていいと二人に言われる。

 

「いいわよ。別に。千冬さんから逃げられるなんて思ってなかったし。また随分ドロドロになって帰って来たわね。シャワー浴びた……あら?その割には服は綺麗ね」

 

ドロドロ?と思い頬に手を当てれば砂埃の汚れがひどい。髪もガサガサのゴワゴワ。博士にボコボコにされていた時の汚れだろう。

博士は服の修復はできても体の洗浄はしてくれなかったらしい。

 

「どんぱちになっちゃって。……あれ?結構音立てちゃったけど聞こえなかった?」

「え。千冬さんに喧嘩売ったの?命知らずすぎでしょ」

「音は聞こえませんでしたわ。松本さんもうちょっとおしとやかになられたら?力を持っていてもどう使うかは自由なんですから」

「初手拘束監禁を選んだ貴族様には言われたくないです」

「あ。あと。私の名前について、またお話しさせてくだしましね」

 

その言葉にふふふと笑って貴族様に脱いだ服を投げつけて、シャワーを浴びにユニットバスへ。

服を生物化させて筆談で概要だけ説明させておく。

 

あ。あれ買っとこうかな。幼児用のホワイトボード。

あれを生物化させたらペンと紙を用意しなくても説明させられるし、何より某映画のワンシーンを思い起こさせるから見た目も楽しい。

ペンとボードが一体型のものがあれば生物化の能力のみで丸投げできて楽でいいし。

おもちゃの名前なんて言うんだったっけ。

 

……例えば市販のホワイトボードとペンをはんだごてでくっつけたらそれは一つのものとして生物化させられるんだろうか?そもそも普段生物化させている包帯にしても数多の繊維を縒って編んでいるものだ。一つってなんだ。

 

……しばらく悩んで考えるのをやめた。

バラして組んで能力の試行錯誤すれば実証はできるだろうが、そもそもこの能力は彼、あるいは彼女、不手際で転生を2度させるようなあの自称神様が作った異能である。そこまで厳密なものでもあるまい。

 

シャワーを終え、ドライヤーで髪を乾かしているとトントンと扉を叩く音が、返事を返すとガチャガチャと扉が音を出す。

鏡に映る扉を見れば鍵が閉まっている。

今開ける、と声を出そうとすれば異臭と共に扉の隙間から液状の赤い手が伸びて三度の挑戦ののち扉の鍵を開けた。

 

「鍵閉めなくてもいいのではなくて?」

「浴槽のドアでノックアウトしちゃうと後味が悪いからね」

 

まあ、ぶつけたことはあってもノックアウトしたことはないけど。

 

「けど貴族様。いくらルームメイトとはいえ閉まってる鍵を開けるのはどうかと思うよ」

「入室許可はいただきましたわ」

「そうだけど」

 

後ろのりんちゃんもちょっと引いてるよ。

 

「それで?乙女の着替えに乗り込むなんてよっぽどの「結という男。知っていることを教えてください」……なるほど?」

 

貴族様の目。

あれは大剣片手に私と喧嘩した時の目だ。淀んで濁って。良いも悪いもごちゃ混ぜにした黒。

 

「私は何も。多分。その話は明後日、織斑先生とすることになるだろうけど、それまで待てる?」

「ええ。ええ!待てるに決まってます。なにせこの五年待ち続けてたんですから。ああ。ようやく。ようやくですわ!どれだけこの時を「落ち着きなさいよ。就寝時間過ぎてんのよ」あら。失礼」

 

貴族様の後ろから声をかけるりんちゃん。

それに対して口に手を当てて微笑む貴族様だが、血生臭い思い出がよぎって私は笑えない。

思わず大丈夫?と聞いたが、満面の笑みのまま大丈夫と答えてくれる。明日の一組が平穏無事に授業を終えられることを祈るばかりである。

 

 

翌日。

食堂でハンバーガー片手に箒と貴族様を待っていた私は、どうやら箒と貴族様が第二アリーナで大喧嘩を始めたと慌てた様子で走って来たりんちゃんの伝言を聞いて天を仰いだ。



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二十話 波乱

「なんで携帯持ってないのよ!」

「必要性を感じなかったからね!今はひしひしと感じてる!」

 

第二アリーナへと急ぎながら事情を聞く。

なんでも件の結なる人物は箒の兄だったらしい。

それを耳にした貴族様は暴走一歩手前。

血の異能を使わないにしてもIS"ブルー・ティアーズ"を纏って箒に喧嘩を売ったらしい。

場所が第二アリーナだったことは不幸中の幸いか。

 

「私が話したあの男も、多分」

 

いつか聞いたりんちゃんの昔話にも登場する黒幕とやらもどうやら同一人物らしい。だから貴族様が食いついてたのか。

 

「織斑先生は?」

「一護が呼びに行った。一夏は二人を止めようとしてる」

 

既に織村先生が呼ばれるのなら、私が着く頃には拳骨か何かで場は収まっているだろう。

血相変えて急ぐ意味も見えないが、なぜか妙に嫌な予感がする。まるで何か嫌なものが混ざっているような感覚。

 

あの男の話題だからだろうか。

りんちゃんから聞いた得体の知れない男の話。

貴族様の仇だという男の話。

箒の兄だという男の話。

 

黒幕じみた、男の話。

 

 

 

あの夜。

りんちゃんの話してくれた修学旅行での一幕を聞いた日。

バスのタイヤがパンクしたことになっているという事故の話。

幸運にも死傷者は誰も出なかった事故の話。

一夏くんが弾丸で、一護くんが刀で、それぞれ化け物からクラスメイトを守ったらしいその話に出てくる黒幕。

 

バスの天井を引き裂いて現れた化け物がクラスメイトを襲わんと二人と戦っている中、その黒幕は終始笑っていたらしい。

人質として黒幕のそばにいたらしいりんちゃんは、終始その笑い声を聞いていた。

 

「すたんど、ざんぱくとう。あのクソ野郎はそう言ってた。結局姿も顔も見てない。覚えてるのはあの右手と声」

「すたんど?」

「悪いけど名前しか知らない。どっちも。あとは化け物のことほろうって呼んでた」

「ほろうねぇ……」

「……すたんど」

「貴族様?」

 

すたんどに聞き覚えがあったのか考え込んでいる貴族様。声をかけても反応もなし。

 

「キーワードがあるなら、調べてたり?」

「思い出したの昨日よ?1日じゃまださっぱり。とりあえずネットじゃ出てこなかったわ。当て字とかなら最悪ね。当てられる気がしない。けど読みでも引っかからないとなると手が出ないのよね。だから同じ事情を抱えてるかもしれないそらに話聞きに来たんだけど……」

「ごめんね。話した通りひとりぼっちの天界人じゃ心当たりはないよ」

「みたいね。けど、わかったことはある。4人いて4人とも違う異能なんだから、多分把握してるのはそれを持ってる本人だけよ。あるいは、あのクソ野郎も知ってるんだろうけど」

「あー。りんちゃん?花の乙女がクソ野郎を連呼「そうね。クソ野郎に失礼よね」……貴族様」

 

普段から女性たるものと大変ありがたい説法を下さる貴族様に助けを求めるも、しかめっ面に腕を組んでこちらの話など聞いている様子ですらない。悩む姿も大変お美しい。

 

「腹括ったわ」

 

助けを求めている間に腹をくくったらしいりんちゃん。こちらはいくらしかめっ面しても可愛い域から凛々しい域へは抜け切らない。

どんな方向に腹をくくったのか皆目見当もつかない私は恐る恐る聞いてみた。

 

「直接聞く」

 

聞いてどうするんだろう、と思わないでもないけれど、馬に蹴られたくはなかったから、そりゃあいいと返しておいた。

 

翌日件の彼と告白がどうのと喧嘩別れして不愉快げに枕にあたり散らす彼女を見て止めた方が良かったと思ったが、結果論である。無力な私にはどうしようもない。

 

 

食堂から階段を登って降りて。

校舎を出れば、第一アリーナの向こうが第二アリーナだ。

天界人の鋭い嗅覚でも血の匂いは感知できない。

貴族様はまだ一線を超えてはいないらしい。

 

ホッと一息ついてまた走り出そうとすれば、向こうから走ってくる集団が目に入った。

 

「先生は!?」

「一護が呼びにいってます!今どうなってます!?」

 

集団の先頭の少女、おそらく先輩、の必死の呼び声に、凛ちゃんが返す。その返答に顔を歪めた少女は、思い返すのも嫌そうに顔を歪める。

 

「わかんないわよ!イギリスの子がっ!あの子のっ、血がっ!」

 

そのままボロボロと涙を流し始める先輩を筆頭に、後続の子たちも涙を流したりその場に崩れ落ちたりと阿鼻叫喚の様相に。

 

先輩が恥も外聞もなく泣き始める様子にワタワタし始めたりんちゃんには申し訳ないが、あっちはもう猶予がなさそうだ。

 

「りんちゃん。ごめんこっちは任せた」

 

ギョッとこちらを向いたりんちゃんが何かを言う前に、

 

五ツ星神器

"電光石火"

 

車輪の神器を使い、目にも留まらぬ速さでその場を離れる。

 

寮室の一件の、あの貴族様が周りも気にせず表に出ているのならもはや一刻の猶予もない。

 

 

回す。

回す。

車輪を回す。

 

車輪についたスパイクが回転を推進力へと変える。

牛を模した靴に岩のような車輪。

スパイクというより、杭と呼ぶにふさわしいそれが車輪の周りについている。

天界力を燃やして回す。

杭が地面に食い込んで一層加速する。

 

早く。はやく。はやく!

 

頭をよぎった最悪のケース。

"先読み"の免許皆伝が恨めしい。

嫌な予感が実現しない根拠が何一つ思い当たらない。

 

 

がちん。と。

アリーナのドアを蹴破る。

 

はじめに感じたのはうっすらとした血の匂い。

次は空気が焦げたような熱。

 

そんな場所で。

 

上半身と下半身が両断されている男子生徒に、回避に徹している箒。

哄笑しながらレーザーをばら撒いている貴族様。

 

「さあ!さあ!篠ノ之さん!教えてくださいまし!」

「お前こそ!何を知っている!!」

 

半分になった男が、セシリアを指差す。

 

嗚呼。

まずい。

 

既に詰めろだ。

 

「セシリアっ!!受け止めろっ!!」

 

一ツ星神器

砲撃の神器"鉄"

 

寸分たがわず、貴族様に向けて。

天界力を込めて思いっきり。

 

バカン。

と大きな音を立てて、砲弾が貴族様に向かう。

 

当然貴族様は思いもよらぬ攻撃に防御も回避も間に合わず、アリーナを覆うシールドまで吹っ飛ぶ。

 

そして鬼気迫る表情でわたしを睨みつけた。

 

そう。睨みつけた。

私と貴族様を遮るはずの砲弾はどこにいった?

 

「織斑君かな?ソレは流石に人に向けるものだとは思えないんだけど。ISのシールド越しでも無事じゃ済まないんじゃない?それ」

 

上半身と下半身が分断されている彼は。顔を上げこちらを見つめる。

 

「俺は殺されかけた。箒も攻撃を受けてる。攻撃しない理由がない」

 

上半身は地面に飲み込まれ、下半身が起き上がる。

右手の砲身を睨みつけながら左手の薬指をこちらに向け言葉を切った。

 

まるで奇術だ。

起き上がった彼は五体満足でどこもかけちゃいない。

 

「じゃ、私は攻撃をされるいわれはないはずだ。で。貴族様落ち着いた?法治国家じゃ、理由はどうあれ大抵手を出したほうが悪くなる」

 

神器を解除して両手をあげる。

貴族様に目を向けながら、それでも織斑君を視野から外さない。

 

"鉄"の砲弾は、何かに飲み込まれた。

あれが貴族様に当たっていたらと思うとゾッとする。

 

"先読み"は大当たり。

しかも悪いほうに補正がある。

こんな異能もあるのか。

 

当たったものを消す。なんて異能、想像だにしなかった。

 

そんなものを望む人がいるなんて。

 

「ああ。よかった。生きてましたのね、一夏さん。それに異能持ちだったなんて。素敵。あ。お礼は言いませんわよ。そらさん」

「礼じゃなくて謝罪が欲しいね。こんな状況じゃ。今夜の予定はぱぁだ」

「あら。セッティングといえばセッティングじゃありませんの。そらさん今ですよ。今こそ箒さんに言うべきじゃありませんか」

「この状況で?よくて嵌めようとしたなんて思われるのがオチじゃないか。何言ったって後の祭り」

 

まあ、とはいえ。

行動あるのみ。

言いたいことは言うべきか。

 

「箒。仲直りをしよう。私は、君と仲良くしたい」

「……お前、頭大丈夫か」

「ごもっとも。が。まあ、そりゃそうか。状況が最悪。けどそれはそれとして、口がきけるときに言わないとね。絶交とか嫌だし。今、このままなぁなぁで解散したらラブロマンばりのすれ違——」

 

腕の神器

二ツ星神器

"威風堂々"

 

右腕の包帯が一人でに解け、飛び上がり、巨大な腕に変じて姿を消す。

 

「……織斑君。攻撃をされるいわれはないと思うんだけど」

「これは箒とセシリアの問題だ。口を出すな」

「おや君も口を出せないね」

 

だらんと垂れた右腕に少し重心がぶれる。

織斑君の指は、そのブレと同じように揺れる。

 

「私は二人の友人だ。当然、私の問題であると声高に主張しようか?」

「セシリアの味方だな?なら俺の敵だ」

「どっちの味方でもあるし、君と敵対した覚えはないね」

「俺は「はっきり言えよ。転生者は敵だ。ここで殺す。つまり、そういうことだろう?」……」

 

はっきりと、織斑一夏と目を合わせる。

ああ。こんな目ばっかりだ。

 

身に覚えのない恨みを向けられても困る。

 

「そんな攻撃に特化した異能を迷わず人に向けて使うくらいだ。君の中で結論は出たんだろう。私は、君の敵かい?」

 

迷いなく、明るく光る瞳。

覚悟を決めている目だ。

 

真っ直ぐ私を見つめている。

 

「けどいい加減うんざりだ。負い目のあるところをネチネチ言われるのはもう限界。面倒極まりない。転生したことについてとやかく言われるのは仕方ない。あれは唾棄すべき選択だった。だがね。生まれ直してからこれまでのことで私には何も恥ずべきことはない」

 

貴族様にも、箒にも、君も理由があるだろうが、

 

「私にだって理由がある。一纏めにされるのは心外だ」

 

横に飛ぶ。小さな風切り音が過ぎて後ろから破砕音が聞こえる。

 

「3度目。爪を飛ばす。当たったらズドン。渦、かな?何かに巻き込まれて消える。さすがにもうわかる。織斑君。我慢できるうちにやめてくれ。可能なら、攻撃したくない」

 

今度は小指。

それが最後か?右手は?リロードは?

考えろ。考えろ。

 

「はっ。信じられるかよ」

「だったら箒に聞いてみてくれ。私は信用に足るか否か。なんせ小学校を同じくした幼馴染だ。喧嘩中とは言え——

 

右に後ろに飛んで跳ねて計3発。右手は現在薬指がこっちに向いている。

 

「お前はずっと騙してたのか!幼馴染の信頼を!友情を!」

 

箒を庇うように前に立つ男。

その、背後の箒は、

 

「……ああ」

 

見覚えの、ある顔だ。

 

「絶対にお前はここで「もういい。聞きたくない」っく!」

 

思わず飛び出して反撃に構わず蹴りつける。

既に生物化させていた服が、私から離れて消える。

 

これで小指の爪(弾)まで打ち切らせた。

 

肌着一枚になって私に目を白黒させる織斑一夏は鍛えているのか、私の蹴り程度ではこゆるぎもしない。

 

踏ん張りは強い。

服の上からわかる程度には筋肉質。

天界人(多少丈夫なだけ)の蹴りでは不足。

動揺も少し。視線は揺れるが外れることはない。

それなりに場数はこなしてそう。

 

「っっ」

「服を剥ぐとは随分素敵な異能だね」

 

"無生物"を"生物"に変える力

織斑一夏の服を生物に変える。

 

「ぐっ」

「当たれば必殺なのは君だけじゃないぞ」

 

ISを使用する際に着用するスーツ。

操縦者とISの接地面積を広げるために、水着に比べ多少露出はマシ程度のそれは、けれど丈夫で伸縮性の高い素材で編まれている。

 

全身を覆うレオタードであれば、生物化すれば拘束技に早変わり。とはいえ強度には不安がある、ISスーツでは焼け石に水程度の効果しか期待はできないかもしれない。胸部と二の腕までしか布のない織斑一夏のものでは、せいぜい息苦しくなる程度の拘束にしかならないだろう。

 

だが、そもそも。

拘束で終わらせるつもりはない。

 

血塗れのまま、幼い箒ににじり寄る暴漢を思い出す。

この男は、私の、敵だ。

 

四ツ星神器

断頭台の神器

"唯我独尊"

 

生物化してISスーツを神器に変える。

 

渾身の怒りを込めて。

ありったけの力を込めて。

 

ISスーツが姿を変える。

それは牙を持った魚。

禍々しき魔物たる仮面。

大口を開けた魔物の、その名を——

 

「"銀の戦車"ッッ!!」

「ブルーティアーズッ!!」

 

示すことなく、閃光と共に四散した。

 

「箒はともかく、貴族様が邪魔するとは思わなかったな」

「あら。私は箒さんはともかく、一夏さんとはお友達以上になりますわよ?」

「趣味の悪いことで、私は友達じゃないって?」

「あら。だから止めたんじゃないですの」

「やだなぁ。私が怒りにわれを忘れるって?さすが貴族様ユーモア抜群じゃないか。"威風堂々"」

 

千切れてバラバラの布切れが、赤黒い巨腕に変わり。渦とともに消える。

 

「織斑一夏。君がまだ親指に弾(爪)を残していることは知っているし、なんなら足からも攻撃可能なんじゃないかって思ってる。そもそも弾になりうるのは爪だけじゃないかもしれないのに、警戒解くわけないじゃないか」

 

忌々しげにこちらを見る織斑一夏に目を合わせることなく、彼のそばに立つ箒を見つめる。

 

「さて。箒。……いや、ごめんね。篠崎さん。迷惑をかけた。これで、さよならだ。事情は、歯抜けでしか知らないけれど、もし機会があれば、貴族様やりんちゃんとは話してあげて、話聞きたがってたから」

「まっ「私も謝って欲しいのですが」っ」

「身から出た錆でしょ。篠崎さんも話せばわかってくれるだろうし、後日日を改めれば?……まあ、調整してくれたのには礼を言う」

「そうですね。調整の礼に休日携帯電話でも買いに行きましょうか。明後日は空いてますわよね」

「どうだったかな」

 

そう言って歩き出す。

 

「あ。貴族様ジャージか何か、かしてよ。洗濯して返すからさ」

「ええ。231のロッカーに入ってますわ」

「ありがと。助かるよ。流石に下着で歩けるほど人目を無視はできないや」

 

じゃあね。と手を振って彼女たちに背を向けて歩き出す。

ロッカールームへ入る前、アリーナへ駆け込んできたりんちゃんたちとすれ違う。

 

彼女とその背を追う男子生徒がギョッとこちらに目を向けるが、気にせずロッカールームへ入って貴族様のジャージを借りる。

 

手の中でクシャクシャにしたジャージにため息をついて、一つ大きく深呼吸。借り物に八つ当たりはまずい。若さを理由にするにもあんまりだ。

ジャージを着て静かにアリーナから出る。

天界人の聴力は、まだアリーナの中が落ち着いていないことを知られるけれど、もうどうでもいい。

 

みんなしたいようにするんだろう。

 

私だってそうする。

 

誰かがアリーナの出口に近づいてくる音を聞いて、急いでそこから立ち去った。



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第二十一話 対抗戦

「てっきり貴族様の本気が見られると思ってたんだけど?」

「昨日のアレで出場停止ですわ。せっかくクラス代表になれたのもおじゃんです」

 

おじゃんとは相変わらず日本語慣れしているなと思いながら、アリーナ内の試合をぼんやり眺める。

 

エキシビションマッチと銘打たれて宙を踊っているのは一組の男子生徒二人。森先生が言っていた出ざるを得ない人たちの様子を眺めながら不貞腐れている貴族様を意識から外す。なにせレポートの提出をせねばならないのだ。一体何を求められているのかさっぱりだが、見ないことには何もかけない。感想文にならないよう気をつけたいが、一体何をかけばいいのだろうか。効率のいいISの落とし方とかが妥当なのかね。

 

近接用ブレードを片手に距離を詰めようと第二世代機"打鉄"を操る黒川一護くんに、詰めさせまいと両手の銃で牽制する第二世代機"ラファール・リヴァイヴ"に乗る嵐湯一矢。

りんちゃんの話から察するにそれなりに場数を踏んでいるであろう黒川くんに対して主導権を握っているあの男は何者だ。

 

珍しい苗字。顔は覚えていなかったが苗字を聞いて思い出した。

あれは委員長ではないか。

小学校の時、本音と一緒に私を見送ってくれた委員長。

思わぬ再会に驚きである。

 

世界に3人しかいない男性操縦者に、SFもかくやという技術を開発した博士の妹。我ながらフィクションじみた交友関係である。

もっとも彼との関係は精々が5分程度の会話だけの上、博士の妹とは昨日縁が切れたが。

 

結局、距離を詰め切った黒川君が嵐湯君を叩き斬ってエキシビションマッチは終了。

搭乗歴精々十数時間とは思えない見応えの試合に観客席はかなりあったまっている。

前情報でもともと盛り上がっていた一組とりんちゃんの試合への前座としては上々だろう。

 

「賭けでもどう?」

「あら。不良さんですわね。内容は?」

「勝敗に関しては私怨が混じって楽しめないだろうから、一組の負け方なんてどう?」

「私怨そのものじゃないですの。でしたら。決着がつくまでの時間、でいかがですか?」

「なるほど。……1分以内かそれ以上か。が妥当かな?」

「そうですわね。……いえ。30秒。それ以上かかるようなら一夏さんに勝ち目はありませんわ」

「なるほど。じゃあ私は時間をかけて一組代表がボコられる方に賭けるよ」

「では私はりんさんがさくっと両断される方に賭けますわ」

「掛け金は来週の洗濯当番でどう?」

「……洗濯は任せたくないのですが」

「じゃあ、掃除?」

「いえ、デザートを一品なんていかがですか?」

「なるほど。単なる学生の身分でデザートの負担は大きいけれど、まあ無料券は二組がもらったようなものだし。いいよ。乗った」

「ありがとございますわね。デザートを頂いてしまって。成長期に食べられないのは辛いでしょうが。まあ望みもなさそうですし」

「こちらこそ。貴族様の体重を気遣ってデザートを食べてあげる私に、もっと感謝したくなると思うよ」

 

笑顔で見つめあって、二人して大声で応援を始めた。

 

私たちの応援が罵り合いに変わりかけた頃、漸くりんちゃんが出てきた。可愛らしい顔を凛々しく固めて、向かいにいるだろう一組代表を睨みつけている。

 

ブザーとともに距離を詰めるりんちゃんに思わず口汚く声援を送る。

 

「何やってるの!距離とってボコボコに叩き潰せぇ!!」

「鴨がネギしょってきましたわ!一夏さん!そこです!膾切りに!!」

 

クラスメイトはドン引きしてる中、周りの様子も気にせずりんちゃんに声援を送る。

観覧席からアリーナへ声が届くはずもなくそのまま相手の射程距離で切り合うりんちゃん。そもそも声が届いたところで距離を取るとは思えないが、それでも大声を張り上げる。

 

斬り合いながら、戦いながら、二人で何かを言い合っている。

表情から察するに舌戦ではりんちゃんの分が悪いらしい。

 

あ。あの表情は知ってるぞ。

言い負かされた顔だ。

一組の彼から逃げてきた時の顔がまさにあれだった。

 

「あ」

 

それは私と貴族様。どちらから漏れた音だったのか。

 

言い負かされて、動揺したまま距離を取るなんて、格好の的である。

 

不可視の弾幕、それを作る前の隙、場慣れしている一組代表が、その隙を逃すはずもなく。

 

目で追えぬほどのスピードで距離を詰められたりんちゃんの結末は、観客席からでも容易に想像ができたし、実際その通り、構えた刀が輝いた瞬間、私はりんちゃんの負けを確信した。

 

けれど、その結末を見届けることなく。

分厚い隔壁が下され、無粋な警報音が鳴り響く。

 

緊急事態発生。これは訓練ではありません。緊急事態発生。これは訓練ではありません。各員、緊急時マニュアルH-2のもと、避難を開始してください。緊急事態発生。これは訓練ではありません。緊急事態発生。これは訓練ではありません。各員、緊急「皆さん!聞いた通りです!私について来てください!」

 

がなりたてる警報音をものともしない森先生の大声に、漸く生徒たちはなにが起きたのか理解を始めて、ざわつき始める。けれどパニックもざわつきも一切許さず森先生は声を張り上げる。

 

「松本委員長!オルコット代表候補生!生徒の取りまとめをしてください!H-2の内容はわかってますね!」

「クラスごとの順序避難。避難経路も頭に入ってますわ」

「右に同じです」

 

よし。と頷き、毅然とした態度のまま森先生は指示を続ける。

指示の通り動、バキ、き、点呼を。ギギャガ。

 

振り向けば、隔壁に爪を突き立てる無機質な物体と目があった。

 

どういう順番だったのか。

森先生が何かを叫ぶのと、貴族様が先制攻撃を叩き込むのと、生徒たちが状況を理解するのが。おそらくほぼ同時に起こり。そして。その時。

 

その時私は。

 

ぎやん。

と無機質な機械は吹き飛ばされる。

 

穴の向こう。

倒れた機械は立ち上がり顔を上げてこちらを向く。

 

その視線を遮るようにラファール現れる。

 

「なかなか劇的な再会になっちまったが。久しぶりだね。松本さん」

 

先ほど、エキシビションで空を舞っていた嵐湯くんがラファールを纏って私を見下ろしている。

 

「けど、話はあとか。先生。ここは僕が押さえます。早急に避難を完了させてください」

「ありがとう。みんな!あわてず速やかに教室に向かって!走らない!騒がない!」

 

ああ。また目があった。

 

「松本さん!はや「逃げろ!また来るぞ!」え。きゃっ」

「そらさん!?」

「セシリア。お願い」

「何を「松本さん!バカ言って「任せた!」きゃっ」任されました。すぐ戻ります」

 

突き飛ばした先生を抱えて飛んでいく貴族様が、気がつけばブルーティアーズを展開していることに今更ながら気がつきながら、変わりない様子でこちらを見ながら起き上がる機械と見つめあう。

 

「松本さん?早く「嵐湯くんも、転生者?知ってるなら話は早いんだけど」……。まさか自分からバラすとは思わなかったな」

 

平然と、けれど驚きはしているようで。

 

「あら。一組じゃ周知の事実?あいつは危険だ。近づくな。なんて」

「ん?いや。見てたのさ。織斑との一件よりも、オルコットとの一件よりもずっと前からな」

「……それは。随分いい趣味だね」

「そう言われても仕方ないが。見えちまうもんは仕方ない。悪いとは思ってるんだ。お陰でどっちにも肩入れできなくてな。お?」

 

笑みを浮かべた嵐湯君は、小さく息を吐いて地に足をつける。

ラファールを解除して、観客席に降り立った彼はISスーツでも、制服でもない、青い鎧に赤い弓を片手に立っている。

 

「目は無くなったみたいだ。この戦闘は記録されないし、誰にみられることはない。らしい」

「へー?なるほど。それも見えたって?」

「ああ。千里眼持ちでな。遠くまで見える。管制室で織斑先生が記録機器の電源を落とした。ん?ああ。なるほど。一護のやつIS脱ぎやがったのか。まあ慣れない武器は使いづらいわな」

「…………」

「さて、早々にこっちを片してから一夏た、凰たちの応援に行きたいんだ。もともと戦うつもりのようだし、手を貸してくれるならありがたいんだが」

「……まだ他にも?」

「ああ。あと二機。一夏と一護の前衛、凰の後衛で凌いでる。友人の危機だ。助けに行きたい気持ちもわかるだろう?」

「わかった。けど一つ聞かせて」

「おう」

「……見送りに来たあのタイミング。あの時すでに知ってた?」

「ああ。人気のないところであの馬鹿でかい武器を使ってりゃあ見ない方が難しい」

「そ、じゃあ話は後……え?」

「おうそうと決まれば話は早い。俺は見た通り弓を使う」

「…………嵐湯君?」

「まずは俺が落とす。トドメは任せた」

「…………。すでに飛べないと思うんだけど」

 

会話の最中。

まるでそうであるのが自然な様子で弓を射る彼。

あまりに自然すぎて、3度目の射まで気がつかなかった。

 

「そうか?あの篠ノ之束謹製の一品だぞ?俺程度の矢の二、三本じゃあ及ぶべくもないと思うが」

 

無機質な機械が飛び立とうとする瞬間、背のスラスターに、飛び立とうと力をためた膝に、寸分たがわず矢が刺さる。

射ったことはわかる。だが、いつ構えたのかもわからないし、そもそも矢をつがえた事すら気づかなかった。

すでに主だった関節には矢が刺さりまともに動けるとも思えない。

 

「……わかった。一旦無力化する。これ。矢で飛ばせる?」

 

右腕に巻きつく包帯に、彼の元に伸びてもらいながら彼に尋ねる。

 

「ああ。それならいけるぜ。あの馬鹿でかい武器になると準備がいるが」

 

彼が取り出した、いや、生み出した?彼が虚空から取り出した矢に巻き付いてもらい、あの無機質な機械の元まで飛ばしてもらう。

 

「"旅人"」

 

頭部に刺さった矢に巻きついた包帯が伸び上がり、姿を変じて無機質な機械を囲む。

 

数字がいくつか彫り込まれた木箱に変じたソレ。

七ツ星神器

箱の神器"旅人"

 

内側からは決して破れぬことのできぬ結界神器。

 

篠ノ之博士との一件で強度不足の懸念はあったが、流石にあそこまで物理法則から外れてはいないらしい。とすると、あの博士はあの機械よりも腕力がある可能性が生まれたが、まあ考えるだけ意味のないことである。

 

「あとは電池切れまで待てばおしまい。あるいは先生に引き渡すかな」

「そうだな。とっとと凰の方を片して怒られに行くか」

「織斑先生はお怒りで?」

「角が見えるくらいには」

 

先月。こってり絞られた事を思い出す。

しかも今回はメンバー的にアウェイ感が非常に強い。

 

「りんちゃん連れて逃げるね」

「おお。そりゃいい。逃げ切れるよう祈っとくよ」

 

とん。と。

観客席からアリーナへ飛び降りる。

 

先程こちらを見ていたものと同じものが二機。りんちゃんたち三人と宙を舞っている。

 

「一夏!」

「ああ!見えてる!こっちも片付けるぞ!」

 

観客席の隔壁をくりぬいた爪が迫る中、白いISは刀でいなし柄で打ち、子供をあしらうように相手取っている。

一方、黒い装束を纏い身の丈ほどの出刃包丁を振り回す黒川君も一方的と言えるほどに機械に攻撃を加えている。

 

「馬鹿!前ですぎ!一夏!次で決めるわよ!」

 

白いISの背後からおどり出るりんちゃんの声に機械を足蹴にして距離をとった白いISは、その手の刀を構えて上段に構える。

 

「3カウント!直進!任せた!」

「おう」

 

その、彼の、刀から立ち上る光の柱。

妙な既視感。

 

剣から立ち上る、あの、光。

俺は、かつて、あれと、あれを携えた勇者と、対峙、した……?

 

「援護、も必要ないか。それなりに、ん?おいおい!避けろ!上からくるぞ!」

 

彼が何か叫ぶ直後。

 

ずがん。と。

アリーナの天蓋をぶち破り、真上から化け物が降ってきた。

 

黒川くんと対峙していた機械をさらい、りんちゃんの目の前の機械をに噛みつき、"旅人"ごと中の機械を踏み潰して、その化け物は地面に降り立つ。

 

外からの衝撃には非常に弱い"旅人"ごと無機質な機械を踏み潰し、キョロキョロと周りを見渡すソレ。

銀の鱗の乱反射にまるで太陽そのものかのごとく輝く、ソレ。

 

「リオレウス、しかも希少種……だと。どこから来やがった!」

 

足元でもがく機械を意に介さず、横に顔を向けたまま何かを見つめるように目を細めると、加えた機械を噛み砕き足元の二機を踏み潰して、天高く咆哮をあげる。

 

「さてさて。遅刻はしたが、なんとか間に合った!」

 

咆哮が異音になったかと思えば、人の言葉を発していて、まるで潰れるようにヒトガタへと姿を変えていた。煌びやかに輝く鎧を纏うヒトガタは背に担いだ大刀を地面に突き刺して楽しげに続ける。

 

「美男美女が選り取り見取り。ここから選び放題とは結も全く粋な依頼をしてくれる!」

 

そう叫びさらに大声で咆えると、一目でスクラップとわかる機械を放り投げて、獰猛に笑った。

 

「諸君。テストの時間だ。せいぜい足掻いてくれたまえ」

 

直後ヒトガタは世界を焼いた。

 

 

 

 

乾いた空気に、頬を焼く空気。

目の前に転がる足が目に入り、自分が壁に寄りかかって座っているのだと気づく。

 

顔を上げれば、銀に輝くヒトガタが大剣を振り回して暴れていた。

その光景が目に入り、次第に音が聞こえてくる。

 

炎が地を焼く音、なにかが弾けるような金属音、重量物が衝突したような重低音。

 

そして苦しげに呻く人の声。

 

「っ……!」

 

思い出した。

私はあの銀のヒトガタに吹き飛ばされた。炎を撒き散らすあの竜に、あの竜の一息で吹き飛ばされた。

 

火の息(ブレス)。あの火球。

目の前で弾けたところまでは覚えている。

破裂の衝撃で壁に叩きつけられ、そのまま気を失ったのだろうけれど、違和感を覚える。

 

思うがまま、感じたまま顔を上げて、銀のヒトガタと戦う男たちの手前に。

 

焼け焦げた橙の装甲をまとった少女がうつ伏せに倒れていた。

大きいはずの青龍刀は熱でひしゃげて転がって、嵐のような彼女は微動だにせず目の前に倒れている。

 

その向こう。

つまりこの惨状を生み出した元凶。

 

龍の形をしていた男。

りんちゃんをああしたあの仇。

 

狂ったように箒を蹴飛ばしたあの男。

あの再現だ。

 

私はまた間違った。

 

「及第点。……いや。まあ。あらよっと。合格。としよう。このままだと狩られるのは僕になりそうだし」

 

一組の男の弾丸をかいくぐりながら爽やかに続ける。

 

相対してなお迷った。

 

「声を大にして言いたいのが、まだ負けてない、ってことだ。君たちを潰すに当たって。僕も腕の一本か二本は覚悟しないといけないし、そもそもそこまでのことは必要、おっと、ないわけで」

 

黒い刀を振り回す男を蹴飛ばし、目に向かう矢を焼き落とす。

 

敵対してなお逡巡した。

 

「上だ!舟がっく!」

「そうか。君は目が良かった。失念していた」

 

まあ。関係ないが。と。

嵐湯くんの弓をはねのけ、足に纏った炎で焼き蹴る。

 

「さて、手の内をバラされた以上、妙に長引かせるのも程度が知れる。試験結果を伝えよう」

 

アリーナの壁に打ち付けられた嵐湯くんは微動だにしない。

続ける男の周囲が歪む。

 

挙句、友人が死にかけている。

 

「戦闘試験 攻撃編は合格。おめでとう」

 

男の纏う熱量が空気を、光を歪め、空間を焼く。

 

私のせいだ。

 

「最終試験に移ろう。防御試験だ生き残ってくれたまえ」

 

鎧の奥の瞳が赤く輝く。

 

俺のせいだ。

 

直後爆炎を見た。



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二十二話 乱入の後

ああ。

はじめまして。ちょっとお邪魔してます。

落し物を探してましてね。

見つけたはいいんですが、拾うのがどうにも難儀で。

なに、お邪魔はしません。ちょいとここを貸してもらえれば。

どうぞ私のことはそこら辺の石だと思って無視してください。

なぁに。軒先で雨宿りさせてもらう程度ですので。

 

……というわけにも行きませんか。

曲がりなりにも私は商人。

ここを間借りさせていただく代わりに、一つお知恵をお教えしましょう。

 

あなたの知らない知恵です。あなたが欲する知識です。

あなたが知り得ない、関わるはずがなかった世界。その知識。

何、私は旅の商人ですので、その手のお話は得意なんです。

 

さて、どんな話しがいいか。

そうですね。自己紹介も兼ねて、私が落としたものの話でもしましょうか。力を失った仮面の話。友人と再会した森人の話。勇者が世界を救った後に旅した話。繰り返す世界の終わり。

 

不思議なあなたには、ちょうどいいお話でしょう。

 

そのお話で、間借り分をチャラにしてくださいな。

 

では自己紹介から。

ワタクシ、旅の商人をしております、幸せのお面屋と申します。

 

 

 

衝撃がアリーナに満ちる。

吹き飛ばされながら、りんちゃんをかばう。

 

熱で歪む空気から一刻も早くりんちゃんを逃す。

 

ドロドロに灼熱した地面から男が這い出る。

覆うような箱を退けてヒビだらけの鎧の奥に変わらず赤い瞳をかがやかせながら。

 

「傑作だ。まさか死にかけるとは。なんだこれ。しらねぇなぁ。結界、魔法の類か?っち。結のやろう伏せてやがったな。はぁ」

 

ぼとり。と肉が落ちる。

ドロドロに焼けた地面に沈むそれを、男は一顧だにせず這い出る。

腹わたを落としたにもかかわらず、目を輝かせながら立ち上がる。

脚は太くなり腕は翼に変じはじめる。

 

「いやはや。全くとんだ伏兵だ。NPCに庇われた挙句伸びてた落第野郎が、まさかこんな伏せ札持ってるとは。あーあ」

「……帰るつもりは、ない。そうですか?」

 

"花鳥風月"で逃したりんちゃんを目で追う。

アリーナの陰で貴族様と合流したのを見届けて男に視線を戻す。

飛んで行った驚く様子もなく、男はこちらを見続ける。

 

「はー。最終って言った手前なぁ。これで合格、ではあるんだが」

「結果が出たなら帰ってくれ」

「おい!何言ってる!」

「まてっ!一夏!」

「おお。言うね。開幕から伸びてた野郎、おっと失礼。女郎が何かできるって?」

「……そう。私は間違えた。挙句友人があのざま。可愛らしい友達は、私のために倒れ伏した」

「逃すかっ!」

「させるかっ!」

 

指を向け爪を放つ一組の代表に、それを応じて動く黒川。

そしてそれを意にも止めない銀の男。

 

弾丸を受けた脚がひしゃげ、刃を受けた翼が折れる。

それでも変わらずこちらから視線を動かさない男、いやすでに元の竜の姿に戻った銀竜は、すでに仕込みに気づいている。

 

「それで?今にも死にそうな俺に一体何するって?」

「三枚におろす。嫌なら逃げろ」

 

こいつは敵だ。

 

まっすぐ伸ばした左手から、蛇のように伸びる"百鬼夜行"が牙を剥く。

 

五ツ星神器

槍の神器

"百鬼夜行"

 

仕込みのせいで、重ねることもできず、倍加も使えない。

ただの生きてる神器。

 

話に聞いた百足のような生物が牙を剥く。

竜の懐に入り込み、柔らかな腹に牙を立てる。

竜は負けじと"百鬼夜行"に牙を立てようとするが、噛まれる前に神器を解く。

 

一ツ星神器

砲の神器

"鉄"

 

角の生えた砲台から、雷撃を纏う牛が射出される。

雷撃を放ちながら突進する牛を火炎弾で迎撃する竜は、迎撃で減速した牛を踏み台に中空へと避難する。

 

その目は、こちらを見据えて、翼を広げる。

 

三ツ星神器

刃の神器

"快刀乱麻"

 

右手の包帯が、姿を変える。

鍔のない、鉈のような刀。

そのまま右手もその色を変える。

木のような、肉のような質感。

人というより、どこか人形のような、作り物のような腕。

 

毒に汚染された森。

沼に沈んだ神殿を幻視する。

 

右腕の意のままに"快刀乱麻"を振り下ろし、空から舞い降りる竜と打ち合う。

鉄板すらやすやす引き裂く"快刀乱麻"は竜の脚に浅い傷をつけるに終わる。

そのまま押しつぶそうと立てた刃を意にも介さず全体重をかけられる。刃が深く入り込み、頭上から垂れる血で汚れる。

 

両断するより潰れる方が早い。

天界人とはいえ、この竜の体重を支えられるはずもない。

猶予は一瞬。

 

二ツ星神器

腕の神器

"威風堂々"

 

竜と私を隔てていた刃が消え、血濡れの足が頭上に迫る。

重力に任せ、身を屈め、わずかな時間を稼ぐ。

 

足元が隆起する。

まだだ。

出現質量が、空気を押したのを感じる。

まだだ。

走馬灯がよぎり、視界いっぱいに竜の足に塗りつぶされる。

 

視界の端に、皮膚が剥がれて、筋肉がむき出しになったような指先がうつる。

 

間に合わない。

 

衝撃。

地面に叩きつけられるが、押しつぶされる前に地面から生えた腕が竜を殴りつける。かち上げられた竜は折れた翼を器用に広げ、姿勢を整える。

竜を掴もうと手のひらを広げる"威風堂々"の動きをかいくぐり、さらに上空へと距離を取る。

 

竜の表情なぞわからないが、あの口角の上がり具合は、笑ってでもいるのだろう。勝ち誇っているのだろう。

 

こちらの勝ち筋を読みきったとでも思っているのだろう。

"威風堂々"による握りつぶし。

あるいは握りこむことでの拘束。

 

神器の切り替え。

自信はあったが。私のそれより相手の空中機動の方が上だった。

 

これで私の勝ち筋はなくなった。

 

ボロボロの翼で降りてこないところを見るに、こちらの対空手段のなさにも気づいている。

さっき"快刀乱麻"で待ったのがまずかった。

あれで対空手段がないことに気づかれた。

 

時間稼ぎももう無理だ。

 

状況だけ見れば"快刀乱麻"で打ち合う直前と同じ。

つまり振り出しに戻った。

 

けれど今度はあちらが有利。

地べたに叩きつけられたせいでフラフラしてるし、こちらの手札は暴かれた。

 

一方あちらは、火炎弾をちまちま撃っていればいずれ僕は焼け死ぬ。

単純作業。詰めろの状況。

 

けれど、

 

「"牙"act3 。次こそ落とす」

「"月牙天衝"っ!!」

 

すでに仕込みは終わってる。

 

折れた翼が爪弾を受けて弾け飛ぶ。

片翼になったところに、黒い月が突き刺さる。

 

地上からの対空攻撃は、もう選択肢になかっただろう。

りんちゃんを逃して貴族様と合流したところまでは、知っているはずだ。であれば、私が陽動、貴族様が本命、とでも思ったのだろう。

 

だからこそ、こちらの対空手段を確かめた上、上空へ飛び空対空の警戒をしていた。地対空を一切警戒していないことから察するに、私と一組代表の不仲は承知の上だろう。

 

で、あれば。

 

一組代表との連携こそ相手に埒外にあるはずだ。

採点とやらが終わり、もはや攻撃を意にも介されなかった二人。

 

貴族様経由で、まだISを纏っている一組代表への連絡。

 

この上ない不意打ち。

 

竜はすでに地に落ちた。

互いにボロボロ。

だが数の優位はこちら。

 

形勢は逆転した。

 

「あぁ。ぃ欲張っちまった」

 

地に伏した竜は人へと姿を変え、片腕をかばいながら立ち上がる。

大剣にもたれかかり、こちらを睨みつける。

医学知識がなくても重傷と分かるほどの大怪我。

 

銀の鎧は見る影見ない。

血塗られ、黒く、嫌な臭いが溢れている。

 

「オーケーオーケー。合格。順調に塗り替えてんね」

 

生々しい音に、硬質な金属音。

男の胸当が外れ、地面を凹ませながらべチャリと音を立てる。

 

「っ!」

 

思わず目を背ける。

露出した肋骨。くすんだ色の鮮やかな臓器。輝かしい心臓。

 

でろり、と口から見える黒い刃。

 

見覚えのある、黒い刃。

 

『一夏ぁ!離れろぉお!!』

『篠ノ之!しの、箒!まっ』

 

友達だった人の声。

最強と謳われる先生の声。

 

アリーナに響いた音を声と認識する前。

まだ黒い刃がが何かを認識できる前。

 

『そいつを刺させるなっ!』

 

背けた目を戻す。

どういう手段か、口内に隠していた刃は、まるでそうあるのが自然なように、男の心臓へと向かう。

 

その刃が何かを思い出す前。すでに体は起きていた。

 

走馬灯。

箒を蹴りつけた暴漢。

男が言った、結という名前。

箒の兄、結という男。

貴族様とりんちゃんの仇。

 

起こした体を、そのまま前へ。

 

六ツ星神器

車輪の神器

"電光石火"

 

可能な限り、早く。

 

ゆっくりと黒い刃が輝く心臓へと飲み込まれる。

 

左手を伸ばす。

 

男は大剣の陰に隠れようと一歩引く。

 

大剣を乗り越える。

 

心臓に、黒い刃が突き刺さる。

 

男は骨がむき出しになった右手でかばう。

 

左手ではねのける。

 

黒い刃から、雷光がほとばしる。

 

左手を再度伸ばす。

 

男の心臓は、眩い雷光とともに、より一層輝きを増す。

 

左手が、黒いヤイバに触れる。

 

左手が、傷ひとつない男の手に掴まれる。

 

まただ。間に合わない。

 

削げた肉が隆起する。

銀の鱗が輝きを増す。

焦げた血は、その鮮やかさを取り戻す。

 

「奥の手、というほどのものじゃない。悪刀 鐚。結製の完成形変態刀の一振り、生体の活性化。竜を混ぜ込まれた僕は生命力が強くてね。一本あれば、全快さ」

 

雷纏う銀竜。

燃え盛る炎はその輝かしい龍鱗すら焼き焦がす。

 

赤黒く焼け焦げたその姿は一層深く、一層熱い。

 

掴まれた左手を無造作に投げられる。

 

前後不覚。上下の感覚の喪失。

視野が黒く染まる。

 

天界人の優れた感覚が、このままだと死ぬと伝えてくる。

頑丈な体でも、壁にぶつかれば柘榴のように弾けるのだと伝えてくる。

 

走馬灯。

どう回転しているのか、血の登った頭では、妙に黒く染まった思い出しか出てこない。

 

ぶつかるまでもう間もない。

 

けれど、まあ。

次の私はうまくやってくれるでしょう。

 

 

とん、と。

私を受け止める。

 

フリスビーのごとく回転しながら飛ぶ私を、そっと受け止める。

目を回す私と少し見つめ合い、能力を解く。

 

「へえ?分身?」

 

天災に言葉がよぎる。

意味不明な、自己完結でしかなかった言葉。

どちらが本物かなんて考えたこともない。

 

翼の神器

九ツ星神器

"花鳥風月"

 

おどろおどろしい七色のに艶めく筋繊維。

それを翼の様にまとめただけの翼と形容しがたい造形。

 

だが飛べる。

何より早い。

 

お陰でりんちゃんを連れて貴族様のもとまで逃げられた。

 

私の倍加を解く。

これで、倍加のリソースを別にさける。

竜人の相手に全てをさける。

 

嵐湯くんは変わらず壁際でうずくまっている。が意識は戻っているらしい。弓に矢を添えて気配を探っている。

黒川くんは刀を構えているが、上昇し続ける熱を感じて距離を取っている。

一組の代表は、その熱を感じるや否や、ISを見に纏い、刀を構えて隙を伺っている。

 

一方の竜人は。

上がり続ける熱のせいか、銀の輝きは見る影もない。

黒く焦げた体躯は、一層黒く、深く。刻一刻と赤黒く染まる。

目の前の竜から感じる熱は先ほど火炎弾から感じたものと遜色ない。

 

「見逃したくせによく言う。私が空に逃げたから、貴族様への対空をより気にしてたくせに」

「貴族様ねぇ。そりゃあ、なぁ。魔改造されてるとはいえ。原作キャラだし。なにしろアレの忘れ形見だ。気にもなる。あーあ。もっときゃっきゃうふふな青春ラブコメだったのになぁ」

 

がちん。と足元の胸当を踏み潰す。

鎧か、あるいは竜人の体そのものか。

かすんだ銀は、そのまま男の足元で燃え上がりすすとなる。

 

「まあ、闇堕ちモノは悪くない。NTRモノに比べれば雲泥よ。最初っから堕ちてれば、ヒーローがすくい上げるのが見えてるしな」

 

そう言って、男たちへ目を向けて、その身を竜へと変じる。

 

「ま、合格。順調に世界を塗り替えてるね。このまま頑張ってくれたまえ」

 

翼を広げ、両脚に力を込める。

飛び去ることを隠そうともしない。

 

両翼が視野を狭める一瞬。

気を伺っていたそれぞれが一斉に行動する。

 

嵐湯くんの矢。

黒川くんの斬撃。

一組代表の飛び込み。

 

全てを受け、物ともせず宙へ浮かぶ竜。

 

勝ち誇っているのか、中空で大きく吼え、やがて空へと姿を消した。

 

雲の向こう。天界人ですら見えない先にその姿が消えてようやく、小さく息を吐いた。

 

"花鳥風月"を解いて地面へ降り立つ。

自重を支えられず膝をつく。

 

誰かに手を差し伸べられ、その誰かを確認する前に、そのまま意識を失った。



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二十三話 波乱はひとまず落ち着いて

夕方。

風通りのいい、神社の境内。

ススキが風に揺れて、肌寒さを連れてくる。

久々に着込んだジャンパーがすごく心強かったのを覚えている。

 

ぼんやりと夕焼け空を眺める僕と、その隣でぼんやり話し続けている少女。

幼馴染。十数年の付き合いで終わってしまった友人。

 

 

ねえ。

シンデレラは幸せになれたのかしら。

町娘が一夜明けてお姫様。

それは素晴らしいけれど、住む世界が全然違うわ。

シンデレラの住んでた世界は塗り変わった。

 

 

……愛があれば。

だったかな。

確か、僕は幼馴染にそう答えた。

 

揺るがぬ愛には、世界なんて関係ないさ。

 

忘れもしない二分の一成人式。

その帰り道。

幼馴染の神社の縁側で、黄昏ていた僕に、彼女はシンデレラの話をしてたはずだ。

彼女の表情は覚えていない。

影になった彼女の顔、その表情は記憶にはない。

 

 

でも、世界は広いわ。

その境は広くて深い。

梯子も、橋も届かない。

二度とシンデレラが元の世界に戻ることはないわ。

 

朗らかな印象が強かった彼女が、こうも悲観的なことを言ったのが印象的だった。

 

なんて返したのか、覚えてはいない。

なにせ二分の一成人式。

自分の薄っぺらさに打ちのめされてグロッキー状態だったから。

 

けれど、彼女もきっと同じように不安に潰されそうだったんだろう。

自称神さまの話を聞いた上で思い出せば、彼女は混血、ナニカと人との子どもだったわけだ。

 

とすれば、あれは両親の住む世界への言及だったのか。たしかに幼馴染の父親にはあったことはない。学校を終えて遊びに行っても、休日に遊びに行っても。いつでも彼女の母が迎えてくれた。

 

結局。

彼女のその不安が、なんなのか理解する前に私は死んだ。

私と同じく、転生した男の手によって刺し殺された。

 

彼女のその不安は、結局解決したのだろうか。

もし、私が生きていれば、彼女の助けになれたのだろうか。

私がそれを知る方法は一切ない。

 

 

 

 

目がさめる。

懐かしい顔を思い出した。

 

面倒見のよかった幼馴染。

 

私の死後、彼女は世界を選べたのか。

世界の境に答えを出せたのか。

 

「起きたか」

 

窓からの夕日。

逆光の影から声をかけられる。

艶やかな黒髪に、かつての幼馴染を幻視する。

 

「アケノ?」

「……松本。意識を失う前、何をしていたか思い出せるか」

 

圧のある声。

幼馴染とは、似ても似つかない声に我に帰る。

織斑先生と目を合わせ、少し瞑目する。

 

夢見た景色は記憶の熱に焼き尽くされた。

思い返すのはあの熱。

 

「対抗戦への乱入。竜の襲来、逃亡、ですかね」

「貴様の乱入も、だがな。森先生はたいそうおかんむりだったぞ」

 

と言われても。

あのISは間違いなく私を狙っていたし、それを放置して逃げればクラス中を危険にさらす。

 

「嵐湯が合流した時点で避難すべきだった。どうして逃げなかった」

「……あのISの狙いは私でした」

「だとしても、嵐湯に任せることはできただろう」

「信用できません」

 

一組の男子生徒。

その時点で信用しかねる。

 

即答した私に、少し眉をひそめた先生は話を切り替える。

 

「……結果的に、けが人は貴様一人だ。観客席割り込んだISからの逃走中に怪我をしたことになっている」

 

頭に巻いた包帯、青あざになっているだろう背中、じわじわと痛みを訴える胸部。

 

日常生活には問題なさそうな怪我。

 

「私、一人。りんちゃ、鳳さんは?」

「今日は休みだ。言葉使いにとやかく言わん。鳳は無事だ。痛み、いや、熱を感じはしたようだが、ISの絶対防御を抜くほどのものではない」

「よかった。……休み?」

「賊の襲撃からすでに29時間、今日は土曜日だ。丸一日とちょっと寝ていたことになる。篠ノ之をはじめ、皆ずいぶん心配していた」

 

皆。皆ね。

一体誰のことだか。

 

あまり細かいところまで聞きたくないので話を変える。

 

「約束を守れずすいません。昨日の夜時間あけていただいたのに」

「その件は、こちらが謝罪すべきだろう」

「えっ」

 

そう言って頭を下げる先生に言葉を失う。

 

「私の認識が甘かった。挙句再起不能になりかねない怪我までさせてしまった。本当にすまない」

 

認識が甘かった。

時期、規模はともかくこういった襲撃自体は予想できていた?

あるいは襲撃にはならずともあちらからの接触があると予測できていた?

いや、言葉の意味よりも、むしろ、今は

 

「え、あの。いやいや。その。頭あげてください。先生が謝るなんて」

 

事件の事情聴取かと気構えていた分、先生への謝罪にうまく返せない。

 

「来客があったあの夜。あの時点で話していれば、まだ違う結果になったはずだ。一夏たちとも、協力関係を結べただろう」

「いや。あ。いえ。あの。仮に、えっと……一組代表の方は、どう、いえ。転生者はどれほどいるんですか?」

 

謝罪。

そりゃ管理責任は先生にあるだろう。

けれどあの事態は教師とか生徒とか関係なく、もっと上層の警備部門だとかそっちの管轄だろう。

 

事前情報の有無で状況は変わったと思わないし、協力しようがしまいが神器をぶつける以外に勝算のない私は、どのみち怪我まみれになっているに違いない。

 

もしも、なんて考えるだけ無駄。

 

先生の謝罪に情報と感情が錯綜して、結局質問を返すしかできない自分に嫌気が走る。

謝罪を返すなり受け取るなりすべきだろうに。

 

「……これまで確認できているのは三十七人。全員が異能持ち。ほとんどは再起不能。現状私が把握しているのは四人だ」

「三十七人?……いえ、再起不能とは?」

「文字通り、の再起不能。二度と立ち上がれなくなったものたちのことだ。半身不随。精神障害。単純に死んだものもいる」

「……私が、聞いても大丈夫な、話、ですよね?」

 

ガラガラ、と。

先生はベッドのそばに椅子を引き寄せ、どしりとすわる。

 

徐々に沈む太陽に、蛍光灯の光が強くなる。

 

「聞くべき話。ではあると考えている。既に結の耳には松本の話は届いているだろう。備える必要はある。だが」

 

人工的な灯りは、先生の表情をより際立たせている。

 

「まだ、引き返せる。関わり合いになりたくない。穏やかに生きたいのであれば、まだ私でなんとかできる」

 

祖母を思い出した。

引っ越し前夜の、厳しげに笑ったおばあちゃん。

 

「保留することもできる。怪我が治ってから考えてもいい」

 

心配しているのか、邪魔なのか。

葛藤を隠せていない、あの笑顔。

 

「どうして、そこまで?」

「私が貴様の教師だからだ」

 

即答。

あらかじめ要していたかのような、回答。

 

その目はきっと。

私を見てない。

 

「教師。ですか」

 

何を思って、何を望んでいるのか。

先生が身を焦がしてでも欲しいものは、きっと。その先に。

私を通して見ているものこそ。きっとそれ。

 

「ああ。たとえクラスが違おうとも。私は教師だ」

 

天秤は、望みに傾く。

であれば。私は使い潰されることになりかねないだろう。

 

「……先生は、きっと穏やかさを勘違いしてますね」

 

けれど。

束博士との一幕で、既に先生の手は取った。

答えは変わらない。

 

「友達ができました。喧嘩したり、狂人を自称してたり、記憶の連続性に自信がなかったり、欠けてばかりで、類が友を呼んだみたいな人たちです。力になりたいと思いますし、彼女たちの平穏がなければ、私の世界は波乱なままです。賽は既に投げました。今更前言撤回は男じゃないですね」

 

先生はしばらく私を見つめ、小さく息をつく。

 

黙ったまま沈む太陽を見つめて、こちらに視線が戻った時にはいつも通りの凛とした雰囲気が戻っていた。

 

「スタンド使い、超能力者、霊能者、過負荷。表現は多々あれ、異能持ちの連中の大半。松本は天界人、と名乗っていたか。まず前提として、異能持ちとの表現で統一する」

 

背後に以前の金色の男を出現させ、指で示す。

 

「これは後天的なものだ。まだ結と決裂していなかった頃に発現した」

 

近くにいるだけで威圧感を感じる。

ヒトガタ。

筋骨隆々だが、どこか機械的。

その表情は、無表情のままこちらを見ている。

 

「発現した?」

「ああ。この力故に、先日の襲撃は起きた。そう認識すればそれ程誤りではない。先ほど話した四人。転生者四人による闘争の結果が昨日の襲撃だ」

 

闘争の結果?

あの場には複数の転生者が?

 

「内顔が割れているのは結のみ。他三人は名前すら不明。人数すら正確でない可能性がある」

「あの竜は?その転生者では?」

「違うだろう。転生者はもっとでたらめだ。少なくとも竜で統一されていたからな、アレは。アレがもし転生者であれば、竜に猿が混ざって、魔法を使って兵隊を召喚するくらいのことはしでかすだろう」

 

転生者ってでたらめすぎでは?

 

「おそらく結の改造を受けた異能者、改造人間だろう。……これまではせいぜい虎だのゴリラだの現実に即した改造人間だったんだがな」

 

現実に即した改造人間。

思わず笑って先生に睨まれる。

 

「すいません」

「……まあ、仕方がない。現実離れしているのは理解している。そしてあの男が結の手の物であれば、目的もわからんでもない。牽制だ」

 

先生の背後に現れる金色の男が口を開く。

 

『束と私、後はおそらく、一夏たち生徒へのな』

「牽制?」

 

そっと口に指を立てる金色の男の女性ぽい所作から感じる怖気を隠すように言葉を返す。

 

「他の三人への牽制だ」

 

あれ、と首を傾げる。

変わらず、指を立てたままの金色の男はそれに加えて首を横に振り出した。黙って聞けと言うことだろうか。

 

「現状。目的も規模も能力も判明していない結レベルの転生者が三人。最低でも、三人だ。おそらくそこへの牽制と見ている。いつでも手は出せるぞ。とな」

 

ん?と首をひねる。相変わらず金色の男は指を立てて首を振っている。

 

「他三人への先んじての先制攻撃。あの事件を端的へまとめれば、つまりはそう言うことになると判断している。巻き込まれる方は迷惑極まりないが」

 

「えっと。つまり、あの男、あの竜はちょっかいかけにきただけで、敵対するまでは目的になかった?」

「再三試験、テスト、と言っていたしな。額面通り受け取るのも危険だが、おそらくそうだろう」

「けど「つまり、再度の襲撃。他の転生者の手の物による襲撃も可能性として非常に高い。その場所がここになる可能性も、また高い。と言うことだ」…………なるほど」

 

口を挟みかけた私を、金色の男が手で遮る。

遮ったまま勢いに任せて話す先生の目からは、何も窺い知れない。

 

「警戒策はこちらに任せろ。関わると言った以上。今後また戦うこともあるだろう。今日っこくも早く完治させろ」

 

そう言ってカーテンで仕切られた向こうへと移り、ファイルを持ってこちらへと戻ってくる。

ベッドのそばの椅子に腰かけると、ファイルを開いて何やらペンを走らせ始めた。

 

「あの。先生?」

「ああ。話は以上だ。報告書をまとめねばいかんのでな、少し場所を借りる」

 

そう言ってペンでファイトをカツカツと叩き私から目を逸らす。

そんな先生のそばから金色の男がゆらりとそばに立つ。

 

『質問は受付られない。聞こえている前提で話を続ける』

「は

 

金色の手が口を塞ぐ。

 

『聞こえるのはわかった。だが声には出すな。頷きか首振りで答えろ』

 

頷く。

 

『これは、結の手にとって私に植え付けられた力だ。……後天的な異能者の話には続きがあってな』

 

頷く。

 

『遺伝的、文化的継承による異能の発現は少数だが観測できた。が、事故、改造による異能の発現はこれまでありえない、ありえたところで全人口の総数からすれば無視できる程度のはずだった。だが』

 

凛々しい表情のまま鞄からノートを取り出し、ペンを走らせる。

背表紙には業務報告と太ペンで書いてある。

幽波紋の口から言葉は続く。

 

『結がそれを可能にした』

 

ベッドのそばに貼っている番号と、私の生徒手帳と、枕元の時計を見比べてボールペンを走らせる。

 

『そして、それ以降、異能者は指数関数的に増加している』

 

ベッドの周りを仕切っているカーテンをめくり、養護教諭の机からカルテを取って戻ってくる。

そして業務報告のノートと見比べながらさらにペンを走らせる。

 

『既に世界は異能者の存在を感知している。ISに続く技術革新だと水面下ではISの発表以来の混乱になりつつある。表立っていないのは不幸中の幸いだが』

 

ペンの動きを止め、再度資料を見比べる。

ベッドと資料、ノートと、右往左往する先生の視線に反して、金色の目は私から外れない。

 

『もはや、各国は束でなく結を追っている。結を確保した国こそ、時代の覇権だとな』

 

ペンを胸元にしまい、鞄からデータ印を取り出し日時を合わせる。

どこに置くでもなく左手で押さえたまま印を押してノートを閉じる。

 

『だが、結にはそのつもりはない。』

 

パタン。と乾いた音が響き、小さく息を吐く。

そしてノートを鞄に放り込み、先生の視線もこちらを向いた。

 

『結は、世界を壊すつもりだ。そのための最後の鍵は、松本。お前になる可能性が低くない』

 

はい、ともいいえとも答えられない。

というか意味がわからない。

 

思わず口を開きそうになって、枕元の電子音に止められる。

 

『今は、これが限界だ。これ以上は別の機会にしよう』

 

その言葉を最後に金色の男を消して、先生自身の手で枕元の時計のスイッチを押し、アラートを止めて口を開く。

 

「え「すまなかったな。カルテの見方に手間取った。今日のことは他言無用だ。事情を知らん生徒に要らぬ混乱をさせるなよ。火曜日までは安静にするように。今日いっぱいは生徒の面会は謝絶。……うまくやれ」あ、はい」

 

凛と、有無をいわせずにうなずかされる。

 

「おそらく明日、森先生からこってり絞られると思うが。怪我で済んで何よりだ。異能持ちに関して教師はある程度理解している。とはいえ、学校生活に差し障りが出るようなら、指導が入るので注意するように。以上。何か質問はあるか」

 

強いて言えば、金色の口から話されていたことについて聞きたいが、そのことではないだろう。そのくらいは察せる。

 

「いえ。大丈夫です。もし今後何かあれば寮長室にお邪魔してもいいですか?」

「かまわん。寮長室にいなければ、職員室かアリーナにいる。幸にして生徒指導室はほとんど利用されないからな。密会場所には困らんだろう」

 

もっとも、今年は増えそうだがな、と続く言葉に思わず笑う。

 

「私はどうも、その手の指導に向いていなくてな」

 

曰く、何故か生徒指導リピーターが続出したらしい。

天下のブリュンヒルデもこれには辟易したそうだ。

 

「ファン心理って不思議ですね。怒られてもいい、なんて」

「私が担任になった程度で歓声が起こるのも度し難い」

「先生に実技見ていただけるって話が出た時の歓声もすごかったですよ」

 

少し眉を潜めた先生をみて、思わず笑いが溢れる。

笑った私の額に、軽くデコピン。

いたい。

 

「人をからかうほど元気なら、もう大丈夫だろう。退院までしっかり休むように」

「はい先生」

「重ねていうが、今日は教師以外は面会謝絶だ。もし生徒が顔を出したら、そう伝えるように。罰則などはないが。完治が遅れればそれだけ学園生活にも響く。しっかり治せ」

「はい」

 

枕元の時計をカルテと雑に鞄に放り込み、そのまま立ち上がる。

 

「では、水曜日の実習で会えるのを楽しみにしている」

「はい。今日はありがとうございました」

 

仕切りのカーテンをくぐり、しばらく部屋の隅をじっと見つめて、小さく笑って退出する。

足音はそのまま遠ざかり、やがて聞こえなくなってから数分後。

ちょうど、枕元に並ぶものの確認が終わり、ナースコールと私の制服一式だけ、寝る以外の行動はできそうにないことをどうクリアすべきかを悩み始めた頃。

 

部屋の隅からガタン。と音がする。

先生が見ていたところだ。

 

「先生に戻らないだろうし、出てきても大丈夫だと思うよ」

 

誰だろうか。

先生に気づかれながら追い出されないところを見れば、あの一件でアリーナにいた誰かだろうけど。

 

カーテンから顔を覗かせたのは、貴族様、ついでりんちゃん。

不自然に半身になって顔を出した彼女たちは、私を見て小さく息をつく。

一人どころか二人も隠れていたらしい。

織斑先生はどうやって気づいたのか。

 

「今私面会謝絶らしいです」

「そういうこと言う?」

 

顔をしかめるりんちゃんに、微笑んで答える。

 

「気づいてただろうし、織斑先生もわざわざ怒らないと思うよ」

「……うへぇ。まじ?見えないは前提として、おっ。とと。温度と匂いも完全に消したと思ったんだけど」

「……覗きに全力出し過ぎじゃない?」

「っと。淑女としてあるまじき趣味ではなくて?」

「私にそれさせたセシリアが言う?っとと」

 

カーテンの外へ引っ張られるようにりんちゃんが消え、少し上体を逸らしただけの貴族様が眉を潜める。

 

「さすがに往生際が悪いのではなくて?ことここに至ったら腹括ってしかるべきだと思うのですが」

 

嫌な予感がする。

というか、そんなことある?

 

「ちょっと!剣道で鍛えてるかどうか知らないけど引っ張んないでくれる!私一夏好みの華奢な女なのよ」

「一夏がそんなっ!」

 

聞き覚えのある声には血の匂いとともにくぐもった唸りに変わる。

カーテンの向こうでは、またスプラッタな光景になっているに違いない。

 

「箒さん。無理にとは言いませんが、少なくとも病室で大声をあげないでくださるかしら。バレたらことですし。それに一夏さんの好みはパツキン美人になりますわ」

 

決して友人を悪くいうつもりはないが、男の趣味はどうかしていると思う。

 

「ほ、しのざ、篠ノ之さん無理に連れてきちゃったの?流石にどうかと思うんだけど」

「ええ。私もどうかと思いましたもの。友達に捨てられたくない、なんて泣いてた方が友達を捨てるなんて」

「な、泣いてないし」

 

かれこれ累計でおじいちゃんだから。

老成してるし。人前で泣くわけないし。

 

カーテンの向こうから聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「な、泣いたのか」

「泣いてない」

「ええ。心の汗が流れただけですわ」

 

貴族様本当にイギリス人?

きょうび、涙を心の汗なんて表現する?

 

ジト目でカーテンを見つめれば、ホホホと朗らかに笑う貴族様が顔を出した。

 

「さ。約束通り場は整えましたわ。あとはどうぞ、煮るなり焼くなり」

 

そう言って、血の腕で捕まえている箒をカーテンのこちら側に放り込んで出て行く。

 

「え。流石に、あ。ちょっとセシリア?それは無理やりすぎるって、わかった!わかったから!出てくわよ!その腕引っ込めなさい!」

 

小声で叫ぶ器用なことをしながらりんちゃんも出て行った。

ドアがそっと閉まって、後には血塗れの箒が残った。

 

無理やり連れてきたにしても、彼女ならある程度抵抗できたはずだ。

ここにくる動機がわからない。

 

血痕をどうにかしようと擦って、余計被害を広げている彼女は、やがて諦めたのか、こちらに目を向ける。

その瞳の色はかつて見た覚悟を浮かべた輝き。

 

ああ。そうか。彼女は意を決してここにきたのか。

 

であれば。私もすべきことは決まっている。

 

月が昇るころ、ようやく互いに口を開いた。




転生者図鑑 ①

【一言】
神様転生!?まじで!
じゃあ俺
超サイア人と竜神族と力とドラクエの魔法とFFの全能力で!!!

これでチーレムだ。ヒャッハー!!

【能力】神様からのプレゼント補正 下記補正が入る
筋力 +18
体力 +18
精神力 -
俊敏性 +18
外見 +18
体格 +18
知性 -
教養 -

【履歴】
学生時代の千冬、束により再起不能。
手段を持て余し最後は自滅した模様。



※業務報告
ここまで書き溜めたものになります。
以後更新速度はさらに低下。


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二十三.五話 インターバル

「で?二人は仲良くなりました。って?」

 

鞄に着替えを放り込む私に、りんちゃんは首を傾げる。

 

「……たぶん」

「不安そうなのが気になるけど。ま、いいわ。そらと箒のことだし。なんとかなるでしょ。それに一組は今後合同授業も多そうだし不和は解消しとかないとね」

 

退院の荷造りの手を止める。

 

「え。合同授業あるの?一組と?」

「そりゃあるでしょ。実技を各クラスでやってたらIS足りないし」

「……」

「何その顔。箒との仲直りやっぱできてない?」

「箒、というか。繰越代表へというか」

「……一応私の幼馴染なんだけど」

 

嫌な顔を隠そうとしない私にりんちゃんが苦言を呈する。

 

「生まれは選べないもんね」

「怒るわよ」

「人と人とのことなんで。まあ仕方ない」

「まさか箒にも似たような話したんじゃないでしょうね」

 

図星を突かれてふへへと笑う。

笑うしかない。

 

今度とも仲良くね。なんて話からあの男の話になるのだ。

彼への苦言を呈すれば以前同様の喧嘩が勃発。

 

朝一様子を見にきた貴族様に状況を報告すれば呆れ顔でデコピンをもらった。

 

「協力はともかくとして、喧嘩、はまあ別にいいか。けど仲良くしてね友達同士で仲悪いのも気分よくないし」

 

友達。

一組代表と同列に並べられるのことに思うところはあるが、そう評されることに悪い気はしない。

 

「まあおいおいね。善処したくはないけど今後前向きに検討するかも」

「ええ。ぜひ検討して一夏は私がオとすんだから。将来的にはセットよ、セット。仲人はお願いね」

「あん……。そうなれば腹括る。応援しかねるけど、頑張って」

 

あんな男のどこが。

口をついて出かけて、あんまりな物言いに言葉を変える。

 

そもそも失礼だし、あんな男の惚気話なんて聞きたくない。

何より昨日の焼き直しをするつもりはない。

 

対話の梯子を外して、武力行使してくる男である。

事情はあるのだろうが、いい印象はない。

とはいえ、あの織斑先生の弟だ。暗い過去とか転生者のいざこざとかそんなところだろう。一緒くたのされるのは心外である。

 

なにせ三十三人の転生者との闘争があったのだ。

そりゃ人格も歪む。

なにせ竜と猿ごちゃ混ぜにして魔法を使いたいと曰う人間である。その人格も推して知るべし。絶対特殊性癖持ってそう。

 

「はい。この話おしまい。何が悲しくて惚気話聞かなくちゃいけないのか」

「あら華の女子高生よ。恋バナの一つや二つして当然じゃない」

 

それは私にとって鬼門です。

 

「はいはい。また今度ね」

「え?今度聞かせてもらえるの?」

「そういう話があれば、するかもね」

 

一生するつもりはないが。

 

荷造りを再開しながら、りんちゃんの話を聞く。

 

座学もだいぶ完了に近づき、来たるISの実習に向けてだいぶ盛り上がっているらしい。

 

転入当初、妙な雰囲気になりはしたが、もうかれこれ半月。

物怖じしないりんちゃんの性格と、問題になりかけた私と仲良くしていることも相まってクラスの中心、とまでは行かないにしろ、だいぶ馴染んでいるようだ。

名ばかり代表とはいえ、クラスでの不和は解消したい。

 

というか、授業でまだ動かし方すら習ってないのに模擬戦させるとか頭のネジが外れているとしか思えない。直感的に操作できるISならではかもしれないが、それにしたってどうかと思う。

 

「あ、よかった。まだいた。りーん。委員長も。退院おめでとう。荷物大丈夫?」

 

人手ならいっぱいあるよ。とクラスメイトの面々が保健室に顔を出した。

 

「お。まってたわよ。さ。そら。行きましょうか」

「退院程度で大袈裟な。みんな来てくれてありがとう。けど鞄ひとつだし、別に人手は「はいはい。とりあえず持つからけが人はついてきなさい」ちょっと」

 

りんちゃんに鞄を奪われ、そのままクラスの面々に放り投げられる。

 

「了解!先に向かっております!」

 

受け取った咲さん、清澄咲、はビシッと敬礼を決めると、いつも仲良くしいているクラリスさん、クラリス・R・カリオス、と一緒に廊下の向こうに走り出す。

 

「……あっち、寮と逆だと思うんだけど」

「いいからいいから。サ、イインチョもいこっ!」

 

そっと左手をナターシャ、ナターシャ・ウィドウに取られ、背をアラナさん、アラナ・ベロに押される。

北欧と南米出身の彼女たちに挟まれると、ガタイで負けている私としては抵抗のしようもなく、彼女たちの思うままに連行される。

 

「りんちゃん。謀ったね」

「嵌められる方が悪いのよ」

 

せめて自由に動く口だけでも、とりんちゃんに向けるが、明るく笑うりんちゃんは気にした様子もない。

 

「さ!時間もないし、行くわよ!」

「どこに」

 

小さく笑うクラスメイトたちは、華やかに笑う。

 

「祭りよ!」

 

……お嬢ちゃんたち元気そうでおじさんは何よりですよ。

 

 

 

連れて行かれたのは貸切状態の学食。

見慣れないコックさんたちがささっと大テーブルに料理を並べている。

 

「バイキング?」

「イインチョ。おっさん臭いよ。ビュッフェよ。ビュッフェ」

 

……バイキングはおっさんなのか。

 

ナターシャの心ない言葉にショックを受けていると、バタついたまま慌ただしく食堂を走っている集団が目に入った。

 

「あ。キタキタ。クラリス!そっち持って!」

「サキ!ちょっと待って!」

 

ばたついてる高崎さんとクラリスさんの様子に目を向ければ背後のアラナさんに目を塞がれる。

 

「もう少し、まってて。ここ椅子ね。座って」

 

ゆっくりと幼子に言い聞かせるように噛み締めて話すアラナさんは、そっと手を添えて私を優しく座らせる。自分で座るより楽に座れて驚く。右手の怪我に配慮した動きから察するにずいぶん慣れているらしい。

 

シュルル。と布擦れの音にさらりと目隠しをされる。

 

「耳は、まあ、いいわ。もう少し待ってね」

 

咲さんとクラリスさんが用意していた「祝・退 なんとか」と書かれていた段幕はすでに見えてしまっているので、今更目隠しをされても意味ないと思うが。まあこちらを思ってのことだろう。

 

サプライズを企画されるなんてこれまでを含めても初めてだし、素直に嬉しい。

 

楽しげに話すクラスメイトたちに、恭しく準備の完了を告げる男性の声。見慣れないコックだろうか。

 

「そら。目。開けていいわよ」

「じっとしててね」

 

りんちゃんの声に応じて、耳元で艶やかに囁くアナラさん。

ちょっと女子高生が発していい色気じゃない。

 

さっきからおっさんがビンビンなんだけど。

息遣いからしてもうなんか年齢詐称してる疑惑ある。

 

はらり。と。

布を外される。ずいぶん物々しい柄のハンカチだ。

サラリとたたんでポケットにしまうアナラさんの指差す方を見る。

 

「祝え!我らが長の復活の宴である!」

「松本そら復活!松本そら復活!」

 

長いマフラーを巻いたアーニャ、アーニャ・ウォズニック、の掛け声に、りんちゃんの喝采が重なる。サプライズには詳しくないが、単純にうるさい。

 

復活!復活!と騒ぐクラスメイトを見ていると二週間前の狂騒は貴族様の影響なんてなかったんじゃないかと思えてくる。

 

果たして卵が先か、鶏が先か。

考えるのが怖くなったので考えを止める。

 

声を受け、立ち上がり両手を天に突き上げてみれば、一層声高に復活!復活!との声が大きくなる。

舞台の中心はこんな気分なんだろうか。皆から喝采を受けるのはこれほど気分がいいとは。

 

そのまま喝采をその身に受けながら中央へと歩きまわりへと笑いかける。もはや何がどこに受けているのかわからないが、黄色い歓声が止む気配はない。望まれるがまま、笑みを作りポーズを決め中央でクルクルと回る。

 

目を点にしたコックさんが目に入って我に帰る。

顔に血が集まるのを感じる。めっちゃ暑い。

赤くなっているであろう私を見てクラスメイトが囃立てるが、咳払いをして落ち着け、手で示す。

 

「あー。うん。失礼。はしゃぎすぎた」

「えー、もっとはしゃいでもよかったのに」

「咲さん?その手の携帯まさか写メとかしてないよね」

「写メ?あ、うん。写真は撮ってないよ。動画。委員長の勇姿をね。みんなに知ってほしいし」

 

うんうんと一様にうなずくクラスメイトたちの手には同じく携帯が。

というか勇姿。勇姿ときたか。ずいぶんとイイ言い回しである。

 

「……あー。勘弁してくれる?」

「いいじゃん。結構委員長のこと知りたいって人いるよ?動画あれば一発だし」

 

勇姿(痴態)を見せられても困る。

というか私のことを知りたいなんて嫌な予感しかしない。

 

「誰かな、そんな物好き。私なんかやらかした?」

「部活の先輩。ね?」

 

クラリスさんは咲さんの声を受けてうなずく。

 

「Yes. ボードゲーム部は少数ですので、まだ部活動してない有望な人間は、と。聞かれました」

「我らが長ともなれば、引く手数多。数多くの誘いがあるでしょう。かくいう私もその一人」

 

ヌッとカットインするアーニャに思わずのけぞる。

 

「アーニャさん演劇部だっけ?」

「私としてはレトロ機部の方へ加入いただきたい」

 

曰くアナログな腕時計とか一昔前の機械をいじる部らしい。

ちょっと面白そう。

 

「はいはい。そこまでよそこまで。今部活の勧誘なんてしたらそれだけで終わっちゃうじゃない。まずは乾杯から。そうでしょ?」

 

歯車の装飾のある本を片手にアナログの良さを語り始めるアーニャさんに心揺り動かされていると、りんちゃんがアーニャさんを剥がす。

そして、私の前に背を向けて、クラスメイトに向かってない胸張って仁王立つ。

 

「さ!せっかくトニーさんが作ってくれた料理が冷めちゃうわ!料理屋の娘としてそんなの許せないから、さっさと乾杯して食べちゃいましょ!」

 

そう言って。私に緑色の液体の入ったコップを渡して、中央へと誘導する。

 

「さ、主役の挨拶。冷めちゃう前に」

 

こういうのは幹事が音頭を取るものじゃないだろうか。というかこの緑の液体はなんだ。

 

「ほら」

 

目での訴えは通じなかったらしい。皆に観られると先ほどの痴態を思い出すので、嫌なんだけど。

 

「……」

 

じっ。とこちらを見つめる八十の目。

関係ないのに面白そうに笑っているコックさんに腹が立つ。

しばらく黙って立っているが、八十の目に変化はない。

何か言わなければ終わらないらしい。

 

「あー。えっと。松本そらです。いきなりこんなとこ放り出されて困惑してます。が、まあ。……見ての通り、完全復活しました!」

 

そう言って先ほど同様両手を上げるが、皆の目は右手の包帯と頭の包帯、後は脇腹から溢れている包帯の切れ端に目が向いている。

 

「……咲さん。とりあえずその携帯閉じて。録画はやめて。この空気感を記録に残すというなら私にも考えがあるぞ」

 

ニコニコしたまま携帯を微動だにさせない咲さんは、カメラ目線いいよ!なんてのたまう。

意地でも残すつもりらしい。

 

小さく息を吐いて、さっさと終われせる方向へ思考を切り替える。

宴会の最初。ならそれなりに盛り上げればいいだろう。どうせならアーニャさんとりんちゃんがカマした時に始めればよかったんだ。あれ以上は流石に無理だろう。

 

「ごほん。まずは、この場を開いてくれたりんちゃんに感謝を。ただ、挨拶押し付けたのは忘れないからな。次の模擬戦で目にもの見せてやる」

 

待ってるわよー。との返しに小さな笑いが広がる。

つかみは悪くない。

 

「集まってくれたみんなにも感謝を。1ヶ月とちょっと、委員長としてやってこれたのはみんなのおかげだ。林間学校、学祭、対抗戦。イベントは目白押しだ。厳しい指導もあるだろうけれど、私はみんなが楽しめるように頑張るから、よろしくお願いしたい。あー。ただ操縦とかその辺はりんちゃんに聞いて。なにせ代表候補生。素人よりはよほど詳しい。私は一生徒でしかないからね」

 

演説をしたことはない。

せいぜいが客へのプレゼン程度だ。

 

前々世の経験を思い出す。

プレゼンの肝は要点を抑えているかどうかだ。

 

面白さは、まあ勘弁。

私に期待されても困る。

 

いかに無駄を抑えてポイントを伝えられるか。

プレゼンの肝はそこだ。

 

けれど、考えながら話したせいかすでに短くない。むしろ長い。

 

「次は学年総出のトーナメントかな?是非このクラスから優勝者を出して、またみんなで集まれればと思う。その時は私が幹事をさせてもらおうとも!さ!長くなったが乾杯にしよう。冷めていく料理を見るりんちゃんの目が怖い」

 

手に持ったコップを掲げる。

そういえばこの緑の液体はなんだろうか。

 

「みんなの思いやりと、2組の未来を祝して、乾杯!」

 

乾杯!と重なる声に緑の液体を飲み干す。

 

得体のしれない割に普通に美味しいのが逆に不気味だった。

 



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