鬼滅の刃 鳴神の鬼殺隊 (清廉四季)
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餓鬼に墜ちて

陽が沈み、闇が支配する黒く、黒く、真っ暗な夜。

 

 

 

とある町の、大きな屋敷が燃えていた。

 

轟々暴れ狂う炎は闇で塗りつぶされたこの町で唯一、光輝いていた。

 

屋敷の骨組みが折れ、その衝撃で舞った火の粉は庭の花々に燃え移る。

 

器から地面に零した水のように広がっていく火を見る二人の影。

 

 

 

燃える屋敷を目の前に泣き崩れる血塗れの少女を中心に干からびた骸が倒れている。それを見下ろす青年は僅かに口角が上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

―――数年前。

 

 

 

 

 

僕は地元では名のある名家に生まれた。

 

お母さんはこの国の人ではなく家の人達から嫌われていた。お父さんは僕やお母さんを守る為に後を継がせず、女として生きることを条件に家族に手を出さないと言う約束を交わした。

 

その為僕は女物の着物を着て、外で走り回るのは許されず、他の人に目に見えないようにずっと部屋にいるよう言われた。

 

でも、僕はそれでも構わなかった。

 

お父さんが居て、お母さんが居る。それだけで僕は十分で幸せだったのだ。

 

 

 

しかし、そんな些細な幸せも神様は許してはくれなかった。

 

 

 

お母さんが病気で倒れた。

 

元々弱かったお母さんの身体に日々の心労が祟ったのだろう。

 

だが、幸いなことに重い病気ではなく金をかければ治る筈の軽い病気だった。しかし、お父さんはお母さんを治そうとはしなかった。

 

原因は分かっている。この国の人間ではなかったお母さんを疎ましく思った現当主である祖父が、手を回し医者を呼ばせないようにしていたのだ。

 

それからお父さんは僕とお母さんを避けるようになり、仕舞いには部屋に全く来なくなった。

 

そんな薄情なお父さんにお母さんは怒りもせずに「あの人の為になるのなら」と笑っていた。

 

日を追う毎にお母さんの身体は痩せ細り、骨が浮き出ている。呼吸も浅くなり、目から光が消えていく。

 

そんなお母さんに僕は手を握ってやることしか出来なかった。お母さんは笑いながら「貴方のせいじゃない」と言いながら僕の頭を優しく撫でてくれる。

 

その手は温かく、優しい。

 

 

 

 

 

それから数ヶ月後。お母さんは息を引き取った。

 

 

 

 

 

結局何も出来なかった。手を握ってやることしか出来なかった。

 

葬式も挙げてもらえず、遺体は焼かれ、遺灰は何処かに散骨された。

 

それから、直ぐに僕は屋敷の離れにある蔵に閉じ込められ、祖父や親戚から酷い虐待を受けた。

 

時間が経って二年。毎日のように殴り、蹴られ。満足いく食事も与えられず。僕の身体は死ぬ前の母の様に痩せ細っていった。

 

そして、今晩も地獄のような日々を過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「売女の子供め! 汚らわしい!」

 

 

 

薄暗い蔵。窓から月明かりが差し込み、中を照らす。

 

 

 

「いたい! いたい! やめて! もうやめてください! ......もうやめて」

 

 

 

月の色がそのまま髪に溶け込んだような伸びきったプラチナブロンドを掴み殴られる少女の様な少年。その空色の碧眼には涙を浮かべ、声変わりをしていない鈴の音色の様な美声は必死に助けを求めるが、誰もその言葉に答えることはなかった。

 

 

 

「黙れ男女! お前は我が一族の汚点だ!」

 

 

 

倒れている僕に親戚の人たちは容赦なくお腹を蹴り上げた。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

お腹の中から何かが上ってきて我慢出来ず、地面に向って吐いてしまう。それを見た親戚の人達はまた僕を罵倒し顔を踏みつけた。

 

見るからに高価だと分かる桜色の着物は砂や埃で汚れ、度重なる暴行で破れ、今は見る影もない。

 

 

 

辛い。しんどい。身体中痣だらけで痛いし、喉もヒリヒリする。もう嫌だ。誰でもいい。人でも、仏様でも、鬼でもいい。誰か、僕を助けてください。

 

 

 

「女だったら遊郭に売り飛ばしてやる所だが......。男に生んで貰えたことを父親に感謝するんだな! ほら! 感謝せんか! ありがとうございますと!」

 

 

 

髪を掴み、強引に顔を上げさせると祖父の下卑た笑いと共に僕に感謝をしろと言う。

 

頭が痛く祖父が何を言っているか分からなかった僕は言葉が出ずに黙っていると、頭を乱暴に揺すられ頬を叩かれた。

 

 

 

「あ、あ、ありがとう......ございます」

 

 

 

「聞こえんな!」

 

 

 

「いたい! ありがとうございます! ありがとうございます! あり―――っ!!」

 

 

 

一回でも殴られる回数を減らす為に僕は言われた通りに言葉を発し続けた。

 

 

 

「いやいや。冷然殿。あの売女同様に顔だけは造りは良い。男娼として売り払えば良いのではないですか? 私の知人に遊郭で商売をしている者がおります。そ奴に頼んでみましょう。この珍しい髪と瞳、そしてこの造形。必ず高く売って見せましょう」

 

 

 

「そうかそうか。それは良い。高く売れたら皆で宴会をしようではないか!」

 

 

 

祖父がそう言うと周りの人たちは口々に祖父に感謝の言葉を送り、濁った目で僕の顔を見ている。

 

その目には一変の慈悲はなく、まるで泥のようにドロドロしている。気持ちが悪い目。

 

 

 

しばらく僕に暴力を振るうと満足したのか血を流しながら倒れている僕を尻目に蔵から出て行った。

 

 

 

「ほれ、食い物だ」

 

 

 

全員が出て行き、最後に祖父が蔵の外で僕に向って丸い物を投げた。おにぎりだ。

 

その冷めて硬くなったおにぎりが僕の近く落ちる。

 

 

 

「ありがとうございます......」

 

 

 

「死んでもらったら困るからな。精々高く売れてくれよ。売女のガキ」

 

 

 

そう言い残すと祖父は扉を閉め、ガチャリと鍵を閉めた。

 

しばらく痛みで起き上がれなかったが、この状態のままだと死んでしまうので、痛みに耐えながら地面に落ちたおにぎりを拾い上げ、口に入れる。

 

 

 

「―――」

 

 

 

ジャリジャリと砂の感触が米の味を邪魔をする。

 

不快で顔を歪めるが、それでも食べないと死んでしまうので仕方なく食べた。

 

 

 

おいしくない。それに全然お腹が膨れない。これじゃ足りない。

 

 

 

そう思っても食べるものがないので仕方なく何時もの定位置である蔵の隅に足を抱え座り込む。鉄格子の付いている窓から月を見ながら痛みを紛らわす。

 

黄色く光り輝き大地に淡く明かりを灯す。誰の手にも届かず、誰にも邪魔されない自由な存在。

 

 

 

「綺麗......」

 

 

 

痣だらけの腕を片方の腕で撫でながら目を瞑り、瞼の裏に幻想を見る。

 

好きな時に走り回り、好きな時にお腹一杯食べる事ができ、優しい両親と友達。春には家族でお花見をして......夏はかき氷が食べたいな。秋にお月見をして、冬はお母さんと一緒に寝たい。

 

昔に戻りたい......。

 

お母さんに会いたい。お母さん......お母さん......。

 

 

 

「会いたいよお母さん......」

 

 

 

小さく呟く。

 

すると、鍵の開く音がした。

 

 

 

「蝶花!」

 

 

 

「お父さん......」

 

 

 

扉が開き、男性が現れた。怯えながら辺りを見渡し、ビクビクと身体を震わせながら蔵の中に入って来た。如何にも臆病そうな男。それが、僕の父親、裏表山龍才うらおもてやまりゅうさいだ。

 

お父さんは僕を見つけると駆け寄ってきた。

 

その顔は青白く、目には涙を浮かべている。

 

 

 

「ごめん......ごめんよ蝶花! 俺に力がないばっかりに」

 

 

 

「痛いよお父さん」

 

 

 

ここに監禁されてからお父さんは人目を盗んでは僕の所に来る。

 

そして、決まって泣いて謝るのだ。

 

 

 

「こんなに痩せ細って―――ほら、食べものを持ってきたぞ」

 

 

 

懐から白い饅頭を出し僕に差し出してきた。

 

 

 

「お父さん。何時、僕はここから出られるの?」

 

 

 

「っ!! すまない。お父さん頑張るから、お父さんが何とかしてここから出してやる。ここから出たら二人でこの町を出ような?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

お父さんが僕の為に頑張ってくれている。もう直ぐここから出ることが出来る。その事実が僕の生きる希望になっていた。

 

そう思うと不思議と少しだけ身体が楽になるのだ。

 

 

 

手で掴もうとすると折れているのか腕を伸ばすことが出来ず、饅頭を取ることが出来ない。

 

そんな僕を見て、お父さんは更に涙を流した。

 

そして、僕の手にそっと饅頭を握らせると、優しく僕を抱きしめる。

 

 

 

「外に出たら幾らでも美味いものを喰わせてやる。どんな物でも買ってやるから......だからもう少し......もう少しだけ我慢してくれ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

震えて上手く動かない腕を慎重にゆっくりと動かしながら饅頭を口に運ぶ。

 

 

 

甘い。普通の食べ物を食べるのは何ヶ月ぶりだろう。唾液腺が弾けそうになる。

 

 

 

一口一口味わいながら咀嚼し、食べ終わると唐突に眠気が訪れた。

 

瞼が重く、まどろみの中に落ちていく。

 

 

 

「眠たくなって来たよお父さん」

 

 

 

「ああ。寝るまで傍に居てやる。だからゆっくり休みなさい」

 

 

 

「うん。お休みお父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、目が覚めると父は消えていた。元の場所に戻ったのだろう。

 

 

 

しょうがない、僕と関わっているのが他の人たちにばれるとお父さんが危ないのだ。

 

僕にはもう、お父さんしかいない。お父さんと暮らす為にも今は我慢しなければ。我慢さえすればきっとお父さんが助けてくれる。

 

 

 

「今は我慢しなくちゃ」

 

 

 

一年間の虐待を受けてせいで、立ち上がることが出来ない。腕だって力一杯握っても軽いものを掴むのが精一杯。もう何時死んでもおかしくない。それに、祖父は僕を売り飛ばすとも言っていた。

 

お父さん。早く。早く僕を迎えに来て......。それまで僕頑張るから。痛みにも耐えれるから。

 

 

 

「早く助けにきて、お父さん」

 

 

 

毎晩の様に蔵に来ていたのにぱったりと祖父達が蔵に来なくなった。

 

その上、お手伝いさんが僕の事を治療してくれ、監禁される前程豪華ではないものの普通の人が食べているような食事を出されるようになった。着物も新しく貰い、身体や髪を洗うよう大きな桶にお湯を持ってきてくれ、さらに、埃まみれ、砂まみれの地面を掃除してくれ、畳と布団を用意してくれたのだ。その代わりなのか何故か蔵の扉の鍵が増え、蔵の中にも牢のような柵を取り付けられた。

 

 

 

 

 

今までとは考えられない程の待遇の変化。

 

 

 

 

 

―――お父さんが僕を守ってくれたんだ。

 

 

 

 

 

きっと何か手を使って祖父を説得したんだ。そうに違いない。

 

そう思ったらどうしようもなく嬉しくなった。

 

見る見る内に体重は増え、傷や痣はなくなっていった。

 

しかし、残念ながら長いこと飢餓状態にあったせいなのか、体重が戻っても身長は伸びることはなく。そして、同時に声変わりも起こる事は無かった。

 

 

 

しかし、あの地獄のような日々から逃げる為の対価と思えば惜しくなかった。

 

だが、それでも一つ気がかりがある。

 

お父さんが蔵に来ない。

 

一週間経っても......一ヶ月経っても......半年経っても僕の所にお父さんは現れなかった。

 

 

 

「あの......父は出掛けているのですか? まったくここに来てくれないのです」

 

 

 

「すみませんお嬢様。若様の事は話すなと当主様に言いつけられているのです」

 

 

 

「そんな......」

 

 

 

「申し訳ありません」

 

 

 

お手伝いさんに聞いても話してはくれず、困惑したような、申し訳なさそうな表情で「わからない」「当主様に話すなと言われている」など同じような言葉を繰り返すだけ。

 

 

 

お父さんを来るのを待った。きっと直ぐに来てくれる。扉を開けて何時ものように僕を泣きながら抱きしめてくれる。そう思いながらずっと、ずっと待ち続けた。

 

 

 

桜が咲き......蝉が鳴き......落ち葉が落ち始め......雪が降る。

 

 

 

一日中、扉を見て。鍵の解く音を聞き逃すまいと四六時中聞き耳を立てた。

 

 

 

それでもお父さんは現れず、一年の時が経ってしまう。



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柿泥棒の十兵衛

片手間に執筆しているのでおかしな所があるかもしれません。


「......お父さん」

 

お父さんは何故、僕の所に来てくれないんだろう。

 

考えても考えても分からない。外に出る事も出来ず、窓から空を眺めることしか出来なかった。

 

そんな時に彼と出会った。

 

「いてっ!!」

 

何か落ちる音と共に少年の声が窓から聞こえてくる。

手すりに掴まりながら立ち上がり、窓から外を覗き込む。

 

「誰かいるの?」

 

「? 何処だ?」

 

そこには少年が倒れているのが見える。

背中から落ちたのか、仰向けに大の字で倒れており、苦悶の表情を浮かべている。

そして、僕が話しかけると辺りを見渡し、声の正体を探し出す。

 

「ここ」

 

「うおっ!」

 

やっと見つけたのか、驚きながら僕に近づいて来た。

 

「何でこんな所に居るんだ?」

 

「貴方こそどうしてそんな所に居るんですか?」

 

短髪の黒髪に日に焼けた小麦色の肌からは汗が流れ、身体中砂まみれだ。

 

「そこの柿を採ろうとしたんだけどよ。落ちちまったんだ」

 

「......柿泥棒ですか?」

 

「どろ! ......泥棒じゃねぇよ。あそこに実が生っていたから採ろうとしただけだ」

 

図星だったのか慌てて僕の言葉を否定する。

そして、少年は話題を変えようと目を泳がせながら必死で話のタネを探す。

 

「そ、そうだ! お前なんでそんな所に居るんだよ」

 

「ここに住んでいるからですよ」

 

「住んでるって。お前のいる所って蔵だろ? 物を入れておく為の所だぜ? それにこの窓の鉄格子も―――」

 

「貴方が知る必要はありません」

 

「そうかい。まぁ、よろしくな」

 

鉄格子の間から手を伸ばしてきた少年。僕も握手をしようと手を伸ばすが、途中で腕が止まってしまった。

 

「よろしくしません。誰かに見つかる前に早く帰りなさい」

 

子供を一族で虐待するような人が主人の屋敷だ。家の誰かに見つかれば少年がどうなるか分からない。

相手は庶民の子供。祖父なら少年を殺しかねない。

 

ぱっと手を引くと帰るように促した。

 

「何だよ。採ろうとしたのは悪かったと思ってるよ。でも、そこまで怒ることないだろ」

 

「そのことを言っている訳じゃありません。柿なんて幾らでも持って行って構いませんので屋敷の人に見つかる前に早く出て行きなさい」

 

不服そうに頬を膨らませる少年に帰るように言うが、本人は全く動じておらず、危険な所という自覚がない。

 

「じゃあ何で怒ってんだよ。ばれても精々怒られるぐらいだろ? そんなに怯えることじゃ「早く出て行け! 死にたいの!?」―――っ! 何だよ! そうかい帰って欲しいなら帰ってやるよ! ふん!」

 

僕の言葉に怒った少年は顔を赤くしながら慣れた手つきで木を上って行く。

 

「お前が言ったんだからな! ここになっている柿全部採ってやる! 取りきれなかったら何度も採りに来てやるからな!」

 

「そんなに大きな声を出さないで! 屋敷の人にばれてしまうでしょう!」

 

木の天辺に辿り着くと僕に向って大声で出しながら手当たり次第に柿をもぎとり両手一杯に柿の実を採り終えるともう一度僕の方に顔を向けると大きく舌を出すとまた飛び降りた。

 

「猪野少年......っふ。初めて同じ年の子と話したな」

 

両親と話すのとはまた違った感じがした。何と言うか......楽しい? 感情が溢れてくるような。上手く表現出来ないが、今まで感じたことがない体験だ。

 

鉄格子に触れ、少年が上っていった柿の木を見つめる。

帰れと言っておきながら、何度も来ると言っていた少年の言葉を期待している自分が居る。

 

「ダメダメ。次、来た時はもっと厳しく怒ってやらないと......」

 

無意識に緩んでいた口角を引き締め直し、窓から離れる。

着物を整えながら、座布団の上に座った。

 

「―――」

 

ふと扉を見る。

耳を研ぎ澄まし、鍵が解く音を待つ。

日が沈み、月が出始め、鍵が開く音がした。

急いで座布団から立ち上がると柵を掴み、扉に向って目を凝らす。

 

「失礼します」

 

何時ものように数人お手伝いさんが食事とお湯、着替えを持ってきた。

来る時間は何時も同じで日が沈んで直ぐ、分かっているが、どうしてもお父さんが来たことを期待してしまう。

 

「......」

 

落胆し、憮然(ぶぜん)たる面持ちで扉から視線を外す。

 

「お嬢様。こちらを―――」

 

柵の扉を少し開き、犬が付けるような革製の鎖の付いた首輪を僕に渡してくる。

これも祖父の命令で付けなければ、牢の外に出してはならないと言われているらしい。

 

「分かりました」

 

端から逃げる気も逃げれるとも思っていない僕は何時もの事だと割り切り、渡された首輪を自分の手で付ける。

 

屈辱ではあるが仕方がない。しかし、もし断って、また殴られ、蹴られるのは絶対嫌だ。

あんな地獄、もう味わいたくない。

そう思うと、首輪くらいわけなかった。

 

付け終わると、扉が完全に開かれ、牢の外に出る。

先ずは身体と髪を洗う。

自分ではなくお手伝いさんが洗ってくれるのだ。最初は恥ずかしかったが一年も経てば慣れて何とも思わなくなっていた。

隅に鎖を南京錠で止めると。僕は着物を脱がされ、用意された椅子に座るのを確認したら洗い始めた。

 

「あの......」

 

「どうかしましたか?」

 

「いいえ。もし......もし、この屋敷に子供が迷い込んだらどうなりますか?」

 

「「「......」」」

 

僕がそう言うとお手伝いさんは言い淀み、互いに目を合わせながら重々しく口を開いた。

 

「わたくし共が見つければ急いで外に出します。しかし、当主様や一族の人達が見つければ―――どうなるか分かりません......」

 

「......」

 

やっぱり......。良かった、早く追い出しておいて。

 

「誰か、迷い込んだのですか?」

 

「い、いいえ! ふと思っただけです。他意はありません!」

 

慌てて、否定する僕にお手伝いさん達は不思議そうに首を傾げ、仕事に戻った。

 

「それにしても―――」

 

「あの......」

 

「本当にお綺麗な身体でございますね―――」

 

「まるで陶器のような肌艶でございますね―――」

 

「ちょ......っ!」

 

髪を洗っていたお手伝いさんの手が段々下へ、前へと這うように動き、顔を撫でるように触られた。

それに続くように身体を洗っていたお手伝いさんも洗い方が、洗うと言うより愛撫するような手つきになり、局部や臀部を弄られた。

 

「ちょっと......あの、やめてください」

 

「私達は唯、お嬢様の身体を洗っているだけでございます」

 

「しかし、もし身体を洗わなくていいと言うのであればそのように当主様にお伝えしますが宜しいのですか?」

 

「それはやめて!」

 

僕が意見したと祖父に知れたら何をされるか分からない。

折角手に入れた平穏。お父さんが迎えに来るまでこの平穏はなんとしても守らないといけない。

その為には―――

 

「どうかなされましたか?」

 

「......何でもありません」

 

「左様でございますか。では、再開させて頂きます」

 

我慢だ。僕が我慢したら済む話なんだ。

 

目を瞑り、事が終わるのを耐える。

それが終われば着替えさせられ、食事だ。

ずっと加虐的な視線を向けられながらの食事は喉を通らず、味が感じない。三人が上から下へ舐めるように見るのだ。不快でしかない。

 

「ごちそうさまでした」

 

事務的に食べ物を胃袋に入れ、出来るだけ早く食べ終わると膳をお手伝いさんに渡す。

その膳を僕の手を触りながら受け取ると、別のお手伝いさんが南京錠に鍵を挿し回し、鎖を引く。

 

「さあ。お部屋にお入り下さい」

 

「はい」

 

これ以上触られないように早足で牢の中に入った。

しかし、何故か鎖の持ったお手伝いさんも中に入ってくる。

 

「え? いたっ!」

 

困惑する僕の背中に回ると後ろから抱き着いてきた。

離すまいと腕の力を込めて抱きついてきた為、身体が痛みを発している。

振りほどこうとするが貧弱な僕の腕では叶わず、恐怖と不快感で身体を震わせる。

そんなこんなしている内に、僕の耳に当たるほど顔が近づいてきた。

 

「逃げようとしても無駄です。お嬢様は何処にも逃げれませんので」

 

「ひっ!」

 

そう言うとお手伝いさんは僕の首輪を外し。そして、大きく舌を出すとベロリと首筋を舐め上げた。

思わず突き放すようにお手伝いさんから離れ、牢の隅、彼女から一番遠い場所に尻餅を付きながら這いずり逃げる。

それを彼女たちは口元を隠しながらふふふと笑った。

 

「あらあら。そんなに怯えて。―――今晩はこれまでといたしましょう」

 

首輪と鎖を両手で抱え。牢の中から出て行く。袖の下から出した鍵束の中から鍵を探し、扉を施錠する。

 

「それではお嬢様。また、次の夜に(・・・・)

 

「......」

 

牢の隅で依然怯えている僕を尻目にそれぞれ、脱いだ着物、食べ終わった皿が載っている膳、温くなった水の入った桶を持って外に出て行った。

吐き気を催し、口に手を当て必死に堪える。

 

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

まるで、虫が一杯に入った風呂に使っているみたいな気持ち悪さが僕を襲う。

 

目から涙が溢れる。肌の色は青白くなり、身体は震える。上手く呼吸が出来ず胸が苦しくなる。

 

「大丈夫......大丈夫......きっとお父さんが助けてくれる。直ぐに迎えに来てくれる......」

 

そう繰り返し呟き。己で己を慰める。

足を抱え、顔を(うず)めると身体の中に(うごめ)いている恐怖が去るのジッと待つ。

 

一体どれだけ時間は経っただろう。まだ身体が震えている。涙が止まらない。これから自分がどうなるのかを考えていると不安で仕方がない。だからと言って逃げる勇気も、逃げ切る自信もない。情けない......情けない......。

 

膝を付きながら布団に潜り込み、被り布団で全身を隠す。

僕が夢の中に逃げるまで震えは止まることはなかった。

 

 

 

 

朝、起きると食事を入れる為の隙間から膳が置かれていた。

身体が泥に浸かっているように重く、上半身を起すだけで時間が掛かった。

 

食欲が無い。

 

お腹が空いていない。しかし、空腹の苦しさを知っている僕は身体に鞭を打ち、料理を溢さないようにゆっくりと手繰り寄せた。

しばらく、膳を見つめ心の中を整理する。そして、もたもたと箸を掴み、茶碗を持った。

少し冷めた料理をよく噛み、味わう。

 

おいしい。

 

一人で食べる方が良い。人の視線があると、途端に味がしなくなる。きっと彼女達のせいだろう。

 

「っう! ―――」

 

昨夜の事が頭を過ぎった瞬間、唐突に吐き気が襲う。

勢い良く茶碗と箸を置くと口を両手で塞ぎ、食道から上ってくるものを飲み込む。

ヒリヒリする喉を和らげる為に湯のみに入ったお茶を飲み干した。

首元をさすりながら痺れのような痛みが引くのをじっと待つ。

 

「......食べないと。―――」

 

痛みが引くと、もう一度箸を掴み、茶碗を持つ。

 

 

 

 

 

無理矢理食べて直ぐ。太陽が天辺に上がりきり。昼食が運ばれてきた。

朝食を食べたばかりで消化し切れておらず、かと言って断れば彼女達に何をされるか分からない。だから僕は覚悟を決め、昼食を食べるという選択しを選んだ。朝と昼は牢は開けられず、専用の隙間から食事を渡されるのでお手伝いさん達と接触しなくてすむからだ。

 

「お嬢様。朝食の膳をお渡し下さい」

 

「はい―――」

 

「―――では、こちらが昼食になります。何時ものように回収は夕食と共にいたしますので、置いておいてください」

 

「分かっています。もう下がって結構ですので」

 

膳を受け取ると、視線を合わせずに下の畳を見ながら出て行くように言い放つ。

 

「はい。ではまた夕食に(・・・・・)

 

ねっとりとした視線を肌に感じながらお手伝いさんが出て行くのじっと待つ。

扉を閉め、鍵を施錠した音が聞こえると、僕は大きく息を吐き安堵した。そして、視線を畳から食事の載った膳へと移す。

 

「......これ、どうしよう」



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蝶と猪

それから陽が傾いた頃。

ドスンと何かが落ちた音がした。

昨日とは違い、衝撃音は軽く。呻き声も聞こえなかった。

 

「......はぁ。来るなと言ったのに......」

 

屋敷の人達に見つかるかもしれないと言う不安の反面。どこか高揚感ににた感情が生まれる。

何時ものように立ち上がり窓から外を見る。

 

今度は着地して失敗したのか尻餅を付いている十兵衛の姿が見えた。

僕が見ているのに気が付くと、急いで立ち上がる。まるで着地に成功したかのようにすました顔で僕を見た。

 

「......ふふっ。見ていましたからね?」

 

「なっ!」

 

取り繕うとしても分かる。必死に痛みに耐えようと顔をピクピクと震わせている。それが滑稽で思わず僕は笑ってしまった。

十兵衛はそう言われると林檎のように顔を真っ赤にさせる。言い訳を思いつかないのか口を開けたり閉めたりしていた。

 

「ふふ」

 

それを見て、僕はまた笑ってしまった。

 

「笑うんじゃねぇ!」

 

「貴方馬鹿ですか? もう来るなって言ったのに」

 

「お前こそアホだろ? 俺はまた来るとも言ったぜ」

 

「......」

 

「......」

 

「生意気ですね」

 

「お前もな」

 

突然、動物が唸るような音が聞こえた。

その音の元を探すと直ぐに分かった。

 

「貴方。お腹空いているの?」

 

十兵衛の腹から鳴っていた。

 

「はっ! そうだよ。こっちはな、お前みたいな金持ちじゃねぇから毎日飯が食えるわけじゃねぇんだ!」

 

威嚇するように大声を出す十兵衛に僕は何も言い返せなかった。身体に力が入らず、生きる気力を失っていく。そんな空腹の恐怖を痛いほど知っているからだ。

 

「......ちょっと待ってて」

 

「おい!」

 

僕は膳の中から茶碗と箸を掴むと鉄格子の間から腕を通し、十兵衛に差し出した。

 

「はい。これ食べて」

 

「......いいのか?」

 

「私、今日は朝食の時間が遅かったの。だから、こんなに食べられないわ。貴方にあげる。」

 

そう言うと恐る恐る僕の手から茶碗と箸を受け取ると、小さい声で「ありがとう」と呟いた。

 

「貴方。ちゃんとお礼を言えるのね」

 

「馬鹿にするなよ。人に何かをしてもらったら必ず「ありがとう」を言いなさいって母ちゃんに言われてんだよ」

 

「あら。貴方を躾けるなんて優秀なお母様なのね。......貴方お母様が好き?」

 

「いきなりなんだよ。―――うーん。口うるさいし直ぐ怒るけど嫌いじゃないぜ」

 

「そう。―――これも、これも食べなさい。飲み物もあげるわ」

 

「おお! お前いい奴だな!」

 

僕は両手に料理の載った皿を次々と鉄格子の間から十兵衛に渡す。それを嬉々として受け取る十兵衛の声音は嬉しいのが伝わってくるほどうわずっていた。

 

「お前じゃありません。裏表山蝶花です。蝶花って呼びなさい」

 

「そうか。俺は猪野十兵衛だ。改めてよろしくな」

 

「よろしくと言いたいですが、此処にはあまり来ない方が良いです」

 

「? 何でだ?」

 

地面に座り、夢中で掻き込む。口一杯に頬張った状態で湯飲みを勢い良く流し込む。

 

「この屋敷が危険だからです。何で私が蔵にいるか分かりませんか?」

 

「―――もしかしてお前。......閉じ込められているのか?」

 

「はい。祖父が私を閉じ込めました。孫を蔵に閉じ込めるような人が家主なのです。知らない子供がもし家の中で見つかったらきっと酷い目に遭うでしょう。もしかしたら、十兵衛だけじゃなく十兵衛の家族まで危険が及ぶかもしれません。だから、それを食べ終わったら静かに家に帰って、この屋敷の事は全て忘れなさい。いいですね?」

 

気付かない間に食べ終わっており、箸を置き、腕を組むと何かを考えている。そして、しばらくしてから閉じていた目を開け、僕の方を見た。

 

「出たいと思わないのか?」

 

「もし私がここから居なくなったらお父様に迷惑が掛かります」

 

「はあ!? 閉じ込められてる自分の子供を助けない親なんてほっとけよ」

 

「お父様は頑張ってくれてる! ......お父様が私を助け出してくれるまで私はここに居ます」

 

「―――分かった。じゃあ、蝶花が退屈しないように毎日ここに来てやる」

 

「......貴方。私の話を聞いていましたか? この屋敷はきけ「ただし条件がある」......何ですか。条件って」

 

人の話を聞かない十兵衛にため息を付き、話を聞く僕に満面の笑みを浮かべながら答えた。

 

「お前の飯を半分俺にくれ! それが条件だ」

 

この少年に何を言っても聞かない。そう思った僕は、如何とでもなれと思いながら「分かりました」と言った。

 

「ただし、この屋敷で大きな声を出さないこと。それと、私が出て行けと言ったら直ぐに出て行くこと。いいですね?」

 

「おう! 交渉成立だな」

 

改めて、十兵衛は僕に向って手を伸ばした。僕もその手を握ると僕の顔に自然と笑みが浮かんだ。

 

それから、柿泥棒の少年。猪野十兵衛との交流が始まった。

 

「よう」

 

彼は次の日から、毎日昼になると僕の前に現れた。他愛の無い話をしたり、しりとりやあやとりなんかをした。僕の知らない屋敷の外のこと。今日、十兵衛体験した出来事。そのどれもが新鮮で、心が躍った。まるで自分が外の世界を歩いているような錯覚に陥り、喰いつくように十兵衛の話を聞き続けた。

遊べるのは昼食が運ばれてくる時から太陽が少し傾いた時まで。短い時間ではあったが、十兵衛と遊ぶ時は楽しくて楽しくて堪らなかった。

それからあっという間に一年が経過し。十兵衛が帰った後、次の昼のことを思いながら窓から柿の木と沈んでいく夕日を眺めていると鍵が開く音がした。

食事を持って来るには早すぎる。そう思いながら現実に戻り、扉の方向を見ると。

 

そこには祖父が何時ものように下卑た笑顔で立っていた。

 

「蝶花。喜べ。お前はとんでもない高値で売れたぞ」

 

「......え?」

 

言葉の意味が理解出来なかった。頭に冷水を浴びせられたように身体中の筋肉が硬直し、頭の中で必死に何の事かを記憶から探す。いいや、最初から分かってはいたが、そう信じたくない自分がもしかしたらと苦し紛れに記憶を辿ったのだ。そして、恐れていたことが見事に的中する。

 

「何度も言わせるな。一族の中に遊郭で商売をしている奴に知人がおってな。文を送ってみたのだ。そ奴が聞くところによると最近では男の需要もあって、美しければ美しい程高く買ってくれると言うではないか。試しにお前のことを書いて送ったら直ぐに返事が来よった。「大金を持って直ぐに見に行く。書いている事が本当であるのなら高値で買う」だと。いやはや、売女の子供と侮っていた」

 

「もしかして、暴力を振るいに来なかったのは―――」

 

「色々な女衒(ぜげん)に文を送って値段を吊り上げておったからな。商品(・・)に傷が付いてはいけないだろう」

 

白い肌は青白くなり、呼吸が不自然に荒くなる。目の前が揺れ、立っていられなくなった僕は柵を掴みながら力なくその場に座り込んだ。

遊郭に売られるショックよりも、お父さんが助けてくれた訳じゃなかったと言う事実の方が僕には深く胸に刺さった。

 

「じゃあ、お父さんは......。お父さんは何故僕の所へ来てはくれないのですか?」

 

無意識に消えそうな声でずっと疑問だったことを祖父に尋ねる。すると、それを聞いた祖父は大きな声で笑い出した。

長い時間笑い。目に涙を浮かべながら僕に言うのだ。

 

 

 

―――龍才はとっくにお前のことなぞ忘れて新しい妻と子供を作り、幸せに暮らしておるよ。

 

 

 

信じられなかった。嘘だと思いたかった。僕を助けてくれると言ってくれたお父さんが僕やお母さんのことを忘れて他の人と結婚しているなんて。

 

その瞬間心の奥にある何かが、切れる音がした。

 

「......嘘だ」

 

「何だと?」

 

「嘘だ! お父さんは僕を助けてくれるって言った! 嘘を付くな!」

 

両手で力強く柵を掴むと祖父に向って殺意を込めた視線で睨みつけながら大声で言い放つ。

 

「は! どうしてそのような嘘を付く必要がある。全て事実! お前は父親に捨てられたのだっ!!」

 

「嘘を付くなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

強く握りすぎたせいで爪が割れ、指から血が出てくる。

突然の僕の反抗に狼狽しているのが分かった。

 

「お前が如何思おうともう関係ない! お前は明日、女衒達の前で競りにかけられる。精々、高く売れることだな!」

 

そう言い残すと息を荒げながら蔵から出て行った。

 

「―――あぁ......お父さん......お、とう、さん。そんなの嘘だよ......。お父さんはここから出て二人で暮らそうって言ってたもの―――僕の所に来て......僕の頭を撫でてよ」

 

涙を流し、自分で自分を慰める。

意味がないと分かっていても呟き続ける。

 

 

 

 

「―――」

 

結局その日は食事はせずに身体だけを洗って直ぐに寝た。お手伝いさんも特に何をしてくる訳でもなく。淡々と職務をこなし、出て行ってしまう。もしかしたら祖父に商品に手を出すなと釘を刺されたのかもしれない。

でも、そんな事はどうでも良い。

今の僕の頭の中は父のことで一杯だった。

どうして僕の所に来てくれないのか? 本当に僕を捨てたのか? お母さんと僕のことを本当に忘れてしまったのか? ―――。

思っても仕方がないことを何度も、何度も考える。

 

昼になり、食事を運んできたが断った。もう、食べることすらどうでもよかった。

 

いっそ死ねば大好きなお母さんに会えるのではないのかと思い始めた頃に、柿の木の所から音がした。

着地に成功したのか、何時もより音は小さかった。

 

―――彼が来た。

 

僕はゆらゆらと立ち上がり、窓に近づく。

 

「よう! どうした蝶花。酷い顔だぞ? 何かあったのか?」

 

「十兵衛......」

 

初めて会った時は少し痩せていた身体は健康的になり、着ている衣服もこころなしか新しくなっているような気がした。

十兵衛と長い間、共に遊んだのだと気付き、不思議と心が楽になった。

そして自然と声が出た。

 

「ここから出たいわ十兵衛」

 

「蝶花......父ちゃんのことを待つんじゃなかったのか?」

 

「もう良いの......もう、待つのが疲れたの、耐えられないの。......苦しいのよ―――」

 

鉄格子の間から十兵衛に向って手を伸ばす。十兵衛はその手を右手で掴み、握った。

 

「何かあったのか?」

 

何時もとは違い、真面目な顔で僕の話に耳を向けている。

 

「私。今夜、人買いに売られるの。もう、お父様は助けてくれないかもしれない。だから、もう十兵衛だけが頼りなの。お願い......お願いよ。ここから出して十兵衛」

 

「―――分かったちょっと待ってろ」

 

「え?」

 

予想していなかった返事で少し、間の抜けた声が自分から出たのが分かった。

そんな僕を尻目に、十兵衛は屋敷の方へ走って言ってしまう。

止めようとするももう彼の姿は見えず、何が起こったのか分からないと言う表情で十兵衛が消えていった方向を見つめていた。

 

そして、しばらく経った頃。十兵衛は長方形の木箱を携え、戻ってきた。

 

「それは何処から持ってきたの?」

 

「他の蔵から探してきた。これでこの鉄格子を取ってやる」

 

木箱を空け、杭と金槌を取り出した。

 

元々外から泥棒を防ぐ為に蔵が出来た時に取り付けた鉄格子。長年の雨で錆で腐食していた。

そんな腐った状態の鉄格子は道具さえあれば子供でも簡単に壊せる。

何度も外しながら腐った所に杭を差込み、金槌で勢い良く叩いて蔵と鉄格子の間を砕く。

そうして全ての付いている鉄格子の部分を砕くとバキリと地面に落ちた。

 

「本当にやってくれるなんて。―――ありがとう十兵衛!」

 

「うおっ!」

 

この窓から出れば、屋敷が出れる。そう思ったら心の底から嬉しさが溢れ。感謝を全身で表そうと窓から上半身を投げ出し、十兵衛に抱きついた。

 

「ありがとう! ありがとう十兵衛!」

 

「い、良いってことよ! ......でも、今は昼だから見つかるかもしれない。だから、また夜に来る。そうしたら、俺と一緒に外に出よう」

 

「うん! 夜まで待ってる」



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冷たい目の男

陽が沈み、あたりが暗くなる。

 

 

 

約束の時間だ。

 

 

 

何時ものように柿の木から飛び降りて来た十兵衛。辺りを警戒しながら窓に近づいてくる。

 

 

 

「蝶花!」

 

 

 

「十兵衛」

 

 

 

十兵衛が手を伸ばしてくる。僕はその手を掴むとそのまま窓の枠に足を掛けた。

 

十兵衛が勢い良く引っ張る。

 

勢い余って二人はそのまま地面に十兵衛を下敷きに僕が上に乗る形で倒れてしまった。

 

 

 

「......」

 

 

 

「ごめん!」

 

 

 

顔を赤くする十兵衛。僕は謝ると直ぐに上から退く。

 

立ち上がり、身体に付いた砂を叩き落とすと今度は僕が十兵衛に向って手を伸ばした。

 

 

 

「行こう! 十兵衛」

 

 

 

「......そうだな」

 

 

 

十兵衛はその手を掴み立ち上がる。そして、その流れで十兵衛が腕を引っ張りながら走り始めた。

 

 

 

「いたっ!」

 

 

 

「すまねぇ! でも早くここから出ないとお前の家の人達に見つかっちまうからな!」

 

 

 

「ううん。良いの。私は気にせずに走って!」

 

 

 

僕はふと空を見上げた。そこには自分を遮るものはなく、唯暗い空だけが見えた。何処かから吹いた風は僕の身体を包むように通り抜け。後ろにある柿の木の枝を揺らす。

 

 

 

やっと......やっとあの蔵から抜け出せた! これで僕は自由だ!

 

 

 

その事実が嬉しく。目の前の少年が凄く頼りがいのあるように見えた。

 

ここを切り抜けたら、自分が男ということを話そう。全てを話して、改めて友達になろう。

 

 

 

そう考えながら必死に十兵衛の走る速度に合わせる。

 

足が傷だらけになろうが、何かが刺さり血が出ようが、今の僕は不思議と痛みは感じなかった。

 

背中に羽根が生えたように軽く。心の中の黒い感情はどこかに消えていった。

 

 

 

途中、何度か止まり、見回っている警備の人の目を潜り抜ける。十兵衛は見かけによらず頭がいいのかその全てを難なく潜り抜けた。

 

そして、しばらく歩いた頃。疑問が頭を過ぎった。

 

 

 

「十兵衛。おかしいよ! 今頃お手伝いさんが蔵に来る筈なのに騒ぎになってない!」

 

 

 

「―――」

 

 

 

僕の言葉を無視して十兵衛は走る速度を上げた。

 

 

 

何かがおかしい。頭の隅でそう思うようになり、その疑問は大きくなると同時に十兵衛に対して不安と恐怖を抱くようになった。

 

 

 

「ねぇ十兵衛! 十兵衛ったら!」

 

 

 

どんどん大きくなる。

 

 

 

十兵衛の気配が変わった。あの祖父達と同じような気配。ドロドロとして気持ち悪い不快な気配だ。

 

 

 

足を止めようとするが、非力な僕ではそれは叶わず。僕の意思に反して十兵衛は進み続けた。

 

 

 

そして、遂に入り口とは反対方向の屋敷に向っていることが分かった。

 

 

 

まさか、そんな筈はない。そう信じ、不安ながらも目の前の少年を信じた。きっと何か考えがあるのだと思い同じように足を速めた。

 

 

 

「......蝶花。すまねぇ」

 

 

 

「......え?」

 

 

 

僕の手を今まで以上に強く手を引きながら縁側から屋敷に入り、襖を開いた。

 

 

 

 

 

そこには何時ものように下卑た笑顔を浮かべる祖父達とその反対には小奇麗な男達が座り、僕達を見ていた。

 

 

 

 

 

その瞬間。唐突に理解した。

 

 

 

―――裏切られた。

 

 

 

「―――ね、ねぇどういうこと十兵衛。ねぇ! ねぇ!」

 

 

 

気が付いた時には手が離れていた。着物の袖を引きながら問い詰める僕に顔を伏せ何も言わない十兵衛。

 

それを見て確信した僕はその場に崩れ落ちる。

 

 

 

「さぁさぁ皆の衆! 今宵の商品が届いたぞ!」

 

 

 

「いやだ! 離して! 助けて十兵衛!!」

 

 

 

「すまねぇ......」

 

 

 

男達に強引に手を引かれ、人買いの前に連れ出される僕。裏切られたと知っても尚、涙を浮かべながら握られていないてを十兵衛に伸ばし、助けを求めた。

 

しかし、彼は僕と目を合わせようとせず、唯「すまない」とだけ言い残すと部屋から出て行ってしまった。

 

 

 

「大人しくしろ!」

 

 

 

「痛い!」

 

 

 

引きずられながら人買いの前に晒された。そして、祖父はしゃがみ込むと下から頬を掴み、強制的に顔を上げさせた。

 

 

 

「見てみよこの顔! 日本人とは作りが違うがまるで女性のように美しい! そして、金で出来ているような髪! ガラス玉のような瞳! どれをとってもこんな子供は一生に一度拝めるかどうか! 今夜皆の一人がこの子供を手にする。手に入れた後は煮るなり焼くなり好きにせよ!」

 

 

 

祖父がそう言うと一階の男達は口々に僕の容姿を褒め称えた。

 

その視線は全身の毛が逆立ち、震えがだした。白い肌は青白くなり、涙が溢れて止まらない。

 

 

 

「こっちは千五百出す! 俺に売ってくれ!」

 

 

 

「私は二千出そう!」

 

 

 

「私は二千五百!」

 

 

 

泣いている僕を気にも留めず、血走った目で僕を見ながらどんどん値段を吊り上げていった。

 

立ち上がった祖父は僕を逃すまいと伸びきった髪を鷲掴みにしている。

 

痛いと訴えても離してはくれず、目の前で自分の値段が上がっているのを見ていることしか出来なかった。

 

 

 

「もう良いのか? もうこれで限界か? もう誰もいないのだな? ―――よし! そこの貴様に一万五千で売った!」

 

 

 

最終的な値段が付き、祖父が一番高い値段を出した女衒を指を指した。

 

僕は親戚の男達に髪を引かれ、部屋の外へと連れ出された。

 

 

 

「値段が決まった所で今日はささやかではあるが宴会を催したいと思う! 皆の者! 存分に楽しんでくれ!」

 

 

 

外からでも聞こえるほどの大きな声。

 

何度も立ち上がろうとするが、髪を強く引かれている為、上手く歩くことが出来ず何度も転んでしまう。足や手は、打撲や擦り傷で傷だらけ。着物も砂や自分の血で汚れてしまった。

 

 

 

「蔵に入れればいいのか?」

 

 

 

「当主様が言っていただろ? ―――おい! さっさと歩けグズッ!」

 

 

 

髪を掴んだ手を離し、襟首を掴むと放り投げられた。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

何度も転げ、着物がより汚くなる。

 

立ち上がろうとすると腹部を蹴られ、痛みで蹲ってしまった。

 

すると、視線の端にある人物が移った。

 

 

 

「お父さん!」

 

 

 

縁側に見える二人の影。お父さんが知らない女性と手を繋ぎながら歩いている。二人は幸せそうで笑い合っていた。そして、女性の腹部は不自然なほど膨らんでいるのが分かった。長年閉じ込められ、学がない僕でもそれは何なのかは直ぐに分かった。

 

 

 

信じたくなかった。しかし、目の前にある現実を受け入れるしかなかった。

 

 

 

僕の声が聞こえたのかお父さんは振り返りこちらを見た。

 

砂まみれの僕を見た瞬間、何か見てはいけない物をみたように目を見開くとそのまま視線を戻し、女性と二人で歩く速度を上げ、部屋の中へと消えていった。

 

 

 

「待ってお父さんま「うるせぇんだよ!」っ!」

 

 

 

膝を付き、必死で父親の元に行こうと這うが、男達に帯を掴まれ、引きずり戻られる。

 

 

 

祖父の言ったことは本当だった。お父さんは僕を見捨てて知らない人と結婚していた。お母さんを忘れて、他の女性と愛し合っていた。

 

 

 

今まで父親が助けに来てくれると信じてぎりぎりの所で耐えていた僕の心は今、完全に壊れた。

 

涙は絶えず流れ、嗚咽が止まらない。

 

僕の意思とは関係なく男達は僕を強制的にあの逃げ出してきた牢獄に連れ戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く入れ」

 

 

 

「......」

 

 

 

突き飛ばされながら蔵の中に戻る。強く突かれたからか顔から勢いよく転んでしまった。不思議と痛みはなく。唯、衝撃だけが身体に走った。

 

 

 

後から二人、男達が祖父と同じような笑顔で蔵の中に入って来た。

 

 

 

「鉄格子壊しやがって。どうする? 逃げないように見張っておかないといけねえな」

 

 

 

「ああ。何楽しみはある。一晩ぐらい俺たちで味わっても良いだろう」

 

 

 

「ちげぇえねぇ」

 

 

 

腰の帯を緩め、近づいてくる人影。

 

僕も帯を掴まれながら連れてこられたからかすっかり緩んでしまい、少し歩いただけで着物が脱げ落ちそうであった。

 

一人は鍵で牢の鍵を開け、畳の上に放り投げられる。

 

 

 

「っう! やめてください! もうお願いですからやめてください!」

 

 

 

「大人しくしてりゃあ痛い目に遭わなくて済むんだぜ?」

 

 

 

じりじりと僕に近づいてくる。

 

両手首を押さえつけながら覆いかぶさってくる大きな体躯にもう少しで唇が当たるという距離に顔がある。

 

もうダメだ。いっそ死んで楽になりたい......。そう思い始めた時、あの人・・・は現れた。

 

 

 

「美しい......」

 

 

 

「あぁ? 誰だテメェッ!」

 

 

 

「何処から入ってきやがった!」

 

 

 

男は僕の身体の上から退くと、蔵の中に入って来た侵入者に威嚇をしていた。

 

その隙に僕は少しでも離れようと牢の隅に移動し、肌蹴た着物を直すと入り口に視線を向けた。

 

そこに立っていたのは青年。今の僕と同じくらい病的に青白い肌。血のような瞳の色は僕だけをじっと見つめていた。

 

そして、ゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる。

 

男達は何度も出て行くように脅すが、青年は全くと言って良い程聞いていなかった。

 

 

 

「このクソが。おい、半殺しにしろ!」

 

 

 

「オラァッ!」

 

 

 

そうこうしている内についに男達は我慢できなくなったのか、脱ごうとして着物を着直し、帯を締めると青年に殴りかかった。

 

だが、その攻撃は青年には通じなかった。

 

 

 

「アッ!?」

 

 

 

青年は殴りかかってきた拳を片手で掴むとその手を握りつぶした。

 

 

 

「いでぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 

「喚くな」

 

 

 

潰れた拳を庇いながら膝を付く男の頭を鷲掴みにするとまるで紙のように首と胴体を千切りとった。

 

首のなくなった身体からは噴水のように血が溢れ出し、牢の隅にいる僕の所にも赤い液体が飛んできた。

 

 

 

「ひぃ!」

 

 

 

「お、お前何しやがった!」

 

 

 

「人とは愚かなものだ。お前の今とるべき行動は私に対して虚勢を張るのではなく、私の前に跪き命乞いをすることだ」

 

 

 

真っ赤になった腕を先ほどと同じように恐怖で震えるもう一人の男の首に伸ばし、掴んだ。

 

そのまま、片手で上に持ち上げる。男は足が宙に浮き、締められた手を解こうとするがピクリともしない。空気を取り入れようと苦しみ悶え、遂には男は力尽きた。

 

 

 

 

 

―――僕も殺される。

 

 

 

 

 

口に手を当て、声が出ないようにしながら泣いている僕に近づいてくる。

 

もうダメだと目を閉じ、訪れる死をじっと待つ。

 

しかし、幾ら待ってもその時は来ることはなく。しばらくして僕は恐る恐る目を開いた。

 

するとそこには血塗れの青年が僕を見下ろすように立っていた。しかし、祖父達のような気持ち悪い視線ではなく冷たい瞳で僕をジッと見ていた。

 

 

 

「......私も殺すのですか?」

 

 

 

「どうしてそう思う?」

 

 

 

「あの人達を殺しました。私もあの人達と同じように―――」

 

 

 

それを言い終わる前に僕の目の前に膝を付き、頬にそっと手を添えた。

 

 

 

「殺すのならとっくに殺している。私はお前に話があってここに来た」

 

 

 

 

 

―――お前をここに閉じ込めた人間達に復讐したくはないか?

 

 

 

 

 

「......え?」

 

 

 

「お前をここに閉じ込め。虐げられ、辱められ、今、犯されかけている。......もう一度言おう。お前をそんな目に合わせた人間達に復讐したいと思わないのか?」

 

 

 

「......したいと思っても私には力がありません。何年も蔵に閉じ込められて、録に読み書きも出来ない学のない私に何が出来ると言うのです」

 

 

 

「お前が復讐したいと思うのなら。その為の力を与えよう」

 

 

 

「力?」

 

 

 

青年はそう言うと自分の手でもう片方の掌を裂き、その裂いた手を僕の口元へと近づけた。

 

 

 

「私の血を飲めば。奪われる側だったお前は奪う側になる事が出来る。誰もお前を止める事は出来ない。誰にも虐げられることはない」

 

 

 

不思議と彼の手に視線は吸い込まれていった。無意識に青年の手を握ると溢れ出した血を一気に飲み干した。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

血が喉を通るその瞬間、身体中に想像を絶するほどの痛みが走った。身体の中で巨大な何かが這い回っているような感覚。手や足、胴体に顔が膨らんだり萎んだり急速に変化する。どれだけ時間がたったか分からない。やがて、身体の変異は収まり、元の身体に戻った。

 

 

 

「素晴らしい。これは思いがけない者を拾ったものだ!」

 

 

 

青年は少しだけ目を見開きながら蹲っている僕を見下ろし驚愕の表情を露わにしている。しかし、一番驚いているのは自分自身だ。鉛が絡みつくように重かった身体ははっきりと分かる程軽くなり、不思議と気分が良かった。涙は止まり、震えが収まる。

 

 

 

「私はどうなったんですか?」

 

 

 

「私の血が上手くお前に定着した。大抵の者はアレだけの量を一度に摂取すると身体が耐え切れず死んでしまうのだが―――」

 

 

 

そう言いながら青年は僕の頭に手を置き優しく撫でた。

 

 

 

「あ......の。えっと」

 

 

 

「お前は強力な力を手に入れた。これでお前はこの屋敷から自由になったと言えるだろう」

 

 

 

身体の底から力が溢れてくるようだ。気分の良い原因はこれか。

 

 

 

「さあ。復讐を果たしてくると良い」

 

 

 

「―――ありがとうございます。......あの、貴方の名前はなんと言うのですか?」

 

 

 

突然訪れた。救いの手に心の底から感謝をし、僕は彼に名前を聞く。

 

そうすると青年は僕の腕を掴み立ち上がらせると小さな、しかしはっきりと答えた。

 

 

 

「鬼舞辻無惨」



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復讐の無垢なる涙

「お父さん......お父さん......」

 

 

 

蔵から出ると、再び屋敷に向って歩き出した。

 

夜の風は心地よく、僕の肌を撫でる。

 

着物は肌蹴ており、もう少しずれたら胸部が見えてしまう。傍から見ればその容姿と相まって妖艶な雰囲気を出しており、それを見たら最後目が離せないだろう。それぐらい女性的な美しさがあった。

 

何度も何度も呟いている間に連れて来られた部屋の襖の前に立っていた。

 

部屋の中では祖父が言っていた通り宴を楽しんでいるのか、男達の笑い声と歌声が外まで響いている。

 

 

 

「おいお前。どうしてこんな所にいる!」

 

 

 

廊下の前に立っていると見回っていた屋敷の人が僕を見つけ、激しい剣幕で近づいてくる。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

その顔を見た瞬間僕は思わず後ずさってしまった。しかし、自分に言い聞かせるように何度も何度も呟いた。

 

 

 

「......私は変わった......変わった......変わった」

 

 

 

「何ぶつくさ呟いてるんだ!?」

 

 

 

肩に手を置き、僕の顔に目掛けて腕を上げた。

 

 

 

「私に触るな!」

 

 

 

「ぎゃっ!」

 

 

 

置いた手を払おうと腕を振るう。すると、見回りの男の上半身と下半身は綺麗に割れ、地面に転がった。

 

血は絶えず溢れ出し僕の身体中を赤く染める。

 

 

 

軽く振っただけなのに。こんなに簡単に人が殺せるのか?

 

 

 

自分が手に入れた力は自分の想像以上だと驚き、血塗れの赤い手をジッと見つめる。

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

音に気付いた女衒の男が襖を開き、こちらを見た。酒を飲んで酔っているのか赤い顔で上から下に視線を下ろしていく。そして、さっきまで人間だった物・・・・・・が目に入ると途端に言葉がでず、震えた手で僕を指差した。

 

さっきまで嬉々として僕を手に入れようと競り争っていた男の一人が、僕の目の前でさっきまでの自分のように震えて声が出せなくなっている。

 

その恐怖に染まった顔を見ていると不思議とスカッとした気分になった。

 

怯えていていたあの頃とは違う。段々と開いた襖の隙間から見える男達に明確な殺意が沸く。

 

 

 

「死ね!」

 

 

 

そのまま助走をつけずに声が出ない男の首目掛けて蹴りを入れた。すると、まるで刀で切られたように綺麗に首が千切れ、明後日の方向に飛んで行ってしまった。

 

また、血が水しぶきのように周りに飛び散り、今度は部屋の中にも飛散した。

 

 

 

「何なんだこいつは!」

 

 

 

「ば、化け物だ!」

 

 

 

「ちょ、蝶花なのか?」

 

 

 

変わり果てた僕の姿を見た祖父は手に持っていた杯を落とし、僕に指を指す。零れた杯からは酒が零れ落ち畳を濡らした。

 

 

 

「死ね、死ね! 皆死ね!」

 

 

 

襖を蹴破り中に入ると近くにいる者から手当たり次第に殺していく。殴り、蹴り、千切り、裂き......。僕を手に入れようとした女衒の連中も、僕を暴行した一族の連中も皆、殺した。肉の塊に成り果てた物から絶えず血が零れ、宴の部屋は一瞬にして殺戮の部屋へと変わる。

 

生まれた時から僕のことを疎ましく思い、僕のことを長年虐げていた祖父も、僕の目の前で腰を抜かし、必死で逃げようと入り口に向って這いずっている。

 

 

 

何て滑稽なのだろう。こんな奴に僕のお母さんは殺されたのか......。

 

 

 

「ころ、ころ、殺さないでくれ! 何が望みだ!? 金か? この一族か? 全てやるから私を助けてくれ!」

 

 

 

「そんなのいらない。今、私が欲しいのはお前を苦しみの限り嬲り、地獄に送ってやりたい。唯、それだけだ」

 

 

 

「お、おい! やめてくれ! やめっ―――ぐぁ!」

 

 

 

僕に背を向け、這っている祖父の腕を掴むとそのまま勢い良く引き千切った。痛みで叫びを上げ、苦悶の表情で手を前に出し、やめてくれと懇願する。

 

 

 

「私がやめてって言ってもやめなかった癖に! 今更何言ってるんだ! ほら言ってみろ! 私がお前に言ったように感謝しろ!」

 

 

 

「あ、ありがとう、ございます! ありがとうございます! ありがごがぁ!」

 

 

 

僕の前に翳している手を掴むと両手で掴み、曲がらない方向に曲げ折る。

 

 

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

「よくも。よくもお母さんをお母さんを死ね! 死ね! 死ね!」

 

 

 

何度も何度も踏みつける。祖父が呻こうが、命乞いをしようが関係ない。声がなくなるまで踏みつけ。動かなくなるまで倒れた祖父の身体の上に乗り、顔面を殴り続けた。顔が陥没し、何処に目があるのかわからなくなるぐらい殴ると、立ち上がり、次の目的の場所に足を進めた。

 

 

 

「......お父さん」

 

 

 

もう全身で赤くない所はない程血を浴びた。足の裏から感じるベタベタと言う感触が僕を不快にさせる。

 

まるで、死人のように足をすりながら父の下へと歩いていく。

 

 

 

「貴様! 当主様を如何した!」

 

 

 

「......」

 

 

 

廊下に出ると大勢の男達が鎌や鍬を携え、僕の前に立ちはだかっている。しかし、今の僕には大人の男が何人来ようが赤ん坊を相手にするように殺すのは簡単なことだった。

 

 

 

「クソ! 何だこいつ! 力が強すぎいでぇ!」

 

 

 

「化け物め!」

 

 

 

「人間じゃない!」

 

 

 

刃物は僕の肌に通らず、逆に僕に振りかざされた刃の方が欠けて、折れた。ものの数秒で十数人の男を殺し切ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりとした足どりである部屋に向った。僕とお母さんの部屋だ。

 

 

 

信じたくはなかった。絶対ないと思いたかった。僕の唯一安心できる場所だった所。

 

 

 

今、正にその部屋の前に立つ。僕は絶対にないと思いながらここにいるだろうと確信していた。襖の引手を掴むと強い力で開く。

 

 

 

「蝶花!」

 

 

 

「お父さん......」

 

 

 

そこにはお父さんと知らない女性が身を寄せ合っていた。

 

 

 

「蝶花聞いてくれ! 今までお前のことを放っていたのは本当に悪かったと思っている。不甲斐ない父だった。すまない......。だからお願いだ! この女性だけは助けてくれ! 見逃してくれ!」

 

 

 

そう言うとお腹が膨れた女性の前に庇うように立つと額を地面に着け、僕に向って許しを乞うた。腹部が膨れている女性は両手で腹を庇いながら目から涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

―――まるで僕が悪者みたいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

「......なんで僕を助けてくれなかったの? どうして僕の所へ来てくれなかったの?」

 

 

 

「それはっ!」

 

 

 

お父さんは言葉を詰まらせ、唯僕に土下座をしながら謝っていた。

 

 

 

「ずっと待っていたのに......ずっとずっと待っていたのに」

 

 

 

足を進め、頭を下げるお父さんの直ぐ傍で止まった。

 

 

 

「お前に何を言っても言い訳にしかならないことは分かっている。だから私はお前に許しを請うしかない! どうかお願いだ! この子達だけは!」

 

 

 

「黙れ!」

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

「どうしてお母さんが病気に掛かった時に祖父から守ってくれなかった! どうして私が閉じ込められた時に助け出してくれなかった! お前は臆病者だ! 母と息子が苦しんでいるのに何もしなかった!」

 

 

 

僕は足をお父さんの頭に乗せ、体重を片足にのせる。

 

 

 

「きゃああぁぁぁぁぁぁぁ! 貴方ぁぁぁぁ!」

 

 

 

顔が潰れたお父さんに女は駆け寄り肩を抱いた。

 

 

 

「お前も死ね」

 

 

 

僕がそう呟くと爪先から干乾びていき、痩せ細り、まるで餓死したような身体で倒れる。

 

 

 

「あ、なた......」

 

 

 

その言葉を最後に女は事切れた。

 

 

 

全ては終わった。生まれてずっと終わらないと思っていた地獄のような日々は終わったのだ。煙の匂いがする。どこからか火がついたのだろう......。

 

窓を開き、月を見上げる。

 

煙交じりの夜風が肌を撫で、長い髪が揺れる。

 

 

 

「復讐は終わったのか?」

 

 

 

扉の方から声が聞こえる。彼の声だ。

 

振り返り、僕に復讐の機会をくれたことを感謝しようと彼の、鬼舞辻無惨の前に立つ。

 

 

 

「ありがとうございます。このご恩どうやって返せばいいのか......」

 

 

 

「恩を感じているのなら、一つ私の願いを聞いてくれないか?」

 

 

 

「願い、ですか?」

 

 

 

頭を下げる僕に無惨はそう言った。

 

 

 

「あぁ。ある者を殺して欲しい」

 

 

 

その目は憎しみで染まっていた。

 

 

 

「私に出来るのでしょうか」

 

 

 

「私には出来ない。しかし、お前のように無垢な者ならあるいは私の殺したい相手に手が届くかもしれない」

 

 

 

「無垢? この私がですか?」

 

 

 

自分の姿を見る。夥しいほどの人の血で身体中が染まっており、その匂いは部屋の中に充満していた。見えはしないが、顔もきっと酷い有様だろう。

 

 

 

こんな僕が無垢? 人を殺して、両親も妊娠している女性にも手を掛けた。そんな人間が穢れがないと言うのか。

 

 

 

「確かにお前は人間をその手で殺した。だから何だと言うのだ。人間を百人殺そうが、千人殺そうが、穢れはしない。―――その証拠に私から見てお前はとても美しく、無垢だ」

 

 

 

そう言いながら僕の頭に手を乗せる。その手は不思議と心が安らいだ。この人の為なら何でもやれると思える。

 

 

 

「私に出来るかどうか分かりません。―――でも、貴方の為なら頑張ってみます。一度死んでいたかもしれないこの命。全部無惨さんに上げます」

 

 

 

「良い返事だ。さぁ、ここは直ぐに火に包まれる。私が安全な場所に連れて行ってあげよう」

 

 

 

「......はい」

 

 

 

頭から手を離すと僕に向って手を伸ばす。その手を掴み後ろを振り向かずに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の外に出る。門から外に出る時にふと後ろを振り向く。屋敷全体は炎に包まれ、骨組みは砕け、屋根の重さに耐え切れなくなり大きな音を立てながら崩れ落ちる。多くの人の悲鳴や叫び声は外にいる僕まで聞こえてきた。

 

 

 

お母さんとの思い出が燃えていく。そう思うと自然に涙が出た。

 

 

 

「......最後に泣いておきなさい。お前はもうこの場所に来ることはないのだから」

 

 

 

「―――は、い」

 

 

 

僕は泣いた。膝から崩れ落ち、屋敷を前にしながら泣き叫んだ。炎の音が天高く響き、僕の泣く声を掻き消す。枯れるまで涙を流した。やがて涙は止まり、立ち上がる。

 

それを察した無惨は門の外へと足を進める。僕はその横に小走りで駆け寄り、同じ速度で足を進めた。そして、無意識に無惨の手を握る。

 

自分でも何故そうしたのか分からない。彼の手を握っていると安心するのだろう。無惨も僕の顔を一瞥すると手を握り返してしてくれた。

 

僕はまた泣きそうになってしまう。

 

 

 

「お前は強くなった。そしてこれからもっと強く強靭になる......。その流している涙も悲しみも、いずれ止まるだろう。―――だから前を見て歩きなさい」

 

 

 

「はい」



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上弦の鬼

「無惨さん」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「あの......この格好で歩くのは流石に不味いと思うんですけど......」

 

 

 

未だ、月が地上を照らす夜の時。真夜中の為人は居ないが流石に血塗れの着物まま歩くのは不味い。

 

 

 

「今向っている」

 

 

 

「それは、ありがとうございます......」

 

 

 

「......」

 

 

 

「......」

 

 

 

会話が続かない。気まずい。

 

 

 

時折、無惨さんの顔を見上げては目が合いそうになったら地面に視線を移した。しばらく歩くと一つの建物の扉の前で足を止めた。

 

 

 

「ここだ。人が出るがしばらくお前は口を開かずに下を向いておけ」

 

 

 

「分かりました」

 

 

 

言われた通りに下を向く。そんな僕を確かめた無惨さんが扉を軽く叩いた。すると、一人の男性が少し開いた扉の間から顔を覗かせる。そして、無惨さんだと分かると顔色を変え、慌てて扉を開いた。

 

 

 

「恭二様! こんな時間にどうして......っ! 彼女は?」

 

 

 

「すみません。事情を聞かずに風呂と彼女の為の着物を用意してくれませんか?」

 

 

 

「......分かりました。どうぞ、こちらへ」

 

 

 

しばらく考えるような素振りを見せた男性だったが、直ぐに了承し僕達を建物の中に迎え入れた。

 

 

 

「入るぞ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

無惨さんに言われるがまま中に入っていく。その時ですら僕は手を離さず、無惨さんも僕の手を握っていてくれた。見た時は少し怖かったが、見かけによらず優しいのかもしれない。

 

 

 

僕はどんどん鬼舞辻無惨という男に引き込まれていった。この人の為なら何でも出来るという気持ちが、心の底から湧いてくる。そんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

 

 

タイルで敷き詰められた風呂で湯船に浸かっている。身体を洗った時に排水溝に流れていく血の混じった水が、流れていくのを見るとだんだん身体が綺麗になっていくのが分かった。

 

そして、今は肩まで湯に浸かり、これからの事を考えた。

 

 

 

僕は人を殺した。実の父親を......。そのことは全く何とも思っていない。あの男は殺されて当たり前のことをしたのだ。だけど次は僕の知らない人を殺さなければならない。

 

僕にそれが出来るのだろうか......。いいや。しなければならない。無惨さんに助けて貰った。返せない恩がある。それに、元々あの夜死んでいたかもしれない身だ。僕の全部をあの人にあげよう。

 

 

 

「―――よし」

 

 

 

湯船から上がり、風呂を後にする。

 

布で身体中の付着した水分を拭き取り、手際良く新しく服を着る。今まで着ていた着物とは違い。動きやすいように無惨さんが気遣ってくれたのか袴が用意されていた。

靴も膝の近くまで覆うほどブーツが用意されていた。

 

 

「来たか」

 

 

 

「はい。あの、袴をありがとうございます」

 

 

 

「構わない。―――さて、お前の身体の力のことを教えてやろう」

 

 

 

「はい」

 

 

 

それから、僕の身体に起こった変化や人間でないことを知った。僕は鬼になった。それを聞いたらなるほど納得がいったと思った。人間の首を容易く千切ることが出来るほどの力。鈍器や刃物で殴られても痛くも痒くもないほどの防御力。普通の人間なら有り得ない力だ。人間ではなく鬼になったのなら合点がいく。

 

しかし、おかしな点が一つある。

 

鬼になってからというもの食欲が全然わかないのだ。人間の血を見ても、肉を見ても、まったく食欲がわかない。それを無惨さんに言うと驚いていた。そして、この特異な体質は僕の固有の力らしい。

 

鬼には血鬼術という特殊な力を使える鬼がいるのだと言う。無惨さんの血を多く取り込んだ僕はほぼ間違いなく一つや二つ、その血鬼術という力を使えるだろうと言うが、まったくその実感は湧かない。その時が来れば無意識に使い方が分かるようになると無惨さまが教えてくれた。

 

つまり、僕は鬼になった。太陽に当たったら死んでしまう。人間の肉を食べないと暴走する。しかし、僕は特別で食べなくてもおそらく大丈夫。人には出せないほどの怪力。何時か使えるだろう不思議な力、血鬼術。無惨さんが変化の力を使えるので出来ないか試したら出来たので変化の力。以上が今の鬼である僕が使える力と気を付けなければならないことの全て。

 

 

 

「―――以上だ。分かったか?」

 

 

 

「はい。全て分かりました」

 

 

 

元々声変わりがなく、女の子のような声だったが、今は身体の作りも女性になり、より女性的な声になった。男になろうとしたが、無惨さんが「女性の方が何かと有利だ。これからは女性でいなさい」と言われた。その事に対して僕は無惨さまに貴方は何故女性の姿ではないのですか? と問うと短く「男として生まれたからだ」と言う。僕は無惨さんは最強なので有利に立つ必要は無いのだろうと勝手に考え、自己完結した。

 

 

 

「さて、ここからが本題だ。お前が殺さなくてはならない人物。そして、そいつを殺す為にやらなくてはいけないことを教える」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「お前に殺して欲しい......いいや、滅ぼして欲しい人物は産屋敷の連中だ」

 

 

 

「産屋敷? ―――あの......どうしてその人達を滅ぼすのですか?」

 

 

 

「それはお前が知る必要は無い」

 

 

 

その瞬間。無惨さんからとんでもないほどの殺気が飛んできた。

 

 

 

「ひぃっ! す、すみません」

 

 

 

思わず声が出てしまった僕。直ぐに冷静さを取り戻し、怒っているだろう無惨さまに謝った。

 

 

 

「いやいい。話を続ける。産屋敷の一族と接触するには鬼を滅する為の組織である鬼殺隊に入隊してもらう」

 

 

 

「ばれないでしょうか......」

 

 

 

「私と同等な変化の力を持っている。私達の変化は私の部下ですら全く気付かないほどの精度。まずもって、正体がばれることはないだろう」

 

 

 

「その鬼殺隊に入隊するには如何すればいいのですか?」

 

 

 

「色々あるが、一番無難なのが育手と呼ばれる鬼殺隊に入る人材を育成する人間が存在する。既にお前が教えを請う育手の居場所の目星は着いている。お前にはこれからそこに向ってもらう」

 

 

 

「その育手の名前はなんと言うのです?」

 

 

 

雷公金継(らいこうかねつぐ)八十を越えている老人だ」

 

 

 

瞬間、空気が変わった。無惨さんからピリピリと肌を刺す空気が、僕の身体にひしひしと伝わる。そして、またまずいことを聞いてしまったかと不安になった。しかし、直ぐに怒りを沈める。ホッと息を吐くと、恐る恐るその育手について問いかけた。

 

 

 

「雷光金継......もう老人ですが、他に育手はいないのですか?」

 

 

 

「認めるのは癪だが、今生きている中で一番強い鬼殺しはあの男だ」

 

 

 

「―――分かりました。その男の下で鬼殺隊になります」

 

 

 

「いいか。ただ殺すのではなく、家族以上の信頼を得てから目の前で殺せ、顔を見て、正面から私達を殺す為の日輪刀で産屋敷の心臓を貫け。分かったな?」

 

 

 

「は、はい。必ず貴方に恩を返します」

 

 

 

「最後にお前に紹介したい者達がいる」

 

 

 

無惨さんがそう言うと何処からか琵琶の音色が聞こえてきた。その音はどんどん近くなり、気づいた時には違う建物に座っていたのだ。

 

空間が歪んでいるような場所。色々な方向に建物が存在しており、縦に、下に、上に、横にと様々な部屋があり、そのどれもが空中に浮いている。不思議な空間だ。

 

突然の事で焦った僕は胡坐をかいて座っている無惨さんの後ろに隠れた。

 

 

 

「ひぁ!」

 

 

 

「うろたえるな」

 

 

 

「は、はい。申し訳ございません......」

 

 

 

無惨さんの背中から覗き込む。すると、目の前には六人もの

鬼が見えた。

 

 

 

「これはこれは無惨様! 今回はどのようなご用で俺達をお呼びになったのですか!?」

 

 

 

笑みを浮かべながら僕達を見上げていた。

 

 

 

「お前たちを呼んだのは他でもない。―――前に出て挨拶しなさい」

 

 

 

僕は頷くと、背中から恐る恐る立ち上がり、六人に見える所まで進みゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「あの。蝶花と言います。......えっと。先日、無惨さんに鬼にして頂きました」

 

 

 

「無惨さん?」

 

 

 

誰よりも先に無惨さんに話しかけた笑顔を貼り付けた長身の男が、僕の言葉を聞いた瞬間より一層口角を上げ、愉快そうに笑っていた。

 

 

 

「無惨様に何と言う呼び方!」

 

 

 

「怖ろしい怖ろしい! 敬愛なる無惨様に何と言うことを......きっとお怒りになる......」

 

 

 

「無惨さんだと! おのれ小娘! その身体全てを壺に押し込め殺してくれる!」

 

 

 

「ひぃ! 無惨さん!」

 

 

 

何故か怒り出した鬼達に驚き。また、無惨さんの背中に隠れてしまった。

 

 

 

「可愛い子......。無惨様。その娘、喰ってもよろしいでしょうか良いでしょうか?」

 

 

 

「静かにしろ」

 

 

 

その瞬間。ピタリと声が止む。

 

 

 

アレだけ怒り狂っていた鬼達を一言で静めてしまった。この鬼達は無惨様に心酔しているのだろう。

 

 

 

「無惨様......その娘は......」

 

 

 

今まで黙っていた。長い髪を束ね、刀を腰に挿した男が口を開いた。

 

 

 

「この子にはお前たちには出来ないことをしてもらう。―――鬼殺隊の潜入。そして、産屋敷の一族の暗殺だ」

 

 

 

ここにいる全員が驚いていた。その事を気にすること無く話を続ける。

 

 

 

「鬼殺隊になったこの子の邪魔をするな」

 

 

 

「了解です!」

 

 

 

「承知した......」

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

「ヒィィィ! 承知いたしました!」

 

 

 

「嗚呼......無惨様のお心のままに」

 

 

 

「はい! 無惨様の命令とあらばどんな事でも受け入れます!」

 

 

 

全員を納得させた無惨さん。それから傍に置いてあった背嚢を背中に隠れている僕に渡した。

 

 

 

「この中には育手の男の住んでいる場所の地図と当分の資金が入っている。持って行きなさい」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「これから困難なことが幾度と無くお前を襲うだろう。しかし、忘れてはいけない。お前は私の物で私の命令は絶対に遂行しなければならないということを......。殺される前に殺せ。躊躇したら殺される。殺すのに戸惑うのなら私の為にと思いながら殺しなさい」

 

 

 

琵琶の音が鳴る。

 

気が付くと無惨さんの姿は何処にもなく。その存在自体がこの空間から消え去ってしまった。

 

 

 

「無惨様も面白い子を連れて来たものだ! 胸の高鳴りが止まらないぜ!」

 

 

 

既に数人の姿が見えない。無惨さんと同じように何処かに飛ばされたのだろう。残りの鬼が僕の近くに来ると好奇な視線で僕を見下ろすように見ていた。

 

 

 

「どうして下弦の鬼達は呼ばれなかったのかしら?」

 

 

 

「何だいそんなことも分からないのか堕姫。それは、この娘が下弦よりも強いからだろう」

 

 

 

「無惨さまが連れて来たのです。上弦と同等の力があるのではないですか?」

 

 

 

「ふーん。―――にしても綺麗な髪ね? 貴方、蝶花とか言ったわよね? 無惨様とはどういう関係なの?」

 

 

 

美しい花柄の着物を身に纏った綺麗な女性が僕に顔を近付けてきた。

 

 

 

「えっと......。殺されそうになった所を助けて頂いて。それから直ぐに連れて来られました」

 

 

 

「ほお......。ってことは鬼になったばかりなのか?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「どれだけ無惨様に血を分けていただいたのですか?」

 

 

 

「―――湯飲みに三杯ほど、です」

 

 

 

「っ! そんなに頂いたの!? 羨ましい!」

 

 

 

「いやいやそんなことよりそれだけの量を一度に飲んで死んでいないのが俺は驚きだぜ!」

 

 

 

それから少しの間、皆から色々な事を教えてもらい、話をしてると琵琶の音色が辺りに鳴り響いた。

 

 

 

「そろそろ帰るわ」

 

 

 

「私も作っている最中の芸術品を完成させねば。―――これにて失礼」

 

 

 

「俺も帰ろう。じゃあね蝶花。次集まる時にも生きていれば正真正銘君は上弦と同等の力を持っている事になる。そうなればもっと楽しくなるぜ!」

 

 

 

全員、元の場所に戻っていった。僕も無惨さんから貰った背嚢を背負うと飛ばされる時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

何処かの田舎道に飛ばされた。まだ夜で空には月が見える。背嚢の中を確かめると、地図と大量の札束が入っていた。僕は地図を取り出し、見つめた。

 

 

 

丁寧なことに今、自分が何処にいるかが分かり、どの道を通っていけば最短距離で山に到着するかが文字が得意ではない僕でも直ぐに分かるように記号で書かれていた。

 

 

 

「......よし」

 

 

 

靴の感触を確かめ、背嚢を背負い直すとゆっくりと走り出した。



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下弦の鬼

皆さん読んでいただきありがとうございます。
今回、感想で頂いた、「あれ? 何この無惨さん。無惨無惨してなくない? 全然ホワイトじゃん!」と言う意見に回答させていただきます。
今回時間設定がオリジナルより数十年早く設定しました。それに加え、アニメや原作で鬼達の心酔具合や累に対して優しかった描写、童磨の舐め腐った態度の黙認等々......。
それを見て、私はふと思いました。「あれ? もしかしたら無惨様は元々合理的で、なりたての鬼には優しく、優秀な鬼にはある程度無礼な態度を黙認しているのでは?」と。
竈門炭治郎くんが出てくる前。まだ、無惨様の周りを引っ掻き回されていない頃の話しなので、追い詰められていない無惨様は焦っておらず、だからホワイトなのではないだろうかと考えました。
つまり、炭治朗が出てくる前の比較的鬼が優勢で正体もばれておらず、上弦負けなしで心に余裕がある状態のホワイト無惨様と言うことです。
あくまで~だったらと憶測に基づいた二次創作無惨様なので。「これは無惨様じゃない」と言う無惨様ファンはホワイトな所をブラックに頭の中で置き換えてお楽しみ下さい。
最後に。これからどんどん物語が進んでいきます。いづれ、炭治朗くんも登場して無惨様の悩みのタネが増えていくでしょう。その時主人公に対して無惨様が優しいままかそれとも......。
以上です。感想はしっかり見させていただいているので追々返信させていただきます。
それではお楽しみ下さい。



風になったかのように早く走ることが出来た。すごい、これなら日本の端から端までだって行ける気がする。

 

「もう朝か」

 

山の中を走っていると辺りが少しずつ明るくなってくるのが分かった。僕は無惨さんが言っていた言葉を思い出し、急いで太陽の光を防げる場所を探す。

 

「―――あった」

 

人一人が入れるほどの岩の洞窟を見つけるとすぐさまその場所に飛び込んだ。

 

「......」

 

あれからかなり時間が経った。依然として腹の空きは起こらず、満腹でもなく、空腹でもない不思議な状態のまま保っている。

洞窟の外に太陽の明かりが灯った。その光を見ていると急激に眠気が襲った。瞼は重くなり、辺りから聞こえる音は曖昧になっていく。背嚢を背負ったまま足を抱え、顔を埋めた。

 

「おやすみなさい」

 

誰に言うでもなくその言葉を言い終わる頃には完全に僕は眠りに入っていた。

 

 

 

 

 

「......っ!」

 

飛び起きると辺りを見渡す。外には明かりはなく、太陽は沈み真っ暗な闇が見える。

 

どれだけ寝ていたのか。

 

外に飛び出し、身体を伸ばすと硬直した筋肉を解す。そして、深く息を吸い、再び走り出した。

山を駆け、小川を飛び越え、獣道を走る。夜風は心地よく肌を撫で、金色の髪に月光が反射し淡い光を発している。

やがて山を抜け、僕は田舎の道を歩いている。

多くはないが民家があり、所々明かりがついている所があった。

 

丁度いい。一応道があっているか聞いてみよう。

 

明かりのついている一番近い家の扉を叩いた。

 

「すみません」

 

しばらくたってから戸が開かれた。中から少女が出てきて僕を見上げる。

 

「綺麗......」

 

「ちょっと! 勝手に出ちゃダメでしょ! こんな夜更けにどうしましたか?」

 

「えっと、この道なんですけど。ここであってますか?」

 

「―――そうですね。この道であってると思います」

 

「そうですか。どうもありがとうございました」

 

「今から行くんですか? 夜は危ないですよ。この先の道ではよく人が居なくなるんです」

 

心配そうに僕に教えてくれた女性に、「大丈夫です」と短く答えると、何か言われる前に走り出した。

 

「ちょっと! 本当に危ないですよー!」

 

後ろから大声で引き止める女性に走りながら笑顔で手を振る。そして、人が見えなくなってから速度を上げ、地図の道を走った。

それからしばらく進んでからのことだ。奴らが現れた。

 

「しゃっ!」

 

「っ!」

 

突然、上から奇妙な声と共に人型の何かが降ってきた。僕は危険と判断し、走っていた所から後ろに飛び退く。すると、さっきまで走っていた所が大きく抉れていた。

 

「へへへ! 綺麗な女だ。お前の顔を見ながら足から喰ってやるぞ」

 

身体中に顔がある巨漢の男が涎を垂らしながら僕の身体を舐めるように見ている。僕は目の前の男を見た瞬間、確信した。

 

こいつは鬼だ。

 

「急いでるんですけど。そこを通してくれませんか?」

 

「通すわけ―――ん? お前のその匂い......鬼か?」

 

「そうです。だから僕を食べても意味はありませんよ?」

 

「......へ、へへ。まあ良いやじゃあお前、俺の物になれ」

 

「嫌です」

 

「じゃあ喰ってやるぞ!」

 

そう言いながら僕に飛び掛かって来た。人間なら反応できずにのしかかられる程の速さだ。しかし、今の僕は鬼。それにこんな殺気。無惨さんのお怒りモードの殺気に比べれば天地ほどの差がある。

まるで止まって見える巨漢の姿を見ながら腰を低くし、右腕を引いた。

 

「えいや!」

 

「ぐぼげ!」

 

そして、勢い良く巨漢の男の顔面を殴りつけると凄まじい破裂音と共にあさっての方向に首が飛んでいった。

 

「......ついでにここで休憩するか」

 

僕は返り血を浴びないように後ろに飛び、木の上に座って、失った首のあった所から夥しいほどの血が止まり終わるのを待っていた。

少しの間、足を解しながら休憩し、止まるのを確認すると脱いでいた靴を履き直し、道に飛び降りると再び走り出した。

 

 

 

それから、何度も朝を乗り越え。遂に目的の山の近くまで辿り着いた。

 

「この森を抜ければ到着だ」

 

森の外からでも見える大きな山を一瞥すると、背嚢の紐を握りながら走りだした。

 

森の中は不思議で、入った途端に辺りの空気が一変した。常に視線を感じ、誰かに監視されているのではないかと思うほどだ。その視線も、あの祖父達のように泥のようなドロドロとした感じで凄く気持ち悪い。

それに―――。

 

「オオオオォオォォオオ!!」

 

不気味な呻き声が聞こえてくる。犬でもない狼でもない熊でもない。何の生き物か分からない。でも、何だか嫌な感じの声だ。

 

気配がする。それも一つじゃない。

 

不気味な空気の中に、殺気の混じった気配を感じる。それも一つじゃない。一、二......最低でも十五の気配。それが、僕に着かず離れずの距離を保ちながら着いてきているのが分かった。

 

「......」

 

これは不味い。また、気配が増えた。僕を囲もうとしている。こんな所で死ぬわけには行かない。これも無惨さんの為と決意し、息を吐くと、勢い良く真横に飛び、気配の感じる所を殴り付けた。

 

「はばぁ!」

 

額から角が生えている目の赤い男が胸に穴が開きその場で倒れる。その瞬間、戦いは始まった。

 

「やれ! お前達」

 

一人の男の鬼がそう言うと潜んでいた鬼達が一斉に跳び掛かってきた。僕は直ぐに倒れた鬼の足を掴むと、それを振り回し攻撃を防ぐ。

振り回した鬼は衝撃で身体は千切れ、跳ね返した鬼達と一緒に木や地面に飛び散った。

 

「こいつ鬼だぞ! どういう事だ!」

 

鬼たちを指揮していた鬼が他の鬼に対して怒りをぶつけている。その鬼の目には下参という文字が刻まれていた。

 

童磨さんが言っていた下弦の鬼か。

 

他の鬼とは違い、身体の大きさが一回りも二回りも大きく。筋骨隆々で近くにいる鬼の頭を握りつぶした。

 

「貴方、何故私を攻撃するのですか?」

 

「この森に人間が入ったという知らせがこいつらから来たのだ。だがどうだ! お前は鬼だ! 人間ではない! 鬼と人間の区別もつかぬ役立たずどもに今怒り狂っておる!」

 

「お、お許しを豪鬼様! お許しぎゃっ!」

 

頭を潰された鬼と一緒に首を掴まれ、鬼達のいる所に投げつける。

 

「貴様は後で太陽に晒してやる! おい! こいつらを岩に縛り付けておけ!」

 

「お許しを豪鬼様! お許し下さい!」

 

連れて行かれる鬼達を一瞥すると、僕の身体に視線を移す。

 

「ふむ......。美しい。貴様、私の物になれ」

 

「嫌です」

 

「ほう断るか......。―――ならっ!」

 

地面を蹴り、僕を殴り付ける。しかし、僕には止まったように見えた。

 

丁度良い。ここで自分の力を確かめてみよう。

 

右足を下げ、九十度に回転すると相手の攻撃を避け、相手の顔に向って逆に殴り付けた。

 

「ごふっ! ―――良い攻撃だ。ここに居る雑魚とは訳が違う......。面白い。お前が私の物になったらあの方に紹介してやろう! お前ほどの強さがあるのならすぐに十二鬼月に入ることが出来よう!」

 

「何度も言わせないで!」

 

今度は鳩尾に力一杯込めて殴り上げた。

 

「え?」

 

「ふっ! 驚いておるな......」

 

ビクともしない身体に驚いていると殴り付けた僕の腕を掴み、そして、丸太のような太い腕で同じように僕の鳩尾を強く打つ。

 

「ぐっ!」

 

僕はまるで小石のように吹き飛ぶとぶつかる木々をなぎ倒していき、大きな岩に打ち付けられた。腕の骨は折れ、皮膚から飛び出している。人間なら痛みで死んでいたかもしれない。

そう、普通の人間なら。

一瞬で骨は元通りになり、身体中の傷も僕が痛みを感じた時には治っていた。

 

我ながら凄まじい治癒力だ。いやいや、今はそんなことどうでも良い。今は目の前の敵の事を考えろ。どうして僕の攻撃が通らなかったんだ?あの、上弦の鬼達でも驚くほどの血を無惨さまから貰った。普通なら下弦の鬼に遅れをとる筈がない。

 

「ぐはぁ!」

 

そう考えていると。突然、豪鬼と呼ばれる鬼の取り巻きの一人の身体が破裂した。

 

「―――」

 

その瞬間、唐突に閃いた。身体を起すとその閃きから分かったことを確かめようと再度、豪鬼に攻撃をし掛けた。

 

「ふっ!」

 

「ぬぅう! こんな攻撃効かぬわ!」

 

今度は顔面に蹴りを入れた。その攻撃は当たり、感触も確かにあった。しかし、豪鬼には効いておらず、以前笑みを浮かべている。

 

「ごふっ!」

 

誰かが死んだ。気配が一つ消えた。

 

やっぱり。

 

豪鬼の攻撃を防ぎながら距離を取った。

 

「やっぱり。貴方の能力が分かりました」

 

木の上から豪鬼を見下ろしながら僕は言った。その言葉に笑みを浮かべると大きな声で笑い出した。

 

「ははははっ!! 分かったから何だと言うのだ! 唯の鬼である貴様が十二鬼月である私に勝てる筈がなかろう!」

 

「貴方に対する攻撃は他の鬼達が身代わりとして受けているのですね?」

 

僕と豪鬼の周りで攻撃をするでもなく唯円を描くように囲んでいる鬼達。僕の言葉に動揺し、皆、豪鬼の方を向いた。そして豪鬼は両手を夜空に向って広げながら自慢げに自身の能力を話しだした。

 

「その通り! 私の血鬼術、一味同心は攻撃を雑魚の鬼に肩代わりさせることが出来る......。そしてっ! ―――」

 

呻きだした豪鬼。周りの鬼達から何かが豪鬼の身体に流れ込んでいった。

 

「オォォォオオォオオォオオッ!! これが私の最強の血鬼術! 戮力協心 (りくきょくきょうしん)!」

 

黒く変色していく豪鬼の肌。筋骨隆々だった身体はより逞しく、大きくなった。そして、気配が変わった豪鬼から繰り出す打撃は空気を震わせ、辺りの木々を薙ぎ倒すほどの衝撃を起した。

 

「っ!」

 

踏ん張り、顔の前で腕を交差し防ぐ。力を込めた腕の防御は豪鬼の攻撃を易々と受け止め、防御しきった。

何かがおかしいと気付きだした豪鬼の頬には一筋の汗が流れる。

 

「どういう事だ! 血鬼術で強化した私の攻撃を完全に受け切っただと!? しかも、傷一つ付いておらぬ!」

 

「貴方と私とでは頂いた血の量が違う!」

 

「ぬっ!」

 

うろたえる豪鬼に何度も連続して打撃を放つ。少し遅れて防御するが、周りの鬼が死んでいくことが止められず、遂には辺りに鬼は居なくなり、僕と豪鬼だけになっていた。

 

「鬼達が再生するより先に全員倒しきるとは! 貴様何者だ!」

 

「貴方が知る必要はありません。それより今の状況を見てよく考えて下さい。貴方も私もお互い鬼で強いのは私......。この戦いは続けてもお互いに何の利益もなく明らかに不毛な争いです。このまま戦いをやめれば私はここを去り、貴方に干渉しません。お互い不干渉という形で手を打ちませんか?」

 

「くぅっ! ―――去れ小娘! ここは私の縄張りだ!」

 

少しの間。考える素振りを見せる豪鬼。そして、身体が小さくなり、肌も元に戻ると僕に背を向け去っていった。

 

危機は去った。息を整え、自身を落ち着かせる。破裂した身体が戻った鬼達は次々に豪鬼の歩いていった方向に向って逃げるように走っていくのを見ながら、適当な木の枝に飛び乗り、足を投げ出すようにして座る。

 

自分の力を確認し、今己が鬼の中でどの位置に属するのかがはっきり分かった。それにあの不思議な力。血鬼術、無惨さんは僕にも血鬼術を使えるようになるって言ってた。早く使ってみたいな......。もし、使えるようになれば一体どれだけ僕は強くなる事だ出来るだろう。

 

そう思うと不思議と気分が高揚し、自身の強さの限界は一体どれだけなのか知りたくなった。

 

 

 

 

 

豪鬼と戦いで道に迷いはしたが、何とか目的の場所に到着した。少し、山を登った所にポツンと建っている小屋の扉を叩く。

 

「何用か?」

 

白髪で髭を貯えた老人。群青色の着物の上から分かる程痩せ細っているのが分かった。

 

「あの、雷公金継さんですか?」

 

「如何にも私が雷公金継だ」

 

「私鬼殺隊に入りたいです!」

 

「......」

 

「......あの」

 

金継は静かに扉を閉めると奥に引っ込んでしまった。

 

「帰れ」

 

「お、お願いです! お願いです! 私に剣術を教えてください! お金なら払います! 何だってやります! だから私に剣術を教えてください!」

 

何度も扉を叩き。教わりたいと訴えるが、返事は無く。夜が明けようとしていた。

 

「また来ます」

 

扉越しに言うと急いで森の中に入っていた。




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育てる為の条件

誤字報告ありがとうございます。自分自身見落としている所があるかもしれませんので凄く助かりました。



「お願いです! 私を育てて下さい!」

 

あれから一週間。日が沈むと小屋に通い、陽が出る前に洞窟に帰る生活をしていた。

 

まさか育手に断られるのは予想していなかった。しかも、こんなに頑固とは......。

 

「何度来ても無駄だ。帰れ」

 

「育ててくれるまで何度でも来ます!」

 

何度も何度も扉に向って話しかけ、今日もダメかなと諦めていたその時、一瞬だけ扉を開くと、こちらに向って刀を投げた。僕はそれに反応し両手で抱えるように受け取った。

 

「それで森の中にいる三匹の鬼の頸を切って持って来い。持って来れたら鍛えてやる」

 

「―――分かりました。三人の鬼の首を持って来たら教えてくれるんですね!?」

 

そう言い放つと僕は刀を抱きながら改めて、森の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

森の中で止まり、鞘から刀を抜く。木々の間から差し込む月光が刀の刀身に反射し、まるで刀身が光を発しているようだった。

 

鬼には悪いがこれも目的の為......。

 

そう言い聞かせるとその場に鞘を突き刺し、森の中を駆けて行った。

 

全身に風を感じながら木々を縫うように走っていく。

 

「見つけた」

 

一人の鬼が蹲り、人間の腕を貪っていた。肉を食うのに夢中でこちらには気付いていない。好機(チャンス)だ。

 

「―――何だ?」

 

鬼は食べる手を止め、僕の方に顔を向けた。その時にはもう手遅れで、僕が振った刀は相手の首を捕らえていた。

 

刀越しに手に伝わる感じ。肉を切り裂き、小さな糸を幾つも束ねた糸束を切っているような感触。

相手の頸が落ちると共に衝撃で突風が起こり、周りの木々が薙ぎ倒された。

 

「一つ目......」

 

「お前! 不干渉って約束じゃなかったのか!」

 

「貴方達を殺したい訳じゃありません。私の目的の為に鬼の頸が必要なんです。終われば貴方を解放します」

 

刀に付いた血を振り落とすと。髪の毛を掴み拾い上げると再び足を進める。

揺れる髪を払いながら駆け走る。途中、首だけになった鬼が、大きな声で僕に対して罵倒してきたから足を止めずに軽く木に叩きつけて黙らせる。

少し走った所に二匹目の鬼を見つけた。

身体は岩のような物で覆われており、重々しく動いていた。

 

まだこっちには気付いていない。

 

姿勢を低くしながら遠くから背中に回りこむように走ると、真後ろに付いた瞬間一気に接近する。

 

「気を付けろ!」

 

「―――っ! この馬鹿!」

 

一人目の鬼が回復し終わっており、大声で岩肌の鬼に注意を促した。お陰で奇襲の瞬間がずれる。

岩肌の鬼は咄嗟に反応し、顔の前で両手を交差させるように防御する。

 

「ぎゃっ!」

 

何とか腕ごと頸を切り落とすことに成功したが、今回の攻撃で刀身にヒビが入ってしまった。

 

「―――あと一人......」

 

大声を出した一人目の鬼の顎から下を地面に叩き付けて潰した。

 

「ひぃっ!」

 

「貴方も大声を出したら顎を砕きます。良いですね?」

 

「あ、ああ。分かったから殺さないでくれ!」

 

同じように二人目の鬼の髪を掴み。そして、最後の鬼を探す為に再び走り出す。

出来るだけ、足を地面に付ける時に気を遣い音が出ないように気を付けながら走った。

 

「見えた」

 

今度は胴体が異様に長く、顔が蜥蜴のように変形している鬼に遭遇した。

ギョロギョロと動き回る目は見ていて不快で思わず顔を顰める。

僕は二人の鬼が回復し切ってないのを確認すると、上に飛び、木の枝から枝に飛びながら爬虫類の鬼に接近した。

爬虫類の上にある枝に飛び移ると直ぐに落ち、真上から頸の辺りを狙い、叩きつけるように刀を振り下ろした。

 

パキッ!

 

ヒビが広がり、刀身が真っ二つに折れてしまう。

折れてしまった刀を一瞥すると爬虫類の鬼の頸を眺める。

 

「くそぉぉ!」

 

ギョロギョロ動き回り、長い舌をうねらせている。髪がなく、掴む所が見当たらなかった為仕方がなく折れた刀に突き刺し、運ぶことにした。

 

「これで三人目。早く帰ろう」

 

急いで進んできた道を引き返す。少しだけ速度を下げて、頭の中で何処をどう進んだかを思い出しながら戻る。途中、突き刺した鞘の所で足を止めた。

 

「......しょうがない。はむ―――」

 

しゃがみ鞘を咥えると、そのまま一直線に小屋に戻った。

 

 

 

 

 

はねふぐはん!(金継さん) ふひもっへひはひは!(頸を持ってきました)

 

片手に二人の鬼の髪を掴み。もう片方には鬼を突き刺した刀を持っていた。それに加え、鞘を口で咥えている為、傍から見れば、さぞ滑稽な姿だろう。しかし、今の僕にはそんなことは気にならず、ただ扉が開くのを待った。

少しの間。ウズウズしながら立っていると、ゆっくりと扉が開く。

 

「―――ほう。本当に持ってくるとは面白い女だ......」

 

片手で顎を摩りながら僕が目の前に出した頸を眺めている。最初に出会った時とは違い、腰には刀を挿していた。金継は一度、鼻で笑うと「入れ」と呟き、扉を開けたまま小屋の奥に消えていった。

僕も金継さんに続いて小屋に入ろうとするが、ふと頸のことを思い出す。認められた以上、この鬼達はもう必要ない、持っていても仕方ないし適当に森に向って投げよう。

さっきまで煩かった鬼達が不思議なほど静かになっていたことに気付き、手に持っている鬼を見下ろした。そこには、段々と灰と化していく鬼達がいた。

 

「え?」

 

日光には当たっていない、朝はまだ少し先だ。無惨さんから聞いたことがある。もしかして、日輪刀で頸を切ったのか? でも、そんな動作は見えなかった。

 

そうこうしている内に鬼達は完全に灰となり、夜風と共に消えていってしまった。

 

「そんな物。扉を開けた時に既に切り殺しておったわ。それよりはよ入れ」

 

金継はゆっくりと歩きながらこちらを見ずに、僕が疑問に思っていることを淡々と答える。

 

「は、はい」

 

小屋の奥に入って行った金継に言われると慌てて小屋の中に同じように入って行く。

必要最低限の物しかなく、囲炉裏の傍に座っている金継は瓢箪をあおっていた。

 

「座れ」

 

「―――お邪魔します」

 

言われた通り、靴を脱ぐと金継が座る対面に腰を下ろした。

 

「間抜け」

 

「え? ―――っ!」

 

気が付くと金継が抜いた刀の剣先が目の前にあった。

 

座る時に一瞬だけ金継が視界から消えた。その時に刀を抜いたのか? 早い。怖ろしく早い。抜く音も、刀を振る時に起きる僅かな風の動きも感じなかった。

 

「警戒もせずに座る馬鹿者があるか」

 

「は、はい。すみません......」

 

「何事も用心。敵だろうが味方だろうが信頼出来ると確信するまで見極めるまでその者を警戒し続けろ。それまで敵だと思え」

 

金継はそう呟くように言い放つと、ゆったりとした動作で刀を引くと鞘に収め、鞘ごと腰から抜き取るとそれを足の傍に置いた。そして、再び顎を摩りながら僕に問いかけるのだ。

 

「どうして鬼殺隊に入りたいのだ? あれはすすんで入るような所ではないぞ」

 

「分かっています。でも、入らないといけないんです。絶対に鬼殺隊に入らないといけないんです」

 

「どうしてだ? 親を殺されたか? 友を殺されたか? それとも全てを奪われたか?」

 

「―――全部です。全部、持っていかれました」

 

頭の中に祖父のことを思い出しながら憎悪を高めた。僕のその顔を一瞥すると溜め息を吐き、囲炉裏に視線を移した。

 

「つまらん」

 

「つ、まらない? ―――何をつまらないと言うのですか! 母も家も思いでも、全てあいつらに奪われた!」

 

「それはお前の母親が弱かったから殺されたのだ。この世は弱肉強食......強い奴が勝利し、全てを手に入れる。恨むのなら己の弱さを恨め」

 

「っ!」

 

頭に血が上り、殴りかかろうと立ち上がる。

 

「阿呆が」

 

「うっ!」

 

鞘から抜かずに刀を素早く掴むと僕の鳩尾を突いた。痛みで一瞬判断が遅れ、反応できない僕に接近すると刀を持っていない手で頭を掴み、押し倒した。そして、膝を僕の首に乗せ、動けなくしてしまった。

 

本当に八十の老人か? 動きが軽い。それに、痩せ細っているのに大きな男に押さえつけられているようだ。立ち上がれない。息が出来ない......。

 

「そら見たことか。お前は今私に負けた。お前を生かそうが殺そうがお前は文句は言えんぞ? 戦いとはそう言うことだ。それでもお前はなりたいのか? 鬼殺の剣士に」

 

そう言い終わると僕の頭から手を離し、元の位置に戻った。

 

「なりたいです! もう誰にも何も奪われたくありません。私を育てて下さい。最強の鬼殺の剣士にしてください!」

 

「―――いいだろう育ててやる。明日の朝から始める。今日はもう寝ろ。納戸に布団があるからそれを使え」

 

「朝、ですか?」

 

「何だ、問題でもあるのか?」

 

「私は皮膚の病気で日の下に出れないのです」

 

「何だと?」

 

僕の言葉を聞いた金継さんは顔を顰めた。

 

これが相手を騙す第一歩だ。失敗するな、僕は人間だと思わせろ。

 

「日光に直接当たると肌が焼け爛れてしまうのです」

 

「そんな身体で私に教えを乞おうとしているのか。呆れた呆れた......」

 

刀を引き抜き、掌を切ると僕の目の前に差し出してきた。

 

「? 何の真似ですか?」

 

今の人間の僕は鬼の特性を知らない、顔に出すな、知らない振りをしろ。

 

「......いやなに。お前が鬼ではないかと思ってな。どうやら違うようだ」

 

「明日の夜から訓練を開始する。言っておくが日が昇り始めるまで一睡もさせる気はないぞ」と言いながら傍に置いてある瓢箪の栓を抜きもう一度大きく傾けた。

ここで金継に怒ってもどうにもならない。そう自分に言い聞かせた僕は憎悪で震える手を収め、元の位置に座り直した。

それからまた彼の顔を見る、寝ているのか規則正しく寝息を立てて座ったまま目を閉じている。

 

どう考えても死を待っている老人にしか見えない。あんな細い腕でおさえていたとはいえ鬼を組み伏せるとは......。鬼殺の剣士と言うのはこんなことも出来るのか。

 

「―――っ! まずい!」

 

気が付けばもう直ぐ朝。周りを見渡し影の当たらない所を探すが、小屋が小さい為、何処に居ても日が当たりそうな気がする......。焦りだした僕はふと金継が言っていた納戸のことを思い出した。

 

「影になっている所......日が当たらない所......もう太陽が上がっちゃう! あーもう! この際、仕方がないよね―――よっ!」

 

勢い良く納戸を開くと背負っていた背嚢を投げ入れ、急いで自分も布団と布団の間に潜り込んだ。

 

「これが人間に化ける為の第一歩。......頑張らないと」

 

相手は唯の人ではなく鬼殺し専門の人間。普通の人より鬼と人間を見分ける目があるだろう。人を騙すのではなく、人に化けなければならない。全てを人として行わなくてはいけない。歩く速度、走る速度、力加減......全部、考え直さないといけない。

 

 

 

 

 

 

何故なら、一度だって失敗は許されないのだから。




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修行一日目

天の狐さん&ベルエンジェルさん。何時も誤字報告ありがとうございます。いつも感謝しています。


「......ふぅ」

 

 

 

布団に少し隙間を作るとそこから手を出し、恐る恐る納戸の戸を小さく開くと外に日が出ていないことを確認する。そして、息を吐き、人心地つく。それから、布団から這い出て辺りを見渡した。

 

 

 

金継さんは起きており、何時もの位置に座って魚を食べていた。

 

 

 

「これを食べたら始める」

 

 

 

囲炉裏から魚の刺さった串を引き抜くとこちらに向って突き出してきた。

 

 

 

「ありがとうございます......」

 

 

 

それを受け取り、しばらく眺める。

 

 

 

あの屋敷で食べ物を食べて以来、何も口にしていない。食べても大丈夫だろうか? 

 

 

 

恐る恐る魚に噛り付く。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

肉厚の身は塩気が聞いており、思わず頬が緩んでしまうほど美味しかった。味わうように咀嚼し、飲み込むと、また魚に噛り付く。

 

 

 

「長いこと人が来なかったから、上手く出来ているかどうか分からんからな。文句は言うなよ?」

 

 

 

「いいえ。凄く美味しいです」

 

 

 

「そうか」

 

 

 

それから、魚を食べ終わると初めての鬼殺の剣士になる為の修行が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修行一日目。

 

 

 

外に出るといきなり刀を投げ渡され、走れと言われた。

 

 

 

「少しでも足を止めるとその足をへし折ってやるからな」

 

 

 

「は、......い」

 

 

 

流石に冗談だろと思いながら金継さんの指示する道を走っていく。

 

頸を取る時は必死で分からなかったが、刀を持ったまま走ると重さで重心が傾き意識しないと真っ直ぐ進めないことに気付いた。その上、木の幹や大きな岩の何処かに先の所が当たると後ろから金継さんが殺気を飛ばしてくるので思わず、身体が震えてしまう。

 

 

 

「金継さん」

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「森に鬼が居るのに無警戒に走ってていいのですか?」

 

 

 

「構わん。あいつらは私の周りには出てこんからな」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「私に勝てないのが分かっているのだ。だから、寿命で死ぬのを森の中でずっと待っている」

 

 

 

人間を食べるのは分かるがどうして金継さんに拘っているのだろう。もし、食べることが出来たとしてもアレだけの人数の鬼がいれば殆どの鬼は食べることが出来ない。それに、金継さんの身体は痩せ細っているから肉があまりなく食べれる所も少ない。

 

いいや、違う。

 

何か鬼達に利益になることがある筈だ。あの鬼達だって元は人間。馬鹿じゃない。

 

 

 

「それだけの価値があるのですか?」

 

 

 

「私の血は特別だ。―――お前、稀血を知っているか?」

 

 

 

僕が走りながら問いかけると、顎を摩りながらやれやれという感じで答えた。

 

 

 

「稀血?」

 

 

 

「鬼は人を喰った分だけ強くなる。稀血はその血を宿している人間一人で何十人、何百人の人を喰ったのと同じくらい栄養があるのだ。私は稀血の中でも特に珍しい部類でな。だからあいつらは私が死ぬのをずっと待っている」

 

 

 

「そうなんですか」

 

 

 

稀血......。僕もその血を飲めば更に強くなることが出来るのだろうか。

 

 

 

「足が止まっておる」

 

 

 

「いだっ!」

 

 

 

頭の中でそんな事を考えていると後ろから金継さんの小さな声が聞こえて直ぐに手に持っている木刀で足を思いっきり殴られた。

 

激痛でその場で倒れ、悶え、苦悶の声を漏らす。

 

 

 

「言っておいただろう。足を止めればへし折ってやると」

 

 

 

冗談で言っていた訳ではないとは......。しかも、足を止めるって速度を落とすことも入っているのは聞かされていない。理不尽な。

 

 

 

「速度を落とすことは足を止めるとは言いません!」

 

 

 

「そんなことは私が決める。嫌なら去ればよい」

 

 

 

「......っ! 走ります!」

 

 

 

「なら立て。訓練に支障が出ない程度に調整してやっているだろ」

 

 

 

嘘だろ? これでまだ全ての力を出していないのか......。

 

 

 

急速に回復していく足を隠しながら立ち上がり、刀を拾い上げると足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上。私は寝る。朝まで言われた通り鍛錬するように」

 

 

 

「はぁはぁ。......はい」

 

 

 

かなりの時間、森の中を走り回った。結局、アレから何回も足を木刀で殴られた、しかも何度か骨が折れた。何が支障が出ない程度だ。回復能力のない人間だったら初日で終わりだぞ。あの老人のことだから出来ないと判断したら森の中に置き去りにして行くだろう。今日の修行でそれが良く分かった。厳しいかもと覚悟してきたが、想像の斜め上をいっていた。これは油断すると直ぐに鬼だとばれてしまう。

 

 

 

「もう!」

 

 

 

刀を小屋の壁に立て掛け、金継に指示された筋力を鍛える為の運動を始めた。

 

 

 

「―――九百九十九! 千! はぁはぁ......まだ初日なのに千回もさせるなんて」

 

 

 

フラフラになりながら壁に立て掛けた刀を掴むと鞘から取り出し、一度だけ見本を見せられた構えを思い出しながらひたすら刀を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修行五日目

 

 

 

四日間、ひたすら山を走らされ、筋力増強の鍛錬をさせられた次の日。刀を扱う為の心得を教えられた。

 

 

 

「刀を振るう時は何時も直線を心がけよ」

 

 

 

「直線......ですか?」

 

 

 

「そうだ。少しでもぶれたりしたら威力が落ちて刀自体が折れる可能性がある。本来なら鬼の頸を三匹斬り落としたぐらいで折れたりせん。だから真っ直ぐ。一直線だ、よいな?」

 

 

 

嫌味まじりに人差し指で事前に地面に突き刺した竹の一本の表面を斜めになぞった。

 

 

 

「斬ってみろ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

刀を斜めに振り下ろした。腕に竹を切った感触が伝わり、切った竹が二つに割れる。

 

 

 

「見ろ」

 

 

 

金継がその落ちた竹を拾い上げると断面をこちらに向けてきた。断面が粗く、ガタガタだった。

 

 

 

「なんだか汚いです」

 

 

 

「一直線に切れていない証拠だ」

 

 

 

竹を放り投げ、僕の持っている刀を奪い取ると僕の切った竹をしたから上に片手で斬り上げた。そして、その竹の断面を僕に見せてくる。

 

 

 

「見ろ」

 

 

 

「......綺麗です」

 

 

 

まるで、やすりにかけたかのように滑らかな切り口。いかに自分の斬り方がヘタクソなのかが分かった。

 

 

 

「何が言いたいか分かったな?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「なら今日中に出来るようになれ」

 

 

 

「き、今日中ですか?」

 

 

 

僕の返事に答えることなく、刀を地面に突き刺すと「今日教えることは教えた寝る」と言い去った。

 

 

 

「......んーもうっ!」

 

 

 

わざと小屋の中に居る金継に聞こえるように大声で不満を漏らしたつもりだったが、まったく出てくる様子はなく。仕方なく突き立てられた刀を抜き取ると、先ほどの金継の構えと動作を思い出しながら息を整え、竹を斬った。結局、用意されていた竹だけでは足りず、小屋の近くで代わりになりそうな物を探し出し手当たり次第に斬っていき、もう直ぐ日が差すといった所で出来るようになった。

 

急いで小屋の中に入り、納戸に飛び込んだのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修行七日目。

 

 

 

今日は鬼殺の剣士になる為に必須の技術。全集中の呼吸について教わった。

 

森の中を少し行くと、開けた所がある。今回の鍛錬場所はそこですることになった。

 

 

 

「いいか? 鬼殺の剣士に必要不可欠なのは呼吸だ。全集中の呼吸を習得すると今までとは比べ物にならないほどの力を使うことが出来る。―――やってみろ」

 

 

 

「......え?」

 

 

 

「呼吸だ。とりあえずお前には雷の呼吸と六つの型を習得してもらう。だから呼吸をしろ今すぐに」

 

 

 

「まだその呼吸のしか「そうではない」ぐっ!」

 

 

 

説明を請おうとした瞬間に僕は金継に腹部を思いっきり殴られた。

 

 

 

「修行の間、出来るようになるまで違う呼吸で息を吸う毎にお前の腹部を殴るからな」

 

 

 

「ちょっ! それは「ちがう」うっ!」

 

 

 

十五回殴られようやく聞き出した。

 

 

 

「私の呼吸の真似をしろ」

 

 

 

「は、はじめからそう言ってくれれ「ちがう!」ばぁ!」

 

 

 

余りの強力な殴打に宙に身体が浮いた。鋭い一撃をくらい、痛さに蹲ってしまう。

 

 

 

ダメだ、このまま防御しなければ口から内臓が飛び出してしまう。

 

 

 

「何を蹲っている。はよう立ち上がれ」

 

 

 

次が飛んでくる前に両手で腹部を抱くようにして守る。そんな僕を見下しながら無慈悲にもそう言い放った。

 

 

 

「ちょ、ちょっと......ゴホゴホ! ―――息を整えさせてください」

 

 

 

「ならん」

 

 

 

「ならんって! 呼吸をするのに整えないと出来ないでしょう!」

 

 

 

「馬鹿者。鬼が息を整えさせてくれると思っているのか?」

 

 

 

金継は痛みで蹲っている僕の傍に腰を落とし、腕を引くと再び僕のお腹に狙いを定めていた。

 

 

 

「立ちます! 立ちますから! 殴ろうとしないでください!」

 

 

 

どうとでもなれと思いながら立ち上がると、がむしゃらに金継の呼吸の真似をする。

 

 

 

そして、徐々に息が整ってくると「一度だけやってやる。良く見て覚えろ」とぶっきら棒に言うと金継は一から順に繰り出していく。

 

 

 

「やれ」

 

 

 

「やれって少しは「呼吸!」ひぃ!」

 

 

 

殴る構えを見せた瞬間思わず僕は内股になり、両手で腹部を守った。

 

 

 

「私は馬鹿は嫌いだ。これくらいのものを一度見て出来ないようなら私の呼吸と型は教えられん(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「本当の呼吸? 雷の呼吸ではないのですか?」

 

 

 

「こんなものは私の呼吸を覚える為の踏み台でしかない。故に踏み台で躓くような弱者を育てる気も余裕もない」

 

 

 

「弱者......」

 

 

 

「そうだ、私は馬鹿も嫌いだが弱者は一番嫌いだ」

 

 

 

「どうしてそんなに嫌うのですか?」

 

 

 

「連中は自身の弱さを分かっていながら強くなろうとせずに黙認して生きている。それだけならまだよい。あいつらは強者の邪魔をしては数少ない強者を殺してしまうのだ。奴らは人間ではない。病の類のものだ」

 

 

 

「そこまで言いますか......」

 

 

 

「ああ。自身の弱い部分を鍛え、学び、強靭にしてこそ強者となり、全てを手に入れることが出来る。それなのにそれをしようともせずにのうのうと生きているような奴等を私は嫌悪する」

 

 

 

「貴方は強いですね」

 

 

 

「分かりきったことを言うな。腕が止まっておるぞ。はよう技を繰り出せ」

 

 

 

木刀の先を僕に向けると急かしてきた。木刀で殴られると思った僕は死に物狂いで雷の呼吸で技を使おうと刀を振るった。

 

 

 

結局その日では呼吸を習得する事が出来なかった。

 

 

 

「覚えの悪い小娘だなお前は。......もう一度だけ技を見せてやる。明日、私が来るときまで出来なかったらその腕をへし折るからな」

 

 

 

「へしっ!? ......わ、分かりました」

 

 

 

「―――刀を見るな、全身の筋力の運びと腕の動きを覚えろ」

 

 

 

そう言いながら木刀を適当な所に突き立てると、腰を落とし、片手は鞘に、もう片手は柄を握り居合抜きの構えをとる。そして、雷の呼吸を行いながら、流れる動作で六つの型を放った。

 

その瞬間、金継の周りに黄色の稲妻が走り、空気が揺れた。稲妻の音が森に鳴り響き、刀身が見えない程の高速で刀を振るっているのを見て、本当に自分にこの技が出来るのかと不安になってくる。しかし、顔に出したら何が飛んでくるか分からないのでその不安はそのまま心の中に留めて置いた。

 

 

 

「筋肉の運びと腕の動き......」

 

 

 

金継に言われた通り、筋力と腕を中心に食い入るように見ながら頭の中にその映像を覚え込ませた。

 

そうしていると、木々の間から一人の鬼が飛び出してきた。

 

しかし、金継はそれを見越していたかのように鬼の攻撃を刀で受け止める。

 

 

 

「いひひ......。豪鬼の野朗。元柱か何か知らねぇが、どうしてこんなジジイ一人に手こずっているか分からんぜ。さっさと囲んで殺しちまえばいいのによぉ」

 

 

 

涎を垂らしながら、金継と対峙している。

 

 

 

「丁度良い。お前。この鬼を呼吸を使って滅してみろ」

 

 

 

「え!? さっき見たばかりですよ!? それに明日って「つべこべ言うな」―――もう!」

 

 

 

「今の教えで雷の呼吸が使えないのなら私の呼吸を教えることは出来ん。私の呼吸を使えることが出来ない弱者は目の前の鬼に喰われてしまえ」

 

 

 

「そんな!」

 

 

 

脳の全てを回転させながら、呼吸の仕方と一番最初に放った型を思い出す。

 

 

 

「何ゴチャゴチャ言ってんだ!」

 

 

 

鬼は金継に飛びかかった。金継は刀を鞘に仕舞うと傍に刺してある木刀を引き抜き、鬼を僕の方に向って弾き飛ばした。

 

 

 

「ごはぁ!」

 

 

 

「はよう技を出さんと喰われてしまうぞ!」

 

 

 

何て老人だ! 思い出せ、思い出せ。集中して呼吸を意識して身体の運びと筋肉の動き、そして腕に適切な強さを加え―――放つ!

 

 

 

「雷の呼吸壱ノ型―――霹靂一閃!」

 

 

 

足に力を加え、踏み込み前に飛び出し目に見えない早さで間合いを詰める。

 

僕自身が電気を帯びているように間合いを詰めてから刃を抜き頸を斬り飛ばすまで、身体やその周りに稲妻が起こり、ビリビリと言う音が聞こえた。

 

 

 

「え? ―――はぁ!? 身体が! どうなってんだ!!」

 

 

 

漂ってくる焦げ臭い匂いを気にすることなく空を見上げる。そこには頸だけになった鬼が、目の前に同じように自分の身体が飛んでいることに驚愕の表情を浮かべながら叫び、灰となり夜風に流されていった。

 

そして、灰になる前に身体から噴き出した血はまるで雨のように僕の上に降ってくる。

 

 

 

落ちてきたのは数秒であったが、その間にかなりの量の血を身体全体に浴びてしまい、身体中真っ赤に染まってしまった。

 

 

 

「―――出来た......。出来ました! 見てましたか今の!」

 

 

 

「出来て当たり前だ。修行はここまでとする。帰るぞ」

 

 

 

そんな汚れを気にせずに歓喜の表情で金継に向って報告する。しかし、金継は顔の筋肉一つ変える事無く無愛想に修行の終わりを告げながら一人すたすたと歩いていった。

 

 

 

「ちょっと! 少しぐらい褒めてくださいよ!」

 

 

 

急いで刀を仕舞い、小走りで金継に追いつくと隣を歩きながら顔を見上げる。

 

 

 

「過程に対して評価を求めるな馬鹿者」

 

 

 

「ぐっ! 確かにそうですけど......」

 

 

 

しばらく歩き。小屋に近づいた頃、直感的に違和感に気付いた。

 

 

 

「ん? 金継......さん」

 

 

 

危ない、もう少しで呼び捨てにする所だった。

 

 

 

「どうした」

 

 

 

「小屋の前に気配がします」

 

 

 

小屋のある所に気配がする。それも一人ではなく多人数。しかし、鬼ではない。もし鬼なら黒いモヤモヤとした不快な気配がする筈だ。これは......人間か?

 

 

 

「そうか。大よそ誰かは検討が付いている」

 

 

 

「鬼ではないようですけど誰か来る予定でもあるのですか?」

 

 

 

「ない。が定期的に来る奴らは居る」

 

 

 

木々が開け、小屋が見えた。そこには二人の人の姿が見える。

 

 

 

一人は天狗の面を被った黒い短髪の青年で、雲の模様が入った水色の羽織を着ている。もう一人は薄い青色を帯びた長髪で髪と同じ色の羽織を着ており、天狗の青年と違って前を締めずに開いている。彼女は緑色の瞳で僕達を捉えると、笑顔で此方に向って手を振ってきた。端整な顔立ちで、その笑顔を見ると、僕は少しドキッとしてしまい。誤魔化すように小さく手を振り返した。

 

 

 

「お知り合いですか?」

 

 

 

「違う」

 

 

 

二人の前に金継が立ち止まると「何の用だ」と威圧的に来た理由を聞いた。

 

 

 

「こんばんわ。私は鬼殺隊、雨柱の菜種梅雨雫(なたねづゆしずく)と言います。この子は鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)

 

 

 

そう言うと青年は僕達に向ってお辞儀した。それを一瞥するとまた雫に視線を戻す。そして、腰の刀を鞘ごと抜くと雫に視線を固定したまま僕にそれを渡してきた。

 

 

 

先に戻ってろってことかな?

 

 

 

両手でそれを受け取ると、二人にお辞儀をし僕は戸を開く。それから、小屋の中に入って行き、靴を脱ぐと、畳の上に僕と金継の刀をそっと置く。そして、足音を殺しながら窓に近づき話しているのをこっそりと覗いた。

 

 

 

「何の用だと聞いている」

 

 

 

「お館様から伝言を伝えに来ました「先代から貴方の事は聞いている。新しい世代の鬼殺の剣士を育てて欲しい」以上です」

 

 

 

「―――おい、そこの覗いている小娘!。お前名は?」

 

 

 

気付かれていた。

 

 

 

「っ! ちょ、蝶花です!」

 

 

 

驚き後ろに倒れそうになるが、窓の枠を掴み踏ん張り堪えた。そして、今更かよと思いながら窓から金継に向って答えた。すると、金継は真剣な面持ちで雫に顔を向き直すとしっかりと聞き取りやすいように改めて話し始める。

 

 

 

「お館様にはこうお伝えしろ。「私の我が侭を聞いていただき先代には感謝しています。そして、長い時間。育手としての責務を放棄しておりました事を深くお詫びいたいます。つい最近、蝶花と言う娘に鬼殺の剣士としてなるべく指南をしております。彼女に鳴神を受け継がせようと考えておりますので、もし、鬼殺の剣士となった際はお好きなようにご活用下さい」―――覚えたか?」

 

 

 

「......えーと―――左近次?」

 

 

 

「覚えました」

 

 

 

「では、そのようにお館様にお伝えします」

 

 

 

「まったく。伝言を伝える為だけに二人も来るとはな」

 

 

 

「いえいえ。今回は任務の帰りに寄らせていただいたのです。これでも柱ですから、流石にそれだけで柱は動きませんよ」

 

 

 

笑いながら雫は答えると表情をピクリとも変えずに短く言う。

 

 

 

「ならはよう帰れ」

 

 

 

何だあの温度差。雫って人は仲のいい人と話している感じなのに金継は無愛想でぶっきら棒そのまま話している。

 

 

 

もしかして金継の態度に気付いていないのか? いいや、そんなことは絶対に有り得ない。意図としてあの温度を保っている。柱って皆ああなのか......。

 

 

 

「柱って凄いな......」

 

 

 

腰を落とし、顔の半分が出るように覗きながら呟いていると、彼女は笑顔のまま別れを告げていた。

 

 

 

「分かりました。任務は遂行しましたので帰らせていただきます」

 

 

 

雫が金継に挨拶をした所で突然、左近次が刀に手を乗せた。

 

 

 

「雫さん。鬼の匂いがします」

 

 

 

「っ!」

 

 

 

まるで心臓を鷲掴みされたように胸が高鳴る。

 

 

 

匂い? そんなことが分かるのか。まずい、ここで正体がばれたら無惨様の命令を始める前に失敗してしまう! 

 

 

 

焦る僕は無意識に畳の上に置いてある刀を見る。そして、刀に手を伸ばそうとした瞬間、金継が口を開く。

 

 

 

「ついさっき鬼を狩って来たからな。あの娘の身体を見ただろ。きっとその血のせいで臭っているのだろうよ」

 

 

 

「それに、ここの森にはかなりの鬼がいますからね。そこから風に乗って来たのかも知れませんよ?」

 

 

 

「―――そうですね。申し訳ありません。私の勘違いでした」

 

 

 

刀から手を離すと二人に頭を下げ謝った。

 

 

 

「ふん。用事は済んだだろう。はよう帰れ」

 

 

 

「そうですねそれではお暇させて頂きます。行きますよ左近次」

 

 

 

「はい」

 

 

 

そう言うと二人は瞬く間に姿を消し去って行った。それを見てホッと息を吐く僕に木刀を携えて小屋に入って来た金継が言ったのだ。

 

 

 

「自分の姿を見てみろ」

 

 

 

「え? ―――あ」

 

 

 

血が畳に滴り落ち、赤い斑点が出来ていた。

 

 

 

―――まずい。

 

 

 

そう思った時にはもう遅く、目の前には木刀が迫ってきていた。

 

 

 

「血塗れのままで畳に上がる奴があるか!」

 

 

 

「す、すいません!」

 

 

 

この時。初めて声を出して怒られた。あの鬼のような形相はこの先ずっと忘れないだろう。後から本人に聞いたのだが、金継は綺麗好きで時間があれば掃除をしているとか何とか......。



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修行半年目

修行半年目。

 

 

 

雷の呼吸と六つの型を覚えてからは唯ひたすらに習ったことを反復して自己鍛錬をするよう言われた。

 

 

 

一週間の間に覚えたというのにそこから一向に進んでいないのに僕は若干、腹を立てながら何時ものように日が沈んでから直ぐに納戸から這い出し、入り口の傍にある箒を持つと戸を開いた。

 

畳に血の染みを作って以来、太陽が沈んだら直ぐに小屋の周りを綺麗に掃除しろとこっ酷く叱られた。

 

だからこうして寝惚け眼で目を擦りながら、早起きしてせっせと掃除に勤しんでいる訳だ。

 

 

 

『カァー! カァー! オテガミ! オテガミ! カァー!』

 

 

 

埃を掃いていると上から甲高い声が聞こえてきた。

 

鬼殺隊の伝令約。鎹鴉(かすがいからすだ)

 

雫と左近次が来てから定期的に手紙を送ってくるようになった。

 

 

 

まぁ。文字を書けないから返事はかけないんだけどね......。

 

 

 

箒を立て掛け、手を上に掲げるとそこに鎹鴉がそっと止まった。そして、足に括りつけられている紙を解くと、手に乗ってる鴉を肩に移し、手紙を開いた。

 

 

 

『菜種梅雨雫です。夏も終わりすっかり秋ですね。それはそうと左近次は貴方に気があるようですよ。気が付けば貴方が居る山の方向に顔を向けているのです。これはもう確定ですよね?』

 

 

 

「ふふ......」

 

 

 

小さく笑いながら返事を鴉に覚えさせた。足に括りつけて運ぶ為、あまり長い文章に出来ないので何時も短いが、金継の地獄の修行の中でその短い手紙が僕の唯一の楽しみになっている。

 

 

 

『カァー! カァー!』

 

 

 

飛び去っていく鎹鴉に手を振りながら掃除を再開した。

 

 

 

そして、小屋の周りを一通り掃除し終えた頃、金継が姿を現した。

 

 

 

「今日から鬼を狩る」

 

 

 

唐突に言ってきた。

 

 

 

「鬼......ですか?」

 

 

 

小屋の中に箒を戻しながら金継に返事をする。

 

 

 

「これから先の修行で必要なのは経験だ。故にお前には鬼を狩ってもらう」

 

 

 

「でも、普通修行中に鬼って狩らないものなんじゃないですか? だって、ほら。鬼を狩る為に学んでいる訳ですし」

 

 

 

「そんなのは有象無象の育手の育て方だ。知識を学び、経験で己が物にする。それが最も早く強くなれる近道である」

 

 

 

「はぁ......。では森に入るんですか?」

 

 

 

「いや。森ではない。近くの村に行く。」

 

 

 

どうやら森の中の鬼を殺すのではないらしい。でも態々何で村まで行くんだろう。

 

 

 

「理由を聞いてもいいですか?」

 

 

 

「森の鬼を狩らないのはここに人を来させない為だ」

 

 

 

「来られたくないのですか?」

 

 

 

「当たり前だ。私は鬼より人間が嫌いだからな。だから人が来ないように森の中に居る限り、見逃しておいている」

 

 

 

「そこまで嫌いなんですか」

 

 

 

「ああ嫌いだ。必要以上に会話をしたくない―――行くぞ」

 

 

 

金継は一方的に話しを打ち切ると森に向って走っていった。

 

 

 

「ちょっと! 待って!」

 

 

 

僕も急いでその後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

 

 

「......」

 

 

 

何時もの森を抜け、しばらく走った所に目的の村に着く。

 

そこは、まるで人が住んでいないかのように静かで、音一つ聞こえなかった。

 

 

 

「今朝、鴉が飛んできた。お館様からだ」

 

 

 

懐から出した手紙を僕に投げるように渡してきた。それを何度か掴みそこねながら何とか地面に着く前に掴み取ると、その手紙を開いた。

 

 

 

『雫から話は聞かせてもらった。貴方が育ててくれていると聞いて大変嬉しく思う。その上でお願いしたいことがある。近くの村に鬼が出没しているという報告が入った。それを貴方に是非滅して欲しいのだ。無論、報酬は払う。詳しい場所は別途紙に記し同封する』

 

 

 

紙を捲るとそこにはこの場所を記した地図と報告された鬼の特徴が書かれていた。

 

 

 

「異形の鬼......」

 

 

 

「ああ。腕が四本あってそれぞれ刃のように伸びているらしい」

 

 

 

「この鬼を狩るのですか?」

 

 

 

「ああ。お前がな。私は遠くからお前が逃げないか監視している」

 

 

 

「わ、私ですか。予想していましたけど。......因みに僕が逃げたらどうなりますか?」

 

 

 

「鬼殺隊は鬼を滅する事だけではない。出来るだけ早く鬼を見つける事もまた滅すると同じくらい重要だ。今回はそれを学んでもらう」

 

 

 

僕の言葉を無視しながら言う。

 

金継を見ると、刀を挿しておらず手には何時もの木刀を持っているだけだった。

 

端から自分で戦おうと思って来ていないのは分かっていた。

 

奥は呼吸を整え、何時でも雷の呼吸を出せる状態に保ちながら一番近い家に向って歩き出した。

 

 

 

「すみません!」

 

 

 

「はーい。―――どうしました?」

 

 

 

男の人が出た。僕の格好を見ながら腰に刀を挿していることを確認すると顔が強張る。

 

 

 

警戒されたか?

 

 

 

「夜分に失礼します。最近このあたりで行方不明が多発していると聞きました。何か心当たりはありませんか?」

 

 

 

「―――貴方は......いや。そうだな、ここから三軒目の山さんの子供が一週間前から行方不明だと泣いていた。そこの人に聞くといい」

 

 

 

「はい。ありが―――」

 

 

 

ガチャ。

 

 

 

男がそう言うと僕の返事を聞かずに扉を閉めてしまった。

 

 

 

「三軒目の山さん」

 

 

 

いつの間にか消えた金継のことは放っておいて、男から手に入れた情報の家に小走りで向った。

 

 

 

「すみません」

 

 

 

「......はい。何ですか? こんな夜更けに......」

 

 

 

「夜分に失礼します。ここから三軒先の男の人に最近この村で起こっている行方不明のことを尋ねましたらこの家のことを教えていただきました。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「貴方は誰ですか?」

 

 

 

「私は......鬼殺隊の者です」

 

 

 

「鬼、殺隊?」

 

 

 

「はい。鬼を滅する為の機関です。上の者から指示がありましたので調査に参りました」

 

 

 

そう言うと半信半疑といった感じで家の中に入れてくれた。その人達の話しによると、一週間前裏山で遊んでいたこの家の子供が夜になっても帰ってこなかったという。彼らが知っているだけでも五人。この村から消えたらしい。

 

 

 

「あの。......これは鬼の仕業なのですか?」

 

 

 

「上からの指示でここに参りましたので、その可能性は高いです」

 

 

 

僕がそう言うと二人は泣き出してしまった。

 

そりゃそうだ。鬼に連れ去られたら帰ってくることはない。喰われるのだから。

 

声を出して泣いている子供の両親を見ていて僕は何も言えなかった。

 

きっと無事だとか。絶対助けるとか。有り得ないことは口が裂けても言えない。

 

泣き崩れる二人を見ながらこれ以上得られる情報はないと判断し、当たり障りのないことで励ましておいてから家を出た。

 

 

 

「どうだった」

 

 

 

「わぁ! 金継さん。―――裏山で消えたらしいです。分かっているだけで五人です」

 

 

 

「なら早く行け」

 

 

 

「理不尽な......」

 

 

 

僕の話を聞いてから金継はまたどこかに消えてしまった。

 

気を取り直すと、話に出てきた裏山に脚を進める。呼吸を意識して雷の呼吸で力を高め、段々と速度を上げ、目的の場所に走りぬけた。

 

瞬く間に裏山の目の前に到着すると、周囲に気を配りながら山の中に入って行く。

 

 

 

風で木の枝や茂みが揺れ、擦れ、音が周囲から聞こえてくる。気を張っている時に聞こえてくる山の音は少し不快で、僕の心を乱した。

 

 

 

ブーツ越しに足に湿った土の感触が伝わる。視線を下げ、腰を下ろすと手で湿った土を掬い取り手の上で確かめるように触る。

 

 

 

「血......」

 

 

 

固まっていないと言うことはごく最近の血だ。僕はより一層警戒を強め、何時でも戦えるように刀を引き抜く準備をしていた。

 

澄んだ空気からかすかに漂ってくる血の匂いが敵が近くに居ることを知らせてくれる。

 

茂みが大きく擦れる音が聞こえた。足音を殺し、音の源の所に段々と近づいているのが分かった。

 

 

 

かなり近い。もう直ぐだ。

 

 

 

木の幹の影に隠れ、音のする方向に顔を少し出し、目を凝らしてそっと伺う。

 

 

 

「うまい......うまい......」

 

 

 

四本の刃のような腕を旅人のような風体の男の身体に突き刺しながら首筋に牙を付きたて、肉を貪っていた。

 

 

 

「ふぅ......」

 

 

 

一撃で終わらせる。

 

 

 

木の陰から茂みに移動し、相手から見えないように限界まで体勢を低くして大きく上半身を前傾に、居合いの構えを保ちながら雷の呼吸を行う。

 

 

 

「雷の呼吸一ノ型。霹靂い―――っ!」

 

 

 

技を放つ瞬間。後ろから強い鬼の気配がした。

 

急いで技の体勢を中断し、身体を捻るように後方に視線を向けた。

 

 

 

「オラァ!」

 

 

 

同じような姿の鬼が刃を僕に振り下ろしていた。無理矢理、身体を力を加え、紙一重に刃を避けた。

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

気を張り詰めすぎたせいで気配に気付くのに遅れた! 鬼が二人いるとは聞いていないぞ。ここは一旦距離を取らないと。

 

 

 

体勢を立て直し、大きく後ろに下がる。

 

 

 

今の鬼の声で貪っていた鬼も此方に気が付き、刃に滴る血を舐めとると僕に向って迫ってきた。

 

 

 

「何だこいつ!?」

 

 

 

「刀を持っていておかしな格好。前に来た鬼殺隊とか言う奴らの仲間だろうよ!」

 

 

 

四本の刃が次々と攻撃を放ってくる。それに加え、後方から同じように四本の刃の腕が切りかかってきた。

 

 

 

「雷の呼吸肆ノ型。遠雷!」

 

 

 

回転するように刀を振る。青色の稲妻が僕を中心に広範囲に走る。

 

一人は片腕を。もう一人は脇腹の肉を切り裂いた。

 

 

 

「うぉ!」

 

 

 

「こいつ! 前に来た鬼殺隊の奴らと強さが違う!」

 

 

 

「雷の呼吸伍ノ型。熱界雷」

 

 

 

片腕を斬り落とした鬼の頸を下から上に斬り上げた。見事、頸を斬り落とし、灰になって散っていった。

 

 

 

「なぁ!? ―――お前、人間ではないな! お前の匂い、それに気配、まるで......」

 

 

 

まずい! きっと金継がどこかで監視している筈だ! ここで大きな声で言わせる訳にはいかない!

 

 

 

急いで攻撃の体勢にたてなおし、もう一方の鬼の頸を狙いを定める。

 

 

 

「うおぉぉぉぉ!! 壱の型霹靂一閃!」

 

 

 

鬼の声を掻き消すように喉が枯れるほどの大声を出し、相手の頸を斬り落とした。

 

 

 

「はばぁ!」

 

 

 

勢い余って頸と共に後ろの木々も数本切り倒してしまい。轟音が山中に響き渡った。

 

 

 

「危なかった」

 

 

 

「何が危なかっただ? 不測の事態に対処し、適切な対応で鬼を滅したではないか」

 

 

 

「か、金継さん。いや、これはその」

 

 

 

「―――帰るぞ」

 

 

 

木の枝に立ち、僕の事を見下ろしていた金継。焦る僕を気にも留めず、枝から飛び降り、山を降りていった。

 

 

 

聞かれていなかったのか......。

 

 

 

安堵した僕は鬼達の犠牲になった骸を一瞥すると、金継の後を追って言った。

 

 

 

「金継さんは知っていたんですか?」

 

 

 

「鬼が二匹いたことをか? 勿論知っていた」

 

 

 

「でも、鬼の情報にはそんなこと一言も書いていませんでした」

 

 

 

「あれは私が摩り替えた情報だ」

 

 

 

「なっ! 何てことするんですか! もう少しで死んでいた所でした!」

 

 

 

僕がそう言うとはっと笑い。「あれしきのことで死ぬのならそれまでのことだ」と言い捨てた。

 

何時ものことだったが平気の顔で言い放つ老人に言いようが無い憤りを覚えた。

 

 

 

「もう!」

 

 

 

「これでお前はまた一歩強者に近づいた。喜べ」

 

 

 

「喜べって......。はぁ、村の人たちに報告してきます」

 

 

 

「必要ない。あやつらは自分の家族が居なくなっても泣いて何もしなかった弱者だ」

 

 

 

「......先に帰っていて下さい」

 

 

 

「―――好きにしろ」

 

 

 

金継は足を速め、姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼は滅しました。これでもう人が消えることはないでしょう」

 

 

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 

 

夫婦は泣きながら額を床に押し当て僕に感謝していた。明日の朝、骸を探しに行くと言う。

 

 

 

最初に尋ねた家にも報告に訪ねると、小屋へと戻った。

 

 

 

「只今戻りました」

 

 

 

「こっちに来い。話がある」

 

 

 

「何ですか?」

 

 

 

腰から刀を外し、小屋の中に入ると囲炉裏の前に座っている金継が僕のことを呼んだ。

 

何の事かと思いながら何時ものように対面に座る。

 

 

 

「お前、ちゃんと全集中の呼吸を行っておるな?」

 

 

 

「はい......まぁ、やらないとお腹殴られますし」

 

 

 

「お前が今行っているのは全集中常中と言う技術である」

 

 

 

「そうなんですか」

 

 

 

「しかし、まだ足りん。常中では鳴神を十分に使いこなすことは出来ない。故に常中よりもより高度な呼吸法を会得してもらう」

 

 

 

「高度な呼吸法......ですか?」

 

 

 

これより上の呼吸の仕方があるのか......。常中を出来るようになったのもごく最近なのにまた、あの肺の痛くなる修行をしなければならないとは。頭が痛くなる......。

 

 

 

「名を全集中雷電と言う」



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鳴神の呼吸

「全集中雷電」

 

 

 

「全集中常中は二十四時間絶えずに全集中の呼吸を行う技術。しかし、その呼吸には波がある。技を出した時は十、通常時は五といった感じにな。それを常時十の呼吸を行うのが、全集中雷電だ」

 

 

 

「その呼吸を習得すれば鳴神? てやつを使う為に修行するんですか? て言うか鳴神って何ですか?」

 

 

 

僕の疑問を囲炉裏を(つつ)きながら此方を見ずに何時もよりしっかりとした口調で話し初めた。

 

 

 

「鳴神......鳴神の呼吸は私が柱の時に生み出した呼吸法だ。呼吸を研ぎ澄まし、剣術の極致まで磨き上げ、考え出した。最強の呼吸法―――おい、傍に寄って来い」

 

 

 

「はい」

 

 

 

恐る恐る金継に近づき傍に腰を下ろす。

 

そして、僕に酒の入った瓢箪を渡してきた。

 

 

 

「注げ」

 

 

 

「え? 分かりました......」

 

 

 

金継が持っている杯に溢れないように慎重に瓢箪の中に入っているものを注いだ。それをくいっと勢い良く呷ると空の杯を僕の前に突き出してくる。

 

 

 

「最初は私も育手として鬼殺の剣士を育てていた。―――だが、全員が鳴神を継ぐには余りにも弱い者ばかり。去る者、逃げ出す者、黙って最終選別に行く者。......柱になってから人間が好きではなかったが、私は完全に人間が嫌いになっていた。だから、人が来れないこの山に移り住んだのだ」

 

 

 

「......金継さんは何で鬼殺隊に入ったのですか?」

 

 

 

「家族が鬼に殺されたから......いいや、違うな。私には鬼狩りの才能があったから入った」

 

 

 

「っ! 殺されたのですか......」

 

 

 

「ああ。だが、鬼を恨んではいない。私の家族が死んだのは弱かったからだ。そして、私が生き残ったのは私が強かったから。一晩中、太陽の光で灰になるまで包丁で切り刻んでやった。それから、騒ぎを聞きつけた鬼殺隊が私の家に来た。その時に鬼殺隊を知った」

 

 

 

「ほら。注げ」とまた僕の目の前に出してきた。話に夢中で杯を疎かにしていたことを認識し、慌てて杯に注いだ。

 

 

 

「それから育手の元で雷の呼吸を学び。十六歳で柱になった。それからのことだ―――」

 

 

 

金継の目には少し悲しみが見えたような気がした。

 

 

 

「......私は強すぎた。鬼殺隊に入ってから我武者羅に鬼を狩り、柱になってからもそれは変わらず休む事無く鬼を滅し続けた。するとどうだ。気が付くと次第に他の鬼殺隊や柱から依存されるようになってしまっていた。『金継なら出来る』『金継に頼もう』......皆が私の力に縋りついていた。それを見かねたお館様が私の思いを察してお暇をくれたのだ」

 

 

 

強すぎるから......他の人には分からない悩みだ。

 

 

 

「それから色々な所に旅をして恋人を見つけ、結婚もした―――話しすぎだな......」

 

 

 

目を瞑り何かに思いを馳せる金継。その顔を見ていると無意識に声が出ていた。

 

 

 

「私は逃げ出しません。去りません。最後まで学びきってみせます。必ず鳴神の呼吸を習得してみせます」

 

 

 

そう言うと金継さんは小さく笑い。私の持っている瓢箪を奪い取ると「もう日の出だ。寝ろ」と呟いた。

 

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

納戸の戸を開くと一度振り返り、布団の間に潜り込んだ。

 

 

 

金継も苦しんでいるのか。

 

 

 

「私と一緒......かな」

 

 

 

布団の中で身体を丸めると、そっと目を閉じ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ていろ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

息を大きく吐き、大きく吸う。すると、金継の周りには技を放っていないにも関わらず、稲妻が走っているのがはっきりと見えた。

 

 

 

「常に型を繰り出す瞬間の呼吸をし続ける。すると、さらに力を発揮することが出来る。そして、それをし続けることによって少しずつ呼吸の質が上がっていき、それに比例してさらに力も強くなっていくのだ。やってみろ」

 

 

 

「はい。―――すぅー「ちがう」ぶぅ!」

 

 

 

雷電の状態で勢い良く腹部を殴られた僕は、内臓が飛び出すのではないかと言うほどの衝撃が走った。今まで耐えてきたためか、蹲ることは無かったが、内股になり上半身と共に顔を地面に向ける。腹部を両腕で押さえながら、痛みが引くのを耐えた。しかし、無慈悲な僕の師はそれを許してはくれず、「ちゃんと呼吸をしろ」と無茶苦茶なことを言ってくる。

 

 

 

「ゴホゴホ! ―――はぁはぁ......。もう!」

 

 

 

「文句を言う前に身体を動かせ」

 

 

 

何時もどうり淡々と僕に激しい鍛錬を課していく。身体中の痣の回復を抑えながら覚えたての全集中常中よりさらに上の呼吸をしろと言うのだから辛くて仕方がない。でも、相手は金継だ。そんな甘えは許されないで終わってしまう。

 

金継に言われた通り、必死に呼吸を真似る。

 

結局その日は晩から日の出前までひたすら吸って吐いて、吸って吐いてを繰り返した。同じ事を何度も行うのは珍しいことではない。しかし、驚いたのは金継が何も言ってこなかったことだ。何時もは「次私が来た時までに出来てなかったら腕をへし折る」とか「間抜けめ。これぐらい出来なくてどうする足をへし折ってやる」とか言ってくる。それも本当に折りに来るから笑えない。

 

それはさて置き。

 

お小言を受けずに、それも何時もより終わる時間が早いのは初めてだ。これから先は何が起こるか分からない。もしかしたら僕を上げて落とすのが目的なのかも......。

 

 

 

「......」

 

 

 

口に出して金継に問うことは出来ず、毎日のように乱暴に木刀を投げ渡してきた。

 

それを、小屋の中に刀と一緒に立てかける。

 

 

 

「こっちへ来い......」

 

 

 

「はい。―――今日もですか?」

 

 

 

振り向くと囲炉裏の前に座り、僕に向って瓢箪を突き出している。

 

僕がそう言うと「口答えするな。はよう酌をしろ」と無愛想に答えた。

 

殴られるのは嫌なので、早足で飛び込むように金継の傍に座った。

 

 

 

「注げ」

 

 

 

「はいはい。―――で今日はどんな話をしてくれるんですか?」

 

 

 

「別に話を聞かせる為にお前に酌をさせている訳ではない」

 

 

 

注がれた酒を一口飲むと、髭を摩りながら一拍をおき話始めた。

 

 

 

「お前が継がなくてはならない鳴神の呼吸について話そう」

 

 

 

「結局話すんじゃないですか......」

 

 

 

飲み終えて空になった杯に酒を注ぐ。

 

 

 

「鳴神の呼吸には拾弐の型がある。お前は呼吸が幾つあるか知っているか?」

 

 

 

「えーと......雷と雨ぐらいしか知りません」

 

 

 

「雨はおそらく水の呼吸の派生で出来た呼吸法だろう。水、雷、炎、岩、風の基本五流派。鳴神は主に雷から派生している(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「主に?」

 

 

 

「ああ。主に雷の特性を取り入れているが、他の基本五流派全ての特性を取り入れている。つまり基本五流派を全て使いこなせないと鳴神は扱えない。私の他の誰も習得出来なかったのはそのせいだ」

 

 

 

「全部ですか。......私に使う事が出来るんですか?」

 

 

 

「基礎の雷の呼吸は短期間で覚えられただろ。あの早さで一つの呼吸を習得出来たのなら問題ない。......才能があればな」

 

 

 

「普通ってどのくらい習得に掛かるのですか?」

 

 

 

「一年から二年だろう」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

それを聞いて僕の顔は硬直した。

 

 

 

一年から二年って。それを二日で習得させようとしたのかこのジジイは! そりゃ逃げるわ教わる人も。

 

 

 

「雷電を習得したら一週間であとの四つの呼吸も覚えてもらうからな」

 

 

 

ちょっと言っている意味が分からないです。

 

 

 

「そんな短期間に覚える必要あるんですか?」

 

 

 

「阿呆」

 

 

 

「あいたっ!」

 

 

 

そう言うと上から拳骨が飛んでいた。めちゃくちゃいたい。

 

 

 

「短期間で習得出来ないのならどれだけ鍛錬を重ねても無駄だ。......それにお前さっきから雷電が時々途絶えている。へし折られたいのか?」

 

 

 

「す、すみません! ふぅーふぅー......」

 

 

 

「馬鹿者。もう今日は寝ろ」

 

 

 

「いでっ! ごめんなさい! もう寝ます!」

 

 

 

瓢箪を金継の横に置くと納戸の戸を空け、そこに飛び込んだ。 

 

 

 

「あれ? 何だろうこれ......」

 

 

 

布団の間で動いているとふと手が何かに当たる。それを掴み手繰り寄せるとそれは羽織だった。

 

その羽織は薄い青色の生地で淡い桜色の胡蝶蘭の模様が入った物だった。

 

触ってみるとかなり良いものだと分かる。

 

 

 

「これあの人のものなのかな......」

 

 

 

布団に潜っていると、直ぐに眠気が来てしまう。

 

 

 

僕は虚ろ虚ろしながらその羽織を握り締め、夢の中に旅立っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修行一年目。

 

 

 

雷電を使えるようになるのに二ヶ月。それから他の四つの呼吸を習得するのに一ヶ月。合計三ヶ月かかった。それが終わるとひたすら周りの村や町を回り、鬼を狩った。偶に来る金継に対してのお館様の依頼を変わりに僕が受けるようになり、まだ鬼殺隊では無いにもかかわらず、正規の鬼殺隊より鬼を殺しているのを知った時は何の為に金継に教えを請うのか分からなったが、順調に修行が進んでいた。

 

 

 

そして、遂にこの日が来た。

 

 

 

「お前に鳴神を教える。良いな?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

日が沈み、もはや日課になりつつある小屋の周りの掃除をしていると真剣な面持ちで出てきた。木刀は持っておらず、代わりに両方の腰に刀を挿していた。

 

 

 

「金継さん。どうして二本も挿しているんですか?」

 

 

 

「鳴神の呼吸はどれだけ技術を高めても、どうしても刀に負担が掛かる。故に折れても即座に戦闘に再開できるように二本挿しているのだ。お前にはこれから両利きになってもらうからな」

 

 

 

「はい」

 

 

 

今までの無茶に比べれば両利きになることなんて何でもない。

 

 

 

「では刀を抜け。これから私の全てをお前に叩き込む。死んでも文句を言うなよ?」

 

 

 

「分かりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地獄だ......」

 

 

 

身体中が痛い。身体の回復が追い付いていない。

 

ボロボロになりながら今日も金継の酒を注いでいる。

 

 

 

「何が地獄か。馬鹿者」

 

 

 

「いた! ......そう言えば金継さん今日は言わないんですか? 「出来なければお前の腕を折る」とか」

 

 

 

「流石に私も鳴神の呼吸を一日やそこらで会得できると思っていない」

 

 

 

そう言いながら杯傾けた。

 

 

 

「今日はどんな話をしてくれるのですか?」

 

 

 

修行の話をするのは不味い......。このまま話続けると絶対拳骨が飛んでくる。唯でさえ修行がキツイのに終わっても制裁を受けるのは勘弁して欲しい。

 

 

 

僕は無理矢理話を変える。金継はまた顎を摩りながら目を閉じ、何やら考えていた。少ししてからゆっくりと目を開き、話始める。

 

 

 

「......お前。あの羽織を見たな」

 

 

 

「え!? 何でそれを―――ち、違うんです違うんです! 見つけようとして見つけた訳じゃないんです。だ、だから拳骨は勘弁してください!!」

 

 

 

瓢箪を傍に置き、頭を両手で守る。しかし、金継を見ると、呆れた表情でため息を吐き、酒を飲んでいた。

 

 

 

「阿呆。そんなことで殴るか。―――注げ」

 

 

 

「は、はい。ありがとうございます。......ふぅ」

 

 

 

震える手を必死で押さえて、瓢箪を掴むと杯にこの上なく丁寧に注ぎ込む。

 

 

 

「......あれは私の嫁から送られた羽織だ」

 

 

 

「............え? え!? 金継さん結婚していたんですか!?」

 

 

 

「していた。死んだがな......」

 

 

 

「それはその......すみません」

 

 

 

「何でお前が謝る。嫁とは旅の途中で出会ったのだ」

 

 

 

「どんな人だったんですか?」

 

 

 

「そうだな―――」

 

 

 

彼女は何時も明るかった。口癖は「何とかなる」だった。彼女は......山桜八重は名家の一人娘だ。ある時。屋敷の中の生活に嫌気が差したのだろう。八重は屋敷から逃げ出した。そして、従者に連れ戻されそうになった時気まぐれで助けてやったのが出会いだった。八重の身体を抱え、屋根の上を飛び移りながら逃げた時の彼女の笑顔は今も鮮明に覚えている。追っ手から巻いて、八重から事情を聞いた。屋敷の中の事。顔も知らない人と結婚しなければいけない事。やりたくもない習い事をしなければいけない事。

 

それらを聞いた時、私は思った。

 

 

 

―――こいつを連れて行こうと。

 

 

 

「え? 連れて行くって......」

 

 

 

「旅に連れて行った。ちょうど一人では飽きていたからな」

 

 

 

「それって駆け落ちじゃないですか! 追っ手から逃げたり隠れたり、刺客から命を狙われたりしたんですか!?」

 

 

 

「落ち着け」

 

 

 

「いだっ!」

 

 

 

何故か駆け落ちと言う言葉が脳裏を過ぎった時、えも言えぬ高揚が身体から溢れ出した。詰め寄る僕に身体を引くようにしながら額にデコピンを食らわした。

 

 

 

「話を続ける―――」

 

 

 

当然、屋敷から追っ手が来た、殺してでも八重を奪い返そうと暗殺者を送ってきたこともあった。普通の人間なら死んでいたかもしれない。しかし、私は元は鬼を狩る組織、それも最強の柱だった男だ。襲ってきた追っ手も暗殺者も片手で返り討ちにしてやった。

 

嗚呼......。思えば八重と色々な所を旅をした......。膝まで雪が積もる寒い田舎道も......倒れそうなほど暑い都会の活気溢れる通りも......海に行った時の八重は凄くはしゃいでいたな。

 

彼女と一緒にいる長い時の中。私は彼女に彼女は私に惹かれていた。それから誰にも見つからない山奥に家を建て、二人で暮らし始めた。子供も出来た。初めて私は幸せと言うものを味わった。

 

八重と過ごした毎日は私にとっての宝と言えるだろう。

 

 

 

―――しかし、そんな幸せな日々は長く続かなかった。

 

 

 

私が家を留守にしている間に私のことを恨んでいる鬼に八重は殺された。最後まで子供を守ろうとしていたのだろう、小さな子供に覆いかぶさるように亡くなっていた。

 

私は泣いた。私が弱かったせいで八重は死んだのだ。

 

私はどんな物であろうと奪われることがなかった。初めて私の物を奪われた。それも一番大切なものを。

 

そして、私は気付いた。幸せは人を弱くするのだと。それから初めて鬼が憎いと思った。だから育手として鬼殺隊を育てた―――。

 

 

 

「一人として鬼殺隊になることはなかったがな」

 

 

 

「......何て言うか。その......大変でしたね」

 

 

 

「全ては私の弱さが招いたことだ」

 

 

 

「あのー。今こんなこと言うのはどうかと思うんですが......。金継さんの考えなら八重さんが死んだのは八重さんが弱かったからなのでは......」

 

 

 

「何を言っている。家族を守るのは夫の務めだろう」

 

 

 

「でも金継さんの家族が死んだ時は家族が弱かったからって......」

 

 

 

「私の家族に父は居なかった。父が居ないのなら自分自身が強くならないといけない」

 

 

 

なんだその理屈は......。いいや、今そこを掘り下げると時間が掛かりそうだ。今日はやめておこう。

 

 

 

「―――もう日が出ます。寝ますね」

 

 

 

「ああ......」



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香水

遅くなりました。今回は何時もの半分ほどの文字数です。
これからかなり投稿する速度が遅くなります。
申し訳ありません。




一年と半年。

 

 

 

―――炎の呼吸壱ノ型、不知火。

 

 

 

日が落ち、納戸から早々に起きた僕はこれまで覚えた呼吸を竹を標的に鍛錬をしている。型で斬った竹はポトリと地面に落ちた。それを拾い上げ断面を確認する。

 

 

 

「―――うん。完璧」

 

 

 

滑らかでサラサラ。上手く切れているのが分かると自然と頬が緩む。それから手に持った竹を放り投げると、もう一度、竹から距離をおき、他の呼吸の連度も確かめる為に刀を振るった。

 

 

 

 

 

それから少し、時間が経ち金継が小屋から出てきた。

 

 

 

 

 

「ゆくぞ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

型の練習は基本的には広い森の所で行うのだ。何時ものようにすたすたと一人で歩いていく金継に歩調を合わせ付いて行っていると、ふと声を掛けられた。

 

 

 

「雷電を行え」

 

 

 

「は、はい! ―――」

 

 

 

常中から雷電に呼吸を変える。すると、僕の周りに稲妻が起こり、ジリジリと電気の音が聞こえてくるのが分かった。

 

 

 

「その状態で雷の呼吸と他の呼吸を上手く合わせ、調和させて型を繰る出せば鳴神の呼吸を放つことが出来る。それを心に刻め」

 

 

 

「刻みます」

 

 

 

修行場に到着すると直ぐに修行は始まった。

 

と言ってもここ最近金継から学んではいない。一日中鳴神の呼吸をする為に色々な呼吸を混ぜて行っているので教えることが無いといったほうがいいか。

 

この場所に来ても、金継は岩の上に座って唯僕を見ているだけだ。偶に岩の上からこうしろだとかああしろだとか言ってくるが、基本的には見ているだけ。

 

 

 

「始めろ」

 

 

 

「はい。―――すぅー......」

 

 

 

雷の呼吸と他の呼吸を上手く合わせて、調和させる......。雷と水......。水の呼吸の仕方を雷の呼吸の中に織り交ぜる。

 

 

 

すると、僕の周囲には稲妻と一緒に水が現れ、波打っている。水と稲妻は段々と大きくなっていき、地面一帯に大きな水溜りが出来上がり、その上を強い稲妻が一定の間隔で鳴り響いている。

 

 

 

―――鳴神の呼吸壱ノ型。

 

 

 

型を出そうとした瞬間周りの水と稲妻は霧散した。

 

 

 

「ダメだな。二つの呼吸の比率がバラバラだ」

 

 

 

「比率......ですか。どうやって測ればいいのですか?」

 

 

 

「そんなもの勘以外ない。試行錯誤しながら鳴神の呼吸の比率を探し出し、その比率を身体に刻み込め。近道何てない」

 

 

 

そう言いながら顎を摩る金継を一瞥しながら、身体を休めていると拳が飛んでくるので直ぐに先ほどとは少し変えて呼吸を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、肺が痛い......」

 

 

 

「まだまだだな」

 

 

 

胸を手で押さえながら何時ものように金継にお酌をしている。殆ど一晩中肺を酷使していたら痛くもなる。そう思いながら空いた杯にどんどんお酒を注いでいく。

 

 

 

「一つ聞いていいですか?」

 

 

 

思い出した。あのことを聞かないと。

 

 

 

「何だ」

 

 

 

「匂いを消す方法ってありませんか?」

 

 

 

「いきなりどうした。そんな事聞いて」

 

 

 

「いいえ。私も一応年頃ですので......」

 

 

 

訝しげな表情で僕の顔を見ると、顎を摩りながら思い出すように口を開いた。

 

 

 

「―――鬼殺隊に居た頃。他の柱が外の国から来た、香水と言う物を持っていた。霧吹きで一吹きするだけでしばらくの間、その香水の匂いを身体から漂わせることが出来る」

 

 

 

「それは何処で手に入れることが出来るのですか?」

 

 

 

「知るか。自分で調べろ」

 

 

 

僕の疑問に一蹴すると「それより早く注げ」と不機嫌な声で催促する。

 

 

 

「すみません」

 

 

 

「―――金を寄越せ。お前が寝ている間に買って来てやる」

 

 

 

「......え? い、良いんですか?」

 

 

 

信じられない。あの金継が僕の為に何かをしてくれるなんて......。もしかして、僕を試しているのか? これで僕がお願いしますと言ったら「教えを請うている奴が師に使いを頼むな」とか言いながら頭に拳骨を喰らわせられるんじゃないか? それとも本当に善意から言ってくれているのか? いやでも―――。

 

 

 

短い時間の中、色々なことを想像していると。「何か無礼なことを考えているな」と言われ結局頭に拳骨を貰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ! はぁ!」

 

 

 

次の日、金継は修行に来なかった。「少し遠くに行っていたから今日は一人で修行しろ」と言うと布団の中に潜り込んだ。無惨さんから貰ったお金の詰まった背嚢を金継に預けていたのだが、何故かお金が減っていなかった。しかし、三本のガラスで出来たビンに入っている香水が納戸の戸の前に置かれていたから何処かで買って来たのだろう。

 

 

 

もしかして、贈り物のつもりなのか?

 

 

 

今日はその事ばかり考えてしまう。ここに来た時と比べて金継との関係は近いものになっている。その事に関しては嬉しいし、仲良くなれるのならもっと仲良くなりたい。しかし、この先、もし無惨さんに金継を殺せと命令されれば殺せるだろうか? 僕は人間じゃない鬼だ。金継は人間、敵同士なのだ。殺せるだろうかではない殺さないといけないのだ。でも実際、その時が来たら......。

 

 

 

「カァー! カァー!」

 

 

 

考えながら鳴神の呼吸をしていると雫さんの鎹鴉の鳴き声が聞こえた。その鴉は急降下し、僕の頭の上に止まる。

 

 

 

「こっちに移って」

 

 

 

「オテガミ! オテガミ!」

 

 

 

刀を鞘に戻すとてのひらを頭の上に持っていき、移らせる。そして、足に付いた手紙を外すと今度は肩に止まらせ手紙を開いた。

 

 

 

『菜種梅雨雫です。つい先日、柱が一人、上弦の鬼に殺されました。本題はここから。柱に欠員が出来た為、この度なんと左近次が水の柱として就任することになりました。すごいでしょ? 左近次に会うことがあったら祝って上げてください。それと、相変わらず貴方の居る山の方向を見ていることがあります。それとなく探りを入れているのですが、中々尻尾を出しません。これからもう一度聞いてみますが、かなり手強いですね。また、何かあったら報告します。それでは』

 

 

 

「ふふ」

 

 

 

口に手を当て、小さく笑う。そして、手紙を丁寧に折りたたみ、袖の下に仕舞うと肩に乗っている鴉を手の上に乗せ、短い言葉を何度か話し覚えさせた後に空に飛ばした。

 

 

 

「カァー! カァー!」

 

 

 

鴉が無事飛んでいったのを確認すると、深呼吸を行い。気を引き締め直すとゆったりとした動作で刀を抜き、鍛錬を再開した。



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最終選別

修行二年目。

 

 

 

「お前に教えるべきことはもうない」

 

 

 

日が沈み、自己鍛錬を行っていた時に言われた。

 

 

 

「はい」

 

 

 

アレから一年の時が経ち、僕は鳴神の呼吸を完全に会得することが出来た。毎晩毎晩今までの修行が天国に思えてくる程厳しく、何度も心が折れそうになったが無惨さんのことを思い出しながら必死に金継の教えを学んだ。

 

 

 

やっとだ......。最終選別を通ると晴れて僕は鬼殺隊に入隊することが出来る。

 

 

 

そう思うと自然と涙が出そうになる。しかし、金継の前で涙を流すと慰めの言葉ではなく拳骨が飛んでくるので頑張って涙が出ないように抑える。

 

 

 

「最後に最終選別に行って、通ることが出来ればお前は鬼殺の剣士になることが出来る。選別の場所である藤襲山ふじかさねやまは森が深い、故に日の心配をする必要はないだろう」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「明日の晩に出ると良い。今日はここで寝ろ」

 

 

 

「分かりました」

 

 

 

「片付けろ」と私に腰の刀を二本投げ渡してくる。それを難なく受け取ると、小屋の中の何時もの場所に立てかけた。

 

それから、囲炉裏の方を見ると、空の杯を片手に静かに座っている金継が目に入る。

 

 

 

あれから、毎日の様に金継の酌をした。酒を注ぎながら金継の話を聞くのが日課になっているのだ。それが以外に楽しく、雫さんとの鴉でのやり取りと別に日々の楽しみが増えて嬉しかった。

 

 

 

これも今日で最後かな......。

 

 

 

ブーツを脱ぎ、畳の上に上がると、ゆっくりと金継の傍に座り、瓢箪を掴むと丁寧に杯に酒を注いだ。

 

 

 

「今日で最後ですね」

 

 

 

「......ああ」

 

 

 

短くそう言うと勢い良く杯を傾け、一気に酒をあおった。

 

 

 

「今日は何の話をしてくれるんですか?」

 

 

 

「ふむ......」

 

 

 

僕が言うと顎を摩りながら、目を閉じ何かを考えている。そして、暫くすると杯を置き立ち上がり、納戸を開き、空色の羽織を取り出し、僕の方に投げよこした。

 

 

 

「これって。八重さんから貰った羽織ですよね?」

 

 

 

「ああ。私はもうそれを着る事はない。だからお前にその羽織を餞別としてやる」

 

 

 

ぶっきら棒にそう言い放ち、ドスンともとの場所に座り直すと杯を拾い上げ、僕の目の前に突きつけて来た。投げ渡された羽織を一旦側に置くと酒を注いだ。

 

 

 

「いいんですか? 大切なものなんじゃ......」

 

 

 

「大切なものだ。だからお前にくれてやるのだ」

 

 

 

「っ! それって」

 

 

 

「見て分かると思うが私はもう長くはない。私が死ねば、この家も朽ちていくだろう。その前にお前に大切なものを託そうと思ったのだ。だからくれてやる。黙って受け取れ」

 

 

 

「そんな......」

 

 

 

そんなことはない。そう言おうとしたが、口に出すことが出来なかった。金継は気休めや哀れみで物を言うのを嫌うからだ。

 

瓢箪を握り締め、グッと喉からでかかったその言葉を押し込む。

 

 

 

「そんな顔をするな。―――人間は何時か死ぬ。どんなに強かろうとどんなに賢かろうとな......。だから楽しいのではないか。百年も満たない時の中で笑い、悲しみ、怒り、喜ぶ。友を作り、友情を深めて、恋人を作り、愛情を深める。困難を乗り越え、強くなるのも幸せを知り弱くなるのもまた人生の楽しみよ。私には子供が居なかったから子を育てることは出来なかったが、......まぁ、それは叶ったと言ってもよいだろう。―――嗚呼、悪くない......少ない時の中で色々なことが出来た。欲を出せば八重と共に死にたかったがな」

 

 

 

そう言いながらゆっくりと手を僕の頭の上に乗せる。

 

 

 

「え? あの......」

 

 

 

「私は人を褒めたことがない。それを考慮して聞くがよい。―――お前は私の修行について来れた。私の修行について来れた者は一人としていない。蝶花―――」

 

 

 

 

 

 

 

―――お前は賢く強い子供だ、私はお前を誇りに思う。

 

 

 

 

 

 

 

何時もの金継と違い、優しい口調。頭に乗せた手はゆっくりと撫でている。その手は温かく、僕の身体を包み込み、心地よい気分にさせてくれる。

 

 

 

「―――がねづぐざんかねつぐさん!」

 

 

 

その瞬間。頑張って抑え込んでいた涙が溢れ出した。しかし、金継は何も言わずに、唯僕の頭を優しく撫でている。

 

まるで滝のように涙が溢れ、小屋の外まで聞こえるほど大きな声で泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

どれだけの時間が経っただろう......。

 

 

 

 

 

喉が痛くなり、涙が出なくなるほど泣き枯らした。 

 

 

 

「泣き止んだか?」

 

 

 

「......はい。お騒がせしました」

 

 

 

「よい......もう寝なさい」

 

 

 

「はい。おやすみなさい」

 

 

 

「ああ、......おやすみ」

 

 

 

瓢箪を金継に渡すと、羽織を拾い上げ納戸を開き、頭から布団の間に突っ込んだ。そして、片手を布団から突き出すと納戸の戸を中から閉める。

 

 

 

「金継さん......」

 

 

 

憎いほど厳しく接せられたのに会えないと分かると、恋しくなって仕方がない。金継の所を離れたくないとまで思ってしまうほどだ。

 

不思議な胸の苦しさを覚える。

 

身体を丸め、羽織を抱きしめると、その痛みも少し和らいだような気がした。

 

散々泣いたからか、疲れが一気に僕を襲い、自然と瞼が閉じていく。そして、最後になる布団の感触と戸の外から感じる金継の気配を感じながら眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れ物はないな?」

 

 

 

「―――はい」

 

 

 

刀を両腰に挿していること、羽織をちゃんと着ていること。もう一度確認し、全て揃っているのを確認した。因みに背嚢は邪魔になるから納戸に置いていくことにした。

 

 

 

「では行って来い」

 

 

 

「はい。行ってきます」

 

 

 

呼吸を整え、高めると常中を雷電に変える。

 

周囲に青色の稲妻が現れ、地面を焦がす。足に力を入れ、地面を蹴り、森の中を駆けて行った。凄い早さで、周囲の景色が変わっていく。あっという間に森を抜け、田舎道を走り、目的の藤襲山に向った。

 

 

 

 

 

 

 

途中、朝を乗り越え、藤襲山に辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

両側に藤の花が咲き乱れている石畳の階段上っていく。

 

気分が悪くなるが、一気に走り抜け、上に到着した。そこには何人もの子供達が緊張した面持ちで立っており、ピリピリとした空気がこの空間一体を張り詰めていた。

 

 

 

周りの視線に耐え、少し立ったこと。

 

 

 

「「皆様。今宵は鬼殺隊最終選別にお集まりくださって、ありがとうございます」」

 

 

 

着物を着た二人の少女が現れた。

 

 

 

言い方から察するに案内役だろう。

 

 

 

僕はそう思うと彼女達の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められており外に出ることは出来ません」

 

 

 

「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」

 

 

 

だから、気分が悪いのか。知らなかった。

 

 

 

「しかし、ここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼共が居ります」

 

 

 

「この中で七日間行き抜く、それが最終選別の合格条件で御座います」

 

 

 

「「では、いってらっしゃいませ」」

 

 

 

淡々と説明をすると。頭を下げ、僕達を見送っていた。

 

次々に山の中に入って行く子供達の背を見ながら僕も山の中に足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷の呼吸壱ノ型、霹靂一閃」

 

 

 

「ぎゃ!」

 

 

 

山に入って早々鬼と遭遇し、殺す。

 

鳴神の呼吸は刀に不可が掛かるから雑魚には他の型で殺せと言われているので今回は鳴神の呼吸は使わない。

 

 

 

にしても......。

 

 

 

僕の周りに倒れている頸の無い四体の鬼の死体を見渡す。

 

 

 

「......弱すぎる」

 

 

 

そりゃあ元柱に来る依頼をこなしていたら駆け出しが相手にする鬼なんて大人と子供ほどの差があるのは分かっていたが......。それにしても弱い。

 

 

 

「お前! 鬼ではないか! どうして鬼が人間の味方をする!」

 

 

 

焦りの表情でじりじりと下がりながら問いかけてくる。

 

 

 

「貴方が知る必要はありません―――炎の呼吸壱ノ型、不知火」

 

 

 

「や、やめっ」

 

 

 

地面を強く蹴り、一瞬で間合いを詰め炎と雷混じった刀身を相手の頸を斬り飛ばした。火に包まれた死体は地面に倒れる前に炭となり、暗闇に消えていった。

 

 

 

「弱すぎ」

 

 

 

一度くらい防御しろと思いながら刀を鞘に戻そうとした時、後ろの茂みがガサガサと揺れ一人の剣士が出てきた。

 

 

 

「お前、さっきの話し......鬼って」

 

 

 

震える声で剣先を僕に向ける子供。その目は怒りが浮かんでいた。

 

 

 

「―――」

 

 

 

油断した。

 

 

 

「野蛮な鬼め! 俺がここで滅してやる!」

 

 

 

「ごめんなさい。聞かれた以上は貴方には死んでもらいます。―――風の呼吸壱ノ型、塵旋風・削ぎ」

 

 

 

「っ!」

 

 

 

地面を抉るように斬撃を放ちながら勢い良く突進する。剣士はそれを防ごうとするが、上手く防御をすることが出来ずに刀が折れてしまう。

 

そして、衝撃で後ろに仰け反った隙に、心臓を狙って剣を突き刺した。

 

 

 

「感情で動くのは鬼殺の剣士しっかくですよ?」

 

 

 

「ごほっ! 鬼が......なんで呼吸......を」

 

 

 

刀を引き抜き血を飛ばすと鞘に戻した。

 

子供は胸から絶えず血が溢れ出し、その場で倒れる。その目からは依然として怒りが見え、僕を睨みつけていた。

 

 

 

「これも無惨さんの為......」

 

 

 

動かなくなった子供の死体の前で手を合わせ、小さく「ごめんなさい」と呟くとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐはぁ!」

 

 

 

「ま、まってくがぁ!」

 

 

 

次々に頸を斬っていく。腕を斬り落とし、頸を斬る。足を斬り落とし、頸を斬る。胴体を斬り落とし、頸を斬る。作業のように淡々と鬼を滅していき、気付けば回りには鬼が消えてしまった。

 

 

 

「......どうしよう」

 

 

 

最後の鬼を炭になり消えていくのを見送ると、これから六日間の事を考え出した。

 

 

 

この調子ならこの山に居る鬼を全て殺してしまう。いっそのこと時間が経つまで隠れていようか。いやでもそれじゃあ―――。

 

 

 

色々考えながら歩いていると目の前に五人の刀を携えた剣士が立っていた。

 

 

 

格好から察するに鬼殺隊の隊員だろう。どうして、山の中にいるんだ? 今は最終選別の筈。

 

 

 

「この子で間違いないのか?」

 

 

 

「あぁ」

 

 

 

「どうかしましたか? 今は最終選別の最中ですよ」

 

 

 

「すまない。上からの命令だ」

 

 

 

「―――」

 

 

 

もしかして私の正体がばれたのか?

 

 

 

腰の刀に手を乗せ、何時でも型を繰り出せるようにしておく。

 

 

 

「特例として君を最終選別を合格とする。入って来た場所に戻るように」

 

 

 

「え? それはどう言うことでしょう」

 

 

 

「君は異常な早さで鬼を殺し続けている。このままでは山の中にいる鬼が全て滅せられてしまい、他の子達の選別に支障が出てしまうんだよ。だから君は特例として七日の所を繰上げで合格とする。との事だ」

 

 

 

「......はい、分かりました。では元の場所に戻ります」

 

 

 

「じゃあ、私達は戻るよ。必要ないとは思うけど、道中気をつけてね」

 

 

 

「はい、お気遣いありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございます」

 

 

 

「ご無事でなによりです」

 

 

 

 

 

 

「まずは、隊服を支給させて頂きます。身体の寸法を測り、その後は階級を刻ませて頂きます」

 

 

 

「階級は十段階御座います」

 

 

 

「甲きのえ、乙きのと、丙ひのえ、丁ひのと、戊つちのえ」

 

 

 

「己つちのと、庚かのえ、辛かのと、壬みづのえ、癸みずのと」

 

 

 

「今現在貴方様は一番下の癸で御座います」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「本日。刀を作る鋼。玉鋼たまはがねを選んで頂きますが、十日から十五日掛かります」

 

 

 

「その前に―――」

 

 

 

そう言うと、片方の女の子が手を二回叩いた。すると、上から梟が飛んで来て僕の頭に止まった。

 

 

 

「重い......」

 

 

 

「本来なら鎹鴉を宛がうのですが、此方の事情で梟を用意することにしました」

 

 

 

「い、いいえ。大丈夫です」

 

 

 

机の上の風呂敷を取ると、鉱物の塊が数個並んでいた。

 

 

 

「鬼を滅殺し、己を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」

 

 

 

「さぁ、どうぞ前に来てお選び下さい」

 

 

 

机の前に進み、ジッと玉鋼を見つめる。しばらく見つめよく分からないので、直感で二つの玉鋼を選んだ。それから、別の場所に移動し、寸法を測ってもらい、隊服を作ってもらった。今着ている袴のように出来ないかと聞いたところ可能と言うので、そうしてくれるよう頼んでおいた。



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