『魔王と覇王』 (にゃあたいぷ。)
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0.前語り

 私の物語を始める前に、私のことについて少し話しておこうと思います。

 

 私は武芸よりも歌や舞を好み、鍛錬よりも勉学に励むことが多かった。

 また実家は牧畜を生業としており、幼い頃から親に連れられて涼州各地を転々としながら家畜を売り捌くことが日課で、その関係で羌族ら異民族の集落に足を運ぶことも多かった。おかげで涼州近辺にある村や都市の顔役とは大体が顔馴染みとなっている。少なくとも顔を合わせる度に息子と引き合わせて、嫁に来ないかと誘われる程度には仲が良い。

 成人した後は実家の畜産業を親戚に任せて、郷里で農牧に従事するようになる。

 私は血が駄目だった。親の指示で家畜を屠殺した時に、その時に目が合った瞳が今でも時折、夢に見る。ただ家畜の扱いには慣れていたから農耕には牛を使っている。

 羌族は基本的に遊牧民族であり、一箇所に留まり続けることはない。そんな彼らには野菜や果物、調味料といった農作物が物珍しく映るのか、潰した家畜の肉と一緒に出すと、とても好んで食べてくれた。これらは家畜を農耕に活用した結果だと伝えて、沢山の農作物を土産に持たせて送り出したら、その半年後には百頭近くもの畜獣が贈られてきた。

 彼らに云わせれば、連れ歩くことはできず、肉にするしかない畜獣を送っただけのことだ。是非とも農耕地の開拓に役立てて欲しい、お礼は優先的に取引をしてくれれば充分。と茶目っ気の多い笑顔で言われたが――しかし、私の家には百頭近くもの家畜を養えるだけの経済力はなかった。かといって潰して肉にすることも羌族との関係を考えると難しい。

 私はなけなしの伝手を使って、洛陽の商人から多額の借金をし、死に物狂いで事業の拡大を図った。

 その間にも次々と送り込まれてくる家畜に頭を悩ませながら奔走して、その数が千頭になる頃には目が眩むほどの借金を返し終え、涼州では右に並ぶものがいない豪農となっていた。この時に洛陽で屠殺業を生業とする何家と繋がりを持ち、馬騰といった名士とも盛んに交流を持つようになっていた。

 羌族と強い繋がりを持ち、涼州の食糧事情を支えるほどの多大な財力を持つようになった私は涼州刺史も無視できない程の存在になっていたようで、気付いた時には従事として取り立てられてしまっていた。自分の家のことだけを考えれば良いだけの立場から涼州全体の運営を考える立場となり、その赴任中、匈奴族が涼州に攻め込んできたからてんやわんやだ。それで涼州で最も民心を得ており、羌族と友好関係を築いているという理由で、軍事のぐの字も知らないような私が将軍として取り立てられるまでになる。今ならわかるけど、ただの御輿のつもりだったのだろう。

 その時は徴兵に応じてくれた馬騰と賈駆に軍事を丸投げすることで事なきを得たが、匈奴族相手に大勝してしまったことが評価されてしまって、分不相応にも西域戊己校尉という官位を授かることになってしまった。皇帝様からは率いた騎馬隊で勇猛果敢に突撃して敵陣を薙ぎ払ったと褒められたけども、それはきっと馬騰のことで――的確な戦力分析に幾度となく敵を貶めた策略とも言われたが、それは間違いなく賈駆のことだ。

 二人が正当な評価を得られるように口添えしようとも思ったが、二人とも面倒だからと辞退してしまった。それで結局、面倒ごとは全て私に押し付けられることになる。

 嫌と言えない性格が憎い。

 断れないついでに数年後には司馬として、并州征伐軍に組み込まれた私は涼州から離れる羽目になった。この時はもう私だけでは無理だと思って、賈駆に泣き付いたのを覚えている。それで賈駆には并州まで一緒に付いてきて貰うことになり、涼州の農耕地は親戚筋の牛輔に委ねて、馬騰には涼州を胡族から守って欲しいとお願いしている。

 羌族の中で漢王朝に反感を持つ者達を討ち倒した私は、様々な役職を経つことで并州刺史となり、最終的には河東太守に落ち着いた。難しいことは賈駆に任せた私は兵糧確保という名目で食料問題を改善する為に農地を耕したりしている。

 私は董卓、字は仲穎。真名は(ゆえ)

 

 それでは後に魔王と呼び恐れられた悪逆非道、董仲穎その人の物語を始めましょう。

 

 

 




七天の御使い系列。


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1.天の御使い

 私は牛が好きだった。

 私自身がのんびりとした気性の持ち主だからだろうか、のっそりとした牛の動きが――妙に波長が合うと言いますか、なんと言いますか。新鮮な野菜をたっぷりと載せた荷車を引かせながら、ゆったりと散歩をするように歩くのが好きだった。こんな話を親友の(つぅい)、つまり馬騰が聞けば、牛は愚鈍すぎると文句の一つや二つ、零すに違いない。

 そよ風が肌を撫でる感触、降り注ぐ日差しに手を翳して、田畑の脇を流れる小川の涼しげな音を堪能しながら長閑に荷物を運んだ。ゆるりゆらりと、こんな毎日が延々と続けば良いなって、いつも思っている。

 しかし、それが難しいことも私は知っていた。

 

 今、漢王朝は滅亡の瀬戸際にある。

 度重なる天災に朝廷は有効な手段を何一つ取ることができず、民衆は飢饉の最中にあった。食い逸れた民草は生きる為に賊へと身を堕とし、近辺の集落を襲ってはなけなしの食料を根こそぎ奪い取る。そして田畑を耕すだけでは生きていけなくなった民草がまた賊へと身を堕とした。そんな悪循環の最中にあっては民草は世の中に希望を持つことができず、必然的に漢王朝に対する不信感が募り、それは何時しか怒りに成り変わる。国情が揺らぐ今、異民族の動きは活性化しており、不穏な空気が大陸全土を覆い尽くそうとしていた。

 後漢だけでも二百年、前漢も合わせると四百年も続いた漢王朝、その威光は翳り見せ始める。

 

 現在、私が并州刺史*1から河東太守*2に格下げされているのも異民族に対する備えの為だ。

 異民族討伐の実績だけは充分にあった私は異民族から洛陽を守る盾としての活躍を期待されている。

 事実、それは役に立っているようで今のところは平穏な毎日を送っている。もしかすると(えい)*3と考えた異民族を懐柔する為の政策が上手くいっているのかも知れない。涼州の防衛は親友の(つぅい)が頑張ってくれていると聞いている。この空が続く向こう側で今も陣頭に立ち、怒声を張り上げながら指揮を執っているのかも知れない。娘を育てている内に落ち着いているかも知れない。旧友に想いを馳せると少し恋しくなる。

 私の後を継いだ并州刺史の丁原とは上手く連携できているようで、今のところは盤石だと詠が言っていた。

 

 私は戦が苦手で、外交もあまり得意ではなかった。

 幸いにも後方支援は得意だったので、全体指揮を執る詠の補佐をするのが私の役割になる。

 どうやって賊を討伐しようか、という話よりも、ここをどんな場所にしようか、という話をする方が好きだ。辺り一面の平原を見つけると兵の演習場にするよりも畑として耕したくなる。剣よりも鍬を持っている方が性に合っている、血よりも土に塗れている方が好きだった。馬に乗って遠駆けするよりも、牛の隣で近場を歩き回る方が好きだし、剣戟や怒声を耳にするよりも虫や川のせせらぎに耳を傾ける方が高揚する。耳を澄ませていると、ころりと眠ってしまいそうな、そんな穏やかな毎日に憧れている。手間暇かけて育てた作物が田畑を埋め尽くす光景に目を輝かせて、自然の恵みに感謝しながら一つ一つを丁寧に採取することに喜びを噛みしめる。

 人様の食卓に自分の作物が使われているところを想像するだけで、私は幸せな気持ちになれる。

 

 もうずっと土弄りだけをしていることはできないだろうか、政治なんて面倒だ。

 そう考えているからこそ何度も官職を辞しているというのに、免官される度に官位を上げて改めて任官されるということを繰り返している。詠と翡は私に出世して欲しいみたいだけど、どうして私なんかを立てようとするのか。それに戦をさせたいのであれば、私のような卑怯者ではなくて、血気盛んな戦好きに任せればいいのに。

 ふと空を見上げる。今や大陸全土、何処も彼処も民草による反乱が増え続けている。

 

 これから先、漢王朝はどうなってしまうのだろう。

 私の考えることではないけども、どうしても不安を感じてしまうのだ。

 せめて、私が守る河東郡の民衆は、不自由な想いをさせたくなかった。

 

 そんなことを考えていると、

 ふと、まだ真昼間であるにも関わらず、青空を一筋の光が駆け抜けるのを見つけた。

 珍しいな、とか思いながらぼんやりと眺めていると――それはぐんぐんと私の方へと向かってきており、これってもしかして? と思った時には眩い光が収穫を終えた畑に突き刺さった。弾けるように土塊が舞い上がり、ぼたぼたと雨のように辺り一面に降り注いだ。折角、みんなで汗水流して耕した畑が掘り起こされたことに、へうっ、と呆然としている他になかった。

 正気を取り戻すまで、幾分か。大きく掘り返された穴に、まだ眩い光が燻っていることに気付いた。

 

 この非現実的な光景を前に、

 私は逃げ出したくなる気持ちを抑え込みながら、太守としての責任感となけなしの勇気を振り絞って恐る恐る歩み寄る。

 びくびくしながら穴の縁から中を覗き込むと、丁度、淡く天に昇るように光が消え去った。そして光ある穴の中心、即ち私の畑を滅茶苦茶にした元凶が剣を抱きしめながら眠っていた。それは少女、いや幼子だった。幼い外見は成人と見るに程遠い。彼女の体は土に汚れている。しかし、その表情は穏やかで規則正しい寝息を立てていた。腕に抱えた剣には華美な装飾が施されており、一目見るだけで宝剣の類であることが分かる。

 牛に引かせていた荷車から甘藍(キャベツ)が転がり落ちるのを見て、赤ちゃんは甘藍畑で生まれるという迷信は本当なんだねって見当違いなことを思った。赤子じゃなくって幼子だけど、しばらく思考は現実から何処ぞ彼方を漂っていった。放っておくわけにもいかないよね、と意を決した私は両頬を叩き、思っていたよりも軽い幼子の体を野菜と一緒に荷車に寝かせる。

 牛車に子供を乗せて、ドナドナ、と。取って食べるつもりはないけど。

 

 屋敷に戻った後、彼女の体を軽く拭いてから寝台に寝かせる。

 彼女は何処から来たのだろうか。そういえば占い師が天の御使いの話をしていたことを思い出して、彼女は天の国から来たのかも知れない。と荒唐無稽なことを思い浮かべる。彼女が目覚めるまで待つ間、ずっと気になっていた彼女の宝剣に手を伸ばした。素人目から見ても高価だとわかる宝剣、壊さないように慎重に手に取った。そのまま鞘から剣を抜こうとしたが、うんともすんともいわずに抜ける気配がなかった。これは本当に剣なのだろうか、形状は剣と鞘そのものである。少しは素性のわかる情報はないかと思って、柄糸を解いてみる。

 すると、そこには達筆な文字で、四つの漢字が刻み込まれていた。

 

『西楚覇王』

 

 ぶるりと身震いし、宝剣を持つ手が震え出した。

 

 

 西楚覇王。

 そう名乗った人物は歴史上、一人しかいない。

 項籍、字は羽。漢王朝の始まり、歴代皇帝の祖先、前漢を興した高祖劉邦。その最大の敵として知られる人物だった。

 その経歴は覇王と呼ぶに相応しく、その武勇は四百年が過ぎた今でも色褪せることはない。この大陸史で最も偉大な将軍は韓信、もしくは白起の名が上げられるだろうが、しかし、こと武勇だけを語れば、項籍と肩を並べられる者は一人もいない。正に戦の申し子、戦をする為に生まれてきたと云える人物だ。

 それが今、目の前で眠り続ける幼子。なのかも知れない、違うかも知れない。

 史書における項籍は自己顕示欲の強い覇王として語られることが多い。しかし今、寝台で眠る幼子のあどけない顔付きを見てると、とてもじゃないけども項籍と同一人物には思えなかった。どうしたものだろうか、起きた瞬間に襲い掛かられるかも知れない。手足を縛って様子を見るべきか。

 しかし、拘束するには、幼子はあまりにも穏やか過ぎた。

 

 

 幾刻かが過ぎた後、もぞもぞと幼子が身を捩った。

 途端に強張る体。大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。

 幼子はむくりと体を起こすと、きょろきょろと辺りを見渡した後、私のことを見つめて口を開いた。

 

「ここはどこ?」

 

 少し眠たそうな目を擦り、舌足らずな声で問いかける。

 とりあえず私は用意していた白湯を杯に注ぎ、それを手渡しながら笑顔で答える。

 

「私の屋敷ですよ」

「屋敷の使用人じゃなくって?」

 

 こてん、と首を傾げる幼子の愛くるしい姿にグサリと心が傷付いた。

 こう見えても河東太守、嘗ては并州刺史だ。威厳の足りなさは自覚している。正直なところ刺史や太守は私には行き過ぎた身分であり、荘園で民草と一緒に田畑を耕している方がずっと私らしいと思っている。それでも、こうも真正面から無垢な瞳を向けられると流石に傷つく。

 まあ私のことは構わない。彼女が起きた時、いの一番に聞かないといけないって思っていたことがある。

 

「私は河東太守の董卓、字は仲穎と申します。貴方の名前を伺ってもよろしいですか?」

「名前? ……私の名前は、んっと……んん?」

 

 幼子は眉間に皺を寄せると黙り込んでしまった。

 名前を覚えていないのだろうか。いや、忘れているのなら好都合かも知れない。もし仮に私の予想が正しければ、誰も知らないまま、忘却されてしまう方が良い。

 大丈夫、と私が彼女の頭を優しく撫でると幼子は擽ったように身を捩った。

 

「あ、でも、真名は覚えるよ。恋歌(れんか)、うん、これは忘れてない」

 

 唐突に真名を名乗られたことに驚いた。

 真名というのは当人だけが持つ絶対不可侵の聖域、その名を晒すのは特別に親しい相手のみに限られる。真名の取り扱いについては地域差はあるが、それを他人が軽々と口にしても良いものではないことだけは共通している。そもそも漢人と異民族が相容れない理由の一つが真名の存在であった。異民族にも真名はあるが漢人ほどに重要な扱われ方はしておらず、ただ単に親愛の印として気さくに真名を呼び合うといった程度の軽い扱いだ。私と翡は慣れているけども、詠は本気で怒ってしまうので異民族との会談には連れていけない。異民族と付き合いが持てる者は、先ず真名を呼ばれても激昂しない者に限定されてしまうのだ。

 その真名をこんな軽い気持ちで名乗られても戸惑ってしまう。

 

「真名は軽々しく初対面の相手に名乗るものではありませんよ」

 

 出方を窺う意味でも、軽い調子で受け流してみる。しかし幼子は首を横に振る。

 

「私を助けてくれたのはわかる。悪い人じゃないこともわかる。だから、せめて名乗らないとって、でも名前は忘れちゃったから他に名乗れる名前がない」

 

 それに、と幼子ははにかんだ笑顔で告げる。

 

「お姉さんなら構わないかなって」

 

 幼子の純粋な瞳を見つめられて息を飲み込んだ。少し逡巡した後に意を決して、できだけ穏やかな笑顔を心掛ける。

 

「改めて自己紹介を、私の名は董卓、字は仲穎。真名は(ゆえ)と申します」

 

 そう告げた時、恋歌は最初、キョトンとした顔を浮かべていた。そして、にこりとはにかんでみせる。

 

「月姉様」

「……なんだか少し気恥ずかしいですね」

 

 へうっ、と照れからか変な声が出た。

 頰を両手で抑えながらふるふると身を捩ると、あははと恋歌が笑い声をあげる。

 西楚覇王と刻まれた宝剣は今、倉庫の奥へと厳重に封印してある。

 彼女の正体は未だにわからない。でも、あえて知りたいとは考えなかった。

 恋歌が思い出せない内は、私も忘れていようと思う。

 

 

 

*1
并州とは洛陽のある司隷から北にある州。群雄割拠の時期に公孫瓚が治めた幽州、袁紹が治めた冀州と隣接する。

*2
河東とは司隷の北部にある郡、匈奴の土地と接している。

*3
賈駆の真名。



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2.ぽんこつ軍師

 羌族と云うのは一筋縄ではいかない。

 元より羌族とは多数の部族からなる遊牧民になるが、明確に王と呼ばれる存在はいなかった。その為に複数の部族をまとめる有力者と盟約を結んだところで、他の部族から反発が起きたり、時には叛乱を起こすという事態も度々起きてしまう。それでいて部族間における仲間意識が強いものだから懐柔することが本当に難しい。例えるならば集落単位の小さな国が羌族という母体に寄り添うことで国家連合の体を成しているといえば分かりやすいかも知れない。

 ただ一人、皇帝の下に国家が形成される漢王朝で生まれ育った漢人には羌族の在り方を理解することは難しく、農耕民族の漢人と遊牧民の羌族では文化的にも相容れない。普段、口にしているものからして違うのだから恭順を誓わせるなんて夢のまた夢の話。そういう事情が重なって、漢王朝における羌族との歴史は懐柔と叛乱を繰り返すことで成り立っている。

 そして私個人が親しくしている羌族とは、別の羌族が私が居なくなった涼州と并州を脅かし続けていた。

 

 お得意様の行商人から文を受け取った。

 差出人の名前は牛輔、私の姪になる。今は私の地元である涼州隴西郡で荘園の運営を任せている。

 親戚からの文に嬉しくなる反面、書かれている内容に目を通して溜息を零した。涼州では月に一度か二度、小競り合いを含めると五回以上もの異民族による襲撃があるのだとか。今は(馬騰)の一族が追い返してくれているようだけど、度重なる襲撃に民草は疲弊し、土地は痩せていっているとのこと。早く涼州に帰ってきて欲しい、という言葉が最後に添えられているのを見て、文から顔を上げる。澄みきった空を見上げながら私も早く帰りたいなあ、と思った。

 河東郡はまだ襲撃が少ないけども并州の方では頻繁に羌族が襲撃してくるみたい。内務に専念できない并州の代わりに兵糧を肩代わりしたりと支援しているが、何時、河東郡まで攻め込まれるのか分かったものではない。大事なことだとは理解しているけども、堅牢な城壁が日に日に増えていく光景は、あんまり見ていて楽しいものではなかった。

 あまい考えだとは分かっている。あまいからこそ私はさっさと官職を捨てたかった。

 

 農作物を売り払った帰り道、調味料をいくつか仕入れて少し上等な肉も仕入れる。

 今日は并州軍に兵糧を渡しに行っていた親友が帰ってくる予定の日だから夕食は御馳走にするつもりだ。

 料理には少し自信がある。時間がある時はいつも自炊している程度には腕は悪くないはずだ。

 

(えい)ちゃん喜んでくれるかな〜?」

 

 鼻歌交じりに牛を引いて、のんびりと屋敷まで歩を進める。

 

 

「おかえりなさいませ、月姉様」

 

 屋敷に戻ると玄関で恋歌(れんか)が出迎えてくれた。

 ゆったりと頭を下げる動作は良いところの御家に生まれた御嬢様のような気品を彷彿とさせる。彼女は私の持っていた荷物を半分受け取り、二人で共に台所まで向かった。恋歌は基本的に明るくて元気な子だ、よく話すし、私にも積極的に質問を投げかけてくる。また古典的ながらも礼儀作法を弁えているようで、仕草一つを取ってもほとんど無駄を感じられなかった。それこそ洛陽の宮廷にいる女官達と並べても引けを取らない程にだ。身振り手振りで話しながらでも気品を失わないのだから、骨の髄まで染み込んだ動作なのだろうと思った。

 本当に彼女は何処から来たのだろうか。

 私が知るあの人は自分勝手で粗暴な人物だと聞いていたから、いまいち人物像が一致しなくて戸惑うことがある。彼女は本当にあの人なのだろうか。しかし彼女に記憶がない今、確かめる手段はない。それに藪蛇を突くような真似もしたくない。下手に記憶を取り戻させて覇王が復活しては目も当てられない。

 今で充分に幸せそうだから、今のままで良いと思うようにしている。

 

 恋歌と二人で肩を並べながら下拵えを済ませてしまって、親友の帰りを待ち続けることにした。

 

 ひと通りの家事を終えた後、私にしては贅沢した高価な椅子に腰を下ろす。

 座と背もたれの部分に羽毛の布袋が縫い付けられており、体重をかけると私の体を優しく受け止めてくれる。沈み込む体に心地良さを感じていると、ぴょこんと私の膝上に恋歌が乗ってきた。まだ見た目の幼い少女、重たいとは感じない。あらあら、と私は彼女の体を後ろから抱き締める。すると恋歌が身を委ねるように重心を私に傾けてきた。そのまま背もたれに身を埋める。恋歌の体は少し温かくて気持ちがいい。なんとなしに彼女のお腹を撫でていると恋歌は心地好さそうに目を細めて、そのまま寝息を立ててしまった。そのあどけない顔が可愛いなあ、と思いながら私も眠たくなってきたので、ひと眠りしようとゆっくりと瞼を閉ざした。

 畑で拾ったその日から恋歌とは同居している。この土地で真名だけで生きるのは不便だと思ったから仮の名前を与えた。その名は、董白。姓は私の御家のものを取り、白は彼女が変わらないまま過ごして欲しい。という気持ちを込めた。また私の家に置いておく為の設定はとしては、早逝してしまった妹の娘が叔母の私を頼りに屋敷まで来た。ということで通している。養子の手続き中だ。

 今ある日常が私は好きだから、壊したくなかった。

 

「……月! 起きてよ、月!」

 

 耳打ちする密やかな声に呼び起こされる。

 目を覚ますと懐かしい顔があった。少しキツい目に緑色の髪、三つ編みに束ねた二本のおさげが揺れている。

 待ち人来たり、と状況を察した私は「寝過ごしちゃった」と笑って誤魔化した。

 

「寝ていたことは良いのよ。どうせ月のことだから張り切って買い出しとかしてたんでしょ?」

 

 買い出しも料理も使用人でも雇えば良いのよ、と指先を突きつけてくる彼女に、えーっ? と不満たっぷりに告げる

 

「詠ちゃん、いつも嬉しそうに食べてくれるから頑張りたくなるんだよ?」

「うぐっ。まあ確かに嬉しいのだけど、それでも買い出しくらいは……」

「仕事のついでだったし、それにどうせなら食材選びからしてあげたいから」

 

 楽しいし、と微笑むと詠は唸るように口を閉ざした。

 彼女の名前は賈駆、字は文和。真名は詠。 涼州に居た時から力を貸してくれている少女であり、并州に飛ばされた時も河東郡の太守を務める時も彼女は文句ひとつ云わずに、いや、朝廷に対しては数え切れないほどに不満を口にしていたけど、私に対しては嫌味の一つ、不満や文句を口に出したりしなかった。ごめんね、と謝ると怒っちゃうから私は彼女に対して謝ることはしないようにしている。でも、それって意外と辛いことだから、もやもやっとした私の気持ちを発散する為にも、彼女にはこの程度の好意くらいは受け取ってもらわないと困る。

 報いを受けるのです、と強い意志を込めた笑顔で見つめていると詠は気不味そうに目を逸らし「そ、そうよ!」と思い出したように口を開いた。

 

「その膝上に乗ってる子は誰なの!?」

「誰なのって、恋歌ですが。あっ、これは真名なので口にしたら、めっですよ」

「……だったらなんて呼べば良いの?」

「董白です」

「とうはく? とうってまさか……!」

 

 詠が、わなわなと身を震わせる。

 

「あ、でも月の子供って決まった訳じゃ……」

「いえ、私の可愛い娘ですよ。これからはずっと同じ家で一緒に暮らします」

「えっ、あれ? あ、でも……そんな気配なんて、いや、ボク最近、帰ってきてないから……」

「詠ちゃん、どうしたの?」

 

 狼狽する詠の姿に私は首を傾げる。

 私の腕には寝息を立て続ける恋歌が収まっている。これだけ大きな声を立てても身動ぎひとつ起こさないのだから、将来は大物になるのかも知れない。いや実際、大物になり過ぎて困っちゃいそうだけど。

 恋歌が膝上に座っているから体を動かすことができず、愕然とした顔の親友に声を掛けようとした

 

「あ、あの、詠ちゃん?」

「そ、そうだ! 相手は何処なの!? もしかして隠し子!?」

「相手は居ませんが……隠し子に近いかも知れませんね」

 

 落ち着かせることは叶わず、切羽詰まった気迫に押されるように思わず答えてしまった。

 

「もう居ない!? ボ、ボクにも言えないような……!? そ、そんな……っ!」

「えーっと、詠ちゃん?」

「せめて相談くらいして欲しかった……っ!」

 

 詠はポロポロと流し始めると、そのまま、腰が抜けたようにふにゃりと座り込んでしまった。

 

「……寂しかったならボクが一緒に居たのに、でも、ボクは女だから……だからってやるだけやって逃げ出すような相手に、月を!」

 

 どうやら私の優秀な軍師は今、盛大な勘違いをしてしまっているらしい。

 

「……詠ちゃん、話を聞いてくれませんか?」

 

 溜息ひとつ、誤解を解かなきゃいけない。

 

「どうしたの? 月姉様」

 

 漸く目を覚ましたらしい恋歌が眠たそうな目で私を見上げる。

「姉様?」と何かに気付いた詠を無視して、「なんでもありませんよ」と恋歌に告げる。それから親友への弁明よりも先に夕食の準備から済ませてしまおうと思った。

 私も手伝う、と恋歌が服の裾を摘んだので一緒に行くことにする。

 

「待って、月! その子って、何者なの!?」

「その子でも、何者でも、ないですよ。私の大事な大事な娘です、まだ予定ですけど」

「お母様? 姉様じゃなかったっけ?」

「どちらでも、ただ貴方を守る為に私の娘になって貰うことに決めました。そのことだけは覚えておいてください」

 

 嫌でした? と少し不安交じりに問いかけると、ん〜ん、と恋歌は首を横に振る。

 

「お母様」

 

 これで良い? と微笑む恋歌に、私の心はじわりと温かくて疼くような想いに満たされた。

 ほとんど何も考えずにぎゅうっと抱擁すると、恋歌もぎゅーっと抱きしめ返してくれた。しばらく恋歌の温もりを堪能した後で、真っ暗になってしまわない内に夕食を作ろうと腕を解く。再び服の裾を摘まれる。振り返ると恋歌が、気の毒そうに詠のことを指で差していた。

 知ってる、恋歌がお母様って呼んでくれた時にあんぐりとした顔をしていたことも知ってる。

 

「放っておいても良いの?」

「はい、しばらく頭を冷やして貰いましょう」

 

 にっこりと微笑んで親友に背を向ける。

 誤解が重なったとはいえ、あんな勘違いのされ方は不本意だったので放置することに決めた。話は夕食を食べている時にでもすれば良い。そんな軽い気持ちのお仕置きで、とはいえ実際は打ち拉がれる親友の姿は珍しいからもう少し見てみたかった気持ちもある。いつも自信たっぷりに胸を張る親友の姿を見るのは気分が良くて、そんな彼女のことを可愛いと感じてしまったのは初めてで、だから少し虐めてみたくなってしまっただけの話。

「意地悪」と楽しそうに告げる恋歌に「そうですね」とにこやかに笑い返した。

 

 

 




本作はとりあえず并州の話が終わるまで書き切るつもりです。


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3.彼の者は張良、陳平に比肩する。

あれ、評価バー赤い?
あったけえなあ……、皆の評価があったけぇ……
私、頑張る。


 腕によりを掛けて作った夕食でお腹を満たした後、

 うとうとし始めた恋歌の体を揺すり、何か言いたげな表情を浮かべる詠を一先ず待たせる。

 予め、井戸から汲んでいた水で歯を磨き、顔を洗わせてから簡単に体を拭いてあげた。それから、ぽけっとした顔の恋歌を私の部屋にある寝台に寝かせ付けた。普段は客間、半ば詠の私室になっている部屋を使わせているが、今日は詠が泊まるだろうから私の部屋で寝て貰った。後で恋歌用の部屋をきちんと用意しないといけなさそうだ。

 最後に詠が待つ居間に戻る前に、台所で湯を沸かし、茶を淹れた杯を二つ用意してから居間へと向かった。

 居間で待つ親友の姿は何時もと比べて何処かよそよそしい。それはまるで悪いことをした後の子犬のようで可愛かったけども、そろそろ気を取り戻してもらおうと白い湯気の立つ茶を添えるように置いた。ハッと親友が顔を上げるのに合わせて、にっこりと優しく微笑みかけてあげると彼女に染み付いた翳りが晴れるのがわかった。

 別に怒っている訳じゃないので、初めから気にする程のことではない。でも、こんなに素直な反応を見せてくれるのなら、またちょっと間を空けてから虐めるのも良いかもしれない。だって可愛いから。

 茶を啜る。月が上がる深夜、普段であれば土産話の一つや二つを交えながら談笑しているところなのだが、今日はまだ言葉の一つもまともに交わしていなかった。横目に盗み見れば、詠の顔が強張っている。それは緊張と云うよりも、言い難さ、つまり問いかけ難さから来ているようだ。

 彼女が苦悩に顔を歪ませる姿を堪能していると、詠はおずおずと勇気を振り絞りながら口にする。

 

「……ねえ月、董白*1って何者なの?」

 

 私の娘になる子ですよ、と茶化すように告げると、そういうのはいいから、と親友は話を続ける。

 

「ここに来る時、畑がなにか大きな力で叩きつけられたかのように掘り返されていたのを見たよ」

「ええ、そうです。彼女が落ちて来た時の衝撃で空いた穴が、あれです」

「落ちてきた? えっ、何処から?」

 

 私は人差し指の先を天井に向ける。

 

「空から」

「空からって……まさか天の国から来たって云うの?」

「ああ、もしかすると彼女が巷で噂の天の御使いかも知れません」

 

 親友が小馬鹿にするような言葉遣いになるのを無視して話を続ける

 私自身、信じられる話ではないことを知っている。しかし昼の空に閃いた星の輝きを見たのは私だけではなくて、畑には大穴が残り、そして蔵には西楚覇王と銘打たれた剣がある。旅の占い師の話では、天の御使いはこの先に訪れる乱を治める者とのことだが、しかし――いや、私は恋歌を信じると決めた。それが盲目的な信条であったとしても、私は彼女を受け容れることを選択した時に決めたことだ。

 とはいえ、もしもの時は私一人では手に余る。

 

「詠ちゃん、私について来て」

 

 そう言って、私は詠と共に倉庫へと足を運んだ。

 

 

 ボクの名前は賈駆、字は文和。真名は詠と云う。

 涼州天水郡にある学問所では、頭脳で誰にも負けず、数ヶ月で教師から学ぶべきこともなくなった。

 大した努力もせずに孝廉に選ばれて、郎への推薦を受けるが、この時はまだひと所に収まりたくなかったボクは病気と偽り辞退した。それでまあ涼州各地を旅して回っていたが、その途中、異民族の襲撃に合って――まあ、この時は機転を利かせて逃げ延びることができたが、無一文となってしまった。そこで涼州軍による異民族討伐の為の徴兵が行われることを知り、同時に武将と補佐官の募集をされていることも知ったから異民族への意趣返しのつもりで一時的に仕官する。

 それで出会ったのが当時、涼州軍の将軍に任じられていた董卓。つまり月であった。

 

 月、詠、(つぅい)。ボク達三人は義姉妹ではないけども、それに近しい間柄にある。

 涼州をより良い場所にする為に、月は仁義を掲げ、翡は武勇を振り翳し、そしてボクは智謀を巡らせる。誰かは言った、ボクの才は古の参謀である張良と陳平に比肩する、と。だからこそボクは表舞台に出るべきではないと自覚している。月は正しく夜空に浮かぶ月だった。ボクのような謀略を巡らせる――夜にしか生き場を持たない者にとって、彼女は象徴だった。救いでもあった。ボクの功績と名誉は全て月のものだ、月が褒め称えられることは私が褒め称えられるのと同じ、月の出世はボクの出世だ。同じ時を生きて、同じ場所を生きる。月がより一層に輝く姿を見つめることで満足感を得る。強い輝きは闇を強くする、ボクの居場所は陰鬱とした闇の中にあった。

 ボクは月の為ならば、なんでもできる。それは自己暗示に近い、強い決意と覚悟を固める。何度でも、何度でも……

 

 倉庫に足を運んだ時、奥の方から月が取り出したのは見窄らしい木箱だった。

 幾重にも縄で厳重に封印されており、その見た目はおどろおどろしい。丁寧な手付きで紐を解かれる。それだけでは、まだ箱は開かないようで絡繰細工を解き、最後に鍵を差し込むことで漸く木箱の蓋が開かれた。箱の内側は、緩衝材代わりなのか厚手の布が敷き詰められており、その中心には一振りの宝剣が収められていた。

 鬼が出ずとも邪は出るか。そんな予想とは反して、繊細な装飾が施された宝剣は一目見るだけで値打ちものであることがわかる。売れば今ある河東軍の維持費、数ヶ月分程度にはなりそうだ。

 宝剣を持ち上げる時、月が唾を飲み込んだ。まるで初めて見る赤子を抱えるように、緊張した顔付き、僅かに震える手で慎重に柄紐を解いた。これが値打ちものであることは分かる。しかしボクも、董卓も、この程度の代物を目にしたことは何度かあった。確かに不思議な雰囲気を持っているが――この、万が一も起こしてはならない緊張感は何故だろうか。まるで命が掛かっているとでも言いたげな、そんな感じがする。

 その疑問は柄に刻まれた四文字の言葉で氷解する。

 

「西楚覇王」

 

 ポツリと呟いた言葉に月が神妙に頷き返した。

 漢王朝の起源、高祖劉邦を死の間際まで追い詰めた怪物。謂わば、漢王朝にとっては最大の敵と言い変えても良い。

 それが何故、此処に。いや、今、それを見せたのは何故か。

 

「恋歌が天から私の畑に落ちてきた時、この宝剣を抱いていました」

「……それって、まさか! いやでも、()はもう遥か昔に死んだはず!」

 

 高祖は女性だった。

 今でこそ女性の価値が認められているが、当時はまだ男尊女卑の傾向が強かった。故に劉邦の飛躍を認められなかった者達が項羽を慕うようになり、女性の権利を主張する派閥と伝統的に女性の政界進出を認められない派閥での争いに発展する。今の御時勢で政界では女性の比率が大きくなっているのは、項羽に付き従った者達のほとんどが男性であり、劉邦が築いた王朝における官位の七割以上が女性で占めることになった名残と云われている。

 だからこそ項羽が女性ということはあり得ない。しかし死んだ彼が今になって、生まれ変わること自体があり得ない。

 

「詠ちゃん、私はもう決めたよ」

 

 月は臆病だ、いつも何かに怯えるようにびくびくしている。

 でも同じくらいに頑固ということも知っている。彼女が決意を固めた時、その瞳には強い輝きが宿る。

 ボク達は放っておけなかった。危なっかしくて放っておけない。

 そうと決めた時、何処までも突き進んでしまう彼女を独りにはできない。

 信念に殉じず、理想も語らず、そう決めたから、と前だけを見据えて歩き出す彼女をボク達は見捨てられなかった。

 がりがりと頭を掻いた後、ボクは思考を切り替える。

 

「……どこまで記憶は残っているの?」

 

 月は少しだけ目を見開いた後、とっても嬉しそうに頰を緩めた。

 

「真名以外はなにも……でも、これを見ると思い出すかも知れないから」

「うん。本人かどうかはわからないけど、万が一、彼女があの覇王なら記憶を取り戻させるのは危険だよ」

「できることなら思い出して欲しくない。恋歌には今の世を幸せに生きて欲しい」

 

 とりあえずは現状維持、今のうちに友好関係を築いておけば、いざ記憶が戻った時も助けになってくれるかも知れない。そんな打算、月には決して言わない。ボクの考えなんて月はお見通しなんだろうけど。

 

「ありがとう、詠ちゃん」

 

 今にも泣いてしまいそうな程の笑顔を浮かべる月に、当然だよ、としれっと返しておいた。

 頰が熱くなるのは、意識しないように努めた。

 

 

 董白、つまり恋歌は無垢な娘だった。

 嬉しいときは嬉しそうにはにかんで、怒るときは怒鳴り散らして、楽しいときは楽しそうにはしゃいで、哀しいときは哀しさに涙を流した。感情豊かにころころと表情を変える彼女は何時見ても新鮮で見ていて飽きない。そんな彼女だから街に馴染むのも早く、たったの数週間で月と同じくらいの人気者になっていた。

 日に数度、通り掛かる民草や店主に縁談や結婚を気軽に申し込まれる月とは少し違って、おつかいに行って帰ってくると両手いっぱいに頂き物を抱えてくる。出た時は整えていた髪がくしゃくしゃになっているので、たっぷりと可愛がられたのだと思う。本人も両手いっぱいの荷物を差し出しながら嬉しそうにどや顔をかますので満更でもなさそうだ。積極的に月の手伝いを申し出るし、家事全般は恙なく熟していた。粗暴どころか素直で良い子。

 なんだかボクが知る覇王とは印象が違うな、と思いながら暫く様子見を続ける。

 

 月に娘ができてから一月が過ぎた頃合、ボクは恋歌と一緒に街へと繰り出した。

 やはり恋歌は人気者で街ですれ違った誰も彼もが彼女に挨拶を交わす。ボクの時は逆に距離を置く癖に今日はお構いなしだ。それが少し気に入らないなあって思っていると「詠姉様は仕事に真面目すぎるんだよ」と恋歌に何食わぬ顔で告げられる。ふん、と顔を背けてやれば、素直じゃないのは減点、と恋歌がにししと悪戯っぽく笑ってみせる。

 今日、街に繰り出したのには理由はあるが、恋歌を連れてきたのはまた別の理由があった。

 

「最近、君はよく頑張っているからご褒美をあげようと思ってたんだけど?」

「えっ、嘘! なになに? 頂戴!」

「生意気な態度を取る子はちょっと躾けないといけないと思うんだけど?」

「私、良い子! すっごく良い子だよ! だから、ねっ? ねっ?」

 

 急に媚び始める姿に、年相応の幼さが垣間見えて、くすりと含み笑いを零す。

 ボクは恋歌と一緒に過ごしている内に、恋歌のことを信じたいと思うようになっていた。

 彼女は覇王とは違う、仮に同じ存在であったとしても彼女は覇王とは違う生き方をしている。

 だから試すのは今日で最初で最後、心のつっかえを取る為に質問する。

 

「なにか欲しい物はある?」

「剣」

 

 何気なくしたつもりの問いかけに恋歌は即答する。

 

「なんだかね、心にぽっかりと大きな穴が空いている感じがするの。とても、とても大切なことを忘れている気がする」

「……それを埋めるのが剣だというの?」

「たぶん、そうだったと思う。私にとってはかけがえのないもので、決して失ってはならない存在だった気がする」

 

 よく分かんないけど、と彼女は困ったようにはにかんでみせる。

 ボクは思考する。どうするべきか、彼女に剣を与えても良いものか。

 月は彼女に剣を持たせることを避けるはずだ、認めるような真似は決してしない。

 その様子が手に取るようにわかった。

 

「……月は絶対に頷かない」

「わかってる、お母様は優しいから。私から危ないものを遠ざけようとしてる」

 

 最初は包丁を持つことだって許してくれなかったんだよ、と苦笑した後、恋歌は目を逸らしたくなるくらいに真っ直ぐな瞳でボクのことを見つめてきた。

 

「だから詠姉様、貴方にお願いします。私は、剣が欲しい」

 

 ボクが最後まで想うのは、目の前にいる恋歌ではなくて月のことだった。

 このことがばれたら間違いなく月は怒る。

 数日、あるいは数週間、口を利いてくれなくなるに違いない。

 それはボクにとって、堪えがたい程に辛いことだ。

 もしかすると生涯に渡って許してくれないかも知れない。

 

「月には内緒だよ」

 

 それでも、ボクが大事に想うのは、月だった。

 

 彼女が真に覇王ならば、大陸に名を轟かせた武勇で月から危険を払う剣となるはずだ。

 もし仮に覇王ではないとしてもだ。月のことを慕ってくれる彼女なら、きっと月を守る為の剣となり、盾になる。それにボクなら恋歌に身を呈して月を守らせることを教え込むこともできる。ボクにとっては、月一人の命は彼女のソレよりも、ずっと重たくて大切なものだ。

 やった、と両拳を握りしめる恋歌をボクは冷めた目で眺めてた。

 

 ――恋歌には今の世を幸せに生きて欲しい。

 

 …………。

 静かに息を吸い込んで、ゆっくりと息を吐き出した。

 かつてボクは、張良もしくは陳平のような智謀の持ち主、と呼ばれたことがある人間だ。

 

 

 

*1
恋歌のこと



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4.添い遂げる、その為に

 恋歌の剣の稽古には、徐栄を付けている。

 彼女は幽州から流れてきた在野の一人であり、地元では百の兵を率いた経験がある、という触れ込みで河東軍に仕官してきた。それで実際に使ってみれば、意外と能力が高く、軍人然とした性格から扱いやすかった。月個人としても彼女のことを信頼しており、今となっては河東軍の中核を担う存在だ。

 普段は領内の賊退治に勤しむ身であり、兵の数は二百から五百名程度。多い時でも千を超えることはない数を率いている。それでも今の河東には千近くの兵を率いた経験を持つ将は、彼女の他にボクの二人だけしかいないので貴重な存在だ。

 彼女に恋歌を任せたのは性格もそうだが、基本的に武将専任の彼女は賊退治と調練の時以外は暇を持て余している。だから恋歌の面倒を見させるには丁度良かったことが理由の一つに上げられる。

 あとボクは参謀だし、普段は輸送隊の指揮を執っているから時間を取れない。

 それに、ボクは嗜み以上に剣を扱えなかった。

 

 今回もまた異民族と戦う并州軍を支援する為に物資を輸送した帰り道、屋敷に帰る前に徐栄と話をする為に練兵場へと足を運んだ。

 もう本日の調練は終わったのか、練兵場に残る兵の数は少ない。その片隅の方で二人の女性が木剣を打ち鳴らしている。舞うような身のこなしで淀みなく剣撃を繰り出す幼子、その猛撃を洗練された無駄のない動作で捌いている巨躯の女性が徐栄であった。徐栄は私の姿を確認すると恋歌の連撃に割り込むように一歩踏み込み、木剣同士を絡めて勢いよく掬い上げる。まだ幼い体躯の恋歌では柄を握り続けること叶わず、手から弾かれた木剣が宙を待った。

 悔しそうに徐栄のことを睨みつける恋歌、それを尻目に徐栄はボクの方を振り向いて両手を合わせて敬礼を取る。

 

「賈駆殿、如何なされた?」

 

 相変わらず、堅苦しくて真面目な徐栄に苦笑する。

 

「董白の様子を見にきただけだよ」

 

 あまり人前では真名は使わないようにしている。

 そうしなくてはいけない規則はないけども、軽々しく月の真名を他の者の耳に入れたくなかった。

 その名残で恋歌の真名も、人前ではあまり使わないようにしている。

 

「調子はどうなの?」

 

 徐栄に話しかけながら恋歌の頭を撫でる、全身を汗だくにさせながらもにっこりと笑顔を返してくれた。

 

「筋が良いです、成人する頃には猛将の一人に数えられる腕前になるでしょう」

「……ふぅん、その程度なんだ」

 

 思わず口から零れた言葉に、はあ、と徐栄が気のない返事をする。なんでもない、と素っ気なく伝えておいた。

 期待以上だけど期待外れ。彼女が私の知る人物であれば、その武勇は一端の猛将では留まらない才覚を持っていなくてはならない。それこそ并州で活躍する呂布と同等か、それ以上の才能を見せてくれなくれば計算が合わない。いや、でも、彼の覇王も幼少期は剣術が得意ではなかったか。字を読むことも叶わず、兵法は概略を理解する程度に終える。

 でも――と、恋歌を見つめると彼女は不思議そうに首を傾げてみせた。

 恋歌は月と同じく舞や詩をよく好んでいる。その為、字が読めないということはない。花を愛でるのが好きで、食べられる野草なんかを拾ってくることもある程だ。簡単な計算も理解できている。彼の覇王は性格に難があるとされるだけで、その経歴に大きな問題があった訳ではない。

 もしかすると字が読めない云々は過去の創作だったのかも知れないな、とひとり頷いた。

 

「そういえば、賈駆姉様。聞きたいことがあるのだけど」

 

 ふと恋歌が話しかけてきたので「なに?」と適当に聞き返した。

 

「河東で弓が最も上手い人って誰なのか知ってる?」

 

 別のことに気を取られていた私は、ああそれは――と軽率に答えてしまったのだ。

 

 

 私、月にはちょっとした自慢がある。

 キリキリと限界近くまで引き絞った弦、胸を張り、半身の姿勢を保ちながら二百尺(約60m)先にある的に狙いを定める。

 微動だにせず、瞬きすら許さず、呼吸は細く長くを心掛けて、心と体が合致する瞬間を静かに待った。私は集中力には少しだけ自信がある。音が少しずつ遠のいていくような錯覚を感じ取りながら、ただ一点、的だけを見つめ続ける。矢の放った軌跡を緩やかな弧を画くのを脳裏に思い描き、今、見ている光景に投影する。

 心技体の全てが一致した瞬間、指の力を弛める――解き放たれた矢はヒュッと風を切り、ストンと的の中心に収まる。

 

「お母様、凄い!」

 

 とすぐ隣で見ていた恋歌がぱちぱちと手を叩いた。

 私は争いごとは苦手だけど、羌族の集落を渡り歩いていた時期に武芸の基礎はひと通り修めていたりする。

 剣術は演舞用の枠を超えない程度だけど、弓術の腕前には人並み以上の自信があった。弓を扱うには腕力も必要になるけども、それ以上に大事なのは姿勢を正しく保つことだ。弦を引く時も正しい手順と動作を踏めば、非力な私でも必要最低限程度には引き絞ることができる。姿勢とか手順とか動作とか礼儀作法に通ずるものは得意だ。決まり事、もしくは決まった型を一つ一つ丁寧に熟すだけで結果が出てくれる弓術は私と相性が良かった。

 ただ速射はできないので実戦向きではなく、やはり見世物以上の代物ではない。

 

「私よりももっと凄い人が世の中にはたくさんいますよ」

 

 并州軍に所属している呂布は弓矢で私の三倍以上の距離もある的を射抜くことができるという話を聞いたことがある。非力な私ではどう頑張っても三百尺(約90m)までしか矢が届かないので呂布と同じことはできない。

 

「でも詠姉様が河東一の弓使いはお母様だって言ってたよ?」

「ええ、詠ちゃんがそんなことを!?」

 

 へうっと気恥ずかしさから変な声が漏れる。

 当てるだけなら得意だけど、私は生き物を狙うことができなかった。

 矢から指を離す瞬間に、どうしても手元が乱れてしまう。

 

「これでも馬の上からでも的を当てることもできるんだよ」

 

 不安は顔に出さず、笑顔で塗り潰した。

 凄い凄い、と無邪気に褒めてくれる恋歌に肩を竦める。

 そんなに凄いものでもないんだよ、と答えたくなる思いをぐっと堪えた。

 

「私にも教えてください」

 

 思考が自虐的な方向へと傾こうとした瞬間、恋歌が告げる。

 振り返ると少女は幼い見た目とは裏腹に強い決意を込めた瞳で訴える。

 

「人が人として殉じる為には少なからず力は必要です。誰かを守る為に、と大それたことを言うつもりはありません。でもせめて、私は自分の身を守れる程度には力を付けておきたのです」

「……誰も彼もが戦わなくても良い。私は貴方には武器を持って欲しくない」

「お母様、無力であれ、と私に言わないでください。それは、とてもとても残酷なことなんですよ」

 

 好き好んで戦場に立つ訳ではないよ、と恋歌ははにかんでみせる。

 

「力を持たなければ、いざという時に置いていかれる」

 

 私はね、見送るのが嫌なの。と少女は悪戯っぽく笑って誤魔化した。

 彼女が覇王であれば、武芸を学ばせることで記憶が蘇るかも知れない。こんなにも優しい娘に人を殺める武器を持たせたくなかった。こんなのは私の身勝手なわがままだと分かっている。でも、そのせいで今、目の前にいる彼女がいなくなるかもしれないと思うと教えたくなかった。

 私には彼女に戦う術を教えることはできない、したくない。

 

「もうちょっと力を付けてからじゃないと難しいかな?」

 

 尤もらしいことを告げて背を向ける、背中越しに感じる恋歌の視線は無視した。

 この時の恋歌の瞳がどんな色をしていたのか分かるから見たくない、知りたくない。

 近頃、練兵場に足を運んでいるらしいことは見て見ぬふりを続けている。

 

 

 とある日、詠が輸送隊から戻ってきた時のことだ。

 異民族が并州の境界線付近に拠点の建築しているという情報を得た丁原が、攻撃を仕掛ける為に河東郡に援軍を求めてきた。いつもであれば詠を送り込むだけで済む話だが、此度に限っては私個人に対する参戦要請が明示されている。

 私は再び、戦場に身を置く決断を迫られることになった。

 

 

 



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5.誰かの為に、自分の為に

 并州刺史である丁原が病に倒れた。

 そのことが異民族に漏れてしまったのか活動が活発化しており、最近では異民族が縄張りとする領土と并州の境界線付近に砦を建て始めているという情報が入った。それで砦の防備を固められる前に強襲したいが、それを実行するには并州軍は難しい状況にあった。今は張遼が并州軍をまとめているのだが、まだ若く実績も乏しい彼女では兵達がついて来てくれないとの話だ。

 そこで白羽の矢が飛んだのは、并州刺史として異民族相手に功績を立て続けた私になる。今もまだ私の武勇――ほとんど詠の功績――は語り継がれているようで、私の并州刺史の復帰を望む者も少なくないと云う。

 正直、気は進まない。でも并州が落ちた次は河東郡が攻め込まれることがわかっているから無下にすることもできない。

 

「援軍を出すだけだと……駄目、なんだよね?」

 

 深夜、灯台の明かりを頼りに詠と語り合っている。

 この場に恋歌はいない、先に寝かしつけた。机の上には白い湯気の立つ茶を淹れた杯が二つ、私は手を付けず、詠は頻繁に杯を傾けている。詠の様子を伺いながら問いかければ、彼女は唇を噛み締めるように渋面を作った。

 私は争いが苦手だ。平和とか、改革とか、そういうことは偉い人に任せて、私は戦とは縁のない場所で畑を耕していたかった。

 それが無理だということはわかっている、届かぬ想いだということは知っている。

 それでも願わずにはいられなかった。

 

「月、わかっていると思うけど并州が落ちたら……」

「うん、大丈夫、聞いてみただけだから」

 

 辛そうに眉を顰める詠に、私は笑顔を作ってみせる。

 

 世の中の大半の人間は平和な世界で、平穏な日常を暮らしたいと願っている。

 理想的な生活を想い描く人は多い。でも、それは平和という前提があってのことで自ら危険に足を踏み入れる野心の持ち主は数少ない。衣食住が安定すれば、ほとんどの人が今の生活を守りたいと考える。だから人は兵として、誰かを守る為に戦うことができるのだ。異民族に村を襲われたくない、女性を陵辱されたくない。子供を連れ去られたくない。家財を奪われたくない。奪うのは簡単だ、得るのも失うのも一瞬だ。だから賊はなくならない、略奪は終わらない。でも生み出すことは難しい、その成果だけを奪い取ることは絶対に許されることがない悪逆だ。

 私は大切な人だけを守り切れたら、それで良いと思っている。幸せな明日に必要なのは私が慕う人だけ居れば良い。

 

 私が欲しいのは人並みの幸せ、それを守る為ならなんでもする。

 

「今は恋歌が不自由なく幸せになれる場所を作りたい」

 

 たとえ、この身が地獄に堕ちようとも、どれだけ血に染まろうとも――

 

「私はやるよ、詠ちゃん」

 

 ――私の日常(幸福)は誰にも壊させない。

 

 

 時折、悩むことがある。

 この世界に月を連れてきて本当に良かったのか。

 月は大陸全土を包み込めるだけの大きな器があると思っている。

 荒廃した漢王朝に必要なのは潤いだ。月のように誰に対しても慈悲の心を忘れず、誰であっても慈愛の心で接する存在が今の荒んだ世の中に必要だとボクは思っている。

 だけど世界は日増しに枯れ果てる。

 流した血で真っ赤に染まった赤土は、月の流した涙を容赦なく吸い込んでいった。潤うことはなく、ただただ月の心を搾取していくだけだった。出世を重ねる度に月はやつれて、心を偽り、感情を笑顔で塗り固める。このままでは月が潰れてしまうと思ったから、月を休ませる為にも并州刺史を辞められるように根回ししたこともある。

 しかし月に積み立てた功績は消えず、半年もしない内に河東郡太守に取り立てられた。

 それでも戦場に出る機会が極端に減った為か、それとも恋歌との出逢いがあった為か、日に日に月は感情を取り戻していった。枯れた心は満たされて、今は感情豊かに笑ったり、怒ったりする。見ているだけで満たされる。そんな月のことを見るのがボクは好きだったんだって、改めて気付かされる。

 誤算はあった。月は誰かの為ならば、身を削ることを厭わない人間だった。

 知っていたはずなのに、改めて思い知られる。

 

「ボクは何の為に生きているんだろ……」

 

 幸せがよく分からない。でも、やるべきことは分かっている。

 執務室、机の上に並べられる資料は部隊の編成表だ。此度の派兵は今までの輸送任務とは違っているので根本から書き直す必要がある。時折、雑念で筆が止まる度にボクは頭を振って、意識を集中させる。

 徐栄は并州の守りの為に連れていけない。恋歌は連れて行くべきだ、月の心を守る為にも。

 

「月の為に、月の為ならボクはなんだってできる」

 

 月の幸せがボクの幸せ、月の功績はボクの功績。月が眩く輝いている姿をボクは夢想する。

 月の為に、と繰り返す。言い聞かせるように、自己暗示を繰り返す。

 河東太守の時の月は、異民族討伐に明け暮れた涼州や并州の時と比べると、とても輝いて見えた。

 愛してるよ、呟く一言がボクに力を与えてくれる。

 

 

 河東郡で派兵部隊を編成し、

 沢山の物資と共に并州に訪れた私に待ち受けていたのは、

 息を吐く暇もないほどに多忙な労働だった。

 

「おい、嬢ちゃん! 料理を持ってこい!」

「わかりました〜!」

「こっちにも酒を注いでくれっ!」

「は〜い!」

「おい、料理できたから持って行ってくれ!」

「へうっ……わかりました〜!」

 

 ここは并州軍が駐屯する陣地、その食堂だ。

 駐屯地には異民族を討伐する為に并州中から兵を掻き集められていることもあり、その賑わいは涼州や河東郡で行われる年に一度の祭事を遥かに超えている。それもそのはずで、この駐屯地には五千人近くもの兵達が戦う為だけに招集されているのだ。敵拠点を攻め込むまでの期間、訓練、訓練、また訓練と心身ともに疲れ果てた兵達の唯一の楽しみが食事であったから食堂はいつも賑わっている。

 その場に訪れてた――というよりも連れ去られた私は給仕服を羽織り、両手の盆に酒と料理を載っけて、食堂の中を駆け足で動き回っている。兵達の大声と給仕の怒声に追い回されながら、目の前の与えられた仕事をこなす為に働き続けている。どうして私はこんなことをしているのだろうか。目の回るほどの忙しさの最中、時折、お尻を叩かれたり、撫でられたりする。その度に安産型だな、とか、俺の子を産んでくれ、とか、今夜は部屋に来てくれて良いぞ、とか、声を掛けられる。恥じらいを持つと余計に絡んでくるので、何も頭に残さないように無心で仕事に没入する。

 とにかく今は次から次に積み重なる仕事の山を片付けなければならない。大丈夫、時間が来れば終わるのだ。并州刺史や河東太守の終わりなき書類仕事に比べれば、大したことはない。

 そう意気込んで私は食堂という名の戦場を駆けずり回った。

 

 どれだけの時間が過ぎただろうか。

 心身ともに疲れ果てて、もう駄目だと思った頃合だ。

 知った顔が食堂に入ってきたので私は脇目も振らず、一目散に飛びついた。

 

「あ、バカ! あの子なにやってるんだ!」

「あれは張遼将軍だぞ!?」

 

 そんな周りからの言葉なんてお構いなしだ。

 極端に露出度の高い少女の豊満な胸に飛び込んだ。いきなり抱き締めた私に「なんやなんや?」と困惑しながらも彼女は気遣うように私の両肩に手を乗せて、ゆっくりと体を引き離した。

 心配そうに私の顔を覗き込んだ彼女は、あれ? と首を傾げてみせる。

 

「仲穎やないか、いやあ懐かしいなあ」

 

 文遠の人懐っこい笑顔に、ざわり、と周囲の兵達がどよめいた。

 

「仲穎って確か董卓の字だったような……」

「え、まじ? あの女の子が? あれが凶暴巨漢と知られる董卓?」

「あの柔らかいお尻が、董卓? あれ? 俺、やばくない?」

 

 先程まで騒々しかった食堂が急に静まり返った。文遠はなにかを察するように周りを見渡してから、ぽりぽりと後頭部を掻いて私に満面の笑みを浮かべてみせる。

 

「あっちの方で文和が大騒ぎしとったで? 行かんでええん?」

「あ、行かないと! ありがとう、文遠ちゃん!」

「ええで、ええで、ウチはなんにもしとらんけどなあ」

 

 食器の音すらも聞こえない静寂の中で、私は食堂から逃げるように駆け出した。

 そして食堂の出入り口付近まで辿り着いた時、ダンッという音が食堂中に響き渡る。驚き、ビクリと身を強張らせた後、おそるおそる後ろを振り返れば、文遠が覇気的ななにかを身に纏いながら周りを萎縮させていた。

 地面に突き立てた偃月刀を見るに、石突きで地面を砕いたようだ。

 

「今ここで見たこと、あったことは忘れるんや。ええな? じゃないと過保護な軍師様に首を刎ねられるで?」

 

 文遠が片手で首をスパッと切る動作を見せた後、食堂内にいる全員が起立して直立する。

『はい! わかりましたッ!』と食堂を揺るがす大音量に、へうっと怯えながら私はその場を後にした。

 その後で詠に何処に行っていたのか問い詰められたけど、黙りを決め込んだ。

 

 

 



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間幕:覇王之宝剣

本日二度目の投稿。


 私の名は徐栄、真名は(こよみ)。幽州玄菟郡の生まれになる。

 私の実家は豪農と呼ばれる存在であり、十数人の奴婢を養いながら田畑を耕していた。その暮らしは裕福と呼べるほどではなかったが、貧困に窮することがない程度には不自由のない生活を送っていたように思える。少なくとも同年代の子供達が親の手伝いの為に田畑へと駆り出される中、読み書き算盤を覚える為に学問所に通い続けることができた程度には経済的に余裕があったと云える。

 学問所で基礎的な知識を学んだ私であったが数字に関することには弱かった。簡単な足し引き程度はできるのだが、数字を読み込むことで経済の良し悪しを測るといったことが私には合っていなかったのだ。

 それに私は書類と格闘するよりも体を動かしている方が性根に合っていた。剣術の嗜みを持っていた先生に型を教えてもらった後は、ただひたすらに木剣を振るい続ける毎日を送る。そのついでに用兵術を学ぶようにもなり、戦術とは何か、戦略とは何か、ということも出来の悪い頭に叩き込んだ。

 謀略は苦手だった、搦め手というのは今でもよく分かっていない。どうにも私は物事を難しく考えることが苦手なようで、難しいことを簡略化して考えようとする癖があった。

 そんな私が辺境の地とはいえ、官僚の一人になれたことは奇跡と呼ぶ他にない。

 

 私は主に警邏を担当することが多かった。

 積荷確認を逃れようとする豪商を牢の中へと突っ込んで、門限が過ぎているのに強引に街へ入ろうとする地元の名家を縄で縛り上げる。賄賂を渡そうとしてきた奴らには規定通りに打擲三回の刑に処し、賄賂を寄越せと言ってきた上司に対しても打擲三回の刑に処した。それで何故か私を捕らえようとしてきたので、職務怠慢として全員、牢獄にて三日間の謹慎処分に下した。翌日から人手不足になってしまったので休日を返上して、三日三晩、門の前に張り付き警備を全うする。暇があれば都市を歩き回り、罪人を平等に牢へと放り込んでいたある日のことだ、私は罷免されてしまった。

 お前はやり過ぎだ、とか言われたけども意味がわからない。

 でもまあ仕事を辞めろという話であれば仕方ない。私には最初から警邏は向いてなかったんだろうと思って旅に出る。西へ西へと歩いている内に路銀が尽きてしまったので、また働かないといけないな、という軽い気持ちで武官の募集をしていた董卓に仕官する。面接時、私は今までの経緯を語ると董卓の隣に控えていた賈駆がひと言、「融通の利かないやつ」と呆れた顔でぽつりと零した。

 今、河東郡にある兵は私が纏めている。私の主な役目は賊の討伐だ。

 河東郡にある兵の総数は三千程度、その内の千名が輸送隊に所属しており、更に千名が河東郡各地にある要所を防衛する為に配置されている。そんな訳で実際に私が運用できるのは千名だけだ。その千名も全てを賊討伐に駆り出しては、いざという時の対処ができなくなる為、賊討伐に連れて行けるのは多くても五百名程度と制限が多かったりする。

 都市にいる時は基本的に兵の調練を行なっていることが多く、他には簡単な書類仕事がある程度。最近は董白殿に剣術を指導することも仕事に入っていた。

 

 とまあ、ここまでが私個人の話になる。

 ここから先は河東太守の董卓殿が并州へと出立した数日後に起きた事件の話だ。

 

 調練を早めに切り上げたとある日、

 街の喧騒を耳にしながら悠々と歩いていると三人の男が私の横を駆け抜けていった。

 デブとヒゲとチビの三人組、その必死な形相から少し気になって振り返ると「徐栄様、盗人でございます!」と背後から大きな声が聞こえてきた。状況はよく分からない。でもまあ、とりあえず捕まえてから詳しい話を聞けば良いか、と軽い気持ちで小さくなった背中を目掛けて全力で駆け出した。盗人の三人組が商店街の人混みに紛れようとすれば、私は屋台の屋根へと飛び乗り、そのまま家屋の屋根へと飛び移って、頭上から彼らの姿を確認しながら屋根伝いに追いかけた。

 彼らは逃げるのは巧みで意外とすばしっこい。手馴れているな、思いながら門まで繋がる直線経路に辿り着いた。

 私は屋根から飛び降りると、そのまま身を屈めて地面を強く踏み締める。直剣の柄に手を添えて、かっ飛べ! と極端な前傾姿勢から地面を這うように駆け出した。風が吹き抜けるように、景色を突き破るように、全力疾走から盗人三人組を背後から体当たりをぶちかます。勢い余って、三人組が門の外まで吹っ飛んでいった。やり過ぎたかな、と思いながらも、そのまま逃げられないように地面で倒れたまま項垂れる三人組を駆け足で追いかける。

「徐栄様、何があったのですか?」そんな門番の質問に「盗人らしいですよ?」と軽い調子で答えた。

 門を潜り抜ける。三人組は私が近くまで唸り続けており、間合いに入る少し前にヒゲの男だけが立ち上がり、私のことを睨みつけた。

 

「ついてねえ、なんで徐栄がいるんだよ。調練していたんじゃなかったのかよ!」

「今日は早めに切り上げたのです、申し訳ありません」

「真面目か、クソがッ! 本当についてねえな……」

 

 髭面の男は背後にいるチビとデブの二人を見やり、意を決したように宝剣に手をかける。

 

「それが盗品? できれば使用は控えて欲しいのですが……」

「うるせえよ、ここで捕まりたくねえんでな!」

「ほら、剣なら門番に貸し出させますよ。それ、値打ちものみたいですから止めときましょう?」

 

「ねっ?」と問いかけると「誰が信用できるか!」と怒鳴られた。双方にとって不利益のない提案だと思ったのに残念だ。

 

「この宝剣を傷付けたくなければ、全て躱してみせるんだなあっ!!」

 

 鞘から抜き放たれる宝剣は美しい青色の刀身をしていた。

 それは思わず見惚れてしまうほどで、晴天の空のように澄んだ色をしている。しかし、その感動も束の間、髭面の男は急に頭を抱え込むと魘されるようにうめき声を上げ始めた。

 ぶつくさとひとり言を呟いており、その様子は傍から見て尋常ではない。

 

「……ああ、分かった! 分かったよ、その女のところに連れてってやるから力を貸しやがれッ!!」

 

 そう叫んだ次の瞬間、僅かに地面が揺れた。

 男が立っていた場所が弾けたように砂煙が舞い上がり、首筋に剣閃が煌めいた。ほぼ直感、抜いた直剣で受け止める――が、そのまま力任せに体が吹き飛ばされた。浮いた体、なんとか両足で着地して、体勢を立て直す。なんだ、今の動きは――思考する暇は与えられず、眼前まで迫ってきた髭面に私は一歩、飛び退いた。吸い付くように間合いを詰められる。乱雑で、乱暴な野性味に溢れた連撃に私は効率を追求した動きで受けて立つ。しかし捌き切れず、防御に専念する。肩から血が噴き出した、頰が切り裂かれて、腕から血が流れ落ちる。堪え切れない。一撃が重くて鋭く、それでいて速い。剣筋を見切れない。早過ぎる剣閃はまるで光が襲いかかってくるようで、途切れることのない怒涛の連撃は暴風雨の中に晒されているようだった。無傷では捌き切れず、必要最低限。急所だけは避けるように防ぎ切る。血飛沫が上がっている、皮膚を切り裂き削り取られる。

 それでも、どうにか反撃の隙を探ろうと剣の動きに注視する――次の瞬間、意識外から鳩尾を抉られる。男の足先が私の腹筋に突き刺さっていた。

 

「ゥ……ぐっ……あ、がァッ!!」

 

 喉奥から血が溢れた。

 思わず身を屈めながらも視線だけは相手から切らさないように髭面を睨みつける。その時、視界が青空を映してた。困惑する、理解が追いつかない。遅れて痛みが身を襲った。顎が痛い、体全身が痺れて動かない。両足が再び地面に着いた感触、しかし足に力が入らず、膝から地面に崩れ落ちようとした時、首筋に強い衝撃が叩きつけられた。ぐるんと視界が回る、横っ面が地面に埋まる。勢いのまま体が一度、宙を舞って、俯せに倒れ伏した。

 何が起きたのか分からない。最後のは蹴りか、全身が激痛に苛まれる。動かない、体に力が入らない。目が霞む、ちかちかと視界を拒んだ。殺される、立ち上がらなくては、しかし体が言うことを聞いてくれなかった。

 キンッという音が聞こえた。目だけで相手を見上げると男が手荷物青い刀身の剣が鞘に収められている。

 

「いぎッ! ……あ、ぎゃッ! ぐああああッ!?」

 

 髭面の男が悲鳴を上げた、全身を抱きしめながらのたうち回っている。

 なにが起きているのか、分からない。しかし立ち上がるなら今か、ゆっくりと呼吸を整える。全身の感覚を確かめるように動かしながら立ち上がる。呼吸が苦しい、空を仰ぎながら少しでも酸素を取り込もうとした。

「徐栄様、助太刀します!」と遅れて、門番達が駆けつけてくる。

 

「に、逃げるんだな!」

「おい、デブ! アニキを抱えるんだよおっ!」

 

 いつの間に起き上がっていたのか。デブの男が髭面を抱えると三人組は森を目掛けて、北の方へと駆け出していった。

 私を気遣おうとする門番に「盗人を追いかけろ!」と叱咤して、彼らを追わせる。捕らえきれなかったか、と私は周りに誰もいなくなったのを確認してから城壁を背に腰を下ろした。あれはなんだったのだろうか。度重なる疑問に、とりえあず賈駆殿に連絡を、と思いながら瞼を閉じる。

 次に目覚めたのは三日後の医療所の寝台の上で、包帯で全身をぐるぐる巻きにされていた。

 

 三人組が盗みに入ったのは董卓殿の屋敷だった。

 

 

 



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6.人事を尽くして天命を待つ

日刊ランキング上位50位に入っただと……
評価バーがまた赤くなっただと……
やっばい嬉しい、また頑張らなきゃ。


 数々の異民族を打倒することで涼州と并州の平定を成し遂げた董卓の名は猛将という言葉と共に知られている。

 侵略してきた異民族と戦った回数は、小競り合いを含めると百回以上になる。初陣では四桁近くにもなる捕虜を取ったこともあり、戦上手との評判を受けて今や洛陽の北壁と称される程になっている。私が知っている噂では、駿馬と共に平原を駆けては敵陣に突っ込んではばったばったと斬り伏せる。その血飛沫を浴びた巨躯の佇む姿は見る者全てを震え上がらせ、その獲物を見つめる凶悪な眼光は目を合わせるだけで異民族が尻尾を巻いて逃げ出すのだと云う。赤子が泣けば「董卓が来るぞ!」と躾けるのは并州、司隷における子育ての常套手段だ。

 そんな感じの噂が流れているせいか、実物の私を見ても董卓本人だと気づく者は少なかった。

 

 それが先の食堂の悲劇になる。

 戦場での私は基本的に役立たずなので、食堂のお手伝いをすることは構わない。

 でも、ちょっと釈然としない。

 

 私が食堂に連行されている間、河東軍から運んできた物資は詠の指揮で下ろしておいてくれた。

 この辺りは手慣れたもので今となっては指示を出さずとも、みんな各自で動き出してくれる。その統率の取れた動きは大陸きっての精鋭部隊のようであり、てきぱきと熟される作業に積荷は次々に倉庫の中へと放り込まれていった。積荷の中身を確認する部隊長級の者達はみんな腰に佩いた剣を持つよりも、筆や竹簡を手にする姿の方がよく似合っていた。責任者を呼びつけて物資の確認作業を行う光景は軍隊というよりも最早、商隊に雰囲気が近い。輸送任務ばかりで実戦経験を積ませて来られなかった弊害だろうか。

 ちなみに河東郡の軍で最も優れた部隊は輸送隊だったりする。輸送速度だけなら他の何処にも負ける気がしない、とは詠の言葉だ。

 

「あとは任せても大丈夫そうだね」

 

 物資搬入の監督を務めていた詠が近場にいた部隊長に告げて「それじゃあ行こうか」と私に向けて手を差し伸べる。

 私達は并州刺史代理の張遼、つまり文遠から呼び出しを受けている。なんでも陣地内で最も大きな天幕で会議を開くという話であり、今回、并州軍の総大将である私の出席も求められていた。私は詠の手を握り、すぐ横で退屈そうに欠伸をする恋歌の手を取って、三人仲良く並んで軍議に出席する為に文遠が待つ天幕へと足を運んだ。

 野外に設置された天幕の中には大きな机が置かれてあり、その上には周辺地域の地図が広げられていた。

 机を囲むように椅子に座るのは三人の女性、内二人は知った仲だ。

 

 ひとりは張遼、字は文遠。豊満な胸を晒で隠し、下半身には袴を穿いている体格の良い少女だ。

 戦場では青紫色の外套を羽織っており、偃月刀を振り回す猛将の一人。河東郡の将では誰一人、彼女の武勇に敵う者がいないほどの優れた腕前を持っている。また将としての能力も優れており、まだ若さが目立つが、いずれ漢軍の名将と謳われる皇甫嵩や朱儁をも上回るだけの可能性が彼女にはあった。

 人当たりが良く、自制心も強い。病に伏せる丁原が、彼女に并州を任せたのは人柄の良さもあったのだと思う。

 

 もうひとりは呂布、字は奉先。赤い短髪にぴょこんと跳ねた二本の癖毛が特徴的な少女だ。

 普段は物静かな雰囲気を持つ彼女ではあるが、いざ戦場に立つと方天画戟を軽々と振り回して、眼前に立つ敵を文字通りにひと払いで一掃してしまう戦闘力の持ち主。彼女個人の武だけで戦術級の価値がある、とは詠の言葉。天下無双とは正しく彼女の為にある言葉だと私は認識している。

 対して将としての資質は劣り、部隊を率いることはできても指揮を執ることは苦手としていた。

 

 そして、最後のひとりは私の知らない幼子だった。

 その出で立ちは文官のように見えるが、小柄な私や詠よりも更に小さな体をしていた。

 幼い恋歌よりも幼い体躯の少女。どういう訳か、私達のこと睨みつけてくる。

 

「よお来てくれたなあ! さっきは挨拶できんですまんなあ」

 

 文遠が満面の笑顔で出迎えてくれた横で、チッと幼子が露骨に舌打ちを鳴らした。

 

「こ〜ら、陳宮。まだ不貞腐れとるんかいな!」

「だって文遠殿、何処から来たのかわからない馬の骨なんかに頼らなくても奉先殿と文遠殿の武勇があれば異民族なんていちころですよ!」

「仲穎は馬の骨やない。丁原の前任者で并州を平定したえら〜い人や、何度も言ってるやろ!」

 

 どうやら幼子の名前は陳宮というようだ。

「この生意気でちんまい奴、誰?」と詠がとても不機嫌そうに呟いたので、まあまあ、と宥めておいた。

 陳宮の方を見ると「めっ」と奉先に叱られているところで、詠の失言は聞こえていなかったようだ。

 

「先に紹介しとく、こいつは陳宮で字は公台。口は悪いが知識は凄いんやで、いわゆる知恵袋っちゅーやつやな」

「ね……私は奉先殿の参謀です! 知恵袋とかお婆ちゃんみたいで嫌です〜!」

「ついでに計算も早い。兵糧管理や行軍速度の計算はお手の物や、随分と助けられとる」

 

 文遠がくしゃっと陳宮の頭を撫でると「当然です!」と拗ねるように幼子が顔を背けた。膨らませた頰が仄かに赤みが増しているのが分かったから、きっと彼女は照れ隠しが下手なのだと思った。

 

「陳宮ちゃん、頼りにしてるね」

 

 笑顔を浮かべながら話しかけると「と、特別にねねの知恵を貸してやるのです!」と陳宮は顔を真っ赤にして答えた。

 真名が漏れてしまっていることは指摘しない方が良さそうだ。

 詠はいまいち釈然としない様子で私を見つめた後、小さく溜息を零して一歩前に出る。

 

「ボクは仲穎の参謀を務める賈駆文和。それで彼女は――」

「――私が河東太守を務めさせていただいている董卓仲穎です」

 

 彼女の自己紹介を引き継ぐ形で私は口を開いた。それから一緒に天幕まで連れて来ていた恋歌を私の前に立たせる。

 

「この子は董白、私が新しく養子として受け入れました」

 

 ああ、この子が。と呟く文遠に恋歌がぺこりと礼儀正しく頭を下げた。

 

「……いつも物資をありがとう、です」

 

 私達の自己紹介が終わった頃合いで、口先を尖らせた陳宮が呟くように告げる。

 可愛くないなあ、と肩を竦めてみせるのは詠だ。素直じゃない子も可愛いんだよ、と口には出さずに詠を見つめれば、本当にぃ? と怪訝な目で苦笑いを浮かべてみせる。

 目の前に立つ素直じゃないところがまた可愛い子から視線を外すと、文遠が困った様子で私達のことを見守っていた。

 

「相変わらず仲がええなあ。……そろそろ始めてもええか?」

 

 詠がいまいち釈然としていない様子を傍目に「構いません」と文遠を見つめる

「これが夫婦漫才……」と恋が呟く隣で「違いますぞ、奉先殿〜」と若干、疲れた様子の陳宮が声を上げた。

 

 いざ本格的に軍議が始まると私の喋ることは少なくなる。

 戦略と謀略を考えるのは詠の役目であり、それを戦術的見地から煮詰めるのは文遠となる。今回に限って云えば、陳宮も話に加わっており、彼女は主に兵站の側面から物事を語ることが多い。詠と文遠が行軍進路の候補を絞れば、陳宮は作戦に必要な日数と時間を割り出し、おおまかな行軍速度の計算を弾き出した。坂道や獣道、隘路、そういった障害も計算に含めているようで「此処から此処までは大体、これくらいの時間で……」と細かく速度を指定し、それを文遠が頷きながら耳を傾ける。

 文遠は別働隊による敵後方の撹乱。奉先は敵拠点の正面を担当することになっており、その背後にある本陣で詠が全体指揮を執る。私は本陣の中心で椅子に座るだけの簡単な仕事だ。

 

「陳宮は何処にいるの?」

「私は奉先殿の参謀、奉先殿が安心して暴れられるように兵達を纏め上げているのですよ!」

 

 そう言って胸を張る陳宮を私は微笑ましく見つめる。

 河東郡から持ち寄った物資の確認が終わり次第、作戦を開始するようだ。

 つまり、明日か明後日には戦が始まる。

 

 実際に矛を交えるのは、もっと後になるだろうけど、侵攻が遂に始まる。

 

 

 髭面の男、極端に太った男、細身で小柄な男。

 揃いも揃って人相の悪い男達が、青痣に顔を腫らして地面に倒れていた。

 塵を見るような視線で、その三人組を見下す女性が一人。日焼けした肌にしなやかな肢体を持つ女は、背後に控えていた仲間達に手振りだけで指示を送る。チベット系の色彩豊かな民族衣装を着込んだ者達が三人組を縄で縛り上げるのを見やり、それから戦利品の剣を鞘から引き抜いた。空気に晒された剣身は、まるで水に濡れているように透き通った輝きを放った。

 薄く青い剣身を女はうっとりとした目で見つめる、思わず唇を這わせたくなるほどに魅力的だった。

 つぅっと刃に指先を這わせると指先から数滴の血が流れ落ちる。

 

爰剣(えんけん)様、侵入者を縛り終えました」

 

 自身に仕える男の言葉に女は名残惜しむように鞘へと剣身を収める。

 爰剣と呼ばれた女は剣を腰に差すと仲間達の他、捕らえた三人組と共に森の奥深くに姿を消した。

 漢との戦争準備を始めなくてはならない、拠点構築は漢を攻め込む為の橋頭堡だ。

 

 人事は尽くしてある。後は上手くいくことを祈るだけだ。

 

 武帝の時代より服従を強いられてきた祖先から今代まで続く屈辱を、払うべき時が来た。

 我が名は爰剣。今ある羌族の礎を築き、我らの胸に誇りの灯火を与えた英雄の名を継ぐ者である。

 丁原が何する者ぞ、董卓が何する者ぞ。我は漢を滅ぼし、再び羌の誇りを取り戻す者也。

 

 

 



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7.私の幸せの糧になれ

 喉が渇いた。

 肌のひりつくような緊張感が纏わりつくようで上手く体を動かせない。

 目の前には整然と並べられた五千にも上る兵達、その全てが私だけを見つめている。

 慣れない、と思う。

 (馬騰)は爽快だと笑い飛ばす光景を私はいつ見ても慣れなかった。

 奇異な目で見られるのは良い。でも目立つのは好きではない、期待を寄せられるのは苦手だ。私が董卓である限り、誰もが私を信じて従ってくれる。この中にいる誰かは確実に死ぬ、誰が死ぬのか分からない。でも誰かは確実に死ぬはずだ。それでも私に従ってくれるのは、私が勝利してくれる、と信じてくれている為だ。だから私は、勝利の為に死ね、とみんなに号令をかけなくてはならない。

 手が震える、声が震える。やはり、慣れることではない。

 胸に手を当てながら大きく新呼吸をする。今すぐに逃げ出したくなる想いを抑え込んだ。

 ゆっくりとみんなの顔を見据えて、懺悔を零すように語る。

 

「勝ちます。并州を、延いては皆様の愛する親を、子を、家族を、そして土地を守ります」

 

 だから、と祈りを込めるように告げる。

 

「前進を」

 

 私の言葉に説得力がある。

 異民族を相手に百の戦を戦い抜き、その全てにおいて明確な敗北は一度もない。

 偽りもばれなければ、真になる。嘘も最後まで続ければ、真になる。

 泣くことは許されない、かといって笑えない。

 

 私は、責と罪を背負うことが私の役割だと知っている。

 

 雄叫びをあげる兵達を確認して、私は後を詠に引き継いで後ろに退がった。

 詠が心配そうに私のことを見つめたが、微笑み返すことで誤魔化して、天幕に戻る。外の熱狂が天幕の中にまで響き渡る、私は胸元を握り締めながら歯を食い縛った。まだだ、ここだと駄目だ。ビクンと胃が跳ねるのを必死に堪えながら天幕の裏から出る。額に脂汗を滲ませながら歩き続ける。今更だけど私は多くを望まない。ひと握りの大切な人が息災で、荒事とか、謀略とか、そういうのとは無縁の場所で穏やかな明日を迎えたいだけの人間だ。できることならば、好ましいと想う誰かと共に過ごして、子供が二人くらい居て、ひもじく感じない程度の生活ができたら自分には過ぎた幸せなんだって思ってる。でも、いい加減に分かっている。今の御時世で、その幸せを望むのは、動乱の中に身を置き、修羅として生き抜くことよりも難しいことだってわかっている。だから私は剣を取る。だから私は殺せと命じて、死ねと告げる。綺麗事では生きられない。分かっている。

 でもだ、と私は膝を突いて、誰もいない即席の兵舎の陰で胃液を吐き出した。ポロポロと涙を零しながら遠くに聞こえる熱狂を耳にする。あの中にいる者達には愛すべき者が居るのだろう、功績を立てた明日に希望を抱く者も居るだろう、自分が耕した田畑を守る為に立ち上がった者も居るだろう。彼らが体を張って戦場に立っているのに、私はなんて情けないのだろうか。なんて卑怯者なんだろうか、自己嫌悪で死にたくなる。上に立つ者の責務だとか、貴い人としての義務だとか、そんなことがどうでも良い。

 綺麗事の何が悪い、と心の底から叫びたかった。届かなくても願ってしまうのだ、無理だとしても望んでしまうのだ。殺せと命じて、死ねと命じて、それでも幸せを願う自分の無責任さが気持ち悪かった。綺麗事を祈る私が気持ち悪くて仕方なかった。これから行うのは侵略してくる敵を打倒する為の戦だ。正義は私達にある、理屈では分かっている。

 理屈がどうした、私は戦いたくない。私は誰にも殺して欲しくないし、死んで欲しくもない。平和主義だと笑いたければ笑えば良い、臆病者だと罵りたければ罵れば良い。それが私だ、それが董卓だ。それが月なのだ。

 それでも戦わなくてはならない世の中が憎いと感じている。

 

 私が戦場に立つ理由、それは責任感と――幸せに生きたい、という利己的な想いからだった。

 

 出陣の号令をかけた後、戦場で私にできる仕事はほとんどない。

 行軍を開始してから数刻、相手の砦が見えてきた頃合いで――まだ砦が建築途中だった為か、羌族が打って出てきた。数は六千程度、情報よりも数が多く、騎兵も多い。対して私達が前面に出すのは、事前の申し合わせ通りの呂布隊だ。先頭に立つのも奉先であり、彼女は駿馬に乗ったまま方天画戟を真横に構えて悠然と前進する。それに合わせるように敵兵も前進する。両軍が徐々に距離を詰めていき、その先端同士が触れ合った瞬間、五、六人の敵兵が吹き飛んだ。文字通り、宙を舞っていた。奉先が返す刃で更に方天画戟を振るえば、最前列にいた敵兵の胴体が横真っ二つに切断される。破れかぶれで飛びついてきた敵を石突きで頭蓋を破壊し、地面に打ち据える。奉先は一瞥もくれず、ただ前を見つめている。奉先以外でも刃を交える音が聞こえてきた、けたたましい喧騒が本陣近くまで聞こえてくる。血飛沫が上がる。悲鳴が上がる。その度に誰かが一人、地面に堕ちる。詠が忙しなく指示を飛ばし、銅鑼を鳴らさせる。両翼から騎兵を上がっていった。敵陣の背後から別行動を取っていた文遠が飛び出し、挟撃による包囲殲滅に移行する。

 戦の趨勢は、あっけない程にあっさりと決まる。正直、援軍なんていらなかったんじゃないかな、と思うほどにあっさりとだ。詠、文遠、奉先と三人が揃って負ける方がおかしいのだ。

 勝負が決まれば、降伏させて捕虜を取ることができる。

 命を奪わなければ良いだなんて、本当に自分勝手だと思う。でもやっぱり殺すのは苦手だった。

 早く抵抗を止めて欲しい。降伏して欲しい。

 しかし人生なんていうものは思い通りに動く方が珍しかった。

 

 

 この戦は負けだ。私、爰剣(えんけん)は戦の趨勢を悟っていた。

 漢民族に迎合する羌族を罵倒し、血気盛んな若者達をまとめ上げて決起した結果が目の前の惨劇であった。

 見誤っていた、という他にない。しかし、あんなものを考慮できるか、という理不尽な想いもある。ただ一人、たった一人に我が軍は崩壊させられた。赤髪に赤紫色の襟巻、自身の身長ほどもあろう方天画戟が振るわれる度に複数人の命が刈り取られる。まだ接敵してから十分も過ぎないというのに百人近い兵が彼女一人に討ち取られていた。正しく天災、英雄を超えた化け物がいる。

 あいつさえ居なければ――噛みしめる口の端から血が流れる。悔しさで宝剣を握る手に力が込められる。両翼は固められた、背後は騎馬隊に抑えられている。敵の見事な用兵術に、見事だ、と苦虫を噛み潰す想いで認める。

 逃げる事はできない。ならば、もう前に進むしかない、と私は宝剣を鞘から抜き放った。

 

『我には目的がある』

 

 脳裏に響く言葉に思わず、頭を抱えた。

 

『その目的の為に協力するならば、力を貸してやる』

 

 頭の中に直接叩き込まれる声に不快感を感じながら私は問いかける。

 

「この状況をどうにかしてくれるなら是非もないさ」

『活路は一つ、目の前だけだ。我に肉体を委ねるのであれば、血路を開いてやる』

「あの化け物に突っ込むとか正気かよっ」

 

 はんっ、と鼻で笑ってやると声は少し不機嫌になった。

 

『あの格下相手に何故、我が恐れなくてはならない』

「……勝算はあるんだな?」

『勝算もなにも真正面から討ち倒せば良い。問題は別のところにある』

 

 あの髭面の体は軟弱過ぎた、と声は怒りを押し殺すように溜息を零す。

 

『貴様は我を裏切ってくれるなよ?』

「どのような目的かは知らないが協力してやるよ、だから俺に力を寄越せ」

『では、我を受け入れよ』

 

 どくん、と意識が折り重なる感覚を最後に私は意識を手放した。

 ゆっくりと瞼を開ける。視界は良好、状況は悪い。とりあえず手足の感覚を確認する。鍛えてある、氣の鍛錬も積んであるようで、その行使に問題はない。少なくとも先の髭面のような醜態を晒すこともなさそうだ。この肉体であれば全盛期の七割程度の力を出す事はできる、それだけできれば充分だと前を見据えた。契約を履行しなくてはならない。この包囲網を突破する。そこまでが我の役目、そこから先は責任を持てない。何故なら我が意識を乗っ取れるのは一刻(二時間)程度しかない。

 でもまあ、と近所を散歩するような気軽さで歩み出る。

 

 敵兵五千程度――我を止めたければ、その百倍は持って来い。

 

 

 気配が変わった。強者には、特有の濃い存在感を放っている。

 すんと鼻先を掠める強い気配に私、恋は馬上で方天画戟を構え直す。私が動きを止めるのと同時に左右から并州軍の精鋭部隊が飛び出した。私は勿論、霞にも鍛え上げられた部隊は、そこいらの兵では太刀打ちできない。たった一人を殺すのに五人の兵は必要であり、互いに連携を取れば、更に損耗率は軽減される。敵陣に穴を穿つように蹂躙する精鋭を前に私は小さく息を吐いた――次の瞬間、并州が誇る精鋭達の肉体が吹き飛んだ。上半身と下半身が真っ二つとなり、バシャリと血飛沫が地面に打ち付けられる。

 咄嗟に私は方天画戟を構えて、敵の気配を探った。群衆に紛れながらも隠しきれない濃厚な気配、質量を持たないはずのそれは私の体に纏わりついた。その場に身を置いているだけでも体力が削られてしまいそうだった。

 頰に汗が伝う、これほどの濃い気配を私は感じたことがない。

 

「貴様が要だ」

 

 全身を返り血で濡らした少女が歩み出る。

 血に濡れた宝剣を片手に、ひたひたと血溜まりの中を歩いてくる。私は馬から降りる、このままでは勝てないと悟ったから――方天画戟の鍔近くを握り、半身に開いた体で重心を低く保った。意識を集中させる、悠々と笑みを浮かべる少女に向けて、全身全霊の殺意を込める。戦場に無風の風が吹き抜けた。敵味方問わず、一歩、退くほどの風圧に少女は微動だにせず、気負う様子も見せず、むしろ気持ち良さそうに目を細める。

 強いな、と獲物を見定めるような目を私に向けてきた。それはある意味で新鮮だった。今まで私に向けられる目は恐怖か、畏怖だった。それは霞も変わらない、ねねも変わらない。圧倒的な武は他者を退けることを私は知っていた。私は孤独にしか生きられないことを知っている。強過ぎる武を持つが故に、誰も私に触れようとしない。だから私は畏怖や恐怖を胸に宿しながらも、私を慕ってくれる人間を見捨てることができない。それが誰であれ、人間でなくともだ。

 だから私は、私の武を前にして、臆さず、気負わない人間を初めて見た。

 

「我は強いぞ。胸を貸してやる」

 

 少女の手招きに応じて、私は更に重心を低くして踏み込む足に力を込める。

 いつもよりも体の動きが悪い、気負っているのがわかる。初めての経験に違和感を感じながらも、私はもう目の前の少女から目を外せなくなっていた。興味が惹かれる、心が躍る。今持てる全力を、様子見なしで初撃から全開で攻撃を仕掛けた。

 方天画戟を目一杯に振り被り、目一杯の助走を付けた今持てる最大の攻撃だ。

 

「そうだ、それが正解だ。格上相手に出し惜しみは悪手だからな」

 

 甲高い音が響き渡る。ドッという圧力と共に砂煙が舞い上がった。

 片手で受け止められている。半歩、僅かに押し込むだけで少女は眉一つ動かしていなかった。そこに少なからず驚きがあった。私は全力を出したことがほとんどない。そうするまでもなく相手は斃れてしまうから、私は全力を尽くす機会を持てなかった。故に分の悪さを感じる、私には同格以上を相手にした経験がない。

 カチカチと刃同士をかち合わせながら、少女は笑みを浮かべながら問いかける。

 

「ところで貴様、愛を知っているか?」

「……なに?」

「愛を知っているかと聞いている」

 

 ふっ、と少女が腕に力を込めると方天画戟を軽々と弾かれた。そのまま追撃を受けないように気を付けながら一歩、二歩と距離を取る。少女は追撃せずに、ただ静かに私のことを見据えていた。私は弾かれる前の素っ頓狂な問いかけを頭から排して、半身に開いた構えを取り直す。

 

「知らないか、なら我の負ける道理がない」

 

 そして少女は初めて構えを取る。この時、初めて彼女がまだ構えを取っていなかったことに気付いた。

 

「愛こそ全てだ。愛の戦士は愛なき刃では斃れぬのだよ、それが道理だ。少なくとも我はそうだった」

 

 愛故に我は勝利する。と少女は笑みを浮かべてみせる。

 言っていることはよく分からないが、彼女の存在感が急激に増したのを感じる。この時、私は初めて挑むという意味を知った。たぶん私は勝てない、それでも負けるわけにはいかない。負けが濃厚の場においても勝つ為に諦めず手を伸ばし続けることが、きっと挑むということなのだと知った。此処は通せない、と戦意を高めた。背後にいるねねを危険に晒さない為にも、并州を侵略させない為にも、私は此処で負ける訳にはいかない。

 ほう、と少女は感心するように息を吐いた。

 

「我に勝つ見込みが出てきたなッ! だが死ね!」

 

 そう告げると同時に少女が嬉々として駆け出した。

 

 

 




検索[愛なき刃]
もしかして 韓信


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8.我こそは、真の天下無双なり

凄く懐かしい方から誤字報告を貰って、とてもほんわかした気分になりました。
ありがてぇ、ありがてぇ。あと日刊30台ありしゃすッ!


 私、音々音にとって呂布奉先という存在は絶対的だった。

 肢体は猫のようにしなやかで柔らかく、膂力は熊を相手にしても見劣りせず、戦場を地に伏した虎のように駆け抜ける。決して臆することなく最前列で敵を待ち受ける姿は百獣の王と称される獅子よりも勇猛で美しくて、身の丈以上もある方天画戟を片手に軽々と敵を薙ぎ払う姿は正に鬼神の如し、人は彼女の前に立つだけで死の運命が決定付けられる。

 その想いは盲信に近い領域にある、呂布奉先は無敵で最強だ。世の中には一騎当千と云う言葉があるが、(呂布)殿は一騎で千の敵を屠ることができる。その天下無双の活躍振りは一騎当万という言葉でも足りなかった。

 故に今、目の前で起きている状況に理解が追いつかなかった。

 

 褐色の少女が三つ編みに纏めた髪を揺らしながら高速で動き出した。

 宝剣が青く閃いたかと思えば、次の瞬間には金属音が何重にも重なって響き渡る。右に動いたかと思えば左へ、下に潜り込んだかと思えば上から宝剣を叩きつける。縦横無尽に刃を叩きつける姿はまるで獰猛な野獣が嬉々として獲物に襲いかかる姿と重なって見えた。剣術の基礎がごっそりと抜け落ちたような身のこなし、立ち振る舞い。しかし技と技の繋ぎが、あまりにも早過ぎた。私は所謂、強者という存在を見慣れている。心技体の全てを高次元で兼ね備えた(張遼)が戦う姿を何度も見てきた。彼女はあっけらかんな性格とは裏腹に基本と基礎には忠実であり、その技量は恋殿をも上回っている。とはいえ動きの速さだけならば、私は恋殿の方が上だ。また恋殿は攻撃の気配を察する嗅覚に優れている故に、自然と先の先を取ることができてしまうのだ。その上で最上位の速度と膂力を以て攻撃を仕掛けてくるから相手は成す術もなく地に沈む。私は恋殿よりも素早くて力強い存在は見たことがない、今日という日までは。

 今、私の目の前で起きている光景は明らかにおかしかった、信じられなかった。

 私の目に狂いがないとするならば――褐色の少女は恋殿よりも素早い動きで連撃を繰り出しており、恋殿は防戦一方で攻めあぐねているように見えた。片手で悠々と振り回される方天画戟は誰にも止められないはずだ。しかし今は身を縮こまらせて、必要最低限の動きで敵の猛攻を凌ぎ切るのが精一杯で、一歩、また一歩と押し込まれていた。

 呂布奉先が、天下無双が、恋殿が、たった一人を相手に苦戦している。

 その事実を私は受け入れられなかった。

 

「ぅ……ぐぅっ!」

 

 恋殿の口から苦痛の声が漏れる。

 今までは準備運動とでも言わんばかりに褐色の少女はもう一段階、更に動きを速くした。恋殿が方天画戟を苦し紛れに横へと振り払った。しかし、それを褐色の少女は上半身を後ろに逸らすだけで避ける。次に相手が動き出すまでの僅かな時間、恋殿は攻めずに大きく一歩距離を取る。間合いが開いた。ここで漸く恋殿がいつもよりも前傾姿勢を取り、攻める姿勢を見せる。いつも軽々と振るう方天画戟を両手に握り締める――次の瞬間、褐色の少女が立っていた場所が弾け飛んだ。砂煙が舞い上がる、恋殿が動き出すよりも速く、褐色の少女は懐深くへと潜り込んだ――青い剣閃が三つ、ほぼ同時に閃いたように見えた。金属音は一つ、三つの音が重なった。私の目では追いつけない速度で褐色の少女は、気付いた時には恋殿の背後まで駆け抜けており、両足で地面を削りながら身を反転させる。僅かに遅れて、恋殿の鮮血が地面を真っ赤に染め上げた。

 褐色の少女は構えを解くと、トントンと宝剣で肩を叩きながら嬉しそうに口角を上げる。

 

「驚いたな、これを受け止めるか」

 

 恋殿は立っていた。左肩と脇腹、それに右の太腿から血を流しながらも両足で地面を踏み締める。左腕をだらんと下げた姿で、荒い息を吐きながら少女を睨みつけていた。僅かに揺れる体、右足を振り上げると一気に地面に叩きつけて活を入れる。太股から血が吹き出すのも厭わず、細く長い息を吐き出すことで呼吸を整えた。どれだけ贔屓目に見ても恋殿の方が分が悪い、褐色の少女の武は明らかに恋殿を上回っている。それでも恋殿の戦意は欠片ほども失われていなかった。

 

「名乗れ、我が記憶に名を刻むことを認めてやる」

 

 そんな少女の傍若無人な振る舞いは目に入らなかった。

 私の目は今、ただ一人の少女だけを映している。胸元を握り締める、歯を食い縛る。心に熱いものが込み上がる、叫びたかった。喉が張り裂けるほどに叫びかった。涙が溢れ出すのを止められない、同時に瞼を閉ざすことも許されない。

 私はただ、見守ることしかできない。

 

「呂布、奉先……」

 

 彼女こそが私の認めたご主人様、彼女こそが私が慕うただ一人の存在、彼女こそが揺るぎなき天下無双。

 

「我の名前は項籍、字は羽。昔は西楚覇王と名乗ったこともあるが――今や名誉も肉体も失われた。我に残されているのは、愛、それだけだ」

 

 たとえ相手が古の覇王であったとしても私が惚れ込むのは恋殿、ただ一人だと断言する。

 

「愛は全てにおいて優先される」

「……行く」

「ああ、来るが良い。貴様の愛を我にぶつけてみよッ!」

 

 信じていない訳ではない、だが失うわけにはいかない。いや違う、私が失いたくない! 私が恋殿に惚れたのは武だけではない。私は手を天高く振り上げて、思いっきり腕を振り落とした――今です、と。後ろに控えさせていた弓兵から褐色の少女に目掛けて矢が放たれた。

 

「ほうっ! その程度の小細工で、この我を止められると思ったか!」

「止める――っ!」

 

 放たれた矢に合わせるように恋殿が攻撃を仕掛ける。

 前後左右からの一斉攻撃であれば流石に――その瞬間、褐色の少女の体がぶれて見えた。四方八方、滅多矢鱈に繰り出された青き剣閃、恋殿の攻撃をいなしながら迫る矢を全て叩き落とした。たった数秒の出来事、全てが終わった時、恋殿は顔から地面に叩きつけられていた。

 全くもって理解ができない。肌に浅い切り傷を残すだけで、涼しい顔で佇む褐色の少女を前にぶるりと身が竦んだ。

 

「見事」

 

 ただ一言、そう告げると少女は宝剣を逆手に持ち変えた。

 切っ先を恋殿の背中に向ける。それを見た瞬間、全身の震えが止まっていた。気付いた時には駆け出していた。

 敵うはずがないと分かっていても止まることなんてできなかった。

 

「ちんきゅぅぅぅぅーきぃーっくッ!!」

 

 その横っ面に目掛けて放った飛び蹴りは片腕で簡単に受け止められる。

 

「我に挑むか! その(意気)は認めてやる!」

「……ぐぅっ!!」

「だが無謀が過ぎたなッ!」

 

 そのまま足首を掴まれて、背中から地面に叩きつけられる。

 仰向けに倒れたすぐ横に恋殿の顔があった。驚愕に目を見開いている。ああ、良かった、数秒だけでも時間を稼げたんだと思った。恋殿に手を伸ばす、でも小さな体はすぐ近くにあるはずのものにさえ届かない。霞む視界、輪郭くらいしか分からなくなっても、その表情は鮮明に思い浮かべることができた。

 ねねは恋殿の参謀です、と微笑みながら瞼を閉ざした。

 

 

 地面に倒れる幼子を見下しながら、どうするべきか逡巡する。

 仮にも子供が相手だ、手心を加えるべきか。しかし部隊指揮を執る姿を見てしまったので放置する訳にもいかない。なぜなら今、最も厄介なのはこの後すぐに軍の再編をされてしまうことである。連れ去ることは難しい、かといって殺すのは寝覚めが悪い。というよりも、どうして幼子を戦場に出しているのか。

 溜息を零し、とりあえず勉強料として足の腱でも切っておこうかと宝剣を構える。

 

「…………まだ、……まだ…………っ!」

 

 呂布と名乗った少女が立ち上がっていた。

 荒い息を零している、ちょっと押すだけでも倒れてしまいそうな程に体が揺れている。額から流れる赤い血、さりとて赤い前髪から覗かせる双眸は確と我のことを捉えていた。その姿はまるで子供を守る母猫を彷彿とさせる。

 これは窮鼠を噛まれそうだ、と我は意気揚々と二人に背を向ける。

 ここで危険を冒すことに意味はない、手負いの虎を相手にしてまで幼子を殺すことに価値はない。という言い訳を得た我は気分良く二人を見逃すことができた。さてと呂布との一騎打ちに興じている間にも戦局は動いている。少し急ぐか、と爰剣(えんけん)の配下に馬を用意させた我は、ぐやぐや、と口遊みながら本陣への突撃を敢行する。

 無論、見せかけだけだ。

 

 

 呂布隊が突破された、その情報は本陣にいる将兵全てに激震を走らせる。

 かくいうボクも動揺を隠せず、奉先を一騎討ちで下したという敵将に畏れを抱いた。呂布奉先という存在は并州軍にとって、それだけ大きな存在だった。彼女が前線で戦っているだけで勝利を確信する、如何なる逆境であっても彼女が戦場にいるというだけで戦意を奮い立たせることができる。

 その大黒柱とも呼べる巨大な柱が崩れた。軍師とは如何なる状況においても大丈夫なように策を張り巡らせるというが、奉先が倒される事態なんて想定していなかった。それは奉先の強大な武勇を盲信しての話ではない。もし仮に呂布隊を打ち破れるほどの力を持つ相手ならば、相手の猛攻を防ぐ手立てがないからだ。つまり考えるだけ無駄、呂布隊を突破された時点で敗北は確定している。

 だが、精鋭の呂布隊を相手にして、流石に敵も無傷という訳にはいかなかったようだ。

 今は本陣に真正面からぶつかろうとしているが、あれは見せかけだけだ。本命は本陣の防御を固めさせたところで、手薄になった脇から包囲を突破するというものである。だからといって、このまま本陣を固めずに受け止めれば良いという話にはならない。逃げ道を失った敵に残された活路は敵本陣への中央突破、つまり全体指揮を執るボクか、総大将である月を討ち取ることにある。

 ボクはともかく月を危険に晒す訳にはいかない――と、ボクは本陣を固める指示を飛ばした。

 このまま逃しても拠点は破壊できる、既に作戦目標は達成している。つまり勝利条件は達成しているのだ。これ以上の戦果を求めることは、欲が過ぎた結果に成り兼ねない。あの危険な相手を今のうちに殺しておきたい気持ちを抑え込んで、月と恋歌に退がるように告げる。

 しかし、月の傍にいた恋姫が、ふらりと前に出る。

 

「…………旦那、様……生きておられましたのですね……ッ!」

 

 目から涙を零しながら光悦の笑みを浮かべている。

 

「思い出しました……虞姫は……貴方様の虞姫はここに居ますッ!」

 

 そう言うと最前線に向けて駆け出してしまった。

 

「恋歌ちゃんッ!?」

 

 それを追いかけて月までもが弓を片手に飛び出した。

 月を危険に晒す訳にも行かず、ボクも後を追いかけようとしたが「賈駆様、張遼隊からの報告です!」と伝令に呼び止められた。二人が人混みに紛れてしまったのを確認して、ボクは歯を食い縛り、深く目を閉じて頭脳を全力で回転させる。ボクは参謀だ、考えることしかできない。いや違う、考えることこそがボクが持ち得る最大の武器なんだ!

 目を開ける、焦燥する想いをそのまま力に変えてやる。

 

「報告ッ!!」

「は、はい! 包囲完了、呂布隊と挟撃する形で圧力を掛けるとのことです!」

「その呂布隊が突破されているのよ!!」

 

 怒鳴り散らすと伝令は顔を青褪めた顔を俯かせた。

 なにやっているんだ、ボクは! 顔を逸らして爪を噛んだ。思考に淀みを生むな、怒るな。怒るなら冷静にだ。怒りを八つ当たりで発散してどうする。

 全ては月の為に、この際、勝利なんてどうでも良い。

 

「右翼の包囲を緩めて、左翼から圧力を掛けて! あれは手負いの虎だ、追い詰めると致命傷を負いかねない!!」

 

 ボクにできることは一刻でも早くに戦を終わらせることだ。

 貧乏揺すりを始める。打てる手は全て打つ、考えろ、全力を尽くせ、持てる余力は全て使い切れ。

 ここから先は総力戦だ、今持てる全てで月を助けるんだ!

 

 



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9.愛故に、故あって

 我が名は項籍、字は羽。真名は愛愁(あいしゅう)

 嘗て大陸で名を馳せた天下無双の武人であり、ただ一人の女性を愛して戦場を駆け抜けた雄である。

 我と覇を競い合った瑚桃(こもも)が天下を手に入れて以来、世の中は随分と変わってしまったようだ。今は昔、大陸は男性主権の社会思想で凝り固まっており、女性蔑視の傾向が強かった。まず女は政治に参加することを良しとされず、男は外へと仕事に出て、女は家を守ることが当たり前とされる考え方が民草にまで浸透していた。そんな中で女性の身でありながら覇を唱えたのが劉邦、つまり瑚桃である。

 瑚桃は当時の基準で云えば、滅茶苦茶な奴だった。あの時代でいる理想の女性像と云えば、清楚で慎み深く、それでいて上品な美しさを兼ね備えた者のことを云う。女子供は男に守られることが常識だ。しかし瑚桃は女の身でありながらも男相手に一歩も退かず、納得がいかないことは遠慮なしに物申す。刃物で脅されれば、やれるものならやってみろ、と睨み返したそうだ。実際、任侠時代、瑚桃の周りでは喧嘩が絶えなかったという話を聴いている。これで腕っ節が強ければ云うことがないのだが、彼女は喧嘩が強いという訳ではない。ただ諦めが悪かった、根性が据わっていた。どれだけ殴られても決して倒れず、食い下がり、最後は決まって頭突きの一撃だ。鼻血を拭い取りながら、どんなもんだい、と青痣だらけの顔で気持ちよく笑ってみせる奴だった。

 彼女は納得する為に行動していた、そのことに一切の妥協を許さない人だった。

 瑚桃には彼女なりの道理があり、その為に真っ直ぐな道を貫き続けた。その生き様は時に無謀で危なっかしくて、放っておけば見知らぬ場所で死んでしまいそうだったから誰もが彼女から目を離せなかった。そして瑚桃の強い輝きを放つ瞳は、失うに惜しい魅力を宿していた。

 かくいう我も彼女に魅せられた一人だった。

 天下を取るには我と瑚桃、二人だけで世の全てを従えることができる。と本気で信じていた。

 殺すには惜しい。と鴻門の会で出会い、口説き、そして覇を違えて、瑚桃と密約を交わした。

 

『我が勝てば、瑚桃は我のものとなる』

『私が勝てば、愛愁は私のものになる』

 

 良いよ、楽しそうじゃん。負けた時は尽くしてあげる。

 不敵な笑みを浮かべる瑚桃を見逃して、それで負けてしまったのだから目も当てられない。

 瑚桃は智も武も持たず、人との絆のみで天下人まで駆け上がった。

 

 

 漢王朝、前後合わせて四百年近くもの期間を国体を維持し続けてきた巨大国家だ。

 よくもまあ立派な国家を築き上げたものだと旧友に想いを馳せる。感慨深さはあっても恨み言はない。しかし成り行きとはいえ漢王朝に弓を引く立場になるとは。少なからず因縁を感じざるを得なかった。

 馬を駆けさせる、馬上で腕を組みながら敵陣を見据える。雨のように降り注ぐ弓矢が我を捉えることはない。そのまま真っ直ぐに駆け抜けろ、と我の意思を足から伝達させると駿馬は更に速度を上げて草原を駆けた。良い馬だ、と鬣を撫でてやると駿馬は嬉しそうに首を振った。そして敵が本陣の防御を固めた頃合いで後続に敵左翼から包囲網を突破するように指示を飛ばす。わざと包囲を緩められた敵左翼、代わりに敵右翼からの圧力が強い。敵陣形の変更に多少の迷いが見られたことから罠を警戒する必要はなかった。

 どうにも相手には話がわかる奴が居るようだ。

 我からの提案は拠点放棄する代わりに余力を残しての包囲突破、これに敵は包囲を緩めて逃げ道を作ることで承諾した。刺し違える覚悟で我を殺しきるつもりであれば、本陣を固めずに包囲を狭める一手を打っていた。その時は我も死ぬ気はないので敵総大将か敵指揮官の頸を落とすしかなかったが――いやはや、蛮勇を振るわずに済みそうだ。

 爰剣(えんけん)との契約の履行を確信した我は、気分を良くしながら古き過去、郷里に想いを馳せるように口遊んだ。

 

 力拔山兮、氣蓋世。 我の力は山をも動かし、氣は世の全てを蓋い尽くす。

 時不利兮、騅不逝。 しかし時世の利は我に非ず、騅までもが足を止めた。

 騅不逝兮、可奈何。 騅すらも己の死期を悟るのに、我に何が出来ようか。

 虞兮虞兮、奈若何。 虞よ、虞よ。我がお前に遺せることはあるだろうか。

 

 全てを失った我が最後に想うのは虞姫のことだった。

 恋歌さえいれば、他にはなにも要らぬ。愛故に人が苦しまねばならぬのであれば、その苦しみをあるがままに受け入れよう。肉体も、名誉も、失った今、我の全ては虞姫への愛に捧げることができる。前世では満足に愛してやれなかったから、今世では愛だけの為に生きると決めていた。だから我は有りっ丈の想いを込めて、恋歌だけに捧げる愛を謳いあげる。

 返事は期待していない。たとえ肉体を失っても、この想いだけは失えない。

 

 漢兵已略地、 漢兵は已にこの土地の攻略を終えて、

 四方楚歌聲。 四方からは楚の歌聲が聞こえてくる。

 大王意氣尽、 それで大王の意氣が尽きるのならば、

 賤妾何聊生。 どうして私だけが生きてられようか。

 

 不意に聞こえてきた詩に、我は振り返る。

 敵陣から飛び出してきた幼いながらも面影が残る。懐かしくも鮮明に思い出せる顔に、我は首を返した。爰剣の仲間達が呼び止めるのも厭わず、死地と分かって飛び込んだ。我一人に向けて放たれる矢は青い剣身の宝剣で払い落とす。駆けろ、ただ一直線に、最短距離で駆け抜けろ。全ての障壁は我が武を以て、打ち払わん。もどかしい、ああ、もどかしい。あと数分で届く距離が実にもどかしい。あゝ、恋歌よ。我が唯一愛した想い人よ。今、そこまで向かうから待っていてくれ! あと数歩、このまま連れ去ろうと手を伸ばした――瞬間、眼前に矢が迫った。咄嗟に身を捩り、鼻先を掠めて馬から転がり落ちる。

 受け身を取って勢いのままに立ち上がれば、弓を片手に持った大人しそうな少女が我を睨みつけていた。

 

「恋歌、下がって……」

「貴様、恋歌の真名を口にするとは……ッ!!」

「お母様、待って! 話を聞いて!」

 

 お母様!? 恋歌から出た言葉にあんぐりと口を開ける。

 そして直ぐ様に思考を開始する。かつては常勝将軍、戦の申し子と呼ばれた頭脳を如何なく発揮して現状の把握に努めた。優れた将は決断が早くなくてはならない。剛毅果断、それこそが数多の修羅場を切り抜ける秘訣である。

 故に我は両足を畳み、背筋を伸ばした姿勢で地面に座る。宝剣はすぐ傍に静かに置いた。

 

「御義母様、我と娘との関係を許してください!」

 

 両手を地面に付けて深々と頭を下げる。即ち、土下座だ。我が知る中で最も誠意を表した姿勢である。

 

「ふ、ふ……ふざけてる!?」

「我は本気だ! 何処の馬の骨とも知れぬ者に娘を預けることは不安だろう! それ故に時間が欲しい、必ずや我の愛が本物であることを御義母様が納得するまで証明し続けてみせるッ!!」

「御義母様って呼ばないでください!?」

 

 ぐぬぬ、急な親御様との面会に準備不足が祟る。

 こうなることがわかっていれば、もっと身嗜みを整えていたし根回しもしていた。手土産だって用意してきた。この場において我が切れる手札はない。故に我が示せるのは誠意のみだ。ここで我の全てを信じて貰おうとは想っていない。だが、この場における我の想いだけは本物であると信じて欲しい。

 認めてくれとは云わない、だがせめて──!

 

「今すぐに我の人間性を信じて欲しいとは言わない! だが、どうか、どうか! 恋歌との交際を許して頂きたいッ!!」

「恋歌の真名を……っ!」

「せめて顔を合わせて話をするだけでも構わない! 必ずや我のことを認めさせてみせます!! 我は恋歌を――ッ!」

 

 ヒュッと矢が頰を掠めた。

 御義母様が新たな矢を弦に添える。正座した姿勢のまま顔を上げると、御義母様が静かにゆっくりと我の眉間に照準を定めた。なぜか、どういう訳か怒らせてしまったようだ。いや、むしろこの反応は親として当然、恋歌は愛されてる証だ。

 ゆっくりと息を吸って吐き出した。

 我もここで退くわけにはいかない、ようやく会えたのだ。鞘に封印されている時も恋歌の気配は感じていた。それが失われて、我は恋歌だけを求めて彷徨い続けてきた。その期間は一月経たずとも、我の体感は百億年にも勝る苦痛の日々だった。故に我は此処では退けない。

 撃つなら撃て、例え眉間を矢で撃ち抜かれようとも我は死なん。愛故に!

 

「貴方は三度も愛娘の真名を呼びました……訂正してください。でなければ、今、此処で死んで頂きます」

「うむ、受け止めよう! 娘を奪われて激昂せぬ親などおらぬ! 故に、それで御義母様の気が済むのであればッ!!」

「だから御義母様と呼ばないでと……」

 

 正座した姿勢のまま、顔を上げる。

 

「お母様、話を聞いて!」

「恋歌、退がってて。私が守ります」

「お母様っ!」

 

 ああもう、と地団駄を踏んだ恋歌が我の前に立って、我を庇うように両手を広げた。

 

「どいて恋歌、そいつを殺せない」

「愛愁を傷付けないでください、お母様」

 

 実母を睨みつける想い人に胸に熱いものが込み上げてくる。

 その時、ドクンと魂にズレを感じた。

 まずい、憑依が解ける。我は宝剣を握り、それを押し付けるように恋歌を突き飛ばした。

 

 そこで意識が途切れた――意識が戻る。

 

 目の前には憎き敵の総大将がいた。

 私は地面に落ちていた雑兵の剣を拾い上げると、そのまま総大将に向けて駆け出した。この場を切り抜けるには、総大将か幼子を人質に取るしかない。無理ならば刺し違えてでも殺し切る。その覚悟で二人に襲いかかったが、青い剣閃が鼻先を掠めて出鼻を挫かれた。

 青い宝剣を抜いた幼子が立ち塞がる。

 

「……すまない、爰剣。我には二人と戦うことはできない」

 

 そういうと幼子はゆっくりと構えを取った。

 申し訳なさそうに「せめてもの筋だ、生きて羌族の地に返してやる」と口にすると静かに私を睨みつける。幼子の体から天をも覆いそうな強大な気迫が放たれて、私の体を吹き抜けた。

 冷や汗が溢れる、体が震える。心が臆した。

 

「退け、爰剣。今なら我が敵を抑えてやる」

 

 そいつは、そんなことを澄まし顔で抜かしやがった。

 

「糞が、糞が……ッ! 糞がぁぁぁぁッ!!」

 

 怒声を張り上げた。地面を蹴り、裏切り者に向けて剣を振り上げる。

 どの面下げて、そんなことが言える! 幼子を殺して、董卓も殺す! そして漢兵全てを殺しきってやる!

 御免、という一言の後、首筋に衝撃を感じ、再び意識が闇に堕ちる。

 

 

 




爰剣さん可愛そう。


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10.戦後の面倒事とか諸々

 并州太原郡にある城塞都市、

 文遠に用意された大きな屋敷で私、月は執務机に置かれた大量の書類と格闘している。

 羌族の脅威を退けた後、病を重くした丁原の代わりに私が執務を取っている。并州刺史の前任者ではあったので勝手は知っているが、羌族と長く争っていた為か私が治めていた時よりも軒並みに生産力が落ちているようだった。戦後復興は急務、とはいえ羌族が建てようとしていた拠点を破壊せずに確保できてしまったので防衛線を押し上げることはできている。これはもう是非とも田畑をたくさん耕して畜産の事業を拡大しなくてはならないと計画を練った。美味しいご飯に親しい隣人、愛すべき家族、それに平穏で安定した生活があれば、かねがねの人にとっては幸せなのだ。

 并州はこれから暫くは安定するだろうから物資にも余裕が出てくるはずだ。そうなれば河東郡から大量の物資を送り込む必要もなくなるので、今までは軍で占領していた大きな街道を民草に解放できるようにもなる。そうなれば司隷と并州は今まで以上に経済の結びつきを強めることができる。その上で更に羌族の脅威がなくなったので、今まで并州を避けて司隷に向かっていた冀州や幽州の商人も迂回せず并州を通るようになるはずだ。そうなれば都市は発展する、経済が潤うって素晴らしい。浮いた資金で家畜を増やさなきゃ、田畑を耕さなきゃ、借金してでも儲けなきゃ……儲けが増えたら増えるだけ借金が増える摩訶不思議体験の記憶を頭を振って追い出した。

 それにしても河東郡に加えて、并州の統治。

 流石に仕事量が追いつかなくなってきている。武官や文官の応募を掛けているが、まだ并州に足を運ぶ人が少ないので、いまいち成果を上げられていなかった。おかげで記憶を取り戻した恋歌には河東郡で事務仕事の手伝いをして貰うことになった。猫の手も借りたい状態とはこのことだ。陳宮は勿論、逃げ出す文遠には派手な外套を弓矢で壁に縫い付けて捕まえた後、楽しい楽しい書類仕事に従事させている。泣くほど嬉しいようで私も幸せだ。私に面倒を押し付けた分の責任は取ってもらう、絶対に逃がさない。既に奉先は手懐けた、陳宮に倍の仕事を課すと云えば、二の句を繋げず、青褪めた顔で部屋を飛び出し、仕事に耐えきれずに逃げ出した文遠を簀巻きにして連れ戻してくれる。

「こんなん横暴や! 暴君や!」と泣き喚けば「私に不満があるのでしたら、いつでも立場を譲りますよ?」と言って黙らせる。実際、今すぐにでも押し付けてやりたいが、文遠の力量では并州の統治がままならないので仕方なく私が刺史代行を務めている。

 少し前までは涼州を懐かしく思っていたが、今となっては河東郡すらも懐かしく想える。

 早く帰りたいなあ、と思いながら溜息を零していると「失礼するのです」と少しやつれた顔の陳宮が部屋に入ってきた。彼女が手に持っていた書簡に朝廷の調印がされているのを見て、露骨に眉を顰める。

 また面倒な役職が増えるのかな、これ以上は重荷でしかないんだけど――と思いながら受け取った書簡の封を解いた。

 

 

 司隷河東郡、お母様の屋敷で執務を行なっている。

 名目上、太守の代行は徐栄が務めているが政務の執り仕切っているのは私、恋歌であった。

 とはいえ私は読み書き算盤ができても、経済や都市運営は触り程度にしか分からない。しかし私には心強い味方がいる。腰に佩いた宝剣“青峰”を優しく撫でながら心の内で語りかければ、愛しい人、旦那様が私に助言を与えてくれた。なんと私の旦那様には都市どころか国一つの運営をしていた経験があるのだ。詠も手伝ってくれるし、ものの数日で要領を掴んだ旦那様のおかげもあり、今では無理のない速度で執務を処理することができている。とはいえ、これもお母様が現場に居らずともできる仕事を并州で熟してくれているおかげであった。私がしているのは現場の意見を聞き入れる必要があるものや、今すぐに判断しなくてはならないといった仕事が中心となる。

 余った時間で旦那様と一緒に甘味を巡ったり、鍛錬に付き合って貰ったり、夢の中でいちゃいちゃしてたりしている。

 他には座敷牢に通い詰めるのが日課になっていた。適当な手土産を片手に牢番へと挨拶し、布団で横になっている褐色の少女に向けて格子越しに声を掛ける。むくりと体を起こす、その不貞腐れた顔は何時ぞやの戦場で見た顔だった。

 

「裏切り者め、よくもまあ面を出せるな」

 

 爰剣(えんけん)、そう彼女は名乗っている。

 并州で戦った羌族の頭領だ。旦那様からの願いで命だけは生かすように頼み込み、厳重な監視の上で座敷牢に閉じ込めている。個人的には嫌いではない、というよりも旦那様が憑依していた時が初見だったので悪感情を抱けないというのが本音だったりする。少なくともひと目見て惚れちゃったし、今はそういう感情とかないけども、一度抱いた好感触を拭いきることは難しかった。

 さておき今日は良い報せと悪い報せを持ってきた、ということで旦那様に主導権を譲る。

 

 私は意識を失うことなく、我が肉体を掌握する。

 

「その件に関しては申し訳ない。こんなにも早くに再会できるとは思っていなかったんだ」

「その口調は怨霊だな? 詫びるくらいなら此処から出せ、そして董卓の居場所を教えろ」

「出すだけなら兎も角、そう言われてできるわけがないだろう。養子とはいえ我が妻の御母様、つまり我の御義母様だ。害するような真似などできぬ」

「良いから此処から出せ、今すぐに襲うことはやめてやる。そして俺の手で羌族の誇りを取り戻す」

「その為の手は尽くしていたのだがな……」

 

 気まずさから彼女から目を逸らす。

 我が最愛の妻に頼み込んで、どうにか彼女を羌族の土地に戻すことを画策していた。その一つの案として考えていたのが停戦条約を結ぶことであったり、身代金と引き換えといったものであったが――しかし、と手荷物から書簡を取り出して彼女に放り投げる。

 先ずは悪い報せからだ。不思議そうに書簡を開いた彼女は、みるみるうちに顔を真っ赤にさせると力任せに書類を引き千切った。

 

「ふざけるな! なんなのだ、これは!!」

 

 中身は爰剣の返還拒否、好きに処刑しろといった内容だった。これに関しては我に心当たりがありすぎて、酷く申し訳なく思っている。

 

「敵大将を前に土下座、命乞い。破談からぶち切れた頭領は敵大将に斬りかかった上で護衛に倒される」

「だから、それはなんだと言っている!!」

「……我の求愛は周りからはそう見えていたようだ」

 

 本当に申し訳なく思っている。

 爰剣を中心にした反乱軍はあの後すぐに解散しているようで、今になって首謀者に戻って来られても困るという事情もあるようだ。流石にこのままではあまりにも不憫、ということで良い報せも持って来てある。

 ふざけるな、といった罵声をひと通り聞き流した後で我は口を開いた。

 

「お前は聡い、これでは羌族に戻るのも難しいことは自覚してよう」

「お前のせいでなっ!」

「だから代わりのものを用意させて貰った」

 

 そう言って、複製した書簡を手渡した。

 

「……これは?」

「漢王朝にある家柄の者として認める書類だ。呂布の縁戚には既に潰えた家柄があったのでな、それを使わせて貰っている。姓は魏、名は続だ。羌族と漢民の混血で、批判を避けるために今日という日まで隠されてきた子という設定にしてある」

「名を捨てろと云うのか!?」

無弋爰剣(むよくえんけん)、これはお前の名ではないだろう。借り物を返すだけだ、そして捨てた名に愛着もあるまい。今一度、名前を変えたとしても問題はないと思うが?」

 

 べつに真名を捨てろと言っている訳ではない、と腕を組んでみせる。

 

「ここで死ぬというのであれば我はお前の気持ちを汲んでやるつもりだ、できるだけ楽に殺してやる。我は選択肢を与えるだけだ。漢民族として生きるか、無弋爰剣の名を地に落とした羌族として死ぬか、選ばせてやる」

「落としたのは貴様だろうがッ!」

「確かにそうだ。しかし我が弁解したとて誰が信じる? 仮に極一部がそれを信じたとしても民草全てが信じる訳ではあるまい」

 

 ぐぬぬ、と爰剣が歯を食い縛る。

 それを無言で見下ろしていると恋歌が我に代わるようにと促してきた為、我は黙って主導権を返した。

 正直過ぎるのも困りもの、と私は溜息を零して、褐色の少女を見つめる。

 

「爰剣さん、漢民族の為に力を尽くせとは言いません。ですが、このまま死なれても惨めなだけではありませんか?」

「……貴様は、元の魂か」

「ええ、私は董白。真名を恋歌と申します」

 

 旦那様が心で怒鳴るのを無視して、深く頭を下げる。

 

「……真名はお前たちにとって大事なものと聞いているが?」

「はい、大切です。しかし話を聞いて貰う為には先ず、誠意を見せなくてはなりません。真名を預けることは私にとって貴方に示せる最大の誠意です」

「恋歌、そう言ったな?」

 

 はい、と静かに頷き返す。愛しい人以外に真名を呼ばれることに不快感はある、しかし今は耐えるべきことだと思った。

 

「貴方の心がまだ羌族にあるならば、これは好機なのですよ」

 

 爰剣が私を睨みつけたまま耳を傾ける、返答がまだないことを確認してから続きを口にする。

 

「私のお母様、つまり董卓は今や涼州と并州、それに河東郡に強い影響力を持つ人物となっています。その彼女に従うことで得られる情報は莫大なものとなるでしょう。それは漢王朝と戦う上では軍を率いて戦うことよりも稀少な戦果であり、仮に戦わないにせよ、ここで成果を上げることができれば羌族の優位になる条件を董卓に提示することも可能です」

 

 漢王朝を裏切らない範囲で旦那様が助けてくれますよ、と付け加える。

 私個人としては漢王朝には少なからずの恨みがある。というよりも劉邦のことが個人的に嫌いだ。我が愛しい旦那様を誑かす女狐であり、私達の仲を引き裂く死因を作った人物でもあった。しかし月個人に対しては私は好意的に思っているし、末代まで呪うほどに恨んでいる訳ではない。旦那様が漢王朝に復讐するつもりがないのであれば、私も今の幸せな毎日を維持することに努める。望むことがあれば、ただ一つ。旦那様との子を孕みたいとか、孕ませたいとか、それだけだ。

 爰剣はしばらく黙り込むこと数分、そして重たそうに口を開いた。

 

「……私は羌族だ」

「はい」

「それを忘れるな」

 

 ではそのように、と私は魏続に頭を下げる。

 牢獄を出て、街中を歩いてると旦那様が「真名を預けるのはやりすぎだ」と告げる。

 誰のせいでしょうか、と返すと彼は気不味そうに黙り込んだ。

 

「ここからが大変ですよ。爰剣、いや、魏続が裏切らないように懐柔しなくてはなりません」

 

 厄介ごと、それも女性関係とは面倒なものを持ってきてくれました、とわざとらしく溜息を吐けば、旦那様が心の隅っこで身を小さく丸める。実際に三角座りをしている訳ではないが感覚的にはそんな感じだ。戦場では勇猛な旦那様がこうも縮こまる姿を見ていると可愛らしく感じられた。

 愛しい人というのは、戦場でどれだけ猛威を奮い、格好を付けようとも可愛く思えるものだった。

 

 

 数週間後、朝廷にて。

 私、月は謁見の間で深々と頭を下げている。

 壇上には現皇帝である霊帝が椅子に腰を下ろしており、その右側を張譲と趙忠が控えている。

 そして左側には何進と何太后が私を見下す。

 

「董卓、貴様に新しい官位を授けてやる」

 

 そんなものはいらないんだけど、と思いながらも恭しく頭を下げ直した。

 

「中郎将だ、田舎武将には過ぎた身分だ。励めよ」

 

 これで晴れての悪鬼羅刹が蠢く宮勤め、気が滅入る。

 ありがたき幸せ、と心にもないことを口にした。此度の昇進は羌族を退けたことに対する功績という話になっているが、実際のところは涼州、并州、河東郡に対する影響力を強く持ち始めたことによる宦官の牽制だと思っている。でもたぶん思惑はそれだけではない――壇上で霊帝を守るように佇む女性、大将軍何進、元は屠殺業の娘。涼州で私が農牧を営んでいた時からの繋がりであり、気付いた時には大将軍の地位まで昇り詰めていた女性だ。屠殺業の家柄という出身から宮中ではいまいち支持を得られておらず、宦官と手を組むことでかろうじて今の立場を維持しているのだと云う。宦官の提案に乗ったのは逆らえない事情があった為、それとは別に何進が私を呼んだ理由には、使い勝手の良い駒を欲して、ということが含まれていると私は考える。事実として私は宦官から疎まれており、何進と同じく田舎者であるから名家との関係も悪い。つまり私の後ろ盾になってくれる人物は何進しかいないということだ。やけに恩着せがましいのも私を駒として欲する為に、という私の考えを裏付ける根拠だった。

 官位を授けられる前からこれだ、もうお家に帰りたい。

 涼州じゃなくても良い、并州でも河東郡でも構わない。とにかくお家に帰りたかった。

 

 余談だが并州刺史代行は文遠である。

 詠と恋歌、ついでに徐栄も朝廷に連れてきてることもあって、文遠は陳宮に割とがちで泣きついてた。

 

 




本作で并州編は終わりです、ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
そして本作はここで一旦、中断させてもらいます。数日後には別勢力同じ世界軸で書き始めていると思います。あと気が向いた時にちらほら拠点イベント的なノリで間幕を書いていると思います。
具体的には「項羽に負けた恋のその後」「項羽さん、改めて御義母様に挨拶へ向かう」「徐栄さんの不手際の処分」などですかね。
他にもなにかリクエストがあればちょちょいと書くかも知れないです。メッセージに送るか、活動報告辺りにリクエスト用の場所を作っておくので適当に書き込んでください。
後書きに長々を書き込んでも仕方ないので、あとは活動報告にぐだぐだと書き連ねておきます。
それではまたしばらく後に。


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