傷吐き (めもちょう)
しおりを挟む

本編
一話


「オイ見たか昨日のニュース! 中学生がヘドロヴィランに捕まったってのを、オールマイトが助けたってやつ!」

「見た見た! オールマイトカッケーよなぁ。天気変えちまったってよ!」

「中学生の方もヤバくない? ウチらと同級だってさ。爆破の“個性”で抵抗したって、タフすぎん!?」

 

 まだ冬の居残りが風に感じる朝。でも教室の奴らの顔はそんなこと関係無しに明るくそれぞれ話してた。話題は勿論、昨日の大ニュース。その話題で持ちきりで、それ以外話してる奴らが居るのかどうかすら怪しいくらいだ。凄かったもんな、そのニュース。分かる。だから、今日くらい、朝は何も――

 

「あ~あ! ここにいるヴィランも、ついでに捕まっちまえば良かったのによー!」

 

 ――そう簡単に、見逃してくれないか。

 

「ヴィランとヴィランでお似合いだしなぁ! 今からでも取り込まれてくればァ?」

「ちょっとは強くなれんじゃねェのー?」

 

 ギャハギャハ笑う暴力加害者ども。朝の爽やかさとは程遠い、悪意に満ちた笑い声。教室が一気に淀んだ空気へ様変わりし、視線が席に着く俺に集中する。今日も、めんどくさい。

 

「オイ、ヴィラン!」

 

 加害者の一人が俺を見て言う。この教室でいう狭い意味でのヴィランっていうのは俺のことだ。母親がヴィランとして捕まっていて、俺も三白眼のヴィラン顔だからっつー、くだらなすぎる理由でだ。

 

「無視すんじゃねぇよヴィラン!!」

 

 反応するわけがない。俺は何も、法律を裏切っていない。

 

「だ~か~ら~! ヒーロー志望のヴィランよォ!」

「!」

 

 それをなんで知って……!

 俺がヒーロー志望であることを他のクラスメイトも今知ったらしく、ざわついた。そんな事より、何で知ってんだ。まだ、先生しか知らないはず……。あぁそうか。進路希望調査を雑に管理してたな担任。いじめを黙認してるあのクソ担任なら、やらかしそうなことだ。

 

「ヴィランが何で雄英目指してんだ、アァン? テメェは裏路地で惨めにくたばってる方がお似合いだぜ?」

 

 ギャハハと笑うそいつにつられて、加害者どもが笑っている。

 勝手にカミングアウトしやがった奴とは別の奴が、指の毛を針化させて俺の前にちらつかせた。見た目はメリケンサック寄りってところか?

 

「おつむがよろしいってだけじゃ、ヒーローは無理だぜ、ヴィランよォ!」

「“個性”をちらつかせて脅す奴よりは、適正は上だろ」

 

 言い返した瞬間、殴られた。毛の針は顔に刺さって、一々抜かなきゃならねえのに。痛い。面倒くさい。

 

「自分しか治せねぇ“没個性”に、何が出来んだ、アァ!」

 

 めんどくさい。何も言わないで針を抜いて、“個性”が勝手に傷を治すのを待つ。こいつらに付き合って良いことがあった試しはない。

 

「ハンッ! 何も言い返さねェ語彙力皆無野郎に、ヒーローは向いてねーな!」

 

 暴力が言語のくせして何言ってやがる。周りの奴らもだ。笑っていられるのも今のうち。法律が守ってくれるのは、俺だ。

 

 いくら血が出ないようにってほとんど服の下しか暴力しないところで、物に当たれば証拠になる。世の中にはDNA鑑定、繊維鑑定ってのがあるからな。“個性”の隠しているもう一つの効果で血を流してやれば、割と早めに暴力からは解放される。

 俺の“個性”は、こんな卑怯な奴らから逃げる為に俺に宿ったわけじゃないのに。

 

 別のグループに捕まらないように、放課後はいつも早足で学校から出ていく。今日は成功だ。

 人通りの多い表通りから人の少ない住宅街に入ると、見慣れた人影が俺に手を挙げて笑顔を見せた。

 

吐移(とい)!」

水面(みなも)さん!」

「おかえりなさい」

「ただいま」

 

 いつもお世話になっているお巡りさんと合流する。この地域のお巡りさんは優しい。俺の事情を知っていて、人通りの少ないところを俺を守って歩いてくれるんだ。水面さんだけじゃない。非番のお巡りさん総出だ。とんでもなく優しい。

 ただの虐め被害者にしちゃあ、俺は贅沢者だ。

 

「今日は……あまり怪我しなかったみたいだな。出血も少ない」

「うん。ヒーロー目指してるのバレて、馬鹿にされたくらいだ」

「……犯罪じゃないけど、罪だな。してないとは思うけど、気にすんなよ」

「するわけないです。犯罪者の言葉を気にするほど、バカじゃないです」

「……さっさと訴えとけよ。あんまりタイミングが良すぎると、不必要に恨まれるぞ」

 

 俺への虐めの事で警察が学校に口出ししないのは、俺が止めているってことが大きい。水面さんたちはあまりいい顔しないけど。俺の好きにさせてもらってる。

 

「相手が刃物を出してくれたらなぁ。もしくは、血がぶしゃって出て、服が破けて汚れたら分かりやすいのに」

「“個性”が仇なんてな。ちゃんと日記に書いとけよ。日常的に行われていたって証拠だからな」

「分かってる」

 

 季節的にまだ明るい道を歩いて行く。水面さんは少し気まずそうに切り出した。

 

「なぁ、吐移……。ヒーローじゃなきゃ、ダメか?」

「? どうして?」

「いや、奴らの言葉じゃないけど、吐移の“個性”はヒーローで活躍してくには、力不足ではあるから……。消防士なんて、あ、特別救助隊とかどうだ? 吐移はヴィランと戦うより、災害から人を救う人間の気がするぞ」

「……ありがとう」

「納得できない?」

「いや、その選択肢もあるのかって……。考えてみる」

「そっか。良かった」

 

 歩き続ければ、いずれは家に着く。俺の家は養護施設。ここの為にももっと金、貯めなきゃな。早く出て、お荷物から卒業だ。

 

「それじゃあ、送ってくれてありがとう」

「明日は(すずみ)だぞ」

「うん、分かった」

 

 水面さんと別れて中に入る。入れば、俺より早くに帰っていた小学生5人が宿題をして待っていた。

 

「あ、正兄、おかえり!」

「正兄おかえり! これ教えて!」

「お邪魔してます」

「ただいま」

「正兄、笑ってー」

「痛いから無理」

 

 宿題してる5人のうち3人はここの子じゃない。この施設は子ども食堂と無料塾を兼ねていて、塾は7時から今日も開かれる。俺はそこでほぼ無償のバイトをしてる。ほぼっていうのは、1日1000円は貰ってるから。他の人は完全ボランティアだから俺だけの話だけど。多分そのボランティアの方々から俺も恵んでもらってる。そうとは教えてもらえてないけど。甘えられるうちにご好意に甘えときなさいって涼さんから言われたから、その通りにしてる。だから、バイト頑張ろう。

 今集まってるこの子達は5時からの子ども食堂の前に宿題を終わらせたいんだろうな。早々に終わらせて、俺も宿題しよう。この子ら別に頭悪かねーし、ちょっと教えればすぐ自分で解けるからな。

 

「漢字教えて」

「辞典の引き方教えるから、自分で調べて。その方が覚えるから」

「分かったー!」

 

 小3の男の子は長年使われ続けてボロボロの国語辞典を持って、俺の近くに座った。この子達は俺が笑わなくても怖がらないから楽だ。女の子たちは俺の目つきが怖いらしくて教わりに来ない。まぁ無理する必要はない。この子達から教わればいいからな。

 

「それじゃなくて、漢字辞典な」

「違うんだ?」

「違うんだよ。それ俺使うから置いといて」

「はーい」

 

 自分の国語辞典はこの間使い物にならなくなった。学習の機会を奪うあんな卑怯な奴らに負けてたまるか。人を傷つけてばかりのヤツらを見返してやるんだ。だから俺は雄英に行って、ヒーローになるんだ。国立は学費も安いしな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話

 恩返しするんだ。見返してやるんだ。

 

 長年積み重ねてきたこの気持ちと鬱憤を晴らすかのように打ち込み、磨き上げてきたこの頭と身体。全てはヒーロー科っていう、世間一般的にはスタートと捉えられる場所に立つ為に。

 俺の自己回復するだけの“個性”は職業ヒーローとして活躍するには確かに力不足だ。“無個性”って言っても過言じゃないくらいには。それでも俺は目指すことを諦めない。だって今ここで折れたら、俺は何になればいい? 何者になればいい? 復讐を果たす為に。

 だから、蓄えたこの力を今この瞬間。ここの教師に見せつけてやるんだ。

 肌に突き刺さるような冷たい風を受けながら、威厳とブランドを両立した巨大な校舎を見上げる。拳を握って「絶対にここの生徒になってやるんだ」と新たに誓った。

 

 

 雄英高校入試。筆記の時点でアウトだった。俺はヒーローに歓迎されていない。

 

 試験内容のことじゃない。試験問題は普通に解けてる。アウトってのは、不正が無いか見ている先生の俺を見る目が他と違っていたこと。

 ……だからなんだってんだ。別に俺自身は悪いことしてねぇ。試験の3ヶ月前に加害者の一部を少年院にぶち込んだだけ。それも理由は俺がナイフで刺されたから。それだけだ。俺は、堂々としてていいはずなんだ。

 被害者が後ろ指さされる社会なんて、クソくらえだ。

 

 そして始まった実技試験。の説明をするのは、ラジオDJも務めるヒーロー、プレゼント・マイクだ。

 配られた資料に拠れば、俺はA会場で、10分間の「模擬市街地演習」を受ける。“仮想ヴィラン”三種を多数配置しているから、()()()()にしてポイントを稼げばいい。アンチヒーローな行為はダメだって言ってるから、人助けなんかのヒーロー行為は逆に推奨だな。だってここはそういうことを学ぶ学校だし。

 真面目そうな眼鏡男子が仮想ヴィランは四種では、とか、縮れ毛の男子にボソボソ喋るなと注意したりしてた。確かに黙れよとは思ってたけど。

 説明するプレゼント・マイクの話では、他三種類と比べて心なしかデカいシルエットの四種類目は、絶対に倒せないギミックらしい。それを倒すからヒーローなんだろう、とは思わないことはないが、俺の“個性”で倒せるとは思えない。だって『黒キューブ』は生涯封印だし。あれを使っちゃ誰かが怪我した時、俺が妨害したんじゃないかって疑われる。ここでもヴィラン扱いなんてごめんだね。

 説明役のヒーロー、プレゼント・マイク先生が腕を広げ、俺らに激励の言葉を投げてくれた。

 

『俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校の“校訓”をプレゼントしよう!

 かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!

 “Plus Ultra”!! それでは皆、良い受難を!!』

 

 痺れるな!

 やってやろうじゃねーか。超えてやろうじゃねーか!!

 

 

 

 会場に着いた。持ち込み自由だから、俺はナックルダスターと肘当て、膝当てを着けている。しっかり鉄製のナックルダスター以外の二つは軽い金属製。ミリタリーショップは何でも売っている。どれも俺にとっては攻撃補助。ヒットアンドアウェイしていくつもりだ。

 

『ハイ、スタートー!』

 

 あっ始まった!!

 一瞬反応が遅れたが、この会場の人間の中ではいち早く飛び出した俺。俺の先を行くのは手のひらから爆破を繰り出して低空バースト飛行をする男子。奴は奥から倒していくつもりらしい。手前の仮想ヴィランには目もくれない。俺もそうしよう。手前のヴィランは手前の受験者に任せよう。道はまだヴィランで溢れていない。今なら行ける。

 目の前に飛び出してきた1Pヴィランの首に走った勢いそのまま、飛び膝蹴りを入れる。脆いロボの脆そうなところを攻めれば、簡単に壊れた。

 

「まず1点!」

 

 弱気になるなよ。俺は、出来るんだ。

 

 殴られつつ殴って、現在13ポイント。3Pヴィランは一度戦って、もう勘弁だと思った。ミサイル出すとか敵うかよ! 一応ポイントとったけど、疲れた。倒すのに時間を食えば他に取られちまうし。

 

 「死ねぇっ!!」

 

 物騒な声と共に爆破の音が響く。これは、俺より先に行ったあいつのものか。3Pヴィランも楽々倒しやがって……。さっきも二体目の3Pヴィラン、こいつに取られたし。これもあって3Pは諦めた。すれ違いざまに「ポイントありがとよ、モブ野郎!」とか貶していって、あいつは別のヴィランを倒しに行った。助かったけど、関わらんとこ。

 俺は俺が出来ることを。出来ることの、一歩先を!

 

「ぎゃあっ!! ぐうっ……!」

「!」

 

 受験者の一人が倒れた。2Pヴィランの首を殴りつけて行動不能にしてから、倒れたそいつに駆け寄る。男子は「何でもない!」とか言っているが右足のすねを抱えて立ち上がれていない。顔色は青い。脂汗、歪んだ表情。骨が折れたか、ヒビが入ったかもしれない。

 

「ここにいると他の受験者の邪魔だ。逃げよう、掴まって」

「ひ、一人で……」

「引き際を間違えられるのは迷惑だ。他の受験者の邪魔はアンチヒーロー行為。そうなりたくないなら、俺におぶられて」

「……分かった」

 

 綺麗事なんて1ミリも無いことを言って避難を促せば、すんなり、ただし悔しそうに俺に従ってくれた。こいつが重くなくてよかった。俺でも運べる。

 おぶったままヴィランの残骸でいっぱいの場所へ向かう。活動してるヴィランは戦闘の中心地に集まっていて、ここは逆に安全のはずだ。

 

「ここからは一人でいい。お前もポイント取ってこい」

「バカだな。お前を運ぶこともポイントだよ」

「は?」

「俺たちが試されているのはヒーローとしての素質だぜ? 倒すのもそりゃポイントだけど、何で人助けしてんのにヒーローじゃないって言われなきゃなんねーんだよ。そこが真骨頂だろうが。……ごめん、途中で足痛くなかったか?」

「だ、大丈夫……。そうか……ヒーローとしての素質……」

 

 悪いけど、こいつは落ちるだろうな。もう戦えないから。

 

「! 右から来るぞ!」

「何!?」

 

 右側はずっと建物で、ヴィランの姿は見えない。それでも見えるってことは、コイツの“個性”か!?

 

「下ろせ! お前のポイントだ!」

「そりゃ、ありがとう!」

 

 しゃがんでそいつを下ろした途端、ヴィランが上から、建物の窓を突き破って現れた! Pは、1か! 破壊された建物から出てきた鉄筋を構えて、対峙する。首をひねって終わりだ! 

 

「14P!」

 

 俺が取ったポイントの合計値を叫んだその時。俺たちが向かっていた方向と逆から、地響きと轟音と共に巨大なロボが現れた。

 

「な、何だあれ!」

「あれが四種類目か!?」

 

 あれが、絶対に倒せないって言ってた、ギミックヴィラン……!

 

「……遠すぎる! あいつは諦めて、俺たちは安全地帯に行こう!」

「遠いってお前、倒す気だったのかよ!」

「現実であんなの放っておいたら建物は勿論人にも被害が行くのは明らかだろ。立ち向かう姿勢くらい、ヒーローなんだし見せときたかったね! まぁ、状況判断的に、逃げるのも手だとは思うよ」

「……悪い、俺のせいで」

「……いや、無茶して倒れて見られたら、それこそ人の希望を奪うよ。無茶せず済んだから、こっちこそありがとう」

「こちらこそ」

 

 時間いっぱいまで、俺たちは協力してヴィランを狩った。言うて稼げたのは2P。時間は無かったんだ、あの時点で。……16ポイントか。あいつを助けたこと、本当にポイントにならないかなぁ。

 

 

 

 数日後、施設に雄英から紙の通知が届いた。内容はヒーロー科不合格通知であり、普通科合格通知。ああ、なんとか、雄英に入れた……。

 

 通知にはヒーローからのフランクな言葉が添えられていた。俺のを書いてくれたのは、プレゼント・マイク先生みたいだ。

 曰く、もう少しだった。曰く、救助活動(レスキュー)Pは30P。曰く、ヒーロー科編入の可能性もあると。……まだだ。まだ、可能性は残ってる。なってやるんだ。ヒーローに。

 俺を支えてくれた人達に恩返しするんだ。

 俺を散々蔑んだあいつらを見返してやるんだ。

 

 復讐してやるんだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話

「本日はお日柄もよくー」

吐移(とい)くん、合格おめでとー!」

「おめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

「吐移までムシしないでぇー」

 

 せっかく乾杯の音頭を取ってくれたのに、二人に流されて無視してごめんなさい、(かわき)さん。

 俺は今、仲良くしてくれているお巡りさんの水面(みなも)さん、(すずみ)さん、(かわき)さんと一緒に焼肉に来ている。俺の雄英合格のお祝いらしい。……申し訳ない。

 

「俺、ヒーロー科には……」

「もー、その話はもう終わっただろ!」

「普通科でも進学校なんだから大変なことには違いないし、ヒーロー科には編入出来るかもしれないんだろ? ならチャンスはある!」

「だからこの焼肉には意味はある! 牛タン食べたい!」

「こら」

 

 欲望に忠実で思わず笑ってしまった。乾さんのことだ。本当にそう思ってそうで笑えてくる。まぁ、頬が痛くなるからすぐに笑わなくなるけど。

 この席を半個室にしている要因である暖簾を押しのけて、店員が肉を持ってきた。カルビ、ロース、牛タン、上タン塩だ。

 

「さ! じゃんじゃん焼いて、じゃんじゃん食べよう!」

 

 こんな上等な肉、初めて食べるな……!

 

 

 良いお肉は焼ける音すら美味しいのか。家でやる時には厄介者でしかない煙も心をワクワクさせてくれる。今俺がそうなってるのがお店でやっているからなのか、好きな人達とコンロを囲んでいるからなのか。多分、きっとそれい会にも要因はあるんだろう。

 

「~~!」

 

 初めて知った。美味い肉を食べると人はこうも無言になるものか。喋ることを忘れてしまうのか。ああ、米が進む。

 

「このぶ厚い牛タン、たまんないなぁ!」

 

 口に肉が入っているから、大きく頷くだけ。それでも乾さんは「そうだよなっ!」って笑ってくれた。

 

「そんなに美味しいんだ。吐移くんの目がキラキラしてる」

 

 涼さんは今さっきまでサラダを食べていた。やっぱり女性だから急な血糖値上昇はしたくないのかもなぁ。飲み込んだ俺は、「全部美味しいよ」と答えておいた。だってそうだし。涼さんは微笑んで「じゃあ、私もいただこうかな」って言ってトングに手を伸ばした。

 

「自分で肉育てるタイプだっけか」

「そうよ。乾にはあげない。吐移くんは食べていいからね!」

「い、いえ、俺も自分で……」

「吐移。こういう時は素直に感謝でいいんだよ」

「……あ、ありがとう、ございます、涼さん」

「うん」

 

 やっぱり、この人たちといるのは、安心する。ある程度食べた後は、俺の実技試験の話になる。俺がどうやって仮想ヴィランを倒したか、他にどんな受験者が居たか、ポイントの為に人助けをしたことなんかを話した。

 

「まさにヒーローじゃん! なーんで雄英は吐移を落としたかなー」

「あと一人くらい助けてたら変わってたと思う。でも、結果は結果だ」

「ヴィラン倒すだけじゃ、人は救えないのに……」

「ヴィランを倒さなきゃ、救えないよ……」

 

 必要条件を満たしていない俺は、やっぱりヒーローっていう職業に向いていないのかもしれない。

 

「……吐移くん、はい」

 

 涼さんが俺の取り皿に焼けたカルビを乗せてくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 この、静かになってしまった気まずい空気を直そうとしてくれてるんだと思う。マイナス思考でごめんなさい。否定してばかりで、ごめんなさい。

 

「……吐移のな、その現実的で慎重な考え方、大事だと思う。でも、お前の中の思考回路ってそれだけじゃないと思うぜ」

「水面さん?」

 

 何を言いたいんだろう。

 

「そうだね。吐移くんは意外と腹黒くて計算高い所があるけれど、私たち三人とも、共通して思うところがあるの」

 

 涼さんまで……。乾さんを見れば、口の端にタレを付けながら微笑んでいた。

 

「吐移。お前は、どんな気持ちで実技試験の時、怪我人を運んでたんだ?」

「?」

 

 さっき言っただろ……。ポイントだ。結果、30Pも入った。まあ、それがあっても落ちたんだけど。

 

「試験前に、その救助活動Pの説明はあったのか?」

「い、いや、目的は仮想ヴィランを多く倒すこと。ほとんどの人は戦闘、情報収集、判断力、機動力を試されていると考えて行動してたと思う」

「そんな中で、お前は?」

「……」

 

 ごめんなさい。多分、期待した答えは言えないよ。

 

「ヒーローを育てる学校での試験。ヒーローの本質、成り立ちを考えれば、たとえ目的はあちらから示されたとしても、怪我人を安全地帯に移動させるくらいのことは当然すべきだ。……痛い思いをしてる人が、無抵抗でもっと痛い思いする必要なんてないし。立てないなら、手を貸して逃がすべきでしょ」

「うん、お前らしい」

 

 らしい、のかな。乾さんの期待通りの答えだったみたいで、少し恥ずかしい。

 

「辛い思いを、痛い思いをしてるからこそ、同じ思いをしてる人を助けようとする。吐移くんはよく考える子だし、求められる以上のことをしようとする。だからヒーロー向き、人を助ける職業向きだと思っているんだよ。この三人はね」

 

 涼さんの言葉がむず痒くて、申し訳なさが増す。

 期待に応えられなかった。それが、悔しかった。

 

「笑えよ、吐移!」

「え?」

「お前がなんでヒーロー科に落ちたのか、俺なりに今考えた。で、出た。お前に足りないのは、笑顔だ!」

「……」

 

 俺が一番苦手なことかよ……。

 

「ヒーローの成り立ちや役割が分かっているなら、とっくにヒーローに必要なことだって、もう知ってるはずだろ?」

「……実力」

「それだけじゃない」

「……別に俺、トップ目指してない」

「なんだよ。男の子ならトップ狙えよ! オールマイト目指せって!」

「……あこがれは、そうだけど」

 

 喋るのがちょっと嫌になって、さっき分けてもらった肉を頬張る。失礼なのは分かってるけど……。

 

「俺の理想を教えてやろう!」

 

 乾さんは俺の態度に気にした様子もなく、高らかに言った。

 

「俺の理想はオールマイト! 圧倒的なパワー! 圧倒的な声量! 圧倒的な笑顔だ!」

「……声量?」

「声の小さなヒーローは居ないだろ?」

「そうだけど……」

「吐移はどれも足りてない。だから落ちたとは言わないが、受かったとして、そこが差になったかもしれない! 吐移! 今から鍛えよう!」

「……うん」

 

 気が、進まない。これでも何度かチャレンジしたんだ。あまりにも笑えないから。練習しようとして、顔が痛くなったり攣ったり、気持ち悪すぎて止めた。

 俺だって笑顔が必要なのは分かってる。でも、苦手なもんは苦手なんだ。

 そんな態度が丸わかりだったんだろう。涼さんが肉をまた取り分け皿に乗せてくれながら言う。

 

「吐移くん。私たちは君にヒーローの素質はあると思ってる。でもね、今は素質だけなの。原石なの。磨かなきゃ、輝かないの。私たちは吐移くんに輝いてほしいと思ってる。乾もその為にアドバイスしてるの。だから、考えてはくれない?」

「……ハイ」

 

 涼さんにはやっぱり、怒られた。

 

「俺たちも協力するからさ」

「めちゃめちゃ下手だから、時間かかるよ?」

「時間かけてやればいい。大丈夫だよ」

「なんせお手本がここにいるからな!」

「乾さんがお手本かぁ」

「最高だろ?」

「そうだね」

「話がまとまったなら、食べようよ。さ、焼くよ」

「極上タン追加しようぜ」

「お前持ちな」

「ごちそうさま」

「いただきます」

「大人3人で割り勘じゃい!」

 

 あったかいなぁ……。

 

 

 

 俺の“個性”は、自分を回復させるものじゃない。「息」を媒体にして、自分の体についた傷を「黒いキューブ」に変換する個性だ。あまりに小さい傷はキューブになることもなく回復するから、あながち間違ってないけど正解ではないし、結果的に回復してるってだけで受けた衝撃なんかはちゃんと残ってる。

 ちなみにこの“個性”は、おそらく母親側の親族からの隔世遺伝だと考えている。母親の“個性”は「爪強化」だが、母の父、俺の祖父の“個性”が俺と同じだからだ。まぁ、会ったことは一度しかないんだけどね。

 

 なぜそれを振り替えるのか。それは、高校入学手続きの際に個性届を提出しなければならないからだ。

 今まで俺は自己回復の“個性”と偽って生活していた。だけど問題はない。国はたまには弱者に優しいから。

 

 “個性守秘制度”。

 日常に支障をきたす“個性”を持ち、本人が使用と世間に知られることを強く拒否している場合。役所に“個性”を正しいものを届けることを条件に文書を書き換えることが可能な制度だ。原本は正式だが、写しは内容が書き換えられるって感じだ。

 

 俺の場合は、「傷を黒いキューブに変換し、それが攻撃手段になり得ること」を隠したかった。

 ヴィランだと虐められてる俺がそんな暗殺にも使えそうな“個性”を持っていたら罠に嵌められる可能性がある。この“個性”を自覚した小学2年生の時に、慌てて施設の石嶺さんに相談して役所に駆け込んだのは今でも覚えている。

 

 この制度を使っている人は結構いるらしい。様々な場面で不利に働く“個性”だと生きづらくなるから、公的文書を後ろ盾として設けて、少しでも生きやすくする目的らしい。

 ちなみに、犯罪者や容疑者として捜査の対象とされている人間には例外として適用されない。使わないという契約だからね。犯罪に使うんじゃ無いなら使っても良いけど、この制度を利用する時点で、自らの意思で“個性”は使わないはず。だから、俺の公的な“個性”は自己回復、一瞬で治るから「超回復」だっていう弱個性だ。弱くないって言ってくれる人、結構いるけどね。

 

 俺の本当の“個性”を知っているのは、施設の石嶺さんと、役所の偉い人と担当者さんの三人だけ。学校の先生も仲良いお巡りさんも知らない。

 

 

 個性届の写しを見ながら思い出す。虐められてきた日々を。どうして被害者側がここまでしないといけないのか。どうして縛られないといけなんだろうか。世界は加害者に優しすぎる。

 ……分かってる。分かってるよ。誰かの自由は誰かの不自由。だから皆がちょっと不自由するべきだって。法律がそれだ。だからこそ嫌だ。どうして違反しているあいつらがのさばれたんだ。俺が動かなきゃ、俺が強くなきゃ、あいつらは今でも……。どうして被害者が動かないといけないんだよ。

 

 手の中で転がるキューブを見る。サイコロサイズのそれは黒をベースに赤い筋がひび割れのように入っていて、禍々しい。用はないので自分の中に取り込む。掌に溶けるように、黒いキューブは俺の体に取り込まれた。

 隠すことに慣れすぎた。内にある黒いキューブは、一生このままだろう。雄英での同級生にも、きっと話せない。でも、それでもいい。良い人達なら、使うことは無いはずだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話

 雄英高校の普通科に合格している俺。時間がある時に細々と必要なものを購入している。

 俺の地元から雄英は片道二時間。毎日通うことを考えたら、近くにアパートを借りる方が時間も金も安上がりだ。この間焼肉したのも借りる家を相談する為だった。まぁ雄英生向けの安い単身者用アパートがあるから、その中から選んだ。一番安いとこ。

 

 バイト先を探しつつ、土地勘を鍛える為に散策する。今日はついに少し離れた場所にある、木椰区ショッピングモールに足を伸ばした。ここで買うものはないんだけど。施設から洗井さんが部屋の片付けを手伝いに来てくれてるし、お土産くらいは買おう。……何も追い出さなくても良かったじゃん、洗井さん。なんでなの?

 お金はなくても時間はあるから、見て回ろう。せっかく前髪も洗井さんに切ってもらって、爽やかな気分だしね。

 平日だけど春休み時期だから、人が多い。キョロキョロしてたらダサいな。どうしよう。

 

「ん?」

 

 一目惹かれたそのお店は、アクセサリーショップか。男性用ってか、学生向けのところだ。歩き回るのもなんだし、ここで時間を潰そう。なんでサングラスが多いんだろう。ネックレスもなかなかあるな。

 

「お?」

 

 ヘアバンド? ああ、いいかも。でも一つ600円は高ぇや。かっこいいけど。素材も良いし。

 近くに備え付けてある鏡を見ながら、自分に合う柄を探す。手頃な高校デビューアイテムだと思ったから。でも、駄目だな。顔が悪い。下がりきった不満そうな口元。青白い肌。大きく、鋭い三白眼。ヴィラン顔だ。晒していいのか、こんな顔。

 

「あら~! お似合いですねお客さま」

 

 その台詞は男の声で言われた。そして、聞き覚えがあった。

 

「高校デビューですかぁ?」

 

 ねっとりとした、悪意しかない声色。

 

「なんで……」

 

 俺に話しかけてきた男は、俺を虐めていた奴らの一部。後ろにはあと3人いる。

 

「たまたまだよ、たまたま。そう、たまたま」

 

 訳が分からない。俺が雄英に、普通科とはいえ合格したのは確かに知られている。今年はあの中学から俺ひとりだっていうのも。だからなんだ。どうして俺がここに、今日居るって分かっているんだ。本当に、偶然であってくれ!

 

「なあ吐移、久しぶりだし、話そうぜぇ? なぁ?」

「!!」

 

 しまった! こいつの“個性”は『足固め』。その場から動けなくさせる“個性”で発動条件は対象者の体に触れること。このままじゃ、ここに放置される。効果時間は3時間。こいつが解かなきゃこの店に迷惑がかかるどころか、俺もトイレに行けず困る。

 

「ここじゃねぇ場所でさぁ?」

「……」

 

 バカが。少年院送りにしてやる。

 

 

 

 肩を組まれたまま、取り囲まれて移動する。どこか目立つところに放置すれば、俺に恥をかかせることは出来る。が、すぐに通報されて、俺の証言で特定出来る。それくらい考えられる程度の頭はあるらしいな。

 

「ぐぅ……がっ!」

 

 バカがよぉ。こんな暗い路地裏に連れ込んでリンチしたって同じだよ。いくら血が出ないようにってやったとしても、俺が“個性”の黒いキューブで血を出して偽装すれば、お前らの少年院送りは免れない。俺を恐怖させた報いだ。せっかく示談で済んだのに、かわいそうにな。

 

「テメェのせいで、ろくな高校に行けなくなっちまったよ。ヒーロー科なんてまったく」

 

 自業自得だ。人をヴィラン呼ばわりした人間がヒーロー? ふざけんなよ。そんなの認めねぇ。

 

「ぐっ!!」

「生意気な目ぇしやがって、オイ、あれ出せよ」

「いいのか?」

「いいんだよ。どうせ、こいつは“個性”で治るんだからな。寄越せ」

「へいへい」

「……」

 

 ああ、馬鹿だ。いや、もう血が出ちまってるからそうするのか。

 出すように言われたそいつは鞄から、サバイバルナイフなんていう、殺意の塊を取り出しやがった。

 

「幕張、ビニール」

「殺人に荷担したくはなかったんだけどなぁ」

 

 そう言いながら、幕張は自らの“個性”『ビニール』をラップのように腕から取り出し、ナイフを持った留目に差し出した。留目はビニールにナイフを突き刺し、刃だけが出ている状態にした。返り血を浴びないことを意識したか。くそが。

 

「さァて、遊ぼうぜ、ヴィラン。生きるか、死ぬか。運良く生き残れば、俺らを通報すればいい」

 

 殺す気だ。こいつら、俺を殺す気だ!! しかも全員ノリ気だ。さっき「殺人に加担したくない」って言った奴まで……! いい高校へ行けなかったのは自分の行いの結果なのに。俺を恨むのはお門違いだ!!

 

「今更命乞いしたって遅いぜ?」

「……」

 

 留目の“個性”で、腰まで固められ、立つしかない俺。逃げることは不可能。

 息を止めんなよ、俺。息し続ければ、絶対に助かるから。

 

「じゃあな」

 

 腹にナイフが刺さる。

 

「が、はァ!!」

 

 あつい! 痛い! あ゛あ゛! あつい!!

 ナイフはすぐに抜かれたが、肉を少し持ってかれた気がする。もう回復しただろうけど、血の熱さが、肉を破られる痛みが、ずっとここに残っている。

 

「次俺ー」

 

 何回、これが続くんだ。

 

 

 

「ハァ……ハァ……ゲホッオエッ……ハァ……ハァ……」

 

 形容したくない、痛みが、ずっと腹にある。痛み、熱、衝撃に体力を奪われて、立っていられない。“個性”のせいで無理やり立っているに過ぎない。血が、足りない。

 

「この一発で、もうギリギリになるかなァ?」

 

 もう5回は刺された。

 心の準備もさせてもらえず、6回目が来た。

 

「ガボッ……!!」

 

 ぐりぐりと腹に刺さったナイフを掻き回される。

 

「がァ……アァ……!」

 

 死ねばいいのに!!

 

「死ねよ、ヴィラン」

 

 やっと抜かれた。そして“個性”が解かれた。立てない俺は血溜まりに沈んだ。俺から流れ出たばかりのそれは、一応まだ暖かい。

 

「俺の人生めちゃくちゃにしやがったお前に、相応しい死に方だな。ざまぁねえなァ!!」

 

 俺は、血溜まりからあいつらを見上げる。頭が回らない。寒い。傷は塞がってもう血は流れてねえのに、さらに血の気が引いていく。

 

「ここまでしたんだし、ほっときゃ死ぬだろ。帰ろーぜ」

 

 留目の言葉で、4人で俺から離れていく。もう痛いのは無いんだ。少し、休んだら、俺も、行こう。

 こんな、血まみれ、なんだ……。何も、言わなくても、分かって……くれる……。

 

「いたい……さむい……」

 

 立てない。動けない。……なんで、なんで、俺は……あいつらなんかに殺されなきゃなんねぇんだよ!

 

「やる……してやる……! いつか、絶対……傷ついた分だけ、返してやる……!」

 

 俺は手を汚さない。味わいやがれ、俺の傷を。見捨てられる恐怖を。傷つけられる恐怖を。

 俺は、絶対にヴィランにならない。お前らの望んだ通りになんて、なってやるものか。俺は、ヒーローになって、テメェらを捕まえてやる。絶対だ。絶対だ!!

 

 

「オイ! 生きてんのか!!」

 

 え?

 

「今、救急車呼んでやるから、死ぬ気で踏ん張りやがれ!」

 

 誰? だれが、優しくしてくれるの? ……救急車? いらない。

 

「チッ! 血が多すぎんだろ……!」

 

 目の前の、人相の悪い男の腕を掴む。あぁ、血まみれだ。ごめんなさい、あなたを、汚した。でも……。

 

「いらない……意味ない……ケガはもう無いから!」

 

 これだけは伝えなきゃ。血なんて、食べれば増えるから。ねぇ、警察呼んでよ。今なら、あいつら、捕まえられるから。

 

 血液でヌル付いた手は乱暴に払い除けられた。誰か知らない、優しいのか怖いのか分からないその人は、救急車を呼んでいた。それから俺を冷たい血溜まりから出して、血を、自分が着ていた服で拭いてくれた。

 ……あったかくて、眠たくなる。お礼が言いたくて、彼の顔を見る。そこで力尽きた。

 彼の顔に見覚えがあった。どこであったんだろう、こんな、親切な人。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話

 あのまま気絶してしまったらしい俺。次目覚めた時、俺は白い空間、もとい、病院のベッドで寝かされていた。引っ越し作業の疲れも相まって一日ずっと目を覚まさなかったらしい。施設のお姉さん、洗井さんが心配そうに、そして安心したように教えてくれた。

 

「洗井さん、俺を助けてくれた人、名前知らない?」

「え? あ、あぁ……分からないわ。彼、教えてくれなくて……ごめんなさいね」

「いや……」

 

 それなら仕方ない。

 洗井さんが持ってきてくれた俺の服に着替えた。あの服は穴が空いてるからもう捨てたらしい。

 俺はその日のうちに退院した。体力的にも大丈夫だから歩いて帰っていた。

 

 その道中で、洗井さんが言い出し辛そうに、それでも何か決心したみたいに息を飲んで、俺に顔を向けてきた。

 

「ねぇ、吐移くん」

「何?」

「ヒーローじゃなきゃ、だめ?」

「え?」

 

 洗井さんの言葉が信じられなかった。俺の“ヒーローになりたい”っていう夢を一番応援してくれてたのは、洗井さんのはずだったのに。俺にバイトを勧めてくれたり、勉強の時間をちゃんと取らせてくれたり、面接練習にも付き合ってくれた。

 だから、洗井さんがそんなことを言うなんて。まさかだろうって耳を疑った。でも、彼女の顔を見れば、今の発言は確かに彼女の意思で告げられたことに間違いないと、俺にも分かった。

 

「な、なんで……?」

「……ヒーローって、ヴィランと戦わないといけないでしょう? 吐移くん分かってる? あなた今回、あともう少し血が流れていたら、死んでたんだよ。吐移くんは自分を回復出来るけど、攻撃手段は自分の身体だけ……。厳しいことを言うけれど、吐移くんはヒーローに向いてないわ」

「……」

「私は、吐移くんは消防隊員に向いてると思うよ。彼らはヴィランと戦わない。だけど救うことに関して、ヒーローとは別ベクトルのプロよ。戦闘力のない君でも、活躍できるはず。ねぇ、吐移くん、そうしない?」

「……考えます」

 

 水面さんにも言われたことだった。たくさんの人からそう言われるなんて、俺ってやっぱりヒーローに向いてないのかな……。そうなのかもしれない。あぁ、こんな直前で、考えがブレる。でも、もう、心配されたくない。

 

 

 

 数日後、俺はもう一度、ショッピングモールに来ていた。あれを買いにだ。

 俺は変わりたい。洗井さんに、俺と関わる良い人全てに心配かけない、強い俺に。

 

 ヒーローでなくてもいい。あいつらに復讐出来るなら。悲しませない為には、俺は犯罪者になっちゃいけねぇ。だから、俺の復讐方法は変わらない。

 いつか、災害に巻き込まれた奴らを、見捨てるだけ。

 助ける為に行動したかどうかなんて、バレなきゃいいんだよ。だからその時は“個性”は使わない。バレるから。ただ、只見捨てる。俺がするのは、それだけだ。奴らが息をするのを辞めるまで、ずっと、眺め続けるだけ。

 

 例のアクセサリーショップにたどり着く。今回は当然、あいつらはいない。今頃少年院か。それとも留置所? どうでもいい。奴らのお言葉に甘えて、遠慮せず通報したからな。もう、花の高校生活なんて送れないな! 俺の平和を奪ってきたんだから、当然の報いだろ?

 

「ん?」

 

 あの時は見なかった、「SALE」のポップ。カゴに雑に放り込まれている中には、ヘアバンドも含まれていた。

 

「……ちょっとダサい」

 

 単色ヘアバンはおしゃれとは言えない。しかも、色がくすんでるやつばかり。だからセール品だと思うけど。小豆色かぁ。あんこ好きだし、もし頭に怪我しても、この色なら多少ごまかせるかも知れない。

 

「うわ……」

 

 ヘアバンドを額に合わせてみて、あまりの似合わなさにドン引きした。ブサイクさが増した。

 

「……これにしよう」

 

 俺の高校デビューキャラは、「とにかく陽気」だ。すぐに化けの皮が剥がれるところまで含めてだ。なんせ俺は雄英から警戒されている。変わろうとしている姿を見せることで、少しでもそれを緩めさせるんだ。その一役に、このダサいヘアバンドは買ってもらおうか。ギャップってやつだ。普通にかっこいいよりダサい方が覚えられる。印象づけられるんだ、馬鹿っぽさの方に。これが重要だ。俺の嘘を、隠し事を誤魔化すには、馬鹿になるくらいが丁度いい。発言に重さがなくなるからな。

 100円で売られてたこれを買って帰る。楽しみだ。このクソダサヘアバンドが、俺を変えてくれるんだ。あとは、この下がりきった口角をどうするか、だ。結局お巡りさん達の手伝いでも、俺の口角はなかなか上がることは無かった。少しくらい表情筋が鍛えられてるといいな。

 

 

 

 登校初日、入学式を迎えた朝。

 俺は意外と似合っている制服を着る。俺みたいなヴィラン顔でも案外大丈夫なもんだ。ネクタイに苦戦したけど、何とか形になった。あとは、ヘアバンドだけ。

 

「ぶっ」

 

 ぶっさいく。キッツい三白眼に涙袋、人より厚く、そこだけ血色のいい唇。アンバランスな女顔。ヒデェもんだ。だから、陽気キャラで行かなくては。

 

「自己紹介が、今日の山場だ」

 

 緊張してきた。

 

 

 

 体育館でネズミのような校長先生の長い話を聞いていると、運動場の方から爆破音やバイクの音が聞こえてくるけど、多分、ここに居ないA組の奴らが何かやってるってことだよな……。

 爆発音。入試の実戦演習で俺の3Pを横取りしたあいつを思い出した。いるかもな。あいつ。攻撃特化の“個性”は、あの試験じゃ有利だし。

 

 入学式は恙無く終了し、教室で自己紹介の時間が始まった。

 一人ひとり顔を見て、良い人そうな人しかいなくて驚いた。心操だっけ? って人も、人相悪いけど俺ほどじゃないし、ヒーローになりたくてヒーロー科落ちて普通科来たっていう、俺と同じ志の人だった。友達になれそう。

 

 そしてついに俺の番。皆は席から立ち上がっただけだったが、俺は教壇まで行く。そして長くなりますと言いながら、内ポケットから原稿用紙を取り出した。ざわついた。でも関係ない。俺だって緊張してる。大勢の初対面の人たちに身の上話、するんだからな。

 

「俺の名前は、吐移 正です。嶺原中学校出身です。俺は、母親がヴィランだというだけで小・中学校ずっと虐められ、笑顔を作ることが出来ません。勘違いしないでいただきたいのは、母親がヴィランになったのは、俺が3歳の時だということ。それまで母はヴィランではなく、レイプ被害者でしかありませんでした。俺を生んだのは、その最初のレイプ被害で、ヴィランになったのは二度目の、加害者の違うレイプででした。母は爪強化の“個性”で加害者を殺害し、今はまだ刑務所に服役しています。

 俺が言いたいのは、俺はヴィランから生まれたわけじゃないってこと。それを勘違いしたのが、小・中と俺を暴行した加害者たちでした。

 俺の“個性”は『超回復』。常時発動型なので、奴らは加減をしませんでした。奴らは俺から友人を、表情を、平和を奪っていきました。……俺は、それを今からでも取り戻したい。せっかく同じ中学の生徒がいない高校に来たんだから、生まれ変わりたいんです。

 C組の皆さん、こんなめんどくさい、暗い男ですが、どうか仲良くしてください。よろしくお願いします」

 

 我ながら重い。笑わないこんな男と、仲良くしてくれるだろうか。

 

 でも、俺の“生まれ変わりたい”って思いは本当だ。いつまでも暗いままでいたくない。だから、わざわざこのヴィラン顔を晒しているんだ。

 原稿用紙を畳んで、ようやく顔をあげる。

 

「え……?」

 

 なんで、泣いてんだ?

 勿論全員じゃないけど、泣いてる人がいる時点で、おかしくないか? なんで、出会って1・2時間、顔を合わせて数分の奴の為に、泣けるんだ?

 

「吐移くん! 友達になろう!」

 

 一人が立ち上がって、力強く、俺に手を差し出した。

 

「なぁに驚いてんの。吐移くんが友達になってくれって言ったんでしょ! だからなる! ならせてよ!」

 

 言葉が出ない。こんなこと、あっていいのか?

 

「あーあ、泣かせたぁ」

「な、なんで!?」

「違、これ……」

 

 うれし涙だから。

 確かにこれは俺が望んで、理想とした展開だ。同級生に同情を買い、中学の繰り返しにならないよう、手を打った。

 「友達になろう」と言ってくれた女子が俺の肩を叩いて、「安心して! 吐移くんを傷つける奴は、私たちが退けてやる! ね!」と、C組の皆に呼び掛けていた。どうして、そう言えるんだ。ああ、そうか。ヒーローだからだ。ここにいる人たちは皆、ヒーローなんだ。

 

 正直、賭けだった。もしかしたら、また虐めを受けることになるかもしれない、見下されるかもしれないって考えてた。でも、彼らは同情はしても、見下しはしなかった。

 

「一緒に、力を付けていこう」

 

 共に、歩んでくれるらしい。

 良かった。雄英を選んで。良かった。余計な嘘を吐かず、最初で打ち明けて。

 嘘を吐く為に正直に話す。隠す為に正直に話す。そう考えていたけれど、気にしないで良かったのかもしれない。

 

「よろしくお願いします!」

 

 今度は、心の底からの言葉だった。

 

「時間を潰してごめんなさい。次の方、どうぞ!」

 

 皆の名前を知りたい。皆の事を知りたい。皆と強くなりたい。

 

 少なくともこの時、俺の心に“復讐心”は、まったく顔を出していなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話

 全員の自己紹介が終われば、教科書が配られて、これからの学校生活の心持ち? を先生から演説された。まぁ、雄英高校は進学校でもあるから、学業においても俺たち生徒を苦難に陥れる。這い上がってこい。とのこと。担任の越壁先生は演説を終えるとさっさと帰っていった。あとはお前ら人脈広げてろってことかな。

 今日は午前中だけだったけど、明日からはいきなり7時間授業が始まるってことだ。あぁ苦難。土曜日も授業あるってまぁまぁやばいよ。ヒーロー科みたいなヒーロー基礎学の実習があるわけでもなし、ヒーロー科よりも頭良くなりそう。法律関係の授業も普通とヒーロー関係の二種類あって楽しそう。頑張ろう。

 

 時間割の確認も教科書への名前の書き込みも終わったし、そろそろ動き出そうか。一つのノートとシャーペンを持って、俺は廊下側の席の人のもとへ向かった。

 俺のキャラは化けの皮が剥がれやすい、安いメッキの陽気キャラ。友達作りが下手でも許される土壌は、整っている。

 

「こんにちは! 友達になりに来ました!」

「お! 吐移か! 何持ってんの?」

「あ、これはね……」

「友達ノート? かわいいの持ってるね」

「小学生の女の子かよ」

 

 吐移は幼女だった……? って言われたから、小学生は幼児じゃなくて児童だと思うって返しておいた。

 この“友達ノート”は、施設の子たちからプレゼントされたものだ。「高校ではたくさん友達作ってね」って、優しいあの子たちから。あんまりお金もなければ特に女の子たちからは好かれてもなかったはずなんだけど、優しい言葉と共にこのノートを贈られた。早速使うしかない!

 

「俺、名前覚えるの苦手だからさ、こういうの使おうと思って。あ、これ自体はプレゼントされた奴で、こんなにかわいいのは俺の趣味ってわけじゃないからな?」

「誰からのプレゼントなの?」

「施設の子たち、皆から。ボロボロになるまで使うのが、恩返しだよな」

「なるほどなぁ」

 

 今日は3人、ノート3枚分が埋まるぞ。順番を入れ替えられるリングノート式だけど、せっかくだし番号順に友達になっていこう。

 シートを3枚取り出して、俺は取材を始めようとする。

 

「え、そういうのって、カードを自分で書かせるものじゃないの?」

「え、そうなの?」

 

 知らなかった。でもそれって、覚えられんの?

 

「俺は一人ひとりの顔と名前覚えたいし、俺のやり方でさせて? いつ皆の分埋まるか、分からないけどさ」

「そういうことなら……。皆聞いたかー? 吐移、時間かけて友達になりに行くから、心の準備しとけよー」

 

 これから取材しようとした男子が、皆にそう呼びかけてくれた。クラスの皆聞いてくれたし、ありがたい。ああ、こんなふうに呼びかけられるメンタルも、声の大きさも欲しい。手に入れたい。

 自己紹介の時に真っ先に「友達になろう」と言ってくれた女の子が「私が一番になるぅ!」と言いながら、こっちに来てくれた。まだ教科書への名前の書き込みが終わってなかったから遠慮してたけど、いいのかな。じゃあ、今日は4人へ取材かな。友人No.1は、記見さんだ。箇条書きで記していこう。

 

名前 :記見 瞳(きみ ひとみ)

誕生日:7/23

特技 :人の顔を一目で覚えること(名前を覚えるわけではない)

趣味 :図鑑を見ること

個性 :記憶見 『生物以外の物質から記憶を見ることが出来る』

 

 深い赤の長い髪に、気だるげな瞳。でも輝きに満ちていて、綺麗だ。似顔絵は……ブサイクに描いたら失礼だから止めておこう。

 

「じゃんじゃん聞いてくよー」

 

 次こそ、番号順だ。

 

「お、来い!」

 

名前 :有塚 健吾(ありづか けんご)

誕生日:12/4

特技 :紙を刃物を使わずに綺麗に切ること。

趣味 :アリ観察

個性 :蟻塚 『地上に出るタイプの蟻塚をどこからでも出現させることができる。アリはいない』

 

「“個性”おもろ」

「そ、そうか?」

「その蟻塚って、コンクリートの上ならコンクリートで作られるの?」

「そんな感じ」

「形は好きなように?」

「集中すれば割とそうだぜ。大きいのを作るときは時間かかるな」

「そうなんだ」

 

 有塚くんは黒髪ツーブロックの強面イケメンだ。いいなぁ。

 

「次は私?」

「そうだね、聞いてくよ」

「私は雨恋」

「え? 出席番号、雨恋さんの方が先?」

「一番は秋野だよ」

「なんで席交換してんの……」

 

名前 :雨恋 祷(あまこい いのり)

誕生日:11/11

特技 :日焼け止めクリームを素早く塗れる

趣味 :神社参り

個性 :雨乞い 『局地的に小雨を降らせることが出来る』

 

「君は神様なの?」

「あんたはナンパ師なの?」

「いや、水不足に悩むところで降らせたら、それはもう神じゃん」

「……半径6メートルに、小雨じゃあね」

「それなら鍛えようよ。雄英は、それが許されているから」

「ありがとう」

 

 普通科でも場所を選べば個性の訓練は出来る。だから普通科に希望を持ってやって来る生徒がいるんだ。

 雨恋さんは紺色長髪の日本人的正統派美人だ。このクラス、美人しかいないの? ヴィラン顔がすっげぇコンプレックスになりそう。その前にナンパ師ってどういうこと?

 

「次は俺だな。真の出席番号一番は俺だ!」

「席順に座っててよ……」

 

 まあいいや。彼は愛嬌あるけれど、イケメンじゃないぞ!

 

名前 :秋野 修吾(あきの しゅうご)

誕生日:10/13

特技 :火起こし、焼き芋を上手に焼くこと

趣味 :食べること

個性 :溜めこみ 『80kgまでの全ての物質を体内の特別な器官に溜め込むことが出来る』

 

「すっげぇ……いつか焼き芋たべさせてね」

「いや“個性”の話じゃないんかーい」

「ナイスツッコミ!」

 

 この明るさ、参考にしよう。それまでは分けてもらおうかな。

 

 今日はここまでにしよう。明日は休み時間に一人づつ、時間あるときに聞いていこう。

 

「時間、俺にくれてありがとう。記見さん、有塚くん、雨恋さん、秋野くんね」

 

 一人ひとり顔を見ながら名前を言う。これでこの四人は覚えたぞ。後ろの席の人に「明日はよろしくね」と言ってから、ノートを閉じて自分の席に戻る。シートにはまだまだ空欄が多いけれど、これから知っていけばいい。

 今日だけで4人の友達を知れた。このクラスは俺を入れても全員で20人。すぐに皆と友達になれるな!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話

 木曜日。友達ノートは予定よりも早く進んだ。ほとんど埋まっているけれど、だからと言って皆と話せているかというと、そうでもない。そんな高校生活4日目の放課後。

 

「吐移くん! 一緒に帰ろう!」

「ごめんね、今日はちょっと寄るところがあるから」

「どこに?」

「アポなしだけど、プレゼント・マイク先生に」

「そっかー」

 

 俺と真っ先に友達になってくれた女の子、記見 瞳さん。まさかの、お巡りさんの乾さんのいとこだった。俺のことを乾さんから聞いていたらしい。ますます正直に話して、高校デビューしました宣言しててよかった。恥かかずに済んだ。

 

「って、なんで!?」

「笑顔と発声の指導をお願いしたくて。自分でも調べてやってるけど、指導者の有無は大きいからさ」

「そっかー。あ、そうだ。部活は入らないの?」

「バイトしてるからね」

「いいなぁ。……が、頑張ってね」

「うん」

 

 多分、バイトを親に止められてるんだろうな。それを言おうとして、俺が施設出身と思い出して、言い淀んだってとこか。そういう気遣いが出来るなんて、素敵でかっこいい人だな。

 

 ヒーロー科教員の職員室の前に立つ。中学生の時も職員室で先生を呼ぶのがすごく緊張した。でも、これは俺に必要なこと。勇気を出してけ!

 もう一回深呼吸してから、職員室の引き戸をノックして開いた。

 

「失礼します! 1年C組 吐移 正です。プレゼント・マイク先生はいらっしゃいますか?」

「ん? はいはーい、いらっしゃいますよー」

 

 運が良かった。本人が返事してくれて助かった。

 

「入ってどうぞー」

「失礼します」

 

 マイク先生の席は少し奥にある。扉とは反対の窓側の席。そこに向かって歩くだけで、チラリと他のヒーローが俺を見ているのが分かった。それに視線を返すなんてことはしない。

 怪しまれることはしたくない。だが、演技をしてもいけない。百戦錬磨のプロヒーローを欺けると考えるな。本心から語れ。

 

「プレゼント・マイク先生、お時間大丈夫でしたか?」

「ヨユーだぜ! で、何の用だ?」

「あの……俺に、笑顔と発声のご指導をお願い出来ないか、お伺いしに来ました」

 

 俺のお願いの内容に目の前のマイク先生は驚いて眉を上げた。そりゃ驚くよな。

 

「独学では限界がありまして……。ラジオもやっておられる喋りのプロにご指導叶えば、これ以上のことはないと思いまして……」

「それはいいけど……一応、どうしてか聞いても?」

「高校生活は笑顔で過ごしたいからです」

 

 あの自己紹介がなければ「ヒーローに必要だからです」とご機嫌取りをするつもりだった。だけどもう、演技なんてしなくていい。俺は心から変わりたいと思っているんだから。

 

「無意識でも笑っていられるよう、鍛えたいんです」

 

 クラスメイトと笑い合いたい。

 マイク先生はわざとらしく、ほとんど出ていない涙を拭っていた。やっぱり俺のことは周知か。泣き真似をしていたマイク先生はバッと椅子から立ち上がった。キャスター付きの椅子が人ふたり分移動してしまうくらいには勢いがよかった。うわっ、この人背ェ高っ。俺も中々ノッポの自覚があるんだけど。

 マイク先生はど派手なサングラス越しにも分かるキラキラした目で、顔で俺を見下ろしてきた。なんか俺、感動でもさせた?

 

「OK!! いいぜ吐移! 張り切って指導しちゃうぜェ! 場所を移動だぁ!」

「い、今からですか? どこで?」

「放送室の一角を借りようぜ! さァさァ!」

「待て、マイク」

 

 俺の背を押して職員室から出ようとするマイク先生、の肩に手が置かれた。声めっちゃ冷たく感じた。不快じゃないけど。

 

「悪いな吐移。水を差したくなかったが、授業の準備なりプリント整理なり、こいつにはまだやることがある。また明日来てくれ」

「は、はい……」

 

 こ、この人は誰だ? い、いや、ヒーローなことは絶対なんだろうけど……なんか、身だしなみが……。ヒーローにも先生にも色々いるんだなぁ。お手数おかけしてしまった。

 

「ごめんなぁ……」

「い、いえ。また明日、日程の擦り合わせさせてください。それでは、今日はこれで」

 

 これで用事も済んだし、バイト行くかぁ。シフトは2時間後だけど、暇なら1時間早めでもいいって言われてるしね。今日はお惣菜、何が余るかな。

 

 

 

 金曜日。昨日約束した通り、俺はマイク先生と発声練習の日程の擦り合わせをした。結果、火曜日と木曜日。放課後1時間、放送室の一室を借りて行うことになった。

 

「とりあえず、これで予習しときな!」

 

 渡されたのは、練習内容が書かれたA4サイズの紙。100均にあるようなプラスチック板の挟める奴で守られたそれは、裏表それぞれに笑顔と発声の練習の方法が書いてある。プラスチック板は硬くて扱いやすい。わざわざ買ってきてくれたのか!? 余ってるクリアファイルでいいのに!

 

「ありがとうございます!」

「いいってことよ! じゃあ練習はまた次の火曜日にな!」

「はい!」

 

 順調だ、順調だ! これでヒーロー、雄英側には、俺が変わろうとしていると印象付けられているはずだ! ヴィランがヒーローと関係を持とうとするなんて……あれ? スパイ行為なら、あり得る……? い、いや、考えないでいい。資料は見ないようにしてたし、疑われてないと思い、たい……。れ、練習しやすいなぁ! 今日の惣菜、ハムカツが残ってるといいなぁ! 今日も品出し、頑張っちゃうぞ! あーダメダメ! 足掻けば足掻くほど疑われるとか考えちゃダメ! 精神衛生上良くない!

 

 

 

 土曜日。今日の国語はグループ組んで、とある事件に対して犯人と、その犯行を考える授業だった。“個性”について深く広く知っているかが試される。ヒーローっていうより警察寄りの授業だと思うけど、プロファイリングはヒーローもやっていることらしい。知っとくべきだし身に付けないとだな。

 

 事件の内容は殺人事件。被害者の男性は夜道、刃物のようなもので刺され、殺されてしまった。被害者男性はヒーローであり、ヴィランに恨みを買っていたことは当然分かっている。さあ、犯人の特徴は?

 ……いや、ヒント少な。こういうところからスタートなの? と思ったけど、配られたプリントにはもう少し詳しく書かれていた。

 

 道は人通りが少なく、発見が遅れたこと。手足、口元に縛られた跡があること、凶器は発見されていないこと。争った形跡として、髪が散らばっていたこと。その髪は色から見てヒーローのものではなく、おそらく犯人のもの。最大のヒントは、単独犯であるということだった。

 さぁ、議論スタートだ。

 

「えっと、改めまして、名乗ります。吐移だよ、よろしく」

「畳だ」

「記見よ」

「心操だ」

「畳くんに、心操くんだね。今日はよろしく」

 

 皆もよろしくって返してくれた。グループは4人1組、5グループだ。

 記見さんは「私は警察官が夢なの。任せて」と、心強い宣言をしてくれた。

 

「まずは、確認ね」

 

 記見さんはプリントの内容を音読し始めた。確認は大事だ。だけど集中力の足りない俺は直ぐに別のことに頭の容量を割いてしまった。

 記見さんが読み上げる間、俺はある心当たりに意識を取られていた。

 

「吐移、何か思いついたのか?」

「ん?」

「記見の音読を聞いてなさそうだったからな」

 

 そう俺に声をかけてくれたのは、ふんわり逆立った青髪で死んだ目が特徴の、心操くんだった。その指摘で紙から顔を上げた記見さんが俺をジト目で見てきた。

 

「ふーん、聞いてなかったんだー?」

「あ、うん、ごめん。犯人の“個性”が毛を伸ばしたり、硬くするものだと思って。当たっているかどうか考えてたんだ。記見さん、ごめんなさい」

「う、ううん、そういうことなら良いの……。すごいひらめきだね」

「似たような奴が中学に居たもので」

 

 ヴィランになるくらいだから、あいつより強力なのかもしれない。

 髪を伸ばして手足、口を拘束。硬化した髪で心臓を一刺し。凶器は髪の毛だから残っていても最初からそれが疑われるわけもない。今回の問題は優しい。10人とはいえ、選択肢があるから。

 

「こいつだと思う」

 

 俺は短い赤髪の男を指差した。まぁアリバイなりなんなりを考えなきゃだし、もう少し議論を重ねなきゃいけないれど。

 

 

 

 回答は次回の国語の時間に発表形式で行われる。多分クラスの仲を良くする為のものなんだろうな。国語教師が担任だし。

 休み時間になった。次は日本史で同じ教室だから、俺はまだあまり話したことがない心操くんに声をかけた。どことなく俺と似ている気がして、ずっと気になっていたんだ。

 

「心操くん、さっきはありがとう」

「ん? いや、お前の意見に納得できたからだ。礼はいらない」

 

 心操くんはさっきの授業で他に提案された意見を退けて、俺の意見にアリバイや動機なんかの説得力を加えて賛同してくれた。勿論他の考えを提示してくれた畳くんも記見さんもありがたい。他の目で見たら俺の意見は見当違いだったかもしれないから。最終的には俺の意見が通ったけれど。

 資料は記見さん中心に作ってくれるらしい。なんてありがたいんだろう。

 

「それでも。君のおかげで自信が持てた。ありがとう」

「……あぁ」

 

 ツンデレってやつ? 顔を逸らされちゃった。

 でも俺は、君と仲良くなりたい。だから聞きたい。まずは“個性”から訊いていこう!

 

「ね! 心操くんの“個性”って何? 俺は『超回復』だよ」

 

 嘘を吐くのが簡単に出来て、それが心苦しく思えた。

 

「……『洗脳』だよ」

 

 言いにくそうに、それでも言ってくれた心操くんの“個性”は、『洗脳』らしい。すっごい! 対ヴィランに強すぎる!! 

 

「え!? 君の“個性”、『洗脳』なの!?」

 

 それに、場合によっちゃあ、俺の新しい目標にも使えてしまう!

 

「すっげぇ!! 発動条件は!?」

「……俺の問いかけに答えること」

「お手軽!! じゃあ、君の言葉一つで、多くの人を避難誘導できるってこと!? きゃーっ!!」 

 

 きゃあー!! ビンゴォー!! 消防とか特別救助隊とかで大活躍な“個性”じゃーん! 羨ましー!! 心操くんはびっくりしてるみたいだけど、関係ない。この“個性”、ヴィランにも、災害に巻き込まれてパニックに陥った一般人にも活用出来る。この高校に居るんだ。ヒーローになりたいと思っているなら、使い方を間違えたりしないだろう。

 

「シンソー君。君は、ヒーローになれる!!」

 

 久しぶりに、こんなに感情が高ぶってしまった。でも、シンソー君のことを俺は逃しちゃいけない! 直感だけどさ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話

 月曜日。国語の発表は声の小さい俺の代わりに、畳くんと記見さんがしてくれた。いつか俺も声を大きくして、アドリブきかせて話したい。発声練習頑張ろう。

 

「ありがとう2人とも」

「ううん、得意な人や出来る人がそれぞれの役割を担えばいいよ。吐移くんが正解だったしね」

「今回はただのひらめきだよ」

 

 ミスリードの多い問題だったらしい。落ちていた髪の毛も長かったから、そこから長髪のヴィランが選ばれやすかった。選択肢は“個性”まで分かっているから、5グループ中2グループは正解に辿り着いていた。初回はこんなもんだろうと、先生は答えを発表して授業は終わった。今は昼休憩時間だ。

 

「へー、吐移って弁当派だったんだ。食堂のメニュー、安いぜ?」

「それより安上がりだよ。俺、貧乏人だからさ」

 

 朝ごはんと一緒に作っているから苦でもない。作るメニューは野菜炒めと玉子焼き、そぼろは瓶の、ご飯は冷凍をレンチンだ。バランス悪くないから、毎日これで来ている。

 

「強くなりてェなら、肉食えよ!」

「買えればね」

 

 100g税込180円のステーキ肉が俺を魅了して離さない。大体350gカットだから600円超えが当たり前。何食分? 贅沢品だ。細切れとかもっと安いやつあるし、そっち食べてるけど。

 

「奢ろうか?」

「施しは受けぬ! 足りてるよ」

 

 メニューは少ないけれど、量はあるからね。今まで喋っていなかったシンソー君も一緒に3人で食事を買いに行った代わりに、俺は席取りをかって出た。日の当たらない方の窓際なんてどうだろう。

 おっし。運良く、取れ、た……。

 

「あの、人……」

 

 少し離れたところに、見覚えのある姿があった。

 クリーム色にも見える、爆発を表しているかのようなトゲトゲ頭に、仏頂面の三白眼。俺いったい、どこで彼を? ……あ! 思い出した! あの人、俺を助けてくれた人だ!!

 

「吐移?」

「あ……」

 

 いつのまにか3人は戻ってきてた。

 

「誰か知り合い見つけたの?」

「い、いや……。命の恩人を発見しちゃってさ」

「えっ!?」

「誰々!?」

「命の恩人って、何があったんだよ」

 

 俺があの人だよ、と彼を指差す。すると記見さんが嫌な顔して、「ホントに~?」と、顔を歪めた。

 

「あのいじめっ子フェイスの人? 信じられないけど」

「でもそうなの」

「あいつって確か、1年前くらいにヘドロヴィランに捕まってオールマイトに助けられた奴じゃないか?」

「そうなんだ?」

 

 記見さんと畳くんの評価はちょっと低めだな。でも、せっかく奇跡の再会したんだし、友達になりたいなぁ。

 

「彼、何が好きなんだろ」

「えー……」

「お礼、まだだったとかか?」

「言えなかったんだよね。お菓子持って明日行ってこよっと」

「吐移、あいつは爆豪っていうんだ。A組だぜ」

「畳くんよく知ってるね、ありがとう」

「有名人だからな、あいつ」

「へ~」

 

 なんか畳くん、爆豪くんのこと、好きじゃ無さそうだね?

 

 

 

 お菓子詰め合わせセット。バイト先のスーパーで贈答品として売られているものを贈ることにした。これ以上は勘弁してください。うちの安いステーキ肉が4枚買えちゃうから。

 

「これで、喜んでくれるといいんだけどな……」

 

 き、気持ちが込もってるから行けるよね!

 

 

 

 火曜日。ドキドキだ。緊張しすぎで語彙力溶けてる。あー緊張する。でも大丈夫! 昨日笑顔の練習たんまりやったし、さっきトイレの鏡でも確認した。一番不細工だったけど、無表情よりずっとマシのはず!

 

「……よし!」

 

 始業時間より15分前。きっと来てるはずだ。

 

「行くぞ!」

「ガンバレー」

「いってらっしゃーい」

 

 C組の皆に励まされながら、俺は行く。

 A組の教室の前に立つ。窓からちらりと覗いた感じ、彼は、爆豪くんは登校していた。よし!

 

「失礼しまーす」

 

 A組の人は突然のことにびっくりしてるけど、自覚が無いだけで実はテンパってんのかもな。気にしてられるほどの余裕が無い。ただまっすぐ彼を、前から二番目の席の彼を捉える。

 

「あ゛ん?」

 

 この態度。あの時の人で間違いない。俺は精一杯笑う。

 

「爆豪くん、あの時助けてくれて、ありがとうございました! これ、お礼の品です!」

 

 カサリと、紙袋を鳴らしながら持ち上げて、席に着いている爆豪くんの前に差し出す。爆豪君は俺が誰なのか思い出している最中のようで、口を小さく開けて呆けている。「ショッピングモールの……」と付け加えようとして、爆豪くんが更に口を開いたからやめた。

 

「キメェ」

「なんでっ!?」

 

 やっぱりこの人、根は酷いみたいだぞ!? どうしよう! で、でも、助けてくれたことは事実だしな……。彼よりも強面のヒーローだって世の中には居るわけだし、俺もヴィラン顔。なら、友達になっても不自然じゃないはずだよな!

 

「とりあえずこれ、受け取ってくれ! 気持ちだからさ!」

 

 お菓子を押し付けて、俺は帰ることにした。「オイ!」と呼ばれたけど、無視させてもらう。返されちゃ意味ないからね。こんなブサイクから貰っても嬉しくないだろうけど、お菓子は美味しいから!

 

「ありがとうございました!」

 

 最後に振り返ってそう言うと、爆豪くんは席から立ち上がっていて、なんとも微妙な顔して俺を見てた。後でもう一度会いに行こうかな。そうしてもいい気がした。

 

 

 

「というわけでゴメン! 今日から俺、昼休みは爆豪くんのところに行ってきます!」

「そんなぁ」

「やだやだぁ」

「記見はいいとして、畳、お前はかなりキツイよ」

 

 記見さんより女の子らしく体の前に腕を持ってきてぶりっ子する畳くん。確かにきっつい。面白くて好きだけど。

 3時間目の休み時間、俺は朝のことを報告すると同時に、C組で特に仲良くしてくれてる3人にそう言った。シンソー君でさえあまりいい顔をしなかった。まあ想定済みだ。

 

「C組の皆とも、そりゃ勿論もっと仲良くなりたい。でも、彼が居なかったら今、俺はここに居ないんだよ!」

「前も命の恩人って言ってたな。あいつとの間にお前、何があったんだ?」

「あ、話してなかったね、そういえば」

 

 正気を取り戻した畳くんが指摘してくれた事で説明を放り出していた事を思い出した。時間もないし食事前だし、ちょっと軽めな感じで説明しようかな。

 

「俺が虐められてたのは知ってるでしょ? で、春休み。俺ナイフで6発刺されて、多量出血で死にかけたんだよ」

「え……」

「それで、倒れてる俺を一番最初に見つけて、救急車を呼んでくれたのが、爆豪くんだったってわけ! 輸血がなければ俺は死んでいた。……助けてくれた人と同級で、同じ学校だなんて、奇跡だと思う。だから爆豪くんとも是非友達になりたいんだ。だから、お願い!」

 

 表現が軽めとはいえ真実を話せば、いくら俺の顔が強張っていたって許してくれるはずだ。現に3人は俺が爆豪くんにお菓子を持って行ったところを見ている。信じないってこともないはず。現に絶句してるし、これは勝ち試合だな。……騙すわけじゃないのに、なんで言い訳を考えて勝手に勝ち誇ってるんだろう、俺。

 

「はぁ……分かったよ。行けよ。他クラスと絡めるのも、その時間くらいだもんな」

「それなら放課後でも……」

「知り合い程度が放課後に会いに来ても困るだろ。それなら昼休みの方がまだマシだ」

「心操まで……」

 

 記見さん以外は俺の昼休みの計画を受け入れてくれた。これでいい。よし! 爆豪くんと友達になってやるぞ!

 

 意気揚々と弁当を持ち、食堂へ向かう。教室に居ないことはさっき確かめた。だからきっと、彼はそこにいる。

 入口から彼を探す。いた。カレーの所に並んでいた。丁度よく爆豪くんは受け取って、席に着こうとしていた。ついて行こう。

 あ! 俺運がいいな! 彼の正面には誰も座らないじゃん! 俺はごく自然に、流れるように席に着いた。

 

「あ゛? お前……」

「来ちゃいました」

 

 なんか睨まれてるけど、俺なんか、嫌われてんのかな?

 

「助けてくれた恩を縁だと思って、友達になりに来ました!」

 

 なら、好感度上げなきゃだな!

 

 

 

 今日の収穫は、爆豪くんの他に切島くん、上鳴くんとも仲良くなれたこと。思いつきで決まった計画名、「笑顔満点計画」の2つかな?

 

「Uuum……カッコよくはないなぁ?」

「そうですか?」

 

 放課後。俺はマイク先生と放送室で笑顔と発声の練習をしていた。貰ったプリント通りに練習してきた成果を見せて、直すべきところを直していただいた。最後にこの練習の名前を先生に伝えたら、「ま、吐移らしくていいんじゃないか!」と、褒めてない言葉をかけられた。どーせ俺にセンスはありませんよぉだ!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話

 夢を見た。実技試験の時を繰り返した夢を。

 

 だから、思い出した。

 

「まさか……」

 

 3Pを奪ったあの爆発野郎が、爆豪くんだったとは……。

 逆に、あんな特徴的で印象的な男をよく思い出さなかったな。どうしよう。いや、友達になるのは確定してるけど、その距離感を……あーめんどくっさ。いっそめちゃめちゃ近くなってやろうか。というか、時の流れに身を任せればいいっしょ。

 

 電子レンジがひと仕事終えた合図を軽やかに鳴らした。

 

「あ、ご飯冷まさなきゃ!」

 

 電子レンジから温めた冷凍ご飯を取り出す。熱々のそれをラップから取り出し、広げて冷ます。弁当に入れるにしてはまだ熱すぎるから。

 徳用鶏そぼろの乗ったご飯、キャベツの野菜炒めに、プレーンの玉子焼き。弁当の内容はいつもこれだ。メニューを考えるのが面倒くさいから。朝はお弁当を作った残りかスーパーの惣菜の残りと、インスタント味噌汁。しっかり食べないと授業中眠くなるのは中学で知った。寝坊は出来ないな。

 弁当を持って登校だ。主張の激しいでっかい校門が、俺のテンションを上げてくれる。朝の空気が気持ちいい。

 

「おはよー皆!」

 

 教室の扉をくぐりながらクラスメイトに挨拶すれば、先に登校していた皆が挨拶を返してくれる。

 嬉しい。学校で挨拶して返ってくる。笑顔を向けてくれる。誰も俺に悪意を向けてこない。その事実に自然と口角が上がっていた。攣らないように気をつけなくちゃ。前に攣った時は痛かったからな。

 

 時間はあっという間に過ぎて、昼休み。記見さんのブーイングを受けながら、今日も俺は爆豪くんたちの所に向かう。

 隣に座ったら怒られた。友達だからいいでしょうって言ってたらダチじゃないって言われた。まだまだ先は長い。名前も覚えられてなかったから、再度名乗って、自分の弁当の包みを開く。

 

「いただきます」

「ありゃ、吐移、昨日と中身一緒じゃね?」

「あ、ホントじゃん。作りすぎたとか?」

 

 あ、気づかれた。周りよく見てるな、上鳴くん。

 ここで嘘をついてもしょうもない。正直に言おうか。

 

「朝って忙しいからさ。一人分作るのに凝ったものは出来ないし、決断の回数は少ない方が疲れないって聞いたから」

「嘘だろ!? これから毎日、昼飯これ!?」

「材料が同じならね」

 

 味付け変えたりするし、だからそんな信じられないって顔しないでよ、上鳴くん。よし、話を変えよう!

 

「そんなことよりさ、俺、爆豪くんに頼みがあるんだ」

「やるかアホ」

「俺に稽古つけてくんない?」

「やらねーつってんだろ」

「君みたいに、俺も声を大きくしたいんだよ!」

 

 これが爆豪くんと仲良くなる方法。名付けて、『師弟関係で仲良くなろう大作戦』! ……マイク先生にこの作戦名言ったら、()()「いいんじゃないか」って慰められるかもしれないから、言わないでおこう。それに昨日、爆豪くんは俺の笑顔を「(マイナス)1億点」ってボロクソ評価してくれたよね? その責任取ってもらおうか!

 

「その頬っぺたも柔らかそうでいいよね! どう鍛えてるの?」

 

 よっぽど嫌なのか、爆豪くんは台湾ラーメンを啜って返事をくれない。なら、理論武装だ! 負けないぞ!

 

「ヒーローにとって、声の大きさ、笑顔ってのはすごく大事だろ? オールマイトがその筆頭! 声が大きければ遠くまで届く。それは、人々に避難を呼びかけたり、安心させたり、ヴィランへの威圧感にもなるだろ? 笑顔だってそうだ。人々の希望になり、ヴィランの絶望となる。ヒーローにとって、声と笑顔は大切なんだよ」

「俺らの担任は笑顔で安心させてくんねーぞ?」

「え、あ、そこは、ほら……実力で安心させてくれるでしょ」

 

 マイク先生に教えてもらったけど、あの身だしなみがなってない人は彼らA組の担任、イレイザーヘッド先生らしい。あの人の笑顔もなかなか想像出来ない。……いや、あの人って確か、アングラ系のヒーローじゃなかった? って、そういうのはどうでもいい!

 

「少なくとも俺の憧れはそーなの!」

 

 何人もいるけど!

 爆豪くんをチラリと見る。よしよし、興味を持ったな。考えてる考えてる。ラーメンを食べる手が止まってるよ。

 

「入試(君のせいもあって)落ちて今は普通科だけど、近いうちにヒーロー科に編入して、免許取って、俺はナンバー1救急救命士になる!」

「ヒーローじゃないんかい!」

 

 やっぱり突っ込まれた。ノリ良いな。でも、優しいあの人たちをもう心配させたくないんだよね。

 笑って、頭の後ろを掻く。

 

「俺、戦闘能力皆無なもんで。でも、個性使用許可証さえ手に入れば、職業ヒーローじゃなくても個性が使える。そうすればどんな災害現場でも、息さえ出来れば俺は人々を救える! だから爆豪くん、俺に稽古をつけてください!」

「俺が講師かよ」

「最初にそう言ったじゃん」

 

 うっわぁ、めっちゃ顔にメンドクサイって書いてるー。でも話した感じ、爆豪くんってガキ大将タイプだし、おだてながら押せばいけるかもしれない。

 

「やったことなんかねーぞ、こちとら」

「そうなの? あの大声は発声練習の賜物だとばかり」

「吐移、そんなに爆豪の声聞いたことあんの?」

「あるよ。実は俺があのケガをする前。入試の実技で俺と爆豪くん同じ会場だったんだ。覚えてる?」

 

 覚えてたらなんか嫌味のひとつでもありそうだから、覚えてないだろうけど。

 

「んなわけねーだろ、ザコ」

「ザコっ!?」

 

 入試でいい線いってたんですけどぉっ! 46ポイントはいい方でしょー!?

 

「まったく、酷いなぁ……。爆豪くんの仮想ヴィランを倒す時の『死ねっ!』とか『殺ォす!!』とかがさ、遠くからでも聞こえてたんだよね。自分の爆破音でもかき消されない声量に驚かされたってわけ。ね! その声量の秘訣、教えてよ!」

 

 ……今の言い訳は流石に無理があったか。フェイクを入れすぎたか。あの時思ってもないことを言い過ぎたか。さすがに怪我人背負って前線から離れた後は聞こえなかったし。ほら、怪しんでる。

 

「放課後までに考えてやる。死にてぇくれぇきついの用意してやるから、覚悟すんだな」

 

 え、あ、誤魔化されてくれた。マジか。まぁでも、誤魔化されなかったらどうしていいか分からなかったしね。受け入れてくれて、ありがとう。君からの挑戦、受けて立つ!

 

「望むところだよ、バクゴー君!」

 

 

 

 放課後までに考えると言ったバクゴー君達は、その日のヒーロー基礎学でヴィランに襲撃された。話を聞くだけで血の気が引くとんでもない大事件だ。それなのにバクゴー君、「無傷だからやるぞ」とか言い出して、マジでビビった。ありえない! 絶対保護者が心配してるに決まってる! 早くその顔見せて安心させてあげて!

 

「大事件があった後にのんびり発声練習なんて出来ない! 今日は帰ろう? 帰って!」

 

 背中を押してC組の教室から追い出した。なーんで「明日こそ覚悟しとけよ」なんて愛すべき敵役みたいなセリフ吐いてんの!? さては君、アホだな!? 可愛いとこあんじゃーん! じゃない!!!

 

 

 

 

 襲撃があったから、ほとんどの生徒が保護者の迎えや部活で使う感じのバスを使って家に帰された。一人暮らしの人間だってバスで帰されるのに、担任に送るからって、俺だけ残された。

 

 表情筋的に作れないけど、笑えてくる。露骨だなぁ、雄英。俺はヴィランと関係ありませんよぉっだ! 

 

 何の為に回りくどい復讐方法を考えてると思ってんの? 果たされないかもしれない方法でしかないのに、わざわざヴィランになる必要はない。俺はヴィランと関わらない。ヴィランになりたくないから。

 

 関わるくらいなら、死んでやる。

 

 まぁ、そんな俺の考えを雄英側は知らないんだから、俺を内通者だと思うのも無理もないんだけどね。きっと今日の襲撃だって、俺が手引きしたとか思ってるんでしょ? ざんねーん! 全く違いまーす! やるならB組の時にするってーの! あ、それだと絆されてるからそうしたんだとか思われるのかなー? だからってA組にしたら関係持ってるってのを逆手にとってってー? どっちに転んでも駄目そー! クソが。

 

 先生は「吐移は家が近いから、待たせちゃうけど先生が送ることになったんだ。バスの定員もあるからな」って言っていた。なら他のクラスの生徒も乗せればいい言い訳を。

 暇で暇でしょうがないから提出物のワークにシャーペンを走らせていたら、担任が教室にやって来た。

 

「遅くなってごめんな」

「宿題も出来ましたし、バイト先に電話も出来たんで、大丈夫です」

 

 監視、ご苦労様です。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話

 昨日あんな事件があったものだから、対応に追われている雄英は今日、休校になった。急になったからバイトは変わらず夕方から。朝からゆっくり宿題とか予習が出来る。そう思っていた。

 

 買ったばかりなのに結構連絡先の入ったスマホから着信音が鳴った。今はまだ朝の7時。一体誰だろう、こんな時間に。

 スマホの画面を見ると、そこにある名前は「爆豪勝己」だった。昨日、昼休みに交換したばかりの番号だ。

 

「はい、もしもし」

『ヘアバン、今から多古場海浜公園に来い』

「は? え? どこ?」

『最寄り駅は田等院だ。さっさと来やがれ、トレーニングすんぞ』

「えぇ!? 今日から!? 君、昨日危険な目にあってんだから、おとなしく……」

『一生トレーニング無しにすんぞ』

「うわ、分かった、行くから! でも8時集合ね!! そこは譲らないよ!」

『7時半』

「移動時間的に無理!」

『駄弁ってねぇで準備しやがれ!!』

「分かりました!」

 

 もうやけくそだ! 早く行かなきゃ電車が混んじゃう! 朝ごはん食べてて良かった!

 

「何必要? タオル、水分と……着替えか!」

 

 あと財布とスマホを持って、とっとと家から出る。近い時間に間に合え!

 

 

 

 ひどいひどいひどいひどい!! いくら今日が休校だからって、遠くに呼び出すことなんてしないでよ! 電車代思ってたより辛かったんだから!! バクゴー君のバカー!! こんなことならバクゴー君に連絡先渡さなきゃ良かった!

 急がば回れ精神でなるべくまっすぐな道を走りぬける。周りに迷惑にならないように注意しながら、道を見ながらなんてめっちゃ体力的にも精神的にも辛かった。鍛えてるって自分では思ってたけど、ヒーロー科の皆の体の出来は桁外れだった。アレはやばい。

 なんとか辿り着いた多古場海浜公園。初めて来たし広い場所だったけれど、彼の目立つボンバーヘッド(トゲトゲって意味ね)が簡単に目に入ったから、なんとか迷子にならずに済んだ。そう安心したと同時に初めての場所に来たことによる緊張が解けて、一気に疲れが来た。足がプルプルしてる……。

 

「10分で、来いだなんて……、君マジで鬼畜だ!」

 

 てか無理! やっぱバクゴー君は俺に酷いこと要求したな! この公園までの道も分からなくて地図アプリ使っちゃったよ! データ量がぁ……。こちとら節約してんだぞ!?

 

「喋るヨユーあるなら始めるぞ」

「休ませて!!」

 

 君のこと嫌いになりそう! 主に金関係で! あと走ってきたのに休ませてくれないのも嫌!

 

「疲労は個性で回復出来ねーのか」

 

 ん? “個性”の話? 思い出してみても、回復出来たような覚えはない。継続ダメージが無いだけで、初撃のダメージはあるからね。

 

「んー、出来たことは無いかな。回復出来るのは怪我と病気だけだと思う」

 

 “個性”発現以来、風邪ひとつ引いた覚えはない。バカは風邪ひかないってやつかと思ってたけど、施設でインフルエンザやその他感染症の類が蔓延した時も俺だけ無症状だった。黒キューブにもならなかったから気付くのに遅れたけど。つくづく便利な“個性”だよ。好きな時にパンデミック引き起こせないのは攻撃性足りないけどな。つまり俺は感染源にも成りえない。

 

「任意発動型か」

「ううん。常時。息してればいつのまにか直ってるよ」

「そりゃあ便利な個性だな」

 

 嘘は言ってない。息は常時してるものだから。「息」をトリガーにして傷を黒いキューブに変換する俺の“個性”、9割9分、常時発動型と言って構わないだろう。致死性が高い毒ガスが充満する環境だと流石にどうかと思うけど。あと水中戦。水の中だとロクに身体動かせないからどうせ負けるけど。

 ……暴れるのが好きそうな君のことだ。俺のことをサンドバッグだと、心の中で思っているんだろう? 意外と、思ったことを口にするタイプではないんだね?

 

「こいつがメニューだ」

 

 そう言ってバクゴー君が渡してきたのは、発声練習のメニューが書かれた紙。こんな感じだ。

 

・深呼吸(20秒吐き、5秒吸い)×2

・“あ”ロングトーン(最低30秒)×2[声がかすれ始めた時点で終了]

・“あ”スタッカート(1セット10回)×2

・七十五音(a,e,i,u,e,o,a,o)×2

・早口言葉(その時々で)1セット3回×3

・“あ”ロングトーン×2

 

 マイク先生との発声練習よりも優しい練習内容だなぁ。マイク先生のとこだと、外郎売りだったり割り箸咥えて五十音とか、もう少しラインナップがある。あと空のペットボトル咥えて吸って潰す、膨らますを繰り返したりとか。それらが無いだけすごく楽だ。バクゴー君にはマイク先生のこと言ってないから、こうなっても仕方ないのかもしれないけどね。

 なんて、その時は思っていた。

 

「こっちが筋トレメニューだ」

「筋トレ!?」

 

 俺は筋トレを頼んだ覚えはないんだけど! もっかい渡された紙には次のメニューが……。

 

・腕立て伏せ ×100

・フロントブリッジ 30秒×3セット

・腹筋 ×100

・懸垂 ×20

・スクワット ×100

・ランニング 3km

 

 な、なんだこれ!? 腕立て伏せ、腹筋、スクワットは各々100回を目標にしてる!? 無理! いや、鍛えてくれるのはありがたいけれど! 

 

「数えっぐっ!?」

「初回だから、これでも少なくしてやったんだぞ。てめぇがどれくらい出来るか分からねぇからな」

 

 俺が想定してたより、この『笑顔満点計画』にノリノリでびっくりだ。

 

「うわぁ……ありがとう」

「嫌ならやめんぞ」

「誠心誠意、やらせていただきます!」

 

 こんなチャンス、逃しちゃいけない!

 

 

 バクゴー監督による訓練は、発声練習も筋トレもスパルタだった。ちゃんと指導してくれる辺り優しいけど、溜め息吐かれて数を減らされたときはプライドへし折られた。次からは数は減るけど、テンポをゆっくりにして負荷を多くするって。上級者向けじゃんと言ったら、「反動つけるのは効果がなくなる」と、正論らしいものを叩きつけられた。てかさー! 公園のど真ん中とは言え、大声出すのって恥ずかしくね!? 腹から声出せって言われても恥ずかしさで勝手にブレーキかかっちゃうよ! えーん!

 

 最後に行うのはランニング3km。この公園の外周一周分だって。広いね。そう考えてたら、横でバクゴー君もアップを始めた。

 

「あれ? 一緒に走るの?」

「やんなきゃ体が鈍る。てめェは呼吸を意識して一周して帰れ」

「え、いいの!?」

「体壊したきゃ、もっと走ればいい」

「やっぱバクゴー君やっさしー!」

 

 バクゴー君は無言で行ってしまった。待ってと呼んでも止まってくれない。疲れてる俺とバクゴー君では、走るペースから違ってしまった。

 終わりだからと流していたら、俺の一周が終わる頃に二週目を走るバクゴー君に追いつかれて、「痛めたくなきゃクールダウン忘れんじゃねぇぞ」と声をかけられた。

 

「ありがとうございました!」

 

 練習の成果を見せたくて大声出したけど、思った以上に声に疲れが乗ってしまった。ちょっと、恥ずかしい。

 

 クールダウンって、ゆっくり柔軟すればいいんだよね? ぐっぐっ、と足を伸ばして、腕を伸ばして、背筋を伸ばして、深呼吸。

 まだ走っているバクゴー君をふと見ると、彼は誰かと走っていた。この距離じゃ分からないけれど、でも、一緒に走ってるってことは、バクゴー君の知ってる人ってことかな。……あ、昨日の今日だ。あの人、雄英の人かもな。は、はははっ、急な俺の移動にも対応して監視が出来るなんて、はは、よっぽど雄英は暇なんだなぁ!? なんで俺ばっかり!!

 落ち着け、落ち着け。この動揺はバクゴー君にも悟られちゃダメなやつだから。大きく吸って、長く吐け。心拍数を抑えろ。気付かなかったフリをしろ。

 

 3kmの3周、9kmを走ってるんだから、きっと疲れるはず。スポドリ買って渡そう。こればコーチ料ってことで。それを持って公園の入口で待ち伏せる。帰ってきたバクゴー君はいきなり俺に「何見てんだゴラァ」とガン飛ばしてきた。別に怖くない。

 

「だってバクゴー君、知らないおじさんに絡まれてなかった? 知ってる人だったら、ごめん」

「……知らねぇってワケじゃねぇ」

「よかった。不審者じゃないんだね」

 

 ……なんで目ェ逸らすの。え、こっわ。さっきのアレ、俺の早とちりだった? どっちに転んでも怖いんだけど。

 この話はやめようと、俺は「コーチ料」と言って、1本のスポドリを渡した。この辺りの自販機、値段高くて、このスポドリ1本160円もした。辛い。安いと言われたから2本目、自分用に買っていたのを渡そうとしたら断られた。何を払えば……。そもそもこんな遠いところに呼び出さないでよ!

 内心逆ギレしている俺に背を向けて、バクゴー君は東屋的な屋根付きベンチに向かった。そこには俺達の貴重品以外の荷物を置いてある。

 向かいながら、バクゴー君は聞いてきた。

 

「お前……ヒーローにはならねぇのかよ」

 

 脈略の無い話題に、ドキリとした。

 突然、何の話だ。

 

「へ? 確かに災害救助専門のヒーローもいるけど、そんなヒーローだって時にはヴィランと戦わないといけないだろ? 俺やるとしたら個性関係なく肉弾戦しかないし、それが嫌だからならないつもりだよ」

「俺らの担任はバリバリの肉弾戦だぞ」

「あの人は個性消して相手も肉弾戦に持ち込めるからでしょ」

 

 つい、言い訳の癖で饒舌になってしまった。でも、不審に思われては無いようで安心した。

 ……焦る必要はないぞ、俺。

 座ったバクゴー君の隣に座る。

 

「それにな、俺、なるべくヴィランに関わりたくないんだ」

 

 昨日思ったことと全く同じことを口に出す。

 

「ヴィランになりたくないから」

 

 ザワザワ、ザワザワザワ。ザワザワザワザワザワ。

 

 思っていたことを口にするだけで、どうして体の内側がこうもザワザワするんだ。

 ぐるぐると、気持ち悪いものが胸を、腹をのたうち回っている。スポドリを飲んでも、それは一向に治らない。神様からのお告げか? この、気持ち悪さは。

 

「ごめんね!」

 

 ようやく出した意味ある言葉は、謝罪だった。バクゴー君は怪訝な顔して俺を見ていた。

 

「何がだよ」

「ヒーローを、それも最高のヒーローを目指しているバクゴー君に稽古つけてもらってるのに、ヒーローを目指さないなんて、そんな半端な奴だからさ、俺」

 

 おこがましかったんだよ。正直なことも言えない、言いたくない俺じゃ、バクゴー君のそばにいるのは、おこがましかったんだよ。

 

「ありがとう! 稽古つけてもらって、助かったよ!」

 

 終わらせよう。C組の皆は、そりゃ聖人のように優しく受け入れてくれたさ。でも、バクゴー君もそうとは限らない。

 嫌だ。バクゴー君に、命の恩人に、ヴィラン呼ばわりされたくない!!

 

「話、終わってねーだろ」

「え?」

 

 稽古は終わり。お礼も言った。これ以上、この変な空気に居させないでくれよ。逃がしてくれ!

 

「ヴィランになりたくない理由はなんだ」

 

 逃がしてよぉ!!

 もうダメだ。もう、バクゴー君の顔が見れない。でも、説明、しなきゃ。

 

「……誰だって、最初からなりたいと思っていないだろ」

 

 そういう選択肢しかない人だけが、誰にも手を差し伸べられなかった、伸ばした手を払いのけられた人が、最初からヴィランになる道を行くんだよ。自分の力に酔ってる奴らのことは知らねぇ。

 

「きっかけぐらい、あんだろ」

「……まあ、ね」

 

 引かないな。……腹をくくろう。どうせ、どうせ先生から聞いてるだろ。だから、大丈夫。復讐心がバレてたとして、どうでもいい。

 

「バクゴー君。俺はね。母親がヴィランだ」

 

 その事実は、初めて聞いたなら驚くべきものだ。なのにバクゴー君は黙って頷いた。ああ、やっぱり雄英教師の誰かから、俺の話を聞いてるんだな。あんまりにも予想通り過ぎる。あんまりだ。

 

 

 入学初日にC組で話したことに母親が優しかったこと、水商売をやっていたことを付け加えて話した。それから、ヴィランと呼ばれる犯罪者の中には、自分の快楽の為ではなく、救われようとあがいて、それでも見捨てられた人々もいるのだとも話した。だから、そんな哀れな人間になりたくない、ヴィランになりたくない。それがきっかけだと伝えた。バクゴー君も、理解を示してくれる。示してくれたのに、さらに求められた。

 

「今はどうなんだよ。同級生からリンチを喰らうようなお前が、ヴィランになりたくないと、本気で思う理由を話せ」

 

 くそ! くそ! くそ! くそ!! さっきの話で満足してくれよ!

 

「誤魔化されてくれよ、バクゴー君」

「生憎、お前の呪詛を聞いたんでな」

 

 バクゴー君のその一言で、ドクンッと、心臓が痛くなるほど跳ねた。

 

 あの時の、あの時の恨みの言葉を聞かれていた!!?? ああ、最初から近づくべきじゃなかったのか!! おこがましいなんて謙虚な立場じゃない。俺はこの男を、要注意人物として扱わないといけなかったんだ!!

 血の気が引いていくのを自覚しながら、俺は諦めて、自棄になった。いっそ、どこまでも近くなって、同情をどこまでも誘ってやる。ほとんど立ってなかったような計画だけど、それを潰したんだ。君には、君達には、情報源になってもらおうじゃないか。

 

 ヒーロー科編入の、踏み台にさせてもらうよ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話

 元々無いような表情に疲れを乗せて、俺は言う。

 

「……変わっちゃいないよ。なりたくない理由は。まあ、いくらか人より人生ハードモードだけど、それでも幸せになりたいし、幸せを目標にするならヴィランは向いてないって思うだけ。特別救助隊を目標にしてるのは、命を奪った母親に代わってって思いもあるからかな。単純にヒーローに一番近いと思ったからだけど……」

 

 ヒーローを強く希望していることはバクゴー君たちには言ってないから、これでいい。

 

「確かに、あいつらは憎い。憎いさ。でもね、バクゴー君。俺は母親とは違うんだよ。話を聞いてくれる人も、守ってくれる人も、いたんだよ」

 

 これは、本心だから。

 彼に顔を向けて言う。

 

「もちろん、バクゴー君もだよ」

 

 ああ、変な顔。見たくない。

 

「だから俺は、ヴィランにならない。救けてくれた人たちを、悲しませたくないから」

 

 君きっと、一度誤魔化そうとした俺を怪しむでしょう? 雄英から警戒されている俺に興味を持つでしょう? 注目しろよ。俺から逃げるな。

 

「そうかよ」

 

 ああ、釣れた。さぁ情報源さん、まずは昨日のことを教えてくれよ。俺の関与が疑われている、ヴィラン襲撃事件。何があったかくらい、教えてくれよ。

 

 へえ、大量のチンピラに、手の模型を全身に取り付けたキモい男、黒いモヤを纏ったワープ男。複数の個性を持った怪人、脳無が、USJ(嘘の災害や事故ルーム)に襲撃をかけてきた、と。狙いはオールマイト。自分を衰えたと言っていたオールマイトは、生徒の力を借りながらもヴィランたちを撃退していて、バクゴー君の目には全くそうは見えなかったらしい。実際に見た人がそういうんだから、そうなんだろうな。

 

「すごいね。チンピラとは言え、多人数相手に戦って、勝って、オールマイトを()()()()と駆けつけたんでしょ? そんな危険な奴らに……すごいな。俺はそういうことが出来る“個性”じゃないから、人質になるのも嫌だし、逃げるかなぁ」

「ザコは逃げとけ」

「流石に言い返せないや」

 

 ヒーローなら逃げずに立ち向かえって話だけど、迷惑かけたり死んだりしたら、意味無いしね。

 初めて飲んだプロテインの味は、粉っぽいというか、うん、美味しくなかった。こいつが筋肉になるのかぁ。本当にお前、タンパク質入ってんのかよぉ? ……俺はここまでの贅沢、望んでなかったんだけど。バクゴー君優しすぎない? ノリノリすぎない? なんかこのトレーニングを、バクゴー君も利用してんのかなぁ?

 

 

 

 家に帰る電車の中で振り返る。

 俺は、嘘を吐きすぎて、いらない緊張をしている気がする。思い出してもみろ。俺がバクゴー君とお近づきになりたいと思った理由を。単に友達になりたいと思ったからだったじゃん。何が情報源だよ。もっと単純に仲良くしようとすればいいのに。

 いいじゃん。バクゴー君に俺が雄英から警戒されてると知ってたって。復讐心をまだ持ってるって知ってたって。

 俺は何もしない。ヴィランにならない。黒いキューブも使わない。だから、怖がるなよ、俺。

 

「キューブ……」

 

 黒いキューブ、溜まりすぎているのか、たまに体からポロリと転げている。使わないと、もう、しまっておけない。

 

「大きめの箱でも、買いに行くかぁ」

 

 俺の体から出たそれが長時間形を保つのか、自然に砕けて触れている物質に影響を与えるのか、よく分からない。実験したことがない。

 そろそろ雄英体育祭。黒いキューブを使っても違反にならないように、役所に相談しにも行かなくちゃ。次の日曜日だな。……空いてる?

 

 

 

 金曜日。担任から言われた雄英体育祭の話で、クラス中持ち切りだった。なんせ俺たち普通科にとってはヒーロー科編入のチャンスだからだ。ヒーロー科だけの目立つ場所じゃない。

 

「俺たちだって、やってやろうぜ! 成り上がれ!」

 

 俺の呼びかけに、皆腕を上げて答えてくれた。ノリのいい人達だ。大好き!

 

「吐移、今日は俺たちと飯食おうぜ」

「え?」

 

 昼休み時間。畳くんに有無を言わせない態度でそう言われた。どうしたんだろうか。

 

「ヒーロー科の奴らと交流のあるお前の話、聞いてみたくってよ」

「昨日も爆豪とトレーニングしてたんだろ? 少しでも情報が欲しいんだよ」

「なるほどなぁ」

「久しぶりにうちのアイドルとお食事できる!」

「記見は黙ってろ」

 

 シンソー君の言い分で何が目的か分かった。なら、もうちょっと話しときゃよかったなぁ。

 

「それじゃあ、大食堂に行こっか」

 

 いつも通り弁当を持って、久しぶり、4日ぶりにC組の友達と食べるな。ところで記見さん。アイドルって何?

 

 バクゴー君に「放課後の稽古の場所、どこ?」とメールを送ってから、3人に話を始めた。

 

「残念だけど、俺が知っているのは3人だけ。

 “爆破”のバクゴー君

 “硬化”の切島くん

 “帯電”の上鳴くん

 この三人しか今のところ知らないよ。見たことあるのは入試会場が一緒だったバクゴー君。彼は両手のひらから爆破を繰り出せる。大規模のものから小規模まで、それを推進力として飛行も出来る。かなり使い込まれた“個性”で、彼自身も戦闘センス高いよ。俺も1体、3Pヴィラン取られたしね。……それから、彼の近くにいると、いい香りがする。きっと、爆発性の高いニトログリセリンが手のひらから分泌されているんだ。最後の最後まで爆破音が聞こえていたから、体力も多いよ。頭も良いだろうしね」

「爆豪のことばっか知ってんな」

「他の人とはまだ話したことないしね。てか、まだ二日しか会ってないんだから、仕方ないでしょ」

 

 まぁ、自ら他クラスの人に仲良くなろうと近づいてるし、多少は知ってること多くなるかもだけどさ。なんで記見さんは不機嫌なの。

 

「他二人で知ってることは……、切島くんは漢! って感じの人で、上鳴くんはチャラ男かな。でも侮っちゃいけないよ。この三人含めて、A組は皆、一昨日のヴィラン襲撃を経験して生き残った、ただの生徒じゃないんだから」

 

 そこまで言い切って、シンソー君の目線が気になった。俺を向いてない。その視線の先に何があるのか気になったけど、記見さんに続きを急かされて、俺は昨日バクゴー君から聞いた事件のあらましを話した。なんか機密情報っぽい気がするから、個人が特定出来そうな情報は話さないようにフェイクを交えることを意識しながら。嘘吐くのが得意だとホントこういう時役立つねぇ。

 ……シンソー君は何を見てたんだろ。結局分からなかったな。

 

 あっという間に時間は過ぎて、放課後。C組の皆はA組の教室前に行く計画を実行しようとしていた。

 皆、A組の人たちの情報が欲しいんだろうな。情報収集するのも立派な戦略だ。でも俺としてはおバカと思う。友達でもないのに情報は売らないでしょ。見た目じゃ分からない“個性”の人も居るし、自分を磨いてた方が勝てると思うよ。

 

 帰り支度をしていると、シンソー君に呼ばれた。

 

「吐移、今日も爆豪と稽古か?」

「そのはず。まだメール帰ってきてなくて、場所分かんないけれど」

「そうか」

 

 シンソー君は何か企んでいるようだ。そんな感じの笑みをしている。

 

「吐移。お前に、スパイになってもらいたい」

「……スパイ」

 

 何? 何? 面白いじゃん。内通者と疑われている俺に、そんなこと要求しちゃう?? ……違うな、C組の皆は知らないし。流石に今のは心汚すぎた。落ち着こうぜ、俺。

 

「いいよ。出来たらね」

「やらない常套句じゃないか」

「相手はバクゴー君だよ? あれ以上、俺に情報をバラまくような男じゃないと思う。やれるだけやってみるよ」

「頼んだ」

 

 

 

 頼まれたからには、出来る限りの努力はしないとかな。

 

「今頃皆、A組の教室前で、たむろってんのかなぁ……」

 

 そんなことを呟く俺は一人、下駄箱前でバクゴー君を待ち伏せしてた。というか、俺のメールにまだ返信してくれないんだけど。一体どういうことなんですかねバクゴー君! 稽古を辞めるにしても、せめて一言ちょうだいよ!

 なんて考えてたら、教室の方が騒がしくなって、一瞬静まり返って、またざわめきだした。……バクゴー君って、ヘイト稼ぎ上手そうだよね。もしかして、この騒ぎも彼が関係してたりして。声の大きい彼のことだ。ありそう。

 

 あ、バクゴー君来た! なんだか考え事でもしてそーな顔してんね!

 やっほー! って心の中で呼んで手を振ったら、何か睨まれた。なんで!?

 

「いい趣味してんな、ストーカー」

「何ひっど!? 昨日、放課後稽古付けてくれるって言ってくれたのに、集合場所教えてくれなかったからだろ?」

「昼休みに俺んとこ来ねぇからだろ」

「それについては、ごめん。別の友達に誘われちゃって……。でも、メール入れたよ?」

「メール?」

 

 やっぱり! メール見てくれてなかったんだ! ひっどぉい!

 自分でも吐き気がするような、可愛子ぶってプリプリしてたら、バクゴー君にフンッて、鼻で一蹴された。

 

「てめェへの稽古は中止だ」

 

 ちぇっ。やっぱりそうなっちゃうか。

 

「残念。君のトレーニングを真似すれば、少しは君対策が出来ると思ったのに」

 

 君との訓練の成果として笑ってみる。ちょっとは成長したとは思わない? ねぇ、バクゴー君?

 バクゴー君の返してくれた笑顔は、なんとも凶悪だった。わーこわーい!

 

「てめェ、最初からスパイ目的で……」

「ちょちょ、それはさすがに違うって! 襲撃に遭う前だっただろ、稽古お願いしたのは! だから、最初はほんと純粋に……」

「最初は、な」

「……へへ」

 

 あーあ。揚げ足取られちゃった。焦った演技も考えものだなぁ。でも、暴かれんのもなんだか、楽しいな!

 

「やっぱり甘くはないな、バクゴー君は。今日も稽古をつけてくれるかもって期待してたんだよ」

「るせぇよあまちゃんが。誰が敵に情報やるんだよ」

「敵……?」

「とぼけんじゃねえよ。本気で来るんだろ、お前も」

 

 あーもー楽し~!! 打てば返ってくるって、こういう時の表現だっけ? バクゴー君とお喋りするのは楽しいなぁ!

 

「やっぱ分かっちゃったか」

 

 警戒するバクゴー君が面白い。明らかに俺の方が君より格下だっていうのに。出来ないじゃんか。君の足元掬っちゃうのがさぁ!

 警戒されてるのなら、しょうがない。嘘まみれの俺だろうと、ここは正々堂々と、君に立ち向かおうじゃないか!

 

「バクゴー君の言うとおり。俺も真剣に出場するよ。ヒーロー科編入への最大のチャンスだからね。例え、君を蹴落としてでも一位を取るよ、バクゴー君」

「ハンッ!」

 

 バクゴー君が、俺に向けて立てた親指を地面に向けた。あ? 嘗めてんじゃねーぞ!

 

「蹴落とし()()()? 俺はてめェを完膚なきまでに蹴落し()、一位獲ったるわ!」

「……上昇志向の塊め!」

 

 ああ! そういうことかよ! 俺は君に嘗められてたわけじゃない。違うんだ。抱える熱量が違うんだ。あぁ、俺は自分が恥ずかしいよ!

 

「テメェもそうだろが」

「フフッ、ありがとう」

 

 買いかぶり過ぎだよ、バクゴー君。でも、君に失望されたくない。だから、息を大きく吸って、胸を張ろう!

 

「言い直すよ。出場選手全員蹴落として、一位になってやるよ!!」

「ハンッ! 一位は俺だ、ヘアバン野郎!」

 

 やれるもんならやってみろ! 君の対戦相手は、俺だけじゃねーぞ! ま、叶うなら、君をぶっ飛ばすのは僕でありたいけどね!

 

 シンソー君に頼まれたスパイにもなれなかったし、情報はこれ以上明け渡せない。そろそろ退散するとしますか。

 

「じゃ、俺、マイク先生のとこ行かなきゃ!」

「あ? ヒーローに稽古つけてもらうのかよ!」

「発声だけ ! これなら卑怯じゃないでしょ? じゃあね!」

 

 なんか、これ以上話してたら今度はこっちが色々引き出されそうだからね。引き際ってのは大事よ。さー、いくぞー!

 

「ヘアバン!」

「吐移だよ!」

 

 あーあ。呼び止められちゃった。足を止めるしか出来ないじゃんか。

 

「あの青髪で死んだ目のやつは、誰だ」

 

 昼休みのが見られてたかな? それとも、シンソー君何かA組に啖呵切ったのかな? まぁでも、こう訊かれる覚悟はしてた。だから簡単にアホ面は作れた。いかにもポカンって感じの顔、今俺してるっしょ? ねぇ?

 

「さぁ? あー、多分、クラスメイトだね。あんまり知らないよー。じゃ!」

 

 質問には答えた。だから職員室に向かって歩き出す。気持ち、早足でね。

 まだ玄関辺りは静かだった。だから、普段から声の大きい彼の言葉は、簡単に俺の耳に入った。

 

「嘘をつくのが、大の得意かよ」

 

 体育祭はもう既に始まってるんだよ。なんちゃって!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話

 体育祭までの2週間。とにかく俺は済ませたかった事を済ませた。役所に“個性”の確認に行ったり、バイトをもう少し減らしたり。筋トレしたり、マイク先生との笑顔、発声練習だったり、中間テストの勉強だったり。テスト本番はかなりの手応えを感じた。邪魔されないって、それだけで最高なんだな。

 

 “個性”の練習もした。黒いキューブは俺の傷の結晶と言い換えられる。こいつを人に向けたことは無いが、物を壊せることは分かっている。だから安いぬいぐるみを10体ほど買ってきた。

 実験内容は

 

①俺が傷を受けた箇所と同じ場所に傷つくのか。

②人型では無い場合も壊せるかの再確認。

 

 の2つだ。だから買ってきたぬいぐるみは5体が人型、5体がそうでない型。一体一体に謝りながら、“個性”の実験をした。正直、病みそうだった。

 心の傷を負いながらも分かったことは、

 

①人型には俺と同じ場所に傷がついた。

②人型では無い型には触れた箇所に傷がついた。

③打撃系はつぶれたりするのみで、ぬいぐるみにはあまり効果が無い。

 

 ③に関しては相手によってはちゃんと効果がありそうだ。

 犠牲になったぬいぐるみたちはちゃんと縫い合わせて、ちゃんと謝って、部屋の賑やかし要因になってもらった。変な魂が入り込んでないといいけど……。毎日チュッチュしよー! きっしょ。

 

 

 

 さて、ついに始まる体育祭。ここからはクラスメイトであろうともライバルだ。バクゴー君にも宣言したからね。他を蹴落として、一位になるって。

 

「吐移くん! 円陣組も!」

 

 でも、空気を悪くしてもいけない。クラスの輪に合流した俺は、皆に呷られて音頭をとる。

 

「今日の主役はー、俺たちだー!!」

「「「オーー!!!」」」

 

 俺、大声出るようになったくね!! 皆めっちゃノリいいから、思ったより声出た! やだもう、大好き! 皆、頑張ろうね!

 

 時間になった。気を引き締めよう。

 さぁて、入場の時間だ。

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!!』

 

 一番注目は、1年A組だ。実況のプレゼント・マイク先生の紹介も力が入っている。

 

『どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!? ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!! ヒーロー科1年!!! A組だろぉぉ!!?』

 

 マイク先生の盛り上げに応じて、観客席も歓声をあげる。

 

『B組に続いて普通科C・D・E組……!! サポート科F・G・H組も来たぞー! そして 経営科……』

 

 俺らに対する熱量、低くない? ヒーロー科ばっか持ち上げてない? 贔屓は良くないぞマイクせんせー!

 

「俺らって完全に引き立て役だよなぁ」

「たるいよねー……」

 

 だからって、さっき言ったこと忘れないでよ。俺泣いちゃう。だからこそ目立ってやるんだ、成り上がるんだ、この場の主役に。ついてこれないなら友達でも置いてくよ。畳くん、記見さん。

 

「選手宣誓!!」

 

 主審のミッドナイト先生がざわめく選手や観客をムチを鳴らして静まらせながら、バクゴー君を呼んだ。そうだったんだ。A組の方からも、驚く声が聞こえる。

 

「あいつ一応、入試一位通過だったからな」

 

 A組の人の言葉に、記見さんが不機嫌に文句たれる。

 

()()()()()()()()()

 

 記見さんって、案外口悪い時あるよね。

 朝礼台に登ったバクゴー君は気だるげに、でも決意した目で、自分に注目が集まっていることを自覚しながら宣言した。

 

「俺が一位になる」

「絶対やると思った!!」

 

 正直笑いそうだった。バクゴー君らしくて。あの日と同じこと言ってて。

 だけど皆は違うらしい。ヘイトがすごくて、いろんなところからバクゴー君に対して罵詈雑言が飛んで、会場は酷いことになっている。「調子に乗んなよA組オラァ!」「ヘドロヤロー!」とか。こんな空気の中、さすがに笑えない。だからって。悪口も言えない。

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 ああ、なーんでそんなヘイトを集めちゃうかな。それが目的なら、邪魔してやろ。

 

「かっけぇけどダサいぞバクゴー君!! かっけぇけど!!」

 

 徹底的に自分を追い詰めようったって、そうはいかないよ。ちょっとくらい、気ぃ逸れたかな。まあ、9割本心だけど。あんな度胸、俺にはないからさ。

 

 俺の“個性”は、自分の体の回復が出来ても、物に対しては全くそうではない。入学祝いで貰ったお金で買った靴を脱いで、会場の端に置く。このサバイバルレースでせっかくの靴が傷んじゃ嫌だから。

 そんな体育祭の初めの種目は「障害物競走」。

 計11クラスでの総当たりだという人数に対して、狭いスタート位置。ミッドナイト先生の、「我が校は自由さが売り文句」「コースさえ守れば()()()()()()構わないわ!」という言葉。やる奴はやってくるぞ。スタートと同時に、他者を妨害する奴が。

 

 ゲートの上の信号がひとつ、青になる。緊張が高まる。

 また一つ、青になる。焦るな。だが急げ。

 最後が、色づいた。

 

『スターート!!』

 

 全員が走り出す!! 当然俺もだ! 人数からか、狭さからか。ゲートはギチギチに詰まっている。それに文句垂れている奴は、ここで落ちるぞ。

 途端、地面が凍りついた。この“個性”はA組の轟のか!

 

「ってぇー!! 何だ凍った!! 動けん!」

「寒みー!!」

「んのヤロォオオ!!」

 

 いってぇえ!! 足凍った!! でも良かった、靴脱いでて!! 冷たすぎて痛覚殺せるから、足裏置いてける!

 

「甘いわ轟さん!」

 

 近くで爆破音が鳴り響く。

 

「そう上手くいかせねぇよ半分野郎!!」

 

 この派手さは、バクゴー君か! 黒いキューブで傷つけて、血の滑りもあって外れやすくした足裏を置いてった俺は、すぐに息を吐いて傷を黒キューブに変換した俺より前を走っているA組の人たちを見る。シンソー君は他のクラスの人を洗脳して、神輿みたいに担がせてるな。

 轟の氷結に捕まった奴らを尻目に、俺は間を縫って駆け抜ける。冷たすぎて、足の感覚がない。

 

『さあいきなり障害物だ!! まずは手始め、第一関門、ロボ・インフェルノ!』

 

 ゲートを越えた先にいたのは大量の入試の時の0Pヴィランと、先頭を走っていたA組とその他。0Pヴィランは、前は怪我人を運んでて、それどころじゃなかったな。

 

「今度はこれに、逃げずに立ち向かう、のか」

 

 俺に出来るのは、黒いキューブを使うことだ。……無意識に、バクゴー君の隣に来ていたらしい。絶対に、今の一人言聞かれてた。恥ずかしい。

 黒いキューブを、傷の結晶化を使っていいか役所に聞きに行った結果、「人に向けてでないのなら使っても構わない。自己防衛ならヴィランに向けても大丈夫」との回答をもらった。ついでに個性届を本来のものに戻すか、人に向けても大丈夫なようにするか聞かれたが、今回は見送った。

 だから、バレずに使う必要がある。使っているところを見られてはいけない。黒いキューブを見せてはいけない。それが出来るのは、砂煙とかで視界が悪くなった瞬間しかない。

 0Pヴィランに最初に立ち向かったのは、やっぱりA組の轟。得意の氷結で襲い来るヴィランを不安定な姿勢の時に凍らせ、それを自然と倒させて後続を妨害した。倒れた衝撃で砂煙と舞い上がる冷気が、コースに漂う。

 

「来た!」

 

 今しかない! 俺の理想の視界の悪さは! 

 大量の0Pヴィランは、センサーで俺を認識し、襲いかかってくる。殴られることは想定済み。だから黒いキューブを肌が出ているところから出現させる。傷の種類は足元。崩れ落ちろ! 俺を殴ると同時に足元が崩れる0Pヴィラン。奴の拳はでかい。俺も吹っ飛ぶが、動けなくなるのと引き換えなら悪くない。別に妨害する役割が果たせなくなるわけじゃないから、後続への妨害も出来る。さあ、抜けるぞ! 

 

「がっ!!?」

 

  頭に部品が落ちてきた! ノーマークだったせいで、思ったよりダメージが来た。回避しよう。

 

『おぉー! 1-C 吐移!! この関門を2位通過ァー!! やるな普通科、番狂わせかァー!? ……え、ちょ、C組吐移、頭から血ぃ出てる!!? あれ大丈夫!? 大丈夫なの!!?』

 

 ヘアバン付けててよかった。目に血ぃ入らずに済んだわ。

 問題なのは第二関門だ。落ちれば奈落の綱渡りゾーン。道を選ばなくてはならない。何度も渡らなければならない。俺みたいに地道に這いずるしかない奴は、手も皮膚も死ぬぞ、これ。俺は治すからいいけど。

 地道に這いずってたらあっという間に追いつかれて、せっかくの二位の位置も体力も死んだ。……気持ちでスピードアップだ。Plus Ultra!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話

『先頭が一足抜けて下はダンゴ状態! 上位何名が通過するかは公表してねーから、安心せずに突き進め!!』

 

 やっと、やっとだ。やっと綱渡りが終わる……。急げ。一位まだ目指せる。男の子なら一位目指せ! めっちゃ足フラフラしてるけど!

 

『そして早くも最終関門!! かくしてその実態は――……一面地雷原!!! 怒りのアフガンだ!! 地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!! 目と脚酷使しろ!!』

 

 体力がない。一歩一歩、歩くことしか出来ない。やっと、やっと最終関門まできたのに。疲れすぎて吐き気までしてる。ホント、“個性”でこれも回復しねーかな。

 

『ちなみに地雷、威力は大したことねーが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!!』

『人によるだろ』

 

 最終関門の地雷原は荒野のようなコースだ。疲れて集中力のない俺に出来るのは、ステージの壁沿いを伝って、確実に進むこと。血が流れたのが影響してんのかな。あまりに急に疲れが来た。しかもいくら俺が自分の足元の地雷を避けても(足裏に黒いキューブを出して、壊して無効化している)、そばで爆破が起きると、その衝撃波で動けなくなる。息が出来なくなることだけは避けたい。

 

「歩け、歩け」

 

 先頭ではバクゴー君と轟くんがデッドヒートを迎えている。負けてたまるか。立て! 歩け! 進め! この勝負に負けるな俺ぇ!!

 

 気合を入れ直した、その時だった。後方で大爆発が起こり、その衝撃が俺の方まで来た。爆破の“個性”を、バクゴー君以外が持っていたのか。いや、違う。その爆風に乗っているのは、鉄板に乗った緑髪の男子。あいつも、A組の人だったはず。一体、どうやって!?

 

『A組緑谷、爆風で猛追ー!!!?』

 

 負けたくない!!

 

 先頭集団が騒がしくなって、マイク先生の実況が盛り上がっている。でもそんなの聴いてる余裕無い。疲れて動くのをやめてしまいそうな自分の足との勝負だ。地道に一歩一歩進んで、体力、少しは回復しただろう。行こうぜ!

 コース半分を過ぎたところから、俺はようやっと走り出した。だいぶ先に人はいるが、まだ地雷を踏んでいる人はいる。轟くんが緑谷くんを追う為に残した氷の道も溶けて、安全な道はなくなっていて、地雷が仕事をしている。俺はBOM BOM 他がいわせてるなか、作戦通り一度も爆破させずに、このコースを抜けた。

 

 最後の最後で腹からビームを出す個性の人に追いつかれたけど、ビームの途切れた一瞬の差で、命をかけて走る俺が一歩先にゴールした。ゴールであるスタジアムには、もう40人くらい先にゴールしていた。予選、俺は果たして、通過しているのだろうか。

 あ、バクゴー君だ。

 

「やっほー……バクゴー君……」

 

 緑谷くんは結局、バクゴー君と轟くんを押しのけて、一位で予選を通過したらしい。さっきマイク先生の実況でそう言っていた。だから、バクゴー君は2位か3位だ。だからか、顔が怖い。追い詰められてる。俺で柔らかくなってくれたら、気が紛れたらいいな。

 

「頭洗ってきやがれ」

「はーい……」

 

 そうだった。俺、頭血まみれだったや。せっかくここまで歩いたけど、控え室に行ってこの惨状をどうにか洗い流さなくっちゃ。そう思ってくるっと振り返って、数歩進んで。あ、思い出した。これ言わなきゃ。

 またくるっとまわって、バクゴー君の顔を見る。

 

「ああ……一言、言わせてくれない?」

「あぁ?」

 

 上位通過者が、なぁんでそんなに顔怖くしてんの。ヒーローさん。

 

「お疲れ様。次も、頑張ろうね」

「……おー」

 

 すこし、眉間のしわが取れたかな。

 今度こそ、控え室に向かう。あ、靴も回収しなきゃ。

 

 控え室の裏の水道。その蛇口からそのまま水をかぶる。冷たい水が気持ちよかった。このまま寝てもいいくらいには、気持ちよかった。一度目を開けば、排水口に流れる赤い水、俺の血がこの場を地獄にしていた。

 

「うげぇ……」

 

 石鹸でこの水場、洗わなきゃ。ヘアバンドも血ぃ吸ってるし……あ、足も洗わないと。……置いてきた足裏、回収しなきゃな。あーつっら。

 足裏は、踏まれてメタメタになりすぎて、もう回収できなかった。会場のシミになっちゃったなぁ。

 

 時間は過ぎて。全員がゴール、もしくはリタイア者が戻ってきた頃、主審のミッドナイト先生から結果が提示された。

 1位 緑谷くん

 2位 轟くん

 3位 バクゴー君

 え、シンソー君27位!? 通過してんの!? おめでとう! 直接言いに行かなきゃ! んで、俺は……。

 

「あ!」

 

 あった! 42位! 最下位でも通過は通過!! よっしゃぁあ!

 

「おめでとう吐移くん!」

「やったな!」

「ありがとう!」

 

 近くにいたC組の皆が俺に「おめでとう」と、お祝いの言葉をかけてくれる。俺は暖かいそれに応えながら、シンソー君のもとへ向かう。彼もまた、持ち上げられていた。

 

「おめでとう、シンソー君! 俺も突破したよ!」

「ああ、おめでとう。だけど、戦いは続くよ」

「分かってる。同じクラスだからって、八百長だけはしないよ」

「当たり前だ」

 

 シンソー君は挑戦者を迎え撃つような、不敵な笑みを浮かべている。次の種目はなんだろうね。種目によっては、戦う事になる。

 予選通過者以外は生徒席に行くよう、ミッドナイト先生に指示された。

 

「予選通過は上位42名!!! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!! そして次からいよいよ本選よ!! ここからは取材陣も白熱してくるよ! キバりなさい!!!」

 

 C組の皆! まだ君らにも注目集まる機会はあるから、アピール頑張って! レクリエーションで“個性”使って注目浴びてって!

 

「さーて第二種目よ!! 私はもちろん知ってるけど~~……何かしら!!?」

 

 主審のミッドナイト先生が次の種目を発表する。ドラムロールが鳴り響いている。

 

「言ってるそばから……これよ!!!」

 

 ミッドナイト先生が指差す先には白いホログラム。そこに足された文字は、「騎馬戦」の三文字。あれ、個人競技じゃないんだ。それなら、シンソー君と協力できるかもしれない。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで、騎馬を作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが……先ほどの結果に従い、各自にP(ポイント)が振り当てられること!」

 

 ミッドナイト先生の発言から、A組がこの種目の仕組みを口に出して理解を深めていく。まとめると、入試の時みたいなP稼ぎ方式で、組み合わせによって騎馬のPが違ってくる。“個性”によっては、ポイント低くても強い騎馬も、その逆の騎馬もいることになるな。説明したかったであろう先生がA組に対してムチを打ち鳴らしていた。

 

「そして与えられるPは、下から5ずつ! 42位が5P、41位が10P……といった具合よ。そして……一位に与えられるPは、1000万!!!!」

 

 おぉっとぉ?

 

「上位の奴ほど狙われちゃう――下剋上サバイバルよ!!!」

 

 普通科が奪ったら、まさに下克上じゃん! 

 

 一位はA組の緑谷出久。注目が集まって冷や汗をかくような、まるで強そうには見えない男子。

 

「上に行くものにはさらなる受難を。雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra!(更に向こうへ) 予選通過一位の緑谷出久くん!! 持ちP 1000万!!」

 

 見た目で判断する気はないけど、狙ってみようかなぁ? 

 

 本番の制限時間は15分。振り当てられたPの合計が騎馬のPとなり、騎手はそのP数が書かれた“ハチマキ”を装着。終了までにハチマキを奪い合い、保持Pを競う。ハチマキはマジックテープ式で取りやすくなっている。

 何より重要なのは、ハチマキを取られても、また、騎馬が崩れてもアウトにはならない。つまり、42名からなる騎馬10~12組がずっとフィールドにいるってことだ。

 

「“個性”発動アリの残虐ファイト! でも……あくまで騎馬戦!! 悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード! 一発退場とします! それじゃこれより15分! チーム決めの交渉タイム、スタートよ!」

「15分!!?」

 

 あ、そんだけしか時間くれないの!? えっと、まずはシンソー君だろ?!

 

「シンソー君、今回は組もう!」

「あぁ。俺の騎馬になってもらいたいって思ってたところだ」

「騎手になる気マンマンかよ」

 

 あんまり自然に言うもんだから、笑ってしまった。

 

「じゃあ、はぐれた奴を見繕いに行こう」

「……なるほど」

 

 シンソー君の“個性”は「洗脳」。もうここから、チーム決めから勝負は始まっているんだ。

 

「あの、すみません。俺たちと組みませんか? 俺たち普通科は二人だけで……。是非君の協力が欲しいんだ。俺はC組の吐移」

「俺は、A組の尾白だ」

「尾白、な。俺は心操だ。よろしく」

「よろs……」

 

 本当なら、この種目もシンソー君は一人で切り抜けられるはずなんだ。でも、俺を洗脳することなく、同じ立場の人間として扱ってくれる。その期待に応えなきゃな。

 

「シンソー君、次はあの人とかどう? 多分、B組の人だよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話

 『さァ上げてけ(とき)の声!! 血を血で洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!!』

 

 あのあと、俺が提案した人をチームに迎え入れて、無事4人チームになった。騎手のシンソー君、前騎馬の俺、左右の騎馬は物言わぬヒーロー科2人。

 

『よぉーし組み終わったな!!? 準備はいいかなんて訊かねぇぞ!! いくぜ!! 残虐バトルロイヤル、カウントダウン!!』

 

 会場の選手たちの殺気が高まる。

 

『3!!!』

 

 そんな中、うちの騎手様は余裕そうだ。

 

『2!!』

 

 だから、騎馬の顔の俺だって、余裕ぶっこかなきゃ。

 

『1……!』

 

 シンソー君の“個性”が他にバレないように、表情作んないとな。

 

『START!』

 

 一斉に動き出した選手たちは、近くの選手か1000万の緑谷くんを狙って動き出す。俺も、シンソー君に目的を再確認して、動こうか。

 

「俺たちはまず、着実に(ポイント)を稼ぐ為に、逃げつつ他の人たちの“個性”を観察……で、いいんだよな? シンソーくん」

「ああ。俺たちは一位を取るんじゃない。勝ちを取るんだ」

「……カッコいー」

 

 俺に負けず劣らずヴィラン顔のシンソー君。きっと手頃なチームを見つけてくれるだろう。

 

「頼りにしてるよ、俺らの騎手様」

 

 シンソー君は意味ありげに笑うだけだった。なにそれ、悪役っぽい。

 目をつけられない程度に動き回る俺たち。ど派手に戦闘が行われている場所に目を向ければ、大体緑谷くんが中心だった。

 

「やっぱり皆、緑谷くんのところに行ってるね」

「1位のPは魅力的だけど、難易度も上がる。俺たちは最後に中堅を攻めるぞ」

「了解!」

 

 それなら、やっぱりド派手なバクゴー君に見つからないように逃げ回らないとなぁ。シンソー君、あんまり戦闘能力高くなさそうだし。

 

 氷に爆破、巨大化した手。見渡してみて、やっぱり思う。

 

「いいね。ヒーロー科の“個性”。やっぱり華がある人が多いよ」

「お前の個性も、華はなくとも強力だろ」

「華がなくていいなら、シンソー君の個性も超強力じゃん。俺のことも操ってくれたら俺もっと楽なのに」

「ちょっとそこでケガしてくれ」

「やだやだやだやだ!」

 

 まあ、せっかく同じブレインとして認めてくれたんだ。俺だけが楽するなんて、絶対しないから安心してよ、シンソー君。

 

「手頃そうなチーム見っけ!」

「え?」

 

 嬉しそうな声色で宣戦布告してきたのは、巨大な手の“個性”の女子が騎手をやっているチーム。どうやらB組みたいだ。相手は俺たちに考えたり逃げる暇を与える気はないらしく、彼女は舌なめずりしながら俺たちに襲いかかってきた。美人は舌なめずりしてても可愛いんだな! 羨まし! 俺がやったら悲鳴もんだよ、勿論恐怖のな!!

 

「リーチが厳しい! 逃げるよシンソー君!」

「ああ」

 

 でも、無駄だった。俺の言った通り、巨大な手はあっさりと、遠ざかったはずの俺たちのハチマキ(295P)を奪っていった。

 

「あー!! 返せ!!」

「ごめんね! でもあたしらも勝ちたいんだよね!」

 

 それは俺も同じだっての! 

 地団駄を踏む。これで周りには俺が焦っているように見えるだろう。笑みを抑えなきゃな。

 彼女たちが遠ざかったのを見計らって、俺の上に居るシンソー君に視線を送った。

 

「これでゆっくり、品定めができるね」

 

 シンソー君もほくそ笑んでいる。楽しそうで何よりだよ。

 

 ハチマキを失って0Pになった俺たちに注目する奴らはいない。それにB組も物間チームが荒稼ぎしてて、半分が0Pで目立たないな。シンソー君はこのままカウントダウンが始まるまで待機しろって支持してきて、正直不安だけど信じることにした。だから周りを見渡すけれど、別の不安に駆られていく。

 毎年、最終種目はタイマンだ。形式は違えどそこは変わらない。だからこそ不安だ。勝ち上がりそうな人の“個性”は、「遠距離」か「触れれば終わり」の人ばかり。特にあの物間って人の、“物まねする個性”に俺の“個性”を真似されたら、たまったもんじゃない。

 

「ねえシンソー君。カウントダウン始まったらさ、物間チームからハチマキ取らない?」

「考えとく。……第一候補として」

「ありがとう」

 

 優しいなぁ、シンソー君は。まぁ、物間チームはバクゴー君に喧嘩売ってて、見事返り討ちに遭っていて俺たちのポイントになることはなかったけれど。

 

「そろそろ動くぞ」

「了解」

 

 残り17秒と実況が告げる。シンソー君が第二候補として目をつけていたチームは、鉄哲チーム。今3位のチームからか! 

 

「おい、鉄哲チーム」

「あ、何……」

「えっ!?」

「お前いったい……」

「なに……」

 

 よぉし。全員かかったな。そのポイント、いただきます。

 

『TIME UP!』

 

 これで、ポイントを奪われることもなくなった。

 

『早速上位4チーム見てみよか! 1位轟チーム!! 2位爆豪チーム!! 3位鉄て……アレェ!? オイ!!! 心操チーム!!?』

 

 なんでそんな驚いて言うんですか、マイク先生。嫌なんですか?

 

『4位緑谷チーム!! 以上4組が最終種目へ……進出だあぁー!!』

 

 

 

「お疲れ様」

 

 シンソー君は“個性”を解いたらしい。A組の尾白くんとB組の庄田くんは何が起こっていたのか分かっていないらしい。それもそうか。だから教えてあげよう。

 

「お二人さん、ご協力ありがとう。これで君らも決勝へ行ける。プロヒーローにいっぱいアピール、頑張ろうね」

 

 シンソー君の足になれた、運のいい二人に。

 

『一時間程昼休憩を挟んでから午後の部だ! じゃあな!!!』

 

 一時間もあるんだ。食堂が混むのは嫌だし、さっさと行こう。

 

「シンソー君、お昼食べよ!」

「いいよ。……今日は弁当じゃないんだ?」

「どこに置いていいか分からなかったから。だから今日は奮発します!」

 

 隠し持っていた500円玉を取り出す。これは非常時のお金だから、今から本当ならロッカーに行って財布取らなきゃならないんだけどね。

 

 お金を払って、カツ丼を受け取る。シンソー君は牛丼みたいだ。C組の皆は俺たちを気遣ってか、話しかけも、近寄りもしなかった。ちょっと寂しい。

 

「一人暮らしだと揚げ物なかなか作んないんだよねー。量作んないのに、油が勿体無くて。スーパーでバイトしててめっちゃ割安でお惣菜買えるから、食べてないわけじゃないけどさ」

「俺もバイトしようかな……」

「いけるいける! 人相悪い俺でも出来るから!」

「ありがとう。めちゃめちゃ自信ついた」

「あれ、なんかムカついた」

 

 甘くないぞ、スーパーのバイトは! 厳しくもないけど! 

 

 端の方に席を見つけて、座った俺たちは受け取った学食に手をつけ始めた。あ、割り箸割るの失敗した。

 

「くだらない話をするのもいいけどさ。君、次からどうするの」

 

 リラックスも大事だけど、考えなきゃいけないこともある。同じクラスだから知ってる。シンソー君、ヒーロー志望としては体力が少ない方だ。

 

「……というと?」

「君が確実に勝ち上がれるのは一回戦だけ。そこで“個性”を見せたら次から対策される。どうすんの」

 

 シンソー君の“個性”は強力な初見殺しだけど、その分対策されやすい。今頃二人から情報が広まっていると考えていいだろう。だけどシンソー君はそれを楽観視してる。

 

「大丈夫だろ。その一回で、強烈に印象を残せば」

「負ければ見てもらえるのは一回だけ。本当に大丈夫?」

「負け方にも良い悪いがあるんだよ。それに、この体育祭で優勝しなくても、ヒーローになれる。ここまで勝ち上がった普通科ってだけで、俺たち二人とも注目されるはずだ。それに」

「それに?」

「お前によれば、俺の個性は“めちゃくちゃヒーロー向き”、なんだろ?」

 

 あの時の、柄にもなく大興奮してしまった時の発言を蒸し返された。ちょっとだけ恥ずかしくて、でも、俺の言葉で自信を持ってもらえたことが嬉しかった。

 

「まあ、勝手に自慢に思ってるくらいには、ヒーロー向きだと思ってるけどさ」

 

 今もその思いは変わっていない。アングラ系ヒーローとして活躍したら、めちゃめちゃかっこいいと思ってる。……ヒーロー以外で、発動型の“個性”の使用が許されている職があればいいのにな。

 俺が照れている間に、話題は俺に移る。

 

「俺の心配をするのもいいけど、自分の心配はいいのか。肉弾戦じゃなきゃ一瞬で負けるでしょ。特にあの轟ってやつ。遠距離から攻撃されれば、いくらお前でも近づけない」

「いやいや! 痛覚殺せば相手の懐まで行けるでしょ! あの轟くんの氷、予選で最初食らったけど、足裏の皮犠牲にしたら越えられたよ」

「……靴は?」

「実は最初から裸足でした!! 頭洗いに行ったときについでに履いたんだよね」

「…………」

「あ、最終種目でもそうするか。ちょっとグロいことになりそうだけど!」

「……危ない戦い方はヒーローから好まれないよ」

「緑谷くんじゃないんだから。というか、怪我しないけど強いワケじゃない俺が勝ち上がるには、狂人の皮を被るしかなくない?」

「剥がれやすいよう何枚も被んないとね」

「在庫はいくらでもありまーす!」

 

 割とずっと狂人の皮を被ってる。このキャラだって、ずっと燻る復讐心を隠す狂人の皮だ。……うーん、シンソー君、引いてるなぁ。言ったこと、ちょっと後悔だな。

 

「お互い、身体は大切にしよう」

 

 えー。俺の戦闘スタイル的に、体は犠牲になると思う。

 

「そうだね」

 

 いやなんで、不安そうなの。大丈夫だよ、俺の皮は分厚いからさ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話

『最終種目発表の前に予選落ちのみんなへ朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!』

 

 昼休憩が終わったから、グラウンドに戻ってきた。そこで参加しないレクリエーションの説明を受けようとしていたんだけど……ある人達が目に止まった。

 え、何、あの人たち。ねぇ、たしかあの子達……。

 

『本場アメリカからチアリーダーも呼んで、一層盛り上げ……ん? アリャ? どーしたA組!!?』

 

 やっぱりそうだよな!? A組の女子たちだよな!? なんでチアの人と同じ格好してんの!? いや、可愛いけど。

 なんか大声で「騙しましたわね!?」とか言ってるし、本意じゃないんだろうな。

 

『さァさァみんな楽しく競えよ、レクリエーション!』

 

 ま、気にしないようにしよう。可愛い格好の彼女らから目を剃らした。これも彼女らの精神攻撃かもしれないから。あと記見さんの視線も痛かった。俺なんかした?

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きをしちゃうわよ」

 

 説明はやっぱり主審のミッドナイト先生。

 

「組が決まったらレクリエーション挟んで開始になります! レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も、温存したい人もいるしね。んじゃ、一位チームから順に……」

「あの……! すみません。俺、辞退します」

 

 ミッドナイト先生の説明を遮って手を挙げ、そう宣言したのは、シンソー君が洗脳した内の一人だった。

 

「尾白くん! なんで……!?」

「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」

 

 ざわつくA組。そんな彼らに対し尾白くんは、「騎馬戦の記憶が終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしかない」と、「多分、奴の“個性”で……」と告白した。なんだよ勿体ないなー。君、いつも貧乏くじ引かされてそーだね。

 ……有名人の緑谷出久。何こっち見てんだ? あ゛? まるで犯人探しをするような目で俺の友達見てんじゃねーぞ。分かってんのか? 体育祭は戦場。“個性”の使用が許されている以上、非難される覚えはない。

 

「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするなんて、愚かなことだってのも……! でもさ! 皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな……こんな、訳分かんないままそこに並ぶことなんて……俺は出来ない」

 

 ふーん? まぁ、その主張は分からないでもないよ尾白くん。でも、プライドなんてあっても食ってけない。せいぜい後生大事に抱えてなよ。

 もう一人の方も「()()()()()()者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」なんて、男らしく辞退の申し入れをしていた。あーあ、勿体無い。せっかくシンソー君が恵んでくれた棚ぼたチャンスなのに。チャンスは掴むもんだぜ?

 ヒーローって、そこまでキレイじゃないといけないの? それが心の底から出てくる思いってなら、散々汚されてきた俺って一生なれねーじゃん。一度汚れたらなかなか綺麗にはならないんだぜ? はー、理想高過ぎ。やんなっちゃう。

 

「かっこいいねぇ。さすがヒーロー科」

「お前も辞退するか?」

「まさか! 俺は訳分からなかったわけでも、何もしてないワケでもない。どうしてやめる必要があるんだよ」

「そうだよな」

 

 悪役っぽい顔でそんな会話をしていたら、二人の棄権が認められた。代わりに入ったのは、鉄哲チームから鉄哲くん、塩崎さん。普通なら5位の拳藤チーム(俺たちからハチマキを奪った)が繰り上げだけど、こちらも暑苦しく、より活躍していた鉄哲チームにそれを譲っていた。なんの因果か。彼らから俺たちはハチマキを()()()から、ちょっと気まずいな。

 

「少しだけ、当たりたくないって思っちゃったなー」

「……そういえば、吐移って、誰なら相性いいの」

「身体固くなくて肉弾戦に持ち込める人」

「あまりいないぞ」

「うーん……」

 

 勝てる見込み、無くなってきた。

 

 一人一人クジを引いて、トーナメントの組みが決まった。一回戦の対戦カードは、第一試合からこんな感じだ。

 

1 緑谷 VS 心操

2 轟  VS 瀬呂

3 塩崎 VS 上鳴

4 飯田 VS 発目

5 芦戸 VS 吐移

6 常闇 VS 八百万

7 鉄哲 VS 切島

8 麗日 VS 爆豪

 

 俺は第五試合、シンソー君は第一試合。バクゴー君は第八試合か。あ、シンソー君が対戦相手の緑谷くんにちょっかいかけてる。でも尾白くんに遮られて、どうやら失敗したっぽい。まぁ、自分から秘密を晒す必要はないよ。中途半端に知ってる奴から不十分なアドバイスでも貰ってろ。俺もそうだからよ。

 戻ってきたシンソー君に、下手な笑顔で話しかける。

 

「尾白くんに守られちゃったね。どんまいシンソー君」

「吐移……」

「俺の相手は芦戸さん。五試合目だから、応援出来るね」

「いらないよ、応援なんて」

「あー、知らないなー? 応援って本当に力になるんだぞー!?」

「そ。なら、お願いするわ」

「任せろ!」

 

 俺がこの精神でいられたのは、学校以外の環境が悪くなかったからだ。これで施設もクソだったら、俺は犯罪者になってたと思う。だから、応援ってすごく大切なんだ。だから、全力でシンソー君を応援するぜ! その前に、レクリエーションに参加するC組の皆のことも応援しないとな。

 

 応援するってことは、参加しないってこと。俺とシンソー君は皆が頑張っている姿を見てくつろいでいた。応援は心の中でしてる。大玉転がしに借り物競走。……正直、まともに運動会に参加出来なかった俺としては、参加してみたかった気もする。でも、ただでさえ無い体力を無くすマネは出来ない。だから、皆頑張って!! 

 それにしても、A組女子はチアの格好ではっちゃけてるなぁ。涼さんによれば俺ってメイクしたらそこそこ可愛いらしいし、もしかしたら似合うかも知れないよな。

 

「俺もチアしたーい」

「……止めてくれ」

 

 えー。明らかに気分悪くしないでよ。シンソー君。

 

「笑えそうじゃん?」

「笑えない人間もいるから、少なくともこの会場では絶対に止めてくれ」

「はー、分かったよ」

 

 ま、どうせ出来ないけどね。チアの服ないし。

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、最終種目が始まる。

 

『ヘイガイズ アァユゥ レディ!? 色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!!』

 

 生徒席に座る俺の隣に居るはずのシンソー君は、今頃入場口か。

 

「頑張れ」

 

『頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!! 心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

 見せつけてやれ、シンソー君。君の強さを、可能性を!

 

『一回戦!! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科 緑谷出久!! (バーサス) ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科 心操人使!!』

 

「シンソーくーん! やってやれー!」

「やれよ! 心操!」

「負けんじゃないわよー!!」

「がんばれー!」

 

 普通科からの数少ない通過者に対して、C組の皆の応援が熱い。

 届いてるか、シンソー君。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする。または「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!! ケガ上等!! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!! 道徳・倫理は一旦捨ておけ!! だかまぁもちろん命に関わるようなのはクソだぜ!! アウト! ヒーローはヴィランを()()()()()()拳を振るうのだ!』

 

 勝て、シンソー君。バレてるならバレてるなりの立ち回りを求められるぞ。

 

『そんじゃ早速始めよか!!』

 

 煽り力が試される。

 

『レディィィィィイ』

 

 俺たちに、プライドはない。あるのは、将来を思う、強い意志。

 

『START!!』

 

 動き出したはずの緑谷が、ピタッと動きを止めた。

 

『オイオイどうした、大事な初戦だ、盛り上げてくれよ!?』

 

 これは……!!

 

『緑谷開始早々――完全停止!?』

「よっしゃ決まったぁあ!!」

 

 これは勝ったでしょ!! どんな“個性”だって、シンソー君の術中にハマれば抜け出せない! かかったことないから分かんないけど! 

 

『全っっっっっっ然、目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべぇ奴なのか!!!』

 

 正直言って、シンソー君はその“個性”以外は強いわけじゃない。ロボに洗脳が効くわけないし、だから俺と同じように実技で落ちた。

 シンソー君を正しく評価してくれるヒーロー科は他にもあったと思う。でも、それでも彼は雄英に来た。分かるよ、シンソー君。だから君も、困難に立ち向かうんだろう。

 憧れの為に!!

 

 シンソー君が命令したんだろう。緑谷くんはくるっと振り向いて、場外へと向かって行く。ああ、ああ! 笑顔になるのを止められない! やっぱりだ、シンソー君の“個性”は、手っ取り早い避難誘導としても活用出来る。問題は、それがスピーカーなんかの機械を通しても通じるのか、だけど……。そこまで強いと流石に俺以上に監視されてそうだし、そんな素振り無いってことは、そうではないかも知れない。だけど今は関係ない。

 場外まで後一歩。一対一の、外部要因のない戦いなら、洗脳が決まった今、シンソー君が勝つ!!

 

「大金星だ!」

 

 

 

 その時、緑谷くんの体から強い風と衝撃波が巻き起こった。その風はシンソー君に身を守らせるほど強かったらしい。そして、緑谷くんの足が止まる。その位置は。

 

『――これは……緑谷!! とどまったああ!!?』

 

 白線の、内側。

 

 俺はシンソー君の洗脳にかかったことが無いからどんな突破方法があるのか知らないけれど、普通、洗脳を自分で切り抜けることなんて出来るのか!? それが洗脳だと分かっていない限り……あ、そうだった! 尾白くんから聞いてるんだ!! だから、自分の状態を客観的に……だからって……い、いや、今はそんなのいい。だって、現に緑谷くんは切り抜けたんだから!

 流石は予選一位通過者。簡単には負けてくれねーや!

 どうするシンソー君。ネタは割れてる。ここからどう攻略する!?

 

「指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ!」

 

 マジか、そんな“個性”なのか、超パワーか! とても増強系の“個性”を持っているようには見えないひょろい緑谷くんはシンソー君に再び向き直ると、一歩、確かに、彼の意思で歩を進めた。

 

「俺はこんな“個性”のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ」

 

 それに合わせてシンソー君も彼に立ち向かう。

 

「誂え向きの“個性”に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!!」

 

 ……それが、君の本音か。

 

 二人はついに取っ組み合う。シンソー君が緑谷くんの顔を殴るが、彼は一切怯まずシンソー君を押し出そうとしている。まだ洗脳は決まらないか!

 身体を捩って、緑谷くんの拘束から逃れたシンソー君はバランスを崩した緑谷くんの顔を押した。でも、その腕と胸ぐらを掴まれて……背負投げを、くらった。

 

 シンソー君の足は、場外に出ていた。

 

「心操くん、場外!! 緑谷くん、二回戦進出!!」

 

 

 

 洗脳と聞いて、良い印象を抱ける人は、どれだけしかいないだろう。俺? 俺はシンソー君が雄英(ここ)にいるから良い印象しかなかったんだよ。

 

 つまり、そうではなかった中学以前の頃は? 彼がヒーロー志望と知らなかった人々は、彼にどんな言葉を送っていた? 知らないけれど簡単に想像出来る。彼も、ヴィラン扱いを受けていたかも知れない。心無い言葉を投げられてたかもしれない。

 そんなシンソー君が、正しく評価してくれない雄英(ここ)に来て、多くのヒーローが注目するこの舞台に立って、全力で戦った。

 

 どれだけの壁がシンソー君の前に立ちはだかっていただろう。それを超えて、彼は今、戦った!

 

「シンソー君!」

『二回戦進出! 緑谷出久――!!』

 

 君は今、誰よりも、かっこいいよ!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話

 『IYAHA! 初戦にしちゃ地味な戦いだったが!! とりあえず両者の健闘をたたえて、クラップ ユア ハンズ!!』

 

 涙が止まらない。悲しいからじゃない。勝った緑谷くんより、シンソー君の方がずっと、俺にはかっこよく見えたから。

 

 そうだよな。俺たちは今、ようやくスタートラインに立てたんだよな。ヒーロー科の奴らより数歩遅れて、他人の印象で邪魔されて。でも、でも。それを全部ぶっ飛ばして、今、君は! 憧れから視線を集めている!! もしかしたら“個性”をほとんど見せていない緑谷くんより、ずっと!!

 

「うおっ、吐移めっちゃ泣いてんじゃん! どうした?」

「ジンゾーぐんが……ジンゾーぐんがぁ!」

「うん、負けちゃったな」

「がっごよがっだぁあ!」

「そっちかぁ」

 

 秋野くんが「鼻水出てる」と言いながらポケットティッシュをくれた。ありがとう。

 

 シンソー君がステージを降りてくる。俺も他のクラスメイトと一緒に、応援席の前で迎え入れよう。

 負けたことがショックだったんだろう。シンソー君は俯いている。やだなぁ。上を向いてよ。

 

「かっこよかったぞ、心操!」

 

 畳くんがシンソー君にそう声を描けた。上がった顔は、ふふっ、悔しかったね。

 

「正直ビビったよ!」

「俺ら普通科の星だな!」

「障害物競争一位の奴といい勝負してんじゃねーよ!!」

「吐移なんて感動して泣いてるぞ!」

「どちゃくそかっこよかったぁあああ!!!!」

 

 さあ聞けシンソー君。君を正しく評価するプロヒーローの声を!

 

「この“個性”、対ヴィランに関しちゃかなり有用だぜ、欲しいな……!」

「雄英もバカだなー。あれ普通科か」

「まァ受験人数ハンパないから、仕方ない部分はあるけどな」

「戦闘経験の差はなー……どうしても出ちまうもんなぁ……もったいねぇ」

 

 だろ!? うちの子すごいでしょ!?

 

「聞こえるか。心操、おまえ、すげェぞ」

「…………」

 

 だから、自信を持って、シンソー君。

 

「結果に寄っちゃ、ヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ?」

 

 シンソー君はまだステージ上にいる緑谷くんに話しかけた。あれは、宣言といってもいいだろう。

 

「今回は駄目だったとしても……。絶対あきらめない。ヒーロー科入って、資格取得して……絶対お前らより立派にヒーローやってやる」

 

 かっこいいなぁ……って、シンソー君、“個性”使ってない? お戯れやがって。まあ、本人たちが楽しいなら、絆を深めてんなら、それでいいさ。

 

 俺らの星が戻ってきた。皆拍手して労って、彼を受け入れた。そして彼は俺の隣に座った。俺の目がまだ濡れているからだろう、シンソー君が輝いて見えた。

 

「お疲れ様、シンソー君。おかえり」

「ただいま」

「凄かったよ、あの先制攻撃。うん。惜しかった!」

「そうだな」

「……ねえ、実感できたでしょ?」

「何の?」

「君の力は、ヒーローに認められたでしょ?」

「……そうだね」

 

 さすが俺が認めた男だ。お昼の自分が言った通りにしたよ。負け方、確かに大切だった。そんなことより、言ってやろう!

 

「シンソー君。君は、ヒーローになれる!!」

 

 既に俺の心のヒーローだ!!

 

 

 

 第二試合 瀬呂範太 VS 轟焦 凍。

 A組同士の戦いは、轟くんが大氷結で瀬呂くんを氷漬けにして勝利。ちべたい。勝てる気がしません。

 

 第三試合 塩崎 茨 VS 上鳴電気。

 塩崎さんの「ツル」の“個性”で、上鳴くんを拘束して行動不能にして瞬殺。ぐるぐる巻じゃ抜けらんない。勝てる気がしません。

 

 第四試合 飯田天哉 VS 発目 明。

 次が俺の試合だから見てないけれど、なんか長かったな。発明さんってサポート科の人だったはず。自分の発明でそれだけ戦えるのか……。勝てる気がしません。あ、飯田くんが勝ったらしい。

 

 さあ、俺の番だ。なるべく肉弾戦が出来る人であってくれよなァ! 

 

 

 

 四隅に火柱が立つステージに立つ。俺の目の前に立つのは、ピンクの肌色をした角の生えた女の子。確かバクゴー君と騎馬を組んでいた、手から溶解液を出す人。拘束力も遠距離性能もそこまで無い。靴、脱いでて正解だった。

 この人となら、戦える。

 

『はつらつ笑顔だが“個性”は凶悪!? ヒーロー科 芦戸 三奈!! VS まだまだ笑顔練習中! 普通科 吐移 正!!』

 

 コンプレックス刺激しないでください、マイク先生。無理して笑わないといけなくなるじゃないですか。

 

『それじゃあやっていこうか! レディィィィイ! START!!』

「先手必勝!」

 

 芦戸さんは俺を行動不能にする為か、それとも俺が避けることを前提にか、まっすぐ俺に向かって溶解液を飛ばしてきた。なら、受け止めてやる。

 

「ぐっ」

 

 頭を庇った両腕が溶けた。

 

「な、なんで!?」

 

 よし、動揺させられた! 息をして治した腕を見せないようにしながら彼女に向かって走り出し、狼狽える彼女に殴りかかる。でもさすがヒーロー科。すぐに立ち直って、俺の拳を避けた。

 

「なーる! あんた回復系の“個性”なんだ!」

「もうバレちゃったか!」

「分かりやすいよ!」

 

 よく見てるな。なら、油断を誘ってみるか? 芦戸さんは足場を溶かして俺を滑らせようとしてくる。溶けた足場に誘導しようと、逃げる俺に溶解液をかけることも忘れずに。だがそれは俺にチャンスを与えることになるぜェ?

 演技でなくても鈍い動き。ところどころで受け損ねて、まともにくらったりして、脇腹と右太ももには大きく溶けた痕が出来ている。スースーするし、ちょっと恥ずかしい。芦戸さんも困っている。

 

「避けるならちゃんと避けてー!」

「それについてはごめーん!」

 

 狙い通りだけどな。

 芦戸さんは器用に、溶けたステージを滑り回る。もう硬い足場はない。足の裏は常に溶けている。ヒリヒリする。次だ。次、俺に撃とうとした時が、仕掛け時だ。

 

「滑って溶けろぉ!」

 

 なかなか怖いことを言いながら、芦戸さんは俺の足元に溶解液を飛ばす。それを食らうことを受け入れながら、彼女に殴りかかろうと走り出した。

 

「うわっ!?」

 

 な、なんで、今まで大丈夫だったのに!?

 足を滑らせた俺は、背中からステージに倒れこんだ。

 まずい! 足を取られたらそのまま場外に連れ出される! 急いで立て、俺!

 

「あ!」

 

 芦戸さんの焦る声が聞こえたと同時に、視界が溶けた。

 

「あ゛、あ」

 

 あつい、いたい、きもちわるい、いたい、いたい、いたい!!

 

「あ゛あ゛あああああああああああっ!!!??」

 

 溶解液が目にっ!? いだいっ!! いくらなんでも痛すぎる!! やめときゃよかった、こんな計画!! いたい、いたい!!

 

『いくら不甲斐ねぇ戦いだからって、こんな不運があっていいのか神様ぁ!!』

 

 ……許さねぇ。

 

「ねぇ、大丈夫!?」

 

 ここまでしたんだ。道化を演じたんだ。負けるのなんて、許してたまるか!!

 

 自分が勝ったとでも思い込んでいるのか、俺に近寄りしゃがみ込み、手を差し伸べる芦戸さん。その彼女の手、ではなく。頭の角を捕まえる。

 

「えっ」

 

 起き上がる勢いと腕を引く勢いで、彼女の鼻に頭突きを食らわせた。

 

「まだ、試合中だ」

 

 治りかけの瞳は、恐怖する彼女の表情をしっかりと捉えた。

 

『ウソだろっ!? 目をつぶされた吐移、まだ戦う気だァーー!!?』

 

 うろたえる芦戸さんの顔を殴りつけて、角を手放して立ち上がり、尻餅をつく彼女が立ち上がれないよう、鳩尾めがけて思いっきり蹴りを入れる。

 

「うぅっ!!」

『女の子に容赦が無いぞ吐移ーっ! それでも漢かー!?』

 

 ここで負けたら、ただのみっともない奴なんだよ。俺には勝つしかないんだよ!

 彼女の両足を捕まえて、場外へ連れて行く。それを止めようと彼女も溶解液を飛ばしてくる。でも、威力不足だね。痛みを覚悟した俺になら、骨が見えるくらいの威力がなきゃ。

 滑りが良いから、運びやすかった。

 

『二回戦進出! 吐移 正ーっ!!』

 

 最後の最後で喰らった酸で溶けた左目。それもすぐに治った。……体の中に黒いキューブ、大量生産されたな。

 試合は終わった。だから芦戸さんに手を差し出した。

 

「ごめんね、顔を傷つけちゃって」

「ん~、別にいいよ。これが勝負だもんね。終わってないのに油断した私が悪いよ」

「あはは……。それにしても、強い“個性”だ。俺みたいな性悪を近づけないよう、もっと濃度上げられるといいね」

「そうだね! ……あ!」

「あっはは!」

 

『アンチヒーローな暴力の数々だったが、そこはちょーっと甘く見て! 吐移は普通科だし、系統は似てるけどヒーローじゃなくて救急救命士とか、あまりヴィランと戦うことを想定してない職を目指してるからさ! 吐移は本当は非暴力主義者なの! じゃ、フォローも終わったし、二人の健闘を讃えて!!』

 

 俺らが会話している間にも、マイク先生がフォローしてくれていた。だからか、俺に向けられていたブーイングも収まって、代わりにバラバラと拍手が鳴りだした。

 

「対戦、ありがとうございました」

「私に勝ったんだから、次も勝ってよね!」

「勿論!」

 

 負けてもはつらつな芦戸さんを見送り、見送られ、控え室に戻った。そこで俺は机の上に新しい体育着が用意されているのを見て、自分の惨状にようやく気が付いた。

 着ている体育着が自分の想定以上に溶かされていることに。

 

「う、うわ……」

 

 思わず声が震える。だって、袖や肩、脇腹、太もものあたりの服の溶けて無くなった部分から、なまっ白い肌が見えて……まるでエロ同人の服だけ溶かすスライムにやられた後のようだった。

 

「うそだぁぁあああ……」

 

 こんな格好を全国に放送されてしまったと考えると、もう、恥ずかしくて表に出れない……! よくヘアバンが生きてるよこれ! それだけ彼女が顔には当てないようにって配慮してくれたってことだけど!

 誰かが見ているわけでもないのに、腕で身体を隠しながら、机の上に用意されていた体育着をビニールから取り出す。

 

「精神面で攻撃してくるなんて……恐ろしい子!!」

 

 いや、そんなつもりなさそうだけどさァ!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話

 でろでろの体育着を新しいものに着替えた後、次の試合を見る為に急いで生徒席に戻った俺。C組の皆からは「ヒーローらしくなかったぞ!」とか、「ヒデェ勝ち方」、「カッコ悪かった!」なんて、言われたい放題だった。笑いながら言われるそれらをこちらも笑って受け流しながら、シンソー君の隣を目指した。

 

「おかえり、吐移」

「ただいま」

「あれ、ジャージ……」

「うん、もらった。エロ同人みたいになってたからねー」

「自分で言うのか」

 

 ニヤニヤ笑いながら言いやがって! 揶揄かってんの、バレバレだよ! ったく!

 自分で言って笑い話にしないと、やってけないの!

 

 シンソー君が教えてくれたプロヒーローの講評は、「自己回復出来る強個性」「普通科だし、戦闘センスはこれから磨けばいい」「本人も“個性”も、これからが楽しみだ」等だったらしい。へへへ、やっべぇ。プロから俺、認められたの? めちゃめちゃ嬉しいじゃん!! どうかあの姿は忘れてください。

 

「お、次の試合始まるね!」

 

 第六試合は常闇 踏影 VS 八百万 百。

 八百万さんも体からなんでも創り出せて強すぎるし、常闇くんの動く、なにあれ、もうひとりの常闇くん? が攻撃のチャンスをくれない。結局常闇くんが攻守万能な“個性”で場外にして勝った。そんな彼が次の対戦相手です。勝てる気がしません。

 

 第七試合は鉄哲 徹鐵 VS 切島 鋭児郎。

 “個性”だだ被りの二人はひたすら殴り合い。タフさも硬さも体力も同じだったのか、最終的には両者ダウン。ただの殴り合いなら俺でも出来そうだ。勝てるとは言ってません。

 

「さあ、来るぞ……なかなかアブない組み合わせが……!」

 

 第八試合、麗日 お茶子 VS 爆豪 勝己。

 

『一回戦最後の試合……いくぞォ……レディィィィ』

「ついに始まるね」

「ああ」

 

 バクゴー君は一位になると宣言した。だから、手加減なんてしないぞ。

 

『START!!』

 

 合図と同時にバクゴー君に向かって動き出した麗日さん。

 

「彼女は浮かす“個性”だったな。短期決戦で勝ちに行くつもりだ」

「バクゴー君はきっとスロースターター。エンジンが温まれば最強に近いけれど、それまでに叩くことが出来れば……」

 

 それをさせてくれるバクゴー君ではないけれど。仮に触れられたとして、空中移動が出来るほどバランス感覚や戦闘センスのいいバクゴー君。弱点になるのか? ……いや、場外に出る可能性があるのか。無重力は感覚が狂うだろうし。なら触れられない方がよっぽどいい。そう考えていたら、なんか麗日さんがトリッキーなことしてた! 上着を浮かせて影分身!?

 

『上着を浮かせて這わせたのかぁ。よー咄嗟に出来たな! NINJA!』

「あぶない!」

 

 君はここで負けていい人じゃないぞ! バクゴー君!!

 爆煙の視界の悪さを利用して囮を置いた麗日さんはバクゴー君の右側から現れ、浮かそうと手を伸ばした。だがバクゴー君は反応し、ステージの地面を削りながら、彼女を爆破で吹き飛ばした。

 

「……見てから動けるほどの反応速度」

「麗日さんの“個性”は触れなきゃダメなんでしょ? あの反射神経には、かなり分が悪いよ……」

 

 俺と彼女の違いは、“個性”の使用の有無だ。近づけなければ相手に一撃を加えることが出来ない。それなのに、あんなトリッキーなことをしてもダメだなんて……彼には初見殺しすら効かないのか? 俺はバクゴー君に勝てるのか?

 手加減する気も負ける気もないバクゴー君。自分で起こした煙幕を払って、彼は麗日さんを鋭い目つきで捉えている。

 

『麗日、間髪入れず再突進!!』

「でも、それじゃあな……」

 

 麗日さんの低姿勢での突進に、バクゴー君はやっぱりステージを削りながら爆破し、撃退する。……どうして、破片が自分に当たるような方法を採るんだ。その破片をむしろ、攪乱の為に使うことだって……。

 何度も何度も麗日さんは煙幕の中から突撃し、バクゴー君は容赦なくそれを爆破する。回を増すごとにその大きさも増していく。麗日さんが分からなかった。何が狙いなのか。俺でも思いつくことをしないことが。

 バクゴー君との対戦を意識したシュミレーションでヒートアップしてきた思考。一旦落ち着こうと息をつく。そして、会場全体を見て、気がついた。

 

「まだまだぁ!!」

『休むことなく突撃を続けるが……これは……』

 

 実況も観客もドン引きしてる。皆が麗日さんに注目しているからだ。すごい。すごいよ麗日さん! これが作戦なら、俺の思いつきなんて、する方が愚策だ。

 

「麗日さん……かっこいい!」

 

 熱い、熱いよ!!

 

 

 

「おい!! それでもヒーロー志望かよ! それだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!」

 

 ああ゛っ!? 誰が言ってんだァ!? バカかよ!!

 

「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

「そーだそーだ!」

 

 せっかく俺の中で盛り上がってたのに、ヒーロー達が多く座ってる方の観客席から上がった声で、一気に醒めた。コイツら本当に大人? 一歩引いて見てみろよ。

 

『一部から……ブーイングが! しかし正直俺もそう思……わあ肘っ』

『今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ?』

 

 ……マイク先生のこと、ちょっと失望したかもしれん。今はヒーローじゃなくDJとしてそこにいるのかもしれないけど、それでもだ。逆にあの身だしなみのなってない先生、イレイザーヘッド。A組の担任はやっぱりプロヒーローだ。俺の中で好感度だだ上がりだ。

 

『シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』

 

 イレイザーヘッドも言っている。本気と本気のぶつかり合いだから、面白い心理戦なんだよ。これが分からないなんて、もったいない人たちだ。

 

「お前なら、爆豪と戦えるか?」

「やってみないと分かんない! 耐えられる爆破なのか分からないし。まあ、肉弾戦でも勝てないから、今は無理!」

「そ」

「麗日さんのような手、俺は使えないからな!」

「……?」

 

 ステージ上の麗日さんはバクゴー君に何か話してから、両手のひらを合わせた。ひらというか、指と指をか? それが、あなたの“個性”解除の方法か!?

 

「バクゴー君の近さを利用した作戦だよ。低姿勢の突進でバクゴー君の打点を下に集中させ続けて、武器を蓄えてた。そして絶え間ない突進と爆煙で視野を狭めて……悟らせなかった!」

「勝あアアァつ!!」

『流星群ーー!!!』

 

 バクゴー君に降り注ぐは、無数の瓦礫。避けることは不可能。何か対策しようものなら、麗日さんの浮かせる“個性”が襲いかかる!!

 

「油断を誘えた俺と違って、警戒されているからこそ出来た作戦!! なんてかっこいいんだ麗日さん!!!」

 

 優勝候補からの大金星だ!!!

 

 

 

 

 BOOM!!!

 

 今日一番の爆発が、会場の中央で起こった。

 

 息が、できなかった。

 

『会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々――正面突破!!』

 

 バクゴー君は麗日さんの降らせた星を、希望を、全て爆破させてみせた。

 

「あんなの……あんなの俺だって木っ端微塵だ!」

 

 勝ち取る為の体も、勝つ為の作戦も、勝利を誓った心も、全部!!!

 

 そして、あれでもう限界だったんだろう。麗日さんは戦う意志を見せながら、それに体が応えてくれなくて、膝から崩れ落ちた。駆け寄ったミッドナイト先生が告げる。

 

「麗日さん、行動不能、二回戦進出、爆豪くんー!」

 

「ひ、ひえ~~~~……」

「女子に容赦ないのは良いとして……まだまだ余裕そうなのが恐ろしいな」

「流石、選手宣誓で大口叩いただけのことはあるね」

 

 あの爆破への対応はどうしたらいいんだろう。常闇くんを倒すことが出来たなら、その次はもしかしたらバクゴー君だから。……爆破をさせたくないなら、そのもとを潰せばいいんじゃ? 手を、壊せばいい。ぐちゃぐちゃにすれば……。

 

「!!」

 

 記憶から引き起こされた、自分の両手の骨がグチャグチャになった幻覚を見て、正気になった。バカ野郎。黒いキューブが使えるのは、ロボに対して。それも、バレないように視界の悪い場所でじゃないと……。ロボに使ったのがバレてたとしても、人に使わなければ、警戒レベルは上がらないはず。それに、人に使うのは、まだ犯罪だ。それを忘れるなよ、俺。

 自分を落ち着けている間に、少し前に保留になっていた“個性”ダダ被り組の決着がついた。腕相撲を制したのはA組、切島くんだ。おめでとう!

 

「次は轟くんと緑谷くんか。どっち応援する?」

「さあ?」

「さあって」

 

 もっと興味持ちなよ。君だって緑谷くんに何か託したんじゃないの?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話

『そろそろ始めようかぁ!』

「来るぞ、トップ同士の戦い!」

 

 二回戦第一試合は、轟 VS 緑谷。轟くんはNo.2ヒーロー エンデヴァーの息子として、そして彼自身も強いってことで有名だ。“個性”は『半冷半燃』、凍らすことも燃やすこともできる化け物“個性”だ。対して緑谷くんは、恐らく単純な増強型の個性。あまり使い慣れていないってのと、無茶するタイプっていう印象だな。

 

『今回の体育祭、両者トップレベルの成績!! まさしく両雄並び立ち今!! 緑谷 対 轟!!』

 

 両者、気迫が違う。

 

『START!!』

 

 開始瞬間に、氷結と衝撃波が観客席を襲ってきた。巻き起こった風は氷結の冷たさを受けて、とても寒かった。一回戦で轟くんは瀬呂くんを一瞬で氷漬けにして勝利したことを考えれば、衝撃波でそれを防いだ緑谷くんがすごいのか。あれが、あの超パワーが、緑谷くんの“個性”。

 もう一度同じ衝撃に襲われる。気づいたことは二つ。一つは、緑谷くんの指が変色していること。あれは折れてる。砕けて内出血でひどい有様だ。あのパワーの代償か。

 もう一つ気付いたのは、どっちにも勝てる気がしないってことだ。轟くんには氷漬けにされて、緑谷くんには吹っ飛ばされて。……ああ、怖い。

 

「近寄れないのは、もう、どうしたら……」

「常闇って奴も、なかなか近寄れないぞ」

「彼の間合いは中距離。その中に入ればなんとかなるけど、そうさせてくれるか……。影を消すには光を! だけど太陽光しかない!!」

「……あれ、影なんだ」

「ダークシャドウって言ってたし。でも俺ライトなんて持ってない! 暴力しかない……!」

 

 だって、だって! 黒いキューブは使っちゃダメなんだよ! さっきの戦いで体の中の黒いキューブの余白は結構埋まってしまった。あんまり強すぎるものは家においてけなかったのが痛い。ああ、こんなんで勝てるのかよ!!

 

「……もう、終わりか」

 

 シンソー君の独り言で、意識を試合に戻せた。

 

「みっともない負け方すんなって、言っただろ……」

 

 緑谷くんの左腕が、変色していた。

 

『圧倒的に攻め続けた轟!! トドメの氷結を――』

 

 でもその氷結は、壊れた指で起こされた爆風と衝撃波で壊された。

 壊されたあと、戦局が動かなくなってしまった。煙の中のステージをよく覗き込んでみれば、両者の口が動いている。

 

「何か、喋ってるね」

「……轟のやつ、震えてないか?」

「寒いんじゃない? いくら“個性”だからって、緑谷くんの指が壊れてるみたいに、轟くんにだって体に限界あるでしょ」

「……」

 

 息を呑む観客たち。静まる会場のせいか、緑谷くんの張り上げている声が聞こえる。

 

「皆、本気でやってる。勝って……目標に近付く為に……っ一番になる為に! ()()の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つ傷つけられちゃいないぞ! 全力でかかって来い!!」

 

 やめて。やめて。俺は人殺しになりたくない。黒いキューブは人を殺せる。だから、そんな熱い言葉で、心を揺さぶって、使わせようとしないで。

 

「かっこいいな」

 

 シンソー君は素直に感心していた。それが普通の反応か。狼狽えたのを誤魔化さないと。

 

「……ヒーローだね」

「?」

 

 轟くんに一発入れていた緑谷くん。衝撃波で氷を吹き飛ばしていた。

 

「期待に応えたいんだ! 笑って応えられるような……かっこいい人(ヒーロー)に……なりたいんだ!!」

 

 体が冷えて動きが鈍い轟くん。また緑谷くんの攻撃を、頭突きを腹に喰らった。

 

「だから全力で! やってんだ皆!」

 

 轟くんが炎を使わないことが、緑谷くんに無茶をさせているのか。

 

「相手が何かの理由で弱体化してくれてるのに、それを乗り越えさせようと言葉をかけている。只敵を捕まえる職業ヒーローなんて、目じゃない」

 

 轟くんにも何かあるんだろう。公開してるのにも関わらず、使いたくない、自分の“個性”を否定する理由が。

 

「だから……僕が勝つ!!」

 

「煽って、煽って……。相手の力を引き出そうとする」

 

 なーんで、緑谷くんは自分が負けるかも知れないのに、そんなことが出来るのかな。

 

「君を超えてっ!!」

 

「只勝つことを目標にしてちゃ、そんなこと、出来やしない」

 

「君の! 力じゃないか!!」

 

 余計なお世話だ!!!

 

 轟くんから、炎が立ち上がった。

 

『これは――……!?』

「ヒーローにしか、出来やしない」

 

 俺と違って、彼に必要だったのは、自分の“個性”を受け入れるきっかけを与える言葉だったのか。

 本当に違うな。俺には緑谷くんの言葉は、本当に、うるさい。

 

「焦凍ォォオオ!!!」

 

 No.2ヒーロー、エンデヴァーが突然、彼の名を呼んだ。なんだか嬉しそうだな。

 

「やっと己を受け入れたか!! そうだ!! いいぞ!! ここからがお前の始まり!! 俺の血を持って俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!」

「……」

 

 轟くんは返事しない。なるほど、父親が嫌いなんだな。受け継いだ“個性”の使用を拒絶するほどに。観客がエンデヴァーの気迫に押されてなのか、轟くんが返事をしないからか、会場が静まり返っている。

 

『エンデヴァーさん、急に“激励”……か? 親バカなのね』

 

 言ってることヤバかったし、教育課程でやりやがったな。つまりクソ親ってことか。その親から受け継がれた炎の力を拒絶してんだ。

 つまり、それを引き出した緑谷くんの言葉が、それだけ轟くんの心を震わせたのか。

 

「霜は溶けた! 早いぞ!」

 

 事情はそれぞれ。体も心も氷が溶け、燃え上がる轟。次で勝負が着くかも知れない!

 轟くんが放った氷結をジャンプで正面から突っ込む緑谷くん。壊れたはずの右腕が光を放つ。緑谷くんが力を放つと同時に、轟くんも左の炎で迎撃する。バクゴー君以上の爆風、爆音、閃光が観客席を襲った。すっげぇ……!

 

『何今の……お前のクラス何なの……』

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され、膨張したんだ』

『それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ! ったく、なんも見えねー。オイこれ試合はどうなって……』

 

 煙が晴れて見えたのは、緑谷くん。

 会場の壁に体を打ち付け、崩れ落ちた緑谷くんの姿だ。

 

「緑谷くん……場外」

 

 歓声が上がる。

 

「轟くん――……三回戦進出!!」

 

 

 

 さて、さらに場堅めをしなくちゃな。監視の目を少しでも欺きつつ、俺のキャラの方向性を決める大切なことだ。俺自身が思い込まないと、この先騙せていけない。

 

「すごかったね、この試合」

「……ああ」

「俺、緑谷くんのファンになりそ! あんなに焚きつけて……すごいよなぁ。あんなの、その人の“心”を救いたいと思わなきゃ、出来ないことだ。ふたりはクラスメイトだし、何かしらあって、事情を知ってたんだろうねー」

「そうなんだろうな」

 

 これでこそ、俺のキャラだ。この軽い感じで行かないとな。

 とっくの昔に、口と心が違う主張することには慣れてるんだから。大丈夫。

 俺は軽いノリの子! おバカな子! 腹黒いのが見え透いてる子!

 

 さっきの戦いでステージは大崩壊。しばらく補修タイムに入るらしい。俺の試合は一つ挟んだ次、第三試合だ。

 

「俺みたいに瞬時に自己回復できれば、もっといいのに」

「……なんか、ゲームの中ボスみたいだな」

「なにそれ、俺が噛ませ犬って言いたいのそれ!」

「そう」

「ひどい!」

 

 よしよし、俺の重さはシンソー君に伝わってないな。

 

「吐移。リラックスもいいが、そろそろ集中してこい。勝ち目が限りなく0に近くても、一発くらい入れてこい」

「なんで負けること前提かなぁー? 勝ちを狙うのが男の子だぜ!」

「ならさっさと控え室行けよ」

「じゃあそうするか」

 

 相手は常闇くん。もうひとりの自分みたいな影の“個性”。影なら、光があれば弱くなりそうだけど……。いや、濃くなって、強くなる? 分からない。

 

「吐移」

「何?」

「全力でやって来い」

 

 やめてシンソー君。焚き付けないで! 俺を人殺しにしないでってば!!

 

「うん!」

 

 今、俺、自然に笑えただろうか。まだ不完全だとはいえ、ね。

 生徒席を抜けていく途中、「頑張ってね!」とか、「一発入れるんだそ!」とか、激励が送られる。嬉しいのに、心が痛い。心臓が周りを強く叩いているのを、心が痛いと勘違いしてんのか? ああ、笑えよ、俺。なんでステージ外で戦ってんの、俺。

 

 

 

 戦いはステージ上でも続いた。いや、普通ならここから始まるはずなんだけど。

 

「お前……全力では無いな?」

「……なに?」

 

 はぁ? 何知ったふうな口きいてくんの? 強いからって調子乗んなよ。

 目の前に立つのは俺の対戦相手、常闇 踏影くん。彼の“個性”は全方位中距離防御、攻撃が出来る影。一回戦での勝ち方は、対戦相手のA組、八百万 百さんに反撃の隙を与えず、場外へ押し出し。つまり、あの影には実体がある。ならあの影と本体の体力が、いや、いらん期待はしないでおこう。

 

『START!』

 

 始まりのコールが聞こえたと思ったら、常闇くんはいきなり影を俺に向けてきた。肉体同士でぶつかりあおうぜぇ!?

 そんな気持ち虚しく、俺は影をいなすことしか出来ない。本体は高みの見物ってか!?

 

「予選。お前は第一関門を二位で通過したな。爆豪に続いてロボの上を飛んで超えたが、その時、上空から足を崩されていたロボを何体か見かけた。あれは、お前がやったんだろう?」

「……知りませんけど?」

「とぼけるか」

「知らないもんは知らないし、悲しいことに、これが俺の全力だっての!」

 

 暴いた気になって余裕ぶっこきやがって! そのツラに拳を食らわせてやる!

 

「!」

 

 躱した影がまた俺に襲いかかってくるのを、またいなす。

 

「躱すか」

 

 ったりめーだ! 皆と約束してんだよ! 絶対に一発食らわせるってな!

 今度こそ常闇くんに飛びかかる。

 

「くっ!」

「ライトが欲しいよ、まったく!」

「何っ!?」

 

 怯んだな!? 顎にアッパーをくらえ! で、膝も腹にくらえ!!

 

「ぐうっ!」

「影なら光をぶち込めばいいのに! 持ってない!!」

 

 対応策を思いついてるのに実行出来ない、俺の悔しさをくらえ!!

 もう一撃入れようとした拳は、しかしよけられ、ついでと言わんばかりに黒影に足元を掬われた。

 

「のぉっ!?」

「俺の弱点に気づいたようだが、残念だったな」

 

 あっ! 足掴まれた! これじゃ一回戦で俺が芦戸さんにしたのと同じじゃないか!

 

「いぃぃぃやぁああっ!」

「全力を出さない者が立てるほど、この大会は甘くない」

 

 そうだろうね!!

 

「吐移くん、場外! 常闇くん、三回戦進出!!」

 

 放り出された先からステージに戻った俺は、常闇くんと握手した。思わず溜め息が漏れる。

 

「全力を出すって、君言ったけどさ。君はそれが別に、全力だった訳じゃないでしょ」

「何を言っている? 単なる卑下は受け付けない」

「そうじゃないよ。確かに俺が弱すぎたかもしんないけど、そうじゃなくって……。君の“個性”、黒影(ダークシャドウ)って呼んでたから、きっと影でしょう? なら、影が大きければ大きいほど、力も増すんじゃない? だから日が高い今は、ベストじゃないんじゃないか……って」

「よく見ているな」

 

 常闇くんは間を置くと、「勘違いしているのか」と、俺を呆れた目で見てきた。

 

「勘違い?」

「全力というのは、ベストコンディションで出す力のことを言うんじゃない。今、出せる力を全て繰り出すことを言うんだ。……お前は出していないだろう?」

 

 腹に六発、穴、開けたいか。

 さっきから何なんだよ、その上から目線。割と気に入らない。

 

「あれが全力だって言っただろ。仮にあったとして、俺はそれを見つけていないだけ。……三回戦、進出おめでとう。これからは応援を全力でするよ。頑張ってね」

 

 全力で笑顔を作って、心にもないことを言う。さっさと手を離して、俺たちは退場した。

 

 選手が入退場する為の通路。足が完全に影に入ってから、明るい外に振り返って、対面の通路の影に消えていく常闇くんの後ろ姿を、睨みつける。

 

「……負けちゃえ」

 

 お前の言葉は、熱くなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九話

 今話からまた本編に戻ります。


 二回戦第四試合。切島 VS 爆豪。

 俺の友達同士の戦い。バクゴー君の爆破が切島くんには割と効いていないらしい。殴り合いで傷つくのはバクゴー君ばかり。硬化って、シンプルに強いんだな。

 

『切島の猛攻になかなか手が出せない爆豪!!』

 

 諦めないでバクゴー君。勝って、次の常闇くんを倒して! 倒してもらわないと溜飲が下らない!

 切島くんの速攻にバクゴー君は避けるか、受け流すしかない。

 

「これは、爆豪がやられるかもな」

「どうだろう。もしかしたら今体温めていて、爆破の威力を上げようとしているのかもしれない」

 

 汗をかけばかくほど強くなるバクゴー君に勝つには、短期戦しかない。だから切島くんは攻め続けているんだ。って!?

 

『ああー!!』

 

 切島くんがよろめいた!

 

『効いた!?』

「そうか! 切島くんの“個性”は力むことで発動なのか。なら、いつかそれが緩む時だってある!」

 

 バクゴー君は爆破が効くようになった切島くんに連続爆撃を食らわせる。

 

「死ねぇ!!!」

 

 トドメのでかい爆破で、切島くんが倒れた。

 

『爆豪えげつない絨毯爆撃で三回戦進出!! これでベスト4が出揃った!!』

 

 よし、これでバクゴー君が常闇くんを倒してくれるな!

 

 準決勝第一試合。飯田 VS 轟。

 飯田君もすごい速さで轟くんに迫り、重く早い蹴りを入れた。そのまま捕まえて場外に出そうとしたけど、足の排気筒が凍らされ、動きが止まったその一瞬で氷漬けにされた。炎を使うことなく、轟くんが勝った。なんてスピーディな頭脳戦なんだろうか。俺が轟くんと戦ったら、瀬呂くんみたいに氷漬けにされて最短で終わるんだろうけど。瀬呂くんみたいに一矢報いることも出来なさそう。どんまーい。

 

「次は爆豪対常闇だな。やっぱり自分に勝った常闇を応援か?」

「バクゴー君応援」

「そうなのか」

 

 次の試合はステージの氷が撤去されてから。少し間があるから、シンソー君に寄りかかったすっごいだらけた格好で愚痴る。

 

「俺、常闇くん嫌い」

「……珍しい」

「だってさー、緑谷くんに影響されたか知らないけど、俺に“全力出せ”って煩かったんだよ。出してるっつーの! バッカじゃない? 自己回復しか能がないんですー」

 

 じゃなきゃ死ぬぞ、常闇くん。

 

「あいつの言葉は、俺には安く聞こえたね」

 

 救おうって意思はまるで感じなかった。ただ、それっぽいことを言いながら戦いたいだけだった。真似するなら、ヒーロー精神まで真似しろってんだ。フンッ!

 

「……ん?」

 

 なんか、C組の席が静かだ。不安になってふり向けば、皆が俺を見ていた。

 

「えっ……?」

「吐移が、珍しいな」

「あんまり愚痴言ってるところ、見たことなかった」

「あ、あ……」

 

 や、やだ……これで嫌われるなんて……!

 

「やっぱり吐移も人の子だー」

「安心!」

「へ?」

「何ビビってんだ、吐移」

「し、シンソー君」

「皆、お前があまり不満を言わない奴だから、裏でめっちゃ言ってる奴なんじゃないかって、もしくは超人じゃないかって思ってたんだよ」

 

 ぐっ! 裏でめっちゃ言ってる。まさにその通りだ。

 

「だから、思いっきり嫌いって言ってて、ちょっと安心したんだよ」

「……まぁ、常闇くんには面と向かって言える」

「マジか」

 

 C組の皆に不満がないと言ったら、体育祭前のことがあったから嘘になる。でも言わなかったのは、俺が勝つ為だ。

 雄英体育祭は仲良しこよしする場所じゃない。プロへアピールする場。自分が目立つ為に周りを地味にする必要があった。……それが、皆に不安を与えていたって話!?

 

「み、皆!」

 

 俺はたまらず立ち上がる。

 

「お、俺、別に皆に不満が無いとは言わないけど、それ、口に出すほどじゃないってだけだから!! 直して欲しいって思ったらちゃんと言うから! だから、心配しないで! 俺はC組の皆が好きだよ!」

 

 ごく自然に嘘を織り交ぜながら、早口で捲し立てたそれ。焦っていたから、実はあんまり皆の顔が見えてなかった。だから、畳くんの吹き出した音で、皆がニヤニヤしていることにやっと気が付いた。

 

「めっちゃ必死じゃーん、どしたー?」

「ありがとー吐移くん、私も好きだよー」

「不満あってくれて逆に安心だわ」

「ちゃんと私たちのことも見てくれてるんだね」

「お前こそ安心しろ! 皆お前のこと好きだぜ!」

 

 そして告げられる好意。ああ、すっごい恥ずかしい。

 

「吐移くん!」

「記見さん……」

「大好きに決まってんじゃん! 大丈夫だよ!」

「……うん!」

 

 そして、すごく嬉しかった。となりのB組、D組の生暖かい視線は、この際無視だ。

 

 

 準決勝第二試合。常闇 VS 爆豪。

 常闇くんの黒影はバクゴー君の爆破の前に防戦一方だ。

 

「なんで攻めきれない。あの影、大きく出来ないのか」

 

 シンソー君の言いたいことは分かる。でも、出来ないんだそれは。

 

「常闇くんの“個性”は影だ。あの時詳しく教えてくれなかったけど、光に弱いと思うよ。だから、爆破の際に出る光が、一々影を弱らせてる」

 

 俺が勝てなかったのは、俺に光を出せる手段がなかったから。懐に入り込ませないところを見ると、本体を叩けばいけそうなのは、戦う前に思った通りなんだろう。

 

「全力、か」

 

 懐に入ったところで黒いキューブが使えたら。ダメだ。そんなこと、考えちゃダメだ。使ってしまうかもしれないだろ。考えることすら、OUTだ。

 爆破で浮いたバクゴー君はそれを捕まえようとした黒影を弱爆破で躱し、更には裏を取った。そして、閃光を繰り出した!

 

「まぶしっ!」

 

 つまり、バクゴー君は黒影の仕組みを暴いたってことか!? 

 ステージを埋める煙幕が晴れていくと、見えたのは、右手で弱爆破を起こし、絶えず光を発し続けるバクゴー君と、そんな彼に馬乗りにされ、嘴を取り押さえられた常闇くん、小さくなった黒影だった。

 

「ありがとう、バクゴー君」

「常闇くん降参! バクゴー君の勝利!!」

『よって決勝は、轟対爆豪に決定だあ!!!』

「常闇の弱点、吐移の解説通りじゃないか」

「俺は勝てなかったけどね。だから、バクゴー君が勝ってくれて、スッキリしたよ」

「そうか」

 

 決勝まではまた時間が取られるらしい。「そういえば」と、シンソー君が話を続けてきた。

 

「常闇と試合が終わってから、何か話をしてたが、何を?」

「……“個性”の話と応援してるって言っただけ。まあ、内心負けちゃえとは思ってたけど」

 

 ……嫌なことを思い出した。常闇くんのあの口ぶりは、黒いキューブを使ったところを見たと言っているようなものだった。実際に見た訳じゃないだろうけど、消去法で疑われたんだ。

 

 ロボ・インフェルノの時。俺がチャンスだと思って飛び込んだタイミングが、今の俺にピンチを与えている。二位なんだもん。俺しかいないよな。クソが。自分から警戒レベルを上げるような真似をしちまった。……もしかしたら、あのロボ自体にカメラがあって、もう既に教師陣にはバレていたら? 考えるだけで、血の気が引く。あ、ああ。こ、この疑惑を、いや、ヒーロー達の警戒を緩めさせる為には、シンソー君達に見せてしまったこの()()()()()()()()()()()()()()()()()には、何か大きな貢献をしなければいけない……。それも、“個性”関係で。

 俺の個性に、進化の余地はあるか。

 

「そろそろ決勝始まるぞ。」

 

 声をかけられてハッとする。

 

「大注目だね」

 

 今の笑顔は、下手だったな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十話

 ステージ四隅の炎が、一層燃え上がる。それは観客のボルテージを分かりやすく表しているようだった。

 

『さァいよいよラスト!! 雄英一年の頂点がここで決まる!! 決勝戦 轟 対 爆豪 !!!』

「うわぁ、緊張する!」

『今!! スタート!!!!』

「うお゛っ」

 

 無理やり上げたテンションが大氷結の冷たさに下げられた。バクゴー君の姿が見えない。あの馬鹿でかい氷結の中に埋まっているのか!? ド派手!

 

「いや、聞こえる!」

 

 氷結の中から爆破音。そして、氷を破ってバクゴー君が出てきた。もぐらみたいなのにド派手だ!!

 

「ド派手だけど、轟くんはなんか、大雑把だ」

 

 またバクゴー君を氷結の中に埋めようとする轟くんの手を飛んで避けるバクゴー君。轟くんのまだ燃え上がっていない左側を掴み、爆破の慣性を使って投げ飛ばした。

 

「……全力、か」

 

 轟くんはまだ悩んでいるんだろう。悩んでいるから、右側の氷に頼りきった戦い方? 緑谷くんの言葉で影響は受けても、それで万事解決とは行かなかったんだ。そうなっていたら、左側の炎も使うはずだから。

 飛ばされた轟くんは氷結で背後に壁を作って場外アウトを回避。カーブさせた氷壁に体についた慣性を殺させながら滑る轟くんにバクゴー君が左側から迫る。まるで、炎を使えと言わんばかりに。

 

「全力……なら……」

 

 バクゴー君の狙い通りか、轟くんはバクゴー君の伸ばされた右腕を掴んだ。

 

「! 燃やされるっ」

 

 だがそんなことにはならず、バクゴー君は投げられただけだった。

 

「何で左側を使わないんだ?」

「……使いたくないくらいの、悩みでもあるんじゃない? さっき、エンデヴァーの激励無視してたし」

「家庭の事情、か」

 

 かなり深刻そうだね。顔左側のやけど痕も、関係してるのかもしれないね。ああ、見るからにバクゴー君のフラストレーション溜まってるぞー。

 

「てめェ虚仮(こけ)にすんのも大概にしろよ!」

「!」

 

 バクゴー君が左手から爆発を起こしながら吠えた。

 

「ブッ殺すぞ!!! 俺が取んのは完膚なきまでの一位なんだよ! 舐めプのクソカスに勝っても取れねんだよ! デクより上に行かねぇと意味がねえんだよ!! 勝つつもりもねぇなら俺の前に立つな!!! 何でここに立っとんだクソが!!!」

 

 キレたバクゴー君が地面に爆破を向けて、高く飛び上がる。そして、左右の手で違う方向に爆破をする。勢いを付けるようなそれは、バクゴー君自身を回転させていく。轟くんはまだ、動かない。

 

「負けるな、頑張れ!!!!」

 

 緑谷くんの応援の声がこちらまで聞こえてきた。当然、轟くんにも聞こえたはずだ。

 回転を早めたバクゴー君。轟くんは、左側を燃やした。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!」

 

 鼓膜を痛いほど震わせる爆破音。飛び散る氷。閃光。最後に煙幕。凄まじい衝撃だった。でも、見えた。見えてしまった。

 

「ねぇ……今、氷使わなかった?」

 

『麗日戦で見せた特大火力に勢いと回転を加え、まさに人間榴弾!! 轟は緑谷戦での超爆風を打たなかったようだが、果たして……』

 

 バクゴー君はステージ上でうつ伏せに倒れ、轟くんは場外で氷に身を預けて倒れていた。

 勝者はバクゴー君。でも君は満足しないだろう。全力を出していない相手に勝ったって、君は認めないだろう。現にバクゴー君は気絶している轟くんの胸ぐらを掴んでいる。

 

「ふざけんなよ!! こんなの……」

 

 興奮するバクゴー君を、ミッドナイト先生が“個性”で眠らせた。

 

「轟くん場外!! よって──爆豪くんの勝ち!!」

『以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭1年優勝は──A組 爆豪勝己!!!!』

「勝者も寝てるって、締まらないね」

「それ、お前が言うのか」

 

 いや見てみ? どっちも倒れてるんだよ? しかも勝った方は強制的に眠らされてるとか、全然締まらなくない?

 

 ステージは撤収されて、俺たち生徒は再びグラウンドに集まる。台の代わりに俺たちの前には表彰台。三位に常闇くん、二位に轟くん。そして一位の座には……。

 

「すごいなアレ……」

「起きてからずっと暴れてんだって。元気だなー」

「元気……?」

 

 すごくない? 手も体も口も全部拘束されても、コンクリにはり付けられても大人しくならないなんて。もはやそれ大昔の罪人晒しみたいなもんだよ? そこまでしないと暴れ散らすとか、バクゴー君どんだけ轟くん恨んでんの。どこまで嫌なの。完璧主義なの。

 三位には常闇くん以外にもうひとり、飯田くんが居るはずけど、早退したらしい。ミッドナイト先生がメディア意識しながら言っていた。

 

「メダル授与よ!! 今年メダルを贈呈するのは勿論この人!!」

 

 ミッドナイト先生が指差す、スタジアムの屋根には一つの影が。

 

「私が」

 

 その影は屋根から飛び、回転しながら着地する!

 

「メダルを持って来「我らがヒーロー オールマイトォ!!」

 

 ちょっと、被せないでよ、ミッドナイト先生……。

 気を取り直して、メダルの授与が始まった。いいなぁ。オールマイトから言葉をかけてもらえるなんて。

 オールマイトからメダルを貰っても、バクゴー君は目を吊り上げたまま。あれ、90°行くんじゃない? めっちゃ面白いじゃん。

 

「後でおめでとう言ってこよー」

「悪意しか感じない」

 

 バレちゃった?

 

「さァ!! 今回は彼らだった!! しかし皆さん! この場の誰にも()()に立つ可能性はあった!! ご覧いただいた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿!! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!! てな感じで最後に一言!! 皆さんご唱和ください!! せーの!」

 

「プルス「プル「お疲れ様でした!!!」ウル……えっ!?」プルス……」

 

 なんで!?

 

「「そこはプルスウルトラでしょオールマイト!!」」

「ああいや……疲れたろうなと思って……」

 

 調子狂うなぁ……。

 

 更衣室に戻ろうとして、怪我したままの緑谷くんを見つけた。リカバリーガールに回復されなかったのか、処置された上でああなのか。まあ、でっかく包帯されてるし、後者っぽいな。腕なんて三本分の太さくらいのギブス巻かれてんじゃん。……俺が、変わってあげれればいいのに。

 黒いキューブに変換するのに、リスクは殆どない。変換した後の管理が問題ではあるけれど、それは俺が心配すればいい。あーあ。他人の傷も回復出来たなら、大手を振ってヒーロー志望って言えるのに。皆に反対されないのに。

 

「どうした?」

 

 嘘吐きで自業自得な俺の前に立ちはだかる壁に憂いていたら、シンソー君に声をかけられた。

 

「ん? ああ……。全力の話、してたでしょ、俺。」

 

 今日も今日とて息するように、嘘を吐く。

 

「……俺、自分の限界を知らなくて……。俺の全力は、もしかしたら全力じゃないかもしれない。もしかしたら、自分の知らない“個性”があるんじゃないか、って……」

「それと、緑谷を見ていたのは、何か関係ある?」

「あ、バレてた。……いや、俺にも、リカバリーガールみたいな“個性”があったらいいなって。そしたら、ゲームで言ったら戦う回復術士みたいな、そんなヒーローになれるかも……って」

「それは、強いな」

「だから、怪我の多い緑谷くんに実験体になってもらおうと思ったんだけど……。あれでリカバリーガールに処置してもらった状態でしょ? なら無理だね」

「……怪我するのは、嫌なんだけど」

「別に頼んでないし、無理にお願いなんてしないですー。無いかもしれないしー」

「あるといいな」

「いいね!」

 

 本当にそんな“個性”があったら、誤魔化されるかな。

 

 放課後、俺はバクゴー君に突撃した。全力笑顔で嫌味満開。爆破されないようにバクゴー君の両手を持って、メダルの紐を咥えたままの怒りの表情の彼に言ってあげる。

 

「おめでとう!」

「…………クソがァッ!!!」

 

 青筋浮きまくったバクゴー君に思いっきり頭突きを喰らった。出てきた鼻血はすぐに止まって、俺は吠えるバクゴー君から逃げた。

 

「なめてんじゃねェぞヘアバン!!!!!」

「逃げろー!」

 

 バクゴー君っていじるの面白いなぁ!

 

 

 今だけは、忘れられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十一話

 体育祭の後、雄英は二日間休校にしてくれた。だから俺は、少し、勇気を出すことにした。

 

 

 

 とあるコンクリート造りの建物を見上げる。それは刑務所だ。ここには、俺の母親が収監されている。

 

 受付の職員さんに案内された部屋は、刑事ドラマなんかでよく見る、アクリル板で仕切られた部屋だった。

 

「少々お待ちください」

 

 案内してくれた職員に対して、緊張している俺は声が出ず、ただ頷いた。

 

 パイプ椅子に座り、左手の薬指の付け根をマッサージする。昔、施設の洗井さんから教わった緊張緩和の方法だ。ここが一番心臓に近い指だから、マッサージすると落ち着くんだと。血行が少しでも良くなるのか、確かに落ち着く方法だった。

 この部屋には扉が二つある。そのうちの、俺が使っていない方の扉が開いた。扉を開けたのは刑務官。その奥にいるのは女性。俺の女性版と言ってもいいような、ヴィラン顔の女性。

 

「かあ、さん」

 

 俺の記憶よりずっとやつれてしまった、それでもきれいな母親だった。

 

「久しぶりね、正。12年ぶり、かしら」

「干支一周分だね」

「ふふ、そうね……」

 

 長い。長い時間だった。俺の心が落ち着くまで、会いたいと思えるまで、こんなに時間がかかった。かかってしまった。

 

「お母さん」

「正……そうだわ、正。昨日の体育祭見たわよ! 大活躍だったじゃない! ヒーロー志望だったのね。格好良かったわよ」

「……立派とは言えない内容だとは思うよ」

「何言ってるの! あそこに立つ人は皆、一番を目指す子達よ。泥臭くたって、勝てばいいのよ!」

「……ありがとう」

 

 涙が出てきた。お母さんが俺を認めてくれた。

 

「正、直接会えて嬉しいわ。体育祭お疲れ様。ベスト8おめでとう」

「うん!」

 

 お母さんって、たくさん誉めてくれる人だったんだな。

 

「お母さん。今まで会いに来なくてごめんなさい」

「いいのよ。正が会いたいと思ってくれた今が、とても嬉しいから。それに……卑怯だけど、私は施設からあなたの様子を手紙で教えてもらっていたしね」

「え……?」

 

 知らなかった。……つまり、苛められていたことも、お母さんには伝わっていたのか。……知られたく、なかったな。

 

「ごめんなさい。私のせいで、あなたに大きな負担を与えてしまった」

 

 目を伏せてお母さんは言った。そんなことはない。俺は慌てて、必死で首を振った。

 

「お母さんのせいじゃない。犯罪者どもがバカだっただけだ」

「……通報したっていうのは、本当なのね」

「この世に虐めはない。あるのは、暴行罪、名誉毀損罪、脅迫罪、その他の罪だ。逮捕されるべき人間が逮捕されただけだよ」

「“個性”のせいで、なかなか証拠が残せなくて、苦労したって聞いたわ。通報出来るまで、よくやり返さなかったわ。……私と同じにならなくて、本当に良かった」

「お母さん……」

 

 お母さんは悪くない。悪いのは、レイプした政治家のボンボンだよ。殺して良かったんだよ。他の犠牲者が出る前に。あれ以上被害が広がる前に。お母さんはお母さん以前の被害者の恨みを晴らして、未来の被害者を救ったヒーローだ。

 でも、そんなこと言えなかった。命は、命だから。冷徹に物事を考える自分が嫌になる。家族のことなんだから、もっと感情的になればいいのに。意図的に心と体を乖離させ続けてきた弊害が、こんなところに。だから俺は自分が嫌いだ。

 

 話を変えよう。

 

「お母さん。もう分かってると思うけどさ、俺、ヒーローになりたいんだ。ヒーローになれくても、特別救助隊や、消防隊員もいいかなって思ってる。そこでなら“個性”を活かせるから」

「正は人助けをしたいのね。ヴィランを倒すというよりかは」

「うん……。お母さん、目指していい?」

「ええ?」

 

 俺の種となった男はロシア人ヒーローであることが分かっている。回復系の個性を持っていることも。そんな奴に危害を加えられたお母さん。お母さんが認めてくれないのなら、“個性”を使わない職につくことも視野に入れている。お母さんの負担になりたくないんだ。

 そんな思いでやった許可取りに、お母さんは驚いた顔をしていた。

 

「何言ってるの、正。目指していいに決まってるじゃない!」

「!」

「全力で応援するわ! だって、あなたの夢は多くの人を救うんだから。応援させて?」

「お母さん……」

「あ、でも一つ、約束してくれる?」

「何?」

「体育祭でのような、危ない戦い方をしないで。いくら傷をキューブに変換出来るからって、痛みはあるでしょう?」

「俺の“個性”、知ってたんだ」

「だってあなたのおじいちゃんと同じなんだもの、傷の治り方。すぐ分かったわ。複合なのねぇ」

「そっか」

「だからって、人に心配かけてちゃヒーローとは言えないわよ。慌てなくていいけど、絶対、ヒーローになる頃にはそのスタイル直すのよ」

「はい」

 

 お母さんは、お母さんだった。優しい人だった。強い人だった。

 嫌だと言わなかった。すごいことだよ。だって、自分に危害を加えた人間と同じ世界に行こうとしてるのに、応援してくれるんだよ? どこまで懐深いんだよ、お母さん。

 

「今まで迷惑しかかけてなかったんだもの。応援くらい、させてね?」

「ありがとう」

 

 その言葉が何よりもの、力になります。

 

「お母さん、いつ出てこれるの?」

「本当は15年だから、あと3年ね……でも、お母さん態度良かったから、あなたが2年生になる頃には出れるはずよ」

「そうなんだ! じゃあ、一緒に暮らそうね」

「いいの?」

「当たり前じゃん! それまではさ、手紙出すね」

「楽しみにしてるわ」

「うん。俺ね、お母さん、今、友達たくさん出来たんだよ。手紙で紹介するね。皆、いい人たちなんだよ!」

「うん、あなたの顔を見れば、分かるわ」

「そうでしょ? だって、幸せなんだもん」

 

 アクリル板に反射する自分の顔。お母さん譲りだとしてもやっぱりブサイク。でも、自分でもいい笑顔するようになったなって思えるようになってきた。

 俺をここまで変化させてくれるような、すごくいい人たちなんだよ、お母さん。手紙、楽しみにしててね!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十二話

 体育祭後の休校2日目。雄英高校のヒーロー科教員は会議室にて職員会議を行っていた。内容は特筆するものは無い。最後以外は。

 セメントスが議題を口にする。

 

「最後ですが、“普通科1年、吐移 正への警戒態勢”についてですね」

「警戒態勢に至った理由は、この資料の通りでいいんだよね」

 

 オールマイトが資料を持ち上げる。そこに書かれている理由は、以下の通りだ。

①母親がヴィランである。

②長年に渡っての暴行、誹謗中傷の被害者である。警察への通報の実績はあるものの、未だ復讐心を抱えている可能性がある。

③先の体育祭で“個性届”にある以外の“個性”の使用の可能性が疑われる。

 この三点である。

 エクトプラズムが立ち上がる。

 

「ソノ下ニハ、吐移ノ近況ヲマトメテアリマス」

「報告ありがとう、エクトプラズム」

 

 エクトプラズムは“個性”の『分身』を使用し、吐移の学外での監視を行っていた。報告書には4月からの簡単な報告と、5月に入ってからの近況報告が記載されており、エクトプラズムは5月のものを要約して読み上げた。

 

「基本的ニ4月ト大差ハアリマセン。一人デ居ル吐移ハ(くち)ヲ開ク事ガ無ク、時間ガアレバ勉強カ家事カ、笑顔ノ練習ヲヒタスラシテイマス。タダ……最近ハ過呼吸ニ陥ル瞬間モアルコトヲ確認。救助スル間モ無ク、スグニ治マリマスガ」

「最初からずっと、吐移くんも私たちを警戒しているんだろうね。そのボロが、出てきたのかな」

「警戒レベルは上げるか、現状維持だな」

「異議アリ」

 

 校長に続いて発言したスナイプに不満そうに反応したのは、吐移との親交が深いプレゼント・マイク。スナイプは斜め前に座るプレゼント・マイクに視線を送った。

 

「①の理由はもう無意味だろ。つーか、下げるっつー選択肢はねーのかよ。過呼吸させるまで生徒を追い込んでるんだぜ?」

「マイク、教え子として思い入れがあるのは分かるが、吐移の“個性届”が虚偽だった時点で、下げることはあり得ないだろう」

「いいや、虚偽じゃないね。役所が発行した写しだぞ。当たっているはずじゃねーか」

「でもマイク。吐移くんは体育祭の予選で、明らかに『自己回復』の“個性”以上の()()を使っていたわ。あなたも見たでしょ。それ故に警戒を緩めることは出来ない」

 

 ミッドナイトの発言はしかし、プレゼント・マイクの態度を改めさせることは無い。相澤がミッドナイトに続く。

 

「そうだな。吐移も時を考えれば良いものを。2位なんて目立つ位置に居たのも、血まみれの足裏を置いていったのも愚策だった。いかにも警戒してくれと言っているようなものだ」

「中途半端なんだよな。隠すつもりなら活躍せずにいればいいし、目立ちたいならその“個性”を使えばいい。一体、何がしたかったんだか」

「当然、一位になる為に決まってるだろォ! 吐移本人が言ってた!」

「なら尚更、“個性”を使うべきだった。有用なのに使えない理由があって、俺たちはそれが、詳しい効果も分からないから警戒を解けないって話なんだろうが」

 

 ブラドキングも警戒レベルを下げることに反対姿勢だ。セメントス、オールマイトも少なくとも賛成では無い表情をしている。13号が口を開く。

 

「怪しいのはそれだけではありません。吐移くんはわざわざ、笑顔と発声の練習の為にヒーローの教えを請いました。それだけなら別に、放送部や演劇部でも……」

「その話は済んだだろ、13号!!」

 

 こめかみに青筋を作ったプレゼント・マイクが、机を強く叩いて立ち上がった。

 

「それは、よりヒーローに近づけるように、間近でヒーローという存在を感じてヒーロー科との差を埋めたいっていう、吐移の思いがあったって、……それで終わった話だ!」

「そうね。その点に関してはマイクに賛成する。納得は出来ないけれど、あれからほとんど職員室に来てもないし、ヒーロー科の生徒とも体育祭2週間前からはほとんど関わっていない様子だった。スパイかどうかの話は終わっているし、蒸し返す必要は無いわね」

「そうですね……。失礼しました、マイク」

「……これ以上、吐移をヴィラン予備軍のように扱うのは止めてくれ……」

 

 その発言は恐らくこの場の全員に向けられたものだっただろう。ヴィランどころか予備軍などと思っていない者が大多数だろうが、プレゼント・マイクにはそう映らないらしい。そんな彼の味方になったのは、根津校長ただ一人。

 

「皆は、“本人希望での個性届の改変”を行える制度を知っているかな?」

「ええ、勿論」

 

 ミッドナイトが根津の問いかけに答えた。

 

「“個性守秘制度”のことですね。日常生活に支障をきたす“個性”を持ち、本人が使用を拒み且つ知られることを強く拒否している場合に限り、役所に“個性”を正しいものを届けることを条件に、文書を書き換えることが可能な制度。……なるほど、そういうことですか」

「うん。きっとそういうことだと思うよ。吐移くんは小学、中学となかなか凄惨なイジメを受けていたらしいからね。人に危害を加えられる“個性”であると知られたら、いらない罪を擦り付けられかねない。だからこの制度を使い、今日まで過ごしてきたんだろう」

「ロボに使ったのは人でないからセーフと見たか。なら近いうちに秘密を打ち明けてくれそうだよな!」

 

 な! とプレゼント・マイクは周囲に同意を求めたが、良い顔の者はいない。根津でさえもだ。

 相澤が口を開く。

 

「それはどうだろうな。高校では打ち明けるつもりだったなら、どうして入試試験では使わなかった。ロボ相手だぞ」

「そ、それは……」

 

 ここでプレゼント・マイクが「その当時吐移は当然まだ中学生で、バレるわけにはいかなかった」と 発言出来ていたならば、未来は変わっていたのかもしれない。

 

「ここに入ってから! 心変わりしたのかもしれない!」

 

 これだけでは、吐移を庇うことは出来なかった。

 

「ヒーローを目指す理由も、どことなく弱い。ヒーローと同時に特別救助隊を志すのに“個性”の弱さを理由にしているなら、攻撃性のある“個性”を使うつもりが最初から無いってことだ。優勝を目指して“個性”を使おうとしたが、それが目立つことを嫌った。つまり現状、吐移は“個性”を打ち明けるつもりが無い。これまで通り、復讐を企む者として認識すればいいな」

 

 相澤のごもっともな意見にプレゼント・マイクはぐぅの音も出ない様子だった。

 

「人に向けて発動したところを今のところ確認出来ていませんし、警戒レベルは現状維持で良いのではないでしょうか」

 

 その後に続いたミッドナイトの提案は容認され、職員会議は終了した。

 

「引き続き、監視を頼むよ、エクトプラズム、プレゼント・マイク」

「ハイ」

「……了解でェす」

 

 プレゼント・マイクだけが、不満を隠そうともしなかった。

 

 会議室から職員室に戻る際も、プレゼント・マイクは不貞腐れたままだった。

 

「マイク、あなたどんだけあの生徒を贔屓してるの。いくら弟子だからって」

「だってよォ。吐移も変わろうとしてるんだよ。環境が変わって、周りにいる人間も違って。きっと、“個性”との向き合い方も変わったんじゃないかって思うんだよ。だから、今まで使わずに俺たちにも悟らせなかった“個性”を使うようになったんだと思っちゃうわけ」

「ならもっと思い切って使うべきよね、吐移くんも」

「詰めが甘いんだよ、あいつは」

 

 ミッドナイトとプレゼント・マイクの会話に割り込んだのは、彼らの隣を歩いていた相澤だ。

 

「環境が変わって、ヤツ自身も確かに変わったのかもしれない。だか、行動が行き当たりばったりで、警戒の解き方も順序も下手だ」

「それだけ過酷だったんだって! 可哀想な吐移! 雄英(ここ)に来てやっと安心出来るようになったんだ!」

「自分で自分を抑圧してきた9年間が、あいつの思考・判断を鈍らせているんだろう」

「そう! そうなんだよ! それが不憫で! って、そう思うならイレイザーも庇ってくれてもいいだろォ!?」

「復讐心が無いとは言い切れないからな。あいつを警戒する理由、あいつをヴィランにしないよう保護する理由でもある、“虐め加害者達への復讐心”が限りなく無くなっていると確認出来るまでは、吐移を庇うことは出来ない。あの“個性”さえ見せなかったら、監視は解かれていた。惜しかったな」

 

 相澤の言葉に溜め息を吐くプレゼント・マイク。それはやたらと重く、長かった。

 

「なんで、隠すんだろうなぁ……。せめて、俺にだけでも相談してくれたなら……。直ぐに監視を止めることが出来るのに……」

 

 ヒーロー科教員の中で恐らく一番吐移に関わっているであろうプレゼント・マイクが、そう弱音を吐いた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三話

 嬉しいことの多かった二日間だった。お母さんに認められて、応援されて。バイト先でも「君もしかして雄英の?」って注目浴びたり。

 やっぱりすごいな。さすがは日本において、かつてのオリンピック並みに注目されてるっていう雄英体育祭だ。人生でこんなに声をかけられたことはなくて、自己肯定感が満たされた。

 

「聞いて聞いてー! バイト先で俺、声かけられちゃった!」

「そうなの!? あ、そうか、トーナメントまで進んだもんね!」

「そうそうー!」

 

 休校明けの朝。俺は記見さんに自慢していた。あ、シンソー君来た!

 

「シンソー君、シンソー君! 俺声かけられちゃったよ! お疲れ様とか! やっぱすごいね、雄英体育祭!」

「俺も声かけられたよ。……これでヒーロー科なら、ヒーロー事務所へ職場体験に行けるのにな……」

「まぁまぁ。俺たちも普通の職場体験行こーや」

 

 そうだ。もうすぐ職場体験に行くんだ。せめてトーナメントに行けた人だけでも、ヒーローから指名入ればなぁ。そうだったらもっと皆、全力出してくると思うのに。俺たちがヒーロー科を妬まなくなるのに。

 

 時間は流れて昼休み。記見さんの制止を振り切って、バクゴー君たちのところに座った。すっごい久しぶりな気がする。

 

「久しぶり! 体育祭お疲れ!」

「吐移じゃん! 久しぶりー!」

 

 挨拶を返してくれたのは切島くん。上鳴くんも瀬呂くんも手を上げて応えてくれた。バクゴー君は俺をチラリと見ただけで、すぐにカツ丼に興味が移ってしまった。カツ丼に負けた……。

 

「瀬呂くんははじめましてかな、体育祭お疲れさま」

「お疲れ! つっても、お前の方が戦績は上だけどな」

「瀬呂くんのクジ運が悪かっただけでしょ!」

「お、言ってくれんなァ!」

 

 俺の言葉に笑ってくれる瀬呂くん。やっぱり絡みやすいなぁ。

 

「でもそっか、吐移って普通科な上に“個性”はあんまり強力じゃないのに、ベスト8なんだよな……」

「……ちょっと見苦しい勝ち方だったけどね」

「体育着はそうかもしんないけど、芦戸は見習いたいって」

「体育着の話は止めて!」

「気にしてたんだ」

 

 当たり前じゃん! と文句を言いながら弁当の包みを開く。この話題から一刻も早く逃れたかったから。

 今日もメニューは同じだ。思った通り、上鳴くんが「もしかして……」と、興味を持ってくれた。

 

「ハッ! 梅じゃこ丼!」

「あ、そうだった」

 

 頑張った記念にって、バイト先から色々恵んでもらったんだよね。今日の夕飯はステーキ。今、臭み取りとして牛乳に浸している最中だ。ホントに臭み取れんのかな。確かにどっちも牛だから不味くはならないとおも、いたい。不安。

 さて、そろそろ切り出し時か。

 

「バクゴー君、体育祭お疲れさま!」

「あ゛ァン!?」

「めっちゃ不機嫌じゃん!」

 

 思わず笑った後、今日の目的を、ついに切り出す。

 

「体育祭も終わったことだし、また稽古をつけてくれませんか?」

 

 カツを頬張っているバクゴー君は俺に視線を送るだけ。君は何を考えているんだろう。

 

「お願いします!」

「……今日からか」

「善は急げ。受け入れてくれるなら、今日からお願いします」

「……放課後、トレーニング室に来い」

「ありがとう!」

 

 思った以上に簡単に、約束を取り付けられた。ちょっとホクホク顔になっていたら、バクゴー君がフッと笑った。え、不穏。

 

「二度とあんな情けねえ負け面させねェように、鍛え殺してやらァ」

「……お、お願いしますぅ」

 

 体育祭の中で一番みっともない勝ち方と負け方の両方をした自覚があるだけに、それを指摘されて恥ずかしいやら、優しさも感じられる宣言に感謝もあるわで、この涙がどんな名前なのか、俺には分からなかった。とりあえず、今日のステーキの味は美味しく感じることは間違いなさそうだ。

 切島くん、上鳴くん、瀬呂くんも参加することになって、昼休みは終わった。

 

 また時間は流れ、7限目のLHR。職場体験の話だった。始まる前に担任に呼ばれてあることを言われた俺は正直、LHR中の担任の話を集中して聞けなかった。聞かなくてもいいかもしれない。俺は行き先をもう決めてるから。説明をしてた担任が職員室に戻って、皆がワイワイ職場体験先を決める時間になった。暇だしシンソー君のとこ行こーっと

 

「シンソー君はどこ行くの?」

「吐移。俺は、警察が第一志望だよ。吐移は?」

「実はさ、俺、オファー来てて……」

「え?」

「あ、ヒーロー事務所からじゃないよ?」

「……なら、どこだよ」

「へへ……東京の消防署からだよ! 災害救助のプロから、どういうわけかオファーが来てさ! まぁ多分、体育祭の時にマイク先生が話してくれたからだと思うけど……」

 

 芦戸さん戦の終わりでマイク先生が『本当は非暴力主義なの!』って庇ってくれたからなんだと思う。普通科にヒーローからの指名は送られないが、ヒーロー以外から指名が入ることも前例はないらしい。そりゃそうだよな。

 

「すごいな、夢の職からオファーなんて」

 

 本当に。雄英に来てから、俺は恵まれ過ぎている。

 俺たちの話が聞こえたらしい、近くの席の人たちから、「すごいじゃん!」「おめでとう」なんて言葉を送られた。記見さんもわざわざ来てくれた。

 

「頑張ってきてね、吐移くん!」

「ありがとう! 俺、行ってきます! 皆も行きたいところに行けるように、応援してるね!」

 

 あ、嫌味みたいになってないかな。今の発言って、余裕が無いと言えないことだし。皆の不評を買ってないと、いいんだけどなぁ……。

 

 シンソー君は第二、第三希望がまだ決まらないらしくて、後日出すって。あと二日でかぁ。

 放課後になった。稽古の集合時間には、まだちょっと早いかな?

 

「吐移」

「何?」

「昨日か一昨日、何か良い事あったか?」

「! 分かっちゃった?」

「一日中笑ってりゃな」

 

 へへっ、分かっちゃったかぁ。ニヤニヤが収まらないんだよね。

 

「実はさ、母さんに会ってきたんだ」

「……」

「ずっと、……嫌いだけど、好きだった母さんに。今まで、会えてなかったんだ。俺自身も大変だったから。……俺が、片足とは言え、医療の、ヒーローの道に進んでいいのか、聞きに行ったんだ」

「……」

「なんて言ってくれたと思う?」

「……さあ」

「“全力で応援するわ”、だって! 体育祭も見てくれたらしくて、“危ない戦い方はしないで”って。でも、“あなたの夢は多くの人を救う。だから、応援するわ”って……言ってくれて……。シンソー君。俺、愛されてた。俺の母さんは、とっても優しい、強い人なんだよ!」

「……そうだな」

 

 思い出すと泣けてくる。俺なんて、あいつらがヒーローになることを絶対に許さないのに。いや俺は被害者で、あいつらは加害者って時点で比べるものじゃないか。でも、お母さんへの加害者と同じ職を目指して良いと許してくれるなんて、すごく懐深いよな。

 事故で生まれたような俺を、憎む相手の、知らない男の血が半分流れている俺を、愛してくれて、ありがとう。

 お母さんが俺を愛してくれるのは、俺の顔がお母さんとよく似ているからだろう。だから俺は、実は自分の顔を、男としては不細工とは思ってるけれど、言うほど嫌いじゃなかったりする。

 

「あと少しで出てこれるんだって。俺、まだ稼げる人間じゃないけど、夢を叶えて、母さんを楽させてあげるんだ」

「いい話だな」

「でしょ!」

 

 産んでくれたことに恩返しするのが、一つの目標だ。

 

 さあ、その為にもそろそろ向かおう。

 

「じゃあ俺、バクゴー君と稽古があるから!」

「まだ続いてたのか、その関係」

「切島くんと上鳴くん、瀬呂くんもいるよ! あ、シンソー君もどう!? トレーニング室で筋トレなんだけど」

「せっかくだからなぁ。世話になろうかな」

 

 やった!

 

 

 

「よろしくお願いします、バクゴー君!」

「……後ろの奴は?」

「クラスメイトのシンソー君!」

「そうじゃねぇよ。何アポ無しで連れてきてんだ」

「ごめん! 俺がさっき誘ったからさ!」

 

 そのシンソー君は切島くんたちに挨拶してた。それも済んで、バクゴー君によろしくって言いに来たけど、バクゴー君はまるで歓迎してない。めっちゃ口元下がってる。そんなに嫌いなの? 二人の間に何があったの?

 

「よくその面ァ下げてこれたなぁ……!」

「体育祭終わったんだから、敵視やめて。俺の笑顔に免じてさ!」

「-100万点」

「9900万点加点!!! よっしゃあ!!!」

「……」

 

 ガッツポーズに力が入る。バクゴー君、俺の吠えにびっくりしてるみたいだけど、俺だって大幅な加点に驚いてるから、お互い様だ。切島くんも上鳴くんも喜んでくれた。と言っても、二人はどこか、バクゴー君を揶揄う目的がありそうな顔をしてるけど。

 

「前より笑顔自然になったもんな! 加点する気持ち、分かるわー」

「残り100万100点、頑張ろうぜ!」

「うん!」

 

 ほーらやっぱり。俺も二人に倣って、チラチラバクゴー君を見る。不機嫌メーターがぐんぐん上がっているのが手に取るように分かるね!

 

「……これからやんのは、筋トレだぞ」

「こめかみピクピク言ってんな、爆豪」

「るせぇ!! てめェは帰れっ!!!」

「世話になる」

「ウゼェー!!!」

 

 怒りの噴火レバーを下ろしたのは、シンソー君だった。やるなぁシンソー君!

 

 そんなことしてたからか、もう最初から筋トレしかなかった。

 

「あ゛っ!? 振り子みてぇな反動つけてんじゃねぇぞ青髪!! ダンベルしっかり持ち上げろ!!」

「っウス」

「ヘアバン! テメェもだ!」

「はいっ!!」

 

 最初の頃の笑顔の練習の話は、もうバクゴー君の頭から抜けているらしい。まあいっか。むしろバクゴー君の笑顔はレアってことでいいんじゃないかな。俺も凶暴なやつしか見たことないし。

 

「考え事か、ヘアバン。ヨユーそーだなァ?」

「そんなことありません!」

「そいつが終わったら、校庭5周してこい!!」

「勘弁してぇー!!」

 

 足腰立たなくなりますー!! バイトォー!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四話

 準備期間を経て、職場体験が始まった。俺の体験先は東京の淵谷(ふちたに)消防署だった。

 個性の使用が許されているのは厳しい試験を通過して資格を手に入れたヒーローのみだけど、言うて“個性”は身体機能。常時発動型だったり、異形型の“個性”の人はそれが活かせたり、不利にならない職種に就くことが多い。俺は世間的には常時発動型の自己回復って“個性”、『超回復』で通ってる。だから、スカウトされたんだろうか。

 

「今日から一週間、よろしくお願いいたします。雄英高校一年、吐移 正です」

「よろしく。俺は淵谷消防職員、花形健吾だ。気軽にケンさんって呼んでくれ!」

「は、はい、ケンさん!」

 

 ケンさんは中堅の消防士で、スカウトした人とは違うらしい。

 

「上の人が言うには、お前の手はヴィランを捕らえるものじゃなく、苦しんでいる人の手を取るものらしいぞ。雄英にいたらヒーローは身近だし、むしろ一回くらい消防を見ててもいいんじゃねーか?」

「はい。あの、実は俺、周りからもヒーロー向けじゃないと言われてて……特別救助隊員とか、目指してます!」

「そうなのか!」

 

 ニカッと、 気持ちのいい笑顔で受け入れてくれたケンさん。ちなみに彼の“個性”は『脈拍確認』。触れたものの心臓が動いているかどうかが瞬時に分かる常時発動型“個性”で、まさに人助け向けのそれだった。

 

 まず俺が受けたのはビデオ学習。事前学習もやったけど、改めて見るとやっぱり仕事の種類が多いなと思う。

 消防士の活動内容は大きく六つ。消火・救急・救助・防災・予防、そして事務。俺が今回スカウトされたのは、主に救急・救助活動の部門にだった。いや、機会があればどれもやるんだけどね。火災よりも交通事故とかの方が多いから、そんな感じなだけらしい。俺の言う特別救助隊員はレスキュー隊員のことらしいな。スペシャリストだって!

 

 消防士の仕事の流れをビデオ学習した後は、実際に体験だ! 車両の点検や用具のチェックの様子を見せてもらったり、訓練、トレーニングにも参加させてもらった。俺の方がずっと若いのに、花形さんに色々と負けて悔しかった。やっぱり俺は、体力がない。

 

「まだまだ細いな! たくさん食って、たくさん鍛えて、たくさん寝ろよ! 俺はそうして鍛えたぞ!」

「はい!」

「次は懸垂だな!」

 

 次のトレーニングに入ろうとした時だった。署内にサイレンが鳴り響く。

 

『◯◯市◯◯にて、交通事故発生、──』

 

 詳しくは聞き取れなかったけれど、今の放送で一緒にトレーニングしていた職員さんが走り出し、あっという間に着替えて、救急車に乗り込んで行ってしまった。一瞬、俺も行くべきか迷ったけど、ケンさんが「大丈夫」と教えてくれた。

 

「人命救助に消防から無資格は送れない。悪いな……」

「い、いえ。考えてみれば、当たり前です……」

 

 ただ、俺がいるせいでケンさんが人命救助に行けないっていうのが、辛かった。それが伝わってしまったんだろうか、ケンさんが困ったように笑いながら、励ましてくれた。

 

「俺はこの一週間、吐移につきっきりなことが仕事なんだ。あんまり気にすんな。事務作業だって大事な仕事だしな」

 

 職場体験生を受け入れるのも大変で、ある種この一週間は特別任務なんだろう。そう思って、俺は勉強出来ることを、出来るだけ吸収していこう。それが、ケンさんに報いることだと思って。

 

「もっと、学ばせていただきます!」

「お、がんばれぇ!」

 

 まずはその笑顔から、お願いします。

 

 

 

 体育着はすっかり汗を吸って冷たい。これからクーラーが少し効いた室内に戻るのは、ちょっと嫌かもしれない。

 

「じゃあ、建物に戻って、救助から戻る隊員たちの為に、お茶の用意をするか。……お茶っ葉、切れてないといいんだが」

 

 職員が男ばかりで、お茶や菓子にまで気が回る人が少ないらしい。それって性別関係あるかな?

 ケンさんの悪い予感は当たってしまって、水出し用のお茶っ葉は切らしていた。初夏の今、さすがに熱いお茶は飲みたくないだろう。

 

「気晴らしに、買い出しにいくか!」

「はい!」

 

 事務の人や、さっきの通報で出動しなくても良かった職員さんに何か買ってくるか聞いてから、俺はケンさんと近くのスーパーに買い出しに出た。

 

「ここから一番近いスーパーより、あっちのスーパーの方が安いんだよ。吐移も覚えとけ!」

「ありがとうございます。でも俺、四角井スーパーでバイトしてて、店員割引で買えるんですよ」

「あ、そうなの?」

「この間、念願のステーキ肉を買いました! 特売+店員割引で、300gが500円強で買えました!」

「すっげぇな、それ! お味は?」

「肉食ってるって感じでした」

「そりゃそうだ!」

 

 俺のつまらない話にも付き合ってくれて、笑ってくれるケンさん。いい大人だなぁ。

 

 途端、空気が張り詰めた。その一瞬後、激しい衝突音、破壊音が響く。視認出来る距離で起こった交通事故だった。

 

「た、助けなきゃ!」

 

 ケンさんの指示を待たずに走り出す俺。俺に出来るのは、車から人を降ろすことか!?

 対向車線の車同士がぶつかった交通事故。なかなかのスピードだったらしくて、両車の運転席は激しく破損している。無理に追い越そうとしたか!? 二次災害が起こらないように、ちゃんと交通状況も見て……。

 

「吐移、救急車を呼んでくれ!」

「あ、はい!」

 

 そりゃそうだ! プロと、体格のいい大人と、居たらヒーローに任せた方が確実だ!

 

「もしもし! 事故です。車同士の交通事故が発生して……住所は……」

 

 すぐ近くの自販機を見る。自販機の前面には、その自販機の住所が書かれたシールが貼られているものだ。それと怪我人は二人で、どちらも重傷だと告げて、俺も救助活動に加わった。救急車に隊員の立場で乗れなかったけれど、今はただの一般人として、普通に救助活動を行える。

 通りすがりのヒーローが交通整理をしてくれている。片側一車線の広くない道路。大して車通りも多くないタイミングでよかった。その代わり人も多くなくて、救助を助けられる人も少ないらしい。

 

 怪我人はさっき言った通り、二人。それぞれ車の運転手だ。無理な追い越しを行おうとして事故を起こした方の男性は顔を打ったようで、鼻血を流して、歯もぐらついているらしい。命に別状がないだけマシだ。

 問題はぶつけられた方だ。こちらの男性は車を横転させてしまって、その時頭を打ってしまったようだった。でも、今まで意識はあったはずじゃ?

 

  歩道までその人は運ばれていて、轢かれる心配はもう無いだろう。ヒーローも車を通さないようにしてくれているし。だけどケンさんは焦っている。

 

「大丈夫ですかー! 意識があったら、どこか動かしてください! 返事してください!」

 

 男性は動かない。時間が過ぎるごとに悪化しているらしい。脳内で内出血が起きてるとかして、なのか?

 

「吐移、人工呼吸を頼む。徐々に脈拍が弱くなっていく。息も出来てない」

「分かりました!」

 

 さっきビデオ学習したことで、人工呼吸の意味を知った。あれは心臓を動かすことが目的ではなく、脳に酸素を送ることが目的なんだ。心臓は手段の一つでしかない。だから、人工呼吸に躊躇いを覚えてはいけない。

 

「AEDを、そこの女性! スーパーから借りてきてください!」

 

 ケンさんが心臓マッサージを行いながら指示を送る。指示を受けた女性は狼狽えながら頷いて、すっ飛んでいった。ありがたい。

 

 男性の鼻を押さえて、口から息を送る。本来は体の中を巡っているはずの血が口から垂れているのは、何度見ても異常だと思う。

 男性の薄く開いた目から、光が消えていく。目の前で、命が消えていく。

 死なないで。

 死なないで。

 助けたい。

 あんなことで、俺なら死にたくない!

 俺ならこの程度の傷、すぐに直るのに。これが、俺の体だったならば。

 

 変わってあげたい。

 

「うぼあっ」

 

 

 

 

 

 

 

 何があった。

 

「あ、吐移!」

「け、ケン、さん……」

 

 起き上がりながら「いったい何が」、と言ったら、それはこっちのセリフだと言われた。

 

「いきなり血ィ吐いて倒れたんだよ、お前。そしたらこっちの男性は意識取り戻すし、お前も少し血を吐いて倒れただけで、息はしてるしで……」

「お、起きたんですか!?」

「ああ、そこにいるだろ?」

 

 ケンさんに示された先には、確かにさっきまで俺が人工呼吸していた男性が、目を覚まして俺を見ていた。人はやっぱり、動いてる方が良いよ。

 

「よかった……」

「ありがとう、吐移くん。君のお陰で、俺は生きてる」

「え?」

 

 何で俺のお陰?

 分かってないって顔したら、相手もケンさんも不思議そうな顔をした。

 

「お前が“個性”で治したんだろ? 奇っ怪な方法だな。一旦自分に吸収しないと、治せないなんて」

「……ええ?」

 

 俺、そんなことした覚えが無いんですけど?

 

 

 




 今回出てきた地名はフィクションであり、実際の地名、人名、事件に一切の関係はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十五話

 出た血はせいぜい50ml。普通の献血でももう少し抜くから、今回は輸血の必要は無いってことで、俺は病院に行かなかった。俺としては別の病院に行きたいですけどね。俺の“個性”どうなってんだ。

 

 呼んだ救急車が怪我人二人を運んでいき、警察が事故整理するのを見届ける。ついでに俺はケンさんが買ってくれたタオルを濡らして、血を拭きとっている。俺達が残っているのは証言者だからだ。と言っても、まあ暇だ。

 

「ケンさん、俺なんで倒れたんですか? 覚えがなくて……」

「は? マジで?」

「マジで。だって俺、他人の傷を治せたことなんて……」

 

 本当に無い。だって、そんなのあったら俺大々的にアピールして、ヒーローを目指すし。

 他人を回復させられる“個性”は貴重だから、学費の安さで雄英を選ばなくてもいいし、俺を正しく評価してくれる学校に奨学金もりもりで入学したはず。それに、入試の時のあいつの傷だって治した。

 

「あの人の“個性”で俺に傷が移ったとかじゃないですか? そうとしか……」

「いいや、それはない。あの人の“個性”は『キノコ狩り』。そんな“個性”が傷を移すなんて、考えられないだろ?」

「確かに……」

 

 山で大活躍しそうな“個性”だな、それ。

 

「だからあの怪我は、お前の“個性”で一旦負ったものだと考えたわけだ。……お前の顔を見る限り、初めて、それも偶然使えたみたいだな」

「はい」

「なら、使うのは控えろ」

「え?」

「どんな発動条件やデメリットがあるかも分からないんだ。見た感じ、使いすぎると多量出血で死ぬぞ。分かったな」

「……はい」

 

 言外に、ちゃんと研究しろって言われた。うん、俺も死にたくないし、ちゃんと考えよう。

 

 警察からも解放されて、署に戻った俺たちは思い出した。

 

「あ! お茶っ葉買ってない!」

「俺タオルしか買ってねぇ!」

 

 事情を知っている職員さんから、「いや、まず言うことそれ!?」って笑われてしまった。別の職員さんが買いに走って行ってくれたってさ。

 

 少ないとはいえ血を失った俺は、その後トレーニングすることを止められてしまった。食って血を増やせって、お弁当まで奢られちゃって。

 

「また明日にはトレーニングに参加してもらうし、今日が特別なだけだ。気に病むなよ」

「はい。皆さんを観察しとくか、“個性”を見直します」

「その方がいいな」

 

 俺たちの会話が聞こえたらしい職員さんが、「じゃあ、いる?」と言いながら裏紙を3枚くれた。

 

「あくまで俺の話だけど、考え事する時はチャートを作るんだ。頭一つで考えるより、書き出した方が見直しやすいから」

「なるほど……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 職員さんはおまけにペンを貸してくれた。独り言をブツブツとつぶやくよりは良い方法だろう。俺は1枚の紙に手をつけた。

 

 1時間経った。結局答えは出なかった。でも、仮説は立てられた。

 『“傷を自分のものにしたい” と思うことが条件なのではないか』ということだった。

 

 気を失う直前、俺はあの人を死なせたくないがあまり、「代わってあげたい」と考えた。今までそんなこと思ったことはないし、試したこともない。それで俺に傷が移ったって言うなら、もう決まりだと思う。

 まだ仮定なのは、1例しかないから。……起こって欲しくはないけれど、事件、事故で出てしまった怪我人を相手に訓練してみないことには……。

 “個性”は私有地以外での使用は認められてないけど、人助けをするのをダメだって言うなら、それは国や法による人殺しだ。だからまぁ、大丈夫でしょう。

 

 

 

 職場体験二日目。皆さんの引き継ぎの様子を観察させてもらってから、俺は朝からトレーニングに励んだ。やっぱり皆さんには敵わない。一日で勝てるわけないんだけれど。鉄棒きつい。

 

「吐移、今日は外に食べに行くか?」

「え!? そんなことしていいんですか!?」

「大丈夫大丈夫! 俺今日半日勤務だから。昼過ぎてるし、退勤ついでだ。……だから気にすんなっての」

「す、すみません……」

「今日は平和だといいな」

「そうですね」

 

 何もなければ、俺も今日はこのまま帰らされるって。今日で“個性”の把握は期待出来ないか。

 体育着から制服に着替えると、先に用意出来ていたケンさんの所に行く。ケンさんは家が近いから歩いて出退勤してるって。だからお食事処までも歩きだ。

 

「なに食べたい?」

「うーん、わりと何でも」

「俺もそうなんだよなぁ」

 

 二人揃って頭をひねる。本当はハンバーガーがいい。でも大人の人にそれを言っていいのだろうか。あんまり学生臭いと嫌がられそうで怖いんだよね。

 飲食店が集中しているところに出た。

 

「目についたし、マックに行くか!」

 

 ケンさんって、心読める人なのかな?

 

 ビッグマックセットを奢ってもらってしまった。実は初めて食べる。ビッグマックにはビッグマック限定のソースがかかっているらしいじゃん? 外食自体をあまりしないもんだから、ちょっと緊張してしまっている。そして、楽しみだ。

 

「食べないのか?」

「い、いただきます!」

 

 すげえよなぁ。箱に入ってるって。

 酸味のあるソースが、しゃきしゃきレタスが、二枚のパティが、一口、また一口と、俺のブレーキを壊して要求させる。つまり、美味しかった!

 

「男子校生に、今ので足りたか?」

「はい! ごちそうさまでした!」

 

 炭酸は何て偉大な発見だろう。腹は膨れた。

 膨れてなかったのはケンさんの方だったらしくて、「アイス食おうぜ」っていって、またレジに向かった。トレー片付けてしまおう。

 

「お、片付けてくれたんか。ありがとな」

「いえ、ついででしたし」

「そっか。あ、そうだ! 吐移、“個性”の方はどうだ? 何か分かったか?」

 

 戻ってきたケンさんの両手にはカップに入ったソフトクリーム。もう貰えたんだ。受け取りながら、質問に答える。

 

「ほとんど分かってないですね。『代わってあげたい』って思ったのがキーだとは思いますが……。あ、あと、人工呼吸も。でもそれ以外はよく分かっていなくて……一回じゃ、確実なことは分かりません」

「……そう何度もあって欲しくはないけど、成長の為にはなぁ」

 

 溜め息をつかれた。そりゃそうだ。俺が練習出来るって事は怪我人がいるって事。それもたくさんいたら逆に俺が死ぬ。だからって平和すぎると、俺の“個性”が使えるかどうか分からない。ジレンマに、自分でも溜め息を吐きたくなるわ。

 

「口と口とでしか出来ないのかも、気になるな」

「あっ!?」

 

 それは思いつかなかった! 傷を治そうとするたびに人とチューするって、リカバリーガールよりヤバめ!

 

「最悪俺や隊員たちで実験体になるか」

「そこまでしなくていいです!」

 

 何かあった時は実験関係なくこの“個性”を使いますから!

 

 口直しも済み、店を出る。美味しかったなぁ。

 

「じゃあまた明日、朝6時。遅刻するなよ」

「分かってます。ご馳走までしていただき、ありがとうございました」

「いいってことよ! あ、あと、俺の監督外で勝手に“個性”使うなよ! じゃあな!」

「分かりました! さようなら!」

 

 ケンさんは俺が行きたい方向とは違う方向へ歩いていった。俺も帰ろう。

 

 俺の一週間の仮住まいはビジネスホテルだ。すぐに、しかも一週間だけ貸してくれるようなアパートはこの辺りにはなくって、高くつくけどこっちになった。低料金でランクは、バジェットって言うんだったかな。それでもスカウトしてくれた淵谷署と雄英が出してくれなかったら来れなかったね。一週間で5万円だし。食事はこっち持ちだし。バイトしてて良かったぁ。

 

「あっ!!」

 

 通行人の誰かが声を上げた。視線を送ると同時に、昨日と同じ衝撃音が響いた。血の気が引く。

 

「今日もかよ……」

 

 昨日と違うのは、ここが人通りの多い場所で、交差点であり、正面衝突の事故を起こしたのがトラックと大型バスであるって事。そして、ケンさんのいない今、俺は一般人。

 

「怪我人、多そうだ……」

 

 一般人がどうとか関係ない。俺に出来ることを、考えろ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話

 「ご協力お願いします! あなたは救急車を呼んでください! あなたは警察を! あなたはヒーローを!! 体格に自信のある人は、俺と一緒に車の中の人の救助を!」

 

 気が付けば、そんなことを叫んでいた。

 頭をよぎったのはケンさんへの連絡。でも、そんなことをする暇があったら、一人でも多く安全な所に連れて行きたい。

 

「手伝えないと思う人は逃げるか、せめてAEDを持ってきてください!!」

 

 この時ほど雄英の制服を着てて良かったと思うことはない。こんな高校生の言うことを、すんなり聞いてくれるから。でもヒーロー早く来て! 警察も早く! 

 

 怖くてギャン泣きする子供、鼻血を垂らす男性、子供を抱きしめて頭から血を流す女性、動けないおじいさん、助けてと泣くおばあさん。

 皆、横倒しになったバスの中から、有志によって外に連れ出されていく。力の足りない俺には女性か子供しか救えなくて、自分の力の無さが歯痒かった。

 

「ありがとう、雄英の子……」

 

 バスの中からおばあさんを俺に渡したおじいさんがそう言ってくれた。力が漲る。ここで俺が弱音を吐いて、どうすんだ!

 おばあさんを外に連れ出した俺は、駆けつけてくれたヒーローたちとバトンタッチした。おじいさんも連れ出したかったけど!

 

「まだたくさん中にいます!」

「分かってる! 君も怪我してまで頑張ってくれてありがとう! でも動けるなら応急処置を頼むよ!」

「はい!」

 

 アドレナリンがドバドバで気付かなかったけど、肩から血が滲んでいた。割れたガラスで傷ついたか。もう治ってるし、言われた通り、出来ることをしよう。

 

 頭から血を流している女性に近づく。こんなこともあろうかと、安いタオルを持っててよかった。

 

「これで頭を押さえてください」

「い、いいの? これ、あなたの……」

「5枚組の安いやつです。気にしないで」

 

 人助けに使われて、こいつもいい気分だろう。

 頭以外に出血のある怪我は無さそうだった。打撲はあるってことなんだけど。

 

「ねえ、どうしてこの辺りに雄英の子が?」

 

 遠いよね? と言う女性。良かった、余裕が出てきたみたいで。

 

「職場体験中なんです。俺は普通科なんで、体験先は消防署なんですけどね」

「そうだったの……」

「でも、ヒーローになるのを諦めた訳じゃないんですよ?」

 

 警察が近くで交通整備をしてくれている声が聞こえる。

 

「よければ、俺の“個性”の練習に、付き合ってくれませんか?」

「え?」

「昨日分かったんです。自己回復以外に、他者も回復させられる“個性”だと。でもまだ分からないことが多くて……。あなたの傷を、治してみてもいいですか?」

 

 どんな方法で治すか分からないはずの女性は、それでも躊躇いなく頷いた。

 

「お願い、妹を!」

「え?」

「お姉ちゃん、私、大丈夫だよ……?」

「そ、そう……?」

 

 美しい姉妹愛。この人が守った妹さんは傷一つない。何としても、この美しい人に傷を残してはいけない。

 

「それじゃあお姉さん。失礼します。目をつぶっていただけますか?」

 

 返事を待たず、左手で彼女の目を覆う。そしてすかさず彼女の口元に己のを近づけ、触れない位置で吸った。

 

「~~っ!!」

 

 頭をぶつけた衝撃を受けて、息を吐いて、すぐにそれを消した。

 左手をヘアバンドに持っていく。

 

「もう、痛くありませんか?」

「え? あ、はい! 痛くないです!」

「良かった……。なら、これで大丈夫なはずです。出血しましたし、一応病院にも行ってくださいね。俺は次に行ってきます」

「あ、ありがとうございました!」

 

 背中に投げられたお礼の言葉を受け止めながら、彼女から立ち去る。あまり、血は見せたくない。

 俺の行動を見ていたらしい男性が、「俺にも出来ないか」と声をかけてきた。割れたガラスで切ったか、腕には結構広くて深い傷が出来ていた。あれを見て頼んだのなら、覚悟の上だろう?

 

「お安い御用で」

 

 ただ、ちょっと違う方法をさせてもらおうか。

 

 4人を相手にして分かったことがある。

 口対口なら全身の傷を俺に移すことが出来るが、傷付近だと範囲が急に狭くなって、何度も傷を吸わないといけなくなる。時間はかかるし、自覚のない傷は見逃してしまう。だからって俺とキスまがいな事をしたい人はいないだろう。だからこの方法は有用だったし、急いで傷を吸う。

 

「大丈夫なのかい?」

「え?」

「血が……」

「あ、ああ……」

 

 一度傷を自分の体に移す仕様上、一瞬開いた傷口からどんどん血が流れてしまう。塵も積もれば山となる。たとえ傷つくのが一瞬だとしても、何度も開いてりゃ白い服は赤くなっていく。……ジャケットつけてたら良かったな。暑いからって脱いでたのが仇となった。

 

「食べて、休めば大丈夫です。ご心配、ありがとうございます」

 

 ちゃんと、笑えただろうか?

 次の重傷者を探す為に立ち上がろうとして、立てなかった。

 

「ほ、ほらやっぱり!」

 

 それでも、あの人を助けなきゃ。俺の目は意識の無い女性も捉えている。

 

「お、おい! もう無理すんな!」

 

 誰かが言った。でも、まだ試してないことがある。

 

「皆さん……怪我が治ったら、献血お願いしますね……。俺、O型なんで、そこんとこ……よろしく……」

 

 この方法がダメだと、俺が死ぬ。だけど。今やらなきゃ、あの人が死ぬ。

 

 体を引きずりながら、彼女のところへ向かう。近くにいる男性は恋人か。助けて欲しいが、俺を頼ってもいいのか迷っている。だから、笑って応えるんだ。

 

「大丈夫です。いいこと、思いついたんで!」

「……頼む!」

 

 俺の“個性”は、息を通じて自分の傷を黒いキューブに変えるものだ。他人の傷も一旦自分のものにした後、黒いキューブにしている。って事はさ、他人の傷も息から直接キューブに変換出来るはずだよな。

 

「失礼します……」

 

 口から血を流す彼女のそこに、俺のを寄せる。

 吸って、吐く。俺の中に黒いキューブが生まれた気配がした。

 なんだ、こんなに簡単だったのか。もっと早く気付きたかった。気が抜けて倒れそうになるのを、誰かが支えてくれた。

 

「もういい。君のおかげで、重傷者はいなくなった。もういいんだ」

 

 支えてくれたその人は、ヒーロー、ジーニアス。近かったのか。

 

「……まだ、いるんじゃ……」

「ありがとう。命に別状のある怪我人は、君のおかげでもういない。休むんだ」

「……はい」

 

 ジーニアスが言うなら、そうなんだろう。ああ、疲れた……。

 

「オイ! ヘアバン!!」

 

 え、なんでっ!?

 

「バクゴー、君……?」

「なんでテメェ、ここに──」

「と~~い~~!!!」

「うわっケンさん」

 

 やべー、ケンさん来ちゃったよ。これはめっちゃ怒られる。

 

「勝手に動くなっつったろ! その“個性”、まだ発覚したばかりで、限界も条件も何も分かっちゃいないだろ! それになァ!」

「分かってます……キケンな人が助かれば、俺、は、下がります……」

「そうしてくれ……」

 

 一応、救助をしたからか、本気の本気で怒っているわけでは無さそうだ。俺の肩を叩くと、ケンさんは優しく、頭をかき回してきた。血まみれになるよ?

 

 体力切れて使い物にならない俺は、安全な場所で放置された。休んどけってことかな。

 悲しいかな。聞こえてきた警察の話によると、事故の原因は犬の飛び出しだって。避けようとしたトラックが、運悪くバスとぶつかった。ああ、悲しい事故だ。

 

 怪我人は全員で30名。随時、病院に運ばれていくらしい。救急車が足りないもんね。軽傷者はパトカーやタクシーが協力して病院に連れていった。そして、本当に、命に別状のある人はいないらしい。……よかった。今日も、救えた。

 

「君が、助けてくれたんだよね?」

 

 声をかけられた。その人は、さっき助けた女性だった。

 

「意識、戻られたんですね。良かった」

「ええ。ありがとうございました。あなたがいなかったら……」

「いたんですから、そんなことは考えなくていいんですよ」

「……本当に、ありがとうございました」

「生きてくれているのが、何よりのお礼です。こちらこそ、ありがとうございます」

 

 それから次々と、俺に礼を言いに来てくれる人々。俺は“個性”の扱いの練習をしてただけなのに。でも、命と引き換えにしなくてもいい方法が発見出来て、すごく良い救助だった。こんなにもたくさん、救えた命があった。

 

 お母さん、俺、生きる意味を見つけられたよ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七話

 俺に礼を言いに来た人達も、救急車やパトカーで病院に運ばれていく。

 それを見送っていたら、後ろから声をかけられた。

 

「どういうことだ、ヘアバン」

「あ、バクゴー君。もう次の現場に行ったと思った」

「全員見送ってからだわアホ」

「そっか」

 

 ヒーローしてるな。ジーニアスから影響受けてるのかな。……それならお顔もそんな不機嫌にしないでクールにすましとけばいいのに。眉間に皺が寄りまくってるー! こわーい!

 

「で?」

「でって……。あ、“個性”の話? あのね、昨日分かったんだ! 俺、他人の傷も治すことが出来るんだって!!」

「それで調子に乗って、5人分の怪我を吸収したんだな。この未熟者め!」

「ケンさん!」

 

 よく見てみれば、ケンさん私服じゃん。別れた後、そのまま来てくれたのか?

 ケンさんはバクゴー君の方を見て自己紹介をして、労いの言葉をかけていた。バクゴー君が野次馬の対処してくれてたんだ。

 ありがたいなぁ。あの人たち、手伝えないなら避難してって言ったのに、聞いてくれなかったんだよね。

 

 仕事に戻るらしいケンさん。なら俺もついて行こう。バクゴー君がちゃんと「ありがとうございます」って敬語が使えることに驚きつつ、聞かれた“個性”の話を後でメールすることを口約束して、ケンさんについて行った。

 

「あ、まって、君!」

「はい?」

「そんな血まみれじゃ帰れないでしょ? せめて、ここで流していかない?」

「え、ここでですか?」

「『雨降らし』の“個性”でね、私。血まみれで帰るよりかはいいでしょ?」

 

 人命救助のお礼よって言って、声をかけてくれたヒーローが俺の頭上に雲を作り、雨を降らせてくれた。確かに、血まみれはまずいか。公共的に。上の服脱ごう。

 このヒーローさん、雨恋さんの親戚か、姉妹かな? ……でも、だとしたら、雨恋さんがあんな自信無いワケないよなぁ?

 雨越しにケンさんが言う。

 

「吐移。署に戻ったら、反省文な」

「えー!?」

「俺の監督外で“個性”使ったんだ。当然だろ」

「うっ……」

「止める奴が居ないとお前はすぐに死にそうだ。だから止めたんだ。反省してくれ」

「……はい」

 

 正直、反感しかなかった。でも、止めた理由が俺を心配してだと言われたら、文句は言えなくなってしまう。

 微妙な空気が流れた。

 

「もう血、流れたんじゃないかな? ……うん、大丈夫だね!」

「ありがとうございました」

「拭いたらいくぞ。走るからな!」

「はい!」

 

 そばのカバンからタオルを二枚くらい取り出して拭く。ヘアバンドも絞って付け直して、用意が出来たから走り出した。

 

 反省文は裏紙に、正直に書いた。

 使ったことに後悔は無いこと。“個性”使用で本当にダメなのは人に危害を加えることで、俺のしたことはその反対。だから法律を破っていないこと。そして、自分のしたことは他人に迷惑を、心配をかける、ヒーローを目指す者としてあるまじき行為であり、気遣ってくれたケンさんへの裏切りだったこと。その点は深く反省している。

 

 それらを言葉を増やして書いて、ケンさんに提出した。不貞腐れているケンさん。反省文の最初の方を見ている時は顔を顰めていたけど、最後は表情を和らげていた。なんか複雑そう。

 

「……最後のやつだけでよかったよ。あんまり、こんな文で人間関係に波風立てるなよ。めんどくさくなるからな?」

「はい」

 

 ケンさんが言うなら、態度を改めようか。そのケンさんが裏紙をたたむ。

 

「まぁ今回は、お前が迅速に対応してくれて、リーダーシップを取ってくれたから、救えた命や心が多かった。自分が犠牲になっても構わず傷を治したから救える命があった。大きな手柄を立てたお前に強くは言いたくなかったんだが……。今、俺はお前の保護者だ。お前に何かあったらって、心配なんだよ。だから、次からは、俺の目の届く範囲で使ってくれ」

「……すみませんでした」

「分かってくれたなら、それでいいよ」

 

 たかが職場体験中の責任者でしかないはずだ。スカウトだからか? だからこんなに大切にしてくれるんだろうか。

 ……でも、死に急いでる奴がいたら、止めたくなるものか。目の前で死なれたら……苦しいから。

 俺は、苦しい。今なら、手が届くから。

 

「で、どうなんだ?」

「え?」

「俺が目を離した隙に使った“個性”のこと。5人に使ったんだから、何か分かったことがあるんじゃないか?」

「ま、まぁ……。大発見がありました」

「マジか! ならそれ、雄英にも報告するべきじゃないか?」

「そ、そうですね」

 

 するべきか? でも、「一緒に考えてやるよ」って笑って誘ってくれるケンさんの好意に報いたくて、「ありがとうございます」と受け入れることしか出来なかった。それによく考えたら、バクゴー君にも報告しないとだしね!

 

「え、えっ!? 本当にそうなのか!?」

「はい。毒抜きの要領でいけます。だから、一々俺に傷を移さなくても他人の傷を治せます」

「うおおおおっ!! 強個性じゃーん!!」

 

 ケンさんが言ってくれた。

 

「お前はヒーローになったほうがいいな!」

 

 なりたい。認めてくれたからには、なりたい!

 

 雄英にメールを送ったら、10分くらいした後にマイク先生から電話かかってきた。

 

『おま、お、と、吐移! あのメールの内容、マジなの!? 俺ら教師陣パニックよ!』

「マジっす。こんなに早くレスポンスが来るなんてって今俺びっくりです」

『するする!! で、本当なんだよな……? いや、責任者も連名してるし、疑ってるわけじゃないんだけど、一応ネ!』

「うーん……どう証明したらいいですかね。また後で動画送りますか? ……心苦しいですが、花形さんに協力してもらって」

『い、いや、いいよ! なんなら俺が実験体になるから! エ、何イレイザー。……でも、あまり言いふらすなよ? ヒーローが守れない環境でお前に何かあったら、先生泣いちゃうから!』

「……ありがとうございます」

 

 何かあったらって、何を想定してるんだ。怖い。そしてそれを心配してくれて、嬉しかった。

 

「なるべく秘密にはします」

『使うなとは言えない、苦しい状況だァ……だってなぁ……』

「使わなかったら、それはそれで罪ですもんね」

 

 マイク先生も忙しいから職場体験が終わってから確かめるって打ち合わせして、電話を切った。そしたらすぐまた電話が来た。知らない番号だけど出てみたら、担任だった。

 

『なんで電話出ないんだ吐移! 心配したぞ!』

「すみません。マイク先生と電話してたので。被ってたんですね」

『そっか、それならいいんだが……』

 

 越壁先生も同じ内容で電話してきた。やっぱり大事件らしいな。他人を治癒出来る“個性”はとても貴重らしいし。雄英からの扱い、変わりそうだなぁ。

 

 

 

 変わるのは、俺の復讐計画もだった。

 

 そもそも俺の計画は、災害現場で見かけたら見殺しにするっていう、不確定すぎて計画とも言えないお粗末なものだ。で、俺の“個性”は、もう人を救える。届かないところにも手が届くようになった。届かせたくなかったところにまで、届くようになった。助けなかったらあまりに不自然だ。

 

 計画は破綻だ。

 

 破綻するのはそれだけじゃない。そもそも飽和気味の体の中の黒いキューブ。このまま人々を救っていたら、いつか溢れてバレてしまう。黒いキューブは俺から出て三日しか形を保たない。それも、ケースに保存して、他に刺激を与えないようにした場合の話。最初からビスケットくらい脆いから、他人に持たせたら大変なことになる。まず誤爆することは間違いない。

 

 なんで純粋に喜べないんだろう。隠し事してるからだ。

 どこかで使わなきゃ。監視の目が届かないところで。

 

 

 腹が痛い。

 

 

 

 

 バクゴー君が体験先から帰った頃を見計らって、夜、“個性”についてまとめたメールを送った。内容はこんな感じ。

 

・他人の傷も治せると気づいたのは職場体験初日。怪我人に人工呼吸をした際に傷が移ったことに気づいた。

・今日5人相手にして理解したのは、口同士でなくていいこと。傷を受けたいと意識しながら傷付近を吸うと、吸収出来る。

・一度自分に出現させてから自分の傷を治す為今まで血が流れていたが、毒抜きの要領で出来ないか試したところ、最後可能性を感じた。

・雄英に報告したところ、貴重な個性だから言いふらさないように、なるべく秘密にするようにとのことだった。君も言いふらさないでね。

 

 言いふらさないでねって書いたけど、個人の発言があっという間に広がる昨今、あの現場を見ていた誰かが、助けた人が、病院の人が言いふらしたら意味はない。俺も秘密にしてくれとは言ってなかったし。いずれどこからか話が広がるだろう。

 風呂から帰ってきたら、返信が来てた。

 

『災害救助の即戦力だな』

 

 ああああああああっ!?? 君そんなこと言える人だったのバクゴー君!? 意外っ! 圧倒的意外っ!! 好きになっちゃう!!

 そんなテンションを抑えつつ、返信する。

 

「本気でヒーロー目指していいかもしれないって初めて思えた。俺、リカバリーガールを目指すよ」

 

 近くに目標に出来る人が居るのは、とてもいい環境だと思う。

 

 

 

 その後四日間は、トレーニングをしたり、火事現場に同行させてもらったりした。

 正直、火事現場では動けなかった。煙に対して、俺は無力だった。何も手伝えなくて謝っていたら、「体験生に高度なことを期待してるわけはない。動きを見ていてくれていたら、それでいい。むしろ人命救助していた二日目が異常だったんだ」と言われた。でも、「“個性”に期待しているから、今回同行してもらった」とも言っていて、まだまだ未熟ながら、やけどを負った人の治癒を行わせてもらった。

 

 俺は欲深い。俺が全く出来なかった、火の中から逃げ遅れた人を救う行為が、消防車から放水して消火する様子が、とてもかっこよく見えて、俺も出来るようになりたかった。俺の“個性”だって、すごくいいもののはずなのに。

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

「うん」

 

 そう、いいものなんだ。あれは技術。欲しけりゃ、身につけられるんだ。おっ、欲深くていいじゃーん!

 

 多くの収穫があった一週間だった。“個性”のことは当然だとして、事故現場での迅速な対応、協力出来ることが学べた。人命救助はただの一般人でも出来ることだ。ヒーローに頼れない場面で、俺のこの体験は活きるはずだ。

 ヒーローになれなかったら消防隊員になろう。ヒーローよりは、1cmくらいは広い関門だろうから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八話

 日曜日は職場体験が無かったから、提出する用のレポート書いたり、お母さんへの手紙を書いたり、あ、まず家に帰った。

 案外、移動時間がかかったから、今日まで体験じゃなくて良かった気がする。土曜日は最後にちゃんと挨拶も出来たし、うん。不足分は無いな!

 

 そして普通に戻る月曜日。朝から皆の顔に元気はあまりなかった。昨日まで体験だったのかな。それとも、慣れないことで疲れてるのかな? 俺だってそうだし。

 だからって笑顔を忘れないけどな!

 

「皆、おはよう!」

 

 いきなり大きな声が聞こえたからか、皆驚いてたけど、挨拶を返してくれた。

 近くの畳くんが言った。

 

「吐移、声、大きくなったな」

「あ。……へへーん、そうでしょ?」

「完全無意識だったな」

「バレたか。でも、それを目標にしてたし。いいでしょ?」

 

 まぁな、と、畳くんは笑った。

 そこに記見さんが「おはよー!」って元気に挨拶しながらやってきて、シンソー君の近くに行く俺の隣に立った。でも記見さんも大変だったのかな。ちょっと草臥れてる感じが出ちゃってる。俺も皆から見たらそう変わらないかも。

 

「吐移くん! 消防はどうだった?」

「有意義だったよ! 実際の事故現場に出くわした時はあまり動けなかったけど、これが現場の空気なんだなって、肌で感じたよ」

「現場に!」

「たまたまね。記見さんは? シンソー君と同じで警察だったんだよね?」

「警察だけど、市が違うから……。私は、現場はやっぱりヴィラン受け渡しだったよ。捜査はやっぱり参加させてもらえなかったかな」

「そっかー」

 

 “個性”のことはクラスメイトにも言えないから、火事現場の時のことを濁して言うしか出来なかった。記見さんはちょっと満足出来なかったのかな。

 

「シンソー君は?」

「俺も同じ感じだったかな。警察はやっぱり“個性”を使わせてもらえないからな。“個性”が腐る」

「やっぱりシンソー君はヒーローが似合うよ、アングラ系のさ。記見さんもそうだと思うんだけど、目指さない?」

「警察の仕事は犯罪者を捕まえるだけにあらず! 地道な捜査や犯罪抑止、市民から相談を受ける事も、警察の立派なお仕事なんだよ!」

「記見さんカッコいい!」

「……とはいえ、心操じゃないけど、“個性”使えたら最高なのに」

「絶対役に立つのにね」

 

 身体能力の一つとして見ている消防とは違い、警察はかなり厳しく“個性”の使用を禁止している。“個性”を使った捜査はヒーローにまかせっきりみたい。勿体無いよなぁ。

 

 予鈴が鳴って、先生が入ってきたから席に着く。

 今日から、いつも通りが再開する。

 

 昼休みになった。また久しぶりに、彼らに会える。

 

「じゃ! 俺バクゴー君のとこ行ってくるね!」

 

 記見さんは相変わらず、俺が彼らの所に行くことに良い顔をしてくれない。なんで嫌なんだろう。まぁいいや。

 いつも通り弁当を持って、俺はバクゴー君たちの所へ向かった。

 切島くん、上鳴くん、瀬呂くんとは違って、バクゴー君は今日、めっちゃ不機嫌だった。カツ丼に七味どんだけかけてんの? もう表面真っ赤よ?

 

「なんでそんな怖い顔してんの?」

「あ、吐移……。今あまり、触れないであげてくんね? 俺ら思い出し笑いしちゃう

「え、うん」

 

 最後なんか聞こえない声で言ってたけど、上鳴くんがそう言うなら、そんな気はなかったけれど、揶揄うのはやめよう。この感じだと職場体験の話をするのも駄目だろう。不機嫌なのはきっとそれが原因だから。えーっとえっと。

 

「ほ、保須市の……」

「吐移……」

「……俺の初体験、聞いてくれる!?」

「ばっ、なに暴露……イヤまず何してんの職場体験中に!?」

「ビッグマック初めて食べた!!」

「チョー健全!!」

 

 ヒーロー殺しの件も駄目だったかー。駄目って事は、ヒーロー殺し、ステインにやられてしまったヒーローの関係者がA組にいるのか。……そういえば、体育祭の時、飯田くんが早退してたな。彼のことだろうか。

 

「四人ともよくマック行ってそうな顔してるし、オススメ教えてよ。たまの贅沢に行くわ」

「マックが……贅沢……っ!!」

「るせぇやい!」

 

 そこで泣くフリすんな、上鳴くん! あ、瀬呂くんまで!

 

「俺はー、悪ぃけどビッグマックだな。でかいし、肉2枚だし。食べごたえがある方がいいな」

「お、やっぱり好きな人多いんだ。はぁ。切島くんだけだよ、教えてくれるのは」

「ちょいちょい!」

「俺らも教えるって!」

「じゃあなに? はい!」

「上鳴電気のオススメは、ダブルチーズバーガーです!」

「チーズバーガー二個買えるからダメ」

「ええっ!?」

「俺はえびフィレオだな。エビたくさん入ってて、思ってるより満足感あるぜ?」

「そうなの? 値段のわりにはサイズ……って思ってたけど、今度試してみるよ。ありがとう瀬呂くん」

「俺の扱いどうなってんの、吐移ぃ」

「バクゴー君は?」

「無視?」

「バーキン派」

「モスですらないの!?」

「ファストフードは一回食べると中毒みてぇに次も食べたくなっから気ィつけろよ」

「マジで? 君の口からそんなありがたい忠告が聞けるとは思わなかった! ありがとうございます!」

 

 あんだとテメェって睨まれたけど、やっぱり怖くない。いや、めっちゃ優しくない? 今の発言で俺、未来の金欠から救われたかもしれない!

 

「あ、そうだバクゴー君。プロテインバーより魚肉ソーセージの方が安くて筋肉にいいって聞いたんだけど、本当?」

「ア゛? ささみプロテインバーのほうがいいに決まってんだろ。魚肉より高ェケドな」

「よし、魚肉ソーセージをおやつにしよう」

「あ、値段とった」

 

 そんなこんなで、お喋りしまくった平和な昼休みでした。満腹満足!

 

 

 昼休みが終わって教室に戻ったら、記見さんに「勉強を教えて」って言われた。けど俺も自信があるわけじゃないから断らせてもらった。あっちでシンソー君が「攻略難易度高いな」とか言ってたけど、何の話だろう? いつ、ゲームの話してたの?

 

 

 日が変わって、火曜日の放課後。防音の放送室の一室を借りて、マイク先生との笑顔発声レッスンの時間のはずなんだけど、先生に平謝りされた。

 

「ごめん吐移! “個性”試させて!」

「あ、そういえばそうでしたね! 俺も忘れてました。やりましょう」

「あんがとー!」

 

 別に礼を言われることじゃない。有用性があるかどうか把握しときたいのが当たり前だと考えてたから。

 

「どうしますか? 機材の角に足ぶつけてみます?」

「めっちゃ痛いやつぅ! でもまぁ、いっか! それでいこう!」

 

 いいんだ? マイク先生はおもむろに放送機材に近づくと、重いそれの角に小指をぶつけた。

 

「~~~~っ!!」

 

 思ったより勢いよくぶつけてる。あれって骨折れてることもあるから、気軽にやっていいもんじゃないんだけどなぁ。

 

「た、頼むぜ、吐移!!」

「分かりました!」

 

 信頼してくれてるって解釈で良いのかな?

 

 打撲でも治せることは分かっている。だから、小指のこれも大丈夫だろう。蹲る先生を椅子に座らせ、靴下を脱がせる。ぶつけたのは右足か。それを掬いあげて、口を寄せる。……汚いものからは目をつむって逃げようか。

 吸って、吐く。

 いつものように、黒いキューブが体の中に出来たのが分かったから、これでもう大丈夫のはずだ。足を下ろす。

 

「先生、もう痛みありませ……何、顔隠してるんですか」

 

 気を使おうとしたのがバカみたい。そう思わせたのは、先生が顔を乙女みたいに両手で隠してたから。俺がそれを訊いてようやく、中指と薬指の間を開けて、こちらを伺ってきた。サングラスで目がどこ向いてんのか分かんないけど。

 

「いやぁ……絵面がアウト過ぎてなぁ!」

「え、絵面?」

 

 今の構図のこと?

 先生が椅子に座って、俺がその前に正座してる。で、先生の足を俺が持ち上げて、口、近づけ、て……。

 この格好は、まずい。

 

「誰も見てないな!?」

「監視カメラが見てるっ!」

「ぎゃあああっ!?」

 

 とんでもないものが映ってしまったじゃんかぁ!! 嫌だぁ!!!

 

「と、とりあえず、報告はちゃんとお願いしますよ!?」

「ま、まか、まかせとけっ!」

 

 発声練習どころじゃなかった。今日はもう、とにかく、この空間に長居したくなくて、俺たちは解散した。

 

 嫌すぎる1日の終わり方だ。今日くらい良い晩ご飯食べてもいいよなー。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九話

 水曜日。放課後、俺は校長に呼び出された。

 普通、先生に呼び出されても校長に呼ばれるってことなくない? だから正直ビビってる。何言われるんだろう。バクゴー君たちにはシンソー君に伝言頼んだから大丈夫。きっと。

 呼び出されたのは応接室みたいなとこ。校長室は緊張するでしょうという、校長の計らいだった。いい人。まぁ、人ではないんだけど。

 

「失礼します。1年の吐移です」

「やあ! よく来てくれたね!」

 

 先生は長いソファーに座っていたところを、ぴょんと飛び降りた。

 

「ネズミなのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は──校長さ!」

「存じ上げています、校長先生」

「そこまで固くならなくていいさ」

「はい」

 

 随分とフランクな、人を超えた存在の校長先生。どんな話が出てくるだろうか。

 俺は促されるままソファーに腰を降ろす。校長先生はお茶を入れてくれた。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 普通の緑茶らしい。麦茶派だから少し新鮮だし、美味しかった。熱いけど。……で、内容は?

 

「その顔は早く本題に入りたいって顔だね。じゃあ早速発表しよう! 吐移 正くん。君を雄英で保護させて欲しい。ついては君に家をプレゼントしたい!」

「……えっ?」

 

 理解が追いつかない。保護はまだ分かる。“治癒系個性”が貴重だから。でも、家? 家って言った? この人。え? 家? え?

 

「家、ですか?」

「そうさ! 今君が住んでいる場所はセキュリティが甘くてね。私たちが用意する場所なら安心出来ると思うんだ」

 

 誰が安心するんだ。俺目線じゃないだろ、それ。

 

「理由が分かりません。説明をお願いします」

「それもそうだね。君なら心当たりがあるからいいかなって思っていたけど」

「心当たりはあります。でも、思い込みだったら困るので」

「確かに。ちゃんと話そうか」

 

 校長先生は佇まいを直した。

 

「最近君は、自分の“個性”の新しい一面を見つけたんだよね。他人を治療出来る、そんな一面を。回数制限がほとんどなくなった今、それはリカバリーガールの“個性”より有用だ。彼女は自己治癒能力を活性化させて回復を促すが、治療の程度は対象者の体力に依存する。しかし君のは、君に傷を移してしまうもので、対象者の体力云々は特に関係ないんだろう? デメリットは今のところ、君が疲れるってところくらいかな? 報告書的には」

「まだ10名にも試していないので、全てではないと思います。あ、あと、この顔が近づいてくるので精神的苦痛は与えてしまいますね」

「痛みや命を失わずに済むのに出る文句なんて、聞いてみたいね!」

 

 報告書に書いていないのも納得の理由さ、と根津校長は俺の冗談に冗談を返してくれた。逃げ切れた。

 

「君にはいつか、リカバリーガールの跡を継いで欲しいと思っていてね。だから学校として、まずは環境を整えるべきだと思ったのさ」

「……でしたら、2年からは俺、ヒーロー科に編入を、もちろんさせていただけるんですよね?」

「君の頑張り次第だね」

 

 今は言えないってことなのか。じゃなきゃどうやってリカバリーガールの跡を継ぐんだよ。ん? リカバリーガールってヒーローじゃないの?

 

「これが、表向きの理由。保護したい本当の理由は、分かるかい?」

「……ヴィランが関係してますか?」

「正解」

 

 雄英は4月の終わり頃、ヴィランに校内に侵入され、A組の生徒たちも巻き込んだ被害を受けた。生徒は誰も欠けなかったから良かったけど、信頼は落ちただろう。

 そんな雄英に、普通科にいる回復系の“強個性”持ちの俺。俺がヴィラン連合に攫われたら。ヴィラン側になったら。今度こそ雄英の信頼は無くなるだろうし、ヴィラン連合が調子づく。だからなのか。

 

「ヴィランの手に君が渡ってしまったら、君の母上に申し訳が立たない。それに、君は中学までずっとヴィランだと虐められながらも、今ここにいる。ヒーローになりたくてここにいるんだ。そんな君の大切な目標を、みすみすヴィランに壊させるわけにはいかないよ」

「……ありがとう、ございます」

「保護されて、くれるかい?」

「はい」

 

 大人は、根津校長は言葉が上手くて、ズルい人だな。耳障りのいいことだけしか言わない。そうだよな。ヒーローになるなら、そういうのも必要だ。期待させる言葉を使って、その()()()()()()()()()()。うん、必要だ。身につけなきゃ。

 

「場所はもうこちらで決めさせてもらっているよ。そうだ、今から内見に行くかい? コンシェルジュもいるようなマンションなんだよ」

「……こんしぇるじゅ?」

 

 言葉の響きだけは聞いたことがあるなぁ。

 

 

 

 

 

 白い壁に木の暖かさ。大理石の床に、デカいダイニングキッチン。デカい窓、部屋の数は5つだって。

 内見している間ずっと口が開いていたらしい。口の中が乾いていた。一緒にいた校長も「高級マンションなだけあるね」と感心している。コンシェルジュって案内人なんだね。俺、この方にもお世話になるの? ええ?

 

「こんなに高級なんて、聞いてないですよ! もっとこじんまりしてるところは無いんですか? 俺の身の丈には合いませんよ!」

「これから合わせていけばいいさ!」

「合わせられる学生がいるもんですか!」

 

 このマンション、雄英にも近くて、校長が選んだんだからセキュリティもお墨付きだろう。ヒーローも何人か住んでるんだって。

 

「32階まである高級マンション、の20階だけど、充分景色も良いね。この広さも、住めば慣れてくるよ」

「……家賃は?」

「こちら持ちさ! 家具もこちらで揃えるよ」

 

 タダより高いものは無いってよく言うけれど、出世払いすれば今回はいいのかな。怖いなぁ。

 

「……分かりました。お世話になります」

「ありがとう」

 

 ヴィランに捕まる可能性がこれで下がるならいいんじゃないか、とも思った。

 契約の話になるかと思ったら、思い出したように校長が手を叩いた。これは、手かな?

 

「そうそう、忘れていたよ。君の手にGPSを埋め込みたいんだけど、いいかい?」

「何軽く人を改造しようとしてるんです」

「10分で終わる手術さ! 攫われてもすぐに場所を特定出来たら、早く助けに行けるからね」

「……どんだけ、俺狙われてんすか。いっそ引きこもった方がいいですか?」

「そんなことはない。我々が守り通してみせるさ。それに、君の健やかな成長と平和な日常を、我々は邪魔したくないんだ」

「……分かりました。手術、受けます」

「素直に受け入れてくれて、嬉しいよ」

 

 高校生になるまで、こんなに平和な日が続くことはなかったし、正面切って、先生として素晴らしい発言を聞いたことも無い。

 そのつぶらな瞳をたたえ、大きな傷跡を残した無垢の顔の裏に何を隠しているのか分からない。でも、気分がいいから騙されてもいいかなって思った。契約書は隅から隅まで読んで、納得してからサインさせてもらうけどね! 時間はたっぷり頂きますよ!

 

 雄英がここまでするんだ。いつか俺個人にヴィランが襲ってくるかもしれない。

 その最有力候補はヴィラン連合だろう。チープな名前の集団だが、奴らの目標が『オールマイトを殺すこと』だって言うんだから、侮ってはいけない。抑止力として働くオールマイトと戦いたいヴィランは少ないだろう。負け確なんだから。それを殺そうってんだから、それなりの力を付けるはず。

 

 そんな奴らが狙ってくる。一人じゃ敵わないのは目に見えてる。だから、今は守られるべきなんだろう。

 早く力をつけて、恩返ししないとな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十話

 木曜日。普通の1日が始まるはずだった。

 

 

「吐移くん。放課後、少し時間もらえない?」

 

 記見さんが真剣な顔をしてそう言った、この朝の時点で、俺の日常は崩れていた。

 

「……6時間目、今日、自習でしょ? その時、聞くよ」

「ありがとう、吐移くん」

 

 記見さんが、怖い。何か分からないのに、怖い。

 

 出来る笑顔は全て硬かったに違いない。昼休み時間に合流した切島くん達にも「今日何かあったのか?」って心配されてしまった。体調不良を言い訳に出来ないから、精神的な理由を考えるの、マジで大変だった。下手に大事にしたら協力してきそうじゃん、この人たち。だから大好きなんだけど。

 

 

 来てほしくなかった6時間目。先生が休みだから自習になった地理。プリントさえ終わらせれば、後は自由だ。

 

「記見さん、用は何?」

「吐移くんに聞いてほしいことがあるの。爆豪のことで」

「……」

 

 なんで記見さんが、バクゴー君の話をするんだろう。すごく悪い予感しかしない。

 教室の端に移動した俺ら。注目は少し受けているけれど、内容さえ聞こえなきゃいい。俺らの表情が見えないように、記見さんを壁に、俺が席側に背を向けて盾になった。

 

「吐移くん、爆豪に苛められてないよね?」

「俺自身にはそんな自覚は無いよ。彼は俺を傷つけるどころか、楽しくさせてくれる」

「あっちがどう思ってるか、分かってるの?」

「俺は心が読めるわけじゃないから分からないけど、でも、そっけなくても稽古に付き合ってくれるから、仲は悪くないと思う。……どうしてバクゴー君のことを?」

 

 もしかして、なんて揶揄えない。目を輝かせているいつもの記見さんじゃないから。思い詰めてる顔を作ってるけど、これは何か企んでるぞ。見たことあるんだ。間違いない。

 

「吐移くん、苛められてるのを隠してるとか……」

「そんなワケないだろ。前から思ってたけど記見さん、何でバクゴー君のこと嫌いなの? 好きになれとは言わないけど、他の人にも嫌うよう仕向けるのは止めてよ」

「……やっぱり、知らないんだ」

「何を」

 

 いい加減、イラついてきた。早く言ってくれ。

 

「爆豪が、緑谷くんを苛めてたこと」

「えっ?」

「今も、そうかな」

 

 言葉が出なかった。嘘だ。バクゴー君は、ガキ大将タイプなだけで……。

 

「緑谷くんってね、中学2年生まで全然“個性”発現しなかったんだって。つまり、“無個性”だった。そんな緑谷くんと爆豪が幼馴染なのは知ってるよね。下に見れてしまう存在が近くにいたから、爆豪は緑谷くんを、“無個性”だからって虐めてたんだよ」

「“無、個性”……」

 

 そんなの、本人の努力なんてもんじゃ、どうしようもないことじゃないか。俺の虐められた理由と同じくらい、どうしようもないこと。

 

『あ、ヴィランだ! やっつけろ!』

『ヴィランの子供はヴィラン!』

『ヴィランはヒーローにやられるんだ!』

『ヴィランが何で学校きてんの? 路地裏に帰れよ』

『ヒーローの予行練習に付き合えよ』

『なんで生まれてきたの?』

『辛いなら死ねば? いくらでも方法はあるよ』

 

 ぐるぐる、ぐるぐると、かつて言われてきた、俺を貶す声が頭を廻る。

 

 違う、違う、違う! 俺はヴィランじゃない! 俺を、俺を普通と違うからって排除しようとした奴らの方が罪人だ! 俺を“個性”で傷つけた時点で、あいつらがヴィランだ!

 そんな奴らがヒーローになるのが許せなくて、ヒーロー科のある高校を目指してたやつらを中心に警察につき渡した。前科もんがなれる職じゃないから。

 

「……詳しく、教えて」

 

 バクゴー君、君は、俺判定ではヒーローとヴィラン、どっちだろうね。せめて君が“個性”を使って緑谷くんを傷つけてなければいいな。

 

 記見さんはどこでその情報を手に入れたんだろう。確か“個性”は『記憶見』だったはず。緑谷くんに近づいたのか。よく彼がバクゴー君に虐められてたなんて気づいたな。

 

 記見さん情報によると、緑谷くんとバクゴー君は幼馴染。“無個性”だと分かってからは『爆破』の“個性”で持て囃され、調子に乗ったバクゴー君に、彼の取り巻きに理不尽を受け続けてきた。“無個性”でもヒーローに、オールマイトに憧れた緑谷くんは、理不尽を受け、夢を否定されても健気に好きに打ち込み、ヒーローを目指した。それでもバクゴー君は自分が満足する為に、緑谷くんの夢を否定し続けた。

 

「ぬるい、ぬるいよ、緑谷くん」

 

 彼がバクゴー君を警察に突き出さなかったのは幼馴染故の情か。俺との違いはそこもあるのか。

 

「吐移くん」

「ん?」

「私、あんな奴がヒーローになるの、嫌なの。そんな世の中にしちゃいけないと思うの。ねぇ、吐移くん。吐移くんから言ってくれない? どうして爆豪がヒーローを目指すのか。どうして目指していい立場な人間だと思えるのか、を」

 

 ごくりと喉が鳴る。記見さんも人が悪い。俺に断罪しろってのか。いいよ。言ってあげる。爆豪くんを追い詰めてあげる。

 

 七限目の数学を終えて、放課後になる。今日はマイク先生のとこだったな。

 

「吐移、ちょっと待ってくれ。どうしたんだお前」

 

 クラスメイトの辺化(へんげ)くんが、俺の肩を掴んで引き止めてきた。

 

「どうしたって、何?」

「だって、今まで見たことないくらい、目も、口も、死んでるから……」

 

 言われてみて、あぁ、確かに意識してなかったなと思い出す。中学の時の、虎視眈々と隙を伺い、証拠を集めていた時と同じ気持ちになっていたから、さぞかしキモい目をして、口元下がりまくっているだろうな。

 辺化くんが息を飲む。

 

「吐移、記見に何吹き込まれた」

「ちょっと聞こえてるわよ、なんで私が悪いみたいに言ってんの」

「悪いからだよ! 吐移の顔見てみろよ。最初の頃よりヒデェ有様だぜ。たった半日で!」

 

 他の皆もなんだなんだと、ざわめきだした。記見さんは悪くないし、俺は別に大丈夫なのに。

 

 頬に力を入れ、口角を上げるよう意識する。目元は下げるように、柔らかい曲線になるよう意識して目を細める。全力で笑顔を作った。

 

「皆、心配しないでよ。ちょっとC組とは関係ないことでイラついてるだけだからさ」

 

 皆を安心させたくて笑ってみたのに、皆、記見さんすらドン引きしてしまった。

 そんなに酷くなっているのか。汚い感情が丸見えになってしまったんだろうか。いつもと笑顔の作り方をが違っている気がするし、感覚鈍ったのかな。

 

 辺化くんがまた記見さんを責めようとしててもう流石に許せなかったけど、シンソー君に呼ばれてしまった。

 

「何?」

「そろそろ、プレゼント・マイク先生と練習じゃないのか。行ってこいよ」

「でも、記見さんが……」

「その記見がドン引きしてるんだぞ。その顔、直してこい」

「……分かったよ」

 

 マジでそんなに酷いのか。でも、これだけは言わなきゃいけない。皆に向き直る。

 

「皆、記見さんを虐めないでよ」

 

 バラバラの返事の中に「虐めじゃねーよ」と小さな文句が聞こえた。

 行こう。シンソー君の横を通り過ぎる。そしたらそのシンソー君がまた話しかけてきた。早く行って欲しいんじゃないの?

 

「吐移。爆豪は昨日、お前が居なくても、俺しか居なくてもトレーニングに付き合ってくれた。習慣だなんとか言ってたが、言いだしっぺがいなくてもちゃんとやる奴なんだ」

「……そっか」

 

 気を取り直して、マイク先生との笑顔、発声レッスン。バイト始まるまでに改善されるかな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十一話

 足取りは重かったけど、放送室に着く頃にはだいぶ気持ちは切り替えられた。

 マイク先生との『笑顔満点計画・体操編』、笑顔、発声練習をテンション高くやり遂げると、多少さっきよりは笑顔が改善されたはずだ。顔があったかい。血流が良くなってる証拠だと思う。

 

「マイク先生、ご指導ありがとうございました!」

「YHAY! 前よりも笑顔が良くなってるぜ! お前の頑張りだな!」

「先生のご指導のおかげです! 独学じゃ難しいですし、見てくれる人がいると捗ります!」

「ありがとな! だが自分の努力を下に見るなよ! じゃ、今日はここまで!」

「ありがとうございました!」

 

 感謝の気持ちは本物だ。まだまだブスではあるけれど、だいぶ良くなっているから。むしろもうブスなのは、俺の顔が悪いんだと思う。

 

 マイク先生が俺と駐車場に向かいながら、あの事を訊いてきた。

 

「吐移、引っ越し準備は進んでるか?」

「あ、はい。あの、いいんですか? 家賃、雄英持ちって。俺の“個性”で、ここまで優遇なんて……」

 

 あの高級マンションへの引越しの話だ。昨日の今日の話ではあるけれど、掃除を始めた。退去費を払うのが嫌すぎて。綺麗にしたら少しくらい安くしてくれないかなって思って。まだ引っ越すことに現実感は無いけれど。

 

「仕方ないって思ってくれ! あれだ、奨学金!」

「豪華すぎる……」

「住む場所を選ぶ自由を奪ってごめんな!」

「不満なんてありません!」

 

 命の危険と引き換えなら、多分最高の選択肢だと思う。かえって目立つだろうけど、それを越える守りってことを期待しよう。それだけ、守る必要があるほど、俺の“個性”は貴重だってことだ。

 

「……“個性”は、人生を左右しますね」

「そう言うなって!」

「スーパーにバイト行くのも送り迎え……訳が分かりません……!」

「不満ないんじゃないのかー?」

「堕落しそうでっ……!」

 

 “個性”に胡座をかいて、この贅沢に慣れきってはいけないと自律しないといけない。でも、今から怖い。人は忘れ、慣れていく生き物だから。

 駐車場についたらマイク先生の車に乗せてもらう。車で5分しかかからないくらい近いのにバイト先まで送ってもらうんだ。早く強くなって、守られなくても済むようになりたい。

 走り出して少し経ってから、マイク先生が思い出したように言い出した。

 

「明日は爆豪と筋トレだったな! 仕上がってるか!」

「……はい」

「今の間は何だァ? 何があったか!」

「……ええ。まぁ」

 

 聞かれたくなかったなぁ。記見さんの話と彼女がクラスの皆から責められたあの光景を思い出してまた、笑顔が下手になる。

 

「相談なら乗るぜ? まだ時間はあるだろ?」

「……ありがとうございます」

 

 車は赤信号で止まった。もう少しで目的地だから、本当なら思い出したくなかった。逃げ切りたかった。でも、お礼を言った手前、話さなきゃ。

 

「……俺、バクゴー君のこと、何も知らなかったんです……」

「うん」

「……俺、例えば、俺に暴力を振るってきた奴らが“ヒーロー”になると言ったら……絶対に、許さないです。絶対に、絶対に……」

 

 実際に許してない。俺以外の中学三年生の時のクラスメイトはヒーロー科に行けてないし、同級生は何人か少年院に居る。ざまぁみろ。一生許さない。

 

 いつか、あいつらが災害に巻き込まれたところに俺が出くわしたら、奴らを隠して見殺しにしようとしたくらいには。もう、出来ないことだけど。ヒーローを目指す理由の一つが、なくなってしまった。

 

 今はその話じゃなかったな。まあでも、俺をそこまで怒らせた奴らと、バクゴー君は同じことをしていた。それなら俺が許せる気がしないから、……だから、苦しい。苦しくなってきた。

 

 どうして?

 

「……クラスメイトから聞いたんです。バクゴー君、緑谷くんのこと、虐めてたって……。それまで“個性”が出現しなかった緑谷くんを、それだけの理由で。……彼にはどうしようもない問題じゃないかっ!! どうにも出来ない問題をネタに虐めをすることが、俺は、許せない……!」

 

 そうだ。許せない。例え過去のことでも、友達でも。……そうか、そうだったんだ。だから苦しいのか。

 

「だから……だから、俺……」

 

 あいつらとの違いは、俺たちは友達だったからなんだ。

 

「バクゴー君と、仲良く出来る気が、もう、しないんです……!」

「なるほどなぁ」

 

 車はいつの間にか目的地、俺のバイト先の四角井スーパーについていた。車を停めたマイク先生が俺の方に振り向いて、笑顔を見せた。

 

「らしくないな!」

「っえ?」

「俺はてっきり、お前さんは“過去は過去のこと”として、気にしない性格だと思ってたんだがな!」

 

 ……マイク先生、俺のこと分かってなさすぎ。ヒーローの中で一番会ってるのに。いや俺自身がそうなるように行動しているんだけど。俺の本性がバレてなかったことに喜ぶべきなのに、どうして複雑なんだ。

 

「そんな、きっぱりした性格じゃないです。そうだったら、憎しみ、持ってないです」

「そりゃそうか! ごめん!」

「……もう、行きますね。聞いてくれて、送ってくれて、ありがとうございました」

 

 もう、早く行こう。かき乱されたくない。車の扉を開けて半身を出したところで、「おっと待ちな!」と呼び止められた。マイク先生は笑顔のままだ。

 

「爆豪に直接聞けよ! その話、クラスメイトが話した情報と、爆豪の話、違いがあるかもよ!」

 

 確かに、一方の意見を聞くのは違うかも知れない。彼には彼なりの言い分があるかも知れない。緑谷くんが俺みたいに歪まなかったのも、そこが原因かも知れないし。

 

「……分かり、ました」

「ん! じゃ、バイト頑張って来い! 笑顔忘れんなよ!」

「……はい!」

 

 色々考えることは多いけど、とりあえず今はバイトだ。レジ打ち、頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

「えっ!? 記見さん、行ってきちゃったの!? どうして? 俺に言ってほしかったんじゃ……」

「昨日あのあと、自分で行けって怒られたの。……ごめんね吐移くん。私と爆豪の喧嘩に、吐移くんを巻き込もうとして」

「そんなこと……」

 

 金曜日。記見さんは朝早く、バクゴー君に喧嘩売りに行ったって。そうか、俺の笑顔がヘタになりすぎて、記見さんが責められてしまったんだ。申し訳ない。でも記見さんは、スッキリした顔をしていた。

 

「それにね。思ってたことハッキリ言えて、気分いいの。これからが大変だろうけど、そこはちゃんと自分で責任持つ。だから気にしないで」

 

 記見さんがいい顔していたから、「うん」と頷いた。

 

 

 

 結局バクゴー君に聞きに行かなくちゃいけないんだけどね。だから昼はいつもの通り、バクゴー君のところに行くと言ったら、記見さんがめちゃめちゃびっくりしてた。「あんな奴と一緒にいたらダメ!」って言われたけど、ちゃんと理由はあるから。

 

「マイク先生にちゃんと話せって言われたからさ。安心して、ね?」

 

 それを言ってもダメだったから、シンソー君たちに記見さんを任せた。さあ、弁当持って大食堂に行こう。

 

 するっと自然にバクゴー君の前に座ったら、バクゴー君めっちゃ驚いてた。

 

「はっ!? 吐移!?」

「嘘っ、俺の名前覚えてたの!?」

 

 俺も驚いた。ついでに切島くんたちも。彼にとって俺のリアクションなんてどうでもよかったみたいで、バクゴー君は食堂を見渡している。あ、記見さんか。

 

「記見さんは皆に引き止めてもらってるよ。ごめんね。記見さんがお騒がせしたみたいで」

「そうだな」

「……でさ、バクゴー君、今日の放課後さ、筋トレの前に、話出来ない?」

「……」

 

 記見さん、何を言ったんだ。バクゴー君、思ったより気にしている。なんか「あの女何なんだよ」とか文句を言うと思ってたのに。でも、俺も止まれない。

 

「俺にとって大事な事を確認したいんだ。お願い」

「……わかった」

「ありがとう」

 

 逃がさない。

 

 

 

 バクゴー君、来るかな。とりあえず着替えて、いつものトレーニングルームに来たけれど。これで関係が終わっても、別に俺はトレーニングは続けるからいいけど。あ、来た。でも、ひとり?

 

「あれっ、他の皆は?」

「テメェとの話に集中して来い、だとよ」

「気遣ってくれたんだ……。場所を変えるから、別にいいのにな」

「あ? どこにだよ」

「ド定番の校舎裏! ……とは行かず、このすぐ裏だよ」

 

 じゃあ行こう。そう言って歩き出すと、バクゴー君も素直についてきてくれた。

 バクゴー君、緊張してそうだな。……まあいいか。どんな言い訳するか、考えてるんだろうし。

 

 体育館裏は薄暗かった。掃除されているけど、風で入ってくるんだろう、コンクリートの地面のところどころには葉っぱが落ちていた。

 

 さあ、はじめよう。

 

「バクゴー君への話っていうのはさ、君がどうしてヒーローを目指すのか。それを聞きたかったからだ」

 

 振り返って見たバクゴー君の表情は、俺が見たこともないくらい、ガチガチに硬かった。安心してよバクゴー君。冷や汗は、俺もかいてる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十二話

「バクゴー君への話っていうのはさ、君がどうしてヒーローを目指すのか。それを聞きたかったからだ」

 

 手に冷や汗をかいて、気持ちが悪い。でも聞かなきゃ、やらなきゃいけないんだ。疑心を持って接したくないから。

 

「理由によっちゃあ、俺は……君を、尊敬出来なくなる。……教えて」

 

 流石にこれには答えてくれるでしょ。じゃなきゃどうしてヒーロー目指してんのって話だから。

 

「……」

 

 すぐに答えないの? ねえ、どういうことだよバクゴー君。

 

「まさか、有名になることが目的だとか言わないよね? 虐めっ子がさぁ」

「早とちりすんなバカ。聞け」

「ごめん」

「俺は……」

 

 どんな理由が飛び出てくるのか。バクゴー君は言葉を選んでいるようで、少し間を置いて、ようやく教えてくれた。

 

「オールマイトみたいになりたいからだ」

「……オールマイト。そっか」

 

 オールマイト! オールマイト、オールマイトかぁ!!!

 それは認められない。溜め息を大げさに吐くと、続けて笑いが込み上げてくる。嫌だなぁ、嫌すぎる。それは本当に認められない。

 

「何がおかしい」

「おかしいよ。オールマイトはヴィラン以外の人を笑顔にさせている。安心させてくれる。“平和の象徴”、その名に恥じないヒーロー活動をしてる。……君はどうだ?」

「あ゛ァ?」

「君は、緑谷くんから笑顔を永遠に奪いかねない行為を繰り返していた。どこがオールマイトだって?」

「……テメェ」

 

 言葉が、口が止まらない。いつになく言葉が、彼を責める言葉が口から溢れていく。自分で思っていたよりずっと、不満だったんだな!

 

「関係ないなんて、思ってないよね! 君の行動は、君の憧れから遠いと俺思うなぁ! オールマイトじゃなけりゃ、俺も何も言わなかった! 憧れる人を目標にするのは構わない。素敵なことさ! でも、さすがに虐めっ子がオールマイトを目標にするのは、俺は認められないかな? オールマイトは虐めっ子じゃないから!」

 

 楽しい! 楽しいなぁ! 記見さんの言ってた通りだ! 言いたいこと言えたら、こんなに楽しいんだね! バクゴー君、こんなに楽しいんだよ。君も言い返してきなよ。君も楽しくなりなよ! 

 ……なんで、口を閉じてるのさ。いつもこれくらい喋ってるだろ、俺。何引いてんだよ、バクゴー君。

 

「……何も言わないんだ。残念だな」

 

 じゃあいいや。もういいや。

 

「今までありがとう、爆豪くん」

 

 帰ろ。何も言わない爆豪くんの隣を通ろうとして、俺たちが来たところから人影が見えた。 

 

「勝手に期待して、勝手に嫌いになるのは酷いと思うよ、吐移くん」

 

 こ、この声はっ!?

 

「緑谷くん!?」

「チッ」

 

 どうして君がここに!?

 

 

 

 緑谷くんはこちらに近づいてきながら言葉を続ける。

 

「かっちゃんのこと、何も知らないまま側にいて、いざ知ったら最低だったからさよなら? 君は本当にかっちゃんの友達なの? 違うよね」

「まあ、今さっき違くなったね」

「最初から、違うだろ」

「……びっくりした。緑谷くん、爆豪くんのこと庇うんだ? 君が一番の被害者のくせに!」

 

 俺たちの共通点は虐め被害者ってところだけかもしれない。それでも俺は彼に親近感を持っていた。でも緑谷くんは俺の気持ちを受け入れるつもりは無いように思えた。

 

「……そうだね。確かに僕は、中学までかっちゃんに“無個性”を理由に虐められていた。『“無個性”がヒーローを目指すな』って。夢を否定され続けてきたよ」

「……不思議。それでなんで恨まないわけ? 憎まないわけ? そうならないとかおかしいって、緑谷くん」

 

 俺の方も、君を受け付けられなくなっていく。おかしくない? 気持ちわるいよ。いくら君が本物のヒーロー志望だとしても、それとこれとは話は違うし、忘れられるわけないのに!

 

「恨んでるって言うより、悔しかった、かな。でもやっぱり……理由が、明確だったから、かな」

「理不尽には変わりない!!」

「“無個性”はヒーローになれない。……当たり前だ。だから、理解は出来たよ」

「虐めていい理由にはならない……! 自分が暴力を振るわれることを、認めてしまっていい理由にならない!! 蔑まれていい、理由になんか……っ!!」

「ありがとう、吐移くん。君は僕のことを同情してくれてるんだよね」

 

 どうしてそんなに余裕なわけ!? 確かに同情だ。でも、俺はそれをしたっていいだろ!!

 

「そうだよっ! だから俺、爆豪くんがヒーローを目指しているのが、許せない!!」

 

 今までの俺が声を上げている。

 

「俺は!!」

 

 許すな、と、大声を上げている。

 

「俺は……もし、俺を虐めていた奴らがヒーローを目指すと言ったら!! 俺は絶対に許さない!!! あんなクズどもが、俺がどうも出来ない“生まれ”を、母さんの“犯罪”を理由に暴力を振るってきたあいつらが、人を救う!? 俺の心を砕きまくったあいつらが、人の心を救うっ!? ふざけんなっ!! 許せるわけねぇ!!! なぁ緑谷くん。そうは思わないか……!?」

 

 君なら、きっと、答えてくれるだろう? 俺の心からの叫びに、応えてくれるよな。なあ、緑谷くん(ヒーローの卵)

 

「…………そうだね。君の境遇は酷いものだったみたいだね。僕には想像も出来ないよ」

「想像くらいは出来るでしょ」

「……僕は、そこまで酷くはなかったかな」

 

 思ったような、期待した熱量の答えが帰ってこなくて、俺まで冷めた。俺のこの感情の方が、おかしいっていうのかよ。なんでだよ。俺はおかしくないだろ。

 「俺と一緒にしてごめん」って謝ったら、「うん。一緒にしないで」と返された。緑谷くんも嫌いになりそうだ。せっかく体育祭の時に、彼のファンになりそうだと自分を思い込ませたのに!!

 彼の言葉は続いた。

 

「僕は別に、かっちゃんに心を砕かれたとは思ってないんだ。そりゃあバカにされて悔しかったけど、それをバネにして、そして色んな人に助けられながら、今、ここにいる」

「バネ、に……」

 

 俺みたいに、バネを壊す勢いで叩かれたわけじゃないのか。

 

「君は僕と違う。そして、君を虐めた人と、僕を虐めた人は違う。そう、違うんだ」

 

 エラく違いを強調してくる。でもそうだ。俺は壊れたそれを無理やりくっつけて、調節しても歪んで、そんなに飛ばないバネしか持ってないんだから。

 

「吐移くん。君を虐めたのは、キミの心を砕いたのは、かっちゃんなの?」

 

 爆豪くんにでは、ない。

 

「……違う」

「違うでしょ? なら、その“許せない”っていう気持ちを、かっちゃんに向けないで」

「!!?」

 

 違う、確かに違う。でもだからって。……いや、そうか。()()()()()()()()()。向けて欲しくないのか。どうして同情を嫌って、そんな発言するのか分からないけれど。

 

「かっちゃんと君を虐めた人は違うんだ。君が知っているかっちゃんは、爆豪勝己は、君を虐めた? ねぇ吐移くん、君の知っている爆豪勝己は、どんな人なの?」

 

 爆豪くんは、どんな、人……?

 

「…………助けて、くれた」

 

 俺は、“爆豪くん(バクゴー君)には”傷つけられてなかった。

 

「生きてるかって、血まみれの俺に、声かけて、くれた。……トレーニングにも、文句いいながら、講師、してくれてる。……言動、怖いけど、面倒見のいい、カッコいい男だ」

 

 俺がぽつりぽつりと溢す言葉に、緑谷くんは相槌を入れてくれていた。

 

「そうなんだね。それが、君の中の、爆豪勝己だ」

 

 今のが、俺の中の、確かな爆豪くん。記見さんの印象と、こんなにも違うのか。

 記見さんの印象も、また事実だろう。でも。俺の爆豪くんへの感情も、評価も、確かな事実だ。

 

「他人の評価を鵜呑みにして、自分がした評価をないがしろにしちゃ、だめだよ」

「……ごめん、なさい」

 

 理不尽をしていたのは、俺の方だった。理不尽を許してこなかった俺が、この件で許されるとは思えない。でも、謝らなきゃ。さっきの謝罪は緑谷くんに対して。これからのは、もちろん。

 

 爆豪くんの方へ顔を向ける。彼が何を考えているのか分からない。悪い目つきで腕組みして、壁にもたれかかっているのが少し怖かった。

 

「……関係ないことで君に暴言をぶつけて、ヒーローになってほしくないなんて、言って、本当に、ごめんなさい」

「……そーだな」

 

 これは、許してくれないだろうな。だって、俺、後先考えずに感情をぶつけまくったから。マイク先生は“話せ”って言ってたんだ。俺がやったのは会話じゃない。一方的な言葉の暴力だ。酷いことをしてしまった。いっそ何か文句を言われた方がマシだ。ここで、無言で帰られでもしたら……。

 

「何突っ立ってんだ。戻れよ」

「えっ?」

 

 戻れ? 戻れって、トレーニング室に?

 

「無かったことにしてやる。先に戻って、筋トレしてろ」

「……はいっ!」

 

 いいの? 許してくれるの?

 戻れって言われたから、駆け足でトレーニング室に戻る。誰かが俺の前を走っている音がする。それも複数人。慌てているような、揃わない足音。……俺たちの話を聞いていたか? 多分、切島くんたちだ。

 駆け足の速さを緩める。4人に余裕を持たせてあげたくて。でも、そっかぁ。聞かれちゃったかぁ、俺の、悪い部分。

 ……綺麗な部分だけを、見ていて欲しかった。

 

 もはや歩いて、トレーニング室に戻った俺は、少し息を乱したシンソー君と、切島くん、上鳴くん、瀬呂くんをそこで見つけた。皆体育着に着替えてる。

 知らんぷりするべきか、でも、あのガバはこの四人の失敗だしなぁ。四人はさも話を聞いてませんでしたって顔で、俺に声をかけてきた。

 

「吐移!」

「おかえり! どうだったんだよ爆豪との喧嘩!」

「言いたい放題だったな!」

「あ、瀬呂!」

「バカっ!」

「それはダメだろ」

 

 はいアウト。ここまで俺が気づいてなかったとしても、今ので気づいたよ。苦笑を漏らした後、俺はやっちまったって空気出してる四人に、「心配してくれてありがとう」って言った。

 

「迷惑、かけちゃったね。もう大丈夫だよ。バクゴー君も許してくれたし。許してくれたから、今ここに来られた」

 

 四人は黙って聞いてくれる。

 

「もう間違えない。自分を見失わない。だから、大丈夫だよ」

 

 力強く宣言すれば、四人ともホッとした顔になってくれた。どこまで酷い顔だったんだよ、俺。まったく、記見さんに影響されたからって、情けないなぁ。

 

「じゃ、バクゴー君が来る前に、準備体操しちゃおっか!」

 

 今はきっと、自然と、笑えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三話

 トレーニングを元気にやり終えた後、バイトに向かうからと意気揚々と着替えて帰ろうとしたら、バイト先からメールが入っていた。

 

『今日は人が多いからバイト休みでいいよ。最近疲れてるみたいだから、しっかり休んでね』

 

 ありがたいけどさ。今めっちゃやる気だったから、なんか肩透かし食らった気分。どうしようかな。

 

 越壁先生にも今日バイト無いので送ってもらわなくても大丈夫ですって伝えたし、今日は久しぶりに歩きで帰る。いつも行きは歩いてるけど帰りは学校からバイトまで車、バイトから家までも車で送ってもらってたから、ちょっと新鮮。

 せっかく時間出来たし、もう少し校内に居ようかな。寄り道は許されてないけど、守りの固い校内でゆっくりする分には先生も何も言わないはずだ。だって安全だと謳っているんだもん。なぁ?

 

 校内には自販機と落ち着けるテーブルがいくつかあるスペースがある。ちなみに外。冬絶対ここ寒いだろうなあ。このスペースは生徒も使って大丈夫だけど、「綺麗に使わないと生徒は使用不可になります。綺麗に使いましょう」という貼り紙が貼られているから、俺もそれに倣う。さっきまでスポドリ飲んでたから、喉は乾いてないけど。

 

「どうしようかなぁ」

 

 椅子に座って思わず口をついて出たけど、俺、何考えてたんだっけ? あ、そうそう。バイト3時間分の暇をどうするかだったな。勉強するべきなのは分かってるけど。そろそろ期末だしね。あ、そうだよ、引っ越しの掃除しないと! それに、何か作業しないと、さっきの喧嘩の事すぐ思い出してしまう。何から片そうかなぁ。食器と服かな。家具は家についてたやつだから、自分で買ったやつだけ……誰か手伝ってくんないかなぁ。

 

「えっあ、本当? で、でも……あ! それじゃない! ああ……」

 

 後ろで誰かが自販機に対して慌てている。続けざまに商品の落ちる音が聞こえてたし、もしかしたら当たり付き自販機で当たっちゃって、何買うか決めてなくて……みたいなことが起こってしまったんだろうか。しかもこの落胆ぶり。飲めないものでも押してしまったんだろうな。

 

 声につられて首だけで振り向いてその人を見る。声からして男性。黄色に黒の細い線の入ったスーツ。ただしダボダボにそれを着ている。“個性”で体が大きくなるとかで、だからダボダボなのを着ているんだろうか。

 彼は俺から見て真後ろにいて見えなかったけど、振り返った彼の顔を見て驚いた。へたった金髪に、ほとんど皮と骨だけのガイコツ顔。俺より口でかいんじゃないか? こんな人が雄英の先生に居たのか。学年も学科も違う先生なのかな。あ、気付かれた。

 今この空間に居るのは、俺とこの人だけ。ここは職員室の裏だけど、他に先生が来る気配もない。まぁこの人も他の先生に当たっちゃったやつをあげるだろうし。

 すぐに視線を逸らす。でも、その人は俺の方に来た。気配を感じて見上げると、彼は人の良さそうな笑みを浮かべて、「良かったら、貰ってくれないかい?」と微糖のコーヒーを差し出してきた。もうひとつの手には、オレンジジュース。え?

 

「お、俺、コーヒーっすか?」

 

 失礼なのは分かっているのに、笑ってしまった。だって、この人が本当に飲みたかったのがオレンジジュースって! 意外と背の高い、猫背のこの人のイメージと違っていて。その人は照れ笑いをした後、「医者からカフェインは止められていてね」と言い分を話してくれた。あっこれ、笑っちゃ本当にダメなやつじゃん。

 

「いただきます。それと、すみませんでした」

「いやいや、いいんだよ。人間ってのはギャップや緩急に弱くて、笑ってしまう生き物だからね」

 

 HAHAHA! とアメリカンに笑うこの人。フォローしてくれるなんて、なんて良い大人なんだ、この人は。

 

「あ、君こそコーヒー、大丈夫かい?」

「大丈夫です。微糖って言ったって甘いですから、缶コーヒーって。カフェイン駄目だと、そっか、カフェオレとかも飲めないんですね。お茶は止められてないんですか?」

「お茶にも入ってるの?」

「えっ、そ、そう聞いたことがありますけど……」

「冗談、冗談! 紅茶は飲めないんだけど、緑茶はカテキンがどうのこうので大丈夫だってさ。心配ありがとう」

「い、いえ……」

 

 このガイコツ具合、雄英の環境が悪いんじゃないかって疑ってしまう。仕事のしすぎで体を壊してカフェイン禁止とか……。俺がそう思い巡らせている間にも、彼は俺の隣の椅子に腰掛け、オレンジジュースの蓋を開けて飲んでいた。俺もいただこう。冷たいそれは、ミルクと砂糖の甘さの奥にコーヒーの苦味があり、少し目が覚めた気がする。鼻から抜けていく香りは甘くて、うん、美味しい。太りそう。

 目の部分で影が出来ているその人も一息つくと、「ところで」と口を開いた。

 

「何か悩んでいるのかい、少年」

 

 ……教師って、生徒のそういうの、すぐ分かる人種なのだろうか。

 

「……実は、喧嘩しました」

「喧嘩、かい?」

「あ、もう仲直りはしたんですよ。さっきまで一緒にトレーニングもしましたし」

「そうかい」

「でも、なんで許してくれたのか分からなくて……俺、かなり酷いこと言ったんです。“君にヒーローになってほしくない”って……」

 

 改めて、どれだけ後先考えない発言だったことか。後悔が強い。

 

「彼はヒーロー科の人なのですが、……過去に虐めをしていたんです。そして、彼の目指すヒーロー像は、オールマイト。……俺、中学まで虐められてて、その時の感情が……許すなって。そいつがヒーローになることを、オールマイトを目指すことを許すなって……」

 

 待てよ。俺のことをこの人は何も知らないんだぞ。考えもまとまってないのに、話すなよ。

 

「いいよ、続けて。吐き出すといい。何も知らない人への方が、きっと話しやすいさ」

 

 どうして、この人は心が読めんのか? 俺が分かりやすすぎるのか? 先生は俺の背中をさすってくれた。骨張っているのに暖かくて、安心して話していいかもと思わせてくれる、不思議な手だった。

 

「……俺が悩んでいるのは、きっと、俺がヒーローを目指していいのかってことなんだと思います」

「君が、なのかい?」

「はい。俺の喧嘩相手が虐めていた人もこの学校にいるんですけど、その彼が俺達の喧嘩を止めてくれたんです。どちらもヒーロー科の人間なんですけど……。

 虐め被害者の彼が加害者のことを許しているかどうかは分からないですけど、……そっか、自分達の問題だからって、そう言って、俺が断罪することを許さなかったんだ……。それが、彼らが幼馴染だからなのかもしれませんが……。それで俺、自分の心の狭さを実感して……。俺は、俺への加害者たちを少年院にぶち込みましたから。

 ……俺は、自分と被害者の彼を勝手に重ねて、勝手に断罪しようとしたんです。加害者の彼は、俺の命を助けてくれた恩人で、友人であることも忘れて。加害者は加害者だとひとくくりにして。ひとくくりにしようとしたの怒られたんです。被害者の彼に。……そんなことも分からない、間違った正義感を振りかざした俺は、人を救うこと、心を救うことが出来ませんでした。救われたのは、俺の方でした。……俺は、ヒーローになってはいけないのでしょうか? ……緑谷くんくらい、心が広くないと、ヒーローになっちゃいけないんでしょうか? 虐め加害者すらも許してしまう、そんな広い心じゃないと……」

「そんなことは無いさ」

 

 先生は俺の肩を軽く叩いてくれた。埃のように、不安を振り払おうとしてくれているのか。

 

「君と彼は違う人間なんだ。同じくらいなんて、基準は無。彼も君も違う方法で加害者たちに立ち向かっていたのさ。確かに、加害者たちがやった事は世間的に、法律的に許されることじゃない。でもその彼らを許すかどうかは、君たち被害者の自由であり、権利だ。それを横からなんやかんやと声をあげるのは、違うのだと私は思うよ」

「先生……」

「ずっと憎しみ続けるのは疲れるから、裁きを下した後は忘れるのもいいと思う。けど、あくまでそれは君の自由。私や周りの人間は、君にアドバイスやお願いを言うことしか出来ない。……ん? 話がズレたかな? まぁ、とりあえず私が言いたいのは、“君だってヒーローを目指していい人間なんだよ”、って事だね」

 

 その言葉に、胸が熱くなる。

 

「戦いが終わるまで油断しない、自分の強さを活かしながら勝ちを狙っていく姿は、ヒーローの適正を感じさせた。職場体験中に“個性”で自分を傷つけながらも人々を癒した。あの場に居た誰もが、君をヒーローだと評価しただろう」

 

 落ち窪んだ目でガイコツのような見た目のこの人のどこに、魔力が隠されているんだ。へたった金髪で、カフェインを医者に止められてオレンジジュースを飲んでいるような人だっていうのに。

 

「君は、ヒーローになれる」

 

 この人の言葉は、どうして、俺の心を燃やす。

 

 

 

 目が燃えるように熱くなって、火の代わりに水が溢れた。

 

「ありがとう、ございます」

 

 俺は、ずっとその言葉が欲しかったのかもしれない。他でもない、雄英の人間から。

 そうか。俺は、認めて欲しかったんだ。

 

「聞いてもいいかい? 君は、どんなヒーローになりたい?」

「俺は、……傷を、治す……いや。泣いている人を、それ以上泣かせないヒーローになりたいです」

 

  誰かが傷つくことを全て止めることなんて出来ない。止めることは出来ないけれど、慰めることや、物理的な痛みを和らげることは出来る。出来ることをしたい。だから、俺は、そういうヒーローになりたい。

 

「目標が決まっているなら、尚素晴らしい! 私は応援しよう! 頑張れよ、有精卵!」

「はい!」

 

 ヒーローに、なる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十四話

 期末まで一週間に迫ったある日、今日も俺は弁当を持ってバクゴー君たちとお昼時間を過ごしていた。

 

「えっいいな切島くん! バクゴー君、俺も勉強会に入れて!」

「勝手にしやがれ」

「ッシャ!」

 

 話題はテスト勉強のこと。上鳴くんと瀬呂くんは同じクラスの八百万さんに教わるんだって。そして俺は切島くんと一緒にバクゴー君から教わることになった。やったね! 物理教えてもらお! 

 

「あれ? 心操から聞いたけど、吐移ってC組中間1位だったらしいじゃん。教えてもらう必要ある?」

「上鳴くん、さすがの情報収集能力だね……。応用でちょっとつまづいてて、そこ教えてもらえると助かるなって」

「なるほどなぁ」

 

 え、バクゴー君なんか引いてない? 本当だかんね!?

 上鳴くんがクリームパンを食べながら続けた。

 

「吐移はあの記見って可愛い女子と勉強会すると思ったけどなぁ」

「教えるのは苦手でさ。俺より下の学年ならいいけど、同学年はさすがに余裕がないよ。物理とか」

「俺の理系選択は生物だぞ」

「嘘だろバクゴー君!?」

 

 ねーえー、意味なくなっちゃうからー! キャベツ炒めの味が分かんなくなるー。切島くんは笑って励ましてくれた。こういう時、バクゴー君何もフォローしないよね。

 

「元気だせって吐移! それよりどこで勉強会する? ベタにファミレス?」

「金の無い俺をよくそこに誘えたな、切島くん」

「ごめんなさい」

「じゃあどこだよ。図書館は喋れねえぞ」

「うーん……」

 

 どうしよう、呼んでもいいのかな。

 

「俺ん家、友達呼ぶなって言われてんだよなあ」

「じゃあいっそ、教室でやる?」

「机が動かせねぇし、狭ぇだろ」

「そっか」

 

 他に無いなら、ダンボールも片付いたし、黒いキューブを入れてる箱はクローゼットに隠してるし……多分安全。誘っても大丈夫かな。

 

「……俺の家来る? 一人暮らしだし、まぁまぁ広いよ」

「は?」

「へー、広いんだ?」

 

 なんでバクゴー君驚いてんの? え?

 

 

 今日は月曜日。バクゴー君たちとのトレーニングの日だ。始める前にバクゴー君に昼のことで説明を求められたから、切島くんも連れてきつつ、上鳴くんと瀬呂くんを置いて少し移動した。

 これはまだ秘密にしてたい話だから、小声で話す。

 

「情報解禁していいって許可降りたから二人には言うけど、あんまり人に言わないでね? 実は俺の“個性”、『他人の傷を直すことが出来る』“個性”でもあったんだ。治癒系の“個性”はとても貴重だからって、今俺、雄英に保護されてる形でさ」

「マジかよ、すげーな!」

「手のひら返しがな」

「は?」

「バクゴー君!」

 

 それ知ってる生徒はバクゴー君だけなんだよ! もしかしたら俺より、先生から話を聞いて知ってるかもしれないけどさ! 切島くんが興味持ったらどうすんの! 切島くん気遣い出来る男だから、色々気にしちゃうから! 教えちゃダメだよ、俺が雄英からまだ警戒されてること!

 

 

 

 約束の日曜日。俺は集合場所である雄英の校門前まで歩いた。着くとすでにバクゴー君と切島くんの二人は来てて、待たせていたことに気づいた。

 

「おはよう! 少し遅くなってごめん!」

 

 何か話してたみたいだけど、なんだろう。まぁでもそれよりも案内しなきゃね。切島くんが手を挙げて応えてくれた。

 

「おはよう! 今日はよろしくな。お菓子買っといたぜ!」

「わあ、ありがとう! じゃあ早くいこっか!」

 

 お茶はあるけど、お菓子は忘れてたなぁ。普段食べないから。

 じゃあ案内しよう。二週間前に引っ越したばかりの新しい家に。

 

 マンションの前についた二人は、見上げて呆けていた。気持ちわかるよ。俺だってまだ信じられてないから。

 

「は~~~~……」

「すげぇな、雄英」

「俺にはもったいないよねー」

 

 ザ・高級マンションに入る。フロントにはコンシェルジュがいて、二人はそれにも驚いてた。エレベーターを呼び出しながら、「朝だから静かにね」と口元に人差し指を寄せた。

 一階に降りてきたエレベーターに乗り込む。このエレベーターもまぶしい位に綺麗なんだよな。

 

「いい思いさせて、ヴィランにさせないようにしたいのかもなー」

「なんでそんな後ろ向き? ま、怪しむ気持ちも分からないでもないけどな」

「20階か」

「うん。たまたま空いてたって」

「高いなぁ」

 

 エレベーターにはバリアフリーの為にでっかい鏡が付いている。こんな、金色もあしらわれているようなキラキラしたエレベーターに、ヴィラン顔の貧乏人が乗っている。毎回不釣り合いだと思いながら乗るのは心に来るものがあるから、気にしないようにしている。

 家に案内したら、切島くんに「さすがに角部屋じゃないか」って言われた。流石にね。

 

「それは贅沢すぎでしょ! さあ、いらっしゃいませ」

「お邪魔します」

「しゃっす」

 

 家の中に入っても二人は落ち着かなかった。しきりに辺りを見渡して、絶句していた。大理石だもんな、分かるよ。でも一々それに付き合っていたら時間がなくなる。

 

「そこのテーブルでやる? それとも、地べたになるけどそっちの机でやる?」

「こ、こっちのテーブルで」

「分かった。席に着いて待ってて。今お茶出すから」

 

 冷蔵庫に向かうけど、後ろから「……部屋いくつあるんだ」「絶対単身者用じゃないな」とか言ってるのが聞こえた。

 

「ヘアバン、トイレ借りるぞ」

「いいよ。玄関から見て左手の、二つ目の扉のとこだよ」

「おう」

 

 切島くんはテーブルにお菓子を広げてくれていた。つまみやすそうな個包装タイプ。手が汚れないから、勉強やりやすいね。小さいゴミ箱持ってこよう。

 

 家具は殆ど雄英に用意してもらった。このマンションに釣り合ういいものだけど、食器類は俺個人のを持ち出してきた。だからこの普通の麦茶が入っているコップは、普通の100均のガラスコップだ。切島くんがホッとした顔になってくれた。お、バクゴー君も戻ってきた。バクゴー君も心なしか肩の力が抜けた様子だ。

 

「なんか安心したわ」

「立派なのは家だけで、俺自身はまだ貧乏人だからね。食費は自分持ちだし!」

「そっか!」

「じゃあ勉強始めっぞ」

「あ、その前にいい?」

「なんだよ」

 

 切島くんの隣に座る。これを話すのは少しドキドキするなぁ。でも話したいんだよねー。

 

「実はさ、俺、君たちの期末実習の関係者になったんだ。よろしくね!」

「は?」

「なんでっ!?」

「ははっ、さっきも言ったでしょう? “他人の傷を治す”って。ヒーロー科の演習、絶対怪我人出るでしょ? だから、リカバリーガールの補助として、君たちを見守ります!」

「すげーじゃん!」

「マンションの対価か」

「足りない……もっと利用してくれていい……」

「だから」

 

 切島くんにまたマイナス思考になるなよって慰められた。ついでにチョコも渡された。嬉しい。

 

「何と言うか、まあ、バクゴー君。合わない人とグループを組むことになっても、協力して頑張ってね!」

「……入試の時と、内容変わんのか」

「そこまでは知らされてないけど、確実に難易度上がってそうだし、協力プレイはプロもやってることだから評価の対象でしょ! ……とりあえず今は、普通科目の対処から始めようか」

 

 本当に演習内容は教えられてないから、俺の役割を話しただけなら、まあ大丈夫でしょう。だから普通に試験対策していこう。物理は昨日、先生にちょっと教えてもらったから、大丈夫な、はず。

 

 数学を少し教えてもらっただけで、基本的にはバクゴー君が切島くんに声を荒らげながら教えていた。うるさいだけで暴言ではないから大丈夫、だよね? 切島くんが時々こっちをチラ見してくるけど、その視線に気づくたび、俺は首を振ることしか出来ない。教えるのは苦手だから……。せめて一口ウエハースを差し出して、バクゴー君の口を乾かさせて少しでも黙らせることしか、協力出来ない。

 

 ふと時計を見ると、十一時半を過ぎていた。そろそろお昼ご飯の時間か。二人共弁当はもってなさそうだし、元々準備はしてたし、俺が作ってしまおう。オムライスの気分だな。

 

「昼ごはん、オムライスでいーい?」

「手作りっ!?」

「ラーメンで」

「ムリ」

「じゃあ訊くな」

「いや、あの、爆豪さんや……」

 

 インスタントラーメンとか昨日で食べ尽くしたし、客人に出せるものじゃない、と貧乏人でも思う。ラーメンスープの素みたいなのはまた今度買う予定だったし、えっと、中華麺は残ってたはず。これで焼きそば作って、上に薄焼き玉子を乗っければいいね。弁当用に常備してる、ざく切りキャベツと短冊切り人参、スライス玉ねぎがあれば、野菜は十分かな。肉は鶏肉しかないからそれ一択で。焼きそばソース買ってて良かったー。

 

 

 

「あとは玉子を乗っけてっと……」

 

 出来てから気づいたけど、これ緩く焼いたほうが良かったかな。お店っぽかったよな、その方が。まぁいいか。

 

「二人共、料理運ぶの手伝ってー。あとカラトリーも自分で取ってね」

「うまそーな匂い!」

「そ、そう?」

 

 わー、料理褒められたの久しぶりで、ちょっと恥ずかしー。

 

「いただきます!」

 

 味見もして分かってたけど、うん、悪くないな。

 

「すげぇな、吐移って……」

「美味しい物って、幸せになるからね」

 

 バクゴー君も文句言わないし、美味しかったってことだと思おう!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五話

 勉強の甲斐あり、期末の筆記試験は手応えばっちりだった、物理も、まぁ、悪くはないんじゃないかな。なんか記見さんは顔を青くしてたような気がするけど。シンソー君はやりきったって顔してたけど。畳くんは「赤点さえ逃れればいいや」って言ってた。いやいや、ここ進学校。

 そして普通科がいつも通りになる頃、ヒーロー科は演習試験を迎える。俺は特別にこの演習の裏方として参加することになっている。全ては“個性”のおかげだ。ヒーローに近づけると前向きに受け取るべきだろう。

 

 俺が待機しているこのテントは、“リカバリーガール出張保健所”。今日の俺の活動場所だ。数多くの液晶が並ぶ暗いテント内。俺の隣に座っているのは、テントの名前を冠したこの人。

 

「さて……今日は激務になりそうだ。改めてよろしくね、吐移正くん」

「よろしくお願いします、リカバリーガール!」

 

 俺が目標とする先生だ。

 俺のすることはリカバリーガールの補佐だけじゃない。先生から課された、「ケガの治療程度の調節」という課題をこなす必要がある。他人を回復させる方の“個性”のやり方には二つある。

 

・口対口なら全身に効力がある。

・口以外なら患部に自分の口を寄せる必要がある。

 

 このどちらも、俺の吸う息の量によって傷の治る程度が変わるのだけど、まだ俺はその調節が上手いわけではないんだ。ちなみに実験体はマイク先生か、担任の越壁先生。引っ越してから結構な頻度で実験に付き合ってくれてる。ナイフで腕切るの、毎回怖いはずなのに、ありがとうございました。それでも下手で、ごめんなさい。

 

「くれぐれも、治し過ぎないようにね」

「自己治癒能力を失わせないように、ですよね」

 

 だからこそ、今回は頑張りましょう!!

 

 たくさんある液晶にはそれぞれ、二人一組にされたA組の人たち、そしてヴィラン役の先生が映し出されている。演習内容の説明を受けているようだ。

 今回の演習試験は例年の対ロボット演習ではなく、二人一組で一人のヒーローを相手にするもの。勝利条件は「ハンドカフスを先生に掛ける」か、「試験者どちらか一人がステージから脱出」すること。先生側には体重の約半分の重量の超圧縮おもりを装着するが、それでも先生は生徒より当然格上。マイク先生に至っては、動かずとも相手出来る“個性”、『ヴォイス』だから、関係無いんじゃねぇの?

 先生をヴィランと見立てての演習。戦ってカフスを付けるか、ステージからの脱出を試みるか。相手になる先生や試験者本人の“個性”によって、その選択肢は変わるだろう。

 

「それじゃ、見ていくかね」

 

 頃合いを見たリカバリーガールがマイクの電源を入れた。

 

「皆、位置に着いたね。それじゃあ今から、雄英高一年、期末テストを始めるよ! レディイイ──……ゴォ!!!」

 

 三十分の、長い試験(たたかい)が始まった。

 

 リカバリーガールのコールで、先生たちの雰囲気がガラリと変わる。画面越しでもそうなのだ。直に体験するA組はもっと感じていることだろう。

 

「先生たちの雰囲気が変わった……?」

「そりゃそうさね。教師陣も、生徒たちを全力で叩き潰すつもりさ」

「……怖い、ですね」

「将来的にもっと凶悪で最悪なヴィランと毎日のように相手するんだ。これくらい当然さ」

 

 ……俺に、その覚悟はあるか。違うな。今から、決めろ。

 試験を受ける皆は、先生から隠れたり、逃げて戦闘を避ける動きをしている。

 

「今回の相手は先生だから、“個性”の把握はある程度出来ますね。今はとりあえず距離を取って、自分や相棒の個性の相性だったり、相手の弱いところを突く作戦を取れるか、それともそうではないと判断して応援を呼びに行くか。なんかを話し合わないとですね」

「分かってるじゃないか。そう。この試験で見ている項目の一つには、コミュニケーション能力があるよ」

 

 画面を見て素直に思ったことを口から出したら、リカバリーガールに褒められた。やったね!

 

「この社会……ヒーローとして地味に重要な能力。特定の相棒(サイドキック)と抜群のチームプレーを発揮出来るより、誰とでも一定水準をこなせる方が良しとされる。となると、あの二人は──」

「バクゴー君……」

 

 だからこそ、俺でも分かるからこそ一層不安なんだよな。バクゴー君、緑谷くんチームは。

 市街地マップで堂々と歩くバクゴー君と、その後ろを不安そうに、声をかけながら歩く緑谷くん。全く話を聞く気がなさそうで、俺との喧嘩の後もまた仲が悪くなってそうで嫌だった。

 

「音声も聞けるよ。聞くかい?」

「……いえ、大丈夫です」

「そうかい?」

 

 せっかく、ルール違反にならない程度にヒントを出したのに、まるで効果が無かった。わざわざグループを組ませてるんだから、一人で勝てるような内容じゃないって分からないのか!?

 

「! うそ……」

 

 画面の中のバクゴー君が籠手で緑谷くんの顔を殴りつけた。緑谷くんは君と話し合おうと一生懸命だったのに! 苦手だろうと、試験だからと割り切って話し合おうとしたのに! こんなんじゃあ……。

 

「チームワークなんて、無いも同然だ……」

 

 そう零した瞬間、バクゴー君たちがいた道が吹き飛んだ。周りの建物も当然のように壊れ、吹き飛び、それによって緑谷くんは尻餅をついた。

 

「最悪のチームだね」

 

 オールマイト(脅威)が現れた。

 

「あんなパワーが……てか、建物!」

「ヴィランがそんなこと気にするもんか。さて、どうするかね」

「……」

 

 あんなのが相手になったら、俺なら逃げ一択だね。現に緑谷くんはオールマイトの威圧感に圧倒されている。それに対してバクゴー君は無謀だ。自分に襲いかかってくるオールマイトに閃光弾(スタングレネード)を食らわせ、立ち向かう。顔面を掴まれても爆破の連打で少しでもオールマイトにダメージを入れようとしている。顔を掴まれたら、俺なら怯んで剥がそうとするだろうから、その根性は見習いたい。普通に怖くない? あ、投げられた。

 緑谷くんは逃げていたところを回り込まれて、また逃げる為に後ろに飛び跳ねたけど、爆破で飛んでいたバクゴー君と空中でぶつかって墜落した。どこまで息の合わない組なんだ。オールマイトに気圧されて逃げ出そうとした緑谷くんも、話を聞かないバクゴー君も、どちらも悪い。

 

「勝つことだけが条件じゃないのに……。バクゴー君、何か焦ってる? 緑谷くんがいるから……?」

「そうかもしれないね」

「落ち着いてくれ……頭いいだろうが」

 

 二人はまたなにか言い合うけれど、緑谷くんはオールマイトにガードレールで地面に押さえつけられ、バクゴー君は見えない速度でみぞおちに拳を叩き込まれ、吐きながら何mも吹っ飛ばされた。俺ならどうだ? 少なくとも、吹っ飛ばされた後は吐かないか? 痛みで気絶して終わりか? 

 

「ここまで、かね」

 

 立ち上がるバクゴー君。でもフラついて、とても戦えるような状態じゃない。画面に映し出される表情だって、全然、立ち向かう男のそれじゃない。オールマイトはそんなバクゴー君に向かい語りかけていたけれど、それも短かった。

 トドメを、刺される。

 

「あ!!?」

「おや」

 

 バクゴー君の諦めきったその横顔に、いつの間にかガードレールから抜け出した緑谷くんが拳を入れて、吹っ飛ばした。まるでバクゴー君の諦めの感情まで吹っ飛ばしたかったみたいに。

 

「緑谷くんは、まだ諦めてない!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十六話

 緑谷くんはバクゴー君を殴り飛ばした勢いそのまま、彼を抱えて、カメラのない裏路地へと姿をくらませた。そうだね、逃げるのも戦略だ。でも、それだけじゃないはずだ。

 

「さて、二人はそのままゲートへ向かうかな?」

「俺は、立ち向かうと思います」

「なぜ?」

「……前に、バクゴー君から聞きました。彼は、『オールマイトみたいになりたい』と、言っていました。それって彼にとってはきっと、“絶対に勝つ”ってことだと思うんです。差がありすぎるなら、一矢報いるくらい、するはずです」

「なるほどね」

 

 彼の目指すヒーロー像は“勝つ”ことなんだ。俺の想像だけど。

 俺はオールマイトを“救う”人だと思っているから、同じ人を見ていても違う解釈が出来るっていうのは面白いなって思うのと同時に、オールマイトはいろんな要素を盛り込んだヒーローなんだと、だから最高のヒーローで、オールマイティーで、“平和の象徴”なんだなって思った。二人は、そんな人を相手にしているのか。

 すごい、な。

 

 画面にはゲートに向かっている様子のオールマイトが映し出されていた。カメラも二人を追えていないんだね。オールマイトの走るその背中に、バクゴー君が爆破で浮きながら飛び出してきた。

 バクゴー君はオールマイトを爆破で目くらましすると、何か大声を上げる。そしたら、オールマイトの背後の煙の中から、緑谷くんが出てきた。彼の右腕には、バクゴー君の籠手が装着されている。飛び出したバクゴー君は陽動だったか! 

 

 緑谷くんが籠手のピンを抜くと、バカでかい爆破がオールマイトに向かって放たれた! そんな機能があるんだね、その手榴弾型の籠手! 撃った場所も、最初にオールマイトが壊したところ。被害が増えた訳じゃないのが、また凄いな。二人はオールマイトが動けない間に離れていった。

 

「すごいな……」

「そうだね。でも、この子らばかり見てちゃ勿体ないよ。他にも目を向けてごらん」

「はい」

 

 確かにそうだ。この二人はおそらくこのまま逃げるだろうし、切島くんも上鳴くんも気になる。

 このチーム勝ったな。他のチーム見てくるわ。

 

 切島くんは砂藤くんと組んで、相手はセメントス先生。“硬化”と増強型、どちらも次々と現れる壁を壊すだけで、本体のセメントス先生には辿り着かない。この様子だと、消耗戦に二人は弱いのかな? 確かに体育祭で切島くんがバクゴー君に負けたのも長期戦だったから。だからセメントス先生が当てられたのかもな。

 一方上鳴くんは芦戸さんとチームか。二人は廃工場的なフィールドを舞台に、根津校長が仕掛ける連鎖ゲームのような建物破壊の前に“個性”を使えず、翻弄されている。校長えぐい。

 

 そちらに目が行っている間に、最初の条件達成チームが出たみたいだ。リカバリーガールがマイクをオンにした。

 

「報告だよ。条件達成最初のチームは、轟・八百万チーム!」

「その二人は、特に怪我もなさそうですね」

「それに引き換え、緑谷チームは大変そうだ」

「うわっ!? 何があった!?」

 

 相澤先生を布でぐるぐる拘束した轟・八百万チームには目立った傷が無いのに、対するバクゴー君たちはもう悲惨だ。緑谷くんは左腕を掴まれて地面から足が浮いてるし、バクゴー君は逆に地に落とされて、腰あたりを踏まれて動けなくなっていた。

 

「籠手も無い」

 

 両方とも壊されたのか。もうあのバカでかい爆破は使えないってことだ。今度こそ、諦めるか? いや、君はきっと立ち上がるだろう。君はタフネスなんだから! 

 

 投げ捨てられた緑谷くん。余裕そうなオールマイト。その真下からバクゴー君が大爆破を起こした。その衝撃でオールマイトが浮き、バクゴー君は解放され、彼は倒れている緑谷くんを爆破を使って投げ飛ばした。その先はゲートだ。でも!

 

「あれ人の体だぞ!」

 

 人が飛ぶ爆破の威力とか絶対凄まじいし、しかもゴールするどころか、オールマイトが超スピードのヒップアタックで緑谷くんを撃ち落としたし! 痛さがすごい!!

 

「ありゃ、腰がいったね」

 

 地面を跳ねて転がる緑谷くん。でもヒップアタックの反動でまだ浮いたままのオールマイトにバクゴーくんの特大火力がお見舞いされる。だけど、あんなの何度もやっていたら。

 

「手、絶対焼けてる」

 

 しかしもう一度撃つじゃないか。オールマイトはさらに地面から離れていく。だがそれに意味はあるのか? 宙に浮いた状態からヒップアタック決めるような人だぞ。緑谷くんはゴール出来るか? ああ、思った通り、オールマイトが緑谷くんをめがけて……っ!?

 

「っ!! バクゴー君!」

 

 オールマイトの狙いは、ゲートに向かうに緑谷くんじゃなく、緑谷くんを狙うオールマイトを狙った「バクゴー君」だったんだ! 裏をかかれた!

 

「頭を打たれた! ……えっ!」

 

 落下の勢いを利用されて、頭を打ち付けられたバクゴー君だったが、自分の顔を掴むオールマイトの腕を爆破し、抵抗の意思を見せた。

 

「でも、弱い……」

「爆豪はここまでかね」

「そうです、ね……」

 

 見ているこちらですら諦めるこの状況。抵抗の弱いバクゴー君にトドメをさそうと腕を振り開けたオールマイトの顔面に、突然拳が入れられた! 

 

「ええっ!?」

 

 拳を入れたのは緑谷くんだった。ゲートに向かってたんじゃないの!? バクゴー君に気を取られた隙を狙ったのか!? いや、もっと単純な理由か!?

 バクゴーくんを回収した緑谷くんは、どうやら気絶しているらしくてぐったりしているバクゴー君を抱えて、二人でゲートをくぐった。

 

「すごいなぁ……どんな状況でも勝つことを諦めない。そして、助けにいく。……ヒーローだ」

「じゃあ、そのヒーローたちをお迎えしようじゃないか。あの子らの相手は大変だよ」

「それでも、やり遂げてみせます」

 

 

 

 そのヒーローたちが来る前にこちらに来たのは、最初の条件達成チーム。轟くんと八百万さんだった。言うて傷があるわけでもなく、わざわざここでじゃなくて校舎の方のベッドで休んでもらった方がいいだろう。そうリカバリーガールが伝えている間、どうやら轟くんの興味は俺に向いていたらしい。それも「リカバリーガールの補佐で居ます」って言ったら無くなってしまったけど。八百万さんは俺が口を開くまで存在に気付かなかったみたい。考え事してたのかな? 俺は見てなかったけど、さっきの試験の中で自分で課題を見つけたんだろうな。反省出来る人ってかっこいいや。

 とりあえず二人は相澤先生に連れられて、校舎に向かっていった。合格おめでとう。

 

 

 

「さて、これから問題児二人が運ばれてくるよ。吐移、あんたは緑谷をお願いね」

「俺が、緑谷くんですか? 分かりましたけど、理由を聞いてもいいですか?」

「私の“個性”は相手の体力に依存する。気を失っているだろう爆豪はいいとして、そうじゃない緑谷をさらに疲れさせるのは酷だろう。だからね」

「なるほど、分かりました。彼の方がボロボロそうですし、いい練習相手になってくれそうです」

 

 “個性”の練習もそうだけど、使うときにエロさを感じさせないようにもしないとな。マイク先生に指摘されたときはマジで恥ずかしかったし。よし、頑張ろう。俺の本番はこれからだ。

 

 数分後、オールマイトが疲弊したバクゴー君と緑谷くんを抱えて連れてきた。やっぱりバクゴー君は気を失っている。

 格上すぎる相手に、自分の信念曲げてまで、よく頑張りました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十七話

 オールマイトの手によって、出張保健所のベッドに寝かされたバクゴー君と緑谷くん。どっちもボロボロだなぁ。

 寝かされてようやく、緑谷くんは俺に気付いたらしい。

 

「君……」

「C組の吐移。喧嘩の時ぶりだね。今日はリカバリーガールのお手伝い兼、俺の“個性”練習だよ」

「あんたの処置はこの吐移に任せてるからね」

「そういうことで、よろしく!」

「うん、お願いします」

 

 彼をうつ伏せに転がして、腰を持ち上げるようにして寝かせる。よし、始めよう。

 

「これから始めるけど、一つ謝っとくよ。俺の“個性”はリカバリーガールと大差なく、『口を近づけて吸う』ことで発動する。謝ったから、もう文句言わないでね」

「わ、分かったよ」

 

 なんか嫌そう。緑谷くんってよく怪我するらしいし、よくリカバリーガールのお世話になっているんだろう。ははっ、顔を近づけてくるのがおばあちゃんと同級生男子って、確かに嫌だろうね! 俺だって嫌だ!

 

「態度に出てるよ!」

「すみませんっ!」

 

 嫌なのがバレて怒られちゃった緑谷くんでした。

 

「まずは頭から。影響があると怖いし、ここは念入りに吸い取るよ」

「はい」

 

 上にしている左側頭部辺りに口を寄せて、「受け取りたい」と思いながらその部分を吸う。それをすぐに吐き出すと、体の中にキューブが出来た感覚がして、“個性”が上手くいったと自覚する。もう一度吸って吐けば、新しいキューブが出来た感じはしなかったから、頭の方はもう大丈夫なんだろう。

 

「フゥ……。次は背中と腰。ここからは、自己治癒能力に任せる為に少しダメージを残すからね」

「あ、はい……」

 

 ここからが本番だ。調節を頑張れ。

 ケガの大きさと吸う息の量は関係ない。どれだけ傷が深くても俺が100の量を吸えば一発で治るんだ。範囲は小さいし、怖いから何度も吸って確認はするけれど。100%の量を吸うか、50%の量を吸うかで治る傷の程度が変わるっていう仕組みなんだよね。傍から見れば、何度も吸ってるから傷の深さも関係してるって勘違いされそうだけど。

 今やりたいのは、70~80%の力で吸っていくこと。背中・腰・腕・手・足。後で痛みがあるかどうか聞かないとな。“触ると痛いけど、慣れれば別に”程度にまでにしたい。しかし緑谷くん、もぞもぞ動くのは止めてほしい。また恥ずかしくなるから。

 

「なんだか、エロいね!」

「オールマイト!?」

「人が気にしてることを!!」

「あ、気にしてたんだ。ごめん」

 

 いきなりなんだよオールマイト! 黙ってたんだから、最後まで黙ってて欲しかったなぁ!

 ガルルッと心を獣にして唸っていると、失言だったかと焦るオールマイトがHAHAHAと笑いを零しながら頬を掻いていた。お茶目そうに振舞ったって、誤魔化されないぞ。

 

「いやぁ、もっと全体的に効果が出せるといいね! 例えば意識を全体にするとか。回数も減らせるし!」

「確かに……。ご教示ありがとうございます。他にありますか?」

「う~ん、セクシーさを下げる為に、吐くときは“ペッ!”ってしてもいいかもね。今の吐き方だと、アンニュイな横顔がセクシーに見えちゃう人もいるかもしれない!」

「なるほど……緑谷くん、他に痛むところは?」

「え? え~っと、肩と、ほっぺた、かな」

「わかった!」

 

 教師になりたてとはいえ、現役プロヒーロー。そのアドバイスは参考に出来ると思って、早速緑谷くんを実験体にしてやってみる。にしてもアンニュイな横顔って、この女顔寄りのヴィラン顔がセクシーに見えたら、それはそれでなんか……。まあいいか!

 緑谷くんの右肩に口を寄せて、吸って、ペッて吐いた。なるべく力強く。これでどこを吸ってもエロくなくなるはずだ! 足先でも大丈夫だろうね! 

 ほっぺの方も吸って、ペッと吐く。緑谷くんももぞもぞしないから、これ大正解だね!

 

「オールマイト! 確かにこの方法なら、エロくないかもしれません!」

「うん! 私から見ても大丈夫だった!」

 

 オールマイトが親指立てて喜んでくれるから、俺も親指を立てて喜び返す。きっと緑谷くんもって思って見たら、なんか悲しそうな顔してた。

 

「吐移くん……それ、少し、傷ついた……」

「なん……だ、と……!? 傷を治すはずがっ!?」

 

 思わず膝から崩れ落ちる。でも仕方ないだろう!? 俺の目指すヒーロー像は、“傷を治し、広げない”ヒーローだ。なら今のは、俺の目標と相反するものになってしまう! あー確かに、女の子は嫌がるかも。……いや、俺が“個性”を使う時点で嫌がられそうだけど。

 失敗は成功の基。これも糧にしていきましょう。

 

 リカバリーガールに処置を受けたバクゴー君はまだ気を失ったまま。彼はオールマイトに抱えられて、校舎に送られていった。

 

「──だとすると、吐移くんの個性はリスクが少ない。素早さで言ったらリカバリーガールに軍配は上がるけれど、その後の消耗を考えると吐移くんの方が負担が少ない。一体どんな仕組みで──」

「緑谷くん、口に出てる」

「ご、ごめん」

「考察よりも、皆の戦い見ようよ。こんな機会、めったにないんだろう?」

 

 緑谷くんって独り言多い人なんだなぁ。俺も一人暮らしするようになって独り言が多くなったけど、あんなにはなりたくないかな。あんまり考えてること、監視してる人にバレたくないし。一層気を付けなきゃ。

 後、俺の“個性”の考察をされたくない。

 

 

 拘束されても黒影によりカフスをかけることに成功した蛙吹・常闇チーム。

 虫へ命令を出し、マイク先生を討った耳郎・口田チーム。

 穴ぼこだらけのステージを何とか逃げた飯田・尾白チーム。

 索敵対決を勝ち取った障子・葉隠チーム。

 吸い込まれそうになりながらも、13号先生にカフスを付けることに成功した麗日・青山チーム。

 そして、“モテたい”をいう気持ちで勝利をもぎ取った峰田・瀬呂チーム。

 

 こんなふうにクリア者が続々と出てくる中、昼ごはん組の動きはよろしくなかった。切島くんたちは相変わらずセメントス先生の壁で詰んでるし、上鳴くんたちは逃げ道塞がれて追い詰められている。クリアしたけど瀬呂くんは寝てる。え、あ、あの……。

 

「タイムアップ!! 期末試験、これにて終了だよ!!」

「バクゴー君以外の、俺の友達……あの……」

「せ、瀬呂くんはクリアしたじゃない!」

「あのチーム、戦ったのは峰田くんが9割じゃん……合格なの?」

「……」

 

 自分で言っといて絶望だ。

 試験終了後、出張保健所に来たのは、耳郎さん、飯田くん、尾白くん、峰田くんと、条件未達成の四人。

 一番最初に来たのは耳郎さん。耳たぶからジャックが生えていて、それが“個性”なんだろう。そんな大切な耳から血が出ていて、痛々しい。俺が居る理由を話したら、彼女はこう言った。

 

「へぇ、あんた“個性”進化したんだ? 私にやってみてよ」

 

 思い切りのいい人だなぁ!?

 

「耳郎さん!? いいの? リカバリーガールより直接的に顔を近づけちゃうんだよ? 俺男だよ? 気持ち悪くない?」

「それが条件なら、しゃーなしっしょ。ほら、耳痛いんだから、頼むよ」

「う、うん」

 

 俺より男らしいなあなた。体に触れないように、正面から左右にそれぞれ、顔を近づけて吸って吐く。ペッっていうよりは丸い息を勢いよく吐き出すイメージで、フッと吐く。ちゃんと課題をこなすことも忘れない。

 

「ん~、少し、違和感……」

「リカバリーガールに言われて、手加減の練習してて。手加減は出来たし、今で完璧に治す?」

「頼むよ! あんたの目的も分かるけど、痛いのは嫌だからさ」

「了解」

 

 もう一度同じようにする。今度は100%の力で吸う。ここでさっきと同じ70%の力でやると、また30%が残ってしまうから。この辺りはめんどくさい“個性”だ。……緑谷くんの視線が気になる。

 芦戸さんを治す時、「出来るなら体育祭の時も治してくれて良かったじゃん!」と言われたが、「その後で分かったんだよ」と苦笑で躱すことしか出来なかった。お詫びに100%の力で治そうか。男子? 男子は絆創膏があるくらいがいいでしょ。戦った勲章だよ。

 

「野郎に唇近づけられるのなんて、ごめんだね!!!」

「あ、そう」

 

 男と老婆を天秤にかけて、老婆をとったくせに、峰田くんは「どっちに転んでも、か……!」とか言って泣いていた。さっきは難易度高めのミッドナイト先生相手にゲートから引き離して、“個性”の頭のぽよぽよで拘束して……かっこよかったのに。リカバリーガールも、「“モテたい”も突き詰めれば、見据えるべき一つの“目標”ね」って評価してたのに。

 切島くんの処置を終えたら、もう怪我人は居ない。休憩に入ろうとしたところで、最後まで居た緑谷くんに声をかけられた。

 

「ねえ、吐移くん」

「何?」

「さっきはどうして、僕の方を処置したの? 君、かっちゃんと仲いいだろう? それなら……」

「ああ……。まぁ、理由は二つ。俺の“個性”は消耗が少ないこと。そして、君の方が重症だった。この二つだよ」

「そっかぁ」

 

 あ、あと、意識ある人じゃないと、傷とか痛いとこあるかどうかも聞けない。それもあってか……。リカバリーガール、やっぱりすごい人だ、彼女は。俺がバクゴー君相手にしてたら、見えるところしか処置出来ないし、不安になって、結局口同士近づけないといけなかったかも知れない。意識のある緑谷くんで良かったー。

 

 緑谷くんがなぜかエロい事考えてたみたいで、峰田くんが過剰に反応した。アンテナって君ねぇ……。タイミング的に対象俺だよって言ったら、いらねー!!って叫んだから、この話は終わらせた。緑谷くんの名誉の為に言うと、考えてなかったらしいよ、エロいこと。知らんけど。

 

 

 

 

 A組で試験があったんだから、当然B組も試験がある。

 先生の人数的に後になった彼ら。どのチームもハラハラがありつつも、バクゴー君と緑谷くんみたいな超問題児チームは無くて、30分が終わってみれば、全チームが条件達成していた。B組の方が優秀なんじゃない?

 

 中には、と言うか、物間くんは瀬呂くんみたいに役立たずになってたけど。相手に触れることで“個性”を真似出来る“個性”は、今回は味方のしかコピー出来ないし、引き離されたら物間くんは“無個性”同然。これは怪しい。でもなるほど。“個性”に頼らない相澤先生みたいな立ち回りが、機転の良さが試されたってことか。これは参考になる。

 

 B組にも怪我人はそれなりにいたので、女子は完璧に治して、男子は絆創膏付きにまで直した。物間くんの相手は自然にリカバリーガールに押し付けた。こいつに“個性”真似されたら、たまったもんじゃないんでね。

 

 帰る時は気をつけなきゃ。黒いキューブの身体に入る容量が90%まで埋まっちまったから。早く家に帰って、保管箱にしまわないと。

 




 本誌を読んでる時だけでは分からなかったことも、二次創作してると「こういうことがあったからあの場面があったんじゃないか、こう思ったんじゃないか」って考えが自然と浮かんできて、楽しくなりますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十八話

 俺も強化された期末演習試験を終えた翌日。昼休み時間に待ち合わせた皆は、そこそこ元気だった。凹んでないのかって思ったけど、それは林間合宿に行けるからだったんだ。切島くん、上鳴くん、瀬呂くんは皆赤点らしい。バクゴー君だけかい、合格者は! まぁ、そんなことは言わないけどさ。

 

「皆良かったね、合宿行けて!」

「合宿先で補習は絶対大変だけどな」

「行けるだけいいっしょ! お土産話、楽しみにしてるよ!」

「おう!」

 

 その後は情報解禁された俺の“個性”の話をした。職場体験で初めて発現したこととか、だから今高級マンションに住んでることとか。そんなこんな話をしていたら時間になった。次の授業は体育だし、着替えの時間を確保したい。早めに出よう。

 

「俺、少し先に帰るねー」

 

 いつも早めに戻るけど今日は特にね。

 

 にしても、昨日は慌てたね。だって保管箱がぶっ壊れたんだもん。間違ってでかい傷のキューブを入れてたらしくて、箱の中身が大変なことになってた。なんとか外側は保ってくれたから家に被害は無いけれど。残ったキューブは体に取り込む必要があって、今の容量は99%。今日の体育が卓球で良かった。他と比べて激しい競技じゃないから。あんまり激しいと、体からポロリしちゃうね。

 

 放課後、バクゴー君が頭に怪我をしたと聞いた。

 どういうことだと切島くんに尋ねたら、「サイコロくらいの大きさの黒い四角を爆破したら、頭から血ィ出して倒れたんだよ。場所は更衣室で、周りに怪しい奴も頭に落ちてきたものもねぇ。となると原因はあの黒い四角。食堂で拾ったらしいんだけどよ……」と話してくれた。

 終始、息が止まるかと思った。だって俺のせいだったから。心配してる顔を作って息をするので、精一杯だった。ずっと胃がキリキリして、痛い。

 

「わざとだったら、許せねぇよな!」

「そうだね!」

 

 わざとじゃないから、許して……。

 

 

 バクゴー君は保健室で寝かされてるって聞いたから、そちらに向かう。気絶するほどの傷。しかも頭。もしかしたら体育祭の時の傷かもしれないな。ロボから部品が落ちたやつ。無防備だと気絶するよな、あのショックは。

 保健室前に着く。気合を入れて、いざ、引き戸を開く。

 

「失礼します……」

 

 中にはリカバリーガールと、カーテンの閉まったベッド。あの中にバクゴー君が寝てるのか。

 

「丁度いいところに。あんた、私が許可出すから“個性”であの子の頭の傷を治してやんな」

「いいんですか!?」

「頭は後遺症が残ったら大変だからね」

「ありがとうございます」

 

 良かった、責任取れる。白いカーテンに手をかけて横に引けば、そこにはベッドに横になるバクゴー君が。コスチューム姿の彼の目は、ガッツリ開いていた。

 

「あ、起きてた」

「目ェ覚めてなかったら、勝手にするつもりだったんか」

「その方が何も言われずに済むと思って。“個性”発動条件的にね」

 

 何気ない会話をすることが、こんなに難しいとは思わなかった。それを誤魔化す為に右手の人差し指を口元に持っていったら、「気色わりぃ」って言われた。よし、誤魔化せたか?

 

 

「さっさと済ませよ」

「はいはい」

 

 じゃあ、責任取らせてもらおう。

 

「目ぇ閉じてて。顔近づけるから」

 

 彼に不快感を覚えさせないように、緊張が伝わらないように、なるべく顔から離れた脳天に。

 包帯が巻かれた彼はとても痛々しかった。早く直さないと。こんなの、バクゴー君らしくないよ。

 

 吸って、吐く。体の中にまた黒いキューブが出来た。いつ溢れてもおかしくない。現に昼休み、溢れてしまったのか。嫌だ。よりにもよって、バクゴー君に……。

 

「はい、おつかれ。全部取れたよ」

 

 顔を離す。バクゴー君は頭に触れて痛くないか確認している。100%の力で吸ったんだ、大丈夫でしょ。

 

「すげぇな」

「でしょ?」

「調子乗んな」

「乗らせてもらいますー!」

 

 だって君が褒めてくれたから。そのきっかけを作った傷も、俺が与えてしまったのだけれど。

 

「治ったなら、包帯取るよ」

 

 リカバリーガールに安静にするように言われたバクゴー君。「明日休みだし丁度良いんじゃない?」って言ったら、「テメェは筋トレ忘れんなよ」って言われた。サボりは許されない。

 

 コスチュームを着替えに行ったバクゴー君。すぐ終わるだろうから待っていよう。聞きづらいけど、聞いてみようか。君の傷の原因を。君に直接。

 着替えて出てきた彼に言う。

 

「バクゴー君」

「あんだよ」

「……やっぱり、なんでもない!」

「ああ゛?」

 

 怖くなった。聞いた方が自然なのは分かっているのに。こんな時も誤魔化すことばかり考えている自分が嫌いだ。

 

「……ごめんね」

「だから、なんだよ」

 

 秘密ばかりで、ごめんなさい。

 

 

 

 その日は徹夜して、保管箱を作り直した。外は木材だけど、中はダンボールで仕切りを作っている保管箱。壊れてもいいようにっていうか、壊れる為に作っているやつで、主に傷が浅いキューブを入れている。

 急いで作らないと。出来ていく側からキューブを詰めていく。一段一段作り上げて、十段で限界か。

 

 その徹夜が原因だったんだろうか。バイト中、品出ししてたら、走り回っていた子供とぶつかってしまった。その子もちょっと悪いけど、ぼーっとしてて避けなかった俺も悪かった。幸い、出してたチョコ菓子の箱は落とさずに済んだけど、尻餅をついた女の子に「大丈夫?」って言って起き上がらせようとしたら、泣いてしまった。確かにこのヴィラン顔は施設でお世話になっていた頃も女の子に不評だったし、アルバイトしてても子供には怖がられる。女性客にも質問されることもない。でもだからって、こんなにギャン泣きされるとは思わないじゃないか。

 

「おかあさーーん!! おかあさぁあん!!」

 

 どうしよう、どうしよう! 泣き止まそうとするたび、女の子の泣く声が大きくなっていく。そうだ、他の店員に、女の人にお願いを! お店全体に迷惑がかかると思ったその時、女性が小走りでやってきた。どうやらこの女の子の母親らしい。彼女は俺に謝りながら女の子を宥め始めた。ありがたい。

 

「うん、痛かったね、立てるかな?」

「お母さーん! 怖いよぉー!」

 

 やっぱり顔か。女の子をこれ以上怖がらせたくなくて顔を背けるけど、母親さんに話しかけられた。

 

「ごめんなさい、この子、“個性事故”に巻き込まれていて……。もしかしたら、あなたにも感染(うつ)ったかも知れないわ」

「……感染(うつ)るんですか?」

「そういうものみたい。“個性”は『本音を言わせる』もの。潜伏期間があるみたいだけど、いつ本音を言い出すかはわからない……。解除の方法もよく分からないの……ごめんなさい」

「……随分、厄介ですね。でもまあ、大丈夫でしょう。こちらこそ、怖がらせてすみませんでした」

 

 女の子のすすり泣く声が聞こえる。姿を見てないのは、俺が手で顔を隠しながら話を聞いていたからだ。

 3時間は潜伏期間だと思うと言われて、バイト中はずっと人に触れないようにして、何とか乗り切った。明日がバイトも学校もない完全オフの日でよかった。

 

 家に帰ってから“個性事故”について考えて、顔が青くなる。あの母親さんは解除出来たらしいけど、なんで解除出来たのか分からないらしい。でもこのままじゃ、俺の本性が駄々漏れになる。逃げようにも、手の中にはGPSが埋め込まれている。不審な動きは出来ない。

 くっそ。

 

「詰んだな」

 

 

 

 

 

 

 思い付いた。

 裁縫セットは、この家にも持ってきていたはずだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十九話

 ニュースで木椰区(きやしく)ショッピングモールにヴィランが出現したっていうのを知った。大混乱にはなったけど、特に被害は無かったみたい。けど、恐ろしいな。

 

 今日は朝ごはんがっつり食べて、元気いっぱい。昼ご飯は“飲むおにぎり”というキャッチコピーの、ゼリー飲料的な商品を持って行こう。あんまりにも人気がないから50%OFFになってて、つい大量買いしたやつだ。基本的にはこの商品、災害の時とかの、非常食扱いのやつなんだけどね。まあ、一回食べたことあるけど、確かに味が強くて違和感があるから、一回食べたらもういいやってはなる。でも買っちゃったからには食べて消費したい。

 

 さあ、マスクをして学校に行こう。このマスクは、縫い付けた口を見せないようにするためのものだ。

 

 今日は月曜日。せっかく周りに皆がいるのに、おしゃべり出来ないのは寂しいな。仕方ないけど。この口も、もって二日。バイト先にはもう休みはムリヤリ貰っているからいいけど、いつまでも治らない風邪なんて怪しまれる。シンソー君達も心配してくれてる。早く晒してもいい秘密、探さないと。

 

「吐移くん、風邪引いちゃったの? 私が看病するから、お家帰ろ!」

 

 記見さんは相変わらず、押しが強いなぁ。いつもはちょっと嬉しくなるんだけど、今はちょっと、困るかな。

 しかし面白いよな。皆、俺が病気するもんだと思ってくれてるんだから。あぁ、そうか。病気も吐けることはバクゴー君にしか話してなかったっけ? ほんと皆、純粋。俺みたいなのにすっかり騙されちゃって。ごめんね。ごめんね。

 

 今日の難関、昼休み。誰にも見つからないようにトイレに駆け込まないといけない。中学校も給食だったから初めてだね。トイレ飯。別に虐められてるわけでもないのに、おかしな話だ。

 息を潜めて、音を立てないように、しかし素早くおかゆみたいな奴でチャージする。入れ物を握り潰して、弁当箱にしまう。よし、栄養補給が出来た。残りの時間はこの“個性事故”について情報が出ていないか調べよう。

 

 めっちゃ重要なことが分かった。情報を順番にまとめていこう。

 “個性”の内容は『本音を垂れ流すようになる』こと。潜伏期間があり、その時間は約6時間から前後3時間くらい。差がありすぎるだろ。その間に接触するとまた感染るって感じ。あの子はもう発現していたから、俺は別の人から貰っていたんだろうか。

 そして、これが重要だ。“個性”解除の方法は、『一つ秘密を人に話すこと』。これが厄介すぎる。話せなくて、俺みたいに口を塞いで生活してる人も多いらしい。大体の人がガムテープみたいだけど。

 

 そろそろ時間か。歯磨き用のガムも包み、ポケットに突っ込んでトイレから出る。ふらつく演技も忘れない。少しきつそうにしていれば、トイレに弁当箱持ち込んでても変に思われないだろうから。

 

 二人より早く戻ったみたいだな。教室に戻ってきたけど、シンソー君と記見さんは戻ってなかった。畳くんが居たから手を挙げて「おかえり」の言葉に応えた。

 少しすればシンソー君達も戻ってきた。シンソー君が「どこに行ってたんだよ。ちゃんと食べたか?」って心配してくれたから、筆談用のノートを開く。あらかじめ用意していた、言い訳文を書いてるページを。

 

『途中で気分が悪くなって、保健室に行った。弁当はそこで食べさせてもらった』

 

 実際に行こうか迷ったけど、相手はプロの看護教員。仮病なんてすぐ見抜かれる。だから行かなかったし、調べられたらOUT。ああ、まずいなぁ。

 

「吐移くーん、今日の笑顔見せてー?」

『ごめんね』

 

 この顔は、見せられない。

 

 

 

 あの後、二人の様子がおかしいことに気がついた。もしかしたら“個性事故”について知っている……? ショッピングモールの事件の方が目立って、この事故のことはあまり報じられていないのに。

 そうか、見つけちゃったか。俺が甘すぎるのか。どうしよう……。気軽に晒せる秘密なんて、持ち合わせていない。

 いっそ、この口を秘密として話すか。そうするか。そうだ、だって、口のことは隠していたかったんだからね。これも秘密になる。放課後、話してみようか。

 

 7時間目の暇な時間を見つけては、筆談用ノートに、『俺、綺麗?』とか書いて、“口裂け男で笑いを取りつつ秘密を晒そうぜ”計画を構築する。バクゴー君に言ったら絶対ブスって言われるから、マスクを勢いよく取って、「だよねー!」って感じのウザい顔をするんだ。ウザくて笑えるし、俺は秘密を簡単に晒せる。なんて合理的なんだ。俺って天才なんじゃない? 放課後が楽しみだな。トレーニング前にやってみようか。クラスの皆は『俺、綺麗?』とか言っても困るだけだし。うん、狙いはやっぱりバクゴー君だ。早く行こう。

 

 帰り支度をしていたら、シンソー君が少し緊張した感じで近づいてきた。

 

「吐移、 爆豪が教室で待ってろって。さっき言ってたの忘れてたわ」

 

 ええ? なんで? 別に先にトレーニングルームで待ってても良くない?

 首を傾げたから、疑問に思っていると通じたんだろう。シンソー君は続けて「演習が長引くかもしれないから待っとけてさ。宿題して待ってようぜ」って説明してくれた。そういうことならいっか! お楽しみがちょっと先に伸びただけさ。

 じゃあ簡単に済みそうな奴からやるか。家庭科がいいかな。クリアファイルをカバンから取り出していたら、「オイ」って呼ばれた。この声はバクゴー君だ! よし、“口裂け男”計画、実行するぞ! 

 

「ヘアバン、こっち来い」

 

 言われなくてもー! あ、ノート机に忘れちゃった。ま、いっか! バクゴー君! 今からキモいポーズするから、「キモい」って正直に答えてくれよ? そしたら、その仏頂面を崩してやるぜ!!

 

 

 

 バクゴー君の右腕が動いて、左頬に衝撃を受けた。顔がバクゴー君から右下に向いている。

 次に気付いたのは、マスクが取られていること。

 

「っ!!?」

 

 まって、まって! 自分で言わなきゃ、この“個性”解除されないじゃないか!

 反射で両手で口を押さえたけれど、今更意味は無いだろう。バクゴー君やその後ろにいる切島くん、上鳴くんだけでなく、まだ教室に残っていた皆にも見えてしまっただろうから。小さな悲鳴や、ざわめきが証拠だ。

 クソがっ、クソがっ! クソがっ!!!

 

「俺相手に秘密を作ろうなんざ、甘ぇんだよ! 晒しやがれ。全部な!」

 

 力が抜けて、床に膝をつく。立てない。皆の顔が見られない。

 文句を垂れてもしょうがねぇ。考えろ、考えろ、考えろ! 晒してもいい秘密を考えるんだ! じゃなきゃ。じゃなきゃ……!!

 

 キューブがバレちまう!!!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十話

 どうする。

 バクゴー君は抜かりの無い人間だぞ。出会って早々マスクを剥ぎ取ってきたってことは、“個性事故”のことを知ってたか。

 シンソー君達もグルだ。いや、違う。この場に俺の味方なんて、いない。

 

「お前、本音しか言えない“個性”事故に巻き込まれたらしいなぁ? いい機会だ。テメェから色々聞き出してやるよ」

 

 そんな言葉が降りかかってくる。俺はこんな危ない奴を利用しようとしてたのか。甘い奴だよ、俺は。怖くて怖くて、涙が出る。下手すりゃここで、人生詰む。

 

「まぁまずは、喋らす口を作んねぇとな。誰かハサミよこせ」

 

 口を開かされたら本音しか言えないから、言える秘密がバクゴー君に誘導されるがままになっちまう。今更色々考えたって、意味は無いのかもしれない。

 

「……吐移くんを泣かせたあんたにはさせない。私にやらせて」

「誰がやろうと一緒だ。さっさとしやがれ」

「命令しないで!」

 

 ハサミを取り出したのは記見さんか。彼女は、膝をついて小さくなっている俺の肩を抱いて、支えてくれた。

 

「ごめんね吐移くん……。爆豪もあんな言い方したけど、私たちと同じで、吐移くんがずっと喋らないのが、笑顔になれないのが嫌なだけなの」

「オイ、俺は別に……」

「この“個性”を解くには、『秘密を晒け出すこと』が必要なの。お願い、どんなに小さくてもいい。喋ってくれない?」

 

 自分で選んで、いいのか。ならまだ勝機があるのか。それならこの口は自分で開かせてもらおう。

 記見さんからハサミを受け取る。他人にさせるのはさすがに抵抗があるからね。雨恋さんから手鏡も受け取って、自分の死んだ顔を見ながら唇を縫い付けていた糸を切った。切った糸はどこかにバラバラになることもなく、唇に貫通したままそこにいる。これ、喋りにくいだろうなぁ。だからって口は止まってくれないだろうけど。

 口の端の、最後の糸を切る。これで、喋ることが出来る。本音を晒してしまう。本音って、どこまでのことを言うんだろう。心の声全てか? 何か言おうとして口を開いたら、なのか? どうかせめて後者であってくれ。心の声なんて、まとまりは無いしね。

 

「終わったな。さあ白状しやがれ!」

「どうしてそんなに急かすの! 吐移くんには吐移くんのペースが──!」

「いいよ、記見さん。話すから」

 

 ハサミと鏡を記見さんに押し付ける。見下ろされるのは嫌だ。体に力は入らないけれど、そんな反発心でどうにか立ち上がる。バクゴー君は余裕そうに悪人面で、「何から晒してもらおうか」とか言っている。思わず溜め息が出る。

 

「俺よりよっぽどヴィラン顔だね、バクゴー君」

「ああ゛?」

「俺が受けた“個性”は本音を晒すものであって、秘密を晒すもんではないんだけどなあ。……話さなきゃならないなら、そうだな……俺があいつらに殺意を持ってるって事ぐらいか」

「殺意?」

「当然、中学まで俺を虐めていた奴らのことだよ」

 

 しっかりと口を閉じる。にしても、流れで言った割には最適解じゃないか? 「憎しみを持っている」と言ったことはあっても、“殺意”を持っていると話したことはないはずだ。それも、方法までは、絶対に。

 ふらついていた体は、シンソー君に支えられた。

 

「ありがとう、シンソー君」

「どうやって殺すつもりだ。ヴィランになりたくないお前が」

「運任せだよ。いつかヒーローになって、災害現場で被災したあいつらを、見殺しにする。それだけだよ」

「本当か?」

「“本音しか言えない個性”になってんだから、疑ってんじゃねーよ」

「口が悪ぃな。それが本音かよ」

「ハッ! 君のが移っちゃったかもね」

「キメェ」

「俺は嬉しいなあ!」

 

 ぐらぐら、ぐらぐら。感情の振れ幅が大きい。

 いつ解けてくれるんだ、この“個性”。口を開けば本音っていうのは、苦しい。人はいくらでも矛盾を抱えてる。考え方を統一していない。だから、一度にいろんなことに出会うと、いろんな感情と本音が動いて、脳も体も、心もついてこれない。はあ、疲れる。シンソー君に寄りかからせてもらう。

 

「えっ? どうして、シンソー君」

 

 そのシンソー君に、羽交い締めにされる。

 

「や、やめろよ、何すんだっ」

「ごめんな、吐移」

「二人まで!」

 

 バクゴー君の後ろに居た切島くん、上鳴くんも俺のことを押さえつけてきた。ふざけんなよ、何なんだよ、俺が何した。どうして、どうして……? あの秘密だって、普通ならなかなかの衝撃だろうがよォ! それで満足しろよ!!

 

「まだ話は終わらねぇぞ、ヘアバン」

 

 ああ、そうだな君は。有言実行する男だもんなぁ、君は! 全部吐かせる気だ!

 そんなバクゴー君がズボンのポケットからおもむろに何かを取り出した。摘んで見せてきたそれは、“黒いキューブ”だった。

 

「!!?」

 

 息を思いっきり、変な音を出しながら吸い込んでしまったきり、吐き出せなかった。遠目で少し分かりづらいけれど、そいつは俺の“個性”の、墓場まで持っていくつもりだった部分だ。それが、バクゴー君の手の中にある。

 バクゴー君が悪人面を更にそれらしくする。

 

「やっぱ、テメェのだよなぁ?」

「ど、どうしてそれを……!?」

「テメェが自分で落としたんだろうが」

「二つ、も……俺っ!!」

「さあ、話に追いついてねー奴らの為に、テメェの口から説明しやがれ」

「そんな……っ! 嫌だ! これだけは、嫌だよ!!」

「言わねぇなら、また握り潰すだけだ」

「ヒッ!!!」

 

 そんなの、止めてくれよ! 何なんだ、脅迫者が人質ってなんだよ!! 

 息はしてるはずなのに、酸素が身体を回らない。ますます力が体から抜けていく。息がしたくて吸うのに、口内で止まって、そのまま吐き出される。体が熱くなって、冷や汗で冷えて、暑いのか寒いのか、頭の中もぐるぐるして、分からなくなる。

 気持ちが悪い。

 

「さあ言えよ。俺が三つ数える間に」

「いっ、嫌だ……!」

「さーん」

「!」

 

 嫌だ、嫌だ、人生詰みたくない。

 

「にーい」

「や、やめ……」

 

 バクゴー君の握る手の中に、黒いキューブが隠された。力を入れないで、お願い!!

 

「いー「わかったからぁ!!!」

 

 俺に君を殺させないでくれぇ!!!

 

「分かったから……言うから……! だから、お願い……」

「……なら言えよ。てめェの隠してる“個性”を」

 

 バレていた。いつ分かったんだよ、そのキューブが、俺のだって。俺から溢れたのが見えたのか。

 よりにもよって、君の前に落とすなんて。理不尽は俺にいつも付いて回る。

 

 

 

 息が落ち着くのを、泣き止むのを、説明する言葉を整えるのを待ってもらった後、俺はようやく口を開くことが出来た。

 

「その黒いキューブが“個性”として現れたのは、小2の頃だった。

 最初からだとは思う。でもその黒いキューブが出るのはある程度大きな怪我からだったから、虐めが酷くなった小学2年生の頃に気付いた。そいつは俺の中にしまいこむことが出来て、俺が取り出したいと思えば、どこからでも取り出せる。キューブは壊すことで、いつか俺の受けた傷を出現させられる。

 ……説明忘れてた。俺の“個性”は、“息をするように自己回復、他者の傷を吸収出来る”んじゃなくて、“自己・他者の傷を自分の息を通じて黒いキューブに変換する”個性だ。そのキューブは俺の意思ひとつで破壊することが出来る。つまり、攻撃手段だ」

 

 もはやヤケクソに近かった。そんな俺の説明で上鳴くんに疑問が生まれたらしく、「じゃあなんで入試とか体育祭でそれ使わなかったんだ? めっちゃ強ぇじゃん」って言われた。「そういうわけにはいかない事情があるの」と言おうとして、「バカだなぁ」と口から出て行った。まだ“個性”の影響残ってやがる。俺に馬鹿にされた上鳴くんは泣きそうに「えっ」と声を漏らした。

 

「あ、ああ、そうか。皆は知らないか。ごめん」

「い、いや。でも、何が?」

「俺、雄英から要注意人物として認識されてんの」

「な、なんで!?」

「俺の親がヴィランで、俺自身が度の過ぎた虐めを受けて、復讐心を持っていたのがバレてたからだろうね。一応奴らは少年院にぶち込んであるけど、いつか出てくる。その時が来たら、俺は運次第で見殺しにしようと思ってる。でも学校側は、もう少し深刻に考えてるんでしょ。それを入試の筆記の時、先生達の視線で感じ取った俺は、実技試験で黒いキューブを使うことを止めた。今まで誰にも見せたことはなかったから、雄英にもバレてないはずだった。ヒーロー科に落ちても、どうにか普通科に入学して、それから編入すれば良いと考えた。肉弾戦で強くなればヒーローになれるって、俺は自分を信じていたから!」

 

 地元の、味方してくれる人たちが皆、“あなたはヒーロー向きではないよ”と他の道を勧めてきた中、“個性”進化後とはいえ、だ。

 ケンさんが『お前は、ヒーローになった方がいいな!』と言ってくれた。

 ガイコツみたいな見た目の先生が、『君は、ヒーローになれる』と、認めてくれた。

 ここにいる皆が、俺がヒーローになることを応援してくれている。

 逆境の中で、俺は追い風を作ってきたし、皆がなってくれたんだよ!!

 

「だから!!」

 

 声が震えた。

 

「バレたくなかった……! 体育祭で使ったことも後悔している。あのタイミングしか、視界が悪いあのタイミングしか、カメラを誤魔化せないと思ったのに……。思っていたより、あのロボ、足元が弱くてびっくりしたよ。常闇くんにも怪しまれたし。……他人の傷も回復出来ると分かって、よりヒーローになる上で強みになる“個性”と分かったから、この黒いキューブは封印しようと思ってたのに……!」

「吐移くん……」

 

 口が止まらない。悔しかった。悲しかった。苦しかった。

 

「なんか分かんないけどキューブが俺から出て来ちゃうし、それで大好きな人が傷ついちゃうし、俺のこんなのよりずっと酷い“個性”事故だよ! ごめんなさいっ! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」

 

 この“個性”が皆にバレたら、誰かが大きめの怪我をするたびに俺が疑われる。自分の株を上げる為にキューブを使ったんだと言われてしまう。誰も俺を信じてくれなくなる。ああ゛っ、バクゴー君に怪我をさせた時点で、いくら事故だろうと、“個性”を使った時点で俺は、俺はっ!!

 

 ヴィランだ!!!

 

「吐移くん!」

 

 大きな声で呼びかけられて、気がついた。記見さんが目の前にいて、彼女は俺の顔を両手で包む。あったかくて、柔らかい。女の子の手って、こんなに優しいんだ……。

 

 大丈夫だよ。

 

 そんなこと誰も言ってないのに、聞こえた気がした。

 

 落ち着いた俺の目の辺りに、ハンカチがあてがわれる。気付かなかった。また、泣いてた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十一話

 記見さんのあったかさに気持ちが落ち着いていったら、拘束が解けて、またシンソー君に支えられていた。バクゴー君も俺の答えにようやく満足してくれたらしい。彼の右手の握り具合が、気持ち緩んでいた。

 

「……てめぇの“個性”事故で負った傷は、てめぇの“個性”で治った。だから、それについては気にすんな」

「バクゴー君……」

「このキューブはつまり、てめぇの過去の傷ってことか」

「……うん」

「そうか」

 

 なんか皆の空気が重い。クラスの皆も、バクゴー君のこの前の怪我が俺の“個性”によるものだと察しただろう。でもね皆、俺、こんな空気だから口に出さないけど、小・中学校の虐めで服で隠れる場所以外の場所はあまり傷つけられてないから、頭のあれは絶対、雄英に来てからの傷よ。多分体育祭の時のだし。もしかしたら職場体験の事故現場で吸収したものなのかもしれないけど、あの時は殆ど傷のこと覚えてないから、それかどうか確かじゃない。

 

 バクゴー君が近寄ってきた。その手の中にある傷は、なんだろう。俺から出て行った黒いキューブの中身は分からなくなるから、それが擦り傷なのか、はたまた六発のやつなのか、分からないのが恐ろしい。いや、六発のやつは一発一発回復したから単純な刺し傷でしかないんだけど。でも重いか。だから、間違っても握り潰さないでくれよ。もう脆くなっているはずだから。

 

「こいつを使わない、隠した理由は何だ」

「あらぬ疑いをかけられて、小・中学校の間にヴィラン扱いされたくなかったから。それに、ずっと隠し通してきて、今更言ったら更に警戒される。ただでさえ悪い意味で注目されてんのに、普通科も落ちる可能性があった。それに、もう使うつもりもなかった。だから、隠してた」

「なるほどな」

 

 あのクズ共をギャフンと言わせたくて、ヒーロー科、それの最高峰の学び舎である雄英に来たのは、良かったのか、悪かったのか、ずっと分からなかったけど……言うて今も分からないけれど、全部吐き出せて気分がいいから、良かったってことにしとこうかなって思う。

 

 バクゴー君からキューブを返してもらう。左手に乗ったそれはでも、俺の中に吸収されないし、そもそも崩れてない。は? おかしいじゃん、なんだ、これ。

 

「ま、そいつはただのサイコロを細工したもんだがな」

「だ、騙したのかよ! こっちは本音しか言えねぇってのに!」

「なんか関係あんのか?」

 

 人が悪すぎるよバクゴー君! 俺がどれだけ心臓痛めたか分かるっ!? めっちゃ寿命縮んだからね!? もう嫌だ! 

 文句を言おうとしたら、バクゴー君が「それに」と言った。なに?

 

「果たして雄英が本当に、お前のその“個性”を把握してなかったとは、言えねえけどな」

「え?」

 

 まさか、あの家まじで、盗聴器毎日仕込み直してんのか!? そうじゃなかったらどこでバレた!? プライベートは守るんじゃなかったのかよ、校長!!

 バクゴー君が左に体を寄せて、後ろを示した。それは俺にとっては正面。気が付かなかった。教室のでかいドアのところに、プレゼント・マイク先生が立っていた。俺、こんな目立つ先生に気が付かなかったって、どんだけ視野が狭まってたの??

 

「せ、先生……」

「HEY! 俺だぜ! さぁて吐移! どうやらお前は“個性”の攻撃性を隠してたつもりみたいだが、雄英は把握してたぜ!」

「……え?」

 

 本当に、バクゴー君の言う通り、なのか!? くそっ、いくら一番になりたかったからって、キューブ使うんじゃなかった! 追い詰められて、思考と体がふらついた。

 

「い、いつ、知って……!?」

「お前さんは法律を守る良い国民だな。役所への“個性”届は正直に届けていただろ? 再届けの時も。だから雄英は把握してたし、それを使う様子が無いことが、何か企んでいるんじゃないかと、お前を要注意人物に引き上げていたんだよ」

「そ、そんなぁ……」

「と、吐移!」

 

 国はやっぱり、弱者に優しくない。“個性守秘制度”を使ったはずなのに、こうして、ヒーローには情報を漏らしてしまう。俺はヴィランじゃないっていうのに! 正直者がバカを見る世の中だ!

 

「怖くって、そこは正直に言ってたら……意味無かったのかよぉ!」

「杞憂だったな!」

 

 何が杞憂だよ! むしろ世界に絶望だわ!! ここで俺がバクゴー君に吐かせられてなかったら、俺はさらに強くなった警備の目をすり抜けることにどれだけ力を入れなきゃいけなかったことか!! HAHAHAって笑ってんじゃないよマイク先生!!

 でも騙してたのは俺だから、怒ることも出来ない。俺が悪かったんだろって言われちまう。くっそ、お腹が痛い!

 マイク先生が膝をついて蹲る俺の前にしゃがみこんだ。

 

「お前の孤独な戦いはほとんど意味はなかったわけだが、その縛りプレイのおかげで得たものだって、あるだろ?」

「……ここにいる、皆、ですかね……」

 

 本性を隠す為に被った皮で得た、素敵な人達。もはやこの皮は癒着して、彼らの前だと自然に被るどころか、それしか出てこない。心配してくれる彼らの視線が嬉しくて、自然とはにかんでいた。

 

「それに、隠そうとしたから、俺は人にこの“個性”をぶつけずに済んでいた。……人権を得た」

「それは生まれた時からだな! まぁ、何はともあれ秘密はなくなった! これからは大手を振って歩いてけ!」

 

 ……そっか、そうだよな。俺、全部出したんだよな。もう、何にも怯えなくていいのか。……絶望してたはずの世界が、明るく見え始めた。

 マイク先生が肩を叩いて励ましてくれたから、俺は練習の成果を見せて、返事した。

 

「はい!」

 

 きっと、笑えているはずだ。

 

 立ち上がった俺に今まで静観していたクラスの皆が集まってきて、暖かい声をかけてくれた。

 

「良かったな!」

「お前すごいやつだったんだな!」

「これからもっと活躍出来るじゃん!」

 

 どれも嬉しい言葉ばかり。本当の俺は口が悪かったり、人を馬鹿にするような人だっていうのに、笑顔が下手なことも「上手になっていこうな」って見守ってくれて……。こんなに優しく受け入れてくれる人々に囲まれて、俺は幸せ者だ。

 

 

 

「あ! 俺が来た理由をすっかり忘れてたぜ! 吐移、心操、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」

「え?」

「俺も、ですか?」

 

 マイク先生がC組、普通科にわざわざ来たのは、俺とシンソー君を呼ぶ為だったのか。確かに、あの騒ぎの為に来たっていうのはちょっと狙いすぎてたから、俺の精神衛生上いいことかな。

 あと、“個性”だいぶ抜けてきたみたいだ。よかった。本音で話してるのに精神に悪いって、本当に変な話だよなぁ。

 俺がボーッとしちゃった間にマイク先生がバクゴー君たちに「今日はお前らの番だけど、ごめんな」って言って、許可をもらっていた。

 

「じゃあ、行くか!」

「あ、はい」

「話すぐ終わります?」

「鞄は置いてけ!」

 

 俺たちはクラスメイトとバクゴー君たち、そして鞄を置いてマイク先生に連れられていった。

 

「あ、その前に俺、口の糸取りに行っていいですか?」

 

 ちょっと、このままであまり歩きたくはないかな。

 

 

 

 ついて行った先は、ヒーロー科の職員室。またここに来ることになるとは、ね。

 

「来たか」

 

 案内されたのは相澤先生のところだった。俺たちに用があるのは、この人の方なの?

 

「相澤先生、話ってなんですか?」

「単刀直入に聞く。お前ら、ヒーロー科編入に興味はあるか?」

「!」

 

 シンソー君と顔を見合わせる。彼も非常に驚いた顔をしていた。でもそれも一瞬で、覚悟を決めた男のそれに引き締まった。俺はゴクリと喉を鳴らして、再び相澤先生に視線を移した。なんの打ち合わせもしてないけど、きっとシンソー君も同じ答えだろう。

 

「「あります!」」

 

 俺たちは同時に答えていた。それを聞いた相澤先生は心なしか、無気力から優しい顔になった気がした。

 

「なら、お前らにチャンスをやる。俺の言う事をクリア出来れば……編入が可能になるかもな」

 

 心がざわつく。目標に近づけるチャンスがやってきたから。これを逃してはいけない!!

 何よりも、だ。ヒーローがそう誘ってくれるってことは……俺の監視は確実に緩んでいる証拠だと言えるんじゃないのか!? 俺は、警戒じゃなくて……期待されているんじゃないのか!

 

「その、課題ってなんですか?」

 

 シンソー君が尋ねる。相澤先生はそのままの顔で返してくれた。

 

「ヒーロー科の生徒より、強くなることだ。お前たち普通科の生徒は当然だが弱い。経験が無いからな。ただえさえ出遅れているお前ら二人が編入するには、ヒーロー科に追いつくことが前提条件になる」

 

 息を呑む俺たちに、相澤先生は構わず問う。

 

「相当きついだろう。それでも、やるか?」

 

 俺たちの答えは変わらない。

 

「「やります!!」」

 

 俺の見る世界は今、希望に溢れてる!!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十二話

「ドクター。あの素体はちゃんと脳無になったかな?」

「素体? ああ、あのガキ共か。出来てはおるが、中級(ミドル)の中でも下でしかないだろうな」

 

 僕が言っている脳無は、『ビニール』の“個性”と『足固め』の“個性”を持った素体に『粘着』と『高圧放水』の“個性”をそれぞれ与えたものだ。どちらの素体も負荷に耐えられず、物言わぬ人形のように、僕たちの命令を忠実に遂行してくれる存在になってくれた。ただ確かに、この“個性”たちでは弱いね。戦力にするなら増強型の“個性”を足した方が良かったんだろうけど、所詮これは見世物。彼を僕らの仲間に、弔の仲間にする為の贈り物でしかないからね。実用性は無くても構わない。

 

「そんなに力を入れる必要があるとも思えんがね、先生。何も回復系の“個性”を“人間として仲間”にしたいからって、ここまで」

「する価値はあるさ。今は忘れてしまっているのかもしれないが、彼はいずれ思い出す。自分の“原点(オリジン)”を。僕はそれをサポートしたい。だからここまでするさ」

「吐移 正、ねえ。こやつ自体は確かに有用な“個性”だ。先生に効果があるか、と言われたら、そうでもないが」

「僕のことはいいんだよ」

 

 僕直々に勧誘したいのは、雄英に在籍する生徒、吐移 正。雄英体育祭の時から少し興味はあったけど、何やら雄英側から保護されているらしいと知ってからは興味が加速してね。ちょっと調べてみたら、面白いことが分かったんだよ。

 彼のヒーローを目指す目的が、自分をヴィランだと言って迫害した人間たちへの復讐だっていうじゃないか! 彼が目論む方法は分からないけれど、復讐ならこちら側の方が容易くなると吹き込んで、何とかスパイとして味方にしたい人材だ。

 彼に手を汚させず復讐を果たす代わりに、情報をこちらへ流してもらう。時期が来たら、こちらに完全に寝返ってもらいたいね。

 

「雄英の屋台骨、リカバリーガールも真っ青だろう。自分の傷の即時回復に留まらず、他人の傷の吸収なんて。怪我したコマをすぐ戦場に送れる“個性”。精神の歪み云々除いて、純粋に欲しい“個性”じゃな」

「脳無にするには勿体無い。だから勧誘なんだ。応えてくれないなら、勿体無いけど、脳無の素体とすればいいさ」

 

 僕が貰ってもいいかもね。

 

「迎えに行くのは、夏休み初日にしようか。長い休みの初日って、気を引き締めるだろう? そこを掻っ攫ってみたくないかい? ねえ、黒霧」

 

 小さいサイズのテレビ画面に向かって話しかける。画面に写っているのは、薄暗い照明で照らされたバー。そのカウンターに立ち、グラスを拭いているのは、バーテンダーの格好をした黒いもや。彼が黒霧。黒いモヤのようなゲートを使用した座標移動が彼の“個性”だ。とても優れた“個性”な上に、思慮深い男でね。彼には弔のお目付け役のような立場になってもらっている。

 その彼も支える弔は今、自分で仲間を集め、さらに新しく勧誘しようと動いている。僕に意見を求めることはあっても、考え、決断し、動くのは全て弔の意志なんだ。その成長が嬉しい! だから僕は弔にプレゼントしたいんだ。弔は以前、ヒーロー殺しに傷つけられた時、「回復キャラがいないんだよ」と言っていたからね。僕からの餞別さ。まだあげれるか分からないけどね。

 

『……その少年を私に、回収しにいけと。そういうことですか』

「そう。丁重に迎えに行ってくれ。頼んだよ。住所は今から言うところだ」

 

 雄英の信頼はこれで更に揺らぎ、我々の未来は弔の望む姿へ近づくことになるだろう。

 弔、君はもっと成長出来る。その成長を助けられるものを、僕は出来る限り用意しよう。

 

 

 

 運命の日。僕はとある廃工場の中に立っていた。ここはいらない脳無たちを囮として置いてある廃工場。吐移くんへの脳無展示場として丁度いいはずだ。

 しかし驚いたね。まさか、彼の“個性”に攻撃性があったなんて。朗報さ。ますます彼への勧誘に力を入れなくてはね。受け入れてくれなくても、光側に返してあげることは出来ないけれど。

 

 彼への贈り物の脳無を見る。二つとも貧弱だ。戦力には到底足りないな。でもそれでも大丈夫だね、きっと。彼の復讐の一つの形を、提示するだけなのだから。

 

 そしてやってきた吐移 正。黒いワープゲートから出てきた彼は、薄暗い廃工場を見渡して、すぐに保存液漬けの脳無を見つけては、驚いた顔を見せた。

 

「人が、ホルマリン漬け……!?」

 

 脳無に興味を持ってくれたのは、いい事だ。

 

「ようこそ、吐移 正」

「!!」

 

 声をかけてみれば、漸く僕に気が付いた様子だった。彼は後退りすると、拳を構える。へえ、構えられるのか。僕のプレッシャーもだいぶ弱くなってしまっているのかな。あいつと戦う時はもう少し雰囲気を作らないとな。

 それよりも今は、彼の勧誘だ。

 

「そんなに構えなくてもいいじゃないか。これから君は弔の仲間になる。その前に見せたいものがあるから、ここに呼んだんだ」

 

 そう言って僕は、彼の為に用意した脳無を指さした。

 

「そいつらは、かつて君を貶め、暴力を振るった人間だ」

「!!?」

 

 驚いてはくれたけど、まあ、すぐに信じてはくれないだろう。その証拠に、僕を睨み付けてきたしね。勇気があるね。

 

「嘘つくんじゃねェ。似ても似つかねえぞ」

「信じてもらえないと思っていたから、証拠を用意しているんだ。それを見てくれ」

 

 良かった良かった。やっぱり準備は大切だね。彼は証拠のビデオカメラに釘付けになってくれている。

 

「僕の“個性”は、他者から“個性”を『奪い』、そしてソレを他者に『与える』ことの出来る“個性”でね。四人のうち、弱そうな二人からは“個性”をもらって、後は二人に分けたのさ。まあ、二人とも負荷に耐えられなかったけどね」

 

 彼は僕らを警戒しているんだろう、僕らをチラチラ見てきている。が、映像がやはり気になるんだろうな。

 素体は彼の憎む相手。お気に召したかな?

 

「弱くても使えはする“個性”たちだったからね。脳無にはしたよ。ここはヒーローたちをおびき出す脳無格納庫であり、君への脳無展示場さ」

「……これを見せて、どうしたいんだ」

「分からないかい? 君の復讐は僕たちが代わりに果たした。でも、まだ足りないだろう? 君は、自分の思いを否定するヒーロー側より、受け入れ、実行する僕たち側にいる方が、のびのび出来るはずだ」

「……」

 

 君はその激情を隠して生きることを強いられてきたんだろう? 本来の自分を殺して、“個性”すら殺して、良い面を被って生きてきたんだろう? とても生きづらかったんじゃないかい、吐移 正。

 

「遅れたね。僕は、オール・フォー・ワン」

 

 本来の君は傷を奪うだけでなく、与えることも出来る。僕と少しだけ似ているね。それをさせてこなかった、許してこなかった世界より、ずっとこっち側の方が生きやすいさ。

 

「僕たちは君の復讐心を受け入れる。続けようじゃないか。ヴィラン側(こちら)へおいで、吐移 正」

 

 吐移くんは僕を険しい顔で見たかと思えば、すぐに人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。そうか、ダメだったか。

 

「行くわけないだろ、ボケカス」

「へぇ……」

「俺の復讐心を受け入れるぅ? 見えてんだよ、テメェらが欲しいのは、俺の“個性”だろ。サンドバッグに丁度いいもんなぁ。盾にするにもいいもんなぁ、この“個性”。──誰かヴィランにやるか、ボケ」

 

 なるほど、君は自分の“原点(オリジン)”を忘れた、いや、捨ててしまったのか。初志貫徹は大事だよ? ああ、勿体無い。

 

「どうして雄英が俺を野放しにしてたか、分からねェか? 俺に復讐が無理だと分かってたからだ。元々方法も運任せで、犯罪者になることをすごく恐れていた俺の個性が“他人の傷まで吸収出来る”モンだと判明しちまった。そんな“個性”じゃ、見殺しにすることが不自然過ぎて不可能になった。だから雄英は俺を自由にしてたんだよ。そこまで考えて、俺の代わりにしてくれたって言いてぇなら、お門違いだ。俺は、幸せになりたいんだからな」

「へぇ、幸せに」

 

 犯罪者になることを、ヴィランになることを極端に嫌っていたのか。じゃあその方面での勧誘は止めよう。まだ手はあるさ。

 

「吐移 正。君の復讐に燃えていた心を鎮めたのは、爆豪勝己くん、だね?」

「それが、どうした」

「その彼も弔の仲間になる、と言ったら、考えを改めてくれるのかな?」

「…………は?」

 

 これなら食いついてくれるだろう? そちらの方も調べがついているよ。彼が関係しているなら、君も下手な動きは出来ないだろう?

 

「言っただろ。俺はヴィランにならねえってよォ」

 

 おっと、意外と強情だ。

 

「バクゴー君がヴィランになるわけない。だって、彼の目標は“オールマイト”。絶対的な勝利。トップヒーローを目指すバクゴー君が、お前らみたいに暗躍したがるヴィランになるわけない!」

「果たして、そうかな」

 

 自分の状況が分かっていないはずじゃないのに、よく余裕そうな態度が取れる。何か策でもあるのかな。

 

「俺を人質にしたかったのなら、残念。叶わないよ」

「助けは来ないよ」

「分からないぜ?」

 

 何のハッタリだろう。この辺りはヒーローが少ない。更に言えば、既に異変に気が付いているであろう雄英のヒーロー共が直ぐに駆けつけられる距離じゃない。

 

「俺はなぁ、自分の幸せの為に、回りくどい復讐方法を考えてたんだ。犯罪者にならない為に」

 

 語るのは時間稼ぎのため?

 

「バクゴー君のおかげで、雄英の皆のおかげで、俺は未来に目を向けることが出来るようになったんだ」

 

 目が泳いでいる。どうやら恐怖しているようではあるが……。一応警戒しよう。

 

「それは、いい話だね」

「そうだろ? だから、俺はヴィランにならねぇ!!」

 

 良い威勢だね。前には僕、後ろには黒霧が君を包囲している。君にはここから出る算段があるっていうのかい?

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね」

 

 今、僕の目の前には血まみれになって倒れた吐移 正がいる。僕らは指一本触れていない。そうか。彼の“個性”の攻撃的な一面は、自分にも効果があったんだね。

 黒霧が彼の息を確認するが、どうやら無いらしい。死んでもいいほど嫌だったなんてね。予想外だったよ。

 欲しかったんだけどな、その“個性”。

 

「黒霧。適当に、海にでも捨てておいてくれよ。なるべくすぐには見つからない遠い海に」

「承知しました」

 

 でも、わざわざ蘇生させてまでは、いらないかな。発動条件は気持ち悪いしね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十三話

 人生初の試みは、概ね成功したらしい。その証に今俺は、俺の体を見下ろしている。

 

 黒いモヤの奴に息を確認されるが、しっかり無くなってくれているようで安心した。これでそこのすっごい危なそうな顔無し男に“個性”を奪われることもないだろう。よし、よし。狙い通りだ。

 

 やっぱり、ひとたまりもなかったらしい。自分の体に食らわせた黒いキューブの中身は、職場体験の時に吸収した、火傷以外の全て。頭も、顔も、首も、肩も、胸も、腰も、腹も、足も、全て打ち付けていて、傷ついていて、派手に血が散っている。頭や首にダメージがある人たちを多く救えていて良かったよ。俺はそれのおかげで、これからの被害を防ぐことが出来たんだから。

 

 大丈夫、大丈夫。

 

 考えてみろよ、俺。普通の人が、人を何人も救えるか? 訓練されていない人間が救えるか? でも俺は、何人も死から救ってきたんだぞ。だから、この人生に意味はあったんだぞ。俺はヴィランにならなかったんだ。正。俺は立派なんだぜ。

 

 泣いてもいいけど、後悔はすんな。

 

 俺の死体は黒いワープゲートを通じて、どっかの海に捨てられてしまうらしい。どこの海かだけでも言えばいいのに、顔無し男はめちゃくちゃ適当な指示を飛ばすし、黒モヤも遠い場所ってだけで、特に場所を口にしない。……仕方ない。これから時間はたっぷりあるんだ。今急いでゲートを通って迷子になるよりは、バクゴー君に危険を知らせに行ったほうが生産的だ。今は、自分を捨て置け。

 

 合宿先は限られた人間にしか分からない。俺も勿論分からないわけだから、バクゴー君に危険を知らせる為にも、まず合宿先を探さなきゃ。林間合宿って自然たっぷりの中でやるイメージがあるし、そういうところを重点的に見てみようかな。林間つってんだから当たり前か。

 体っていう、重力に逆らえない存在から解放された俺の移動は、何でもありだぜ! 

 

 自然が多そうって理由で、長野県に飛んだ。魂だけの存在って、案外便利なもんで。軽く軽く飛んでいける。

 怪我した時の為にきっと病院に車でも三十分かからない場所だと考え、探す場所は交通の便もある場所とした。

 

 俺の居た場所が神奈川だったから結構時間がかかって、探すのに結局丸1日かかった。合宿は二日目になるのかな。その甲斐あって、彼を見つけることが出来た。合宿先は、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツっていう四人一チームのヒーローグループが構えている、マタタビ荘だって。

 俺が着いた頃にはすっかり夜で、A組もB組もカレーを作って食べていた。いいなー。俺、最後に何食べたっけ。いつも通りの具材の焼きそばだったっけ。お母さんのカレー食べたかったなぁ。

 よくあるカレーの匂いが、人の心を揺さぶるなんて思いもしなかった。

 辛くなったけど、だからって逃げるわけにはいかなくて、俺は皆に囲まれながらカレーを食べるバクゴー君を見つめていた。死んでから知ったよ。君が料理出来る人間なんて。料理出来る君が、あの時のオムそばに文句をつけなかったってことは、やっぱり自信をもって良かったってことなんだよね。

 

 さて! どうやってバクゴー君に声をかけようか! バクゴー君に変な視線を浴びて欲しくなくて、周りに人がいる時に声はかけないでいようと心がけていたら、バクゴー君今すっかり寝ちゃった!! だって、夕食後、洗い物する時も、お風呂入る時も、その後もずっと彼の周りには切島くんか上鳴くんか瀬呂くんが居て、バクゴー君が一人になるタイミングがトイレしかなかったんだよ! 驚かせたくないからトイレで話しかけたくなかったし。てか見られたくないでしょ。俺だって嫌だし。

 そうやって選り好みをしていたから、バクゴー君に大切なことを伝えられずにいるんだけどね!! あー最悪! 

 

 寝相が悪いけど、綺麗な顔して寝てるバクゴー君。半目開けて、大口開けて血で汚くなっていた俺とは大違いだよ。

 ……夢枕に立つって、表現あるよな。もしかしてさ、幽霊って生きてる人の夢の中に入れたりするのかな? すげーなそれ。どんな魔法? よォし! 俺も魔法使いになるー! 

 

 バクゴー君の頭の上に降り立って、頭に触れる。俺の手の奥から、バクゴー君の固そうで柔らかい髪が見える。自分の認識ですら、透けている存在なのか。

 俺は、幽霊なんだな。

 意識をバクゴー君の頭に向ける。夢の中に入るイメージをして、俺は目を閉じた。

 

 開けて、驚いた。出来ていたからだ。空間は俺たちが初めてトレーニングをした、良くも悪くも思い出の多古場公園だった。目の前のバクゴー君しか生者の居ない、静かな空間。風が気持ちいいなぁ。

 

「おおー、出来ちゃったわ、バクゴー君の夢に干渉」

「……何、しやがる」

「いや~、どうしても伝えたいことがあってさ! 夢枕に立っちゃいました!」

「お化けかオメーは」

 

 お化けなんだよなぁ。良い勘してるよ、バクゴー君。

 

「いいじゃん。夢なんて、現実世界じゃほんの少しの時間じゃん。ゆっくり話そ?」

 

 バクゴー君はここがどこなのか確かめようと辺りを見回している。俺が無意識で作り出した空間なんだけど、二人で話したいって思ったからここだったんだろうか。他の思い出の場所は切島くん達も居るから。そうかもしれないな。

 バクゴー君を、俺たちがいつかゆっくり、俺だけかなりドキドキしながら話した、思い出のベンチに案内する。

 話が出来るだけで、嬉しい。

 

「へへっ」

「……何笑ってんだ」

「また会えたのが、嬉しくって」

「夏休みが明けりゃ、また会えんだろ。わざわざ夢にまで出てくんじゃねえ」

「あっはは! そりゃ、そう、なんだけど、さ!」

 

 魂だけの存在だからか、顔がうまく作れないし、嘘の調子も悪い。もう、会えないんだよバクゴー君。

 泣き顔が隠せなくて、辛い。

 ここが夢の中だから、風を感じられる。

 ざわざわした、風を。

 

 いきなりあの話をするのはちょっと早すぎる気がして、だから先に、聞いてみたかった話を振ることにした。

 

「バクゴー君」

「んだよ」

「あの、さ。俺、成長したかな?」

 

 曖昧な表現だったけど、成長ってのは、まぁ色々な話だ。何かバクゴー君が俺の成長した部分を見つけてくれないかなーって思って。自分では色々あるんだよ。

 ちょっと考える素振りを見せてくれたから、待つことにした。

 

 木の枝が、葉っぱが、風によって揺れている。いつか見たゆりかごのような優しさで。バクゴー君が俺を見ていたから、彼に視線を戻す。心がポカポカして、これが幸せだと思った。

 気づけば俺は笑っていた。自然に、無意識に笑っていたいってことで鍛えたこの表情筋。今が一番輝いてんのか。進化は止まんないね!

 バクゴー君が答えを言ってくれなかったから、自覚している成長点を言う。

 

「期末テスト、クラス二位になったり、“個性”も進化したり。声だって大きくなったと思うし、無理せず人と目を合わせられてると思うんだけど……」

 

 言ったらバクゴー君、変な顔しちゃった。言おうとしてたことと、俺の言った答えの感じが違ってたのかな。悪いことしちゃった。なんでも良かったんだけど。

 

「?」

 

 俺の右頬に、バクゴー君の人差し指の背が、触れられた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十四話

 俺の右頬に、バクゴー君の左手の人差し指の背が触れている。感触を確かめるようにスリスリされて、少しドキドキしてしまう。夢の中だからって、男相手だとしても、大胆だなぁバクゴー君。

 

「どうしたの? くすぐったいよ」

 

 そう言って笑っていたら、バクゴー君が言ったんだ。「100点だ」って。

 

「え?」

「“笑顔満点計画”。てめェが言い出したことだろ。満点だっつってんだ」

 

 笑顔のえの字もないような表情で言われたそれに、俺は目を丸くした。

 君の口から「満点」って言葉が出てきた。俺に向けて。俺の、笑った顔を見て。

 

「……うれしい」

 

 胸の奥から熱が湧き出て、目からそれがこぼれ落ちた。涙の姿を借りているそれは、俺の頬を濡らした。

 

「泣くほどかよ」

「だって、君が、言ってくれるって、思わなかった……」

 

 めちゃくちゃ嬉しいんだよバクゴー君。分かってくれ。

 

「俺、さ。君に助けられて、変わったんだ。死にかけの中、全く知らない君に助けられて、こんなに優しい人がいるなんてって。俺の世界は救われたんだよ。この世界も捨てたもんじゃないって。法律しか心の拠り所のない俺に、“ヒーロー”っていう新しい心の拠り所が出来た。それだけで復讐心が薄れた。

 君と友達になれて、雄英の皆と出会えて。顔色を伺わなくていい友達が出来て、俺、人生が楽しくなった! 心の底から、“生まれてきてよかった”って思えた! 母さんに“産んでくれてありがとう”って言えた! バクゴー君! 俺と出会ってくれて、ありがとう! 俺は、君に救われた! 君は、俺の、ヒーローだ!!」

 

 昂ぶっていく感情の赴くままに、バクゴー君の左手を両手で包んで、感謝の言葉を告げる。そんな俺とは違うバクゴー君は、どうやら「そこまでやった覚えはない」みたいなことを思っているらしい。顔に出ている。だから、「無意識に心救っちゃうなんて、君はオールマイトかっ!」って笑って言ったら、「そうかよ」って、照れた感じで返してくれた。

 

「あれ? あれれ~? バクゴー君も照れる事ってあるんだね~!」

「うるせぇ」

「へへ……でも、俺も、“個性”事故関係なしに、本心だよ」

 

 あの時は苦しくて苦しくて仕方がなかったけれど、今は開放感しかない。

 ありがとう、バクゴー君。君のおかげで、俺はこんなにも正直者になれたんだ。信じてくれよ、バクゴー君。全て、君と出会ったおかげだったんだよ!

 照れて顔を逸らしたバクゴー君が、また俺のことを見てくれた。そして口を開く。

 

「やっぱ、満点だ」

 

 こんの人たらし!! 普段の君はこんなじゃないから、夢の中限定なのかな!? レアすぎ!! 俺以外誰が見れんの!? もはや俺限定じゃーん!

 

「も~、自分が照れたからって、こっちまで照れさせないでよ」

 

 恥ずかしくて、嬉しくて、ますます、失いたくないって強く思った。

 だから俺は伝えなくちゃいけない。君を、生かす為に。彼から手を離して、真剣な顔をする。俺の覚悟が伝わったのか、少し驚いたバクゴー君が、俺を見る目を変えた。

 

「なんだよ」

「バクゴー君、俺、最初に言ったじゃん? どうしても伝えたいことがあるって」

 

 さっきはすごい軽い調子で言ったけど、本当に大切なことだ。

 

「バクゴー君」

 

 俺から目を逸らさず、覚悟して聞いてくれ。

 

「俺、ヴィランに捕まった。次の奴らの狙いは君だ。バクゴー君」

 

 バクゴー君の目が揺らぐ。

 

「皆から絶対に離れないで。補習組と一緒に居て! 俺からの、お願いだ」

 

 本当だから。嘘なんかじゃないから。だから信じて、バクゴー君。逃げて、バクゴー君。

 

 

 

 バクゴー君の意識から追い出された。目覚まし時計が鳴っていたから、そいつが追い出した正体だろう。もう少し情報を渡したかったのに、この目覚ましめ。

 俺はどうやら、意識がある人、起きている人に干渉が出来ないらしい。……中に入れないだけで、何とか誘導出来ないかな。やりたい時に試してみよう。

 

 俺が拐われてしまったんだ。この合宿でも、奴らが来て、きっとバクゴー君を拐おうとするだろう。そんなこと、俺がさせねぇ! 君は、俺が守る! 今更拒否なんて受け付けないよ! だってもう命に代えてるからな!

 

 目が覚めたバクゴー君はあくびをしていた。

 

「ハヨー、ばくごー……あれ? どした?」

「なにがだよ……」

 

 切島くんが何かに気づいたらしい。何だろう。

 

「いや、あくびか。なんか、泣いてた気がしたから、よ」

「はあ?」

 

 確かに涙は出ていた。でもバクゴー君はきっと泣いていたと認めないだろうし、欠伸と決めつけるだろう。

 まだ眠たいんだろう。バクゴー君はそれきり口を開かなかった。さっきまでの夢は、ただの夢じゃないけど、夢だ。もしかしたら忘れているのかもしれないなぁ。

 

 

 

 合宿は三日目。生徒らは朝食を食べて、また訓練をする。そんな中、バクゴー君は一人早めに朝食を切り上げて、どこかに向かっていた。向かった先は先生たちが使っている部屋。そこから丁度出てきた相澤先生を呼び止めた。先生に用があったのか。なんだろう。

 

「どうした爆豪」

「センセー……、ヘア、吐移と今、連絡出来ないっすか」

「……いや。こちらからも雄英からも、互いに連絡を出来ないようにしている。場所が割れないようにな」

「じゃあ、あいつに異変があっても、こっちは分からねえってことっすか」

「そういうことだ」

 

 バクゴー君が俺のことを気にしてくれている、だ、と……!?

 いや、夢に出たくらいだし、あんなこと言ったから気になってくれるのが正常だと思うけど! でもこの聞き方から察するに、夢のことはほとんど忘れているみたいだから、聞いてくれただけ、奇跡なのかもしれない。

 

「なんで気になった」

「夢に出てきた気がしたから」

 

 ズキューン!!! って!!! 胸を!!! 貫かれた!!! 気がした!!!

 だって、知らない人が見たり聞いたりしたらさ、 “夢の中で見たから、現実で話がしたくなった”って言ってるような内容だよ!? 知ってる俺からもそう聞こえるんだから、そう思いましたよね相澤先生! そして隠れて聞いている尾白くん! 可愛い一面あるなぁとか思ってるでしょー? 俺もそう思うー!

 

 バクゴー君は「緊急性があると思ったからで……」とか言ってるけど、夢での出来事を真に受けてるのも、その為に動いてるのも、微笑ましく思えて当然だと思うよ。寝ぼけてるなぁって。あと俺のことめっちゃ好きなんだろうなぁって。俺も愛されててとても嬉しいですよ。忘れかけてる夢を頼りに、俺を心配してくれて。

 

 ……ごめんね。でも、だからこそ、君を守りたい。

 

 

 

 その後は各自の“個性”を伸ばす訓練に精を出すバクゴー君。お湯の中に手を突っ込んで汗腺を広げては爆破を繰り返している。さっき話を盗み聞きしてた尾白くんは切島くんと戦ってた。皆も頑張ってるなー。

 皆の、十人十色な訓練の様子を見ていたら、プッシーキャッツの一人、ピクシーボブが特徴的な「ねこねこねこ……」という笑い声を上げてから、「今日の晩はクラス対抗肝試しを決行するよ」と言っていた。肝試しで十人もチームで組むわけない。少人数になって、バラバラで行動するとなると、奴らはここを狙ってくるに違いない。

 タイミング的にもう俺は直接バクゴー君に忠告することが出来ない。なら、幽霊は幽霊らしく、憑いて体調不良にしてやろう。

 

 荒業でごめんね。俺は君を、どうしても奴等に渡したくないんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十五話

 訓練も、夕食も、その後の片付けも済み……ついに来てしまった。

 

「肝を試す時間だー!」

 

 ダメなんだよ、ダメなんだよ。バクゴー君は試しちゃダメなんだよ。

 本当はやりたくない。当たり前だ。好き好んで友達を体調不良にしたがる奴があるか! いたらそいつは友達じゃない、おバカだよ!

 でも、俺はやらなきゃいけない。バカにならないといけない。バクゴー君を死なせたくないから!

 

 どうやって体調不良にしていいか分かんないから、とりあえず後ろから首に腕を回して、体温が俺に移らないかなーって感じでやった。魂にも一応重さあるらしいし、その分だけでも、体が重くなればいい。バクゴー君が身震いした。上手くいっているらしい。

 

 彼の目の前では芦戸さん達補習組5人が、相澤先生の捕縛用の布でぐるぐる巻きにされていた。あれは帯って言った方がいいのかな? 残念ながら5人はこの肝試しには参加出来ず、この時間は補修に当てられるらしい。よし、バクゴー君。彼らについていけ。君を守る人間は、多ければ多いほどいいからね。

 

「相澤センセー、俺も、そっちに行っていいっスか」

 

 よっしゃぁあっ!!!

 

 願いは通じ、バクゴー君は「体調不良だ」って言って、補習組と一緒に戻ることになった。ノリのいい彼らは「俺たちに構わず行けぇ!」とか言ってたけど、体調不良だから。別に君達に付き合ってとかじゃないから。

 

 ……でも、肝試し組から何も言われなかったのが気になる。あの中にバクゴー君と仲良しの人は確かにいなさそうだけど、だからって。……ちょっと、体温を奪いすぎたのかもしれない。心配しているからこそ、戻るバクゴー君に声をかけないのかもしれない。少し、離れようか。

 

「そこまで悪いわけでもねーから、後ろで聞いてる」

「わかった。ほら、自主的に補習に取り組むって奴もいるんだ。お前らも文句言うな」

「爆豪は休むだけじゃないっすかぁ!」

「どうしたんだよ爆豪!! お前の肝は小せぇのかぁ!?」

「うるせェ。本調子じゃねぇつってんだ」

 

 やりすぎてたんだ、やっぱり。何か不名誉なことも言われちゃったし。ごめんね。

 

「あぅぅ……私たちも肝試ししたかったぁ」

「アメとムチっつったじゃん。アメは!?」

「サルミアッキでもいい……。飴をください、先生」

「サルミアッキ旨いだろ」

 

 帯で巻かれたまま連行される補修組。相澤先生って、普段は血も涙も無さそうだよね。サルミアッキには悪い思い出しかないから、正直名前も聞きたくなかったりする。

 

「今回の補習では、非常時での立ち回り方を叩き込む。周りから遅れをとったっつー自覚を持たねぇと、どんどん差が開いてくぞ。広義の意味じゃ、これもアメだ。ハッカ味の」

「ハッカ味はうまいですよ……」

 

 さっきの発言は撤回します。優しいじゃん相澤先生。そうだよ。シンソー君の師匠になってる時点で、血も涙もありありな、しかも熱血な先生なんだよ。ついでに俺も見てもらう予定だったのにな。悲しい。ハッカはお嫌いなのか。俺もあれよりはオレンジの方が好き。

 マタタビ荘に着いた彼らは講習室に入った。先客が居たようで、中から声が聞こえる。

 

「あれぇ、おかしいなァ!! 優秀なはずのA組から赤点がごっ……六人も!?」

 

 やーいやーい! やっぱり試験落ちてたか、B組物間ー! いや、“個性”全部晒け出したから、君を忌み嫌う理由もなくなったんだけどね。却って君に真似してもらったほうが救える人多くなってたと思うけど。顔も俺よりは確実に良いし、女性から嫌がられないだろう。もうそれも出来ないのか。縁がなかったね。

 

「B組は一人だけだったのに!? おっかしいなァ!!!」

「どういうメンタルしてんだおまえ!!」

「俺は補習じゃねぇ」

 

 ここでトイレに行くというバクゴー君が一人になってしまった。いや、でもここはもう施設内だし。ただのトイレだし。言うならば俺もついて行ってはいけないよな。

 バクゴー君の足取りは遅い。どこか上の空で、考え事をしているようだ。早くトイレ行って、早く講習室に戻ってもらいたいんだけどなぁ。

 

 思った矢先、バクゴー君の足が止まった。一気に空気が緊張した。何だ、何が起こっている!?

 そういえば、プッシーキャッツのメンバーの一人には、テレパスの“個性”を持ったマンダレイがいた。彼女のテレパスで、何かが伝えられているのか! 俺の勘が外れてなければ、それはきっと……ヴィランの襲撃! やっぱり肝試し会場の方に現れるよなぁ!

 良かった。バクゴー君をこちらに連れてこれて。頼れる仲間とプロヒーロー二人。その人たちに守られるんだから、バクゴー君は安全だ。

 

 ……え? どうしてバクゴー君、こそこそ移動してるの? なんで、講習室から離れていくの? 一体、何してんだバクゴー君。行くな、行くんじゃねえ、バクゴー君!!

 俺が全力で後ろから抱きついて体温を奪っている。寒くて身震いするだろう? だから、バクゴー君、俺が止めてるって、もう分かってるだろ?

 君が一人で勝手に行動すれば、皆に迷惑がかかる。被害を出したら、先生の責任になる。それなのに、何しに行くつもりだバクゴー君。バカなことはやめろよ? ヴィランを捕まえようっていう、小学生みたいなことを言うんじゃねぇぞ。おい、バクゴー君、行くな、行くなよ。動くな。その裏口のドアを開けるんじゃねぇ。

 一人で危険に飛び込むな。行くな、行くな、行かないで、ねぇ、お願いだよ、行かないでよぉ!!!

 

 

 

 今度の願いは聞き届けられず、バクゴー君は今、肝試し会場である森の中を進んでいた。君の狙いが分からないよ、バクゴー君。しかも森燃えてるし。なんでわざわざ自分から行くの? 言ったじゃんか。君は狙われているって。都合よくそこだけ忘れてんじゃないよ!

 

「爆豪! お前何してる!!」

 

 声を荒らげてきたのは、右半分白、左半分赤の髪色をした轟くん。「戻れ!」という彼の隣には肝試しのコンビなんだろう、尾白くんもいる。ちょっと君には縁を感じ始めてきたよ。

 二人共、バクゴー君が居ることに驚いているようだった。そりゃそうだよね! 俺もめっちゃ止めたんだけどさ、聞かないんだよ! 二人からも言ってくんね!? 

 

「お前、体調不良で施設に戻ってたんじゃないの!?」

「うるせぇ。用が出来たんだよ」

「後にしろ。とりあえず、お前も一緒に戻るぞ」

「だから俺に指図すんじゃねえ」

 

 あー聞く耳持たないなー! 用って何!?

 嘆く俺の前で、尾白くんが眉を顰めて口を押さえた。

 

「な、なぁ。なんか、煙たくないか? ただの煙とは違うような……」

「! 吸うな! 毒性があるかもしれねえ」

 

 確かに、焦げ臭いような……幽霊になっても、匂いは分かるのか。

 ねえ、帰ろうよバクゴー君。燃えてるわ毒ガスはあるわで、この先良いことなんてない。さあ、戻ろうよ。

 

「! あそこ倒れてるのって、B組の!」

「吸っちまったか」

 

 ほら! 保護すべき人もいることだし、これ以上危険に踏み込まないで。戻って。

 

 願いが聞き届けられたと思っていた。3人が戻ろうとしていたから。バクゴー君もまずいことしてたと気付いたんだと思った。せっかく、俺の願い通りになると思ったのに。

 

 その足取りは、ある人物によって止められてしまった。膝を付いている、拘束具が巻かれている黒い人影に。

 

「おい、お前らの前、誰だった……!?」

 

 幽霊の俺でさえビビる奇妙さ。「見とれていた」? 何を言っている。

 

「常闇と……障子……!!」

「きれいな肉面、ああ、もう誘惑するなよ……」

 

 悪い予感しかしない。

 こっちに振り向いた奴の顔は、金具で無理やりこじ開けられた口以外、見えていない。

 

「仕事しなきゃ」

 

 逃げなきゃいけない。でも、背を向けてはいけない。

 

「交戦すんな、だぁ……!?」

 

 やらなきゃ、死ぬ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十六話

 3人の動きがまた一瞬止まった。またテレパスが送られてきたか。それがいいのか悪いのか、バクゴー君が邪悪に笑みを浮かべている。身を守る為の戦闘許可が下りたのか? いいかバクゴー君。その力は、今、逃げるために使うんだからな。勘違いすんなよ。

 心なしか、バクゴー君の笑みの口角が下がった。俺の思いが伝わってくれたらしい。

 

 目の前のヴィランは、歯を伸ばして地面に刺し、それで自分を浮かせ、支えていた。その歯は刃にもなっているらしい。なるほど。歯さえあれば移動も戦闘もいけると。むしろその拘束された体のほうが邪魔だと。なら、バクゴー君たちを狙って攻撃してくるくらいなら、そのいらない体を捨てて首だけになって死んどけ!!

 

 轟くんが氷壁を作って、歯の刃を防ぐことしか今のところ出来ていない。尾白くんはその筋肉で太い尻尾を活用した格闘スタイルで中距離相手にはかなり不利な“個性”だし、バクゴー君の“個性”は森がまた燃える可能性があって、こちらも使えない。なのにバクゴー君、ヴィランを無効化しようと動いている。いい加減にしてよ!

 また3人がビクッてした。そしてなぜかバクゴー君が不機嫌になっていく。バクゴー君何か言われたのか。ヴィランの止まらない攻撃は、また轟くんの氷壁で防がれる。

 

「耐えなきゃ……仕事を……しなきゃあああ、あああーーーーーーーー」

 

 耐えてねぇで首から下、落とせ。そしてバクゴー君は下がれ。

 

「不用意に突っ込むんじゃねえ」

「何で出てきちゃったかなあ。お前、狙われてるってよ!」

「かっちゃかっちゃうるっせぇんだよ頭ん中でぇ……クソデクが何かしたな、オイ。狙われてんのは、知ってんだよ」

 

 覚えてんなら出てきてんじゃないよ!! 君はそこまで馬鹿じゃなかったはずだろう!? ヴィランに狙われる危険を、以前も味わったことがあるらしいじゃん! 施設から出る前から覚えてたんなら、なんで今、馬鹿なことしてんの! 君が分からないよ!

 

「クッソどうでもいィんだよ!!」

 

 どうでも良くないよ!

 またヴィランを無力化しようとして、歯の刃を爆破しようとしたバクゴー君。だが枝分かれするように刃から刃が出て、バクゴー君は身をのけぞらせた。刃を氷結で止めてくれた轟くん。ついでにヴィランを捉えようと氷を生やすが、ヴィランは木に歯を突き立てて、自分の体を押し出すようにして避けた。軽そうにこなしてるけど、氷壁は一瞬で迫って来る。それを息をするように避けるんだから、敵ながらすごいと思う。

 

「地形と“個性”の使い方がうめぇ」

「見るからザコのヒョロガリのくせに、んのヤロウ……!」

 

 その場数は、どこで踏んできやがった。

 

「肉、見せて」

 

 自分のを晒してろ。

 

「ここで爆破使って燃え移りでもすりゃ、火に囲まれて全員死ぬぞ。分かってんな」

「喋んな。わーっとるわ」

「ガス溜まりで退けない。先に行くには、こいつを倒すしか……」

 

 人数が減ればさらに危険度は高まるから、逃げることも出来ない。クソがっ。四人が無事でいる為には、目の前のこいつを倒すしかないのかよ! 消えろや!

 

 このヴィランの”個性”、思っていたよりもすごい脅威だ。歯を縦横無尽に伸ばす“個性”。伸ばす距離も、速さも、鋭さも、量も半端ない。今だって、轟くんの氷結で奴の攻撃を防ぐことしか出来ていない。

 こいつを、倒すことが出来るのか……!?

 

「近づけねぇ!! クソ、最大火力でぶっ飛ばすしか……」

「だめだ!」

「木ィ燃えてもソッコー氷で覆え!!!」

「爆発はこっちの視界も塞がれる! 仕留め切れなかったらどうなる!? 手数も距離も、向こうに分があんだぞ!」

 

 指の数よりも多い攻撃手段。ガスがここまで来ると仮定すると時間も無い。動ける人間が三人も居るのに、手が出せるのは轟くんのみ。どうしたらいいんだ!

 

 

 

「いた! 光が見える、交戦中だ!」

 

 傍から、破壊音と共に声が聞こえる。そちらを見れば、たしかA組の、腕多めの人が、何か背に抱えながら、木を大量に薙ぎ倒す何かに追いかけられていた!

 

「轟! 頼む――」

「肉」

 

 ヴィランの刃が欲望のまま動くものに反応してるかのように、追いかけられている彼らに向けられる。

 

「光を!!!」

 

 巨大な手が、派手な音を立てて、宙にいたヴィランを轟くんの個性の氷結を巻き込みながら地面に叩きつけた。

 それはそれは巨大な黒い影で、化け物のよう。自我らしい自我は認められなかった。

 

「なっ……どうして、かっちゃんが!?」

 

 背負われていた緑谷くんはボロボロすぎるな。もう突っ込みたいことが多すぎて、処理が出来ないです。まず、その黒い影はヴィランですか? 誰ですか?

 

「障子、緑谷……と」

「あれ、常闇か!?」

「早く“光”を!!! 常闇が暴走した!!!」

 

 うそっ、あれ常闇くん!? 体育祭で戦った時は人くらいの大きさだったのに!? 夜はあんなにでかくなる“個性”なのか! かなり制御の難しい“個性”なんだな、そりゃ時間とかで違ってくるなら、日の高かったあの時間はあれが全力だって言われても納得だ。って、前の話をしてる場合じゃない!

 ヴィランを押し潰した後も暴れる常闇くんの“個性”。あれは敵味方の判別が出来てないぞ。出来ないから障子くんたちを追いかけているのか。動くもの、無差別に。

 

「見境なしか。っし、炎を……」

「待てアホ」

 

 迂闊に動くのを止める判断は悪くないと思うけど、君らは光を結果的に出せる人たち。君たちが黒影を止めてくれないと……。

 

「駄目だ、駄目だ。許せない」

 

 ヴィランが歯を伸ばして、杖のようにして起き上がる。まだ動けたのか!

 

「その子達の断面を見るのは僕だぁあ!!! 横取りするなぁあああああ!!!」

 

 黒影を仕留めようと歯を伸ばしたヴィランは、巨大な手に掴まれ、返り討ちに遭っていた。

 

強請(ねだ)ルナ、三下!!」

 

 体育祭の時、この状態の黒影と戦うことにならなくて、心底良かった。

 

「見てぇ」

 

 バクゴー君めちゃくちゃ悪い笑顔してるぅー!?

 ヴィランを掴んだその手は、叩きつけるように木々を薙ぎ倒しながら振り回される。何本持ってかれた? 最後はヴィランを木に叩きつけた。容赦無さすぎ!! あれはいくら俺でも死んじゃうぞ!!

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛暴レタリンゾォア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 バクゴー君と轟くんがそれぞれ“個性”で光を出して、雄叫びをあげる黒影を弱らせた。「ひゃん!」と可愛い声出して小さくなった黒影が、常闇くんの中に収まっていく。ずっと暴走した黒影を抑えようと頑張ってたんだろうな。常闇くんは膝を付いて、肩で息をしていた。

 

「テメェと俺の相性が残念だぜ……」

「……? すまん助かった」

 

 バクゴー君、あんなのと戦ってみたかったのか……。それにしても、よくあのヴィランを止めてくれたよ。常闇くんがいなかったら、どうなっていたことか。

 

「俺らが防戦一方だった相手を、一瞬で……」

「暴走だとはいえ、すごいパワーだったな」

「常闇大丈夫か、よく言う通りにしてくれた」

「障子……悪かった……緑谷も……。俺の心が未熟だった」

 

 常闇くんたちは俺たちよりも先にさっきのヴィランと相敵し、障子くんの複製の腕がトバされた瞬間、怒りでああなってしまったらしい。大変な話だ。幸いなのはトバされたのが複製の腕だったこと。本体じゃないからそんなに影響してないらしい。良かったぁ!

 

 話はヴィランたちの目的に変わり、バクゴー君を保護する動きになった。時間短縮の為にも森を横切って、施設に向かうらしい。

 索敵能力のある障子くん、氷結の轟くんに、近接の尾白くん、そして制御アリの黒影の常闇くん。忘れちゃいけない頭脳の緑谷くん。……なんて頼もしいんだ!

 

「このメンツなら正直……オールマイトだって恐くないんじゃないかな……!」

 

 俺も何か見つけたら、寒気送るからな、バクゴー君! 安心しろ!

 

「何だこいつら!!!!」

「おまえ中央を歩け」

「出てきた爆豪が悪い」

「俺を守るんじゃねぇクソ共!!!」

「行くぞ!!」

 

 進め! バクゴー護衛部隊!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十七話

 バクゴー護衛部隊は、目立たないように、森の中を突っ切って進んでいた。俺は誰からもどうせ見えないから、大胆に索敵する。つまり飛び回ってるってことなんだけど。今のところヴィランの気配はない。だけど当然、安心はいつまでも出来ない。

 森を抜けた先で、施設に近いコースに出た。と、同時に、ヴィランの気配を感じた。この気配、俺らの姿を見て逃げた女の子のヴィランじゃない!

 目で追った気配の先では、ニンマリ笑っているような変なペイントを施されている仮面をつけて、シルクハットを被った変な奴が、木に紛れるようにして立っていた。

 

 バクゴー君! 危ない!! 気づいて!!!

 

 危険を知らせようと寒気を送るが一足遅く、バクゴー君は仮面に触れられてしまった。

 バクゴー君は、小さな小さな、ビー玉にされてしまった。

 

 返せよ!!!

 

 仮面の奴はさっさと帰ればいいものを、緑谷くんたちが気づくまでそこにいるらしい。自分の勝利に酔うタイプのヴィランか。ふざけるな!

 木の太い枝の上に立つヴィラン。その下で漸く緑谷くんたちもバクゴー君が居ないことに気がついた。

 

「彼なら、俺のマジックで、貰っちゃったよ」

 

 あげた覚えはねェんだよクソヴィラン!! 

 

「こいつぁヒーロー側(そちら)にいるべき人材じゃあねえ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ」

「っ返せ!!」

 

 その中から開放しやがれェ!!

 

 いくら仮面の手の中のビー玉を取り返そうとしても、触れられないから意味は無い。分かっていても、手を伸ばすことを止められない。

 

「返せ? 妙な話だぜ。爆豪くんは誰のものでもねぇ。彼は彼自身のものだぞ!! エゴイストめ!!」

「返せよ!!」

 

 エゴイストはどっちだ! “彼は彼自身のものだぞ”って言う割にはバクゴー君をビー玉に閉じ込めやがって! ヴィランらしく、言動が馬鹿だな!!

 

「どけ!」

 

 轟くんが障子くんたちを退けて、氷結を食らわせようとした。

 

「我々はただ、凝り固まってしまった価値観に対し、『それだけじゃないよ』と道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

 

 木を伝って向かってきた氷結を、すごいジャンプで避けた。足にバネでも仕込んでんのか、滞空時間も長い。そして、今気づいた。ビー玉二つだし、もうひとつの方には常闇くんの影が見える。こいつっ……!!

 

「わざわざ話しかけてくるたぁ……舐めてんな」

「元々エンターテイナーでね。悪い癖さ。常闇くんはアドリブで貰っちゃったよ」

 

 手の中で彼らを転がすな。

 首を絞めるように、奴の後ろから腕を回す。今なら、いくらでも体温を奪える気がする。

 

「ムーンフィッシュ……『歯刃(はじん)』の男な。あれも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性。()()()()と判断した!」

 

 帰さねぇぞ。その手を、彼らを隠したその手を開けろ!! 彼らを解放しろ!!

 

「この野郎!! 貰うなよ!」

「悪いね。俺ァ逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ! ヒーロー候補生何かと戦ってたまるか」

 

 仮面男は氷結の追撃もジャンプで避け、インカムを起動した。

 

開闢(かいびゃく)行動隊! 目標回収達成だ! 短い間だったがこれにて幕引き!! 予定通りこの通信後5分以内に“回収地点”へ向かえ!」

 

 あ゛あ゛んっ!!? なんだよこいつ、仮面なのをいいことに、彼らを閉じ込めたビー玉を口の中にしまいやがったぞ!! やめろ!! きたねぇだろうがっ!!!

 ばっちいヴィランは木の上を走って、“回収地点”とやらに向かうらしい。嫌だ。止めてくれ。バクゴー君を連れて行くな!

 

「させねぇ!! 絶対逃がすな!!」

 

 後ろで轟くんの大声が聞こえた。お願いだ、助けて。

 二人を助けて!!

 

 地面を走っている彼らと木の上を飛ぶように駆けていく仮面。あっという間に彼らと差をつけていくのが、悔しい。俺がいくら体温奪っても、森自体が燃えて熱くて意味が無い! 首を絞めても意味がない!! 俺じゃ、こいつを止められない!!

 お願い……助けて、皆!!

 

 背後から悲鳴のような声が迫ってきたと思ったら、仮面ヴィランが撃ち落とされた。落としたのは、轟くん、障子くん、緑谷くんの三人だ! 緑谷くん、そんなにボロボロなのに、来てくれたのかっ!? 俺と同じになっちまうぞっ!

 

 落ちた場所に居たのは、さっき見たセーラー服の女の子と、全身タイツな黒いやつと、顔中ツギハギのグロテスク男の三人。全員気色悪い! 

 

「知ってるぜこのガキ共! 誰だっ!?」

 

 全身タイツ、お前は何矛盾したこと言ってんだ!?

 

「Mr. 避けろ」

「! ラジャ」

 

 ツギハギ顔が左手を構え、その手から青黒い炎が放たれた! 仮面の男は自らビー玉になってそれを避け、奴を捕らえていた三人に炎が襲いかかった。あの色の炎、普通に考えて火力が強いやつ。そうでなくても火には変わりなくて、避けれず腕を焼かれた緑谷くんと障子くんが、心配だ。彼らだって死なせたくない存在。彼らにそれぞれヴィランが襲いかかっていく。俺は、でも俺には、何か出来ることは無いのかっ!?

 

「いってて……飛んで迫ってくるとは! 発想がトんでる」

 

 仮面男はビー玉からまた戻り、平気そうにしてやがる。帽子くらい燃えてろよ。

 

「爆豪は?」

「もちろん」

 

 ツギハギ顔に確認される仮面男は、なぜかポケットをまさぐる。そこには仕舞ってないだろ。そう思っていたら障子くんが「二人共逃げるぞ!!」と叫んだ。

 

()()()()でハッキリした……! “個性”はわからんが、さっきおまえが散々見せびらかした──……右ポケットに入っていた()()が、常闇、爆豪だな、エンターテイナー」

 

 なるほど、そうか。見ていた距離の違いか!!

 違うんだよ障子くん! 君もこいつがエンターテイナーだと言うなら、そう単純じゃないと気づいてくれ! 走っていかないで!!

 

 木の陰から脳無が現れ、緑谷くんたちの正面に黒いワープゲートが立ちふさがった。

 

「合図から5分経ちました。行きますよ、荼毘」

「まて、まだ目標が……」

 

 この声は、ワープの奴か。くそっくそっ、くそっ!! 気づいて、誰か! 連れて行かれちゃうよぉ!!!

 

「ああ……アレはどうやら走り出すほど嬉しかったみたいなんで、プレゼントしよう。悪い癖だよ。マジックの基本でね。物を見せびらかす時ってのは……」

 

 仮面男が仮面をずらして口を開けた。

 

見せたくないもの(トリック)がある時だぜ?」

 

 舌の上には、ビー玉が二つ。

 見せびらかしたと同時に、障子くんが持っていたビー玉が巨大な氷へと変化した!

 

「氷結攻撃の際にダミーを()()し、右ポケットに入れておいた。右手に持ってたもんが右ポケットに入ってんのを発見したら、そりゃー嬉しくて走り出すさ」

 

 こいつが自分から本物を白状してくれたおかげで、緑谷くんたちがまだ自分たちの目標を達成してないことに気づいてくれた。そうだよ、急いであいつの顔をぶん殴って、口の中から二人を救出して!!

 

「そんじゃーお後がよろしいようで……」

 

 よくねェよっ!!!

 

 仮面男がワープゲートの中から恭しくお辞儀をする。その横っ面に、光きらめくレーザーが放たれ、仮面男のアイデンティティが破壊された!!

 

 このレーザーは、体育祭の、予選で、最後に見た……! 青山くんの“個性”のレーザー!!!

 

 ありがとう青山くん!! 君が居てくれたおかげで、勇気を出してくれたおかげで!! 三人がビー玉にされた二人の救出が出来る!!!

 

 走り出した三人。そのうち緑谷くんは傷で限界を迎えたのか失速し、轟くんと障子くんが二つに手を伸ばす。

 障子くんの手がひとつ掴む。

 障子くんの複製の手と轟くんの手が──空気を掴む。

 

 もうひとつのビー玉は、ツギハギ顔の手に握りこまれてしまった。返せよ!! 返しやがれ!!

 

「確認だ。“解除”しろ」

「っだよ、今のレーザー…… 俺のショウが台無しだ!」

 

 仮面だった男が指パッチンすると、ビー玉から彼らは解放された。障子くんの手の中にいたのは常闇くん。

 

「問題なし」

 

 ツギハギ顔に捕まっているのが、バクゴー君だった。

 やめろ! 離せよ!!

 

「かっちゃん!!」

 

 動け、バクゴー君!! 緑谷くんに手を伸ばして!! お願い、助かる為の行動をして!!!

 

「来んな、デク」

 

 ふざけるなァァアアアアアッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 ワープ先で、バクゴー君は気絶させられた。

 どうして? どうして、あの時、手を伸ばしてくれなかったの、バクゴー君。

 

 夢の中に入ると同時に、涙腺が決壊した。留めなく涙が溢れ出て、激しく泣いている俺に、バクゴー君は何も言ってはくれなかった。

 

「言うんじゃ、なかった」

 

 嗚咽混じりすぎて、殆ど言えてなかった、後悔の言葉。

 他にもたくさん、バクゴー君を責める言葉を口にしたかったはずなのに、泣いて、泣いて、何も言えなかった。君を守れなかった後悔が、俺に何も言わせてくれなかった。

 バクゴー君の口を開いた。

 

「テメェがどうしてその情報を持ってるのかを考えた時、俺は同じ行動を取っただろーよ。何も伝えなくても、肝試しに参加して、結局同じだ。テメェの忠告はそこまで意味はなかったんだよ」

「……そこまで?」

 

 一定の効果はあって、それを振り切って、君は、拐われたっていうのかい?

 涙が止まって、バクゴー君の言葉を、全身が待っている。

 

「俺には拐われた理由がある」

 

 待っているはずなのに、続きが聞きたくなかった。不安が、俺を追い詰める。

 

「お前を、助ける為だ」

 

 その一言が、トドメだった。

 涙がさっきの比じゃない位、溢れていく。止まらない。苦しくて、苦しくて、嫌だった。

 

「ごめんね、ごめんね。君の、覚悟を……」

「言うな」

 

 遮られて出なかった、“覚悟を無駄にしてごめんなさい”。“死んで、ごめんなさい”。

 

 君が助けようと、自らを危険に晒した結果の先にあるのは、俺が死んでいるという事実。

 

 あの、夢の中の幸せなひとときと引き換えに、俺は死後ずっと、この事を後悔し続けていくんだ。

 

 ああ、ああ、死にたい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十八話

 何か出来るわけでもないのに、俺はドアを潰された密室に監禁されたバクゴー君のことを、ずっと見守っている。俺の知らないところでバクゴー君がヴィランに勧誘されないように。脳無にされないように。“個性”を奪われないように。

 

 何が出来るわけでもないのに。

 

 そんな中、たまたま覗いた隣の部屋。そこはバーになっていて、バーカウンターの内側に立っていた黒いモヤの奴が「いつ彼の説得をするのか」と、手をいっぱい着けた気色悪い奴に聞いていた。聞かれたそいつは「雄英の謝罪会見があってからだ」と言っていたから、それまではバクゴー君は何もされないと判断して、少し離れることにした。

 外はまだ明るい。少しでも情報を集めよう。……何が出来るわけでもないけれど。

 

 ここはまた神奈川らしい。まずはタイムリミットを知る為にも、雄英に行ってみようか。場所が分かっているから、ひとっ飛びだ。

 

 

 

 あんな大事件だったからな。雄英の校門前にはマスコミが大量に集まっている。4月と同じことをするバカはさすがにいないらしい。夏真っ盛りなのに、ご苦労様です。

 会議室に侵入すると、集まっていたのは四人。ミッドナイト、スナイプ、プレゼント・マイク、根津校長だ。あと一席空いているから、もう一人居るんだろう。ドアの外を見に行ったら、オールマイトが蒸気を出しながら、電話相手に言っていた。

 

「私が、反撃に、来たってね」

 

 バクゴー君、もう大丈夫だ。最高のヒーローが、君を救けに行く。

 

 

 

 俺の為に用意された家が気になって行ってみたら、現場検証が終わった後って感じになってた。なんか証拠品みたいなやつにはとりあえず番号振って、みたいな。俺があの時に投げた鞄も、そのままの位置にある。

 この感じってことは、俺が誘拐されたってことも学校側は把握してるって事だよな。良かった……のか? 俺の体は今、どっかの海に捨てられている。GPSはきっと圏外だろう。

 

 夏なのに、誰も居ない広い家は寒々しかった。その家から出て、また学校に行く。今度は担任に会いに。普通科の職員室に侵入すると、ゆっくり、ゆっくり仕事をしている越壁先生がいた。30秒に1回はGPS受信機の画面を見ている。その画面はずっと圏外のままだ。

 

「吐移……」

 

 先生の目の下のクマがすごいことになっている。昨日はヴィランの襲撃と生徒の誘拐。その前の日に俺が行方不明。対処に追われて、俺を心配して、心身ともに疲弊しているんだ、きっと。

 休んで、先生。心配してくれて、ありがとうございます。でも、あなたまで倒れたら、俺は辛くなります。

 

「どうか……生きててくれよ……。頑張ってくれよ、吐移。ヒーローに、なるんだろう?」

 

 もう、その場に居られなかった。

 

 

 

 お母さんのところに行こう。きっと心配していると分かってるけれど、それでも。成仏前に。

 そう思って刑務所に来たけれど、お母さんは至って普通だった。まだお母さんには連絡入ってないのかな? 

 

 昼食を食堂で食べた後、お母さんは独房に戻り、布団側の広くて浅い紙箱の蓋を開けた。その中身は、俺が送った手紙達だった。お母さんはその中から一つ取り出し、ゆっくり手紙を開いた。いつも同じ便箋しか使ってなかったから、そいつがいつのやつなのか分からないけれど、中身を見たお母さんはじわじわと笑みを浮かべていく。

 俺は、お母さんを幸せに出来ていたんだ。それが分かって、それがこれからは出来ないと知って、この笑顔も見ていられなくなってしまった。落差を想像して、もう、無理だった。

 

 

 

 俺のしたことは、本当に良かったことなんだろうか。愚かなことだったんじゃないだろうか?

 

 

 

 バクゴー君の所に戻りながら、本当は考えたくないことを考える。自殺した時は英断だと思っていた。俺の“個性”があのヴィランに渡れば、オールマイトでさえ勝てないと思ったから。どれだけヴィランをボコボコに出来ても、その傷をオールマイトに返されたら? ……カウンターどころの話じゃない。黒いキューブをバラ撒かれて、怪我人を増やされたら……。

 ヒーローを目指していた俺の“個性”がヴィランに使われることは、耐え難いことだ。だから、ヒーロー側が負けないようにと、死んで守った。俺自身を、世の中を。

 

 ……自意識過剰と言われようともいい。考えよう。

 

 俺が死んだことにより、悲しんでくれる人々のことを、考えたことがあったか?

 ──命を大事にして、ヴィランに傅くヒーローが居てたまるかよ!

 ヒーローはプロだけじゃない。誰かの心のヒーローは、必ずしもプロじゃない。俺のヒーローたちみたいに。

 狭いコミュニティの為に、広い日本中を恐怖させちゃいけないし、俺にはそもそも、あの時点で未来がなかったんじゃないか? そうだよ。なかったんだ。例えヴィラン相手だろうと、“個性”使って傷つけなかったこと、それだってきっと立派だったさ!

 

 ──とんだ親不孝者だ。

 

 

 

 バクゴー君の所に戻ったら、彼は寝ていた。薬でかな? でももうすっかり夜だしな。ゆっくり考えすぎてたな。謝罪会見のタイミングはきっと、明日の夜。

 

 大丈夫だよバクゴー君。オールマイトが、大人が助けに来てくれる。君は、助かるから。

 俺を助けようなんて、具体的な計画性の無い、無謀なことは、止めるんだ。君は素直に救われてくれ。

 

 バーの方を覗いたら、変な椅子が運び込まれていた。いかにも、体を捕まえておく用って感じの、拘束具たっぷりの椅子。ここに座らせる気か。

 

 捕まえるってことは、殺す気はないってことか? いや、“個性”を奪われたり、脳無にされたり、そうなるか分からないが、洗脳されることもあるかもしれない。

 バクゴー君は頑固者だから、自分の考えを一から否定されるようなことを聞くことはないと思いたいけど、万が一を考えて。洗脳されていると判断したら、俺が寒気を送って正気に戻そう。その為にも、これからは助かるまでずっと、バクゴー君のそばにいて、見守ろう。

 誰にも俺は見えないから、バクゴー君の支えにもなりはしないだろう。それでも、自己満足でいいから、俺の気持ちだけでも支えてあげたかった。

 

 バクゴー君に下手に情報を渡すと、ろくなことにならないことに気づいたから、夢の中に入ったりしてオールマイトのことは伝えないことにした。ごめんねバクゴー君。心細いだろうけど、君なら乗り越えられる。大丈夫さ。君は、俺のヒーローなんだから。

 

 ヒーローはヴィランに屈しないだろう?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十九話

 密室からワープで、バクゴー君はバーに連れ込まれた。バーには襲撃の時に見かけたヴィラン三人以外にも二人、新しく見る顔があった。トカゲのような顔した男、分厚い唇のサングラス男。あれ、仮面男の仮面、線が多めのペイントになってるな。ま、どうでもいい。

 

 バクゴー君はあっという間に椅子に拘束されたし、時間はそろそろ雄英の会見が始まる頃。無力化されているバクゴー君の前には、ヴィラン共が七人。いくらバクゴー君でも、今の状態からどうこうできない。

 屈するな。大丈夫だ、バクゴー君。少し、時間稼ぎをしてくれれば、それでいい!

 

「早速だが……ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」

「寝言は寝て死ね」

 

 この集団のリーダーなんだろう。顔に手の模型を取り付けたこの気色悪い奴が、バクゴー君の勧誘を始めた。止めろ。

 

「まあ、そんな怖い顔するなよ。まずは話を聞いてくれ」

 

 せいぜい、ヒーローたちが来るまでその間抜け面で話してな! 俺はこの手の奴の首を絞めながら、こいつの、こいつらの不幸を願った。

 

 バクゴー君から見て正面に置かれたテレビから、雄英高校の謝罪会見の様子が放送されるらしい。

 

「俺たちのこと、君のことだ。見ようじゃないか」

 

 こいつの、余裕と愉悦で震えた声が、滅茶苦茶気に入らない。

 

『この度──我々の不備からヒーロー科1年生27名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら、敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えた事、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした』

 

 会見は相澤先生の謝罪から始まり、テレビ局の質問と校長先生たちの返答が繰り返される。そもそも雄英を数字と見て、責める気しかない質問者たちの空気は悪い。テレビっていう影響力のある媒体でこんな態度を取れば、見る人たちにもその影響は出ると分かっているはずなのに。気分が悪い。

 首を絞めている男がニヤニヤ笑っている。

 

「不思議なもんだよなぁ……なぜ奴ら(ヒーロー)が責められてる!?」

 

 この事件を起こしたお前が言える言葉じゃないだろうが。

 手の男は演説するかのように両手を広げて問いかけた。答えを聞くつもりもないくせに。全部自分で言って、バクゴー君にその考えを植え付けようとしてるんだ。

 

「奴等は少ーし対応がズレてただけだ。守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つある! 『お前らは完璧でいろ』って!? 現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ爆豪くんよ!」

 

 バクゴー君に何吹き込もうとしてんだ。殺してやる。

 

「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示!!」

 

 黙れトカゲ頭。モチベーション維持に手っ取り早いのは金だ。人気、功績、信頼なんかのバロメーターが金だ。彼らの存在が必要だから、政府もヒーローを職として保護したんだ。テメェらみたいな奴らから、無力な人を守ってもらう為に!!

 理想につけ込んでヒーローを惑わせ、調子に乗っているお前たちが、大嫌いだ!!!

 

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでキチキチと守る社会。敗北者を励ますどころか、責め立てる国民。俺たちの戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう」

 

 ……残念ながら、人は庇護欲の沸かない弱い存在を痛めつける傾向にある生物だ。異様なのは間違っちゃいない。

 正義と悪で決定的なのは、盗みと同族殺しをしない、しかない。

 それ以外の正義は全部、()()()()が決める。

 

「俺たちは勝つつもりだ」

 

 俺はお前らを負けさせたい。俺が命をかけて守ろうとした未来を、テメェらの決めた正義の未来になんかしたくない!!

 

「君も、勝つのは好きだろ」

 

 バクゴー君を穢すんじゃねぇよ!!

 

荼毘(だび)、拘束外せ」

「は?」

 

 ほーん? 随分ナメてんなァ?

 

「暴れるぞこいつ」

「いいんだよ、対等に扱わなきゃな、スカウトだもの。それに、この状況で暴れて勝てるかどうか、わからないような男じゃないだろう? 雄英生」

 

 いかにも信用してますと、態度で示そうってか。雄英の信頼を壊そうと、人々を不安にさせようと。テメェらが調子かこうとしているだけ、バクゴー君をそのコマにしようとしてるってのは丸見えなんだよ!!

 拘束を解くのはトゥワイスと呼ばれた全身黒タイツ。その後ろから仮面男が「強引な手段だったのは謝るよ」と謝罪する。

 

「けどな。我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむただの暴徒じゃねえのは分かってくれ。君を拐ったのはたまたまじゃねえ。ここにいる者、事情は違えど、人に、ルールに、ヒーローに縛られ……苦しんだ。君ならそれを──」

 

 分かるわけねーじゃん!!

 バクゴー君は俺が首を絞める手の奴に、拘束が解けた瞬間、爆破を食らわせた!! ザマァねェぜ!!

 バクゴー君にテメェらヴィランの、()()()()()()()()()()()なんて、分かるわけねェんだよ!!

 

「黙って聞いてりゃダラッダラよォ……! バカは要約できねえから話が長ぇ! 要は『嫌がらせしてぇから仲間になってください』だろ!?

 

 無駄だよ」

 

 すっごいスッキリした! その険しい顔が、俺には頼もしく見えるよ。

 

「俺は()()()()()()が勝つ姿に憧れた。誰が何を言ってこようが、そこァ()()曲がらねぇ」

 

 そうだよな、バクゴー君。君はただ勝つだけじゃ嫌なんだ。

 体育祭で優勝したのにああも暴れていたのは、君が決めた、()()()()()()じゃなかったからだ!!

 こんな奴らに惑わされる君じゃない。こいつらの不幸を願うなんて止めだ止め! そんなことしている暇があったら俺はバクゴー君を守って、俺が好きな人たちの未来を良いものにするんだ!

 

 バクゴー君に触れる。俺が君に送りたいのは安心感だ。あったかいとさ、人って、安心するよね。

 大丈夫だバクゴー君、揺らがない君は、ヒーローになれる。

 

 

 

 テレビは会見の様子を未だ流し続けている。記者が、“攫われたのがバクゴー君だったのは体育祭で見せた粗暴さや不安定さが原因なのでは、そんな彼にヒーローとしての未来があるのか”と訊いていた。あいつも殺したい。あ、だめ、今の俺は幸せを願うって決めたんだ。

 答える相澤先生は、頭を下げていた。

 

『行動については私の不徳の致すところです。ただ……体育祭での()()()は、彼の“理想の強さ”に起因しています。誰よりも“トップヒーロー”を追い求め……もがいている。あれを見て“隙”と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると私は考えております』

 

 まったくもってその通りだぜ相澤先生!! そうであることに越したことはないけど、一年生から完ぺきなヒーロー像を持って行動してたっていうんなら、わざわざ雄英にくる必要なんて無いもんなぁ!! 理想の為にもがく姿がいくら周りからヴィランに見えたって、関係ない! そうだよな、バクゴー君!

 

 記者は根拠になっていないと、具体策があるのかを再度訊き、校長が警察と共に調査を進めていると答えた。

 

『我が校の生徒は必ず取り戻します』

 

 なんて頼りがいのある発言なんだろう。

 俺も、信じれば良かったのかな。救われることを、迎えに来てくれることを。

 

「ハッ! 言ってくれるな、雄英も先生も……そういうこったクソカス連合!」

 

 バクゴー君はバクゴー君で立場が分かっているな。そうだ。君は俺と違って「脳無にするにはもったいない、クレバーな戦闘をする“強個性”の、乱暴者な男」で、こいつらが「味方に取り入れたい重要人物」! 君自身が欲しいわけだから、本気で殺しに来ることはない、相手がいくらいたって、触られなければ、君の勝ちだ!

 

「言っとくが、俺ァまだ戦闘許可解けてねえぞ!!」

 

 片や「小賢しい」と、片や「馬鹿だ」と、「懐柔されたフリでもしときゃいい」だの、ヴィラン共はバクゴー君を好き勝手に評価する。バクゴー君を分からないからそう言うんだろ? やっぱりテメェらにバクゴー君はもったいないなぁ! 

 

「したくもねーモンは嘘でもしたくねんだよ俺ァ。こんな辛気くせーとこ長居する気もねぇ」

 

 ヒュー! かっこいいぜバクゴー君!

 

 そのバクゴー君に爆破された手の奴はこのやりとりの間、ずっと落ちた手の模型を見つめていた。ワープの奴が何か「落ち着いて」とか言っている。その手は何かのストッパーか?

 

 手の奴がバクゴー君を睨みつけた。それはバクゴー君を少しだけ怯ませるだけで、大した効果は無いようだった。オールマイトと戦ったことがある君だ。あのくらい何でもないだろうね。

 手の奴は、落ちた模型を拾って、顔にそれを取り付けた。

 

「手を出すなよ……お前ら、こいつは……大切なコマだ」

 

 やっぱりその程度としか考えてなかったか! テメェに渡すもんかよォ!

 

「できれば、少し耳を傾けて欲しかったな……。君とは、分かり合えると思ってた……」

「ねぇわ」

 

 何かが違えば、こいつと同じになってたのかもと、何故か一瞬考えて、そうじゃないから考えるのを辞めた。その考えに引きずられるのが嫌だったから。

 

「……仕方がない。ヒーローたちも調査を進めていると言っていた。悠長に説得してられない。先生。力を貸せ」

 

 先、生……?

 テレビモニターから聞こえてきた声は、あの時の、奴の声だった。

 

『良い、判断だよ。死柄木弔』

 

 死んでいるのに、血の気が引いた気がした。

 駄目だ、こいつが出て来たら……! こいつが来たら、誰も敵わない!!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十話

 俺が戦慄している中、バクゴー君は挑発していた。

 

「先生ぇ……? てめえがボスじゃねえのかよ……白けんな」

 

 それは自分の考えを相手に悟らせない為か。バクゴー君はジリジリと後ろに下がっている。俺に何か出来れば……!

 

「黒霧、コンプレス。また眠らせてしまっておけ」

「ここまで人の話を聞かねーとは……逆に感心するぜ」

「聞いて欲しけりゃ土下座して死ね!」

 

 なんで俺はものに触れられないんだよォ!

 

 その時、軽いノック音と共に、呑気な声で呼びかけられた。

 

「どーもォ、ピザーラ神野店ですー」

 

 それに気を取られた瞬間。外側にあたる壁がど派手に、クッキーが砕かれるように壊された!

 

「何だぁ!!?」

 

 ヴィランたちが慌てて、黒モヤが支持されるままゲートを開こうとするが。

 

「先制必縛、ウルシ鎖牢!!」

 

 壁が壊れて見えた外からシンリンカムイが“個性”の手足の木で奴らを拘束した。燃やそうとしたツギハギ顔は素早い小さいおじいさんに後頭部を蹴られ、意識を飛ばした。

 

「さすが若手実力派だシンリンカムイ!! そして目にも止まらぬ古豪グラントリノ!! もう逃げられんぞ、(ヴィラン)連合。何故って!?」

 

 壁を容易く壊した本人が、活躍した彼らの名を上げる。無い体がビリビリ痺れる。その笑顔、その力強い声、俺が夢見たヒーロー像。

 やっと来てくれた、俺たちのヒーロー!

 

「我々が、来た!」

 

 君を救けに、オールマイトが来てくれた!!

 

「オールマイト……!? あの会見後にまさか、タイミングを示し合わせて……!」

「攻勢時は守りが疎かになるものだ……」

 

 後ろの扉から声が聞こえたから見てみれば、何かが扉の隙間を、体を紙のように薄くしてすり抜け侵入してきた。その人はヒーロー、エッジショット。尖った髪型をした彼は体を薄く引き伸ばせる“個性”を持った、忍者のようなヒーローだ!

 

「ピザーラ神野店は、俺たちだけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練れのヒーローと警察が包囲してる」

 

 エッジショットが鍵を開けた扉から警察が突入してくる。壊れた壁から覗いてみたら、その下には確かに警察とヒーローが包囲していた。炎を身に纏っているエンデヴァーが特に目立って見えた。

 

「怖かったろうに……よく耐えた! ごめんな……もう大丈夫だ少年!」

「こ、怖くねぇよ! ヨユーだクソッ!!」

 

 安心して、笑いたいっていうのを無理やり抑えている口は歪んでいる。こんな状況なのに、微笑ましくなっちゃうじゃん。オールマイトもグッと親指を立てている。

 さあ行こう! 少し足を犠牲にしたって、リカバリーガールに治してもらえばいいさ! さあ行こう! バクゴー君、動いて!

 

「オールマイト! ヘアバンは見つかってねえのか!?」

 

 その話は後ででいいだろ!!

 

「ヘアバン?」

「雄英1年C組、吐移 正。雄英教師なら知ってるだろ!?」

「あ、ああ、彼か……彼が、どうした?」

「は……?」

 

 オールマイトは俺が攫われたことを知らないのか? そんなはずは……いや、それは本当にどうでもいいから、早く逃げようよ! 君さえ逃げれば勝ちなんだよ! ほら、手の奴も「は、ははは」って不気味に笑ってんだからさぁ!!

 

「爆豪くん……どこでその情報を手に入れたかは知らないが、よく聞いてくれたよ……」

「!」

「彼の“個性”も使えるし、爆豪くんと仲が良いからね……ついでに勧誘してたんだ……彼もお呼びしようじゃないか……」

 

 誰をお呼びするってぇ!? バクゴー君、早く逃げよう! 惑わされるな!

 

「黒霧! 持ってこれるだけ持ってこい!!!」

 

 脳無を持ってくるつもりか!!

 

 

 

 

 

 奴の叫びから、何も起こらなかった。

 

「すみません死柄木弔……所定の位置にあるはずの脳無が……ない……!!」

「!?」

 

 助かった……?

 

「やはり君はまだまだ青二才だ。死柄木!」

「あ?」

 

 いや、オールマイト、語る暇があるなら、バクゴー君を連れて逃げてよ。

 

(ヴィラン)連合よ、君らは舐めすぎた。

 少年の魂を。

 警察の弛まぬ捜査を。

 そして、我々の怒りを!!

 おいたが過ぎたな。ここで終わりだ、死柄木弔!!」

 

 俺の文句を吹き飛ばすような、オールマイトの強すぎる覇気。ヴィランを捕らえる力強すぎる眼力。俺たちにとって頼もし過ぎた。

 ハーン! ざまぁみろヴィラン共! オールマイトの存在に、絶望しろ!

 

「終わりだと……? ふざけるな……始まったばかりだ」

 

 ビビってんのか、力んでんのか分からない、震える手の奴の声。

 

「正義だの……平和だの……あやふやなもんでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊す……その為にオールマイト(フタ)を取り除く」

 

 まだ諦めてねぇってのか。オールマイトが居るってのに。お前らの脅威が捕まえに来たってのに。楽になっちまえよ!

 

「仲間も集まり始めた。ふざけるな……ここからなんだよ……黒ぎっ……」

「うっ……!」

 

 手の奴が命令しようとした瞬間、黒もやが呻いた。気絶させたのはエッジショットだ。中いじったって。

 おじいさんが前に出て、「おとなしくしといた方が身のためだって」と、ここにいるヴィランたちの名前を上げていった。

 

引石健磁(ひきいしけんじ)迫圧絋(さこあつひろ)伊口秀一(いぐちしゅういち)渡我被身子(とがひみこ)分倍河原仁(ぶばいがわらじん)。少ない情報と時間の中、お巡りさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。わかるかね? もう逃げ場はねぇってことよ。

 なァ死柄木。聞きてぇんだが、おまえさんのボスはどこにいる?」

「…………………………………………」

 

 諦めちまえ、諦めろよ。お前はもう、その未来しか無いんだから。何も考えるな。

 

「ふざけるな。こんな……こんなァ……」

 

 お前は、追い詰められているんだ。

 

「こんな……あっけなく……」

 

 追い詰めている、はずなんだ。

 

「ふざけるな……失せろ……消えろ……」

 

 こいつがまた何かをしでかす前に、バクゴー君、早く逃げようよ!

 

()は今どこにいる、死柄木!!」

「お前が!!」

 

 急に出てきたこいつの気魄。

 

「嫌いだ!!」

 

 それに応えるかのように、臭い黒い液体と共に脳無が出てきた! 何も無いところから、しかも手の奴も驚いていたから、こいつが呼んだわけでは無いらしい。エッジショットがワープの奴の仕業では無いと言っている。ならコイツらは、どんどん出てくるこいつらは、一体……!?

 

「シンリンカムイ、絶対に放すんじゃないぞ!!」

「お゛!!?」

 

 脳無が出てきた黒い液体が、バクゴー君の口の中から溢れ出た!? これもワープ系の”個性”で、まさか、あいつが……!?

 

「爆豪少年!! NO!」

「っだこれ、体が……飲まっれ……」

 

 なら行き先は……!!

 

 アイツのとこはダメだァ!!!

 

 

 

 バクゴー君に憑いていたからか、俺は彼と一緒に黒い液体に飲まれてワープされた。一瞬のことだ。バクゴー君はワープ先で口に残ったそれを吐き出した。

 

「ゲッホ!! くっせぇぇ……んっじゃこりゃあ!!」

 

 ワープ先は……やっぱり、こいつがいた。

 

「悪いね爆豪くん」

「あ!!?」

 

 ていうか、ここ何があったんだ!? コイツの正面、がれきの道じゃねぇか! 元はなんだったんだ!

 俺が驚いている間に、他のヴィラン共も臭い液体を吐いてワープしてきた。バクゴー君の後ろには奴らが、そして、顔無し男の後ろから、……俺ぇっ!?

 

「ヘア、バン……」

「ゲホッ……ば、バクゴー君……!」

 

 誰だお前はァッ!!!

 

「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子()もね。君が『大切なコマ』だと考え、判断したからだ。いくらでもやり直せ。そのために(せんせい)がいるんだよ。

 全ては、君のためにある」

 

 俺を攫ったのも、脳無ってのを作ったのも、全部、お前自身の為じゃなく、手の奴の為、だっていうのか……? あまりの絵面の不気味さに、バクゴー君も血の気が引いていっている。

 

「……やはり、来てるな……」

 

 その発言は、上空から来たオールマイトに対して使われたものなんだろう。重力で加速し、勢いが増したはずのオールマイトの拳は、受け止められてしまった。

 

「全て返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!!」

「また僕を殺すか。オールマイト」

 

 オールマイトがいても、どうしても拭えない不安が、俺にバクゴー君を急かさせた。

 逃げよう、バクゴー君。俺も手伝うから。お願い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十一話

 バクゴー君、逃げよう! 止まるな!

 バクゴー君の肩をもって揺さぶると、彼はそれに気づいてくれたみたいだった。なら、二人の戦いに巻き込まれる前に、早く!

 

「随分遅かったじゃないか」

 

 オールマイトの強すぎる拳の衝撃は、地面にクレーターを作ることで受け止められた。が、それを作った際の爆風にバクゴー君が吹っ飛ばされた。この顔無し男……あのパワーに負けるどころか、オールマイトを素手で弾くだなんて……。どんだけその体に”個性”詰め込んでんだ、このヴィラン!

 

 大丈夫か、バクゴー君! あ、バグゴー君、偽物の心配なんてしないで! あいつは俺じゃない、偽物を呼ぼうとしないで!

 バクゴー君の口を手で塞いだら、黙ってくれた。え? 見えてる、の?

 

 っ!? また、戦う二人の起こした衝撃波で、バクゴー君ぶっ飛ばされた! オールマイトも大丈夫か!? ええっオールマイトいない! 吹っ飛ばされたのか! たくさんのビルなどの建物を巻き込んで、どこまで吹き飛んだ!? オールマイト、生きてるのか!?

 

「オールマイトォ!!!」

「心配しなくても、あの程度じゃ死なないよ。だからここは逃げろ弔。その子達を連れて」

「!」

 

 逃げよう、バクゴー君! あの偽物なんか見てないで! ちょっと難しいかもしんないけど、君なら出来る! 俺が見えるなら、こっちじゃなくて、向こうに行こうよ! ねぇ!

 

 顔無し男が右手の指先から黒い爪みたいなのを出した。それを自在に伸ばして、黒もやの体に突き刺した。なんだその“個性”! しかも気絶してるはずなのに、黒もやの“個性”、ワープゲートがなんで展開されてるわけ!?

 

「さあ行け」

 

 どれだけの人間が、お前の犠牲になった!?

 

 遠くから、何かが飛び出した衝撃音。それは一瞬後、顔無し男の近くに、派手な音と衝撃を与えながら現れた。オールマイトだ!

 

「逃がさん!!」

 

 オールマイトは顔無し男に殴りかかっていく。

 

「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できるんだ」

 

 成長の糧に、バクゴー君が使われてたまるか!

 

「行こう死柄木! あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!」

 

 仮面男がまだ気絶している荼毘ってやつを“個性”でビー玉にする。

 

()()持ってよ」

 

 連れて行かせるかよ!

 

「めんっ……ドクセー」

 

 バクゴー君を狙うのは七人! 緊急事態だから、さっきまでと違って、強引にでもバクゴー君を連れて行く気だ。バクゴー君! 何が何でもあの仮面男には触れられないで! 同じ手に捕まるなんて、君らしくはないだろう!?

 

「今行くぞ!」

「させないさ」

 

 オールマイトは顔無し男に邪魔されてるから、バクゴー君の救出はできないだろう。そもそもオールマイトはバクゴー君を巻き込まない為に全力を出せていないんだ。おい偽物! バクゴー君を助けろ!

 

「バクゴー君! 右!」

「!」

 

 ナイス! よく仮面男のいるところを忠告してくれた! でも、見え見えの、捕まえようとする下心無しでだこの偽物!! テメェもやっぱり死ね!!

 

「7対1……かよッ!!」

 

 あ゛? 何笑ってんだ偽物。

 

「……なんでバレたんだろ?」

「ハンッ!」

 

 俺の笑顔は、バクゴー君が評価してくれた100点満点の笑顔は、こんなに汚くねぇんだよ! ニセモンがァ!!!

 

 バクゴー君もこいつが偽物だと分かってくれた。ならバクゴー君は、自分のやるべきことを理解したね? さあ逃げよう! それが一番難しいんだけどね!!

 せめて偽物、手出しすんなよ。お前も俺の面をかぶるなら、バクゴー君大好きだよなァ?

 

「もちろん」

 

 !?

 

 

 

 バクゴー君はずっと爆破で奴らの攻撃を躱したり、防いだりしていた。人数差的にいくら逃げても回り込まれて、脱出が出来ない。おい偽物! お前俺の声が聞こえるなら、バクゴー君を助けろ!

 

「悪いな幽霊。俺はトゥワイスが作ったお前の分身でね。恐らく意に反する行動をすれば、消される。助けられるチャンスは一回だから、慎重にならねぇといけねぇ」

 

 ……そうかよ。

 偽物はいつ拵えたか分からない、黒いキューブを右手に隠し持っていた。

 そのチャンスは、いつ来る。

 

 唐突に、それは起こった。この場の誰のものでもない力で壁がぶち破られ、氷結の坂道が突然現れた。

 あの氷結。あのエンジン音。あの緑の光。

 

「来い!!」

 

 あの声は。

 

 偽物からバクゴー君に飛んで、思いっきり背中を押した。

 

 行って!!

 

 バクゴー君は捕まえようとしてくる奴らを爆破で吹き飛ばしながら、飛び上がって、彼の為に伸ばされた手を、しっかりと掴んでくれた!!

 

 やっと、やっとだ! やっと君が、救われてくれた!

 

 追いかけようとするヴィラン共が反発力を使って飛び上がったところを、倒れていたMt.レディが巨大化して頭で撃ち落とした。ヒーローってすごい!

 

 バクゴー君が振り向いた。俺のことを見てくれていた気がしたから、全力で、心の底からの感情を顔に浮かべた。

 助けに来てくれたのは切島くん、飯田くん、緑谷くんだった。飛び上がる為の氷結があったから、轟くんも居るかもね。もしかしたら、他にもいる?

 

 もう一発撃とうとした奴らは、素早くて小さいおじいさんに蹴られて気を失った。脳震盪やば。

 

 

 

 逃がしてくれた彼らとバクゴー君を見送った俺は、偽物に目を向けた。偽物は右手を頭に添えていた。そっちは、黒いキューブを持っていた手か。

 ありがとう、偽物。邪魔してくれなくて。

 

「助けようとしたじゃんか。その機会は無かったけど」

 

 あ、そっか。そうだったね。

 

「一つ、直してくれ。俺は偽物じゃない。俺は、お前の、分身だ。つまり俺はお前だ」

 

 そうらしい。分身はそれを言い残して、黒いキューブを発動させた。頭が飛び、黒い液体になった分身。実に俺の分身らしい最期だった。

 

 

 

 俺が分身に別れを告げている間にも戦局は進んでおり、ヴィラン達が次々とワープゲートへ吸い込まれていった。こっちも逃げたか! なら気持ちを切り替えよう。今度は、あなたを守ろう、オールマイト!!

 

 オールマイトが顔無し男に左腕を振りかぶる。が、顔無し男の前に黒い液体が溢れ出て、その中からさっき三人を気絶させた小さいおじさんが出てきた。オールマイトの左腕も何か膜が張られた。勢いは止められず、オールマイトの拳はおじいさんの顔に当たってしまった。何っ、オールマイトの不自然に弾かれた拳からも血がっ!? あの膜が、衝撃の反転でもする“個性”なのか!? そもそも、人を盾にするなんて、最低な奴だ!!

 

「なんせ僕はおまえが憎い」

 

 この二人は、何か因縁があるのか? オールマイトが手の奴に聞いていたのは、こいつのことか?

 

「かつてその拳で、僕の仲間を次々と潰し周り、お前は平和の象徴と謳われた」

 

 果たして、その仲間をお前は仲間と思っていたのだろうか。どうせコマだと考えていたんだろう? あの手の奴、死柄木弔でさえ。

 

「僕らの犠牲の上に立つその景色」

 

 そのお前らが犠牲にした人々は、どうなった。

 

「さぞやいい眺めだろう?」

 

 お前が見る景色は、地獄が一番お似合いだ。

 

 膨れ上がった奴の左腕から放たれた拳は、オールマイトのスマッシュで打ち消された。それでも瓦礫は吹き飛び、オールマイトは血を吹いた。

 

「心置きなく戦わせないよ。ヒーローは多いよなぁ。守るものが」

「黙れ」

 

 なんて野郎だ、顔無し男。

 

「貴様はそうやって人を弄ぶ!」

 

 オールマイトが顔無し男の左腕をつかむ。ゴキキッと、骨の折れ、割れるような音がする。

 

「壊し、奪い、つけ入り支配する! 日々暮らす人々を! 理不尽が嘲り嗤う! 私はそれが!」

 

 オールマイトに助けられていたヒーローのおじいさんが、安全な場所に放られる。とどめだ。

 

「許せない!!」

 

 オールマイトの拳が顔無し男の黒いヘルメットを突き破り、その奥にあるはずの顔に直撃した。

 

 ……オールマイトの様子がおかしい。今までずっと、後ろから彼に掴まり見てきたが、 右半分の髪がへたってきた。

 

「嫌に感情的じゃないか、オールマイト」

 

 お前まだ喋れるのか!?

 顔無し男に目を向けて、血の気が引いた。今まではメットをつけてて顔が分からないから、そう呼んでいたんだ。

 

「同じようなセリフを前にも聞いたな」

 

 シュコー、シュコーと、パイプから音がする。

 

「ワン・フォー・オール、先代継承者。志村菜奈から」

 

 目も、鼻も無いブニブニの皮膚。正真正銘、こいつは顔無し男だったんだ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十二話

 顔ブニブニ男とオールマイトの会話は、俺にはよく分からなかった。

 

「貴様の穢れた口で……お師匠の名を出すな……!!」

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった……!」

 

 分かるのは、顔ブニブニ男が挑発してきているってこと。

 

「ワン・フォー・オール生みの親として恥ずかしくなったよ。実にみっともない死に様だった……どこから話そうか……」

 

 言葉の続きを聞きたくないオールマイトが再び左腕を振り上げるが、顔無し男が右腕を膨らまして、オールマイトを吹き飛ばした! ヘリが飛ぶような高さにまで吹き飛ばすなんて、どんな威力だよ! 一瞬の出来事すぎて、俺置いてかれたし!

 くそ、あのままじゃヘリにぶつかる……!

 しかし小さいおじいさんがオールマイトを回収してくれて、大事故にならずに済んだ。

 

「ゴホッ……邪魔を……」

 

 お前の存在が、人類からして邪魔だよ。

 

 オールマイトはおじいさんの手助けもあって着地出来た。一方、顔無し男の方も立ち上がり、戦闘態勢を作り直した。

 二人が戦ってきた場所は瓦礫ばかりで何もなく、その外も破壊され、機能しなくなった建物ばかり。この二人の戦いでどれだけの被害が出たことか。それが無いとこいつを止められないのか。やっぱりお前は最悪のヴィランだ。

 

 死柄木の育ての親だというのがよく分かる。顔無し男は両腕を大きく広げて、挑発しだした。

 

「弔がせっせと崩してきたヒーローへの信頼。決定打を僕が打ってしまって良いものか……。でもねオールマイト。君が僕を憎むように、僕も君が憎いんだぜ?」

 

 愉悦を多分に含んだ、嫌な声だった。

 

「僕は君の師を殺したが、君も僕の築き上げてきたものを奪っただろう? だから君には可能な限り醜く、惨たらしい死を迎えて欲しいんだ!」

 

 なんてことを口にするんだ! 許せるわけがない!

 顔なし男の左腕がまた大きく膨らむ。この攻撃は噴射であることはさっき分かった。小さなおじいさんが「でけぇの来るぞ!」と言いながらジャンプして避ける。

 

「避けて反撃を──」

「避けて良いのか?」

 

 顔無し男が左腕をオールマイトに向かって構えた。避けてよ、オールマイト!

 

「君が守ってきたものを奪う」

 

 幽霊の俺でさえ吹き飛んでしまいそうな、とんでもない威力の噴射が繰り出される。避けなかったオールマイト。きっと後ろに人がいたんだ。そこに付け込むなんて、お前はどこまで……!

 

「まずは怪我をおして通し続けたその矜持」

 

 煙が晴れていく。

 

「惨めな姿を世間に晒せ。平和の象徴」

 

 晴れて見えたのは、いつか見たガイコツ姿。

 

 この、人は……、俺に、自販機で当たった、コーヒーをくれた、先生……!

 

「頬はこけ、目は窪み!! 貧相なトップヒーローだ。恥じるなよ。それがトゥルーフォーム(本当のキミ)なんだろう!?」

 

 トゥルーフォーム……本当の姿……? お、俺は、この人に……!

 

 先生は顔無し男に嘲られても、その青い、炎のような燃える瞳の光を失うことはなかった。

 

「……そっか」

「体が朽ち、衰えようとも……その姿を晒されようとも……私の心は、依然平和の象徴!! 一欠片とて奪えるものじゃあない!!」

 

 痺れる。どんな姿になっても、やっぱりあなたはオールマイト。そんなあなたに認めてもらったんだ、俺は!

 

 ああ゛っ!!

 

「素晴らしい! まいった、強情で聞かん坊なことを忘れてた。じゃあ()()も君の心には支障ないかな……あのね…………」

 

 顔無し男は人差し指を立てて言う。

 

「死柄木弔は、志村菜奈の孫だよ」

 

 オールマイトの目の輝きが、その炎が、小さくなった。

 

「君が嫌がることをずぅっと考えてた」

 

 なんて、気色の悪い声で、無い鳥肌を立たせ、際限ない怒りを沸かせる声を出せるんだ、お前は!

 

「君と弔が会う機会を作った。君は弔を下したね。何も知らず、勝ち誇った笑顔で」

「ウソを……」

「事実さ。わかってるだろ? 僕のやりそうな事だ」

 

 二人の話はやっぱり、俺には分からないことの方が多かった。それでも分かることはやっぱりあって。

 

「あれ……おかしいなオールマイト。笑顔はどうした?」

 

 顔無し男が、オールマイトを苦しめることを心の底から楽しんでいやがるってこと。

 

「き……さ、ま……!」

 

 歯ぎしりをするオールマイトに、嘲る顔無し男。

 

「やはり……楽しいな! 一欠片でも奪えただろうか」

 

 とんでもねぇクズ野郎め!!!

 

「~~~~ぉおおお──……!!」

 

「負けないで……」

 

 膝をつきかけたオールマイト。その彼が守った背後から、声がした。

 

「オールマイト……お願い……」

 

 その声はオールマイトが秘密と引き換えに守った、女性のもの。

 

「救けて」

 

 救いを求める言葉。きっとあのヘリが伝える画面越しにも、同じことが、いや、それだけじゃない。彼を後押しする言葉が叫ばれているはずだ。

 

 あなたがその姿になったとしても、あなたが成してきたことが、皆の希望となり、支えだった。

 微々たるものなのは皆分かっているだろう。俺だって分かってる。それでもせずにはいられない。

 

 あなたに想いを届けたくて、あなたに勝ってもらいたくて。あなたへ向けて、声を張り上げることを、せずにはいられないんだ!

 

 勝って! オールマイト!!

 

 

 

 オールマイトの右腕に、光が走る。

 

「お嬢さん、もちろんさ」

 

 ……やっぱりあなたは、皆の希望だ。

 

「ああ……! 多いよ……! ヒーローは……。守るものが多いんだよ、オール・フォー・ワン!! だから、負けないんだよ」

 

 右腕だけが筋肉で膨れ上がるそのガイコツ顔に浮かべる笑みは、誰よりもヒーローだった。

 

「渾身。それが最後の一振りだね、オールマイト」

 

 顔なし男がふわりと浮く。テメェはまだオールマイトを苦しめる気か。許さない。彼だって、俺が命に代えて守りたい一人なんだ。

 これ以上は許さない。余裕そうなその態度が気に入らない。パイプを外せば、息が止まってくれるかなァ???

 その行為が実を結ぶ前に、そのまま奴は上空へ浮かび上がっていく。

 

「手負いのヒーローが最も恐ろしい。(はらわた)を撒き散らし迫ってくる君の顔。今でもたまに夢に見る。二・三振りは見といた方がいいな」

 

 右腕を膨れ上がらせる顔無し男に、炎が迫った! 膨れ上がった右腕は、その炎を払う為に力を使った。炎の主は──

 

「なんだ貴様……その姿は何だ、オールマイトォ!!!」

 

 だがそのNo.2はオールマイトにしか興味が無さそうだ。

 

「なんだそのっ情けない背中は!!」

 

 オールマイトへ厳しい言葉送っていた。

 

「応援に来ただけなら、観客らしく大人しくしててくれ」

 

 エンデヴァーに何か攻撃しようとする顔無し男に、エッジショットが迫った。

 

「抜かせ破壊者。俺たちは救けに来たんだ」

 

 下ではシンリンカムイが倒れているヒーロー、ギャングオルカやジーニスト、Mt.レディを腕の木を伸ばして回収し、瓦礫に挟まっていた女性はワイプシの虎が“個性”の軟体で助け出していた。彼もやられた一人だってのに。まだ傷が浅めだったか……?

 

 皆が、オールマイトの背負うものを少しでも軽くしてやろうと、彼の守るものを代わりに請け負っていく。エッジショットとエンデヴァーが少しでもダメージを与えようと、顔無し男に攻撃を仕掛けていく。俺もこいつの首を絞めて寒気を送ってやる。

 

 すべては、オールマイトの勝利の為に!!

 

 

 

「煩わしい」

 

 今までも見せてきた噴射を、地面に向けて放ち、二人の攻撃を、皆の心を吹き飛ばした顔無し男。

 

「精神の話はよして、現実の話をしよう」

 

 顔無し男の右腕が、ゴリゴリ音を鳴らしながら変形していく。

 

「『筋骨発条化』『瞬発力』×4『膂力増強』×3『増殖』『肥大化』『鋲』『エアウォーク』『槍骨』。今までのような衝撃波では、体力を削るだけで確実性がない」

 

 トゲが、結晶が、バネが、大量の右腕が。

 

「確実に殺すために、今の僕が掛け合わせられる最高・最適の“個性”たちで」

 

 気色悪いが集合した右腕。

 

「君を殴る」

 

 お前は何人、人間を食ってきた!!?

 

 触れたくなくて離れた途端、奴はオールマイトに迫っていった。呪えないとか色々思うことはあったけれど、二人の戦いにこれ以上俺が入っちゃいけない気がして、憑いて行かないことにした。

 

 異形の拳とオールマイトの拳がぶつかり合う。今まで以上の衝撃が街を、人々を襲う。

 煙が少し晴れたから見に行ったら、拳はまだぶつかり合い、オールマイトの腕、手から血が噴き出していた。そして、彼は、左腕にも力を入れた!

 

「そこまで醜く抗っていたとは……誤算だった」

 

 そのマッスルになった左腕で、顔無し男の横っ面に一撃を入れた! が……

 

「らしくない小細工だ。誰の影響かな」

 

 今の一撃、効いてなかったのか!? 

 

「浅い」

 

 奴は左腕を大きく膨らませた!

 

「そりゃア……」

「!」

 

 力を抜いていた右腕が、血を吹きながら、またマッスルになった!!

 

「腰が、入ってなかったからな!!!」

 

 口から血を吹きながら、オールマイトが右腕を振りかぶる。

 

「おおおお!!!」

 

 オールマイトのすべてをかけた拳が、顔無し男の左っ面にめり込んだ!!

 

「UNITED STATESOF SMASH!!!」

 

 顔無し男は地に落ち、その衝撃波は上空にいるヘリを不安定にさせ、地面の他を吹き飛ばした。

 時間が経ち、砂煙が晴れていく。見えるのはクレーター。その中央には倒れ動かない顔無し男。そして立つのは、ガイコツ姿のオールマイト。

 

 皆が息を呑む。オールマイトは分かっている。皆が求めている姿を。

 彼は左腕を掲げた。そして、マッスルフォームへ、姿を変えた!

 

 辛いだろうに。力を入れるのは、もう大変なことだろうに。それでも彼は、自身の信念の為に、腕を掲げ、勝利宣言をするのだ。

 

 最後の最後まで人々に平和をもたらし、希望を与えてくれた平和の象徴。

 俺の夢見たヒーロー像の、最後の姿。

 

 ありがとう、オールマイト。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十三話

 戦いが終わって、それで全てが丸く収まればよかったのに。

 

 オールマイトと最悪のヴィランの戦いの痕は凄まじくて、たくさんのヒーロー達と警官が協力して、倒壊した建物から生き埋めになっている人々を救助していた。でも死者はかなり居るだろうな。なんか、蛍のような光が次々と、天へと登って行っている。

 

 ……俺が生きていたら、俺が生きて救助活動が出来たなら。

 

 ……あの時生きることを選んでいたとして、俺はヴィランになっていたわけだから、救助活動も出来ないし、これ以上の惨事を引き起こしたかもしれない。だから、死んで良かったんだ。

 

―本当に?

 

 知らない。

 

―考える時間は出来た。

 

 嫌だなぁ。

 

―でも考えなきゃ、バクゴー君を納得させられる説明は出来ない。

 

 ……いやだなぁ。

 

 でも、ここで何も言わずに去ったら、バクゴー君何するか分からない。俺を探されたらたまったもんじゃない。

 俺は自分の人生を謳歌した。だから、バクゴー君も、皆にも謳歌してもらいたいんだ。俺の体を探すなんて無駄な時間を、一瞬でも過ごして欲しくない。

 だから、説明を。その為の説得の言葉を考えてなきゃいけない。俺があの場ですぐ死んだ理由を、ちゃんと言葉に起こさないと。

 

 

 

 オールマイトもいる厳戒態勢の中、顔無し男はぐるぐる巻きにされて、移動牢(メイデン)に入れられようとしている。その様子は報道カメラで捉えられている。中継だろうな。バクゴー君も見てるかな。ちゃんと、保護されているのかな? まだ、ちょっと会えないな。

 

 オールマイトが指さした。どこへ? 中継カメラへ。ボロボロの、口から血を流しているオールマイトは告げた。

 

「次は 君だ」

 

 誰に向けた言葉だろう。決まっているさ。不安を心に抱える一般国民へさ。

 

 これだけボロボロになっても、私の心は折れていない。私を今まで見てきた人たち。私の信念は、君が継ぐんだ。

 

 俺にはそう聞こえて、痺れて、混乱した。

 

 この意思が継げるような肉体が無いことに絶望して。

 オールマイトが勝って生き残り、この発言をしてくれたことに喜び。

 雄英教師としてまっすぐ俺を認めてくれたこの人の気持ちに、報えないことに悲しみ。

 あなたを俺が殺すことにならなくて良かったと歓喜した。

 

 俺は死んでよかったんだ!!

 生きてヒーローになりたかった!!!

 

 同じ口が発しているのが、自分でも信じられない。

 

 

 

 もうオールマイトの側にいたって仕方がないだろう。バクゴー君の所に向かいながら、この混乱はどうにかしよう。

 

 歩きながら考えて、バクゴー君の所に着いた。着いてしまった。準備は出来ているのに、怖かった。

 

 警察署で保護されているバクゴー君にいつもの覇気は無くて、警察官に聞かれるまま答えていた。疲れてるんだろうな。事情聴取を終えた彼は、対応していた警官に「吐移正ってやつの捜索届が出てないか」って聞いていた。雄英があるのは神奈川じゃないから、ここで言ったってしょうがないのに。警官も不思議そうにしていた。

 

 別室に通されたバクゴー君。親の迎えが来るまでここで待機らしい。疲れているバクゴー君はソファに横になった。

 

「ヘアバン……」

 

 どうして? どうして君は、俺を探そうとしてくれるの?

 

 

 

「バカだよ、バクゴー君は。バカゴー君め」

 

 夢の中に入る。入って、馬鹿にしたのにバクゴー君は何も言い返してこないし、何か期待している顔をしている。その理想は膨らむ前に壊させてもらおうか。

 

「例のごとく、()()に立っているわけだけれど」

 

 壊したらバクゴー君、膝をついて絶望した顔になった。夢だと気づかなかったくらい疲れているのか、現実の方にも現実感を感じていなかったか。まあ確かに、あの大事件は夢であって欲しいよな。

 

「……そんなに、俺のことを助けようとしてくれた、その気持ちはありがたかった。でも、それを君がする必要はなかったんだよ、バカゴー君」

「……夢にまでわざわざ出てきたんだぞ。お前が警告すると同時に、俺以外に自分の危機的状況が伝えられていないと考えても、いいだろうが」

 

 不満を言う口の端は、上がろうとしているのを無理やり抑えていた。

 

「残念! 俺の生身にはね、GPSやらなんやらが取り付けられてるの。手のひらにね!」

「電波ジャックするような組織だぞ。そんな情報も遮られてるに決まってんだろ」

「パソコン繋がってたじゃん!」

「それが捕まった時点で分かってりゃな!」

 

 こんな状況でも、こんな内容でも、話せるって事が楽しかった。バクゴー君もそう思ってくれてたら嬉しいな。夢の中に入るまでは本当に怖かったのに。なんかそういうことわざあったよね。何だっけ。

 

 意識をバクゴー君に向けると。彼は俺を伺うような表情になっていた。君がそんな顔をするだなんて、思いもしなかった。君は人の心とか事情とか、何も気にせずズケズケと話を進めるイメージがあるから。……それは緑谷くんかなぁ。彼も中々だからなぁ。バクゴー君にとっては失礼なことを考えてしまった。だから、俺から誘ってみよう。

 

「バ()ゴー君、何か聞きたいって顔してる。……まぁ大体予想はついてるけど」

「……なら、さっさと済ます」

 

 バ()ゴー君って言ったのに、まるで聞いてない。気づいていないのか、気づいていても余裕がなくて、何も言わないのか。その緊張を解こうと思ったのに。

 バクゴー君は震える口を開いた。

 

「お前は今、どこにいる」

 

 質問はやっぱりそれだよな。思わず笑ってから、用意していた言葉を放つ。

 

「分かんない。俺も探してる」

 

 バクゴー君が何も言わないから、俺は続けて言う。

 

「だから、来てほしくなかったんだよ。俺にも分からないから。……なんのこっちゃって話だよね。でも、本当なんだよ。ワープの奴に俺の体、どこかに捨てられちゃったから。テキトーにめっちゃ遠いとこに捨てたらしくてさ、どこかってヒントもくれなかったし」

「体を、捨てられた……?」

 

 説明下手のまま人生を終えてしまったなぁ。これも最初に言わないといけなかった。

 

「ああ。俺、自殺したから」

「はあっ!?」

 

 あんまり驚くから、質問攻めになる前に威嚇する。

 

「驚くなよ。俺を連合に勧誘してきたのは、あの“個性”を奪う奴だ。俺の復讐相手を脳無に変えたって、復讐をさらに共に進めようって言われた。バカだろ? 何のために俺が回りくどい方法を取ろうとしたのか、まるで分かってない」

「……んで、なんで自殺した!!」

「驚くなって言ったろ。俺の“個性”狙いだったんだぞ。目の前には、その“個性”を奪える奴がいたんだぞ。取られるわけにはいかない。奪われれば……あの時、オールマイトは勝てなかった。……俺はね、バクゴー君。ヴィランと関わりたくなんか、ないんだよ。最初の頃、言ったの、覚えてる?」

「……ああ」

 

 記憶力がいいね、君は。そうだ。俺はヴィランになりたくない。目標より何より最優先の、俺の中のきまり。人生の軸。

 

「この“個性”で人を傷つけたくない。ヴィランに使われるのなんて、もってのほかだ。じゃあ、逃げられない場合、どうしたらいい?」

 

 君ならすぐ理解してくれるよな?

 

「自分に“個性”を使って傷つく分には、法律は何も言ってこないだろ?」

 

 納得はしてくれなさそうだけど。

 その笑顔が。怒りに満ちた怖い笑顔が、許してくれない何よりの証拠だ。

 

「許してくれなんて、言わない。でも俺は、自分の行動に恥ずかしさはない。俺が自殺したから、オールマイトは勝てたんだ」

「ハッ! テメェの“個性”ごときでオールマイトがやられるかよ!」

「出来るね。拳の先や殴られる所にキューブを付けて、相手に破壊させれば、それで相手に傷をつけられる。おまけに自己回復つきだ! オールマイトだって目じゃないね!」

「っ……!!」

 

 俺がオールマイトに勝てないのは当然だ。でも、俺の“個性”は持つ奴が持つ奴なら、全盛期のオールマイトだって、倒せたに違いない。顔無し男くらいタフなら尚更。だから、何が何でも渡したくなかったんだ。

 

「相手はヴィランだぞ……いくら人を傷つけたくねぇからって、反撃もしねぇで……!」

 

 この件について何も言い返せなかったバクゴー君は、次に責めるべき点をあげてきた。それは思ったさ。でも、その時はそう思えなかった。

 

「……今思えば、黒いキューブをあの顔無し野郎に、ワープの奴に投げとけば良かったとは思う。でも、自殺することは変わらなかった。だって、前には奪う奴、後ろにはワープの奴がいたんだよ? ……逃げられない。反撃して、捕まったら、容赦なく“個性”が奪われる。それならいっそ……あいつが死体から“個性”を奪えないことに賭ける方が、勝てると思った」

 

 囲まれたあの瞬間、めちゃめちゃ頭回して考えた。20秒もなかったと思う。まるで、すぐ助けが来るのかのように振る舞って、警戒させて、絶対に俺に触れさせないようにした。

 

「そして事実、あいつは俺から“個性”を奪う素振りも見せず、ワープの奴に俺の体を捨てさせた」

「……」

「俺は、賭けに勝ったんだよ」

 

 死ぬ覚悟を決める時間を稼いで、しっかり決めて、死んだんだ。俺の犠牲は無駄じゃないと慰めながら。

 バクゴー君が哀れむ目で俺のことを見るから、泣きたくなった。

 

「別に、後悔してないとか、そんなわけでもないんだよ。だからこうして、夢枕に立ってるわけだし」

 

 やりたいことはたくさんあった。なりたいものになりたかった。まだ皆に言ってないことの方が多いんだ。言ってはいても、足りないんだ。それが出来ていないのは、俺だって辛いに決まってんだよ。

 だから、バクゴー君。俺のワガママに、付き合ってくれよ。

 

「……ねえ、バクゴー君。頼みがあるんだけど」

「……あんだよ」

「名前、呼んでくんない?」

「名前……?」

「バクゴー君いっつも、ヘアバンって呼ぶじゃないか。冥土の土産にさ」

 

 嫌なの? そんなに悔しそうな顔をして。いいじゃん、最後くらい。もう、他の誰も、俺の顔見て言ってくれないんだから。まあ確かに、ヘアバンっていうのはバクゴー君だけだし、それはそれでいいかもね。

 

「吐移」

「!」

 

 聞き間違えか? バクゴー君の顔を見たら悔しそうな、でも無理して俺をバカにする顔をしていた。

 

「返事くらいしやがれ、吐移」

「はい」

 

 今の俺には心臓なんてないはずなのに、それが早鐘を打っている気がした。

 

「吐移、正」

「うん」

「覚えとけよ、吐移。この俺が、名前で呼んでやったことを」

「絶対、忘れない」

 

 忘れられるわけがない。

 

「ありがとう」

 

 笑顔になったら、バクゴー君が「99点」って評価してくれた。こんな時までチェックするなんて、変なところでちゃんとしてるなぁ。

 

「涙分、(プラス)にしといてよ」

「ばーか。(マイナス)だわ」

「へへっ、そっか!」

 

 それなら、拭かないとね。俺はバクゴー君に背を向けて、出ていた涙を拭う。思っていたより流れ出していて、汚い。

 バクゴー君が夢から覚める前に、伝えたいことは伝えておこう。

 

「バクゴー君。俺ね、君に初めて助けられた時から、夢を見てるみたいだったよ」

「夢じゃねえ。現実だわ」

「うん。それが、すごく嬉しい。友達ができた。下手な笑顔がここまで上手くなれた。強くなれた。お母さんと話が出来た。……現実なのが、信じられない」

 

 よし、言おう!

 

「バクゴー君。多めに数えて、4ヶ月。この4ヶ月の間、俺」

 

 振り向いて、ちゃんと言おう!

 

「幸せでした」

 

 出てこようとする涙は、無理やり我慢した。

 

「100点」

「やった!」

 

 嬉しいことを言ってくれるよ!

 

「最後まで俺の心を救けてくれたバクゴー君、やっぱり君はヒーローだ! 君は、皆のヒーローになれるよ!」

 

 おっと! もう覚めちゃうか!

 

「ありがとう、爆豪勝己くん。君のおかげで、バクゴー君のおかげで、俺は、幸せでした!」

 

 よし! ちゃんと言えたぞ!

 

 

 

 夢の中から追い出されて、次はお母さんのところに行こうとした。友達の家は知らないから、と思っていたんだけど……。何か強い力が、俺を引っ張っている。それに抗おうとするけれど、上手く進めない。

 

 仕方ない。もうお呼ばれなんだろう。諦めて、地獄に落ちようか。

 

 人を超えて、山を超えて、海を…………ずっとずっと、海の上を渡ることを強要される。広すぎるこの海を。なんでこんなことをさせられているんだろうか。暇だから、目を閉じておこう。それでもこの霊体は、勝手に運ばれてくれるから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十四話

 引っ張られるのが終わって、目を開ける。まぶたがすごく重たかった。それでも開けて、光が目に痛くて、痛いことに驚いた。

 

「──!」

 

 日本語じゃない言葉で、誰かが何かを言っていた。どうやら英語らしいっていうのは分かったけど、リスニングは弱かった俺にとって、早口で繰り広げられるそれは聞き取れるものじゃなかった。

 周りの状況が知りたくて起き上がろうとしたら、女の人に肩を押されて、止められた。その人の格好はいわゆるナースって感じのもので、ここが病院であると知った。天国でも地獄でも、日本でもなさそうだ。

 ナース服から下がっている名札には、アルファベットで名前が記されていた。

 

 何も分からないまま着替えて、いつの間にか来ていたいかつい男の人に何か言われて、連れられ、病院を出た。これ、退院ってやつか? マジでよく分からない。

 

 俺は死んだんじゃなかったのか?

 海とかに捨てられたんじゃなかったのか?

 俺は夢を見ているのか?

 死んで見る夢?

 これが現実だとしても、なんかどうでもよかった。

 

 車に乗せられ移動する。芝生と車道と形が対称の家々の間を抜けていく。少し遠くに目をやれば金網が見えた。有刺鉄線らしい角度のついた金網は向こう側に乗り出していたから、ここはどこかの基地の内部らしい。そして、俺が送られる先も、その基地の中央建物らしい。

 

 車から降ろされると中に通される。俺みたいなやつが入って大丈夫なのか? どうやらアメリカっぽいけど……あ、不法入国したのか、俺は。で、これから尋問されると。嫌だなぁ。不可抗力だから 日本に送り返すだけで許してくれないかな。

 俺を病院から連れ出した男は、足をもつれさせる俺を待ちながら、でもどんどん奥へと進んでいく。なるべく周りを見ないようにしながら歩く。何か重要なものを見てしまったら億劫だから。暫く動かさなかった体はすごく体力が落ちているようで、一階分階段を登ったら息切れしてしまった。

 

「O.K.?」

「Yes」

 

 もう目標はすぐそこっぽいから、大丈夫と返した。

 駐車場が地下で、ここは一階の応接室みたいなところらしい。柔らかそうなソファーに勧められて、息切れがバレているから、遠慮せずお礼を言って腰を下ろした。

 いかつい男の人、たぶん軍人さんはテレビをつけてくれた。テレビはニュースを報道していて、「神野区の悪夢」というタイトルで、あの大事件の様子を流していた。俯瞰的に見ると、なんて酷い有様なんだろう。死傷者数は相当な数だ。

 

「Your japanese?」

「? Yes」

「────?」

 

 だから、早口で言わないでほしい。聞き取れない。俺は分からない、と顔を作って、「Sorry」と返事するしかなかった。

 その時、ノックの音が聞こえたから振り返ると、綺麗な女性がそこにいた。軍服は着てないけれど、この人も軍人さん? 男の人が女性に握手をしながら何か言っていて、女性は頷いた。そして俺の方を向いた。

 

「Hello!」

「h,hello……」

 

 美人の笑顔はまぶしいなっ。

 たどたどしい俺の様子に笑った後、女性は俺の隣に座って、俺の手を取った。

 

「はっへっ!?」

「はじめまして。私はサリー・チェイン。“個性”は翻訳よ。よろしくね!」

「は、はい」

 

 手を繋ぐことで本人と対象者の言葉の壁を取り払う“個性”なのかな。なら、意識する方がアホか。

 

「こっちの男の人はエルビス・ブラウン。あなたを保護することになった人よ」

「え?」

 

 ただ俺を案内してくれる人ってわけじゃなくて……あーもうよく分からない。もう、バカな質問から始めよう。

 

「すみません、チェインさん、ブラウンさん。俺は、何で生きてるんですか?」

 

 自分で思っているより馬鹿な質問ではなかったらしくて、ブラウンさんが真剣な顔して答えてくれた。

 

「お前は巡視船の上から降ってきたんだよ。血まみれ怪我まみれのほぼ死体が、体を打ち付けて息を吹き返したと思ったら、あっという間に怪我は治っていって……驚いたよ」

「……息を吹き返した」

「俺たちがしたのは輸血くらいだ。お前は最初から死んじゃいなかったってことだな。……ただ、流れた血が多すぎて、生死のギリギリをさ迷ってはいたが」

「……助けてくださり、ありがとうございました」

「なんだ。嬉しくなさそうだな」

「現実味が、無さすぎて。まだ、夢を見てるんじゃないかって、思って……」

「六日ぶりに起きたばかりだものね」

「病院で説明した時も、ぼーっとしてたしな」

「あれは、言葉が分からなくて」

「ああ、そういう」

 

 ぼーっとしてたのは否定しないけど。でも外からの情報よりも、自分の情報をどうこうする方が先にするべきことだったから。

 

「それよりも。お前の名前を、まだ聞いてない」

「!」

 

 そういえばそうだった。失礼なことをした。

 

「お、俺は、吐移 正です。日本人で、十五歳。雄英高校の一年生です」

「日本人なら、吐移が名字ね。よろしくね」

「はい」

「じゃあ日本人の吐移。聞きたいことがある」

 

 ブラウンさんは厳しめの目を俺に向けてきた。

 

「なんですか?」

「そこのテレビで流れているのは、日本で今起こっている大事件だ。いくら英語だからって、Kaminoku Yokohamaって地名を言ってるんだ。分かるだろ? なんでこのニュースに驚かない。お前はこの六日間、目が覚めなかったんだぞ。今、初めて知ったはずだ」

 

 六日間か。そうか、俺が幽霊やってたのって、そのくらいなのか。何も言わない俺をブラウンさんはまだ睨んでいる。 何を疑っているのか分からないけれど、話さないことには、この緊張した空気は晴れないだろう。この六日間ですっかり衰えてしまった表情筋を動かして言う。

 

「俺は、自分の認識としては、この事件を引き起こしたヴィランに“個性”を奪われることを嫌って、自殺したんです」

「はっ!?」

「で、幽霊になって、俺と同じように狙われている友人を忠告する為に、色々と行動を起こしていたんです。何かが変わったってわけではありませんでしたが。驚かなかったのは、事件を近くで見てきたので知っていただけです」

「……不可思議なこともあるもんだ。ゆっくり話を聞かせてもらおうか」

「俺も、この現状を知りたいので、もっと詳しく教えてほしいです」

「時間はあるもの。ゆっくり、食事でもしながらにしない?」

「食事?」

 

 そういえば、何も食べてないな。意識を腹に向けた途端、でっかい腹の虫が鳴った。押さえても、息をしたらまた鳴った。急に体から力が抜けていく気がした。ブラウンさんとチェインさんが大笑いしてる。

 

「そりゃそうか! 食べ盛りが断食してたんだ、元気に鳴るわな、腹も!」

「す、すみません」

「なに謝っている! さっさと食べに行くぞ!」

「待ってくださいブラウンさん。この子にいきなり肉なんて食べさせないで下さいよ? 体がビックリしちゃいますから」

「あー、じゃあ、シリアルバーがこないだ出来てたよな? あっち行ってみるか?」

「いいかもですね! あと、出来たのは結構前ですよ!」

 

 優しい人たちだな。これも、幸福な夢なのだろうか。

 

 そういえば。頭に手を置いて、ヘアバンが無いことを確認した。失くしてしまったのかな。残念だ。

 でも、生まれ変わる為につけたヘアバンド。俺は、強くなる為に、また生まれ変わってみたい。だからヘアバンドから卒業してもいいかもしれない。

 

 元気な二人に連れられて、基地の外に出る。太陽光が眩しくて目をシパシパさせていたら、ブラウンさんがサングラスを貸してくれた。サイズのでかいそれは役に立ってくれなかったけれど、気分をだいぶ変えてくれた。空気や景色もあって、外国に来てしまったんだと、そして、現実なのだと認識するようになってきた。

 

 変わる為に、まず体力の付け直しだな。たくさん食べなきゃ。きっとブラウンさんが奢ってくれますよね?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十五話

 ブラウンさんは軍人は軍人でも、国防の方じゃなく、国土安全保障省に属する組織の、アメリカ沿岸警備隊の隊員さんなんだって。違い分かんね。結局国防じゃね?

 で、俺はブラウンさんが乗っていた巡視船に落っこちて、傷は自分の“個性”で勝手に治って、血はありったけ輸血してくれたんだって。

 

 最初は急に息を吹き返した俺を「ゾンビだっ!」とか、めちゃめちゃ言って騒がれてたみたいなんだけど、それ以来動かない俺をブラウンさんが先導して助けてくれたらしい。ちょうど任務期間を終えて基地へ戻る最中だったのが幸運だった。

 基地に着いた俺はすぐさま病院へ入院。落ちて三日目のことだった。

 そして……実は、俺の身元は判明していたんだ。看護師さんの一人が雄英体育祭を見ていて、俺の事も知っていてくれてたんだ。後は日本大使館に連絡して、俺を日本に返す準備を進めていた、のだが……。

 

「あんな大事件があったからな。大使館も政府も大混乱。そして大事件の引き金が、誘拐された雄英生の救出と判明して、もしかしたら同じ雄英生のお前も関係しているのでは。じゃあ、みすみす命を奪おうとした組織のいる日本に返す必要は無いと判断して、今、証人保護プログラムの準備を進めている」

 

 優しいな。判断が素晴らしいな。なんで外国人を庇う必要があるんだ。どこから金は降りているんだ。

 

「俺の“個性”が欲しいんですかね、アメリカも」

「そういうのは、思っても言わないもんだ」

 

 少し強めに注意された。

 

「シリアルはもういいの?」

「はい。満足出来ました。美味しかったです」

「じゃあ、いくつか買って帰るか」

「……どこに?」

「まあ、俺の家だな」

 

 この人が本当に保護者らしい。

 話の続きは家でとのこと。チェインさん、付き合ってくれてありがとう。

 チェインさんの“個性”は、他人同士の会話を成り立たせたい場合は両者に触れなければならないらしくて、運転中はチェインさんとお話しした。

 

「“個性”のこともそうなんだけど、吐移くんが居た学校って、ヒーローを養成する学校として最高峰の高校だったんでしょう? なら、日本よりも事件発生率の高いここ(アメリカ)でヒーローになって、経験を積んでから日本に戻ってもらった方がいいと、軍の頭は考えたってわけ。いい話でしょ?」

「はい。都合のいい話ですね」

「あー、……君には、綺麗事のような話じゃ納得させられないみたいだね……」

「自殺の直前、綺麗事のような話でヴィランに勧誘されていたので。信用出来ません」

「そっかー……」

 

 困らせるのは好きじゃないけど、それより大切なことだと思うから、遠慮しない。いいように使われたくない。使われるなら納得したい。ほとんど無条件に信用しているからこそ説明を求めているんだ。この人達もヴィランなら、黒いキューブの(死ぬ)準備は出来ている。

 

 ブラウンさんの家は基地内にある。一年の九ヶ月近くを海の上で過ごしているからか、せっかくの家はくつろぎスペースだと言わんばかりにインテリアで溢れている。一人なのに。と言ったのはチェインさんだ。俺じゃない。怒られているのもチェインさんだ。ブラウンさんは溜め息を吐いてから、俺達にソファーをすすめ、お茶を入れに行った。

 

「見たところ、女性受けするものがないから完全に自分の為ね、ブラウンさん」

「そうみたいですね」

 

 俺と手を繋ぎ笑うチェインさん。「季節感は特にないですね」と、適当に話を合わせておいた。

 

「あ、そうだ。吐移くん。さっきの話の続きをしようか。えーっと、証人保護プログラムに至った経緯、だったかな」

「あの……その、さっきから仰っている、証人保護プログラムって何ですか」

「あ、そこから?」

 

 日本にはないシステムなので、と言ったら納得してくれて、チェインさんは説明してくれた。

 

・事件の証言者をいわゆる「お礼参り」などの制裁から保護する目的で設けられた制度。

 

・該当者は裁判期間中、もしくは状況により生涯にわたって保護されることとなる。その間、住所の特定されない場所に、アメリカ合衆国連邦政府極秘で最高レベルの国家機密で居住する。その際の生活費や報酬などは全額が連邦政府から支給される。内通者による情報漏洩の可能性を考え、パスポートや運転免許、果ては社会保障番号まで全く新しいものが交付され完全な別人になる。

 

・被保護者の中でもとりわけ、アメリカ合衆国の国益に多大なる貢献をしたものは、相当裕福な経済的援助を受けることもある。(Wikipediaより引用)

 

 

 説明を受けて、気になった事がある。

 

「その制度を活用した人が、ヒーローなんて目立つ仕事を志していいんですか?」

 

 そう言ったらチェインさんが「大丈夫だよ~!」と笑って、説明中に戻ってきていたブラウンさんが代わりに答えてくれた。

 

「そりゃ、アメリカ国内の事件の証言者ならそういうわけにはいかない。が、お前はそこまで顔が割れてない上に、事件は日本で起こってる。ちょっと顔を変えりゃ、アメリカじゃあ誰も気づきやしないさ」

「そーそー! そこんところは気にしなくていいよ。君に気付いたナースは母親が日本人だから、雄英体育祭をチェックしてただけ。君は幸運だけど不幸なことに、全然有名人じゃないの!」

「本当に幸運で不幸ですね」

 

 いや、外国で見てて、覚えてる方がすごくないか? 俺は本当に不幸なのか?

 話を合わせてた方が進むだろうし、指摘しないようにしよう。チェインさんが「で、君をヒーローにしようと動いてる話なんだけど」と話を続けた。

 

「アメリカは日本と違って“個性”を使っていい職場は結構あるけれど、君は自由に動ける職業ヒーローがいいんじゃないかって話になったんだって! 軍医として欲しそうにしてたけど、国民の命を結果的に多く救えるのは、やっぱり現場にいつでも急行出来る立場だよねってことでさ! 君の“個性”って、他人と自分の傷を黒いキューブに変換、なんだよね? 医療従事者じゃその黒いキューブの使い道どうするのって話もあったし、ならヴィランにぶつけてもらおう! それならヒーローに! それならここアメリカで! それなら国民を救ってくれる! もしかしたらアメリカに永住してくれるかも! だから上の人は保護するに留まらず、証人保護プログラムでアメリカ国民になってもらおうって目論んでいるんだよ!」

「なるほど……」

「ちょっと、頑張って軍部の本音っぽいところまで話したのに、反応薄くなーい?」

「そんなところまで赤裸々に話すからだろ」

「さっきこの子が自分で、綺麗事は聞きたくないって言ってきたの。ブラウンさんは知らないだろうけど」

「車の中での話か」

 

 俺が考えているのは、アメリカでヒーローになることを日本政府が許すのかってこと。だって、もうあちらは俺が生きていることを知っているんだ。ならわざわざアメリカで保護されずとも……本音を言えば、みすみす貴重な治癒系の“個性”を外に出すものだろうか。まだ、日本と話し合いは進んでいないんじゃないのか?

 疑惑が湧いてくる中、ブラウンさんが厚め書類をカバンから取り出し、俺の前に出した。

 

「綺麗事なしで言っていいなら、さっさとこの書類にサインしてほしい」

「それは説明不足じゃないです?」

「書類の内容を全部読みたいので、二週間待っていただけますか?」

「ちゃんと手伝うから、吐移くん。不貞腐れないで、お願い」

 

 早く話を進めたいブラウンさんと、日本に、家に帰りたいけど帰れないと察しながら、それから目を背ける俺の戦いが始まった。

 




https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC%E4%BA%BA%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0
今回参考にさせて頂いたサイトのURLです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十六話

 問題として挙げたいのは、とりあえず二つ。

 

 一つは、日本政府に俺への証人保護プログラムの件は伝わっているのか。伝わっていて尚、俺をアメリカに任せようっていう話になっているのか。

 “神野区の悪夢”があった日本はブラウンさんが言ったように大混乱中のはずだ。そして、俺はいくら貴重な“個性”とはいえ、国のお偉いさんが()()()守りたいと思える国民かと言われたら、そうでもないだろう。あえてアメリカで保護させて、恩を売る価値が俺にあるだろうか。戻ってこさせた方が安上がりだろう。

 

 もう一つは、アメリカ側は俺を日本に返す気はあるのかっていう話。

 鴨(治癒系の“個性”持ち)がネギ(ヒーロー志望)を背負ってきたんだ。アメリカ政府がわざわざ金出して俺をヒーローにしようと計画している。そんなの、俺に恩を売って、アメリカから返す気が無いってことじゃないか。念入りに、証人保護プログラムで俺を「吐移正」から別人に、アメリカ人にして。

 

 そして、聞いたことがある。アメリカ人にとって契約は絶対的なものらしい。そんな国民性を持った人間から差し出された契約書。簡単にサインしていいわけない。強い眼力で俺を見てくるブラウンさんに、一つ一つ聞いていこう。さぁ俺を納得させてみろ。出来なきゃ、この家が血の海になるぞ。俺の血で。

 

「ブラウンさん。あなたが知っているかは分かりませんが、聞かせてもらいます。日本政府は、俺への証人保護プログラムに賛同していますか?」

「……提案しているが、返答はもらっていない。まだ事件の対応で忙しいんだろうよ」

「ならサインはしません。するわけないですよ。日本側が俺を迎えようって言ったとき、俺がこれにサインしてたらややこしいことになるじゃないですか」

「まあ、そうだな」

「この流れでもう一つ聞きます。仮に、この制度を受け入れた俺を、アメリカは日本に返す気はありますか?」

「……それはお前の意思で決められるものだ。そこんとこは気にすんな」

「いや、気にさせていただきます。アメリカ国民の税金で食わせて、住まわせていただく身になるんですよ? 気軽に国に返してもらえるとは思えません」

「そう考えるんなら、早くヒーローになってアメリカ(うち)に多大に貢献して恩売っとけ。お偉いさんが何も言えないくらいにな。そもそもプログラムにお世話になる気はないんだろ。聞く必要があるのかそんなこと」

「すみません。より世話にならない意思を固める為です」

 

 わざわざ別人にならなくてもいいんじゃないか? お母さんや皆との縁を捨てる必要は無いんじゃないか? もう次からは、生まれ変わると決めた次からは、黒いキューブを使ってヴィランに対抗してやる。自分の身くらい自分で守ってやる。

 だから、帰してくれ。

 

「吐移くん、ちょっと待ってくれないかな」

 

 チェインさんが介入してきた。考え直せと、いや、結論は出すのはまだ早いと。そう言うのかと思っていた。

 

「確かに、日本政府の答えを聞く前にサインを求めたのは酷い対応だった。ごめんなさい。……あのね、質問があなたばかりだったから、私たちからも質問させてくれないかな。あなたを助けた私たちには、()()を知る権利があると思うの」

 

 ()()というのは、俺が巡視船に降ってくるまでの経緯だろうか。俺はただ一つ頷いた。

 

「君はどうして、自殺を図ったの」

 

 思った通りだった。俺はバクゴー君用に考えていた、あの言い訳たちを並べていく。

 

 俺を仲間(コマ)にと勧誘してきたのは、“個性”を奪い、与える“個性”を持った、オールマイトと戦っていたあのヴィランであること。

 俺がどう返事をしたところで、いずれは“個性”を奪われ、悪用されていたと予想したこと。

 ヴィランにどうしてもなりたくなかった事。

 俺には逃げる場所が「死」しかなかったこと。

 

 これらの骨組みに肉を付けて話した。最後に、「生きているのが予想外だったんだ」と付け加えて。

 話している途中、どんどん顔を険しくさせていったブラウンさんとチェインさん。話終えた後、チェインさんが俺のことを「ラッキーボーイ」と呼んだ。

 

「あなたの手にはGPS発信機が埋め込まれている。学校からかなり優遇されているあなたは、相当期待されているのね。ヒーロー養成校として最高峰の学校に、家まで用意されて」

 

 さっきも俺の“個性”の本当のところまで知っていたが、どこまで調べて、どこまで知っているんだろうか、この人たちは。

 

「そんな子を国が放っておくとは思えない。日本が返事出来るほど回復してきたら、そりゃあ『返してくれ』と言うでしょうね。体裁もあるし。でもね、私個人としては帰したくない。日本は一つの街を半壊させられただけでなく、大きな柱であった“オールマイト”氏を失った。平和の象徴と讃えられた彼が居なくなれば、日本でも犯罪率はこれから高くなることでしょうね。そこに未完成品を返されても、私が日本政府なら、勘弁して欲しい。あなたを、今度こそ守れないかもしれないから」

「……ポーズとしての返して欲しいは、即戦力として見ているから、ということですか」

「そう悲観的にならなくてもいいと思うけど、そうね。即戦力として使われるなら、あなたは使い潰されるだけ。ねぇ吐移くん。あなたは今、日本ではまだ行方不明者としてしか扱われていない。チャンスなのよ!」

 

 俺が話を聞くと知ったからか、チェインさんの目が輝きだした。

 

「日本では死んだものとして扱ってもらって、あなたは()()()()()()()()()()()()() アメリカは日本よりもプロヒーローも多ければ、犯罪発生率も段違い。あなたをヒーローとして育てながら適度に危険に晒し、それを解決する術を学ばせられる。弱体化している日本に今帰って身を危険に晒すより、変わらないアメリカで強くなる方が絶対にいい! それに……今ここで帰っても、あなたは同じことを繰り返すだけじゃないかな」

 

 そうかもしれない。用意していた黒いキューブたちが良い証拠だ。何も言い返せない。

 

 今、雄英に戻っても、もちろん歓迎はされるだろう。だが、俺の“個性”を守る為に、また多くの金が使われる。バクゴー君と同じようにヴィランに拐われて戻ってきた身だとしても、元からヴィランの回し者と思われていた俺が戻ったら内通者が戻ってきたと考えるかもしれない。それはとても悲しい捉え方だと分かっているが、最悪を考えないといけない。

 しかし、アメリカ政府の保護下に入れば──

 

「答えは焦って出さなくていい。どうせ日本政府が答えるまで、もうちょっと時間かかるだろうからな。その日本に帰るのが今なのか、強くなってからなのか……。アメリカもお前を利用しようと動いてんだ。お前も利用しちまえ。その方が利口だぜ?」

 

 ブラウンさんがそう言って席を立つ。書類を置いて。

 考える時間はまだ欲しかった。証人保護プログラムを受け入れる。別人になる。それをまだ受け入れようとしない自分への言い訳を考える時間が。

 

 生まれ変わると決めたんだ。手段として、悪くない。

 

 

 




 今回で“吐移正”の物語は最終回です。
 ここまで見てくださった方々、誠にありがとうございました!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまけ

 せっかく救われた命だ。

 生まれ変わるチャンスを得た命だ。

 これを無駄にする選択肢はなかった。

 

 証人保護プログラムを受けることになってから、俺と俺の周りの変化は目まぐるしかった。別人になる為に色々、主にブラウンさんの子供になるまでの筋書きを考えたり、顔を変えたりするのが大変だった。

 

 言葉の壁も高かった。いつまでもチェインさんの世話にはなれないから。一年遅れでヒーロー科のある学校に通ったのも、その言葉の壁を少しでも超えておくため。

 

 学校自体も大変だったな。実践主義の学校だったから、週2で校外学習だったんだよ。ヴィランと戦ったり、救助活動で傷ついたクラスメートや一般市民たちに“個性”を活用して治したりして、沢山“個性”を鍛えられる機会があったのはとても良かった。

 そこを卒業して、指名してくれたヒーローのサイドキックになってからも、俺は陰ながら活躍していった。

 

 成長した“個性”で、正面10m以内にいる人間の傷を黒いキューブに変換出来るようになった。俺の肺活量に依存されるみたいだから、これからも成長するに違いない。

 

 そして俺は、この“個性”と屈強になった肉体を引っ提げて、日本へ降り立った。目的は「引退したリカバリーガールの後釜として、雄英高校の看護教諭に就任する為」。俺は日本で、アコライトヒーロー・ブレスヒーラーとして活動するんだ。

 

 飛行機から出て、懐かしい空気を吸う。日本に帰ってきた。ここまで来るのに、7年かかってしまった。

 

 

 

 さて彼らに会いに行こう。

ブレスヒーラー及び、ショーン・ブラウンとして始めにやるべきことは、勘の良い親友たちを仲間に引き入れること。

 「吐移正」だった頃の失敗は、全て一人で行おうとして引き起こったものだった。隠し事するならボロが出てもいいように、仲間を何人か作ってフォローしてもらうのが、長く秘密を隠し通す秘訣なのだと考えた。

 今回はシンソー君と記見さん。そしてバクゴー君だ。特にバクゴー君は、場所とかタイミングとか関係なく炙り出そうとするはずだから、真っ先に伝えなきゃいけないな。

 

 

 

 張り切りすぎて、引き継ぎの説明とかはもう少し先なのに、早めに日本に帰ってきてしまった。

 家もあちらが用意してくれるものがあるらしいから(外国人だからかな?)それを活用したいが、まだ用意が完璧じゃないらしい。やっぱり早すぎたな。

 久々の日本。変わった日本を見ていくのも悪くないだろう。そう気持ちを切り替えて、空港から直で来たホテルから街中に出た。

 

 まだ陽が高い。今の俺のトレードマークのサングラスが大いに役立ってくれた。

 喉が渇いたな。いい感じのカフェにでも入ろうかな。今の俺の風貌じゃ、ファストフード店にいた方が似合うんだろうけど、バクゴー君にいつか言われたことを未だに思い出して、ファストフードに手が出ないんだよな。

 

 入ったカフェはあちらでも馴染みのあるチェーン店。甘めのカフェオレをリクエストして、何気なく店内を見渡して、ずっと見たかった色が見えた。

 

 あの頃より高くなった背丈。がっしりした体。そういう変化もあるけれど、特徴的な爆破ヘアー。薄い金のようなクリームのような髪色。鋭い三白眼。変わらない、君を君たらしめる要素があった。

 なんて幸運なんだろう。生まれ変わったから、運気も変わったのかな?

 

 リクエストしたカフェオレが出来上がった。お金を払って彼の元へ向かう。

 日本に帰ってきたら、真っ先に会いたかったんだ。

 

「ここ、席空いてますか?」

 

 親友。

 

 本を読んでいた君は、声をかけた俺を見上げて、めちゃめちゃ怪訝そうな顔をした。君でそうなら、他の人たちも分からないかもな。自信がついたよ、ありがとう。

 

 久しぶり、バクゴー君。

 




 最終話までご覧いただき、誠にありがとうございました。ここから先の物語は皆様の想像で是非補完なさってください。

 ……読み上げちゃん機能の条件を満たしたいので、この作品をお気に召してくださいましたら、ご評価いただけると幸いです。(乞食)

(追記)久しぶりに来ましたら、ご評価を頂いたことで読み上げちゃん機能の条件を満たしておりました! ありがとうございました!!! 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話 IF
IF 1


 目次の雰囲気的につけられなかったサブタイトル、「もしもあの時吐移くんがブチギレてたら」、です。先に投稿していた『4ヶ月の』の展開的に書けなかったのですが、我慢出来ずにIFとして書くことにしました!
 話は雄英体育祭最終種目・二回戦・対常闇戦から。前半はほぼコピペです。常闇くん推しの方は閲覧注意になります。
 吐移くんは自身の“個性”がまだ他者の傷を回復(回収)出来る事に気がついていない段階です。
 では、二人共性格が悪いバージョンを、どうぞ。


「お前……全力では無いな?」

「……なに?」

 

 はぁ? 何知ったふうな口きいてくんの? 強いからって調子乗んなよ。

 目の前に立つのは俺の対戦相手、常闇 踏影くん。彼の“個性”は全方位中距離防御、攻撃ができる影。一回戦での勝ち方は、対戦相手のA組、八百万 百さんに反撃の隙を与えず、場外へ押し出し。つまり、あの影には実体がある。ならあの影と本体の体力が、いや、いらん期待はしないでおこう。

 

『START!』

 

 始まりのコールが聞こえたと思ったら、常闇くんはいきなり影を俺に向けてきた。肉体同士でぶつかりあおうぜぇ!?

 そんな気持ち虚しく、俺は影をいなすことしか出来ない。本体は高みの見物ってか!?

 

「予選。お前は第一関門を二位で通過したな。爆豪に続いてロボの上を飛んで超えたが、その時、上空から足を崩されていたロボを何体か見かけた。あれは、お前がやったんだろう?」

「……知りませんけど?」

「とぼけるか」

「知らないもんは知らないし、悲しいことに、これが俺の全力だっての!」

 

 暴いた気になって余裕ぶっこきやがって! そのツラに拳を食らわせてやる!

 

「!」

 

 躱した影がまた俺に襲いかかってくるのを、またいなす。

 

「躱すか」

 

 ったりめーだ! C組の皆と約束してんだよ! 絶対に一発食らわせるってな!

 気合を入れ直して、今度こそ常闇くんに飛びかかる。

 

「くっ!」

「ライトが欲しいよ、まったく!」

「何っ!?」

 

 ひるんだな!? 顎にアッパーをくらえ! で、膝も腹にくらえ!!

 

「ぐうっ!」

「影なら光をぶち込めばいいのに! 持ってない!!」

 

 対応策を思いついてるのに実行出来ない、俺の悔しさをくらえ!!

 もう一撃入れようとした拳は、しかしよけられ、ついでと言わんばかりに黒影に足元を掬われた。

 

「のぉっ!?」

「俺の弱点に気づいたようだが、残念だったな」

 

 くっそ! 足掴まれた! これじゃ一回戦で俺が芦戸さんにしたのと同じじゃ、いや、待てお前っ!? なんで俺を逆さ吊りにしやがるんだ!?

 

「離せぇ!!」

「全力を出さない者が立てるほど、この大会は甘くない」

「ああ゛っ!?」

 

 黒影で俺の片足を掴んで逆さ吊りにしてきやがった常闇くんが、クッソ生意気なことを言い出しやがった。さっさと場外に放り投げりゃいいものを、そんな問答の為に俺を抵抗できない逆さ吊りにしてるってのか? 性格悪いなお前!

 

「言っただろうがよ! 俺は全力出してここに立ってる! 現に君と戦っているこれ、二回戦目じゃんか!」

 

 一回戦目、俺はこの自己回復と拳と心理戦で芦戸さんに勝った。あれでプロには俺が“自己回復の個性持ちの生徒”って印象づけられてるはず。それを崩されてたまるか!!

 

「一回戦目はそれを出すまでもなく勝利できた。それだけだろう。だが俺にはそうはいかないぞ」

「しつこいなぁ……!」

「見せてみろ。お前の全てを」

 

 そんなこと言われて、出すとでも思ってんのか。カッコいいとでも思ってんのか。

 

「全力出してるって、さっきから言ってるだろ! なんだよお前っ! 俺はもうなんにも出来ないんだから、このまま放り出せばいいだろ悪趣味!」

「出来るだろう? ロボに対してぶつけた“個性”を、俺にもぶつければいい」

 

 ふざけんな、ふざけんな! 会場もなんかおかしいぞって雰囲気になってきてる! 実況のマイク先生も『もうやめてあげて!』って言ってんだろ! あ~も~、あったま来た! 精神的にも物理的にもこっちは頭に血がのぼってんだよ! いい加減下ろしやがれ!!

 

「何をぶつけるってェ? 俺は全力をお前にぶつけて、まるで歯が立たなかっただけですけどォ!?」

「いつまで隠しているつもりだ。そんなことでお前、ヒーローになれるとでも思っているのか」

「生憎、俺はヒーローよりも救急救命士とか、そっちを目指してるもんでね!! ヒーローにも勿論憧れてるけど!!」

「ならば尚更だ」

 

 降ろしてくれねーなら、反動つけて降りてやる。イラついてるから、その上から目線な、説教臭い顔をぶん殴ってやる!

 

「力を隠しておいて全力とは、そんなことで民衆がお前を認めるものか」

 

 ……なあ。誰が、民衆に、認めてもらおうなんて言った?

 

 どうして、『“個性”を隠す、使用しない』ことが悪だとされないといけない?

 

 なんで、全てをひけらかさないといけない? そうじゃないと認められない?

 

 それで、一体、誰が、迷惑した?

 

 

 逆さに見る常闇くんの顔が、まるで自分が正義だと言わんばかりに自信たっぷりで、不愉快だった。

 

「……っう」

「は……?」

 

『あ、あれ? もしかして逆さ吊りの吐移、泣いちゃってない?』

 

 勿論、嘘泣きだよ。

 

 ヒーロー科が普通科を泣かせてるっていう構図は、中々ショッキングだろ? プロも世間も注目しているこの会場で、テレビ中継もされてるこの状況で、圧倒的な力の差で普通科を弄ぶ姿なんて、ははっ、酷いもんだよなぁ!!

 

「認めるってなんだよぉ! もうやめてくれよぉ! いい加減にしてよ! 俺には、君が期待するような力なんて、ないんだからぁ!」

「そ、そんなはずは……。俺は確かにっ」

「俺がそれを使ったって場面、見たわけじゃねぇんだろ!? 憶測で俺を晒し者にしないでよぉ!」

 

 「ひどいよぉ!」なんて、情けなく喚いていれば、こんなヴィラン顔でも世間は俺に同情する。加えてはっきり“晒し者”とマイナスなことを言えば、常闇くんの評判は落ちる。さぁさぁ焦りやがれ、人気商売を目指す人間!! イメージダウンは痛手だぜぇ!?

 

「力の差は歴然だろ!? こんな逆さ吊りにまでされるくらい、俺にはもう打つ手なしだよ! もう、俺を場外に放り出してくれよ!!」

 

 一回戦最終試合のような、麗日さんを警戒するが故に試合内容が恐ろしくなったバクゴー君みたいにはさせない。はっきりと、世間に“いじめっ子”の印象を植え付けてやる。これで放りだしても、逆さ吊りのままでいても、君の印象は悪くなるばかりだ。相澤先生にだってフォローさせないさ。あっははは!!!

 さあ、どうする? 勘違い野郎。

 

「……すまなかった」

 

 俺から目を逸らした常闇くんは、俺をゆっくりステージの上に下ろしながら、そう謝ってきた。チッ、そうきたか。そっちに素直になられたら、こっちも引くしかねぇじゃねーか。俺はメンヘラってキャラでやってねーんだよ。

 ゆっくり下ろされた場所は、白線の内側。まだ俺に戦わせる気か? そんな甲斐性はいらねぇよ。

 

「悪かった。確証もないのに、公衆の面前で晒しあげてしまって」

「……恥かかせたこと、許さないから」

「それは、当然だな。……本当にすまなかった」

「……こっちこそ、君を悪者にして、ごめん。言った内容は許さないけど、そこは謝っとく。ごめんね」

「いや……」

 

 君が謝るなら、こっちだって謝っとかないとな。喧嘩両成敗的態度。本当はこれ俺嫌いなんだけど、世間はそう思っちゃくれない。でもこれで、俺の“隠し事をしている”っていうのは常闇くんのただの言いがかりとして見た人は処理するだろう。俺側は何も失ってない。やってやったぜ。

 

「打つ手なしだって言ったのは本当だ。だからもう、俺は潔く諦めるよ。次の試合、頑張ってね」

 

 これ以上いたずらに時間が経過するのも悪いからと、俺は自分から白線を超えた。

 

「吐移くん、場外! 常闇くん、三回戦進出!!」

 

「……いいのか。それでいいのか、吐移」

「まだ言うの? 俺は、まだ君の足元にも及ばないような、弱い奴なの」

 

 そんな奴をお前は、晒し者にしたんだぜ?

 

『後味がちょっと悪い試合になっちまったな! だが、ひと悶着があったとはいえ、二人共全力で戦った! その健闘を讃えて、クラップ ユア ハンズ!』

 

 マイク先生が促したとしても、俺らに贈られる拍手はまばらでしかなかった。

 

 

 選手が入退場する為の通路。足が完全に影に入ってから、明るい外に振り返って、対面の通路の影に消えていく常闇くんの後ろ姿を、嗤う。

 

「気持ちよく勝たせてなんて、やんねーよ」

 

 緑谷くんと同じことをしたかったのかもしれないな。だけど俺は、轟くんとは違うんだよ。

 せいぜい悩め。心を救う気のない贋作ヒーロー。

 




 吐移くんは悪い性格してますからね! あの時こうなっててもおかしくない。しかしこの展開の難点は、常闇くんの性格もちょっと悪くないといけないことですね。彼も正々堂々と戦う人だと思うので、緑谷くんの影響を受けてカッコつけたとしても、晒し者にはしないと思います。

 では次回、「ブチブチにブチギレた吐移くん編」、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF 2-1

 前回のifの最後で言いましたね。『ブチブチにブチギレた吐移くん編』です。コピペでいっぱいになるのは申し訳ないので、最初の部分はカットしました。

 お話は常闇くんに吊り下げられたところから始まります。


「全力を出さない者が立てるほど、この大会は甘くない」

「ああ゛っ!?」

 

 黒影で俺の片足を掴んで逆さ吊りにしてきやがった常闇くんが、クッソ生意気なことを言い出しやがった。さっさと場外に放り投げりゃいいものを、そんな問答の為に俺を抵抗出来ない逆さ吊りにしてるってのか? 性格悪いなお前!

 

「言っただろうがよ! 俺は全力出してここに立ってる! 現に君と戦っているこれ、二回戦目じゃんか!」

 

 一回戦目、俺はこの自己回復と拳と心理戦で芦戸さんに勝った。あれでプロには俺が“自己回復の個性持ちの生徒”って印象づけられてるはず。それを崩されてたまるか!!

 

「一回戦目はそれを出すまでもなく勝利できた。それだけだろう。だが俺にはそうはいかないぞ」

「しつこいなぁ……!」

「見せてみろ。お前の全てを」

 

 そんなこと言われて、出すとでも思ってんのか。カッコいいとでも思ってんのか。しつこい男は嫌われるぞ! 現に俺が嫌ってる!

 

「全力出してるって、さっきから言ってるだろ! なんだよお前っ! 俺はもうなんにも出来ないんだから、このまま放り出せばいいだろ悪趣味!」

「出来るだろう? ロボに対してぶつけた“個性”を、俺にもぶつければいい」

 

 ふざけんな、ふざけんな! 会場もなんかおかしいぞって雰囲気になってきてる! 実況のマイク先生も『もうやめてあげて!』って言ってんだろ! あ~も~、あったま来た! 精神的にも物理的にもこっちは頭に血がのぼってんだよ! いい加減下ろしやがれ!!

 

「何をぶつけるってェ? 俺は全力をお前にぶつけて、まるで歯が立たなかっただけですけどォ!?」

「いつまで隠しているつもりだ。そんなことでお前、ヒーローになれるとでも思っているのか」

「生憎、俺はヒーローよりも救急救命士とか、そっちを目指してるもんでね!! ヒーローにも勿論憧れてるけど!!」

「ならば尚更だ」

 

 降ろしてくれねーなら、反動つけて降りてやる。イラついてるから、その上から目線な、説教臭い顔をぶん殴ってやる!

 

 

「力を隠しておいて全力とは、そんなことで民衆がお前を認めるものか」

「………………」

 

 ……なあ、常闇。誰が、いつ、民衆に、認めてもらおうなんて言った?

 

 どうして、『“個性”を隠す、使用しない』ことが悪だとされないといけない?

 

 なんで、全てをひけらかさないといけない? そうじゃないと認められない?

 

 それで、いったい、誰が、迷惑した?

 

 

 逆さに見る常闇くんの顔が、まるで自分が正義だと言わんばかりに自信たっぷりで、不愉快だった。

 

 

 お前の正義は、俺の正義じゃない。調子に乗るなよ!!!

 

 

 

 例によって、裸足の俺。黒キューブは俺の体のどこからでも出せる。俺の意思でいつでも発動出来る。だから、俺の足を掴む黒影の手に穴を開けた。

 

「なっ!?」

「……何驚いてんだよ」

 

 落ちた先は、白線の内側。まだ俺には戦う権利が残されている。やっちまったからには、最後までやってやろうじゃねぇか。

 

 いきなり手のひらに穴が空いた黒影はビビったのか、「ワァーー!?」って叫んで常闇のとこまで引っ込んだ。薄々感じてたけど、こっちもどうやら自我があるらしいな。ならまず、こっちの心を折ってやろうか。

 

「お望み通り、俺が墓場まで持っていくつもりだった“これ”、見せてやるよ」

 

 最近良くなってきた笑顔を見せながら、ゆっくり立ち上がって見せる。あれれ~? どうして常闇くん、後ずさりしてんのォ~? お前が見たかったモン、見れてんだぞ~?

 これから嫌ってほど、見せてやるよ。

 

『な、なんだァ!? 一体何が起きてるんだぁあッ!?』

『どうやら、吐移が常闇の挑発にのったみたいだな』

 

 実況の大声は会場の代弁か。圧倒的に有利だったはずなのに、いきなり黒影が引っ込んだら驚きもするか。サービス精神旺盛なら、ここでもっと見せてやるんだろうなぁ。でも残念でした! 黒キューブは見せてあげない! どうやって自分が傷つくのか、せいぜい考えてビビってろ。

 

「……カウンターか?」

「さぁ、どうだろうねぇ?」

 

 悩め。悩め。悩みやがれ。藪をつついて、お前にとって何が出た? あっはははは!!!

 

「かすり傷で済むと思うなよ」

 

 お前がカッコつけたんだ。俺にだってカッコつけさせろよ。なぁ?

 

 

 俺に触れたらダメだと判断したのか、常闇は変わらず黒影を俺に差し向けてくる。俺はというとそんな黒影の触れる場所触れる場所に黒キューブを発生させて、黒影に染みこませてから傷を復活させた。その度に悲鳴が上がっている。痛そうだな……。見てらんないよ……。

 

「いいのぉ常闇くぅん!! 痛そーだよぉ黒影ちゃんがぁ! いい加減、変わってあげたらァ!?」

「ぐっ……」

「相棒にいっぱい悲鳴あげさせちゃって、可哀想だと思わなァい!? 黒影ちゃんも、ひっどい相棒を持ったもんだァ! 可哀想になぁあ!!」

『い、いったいどうしたんだ吐移 正! 顔つきが完全に闇落ちしてるゾォー!?』

 

 闇落ち、かぁ! まさにそのとおりかもなぁ!! ふざけんなプレゼント・マイク。

 

「モウヤダ、代ワッテ!」

「ダ、黒影っ!?」

 

 狙い通り。何度も何度も怪我させられて、痛いし怖かったもんねぇ。俺もリアルタイムだとおんなじこと思ったよ! にしても案外早く、心折れちゃったねぇ?

 

「ホラホラぁ! 代わって欲しいってよ黒影ちゃぁん! 代わってあげなきゃァ! 相棒ばっかり痛い目見させて、まったく酷いご主人だ! あんなに悲鳴を聞いちゃったら、さすがの俺だって心痛くなっちゃう!」

「! 苦しめている本人が、何を!」

「お前だよ、ばァ~か」

 

 分かりやすく、だけど真顔で馬鹿にしてやれば、何故だか常闇はビビっていた。俺の予定では、ここで怒って肉弾戦になるはずだったんだけどなぁ? ハハッ、たまにはこのヴィラン顔も役に立つんだな!!

 

「お前が望んだ展開だ。お前が俺に“これ”を出すように言ったんだ。だから出してやってんだ。なら、今お前の相棒がメソメソ泣いてるのは、お前のせいだろ?」

「っ……!」

「喜べよ。かかってこいよ。テメェの肉体でよォ!!」

 

『怖い! 怖いよ吐移! お前、そんな奴じゃないだろォ!?』

『雄英も把握していない“個性”に、普段見せない顔、行わない言動での精神攻撃。それがあいつの作戦なのかどうかは分からんが、相手の精神を揺さぶる戦略は偶然だとしても見事だ』

『なんだイレイザー!? あれ、吐移が正気でやってるとでも言いたいわけ!? あんな顔で!?』

『そうだな。正気じゃなくなってはいるだろうな』

『ダルォ!?』

 

 実況席はうるさいし、常闇はまるで動かないし。なんでこうも思い通りにならないもんか。ていうかミッドナイト先生は俺を止めないの? まあ、都合はいいからこちらから指摘しないけど。

 なら、やってやるんだ。お前を戦闘不能にして、俺は、優勝してやるんだ。

 ここまで来たら、振り切ってやる。

 

『常闇はむやみに人を煽ったことを反省しろ。そして吐移。お前は少しは落ち着け』

「ハッ! センセー! 俺は落ち着いてマース!!」

『それは自分の感情を整理してから宣言しろ。――笑うか、大泣きするか。どっちかにしろ』

「……それは出来ない相談っすよ、相澤先生」

 

 自分の顔がどうなってるかくらい、自分で分かってるっての。

 やたらと大きい口でニンマリ笑って、無駄に横に長い目からは留めなく涙が溢れて。何度拭っても出てきちまうような、どうにもならない酷い有様なことくらい、分かってる。メチャメチャ汚いことくらい、あんのクソでかいモニターに映ってんだから、分かってんだよ。

 

 黒影を迎え撃つ為にしていた前のめりの体勢から、両手をズボンのポッケに突っ込んでふんぞり返った、嘗め腐った態度を取ってやる。

 

「ね~え~、常闇くぅん。まだかかってこないのぉ?」

「……」

「かかってこないならァ……語ろうぜェ!」

 

 ポケットの中に突っ込んでいた両手を出して、そのまま両腕を大きく広げながら提案する。俺がすぐに攻撃を仕掛けてくるかと思っていたのか、常闇は間抜け顔で「か、語る……?」なんて素っ頓狂な声で言っていた。

 ついでだ。狂気ばっかり見せちゃって申し訳ないから、お得な情報も公開しちゃおう!

 

「常闇くんは、“個性守秘制度”って知ってる?」

「個性守秘……?」

「“個性守秘制度”。知られたら嫌だっていう“個性”を持つ人が、個性届をちょっと改変出来ちゃう制度でね。色々条件はあったりするんだけど、その人が本気で自分の“個性”を隠すつもりなら簡単にクリアできる条件だよ。で! 俺はそれを活用してるの。隠してたの。“個性”の攻撃性を! あーあ! この制度使ってるんだから、他人に向けてこの“個性”使ったら俺駄目なのに! 君のせいで俺、犯罪者だよ! ヴィランだよ!! 一番なりたくなかったものに、なっちまったよ!!!」

 

 おっと、いけないいけない。相澤先生に落ち着けって言われてるんだから、心を鎮めないと。深呼吸、深呼吸!

 

「なぁ、常闇くん。この場合ってさ、俺、捕まっちゃうのかなぁ? どうなのかなぁ?」

「……そんなことは」

「どうして俺が捕まらないって言えるの? 自分が挑発したから? だから俺はそこまで悪くないって? なら君も道連れだ! 教唆って言うんだっけ? 犯罪を唆すこと! 一緒に警察のお世話になろーねェ~!」

「なっ……?!」

「俺はこの“個性”、墓場まで持ってくつもりだったんだから当たり前だよな?」

 

 『ヴィラン受け取り係』なんて蔑称が付いてしまってヒーローより下に見られがちな警察だけど、それでもやっぱり法を律する組織は怖いのか。まーた常闇くん、絶句しちゃった。レスポンスが悪いのはヒーローとしていいのか悪いのか。はっきり意見くれる人だと人気出ると思うけど、そこは俺も考えたことなかったなぁ。彼は候補生! 気にしないことにしようか!

 

「……吐移」

「んー?」

「そもそもだ。なぜお前はその“個性”を拒む。優先順位が違えど、お前はヒーローにも憧れている。そしてお前の“個性”の攻撃性はヴィランに対抗できる。この場に立つということは、普通科からヒーロー科への編入を狙っていると、そう見ていいわけだな?」

「……」

 

 確かに。俺はヒーロー科への編入を狙って、この場所に立っている。個性使用許可証が欲しくて、そして出身中学が同じ奴らへの当てつけとして、雄英に来た。

 どうして当てつけが必要だったか、分かるか、常闇。

 

「質問に質問でごめんね常闇くん。君は、なんで俺が自分の“個性”を拒んでると思う?」

「……すまない。分からない」

「そっか。聞いてきてるんだからそうだよね。じゃあさ、……今まで君の相棒に食らわせてきた傷。それはどこで拵えてきたんだろうね」

「……、!? ま、まさか、お前の中学生時代は、そこまで凄惨なものだったというのか!?」

 

 やっぱりバクゴー君たちと同じクラスだから、切島くんなり上鳴くんなりから俺の事情は知れ渡ってるよね。予想通り。

 知っていて、なんで隠そうとしていたのか考えつかなかったお馬鹿さんには、もっと辱めを受けてもらおっかな!

 

「そうだよ。親がヴィランだからってだけで、それを免罪符だと勘違いした奴らに俺は暴力を振るわれてきたんだ。奴らの言葉をそのまま使うなら、俺は『自動回復するサンドバック』らしいから」

 

 俺の告白にざわめく観客席。これで気づく人もきっといるね。自分を正義側だと思い込むのって、本当に危険なんだよ。

 

「『ヴィランの子はヴィラン』だって、ひっどいことも言われたよ。そんなわけないのにねぇ。――さて! ここで問題でーす!」

「は?」

「何の罪も犯していない弱者に理不尽に暴力を振るってきた性根の腐った奴ら! そんな奴らが、弱者だと思ってた人間に攻撃性のある“個性”があると分かった場合、どんな行動に出るでしょーーーっか! ちなみに正解は俺の考えが基準なので、ゲロムズでーす!」

 

 「皆さんも考えてみてくださいねー!」って再度腕を大きく広げて、観客席に向かって、ひいては画面の向こうのあなたに問いかける。

 俺を早く倒したいなら、この隙だらけの瞬間にさっさと無慈悲に攻撃すればいいものを。君は甘いなぁ。

 お前は俺がヴィランだったら、こんなふざけた演説を丁寧に聞いちゃうのか? とっ捕まえてから聞けばいいのに。お前の拳は何の為にある。マイク先生が言ってただろ。捕まえる為にあるんだ。犯罪者の主張を聞くのは捕まえてからでいいんだよ。ま! 教えてなんてやらねーけど!

 

「思いついた? 常闇くん!」

「……媚びへつらう、か?」

「あ~、そういう考えも出来るのかぁ! でも、残念!」

「……報復を恐れての、殺害?」

「中学生にそんな覚悟は出来るのかなぁ? 階段から突き落とされても、腹にナイフで六回刺されても死ななかった俺だよー? これ以上どうやれば、俺って死ぬんだろうね?」

「なっ!? な、ナイフ、だと!?」

「そ! 俺ってしぶといの!」

 

 ま、六発は流石に多量出血で死にかけてたし、あの朝教室に来てたなら君も知ってるとは思うけど。

 

「他に答えは出ない?」

「……」

「そっか。なら答え合わせ」

 

 漸く正解が聞けるとなって、ざわついていた会場が次第に静まり返る。皆が俺の発言に注目している。とは言ってもなぁ。大した答えじゃないから、拍子抜けされちゃうなぁ、きっと。

 

「聡明な方々なら、俺が何を恐れていたのかなんてすぐに分かるでしょう? ――あの性根の腐った奴らは、怪我人・証拠をでっち上げて、復讐の為に俺が“個性”を使ったように見せかけて、ヴィランに仕立て上げるに決まってる。俺を直接どうにか出来ないなら、権力に頼るに決まってる!」

「……まさか、そこまでするか?」

「常闇くん。俺はね、ヴィランになりたくないの。絶対になりたくないの。なりたかったらヒーロー養成校に来るわけねーんだよ。そんな奴に絶望与えるとしたら、性根が腐ってんだから、そういうことしてくるよね?」

「証拠をでっち上げたところで、警察が捜査すれば虚偽だと、仕立て上げられたものだとすぐに判明するだろう?」

「確かに。今言ったのはあくまで最悪のシナリオだよ。でもやりかねないかな。あいつら、俺がいくら暴力振るわれてたとしても警察に相談しないって思ってたらしいから。何をされても疑われても何も言わないとでも思い込んでただろうね。あ、怪我なら、振るわれてた証拠は、黒影ちゃんが証明してくれるよね?」

「どうだ、黒影」

「色ンナトコロガ痛カッタナ……破ケタリ、刺サッタリ貫通シテタリ、火傷トカ、斬ラレタリ冷タカッタリ……マジデ、色ンナ怪我ノオンパレードダゼ……」

 

 常闇が黒影を引っ込めるのが遅いから、結構な量の黒キューブを染みこませちゃったりしちゃったよ。本当に痛そう。俺だって一度に食らったわけじゃないのに。

 

「俺の居た中学って結構治安悪くってさー。地元でもヤンキー中学で有名だったよ。そんなんだから全然証拠もカメラがなくて残らないし、俺自体が自動回復するもんで怪我の証拠が中々残せなくって、警察に突き出すのに苦労したよ。――でも! クラスの半分くらいの人数は少年院にぶち込んだよ! 『将来の夢はヒーローで~す』って言いながら俺に“個性”振るってくる奴らを中心にね! ……話が逸れたね。つまりは、自分を正義だと思い込んでたクズ野郎どもに罠に嵌められてヴィランになるっていう最悪を避けたかったから、俺はこの“個性”をひた隠しにしていた。ってわけだ」

 

 「分かってくれた?」って言いながら首をかしげてみれば、険しい顔した常闇は首を縦に振ってくれた。

 

 俺がなりふり構わなくなったら。事情を知らずに人にばかり本気を出すことを押し付けたり、煽ったりしたら。緑谷くんみたいになりたいからって、丁度隠し事をしてそうな俺と当たったからって無遠慮に秘密を暴こうとしたら。俺のこと何にも知らないくせに、自分がカッコつける為に利用しようとしたら、どうなるのか。

 君にぶつけたい不満はまだまだたくさんあるけれど、これ以上ダラダラお喋りし続けるのは流石にダメかも。潮時だね。

 

「そろそろ終わりにしようか、常闇くん」

「終わり、だと……?」

「そ。流石に1試合分の長さじゃないからねー」

「……ならなぜ、お前は拳を構えない」

 

 必要が無いからに決まってんだろ。ばーか。

 鼻で笑ってやれば、常闇は不審そうにしていた表情を更に色濃いものにした。不安さも足されてるかな?

 

「せっかく暴かれちゃったし、俺の実験に付き合ってよ」

「実験、だと……?」

「うん。俺のこの“個性”の危険性とか、有用性とか。それを検証するのに、君の体を使わせてよ。暴いたんだから、それくらいの責任はとってくれるよね?」

「戦いの場でのんきに検証、実験とは、少々たるんでいるのでは?」

 

 お前の意見は聞いてない。聞いてないから、お前も容赦せずかかってこいよ。出来るんならな。

 

「せっかくだ。君のクラスメイトから受けた傷をお返ししようか」

「! 芦戸の、酸による傷、か」

「それだけじゃないよ。轟くんが予選で氷結で妨害したじゃない? その時の傷もあるよ」

「……」

「どんな傷かは、受けてみてのお楽しみに!」

 

 つくづく自分の性格が悪すぎて嫌になる。執念深くて、徹底的に潰してやりたくなって、自分の責任は最低限にしたがる。大好き。本当に気持ちいい。

 常闇くん。俺はこんな汚い人間なの。キラキラした君たちみたいな、優しいで溢れた世界で生きてないの。

 

 自分の顔の斜め前に、左手で指パッチンの準備をする。

 

「遠隔でも発動出来るのか……!? そもそもどうやって、俺に傷の爆弾を仕込んで……!?」

「発動させない為に俺に攻撃でもしてみる? 散々傷つけた黒影ちゃんを、また、俺に差し向ける?」

「……くそっ!」

 

 煽ってやれば狙い通り、常闇は俺に直接立ち向かってきた。かかったな。

 勿論、ヒーロー科の常闇と普通科の俺では地力が違う。格闘術を習っていたかもしれない彼と、暴力しか知らない俺では普通にぶつかり合ったら勝敗は一目瞭然だ。

 だが、このステージ上ならアンチヒーロー行為以外は何をしたって構わない。傷つけあうことを認められている。だから。

 

「フッ!!」

 

 顔に来た廻し蹴り。指パッチンの為に上げていた腕でそのまま受け止めながら、ほんの少しだけ晒されている素肌から黒影にしたように黒キューブを染みこませた。

 

「ぐっ!」

「発動させんぞ!」

 

 ばーか。仕込みはたった今完了したっての。黒影の反省活かせねーの?

 

『戦いは再開されたァ! 何やら遠隔で“個性”発動を企む吐移に、それを阻もうと蹴りを食らわせる常闇!! このまま常闇、攻撃を続けて吐移を押し出すか!? それとも吐移が隙を見て発動させるかァ!?』

『仮に遠隔で個性を発動させることが出来たとしても、今肉弾戦している時点で常闇の“個性”にしていたような、触れた場所から発動させる方法に切り替えても、おかしくないな』

『なるほど! つまり吐移を早く押し出さないと、常闇はどちらに転んでも怪我しちまうってこった! ヤベーぞ!!』

 

 離れたところにいる相澤先生は冷静に考えるな。でも、俺と戦っているのはあなたじゃない。常闇だ。感情的になった常闇だ。だから気がつかなかっただろ? 

 俺に蹴りを入れる為に至近距離にいる常闇くんに、意識して不気味に笑ってやる。

 

「気づいたって、もう遅い」

 

 ヒュッと、常闇は喉を引きつらせて声にならない悲鳴を漏らしていた。

 

 

 目は、痛いもんね。

 

 

 

 常闇が男の子らしい野太い悲鳴をあげて、ステージの上でのたうち回った。見える派手な症状は、両腕と右顔半分部分の皮膚が溶けてるとこだろうか。あとは体育着の下に隠れているんだろう。

 

「一度に食らうと痛すぎるだろうからさ。目と、足裏は止めといたよ」

 

 こんな気遣い、君にとっては大きなお世話だろうけど。でも、あれ本当に、痛かったから。あれを喰らうのは俺だけでいいよ。

 

「常闇くん、行動不能! 吐移くん、三回戦進出!!」

 




 究極に性格の悪い吐移くん、いかがでしたでしょうか……。最後の最後で甘さが出たのは、彼の優しさなのか、「ヴィランになりたくない」という意思の表れなのか。極端な変化に、振り切ったつもりでも非道になりきれない吐移くんでした。


 バクゴー君と戦う吐移くんが見たい人ー!! はーーーーい!!!!(自問自答)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF 2-2

ネタバレ:まだ戦いません。


「常闇くん、行動不能! 吐移くん、三回戦進出!!」

 

 あ、本当にいいんだ。雄英側が把握してない“個性”使ったのに。無効試合とかにならないんだなぁ。

 そう思ってたのがバレバレだったのかなんなのか。審判のミッドナイト先生から声をかけられた。

 

「吐移くんはこのあと、控え室で待機していなさい。話はそこでされるはずよ」

「……分かりました」

 

 誰が俺の対応をするんだろうか。今年はA組の皆が巻き込まれた事件のことがあるからって、わざわざプロヒーローを出動させて警備強化してるっていうのに。更にこんな問題起こしちゃって。めんどくさいことしちゃったなぁ……。申し訳ないなぁ……。

 常闇くん、大丈夫かなぁ。あれの傷跡、綺麗に治るのかなぁ。

 タンカーロボって呼ばれてたような、担架を持ってきた小さめなロボットたちによって運ばれていく常闇くんを見届けながら、勝手に溢れ出す涙を拳で拭った。

 

 

 言われた通りに、控え室で待機する。簡素なパイプ机にパイプ椅子。そこに座って、突っ伏す。天井にあるスピーカーから次の試合が始まったことが流れてきたけれど、実況の内容がまるで頭に入ってこない。そういえば、試合終わった後から全然聞こえてない気がする。マイク先生の声って、テンションって、結構すんなり頭に入るようないいもんなのに。ああ、俺、重症なのかも。何の怪我してるのか、分からないけれど。

 

「疲れたなぁ……」

 

 深い溜め息と一緒に吐き出されたつぶやきで、自分の状態を自覚する。そっか、俺、疲れてるのか。そうだよなぁ。慣れないことしたもんなぁ。人前であんなに怒ったこと、なかったもん。発声練習の成果があんな形で発揮されんの、あんまり嬉しくねーなぁ。

 

 どんなヒーローに連行されるんだろう。なんて考えながら机に突っ伏したままの状態で、勝手に流れる涙をそのままにしてたら、控え室のドアが開く音がした。

 

「おー。吐移、凹んじゃってんなぁ」

「え、先生? なんで?」

 

 控え室に入ってきたのは、1年C組担任の越壁先生。ヒーローじゃないなんて意外だ。なんて思ってたらおバカな子を見る目で俺を見下ろしてきた。呆れられてる……。

 

「なんでってお前、むしろ第一候補だろうが。俺はお前の担任だぞ?」

「た、確かに、言われてみればそうっすね……」

「ったく。ビビりすぎだって吐移」

 

 溜め息吐かれた……。確かに俺はビビリですけど。濡れてる顔を乱暴に腕で拭いながら唇を尖らせていたら、越壁先生が左手に持ってたスポドリを俺に差し出してきた。受け取ってみたら、冷たかった。自販機で買ってきたばかりなのかな。奢ってもらっちゃった。

 

「そう不貞腐れるなって。それで目を冷やしながら、話を聞いてくれ」

「話……?」

「そ。慎重派で臆病な、だけど大胆な行動派のお前に是非聞いてもらいたい話だ」

 

 その話は、右手にある紙が関係してくるんですかね?

 越壁先生は俺の対面のパイプ椅子に腰掛けると、俺の目の前に紙と、音楽プレイヤーを置いた。なんで音楽プレイヤー? なんか録音でもした? したいのなら俺に見せる必要はないよな?

 

「急いで確認したが、大体はお前がステージで言っていた通りだった。本当に上手く隠してたんだなぁ、っていや、悪いとは言わないし思ってないぞ?」

「……別に、思ってくれてたって、どうでもいいっす」

「……本当に、晒す気はなかったんだな。お前がここまで無気力なところは初めて見た」

「……」

「分かった。話を進めようか」

 

 何が分かったんだろうか。もう顔を上げることにも疲れてしまった俺には、机に肘をついて寄りかかった越壁先生の顔は見えない。

 

「吐移、安心しろ。大丈夫だ。お前がその“個性”をなぜ隠していたのかは試合の中で語っていたし、制度を使用していたのなら雄英に虚偽の報告をしていたわけじゃない。お前が心配しているようなことは、何も起こらない」

「……俺が何を心配していたのか、先生、分かってんの?」

「大体な」

 

 先生の言葉で少なからず安心している自分が居る。同時に、俺のことなんて分かるわけないじゃんなんていう、思春期丸出しの感情も自覚した。励ましてくれてるっていう気持ちはありがたく受け取らないといけないから、反抗期みたいなのは抑えないとなぁ。

 顔を少し上げるだけの気力は戻ってきて、それから目だけで先生の顔を見る。ずっと俺のことを見てたんだろうか。先生は今まで見たことないくらい、優しい顔してた。

 

「まずな、お前はヴィランじゃない。戦闘が認められていた場面で、お前は自分の力を振るっただけ。それのどこに問題があるって言うんだ? そして、この抄本を見てみろ」

 

 さっきから見えていた普通より上等な紙。そうか、これ、個性届、てか戸籍抄本か。……あれ? 個性欄のとこ、原本写しならこれ、間違ってない? どうして、『超回復』じゃなくて、『傷変換』になってんだ?

 

「間違ってないからな。ついさっき、役所の人が変えてくれたらしい。担当の人、お前の試合を見てたらしいぞ」

「そうですか……」

「ああ。電話で確認した時の音声がこれに入ってるが、聞くか?」

 

 先生が“これ”と言って指さしたのは写しの隣にある音楽プレイヤー。ボイレコじゃないんだ。頷いたら、先生はそれを操作してくれて、音声を再生してくれた。

 内容を簡単に言えば、先生が役所の俺の担当者さんに“個性”の確認をして、確かにそうであると担当者さんが認めたってだけ。原本の写しが俺への確認なく変更されてるのは、もう公共の電波に晒されているからってのと俺が認めたから。“個性守秘制度”の条件を破ったから、制度はもう俺を匿ってくれなくなっちゃったんだな。しょうがないか。

 大事な話っぽいところが終わると、先生はプレイヤーを停止させた。

 

「雄英の書類は追って変更するから、後日呼び出すな」

「はい……」

「……吐移」

「なんですか?」

「もう、抑えなくていいんだぞ? 隠さなくていいからな?」

「……」

 

 抑えなくていい。隠さなくていい。そうは言われたって、人生の半分はこれを隠して生きてきた。そんなすぐに切り替えられるのかな。さっきはブチギレてたからなんでも出来る気になってたけど……。

 

「吐移」

「っ、はい」

「お前の不安も、危惧していたことも、気持ちも分かる。隠したかった理由も、お前が中学までどんな環境に置かれていたのかを知れば理解できる。でもな。もう、そうじゃないだろ? ここにはお前を罠に嵌めようなんて奴は居ない。……まだ、そうとは信じられないかもしれないけどな、でも、そうなんだ」

 

 そりゃあ、ここは、ただの高校じゃないからな。正義感に溢れた人たち、ヒーローに憧れた人たち、強くなりたい人たちでいっぱいなんだから。誰かを陥れている暇があったら自分を高めてないと、あっという間に落ちこぼれる場所だもんな。他人を気にしてる場合じゃない。

 

「はぁ……。お前、またつまらないこと考えてるな?」

「……そんなに、顔に出てます?」

「出てる出てる。――っと、三回戦が始まったみたいだな」

 

 「いつお前の試合が始まるか分からないから、お暇するわ」と言いながら、越壁先生は机の上のものを回収して立ち上がった。座る人が急にいなくなったパイプ椅子からキィッと、耳障りな音が鳴った。

 

「第一試合はA組の轟と飯田の試合。その後はすぐにお前と、爆豪の対戦になる。……戦う、よな?」

「……そりゃあ、勝ったんで」

 

 天井のスピーカーから、マイク先生の実況する声が聞こえてくる。相変わらず頭に内容は入ってこない。てか、バクゴー君が勝ったんだ。

 聞き逃してたのか。そりゃそうか。俺のすぐ後の試合だったはずだもの。それなのに俺の感情が不安定で、ぐらついてたから、まるでバクゴー君の活躍を見れなかった。聞けなかった。もったいないなぁ。

 ……君は、どんな戦い方をするんだろうか。俺、二回しか、入試実技と麗日さんとの試合でしか彼の戦闘スタイルを知らない。一見乱暴で、クレバーな戦い方をするとしか、知らない。あ、いや、あのUSJ襲撃で幹部っぽい奴の秘密を暴いたとかなんとか話してたな。よく相手を観察していて、冷静な戦い方をする、決して油断はしない態度ワル。

 

 爆破されるなんて、絶対に痛い。熱い。おまけに煙たくて上手く息できるか分からない。しかも俺は瞬時に自己回復する“個性”持ち。体力が無いことは把握されてるから、ひたすら攻撃されることは自明の理。戦ったとしても、押し出されて終わりそう。

 

「人を傷つけるのが辛いなら、棄権してもいいんだぞ?」

 

 棄権。棄権、か。それって、せっかくあんな汚い勝ち方したのに、無責任に戦いを投げるってことだよね。

 

 ……俺にヒーロー精神があるなんて、1ミリも思ってない。あったら入学式が終わった時点で先生に相談して、とっくに“個性”の話して黒キューブを開放してる。正々堂々? 復讐を考えている人間が、そんなことする?

 

 でも。だとしても。やっぱり。

 勝ったから。

 

「常闇くんを晒し者にしちゃったんで、情けなく負けて、晒しモンになってきますよ」

「吐移……!」

 

 マイク先生のいつもどおり興奮気味の実況で、決勝進出者が轟くんに決まったことが分かった。ならこのあとすぐ、俺が呼び出される。

 

「勧善懲悪は、みーんな大好きでしょ?」

「吐移、お前は悪じゃない! 誰もお前を悪役に仕立ててなんかいない! ヴィランだなんて思ってない!」

「ありがとう、先生」

 

 隠し事から始まり、積もりに積もった不満からの復讐計画。

 信頼、安心してもいい環境に自分から飛び込んでいったにも関わらず、それは復讐を完遂する為の通り道でしかなくて。

 勝つ為にシンソー君を利用して、ヒーロー精神、体育祭の趣旨に反しているにも関わらずトーナメント戦にまで出てきて。

 常闇くんのおかげで秘密を明かせたけれど、その彼を大勢の前で辱めてしまった。

 

 色んな人たちを騙して、利用して、裏切って。自分の為にしか動かない恥知らずな俺には、この報いを受ける義務がある。

 

 さて、そろそろ入場口に行かなくちゃ。

 

「行ってきます!」

「……頑張れ、よ」

 

 大人を困らせるなんて、やっぱり俺は悪い奴だな。ま、そんなの昔っからか。

 作った笑顔は、ドアを開けて出た控え室に、先生と一緒に置いてった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF 2-3

ネタバレ:か、開始はしたから! 開始は!!


 轟くん対飯田くんの戦いは結構なスピード決着だったらしい。とはいえステージは轟くんの“個性”の氷結で氷ついていて、それを溶かす作業が入った。それが終わるまでのつなぎなんだろうな。なんかマイク先生が話しだした。

 

『えー、ここでリスナーに朗報だ! 二回戦第三試合で勝った吐移なんだが、あの子の地元のお役所さんに確認をとったところ、確かに“個性守秘制度”を適応していたことが判明した! それに伴って、一旦保留にしていた吐移の勝ちはちゃんと認められることになったぜ!』

『勝利判定になったとはいえ、三回戦に来るかは分からんがな』

『いいや来るね! 俺吐移のボイストレーニングのコーチしてるけど、その時宣言されたぜ! “体育祭で優勝してきます!”って!!』

『……一応確認するが、稽古を最後にしたのはいつだ』

『二週間前! 流石に体育祭の内容が俺からリークされたとかなったら大問題だからな! そこはきっちり距離とってるぜ!』

『ならいいか』

 

 もっと警戒している要件あるくせに。まあそれを抜きにしても、マイク先生のフォローがお上手ですね、相澤先生。

 

『あれ? まだステージ片付かない? ならもうちょい吐移のイメージアップに務めるか! 三回戦二試合目は吐移 対 爆豪 なのは皆知ってるな!? 普通科が準決勝まで勝ち上がってくるのは例年だと中々無いスゲーことだから、そもそもお前は誇りに思っていいぞ! 吐移!!』

 

 進み方に難有りなんだよなぁ。てかなんだよイメージアップって。皆に勧善懲悪の気持ちよさを味あわせてやればいいのに、そんなことされたら皆微妙な感情になっちゃうじゃん。

 

『それから対戦するこの二人、何度も言うが普通科とヒーロー科の組み合わせなんだが、休みの日に二人で公園で発声練習と筋トレするくらい仲のいいダチだ!』

 

 いや、その一回しか俺まだ、バクゴー君と特訓したことないんだけど。まるでメチャメチャ仲が良いみたいな言い方してるけど、そんなことないからね? そりゃ命の恩人だし仲良くなりたいから頑張ってるけども。

 

『あの暴れん坊で且つクレバーな戦闘スタイルの爆豪と普通科の吐移が仲がいいなんて意外でしょ? そんな二人の馴れ初めもドラマティック!! 二回戦で吐移が言ってたの、リスナーの諸君はちゃんと聞いてたか? “腹に六発ナイフで刺された”ことあるっていうの。あれ、されて倒れてたところをたまたま一般通過してた爆豪が救急車呼んで助けたんだって! 犯行現場がショッピングモール近くの人気の無い場所だったらしいんだけど、爆豪がたまたま気がつかなかったら吐移、多量出血で死んでたかもくらい危なかったんだって!』

『具体的に話していいのか、それ』

『爆豪には確認とってないけど別に悪口じゃないからいいっしょ? と、この話吐移が嬉しそうに話してくれたから多分話して大丈夫!』

 

 話す場所と相手とタイミングを考えて欲しかった。正直言って話して欲しくない。さっさとステージ片付かないかなぁ!!!

 

『助けて名乗らず去った爆豪、それを誰だろうかと気にする吐移。そんな二人が再会したのは、雄英の大食堂! まさか同級生だなんて! まさか同じ高校の生徒だなんて! 運命を感じた吐移は、爆豪に猛アタックして――お? そろそろステージも片付いたかな?』

 

 待て!! そこで止めんな!! 何が『もうちょっと話したかったのにぃ』だ! 話せ! 中途半端に言葉を、よりにもよってそこで切るな!! マジで出て行きづらいじゃねーか!! もー!!!

 

『おい、そこで止めたら変に誤解が――』

『OK! ステージの準備は整った! 早速戦う二人を紹介しよう!!』

 

 勧善懲悪とか色々考えすっとばして棄権したくなってきた。でも、ここまで来ちゃったから、もう、出て行かなきゃ。

 それに考え方によっちゃ、これもまた晒し者。天罰は下り始めてる。

 

「行くか」

 

 マイク先生が余計なことを言ってくれたおかげで、足から力が抜けてへたり込んでいた。そこに無理やり力を入れて、立ち上がる。

 こんなふらっふらな奴相手で、バクゴー君は戦っても満足出来るのかな。ごめんね。でもきっとこの戦いは、君の株が上がるものになるから。いい話でしょ? 俺のヒーロー。

 

 

『さあ入場してこい、仲良しコンビ!』

 

 呼ばれた。行かなくっちゃ。安心できる陰から、陽のあたる向こうへ。

 

『全部ぜんぶ吐き出しちまえ! 普通科 吐移正!!』

 

 痛い日差しを浴びて、ステージに上がる為のコンクリートの階段を裸足で登る。ほんの少しだけ、ひんやりしているような気がした。

 

(バーサス)!』

 

 四隅でツボっぽいやつから上がる火柱の間を抜けて、ステージの真ん中の、二つある白線のひとつの前に立つ。

 

『思ってるより頭使って戦ってるぞ! ヒーロー科 爆豪勝己!!』

 

 油断もスキもない、君の前に立つ。

 

「ヘアバン」

「何?」

 

 観客席から上がってくる声も、マイク先生の声も、もう俺の頭はノイズとしてしか受け付けなくなった。シンソー君に「応援は力になるよ」って言ったのに。……俺に応援なんてないか。

 バクゴー君が俺に向かって人差し指をクイックイッてやって、挑発してきた。

 

「カラス頭に見せた“それ”、俺にも食らわせてみろや」

「……ふーん?」

 

 すごいなぁ。痛いの食らっても耐えられるって自信があるんだー? さすがタフネス。筋肉の鎧を纏ってるだけある。

 

 あれってさー、何度食らっても慣れないんだよねー。階段の上から背中押されて落とされた時も、食らってないけど花瓶が頭上から落ちてきた時も、目にハサミ突きつけられた時も、何度も腹に蹴りを食らった時も。心臓とかがキュッてなって、体からあったかいのがなくなってって、「あ、死ぬんだ」ってなる。あの感じ、本当に慣れない。

 直ぐに治る俺でこんなんだよ? 自己治癒に時間のかかる一般人さんは、もっと怪我をするってことに危機感を持ったほうがいいよ。

 

「バクゴー君ってェ、ドMさんだったんだぁ?」

「あ゛ぁ? 何勘違いしてんだゴラァ。テメェの全部をぶつけて来いつってんだよ」

「だぁから、それがドMだっつってんだろォ?」

「……早速悪態ぶつけてきてんじゃねーか」

 

 「上出来だぜ、ヘアバン」なんて褒められて、思わず舌打ちした。挑発が挑発になってない。効いてたとしてもほんのかすり傷。舐めれば治る程度くらいしか食らってない。クソが。

 

『ステージでは早速挑発合戦が繰り広げられているぞぉ! 勝負は始まってる! 次は拳で戦うかぁ!?』

 

 聞こえてなかったけど、開始コールは終わってたんだな。動かないのはエンターテイメント的には悪い画だろうから、そろそろ始めなきゃ。

 さあ、君のヒーロー活劇の始まりだ!

 

「ヘアバン」

「いい加減お喋りは御終いにしようぜ? かかってこいよバクゴー君。来れるもんならなァ!」

「-5億点」

「…………ん?」

 

 な、何の話? (マイナス)? 5億点? まさかお前、それ、『笑顔満点計画』の点数の話してる!?

 頭では「これは隙を作る為の作戦だ、乱されるな」って考えてるのに。俺と彼の温度差にやられて、張り詰めていた緊張が解けちゃって、気づいたら俺、膝と両手を床についてた。

 お、お前、お前ぇえ!!?

 

「それ、今言う!?」

 

『説明しよう! 爆豪が言った“-5億点”とは!? 笑顔がど下手の吐移が雄英に入ってから立てた計画、“笑顔満点計画”!! それに俺も発声のコーチとして関わってるんだけど、それに吐移が爆豪を巻き込もう! って話した時に真っ先に点数をつけられたらしい! それが-1億点!! ってあれ!? 吐移めっちゃ減点されてんじゃーん! ウケる~!』

「うるせぇ!!!」

『こんなに声も大きくなって……!』

『これ試合始まってるんだよな?』

 

 相澤先生の言うとおりだよ。何俺の成長をこんなタイミングで喜んでんだよ。TPOをわきまえてくれ!

 

「ご協力してくれてるのには感謝してますけど、何も今言わなくて良かったでしょ先生!! 試合している選手に向かってステージ外から妨害行為は最低っすよ!!!」

『えっごめん!!』

 

 まったく、酷い話だよなぁ。精神攻撃しか、煽り合いしかしてなかったからまだ間に合うけどさ。

 そう。試合は始まってんだよ。

 

「君は君で、何考えてんだ?」

「あ゛?」

 

 立ち上がりながら、実況席に向けていた顔を本来向けるべき相手に戻す。なんてふざけた態度してくれてんだろうな。君の“個性”を発動するのに最適な手という部位を、ズボンのポケットの中に突っ込んでる。

 

「俺の精神乱して隙を作ってぶっ飛ばす。そんな作戦で俺のこと貶してくれたんだろ? なのになんでお前、そこでぼーっとつっ立ってんだァ? 折角のチャンス、フイにして「ハンッ!」」

 

 ああ、強者の余裕。どうしてそんなに余裕ぶれるんだ。君は俺の“個性”の詳細なんて知らないくせに。情報はアドバンテージ。自分の傷を他人に付与することが出来るっていうのは晒したけど、それを“黒キューブ”に変換して投擲やらトラップやらに活用できるとは言っていない。そもそも傷の回復するトリガーが“息”だっていう弱点も晒してない。そんな情報不足な君が、どうして俺に、そんなに余裕ぶれるんだ?

 

「精神乱すぅ? 隙を作るぅ? 折角のチャンスぅ? んなの、テメェをぶっ殺すのにいるわけねェだろうが」

「言ってくれるねぇ……!」

「事実だわ」

 

 本当に事実で、ただえさえ震えてる声が更に震えてくるねぇ。はームカつく。

 確かにちょっと前までの俺なら、自己回復するだけの俺なら勝てなかった。それこそ押し出しで負けてた。でも今の俺なら、分からないだろ?

 

「大体テメェ、“それ”を使わねぇで俺にどう勝とうって話なんだよ。それこそ、何考えてんだ」

「別に“使わない”なんて一言も言ってねぇんだよなぁ?」

「なら、言い方変えてやるわ。――中途半端なチカラで、どうこの大会で一位になろうとしてたんだって話なんだよ」

 

 中途半端? バクゴー君は俺のあの叫びを知らないの? 俺の過去を、あの現場を見ておいて、黒キューブを隠し通してきた理由に納得してくれないの? 演技をし続けてきたことにも、理解を示してくれないの? 「墓場まで持っていく」って俺、確かに言ってたはずだよね?

 

「君、俺のはな「出せるモン全部出して、今ここに立ってんのが俺たちだろうが」

「――は?」

 

 俺の話遮って、何言ってんの? 俺たち? それ、もしかして、

 

「もしかして、その“俺たち”って、俺も含んでんの? 君の言う、出せるモンには俺のこの“個性”の暴力的な一面も含んでるんでしょう? 俺はそれを出してこなかったんだから、“たち”って俺の事を含んじゃ「アホかお前」っ、だから、遮んな!」

「テメェの話が聞いてられねぇからだろうが」

「はぁ!?」

「使ってただろ。あの仮想ヴィランロボによ」

「……あ」

 

 忘れてた……。ロボにはわざわざ市役所まで言って確認して大丈夫だって確認してたから安心して使って。でもそれが、人に対して黒キューブ使ってしまったのが俺の中で衝撃的すぎて、なかったことになってた。

 違う。なんで衝撃的だったかって、それは、――俺が、自分の誓いを破ったから。

 

「ロボは人じゃねぇからノーカン? 血が出ねぇからノーカン? ちげーだろうがよ」

「じ、自己防衛、と、人への明らかな加害意識を持ったそれは、ちが……」

「論点ズラしてんじゃねーよアホ。テメェは確かに、この上に立つ為に“個性”を使ったんだ。出せるモン全部使って、ここによぉ」

 

 言い方は全然優しくない。むしろ俺には分かりにくいまである。でも、でも。

 この場に立つ俺を、認めてる。

 ステージに立てる権利のある人間だと、認めてくれてる。

 

 この体育祭で一位を目指していい人間なんだと認めているから、バクゴー君がこんなに長々と俺に、説得を試みている。行動で示しがちな君が、俺に、言葉で。……言葉じゃないと、俺が直ぐに負けちゃうからだろうな。分かってるぅ!

 

「俺に言った宣言。テメェそれを最初から破る気で居たんか」

「宣言……?」

「忘れてんじゃねーぞ。言っただろうがよ。お前、俺を蹴落として、一位になんだろ?」

「……覚えて、くれてたんだ」

 

 やば、嬉しい。興味が無いことは大体切り捨てて忘れてそうなのに、俺の宣言、覚えててくれてたんだ。

 バクゴー君が両手をポケットから出して、足を肩幅に広げた。それから、もう一度、俺に人差し指で挑発してきた。

 

「来いよ、ヘアバン。テメェの全力見せてみろ。それを俺が上から、完全にねじ伏せてやっからよぉ!!」

 

 強者。やっぱり君には何とも言えない魅力で溢れてる。決して一般的に良い人とは言えないかもしれない。でも、俺にとっては君は、3回に2回くらいは、俺の心を暗闇から()()上げてくれる、ヒーローだ。

 

 気づけば俺は足を肩幅まで広げていて、自分でも分かるくらい不気味に笑っていた。

 

「んなこと言っていいのかよ? 安心しちゃうよぉ? 君に痛いのぶつけても大丈夫だって、勘違いしちゃうよぉ!? それでもいいの? 君を蹴落としてもいいのぉ!!?」

「気色悪い喋り方してんじゃねぇよ-7億点!! 蹴落とせるもんなら蹴落としてみやがれ!!」

「あー! また点数落としやがってー!!」

「自業自得だろ。-10億点」

 

 また3億点減点しやがって! 君の点数感覚どうなってんだよ! てか何基準!?

 

「大きな計算しか出来ないその頭、一度壊して治してもらおうか」

「壊れてんのはテメェの方だわ。ぶっ飛ばして、頭の接触不良直してやるよ」

「とんだ破壊的発想の持ち主だなぁ!」

「互い様だゴラァ!」

 

 舌戦は終わりだ。ろくに勝負になってたかなんて知らない。そもそもこれで勝負をつけようなんて、二人共思ってない。ただただバクゴー君が、俺に発破をかけてきただけ。

 俺を慰めようなんて考えてない。自分が“理想とする勝利”の為の発破。バクゴー君の行動は、実に自分本位なものばかり。なのに、それが何故だか、心地いい。励まされてないのが、気楽だった。

 さぁ、観客の皆様お待たせしました! これから俺らの勝負が、本格的に始まります!!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF 2-4

ネタバレ:IFだからこそ、出来たこと。


『挑発合戦は終わりを迎え! 構えた二人の戦いが、今! 始まる!!』

『開始から何分経ったんだこれ』

『んな野暮な事言うなよイレイザー! 今のは二人にとって大事な話だったの! 二人が全力で戦う為に!』

「つまり青春ね!!」

 

 「青臭い話は好みよ!!」とかミッドナイト先生がなんか言ってるけど、もう反応してやんない。俺はもう、バクゴー君しか眼中にないんだから。

 俺の正面には、変わらず構えたままのバクゴー君。油断も隙もあったもんじゃない。バチバチ火花を散らして、いつでも爆破が可能な状態になっている。そうか、この熱い日差しで汗をかいて、君も準備して、いや、自然と準備がなされたんだな。()()()()()()()()()()()()()()

 

「かかってこいやぁ!」

「なら、お言葉に甘えて!」

 

 何事も先手必勝!! そう思ってバクゴー君に向かって走る。にしてもめっちゃ見てくるな君!

 

「おぉらっ!!」

「おっせェんだよ!」

「ぼぉっ!?」

 

 大きく振りかぶって体重を乗せた拳。それはあまりに軽々と避けられて、顔面にカウンター食らった。爆破じゃなくてシンプルに頬への打撃だったのは、いつその傷が返されてもなるべくダメージが少なくなるように、だろうか。

 よろけながらバクゴー君から距離を取る。くっそ、思ったより衝撃がすごくて黒キューブ喰らわせられなかった! これは予定外!

 

『これが普通科とヒーロー科の違いなのか!? 経験値の差なのか!? 二人の動きのキレに差が見て取れる! 吐移、戦闘経験の差を、どう埋めるー!?』

 

 純然たる格闘戦なら俺は間違いなく負けるに決まってる。だけど今は“個性”の使用が認められている。技の美しさを争っているわけじゃない。なら、どんなに狡い手だって、勝つ為なら認められていいはずだ。

 ()()()()()()()()()()()()って、許されるはずだ。

 

『てゆーか吐移、なんで毎試合毎試合、裸足なんだろ? 一回戦は相手が芦戸だったから靴が溶かされないようにかなーとかって分かるけど、予選も二回戦も今も靴脱いでんのは、なんで??』

『二回戦で見ただろ。あいつの“個性”の攻撃的な面は、足からでも出せるからだ』

 

 バラさないで欲しかったなぁ。そこまで言われたら逆に裸足でないと、素肌でないと条件を満たせないって考えついちゃうでしょうが! バクゴー君頭いいんだから!

 でもまだ、見せてない技があるんだよ。いい顔で驚いてよ、バクゴー君!

 

『なるほど! 最適化を図った結果が裸足なんだな! じゃあそんな効率厨な吐移は、これから爆豪を倒す為に何をする!? 対する爆豪はどう対抗するぅ!?』

 

 まずはストレートに黒キューブを叩き込もう。絶対に反撃されるわ、こちらの攻撃は全く当たらないわで、結局これは全力でやっても意味がない。そう、周りには見えるはずだ。

 でも、君には当てはまらなそうだな。何度も何度も俺にカウンター食らわせてるくせにまるで喜んでない。自分が有利だなんて思ってない。そのイラついた顔が証明してくれる。勘がいいなぁ!

 

「ヘアバン!! テメェ、何企んでやがる!!!」

 

 何って、君を倒す作戦だけど?

 

『どうした爆豪!? 始まってからずっと全然爆破しないぞー!?』

『下手に撃てばカウンターされるのが分かっているからだろうな。だからといって対切島の時のような弾幕を喰らわせるには情報が足りず、一歩踏み込めないといったところか』

『大胆に攻撃しようとすれば、何をされるか分からない! 圧倒的な情報不足は、人の足を鈍らせるぅー!!』

 

 そうだろうな。なんてったって、俺はこれを墓場まで持っていくつもりだったんだから。情報が無くて当たり前だ。だから爆破してこない。だから俺を注意深く観察している。だから俺に先制を許した。それが悪いとは言わない。君ならそうしてしょうがない。

 俺がそこに付け込んだ。それだけだ。

 

「ねぇ、バクゴー君。俺らの試合は、いつ始まったっけ?」

「あ? んなの、――!?」

「そうだね! マイク先生がコールした瞬間からだね!」

「テメェ、何を仕込んで……!」

 

 当たらない打撃を繰り出しながら。勢いづいた体にカウンターを喰らいながら。俺はバクゴー君を中心に、ステージを駆けずり回った。少ないと知られている体力をわざわざ消耗してまで、なんで俺はそんなことしてるんだろうね?

 

「今更怪しんだってさ、試合開始から結構経ってるのは、君だって分かってるはずだろ?」

 

 必死なように取り繕っていた顔を崩して笑ってやれば、それが気に入らなかったらしいバクゴー君が顔を真っ赤にしちゃった!

 

「だぁああああっ!!! うぜぇえええっ!!!」

「わぁキレた!」

「様子見なんざ止めだぁ……。今すぐぶっ飛ばしてやらァ!!!」

 

 クレバーなくせに、煽られたら直ぐにキレるのどうにかしたほうがいいよ? ま、君っていつもブチギレてるようなもんだし、頭に血が昇ってても冷静な判断出来るよね?

 そう思ってたのになぁ。残念! 俺のところに()()()来ちゃった!

 

「――バァン!」

「!?」

 

 まずは靴だ。靴が壊れてくれないと黒キューブの効果が期待できない。

 

『どういうことだ!? 走り出した爆豪の靴が、使い物にならないくらい破けたぞぉ!?』

「裸足だなんて、お揃いだね!」

「テんメェ……!!」

『靴を壊した犯人は吐移だァ!! でもどうやって!?』

「直接だけじゃねぇ……。地雷にも出来んのか」

 

 足元から攻撃が来たんだから、そう考えるよね。まったくもってその通り!

 研究した結果、黒キューブは無機物・有機物関わらず染みこませて地雷とすることが出来る! 壊れて効果を発揮する条件は、俺から離れちゃってるから刺激があった瞬間、つまり踏んだらなんだけど。そこらへん不便よね。俺が踏んでも発動しちゃうあたり。ま、俺はすぐに吐き出せるから本当に不便なのはバクゴー君だけだろうけど!

 

「俺は雄英より理不尽だよ。どこに地雷を仕込んだかなんて、目視で確認なんかさせない」

 

 バクゴー君が靴を脱いだ。カパカパ言うそれなんて足手纏い。ボロボロになったそれを場外に投げ捨てた。

 地雷を仕込んだ場所は俺が足か手を付いたところなんだけど、一々覚えてないでしょう? さあバクゴー君。君はこの地雷原に、どう対処する?

 

「ハッ! テメェがどこに仕込んだとか関係ねェんだよ!!」

 

 その対処をした君に、俺がどう対抗すると思う?

 

『一面地雷原と化したらしいステージ! だけど一度爆豪は予選の地雷原に対して奴らしい解決法を編み出してる! 吐移の作戦は意味あるのかぁ!?』

 

 そう。君は入試でも見せ、体育祭予選でも見せたね。両手から繰り出される爆破を推進力とした低空バースト飛行を。

 

「二番煎じが俺に効くかよ!!!」

 

 それが誘い込まれたものだと、考えつかない君じゃないはず。だから俺はショットガンのイメージで、君にこれを投げつけ喰らわせる。いくら器用に飛び回れる君でも、広範囲は流石に避けきれないだろ?

 

「んな!?」

『何!? 今吐移何投げた!? なんか黒いサイコロサイズの何かが爆豪に投げつけられたぞ!?』

 

 お! 振りかぶったのがグーパンの予備動作とでも思ったのか、黒キューブ八割ヒット! てかほとんど広がらなかった! 何がショットガンだ!?

 そもそもビスケット程度の強度しか無いそれを手の中で少し崩してやりながら投げつければ、彼の顔面に当たったそれらはすぐに砕けて、バクゴー君を撃ち落としてくれた。

 なんかされたら嫌だから、地雷をばら撒きながら距離取ろーっと!

 

『なんだ!? どうした!? 爆破で飛んでいた爆豪、吐移に謎の弾丸を喰らって撃ち落とされたーーっ!?!?』

『なるほど、吐移は“個性”を随分小出しにしてきたな』

『なんだって!? じゃああの弾丸は吐移から出てきたもんなのか! ホントに秘密でいっぱいだ! それを食らった爆豪、どんな被害を――』

 

「テメェ……!!!」

 

 黒キューブを喰らったバクゴー君が立ち上がろうと、ステージの床に手を付く。その手は、傷だらけで血まみれだった。

 

「“個性”殺しは定番だよね」

 

 切り傷・刺し傷・おまけに酸。汗腺の死んだ血まみれの手じゃ、あの特大爆破も出来ないよな?

 

『エグい! エグいよ吐移!! 爆豪の両手を潰して爆破を封じたァア!!!』

 

 “個性”は身体能力だ。緑谷くんの指や腕が壊れたように、力まないと切島くんが硬化出来ないように、シンソー君の洗脳が呼びかけに反応しないと効果が無いように、必ずデメリットや弱点、予備動作がある。バクゴー君は緑谷くんタイプ。使えば使うほど手のひらに負担がかかるもの、と見た。そのデメリットを克服しようと鍛えて手のひらが分厚くなってるんだとしても、それを破いてしまえばいい。――何も、骨までぐちゃぐちゃにはしなくていいからな。

 

『ステージを駆け回って足裏から地雷を撒き、移動手段を限定しつつ既視感を持たせることで爆豪に狙い通りの動きをさせた。あとはそこに初めて見せる“個性”をぶつけることで動揺させ、しっかり爆豪に攻撃を喰らわせた。といったところか』

『ってことは吐移、試合が始まった瞬間からこの展開を狙っていたってのかー!? どこまで用意周到な男だ、お前はー!』

 

 説明ご苦労様です、実況のお二人。俺から説明するなんてそんな余裕、憤怒のオーラが醸し出されているバクゴー君を目の前にしたらなくなっちゃったもんでね!

 

『戦闘経験値の差を、まだ全然晒されていない“個性”と頭脳プレーで埋めた吐移! 爆豪の両手を壊した次は、いったい何をしてくれるんだー!?』

「やってくれんじゃねェか……! だがこれで俺を止められると思うなよ!!」

「思ってる訳無いだろ。ここから俺だって、どうしたもんかなんて考えてんだからよ」

「真顔で嘘ついてんじゃねぇぞ」

 

 本当だよ。本当に悩んでるんだから。成功させる気ではいたけれど、まさかここまで君が俺の策に嵌ってくれるなんて思ってなかったんだから。でも、ここで弱みを見せたら、カッコ悪いよな。

 

「本当に悩んでるよ。これから君を、どう調理してやろうかってね!」

「ふざけてんなよ!!」

 

 あくどい笑顔もイケメンだと様になるねぇ! あー怖い!

 

 どう仕掛けてやろうか? こちらから出来ることは俺に格闘技を決めてくるであろうバクゴー君にカウンターと黒キューブをぶつけてやることくらいか。動けなくなるくらい、だけど後遺症が残らない程度にしないといけない。

 俺の中に残ってる傷のラインナップはなんだ? そもそもいくら残ってる?

 バラ撒きにバラ撒いたから、全体で残り60%くらい。その内50%がかすり傷から切り傷、打撲なんかの長くて二週間くらいで違和感や目立った痕が消える傷たち。残りの10%が、骨折から致命傷。これらは流石に使えない。

 タフネスなバクゴー君にぶつけるなら、打撲、程度の浅い刺し傷、切り傷くらいか? 使えるものを選ぶなら更に%は小さくなって、20%以下、か。

 

「俺、これ以上バクゴー君を傷つけたくないなぁ。辞退してくんない?」

「ハッ! ほざいてろ!!」

 

 負けることを認めたくない、君らしい咆哮だ!

 挑発して、バクゴー君が攻撃してくるように仕向ける。彼が俺に攻撃をしかけるならもう、足を使って俺に近づくしかない。前半走り回って殴られて体力が消耗されている俺だけれど、それでもこれからは俺から仕掛けなくていい。俺は逃げ回るだけで、勝手にバクゴー君が怪我してくれる。下準備って大事だね!

 

「ところでどうしたの? さっきから動いてないけど。あぁ、やっぱり両手が使えないのって、不便?」

「……テメェ、随分“そいつ”の使い方が(こな)れてんなァ? 『墓場まで持ってく』つってた割には、どっかで使ってたろ?」

 

 俺の挑発ってそんなに力不足なんだろうか。バクゴー君全然ノッてきてくんない。一応バクゴー君を中心に、距離を取りながら円を描くように歩き回る。それは勿論、かすり傷の地雷をバラ撒く為。

 

「『墓場まで持っていく』っていうのと、使わないっていうのは違うよ。人生何が起こるか、今みたいに分からないでしょう? 俺がいらないと思うこの力だって、誰かを救う時が来るかもしれない。だから、何に使えるか、どう使えるかくらいは研究したの。まさか命の恩人の君に使う時が来るなんて、まったく想像してなかったけどね!」

「そうかよ」

 

 大丈夫、だよな。今のであげたくない情報は、俺、言ってないよな? 喋るのも大変だな。

 

「俺が話したんだから、バクゴー君も教えてよ。俺をどう倒そうと考えてるかをさ!」

「誰が言うかよ」

「そうだよね。君は行動で語る人間だもの。ねえ、さっさと教えてよ!!」

 

 考える時間はもう、あげたでしょ?

 

 ようやく俺の挑発にノってくれたバクゴー君が飛ぶように走って俺に急接近してきた。来た! 俺は逃げないよ。むしろ近づいて、攻撃のタイミングをズラしてやる!

 バクゴー君は傷つきまくった拳じゃなく、まだそこまで傷ついていない裸なお足で、俺の頭目掛けて廻し蹴りしてきた。それを一旦引いて、ズボンで肌が隠れていないところを狙って両腕で頭の横を庇うようにして受け止めた。勿論、そこから黒キューブを発生させながらな!

 

「ガッ!?」

『廻し蹴りが受け止められちまった爆豪、顔が殴られてみてぇに吹っ飛んだァ!?』

 

 顔を押さえたバクゴー君はよろけるついでに俺から距離を取った。気づいたかな? 今の黒キューブは、バクゴー君がさっき俺に食らわせてきたそれだった。

 

「さっきはよくも殴ってくれたね!」

 

 バクゴー君は俺の煽りに何も言葉を返してくれない。ただ、俺をまっすぐ見据えている。

 落ち着いたこの感じ。しっかり腰を下ろして構えている様。きっと、一発で終わらせようと、その為に呼吸を整えている。

 そっちがその気なら、こっちだって。

 

 互いがでかい一発を狙う。決まれば終わる。勝負が終わる。自然と、俺たちの間に緊張が高まった。

 

 高まるっていうのに、さっき自爆した黒キューブがこの間タンスに小指をぶつけた奴で、それを思い出す雑念が俺を邪魔をする。くだらねぇ……!

 

『煽り合いも、カウンター合戦も鳴りを潜め、ただただ静かに睨み合う! これは嵐の前の静けさってやつかァーー!?』

 

 うるさい。集中力が切れる。よくバクゴー君を観察して、彼がいつ仕掛けてくるかを見ないといけないのに。

 一発で決める。決めるって、どう決める? 血が流れない、丁度いいケガはなんだ? 彼が死なない程度の、でも行動不能に出来るケガは、どれだ?

 

 そんな都合のいい怪我、俺、してた?

 

「ぐッ……!?」

「っ!?」

 

 足を広げた、ジリジリと、少しだけ足を広げただけのバクゴー君が、呻いた。どうやら俺の仕掛けた地雷を踏んだらしい。けど、俺、あんな苦しくなるような傷、仕掛けた覚えが――ある。

 今バクゴー君が立っている場所。そこは、俺がバクゴー君の靴を壊そうと、重めの傷を中心に置いたところだ。生身に喰らったら結構なものだとは思う。俺がそう判断したから俺から出したんだ。だからって、タフネスな彼が、膝をつくような傷じゃ、ないはずだ。

 

「だ、騙されないからな! 俺は君が倒れるような傷をバラ撒いてないからな!」

 

 その、はず、なんだ。

 

「……オエッ」

 

 力が入らないらしいバクゴー君が、膝をついた状態から立ち上がろうと床に手をついて、更に力が抜けたように肩をすぼませてしまった。

 顔の真下に。項垂れた顔の、影が落ちる床の上に、赤が落ちた。

 

 崩れ落ちる。ゆっくりと、君が。赤に、沈んだ。

 

「ーーーーっ!!!」

 

 罠だ。俺の中にあいつらは確かにいる。致命傷になりそうな黒キューブは確かに俺の中にある。あるって分かってるのに。俺の中の冷めた部分が警告してくれているのに。

 

 どうして俺は、駆け寄って、バクゴー君をひっくり返して、怪我の様子を見ようとしているんだ。

 

「やっぱ来るよなァ?」

 

 ほぉら。バクゴー君、めっちゃ悪い顔して待ち構えてたじゃん!

 ひっくり返らされたバクゴー君は足を揃えて胸のあたりに、構えてた!

 

「がァアっ!!?」

 

 その足は勢いよく俺の顎を蹴り上げてきた!! あ、空、キレーだなー。お星様キラキラしてるー

 

「死ねオラァアッ!!!」

 

 そんな()()()()()()()()()()に、凶悪な笑顔を逆光で見えにくくしたバクゴー君が現れて、踵落としを決めようと右足を振り上げていた。格闘技はどの角度から見ても綺麗なんだなー、じゃない!!!

 

「誰が死ぬかぁあ!!」

 

 蹴りは拳より何倍も威力があるもんだし、振り下ろすなんてもっと威力が高いはず。そんなの受け止められるわけ無い。だから自爆覚悟でステージを転がって、ギリギリのところで踵落としを避けてやった。ハンッ! 床に踵ぶつけて怪我してやんの! 俺はジャージの上がまた使いもんにならなくなったけど!! もう、ステージは転がれない。

 

『やたらと煽る罠師吐移 VS 騙し討ちの爆豪! やっべ! 字面どっちも悪者なんだけど! 仲良しコンビのこの勝負、どちらに軍配が挙がるー!?』

『どっちも決定力に欠けている。爆豪は手を潰されて攻撃手段や機動力を殺されている。吐移は吹っ切れているようで、その実自制心を働かせ、命に関わるような傷をセーブしている。この試合、まだ続くかもな』

 

 決定力。そうだ。俺がこんなにバクゴー君を追い詰められているのは、長く戦えているのは、バクゴー君の“個性”が最も効率的に発現させられる両手を潰したからだ。ならこの状況、圧倒的に俺が勝ちに近い!

 

「バクゴー君! 君、さっさとでっかい一発を俺にぶちかまさないと、俺は永遠と回復しちゃうよ! 出来ないなら早めに辞退したらー!?」

「さっきから、うぜぇんだよヘアバン!! 攻撃誘ってんのはバレバレなんだよ!」

「バレてたってどうでもいいんだよ! 俺のほうがド有利なんだからな!」

 

 自分が不利だと、それも相手が調子にノっていたら、きっと君は気に入らないだろう? さぁ来いよ。焦ってかかってこいよ。君からさっき喰らった蹴り、中々脳みそ揺れたぞ!

 

「テメェが有利ぃ? “個性”潰したところで、テメェが俺に勝てるなんざ勘違いしてんじゃねぇぞ!!!」

「勝てるね!! 今ので決めきれなかったのなら、君はもう俺を騙せない!!」

「もうあんな小賢しい真似、しねぇでイイんだよ……。テメェを正面からぶっ飛ばして殺るからよぉ!!!」

 

 なんとか打開策を、なんて考えているだろう彼の思考を邪魔して、来ないと恥ずかしいまでに君を言葉で追い詰める。それから俺はここで待ち構える。

 そう。有利なのは俺なんだ。俺は焦らなくていいんだ。俺はここで、バクゴー君がどこに攻撃してくるかを冷静に見極めて、受け止めるだけでいいんだ。

 なのにどうして。俺は不安になってるんだ。どうして不必要に心臓が脈を打っているんだ。

 

 地雷を恐れず、バクゴー君が俺に向かって駆け寄ってくる。傷だらけの拳で俺にトドメはさせない。だから絶対に蹴りでくる。中途半端な力加減じゃ、また俺は耐える上に、カウンターだってやってやる。それは彼も分かってる。

 だから絶対、彼はさっきも踵落とししてきた右足で、俺にかかってくる!

 

「覚悟しろやァアッ!!!!!」

 

 怒声を挙げながら、左足で踏み切り、飛び上がったバクゴー君が俺の目の前に。右足は後ろへいっていて、まさに俺を蹴ろうと振りかぶっている。

 

 それを、バカ正直に受け止めるとでも思うなよバクゴー君!!

 

 その蹴り避けて、生身のどこかに黒キューブを叩きつけてやる!!

 

 

 

 

 バチッと、音が聞こえた。

 

 

 

 

 最初に、左側から熱と風を感じた。

 その次に、脳が揺れた。

 しゃがむ為に踏ん張っていたはずの足がステージから浮いて、与えられた衝撃のまま、体が持ってかれた。

 

 痛い。

 

 このままずっと吹っ飛ばされるのかと思ったけど、直ぐに別の硬い衝撃が全身を、特に右肩と背中に走った。

 壁だ。壁が、俺を受け止めたんだ。

 

 痛い。

 

 重力に従って落ちて、草の上にへたり込む。

 耳が痛い。顔が痛い。熱い。全身が痛い。目が何を見ているのか分からない。高いだけの耳障りな音が頭の中で鳴り響いてる。ぐるぐる、セカイが、まわってる。

 

 あ、息すりゃイイじゃん。

 

「吐移くん、場外!! 爆豪くん、決勝進出!!」

 

 あ、俺、負けたのか。

 

 息はしてる。意識して息をしているのに。痛い気がする。

 

 でも、それ以上に、なんでだろ。

 

 なんか、スッキリ、してる気がする。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF 2-5(終)

 痛く、ない。

 

 静かだ。歓声か悲鳴か分からない声ばかりが上がる、あの場所じゃない。

 涼しいな。日差しに肌が焼けていく感覚は一切無い。あぁ、快適だ。

 

 ここは、どこ? 

 白いカーテンが俺を囲むようにかかっていて、天井が見えるってことは、俺は寝ていて……。これ、ベッドか。なら、ここはもしかして、リカバリーガール出張保健所?

 

「あの……」

 

 体は動かない。けど、現状を知りたい。体育祭は終わってしまった? 終わったのなら結果を知りたい。思ったよりしっかり出た声で、居るであろうこの部屋の主に呼びかける。その人は可愛らしい、けれど貫禄を感じさせる声で「おや」と、俺の声に気がついたらしい声を上げた。

 足音がして、人の気配が近づいてくる。カーテンが揺らめいたと思ったら、ふわっと大きく開けられた。あれ、姿が見えない。……下?

 

「気が付いたのかい。随分早いね」

「そう、すか……?」

「まだ疲れてるだろう? 横になってな」

 

 頑張って声のする方に視線を向けたら、加齢によってそうなったのか、でもそれにしてはしっかりしてそうな白髪を高い位置でお団子結びにしたおばあさんが居た。白衣を着た低身長のこの人が、リカバリーガール。優しいおばあさんにしか見えない。施設のボランティアのあの人、元気してるかな。

 

「あ、の……。体育祭、どうなりました?」

「ん? ああ、一年生の決勝はこのあと始まるよ」

「え?」

「だから、随分早く目覚めたねって言ったんだよ」

 

 本当? いや、ここで嘘を吐く意味は無いから本当なんだろうけど。意外だ。

 床に平行にひらべったくなっているベッドの上半分が、リカバリーガールの操作するリモコンの信号によって起き上がっていく。おおー、部屋の中が見渡せそ〜。

 保健所らしい設備の他に、テレビ画面が三つ。どのテレビも音量が絞られていた。恐らく俺への配慮だったんだろう。「一年生の決勝、そこから見るかい?」なんて聞かれたから。

 

「お願いします……。あと、俺、どのくらい寝てたんですか?」

「20分もなかったんじゃないかね? いくらお前さんが自己回復の“個性”持ちだからって、頭にあんな蹴りを入れられて吹っ飛んだら暫く起きないんじゃないかって思ってたんだけどねぇ」

「あっはは……。俺も、タフネス、なんすかね……?」

 

 

『もうあんな小賢しい真似、しねぇでイイんだよ……』

 

 バクゴー君からこの言葉が出た瞬間、俺の負けは決まっていたんだ。

 顎から、彼に蹴られた顎から甘い香りがした時点で警戒するべきだったんだ。警戒して勝てたかどうかは分からないけれど、少なくとも、あの衝撃への覚悟は出来たはずだ。

 

 真相はまだ分からない。分からないけど、想像するに、俺が最後に食らった蹴りは、バクゴー君が足裏から爆破を起こした、とんでもない勢いの付いたものだったんだろう。文字通りの爆発キック。多分蹴られた左顔は焦げただろうし、鼓膜は両方破れてたんじゃない? 相変わらず俺の“個性”は便利。今はどこも体は痛くない。痛くないだけで全身怠いけど。体力切れだ。

 

「生きてるのも不思議なもんさね。画面に映し出されたあんたの状態があんまり酷かったもんだから、会場が悲鳴の嵐だったよ」

「でしょうね……。部分的に交通事故にあったみたいなもんですもん。多分鼓膜両方破れてました」

「もっと酷い有様だったけどね」

「知りたくないです……」

 

 いや、体ん中の黒キューブを確認すればどんな大怪我負ってたか分かっちゃうんだけどさ。壁にぶつけた右肩とか砕けてそう。人にぶつけらんない怪我がまた増えた。

 

「一応見えてる部分の血は拭っておいたけど、違和感覚えるところはあるかい?」

「え? ……鼻の中、すかね」

 

 鼻血も出してたかー。口の中もそんな気がする。そりゃそうか。肉体強化するワケでも無い俺があんな吹っ飛び方をしたら、あらゆるところがぶっ壊れて血まみれになるに決まってるか。んーでも、なんでだろ。一気にそうなったからなのか? 「死んじゃう」とかは思ってなかったな。アドレナリンがドバドバ溢れてたのかな? てか、よく見たら俺服変わってんじゃん。病院の入院患者が着るみたいなやつ着てる。

 

「起き上がれるようになったら、自分でどうにかします。そういえば、バクゴー君は……? 彼、手をメタメタにされてたと思うんですけど……」

「しっかり治癒しておいたよ。あの子はまだ戦うからね。しっかしなんだいあれは。割れたガラスの海に両手を突っ込んだような、ズタズタな切り傷は」

「俺が虐められてた場面、覗いてました?」

「やっぱりそういうことかい」

 

 ほら、少年院にぶち込まれて当然な奴らでしょう?

 そんな話はいい。とにかく、バクゴー君が戦うのに俺の与えた怪我が影響無いといいんだけど……。連戦するシステム、どうにかならんか? 片や一瞬で勝利を掴んで、片やボロボロになりながら勝ちを掴んで。絶対有利不利あんじゃん。休憩時間取ってくれてるとは思うけど。ステージ補修とか……あ!!!

 

「す、ステージはっ」

「そうそう。それで決勝の開始がズレたんだよ。『ステージ上に地雷を埋めた本人が除去方法を説明する前に退場してしまった』から、どうしようかってね。お前さんがいつ目を覚ますかも分からないから、ステージは再設置さね」

「! ……お手数、おかけしてしまって、申し訳ありません……」

「あんたよりステージ壊してたのがいただろう? それに比べたら全然楽そうにしてたよ。地雷を深い位置に仕掛けられるとは考えづらいからって、深くても表面5センチを取り替えただけだったね。それで良かったかい?」

「は、はい、多分。俺の足裏手のひらで触れた部分のほんの少し下に意識して埋めたので、それで大丈夫だと思います。踏んで反応しないと意味が無いので……」

「あんたの上のジャージもボロボロだね。一旦自分の手から離れると、自分でも解除出来ないのかい?」

「回収は出来ますけど、意識しないとっていうのと、生身でしか回収出来ないので落ち着かないと俺も喰らいます」

「生身、か。だからジャージはボロボロになったんだね」

「はい」

 

 戦いは終わった。意地を張らなくても良くなった。隠し事をしなくても良くなった。だからって無闇に晒す必要は無いけれど、嘘を吐くことをしなくても良くなった。お喋りするのって、疲れることだと思ってたのに。

 

 口が勝手に動いてお喋りするのは頭を使わなくていいから本当に楽。でもそもそも俺が疲れてるから、そろそろまぶたが重たくなってきた。くっそ、バクゴー君の戦いはこれからだっていうのに。言い方打ち切り漫画かよ。

 眠気と戦う俺の耳に、扉が開かれる音が入った。リカバリーガールが出ていくような足音は聞こえてないし、何より、開いたと同時に聞こえてきた足音は、複数だった。

 

「先生、吐移くんは……?」

 

 ヒソヒソ声でリカバリーガールに声を掛けるのは、声色から言って記見さんかな。C組の皆が来てるのか。カーテンに遮られて、誰が来てるのかよく分からないけど。

 

「おや、あんたたちかい。あの子ならもう起きとるよ」

「! 吐移くん!」

「お、おい。起きてるからって」

 

 畳くんもいるのか。お気遣いありがたいなぁ……。でも、記見さんって割と周り見てないこともある人だから……。やっぱり来るよね。

 バサッと結構遠慮なくカーテンが開けられて、開けた本人が俺を見て申し訳なさそうにしてた。

 

「お、思ったより、元気じゃなさそうだね……」

「……うん。俺、体力、無いから……」

 

 せっかく来てくれたのに、ろくにお相手も出来ない。申し訳ないなぁ。

 

「喋れる元気があるならお礼言っときな。お前さんの血まみれの体を流して拭いてくれたのは、そこのお友達3人なんだからね」

「えっ……?」

 

 リカバリーガールに言われて、注意深く記見さんを見る。その後ろから続くように二つの影が見えて、それが畳くんとシンソー君だと分かった。畳くんが赤いような黄色のような色に斑らに変色したタオルを持っていた。よく絞られてはいるみたいだけど、バスタオル3枚分、くらい?

 

「ごめんね、三人とも。お見苦しいものをお見せして……」

「バカ野郎。頑張った奴のその後が見苦しいわけねェだろうが。気絶するまで頑張ったダチを、俺は誇らしく思うぜ」

 

 畳くん……。「ちょっとクセェか!」なんて照れて笑ってる。けど、俺、君の誇りになれたの?

 

「熱いなぁ……。俺はしっかりドン引きしたよ」

「お、おい心操!」

「はは……」

「わ、私は! ……恥ずかしくなって御御足しか触れませんでした」

「……むしろ安心したよ」

 

 女の子に顔触られたとか、気を失っていたとはいえ、めっちゃ恥ずかしいじゃん。てか俺の貧相な体を見られたのか……。めっちゃ恥ずかしい。

 「やっぱり変態には触られたくなかったってよ!」って。畳くんは俺の発言を違う捉え方しないでくれる? 今は否定するのも大変なんだから、喧嘩になりそうなことしないでよ。あー、もう、「変態じゃないわよ!!」って、記見さんも怒っちゃったじゃないかー。

 

「患者がいるんだから、静かにする!」

「「はい!!」」

 

 おまけにリカバリーガールからも怒られちゃってるし。何してんだよ二人共。

 そんな二人を笑うシンソー君が、俺に顔を向けた。

 

「まだ、起き上がれそうにないか?」

「……むしろ、眠い、かなぁ」

「そっか。ならまた眠っとけ」

「……決勝見たいぃ」

 

 わがまま言ってるのは分かってる。でも、気になるじゃん。だから、もうちょい、起きてるね。

 

「……そう。なら、丁度いいかも」

「?」

 

 丁度いい? 何の話だろう。ベッドの端に腰掛けていたシンソー君が立ち上がって、リカバリーガールに怒られてしょんぼりしちゃってる二人の横を抜けて出入り口に向かった。ついにはその扉を開けて──外に出るのではなく、扉のすぐそばに居たらしい人物に声をかけた。なんで分かったのシンソー君。怖っ。

 一言二言言葉を交えて、シンソー君はその人を迎え入れた。保健所に足を踏み入れたその人は、まるでカラスのような黒い頭部を、包帯を巻いて白くしてしまっている。

 

「常闇、くん……」

「……三回戦、素晴らしい試合だった」

 

 その包帯は、俺が巻かせたものだ。

 

「ありがとう……」

 

 労ってくれたお礼は言えたものの、それはどうしても常闇くんの目を見て言えなかった。彼に対して、申し訳がなさすぎた。

 俺は彼を大衆の面前で晒しあげてしまった。ちょっと気に入らなかったからって、イラついたからって、あんなふうに彼のせいにして自分の不満をぶちまけていいわけなかった。一時の自分の快楽の為に、彼に感情をぶつけちゃいけなかった。

 謝らなくちゃ。決心して顔を上げた先で、カーテンのそばに立ったままの常闇くんがこちらに頭を下げようとしていたのが見えた。

 

「ごめん」

「すまなかった」

 

 止まらなかった謝罪の言葉。それはどちらも一緒だったらしい。

 

「どうして、常闇くんが謝るの? 俺、君に酷いことした。君の名誉を、傷つけた。プロヒーローがスカウト目的で集まる会場で、あんなことをしてしまったのに……」

「お前にそう行動させたのが、俺だ」

 

 そもそも論にするつもりか……? そんなことになったら、話は終わらないぞ?

 

「予選で、仮想ヴィランに対してお前が隠していた力を使った形跡を見つけたとき。お前と対戦する機会がやってきたなら是非ともその力と戦ってみたいと思っていた。それはお前の都合など、背景などまるで無視した身勝手な行いだった。お前のことを何も知らない俺が、あんな指摘をしていいわけがなかった」

「……。確かに、ムカついた」

 

 ムカつかなかったら、あんなことやらかさないもん。だってもうこれで俺、復讐出来なくなるかもしれないし。復讐方法に俺のこの“個性”は関係ないけれど、疑われる要素はなるべく減らしたかったんだ。……断念、かもしれない。

 

「緑谷くんみたいな、あんなカッコイイ展開にしたかったのかな、とか思ったら、もう、我慢が出来なかった」

「……」

「俺は、カッコつけの道具じゃない。君の正義は、俺の正義じゃない。……ホント、君らの担任の言う通り、落ち着くべきだった。ブチギレたからって、あんなことしていいわけなかったのに」

「赤の他人から調子のいいことを言われたのだから、あのくらいして当然だ」

「……もう、やめよ? 二人共悪かった。それでいいじゃん」

「お前は何も、「お互いが、謝りたいから、謝った」……」

 

 それでいいじゃん。そう言ったら、常闇くんは渋々って表情で頷いてくれた。

 あー。疲れたー。もう、眠いよー……。でも、まだ、言いたいことあるんだよー……。

 

「ねぇ、常闇くん」

「なんだ?」

「俺をさ、ブチギレさせてくれて、ありがとね」

「?」

 

 分かんないよね、いきなりこんなこと言われたって。

 

「君が、汚れ仕事を担ってくれたから、俺、バクゴー君と戦えた」

「……」

「ははっ、ごめん。今俺眠たくてさ……。めちゃくちゃかも、話」

「構わない。元々お前の眠気覚ましに俺が呼ばれたんだからな」

「ありがと……。でね。俺さ、バクゴー君に宣言してたの。『君を蹴落として一位になる』って。だからいつかは俺、絶対、“個性”を全部開放してなくても、バクゴー君と戦わないといけなかった。……自己回復だけで、あの爆破に勝てるわけないのにね」

 

 あれ、俺、話の組み立て方、これであってる?

 

「君に煽られて、イラついたし、傷ついたし、気分すっごく悪かった。だから、君を意図して傷つけてしまった。だけど、これがあったから、俺は、バクゴー君に全力ってやつをぶつけられた」

「全力になると、ああも態度が悪くなるのか」

「あっはは、言ってくれるなぁ常闇くん。……分かんないんだもん。初めて過ぎて。研究はしてた。でも、人前で堂々と使うつもりも、人に向けて、しかもメインウェポンとして使うつもりはなかったんだから。どんな顔で、どんな感情で使えばいいのか、全くわかんなかった」

「そうだったのか。てっきり、あの態度は作戦なのだと思っていたのだがな」

「君に対しては、半分はそうかも。煽って、隙が生まれるのを待って、俺の思い通りに行くようにしたかった。でも内心、ぐっちゃぐちゃだったよ? 傷つけたくないのに、どうしてだろうって」

「……」

「でもね、勝ちたかったっていうのもあるよ? もちろん。だって見せちゃったからには、結果を残さないと。折角の情報アドもあるわけだったし」

「色々、考えてたわけだな」

「そう。……何が言いたかったんだっけ」

 

 眠たすぎて、話がとっ散らかった……。えっと、バクゴー君と勝負させてくれてありがとうって話、だっけ?

 

「そうだ。うん。君が俺の汚い部分を引き出してくれたから。全部を曝け出す機会をくれたから。俺、バクゴー君を後一歩ってところまで追い詰められたんだ。皆から見て追い詰められてたかどうかは、分からないけどさ」

「素晴らしかったと言ったはずだ。あの爆豪が負けるかも知れない、とA組は騒然としていたぞ」

「そうなの? うわぁ、嬉しいな! ……ヒーロー科をそんな気持ちにさせた普通科生徒って、俺が初めてなんじゃない?」

「そうかもな」

「尚の事、ありがとう。俺を覚醒させてくれたこと、本当にありがとうね、常闇くん」

「覚醒……。そうか」

 

 覚醒ってワードがお好みだったのかな? なんか常闇くん、満足そうに笑ってるなぁ。

 覚醒かぁ。

 

「!! っははは!」

「! どうした吐移」

「ひひひ……!」

 

 急に笑いだしたからだろうな。常闇くんだけじゃなく、C組の三人もこっちを見て目を丸くしてる。ごめんね、びっくりさせちゃって!

 

「常闇くんはさ、俺とバクゴー君の試合、見てくれた?」

「もちろん」

「なら、あの煽り合い覚えてる? 俺がさ、『大きな計算しか出来ないその頭、一度壊して治してもらおうか』って言ったやつにさ、バクゴー君が『ぶっ飛ばして、頭の接触不良直してやるよ』って煽り返してきたやつ。ヒヒヒッ! 俺、見事に頭吹っ飛ばされたなぁ!」

 

 有言実行されたのがあんまりにもおかしくて、一人でゲラゲラ笑ってたら奥で記見さんが「あいつマジで許さない!! 吐移くんの顔グチャグチャにしやがって!!」ってキレてた。グチャグチャだったんだ。記見さん、シンソー君と畳くん二人して落ち着けられてる……。

 カーテンの前で楽な姿勢で立っていた常闇くんが、フッて、イケメンにしか許されなさそうな感じで笑った。

 

「接触不良が治ったか、そもそも不良だったかは分からないが──随分、スッキリしたような印象だな」

「!」

 

 君が、そう言うなら。一番汚かっただろう瞬間を一番近くで見た君が言うなら、きっと、そうなんだろう。

 

「そっか」

 

 君にも、俺を信じて励ましてくれた先生たちにも、C組の皆にも。そうせざるを得なかっただけだろうけど、受け入れてくれた周りの人たちにも。皆に、俺は感謝をしなくちゃいけないな。

 

 リカバリーガールが、リモコンで三つあるうちのひとつのテレビの音量を上げた。ああ、もう始まるのか。

 

「見届けなくっちゃね」

 

 それから、今、決勝の舞台に立つ、バクゴー君にも。

 

「がんばれ」

 

 君なら大丈夫だよ、バクゴー君。だって君は、俺のヒーローだもん。

 

 

 

 あ、後で靴壊したこと謝らないと。弁償しないとなの、大変だー。

 

 

 




 これにて、18話IF2は完結とさせていただきます。“もしも”のお話だからこそ出来た表現や展開は、書いていて楽しかったです。皆様にも楽しんでいただけたのなら、これ以上ない幸いでございます。ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 あ!!!!!!面白かったら!!!!!評価の程お願い致します!!!!!ね!!!!!!!!(ダイマ失礼)
 アンケート!!!!!本編に一票も入ってないのは草だけど!!!頑張りが認められた感じがして!!!!嬉しいです!!!!!ちゃんと書いて良かった!!!!!ご協力ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。