じいちゃんにもう一人弟子がいたら(一発ネタ) (白乃兎)
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爺さんは瞬間移動の使い手

思いついてしまったので投稿


辛いことは嫌だ。楽をして生きていたい。できることなら働きたくもない。

そんな甘ったれた考え方を持ったまま、農家の一人息子としてなぁなぁで生きてきた、十三年ぽっちの短い人生。ここで俺は人生の分岐点に立っている。

 

「鬼を殺すための剣士になるか。ここに残るか選べ」

 

家に帰ると、家族は死んでいた。そしてその下手人もそこにいた。

鬼と巷で噂になっている存在だと、直感的に理解した。親の死、自らの死を悟った次の瞬間、鬼の頸がゴトリと鈍い音を立てて落ちた。

俺も帰るのがもう少し早ければきっと死んでいたことだろう。

その少しの時間が俺の命を救った。

 

「……一ノ瀬纏楽(てんらく)。よろしく、爺さん」

 

「桑島慈悟郎じゃ。師範と呼べ」

 

救ってくれたのは俺より少し背が小さいくらいの爺さん。

その爺さんは鬼を殺す組織の人間であるらしい。

そして、爺さんは身寄りのない俺を引き取ってくれると言うのだ。他に選択肢のなかった俺は喜んで飛びついた……のだが。

 

 

 

 

 

「辛くても苦しくても、楽な道に逃げるな」

 

爺さんの一喝とともに、拳骨が俺の頭に落とされた。

痛い。それと同時に楽な生き方をしたいという俺の目標をバッサリ切り捨てられる。

爺さんには拾ってくれた恩がある。助けてくれた恩がある。

だが、何より辛い。正直選択間違えた気がしてならない。

 

 

朝起きて体力づくりの走り込み。死ぬほど走らされる。加えて謎の呼吸法を用いながらという集中力も求められる。

きっつい!しんどい!あと爺さん俺を殴りすぎ!

 

 

数刻の時間をかけて走り込みを終えれば食事の休憩を挟んだ後に木刀の素振り。足の次は腕を痛めつけに来る。加えて、太刀筋が歪めば拳骨が飛んでくる鬼畜仕様。

疲れで太刀筋が歪み殴られ、殴られた痛みで太刀筋がさらに歪み殴られる最悪のループである。

 

 

さらには特殊な呼吸法の鍛錬。全集中の呼吸というものを会得しないと話にならないらしい。また、雷の呼吸という剣技?呼吸法?を会得しなければならない。

これもきつい。肺痛い、心臓ドクンドクンする。耳から血とか心臓が出そう。

 

 

 

 

 

以上の鍛錬を始めて約半年。俺は爺さんのところを逃げ出した。

 

そして逃走を始めてすぐ捕まった。

 

一度では飽き足らず二度三度と逃げ出したが、爺さんは小さな体に似つかわしくない圧倒的身体能力で俺を捕らえてくる。

そしてありがたーいお言葉と拳骨を頂戴するのだ。

 

「泣いていい、逃げてもいい、ただ諦めるな」

 

いや、逃げられないんですけど。せめて逃がしてくれてから言ってほしい言葉である。

しかし、さすがは爺さん。人生経験の長さ故か、重い言葉を僕にぶつけてくる。そして、爺さんは僕と話すとき必ず目を離さず、まっすぐに向き合ってくるのだ。

 

「……わかったよ、爺さん」

 

「わかればいい。それと、師範と呼べ」

 

 

 

「……あの流れでもう一度俺が逃げ出すとはさすがの爺さんも思うまい」

 

同じ日の夜、再びの脱走決行。

 

「そんなことだと思ったぞ馬鹿者め」

 

「げっ」

 

拳骨と、夜が明けるまでの素振りを申し付けられた。

楽をするために逃げ出したが結局一番つらい道に突き進んでいる気がしてならない。

こうなれば、明日からは作戦変更といくとしよう。

 

 

 

 

 

作戦変更。全集中の呼吸を持続することで、基礎体力の向上を図り、走り込みや素振りを疲れることなく行う!これぞ楽!

 

もちろん走り込みと素振りを終えた後だから体力もないし、なんなら走り込み前の鍛錬中も全集中の呼吸をやってたから全く楽はできていないのだが。

 

将来楽をするために今つらい思いなど本来したくはないのだが、今楽な思いなど爺さんが許してくれないのだ。

本当は嫌だが、呼吸法をマスターすれば鍛錬は軽くなる。あわよくば爺さんの拳骨を回避することができるようになりたい。

 

けれどやはり——

 

「——全集中の呼吸きついぃ」

 

肺を大きくしてより多く空気を肺に取り込むらしいのだがこれがまぁきつい。

爺さんのところに来てから半年。真面目に訓練してきたと思っているし実際努力してきた。

その結果、肺活量などは高まっているはずだが未だ全集中の呼吸を継続することができない。寝てる間も全集中とかやろうとしてるけどこれもまぁキツイ。無意識にできたらもうあとは余裕になると思うんだけどなぁ。

 

爺さんはどうしてこんなきついことをやっているのだろうか。現役引退したんじゃないの?育手なんじゃないの?もしかして鬼殺隊ってみんなこんなきつい訓練を乗り越えて入隊してるの?

鬼ってそんなに強いの?俺まだ全集中の呼吸だけで精いっぱいなんだけど。一日中やろうと頑張るけどどうしても途中で集中力が切れちゃうんだけど。

 

しかも最近は全集中の方に気を取られすぎて、雷の呼吸の型の習得をおろそかにしていたせいか爺さんは不機嫌である。

だって雷の呼吸の型って人間やめないと会得できないんだもん。なに?霹靂一閃って。爺さんの奴を見せてもらったけど速すぎて見えなかったし。

「ちゃんと見たか?」じゃないよ爺さん。速すぎて見えなかったよ。見せる気ないでしょ。

あんなの無理じゃない?しかもそれが基本の型ってどういうこと?人間やめないと雷の呼吸を会得できないの?

 

爺さんには後継はいないらしいんだけど、爺さんが厳しいから後継がいないのか、雷の呼吸の使い手が不甲斐ないからなのか。

でも雷の呼吸が柱になった時の鳴柱ってかっこいいなぁ。

 

「これ!ぼーっとするな!馬鹿者!」

 

爺さんの気配。全集中継続のための瞑想中に余計なことを考えたから、きっといつものように杖か拳骨が俺の頭に振り下ろされる。

しかし、いつもやられてばかりの俺ではない!感じろ、かわせっ!

 

ガツン。

 

「いってええぇえ!!」

 

はい無理でした。頭に振り下ろされたのをかっこよく首だけ傾けてかわそうとしたが、首より下が動いていなかったので、爺さんの杖が肩に直撃した。

 

「ほう。やるではないか」

 

「痛い!全集中の呼吸が途切れたらどうするのさ!今最高記録なんだから!」

 

「……ん?儂、常中なんて教えとらんぞ」

 

「教えてもらってないからな。俺の楽な未来のために勝手にやってるだけだから。常中っていうんだコレ」

 

「今、どれくらい続いておるのだ」

 

「朝からずっとだよ。まだ、寝てる間はできないから。今日は一回も途切らしてない」

 

「たった半年で、ゼロからここまで……よし!纒楽!今日からお前は儂の後継者じゃ!儂の全てを叩き込んでやるから覚悟せい!」

 

は?

 

「は?」

 

いやいやいやいや。ない。やだ。むり。今よりもっと辛くなるってことでしょ?無理無理無理無理。

 

逃げよう!

 

俺は瞑想をやめ、強く地面を蹴って逃げ出した。

 

 

 

五秒で捕まった。無理やん。結局無理やん。

常中もどきをやっているけどやっぱ爺さんには敵わないよ。なに?元柱とかだったりするの?桑島慈悟郎って知ってます?って鬼殺隊の人に聞いたらみんな知ってる強者とかじゃないよね?

 

「既に壱ノ型を会得しているならそう言わぬか」

 

いや、してませんけど。爺さんから逃げるために全力で地面を蹴って走っただけですけど。爺さんみたいに瞬間移動できてませんけど。爺さんの機嫌がめっちゃよくなってる。やめてよ、俺まだ何もできてないのに。

 

「よし、今日から打ち込みも追加しよう。一度型はすべて見せたな?それで儂から一本とってみるのだ」

 

「え、無理だけど」

 

「いくぞ。雷の呼吸壱ノ型——

 

「ひえっ」

 

——霹靂一閃

 

初日の打ち込みは木刀を交えることすらできなかった。

ていうかあの爺さんほんとに消えるんだけど。目に見えないんだけど。

 

 

 

 

 

あれから二週間。全集中・常中を会得することができた。気が付いたら寝てる間もできるようになってて、そっからはとんとん拍子だった。

爺さん的には普通雷の呼吸を覚えるのが先らしいが、正直こっちのほうが難しいと思う。

 

爺さんの繰り出す弐ノ型稲魂とかやばいんだけど。瞬き一回の間に繰り出される高速の五連撃……らしいのだが正直見えない。なんか刀がぶれたと思ったら雷が迸って俺の体が痛くなるという技。

……だから技が見えないんだから覚えるのとか無理でしょ!爺さんはバカだよね!

 

と、いうことで当面の目標は動体視力の強化と、基本である(らしい)瞬間移動(霹靂一閃)の会得、斬撃の不可視化(高速化)である。

……瞬間移動が基本ってなんやねん。

 

ということで、足腰の強化と、呼吸の仕方を覚えよう。

爺さんが言うには呼吸を整え、足に意識を集中させるらしいが、俺がやったところで瞬間移動にはならない。

せいぜいが高速移動である。

 

ということで、行き詰ったので爺さんに助言をもらうとしよう。

そもそも、なんで俺今まで爺さんのやつを一回見た(見えない)だけで頑張ろうとしてたの?

そんなの無理に決まってるじゃん。初めから爺さんに聞けばよかった。教えないとか、もっかいやるからよく見とけとか言われたら今晩逃げ出そう。

 

「爺さん、雷の呼吸のコツを教えて」

 

「そうだな、もっと自分の体を意識することだ。筋肉、血管の隅から隅まで意識して、空気と血を巡らせるのだ。それができてこそ、本物の全集中だ」

 

「……何言ってんの爺さん。血管を意識とかできるわけないでしょ」

 

ガツン。

 

本当のことを言っただけなのに殴られた。

でもなるほど、酸素と血をもっと体に巡らせればいいのか。血管や筋肉を意識という表現も理解できないわけではない。

 

めざせ、瞬間移動。

 

——雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃

 

ぐぐっ——ずんっ!

 

 

 

足を壊しました。めっちゃ痛かったけど今までで一番速いのできた。

 

「怪我したところに意識を向けろ、そうしたら痛みも止まる。まったく、体もまだ出来上がっていないのに神速など使うからこんなことになるのじゃ」

 

「……痛いままでいいんですけど。修行したくないし」

 

ガツン

 

もう何度目かもわからない拳骨を頂戴する。

足を怪我しているから殴られることはないと思っていたのに。爺さんには人の心という物がないのだろうか。

 

「馬鹿者、さすがに二週間は身体強化訓練はやらんわい。その期間は呼吸の強化に集中する」

 

じゃあ何で殴ったんだよ。最近の爺さんは容赦ない。

身体強化訓練を中止にする優しさがあるなら殴らないでほしいんですけど。

 

「足の先から頭のてっぺんまで自分の体を把握し、血管に酸素を送る。これができれば自分の体は思い通りに動くはずじゃ。あとは体が出来上がれば儂なぞ超えられる。焦るな、お前はちゃんと成長しているぞ」

 

……ちょっと、いやだいぶうれしい言葉をかけてくれるじゃないか。いつもこうなら俺も逃げ出さないよ。

俺は褒められて伸びる子よ?

 

「よーし、爺さん。今日は気分がいいから、夕飯は俺が作るよ!」

 

 

 

その日から、料理の特訓が追加されました。

おかしい、いつも爺さんが作ってるの見てたのになー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鬼滅キャラ正直誰にも死んでほしくない。
幸せな世界がいいよね。

ちなみに善逸らはまだ弟子にもなってません。


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爺さんはやっぱり化け物

筆が乗ったので連日投稿。
こんな投稿スピードは最初のうちだけなので期待しないでください。


ダンっという音がしたと同時に俺の視界の端に影が一瞬映り込む。

そこをめがけて木刀を振るうとガツンという手ごたえ。爺さんは木刀で、俺の木刀を受けていた。

爺さんをとらえたことを確認するとすぐさま攻撃に移る。爺さんがまた踏み込む前に刀を振るえっ!

 

——雷の呼吸 参ノ型聚蚊成雷

 

——雷の呼吸 弐ノ型稲魂

 

くっそ、俺が必死で会得した回転分身斬り(参ノ型)をたやすく受け切りやがって。弟子に気を使って一発くらい食らってくれてもいいだろうが!

内心でチート爺さんに文句を言いつつ体を低くし懐に踏み込む。

 

——雷の呼吸 伍ノ型熱界雷

 

爺さんを下から斬り上げて上に吹き飛ばす予定だったが、俺の斬り上げを受けても爺さんの体は浮くことすらない。

 

シィィィィと独特の呼吸音が爺さんから聞こえる。

危険を察知すると同時に爺さんの技を少しでも受けるために俺もすぐさま呼吸を整え——

 

「遅い」

 

——雷の呼吸 陸ノ型電轟雷轟

 

ズガガガガっという音と体の痛み。俺の手の中の木刀が折れたことが分かった。

いつも思うのだがこの爺さん弟子に対して容赦という物を知らないらしい。

そんなことを思いながら俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

一ノ瀬纏楽という子は天才だ。

きっと全盛期の儂なんて後数年もすれば追い抜かされることだろう。楽をしたいなどと甘ったれたことばかり言っておるが、儂が少し喝を入れればしっかりと鍛錬に励んでいるし、努力を怠らない。

少しやりすぎたか?なんて思うこともしばしばだが、纏楽はしっかり食らいついてくる。

纏楽の成長がうれしくて近頃は現役の時のほかの柱との柱稽古を思い出す勢いでやっているが、纏楽はなんとか食らいついてくる。毎回技の精度を上げながら。

口角が上がるのが抑えられない。

 

「また技のキレが上がっておる」

 

纏楽の技で少し切れてしまった自分の羽織をみてそう呟いた。こんなことを本人に聞かれれば「じゃあもう修行なんてしなくていいよな!」なんて言い出すに決まっているから、下手に褒められない。

 

この子は教えてもいないのに全集中の呼吸・常中や霹靂一閃神速を再現し、儂を驚かせる。

少し不謹慎ではあるが本当にいい拾い物をしたものだ。

この前、大きな丸太を三本背負いながら走り込みをしていた時は驚いた。

楽をしたいといいつつも勝手に要求以上のことをやり始めるのは一体何なのかわからない。

 

「儂を基準に考えとるから勘違いしているのはどうしたものか」

 

正直、纏楽はすでにそんじょそこらの剣士や鬼には無傷で勝利を収めることができるだろう。

そもそも元とはいえ柱の儂と刀を交えることができる時点で実力が高いことがわかる。

しかも未だ十三歳。もうすぐ十四歳だがそんな若さで鬼殺隊に入隊させるのも少し気が引ける。

しかし、いつまでも儂のもとにおいておくわけにもいかぬ。

こやつを拾って約一年。そろそろ、頃合いか。子供の成長とは早いものだ。

 

 

 

 

今日一日の訓練を終えると爺さんは俺に日輪刀と金を渡してきた。

急にどうしたのだろうか。刀と金は渡すから出ていけとかそういうやつなのだろうか。

 

「今日はもう終わりにしよう。あまり多くないが、この金で近くの街で何か買うもよし、飲み食いするもよし。休息というやつじゃ」

 

「……爺さん、死んだりしないよな」

 

普段厳しい爺さんが突如甘やかそうなんて何かあったに違いない。

 

「ばかもん、もう二十年は死なんわい」

 

確かにこの化け物爺さんは早々死にそうにない。

爺さんが俺を甘やかすなんて珍しいし、ここぞとばかりに好き放題していいのではないだろうか。

 

「とは言われてもな」

 

今まで散々修行ばかりやらされていたし、休息を与えられても何をすればいいのかさっぱりわからない。

楽をしたいと言っていた俺が息抜きの仕方を忘れるとかやばいのではなかろうか。

 

「好きにすればよかろう。何をそんなに悩んでおるのだ」

 

「……爺さん、一緒に団子食べにいかない?」

 

休息、自由などとぐるぐると俺の頭の中で様々な考えが駆け巡った末に、無難なところに落ち着いた。

 

 

 

 

 

爺さんの家から一番近い村の甘味処で俺たちは団子を食べる。

甘いものを食べるのはだいぶ久しぶりなので自然と口角があがる。

爺さんもニコニコである。

 

「お爺さんもお孫さんもいい笑顔ですね」

 

甘味処の店員がそう笑いかけてくる。

俺たちは家族のように見えるのだろうか。

 

「孫が誘ってくれたのでな、機嫌もいいし団子もうまい。笑顔の一つも浮かぶじゃろ」

 

「爺さん、団子が似合うよな」

 

身長小さいし、かわいいところがある。

普段は瞬間移動とかの使い手だし、阿呆みたいに強いのにこういうときはかわいいとか理想の高齢者じゃん。

 

「なぁ纏楽、お主は鬼殺隊に入るのか。楽に生きたいのならほかの道もあるじゃろう。お前には鬼への憎しみも、誰かを守りたいという博愛の心もない」

 

逆にここまで来て入らないとかあるのか。

今まで何のために修行してきたと思ってるんだ。

 

「入るよ。そんでちゃちゃっと功績上げて育手になって適当に弟子をしばきながら悠々と暮らすんだ」

 

「……それまで大変な道のりじゃぞ」

 

「まぁ、分かってるけどね。ちょっとやりたいこともできたもんだから」

 

楽して生きていきたい。それは確かに俺の芯の部分である。

でもやりたいことができて、それは簡単には成せないものだ。

だから、適度に手を抜きながらやっていこうと思う。

 

爺さんに鋼を鍛えられるがごとく何度も殴られてきたのだ、俺の心も強くなった。少しだけどね。

俺人間なのに何で鋼のように鍛えられたの(怒)

 

「……人生楽に生きていければいいと言っていたお前がやりたいこと、か。成長したもんじゃ」

 

「俺が楽な道に進もうとすると全力で阻止してくる爺さんがいるもんでね。しかもその爺さんは当分くたばらないときた」

 

「ははは、生意気な弟子め」

 

「うるせぇ化け物じじぃ」

 

からからと元気よく笑う爺さん。ぜってーその顔驚愕一色に染めてやるからなと心に決める。

俺は考えていることがよく顔に出るらしいから、爺さんには俺が何か企んでいることなどお見通しなのだろうが、それでも絶対ぎゃふんといわせてやる。

 

「あの、すいません、もしや鳴柱様でしょうか?」

 

眼前には一人の青年。こんな村に明らかに浮いた服を着て、刀袋を背負っている。おそらくではあるが、背中にはダッサイことに大きく『滅』の文字が印じられているのだろう。

明らかに鬼殺隊の人である。政府非公認の組織なのにありえないくらい目立つ格好してるんだけどいいのだろうか。

ていうか鳴柱って……

 

「もう引退した身、今はただの育手じゃよ」

 

うん。なんとなくわかってたよ。爺さん絶対普通の人じゃないって。

なんでちょっと前の俺は爺さんが一般隊士レベルなどと勘違いしていたのだろう。

でもこんな小さい爺さんが鬼殺隊最強の剣士の一角である柱だなんて思わないでしょ。

 

「お食事中大変申し訳ないのですが、稽古をつけていただけないでしょうか?」

 

……もしや爺さん(柱)ってすごい?俺が思っている以上に尊敬に値する人?

こんな若手でガタイのいい兄ちゃんがへこへこしてる。

 

「纏楽、この青年と打ち合いしてみよ」

 

「……鳴柱様。流石にまだこんな年端もいかない少年に私の相手が務まるとは思えません。私はこれでも階級は(きのと)なのです!」

 

「なに、お主を侮辱しているわけではない。儂の弟子に稽古をつけてやってはくれぬか。そのあと儂が相手をしよう」

 

俺何も言ってないのにこの兄ちゃん怒らしちゃったじゃん。

しかも乙って上から二番目の階級じゃない?やだよ。爺さんよりレベルが二つしか違わない人ってことでしょ!

 

 

 

 

 

はい、ということで、やってきましたいつもの訓練場。

まぁ、俺が嫌だって言ったところで爺さんがやめてくれるわけないのはいつもの事だし。

兄ちゃんは水の呼吸の使い手らしい。水の呼吸は簡単だから一番使い手が多いと聞く。

いいなぁ。雷の呼吸とかめっちゃムズイんだよ。俺が瞬間移動会得するのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ。

 

それをこの兄ちゃんは簡単な水の呼吸で上から二番目の階級なんて高いところに上り詰めやがって。

なんか理不尽ではあるが彼に対して怒りがふつふつと沸き上がってきた。彼には申し訳ないが、少なくとも一矢報いるくらいはさせてもらうぞ。

 

「では、はじめっ!」

 

——雷の呼吸 壱ノ型

 

シィィィィ

 

まずは壱ノ型で様子見。

兄ちゃんの方もなにか水の呼吸を行っているようだが関係ない。

いつものように足に意識を集中させる。

 

霹靂一閃 八連

 

雷が落ちるかのようなけたたましい轟音が俺の型が放たれると同時に鳴り響く。

相手は階級乙、油断はしない。死角に回り込んで、最速の一撃を叩き込むっ!

 

どがっ

 

「そこまでっ!」

 

あれ?

 

「え、終わり?」

 

普通に当たっちゃった。

ていうかモロに脇腹に入れちゃったけど大丈夫かなこの人。

折れてたら俺のせいかな?お金とか払わないといけない?

 

「馬鹿者。相手の実力くらい正しく測らんか。纏楽、お主は既に鬼殺隊でも上位に位置する実力を持っておるのだ。普通の隊士などに負けるわけがなかろう」

 

えー?

なにそれ。そういう事はもっと早く言ってもらわないと困る。

 

「むしろ負けたら後継者失格じゃ。その時は鍛錬五倍にしようと思っとった」

 

あ、あぶねぇぇぇぇぇ!

手を抜かなくてよかったー!

そういう罰を後出しするのはずるくない?勝てたからよかったけど、負けた後にそれ言われてたら逃走ものだよ?

 

「その必要はなかったようじゃがな」

 

「ふ、ふふーん。伊達に爺さんの弟子やってないからな」

 

「纏楽」

 

「なにさ爺さん」

 

なんか爺さんが少し改まった雰囲気を出している。

お小遣いもらった時も思ったけど、なんか爺さん今日変じゃない?

 

「明日、儂と本気の打ち合いをする。その結果次第で最終選別に行かせるかどうかを判断する。つまり、卒業試験といったところか」

 

「……なるほどね。覚悟しときな爺さん。一発合格決めてやるから」

 

爺さんが妙に優しかったり、改まったりするのはそういうことだったか。

確かに爺さんの下を離れるのは思うところがあるというかぶっちゃけ寂しいけども。

でも、爺さんの後継者としてはこんなところで躓くわけにはいかない。

 

 

 

 

 

そして夜が明けた。

昨日の夕飯の時も俺と爺さんはいつもと変わらない様子で食事を共にしたし、朝も普通に過ごした。

男なら、師の下を離れるくらいでしんみりなんてしていられない。

 

「準備はいいか、纏楽」

 

「ああ」

 

互いに木刀を構える。

これが、爺さんと最後の打ち合いになる。

 

「はじめっ!」

 

全力全開、悔いの残らないように俺のすべてを出し切るっ!

 

——雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃 神速 四連

 

木刀故に鞘がない分斬撃の速度は落ちるがそれでもかつての俺から見たら瞬間移動だと騒ぐほどの技。

足に力をためて地面を蹴る。踏み込みの音はまるで雷鳴のよう。

四度の踏み込みの後に、神速の抜刀術を爺さんに振るう。

 

乾いた音がした。

爺さんは一歩も動かずに俺の刀を受け止めている。

 

シィィィィ

 

爺さんの口から呼吸音。

 

刀を回し、上体を跳ね上げられ、体勢が崩れる。やっばい!

 

——雷の呼吸 伍ノ型熱界雷

 

俺の顎めがけて振るわれた斬り上げ。

体勢が崩れた状態からは木刀で受けることもかなわない。

 

「んん”っ」

 

無理やり体をねじってその縦振りから逃れる。

回避後即座に技に移行する。

 

——雷の呼吸 参ノ型聚蚊成雷

 

以前放った時よりも速く鋭い回転分身斬り。

後出しの稲魂や電轟雷轟では受け切れねぇぞっ

 

ふわっ

 

まるで落ち葉のようにひらりひらりと俺の連撃すべてを紙一重で回避しやがった。

やっぱ化け物じゃねぇかこの爺さん!

後ろに目でもついてないとそんなことできねぇだろうが。

しかしこの爺さんが化け物なのは割といつものことなので手を止めずに技をつなげる。

 

——弐ノ型稲魂

 

神速の五連撃。爺さんが全く同時に五回斬るのに比べたら少し遅いが、俺のもほぼ同時の五連撃。

……全く同時に五回斬るってなんだよ!ふざけんな化け物!

 

——陸ノ型電轟雷轟

 

だからさぁ。ほぼ同時に五回別の方向から斬りかかってるんだよ?

なんで受けるどころか後出しで俺より手数の多い技でカウンター決めてくるわけ?

打点ずらさなかったら気絶モノだぞふざけんな。

 

——肆ノ型遠雷

 

「ふぐっ」

 

陸ノ型で技を受けながらの反撃。少し距離が離れた瞬間に一番射程の広い肆ノ型を腹にぶち込まれた。

ぎりぎりで後ろに飛んでなかったら朝飯吐いてたぞ!

爺さんの肆ノ型は飛ぶ。ほんとはちょっと射程が長いだけじゃないの?

なんであんた現役引退したんだよ。それだけできればまだまだ余裕だろ!

 

「すべて全力で放っているというのに、これが老いというやつか」

 

「俺が強くなってるって考えはないんですかねぇ」

 

「それもあるがな、歳をとって体が縮んでなければ今の遠雷で儂の勝ちじゃった」

 

「技のキレは落ちてないのが頭おかしいんだよ」

 

体の大きさかぁ。爺さんが現役バリバリの全盛期の時は爺さんは身長高くて筋肉ムキムキだったのだろうか。

さぞ体が大きく厳ついおっさんだったのだろう。なんでこんなに縮んでしまったのだろうか。

 

少ししょうもないやり取りをしている間に爺さんの技によって痛くしびれた体を呼吸によって少し緩和する。

とはいえ、爺さんの技を受けた体は悲鳴を上げている。

正直これ以上長引かせたくないのが本音である。これ以上長引かせたところで技のキレが落ちていくのは目に見えている。

 

それならば——

 

「次で決める」

 

今俺と爺さんの間には少し間合いが開いている。

ちょうど、壱ノ型で詰められる間合い。

 

「ほぅ」

 

シィィィィィィ

 

俺と爺さんが同時に呼吸を行う。

俺も爺さんもぐっと右足を引いて足に力をこめる。

 

「ゆくぞ、纏楽。——雷の呼吸 壱ノ型」

 

「雷の呼吸 漆ノ型」

 

俺が、爺さんを驚かせるために、超えるために生み出した七つ目の型。

俺が爺さんを継ぐために、鳴柱へと至って爺さんが俺にかけてくれた時間に報いるための型。

 

——鳴雷神(なるいかづちのかみ)

 

互いに神速の域の踏み込み。交錯は一瞬だった。

この技により幻視する雷の龍が、爺さんの木刀を喰らった。

 

俺の木刀も技の影響か焼け焦げている。

 

「相打ち、かの」

 

「木刀じゃなかったら壊れなかったかな」

 

「まさか新たな型を生み出すとは」

 

「だって水の呼吸とか炎の呼吸はたくさんあるのに雷は六つしかないから作ってやろうって」

 

爺さんに隠れて開発するのは非常に大変だった。

正真正銘隠し玉。これで爺さんを破れなければお手上げである。

やっぱ化け物だわ爺さん。

 

「纏楽、合格じゃ。これまでよく頑張った」

 

ごつごつした手が俺の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。

いつも俺を殴っていたその手は、今日はとても暖かく感じて、不覚にも涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

一夜明けて、最終選別に行くにあたって爺さんの△模様の羽織と、刀をもらった。

黄色の羽織なんて派手だからあまり好きではないのだけれど、爺さんに認められた証なのだと思うとこれを羽織れることが誇らしかった。

 

出発前に、生きて帰ってこいなんて言われた。

爺さんの目がきらりと光っているようにもみえた。年をとると涙腺も緩くなるんだなとしょうもないことを考える。

 

「爺さんの後継者がこんなとこでくたばるわけないでしょ」

 

とても生意気な笑みを浮かべて俺は藤襲山へと向かった。

 

 

 

 

 




拙い戦闘描写すいません。

主人公十三歳もうすぐ十四ですでに常中使えて火雷神を作り出してるけど、無一郎君もだいぶチートだからやりすぎ感が出ないんだよなぁ。

感想評価いただければ励みになりますのでどうぞよろしく。

追記。
雷の呼吸漆ノ型を火雷→鳴雷に変更いたしました。
オリジナルになりますが、元は同じ古事記からですのであまり世界観がかけ離れないかなと思います。


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不安で意外と楽ができない

奇跡の3日連続投稿。
申し訳ないが、少しリアルの方が忙しくなるので連続投稿はここまで。

縁壱さんに比べたらチートじゃないから大丈夫と感想欄でいろんなお方に言われたので主人公は自重しません。


ということでやってきました最終選別in藤襲山。

なんだこの山。麓から見たらやばい見た目してたよ。

例え鬼じゃなかったとしてもビビるわ。

しかも七日間も生き延びなきゃいけないのか。

 

鬼殺隊志願者が結構いてびっくりした。多分二十人くらいいたのではないだろうか。

みんな地味ーな恰好してて俺の黄色い羽織が明らかに浮いていたんですけど。

俺の羽織と女の子のなんか蝶みたいな羽織だけめっちゃ浮いてて二人で顔を見合わせて苦笑いしたわ。

 

女の子も鬼殺隊に入ったりするんだな。

人にそこまでさせる鬼とはなんと罪深いことか。

俺は親を殺されたものの憎悪ギラギラとかにはならなかったけどほかの人達からしたら鬼憎しで鬼殺を志したんだろうなぁ。

そう考えると俺は薄情なんだろうなぁ。ごめんね父ちゃん母ちゃん。

 

「ほい、霹靂一閃」

 

山中を駆け回りながら鬼の頸を斬って回る。

正直この山の中で七日間もひやひやなんて心臓に悪くてやってられない。

俺は楽をしたい!ならどうするか。山の中の鬼をみんなやっちゃえばいいじゃない!

 

帰った時に怪我していたら間違いなく爺さんにぼこぼこにされる。

「儂の後継者がそんなところで怪我するなんて何事か!」って絶対拳骨をお見舞いしてくるに決まっているので油断だけは絶対に許されないのだ。

 

もはや鬼より爺さんの方を恐れている俺は一体どうしてしまったというのか。

 

「ふざけるな、ふざけっ」

 

「霹靂一閃」

 

俺が鬼を追い詰めているので鬼はもうそれはひどい顔でひどい悲鳴を上げている。煩いので頸を早々に切り落としてしまった。

これではどちらが鬼かわからないではないか。

 

「た、助かったよ」

 

「おん?」

 

何やら今斬った鬼に襲われていた人がいたようだ。

別に助けた覚えなんてないんだからっ!

命が救われるのはいいことだからいいんだけどね。

 

「こっから東に向かえば水場に出られると思うから頑張れよ」

 

「あ、ありがとう」

 

本当なら俺もそっちに拠点を置いて安定志向で行きたいけれど、そんなことをしていたら柱なんてなれないだろうし、爺さんの後継者だなんて言えたものではくなってしまう。

だから俺は、できる限り楽をしたいという思考のもとこの山の鬼を皆殺しにしていこうと思う。

いい機会なのでできれば人助けもしていこう。

 

雷の呼吸の速さならきっと人助けもしやすいだろう。

……あわよくば助けた人達からお礼とかしてもらえたらいいな。

 

爺さんにばれたらそんな邪な考えで行動するな!なんて怒られてしまうだろう。

でもいいじゃないか!邪な考えでも!俺はそんな聖人みたいな頭の作りしてないんだもの!

お礼ほしいじゃん!感謝されて気分良くなりたいじゃん!

 

「ほい、遠雷」

 

この肆ノ型遠雷も爺さんが使うと斬撃が飛ぶからなぁ。

あの最後の手合わせの時はまじでやられたと思ったよ……

なんだよ斬撃が飛ぶって。意味不明なんだよ。

 

そうだ。ちょうど斬ってもいい実験台がたくさんいることだし真剣を使って技に磨きをかけようじゃないか。

木刀とは違って空気抵抗が少ない分、刀の速さが違うしより爺さんみたいに技を使えるかもしれない。

 

「雷の呼吸 弐ノ型稲魂っっ!」

 

目指せ五回同時斬り。

悪いな鬼。俺の実験台になってもらおう。

 

 

 

 

何やらこの山の様子がおかしい。

私はこの山について何かを知っているわけではないけれど、明らかに様子がおかしい。

 

「鬼が見当たらない?」

 

異様にこの山が静かなのだ。

戦闘の音もしないどころか人も鬼も見当たらない。

最初の方に鬼を数体斬ったけれどそれっきり鬼と遭遇しない。

 

「他の人達もいないのはどういうことなのかしら」

 

「ほんとになぁ」

 

っ!?反射的に声のしたほうから離れる。

 

大きく異形の体。肌の色は暗い緑色。

無数の手が頸を隠すように巻き付いている。

なんともおぞましい姿をした鬼がそこにはいた。

 

明らかに人を食べた数が二人、三人じゃすまない。

この鬼とは仲良くできない。そう瞬時に判断すると呼吸を整える。

 

——花の呼吸 肆ノ型紅花衣

 

私が斬りかかると同時に鬼からその頸に巻き付いている手の数本が私に向けて射出される。

紅花衣による横薙ぎでその腕を斬りはらうが、向かってくる腕の数はどんどん増えてくる。

 

——花の呼吸 弐ノ型御影梅

 

くっ、この鬼の再生速度は私が手を斬る速度を超えてる。

このままこの状況を続けていたら私の体力が切れてしまう。

この状況を打開するには、もう頸を斬りに行くしかない。

 

「お前、やるなぁ。さっき男の剣士を食ったが大したことなかったぞ。情けないと思わないかぁ?」

 

落ち着け

 

「それに比べてお前は女なのに速く剣が鋭い。女は肉が柔らかいからなぁ今から楽しみだ。毎回十人くらいは食ってるのに今年は数が少ないから腹が減ってしかたないんだ」

 

落ち着け、呼吸を乱すな。ここで取り乱せばこの鬼の思うつぼだ

 

「目をつけてる仮面をつけた鱗滝の弟子も来ないしなぁ、今回も狩りを楽しみにしてたのに残念だ」

 

全集中・花の呼吸——

 

私が踏み込むとそれを待っていたかのように無数の手が私に向かってくる。

でもこの鬼の手はそこまで硬くないしそこまで早くもない。なら―――

 

陸ノ型渦桃

 

鬼の頸を斬るために跳躍、空中で体をひねりながら鬼の手を斬る。

鬼の手は――まだ再生していない。いけるっ!これ以上この鬼の被害者を出すわけにはいかない。

ここでこの鬼を斬るっ!

 

——伍ノ型

 

「ぐっ」

 

脇腹に衝撃が走る。

死角から腕を伸ばした!?あの腕は自由に曲げられるの?

 

私の体が地面をバウンドし、山の斜面を滑る。

気を抜くな、刀を離すな。しのぶと絶対帰るって約束したじゃない!

 

体を起こせ、痛みなんて今は耐えろ。呼吸を整えて迎撃をっ!

 

「強いけど、甘いなぁ」

 

足をつかまれた、まずい、速く斬り飛ばさなきゃ。

 

「それ、飛んでけ」

 

「ぐううぅ」

 

痛い。殴られた脇腹も、投げられて打ち付けた背中も痛い。

でも、まだ勝ち目はある。足をつかんだのに拘束せずに投げ飛ばしたのは私のことを舐めているから。

私で遊んでいるから。なら、付け入る隙は必ず―――

 

「遊びも終わりかな」

 

先ほどまでとは比にならない手が私に向かって伸びてくる。

視界を埋め尽くすほどの手、手、手。

 

血の気が引く。これはまずい。

 

弐ノ型——

 

少しでも手の数を減らして何とか逃げ「残念だったなぁ」背後から伸びてきた腕が私の腕を掴んだ。

やられた!正面は囮、本命は死角から背後に回り込んだ数本の腕。

この鬼、ずるがしこい。

 

これでは刀を振るうことができない。

私の体が持ちあげられ足は地面を離れ使うことも適わない。

まずいまずいまずい。

 

「腕を引きちぎって、少しずつ食べよう、そうしよう」

 

クスクスと鬼が笑う。

今はこんなにおぞましい笑顔でも、昔は人間だったはずなのにどうしてこうなってしまったのだろう。

こんな時でもそんなことを考えてしまう私は鬼殺隊にふさわしくない人間なのだろう。

姉さんは甘い!って怒られちゃうんだろうな。

 

ごめんねしのぶ。姉さん、だめだったよ。

 

 

 

遠くで、雷が轟く音がした。

次の瞬間には黄色の稲妻が迸り、私の腕を掴む鬼の手は斬り払われた。

 

「俺と同じの派手目の羽織女子、大丈夫か?」

 

なんか変な覚えられ方してる!?

この男の子は開始地点の時に目があった男の子。

黄色い羽織が目立っているなぁと思っていたら目が合って会釈だけしたのは記憶に新しい。

 

「なんかお前は今までの鬼と違うな」

 

すごい、鬼と向かい合ってこんなに冷静に振る舞えるなんて。

それにこの人、服が全く汚れてない。まだ初日とはいえ鬼とは遭遇したはず。

なのに、傷がないどころか服の乱れすらない。

 

「餌が増えたなぁ。二人も食えば少しは腹も膨れるか」

 

鬼が先ほどのように視界を埋め尽くすほどの手を彼に差し向ける。

腕の中には不規則に曲がるものもあって対処が難しいのは明らか。

私はすぐ立ち上がって刀を構え「大丈夫。じっとしてて」

 

ああ、大丈夫なんだなって不思議と安心した。

この男の子は私よりも年下なんだろうけど、その声音にはこの状況で私を安心させる何かがあった。

 

シィィィィィィ

 

彼の口から漏れ出る呼吸音。

 

「雷の呼吸 陸ノ型」

 

——電轟雷轟

 

彼を中心に無数の電撃が迸る。

私たちの視界を覆うほどの無数の腕はすべて斬り払われていた。

 

「全部、斬ったの?」

 

「あの爺さんの刀と違って視認できる速さ。だったら斬れる」

 

「ふざけるなぁぁぁぁ………………ぁ?」

 

私たちの目の前から、男の子が消えた?

あんなに目立つ羽織を着ていたのに、今はどこにも

 

「はい、霹靂一閃」

 

男の子の声が鬼の背後から聞こえた。

それと同時に、ゴトリと鬼の頸が落ちた。

 

「え?」

 

私は目を疑った。何が起こったかもわからなかった。

速すぎて見えなかった?

そんなことがありえるの?

 

「くそっくそっくそぉ」

 

鬼がその体を灰にしながら現実を認められないと嘆いている。

頸を斬ってなお動くことができるということはよっぽど強い何かがこの鬼の心の内にあるのだろう。

憐れみの目を向ける私に、鬼は手を伸ばしてくる。

でもその手には殺意や害意なんて少しも感じられない。ただ寂しさから、手を握ってほしい幼子のようで。

 

「大丈夫」

 

警戒してか鬼に刀を向ける彼にそう告げ、鬼の手を握った。

握った鬼の手は人と変わらない暖かさを持っていた。

 

「来世では、こんなことがありませんように」

 

消える寸前、鬼の目からは涙がこぼれていた。

きっとこの鬼も、いろんなものを抱えていたのだろうと思うと心が痛んだ。

 

 

 

 

なにこの子。消えゆく鬼の手を握ってあげるとか女神だったりするのだろうか。

この子の優しさの少しでも爺さんにあればどれだけ昔の俺が救われることか。

しかもめっちゃきれいじゃん、開始地点の時は気にしてなかったけど。

 

「助けてくれてありがとう。私は胡蝶カナエ、今の音を聞きつけて鬼が近づいてくるかもしれないからとりあえず離れましょう」

 

「俺は一ノ瀬纏楽、よろしく。そんな急いで離れなくていいと思うぞ。この山の鬼はほとんど狩りつくしたと思うから」

 

「へ?」

 

カナエは目を丸くした。

うん、まぁそういう反応になるよね。

この最終選別七日間行われるのに初日に鬼全部狩りつくすなんて馬鹿なことする男でごめんなさい。

これ怒られるかな?怒られちゃうよね。これじゃ試験にならないだろ!って鬼殺隊のお偉いさんに怒られちゃう。

でも仕方ないんだ。どんどん上がっていく技のキレにテンション上がっちゃったんだもの。

 

「で、でもあれだよ?数体くらいは残ってると思うから気を付けるに越したことはないよね、うん」

 

これで怒られて昇進遅くなったりしないよね?

でしゃばりすぎたら上司に目を付けられるとか嫌だよぉ。

 

「うふふふ、こんなに強いのに何をそんなに焦っているの?」

 

俺が一人でわたわたしているのを見て笑うカナエ。

カナエが女神のような笑顔を浮かべているが正直内心焦りまくりでそれどころではない。

 

「……鬼を斬りすぎてしまいました。反省しています。いっぱい人を助けてしまいました」

 

カナエは再びきょとんとした顔をして、またくすくすと笑みを浮かべた。

 

「おかしなことを言うのね。鬼を斬って人を助けるのが鬼殺隊の役目なのにそれでどうして謝るの?むしろ誇るべきじゃない!」

 

女神や。女神様や。

だよね、そうだよね!

鬼殺隊なんだから鬼を斬って怒られるなんてことないよな!

 

「そういえば、怪我は大丈夫か?脇腹かばってるだろ。これを持ってれば、雑魚鬼には狙われないと思うからもってて」

 

行きの山で切り落として懐に入れておいた藤の花をカナエに持たせる。

助けた男連中には渡さなかったがカナエは優しさ溢れる女神だから特別扱い。

誰がなんと言おうと間違いなく男女差別である。だって可愛い子には生きててほしいから。

 

「じゃあ、俺はもう行くな。生きて会おう!」

 

 

 

あとで思い返せば、誰かと一緒に行動すればより安全だし寂しくないし、食料の調達とかできたのになぁと後悔した。

 

 

 

 

 

……七日間生き延びました。

初日以降は鬼に遭遇しませんでした。はい、私が狩り尽くしたせいですね。

当初の目論見通り初日以降はめっちゃ楽だったよ!

やったね!

 

開始地点に戻ると、そこには十数人は生存者が集まっていた。

その中には俺が助けた人たちや女神の姿も見えて少し安心した。

 

しかし、爺さんの話によると毎回生存者は一桁らしいので、今回は明らかに多いのだろう。そりゃそうだよね!だってもう山の中に鬼いないんだもんね!

 

「纏楽くん、無事でよかったわ。あの時は本当にありがとう」

 

「気にしないでくれ。カナエも元気そうで何よりだよ」

 

笑顔で話しかけてくれるカナエ。ちゃんとお礼を言える子じゃん。

礼儀正しくて優しくて美しいとか完璧じゃん。

……この子マジで女神では?

 

「おかえりなさいませ、ご無事でなによりです」

 

あ、お偉いさんだ。

 

 

 

結果的に言えば鬼を狩り尽くした事は言及されなかった。

玉鋼を選び、鴉を手に入れその場は御開きとなった。

 

全部終わった後にカナエ以外の助けた人たちに囲まれてめっちゃお礼言われた。悪い気はしなかった。

 

あと、帰り際にカナエに「またね」って言われた。

女の子っていいね。出身の村に同年代の女の子はいなかったし、爺さんの下にいるときはそんなことがあるわけもない。

 

正直惚れるかと思った。

いや、ぶっちゃけ惚れたんだけども。

 

また会えるといいな。

 

 

 

 

 




鬼滅って時系列わかんないんだけど。
義勇、鯖兎たちはカナエの後でいいのかな。
それなら鯖兎、真菰生存ルート突入なんだが。
原作は義勇21歳しのぶ18歳。カナエってしのぶの何歳年上なんだろうか。

2話、少し訂正を入れました。

感想評価いただければモチベーションアップに繋がるので是非ともお願いします。


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友達がいると鬼殺も楽

魂の4日連続投稿。
今度こそ連続投稿は途切れます。
一週間くらい空くかな?




最終選別を終えて約半年。年齢も十四に上がりました。

 

そんなことより仕事がつらいです。

 

選別を終えて二週間ほど過ぎたあたりで俺の日輪刀が届き、無事雷の呼吸の使い手としては珍しい淡い青色に変色したところで鎹鴉が即座に仕事を告げてくる。

鬼を斬ったらまた鴉が方角を示す。

その繰り返しである。

 

つまり何が言いたいかというと仕事がつらいです(二回目)

 

鬼を斬ること自体はまだ強い鬼に遭遇してないから問題ではないのだ。

移動距離が長い!休憩時間がない!給金されても使う時間がない!そもそも帰る家もない!家があったとしても帰る時間もない!

 

「ふざけんな!」

 

おっと、つい気持ちが高ぶって叫んでしまった。

でもそれも仕方ないことだ。だってつらいもん。精神的に。

 

この半年で三十数体の鬼を斬った。

わかる?つまりたった半年で仕事が三十件以上舞い込んでくるわけ。

 

おかげで階級も爆上がりですわ。もう乙だよ。いつしかの隊士さんと同じ上から二番目だよ!

出世コースに乗っているのはわかるしありがたいがこんなつらいなんて聞いてない。

俺が基本無傷で任務を終えるのが悪いの?

もっと鬼と接戦を演じることができれば問題ないの?

 

唯一の癒しが藤の花の家紋の家、通称藤の家の食事とお風呂なんですけど。

おばあちゃんたちに癒されてるんですけど。もっとどうにかならないんですか。

俺の交友関係、爺さんばあさんばっかりなんだけど。

 

「どうしましたか」

 

「あ、大丈夫です。ちょっと心が耐えられなくなっただけですから」

 

ほら、藤の家のおばあちゃんたち気遣い上手だし優しいんだよ。

容赦ない上司とは違うんだよこの人たちは。

さすが好意で鬼殺隊の手助けやってくれてる家は違うわ。

 

「夜中なのだからあまり騒ぐものじゃないぞ!」

 

お前も十分声でけーよ。

 

「杏寿郎は仕事ないときとかどうしてる?」

 

「そうだな、基本的には鍛錬をしている。たまに休みを作って歌舞伎を見に行ったりもするな」

 

いいなぁ、趣味があって。

そもそも休みがあっていいなぁ。

 

「杏寿郎は継子なのだから待遇もいいよなぁ」

 

煉獄杏寿郎なる男は由緒正しい煉獄家の跡継ぎで、現炎柱様の継子なのである。

そのせいか、爺さんに太鼓判を押された実力の俺とほぼ同等の力を持っている。

そのせいか少し前から一緒に任務に就くことがままあった。

 

「そんなに待遇の良さを感じたことはないぞ。父上は厳しいしな」

 

「はぁー、そんなもんか。大変なんだなお前も」

 

「そうだな。将来煉獄家を継ぐにあたって怠けてはいられないしな!しかし纏楽の帰る家がないというのは少し悲しいな」

 

「親のいない俺やほかの隊士からすると、家族が存命な杏寿郎はうらやましいよ」

 

俺にも爺さんという家族同然の存在はいる。

でも弟子としてはまだ何も成し遂げていないのに師匠の下に帰るなんて嫌なのだ。

帰る場所はほしいが師匠の下にはまだ帰りたくないという矛盾。

 

新たに帰る場所が欲しいという話なのだ。

 

「家が欲しいというなら柱に任命されれば屋敷をもらえるぞ。それまでがんばれ纏楽」

 

「……広い屋敷に一人で住むっていうのも嫌だな」

 

正直いろいろ足りないものが多い。

でもいつ死ぬかもわからない鬼殺隊だ。生きているうちに幸せというか、満足に過ごしたいというのはぜいたくなのだろうか。

 

「ならば婚約者でも作って同居するか、柱になって継子をつくり一緒に住むかすればいいではないか」

 

「なるほど、その手があったか。柱にもなれば女性も継子も選り取り見取りか」

 

また柱を目指す理由ができてしまった。

なかなか邪な考えだが、復讐心に駆られているわけではない俺は鬼殺のモチベーションを維持する必要があるのだ。

 

「以前言っていた女神とやらに接近してみるのもいいのではないか?」

 

「……カナエは最終選別以来あってないし、どこにいるかもわからん。そういう杏寿郎は婚約者とかいないのか?煉獄家なら婚約者の一人や二人はいそうなものだけどな」

 

「俺はまだ未熟者だからな、そういう話は父上が突っぱねている。俺に縁談が来るとしても柱になってからだろうな」

 

「まぁどちらにせよまだ十四、十五の俺らには早い話か」

 

「そういうことだろうな。孤独に耐えきれなくなったら煉獄家を訪ねるといい。さて、明日は十二鬼月かもしれないのだ。速く寝て明日に備えよう」

 

俺と杏寿郎が二人で挑む任務の先にいる鬼は人間を多く喰らった鬼がいる。

今回は十二鬼月である可能性が高いそうだ。

 

そのレベルの鬼ならばきっと血鬼術も強力なものなのだろう。

俺と杏寿郎の二人だけということはおそらくは下弦の鬼なのだろうが、警戒するに越したことはないだろう。

 

 

 

 

 

「近くの村の人の情報によるとこの家に入った者が帰ってこなくなったらしい」

 

「敵陣に乗り込むのは危険だが出てくるのを待って被害者が増えるのは避けたいところだな!」

 

例え罠で分断されたとしても俺も杏寿郎も、お互いが合流できるまで時間を稼げるだけの実力を持っているから、二人がかりならば下弦相手だとしても問題ないからこそ、こうして大胆な行動に出ることができる。

 

家の中に入る。

比較的普通の家だ。灯も灯っている。

俺も杏寿郎もすぐに刀を振るうことができるように警戒しながら長い廊下を進む。

 

「部屋を片っ端から開いていくか?」

 

「そうだな。こうしていても埒があかないだろう!」

 

よし、一番手近にあった襖を開け、中に踏み込む。

 

ぽぉん。

 

特に何もない。部屋も荒れた様子がない。

 

「杏寿郎、次の部屋に——」

 

は?いない?

 

「部屋が、変わった?」

 

やられた。これが敵の血鬼術。

屋敷内の空間を操るタイプの能力。

 

「どいつもこいつも、小生の屋敷に土足で踏み込んできおって…」

 

襖が開く。

こいつがこの屋敷の主人。

身体中から生えた鼓。両肩と腹、背中に生えた鼓。恐らくは全部違う能力があると見ていい。

そして何より、左目の下陸の二文字。

事前の情報通り十二鬼月。

 

シィィィィ

 

先手必勝!

雷の呼吸 壱ノ型——

 

ポン

 

鼓の音と同時に部屋が回転する。俺の足が床から離れ、霹靂一閃が中断させられる。

厄介な能力だな、ふざけやがって。

 

ポンと鬼が鼓を鳴らす。

 

ザンッ!

 

何かくるっ!

転がれっ!

 

今まで俺がいたところに斬撃の跡が迸る。

なるほどね。部屋の回転、部屋の入れ替えに斬撃。

つまりこれらを組み合わせると―――

 

ポポォン

 

「ぐっ」

 

部屋が回転する、平衡感覚も方向も分からなくなる。

どっちから斬撃が飛んできている?

 

全力で、壁を蹴って逃げ——ポポォン。

あっぶねえええ!!!掠った!頰裂けた!

 

斬撃を飛ばされた直後に部屋を回転させられると躱すのも相当難しい。

だが、回転の隙間を縫って踏み込めばっ!

 

「霹靂一閃っ!」

 

よし、殺った!

下弦の陸の首を刎ね——ポン

 

くっそ、上下逆転させて太刀筋をズラされた!

俺の刀は頸より少し上を斬り裂くに終わった。

顔の上半分を斬ってやったがすぐに再生される。

 

俺の霹靂一閃が目で捉えられたわけではなく、俺の構えから何かを察知して鼓を叩いたのか。

手強い。戦闘能力はそこまで高くない。だが、この空間は面倒だ。

 

雷の呼吸に欠かせない踏み込みをことごとく封じてくるこの血鬼術。

隙間を見つけて踏み込んでもやはり甘くなって速度が落ちる。すると鼓の効果が発動する。

 

立ち回りを考えていると突如、俺からでも鬼からでもないスパァン!という襖を開く音が響く。

 

「もう始めていたのか、すまん!遅れた!」

 

「鬼を斬れば許す」

 

なんとも頼もしい味方の登場である。

しかし、杏寿郎といえどこの鬼に刃を届かせるのは苦労することだろう。

 

「杏寿郎、鼓は部屋の上下左右に回転。斬撃の効果がある。回転すると攻撃される方向が分かりづらい、気をつけろ」

 

「情報感謝する。纏楽がかすり傷とはいえ怪我をしたのだ、油断はできない相手だな」

 

回転するだけで距離が離れるわけではない。

近づくことは可能である。

なんとか慣れればいけるか?

 

シィィィィ

 

ポン

 

「炎の呼吸 壱ノ型不知火」

 

グルンと部屋が回転する。

しかし杏寿郎は驚異的なバランス能力で即座に対応し踏み込むと、霹靂一閃には劣るものの鋭く接近して刀を振るう。

 

ポポポポポォン

 

グルングルンと視界が回る。

複数方向から杏寿郎に斬撃が迫る。

 

ポポポポ

 

鬼の鼓を打つ手は止まらない。

次々に不規則に部屋は回転する。

重力によって杏寿郎の体と刀は揺らぎ、鬼に刀は届かない。

 

斬撃をかわすために俺のところまで下がってきた。

鬼は回転の鼓をうつのをやめ斬撃の鼓をうつ。

 

「なるほど、厄介だ」

 

「杏寿郎、踏み込めれば雷の呼吸の速さで太刀筋がぶれる前に頸をとる。踏み込む為の時間をくれ」

 

小声で杏寿郎に耳打ちをする。

 

たとえ部屋が回転したとしても、霹靂一閃 神速の速さをもってすれば重量によって太刀筋が曲がる前に殺れる。

ただ、部屋の回転が、神速を生み出すだけの踏み込みを許さない。

 

「ふむ。わかった。が、あまり遅いと俺が終わらせてしまうぞ」

 

再び鬼に接近した杏寿郎。

地面と接する時間を短くする事が部屋の回転にも振り回されずに接近可能にしているのか。

 

あの足捌きは俺も見習わなければ。

 

「炎の呼吸 肆ノ型」

 

再び鼓の連打による部屋の不規則な回転が始まる。

斬撃が俺と杏寿郎二人に絶え間なく襲いかかる。

しかし、杏寿郎にとってそれは驚異にならない。

 

「盛炎のうねり」

 

斬撃をいなしながら下弦の陸に接近。

杏寿郎が接近するのに比例して斬撃が減り回転の度合いが増える。

 

正直もう気分悪い。

早く終わらせたい。

 

「ふむ、頸は届かないが、腕を貰っていくぞ」

 

わ、マジか。すごいな杏寿郎。

こんな不安定な空間でよくもまあそんなにバランス保てるな。

 

下弦の陸の腕が切り離される。

それは鼓をうつ手が減るということ。

それならば……

 

ポォン。

 

部屋がどちらに回転するか分かりやすいっ!

 

雷の呼吸 壱ノ型

 

「杏寿郎ー!」

 

俺の意図を把握しすぐさま屈んでくれる。

お前、最高だよ。

 

霹靂一閃 神速

 

ポォン。

 

上下が反転する。しかし俺の体は既に加速し、重力ではもう止められない、曲がらない!

 

屋敷の中に、青い雷が迸った。

 

 

 

 

 

「俺は一度屋敷へ帰る。纏楽はすぐ次の任務なのだろう?」

 

「そうなんだよ。差別じゃない?杏寿郎には仕事来ないのに俺には来るの?」

 

下弦の陸を斬ってすぐ、俺の鎹鴉は方角を告げた。

杏寿郎の鴉は鳴かなかったのに。

 

「気をつけろよ。纏楽は俺より強いと思っていたが、意外にも相性が悪い敵はいる事が分かったからな」

 

「ああ、一人で敵陣には踏み込まないことにするよ。正直まだ気持ち悪い」

 

互いに健闘を称えあって俺らは別れた。

雷の呼吸が封じられた時、俺は殆ど何もできなかった。

足が封じられた時、何もできなかった。

 

「ちょっと新しい型考えてみるかー」

 

最弱とはいえ十二鬼月を討伐してしまったのだ。

これからおそらくもっと強い鬼との戦闘を強いられるのだろう。

ていうか、もしかしてもう少しで柱就任とかあります?

十二鬼月倒しちゃったんだけど。

 

早々に目標が達成できそうな喜びと仕事が増えてしまいそうな絶望を孕んだなんとも微妙な表情で俺は次の任務先に向かった。

 

途中、杏寿郎がやってた踏み込みの際にあまり地面に触れない足運びを試した。

転んで鼻血出た。

 

 

 

 

 




響凱さんの能力って相当厄介だと思うの。
特に動きが直線的で足に重点を置いてる雷の呼吸には天敵だと思うの。

煉獄さん登場回でした。
次は誰にしようかなぁ。

感想評価いただけるとモチベーションアップに繋がりますので是非ともお願いします。
日刊ランキング上位入って感想たくさんもらえた私ウハウハです。今日投稿しないつもりだったのに。


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カナエは美人、異論はないな?

おいおい、今週はもう投稿しない予定だったのに投稿しちゃったよ。
仕方ないじゃん。日間一位なんてとったらテンション上がって書いちゃうじゃん!
読者のみんなありがとう!


杏寿郎と下弦の陸を討伐してから約一週間。

またもや数体の鬼を斬った。

幸いなことに下弦の陸ほど厄介な血鬼術を持つ鬼との戦闘はなかったので、身体的には無事である。

 

精神的には死にそうだがな!

鬼多すぎん?どれだけ鬼を作り出してるのさ。

斬っても斬ってもすぐさま次の仕事が舞い込んでくる。鬼舞辻は暇なの?そんなポンポン鬼生み出して何したいの?

国取りでも目論んでるの?

 

「俺に楽をさせてよぉ」

 

今回の仕事はさらに面倒な事になりそうで、さらに俺の心を痛めつける。

 

珍しく俺は茶屋でお茶を啜りながら人を待っている。

今回は杏寿郎のような協力者がいるだけで普段よりはだいぶ心が楽だけど。

 

鴉が産屋敷様(お館様)から直々に文を頂いたのは数日前。鬼殺隊の頂点から文が来た事で俺は恐れおののいた。

 

文の内容を要約すると、鬼殺隊の診療所、治療所を開設したいので、その治療所の代表予定者と共に薬や医療器具の買い揃え。

治療所予定地周りの鬼の排除を任される事になった。

 

「というか、今まで治療所とかなかったのかよ…」

 

こんなに怪我と密接な関係を築いている仕事はないというのに。

俺は頭悪いから治療道具とか分かんないから結局鬼殺メインなんだろうなぁ。

設立される治療所で俺の精神も癒してくれないかなぁ。

 

「治療所の代表に選ばれるとかどんな人なんだろうな」

 

「だーれだ」

 

急に視界が暗くなると同時に聞こえた女性の声。

俺に女性の知り合いはいないが、この声には聞き覚えがあった。

会ったのは一度だけだしそれもだいぶ前なのだが、それでも俺はこの声の主を知っている。

 

「カナエ、か?」

 

「せいかーい。纏楽くん、今回はよろしくね?」

 

視界が明るくなると背後にいたカナエは隣に座って悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべていた。可愛い。

 

ドン底だったモチベーションがうなぎ登り。

お館様に感謝します。一生ついていきます。

 

「カナエが治療所の代表なのか?」

 

「うん。傷ついた人を助けたいなってお館様に言ったら、屋敷を用意してくれてね」

 

お館様気前良すぎかよ。

そしてカナエは女神かな?

 

「俺、何したらいいのかわからないんだけど」

 

「医療器具の方は問題ないんだけど、薬の方が大量には仕入れられなくてね。色んな所から掻き集めたいの」

いいかしら?と上からの命令だから逆らえない俺にわざわざ確認を取ってくる。

きっと俺が断ればカナエは一人で行くのだろう。なぜなら良い子だから。

 

「まぁ、役に立たないと思うが好きに使ってくれ」

 

知識なんてさっぱりないのでカナエの言うこと聞いて言う通りに動けば良いのだろう。

あと、鬼が出たら斬るのが仕事かね。

 

「うん!よろしくね」

 

 

 

 

 

東京、浅草。

薬師を探すなら街だろうとここまで来たが俺は開いた口が塞がらない。

どこを見ても人人人人人。建物はそこかしこに並び、食事処や着物屋なども至る所にある。

 

「こ、これが都会!すごいな」

 

「あらあら、子供みたいにはしゃいじゃって」

 

元々田舎にいた俺はこんな数の人や建物を見たことがない。

とても賑やかな街が本当に存在したのかと感動で胸が一杯である。

 

「じゃあ、はぐれないようにね」

 

「大丈夫!」

 

「あらあら、本当に大丈夫かしら」

 

都会に目を輝かせていたらカナエに子供扱いされた件について。

確かに都会は初めてだが、逸れるほど子供でもない!

……と、思っていたけど。

 

「かっ、カナエ!待って、助けて!」

 

田舎者な俺は人の流れに流されてカナエの後ろをついて行くことすら出来なかった。

すれ違う人と肩をぶつけてしまい前に進めない。スルスルと間を抜けていくカナエの背中はどんどん離れていってしまう事だろう。

 

はじめての都会で洗礼を受けて既に涙目な俺。

鎹鴉にカナエの位置を教えて貰えばいいかと半ば諦めた時、俺の手が優しく引かれる。

 

「ほら、言った通りじゃない」

 

「か、カナエぇぇぇ」

 

カナエの優しさに涙が溢れそう。

 

「しっかり繋いでてね?」

 

「絶対離さない!」

 

浅草で外を出歩くときはカナエの手を離さないと密かに心に決める。

あと、カナエの手、細いのに柔らかくてびっくりした。

 

「ふふっ、やっぱり子供みたいね」

 

「東京舐めてた。人多い。怖い」

 

「最終選別の時はあんなに強くてカッコよかったのに。まるで別人みたい」

 

「ずっと気を張ってたら疲れるだろ。俺は楽したいんだ」

 

「とても十二鬼月を倒した人とは思えないわね」

 

一見皮肉のように聞こえる言葉だが、それがそう聞こえないのはカナエの雰囲気と人となりのなせる技なのだろう。

 

「それ、噂になってるの?」

 

「同期が十二鬼月を倒したんですもの、噂にもなるわよ。纏楽くんが同期で一番昇進が早くて柱に近いって隠の人たちが言ってたわ」

 

「カナエだってお館様に直接治療所の設置を進言できるんだから、そのうち柱にもなれるさ」

 

俺の階級はこの前の下弦陸の討伐で階級がさらに上がって甲になった。

十二鬼月を倒したとはいえ杏寿郎と二人で倒したのだから柱就任の条件に換算されないとして、鬼の討伐数はもうすぐ五十に届きそうなので柱就任も近いかもしれない。

 

一方でカナエもそれなりの数を斬っているようで階級を上げているようだ。

治療所の開設の進言、実行といい柱就任ほどの実績とは言わないものの同期の中では功績を挙げているほうだと思う。

いつか俺とカナエが柱として並び立つ日が来てもいいかもしれないな。

 

「ふふっ、こうして手をつないでないとはぐれちゃう纏楽くんが私より階級が高いなんて思えないなぁ」

 

「カナエは俺の命令には従わないといけないんだぞ」

 

「あらあらまぁまぁ。私、どんなひどい命令されちゃうのかしら」

 

「とりあえず手は離さないでね」

 

「はーい、分かりました上官様」

 

くすくすと互いに笑いながら浅草の街にいる薬師の下を訪ねて回った。

 

 

 

 

 

時刻は夜、昼とは違って人通りは少なくなったが、田舎とは違い人通りも灯りもついている。

田舎の夜は真っ暗で人っ子一人いないのでこれにも驚いた。

そしてカナエは母性本能が働いているのか未だに俺と手をつないだままだった。

 

昼には恋人同士かといわれたりして二人で顔を赤くしたがもう慣れたもので自然に手をつないでいる。

 

「……カナエ」

 

「どうしたの?」

 

「だまって俺に合わせて自然に歩いてくれ」

 

カナエは状況がわかっていないようで疑問符を浮かべていたが、今はそれどころではない。

違和感を感じたのだ。

人通りが多いわけではないが、まだ深夜ではなく夕食を楽しむためだったりで人はそれでも多い。

 

だから気づいた違和感。

人ごみの中にぽっかり空いた空間。なぜか常に人通りの中に穴が不自然に開いている。

姿を隠す血鬼術なのだろうか。

しかし一度気が付いてしまえば追跡も難しくない。

 

そして人通りのないところに来たところで刀袋に入れた日輪刀を取り出し抜いた。

名残惜しいがカナエとつないでいる手を離す。

 

「姿を現せ」

 

「ど、どうしたの?」

 

今周りに人はいない。

鬼も俺が気づいていることに気づいただろう。

このまま姿を現さないのなら、そう意味を込めて腰を落とす。

 

シィィィィ

 

「少し、話を聞いていただけないでしょうか」

 

今まで何もいなかった空間から突如女の人が姿を現した。

カナエは驚きの表情を露わにしている。かくいう俺もこんな美人が鬼の正体で驚いている。

 

「内容によるが、変なそぶりを見せれば斬る」

 

「はい、それで構いません」

 

女性は両手を挙げて会話を続ける。

この女性に敵意や害意というものは感じられない。

だからと言って油断はしてはいけないが、速殺するほどの事態ではない。

 

「私は、鬼ではありますが人を食べる必要はありません。むしろ鬼舞辻(・・・)と敵対している者です」

 

「……纏楽くん。この人は嘘を言ってないと思う」

 

「どういうわけか呪いも発動しないし、信用して良いかもな」

 

鬼は鬼舞辻の名を口にはできない。しかしこの女性は名前を口にした。

それだけである程度信用するための根拠になる。

 

「私の名は珠世。一度、私の拠点に来ませんか?」

 

 

 

 

 

通常では認知できないように隠された屋敷。

その中は薬品の香りがした。

この珠世という女性は医者もやっているとのことだったが本当らしい。

 

「珠世様!鬼狩りを連れてくるとはどういう事ですか!」

 

屋敷にはもう一人鬼がいた。

珠世さんの話ではこの少年も同様に人を食べない鬼らしい。

 

「愈史郎、この方達は鬼を問答無用で斬らない。だから協力してもらいたいと思います」

 

「こんなガキと醜女に何ができるというのですか!」

 

は?

まぁ、俺はガキだし鬼に比べたら年齢差はとんでもないことになるから分かる。だが―――

 

シィィィィ

 

「雷の呼吸——」

 

「纏楽くん!?喧嘩はだめ!」

 

カナエが俺を羽交い締めにしてくるが、俺にはやらなければならないことがある。

 

「離せカナエ!こいつにカナエが如何に美しいか刀で分からせてやるんだ!」

 

「えぇっ!?」

 

「愈史郎!なんて事を言うのですか!謝りなさい!」

 

「珠世様、事実を述べただけです」

 

「ふざけんな!カナエは醜女じゃない!こんな美人そうそういないぞ!」

 

「纏楽くん!いいから、私は気にしてないから!」

 

話がしたいはずなのに、全く進まないどころか揉め事勃発。

その結果……

 

 

 

話が進まないので、俺と愈史郎は部屋の外につまみ出された。

ついでに俺はカナエに刀を取られた。

 

「お前のせいだ」

 

「お前が喧嘩売ってきたからだろ」

 

「珠世様より美しい人など存在しない」

 

「いやまぁ珠世さんも綺麗だけど」

 

「珠世様に色目を向けるな!珠世様が穢れる!」

 

コイツ……うぜぇ。話が通じない。

コイツだけつまみ出せば良かっただろうに。

 

「いや、向けてない。お前、珠世さんの事好きなのか?」

 

俺が何気なくそう言うと、愈史郎は顔をリンゴのように真っ赤に顔を染めて俯いた。

 

……ははーん。

 

「分かる。分かるぞぅ!あの人綺麗だもんな。余計な虫を寄らせたくないもんな!鬼殺隊を協力者にして危険を増やしたくないもんな!」

 

全部珠世さんの身を案じての発言だと言うのならコイツは可愛い奴ではないか。

カナエを醜女扱いしたことは許さないが。

 

「お前、珠世さんに男として見てもらえてないだろ」

 

ぴくっと愈史郎の体が揺れる。

図星であるようだ。

 

「手のかかる息子とか弟としてしかみてもらえないだろ」

 

「うるさい、珠世様は既婚者だ。夫は亡くなったとはいえな。俺は珠世様とどうにかなりたいわけじゃない」

 

な、なんて健気な奴。

未亡人であっても本人の気持ちを汲んでそう言う話を珠世さんにしないのか。

カナエを醜女呼ばわりした事は死んでも許せないがいい奴じゃないか!

 

「まぁ、恋愛事情は知らんが、珠世さんの事と愈史郎の事は黙っとくから心配すんな」

 

「当たり前だ。あと、呼び捨てにするな、馴れ馴れしい」

 

なんとなく愈史郎の事がわかってきた。

口悪いし珠世さん至上主義な変な奴だが、悪いやつではない。

珠世さん以外には冷たい嫌なやつではあるがな!

 

 

 

 

 

あの後、珠世さんからは十二鬼月の血を回収してきて欲しいという依頼をされた。

愈史郎は終始俺に噛み付いていたが、あいつはそういうものだと割り切れば気にならなくなった。

 

「纏楽くん、ありがとう」

 

「へ、何が?」

 

「私、鬼と仲良くなるのが夢だったの。だから、ありがとう。今日みたいな機会をくれて」

 

「ど、どういたしまして?」

 

正直、機会をくれてとは言うものの、完全なる偶然なので感謝の言葉を受け取りづらい。

 

「ふふっ、普通はそんなおかしな夢やめなさいって叱るところよ?」

 

「いや、別に変じゃないだろ。鬼だって元は人なんだから。可愛そうだとは思うけど、人を喰らう鬼なら仕方なく斬る。人を喰わないなら斬る必要ないんだし仲良くもなれるさ」

 

なんなら鬼みんなと友達になれば俺に仕事が回ってくることもない。これぞ楽である。

 

「……纏楽くん、ありがとう」

 

「もういいってば」

 

「今のは私を美人って言ってくれた事への感謝よ?」

 

「……」

 

珠世さんのことを好きなのかを聞かれた時の愈史郎のように俺は顔を赤く染めた。

カナエは俺の手を引きながらニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 




平和!鬼滅の刃世界には珍しい平和!

皆さん本当に感想評価たくさん下さってありがとうございます。
土日が一番忙しいので投稿は期待しないでください。


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優秀な引っ越し業者になれそう

主人公の柱就任時期に迷いまくってどうしよう。
あと、錆兎生存もどうしよう。
義勇らが選別受けたのよくみたら13の時。
ウチの纏楽のうけた一年前なんだけども。

あと、オリキャラ注意報です


浅草で買い出しをしてから一夜明けた。

カナエを代表として設立予定の治療所、蝶屋敷。

蝶が舞っていることから名づけられたその屋敷に俺も家具の搬入といった力仕事を任されたが、俺は今盛大に困り果てていた。

 

「………………なんですか」

 

この超絶不機嫌少女、カナエの妹である胡蝶しのぶが俺を困らせていた。

なんでこの子こんなにふくれっ面なんだろうか。

俺は特に悪いことした覚えないのだが。俺が女の子に嫌われるような顔をしているとかなのであれば切腹モノであるが、きっとそうではないのだろう。

 

姉であるカナエも妹の不機嫌にいつものニコニコ笑顔もなりをひそめ、あらあらと苦笑い。

俺は謎のしのぶの圧によって馬車馬のように働かされていた。

 

「えと、しのぶ——さん?」

 

呼び捨てにしようとしたらめっちゃ睨まれた。

何なのだろうかこの子は。年齢的には俺より一つか二つ下な子なのだがさっぱり考えていることがわからない。

というか年下に威圧されてたじたじになっている俺って一体…

 

「なんですか。口を動かしている暇があるんだったら手を動かしてください」

 

「はい、すいません」

 

「しのぶ?姉さん、しのぶの笑った顔が好きだなー、なんて」

 

「姉さんはあっちいってて」

 

カナエは渋々と荷物整理のために引き下がっていった。

 

えぇ、実の姉にまでこの態度。

この子反抗期だったりするのだろうか。

せっかくかわいい顔しているというのに。

 

「悩みがあるなら聞くぞ?ほら、カナエに言えないこともあるだろ」

 

何とか仲良くなれないかなー。

治療所の子と険悪とか嫌だよ。入院するたびにギスギスしないといけないとか療養に専念できないではないか。

 

「そうですね、任務を口実に姉さんに近づこうとする不逞な輩がいることです」

 

「……あの、お館様の命令だから、お近づきにとか、そういうあれではないんですが」

 

すいません。がっつりお近づきになれないかなとか考えてました。

あれか、姉に悪い虫が付いたから機嫌が悪いのか。

そんなこと言われましても困るんですけど。

 

「姉さんは優しいからあなたにも優しいでしょうが恋愛感情なんて一切、これっぽちも持ち合わせてはいないのでどうぞお引き取りください」

 

話を聞いてくれない。

そしてカナエが恋愛感情を一切持ち合わせていないと聞いてへこむ。

いやまぁ、分かってましたけども。

いいじゃん夢見たって。明日には死んでるかもしれない身なんだから。

 

「いやいや、同期で仲良いのカナエしかいないんだよ。友達いない俺に慈悲をくれ」

 

実際階級を上げるのが早い奴は避けられがちである。

最終選別で見た顔になんどか任務で出会ったりもしたが、仲良くはなれなかった。

 

「姉さんはあなたのことなんて友達だと思っていません。姉さんの優しさに付け込まないでください」

 

こいつ、かわいくねー。

いや、顔はさすがカナエの妹といった可愛さだが中身にかわいげがなさすぎである。

姉があんな誰にでもやさしい感じだから私がしっかりしなきゃとかそんな感じなのだろうか。

 

「じゃあしのぶが仲良くしてくれ」

 

敬称をはずし、俺より頭一つ分小さいしのぶの頭を荒っぽくガシガシと撫でまわした。

きっとこれくらいしないとこの子は心をこちらに傾けてはくれないと思ったから。

 

「ちょ、や、やめてください!姉さんがダメだから次は私ですか!最低です!」

 

「はいはい、それでいいよ。しのぶは可愛いから手を出したくなっちゃったんだ」

 

「このっ、変態!」

 

「おーおー、姉より立場の上の俺にそこまで噛みつけるなら立派な鬼殺隊士になれるよ」

 

俺がそういうと今までガウガウと俺を威嚇していたしのぶの動きがぴたりと止まった。

どうしちゃったのだろうか。怒ったり止まったり忙しい奴だなぁ。

女の子を男子で例えるのは失礼だが愈史郎みたいだ。

 

「次は箪笥か?三つくらい一気に行くか」

 

こういう時に爺さんとの修行の日々は無駄じゃなかったんだなと実感する。

庭先にまとめて置いてある箪笥を担ぎ上げる。

おっと、これでは襖があけらない。

 

「しのぶー、襖あけてくれー」

 

だんまりしたまましのぶは襖を開けてくれた。

急に元気がなくなったのはどういうことなのだろうか。

これも俺のせい?女の子は難しいなぁ。

 

「カナエといちゃいちゃしてこようかなー」

 

「………………」

 

あれー。ほんとに黙り込んでしまった。

なんてめんどくさい子なんだ。

しのぶの事も気になるが、とりあえず荷物の搬入を終わらせたらカナエと相談しながらなんとかしよう。

俺にどうにかなんてそもそもできるわけないんだし。

 

……絶対怒られるけど、ちょっと意地悪してやろうか。

しのぶも散々俺に毒を吐いていたのだから少しくらいやっても大丈夫だろう。うん、そう言うことにしよう。

 

ぐにー。

 

しのぶの両頬を引っ張る。

おぉ、柔らかい。もちもちしてる。

 

「あにふるんへふは!」

 

「はい、えがおー」

 

むにー。頰を引っ張って口角を無理やり上げさせる。

しのぶは俺の腹をポスポスと叩いているが全く痛くない。

ふははは!散々毒を吐くのはこの口かー!

 

「そんな難しい顔とか怒った顔してないで笑えよしのぶ。女の子ってのは笑った顔が一番可愛いんだよ」

 

現在進行形で怒って青筋を立てているしのぶには届かない言葉だろうけども。どうせ手を離したら死ぬほど毒が飛んでくるのだから今のうちに言いたい放題してやろう、そうしよう。

 

散々こねくり回して手を離す。

しのぶの真っ白な頰が少し赤くなっている事が少し俺の罪悪感を煽る。

 

「女の顔は簡単に触っていいものじゃないんですよ!」

 

げしっ。案の定怒られた。脛をげしげしと蹴ってくる。

地味に痛い。おいおい、また頰を引っ張られたいのか?

 

ぐにー。

 

げしげし。

 

無言の争いが続く。

もう何がしたいのかさっぱり分からんが、まぁ、こう言う交友関係の築き方というものもあっていいだろう。

 

「ねえ二人とも、お夕食みんなで食べにーーあらあらまあまあ。仲良しね、二人とも」

 

カナエ。よく見て、この子結構な力で俺の脛蹴ってきてるよ。

いたいいたい。

 

 

 

 

 

「………」

 

「もぐもぐ」

 

「ど、どうしたらいいのかしら」

 

三人で近場の食事処に行って夕食。

しのぶはずっとふくれっ面。俺はご飯に夢中。

三人で食事したい話ではあまりに静かすぎるこの状況にカナエは苦笑いを浮かべている。

 

困り顔のカナエも綺麗だけれど、流石にかわいそうなので話を振ることにする。しのぶに。しのぶに!

 

「ほらほら、たくさん食べないと大きくなれないぞしのぶ」

 

「余計なお世話ですっ!姉さんも貴方も、三年後には私より小さい予定ですからっ!」

 

一体どういう未来を想定しているのだろうか。

しのぶは愉快な子である。

 

「しのぶが俺より大きくなったらもう頭も撫でまわせないかー?」

 

「その時は私があなたをこねくり回してあげますので覚悟してください」

 

「しのぶが姉さんより大きくなったら私が妹ね!」

 

「「………?」」

 

何を言っているのだろう。

俺としのぶが顔を見合わせて疑問符を浮かべている。

カナエという女は中々天然なところがある。

 

「あの、そう言う反応は困るわー」

 

「カナエはずっと姉だろう?」

 

「そうよ。姉さんはずっと姉さんだわ」

 

「そうなんだけどね?そうじゃないっていうか。冗談だったのよ?」

 

「「ふーん」」

 

もぐもぐと食事に手をつける俺としのぶ。

涙目なカナエ。

 

「あの、私も輪に入れて欲しいなーなんて」

 

「「ぷっ」」

 

俺としのぶが同時に笑い声を漏らす。

カナエをからかって遊んでいるわけではないが、俺としのぶを仲良くさせようとしているのが空回っているこの状況が、おかしくてたまらない。

 

仕方ない。ここはカナエを話題に入れてやろう。

 

「なぁしのぶ。カナエって美人だと思わないか?」

 

「思うわ。でもそのくせ誰にも分け隔てないから男の人が調子に乗るの!」

 

「ほんとになぁ。この前手を繋いで来た時はドキドキしたもん」

 

「なにそれ!姉さん!男の人とは距離をとってって言ったじゃない!」

 

「そうだぞ!そういう安易な行動が男を困らせるんだ」

 

「あら?もっと楽しい形で輪に入りたかったのだけど」

 

少ししのぶとの距離が縮まったような気がする。

未だに俺のことを警戒するし、噛み付いては来るけれど共通の話題を出せば会話はしてくれる。

悪いなカナエ。君には話題のため犠牲になってもらった。

 

 

 

 

 

俺としのぶの如何にカナエが美しいか談義に花が咲き、食事処を出たのは空が完全に暗くなってからだった。

その談義の際カナエは終始困り顔だったがまあカナエは優しいから許してくれるだろう。

 

「この辺、宿とかある?」

 

そう、未だに俺には帰る家がない。

こんな時間まで調子に乗って話していたが今日の宿を探すのを完全に忘れていた。

 

「蝶屋敷に泊まればいいんじゃない?」

 

「ダメよ姉さん!この輩が何しでかすかもわからないのよ!何かされてからじゃ遅いの!」

 

「大丈夫、纏楽くんはそんな人じゃないわよ」

 

「いや、そんな人です」

 

「ほら!こういう人じゃない!」

 

「纏楽くん?」

 

はいごめんなさい。カナエがせっかく味方してくれてるのにふざけてすいません。

調子に乗りすぎただろうか。

 

 

 

「オマエら鬼殺隊って奴で合ってるか?」

 

唐突にかけられた声。

反射的にそちらを向く。そこには男の姿。

だが普通の男ではない。明らかに強者の空気を纏った鬼である。

 

すぐさま刀袋から日輪刀を取り出し、カナエとしのぶがその男の視線から遮られるように間に立つ。

男の目には数字はない。だが、先日の下弦の陸とは明らかに格が違っている。

空気がピリつく。コイツはヤバイと本能が告げる。

 

「カナエ、しのぶと二人で逃げろ」

 

「ダメ!私も一緒に——」

 

ほとんど反射的に足を運んで鬼の腕に刀を振るった。

高速の移動で側面に回り込んだ鬼によって振るわれたその拳はカナエの眼前まで迫ったが、ギリギリで俺が鬼の腕を斬り落とした。

 

一旦距離をとった鬼。斬り落とした腕はすぐさま再生した。

四肢欠損による戦力ダウンは見込めないか。

 

「は、オマエは強いのか。良かった、雑魚だけかと思ったぞ」

 

「なんだお前頭おかしい奴だな」

 

「先に聞いておく、お前も鬼になる気はないか?」

 

「ない。お前、話も通じない感じか」

 

コイツは何を言っているのだろうか。

そもそも鬼を作る事が出来るのは鬼舞辻だけだろう。

コイツにそんな権利があるのか?あれか、十二鬼月は鬼舞辻の血を持ち歩いていたりするのだろうか。

なんて頭のおかしい集団なんだ。

 

「上弦の参がな、強い武人が好きで鬼にしてるんだ。お前も、俺と共に鬼となって武を極めるつもりはないか?」

 

「二度も言わせるな。ない!」

 

「なら、殺し合いを始めよう。俺は阿頼耶(あらや)。剣士、オマエの名は?」

 

「一ノ瀬纏楽」

 

「纏楽、か。お前が死ぬまではそこの女どもを狙う気はない。安心して俺とやりあえ。女から手出ししない限り俺も手を出さん」

 

「それはどうも」

 

武人というだけあって名を名乗ると言った作法、一対一の約束を取り付けるのか。

なら、姑息なタイプの戦闘をしないと予測。

 

シィィィィ。

 

開始の合図はない。

しかし、同時に俺と阿頼耶は地を蹴った。

 

単純な速度なら俺に軍配が上がる。

俺の動体視力ならこいつの動きを見逃すなんてことはない。

 

俺に向けて突き出される左の拳。

身を低くして懐に入り、阿頼耶の腹から両断、振り切った形から返す刀で頸を狙う。

 

「ごふっ」

 

腹を半分ほど斬り裂いたところで刀が失速、筋肉で止めたのか!?

まずい、離れろ——

 

「がっ」

 

膝蹴りが俺の腹に入る。

たたらを踏んで二歩ほど後ろに下がったところに再生を終わらせた阿頼耶の上段蹴り。

まずい、こんなのを頭にもらえば一発でお陀仏だっ。

 

上体をそらして回避。蹴りが俺の鼻先をかすめる。

それで回避したと思ったが、こいつの蹴りは俺の鼻先を通過せずにぴたりと止まる。

 

「ふぬっ」

 

振り降ろされる踵を強引に体を動かして回避する。無理やりな動きにぶちぶちと体から嫌な音が聞こえる。

なんだこいつ、意味わからない挙動をする。

 

「お前、流派とかないのかよ」

 

そう、こいつの動きからは決まった動きという者が存在しない。

すべてその戦いのためだけに作り出された動き。

それゆえに相手への対応も早く的確だ。

 

「当たり前だろ。そんなのにこだわっていたら高みに登れないだろうがぁっ!」

 

単純な右拳による突き。

それを首を傾けて回避を——

 

「ぎぃっ」

 

頬に衝撃が走る。

とっさに首をひねって威力を殺さなかったら意識が持っていかれていただろう。

拳を突き出したのちに裏拳で追尾してきやがった。

なるほど、つまりこいつの攻撃はかわせない。かわしても異様な軌道で強引に当てにくる。

 

「なら、お前の拳も蹴りもすべて斬り落とす!」

 

「やれるもんならな!」

 

雷の呼吸 弐ノ型稲魂

 

青い雷が迸る神速の五連撃。

 

一太刀で拳を腕ごと斬り落とす。

続く二と三の太刀で下から蹴り上げようと動き始めた足を斬り飛ばす。

残った足で後ろに跳ぶことをあらかじめ防ぐために四の太刀で足の健を斬り裂く。

とどめの五の太刀、頸を落とせばそれで終幕——

 

「あぶねぇなぁ。死ぬとこだった」

 

頸を斬り落とすその瞬間にこいつは消えた。

いや、地面がせりあがった。

俺の刀はせり上がった地面を斬るに終わる。

 

「血鬼術って奴だ。武人としちゃあ邪道なもんは使いたくなかったが、命の危機とあっちゃあ使わざるを得ない」

 

くっそ、今ので決めるつもりだったのだが。

体を動かす必要がある回避行動よりも意識するだけの血鬼術の方がこいつの場合は発動が速いのだろう。

俺の弐ノ型稲魂が全く同時の攻撃でないことがあだとなった。技の練度がもっと高ければ今ので決め切れていた。

 

それにしても大地を操る能力か。

厄介なことこの上ない。

俺の足場が安定する保証もない。

後ろにいるカナエとしのぶにも被害が及ぶかもしれない。

膝蹴りを喰らった腹が痛い。痛みを和らげる呼吸でごまかすのにも限界がある。

 

シィィィィ

 

長びくほどこちらが不利。

 

「悪いが俺も死にたくはないんでな。使わせてもらうぜぇ」

 

俺の周辺がひび割れる。

それが波及し、この一帯の地面が不安定になる。

……こいつの血がぶちまけられたところを中心に地面が動くのか。

なら、血が比較的薄いところを足場に。

 

「雷の呼吸捌ノ型」

 

以前杏寿郎が使っていた足さばき。直線的な動きの多い雷の呼吸の弱点を補う型。

実践で使うのは初めてだが、いけるっ!

 

「——迅雷万雷」

 

複数の踏み込み、左右の揺さぶり緩急をつけた動きからの連撃。

俺の肺の中の酸素が尽きぬ限りこの型は止まらない。

 

大地が変形し、槍のような形になって俺を襲う。

だが遅い、柔い。全て切り裂け。

同じ場所に一瞬としてとどまるな。

足場の崩壊よりも速く動け!

 

「くははは、いいぞ。邪道にも屈さぬその実力!それでこそだ!」

 

阿頼耶も安定した足場を捨て、不安定な足場へ降りる。

常に移動し、足場を操作し高速の打ち合い。

手を、足を止めるな。

俺が死ねば、カナエとしのぶが死ぬ。

 

拳を斬る。刀が弾かれる。

頬が裂ける、頬を裂く。

身を捻る、崩壊が進んでいるところから少しでも崩れていないところに跳べ!

 

捌ノ型からつなげろ、呼吸を止めるな。

血を巡らせろ——

 

壱ノ型霹靂一閃

 

阿頼耶は拳を構えている。臆すな、そのまま飛び込め。

 

ズンと脇腹に衝撃。

これは骨が持っていかれた感触がある。

だが——

 

「く、ははは。俺の、負けだ」

 

骨を折らせて頸を断つ。

俺の勝ちだ。

 

「悪いな、勝利の余韻に浸ってる場合じゃないんだ」

 

「あぁ、悪いが俺には止められん」

 

ひび割れた地面がより大きく割れる。

ここまで荒れてしまえば血鬼術の持続とかそういう問題ではない。

一刻も早く逃げなければ。せっかく倒したのに地面の中に落ちましたじゃカッコつかない。

 

軋む足に鞭を打ち二人の下へ。

なにかカナエが言っているが正直聞いている暇はない。

カナエとしのぶを左右の肩に担ぐと一目散に離れる。

 

 

 

どこで力尽きたか、どこまで逃げたか分からないが、最後は二人の泣きそうな声を聴きながら意識を失った。

……蝶屋敷初の患者が俺かぁ

 

 

 

 

 




阿頼耶は猗窩座に比較的最近鬼にされました。
実力的には下弦の壱、弐くらいありますが鬼になりたてなので十二鬼月には入ってません。

しのぶは纏楽に対して上官なので敬語ですが、ふとした時に敬語が外れます。

感想評価いただければモチベーションアップにつながりますのでよろしくお願いいたします。


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ここに永住したいとすら思ってる

正直この小説がここまで伸びるなんて思ってなかったの。
短編的な感じで書くつもりだったから特にプロットなんてないの。
だいぶ無茶な展開とか矛盾とか生まれても怒らないでやってくれ。





目を覚ました時、異様な体のだるさ。重さを感じた。

どれくらい寝ていたのだろうか。意識を失う前の負傷具合からして一週間は寝ていないとは思うのだが。

 

……目を覚ましたもののどうしたらいいのだろうか。

カナエを呼べばいいのだろうか。しのぶを呼べば?

 

そもそも二人は近くにいるの?

呼んでこなかった時のむなしさを考えるとちょっと大きな声出すの恥ずかしいな。

 

まぁ、二度寝してから考えるか。

そうしよう。

 

「い、一ノ瀬さん!」

 

「おはようしのぶ」

 

「おはようじゃないわよ!心配したんだから!」

 

涙目でそう言ってくれるしのぶ。あれれ、なんか素直になった?

毒吐きまくりのしのぶもよかったけれど素直なしのぶの方がかわいいと思う。

 

「姉さん!一ノ瀬さんが目を覚ましたー!」

 

遠くからドタバタとあわただしい音が聞こえてくる。

お淑やかに見えるカナエだがこういうところは元気なのか。新発見。

 

すごい勢いで入ってきたのは幽霊だった。

いや、洗濯物のからまったカナエなのだけれど。

そんな慌てるほどの怪我をしたわけじゃあるまいし。

 

「骨折複数個所、筋肉が複数個所断裂、その他裂傷多数が大したことないわけないでしょ!」

 

「三日も目を覚まさなくて心配したのよ?」

 

「悪い、心配かけたな」

 

「本当よ!纏楽くんが最初の患者になるなんて!」

 

蝶屋敷の設立の手伝いをしていた側が最速でお世話される側に回ってしまうという謎の事態。

いや、これはこれで最高の形ではなかろうか。

怪我してるから任務はない。ここにいればカナエやしのぶという美少女たちが俺の世話をしてくれる。

 

ぐぅぅぅ。

 

俺の腹が空腹を告げる。

三日も寝ていたら腹も減ってしまう。

 

「じゃあちょっとメシ食べに行ってくるな」

 

のそりと寝台から身を起こして立ち上がる。

ふむ、確かに足が痛いが呼吸によって痛みをやわらげ、治療に専念すれば問題ない。

ぐっと体を伸ばすと寝ていたことにより硬くなっているからだがぴきぴきとほぐれる。

うん、回復にはなまった体を元に戻すにはちょうどいい散歩だろう。

 

「あなたは馬鹿なんですか!外出なんて許すわけないでしょ!なんで今立てるんですか!何で立ってるんですか!絶対安静に決まってるでしょ!」

 

「でもご飯が」

 

「それなら私が今から作ってくるわ」

 

カナエの手作りとな?それはぜひとも食べたい。

たとえカナエがメシマズだったとしても食べたい。

 

今作ってくるわねとカナエを出て行った。

俺のお嫁さんになってほしい後ろ姿だった。

 

「……退院していいのはいつ頃?」

 

「ひと月は鍛錬もできないと思ってください」

 

もっといたい。とはしのぶには言えないなぁ。

早く出て行けと尻を蹴られそうだ。

 

「……一ノ瀬さん。少しお話いいでしょうか」

 

しのぶが割と真剣な顔つきで話を切り出してきた。

きっとカナエがいないこのタイミングを見計らって切りだしたのだろう。

どうしてしまったのだろうか。先日も黙り込んでしまったりと結構この子精神的に不安定だよな。

 

「いいよ」

 

「……私は鬼殺隊士になれるでしょうか」

 

あぁ、なるほど。ストンと何か腑に落ちた音がした。

この子はカナエを支えられないことが悔しくてしかたないのだ。

自分のふがいなさを知っているから、常に自分に、他人に怒っているのだ。

 

「先日の一ノ瀬さんの戦いを見て、私はおびえてしまいました。届かないと思ってしまいました。私は体が小さい。鬼の頸を斬る力がない。姉さんの花の呼吸が使えない!頸を斬らずに鬼を殺す方法も見つからないっ!」

 

うん、それもなんとなくわかっていた。

しのぶの体は小さく細いけれど運動をしていない細さではない。

努力してなおこの体なんだろう。

しのぶは俺よりもまだ幼い。その幼さ、カナエとの年齢差が力量差がしのぶを追い詰める。

 

「私はっ!姉さんの足を引っ張る事しかできない!」

 

しのぶの目に涙が浮かぶ。

悔しさがあふれ出ているのがわかる。

 

「家族はもう姉さんしかいないのに、その姉さんのために私は何もできない。まだ小さいからなんて姉さんは言うけどそれじゃ嫌なのよ!」

 

きっとしのぶにしかわからない葛藤があって、努力がある。

でもそれが報われないのはかわいそうだ。

 

むにー。

 

しのぶの頬を引っ張って口角をあげる。

カナエも言うようにしのぶは笑った顔の方が絶対かわいいのに、俺はしのぶが笑ったところを見たことがない。

 

「とりあえず、心に余裕がないと辛いぞ」

 

「はにふふんへふは」

 

「しのぶが努力してるであろうことはしのぶのいろんなところから伝わってくる。今回強い鬼と対峙してみて心が折れそうになったのもわかる」

 

でも――

 

「あきらめるな。泣いていい、逃げていい。でもあきらめるのはダメだ」

 

爺さんがかつて俺にかけてくれた言葉。

心が折れかけて諦めてしまいたいしのぶにぴったりな言葉。

 

しのぶの涙が溢れる。

しのぶの中の何かが決壊したのだろう。

 

「いっぱい泣いて、いっぱい逃げて迷って、そんで強くなればいい」

 

俺がそれで多くの鬼を倒せるまでになったんだ。

こんな俺でも倒せるようになった、ならこんなにまじめに悩んでいるしのぶが強くなれないはずがない。

 

「いっぱい迷ってやる気が出たら涙をぬぐって笑え。笑ってたら心に余裕ができる。余裕のあるやつは強いし、しのぶが笑顔ならかわいい。いいことずくめだ」

 

きっと、台所にいるであろうカナエにも聞こえるような声でしのぶは泣いた。

俺の掛け布団、寝巻きにすがりつくように泣いた。

その間俺は頰を引っ張ったり頭をワシワシと撫でたりすることしか出来なかった。

俺の言っていることはきっと的外れなんだろうけど。

それでもしのぶは俺に頬を引っ張られながら涙をぬぐった。

 

一通り泣き、しのぶの涙が止まったのを確認して俺はしのぶの頬から手を離した。

しのぶの頰はほんの少しだけ赤くなっている。

 

「まったくっ、意味が分からないです。私が鬼殺隊になれるかどうかを聞いたのに。ダメだといったのに女の顔に気安く触るし」

 

「ご、ごめんなさい」

 

でも——

 

「ありがとうございます、纏楽さん」

 

しのぶは綺麗な笑顔を浮かべた。

いつもムスッとしていたからか余計に綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

「ほらしのぶー食べさせてよー」

 

カナエが消化にいい料理を作ってきてくれた。

メシマズなどではなくちゃんとおいしい料理だった。

 

「調子に乗らないでください!」

 

「笑顔はどうしたんだよ」

 

普通に顔がムスッとしている。

 

そういいつつもなぜかは知らんが食べさせてくれるしのぶ。

しのぶの話によると腕の筋肉もだいぶ弱っている(過労)から食べさせてくれてるらしい。

ほらね!俺働きすぎだったでしょ(怒)

 

「あらあら、仲良くなれたのね」

 

「あぁ、めっちゃ仲良くなった。ご飯食べさせてくれるくらいには」

 

単純に悪い奴ではないと認めてもらったのだろうな。

カナエによりつく悪い虫から割といい奴くらいの認識にはなってくれたのだと思う。

 

「カナエは俺たちの仲にかなうかな?」

 

「ふふっ。食べさせてほしくなったらいつでも言ってね?」

 

……やはりここが天国か?

しのぶは態度が軟化したし、カナエは常に優しいし。

一生ここにいてもいいかもしれない。

 

「……ここに住みたい」

 

「少し先の話になると思うんだけど、怪我で動けなかった人が体の勘を取り戻すための機能回復訓練をやってから退院だから、それまではここに住むことになるわよ?」

 

そうじゃないんです。永住したいんです。

少しとらえ違えているカナエに対してじとーっとした視線を送ってくるしのぶ。

 

「それと、纏楽くんにお願いがあるんだけど」

 

「喜んで引き受けよう」

 

「まだ何も言ってないわよ!?」

 

「……そのうち変な女にひっかかりそうですね」

 

馬鹿を言うなしのぶ。こんなに即答するのはカナエのお願いだけだ。

カナエのお願いならそんな無茶なことではないし、お金周りでもない。

安心して引き受けられる。……お茶しようとかかな?恋人になってとかのお願いかな?

 

「私に稽古をつけてくれないかしら」

 

「……まぁ。いいけど」

 

期待なんてしてませんでしたよ。

うん。わかってました。しっかりしているカナエのことだからそんなことだろうと思っていました。

あれでしょ、以前の鬼を俺まかせにしちゃったのが悔しかったとかそういうのでしょ。

 

「あ、纏楽さん、私も一緒にいいですか」

 

「いいよ」

 

こうなったら一人も二人も変わらん。

二人も弟子にしたら仕事の頻度も減るかもしれないしな。

 

「纏楽くんの怪我が治ってからでいいかしら」

 

「カナエは今からでもいいぞ」

 

「なんで私は今からじゃダメなのよ!」

 

おお、敬語が外れた。

怒ると素がでちゃうのだろうか。

 

「や、しのぶは全集中の呼吸をとりあえずなんとかしといてくれ」

 

花の呼吸を習得できなかったしのぶには今からカナエと同時期に稽古をすることは早いだろう。

 

「カナエ、今日から寝てるときもどんな時も全集中の呼吸をしててくれ」

 

「……全集中の呼吸をずっと?」

 

「うん。最初はすごいきついから運動とかして肺を鍛えながらやるといい」

 

カナエの笑顔がひきつっている。

うん、わかるけどね。全集中の呼吸は少しやるだけでもきついから。

でもそれができるかできないかでだいぶ違う。

 

「これができれば基礎体力が格段に違うから」

 

「うん、わかった。やってみる」

 

「私はどうすればいいですか。姉さんばっかり贔屓してないで教えてください」

 

「贔屓してないっつーの。拗ねるなよしのぶー。可愛いなー」

 

「だから頭を撫でまわさないでください!」

 

しのぶはちっこいから頭が撫でやすいところにあるし、反応がいいから何度でも撫でたくなってしまうのだ。

そのたびに怒られて殴られるけど今回は俺が怪我人ということもあって殴られなかった。

 

「しのぶはわかんないや。しのぶにあった体の動きとか呼吸があるからそれを地道にやっていくしかないと思うよ」

 

言っとくけど俺、そんなに人に何かを教えられるほど経験積んでないから。

全集中・常中くらいだよ教えられるのなんて。あとは木刀での打ち込みに付き合うくらいしかできない。

強くなりたいなら柱とか頑張って捕まえて継子になるのが一番手っ取り早いと思うよ。

 

「……二人とも鍛錬しに出ちゃうなら俺すごい暇なんだけど、縁側とかで座ってるくらいならいいんだよね」

 

「……あまりお勧めしませんよ。足痛めてるんですからおとなしくしていてください」

 

うーん。心配してくれるのはありがたいのだが、このままでは俺が暇に殺されてしまう。

二人の鍛錬している姿でも眺めていようと思ったのに。

 

「カナエが支えて縁側まで連れて行ってくれればいいのか」

 

「ふふっ、まかせて」

 

むん!と力こぶを見せつけるカナエ。可愛い。

あんまり力こぶないところも可愛い。

 

「じゃ、頼みます」

 

寝台から体を起こしてカナエの肩に手を回す。

正直こんなことしてもらわなくても呼吸で痛みはないので自分一人の力でできるけれど黙っておく。

あと、カナエの髪とかから香るにおいがめっちゃいいにおいです。

 

ものすごく優しく縁側まで付き添ってもらうと腰かける。

外は昼下がりのいい陽気だった。

 

「あまり調子に乗って姉さんをいやらしい目で見ないでくださいね」

 

しのぶに耳元でささやかれるとあたたかい外の陽気も冷えたような気がした。

打ち解けたとはいえしのぶはしのぶだった。

 

「しのぶならいい?」

 

「いいわけないでしょ馬鹿なんですか!」

 

「後でお風呂入りたいんだけど一緒に入ろうぜ」

 

「いい加減にしろっ!」

 

殴られた。思春期の女の子には通じない冗談だっただろうか。

 

「じゃあ姉さんと一緒に入りましょう」

 

「子ども扱いしないでよ!もう一人で入れるの!」

 

ふられちゃった、くすくす笑うカナエ。

カナエも意外にお茶目でいたずら好きだよなぁ。

 

「しょうがないな。カナエ、ふられたどうし一緒に風呂はいろう」

 

「そうね。お背中流すわ」

 

「そんなのダメに決まってるでしょ!」

 

くすくすと笑う俺とカナエ。しのぶも本気で怒っているわけではない。

一通りしのぶで遊んだ後、胡蝶姉妹はそれぞれ庭先で体を動かし始めた。

汗をかく女の子というのはどうしてこんなに美しいのだろうか。

 

………………。

 

しかしずっと眺めているだけも暇だなぁ。

瞑想でもしていよう。仮想敵爺さんで戦う。

しかし、半年以上鬼を斬って実践経験を積んだにもかかわらず、脳内でも爺さんに勝てない。

最速かつ高威力の漆ノ型でも爺さんには届かなかった。つまり、俺の剣技がまだ未熟なのだろう。

うーん、下半身と上半身のブレはないし、柔軟もしっかりやっているんだけどな。

 

たかが一年ちょっとで爺さんを超えられるとも思っていないけれど、一太刀くらいは叩き込みたいものである。

 

壱ノ型霹靂一閃は爺さんにも太鼓判を押されたが、弐ノ型稲魂や他の型は遅い。

やっぱどれだけ練度をあげられるかだなぁ。

 

「もしもーし」

 

「ん、どうしたカナエ」

 

「もう結構時間たったわよ。まだここにいる?」

 

「いや、部屋に戻るよ」

 

空を見ると真上にあった太陽が傾いている。

夕暮れ時とは言わないが意外に瞑想に集中していたのだろうか。

カナエやしのぶも汗だくである。

 

「私たちはお風呂入ってくるから、覗かないでくださいね!」

 

「ふふっ、しのぶと一緒にお風呂入るのも久しぶりね」

 

「きょ、今日は二人とも早く汗を流したいから特別だから!」

 

「えー、仲間外れはひどいと思うなぁ」

 

「纏楽くんの背中後で流しにいってあげるわね」

 

「姉さん!姉さんがそんなだから纏楽さんとか男の人が調子に乗るの!」

 

全く持ってその通りである。

このお年頃の男の子はすぐ勘違いするからね。

 

 

 

 

 

「ぐあーっ、しみるぅ」

 

寝ていたので三日ぶりの風呂。

少しお湯をかけただけだが切り傷にお湯がしみて痛い。

こういうのは呼吸でどうにもならないから困るなぁ。

 

「お邪魔しまーす」

 

「ふわっ!?」

 

腕まくりしたカナエが入ってきた。

まじでビビるからやめてほしい。

女の子に全裸を見せつける勇気はありません。そういう関係でもないのに。

 

「ほら、背中向けて」

 

本当に背中をごしごしと洗い始めてしまったカナエ。

一体どうしたというのだろうか。

カナエさん、いくら優しくてもやりすぎよ?

 

「……お礼、まだ言ってなかったから。助けてくれてありがとう纏楽くん」

 

「そんなの風呂の外で言ってくれませんか!?」

 

「うん。ちょっと失敗したなーって思ってる。私は服着てるけど、恥ずかしいわね」

 

そらそうだよ!

しのぶは病室だったのに姉は風呂場かよ!

 

「ごめんね纏楽くん。何もできなくて。今度こそ、一緒に戦うから」

 

流石は姉妹。考えることも同じだ。

カナエも先日何もできなくて悔しかった。だから今日、鍛錬の約束を取り付けたのだろう。

 

「きっと一緒に戦えるくらい強くなるから」

 

「うん、待ってるよ」

 

背中を流したらカナエはそそくさと出て行った。

恥ずかしいならやらなきゃよかったのに。

思い立ったら行動してしまうカナエも可愛いな。

 

風呂をあがったらカナエは居間でしのぶに正座させられ説教されてた。

俺も巻き込まれた。ひどくない?

 

 

 

 

 




うーん、蝶屋敷編が終わらねぇ。
この二人で書きたいことが多すぎるんだよなぁ。
しってるか?まだ人間の原作キャラ四人しか出てないんだぜ?

感想評価いただければモチベーションアップにつながるしひそかに狂喜乱舞していますのでどしどしください。


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俺が毒殺される日も近いかもしれない

感想でみんなイチャイチャとか平和な世界を望んでて面白かったです。
原作が悲しいから仕方ないんですけども。


ガキィ。道場に木刀が強く打ち合う音が響く。

 

霹靂一閃を炎の呼吸の不知火で受け止められる。

そのまま流れるように杏寿郎は技を放つ。

俺はそれを雷の呼吸の型の高速移動で身についた動体視力で見極めるとするりするりと躱す。

 

技をすべて躱されたことで発奮したのか杏寿郎の技のキレは少しずつ上がっていく。

こちらとしてももう少し実のある鍛錬をしたかったので負けじと木刀を振るう。

 

そこそこに広い道場をめいっぱい使って打ち合う。

道場の壁を足場にし、より立体的な動きで杏寿郎と木刀を合わせていく。

 

立体機動による霹靂一閃 八連を杏寿郎に叩き込むがしっかりと木刀で受けられる。

うーん、しっかりと死角に回り込んで叩き込んでいるのだが。

こいつも中々に化け物だなぁ。

たった一週間と少し鍛錬ができなかっただけでここまで技のキレが落ちるとは思わなかった。

本来なら最低でも杏寿郎の羽織の袖くらいは斬れたはずなのに。

 

——雷の呼吸 漆ノ型鳴雷神

 

——炎の呼吸 玖ノ型煉獄

 

ガカァン………………カランカラン。

 

「あなたたち馬鹿なんですか!?」

 

蝶屋敷の道場で俺は杏寿郎となまった体を元に戻すための稽古をしていた。

少しずつ体が軽くなっていくと同時に技のキレもよくなることに俺は興奮し、杏寿郎もそれに呼応するように技を放つ。

最終的には奥義まで持ち出して互いの木刀がへし折れるまでの戦いを始めてしまった。

 

これにはカナエも苦笑い。

しのぶも病み上がりの俺がいきなり激しすぎる運動を始めたことに怒っている。

 

「……しのぶ、途中から二人の動き見えた?」

 

「見えなかったわよ。あんなの見えるわけないでしょ。柱もだけど、それに近い人もおかしいのよきっと」

 

「雷の呼吸の速さはともかく煉獄くんの動きも見えないなんて私もまだまだねぇ」

 

胡蝶姉妹が俺たちの打ち合いの感想を言い合っているが正直あまり参考にはしないでほしい。

炎の呼吸や雷の呼吸は花の呼吸とはだいぶ戦い方が異なるのだから。

 

「纏楽!まだ動きが鈍いぞ!もう一本だ!」

 

「おう、カナエ、木刀くれ」

 

「ダメに決まってるでしょ!それで怪我が悪化したらどうするの!」

 

「大丈夫だって、悪化してもカナエとしのぶが治してくれるし」

 

「その考え方は良くないと思うぞ!」

 

杏寿郎からも咎められてしまった。

でもしのぶに怒られたのは半分お前のせいだからね?

 

「そういえば纏楽、現在柱が二人ほど欠けている事は知っているか?」

 

「いや、全く。柱が何人いるかとか何柱とか気にもしてないから」

 

「それはいいのかしら?」

 

まぁ、確かに上官の人数すら把握していない隊士というのはあまりよろしくないけれど、まだ入隊しては半年とちょっとだし仕方ないと思うんだよね。同期のカナエは知ってるっぽいけど気にしない。

 

「纏楽、お前が次の柱に選ばれる可能性が高い」

 

「お、やった」

 

「反応薄くない!?」

 

目標だった柱にこんなに早く近づけるとは思っていなかったので割と嬉しい。

 

「……半年で最高位まで上り詰めるってどういう事なんですか」

 

「本当にねぇ。私と同期なのにこんなに差がついちゃって。悔しいわぁ」

 

しのぶが何やら呆れているが、それも割といつも通りなので特に気にしない。

 

「杏寿郎は?お前も必要条件は満たしてるだろ?」

 

「まだ父上が在任しているからな。俺の就任は遅れるだろう」

 

「でも俺、十二鬼月撃破も鬼五十体撃破も満たしてないぞ」

 

それに、実力的にもまだまだな気がする。鬼殺隊の柱は下弦の鬼ならば瞬殺できる実力があるらしいが、俺は瞬殺できない。

 

「俺とともに討伐しただろう。それに、実力的には纏楽が一番近いという話だ。実際就任するかはお館様が判断なさる」

 

いやー、個人討伐じゃないとやっぱ納得できないけどなぁ。

しかしそんなポンポン十二鬼月と出会うこともないので仕方ないといえばそれまでなのだけれども。

 

「さて、俺は帰るぞ!すぐに任務だ。纏楽、しっかり治すんだぞ」

 

そう言うと杏寿郎は蝶屋敷を出て行った。

 

いい奴かよ。

お見舞いに来てくれるし、励みになる言葉もかけてくれるし。

 

「……纏楽くん、私と打ち込み稽古やる時はもう少し手加減してね」

 

「流石にアレくらいやるのは杏寿郎が相手の時だけだよ」

 

「そもそもひと月は安静だって言ったのになんでもうあんなに動けてるんですか。なんで一週間そこらでほぼ完治してるんですか」

 

そんなこと言われても治ってしまったのだから仕方ないだろう。俺だってもっと回復を遅らせてずっとこの屋敷に滞在したいよ!

でも蝶屋敷もしっかり機能しているし、カナエにくっつく任務はもう終わっちゃうんだろうなぁ。

 

「治るのはいいことだろ。それに体動かせるから、しのぶの鍛錬にも付き合ってやれるぞ」

 

「……それは、ありがたいですけど」

 

「毒の開発の方は進んでるのか?」

 

しのぶは自分の腕力に見切りをつけ、刀で頸を斬る以外の方法として、毒の開発に励んでいた。

頸を落とさずとも鬼を殺せることができるならどれだけ楽か。

 

「それなりです。実際鬼に使ってみないことにはわかりませんから」

 

「よし、なら後は鬼に毒を打ち込めるだけの剣術を身につけような」

 

「ご指導のほど、よろしくお願いします」

 

礼儀はしっかりしてるし、反応も面白いし、しのぶは良い子だなぁ。

さすがはカナエの妹。今は幼さがあって可愛いしのぶも後数年もすれば美人になることだろう。

 

「……最近しのぶと纒楽くんばっかり仲良くしてて姉さん寂しいなー」

 

そんなこと全くないのだけれど。

確かにしのぶが俺に嫌悪感を抱かなくなったから近く見えるかもしれないけど、全くそんなことないよ。

 

「よーし、じゃあカナエともっと深い仲になっちゃおうかなぁ!」

 

「纏楽さん、すぐそうやってふざけるのやめてください」

 

「しのぶは真面目だなぁ」

 

ガシガシと頭を雑に撫でる。

もうなんかしのぶの頭を撫でるのに抵抗がなくなったなぁ。

 

「姉さんもしのぶを撫でたいなぁ」

 

「おう、撫でろ撫でろ!」

 

「なんで纏楽さんが許可するんですか!」

 

「しのぶは可愛いわねぇ」

 

「可愛いぞしのぶ」

 

「うぅ……なんなの?」

 

少しの間、俺とカナエに頭を撫でられ顔を真っ赤に染めているしのぶ。

カナエが仲間外れだなんて言っていたとふと思い立ってしのぶの頭をなでながら、空いた手でカナエの頭も撫でてみた。少し驚いた顔をしたカナエ、すこし目を鋭くするしのぶ。

しかし何も言われないので引き続き撫でてみる。

すると、カナエも俺の頭に手を伸ばして撫で始めた。

もはや俺たちは何をしているのか意味の分からない状態に陥った。これ、どこで終わればいいんだろう。

 

 

 

 

 

「ふぅぅぅぅぅぅ」

 

いつもより深く呼吸を行う。

もっと体全体の連動を意識して、一つ一つの動きのキレをあげろ。

一挙手一投足に気を配り、強くなれ。

 

カナエとしのぶが俺に向けて容赦なく木刀を振り回してくる。

カナエは花の呼吸の型を織り交ぜてくるし、しのぶは俺の捌ノ型を参考にした素早い動きからの突き技を試している。

 

一方で、俺はそれをただただ躱し続ける。

木刀も持たず、ただただ躱す。体が俺の意識と連動して動けば防ぐ必要もない。

あえて木刀をギリギリまで回避せず待ってから身をひねって回避したり、上半身の動きだけで回避してみたりといろいろ試してみる。

 

しかし実は油断はできない。カナエは全集中・常中を会得し基礎体力は上がっているし、しのぶも何かを掴みかけているのか、動きが非常にいい。

余裕は多少あるが油断はできない。杏寿郎との手合わせも身になったがこれはこれでいい鍛錬になる。

 

「はい、時間だ」

 

視界の端に映った時計が定刻を告げている。

この時間から俺は反撃に移る。といっても女の子相手に暴力をふるうわけにもいかないので、頭を撫でることが勝利条件という意味の分からない仕様になっている。

ついさっきまで意味の分からないことをしていてそれに引きずられた。

まずはしのぶから片付ける。

小さな体を活かして低く素早く踏み込んできたしのぶの突きを半身になって躱し、しのぶの腕を掴むと上に投げ上げる、落ちてきたところを片手で受け止め頭をなでる。

 

カナエの攻撃を回避しながらしのぶを少し離れたところに座らせるとカナエに急接近、正面で一度止まり、死角から背後に回って膝カックン。頭の位置が下がったところで頭をぐりぐりと撫でて俺の勝ち。

 

「なんでかすりもしないんですか!二人がかりですよ!?姉さんは全集中・常中も習得したのに、私ももう少しで呼吸が完成しそうなのに!なんでかすりもしないんですかずるいです!」

 

「私も纏楽くんにやられっぱなしで悔しいわ。弱点とかないの?」

 

弱点を本人に聞いている時点であまりいい収穫はないと思うけれど。

 

「……しいて言うなら可愛い女の子を傷つけられないこと」

 

「そういうのじゃないの!」

 

弱点といわれましても。技のキレが爺さんに格段に劣ることとか言っても納得してくれないんだろうな。

俺が躱せない攻撃、俺が攻撃を当てられない状況……

 

「……カナエの抱き着き攻撃とかならかわせないな」

 

「やっぱりあなたは馬鹿です!」

 

「しのぶの抱き着き攻撃も同じく躱せないから安心しろ」

 

「何を安心すればいいんですか!?」

 

何が何でも勝ちたいときはこれを使うといい。

すると俺の動きは完全に停止する。間違いない。

 

「ふふっ、やってみようかしら」

 

「だめよ!この男はすぐ調子に乗るんだから」

 

「じゃあしのぶに抱き着き攻撃~」

 

「姉さん!」

 

よし、ここは先ほどの頭撫でのように俺も参加するしかない。

両手を広げたところでしのぶにめっちゃ睨まれた。

けちー。いいじゃんか減るものじゃないんだから。

 

 

 

 

 

胡蝶姉妹との鍛錬を始めてから四日ほどたった頃、鴉が仕事を告げてきた。

しかし今までとは異なるのは蝶屋敷近辺での仕事なのと、しのぶを同行させろと上からのお達しだ。

夜中のみの行動予定なのでカナエも同行している。

まぁ、詰まるところがしのぶの毒の実験に差し当たって護衛をしろとそういうことなのだろう。

昼も二人を連れ出すためには蝶屋敷の従業員を増やさないといけないのだろうな。

鬼とはなるべく戦いたくないので是非とも俺を雇っていただきたい。

 

「その、足を引っ張らないように頑張ります」

 

「常中もできるようになったし、私に頼ってね纏楽くん」

 

「んー、命令にはしたがってね」

 

先日のような強さの鬼が出てしまった場合にすぐに待機命令や撤退命令を出す。

守り切るつもりではあるが万が一ということもある。

今回はしのぶの実践ではなく実験、しのぶを危険にさらすつもりはこれっぽっちもない。

カナエは常中も習得したし戦えるだろうがそれでも、一定以上の強さの鬼と対峙させるつもりはない。

できることなら俺が全部何とかしてやろうとすら思っている。

 

「お、まずは一匹」

 

明らかに雑魚鬼を少し離れたところに発見した。

しのぶを小脇に抱える。

 

「ちょっ、なんですか!?」

 

しのぶは急に抱えられたことに驚いているのか恥ずかしがっているのか。

ギャーギャー騒ぐ。

 

ドンっ。

 

しのぶを抱えたまま霹靂一閃で鬼に接近。

両足を斬り飛ばす。

 

「へっ?」

 

しのぶと鬼から素っ頓狂な声が漏れる。

俺はそんなこと気に掛けず続いて両腕を斬り飛ばして完全に達磨状態に。

 

「しのぶ」

 

「はっ、はい!」

 

しのぶをおろすと懐から注射器の入った箱を取り出し、鬼に投与。

症状を確認しメモを取った後に再び違う薬を投与。鬼が苦しんだり罵倒の声を投げかけるが完全に無視。

この鬼はカナエのいう仲良くは不可能なことが鬼に付着した人間の血からありありとわかるので慈悲はない。

しかし、それでもカナエは悲しい顔をすると思うのでしのぶだけ抱えてきたのだ。

 

カナエもそれを察したのか一定距離から近づこうとはしない。

 

「どうだ?」

 

「再生は遅らせることが出来てます。体の麻痺も確認っと。うーん、もう少し調合を変えた方が……」

 

なにやら結果を見ながらぶつぶつ呟き始めたしのぶ。

正直研究系は頭の悪い俺にはさっぱりなので、この鬼が突如牙を剥かないかだけ警戒しておく。

 

しのぶは俺よりも二つほど年下なのに頭良すぎではなかろうか。算術はもちろんのこと薬学や医学に精通している。

カナエも医学、薬学共に修めているが、しのぶには及ばないらしい。

 

「……纏楽さん、また次の鬼の捕獲をお願いできますか?」

 

ふむ、この毒に冒されまくった鬼は用済みと。可愛い顔して中々鬼畜だなぁ。

鬼の頸を斬ると、また鬼を探すために鴉の先導を頼りに歩きだす。

 

 

 

すると、案外簡単に鬼は見つかった。

扇子を持った女の鬼。ほかに得物を持っていないことから扇子を利用した血鬼術の可能性を頭に入れる。

 

「……下弦の肆」

 

目には下肆の二文字。最近強めの鬼に出会いすぎではなかろうか。

でも、下弦相手に毒が通じればしのぶの毒の有用性が証明される。

 

しかし、しのぶは初めて対峙する十二鬼月に呆然と立ち尽くしているので、下がっているように指示を出す。

 

「あの方の言っていた黄色い羽織の剣士ってアンタのことねぇ?最近鬼を狩りまくってるらしいから目をつけられてるわよ。でもまぁ、アタシがここで殺すけどねぇっ!」

 

「それは無理な相談だなっ!」

 

女の鬼だからといって俺は容赦はしない。

まずは壱ノ型霹靂一閃 四連を――!?

 

俺に向かって飛んでくる半透明な風の刃。

それを防ぐために四連を中断。しかし、霹靂一閃を見極めて途切れさせる事の出来る動体視力と攻撃速度の血鬼術か、また面倒な。

 

「アハハハッ、アンタがどれだけ強くても速くても、アタシの風刃より速いわけないのよねぇっ!」

 

「——花の呼吸 肆ノ型紅花衣」

 

「アンタはお呼びじゃないのよ!」

 

扇子を下から扇ぐとカナエの体は空中に投げ出された。

空中に投げ出されたカナエを更に追撃として風の刃が襲う。

 

「っつ!」

 

空中で花の呼吸 弍ノ型を使い防いだ事を確認するとこれ以上の追撃を許さないために踏み込む。

 

風の刃は斬れ味こそ抜群だが目に見える。

それならば——斬れるっ!

 

シィィィィ

 

雷の呼吸 捌ノ型迅雷万雷

 

「ハッ、古来より風神と雷神の戦いは定番よねぇっ!」

 

風の刃が四方八方から飛来する。

一つ一つの速度が違う、軌道が違う。しかし、問題はないっ!

 

跳んで空中で体を捻り刃と刃の間を抜ける。

刀を横薙ぎに振り抜いた勢いを利用してクルリと回ると二撃三撃を立て続けに放ち風を斬る。

 

この程度の威力と速さなら傷つくこともない。

このまま腕を斬り落としてしのぶの実験台になってもらう。

 

「……なら、風速を上げるわよ」

 

突如、風の質が変わる。

攻撃性のない突風が鬼から放たれると、足が止まる。

更に先ほどまでとは大きさも威力も違う風の刃が飛来する。

 

シィィ……

 

向かい風だからか呼吸がしづらい!

躱すしかないかっ。風で体が煽られるため、回避が異常に難しい。

 

肩が裂ける。

傷は浅いがこのままではよくない。

 

!?鬼の背後からカナエが斬りかかっている。

 

「馬鹿、よせっ!」

 

「見えてんのよっ!」

 

俺に放ったものとはまた違う小さく鋭い無数の刃がカナエを襲う。

カナエも受けに特化した花の呼吸 弍ノ型で防御しているが―――

 

「くうっ」

 

防ぎきれずに風の刃がカナエの頬を、足を、腕を裂く。

カナエの白い肌が赤く染まる。

比較的軽傷だが、問題はそこではない。

 

「殺すっ」

 

シィィィィ

 

女の、カナエの肌を傷つけた罪は重い。

絶対に許さん、しのぶの毒で苦しんで死んでもらう。

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

「この向かい風の中風刃を抜けられると思わない事ね!」

 

更に強い風が吹き荒れる。

向かい風だけではなく横から体を打ち付けるように風が吹き荒ぶ。

 

風の刃はその中を乱れ飛び、俺を斬り裂かんと迫る。

 

だが——

 

「霹靂一閃神速」

 

全てが遅い。

風ごときじゃあこの速さに届かない。

 

青い雷が轟き風を斬り裂いた。

 

誰の目にも俺の姿は視認できない。見えるのは青い雷が迸った事だけ。

それと同時に下弦の肆の体を両断した。コレが爺さん直伝瞬間移動。

再生速度も下弦だけあって速いが、再生するたびに四肢を斬りとばす。

 

俺は怒っているのだ。

 

「しのぶ」

 

離れたところから戦いの行方を見守っていたしのぶを呼び寄せると、毒の投与を始める。

 

「ガァァァァァァッ!!!???」

 

先ほどから更に調合比率を変えていたのかより強力な毒になっている気がする。再生もできなくなっているので十分な効果は得られていると思うのだが。

……俺もあまり調子に乗りすぎるとお茶に毒を盛られたりするのだろうか。

 

「纏楽さん、もう十分です」

 

一通り情報は得られたらしい。

下弦の肆の頸を落とすと、すぐさまカナエに駆け寄った。

 

懐から水筒と手拭いを取り出し、手拭いを水筒の中の水で濡らす。

 

「だ、大丈夫よ?」

 

「大丈夫なわけないだろ、嫁入り前の女の体が傷ついたんだぞ」

 

お前女の鬼斬ったじゃんとかいう発言は無視します。

血が滴るカナエの肌を手拭いで拭いていく。

 

「しのぶ、傷薬!」

 

「わかってるわよ!」

 

「えぇーっと、本当に大丈夫だから」

 

「「大丈夫じゃない!」」

 

カナエにとってはただの切り傷で軽傷なのかもしれないけれど俺やしのぶからしたら一大事である。

あらあら、とカナエは困り顔だが、俺たちが騒ぐのも当然の事だと理解してほしい。

 

「姉さんの肌を傷つけるとか絶対許されないの!」

 

「そうだそうだ!」

 

「うーん、でも跡は残らないくらいの傷よ?」

 

「どんな傷だろうと跡が残らないように私がなんとかするに決まってるじゃない!」

 

「もっと自分の体の事を大事に考えろ!」

 

カナエは悪くないのにカナエが悪いみたいになってしまっている。

 

「お嫁に行けなくなるかもしれないんだぞ!」

 

「姉さんはお嫁になんて行かないわよ!」

 

妹に嫁に行く事を許されない姉。

カナエの笑顔も凄い引きつっている。

 

「お嫁とかは分からないけれど、なんとかなるわよ」

 

「傷のある女は結婚相手としては避けられがちなんだよ!例えどんなにカナエが美人でも!」

 

「姉さんは傷があっても避けられないわよ!」

 

「お前煩いな!でもその通りかも!」

 

カナエの怪我が原因で謎の小競り合いを始める俺たち。

それでもしのぶは傷薬をカナエに塗り込んでいるし、俺もしのぶから渡された薬をカナエに塗っている。

 

「どんなに傷ついていても、纏楽くんがお嫁にもらってくれる?」

 

「当たり前……へあっ!?」

 

カナエさん俺のところにお嫁に来てくれるんですか。是非来てください。

待ってる。なんなら今から祝言でもいいと思うんだけど。

 

「なら大丈夫よ。そんな慌てなくて。しのぶも落ち着いて」

 

「……」

 

「いた、いたいっ!やめてしのぶ!」

 

しのぶは俺の肩の切り傷にぐりぐりと薬を塗り込んでくる。

さっきカナエにあんなに優しくやってたじゃん!

 

「なんで怒ってんの!あれか、しのぶが仲間はずれだからか。大丈夫、しのぶもカナエと一緒に俺の嫁に——」

 

いったーー!!!???

 

正直、下弦の肆の攻撃よりしのぶの治療の方が痛かったです。

 

 

 

 

 




じいちゃんの霹靂一閃=纏楽の霹靂一閃神速くらいの認識で。

途中のタイミングで話を切り上げることができない私は一話完結みたいなのしかかけません。
その結果一話が長くなったり短くなったりもします。ご了承ください。(今回七千字)

感想評価どしどし頂けるとモチベーションアップしてインスピレーションもアップしてエタって失踪の可能性が下がりますのでどうぞよろしくお願いいたします。


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うあああああああああっ!!!

この話は賛否両論かなぁ。
あと、感想返せてないですけど全部見てますからっ!
今後ともよろしくお願いいたしますっ!

今は感想の返事よりも本文書きたいんだっ!


下弦の肆を倒した翌日、鴉から手紙が届いた。差出人は産屋敷耀哉様。

一ノ瀬纏楽、鬼殺隊入隊から半年強、鳴柱就任と相成りました。

 

他の柱の方々は意外にお年を召した方が多く、若手の一人として期待しているとお館様に言われました。

柱になった事で屋敷一つをもらい、仕事も担当区域内の鬼を狩ることが基本的なものになった。

 

そして同じタイミングで柱になった人、音柱宇髄天元とは仲良くなりました。

 

「一ノ瀬、お前まだ十四なんだろ?ド派手じゃねえか」

 

「いや、天元の方が派手だと思うけど」

 

「当たり前だ、祭りの神だからな」

 

所々意味のわからない発言の目立つ天元だが、普通にいい奴だし比較的に気安く話しかけることが出来た。

 

その結果、柱就任後すぐ二人で茶屋へ訪れ団子を食べながら雑談をしている。

 

「岩柱の悲鳴嶼って奴、アレはヤバイな。勝てる気がしねぇ」

 

「杏寿郎の親父さんもアレ凄い実力者だよね」

 

俺たちも柱になるための条件は達成したから柱に就任したわけだが、他の柱の練り上げられた強さは異常だ。

 

「俺は派手に自分の実力に自信があったんだが、上には上がいるって事だな」

 

「本当、楽できないなぁ」

 

「楽してぇと言う割に働き者だと噂になってるぞ」

 

「仕方ないでしょ、周りが楽させてくんないんだから」

 

蝶屋敷での入院生活は楽どころか幸せいっぱいだったが、ついに屋敷も手に入れてしまったし、行く理由が減ってしまったではないか。

カナエとしのぶに稽古つけに行くのを理由に毎日のように行ってやろう、そうしよう。

 

「天元は継子とかとるのか?」

 

カナエとしのぶを継子にしてもいいかもしれない。カナエは年上だけど年齢は関係ないだろう。

 

「多分とらねぇな。有望な若い奴なんていないだろ。お前は?」

 

「そうだなぁ、今二人稽古をつけてる奴らはいるけど、継子にするかと言われるとどうかなぁ」

 

胡蝶姉妹を継子としてもいいけれど向こうの意志もあるし、俺は指導に関しては素人だ。

そもそもしのぶは隊士じゃないし。

加えて柱としては俺もまだまだ未熟であるし、継子という形で弟子をとるにしても俺がもう少し強くなってからだと思う。

 

「あとお前、屋敷どうすんだ。お前ひとりで住むのか?」

 

「……いつかきっとお嫁さんが来てくれるから。天元は一人?家族とかは」

 

「嫁が三人いる」

 

「へー」

 

嫁が三人ねー。ん?嫁、三人?

 

「嫁が三人!?」

 

どどどどど、どういうこと!?確かに頭の装飾全部外した天元はすごく整った顔をしているがそれで嫁が三人も来てくれるものなのか

いいなぁ。家に帰った時三人のお嫁さんからおかえりなさいって言ってもらえるのうらやましいなぁ。

 

「おう、俺の命より大事な嫁だ」

 

かっっっっこいい!!!

 

なんだこの男前!

祭りの神だの派手を司る神だのふざけたことを言うこともあるがかっこよすぎではなかろうか。

俺もこんな男になりたいものである。

 

「家に一人ってのも悲しいだろ、お前も早く嫁の一人や二人もらえよ」

 

「俺、まだ十四なんだけど」

 

流石に結婚するには早い年齢だろう。

確かに一緒になる人は欲しいけれど。

 

「婚約状態にでもして同棲すればいいだろ。それに十四で女を囲ってるってのも派手でいいだろ。幸い、養えるだけの地位にはついてるんだしな」

 

「相手がいないんだよ」

 

「あん?気になってる女くらいいねぇのか」

 

「それはいるけどなぁ」

 

カナエとかカナエとか……

あんないい子で綺麗な子を好きにならない理由がないだろう。

他の隊士のことをよく知らないけれどきっと他の隊士もカナエのことを狙っていることだろう。

というかカナエが男に狙われないなんてことがあるはずがないのだ。

 

「よくは知らねぇがうかうかしてると他の男に持ってかれるぞ。ただでさえいつ死ぬかわからない仕事なんだ、恋愛事は手が早いって聞くぞ」

 

そうだよなぁ、死ぬ前に幸せな思いの一つや二つしておきたいと思うのが人の心という奴だろう。

 

「ありがとう天元。流石は年上の妻を三人も持つ男」

 

「おぉ、もっと敬え」

 

杏寿郎といい天元といい、めっちゃいい男友達に恵まれたなぁ。

俺はこの人たちにまだ何もしてやれていないけれど、杏寿郎や天元が俺の力を必要としたときは何を押しても駆けつけると心に決める。

 

「あと、もう一個聞きたいことがあるんだけどさ。天元の足音しない歩き方、どうやるの?」

 

「お前なかなか図々しいな」

 

「だって気になるだろ」

 

忍者である天元は足音がしない。

足の使い方を知ることは雷の呼吸に使えるかもしれないし、使えなくても足音消して歩くのはカッコいいので、どちらにせよ教えてほしい。

 

「まぁ、今度任務が一緒になったら教えてやるよ」

 

「お!ありがと天元」

 

「代わりにお前の恋路、報告しろよ」

 

昔から、他人の恋路を聞くのは楽しいものである。

恥ずかしいけれど、天元なら良いアドバイスをしてくれるとも思うので頷いておいた。

 

 

 

 

 

屋敷を貰ったものの、ちょっとした手荷物は蝶屋敷に置いてきてしまったので一度蝶屋敷に戻った。

二人にお礼も言いたかったしね。

 

「あ、お帰りなさい」

 

「……しのぶがお帰りって言ってくれた」

 

「な、なんで泣くんですか!?」

 

しのぶがこんなにも俺に気安く接してくれた事に感激してうっかり涙が溢れてしまった。

 

「毎日しのぶがお帰りって言ってくれたら幸せなんだろうなぁ」

 

涙をゴシゴシとぬぐいながら、俺の欲望をポロリと漏らす。

 

「そう言うことを私にも姉さんにもコロコロ言うところは好きじゃないです」

 

せっかく拭いた涙が出て再び溢れ出した。

 

「しのぶが好きじゃないって言ったぁ」

 

「めんどくさい人ですね!」

 

まぁ、嘘泣きなのだが。爺さんの稽古から逃げるために身につけた嘘泣きの特技。爺さんには通じなかったけれど、しのぶをからかうには有用だった。

 

「お帰りなさい纏楽くん。あら?どうして泣いてるの?」

 

「知らないわよ」

 

「しのぶがいじめたぁ」

 

「いじめてないでしょ!」

 

ぐすぐすと女々しく女の前で泣き始める俺。

正直気持ち悪いと言われても文句言えない行為だが、カナエならば…

 

「ほら、泣かないの」

 

甘やかしてくれるんだよなぁっ!

はあーっ!カナエが頭撫でて慰めてくれてるっ!幸せの絶頂は今この時の事を指すに違いないっ!

 

「姉さんは甘いのよ!」

 

「しのぶも、纏楽くんをあんまりいじめちゃダメよ?」

 

「いじめてないっ!」

 

しのぶからしたら傍迷惑な事この上ないのだが、俺の幸せのために犠牲になってくれ。

 

変な怒られ方したせいでぷりぷり怒っているしのぶ。

 

「……しのぶ一緒に幸せになろう」

 

「あらあらまあまあ、愛の告白かしら?」

 

「姉さん、どうせこの人のことだから——」

 

「カナエに慰められる事こそこの世の天国に違いない」

 

「この世の天国って意味わからないんだけど」

 

生き地獄ならぬ生き天国という意味である。

 

「なら私は天国の住人ね」

 

「姉さんもよくわかんない茶番に付き合わなくていいのっ!」

 

でもなんだかんだそわそわしているしのぶ。

全く、しのぶは仕方ないなぁー!

 

「俺が生き天国に誘ってやるよ!」

 

「生き地獄の間違いでしょっ!」

 

結局いつもの謎の撫であいが形成される。

嫌がってもされるがままなしのぶは可愛いなぁ。

 

「あ、カナエ。紙と筆貸してくれるか?爺さんに手紙書きたいんだ」

 

「お爺さんに何か報告でもあるんですか?」

 

「あぁ、柱に就任した事を報告するんだ」

 

「へぇっ、おめでとうこざ、い、ま?」

 

「「えぇぇぇぇぇぇええ!!??」」

 

仲のいい姉妹ですね。息ぴったり。

というか、何をそんな驚いているだろうか。

 

「は、柱になったの?」

 

「あぁ、さっきまでお館様に就任にあたって挨拶とか刀貰ったりしてた」

 

「なんで言ってくれないんですか!」

 

「え、いや杏寿郎が教えてくれただろ」

 

あれは不確定情報ではあったが似たようなものだろう。そんな驚くことではない。

 

「本当に柱に就任したなら言ってくださいっ!」

 

「そうよ、今日の夕飯豪華にしなくちゃっ!」

 

俺よりこの姉妹の方が騒いでいるのはどういう事なのだろうか。

いや、たしかにめでたい事だけれども、ここから大変な事も多そうだし軽く憂鬱よ?

と、いうか夕飯豪華って…

 

「祝ってくれるの?」

 

「「当たり前よっ!」」

 

お前らっ、いい奴かよっ!

 

 

 

 

 

「纏楽くんが柱かぁ」

 

夕食は赤飯やら鯛やらが食卓に並んだ。

いやぁ、ありがとうございます。

しかも全部カナエの手作り。いいお嫁さんになれる事間違いなし。

是非ともうちに嫁に来ていただきたい。

 

「似合わないって?」

 

「ううん、纏楽くんは強いから納得だし似合ってるわよ?」

 

「普段の行動と、鬼殺の時の雰囲気違いすぎですよ。普段から真面目ならいいのに」

 

「普段から真面目にやってたら疲れるだろ。気楽にいこうぜ、気楽に」

 

はい笑顔ー。

ぐにー。

 

「やめへふははい!」

 

「やっぱり姉さん、しのぶの笑った顔好きだなー」

 

「これを笑ってるっていうの!?」

 

「しのぶ、いい笑顔だぞ」

 

「……柱になってもいつも通りですね」

 

そらそうだ。

逆にめっちゃ偉そうにしてたり、威厳ある感じになっても変じゃない?

 

「これからも俺はしのぶの頰を引っ張り続けるし、頭も撫でる!」

 

「……柱になって忙しいのにそんな暇あるんですか?」

 

「しのぶのために暇を作るよ」

 

あらあらまあまあ、とカナエはニコニコしている。可愛い。

 

「しのぶはね、纏楽くんが柱になっちゃうから、もう構ってもらえないかもって、寂しいって言ってるのよ。可愛いでしょう?」

 

「可愛い」

 

「姉さん!」

 

顔を真っ赤にしてカナエに詰め寄るしのぶ。

可愛い、なんだかんだ俺に気を許してくれてるしのぶ可愛い。

 

「纏楽くんは継子をとったりしないの?」

 

「うん、継子をとれるほど強くないし教えられるほど経験もないから」

 

「纏楽くんの継子になろうとしてたのになー」

 

「今まで通りとはいかないけど、稽古はつけようと思うから、それで勘弁して」

 

カナエは鬼と仲良くしたいという割に強さには貪欲だ。

それはきっと鬼を殺すためではなく、誰かを守るための強さなんだろう。

こんな理由で強さを求めるカナエだから俺はそれに応えてあげたい。

 

「姉さんを継子にするときは私もついていきますからよろしくお願いします」

 

「しのぶはお姉ちゃんっこだなぁ」

 

「姉さんもしのぶのこと大好きよ?」

 

「なんですぐこうなるの?」

 

なにかあるたびに頭を撫でられるようになってしまったしのぶ。

これは間違いなく俺のせいではないだろうか。

でもしのぶもまんざらでもなさそうだしいいよね。

たとえしのぶが反抗期に突入したとしても俺は撫で続けてやろうとひそかに心に決める。

 

「そういえば、纏楽くんも屋敷をもらったんでしょう?今度遊びに行くからね」

 

「……あんなでかい屋敷を独り占め。ははっ、うれしいなぁ」

 

「それはちょっと寂しいですね」

 

「しのぶぅ一緒に住もうよぉ」

 

「ちょっとっ、くっつかないでください」

 

割と真剣に寂しい。

最近蝶屋敷に滞在していたからその対比で余計に寂しい。

寂しさを抱えたまま鬼退治に出かけ、寂しさを抱えながら帰宅するという常日頃から悲しみを背負った人間になってしまいそうである。

 

「しのぶ~」

 

「たまには顔を見せに行きますからっ、離れてください」

 

「毎日来てくれよー」

 

「お互いそんな暇ないのわかってるでしょ!」

 

でもたまに顔を見せに来てくれるしのぶ可愛い。

きっと律義に週に一回くらいで来てくれるんだろうなぁ。

 

「カナエも今度と言わず今から来てくれていいし、なんならそのまま住んでくれてもいいんだけど」

 

「いいわけないでしょ!そもそも私も姉さんも蝶屋敷があるんだから無理なのわかってるでしょ!」

 

うん。わかってる。

鬼殺隊士が緊急搬入されるのは基本的に夜中。

夜こそこの姉妹は蝶屋敷にいなければならない。昼も機能回復訓練や患者の食事管理と大変なこと間違いないだろう。

 

こんばんわー

 

玄関の方から声が聞こえてくる。

物資や患者と色々なものが出入りするこの屋敷に人が訪ねてくることはよくあることだ。

「私が出るわ」としのぶが一度席を離れる。

 

……言うならこのタイミングなのだろう。

 

「さっきの、本気で言ってるのよね?」

 

んん?こちらから仕掛けようとしたらカナエの方から切り出してきた。

しかも割と真剣な雰囲気だ。しかし、ここで引いたら男が廃る。

男ならド派手に生きろっ!

 

「あぁ」

 

もっと他に言うことあっただろうがこのドヘタレっ!

馬鹿か?馬鹿なのか?全くド派手じゃないよ。

 

「でも、しのぶの言った通り私はここを離れられないの」

 

「……」

 

「だからね、隙を見てお邪魔するわね」

 

あれ、これはどういうことなのだろうか。

どっち?これどっち?もしや脈ありな感じでしょうか。

 

「纏楽くんはちょっと目を離すと無茶なことしそうだし、食生活もひどいって聞くし、前はあんまり寝てもなかったって話だし、ここにいるのだって怪我だけじゃなくて過労で体がボロボロだからっ」

 

はい、すいません。

自分の体も管理できないような未熟者ですいません。

でも、過労なのも食生活がひどいのも寝られないのも鴉が次々に方角を告げるせいなのだが。

 

「毎日はできないけど、私がちゃんと見ててあげる。ご飯も作りに行ってあげるし、疲れてたら寝かしつけてあげるわねっ」

 

これはあれか、弟として世話してくれるのか好きな男の子としてみてくれているのか。

不安っ、この圧倒的手のかかる子を世話してあげてる感っ!

 

「カナエは俺のこと……好き、なのか?」

 

心臓がいつもの何倍も早く鼓動している。

 

「ふふっ、言わなきゃわからない?」

 

えっ、いや、あの、わからない、かな?

蠱惑的な笑みを浮かべるカナエに俺の顔が熱くなる。

 

「わからない、です」

 

カナエの顔が迫る。

近い近い近い、まつげ長い肌白い目綺麗。

 

頬に柔らかなカナエの唇が触れる。

ほんの一瞬のことだったけれど確かな現実だということは理解できた。

 

「大好きよっ!」

 

………………………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで体温上がって纏楽くん痣発現したらめっちゃ面白いんだけど発現しません。

恋愛パートはダラダラやるよりサクッと済ませようと思ってました。
ちなみに、しのぶは途中から聞いてるけど空気読んで部屋に入らない良い子です。

感想評価を頂けるとモチベーションアップして私が失踪しなくなるのでどうぞよろしくお願いいたします!
感想返せないですけどちゃんと読んでるのでっ!


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【とある姉妹の胸の内】

ちょっと箸休めにこんな話。
感想で通い妻だのなんだの言われてますが恋仲になっただけですからね。

アンケートにご協力ください。


最初に彼に出会ったのは藤襲山での最終選別。

目立つ黄色い羽織を着ていたから自然と目に付いた。

自然と目があったから、会釈をした。

お互い生き残れるといいな、なんて考えていた。

 

彼は、纏楽くんは強かった。

私が苦戦して、死んでしまいそうになったところを助けてくれたどころか、鬼を圧倒していた。

私よりも年下なのにこんなに強い人がいるんだって感心してしまった。

でも鬼を斬りすぎて、人を助けすぎて変に不安を感じていたからつい笑ってしまった。

そんなに強いのに不安になることなんてあるんだって思ってしまった。

 

私が怪我をしているのを見て藤の花を持たせてくれた。優しい人だなって思った。自分だって危険なはずなのに私を優先してくれた正義感あふれる人なんだと思った。

しのぶを守るために、私がしっかりしなきゃ、私が守れるようにならなきゃって思っていたけど、私が一方的に守られてしまったから、もっと強くなろうって思った。

わかりやすい目標として纏楽くんくらい強い人の背中くらいは守れるように。

今度は私が助ける番だって勝手に決めた。

 

でも彼の強さは私の想定なんか軽く超えていて、よく彼の噂を耳にした。

 

気付いた時にはもう鬼を斬っている。

消えたようにすら見える。

刀すら見えない。

最速で階級を上げた。

 

そんな彼の強さを示す噂は絶えなかった。

それだけではない、十二鬼月の討伐を二人で成功させたなんて話も流れてきた。

それが日を追うごとに本当のことなんだって同期の人達や隠の人達の話から分かった。

 

 

 

そんな彼に再会したのは最終選別から半年ほど過ぎた頃だった。

 

私がお館様に進言した蝶屋敷の設立、その補助として纏楽くんと組むことになった。

彼に期待されていたのはきっと私たち姉妹の護衛、蝶屋敷周辺の鬼の殲滅。

 

私では力不足だと突きつけられた。

 

それでも彼を憎めないのは、嫉妬の対象にならないのは一重に彼の人柄によるものだと思う。

 

彼は階級が私よりもだいぶ上にもかかわらず、高圧的ではない。命令をしない。

むしろ、彼が「俺は何したらいいんだ」なんて指示を求めてきたときには驚いてしまった。

 

それに、都会に興奮する姿は可愛かったし、手を繋がないとはぐれてしまうような姿に、彼を守ってあげたい、世話してあげたいなんて思ってしまった。

私でも、こんなに強い人の役に立つことができるんだって思った。

 

纏楽くんは短い付き合いながらも私を次々に驚かせる。

一番驚いたのは珠世さんとのことだ。

私の鬼とも仲良くなりたいという考えを否定しなかったどころか肯定してくれたのだ。

 

妹であるしのぶですら否定したこの夢を肯定してくれた。

それも、とても軽く。こんなに嬉しいことはなかった。

 

「鬼と仲良くなって斬る必要がなくなれば楽」

 

彼にとっては大したことのない言葉でも私はとても嬉しかった。この夢を持ってていいんだって思った。

私は間違ってなかったんだって思わせてくれた。

 

あと、愈史郎くんが私を醜女って言ったときに「カナエは美人だろ」って言ってくれたのは嬉しかった。

どういうわけか、他の誰に言われるよりも嬉しかった。

 

それでもまだまだ私を驚かせ足りないと言わんばかりに次々に何かをしでかすのだ。

 

蝶屋敷の荷物搬入を手伝ってもらったときだった。

両親が鬼に殺されてからしのぶは滅多に笑わなくなってしまった。

笑顔が可愛い妹が笑わなくなったということに私は姉として責任を感じていた。

そんな難しい精神状態のしのぶにも纏楽くんはぐいぐい近づいていった。

しのぶが頬をつねられているのを見たときはびっくりした。

 

でも、どうしてかしのぶは纏楽くんの事を警戒しているから食事にみんなで行くことにした。

しのぶは相変わらず纏楽くんを警戒していたけれど、元気に二人でお話ししていたから悪くない結果だと思う。

 

その帰りに出会った鬼、私は何も出来なかった。私も今まで仲良くなれない鬼を斬ってきて強くなったつもりだった。

でも結局私は何も出来なかった。

見てるだけだった。纏楽くんが苦戦して傷ついているのを見ても私の足は動かないのだ。

 

纏楽くんが鬼を倒して、血鬼術の影響で崩壊する地面から逃げる時も、最初から最後まで私は足手まとい。

纏楽くんが倒れたときは涙が溢れて止まらなかった。

私が弱かったから纏楽くんが死んでしまうかもしれないという事が怖くて怖くて仕方なかった。

 

二人で纏楽くんを蝶屋敷に連れ帰って、纏楽くんが三日間目を覚まさなかったとき、強くなろうって強く思った。今まで通りの努力じゃ足らないんだって痛感させられたから。

 

しのぶが纏楽くんが目を覚ましたと叫んだときは慌てに慌てて、恥ずかしい姿を見せたと後悔した。慌てて洗濯物が絡まるって…

おっちょこちょいな女だって思われたかしら。そんな女の子は嫌いかな。

 

食事を用意するために台所で消化にいいものを作って部屋に戻った時に、しのぶは以前のような可愛い笑顔を浮かべていた。

私がいない間に何があったのかは分からなかったけれど、纏楽くんへの感謝の気持ちが高まった。

彼は私にできないことを何気なくやってのけてしまう。

 

しのぶは何かすっきりとした顔を浮かべていたから何か吹っ切れたんだろうなって思った。

 

その後、流石にお風呂に突撃するのはやりすぎだったと反省している。

私は服を着てるから恥ずかしくないなんて思っていたけれど、纏楽くんが裸で目の前にいるという状況は恥ずかしかった。

でも、顔を赤くして逃げ出したいのをぐっと我慢して、私は纏楽くんの背中を流す。

背中は私とそんなに変わらない大きさ。当然だ私よりも年下なのだから。

子供っぽいところもあるけれどそれでも私はこの人の背中にすでに何度も救われた。

 

背中を流しながら、私はこの人のことが好きなんだなぁって漠然と思った。

 

なんでこの時にだったのかはわからないけれど、それでもこの背中を一番側で守りたいって思ってしまってからは、余計に顔が赤くなった。

考えれば考えるほど纏楽くんのことが好きだという事実が明確になっていってちょっと恥ずかしかった。

 

 

 

下弦の肆と対峙したときにまた私が無力だって突きつけられてしまった。

全集中・常中を習得して、纏楽くんとの打ち合いもそれなりに続くようになっていたから慢心していた。

私はいつまでたっても力のない人間だった。

纏楽くんは私が傷ついたことにとても怒ってくれたしそれはうれしかったけれど、私の弱さが招いたものだから。

私は私を傷つけた鬼よりも弱い自分が許せなかった。

 

そして、入隊からたった半年で纏楽くんは鳴柱に就任した。

また差が広がってしまった。隣に立てるだけの実力が、背中を守れるだけの実力が欲しくて追いつきたいのに、彼は止まってくれない。当たり前だ。

早く、強くなりたい。だから私も柱を目指す。本当は階級になんて興味はないけれど、柱である纏楽くんに並び立つためにはそれくらいしなくてはならないだろう。

 

 

……でも、その間に誰か他の女の子が纏楽くんの隣に立っていたら嫌だなぁ。

 

 

纏楽くんはよく私に美人だって言ったり、お風呂一緒に入ろうとかもっと深い仲になろうなんて言うけれど、それは全部冗談なんかじゃないってことはわかってる。

いつもいつも彼の眼は笑っていなくて真剣そのものだったから。

 

一緒に住んでほしいって言ってくれた時は思わず飛び跳ねるくらいには嬉しかった。

纏楽くんも私と同じ気持ちだったんだなって思うととても嬉しかった。

でも、私にはまだそんな資格はない。いや、良い返事は返すんだけど、纏楽くんの想いにはしっかり応えるんだけど!だって好きなんだもん。他の子に盗られたらなんて考えるだけで胸が痛い。

 

でも本当に私はまだまだ弱くって纏楽くんの背中を守る事なんてまだまだできないから。

まずは彼の体調を守ることから始めようと思う。

纏楽くんにおいしいご飯を作ってあげたい、ぐっすり眠ってほしい、寂しい想いをしてほしくない。

 

そしていつか纏楽くんの隣に立てるくらいになったなら、け、結婚とか、したいなぁ。

 

 

 

 

なんなんだあの人は。

姉さんが最終選別で助けてもらった男の人。

姉さんの同期で一番強くて一番柱に近い人。

そんな前情報ばかり入ってくるが、どうせ姉さんをやましい目で見ている人のうちの一人なんだろうってわかっていた。

 

実際その通りだったわけだし。

でも、私の予想以上に纏楽さんはおかしな人だった。

 

蝶屋敷の荷物搬入を手伝う際、彼は姉さんよりも私に構ってきたのだ。

そしてその軽い口ぶりで私を何度も何度もからかうのだ。

なんなんだ。何でこんな人にたくさんの鬼が殺せて私にはできないのだ。

理不尽ではないか。募る怒りを彼に冷たく当たるという形で発散させた。

 

私の頬をつねり上げたことは許さない!

 

姉さんが纏楽さんのことを意識していたのは妹の私ならお見通しだった。

他の男性と同じように接しているようで、視線はチラチラと彼の方へと送っていたし、明らかに距離が近かったから。

私から最後の家族を奪おうとする彼はまちがいなく私の敵だった。

 

だけど彼は私に良い隊士になれると言ってくれたのだ。

何も知らないくせに。私がどれだけ努力してどれだけ悩んで、姉さんを一人最終選別に送り出したと思っているんだ。

私は姉さんの力になれない、姉さんの足を引っ張るだけだとわかっているから私は涙を呑んで送り出したというのに。

どうしてあなたはそんな簡単に姉さんの隣に立っているんですか。

どうしてそんなにも恵まれているんですか。

 

 

 

姉さんに誘われ三人で夕食を食べに行った帰りに鬼に遭遇したときは足がすくんで動かなかった。

それは姉さんも同じ様子だった。

このままこの恐ろしい鬼に殺されてしまうのだろうかと恐れたが、そんなことにはならなかった。

 

一ノ瀬纏楽さん。彼の実力は私の想像をはるかに超えていた。

ここまでの力を見せつけられて、こんな戦いを目の前で見せられたら心が折れてしまいそうになった。

私には鬼の頸を斬るだけの力がない。だが、その力があったとして私はこのように鬼と戦えていただろうか。

纏楽さんは鬼を倒した後、すぐに私たちを抱えてその場から離脱した。

そして倒れてしまった。私が鬼と戦えるだけの力があればこの人はこんなに傷つかなかったのだろうか。

 

三日後、目を覚ました纏楽さんに私は心の内を晒した。

力がないこと、花の呼吸を使えないこと、毒の研究がうまくいかないこと。

無様に泣きじゃくりながら彼に強い口調ですべてさらけ出したと思う。

 

すると彼は諦めずに笑え、なんて言うのだ。

 

無理やりに頬を伸ばして口角をあげさせようとするのだ。

この男はどんだけ不器用で馬鹿なのだろうかと思ってしまった。

 

それでも、纏楽さんの言葉は私に力をくれた。

彼の言葉を聞いた後、諦めないでもう一度頑張ろうとなぜか思えたのだ。

それがどうしてなのかはわからないけれど。

もう一度笑顔を浮かべて私は纏楽さんに感謝した。

 

その瞬間から、私は纏楽さんのことを嫌いではなくなった。

いや、もともと嫌いではなかったのかもしれない。

あれは姉の隣に立てない醜い私の嫉妬だったのだから。

 

 

 

纏楽さんは私の稽古をしてくれた。

鬼殺隊士ではない私の面倒を見る必要も価値もないのに、真摯に向き合って助言をくれた。

私の力では鬼の頸を斬れないのならやはり毒を完成させて、鬼に毒を打ち込めるだけの剣術を備えるように言ってくれた。

私も頭ではわかっていたことだけれど、しっかりとした強さを持つ彼に言ってもらうことはまた特別な意味があった。

 

私は花の呼吸を使えない。

私に向いているのはそういう動きではないと言われた。

花の呼吸のように華麗な動きに素早さが必要だと提案され、彼の開発した雷の呼吸 捌ノ型を見せてもらってそれを参考に私だけの全集中の呼吸を模索した。

 

いちいち私の頭を撫でたり、頬を引っ張ったり、私や姉さんに馬鹿なことを言うのはその恩に免じて許してあげることにする。

きっと彼は私の頭や頬を一生こねくり回すのだろうけれど、まぁ許してあげることにする。

 

少し恥ずかしいけれど彼がそれで満足するなら甘んじて受け入れてあげようではないか。

決して私が撫でられることを望んでいるなんてことはない。

ないったらない。ほんとに。

姉さんには「ほんとにー?」なんて言われるけれど。ほんとにほんとだ。

 

ほんとなんだってば!なんでニヤニヤしてるんですか纏楽さん!

 

 

 

十二鬼月、下弦の肆と対峙したとき纏楽さんは姉さんや私をちゃんと守ってくれるんだなって思った。

姉さんが傷つけられたことに怒り、十二鬼月を倒した。

それどころか十二鬼月という鬼の中でも最高峰の力を持つ鬼で私の毒の実験をさせてくれた。

いや、確かに毒の実験はしたかったけど、反撃を受ける危険があるのに十二鬼月という極めて危険な鬼で実験しなくたっていいでしょうに。

 

この人は加減という物を知らないのだろうか。

やることなすことめちゃくちゃだ。

 

その翌日彼は柱に就任したなんてかるーく報告するのだからまた驚く。

彼はそんなことよりももらった広い屋敷に一人で住むことの方が嫌で仕方ないらしい。

 

まったく、仕方ないから私がたまに、いや、ちょくちょく……頻繁に顔を出してあげることにします。

感謝してくださいね纏楽さん!

 

 

 

私が少し席を外している間に姉さんと纏楽さんがくっついていたんですけど。

少し寂しい。

 

纏楽さんなら姉さんを守ってくれるだろうし、姉さんにぞっこんだから浮気なんてしないだろう。

それでも寂しい。姉さんは纏楽さんとお付き合いしたとしても私を遠ざけたりはしないだろうし、纏楽さんも同様だろう。

 

……でも、二人がより密接な間柄になっているのに私が仲間外れなのはやっぱり寂しい。

 

だ、だからと言って私は纏楽さんと恋仲になりたいわけではないんですけども!

ほんとにほんと!

なによ姉さん、柱には嫁を三人娶ってる人がいる?それがどうしたの?

三人で幸せになろうって?

た、確かに纏楽さんには感謝してるけどそういう想いはないから!

 

なんで笑うのよ姉さん!

 

 

 

 

 




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嫉妬は求めない方が身のため

遅刻だーっ!
すまん、急ピッチで仕上げたから誤字脱字多いかもしらん(いつも多い)
見直して納得いかなかったら後日書き直すかもしれないっす。


「うへへへ」

 

「……集中しろ纏楽。柱に就任して浮かれてしまうのはわかるが足を掬われるぞ!」

 

定期的に行っている杏寿郎との打ち込み稽古。

今日は俺の屋敷の道場で杏寿郎と稽古をしている。

この真面目でいい奴である杏寿郎は俺の柱就任祝いにうちに来てくれた。

そのついでに稽古を行っているのだが、どうにも気分が浮わついてしまっていていまいち集中できていない。

 

「大丈夫、安心しろ杏寿郎。今の俺には絶対に死ねない理由があるからな」

 

死ねない理由であるけれど集中できない理由でもある。

どうすればいいのだろうか。

集中しようとしても自然と口角が上がってしまう。

 

杏寿郎の振るう木刀が俺のニヤついた顔めがけて迫ってくる。

そんな割と危険な状態にもかかわらずあまり危機感を感じられていない。

今の俺なら何でもできる気がするのだ。

すぐそこまで迫った木刀を弾くために自分の手の中の木刀をくるりと回し、杏寿郎の木刀の軌道を逸らす。

 

「むっ」

 

ニヤケ顔に似合わぬ小手先の技に面食らった様子の杏寿郎。

フハハハハハ、確かに今の俺は腑抜けたように見えるのだろう。だがしかーし!

腑抜けて見えるのは顔だけなんだなぁ!

 

たしかに顔は腑抜けて見える!

……まぁ心が腑抜けて見えるのも否定しない。

だが、今俺の体は絶好調なのだ。体が思い通りに動く。

思考と実際の動きにズレが発生しない。今の俺はたとえ杏寿郎だろうと傷つけることはかなわん!

 

雷の呼吸 弐ノ型

 

「稲魂ぁっ!」

 

神速の五連撃。

俺の木刀がひゅおっと風を切る。

しかしその音は五度もならない。たった一度風を切る音が鳴り、その後ガカァンと杏寿郎の木刀が砕け散った。

 

「全く同時の五撃、会得したのか!また差をつけられてしまったな」

 

杏寿郎はまいったと両手をあげて降参。

ふふふっ。今の俺は体が軽い。弐ノ型も爺さんに劣らない練度で放てる。

試してはいないが肆ノ型遠雷で斬撃を飛ばすくらいはできそうなものである。

それくらい今の俺は調子がいい。

 

「柱になって良い意識の変化があったようだな!」

 

「いや、これは愛の力、かな」

 

間違いなく愛の力である。

カナエのことを考えると力が溢れてくるのが止まらない。

いまなら鬼舞辻の頸だって落とせる気がする。

 

悪いが柱になって意識が変わったとかは全くない。

柱になったから稽古の内容を変えたとかも全くない。

強いて言うのなら柱になってから恋人ができたくらいである。

 

いやー、柱になって恋人ができたんですよー!

皆さん恋人が欲しいのなら柱になるといいですよー!

……いやうざいな俺。普通にうざいし調子に乗りすぎである。

柱に就任し恋も成就。調子に乗るなという方が難しい状況ではあるが鬼殺隊という死と隣り合わせの仕事をしている以上油断は禁物。

 

「纏楽が急に動きがよくなった理由はよくわからないが、柱は全隊士を引っ張る立場だ。強くなるのはいいことだな」

 

「うーん、でも理想とは程遠いんだよな。俺の育手だった元柱の爺さんは引退した身で今の俺よりも圧倒的に強かったから」

 

そうだ、柱になるのが終着点ではない。

俺が強さを求めているのは誰かを守るためでも鬼を殺すためでもない。

恩人である爺さんが俺を後継者と恥じることなく言えるように強くなった、強さを求めた。

ならば、爺さんを超えなければならない。

俺が爺さんの誇りであれるようにもっと強くならなければいけない。

それまでは隠居して楽に過ごすという夢はお預けである。

 

「すごい人だったのだな、纏楽の育手は」

 

「厳しい人だったけどな」

 

先日、柱に就任したと爺さんに手紙を送った。

まだ返事はきていないけれど、少し楽しみでもある。

 

「杏寿郎の親父さん、一目見たけど強そうな人だったな」

 

「あぁ、実際強いぞ。俺なんかよりも断然な」

 

「柱ってすごいんだなぁ」

 

「纏楽も柱の一人だろうに」

 

柱に就任したといっても正直実感が湧かない。

鬼殺隊の最高位に至ったからどうなるというわけでもない。

命令を出したりもしていないし、被害が大きいところの対処のための派遣もされてない。

他の柱と比べてもきっと俺はそこまで強くない。

 

「まだまだだよ俺なんて」

 

謙遜などではない。心の底から俺はそう思っている。

楽はしたい。でも俺はまだそんなことをしていられるようなところにいない。

 

「俺も纏楽に負けないようにしないといけないな!」

 

「親父さんぶっ飛ばして柱になっちまえよ」

 

「まずは纏楽に勝ってから父上に挑むことにするさ」

 

「なんで俺はお前の親父さんの前座なんだよ!」

 

その後、死ぬほど手合わせした。

調子のいい俺の体は想像以上に動いたので、普段は負けたり引き分けたりもするのだが今日は負けることはなかった。

 

 

 

 

 

今日は俺の鎹鴉は鳴くことはなく優雅に過ごすことができている。

柱に就任したのだからひっきりなしに鴉が鳴くものだと思っていたがそうではなかったらしい。これも就任したばかりだからというお館様の計らいなのか。

 

「なぁしのぶー」

 

「なんですか」

 

「ありがとなー」

 

「どういたしまして」

 

柱に就任し屋敷をもらったはいいが、最低限の家具しかない。

さらに着物もなければ食器、お茶、茶菓子とないものづくしであったので蝶屋敷からしのぶを借りてお買い物に付き合わせていた、というのは蝶屋敷からしのぶだけを連れ出す建前。

 

「一ついいですか」

 

「なに?」

 

「なんで姉さんを連れてこなかったんですか。せっかく恋仲になったんですから姉さんを連れてくればよかったのに」

 

「なんで恋仲になったって知ってるんだよ!」

 

恋仲になったの昨日のことだよ?

カナエが言いふらしたのかな。

 

「今日、朝からずっとぼーっとしてたしなんとなくわかりますよ。おめでとうございます」

 

「あ、ありがとう。……しのぶは反対すると思ってたけど」

 

「姉さんが幸せなら何も言いません」

 

意外だった。最初あった時は姉さんに近づくなって散々威嚇していたのに短期間で丸くなったものである。

俺としてはうれしい限りであるのだけれど。

 

「……カナエに贈り物でもしようかと思って」

 

正直俺の屋敷に物をそろえるのなんて二の次である。

最優先はカナエに恋仲になった記念で贈り物をしようと思ったので、カナエをよく知るしのぶを連れ出したのだ。

 

「……纏楽さん、そういうの苦手そうですもんね」

 

「苦手に決まってるだろ」

 

「胸を張って言うことではないと思います」

 

「だから是非ともしのぶに助けてもらおうと思って」

 

「お付き合い開始した翌日に違う女性と買い物って最低ですよ」

 

それを言われると痛いのだが、贈り物を失敗してカナエに嫌われるほうが嫌だ。

あと、ちょっと嫉妬したカナエを見てみたいなーなんて最低な思考もあったり。

 

「でも、わざわざ浅草まで来ますか?」

 

「都会ならカナエが好きそうなのもあるかなって」

 

「はぁ、まぁいいんですけど」

 

しかし相変わらず、すごい人の数。

本音を言えばこんな恐ろしいところには来たくはなかったのだが背に腹は代えられない。

しっかり者のしのぶもいるし何とかなるだろう。

 

「しのぶ、絶対俺の手を離すなよ!はぐれたら俺は泣く。間違いなく泣いてしまう」

 

握ったしのぶの手は以前握ったカナエの手よりも一回りほど小さく細かった。

こんな小さな手が毒を開発し、刀を振るっているなんて想像できない。

 

「普通こういう時は男の人が引っ張るんじゃないんですか」

 

「むり、この前カナエと来た時もカナエに手をつないでもらわないと歩けなかったから!」

 

「はぁ、鬼と戦っている時はあんなに頼もしいのに」

 

はぁ、申し訳ないです。でも仕方ないではないか。

人には向き不向きがある。俺は鬼は狩れるが街は歩けない。

それだけの話なのだ。

 

「手をつないで浅草を二人で歩いていたなんてバレたら姉さんになんていわれるか」

 

「その時は一緒に弁解してくれしのぶ!」

 

「あなたさっきから最低ですよ」

 

「やましいことをしてるわけではないから大丈夫だよ」

 

「それで、どんなものを渡したいとかあるんですか?」

 

「どんなものがいいと思う?」

 

「……何も考えてないんですか」

 

正直女の子が何を欲しいかなんてわからないんだもの。

恋人なんてできたのは初めてだし勝手なんかわかるわけがないだろうに。

 

「じゃあ、こんなのはどうだろう」

 

「それは最初の贈り物じゃないですよ」

 

目についた小物屋に入り何かないかと物色していて見つけた簪は速攻で却下された。

最初ってなんだ。贈り物には順番があるのか。

そんなこと知らないよ。学校にも行ってない貧しい村の子だったんだからしょうがないでしょ。

 

「しのぶ、これは?」

 

「………………はぁ」

 

えぇ、無言でため息つかないでくださいよぉ。

 

「こけしなんてもらって嬉しいわけないでしょ!」

 

この後、しのぶに何度も怒られながら、贈り物を選んだ。

あと、俺が買おうとしていた着物がダサいと指摘され着物も選んでもらった。

神様仏様しのぶ様である。

 

 

 

 

 

浅草から戻り、蝶屋敷前。

 

「今日はありがとうな、しのぶ」

 

「纏楽さんがあんなにもダメダメだとは思いませんでした」

 

ものすごくあきれられている。

このしのぶの反応を見る限り、俺一人で買いに行かなくて正解だった。

 

「お金持ってるからってあんな高価なものを渡されても困るんです」

 

「他に使い道もないし好きな女のために使えるなら本望だったんだけど」

 

「あなたはほんとに馬鹿ですね。ほら、さっさと姉さんに渡してきたらどうですか」

 

「あ、その前にこれ」

 

背負っていた風呂敷の中から手鏡を取り出し、しのぶに渡す。

カナエへの贈り物を選んでいる途中、蝶のような模様だったのでこれなら間違いないとこっそり買っておいた品である。

 

「……そういうことをしていると姉さんに怒られますよ」

 

「今日は本当に助かった。そのお礼だよ」

 

「まぁ、ありがたく頂戴しますけど」

 

ちょっと照れながら受け取るしのぶも可愛いなぁ。

わしわし。いつも通りしのぶの頭を撫でる。

 

「次もよろしくな」

 

「纒楽さんはそういう事はからっきしみたいなので、仕方ないから次も手伝ってあげます」

 

「……仲間はずれで悲しいなー」

 

!!!???

 

「か、カナエさん?」

 

「なぁに?纏楽くん」

 

「え、笑顔が怖いですよ?」

 

いつもと同じような笑顔を浮かべているようで、その笑顔の裏に見え隠れする黒いナニカ。

 

「そんな事ないわよ、ねぇしのぶ」

 

「わ、私、洗濯物取り込んでくるわねっ!」

 

手鏡片手に逃げ出すしのぶ。

カナエはしのぶを捕まえる事なく、笑顔のまま俺に迫ってくる。

 

「しのぶは最低限の物を買い揃えるために連れ出したんじゃなかったの?」

 

「そうです」

 

「しのぶに贈り物する理由は?」

 

「お礼、です」

 

「恋人より先に、その妹に贈り物しちゃうんだ」

 

やばい、泣いてしまう。

これは泣いてしまう!怖い!カナエの笑顔怖いっ!

嫉妬した姿みたいとか思ってたけどこんな怖い嫉妬は求めてないっ!

 

「部屋でお話聞くよ?」

 

蝶屋敷前からカナエの自室へと場所を移すことに。

もしやこれは長引く感じではなかろうか。

 

ここは打って出るしかないのでは?

 

カナエの部屋に入ったその直後、カナエを背後から抱きしめた。

俺とカナエはあまり身長差がないので、俺の顔はカナエの顔のすぐ横にある。

目を合わせてはくれないカナエ。その目は少し潤んでいるようにも見える。

これはマズイのでは!?

 

「……纒楽くんは私のこと好きなんでしょ?」

 

「大好き」

 

「なんでしのぶにばっか構うの」

 

「ごめん。カナエ、渡したいものがあるんだ」

 

カナエを開放すると、風呂敷からしのぶと共に選んだ贈り物を取り出す。

 

「これを、しのぶに選ぶの手伝って貰ったんだ。俺、こういう贈り物はよくわからないから」

 

手渡したのは櫛。

カナエのような長く綺麗な髪を持っている女性にはこういうのがいいのではとしのぶと店員の勧めで購入。

 

「……物でご機嫌取り?」

 

「違うって。恋仲になった記念に贈り物がしたかったんだ」

 

「なんでしのぶを連れて行ったの?どんなものでも纏楽くんからの物なら私は嬉しいのに」

 

「せっかくなら喜んで欲しかったから」

 

「馬鹿、なら私を連れ出してくれれば良かったのに。纏楽くんは私とお出かけしたくないの?」

 

あぁ、その手があったかと今更ながらに思う。

カナエに喜んで欲しくて、驚いて欲しくてやった事だったが結果的にカナエを悲しませてしまったのか。

 

「お出かけしたいよ。今度からはそうするな」

 

「……ありがとう、纒楽くん」

 

カナエは櫛を受け取ってくれた。

しっかりと両手で受け取って、大事なもののように胸に抱いた。

 

その姿をみて、愛おしさが溢れてくる。

今度は正面からカナエを抱きしめた。

華奢な体だけれど、柔らかく暖かい。

 

「ごめんな、カナエ。大好きだ」

 

「私も。ごめんね、めんどくさい女で。大好き、纏楽くん」

 

 

 

 

 

「私よりしのぶに構ってたから嫉妬しちゃったけど、平等に愛してくれるならしのぶも恋人にしてもいいからね」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みんな姉妹とイチャイチャを求めているらしいので、甘い成分も入れつつ、鬼を斬って行こうと思います。

感想評価をくださいっ!今日みたいな事になりかねないのでもっとモチベを高めるために感想評価をお願いします!



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蝶って美しいよねぇ(遠い目)

本日も遅刻じゃあぁ!
ごめんなさーい!

土日って用事あると平日よりも筆が進まないんすわぁ。
許してヒヤシンス。

あと、私の前半後半で話を分けがちな構成にも目を瞑ってクレメンス。


カナエを少し怒らせてしまってから数刻。

未だに俺は屋敷に帰らず蝶屋敷のカナエの私室に滞在していた。

だって、帰っても誰もいないし好きな人の側にいたいじゃん。

 

「ふふっ、この体勢、落ち着くわ〜」

 

「幸せ以外の言葉が出ない」

 

「なんで私を巻き込むのよ!」

 

座った状態でカナエがしのぶをあすなろ抱き。

そのカナエを俺が後ろから更にあすなろ抱き。

三人順番にくっついた状態でなぜかカナエの私室にいた。

 

「仲直りしたなら二人でいちゃいちゃしてればいいじゃない」

 

「ほら、しのぶがさみしいかなーって」

 

「仲間はずれは良くないだろ?」

 

「お付き合いしている男女の居る部屋に入る度胸なんかないですよ」

 

普通恋仲二人のいる部屋に入るなんて気まずくて出来ないし、入ったとしても追い出されても文句の言えない事だ。

それでもここにしのぶがいることが許されるのは……

 

「俺もカナエもしのぶが大好きだからなぁ」

 

「しのぶが邪魔なんて絶対にないわよ」

 

「これは、喜ぶべきなの?」

 

困惑のしのぶ。

一般的な彼氏彼女ならば家族を追い出してまで二人きりになろうとするのかもしれないが、俺たちは特殊すぎる。

俺もカナエもしのぶを追い出したりは絶対にしない。それどころかカナエが「しのぶも一緒にどう?」なんて言ってしまう始末。

 

「そのうちしのぶの前で接吻とかし始めるかもな」

 

「そういうのは人気のないところでやるものでしょう!」

 

「姉さん、しのぶに隠し事はしないわ」

 

「そこは隠しなさいよ!」

 

「しのぶになら見られても恥ずかしくない」

 

「恥ずかしがれっ!」

 

俺からは見えないけれどしのぶの顔はきっと真っ赤になっていることだろう。

こんな良く分からない状況でよくわからない会話に付き合わされるしのぶの不憫さといったらない。

 

「纏楽くん、今日夕飯食べて行って」

 

「ん、ありがとう」

 

できる限りカナエと一緒にいたいので喜んで承諾する。

あぁ、このまま一生仕事なんて来なければいいのになんて思う俺と、もっと強くなるために鍛錬や実践をしなければと思う俺がせめぎあっている。

いっそこのまま鬼を狩れたりしないだろうか。

こんな状態の鬼殺隊士がいたら鬼も困惑してしまう、その隙をついて頸を斬るという作戦、悪くないと思う。

 

「あの、私は寂しくなんてないから、二人でゆっくりしてて。私がご飯とかやってるから」

 

気を使って俺たちから離れようとしてくれるしのぶ。

そんな気を使わなくても俺たちはしのぶがいてもやりたいことをやるからいいのに。

ということで

 

「断るっ!」

 

「しのぶは寂しがり屋だからダメ」

 

「なんでよっ!あと、寂しくないってば!」

 

「しのぶは絶対陰で寂しくて泣いてそうだよな」

 

「しのぶだけ仲間外れは可愛そうだもの。この状況が納得いかないなら、しのぶも纏楽くんとお付き合いすればいいのよ」

 

「なんでそうなるのよっ!纏楽さんにはもう姉さんがいるでしょ」

 

……確かに、カナエはなぜか俺としのぶも恋仲になることを異様に勧める。

いや、確かにしのぶのことも好きだし、胡蝶姉妹二人がそろって恋人になったなら色んな制限とか気遣いとかなくなりそうだけれども。

 

「今回纏楽くんと同時に柱になった音柱様はお嫁さんが三人もいるらしいから平気よ」

 

「何が平気なの!?」

 

「俺も二人養えるだけのお給料もらってるから安心しろ」

 

「纏楽さんもそっち側なんですか!?」

 

カナエの意志は俺の意志みたいなところあるから。

 

「なんで恋仲になった次の日に私を輪に加えようとするのよ!二人で仲良く幸せになってなさいよ!」

 

「三人で幸せになりましょ?私は纏楽くんもしのぶも大好きなの。だから大好きなみんなで一緒にいたいじゃない」

 

「姉さんが私と纏楽さんがすっ、好きなのはわかってるけど、なんで私が纏楽さんとっ」

 

「だって私は二人のこと大好きだし、しのぶも私と纏楽くんのこと好きでしょう?」

 

そうだったのか。

確かにしのぶは出会った当初は俺に噛みついていたけれど、今はそんなことはない。

でもそれでしのぶが俺のこと好きというのは早とちりが過ぎると思う。

本当に俺のことをしのぶが好いてくれるのならば嬉しい。俺も毎度毎度しのぶの頭を撫でて頬をいじるくらいにはしのぶのことが好きだ。

 

「す、好きじゃない!確かに感謝してるし、尊敬してるけど!」

 

「それで、纏楽くんも私としのぶのことが大好き。ならみんなで一緒になりましょうってなるじゃない」

 

「話聞いてる!?纏楽さんに出会ってそんなにたってないのに恋愛感情とかないから!」

 

「嘘つかなくて大丈夫よ?私も纏楽くんに出会ってからそんなに時間はたっていないけど、好きになったもの」

 

俺に至っては最終選別の時に出会った瞬間に一目ぼれしてしまったから、恋に時間は関係ないのだろう。

なにか些細なきっかけでも、好きになってしまえばそこから沼のようにずぶずぶともっと好きになる。

 

「そのっ、私はともかく、纏楽さんは私のことを好きになる理由はないじゃない!」

 

あれか、俺に対して相当な頻度で毒を吐いていたことを気にしているのか。

でも大丈夫、俺はそんなこと気にしていない。

確かに俺がしのぶの事を恋愛感情で好きかどうかは俺もあいまいなところがある。

カナエに乗せられているだけといわれれば否定はできないかもしれない。

でも、しのぶの事は好きだし、いつものように頬や頭をこねくり回したいという感情は絶えず湧き出ている。

 

今は恋愛感情という意味でしのぶを好きではないかもしれないけれどそれでもいつか必ず俺はしのぶの事を恋愛対象としてみてしまうと思う。

だって胡蝶しのぶという女は、胡蝶カナエの妹なのだから。

その見た目も心根も似通っている。今でさえしのぶに対していい感情を抱いているのだから大人っぽくなったしのぶに俺が陥落させられないはずがない(ちょろい)

 

それにそれに――

 

「しのぶ、俺たちがカナエに勝てるわけないだろ」

 

これなのだ。カナエが本気で動いている。

この時点でカナエのことが大好きな俺たちが勝てるわけがない。

そして俺はしのぶの事を好きであるし、しのぶも俺に一定以上の好意を持っている。

なら、俺たちがカナエに勝てる道理などないのである。

 

「うぅぅぅぅ」

 

しのぶはきっと顔を真っ赤にしてうなっているのだろう。

もしかしたら恥ずかしさからか涙まで浮かべているかもしれない。

 

「ふふふっ、しのぶ、どうする?」

 

これは悪魔のささやきにも等しい言葉だった。

だから胡蝶しのぶは——

 

しのぶが何か言葉を紡ごうとした瞬間、俺の鎹鴉が叫んだ。

 

『緊急ー!緊急ー!スグニ北西ノ村二向カエェェ!』

 

 

 

 

 

鬼だか何だか知らねぇが、俺の幸せな時間を奪った罪は重い。

俺は鬼よりも鬼の形相で走っていた。

正直カナエの「気を付けてね」を聞いて足が重くなった。

ほんとに仕事に行きたくなかった。

 

道中、俺と同様に現場に向かっている天元と杏寿郎の父である槇寿郎の二人と合流した。

柱三人が投入されたこの状況、これはただ事ではない。

間違いなく十二鬼月が出現したとみていい。

 

そして、その予想は当たっていた。

 

重苦しい空気があたりを包み込んでいる。

到着した先には血に濡れた水柱の姿があった。他にも隊士たちが血に濡れ地に伏している。

 

そして、鬼殺隊最強の一角水柱を瀕死に追いこんだ犯人は——

 

刀を携えた立ち姿。六つの目に顔に痣。

そして目に浮かんだ上弦 壱の三文字。

こいつこそ、十二鬼月最強の鬼。

 

「上弦の壱だと!?」

 

鬼側の最高戦力の一角を担う上弦、その頂点が佇んでいた。

なるほど、最高戦力である柱を三人も送り込むわけだ。

きっとお館様の命令で今動ける実力者を総動員しているのだろう。

 

この鬼相手にはそれだけの戦力を注ぎ込まなければ勝てない。

それが刀を交えていない今でもわかる。こいつはやばい。

 

「……柱が三人。だが足りない。——月の呼吸」

 

消えっ——

 

熱界雷っ!

 

俺の細胞が危険を察知した瞬間に体が動いた。

俺と槇寿郎さんの二人が斬り上げで神速の横薙ぎを跳ね上げ——

 

「ぐあっ」

 

無理だ。これには勝てない。

雷の呼吸の使い手であり動体視力には自信のある俺が、ぎりぎりまで反応することができなかった。

俺と槇寿郎さんがかろうじて反応して軌道を逸らしたが、広範囲の横薙ぎに俺も天元も体を斬り裂かれる。

 

だが、まだ戦える。

どうせこんな化け物相手には逃げるなんて行為が無意味なことがわかっている。

なら——

 

霹靂一閃 神速八連

 

俺が動き出すと同時に槇寿郎さんも動き出す。

天元も一息遅れて動く。

的を絞らせないように三方向から。

 

きっと距離をとってもあの技の射程距離からして無意味。

なら、接近するしか手はない。

 

一振りから生まれる無数の斬撃、それがこいつの特異性。

鬼にして全集中の呼吸の使い手。

技のキレ、速度、威力ともに今の柱の誰よりも上。

 

神速の俺の抜刀術、槇寿郎さんの不知火、天元の爆発する二刀をたった一振りから生まれた斬撃で受け切られる。

だが、俺たちの攻撃はこれで終わらない。

 

霹靂一閃を放ち終わりすぐに弐ノ型稲魂による同時の五撃を続けて放つ。

槇寿郎さんも天元も一撃では終わらない。

 

俺の刀による多方向から放たれる五撃を流れるような刀さばきで受け、そのままの流れで俺の眼前に刀が迫る。

臆すなっ、もっと体を低くして踏み込め!

 

続けて技を放てっ、たとえすべて防がれたとしても上弦の壱の時間を一瞬でも奪うことができたのなら俺以外の誰かがこの鬼を斬る!

 

一振り一振りが広範囲の技であるこの鬼の剣戟が俺の体を傷つける。

肩が、腹が背が、足が裂ける。

くっそ、ふざけるなよ。

 

刀を振るわずとも発生する斬撃を身をひねり、刀をこれでもかと高速で振るい致命傷となり得そうな斬撃だけを防ぐ。

例え雷の呼吸で最も手数の多い陸ノ型電轟雷轟でもすべてを防ぐには至らない。

 

天元の爆発を併せた斬撃も、炎の呼吸による威力でもこの鬼には届かない。

柱三人による攻撃で、四肢の一つも奪えない。かろうじて肉を裂くことは数度できているがすぐに再生し、無数の斬撃が俺たちを襲う。

 

「……よく磨かれた剣技だ」

 

「はっ、アンタみたいな強い侍に褒められるなんて光栄だね」

 

どうする、ここからどうすれば勝ちにつながる?

正直、三人とも傷が多い。致命傷こそ避けているものの、それも時間の問題だろう。

 

「日が昇るまで耐えるのも無理そうだなぁ」

 

「一ノ瀬、お前の速さなら頸を狩れるか?」

 

ははははっ、槇寿郎さん冗談きついっすよ。

 

「俺と宇随でなんとか隙を——」

 

「……作れると思うか?」

 

上中下段に複数の横薙ぎ。

無数の斬撃も付随するのはお決まり。

 

体が地面と平行になるように跳んで迫り来る二つの斬撃の間を抜ける。

三日月のような無数の斬撃が俺の体のいたるところを裂くが気にしない、止まっていられない。

 

シィィィィィィ

 

雷の呼吸 漆ノ型鳴雷神

 

神速かつ高威力の一振り。

ギィンと鋭い音がして防がれる。

 

止まるなっ!

 

参ノ型聚蚊成雷っ!

 

回転分身斬り。今の俺なら前後左右、四方八方から一つ一つの斬撃が爺さんと同等の速さと威力を誇る。

止まるな、つなげろ、酸素をもっと体に取り込め、血液を体の隅々までいきわたらせろ!

 

俺が背後から斬りかかり、前方から槇寿郎さんの伍ノ型炎虎、天元の二刀を回転させながらの斬撃が迫る。

 

「……月の呼吸 伍ノ型月魄災渦」

 

すべての方向へ複数の斬撃。

鮮血があたりに散る。

 

気が付けば俺たち三人も水柱同様地に伏していた。

 

三人とも意識はある。

傷は深いが四肢の欠損もない。

だが間違いなく心が折れる一撃。

 

ここまでしても上弦の壱の頸に刃は届かない。

 

「素晴らしい剣技だったが痣も発現していない状態ではこんなものか」

 

このままでは、死ぬ。

出血も三者ともに相当なもの。

腕や足が無事なのが奇跡だ。

 

……死ねない、このまま死ねない。

 

俺には死ねない理由があるのだった。

カナエに気を付けてねと言われた。生きて帰って来いと、そういう意味で言われたのだ。

ならば立て、このまま寝ていても死ぬ、ならばせめて少しでも可能性のある方へ。

 

「……鬼になる気はないか?」

 

「ぐ、前にも言われたっ、言葉だな」

 

息も絶え絶え。

足も震え、手も震えるのを呼吸で黙らせる。

まだ動く、まだ刀を振るえる。目も見える。傷は深い、間違いなく重症だがまだ死ねない。

 

「下弦を狩った黄色い羽織の剣士。今の打ち合い、これだけの実力であるならばすぐに十二鬼月にも迎え入れられる」

 

寡黙そうな鬼が口を動かしている間に止血の呼吸。

少しでも威力の高い技を放てるように体勢を整えろ。

 

「悪いんだが、俺は子供が欲しいんでね。鬼になる気はない」

 

「残念だ」

 

シィィィィィィ

 

「……ならば死ね」

 

視界の端で槇寿郎さんが立ち上がろうとしているのが見える。

天元も今呼吸を整えている。

なら今俺が時間を稼げ。

 

「月の呼吸 拾陸ノ型月虹・片割れ月」

 

捌ノ型迅雷万雷

 

上空から降り注ぐ無数の斬撃を斬撃と斬撃の隙間を縫って駆けていく。

緩急と足運びで的を絞らせず、時には斬撃を刀で逸らす。

 

頭が裂ける、傷ついた肩がより深くえぐられる。

だが、これを決めるまでは止まるな。

足を動かせ、ここで止まればもう立ち上がれない。

 

カナエが、しのぶが蝶屋敷で待っている。

だから、止まるな、放て最高の一撃をっ。

 

「拾肆ノ型 兇変・天満繊月」

 

やばい、これは捌ノ型じゃあ——

 

「玖ノ型煉獄っ!」

 

「響斬無間っ!」

 

槇寿郎さんと天元が身を挺して螺旋状に放たれた無数の斬撃を受け止める。

俺も必死に躱し、逸らし、傷ついて前進する。

 

「生生流転っ!」

 

倒れていた水柱の人が加勢する。よく見ればこの人の目はつぶれ腕も片方しか残っていない。

それでも今この瞬間こいつの頸を斬るために立ち上がってくれた。

 

なら俺もそれに応えなければならない。

カナエとしのぶのもとへ帰るためにも、こいつの頸を狙えっ!

 

シィィィィィィ

 

——雷の呼吸

 

新たに生み出した技。神速の抜刀術である漆ノ型と同時に斬撃を放つ弐ノ型を組み合わせた神速の連撃抜刀術。

 

 

 

玖ノ型 雷煌

 

 

 

蒼い雷が轟音とともに煌めく。

幾重にも重なった蒼い雷は雄々しく、猛々しく、それでいて美しく煌めく。

そんな蒼い雷は無数の月を斬り裂き、その輝きを、煌めきをもって上弦の壱の頸に届く——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——べべん。

 

 

 

 




皆さんお待ちかね上弦。
弐より先に壱と対面してしまいましたね。
予想を裏切るのってやっぱ作者の醍醐味だと思うの。

……連続投稿そろそろ疲れてきちゃった。

感想評価いただきたい(直球)
いつも新しい感想来てないかな?評価増えてるかな?って気になってるの。
そしてモチベが上がって指が動くの。
だから感想評価をくれぇ!
いつも感想書かない人も書いてくれぇ。

頼むよぉ、いつ死ぬかわからないんだよぉ。感想評価くれよぉう(善逸並感)


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胡蝶姉妹は優秀です

……もう10時予約投稿は無理だ。
なんか用事やら何やらで間に合わん。

ということで今後は11時とか12時に投稿されます。


前回感想評価を熱望したらものすごく反応がありました。
非ログインの方からもたくさん感想いただきました。
皆さんのお声が力に変わります、本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。


ふと目を覚ます。

体のあらゆるところが悲鳴をあげる。

何でこんなに体中が痛いんだったか。

というか、ここは蝶屋敷ではないか。体の痛みに気を取られていて気が付かなかったが、せっかくもらった屋敷の天井ではない。

 

体を見ると包帯でぐるぐる巻きになっている。

……そういえば上弦の壱と戦ったのだった。槇寿郎さんと天元、名も知らぬ水柱の人は無事なのだろうか。

そもそも俺はどれくらい寝ていたのだろうか。思い返せば肩口からバッサリと斬られていたから相当出血していたし間違いなく重症なはずだった。

 

それに最後の記憶では奥義である玖ノ型雷煌を放ったものの手応えがなかった。

上弦の壱の刀を折り、頸に迫ったが次の瞬間に上弦の壱が消失したのだ。

その後俺はすぐに気を失ったが、生きているということは一応は退けたということなのだろう。

つまり上弦の壱は死んでいない。

はぁ、下手すればもう一度戦いを挑む羽目になりそうだなぁ。

 

「………………ぁぁ」

 

カナエやしのぶを呼ぼうにも声が出ない。

水が飲みたい。でも体が痛くて起き上がることができない。

窓から差し込む光は明らかに月あかり。

時間帯は間違いなく夜中なのでカナエもしのぶも寝室で寝ているのだろう。

 

ふむ、これは俺にはどうしようもない。

治癒の呼吸、痛み止めの呼吸を使用しながら二度寝するしかなさそうだ。

 

とりあえず、死ななくてよかったと心底思いながらもう一度目を閉じる。

上弦の壱相手に死闘を繰り広げたのだからカナエやしのぶに甘やかしてもらわなければ割に合わない。

お館様もさすがに空気を読んで休暇をくれることだろう。

 

まぁ、俺の仕事がなくなってもカナエには蝶屋敷での仕事だけでなく鬼殺の仕事は舞い込んでくるし、しのぶもカナエ不在時に蝶屋敷運営のために東奔西走することだろうからそんなに有意義な休暇を過ごせるかどうかはわからない。

その時は天元や杏寿郎とお茶に行くのもいいし。

とにかく休みが欲しい。楽がしたい。

今回ばかりはちょっと怠けても許されると思うの。討伐はかなわなかったけれど上弦の壱との闘いから生還し情報を手に入れたという事実だけで褒められるべき。

 

そんな割としょうもないことを考えていると自然に意識が落ちた。

 

 

 

 

 

「纏楽さん、まだ起きないわね」

 

意識の奥からそんな声が聞こえてくる。

聞き覚えのある声。しのぶの声。

 

「うん、でも呼吸もしっかりしてるし心臓もちゃんと動いてるから大丈夫よ」

 

カナエの声も聞こえる。

柔らかく細い手で俺の手を握ってくれているようだ。

 

意識がだんだんと覚醒してくる。

ん?もしや両方の手を握られている。それぞれ大きさの異なる手。

もしかしなくともしのぶも手を握ってくれてるのだろうか。幸せかよ。

 

ちょっといたずら心でまだ寝ているふりをしてみる。

 

「姉さん、ちゃんと寝てるの?昨日も鬼を斬って夜遅くに帰ってきて纏楽さんのそばにいたでしょ」

 

え、ほんとに?俺愛されてるなぁ。

もしや一晩中手を握ってくれてたりするのだろうか。

昨日起きた時にはカナエはいなかったからそんなに深夜に目を覚ましたわけではないのか。

 

「しのぶだって仕事を終わらせたらなるべく纏楽くんのそばにいるじゃない」

 

「姉さんみたいに一晩中そばにはいないから」

 

「しのぶは寝てるの?夜通し薬や毒の研究してるじゃない」

 

「毒があれば纏楽さんがこんな大けがしなかったかもって、もっと効く薬があれば早く目を覚ますのかって思うと寝られないの」

 

しのぶもいい子だなぁ。

こうやって寝たふりして二人の会話を盗み聞きしているのが申し訳なくなってきた。

 

「しのぶは纏楽くんのこと恋愛感情は持ってなかったんじゃなかったの?そんなに頑張っちゃって」

 

からかい気味にカナエはしのぶに問いかけた。

……もうちょっとだけ話を聞いて、自然な感じで起きよう。

 

「別に、嫌いなわけでもないし。尊敬してるし感謝もしてるから」

 

「しのぶは尊敬してる人だからって手を握ってあげるような子じゃないでしょ」

 

「……」

 

「ふふふっ、しのぶ、認めたほうが楽だと思うわよ?」

 

姉に言われて恋人を共有するって確かに一般的な恋愛ではない。

戸惑う気持ちも分かる。

自分の感情だからといって簡単に整理できるわけでもない。

 

「……ぁ」

 

『あんまりしのぶをいじめるなよ』って言いたかったのに声が出なかった。

そういえば昨日の夜から俺の声はこんな感じだった。

しかし、俺の手を握っていてくれている二人にはしっかりと俺の声は届いたようで、顔を見合わせて話していたカナエとしのぶがパッと弾かれたようにこちらをみた。

 

「纏楽くんっ!」「纏楽さんっ!」

 

「……いたい」

 

美少女二人に抱き着かれるのは非常に嬉しいのだけれど痛いよ。

あの、ほんと痛いんですけど。

あの「よかったぁ」とか「心配したんですよ」とか言ってくれるのはうれしいけれど痛い。

カナエの膨らんでいる胸とかがあたってて幸せだけど痛い。

しのぶが自分からこんなに密着してくれてうれしいけれどなにより痛い。

ちょっと早く解放してくれませんかね。

 

「一か月も寝てたのよ?」

 

「上弦の壱にやられたって柱が三人(・・)も運ばれてきて本当に死んじゃうんじゃないかって怖かったんですから!」

 

心配かけたのは申し訳ないのだけれど、痛いししゃべれない。

 

「……ぁの、みず」

 

ものすごい気合を入れて声を振り絞ってこれである。

だが、しっかり通じたようで二人はすぐさま立ち上がって走り出した。

……水淹れてくるのに二人もいらなくない?

 

「「淹れてきたわっ!」」

 

うん、可愛いけど。

二杯もいらないよ?

 

「はい、口開けて」

 

「飲めますか?」

 

二杯も同時に飲めるわけないでしょ。

せめて一人ずつお願いします。

普通に考えてわかるでしょ。慌てすぎじゃないですか。

 

結果、ものすごく布団に水をこぼしながら二つ一気に飲みました。

 

「あー、あー、うん、心配かけてごめんな二人とも」

 

「本当に心配したのよ?最初の三日は私、気が気じゃなくて任務には集中できないし、ふとした時に泣いちゃってたんだから」

 

「カナエが俺のために泣いてくれるなんて嬉しいんだけどな」

 

「もう、女の子を泣かすなんてひどい人なんだから」

 

「ごめんってば」

 

「姉さん、毎日空いた時間は纏楽さんの手を握ってたんですよ」

 

うん、聞いてた。

知ってる。でも、ここで知ってる感を出してしまうと盗み聞いていたことがバレてしのぶに怒られてしまいそうなので初耳な反応をしなければならない。

試される俺の演技力!

 

「ありがとう、カナエ」

 

「どういたしまして」

 

ちょっと顔を赤くして照れているカナエ可愛いなぁ。

演技もばれてない、視線は泳がないように努めたし声も普段通りを心掛けた。

 

「でもね、纏楽くん、私だけじゃなくてしのぶもずーっと手を握っていたのよ?仕事とか研究の時以外はずーっとここにいたんだから」

 

「しのぶ、ありがとな」

 

「ど、どういたしまして」

 

しのぶの頭を撫でてやりたいのだけれど、肩から斬られてしまったため腕を自分の力で上げることができない。

指は動く、腕も動くには動くのだけれど、一定の高さから上がらない。

 

「ごめんなしのぶ、今は撫でてやれない」

 

「別に撫でてほしいわけじゃないですけど」

 

でも、と言葉を区切ったしのぶ。

膝立ちになって、強引に俺の腕よりも低い位置に陣取る。

 

「これなら撫でられますか?」

 

「……しのぶは可愛いなぁ」

 

撫でられたがっているしのぶ、可愛すぎではなかろうか。

いつものようにわしわしと強く撫でることは今の俺にはできない。

それでも精一杯の力を込めて撫でる。

 

「しのぶばっかりずるいと思うのだけど」

 

……カナエも撫でられたいのだろうか。

それなら低い位置に陣取ってくれないと撫でられないよ?

 

「んー、私はこうしようかしら」

 

俺の寝ている寝台に上がってくると、しのぶを撫でている手とは反対の腕の中にするりと入り込んできた。

ぴとりと肩口あたりに顔を付けるように密着したカナエ。

俺は、カナエの腰からおなかのあたりに腕を回し、精いっぱいの力で抱きしめる。

 

「汗臭いだろ?」

 

一か月も寝たきりだったのだ。当然風呂にも入っていないから体はお世辞にも綺麗とは言えない。

 

「ううん、いやじゃない。それに、毎日私としのぶが体をふいていたもの」

 

……意識のない間にもたくさんお世話されていたとして少しの気恥ずかしさが生まれる。

でもまぁ、カナエに肌を見せるのは風呂突撃事件という前例があったし今更か。

 

「あの、おなか減ったので何か食べるものをもらえないか?」

 

「すぐ用意しますね」

 

名残惜しそうにしのぶは撫でらている状態から抜け出すとパタパタと台所へと駆け出して行った。

胡蝶姉妹は家庭的だなぁ。

お嫁に来てください。一生養うんでお嫁に来てください。

 

「カナエは仕事ないのか?そばにいてくれるのは嬉しいけど、カナエに迷惑はかけたくない」

 

「纏楽くんのそばにいるために仕事は全部終わらせてるし、掃除洗濯も大丈夫。ほかの患者さんの機能回復訓練とかはほっといて大丈夫よ」

 

「それ大丈夫か!?」

 

ほっとかれてる他の患者さんが不憫でならない。

 

「だって何より纏楽くんのそばにいたいんだもの」

 

なら仕方ない。

というかカナエ可愛すぎか。

 

「好き」

 

「私も大好き」

 

しのぶを撫でていた手もカナエを抱きしめるのに使い、体いっぱいを使ってカナエを感じる。

暖かくて柔らかくていい匂い。

肌は絹のように滑らかで、真っ白でシミなんて見当たらない。

髪の毛も黒く美しい。そして驚くほどにサラサラだ。

 

「纏楽くんがくれた櫛で髪を毎日整えてるから」

 

「使ってくれてありがとな」

 

「こちらこそ素敵な贈り物をありがとう」

 

ぎゅーっという効果音がふさわしいほどにカナエは俺を抱きしめ返してくる。

先ほどのように力いっぱいではなく、優しく抱きしめてくれている。

うーん、密着できて嬉しいけれど、男の子な俺としては興奮してしまいそう、いや興奮してしまうんですけど。

 

カナエの顔に視線をやっていたのをほんの一瞬だけ俺のみぞおちあたりに当たっている柔らかな感触の元凶へと視線を送ってすぐに戻す。

女の子の体の成長に関してはよくわからないけれど大きいのではなかろうか。

まだカナエは十六。これから成長の余地がまだあるのにそこそこ大きいんじゃないだろうか。

 

「纏楽くん」

 

「なっ、なにかな?」

 

声が裏返ってしまった。

胸を一瞬とはいえ、見ていたことがバレてしまっただろうか。

 

「好きに見ていいのに。私たち恋人同士なのよ?見たって怒らないし、いつかは見せるんだから気にしないわ」

 

「いや、その、はい」

 

なんて返答するのが正解なんですか?

わからないよ。見ていいって言われましても恥ずかしいよ。

見たいけど、見ていると思われるのは恥ずかしい。だからこっそり一瞬だけ見たのに。

ほんとに一瞬しか目線を送っていないのになぜバレたのか不思議でしかたない。

 

「さわってみる?」

 

「へあっ」

 

変な声出たー!

 

俺の反応がおかしかったのか、あらあらうふふと笑うカナエ。

 

「強くてかっこいい纏楽くんも女の子に興味津々な男の子なのね。興味があるのはいいけれど、私としのぶ以外をそういう目で見ちゃダメよ」

 

「そこは大丈夫」

 

こんなかわいい恋人がいて他にうつつを抜かすとかありえない。

……しのぶはカナエ公認だから大丈夫。

 

「纏楽くん、子供欲しいんでしょ?まだ無理だけど、いつかは、ね」

 

顔を真っ赤にして俺と視線を合わせないように視線を逸らしているカナエも非常にいとおしいが、いったいどうしてそんな話が出てきたのか。

 

「音柱様が、纏楽くんは子供が欲しいらしいぞって」

 

「なんで天元がそんなこと——」

 

『悪いんだが、俺は子供が欲しいんでね。鬼になる気はない』そんなことを上弦の壱と戦った時に言ったような気がする。もしかしなくとも天元がそのことをカナエに話したのだろうか。

なんて奴だ、忍者のくせに人の情報を簡単に漏洩しやがって!

 

「欲しいの?」

 

「ほしい、けど」

 

カナエに詰め寄られる。

カナエの鼻が俺の鼻に触れる。

 

「うふふ、頑張るわね」

 

ちゅっと一瞬だけ唇どうしが触れ合った。

今はここが限界だけれどそのうちこれ以上をすると思うと今から恥ずかしさと嬉しさがこみあげてくる。

 

「病室で何やってるのよ」

 

お盆を持ったしのぶがあきれ顔で俺たちの情事を見ていたことを知って俺の顔は赤く染まるがカナエは何でもないように口を開く。

 

「なにって、愛の確認?しのぶも纏楽くんと接吻したら?」

 

「……しない!」

 

しのぶは俺の唇に一瞬だけ視線を送るがすぐに視線を切って否定する。

その様子を見た俺はさっきの胸を見ていたのもこんな感じで察されたんだなぁと理解した。

 

「悪いんだけど、腕が上がんないから食べさせてくれないか」

 

「姉さんを抱きしめてるから両手ふさがってますもんね」

 

「あとでしのぶもめいっぱい抱きしめるから」

 

「……はい、口を開けてください」

 

お?抱きしめることに対しての言及がなかったということは後で抱きしめてもいいということなのだろうか。

カナエがにやにやと笑みを浮かべているからそういうことなのだろう。

 

「しのぶ、後で体拭いてくれ。しのぶの体も拭いてやるから」

 

「私は結構です!すぐ調子にのるんだから」

 

「しのぶ」

 

「なんですか」

 

「おいしいよ」

 

「ありがとうございます」

 

少し照れるしのぶをほほえましく眺めながら、食事をとり、カナエを抱きしめる。

これが幸せというやつか。

 

 

 

 

 

「ねぇ纏楽くん、私が纏楽くんの体をふいたりご飯食べさせたら治った後私に同じことしてくれる?」

 

「!?」

 

 

 

 

 




激戦の後は平和な日常だよなぁっ!
私も胡蝶姉妹に手を握られながら寝たい。


前回同様感想評価を待ってます。
前回投稿後に感想評価爆上がりでテンションアゲアゲでモチベもアゲアゲです。
どうぞ今回もよろしくお願いします!


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俺若手なのに若手の育成しないといけないの?

うーん、原作開始から離れすぎてなかなか遠いなぁ。
原作前にやりたい放題しすぎると収拾つかなくなっちゃうしなぁ。

そのうち必殺《数年後》みたいな感じでごまかすかもです。


上弦の壱と四人の柱の交戦。

そして水柱の殉職、三人の生還、炎柱の現役引退。

この情報は俺が寝ている間に鬼殺隊内部で知らぬ者はいないくらいには広まっていたらしい。

水柱の殉職はなんとなく感じていた。しかし槇寿郎さんの引退はどういう事なのだろうか。

 

おそらく杏寿郎が後を継ぐのだろうけれど。

あの人の協力がなければ俺はあそこで死んでいた。

そんな強い人が引退とは穏やかではない。

あの戦闘で何か欠陥を抱えてしまったのだろうか。

 

俺が目を覚まして二週間。漸く自分の力で色々できるようになった。

それまでは本当に腕も上がらず足もろくに動かずの状態で常にカナエかしのぶの介護が必要だった。

 

そして、俺が動けるようになってすぐに、煉獄杏寿郎の炎柱就任の一報が入ってきた。

 

やはり槇寿郎さんは引退を決めたらしい。

また、空席となった水柱の席にはまだ後任は決まっていないらしい。

実績のある水の呼吸の使い手、他の派生形の呼吸の使い手がいないようだ。

花の呼吸の使い手であり実力もそこそこであるカナエはまだ十二鬼月討伐や鬼五十体討伐の条件を満たしていない。

若手の育成が急務となることだろう。

 

……俺も継子をとったほうがいいのだろうか。俺まだ十四だし若手だよね。むしろ俺が育成される側では?

俺の指導で若手が育つかどうかはわからないけれど、上弦の壱のような鬼の存在が明らかになったからには隊士の質の向上を考えなくてはならなくなった。

 

「カナエは俺の継子になる気はあるか?」

 

「より纏楽くんと一緒にいられるんでしょ?もちろんなるわよ」

 

「申し訳ないが厳しいぞ」

 

「厳しくて辛くても纏楽くんとならいいってこと」

 

「……私には聞かないんですか?」

 

「しのぶは隊士じゃないからなぁ」

 

ゆくゆくは隊士になるのだから継子にしてもかまわない気がする。

でもこんな幼い子の未来がこんな血に濡れた仕事に決まっているというのはよくないとも思う。

でもしのぶは鬼殺隊に入るって言ってきかないんだろうなぁ。

 

とりあえずは俺のなまった体を叩き直さなければ継子を鍛えるも何もないので、二人には機能回復訓練に付き合ってもらわなければならない。

 

「だいぶ硬くなってますね」

 

「いたたた、もっと優しく頼むっ」

 

ひと月も寝ていたのだから体も硬くなってしまう。

上弦の壱との闘いの時せっかく技の練度がじいさんに迫っていたのにこんなところで立ち止まっていられない。

玖ノ型もあれで完成ではないので早急に体を元に戻さなければ。

 

しのぶの容赦のない柔軟の次はカナエと鬼ごっこで全身訓練。

逃げ手はカナエ。常中も会得しているので簡単な相手ではない。

 

「弱った纏楽くんに簡単に捕まる私じゃないわよ」

 

「柱としては弱ってても捕まえないと面目丸つぶれなんでな」

 

カナエには悪いがキャッキャウフフな鬼ごっこをするつもりはない。

 

「はじめっ!」

 

しのぶの掛け声で俺とカナエが同時に駆け出す。

カナエは身体能力が以前よりも向上したようで壁や天井を使って立体的に逃げ回る。

俺のやってたことをまねしているのが少しくすぐったい。

 

しかしそれで振り切られるつもりはない。

常にカナエの背後にぴったりとついて回る。

 

「くっ!」

 

ふははは、ほらほらもっと早く逃げないとつかまるぞー。

手を伸ばせば捕まえられるのだが、それではあまりに早く終わって俺の運動にならないのでひたすら追い回す。

 

頃合いをみてカナエに抱き着くようにして捕獲。

カナエの額には汗が浮かんでいるが俺は涼しい顔ができている。

うーん、確かに隊士の質をあげないとあんな化け物に対抗できないなぁ。

 

「……纏楽くん、速すぎよ」

 

「捕まえられるのに捕まえないところ、性格悪いですよ」

 

「鳴柱は鬼殺隊最速っ!」

 

一度この決め台詞を言ってみたかったのだ、

しのぶは冷たい視線を送ってくるけど、カナエは「わー」と拍手までしてくれる。

実際は比喩ではなく雷の呼吸が最速——なはずだけど。

敵ではあるけれど月の呼吸という雷の呼吸に匹敵する速度の呼吸に出くわしてしまった。

 

さて、今度は打ち込み稽古でも始めようか。

木刀を持ち、カナエとしのぶと対峙する。

 

「花の呼吸」

 

「蟲の呼吸」

 

二人が同時に斬りかかってくる。

しのぶは高速の突き技。カナエは一息遅れての横薙ぎ。

 

いつものように手数の多い技で——

 

「嘘っ!?全部躱したの!?」

 

「姉さん、次行くわよ!」

 

しのぶの高速六連撃。

カカカカカカッ!

六撃すべてを木刀で斬り払う。

 

確かに体の動きは以前よりは悪い。だが、見える。

しのぶの、カナエの動きがよく見える。

不思議な感覚だ。なんとなく、体の次の挙動がわかる。

これならカナエやしのぶがどうやって攻撃してくるかわかる。

 

二人が突撃してくる瞬間に合わせてこちらも技を放てば俺の技が先に決まる。

 

二人が別の方向から斬りかかってくるが危なげなく同時にその手に持つ木刀を弾き飛ばした。

……体さえついてくれば、今なら上弦の壱の攻撃も見切れるような気さえしてくる。

 

「……纏楽くん、強すぎじゃない?」

 

「上弦の壱から生き残った実力、柱の実力ってすごいですね」

 

「カナエはもっと技と技を連発できるようになることと、斬りあいに強くなればいいと思う。しのぶはとにもかくにも常中の習得だな」

 

俺は戦い方なんて大したことを教えられないから、二人が敵だと仮定したときにやられたら嫌なことを提案してみることにした。

 

「カナエの体の使い方は柔軟だし技もいい、しのぶはしっかり花の呼吸から派生した蟲の呼吸を自分のものにしてるからすごいと思うよ」

 

そしてほめることも忘れない。

なぜなら俺は爺さんに鍛えられている時褒められたくてしかたなかったし、褒められた時は調子に乗ってやらなくていい鍛錬まで勝手に始めるくらいには興奮したから。

 

「体の感覚を戻したいからもう一本たのむ」

 

「まかせて」

 

「こっちからお願いしたいくらいです」

 

向上心の塊である二人は言うまでもなく二度目の打ち合いを希望した。

でも、俺が褒めたからか、少しウキウキした様子で向かってきた。

 

 

 

 

 

「大丈夫なのか、杏寿郎」

 

「心配はいらん!父上はふさぎ込んでいるがな」

 

「槇寿郎さんがどうしてふさぎ込むんだ。上弦の壱を逃がしたからか?」

 

「それもあるがなにやら研究の結果心が折れてしまったらしい。母上もなくなってそんなに時間もたっていないし、立て続けにやられてしまったのだろう」

 

煉獄家は大変だなぁ。

というか、お前母親なくなってたのにそんなに気丈に振る舞っててすごいな。

父親もやられちゃって自分が頑張らなきゃとか言うやつなのだろうか。

 

「杏寿郎、なにかあったら俺を頼れよ」

 

数少ない友人が困っているとあれば俺は必ず助けに向かおう。

杏寿郎には何度も声かけてもらったり、お見舞いに来てもらったりもした。

ならば俺も杏寿郎のために動かなければ友達じゃない。

 

「ふむ、ならばさっそく一つ頼みごとがあるのだ」

 

「なんだ?」

 

「水柱候補である男に会いに行く。俺は交渉事が得意ではないからな!お館様にもできれば纏楽と一緒に行けと言われていたのだ」

 

何それ。そういうやつじゃないんだけど。

困ってるってそういう感じ?

悩み事があれば相談しろよくらいにしておけばよかった。面倒ごとを体よく押し付けられた感じがひしひしとする。

 

 

 

 

 

「お前が冨岡義勇だな。俺は鬼殺隊炎柱、煉獄杏寿郎だ!」

 

「付き添いの鳴柱の一ノ瀬纏楽でーす」

 

……この冨岡義勇なる男。

こんなに表情が動かないのだろうか。急に自分に柱が二人も接触してきたら俺ならビビり散らかす。

逃げ出す自信がある。だって怖いし厄介ごとのにおいしかしないから。

 

「鬼殺隊の最高戦力が二人もこんな俺に何の用だ?あなたたちはこんなとこに来なくてよかった」

 

「話があると言った!」

 

うーん、なにやらこの男、面倒な空気が流れている。

いま話したことも本心ではないというか、額面通りに受け取ってはいけないような気がする。

 

「手短に終わらせて帰るといい」

 

「うむ、冨岡義勇、お館様がお前に水柱に就任して欲しいとの話を断ったな?それも手紙で」

 

「行く必要がなかった」

 

「お館様の下した命令を断るのに顔も合わせないのは失礼だろう!」

 

「わざわざ行く必要もない。手紙ですべては済むことだろう」

 

「礼節の話をしてるのだ!」

 

「手紙は丁寧に書いたつもりだ」

 

杏寿郎だと話が進まない気がするなぁ。

この冨岡義勇という男先ほどから少し困ったような顔をしている。

つまり、煉獄がなぜ自分を責めているのかわかっていないのだろう。

それは義勇に礼儀がなっていないのではなく、話が通じていないのだろう。

口下手、きっとこの男は口下手なのだ。

 

「行く必要もないっていうのは?」

 

お館様が杏寿郎だけに任せなかった理由が分かった。

俺が間を取り持つもしくは空気を読んで会話をしないと本心を引き出せないからなのだろう。

 

「わざわざお館様の手を煩わせなくても手紙で済むだろうということだ」

 

うん、義勇なりに気を使ったんだろうね。

でも、そんな言葉足らずじゃ誤解を生んで杏寿郎見たいにお館様大好きな人たちは怒っちゃうから控えようね。

 

「で、柱就任の命を断ったというのは?」

 

水柱は今この男が最有力候補だが、辞退したから空席ということだったのか。

 

「俺は、柱になるべき人間ではない」

 

「なんで?理由もなしに断らないでしょ」

 

俺みたいに柱になって仕事が増えるのが嫌だという人間ではないということはなんとなくわかる。

義勇はきっとまじめで優しい奴なのだろう。

口下手でめんどくさいけど。

 

「俺は最終選別を突破していない」

 

「それなら鴉も刀を支給されないでしょ。ウチの期なんて俺が山の鬼を狩りつくしちゃったから鬼と遭遇せずに鬼殺隊に入ったやつらがほとんどだぞ」

 

「……俺は逃げ回ってただけだ」

 

「大当たりじゃねぇか」

 

真面目だけど不器用なんだなぁ。

でもここまで戦い続けて、鬼も五十討伐に届いているから水柱最有力候補なのだろう。

戦い続けるだけの理由があるはずだ。

 

「ならなんでお前は今も鬼と戦ってる?金のため?人を助けるため?鬼への復讐?」

 

それとも——

 

「二度と惨劇を繰り返さないため?」

 

ピクリと義勇が反応した。これがあたりかな。

だから自分は最終選別を突破していなくとも鬼を斬っていた。

鬼は斬るけど水柱にはふさわしくないと。

 

「水柱になれば、より強くなれる。強くなることを強いられる。そうすれば、より惨劇を防ぐことができるはずだ。冨岡義勇、水柱に就け。後継を育てれば柱の座を退けばいい」

 

「……俺は」

 

……義勇が動かなくなった。

どうしちゃったんだろう。悩んでるのかなぁ。

言いすぎちゃったのかなぁ。

 

杏寿郎も空気を読んだのか完全に俺に交渉をぶん投げた様子で介入してくる様子が見られない。

うーん、もう一押しなのかな?

 

「男なら、周りの期待に応えて見せろ義勇!」

 

俺のこの言葉に義勇はより強い反応を示した。

なにか、引っ叩かれたかのように目を見開いた。

 

「……わかった。もう一度お館様に手紙を書こう」

 

「よし、なら次の柱合会議で会おう!」

 

 

 

 

 

「あと、言葉足らずな感じを治しとけよ。柱は癖強い奴が多いから嫌われるぞ」

 

「俺は言葉足らずじゃないから嫌われない」

 

 

 

数日後、冨岡義勇という男が水柱に就任した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、主人公強化フラグ&義勇さん登場回です。短くてすまない。
それと同時に錆兎の退場も決まりました。
さすがに錆兎生存は無理だったよ。考えたんだけど義勇と錆兎両方存在するときの二人の扱いがむずいんじゃあ。
義勇は纏楽の一年前に選別を受け原作通りの道を辿りました。

感想評価をくだせぇ。
毎回毎回感想評価くれぇって言ってるのは毎回読者様方のリアクションを楽しみに話を書いてるからなんだよぉ。
よろしくお願いいたします!


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友達だから無理しても助けたい

今日は十時に間に合った!

すまん、正直今回もあんまり話が進まん。



杏寿郎と義勇のもとを訪ねて数日、未だ完全に体力が回復せず蝶屋敷にとどまっている俺を訪ねて杏寿郎がやってきた。

 

「柱として未熟である俺を鍛えてほしい!」

 

などとのたまうものだから、手始めにカナエと打ち込み稽古をさせてみたが、柱に対して善戦はしたもののカナエは敗退。

槇寿郎さんの後継として炎柱に任命されただけの実力は流石といったところだろう。

 

しかし、杏寿郎は何やら納得のいかない様子なのだ。

 

「俺は、父上から指導をあまり受けずにここまでやってきた。故に、炎の呼吸の使い手としてまだまだ未熟なのだ。父上の言うように俺は非才であるしな!」

 

……教えてもらってないのに柱に選ばれるくらいには強い杏寿郎ヤバくね?

独学って事?それでよくこんなに強くなれたなぁ。

 

「いや、指南書を三冊ほど読んだのでな、それでなんとか学んだのだ!」

 

「いや、お前が非才とか嘘つけ!」

 

全国の才能ない人たちに謝れ!

そんなんで柱になられたらもっと柱の敷居は低いわ!

ほら、カナエもしのぶも衝撃を受けた顔してるだろうが!

 

「父上には遠く及ばない身、まだまだだと思う!」

 

「あんたの父親が頭おかしいんだ!」

 

聞いた話によると上弦の壱との戦闘の後、槇寿郎さんは蝶屋敷で手当てを受けると入院する事なく帰宅したらしい。

俺より実力があるので俺より怪我が少ないのはわかるけど入院なしは、とんでもなさすぎる。

そんなちょっとした怪我ではなかった気がするのだけれど。

 

実際あの人かいなければ俺や天元は上弦の壱に殺されていた。

それと同じ高みを求める杏寿郎としては今の自分に納得いっていないのもわかる。

 

「でもどうやって鍛えるんだよ」

 

「纏楽、お前と戦う」

 

「……まだ本調子じゃないんだけど」

 

「それでもお前は俺より強い!」

 

いや、実際どうかは分からないけど、この状態で杏寿郎の相手をするのは嫌すぎるんだが。

 

まぁ、俺の戦闘の勘を戻すためにもやるけれども。そんなに期待しないで欲しいな。

 

「しのぶ、開始の合図を頼む」

 

「……あんまりはしゃがないで下さいね」

 

そういえば以前もここで病み上がりに杏寿郎と大はしゃぎしてしのぶに説教食らったなぁ。

 

「では、はじめっ!」

 

杏寿郎は開始の合図と共に壱ノ型不知火で高速接近。

しかし、それは体の重心、動きから分かっていたので特に驚きはない。

 

力では杏寿郎の方が上なので、馬鹿正直に正面から受け止める事はしない。

杏寿郎の木刀を滑らせるようにこちらの木刀で受け止める。

杏寿郎の斬撃をいなしたそのままの流れで踏み込み、胴体に木刀を叩き込む。

 

「ふっ!」

 

しかし、それを防いだのは杏寿郎の足。

的確に俺の腕を蹴り上げ防ぐ。

剣士と戦うと言っても刀だけで戦うわけではない。

いいね、勉強になる。

 

しかし今ので利き手は痺れてろくに刀も握れない。

ならば仕方ない、全部躱すっ!

 

盛炎のうねり、炎虎、昇り炎天

 

全て発動前に構え、重心の動きで判断して視線から狙いを察知する。

杏寿郎の攻撃速度は一太刀ごとに上がっていく。

それでいて狙いは的確だ。確実に鳩尾、足、肩と当たれば後に響くところを狙っている。

 

……病み上がり相手にやる事じゃないだろ!

 

手の痺れを呼吸で黙らせると、回避に専念する事をやめる。

 

参ノ型 聚蚊成雷

 

多方向から次々に杏寿郎に斬りかかる。

しかし杏寿郎も右足を軸に俺の木刀を止める。

 

横薙ぎを斬り上げで防ぐ。

くるりと手首を返して斬り上げるが、半身を引いて躱す。

袈裟斬りを受け流しくるりと回って間髪入れずに一振り、それを斬りおろしで防がれる。

ぐるりと腕を回され、ガラ空きになった胴体に木刀が迫るが後ろに跳んで回避。

 

明らかに後ろに跳ぶことを読んでいた杏寿郎はすぐさま踏み込んで俺を逃すまいと追う。

 

ふむ、杏寿郎の雰囲気も徐々に体があったまってきたようなので俺も速度をあげよう。

 

シィィィィ

 

酸素をより肺に取り込む。

タンッという音だけをその場に残し、杏寿郎の背後に回る。

 

急に俺の動きが高速化した事に驚いた顔をする杏寿郎。

しかし、杏寿郎もより酸素を肺に取り込みその目をカッと見開くと俺の姿を捉える。

 

弐ノ型稲魂!

 

軋む体を強引に動かして同時五連撃を——

 

「伍ノ型」

 

虎を模った炎を幻視する。

俺の五連撃をたった一撃で全て弾いたのか!?

 

杏寿郎が本気を出している。

持っているのは木刀ではあるが、一撃一撃が喰らえばタダではすまない威力を持っている。

 

しのぶが外野から何か叫んでいるが聞こえない。

今ここには、この場所には俺と杏寿郎の二人だけ。邪魔はいらない。

 

もっとだ、もっと。

杏寿郎が火力を上げてきている。

なら、俺も速度を上げろ。

杏寿郎が、そんじょそこらの鬼を相手では鬼が死んでしまって出来ないほどの実力を発揮し、壁を壊そうとしている。

 

なら、俺はここでやられるわけにはいかない。

杏寿郎が自分の実力以上のものを引っ張り出すためには俺が弱くてはいけない!

 

もっと速く動け

 

カカカァンッ

 

しのぶの蟲の呼吸のような高速刺突三連撃。

それも杏寿郎には防がれてしまうが、防がれた次の瞬間にはもう杏寿郎の視界から消えるっ!

 

もっとだ、もっと動け、影すら視界に残させるな。

 

霹靂一閃 六連

 

ダンッ

 

床を蹴る。杏寿郎は俺をその両の目で俺を捉えている。

 

ダンッ

 

壁を蹴る。高速で移動したが空気の流れで察知しているからか、杏寿郎はまだ俺を見失ってはいない。

 

ダダッ

 

天井を蹴り床へそして壁へ。

……なんだこれ。この感じ。杏寿郎の視線の先が、死角が、次の挙動がわかる。

世界が少しゆっくりになったかのように、次の行動がぼんやりとわかる。

 

悪いな、杏寿郎!

次の一蹴りで杏寿郎の死角へ。完全に俺を見失った。

ゴォォォ

 

杏寿郎の呼吸音が一段と大きくなる。

 

見失っていたはずの俺を瞬時に捉えて刀を振りかぶる。

 

交錯の瞬間俺は地を蹴って宙に浮いている体をぐるりと回って杏寿郎の太刀を躱し背後へ。

 

空振りした杏寿郎は軸足を残し足を片方浮かせぐるりと独楽のように回り背後の俺に木刀を振るう。

 

対して俺は既に杏寿郎へ向け木刀を振るっている。

互いに防御は不可能。どちらの刀が先に届くかの勝負っ——!

 

「花の呼吸 弐ノ型御影梅っ!」

 

互いの木刀が届きかけたその時、横から現れたカナエの木刀に俺たちの木刀は弾かれた。

 

お、カナエも混ざりたいのか?

もう一度腰を落とし、刀を構え「何続けようとしてるんですかっ!」

 

しのぶの怒声が聞こえて構えを解く。

ん?怒声?

 

「流石にやり過ぎよ纏楽くん」

 

「炎柱様も!怪我明けの人間に何やってるんですか!急に激しすぎる運動するから纏楽さんの筋肉痙攣してるじゃないですかっ!」

 

「でもしのぶ、今めっちゃいい感じなんだけど」

 

「医者の言うことは絶対ですっ!」

 

「今私が止めなかったら二人とも怪我してたでしょう?」

 

おぉ、やるなカナエ。

今の俺たちの動きを見切って止め、た?

 

「か、カナエ!今の俺らの動き全部見えてたのか!?」

 

「え?うん。見えてたわよ?」

 

……まじか。

 

「将来有望な継子を持ったな纏楽!俺でも最後の纏楽をとらえられなかったというのに」

 

カナエは目がいいのか?

これが本当ならカナエは戦闘においてとても有利な手札を持っている事になる。

これなら柱ともやりあえるし、俺の今掴みかけてる動きの先読みもなんとかなるかもしれない。

 

「カナエ!俺ともう一本やるぞ!」

 

「ダメだって言ってるでしょ!」

 

結局、今日は稽古禁止令をしのぶによって施行された。

くそぅ、しのぶには逆らえないなぁ。

 

「纏楽!今日は世話になった!もう数段高みへ登れそうな気がする!」

 

「いや、こちらこそだ。お互い柱業務、頑張ろうぜ!」

 

本当に杏寿郎はいい奴だなぁ。

いちいち礼儀というか誠意を忘れないやつだなぁ。

まっすぐな性格すぎて義勇みたいなひねくれている奴とは相性が悪いけれど、なんだかんだ杏寿郎はうまくやっていくんだろう。

 

 

 

 

 

道場から強制退場をくらった俺はそのままの流れでしのぶのお説教のお時間に突入していた。

 

「どうして纏楽さんは毎回毎回無茶するんですか。楽をして生きていきたいんじゃないんですか」

 

「杏寿郎が困ってたら楽なんかしてないで助けるだろ。友達なんだから」

 

「纏楽くんのそういうところ好きよ」

 

「怪我が治るまで待ってもらうとかいろいろあったと思うんですけど」

 

お説教しながらも痙攣した筋肉をほぐしてくれるしのぶの優しさに感動して正直しのぶの話が頭に入ってこない。

 

「聞いてるんですか!」

 

「うん、聞いてるよ。しのぶは優しくて可愛いって話だよな」

 

「そんな話してません!」

 

「その話なら私もしたいわ」

 

「話をそらさないでよ!」

 

「いたたたた」

 

いたたたた太ももを揉んでほぐしてくれていたしのぶが足をつねる。

でもしっかりと痛すぎないように手加減してくれるしのぶはいい子でしかない。

 

「しのぶー、手だして」

 

「?なんですか?」

 

ぐいっと。

 

上半身を起こして足はだらんとしている状態の俺。

足を少し開いてその間にしのぶを収める。

おお、カナエとは違っていい感じにスポッとはまる大きさだなぁ。

 

「なっ、なにするんですか!」

 

「いいのいいの」

 

良くない!なんてしのぶは騒ぐけれど無視。

しのぶのおなかのあたりに両手を回しより密着すると恥ずかしいのかしのぶは黙り込んでしまった。

体があったかいぞー。さては照れてるなしのぶー。

 

「カナエ、俺との稽古の時、俺の太刀筋とか動きとか全部見えてたりした?」

 

「うーん、割と見えてたかな」

 

「……ちょっと顔近づけて」

 

「どうしたの?」

 

綺麗な目してるよなぁ。

この目が特別なんだろうか。

いくら俺の動きを何度も見ることがあるとはいえあの速度で戦っている俺と杏寿郎に割って入ることはそれこそ柱でもなければ不可能だ。

動きの先読みなんかもこの目でできるのならカナエの柱就任も現実味を帯びてくる。

 

ちゅっ

 

!!??

 

「接吻して欲しかったんじゃないの?」

 

「……単純に目を見てただけなんだけど」

 

「私を挟んだままそんなこと始めないでよ!」

 

「しのぶも混ざるか?」

 

「混ざらない!」

 

「じゃあ姉さんがしのぶに接吻しよーっ」

 

ちゅっちゅとしのぶの頬に吸い付くカナエ。

見ているととても和む仲良し姉妹。

カナエは終始笑顔だししのぶも口ではいろいろ言っているが結局カナエを受け入れている。

 

「ふむ」

 

これは俺も混ざっても何とかなる奴ではなかろうか。

恋人の目の前ではあるが、一応その恋人であるカナエの許可は出ているし問題はなかろう。

 

ちゅっ、と一瞬だけしのぶの白くて柔らかい頬に吸い付いた。

 

「なあっ」

 

「あらあら、しのぶったら顔真っ赤」

 

「なななな」

 

しのぶが壊れた。

今なら何しても許されそうなので、しのぶのおなかに回した手にぐっと力をこめて抱きしめる。

 

「私も混ざるー」

 

カナエは俺の腿のあたりに腰を下ろし俺とカナエでしのぶを挟むようにして抱きしめる。

相変わらずゆるーい空気が出来上がる俺たち三人。

稽古や仕事をしていないときに気を抜きすぎているなぁ、幸せだからいいんですけど。

 

なんどかこういった場面を隠の人や他の患者に目撃され、俺に親の仇でも見るかのような視線を送ってくるけれど、それ以上に俺がこの空間を邪魔するなと言わんばかりに殺気を飛ばすのでみんな逃げ帰ってしまうのだ。

 

「ううう、最近容赦がなくなってきてる」

 

「「しのぶが可愛いから仕方ない」」

 

しのぶの頬。俺が右、カナエが左に接吻をする。

しのぶは顔を真っ赤にして俯かせるけれど嫌がらない。

 

そんなしのぶの姿をみた俺とカナエは顔を見合せ、二人してしのぶをより強く抱きしめた。

 

 

 

 




みんなのバッドエンドルート回避のためにフラグを建設する作業中です。
まだまだ救いたいキャラがいるし、いつ原作に突入できるか……

はい、いつもの感想評価乞食タイムです。
くれぇ、感想評価くれぇ。
感想返してないけどちゃんと全部読んでるからぁ。もっとくれぇ。


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柱になってから鬼を斬ってないってマジ?

……ちょーっとシリアスかなぁ。
ごめんな、シリアスなんてなかったってタグあるのに。
でも、鬼滅の刃世界だからしょうがないよね!

あと、いつもより多めに遅刻してすまぬ。


ようやく体の調子が戻ってきた今日この頃。

杏寿郎や義勇が三面六臂の活躍をしているという話をよく聞く。

 

一方で俺は柱に就任してから鬼を一体たりとも狩っていない。上弦の壱は逃してしまったし。

これはまずい。あの若い鳴柱、鬼と戦ってなくない?なんて噂が流れ始めるのも時間の問題かも知れないのだ。それは全くもって不本意なので、実践の勘を取り戻すためにも鬼を切りに行くことにしようそうしよう。

 

柱は担当地域を巡回して鬼を狩るのが主な任務なので、鴉が鳴くのを待つ必要はない。

俺はカナエとしのぶに一言告げると蝶屋敷を飛び出した。

……まだ昼であることも忘れて。

 

「……流石に昼は鬼も出ないしなぁ」

 

近くに村はあるけれど、こんなお日様カンカンでは鬼が出没するわけもなく、担当区域を練り歩くだけの時間を過ごしている。

 

一回蝶屋敷に帰って夜に出直した方がいいかなぁ。

ぽけーっと空を眺めながら一人寂しくてくてくと歩く。

 

「そこのにいちゃん!」

 

「……おん?」

 

小さな子供、とは言ってもしのぶくらいの年齢だから俺とはそこまで年齢は離れていないだろう。

そんな少年がなんで俺なんかを?

 

「たすけてっ、たすけ」

 

ごほっごほっと咳き込む少年。

よく見れば額には尋常じゃない汗が浮かんでいる。よっぽど急いで走ってきたのか。

服は泥だらけで服はボロボロ。

 

懐から水筒を取り出して少年に飲ませ、手ぬぐいで玉のような汗を拭き取って落ち着かせる。

 

だが、鬼の出ないこの昼に助けを?

何かあったのだろうか。

 

「それ、木刀とか、竹刀なんだろ!強い人なんだろ!?俺の村を助けてくれ!」

 

「……事情を聞いていいか?」

 

鬼である可能性を捨てきれない以上、鬼殺隊としては見逃すわけにはいかない!

というか一体でもいいから多く鬼を切りたい!

 

「この前っ、へんな男が村に来てっ、生贄を出せって!」

 

「生贄を?どういうことだ?」

 

「わかんないけどっ!若い女を差し出せって!そしたら、もう帰ってこなくて!」

 

生贄なんて前時代的なものを求めているのではなく、食料を求める鬼の仕業だろうなぁ。

 

「でも、村の人たちだって反対するだろ?」

 

「その男が変な煙を吸わせてるんだよ!吸った人たちはみんな変な感じになってっ『次が欲しかったら生贄を出せ』って言うんだ!みんなその言うことを聞いちゃうんだ!」

 

……変な、煙?

人を操る血鬼術?

 

だが、昼に太陽の下を歩いていれば血鬼術は弱まり消滅するのでは?

それなら、永続的に続く洗脳系ではなくまた別のものである可能性があるな。

 

「……阿片、麻薬に近しい血鬼術か」

 

中毒性の高い煙、次が欲しければ生贄を出すしかない。

そうしなければ中毒で頭がおかしくなる。

 

「少年、よく逃げ出してこれたな」

 

「俺は、煙を吸わないように隠れたりしてたしっ!村の抜け道から逃げだせたからっ」

 

「見張りがいるのか?」

 

「うん、村の奴が逃げないように村に人に命令して見張りを立ててるんだ」

 

人が減っていくことを外部に漏らさないための措置。

村を食い尽くしたらまた次の村へ行く、そう言う手口か。

強くはないが狡猾で非常に厄介な鬼なんだろうなぁ。

 

「少年、名前は?」

 

「勘之助!」

 

「よし勘之助、お前の村に案内してくれ!俺が助けてやる」

 

勘之助の顔がぱあっと明るくなる。

でもすぐに不安そうな顔に戻る。

 

「俺が言うのも何なんだけど、もっと大人とか……」

 

なるほど、俺の実力がわからなくて本当に助けられるかを心配しているわけだな。

こういう時に十四歳という年齢が弊害になってくるなぁ。

でもこのくらいの子供なら——

 

「安心しろ、俺、結構強いんだぜ」

 

刀袋からちらりと刀をのぞかせる。

人差し指を立てて内緒な、という仕草をするとコクコクと首を元気よく振ってくれる勘之助。

 

「ありがとう!お礼はきっとするから!」

 

「気にすんなよ。あ、俺の名前は一ノ瀬纏楽な」

 

なんて勇気ある少年だろう。

俺がこのくらいの年齢の時は爺さんに拾われる前だから、楽して生きていきたいという十二歳にして意味不明なことをのたまっていた。

いや、今も十四歳にして早く引退して楽に過ごしたいとか言ってますけども。

 

 

 

 

 

勘之助に連れられて村に到着したのはもう日も落ちかけた夕暮れ時。

俺と出会ったところからはかなり距離がひらいていたので勘之助がどれだけ必死になって逃げ、助けを求めて来たかがわかる。

 

村の外周には害獣用なのかぐるりとそこそこの高さがある柵。

その周辺に見張りと思わしき人たちが数人うろうろしている。

 

「これくらいの時間に集会所に人を集めて煙を吸わせるんだ」

 

ふむ。

 

「おーい、しのぶにこれを届けてくれ」

 

鎹鴉を呼びつけその足に手紙を括り付ける。

村の位置、事情を大まかに伝えて鬼を処理した後に村の人達を治療してもらうためである。

 

「一ノ瀬さん、鴉の友達がいるんだ」

 

「ああ、うるさい奴だけどな。……さて、集会の時に勘之助がいないとまずいか?」

 

「あ、うん。そうかも」

 

「よし、なら集会が開かれる建物を教えてくれ。人が集まってからじゃないと奴は出てこないだろ?」

 

「うん、あいつらは昼は絶対居場所を教えてくれないんだ」

 

あいつ、ら?複数なのか?

 

「複数なのか?」

 

「あ、うん。細い奴とでかい奴の二人なんだ。煙を出すのは細いほうの一人だけ」

 

よし、わかった。

それならなんとかなると思う。

犠牲は出さん。それを鳴柱初任務としよう。

 

勘之助を抱え、村の外周の柵を飛び越えると、人気のないところで別れる。

不安そうな顔をしていたが、あいつがいないことがばれて鬼や村人が暴れだしたらそっちのほうが危害が拡大する。

 

傾いていた陽が落ちる。

村で一番大きな建物の中にぞろぞろと人が入っていく。

勘之助もその列の中に並んでいる。

特に人々がざわついていないことから勘之助の脱走はバレなかったとみていい。

 

……行くか。

 

村人が入った建物の正面からではなく、建物の裏側に回り込む。

あんまりやりすぎないように、壁を——斬る!

 

「鬼・即・斬」

 

なんとなくそんなことをつぶやきながら舞台上にいる一匹のほそっこい鬼を視界に入れると、足に力を入れる。

 

「ヒャハハハ、今日の分だぜぇ、ありがたく受けとりな!」

 

手を突き出し、舞台の下にいる村人たちに血鬼術を行使しようとしている。

一方で村人たちはそんな鬼に対して懇願するかのように手を伸ばす。

まるで悪い宗教だな。

 

「ひあっ?」

 

突き出された腕を両断。

返す刀でそのまま頸を——

 

ギィン

 

響き渡る金属音に手に響く鈍い感触。

 

俺の刀を遮ったのは図体のでかい鬼。

刀を受けられた時の感触からして硬化の血鬼術。

こいつは十二鬼月でもない雑魚、ならその程度の硬さで止められると思うなよ?

 

「は、柱ぁっ!?な、なんでこんなところに、ふざ、ふざけるなぁ!おいでかい図体してるんだから、俺のおかげで人間を食えてるんだから俺を守れぇ!」

 

あぁ、ひどく耳障りな声が聞こえてくる。

 

俺の頭ほどもあるその大きな拳を振り上げるその鬼。

だがその拳はしのぶの突きより遅く、杏寿郎の剣戟よりも脅威を感じない。

 

「がぁっ」

 

拳ごと腕を両断。

特に何の抵抗もなく腕を斬ることができた。

 

ひるんだ鬼の頸をそのまま切り落とす。

こいつが戦闘要員ならとんだ拍子抜けだ。

 

「ま、守れ!俺を!」

 

舞台の下にいた村人たちが一斉に舞台へ駆けあがり俺をとらえようとしてくる。

そいつらの目は一か所を見ることなく、ひどくぶれている。これが血鬼術の影響か。

 

あぁ、ひどい。

今までのどんな鬼よりも俺をイラつかせるなぁ

 

するすると人の隙間を抜ける。

服の袖を引っ張られるが、すぐに振り払う。

すると容赦なく拳が飛んできた。なるほど、同じ人間で、俺が助けに来たとかは関係ないってか。

 

勘之助が奥の方で心配そうにこちらを見ている。

あぁ、早く終わらせなければ。

 

人ごみの中をするすると抜け出す。

数人には申し訳ないがみねうちで眠ってもらった。

 

鬼はすでに逃げ出そうとしているが、逃がすわけもない。

 

「もう死ねよ、おまえ」

 

「く、くそぉっ」

 

鬼の手から煙が放出される。だが、吸い込まなければどうということはない。

すでに空気は肺に入っている。これ以上吸い込む必要もない。

 

頸に向けて一閃。

あまりにもあっけなく、その頸はごろりと地面に転がった。

 

「ぁぁ、なんてことを!」

「俺たちの夢を壊すな!」

「私たちはこれで幸せだったのに!」

「返して、私たちの夢の煙を返してよぉ!」

 

……村の状況をパッと見た感じ、畑はあまり芳しくなかった。

きっと大して収穫もできず、貧困に苦しんでいたところを、快楽に浸らせてくれる鬼が来た。

村人たちにとってはこれがたとえ一時でも幸せだったのだろう。

 

……気分の悪い話だ。

 

勘之助の顔も少し青ざめている。

最近まで普通に過ごしていた村がたった数日でこんなにもひどいありさまだ。

何人かは死に、多くが狂った。

 

 

 

その後、しのぶが到着し、血気術の影響を和らげる薬を調合し、勘之助へと渡していた。

村の人達が正常に戻るのがいつかはわからないけれど、勘之助にはつらいだろうな。

 

それでも勘之助は気丈に振る舞って、俺に元気よくお礼を言ってくれた。

なんで、こんな弱くて小さな子供がこんな目に合わなければいけないのだろうか。

鬼とは醜くて狡猾だ。

 

一方でカナエの言うように悲しみを背負った鬼もいる。

 

「難しい話だよなぁ、しのぶ」

 

「ひどい話でしたね。助けた纏楽さんは罵倒され、村の人達は苦しんでいる」

 

「今俺悲しい気持ちだからしのぶが慰めてくれよ」

 

「せめて帰ってから言ってくださいよ」

 

「帰ってからなら何でも言うことを聞いてくれるって!?」

 

「言ってません!」

 

もー、しのぶは厳しいなぁ。

それっ。問答無用でしのぶの正面から抱き着いた。

 

「……少しだけですよ。今日の纏楽さんは少しかわいそうでしたから」

 

しのぶは俺の心が少し荒れているのを察知したのか、抱き着いても特に何も言わずに、俺の背に回した手で背を撫でてくれた。

優しいなぁ。

 

「……カナエと違って胸はまだないな」

 

「しねっ!」

 

いかんいかん。ついつい思ったことが口から漏れ出てしまった。

いやだってカナエと抱き合ったときはいたるところから柔らかさや温かさが伝わってきたからついつい比べちゃって。

 

「私も姉さんと同じような血が流れてますからすぐに大きくなります!今に見てるといいですよ」

 

「お、しのぶは優しいなぁ。見せてくれるんだ」

 

「そういうことじゃない!」

 

カナエがいなくともこんなにも俺に優しくしてくれるしのぶはいい子だなぁ。

 

「しのぶ」

 

「ちょ、ち、近いんですけど」

 

「しのぶは嫌か?」

 

しのぶと俺の顔の間は指二本分もない。

ちょっとした拍子に唇同士が触れ合ってしまいそうだ。

 

「姉さんには、内緒ですよ」

 

カナエは別に許してるし、しのぶの心の内に気が付いているから意味ないと思うけど。

それに、しのぶは顔や態度に出やすいからすぐばれるよ。

なんてもろもろの言葉すべて飲み込んで、今はただその柔らかな唇をむさぼった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、いい考えだと思ったんだけどなぁ。宗教よりも簡単に手を染めやすくて。やっぱ、教祖が一番簡単かなぁ」

 

鬼が退治されて数日後、勘之助の村に新たな影が訪れた。

それは頭から血をかぶったような見た目をしていて、不気味な笑みを浮かべていた。

 

「どうしたんだいこんなにやせ細って。俺は優しいから放っておけないぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 




さ、最後に出てきた奴は一体何磨ナンダーッ!

……実はちょっとずつネタが切れてきて投稿時間が遅くなってきてるのです。
ネタ提供してくれてもいいのよ?

感想評価をもっとくれてもいいのよ?
いや、もっとください。
投稿速度が落ちている今、皆様の出番なんだー!


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カナエの浴衣姿が見たかった。

すまねぇ、遅れた。
そして風邪を引いた。
インフルではないのが救いです。
皆様もお体にはお気を付けください。


柱業務に従事し始めて約半年。

馬車馬のようにこき使われ鬼を切りまくる日々が続く。

継子(カナエ)との鍛錬の時間も全然取れず、しのぶの頭を撫でる余裕すらない。

 

というか、最近は蝶屋敷にも寄っておらず、自分の屋敷で睡眠だけ取り、また仕事である。

俺の屋敷に胡蝶姉妹は頻繁に出入りしているのか、掃除、炊事洗濯をしていってくれているようなのだ。

……癒されてぇ。

 

「ならお前は帰ればいい」

 

「お前一人じゃダメだから俺が呼び出されてんの」

 

「俺は一人でも問題ない」

 

「お前一人じゃダメだって言ったよな!?」

 

「言われてない」

 

「今!俺が!言ったよな!」

 

水柱に就任したこの冨岡義勇とかいう男。

手綱を握るのが面倒な事この上ない。

しかもどんな感情の顔だよその顔は。何?一人でいいのに余計な奴が付いてきたよとかいう文句のある顔?

 

ほんとになんで俺が呼び出されたのだろうか。

若手とはいえ柱が二人。

まーた面倒な仕事が舞い込んできた。

強い鬼でも出現したのだろうか。

それとも捜索範囲が広いからとか?

 

「で、どこに行くの?俺聞いてないよ」

 

「……?帰るんじゃなかったのか」

 

「帰るわけないだろうが!」

 

なんなんだこの男は。

あれか、この男を制御することの方が鬼を斬ることの数倍は難しいと思うのは俺だけだろうか。

 

「祭りに行く」

 

は?祭り?遊びに行ってもいいのだろうか。

いや、遊びではないことはわかっているけれど、鬼を斬った後は祭りを楽しんでもいいのだろうか。

それならば早急に鬼を斬り祭りを存分に楽しむのだが。

 

「俺たち以外にも隊士が数人送られている。連携しろとのことだ」

 

「あれか、祭りみたいな人の多いところだから柱二人隊士数人とか人数がかけられてる感じか」

 

鬼が複数であったり、広範囲に及ぶ血鬼術を持っていたりすれば祭り会場が血の海に沈む可能性だってあるわけだ。

それを防ぐために人数が割かれている。

うん、それくらいならいいかな。守ることが難しいだけで鬼は弱いに期待しましょう。

 

「で、その祭り会場はどこなんだ」

 

「……」

 

俺の質問には答えず、すたすたと歩いてしまう義勇。

これは無視か、無視ってことでいいのか。

それともあれか。案内するから黙ってついてこいとかいうやつなのだろうか。

それなら文句もないからついていくけれど——

 

すぐにぴたりと止まる義勇。

なんだ、お前も道がわからないとか言い出すのだろうか。

それなら最初から鴉に案内してもらえばよかったではないか。

 

「鮭大根はどこで食べられるだろうか」

 

「何の話をしてるんだ!?」

 

 

 

 

 

最終的には義勇とともに祭り会場に到着したからいいもののこいつとの道中での会話の成り立たなさが異常だった。

どれだけ話しかけても基本は無視。

返事してくれたとしても会話を続ける気のない受け答え。

そして謎の無表情やドヤ顔を披露してくるのだけれど、こいつの心がどうなっているのかさっぱりわからん。

 

「でっけぇ、祭りだなぁ」

 

神社を中心に出店が立ち並んでいる。

祭囃子や人々の声が絶え間なく耳に入ってくる。

提灯の灯りで夜だというのにこの明るさ。

人でにぎわっているこんな中に鬼なんて紛れていても見つけることすら難しいと思うのだけれど。

 

「あれ、纏楽くん?」

 

不意に聞こえてくる聞きなれた愛しい人の声。

パッと振り返るとカナエと——知らない男の隊士の姿が。

 

「は、柱!?それも二人!?」

 

おいおい、そんなことどうでもいいんだよ。

お前が少しの間とはいえ俺のカナエとともに祭りを楽しんでいたというその事実だけで万死に値する。

 

「纏楽くん、一緒に祭りをたの——警戒しましょう?」

 

俺の腕をとって俺の耳に口を近づけると「彼とはそこで合流しただけだから安心して?」とつぶやいてきた。

相変わらずカナエには考えていることが筒抜けで少し恥ずかしい。

 

「こ、胡蝶さん、公私は分けたほうが——」

 

「それでいいですよね、水柱様?」

 

カナエからあふれ出る謎の圧力。

これはダメとは言えない雰囲気。柱にも臆さず意見できるところはしのぶの姉だなぁと思わされる。

だがしかし、相手が悪かったなカナエ。

 

「……?全員別行動だろう」

 

空気を読まない男冨岡義勇。

男隊士君も柱やべぇなんて言っている。

実際この圧力の前に正論をぶつけられる義勇はとんでもねぇ奴だ。

 

「……カナエ、鬼を斬ったら一緒にまわろう」

 

「はーい」

 

男隊士くんはずーんと落ち込んでいる。

大方カナエを祭りにでも誘うつもりだったのだろうがそれを許す俺ではないし、カナエも俺以外は眼中にない態度をとっている。

そもそも、鳴柱と蝶屋敷の美人姉妹が恋仲という話は真偽はともかくとして鬼殺隊内ではそこそこに有名な話なのにカナエに言い寄ろうとするほうがバカなのだ。

カナエは美人だから仕方ないけど。

 

「で、義勇。鬼の特徴とかないのか」

 

「知らない」

 

「……どうするんだ」

 

「考えてない」

 

道中に作戦とかお互いの立ち回りの話を振ったのに無視したから義勇に何か作戦があるのかとも思ったのにこのざま。

これは怒って良い奴だよな。

 

「……よし、祭り会場を四つに分ける。カナエとカナエに近づくゴミは鬼を発見しだい俺らのどっちかに鴉を飛ばせ」

 

ゴミ!?などと喚いているゴミだが気にしない。

四等分ではなく、柱である俺たちが広い範囲を担当。

カナエとゴミは狭い範囲を担当させる。

 

「わかった。でも、師匠そんなに心配しなくていいわよ」

 

相変わらずそんなにない力こぶを主張しながら、強くなったので心配はいらないとカナエはいうのだ。

まぁ、稽古をつけている感じではカナエは相当実力をつけているので心配はそんなにいらないだろうが、好きな女の子のことを心配するのは間違ってないと思うのだけれど。

 

「鬼が複数いるかもしれない、広範囲の血鬼術を持っているかもしれない。最優先は人命だ。気をつけろよ」

 

「わかったわ。纏楽くん、水柱様、ゴミさん、頑張りましょう」

 

「ゴミじゃなくて五味なんだけど!?」

 

「……祭りには鮭大根があるだろうか」

 

ふむ、今から鬼と対峙するような空気ではないが、任務前にここまで余裕を持てているのなら平気だろう。

解散の合図とともに俺たちは四方へ散った。

 

とは言ったものの、こんな大勢の中から鬼を見つけるなんて至難の業だ。

何代か前の水柱はにおいで判別できたらしいけれど、あいにくと俺はそんなことはできない。

 

「……でも流石に人目を避けるか?」

 

鬼が猟奇的な思考をしていなければ騒ぎにして鬼殺隊を集めたくはないだろう。

それならば、少し外れた雑木林なんかに潜んでいて近づいた人を食べるのが最善手だろう。

 

自分の担当区画の人気のないようなところを中心に練り歩く。

……鬼よりも目にしたくないような光景がちょくちょく目に入ってくるんですが。

世間一般の恋人は外でするのか。何をとは言わないけども。

……カナエはどうなんだろう。

いや、そういうのを考えるのはやめよう。

 

ていうか、こんな盛った人間がいるようなところに鬼なんていないのでは?

流石の鬼も空気を読むだろう。

こんな現場に空気を読まずに突貫するのは義勇くらいのものだ。

 

『胡蝶カナエ、交戦開始ィ、祭リ中心地カラ移動チュウゥ!』

 

上空から鴉が鳴いた。

祭り中心地から?ということは今回の鬼は珠世さんのような姿を隠す血鬼術を持っている!

十二鬼月という報告はなかった、それならば増援要請が来るまでは任せておいていい。

俺は他にも鬼がいないかを警戒する。

 

再び祭りの中心部へと移動。

珠世さんの時のように人ごみの中から違和感を探せ。

せっかくカナエが周りに被害を出さず、祭りの中断をさせずに交戦を開始したのだ。その努力を俺は無駄にしてはいけない。

 

……あった。

珠世さんの時のようにそこだけ必ず人がいないわけではない。

 

地面に不自然な影があり、移動しているのだ。

その影の直上には何もない。つまり、姿を消すのか、影を操りその中に潜り込む血鬼術!

しかし、こんなところで刀を振り回すわけにもいかな——うん?

 

よくよく見れば子供たちは何人か刀を持っている。

しかも意外としっかりできた玩具。

刀身を見せなければ、祭りで手に入れた玩具だと思い気にも留めないはず。

 

影をよく見ろ。

これはどんな能力だ?

影の上を踏んでいく人たち。つまり、姿を消す能力ではない。

 

……一人で歩いていた男性が、影を踏んだ瞬間、消えた?

音もなく消えた。つまり、影の中に空間を作り出す能力!

 

スーっと影は移動する。

気配を殺し、俺は影を追跡する。

一瞬だけ、影の中心から角が覗いてすぐに引っ込んだ。

 

行ける!

 

一般人には刀身を見せないような速さの剣戟で終わらせればいい。

 

影の直上に立ち、中心に向けて刀を振るう。

 

「があっ!」

 

影の中から悲鳴が聞こえると同時に影からせりあがってくる消えた人。

気絶しているからあとで祭り運営本部に運ぶがまずは鬼。

 

そんなに人を食っていないのか能力が安定していないようで、鬼の頭の頂点が覗く。

その少し下を掬うように刀を振るえば頸を狩れる!

気分的には金魚すくいだ。

 

もう一度、刀身を誰にも見せずに刀を振るった。

 

すると、数瞬の後に影が消えた。

影の中に取り込まれていた人と、鬼の死骸が出てくる。

 

それに驚く祭りを楽しむ人々。

俺はそれをなるべく気にしないようにしながら影に取り込まれていた人たちを担ぐ。

鬼の死体は灰になっているので問題ないだろう。

大した騒ぎにはならないだろう。もし騒ぎになっても隠の人達が何とかしてくれることだろう。

 

『カァー!冨岡義勇、胡蝶カナエ、一ノ瀬纏楽、三者トモニ討伐完了ゥ!』

 

よかった。みんな無事。

一度合流しよう。

 

 

 

 

 

「全員無事だな」

 

「怪我もしなかったわ」

 

ほめてほめてと言外に言っているような気がしたので頭を撫でておく。

ゴミがなにやらうらやましそうな視線を送ってきているが無視。

というかカナエを見るな、目つぶすぞ。

 

「他に鬼はいないのか」

 

あら、義勇が会話を切りだした。

珍しいこともあるもんだ。

 

「あ、それは大丈夫だと思います。私と対峙した鬼が三兄弟って言っていたので」

 

「俺だけ何もしてない」

 

「よし、じゃあ一応各自警備を続行。祭りが終わって人もいなくなったら解散かな」

 

「纏楽くん、行きましょ」

 

カナエがすぐに俺の手をとってずんずんと屋台の方へと突き進む。

きっと義勇はあるはずもない鮭大根の屋台を探し、ゴミこと五味は一人むなしく祭りを警備するのだろう。

 

「……纏楽くん、嫉妬してくれたの?」

 

おっと、その話が飛んでくるとは思わなかったなぁ。

 

「するよ。カナエは美人だから男は寄ってくる」

 

「私は纏楽くんにしか興味ないから安心して?」

 

「カナエにその気はなくても男は寄ってくるでしょ。それも嫌だ。独占欲ってやつだよ」

 

「あらあら、心配しなくても私は全部纏楽くんのものなのに。……おじさーん、たこ焼きくださーい」

 

「お、別嬪さんだねぇ、おまけしてやろう!」

 

ほら。カナエは誰から見ても美人だから多くの人が言い寄ってくるに違いないのだ。

そんなの不安に決まっているだろうに。

 

「はい、あーん」

 

「ありがと」

 

カナエからご飯を食べさせてもらうのも随分慣れたなぁ。

カナエから食べさせてもらった次は俺が食べさせる。

お互いこういうことを恥ずかしがらずになったな。

 

「纏楽くん、口についてるよ?」

 

ペロッと唇を舐められる。

これもカナエは顔を赤くしながらもこんなに人がいるところでできるのだ。

うん、カナエがこんなことしてくれるのなんて俺だけなんだから心配いらないか。

それを伝えるためにカナエはわざとこんなことをしてくれたのかもしれない。

 

「カナエ、次はどこに行こうか」

 

「りんご飴食べたい!」

 

「よし、行くか!」

 

余計な悩みの種もなくなったことだし、存分にカナエと祭りを楽しむことにしよう。

 

「カナエの浴衣姿とか見てみたいな」

 

「浴衣の帯であーれー、よいではないかーってやりたいの?」

 

「そんなこと一言も言ってないが!?」

 

「……さっき木陰でやってる人たちがいたから」

 

そういうのは例え見たとしても見なかったことにするんですよカナエさん!

というか、俺たち、とくに俺なんかはまだそんなことをするような年齢じゃないんだよ。

まだ十四ぞ?もう何ヶ月かで十五ですけども。まだ早い……よな?

 

「纏楽くんがやりたいんだったら、言ってね?」

 

「やりたい」

 

あっ、つい本音が漏れてしまった。

 

「ふふふっ、また今度ね。ところで水柱の冨岡さんはどうしてあんなに天然なの?」

 

「俺に聞くな」

 

 

 

この後めちゃくちゃ祭りを楽しんだ。

あと、追加で鬼をそれぞれ二、三体斬りました。

 

 

 

 

 




戦闘描写がぺらっぺらなのは許して。
こんな任務に柱二人もいらんだろって突っ込みもナシね。
今回は出したいキャラを出した欲望回だから!

すまん、風邪をひいてしまったので連続投稿が途切れてしまうかも。
ストックもないのでな。

……感想評価をくれたらたちどころに風邪が治るかもしれないのでよろしくお願いいたします。


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小さな体を抱きしめて

どうも、完全に寝込んでいたところから復活いたしました。
土日に更新できず申し訳ありませんでした。

そして申し訳ありませんが連続投稿を維持するのは無理です。ごめんなさい。
一発ネタの弊害かプロットなしに見切り発車したものですからさすがに連続更新はストップさせていただきます。


今後ともこんな拙作をよろしくお願いいたします。



宇随天元、鬼殺隊音柱。

音の呼吸の使い手で、元忍。

そして、三人の嫁を持つ男。そう言った面で俺は天元のことを尊敬してやまない。

 

そんな彼の家に俺は今乗り込んでいた。

 

「で?何しに来たんだ」

 

「いや、暇だったから」

 

「……まぁ、いいんだけどよ」

 

柱業務は超多忙。しかし、継子の育成などの時間も必要なために常に任務に追われているわけではない。

今日はカナエとしのぶといちゃいちゃ……ではなく鍛錬でもしようとしていたのだが、二人は蝶屋敷の運営で忙しくそんな時間はなかった。

ならばと暇つぶしに宇随宅に突如お邪魔した次第である。

 

天元は意外に優しいので急にお邪魔しても怒らない。

天元の三人の嫁さんも優しくにぎやかなので比較的訪れやすい家である。

ちなみに、煉獄家は槇寿郎さんが酒を飲み大荒れしている可能性が高いのであまり近づきたくない。

 

「そーいや、お前中々ド派手にやってるみたいじゃねぇか」

 

「うん?何の話?」

 

そんなたいして派手に行動した覚えはないよ。

最近は杏寿郎と稽古したり、義勇に振り回されたりしかしてない。あとはしのぶの毒がだいぶ形になってきたくらいである。

 

「蝶屋敷の女二人を手籠めにしてるんだろ」

 

「そういえば天元に報告してなかったな。無事カナエと恋人になれたよ」

 

「そんなこたぁ知ってんだよ。その妹ともよろしくやってることまでな」

 

「うん、よろしくやってるよ」

 

この辺は鬼殺隊の中でも有名な話なので天元が知っていても何ら不思議ではない。

天元の嫁三人いることに比べれば派手でもないと思うんだけど。

 

「しかも継子で派生の呼吸、毒の開発までしてるたぁド派手もド派手。よくもまぁそんな派手な女を射止めたもんだな」

 

「俺よりも派手だよなぁ」

 

「十四にして柱に就任してる時点でお前も相当派手だよ」

 

でもたしかに胡蝶姉妹は本当にとんでもない。

二人とも可愛く美人。花の呼吸、蟲の呼吸を会得していて蝶屋敷という治療所の運営を二人と隠の人数名で行っている。

加えてカナエはすでに常中を会得しゆくゆくは柱になるとすら言われる人材で、しのぶは鬼を殺すための毒を開発中。

とんでもない姉妹だなぁ。

 

「で?いつ祝言を挙げるんだよ」

 

「まだ俺十四ぞ?」

 

「俺もまだ十八だ。そんなに変わらんだろう。それに、十五で嫁に行く女もいる。あの姉妹の姉はそれくらいの年齢だろ」

 

「……難しいなぁ」

 

あの二人と結婚することはむしろ望むところである。

でもやっぱり結婚となると子をなすわけで。そういうことをするのは早いと思う。

 

「何が難しいんだよ。屋敷に来て家事してくれるんだろ。ならお前が生涯一緒にいてくれと言うだけじゃねぇか。鬼殺隊に身を置いてんだ、早いほうがいいぞ」

 

「そうなんだよなぁ」

 

まだ早いとは思うけれど、早いほうがいいとも思う。

この複雑な心境を天元はわかってくれないのだろうな。

だって天元は即断即決、悩むよりも行動する人間だから。

 

「男ならしゃんとしな!」

 

「まきをさん、まだ子供ですよ」

 

「この若さでも柱なんだ、立派な男だよ!」

 

「あ、まきをさんに須磨さん」

 

奥から出てきた天元の嫁まきをさん。

須磨さんとの掛け合いは見ていて飽きないものがある。

基本的にこの二人はとても賑やかだ。

 

「粗茶です」

 

「雛鶴さん、ありがとうございます」

 

さらに異様な良妻の気配を漂わせる雛鶴さん。天元の嫁三人は個性的なのだろうか。

 

何が火種になったのか、まきをさんと須磨さんは揉めている。

いつものことなので気にしていない様子の天元と雛鶴さん。

 

「ほれ見ろ。女側からすれば年齢じゃないのさ。頼りがいがあっていかにド派手かどうかだ。お前の気にしていることは見当違いだよ」

 

「気にするだろう。幸せにできるかどうかに関係してくる」

 

実際、若者が考えなしに結婚して後々後悔したなんて話はあると思う。

両者ともに若い俺と胡蝶姉妹なら余計にそうなってしまう可能性がある。

 

「そうじゃないです!確かに裕福かどうかとか、子供がどうかとかそういう問題は——」

 

「好きな人と一緒なら幸せなんですよ!」

 

「須磨ぁ!割り込んでくるんじゃない!」

 

話の外で揉めていた二人が話に入ってきてまた揉めるという傍迷惑。

それをニコニコ笑顔で眺めている雛鶴さんとあきれながらも楽しそうな顔を浮かべる天元。

 

一緒にいるだけで幸せ、か。

それはとても心当たりのある事だった。

カナエやしのぶといるだけで、特に何もしていないのに満たされていく感じがする。

 

いてくれるだけで。あの二人もそう思っていてくれているだろうか。

 

「天元、お前のお嫁さんたち良いこと言うな」

 

「だろ、自慢の嫁だ。ところで話は変わるが煉獄と稽古しているらしいじゃねぇか」

 

そう、あれから俺と杏寿郎はそこそこの頻度で打ち合い稽古を行っている。

杏寿郎も俺も、いい勝負ができるので互いを高めあうことができていると思う。

 

「うん、ほとんどは杏寿郎が屋敷に押しかけてきて強制的にだけど」

 

「それ、俺も混ぜろ」

 

「……いいけど、なんで?」

 

「上弦の壱に手も足もでなかったろ。柱になったからって気を抜いちゃいけねぇよな」

 

曰く、上弦の壱との戦闘の後天元は三人の嫁さんにめちゃめちゃ心配されたらしい。

病室でも騒がしい須磨さんとまきをさんにしのぶが青筋を立てている姿を想像すると苦笑いを浮かべざるを得ない。

 

「いいけど、定期的にやってるわけじゃないからな」

 

「あれだろ、昼間にお前の家か蝶屋敷に押しかければいいんだろ」

 

そうなのだけれども。できればいきなり押しかけてくるのはやめて欲しい。

だって胡蝶姉妹といちゃいちゃしているかもしれないから。

 

しかも俺そんなに稽古が好きなわけでもないんだけど。

強くなるために稽古せざるを得ないとはいえ、そんなに稽古ばっかりもしたくない。

早く引退して、カナエとしのぶの二人とのんびり生活したいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

纏楽くんには蝶屋敷の運営で忙しいという嘘までついて、しのぶを私室に呼び出した。

所謂、女子会というやつなので、申し訳ないが纏楽くんには外に出てもらっている。

話題はもちろん纏楽くん関係のこと。

 

とりあえず、そんなに真剣な話でもないので二人でお茶を飲んで一息つく。

 

「纏楽くんとの接吻はどうだった?」

 

ぶふーっ、ゲホゲホ

 

あらあら、しのぶが口に含んでいたお茶を噴射した。

そんな驚くことかしら?

しのぶはうまく隠しているつもりだったのかもしれないけれど、ここ最近しきりに唇を気にしているのでバレバレだった。

隠せた気でいるしのぶもかわいいわぁ~。

 

「……な、なんのこと?」

 

「やっぱり接吻っていいわよね」

 

「私、まだ経験ないからわからないわ」

 

「隠さなくてもいいのに」

 

「……なんで知ってるの?——まさか纏楽さんが」

 

「しのぶはわかりやすいもの」

 

纏楽くんはそういうことを私に自慢するような人ではない。

しのぶが隠そうとしていることを告げ口したりなんて絶対にしない。

でもしのぶの事だからすぐバレるくらいには思っていたかも。

 

「出会ってそんなに経ってないから恋愛感情はないんじゃなかったの?」

 

「……いじわるする姉さんは嫌いだわ」

 

頬を膨らませてそっぽを向いてしまうしのぶ。

そんな愛らしい妹の姿を見てまた口元が緩んでしまう。

 

「ふふっ、纏楽くんはかっこよくて頼れるもの。好きになっちゃうのは仕方ないわ」

 

纏楽くんを独り占めしようなんて感情はない。

けれど、纏楽くんと私。他に一緒になるとしたら私も纏楽くんも愛している人じゃなければ許さない。

だから、しのぶなら大歓迎だし、姉妹がずっと一緒にいられることはとてもうれしい。

 

「わかったわよ、認めるわよ。好きよ、纏楽さんのこと。あの人がどれだけ私のために時間を割いてくれてると思ってるのよ。そんなにしてくれたら嫌いになんてなれるわけもないでしょ」

 

「ふふふっ、素直なしのぶも可愛いわよ」

 

纏楽くんは鳴柱になる前から多忙。

柱最有力候補であるがゆえに柱就任のため、お館様が優先的に彼に仕事を回していたなんて噂が流れるくらい、纏楽くんは期待されていた。

それなのに、私たちのために纏楽くんは尽くしてくれている。

 

「それで、わざわざ纏楽さんを追い出してまで何の話?」

 

「そんな真剣な話はしないわよ?女子会というやつね。しのぶと二人で纏楽くんについて語り合ってみようかと思って」

 

しのぶは少し警戒した顔つきをしているけれど、私が「纏楽くんに言い寄らないで」なんてしのぶに言うとでも思っていたのだろうか。

私、散々しのぶに「二人で纏楽くんと一緒になろう」って言っていたのだけれど。

 

「纏楽くんのどんなところが好きとか、なんで好きになったかとか?」

 

「嫌よ。はずかしい」

 

「いいじゃない。本人はいないんだから」

 

「姉さんに言うのも恥ずかしいの!」

 

顔を赤くしているしのぶも可愛い。

でも、愛を伝えることをためらっているのはよくないと私は思う。

 

「纏楽くんに好きだって伝えたの?」

 

「……伝えてない」

 

やっぱり。

たぶんだけれど、接吻も傷心の纏楽くんに迫られてのことだと思う。

纏楽くん、楽観的に見えて意外に傷つきやすい守ってあげたくなる面を持っているのだ。

そんな纏楽くんを見ていられなくてしのぶは迫られて自分で癒せるのならとかそういう感じだと予想。

 

「好きなんでしょ?」

 

「……うん」

 

「好きって言わないの?言ったら好きなだけ纏楽くんに甘えられるし、甘えてもらえるのよ?」

 

正直、現状でも纏楽くんとしのぶはいい塩梅にお互い甘えているけれど、なんの理由づけもなく甘えられるというのは恥ずかしがりやなしのぶには重要だと思う。

 

「失ってからじゃ遅いのよ」

 

「……わかってる」

 

両親が鬼に殺されている私たちは、幸せという物がどれだけ壊れやすいものなのかをよく知っている。

そして纏楽くんが上弦の壱との戦闘から重症で戻ってきたときもそれを痛感した。

ならば、私たちは足踏みしている暇はない。

 

早く強くなって纏楽くんの隣で刀を振るっていたい。

戦闘面でも頼りにされたい。

 

早く纏楽くんと結婚して幸せの濃度をより高めたい。

 

早く、早く、早く——

 

望みだしたらきりがない。

それでも私たちはいつ死んでしまうかもわからない。

死ぬ気なんて全くないけれど、それでも最悪の事態は起こりうる。

 

「私はね、私を守ってくれた纏楽くんが好き。ふとした時に弱いところを見せるところも好き。私の夢を笑わないで聞いて、応援してくれる纏楽くんが好き」

 

好きなところなんて探せば探すほど出てくる。

彼への想いなんてあふれ出して止まらない。

それほどまでに一ノ瀬纏楽という人間は魅力的だ。

それはきっとしのぶにとっても同じことだと私にはわかる。

 

だって、私はしのぶの姉さんだから。

 

「私は、纏楽さんに好かれる自信がない。気が強くて、融通利かなくて、可愛げなくて、小さくて非力で。そんな私を纏楽さんが好きになってくれる意味が分からないわ。それこそ、姉さんみたいな人が男の人の理想なのよ。そんな姉さんと恋仲になっておいて、私まで好きになる理由が分からないわ」

 

「そうね、私から見たらしのぶはとっても魅力的。でもそれは私がしのぶに伝えても無意味」

 

その辺のことはきっと纏楽くんが何とかしてくれる。

 

「自分が至らないと思っているなら変わりなさいしのぶ。もっと努力しなさい。纏楽くんに、私はこんなにも魅力的なんだぞって胸張って言えるようになりなさい。自分が至らないのを理由に、纏楽くんの想いから逃げるのをやめなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

宇随宅から帰宅して夕方。

相変わらず寂しい俺の大きな屋敷。

そろそろ担当地域の巡回のために外に出ようとしたとき、しのぶは一人でやってきた。

 

「少し、話があります」

 

「……とりあえず、上がってきな」

 

真剣な顔をするしのぶ。

急にどうしたのだろうか。カナエと喧嘩でもしたのか。

仲良し姉妹が喧嘩というのが想像もつかないし、基本的にはおっとりしているカナエが怒るところなんて想像もできない。

 

客間に案内して、俺としのぶは向かい合って座る。

 

「纏楽さん、私胡蝶しのぶはあなたのことが好きです」

 

本当にどうしたのだろうか。

恥ずかしがり屋で意地っ張りなしのぶがそんなことを言うなんて明日は空から槍でも降ってくるのだろうか。

 

「ありがとうしのぶ。俺もしのぶのこと好きだよ」

 

でもとりあえず、彼女の愛の言葉には正面から応えておく。

 

「纏楽さん、私はもっと努力します。毒も完成させて、蟲の呼吸も磨きます。纏楽さんに自慢の恋人だって言ってもらえるように料理も頑張ります、美容にも気を使います、お淑やかで気建のいい女になります。だから、私を見ていてください。ずっと目を離さないでください」

 

……しのぶは今も頑張っているよとか、今でも魅力的だよとか、変わらなくてもとか、いろいろなことを考えた。

けれど、その言葉はどれもしのぶの決意を蔑ろにするものだ。

ならば、俺にできることは応援すること。しのぶが立ち止まってしまったときにカナエとともに背中を押すこと。

 

「あぁ、わかった」

 

言葉少なくそう言うと、しのぶを抱きしめた。

その小さな体にいろんなものを背負っているしのぶ。

 

たった二年ほど早く生まれただけだけれど、支えてあげられたらと思う。

 

「纏楽さん」

 

俺の着物をきゅっと優しく握って目を瞑り、少し上を向くしのぶ。

こんな風にされたら断れないし、しのぶへの愛が止まらないではないか。

 

その柔らかな唇に口づけ。

ずっと吸い付いていたくなる幸福感が俺の心を満たした。

 

 

 

 

 

「私も混ぜて!」

 

「「いつからそこにいた!?」」

 

 

 

 

 




さぁー、胡蝶姉妹を攻略し終え、次はどうしましょうかね。
数年後パターン、ぐだぐだ日常編をやりながら唐突の鬼狩り。
いろいろ方法はあるけどなぁ。
善逸もまだ原作前すぎてじいちゃんと一緒に登場させるのも早い気がする。

困ったなぁ。

感想評価を頂けるとモチベーションが爆上がりいたしますので、どうぞよろしくお願いします。
一発ネタだからいつエタるかわからんのだ、皆さんの声援でこの作品はまだ生きていられるっ!


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津波くらい斬ればよくない?

そろそろ必殺の時飛ばしが発動します。

はよ話進めたいのでな。
その割に日常多いとか言わないで。


蝶屋敷に住人が増えました。

 

「カナヲは可愛いわぁ〜」

 

「わかる。これはしのぶとはまた別の可愛さ」

 

「二人とも甘やかしすぎよ!」

 

栗花落カナヲ。

カナエとしのぶが買い出しに行った際に拾ってきた?女の子。

無表情無感情で、命令がなければ動かない。

 

でも可愛いから許される。

しのぶがやきもち焼いてしまうかもしれないけれど、可愛い。

どこが可愛いとか可愛い部分が多すぎて言えないけれど可愛い。

とにかく可愛い。

 

俺とカナエはそれはもう甘やかす。

高級なお菓子を買ってあげたり、着物を次々に購入。

カナエとの稽古を取りやめてカナエとカナヲと俺の三人で街に繰り出したりもしている。

帰ってくるとしのぶがそれはもう怒っているわけだが、カナヲの為だから仕方ない。

 

子供や孫が俺にできればこれくらい甘やかすんだろうなぁ。

いや、もはやカナヲが俺とカナエの娘みたいなもんか。

一体いつの間に俺とカナエ結婚してたんだろう。

いや、してないんですけども。

 

「安心してくれしのぶ。後でしのぶにも同じことしてやるから」

 

「そういう事を言ってるんじゃないんですけどね」

 

しのぶと正式に恋人関係に発展したわけだが、あれからしのぶは少しずつ感情の起伏が少なくなってきている。

声を張りあげることが少なくなった。しのぶの思う理想の女とやらを目指しているらしい。

俺はしのぶに怒られるのも好きだったんだけどなぁ。

 

「自分で考えられないのは危ないから、あまり甘やかさないようにって言いましたよね!」

 

でもやっぱり所々素が出るしのぶ。可愛い。

 

「うん、だからあんまり甘やかしてないよ」

 

「十分甘やかしているように私には見えますが?」

 

そうだろうか。カナエと二人でカナヲに抱きつきながら目を見合わせる。

え、これ甘やかし過ぎてる?そんなことないよね?

 

割と真剣にきょとんとしているカナエと俺。

しのぶは笑顔を浮かべているがその笑顔が少し怖い。

 

「ほら、しのぶもおいで」

 

「四人でくっつきましょう?」

 

「カナヲのためにならないから言ってるのに」

 

ぶつくさと不満を漏らしながら、しのぶは俺とカナヲ、カナエに抱きつく。

カナヲを中心に三人が取り囲むように抱きついている。

相変わらず俺たちは外野から見れば意味のわからない事をやっているがこれが俺たちの愛情表現。

 

「カナヲも、しのぶみたいに好きな男の子でもできたら変わるから大丈夫よ」

 

「……そう言われたら何も言えないじゃない」

 

カナヲは嫁にやらん!なんて事を言ってみたいなぁ。

カナヲが嫁に欲しくば俺より強くなきゃ許さん!とか。

そして完膚なきまで叩きのめしてやりたい。

 

「しのぶは可愛いなぁ」

 

「でしょ?私の妹だもの」

 

「カナエも可愛いよ」

 

「ありがとう」

 

「纏楽さんもカッコいいですよ」

 

「うん、纏楽くんが一番カッコいいわ」

 

「ありがとう、二人に言われるのが一番嬉しい」

 

カァーカァー

 

なにやら鴉が鳴いているが完全に無視。

この空間を邪魔する奴は何人たりとも容赦はしない。

 

「な、鳴柱様ー!あの、一ノ瀬様!」

 

隠の人が話しかけてくるけれど無視。

 

三人をより強く抱きしめる。

しのぶやカナエは呆れた顔をしているけれど俺にとっては任務より何よりこの時間が大切なのだ。

鬼殺なんて後でもいいじゃん。

大丈夫だよ、きっと他の隊士がなんとかしてくれっ!?

 

「お館様に言われて来てみれば案の定って奴だな」

 

「幸せなのは構わないが責務は果たすべきだろう!」

 

まさかの天元と杏寿郎によって引き剥がされた。

なんでこの二人が!?

 

「お館様がお前をなんとかしろって言うからな」

 

「無辜の民の幸せも守らなければならん!」

 

まさかのお館様の命令。

俺が幸せのあまり働かないのまでお見通しとは流石お館様。

 

しかもそのために柱を二人も動員するとか、俺を働かせるのは上弦の鬼討伐と同じくらいの難易度だということか。

 

「うぅ、カナエぇ、しのぶぅ」

 

「うふふ、帰ってきてから続きをしましょう?」

 

「流石に怠け過ぎですよね」

 

がーん。二人に見捨てられた。

頼みの綱は後一人、カナヲ!

 

「ほら、カナヲも何か言ってあげて」

 

「……いってらっしゃい」

 

手を振って見送りの言葉をかけてくれるカナヲ。

 

「行ってくるわ、鬼舞辻斬ってくる。今ならなんでもできる気がする」

 

圧倒的可愛さによって俺のやる気は最高潮である!

これは働かないとかない。幸せに浸っていた分、もっと働かなければ!

 

 

 

 

 

「い、一ノ瀬様!」

 

「な、鳴柱様ぁっ!?」

 

「なんだお前ら」

 

なにやらみたことある顔と、サラサラ髪の男が現場にはいた。

なんで一般隊士と一緒に仕事しなきゃいかんのだ。

 

「ご、五味です!こっちは同期の村田!まさか救援に柱がいらっしゃるとはっ」

 

「あぁ、ゴミか」

 

「五味です!」

 

いつぞやの任務で一緒になったやつではないか。

 

「で、お前は?村田だっけ、なんの呼吸?」

 

「み、水の呼吸です!……薄いですけど」

 

あぁ、呼吸が弱くて特有の幻視が不可な奴か。

まぁ水の呼吸なら臨機応変に対応できるか?

 

「で、ゴミはなんの呼吸?埃とか塵の呼吸?汚いな」

 

「そんな呼吸ないわ!風の呼吸ですよ!」

 

「ふーん。派生させてゴミの呼吸とか似合うと思うんだけど」

 

「似合ってたまるか!」

 

蝶屋敷から引き離されたこの鬱憤を五味を弄ることによって晴らす。

……なんでコイツらいるんだ?

 

「なんでお前らいるの?」

 

「俺たちじゃどうにもできないから待機してて、情報共有しようと」

 

ふーん。

そんな厄介な奴なの?

 

「霧を発生させる血鬼術で、方向感覚が狂うんです。それに、鬼はそこにいると思ってもいなくて」

 

「わかった。お前らは帰っていいよ。幻覚見せられて同士討ちするのもダメだしな」

 

こういう鬼は同士討ちを狙うことが多い。

それならば、単体戦力で押し切ったほうが早い。

 

「で、どこ?」

 

「この先の湖畔です」

 

「了解、隠の人たちと待機してて」

 

二人に言われた方向へ進む。

少しずつ空気がひんやりとしてくるのは血鬼術によるものか、湖畔故か。

 

ふわっ

 

「ここか」

 

この領域に入った途端に霧が発生した。

一歩下がると消える。

幻覚を見せるのか、蜃気楼みたいなものか。

 

刀を抜いて警戒を始める。

気配や殺気はない。俺は杏寿郎との模擬戦を重ねる度に殺気や相手の狙い、挙動がわかるようになってきた。

調子がいい時は、変な世界に潜り込む事も可能。

 

つまり、俺の感覚なら——

 

ギィン

 

金属音が響く。

俺の刀が、刃を受け止めた感触。

 

つつー、と水滴が刀をつたい落ちる。

 

水の刃?

俺はとことん何かを操る血鬼術を使う鬼と縁があるなぁ。

 

刃が飛んできた先からは気配はない。

……この霧か。

 

水分自体を操っているなら、霧から水の刃を生み出している。

するとこの霧の中に踏み込んだ事が悪手だが、この霧自体には殺傷力はないとみた。

 

「タネが分かれば難しくはない。残念だったなぁ、鬼」

 

「……あはは、僕のところにたどり着いた人は君が初めてだよ」

 

鬼は、少年の姿をしている。相当幼い時に鬼にされてしまったのか。カナエならば同情から殺すのを戸惑ってしまうのかもしれないが、コイツの足元には夥しいほどの血が飛び散っている。

コイツは多くの人を、隊士を殺した。

 

許すわけにはいかない。

 

「死ね」

 

俺は、鬼のいない空間へと刀を振るった。

……手応えが浅い。姿が見えない分頸を狙うのは難しいな。

 

「あはは、よくわかったね。目に見える僕は僕じゃない、幻影さ。でも、それだけが僕の血鬼術じゃない」

 

鬼の背後の湖から、水が俺に向かって押し寄せてくる。

 

「ほらほら、逃げないと溺れ死ぬよー!」

 

水は龍を模して俺に向かって飛来してくる。

水圧、窒息を狙う攻撃。

龍は複数。鬼の姿は見えず頸を切り落とすのが難しい。

なるほど、俺が駆り出されるのもわかる強敵だ。

 

だがしかし——

 

「俺の至福の時を奪った罪は重い」

 

ドンっという踏み込みの音を残し、その場から消える。

 

「き、消えっ!?」

 

気配のする箇所を横薙ぎ。

水龍が消えない、まだ頸は落ちてない。

 

そのまま連撃で強引に頸を落とそうと試みるが、俺の周囲に水の針が出現。

軽く百を超えるその針が俺に向かってくる。

 

陸ノ型電轟雷轟

 

全方位へ青い雷が放電のように放つ。

俺の斬撃によって斬られた水の針は、ぱしゃりと元の姿へと戻る。

 

続けざまに俺を殺さんと水龍がまるで伝説の八岐大蛇のように八つの頸をもって俺を狙う。

八つ別々の方向から。だが、足りない。

 

壱ノ型霹靂一閃 八連

 

八度雷が轟くようなけたたましい音と共に霧の世界が光る。

次の瞬間には八岐大蛇全ての頸が斬り落とされ、大量の水が地面を濡らす。

 

「こ、これならぁっ!」

 

湖がせり上がる。

その大量の水は津波のように、俺の身長の十数倍の高さを誇って押し寄せる。

 

「雷の呼吸 伍ノ型熱界雷」

 

神速の斬り上げ。

青い稲妻が下から上へと迸ると津波は割れ、俺を避けるように背後を打ち付けた。

まるで西洋の聖人伝説さながらに。

 

「なんでっ!なんで水が!津波が斬れるんだよぉ!」

 

水による波状攻撃が途絶えた。

狙うなら今!

 

弐ノ型稲魂

 

鬼を同時に五回斬る。

しかし、いつもと違い五度の横薙ぎ。

五回、姿が見えない鬼を斬って強引に頸を斬り落とす算段である。

 

気配を感じなくとも、これだけ足場が濡れていれば鬼が立っているところはわかる。

 

それにこの鬼は——

 

「なんっ、で!?」

 

子供の姿をしていない。

幻影で子供の姿を投影し、頸の位置が低いと誤認させていたのだ。

だが、水溜りの揺らぎから、足の大きさは幻影の姿以上である事が分かった。

 

手応えからも、それまで顔付近を斬っていた感触ではない。

本当の姿は成人した姿の鬼であったから。

 

そこまで分かれば後は頸が落ちるまで繰り返し斬るだけ。

幸いにも雷の呼吸には試行回数を稼ぐ技がある。

 

運良く、一度で終わったみたいだけど。

 

というかそもそも

 

「水で雷に勝てるわけないだろうが」

 

鬼が灰となって消える。

それと同時に白い霧の世界も消失。

 

辺りは月明かりの差す平凡な世界となった。

 

「お、おわった、んですか?」

 

「柱、とんでもねぇ」

 

背後から聞こえる震えた声。

振り向くとなぜか濡れ鼠になった五味と村田の姿があった。

コイツらは霧の外にいたはずでは?

 

「なんでお前ら濡れてるんだよ」

 

「津波がこっちまで押し寄せてきたんです。流されて気がついたらこの辺に」

 

「というかなんでアンタは濡れてないんだ!」

 

「おいおい、津波ぐらい斬ってなんとかできるだろ」

 

「「できるか!?」」

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、纏楽くん」

 

自分の屋敷へ帰るとそこにはカナエの姿があった。

この時間にここにいるということは現在蝶屋敷には怪我人がさほど運ばれていていないということだ。

 

「ただいま」

 

「軽食でもとる?」

 

「いや、いいや。汗拭いたらすぐ寝る」

 

「手ぬぐい持ってくるわね」

 

俺の屋敷なのに正直俺以上に把握しているカナエ。

すぐに手ぬぐいやら着替えやらを持ってきてくれる。

 

これはもう実質嫁では?カナエは俺の嫁!

 

「はい、体拭いてあげるわよ?」

 

「よろしく」

 

以前の怪我の際にカナエとしのぶに散々体を拭かれているのでもはや羞恥心などなくなってしまった。

カナエも顔色一つ変えずに体を拭いてくれているので、慣れたものなのだろう。

 

「カナヲは、どうするんだ?」

 

しのぶは自分から志願して鬼殺隊へ入隊する予定。

だが、命令がないと動かず、硬貨を投げて是非を決めるカナヲ。

 

「うーん、素質があったら花の呼吸を教えてみるけど、とりあえずは蝶屋敷で一緒にお仕事してもらおうかなって思ってるわ」

 

「じゃあ、カナヲはカナエの継子第一号だな」

 

「まだ柱になってないのに気が早いと思うのだけど」

 

「カナエは柱になれるよ」

 

「そうだといいなぁ。堂々と纏楽くんと一緒に並んで戦えるもの」

 

「今のカナエなら、前みたいにちょっと強いくらいの鬼に遅れなんて取らないよ。杏寿郎や天元とも少しずつ打ち合えるようになってきたじゃん」

 

天元や杏寿郎は割と頻繁に蝶屋敷や俺の屋敷を訪ねてくる。

そのため、カナエの稽古にも二人は付き合ってくれる。

結果、カナエは三人の柱と稽古しているわけで、メキメキと実力をつけている。

 

「纏楽くんの足手まといには、もうなりたくないから」

 

「気にしすぎだよ、気楽にいこうぜ。しのぶには前に言ったけど、世の中余裕のある奴が強いんだ。カナエはいつもの笑顔でいればそれで最強だから」

 

「私の笑顔、最強?」

 

「当然!俺なんかその笑顔にイチコロだったんだぞ」

 

女神カナエの所以はその美貌だけではなく優しく浮かべられた笑顔なのだから。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

体を拭いて着替え終わる。

するとカナエは抱きついてきた。

 

「蝶屋敷に戻らないのか?」

 

「今日はここで寝るわ。いいでしょ?」

 

「断る理由がない」

 

 

 

一つの布団でカナエと添い寝をした。

お互いに抱きついていたけれど、子作り的なことはなかった。

 

朝訪ねてきたしのぶは勘違いしたのか顔を真っ赤にしていたけど。

 

 

 




カナヲの扱いに困り、結局いつもの可愛がりパターン。
ヒロインかどうかといわれるとそうでもない。
ただ可愛がってる。なぜなら可愛いから。

感想評価をお待ちしております。
返信は基本しませんがすべて目を通しております故、何卒宜しくお願い致します。
私のモチベーションアップのためにも!


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誰か鬼舞辻倒してくんねぇかなぁ

難産という奴だ。遅れて申し訳ない。
そして必殺数年後発動です。


しのぶが正式に俺の嫁になって(なってない)、カナヲが蝶屋敷に来て早二年。

その間も稽古、鬼殺、稽古、鬼殺、鬼殺、いちゃいちゃ、稽古と苦労が絶えなかった。

 

俺は十六歳になり、身長もカナエよりも少しばかり大きくなった。

筋肉もついて技の精度と練度、威力も格段に上がった。

柱の中でも最弱なんて言われることもないだろう。

 

そして、この二年という歳月は胡蝶姉妹も成長させた。

しのぶの研究は鬼を確実に殺せる毒の完成まであと僅かだという。

加えて普段から笑みを浮かべ、俺の言った余裕のある姿を体現している。身長も少しずつではあるが伸びてきている。

 

更に、蝶屋敷に従業員が増えた。

アオイ、きよ、なほ、すみ。この四人はカナエやしのぶが拾ってきた。身寄りがなかったり、鬼殺ができない隊士だったりする。

この四人は蝶屋敷では大活躍。機能回復訓練や患者の世話などをこなしてカナエとしのぶの負担を大幅に減らしている。

 

カナヲは相変わらず無表情無感情を貫いている。

相変わらず命令がないと動かないけれど、撫で回したりお土産を渡したりすると僅かに表情が変化するので甘やかしてしまう。

やりすぎるとアオイやしのぶからお叱りを受けるが仕方ない。

 

そして、胡蝶カナエ。

二年間俺とともに稽古を積み、鬼を狩ってきた。

その結果……体つきがより女性らしくなりました。

俺も年齢が上がったことも相まって非常に性的興奮を覚える。まだ手を出していないけれど、もはや時間の問題だと思われる。

あと、カナエは花柱へと就任した。

 

「お前らなぁ、柱合会議の最中にいちゃつくのはやめろっ!」

 

柱とお館様が一堂に会する会議、その後で天元に俺とカナエは呼び出された。

要件は会議中にいちゃつくなという事だが…

 

「いや、いちゃついてないだろ?なぁカナエ」

 

「うん、いちゃついてるつもりはないわね」

 

「ずっと手繋いで顔見合わせてニヤニヤして、いちゃついてないわけねぇだろ!脳みそ爆発してんのか!」

 

いいじゃん、話はちゃんと聞いてるし、お館様も何も言わないんだから。

お館様は優しいから度が過ぎていなければ大丈夫なのだろう。

ほら、一応コソコソしてるし。

 

「天元もお嫁さん連れてくればいいじゃん」

 

柱合会議に柱でもない人を連れ込んだらそれこそ怒られそうだけれど。

俺たちは二人とも柱だから許されているのかも。

そう考えると俺たち柱同士で恋仲とはすごいのではなかろうか。

いずれは鬼殺隊最強のおしどり夫婦なんて呼ばれたりするのだろうか。

 

「アホか!いやアホだ!あんな大事な場でいちゃつくのなんてお前らだけだわ!」

 

「うふふ、私たちはどんな時でも愛し合ってますから」

 

「どんな時でもカナエのことを考えてるから」

 

ねー!とカナエと俺は同調。

しのぶと比べてのんきでいたずら好き。

こういう悪ふざけにもよく付き合ってくれる。

 

「時と場合を選べって言ってんだボケェ!」

 

「お館様もあまね様がいるから似たようなもんだろ」

 

「あの方たちをお前らと一緒にすんな!」

 

えー、確かにあまね様はお館様の補佐のために常にそばについている。

でもそれを言ってしまえば、カナエは俺の継子で柱。いわば俺の右腕と言っても差し支えない。

なら手をつないでいるくらいいいと思うのだけれど。

ほら、右腕がなくなると落ち着かないだろ?

 

「しのぶも柱になったら三人で手をつないで柱合会議に出席できるかしら」

 

「お、いいなそれ。カナヲも柱になったらみんなでくっついて会議に出よう」

 

「柱合会議を私物化すんな!させねぇぞ!」

 

蝶屋敷の面子がみんな柱になったらもはやただの家族会議みたいになってしまう。

家族といえば、アオイやきよ、すみ、なほの四人は俺を家族のように慕ってくれている。

アオイは一昔前のしのぶのように気が強いけれど、俺によく話しかけてくれる。

きよ、すみ、なほもよく一緒に庭で戯れている。

 

みんな俺の家族みたいなもの。

自分の屋敷よりも蝶屋敷に滞在している時間の方が長いかもしれん。

 

後はカナヲが自分から俺に絡んできてくれれば完璧なんだけどなぁ。

 

「いいか!柱合会議は鬼殺の今後を左右するド派手に重要な場だ!半年に一回だから殉職者もいて全員揃わないときもある。そんな空気の中いちゃつくなって言ってんの!」

 

「「だからいちゃついてないって」」

 

「……殺す」

 

「おいおい天元、隊士同士の真剣での揉め事は隊律違反だぞ」

 

「宇随さん、落ち着いて?」

 

天元は自らの持つ二本の刀を抜くと俺らに向けてくる。

あれ、もしかして割と真剣にまずい?

 

「お前らみたいな脳みそ爆発してるやつらは一回ボコボコにしないとわかんないだろ」

 

ゲッ。ちょっと調子に乗りすぎた?

天元の口元からは呼吸音が聞こえる。

おいおい、それはまずいって。

 

「音の呼吸壱ノ型——」

 

 

 

 

 

天元が暴れ、俺とカナエが逃げ回っていたところを通りすがりの悲鳴嶼さんに見つかり、三人そろってお叱りを受けました。

 

俺とカナエは二人で性懲りも無く手を繋ぎながら帰宅中である。

 

悲鳴嶼さんは鬼殺隊岩柱、カナエとしのぶの恩人でもあるらしい。

数珠をもって南無阿弥陀仏とつぶやいたり、唐突に涙を流したり体がでかかったりと強烈な印象を残す人だ。

 

俺が柱になった時にはすでに柱として鬼殺を行っており、その実力は柱の中で最高なのではないかと思われる。

実際に戦闘しているところは少ししか見たことがないけれどそれでも悲鳴嶼さんは圧倒的な雰囲気を纏っている。

 

一年と少し前俺は悲鳴嶼さんと親交を深めた。

きっかけは一人の少女。沙代という女の子を俺が救ったところからだった。

 

『あのっ、悲鳴嶼というお坊さんを知っていますか!?』

 

沙代が鬼に襲われているところを助けた俺が最初にかけられた言葉がそれだった。

彼女は以前にも鬼に襲われたことがあるらしい。それも、悲鳴嶼さんの下で。

 

『あの人に、謝りたいんです』

 

ものすごく悲しそうな顔をしていたのだ。

そういわれては断れないと鴉を使って茶屋に悲鳴嶼さんを呼び出し、二人は感動の再開を果たした。

二人とも涙ながらに話をしていたが、間に俺がいると迷惑かとも思ったのでしれっと抜け出した。

 

一人で茶屋を出ると何やらご立腹な胡蝶姉妹に遭遇。

なにやら俺が沙代を連れて茶屋に入っていくところを偶然見かけていたらしく、浮気を疑ったそうな。

 

『へー、纏楽くん、まだ女の子を侍らせたいの?私たちに不満でもあるの?』

 

カナエは笑顔を浮かべているのに、ゴゴゴと空気が揺れている様に錯覚するほどの怒気。

 

『……毒でも盛ればいいですか?』

 

恐ろしいことを呟きながら、俺を逃すまいと腕をがっちりと掴んで離さないしのぶ。

 

俺、何にも悪いことしてないのに。

俺が店先で土下座で平謝りをしているところに、店から出てきた悲鳴嶼さんたち。

胡蝶姉妹に弁解するのを手伝ってもらったのだ。

 

「俺悪くないのに浮気を疑われるなんてなぁ」

 

「そっ、それについては本当にごめんね。何度も謝ったじゃない」

 

胡蝶姉妹を宥めたのちに、悲鳴嶼さんは律儀にもお礼を言ってきた。

 

『謝辞を述べる……他の隊士がなんと言おうと君は立派な柱だ』

 

当時、俺は比較的周りの隊士から避けられていた。

若くして柱になり胡蝶姉妹といちゃついているなどやっかみの対象になるのは当たり前。

胡蝶姉妹や、杏寿郎、天元、五味、村田といった面々以外は俺のことを悪く言う者が多かった……らしい。

全く気が付いていなかった。悲鳴嶼さんに言われたとき正直何の話?ってなったもの。

 

まぁ、つまるところ俺は悲鳴嶼さんに気に入られたらしい。

 

今まで柱合会議で悲鳴嶼さんと顔を合わせても話しかけづらかった。

だって怖かったし。でかいし、どんな人なのかわからなかったし。

 

でも今は割と簡単に話しかけられる人だとわかった。

敬意をこめて悲鳴嶼さんと敬称を付けて呼んでいる。

 

天元にはいらないけど悲鳴嶼さんには敬称必要だろ。

こう、なんていうのか、天元とは違う大人な雰囲気が滲み出ているから。

そんでもって俺たちが柱合会議でベタベタくっついていることに対して何も言わない。

 

真面目な杏寿郎も、俺たちが話を聞いていることは分かっているので、とやかく言わない。

 

義勇は少し離れたところで我関せずを突き通しているし、他の柱の面々も何も言わない。

 

柱という人たちは強い代わりにどこか人として変なのだ。

俺とカナエくらいだよ、普通なのは。

 

「悲鳴嶼さんの日輪刀、刀じゃないもんなぁ」

 

なんだよあの鉄球。トゲトゲしてるし重そう。鎖とかついてるのを上手く振り回すの難しそう。

 

「首を斬るっていうより潰してるものね」

 

流麗な動きに重きをおく花の呼吸とは全然違う。

それでもあの人の戦う姿は圧倒的戦闘力からか、見るものを驚かせ、守られている者を安心させる。

 

「でも、私は纏楽くんの剣技が好きよ」

 

「ありがとう。でも俺はカナエの剣技が一番好きだけど」

 

二年、天元や杏寿郎、俺とともに鍛錬を積みカナエは本当に強くなった。

花の呼吸という名前を冠するに相応しい流麗で美しい技、体さばき。

持ち前の目の良さで相手の動きを読み、封殺する。

 

まだ師匠として稽古では負けていないけれど、日に日に強くなっているのでヒヤヒヤである。

 

ちなみに、カナエとしのぶが俺に連敗続きで拗ねると、必殺の抱きつき攻撃を敢行してくるので、ちょいちょい稽古にならなくなるけれど仕方のないことだろう。

……二人が抱きついてこようとするのを回避なんて出来るだろうか、いやできない。

そこに鴉が鳴くと俺はいつも通りブチギレ状態で鬼を狩りに行く。

 

「まだまだ纏楽くんには及ばないもの。もっと頑張って纏楽くんに安心してもらえるようにならなきゃね」

 

「それは一生無理かなぁ。たとえカナエが鬼殺隊最強になっても心配なものは心配だよ」

 

ちなみに俺は俺の鎹鴉とカナエの鎹鴉両方にカナエ、しのぶを筆頭に蝶屋敷の面々に危険が及べば俺に大至急報告に来るように言いつけてある。

だって心配だから。

 

「むー、纏楽くんに並び立つために強くなってるのにそれじゃあ意味ないわ」

 

「柱に就任したんだから並び立ってるだろ」

 

カナエの実力云々ではなく、好きな人に危険な目にあって欲しくないという願望だから仕方ない。

 

「私だって纏楽くんの事心配なのに」

 

「ありがとう。でも、きっと大丈夫だよ。俺が柱でいるのも、きっとそんなに長くない」

 

「纏楽くんの弟弟子のこと?」

 

「そう、それも二人。そろそろ俺も引退かなー」

 

爺さんと文通している感じでは二人とも才能が尖っているけれど面白い奴らだという。

これは俺を隠居に追い込んでくれると信じている。

やがては俺の継子から柱へなって欲しいものだ。

 

「まだまだ若いのには負けん!とか言うところじゃない?」

 

「引退して早くカナエとしのぶで平和に暮らしたいから」

 

結局それに尽きるのだ。

俺が柱を目指していたのは恩人である爺さんの顔に泥を塗らないため。

このままいけば後継も二人いて鳴柱は続いていくだろう。

 

そうすれば俺もお役御免だ。

狙えるならば鬼殺隊最強の座でも目指そうとも思っているけれど、悲鳴嶼さんを超えるとなると……正直あんなイカツイ武器の使い手と戦いたくねぇ。

 

「なら、私も後継作って引退しなきゃね」

 

「いっそ鬼舞辻倒せればいいんだけどなぁ」

 

二年間鬼を斬ってきても鬼舞辻の尻尾も掴めない。

 

「そうね。どちらにせよ、頑張りましょう」

 

「そうだなぁ」

 

なんか唐突に始まりの剣士の末裔みたいなのが現れて鬼舞辻倒してくれないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 




じいちゃんは新弟子を取りました。
つまり少し原作に近づきました。
過去を消化しつつ、書きたいことを今後とも書いていきます。
……更新速度には期待しないでね。

感想評価を頂けると疾走する可能性が下がりますのでみなさんどうぞよろしくお願いします。


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愛の力で鬼を狩る

三千文字書いたところでデータが消し飛んで激萎え侍な私でございます。
話を追うごとに投稿速度が遅くなっていって申し訳ねぇ。




しのぶと手をつないで夕暮れ時の街を練り歩く。

蝶屋敷の備品購入という目的はすでに果たし、ある程度時間ができたので二人で逢瀬の真っ最中である。

 

「重くないですか?」

 

風呂敷を担いでいる俺の心配をしてくれているしのぶだが、正直全集中の呼吸を会得している隊士ならこれくらい余裕であることはしのぶも承知のはず。

つまるところしのぶは荷物を俺にすべて預けているということが不満らしい。

 

「大丈夫だよ。お気遣いどうも」

 

「夫婦なら、荷物はともに背負う物でしょう」

 

「家庭ってのは旦那が支えるもんだろう」

 

結婚しているわけでもないのにこのような会話を淡々と続けるところから俺たちの仲の良さはわかってもらえることだろう。

 

「ふふっ、嫁がか弱いだなんて、胡蝶家には通じませんよ?」

 

そう不敵にほほ笑むしのぶは懐から小さな木箱をのぞかせた。

それには俺も見覚えがある。

 

「なんでそんな物騒な物を持ち歩いてるのさ」

 

ただの買い出しで日が暮れる前には帰るつもりなので俺も日輪刀は置いてきているというのに、しのぶは懐に藤の花の毒を仕込んでいる。

 

「懐に入れていたのを忘れていたんです。うっかりです」

 

「うっかり懐に毒を忍ばせる女、胡蝶しのぶ」

 

「体が小さくて力が弱いからって馬鹿にしないでくださいね」

 

「少なくとも蝶屋敷を利用した隊士がしのぶの事を馬鹿にするわけないだろ」

 

俺は言わずもがなであるが、機能回復訓練をしのぶに見てもらった隊士たちはもれなくボコボコにされているので馬鹿にできようものか。

しのぶを馬鹿にするということは二人の柱を同時に敵に回すということでもあるので、隊士たちは蝶屋敷の女性には手を出さないという共通の認識ができているらしい。

 

「むぅ、最近は小さくて女という理由で私を見下す隊士が少なくなってきてつまらないです」

 

「機能回復訓練でボコボコにしてしのぶが見下すまでが一連の流れだったもんな」

 

最近はしのぶだけでなくアオイやカナヲも機能回復訓練の監督として参加し始めそんじょそこらの隊士よりも鋭い動きをするとして有名である。

 

「私の体はいつになったら大きくなるのでしょうか」

 

「胸は膨らんできてるのにな」

 

「纏楽さんじゃなかったらぶっ飛ばしてます」

 

「俺が俺でよかった」

 

「纏楽さんはだいぶ身長伸びましたよね。うらやましいです」

 

俺も二年でそこそこ身長が伸び、カナエと同じくらいだったところから頭一つ分くらい成長した。

それでも天元や悲鳴嶼さんには全然及ばないわけだけれども。

あの人たちは化け物。何食べたらあんなに大きくなるのか皆目見当もつかない。

 

「しのぶは小さくても可愛いから大丈夫だよ」

 

「女性は可愛いって言われるより美しいって言われるほうが嬉しいんですけどね」

 

「カナエはどっちの言葉も喜んでくれるぞ」

 

「姉さんは単純だから」

 

「ひでぇな」

 

いつもニコニコ笑顔なカナエは俺の言葉いちいちに喜んでくれる。

その笑顔を一層輝かせてくれるのだから俺も調子に乗って愛の言葉を投げかけるのだ。

 

「私は単純な女じゃないので、あの手この手で愛してくださいね」

 

そんな言葉を夕焼けに染まった空の下で口にしたしのぶの顔は空と同じ色をしていた。

そんなしのぶが愛おしくて握った手をもっと強く握りしめる。

 

「それにしても、少し遊びすぎてしまったでしょうか」

 

本来なら夕刻には蝶屋敷に帰る予定だったのだけれども、しのぶと二人で長時間街を楽しんでいたので時間もずれ込み日も沈んでしまいそうである。

 

「今刀持ってないから怖いんだよな」

 

一般人では持ちえない考えだけれど一度鬼という存在を知ってしまうと、夜は鬼という存在を連想させる。

 

「纏楽さんなら刀がなくても鬼を圧倒できるじゃないですか」

 

「……悲鳴嶼さんと一緒にしないでくれ。できるけど」

 

こういう話をしていると運がよくない俺はたいてい鬼と遭遇してしまうのだけれど、さすがにまだ日も落ちてないしそんなことないだろ!

 

「あ、日が落ちましたね」

 

やめてくれ。どんどん鬼と遭遇する条件がそろっていく。

ほんとにやめてね。お願いだから。

 

「そういえばしのぶは日輪刀どうするんだ?」

 

頸を斬る力のないしのぶには普通の刀は必要ない。

とはいっても悲鳴嶼さんほど特殊な刀?を発注するのもどうかと思う。

……特殊な事例にいちいち悲鳴嶼さん引き合いに出てくるの何なのだろう。

 

「毒の調合を可能にする仕組みの刀を里の方たちと相談をしています。まぁ、最終選別を終えてからの話なんですけどね」

 

「散々隊士たちをボコボコにしておいてしのぶは隊士じゃないってすごいな」

 

隊士でもない女の子たちにボコボコにされる隊士。隊士の質が落ちているとはやはり本当なのだろう。

しのぶは俺の継子みたいなものだから仕方ないとして、アオイやカナヲに負ける奴らはダメだろ。

 

……ん?

 

視界の端で黒い影が動く。

動きから察するにそこまで人は食っていないな。

 

「……纏楽さん」

 

「はぁ、うん」

 

どうしてこうなってしまうのだろうか。

今刀持ってないって言ってるだろ!

なんなら隊服も着てない。

 

「あぁ、憎たらしい。その幸せ壊してやりたいな!」

 

俺たちの正面に躍り出た鬼はそんなことを宣う。

俺たちのことが夫婦かなんかに見えているからだろうか。

中々見る目があるじゃないか。街の商人には「兄妹かい?」なんて言われたから俺たち恋人に見えないのだろうかと傷ついていた。

 

「……泣き叫んで逃げろよ!ほら、異形の存在が——」

 

ドパンッ

 

壱ノ型の踏み込みから急接近。蹴りを顔面にぶち込むと、赤い花が弾けて鬼の体が吹き飛んでいく。

 

「しのぶ、毒の用意しといて」

 

「はい」

 

日輪刀を持っていない俺は鬼にとどめをさすことができない。

うっかり毒を所持してたしのぶに任せるしかないが、その毒も未完成のもの。

さて、どうするか。

 

「近くの隊士から刀奪ってこい!」

 

俺の上空を旋回している鴉に端的に用件を伝える。

多分その必要はないけど、保険は大事。

 

「お前ら、鬼狩りかぁ!聞いてないぞ、くそくそくそ」

 

あぁ、隊服着てないからなめられてたのか。

加えて刀は持ってない。本来なら絶体絶命の危機なのだけれど。

 

「まぁ、何とかなるだろ」

 

「頼もしいですね」

 

俺の壱ノ型(蹴り)に反応できない時点でこの鬼の実力に脅威は感じない。

俺もしのぶも余裕の笑みを崩さない。信頼関係が構築されているからこその余裕。

注意すべきは血鬼術だが——

 

「そんなに愛し合ってるなら、望みをかなえてやるよぉ!」

 

「「へ?」」

 

俺としのぶの体が引きあい、くっついた。とはいっても手がくっついてはなれなくなった程度だけれども。

離れようにも離れない。

ぐぐぐぐ。とれない。

 

うん。正直微妙な能力。

いや、確かに強力だけど互いの手が取れなくなるって……

うん、わかるよ?能力が強くなってないんでしょ。人をあまり食べてないから。

 

「とれませんね」

 

「とれないな」

 

「これでぇさっきみたいな速さは無理だろぉう!」

 

うーん、他の隊士だったら無理だったかもしれないけど、俺としのぶに限ってはそんなことないのだ。

なぜなら俺は蟲の呼吸の成立に助力している。足さばきを重要視するという点では雷の呼吸と同じ。

つまり、俺としのぶはたとえ手をつないでいたとしても関係ない。

 

「蟲の呼吸 壱ノ型」

 

しのぶの呼吸にあわせて俺も息をする。

練習など不必要、俺としのぶなら自然と息は合う。

 

優雅なそれでいて雷の呼吸のように速度を持った蟲の呼吸。

この程度の鬼が相手ならば反撃されることなく——

 

「が、あぁ。なんでなんでなんでぇ」

 

毒を打ち込むことができる。

しのぶのつながれていない手には中身のなくなった注射器が握られていた。

 

「この調合は効果ありっと」

 

背後には苦しみに悶える鬼の姿が。

きっと血鬼術がつかえないとか、再生ができなくなるなんて効果ではなく、命を奪うことのできる代物なのだろう。

 

「毒、完成したのか?」

 

「はい。でも、数種類は作らないと」

 

頸を斬るという確実な方法から外れた毒というものを用いて鬼を殺そうとしているのだから慎重に動いているのだろう。

 

「階級己、五味塵太郎とうちゃく――またアンタか!」

 

俺の鴉が隊士を連れてきたらしい。

こいつとは何かと縁があるなぁ。

でもごめん、もう終わっちゃったんだ。

 

「なんすか、いちゃついてるのを見せびらかしに呼び寄せたんすか。鬼はもう片付いているじゃないですか。手なんかつないじゃって、ほんとふざけんなってマジで」

 

「これは血鬼術で手が離れないんだよ」

 

「そんな血鬼術あるか!あんた俺をからかうのもいい加減にしろよ!」

 

「五味さんこれは本当ですよ」

 

「……胡蝶さんが言うなら……」

 

「おい」

 

なんでしのぶの言うことはすぐに信じるんだよ。

普段の行いか?俺が普段から蝶屋敷で隊士たちを困らせているから俺への対応が悪いのか。

 

「……あれ、二人とも日輪刀持ってない、よな?」

 

「うん」

 

「ど、どうやって倒したん!?」

 

しゃべり方が崩れたぞおい。

いやまあ驚くのも分かるんだけれども。鬼は日輪刀で頸を斬らないと殺すことができない。

にも関わらずそこで鬼が死んでいる。

 

「ふふっ、秘密です」

 

「強いて言うなら愛の力だな」

 

「そうですね。私たちだから倒せたと言えますから、愛の力です」

 

正直この手がくっついてしまう謎の血鬼術、俺たちは全く困ってないし何なら一生このままでもそんなに困らない。

むしろ手がくっついたことを口実に仕事から逃げることは可能ではなかろうか。

 

でも、この血鬼術はもっと熟練度を上げていけばとてつもなく強力な能力になったことだろう。

ここで俺たちを隊服を着ていないからって襲ったことが運の尽きだった。

背後で灰となって散ってゆく様を見てそんなことを思う。

 

「胡蝶姉妹ってあんたと一緒だとおかしくなるよな」

 

「纏楽さんの前だと魅力的な女性でありたいですから」

 

「ありのままのしのぶが一番魅力的だよ」

 

「すんません、帰っていいすか」

 

「あ、隠の人呼んできて」

 

「なんで俺に頼むの?鴉に呼んできてもらえよ!」

 

「おいおい、だれのおかげで階級がそこまで上がったと思ってんだ?」

 

「ちくしょうっ!わかったよ!」

 

この何かと縁がある五味くん。

俺が暇つぶしに稽古をしてやったりしている。

その結果、階級を少しではあるが上げ、怪我をすることも少なくなったとか。

 

「彼が塵の呼吸の使い手ですか」

 

「うん、冗談でやらせたらほんとに形にしちゃったんだよね」

 

 

 

その後、ずっと手を離さない俺たちは「はいはいいつもの」と隠の人たちに見られながら蝶屋敷へと帰還した。

カナエは血鬼術を使われてないのにもう片方の手にくっついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつもワンパターンないちゃいちゃで申し訳ねぇ。
そろそろ話を動かしていこうと思うので戦闘はもうしばしお待ちを。

感想評価をくれぇ。
モチベーションを皆さんの力であげてくれぇ。
さすれば善逸や童磨も出てくるかも(期待はするな)


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説教ばっかだと血管切れるよ爺さん

近頃リアルが多忙で投稿できてませんでした。
そしてこの後も一月中は投稿厳しいです。
すんません。


「纏楽!お前は柱になっても逃げだしておるのだろう!」

 

たまには爺さんのところに顔を出そうなんてことを考えたのが運の尽き。

二人の弟弟子の前で正座させられすげえ恥ずかしい感じになってしまっている。

 

獪岳と善逸という可愛い弟弟子。

そんな弟たちにかっこいい姿でも見せられたらなんて軽い気持ちで来たら真っ先にお説教をくらいました。

あれじゃん、まずは頑張った孫(弟子)をねぎらうところじゃん。

俺鳴柱になったんだよ?爺さん以来途絶えていた鳴柱になったんだよ?

まずは褒めるところからじゃん。よくやったって言うところじゃん。

 

獪岳も善逸も現役の柱に説教できる爺さんすげぇみたいな視線を送ってるじゃん。

俺よりも爺さんのことを尊敬してるじゃん。

まぁ爺さんが俺よりも尊敬されるのはわかるけれども、俺だって結構なところまで上り詰めたんだから尊敬されたいじゃん。

 

「爺さん、もうお説教飽きた」

 

「全く反省しとらんな!?」

 

正直反省などこれっぽっちもしていない。

だって楽をして生きていきたいから。

カナエとしのぶや蝶屋敷の子たちと一緒に平和に過ごしていたい。

柱になろうが引退しようがその考えは変わらない。

 

「ところで爺さん」

 

「なんじゃ!反省するまで正座はやめさせんぞ」

 

「恋人が二人ほどできたんだけど」

 

「「はあぁ!?」」

 

「おおう、善逸までどうしたんだよ」

 

爺さんだけでなく善逸まで過剰な反応を示した。目をこれでもかと見開いて発狂するその様はそんじょそこらの鬼よりも怖い。

一方で獪岳は完全に俺たちの話は聞いていない。

うん、それが賢いと思うよ。だってこの謎の言い争いからは何も得ることはないから。

 

「人様に迷惑だけはかけてはならんといったのにお前というやつは!」

 

「なにそれなにそれ!柱になれば嫁さんたくさんもらえるの!?俺なんて女の人に貢がされた挙句に捨てられたのに!?」

 

師匠と弟弟子二人に詰め寄られて大声で色々と言われているが正直二人同時に叫ばれても何が何だか分からない。

俺はかの有名な聖徳太子ではないので。

 

「そのうち爺さんにも紹介するからそんな発狂しないでよ」

 

「お前は何をそんな呑気なことを言っておるのだ!」

 

「なんで騒いでるの?」

 

とりあえずぎゃいぎゃい騒いでいる善逸は無視して爺さんの説教を抜け出すことを考える。

もしや俺が悪いことをして女をひっかけたとでも思っているのだろうか。まったくもって心外である。

 

「お前ら弟子のしでかした不始末は儂の責任でもあるだろう!今すぐにその娘さんたちに頭を下げに行かなければ——」

 

「迷惑なんてかけてない……とも言えないかも」

 

よくよく考えれば迷惑はかけているかもしれない。

俺の無駄にでかいだけの屋敷の掃除をしてくれているのはしのぶだし、夜中に蝶屋敷に行ったときにお茶や軽食を作ってくれるのもしのぶ。俺が洗濯物をためているのを何とかしてくれるのもしのぶ。

……カナエもちょいちょい俺のお世話をしてくれるけれどやはり柱という地位にある以上あまり暇がないのである。

 

「でも、ちゃんと愛し合ってるから大丈夫だよ」

 

また善逸の声が響き渡るけれどそれも無視。

 

「……本当だな?」

 

なんでそんなに信用がないのだろうか。

ここまで私生活以外はしっかりとしてきたのに。

 

「今度二人を連れてくるよ。そしたらわかるって」

 

「ねぇねぇ聞いてるの纏楽さぁん!」

 

抱き着いて俺の髪の毛を引っ張り始める善逸。

鬱陶しいことこの上ない。

こいつには稽古を厳しめにしてやることにしよう。

 

 

 

 

 

シィィィィィィ

 

 

三人が呼吸を整えて、高速の剣戟を繰り出しあう。

 

初撃は善逸の霹靂一閃。

 

高速の踏み込みから俺に向けて木刀を振るう。

なぜか目が血走っていて殺意満々だけれど気にしない。

だが、ぬるい。

善逸の霹靂一閃は瞬間移動の域に至っていない。確かに他の呼吸の技に比べたら速いけれど、それでも杏寿郎といった柱の面々に比べると全くダメだ。雷の呼吸は最速でないといけない。

この程度の技量ならばどうにでもなる。

斜めに受けて斬撃を逸らし、善逸の後を見計らって斬りかかってくる獪岳の連撃を受ける。

 

背後から再び迫ってくる善逸の気配がする。

なるほど、獪岳との挟撃か。

 

だが足りない。

軸足を残し体を独楽のように回転させ善逸を木刀で殴る。

ちゃんと手加減はしているけど、大丈夫だろうか。善逸がゴロゴロと転がっていくのを横目に確認しながら今の回転斬りを受け切った獪岳の対応に戻る。

 

臆病でまっすぐな善逸とは違い、獪岳の目には俺を出し抜いてやろうという気持ちが前面に出ている。

こういう野心のある奴と稽古するのはこちらも気が抜けないので身になるというものだ。

 

でも、足りない。

獪岳の熱界雷による斬り上げを半歩身を引くことで回避。

今度は逆に俺が一歩踏み出して肘で獪岳の胸を打つ。

 

がぁっ、と口から息が漏れる獪岳。

呼吸を整えるのに時間を要するのならばここで脱落だが——

 

ドンドンドンドン

 

四度の踏み込み音がする。

次の瞬間には肉薄する善逸の姿が目に入る。

だがそれも遅い。霹靂一閃ならば斬られたことにも気が付かせることなく殺れる。

踏み込みの音がした時にはすでに斬っている段階にまで至ってようやく完成の技だから。

 

善逸の刀を振るう腕を掴んで抜刀を止め、そのまま投げる。

ぎゃあああぁぁぁ!?なんて悲鳴が聞こえてくるけれど、木刀で殴らないだけ優しいと思う。

 

俺が善逸の対処をしていた今の一瞬のうちに体勢を立て直したのか、獪岳は稲魂による五連撃。

しかし呼吸が整っていない状況で無理やり放ったからか太刀筋が緩い。

これなら、稲魂を後出しして相殺する必要もない、技も使わず五回木刀を振るうだけで事足りる。

 

獪岳の五撃目を上に弾いて胴体をがら空きの状態にする。そこに比較的優しく蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

ドンッ

 

そこに聞こえた一際大きな踏み込みの音。善逸か?

いやっ、違う!

俺の戦闘勘が危険だと警鐘を鳴らす。

 

ガキィッ

 

とっさに感覚を本気用に切り替え、迫りくる斬撃を受け止める。

二人の弟弟子の攻撃とは格が違う重い手ごたえが俺の木刀越しに伝わってくる。

この一撃は杏寿郎の一撃にも劣らない。そんな威力の技を放つことができるのは爺さんくらいである。

 

「おいおい、あんたは見てるだけじゃなかったのかよ」

 

「気が変わった」

 

その小さな体に似合わない獰猛な笑みを浮かべて俺と鍔迫り合う爺さん。

俺が爺さんの下を離れてから二年以上。現役引退してそれ以上の時が流れているにも関わらず衰えないこの爺さんはどういう体のつくりをしているのか。

引退したんだから、弟子が柱に就任したんだからもっと衰えていろよ!

 

一度離れてにらみ合う。

これはもう獪岳や善逸が入ってこれる雰囲気ではない。

爺さんの提案で弟弟子に稽古をつけてくれということになったのに、爺さんのせいで二人が稽古から閉め出された。

 

「現役の鳴柱の本気見せてもらおうかの」

 

はぁ、本気でやらなきゃ納得してくれないんだろうなぁ。

良い感じに打ち合った後に逃げ出したら大目玉だろうなぁ。

 

――雷の呼吸 捌ノ型迅雷万雷

 

爺さんには手紙で教えていても、実際には見せたことのない技。いくらこの爺さんが化け物だったとしても初見。対応は後手に回らざるを得ないはず。

 

動きの緩急と小刻みな踏み込みで錯乱しつつ距離を詰め、容赦なく木刀を振るう。

袈裟斬りを木刀に沿わされ受け流されるが、くるりと持ち替えて斬り上げ。爺さんは大きく距離をとろうと後退するが、逃す気はない。

すかさず距離を詰め爺さんの胴に向けて突き。

 

しかしそれは熱界雷による斬り上げで逸らされ、小さな体を利用して懐に潜り込まれる。

予備動作から弐ノ型を使おうとしていることを見極める。

 

体を爺さんに預けるように寄りかかると、爺さんを軸にしてぐるりと回って爺さんの背後へ。元来の雷の呼吸の使い手ではしないようななめらかで曲線的な動き。これはカナエや義勇の動きを参考にしたものだ。

爺さんの神速五撃が空を斬っている。爺さんの背中を木刀の柄で叩くが、手ごたえは浅い。相変わらず落ち葉のように捉えづらい動きをするな!この人は。

 

「あれが捌ノ型か、儂でもやれそうじゃの」

 

「おいおい、一回見たら使えるようになるとかどんなだよ」

 

シィィィィィィ

 

雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃神速六連

 

互いに呼吸を整えた次の瞬間には全く同時に同じ技を使っていた。

きっと獪岳や善逸の目には捉えられない速さだ。

一度目の交錯、空気を斬り裂く二つの雷がぶつかり、すれ違う。

 

ぱぁん

 

木刀同士の打ち合いとは思えない音が響く。

 

続けざまにドンドンドンドン四度の轟音と木刀を打ち合わせる乾いた音が響く。

しかしそのどれもが俺たちを傷つけることはない。互いの刀は受けられ、流され、弾かれたのだ。

 

最後の踏み込み。

だが、このままでは決着はつかないと判断して型を変える。

 

玖ノ型 雷煌

 

神速の雷が交錯する。

爺さんが木刀を一度振るう間に俺は五度木刀を振るう。

 

「見事」

 

以前とは違って、砕けたのは爺さんの木刀のみ。

ようやく、俺は爺さんを、先代を本当の意味で超えた。

しかし、今回一度勝てたからと腑抜けてはならない。この爺さんはすぐに捌ノ型も玖ノ型も会得して俺をボコボコにするに違いない。

体の動かし方だってまだまだ俺は敵わない。

 

でも、爺さんを負かしたんだから弟弟子にドヤ顔するくらいいいよなぁ!

 

「これが、現役の柱」

 

「じ、じいちゃんが負けたぁぁあ!?そんな相手と稽古させられてたわけ!?そんなん命がいくつあっても足らないよ!まだ体が痛むよぉう!」

 

……なんか思ってた反応と違う。

もっと「すげー!!!」からのちやほやされる感じを想像していたのに、獪岳は冷静に何かぶつぶつ言っているし、善逸は永遠にギャーギャー騒いでいる。

なんか、兄弟子のやりがいがないなぁ。

 

「爺さん、帰っていい?」

 

こんなことなら蝶屋敷の面々とのんびり過ごしていたほうが俺の心の平穏は保たれるのだけれど。

 

「いいわけなかろう!」

 

いや、だって俺は壱ノ型だけ使えない理由も壱ノ型だけ使える理由も分からないし。

お役には立てないと思う。

 

「えー」

 

「ええい、ぐちぐち文句を言うな!」

 

なんて横暴な爺さんなんだ。俺は弟弟子と師匠の様子を見に行くという体でただ仕事から逃げ出したかっただけなのに。

 

「ねぇ爺さん」

 

「なんじゃ」

 

「祝言っていつ挙げればいいんだろうか」

 

「知るか!!!」

 

とりあえず説教から逃れるために話題を逸らしにかかったのだけれど、大失敗。

当然のごとく説教地獄で、ここに滞在している間は弟弟子の稽古を見るように言いつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




獪岳、善逸登場回。
そして悩む獪岳の扱い。

さて、相も変わらず感想評価を求めてます。
皆さんのお声一つ一つが私を元気付ける!
よろしくお願いいたします。


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兄弟子とは俺のことだ!

リアルがひと段落ついたのでようやく投稿。
相変わらず話があんまり進まないのにはご容赦を。



爺さんのところに戻ってきて数日。

爺さんの下で弟弟子二人に稽古をつけようと試行錯誤している。

そう、稽古をつけているのではなくつけようとしているのである。

 

弟弟子の一人である獪岳くんはしっかりと稽古を受けてくれる。少し性格が悪いのが玉に瑕だが才能はあるし、少しでも思いやりをもってくれれば俺はうれしいのだが。

 

問題は獪岳ではないのだ。

もう一人の我妻善逸という問題児には稽古をつけられていないのである。

実際にはある程度稽古をつけることができているのだけれど、すぐ泣きごとを言い、逃げ出すのである。

善逸はとても面倒くさい奴なのである。

せっかく鳴柱である俺や元鳴柱である爺さんが稽古をつけてやろうとしているのに逃げ出すとは何事か。

 

……俺もかつては逃げ出し、騒いだあげくにどうにかして楽をしようとしていたわけだけれども、それはそれというやつである。

善逸がどうして育手のもとにいるのかも聞いている。やはり鬼への復讐心というものがない俺や善逸のような人間は向上心や気力がわかないのである。

 

だから使命感などなく、楽に生活していたいという想いがどうしても先行してしまうのである。

その結果鬼ごっこが開催される。

 

「いぃぃやぁぁぁ!!」

 

「善逸ぅ!逃げるでない!」

 

善逸のやつ、逃げ足が異様に速いのである。

俺も善逸を捕まえるのに加担してもいいのだが正直面倒なので爺さんに任せて俺は獪岳の面倒を見ている。

 

「獪岳は逃げないんだな」

 

「柱に稽古をつけてもらえる機会なんて然う然うないからなぁ!」

 

意気揚々と斬りかかってくる獪岳。

相も変わらず悪者のような笑みを浮かべている。

 

「敬語を使いなさい」

 

どごっ。

 

振り下ろされる木刀を回避して獪岳の鳩尾に拳を振るう。

地に伏した獪岳を踏みつけ動きを封じる。

 

獪岳は鍛錬には積極的なのだけれど礼儀という物を知らないのだ。

それに加えて計算高い。常に自分が有利になろうと画策して次の動きを模索している。

闘いにおいて常に考えをめぐらすのは悪いことではない。

だが獪岳はそればかりを考えすぎている節がある。

 

「ちょっとは馬鹿になってもいいと思うなぁ」

 

「踏むなぁ!」

 

「おっとごめんよ」

 

きっと獪岳が壱ノ型だけ使うことができないのもそれが原因なのだと思う。

ひねくれているからまっすぐ突き進む霹靂一閃に至らない。

神速の踏み込みからの抜刀。決まれば必殺。

しかし動きがあまりに単調すぎるのだ。線を読まれれば逆にそれに合わせた攻撃が飛んでくる。

そういうことを考えてしまうから獪岳は踏み込み切れない……のかも。

 

「なんだよ馬鹿になれって。アンタみたいになるのはごめんだ」

 

「アァン!?誰が馬鹿だ」

 

「アンタも善逸の奴も馬鹿だろうが」

 

「口悪いなこの野郎!」

 

そんな奴にはお仕置き張り手じゃい!

フハハハハハ、兄弟子様に逆らうからこうなるのだ。

 

「いでぇ!この野郎、口で勝てないからすぐ暴力か!」

 

「んだと!雑魚のくせに調子に乗るなよ!」

 

「アンタなんかすぐに超えて柱の座奪ってやるよ!」

 

「俺が生きてる間に奪えるといいなぁ!」

 

お互い売り言葉に買い言葉。

謎の舌戦が繰り広げられるその様は傍から見たらなんと醜い争いであることか。

醜いとわかっていながらこの戦いに手を抜くことはしない。

兄弟子として、柱として、この生意気な獪岳に負けるわけにはいかないのである。

 

「ねぇ、向こうで兄弟子たちが喧嘩してるよ!?止めに行ったほうがいいんじゃない!?」

 

善逸はいまだに騒ぎながら逃げ回っているらしい。

変なところで根性があるところは俺と似ているのかもしれない。

 

獪岳との口喧嘩が終わると、冷静になった頭で獪岳に俺の想いを伝える。

 

「獪岳、俺はお前に期待してる」

 

正確にはお前たちに、だがそこは獪岳の性格を鑑みて伏せておくのが吉というやつだろう。

 

「俺は、爺さんの弟子として爺さんの顔に泥を塗らないためにも、鳴柱を継いでいかないといけないと思う。俺に何かあれば、お前が柱の名を継げるようにしておいて欲しい」

 

これは本音だ。

爺さんの弟子が鳴柱の名を継いでいく。

ここまでできて本当に恩返しだと、そう思う。

俺の弟子を主張するカナエが柱に就任したからそれでよしというわけではない。

やはり、雷の呼吸の使い手を育てなければという想いがある。

 

獪岳の口角が吊り上がる。

優越感による笑みか、それとも承認欲求が満たされたからか。

やはり獪岳は少し歪んでいる。その歪みは危うさにつながるかもしれない。

 

「で、獪岳。今のお前には無理だと思ってる」

 

「無理じゃねぇ!」

 

「いいから聞け。雷の呼吸を、壱ノ型を会得できないお前に鳴柱の座は渡せないんだ」

 

これも本当のこと。雷の呼吸の始まりの型である霹靂一閃を会得せずして柱の座は渡せない。

一方で、霹靂一閃だけを極めようとしている善逸には渡してもいいと思っている。

 

「だから俺がお前に稽古をつける。それを身に着けて柱になるか。一生下っ端隊士でいるかはお前次第だ」

 

俺や爺さんに教えを受けたなら、柱になれるかどうかはもう当人次第である。

獪岳がどれだけ鳴柱という座に執着できるか、馬鹿になれるか。

 

「そのためにお前は馬鹿にならなくちゃいけない」

 

「だから何でそこで馬鹿になる必要があるんだよ」

 

「お前がお前の身をなげうって何かをなせるようになれたら、きっとお前は柱に届く」

 

そういった面では善逸が勝っている。

でも、獪岳がほんの少しでも馬鹿になれたのなら。

 

「……わかんねぇな」

 

「きっと鬼殺をしていたらわかるときがくる」

 

守らないといけない無辜の民と自分の身の安全を天秤にかけることが常である鬼殺隊。

 

「……まぁ、覚えとく」

 

うん。兄弟子の教えを胸にとどめておくその姿には好感が持てるぞぅ!

お兄さん張り切っちゃおうかなぁ!

 

「よし、獪岳、構えろ!」

 

「は?急にやる気出してどうしたんだよ」

 

獪岳が霹靂一閃を使えないというのなら、とりあえずはそれ以外の型を鍛えればいい!俺が作った捌ノ型も会得できるに違いない。

 

ぐふふ、俺の隠居生活のために頼むぞ獪岳!

 

あと、爺さんのことを先生って呼んで慕っているなら俺のことも尊敬して敬語で話してもらいたいのだけれども。

でも、この後どれだけボコボコにしても獪岳が俺に対して敬意を払うことはなかった。

 

なんて礼儀のなっていないやつなんだ!

 

 

 

 

 

 

獪岳をボコボコにしたあとやりすぎだと爺さんに怒られてしまったので、獪岳との稽古は終わり善逸との鬼ごっこに参加することになった。

 

「ぎゃー!なんで纏楽さんも追いかけてくるんだよぉー!」

 

「だいじょうぶ、優しく稽古をつけてやるから」

 

「さっき獪岳がボコボコにされてるの見てたからね!信じられるわけないでしょ!」

 

この鬼ごっこも違う見方をすれば走り込みの鍛錬なので続けるのもやぶさかではない。

爺さんの稽古から散々逃げ回っていた俺が捕まえる側に回るなんて考えもしなかったなぁ。

 

ちょっと難易度を上げてやろうかな。

 

シィィィィィィ

 

「反則!呼吸使うのは反則じゃない!?大人げないと思わないの!?」

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

「聞いてる!?聞いてないね!楽しい!?弟弟子いじめて楽しい!?」

 

――霹靂一閃(弱)

 

流石に本気で踏み込んでうっかり腕が善逸の顔に当たってしまうとシャレにならないので割と出力を抑えた霹靂一閃。それでも速度は善逸の霹靂一閃よりも速い。

これにどう対処するのか……

 

「木に登るのはずるじゃない?」

 

「アンタが言うなぁぁぁぁ!!!こんな才能も実力もない俺に壱ノ型なんて使う方がずるだわ!ふざけんな!」

 

「ったく」

 

「登ってこないでよ!やめてぇぇ!壱ノ型しか使えない弟弟子でごめん!でも無理なものは無理なので!」

 

近くに行けば行くほど騒ぎ出す善逸。流石にうるさいのだけれども、無理やりにでも引きずりおろさなければ修行なんてしないのは俺もよくわかっているのでここは強引に行かなければ。

 

「落ちるっ、落ちるからぁ!引っ張らないでよぉぉう!」

 

「お前は猿か!いいからさっさと枝離せ!」

 

木の上にしがみついて涙を流す善逸と同じく木の上に登って善逸を落とそうとする俺。

これが修行をする前段階だとはだれも思うまい。

 

「……お前たちは何をしとるんじゃ」

 

見かねた爺さんが木の下から声をかけてくる。

違うんです!俺は修行しようって言ってるのに善逸が逃げるんです!だから拳骨は善逸だけにしてください!

 

「どんだけ努力してもダメなんだよ!壱ノ型以外は全く使える気配がないの!最近全く寝てないからね!俺!」

 

善逸がなぜ壱ノ型以外の型を使えないのかは分からない。

だけど、それだから才能がないと考えるのは早計である。

壱ノ型が使えるのならば漆ノ型や、玖ノ型も使えるかもしれない。

 

「善逸!いったん降りて話をしよう!大丈夫!型の稽古じゃないからボコボコにはしない!」

 

「俺を騙そうとしたって無駄だもんね!話ならここでもできるでしょ!」

 

「こんな木の上で大事な話をする奴があるか!」

 

「あるかもしれないじゃん!そうやって否定から入るのはいけないと思う!」

 

「じゃあお前もできないって否定から入るのはやめ――」

 

ピカッ

 

一瞬視界が白く光ったかと思えば次の瞬間には体に迸る異様なまでの熱と痛み。

体がしびれ、掴んでいた枝から手を放してしまう。

視界の端に映る善逸も同様だった。

 

俺は強引に呼吸で体を動かすと、落下する善逸を抱き込むようにして二人で仲良く地面に落ちた。

俺と善逸が登っていた木が燃えている。

こんな天気のいい日に突如雷が落ちたとでもいうのか。

 

「大丈夫か、善逸」

 

「う、うん。痛いけど」

 

胸の中の善逸も意識があるようで大事には至っていないようだが、何やら善逸の髪の毛の色が黒から金色に変わっている。

雷に打たれてこれで済んだのだから不幸中の幸いというやつであろう。

 

俺も自分の体を確認してみたが問題はない。

強いて言うのなら首元から肩にかけて稲妻のような火傷ができてしまったくらいだろうか。

 

「善逸、壱ノ型だけしか使えないのならそれを極めろ。一つの刃を極限まで叩き上げるのだ」

 

無事なことを確認したかと思えば爺さんの説教のお時間である。

善逸はポカポカと頭を殴られているため涙目である。

 

「善逸、壱ノ型だけしか使えないなんてこともないんだ」

 

「壱ノ型を昇華させた漆ノ型。玖ノ型だってある。諦めるな」

 

「でも……」

 

「俺は漆ノ型で女を落とした」

 

「教えてください纏楽様!」

 

善逸はすぐさま飛びついた。

……結局男なんてこんなものである。

 

「それにはやっぱり壱ノ型だけしか使えないことに腐らずに、爺さんの下で鍛錬を積むんだな」

 

爺さんはきっと善逸の努力や才能を認めているのだろう。

善逸と出会ってそんなに時間のたっていない俺にはわからないけれど、爺さんは根気よく善逸に付き合って修行をつけているのである。

爺さんは本当に才能のない人間に強くなる見込みがないのに努力をさせるような人間ではない。

 

「爺さんについていけば、お前も柱になれるくらいの強さを手に入れられるよ」

 

「いいことを言うようになったではないか」

 

「いや、別に柱になるつもりはないんで」

 

……ちょっといい話をしたのにそれをぶち壊すようなことを宣った善逸。

ちょっと、いや、だいぶ腹が立った俺は善逸の稽古に手を抜かないことを誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうすぐ鬼滅の刃終わりそうで寂しいです。
そして誰も死なないでくれ。

感想評価というエネルギーを欲しているのでどうぞ宜しく。


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生きて帰るぞ

はい、また投稿遅れてしまいました。

原作の時期と今作の時期のずれはもう合わせるのは無理だと思うので、私の作品と原作とがズレがあっても見逃してください!
根本的な設定のミスなどはご指摘いただけると嬉しいです


柱の鬼殺は、基本的に決められた範囲の鬼を殲滅すること。

その中でも被害が甚大なところから順に鴉が誘導してくれる。

爺さんのところから自分の担当範囲への帰りにそのまま鬼殺のお仕事である。

 

「オラぁ!」

 

「実弥、冷静に!」

 

その中にはもちろん若手の隊士たちが奮闘している戦場もあるわけで。俺も若手だけどね。

今回俺が鴉に誘導された現場は下弦の壱。

相対するは数名の隊士たち。その中でも一段と輝きを見せている隊士が二人ほど。

 

「こわぁ」

 

あまりでしゃばって階級の低い隊士隊の手柄を横取りしても申し訳ないし、隊士たちが育たないので少し離れたところから戦況の行く末を見守っている。

そしてこの勝負の行方を左右し得る隊士が目に入る。

その隊士なのだが……顔が怖い。

 

年齢的にはきっと俺とそんなに変わらないのだろうけれど、その眼付きと顔の傷、言葉遣いがすげー怖い。

風の呼吸の使い手でその技一つ一つは非常に質が高く柱にも届きうるものだ。

少し前に五味の剣技を見てやった時にはこれほどの風の呼吸は見られなかった。

 

「ふざ、ふざけるなぁ!」

 

下弦の壱が血鬼術を行使し始めたことによってまた戦況が揺らぐ。

数名の隊士たちがそれによって血を流すが、致命傷には至っていない。

隊士たちが今だ戦えているのはきっともう一人体の動きが違う頬に傷跡のある黒髪の隊士の力によるものだろう。

下弦の壱の血鬼術は殺傷力の高い斬撃を無数に飛ばすもの。

 

「ぐぅっ」

 

「匡近ぁっ!」

 

腐っても下弦最強の鬼。

その殺傷力の高い血鬼術は確実に隊士たちを蝕んでいく。

 

……人死にがでても嫌だし、そろそろ介入しようかな。

 

雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃

 

血鬼術による斬撃をより鋭い俺の抜刀術によって打ち消す。

そして羽織を翻し背後にいる隊士たちの方を振り向き一言。

 

「俺が来るまでよくこらえた」

 

……決まった。

隊士たちは柱の俺が到着したことで安堵の表情を浮かべている。

ただ、例外が一人。

 

「風の呼吸の君、援護はしてあげるから決めな」

 

「柱様は遅れておいて頭が高ぇなぁ」

 

だから怖いよ!

ごめんね、鳴柱のくせに到着遅くて!

柱最速を謳っていておいて情けないよね!でも若手が育つことも大事だから。

少なくとも俺が到着して見守っている間に死者は出なかったから許してくれよ。

 

「全集中・風の呼吸 壱ノ型塵旋風・削ぎ」

 

荒々しく地面を削りながら下弦の壱に向かって突き進んでいく。

若手にありがちな無謀に見える強者への突撃。

下弦の壱は当然風の刃が自らの頸に届かないように斬撃を、異形の鞭を飛ばして遮ろうとする。

 

「雷の呼吸 弐ノ型稲魂」

 

風の呼吸の彼を襲う攻撃一つ一つを打ち落としていく。

すべての攻撃が無力化され風の刃が自らの頸に届くことを悟った下弦の壱は鬼の脚力で全力で逃走を図る。

 

「おまけだ、足も封じといてやる」

 

——霹靂一閃

 

逃げ出す下弦の壱を切り落とし、下弦の壱の体は足を失って宙に投げ出される。

迫った風の刃が下弦の壱の肩から上をえぐり取った。

 

「お疲れさん」

 

「足は持ってかなくても俺一人でやれた」

 

何でこいつはこんなに態度が悪いのだろうか。

というか何でこいつの隊服は白で、背に描かれた文字が「滅」ではなく「殺」なのはどういうことなのだろうか。

みんなと違うことをしたいお年頃なのだろうか。

 

「なら、お前も柱にすぐなれるよ」

 

こういう不良君には張り合うだけ不毛な気がするので、やんわりと流して隠の人たちを鴉で呼びつける。

 

「救援、助かりました」

 

「おぉう、君は素直なのな」

 

不良君と戦況を支えていたもう一人の男が俺に向かって敬語でお礼を言ってきた。

きっとこの男の方が俺よりも年上だろうに階級を気にしてしっかりと礼儀正しくしている。

なんという好青年、不良の彼にも見習ってほしいものだ。

 

「なんでこっち見んだぁ!」

 

「いや、君も礼儀という物を学べよという視線」

 

「鬼を殺すのに礼儀なんていらねぇだろうが」

 

「鬼の前とか俺の前では良いけど他の柱の前でそんな態度だと説教待ったなしだぞ」

 

特に天元やカナエは口の悪さをとやかく言うだろう。

うっかりお館様にまで悪い態度をとってしまえば柱全員から稽古という名の体罰が待っている。

 

「なあ、君」

 

「あ、匡近です。こいつは実弥」

 

匡近に実弥か。有望株だから名前と顔を覚えておこう。

礼儀正しく優しい雰囲気の匡近と不良の実弥。

 

「よし匡近、実弥に礼儀を教えてやってくれ」

 

「まかせてください。こいつはきっと柱になります。その時に口が悪いと困るのは実弥ですから」

 

「いらないって言ってんだろうがぁ!」

 

俺と匡近によくわからないおせっかいを焼かれてお冠な実弥。

こいつが柱になった暁には俺がご飯をおごってやることにしよう。

 

「なぁ匡近、実弥の好きな食べ物とか知ってるか?」

 

「実弥はおはぎが好きですよ」

 

「何勝手に言ってんだぁ!」

 

「よし実弥、お前が柱になったらおはぎたくさんおごってやるぞ」

 

「お前とメシなんていかねぇわ!」

 

隊士が死んでいない現場というのは重苦しい空気にならないのでとても嬉しい。

多くの隊士が死んでしまった現場で生き残った隊士にどう声をかけていいのかわからない。

それも友人や恋人が死んでしまったともなれば俺にはどうすることもできないのだ。

そのたびに間に合わなくてごめんと謝るのだが、その行為になんの意味もないのだ。

 

「じゃあ匡近と君たち、実弥はおいてみんなで今からメシ食いに行くぞ。俺のおごりだ!」

 

うぉぉおおお!と隊士たちから歓声が上がる。

敬遠されがちな柱であるが俺はこうしてできるだけ交流をするようにしている。

 

「お前ら、この時間にもやってる店を『カァァ、胡蝶カナエ、上弦ノ弐ト遭遇ゥ!相手ハ上弦ノ弐ィ!』」

 

俺の鴉が報告をし終わる前に俺はズドンという音だけをその場に残して駆け出した。

足が馬鹿になってしまうくらいに全力で回転させて走る。

 

急げ急げ急げ急げ急げ!

カナエが死ぬ、よりにもよって上弦の弐なんていう最強格の鬼と遭遇するなんて。

鴉が方向を教えてくれる。きっと鴉は自分が飛んで案内するよりも俺が全力で走ったほうが速いと判断したのだろう。

俺のことを考えて状況判断をした鴉に感謝してさらに足に力を籠める。

一足一足が地面を揺らし足跡が残る、周りの光景が後方に流れていく。

 

幸いにも俺の見回りの領域とカナエの領域は隣接している。

全力で走れば絶対に間に合う、間に合わせる。

 

 

 

 

——見えた、雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃神速

 

俺の出すことのできる最速でカナエと鬼の間に割り込んだ。

 

 

 

 

 

冷たい空気が俺の体を、筋肉を、脳の働きを鈍くさせる。

だが、そんなことに足を引っ張られていれば命はない。

 

カナエはまだ本格的な戦闘をしていなかったのか無傷。

つまり、二人万全の態勢で上弦の弐に挑むことができるのである。

 

「纏楽くん!呼吸をするときは気を付けて!」

 

先んじて少し交戦していたカナエからの情報は常に頭の片隅に置いておく。

氷の血鬼術、両目の上弦・弐の文字。

並の鬼とは一線を画す強力な鬼であることは確かである。

 

「邪魔をしないでほしいなぁ。せっかくカナエちゃんと仲良くしていたのに」

 

カナエは持ち前の視力によって巧みにこいつの血鬼術を凌いでいたようで、しっかりと戦える状態である。

しかし防戦一方であったようで上弦の弐の体は綺麗なままである。

 

「カナエを殺したきゃ、俺を先に殺すんだな」

 

上弦の壱の時よりも状況は悪い。

ならば、俺が柱二人分以上の戦いを演じなければならないのである。

しかし自由に呼吸をすることはできない。体は冷え、万全の態勢で戦うことはできないかもしれない。

 

「そうだな、じゃあ君から殺すことにしよう」

 

「カナエ、ここは呼吸していいか」

 

「うん、氷の周辺に細かい氷の粒が舞っていてそれは吸わないようにね」

 

空気を肺に取り込め。体温を上げろ。血液を巡らせろ。

集中しろ、相手の動きを注視しろ、俺が負ければカナエは死ぬ。しのぶを泣かせてしまうことになるだろう。

 

いつぞやのようにカナエとしのぶを守りながら戦った鬼とは格が違う。

最強の鬼の一角である上弦の弐相手に柱二人でどうにかなるかと言われればおそらくどうにもならないだろう。

 

きっと俺たちの勝利条件は夜明けまで凌ぎ続けるか、他の柱が応援に駆け付けるまで耐えるか。

しかし、氷を扱い俺たちの体を害する奴の血鬼術はそれを許さない。

 

シィィィィィィ

 

雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃八連

 

ドンッという踏み込みの音のみをその場に残し上弦の弐に肉薄する。

しかし俺の神速の踏み込みを何の苦でもないかのように上弦の弐は目でしっかりととらえている。

 

鉄扇で俺の初撃をいなす。

続けざまの七連撃も同様に傷つけることはできなかった。

 

「ふっ」

 

俺の攻撃直後を狙ってカナエも連撃を叩き込むがすべて鉄扇と氷によって防がれてしまう。

そして、面倒なのが攻撃後は呼吸のために一度上弦の弐の射程から出なければならないことであり、接近されれば俺たちはまともに呼吸ができないということである。

 

切り札は持っているけれど、それも長続きするものではない。

 

結局俺たちが圧倒的に不利な状況に立たされていることには変わりはなかった。

 

「君、速いねぇ。気を抜いていたら頸を持っていかれていたよ」

 

くっそ、余裕ぶっこきやがって。

 

パキパキという音をたてて蓮の花と氷の蔓が形成される。

 

「纏楽くんっ!」

 

俺を殺してからにしろといったからか俺にばかり氷は迫ってくる。

 

シィィィィィィ

 

今まで以上に空気を肺に取り込む。

 

雷の呼吸 陸ノ型電轟雷轟

迫るすべての蔓を切り刻む。続けざまに氷の蓮の花から冷気が流れてくる。

 

冷気が通り過ぎた後の地面はパキパキという音を立てて凍り付いている。

剣戟では冷気をどうにもできないとでも思っているのだろうか。

 

雷の呼吸 伍ノ型熱界雷

 

高速の斬り上げで空気を裂き、冷気は俺を避けるように隣を通り過ぎていく。

 

「まだまだいくよー」

 

俺の頭上に氷柱が形成される。

 

雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃神速

 

氷柱は俺が立っていたところに突き刺さるが、すでに俺はそこにはいない。

一度目よりも速い抜刀術。

 

速さはすでに対策されているようで、上弦の弐の目の前に氷の棘が生成され、そのまま突っ込めば俺は串刺しになることだろう。

 

捌ノ型 迅雷万雷

 

棘に刺される直前に斜めに軌道を変え、横薙ぎ。

 

ギィン

 

鉄扇に防がれる。

 

「おぉ、あの速いのから軌道を変えられるんだ。それっ」

 

氷を纏った鉄扇が振るわれる。上弦の弐の緊張感のない掛け声からは想像もつかないほど高速で鋭く振るわれる。

 

雷の呼吸 弐ノ型稲魂

 

鉄扇とその周辺に舞う氷の粒によって刀の軌道が阻害され、上弦の弐には届かない。

弐ノ型を放ち終わったそのままの勢いで体を宙に浮かせてクルリと回転させる。

 

雷の呼吸 参ノ型聚蚊成雷

 

俺の側頭部めがけて振るわれた鉄扇を弾く、弾く、弾く。

鬼の圧倒的膂力に対して俺は非力な人間。一度の攻撃を弾くために数度の攻撃を必要とする。

 

鉄扇をかいくぐり上弦の弐の頸めがけて刀を振るうも、氷と鉄扇が必ず俺の刀の邪魔をする。

 

「おっと、危ないなぁ。カナエちゃんも後でちゃんと遊んであげるから待っててよ」

 

俺の連撃に加え、カナエの花の呼吸による攻撃。

柱二人による攻撃の嵐をこいつは危なげなくしのいでいく。

 

刃がこいつの肉体に届いても頸以外なら即座に回復。

一方でこちらは極小の氷の刃によって肌が裂け体温が奪われていく。

かろうじて手足や目といった部分は無事だがその状態もいつまでもつか分からない。

 

「すごい連携だね」

 

毎日のように稽古を二人で積んでいる俺たちはそれこそ阿吽の呼吸。

カナエの次の太刀筋を、足さばきをすべて把握して上弦の弐を追い込もうとしているにも関わらずこいつにはまだ余裕が感じられる。

完璧に連携のとれた柱二人を相手にしてこの強さ、普通ではない。

 

もっと集中しろ、鬼の動きを予測しろ。

次の動きを、筋肉の収縮から眼球の動きから言動から。

 

俺は呼吸のために一度距離をとる。

カナエの方はまだ肺の中の空気には余裕があるようだ。

 

上弦の弐はどこか油断している節がある。

俺たちを殺せるだけの技と速さと力が備わっていながら楽しんでいるようにも見える。

 

「それが命取りだ」

 

雷の呼吸 壱ノ型霹靂一閃神速八連

 

空気を肺に取り込み、血液を体に巡らせ、足に意識を集中させる。

 

俺の最高速度。

地面が陥没する踏み込み、足の筋肉が悲鳴を上げる。またしのぶに怒られてしまいそうだ。

 

上弦の弐の生み出した氷の蓮華をすべてを凍てつかせる冷気を。

蒼い雷が過ぎた後、その場のものはすべて斬り裂かれている。

 

死角に回れ。

上弦の弐といえど人型である以上視界には限界があるはずだ。

音を、気配を置き去りにしてその頸を——

 

ザク

 

頸を斬った感触はない。

眼前には上弦の弐を模した氷像が数体。

 

「なっ」

 

「こいつらは俺と同じだけの力を持ってるんだ。すごいだろ?」

 

俺の刀は目の前の氷像三体を斬り裂き四体目の体を半ばまで斬ったところで止まっていた。

 

「いやー、速い速い。それであと少し威力があれば俺も危なかったかな」

 

氷の蔓が、極小の刃が、冷気が俺に迫る。

まずい一時撤退を——

 

カナエが援護してくれている。

しかし——

 

「隙あり」

 

氷を纏った鉄扇が俺の脇腹を斬り裂いた。

鮮血が舞う、意識が遠のく。

傷口から体温が抜け落ちていく感覚が分かる。

 

「纏楽くんっ!」

 

カナエが俺を抱えて上弦の弐の攻撃範囲から逃げ出す。

カナエの肩が極小の刃によって少し裂かれるが、上弦の弐はそれ以上追わなかった。完全に舐められている。

 

「大丈夫?」

 

「あんま大丈夫じゃない」

 

呼吸で止血はしているが危ないことは確かである。

幸いなのはいまだ俺たちの肺は氷に侵されていないことだ。

 

パキパキという音を立てて上弦の弐を模した氷像が生み出される。

この一体一体が上弦の弐と同様の力を有しているとなると、絶体絶命としか言いようがない。

 

「カナエ、使うぞ」

 

「……わかった」

 

長いことは持たない俺たちの切り札。

懐から取り出して、それを自らの体に投与する。

 

「……?何をしたのかな」

 

「さぁな」

 

さぁ、どうする。

珠世さんからもらったこの血鬼止め、効果時間とかは特に書かれていなかった。

本来はすでに体を侵している血鬼術に対して投与する薬だからだろう。

上弦の弐の肺に干渉する血鬼術にどれだけ効果があるかもわからない。

 

だが、こうでもしなければ勝ち目はない。

 

「生きて帰るぞ、カナエ」

 

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで始まりましたターニングポイントである童磨戦。
上弦の弐に痣なしの二人で挑まなければならないというクソゲーの始まりです。

長くなったので童磨戦は分割です。
……多分強引に倒しにかかるけど許してくれよな!

感想評価をいただきたいです。
くそほど適当なものでいいので感想ください。
非ログインユーザーも書けるので!
モチベーションが下がってきている私に燃料投下をお願いします。


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とっととくたばれ糞野郎

久々の連続投稿。
でももう次の話には亀更新になっている予定なので期待はしないでください。

そして無理やりな展開も目を瞑ってくれると嬉しいんだぜ!


シィィィィィィ

 

フゥゥゥゥゥゥ

 

二種類の呼吸音、氷がパキパキと鳴る。

 

空気をこれでもかと肺に取り込み体温を上げる。

珠世さんの血鬼止めのおかげで肺が凍り付く心配がなくなった、と思いたい。

 

「おー、怖い怖い。二人とも目つきが悪いなぁ」

 

霹靂一閃の踏み込みで接近、弐ノ型稲魂で氷像二体を破壊、三体目は氷の扇子で止められる。

間髪入れずに突っ込んできたカナエが俺の逃した氷像を壊しにかかる。

カナエの花の呼吸は流れるように三体目を斬り飛ばし、優雅に舞うように戦う。

 

「それっ」

 

気の抜けるような上弦の弐の掛け声とともに飛来するは氷の蔓と冷気。

 

「ふっ」

 

カナエの花の呼吸の連撃で冷気を払う。

俺は蔓を斬り払うが、さらに俺たちの状況は悪くなる。

頭上からは氷柱、背後からは二体の氷像。本体は蓮を生み出し俺たちは息つく暇すらない。

 

痛む脇腹を、集中することで強引に黙らせ氷を斬り裂く。

不幸中の幸いなのは氷像は頸を斬らずとも破壊が可能な点、胴体さえ真っ二つにしてしまえば動くことはなくなる。

しかし、本体を倒さない限りは無限に氷像も生み出される。

 

俺の体にも傷は増え続け、カナエの体からも血が多く流れている。

早々に決着をつけなければ敗北は必至。

だが、圧倒的物量の前に本体に刃を届けることができない。

 

トンッとカナエと背を合わせた状態になりお互いの死角を補い合う。

氷像の動きも上弦の弐と同等で、頸を斬られないように立ち回る必要がないために非常に強力だ。

 

雷の呼吸 陸ノ型電轟雷轟

 

俺の背後ではカナエも俺と同じく手数の多い型を行使することで数を減らす。

技を放ち終わると同時にカナエと俺は上弦の弐に向けて走る。

 

シィィィィィィ

 

「そこからじゃ届かないでしょ」

 

距離がまだある状態で刀を振りかぶる俺の姿を見てそんなことをほざく上弦の弐を無視。

体を地面スレスレまでかがめて型を使う。

 

雷の呼吸 肆ノ型遠雷

 

「へ?」

 

届かないと思える刃は届き上弦の弐の足を持っていく。首は鉄扇に隠れていて狙えなかったが、俺が斬らなければならないというわけでもない。

当然上弦の弐の再生速度は凄まじいが、間髪入れずにカナエが頸を狙う。

しかしカナエの刀は上弦の弐の肩から胴体を斬り裂くに終わった。

足もすでにほぼ再生を終えている。

カナエは続けざまに頸を狙い刀を振るう。

 

「くっ」

 

ここで初めて上弦の弐から余裕が消える。

多かった口数が減り、苦しそうな声が漏れた。

 

ここだ、決めるならここしかない。

俺もカナエに追随する形で、戦いを終わらせるためにさらに距離を詰める。

 

雷の呼吸 玖ノ型雷煌

 

ザクッ

 

「くそっ」

 

またしても俺の刀は氷像に阻まれた。

今度は上弦の弐を模した氷像ではなく、巨大な氷の仏像に。

氷の仏像からは今までとは比較にならないほどの冷気が放たれる。

 

「纏楽く「行けっ!」」

 

カナエは俺を助けに入ろうとするがそれはダメだ。

今は俺の安否よりも勝利することを考えるべき。

カナエもそれをすぐに理解したようで仏像の横を通り抜ける。

決めるならここしか——

 

ズガァン

 

氷の仏像がその圧倒的質量を武器に腕を振るい、カナエと俺を吹き飛ばす。

やばい、俺もカナエもモロに食らった。間違いなく骨の数本は持っていかれる一撃。

俺に至っては仏像の冷気のせいで体が冷たくて、凍りついて動かない。珠世さんの血鬼止めも凍った体をすぐに解凍するほどの効力は持たない。

 

「危なかった、危うく頸を斬られるところだったよ」

 

余裕を取り戻した上弦の弐の声が聞こえる。

やばい、体を起こせ。

 

「さて、要求通り君は倒したし、カナエちゃんに手を出しちゃうよ」

 

「はぁ、はぁ、私はタダではやられないわ。たとえ死んでも必ずあなたの頸を一緒にもっていく」

 

——そうしないと纏楽くんが死んでしまう。

 

やばい、早く、早く溶けろ。

カナエは俺を守るために無理やりにでも相打ちにもっていくつもりだぞ。

カナエが死ぬ、急げ、動けよ!

 

フゥゥゥゥゥ

 

カナエの呼吸音が聞こえる。

ダメだ、逃げろ。一人じゃ勝てない。

逃げてくれよ!俺なんか置いて!

 

声が出ない。いや、声が出たとしてもきっとカナエは俺を置いて逃げたりしない。

カナエを生かすには俺がこんなところで寝っ転がってるわけにはいかないんだよ!

 

ヒュンヒュン、バキン。

 

戦闘音が聞こえる。

カナエの刀が空をきり、氷を砕く音。

でも、肉を斬ったような音は聞こえない。

 

「ほらほら、頑張れ。そんなんじゃ俺の頸は取れないぞ」

 

集中しろ、少しでも多く息を吸え。

珠世さんの血鬼止めは確かに効いている。でも上弦の弐の血鬼術は強力だから効果が発揮されるのが追い付いていないだけなんだ。

なら、薬の力に俺の力も加わればもっと早く氷が解け体は動くはずなのだ。

 

体温を上げろ、体の氷を解かせ。

もっと、もっと、もっと。

 

シィィィィィィ

 

「うん?全く、あきらめが悪いなぁ。やっぱり先に君にとどめを刺しておくよ」

 

早く、早く。俺は死ねない。カナエも死なせない。

諦めるな、カナエを守るん————

 

ドスッ

 

嫌な音が耳に届いた。

倒れて血に伏せっている俺の視界に血が流れているのが映り込んだ。

 

痛くない、俺が血を流しているわけではない。

じゃあ誰の?

 

上弦の弐の?カナエがやったのか?

 

「あぁ、カナエちゃんは後にしようと思ったのに」

 

どさりと人が倒れる音が聞こえた。

 

嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ————

 

「纏、らく……くん」

 

カナエの声が聞こえる。

いつもの優しくそれでいて力強い声ではない。

今にも消えてしまいそうなくらい弱弱しい声で、俺の名前を呼んだのだ。

 

「まぁいいか。やっちゃったことは仕方ないし。他の柱が来ても面倒だしいただいちゃおう」

 

————殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すーー!!!

 

今までのような憎しみを持たない感情ではない。

今明確に俺は鬼に対して怒りと憎しみという感情を抱いた。

 

ピシャアァッ

 

すぐ俺の耳元で雷が鳴った、そんな気がした。

 

————体が動く

 

痛みを訴える体を呼吸と荒ぶる感情で黙らせる。

今は痛みなんてものを気にしている場合ではない。

 

「カナエは、やらせない」

 

上弦の弐の顔に、驚愕の色が浮かぶ。

はッ、いい気味だ。

このクソ野郎をもっと絶望の淵に叩き落さなければ俺の気が収まらない。

 

フゥゥ……

 

カナエはまだ生きてる。

弱弱しくはあるが全集中の呼吸を使えているということはまだ大丈夫ということ。

それなら、早く終わらせればいい。

 

「君、そんな痣なかったよね?」

 

何の話だか知らないが、やけに火傷痕が疼く。

善逸とともに雷に打たれたときにできた火傷痕を中心に体に熱が広がっている。

でもどうでもいい。体が熱い、でも動く。調子がとてもいい。

 

上弦の弐が透けて見える。

杏寿郎や天元、カナエといった柱たちとの稽古で至った、本当に調子がいい時に一瞬だけ入ることができた透き通る世界。常人は踏み入ることが許されない世界。

それが今は明確に資格を持った状態でその世界に踏み入れたのだろう。

最高だ、これなら——

 

「ぐぅっ」

 

「お前を殺せそうだ」

 

霹靂一閃を使っていないただの踏み込みからの袈裟斬り。

すんでのところで反応されたが、俺の刀は上弦の弐の体を大きく斬り裂いた。

 

パキパキパキ

 

上弦の弐を模した氷像が六体生成される。

そのすべてが俺に向かって襲い掛かってくる。

本体も蔓、蓮、巫女の氷像、巨大な仏像を俺に向かわせている。

 

圧倒的な力で俺をねじ伏せようとしてくる。

 

——だがすべて見えている。

 

氷の扇を半歩身を引くことで回避、体勢が崩れた一体目の氷像を斬る。

返す刀で一体目の後ろから俺に迫っていた二体目も斬る。

 

四方向から向かってくる残りの氷像をいなす。

刀で受け流し、体さばきで回避し、刀で斬り裂く。

人間の体の動き的に回避不可能なものは最小限の怪我で抑え、氷を斬り裂いていく。

 

氷の仏像がその大きな拳を振り下ろしてくるがそれも手首から斬り落とす。

そんな圧倒的質量をもった氷像なんてもはやデカいだけのただの的。

強いて言うならば壁になる程度だろうか。

今の俺には先ほどとは違ってすべてが見える、そんな気すらする。

 

雷の呼吸 参ノ型聚蚊成雷

 

体を入れ替えるように回転させ、上弦の弐の攻撃をかわし、無効化していく。

片足で地を蹴り体を宙に浮かせ空中で刀の遠心力を用いてくるりと回転、背後からの攻撃もすべて対応していく。

 

……やはり、足りない。

 

体の状態は非常にいい。

よく見えるしよく動く。体が熱いおかげで冷気による動きが緩慢になることがない。

だが手数が足りない。俺がどれだけ氷像を壊しても壊しても次から次へと氷像が生み出される。

 

シイアアァァ

 

突如聞こえた俺でもカナエでもない呼吸音。

 

「借りは作らねぇ。即座にのしつけて返してやるよ」

 

「こいつ怖いんだけど!?」

 

増援としてきた隊士はたった二人。それでもこの状況においてはとても頼りになる二人だった。

 

一人は先ほどまで一緒にいた風の呼吸の使い手、不死川実弥。

荒々しい風の呼吸で氷を砕き、無力化した。

 

もう一人は俺が少し面倒を見てやった隊士、ゴミ(五味)である。風の呼吸から派生させた塵の呼吸の使い手。

柱ではないが、隊士の中では上位に位置する実力者である。

 

「さっきの逆だ、さっさと決めやがれ」

 

「花柱様は隠の人が回収したぞ!」

 

本当だ、俺が一人で上弦の弐と対峙している間に回収されたのか。

カナエはまだ呼吸は維持していたからきっと助かる。

 

なら後は、俺が生きて帰るだけだ。

 

「いい加減、鬱陶しいなぁ」

 

「こっちのセリフだ。とっととくたばれ糞野郎」

 

上弦の弐の血鬼術がまた一体を支配する。

増援として駆けつけてくれた二人は血鬼止めを使っていないので一太刀で決めなければならない。

 

「全集中・風の呼吸 肆ノ型上昇砂塵嵐」

 

実弥が下から砂塵を巻き上げるような斬撃を放ち、蔓や蓮を斬り裂いていく。

 

なるほど、俺はただ二人を信じて突っ込めばいいとそういうことか。

 

シィィィィィィ

 

足に残りの力全部つぎ込むつもりで意識を集中させる。

まだだ、待て。絶対に二人が隙を作ってくれる。

 

「全集中・塵の呼吸弐ノ型 浮世の塵」

 

塵の呼吸という名の通り、五味の剣技は対象を塵にするものだ。

つまり、超連撃。たとえ超硬度の氷だったとしても、砕ける。

キラキラと木端微塵にされた氷が空気中に舞う。

 

「風の呼吸 壱ノ型塵旋風・削ぎ」

 

そんな氷の粒すらも暴風が巻き上げ吹き飛ばし、残った氷像も削り砕いていく。

 

「塵の呼吸 玖ノ型一塵法界」

 

五味の剣戟が間合いに入るものを粉々にしていく。

氷の仏像の腹部に大きな穴が開いた。

 

二人の剣戟はここらを支配している氷の世界の一部を砕いた。

そう、俺が上弦の弐に刃を届けるための通り道を作り出してくれたのだ。

 

未だ氷は二人を脅かしている。上弦の弐が生成している。

階級が下の二人がここまでしてくれたのだ、ここで決めなきゃ柱の名折れ。

 

「全集中・雷の呼吸 拾ノ型」

 

シィィィィィ

 

今俺の体にある熱をすべてこの一撃に。

これは、この一撃は戦線を離脱したカナエに、遠い地にいる爺さんや弟弟子たちにまで轟く一撃。

 

 

 

神成

 

 

 

 

 

『カァ、一ノ瀬纏楽、胡蝶カナエ、不死川実弥、五味塵太郎ノ四名、上弦ノ弐討伐ゥ!上弦ノ弐討伐ゥゥ!!重傷者二名、一ノ瀬纏楽、胡蝶カナエェ!』

 

 

 

 

 

 




さーて、胡蝶姉妹最大の敵を排除しました。
痣なしで挑むって言ったけど途中で発現しないとは言ってないからね!
最強格の鬼を倒すために主人公の性能盛りまくったけど、生きるためだからしかたないよね。
これでまた幸せな世界がまた一歩近づいたわけです。

さて、久々の連続投稿を称えるつもりで感想評価をください。
やるやんってほめてください。
私は間違いなく褒められて伸びるタイプなので!


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カナエと病室同じだと調子に乗る

前回の連続投稿の後感想がバカスカ飛んできてテンション上がって勢いで書き上げました。



纏楽さんと姉さんの帰りを待っている私、アオイ、カナヲ、きよ、すみ、なほの六人の蝶屋敷の住人。

 

私たちは纏楽さんと姉さんが鬼殺の仕事に出かけるたびに不安で仕方なくなってしまって中々寝付けないのである。

纏楽さんなんかは自分の家は別にあるのに私たちを安心させるためか仕事終わりには必ず蝶屋敷に寄ってくれる。

しかも蝶屋敷の従業員全員に甘い纏楽さんは高確率でお土産を持って帰ってくるので特にきよ、すみ、なほの三人からは今か今かと帰宅を望まれている。

 

だから夜遅くまで私たちは蝶屋敷の縁側に座って二人の帰りを待つのである。

そうして帰ってきた二人に早く寝なさいとみんなで怒られることが嬉しかった。

無事に帰ってきてくれるのが嬉しかった。

 

カナヲも無感情のようで時折人らしさを見せる時がある。

私や姉さん、纏楽さんが抱きしめるとごくまれにだけれど抱きしめ返してくれる時がある。

 

アオイもカナヲと一緒で姉さんと纏楽さんによく可愛がられている。

きよ、すみ、なほよりも年上であることから子ども扱いされることに表面上は嫌がっているが内心は喜んでいることを私たちは知っている。

 

つまるところ、蝶屋敷に住む私たちは姉さんと纏楽さんのことが大好きだった。

それはどんなに恥ずかしがったとしても誰も否定しない純然たる事実だ。

だからこそ、今回の報告にはみんなが驚き、慌てふためいた。

カナヲ以外のみんなは目に涙を浮かべていた。

 

『上弦の弐の討伐』

 

百年以上欠けることのなかった上弦の鬼、その一角を倒したという報告。

でも、私たちが衝撃を受けたのはそっちではなかった。

 

『一ノ瀬纏楽、胡蝶カナエ重症』

 

鎹鴉がそう口にした時私たちは何を言っているのか理解が追い付かなかったのである。

 

私たちは二人の強さをよく知っている。

いつも二人は怪我なんかない綺麗な体で笑顔を浮かべて帰ってきてくれる、私たちにとっての最強の二人だった。

息もぴったりで二人で戦えばどんな鬼が相手だろうと関係ない、そう思っていた。

 

数瞬の沈黙ののちに私は怒声ともとれるほどの声音で指示を飛ばした。

 

「屋敷にある薬と包帯、手術道具をありったけ持ってきて!手術室もすぐに使えるように!カナヲ、不足分を買い出しに行ってきて、早く!」

 

私の言葉によってみんなバタバタと屋敷内を駆け回る。

重症ということは二人はまだ生きている。なら、私たちならきっと二人を助けることができる。

 

「鳴柱様と花柱様をお連れしました!」

 

隠の方たちが担いできた二人は血みどろで意識はなかった。

喉の奥から漏れ出そうな悲鳴を噛み殺し、手術室に運ばせる。

そうだ、姉さんが倒れた今、蝶屋敷を取り仕切るのは私。

私が冷静にならないと、だれが二人を助けるというのか。

 

二人の容体は芳しくなかった。

骨折、出血多量、切り傷。

纏楽さんは脇腹をえぐられていて、姉さんは左肩付近を貫かれていた。

 

纏楽さんは熱もひどくて今にも死んでしまいそうだった。

だというのに、突然目を覚ましたのだ。

 

「俺は大丈夫だからカナエを先に助けてやってくれ」

 

正直、より危ないのは纏楽さんだったと思う。

出血に骨折、高熱。もうどこから手を付けていいかもわからないくらいだったのだから。

 

「熱は大丈夫なんだよ。調子がいいんだ。だから呼吸も安定してる。カナエの方が危ないんだ」

 

患者に優先順位を決められるなんて医者としては恥ずべきものだったが、おかげで私は姉さんも、纏楽さんも助けることができた。

ただ、不安なのは……

 

「纏楽さんのその痣、どういうことなんでしょう」

 

以前、育手の下に帰省したときにできた稲妻のような火傷痕。

そこには痣が浮き出ていた。

しかも、上弦の弐のもとから生還したときは色濃く浮き出ていたのだけれど、今は薄くなっている。

加えて、一向に下がる気配が見られない体温。

纏楽さんは大丈夫だと言っていたけれど、不安なものは不安だ。

 

「さぁな」

 

纏楽さんはたった一週間で目を覚ました。

あれだけ血を流していて、あれだけ高熱を出していて、すぐに目を覚ましすぐに機能回復訓練に取り組んでいた。

 

一方の姉さんも容体は非常に安定していてすぐにでも目を覚ますと思う。

 

「しのぶも寝たらどうだ。ずっと俺たちにつきっきりであんまり休めてないだろ」

 

纏楽さんはこうして私に気を使う。

 

「私、ようやく二人の気持ちが分かったんです」

 

私に鬼殺隊に入って欲しくないって思っていること。

できることなら安全なところで幸せに暮らしていて欲しいということ。

弱い自分が、纏楽さんの足を引っ張っている自分が悔しくて無茶な訓練を繰り返していること。

 

鬼殺隊なんて早々に引退して育手として暮らしていたいということ。

鬼が憎くても、それを忘れて幸せを掴もうとすること。

 

鬼殺隊に所属するということはつまり、幸せを投げ捨てることと同義である。

私が二人に危険な目にあって欲しくないのと同様に二人は私に危険な目にあってほしくないのである。

 

「だって、私はやっぱり何もできなかった」

 

「しのぶは俺たちを助けてくれただろ」

 

違うのだ。傷ついたものを助けるという行為はすべてが遅いのだ。

私は、守りたいのだ。

誰かが傷つくのが、大切な人が怪我をして帰ってくるのがどうしようもなく悔しい。

私が無力なことが、守られているだけという感覚を加速させる。

 

「纏楽さん、やっぱり私鬼殺隊に入ります」

 

「……悩んでたもんな」

 

「はい。姉さんみたいに柱になります」

 

「大変だぞ」

 

そう、私には普通の隊士と同じことができない。

毒を使ってしか鬼を殺すことができない。

自ら歩むはいばらの道。

でも、そうでもしないと私は結局大好きな二人に置いていかれてしまうから。

 

「大丈夫ですよ、纏楽さん。私は姉さんの妹で、纏楽さんの恋人なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

カナエが目を覚ましたのはしのぶが決意を俺に吐露した翌日だった。

カナエにも俺と同様に後遺症は残っていなかったので無事柱として復帰できることだろう。

強いて言うのなら、俺をかばった際の肩付近の傷跡が残ってしまっていること。

 

俺がふがいなかったせいでカナエに一生モノの傷跡ができてしまった。

それについて俺がカナエに謝罪すると「気にしないで」と笑って許してくれたが、俺は俺を許せない。

 

上弦の弐だってカナエや実弥、五味がいなければ倒せなかった。

俺はまだまだ弱い。

今度こそ、何もかも綺麗にまるっと守れるようにもっと強くならなければならない。

 

俺もカナエも意識が戻ったので、これから元のように体を動かせるようにならなければいけない。

 

「纏楽くん」

 

「どうした?」

 

隣の寝台から話しかけてくるカナエ。

二人して同じ病室で寝ているので必要以上に体を動かすなといわれているけれど退屈はしなかった。

 

「纏楽くんの方にいっていい?」

 

「ああ、いいよ」

 

そういうとカナエは俺と二人で少し手狭な寝台に入った。

カナエはやはり暖かく、柔らかかった。

 

「ふふふっ、あったかいわね」

 

ぎゅっと抱き着いてくるカナエ。

ただその手は少し震えている。

 

「大丈夫、俺は死なないよ」

 

「……私ね、悔しい。上弦の弐を相手にして纏楽くんの足手纏いにはならなかったけど、結局私は何もしてない」

 

こういうところで同じ悩みを抱えているあたり流石姉妹だなと思ってしまう。

 

「足手纏いになったのは俺だった。カナエがかばってくれなかったら死んでたよ」

 

俺が先んじて倒れなければカナエが俺をかばって貫かれることなどなかったのだ。

そう考えるとカナエの俺の隣に立ちたいというかねてからの願いは叶っているといっていいだろう。

 

「ううん、でもそれだけ。纏楽くんが私を守りたいって思ってくれているように、私だって纏楽くんのことを守りたいのよ。だから、私も強くなるわ」

 

「こんな甘えてるのに?」

 

「これは、その、補給だから」

 

強さを求めているとは思えないほどにカナエはしっかりと俺に抱き着いていて一向に離れるそぶりを見せない。

でも、あんなに強い鬼と戦った後なのだから仕方ないとも思う。

 

いつお互い命を落とすか分からないということを今回の戦いで再認識させられた。

だから今をこうして全力で幸せと言えるようにすることは俺たち鬼殺隊にとっては重要なのかもしれない。

この幸せを壊したくないという想いが俺たちを生へとしがみつかせるのだろう。

 

「私、柱の座を退こうか考えたの。でも、やっぱり私は柱であり続けようと思う」

 

カナエも進退について考えていたようである。

俺も考えた、だって上弦の弐を討伐という偉業を成し遂げたのだから引退してもいいんじゃないかって。

でも、やっぱり俺が引退するのは獪岳や善逸に全部任せられるようになってからだと思った。

 

「鬼殺は怖いし、私は弱いし、纏楽くんのことを最後まで守れなかった」

 

「そんなことないよ」

 

「でも、最愛の妹と最愛の恋人二人が強くなりたいって思ってるなら、負けてられないでしょ?」

 

「カナエは強いな」

 

ぎゅっと俺からもカナエを強く抱きしめた。

強がっている女の子に負けたくなくて、一人にはしたくなくて抱きしめた。

 

「纏楽くんも甘えてるじゃない」

 

「俺は年下だからいいの」

 

「あらあら、じゃあお姉さんの私は甘えさせてあげなきゃね」

 

正面から抱きしめたことで俺の顔はカナエの頸元に納まる。

そうすると自然と目に入る傷跡。

 

そっとその傷に触れる。

 

「ひゃん」

 

「……色っぽい声出さないでくれ」

 

「纏楽くんが触るからじゃない。私は気にしてないって言ってるのに」

 

「はい、分かりましたもう気にしません!」

 

傷は気にしない。

でも、他にも気になるものはある。

 

「あんっ、なんでまだ触ってるの?」

 

「白くて綺麗な肌だなぁと思って」

 

「えっち」

 

「心配してただけなのにカナエが色っぽい声出したのが悪い」

 

「むぅ、私も触るもんね」

 

そういうとカナエは俺の頸の付け根にある痣付近を優しく触り始めた。

特にいやらしいことをされているわけではないのに妙にくすぐったい。

俺も負けじとカナエの頸から肩、鎖骨あたりを優しく撫でる。

 

はぁ、はふぅ

 

お互いに息が荒くなってくる。

頬は赤く染まり、互いに言葉数が減ってきた。

この部屋に俺たち以外の患者はいないために待ったをかける人間がいないのである。

そのため余計に俺たちは調子に乗ってしまうのだった。

 

「んっ」

 

そろりそろりと俺の手はカナエの着物の中に伸びていく。

カナエの体はびくっと揺れたが、俺を止めることはなかった。

俺の手はカナエの素肌を、背中を撫でる。

 

それに対抗するようにカナエの手も俺の着物の中に入ってくる。

俺たちの服装がいつもの隊服ではなく、しのぶが診察しやすいように着物を着ているのが俺たちの行動を加速させている。

 

「カナエ…」

 

俺はカナエの唇に吸い付いた。

お互いが生きて帰ったことを喜ぶように、これでもかと愛を表現する。

 

ふにっ

 

カナエの着物の中に入れた俺の手が何か柔らかいものに触れた。

何に触れたかすぐに理解したのちに、カナエが何も言わないのをいいことにもう一度手を伸ばす。

ふにふにと、柔らかいものを存分に堪能する。

 

それに対抗するようにカナエは俺の口の中に自分の舌を押し込んでくる。

 

……子供ができたら当分は働かなくてもよくなんないかなぁ、なんてことが頭をよぎる。

というか、こんな昼間にそういうことをするというのはいかがなものだろうかとも思う。

でももう今更止まることはできないので、このままカナエの着物を脱がせ——

 

「な、な、なぁっ、何してるのよーー!!!」

 

俺たちの診察をしにきたらしいしのぶが俺たちの暴走を止めた。

顔を真っ赤にして、口調を昔のように戻したしのぶ。完全に動揺している。

 

「しのぶも混ざる?」

 

俺とカナエの口の間にはいやらしく糸がかかっている。

 

「混ざらないっ!!!」

 

「でも、恋人同士なんだしそういうこともするでしょ?」

 

「そうかもしれないけど、こんな時間から病室でなんてだめよ!姉さんの着物がはだけてるのは纏楽さんがやったのよね」

 

「うん、カナエの全部が見たくて」

 

「そういうことは聞いてない!」

 

正直に白状しただけなのにすごい勢いで怒られてしまった。

そんなに怒らなくてもしのぶを仲間外れになんてしないのに。

 

「私の体どうだった?」

 

「まだ全部は見れてないけど最高に決まってんじゃん」

 

「男の子は胸が大好きなのって本当なのね」

 

俺が熱心にカナエの胸を触っていたことがバレていたようだ。

非常に柔らかかったです!!!

 

「二人の病室、離すからね!」

 

その後、本当に俺とカナエの病室は別々にされた。

カナエが夜中にこそこそ俺の病室に乗り込んできたけれど、しのぶに見つかってさらにお説教を喰らってしまったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




R18は書きません。
というか書けません。この話も際どいけど怒られないかな。
私の文章力でR18とか需要ないしね。

この話でちょっとでもドキッとしたら感想評価を残していってください。


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痣って恐ろしいな

聞いた話によるとこの小説が下の方ではありますが総合累計ランキングに載っているらしい!
上には上がいるとはいえすごい事なのでは!?
これからも応援よろしくお願いします!




上弦の弐から受けた傷もおおよそ回復し、俺とカナエが機能回復訓練というの名の蝶屋敷の女の子との戯れを始めた頃、お館様から招集を受けた。

というか、緊急の柱合会議というやつだろう。

 

「今日集まってもらったのは理由がいくつかあるんだけどね、まずは紹介をしよう。新しく風柱になった不死川実弥だ」

 

「……あんたがお館様」

 

「そいっ!」

 

何やらお館様に大変失礼なことを言いそうな新人君だったので、石を投げつけてみる。

見事に実弥の後頭部に直撃した。

 

「なにすんだぁ!!」

 

「こっちが言いたいよ。何お館様に失礼働こうとしてるんだよ」

 

もう会議どころではない。

これだから不良君はダメなんだよ。

上弦の弐との闘いの時のような献身的な態度は一体どこに行ったんだよ。

 

「鬼と戦ってもいねぇ奴が偉そうにしてるのは気に食わねぇだろうが!」

 

あー、言っちゃったよ。

柱の皆さんは怖いんだからね。

お館様を侮辱するようなこと言ったりしたらみんな怒るぞ。

 

「……不死川、口の利き方を知らないようだな」

 

「うむ、新人の教育も我らの仕事だろう!」

 

ほら、悲鳴嶼さん怒っちゃったじゃん。

杏寿郎もめんどくさいこと言ってる。

カナエもなんか悲しそうな顔してるし、天元もまじかこいつみたいな顔してる。

 

義勇は完全に我関せずを貫いている。

 

「お館様、申し訳ありません。この馬鹿の教育は後でしっかりしておきますので」

 

「大丈夫だよ。みんなは私を立ててくれるけれど本当はその必要なんてないんだから」

 

お館様はそう言っているけれど柱三人がかりで実弥の頭を地面に押し付ける。

実弥もじたばたと暴れて抵抗しているけれど流石に柱三人を相手にしては手も足も出なかった。

 

「まずは纏楽、カナエ、実弥ここにはいないけれど塵太郎の四人本当によくやってくれた。長い間討伐の叶わなかった上弦の鬼、上弦の弐を討伐してくれたことは偉業と言える。しっかりと体を休めて欲しい。さて、じゃあ上弦の弐の討伐について話そうか。カナエ、纏楽説明を頼むよ」

 

「はい」

 

まずカナエが上弦の弐と遭遇した状況について話を始めた。

いつも通りに巡回していたら、突如話しかけてきたこと。

何やら宗教的なものを行っていたということ。

血鬼術の強大さや、再生力について事細かに話した。

 

他の柱たちは上弦の弐の圧倒的な再生力やその場一帯を支配する血鬼術に驚いている。

 

「上弦の壱はあまり血鬼術を使用しなかったため、戦闘向きのものではないと思われるので、現状上弦の弐を超える血鬼術はないかと思われます」

 

鬼殺隊の生命線である呼吸を封じるような血鬼術がそんなポンポン出てこられても困るのだけれども。

上弦の壱と弐という最強の鬼二体と戦った俺はその力を比較して考察することが可能なわけである。

 

「なるほど、ありがとう。纏楽、その痣について聞いてもいいかな」

 

「はっ、この痣はもともと雷に打たれたときにできた火傷で、今回の戦闘でこのように痣として浮き出ました。今は薄くなっていますが戦闘状態になると色濃く浮き出て、身体能力が爆発的に向上します。それに加えて体が異常なほどに熱を持ち始めます」

 

そう、きっとこの体の熱はこの痣によるものなのだろう。

今は痣が薄くなり、体の熱はだいぶ収まっている。それでも、なお体温は普通ではないのだけれど。

 

「……なるほど、纏楽体は大丈夫なんだね?」

 

「はい、戦闘、私生活どちらの面においても現状は支障はありません」

 

あ、やべ。ここでちょっと体の調子がおかしいんですよねとか言えたら仕事も減ったかもしれないというのにうっかり本当のことを話してしまった。

 

「纏楽に発現したこの痣は確かに鬼殺に有用なものかもしれないけれど、他の子たちはそれにとらわれてはいけないよ。今回の件は本当に特例中の特例だろうからね」

 

その後も会議は続いた。

その中でお館様の言葉の節々に強い思いやりの気持ちを感じたのか実弥はお館様に対する視線が軟化したのだった。

 

しかしながら最初の無礼を柱の皆さんが許すわけもなく、会議終了後にみんなで実弥に説教をした。

いつもイライラしている実弥も流石に黙ってしかられていた。

これで少しでも実弥の態度の悪さがよくなればいいのだけれど……

 

 

 

 

 

【纏楽、これは話すかどうか迷ったのだけれど、黙っておくのも悪いと思ったのでこうして手紙を書いた次第だ。纏楽に発現した痣だが、これは始まりの剣士たちにも発現していたものだ。纏楽が実感しているように身体能力の爆発的な向上が恩恵として受けられる。しかし、痣が発現したものは若くして死んでしまうんだ。怪我によるものではない、老衰のように息絶えてしまうようだ。その痣についてはまだ詳しい情報が少ないために迫る死の回避方法などはわからない。私の伝手を使って探してみるよ。上弦の弐を倒した英雄が、これから家族を作る人間が若くして死んでしまうのはとても悲しいから。】

 

 

 

後日お館様から送られてきた手紙の内容は中々に衝撃的なものだった。

だがしかし、深刻なものだとしても俺にはどうしようもないことはわかるし、今のところは痣に殺されるような予兆もない。

ならばいつも通りに過ごすことが一番だろう。

痣が薄くなっているということはそのうちきれいさっぱりなくなっていることだってあるかもしれないから。

 

例え死んでしまったとしても後悔のないように生きるとしようではないか。

 

とは言ったものの、仕事が舞い込んでくる以外に今の生活に不満などない。

可愛い恋人が二人いてお金もそこそこため込んでいる。

しかし今の俺には金の使いどころがない。

 

蝶屋敷の面々に何かを買って帰る時以外にお金を使うときがないのである。

その他、休日は暇を持て余す。

 

「しのぶぅ」

 

「今忙しいので後にしていただけますか」

 

パタパタと蝶屋敷の中をせわしなく動き回るしのぶの後ろをついて回る俺。

完全にただの暇人、金魚の糞である。

カナエはアオイとともに食事を作っているし、カナヲもあまり得意ではないけれどカナエが「女の子なんだから料理はできたほうがいい」などと言って料理班に組み込まれた。

 

きよすみなほ三人娘も同様に病室やらなんやらを行ったり来たり。

厨房は狭いから出てけとアオイに怒られてしまった。

出ていくときにアオイの頭をぐしぐし撫でておいた。

 

ほんとにやることがないのでしのぶの後ろをただただついて回っているのだ。

これのいいところはしのぶが俺の女であることを知らない隊士がしのぶに色目を使ったらすぐにぶちのめせることなのだけれど、言葉遣いが丁寧な時のしのぶには全くと言っていいほど死角がないため、色目を使う暇もないのでしのぶ親衛隊をしている意味もない。

俺以外の男からのお誘いはバッサリ切り捨てるし、距離感も一定以上を必ず保つ。

うっかりしのぶを怒らせた隊士は「馬鹿なんですか死にたいんですか」と昔の口調のしのぶにしこたま説教をされる。

 

「あの、纏楽さん。一般の隊士の方がおびえてしまうので後ろをついて回るのは」

 

「……わかった」

 

「ついてきていいです!だからそんな泣きそうな顔しないでください!」

 

しのぶは俺とカナエの前だと割と簡単に仮面が剥がれるなぁ。

しのぶの仮面は定着して素顔になりつつあるので他の人間の前ではあまり外れない。

 

「ついてきていいですけど邪魔はしないでくださいね」

 

「大丈夫、時々抱き着くくらいにしておくよ」

 

「やっぱどっか行ってもらえますか」

 

「俺がしのぶを抱っこしながら屋敷内を移動すればしのぶは楽ができて俺は幸せで完璧じゃない?」

 

「楽でもないし恥ずかしいです!……幸せなのは否定しませんが

 

ボソリと呟いたしのぶの言葉を俺は一言一句聞き流す事はなかった。

なんとも言えない幸せな感情が胸中に渦巻く。

 

気がつくと俺はしのぶに抱きついていた。

 

「もう、少しだけですからね」

 

呆れたしのぶは少しの間されるがままだったがやがて俺を引き剥がし、仕事に戻ってしまった。

 

 

 

 

 

結局蝶屋敷にいてもやることがなくなってしまったので、鴉を使って杏寿郎と天元を自宅に呼び出した。

 

「お前が呼び出しだなんて珍しいこともあるもんだな。俺らと絡んでる暇があったらあの姉妹に構ってるもんだと思ってた」

 

「うむ!困りごとなら力になるぞ!」

 

カナエとしのぶにはとりあえず伏せておく情報。

男友達の中でも特に仲のいいこの二人には伝えておくことにした。

 

「俺のこの痣、始まりの剣士達も発現してたみたいなんだが、発現すると長くは生きられないらしいんだ」

 

「それは本当か?」

 

「お館様から手紙で教えてもらったから、信憑性は高いと思う。それで杏寿郎には家の書庫とかで痣に関する文献を調べて欲しいんだ」

 

「わかった!纏楽の生死が関わってるとなれば最優先で当たらせてもらう!」

 

「オイオイ、それはいいが俺らより先に言っとくべき奴らがいるんじゃねぇの?」

 

「カナエとしのぶには黙っておく。俺の育手のじいさんにも。今のところ打ち明けるのは産屋敷家の人とお前らだけだ」

 

カナエやしのぶにこのことが知れ渡ると俺を救う方法を死に物狂いで探してくれるだろう。

それこそ鬼殺の仕事を捨ててまで。

そして、俺との時間を出来る限り捻出してくれるとも思う。

 

だからこそ、言えない。

 

「杏寿郎はその辺うまくやってくれそうだから。天元はなんかこう、忍の伝手を使って調べて欲しいんだ」

 

「そんなに期待するなよ」

 

今はこれでいい。

始まりの剣士達が痣を発現させていたと言う事は、俺以外にも発現する人間が出て来ると思う。

その時にカナエとしのぶには打ち明けようと思う。

 

「それに、無惨を倒せば消えるかもしれないしな」

 

体の調子はすこぶるいい。

本当に体に異変を感じた時、痣を消す方法が見当たらないのなら余生としてカナエとしのぶの二人となんの仕事もせずに残りを生きたい。

 

「それはいいが…なぁ、煉獄」

 

「うむ、あの姉妹が気がつかない訳がないと思うぞ!」

 

「まぁ、バレたらその時考えるよ」

 

「絶対ド派手に怒られるぞ」

 

「間違いなく怒髪天を衝くだろう」

 

確かに。

しのぶは勿論烈火の如く怒り倒すだろうし、普段から優しさに溢れているカナエだって怒ってしまうかもしれない。

カナエを怒らせるとどうなるかは想像もできないけど、怖そうな事だけは分かる。

 

「相談なんだが…」

 

痣の件とは別の相談事ができてしまったではないか。

 

「秘密を隠し通す方法、もしくはバレても怒られない方法を教えてほしい」

 

そんなもん知るかと二人に一蹴されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は繋ぎの回なので文字数ボリューム共に控えめです。
実弥は柱になってもゴミは一生柱にはなりません。なぜならモブだから。アイツの活躍シーンなんてもう一度あったら奇跡ですよ。

感想評価をお待ちしております。
モチベーションアップに繋がりますのでどうぞよろしく。


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家主と一緒に家出した(外出)

時飛ばしの術多用&原作開始までダイジェストを考え始めた今日この頃。


「姉さんも纏楽さんもゆっくりしててください」

 

そんな言葉を療養中によく聞く。

しのぶは俺とカナエを病室や縁側に押しやって自分は他の従業員とともにせっせと働くのだ。

 

俺もカナエも何か簡単なことでも手伝おうとするが、すぐにその仕事は奪い取られて手持ち無沙汰になることがしばしば。

文字通り生死をかけた激戦を潜り抜け上弦の弐を倒し、代償として大けがを負ったわけなので俺たちに気を使ってくれているのはわかるのだけれど、何もさせてもらえないというのは悲しい。

最近はカナエとくっついてばかりで労働というものをした覚えがない。

 

「私たち、いらない子なのかしら」

 

「良心が痛みすぎてゆっくりなんて出来ないよなぁ」

 

本来ならば俺はこの様に何もしなくていい生活を望んでいたのだけれど、しのぶがこれでもかと働いているのに俺はぐーたらとか良くないと思うのだ。

こんな形での楽な生活は望んじゃいない。

 

「なんで絶対に忙しいのに忙しくないなんて嘘つくのかな」

 

「しのぶをあんな風に育てた覚えないわ!」

 

「しのぶは小さいのに頑張りすぎだよな!」

 

「私たちも働きたい!」

 

しのぶはあんなに小さな体で、年齢もまだまだ子供といえる頃。

そんなしのぶがせっせと働き鬼殺隊に貢献しているというのに俺たちはその間何もしていない。

完全に悪人である。

なのでしのぶに異議の申し立てをしている真っ最中なのだ。

 

「あの、診察室の前で騒がないでもらえます?」

 

俺たちの熱い言葉に隊士の診察をしていたしのぶがたまらず顔をだした。

しのぶが怒っていることはだれの目から見てもわかるほどだけれど俺たちはその程度では怯まない。

 

「俺たちも働かせて!」

 

「姉さんさみしいなぁ」

 

しのぶは俺たちに非常に甘いところがあるのでこうして押せばなんとかなるのである。

 

「はぁ、そもそも姉さんはともかく纏楽さんはここの従業員じゃないでしょう」

 

「……しのぶのばかー!」

 

俺は涙を流しながら蝶屋敷を飛び出した。

何故かよくわからないけれど、にこにこしながらカナエも後ろについてきた。

カナエは従業員どころか蝶屋敷の代表だからのけ者にされてないよね?

 

 

 

 

 

「というわけなんだよ、ひどいと思わないか?」

 

「思わない」

 

「冨岡くん、いつもそんな調子なの?」

 

蝶屋敷を飛び出した俺たちは口下手な水柱こと冨岡義勇の屋敷に押し掛けた。

屋敷の前で「入るぞ!」と大声で叫ぶと返事も聞かずに俺たちは屋敷の中に押し入った。

 

俺たちが許可も取らずに勝手に入ってきたことに義勇はひどく驚いたような顔を……していたかはよくわからないけど、心なしかいつもよりも態度が冷たい気がする。

 

「冨岡くん、こういうこと言うのは悲しいんだけどね、そんな調子じゃみんなに嫌われるわよ」

 

「もう嫌われている気がするのは気のせいだろうか」

 

「……俺は嫌われてない」

 

勝手に屋敷に押し入った挙句に「お前嫌われてるよ」なんて言う俺たちのほうが嫌われそうな気がするけれどそれは気にしないことにしておく。

 

「なぁ義勇お前のそういう口下手というか、口数が足りていないところどうにかならないのか?」

 

「俺は口数足りている」

 

「足りてないから指摘されてるのにそこで変な意地を張ってるから嫌われるんだよ」

 

「不死川くんなんかとは相性悪そうよね」

 

「……不死川とは仲がいい」

 

誰もが一発で嘘とわかる発言をしてしまう義勇。

こいつの場合嘘をついているのではなく本当に仲がいいと認識しているのが悲しいところである。

 

「うっそだろ、あの不良と仲がいいやつとか俺と匡近くらいだろ」

 

「冨岡くんと不死川くんいつ仲良くなったの?」

 

「……」

 

急に黙り込んでしまう義勇。

まさか何の根拠もなく仲がいいなんてのたまったのだろうか。

 

「…………目が合った」

 

「ごめんカナエ、俺なんか話聞き逃しちゃったかな」

 

「ううん、たぶんだけど聞き逃してないと思うな」

 

長い沈黙を破った末に出てきた言葉が「目が合った」の一言のみ。

そこから義勇と実弥の仲がいいこととどう結び付ければいいのだろうか。

 

「えっともう少しわかりやすく説明してくれるかな?」

 

「……あれは、三日前のこと」

 

「なんかいきなり過去編始まった」

 

「もう少し前置きとか必要だと思うわ」

 

完全に義勇の言動に振り回され理解が追い付かない俺たち。

だがここで話をさえぎってしまってはそれこそ真相は迷宮入りしかねないので黙って聞くことにした。

 

が、結局義勇の話から読み取れたのは断片的な情報だけだった。

 

・まだ柱の担当領域に慣れてない実弥と偶然仕事で一緒になった

・なんか一緒に鬼を斬った

・実弥が元気に話しかけてくれた

 

これくらいである。

 

「ねぇ、纏楽くん、冨岡くんって」

 

「天然だし人の感情に疎いな間違いなく」

 

義勇の話から察するに仲は良くないしむしろ嫌われているのだと思う。

実弥が元気に話しかけてくるとか間違いなく激怒しているに違いない。

目が合ったというのは言葉にせずとも息を合わせて鬼を斬ったということなのだろう。

だがそもそも水の呼吸というのは戦況に合わせて柔軟に対応できるものだから、二人の仲がいいというよりは水の呼吸が共闘に向いているというだけではなかろうか。

 

だがしかし義勇はそこに気が付かず実弥と仲がいいと誤認している。

この悲しい事態に俺もカナエもどうしたものかと顔を見合わせる。

 

「俺とカナエと比べて義勇と実弥はどうだ?」

 

俺とカナエは相当仲がいいと自負するくらいには以心伝心である。

だから比較してもらうことで義勇に自分が好かれているかどうかを確認してもらいたい。

 

「……夫婦仲とは比較できないだろう」

 

「冨岡くん、あなたは嫌われてないわ」

 

「カナエ!?」

 

「だって夫婦には敵わないって言ってくれたのよ?」

 

夫婦ではないのに夫婦とみてもらえることに気をよくしたカナエは義勇の主張を認めてしまった。

そんなことでは周りから義勇への評価が下がっていくだけだというのに。

 

「いつか、お前のことをわかってくれる奴に出会えるといいな」

 

「……不死川とは分かり合ってる」

 

特に何も考えずに義勇の家に来たけれど、義勇の天然すぎる言動に振り回され疲れたので俺たちは家を出た。

 

「また来るな」

 

「お邪魔しましたー」

 

去り際に義勇が「もう来なくていい」とか言っていたような気がしたが気にしないことにした。

 

「冨岡くん、いい人だったわね。ちょこっと変だけど」

 

「夫婦って言われただけでいい人認定しちゃうんだ」

 

「だってうれしかったんですもの」

 

「いつか本当になることなのに?」

 

俺の言葉に気をよくしたカナエは俺の腕に引っ付いて離れなくなった。

非常に歩きづらいけれど幸せなので気にしないことにした。

 

「ところで纏楽くん、これはどこに向かってるの?」

 

「あ、そうだ家出してるんだった」

 

俺の家でもないので家でとも言えないけれど、今はしのぶのもとに帰らない。

帰りたくないわけではない。本音を赤裸々に語るのであれば今すぐしのぶを抱きしめたいのだがそこを強い意志でぐっとこらえて蝶屋敷には帰らない。

今日は試しに外食をしてこようと思う。短い家出、もはやただの外出である。

 

しかし特にやることもないのでどうしたものか。

こういう時に趣味なんかあればいいのだろう。でも親を亡くしてからじいさんにしごかれ、趣味なんてものはとっくのとうになくしてしまった。

しいて言うのなら女(胡蝶姉妹)に尽くすことが趣味であるために、やることがない。

 

「カナエはどこか行きたいところはないのか」

 

「纏楽くんといっしょならどこへでも」

 

俺と一緒ならどこへでもと言ってくれるのはうれしいのだけれども、こういう暇を持て余してるときにそれだとどうしたらいいかまったくわからないではないか。

 

「そうだ、匡近にご飯連れてく約束してたんだった」

 

「それ私も一緒に行っていい?」

 

「まぁ、いいんじゃないかな」

 

そうと決まれば匡近や実弥、下弦の壱討伐に参加した人間を集めるために鴉を飛ばした。

 

 

 

 

 

「ほんとに連れて行ってくれるなんて思いませんでした」

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

「いいのいいの、上司からのご褒美ってやつだから好きに食べて」

 

その日の夕方にはあの時の隊士たちが集まって食事会が開催された。

 

集合時間に実弥は来なかったので匡近に屋敷の場所を聞いて強制連行したためにすこぶる機嫌が悪い不良が一人。

みんなそんな実弥に気を使う様子もないのが不思議だ。やはり怖い新任の柱というよりもともに戦った仲間という認識が強いからなのだろうか。

 

「お前ら、実弥には敬語使わないのな」

 

「まぁ、実弥は柱になっても実弥ですし」

 

「口悪いけど」「お館様に歯向かったって聞いたときはさすがにビビった」「そこまで馬鹿だとは思わんかった」

「柱たちにボコボコにされたってほんとかよ」

 

「うるせぇ!!!」

 

「不死川くん、だめじゃないそんな怖くしちゃ」

 

「花柱さま美しいな」「強くてきれいで優しいとかどういうことだよ」「天女様じゃん」

 

「そうなんだよ、天女なんだよ」

 

今夜仕事のない隊士たちは酒も飲んでいるので饒舌である。

俺とカナエは飲酒はしない。一度蝶屋敷で二人で酒盛りで調子にのってしのぶとアオイに説教を食らったからである。

 

「うらやましいです」「前世でどんな徳を積んだら娶れるんですか」「加えて可愛い妹まで手籠めにするとかどうなってんすか」

 

カナエを褒められることは俺もうれしい。

こいつらはカナエに色目を使わず純粋にほめているので俺も制裁を加える必要がない。

 

「前世で徳を積んだのは私のほうだと思うけどなぁ」

 

「……幸せモンっすね」

 

「だろ?」

 

匡近以外の隊士たちも気のいい奴らである。

杏寿郎と天元以外に友達らしい友達もいなかった俺としてはとても楽しい。

 

「鳴柱様のどこに魅かれたんですか?」

 

「うふふ、たくさんあるから一言では言えないわ」

 

カナエも少ない女性隊士と楽しく談笑している。

なにやら女子会みたいなことを話している。とても内容が気になる。

 

「なんで実弥の周りにこんないい奴らがいるんだよ」

 

「実弥、口は悪いしすぐに手は出るけど頼りになるんですよ」

 

「実弥みたいに俺のことも敬語使わないでいいよ。たぶん俺がこの中で最年少だからな」

 

「あ、それすごい意外なんですよね!」

 

カナエとおしゃべりしていた女性隊士が話に食いついてきた。

意外というのは俺の年齢の話だろうか。

 

「鳴柱様って最短で柱になったって話は有名なんですけど、噂の一人歩きだってみんな信じないんですよ」

 

「そうそう、実は最年少っつっても俺らより年下とか嘘だろってなっちゃいます」

 

「でも実弥とか胡蝶様も同い年だし、一ノ瀬様と煉獄様は同い年だって話だし現実味でてきたよな」

 

「同い年とか年下があり得ないほど活躍してるのみるとああはなれないなって思います」

 

なんだなんだ、柱ってどういう認識を持たれてるんだ。

戦闘能力が異常なのと癖が強すぎること以外は普通の人間なんだけどな。

 

「纏楽くんの半年と少しで柱就任はちょっと格が違うわよね。煉獄くんも入隊から一年と少しかかったらしいし。私なんか二年かかってるし」

 

「いや、胡蝶様の二年も普通に考えたら早いんですよ」

 

「不死川くんはどれくらいなの?」

 

「どうでもいいだろぉが」

 

「あ、こいつも二年くらいですよ」

 

「匡近ァ!!!」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ実弥。後で就任祝いでおはぎ買ってやるから」

 

「あ、じゃあ私はおはぎに合うお茶をお祝いにあげるわね」

 

「よかったな実弥、現役の柱の二人からお祝いだぞ」

 

「いらねぇよ。柱がそんなにふわふわしてて鬼を斬れんのか」

 

実弥のいうことは分かる。

実弥や悲鳴嶼さんなんかは常に気を張っているような感じ。

それに対して俺やカナエはやるときにやるだけ。

 

「大丈夫よ。悪い鬼は迷いなく斬るから」

 

カナエの声が少し低くなり眼光も鋭くなる。

それと同時にカナエのほんわかとした雰囲気もなくなる。

 

それを察知した実弥やほかの隊士は体をこわばらせる。

後輩隊士たちを引き締めるためのカナエのお茶目だ。

 

「気合入ってるカナエもかわいいな」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

俺たちがべたべたしているよそで、ほかの隊士たちがこそこそと話し始める。

 

「やっぱ柱って怖いな」「あれを何もなかったように流せる鳴柱様もやばいよ」

 

普通の隊士は柱と違って群れることが多い。

それは複数人でないと鬼を狩ることができないからだ。

 

そして柱になるような人間は一人でもできるもんだから、単独で仕事に赴くことが多い。

そうすると自然と柱は隊士たちに良くも悪くも遠ざけられがちになる。

 

実弥なんかは鬼への憎悪が人一倍強いから、隊士としての成長も早く、口も顔も悪なので遠ざけられてしかるべきなのだろう。

だがこうして仲間たちが食事の場にいて気兼ねなく話せている。

口数はあまり多くないし、つっけんどんな口ぶりではあるがそれが実弥だと仲間たちは受け入れているのだろう。

 

ならきっと実弥は悪い奴じゃない。

心根は優しい奴なんだろう。

上弦の弐の時も俺を追いかけてきて助太刀してくれた。

 

なら、俺も実弥の力になってやろうではないか。

 

「実弥、お前が柱のみんなと打ち解けられるように協力するからな」

 

「不死川くん、柱合会議では印象悪かったものね」

 

「余計なお世話だ」

 

「そうだな、手始めに義勇なんかどうだ」

 

「そうね、冨岡くんも不死川くんと仲良くなりたがってたわ」

 

「なんでよりにもよってアイツを選んだ!!!」

 

義勇、お前やっぱり嫌われてるわ。

 

 

 

 

 

「「ただいまー」」

 

「おかえりなさい、二人とも遅かったですね」

 

蝶屋敷に戻ると出迎えてくれたのはアオイだった。

しのぶがカナエの力を借りずとも蝶屋敷の運営をできているのはこの子の力が大きいと思う。

 

「これ、お土産のおはぎ」

 

「買いすぎちゃったの。明日みんなで食べましょう」

 

あの後実弥とその仲間たちを連れまわし、おはぎを購入。

隊士たち、とくに実弥には大量におはぎを持たせたのだがそれでも余ってしまったのでお土産として持ち帰ってきたのだ。

調子に乗ってカナエと二人でそこそこ高級な和菓子屋のおはぎを根こそぎ買ってきてしまったので少し反省している。

 

「しのぶはどこにいる?」

 

「たぶん、まだ資料室にいると思います」

 

「あの子はまた頑張りすぎて」

 

「……これはあれだな」

 

カナエと顔を見合わせた俺たちは口をそろえて

 

「「抱きしめにいかなきゃ」」

 

アオイがあきれたような顔をしていたけれど無視しておいた。

 

スパァンッ!と勢いよく扉を開ける。

集中して何か書物を読み漁っていた様子のしのぶだったがさすがに驚いた表情を見せる。

 

「今日は二人で纏楽さんの家に泊まってくるとおもっていたのですが。せっかく二人きりにしてあげたのに、纏楽さんに根性がなかったんですか?」

 

「おいおいなんでそんなに毒舌なんだよ」

 

「うちでそういうことをされても困るからわざわざ追い出したのに。最近の二人はいつも以上にべたべたしていましたし、恋人としてそういうことをする時期になったのかと」

 

……そういうことを割と真剣に考え始めたのは事実だけれどもそんなにはっきり言わないでほしいなぁ。

そもそも、しのぶも恋人なのだから、そこに自分が入っていないみたいな言い方はよろしくない。

確かにしのぶはまだ体が小さくてそういうことはできないけれど、だからと言って愛していないなんてことは絶対にありえないのだから。

 

「気を使ってくれるのはありがたいけど、気にしなくていいよ」

 

「気にしますよ。姉さんの血が付いた寝具を庭で干すのは嫌ですから」

 

「さすがにここでそういうことはしないってば」

 

「嘘です、この前また二人で着物の中に手を入れてまさぐりあってたじゃないですか」

 

「しのぶ、覗いてたの?そんなことをここで暴露されたら姉さん恥ずかしいんだけど」

 

むむむ、最近のしのぶはとても強かで俺もカナエも頭が上がらない。

こういう時は実力行使に出るに限る。

 

「今からでも纏楽さんの家にっ!?」

 

柔らかな唇を俺の唇で無理やりにふさぐ。

しのぶは驚きはしたものの抵抗はしなかった。

それによって調子に乗った俺はしのぶの口の中に舌を侵入させる。

 

いやらしい水音が少しの間部屋に響いていたがそれもすぐに終わった。

 

顔を赤くして息を荒くしたしのぶを抱える。

それをみてカナエも大体察したのか立ち上がった。

 

「三人で川の字になって寝ましょうか」

 

しのぶを真ん中にして俺とカナエがその両側から抱き着く形で眠りについた。

くっつきすぎて川の字の真ん中の棒しかなかったがそれもしのぶが可愛いのが悪いのだ。

 

朝の俺たちの布団や着物は特に乱れてはなかったことだけ明言しておく。

 

 

 

 




本格的に(一発ネタ)というタイトルが生命活動を始めました。
童磨倒してからというもの書きたいこともめっきり減りましたので筆がなかなか進まんのです。

つまり言いたいことは分かるね?

感想ください!!!!


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蝶、羽化の時

しのぶが藤の花の毒を完成させた。

以前から形になっていた毒を珠世さんと協力させたことで多種類の強力な毒を生成。

俺たちが今まで狩ってきた十二鬼月の血を珠世さんが研究した結果として理論上では十二鬼月の上弦にも通用する毒が出来上がっているらしい。

 

あと、なぜか兪史郎としのぶが一触即発の空気になっていたのは不思議だった。

 

つまりそれによって何が起こるかというと、しのぶが最終選別に出かけてしまうということなのである。

 

「纏楽くん、わかってるわよね」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

俺とカナエの意思は完全に一致している。

俺たちの怪我は完治した。そして今回復帰後初の任務それは――

 

「「しのぶの最終選別についていく」」

 

「絶対にダメです!!!」

 

俺たちの前に立ちはだかったのはアオイである。

 

「おいおい、しのぶが万が一にでも怪我したらどうするんだ」

 

「そうよ、転んでけがして泣いちゃうかもしれないのよ」

 

「なんでそんな過保護なんですか!」

 

分かっている。

しのぶは俺たちの継子といっても差し支えないほどに俺たちから剣技の指導を受けてきた。

鬼と対峙した時の心構え、仲良くできない鬼との戦い方、戦況を見渡す戦術眼、それらすべてを教えてきたつもりだ。

そんなしのぶが万が一にでも傷つくなんてことはありえない。

でも、不安なものは不安なのである。

 

「しのぶ様は纏楽様と一緒に鬼を狩ったこともあるじゃないですか」

 

「それとこれとは話が違う」

 

「そうよ、しのぶが強いことは分かってるの。でも不安なものは不安なのよ」

 

「それはお二方にも言えることだと思いますよ。万が一にでもお二人が死んでしまうことなんてないでしょう。でも不安なんです。それでも私たちにできることは信じて待つことだけなんです。ですからお二人もしのぶ様を信じて待っていてください」

 

待っている側の心の内を聞いてしまっては揺らいでしまうではないか。

 

「でもでも」

 

「でもじゃないです!お二人にできることは無事に帰ってくることを願うことだけなんです」

 

「それ以外にもしのぶは可愛いから男除けとか必要だと思うんだ」

 

「しのぶ様は普段から男性のお誘いをバッサリ斬ってますから大丈夫です!」

 

「しのぶは可愛いから女の子からもお誘いされるかもしれないじゃない!」

 

「大丈夫なものは大丈夫です!」

 

しのぶはおしとやかになったように見えて心に強い意志をもっているし所々で昔の毒舌だったり気の強いところを発揮するので、たとえどんな男女に言い寄られようとも大丈夫だろう。

でも、俺たちとしては言い寄られている時点で嫌というか、不安というか。

 

「纏楽さんも姉さんも、最近大騒ぎしすぎじゃないですか?」

 

出発の準備を終わらせたしのぶが自室から出てきた。

腰には特注の日輪刀。俺たちのコネと権力を総動員して作らせた色変わりの刀。

本来ならば入隊後に支給されるのだけれどしのぶの戦い方の問題もあってお館様に頼み込んで先んじて作ってもらったのだ。

 

「「しのぶへの愛ゆえに!!!」」

 

「うれしいですけど、皆さんが困ってしまいますよ」

 

「これを持っていって」

 

本当はいかせたくない。でもしのぶの意思も尊重したいとも思うからしかたなくしのぶのために荷物を俺とカナエが荷造りをした。

 

「……あの、大きすぎませんか?」

 

しのぶが背負えばその大きさが明らかに異常なものだとわかる風呂敷。

すでに全集中・常中を会得しているしのぶからしたら余裕で背負うことができる。

 

「藤の花のお香とか、予備の刀とか、食料とか、着替えとか、おやつとか、布団とかいろいろ入ってるから」

 

「余計なもの入ってませんか!?」

 

「アオイは分かってないな、準備はいくらしていても余計なんてことはないんだぞ」

 

「布団なんて山の中じゃあ敷くところないじゃないですか」

 

これでもかとぎゃいぎゃい噛みついてくる。

こういうところ、本当に昔のしのぶのようである。

 

「ふふっ、纏楽さん、姉さんありがとう。でも、布団だけは邪魔だから置いていきますね」

 

「え、でもしっかり寝ないと肌とか荒れるかなって」

 

「ひどいです、纏楽さんは肌がきれいな私じゃないと好きじゃないんですか?」

 

「いや全くそんなことはないのだけれど!!!」

 

「なら、布団はいりませんね」

 

「俺が布団持ってついていこうか?」

 

「心配ご無用ですよ。私、傷一つ負うつもりはありませんから」

 

きりっとした顔で言い放ったしのぶ。

そんなたくましいしのぶの顔にいつものような愛らしさよりもカッコよさが浮き出ていた。

 

「ですから、こっそりついてくるのもだめですからね」

 

「「……わかった」」

 

「アオイ、頼みましたよ」

 

「お任せください」

 

 

 

 

 

 

 

 

藤襲山に到着するとそこには数十人もの入隊希望者がいた。

私のように風呂敷いっぱいの荷物を背負っている人は一人もいない。

 

「過保護なのはありがた迷惑なんですよねぇ」

 

あの二人が私のことを心配してくれているのはうれしいけど、いつまでも守られているだけの私ではない。

さしあたってはこの最終選別において纏楽さんが成し遂げた偉業である山中の鬼を狩りつくすのが私の目標である。

 

「あの人のように一日ではさすがに無理ですかね」

 

「おい、お前みたいなちっさい女が来るようなところじゃねぇんだ、とっとと帰んな」

 

突如私の背後に立って、そんなことをのたまう男性。

背丈は纏楽さんより一回り小さいくらい。

 

顔は世間一般では怖いと評される感じの顔でしょうか。

それに加えて乱暴な言葉遣い、よく周りを見てみると彼には近づかないように他の人たちは距離をとっている。

そんなぽっかり空いたところに私が来たからこの人は絡んできたのでしょうが……

 

「ご忠告感謝します。ですが……」

 

「あぁ?」

 

トッ

 

軽い足音だけをその場に残し、彼の背後に回る。

きっと彼の眼には突如私が消えたように映ったことでしょう。

 

「これでも私、この場の誰よりも強いんですよ?」

 

姉さんが本気で怒ったときのように底冷えする声を彼の耳元で放つと、彼だけではなく、この場にいる全員に緊張が走るのが分かった。

この人は私のことを弱いと思って声をかけたのか、自分が強いと勘違いして私を威圧したのか。

 

それにしても、今回の選別を受けに来た隊士の質は低いのかもしれません。

こんな背丈の小さな女一人に威圧されて顔を青ざめるような方たちなのですから。

 

 

 

 

 

そんな少し白けた空気の中最終選別は始まった。

私の強みは、刀で傷をつけさえすれば鬼は消滅するところ。

纏楽さんほどの速度は出せなくとも、鬼殺隊の中で最も効率よく鬼を狩ることができるのはきっと私なはず。

 

山の中を駆け回る。

地面が湿っていたり、木の根が張っていたりと足場は良好とはいえないがそれでもまったく問題はない。

だからといって油断はしない。

戦場で油断などして万が一怪我でもすればあの二人がまた騒ぎ始めるに違いない。

 

「蟲の呼吸蝶ノ舞――」

 

前方の鬼複数体を視認するやいなや臨戦態勢をとる。

私は姉さんのように、仲良くできるかどうかなんて気にしない。

 

「戯れ」

 

苦悶にあふれた断末魔。

 

「首を斬ってないのに……」

 

おや、見ていた人がいたみたいです。

 

「ふふっ、私は胡蝶しのぶ。鳴柱と花柱の継子で鬼を殺せる毒を作ったちょっとすごい人なんですよ」

 

纏楽さんが言っていた。

戦場でかっこよく名乗れるくらい余裕があれば名乗りなさいと。

そうすれば信頼を得て昇級も早くなると。

 

纏楽さんのことだから割と適当かもしれないし、名乗るのはかっこいいと思う反面ちょっと恥ずかしい。

それでも今は、心に残る不安を振り払うために、あなたたちに教えられたこと、全部出します!

 

呆けている彼らにニコリとほほ笑んでまた次の鬼を探して駆け出す。

 

 

纏楽さんが言っていた。

姉さんが女性ながら柱にまで上り詰めることができたのは、戦場でも笑顔を見せるからだと。

 

「つまり、笑顔で鬼を殺せるようになれってことですよね」

 

きっと笑って鬼を殺せるようになれとそういう教えだと思う。

「ちがう!」って叫んでいる纏楽さんが脳裏によぎったけれど気にしないことにする。

 

刀を鞘に納めて毒の調合を変化させる。

 

万が一毒のことが鬼舞辻を通して鬼に知られていれば解毒される可能性もあるからと、いろんな人の力を借りて何種類もの毒を作った。

 

毒の再調合を済ませると、また足場の悪い山中を駆ける。

月明かりが差すだけの真っ暗な山の中。

 

視覚だけでなく嗅覚や聴覚を総動員して鬼を探す。

木の揺らぎ、地が軋む音、枝葉がこすれる音。それらすべてから不自然なところを見つけ出し、隠れている鬼を見つけ出す。

 

私を視認した鬼は私を舐めてくれるので非常に戦いやすい。

 

「こんな小さな娘が来るなんてツイてるなぁ…あ?」

 

下卑た顔が崩れると、まずは視界から私が消えたことへの驚きが。

そして、自らの体からいつの間にかにじんでいる血に驚き恐怖する。

次に、頸が無事であることへの安堵の表情。

そして最後は絶望と苦悶に満ちた顔を浮かべ、やがてピクリとも動かなくなる。

 

鬼が動かなくなった時には私はすでに次の鬼へと毒を打ち込んでいる。

 

 

 

 

山中を駆けまわっていると鬼に囲まれて泣き出してしまいそうな受験者を遠目に見つけた。

そのそばには彼女を守るような形で構える私に絡んできた乱暴な彼の姿が。

 

――蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞百足蛇腹

 

本来ならば複数の踏み込みによって相手をかく乱する技。

しかし今回は複数の鬼を一度に殺すために放つ。

 

強く踏み込み接敵。

 

先端以外が細く作られた特注の日輪刀を突き刺し毒を投与。

クルリと身を回転させ、刀を鬼の体から抜くと次の踏み込みでまた鬼を刺す。

 

「ぐうっ」

 

まずい!女性をかばっている彼がもたない!

今にも身を引き裂かれそうな彼の姿が目に入る。

 

百足蛇腹の踏み込みであと二足。

このままでは私が鬼を殺すよりも彼が殺されるほうが早い。

そう判断した瞬間に呼吸を切り替える。

 

――蟲の呼吸 蜂牙ノ舞真靡き

 

纏楽さんには劣るがそれでもなお鬼殺隊では上位に入ると太鼓判を押された超高速の刺突。

彼を切り裂かんとする鬼の腕を吹き飛ばす勢いで突き差す。

 

鬼の腕に深く刺さった刀を手首を返すようにクンとまわして鬼の腕を切断し刀を自由に。

 

「お、お前ッ」

 

彼が何やら言っているけれど、守ってあげたのだから文句は受け付けない。

とにもかくにもこの場の鬼を殲滅するのが最優先。

 

腕を斬り飛ばした鬼の眉間に刀の先端をずぶりと埋め込んでとどめをさすと、ほかにもこちらに迫る鬼に目を向ける。

 

その数は十数体はくだらない。

 

「まったく、どうしてこんなに鬼が集まってきてるんですか」

 

「この女が、稀血なんだよ」

 

「なるほど、難儀な体質を抱えていらっしゃるようで」

 

「オイ、チビ」

 

「……」

 

「俺は邪魔か」

 

チビとやらが誰のことだかは分からないけれど彼の疑問には答えてあげることにしよう。

 

「邪魔です。あなたは彼女を守ることだけ考えていてください。私が逃してしまってそちらに行った鬼だけお願いします。もっとも――」

 

――蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞

 

波状攻撃、不規則にこちらに迫りくる鬼たちを順番に刺していく。

私は小さな体を活かして鬼の懐深くにもぐりこむと鬼の脇腹を軽く切り裂いて次の鬼へ。

 

地面を蹴って小さな体を空中に投げ出し、足を天に向けるように体を空中でさかさまに。

そのままの体勢で鬼の頸を上方から斬る。着地の衝撃を前方への推進力へと換え次の鬼の目を潰す。

 

どさどさ、と複数の鬼が同時に倒れる音。それを聞いて彼らの方へと振り向くと一言。

 

「一匹たりともそちらへは行かせませんので安心してもらって大丈夫ですよ」

 

そしてにこりと小さく微笑む。

これが姉さんの強さの一要素らしい。

何か圧倒的に間違っている気がするけれど纏楽さんが強く主張するのだから間違ってないはず。

 

しかし、鬼単体では大したことはないがいかんせん数が多い。

彼女の血が稀血であるためその匂いを嗅ぎつけた鬼がわらわらと寄ってくる。

これではきりがないし、下手をすれば二人をかばいきれるかどうか。

 

「彼女の止血を急いでください!」

 

風呂敷を彼に投げる。

応急処置のための道具も入っていることは確認済みである。

 

止血することで少しは鬼が減るといいのだが。

 

「まぁ、いいです。どちらにせよ、殲滅する予定でしたから、手間が省けます」

 

キンッ

 

一度刀を鞘に戻し毒を再調合。

刀の先端が掠りでもすれば鬼は死に至る猛毒。

 

「夜明けが先か、私が殺しつくすのが先か」

 

鬼たちは私を殺さなければ後ろの稀血にはありつけないと判断したのか、私を殺さんと迫ってくる。

まったく、こんなに多くの鬼を隊士でもない纏楽さんは一日で狩りつくしたんですか。

 

「私の師匠は化け物ですね」

 

――蟲の呼吸 蝶ノ舞戯れ

 

再び跳躍。私を包囲しようとしていた鬼を飛び越え背後をとるような位置に着地。

それと同時に三体の鬼を斬りつける。

 

すぐに振り返った鬼は私に鋭い爪を伸ばしてくる。

その手を振り払うように手首だけで刀を振るって毒を注入。

 

背後に気配を感じた次の瞬間には私は前方に跳ぶ。

懐から取り出した注射器三本を苦無のように投擲。もちろん中に入っている液体は藤の花の毒。

 

まずい。このままでは私の剣技では怪我を免れない。

私の蟲の呼吸は複数の鬼を同時に相手にするのに適していない。

 

「こんなものを使っては纏楽さんと姉さんに怒られてしまいそうですけど……緊急事態ですから」

 

シィィィィ

 

――雷の呼吸 偽・電轟雷轟

 

見よう見まねの雷の呼吸。

もちろん私の知っている使い手である纏楽さんのものに比べれば練度や速度は劣るし、私に合っていない技だからか体が軋むようだ。慣れない呼吸に肺も驚いている。

それでもこの状況を打開するには十分だった。

八体ほどの鬼がどさりと地に伏せる。

 

フゥゥゥゥゥ

 

――花の呼吸 偽・紅花衣

 

前方に弧を描くように刀を振るう。

私の刀では有効範囲は狭いけれどそれでも複数の鬼を持っていける。

 

――蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞百足蛇腹

 

蜈蚣の体のようにうねる軌道を描いて鬼と鬼の隙間を縫うようにして駆ける。

その際に斬り付けておくのも忘れない。

 

ゴォォォ

 

私のものではない猛々しい呼吸音が耳に届く。

炎の呼吸のものであることが煉獄さんと纏楽さんの稽古を見ていたためにすぐに分かった。

 

鬼を倒す横目で音のするほうに目をやると稀血の彼女の止血を終えた彼が刀を振るっている。

 

力量としては他の受験者と比べて少し毛が生えた程度。

それでもだいぶ楽になった。

 

――蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞複眼六角

 

六体の鬼の眼球を順に刺していく。

返り血が私を濡らす。

 

「まったく、帰る前にお風呂に入らないといけないじゃないですか」

 

それともあえて血濡れ姿で帰宅して二人を心配させるのも面白いかもしれない。

少しのいたずら心が生まれるけれど、楽しいことは後でとっておこう。

それが私の力になるから。

 

笑みを浮かべて宙を舞う。

 

 

 

最終選別、藤襲山に綺麗な蝶がいた。

そんな噂が立つなんてこの時は考えもしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




数年ぶりになろうの方で新作を投稿したので良ければ見てってください
『蒼の魔女と黒の僕』ちょっと特異な精霊と魔法使いの話です(露骨な宣伝)


それはさておき前話投稿時には温かいコメントたくさんいただきましてモチベーションアップになりました。
ぜひ引き続きよろしくお願いいたします。



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【番外編】キメツ学園

頭を空っぽにして読むんだ。いいね?


いつもの恐ろしい夢、いつの間にか手に握っていた刀を迫りくる恐ろしい異形の存在へと振るう。

体が驚くほど軽くて、まるで雷のように音を残して俺の体はありえない速度で動いているのだ。だがそんな速度をもってしても眼前の異形には届かない。それどころか俺の体は触手のようなナニカで切り刻まれる。

そしてそこで気づくのだ。

 

あぁ、これは夢なんだ

 

しかしそこで夢は終わらないのである。

すでに体は血に濡れているというのに夢の中の俺はあきらめることなく立ち上がるのだ。

逃げ出してしまえばいいと、そんな化け物には敵わないとわかっているはずなのに何度も何度も立ち上がり立ち向かうのだ。

 

絶対に死ねない理由が俺にはあるのだとその目が語っている。

なんでそんな頑張るんだと夢を見る俺は叫ぶ。

 

俺の声など届きはしない。当然だ。しかし、俺の声にこたえるように

二人の女性が現れる。美しい女性たち。

見た目麗しいその二人は姉妹であると一目でわかるほどに容姿が似通っている。

 

彼女たちは今にも倒れてしまいそうな俺を支える。

その距離感から俺と二人の女性は近しい存在であることがありありと伝わった。

 

俺は彼女たちに優しく微笑んでからまた化け物に立ち向かう。

 

 

 

そんな夢の中の俺に嫉妬して、まぶしさに目をそらして、目を覚ますのだ。

 

 

 

 

 

これまでなんとなしに生きてきた。

今日から高校に通い、新しい生活が始まるというのに俺には気力というものが全くわかないのである。

なにかに本気になるということがわからない俺には、何に対してもやる気がわかないのである。

何をするにしても中途半端に終わらせてしまう。

 

唯一それなりに続けているのは剣道だけだった。

爺さんに強引に続けさせられている剣道。中学時代の成績はそれなりではあったが受賞されても俺の心はぽっかりと穴が開いているのか満足感は全く得ることはできなかったのである。

友人と遊びに出ることが楽しくないわけではない。ただ、どこかむなしさを覚えるのでる。

 

「部活、どうしようかな」

 

このまま剣道を惰性で続けていいものなのだろうか。。

どちらにせよ爺さんにしごかれるのは強制なのだからわざわざ学校でまで痛い思いをすることはないとは思う。

 

「とりあえず、楽そうな部活だったらなんでもいいけど……」

 

剣道部に入っておいて、楽そうな部活と兼部というのは爺さんにもばれなさそうでいいのではないだろうか。

こうして楽な方へと逃げるというのが悪い癖だとわかっていながら、俺は逃げる。

 

自分に嫌気がさしたと同時に大きな声が俺に向けられた。

 

「纏楽!おはよう!!!」

 

「ん、おはようさん、杏寿郎は今日も元気だな」

 

「そういう纏楽は今日もダウナーだな!!」

 

中学からの友人である杏寿郎と同じクラスだといいななんて何でもない会話を繰り広げながら、通学路を歩く。

杏寿郎は何に対しても消極的な俺のことを引っ張っていってくれるいい奴である。そのために多少声がでかかったり暑苦しい部分は受け入れて関係を築いている。

 

「また例の夢でも見たのか!」

 

「あぁ、夢の内容なんか覚えちゃいないんだけど、なんかこう、もやもやするんだよな」

 

「どうだ、俺と剣道でもして気を晴らすか」

 

「やだよ、お前とやったら痛いもん」

 

杏寿郎は基本的に身体能力が高めなことに加えて、俺のように家の意向で剣道を嗜んでいるために相当な実力者である。

中学最後の大会では俺がかろうじて勝ったが、実力的には杏寿郎の方が上であるし、何よりこいつとやると痛いし試合も長引くのである。

 

「今日は部活紹介、勧誘の日らしいが纏楽はどうする?」

 

「さぁ、とりあえず剣道部に籍だけでも置いて、文化部に逃げようとか考えてるけど…」

 

「相変わらず熱意に欠けるな、だが俺も歴史研究会のようなものでもあれば掛け持ちしようと思っていた」

 

「おまえ、なんか知らんが歴史好きだよな。教えるのもうまいし」

 

「あぁ、将来は歴史の教師を考えている」

 

いいなぁ、高校生のうちにすでにやりたいことが決まっているというのは羨ましい限りである。

俺のようにやりたいことがない高校生などたくさんいるだろうが、杏寿郎のように将来のビジョンを持っている奴がそばにいると焦りもする。

どうせ俺の高校三年間なんかなぁなぁで終わっていく、そんな気がしてならない。

 

「纏楽は一度でいいから何かに本気になってみたらどうだろうか。運動や恋と花の高校生にはうってつけだろう」

 

「運動はどうせ剣道だしなぁ」

 

剣道に熱中するということをあまり考えたことがない。爺さんに強制でやらされて、本気で鍛錬は積んできたけれど、熱意や向上心が足りないと爺さんにボコボコにされる毎日である。あのクソジジイなんであんなに強いんだよ。衰えを知らんのか。

 

「なら恋でも探せばいいではないか」

 

「年頃の高校生はモテたいのなんのと言ってるけど、俺はそうでもないからなぁ」

 

どうしてだろうか。確かに今まで可愛い女の子はいた。なんどか恐れ多くも告白をされたこともあったけれど、俺は興味をもてなかった。

それが俺の理想が高いだけなのか、そもそも女のことを性の対象として見ることのできないタイプなのか…

 

「別に杏寿郎のことをそういう目で見てはないから、ソッチでもないと思うんだけど」

 

「急にどうした!」

 

校門が見えてくると何やら賑わっている様子が遠目からでも伝わってきた。

奥の生徒でごった返している。人の多いところは苦手な俺としては朝からうんざりである。

 

「今日から部活勧誘が解禁だったな」

 

「なぁ」

 

「ああ、わかった」

 

呼びかけるだけで俺の意図を理解してくれる杏寿郎にはとても感謝している。

校門にさしかかると俺と杏寿郎は急加速。人混みの合間を縫って走り抜ける。動体視力と身体能力が高い俺と杏寿郎なら余計な勧誘をしてくる先輩方に捕まることなく走り抜けることが——

 

パシッ

 

「ねぇ、君!」

 

走り抜けることが可能だと思っていました。これがあれですねイキってるってやつですね。自惚れてましたすいません。

 

「すいません、ちょっと宿題が——」

 

俺の手首を握った声の主へとそれとないお断りの意図を伝えようと振り返る。

するとそこにはなんともまぁべっぴんさんがいた。ひと目見ただけでわかるほど整い、綺麗な顔。

キラキラと輝いているのかと錯覚するほどの綺麗な目。光沢すら感じさせる美しい髪。

 

そんな綺麗な女の人が、その美しい目が俺の目を覗き込んでいる。

 

少し間をおいてから美人な先輩は口を開いた。

 

「あの、私と結婚してくれませんか」

 

「————は?」

 

まず、この先輩の言っていることを理解するのに数秒の時間を要した。

そして疑問。こんな美人にそう言われるのは嬉しいけれど、さすがに疑うし怖い。

 

「ちょっ、カナエ!?」

 

なにやら突如求婚してきた先輩のお友達らしき人が戸惑っている。

そらそうだ。友人がいきなり初対面の人に求婚したら戸惑う。そして俺も戸惑っている。

なに、これ。結婚詐欺?高校生にして?

 

俺がお断りを入れようとしたところで求婚魔と思わしき女性はお友達に何処かへ引きずられ連行されてゆく。

一体何だったのか。

 

「私、胡蝶カナエ!華道部で待ってるわね!」

 

えぇ、そんなこと言われてもなぁ。

 

「……何もなかった。うん、そういうことにしよう」

 

 

 

 

 

高校の授業とはいっても、中学の頃から大した変わりはなく、何事もなく放課後を迎えた。

帰り自宅をしながらふと今朝の謎の美女を思い出す。

 

「どうしようかなぁ」

 

華道部で待っていると言っていたが、行くべきか行かぬべきか。

いきなりのプロポーズで混乱を極めたが、もしかしたら容姿が整っているのをいいことに男をたぶらかしているのかもしれないと考えたけれど、どうなのだろうか。

本当に俺に惚れていたのだとしてもいきなりの求婚はないだろう。

 

「うん、やっぱりなかったことにしよう」

 

「纏楽、結局部活はどうするか決めたか?決まっていないなら俺と剣道部を覗きに行かないか?」

 

「あー、そうだな、とりあえず入部届だけでもだして——」

 

「みつけたっ!」

 

「へ?」

 

がやがやと未だホームルームの終えたばかりで生徒の多く残っている教室に一際響く、透き通った声。

その声の主に俺を含めたクラスメイトたちは注目した。

教室の入り口に立っていたのは、朝に突如求婚してきた美人な先輩。

 

我がクラスメイトたちは美しい先輩の登場に息を呑むものもいれば、興奮を隠せない男子生徒、歓声と思わしき声をあげる女生徒。

言葉は違えど、それぞれが彼女の虜になっていることがわかった。

 

少し早足でこちらへと向かってくる先輩。

 

クラスメイトたちは先輩が誰を目的にしてこの教室に来たのかと固唾を飲んで見守っている。

杏寿郎も何か異変を感じ取ったのか、珍しく黙っている。

 

胡蝶先輩、といっただろうか。彼女は俺の目の前で立ち止まると俺の両手をやさしくとって口を開いた。

 

「まずは、お名前を聞いてもいいかしら?」

 

この人は名前も知らない男に求婚したのか。

特に名前を伏せることもない…か?

 

「冨岡義勇です」

 

「……ほんとうは?」

 

何故バレたし。何時ぞやか対戦したクソ天然な剣士の名前を騙ってみたけれど即バレた。

エスパーか何かなのだろうか。

 

「一ノ瀬纏楽です」

 

「一ノ瀬くん、いいえ、纏楽くん」

 

いきなり下の名前で呼ぶのか。別に構わないけど、距離の詰めかたがすごい。

 

「とりあえず、華道部に来てくれないかしら」

 

「え、いやで「だめ、かしら」」

 

え、何この人めっちゃ可愛いんだけど。

そんな綺麗な目でこちらを見つめないで欲しい。

 

「……とりあえず、見学で」

 

「ありがとう!」

 

俺のよくないところがでた。優柔不断で、自分に強い意志がないから、他人から強く言われると断れない俺。

 

まだ汚れのない学生鞄を肩にかけて、準備ができたことを伝えると胡蝶先輩は俺とそれまで話していた杏寿郎に一言ことわると俺の手を引いて教室を後にする。

……なぜ手を握る必要が?

 

「えと、胡蝶先輩、であってますよね?」

 

「うん、あってるわよ。でも、カナエって呼んでくれると嬉しいわ」

 

手を引いて校舎内を突き進んでいくものだから帰りがけの生徒や部活に励むために校舎に残っていた生徒の目に付く。

俺たちが通るたびにざわつくのを見るに、この先輩は相当な有名人なんだろう。

 

「胡蝶先輩、有名人なんですか?」

 

「私はそんなつもりはないけど、声をかけられることは多いかも。あと、カナエって呼んで?」

 

えぇ…これはあれではなかろうか。

この学園三本の指に入る美人とかそういうことなのでは。

そんな人と手を繋いでいる男がいれば、すれ違うほとんどの生徒から視線を頂戴するのも当然なのでは。

 

「ここの教室を借りて活動してるの。鈴ちゃん、連れてきたわ!」

 

一見普通の空き教室。ガラガラと扉を開けると、畳を床に敷いて、くつろいでいる女性の先輩の姿があった。

その湯呑みと茶菓子、どっから持ち込んだんだよ…

 

「来たわね、カナエの想い人くん!」

 

「そんなつもりないんすけど」

 

そんなこと言われても困る。

こんな美人な先輩に好きだと言われるのは光栄なことであるし、一人の健全な男としてはうれしいことだけれど、いきなりの求婚は驚くし、肯けない。

 

「あはは、そんな身構えないでいいよ。このじゃじゃ馬娘が強引に連れてきたのはわかってるからさ」

 

「私、そんなじゃじゃ馬かしら」

 

「あんたはこうと決めたら一直線だもの。この後輩くんへの想いだってとどまることを知らないのはわかるわよ」

 

なんかよくわからないけど胡蝶先輩がいろんな人たちを振り回していることはなんとなくわかった。

 

「あのね、後輩くん」

 

「あ、一ノ瀬纏楽です」

 

「あ、どうもご丁寧に、渡瀬鈴です。一ノ瀬くん、カナエは暴走癖があるけど悪い子じゃないから、色々と考えてあげて」

 

その考えるとはおそらく結婚とかについて考えておいてとかそういう奴なのだろう。

なぜ高校一年にして結婚について考えなければならないのか。まだ結婚できる年齢でもないというのに。

 

「纏楽くん!」

 

「はいなんでしょう」

 

胡蝶先輩の発する言葉を多少なりとも警戒してしまうのは悪くないと思う。

次は何を言い出すか気が気でない。

 

「私は纏楽くんが好きです!」

 

「え、ありがとうございます?」

 

なぜ突然再度告白されたのだろうか。

 

「だからね、なるべく一緒にいたいの」

 

この人はなぜこんなに恥ずかしい言葉を真正面からぶつけることができるのだろうか。

俺なら恥ずかしくてそんなこと言えない。

 

「なので、華道部に入部してくれないかしら」

 

……これはどうすべきだろうか。

たしかにいい感じの文化部を探していた。なにやら俺のことを好いてくれる先輩に加えて、フォローをしてくれそうな先輩もいる。

 

「補足をしておくとね、華道部といってもそんなバチバチにお花を扱ったりしないわ。普段は私みたいにまったりお茶飲みながら雑談するの」

 

おぉ、それは非常に魅力的な話だ。

痛くない、まったりできる、何か困っても優しそうな先輩がなんとかしてくれることだろう。

 

「えっと、剣道部と掛け持ちでも大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ。でも、カナエが一ノ瀬くんをこっちに引きずってくるからそんなに練習には行けないかも。そこは…その」

 

何やら申し訳なさそうな顔をしているが、俺にとっては非常にありがたい待遇である。

剣道の練習に本当は行きたいけれど、先輩が華道部に連行されるのだから仕方ないという名目ができるではないか。

ただでさえ休日は爺さんにしごかれるのに、部活でまでやりたくないので好都合なのだ。

 

「いえ、そこは問題ないです」

 

そこは問題ではない。華道部に入ることで問題なのはそこではなく俺のこの学校における評判である。

 

「ちょっと、渡瀬先輩いいですか」

 

「え?私?」

 

胡蝶先輩から少し遠ざかり渡瀬先輩の耳元に口を寄せる。

 

「俺がこの部活に入ったらヘイト集めませんか?」

 

「あー、男子からってことだよね。カナエ、人気だからねぇ」

 

「今日ここに来るのに手を繋がれてたんすけど、視線が痛いのなんの」

 

ただでさえ今回の件で注目されたのに、さらに華道部に入部したともなれば校内でどんな噂が立つかわかったものではない。

胡蝶先輩のような綺麗な人に好きだと言ってもらえるのはとても喜ばしいことだ。

だが、俺は身の程というものを知っている。

胡蝶カナエという超絶美人が俺なんかと釣り合うわけもない。

校内で俺に対して悪い噂が立つのも時間の問題である。俺がイケメンでスポーツ万能、学業優秀であったのならばこんなことにはならなかっただろう。

だがそうではない。それなら、早いうちに胡蝶先輩から離れた方が、俺の今後の学校生活のためでもあり、胡蝶先輩のためでもある。

 

「そうね、カナエは三大美女と言われるくらいには人気だから。でも、カナエはそんなこと気にしないわ」

 

「あー、そんな性格してそうですね」

 

おっとりとした見た目とは裏腹にこうときめたら猪突猛進!みたいな感じなのは一瞬しか関わっていない俺にも察することはできる。

 

「それにね、一ノ瀬くん。カナエから逃げられると思わない方がいいわ」

 

怖いわ。なにそれ。大魔王からは逃げられないとかそういうことなのだろうか。

胡蝶カナエ大魔王説が俺の中で急浮上しているうちに、渡瀬先輩は胡蝶先輩に近づくと、ニヤリと俺に一度悪い笑みを見せてから口を開いた。

 

いや、ちょっと待って!嫌な予感しかしないんですが!

 

「ねぇカナエ。一ノ瀬くんがカナエとお付き合いしたいけど、自分じゃ釣り合わないって悩んでるわ」

 

「おいこら先輩テメェ!」

 

いい先輩だと思ってた俺の純粋な心を返せ!

お付き合いしてみたいなという心がないわけではないが、俺の中ではお付き合いはしないというところで結論が出てるんだよ!

 

しかし渡瀬先輩が言ったことを鵜呑みにしたのか、胡蝶先輩は俺にツカツカと詰め寄って、その綺麗な瞳で俺の目を覗き込むように立つ。

 

 

「そうなの?」

 

「いや、別にそんなことないです」

 

「騙されちゃダメよカナエ。一ノ瀬くんは照れ屋さんなの」

 

「うん、それは私にもわかるわ」

 

「いや、俺ほど羞恥心という言葉が似合わない男も少ないですけどね?」

 

「ねぇ、纏楽くん」

 

「ひゃいっ!」

 

なんで俺の頬に手を添えるんですかぁ!?

そんなんドキドキするに決まってるでしょ!

 

「私、纏楽くんのことが好き。なんでかわからないけど、初めてあった気がしないし、私この人と結婚するんだってビビッときたの。こうして顔を近づけて話をしているだけでもドキドキしてるわ。私は纏楽くんのことカッコいいって思うし、釣り合わないなんてことはないし、誰かがそんなことをいうなら、気にしなくていいし、私が滅するわ」

 

「め、滅する?」

 

ちょっとよくわからない単語が出てきた。

 

 

「つまりね、この感情は絶対に一時的なものなんかじゃないし、間違いでもなんでもないの。いきなり結婚とはもう言わない、私舞い上がってたわ。でもでもそうなりたいとは思ってる。だからそうなるためにも、私ともっと一緒にいてくれないかな?」

 

「と、とりあえず」

 

こんなに真っ直ぐに目を見てそんなことを言われてしまっては簡単に無下になんてできるはずもない。

それに、何かに本気になっている人を俺は邪魔することなんてできない。

何かに本気になれるということがどれだけ尊いことか、眩しいことであるかを俺は羨むほどに知っているから。たとえそれが色恋沙汰であったとしても同様である。

 

だから

 

「入部はします」

 

「ほんとっ?ありがとうっ!」

 

「ふぐっ」

 

だ、抱きしめるのは反則じゃないっすかね!

女の人の体ってこんなに柔らかいんだな、なんて邪な気持ちをなんとか振り払う。

 

「で、でも、お付き合いとかは、もっとお互いを知ってからに、ということで」

 

「うん!それでいいわ!」

 

そんなにぎゅーぎゅーされるとね、困るんです。

具体的なことは言わんが男の子はとっても困っちゃうんです。

 

ほら、渡瀬先輩。ニヤニヤしてないで止めてください。この猪突猛進娘を止めてください。

 

 

「あ、一ノ瀬くん、一応言っておくけれど、この部活は部員の募集をしてるのに全く新入部員はいないから安心してね」

 

どこに安心する要素があるんですか。

強いて言うなら胡蝶カナエLOVEの過激派が入ってこないことに安心するくらいだろうか。

 

「まぁ、華道部なんて人気ないでしょ。実際活動してるかはさておきね」

 

「でも、胡蝶先輩目当ての人とか来ないんですか」

 

「そうなの、不思議よね。校内ではあんなに人気なのに、部活には見学にすら来ないのよ」

 

「ふふっ、不思議ね?」

 

めっちゃ意味深に聞こえるのは俺の性格がねじ曲がっているからなのだろうか。

 

「はい、それじゃあ入部届書いてもらえる?」

 

まぁ、結果的には望んでいた通りゆるそうな文化部に入部できることだし構わないか。

しかし、当初より思い描いていた高校生活よりは騒がしくなりそうだ。

 

「はい、受け取りました。それじゃあ、改めてよろしくね纏楽くん!」

 

まぁ、こんな美人と過ごす高校生活も悪くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





続かないと思ってね。

それでも感想評価は欲しいという傲慢で強欲な作者を許してクレメンス。


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