オークになった! (ナゾハリ)
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1話

左の頬が冷たい。

最初に感じたのは頬に感じる染みこんでくるような冷たさだった。

湿った土の匂いがする。

どうやら自分は左頬を下にしてうつ伏せになっているようだ。

目を開けてみてもほとんど何も見えていない。

かすかに湿った土の地面が見えているだけだった。

 

「うっ」

起きようとして少し体を動かすと鋭い痛みが後頭部に走り、ハルは顔をしかめつつ起き上がろうとした

体が重い。

冷えた地面に長く横たわっていたからであろうか、腕を動かし地面に手をつくことすら一苦労だった。

「うううぅ・・・」

後頭部の痛みと冷えて強ばった身体からくるこのまま寝ていたいという欲求に抗いながら起きた。

あたりを見渡しつつ痛みで思い出そうとしてみた。

(たしかこの村に騎士団とガルドリンという覚者が言い争いになっていたところに統率さんの言づて伝えて・・)

そうだ、その後竜の礎と自分を交感しようとした時にふと目の端に人影をとらえたんだった・・

その人影は隠れるように村の端にある井戸に入っていった

(その様子が気になってその井戸を降りていったら急に頭にガツンとなにかで殴られた感じでそのまま気を失ったっけ)

 

すこしぼんやりする頭を振ってハルは井戸の出口に向かった。

井戸を出たらあたりはすっかり暗くなっていた。

来たときはまだ昼過ぎだったので半日くらいは気を失っていたのだろう。

痛む頭を気にしながらハルは村人が寝静まった中、村の中心にある竜の礎の前に立った。

竜の礎とはハル自身よくわからなかったがレスタニアのあちこちにある移動施設である。

礎と交感(自分と何かを交わすようだがハルにはわからなかった)するとその場所を念じるだけでその礎の場所に瞬間移動できるとても便利なものだった。

 

竜の礎は腰くらいの高さの台座にハルの手や上腕くらいの黒い水晶のような石が周りに配置された中央にひときわ大きく高さはハルの身長の2倍くらい、下端の幅は肩幅より少し広くて徐々に細くなっていきながら先端部分でさらにもう一段細くなった四角錐の黒く巨大な石であった。

その石に左に渦を巻いているように六本の線が少し下部に描かれておりその周囲に文字のようなものが反対方向に回っているように書かれてありそれが石全体におよんでいた。

ハルが手をかざし礎と交感すると石の文字が夜だとはっきりわかるくらいに光った。

「よし帰るか」

ハルはこの用事を頼んだ統率と呼ばれる人物のいる白竜の神殿の礎のイメージを呼び起こした。すると光と浮遊感がハルを包み込みこんだ。

端から見ると光りつつ母の胎内でまどろむ胎児のように体を丸めながら浮遊し、ひときわ鋭い輝きを見せた後その姿が消えた。そしてテル村には最初からそこに人などいなかったような静寂がおとずれた。

一瞬だけ。

満月に近い月明かりを避けるように建物の影から影へと足音を立てないように竜の礎に一人の人物が近づいてきた。

その人物は満月に背を向けて影になった口から「ああ、遅かったか・・」と独りごちた。

 

ー白竜の神殿ー

 

300年前白竜が突如現れた黄金竜と戦い墜ちた場所に建てられた新たなる竜の御座所。

白竜はこのレスタニアの守護の中心であり心臓を竜に捧げるかわりに人を竜の力の一部を扱える覚者という存在に出来た。

ハルもその覚者にこの前なったばかりであった。

その白竜が住まう神殿の中心にある礎の横にハルは光につつまれつつ現れた。

テル村にあるものより高い台座に据えられた礎の表面に刻まれた文様が明るい月の光の中でも見るものに安らぎをあたえるがごとく青白く点滅している。

ハルはこんな真夜中でも報告にいっていいのかなと思いつつ謁見の間の方向を確かめようと周りを見回した。

 

こんな時間でもあたりに数名の人がいる。

(こんな時間でもなにかしている人がいるんだ)

ハルは少し感心していると一人がこちらを見ていた。

暗くてよくわからないがどうやらこちらを凝視している感じがする。

ハルもつられてその人を見た。

とても長い時間が経ったような気がしたが実際は瞬きを数回しただけの刹那だった。

突然「オークだ!!」とハルを見ていた人が神殿の暗闇を切り裂くような叫び声を上げた。

ハルは(えっオーク!?)と驚きつつ周りを見回すがどこにもオークの姿はなかった。

そして叫びを聞いた周りの人々もあたりを見回すのをハルは見た。

その視線がハルに向けられる。

その視線を受け自分の後ろにオークがいるのかと後ろを向くがどこにもオークの姿はなかった。

かわりに自分に向けられる驚きの顔。

次の瞬間覚者と思われる数名がハルに向かって叫びながら走り出した。

「オークがいるぞ!」

「なぜこんなとこにオークがいるんだ!」

「殺せ!」

ハルはなにがなんだかわからないが「殺せ!」と自分に向かって叫び迫ってくる覚者から逃げなければとあたりを見回した。

真後ろに神殿の門がある。

なぜ自分をオークと思うのか、なにか勘違いをしているのではないか。

そう相手に尋ねたい気持ちを抑えつつハルは門に向かって走り出した。

後ろから覚者が迫ってくる。

ハルは捕まったら殺されると思い必死になって門を駆け抜けた。

 

ーハイデル平原ー

 

白竜の神殿の大門を抜けると目の前に木々が点在する開けた土地が広がった。

小高い丘が連なるこの土地は穏やかな気候のおかげで草木がほどほどに点在し暮らしやすい場所となっていた。

地形に合わせて左へ緩やかに曲がりつつ他の地域へ伸びる街道があるもののハルは背後から浴びせかかる覚者の怒声が街道などお構いなしに平原を直線で駆け抜けさせた。

街道から外れたところにいる数匹のゴブリンの驚き非難の叫びを聞きつつ真ん中を突っ切り、とにかく後ろから迫り来る覚者を振り切るためにハルは必死に走った。

どこに逃げるあてもなくただ必死に走っていた。

かなり走ったであろう、そう思えたハルはふと後ろの覚者がまだ追いかけてきているか気になり後ろを振り返った。

 

きてない。

さっきまで追いかけられていることで疲れと恐怖に強ばっていた表情が緊張が緩むことで少し泣きそうなものに変わった。

後ろを振り返ったことで勢いは落ちたものの足はまだそのまま進んでいた方向にむかって歩みを止めないでいた。

再び進んでいた方向に顔を向けると目の前に人がいた。

止まろうとした甲斐なくハルはその人物にゆっくりながらもぶつかった。

その反動で後ろにバランスを崩し尻餅をつく。

「うわ」

「ア゛」

どうやらハルはその人物の背中にぶつかったらしく、少しよろけながらも低い濁った声を出しながらハルの方向に振り向いた。

 

オークだ。

満月に近いとはいえ真夜中の暗闇では緑がかった肌がさらに濃く人の肌とは違う異様さを見せ、頭髪は無くその口からは鋭い牙が覗いている。

身体は人よりも二回りほど大きく筋肉質で、衣服は簡素なものしか身につけてなくそのオークも腰に布を巻き付けているだけであった。

右手にはきちんと研がれてはいないものの切るのには十分な剣を持っている。

ハルは目を見開き身体を強ばらせた。

 

まずい。

必死で走った結果周りを確認することを怠りオークが徘徊するところまで来てしまった。

慌てて何回も左右に頭を振り周りの様子を確認した。

どうやら神殿から左、左へと走ったようで左側に登るのに苦労しそうな崖がそびえている。

少し右の先には川が暗闇の中で月の光を照り返しつつ黒い流れとなってうねっていた。

そして目の前にはオーク。

そのオークが顔をしかめながらハルに尋ねた。

「オマエドコカラキタ?」

(!?)

その質問にハルは見開いた目をさらに大きく見開いた。

(何を言っている!?)

ぶつかってきた人間にオークが尋ねる質問じゃない。

人間とみれば見境無く襲いかかるのがオークだ。

それが今、すこし顔をしかめながらも手に持つ剣を振りかざしもせずにこちらを見てただ質問をしてきている。

 

おかしい。

しかしなんと答える?

神殿から来たと答えたら怪しまれるに決まっている。

しかしオークが納得するような答えをハルは思いつかなかった。

ハルが答えに窮し黙っていると「ドウシタ」とぶつかったオークの後方から同じ格好のオーク尋ねながらがこちらに歩いてきた。

さらにまずい。

目の前のオークが後ろから来たオークに向かって「イヤコイツ ヘンナンダ」とハルを見ながら答えた。

警戒している。

戦っても勝てそうにない相手なので逃げるしかないと足に力を入れようとしたその時、後ろ側のオークの言葉がハルを止めた。

「ヘンナオークダト」

 

変なオーク?

ハルの見開いた目がさらに開き、恐怖と驚きと戸惑いの中で一つの答えにたどり着いた。

神殿の人々は僕をオークだと言っていた。

目の前のオークは僕を見て敵だと思っていない。しかも自分を見て変なオークと言った。

他にも視線の高さ、走るスピード。

ある事実が今までの出来事を一つの繋がりで説明できる。

しかしハルはその事実を受け止められなかった。

そんなはずはない。

自分は覚者だ。

オークなはずがない。

その思いとはうらはらに目がゆっくり下を向き自分の腕を見た。

今までこんなに鍛えたことのないような筋骨隆々の腕だった。母親から自分の指と変えてくれとまで言われた細く繊細な指は二回りほど太く、まるで一昨日食べたソーセージだ。今日きれいに丸く整えたはずの爪は鋭く尖り、優しく相手に触れるのは不可能だと思えた。

そしてなにより肌が緑だ。

暗闇でもわかる。オークと同じ緑だ。

 

ハルはもはや目の前のオークのことなど気にもせずあたりを見渡した。

目の前のオークのことはもはや眼中になく視線を左右に振った。

(あった)

ハルは訝しんでいるオークを無視してそちらに駆けた。

急いでいるはずなのになかなかそこにたどり着かなかった。

さっきから目を見開いたままで目が乾いて涙がでてきた。

いやそれは今の状況を理解しつつも受け止められずに出てきた涙かもしれない。

もう少しだと思ったとき足がもつれてうつ伏せに倒れた。

痛みなんかどうでもよかった。

起ききらずに四つん這いになったまま這うようにそこにたどり着いた。

月明かりに照らされながらも闇が形になったような水のうねり。

しかし四つん這いのまま近寄ると月の光が水に反射してハルの姿を映し出した。

「ああああああああ」

オークの顔がそこにあった。

声は言葉として出なかった。

しかしハルは心の中で叫んでいた。

 

オークになった!!!

 



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2話

オークだ。

自分はオークになった。

何故こうなった。

どうなっているんだ。

理解できない状況にハルは両手で頬を挟むように当てながら呆然としていた。

じっくりと現状とこれからのことを考えたかったが状況がそれを許してくれなかった。

「ドウシタ」

後ろから追いかけてきたオークが明らかに訝しげな口調で問いただしてきた。

 

まずい。

姿形はオークだが今までの行動を見ていると明らかに怪しい行動をしている。

中身がオークではなく覚者だとわかると襲いかかってくるのは火を見るより明らかだ。

「イ、イヤチョット・・チョット・・カオニムシガツイテ・・」

ハルは自分でも何を言っているんだと思った。

こんなことでオークが納得するはずがない。

オークはハルの様子を見ながら眉間にしわを寄せながら言った。

「オマエ ヘンナオークカ?」

まずい、確かに変なオークに見える。

さらにオークはこう言葉を続けた。

「オマエ ヘンナオークダナ」

「チガウ」ハルは大きく左右に頭を振り、できるだけオークの口調を真似るように言った。

「オマエ ヘンナオークジャナイノカ?」

今度は大きく頭を上下に振って違うということをアピールしながらこの状況に戸惑っていた。

 

(なんなんだこのやりとりは)

しかし目の前のオークはすこし眉間にしわをよせている感じで(もともとしわが寄っていてそうだと言い切れなかったが)まだハルの言うことを完全に信じているようではなかった。

ハルがなんとかして目の前のオークの疑念を晴らそうと口を開きかけたそのとき、目の前のオークに向かって後ろから別のオークが声をかけた。

「オイ、ヘンナオークガミツカッタラシイ」

その言葉を聞き、目の前のオークが眉間のしわを消し(たようにハルは思った)ハルに向かって「オマエ ホントウニヘンナオークジャナカッタノカ」

と警戒感をといた様子で言った。

 

ハルはほっとしながら息を吐いたがその息は目の前のオークたちのやりとりで再び詰まらせることになった。

後に来たオークが「ヘンナオークヲツカマエニイクコトニナッタ」と言うと、目の前のオークが「ワカッタ」と答えた。

さらに後から来たオークがハルに向かって命令するように言った。

「オマエモコイ」

ハルは目を見開いて固まった。

どうしよう、このままではオークと一緒に行くことになる。

逃げるなら今の方がいいじゃないか。

そう思いながら二体のオークがいない方向を向き、向かう方向を確認しようとした。

そこにオークがいた。

いつの間にかさらに二体のオークがハルの左後方に近づいていた。

左前方には先のオーク達。

右にはさっき自分の姿を写した川が月に照らされ黒くうねる奔流となって渦巻いていた。

 

逃げ場はない。

いや、一気に走るともしかしたら逃げることができるかもしれない。

もし捕まったら今度こそいいわけが出来ずに殺される。

しかしここまま行ってもどこかでバレたら同じことじゃないのか。

いや、しかし、いや、しかし。

ぐるぐると同じ問いを繰り返しながら動けずにいると左肩を強い力で掴まれた。

「イクゾ」

ハルは左の肩を掴んだ相手に顔を向けたが、視線を合わせることはせず力なく頷いた。

ハルの前に2体、後ろに2体のオークがばらけているように見えるもののハルを逃がさないように囲んでいる様にハルは思えた。

実際まだ何か変だなという疑惑は残っているんだろうなと思いつつハルは出来るだけ首を動かさないまま周りのオークを見た。

月明かりに照らされたオークはハルが覚者になって初めて戦いに参加したグリッテン砦にいたオークよりも大きく恐ろしく思えた。

 

テルの村から少し離れた洞窟を抜けた先にあるミスリウ森林。その森林地帯を通り抜け、ボルド鉱山地帯に入ってきた。

あたりは大小様々な大きさの岩があちこちに点在し、どこかに油田でもあるのか地面から黒く粘っこい油が地面から染み出し歩くのに苦労する場所だった。

ハルは真夜中の移動と途中からだんだん増えていくオークに囲まれることの恐怖で周りに気を配ることが出来なくなり、どの様にここまできたのかわからなくなっていた。

 

そしてボルドの村のすぐそばを横切り岩と油溜まりだらけの山道を登った先に大きな横穴が開いていた。周りを見ると散乱した樽やなにかしらの道具が落ちている。

どうやらここは鉱山の坑道のようだが今はあまり人が鉱山に出入りしている様子はなかった。

オーク達もここに入るのは初めてらしくこの先をわかる者はいないのか、オレはわからないオマエが先に行け、いやオマエがと先頭を押しつけ合っていた。

ハルはその様子をぼんやり眺めていると言い合っていたオーク全員がハルの方を向いた。

 

「オマエガイケ」

ハルは目を見開き少し頭を右に傾げながらゆっくりと力なく右の人差し指で自分を指した。

少し目が潤む。

オーク全員が少し笑顔のように見えた。しかしその笑顔は口元から少し黄ばんでいるものの肉を軽く噛みちぎるであろう鋭い牙によってハルに拒否をさせない威嚇となった。

「・・・ワカッタ」

しかたなくハルは言葉をオークの様にしゃべり足取り重く先頭に立ち坑道に入っていった。

 

坑道の中は松明やら使い古したランタンなどが所々にあり、薄暗いながらもあたりを照らし出していた。

坑道といっても洞窟のようなものが続いているのではなく大きな空間が広がっているところがあちこちにあった。

大きな空間には落ちると命の保証が出来ないくらいの高さに足場が組まれており、はしごで上り下りが出来てハルもあちこちを上り下りしていた。

 

ハルは彷徨っていた。

坑道内にもゴブリンなどがいるもののこれだけたくさんのオークが集団で移動しているからか物陰に潜み前を塞がれることは無かった。

移動はスムーズだった。ただそれだけだった。

坑道に入るのは初めてで薄暗いながらも見えてはいるがそれがさらに迷う原因にもなっていた。道があちこち分かれているのだ。しかも同じ岩壁のせいでさっき通った道かどうかすらわからなかった。

だんだん後ろからついてくるオーク達が苛立ってきたのがわかる。

ハルは今駆けだしたら逃げられないだろうかと考えた。いや自分も道がわからないので彷徨っているうちにばったり鉢合わせになる可能性が高い。

ところでどこに行けばいいんだ?

変なオークがここにいるという情報だけでここに入ったがここのどこにいるのかわからないじゃないか。オーク達はいつもこんな感じなのか?

変なオークが見つからなかったらずっとここを彷徨い続けるのか?

だんだん腹が立ってきた。

ハルの真後ろにいたオークが「オイマダカ?」と苛立った口調でハルに問いかけた。

 

「あ?」

ハルが振り向き返した怒気のはらんだ口調は、坑道の入り口でみせた気弱な様子から想像もできなかった。

返されたオークはその口調と坑道の光によって強調された怒気をはらんだ表情に気圧された様子で「ア・・イヤ・・ソノママイッテクレ」と小声で返した。

そのやりとりは他のオークも見ていたので苛立つような雰囲気は少し収まった。

さらにハルは気づかなかったがハルを賛美するような目で見ているオークもいた。

少しほっとしたハルだったがこの状態は長く続かないだろうとも思われた。

(早くなんとかしないと)

そう思いながらも何をしていいのかわからないまま進んでいると足下に油溜まりが点在する通路のような場所に入った、そしてそのまま進むと広々とした空間に出た。

(行き止まりか・・)

そこは単に広い岩の空間であった。

縦横ともにオークが20人くらい手を広げてならべるくらいの広さだ。

ただそこで行き止まりで空間には何もなかった。

いやオーク4,5人分はあろう大きさの岩が真ん中あたりにあった。

しかしそれ以外はなにもない。

ハルは部屋の最奥に進み何もないことを確認した。

岩崩れで道が塞がれてる様子はない。

(しかたがないさっきの分かれ道まで戻ろう)

そう思い元の通路に戻ろうとした時だった。

 

岩が動き始めた。

単なる岩だと思われた塊がゆっくりと動きなじめた。まるで昨日の早朝に目覚めた自分が起きるのを少しでも遅らせようとしてうずくまった体勢のままもぞもぞと体を揺らしているように見えた。

さらに岩のあちこちに何かが光り始めた。

その光は淡く紫色をしていて大人の手の平ぐらいの大きさの円盤全体が光っていた。それが岩のあちこちに嵌め込まれている。

ハルやオーク達が驚き動けずにいると岩は今目覚めた人のように人型となって立ち上がった。どういう理屈かわからないが丸い岩石がお互いくっつき、くっついた場所が関節のような状態になって折れ曲がることが出来た。

岩をくっつけて作られた人型。

 

「ゴーレムダァァァ」

オークの一人が叫んだと同時にゴーレムと呼ばれた岩人形はハルの少し左側のオークに向かって岩の塊とは思えない早さで進み始めた。

左のオークは固まった様に動かない。

ゴーレムが左腕を振り上げた時ハルは動けないオークを突き飛ばした。

オークのいた場所にゴーレムの腕が通り過ぎる。

ハルは突き飛ばした反動とゴーレムの腕の勢いに気圧され尻餅をつきながらも「逃げろ!」と大声で叫び自分も逃げる方向を探した。

後ろと右は岩壁。左はゴーレム。

(なんか同じ様な状況がついさっきあったな)

ゴーレムに殴られたらただではすまない状況であったがハルは頭の隅でぼんやりと考えつつゴーレムの両足の間を見た。

オーク達がこの空間に入ってきた道に向かって走って行くのが見えた。

ハルはオーク達が逃げていく様子を見つつもゴーレムの両足の間が通れるか測っていた。

 

大丈夫。

ゴーレムが右腕を大きく振り上げた瞬間股の下を転がるようにすり抜けた。

そのままオーク達が逃げていった道に向かう。

ゴーレムは真後ろに向くのが不得意なのか細かく足を動かしながら振り向こうとしていた。

しかしこちらに向いたら早いだろうと思いハルは少しゴーレムと距離をとれても走る速さを緩めなかった。

洞窟の油溜まりに入り油を跳ね飛ばしつつ足が油まみれになるのもお構いなしに走った。

洞窟を抜けると広い空間に木の足場が左方向に道を作っている。

真っ直ぐは奈落の下に一直線だ。

ハルは勢いを殺しつつ左に曲がろうと・・・

左腕の衝撃とともに世界が横になっていた。

走っているべき足場が自分の上方に見える。

 

転けた。

 

滑った。

 

足が油まみれだったのを忘れていた。

ハルは左(実際は下)を見た。

時間の立ち方が非常に遅くなったのではないかと思えた。

しかし遅く感じたのは一瞬だけだった。

その一瞬の遅れを取り戻そうと時間が急いだかようにハルは急に落下し始めたのを感じた。

「!!!!!」

ハルは落下の恐怖で喉が詰まり叫ぶことすら出来ず坑道の奈落に落ちていった。

ハルが落ちていった少し後ゴーレムは侵入者がいなくなったのがわかったのか元の場所に戻り大岩の状態に戻り、あたりは先ほどの喧噪が嘘のように静まりかえった。



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3話

左の頬が冷たい。

しかし一番気になるのは冷たさよりも岩が細かく砕かれた砂と砂利が?に当たるざらついた感触だった。

そこに岩の堅さからくるような冷たさが合わさってハルは少し不快に感じた。

だがそれよりも一番不快なのは大きく耳元で怒鳴られている声だった。

 

「・い!大丈・か!・・おい!聞こ・・・か!」

ハルは顔をしかめながら声の主に煩いと文句を言うべくゆっくりと目を開けた。

ゴブリンがいた。

ハルは驚いて飛び起きたもののゴブリンの方を向くように尻餅をついた。

赤茶色の肌。

突き出た鼻。

とんがった耳。

並びが悪いがどれもが肉を噛みちぎやすそうな鋭い歯。

背丈は人間の子供くらいで布を引き裂いて作られた服のようなものを纏っている。

そして目は狡猾そうにこちらを見て・・

ゴブリンの目じゃない?

こちらを心配している目だった。

明らかにゴブリン以上の知性を感じる目だった。

それにゴブリンならこちらの生死などお構いなしに使えそうなものを奪ってどこかへいくはずであった。

それが手を地面につきながら心配そうにこちらを見てる。

そして、「大丈夫?」とハルに声をかけた。

ゴブリンの口調ではない。人間のものだ。

ハルは恐る恐る「誰?」とゴブリンに声をかけた。

ゴブリンはにっこりと笑顔を見せ、後ろに置いてあったランタンを前に引き寄せた。

そしておもむろ立ち上がり両手で自分の頭を掴み顔を撫でるようにして下に引いた。

 

ズルリ

ハルはそんな音が聞こえたような気がした。

それと同時に目の前のゴブリンが目の錯覚かと思えるくらいに突然人間くらいの大きさになった。

そこには手に皮か布のような物を持った女性が立っていた。

髪は後ろで団子状にしてまとめている。

服は肩が出ている皮鎧と少し装飾の入った手袋をつけ、下は皮のズボン皮のブーツと町や村にいる女性が着るような服装ではなかった。

何か荒事があっても大丈夫な事を普段からしている服装だとハルは思った。

「私はルドヴィカ、よろしく」

ルドヴィカと名乗った女性はハルに手を伸ばし「立てる?」と尋ね、ハルがゆっくり伸ばした手を素早く掴み立てるかどうかの返事を待たずに強引に手を引いた。

引かれた勢いで前にバランスを崩れハルは立ちながらもルドヴィカの方へつんのめった。

ルドヴィカもハルがつんのめった分後ろによろめきそれはハルのせいだと言わんばかりにはるを軽く睨んだ。

「さすが覚者様ね復活力があるなんて羨ましいわ」

ハルはそれを聞いて上を見た。かなり上方に足を滑らせた足場が見えている。あそこから落ちたので一度命を落としたはずだが覚者というのは白竜様から復活力を授かっており3回まで復活できるのことをハルは思い出した。

 

「さて、じゃあそれ脱いで」

ルドヴィカがハルを指さしながら言った。

「これ?」

ハルも自分を指さしながら戸惑うように答えた。

ルドヴィカはハルの戸惑いなどお構いなしに続けた。

「それ着飾りになってるからすぐ脱げるわよ」

着飾りの事をハルは白竜の神殿で聞いたことがあった。武器や防具を自分の好きな形や色に見た目を変えられる方法だ。

「普通はその人個人にかける魔法だけど、それはそのものにかかっているから誰でも着れるのよ」

着飾り装備だと聞いてハルは脱げる?!と口をぽかんと開いた。

自分がなにかに覆われているなんて思いもよらなかった。

自分はオークになどなっていなかったのだ。

目が潤み安堵で体の力が抜けそうになった。

 

しかし次の瞬間一つ疑問がわいた。

「でもなんで僕がこのオークを着ているってわかったの?」

ルドヴィカの表情が固まりその後目が泳いだ。

「そ、そんなことどうでもいいじゃない。それより早く脱ぎなさいよ」

ルドヴィカの明らかな動揺にハルはわずかに睨むように目を細め、確信を得たような口調で尋ねた。

「テル村の井戸で僕を殴りつけたのあなたですね」

ルドヴィカは少し気圧されるように体が後ろに反りかけたがすぐに戻り、今度は怒ったように眉間に皺を寄せながらまくしたてるように言葉を連ね始めた。

「だってオークがずっとつけてきてたのよ!仕方がないから井戸に隠れてやりすごそうとしたのにまだつけてきたと思ったのよ!だから不意を突いて棍棒で殴ったら井戸に入る前に見たあなただったのよ!私びっくりしてどうしようかと思ったけど」

そこでルドヴィカは息を呑んだ。さっきまでハルに向かっての体全体を使ってしゃべっていた動きが止まっている。

ハルはその様子を見て目を半眼にすぼめながらルドヴィカが言い淀んでいるであろう言葉を補った。

 

「<どうしようかと思ったけこれを着せるのにちょうどいいのが来たと思った>のでしょう」

ルドヴィカはハルの詰問に意を決したのかさっきよりも怒ったような声でしゃべり始めた。

「そうよ!オークのは実験的に作ったって言われたからちょっと怖くなって誰かに試したかったのよ!あなたが倒れた時ちょうど試してみようと思って着せたのよ!そうしたら脱がせなくなっちゃったのよ!どうしようかと思っていると上の方から声がしたからオークといっしょにいるところなんて見られたらまずいと思って井戸から出たのよ!」

ルドヴィカはだんだん興奮してきて声がさっきよりも大きくなってきた。

ハルは声につられてモンスターがきたらまずいと思いつつもルドヴィカを止めることは出来なかった。

「井戸から出たらちょうど騎士団が井戸に近づいてきて離れなきゃならなかったのよ!そいつらがなかなか井戸から離れてくれなかったのよ!だから仕方が無いので追いかけてきたオークの正体探ろうとして離れたらいつの間にか夜になってあわてて戻ったらあなたがちょうど竜の礎で移動しようとしてたとこだったのよ!」

ここでルドヴィカは持ってた革袋の水筒に口をつけ水を一口飲みさらに続けた。

さっきより落ち着いてきたのか声のトーンが落ちてきている。

「ちょっと慌てたけどたぶん白竜の神殿に戻ったんだと思って行ったらあなたが全速力で神殿から駆けていったのよね。私も追いかけたけど追いついたところでオークに絡まれていたのを見て様子を見るしかなかったのよ。わたしもゴブリンのを着て後をつけてきたらこんなとこまで来てしまって今に至るわけよ」

ルドヴィカは開き直ったの様子で首を少し傾げ両手を腰に当てた。

「そりゃぁ悪いと思っているわよ、でもこうなったんだからしかたがないんじゃないの。さあ脱いで」

 

ハルはもう少しルドヴィカに言いたいことがあったが脱ぐ方が先だと思い自分の頭に手をかけた。

ツルツルで禿げた頭だったので掴みにくかったがすこしの引っかかりを使って掴んだ手をルドヴィカがゴブリンの着飾りを脱いだ時の様に前に引っ張った。

少しだけ動いた様な気がしたがそこから全く動かなかった。

もう少し力を入れてみる。

動かなかった。

その様子を見たルドヴィカが「何してるのよ」と言いつつハルの頭に手をかけ引っ張った。

動かない。

「「ええ・・」」

二人して言葉を詰まらせた。

ルドヴィカは少しハルから下がって右手を口に当て小声で「やっぱり問題あったんだ」と呟いた。

 

「どうするんですか!脱げないじゃないですか!」

ハルはルドヴィカに向かって責めるように怒鳴った。

「私だってどうなっているか全然わからないわよ!」

「こうなったのあなたのせいでしょ!」

「脱げなくなるなんて思わないわよ!」

「今問題あったんだって言ったでしょ!」

「言ってな・・言ったけど、こんな問題だなんて思ってないわよ!」

少しの間口論が続いていたが、ハルはだんだん不安が大きくなってきたのか言い返す言葉が弱くなっていき遂には「どうしよう・・」と目を潤ましてルドヴィカに問いかけた。

ルドヴィカもうなだれた様子のハルを見て両手を前に組み考えた後少し明るめにハルに提案した。

「それ脱ぎたいんでしょ、なら私と一緒に行きましょ」

ルドヴィカはそれと言いつつハルに向かって指をさした。

ハルはなにか釈然としないながらもルドヴィカの提案に乗るしかないと思った。

「どこへ行くんです?」

ルドヴィカは少しニヤリと口を歪めもったいぶった口調でそれを言った。

「ミスリウ森林に住むソーサラーのジョブマスターにして大魔道士エメラダのとこよ」



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4話

大坑道を出ると空は白々と明け始めていた。

ハルとゴブリンの姿になっているルドヴィカは坑道から出てきたせいか早朝のボルドの山間からこぼれる朝日に目を細めつつミスリウ森林へ向かった。

坑道内で落ちたハルはルドヴィカが落下場所に降りてきた時に使ったロープ(ルドヴィカが坑道内で見つけたらしい)で元の道に戻ることが出来、坑道内のモンスターに襲われないよう時には隠れ時には堂々として坑道を出た。

坑道を出てからは最初オーク達と共にきた道を戻るように進んだ。それがミスリウ森林へ向かう道だった。

 

ハルはもちろんオークの姿をしていたがルドヴィカもオークの半分しかないゴブリンの姿でハルの歩幅からくる速さに負けないように早歩きでハルの前を進んでいた。このあたりはゴブリンが多いので目立たないのだ。

周りにいるがこちらの方を気にもとめず各々好きなことをしているゴブリンの様子を見ながら歩いていると何事もなくミスリウ森林につきそうだとハルはぼんやり考え大きな息を一つ吐いた。

 

やがてゴブリン達が多数たむろしている開けた場所に出た。道が真っ直ぐと右の二手に分かれている。

ルドヴィカは真っ直ぐ進みちょうど分かれ道の真ん中に来た時それは突然起こった。

ハル達と離れた所の木陰にいた二匹のゴブリンが何かをめぐって言い争いをしている。

お互い短剣を持っていてもう少しで流血沙汰になりそうだった。

しかし争いにはならなかった。

木々の奥から黒い影が急に現れ一匹のゴブリンが姿を消した。

それを見てもう一匹の方が呆然とした後叫んだ。

 

「ゴブリンイーターダァァァァ」

叫んだゴブリンもすぐに黒い影に飲み込まれ影自身はいったん姿を消した。

周りのゴブリンが一斉にざわめき始め、キョロキョロと周りを見回す者どこかに向かって走り出す者、威嚇のように持っている刃物を振り回す者と様々な行動をし始めた。

「ゴブリンイーター!?」

前にいたルドヴィカが慌ててその名前のものがどこからくるのかと周りを見渡した。

ハルは開けた場所の真ん中に立っていて周りを見渡していると右に曲がる道の方、木が生い茂っている少し離れた場所で刃物を振り回しているゴブリンの後ろに巨大な影が見えた。

そのゴブリンが後ろへ振り向いた瞬間ゴブリンはその影に飲み込まれた。

 

「ああ!」

ハルはその光景に驚き声を聞いたルドヴィカもその方向を見て固まったように動きを止めた。ゴブリンを飲み込んだ影はゆっくりとこちらに向かってきた。

木の影で見えなかった姿が少しずつ朝日に照らされてその異形を見せ始めた。

ハルの背丈と同じ高さを誇る巨躯のライオン。

さらにその背にはそのライオンの頭と同じくらい巨大な山羊の頭が生えており「メエェェェ」と自分の存在を誇示している。

そして尻尾はオークの腕ほどの太さの蛇が牙を見せつつ左右に頭を振っている。

 

キメラ

凶悪な魔法生物がこちらに向かって獲物を見定めつつ向かってきた。

他のゴブリン達は恐慌状態になって逃げ惑い始めた。

転けたゴブリンがいた。

キメラはそのゴブリンに向かって飛びかかった。

ゴブリンの断末魔があたりに響き渡る。

「逃げるわよ」

ルドヴィカが少しずつキメラから遠ざかるように下がりながらハルに言った。

ハルも頷きながらキメラの方を向きつつ下がる。

キメラがこちらを向いた。

 

「「!!」」

こちらを獲物として見定められた。

二人はキメラを背にして走り始めた。

キメラが追いかけてくる音が背中に張り付いた。

「あんた覚者でしょ!戦いなさいよ!」

ルドヴィカが走りながらハルに叫んだ。

「僕プリーストだからこんなの無理だよ!」

プリーストは回復やコアという敵の弱点を見つけるのを得意とするので今のハルには攻撃は立ち止まって魔法弾を出すのが精一杯だった。それに今のハルでは魔法弾をだしてもキメラには小石があったった程度しか感じないだろう。

真後ろにキメラが迫ってきた。

ハルはキメラが飛びかかった音を聞いた瞬間ルドヴィカを右に突き飛ばした。

キメラの右前足が左に薙ぎハルを吹き飛ばした。

吹っ飛び地面に横たわる。直後ハルの身体が少し光った。二つ目の復活力を使ったのだ。

ボルドの時と違いハルはすぐに意識を取り戻した。

 

キメラは直前にルドヴィカのいた場所に着地しそのままの勢いで少し進んだ。

ゆっくりとこちらに振り向く。

獲物を捕らえられなかったせいか怒っているように見えた。

ハルは起き上がり震えながらも大声でキメラに叫んだ。

「こっちだ!」

杖を構えハルはキメラに対峙した。

ここからどうするかは何も考えてなかった。

呼吸が荒くなる。

勝てる要素は無い。

だがルドヴィカだけでも助けたかった。自分が戦っているうちに逃げおおせてくれればよかった。

キメラがこちらに飛びかかろうと躰を沈めた瞬間だった。

キメラに向かって影が高速でぶつかった。

 

グアアアアアア

キメラが苦悶の叫びをあたりにまき散らしライオンの首を振り回した。

見ると人より大きな姿の者がキメラの脇腹に剣を突き刺していた。

その剣を引き抜き大きく振りかぶりライオンの顔に向かって振り下ろした。

キメラも剣を避けようと飛び退いたがライオンの?をザックリと切り裂いた。

キメラはまた大きく叫びつつ自分を傷つけた人物に怒りの目を向けた。

キメラは飛び退いたことで剣を持つ人物と少し離れてにらみ合ったが、やがて背を向け元の木の影の中に向かって走り姿を消した。

 

「ダイジョウーブー」

剣を持った人物が剣を納めつつ声をかけてこちらに近づいてきた。

人ではなかった。

オークだ。片手剣と小さい盾を持っている。

オークは戦っていた時とは別人のようにおっとりとした様子でハルとルドヴィカの様子を見、「ケガハナーイー」と心配そうに尋ねた。

ハルとルドヴィカも大丈夫なことを伝えるとそのオークは「ヨカッタ、ジャーネー」と右手の掌をみせつつ上げて挨拶しハルとは違う右へ行く道に向かって走って行った。

 

その様子をぼんやりと見ていた二人だがやがて逃げ隠れしていたゴブリン達が戻ってるのをみてルドヴィカの方が「行こう」とハルを促した。

その後は特に何事も無くミスリウ森林にたどり着き森の中にぽつんと建っている小屋の前に二人は立っていた。

ルドヴィカはゴブリンの姿から人へ戻り家にエメラダ以外の人がいないかを確認してからハルを呼ぶということで小屋に入り、すぐに大丈夫と言うことでハルを家に招き入れた。

 

ハルが家に入ると中は様々な本、薬草、動物の骨や何かに使う道具があちこちに置いてありさらに奥の部屋に進むと一人の女性が立っていた。

長くつややかな髪、切れ長で知的な輝きに光る目、艶やな唇。

濃い紫の大きく胸元が開いたワンピースに小袋がついた腰紐で腰を締めることでくびれが強調され、その腰から下は大きくスリットが入り白く艶めかしい足がのぞいていた。

その出で立ちで左手を軽く顎に当て右手で左肘を支えつつ無意識にしなを作った立ち姿は妖艶というしかなかった。

 

その女性が家に入ってきたオークの姿を見て一瞬驚いたがすぐに目を細め「あなたオークじゃないわね」と言った。

そしてハルの隣にいるルドヴィカに向かって「あなたに渡したやつ?」と尋ねた。

ルドヴィカは「そう、でも脱げなくなってるんですよ」と坑道でのやりとりを説明した。

 

エメラダは「おかしいわね、私が着た時はすぐ脱げたけど」とハルにしばらく右手を向けて何かを探っていたが手を下ろして「何もおかしいとこは無い感じなんだけど・・」と再び左手を顎に当て顔を下げて考える様子を見せた。

少ししたらふっと顔を上げて「あ、挨拶まだだったわね私はエメラダ。そこのルドヴィカにちょっと頼み事をしてそのオークになる服を渡したんだけどねぇ」とルドヴィカに向かってじろりと視線を向けた。

ルドヴィカは少し慌てて「だってエメラダさんが今回の服はちょっと新しいことを試したって言ってたじゃないですか!だから私ちょっと怖くなって誰かに試したかったんですよ!実際こうなったじゃないですか!」と両手を前に突き出しながら反論した。

 

エメラダは考えるように視線を上に向け「そうなんだけどねぇ」と呟いた。

エメラダはしばらく考えて「こういった場合呪われているのが一番考えられるのだけれど、さっき調べた感じでは呪われているようではないのよねぇ」と言いつつ少し間をおいて続けた。「でもいろいろ試していく方がいいわね。けど・・・」

「けど?」

ルドヴィカが尋ねたのを受けたかどうかはわからないがエメラダが続けた。

「解呪薬って神殿からの要請で一度作ったんだけど使えないって返されたのよ。なんか飲めないって言ってたわねぇ。それ以来作ってないの」

「だからいまここに素材が無くて集めてから作るのに2~3日かかるのよ」

ハルはそれを聞いて<それまでここで待ってます>と言おうとしたがエメラダはハルが口を開く前に言葉を続けた。

「だからその間あなたにやってもらいたいことがあるの」

 



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5話

「魔導器を見つけて持って帰る!?」

ハルは驚いて問い返した。

「魔導器じゃなくて<魔導器のようなもの>よ。」

エメラダは首を振ってハルの言葉を訂正した。

「いや、何が違うかわからないのですが」

ハルがそう言うとエメラダはしかたがないわねぇというような軽いため息をして説明を始めた。

 

「魔導器ってどういうものか知ってる?」

「強力な魔法を使える道具でしょう」

「通常私たちが使える魔法には使用者の魔力の制限がつくの。制限は使用者の知識や訓練で使用できる魔力の制限が拡大されるけどその拡大値には個人差があってこの個人差は・・・」

エメラダの説明が講義の様相を帯びてきたのをルドヴィカが察知して話に割って入った。

「ちょっとエメラダさん今はそんな基礎の話をしてる場合じゃ無いでしょう」

エメラダは自分の話が途中で遮られたのに不本意なのか両眉をよせ口がへの字に歪んだ。

しかしルドヴィカの言うことももっともだと思ったのか魔導器の説明を始めた。

「どうしたら魔導器と呼ばれるか知ってる?」

「いえ」

「魔導器は神殿が魔導器だと決めるのよ」

「あ、そうなんですね」

ハルは少し驚き聞き入った。

 

「私たち一人はもちろん複数の魔術師でもとうてい起こせようも無い現象を起こせる道具が魔導器の候補にあがるわ」

「それを神殿が認定すれば魔導器として認められるの」

「だから今探しているのは魔導器じゃなくて<魔導器のようなもの>わかった?」

頷くハルにエメラダが念を押す様に<魔導器のようなもの>の部分を強調した。そして次の部分も強調するように言った

「そして見つかったらまず私のところに持ってきて」

ハルは不思議そうに尋ねた。

「神殿では無くて?」

「神殿では無くて」

エメラダは微笑みながら答えた。

そして続けて「まず私が魔導器候補として神殿に持って行くかどうか判断するわ。魔導器じゃ無いガラクタを持って行ったらあなただって恥かくわよ。でもこれだけは覚えておいて」

と言ってから一呼吸置き特に強調するように言った。

 

「あなたがガラクタだと思っても絶対持って帰ること」

「どうしてですか」

「一見ガラクタのように見えても<魔導器のようなもの>である以上どういう力が封じられているかあなたが判断出来る物ではないわ。でしょう」

エメラダが同意を求める様にハルに顔を近づけた。

「わかりました」

ハルがそう答えるとエメラダは満足そうな笑顔になった。

「でもその魔導器と」

「<魔導器のようなもの>よ」

エメラダが素早く訂正する。

「<魔導器のようなもの>とこのオークの姿がどう関係するのですか?」

「それがね、その<魔導器のようなもの>がどうやらオークが関係しているようなのよ。だからその姿になってルドヴィカに調査をしてもらおうと思っていたんだけどねぇ」

言いつつルドヴィカをじろりと見る。

 

「こうなった以上あなたにやってもらうしか無いのよ」

「変なオークがいるっていう噂があるってことだけはわかっているんだけどねぇ」

ハルはその話を聞いて「あ、それ僕も聞きましたし間違われもしました」と最初にオークにぶつかった時の顛末を伝えた。

エメラダも「そう、オークも探しているのね。でも何故かしら」と考え出した時何か考えていた様子のルドヴィカがいきなり叫んだ。

「ああっ!あのオーク!」

二人がその様子に驚きルドヴィカを見た。

ルドヴィカはそんな二人などお構いなしに叫ぶような声で続けた。

 

「なんか変だと思ってたのよ!どこかで見たような気がしたの!」

「ああっ!どうして今まで気がつかなかったの!」

ルドヴィカがハルに向かい叫ぶように言った。

「ほら!キメラに襲われた時助けてくれたオークがいたでしょ!」

ハルが頷く。

「あのときオークが右手を挙げて挨拶したでしょ!なんかおかしいと思ったの!でもそのときは気がつかなかったのよ!」

「あのオーク!」

「右手にポーンの印があった!」

 

ポーン

その存在は戦徒とも呼ばれ異界と呼ばれる異空間を渡り歩き覚者によってこちらの世界に召喚される者である。

その姿は人と全く同じであるが感情が希薄であり戦いにおいては恐れを知らぬ戦士である。

また一人の覚者をマスターと定めそのマスターに完全に付き従う従者でもある。

ハルも覚者ではあるがポーンを召喚する資格はまだないため一人で行動していた。

本来白竜が覚者を定めるため人以外が覚者になるというのは考えられない。

またオークのポーンを付き従える者など聞いたことも無かった。

 

「オークのポーンねぇ」

エメラダは興味深そうに言った。

「それが変なオークに違いありませんよ」

ルドヴィカが熱っぽく語る。

「オークのポーンがいるならオークの覚者がいても不思議は無いわね」

「でもオークの覚者がいるなんて聞いたことも無いし白竜様がオークを覚者にするなんてあり得ないですよ」

「そもそもあなたの見たオークがポーンである確証はないのよねぇ。それに見間違いかもしれないし、たまたまついた傷が印に似ているだけかもしれないものねぇ」

竜に心臓を捧げ人は覚者となる。その時覚者全ての胸に同じ傷が出来るのである。

そしてポーンにも覚者の傷と同じ印が右手についている。

「そう言われると反論できないけど・・」

ルドヴィカが気を落とすようにうつむいていたが急に顔を起こしハルを見た。

「だからキミに調べて欲しいんだよ!」

エメラダも同意するように「そうね、ここで議論しても何も進まないわねぇ」と応じてハルに向いた。

 

「オークの姿をしたポーンと<魔導器のようなもの>の存在を確かめる。覚者としてとても大事な役目だと思うわ。やってくれるなら解呪薬もしっかり作るわよ」

エメラダが妖艶な微笑をハルに向けた。ハルは渋面を作りつつもやるしかないのではないかと思い始めた。オークの姿をしたポーンと<ようなもの>という魔導器の探索。

両方とも新米の覚者である自分には荷が重い事ではあるがオークの姿となったことでオークの中に潜入して調べることが出来るのは自分だけではないかという気もしている。

 

「わかりました」

ハルがそう言うと二人の表情がパッと明るくなった。

「そう、やってくれるのね。じゃあ早速ルドヴィカに今後の事を相談してちょうだい」

エメラダがハルに笑顔を向けルドヴィカに相談するように則した。

「じゃあ早速オーク達の居場所に向かうがてらいろいろ説明するね」

ルドヴィカが小屋から出ようと扉に向かった。ハルもそれについて行く。

小屋の扉を開きハルが出ようとした時小屋の奥からエメラダの独り言が漏れ聞こえた。

「やっぱり不吉の黒布を使ったのがいけなかったのかしらねぇ」



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6話

(何故こうなったのだろう)

ハルはそう思いながら振り返った。

そこに見えるのは禊の神殿とそのさらに先のセラー湖であった。

ハルは禊ぎの神殿の最上部に立っていた。そこは通路のようになっており歩くことが出来た。

神殿自体は湖を堰き止めるように作られておりハルのいる場所からは向こう岸が見えないくらい広大な湖が一望できる。

 

バートランド平原

ここはハイデル平原の隣にある平原地帯である。

気候もハイデル平原とほぼ同じで魔物が徘徊してなければ人々が暮らしやすい土地だったに違いない。

そこに禊ぎの神殿はあった。

元々ここはは白竜の御座所であった。しかし300年前に現れた黄金竜との戦いで勝ったものの白竜は傷つき墜ちてその場から動けなくなった。その場所に建てられたハイデル平原にある白竜の神殿に白竜がとどまることになったため今ではモンスターが跋扈する廃墟のような場所になってしまった。

 

ここは神殿となる前は滝があったのだろうが今は神殿がセラー湖の水を堰き止める形になっている。ハルはセラー湖から反対側へ視線を戻し下を見ると今でも湖の水が神殿内を通り壁の穴から流れ出て滝壺へと落ちていくのが見えた。

水は滝壺から川となって流れていき少し先で二手に分かれ一方はバートランド平原北部へもう一方はハイデル平原に流れていった。

ハルは視線を下げバートランド北部平原への川の流れを追いかけた。しかし何も見るべきものが無かったためもう一方のハイデル平原へ向かう流れに目を向けた。禊ぎの神殿からは近いとはいえないもののハルの位置からでもはっきりとその姿が見える一つの建造物があった。

 

グリッテン砦。

バートランド平原とハイデル平原の境目にあるこの巨大な砦はバートランドから襲い来るオークをハイデル平原に侵攻させないための重要拠点である。

オークが何度も砦に攻撃を仕掛けてきたが突破されたのは大規模侵攻の中での小部隊のみで大部隊は許したことは無かった。

ここを突破されると白竜の神殿まで遮るものは無くまさしく最後の砦であった。

 

「キャプテン」

グリッテン砦を眺めていると後ろからハルに向かって声がかけられた。

声をかけてきたのはオークだ。そのオーク以外に二人、全部で三人のオークがこちらにむかって歩いてきている。

「ドウスル?」

最初に声をかけてきたオークが尋ねる。

どうすると言われてもどうしていいかわからなかった。

第一こんな状況になるとは思っていなかったのだ。

何故こうなったのだろう。

目立たないように調査するはずだったのに。

それはオークの姿をしたポーンと<魔導器のようなもの>を調べるためにオークがたくさんいるところ、バートランド平原北部の呻きの涸れ井戸と呼ばれる場所へとルドヴィカにつれていかれたことから始まった。

 

「あ、止まって。あそこにオークの一団がいるでしょ。あの中で一番大きくて赤黒い肌をしたのがオークの首領であるモゴックよ」

ゴブリンの姿をしたルドヴィカはハルに少し離れた道を歩いて行く大きな集団を指さした。

ハルはその集団の中にひときわ大きく赤黒いオークを見つけた。大股でゆったりと歩いて行く姿はいかにも屈強の戦士だとハルは思った。その周りを様々な装飾をした強そうなオークがモゴックを守るように囲んでいる。

モゴックの一団を見た後ハル達は呻きの涸れ井戸の近くに来た。

「じゃあ頑張って」

ゴブリンの姿をしたルドヴィカは立ち止まりオークの姿をしたハルの腰のあたりをポンポンと叩きながら言った。本当は肩を叩きたかったのだろうが背の高さの違いで腰を叩かざるをえなかったのだろう。

 

「ゴブリンは涸れ井戸の中に入っても殴られて追い出されるだけだから、ここから先はあなた一人で行くしかないのよ」

ルドヴィカはゴブリンの姿をしたままハルに困った様な顔をした。しかしハルには厄介事を押しつける事が出来て喜んでいるようにしか見えなかった。

「とりあえずオーク達が何か話しているか盗み聞きするところから始めるのがいいわね」

そんな簡単にいくのかと思いながらもルドヴィカの話を聞くしか無かった。

「わたしもよくするけど、なにか作業している風で少しずつ偉そうなオークの場所に近づいていくと上手くいきやすいわ」

そう言ってゴブリンの姿をしたルドヴィカはハルから離れていった。

ハルは一人になったとたん自分が敵の中にたった一人でいることを自覚した。

オークの姿をしているが、バレたらただではすまないだろう事が想像できた。

今の自分ではオークに一発殴られるだけで死ぬだろう。

 

帰りたい。

そうだ帰ってもいいじゃないか。

神殿の前に行って他の覚者に話を聞いてもらえればなんとかなるんじゃないか。

<魔導器のようなもの>とかオークのポーンの事って自分がするより他の覚者がした方がうまくやってくれるんじゃないか。

そうし・・

右肩を強く掴まれた。

ハルは全身が硬直し血の気が引いた。

ルドヴィカはゴブリンの姿なので肩を掴めない。

こんなところでハルだとわかって好意的に自分に触れてくるものなどいない。

なにか怪しまれる様なことをしたか?

とりあえずこの場を切り抜けなければと振り向こうとした時それより早く力強くグルッと反対に回された。

 

「アンタ イキテタノカ!」

そう言ったオークはハルの両肩を持っておもいっきり前後に揺すった。

「ヨカッタ!シンダトオモッテタゼ!」

オークはうれしそうに笑顔でハルを揺すった。対してハルは目を見開き口を半開きにして揺すられるに任した。

何故こんなことをされるのか思い当たる節が無い。

揺する力が弱まってきたところでハルはオークの口調で目の前のオークに尋ねた。

「ダレ?」

ハルは驚きで単純な問いしか出来なかった。

問われたオークは揺さぶるのやめ少し驚いたように目を見開いた。

「オレダヨ オレ!」

「イヤ、オレダトイワレテモ」

「コノマエ ドウクツヘイッショニイッタダロ!」

「ア、アァ イタヨナオモイダシタ」

ハルはオークの顔を判別出来なかったのでいたかどうかわからなかったが、とりあえず話を合わせようと適当に相づちを打った。

「オモイダシタカ!ヨシ コッチダ」

オークは笑顔になってハルの手を引き枯れ井戸の方に連れて行き始めた。

「ド、ドコヘイクノデ・・ダ」

ハルは慌てていつもの丁寧な話し方になりかけたがオーク相手だと思い直しぶっきらぼう風に言った。

オークは言葉の最後が変になっている事に気がつかずに返事をした。

「オマエガイキテイルト オシエタイヤツガイル」

自分が生きていると教えたいやつがいる?

オークに自分の安否を心配される覚えがないと思いつつハルはオークに手を引かれるまま呻きの涸れ井戸の中へ入っていった。

 

「「ヨカッタ!」」

部屋にいた二人のオークは同時に叫んだ。

涸れ井戸の中は最初は土を掘り進めた所になっていた。それが進んでいくと掘った場所をきちんと石のブロックで整えた場所となってきてやがていくつかの地下室のような作りになっていった。

その中でハルは一つの部屋に通された。他に扉が無く真ん中の机そしてあちこちに壊れた木箱や崩れかけの棚、さらに松明一本での薄暗さでとても狭く感じられた。そこに真ん中にある所々が傷んでいる机に向かって立って何かを飲んでいた二人のオークがいた。そしてハルを連れてきたオークがその二人に事情を説明すると先の台詞を叫んだのである。

 

「アンタガオコッタトキハ スカットシタゼ」

「アイツライツモオレラニ ドナッテバカリイルカラナ」

どうやらこの三人のオークは弱い立場にいるようだった。それが先の大坑道でハルが怒鳴って黙らせたことに胸がすく思いをしたらしい。

「コレデモノメ」とオークの一人が壊れかけの棚から取り出した壺から何かよくわからない液体を欠けた陶器の杯に注いでハルの前に置いた。

ハルが飲もうと杯を口に近づけたが液体から異様な臭いがしたのでそこで止まってしまった

 

臭かった。そこら辺の野草を適当にすりつぶして泥水に入れたような臭いがした。

部屋は暗かったので液体が何色をしているかわからない。

飲みたくなかった。しかし飲まなければ怪しまれる。

杯を見つめ止まっているとそれを見ているオークの戸惑いの雰囲気が察せられた。

飲まなければ。

止まった位置から手の位置から指一本分も口に近づけることが出来ない。

すう~っと息を吐き出し下腹に力を込め目をつむった。

 

ふん!

一気に杯を空け味を無理矢理意識から遠ざけて胃に流し込んだ。

勢いよく杯を机に叩きつける。

少し涙目になりながらもハルは三人のオークに笑顔を向けた。

オークから喜んで笑顔になっていた。

飲んだものを胃が拒否しているのを無理矢理無視しつつさてここからどうしようかとハルが思った時扉が開いた。扉から三人のオークよりも強そうな装備を着ているオークが部屋をのぞく。三人のオークの顔から笑顔が消えた。

「オイ ドゥーヨーサマガサケヲモッテコイト イッテイル」

そう言いつつ覗き込んだオークが部屋の中を見渡した。中の三人のオークは覗き込んだオークと視線を合わさない。

唯一ハルがその視線を受け止めた。

 

「オマエ コイ」

強そうなオークがハルに向かって手招きした。ハルは驚き他の三人のオークを見たが三人ともこちらを見ようとしなかった。

誰も何も言ってくれなさそうなのでハルは渋々強そうなオークについてある部屋に入った。

部屋には大きな壺がいくつも床に並べれておりきつい酒の臭いが充満していた。

強そうなオークは部屋の中を見渡し一番傷みが少ない壺を持ち上げた。

「モッテイケ」

壺は持った感じが人間の3歳児くらいの大きさなのだが中に酒がなみなみと入っているのでハルが持つと一瞬ぐらっと傾いた。

ハルはこれをこぼすと目の前のオークに殴られて死ぬかもしれないと思い必死に体勢を整えた。

渡したオークも少しびっくりして大丈夫かこいつといった顔をしていた。

ハルは体勢を整えたもののよたよたと歩きながら部屋を出た。

部屋を出たところでハルは顔だけ後ろを向けオークに尋ねた。

「ヘヤ ドコデス?」

 

「イチバンツキアタリマデススンデ ミギニマガッテツキアタリダ」

「シラナイノカ?」

訝しむオークにハルは「イ、イヤ ヒサシブリナモンデ」と少し強ばった顔で応えたがオークの方はそれ以上追求することは無かった。それよりも自分の役目は終わったとばかりにすたすたと酒の置いてある部屋から出て行きどこかに行ってしまった。

ハルはホッとしつつ重い酒壺を抱く様に持って時々よたつきながらも示された部屋の前についた。

壺を持ったままでは扉を開けないので下ろして扉の把手に手をかけた。

<オマエノイウオークヲミツケナケレバ グリッテンハブッコワセナイノカ?>

ハルの手か止まった。

 

(グリッテンを壊す?)

グリッテンとはグリッテン砦としか思い当たらない。

<・・・・>

<イルノハ ハクリュウノツノナンダロ>

<・・・・・・>

(白竜様の角!?)

相手がなにか喋っているのはわかるが低くてくぐもった声なのでうまく聞き取れなかった。

<フンッマァイイ オマエノハナシガウソダッタラ オマエヲブッコロスダケダ>

<・・・>

<モゴックガグリッテンニイルトキニコワセレバ サイコウナンダガナ>

オークの笑い声が扉の向こうから響いた。

 

そして少し沈黙があった後<サケハマダカ>という声が聞こえたのでハルは慌てて扉を開き酒壺を持って部屋に入った。

部屋の中は先に入った部屋と広さは変わらなかったが若干明るかった。その部屋のほぼ中央に机が置いてあり奥の扉から入ったハルに向く様に座っているのは先のオークよりもさらに身につけているものが豪勢なオークだ。

机には空の杯と杯と同じ大きさの銀が黒く変色したような容器が置いてあった。

その容器も本来は酒を飲むためのようなものだったのだろう下のほうが細くなり底には置くための円形の台座がついていた。

容器の横にはかなり複雑な文様が施されている。

容器はその横に蓋であろう半球状のものが転がっており容器の方にはハルの人差し指くらいの白い丸まったものが入っていた。

その白いものをオークは一つつまんで口に運ぶ。

オークが噛むたびにくちゃくちゃと音がした。

白いものをよく見ると芋虫だった。

芋虫をつまみにして酒を飲んでいるようだった。

 

そのオークに対面して座っているのは黒ずくめのフード付きのローブを纏った人のようだった

ハルからは背を向けているのでよくわからないが人だとすると小柄な方でもしかすると女性かもしないとハルは思った。

こっちに持ってこいとオーク指示されたハルは酒壺を抱きかかえよたよたと黒ずくめの左横を通った。

そのとき黒ずくめの方を見ると左手に子供の腕ほどの長さの杖を持っているのが見えた。

杖は金色で先端に装飾模様が施された大人の拳の一回り大きい六角柱がついていた。

その杖を横目で見つつハルはオークが自分の横に置けと示した場所に酒壺を置いた。

黒ずくめのローブの顔を見たかったが頭まですっぽりとローブかぶっており下を向いているので全く見えなかった。

 

さっきの話が気になりつつも部屋を出ようとしたそのときオークが口を開いた。

「ヘンナオークヲトクベツニサガスヤツガイタホウガイイカ」

「それはまかせる」

オークの言を受けて黒ずくめが言った。老人が喋る様な低く濁る声だった。

オークがハルの方を見て。

「オマエヘンナオークサガセ」

思わずハルはオークの方を目を見開いたまま固まったように止まった。

そんなハルの様子を気にもとめずオークは涸れ井戸中に響き渡るような声で他のオークを呼んだ。

 

「オイ!ダレカコイ!」

待っている間に黒ずくめが右手から革袋を机の上に置き中から小指大のガラス玉のような物を取り出した。

玉の中心には濃い紫色になっており外側に向かって薄く光っていた。

「コレガマエニイッテイタツヨクナルドウグカ」

黒ずくめが頷く。

「これを部下に一つずつ持たせるがいい」

オークが革袋を取ると「サラニオレノグンダンガ ツヨクナルワケダ」とニヤリと笑った。

 

声に呼ばれてさっき酒壺の部屋に案内したであろうオークがやって来た。

「コイツノシタニ ダレカツケロ!」

そう言われてハルを部屋から連れ出したオークは通路を歩きながら独り言のようにしゃべり始めた。

「コイツニツケルッテモ ダレカイルカナ」

少し間を置きオークがひらめいた様子が見えた。

ハルに向かって「サッキオマエツレテイクマエ ホカニサンニンイタナ」

ハルが頷く。

「アイツラニシヨウ」

そう言うと最初に入った部屋に行き部屋の中にまだいた三人のオークにハルの下について変なオークを探せと伝えるとさっきと同じように早々とその場を立ち去っていった。

 

「アンタトイッショニ ヤクメガデキルノカ!」

三人のオークは喜んだ様子でハルを迎え入れた。

「ヨロシクナ キャプテン!」

・・・

ということがあり自由に動けるようになったとはいうものの何処を探していいものかわからなかった。なのでとりあえず高いところで見回してみることにして禊ぎの神殿の上にいるというのが今の状況である。

<魔導器の様なもの>を探すのも大事だがそれよりも涸れ井戸で聞いたグリッテン砦を破壊するという話がとても気になった。それに必要なのが白竜の角という事らしい。

 

白竜の角とは何なのか。

確か白竜様に謁見した時は片方の角が折れたように無くなっていた。

あの無くなっている角が今もどこかにあるのか。

それとグリッテン砦が破壊されるという計画があるのを白竜の神殿に戻って皆に知らせるべきかも問題だった。

しかしどんな計画か少なくとも概要がわかるまではどう対処していいかわからないはずだ。

グリッテン砦破壊計画、白竜の角、変なオーク、魔導器のようなもの。

もう少し探ってみてから知らせた方がいいだろうとハルは思い禊ぎの神殿の上から何気なくグリッテン砦の方を向きそこから見えるバートランドの地上を眺めていた。

ハルは禊ぎの神殿から落ちた水が川となった上に架かる橋の上を走る人影を凝視した。

「イタ」



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7話

ハルと三人のオークは急いで禊ぎの神殿の最上階から地上に出た。

神殿の出入り口から橋へはそう遠くはない。

ハルは変なオークらしき人影が橋のグリッテン側から禊ぎの神殿側に向かって走っているのが見えたので急げば追いつけるはずであった。

しかし今は夕方、赤い太陽が西の地平線へと沈み始めていた。

時間がかかると暗くなって見つけるのが難しくなってしまう。

ハルは橋にもうすぐたどり着くところで今の状況を確認した。

グリッテン側から橋を渡ると橋から見て右に折れると禊ぎの神殿へ、まっすぐ行くと木々の立ち並ぶ丘へ続いている。

神殿へ続くこちらの道では見ていないので丘の方へ行ったのだろう。そう思い丘に向かって走った。

 

「アレ!」

一人のオークが指を指した丘の少し向こう側をハルが見ると一人のオークが背を向けて立っているのが見えた。

そのオークは手を前にかざしたような動きを見せた。そのまま前に進む。

オークは何かに吸い込まれる様に消え、やがて全身が見えなくなった。

(!)

オークが消えたその場所に少し遅れてたどり着く。

消えた場所をよく見ると人の胴体くらいの大きさの揺らめきだった。波打つ水面の様なものが何も無い空中に浮かんでいた。

それはゆらゆらと揺らめく水が浮かんでいるようにも見えた。ただ水ではなくもっと青白くまた青黒くはっきりとどのようなものか説明できない揺らめきを発していた。

ぐるりを周りを回ってみたがどの方向から見ても同じ揺らめきが見える。

(この先に変なオークがいる)

しかしハルは揺らめきに手を伸ばそうとしなかった。

この先に何があるかわからない。

 

行くべきか。

そんなハルの悩みをよそに揺らめきは少しずつ小さくなっていくように見えた。

悩んでいる時間は無い。

それでもためらっていると後ろの三人のオークが興奮した様子でハルに「イコウゼ!」と叫んでいた。

チャンスは逃すべきではない。

ハルは意を決し揺らめきに手を伸ばした。

 

なんだここは。

揺らめきの中に入ったハルは巨大な石造りの通路にいた。

揺らめきに入った時瞬きをしたように視界が一瞬暗くなったと思ったらここにいた。

通路は床も壁も天井も全て石で組まれている。

ただその石はどれもひどく傷んでいて今にも崩れてきそうだ。

天井は高く人の3倍の高さを誇るサイクロプスという一つ目の巨人が悠々と歩けるほどだ。

後ろを振り返るとついてきた三人のオークがハルと同じくあたりを見渡していた。オーク達の後ろには入ってきた揺らめきはなく石組みの行き止まりになっている。

 

帰り道はない。

ここにいても仕方が無いのでハル達は通路伝いに進み始めた。

分かれ道の無い同じ様な通路がしばらく続いたがやがて屋根の無い空間に出た。

ハルは周りをそして空を見た。

そこは傷んで欠けた石材が敷きつめられた石畳でハルが五人くらい手を伸ばした広さの通路だった。両端には壁の残骸のような石があちこちにわずかにつまれていた。

その外側は何も無かった。

青黒い空間が広がっていた。

空も同じだった。快晴の空のどこまでも続くような青は美しいのに青黒くなるだけでこんなにも不気味に感じるのかと思った。

遠近感が消失したのではないかと思えた。

端から下を見ると通路を支える石組みが下に伸びており青黒い空間に飲み込まれて見えなくなっていた。

 

自分がいる通路以外何も無い空間。

こんな所にあのオークは何の用があるのだろうか。

そうハルが通路の端で思いにふけっていると、ついてきているオークの一人が強ばった声で「キャプテン・・」と声をかけてきた。

振り向きドウシタと返事をしようとしたが声が出なかった。

いつのまにか周りに多数の白く半透明のオークがハル達を取り囲んでいた。

ハルを守る様に三人のオークがハルを中心に集まり半透明のオークに向けて剣を構える。

 

半透明のオーク達が襲いかかってきた。

半透明のオーク達は相手が剣を構えていることなど全く気にしないような動きでハル達に攻撃してきた。

ハルを守る三人のオークは防御を全くしない半透明のオークを次々と切り伏せていく。

半透明のオークは何回か切られると煙が消えていく様に姿が散り消えていった。

ただ消えても次から次へとどこからか現れてハル達に襲いかかってきた。

いつの間にか乱戦になっていた。

次から次へと襲いかかる敵に三人のオークも身体のあちこちに傷がついていく。

半透明のオークはハルにも刃を振るった。

ハルも必死に避ける。

 

(このままではやられる)

少なくともこの場所ではなくもう少し戦いやすい場所にいきたい。

今までにきた通路はこことさほど変わらないのでこの先にあるかもしれない。

「サキニススムゾ!」

ハルがそう叫び駆け出そうとした時「キャプテン!」と後ろから声がかかった。

振り向いたハルの目に半透明のオークが剣を振りかざしているのが見えた。

動けなかった。

ハルに剣を振りかざしていた半透明のオークがハルの左側に吹っ飛んだ。

一人のオークが体当たりをしていた。

 

今度は体当たりをしたオークの動きが止まる。

グッ

体当たりをしてハルを助けたオークの目が見開いた。

腹部からは半透明の刃が突き出ていた。

ハルはまたも動けなかった。

別の方向から半透明のオークがハルに襲いかかる。

部下のオークの内の一人がハルを守るようにハルに背を向け襲いかかる半透明のオークとの間に立ちはだかった。

グハッ

ハルを守るオークの背中から半透明の刃が突き出る。

「キャプ・ン・・ニゲ・・・」

刃に貫かれながらもオークはハルに向かって声を振り絞り逃げる様に則した。

ハルは動けなかった。

ただはぁはぁと呼吸を荒くし目を見開き小刻みに震えながら立ち尽くしているばかりであった。

 

「キャプテン コッチダ!」

最後の一人となった部下のオークがハルの手を引き通路の先に走り始めた。

つんのめりそうになりながらも手を引かれながらハルは通路を走った。

通路は最初に来たような天井のある場所に入りやがて複雑な構造の建物へとなっていった。

半透明のオークを少し引き離したもののこのままだといつか追いつかれるのは確実だった。

やがて目の前に少し崩れたものの上がることの出来る階段のある場所に出た。

「キャプテン ココニイロ!」

部下のオークは階段の下の隙間にハルを押し込むと一人階段を駆け上がっていった。

部下から突き飛ばすように階段の下に押し込められたハルは「くそっ!」と毒づきながらも体勢を整え外へ出ようとした。

さっきは気が動転して何も出来ず部下のオークを二人死なせてしまった。

今も自分を助けるために囮になろうとしている。

(助かるために隙間に隠れていてどうする!)

何が出来るかわからなかったがとにかく外に出て何かしなければ。

 

「ウワァァァァァァァ」

ハルの上の方で人が倒れる音がした。半透明は倒れること無く消えていくだけだ。

そうだとしたら・・

ハルは隙間から出て立ち上がったまま動けなかった。

階段の上にいるオークはまだ息があるかもしれないが目の前にいる何体もの半透明のオークの剣をかいくぐってたどり着くのは不可能だと思った。

目の前に半透明のオークがこちらを向いていたが、もはや立ち向かうことも逃げるための気力も無かった。

 

ここまでだ。

目の前に迫る半透明のオークに対してハルは何の感情も表さない目で見つめていた。

半透明のオークが剣を振りかざす。

と、目の前で煙が散るように半透明のオークが消えた。

煙の様に消えていく向こうにオークが立っていた。

「ダイジョウブー?」

探していた変なオークがハルに声をかけた



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8話

無数の半透明のオークが変なオークの一撃で煙のように消えていく。

変なオークはオークとは思えない華麗な動きで次々と半透明のオークに剣を振るっていった。何度も攻撃してやっと倒していたハルの部下達とは段違いの強さだった。

やがて全ての半透明のオークを倒し剣を納めた変なオークがハルの前に来てさっきと同じように「ダイジョウブー?」と聞いた。

ハルは頷くとハッと顔を上げ階段の方を向いた。そしてそのまま階段に向かい駆け上がった。階段の踊り場に仰向けに横たわっているオーク見つけて駆け寄る。

 

「おい!」

ハルが横たわっているオークの頭の真横にしゃがみ声をかけるとかすかに目を開いた。

ハルはすぐに回復の呪文を唱え始めた。

横たわったオークが「キャプテ・・ヨカッ・・」と言うのにも応えず呪文の詠唱を続けた。

詠唱が終わり辺りに回復の魔法の光がハルを中心に広がった。

そして再び横たわったオークに「おい!」と声をかけた。

反応は無かった。

ハルは横たわったオークの両肩を掴み上下に揺さぶった。

「おい!目を開けろよ!おい!」

横たわったオークに反応は無くハルの手にはずしりとした肉の重さだけが感じ取れた。

 

「おい・・頼むよ・・目を開けてくれよ・・」

肩から手を離しハルは両手を地面につきうなだれた。

地面に水滴が落ちていき染みが出来る。

助けられなかった。

何も出来なかった。

あのとき先に進むことをせずあの場に留まって戦っていればこんなことにならなかったかもしれない。

それよりも追いかけてこんな所にくるべきではなかったのではないか。

もうすこしああすればよかったこうすればよかったと次々とハルの中で後悔の思いが浮かんでいく。

「うあああああああああ!!!」

膝をついたまま身体を起こしハルは空を仰いで叫んだ。

号泣の叫びが青黒い世界全体にいつまでも轟いていた。

 

涙が止めどなく溢れ顔を伝い落ちてハルの前の地面にさっきより濃い染みを作っていく。

ハルの号泣する姿を変なオークは立ったまま眺めていた。

その顔は少し悲しそうではあるがどちらかといえば淡々と見ていると言う方が合っていた。

しばらくハルの号泣をそのままにしていた変なオークは今いる空間が少し振動していることに気がついた。

ハルに「ココ ゼンブクズレルヨー デルヨー」と言うと右手の平を広げ前に突き出した。バートランド平原で見た揺らぎが現れた。

「サア」と変なオークはハルの腕を取り立たせた。そして腕を掴んだまま揺らぎの中に入っていこうとする。

ハルは「まって!亡骸をつれていかなきゃ」と言ったが変オークは振り返り「ココキエル マニアワナイヨー」と返された。

実際振動はかなり激しくなっていた。立っているのも難しくなっている。

あちこちの石組みが崩れ始めていた。

変なオークはハルを強く引っ張り揺らぎの中に連れ込んだ。

入った時と同じく瞬きをしたように一瞬の視界が黒くなったかと思うとハルはさっきとは全く別の場所に立っていた。

暗く一目で夜だとわかったが空を見るには木々がじゃまをしてすっきりとは見えなかった。辺り一面草木が生い茂っている。森独特の濃密な闇と木々の隙間から差し込む満月の月明かりがハルを包み込んでいた。

入ったバートランド平原とは違う。どうやら入口と出口は違うようだった。

 

「ジャアサヨナラー」

変なオークが前に別れた時と同じように右手を挙げた。暗くてよくわからなかったがなんとなく傷があるように見えた。

「待って!」

ハルは去ろうとしていた変なオークを呼び止めた。様々な疑問に答えて欲しかった。

「ちょっと聞きたいことがあるんだ」

変なオークは少し首を右に傾けた。

「僕の名前はハル。君の名前は?」

「ボクー ボクノナマエハー エエット フー ァー ユー」

「フーアーユー?」

「チガウー フーユー」

ハルは名前をフーユーと答えたオークにあんなところで何をしていたのか聞こうとした。

しかしその質問をしようとしたときハルの右側から黒い人影が突進してきた。

ハルは突進してきた影を避けようとしたが避けきれず激しくぶつかってしまった。

ぶつかった勢いでハルは激しく転がり湿った地面に突っ伏した。

ハルにぶつかった影は後ろには転倒せず前に手をついて四つん這いの格好になっていた。

 

「おい、待て!あ、そこの!そいつを捕まえ・・げっオーク!?」

影がきた方向から別の人影が追いかけるように走ってきたがハルとフーユーの姿を見て驚いたように立ち止まった。

ハルはぶつかった衝撃に眩んだ頭を押さえながらフラフラと立ち上がった。なぜか聞き覚えのある声の方向を見た。

「ルドヴィカ?」

少し離れたところにいる人物は暗くてハッキリとはしなかったものの声は少し前に聞いたルドヴィカの声によく似ていた。

「ハル?」

ルドヴィカと呼ばれた人物がハルに向かって名前を尋ねるように言った。

ルドヴィカがハルに尋ねたのを聞いたのか、ぶつかった人物も起き上がってルドヴィカが尋ねた言葉を真似るように問うた。

「ハル?」

起き上がった人物は巨体で筋肉隆々だった。

頭はハゲ上がり目は細く顎は四角く角張っていた。

オークといっても疑わないような容貌だった。

しかしオークがよく着ているものとは違い、服装は茶色の長袖のシャツに灰色のズボンと黒っぽい靴をはいていた。いずれもあちこちにすり切れや汚れが目立つものの戦うための服装ではなかった。そして武器らしきものといえば腰紐に差した棍棒らしき太い木だけだった。

その人物がハルと呼んだ目の前のオークの姿をしたハルを見、後ろのルドヴィカを見、再び

ハルを見た。

ハルは満月の月明かりに照らされ驚きの表情がはっきりと浮かんだその人物を見た。

「ナツ!」

ハルが叫ぶ。

「えっ!」

驚きの叫びはルドヴィカから発せられた。

ナツと呼ばれた人物は驚き見開かれた目がさらに見開いたように見えた。

「ハルなのか?」

ナツと呼ばれた人物は恐る恐るハルに問いかけた。

ハルは大きく頷いた。

 

「僕だよ!ハルだよ!・・って言っても今こんな姿になっているからわからないかもしれないけどジンゲンの村でいっしょだったハルだよ!」

ナツと呼ばれた人物は怪訝そうに再び問うた。

「本当にハルならキラービーに追いかけられて肥だめに落ちたのはいくつの時か答えられるよな」

ハルは困惑と悲しみが入り交じった表情をした。何故こんな時にこんな質問をするのだろう。他にも僕だと証明できる質問がたくさんあるじゃないか。

「11歳」

ハルは口から石を吐き出すような気持ちで答えた。

「本当にハルなんだ」

そう答えたナツと呼ばれた人物はみるみる泣き崩れ、嗚咽の中声を絞り出すようにハルに訴え始めた。

「アキが・・アキが・・・」



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9話

「改めて自己紹介するけど僕の名前はハル。一応・・覚者です」

ハルが最後の部分を力なげに言った。今までの状況がハルに自信を失わせていた。

覚者になった時は全能感がハルを包んでいた。白竜様の敵を倒しレスタニアの平和を守る。

自分にはその力が与えられたと思っていた。

ところが今はどうだ。オークの姿となって右往左往している。オークとはいえ部下となった者の命すら守れない。覚者とはなんなのかとそんな思いがハルを包んでいた。

だが今の状況ではゆっくりとそんな思いにふけることは許されなかった。

 

立ち去ろうとするフーユーを引き留めその場にいた4人は地面に座っていた。

たまたま出会っただけの知り合いとそうでないものが入り交じりとりあえず自己紹介しようという流れになったのだ。

「自分はルドヴィカよろしく」

ルドヴィカが簡潔に言った。まだ警戒しているようだ。

「ナツ」

ようやく落ち着いてきたがさっきまで泣き崩れていたこともありボソリと自分の名前だけ言ってすぐにうつむき手で涙を拭い始めた。

「ボクハフーユーダヨ ヨロシクネー」

フーユーはこの場の雰囲気に似合わぬ明るい声で自己紹介した。ポーンは感情が希薄なために他人の感情もわからないのかなとハルは思った。

 

ハルの正面にルドヴィカ、右にナツ、左にフーユーという形で車座に座っている。

さて目の前の三人共に尋ねたいことがあったので何から聞いていこうかと思案しかけたがルドヴィカがハルのそんな思いもお構いなしにハルに話しかけた。

「ねぇハルどうしてこんなとこにいるの?それにそのオークもしかして前に言っていた変なオーク?捕まえた・・って感じじゃないよね。どうなっているの?あ、こいつ!前に言っていた私をつけてきたやつなのよ!」

「ちょっと待って!」

右手を広げて突き出しハルはルドヴィカの捲したてを制止した。

「そんないっぺんに質問さても答えられないよ。・・じゃあ僕がここに来た経緯から話すね」

 

ハルはルドヴィカと別れた後偉そうなオークから変なオークを探すように命令されたこと、そのとき三人のオークの部下と一緒に行動してバートランド平原でここにいるフーユーが揺らぐ入り口に入っていったのを見かけ追いかけていくと変な空間に入ったこと。そこで半透明のオークに襲われて三人の部下を死なせ、自分も危ないところをフーユーに助けられた後ここに来た事を説明した。三人の部下のオークを死なせてしまったことを話す時にはハルは鼻をすすり涙目になったがフーユー以外の二人は怪訝な様子でそれを聞いていた。オークが死んでも特に悲しむことはないじゃないかと思っている様子だった。フーユーはあちこちを見回している。

 

今の一連の流れを説明した後ハルは涸れ井戸でオークの武将の一人がグリッテン砦を破壊する計画を立てていること、それに必要なものが白竜の角という物であることを言った。

グリッテン砦を破壊するということにフーユー以外は不安そうな表情で聞いていたが白竜の角という名前を言った途端ルドヴィカが前のめりになって興奮気味に「それ!それが魔導器のようなものに違いないよ!どこにあるって言ってた?」とハルに詰め寄ろうとした。

ハルはさっきと同じように右手でルドヴィカを制止して「言っていたのは黒いローブを着た人だった」と答えた

と、今までほとんどうつむいていたナツが顔を上げた。

「黒いローブを着ていた?」

「うん」ハルが答える。

「その人って手に金色の先が膨らんだ棒を持ってなかった?」

「確か持ってたはず」

ナツが急に四つん這いになりながらハルに詰め寄った。

「アキだ!それアキなんだよ!」

 

ハルはジンゲンでナツと共に幼なじみとして暮らしたアキの顔を思い出した。

「どういうこと?」

ハルはナツに説明を求めた。あの黒ローブの人物がアキだとは信じられなかった。

ナツと共にアキもハルと一緒にダウ渓谷のジンゲンで生まれ育った幼なじみだ。

アキは快活な女の子でハルがキラービーに襲われて肥だめに落ちた時も真っ先にキラービーを追い払うために飛び出してきたし、肥だめに落ちたハルを臭いと笑いながらも出るのに手を貸したのもアキだった。小さい子供達にも優しかったし老人達の話し相手もして村の中でも人気者だった。

涸れ井戸で聞いた声はしわがれた老人のものだったし第一アキが白竜の角を欲しがってグリッテン砦を破壊するなんて考える訳がない。

 

「何があった?」

ハルが尋ねるとナツがポツリポツリと話し始めた。

「おまえが白竜様の神殿に向かった後でアキがおまえの無事と活躍を願うために渓谷の小堂へ祈りに行くと言ったんだ。そしたら昼間なのに小堂の近くで黒ローブのスケルトンが出てきてオレに持っている金色の棒で襲いかかっていたんだ。オレは必死に避けたけどそのときアキが・・・」

ナツの顔が悲しそうに歪んだ。

「アキがオレを助けようと金色の棒に掴みかかったんだ!棒はスケルトンから奪い取ったんだけど・・」

ナツが言葉に詰まる。

 

「・・・棒を掴んだアキが立ち尽くしたまましわがれた老人の声で話し始めたんだ。変なオークを見つけてこいって。見つけたらこの娘は返してやろうって」

ナツが顔を覆いながら続ける。

「オレどうしていいかわからなくてジンゲンにも帰らずにオークのいそうな所を探したんだ。そしたらこの・・」

ナツがルドヴィカを指さす。

「この人がこのオークになれるやつ誰かに試しに着させられないかなって言ってるのが聞こえたんだ。だからオレに着させて欲しいって思ったんだ。そうしたらもっとオークの中にはいって何かわかるかもしれないと思ったんだ」

ハルはそれを聞いて(いや、そのままでも十分大丈夫じゃないかな)と思ったが口にはしなかった。

 

ナツの話を受けてルドヴィカが話し始めた。

「そうこの人よ!見た時は怖そうなオークがつけてきたと思ったの!オークが人の格好して私を襲おうとしてきたと思ったの!それを避けてテルの井戸に入ったの!あれはしかたがなかったのよ!」

ルドヴィカがハルに向かって自分の行動が不可抗力だったと力説した。

ハルは(でもこれ着せたのは関係ないよね)と思ったが今は口論してもしかたがなかったので黙っていた。

ルドヴィカは続けて「そうしたらさっきそこで見つけて、オークじゃなくて人間だってことがわかったからなんでつけてきたんだって聞こうとしたのよ。そうしたら逃げ出してここまで追ってきたって訳」

ルドヴィカがナツを睨んだ。ナツは少し怯えたように首をくすめルドヴィカに言い訳するように話し始めた。

「だってあんな形相で走ってきたから怖かったんだよ!」

「怖い顔なんかしてないわよ!」

「してたよ!」

 

二人が言い争いを始めたので「今は言い争っている場合じゃないだろ」とハルが間に入った。そして「ここどこ」と二人に聞いた。

「ミスリウ森林深部」とルドヴィカが答え「本当にここまで歩かずにきたのね」と驚いたように言った。

ハルはうなずき今までの会話に何も反応しなかったフーユーに視線を向けた。

フーユーはこちらの会話なんか全く気にしていないようだった。こちらを向かずある方向を気にするように首を捻り何度も見ていた。

 

「フーユー」

「ナーニー」

「何をきにしてるの」

「マスターカラタノマレテイルコトー」

!!!

ハルとルドヴィカが真剣な顔にになりフーユーに近づいた。

ハルが尋ねた。

「マスターってオークなの?」

「ソウダヨー」

そうかもしれないとは思いつつもハッキリと答えが出たことはハルにとって衝撃だった。そしてその答えでさらにでた疑問を投げかけた。

「マスターはどこにいるの?何故オークが覚者になれたの?」

フーユーは少し頭を傾け「マスタードコニイルノカワカラナイー、ドウヤッテカクシャニナッタノカモワカライー」と答えた。

 

フーユーとの会話は根気のいる作業だった。複雑な質問は首を傾げるばかりなので単純な質問を繰り返し、少しずつ質問の内容を進めていった。

そうしてマスターはオークであり場所の名前はわからないが行くことは出来るということ。

ただし今はマスターから役目を受けておりそれが終わるまでマスターの元へ行くことは出来ないこと(強い拒絶をした)。役目とはハルが出入りした揺らぐ空間を閉じていくこと。閉じるにはハル達を襲った存在(半透明以外にもいるらしい)を倒すこと。揺らぐ空間は満月と新月の前後数日しか現れないこと(ただし新月では揺らぎが見えなくなるので満月の時にしか見つけられないらしい)。何故揺らぐ空間が出来たかはわからないということがわかった。

 

マスターとはフーユーが300年前(一同はこの年月を聞いて驚いた)に呼び出されてすぐ役目を与えた後揺らぐ空間に入って別れてしまい役目以外なにもわからないまま今に至るようだった。

300年間たった一人でマスターからの役目をこなしてきた。

ハルはフーユーが自分が想像したより遙かに壮絶な年月を経てここにいることに涙が出そうになっていた。

感情が希薄なポーンだからこそできるのか、いやマスターを慕うポーンが300年も離れて正気でいられるのか。ハルはフーユーの茫洋とした性格や話し方は300年耐えるために形成されたものではないかと思った。

 

「で、白竜の角ってどこにあるの?」

ハルがフーユーの経緯に思いはせているのをかき乱すようにルドヴィカがフーユーに尋ねた。ハルはルドヴィカに睨みつける視線を送ったが相手は全く気がつかないようだった。

「ハクリューノツノ?」

フーユーが初めて聞いたように首を傾げる。

「知らないのかー」

ルドヴィカは天を仰いだ。ハルは情報が無いことは残念だったがルドヴィカに対してざまあみろと思った。

質問が一通り終わった後ハルはこの後どうすべきか考えた時フーユーが気にしてある方向をばかり見ていることを思いだした。

「フーユー、キミが見ている方向に何があるの」

「イカイノイリグチー」

 

異界の入り口!

ポーン達がいる異界へは特定の場所からしか入ることは出来ないはずであった。

それがあちこちに存在するとは聞いたことが無い。

だがそうだとすればさっき出入りした場所も異界ということになり、そう考えるとあの空間の雰囲気もわかる気がした。

「フーユーさっきの空間が崩れだしたのはなぜ?」

「ナカニイルヤツ ゼンブタオシタカラダヨー」

(あの空間を支えるのは中にいるやつなのか)

ハルは一人状況を理解した。ルドヴィカとナツはよくわからないといった顔をしている。

ハルは二人への説明は後でしようと思いこれからの方針を決めるためにフーユーに尋ねた。

 

「入り口はあといくつあるの」

「ワカラナイー」

フーユーが言うには入り口はある程度近くならないとわからないということだった。

満月と新月前後の数日(ただし新月の時は見えないので実質満月のみ)しかわからない揺らぐ入り口。その入り口を見つけるのは相当時間がかかると想像できた。だからフーユーは今もマスターの元に帰れないでいるのだ。

その入り口が今はわかる状態になっている。

白竜の角が<魔導器のようなもの>だとしてそれを見つけるのに変なオークが必要とするならば変なオークであるフーユーをあのアキを乗っ取った黒ずくめに渡すわけにはいかない。

 

本来はフーユーを安全な場所にかくまうべきなのだがフーユーは入り口を塞ぐことを役目としているので言うことを聞くとは思えなかった。

「とりあえずフーユーを入り口塞ぎに行かした方がいいんじゃないの」

ルドヴィカがハルにフーユーが向いている方向指さして提案した。

これはフーユーのためというより白竜の角の情報が欲しいためなんだろうなとハルは思ったが他にいいアイデアが浮かばないのでフーユーの指している方向に行くことにした。

「どの辺りになりそうなの」

ハルがルドヴィカに尋ねると少し考えて答えた。

「たぶんディナン深層林だと思う」



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10話

ディナン深層林。

昔エルフが住んでいたとされるこの一帯の森林地帯はミスリウ森林深部よりさらに深い木々が生い茂りあちこちにエルフが作ったと思われる建造物が点在していた。

ハル達はミスリウ森林深部からディナン深層林へ至る道を進んでいた。

 

「モウスグー」

フーユーがそう言うとルドヴィカとナツは先にハル達が襲われた話を思い出し緊張した面持ちになった。入り口から何かが襲ってくるかもしれないのだ。

フーユーが少し首を傾げて続けた。

「デモ コンナニトオイノ ワカルノハジメテー」

(はじめて?)

ハルはフーユーの言うことに一瞬疑問を覚えたが、そのことよりも別の疑問に頭がいっぱいであった。

 

変なオークという言葉だ。

黒ローブはオーク達に変なオークを探せと言った。

細かな説明をしても理解できるかどうかわからないオーク達にはその説明で十分なのだろうと思う。

しかしアキを乗っ取った時にナツにも同じ事を言ったのだ。

確かにナツはオークに似ている。しかし言動は人だったはずだ。変なオークと言ってフーユーを探し出せたであろうか。

自分はフーユーをポーンだと思っている。だから変なオークだと判断した。しかし見た目は普通のオークだ。フーユーを見て変なオークだと判断できるだろうか。

ハルは判断できないだろうと考えた。では何故黒ローブは変なオークという言葉だけを使うのか。

 

自分はなにか大きな勘違いをしているのではないかと思い始めた。

木々の生い茂り方が急に変わった。ミスリウ森林深部よりも木々の幹が太い。そしてうねるような根が地面のあちこちに顔を出している。どうやらディナン深層林に入ったようだった。

少し先に歩くはずのない強大な木が徘徊していた。エントといわれる怪物だ。あそこに揺らぐ入り口があると厄介だなと思ったがフーユーが止まった。何かを探すように見回しハル達も同じように見回した。

 

あった。

ハルの右側の先にそこだけ水面に満月の月明かりが写ったかのように空間が揺らめいていた。フーユーがそこに入ろうと近づいていく。ハル達は何かが出てきては危ないと思い少し離れた所にいた。フーユーが入った後入った場所の魔物をフーユーが倒し待っていてもらう手はずになっていた。

もう少しで揺らぐ入り口だ。

 

Bumoooooooo!

 

突如聞き慣れないうなり声が聞こえた。

ハル達は驚き声の方向を見た。オークが突如ハル達の右側の少し離れた場所に現れた。

その後ろにフーユーが入ろうとしたものとは別の揺らぎがあった。それを見てハルはさっきのフーユーの言葉を思い出した。

<デモ コンナニトオイノ ワカルノハジメテー>

(別の揺らぎ!フーユーが遠くでもわかったのは二つあったからか!)

そう理解しつつハルはルドヴィカとナツと共に草むらに隠れる。

突如現れたオークはさっきのうなり声をあげながらフーユーが入ろうとした揺らぎの入り口に向かって突進していく。

ハルはうなり声をあげているオークを見て驚いた。

一言でいえば変なオークだった。背丈はオークと同じだが今までに見たオークは全て筋肉質であったがそのオークは腹が膨らんで前に突き出ており肥満しているように見えた。

動きもオークよりも猿に似ていた。

顔も確かにオークといえばオークなのだがどこか異様だった。

 

(豚?)

豚と言えば豚だが豚ではないと言えば豚ではなかった。オークと豚を混ぜ合わせればああいう顔になるかもしれなかった。

そして胸に骨のような物が突き刺さっているように突き出ている。

 

こいつか!

こいつが変なオークだ!

その変なオークがフーユーが入ろうとした揺らぎに突進する。

揺らぎの直前まで来た時変なオークの腹部辺りに人の頭大の光球が現れた。次の瞬間光球と電光が繋がる。

 

バチバチ!

変なオークは電光に曝され一瞬止まったがフラフラとすぐに歩き出しそのまま揺らぎの中に入っていった。

電光の来た先を見ると揺らぐ空間から出てきたと思われる黒ローブが立っていた。

 

「むぐ!」

草むらに隠れていたナツが黒ローブを見て叫ぼうとしたのをハルとルドヴィカが押さえ込んだ。

黒ローブの後ろにある揺らぎからオークが出てきた。呻きの涸れ井戸で見たドゥーヨーだ。

さらにその後ろからオークがどんどん出てきた。

「オイ ニゲチマッタジャネーカ」

ドゥーヨーが黒ローブに責めるように言うと黒ローブは落ち着いた口調で反論した。

「大丈夫だ、あの電撃をくらったから思うように動けまい。すぐにでも捕まえられるさ」

そう言いつつ黒ローブは変なオークの入っていった揺らぎの方向を見てそこに立っているフーユーに気がついた。

「おっと、そこにいるのは覚者の真似事をしているあやつのポーンだな。」

そう言いつつ黒ローブは頭のフードを後ろに払い顔を出した。

満月に照らされたその顔ははっきりと見えた。

 

アキだ。

確かに幼なじみのアキだ。快活で笑顔の似合うアキだ。

しかしフーユーに向けられた表情はハルが知っているアキの表情では無かった。口元は嘲笑するようにつり上がるも目元は怒り狂っているように歪んでいる。

「ククク、異界の狭間から狭間へ移動するので捕まえるのが大変だったが貴様が出入り口を塞いでいってくれたおかげで捕まえることができそうだ、感謝せねばならないな」

皮肉を言いつつアキが一歩フーユーに近づいた。

フーユーが警戒して剣を抜く。

「ふむ、おまえのマスターの角もあった方がいいな。案内してもらうので少しの間そこで転がっておけ」

アキが杖を掲げるとフーユーの腹部にさっきの変なオークと同じ光球が現れた。

 

バチバチ!

杖と光球の間に稲妻が走りフーユーは声も無く倒れ込んだ。

「おい、そいつを見張っておけ」

アキが言いつつフーユーの近くの揺らぎに入っていった。

「アイツヲツカマエテ ミソギノシンデンヲケシテ グリッテンニセラーコノミズヲドバーットブツケテヤル!ワハハハハ」ドゥーヨーがそう言って笑いつつ揺らぎに入っていった。何名かのオークもついて入っていく。

残ったオーク達は警戒というよりはやることがないような感じで揺らぎとフーユーの周りをブラブラと歩いている。中には膝を身体の前で折り曲げ、そこに腕で膝を囲むようにして座るオークもいた。

 

フーユーはまだ電撃でしびれて動けないようだった。

離れた草むらでハル達はどうすべきか小声で相談していた。

「どうすんのさ!あんた覚者でしょ。なんとかしなさいよ!」

ルドヴィカがハルに向かって捲したてる。

「そんなこと言ってもあんなたくさんのオークに勝てるわけ無いよ!」

ハルが言い返す。ナツは「アキ、アキ」と繰り返すばかりであった。

目の前の事態も大変だがハルはドゥーヨーというオークが言っていたことに衝撃を受けていた。

 

(禊ぎの神殿を消してセラー湖の水をグリッテン砦にぶつける!?)

禊ぎの神殿を<壊す>のではなく<消す>。

堅牢な禊ぎの神殿を壊す事なんて不可能と思われたが、消すとなると破壊ではなく変なオークを利用することで何か方法があるのかもしれないのではないかとハルは思った。

(もしそうなら変なオークをあの連中に渡してはならない)

しかしさっきのアキの魔法とフーユーの周りにいるオークを見ると今ここにいる三人では到底不可能に思えた。

変なオークを捕まえようとアキとオークの首領が揺らぎの中の異界に入っている間にフーユーを助けて逃げる。

そのための方法は無いか。

そう考えて少し離れた所にいるエントを見てハルは言った。

「ルドヴィカ、ナツ頼みがある」

 

 



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11話

「うああああああああああ」

ゴブリンとオークのような者が叫びつつオークの集団に突っ込んでいく。その後ろからエントが足のように二股に別れた部分を轟かせつつ歩いて二人を追いかける。そのまま二人とエントはオークの集団の中に突っ込み辺りは混乱状態となった。

ゴブリンの格好をしたルドヴィカと上半身裸になってその部分に草汁をこすりつけて緑色っぽくなったナツがオークがいる場所をあちこち走り回り混乱を増長させた後ハル達4人が出会ったミスリウ森林深部に向かって駆け抜けていく。

 

ハルはと言えば混乱したオークの集団に向かって草むらの影から影へと伝っていく。途中で入れ違う時ルドヴィカがハルに向かって<これは貸しだからな!>と口パクで伝えつつ駆けていった。

(ええええ・・貸しは僕の方が多いだろうに)

ルドヴィカに釈然としないながらもハルはエントがまだ暴れ回って混乱しているオークの集団、そしてそこに倒れているフーユーに向かってジリジリ近づいていった

作戦としては単純だった。

 

ルドヴィカとナツがエントを挑発してそのままオークがいるとことまで引っ張っていく。

エントによって混乱しているうちにハルがフーユーを助ける。

その作戦を聞いたルドヴィカは「そんな危ないことを私がするの!?」と抗議し、ナツは「怖くて僕できないよ」と涙声で訴えた。しかしハルがルドヴィカに対しては<魔導器のようなもの>が手に入らなくていいのかと言い、ナツに向かってはアキを助けるにはこうするしかないと説得したのだ。

だがそう言ったもののハル自身今からすることが魔導器もアキを助けるのも出来るかどうかわからなかった。

 

揺らぎに入っていった変なオークは乗っ取られているアキに捕まえられてしまうだろう。

だからといってこちらから手を出しても返り討ちに遭うだけだとハルは考えた。

時間があるならこの姿でも白竜の神殿に行って事情を説明し、強い覚者に来てもらうのだがあの変なオークを捕まえたことで神殿を消す準備ができたとすれば黒ローブ達はすぐにでも始めるのだろう。

 

神殿に行っては間に合わないかもしれない。

だからといってハル、ルドヴィカ、ナツ、フーユーでは黒ローブ達を止めることは出来ないだろう。

そこでハルは今からすることに最後の望みを賭けようと思っていた。

混乱しているオーク達に紛れてハルはフーユーに近づいていく。

フーユーを逃げないように押さえようとするフリをして横倒しになっているフーユーの背後にしゃがみ、小声でフーユーに話す。

 

「フーユー、立って走れる?」

「ムー リー」

フーユーが痺れて上手く話せないためか小声で返事したのでハルは他のオークに聞かれずにすんで助かったと思った。

「今から痺れを治すからマスターのところに連れて行って」

フーユーの身体が強ばるのを感じた。ハルは上手く話せないフーユーに向かって強い口調で話し始めた。

「フーユー、今はレスタニアの危機なんだ、君のマスターの力が必要なんだ。マスターが怒ったら僕が謝ろう」

「イッショニ アヤマッテクレルー?」

「二人で謝ろう」

ハルは笑顔になった。子供の頃アキ、ナツとの三人でいたずらをして大人に怒られる時お互いに見せた笑顔だった。

 

「ワカッター」

ハルが痺れを回復させる呪文を唱えると痺れを癒やす光球がハルの前に現れた。

その光を見てオーク達がハルの方を見た。

バレるのは承知の上だった。このままミスリウ森林深部の方へ逃げてからフーユーのマスターの元へ向かう考えだった。

二人とも立ち上がり逃げようと・・・

逃げるべき方向からエントが迫っていた。周りを見渡す。

オークがこちらに向かってくる。

 

逃げ場を塞がれた。

ハルがどうすべきか逡巡しているとフーユーがハルの手を引いた。

「コッチー」

フーユーの引かれるままにハルは駆け出した。その方向にはオークが少なかった。

だがその方向は先が崖が壁のようになっており逃げ道は無かった。

だがフーユーはオーク達をかいくぐりそして飛び込むようなジャンプをして・・消えた。

最初に見つけた揺らぎとは違うもう一つの揺らぎ。奇声を発するオークと黒ローブ達が出てきた揺らぎがあった。

それは少しずつ小さくなってきていた。

ハルは最初に入った揺らぎを思い出した。モンスターを全て倒したら中が崩れて助からないのではないか。

だがフーユーは躊躇無く飛び込んだ。大丈夫かもしれない。

続けてハルも飛び込んだ。

 

振動が激しい。

異界の中はかなり崩れていた。

ただ振動はあるが崩れる音はしなかった。積み上がっている石材が崩れたと思ったら消えていく。

その中をハルとフーユーは走っていた。

追っ手は来なかった。オークにとってこんな世界は異質であり怖がったのかもしれなかった

 

走りながら何処へ行くのだろうとハルは思った。この世界に飛び込んですぐフーユーのマスターがいる場所にいけるのかと思っていた。

ただフーユーは目的の場所がわかっているという感じで走っているのでハルもついて行くしかなかった。

と、フーユーが立ち止まった。

そこは地面にわずかに水が張っている場所だった。青黒い世界を映してその水も青黒かった。そこにフーユーが手をかざす。

水が揺らいだ。

「イクヨー」

フーユーが言うやいなや水に飛び込んだ。浅いはずの水たまりはあっさりフーユーを飲み込んだ。

(この先にフーユーのマスターがいる)

ハルも必要はないかもしれないが息を止め揺らいでいる水の中に飛び込んだ。



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12話

左の頬が冷たい。

硬質のなめらかな石の感触が左頬にあった。

ハルは目を開けると間近に近づいてくる人物の足が見えた。蹄のような足、人ではない。

ハルはゆっくりと手をつき起き上がった。近づいてきた人物がハルの目の前に立つ。

オークだ。

一瞬ハルは警戒するように身体を強ばらせたがそのオークがやさしくこちらを見ているのを見た。オークを見た後周囲をを見渡した。

 

大きな石の扉以外何もない空間だった。その扉も真ん中にポツンと存在している。おそらく反対に回っても同じ扉が見えるだけだと思われた。異界かと思ったが周りは全て白い霧のようなもので覆われていた。扉も表面には何も描かれておらず殺風景という表現が一番適していると思える空間だった。

ハルは周りを見渡した後もう一度目の前のオークを見た。

姿は今までに見たオークと全く変わらなかった。緑色の肌、筋肉質な体格、獲物を食いちぎりそうな牙が口から見えている。

ただ目は今まで見たオークとは違っていた。

穏やかで知性の光をたたえた目。

そして今までのオーク達とは全く違う装備を身に付けていた。

 

大盾。

自分の背丈に迫ろうかという高さと完全に身体を隠せる横幅をもつ長方形の盾を身につけていた。

こんな盾を持つのはシールドセージという役目の者しかいなかった。

ただこれだけではこんなオークもいるかもしれなかったが他のオークと決定的に違うものがあった。

胸に骨のようなものが突き刺さるように飛び出ている。

それを見てハルは目の前のオークに確信をもって尋ねた。

「フーユーのマスターですか」

目の前のオークは頷きながら低くよく通る声で答えた。

 

「いかにも、それがしはフーユーのマスターでツーユーと申す。そなたは・・オーク・・いや・・オークではないな?」

ツーユーと言ったオークはハルの姿を探るように見ながら尋ねた。

「はい、訳あってこんな姿をしていますが僕は人間の覚者です・・いろいろあったんです」

ハルは答えた後大きくため息をついた。

その様子を見てツーユーは苦笑するように口を歪ませた。

「大変だったようでしたな。さて何故こんな・・っとフーユーが先ですな」

ツーユーがハルに尋ねようとした時近くで横たわっていたフーユーが「ウウッ」と声を出した。目を覚ましたようだった。

 

フーユーが起き上がりつつマスターのツーユーを見る。

「マスター」

フーユーの目が潤み始める。

「マスター」

鼻が詰まったような声になる。

「役目ご苦労だったな」

ツーユーがフーユーをねぎらうように声をかける。

「マスタァァァァァァァ」

フーユーが大きく腕を広げ同じく腕を広げたツーユーの胸に飛び込んだ。

二人はお互い強く抱き合った。

「マスターマスターマスター」

フーユーは何度も何度もマスターという言葉を繰り返し号泣した。

「マスター ヤクメ ゼンブデキナカッター ゴメンナサイー」

フーユーが泣きながら謝っていた。

「いや、それがしこそそなたに辛い役目を与えてしまった。本当に申し訳ない」

「マスターアヤマラナイデー フーユーマスターノヤクニタチタイダケー」

感情をほとんど表さなかったフーユーが子供のように泣きじゃくりマスターを離さない様子を見てハルの目頭が熱くなった。ポーンがこれだけ感情を表に出すなんて、どれだけ我慢していたのだろう。

 

しばらく再会の喜びに浸っていたツーユーがフーユーから離れ、ハルに向いた。

「フーユーだけでなく覚者殿もここに来たということは何かただならぬ事態になっていると考えてよいですかな」

ツーユーが真剣な表情でハルに言った。

「はい、実は・・」

ハルは今までの変なオークの事、黒ローブの事、禊ぎの神殿を消してグリッテン砦を破壊する計画の事をツーユーに説明した

「うむむ・・そんな事になっているとは」

ツーユーは右手を顎に覆うように当て低く唸った。

 

「いくつかお聞きしたいことがあるのですが、まずあなたと同じ胸に角の欠片と思われる変なオークがいました。あいつは何かご存じないですか」

ツーユーはハルを見た。その表情は激痛を堪えるようで、まるで自らの傷口から過去をえぐり出しているような呻き声で答えた。その呻きから聞こえた声はハルが肥だめに落ちた事を言った時の口調など小石に躓いた程度に思えるほどであった。

「それは・・・それがしの・・・分身だ」

 

「分身!?」

ツーユーが辛い過去を吐き出したせいか激痛が少し和らいだような表情になった。そして真剣な表情でハルを見て言った。

「そなたには全てを話すべきなのだろうな。そしてその魔道士の企みを防がねばならん。ここで待ち構えれば後手に回る。そなたの説明通りなら少しだけ時間があるが、まずはここを出た方がよかろう」

「ここを出ても大丈夫なのですが?なにかされていたと思うのですが」

「うむ、後で詳しく説明するがここで白竜の幻影が禊ぎの神殿を異界化させるのを止めていたのだ。だがあの魔道士がそれがしの分身を手に入れたとなるとおそらくその力で異界化させるつもりでいるのだろう。そうなると止められん。だからここで座して待つわけにはいかんのだ。大丈夫、しばらくの間ならこのまま止まったままになる」

 

ハルは今聞いた事だけでも十分驚きだった。

白竜の幻影、禊ぎの神殿の異界化。ハルは神殿の異界化を聞いて思いついた事があった。

もし神殿を異界化することで現実世界から消すことが出来たら堰き止める物が無くなったセラー湖の水は一気に激流となってグリッテン砦に襲いかかる。

(オークが言っていたのはこれか!)

ハルがオークの計画について推し測っていると「さぁ覚者殿まいりますぞ」とツーユーがハルを促した。

ツーユーが右手を前に突き出すと見慣れた揺らぎが現れた。

ツーユー、ハル、フーユーの順番で入っていく。

ハルが揺らぎに入る直前Guuuuuuと唸る声が石の扉の向こうから聞こえた。



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13話

ハルが揺らぎから出るとそこは大広間の真ん中だった。

来たことは無いがおそらく禊ぎの神殿の中心にある大広間なのだろうと思われた。

セラー湖からの水があちこちから滝のように落ち、広間の周りを囲むように流れている。

ツーユーは広間の扉の方に歩き出した。大広間にふさわしい広い階段を上ると白竜様の意匠が施された扉が閉じられていた。ハルはその扉がツーユーのいた空間の扉に似ていると思った。ただ向こうの扉には何の意匠も無かったが。

「奴らは必ずここに来て白竜の影を呼び出す。そこで我々はここで待ち構えるのだ」とハルに言った。

 

「奴らを倒せるのですか?」

「あの魔道士はそれがしでも倒せぬ。とても強力な魔法を使うのだ。」

「ではどうするのですか」

ハルに問われたツーユーは後ろへ振り返りハルを真っ直ぐ見つめ。

「奇襲だ」

「奇襲?」

「そう、そなたが奇襲するのだ」

ツーユーが考えた奇襲の方法はこうだ。

この広間入る前にハルが魔道士とオークの集団に気づかれないよう入り込む(一番後ろが良いとツーユーが言った)

ツーユーとフーユーが広間に入る手前のどこかに隠れておく。

魔道士は杖を介して相手の意識を乗っ取るのでその杖さえ誰も持たないようにすればいい。しかし魔道士もそんなことはわかっているはずので真正面から杖を落とさせるような事は無い。

 

おそらく広間の真ん中で白竜の影を呼び出すのでその場所に来た時、ツーユーが隠れていた扉の向こうから現れる。そして魔道士やオークの気を引いている内にハルが目立たぬように魔道士に近づき杖をはたき落とすという作戦であった。

至極単純で作戦の穴がたくさんありそうだったが他に良い案も無いのでその方法でいくことにハルは決めた。

「さて」

ツーユーが扉を開き、抜けた先の階段に腰を下ろしハルに向いた。

「奴らがここまで来るのに少し時間がある。その間にそれがしに何があったか話しておこう」

そう言うとツーユーは過去を思い出すような少し遠い目をして話し出した。

 

「300年ほど経ったのか」

ハルから白竜と黄金竜が戦ってからの年月を聞いたツーユーはじみじみと呟いた。

「それがしは普通のオークだった。ただ一つ他のオークと違ったのはそれがしは覚者になりたかったのだ」

「オークが覚者になれるわけがない。それがしもそれはよくわかっていた。だから一人でひっそりとレスタニアのためにと思えることをしていた」

「人間が困っている魔物を退治したこともあった。ただオークがなにかやらかしてもそれは見逃していた、やはり仲間意識みたいなものはあったのであろうな」

「ただの自己満足と言われればそうかもしれない。オークが覚者の真似事をしても誰も認めることなどしない。だがそれがしはそれでいいと思っていた・・いいと自分を思い込ましていた」

 

「ある日突如白竜様と黄金竜が天空で戦い始めた」

「それがしはその戦いを見守り祈った。白竜様が勝利するようにずっと見守っていた」

「七日目だっただろうか、白竜様の戦いを見守っていたそれがしは胸に強い衝撃を受けて意識を失った」

「気がつくと白竜様と黄金竜の戦いは終わっていた。ただ白竜様が勝ったのが何故だかわかった」

「その理由もすぐにわかった」

「衝撃を受けた胸を見ると白竜様の角が突き刺さっていたのだ」

「おそらく黄金竜の戦いで角が砕かれたのであろう欠片がそれがしの胸を貫いたのだ」

 

「角はそれがしの心臓を突き破っていた。本来なら死んでいるはずだが角に宿る竜力によってそれがしは死なずにすんだのだ」

「白竜様は竜力の塊、その角はとても強力な力を宿しているのだろう」

「さらに角の力のためか白竜様の力の一部を使うことが出来るようになったのだ」

「それがしは白竜様に感謝した。この力は覚者と同じようなものであるに違いないと思った。今まで覚者のような振る舞いをしてきた事への贈り物だと思った」

「この大盾を扱えるようになったのも角の力のおかげだ」

「同時におそらく覚者でも身につけてない能力があることがわかった」

「どうやら白竜様と黄金竜との戦いでお互いから飛び散った身体の一部が竜力の歪みを起こし様々な異常を起こしていた。異界の狭間に似た空間の入り口があちこちに出来たのもその中の一つだ」

 

「それがしはその異常が近くにあると察知できる事が出来たのだ。この異常を解決するのがそれがしに与えられた役目だと思った」

「それがしは異常を消していった。欠片が刺さった魔物の時もあった。そなたも入ったであろう空間から出ててくる半透明のやつらを追い返し空間を塞ぐこともした」

「そのような事をしているうちにそれがしは自分を覚者だと思うようになっていった。だがそれがそもそもの間違いであった・・」

ここでツーユーは先に胸に角が突き出ているオークみたいな者は自分の半身だと言った時と同じ表情をした。

 

「覚者はポーンという従者を持つことが出来る事を以前から知っていた」

「それがしもポーンを持ちたかった」

「さすがにポーンを呼び出すにはどこでも良いというわけでは無かった」

「白竜様が墜ちた場所には神殿が建てられ始めていた。しかしオークであるそれがしはそこへは到底行けそうにも無かった」

「そこで未だ白竜様の力が色濃く残る禊ぎの神殿でポーンを喚びだすことにしたのだ」

「それがしは禊ぎの神殿に侵入し大広間でポーンを喚びだすために祈った。そうしたら・・」

ツーユーは両手で顔を覆い声を絞り出すように話した。

「そうしたらアレが出てきたのだ!」

 

両手を顔から離し下ろしてハルを見つつツーユーは続けた。

「アレが出てきた時、たくさんの出来事が一度に起こった」

「まず出てきたのは白竜様の幻影だった。ただその幻影は単なる力の塊のようなもので荒い言葉使いでこう言ったのだ<おまえの力をよこせ>と」

「幻影がそう言うとそれがしは強い力で何かが引き剥がされるような痛みを感じた」

「そしてそれがしからズレていくようにアレが出てきたのだ」

「それがしの中から出てきたにもかかわらず、それがしとは似ても似つかないものだった。豚のようで豚で無く、オークのようでオークで無い。身体つきさえも似てもいなかった」

 

「アレはおそらくそれがしのオークとしての芯の部分だったのだろう。もしかするとそれがしが得た白竜様の力はアレの方が強いのかもしれない」

「だが別れたアレは白竜の幻影が捕まえる前に揺らぎを作りどこかへ行ってしまったのだ」

「白竜の幻影はアレを取り込むのに失敗したものの未だ広間に留まり続けていた。」

「それがしはまず白竜の幻影を出てきた空間に押し返すのに全力を注いだ。しかしその時黒いローブの人物が<その白竜は私のものだ>と言いつつそれがしに魔法で攻撃してきたのだ。」

 

「魔法は大盾で防いだ。そして白竜の幻影はその姿を消し始めたのだがそれを見た黒ローブが幻影の空間に飛び込んだのだ」

「それがしも追いかけなければならないと思ったがあちこちに未だ残っている白竜様と黄金竜の戦いの残滓の影響も気にかかった。なのでまずポーンを召喚することにしたのだ。」

「そして召喚できたこのフーユーに役目を言いつけそれがしは幻影の空間に入った」

「そなたの入った空間がそれだ。あそこの扉から幻影がわずかながら出ていたのでそれがしが押し込んだのだ。だが先の黒ローブはそこには何故だかいなかった。行方は気になったが幻影が出てくるのを押さえ込むためそれがしはあそこに留まるしかなかったのだ」

 

「あとはそなたとフーユーが来るまであの場所にいたというわけだ」

ツーユーは語り終えると一つため息をついた。

「それがしの分のわきまえなかった望みによってこんなことになってしまった。オーク風情が覚者の真似事をしようとした罰かもしれん」

ツーユーはそう言いながら再び両手で顔を覆いさらに指を顔に食い込ませるように力を入れた。

「いえ、あなたのしたことは覚者の真似事ではなく覚者のやるべき事だったと思います。」

ハルはやさしくツーユーの肩に触れた。ツーユーが覆っている手を下げ、顔をハルに向けた。「僕があなたの立場だったら同じ事をします。だれも予想出来なかったことで自分を責めないでください」

 

「あなたより僕の方が覚者に向いていないと思います。事態に流されて右往左往しているだけです」

「しかも異界でオークとはいえ僕をキャプテンと言ってくれた者を死なせてしまった」

「僕は覚者として何も出来ていないのです」

ハルはオークの部下が死んでいく時のことを思いだし顔を曇らせた。

「覚者殿」

ツーユーはハルを真っ直ぐ見た。

「そなたがそれがしを覚者のように扱ってくれるのは、それはそなたとそれがしが同じものを大切にしているからかもしれない」

「同じもの?」

「そう、そしてそれこそが覚者を覚者たらしめているのかもしれない」

「同じものとはなんですか?」

「それがそれがしにもハッキリと言い表せないのだ。オークの覚者の戯れ言と思ってくれい」

 

ツーユーが少し笑顔になった。

ハルもつられて笑顔になる。

「マスター」

フーユーがそう言いつつ前を指さした。

「タクサン オークガクルー」

それを聞きハルとツーユーは顔を引きしめた。

「さて、いこうかの」

「はい」

二人が立ち上がり階段の影に隠れるため歩き始める。

ハルの先を歩くツーユーが振り向きハルに言った。

「覚者殿、そなたがそれがしの元に来てくれたことうれしく思う」



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14話

オークの集団が大広間へ向かう階段を上り始める。

先頭にはドゥーヨーと黒ローブがいた。その後ろに気を失っているツーユーの半身たる変なオークを担いでいるオークそしてドゥーヨーの部下と続いてた。

ハルは部下の最後尾が階段を登り始めると静かにその後ろについた。

(気づかれずにすんだ)

ハルは一安心しながらも気を引き締めながら前を歩くオーク達を観察した。

オークの中には頬や頭をさすったり、まだ口から血を流しているのか時々口を拭うようにしている者がいた。おそらくフーユーを逃がしたことでドゥーヨーに殴られたのだろう。

 

一団は扉をくぐり大広間の中心についた。ハルは目立たぬようにしつつも黒ローブに近づける位置につこうとしたが思ったよりも近づけずにいた。

(もう少し)

上手く近づけない。

そうこうしている内に気を失って抱えられていたオークは黒ローブ指示で大広間の中心に下ろされた。

黒ローブが変なオークの胸に突き出ている角に手をかけようとする。

「まてい!」

大声が大広間に響き渡った。

全員がその方向を見る。

ツーユーとフーユーが大広間の入り口の階段を降りきった所にいた。

 

「ナンダアイツハ」

ドゥーヨーが進みだそうとするのを黒ローブが杖を持ってる左手で制した。

「貴様、向こうにいたのではないのか」

「そなたの企みを知って戻ってきたのだ」

「ふふふ、誰が知らせたか知らんが貴様がおっても私を止めることはできんよ。むしろ角を取る手間が省けるというものだ」

黒ローブが呪文を唱える。

(今だ!)

ハルがオーク達を押しのけ黒ローブに近づき金色の杖を叩こうとした。

 

バシ!

ハルが杖を叩くより早く呪文の詠唱が終わりツーユーの周りに炎の壁が立ち上がる。

ツーユーとフーユーはそれぞれの盾でなんとか防げていた。

詠唱が終わった後に杖を叩いたのだが何かの力でハルの手ははじかれた。

(くっ、しまった!)

黒ローブの奥にあるアキの目がこちらを向く。

ハルは黒ローブに乗っ取られたアキの目の奥に一瞬知っているアキの目の光を見た。しかしすぐ禍々しい別の光に覆い尽くされた。

 

「貴様・・」

周りのオークがハルに掴みかかろうとしたがその前に黒ローブが一言「どけ」と言うと素早く呪文を唱え始めた。

オーク達がハルの周りから逃げるように離れる。

さっきよりも早く唱え終わる呪文のようだった。ハルもどうして良いかわからず固まったままだった。

「アキ!」

詠唱が止まった。

「戻ってきてくれアキ!ハルを傷つけないでくれ!」

黒ローブが声の方向を見る。

大広間の入り口の階段上にナツがいた。どうやらオークの一団をつけてきたようだった。

「オレの大好きなアキはそんなやつに負けない!」

黒ローブはナツの方向を見て動かなかった。ハルは黒ローブの口から「ナツ・・」という声が聞こえた気がした。

ハルは動かない黒ローブの持つ杖に向かって両手を右から左へ上下に並べるように振り切った。

 

杖の上か下だけを叩いても手からは離れないかもしれない。

持っている手の上下を同時に叩いて確実に離させる必要があった。

出来れば下に叩きつけるようにすればなお良い。

上に跳ね上がれば誰かが掴んでしまう可能性があるからだ。

ハルはその通りに叩いたはずだった。考えた通りに叩いたつもりだった。

呪文の詠唱途中だったからかもしれない、杖の防御は無くなっていた。

叩かれた杖はハルの手をはじくこと無く黒ローブの手から離れた。

手から離れた杖は下に落ち・・・ずに真横に飛んだ。

焦ったハルが手を真横に振っていた。

真横に飛んだ杖はすぐ隣のドゥーヨーの身につけている金属の容器にぶつかってお互いがはじけ飛んだ。そして跳ね上がりつつハルに向かって飛んでいき・・・ハルの手に収まっていた。

 



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15話

杖はハルの手から離れなかった。

(うああああああ)

ハルは心の中で叫んだ。

視界がだんだん黒い煙のようなもので埋め尽くされる。

何か別の意識が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。それは冷たい氷水を血液と入れ替えられるように感じた。

 

そしてハルは観た。

それは黒ローブの記憶の一部だった。

<何故このシキ様が覚者に選ばれぬ!>

<レスタニアの誰にも負けぬ強さを誇る私を白竜は何故覚者にしないのだ!>

場面が変わり部屋の中で金色の杖を持っている自分の手が見える。

<ふふふまだだ、身体が朽ちようともこの杖に心臓を移せば覚者になれる道は閉ざされぬわ!>

 

場面が変わって神殿の中。

<あんなオークが覚者の真似事をしているのが許せんが、ここに何の用があるのだ>

オークの前に白竜が現れる。

<なんだあの白竜は!>

<あの白竜になら私を覚者にしてくれるかもしれぬ!>

白い空間。扉から首と左手だけが出ている白竜がいる。

<あの逃げた変なオークをおまえに渡し貴様が力をつけ、この神殿を異界に飲み込ませれば私を覚者にしてくれるのだな!>

レスタニアのどこか。

<くそ!また逃げられた。なんとか捕まえる方法を考えねばな・・>

 

胸に激痛が走った。

シキと言っていた黒ローブの記憶が途切れる。現実に戻ったようだった。それは覚者としての力、白竜の加護だったかもしれない。しかしそれが呪縛を逃れたことにならなかったし、この時ハルの目の前にあったものは一生忘れられそうに無かった。

ハルの顔の左右を薄汚れた白骨の手で掴み侵入しようと試みている黒ローブの骸骨が目の前にいた。

その髑髏の眼窩の奥に光が見える。それは狂おしいほどの妄執に駆られた炎のように見えた。

 

「うあああああああ」

ハルは目の前の骸骨を振り払おうとした。

どすっ

音と共に左手に何か肉を鋭い物で突き刺した感覚が伝わった。

ハルを掴んでいた骸骨の動きが止まった。

骸骨の姿が少し薄れていき何が起こったかが見えた。

ハルの左手に持っている杖がドゥーヨーの胸に突き刺さっているのだ。

どうやら振り回した杖が見事にドゥーヨーの胸を突き刺したらしい。

ドゥーヨーがハルを睨みつけ拳を横に振り抜き裏拳でハルの顔面を殴った。

衝撃で手から杖を離しハルは首の骨が折れた音を聞きつつ遠くに吹っ飛ばされた。

 

最後の復活力が働く。

ふらつきながらハルは立ち上がりドゥーヨーと黒ローブを見た。

ドゥーヨーはふらつきながら胸に突き刺さった杖を右手で引き抜いた。傷口から大量の血が流れ出していく。

おそらくシキの支配から逃れたであろう黒ローブを着ているアキはドゥーヨーの足下に動かず横たわっていた。気を失っているらしい。

「くそ、まさかこんな事態になるとはな・・・・」

血の流れ出る胸に手を当てドゥーヨーが濁った低い声で唸るように毒づいた。シキが乗っ取ったらしい。

 

「こうなれば覚者になった時のために取っておきたかったのを使うしか無いな」

ドゥーヨーを乗っ取ったシキが右手の杖を高々と掲げた。

事態の急展開に動けずにいた周りのオークの腰に付けている小袋から紫色の光の玉が次々と飛び出し杖に吸い込まれていく。

光が自分の小袋から出てきたことに驚くオーク達だったが何が起こっているかわからずおろおろし、やがて次々と倒れ始めた。

紫色の光は竜力の光と思われた。竜力は命と等しくそれを奪われた者は命を奪われる事と同義であった。

 

ハル、ツーユー、フーユーはドゥーヨーの行為をやめさせるために駆け寄ろうとした。

オークから紫色の光を杖に集めつつシキは足下に横たわっている変なオークにしゃがんで左手を伸ばし胸に突き出ている角を引き抜いた。

「ぐう」と呻きつつツーユーが胸に手を当て跪く。「マスター」とフーユーが心配そうにツーユーの顔を覗き込む。

「この傷では時間が無い。白竜の影よ私を早く覚者にするのだ!」

そう言いつつシキは杖と角を上に掲げた。

ハルは神殿自体が震えるような振動を感じた。ただ音はなく空間自体が震えているようであった。

 

そしてシキの後ろに青黒い霧のようなものが現れた。

シキが霧の中に入っていく。

霧はだんだん大きくなっていった。

ハルは嫌な予感がして横たわっているアキに駆け寄った。

息はあったがアキはまだ気を失っていた。

霧がだんだん大きくなりハルとアキに近付いてくる。

ハルはアキの両脇を抱え引きずるようにナツの方に向かった。

「ナツ、アキを頼む!」

ナツにアキを委ねるとハルは霧の方に向いた。

「どうするの?」ナツが心配そうにハルに尋ねる。

「止めなきゃ」ハルが霧の方を向きながら答えた。

「大丈夫?」

「わからない、やるだけやってみる」ハルがナツの方を向いた。その目には決意の光が宿っていた。

 

「それがしも行きますぞ」

胸の角の部分を押さえつつ近付いてきたツーユーがハルに言った。手の間から見える角が少し透き通っているように見える。

「大丈夫ですか」ハルが心配そうにツーユーに尋ねる。

「これはそれがしの問題でもある。最後までやらねば後悔する」

ツーユーが苦しそうにしつつも笑うように歯を見せた。覚悟を決め戦いに臨む者の笑顔だった。

ハルも歯を見せる笑顔で応えた。

霧の方向を見つつハルはナツに「ここから早く出た方がいい、もし神殿が異界に飲まれそうになったら白竜の神殿に行って助けを請うてくれ」と頼んだ。

ナツが頷く。そして「ハル死なないで」と頼むように言った。

「わかった」そう言うとハルは霧の方に走り出した。ツーユーとフーユーもついて走る。

霧の中に入る直前にハルは杖に当たって転げ落ちた金属容器を拾うと逃げるように霧から離れていくゴブリンの姿を見た。



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16話

ハル達が霧の中に突入した後ナツはアキを肩に担ぎ上げ大広間の扉を抜けた。そのまま地上の出口に向かおうとするとゴブリンが「そっちはだめ」と声をかけてきた。さっきまで一緒にきていたルドヴィカだった。

「今オークの集団がグリッテン砦に攻撃をかけようとしている。そっちの道は魔物でいっぱいよ」

 

(こんな時にグリッテン砦に攻撃をしかけてくるなんて!)

ナツはそう思って顔をしかめつつルドヴィカに「じゃあどうすれば」と尋ねた。

「上から出られる道があるわ」

そう言いつつルドヴィカは走り出した。ナツもアキを担ぎつつ追いかける。

途中神殿を徘徊する魔物がいたが皆異変を感じたのかゴブリンの姿をしたルドヴィカはもちろんナツにも何も反応しなかった。

それに気づいたのか「ああもう!これじゃ走りにくいだけじゃない!」とゴブリンの姿から人間の姿に戻ってゴブリンの時よりも走るのを早め「早く来なさいよ!」とナツを急かした。「こっちはアキを担いでいるんだからそんなに早く走れないよ!」と言い返した。

 

ルドヴィカもそれに気づいてか少し速さを落としながらも「早く早く!」と後ろを振り向きつつ先を急いだ。

なんとか屋上に出たルドヴィカとアキを担いだナツはそこからグリッテン砦の方向を見た。

そこにはオークと魔物の大群がグリッテン砦に向かって侵攻している様子が覗えた。

「なんてことだ・・・」

その様子をナツは息を飲むようにして眺めていた。ルドヴィカは何か振動を感じて足下を見た。なんとなく石床がぼやけいるように見えた。

 

霧を抜けたハルは少し前にツーユーのいた空間に出た。ツーユーとフーユーも続く。

目の前に大きな扉がさっきと同じようにある。一つ違うのは扉が少し開いていることだった。隙間全体から青黒い霧が流れ出している。

扉の前にドゥーヨーを乗っ取ったシキがいた。ハル達に気づき苦虫をかみつぶしたように顔をしかめ「まだ邪魔をするかオークども」と言いつつハルを見て気づいたように目を見はった。

 

「貴様、オークではないな」

「そうだ!だがそんなことより聞きたいことある!」ハルが応えさらにシキを問うた

「覚者になりたい者が何故グリッテン砦を破壊しようとする!」

「ふん、あんなもの私が覚者になったら必要ない!」

「なに!?」

「私が覚者になればグリッテン砦など無くてもオークはもちろん魔物を殲滅しレスタニアの平和は永久に守ってやる!」

「無力な無数の覚者も用無しだ!覚者は私一人でよい!私一人でレスタニアの平和は保たれる!」

「人々は私の功績を賞賛し、白竜も私を賛美するだろう、そして歴史の中でシキの名は永久に語り継がれるのだ!」

「そのための犠牲などたいしたものではあるまい!」

シキは両腕を上げ宣言するかのように叫んだ。

「私の栄光を邪魔する者は全て殲滅する!」

 

「白竜様が何故あなたを覚者にしないか理由がわかった」

ハルは低く響く声でシキに言った。

「あなたは全て自分のためでしかない。レスタニアのことなど全く考えていない」

「僕は覚者として何を為すべきかずっと考えていた、こんなにもたくさんの覚者がいて皆違うことをしている。覚者として為すべき事はなんなのかをずっと知りたいと思っていた」

「でもここにいるツーユーと会ってわかった」

「何を為すべきかは決めなくてもいい」

「決めないといけないのは<何を為してはいけないか>だ」

「あなたのしている事は覚者として為してはいけない事だ」

ハルは静かに、だが確信した力強さを持って言った。

「あなたは覚者になれない、なってはいけない人だ」

 

シキは狂ったよう笑い叫んだ。

「凡人に<為すべき事>などわかるはずがあるまい!」

「貴様のようなやつに私の偉大さはわかるまい!」

「私の知識はレスタニアをあまねく網羅し、力は比類無きものなのだ!」

「凡百の覚者どもに任せらるか!」

「このレスタニアを守っていけるのは唯一私だけなのだ!」

「私こそが・・・」

ウルウルルサアイゾオオ!

 

グシャ

 

白く巨大な左手が扉からシキの頭上まで突き出されそのまま振り下ろされた。

シキは気づくことなく潰され乗っ取っていたドゥーヨーの肉体は肉片となってあたりに飛び散った。

金色の杖も折れ曲がり先の六角柱状の膨らみの上部がはじけ飛んだ。中からきれいな心臓が転げ落ちる。

心臓は数回動いた後に止まり、きれいな色はみるみる茶色に変色し萎んでいった。

 

グググチャグチャト サエサエズルウウウヤツダアアア

扉の向こうから声が聞こえきた。左手はシキを潰した時に転がった白竜の角をつまんで持ち上げる。

角は光を放ち消えていった。

「ぐうう」

後ろでツーユーが呻き胸を押さえた。胸の傷の奥がハッキリ見えるほどに角が透けてきている。

ツーユーも気になるがハルは扉の方から視線を外せなかった。

 

扉から白竜の幻影が出てくる。

オークの背丈の三倍近くはある扉の上方から鼻先が出てきた。

前へ伸び少し角張った口元から顎まですっぱりと真横に割れ目が走りその隙間から尖った牙が見える。後頭部から顎の周囲には白い毛が生えている。

角は後頭部にきれいに両方尖ってそろっていた。そして何故か左の目の周囲は霧に包まれている。

顔の次は長い首、そして右腕、上半身が出てきた。左目と同じように身体のあちこちが霧に包まれている。

翼の部分が出てこようとしたがそこで止まった。幻影が進もうとするもそこから進めないようだった。

 

幻影がハル達の方を向く。

幻影が大きく息を吸い込み咆吼を放った。同時に幻影にまとわりついていた霧が晴れてきた。霧の中から出てきたのは・・

 

金色の板状のものだった。それが幻影の身体に張りついていた。

板状のものには何か杭みたいなものが突き刺さりそれが幻影と板をつなぎ止めているようだった。

それが幻影にまとわりついていた全ての霧の中から出てきた。

「黄金竜・・」

後ろのツーユーがかすれ声で呟いた。

「黄金竜」

ハルも同じように呟く。

ツーユーが幻影を睨みながらハルに説明した。

 

「おそらくセラー湖に黄金竜の欠片が落ちたのであろう。それが禊ぎの神殿に流れ着き大広間に留まったのではないか。そして300年かけて神殿の白竜様の残滓と結びついてあのようなモノが生み出されたのだろう。300年前はただの白竜様の幻影だった」

ツーユーがそう説明する間も“白竜と黄金竜の混ざった幻影”が

ソソノノノ ツノノノヲヲ ヨコヨコセヨコセセセエエエエ

ワエハ ハクオウグゴ ンンンンリュリュリュルウナルザゾゾ

と意味を捉えるのが困難な言葉を発した。

 

幻影はまともな会話が出来る状態ではなかった。

おそらく白竜と黄金竜の思考が混ざり正常な思考が出来なくなったのであろう。

扉から上半身しか出てこれない状態で離れていればこちらに危害は与えられないと思うが、扉からは霧が常に出ているのでおそらく禊ぎの神殿は異界化が進んでいくだろう。そうなればいずれ神殿自体が異界に飲み込まれ、それによりセラー湖の水がグリッテン砦に襲いかかることとなる。

なんとしても“白竜と黄金竜の混ざった幻影”を扉の向こうへ押し返し完全に閉めてしまわなければならない。

 

「ツーユーさん」

「なんですかな」

「あの幻影を扉の向こうへ押し返します。一緒に戦っていただけますか」

ツーユーが満面の笑みを浮かべ、左手に持った大盾を地面にガン!と打ち据えた。

そして声を張り上げて口上を述べるように言った。

「レスタニアの危機を救うは覚者の役目!」

「それがしツーユーと従者フーユーは覚者殿にご助力いたす!」

「先陣はお任せあれ!」

そう言ってツーユーはシールドセージの装備である人の腕ほどの長さのロッドを高く掲げ“白竜と黄金竜の混ざった幻影”に近付いていった。

ロッドのから放たれる光は相手の注意を引いた。

 

“白竜と黄金竜の混ざった幻影”は扉から上半身しか出せず動けないものの口から金色のブレスを吐いた。しかしツーユーはそれを素早くかわしていく。

ツーユーが気を引いている内にフーユーが反対側から手に取り付き剣を突き刺す。

ハルはツーユーとフーユーをいつでも回復できるよう二人の邪魔にならないように動いた。

やがて“白竜と黄金竜の混ざった幻影”が大きく咆吼した。明らかに怒っている。

「覚者殿、癒やしの力は同時に敵の弱点を明らかにする力にもなる!癒やしの力を我らに移してくだされ!!」

ハルは呪文を唱え回復の光でまず自分を包んだ。その光をツーユーとフーユーに移す。

 

するとフーユーが取り付いた部分が濃い藍色に光る。闇属性の弱点が見えた。素早くその弱点に効果的な属性の力をツーユーがハルとフーユーに与える。

見事な連携であった。各々が自分の役割を果たしていくことで“白竜と黄金竜の混ざった幻影”は徐々に弱っていった。

そしてフーユーが剣で弱点に強烈な一撃を与えると“白竜と黄金竜の混ざった幻影”はウオオオオオオオオという咆吼し地面に崩折れた。

そのとたん幻影は扉の向こうから引っ張られるように引き込まれていく。

 

グオオイヤダワレナゼコソシンノハクオウリュウ

意味のなさない言葉を発しつつ抵抗しようとするもむなしく“白竜と黄金竜の混ざった幻影”の姿は青黒い霧の向こうへ消えていった。

幻影が消えると同時に折れ曲がって転がっていた金色の杖から紫色の光の玉が拡散するように広がった。

青黒い霧を吐き出していた扉がゆっくりと閉じ始め、完全に閉じると霧も全く出てこなくなった。

 

ハルはかなり緊張していたのかふぅぅぅと一回息を吐き呼吸を整えた。

「やりましたな!」

ツーユーがハルに声をかけてきた。

「はい、役に立てたかどうかわかりませんが撃退できてよかったです」

「いや、見事な働きでしたぞ」

そして少し間をおいてツーユーが口元に微かな笑みを浮かべて話し出した。

それは微笑みという表現すら大げさに見える笑みだった。

 

「まさか覚者殿と肩を並べて戦える日がくるとは思いもせんなんだ」

「覚者の真似事が出来るとはいえ、それがしはこのフーユーと戦うのが関の山だと思っていた」

「それをそなたが来てくれたおかげでレスタニアを守るという役目に自分が関われた」

「これでもう思い残すことは無い」

ハルはツーユーの最後の言葉に驚き聞き返した。

「思い残すことは無い?」

ツーユーは頷きハルに周りを見渡すように促した。

「この空間が崩れ始めていますな」

確かに今まで気がつかなかったが何か振動のようなものを感じた。

「幻影が消えた今この空間は維持できなくなっておる」

ハルはツーユーに「なら早くここを出ないと」と言いながらツーユーの胸を見てハッと息を飲んだ。

 

胸の角が消えかけている。

「前にも言った通りそれがしの分身の方が力が強かったようだ。分身が消えた今、白竜様とそれがしを繋ぐ力は後わずかしか残されておらぬ。そして繋がりが消えるとそれがしの命も尽きるのも道理」

「そんな!やっとここから自由になれるというのに」

ハルは涙で頬を濡らしながらツーユーを見た。

「ハル殿悲しみなさるな。それがしは満足しておる。それもこれもそなたのおかげだ。ありがとう」

ツーユーはそう言ってハルの肩に手をかけた。

 

「と、ハル殿最後に一つわたしの我が儘を聞いてはくださらんか」

「何ですか」

「そこの」といいつつツーユーはハルの後ろを指さした。

「オーク達を連れていってもらえぬか」

ハルがツーユーの指した方を見ると倒れているオークが多数いた。

「どうやらあの霧に巻き込まれたようですな」

と言いつつ倒れてるオークに近付き手を首筋に当てた。

「うむ、さっき紫の光が広がっていったので、この者達に戻っていったのではないかと思ったがそのとうりであった。生きておる」

「覚者殿からみればオークは敵。ですがそれがしもオーク、見捨てる事はできんのだ」

 

ハルは頷き「わかりました、でもどうやってこんなにもたくさんのオークを連れて行っていいものやら・・」

「うむ、それなんだが・・・」と言いつつツーユーは倒れているオークの小袋から内側に紫色の光をたたえる玉を取り出した「あった、これでいけるかもしれん」

「この者達が倒れる前に光がここから黒ローブの杖に流れ込んでいったのを見ましての」

「これは命を竜力として取り出せる玉のようですな」

「その力を逆に利用してこの玉にこの者達の身体を竜力に一時的に変えて閉じ込めるのです」

 

「そんなことが出来るのですが」

「この」と胸の消えかけの角を指さし「白竜様の力を使ってみようかと思っておる」

「でもそんなことをしたらあなたの命がますます短くなってしまう!」

ハルは悲痛な表情で訴えた。

「もうそんなに変わらぬ。それならば全てをやりきりたいのだ」

ツーユーの全てを受け入れ決意した眼差しにハルも応えざるを得なかった。

「わかりました」

「ではやってみよう」

 

そう言うとツーユーは倒れているオークの上に玉を乗せそれに右手をかざした。

玉とオークの身体が光ったかと思うとそこには玉だけが残った。

「よし」とツーユーが言いつつそばの倒れているオークに近寄り同じ事をしていく。

次々とオークが玉に閉じ込められていく。その玉をハルはフーユーからもらった少し大きめの袋に入れていった。

全てのオークを玉に閉じ込め終えるとツーユーが大きく息を吐いた。

その後も呼吸が荒かった。かなりの力を使ったようであった。

ハルはその様子を見ても大丈夫かと声をかけなかった。覚悟を決めたおこないを唇を引きしめ目に焼き付けようとしていた。ただ目には涙が滲んでいた。

 

ツーユーはそんなハルを見て優しく声をかけた。

「それがしの役目はここで終わりだ。後はそなたがそれがしの分も白竜様のお役にたってくだされい」

「まぁ覚者の真似事をしていただけのそれがしが言うことではないがな」

そういうとツーユーはガハハハハと大声で笑った。

「はい」

ハルは涙を拭きながら笑顔を見せた。

「そう、笑ってお互い別れようぞ」

「さて、実は幻影を倒したことにより禊ぎの神殿への道が閉ざされてしまっておる」

「えっ」とハルは驚いたがツーユーは続けて話した。

「だから覚者殿はそれがしが異界の狭間を使って一番近い竜の礎までの道を開く。それを使って元の世界に戻っていただく」

「向こうへついたら玉をすぐに地面にばらまくようにしてほしい。そのままだと戻った時に折り重なるようになってしまう」

 

「わかりました」

「ではこれでお別れだ」

ツーユーはハルに右手を差し出した。ハルがその右手を力強く握った。

「活躍をお祈り申す」

「フーユーモ オイノリスルネー」

ツーユーから手を離すと「フーユー」と言いつつハルはフーユーに力強く抱きついた。

「ありがとう君のおかげでここまでこれた」

「フーユーヤクニタテター?」

「うん、とても助かったよ」

「ヤクニタテテウレシー」

二人で抱いている所にツーユーが入り三人でしばらくお互いを抱いたまま動かなかった。

 

ハルはこのまま動きたくなかったがやがてツーユーが押し出すように三人を離した。

「ではそろそろ戻ってもらおうかの」

ハルは笑顔を浮かべた。しかし目からは涙が途切れることはなかった。

「では息災での」

「はい」

「ジャーネー」とフーユーが手を振る。

ハルも手を振り替えした。

「よしでは送るぞ」

ツーユーがハルに向かって腕を伸ばし右手を広げた。

ハルの周りが光に包まれる。

 

そのときツーユーが思い出したように言った。

「あ、そうそう覚者殿、異界の狭間で亡くなった者の魂は狭間を漂いやがてポーンの姿をとることがあると聞いたことがある。もしかすると亡くなったオーク達とどこかでポーンとして会うことが出来るかもしれぬ」

その言葉を聞きつつハルは目の前が光に何も見えなくなった。

 

ハルを見送った後閉じた扉のそばに腰を下ろしツーユーがフーユーに頼んだ。

「フーユー」

「ナァニ マスター」

「これまでのおまえの冒険を聞かせてくれぬか」

「ウンイイヨー アノネー」

音の無い振動が激しくなっていく中、ツーユーはフーユーがうれしそうに話す冒険譚を静かに聞き入っていた。

 

ハルは異界の狭間の一本道を走っていた。空間はツーユーの力が弱っているせいか振動が常にしており石組みの道も崩れ始めている。

やがて目の前の階段の先に出口らしき光が見えた。

走るのが難しいくらいに振動が激しくなっている。登ろうとしている階段も階段というよりは瓦礫の山と言った方が良い状態になっていた。

ハルはそこを手足を使って這い上がるように登っていく。

掛けた足の石が崩れそのまま滑り落ちそうになる。

と、だれかがハルの手を掴んだ。

 

「大丈夫でスか」

目の前に光る人らしき存在がハルの手を掴んでいた。

「さア、モうすぐデす。がンばって」

横にも同じような存在がハルの背中を支えていた。

光の出口のそばにももう一人いる。

光る存在はハルの登るのを手伝い出口に立たせた。

改めてハルは三人を見た。どこかで会った気がする。

「さあ、ハヤくここをぬケてくださイ」

一人に促されハルは出口に足を入れた。

「お早い召喚をお待ちしております。マスター」

ハルは振り返り三人を見た。三人とも右目の部分だけハッキリと見えた。

知っている目だった。

「君たちは!」

そう叫びながらハルは光の出口に吸い込まれた。

 

左の頬が冷たい。

これで何度目だろうとハルは思い立ち上がった。

目の前にグリッテン砦が見える。どうやらバートランド側の礎に出たようだった。

夕方のようであった。朝日の明るさでは無く暗さを感じる赤い光だった。

「あ」とハルは思いだし袋から紫色の玉を辺りに散らすように巻いた。これでオーク達は折り重ならずに済むはずであった。

 

(これでよし)

ハルは一つ息を吐いた。

(無事に戻ってこれた)

いろいろあったがレスタニアの危機は防げた。ツーユーとフーユーとの別れは悲しかったが彼らの思いを果たすことが出来たのではないかと自らを納得させた。

後は自分のこの姿と魔導器のようなものの探索だがこれをどうしようかハルが考え始めた時ハルに大きな影が覆った。

日が落ちるにしては早すぎるとハルは影の理由を確かめるため振り向いた。

巨大なオークがいた。

赤黒い肌が夕日でさらに際立つ。顔や身体に模様なのか戦いの傷を目立たせるためかあちこちに白い筋が引かれている。

ハルはそのオークを知っていた。

呻きの涸れ井戸に入る前ルドヴィカに教えられたオークの首領。

ハルは思わずその名前を口にした。

「モゴック・・」

 

 



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17話

ハルが思わず呟いた<モゴック>という言葉にモゴックは訝しげにハルをじろじろ見回した。どうやらグリッテン砦を攻めたものの撃退されたばかりらしい。あちこち傷だらけでであった。

見るとモゴックの後方に傷ついたオークが多数座ったりウロウロしたりしていた。

視線を戻すと血がまだ体中についたままモゴックは眉(は無かったが)をひそめ言った。

 

「キサマ オークデハナイナ」そして脅すように「ナニモノダ」とハルに尋ねた。

ハルは一瞬気圧されるように後ろに引きかけたが、息を長く吐き出すとモゴックを真っ直ぐ見返した。そして怯えも気負いも見られない静かな口調でモゴックに自分は何者かを言った

 

「僕は覚者だ」

モゴックはあざ笑うように「ハ!カクシャカ!ソノカクシャガ ナゼオークノカッコウヲシテイル」と言い放った。

ハルは渋面を作って「まぁいろいろあったんだ・・いろいろ」と言葉を濁すように答えた。

と、後ろで紫色の光があちこちで放たれ玉の中に閉じ込められていたオーク達が姿を現した。オーク達がううっとうめき声を上げて起き上がろうとしていたが、弱々しく身体を動かしているだけだった。

ハルはオーク達が無事な様子を見て「よかった」と呟いた。

モゴックがその言葉を聞き「ナゼキサマガ ヨカッタトイウノダ」と言い、次に「オマエガ タスケタノカ」と尋ねた。

 

ハルは「まぁね・・」と曖昧な返事をしたが、モゴックは「ナゼカクシャノオマエガ オークヲタスケルノダ」と言って訳がわからないという顔をした。

ハルはモゴックを真っ直ぐ見つめ「友人に頼まれたのさ」と答えた。

「ユウジントハダレダ」とモゴックは尋ねるものの「おまえに言うつもりはない」とハルは真っ直ぐ見たまま答えた。

「フム・・カクシャノオマエガ ユウジンニタノマレ オークヲタスケタノカ」

「コノアトオタガイ コロシアウカモシレナイノニカ?」

モゴックは右手を顎に当て考えるように尋ねた。

ハルは口をへの字に曲げ「それはそれで仕方が無い。僕は白竜の覚者なんだから」と素っ気なく答えた。

「ホウ ナラバイマココデ コロシテヤッテモイインダガナ」とモゴックが脅すように言うとハルは「そうなっても仕方が無い、僕は弱い。一撃でおまえに殺されるだろう」もうどうにでもなれという達観したようにもみえる態度で言った。

 

モゴックはニヤリと笑うと「トコロデ ハイデルニオークガイルダロ」と急に話題を変えた。

ハルが急な話題の変化についていけず戸惑っているとモゴックはそれに構わず「オマエタチガ イクラシンニュウスルミチヲフサイデモ ゼッタイニトメラレナイホウホウヲ オシエテヤル」と言うとハルの首元と股間を掴み高々と持ち上げた。

ハルは驚きモゴックの腕を引き剥がそうとしたが万力のような力で首元を握られ空しくもがくばかりであった。

もがくハルに「コロサレテモイインダロ」と少し笑いながらモゴックはグリッテン砦の横に流れる川縁に立った。

そして「コウイウホウホウガアルンダヨ!」と言いつつハルを川に向かって投げ込んだ。

 

「うああああああ」

ざぶん

ハルは叫び声を上げながら水中に投げ出された。

モゴックはハルを川へ投げ入れた後部下達を呼び、倒れているオークの介抱を命じた後少しふらつきながらも大股でその豪傑さを見せつけながらグリッテン砦から去って行った。

グリッテン砦は崖と川に挟まれている場所に建っていた。

崖からはハイデル平原側に侵入するのは難しいのはわかるが川からも侵入が難しい理由があった。

 

川にはヒュージブルという魔物が取り付いていた。

その魔物は水の深い部分に入ると入ったものをを水の無いところへ排除するだけという変わった魔物であった。

よってヒュージブルのいるところでは泳ぐということが出来なくなっていた。

「うぶわあぶわ」

よって川に投げ出されたハルは溺れつつもヒュージブルの赤黒い触手に絡まれ川縁に戻された。

 

目の前に壁。

戻されたのは川とグリッテンの壁とのわずかな間に出来た足がかかるかどうかの場所だった。なんとか留まろうとするもズルズルと滑り落ちていき・・そして川の中にいた。

「うぶわぶぶわ」

また溺れつつもヒュージブルに絡まれさっきと同じような場所に立つ。

ずり落ちる。

とても立てそうに無い場所だが一瞬だけ立てるためヒュージブルはそこにハルを戻し続けた。何度もずり落ち何度も戻される。

ハルはなんとかこの状況から逃れようと考えた。

モゴックから投げ入れられた方が近いがオーク達がいることを考えるとそちらにはいけない。やはりハイデル平原側に行くしか無い。

そう考えハルは方向をハイデル側にずらしながらずり落ちていった。

何度も川に落ち、何度もグリッテンの壁に張りつくように戻される。

 

何度も何度も。

辛かった。終わりが無いように思えた。ただでさえ今までの出来事で疲れ切っていたので自分がハイデルの方にズレていっているのかわからなかった。

と、前の圧力が消えた。ずっと壁に張りつくようにしていたのでそのまま前に倒れ込んだ。

ズリ落ちない。

固い地面に倒れ込んでいる。

ハルはノロノロと起き上がった。

左を見ると高くそびえるグリッテン砦の壁が見える。

(たどり着いた)

ハルは安心したのか一瞬気が抜け膝をついた。

しかしよく考えるとハルはまだオークの姿をしている。もしここに覚者や騎士団の誰かがくるとややこしいことになるのは明白なので急いでここから離れなくてはならない。

 

あたりは暗くなっていた。もう夜になっていた。

グリッテン砦の危機は防いだがハル自身の問題が残っていた。

ただ変なオークも魔導器の手がかりも全て無くなってしまった。

(いったんエメラダさんの所に戻るか)

そう思いハルはふらつきながらもミスリウ森林のエメラダの住む小屋へ向かって歩き出した。

最初にオークにボルドに連れて行かれた時と同じくハイデル平原を横切りテル村近くの洞窟を抜けミスリウ森林に入る。最初の時と同じでオークの姿をしていたことで襲われることがなかったのがありがたかった。

ミスリウ森林に入ってからはルドヴィカにエメラダの小屋に連れて行かれた時の周りの様子を思い出した。

(あっちのほうかな)

今回もあのときと同じ夜だった。小屋に入る前に村の光が右後方に見えたのでその場所と同じになるような場所を目指して歩き出した。

 

左に村の光を確認しつつさらに歩くと明らかに人がつける明かりが前方に見えた。

(ついた)

ハルは疲れ切ったところに安心したことで涙が溢れてきた。

小屋にたどり着き自分を知らない人が中にいないことを確認する。

中からエメラダとルドヴィカの声がしている

ハルは他に人がいる可能性があったものの疲れ切った身体を休めたくて扉を開けた。

中にいるのは声の聞こえていた通りエメラダとルドヴィカだった。

他に人のいる様子は無い。

 

二人は入ってきたハルを見て「あら」「ハル!」と声をかけた。

ルドヴィカは「大丈夫だった!?禊ぎの神殿は?あの変なオークはどうなったの?」と尋ねつつもハルの答えを聞かずに「私もあの神殿にいたけど大変だったんだから!神殿の上に逃げてしばらく様子見てたんだけど、神殿の異常がおさまったようなのでナツと一緒にバートランドを離れたのよ。あ、アキちゃん目を覚ましてナツと一緒にジンゲンに帰ったわ」

 

「ちょっとまって!」

ハルはルドヴィカのたたみ掛けるような話しを遮り、水が飲みたいことを伝えるとルドヴィカが外に湧いているのを汲んだ水を飲んだ。大きく息を吐き一心地つける。

飲み終わったのを見てエメラダが「ごくろうさん」とねぎらった。

ハルは魔導器のようなものは手に入れられなかったと言おうとしたがエメラダが続けた言葉と取り出した物に目を見はった。

 

「よくやってくれたわ。この<魔導器のようなもの>を見つけてくれたなんてたいしたものね」

そう言ってエメラダが机の上に置いたの指さした物は忘れもしないドゥーヨーが酒のつまみとして芋虫を入れていた金属容器だった。

ハルが隣のルドヴィカに今までの人生で最速の速さで顔を向けた。

ルドヴィカもハルに向いていた。今まで見た中で一番真剣な表情をしていた。

心を読むことなど出来ないはずのハルがルドヴィカの目を見て現実に声が聞こえたと思えるくらいハッキリと相手の言いたいことがわかった。

 

<言うなよ!絶対言うなよ!君が言わなきゃ全て丸く収まるんだから!>

ハルも了解の意思をルドヴィカを見る目に表した。

エメラダがそんな二人の意思の疎通には気がつかず容器を手に持ちじっくりと見ていたが何かに気がついたのか声を張り上げた。

「これ、文献にもわずかにしか名前がない大魔道士フェステの紋様に似てるわね」

ハルは顔を向ける最速記録を更新した。ルドヴィカもエメラダの方を見る。

「流石ねルドヴィカ、ハルもありがとう」

 

ハルはルドヴィカの方を見ると目と口を大きく開きつつ笑みを浮かべていた。予想外の展開だったらしい。

ハルも口を閉めることができなかった。そんなものをドゥーヨーが芋虫入れにしているとは思いもよらなかった。

ハルがエメラダに「それ、どうするのですか」と聞くと「もちろん私のコレクションに加えるわ」と当然のように答えた。

「えっ神殿に持って行かないのですか」と聞くと「もうこれは何の力も残ってないわ。そうなると持って行っても神殿から突き返されるだけよ。持って行くだけ無駄足だわ。だから私のコレクションにするの。言ってなかった?私こういった<魔導器のようなもの>や<だったもの>を集めるのが趣味なの」

最初からそのつもりだったんだなとハルは思ったがこの先のことを考えると口には出さなかった。

 

「さて約束ね」とエメラダが奥の部屋にいきつつハルに言った。

「解呪薬ができているわ」

そう言いつつエメラダは蓋のしてある陶器で出来た深底の容器を持ってきた。

人の顔ぐらいあるそれは上部にフックを引っかける金属製の輪が取り付けてあり底の部分が焦げていた。

どうやら作る時に使った容器をそのまま持ってきているようだ。

容器を机に置き蓋を開けた。

ハルとルドヴィカは後じさった。

 

(なんだこの臭いは!)

机の反対側にいたにもかかわらず目の前にあるような強烈な臭いだった。

何かが腐ったような臭いだった。他にもなにか混じってい気がするがこの距離だとわからなかった。わかりたくもない。

そんな強烈な臭いがしているにもかかわらずエメラダはさっきと変わらない表情、いや少し楽しそうに容器の中身を陶器のコップに移し替えていた。

「前に作ったものよりも飲みやすくしたのよ。会心の出来だわ」

そう言いながら解呪薬を入れたコップをハルに差し出した。

 

「さぁ飲みなさい」

ハルは少し震える手でコップを持った。

「私ちょっと外で待ってますね」とルドヴィカが小屋を出ようとしたがエメラダが「ハル君がこうなったのもあなたの責任だからちゃんと脱げるのを見ないといけないでしょ」とエメラダに止められたので容器から出来るだけ離れた場所に下がった。

ハルはコップの中身を見た。

濃い緑と焦げ茶の液体の中に黒いつぶつぶと赤いヌメヌメした細かい物が浮いていた。

臭いはさっきの腐ったもの以外に強烈な酸っぱさが襲ってきた。その合間にきつい甘みが見え隠れして襲ってくる。

 

神殿が飲めないと突き返したのがよくわかる。

これに比べるとあの涸れ井戸でオークに出された飲み物は美味い高級なお茶だ。

ちらっとエメラダを見ると期待に満ちた表情でこちらを見ていた。涸れ井戸で飲み物を出したオークと同じ表情だとハルは思った。

三回ほど深呼吸をしてハルは一気に飲んだ。

涸れ井戸の時とは比べものにならないくらい胃が拒否をしているのがわかる。

意識を“白竜と黄金竜の混ざった幻影”と戦った時以上に集中して解呪薬を胃に納める。

身体の痙攣が起き続き止まるまでしばらくかかった。

 

はぁはぁはぁ

息を荒くしつつ身体が落ち着くのを待った。

エメラダはハルが落ち着いたのを見て「さぁ脱いでみて」と促した。

ハルは後頭部を掴み前に引っ張った。

脱げない。

何度も何度も引っ張ったがハル自身の姿が見える様子は微塵もなかった。

エメラダが「やっぱり呪いじゃなかったわねぇ」と下唇を突き出しながら少し考えるように言った。

 

「そんな!」

ハルは涙声で「これまで一体何のために頑張ってきたんだ!」と叫びながらしゃがみ込んだ。エメラダが「他にも調べてみる事は出来るから」と慰めた。

ルドヴィカもハルに近寄り「元気出しなよ、この姿でも出来ることがあるかも・・・ってなんだこれ」と言いつつハルの後頭部の少し下に手を伸ばした。

「こんなもの私が見た時にはなかったはずなんだけど」と黒い飛び出ている物を引っ張った。「んー」

 

バチン

破裂音と共にハルの目の前に布の塊が落ちてきた。オークの皮を剥いだ感じのものだった。

「「あ」」

エメラダとルドヴィカが同時に声を出した。

その声を聞きハルは顔を上げた。

驚いている二人が見えた。

一瞬何が起こったかわからずキョロキョロとあたりを見回したがふと自分の手が見えた。

 

「えっ」

オークではない、人間の手。

下を見ると足も人間の靴を履いている。

頭に手をやるとふさふさした髪があった。禿げてない。

ハルは唖然としているとルドヴィカが手に持った黒い物をひらひらさせ「これが引っかかって脱げなくなっていたようだね」と笑顔で言った。

「ああ、それで呪われていなくても脱げなくなったのね。次作るのに注意しなくちゃ」とエメラダも頷きつつルドヴィカの手に持っているのを見て「不吉の黒布かしら」と言った。

 

「じゃ、じゃあ僕はただ引っかかって脱げなくなっただけで、あんな苦労をしたのですか」

ハルは身体を少し震わせながらルドヴィカを見た。

ルドヴィカもハルの怒りを察したのか腕を伸ばしハルが迫るのを押さえようとしつつなだめるように言った。

「おかげで悪いやつの陰謀も防げたし、魔導器のようなものも見つかったし、それに僕のおかげで脱げたんだよ。ちょっとは感謝してくれなくっちゃ」

「あなたが僕にこんな物を着せたからでしょう!一発殴らせろ!」

「うあああああ」と叫びながら小屋から飛び出すルドヴィカをハルは追いかけた。

後ろでアハハハハとエメラダが笑いながら二人を見送った。

 

次の朝一人じゃ危ないからとハルは白竜の神殿までルドヴィカに見送ってもらった。

神殿前に着くとルドヴィカは「じゃっここで」と言いハルも「ありがとう」と返した。

「いろいろあったけど、君に会えてよかったよ。また何かあったら頼むからよろしくね」とルドヴィカが笑みを浮かべて右手を出してきた。

ハルは握手しながら「いや、もうこりごりだよ」と苦笑した。

ルドヴィカが「あははは、昨晩の一発でチャラにしてよ」と言いつつ手を離しそのまま上げて別れの挨拶をした。ハルも同じように返す。

ハルはルドヴィカが神殿から離れていくのを少しの間見送ると神殿の中に入っていった。

 

そしてテル村への言伝の完了を白竜の前にいる覚者を統率するレオに報告した時、レオならびにそこにいた面々は今まで何をしていたのかと言いたいような顔つきだった。

しかしハルも報告をしただけで何も言うつもりはなかった。

説明が難しいしさぼった言い訳にしかとられないと思ったからであった。

ただ報告を終えたところで白竜が「ごくろうであった」と小声で言ったのを聞いてハルはうれしくなって笑顔で白竜に会釈した。

それを見た周りは<ただのテル村へのお使いになぜ白竜様はねぎらったのだろう>と顔をしたがハルは気にとめないようにしてその場から下がった。

 

その後しばらくしてハルはナツとアキが婚約したという話を聞いた。

ルドヴィカは相変わらず宝探しに奔走しているらしい。ハルに出会うと「手伝って!」と頼んでくることが度々あった。

そして幾多の戦いを経て。

ハルはオーク達の拠点となっているガルドノック砦の中庭でモゴックと対峙していた。

ハルが手にしているのは大盾とロッド。あれからハルはシールドセージとなって全ての先陣を切っていた。他にもファイターやハンターなどにもなったがツーユーの姿がハルの心に焼き付いていた。

そして後ろに控えるのは三人のポーン。

ハルは後ろを振り返り三人のポーンを見た。

それぞれ緊張しつつもハルを信用しこの戦いに勝つと信じている目だった。

「いくぞ」とハルが言うと「はい」「お任せを」「いくぞぉ」とそれぞれが返事をする。

ハルはその言葉を聞きつつモゴックに向かって大盾を構えロッドを高らかに掲げた。

 

 

オークになった! 完




オークになった!終了です。 

読んでいただいた皆様ありがとうございました!


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