学園生活部にOBが参加しました! (逢魔ヶ時)
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連続番外編:Welcome To Raccoon City
1,覚醒


先週やるかもと言っていた書きたくなったネタがこちら,ゾンビ系といったらコレと言っても過言でない程のビックタイトルとのクロスオーバーです.
説明その他は後に回すとしてとりあえず,どうぞ.


※※※注意※※※
本編とバイオハザードとのクロスオーバーです.ここから読んでいただいても大丈夫な構成ですが本編もお読みいただけると嬉しいです.


 目を覚ました時,俺は妙に生暖かくて変にとろみを持った液体で満たされた培養槽の中で体のあちこちににコードが刺さった状態で浮かんでいた.パニックを起こさなかったのはひとえに,自分の正面で同じような状態で目を閉じている胡桃の姿が容器越しに目に映ったからだな.

………まぁ認識した瞬間に激高して培養槽のガラスを叩き割ったから,それがパニックなのだと言われたらそうかもしれない.

 

 

―――凪原勇人,当時を振り返って

 

 

 

====================

 

 

 

「前に何かで読んだんだけどさ,どう話を進めればいいか分からない時はブレインストーミングをするのがいいんだって」

「確かに名案だ.早速やってみるとして,お題は『現状で理解できないもの・こと』あたりでいいか?」

「うん」

 

 胡桃が頷いたのを確認し,「じゃあ俺から,」と口火を切る.

 

 

「起きたら放送局じゃないどころか全く知らない場所にいた」

「恐らく研究所だけど誰もいない,廃墟なのかなここ」

「俺と胡桃しかいなくて他のメンバーが見当たらない」

「というかなんでアタシもナギも服着てないんだよ?恥ずかしいんだけど」

「いちおう布羽織ってるからセーフだろ.それに胡桃の身体は割と見慣れてるし,もちろんいつ見てもすごい綺麗だけど」

「セクハラ」

「ごめん」

「許す」

 

 

 許された.

 

 ただ体がどうこうと言えばそこが現状で一番意味不明なところなんだよな,なんか胡桃の視線的に同じこと考えてそうだし.

 と,お互い一息ついたところでブレインストーミング第2部,開始.

 

 

「胡桃の頭から角が生えてる,2本」

「ナギも同じだぞ,そんでナギは左側が全体的にギザギザした感じになってる」

「胡桃の方は右側だな,逆になってるのは偶然なのかなんなのか…」

 

 答えつつ左腕を目の前に持ってきて眺める.上腕より下が黒く変色して指の先端には鋭い爪が生え,ひび割れのような赤いラインがあちこちに走ってて,どう見ても人間の腕じゃねえよな.

 触覚は生きてるけどだいぶ皮膚が硬くなってる,っとさすがに棘みたいなとこは感覚なしか.

 

 そのまま脚の方も確認してみたけどこっちも似たようなものだ.

 つーかこの辺は正直今どうでもいい.明らかにおかしいけど機能に問題はなさそうだし,なにより人体と構造が同じだからだな.

 もっと憂慮すべき点が他にある.

 

「んでもって特におかしいのは()()だよ()(),マジでどうなってんだ」

 

 大きく振ってみせたのは首でも腕でも脚でもない.人間には存在しないはずの部位,尻尾だ.まさに“ドラゴンの尻尾”といった造形,角と同じ色の甲殻で覆われたご立派様で腰の後ろ辺りから実に堂々と生えている.

 

「なんか普通に感覚あるし思ったように動かせるし,違和感全然ないのがすごい違和感なんだけど…」

 

 自身の尻尾の先端を前に持ってきてペタペタ触りながら胡桃が何とも言えない表情でぼやく.先に言うなよ,俺だってぼやきたいんだから.

 あ,ため息つくのと同時に立ててた尻尾が垂れた.感情に連動するタイプかこれ.

 

 

 

====================

 

 

 

「―――だいたいこんなとこか?」

「だね,ほぼ全部はできったんじゃない?」

 

 しばらくブレインストーミングを続けてみたけど,やっぱ重要なのは最初に出てきたもんだよな.まあ疑問が並んだところで解決するわけでもないんだけどさ.

 胡桃の方もここからどうしたものかと腕を組んだまま唸っている.

 

 よし,ここはひとまずアレだな.

 

「そんじゃまず確認」

 

 言いながら胡桃に向けて右手を伸ばす.胡桃も特に避けずにそれを眺めているので俺は遠慮なく―――

 

 フニ.

 

―――彼女の左頬をつまませてもらった.

 うむ,やっぱりいつも通りもっちりしていて柔らかい.軽く引っ張ってみると,おーやっぱよく伸びる.

 

ひゃにひゅんだよニャギ(なにすんだよナギ)

 

 向けられるジト目に構わずやわっこさを堪能することしばし,視線が冷たさを増してきたと判断したところで手を放して咳払いを一つ.

 

「…夢ではない,と」

「それでかっこつけれてると思ったら大間違いだからな」

「まーまー,軽い冗談だって」

 

 手を振って宥めながらなんとか頭を回して状況を理解しようとする,けど無理だな.脳がボイコットしてるわこれ.

 ひとまずまとめて声に出してみるか,なんか気づきがあるかもしれないし.

 

「あー,なんだ.起きたら俺ら2人だけ素っ裸で廃研究所の培養槽みたいなのの中にいて,おまけに体が意味不明な変異を遂げて角やら尻尾やらが生えていたわけだが…慌てるのはよくないんだこういう場合は………ただまぁ,打つ手はないな,基本的に」

「いやなんか思いつけよそこは」

「無茶言うなよ,俺だって混乱してんだ」

 

 むしろ口に出したことでより一層混乱に拍車がかかったまである.ガチでどうなってんだよこれ.

 

「そもそも意味不明な情報が渋滞してるくせに有益な情報が少なすぎんだよ,ちょっとその辺探してみようぜ」

「あ~だね.しっかり調べてみれば何か見つかるかもしれない,し―――」

 

 あ,胡桃がフリーズした.

 なんか壁の一点を見つめて固まってるけど,ここからじゃ瓦礫が邪魔で見えないな.

 

「どうしたんだよくる――マジかぁ……」

 

 胡桃の方に移動してその視線の先に目をやってみれば,とあるマークが描かれていた.

 

 赤と白のパラソルを模したような八角形,ご丁寧にその下には

UMBRELLA Arklay Laboratory

と現在地まで書かれていた.

 

「……なあナギ,何も見なかったことにしようぜ」

「そういうの出来たら苦労しねえよ」

 

 数十秒の沈黙を挟み,妙にサッパリとした笑顔で言ってきた胡桃に俺は肩を落としながらそう返すことしかできなかった.

 

 

 どうやら俺と胡桃はゾンビが蔓延る世界から,ゾンビ以外にもありとあらゆる生物兵器(B.O.W.)が跋扈するバイオハザードの世界へと異世界転移してしまったらしい.

 ハハッ………もし神がいるんだったら絶対ぶん殴る.




はい,バイオハザードの世界に凪原と胡桃をウイルス変異体の状態で放り込んでみました.

 容姿について,胡桃は『きららファンタジア ☆5/せんし 恵飛須沢胡桃』の状態です.凪原についてはこれを男版にした感じを想像してください.

 作中時間としてはラクーン事件辺り(バイオ2,3)を書こうかなと考えています.この番外編を書くにあたって色々資料を調べたのですが,基本的にはRE版を基礎に据えつつ旧作や独自解釈を混ぜていく予定です.あくまで番外編なのでプロット等は本編程練らないと思うので作り込みが甘かったり1話が短かったりすると思いますがご容赦ください.もちろん本編を書かなくなるわけではないのでご安心をば.

 ということで本作初の単発ではない番外編についての説明でした.


 それではまた次回!


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2,自分の定義

一瞬誤って投稿してしまいました,ごめんなさい.

バイオハザード編,第2話です.少し説明回っぽくなったけど全部がそうではないからヨシッ.


===Dr.の備忘録===

 

1983.8.20

 アークレイ研究所地下にラボを整えることができた.この場所から新しく,そして究極ともいえる人類の知恵の結晶を生み出すことができると考えると興奮を抑えられない.私の研究はここから始まるのだ!

 

1983.8.21

 昨日は少し取り乱してしまった.ラボの運営やプロジェクトを主導することは多くあったが,今回ほど心が昂ったことはない.昔から,それこそ幼少期からやってみたいと願っていたことに取り組めるとあれば,落ち着けという方が無理だろう.ああだめだ,冷静にはなったもののまだ興奮が冷めやらない.

 

1983.9.16

 アレクシア嬢からt-Vウイルス入りのアンプルパックが届いた,量も頼んでいた分の1.5倍はある.おかげで実験素体の数を増やすことができそうだ.次の報告会で会った時に礼を言っておくことにする.

 恐らくただの善意ではなく,人間関係の無用なトラブルで煩わされることがないよう私のような年寄りに動いてもらうための布石なのだろう.とはいえ()()()()()()使()()()程度には人工的に作られ(コーディネートされ)た天才に評価されたという事だ,天然物(ナチュラル)としてここは大人しく喜んでおこう.

 

1983.10.22

 全40体の素体の培養を開始,ようやく実験としての第一歩を踏み出せた.長く時間は掛かるだろうがこれからが実に楽しみである.

 

1983.11.9

 社のパーティーでアレクシア嬢から頼みごとをされた.『自身に対し長期の実験を行うのだが少なくとも10年はかかるのでその間公的には死亡扱いとする.なので実験終了まで南極研究所が閉鎖されないように取り計らってほしい』という内容だった.既に幹部数人にも話を通しているという事だったので特に考えず了承することにした.

 そもそもあそこの維持費はほぼ全てアシュフォード家から出ている.私のような年寄りが数人集まればそれくらいは訳ないだろう.

 彼女の実験が終わるまでに私の研究も目途がついているはずだ.彼女自身と彼女が生み出したものを種にした研究だが,アッと驚く成果を見せてやりたいと思う.

 

~~~~~

 

1984.4.5

 培養開始から半年足らずで全ての素体がウイルスの投与が可能な最低ラインまで成長した.タンパク質からの培養速度としては通常の3倍近いペースであり,これだけでも十分な成果だ.げに恐るべきはcode:ベロニカとそれを昇華させた私の頭脳だろう.

 

1984.6.21

 夏至,いよいよ素体達にt-Vウイルスを投与した.この実験で生まれた子供達は今頭上で輝く太陽のように我々を照らしてくれることを願う.

 

1984.6.28

 投与から1週間で約半数の素体が死亡した.

 

1984.8.4

 悪いニュースが2つと良いニュースが1つ,

 まずは悪い方から,1つ目は素体の数が先週で10を切った.やはり人体への適合はハードルが高いらしく想定の中でも低い方の経過をたどっている.とはいえこちらはまだ予想の範囲内だが問題はもう一つの方だ.理事会の連中,code:ベロニカでの素体生成を実用的でないと言いやがった!

 確かにコストはかかるが素体のDNAをある程度指定できるのは大きなメリットだろう!今の孤児院経営や誘拐と比べたらリスクも効率も勝っているのがなぜ分からない?ウイルス適合者が偶然見つかる確率を知らないのか?

 良いニュースは残った素体が安定状態に入ったことだ,是非とも成果を出して連中の鼻を明かしてやりたい.

 

~~~~~

 

1988.11.8

 素体は順調に成長している.

 t-ウイルスに研究はようやく知能向上の方向へ舵を切ったらしい.指示を受け付けるかどうか以前に指示を理解できないのは問題だとようやく気付いたようだ.

 

~~~~~

 

1994.5.5

 想定していた背格好まで素体が成長したが現時点ではt-Vウイルスの影響は確認できない.アレクシア嬢は少なくとも10年と言っていたからまだしばらくはこのままだろう.

 

~~~~~

 

1995.8.15

 なんてことだ!031と033を除いたすべての素体が突然死亡した.残った2体も体温が乱高下を繰り返している.ウイルスの影響がいよいよ出てきたらしい,頑張って耐えろ!

 

1995.8.20

 素体が2体とも安定状態に戻ったが手足や胴体の一部,腰の後ろ辺りにわずかに皮膚異常が見られる.経過観察が必要だ.

 それにしても心配でここ数日間まともに眠っていない.もし私に子供がいて病気にでもなったらこんな風になるのだろうか?などというらしくもない考えが浮かび1人で笑ってしまった.

 

1995.10.3

 尻尾が生え始め,体表面も変化してきている!どうやら無事に適合できたらしい,さすがは私の創った子供達だ!

 

~~~~~

 

1997.4.7

 ついに2()の体組織変異が完了したようだ.最終的に031は左半身,033は右半身の多くにおいて体表組織が変化しており,一部組織を採取して解析したところ未知の物質が検出された.詳細についてはデータベースに記録してあるからここでは省略するが,人体のものとは比較にならない程の強靭性を有してる.

 また尻尾が成長しきるのと同じ頃,その外殻と同じ材質と推定される角が頭部に2本ずつ生成された.031と033で生え方が異なっている.もしこれが性差によるものだとしたら実に素晴らしい.ウイルスが強制的に体を変化させたのではなく,融合したうえで新たな種として進化した可能性があるからだ!

 

1997.4.13

 変異が一段落したのでいよいよ2人の身体について検査を始めていくことにする.検査開始にあたって製品名を決めることになった.面倒をみはじめて既に14年,自分でも思ってみなかったほど情が湧き2人をもの扱いするのは正直気が進まない.

 とはいえ規則は規則なので仕方ない.考えた結果私の出身国の伝説にあやかりZmeuと命名した.優れた身体能力と高度な知性を持つ龍人族,まさにぴったりの名前だろう.

 ちなみに個体コードはそのままtV-Zmeu0031tV-Zmeu0033だ.

 

1997.8.8

 素晴らしい!検査をすればするほどポテンシャルの高さが露になる.いったいどれほど私を驚かせれば気が済むんだ?目を覚ますときが待ち遠しくて仕方ない.

 それはそうとデータを見た本部が2人をこちらに送れと言ってきた,成果が出そうになったからって汚い奴等だ.そしてどうやらNESTのバーキンが大喝して黙らせてくれていたらしい.あまり交流がなかったがどういう風に吹きまわしだ?彼が研究しているというGウイルスとかが関係しているのだろうか?

 

~~~~~

 

1998.3.12

 アシュフォード嬢から連絡があった,適合が無事に終わったようだ.彼女の生存は未だ秘匿事項のためこちらからは連絡できないのがもどかしい.半年ほどかけて今の体に慣れてから行動を始めると言っていた.子供たちを見せた時の反応が今から楽しみである.

 

~~~~~

 

1998.5.11

 研究所で事故が発生した.今や施設内は理性の欠片もないバケモノ共がうろついている.だから知性のない奴なんぞ開発するだけ無意味どころか害になると言ったんだ.まあ今となってはどうでもいい,噛まれた以上もはや私も奴等の同類だ.もっとも老いたとはいえ私も従軍経験者,手遅れになる前に始末はつける.

 

 唯一の気がかりが子供達だ.区画は封鎖した.回収できた物資は運び込んだ.培養装置の維持についても余剰エネルギーを回すようシステムに割り込みをかけたし,バッテリーもあるから仮に施設が吹き飛んでも1週間はもつ.とうとう目覚めることはなかったがあれだけのポテンシャルがあるなら覚醒しさえすれば大丈夫なはず――だめだな,やれるだけのことはやったのに心配でしょうがない.そして自分の性格の変わり具合にも笑えてくる.これでは完全に父親ではないか.

 さて,いい加減にしないと腕が動かなくなってきた.それではさよならだ子供達,君達が無事に目覚めることを祈っている.

 

 ああそうだ,()()()()()が間に合って良かったよ.

 

 

 

====================

 

 

 

「―――ま,要するに俺は俺ってことだな.アンブレラの研究者にしちゃまともな感性してるじゃねえか,クソ親父」

 

 そう声をかけたのは壁際でこと切れている高齢男性っぽい拳銃自殺死体.こいつが俺と胡桃を作ったドクターだろう.腕に噛み傷があるし,自分で始末をつけると書いていたから間違いない.

 

 さて,右も左も分からない状況で何とも意味ありげな死体と一緒に無駄に豪華な日記帳が落ちていたらどうする?

 はい結論.読むよな,とりあえず.

 

 そんな非常に合理的な思考の下,手に取った日記帳をパラパラとめくってみたわけだが思ったより収穫があった.

 ただ俺にとって一番重要なのはやはりさっきの一言に集約される.

 

 即ち,『自分は自分であり他の何者でもない』という事だ.

 

 バイオハザード世界に異形の姿で目覚めた時点で俺と胡桃がB.O.W.であることはほぼ確信していた.

 そして,多くの人型B.O.W.は生身の人間を素体にしているというのは,このシリーズを多少なり知っている人にとっては常識だ.

 

 だからこそ,今『自分は凪原勇人である』と主張するこの意識は信用できるのか,本当は誰か別人の体と意識を乗っ取って生成されたものなのではないか.そんな恐怖が背中につきまとってたんだ.

 そんなことは考えないし気にしないって人もいるかもしれないけど,俺にとってはかなり重要なことだから早めに分かって良かったわ.

 まあ培養タンパク質に意思が芽生えてる時点で今の俺がオリジナルじゃないのはほぼ確定だけどその辺は正直どうでもいい.オリジナルが使役してこようとするなら話は別だがそうじゃないならクローンだろうが何だろうが俺は俺だ.

 

 懸念が解決してスッキリしていると,足音と共に別行動していた胡桃が戻ってきた.

 

「ただいま」

「おーおかえり,そっちどうだった?」

「ん,なんかドア閉まってたしこの区画だけ閉鎖されてるっぽい.()()使えばブチ破れそうだけどゾンビとか色々いそうな気がしたからやめといた」

 

 答えながら胡桃が()()を振って見せる.胡桃といえばソレ,ソレといえば胡桃.この関係はこいつの特徴だし他に成り立つ奴がいるとも思えない.

 うん,俺はともかく胡桃については『何者か?』なんて問いは愚問だったな.

 

「どうしたんだよ,何も言わないでじっとこっち見て」

「いんや,世界中どこ探しても胡桃ほどシャベルが似合う人はいないなって話」

「喧嘩売ってんの?」




 かなりまとも(社内比)なドクターの研究の産物として凪原と胡桃(異形ver.)がこの世界に産み落とされました.
 ちなみに2人の製品名であるZmeuはズメウと読みます.出典はルーマニアの逸話.よく似た名称の竜伝説はこの地域の国一帯にあるが,これだけは由来が異なる可能性がある,らしい.

 次はいよいよ2人がラクーンシティに到達する予定です.


 それではまた次回!


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3,暗躍開始

バイオハザードコラボ3話目,




――8月--日 20:27 ラクーンシティ某所――

 

 

 ネオンサインや街灯の明かりが届かない裏通り.

 普段であればきらびやかな場所では生きられない者達が独自のコミュニティを築いているはずのその場所は,今日に限っては人っ子一人見られず静けさだけが広がっている.

 裏に生きる人間は総じて表でのほほんと生きる人間よりも危機察知能力が高い.その感覚が彼等を生かし,この場から遠ざけているのだろ――イテッ」

「誰に言ってんのか分からないモノローグはどうでもいいからちゃんと集中しろって」

 

 一方がもう一方にはたかれながらも2つの影が常とは雰囲気の異なる路地裏を駆ける.無論,はたかれたのが凪原ではたいたのは胡桃である.

 

 角と尻尾を生やし,禍々しい得物を携えた異形が闇に紛れて動いている様は幼い子が見たら泣くかもしれないが仕方がない.今の姿で明るい場所に出ようものなら秒で騒ぎになることは目に見えているため,窓から見ているかもしれない良い子には諦めてもらうことにしていた.

 どうせ数ヶ月以内には皆本物のバケモノを目にすることになるのだ.遅いか早いかだけの違いである.

 

 そんな百鬼夜行の先遣隊と言えなくもない2人の足が道端にお目当ての紙束を見つけたことで止まった.

 灰色の紙に写真や細かい文字が印刷されたそれは,一般的に新聞と呼ばれるものだ.拾い上げた胡桃が一瞥して出版がどこかを確認する.

 

「ラクーンタイムズ,これまでのとは別の奴だな」

「よし,じゃあだいたい集まったから引き上げようぜ」

「おっけー」

 

 軽く言葉を交わした直後に2人の体がブレる.

 もしこの時近くに人がいれば,2つの人影が3階ぐらいの高さまで飛び上がり,その後も非常階段の手すりを足場にしながら屋上へと消えていくのを見ることができただろう.

 凪原も胡桃も,既にB.O.W.としての身体能力を発揮し始めていた.

 

 

「「……….」」

 

 人間にはできないパルクールから数分後,凪原と胡桃はとあるアパートの屋上で拾ってきた新聞に目を通していた.ちょうど室外機の影になる位置に座っているので周囲から見つかる心配もなく,集中して記事の内容を頭に入れていく.

 さらに数分したところで読み終わった2人はほぼ同時に顔を上げた.

 

「とりあえず今日は8月4日ってことでいい?」

「ああ多分それで間違いない.にしても今が何日かを知るのにこんだけ苦労するとはな…」

「ほんとそれ.街灯モニターとか携帯とかもないし,何を調べるのでも苦労しそう」

「まあ未来は良かったってことで.そんでこれでやっと具体的な話ができるな」

 

 時刻は町の時計塔のおかげで分かるものの,日付を知るのにはなかなか骨が折れた.とはいえ知りたい情報は手に入ったのでようやく話を進めることができる.

 凪原がコンクリートの上に広げたのは背負い袋から取り出した数枚の紙の資料と筆記具だった.

 ちなみにこの背負い袋は研究所の残骸で見つけた白衣をてきとうに裂いて作ったもので見た目は完全に頭陀袋である.アタッシュケースなどもあるにはあったが,常に得物を持ち運ぶ都合上もう片方の手は空けておきたいので間に合わせに作った次第である.

 

 閑話休題(それはさておき)広げられた紙だが,よく見ると年表のようなフォーマットになっており日付や出来事が並んでいた.所々線が曲がっていたり文字の大きさも一定でないことから察するに手書きの資料らしい.

 

「今が4日ってことは俺等が目覚めたのは……7月の29か30あたりか?」

「そんなもんじゃない?ドクターはシステムの供給が無くなっても1週間は平気って書いてたけど,」

「丸ごと吹き飛ぶとは想定してなかったろうしな.3,4日保っただけでも上出来か」

 

 話しながら『7.29∼30 凪原・胡桃覚醒』と書き足す凪原.

 そしてその上の行には『7.26 洋館事件終結,研究所爆破』,下の行には『8.10日前後 クリス謹慎開始』と書かれており,その他にも『アンブレラ』やら『R.P.D』やら『S.T.A.R.S』やらと,どこかで聞いた覚えのある単語が紙面に踊っている.

 

「改めて見ると完璧オーパーツだよね,これ」

「予言書以外の何物でもないからな.それにしてもホラーダメな胡桃がここまでやり込んでるとは思わなかったぞ」

「だから物理的に対抗できるのなら平気なんだって!バイオはゾンビ相手だから問題なし!」

「はいはい.実際俺も割と好きだったから本家もリメイクもやってたし,2人分の記憶のおかげでかなり詳細なのができたのは良かったよ」

「なんかてきとうに流してない?」

「ないない」

 

 そう.この資料実はゾンビゲームの金字塔,バイオハザードシリーズのラクーン事件における出来事一覧表である.ゲーム通だった凪原とシューティングゲームとしてこのシリーズを嗜んでいた胡桃が互いの記憶をすり合わせながら作成したものであり,ゲーム内で描かれた,あるいはそこから推測可能な事柄が時系列順でラクーン事件終結まで記載されている.

 凪原の言葉通りまさに預言書といった内容だ.

 

 この世界の人間に見られたら凪原達の立場が狂人か黒幕の2択になりかねない危険物だが,2度と仕入れられない情報なので記録に残すに越したことはない.

 幸い,と言っていいのかは不明だが現状2人は見た人の9割が回れ右して逃げ出す見た目をしてるので資料を取られる心配は少ないだろう.

 

「…まあいいや.そんじゃどうするナギ?この日付なら多分ゴリスはまだ普通に出勤してると思うけど」

「あー…,そうだな.まだ第1形態だけどあのゴリラがいるといないじゃ大違いだ」

「ゴリラって,ナギお前ストレートすぎだろ」

「ゴリス呼びの胡桃もたいがいだっての」

 

 会話の内容が今後の動き方に移る.差しあたっての問題はクリス・レッドフィールドについてだ.

 ゴリラあるいはゴリスと呼ばれる彼はバイオシリーズ代表格の登場人物であり,その戦闘力は凄まじいの一言.武器も使わずに単身でB.O.W.とタメを張れる人間はそうはいない.

 

「このままじゃ今月末にはヨーロッパに行っちまうからなんとか引き止めないとな」

「かと言って普通に声を掛けるわけにもいかないしね」

 

 正史(ゲーム)において彼は洋館事件終結後証言にまともに取り合おうとしない警察上層部に嫌気がさし,アンブレラの調査のため単身でヨーロッパに赴いていた.出発は8月の下旬であり9月末のラクーン事件にも参加していなかった.

 もし,彼が当時ラクーンシティにいれば状況はかなり変わったかもしれない.

 エリート部隊S.T.A.R.S.の隊員であり,純粋な戦闘力もそうだが高い統率力も見逃せない.R.P.D.の警官たちにも慕われていたようなのでパンデミック下における警察組織の混乱を抑えられる可能性が高いのだ.

 だからこそ凪原と胡桃は彼を出国させないことをさしあたりの目的にしていた.

 

 とはいえ,実際にはクリスは事件当初ラクーンシティにいなかった.

 彼をこの地に留めることは,歴史を捻じ曲げることになるかもしれない.

 しかしそれでも,2人はやるつもりである.

 

 研究所で目覚めたその日のうちに,凪原達はこの世界で生きるための3つ指針を決めていた.

 

 

一つ,自分達が生きるための立場と環境を確立する

一つ,これから起きるバイオハザードによる犠牲を可能な限り減らす

一つ,上2つを達成するためなら正史を崩すことになってもできることはやる

 

 

 それを思い返していた凪原の,B.O.W.化により強化された耳にある音が届く.胡桃にも聞こえたようで顔を上げ凪原と同じ方に顔を向けている.

 聞き慣れた,恨んでいるのか嘆いているのか,真意は分からずとも飢えだけは強烈に伝わってくるうめき声だ.

 

「―――やっぱりもういるか.なら方法は一つだな」

「まあ,そうだな」

 

 荷物をしまい得物を肩に担いで走り出す.

 探し物をするわけでないのなら屋上を駆けたほうが早い.建物の間を飛び越え数十秒走ってたどり着いた建物,そこから見下ろした視線の先では1体のゾンビがフラフラと歩いていた.

 他に人影がないのを確認したところで凪原は背負い袋を胡桃に渡す.

 

「んじゃちょっと行ってくるから荷物よろしく」

「了解.いちおう言っておくけど気を付けて」

 

 掛けられた言葉に手を振って返事とし,凪原は気負うことなく自然に飛び降りる.

 空中で姿勢を調整する彼が手にしているのは今の彼等を生み出したドクターがプレゼントと称して遺した得物,特別性のハルバードだ.

 

 全長はそれほどではないが肉厚で斧の部分がかなり大きく,バランスをとるためか反対側の鉤部も大型化しているため総重量は人間に扱えるものではない.

 凪原達の変異した皮膚と似たような表面材質に,柄のわずかな歪曲や各所に生えた棘も相まってその外観は悪魔の武器を思わせるが,その見た目に反して妙に凪原の手に馴染む.

 

 そんな起源は古くとも新しい武器を大きく振りかぶり―――

 

「――ハァッ」

 

―――凪原はゾンビの胴体を両断した.

 

 

 

====================

 

 

 

――8月6日 23:52 住宅街――

 

 

『司令部より131へ 不審者の通報あり,至急プリベット通り5番地へ急行せよ』

「131了解,不審者について詳細求む」

『恐らくは男性,身長は170程度.うめき声をあげていて両腕が千切れ腸が飛び出していたとの報告あり,しかし通報者の若い男性は混乱しており信憑性は低い』

「把握した,10分で行く」

 

 無線を戻しながらアクセルを踏み込んで,指定された住所へ向かう.

 にしても不審者ね.大方酔っ払いかホームレスを,少し調子に乗って夜の冒険に出たスチューデントが見間違えたってとこだろうな.

 

「聞いた通り腕が千切れた不審者だとさ.ハローウィンにしちゃ早すぎる――ってどうしたんだよリタ?」

 

 無線が流れてから急に静かになった助手席を見れば,部下兼相方のリタ・フィリップスが固まっていた.普段元気だからなかなか珍しいな.お,再起動した.

 

「どうしたもなにも,無線聞いてなかったのマービン!?腕がなくて腸が飛び出てるんですよ!?」

「いやどう考えても見間違えだろ,本当に通報の通りなら死んでるっての」

 

 そういやこいつホラー,それもスプラッタ系ダメだったな.

 何年か前に夜勤の時皆でホラー映画みせたらショットガン持ち出してきたから部署総出で止めたんだっけか.

 

「で,でも最近リビングデッドの噂がすごいじゃないですかっ.きっと今回もそれですよ」

「あーそういやなんかウェスが言ってたな.胴が両断されてるのに動いてたとかぬかしてたから笑い飛ばしてやった」

「りょ,両断っ!?」

「しかもいきなり燃え上がってそのまま悶えながら燃え尽きて何も残ってないんだと.つくならもっとマシな嘘つけって話だぜ」

「……….」

 

 この数日署内で噂になっているリビングデッド,生きる屍ってやつか.

 なんでも通報を受けて向かったら遭遇したなんて話だが,昔から時々話題になる与太話だろう.

 あ,リタがカタカタ震え始めた.

 

「…もうこのまま署に戻りましょうよ.1件くらい通報無視しても治安なんて変わりませんよどうせ」

「お前それ警官が言っていいセリフじゃねえぞ…」

 

 結局,拳銃片手に涙目でパトカージャックを画策し始めたリタを必死に説得するハメになった.

 

 なんか始まる前から疲れたがここからが本番だ.

 酔っ払いだろうが本当のリビングデッドだろうが,このマービン・ブラナー様が相手してやるさ.

 

 

――8月7日 00:07 ラクーンシティ ダウンタウン――

 

 

「通報があったのはこの公衆電話で不審者はさらに奥か.よし行――なんでんなもん(AR-15)持ち出してんだ」

 

 パトロールライフルなんぞ持ってくるなよ.戦争にでも行く気か?

 

「身を守るためです.これがダメなら行きませんよ,私は」

「あーはいはい分かった分かった.それ持ってていいけど後ろから撃たないでくれよ」

 

 面倒だしもういいか.

 でも前よりも後ろ気にしなきゃならないとかどういう状況だよ.無駄に緊張感があるぞ.

 これでただの酔っぱらいだったら心労分として朝のコーヒーでも奢らせるとしよう.

 

 

 数分前の俺は確かにそう思ってたさ.

 

「……おい冗談にしちゃ笑えないぞ」

 

 物音がする方に向けてみた懐中電灯の先に,通報内容通りのバケモノが照らし出されやがった.

 左腕は根元から無くなってるし,右腕はあるにはあるが肘から先が腱1,2本でぶら下がってるのは千切れてるの範疇だな.

 腹からは腸だか内臓だか分からないもんが「コンニチワッ!」してるし,そのせいで服は元の色も柄も分からない程血まみれだし―――ちくしょうこっち来やがった.

 

「止まれっ,そこで止まらないと撃つぞ!――クソッ」

 

 うめき声と共に近づいてきた奴に警告するが,早々に無意味と判断しそのまま胸の中央をポイントしてダブルタップ.耳慣れた銃声が連続して鼓膜を叩きそれに合わせてあいつの体が揺れ,それだけだった.

 あいつは何も変わらずこちらへ歩みを進めている.

 

「ジャンキーか!」

 

 無意識の言葉が口から漏れるがあれがただの薬中ではないことは感覚で分かる.分かるがそれ以上頭が働かねえ.なんなんだよこいつは!

 

「マービンどいて!」

「!ああッ」

 

 内容を理解した瞬間転がるように横へ移動していた.

 

「こないでぇっ!」

 

 声とともに響いた銃声に続けて奴が胸から肉を撒き散らしながら後ろに倒れ込んだ.俺の拳銃(ブローニング)が放つ乾いた音とは異なり,今の鋭くきりのような銃声はライフルの特徴だ.

 振り返れば,リタが震えながらも綺麗なフォームで構えたAR-15の銃口から煙が上がっていた.

 

「すまないリタ.助かった」

「ほ,ほら,やっぱり必要だったでしょこれ.貸し1つで―――」

 

 気丈に笑っていたリタの表情が凍り付く.おい冗談だろ?もう勘弁してくれよ.

 

「嘘だろ………」

 

 視線を戻した先ではあいつがゆっくりと立ち上がっていた.

 

 5.56ミリを胸に喰らってなんでくたばらない?

 いや,もう自分をごまかすのは無理だ,あいつはもう死んでいる.それなのに動いているんだ.

 思考が麻痺しちまったのか体が動かない.かろうじてリタの前には出ているがこのままじゃ庇いきれない

 

アアァァアァァァ……」

「ッ!」

 

 決着は刹那だった.

 我に返った時,奴は倒れ込んで今度こそ動かなくなっていた.

 

 奴と目が合いその瞳を覗き込んだその瞬間,俺は顔面に向けて弾丸を叩き込んだ.

 なんだあの目は,理性はおろか何の感情も浮かんでいない濁り切った瞳.あれは人どころか生き物が浮かべていいものじゃなかったぞ.

 

―――ボッ

 

「うぉ!?」

 

 今更ながらびっしりと鳥肌が立っていることに気付いて腕をなでているといきなりあいつの体が発火しやがった.これもウェスが言ってた通りだったな.

 本来なら消火栓を探して火を消すべきところだが,今の俺にそんな気力は残っていない.幸い近くに火が移りそうなものもないし,このまま放置することにする.

 

「さて,もう大丈夫だから戻るぞ.今日のパトロールはもうおしまいだ」

 

 何とか平静を装いつつへたり込んでいるリタを助け起こし,そのまま肩を貸してパトカーへと向かう.

 無線で応援と消防を読んで,後のことはそいつらに任せちまおう.

 

 いったい今のは何だったんだ?

 あんなのが何体もいるなんて,この街で一体何が起きているんだ?




う~ん,書き方の練習を兼ねてるけどやっぱり1人称は難しい&マービンさんの口調が分からない……
さて,ぼちぼちネームドキャラが登場し始めました.次は主要キャラがでてくる,かも.


 それではまた次回!


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4,RS(リアセキュリティ)少女の憂鬱

バイオハザードコラボ第4話,

……おかしいな,考えてたのの半分までしか書けてないぞ?


※※※
本作の累計UAが100,000を突破しました!!
これも読者の皆様のおかげです,本当にありがとうございます


――8月12日 10:07 R.P.D. S.T.A.R.S.オフィス――

 

 

 警察署2階のS.T.A.R.S.オフィス.

 ほんの前であればαかβチームのメンバー全員が常に待機し,他のメンバーも顔を出すせいで賑やかだったこの部屋も今は閑散としている.

 洋館事件,仲間内でいつの間にかそう呼ばれるようになった悪夢の中で隊員12名のうち6名が殉職.部隊全体を取りまとめていたαチームリーダー,ウェスカーが実は裏切り者であることも発覚し,その彼も事件の中で死亡した.

 

 そして生き残った隊員達が提出した,全ての原因はアンブレラにあるという報告書も警察署長のアイアンズの手によって握り潰された.他の同僚にあの洋館での出来事を話しても,死体が起き上がり襲い掛かってきた,などという一見荒唐無稽な話を信じる者はほとんどいない.

 人員も半分以下になったため一部ではS.T.A.R.S.の活動停止,あるいは解体も囁かれ始めていた.

 

 しかし,その程度でへこたれるS.T.A.R.S.隊員ではない.

 

 アンブレラの悪行は紛れもない事実である.

 なればこそ,その悪行のすべてを白日の下に晒し,しかるべき裁きを受けさせることこそが自分達の使命であり,散っていった仲間達の供養となる.

 必ずやり遂げてみせる,それが隊員達の偽らざる本音だ.

 

 とはいえ,相手はいくら腐敗していようとも世界的大企業.それを構成する膨大な物量に対しこちらの人数はわずか5人.

 なにをどう考えても人手不足であり,仲間を増やすことが必須であった.

 

 しかしここでアンブレラの表の顔が立ちはだかってくる.

 世界最大手の製薬企業であり,それ以外にも様々な分野で事業を展開しているアンブレラは世界の中で確固たる地位を確立している.献身,誠実,品位を行動規範とし――裏の顔を知る身としては噓八百もいいところだが――,積極的に慈善活動にも貢献していてその社会的信用度も高い.

 

 特にこのラクーンシティはその成り立ちからしてアンブレラが絡んでおり,現在でも定期的に政治献金が行われているため街の上層部にかなりの影響力を有している.目に見えるところでそれなのだから,裏でどのような金の動きがあるかも容易に想像できる.

 

 さらに一般市民の認識も好意的なものが多い.

 アンブレラは「市井への還元」を謳って公共事業やイベントなどにも積極的に資金援助を行っている.実際S.T.A.R.S.メンバーも洋館事件の前までは快くその恩恵にあずかっていた.

 無論R.P.D.(ラクーン市警)の同僚達も同様である.

 

 つまりここはアンブレラにとっていわばホームグラウンドであり,それに反旗を翻す形となるS.T.A.R.S.にとっては非常に不利な環境である.仮にアンブレラの悪行を包み隠さず伝えたところで,「何をバカなことを」と相手にされないのがオチだろう.

 

 そんなわけで,アンブレラ打倒の同志を募ろうにも仲間に加わるどころかまず話を聞いてもらう事すら難しい,というのが現状だった.

 

――――だったのだ.

 

 

「それじゃあ,状況を確認するぞ」

 

 裏切者(ウェスカー)の仕事場だった隊長用区画を片付けて確保した会議スペースで,クリスがこれまでに集めた情報資料を広げながら口を開く.

 彼は持ち前の正義感の強さと精神的タフネスから,生存者達のまとめ役的立ち位置に収まっていた.S.T.A.R.S.隊長としてのウェスカーを慕っていた分,その本性への失望とアンブレラに対する怒りは誰よりも強い.

 険しい道のりになると決まっている打倒アンブレラという目標のため,どんな逆境も乗り越えて見せると堅く覚悟を決めていた.

 

 そんなクリスなのだが,その顔には困惑の色が浮かんでいる.

 彼だけではない.この場にいるS.T.A.R.S.の隊員誰もが不可解な表情をしていた.

 その原因は今目の前にある幾枚かの書類とこの数日の彼等の経験だった.

 

「俺達があの悪夢(洋館事件)から生き残ったのが2週間と少し前.そのすぐ後に提出した報告書がアイアンズ(クソ署長)に握り潰されたことで俺達はアンブレラ打倒のために独自に動くことを決めた」

 

 一息つきペットボトルのミネラルウォーターを口に含む,もちろんアンブレラが関係していない会社のものだ.アンブレラ印のものや水道水はとてもではないが飲む気にならない.

 

「ただこちらは少数.人手を増やそうとしてもアイアンズ(あのクソ)うち(S.T.A.R.S.)の解体を検討し始めたせいで同僚の協力を得るのがかなり難しくなった」

「だが,その風潮がこの1週間で変わり始めた」

 

 クリスの言葉を継いだのはバリー.部隊の装備担当でありクリスをS.T.A.R.S.にスカウトした人物である.元SWAT隊員であり,もうすぐ40に手が届こうというベテラン警官だ.

 その鍛え上げられた太い腕が,デスクに数枚の報告書を追加する.

 

「さっき地域課の連中とコールセンターの知り合いからもらってきた.昨夜の不審者の通報のうち不審死者だったものが3件に,不審火の通報から焼死体が発見されたのが4件だ」

 

 不審死者,とはこの数日にR.P.D.内で囁かれ始めた存在である.実際に遭遇した警官達いわく―――

 

・どう見ても致死性の外傷や腐敗を負っているのに動いている

・言葉が通じず常に唸り声をあげている

・こちらに気付くと噛みつこうと襲ってくる

・銃で撃っても怯まず,頭部を破壊しない限り止まらない

・動かなくなるとすぐに体から発火し,原形が崩れてしまう

 

 最後の1つを除けば彼等が洋館で対峙したゾンビの特徴そのものだ.

 

 不審者目撃の通報を受けたパトロール中の警官が,急行した先でこの不審死者に遭遇する.という事案がこの1週間で毎晩発生し,実際に相対した警官達から噂が広まった.当初は見間違いか作り話と考えられていたが,毎日,しかも地区も人も異なったケースが重なれば信憑性も高まる.

 報告を受けたアイアンズ署長が「事件性はない」の一点張りなため大事にこそなっていないが,署内の事情通の中ではS.T.A.R.S.が提出した報告書と関連付ける者も出始めている.

 

「俺も今朝マービンから聞かれた.奴等についてS.T.A.R.S.は何か知ってるんじゃないか,ってな」

 

 追加でブラッドが口を挟む.化学防護要員であることを示す黄色のベストがトレードマークの彼は,ややプレッシャーに弱いところはあるが警察官としての芯は一本きちんと通っている.

 というかそうでなければS.T.A.R.S.へ入隊できない.

 

「とりあえず,あいつ等はもう死んでいて止めるには頭を撃つしかないってことだけは言っておいたけど,それでよかったか?」

「ああ問題ない.マービンなら地域課全体に顔が利くから同僚がやられるという心配はなくなるはずだ」

「今のところ被害は出てないからな,このまま行くことを祈るよ.そういや,マービンの相棒の婦警がゾンビの胸にパトロールライフルを喰らわせたけど,やっぱり倒れてすぐ起き上がったらしい」

「5.56ミリでも駄目か,分かっちゃいたがバカげた耐久力だな」

 

 特殊部隊とはいえS.T.A.R.S.も警察内の組織,当然ながら部隊の外にも友人はおりそこから情報がもらえることも多い.

 ブラッドの友人であるマービン・ブラナーとその相棒の話は改めてゾンビの頑丈さを隊員たちに思い知らせた.

 

「にしても初見でライフルをぶっ放すとはなかなか肝が据わった娘さんだな」

「いや~リタさん怖いの駄目だからテンパってやっちゃったんじゃないかなぁ,多分」

 

 感心したように呟くバリーの言葉を苦笑いしながら否定したのはレベッカ.βチームのRS(リアセキュリティ)を務めていた彼女は,18歳にして大学の学士過程を優秀な成績で卒業した才女だ.年相応の子供っぽさはあるが化学や薬品に関する知識は本物である.

 そんな彼女だが,今日はどこか疲れたような雰囲気を纏っていた.

 

「もしかしてなんかあったかレベッカ?なんかいつもと様子が違う気がするが」

「い,いやっ全然何もないよ!?ちょっとあの日から色々ありすぎて疲れてるだけ,あんまり寝れてないしね!」

 

 大きく手と首を振って否定するレベッカ.焦って何かを誤魔化そうとしているように見えるが,彼女がワタワタするのは割といつものことなのでそう不自然ではない.

 しかも彼女はこの春卒業と同時にS.T.A.R.S.に配属されたばかりで,まだ二十歳にも満たない少女である.洋館事件とその直前に経験したという黄道特急事件,そしてその後の日々を考えれば疲労が溜まっていて当然だろう.

 そう判断し,クリス達はそれ以上追及はしなかった.

 

「それよりっ,ジルさんは大丈夫なの?一昨日電話した時はだいぶ参ってるみたいだったけど」

「あー…,まだキツイっぽいな,単独行動中に色々見てしまったようだし.ただ回復はしてきているからもう少しで復帰できると思う」

 

 レベッカが出した話題は唯一この場にいないS.T.A.R.S.の生き残りであるジルについてである.

 彼女は洋館事件で受けた精神的ショックから未だ立ち直れずにいた.

 

「無理したところでどうにかなるものでもないからな.焦らなくていいと言っておいてくれ」

「昨日アメリカンピザを配達してもらったから,しっかり食べて休んでほしいな」

「ああ,しっかり伝えておくさ」

 

 バリーとブラッドからの言葉に小さく笑みを浮かべて頷くクリス.ジルとクリスの仲の親密さはS.T.A.R.S.内の鉄板話題の1つだ.いつくっつくかについての賭けも行われていたくらいである.

 実際傍から見て秒読みに入っていたので,洋館事件がなければ今頃交際を始めていたかもしれない.

 

 

「まあジルについては一旦置いておくとして,ゾンビの発火現象についてだ」

 

 和んでいた場が一瞬で引き締まった.

 

 改めて言うまでもないが,ゾンビとはt-ウイルスに感染した人間の成れの果てだ.

 頭を破壊しない限り止まらないことと脳のストッパーが壊れているせいで馬鹿力なことを除けば,その能力は人間に準拠している.

 そして当然ながら,人類は発火能力を発揮できるほど進化していない.

 もちろんクリス達が洋館で対峙した中に発火した個体はいなかった.

 

 それなのにこの1週間,R.P.D.の警官達が遭遇したゾンビは例外なく死亡後――既に死んでいるのだがそこは置いておく――に発火している.その火力は非常に強く,後に残った焼死体は司法解剖が意味をなさない程だ.

 よって,厳密に言えば同僚の警官達が遭遇したのが本当にゾンビなのかは分からない.しかし他に考えようがないためゾンビでほぼ間違いないだろう.

 

 そして死亡したゾンビが発火するものとすると,この1週間で多発している焼死体の発見が高い関連性を持った事象として浮上してくる.

 どうやら周囲に可燃物がない状態にも関わらず面影をとどめない程に燃え尽きているそうだ.そして時に頭部と思われる箇所が完全に焼失していることから,対応にあたった消防隊の仲でも事件性を疑う声が上がっているらしい.

 

 

 制圧されることで発火するゾンビと発見された時点で完全に燃え尽きた焼死体,その2つが意味するところは一つしかなかった.

 

 

 

「「「……….」」」

「………………….」

 

 自分達以外にもゾンビの特性について知り,この街の闇で暗躍している者が居る.その事実がS.T.A.R.S.メンバーの背をじっとりと濡らす.

 その中でレベッカだけ汗の意味合いが異なっていたのだが,他のメンバーがそれに気付くことはなかった.

 

 

 

====================

 

 

 

――8月12日 16:32 ダウンタウン――

 

 

「………ふぅ~」

 

 警察署を出て自宅へと戻る道すがら,レベッカは安堵半分憂鬱半分のため息をついた.

 安堵の理由は今後の活動についてある程度の方針が固まったためと,彼女のささやかな(バカでかい)秘め事が周囲に露見しなかったためだ.

 そして憂鬱の理由はその秘め事の内容である.

 

 もちろんウェスカーのようにS.T.A.R.S.を裏切っていたりするわけではない.

 むしろこの街を救うための切り札足り得るものなのだが,いかんせん精神的な疲労がかさむのが問題だった.

 

「ほんと,どうしたもんかなぁ」

 

 1人呟いたところでふと自分がかなりお腹を空かせていることに気付く.思い返せばミーティングに熱中していたせいで昼食を食べ損ねていた.

 己の自炊レベルはレベッカ自身がよく分かっている.大人しく何か買って帰ることにしてあたりを見廻せば,黄色のMがトレードマークのハンバーガーチェーンの看板が目に入った.

 

 そういえば最近食べてないなという思考と,自覚した途端思い出したように空腹を主張し始めた胃袋に背中を押されるようにしてレベッカは店舗入り口へと足を向けた.

 

「いらっしゃいませ――あら,レベッカちゃんじゃない.久しぶりだけど元気してた?」

「お久しぶりです.この頃はちょっといろいろ忙しくて…」

 

 カウンターに近づいたところで担当していた恰幅の良い女性が笑いかけてくる.この店舗はハイスクール時代から利用しているので彼女との付き合いはかれこれ4年近い.

 面倒見のいい性格であり,レベッカも何度か相談に乗ってもらったことがあるのだが今回は問題が問題である.当たり障りのない返答しかできなかった.

 

「まあ飛び級で大学を卒業したと思ったらR.P.D.のエリート部隊にスカウト入隊だもんね,そりゃ忙しくて当然か.まあなんかあったら気軽に言いなさいな.さ,ご注文は?」

「あはは……ありがとうございます.えっと――」

 

 注文しようとしたところでルームメイト(仮)の好みを知らないことに思い至ったが,面倒臭いので自分と同じセットにすることにした.

 

「――チーズバーガーのセットを3つ.サイドはポテトのLでドリンクはコーラ…あ,2つはダブルパティにしてください.それとナゲットを20ピース,ソースはチリソースでお願いします」

「………レベッカちゃん.若いから色々やってみたいっていうのは分かるけど,いきなり彼氏が2人っていうのはおばさん感心しないよ?」

「違いますッ!!!」

 

 冗談よ~という笑い声に見送られ,自分1人だけの時と比べて2回りほど大きい紙袋を抱えて数分歩けば現在レベッカが暮らしているアパートに到着する.

 彼女の部屋は正面ではなく非常階段からの方が近い.一段進むごとに耐久性が不安になるきしみ音を上げる階段を上り,扉の前で振り返って周囲に人がいないことを確認してから鍵を開ける.

 送り狼型強盗の抑止,というより万一そのような不届き者がいた際にそいつがルームメイトの手でボコボコにされるのを防ぐためである.

 絶対とは言えないが()()2()()ならやりかねない.

 

「――ただいま」

「「おかえり~」」

 

 帰宅を告げたレベッカは,室内から返ってきた何とも気の抜けた2つの声によって出迎えられた.




レベッカを出迎えたルームメイト(仮)の2人って誰なんでしょうね?(すっとぼけ)


 それではまた次回!


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5,続・RS少女の憂鬱(好き勝手する2人)

バイオハザードコラボ第5話,

時間をかけたのにまだ前回書こうとしていたところが書き終わらない………


──8月12日 17:05 レベッカ宅──

 

 

『まさかまたこの味が食べれるとはな』

『ほんとほんと.あたしも部活帰りとかに行ってたし,なんか時々無性に食べたくなるんだよね』

 

 包み紙を手に持ち,大口を開けてかぶりつく凪原と胡桃.行儀がいいとは言えないが,ハンバーガーを食べる時には多少行儀悪くするのがむしろマナーである.

 

『すごく美味いってわけじゃないんだけど,なんなんだろうなこれ』

『安っぽいのをごまかさずに開き直って突き抜けてるからじゃない?もちろんいい意味でだけど』

『それだ,いい意味で大衆的だから癖になるんだ.このポテトも冷静になりゃ塩の味しかしないのにフライドポテトっつったら真っ先にこれが思い浮かぶし』

 

 凪原がポテトに手を取ろうとしたところで胡桃も手を伸ばし,2人の視線が交錯する.

 

『『……….』』

 

 互いに無言でうなずき,数秒掛けてそれぞれの手が心に決めた1本のポテトを掴んだ.そしてこれまた頷き合ったあと一気に引き抜き,相手の眼前に掲げてその長さを競い合う.

 ごくごく一般的な長さだった凪原のポテトに対し,胡桃が選んだのは1パックに1本入っているかどうかという超々ロングサイズだった.

 

『よっし』

『クッソ負けた.………後は似た系統のもんといえばケンタだな.あのパリってなった皮は1度食べたくなると他のものじゃ解消できない』

『ああ確かにあたしもあれ好きだったなぁ.っておいナギ!負けて悔しいからって自爆攻撃するのやめろよ,こっちまで食べたくなっちゃったじゃんッ』

『ハッハッハ,実際悔しかったんでつい,な.まあまだパンデミック前なんだから街に行きゃいくらでも買えるだろ───』

 

 そこで言葉を切り,凪原は家主へと顔を向けた.

 

「───つーことでチェン,できれば明日はケンタで頼む.サイドはポテトも捨てがたいんだけど今回はクリスピーで」

「あっ,じゃああたしはビスケットで!」

「つーことで,じゃないよこの幻想生物コンビ.というかチェンって呼ぶな」

 

 何食わぬ顔で明日の夕食を指定してくる居候のドラゴニュートその1(凪原)その2(胡桃)

 そんな2人(2体?)の気の抜けた様子と,そして何よりそんな状況に早くも慣れ始めている自分に,レベッカはジト目でツッコミを入れた後に大きくため息をついた.

 

 

 

====================

 

 

 

「あーもー…,いきなりよく分かんない言葉で話し始めたと思ったらポテトの長さ比べなんて,これじゃ警戒した私が馬鹿みたいじゃない」

 

 ひとりごちながらレベッカはシャンプーで頭を泡立てる.

 あの後,「とりあえずシャワー浴びてきたら?疲れてるみたいだし」と勧められた彼女はその言葉に従うことにして現在バスルームに籠っていた.

 疲れの原因そのものに言われるのはどうにも納得いかない.が,熱い湯を身に浴びてみると心身がともに弛緩していくのを感じることができる.

 

 頭を流し終わって次は体だ.ボディソープを少量手に取って身についた汚れを落としていく.

 体を洗うというのは流れ作業だ.ぼーっとしていても無意識で出来るし,完全にルーティン化していれば全く別のことを考えていても問題ない.

 となればレベッカの頭に浮かぶのはただ一つ,我が家に転がり込んできてそのまま居座っている人外(?)連中のことである.

 

 現在リビングでナゲットをつまんでいるであろう彼及び彼女,レベッカが2人と初エンカウント──ずいぶんな言い方だが間違いではないと思う──数日前のことだ.

 

 この日,レベッカの生涯における「やらかした出来事ベスト3」が()()()更新された.

 

 当時はR.P.D.内でゾンビの存在が噂になり始めていた時期である.死体は動かないという至極真っ当な価値観の下,このタイミングでは完全にオカルト扱いであったうえ,報告件数もまだ少なかった.

 よってレベッカ達S.T.A.R.S.も特に行動を起こすことはせず情報収集に徹しており,その日はデスクワークと地域課の仕事を手伝っていた.

 

 事が起きたのは無事に業務の引継ぎを終え,S.T.A.R.S.オフィスに軽く顔を出した後に一人帰宅の途に付いていた時である.

 

 

ランキングNo.3

聞こえてきた女性の悲鳴のもとを1人で確認しに行った

 

 

 ホラー映画であればこれだけで「あ,こいつ死んだな」と確信できるムーブだ.レベッカが今自分で思い出してみても「この方法はない」と断言できる.

 いくら正義感が強く,その時周囲に人影がなかったとしても,1人で突撃するのは完全にアウトだ.

 最低でも公衆電話を探して応援を要請してからの突入,街にゾンビが出没していた事を考えれば署まで戻ってS.T.A.R.S.メンバーを連れてくるべきだった.

 

 しかしそんな安全策はレベッカの頭の片隅にすら浮かばなかった.最低限の警戒として部隊の制式拳銃であるM92Fカスタム,通称サムライエッジをホルスターから引き抜くと誰にも見られることなく通り奥の闇へと踏み込んでいった.

………それが悲鳴の主の思惑通りであるとも知らずに.

 

 日ごろの訓練の成果か,18歳の少女とは思えない見事なカッティングパイで角の奥を覗き込んだレベッカ.

 その行為には何の落ち度もない.相手がただの暴漢か通常のゾンビであれば問題なく,余裕すら持って対処できたはずだ.

 なので,この時はもう運が悪かったと言うしかない.

 

 異形の怪物(凪原)が自身の身の丈以上ある斧槍でもってゾンビの首を切り落とし,そのまま流れるように地面に転がった頭部を叩き潰す.そんな光景を予測することなど不可能である.

 助けを求めたと思われる女性はおらず──後で聞いたところ悲鳴の主は胡桃で,跳躍力を生かして建物の屋上に撤収していたらしい──,目の前で唐突なスプラッタが発生したのだ.

 惚けて銃を下ろしてしまわなかっただけレベッカは警察官として充分に合格ラインだろう.

 

 固まるレベッカに構うことなく,怪物は概形こそ似ているものの禍々しさという点で人のそれとは全く異なる腕を掲げる.

 握り込んでいた拳を開き滴った血がゾンビの亡骸に触れた瞬間,躯から火の手が上がった.

 あっという間に燃え上がった火を背景に怪物はゆっくりと振り返り,その瞳にレベッカの姿を映した.

 

………本当に探したよ,レベッカ(I really looked for you, Ms.Rebecca)

!」

 

 反射的に発砲したレベッカの判断は間違っていない.B.O.W.の存在を知っている者であれば,それが知性を持った時の恐ろしさは容易に想像できる.

 身をすくませることなく行動に移せた彼女は称賛されてしかるべきだった.

 だからこそ,ただただ運が悪かったという他ない.

 

 正確に頭部を目掛けて放たれた弾丸は,怪物(凪原)が眼前に構えたハルバードによって空しく弾かれた.

 

危ないじゃないか(It's dangerous, isn't it?)

 

 数秒の間を開け,わずかな笑みと共に怪物(凪原)から掛けられた言葉がレベッカの脳に届くと同時に,彼女の思考はホワイトアウトした.

 激情のまま連続して引き金を絞って込められた殺意を解放した彼女だったが,怪物(凪原)操る重厚な金属塊はそのすべてを凌ぎ切った.

 

 ホールドオープンしたサムライエッジを,それでも下げることはせずに構え続けるレベッカの前へと歩み寄った怪物(凪原)が笑みを深め口を開く.

 

もう終わりかな?(Is that all you've got?)

 

 そこがレベッカの限界点だった.

 

 

ランキングNo.2

あまりの恐怖に自身に搭載された水門が緩んだ

 

 

───キュッ

 

 回想を打ち切ってシャワーの栓を閉めるレベッカ.これ以上思い出しても精神ダメージが累積するだけなので賢明な判断だろう.

 最悪の場合シャワー音だけでダメージを受けることになりかねない.

 

 そんな,後遺症を心配するレベルの事象がなぜこれがランキング1位ではないのか.結論から言えばより質の悪いことがあったためだ.

 確かに水門決壊は瞬間的な火力は最高だが,世の中には継続ダメージというものがある.系統は2パターン,「どく」のように一定の被害が続くタイプと,「どくどく」のように時間経過で被害が拡大していくタイプだ.

 ランキング1位は当然,後者である.

 

 体を拭いて下着とショートパンツ,サイズの大きいTシャツを身につけてバスルームを出る.

 ラフな格好の自覚はあるがルームメイト同士がくっついているため──ごちそうさまと言いたい程度にはべったりである──貞操の心配はない.

 なにより,頭痛の種に必要以上に気を配るのは馬鹿らしいからである.

 

「出たから次はいるなら──何してんの?」

「あいよ~.何って銃のメンテだよ,こういうのは手入れが大事だからな」

「ごめんレベッカ.あたしも一回は止めたんだけど,やっぱり手に持つものは見ておきたいからさ…」

「いや,やってることを聞いてるんじゃないの」

 

 リビングに戻ればルームメイトの怪物2人(凪原と胡桃)が,なぜか厳重に施錠したロッカーに仕舞っていたはずの銃器をメンテナンスしていた.凪原はレベッカが持つ銃のうち唯一の長物であるMini-14を,胡桃はつい最近購入した.44マグナム(S&WM29)をそれぞれ手慣れた様子で扱っている.

 どちらも片腕が異形なのに器用に作業するものだなぁ,と思わないでもないが重要な点はそこではない.

 

「鍵置きっぱなしは危ないぞチェン,ヤバイやつとかが来たらどうすんだ」

 

 おかしい,とレベッカは思う.どう考えても悪いのは彼女ではなく向こうではないだろうか.

 全く悪びれない凪原は論外として,悪そうにしつつも手を止めない胡桃はもう引き返せないラインまで彼に毒されてしまっているのだろう.

 

「あなた達以上にヤバいのがそうそういたら堪らないわよ….というか鍵はともかくナンバー錠もつけてたはずなんだけど?」

「4桁くらい1日家にいりゃ昼寝を2回挟んでも余裕で解錠できるっての」

「あーはいはい,常識を説いた私が悪かったわよ」

 

 無理を通すために道理を殴り飛ばしたかのような会話だが,これが現在のレベッカ宅の通常運行だ.

 そしてこのような状況になった理由こそ,バルブ放出事件を抑えての「やらかしランキング」堂々の1位である

 

 

ランキングNo.1

怪物2人に対し「とりあえず,うち来る?」と聞いてしまった

 

 

 この言葉を発した瞬間から,レベッカの胃痛と戦う日々が幕を挙げたのだった.




筆者の胃がレベッカの胃と肩を組んでヤケ酒を呑み始めそうなほど忙しいのですが何とか頑張ります………


 それではまた次回!


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6,龍人は山へ『草』刈りにいきました

バイオハザードコラボ第6話,

後書きでちょろっと連絡あり


──8月13日 9:12 レベッカ自宅──

 

やあおはよう,チェン

 

朝起きて俺達の姿がなくて驚いていると思うけど,心配はしなくて大丈夫だ.起こそうかと考えたけど気持ちよさそうに寝てたから置手紙にしたぞ,あと中々イイ寝相だった.んで本題だけど,ちょいと野暮用ができたから胡桃とアークレイ山地まで遠足に行ってくる.

だから部屋にあった銃と弾丸を少し(Mini-14と.44,バリーに憧れたかは知らんがマグナムはチェンの体格じゃ無理だろ)にレーション,あとフィールドワークキットを借りていく.チェンもバックアップとしてM49持っておけよ,最近物騒だからな.だいたい2,3日ぐらいで戻ると思うから明後日位から夜は窓の鍵を開けといてくれ.

 

─追伸─

遠出するにあたって,夜の間に街中にいたゾンビは目につく限り狩っておいた.ただ早さ優先で後処理は最低限の火葬しかしてないから今頃通報の嵐になってると思う.だからまあ,頑張れ

─再追伸─

お土産持ってくるから期待しといてね,レベッカ

 

良きルームメイトの凪原&胡桃より

 

それじゃ,グッドラック

 

 

「……….」

 ────ビリッ

 

 レベッカの手の中で置手紙が紙くずになった.

 

 視界の隅ではガンロッカーが開け放たれて寂しくなった中身が見えているし,レーションを入れていた引き出しは空っぽ.

 そして学生時代からフィールドワークに使っているアウトドア用品を入れたバックが消失していた.

 さらに追い打ちをかけるように,留守録再生ボタンを押した電話からは『焼死体発見の通報で署内がパンク寸前だから至急応援に来てくれ』という旨のメッセージ──後のものになるにつれ悲痛な叫び成分が増えている──が次々と流れてくる.

 

「──あの

 

 小刻みに震えていたレベッカ.そのわずかに開かれた口から小さく言葉が漏れた瞬間,彼女の中で燃え滾っていた怒りが爆発した.

 

「あんの悪ガキ共ォォォオオッ!」

 

 確認しておくと,1998年現在においてレベッカ18歳に対して凪原20歳,そして胡桃が18歳である.(正確には凪原達の年齢は前世(?)のものだが大きな問題ではない.)

 一般的に自身と同い年,あるいは年上の人間にガキという言葉は適切でないし,当然レベッカもそんなことは百も承知である.ただ彼女の脳内議会にて彼等2人をガキとして扱うことが閣議決定されたのでそれに従った,それだけのことだ.

 

 いくら飛び級で大学を卒業した天才少女といえど,奇人変人がひしめく巡ヶ丘学院31期生を束ねていた上位存在と,その隣にいたせいで「自分はまともだ」という認識のままヤバい奴の領域まで急成長した到達者を相手にするのは荷が重かったらしい.

 

 

 

====================

 

 

 

──同時刻 アークレイ山地中腹──

 

「ヒャッハーァァッ!新鮮な草だぁあああ!」

「イェー!」

 

 凪原のテンションがトチ狂っているのは稀によくある発作のようなものとスルーすることにして,珍しいのはそのノリに胡桃も便乗していることである.

 普段であれば暴走しようとする凪原に──それで抑えられるかは別として──ツッコミを入れたり窘めたりする役回りが多い彼女だが,今回は完全に同調していっしょにテンションがおかしい状態になっていた.両手を掲げ満面の笑みで叫ぶ姿はなかなか拝めるものではない.

 童顔で幼い印象を与える日本人で,なおかつ胡桃も凪原も整った顔立ちのため無邪気にはしゃいでいる様子は見ていて微笑ましいものだ.どう見ても人間ではない身体特徴と,ぴょんぴょんと飛び跳ねる高さが1mを余裕で超えている事実がなければ,だが.

 

 さて,2人のテンションが壊れた原因に話を戻そう.

 大きな喜びを感じるタイミングというのはいくつかある.なかでも『それまでどうしてもできなかったことができるようになった』というのは理解しやすい類だろう.

 できるようになる理由としては,己の努力が実って,が王道であろうが,システム的な制限がなくなって,という変わり種もあったりする.

 例えばアイテム欄の枠が足りなかったり,例えば弾薬が心もとなかったり,例えば()()()()()()()()()()()()().どれほど臨んだとしてもゲームシステムという絶対のルールにより課せられていた制限,それがなくなった開放感というものは素晴らしいものだ.

 

 回りくどい言い方はやめて分かりやすく言おう.

 

 凪原と胡桃が今いるのは現実のバイオハザードの世界である.

 そして2人の現在地はアークレイ山地である.

 具体的には『草』群の中である.

 

 

 なお草とはグリーンハーブである.

 

 

 まあ要するに,そういう事だった.

 

 バイオシリーズに一貫して登場する回復アイテム,ハーブ.

 一見ただの草にしか見えないそれらはしかし,摂取した場合命に関わるほどの負傷をも直してしまうほどの凄まじい治療効果を発揮する.服用のための準備は粉にするだけで,それでいて副作用もなく誰でも使用可能という,冷静に考えると本当に植物なのか疑いたくなる代物だ.

 

 もちろんゲームとしてならそれでなんら問題ない.そんな細かい点をいちいち気にしながらプレイする人はいないし,その部分の掘り下げはことシューティングゲームにおいて需要0だろう.

 

 だが,それが現実になったとなると話は違う.

 そんな訳の分からないモンが実在するなど現代医療の敗北どころの騒ぎではない,ただの恐怖だ.t-ウイルスのように遺伝子改造をしていない天然物な分余計に質が悪い.

 存在と効能について半信半疑でレベッカに聞いたところあっさり肯定され,反射的に「「は?チートかよ?」」と口走ってしまった凪原と胡桃は悪くないはずである(なお「お前等が言うな」というツッコミについてはこれを棄却する).

 

 いったい何がどうなったらこのような植物が誕生するのか,進化論的な意味で非常に気になるところだ.

 だがしかし,それを知ったところで1ドルの得になるわけでもなく調べる時間的余裕もない.あるものはあると納得する方が早いし,何より精神衛生上健康的である.

 考えても仕方がないことは考えない,使えるものはガンガン使う,というのが凪原の行動方針である.

 

 そしてこの方針に沿ってみれば,ハーブの存在を知った今すべきことは一つしかなかった.

 

「うっし,これだけ採れば実験分を差っ引いても常備薬くらいにはなんだろ」

「常備薬どころかストーリー3周してもお釣りがきそうだぞ,これ.あたしも夢中で集めたから人のこと言えないけどさ」

 

 一仕事終えたとばかりに額をぬぐう凪原と,上体を反らし大きく伸びをしながらそれに答える胡桃.

 2人の足元には根っこまで丁寧に掘り起こされたグリーンハーブが山を成している.こんもりと積まれたそれらは,彼女の言葉通りゲームを何度か周回したとしても到底使いきれない程の量である.

 

「せっかく現実になったんだから,とりあえずやるよな無限回復.ゲームじゃ毎回序盤で回復が足りなくてキレそうになるし」

「それほんと分かる,ハーブはどれだけあっても困らないもんな.どうせなら無限弾薬の方も準備したいところだけど」

「そっちはこの遠征が終わってからだなー.残りの2種類を見つけて採取したのを使える形に───あ,」

 

 声と同時に,日に当てたおかげで多少水分の飛んだグリーンハーブを袋に詰めていた凪原の手が止まる.彼の口から出たのは,あまりよろしくない事に気付いた時思わず漏れてしまう,そんな『あ』だった.

 

「なんだよ,そのヤバそうな『あ』は」

「いやさ,これって粉末にした後どう使うんだ?飲むのか塗るのか,胡桃分かる?」

「え?あ~,うーん────わかんない」

「「……….」」

「とりあえず,寝れそうなとこ探すか……」

「うん……」

 

 

 

====================

 

 

 

──9月13日 21:23 アークレイ山地 洞穴──

 

 ゴリゴリ──,タパタパ───,ギュッギュッ

 

「なぁ,粉にするのまではいいけどそれは何してんだ?」

 

 うつぶせのまま顔だけを起こして凪原に問いかける胡桃が寝転んでいるのは吊るされたハンモックの上だ.前世(?)でも有名だったメーカー製の頑丈なもので,いろいろとがった部分がある体の胡桃が体重をかけても破れる気配はない.

 両端を引っかけている鍛造製のペグが,岩壁に根元まで打ち込まれているところにB.O.W.式野営術(一の型,力こそパワー)を見ることができる.

 

「ああこれ?しいて言うなら線香作り」

 

 掛けられた声に顔を向けることなく言葉だけで返す凪原.彼は先ほどから緑か茶色か判断が難しい色の粘土状のナニカを近くで見つけた平べったい石の上でこねまわしていた.

 作業自体はそれこそ幼稚園児でもできそうなものだ.ただし絵面が悪すぎる.

 

 敷いているのは干し草のクッション.胡坐をかいて座るその周りには薬研(やげん),蒸留器,すり鉢すりこ木,小型天秤etc...といったレベッカ宅から持ち出した調合キット,他にも昼間採取したグリーンハーブに水筒に細々した容器に,と様々な物品が並べられていた.

 さらにそこへ舞台効果が加わる.照明用のものと,ポットと蒸留器がかけられているもの,大小2つの焚き火に照らされておよそ純粋な人間とは思えない凪原の影が洞穴の壁に揺らめくのだ.

 

 中世の魔女狩りに見られたら即決裁判で火炙り間違いなしの光景である.

 

 もっとも現在はアークレイ山地全体に登山禁止令が出ているためまともな登山客はいない.遭遇するとしたら脛に傷持つ(『お話』できる)者か自然界を生き抜く山の愉快な仲間達,あるいは流出したt-ウイルスに感染した不愉快な仲間達くらいだろう.

 三者のうちどれと当たっても力業でゴリ押せるので,凪原も胡桃もキャンプ感覚で野営を楽しんでいた.

 

「え,線香ってあの仏壇とか夏の縁側とかにあるあの?」

「ああ,正確には線香っぽいナニカだけどな. まだ少し硬いけど,こんなもんだろ

「えーっと……なんで作れるかは後で聞くとして,どうしていきなり線香?」

「や,こいつ(ハーブ)バカみたいな治療能力があるだろ.だから焚き染めるだけでもなんか効果出るんじゃないかと思ってさ」

 

 こねるのを切り上げ,小さくちぎった塊を円錐状に成形する作業に移りながら凪原は答える.

 結局,ハーブの使用法は塗布か服用か判断できなかった.B.O.W.化したせいで凪原と胡桃は自然治癒能力がかなり向上しており,多少の怪我ではすぐに治ってしまうのだ.塗布も服用も試してみたものの,治癒するのがハーブの効果なのかB.O.W.の肉体由来なのかが分からないのである.

 よって,街に戻ればレベッカに聞けるので後回しすることにしていた.

 

 とはいえこの草(?)にとんでもない回復力が宿っていることは事実である.葉か茎か,はたまた根かは分からないがその効果を有する成分が含まれていることは間違いない.

 ゆえに,間接的であれその成分を摂取できれば回復効果を得られるのではないかというのが凪原の考えだった.

 

 効能が異常という点に目をつむればグリーンハーブとてただの薬草に過ぎない.ならばその活用法は薬学や漢方薬学,錬金術に倣えるだろう.磨り潰して煎じる以外にも数多くの手法が過去の賢人たちによって開発されている.

 線香,お香もその一つだ.現代だけでなく中世以前においても香りを楽しむことに目がいきがちだが,これも立派な医療行為である.アロマセラピー,と言えば分かりやすいだろうか.

 

「そもそも匂いがするってことは成分が広がってるってことだからな」

「なるほどな~香りが全てじゃないってわけか.ただそれってどれくらい効果が出るんだろ,蚊取りのやつは結構効いてるイメージ有るけど」

「さて,ね.まあせいぜい気休めくらいじゃね?具体的な成分知らないしそもそもモドキだし,趣味7割だな」

 

 ちなみに凪原がモドキと言っているのは使っている材料が正式な線香とは異なっているからだ.

 基本的に線香は香料を塊に留める役割をもつつなぎとしてタブ粉を用いるのだが、この木はアジア圏にしか生えていないため入手不可能である。よって今回は代用品としてとうもろこし由来の工作糊を用いていた.

 本来の材料を使わず,まして素人がなにも参考にせずに作っているのだから僅かでも効果が出れば万々歳と言ったところである.

 

「感心と期待をしたあたしの気持ちを返せ」

「まあまあ,詫びと言っちゃなんだけどいいもん作るからちょい待ってろ」

 

 傍らに置いていたポットへ乾燥させたハーブを適量放り込み,そこに焚き火から下ろしたケトルのお湯を注ぐ.

 蓋をして数分蒸らしたものを2つのカップに分け,凪原は一方を胡桃へと差し出した.

 

「はいよ,嗅いでみた感じそう悪いもんじゃなさそうだ」

「ありがと──あ,いい匂い

 

 ハンモックの上から器用に腕を伸ばして受け取った胡桃,両手で抱えるようにコップを持ち,顔の近くに寄せたところでその芳香に小さく声を漏らした.

 

「バイオ特製グリーンハーブティー,ハーブといえばむしろこっちの方が一般的だろ?」

「たしかに──うん,おいしい.緑茶とはまた違うけどホッとする味,あたしは結構好きだな」

「お気に召したようで何より」

 

 味・香り共に気に入ったらしい胡桃が柔らかく微笑む.その様子に凪原も満足したように笑うと自身もコップを傾け,静かに飲み始めた.

 

 

 

「なんか眠くなってきた気がする」

「あ~…,まだあんま遅くないけど俺もちょっと眠いな.軽い催眠作用でもあるのかね」

 

 夜のティータイムからしばらく,凪原と胡桃に揃って睡魔の波がやってきた.強力なものではないがこのまま横になれば気持ちよく入眠できそうな気がする,そんな心地よい眠気だった.

 

「ならナギももう寝ちゃおうぜ.明日もあるんだからさ」

「いや,どっちかは起きといた方がいいだろ.それに2人で乗っちゃ狭くなるだろうし」

「変な気配もないし,今のあたし等ならなんかあったら気付けるから大丈夫だって.あと多分これ2人用だよ」

「うーん…」

 

 ハンモックを叩きながら誘う胡桃にいったんは断った凪原だったが,続けられた言葉に思案顔になる.

 実はこの体になってからというもの,彼等は周囲の気配を探る能力が向上していた.特に相手がB.O.W.であればその感覚はさらに敏感であり,かなり離れていても察知できる.僅か2人でラクーン市内のゾンビを狩れていたのはこの力によるところが大きい.

 B.O.W.でなくとも悪意や害意には敏感になっているため,恐らくは胡桃の言う通り何か不審な存在が近づいてきても起きられるだろう.

 

 そしてハンモックについて,こちらも胡桃の言うように改めて見ればかなり大きい.大柄な人物でも2人,小柄なら3人まではギリギリ寝れそうだ.なぜレベッカがこのサイズのものを持っているのか気になるが,もしかすると寝相がひどいせいで1人用のものでは落ちてしまったのかもしれない.

 メトロノームよろしく体を揺らしながら返事を待つ胡桃.それに合わせてゆったりと動くハンモックは快眠を提供してくれそうだ.

 それでも10秒ほどは考えた凪原だったが,結局誘惑に勝つことはできなかった.

 

「───じゃあそうするか.でも一応気を張っといてくれよ?」

「よっし.そんじゃナギ頭そっちな,尻尾こっちにちょうだい」

「やっぱそれが狙いかお前」

「いいじゃん,柔らかくはないけど安心できるし.い草枕みたいな?」

「訳分からん例えだがなんか分かるの腹立つな,ほらお前のもこっちまわせ」

「はーい」

 

 ハンモックに登った凪原の頭の向きは胡桃と反対方向である.

 前世(?)では当然同じ向きで顔を近づけて寝ていた彼等.しかし今2人の頭には立派な角が生えており,これが干渉するせいで以前のように寝られなくなっていた.

 それでもどうにか相手を感じられる寝方はないかと試行錯誤した結果が,輪を描くような体勢で横になり相手の尻尾を枕とするという方法だ.

 鱗に覆われた尻尾の表面は硬いものの内部の肉の部分のおかげでわずかに弾力があり,これでなかなか寝心地が良い.

 

「ん~この辺かな…」

「おー」

 

 モゾモゾと僅かに動いて位置取りを調整する.角の生え方と尻尾の太さの関係上,ポジショニングは非常に需要なのだ.

 

「おやすみナギ」

「ああおやすみ」

 

 挨拶を口にして目を閉じる2人.それぞれが相手の尻尾に頭を重ねている姿は,円環の竜たるウロボロスを思わせる.

 

 よく見かける1頭の竜が自身の尾を噛んでいる構図は世界の全一性,完全性の象徴であると言われる.対して2頭の竜が相手の尾を噛みあう場合は,世を司る2つの力としての光と影,陰と陽,天と地のような二元論的世界観が強調される.

 これは一見対立を煽っているようにも思えるがそれは正しくない.

 実際には一方の存在は常にもう一方の存在を前提としており,一方が強くなればそれに呼応し他方も強くなるという均衡と安定を表しているのだ.

 

 常に共にあり,それでいて同化してしまうことなく互いを支え続ける.

 図らずも2人の寝姿は彼等の関係性を象徴しているかのようだった.

 

 

 

====================

 

 

 

──9月14日 00:52 ラクーンシティ某所──

 

「こちらガンマチーム,本部応答願う」

『こちら本部,状況を報告せよ』

「現時点で指定された区域のうち70%の捜索を完了.活性死者を数体処理したがそれほど数が増えているようには感じない.目撃情報のあったアンノウンについても収穫なしだ」

『了解した.残り区域の捜索が完了次第速やかに撤収せよ.アンノウンについてはより確度の高い情報が得られた後に再調査するものとする』

「ガンマチーム了解,アウト」




輪になって眠る龍人姿の胡桃と凪原,アリだと思います(強めの幻覚).


さて前書きで触れた連絡についてですが,2点ご連絡があります.

まず1点目,
ちょっとリアル事情のためしばらく更新が不定期になります.数ヶ月程度で落ち着くのではないかと思いますが,ちょっと見通しが立っていないため何とも言えません.
完全に更新を止めるというわけではないため気長にお待ちいただけると幸いです.

続いて2点目,
現在更新中のバイオハザードコラボについて,軽い気持ちで始めたのですが思いのほか話が続き筆者も驚いています.ただこの調子だと本編のがっこうぐらし!の方の再開がいつになるやら分かりません(既に4ヶ月以上開いていることに気付きガクブル状態です).
そこで本コラボはとりあえずラクーン事件開幕のところまで進め,以降は本編の方と並行して更新をしていこうと考えています.

以上,ちょっとした連絡でした.


それではまた次回!


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7,小さい子には勝てない

3週間ぶり7話目

新学期が始まっていろいろ忙しいですが何とか生きてます


──8月15日 22:37 ???──

 

 

そこに座って.そう,そこに(Sit there. Yes, right there.)

 

 穏やかな声だった,声色だけなら上機嫌なのではないかと勘違いしてしまうほど.

 表情は笑顔だった,目の奥が笑っておらず額に青筋が浮いていたものの.

 丁寧な仕草だった,示された場所は土足で歩くフローリングだが.

 

 総合して言えば,レベッカはご立腹だった.額の青筋があまり明るくない照明の下でもよく見える.

 

「「はい…」」

「よーし,大人しく座ったってことは多少は自覚があるみたいねこの悪ガキ共」

「いやガキってチェ──レベッカ,俺いちおう年上…」

「あたしも,レベッカと同い年なんだけど…」

「なにか?」

「「なんでもないです」」

 

 わずかに抵抗を試みるも眼力で黙らされる人外コンビ.

 実はこの2人,ある種の威圧感に晒されると反射的にごめんなさいモードに入ってしまう.刷り込みを行ったのはもちろん,某生徒会担当教諭にして学園生活部顧問だ.

 この威圧は抑止力になるはなるのだが,これを放てる人物には()()()()()()()()()()()()される.

 

 哀れレベッカ,今後もコンビの面倒をみることが知らぬ間に確定してしまったらしい.

 

 まあそれはそれとして(彼女の未来はさておき),現在の状況についてである.

 日付は15日で時刻は夜半手前といったところ,遠足に行くという置手紙を残してから2日目の夜だ.当初の予定通りならそろそろレベッカの自宅に戻り,シャワーを浴びていた頃だろう.

 

 それが()()()()()()()()()()()()に見舞われた結果,自宅ではないとある家庭で正座させられる事態となっていた.

 

『さて,俺等は今なんで正座させられてるか分かる?』

『そりゃやっぱアレだろ,倒してそのままにしてたことでしょ』

『まあそれしかないか,(現役)の頃と違って他に理由がないし』

『理由たくさんがデフォとか,ナギってヤバい奴だよね』

『いや普通だって普通』

 

 ヒソヒソ話をする2人.正座させられているにもかかわらず割とのほほんとしている.

 ごく一般的で真面目な女子高生だった胡桃だが,凪原の影響で良くも悪くも肝が据わってしまった.恋は人を変えるとはよく言ったものだ.

 少なくとも,この言葉を言った人間はこのような変化は想定していなかったはずである.

 

「勘違いしているっぽいだから言っておくけど,ゾンビを倒してそのままにしたのは怒ってないからね」

「「え,そうなの(か)?」」

 

 てっきりゾンビを始末するだけして,そのまま通報もせず放置したことに怒っているのかと思っていたら違ったらしい.案の定勘違いしていた凪原達にレベッカは呆れながら口を開く.

 

「あのね,この街を守るのは本来警察の仕事なの.それができないでいる私達の代わりをしてくれているのに怒るわけないでしょ」

「ああなるほど…いやでも,立場的にも権限的にも大きくは動けないんだからしょうがないだろ」

「“できるかどうか”じゃなくて,“しなければいけない”のよ.それが私達の仕事なんだから」

「「おおぉ…」」

 

 まさに警察官の鏡と言える心がけだ.どこぞのクソ(アイアンズ)署長に聞かせてやりたいところである.

 聞いていた2人の口からも感嘆の声が漏れた.

 

「だから,」

「あ,俺分かるぞ.これ流れ変わる奴だ」

 

 凪原の言葉通り,レベッカの雰囲気が明確に切り替わる.

 

「私が怒っているのはきわめて個人的な理由よ.──あんた達,ゾンビどうやって倒したか覚えてる?」

「どうやってって…」

「そりゃあ……銃だよ.俺等の得物(ハルバード&シャベル)じゃ普通の人が見た時グロいじゃ済まないし」

 

 凪原の振るうハルバードや胡桃の特製シャベルの方が処理自体は早いが,一般人に見られた場合面倒が過ぎる.そのため基本は始末後すぐに(匿名で)通報したり,通報だけして駆け付けた警官に処理させたりしていた.

 

 とはいえ,遠足前夜のペースで狩るためには一々通報を挟むのでは時間が掛かりすぎてしまう.

 よって凪原達はこの夜はヘッドショットでゾンビを始末し,最低限の感染対策としてインスタント火葬をして放置していた.

 このくらいであればギャングとドンパチ大国であるアメリカならギリギリ問題ないだろう.という完全な偏見に基づいた行動なのだが,実際多少騒ぎになる程度で済んでしまった.

 

 さすがは多少の衝撃で大爆発するドラム缶が道端に置いてあるラクーンシティである.

 

「まあそうよね.それで多分知らないと思うから教えてあげるけど,今ゾンビの亡骸って他殺死体の扱いなのよ.だから一応検死があるわけ」

「うん…うん?」

「まぁ,そういうもんか?」

 

 話が見えず生返事になる凪原と胡桃,どうにも話に付いていけないようで.頭の上にはてなマークが浮かんでいる.2人が揃ってこの顔になるのはなかなか珍しい.

 特に凪原の前世(?)の同期(巡ヶ丘31期生)であれば,彼にこの顔をさせた時点で留飲を下げる者も少なくなかった.

 しかしそこはまだ初対面から日が浅いレベッカ,SSRレア表情を前にしても矛を収めない.

 

「そういうもんよ,それで検死では死因調査をするの.で,改めて聞くけどあんた達ゾンビを誰の何で()った?」

げっそういうこと………いや待った!アレ(ゾンビ)はTウイルスが原因だろう,つーかもう死んでんだからヘッドショットはノーカンだッ」

 

 レベッカの言わんとしていることを察した胡桃と凪原の声が引きつる.

 改めて言うまでもないが,ゾンビを活動停止させるためには脳を破壊しなければならない.ゆえにその亡骸は頭部が損壊した遺体に見えてしまうのだ.

 検死にて死因の特定をするとなれば,担当者がどれほどのバカであっても損傷の激しい頭を調べないはずがない.

 そして,今回2人がゾンビへのトドメに使ったのは銃であり,これは書類上レベッカが所有していることになっているものである.

 

 発射された弾丸には旋条痕というそれぞれの銃に固有の痕が付く.それを解析することで発射した銃ひいては発砲者を特定し逮捕へとつなげる.多少なり刑事ドラマを視聴したことがあれば誰でも想像できる流れだ.

 いくら上層部が腐敗しているとしてもR.P.D.にもそれくらいのことはできるだろう.

 

 つまりレベッカは,本人の知らぬうちに大量殺人者の嫌疑が掛かりかねない状況になっていたのだ.

 

 とはいえ直後に凪原が口走った言い分にも一理あった.

 まず事実として,ゾンビはすでに死んでいる.ゾンビに転化した時点で人間としての生命活動は停止しており,その死因はTウイルスである.よってそれを制圧することは殺人には当たらない.

 そして重要な事項として,ゾンビはその見た目が生きている人間から大幅に乖離している.感染してからの時間にもよるがその見た目は腐敗した死体だ.一般的な感性を持つ者が見れば死んでいることは一目瞭然だろう.

 

 そう言った客観的事実から反論した凪原に対するレベッカの答えは辛らつだった.

 

「あいにくうち(R.P.D.)じゃゾンビがウイルスによるものという共通見解すらないの,私達(S.T.A.R.S.)の報告をクソ署長が否定してるのよ.こっちの話を信じてくれる人もいるけど,まだ書類上は殺人事件として扱うしかないわけ」

「それに最近あのクソはS.T.A.R.S.を解体したがってるみたいだし,そこに司法解剖で私の銃の弾丸が出てみなさいよ.どうなるかなんて考えたくもないわ」

「「うわぁ…」」

 

 レベッカの説明に揃ってげんなりした顔になる凪原達.無能な上司ほど邪魔なものはないという,これ以上ないお手本だ.

 

「そりゃなんと言うか,災難だったな」

「えっと,それでレベッカの立場は大丈夫だったの?」

「なんとかね.あいつ等に生物学的に一番詳しいのは私だって現場レベルで説得して協力してくれる人を集めて,司法解剖をあたしがやったの.運ばれてくる亡骸全部よ,全部.おかげで2日間ほぼ徹夜になったあたしに何か言うことない?」

「ごめんなさい」

「悪かった」

「えー,そんな素直に謝られるとこっちが悪者みたいじゃ──「お兄ちゃんたちいじめちゃダメー!」エマちゃん!?」

 

 深々と頭を下げた2人にレベッカが何ともいえない表情になっていると,部屋の中に小さな影が乱入して来た.

 そのまま凪原達の前に立った影,エマと呼ばれた少女は『ビシッ』と音がしそうな勢いでレベッカを指さした.

 

「レベッカちゃんっ,お兄ちゃんとお姉ちゃんをいじめちゃだめ.2人は私の“いのちのおんじん”なんだから」

「いやエマちゃん,あたしは別にいじめてなんて」

「そうそう,ちょっと俺達がやらかしちゃっただけだから」

「どっちかというとあたし等の方がいじめちゃってた気もするし」

「む~っ,とにかくダメなの!」

「「「え~」」」

 

 レベッカが戸惑っていると,エマが開けっぱなしにしていて扉からさらに2つの人影が姿を現す.この建物,ケンド銃砲店の店主たるロバート・ケンドとその妻であるサラ・ケンドだ.

 

「まぁその辺にしとけエマ.レベッカも悪いな,どうもエマの奴この2人に懐いちまったみたいだ,言いたいこともあるだろけどいったん落ち着いてくれ」

「ケンドさんまで…………はぁ,分かったわよ.もともと八つ当たりみたいなところもあったし」

 

 ケンドの言葉を受け,上を見て下を見て,「あー」とか「うー」とか言い,最後に首を大きく左右に振ったあとにレベッカは息を吐いた.どうやら収めることにしたらしい.

 あわや稀代の殺人鬼にされるところだったものを飲み込めるあたり,彼女の人柄の良さが窺える.

 

「ただしちゃんと説明してよね,結局なんで私が呼ばれたのかよく分からないし」

「そりゃもちろん.──あれは確か2時間前…」

「そんな細かくなくていいから,要点絞って簡潔に」

「む,」

 

 

 

====================

 

 

 

──凪原回想劇場──

 

 

 女の子助けたら父親に撃たれそうになったからチェンを呼んだ.

 

 

 

====================

 

 

 

──8月15日 22:48 ガンショップケンド──

 

 

「──以上だ」

「分かるかッ,その説明で!」

「ちょっ,やめ,頭シェイクすんじゃねえ!」

 

 反射的に凪原の角を掴んで揺さぶってしまったレベッカは恐らく悪くない.

 頭の両脇から生えた実に持ちやすい角が,正座しているため実に持ちやすい高さにあるのだ.仮に前世(?)の同期達(巡ヶ丘31期生)なら確実に掴む,なんなら凪原だって同じ状況に置かれたら掴む.

 だがそれと掴まれて怒らないかどうかは話が別だ.

 

「んだよ,せっかくご要望通り端折って説明したのに」

「端折り過ぎよ!こっちが求めてること分かるでしょこの頭B.O.W.ッ」

「お?なんだやるか?てめえB.O.W.なめんなよ」

「そっちこそS.T.A.R.S.を甘く見てると痛い目見るわよ」

 

 そのまま取っ組み合いに移行する2人.

 凪原はもちろんレベッカも,本気を出せば人体など簡単に破壊できてしまうため全力ではないのだろうがなかなか見ごたえのある対戦カードである.

 じゃれ合いであることが分かっているのか,近くで観戦するエマも先ほどとは異なり大喜びだ.

 

「あーあー,ナギもはしゃいじゃって」

 

 そんな凪原の様子を,胡桃は優しい目で眺めていた.

 

 この世界で目覚めてからというもの,胡桃の目から見て凪原は変わった.

 といっても大きな変化ではなくどこがと聞かれても答えるのが難しいレベルで,無理矢理言葉にするのなら『年相応の雰囲気になることが増えた』とでも評すればいいのだろうか.『肩の力が抜けた』では表現が強すぎる.

 性格,価値観,考え方その他,彼を構成する要素は全て変わっていない.

 ただ気の張り方だけが本当に少し──前を100として95以下ということはない──緩んだ.そんな風に思えるのだ.

 

 そして実は,胡桃はそんな凪原の変化の理由に心当たりがあった.

 変化を感じたのは今の自分達の創造者であるアンブレラ研究員の手記を読み,自身がオリジナルではないと分かった後からである.

 記憶にある世界を()()と評したことで,凪原の中に本当に僅かにあった気負いが消えたのだろう.

 

 『オリジナル(自分)がいるなら問題ない,こっち(自分)こっち(バイオハザード)で好きにやる』,そんな思いが無意識の中のさらに深層部分に生まれたのかもしれない.

 

 とはいえそれで胡桃の考えに何か変化が生まれることはなかった.

 オリジナルがいるならそっちはそっちでどうにかするだろう,こっちの凪原が楽しそうにしているならそれでよい,それが彼女の嘘偽りのない本音だった.

 その気持ちが表情に出ていたのだろう,横合いから声が掛けられた.

 

「お,もしかしてあのトカゲの兄ちゃんもいろいろ背負ってたクチかい?」

「え?んーまああんまり言えないけど結構大変だったから,ということはレベッカも?」

「ええ,あの子もそんな感じだったからね」

 

 ロバートの問いかけに答えつつ,こちらからも質問を投げかけた胡桃.それに答えたのはロバートの妻であるサラ・ケンドだった.正史(原作)では存在そのものが記述されていない人物であり,人柄はまだ分からないものの穏やかな性格の様である.

 胡桃の疑問に頷きながらレベッカに視線を向ける彼女の目には優し気な色が浮かんでいた.

 

「あの娘は本当に優秀だから.たった1人でこの街の大学に飛び級して来て,そのままS.T.A.R.S.に入隊でしょ?周りの人はみんな年上ばかりで,年が近い友達がいなかったのよ」

「誰かに相談しようにも周り全員年くってるし,何より本人が気にしちゃいなかったんだ.俺達としても放置するしかなかったわけなんだが………」

 

 自然と3人の目が凪原とレベッカの方へと向けられる.

 視線の先で2人の戦いはグラウンドの攻防へと移行していた.レベッカの女性特有の素早さとしなやかさを差し引いても,手足に加えて尻尾がある凪原の方がやや有利と言ったところである.

 問題なのは両者の体勢が胡桃視点でアウトの領域に突入していることだろうか.

 

「なかなか愉しいことになってるな,嬢ちゃんも混ざってくるかい?」

「ああ,ちょっと失礼」

 

 数秒後,シッパーンッという快音が室内に響いた.

 

 





ケンド一家,好きです(唐突).妻のサラ・ケンドは原作には登場していない(ハズ)なので名前,性格含めて完全にオリジナル.どうにか救いたいから何とか方策を模索中.


それではまた次回!


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8,テイスティングしたいんだが


バイオコラボ8話目、
基本的に趣味回、タイトルだけで元ネタが分かった人は筆者と映画の趣味が合いそう


 

 

 いや、改めて説明って言われても話した通りだって。──はいはい分かった話す、話すって!だから組み付いてくんなチェン、さっきから胡桃の視線が怖いんだよッ。

 

 えーっと…まずそもそも今回遠足に行った理由だけど、ちょっとハーブを取りに行ってたんだ。グリーンとレッドが大量、苦労したけどブルーもそこそこ手に入ったぞ。いくつか試作品も作ったから後で本職のチェンに見てもらいたい、ってそれは後でいいか。

 まあそんなわけでこの2日間はアークレイ山地でハーブ探しをしてたんだ。ただあそこ結構ヤバいことになってるぞ。魑魅魍魎っつーかなんというか、まあこれも後回しだな。

 

 で、今日になってある程度のハーブが集まったからこっちに戻ってきたところで起きたのが今回のアクシデント。

 暗くなるまで待ってから屋上を伝って──もちろん中心街は通ってねえぞ?、流石にバレるからな──やっとダウンタウンの方まで来たところで悲鳴が響いてきたんだ。ただのイザコザなら正直スルーしてたけど、女の子の声でゾンビのうめき声も聞こえてきたら無視するわけにはいかないよな?

 

 すぐ傍の路地裏からだったからそのまま飛び降りてギリギリ間に合ったよ。

 それで救助できたのがこちらのエマ・ケンドちゃんです。一応注意して狩ったから血とかはかぶっていないと思う、家に戻ってすぐシャワーも浴びてもらったし多分大丈夫だろ。

 

 まあここまでだったらめでたしめでたし、で終わるとこなんだけどそうはならなかったから今の状況になっているわけだ。

 

 エマちゃんに怪我とかないか確認してたらロバートお父さんショットガントイッショが登場してきてな。

 うん、俺も胡桃も初見じゃ明らかにヤバい見た目だから襲ってると勘違いされて、危うく撃たれるところだった。

 ──ああいや謝らなくていいって。客観的に見てバケモノなのは自覚してるし、なんなら問答無用で撃たれなかっただけで十分ありがたいよ、俺が逆の立場なら間違いなく撃ってるし。

 

 そういやエマちゃんは何であんな時間に外に出てたんだ?小学生、エレメンタリーの子が出歩くにしては遅い時間だったけど。

 うんうん。夏休みだから普段より夜更かしすることが増えて、それと宿題にまだあまり手を出してないことをお父さんに言われて、皆もそうだって言ったら喧嘩になっちゃったわけか。

 うーん……、確かに気持ちはホントよく分かる、実際夏休みの宿題なんて本腰入れれば絶対終わらせられるし。 

 ただ分かるんだけど、お父さんも心配しての言葉だったってのも理解できるだろ?うん、じゃあどうする?

 

──よーしちゃんと「ごめんなさい」できたな、いい子だ。頭撫でてもいい?

 ありがとう。ヨーシヨシヨシヨシ、ヨシャシャシャシャシャ───ってお父さんごめんなさい別にふざけてるわけじゃないです。つい無意識で────あっやめて肩掴まないでえ?「話をしよう」?いや今のあなたとは話したくないです。ほんと謝るんで勘弁してください!

 

 

 

====================

 

 

 

──8月15日 23:21 ガンショップケンド──

 

 

「以上、これまでの真面目な説明でした。おーけぃ?」

「最後のところがなければ普通に見直したとこだけど、アンタ定期的にふざけないといけない呪いにでも掛かってるの?」

「あながち間違っちゃいないな。それで?とりあえずのところは理解してもらえたか?」

「ええ………ロバートご夫妻、この度は娘さんを危険に晒してしまい本当に申し訳ありませんでした。すべてはR.P.D.、そしてこの状況を予測し対策を取らせることができなかったS.T.A.R.S.が原因です、一員として心より謝罪します」

 

 沈痛な面持ちで深く頭を下げたレベッカだったがしかし、それに対するケンドの反応は予想外に軽いものだった。

 

「いや流石にしょうがないだろ、レベッカ達は悪くない。これで実害が出ていたら話は違うがそうはならなかったしな」

 

 正史においては銃砲店を訪れたレオンに対し警察への怒りをぶつけていたケンド。しかしパンデミックの最中で妻を失い、娘も感染しじわじわと感染の兆候が表れてきていたとすれば普段どれだけ冷静な人でもそうもなるだろう。

 もともとのケンドは聡明な人物だ。直接の被害がなく、落ち着いて事情を把握しさえすれば理性的な判断を下せることは想像に難くない。

 

 その後、簡単に理解を示され納得できず押し問答をすることになったレベッカ。数分したところで渋々ながら受け入れることになった。

 責任感と正義感の強い彼女からすればなかなか飲み込むのが難しいことだったようだ。

 

 2日間ぶっ通しで行われたという連続司法解剖のこともあり、だいぶ疲れが溜まっている様子の彼女を見かねた胡桃が声をかけた。

 

「レベッカ大丈夫?ブルーハーブティー飲む?」

「有事でもないのに飲まないわよそんなの!──ってすごくいい香りね、やっぱりちょうだい」

「私も!」

「俺ももらえるか?」

「私ももらえるかしら。これまで嗅いだことは無いけれど、とても落ち着く香りね」

 

 ケンド一家も所望したため、急遽人間4人+人外2人のティータイムが行われることになった。

 ゲームにおいては毒状態を解消するだけだったブルーハーブ。この世界においては疲労やストレスなどの精神状態全般に対する効能を有していた。

 

 負傷を癒すグリーンハーブや効果増幅のレッドハーブも含め、もしアンブレラが本気で製品づくりをすれば兵器なんぞなくともこれらだけで真っ当に世界が狙えるだろうと凪原は思う。

 もっとも、それができないからこそのバイオハザード世界だという事なのだろう。

 

 

 

====================

 

 

 

──8月15日 23:52 ガンショップケンド──

 

 

「さてだいたいの事情も分かったことだし、俺も何か協力しよう。できるのは武器の提供くらいだがこれでもこの街一の銃砲店を自負しているんだ、必要な物があれば何でも言ってくれ。もちろんお代はとらないぜ」

 

 特製ハーブティーを飲んで一息つき、夜も遅いからということで母親のサラに寝室へ連れていかれたエマを見送ってからしばらくしてのケンドの言葉である。

 

「ならグロック17あるか?俺と胡桃で2つずつ、合わせて4丁欲しい。この手じゃリロードがスムーズにできるとは思えないし」

「あたしは利き手が変わっちゃったから練習スペースも欲しい」

 

 そしてそれぞれ申し出を受けた凪原と胡桃の答え、どちらも現実的かつ効果の見込める内容だ。

 

「それくらいはお安い御用だが、そんなもんでいいのか?この街の為なうえ娘の命の恩人なんだ、遠慮は不要だぜ」

「じゃあ──射程距離400、可変式プラズマライフル」

「ここにあるもんにしてくれ」

「「………。」」

 

 沈黙し、ガッとアームレスリング式握手を交わす凪原とロバート。映画の趣味が合ったことで友情が形成された。ホームシアターでポップコーン片手に映画を楽しむB.O.W.が見られるのも近いかもしれない。

 

「「この映画馬鹿...」」

 

 そしてそれをジト目で見やる女性陣2人。

 実に単純な男達の友情に、女性が呆れに似た感情を抱くのは日本もアメリカも違いはなかったようだ。

 向けられた視線に気づいて手を放すとともに咳払いでごまかし──ごまかせていないが──、凪原は表情を改め手ごろな武器について真面目に考え始めた。

 

 前世で使い込んだグロック17があれば近・中距離はある程度対応できる。至近距離では手持ちのハルバードに勝るものはないだろう、今の膂力なら群れたゾンビでもまとめて薙ぎ払えるはずだ。

 となると必要なのは打撃力のある遠距離武器だろう。バイオシリーズには近づかずに倒したいタイプの敵がごまんといる。

 

 数秒で考えをまとめ、真剣な表情で顔を上げた凪原。

 

「そうだな、俺が必要なのはゴツくて正確なもの(I need something robust precise)だ」

 

 前言撤回、真剣にふざけることにしたようだ。

 もっともこちらのネタは年代的にまだこの世に存在していない。ゆえに完全に凪原の自己満足だったのだが、なんとすぐ横から完璧な続きが聞こえてきた。

 

「じゃああたしは、なんかデカくて大胆なもの(something big bold)を」

「ゴツくて正確にデカくて大胆、だな。ちょうどピッタリのもんがある、きっと気に入るぞ」

 

 少し待っていてくれ、と店舗部分につながるドアへ消えたロバートを見送りながら、凪原はチラリと傍らの胡桃を見やる。そして不自然に逆方向を向いている彼女にだけ聞こえる声量で囁いた。

 

『おい、人のこと言えんのかよ今のオーダー』

『ナンノコトヤラ』

 

 どうやら胡桃も愛犬を殺されて現役復帰した伝説の殺し屋のファンだったらしい。凪原としては恋人が鉛筆1本で3人を制圧するようなババヤガにならないことを祈るばかりである。

 

 ともあれ、他に理解する人がいないのでネタのコンボも終了だろう。

 言い回しはふざけたとはいえ要望自体は真面目なものだ。あとは優秀なガンスミスたるロバートが何を持ってくるかを期待して待つことにする。

 そう考えていた凪原と胡桃の思いは、ものの見事に裏切られることになった。

 

「待たせたな!」

『まさかのパーフェクトな回答だと!?』

 

 ロバートはどこぞの眼帯を思わせるセリフと共に2丁の銃を持って戻ってきた。凪原の言葉はそれを見て思わず漏れたものだ。

 今更ではあるが、凪原と胡桃はB.O.W.として目覚めた時点でネイティブレベルで英語が使えるようになっている.ゆえに内緒話のような周りに聞かせたくない会話のとき以外は基本英語なのだが、今回は素で驚いたため精神的母語が飛び出してきた形だった。

 

『この人もしかしてソムリエだったりする?』

「なんて言ってるのか分からんが、とりあえず俺はソムリエじゃないぞ?」

 

 日系とはいえ日本語が理解できないため、ロバートは首を傾げながらも銃の説明を始める。

 

「まずこれが、ユート用のアーマライト・ライフルだ。銃身は11.5インチ、ボルトキャリアはアイアンボンドで強化済み。スコープもトリジコンの良い奴を載せてある」

「お、おう...」

「んでこっちのは嬢ちゃん向けなんだがこいつはすごいぞ。ベネリのM4、この夏前にできたばかりの試作品を流してもらった。そこからさらに内部パーツをカスタムしてある。イタリア製の傑作だ」

「あ、ありがと...ねえナギ、あたしもうなんか怖いよ』

『俺もだ。これが真の恐怖ってやつか』

「なんで銃の話聞きながらがっつり抱き合ってんのよアンタ達は?」

「「しょうがいないだろ(でしょ)これは!」」

 

 呆れて、というより訳が分からずに眉を寄せるレベッカに逆ギレ気味に返す凪原と胡桃。実際2人の気持ちも分からないでもない。

 ネタというのはお互いが分かっている状態で使うから面白いのだ。何も知らない──そもそも年代的にネタが存在していない──人がドンピシャで当ててきたら驚きを通り越して恐怖を感じたとしても不思議ではないだろう。

 

「まあ怖がってても仕方ない。ケンドがソムリエなら俺と胡桃は実質ジョナサンだ、ゲン担ぎと考えりゃ悪くない」

「たしかにそれなら何が相手でも勝てそうだけどさぁ…」

「だから俺はソムリエじゃねえっての。何に悩んでんだよ」

「いや、何でもないから気にしないでくれ………持ってみても?」

「ああもちろん、ただ弾は込めないでくれよ?」

「当然」

 

 背筋に感じる大いなる意思を加護と割り切ることにして、凪原はロバートが用意してくれた銃を手に取る。ズシリ、と変位した腕であってもそれなりの重量が感じられた。

 無論、普段使いしているハルバードの方がよっぽど重い。しかし感覚というのはえてして数字では計れないものだ。プロの手によって組み上げられた逸品には、懸けられた手間に応じた存在感が宿る。

 

 凪原に釣られるようにして胡桃も自身の銃に手を伸ばした。

 用意されたベネリM4はガス圧利用式のセミオートショットガンである。ナンバリングが若いものと比べると動作の確実性が向上しており、近い将来には世界各国の軍や警察に採用されることになる。正真正銘の銘銃といえるだろう。

 

ん~、ちょっと長いけどまあ問題ないかな。ねぇ、これグリップをストック一体型のにできる?これだとパッと構えるのが少しやりづらいからさ。あとトリガーガードはもっと大きいのあるかな。こっちの(変位した)手でも撃ちたいし」

「あ?そりゃできるがライフルグリップじゃ反動が──って嬢ちゃん達には関係なかったな。了解だ、トリガーガードもたしか在庫があったはずだから交換しておこう」

「ありがと」

 

 この種の銃を触るのは前世含めて初めての体験である胡桃だが、銃把を握る手とその口から出る要望に迷いはない。

 もともとその手のコンテンツが好きだったことと凪原からそれなりにレクチャーを受けていたこと、そして何より文字通り命を預ける道具として銃を扱っていた経験が彼女に銃の何たるかを刻み込んでいた。

 人間は自身が置かれた環境に急速に適応する。胡桃の場合はそれが銃と戦闘技術だっただけのことである。

 

 年頃の乙女としてどうかと思う向きもあるだろう。

 ただ彼女自身、経緯はともかくとして現状をそこまで苦にしていない。どころかそれなりに楽しんでいる。

 本人がそうである以上周りがとやかく言うのはお門違いというものかもしれない。

 

──カチャンッ

 

 一瞬生まれた沈黙を破ったのは凪原が銃の点検を終えた音だった。

 

「歪みもガタつきもない、パーツの噛み合いもタイトだ。にわか者に言われても嬉しくないかもしれないけど,いい銃だな」

「なぁに、自分が手を入れた銃を褒められて喜ばないガンスミスはいないさ。それに、お前さんそれなりに詳しいそうだ、気付いたろ?」

 

 実戦経験の土台に体系だった知識があると、銃への理解もより深いものになる。胡桃が重量バランスや軽い動作点検しかしていなかったのに対し、凪原はフィールドストリッピングを行い内部のメカまで確認していた。

 必要に駆られてではなく自ら望んで得た知見は定着の度合いが違う。ミリオタというのもそうそう捨てたものではない。

 そしてどうやらそのレベルはロバートの目にも十分なものだったらしい。髭の生えた顔に愉し気な笑みが浮かぶ。

 

「ああ。AR系列は触ってなかったからすぐには分からなかったが、これ5.56じゃないな?」

「その通り、7.62のNATO弾仕様だ。中身もそれに応じた強度にしてある」

 

 凪原の手にある銃は一見AR-15のようだ。

 軽量化のためか必要な箇所以外のピカティーニレールを廃したハンドガードに細身のスケルトンストック、特徴的な三角サイトとキャリングハンドルは撤廃されフリップアップサイトが搭載されている。

 とても90年代とは思えないセットアップだ。

 

 だがオリジナルとの最も大きな違いは、使用弾薬が5.56×45mm弾から7.62×51mm弾に変更されている点だろう。

 よく見ればバレルが太く、マガジン挿入口もやや縦長になっている。

 

「最近の防弾装備の機能向上は凄まじいからな。交戦距離も長くなる傾向があるし、射程と打撃力を考えるなら大口径が一番だ。今はまだ5.56が全盛だが、そのうち7.62への回帰が始まるだろうさ」

「なるほどな…」

 

 口では平静を装って返事をした凪原だったが内心ではかなり驚いていた。

 今ロバートが言ったことはそのままマークスマンライフルの設計思想そのものである。どうやら彼は想像以上に銃への造詣が深かったらしい。

 

「ところで名前は?」

「うん?」

「この銃の名前だよ、これだけ手を入れてるならもはや別物だろ。S.T.A.R.S.のベレッタにはサムライエッジって名付けたらしいじゃないか、なんかかっこいい名前はないのか?」

「そうだな──ならさしずめAR-17mだな。愛称はムラマサだ」

7.62㎜の近代化(modernized)か、17繋がりで親しみが持てるな。でもなんでムラマサ?」

「決まってんじゃねえか」

 

 ロバートの顔が今日一番の笑みを形作る。

 

「強くてかっこよさそうだろ?」

「気に入った」






それではまた次回!


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キャラ設定
各キャラ能力一覧と一言


随時更新予定

21.07.02 登場順に変更、キャラ属性の項目を追加


====================

第1章登場

 

No.1

凪原勇人 lv.46

キャラ属性:オリキャラ

 

戦闘技術:9

身体能力:8

カリスマ:10

 知能 :7

 感覚 :6

 運  :6

31期の3バカその1。なんかあったらだいたいコイツのせい。意外と感覚及び運は低いがそれをねじ伏せる地力がある。

 

 

No.2

佐倉慈 lv.36

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:4

身体能力:5

カリスマ:8

 知能 :10

 感覚 :5

 運  :4

戦闘はほぼ無理。ステータス的には知能特化のはずなのにどこかポンコツなのはご愛敬。なんだかんだで周りから慕われる。ただし怒った時の威圧感は異常、笑顔が怖い。

 

 

No.3

丈槍由紀 lv.42

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:5

身体能力:9

カリスマ:8

 知能 :4

 感覚 :10

 運  :6

運動神経、特に瞬発力にステータスが振られているスピード型。感覚は五感に加えて第六感も発達しており、索敵能力に長けている。

 

 

No.4

若狭悠里 lv.34

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:4

身体能力:4

カリスマ:6

 知能 :9

 感覚 :5

 運  :6

ゲームで言うならメイジタイプ。知識が豊富で常識もあり基本冷静、まとめ役というよりは進行役が合っている。

 

 

No.5

恵飛須沢胡桃 lv.41

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:9

身体能力:8

カリスマ:5

 知能 :5

 感覚 :6

 運  :8

完全な前線役、戦闘技術と身体能力で持って仲間を守ることを信条とする。運がいいというのも戦場に立つ戦士としては重要な要素。

 

 

====================

第2章登場

 

No.6

若狭瑠優 lv.28

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:3

身体能力:3

カリスマ:3

 知能 :4

 感覚 :5

 運  :10

完全運特化。彼女を前にしたらどんな確率の計算もほぼ無意味と化す。

 

No.7

祠堂圭 lv.37

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:7

身体能力:7

カリスマ:5

 知能 :5

 感覚 :6

 運  :7

バランス型、ポジションは前~中衛。正面戦闘はこなせるが周囲への警戒に若干の難あり。それでも運はあるほうなのでのらりくらりとやり過ごせる。

 

 

No.8

直樹美紀 lv.37

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:7

身体能力:5

カリスマ:5

 知能 :7

 感覚 :7

 運  :6

バランス型、ポジションは中~後衛。知能、感覚が高めなのでそれを活かした立ち回りが基本であり最前線は不向き。

 

 

====================

第5章登場

 

No.9

七瀬葵 lv.36

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:5

身体能力:5

カリスマ:6

 知能 :8

 感覚 :5

 運  :7

戦闘はできなくはないが避けるのが無難。役割を振るとしたら知能、運の高さを活かした情報収集?ステータスとは全く関係ないがお気楽に見えて実は心配性でさみしがりや。

 

 

No.10

早川咲 lv.44

キャラ属性:オリキャラ

 

戦闘技術:8

身体能力:10

カリスマ:6

 知能 :6

 感覚 :8

 運  :6

31期の3バカその2。なんかあった時その1が関係ないならこいつが絡んでる。身体能力は人外を通り越してほぼバケモノの域。

 

 

No.11

照山京谷 lv.43

キャラ属性:オリキャラ

 

戦闘技術:8

身体能力:7

カリスマ:6

 知能 :9

 感覚 :7

 運  :6

31期の3バカその3。主犯になることはほとんどないがほぼ確実に何らかの形で関わっている。考えようによっては一番たちが悪いともいえる。

 

 




忙しすぎて執筆が進まなかったので、生存報告を兼ねて設定集から引っ張ってきました 汗)
詳しいところはこの後活動報告にて(20.12.20.14:30)



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各キャラ能力一覧と一言 その2

人物設定集その2

(言い訳は後書きにて)


====================

6章登場

 

No.12

高上聯弥 lv.33

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:6

身体能力:6

カリスマ:4

 知能 :7

 感覚 :5

 運  :5

小柄な体躯とニット帽がトレードマークの彼女持ち。安定志向でリスクを嫌うが腹を決めたら突き進む。

 

 

No.13

出口桐子 lv.36

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:4

身体能力:4

カリスマ:7

 知能 :7

 感覚 :6

 運  :8

元巡ヶ丘31期生、電子遊戯部(ゲーム)部長にして愉悦派の1人。メンタルと運の強さを武器にして非戦闘組のまとめ役のようなことをしていた。フラフラしているようでしっかり芯が通っている。

 

 

No.14

光里晶 lv.35

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:6

身体能力:5

カリスマ:5

 知能 :7

 感覚 :5

 運  :7

元武闘派だが嫌気がさして穏健派に転向、そのため戦闘力にはそれなりに自信あり。外見から受ける印象に反して素直で誠実、相談役などを頼まれることも多かった。

 

 

No.15

喜来比嘉子 lv.34

キャラ属性:原作生存組

 

戦闘技術:3

身体能力:4

カリスマ:4

 知能 :8

 感覚 :8

 運  :7

引っ込み思案に見えて仲間内では意外にツッコミ役。建築工学の造詣が深く設計から電装工事まで幅広くこなすエンジニア。

 

 

No.16他

武闘派mob lv.28

キャラ属性:オリキャラ

 

戦闘技術:5

身体能力:7

カリスマ:3

 知能 :5

 感覚 :4

 運  :4

力はあるが技術はない。よく考えることもなく感情のままに動く者は、あまり良い結果を得ることはできないだろう。

 

 

No.17

???(武闘派リーダー) lv.38

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:6

身体能力:7

カリスマ:7

 知能 :7

 感覚 :5

 運  :6

自分がリーダーとして周りをまとめる、その気持ちに突き動かされて動いている。責任感が強すぎるのも問題かもしれない。

 

 

No.18

???(武闘派の紅一点) lv.34

キャラ属性:原作死亡組

 

戦闘技術:5

身体能力:4

カリスマ:8

 知能 :7

 感覚 :6

 運  :4

基本的にリーダーの傍にいる女性。控えているのかと思いきや勝手に発言したり独断で行動したりと、本当にリーダーに従っているのかは不明。

 

 

No.19

右原篠生 lv.42

キャラ属性:オリキャラ

 

戦闘技術:8

身体能力:6

カリスマ:6

 知能 :8

 感覚 :7

 運  :7

元巡ヶ丘31期生にして、唯一の良心たる憲兵隊の隊長。自身の身体能力を把握し、それをフルに活用して繰り出す体術は愉悦派にとっては脅威の一言。最近彼氏ができたので幸せいっぱい。

 

 





ごめんなさい!!!(スライディング土下座)

この1週間ずっとプロット考えていたんですが気づいたら投稿日になってましたぁっ!!!
ので、今週はこれで勘弁してつかぁさい...

来週こそは本編を投稿できる、と思います。


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第1章:学園生活部加入編
1-1:OB、終わった世界を歩く


本作品を見に来ていただいた皆さん初めまして!逢魔ヶ時と申します。

人生初の小説投稿ということで緊張してますが、学園生活部の面々が救われる未来を目指して頑張ります。
それでは記念すべき第1話です、どうぞ〜


 良く晴れた平日の昼下がり、一人の青年が道路を歩いていた。

 日本人としては平均的な体躯に黒髪黒目の風貌、どこか子供っぽさが残る顔立ちからして社会人というよりは大学生であるように見受けられる。

 それだけ書くと特におかしな点はなく、せいぜい不真面目な学生が講義をさぼって日中からぶらついているという程度の日常の一コマに過ぎないだろう。

 

 しかし、青年の格好がそんな日常に不審感の影を落としている。

 

 動きやすそうなジーンズに半袖のTシャツ、アウターを重ねた服装に腰にポーチを下げているまでは良い。しかしその背に背負われているリュックは通学に使われそうなシンプルでスタイリッシュなものではなく登山用、ともすれば軍用と言われても納得できるほどに武骨で機能性が重視されたものだった。それが肩掛け紐だけでなく複数のベルトを用いて、走っても揺れないように固定されている。さらに足元を見ればスニーカーやデッキ―シューズのようなよく見かけるものではなくトレッキングシューズ、様々な地形でより長距離を歩くことを目的とした靴を履いている。少なくとも暇な学生がちょっとその辺まで出かけるといった格好ではない。

 

 これらに加え、不審感を生み出しているのが腰にぶら下げられた山刀(マチェット)と両手に握られたシャベルだろう。鞘から察するに刃渡り40㎝はありそうな山刀はそれだけで警察官が職質に飛んでくるには十分なシロモノだが、今回に関して言えば青年の持つ危険物ランキング1位の座を明け渡している。

 そしてランキング堂々の1位たるシャベルはというと、もともとはどこにでもあるような道具だったはずだがいくつかの改良が施されていた。もとはごくごく一般的な剣先スコップだったものが木製の軸にはテニスラケットに用いられるようなラバーグリップが巻かれ、素手でつかんでも滑りにくいようになっている。さらに、軸の上下にはスリングが結び付けられて肩に掛けることができるようにされている。また、スコップの最も重要なパーツである先端の金属部分は地面に突き刺す側が研ぎあげられ、刃物のような鈍い輝きを帯びていた。

 

 そして、不審感を決定的なものにしているのがシャベルを彩るグロテスクな装飾たちである。金属部分や軸の随所に赤黒い液体が飛び散った跡があり、所々には赤くぐちゃぐちゃになった何かが小さくこびりついている。

 そんな、全うな土仕事をすることでは決してつかないような汚れが付いたスコップを持つ青年もまた、目を凝らしてみれば同種の汚れがTシャツの前面や靴の端に付着していることが見て取れる。

 総合的な評価として、青年の格好はどうひいき目に見ても不審者としか言いようがないものである。

 

 それなのに、青年のことを咎めだてようとする人間はいない。

 青年のような明らかな不審者がいれば、自らが前に立ちふさがり直接声をかけて引き止めることはできずとも、警察へ通報したり周囲へ注意を促したりするのが普通であろう。

 にもかかわらず、そのようなことをする者が出ないのはなぜなのか、

 

 端的に言って、

もはやそれをするような人間が存在していないからである。

 

 これは青年の周囲が無人であるからこのように言っているわけではなく、文字通りの意味で存在していないということである。また、もし仮に通報した者が居たとしてもそれを受ける者が居ないであろうし、そもそも警察機構そのものが現在まともに機能していない。

 予め断っておくが、今青年がいるのは紛れもなく日本であり、決して紛争地帯のような治安が崩壊していた地域にいるというわけではない。

 それならばなぜ治安維持のための組織が機能していないのか、

 

 こちらも端的に言ってしまえば、

それらの社会秩序を崩壊させるだけの存在が出現したから、ということになる。

 

 数ブロックほど進み、交差点に差し掛かったところで青年は立ち止まり、顔をわずかに覗かせて左右の道路の様子を確認する。 

 

 10数メートルほど離れたところを一つの人影がゆっくりと移動していた。

 服装としてはスーツのズボンにワイシャツといったサラリーマンを思わせる姿であり、少し暑かったのか袖を折るようにしてまくっていた。

 服装だけをならば外回り中のサラリーマンに見えるその人影はしかし、生気というものが全く感じられなかった。

 

 日本人らしく黄身がかった色をしていたはずの肌はどす黒く変色し、その瞳は白く濁り意志の光を認めることはできない。さらにワイシャツは一面が乾いてしまって黒ずんだ血で染められていることに加え、何かにかかじり取られたように肉がえぐれた左腕からは白い骨が顔を出している。

 それらの特徴すべてがかつて人間であったそれが、もはや人知の及ばぬ存在になり果てていることを何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 古くからホラー系の作品で使い古されてきた存在、ゾンビである。

 

 

 死者が蘇り生者を襲う、襲われて死亡した者もまた死者として蘇り生者に牙をむく。恐ろしい感染力を持ち、軽く噛みつかれただけでも発症し新たな死者を生産し続ける。

 それはフィクションにもかかわらず、いやフィクションであるからこそ多くの人々を魅了し、娯楽の一大ジャンルを築いていた。

 

 しかし現在、架空の存在であったはずのそれは、現実のものとして地上を闊歩していた。

 

 ゾンビたちが姿を現したのはおよそ1週間前、すべての通信が途絶したのはそれからわずか3日後のことだった。世界中で同時多発的にゾンビが発生し、各国政府が対応に当たっているというところまでが青年が知る情報のすべてであった。

 

 (それにしても、発生から蔓延、さらには通信の途絶までが早かったな。もう少し保つかと思ってたんだけど。)

 

 

 今となっては益体もないことを考えつつも青年は注意深くサラリーマンのゾンビを観察する。

 ゾンビは道路の中央あたりをゆっくりと進んでいるため、現在のところ青年に気づく気配はない。しかしながら追い越すようにして通り過ぎればさすがに気づきその牙を突き立てようとしてくるだろう。

 

 青年は顔を引っ込めると、シャベルを道端に立てかけて腰のポーチから小さく折りたたまれた地図を取り出し広げた。

 

 地図は比較的縮尺が小さいものであり、建物の形や裏路地までが細かく描かれているものである。そして地図の上にはこれまで青年がたどってきたルートや様々な情報が書き込まれていた。

 ルートは所々で戻った跡があり、行き止まりになった箇所には、「ゾンビ多数」や「事故、不通」などと注意書きがなされていた。

 

 書き込みの様子を見ると、このところ青年が通ろうとしたルートは尽く何らかの理由で通れなくなっており、既にだいぶ遠回りを強いられているようであった。この上にまた迂回をするということになると、今日の移動ルートをほとんど無駄にすることになってしまう。

 

 軽くため息をつき地図を折りたたんでポーチに戻すと、青年は再びゾンビの様子をうかがい、相も変わらず緩慢な動作でこちらに背を向けて歩き続けていることを確認した。

 

 シャベルを拾い上げて構え、足音を殺しながらゾンビに近づいていく。

 気づかれないまま十分に近づいたところで振りかぶり、横向きにスイングして平たいほうの面を頭にたたきつける。

 

 突然側頭部に打撃を受けたゾンビはその勢いに逆らえず横向きに倒れ込みうつぶせになった。

 起き上がる前に背中を踏みつければゾンビは立ち上がれなくなる。

 

 もぞもぞと動き続けるゾンビの頭部に十分な速度でもってシャベル突き立てると、かたい殻を破った感触に続いて豆腐を切ったような感覚が伝わってくる。

 脳を破壊されたゾンビには二度目の死が与えられ、その動きを完全に止める。

 

 もう動かないことを確認した青年は背に乗せていた足をどかし、シャベルを軽く振って付着した血や脳みそをはらう。頬にはねた血がむずがゆく、なめとりたい衝動に駆られるが袖で拭って口に入らないようにする。

 

 周囲を軽く見まわして新しいゾンビが姿を表さないことを確認すると、油断なくスコップを構えたまま移動を再開する。

 

 この様にして青年は進んでいく。

 ゾンビを発見した時には、確実に始末できるようなら先ほどと同様に永遠の眠りにつかせる。ゾンビが複数体いたり、奇襲が難しそうな場合は無理をせずルートを変更する。

 

 

 

====================

 

 

 

 何度も迂回を繰り返しているうちに時間は進み、あと2時間もすれば日が沈むという時間になった。

 暗くなり周囲が確認できない状態での移動は自殺志願でもない限り遠慮願いたいので、どこかで日が明けるまで休む必要がある。

 とはいえゾンビが地上を支配している現在、開店しているホテルやネカフェなど無い。たとえ入口が開いていたとしても、どこに奴らがいるか分からない閉鎖空間では落ちついて休むことはできない。

 

 では、いかにして夜を越すか。

 青年はブロック塀を乗り越えてある住宅の敷地内に入った。住宅は2階建てで敷地は塀で囲まれており車の出入り口であろうゲートも下りていた。建物の周りを一周して窓が割れているなどゾンビが侵入できそうな箇所がないか、血痕が付着してないか確認する。一見したところそのような箇所は見当たらなかった。

 

 続いて玄関のドアに耳を当てて中で物音がしないかを確かめる。しばらくしたらドアを強めにノックしてもう一度確かめる。

 これは家の中にゾンビがいないかを手早く確認するためだ。たとえ外から危険が確認できなくてもその家が安全だとは限らない。ゾンビに噛まれて逃げ込んだ後にゾンビ化しているかもしれないし、何らかの理由で家の中でゾンビ化した家族を監禁しようとして噛まれ家族そろってゾンビ化している可能性もある。

 もし室内にゾンビが居れば、家の外で音を立てればうめき声や移動する音でそれが確認できる。

 

 幸い、室内から物音が聞こえてくることはなかったので、青年はこの家を今日の宿とすることにした。壁にシャベルを立てかけ、それを足掛かりにして1階部分の屋根に上る。2階の部屋の窓ガラスをあまり音を出さないように割り、内心でお邪魔しますと言いながら中に侵入する。

 ちなみにシャベルはスリングを引っ張って回収してある。

 

 室内に入っても靴を脱いだりせず警戒は切らない。リュックとシャベルを置いて身軽になると、青年は左手に懐中電灯、右手に山刀(マチェット)を持って室内のクリアリングを始めた。トイレや浴室などの閉所では大ぶりなシャベルよりもこちらの方が取り回しがいい。

 

 納戸から床下まで家の中を隅々見て周り、生存者もゾンビもいないことを確認して青年はようやく警戒心を緩める。

 どうやらこの家の住人は家族ぐるみで避難したらしい。慌てて準備をしたように家の中は散らかっていた。

 

 夕食としてクリアリングついでに回収した菓子やら缶詰やらを食べ、ペットボトルの水をでのどを潤す。

 

 腹ごしらえを終えると、外はもう暗くなり始めていた。ゾンビは音や光に反応して寄ってくるので、外に光が漏れぬよう雨戸をきっちりと閉まっていることを改めて確認する。それでも油断は出来ないのでライトの明かりは最小限だ。

 

地図と手帳を取り出した青年は、今日の移動ルートを地図に書き込む。倒したゾンビの数やその状況、気が付いたことなどは日記帳代わりの手帳に記入する。

 ゾンビが現れてから始めた習慣であるとともに、青年がこの世界を生き抜いてきた証でもある。

 

 日課を終えてしまうと本格的にすることが無くなる。

 最近は明るくなるとともに行動を開始して暗くなる前に終えるという生活ルーチンが出来上がっているため、この時刻になると眠気が感じられる。

 青年は軽くあくびをすると、リュックから着心地の良い服を取り出して着替え部屋にあったベットに潜り込んだ。

 

「おやすみなさい。」

 

 誰に言うとでもなくつぶやき、青年はライトを消した。

 

 床に広げられたままの地図には「私立巡ヶ丘学院」と言う学校が目的地という書き込みとともにぐるぐると囲まれていた。




以上、第1話でした!

「学園生活部出てきて無いやんけ!」という方ごめんなさい許してください何でもしますから(なんでもするとは言ってない)。
一応学園生活部と接触するところまでは書き溜ができてるのでそこまでは短い間隔で登校する予定です。

誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると幸いです。コメント、感想等いただけると励みになるのでぜひぜひお願いします。なお作者豆腐メンタルにつき批判や酷評はお控えください。

それでは続けて第2話もどうぞ~


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1-2:OB、鉄の猛威を手に入れる

読者の皆さんこんにちは、逢魔ヶ時です。

投稿初日ということで第2話も投下します。
鉄の猛威って何なんだろうなー(すっとぼけ)

それでは第2話です、どうぞ


 翌朝、ベッドで目を覚ました青年は軽く腹ごしらえをすると身支度を整えて一夜を明かした住宅を後にした。

 時刻は9時過ぎ。夜明けとともに起きだしていた割には移動を始めるのが遅い気がするが、これには理由がある。

 

 朝、特に通勤ラッシュがあった時間帯は妙にゾンビの数が多くなるのである。

 ゾンビパンデミック発生から1週間ほど、青年は自宅から外に出ることなくゾンビたちの様子を観察していた。結果、奇妙なことにゾンビは生前の生活ルーチンを模したような動きをすることが分かった。

 通勤ラッシュや帰宅ラッシュ、あとは昼休憩の時間帯は表を出歩くゾンビの数が増えているのである。

 

 電車などの交通機関は止まっているし、そもそも会社も営業していない状態で、彼らがどこからきてどこに行っているのかは皆目見当がつかない。しかしわざわざ知りたいとも思えないのでそのあたりは放置する。

 

 そのようなわけで、朝早くに起きてもすぐに移動ができるわけではないのである。加えて、食べてすぐの移動は自分のパフォーマンスを落とすことにつながるので、移動を開始するのはこの時間になるという訳である。

 

 

 

====================

 

 

 

 移動し始めてから数分もたたないうちに青年は少し悩んだ様子で立ち止まることになった。

 

 少し離れたところから煙が立ち上っていた。

 煙が出ているということはその下には火かそれに準じるものがあるはずで、ゾンビに火を扱う能力が無い(確認はしていないが恐らく無いであろう)ことを考えれば必然的に生存者がいる可能性が高い。漏電による火災という線もあるが、電気がストップしている現在それは考えにくい。

 

 となると問題は、煙の下にいると思われる生存者がどのような意図で煙を上げたかという点になる。ぱっと考えて思い浮かぶものとしては、自分たちの存在を知らせ救助を求める、逆にここに拠点があると示して周囲の生存者を集めようとしているなどがある。

 

 前者なら接触を図ることで救助は無理でも情報の交換などを行うことができるが、後者の場合は罠であることを警戒しなければならない。純粋に生存者を集め保護しようとしているのなら何の問題もないが、身ぐるみをはいだうえで良くて奴隷、悪いとその場で殺そうとするような無法者の集団であるかもしれない。

 

 まだパンデミックから一ヶ月も経っていないため、そこまで倫理観が崩壊することはないと思いたいが極限状態が人間に与える影響というものは計り知れないので心配してしすぎるということはない。

 

 「安全策としては近づかないほうがいいんだけど、放置してもいい予感がしないんだよなぁ」

 

 もしよくない連中がたまっていた場合、目的地到着後の行動方針を考え直さないといけない。

 

「接触しないで、情報収集だけはやっときますか」

 

 青年は地図を取り出し煙が出てると思われる方への安全そうなルートを構築し始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「・・・うっそだろ、お前」

 

 思わずといった様子でつぶやく青年がいるのは電柱の上である。

 煙が近づいてきたところで、少し離れたところから観察しようとポケット望遠鏡を片手によじ登って覗き込んだところで出たのが先ほどの言である。

 レンズの中に映るのは住宅の壁に突っ込んでいるオリーブグリーンの四駆とそれを囲むように倒れている多くのゾンビたちだった。

 

 先ほどから目印にしていた煙は四駆のボンネットから立ち上っており、ひしゃげたバンパーは衝突時の衝撃の強さを物語っているようだった。

 

 しかしながらパンデミックが起こった現在では、事故車両などは珍しいものではない。問題なのは壊れている四駆の種類であった。

 

 (あれって自衛隊の車両だよなぁ)

 

 1/2tトラック、愛称をパジェロ。それが事故を起こしているトラックの名前だった。

 1973年に正式採用されたことから73式小型トラックと呼ばれていたが諸々の事情で名称が変更されたという経歴を持つ。

 小型車ゆえ注目されることは少ないが自衛隊に最も普及している車両であり、様々な活動を行ううえで不可欠な存在である。

 

 そんな自衛隊の車両が煙を吹きながら事故を起こしているという状況は、パンデミックに際してロクに対処もできないまま崩壊した日本社会を表しているようにも思えた。

 

 ともかく、望遠鏡から見た限り目立った危険はなさそうなので青年は近づいてみることにした。

 スルスルと電柱から降り、地面に置いていたリュックを背負おうと事故現場に足を踏み入れる。

 念の為に倒れているゾンビを突っつき、完全に沈黙していることを確認していくが、どのゾンビも頭部が激しく損傷しており、原形をとどめていないものもあった。どうやら車両を運転していた者たちに鉛玉をプレゼントされたらしい。

 

「ウップ…」

 

 映画とは段違いのグロテスクな光景に思わず胃の中身がこみあげてくるが、朝食を無駄にしたくないので根性で押し戻す。

 吐き気をこらえながら事故車両に近づいていくと、車両に背を預けるようにして座り込む迷彩服をきた人影があった。電柱から見た時は車両の陰になっていて見えなかったようだ。

 

 顔を伏せるようにして座り込んでいるため表情は見えないが、どうやらゾンビ化はしていないらしい。

 右手で拳銃を掴んでいるのを見るに、ゾンビを始末したのはこの人物らしい。

 

「大丈夫ですか?」

 

 青年が声をかけると、ゆっくりと顔を上げると驚いたような顔をして口を開いた。

 

「生存者か…こんな状況でまだ生き残っているとはな」

 

 声は細く、かろうじて聞こえる程度のものでしかない。相当弱っているように見える。

 

「はい。まあ何とか生き残っているという感じですし、特に仲間がいるという訳ではありませんけどね」

「それでもだ。どこか怪我をしているようには見えないし、今の現状に対応できる格好をしているように見える。翻って見れば俺はこんなありさまだ。きちんと訓練をしてきたはずだったんだがな…」

 

 自嘲気味につぶやく男に対して青年は問いかける。

 

「一応聞きますけど、あなたは自衛隊の方ですよね」

「ああ、俺はこれでも陸上自衛隊に所属する自衛官だ。基地の上層部からこの地域の警察機構を指揮して生存者を保護、帰還せよという命令を受けてな、まずは警察と合流しようとしていたんだが、」

 

 そこで自衛官は言葉を切ると、一度四駆の中を振り返ってから話を続けた。

 

「ゾンビどもが車両の前に現れてな、よけきれずに引いてしまって奴らの血や内臓でスリップしてブロック塀に衝突。その衝撃で相棒は死んじまったよ」

 

 車内をのぞき込んでみると、もう一人の自衛官が突っ伏すようにして死んでいるのが見えた。変形した車両のフレームが腹部に突き刺さっていた、即死だったのだろう。

 

「その後は、事故の音を聞きつけた奴らが次から次へ押し寄せてきたから頭に1発ずつくれてやったという訳さ」

「そうだったんですか。でもこういう言い方は何ですが、あなただけでも生き残ってよかったじゃないですか」

 

 励ますように言う青年の言葉を遮るように手を挙げた自衛官は弱弱しく笑うと、体に隠れていた左腕を掲げて見せた。

 

 制服の二の腕付近が破れており、その下から覗く肌には噛み千切られたあとがあった。

 

 思わず距離をとって身構える青年を気にせずに話し続ける自衛官。

 

「この通り俺はもう長くない。 奴らになる前に始末をつけるつもりだが君はもう行きなさい。うまくいけばどこかの避難所にたどり着けるだろう」

 

 そこまで言い終わると、自衛官は目を閉じて黙ってしまった。

 

 しかし青年にその場を立ち去ろうとする気配はない。

 自衛官も青年の気配がなくならないことに気づいたのか、しばらく沈黙していたが目を開けると口を開いた。

 

「どうしたんだ、もう行きなさい」

「いや、あなたもうすぐ死ぬんですよね。ならそれまで待ってあなたの銃をもらおうかなぁ…っと」

 

 堂々と死体漁りをすると宣言する青年に、自衛官は思わず「ハァ?」という顔になる。

 

「何を言ってるんだ、民間人に火器を渡せるわけがないだろう。扱いを間違えればゾンビと関係なく死にかねないんだぞ」

「一応海外での射撃経験はありますし、自衛隊の火器についても知識だけならあるんで大丈夫です」

「それを聞いて安心できるわけないだろう。火器の流出を防ぐための措置としてここで俺が君を処理するかもしれないとは考えないのか」

 

 険しい表情をしてにらむ自衛官に対し、青年は態度を変えることなく、

 

「いやいやそんな、あなたはそんなことをする人ではないと信じています」

 

と笑顔で言い切った。

 この青年、なかなかイイ性格をしているらしい。

 

 自衛官も毒気を抜かれたようで、苦笑すると先ほどより砕けた口調で話し始めた。

 

「お前、度胸あるな。まぁいいだろう、実際俺にはお前を処理する気はないし確かに最低限の知識があるなら火器を持っていて損することはないだろう」

「ありがとうございます」

「その堅苦しい口調もなしだ、どうせなら地を出してしゃべってみろ。年齢差の気遣いも不要だ、どうせもうすぐ死んじまうのに敬ってもらったってしょうがないからな」

 

 頭を下げる青年に笑って、普段の口調で話すように求める自衛官。

 

「そういうことでしたら。了解、渡してくれる気になってくれて嬉しいよ。スコップと山刀(マチェット)だけじゃ正直この先辛いと思ってたからさ。…こんな感じでいいかな」

 

 「上等」とうなづく自衛官に、青年は続けて口を開く。

 

「ついでと言っては何なんだけど、やっぱり使い方を教えてもらってもいいか。あと車に積んである物資とか相棒の方の装備とかもできればもらいたいんだけど」

「なかなか、結構図々しいやつだな。」

「それほどでもないさ。それで、どう?」

 

 笑顔で首をかしげる青年の顔には「ダメと言っても持っていく」と書いてある。これには自衛官もため息をついていた。気持ちは分かる。

 

「好きにしろ。というか、ダメっつっても意味ないだろ」

「ご明察」

 

 ブレない青年の態度にため息をつくと、自衛官は右手に持っていた拳銃をクルリと回し、グリップを青年に向けるように差し出す。

 

「まずはこれ、9ミリ拳銃だ。装弾数は9発、ほかの自動拳銃(オートマチック)よりも少ないから注意しろよ」

 

 9ミリ拳銃、陸海空問わず自衛隊に導入されているダブルアクション式自動拳銃(オートマチック)であり、スイスのSIG社が開発したシグザウエルp220をライセンス生産したモデルである。

 世界的に流通している9ミリパラベラム弾を使用する、日本人の手のサイズにも合うようなグリップとなっている、などの特徴があるが大きな特徴としてはマガジンキャッチがグリップ底部にあることが挙げられる。

 

 通常はグリップを右手で握った時の親指の位置近くにボタンがあり、これを押すことでマガジンがリリースされるので片手で扱うことができる。

 一方、9ミリ拳銃の場合はグリップ底部にツメのようなパーツがあり、これをマガジンに引っ掛けることで支えている。リリースの際にはグリップを握るのとは逆の手で詰めを外す必要があり、必然的に両手での操作となる。

 この様な形式は比較的古い銃に多く、操作感としてはボタン式の方が圧倒的に使いやすい。

 なぜこの形式のp220が自衛隊で正式採用されたかについては諸説ある。一説として自衛隊の特性上、火器の部品紛失などは絶対にあってはならないことであるので必ず両手で操作するレバー式を採用したのではないかと言われている。

 

 その他の特徴としては装弾数が少ないことも上げられるが、こちらも自衛隊の特性上、拳銃を使うようなことになる事態はそうそう起こらないと判断されたために装弾数が少なくても問題にならなかったのではないかなどと噂されている。

 

 この様な、実戦面で見れば問題がある9ミリ拳銃だが、基本的に陸海空の自衛隊すべてで同じような仕様で導入されている。

 

 しかし、渡された9ミリ拳銃には青年の記憶している中には無い仕様変更がなされていた。

 

「なあ、なんでこれサプレッサーが取り付けられてんの?」

 

 銃身(バレル)という発射された銃弾が通過する管状のパーツが延長されており、その先端には減音器(サプレッサー)または消音器(サイレンサー)などと呼ばれる発砲音をする小さくするための10センチほどの筒状のパーツが取り付けられていた。

 

 こんな仕様の9ミリ拳銃が使われているという話は聞いたことがなかったため自衛官に尋ねてみる。

 

「ああ、それか。このパンデミックが起こる直前に新しいバレルが支給されたんだ。なんでも近々仕様変更の可能性があって試験的にうちの基地で支給したということらしい。あいつらは主に音に反応するからな、こんな状況にはピッタリってわけだ」

 

(仕様変更?そんな話があったら公開されてるはずだよな、一部の秘匿部隊用ということなら分かるけど基地全体で試験というのも変な話だ。しかもパンデミックの直前に配布されるなんてタイミングが良すぎる…)

 

 疑問には感じたが、現状困る事ではないので一旦置いておくことにする。

 

「ふーん、それは運が良かったな」

 

 呟きながら9ミリ拳銃を構える青年の姿はそこそこ様になっており、射撃経験があるというのも満更嘘ではないようだった。

 

 両手に握られたそれは暴力の化身としての存在感を放っているようで、青年にはそれが頼もしく感じられた。




以上、第2話でした!

「てめぇまだ学園生活部出てこないじゃねえか!おっさんは良いからはよ出せっ」という方ホントにごめんなさい。調子に乗って書いてたらまだ主人公が巡ヶ丘学院に着きませんでした。次回には到着しますので許してください。

投稿初日記念ということで本日はもう1話投稿しますのでお楽しみください。

それでは第3話、どうぞ~


……あれ?そういえばまだ主人公の名前出せてないな?


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1-3:OB、1年ぶりに高校に登校する

皆さんこんにちは、逢魔ヶ時です。

投稿初日記念ということで今日はこの話までの投稿となります。
やった学園生活部の面々が登場します!(あとついに主人公の名前も)

それでは第3話です、どうぞ


 その後、9ミリ拳銃だけでなく自衛隊の正式採用アサルトライフルである89式小銃の使い方についてもレクチャーを受けた青年は、車内を物色して持っていく物資を見繕っていた。

 

減音器(サプレッサー)付きの9ミリ拳銃は2丁とも持っていくとして、弾丸を何発持つかだよなぁ。89式小銃(ハチキュウ)は持ってきたいけど重いから今は無理か。拳銃の弾ってどのくらい持てばいいと思う?」

「知らん、俺たち自衛官はハチキュウを基本装備とした戦い方を身につけてるからな。拳銃だけの戦闘は専門外だ」

 

 めんどくさそうに答える自衛官は、ゾンビウィルスが回ってきているのか最初に会った時よりも顔色が悪くなってきていた。残された時間はあまり長くないかもしれない。

 

 「つれないこと言うなよなー」などとぼやきつつ、青年はトラックの後部に積まれていた弾薬箱の一つを手に取っていた。

 意外に思うかもしれないが拳銃の弾丸というものは紙製の箱に入っている。大きさは筆箱より少し小さいくらいで、箱の中は格子状に仕切られた枠に1発ずつ差し込まれるようにして並んでいる。ちなみに1箱は50発入りだ。

 

 今後のゾンビとの戦闘で銃が主体となるであろうことを考えると、弾丸は持てるだけ持つに越したことはないのだが弾丸だって多くなればかさばるし重い。

 当然ながら武器だけを持っていればよいということはなく、食糧や着替え、その他の小物類なども同時に運ばなければならない。

 

 

 結局、減音器付きの9ミリ拳銃を2丁とそのマガジン、銃のメンテナンスキットに弾丸数箱分を持っていくことにした。もっとも、地図に現在の場所や残りの物資やらを書き込んでいたので近々取りに来るつもりらしい。

 

 自衛官からホルスターと予備マガジンを入れておくホルダーを受け取った青年は、それらを腰のポーチのベルトに通して固定した。

ホルスターから取り出して構える一連の動作を繰り返し、引っかかったりしないかを確認していると、先ほどから黙ってしまっていた自衛官から声がかけられた。

 

「なあ」

「なんだ?」

「火器の提供とレクチャーの代金というわけではないんだが、1つ頼みたいことがある」

 

 一拍開けて、

 

「出発する前に、俺を、殺していってくれないか?」

「なにを…」

 

 さすがに想定外だったのか声が出ない青年に構わず、話を続ける自衛官。

 

「最初に言っただろ、俺はもう長くないから自分で始末をするつもりだ、って」

「あ、ああ。確かに言ってたな」

 

「おかしいと思わないか、俺は別にお前と会うことを予測していたわけじゃない。なのに俺は、ゾンビに噛まれてもう助からないと分かっているのにも関わらず、お前に声を掛けられるまで生きながらえていた」

「できなかったんだ。噛まれちまったんだからもう助からない、このまま放っておけば自分もゾンビになってただ目的もなく徘徊するだけの存在になってしまう。それが分かっていながら自分の頭につきつけた銃の引き金を引けなかった」

「…」

「自殺するのは怖くてできない、それでもゾンビになるのは嫌だと頭の中がぐちゃぐちゃになっていたところにお前が来たというわけだ。自分以外の第3者が来たんだ、なら頼むしかないだろう」

「な、何言ってんだよ。まだゾンビ化しているわけじゃないんだし、助からないって決まっているわけでもないし、そ、そうだ、もしかしたら治療法とかもできるかもしれない」

 

 反論してみるが、話している自分でも信じられない内容だ。それは自衛官も思ったようで、軽く笑って言う。

 

「噛まれちまったらゾンビ化するのは時間の問題だ、遅いか早いかの違いでしかない。それに治療法が見つかるとしてそれはいつになる?2年後か?3年後か?残念ながらゾンビ化がおこるのは噛まれた奴が生存していた場合でも早くて6時間後、長くても3日後程度だ。途中で死んでしまったらもっと早くなる。どっちにしろもう俺は助からないよ」

 

 自衛官は軽く青年を見上げると、それにな、と言って続けた。

 

「これはお前の為でもあるんだ。銃を持っていくなら、今後お前がそれを向ける相手がゾンビだけではないかもしれないということも考えなければならない」

「…っ」

「支えを失った人間の心は脆いものだぞ。もちろん俺はこの国の国民の倫理観を信じている。だけど海外に派遣されたことがある身としては統治機構が失われた土地の住民がどのようになるかはよく分かっているつもりだ。まして現在の状況は今まで見たどの状況よりもひどいからな。愚かな選択をする輩が絶対に出てくるだろう」

「もしそうなったら、お前は一瞬で判断を下さなければならない。少しでもためらおうものなら、そこまでということになる。そんな時の為に練習しておいて損はないだろう」

 

 青年は表情こそあまり変化していないが、その手は握りしめられていた。彼にも分かっていたのだろう、ゾンビ以外の生存者とも対峙する可能性があるということを。

 そのために自分を撃って練習にしろという自衛官の言いたいことも理解できる、しかし理解できるからと言って納得できるものではない。

 

「そんな顔するなよ、こう考えてみたらいい。ゾンビもののチュートリアルの最後に主人公に色々教えてくれた先輩が噛まれてしまう。戸惑う主人公に対して早く自分を撃てという先輩、涙ながらに先輩を撃った主人公は決意を胸に宿して探索をスタートするって寸法だ」

 

 あんまりなことを言い出す自衛官に、真剣な表情をしていた青年も吹き出してしまった。

 

「自分の命をゲームに例えたりするなよな…。ってか俺が銃を持ってあんたが言う愚かな輩になるとは思わないのかよ」

 

 すると、その言葉を待っていたかのように自衛官はニヤリと笑った。

 

「いやいやそんな、お前はそんなことする人ではないと信じているよ」

 

 先ほど言われたことをそのまま返された形になった青年は、今度こそ肩の力が抜けたように微笑んだ。

 

「分かった、そこまで信じてくれる人の願いを聞かないわけにはいかないからな」

「ありがとな」

 

 それじゃあやってくれという言葉にうなづき、青年は自衛官の前に立った。手にした9ミリ拳銃をコッキングして初弾を装填するとそれを自衛官の額に向けて問いかけた。

 

「最後に、名前を聞いてもいいか?」

「そういえば言ってなかったな。俺は田宮、田宮敦というんだ」

「そうか。田宮さん、俺にこの世界で生きる手段と覚悟を与えようとしてくれてありがとう。俺は、この銃を持っている限り俺の手の届く人達を助けることを誓うよ」

 

 内心で考えていたことを青年の方から言われた田宮は思わずと言ったように顔を挙げた。

 

 自分が死ぬのは仕方ない、自衛官となった時から覚悟はしていた。それでも国民を守るという自衛官としての職務をを果たすことができないのが心残りだった。

 その思いを目の前に現れた青年に託したいという思いはあったが、自分の希望をまだ先のある若者に押し付けるわけにはいかないとも考えていた。

 せめてこの青年が生きていくための手段を与えることができたということで納得しようとしていた。

 

 その内心を見透かしたかのような青年の言葉により、田宮の中にあった心残りは消え去った。

 憑き物の落ちたような顔をした田宮は青年に対して心からの感謝を伝えた。

 

「本当にありがとう。天国に行ったらお前が無事に生きていけるよう祈っているよ」

 

 そうつぶやくように告げると、田宮は静かに瞳を閉じた。

 

 昨日に引き続き良く晴れた空に響いた銃声は、減音器(サプレッサー)の効果でひどくくぐもって聞こえた。

 

 

 

====================

 

 

 

 3日後、小雨が降る中を雨具を羽織った青年が進んでいた。

 手には9ミリ拳銃が油断なく構えられており、この数日で銃の扱いにかなり慣れたことを示していた。

 

 実際、銃を手に入れてから青年の移動速度はかなり上がった。

 ゾンビの間合いの外から一方的に攻撃できるため2,3体のゾンビが群れていたとしても問題なく処理することができる。

 シャベルを使った近接戦闘では複数体を相手にすることになり、リスクが高いとして迂回していたようなルートを通れるようになった。

 

 もちろん5体、6体ともなれば苦戦するだろうし、減音器(サプレッサー)をつけているとはいえ完全に発砲音が消えるわけではない。撃ち続けていれば音に寄ってくることもある。

 それでもなかった時と比べれば雲泥の差である。

 

 この日は朝から空模様が怪しく、昼を過ぎたころからは雨が降り始めた。

 パンデミックが起こって以降初めての雨なので、ゾンビたちの様子を見ていた青年だったが、まるで雨宿りをするかのように屋内に入っていくゾンビたちに移動を優先することにした。

 

 現在雨の中を進んでいても路上に立っているゾンビはほとんど見受けられない。

 雨音がゾンビのうめき声や足音をかき消してしまうので警戒を解くことはできないが、雨天の時はなかなか移動に適しているようである。

 

「このペースなら夕方位には着きそうだな」

 

 青年が軽く見上げる丘の上には、彼の目的地である学校が静かにたたずんでいた。

 

 

 

====================

 

 

 

 学校の廊下を複数の人影が走っていた。

 

 つい1ヶ月前には、きれいに掃除されて休み時間ともなれば左右の教室から多くの生徒たちが出てきておしゃべりを楽しんでいた場所は、血痕や飛び散ったガラス片、倒れて動かない制服を着た遺体とで埋め尽くされていた。

 両側の教室に続く扉のうちのいくつかは内側にひしゃげたように破壊され、中には積み上げられていたのであろう机や椅子が散乱していた。

 

 走っている人影の数は4つ、学校指定とみられるセーラー服を着た3人の女子と恐らくは教師であろう紫色のワンピースを着た女性であった。髪をツインテールにしてシャベルを持った活発そうな少女が先頭を走り、ワンピースの女性が後ろを気にしながら最後尾につく。その間を髪の長い少女と動物の耳のような不思議な形状の帽子をかぶった小柄な少女が挟まれるようにして走っていた。

 

 先頭の少女がゆらゆらと向かってくるゾンビに向けてシャベルを振りながら後方の女性に対して叫ぶ。

 

「めぐねぇっ、後ろどうなってるっ?」

「ダメっどんどん増えてきて塞がってるっ」

 

 ワンピースの女性が振り返った先には階段を上がってきたり教室から出てきたゾンビであふれかえっていた。

 

「くっそ、ゆきっ、りーさん、しっかりついて来いよ」

「う、うん」

「ええっ」

「それにしてもっ、なんであいつらっ、雨になった途端にっ、わらわら入って来てんだ!」

「もしかしたらっ、みんなっ、雨宿りにっ、来てるんじゃないかなっ」

「はぁっ!?奴等にそんなもん、必要ないだろっ」

「分からっ、ないわよっ。まだっ、彼らについてっ、知らないことばかりっ、なんだから!」

「ゆうりさんっ、無理して話さない方がっ、いいですよっ」

 

 叫び合いながら走る彼女達が、この学校に残っている生存者のすべてであった。パンデミック発生当初を何とか乗り切った彼女らは、2階と3階の間に机で簡単なバリケートを作り、少ない物資をやりくりしながらなんとか生き延びてきた。

 

 しかし、もともと大した量でもなかった物資は残りわずかとなり、バリケートの外に探しに行く必要が出てきた。1階の購買部で食べ物を調達しようということになり、皆で2階に降りたところで1階から上がって来たゾンビたちと鉢合わせしてしまった。

 

 再びバリケートを乗り越えて3階に戻るだけの時間はなさそうだったため、ひとまずは走って逃げてゾンビたちとの距離を離してから別の階段のバリケートを超えて3階に戻ることにした。

 しかし、音を聞きつけたゾンビたちが次々と教室から出てくるためそれに対処しながらでは早く進めない。もたもたしてるうちに4人の後ろにはゾンビの集団が形成されていた。

 

雨の影響なのか、普段よりも校舎内にいるゾンビの数が多いことも移動を妨げる一因となっていた。

 

「ちくしょうっ、向こうの端からも上がってきやがったっ!」

 

 前方の階段からもゾンビたちが姿を現し、4人は前後を挟まれる形となった。

 

「みんなっ、この教室に入って!」

 

 最後尾にいた女性が壊れていない教室のドアを開け放って叫ぶ。幸いなことに、中にゾンビはいなかった。

 戻ってきた3人が中に入ったことを確認し、女性はドアを閉めてしまう。

 

「ちょっ、めぐねえ⁉なんでドア閉めてんの⁉」

「まだ間に合いますから早く入ってきてくださいっ」

「そうだよめぐねえっ、早く!」

 

 口々に叫びながら開けようとするドアを押えながら、女性は意識して優しい声をして語り掛ける。

 

「いい?3人ともよく聞いて。ここに全員で入っちゃったらあの子たちがみんなここに殺到してしまうわ。でも私が目立つようにここを離れればほとんどを引き付けることができる。あなたたちは十分に時間が経ってからこっそり3階に戻ってね。」

 

 なおも言いつのろうとする3人の声を押し切るように続ける。

 

「あなたたちは私の自慢の生徒よ、あなたたちならこんな状況でもきっと生きていける。頑張ってね。」

 

 それだけ言うと、めぐねえと呼ばれた女性は教室の前から離れた。

 前後を確認し、ゾンビの数が少しでも少なそうな方へと走り出す。

 

 噛まれてしまってもいい、噛まれてもすぐに彼らのようになるわけではないから。

 足さえ止めなければ、あの子たちを彼らから少しでも遠ざけることができる。そのためなら自分が彼らのようになってしまっても構わない。

 

 それが、大人である自分が果たすべき責任だから。

 そう考えながら、もはや眼前に迫ったゾンビたちの隙間を駆け抜けようとした女性の耳を強い声が叩いた。

 

「伏せろめぐねえっ!」

 

 意味を理解するかしないかのうちに伏せた女性の耳に次に入ったのは、パシュパシュパシュッという連続した空気が抜けるような音だった。

 恐る恐る顔を挙げた女性の目に映ったのは、頭部を破壊されてこちらに倒れ込むゾンビたちの姿と、その後ろに立つリュックとシャベルを背負って拳銃を構えた青年だった。

 

 もう立ち上がって大丈夫だよ、と話す青年を女性、佐倉 慈(さくら めぐみ)は呆然とした表情で見つめる。

 

「なぎ、君?」

 

 半ばつぶやくように投げかけられた問いに対し、

 

「久しぶりめぐねえ。1年ぶりくらいかな?こんな状況で言うのもあれだけど、元気そうで何より」

 

 なぎ君と呼ばれた青年、凪原 勇人(なぎはら ゆうと)はニカッと笑いながら答えた。

 

 




以上、第3話でした!

いやー、主人公やっと高校に着きました。
そして本作品1発目の原作乖離、「めぐねえ生存」です。
原作開始点で死亡してるとか不憫すぎるし救いが無さすぎるということでめぐねぇ生き残ります。
こんな感じで、原作の流れを壊しつつ各キャラの救済を進めていきたいと思っていますのでご理解お願いします。

本日の投稿はここまでになります。次回投稿は書き溜めの進み具合と相談になりますがあまりお待たせすることはないと思います。

それでは第4話でお会いしましょう。

誤字脱字等ありましたらお知らせください。


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1-4:OB、学園生活部と接触する

自分が書いた小説が実際に読んでもらえているというのは、こそばゆいですが嬉しいものですね。お気に入り登録してくれた方や評価してくれた方ありがとうございます

そんな浮かれた気持ちになったところで次話投稿します。今回は前回登場した学園生活部の面々と主人公が対面します。

それでは第4話です、どうぞ


「やっぱりなぎ君よね、なんでここに…いや居ちゃダメってわけじゃなくて、なぎ君はもう卒業してて、でも実際ここに居て、なんか銃を持ってて、ええと、ええとぉ…」

 

 突然の状況に混乱してしまい、まだ近くにゾンビがいる状況にも関わらずしどろもどろになっている女性は佐倉慈。

 凪原の在学中の担任でもあった彼女はまだ新人と言ってもよい年齢であり、生徒達からもめぐねえと呼ばれ慕われていた。本人は「佐倉先生でしょ」とたしなめてはいたがまんざらでもなく思っていることは明らかだったので、呼び方を改める生徒はいなかった。

 

 教師としての責任感は人一倍強いが、元の性格のせいなのか想定外のことが起こると若干ポンコツ化してしまう。

 在学中と変わらない様子をほほえましく感じていた凪原だが、このままではまずいので学生の時と同じ方法で先生を再起動することにした。

 

 簡単に言うと、猫だまし、である。

 

 いきなり眼前で手を鳴らされた慈は「ひゃっ」と声を上げて無事に再起動を果たした。

 

「めぐねえ、近くにほかの生存者はいる?いないなら3階にバリケードがあるみたいだしそっちに避難したいんだけど」

 

「ハッ、い、います!あっちの教室の中に生徒たちが3人っ!」

 

「ん、了解。じゃあめぐねえは俺のぴったり後ろについてきて。離れないようにね」

 

 そう言った凪原は左手で慈を背後にかばうように動かすと、右手を前に突き出すようにして9ミリ拳銃を構えて発砲を開始した。

 

 慈を追ってきていたゾンビたちは数こそ多かったが、廊下という直線の地形であったことが幸いした。ゾンビたちは皆廊下に出てしまっていたし、廊下にいる分は真っすぐ凪原たちに向かってくるだけである。

 側面からの攻撃を警戒する心配がなく相手を一方的に攻撃できる状況ならば、この数日で腕を上げた凪原に負ける道理はない。

 近くから順に銃撃していき、数回マガジンを交換する頃には脅威となる存在は2階の廊下から一掃されていた。

 

「ふぇぇ…私の教え子が1年で変わっちゃいました…」

 

 頭部を破壊された大量のゾンビの凄惨さと1年ぶりに再会した教え子の豹変ぶりに、慈はちょっと泣きそうになっていた。ちょっとかわいいと思いながらも顔には出さずに声をかける凪原。

 

「それじゃめぐねえ、早いとこ生徒達を連れて3階に行こうか」

 

「そ、そうね。ええっと、あの子たちを隠れさせた教室は…ここです!由紀さん、胡桃さん、悠里さんっもう大丈夫ですっ。3階に避難しま「めぐねえっ!」」

 

 言い終わる前にガラッと勢いよく扉が開き、ケモミミのような帽子をかぶった生徒が慈に飛びついてきた。

 「無事でよかったよぉ」と顔をこすりつけている様子は主人を出迎える猫そっくりであった。

 

「めぐねえ、無事だったんだ…ほんとに、ほんとによかった」

 

 後から出てきたツインテールにシャベルを持った少女もつぶやきながら慈に抱き着いた。最後に出てきた少女も涙ぐみながらうなづいていた。

 涙ながらに再会を喜ぶ女性と少女たちの様子にほっこりしながらも、廊下の端にゾンビの姿が見えてきたため咳払いをして注目を集めた後で口を開いた。

 

「あー、再会を喜ぶのは後にして、今は3階に避難した方がいいと思うんだけど」

 

「っ!、誰だお前っ⁉」

 

 少女達は凪原に気づいていなかったようで一様に驚いていたが、ツインテールの少女だけはすぐに我に返り声を上げた。仲間たちを背にかばうように前に出て凪原の前に立ちふさがる。丸腰でないことを示すためかシャベルを掲げるが握りしめる手が震えていた。

 

「おいおい、俺に害意はないぞ。怪しいとは思うだろうけど、いろいろな説明は後回しにしてもいいか?」

 

「それを無条件で信じろって?」

 

「信じてもらうしかないんだよなぁ」

 

「ふざけっ「胡桃さん、その人は大丈夫ですっ。凪君もそんな言い方しないでちゃんと自己紹介としなさいっ」めぐねえ?」

 

 激高しかけたツインテ少女だったが、慈に機先を制されると振り返っていた。慈がうなづくのを確認してか顔の向きを戻した少女と、不安そうにこちらを見るあとの2人。

 3人分の視線を受けた凪原は笑顔を向けると、

 

「凪原勇人、大学生で2年前のこの学校の卒業生だよ。お世話になっためぐねえと、可愛らしい後輩たちが無事でよかった」

 

ちょっとだけふざけた。

 

 予想外の言葉に後輩たちが一瞬固まるのと慈が呆れた表情になったのを確認すると、振り返ると同時に片膝立ちになり近づいてきていたゾンビたちに鉛玉を叩き込み始めた。

 唖然とした表情で固まる少女たちに凪原が短く叫ぶ。

 

「ツインテショベルの君っ、皆を先導して3階まで撤退して。俺は後ろで追いついてくる奴から始末するっ」

 

「つ、ツインテショベル?それあたしのことかよっ⁉」

 

「他にいないだろう。4人の中で君が一番戦闘に向いてそうだから君が先導してくれ。あと武器にシャベルを選んだのは良いセンスだ、分かってるな」

 

 いきなりあんまりな呼び方をされ、怒る少女だったが武器にしたショベルを褒めるとキョトンとした後に「お、おう。ありがと」とつぶやくと他の3人に合図をして階段に向かい始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「くっそ、全然減らないな。どれだけいるんだ?」

 

「こんなに押し寄せてくんのは、初めてだよ。やっぱ外で雨がふってるからかな」

 

 その後何とか3階まで避難した5人だったが、次から次へとバリケートに取り付いてくる折ってきたゾンビたちの対処に追われていた。

 凪原はゾンビたちの額に1発ずつ発砲し、ツインテールの少女はシャベルを使って取り付いたゾンビたちをバリケートから引き離そうとしていた。

 

 机を積み上げて有刺鉄線でつなぎ合わせたバリケートは現状はきちんと機能していたが、適宜ゾンビたちを排除しないと壊れてしまいそうで現在は凪原とツインテ少女の2人がつきっきりで対応している状態である。

 拳銃を使っている凪原はまだ余裕がありそうだが、シャベルをふるっている少女の方には疲れが見え始めていた。

 

「2人とも、その、いいニュースと悪いニュースがあるんですけど。どちらから聞きたいですか?」

 

 他の階段や校舎外の様子を見に行っていた3人が戻ってきたあとに、おずおずといった感じで口を開く慈。その口調と言葉のギャップに先ほど胡桃と呼ばれていたツインテールの少女は軽くため息をついて応じた。

 

「めぐねえ、もうちょっと緊張感持とうぜ。…じゃあ、いいほうのニュースから聞こうかな」

 

「はい、由紀ちゃんと悠里さんが見てきたところ、残りの2箇所の階段には彼らは1人もいなくて心配する必要はないみたいです」

 

 この校舎は3箇所に階段があり凪原たちは中央の階段で防衛をしていたのだが、左右の階段にはゾンビたちの姿がなく安全なようだった。文字通りのいいニュースに笑顔を見せる防衛組の2人。

 

「それで、悪いニュースなんですが、その、校舎に入ってくる彼らはまだまだ途切れないようです」

 

「「ちくしょうっ」」

 

 今度は文字通りの悪いニュースにそろって声を上げる防衛組。意外と気が合うのかもしれない。

 

「このままじゃ持たないって程ではないけど結構つらいぞ。弾も無限にあるってわけじゃないからどうにかしないとまずい」

 

「とは言っても、そんなすぐにいい案が出るわけないよ」

 

 言い合いながらもゾンビたちに対処していく2人に、難しい顔で思案する慈とケモミミ帽子をかぶった少女、4人の耳に入ってきたのは最後の1人の声だった。

 

「あの、もしかしたらいい方法があるかもしれません」

 

「りーさん、なんか手があるのかっ?」

 

 その言葉に「ホント、りーさん⁉」「本当ですか⁉」と沸き立つケモミミ少女と慈。凪原も続きを促すように顔を向けた。

 

 りーさんと呼ばれた少女はうなづくと自分の考えを話し始めた。

 

「ええ、彼らは以前の生活ルーチンに沿ったような行動をしているわよね。それで今はもう夕方になっているから、その、下校のチャイムを鳴らせばみんな帰り始めるんじゃないかなって思ったの」

 

「…なるほど、確かにあいつらは今までの習慣を繰り返してるから可能かも。でかしたりーさんっ」

 

「さっすがりーさん!私たちの部長なだけはあるねっ」

 

 興奮したように褒めるツインテ少女とケモミミ帽子少女を見ながら、凪原と慈も感心したように話していた。

 

「なるほどな、確かにあいつらは生前のルーチンに従うからうまくいくと思う。めぐねぇ、放送室の器材って動かせる?」

 

「大丈夫よ、この学校の先生はみんな放送室の使い方を知ってるの。すぐに放送を掛けるから胡桃さんとなぎ君はもう少しだけ頑張って。悠里さん、由紀ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」

 

「はい、分かりました」

 

「はーい、2人とももうちょっとだから頑張ってね」

 

 小走りで廊下を走っていく2人の後に続くように駆け出そうとしたケモミミ帽子少女だったが、振り返ると笑顔で手を振ってから「2人とも待ってよー」と言いながら追いかけていった。

 

「さて、これがうまくいけばあと数分でこのゾンビラッシュが終了するみたいだけど、それまで持つ?」

 

「はっ、当然!」

 

 声をかけた凪原に対し、ツインテ少女は元気よく答えるとシャベルを握りなおした。

 

 

 

====================

 

 

 

~下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します。下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。~

 

 3人が放送室に向かってから数分後、聞き慣れたチャイムに続いて下校を促す放送が流れた。

 

 放送が流れるとすぐにゾンビ達は動きを止め、それまでバリケートに取り付いていたのが嘘のように後ろを向いてのろのろとした動きで階下に向かっていった。

 

「終わった…のか?」

 

 呆然としたようにつぶやく少女に、9ミリ拳銃を構えたまま階下の様子をうかがっていた凪原は構えを解いて答えた。

 

「そうみたいだな、お疲れ様」

 

「…はは、よかったぁ」

 

 緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んで安堵の息を吐く少女に小さな影がぶつかってきた。

 

「くるみちゃーん!うまくいったよっ!あの人たちもみんな帰ってく、みんな助かったんだよ!」

 

「ちょっ由紀、苦しい、離れてっ」

 

 小さな影は先ほど由紀と呼ばれていたケモミミ帽子少女だった。放送室から走ってきた勢いのまま飛びついたのだろう、座り込んでいたツインテ少女を押し倒し、そのままほおずりしながら外の様子を話していた。

 

(さっきめぐねえにも飛びついてたし、そういった感じの子なのかな。)

 

 気の抜けた思考でそんなことを考えながら凪原が9ミリ拳銃をホルスターに戻してマガジンを抜き取っていると、後の2人も凪原たちの方に歩いてきた。

 

「胡桃、お疲れ様。彼らはみんな帰っていくから今日はもう安全だと思うわ」

 

「なぎ君もお疲れ様でした、もう大丈夫ですよ」

 

 もみあいになっている少女たちに話しかけたりーさんと呼ばれていた少女に対し、慈は一息ついていた凪原に声をかけた。

 

「めぐねえもお疲れ。最初にも言った気がするけど1年ぶりだね、全然変わってなくてびっくりだ」

 

「もう、めぐねえじゃなくて佐倉先生ですよ。そういういうなぎ君もあんまり変わってないですね。持ち物とか格好はとっても変わってますけど…」

 

「まぁその辺はこの1週間くらいでちょっとね。あとで説明するさ」

 

「分かりました。それじゃ色々話したいこともあるし教室に移動しましょうか、ここにずっといるのもなんですしね」

 

 手を打って、移動を提案する慈に皆それぞれ返事をすると、数分前までの戦いの場を離れていった。

 

 

 

====================

 

 

 

「学園生活部?」

 

 ほかの面々についていった凪原が付いたのは彼の記憶の中では生徒会室だった教室であった。

 しかし、現在教室のドアの上の表札には生徒会室という文字の上から、「学園生活部」と書かれた紙が張り付けられていた。

 

「それは私たちが今入ってる部活だよっ」

 

 独り言が漏れた凪原に反応したのはケモミミの帽子をかぶった少女だった。キラキラした目をなぎはらにむけて

 

「そうなんだ、名前からして学校で暮らす部活動なのかな?」

 

「そう!学園生活部は学校全体が舞台なんだよっ。寝るときもご飯を食べるときもみんな一緒に学校で過ごすんだー」

 

「それはなかなか楽しそうだなぁ」

 

「でしょでしょっ?一緒にやろうよ、えーっとあれ?何さんだっけ?」

 

「こらー由紀、あんまり迷惑かけないの」

 

「う、りーさんごみん」

 

「なぎ君もどうぞ入ってくださーい」

 

「はいよー」

 

 慈に声を掛けられた凪原も返事をして中に入る。部屋の中の様子は凪原の記憶と変わっていなかった。

 

「この部屋は変わってないなぁ」

 

「ん?お前在学中生徒会だったのか?」

 

「まあねぇ」

 

 こぼれた独り言にツインテールの少女が反応したので、てきとうに返事をしておく凪原。

 窓側に置かれた会長机の前にある会議用の机の皆が座ったところで慈が切り出した。

 

「さて、それじ「グゥ〜」……。由紀ちゃん…」

 

 言葉を遮ったのはケモミミ帽子の少女のおなかの音である。小柄な体に似合わぬ豪快な音に、残り2人の少女から呆れたような視線を受けた彼女は恥ずかしそうに縮こまりながら「ごみん」とつぶやいていた。

 

「ねえめぐねえ、話し合いより先に食事にした方がいいんじゃないか?」

 

「そうかもしれないんですけど、今食べ物があんまり無くて…」

 

 会議の前に食事を提案する凪原に、慈はつらそうな顔で答えた。少女達も悲しそうな顔をしてうつむいているのをみて凪原は今の状況を察した。

 

「よし、それじゃあ俺が持ってる食料でご飯にしよう。準備するから少し待ってて」

 

 驚いたように顔を上げる少女達に笑いかけると、凪原は背負っていたリュックの中身を探り始めた。「いいんですかっ⁉」という慈に大丈夫と返し、準備に時間が掛かるから少し待っていてほしいと伝えると、なら待つ間に体を洗ってくるということになった。独立システムを使っている電気と水道が生きているため、職員休憩室のシャワーが使えるらしい。

 

「それじゃあなぎ君、悪いけどお願いしますね」

 

「あいよー、多分2,30分くらいかかるからゆっくりどうぞ」

 

 返事をしながら着替えが入っていると思しき袋を持った慈と少女達を送り出す凪原。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

 鼻歌交じりにリュックから缶詰などを取りだしていた凪原が振り返った先には、シャベルを手に持って真剣な表情をしたツインテールの少女が立っていた。




以上、第4話でした!

戦闘描写って書くの大変なんですよね(なお他の場面なら書けるとは言っていない)。
さて、学園生活部と接触を果たした主人公、なんか胡桃が声をかけてきましたが無事になじむことができるのでしょうか?

それでは第5話でお会いしましょう。

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1-5:OB、ツインテ少女(withシャベル)と対話する

早くも前書きに書くことが無くなってきたので短くいきます
第5話です、どうぞ。


「あれ?君はシャワーを浴びなくていいのか?」

 

 少女が手にしているシャベルについてはあえて触れずに凪原は答えた。

 

「ああ。休憩室のシャワーは3つしかないから、すぐには浴びれないんだ。それに疲れちゃったから先におなかに何か入れたい気分だし」

「そういうことなら了解。さっきも言ったけど準備に2,30分くらいかかるからちょっと待っててな」

 

 そう応じて視線をリュックに戻した凪原だったが、視線が外れないためもう一度顔を上げると少女は何か言いたげに凪原を見つめていた。らちが明かないと判断し、手を止めて少女に向き直った。

 

「どうした、もじもじして?愛の告白なら真摯に対応させてもらうけど」

「なぁっ⁉あ、愛って何言ってんだよ⁉」

 

 口ごもりながら顔を真っ赤にさせる少女に無駄にいい笑顔を向ける凪原。

 

「冗談だって。なんか言いたげだったから、とりあえず肩の力を抜いてもらおうかと思ってね」

「だからって女子高生にいきなり告白とかいう言葉を言うかよ普通っ」

「まぁまぁ、落ち着けって」

「誰のせいだと!?」

 

 文句を言いたげな表情をスルーし、凪原は「さて、」と前置きをしてから話を始めた。

 

「いろいろ話したいことはあるだろうけど、まずは自己紹介からいこうか。さっきも言ったけど改めて、俺は凪原勇人(なぎはらゆうと)。2年前のここの卒業生で現大学2年生だ」

恵比須沢沢胡桃(えびすざわくるみ)、高校3年生で元陸上部で現学園生活部の部員だよ」

「3年生ってことは2学年下だな。それより現学園生活部か、俺がいた時にそんな部活は無かったしやっぱり…」

「そう、想像の通りこんな事態になってからできた部活さ。「避難してるって考えると気分が沈んじゃうから部活動にして楽しんじゃおう」って由紀が言い出してさ」

「ケモミミ帽子かぶってる方?」

「そう、かぶってる方」

 

 ふむ、と教えてもらった情報を頭の中で整理する凪原。

 避難生活を部活にしてしまうというのは突飛にも聞こえるが、冷静に考えてみるとなかなか悪くないように思える。

 避難生活というものは心身、特に精神に多大な負荷をかける。まして今回は自然災害時の避難とは異なり、ゾンビという脅威がすぐ身近に存在している。そんな危機的な状況が連続する避難生活が精神に与える影響は計り知れないものになるだろう。

 

 そのような状況において、避難生活ではなく部活動という風に考え方を変えるだけでも受ける印象は変わる。やっていることは同じでも、部活動と考えることで以前の日常のを疑似的に再現することができる。

 それだけでも精神への負担を多少なりと軽減できるだろう。

 そこまで考えて部活動を提案したのかどうかは分からないが、由紀という子は現状に適した行動をとったと言える。

 

「なるほど、その由紀って子は結構頭がいいのかな?(さっきめぐねえや恵比須沢にほおずりしていた様子からはそうは思えないけど)」

 

 微妙な表情をしながら尋ねた凪原、その表情の意味するところを察知した胡桃は首を振って言葉を返す。

 

「いいや。由紀はそんなに頭がいいわけじゃない、というより悪い。りーさんの方が頭は良いよ、まありーさんは私よりも頭いいし、むしろ教師のめぐねえと比べた方がいい気がするし」

 

 胡桃の返事に納得し、もう一人の少女はりーさんというのかなどと考える凪原の耳に「でも、」という胡桃の声が届いた。

 

「由紀は確かに頭がいいってわけじゃないんだけど、なんていうのかな、物事を良いほうに持っていく力があるんだよ。あたしたちが今なんとかやってこれてるのも由紀のおかげってところが大きい。それはあたしもりーさんも、きっとめぐねえも感じてると思う」

 

 そう話す胡桃の表情は優しげであり、由紀という少女を大事に思ってることが理解できた。

 

「いい友達だな」

「そうなんだ。あっ、でも由紀だけじゃない、りーさんやめぐねえも大事だよっ」

 

 慌てたように言う胡桃に対して、凪原も分かってるという風にうなづいて口を開く。

 

「3人とも大事なんだろ?分かってるさ。そうじゃなきゃさっきあれだけ戦えるはずがない」

 

 自分たちのことをちゃんと理解した様子の凪原に小さく笑みを浮かべた胡桃だったが、気を引き締めるように表情を改めると話を切り替えた。

 

 

 

「あたしらの話はだいたいこんなもんだ。次はそっちのことを聞かせてもらう」

「俺のこと?それならめぐねえ…は別にいいか、後の2人も一緒の方がいいんじゃないか?」

 

 疑問を示す凪原に胡桃は首を振って返す。

 

「それは後でいいさ、というより3人が戻ってくる前に話しておきたいんだ」

「なんだ、やっぱり告は「違うっ」」

 

 真面目に聞けっ、と怒る胡桃に、悪かったと両手を上げて降参の構えをみせる凪原。

 胡桃はため息をついて諸々を吐き出すと続きを話し始めた。

 

「あたしから言わせてもらうと、あんたはすごく怪しいんだよ。不審って言ってもいい」

「……。」

 

 雰囲気を察して口をはさむことはせずに目線で先を促す凪原。

 

「まず、自衛隊や警官でもないのにそんな人が持つような銃を持っている。それだけでも怪しいってのに、あんたはあたし等にやけに友好的に接してくる。はっきり言ってさっきのタイミングであんたが来ていなかったらめぐねえは助からなかった。それだけのことをしたのに何かを求めることしないで、あまつさえ食事を用意するとまで言ってる。あんたの考えが読めないだ、めぐねえの様子から卒業生なのは間違いないんだろうけどもう1年以上前のことなんだろう」

「あんたはどういう目的でここに来た?それだけの装備があれば1人で生きていけそうなのにわざわざあたしらを助ける理由はなんだ?もしも身体が目当てだってんなら絶対抵抗するからな!脅しになんか屈するもんか!」

 

 話してるうちに興奮したのか、だんだんヒートアップした胡桃は武器があることを示すかのように持っていたシャベルを自身と凪原の間に掲げてまくしたてた。

 

 

「………ハァ」

「っ!」

 

 しばらく続いた沈黙を破ったのは、凪原の方だった。大きくため息をつくと体をこわばらせる胡桃を気することなく腕組みを解いてぶつぶつとつぶやき始める凪原。

 

「そっかそういう風に見えちゃうか。ってかいきなり見ず知らずの奴が接触してきたら何も起きてなくてもそうなるわな。もうちょっと考えろよ俺…」

「お、おい。こっちにも分かるように話せっ」

 

 1人で納得して1人で落ち込み始めた凪原の様子に声をかける胡桃。声に気づいた凪原は胡桃に向き直るとゆっくり話し始めた。

 

「あー、失礼。とりあえず今ので君が何に不安や不審感を感じているのかは分かった。確かに武器を持った見知らぬ男が近づいてきたとなればそんな反応になるのも無理はないと思う」

 

 一息、

 

「察するに4人の中で君はそういう役割なんだろ?年長者のめぐねぇの役割のような気もするけど、まぁめぐねぇは性格があんな感じで疑うことは苦手そうだし、身体能力は…言うまでもないか。見たところ君は運動部だったみたいだから荒事になるなら自分が引き受けるってとこかな?」

 

(女子高生にしてはしっかり鍛えてるみたいだし、こりゃめぐねぇが3人ぐらいでかかっても勝てないな)

 

 などと慈と胡桃の双方に失礼なことを考える凪原。

 

「う、うるさい!それでお前の目的と考えはなんなんだよっ!」

 

 自信を鼓舞するためか少し大きな声で返事をする胡桃、よく見ると声とともに構えたシャベルも小さく震えていた。

 

「うーん、目的というか考えは大きく分けて2つ。俺以外の生存者を探すことと、この学校なら生存を考えた時に有利だってことだな。ほかにも細かく言えばいろいろあるけど、身体が目当てってことはないから安心してほしい。証明しろと言われても困るから信じてくれとしか言えないけどな」

 

 実際、凪原にそんな意図はないのではまじめに答える。

 

「本当だなっ?嘘だと分かったら容赦しないからなっ」

「ああ、本当だ」

 

 睨むようにこちらを見る胡桃に対し、やましいことが無いことを示すように正面から見返す凪原。数秒ののち、視線を外したの胡桃は一つ頷くとシャベルの構えを解いた。

 

「分かった、とりあえず信用しておく。まぁ、そのあたりの感性はめぐねえが鋭そうだからそっちに任せるよ」

「ありがとう、信じてくれて」

「いいって、元はこっちが疑ってかかったんだから。そんでもう一つ聞きたいんだけど、」

「なんで俺が銃を持っているのか、って話だろ?」

 

 

 言葉を引き取って彼女が疑問に思っているであろうことを言う凪原。

 胡桃も頷き話を進める。

 

「そう、見た感じあんたが持ってる銃って自衛隊のだろ、なんでそんなもの持ってるんだ?」

「お察しの通り、この銃は自衛隊で正式採用されてるものだよ。ここに来る途中で自衛官の人からもらったんだ」

「自衛隊ってそんな簡単に銃をくれるもんなの?というよりその人はどこにいるんだ、救助呼をびに行ったとか?」

 

 純粋に疑問に思ったという感じで首をかしげる胡桃に対し、凪原は即答することができなかった。

 

「……あの人は、田宮さんは、…俺が殺した」

「っ!」

 

 息をのみつつも、すぐさまシャベルを構えた胡桃の反応速度は褒められてしかるべきだろう。そのまま怒りを隠そうともせずに声を荒げる。

 

「お前なんてことをっ「頼まれたんだっ!あの人本人に」…どういうことだ?」

「どうも何も言葉通り。その自衛官本人に殺してくれって頼まれたんだ。話すよ、何があったのかを全部。その後で判断してくれ」

 

 シャベルを構えたままの胡桃に対し凪原は田宮にあった時のことを話し始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――それで俺は田宮さんを撃って、彼とその相棒の装備のうち持ち運べそうな分をもらってきたって訳だ」

「そうか、大変だったんだな」

「信じてくれるのか?」

 

 言いながら構えていたシャベルをおろす胡桃に驚いたように問いかける凪原。

 

「ああ、信じるよ。」

「ありがたいけどさ、俺が嘘をついてるかもとか思わないのか?」

「思わない。ほんとに嘘をつく奴はそんなこと言わないだろうし、あと、」

「あと?」

「勘!」

 

 そう言い切って笑う胡桃の様子に凪原も毒気を抜かれ、笑みを浮かべながら思ったことをそのまま口に出した。

 

「恵飛須沢、君はいい女だな」

 

 いきなりの発言に顔を真っ赤にする胡桃。

 

「い、いいきなり何言ってるんだよお前はっ⁉あ、あたしがいい女とか」

「思ったことを言っただけだけど?」

「~っ///」

 

(可愛い)

 

 

 深呼吸をして心を落ち着けた後、コホンと咳払いをして仕切りなおす胡桃(なお、まだ顔がほんのり赤い)。

 

「と、とにかくっ、あんたの目的と銃を持っている理由は分かったから。あたしからの話は終わり!」

「了解、それじゃ食事の準備を始めるとしますか。恵飛須沢にも手伝ってもら「胡桃」はい?」

「呼び方、いちいち恵飛須沢って呼ぶのも長いから胡桃でいいよ。ほかの皆からもそう呼ばれてるし」

 

 そっぽを向きながら若干早口で話す胡桃、凪原は(まだ頬が赤いことはスルーすることにして)笑顔でうなづいた。

 

「分かった。俺のことは凪原かナギとでも呼んでくれ、周りからはそう呼ばれてたからな」

「なら、ナギって呼ぶことにするよ。呼びやすいし」

「ん、じゃあ改めて食事の準備を始めますか。胡桃も手伝ってくれ」

「了解、まともな食事は久しぶりだから楽しみだよ」

 

 コッヘルやガスバーナーなどの携帯式の調理器具を取り出す凪原を眺めながら、久しぶりのまともそうな食事に期待した表情の胡桃。ワクワクしているのが一目瞭然な様子に苦笑しつつくぎを刺す凪原。

 

「あんまり期待するなよ?基本的に保存食系を使った料理だからな」

「分かってるよ、それで何を作るんだ?」

「カレーうどんかな、粉モノなら消化にいいしカレーなら腹もふくれるだろ」

「おっいいねぇ。ってあれ、カレールー?レトルトとかじゃないの?」

 

 胡桃の声の通り、凪原がリュックから取り出したのはどこの家庭にも常備されているようなカレールーだった。てっきり温めるだけ完成するレトルトカレーが出てくると思っていた胡桃が疑問を口にすると、単純な答えが返ってきた。

 

「レトルトは、量が少ない」

「あ、ハイ」

 

 実に、食欲旺盛な男子大学生らしい回答である。

 力強い答えに思わず真顔で返答する胡桃。その様子に弁解するように続きを言う凪原。

 

「真面目に答えると、レトルトは水も何もなしで温めるだけでどこでも食べられるから拠点外にいる時用に取っておきたいんだ。この学校は浄水設備が独立してるから今も水出るだろ?」

「あーそういうことか、うん確かに水は普通に出るよ」

 

 2人の会話の通り、この巡ヶ丘学院高校のインフラ設備は他の学校と比較してとびぬけていた。

 上水道については近くの川から独自に水を引き込んでおり、それを校舎地下の浄水設備と貯水槽を通じて校舎中に供給している。下水道に関しても敷地内に処理施設を有し、元の川へ放流している。

 また、電気に関しては屋上のスペースを利用した太陽光発電設備があり自家発電が可能となっている。これは学校活動全体を賄う量の発電は不可能だが、授業等がなくなった現在では水道施設の運用と学園生活部の面々が利用する分には十分な発電量が得られている。

 そして水道と電気の2つが確保されているからこそ、この学園内においては現在は大変な贅沢となった暖かいシャワー(人類の英知)の恩恵を受けることができるのである。

 

「そんなわけで、水が出るならルーを溶かして作った方が量の調整がしやすいからな。あとは具材としてこれだ」

「肉じゃがの缶詰?」

 

 続いて凪原が取り出したのは胡桃が言った通り肉じゃがの缶詰だった。大粒で具沢山といううたい文句がラベルに印刷されている。

 

「そ、肉じゃがの材料ってカレーとほぼ一緒だからな。ちゃんと味もしみてるし、カレーに入れると手軽においしくつくれるんだ」

「納得したけど、…なんかめんどくさがりな男子大生が良くやりそうな手だな」

「うっせ、楽で早くてうまいからいいんだよ。さ、そろそろめぐねぇ達もシャワーから出てくるだろうし、ぱっぱと作っちゃおうぜ」

「了解。手伝うことがあったら言ってくれよ?」

「おう」

 

 少し前の緊張感をはらんだ空気とは打って変わった和やかな雰囲気で2人は調理を開始した。




以上、第5話でした

本作ヒロイン(予定)の胡桃ちゃんとの絡みです。
見知らぬ男に対して一人で対峙する胡桃ちゃん、やっぱりかっこいいですよね。
そして可愛い乙女でもある、そんなかっこかわいい胡桃ちゃんの雰囲気が少しでも伝わっていたら幸いです。

それでは第6話でお会いしましょう。

高評価、お気に入り、感想等いただけますと筆者のやる気が上がります。


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1-6:少女達、OBの学生時代を知る

あとがきに今後の更新についての連絡事項がありますので良ければご確認ください

それでは第6話です、どうぞ。


「おっまたせー!ご飯できたー?」

「ちょっと由紀。楽しみだからって走らないの、転んでも知らないわよ?」

「胡桃さん、なぎ君お待たせしました」

 

 シャワーを浴びていた面々が戻ってきたのは、凪原たちの調理が終了ししばらく時間が経ってからのことだった。たとえシャワーだけであっても女性の入浴は時間が掛かるらしい。

 3人の来ている服を見ると、種類こそ変わってないがシャワー前についていた汚れがなくなっていたので恐らく予備の服に着替えたようだ。ちなみに一番小柄な子はかぶっていたケモミミ帽子を外して手で持っていた。

 

「はいお疲れ、こっちは準備できてるよ」

「3人とも遅い、もう食べ始めちゃおうかと思ってたところだよ」

 

 そうぼやく胡桃はよほどお腹がすいていたのか、調理が終わってからは机に突っ伏してエネルギーの消費を抑えていた。

 

「うー、ごみん胡桃ちゃん。許して―」

「はいはい、分かったからくっつくな。こっちはまだ汚れてんだから」

 

 飛びつこうとする由紀を押しとどめる胡桃の様子を見つつ、立ち上って準備を始める凪原。料理をよそおうと思ったところで器を持ってないことの気づいて動きを止めた。

 

「あー胡桃、どっかに器ないか?できれば深めのヤツ、今までそのまま食べてたから皿のこと忘れてた」

「皿?確かこっちの棚にしまった気がするけど、ちょっと待って……はい」

「ん、サンキュ」

 

 なんか打ち解けた様子の凪原と胡桃に、由紀の目がキュピーンッと光ったがそれに気づかず盛り付けを続ける2人。

 悠里と慈も席についたところで盛り付けを終えた凪原と胡桃が完成したカレーうどんを運んできた。

 

「お待たせ、消化に良さそうでお腹に貯まるものってことでカレーうどんにしてみたよ。おかわりも少しならあるから食べたかったらどうぞ」

「おー!カレーなんて久しぶりだねっ。すごくおいしそうだよ」

「これは…おいしそうですね。本当にいいんですか?」

「皆に食べてもらうつもりで作ったからな、食べてもらわないと逆に困る」

 

 目を輝かせる由紀と対照的に不安そうな表情の悠里に笑って答える凪原。実際5人分として作ったため食べてもらえないと無駄になってしまう。

 生徒たちの様子を笑顔で見ていた慈も口を開く。

 

「なぎ君、ありがとうございます。本当においしそうですね。それじゃあ皆さん手を合わせて…」

 

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

 食卓に5人分の元気な声が響いた。

 

 

 

====================

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした!」」」」

「はい、お粗末様でした」

 

 多めに用意したカレーうどんは綺麗になくなり、代わりに満足げな表情を浮かべる皆に凪原も笑顔で返す。

 

「おいしかったねぇ」

「ああ、久しぶりにまともな食事だったし大満足だ」

「おいしかったです、ありがとうございました」

「そう言ってくれると作ったかいがあるな」

 

 その辺にあった茶葉とティーセットを使って入れたお茶を配りながら答える凪原。ちなみに内心では電気が通っていてポットが使えることに喜んでいる。

 真っ先に受け取った慈は「なぎ君のご飯は相変わらずおいしいですねぇ」などと言いながらなごんでいる(教師としてそれでいいのかと思わないでもない)。

 皆がお茶を飲んで一息ついたところで、口火を切ったのは凪原だった。

 

「さて、改めて自己紹介といこう。さっきも言ったけど俺は凪原勇人(なぎはらゆうと)、現大学2年生で2年前のこの学校の卒業生だ。周りからは凪原とかナギとか呼ばれてたけど好きに呼んでくれて構わない」

「あ、すいませんご丁寧に。私は若狭悠里(わかさゆうり)といいます。高校3年生で一応学園生活部の部長をやっています」

「私は、丈槍由紀(たけやゆき)っていうんだ。高校3年生で学園生活部の部員だよ。さっきはありがとね凪さんっ」

 

 凪原の自己紹介に慌てたように返す悠里と元気よく返事をする由紀、その様子には2人の性格がよく表れていた。

 

「若狭さんと丈槍さんね、オッケー覚えた。それじゃ2人もいろいろ聞きたいことがあるだろうし、色々説明した方がいいかな」

「そ、そうですね。色々教えていただきたいのでお願いしま「りーさんちょい待ち」胡桃?」

 

 凪原からの提案にうなずきかけた悠里の声を遮ったのでは胡桃だった。不思議そうな顔をする悠里ではなく凪原の方を向くと頬をポリポリ掻きながら切り出す。

 

「あー…ナギ、悪いんけど先にシャワーを浴びてきてくれないか?さっきお前から聞いたことはあたしが話しとくし、その、できればナギ抜きで話したいというか…」

 

 若干言いづらそうな胡桃の様子に凪原も彼女に言いたいことを察した凪原は納得したようにうなづくと工程の返事を返した。

 

(確かに本人がいる前でそいつに関する話はやりにくいか)

「分かった、そういうことならお言葉に甘えようかな。何分くらい浴びてた方がいいとかあるか?」

「ありがとう。んー、多分30分まではいらないと思う」

「了解、じゃあ先に浴びさせてもらうよ。……めぐねえのんびりしすぎ」

 

 胡桃に返事を返しつつ、お茶を片手にくつろぎモードに入っていた慈に注意する凪原。案の定ぼうっとしていた慈は「ふぇっ?」と気の抜けた返答をした後に我に返ると少し怒ったような表情を作って口を開いた。

 

「もうっ。めぐねえじゃなくて佐倉先生ですよ、なぎ君」

「そう呼んでほしいなら教え子と元教え子が話しているときにぼうっとしてないでほしいな」

「うぅ、1年ぶりでもやっぱりなぎ君は厳しいです」

「そんなこと言ってないでほら、罰としてお皿とか鍋を洗ってきてね」

 

 ショボーンとする慈を気にせず追い打ちをかける凪原。

 

「はーい…、それじゃあ行ってきますね、なぎ君もごゆっくり」

「あーい、……じゃあめぐねえも行ったから、胡桃たちだけで話したいこととかあったら今のうちにしときなよ」

「ナギお前…、まぁあたしらだけにしてくれたのはありがたいけどさ、めぐねえの扱いがひどくないか?」

「在学中もあんな感じだったし平気だろ、んじゃ俺もシャワーを浴びてくるわ」

 

 「案内します」と声をかけた悠里に「在学中に何回も使ったから大丈夫」と手を振って答えた凪原はそのまま生徒会室から出ていった。

 慈と凪原が出ていき室内に残される形となった3人。

 

「とまあ、おぜん立てされた感じだけど、都合がいいことに違いはないから今のうちに話しておこうぜ」

「そうね、結構気配りができそうな人だけどやっぱり気になることは多いわ。私たちがシャワーを浴びている間に話したこと教えてくれる?」

 

 真面目な表情で話す悠里と胡桃。それと正反対な様子の由紀は無邪気に口を開く。

 

「いい人そうだよねぇ、凪さん」

「もう、由紀。そんな簡単な話じゃないのよ?」

「えー、でもさっきはめぐねえを助けてくれたし、今食べたカレーうどんもおいしかったじゃん」

「それはそうだけど…」

 

 早くも凪原を信頼した様子の由紀を嗜める悠里だったが、由紀の返答に言葉に言いよどむ。実際のところ、悠里としても凪原のことを悪く思っているわけではない。

 

 自分たちではどうしようもなくなった時に現れて慈を助けてくれたし、久しぶりの普通の食事を提供してくれた。教師である慈が保障していることから自分たちの先輩であることもほぼ間違いないのでどこの誰とも分からない相手というほどではない。

 また態度も友好的であり、悪意などは(少なくとも悠里自身から見たところ)感じられない。

 

 しかしながら、面識がなく自分よりも大柄な男、しかも銃を持っているともなれば警戒するなという方が無理な話。悠里が警戒心を解くことができないのも無理からぬことである。

 

「まぁ、あたしも大丈夫だと思うな」

 

 そんな悠里の内心を知ってか知らずかあっけらかんと言い放つ胡桃。

 

「胡桃は会ったばかりの割にずいぶん信用してるわね」

 

 「何か根拠はあるの」と問う悠里に顎に手を当てて考えながら答える胡桃。

 

「んー具体的な理由があるわけじゃないんだけど、何となく、かな?」

「胡桃ちゃんの勘なら信用できるねー」

「ええ…。まあ胡桃の勘はよく当たるのは知ってるけど、とりあえずさっきどんなことを話したのか教えてくれる?」

「ああ、予め断っておくけどちょっと辛いとこもあるぜ?」

「構わないわ」

「あたしも大丈夫だよー」

 

 2人の返事に頷くと胡桃は先ほど凪原から聞いたことを話し始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――ってわけだってさ。あとは特に何もなくて今日学校に着いてあたしらを助けてくれた感じらしいよ」

「そう…そんなことがあったのね」

「凪さんそんなことがあったんだ…」

 

 話し終えた胡桃に、少し沈んだ様子の2人。悠里も先ほどまでの不安げな表情は鳴りを潜め、痛ましげな表情をしていた。

 

「まぁこの話が本当かどうかは今確かめることはできないけど、実際にあたしらを助けてくれたこともあるし、あたしは信じてもいいと思うんだ」

「胡桃がそう言うなら信じてもいいかもしれないわね」

「私も信じる~」

 

 

 3人の意思統一が完了したところで、話題は凪原の高校時代に移る。

 

「それにしても今大学2年ということは私たちの2つ上よね?私たちが1年の時の3年生ということになるけど、2人は何か覚えてたりする?」

 

 疑問を呈する悠里だったが、2人とも首を振って否定の返事を返す。

 

「うーん覚えてないよぉ」

「あたしも覚えてないなー。というかあたしらの2つ上ってあの(・・)代だろ?いちいち覚えてないって」

「そうなのよねぇ…」

 

 含みがある胡桃の発言に、答える悠里。何とも言えない表情をしている2人だが、由紀だけは楽しそうな表情で口を開いた。

 

「にぎやかな先輩たちだったよねー」

「いや、にぎやかと言えばにぎやかなんだけどさ」

「お祭り騒ぎみたいな1年間だったわね」

 

 由紀の言葉に応じる胡桃と悠里。自身の1年生の時の記憶がよみがえり疲れた表情になる。

 

 

「入学式ではいきなりクラッカーの集中砲火を浴びるし…」

 

 胡桃がまず口に出したのは入学式。生徒会長の「入学おめでとう」の声と同時に体育館の2階に隠れていた先輩たち数十人からバズーカ型の特大クラッカーの集中砲火を浴びた。

 ちなみに胡桃は頭から色テープの塊をかぶった。

 

 

「球技大会は優勝景品が豪華で白熱しすぎたわね」

 

 悠里が次に挙げたのは球技大会。大掃除の免除(免除されるとその日は休日になった)に加え、食堂の1カ月無料券という景品に全クラスが盛り上がり、すべての試合が白熱しいくつものドラマが生まれた。

 ちなみに悠里は慣れない運動を1日中したせいで大変な筋肉痛に悩まされた。

 

 

「みんなで鬼ごっこも楽しかったよね」

「由紀は楽しんでたよな…。っていうかあの時の時間割調整ほんとにどうやったんだ」

 

 由紀が思い出したのは全校鬼ごっこ。いきなり午後の授業がLHR(ロングホームルーム)になり全校参加(教師含む)の鬼ごっこ大会が始まった。

 ちなみに由紀は持ち前のすばしっこさから最後まで生き残り、ベストプレイヤーに選ばれていた。

 

「あの年はほんとに色々あったからなぁ」

「特に生徒会がはっちゃけていたのよね…」

 

 話しているうちに細かい記憶が蘇ってきたのか、さらに疲れた表情になる。

 

「やばいな、あの代の先輩ってことはなかなかに厄介な性格かもしれないぞ」

「ええ、あの代はノリが良すぎる先輩が多かったのよね。特に、生徒会の人達」

 

 下手をすると先ほどまでの凪原を警戒していた時よりも深刻そうな表情で話す2人。しかし由紀の次の発言に凍り付くことになる。

 

「んー、多分だけど凪さん生徒会だったんじゃない?」

 

 突然の発言に固まった2人はゆっくりと由紀に向き直ると声を上げた。

 

「マジで?」

「由紀、どうしてそう思うの?」

「だってさっき凪さんがこの部室(元生徒会室)に入った時懐かしそうにしてたし、胡桃ちゃんがきいたときも在学中にちょっと、って言ってたからそうなのかなぁって。」

「た、確かにそんなこと言ってたわね…」

「いやいや、きっと在学中に書類の提出をしに入ったことがあるとかそんな感じだよ。うん、きっとそうだ」

「「「……。」」」

 

 3人の沈黙を破ったのは、扉が開かれた音だった。

 ばっと振り返った視線の先にいたのはお皿洗いを終えて戻ってきた慈であった。

 

「お皿洗い終わりましたよー。あれ、どうしたんですか?3人で顔を寄せ合って」

 

 顔を突き合わせた格好の3人の様子に首をかしげる慈。

 凪原との面識があったらしい慈に、誰がきくかを目線で話し合ったのち代表して由紀が口を開いた。

 

「ねえめぐねえ、めぐねえって凪さんのこと知ってるんだよね?どんな感じの人だったの?」

「もう、佐倉先生ですよ由紀ちゃん。えっと、なぎ君のことですよね?よく覚えてますよ。私が教師になった1年目に担任を持ったクラスの子でしたし、それに…」

「それに?」

「私はその次の年に学校の行事に慣れるという名目で生徒会担当教員を任されたんですけど、なぎ君はその時の生徒会長だったので…」

 

 続いた慈の言葉に思わず机に突っ伏してしまう胡桃と悠里。よりによって凪原が、胡桃達が1年生だった時のお祭り騒ぎの仕掛け人(諸悪の根源)だったことに精神に多大なダメージを受けたようだ。

 

「マジか、まじかぁ…」

「これは大変な感じになりそうね」

「やっぱりそうなんだー。なんか楽しいことになりそうだねっ」

 

 三者三様の反応に、慈自身も遠い目をしながら教師生活の最初の2年間を思い出していた。

 

「教師になったばかりで授業とクラス運営だけでも苦労するはずなのに、なぎ君たちが色んなイベントの計画を立ち上げて、それでほかの先生方と会議したり、準備をしたり…本当に大変な2年間でした」

「そういえばあたしが2年の時めぐねえが担任だったけど、新人の先生とは思えないぐらい色々手馴れてたよね?」

「ええ、なぎ君たちと過ごした1年でたいていの事は経験したんですよね。それで余裕ができたので2年目の途中あたりからは安心して仕事ができました。そういう意味ではありがたいと思ってます。生徒会の皆さん、特になぎ君は組織運営に秀でていましたし」

「すごい人だったんだねぇ」

「なんか聞けば聞くほど凪原さんが普通の人じゃないように感じられるのだけど」

 

 素直に感心した様子の由紀と、不安が増した様子の悠里。

 慈はそんな悠里の不安を打ち消すように慌てて口を開いた。

 

「あっ、そんなに不安に思う必要はないですよ。なぎ君はとてもいい生徒でしたし性格も親しみやすいので皆さんもすぐに仲良くなれると思います」

「めぐねえがそう言うなら大丈夫そうだね」

 

 先ほど凪原にもらったお茶を飲みながら安心したように話す胡桃だったが、続く慈の言葉に思わずせき込むことになる。

 

「そういえば、胡桃さんはもうなぎ君と打ち解けてましたよね。なぎ君をあだ名で呼んでましたし、名前呼びを許していましたし」

「っ!…エホッエホッ、いきなり何言ってるのめぐねぇ⁉ナギとは別に打ち解けてるわけじゃな「そうだよくるみちゃんっ」由紀⁉」

 

 途中で割り込まれて驚く胡桃に構うことなく、目をキラキラさせてまくしたてる由紀。

 

「私がくるみちゃんって呼ぶの許してもらったのは友達になって1カ月以上経ってからだったのにもう名前で呼ばれてるし、さっきお皿の場所聞かれてた時もすっごく打ち解けて見えたよ」

「確かに私たちがシャワーを浴びる前と後でずいぶん距離が縮んでいたように見えたわね。…胡桃、なにかあった?」

「べ、別に何もないって!名前呼びを許したのは今はそっちの方が慣れてるからだし、あだ名で呼んでるのは本人にそう言われたからだし」

 

 顔を赤くした弁明する胡桃が、本当にぃ?やら、怪しいわねやら、からかわれている間に当の本人である凪原は何をしていたのかというと、

 

「~♪」

 

 久しぶりに浴びる暖かいシャワーを上機嫌で堪能していた。




以上、第6話でした!

主人公の学生時代のあれこれが明かされた回でしたね。
ここまでハチャメチャな学生時代を過ごした方はそうそういないでしょうが、筆者の高校生活はなかなかにぎやかでした、この回くらい賑やかだったらもっと楽しかっただろうなぁ。

さて前書きで言った今後の更新予定なのですが、少なくとも週1、筆が乗れば週2で投稿したいと思います。基本的に日曜の昼間は必ず投稿できるようにしたいと考えていますのでどうかこれからもよろしくお願いします。

それでは、第7話でお会いしましょう。


高評価、お気に入り、感想等いただけますと筆者のやる気が上がります。


……なんか話が全然進まないなぁ


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1-7:OB、学園生活部に加入する

UA1000件突破しました、お読みになってくれた皆様ありがとうございます!
ほんとは昨日あたりに投稿したかったのですがちょっと忙しかったので今日投稿します。

第7話です、どうぞ。

追記:2020.01.24
第47代生徒会長→第31代生徒会長に変更しました。原作読み返してたら巡ヶ丘学院の創立が1987年となってたのに気づいたので。第31代ということは凪原が生徒会長をしてたのは2018年ということで、パンデミックが起きたのはその2年後………………………おや?


「やっぱり久しぶりのシャワーは気持ちいいな。胡桃次どうぞ…、ってなんで机に突っ伏してんの?」

「いろいろあったんですよ」

 

 シャワーから戻った凪原が見たのは机に突っ伏した状態で動かない胡桃だった。髪の隙間から見える耳とうなじが赤くなっている胡桃に首をかしげる凪原だったが、妙にいい笑顔で返事をする悠里と同じく笑顔で頷く由紀の方を向くと疑問の声上げた。

 

「そうなの?、えーと丈槍さんに若狭さん」

「そうだよー、胡桃ちゃんはちょっと恥ずかしくなっちゃったんだー」

「なので問題ありませんよ凪原さん。それと私のことはりーさんと呼んでください。皆からもそう呼ばれてるので」

「あ、私も由紀でいいよー」

 

 2人から名前で呼ぶ許可をもらった凪原だったが、それよりも由紀が言った内容の方に気を取られたのでそちらの方を尋ねてみることにした。

 

「おう、了解。それより恥ずかしくなったっていうのは?」

「ああ、それはさっき凪原さんと胡桃が2人だった時に「それ以上言うなぁっ!」ムグッ」

 

 笑顔のまますべて暴露しようとした悠里を止めたのは一瞬で立ち上がった胡桃だった。先ほどまでよりも顔を真っ赤にした胡桃は悠里の口をふさいだまま半分涙目で凪原をにらみつける。

 

「なっ、何でもないから。だからもうそれ以上聞くなナギっ」

「お、おう。分かった。だから早いとこりーさんを解放してやってくれ」

「そうですよ、それに胡桃さんはまだシャワーを浴びてないんですから汚れちゃいますよ」

「まったく胡桃ちゃんはしょうがないなぁ」

 

 悠里を心配する凪原と、胡桃を嗜める慈に便乗するようにからかいの言葉を投げる由紀だったが、悠里を解放した胡桃からほっぺたを引っ張られることになる。

 

「あたしをからかうのはこの口かー?」

「うー、ふうい(くるみ)ちゃんごみーん」

 

(おー結構伸びてるな、柔らかそう)

 

 シャワーに行ってくるとまだ赤い顔のまま出ていった胡桃の様子に、顔を見合わせて笑う部屋に残された4人。

 

「ふふ、胡桃も結構調子が戻ってきたわね」

「そうですね。元気そうに振舞ってはいましたけど、やっぱり沈んでいましたからね」

 

 悠里と慈の言葉を疑問を感じた凪原が問いかける。

 

「元気になったってことは何かあったのか?」

「ええ、こんなことになった日にちょっとね…」

「これは私たちが話していいことではないと思うので、なぎ君は聞かなかったことにしてください」

「胡桃ちゃんはいろいろ頑張ってたってことだけ覚えておいてね」

「ふーん、そういうことなら了解」

 

 3人の様子にあまり突っ込まない方がいいと判断した凪原はそれだけ言って話を打ち切ることにした。胡桃については少し気に掛けてみるということを頭の片隅にメモしておく。

 

 

 手持無沙汰になった凪原は武器の手入れをすることにした。リュックから9ミリ拳銃と空マガジン、そして弾薬箱を取り出す凪原。取り出したものを机の上に並べ、弾薬箱を開いて新しい弾丸を取り出し空マガジンに込めていく。

 

 そして突然目の前に出された拳銃に思わず固まる3人。

 先ほど自分たちを助けるために使用していたとはいえ、銃、である。これまでごく一般的な市民として過ごしてきた身として、実物を前にするとそれから放たれる威圧感に飲まれてしまう。

 

(凪原さんのことは信じるって決めたけど、こうして見るとやっぱり少し怖いわね)

 

 多少しり込みして口を開けないでいる悠里にフリーズしてしまっている慈、2人とは対照的な行動をとったのが由紀だった。銃に目線を向けながらも口を開き何をやっているのかを尋ねる。

 

「ねえ凪さん、それって何やってるの?」

「ん、これ?マガジン…ええっと弾丸を入れておくケースに弾丸を込めてるんだ。こうしとかないといざって時に撃てないからな。さっき結構使っちゃったから込めなおしておかないと」

「弾丸ってそんな箱状のところに入れるの?警察の人が持ってる銃だとあのレンコンみたいなところに弾を入れてるイメージだったのだけど」

 

 由紀が話しているのに勇気づけられたのか、凪原の言葉に質問を発する悠里。

 

「あー、警察官が使ってるのは回転式(リボルバー)だからな。この9ミリ拳銃は自動式(オートマチック)だからちょっと違うんだ。細かいところは省くけどこっちの方が弾がたくさん入るってのが大きな違いだな」

 

(まあコレ(9ミリ拳銃)は弾倉が単列式(シングルカラム)だから自動式にしては装弾数が少ないんだけど)

 

 そんなことを考えたところでフリーズしていた慈が再起動を果たした。

 

「そ、そうですなぎ君っ。さっきは聞きませんでしたけど、どうしてそんなモノ(拳銃)を持ってるんですかっ?」

「あれ?さっき胡桃から聞いてない?」

 

 てっきりシャワーを浴びている間に胡桃の方から3人に話していると思っていた凪原はキョトンとした顔で聞き返す。

 

「そういえば胡桃ちゃんが話してくれた時めぐねえいなかったね」

「戻ってきたときにはもう別の話になっていたものね」

 

 胡桃に話してもらった時のことを思い出しながら話す由紀と悠里にの様子に、凪原は一つ頷くと改めて田宮とのことを話すことにした。

 

「OK、そんじゃ改めて話しておくか。2人も聞いてないところがあるかもしれないし何となく聞いておいて」

 

 そう前置きをして凪原は自分が銃を手に入れた経緯、田宮とのやり取りを話し始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「とまあ、こういったわけがありましたとさ。さっき胡桃に言ったかもしれないけど全部信じるかどうかは任せるよ。最低でもこの銃で君らをどうこうしようという気はないってとこだけは信じてほしいけど」

「そんなこと言わなくても信じますよ、さっき胡桃から聞いた話と同じでしたし」

 

 再度話し終えた凪原が軽く自嘲を交えながら締めくくると、悠里が小さく微笑みながら応じた。由紀も普段の元気そうなそれとは異なる優し気な笑顔で頷いていた。

 

「ありがとな、2人とも。そんで途中から静かになってためぐねえは――――めぐねえ?」

 

 2人に礼を言いつつ、話をするうちに口を挟まなくなった慈の方を伺う凪原だったがうつむいて動かない様子に疑問の声を上げる。

 由紀も疑問に思ったのか、めぐねぇどうしたの?と首をかしげていた。

 そのままプルプルと小さく震えだす慈を不審に思い再度口を開くもその声は最後まで続かなかった。

 

「めぐねえマジでどうし――「なぎ君っ(ガシッ)」ちょ、めぐねえ⁉」

 

 いきなり凪原の頭を泣きながら抱きしめる慈に目を白黒させる凪原。

 

「なぎ君がそんな大変な経験をしていたなんてっ。ごめんなさい気づいてあげられなくて、そんなことなぎ君がするわけないと思いながらも少しだけ不安になってしまってなぎ君のことをしっかり見てなかった。一番大変なのはなぎ君だったのにそんなことも気づかなかった。ほんとに……、ほんとにごめんなさいっ」

 

 泣きながら謝る慈の様子からその行動の理由を察した凪原は気にしなくていいと答える。

 

「別にめぐねえが謝ることじゃないよ。田宮さんに頼まれたとはいえやったのは俺自身の意思だし、それに間違ったことはしていないと思う。だから俺は大丈夫だよ」

 

 軽く笑いながら心配ないと言う凪原だったが続く慈の言葉に思わず息が詰まった。

 

「そんなはずないですっ。本当に大丈夫ならなぎ君は大丈夫なんて言葉は使いません。それになぎ君は自分では何とも思ってなくても心のどこかで引きずることも多いんですから周りが気付いてあげないといけないんですっ」

 

 慈の言葉に息をのんだ凪原だったが、ゆっくり息を吐くといつの間にか体に入っていた力を抜いて慈に身を任せた。

 これまでの自信気な口調とは異なる、どこか子供っぽい口調で慈に声をかける。

 

「うーん、やっぱりめぐねえにはこういうところでは敵わないなぁ。自分では問題ないつもりだったんだけど」

「在学中に散々振り回されましたからね、なぎ君の事ならしっかり分かってます」

 

 抱擁を解いて頭をなでながら話す慈とそれに答える凪原、2人の様子からは互いを信頼していることが感じ取られた。

 そしてそれを至近距離で見せられてヒソヒソ話に移行する由紀と胡桃。

 

「(ねぇ悠里ちゃん、あの2人のつながりって生徒会担当と担任だったことだけだよね?)」

「(聞いた限りはそのはずだけど、そうは思えないぐらい信頼関係ができてるように見えるわよね)」

「(やっぱりそう見えるよね?―――)」

 

 

 自分たちの担任の新しい一面にヒソヒソ話が加速させる2人と、密着した状態で話す慈と凪原。ややカオスな雰囲気を破ったのはシャワーから戻った胡桃だった。

 

「シャワー出たぞーってこれどういう状況?」

「あらお帰りなさい胡桃、どうって見てのとおりよ?」

「見ての通りって、あたしには半泣きのめぐねえがナギの頭を抱え込んで撫でてるのが見えるんだけど。何があったらこうなるの?」

「田宮さんとの話を聞いためぐねえがナギさんが無理してるんじゃないかって心配してこうなったんだよー」

「あー、そういうことか。でもそれであんなに密着するもんか?」

「ふふっ、これじゃ胡桃も負けてられないわね?」

「なっ⁉あ、あたしは別にそういうことが言いたいわけじゃないからっ」

 

 意味ありげにほほ笑む悠里に慌てたように返す胡桃。その顔はシャワーに向かったときほどではないが少し赤くなっていた。

 

 急に騒がしくなったことで胡桃が戻ってきたことに気づいた凪原が慈にもう平気だと声をかける。まだ心配そうに見つめる慈に笑顔で頷くと慈も納得したようで、不安そうにしながらも解放してくれた。

 机の上に出したままだった9ミリ拳銃とその他もろもろをカバンに戻すと立ち上がり、平静を装って口を開く凪原。

 

「コホン、恥ずかしいところを見せたな。できれば忘れてくれると嬉しいんだけど」

「ええ、分かりました(ニコニコ)」

「もう忘れたよー(ニマニマ)」

「さては忘れる気ないな君たち」

 

 非難気な目を向ける凪原だったが、笑ったまま受け流す由紀と悠里の様子にため息をつくと胡桃の方に向き直った。

 

「お帰り、シャワー浴びてスッキリできたか?」

「ああ、おかげさまで。それよりさっきの感じからしてからして随分めぐねえと信頼関係があるみたいだな」

「まあ、2年、3年とお世話になったからな。へこんでた時に気にかけてもらったりもしたし」

 

 どこかとげがあるような胡桃の言葉に頬を掻きながら弁解するように返す凪原。

 

「へこんでた時?」

「2年の時にちょっとな、詳しいところは勘弁してくれ」

 

 首をかしげる由紀に苦笑いで返す凪原。

 その会話で先ほどの慈との会話を思い出した胡桃が話題を変えるように口を開いた。

 

「そうだナギ、さっきめぐねぇから聞いたけどお前生徒会長やってたんだって?」

「おう、泣く子も黙る第31代生徒会長とは俺の事よ。歴代の会長の中でもトップレベルで色々やった自信があるぞ」

 

 自慢げに返す凪原にジト目を向ける胡桃。

 

「ああ、確かに色々やらかしていたな。本当に色々と」

「む、なんか含みがある言い方だな」

「当たり前だろ、そのやらかしの結果あたしはいきなり顔面に紙テープの洗礼を受けたんだぞ」

「あー入学式の時のやつか、新入生を歓迎する気持ちを端的に表そうと思って何がいいか考えた結果あれが一番インパクトがあるって話になったんだ」

「インパクトありすぎだっ、おかげでとんでもない学校に入っちまったんじゃないかってクラスメイト同士で話してたんだぞ」

「すぐに周りと打ち解けられてよかったじゃないか」

「違う、そういうことを言いたいわけじゃないっ」

 

 胡桃からの抗議をハッハッハと笑いながら受け流す凪原の様子を見て当時を思い出す由紀と悠里。

 

「今思い出したんけど、生徒会長挨拶の時とかってナギさんあんな感じだったよね」

「そういえばそうね、いつもその後にくる突発的なイベントやら発表やらで忘れていたけど壇上で挨拶していたの確かに凪原さんだったわ」

 

 始業式や生徒総会など、あいさつするときの凪原は基本的に笑顔でとんでもないことを言い出し、その際の批判は柳に風と受け流していたのだ。

 もっとも提案する内容は事前に教員側と安全確認や協議をしているため、事故などが起きる可能性が低いことは生徒達も分かっており強く反対していたわけではない。

 

 

「っと、そうだ忘れてた。皆が一息ついたところで話があったんだ」

 

 文句を言う胡桃をなだめていた凪原が思い出したように言った。その声に周囲も会話を辞めて注意を向ける。

 

「なんだよ?改まって」

「どうしたんですか、なぎ君」

 

 代表するように返事をした胡桃に続き、疑問の声をあげる慈。

 それに若干言いにくそうにしながらも口を開く凪原。

 

「いや、会った時があんな感じでドタバタしててうやむやになっちゃってたからさ。それで、俺もこれから先ここに居たいと思うんだけど、いいかな」

 

 無理にとは言わないしやっぱり女子ばっかのところに男が入るのが嫌だってなら出ていくけど、と先ほど胡桃を相手にしていた時の余裕そうな感じとは打って変わって不安そうな表情で話す凪原の様子に、何事かと思って聞いていた4人は顔を見合わせると噴き出してしまった。

 

「なんだ、真剣な顔してるから何を言い出すかと思ったらそんなことかよ」

「そんなことってなんだよ、こっちは真面目に言ってるのに」

 

 笑いをこらえながら話す胡桃に少しむっとした表情で返す凪原。それを見ながら残りの面々も口を開く。

 

「凪さんだったら全然オッケーだよ!」

「私も問題ありません、というよりむしろお願いします。先ほどのようなこともありますしやっぱり女子だけじゃできないことも多くて、男性の方がいると心強いです。それに凪原さんなら信用できますし」

「うーん、そこまで信用してくれるのはありがたいんだけど、そんな簡単に信じてもらえるとなんか拍子抜けだな」

 

 肯定的な返答をくれたことに嬉しそうにしながらも意外そうな表情をする凪原だったがその疑問に答えたのはそれまで黙っていた慈だった。優しそうな笑みを浮かべながら凪原に話しかける。

 

「この子たちは人を見る目がありますからねぇ」

「めぐねえ?」

「なぎ君も知ってると思いますけど、女性っていうのは人のことをしっかり見ているんですよ。そんな中でもこの子たちは特に対面した人の本質を感じ取ることに長けてるんです。なぎ君はそんな3人のお眼鏡にかなったんですよ」

「お眼鏡って…これってそういうもんなの?」

「そういうもんなんです。もちろん私も賛成ですよ?この3人と同じようになぎ君も私の生徒だったんですから。なぎ君が変なこと考える人じゃないのはよく分かっています」

 

 そう笑顔で言い切る慈とその後ろで笑顔を向けてくる3人を見て、凪原は知らずに肩に入っていた力を抜くと自身も笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「分かった、それじゃあこれからよろしくお願いします」

「「「「はい(うん)っ!」」」」

 

 学園生活部の部室に元気な声が響いた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――これで凪さんも学園生活部の一員だねっ」

「は?」

 

 一件落着したところで唐突に由紀からかけられた声に間の抜けた声を上げる凪原。

 

「あたしらは学園生活部の活動として学校に住んでるからな。 ここで生活する以上はお前も部員ってわけだ」

「いや俺大学生だよ?高校の部活の部員って無理があるでしょ」

「留年したことにすりゃいいだろ」

「よくねえわ!」

 

 無事に大学に入学して1年以上たったというのに高校5年生にされかけるという事態に慌てる凪原。

 ニヤニヤしている胡桃に文句を言っていると、悠里がどこからか紙を取り出してきて凪原の前に置く。

 

「こちら、入部届になります」

「りーさん、お前もか」

 

 裏切られたような顔をする凪原に、ルールですからと答えるいい笑顔の悠里。明らかに楽しんでいる様子にこいつは愉悦派だと認識した凪原はせめてもの抵抗にめぐねぇはどうなんだと口にするが、顧問だと返される。

 

 何か方法がないかと差し出された入部届に目を走らせる。生徒会時代に何度か処理したことがあるそれは部員名簿の役割も果たしており、一番上に部活動名が書かれており、その下に顧問や部員の名前を書く欄があった。

 

(あ、よっしゃこの手があった)

「………分かったよ、記入するからペン貸してくれ」

「あ」

 

 小さく何かに気づいた様子の凪原に慈は口を開きかけたが、それには気づかずペンを差し出す胡桃。

 

「はいよ」

「サンキュ。――――よし、書けたぞ」

「よしよし…ってお前これっ」

「ずるいですよっ」

 

 2人が抗議の声を上げながら見る入部届には確かに凪原の名前が記入されていた。ただし、コーチの欄にだが。

 

「なんもずるくないぞ?うちの学校の規則なら卒業生が部活動の指導員として所属することは問題ないし、その際に資格が必要ということもないからな」

「くっ、年の功ってやつか」

「生徒会長だったのは伊達じゃないってことですね」

 

 悔しがる胡桃と悠里と笑っている凪原たちを見ながら、由紀は慈にこっそりと問いかけた。

 

「ねねめぐねえ、さっきあって言ってたけどどうしたの?」

「さっきのなぎ君の顔は何かを思いついた時の顔なんですよ。以前もあの顔をした後にはとんでもないイベントとかを提案してきたんです」

「それに胡桃ちゃんとりーさんは引っかかっちゃたわけかー」

 

 納得したように話す由紀だったが、すぐにまた口を開いた。

 

「でもさ、これからすっごくにぎやかで楽しくなりそうだねっ」

 

 そう話す由紀の笑顔は本当に楽しそうで、

 

「ええ……そうね」

 

 慈もまた笑顔で答えたのだった。




以上、第7話でした!

主人公やっと学園生活部に入りましたね。
タイムラインとしては原作よりも早いですが、ここから原作1巻に沿うような形で進めていけたらいいなって考えてますので応援していただけると嬉しいです。

非ログイン状態でも感想が残せるように設定を変更したので一言でももらえると嬉しいです。
  |ω・)<チラッ

それでは第8話でお会いしましょう。

なんか主人公の口調が安定しないなぁ……


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1-8:OB、学生時代の遺物を披露する 上

金曜に初めて感想をいただきました、ありがとうございます!
こういうのをもらえると本当にうれしいですよね。

6話と7話でかなりはっちゃけた高校生活をしていたことが分かった主人公、今回はその暴走の結果を少しお見せします。

それでは第8話です、どうぞ。


 凪原の入部騒動からしばらくたち時刻は夜に差し掛かっていた。

 発電所からの送電がストップし町中の電気消えた現在、ソーラーパネルによる自家発電で電気が使えるとはいえ煌々と明かりをつけていては目立ってしょうがない。

 ゾンビたちは明かりに反応して集まってくるし、もっとひどいと友好的でない生存者達まで呼び寄せかねない。

 なので学園生活部では電気を消したうえでカーテンも閉め、夜間の明かりとしてはランタンを小さくともして用いていた。

 

「さてもう暗くなったわけだけど、夜の間ってどうしてるんだ?」

「それは日に寄りけりだな。とっとと寝ちゃう日もあれば話が弾んで結構遅くまで起きてる時もある」

「あまり遅くまで起きていると次の日起きるのが遅くなっちゃうので基本的には早く寝るように言ってるんですけどね」

 

 凪原の問いに対し、場合に寄りと答える胡桃と早く就寝してほしいと言う慈。

 どちらの答えからも、見回りや警戒といった言葉出てこないことに疑問を覚える凪原。

 

「ちょい待ち、もしかして夜の間って誰かが起きて警戒してるとかはしてないのか?」

「あー、最初のころは怖くて眠れなくてずっと起きてたりしてたんだけど…」

「彼らがバリケードを超えてくることが無いと分かってからは特にしていないわね」

 

 由紀と悠里からの解答に驚愕の表情を浮かべる凪原。

 夜間はゾンビたちの動きが沈静化するとはいえ無防備すぎるのではないかと思う。

 確かに凪原も夜間に睡眠をとっており一晩中起きていることはないが、それは建物の中にゾンビがいないことを入念に確認し、進入路を塞いだうえでのことであるし、そもそも熟睡はしないようにしていた。

 慈の言葉からは皆そろって寝坊したことがあるように思える。とてもじゃないが安全とはいいがたい対応だ。

 そんな内心を余すとこなく声に込めて口にだす。

 

「いくら何でもそれは不用心すぎるんじゃないか?」

「夜の間はあいつらの数結構減るからなぁ、目が覚めた時は一応見回りとかもしてるし」

「でも実際彼らはバリケードを超えることはなさそうですし…」

 

 胡桃は多少なりとは警戒しているようだが、あまりピンと来てない様子の慈。他の2人もどうやらバリケードを過信しているようなので、凪原は厳しいながらも現実を口にしておくことにした。

 

「そのバリケードなんだけどな、あれ多分全力で押されたり叩き続けられたら持たないぞ。実際今日は俺と胡桃とで取り付いたやつを即座に排除してたから平気だったけどそれが無かったら高確率で破られてた。胡桃は近くで見てたから分かるだろ?」

「う……。まぁ確かに壊れそうだなとは思った」

「な?酷なことを言うようだけどあのバリケードじゃいざというとき心配なんだよ」

 

 凪原の言葉にそんな…とか、どうすれば…といった声が聞こえてくる。どうやら皆も現状を正しく理解できたらしい。それが分かったところで凪原が明るい口調で口を開いた。

 

「まぁバリケードが不十分ってことなら補強すればいいだけだ。それまでは俺が夜間の警戒をやることにするから皆は今まで通りに寝ても大丈夫だよ」

「それじゃ凪さんだけが大変じゃんっ」

「そうです、危険だってことは分かったので私たちも分担しますっ」

「大丈夫だって。さっきは不用心だって言ったけど早く寝ることも大事だぞ?夜更かしはお肌に悪いからな、特に君らみたいなかわいい子たちならなおさらだ」

 

 先ほどまでの真面目な表情から一転、楽しそうな顔で突然そんなことを言う凪原に顔を赤くして黙り込む2人。

 

「なぎ君、あんまりからかわないであげてください。でも本当に大丈夫なんですか?なぎ君だって一晩中起きてるのは大変ですよね?」

「ハハッ……。めぐねえは理工系大学の課題地獄って知ってる?レポートやら何やらの課題が多すぎて2徹3徹は当たり前なんよ。課題をやらなくて良くてただ起きてるだけなら楽なもんだよ」

 

 突然死んだような顔になってそんなことを言う凪原に思わず固まる慈。さっきまで顔を赤くしていた2人や胡桃もこれにはうわぁという顔になっている。

 

「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃないですか!?それなら私も警戒をやりますからなぎ君もちゃんと休んでください!」

「いや、めぐねえは徹夜すると翌日ポンコツ化するじゃん。文化祭の準備期間に見たから知ってるよ」

「そ、それはそうですけど…」

 

 自分も手伝うと意気込んだものの、一瞬で却下されて口ごもる慈。

 そんな中、なら私が手伝う、と言い出したのは胡桃だった。その言葉に皆の視線が向いたところで話始める。

 

「夜の間はナギが警戒するってんなら明け方、夜明けぐらいからはあたしが交代するよ。そしたらナギも朝ごはんまで少し休めるだろ?」

 

 朝起きるのは得意だし、と続ける胡桃に少し考えていた凪原だったが頷くと肯定の意思を示す。

 

「じゃあそれでお願いしようかな。完徹しないで済むのはうれしいし」

 

 さしあたっての夜間の予定が決まったところで就寝することになった。

 どうやら胡桃達は3階の教室の1つを自分たちの生活スペースとして使っていおり、慈はその隣の部屋で寝泊まりをしているらしい。

 着替えたりしていることもあるから勝手に入るなとくぎを刺されたが、もちろん凪原にそんなつもりはないのですぐに頷いておいた。

 

「じゃあ凪さんおやすみー」

「申し訳ありませんが夜間の見回りお願いします」

「5時くらいになったら交代に行くよ、あたしらが寝てるからって覗くなよ?」

「おう、おやすみ。今日は色々疲れただろうししっかり休めよ。胡桃は変なこと言うな別に覗かないって」

 

 そう挨拶をすると胡桃達は教室に入っていった。そして廊下に残される形となった凪原と慈。

 

「さて、めぐねえ?」

「……(ビクッ)」

 

 何かを問いかけるような凪原の声に体をこわばらせる慈。

 

「何か気がかりがあるって雰囲気だったから鎌をかけてみたけどやっぱりか」

「うぅ…隠してたつもりでしたけどなぎ君には分かっちゃいますか」

「そりゃあ2年間見てきたからね。ま、何に悩んでいるのかはあえて聞かないけどしばらく放っておいていいんじゃないかな?俺が来たせいでここでの生活もいろいろ変わるだろうし、それが収まってから落ち着いて考えればいいと思うよ」

「………なぎ君、実は私が何に悩んでるか知ってたりしません?」

 

 疑わし気な目を向ける慈に、いんや全く?ととぼける凪原。その様子からは内心を見透かすことはできなかった。何か言いたげな目をしていた慈だったが、あきらめたのか小さくため息をついた。

 

「分かりました、なぎ君の言うとおりにしておきます。確かになぎ君が来たことでここもいろいろ変わりそうだものね」

「それが良いと思うよ、それになんかあったとしても俺はめぐねえの味方だから」

「フフッ、ありがとうござます。それじゃあ私ももう寝ますね今日は疲れちゃったので」

「おやすみめぐねえ、しっかり休んでね。……多分明日は違う意味で疲れるだろうし」ボソッ)

「はいおやすみなさ―――ってなぎ君?今最後になんて言ったの?」

「別に何も?じゃあおやすみ~」

「ちょっなぎ君!?なぎくーん!」

 

 最後の最後に悪だくみをするような顔をしていた凪原に焦る慈だったが、笑いながら行ってしまったので嫌な予感を覚えながらも就寝するしかなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「おはよう、ナギ。夜の見張りお疲れ様」

「おうおはよう、よく眠れたか?」

 

 胡桃が起きてきたのは夜が明けて間もないときだった。どうやら寝る前の宣言通り5時頃に起きたらしい。

 服装は制服姿で特にしわなどもついてないことから寝間着は別にあって起きてから着替えたのだろう。

 

「夜の間はどうだった?あいつら来たりしたか?」

「いやー基本的には平和なもんだったよ。1,2回バリケードのとこまで来たけど1体だけだったからすぐに処理できたし」

 

 質問にのんびりと返す凪原だったが、自分たちが寝ている間にゾンビが近づいていたと知った胡桃としては気が気ではない。

 

「それって大丈夫なのか?結構危なかったように感じるんだけど」

「まあ大丈夫だろ。少なくとも数体がかりでそれなりに度時間をかけてたたきでもしない限りバリケードも壊れないだろうしそうなる前に気づきゃいい話だ」

 

 そう答えた凪原そのまま大きく口を開けてあくびをした。

 

「クァ~、じゃあ胡桃も起きてきたみたいだし俺は休むことにするよ。その辺の空き教室にいるからなんかあったら呼んでくれ」

「あいよ。あ、そうだいつも通りなら8時過ぎくらいに朝ごはんだからそれぐらいには1回起きてきてくれ」

 

 胡桃の言葉に手をヒラヒラと振りながら了解と答えた凪原はそのまま階段を上がり3階へ上がっていった。

 

 

 

====================

 

 

「改めておはよう、って胡桃だけか。他の3人はまだ起きてないのか」

 

 時刻は午前8時、3時間ほどの仮眠をとった凪原が学園生活部部室(生徒会室)に顔を出すとそこにいたのは胡桃だけだった。机の上に上半身を投げだした状態のままで顔を上げた胡桃が声を上げる」

 

「ああ、おはようナギ。いつもなら皆起きてる時間なんだけど今日はまだ寝てるみたいなんだ。まあ待ってればそのうち起きてくるだろ」

「なるほど、じゃあ起きてくるのを待つ間に朝飯の準備でもしますかね」

 

 そう言って部屋の隅に置いたリュックを漁り始める凪原。

 

「あれ、ナギってちゃんとした料理できんの?」

「まるで昨日のカレーうどんがちゃんとしていないみたいな言い方はやめてもらおうか。まあそれなりにはできるぞ、とはいえ今はめんどくさいからこいつを使うよ」

 

 そう言いながら凪原が取り出したのはレトルトパウチである。オリーブグリーンの袋の表面には戦闘糧食Ⅱ型と印刷されていた。

 

「何それ?」

「自衛隊で採用されてる非常食、基本的に湯煎すれば食べられるから便利なんだ。田宮さんのとこから銃と一緒にもらってきた」

 

 コッヘルで沸かしたお湯に袋ごと突っ込んで待つことしばし、特に問題もなく5人分の朝食が出来上がった。その頃には残りの3人も起きてきており、室内には学園生活部のメンバーがすべてそろっていた。

 

「それじゃ召し上がれ、と言ってもこれは俺が作ったんじゃないけどな」

 

 朝食のメニューはレトルトのご飯と塩鮭、インスタントみそ汁にミカンの缶詰だった。缶詰は5人で1つだったが胡桃たちにしてみれば久しぶりの普通の朝食であり、皆嬉しそうに食べていた。

 

 

「あーおいしかった」

「そうだなー、米を食べること自体久しぶりだったからな」

「どんな食事してたんだよ…」

 

 朝食の片づけが終わったところで由紀と胡桃がしみじみと言った内容に凪原が質問をすると、なかなかに壮絶な答えが返ってきた。

 

「んー、基本的にはスナック菓子かな」

「朝はだいたいうんまい棒とかだったな」

「あとはサラダ菜とかかしら。屋上で育てていたからそれを食べたりしてたわね」

「oh……」

 

 3人の答えに何とも言えない顔になる凪原。どうやら学園生活部の食事事情は彼が思っていたより末期だったらしい。

 

「昨日は今の状況を何とかしようということで、2階の食堂に行こうとしていたところだったんですよ」

「ああ、それでバリケードを超えてたのか」

 

 慈の言葉に納得する凪原。わざわざバリケードで安全を確保している3階から出てきていた理由が分からなかったがそういうことなら理解できる。

 

「それで、その…言いにくいんだけどなぎ君には食料を取りに行くのを手伝ってもらいたいの。昨日の今日で申し訳ないと思うんだけど今私たちにはほとんど食糧が無くて……」

「あたしからもお願いしたいんだ、ナギが持ってきてくれた食糧を食べたうえで言えたことじゃないかもしれないけど、手伝ってほしい」

「わ、私からもお願いしますっ」

「凪さん、お願いっ」

 

 4人の心からお願いを受けた凪原の答えは簡単なものだった。

 

「もちろんいいよ、というかそこまで改まって言わなくてもいいって。俺だってもう学園生活部の一員だからな」

「「「あ、ありがと―――「ただしっ!」――っ⁉」」」

 

 お礼を言おうとした一同だったが突然放たれた否定の意味合いを含む言葉に身をこわばらせる。

 手伝う代わりに対価を要求されるのではと不安に駆られるが続いた言葉に今度は疑問符を浮かべることになる。

 

「食料調達に行くのは準備を十分に整えてからだ」

「準備、ですか?」

「そ、準備。ところでめぐねえ、俺が卒業してからこの部屋(生徒会室)改装工事とかはしてないよね?」

 

 悠里からの疑問の声に答えつつ、一見関係なさそうなことを確認する凪原。慈も理解が追い付いていないのか、え、ええと返事をするだけでそれ以上は考えられないらしい。

 

「よっし、そんじゃ邪魔だからテーブルを壁の方に動かそう。胡桃、そっち持って」

「あ、ああ」

 

 胡桃に手伝ってもらい部屋の中央にあったテーブルをどかす。他の教室と同じ30センチ四方くらいのタイル敷きの床が露になる。

 

「これでどうするんだ?」

 

 そう聞く胡桃だけではなく由紀や悠里、慈も不思議そうな顔をしている。ただし慈は昨夜凪原が言っていたことがあるので少し不安そうなようにも見える。

 そんな中、凪原は向けられる疑問の視線を気にすることなく入り口横にあった小さな書類棚をどかすと、その下の床の一部分をグッと押した。

 

「よっと」

 

 グルッ(床の一部が回転する)

 

「「「!?」」」(驚愕する一同)

 

「よし、あったあった」(床下からナイフを取り出す凪原)

 

「「「!!?」」」(さらに驚愕する一同)

 

 床下から取り出したナイフを持ったまま振り返った凪原は今度はテーブルがあったあたりの床へしゃがみ込み、タイルとタイルの間のうち他よりも継ぎ目が大きいところへナイフを突き立てると刃を走らせてはがしていく。

 

 継ぎ目がはがれた後には細目の蝶番や持ち手のような取ってが顔を出した。凪原は取っ手を掴んで次々にふた()を開いていく。

 

 パカッ(大量の保存食や長期保存用飲料水に非常用浄水キット)

 パカッ(パラコードに寝袋、各種ライトに雨具などのキャンプ用具)

 パカッ(方位磁針や双眼鏡に発煙筒などのトレッキングに使いそうな物達)

 パカッ(折りたたみシャベルや多機能ロッドを含む各種工具にダクトテープ)

 

 その他にも救急キットやら清潔なタオルやら、およそサバイバル生活に必要と思われる物品たちが次から次へと姿を現していく。その光景に他の4人は声を出すこともできないくらいに驚き固まっていた。

 

 そんな4人に向き直ると、凪原はいたずらに成功した子供のような笑顔で口を開いた。

 

「これぞ、巡ヶ丘学院生徒会室、非常事態対策用物資ってやつだ。驚いたろ?」

 

 凪原の言葉にようやく硬直が解けた4人、そしてそれぞれの口から出た驚愕の声が辺りに響き渡った。




以上、第8話でした

この今回と次回の話を書きたくてこの物語を始めたんです、やっと書けました。

生徒会室ってなんか色々なものがあってワクワクするんですよね、高校なのになんか生活感があったりするし割と治外法権的な感じがするんですよ。んで、ならそれを最大限使ってみたらどうなるんだろうって考えて悪乗りした結果がコレだよ。

生徒会担当だっためぐねえは気づかなかったのかよってなりますがそこはほら、めぐねえ割と抜けてるところがあるからてことで許してください 震え声)

さて、遺物の披露はもう1話続きます。あんまり時間を空けないで投稿するつもりなんでよろしくお願いします。

高評価、感想等いただけると筆者の励みになりますので是非

それでは第9話でお会いしましょう。

……理工系大学のレポート課題はマジ辛いぞぉ(白目)


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1-9:OB、学生時代の遺物を披露する 下

2000UAいきました、お読みいただいた方ありがとうございます!

それでは第9話です、どうぞ。


「それだけ驚いてもらえると俺たち(・・)としても準備したかいがあるな」

 

 笑いながら話す凪原に開いた口が塞がらないといった様子の4人だったが一番早く立ち直ったのは慈だった。やはり凪原の学生時代に振り回されていたので耐性が付いているらしい。

 

「な、なぎ君、これは一体どういうことですか!生徒会室を勝手に改造したり、いろんなものを保管してたり、私こんなことやってたなんて聞いてませんよ⁉」

「そりゃ言ってないから当たり前だよ。物資の運び込みとか部屋の改造はめぐねえがいないタイミングでやってたし」

 

 あっけらかんと答える凪原に絶句する慈。慈が復活する前に機先を制する形で再び動き始めた凪原は工具入れからドライバーを取り出すと、いまだに固まったままの胡桃たちに声をかける。

 

「ちょっとそこの本棚の前開けてくれる?その位置だと危ないから」

「「「……(スススッ)」」」

 

 いまだに口を開けないながらも移動する3人。本棚の前からどくというよりも凪原から距離を取ったように見えるのはきっと気のせいだろう。

 そして本棚の前に移動すると転倒防止用の金具を外していく凪原。本棚の大きさに合わせてたのか、金具の数も多くすべて外すのには数分かかった。

 金具をすべて外し終わり、4人の方に向き直った凪原は先ほどまでとは異なり苦笑いを浮かべていた。

 

「ここの中身に関しては準備しなくてもいいんじゃないかって思ってたんだけど、まさか役立つことになるとはなぁ。まったくハヤ様様だ」

 

 そう言いながら凪原は本棚の横に回ると、側面を押し始めた。

 すると本棚はこするような音を立てつつもその巨体に似合わず滑らかにスライドした。

 そしてスライドした本棚の背後、本来なら部屋の壁があったはずの場所はぽっかりと口を開けており、その空間には様々な物品が詰め込まれていた。

 それを見た4人の反応はというと、

 

「「「うわぁ……」」」

 

 完全にドン引きしている胡桃たち3人に、

 

「なっ、なっ、なっ」

 

 声でてこない様子の慈と、先ほど災害対策用の品々を見た時よりもひどいものだった。そしてその反応を見て、そりゃそうなるようなぁといった感じの凪原。

 何しろ、本棚の後ろから姿を現した品々は―――

 

 山刀(マチェット)にサバイバルナイフにシースナイフ、折り畳み式のさすまたにライオットシールド、タクティカルブーツとグローブに各種プロテクター、極めつけにクロスボウに大量のボルト、その他にも大小さまざまな物品類とおよそ日本で民間人が普通に手に入れられる武器防具の見本市といった様相を呈していたからである。

 

「とまあこんなわけで、この部屋(生徒会室)は俺たちが災害用備蓄倉庫に改造してたんだ。さっき準備してからって言った理由もこれだな。あらかじめ備えられるならそれに越したことはないし」

 

 そんな物騒な品々を披露しながら笑顔で話す凪原はそれぞれの品を説明しようとしたがそれを遮ったのは慈の声だった。顔は下を向いていて表情を伺うことはできないが、肩が小刻みに震えているのが分かる。

 

「―――なぎ君」

「ん?どしたのめぐねえ?」

「……正座してください」

「へ?」

「いいからそこに正座してください!部屋を改造するだけじゃなくこんな危ないものまで置いておくなんて、おまけに私には何も言わずにっ。お説教してあげますから覚悟してください!」

 

 顔をがばっと上げて大声を上げながら凪原に詰め寄る慈。一瞬ヤベッという顔をした凪原はせめてもの抵抗として弁明を口にする。

 

「ちょっと待ってめぐねえ。部屋を勝手に改造したのは確かに悪かったけど、本棚の裏のやつを準備しようって言いだしたのはハヤの方であって俺じゃな―――」

「言い訳はお説教の後で聞きます!。とにかく、正座ぁ!」

「……はい」

 

 観念して正座する凪原とその前に立って説教を始める慈。

 もし凪原の横であと2人ほど正座する人がいたならば当時の巡ヶ丘学院名物「やらかしすぎて生徒会担当教員にお説教される生徒会役員(バカ共)の図」が再現されることになったのだが幸か不幸か今は凪原1人しかいないため慈のお説教を一身に受けることとなったのだった。

 

 

 

====================

 

 

 

「……全く、今となっては役立ちそうなのでこれぐらいにしておきますけど、反省しましたか?」

「はーい」

「よろしい」

 

 両手を腰に当てて頷く慈からお許しが出たので、凪原はやっと立ち上がることができた。それなりの時間正座をしていたのでジンジンとした痺れが足に来ている。

 胡桃たちも時間が空いたことで落ち着いたのか、凪原が怒られている横で床下の物資を取り出してみたり本棚裏の収納スペースをのぞき込んでみたりしていた。

 

 凪原が解放されたのを見て備蓄物資を1つずつ確認していた悠里が声をかけた。

 

「それにしてもすごい量の物資ね、こんなにたくさん用意するための資金はどうしたのよ?数万って額じゃないように思えるのだけど」

 

 悠里の言葉通り、室内に備蓄された物資の量はかなりのものであった。非常食や災害対応物資など、1つ1つは高額では無いが数をそろえるためにはそれなりにお金がかかる。それに加えて本棚裏の武器防具類は1つ数万といった物もある。

 お説教の内容を聞くに、これらを準備したのは凪原を含む当時の生徒会役員たちであったらしいが、とてもではないが数人の高校生の貯金で用意できる量ではない。

 同様の疑問を感じていたのか他の人も注目する中の凪原の答えは意外なものだった。

 

「あ、それは校長先生(学長のじいさん)がポケットマネーで出してくれたぞ」

「「「校長先生!?」」」

「そ、なんか若いうちから防災に興味を持つとは感心だから自由にやってみなさい、ってさ」

 

 突拍子もない答えに驚愕する一同であったが、校長先生のことを思い出すと同時に納得した。

 巡ヶ丘学院は私立校であるので校長先生は変わらない。そんな校長先生は気のいいお爺ちゃんといった感じの人物だった。生徒の自主性を尊重するという考えの持ち主であり、生徒からの要望を可能な限り叶えようと尽力する。そのために私財を投じることも厭わない姿勢は生徒達から広く慕われていた。

 

 胡桃達はこの段階では知る由もなかったが、凪原たち生徒会が数々のイベントを実行できたのは彼が最終的にゴーサインを出したからというところが大きい。

 そのあたりの事情を知っている慈はもとより、そんな校長先生の性格を知っている胡桃たちにしてもそれほど驚くことではなかった。

 

「校長先生はまた勝手なことをして、一言くらい言ってくれてもいいじゃないですかぁ」

 

 今ここにはいない校長に文句を言う慈だったが声にはあきらめが含まれていた。その様子に凪原は、俺らが卒業してからもなんか色々あったんだろうなと推測していた。

 

「校長先生が出資してくれたってのは分かったんだけどさ、この本棚の裏のやつはなんで用意しようと思ったわけ?どう考えても普通の自然災害とかじゃ必要ないものだと思うんだけど」

 

 武器や防具を用意した理由を尋ねる胡桃にうんうんと頷く由紀。問われた凪原は頭を掻きながら答える。

 

「それなぁ、さっきも言いかけたんだけどその辺の物品を用意しようって言いだしたのは俺じゃなくて当時の副会長やってたハヤってやつでな、んでこいつがSFっていうかポストアポカリプス系が大好きな奴でさ―――」

 

 曰く、

 ポストアポカリプスと言えばサバイバルや籠城が基本(←まぁ分かる)

 うちの学校(巡ヶ丘学院)は浄水設備や発電設備があり拠点に向いている(←設備はあるから理解はできる)

 学校が舞台の籠城と言えばやっぱりゾンビもの!(←こじつけだがギリ分かる)

 だから武器も準備しよう!(←分からない)

 

「―――ってことがあったんだ」

「それはまた、なんというか……」

「どういう考え方をしたらそうなるんだよ」

 

 凪原の説明に何とも言えないような表情の悠里と呆れたように言う胡桃。凪原も2人の反応に頷きながら、まぁあいつ頭のねじが何本かぶっ飛んでたからな、と話していた。

 なお凪原は、どの口が言ってるんですか、と言いたげな顔の慈を有意義に無視している。

 

「でも今は役に立つんだからハヤさんに感謝しないとねー」

「確かにその通りなんだけど、あいつに感謝するってのはなぁ」

 

 素直に感謝の気持ちを表す由紀に対し微妙に複雑そうな表情をする凪原。ハヤの性格を知っている身としては素直に感謝する気になれない、どうだまいったかという声が聞こえてくるようだった。

 

「まぁありがたいことに違いはないから感謝してもいいんじゃないか?これを使えばあたしももっと戦えるし」

「「「はい?」」」

 

 胡桃の言葉に彼女以外の声がきれいに揃う。その様子に胡桃は、え、どうした?という感じになっていた。

 

「ちょい待った胡桃、お前今なんて言った?」

「え?いや、これがあればあたしももっと戦えるって―――」

 

 4人を代表して質問した凪原にキョトンとしながら答える胡桃。その答えに女性陣から口々に危険だという声が上がるが、胡桃としても譲れないものがあるようで毅然と反論していた。

 

「だってこれからのことを考えたらあいつらと戦うことは避けられない、その時に凪原に頼りっきりになるのは良くないだろ。凪原もさっき食料調達に行くのは準備してからって言ってたし、戦い方を教えてくれる気だったんじゃないのか?」

 

 胡桃の言葉にそうなの?という顔を向ける3人に対し、ため息をつきつつ答える凪原。

 

「そりゃ多少はそういうことも考えてたよ?でもそれは盾とかさすまたの使い方ぐらいで、いざというときにゾンビと距離を取って逃げやすくするための方法。教えてもクロスボウの撃ち方ぐらいまでで本格的なことは教えるつもりはなかったんだけど」

 

 凪原の返答に最初は身をこわばらせた3人だが、続く内容を聞くに確かにそれぐらいは自分たちもできなければいけないと思える内容だったので納得した表情になった。

 

「でもそれだったら胡桃もそれだけ教わればいいんじゃないかしら」

 

 胡桃も自分たちと同じくらいのことを教わればいいんじゃないかという悠里に、首を振って否定の意を表す胡桃。

 

「それじゃ、ナギだけが矢面に立つことになって負担が大きくなっちまうだろ」

「別に俺の事なら大丈夫だぞ?さっき言った内容だけでも後ろから援護はしてもらえるし、昨日の胡桃を見た感じなら今のままでも十分だ」

 

 だから無理して戦おうとする必要はない、と続ける凪原だったが胡桃はそれでは納得できないといった様子でなおも言いつのる。

 

「正直に言ってくれよナギ、前に出て戦える奴は多いほうがいいに決まってる。それも1人しか居ないのと2人居るのとじゃ大違いだ、そうだろ?」

 

 どこか必死ともいえる様相で凪原を見つめる胡桃と口をはさめず推移をみることしかできない慈たち3人、4人分の視線を受けた凪原はしばらく目を閉じて黙り込んでいたが顔を上げると組んでいた腕をほどきながら口を開いた。

 

「……確かに胡桃の言う通り、最前線に立てる人間は多いほうがいい。しかも1人と2人とじゃ取れる選択肢もだいぶ違うからな。そういう意味では胡桃が前に立って戦ってくれるならそれはありがたいと言えばありがたい」

 

「ならっ「だけど」」

 

 口を開きかけた胡桃の言葉を遮る凪原。

 

「お前はなんでそんなに前で戦いたがる?」

「それは、さっきも言ったように前に出れるのが1人だけより2人居たほうが「嘘だな」―――っ」

 

 再び言葉を遮られ怒った表情になる胡桃、そんな胡桃を見ながら言葉を続ける凪原。

 

「もちろん今言った理由も確かにあるだろう、でもそれは一番の理由ではないように見える。答えてくれ、なんでお前はそんなに前に出たがる?」

 

 嘘は許さないといった表情の凪原に、胡桃は黙り込むと顔を伏せてしまった。

 

(やっぱりほかに理由があったか。これで素直に答えてくれたらいいけど分からないな、死ぬ気ではなさそうなのが救いだけど)

 

 そんなことを考えながら返答を待っていると、やがて小さな声で胡桃が話し始めた。

 

「……もうあたしの目の前で大事な人をなくしたくないんだ」

「こんなことになった日にあたしはすごく大事に思ってた人を失った、あたしは何もできなかった、助けられなかった。あたしは、もうそんな思いはしたくない。そのためにはあたしも戦えるようにならないといけない」

「なぁナギ、お前はあいつらと戦えるんだろう?頼む、あたしに戦い方を教えてくれ」

 

 言葉とともに大きく頭を下げる胡桃。

 凪原にはその大事な人というのが誰なのか分からなかったが由紀達3人は心当たりがあったようで、悲しそうな顔で胡桃を見つめていた。

 

「俺だって戦闘の専門家という訳じゃない。教えたところでまた目の前で大切な人を亡くすことになるかもしれないぞ?」

「分かってる、それでも何もできないでいるよりずっといい」

 

 あえて厳しいことを言う凪原だったが、顔を上げた胡桃の顔は真剣そのもので、その瞳には決意の色が映っていた。それを見て取った凪原は、上等っと笑みを浮かべた。

 いきなり態度が変わった凪原にえっといった様子の胡桃だったが、凪原は構うことなく近づくとその頭をなで始めた。

 

「それだけ覚悟がありゃ十分。しっかり教えてやるよ」

「えっちょっ、え?」

 

 理解が追い付いていない胡桃をなで続けながら凪原は黙っている3人の方を振り返ると笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「と、いうことになったからよろしくー」

 

 その言葉がきっかけとなり3人の沈黙も解けた。

 

「そ、そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」

「簡単にってわけじゃないよ、めぐねえだって見ただろ?あんな覚悟を決めた顔はそうそうできないよ。いや~慕われてるね~」

 

 慌てたように質問する慈にのんびりと答える凪原。その雰囲気には先ほどまでの真剣な様子はかけらも見られなかった。確かに慈の目からも胡桃の覚悟は周りがどうこう言えるレベルのものではなかったので納得するしかなかった。

 

「それよりも良かったじゃん、こんなに守りたいって思ってもらえるなんてそうそうないぞ?めぐねえに由紀、りーさん達のことを本当に大事に思っているみたいだね」

「そうね、そこまで思ってもらえていると分かったのはとても嬉しいわ。―――ところで凪原さん?そろそろ胡桃を解放した方がいいみたいよ?」

「はい?」

 

 そうニヤニヤしながら言う悠里の言葉にどういうことかと疑問を覚えた凪原だったが、その答えはすぐに身をもって知ることになった。

 

「い、いつまでなで続けるんだよっ!子ども扱いするな!」

 

 そう叫びながら腕をはらった胡桃。そして腕を払ったのとは逆側の腕、その肘が吸い込まれるように凪原の鳩尾(みぞおち)に突き刺さった。

 突然の衝撃にうずくまる凪原の耳には、からかうような由紀と悠里の声とそれに食って掛かる胡桃の声、そして楽しそうに笑う慈の声が響いていた。




以上、第9話でした。

まぁ全力ではっちゃけてたんだから普通の非常用品だけで終わるわけないよね、って話です。

あとは胡桃の覚悟についてですね。一応補足しておきますとこの時点で胡桃は既にゾンビ化した先輩を殺害しています、つまり胡桃覚醒イベントは発生済みです。凪原がOBで胡桃たち3年生にとって先輩であることから誤解していた方が居ましたらごめんなさい。

遺物の披露については今回で終わりです、次の話で遠足前までいきたいと考えています。


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それでは第10話でお会いしましょう。

……胡桃の初々しさがうまく表現できない!


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1-10:OB、学園生活部として活動する

こんにちは!読者の皆様のおかげで第10話まできました、ありがとうございます!

それでは第10話、どうぞ。


「痛ったぁ……、さっきの一撃だけでもう奴等に対抗できるレベルだぞ……」

「ふんっ、人を子ども扱いするからいけないんだ」

 

 思いがけない腹部への衝撃(胡桃の肘鉄)から数分後、何とか復帰した凪原は慈が入れてくれたお茶を飲みながらぼやいていた。

 そしてその下手人たる胡桃は当然の報いだとばかりにそっぽを向いていたが、由紀の胡桃ちゃんまだ顔赤いね~、という言葉に立ち上がって由紀を追いかけまわし始めた。由紀も歓声を上げながら逃げ回り、学園生活部の部室に笑い声が響く。

 

「おらっ捕まえたぞ、散々人の事からかいやがって~」

「にへへ、ごみーん」

「ほら2人とも、その辺にしときなさい」

 

 捕まってほっぺたをムニムニしたりされたりしている2人を悠里がたしなめると、2人ともはーいと言いながら席に着いた。

 ちなみに先ほどお披露目した床下収納は中身を取り出した上で蓋を閉じ、部屋の隅によけていたテーブルを元の位置に戻してある。

 

「どう、ここに備蓄してあった分でどれくらいもつと思う?」

 

 一息ついたところで慈と悠里に声をかける凪原。2人には先ほど備蓄物資のリストを渡しており、その食糧でどれくらいの期間持ちこたえられるかを概算してもらっていた。

難しい顔でリストと「家計簿」と書かれたノートを見ていた2人は顔を上げると凪原の問いに答えた。

 

「そうね、普通に使って2週間、節約して3週間というところかしら」

「限界まで節約すればもう少し持つかもしれませんけど、2週間と考えておいた方がいいですね」

「んー用意した時に想定したのとだいたい一緒だな。とりあえずの余裕はできたってとこかな?」

 

 2人の答えが備蓄時の想定とほぼ一致していることに頷く凪原。当時は生徒会役員3人と慈の合わせて4人で3週間分を想定していたので5人となった今では2週間とみるのが妥当だろう。

 

「えー、それくらいしかもたないの?こんなにたくさんあるのに?」

 

 その会話に疑問を覚える由紀、確かに床に積みあがる物資の山を見ればもっと長期間の籠城ができるようにも思えるのだろう。

 

「これが全部食べ物だったらそうなんですけどね」

「食糧以外の災害対策用品も結構あるからな、むしろ災害時に不足しそうなそっちの方に重点を置いて備蓄してたし。」

「う~もっとご飯をたくさん準備してくれたらよかったのにぃ」

「そうぼやかないでくれ、これでも水をあまり用意しなくていい分食事も多めに準備したんだぞ」

 

 不満げに話す由紀を嗜めながら反論する凪原。

 

「確かにうちの学校は水と電気が独立して使えるからその辺ありがたいな。さっきのハヤさんじゃないけど拠点に向いてるってのは分かる気がするよ」

 

 胡桃の言葉に頷く一同、災害時に水と電力の供給が確保されているというのはそれだけで無限の価値があると言っても過言ではない。

 

「そうだ、さっきから聞こうと思ってたんだけど、俺が来る前ってどんな風に過ごしてたんだ?食糧事情、はさっき聞いたからそれ以外で」

 

 その言葉に4人の顔が曇ったため、慌てて言いにくいなら無理にとは言わないと付け足す凪原。

 それでもしばらくは黙っていた4人だったが、やがて慈が顔を上げると口を開いた。

 

「それじゃあ、この子たちじゃ言いにくいこともあるので私の方からかいつまんで説明しますね」

 

 慈に説明をざっとまとめると以下のようになる。

 

・この学校で異常事態が起こったのはパンデミック初日の放課後

・慈自身と悠里は園芸部の活動で屋上におり、そこに避難してきた胡桃たち(・・)と協力して階段を封鎖

・初日の夜から2日目の夕方までを屋上で過ごした後3階に降りてバリケードを構築し安全を確保

・職員室のテレビやラジオで状況を把握するも既に救助難しい状況、学校での避難生活を開始

・3日目に由紀の提案で学園生活部を発足

・9日目まで職員休憩室にあったお菓子や屋上菜園の作物で飢えをしのいだが限界になり10日目で2階へ

 

(屋上に避難してきた胡桃()ってのが気になるな、胡桃と由紀だけならそう言うと思うんだけど)

 

 慈の説明に不審感を持ちながらもあまり聞いてはいけない雰囲気を感じた凪原はスルーすることにした。

 

「なるほど大体分かったよ、ありがとうめぐねえ。この部活を作ったのが由紀とは聞いてたけど結構早い段階で発足してたんだな」

「そうだよ~、驚いた?」

「ああ、正直に言えば驚いた。グッジョブだ由紀」

 

 にへへ、と笑う由紀を見ながら昨日の夕方に胡桃から聞いた話を思いだす凪原。

 

 ものごとを良いほうに持っていく力、胡桃はそう評していたが全くもってその通りだと思う。

 

 新しい環境に対応するための枠組みを思いつくというのはなかなかできることではない、それも自分だけでなく周りも含めてとなるとさらに難しい。恐らく本人には自覚はないのだろうが由紀自身の自己防衛本能が働いて、精神を安定して保つための方法を模索した結果なのだろう。

 

 これをパンデミックからわずか3日という短期間で思いついたことも非常に幸運だと言える。異常な状況に晒されると人間の精神はどんどん壊れていき、そしてそれが一定以上になると心が壊れてしまう。

 もし由紀が学園生活部を思いつくのがもっと遅かったら4人の中の誰か、もしかしたら由紀自身が狂ってしまっていたかもしれない。

 

(そう考えたら由紀は結構芯が強い子なのかもしれないな、見た目からはそうは見えないけど)

 

「どうしたナギ?急に黙り込んだりして」

 

 胡桃が顔をのぞき込んできたため、凪原は思考を中断することにした。

 

「いんや、ちょっと考え事をしてただけ。ところで屋上菜園ってどんなものを育ててるんだ?」

「結構手広くやってるわ。サラダ菜とかの他にトマトとかの野菜類も育ててるし、そうだ、せっかくだから見にいく?特にすることもないし」

「じゃあせっかくだし見に行くか、屋上に出るのは久しぶりだし」

 

 悠里の提案を受け、凪原は屋上菜園を見に行くことにした。

 

(ついでにソーラーパネルの様子も見ておくか)

 

 そんなことを考えながら席を立つ悠里の後について部屋を出る。階段のバリケードはしっかり機能しているようで3階の廊下にゾンビの姿はなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「ここが園芸部のスペースよ。結構広いでしょう?」

「これは…想像以上だな」

 

 悠里に連れられてきた屋上の光景に凪原は言葉を失っていた。

 巡ヶ丘学院の本校舎の屋上へは校舎中央の階段からしか上がることができない。そしてその中央階段の出口から出てその片側全体が屋上菜園となっていた。

 

 市販では見ないサイズの大型プランターが並べられており、そこには様々な作物が青々と茂っている。

 見てわかる範囲でもナスやキュウリが実をつけているのが分かる。結構おいしそうだ。

 かなり本格的な菜園であった。

 

「こりゃすごいな、細かいことは分からないけど本格的だってことは分かる」

「フフッありがとう。実はここも校長先生が資金を出してくれたのよ」

「またあのじいさんか」

 

 笑いながら設備の秘密を教えてくれた悠里に凪原もまた笑顔で答える。あの校長はまた私財を投じたらしい。

 

「私が設備投資をしてくれるように頼んだんです」

 

 なんてったって顧問ですからね、と自慢げな慈。その顔はエッヘンと書いてあるのが読めそうなほどのドヤ顔だった。

 

「そういやめぐねえは俺らが卒業した後園芸部の顧問になったんだっけ。園芸とか詳しかったの?」

「う、それは顧問になってから悠里さんに色々と教えてもらいました…」

 

 凪原の質問を受けるとそれまでの得意顔はどこへやら、あっという間に気まずそうな顔になる慈。

 その様子をやっぱりなという顔になる凪原とほほえましそうなものを見る顔の悠里、その様子に慈はすねたような顔になった。

 

「もーっ、悠里さんに色々教えてもらったから大丈夫ですっ。今はなぎ君よりも詳しいですよ」

 

 そりゃ楽しみだなーと笑いながら話す凪原にムーっとした表情になる慈、その様子は兄にからかわれる妹を見ているようで悠里はどちらが年上なのか一瞬分からなくなった。

 

「それで、今ここの世話ってどうしてるんだ?当番制?」

 

 拗ねる慈をなだめながら尋ねる凪原に首肯して答える悠里。

 

「ええ、基本的には当番制にして皆で交代しながらやってるんだけど―――」

「ほとんどみんな一緒にお世話してるんだよっ」

 

 話す声を遮るように元気な声が屋上に響く。見ると姿が見えなかった由紀と胡桃がじょうろを持ってきていた。どこかで水を入れてきたようで、元運動部の胡桃はともかく由紀は一歩歩くたびにフラフラしている。

 

「2人ともありがとう、さっそく水をあげちゃってくれる?あ、小松菜はもう収穫しちゃうから大丈夫よ」

「はーい!」

「はいよー」

 

 悠里の言葉に返事をして作物に水をあげ始める2人。腕をプルプルさせている由紀に、慈が「由紀ちゃん手伝いますよ」と声をかけ2人でじょうろを持って水やりをしていた。

 

 そんな3人を横目に見ながら凪原は小松菜の収穫をする悠里を手伝っていた。悠里が収穫した小松菜を渡された籠の上に並べていく。収穫されるものはスーパーに並んでいても遜色ないものだった。

 それを見て感嘆の声を上げる凪原。

 

「立派なもんだ、店で売ってても分からないな」

「頑張って育てた自慢の子たちですから」

 

 そう答える悠里の顔は嬉しそうで、自分が育てている作物への愛情が感じられる。

 

「そういえばこの籠とかあっちのじょうろとかは部の備品なのか?」

「そうよ、これだけじゃなくて色んな農具があってあそこの倉庫にしまっているの」

 

 悠里が指さす先を見ると屋上の一角に物置が置かれており、半分開いた扉からはクワなどの農具類が顔をのぞかせていた。

 

「なるほどね、そういえば胡桃がシャベルを持っていたけどもしかして……」

「ええ、胡桃が持ってるのは園芸部の備品よ。……にしてもなんでシャベルなんか選んだんだか、鎌とか箒の柄とかいろいろ使いやすいものがあるでしょうに」

「お、なんだ。またシャベルの悪口を言ってるのか」

 

 話していると胡桃が声をかけてきた。既に水やりを終えたのか、先ほどまで持っていたじょうろではなく今話題になっていたシャベルを手にしていた。

 シャベルは赤い持ち手が目立つ剣先スコップで、色合いに目をつぶれば凪原が使っていたものとほぼ同じ形である。

 

 その言葉に悪口じゃなくて事実よ、と返す悠里に、なにおーという胡桃。

 

「ナギも言ってやってくれよ、りーさんったらシャベルが武器に適してないって言うんだぜ」

「実際適してないでしょ、先端が重いから振り回すには力がいるし槍として使うには短いし。凪原さんが使ってるみたいな大振りのナイフみたいな方の使い方を教えてもらった方がいいんじゃないかしら?」

 

 胡桃と悠里のそれぞれから相手を説得してくれといった顔を向けられた凪原は自分の考えに沿った返事をすることにした。

 

「シャベルは近接武器としてはかなり優秀だぞ」

「そうなの?」

 

 目をぱちくりさせる悠里と、そらみろという風に頷く胡桃。

 

「シャベルは武器として色んな使い方がある。突いて良し、殴って良し、先端を研げば切って良し。作りが単純だから頑丈で雑に扱っても壊れないし、多少曲がったとしても使用に問題はない。メンテもほとんど必要ないことを考えればこれ以上の武器はあまりない、伊達に第一次世界大戦で最も人を殺した武器と言われていないな」

 

(まぁ第一次大戦云々は創作と言われてるけど)

 

 実際俺も使ってるしな、と続ける凪原の言葉に難しそうな顔をしながら私も使ってみようかしらと言う悠里。

 

「いや、りーさんじゃうまく扱えないからやめた方がいい、重量があるから扱うには結構筋力が要るからな。華奢なりーさんじゃ大変だと思う」

「なるほどね、確かに私は胡桃と違って馬鹿力があるわけじゃないし難しいかしら」

「おい」

「そうだな、近接武器を使うなら槍かそれこそ武器庫にあった山刀(マチェット)あたりがいい。今度軽く使い方を教えるから試しにやってみたらどうだ?」

「そうね、じゃあお願いしようかしら」

「聞けよ」

 

 馬鹿力呼ばわりされたことに抗議する胡桃をなだめつつ、その他の近接武器を勧める凪原に悠里は肯定的な返事を返した。

 

「そうだ、胡桃も山刀(マチェット)の使い方を教えるから練習してもらうぞ」

「えー…、これ(シャベル)だけじゃダメなの?」

「シャベルは振り回せるだけのスペースが必要だからな、室内とかの閉鎖空間だと山刀(マチェット)の方が強い。もっと狭くなるとナイフとかになるんだけどそんなとこには行かない方がいいし後回しだ」

「ん、そういうことなら了解」

 

 新しい武器の使い方を教えると言った凪原に不満げな胡桃だったが、理由を丁寧に説明すれば納得してくれた。

 

「水やり終わったよー」

「お疲れ様、それじゃあ収穫も終わったし戻りましょう」

 

 水やりを終えてじょうろを片付けた由紀と慈が戻ってきたところで、悠里は手をたたくと作業の終了を宣言して階段口の方へと歩き始めた。由紀は収穫した小松菜が気になるようですぐ横について籠をのぞき込んでいる。

 そして2人を笑顔で見守る慈はその後ろを歩いていた。

 3人の様子はとても楽しそうで、まるで世界では何も起こっていないかのようにも見えた。

 

「あたしらで守らないとな、みんなを」 

 

 そんな3人を見て決意するかのようにつぶやく胡桃、そこにどこか危ういものを感じた凪原はその頭を抑えるように手を置くとやや乱暴になでる。

 

「まだ無理しなくていい。周りを守るためにはまず自分から、だ。しばらくなら俺一人でも大丈夫だから焦らないで頑張れ」

 

 まぁ俺も戦いのプロってわけじゃないんだけど、と笑いながら続ける凪原に毒気を抜かれた胡桃は肩をすくめながら返す。

 

「まったく、最後の一言が無きゃかっこよかったのに。あと頭なでるな」

「はいはい。ま、かっこつけすぎるのも俺のキャラじゃないしな。―――さ、戻ったらまずは防具選びだ、動きを阻害しないようなのを選んでやるからそれをつけて特訓だ。簡単にバテるなよ?」

「当然っ!」

 

 どちらからともなく拳を突き合わせた2人は元気よく前を行く3人を追い始めた。




以上、第10話でした。

今回は割りと説明会でしたね。今人気のRTAならこの辺の説明は不要なんですがこの話はゲームではないタイプなので一応こんな感じでパンデミック直後についての由紀たちのことを書いています。箇条書きになってしまったのは筆者の表現力不足です(悲しみ)

とりあえず今回で第1章的なパートは終わりです。次回ちょっとした閑話を挟んで遠足編がスタートします。
ちょっと書き溜めをするので次回の投稿は1週間後を予定しています。
これからもエタらないようがんばりますので応援よろしくお願いします!

それでは、次回の閑話でお会いしましょう!

胡桃、凪原(あとついでに筆者)はシャベル信者だったりする


お気に入り、感想、評価等いただけますと筆者のやる気が上がります。


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閑話:トランプ

まずは皆さまに感謝を、
お気に入り100件突破ありがとうございます‼
めっちゃ嬉しいです!これからも頑張っていくのでどうか拙作をよろしくお願いします。

さて、
第1章がひと段落したので今回は閑話です

時系列的は10話の数日後ですが
本編とはほぼ関係ありませんので気楽にお楽しみください。


「(おい、これどうすんだよナギ!)」

「(俺に聞くなっ、そっちこそなんかいい案ないのかよ!)」

「(でもこの状況になったのは凪原さんのせいですよ⁉)」

「(俺だってこんなことになるとは思わなかったんだって!)」

 

 凪原、胡桃、悠里は切羽詰まった様子で話し合っていた。3人とも小声ではあるものの、その声からは3人の焦りがにじみ出ていた。

 その焦りの度合いたるや、初対面時に皆で協力してゾンビラッシュをさばいていた時に迫るものであった。

 

「(やばいって、このままじゃ)」

「(ああ、このまま何もできなかったら)」

「(めぐねえが―――)」

 

 悲壮感すら漂わせる声で話し合いながら3人がこっそりと向けた視線の先では―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」(グスッ)

 

―――慈が今にも泣きそうな顔でトランプの手札を握りしめていた。

 

「「「(このままじゃ、めぐねえが泣く!)」」」

 

どうしてこんなことになったのか、きっかけは些細なものだった。

 

 

 

====================

 

 

 

 さかのぼること数時間前、もうすぐ夕暮れになるという頃。

 

「疲れたぁー…。でもやっとついていけるようになったぞ」

「お疲れ。やっぱ運動部だっただけあるな、基礎体力がしっかりしてるから飲み込みが早いよ」

 

 そう話す2人がいるのは校舎の屋上、その階段口近くであった。ここはソーラーパネルと園芸部のスペースの間なので体を動かすのにはちょうどいい。

 備蓄物資を披露した日、自らを鍛えてほしいと言った胡桃の為に凪原は訓練メニューを組み特訓を開始していた。

 

 訓練の内容としてはまず基本となる体力づくり、その後に近接武器を用いた戦闘訓練をするといった形で行っていた。体力づくりに関しては特筆すべきことはないが、戦闘訓練では対ゾンビを主眼とした白兵戦、正確にはシャベルと山刀(マチェット)の扱い方を教えることにしていた。

 凪原とて戦闘のプロというわけではないが、この2つの武器に関して言えば高校在学時の悪友にして生徒会仲間である早川から教えられてたし、何よりパンデミック発生からの数日はこれらの武器に文字通り命を預けていたのでその扱いについては習熟しており、人に教える上での支障はなかった。

 

 という訳で胡桃はこの数日の間、手足にプロテクターをつけて凪原とマンツーマンのトレーニングに勤しんでいたのである。最初の1日2日は久しぶりの運動や慣れない戦闘訓練に疲労困憊となっていたが、このところはそれにも慣れてきたようで少しは余裕を見せるようになった。

 

 とはいえトレーニング終了直後である現在、校舎屋上には荒い息を吐きながらあお向けに横たわる胡桃の姿があった。

 

「ゼーゼー……ちくしょう、あたしがこんななのに涼しい顔しやがって」

「教師役がそう簡単にバテてちゃかっこつかないからな」

 

 恨みがましい顔の胡桃にしれっと答える凪原。ほれっという風にスポーツ飲料のボトルを放る凪原と、んっと受け取り身を起こすと飲み始める胡桃。その手慣れた動作からこの数日間で2人代わりと親しくなったことが分かる。

 ちなみにスポーツ飲料は粉末タイプを水に溶かしたものである。

 

「よっし、もう大丈夫!下に戻ろうぜ」

「おう」

 

 しばらく経ち、胡桃が復活したので2人は屋上を後にした。

 

 

「おっ、胡桃ちゃんにナギさんおかえり~」

「おかえりなさい、今日は早かったわね。胡桃ったらバテちゃったの?」

 

 部室に戻った2人を出迎えたのは悠里と由紀だった。

 読んでいた雑誌から目を上げた悠里が、ギブアップでもしたのか、とからかうように問うと胡桃は自慢げに答える。

 

「そんなことないぜ。今日は途中であまり休憩を挟まないでついていけたんんだ」

「あら、それなら今日は凪原さんから1本とれたのかしら?」

「う、それは…」

 

 ふふんっと言った様子の胡桃だったが続く悠里の言葉に口ごもる。

 毎日トレーニングの最後には凪原と模造刀を用いた模擬戦をしているのだが、未だに凪原から1本も取れないでいた。

 

「だって、ナギってばマジで強いだぜ⁉ちっとは手加減しろっての」 

「そう簡単に勝たせちゃトレーナー失格だからな」

 

 悔しそうな胡桃だったが、凪原としても当分は1本とらせてやるつもりはない。

 よって凪原は話題を変えることにした。

 

「そういえばりーさん、昨日もその雑誌読んでたけど飽きないのか?」

 

 そう言いながら凪原が指さすのは悠里が手に持っている雑誌だった。表紙の見出しは「アリの行動に見る経済学」、華の女子高校生の読み物としてはかなり微妙なチョイスだろう。

 

「別に好きで読んでるわけじゃないわよ、でも他に本もあまりないし。時間をつぶせるものにも心当たりはないしね」

「マジか、ゲームとか…は持ち込み禁止か、えーと…あっそうだ携帯とかは?あれなら持ち込み可だし時間つぶせるだろ」

「充電する電力がもったいないから使用禁止よ」

「Oh…」

 

 ストイックここに極まれりといった悠里の発言に絶句する凪原。そしてその後ろにはやれやれといった感じの由紀と胡桃。

 入部してから何かと忙しかったので気づかなかったが、どうやら学園生活部は娯楽に飢えているようである。

 ため息をついて部室の奥にある机(生徒会長のデスク)に近づき、引き出しの中を漁り始める凪原。

 何をしているのかと見つめる3人に向き直った凪原の手にはトランプの束が握られていた。

 

「これなら電気を使わないし皆で楽しめるだろ?」

 

 当然否定の声が上がることはなく、早めのシャワーを浴びていた慈も会話に加わり、少し早めに夕飯とシャワーを済ませた後に5人でトランプ遊びに興じることとなった。

 

 

 

……ここまでは平和だったのである、ここまでは。

 

 

 

====================

 

 

 

「(ちくしょう、俺はただトランプをしようと提案しただけだぞ。それがどうしてこうなった?)」

「(寝ぼけてんのかナギ。さっきあたしらの前で起きた光景、忘れたとは言わせないぞ)」

「(でもまさかこんなことになるとはね…)」

「(ああ、あたしもここまでだとは思わなかった)」

 

 3人ともそこまでしか言わないがその心中は完全に一致していた。

 

 

 

 

 

(((まさかめぐねえがここまでトランプ勝負に弱いなんて)))

 

 

 

 

 そう、現在泣きそうになっている慈、絶望的なまでにトランプが弱いのだった。

 その弱さは驚異的であり凪原たち3人が戦慄するレベルのものであった。

 具体的には以下通りである。

 

・七並べ

 配られた手札が1~3と絵札のみであり1枚も出すことができずに3パスで敗北

 

・スピード

 対戦相手の由紀にスピードで圧倒されほとんど札を出せず敗北

 

・神経衰弱

 神経が衰弱しているのではないかと心配になるレベルで札がそろわない、当然敗北

 

・うすのろ

 まず一番に手札がそろわないし、ほかの人がそろった時も反応が遅れて中央に置いた消しゴムを獲得できない、敗北

 

 端的に言って惨憺たる結果である。

 始めのうちは負けても笑っていた慈だったが、負けが重なるにつれて顔が曇り、続いて口数が減り、纏う空気がどんどん暗くなっていった。

 そして先ほど大富豪で一番に上がったと思ったら、最後の手札がジョーカーだった為反則負けになったところでとうとうガチ泣き一歩手前というところまできてしまったのである。

 

 ちなみに現在はババ抜きを始めたところなのだが、皆が手札にあるペアを捨てていく中で慈だけはほとんど札を減らすことができていない。

 そんな手からあふれそうな量の手札に涙ぐむ慈に更なる追い打ちとなる事件が起こった。

 

「あ、やったぁ!全部捨てられたよっ」

(((このちんまい悪魔(由紀)がっっっ)))

 

 あろうことか、先ほどから会話に参加していなかった由紀が手札をすべて捨てることができ、スタート前から一抜けが確定してしまった。

 そしてそれに内心で絶叫する凪原たち3人。

 実は由紀は先ほどからどのゲームでも1位か2位という好成績を収め続けており、そのたびに無邪気に喜んでいたのである。そのため慈の様子には気付いておらず、珍しくビリから脱出できそうだった慈を絶望の底に叩き落したことも1度や2度ではない。

 

 「トイレ行ってくるねー」と出ていった由紀を尻目に小声で作戦会議をする凪原たち3人。

 

「(と、とにかくめぐねえをビリにすることだけは避けないと)」

「(だな。幸い悪魔(由紀)が居ないから大丈夫だ、めぐねぇの手札が減るまではそろってもあまり捨てないようにしよう)」

「(そうね、これ以上放置するとめぐねえが本当に泣き出してしまうわ)」

 

 手短に意思疎通を終えた3人は覚悟を決めた表情で戦い(ババ抜き)に身を投じた。

 

 

 

====================

 

 

 

 ―――数分後

 

(何となくこうなる気はしてたよ……)

 

 そう達観した表情を浮かべる凪原の手札は1枚。そして、その正面で2枚の手札を突き出している慈。

 

「さあ、なぎ君。引いてくださいっ!」

 

 今にも涙がこぼれそうになるのを必死にこらえながら迫る慈に凪原はどんな顔をしていいか分からなかった。

 胡桃と悠里はすでに上がっており、悠里からは心配そうな視線が、胡桃からは「めぐねえを泣かしたら分かってんだろうな?」という圧力に満ちた視線がそれぞれ凪原に送られている。

 

 ここで凪原が慈からジョーカーでない方のカードを引いてしまえば凪原の勝利が確定し、同時に慈の涙腺が決壊することになるのだがその心配はない。その理由は慈の顔を見ればすぐに分かる。

 

スッ(一方のカードに手を伸ばす)

パァァ(こぼれそうな笑顔になる慈)

 

ススッ(もう一方のカードに手を伸ばす)

ズーン(ぎゅっと口を引き結んで泣きそうになる慈)

 

(分かりやすいから間違える心配がないのが救いだよな、だけど―――)

 嬉しそうな顔をした方のカードを引く凪原、当然ながら引いたカードはジョーカーであった。

 これで次に慈がジョーカーでない方を引けば晴れてビリ脱却となるのだが―――

 

 

「うーん……よし、こっちですっ!」 ←颯爽とジョーカーを引く慈

 

(―――こうなっちゃうんだよな、ほんとなんでこんなに引き運悪いんだろ?)

 

 あっという間に状況が振出しに戻ってしまったが、慈の顔を見ればどちらがジョーカーなのかはすぐに分かるので凪原はあまり焦っていなかった。

 このまま続けていればそのうち慈も正しい方のカードを引いてくれるだろう。

 そんな凪原の甘い思惑は、慈が続いて取った行動で脆くも崩れ去ることになる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、今かき混ぜますからぁっ!」

 

 再びジョーカーを引こうとした凪原だったが、そんなこととは知らない慈は慌てたように後ろを向くと2枚のカードをかき混ぜる。

 そして向き直って凪原にカードを突き出したところまでは良かったがその体勢が問題だった。

 

「さあ、引いてください!」

 

 何と顔を伏せたまま2枚の手札を突き出し、どちらのカードがジョーカーなのか慈自身でも分からないようにしたのである。

 慈なりに自分の弱さを克服する方法を考えて実行したのだろうが、これでは凪原はどちらのカードを引けばよいか判断できない。文字通り運任せでカードを選ぶしかなく、慈を勝たせることが難しくなる。

 

 自身の計画が崩壊した凪原は焦ったように視線で胡桃と悠里に救援を求める。

 

(ちょ、助けてくれっ、どうすりゃいい!?)

 

 そんな心情を余すことなく視線に込めた凪原だったが、2人とも打つ手がないといった風に小さく首を振ると近くにいる由紀にばれないよう、口パクでメッセージを送ってきた。

 曰く、

 

――が――ん――ば――つ――て――

 

(他人事かよちくしょうっ)

 

 2人からの支援が受けられないことが分かり内心で絶叫する凪原。

 しかしそうしていたところで状況は好転しないので腹をくくって突き出された2枚のカードを眺める。

 

(どっちだ?どっちを選べばいい?どっちを選べばバッドエンド(めぐねえ号泣)を避けられる?)

 

 そして、躊躇する凪原に追い打ちがかけられる。

 

「ナギさん悩んでるならパっとカード引いちゃいなよ」

 

 トイレから戻ってきていた由紀がカードを引くように催促する。このちんまい悪魔はどうやら凪原の窮地を全然全くこれっぽっちも理解していないらしい。

 これだけでも辛いのだが、さらに凪原の精神にダメージを与える事態が発生する。

 

「(お願いします、お願いしますぅ…)」

 

 顔を伏せたままの慈が小さな声でお願いしますと繰り返し始めたのである。そしてそれが聞こえた由紀達3人から、こちらを批難するような視線が突き刺さる。

 凪原には自身の精神がやすりで削られる音が聞こえる気がした。

 

(ええい、ままよっ)

 

 意を決して引いたカードはジョーカー、何とか今この瞬間でのバッドエンドは回避された。

 顔を上げた慈がほっとした表情になる。しかしこれで終わりではない。今度は慈がカードを引く番であり、それで決着がつかなければ再び凪原の番になる。

 

(油断しようものなら即座にめぐねえ号泣は必至。そしてそうなると俺の社会的地位が死ぬ。漢凪原、誰に頼らずともこの窮地を脱出してみせるっ……)

 

 プレッシャーのせいか、思考がおかしなことになった凪原は1人覚悟を決めると手札を慈に向けて突き出した。

 

 

 

====================

 

 

 

「やった……。負けた、俺は負けたぞ」

「お疲れナギ、お前はよく頑張った」

「お疲れさまでした、これで最悪の事態は回避できたわ」

 

 しばらくたった部室には真っ白に燃え尽きながらもやり遂げた表情で負けたぞと繰り返す凪原とそれをねぎらう胡桃と悠里の姿があった。胡桃は凪原の肩に手を当ててその戦いを称え、悠里は微笑みながら少し離れたソファを眺めていた。

 その先には抱き合ってビリから脱出できた喜びを分かち合う慈と由紀の姿があった。

 

 あの後、3ターンにも及ぶ激闘の末、凪原はついに慈にジョーカー以外を引かせることに成功したのだった。

 最後の一瞬ののち、慈は飛び上がるように喜びを爆発させそれと対照的に凪原はすべての気力を使い果たして崩れ落ちた。

 

「なぁ胡桃、今日見張りの順番変わってもらっていいか?ちょっと、疲れた……」

「分かったよ、今日はもうゆっくり休めナギ」

「ああそうさせてもらうよ」

 

 そう答えた凪原はゆっくりと立ち上がると、ふらふらとした足取りで部室を出ていった。

 

 

 

 以降この日の出来事は凪原たち3人の間で「学園生活部トランプの変」と呼ばれることになり、今後トランプをするときは慈を由紀と組ませるなどの対策が取られることとなったのであった。




はい、トランプがめちゃめちゃ弱いめぐねぇでした。

私の頭の中ではめぐねぇはこんな感じ時の人だと確信しています、異論は認めない(認めます)
本編でも基本はこんな感じの役回りになるんじゃないかなぁ、と予想。

あ、今回からセリフの時の行間を変更しました。
見難いなどのご指摘があれば元に戻す予定です。

さて
次回からは本編第2章「遠足編」がスタートします。
Q.部員が増える予定は?
A.ありますねぇ、ありますあります
次の更新は筆が進めば平日中無理だったら来週日曜の予定です。


誤字報告してくれた皆様、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

それではまた次回!


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第2章:遠足編
2-1:遠足に行こう!


平日に投稿できるかもと言って結局1週間空いてしまいました…
5000UAありがとうございます!


今回から第2章、遠足編です、お楽しみください。


「そろそろ校外遠征に行こうと思うんだけど、どう思う?」

「「「校外遠征?」」」

 

 凪原の提案に首をかしげる学園生活部一同。

 会話が行われているのは学園生活部の部室、時間は朝で皆で食卓を囲んでいる時間である。

 

「どうしたんだよいきなり……ってわけでもないのか。食料の確保だっけ?」

 

 一瞬怪訝そうな顔を浮かべる胡桃だったがすぐに理由にたどり着いた。周りもその言葉に納得した表情になる。

 

「そう、めぐねえとりーさんに計算してもらって一応2週間はもつって話だったし購買の物資も確保できたから急を要するってわけじゃないけど余裕があるに越したことはないしな。これから時期だと雨が続くことも考えないといけないし、早めに行っておきたい」

「なるほどね、そろそろ1週間だしいい頃合いということかしら」

「ナギさんが来てからもうそんなに経つんだ~。いろいろ楽しかったからもっと短く感じるね」

 

 凪原が学園生活部に加入してからおよそ1週間、由紀の言葉通りここ数日学園生活部の面々はなかなかボリューミーな日々を送っている。胡桃の訓練がてら本校舎の2階まではとりあえずの安全を確保できたので物資についてはそこそこの余裕もできた。

 最近では高校での暮らしにも慣れ、皆で仕事を分担したりおしゃべりやカードゲームを楽しむなど生活にも余裕が出てきていた。

 

「それでなぎ君、食料調達といってもどこに行くか当てはあるんですか?その、場所によっては彼等がたくさん居たりして大変だと思うんですが」

「あー目的地、というか調達場所としてはとりあえずその辺のコンビニか地域密着型のスーパーを考えてるんだけど」

「あら、どうせならショッピングモールとかの方がいいんじゃないかしら?あそこならお店がたくさんあるから色んな物資がいっぺんにそろって効率がいいと思うのだけど」

「んー、そりゃちょっと危ないんじゃない?」

 

 調達場所として、効率の観点からショッピングモールを提案する悠里だったがそれに悩みながらも否定の声を上げる胡桃。少し空気が悪くなりそうな気配を感じた凪原は割り込む形で口を開く。

 

「いや胡桃の言う通り、この状況でショッピングモールは悪手だ。映画やゲームじゃショッピングモールといえば彼奴らの巣窟かタチの悪い生存者の溜まり場って相場が決まってるしな」

 

 古今東西多少なりとゾンビ関連のものに知見がある者にとって、ショッピングモールというのは避難するのに最悪といってもいい選択肢である。

 

 まず人が多く集まる場所の為ゾンビの溜まり場となっている可能性が高いことに加え、基本的に客へ開かれた施設であることから、開放感を意識した建物は総じて防御力が低い。入口そのものが多くある上に1つ1つが大きく脆いため塞ぎ切ることが難しい。

 もちろん物資は大量にあるだろうがそれは多くの生存者にとって略奪の対象となる。物資を取りに来た者同士で争いになるかもしれないし、運良く籠城できた生存者達がいた場合攻撃されるだけならばまだしも、運が悪ければ捕まって奴隷にされるかもしれない。

 

 ともかくゾンビものにおけるショッピングモールは立ち入りが憚られるような危険地帯なのである。

そして、あまりゾンビ関連に詳しくない胡桃でさえ気付く事に高校3年の1年間をいろいろ楽しいこと(間違った青春)につぎ込んだ凪原が思い当たらないはずがない。

 

「――という訳でゾンビが蔓延ってる状況でショッピングモールに行くのは割と危険なんだ。まぁりーさんの言う通り色々なものが一気に揃うってのも魅力的ではあるからな、余裕があれば近くまで行ってもいいと思う。外から見て分かるレベルでゾンビが居たら論外だしそうじゃなければちょっと探ってみればいい」

 

 そう締めくくった凪原に、納得の表情を浮かべる一同。

少し悪くなりかけた空気も元に戻っていた。

 

「なるほどね、確かにそう考えるといきなりショッピングモールに行くのは危ないわね」

「ゾンビさん達がたくさんいるところは怖いもんね」

 

 悠里や由紀の言葉に頷きつつ、「それと、」と前置きをしてもう一つの目的についても言及することにした。

 

「それと食料調達の前に銃と弾薬も回収しておきたいんだよな」

「銃、ですか?」

 

 食料に続いて凪原が調達目標として挙げたの銃と弾薬であった。

予想していなかった名前に確認するように尋ねた慈だったが、凪原は「そう、銃」となんでもないかのように答える。

 

「ナギはもう銃持ってるだろ、なんでまた必要っていうんだ?というかそもそもそんな簡単に銃って手に入るもんなの?」

 

 しばし視線を交えた後、代表して質問した胡桃の言葉からなぜ皆が訝しげな顔をしているのか分かった凪原は理由を説明することにした。

 

「じゃあ2つ目の簡単に手に入るのかって方から。普通なら大変だろうけど俺に銃をくれた田宮さん達の車にまだ残っているから見つけるのは別に難しくない」

 

 凪原が調達先として挙げたのは田宮達の自衛隊車両であった。当時は必要最低限のものだけを取ってその場を後にしたのでまだ装備が残っていたのだ。

 

「んで1つ目のなんでまだ必要なのかって方。これは簡単な話でゾンビを相手にするなら近距離でやるより離れたところから銃で撃った方が早くて安全だから。そのためには銃本体、というよりは弾丸がたくさん必要になるんだけど、ぶっちゃけ今ある分じゃ少なすぎるからな、今のうちに補充しておきたい」

 

 とりあえず理由を説明されたものの、銃よりも弾丸の方が大事ということにあまりピンときていないようで、

 

「言いたいことは分かったけどさ、弾丸ってそんなに必要なもん?今ある分じゃダメなの?」

 

という胡桃の言葉に頷いている。

 

「弾丸って銃と違って当たっても外れても撃ったら無くなるから消費量がすごいんだよ、今ある分じゃこないだの雨天ラッシュが2,3回きたら無くなると思う」

「マジか」

「そんなにすぐ無くなってしまうものなんですね……」

 

 皆、弾丸の消費の凄まじさに驚きつつも補充の必要性を理解したようだ。その様子に満足げな凪原は話を続けることにした。

 

「この間は重くて全然持ってこれなかったからな、あれを全部回収できればかなり余裕ができるし胡桃の射撃訓練も始められるぞ」

「えっ⁉︎あたしも練習すんのっ⁉︎」

 

 突然のことに思わず大声になる胡桃。どうやら初耳の内容に驚いたらしい。

 

「おう、胡桃もかなり近接戦闘ができるようになってきたからな。それだけ動けるんなら近づかれても大丈夫だから、銃の練習を始めてもいいと思う」

「あ、あたしはシャベルと山刀だけでいいよ。銃なんて撃ったことないしうまくできないから上手なナギがやった方がいいって」

「ばっかお前、白兵戦でやり合うより離れたとこから攻撃できる方がいいだろ。それに俺だって2週間前には実銃を撃ったことはおろか持ったことすらなかったんだから差も大きいもんじゃない」

「けどさぁー…」

 

 どうにも気乗りしない様子の胡桃だったが、銃を扱える人が2人いれば防衛力が格段に上がると説得したら納得してくれた。

 

「そういえば、調達に出るといっても荷物はどうするの?凪原さんだけじゃないといっても5人じゃ持てる量にも限度があるわよ?」

「はい!私は重いものは持ちたくありません!」

 

 悠里が物資の重量について言及すると由紀が自ら元気よく戦力外宣言をした。

 

「確かにそれはどうするんだ?ナギが持てなかったもんをあたしらに持てって言われても困るぜ?」

「あーそれなら大丈夫」

 

 それだけ言って言葉を切った凪原を不審に思った皆が視線を向ける。視線が集まったのを確認した凪原はグリンッと音が付きそうな勢いで振り返ると、これまたガシッと音が付きそうな勢いで慈の肩に手を置き―――

 

「めぐねえ、車出してっ」

 

と笑顔で言い放った。

 

「ふぇっっ⁉」

 

 部室に慈の悲鳴じみた声が響いた。

 

 

 

====================

 

 

 

「クッソ、足がしびれててうまく動かねぇ……」

「当然だろ、めぐねえはああいうのに弱いって分かっててやるんだから」

「いやだって、反応が面白いじゃん」

 

 ぶつぶつ呟く凪原とそれを自業自得と切って捨てる胡桃。

 あの後、凪原は顔を真っ赤にした慈に正座させられたうえでお説教を受けることになった。曰く、「先生をからかっちゃいけませんっ」とのこと。

 しかしその表情を見れば照れ隠しであることは明白なので、凪原としては反省する気はさらさらない。

 

「さてめぐねえの赤面顔はおいといて、こりゃちょっとめんどくさいな」

「おいとくなよ……。とはいえどうすんだ、あれ?」

 

 2人がいるのは本校舎3階の外側(この部分には3階の教室がないため図書館や購買部の上がバルコニーのようになっている)、そして視線は校舎裏にある職員用駐車場に向けられていた。

 そこには複数の車が駐車しており、その中にはお目当ての車である慈の赤いミニクーパーも含まれている。

 それだけならば借り受けたキーを使って車を持ってくればいいのだが、駐車場内にちらほらとゾンビがいることがそれを難しくしていた。

 

「しかも中途半端にばらけてるんだよなー。もうちょい離れてたら1体ずつ倒すなりばれない様にすり抜けるなりできるんだけど」

「そんな面倒なことしないで1体ずつ撃っちゃうのじゃダメなの?」

「それでもいいっちゃいいんだけど、少しもったいないんだよな。向こうにばれてるならまだしもそういう訳じゃないし、あと距離的に厳しい。2階からなら当たるとは思うけど1体1発で始末できる自信がない」

 

 銃で撃ってしまえという胡桃に対して、否定的に返す凪原。2階から狙ったとして20m前後かそれ以上、銃を持ち始めて1ヶ月たっていない身としては一撃必殺には厳しい距離だ。

 

「そんじゃまぁ、先人に倣うとしますか」

「先人?」

 

 よく分からないことを言いだした凪原に首をかしげる胡桃だったが、凪原は「ちょっと待ってろ」とだけ言い残して校舎内に入っていってしまった。

 

「―――お待たせ、用意できたぞ」

「用意って何取りに行ってたんだよ?縄梯子と、あとそれ……何?釣り竿の先にキッチンタイマーがついてるように見えるんだけど」

 

 数分後、戻ってきた凪原は戦闘用の服装と装備を付けたうえでいくつかの物品を持っていた。特に胡桃が反応したのは釣り竿だった。

 質問の言葉の通り釣り竿の糸の先、本来なら仕掛けや針がついている場所には100均等でよく見かけるチープなキッチンタイマーが結び付けられていた。

 

「あとめぐねえ達も連れてきたのか」

 

 そう言いながら胡桃が凪原の背後に視線を向ければ、そこにはよく分かっていない様子の慈、悠里、由紀の3人が立っていた。

 

「一体どうしたのよ、戻ってきたと思ったらいきなり「これから車を回収しに行くから見る?あとついでに手伝って」って聞かれて全く状況が分からないのだけど?」

 

 どうやら何も説明しないで3人を連れてきたらしい。そんな凪原にジト目を向ける胡桃だったが当の本人はそんなことどこ吹く風で作戦を説明し始めた。

 

「やろうと思ってるのはそう複雑なことじゃない、このキッチンタイマーを垂らして音であいつらを車から引き離してその間に車を移動させようって考えだ。釣り竿を使えばあいつらの近くに落として注意を引いた後にタイマーを動かせるからな」

「そんなてきとうな作戦でいいの?なんというかこう…行き当たりばったり?」

「危なくないんですか?」

 

 不安そうな表情の悠里と慈だったが、胡桃は話を聞くと納得した表情になった。

 

「いや、大丈夫だろ?2階でも使った手段だけどあいつら音を聞いたらすぐそっちに気を取られてたからな」

「胡桃の言う通り、あいつらは単純だから一発目で気を引ければ後は簡単」

 

 実戦班の2人の言葉を聞いた悠里達は渋々と言った様子で納得した。

 

「それで手伝いって何をすればいいの?」

「ああ、これを使ってあいつらの陽動をやってほしいんだ。あれだ、クレーンゲームみたいなもんだ」

「うわー楽しそうだねっ」

 

 釣り竿を渡された由紀は笑顔を浮かべた。

 ほっとくと今にも釣り竿を振り上げそうなので慌てて止める。

 

「ちょい待ち、具体的にははしごをセットして…ついでに俺の心の準備ができるまで」

「なんだよナギ、ビビってんのか?」

「ちょっとしたジョークだ、すぐ用意するよ。胡桃は駐車場外から近づいてくる奴がいないかを見ててくれ」

「は?何言ってんだあたしも行くぞ」

「へ?」

 

 その言葉に振り返ってみると、プロテクターとタクティカルグローブを装備し終えてシャベルを担ぐ胡桃の姿があった。どう見ても戦闘準備完了といった様子だ。

 

「……いいのか?」

「はっ、何のために訓練したと思ってるんだ」

「いやそうじゃなくて、はしごだし、スカートだし」

 

 真面目な顔になった凪原に笑いながら返した胡桃だったが、続いたことばが予想外すぎて一瞬固まってしまい脳が言葉を理解した瞬間に顔が沸騰した。

 

「なっ///ス、スパッツ穿いてるから大丈夫だっ。次ふざけたこと言ったら屋上から叩き落すからなっ⁉」

「はいはい。そうだ、今回持ってく武器はシャベルじゃなくて山刀(マチェット)だ。縄梯子は両手を使わないと危ないからな」

「それは分かったけど、なんかうまいことごまかそうとしてない?」

「イヤ、チョットナニイッテルノカワカラナイ」

「やっぱりごまかしてるじゃないかぁっ!」

 

 うがーっと叫ぶ胡桃をほほえましいものを見る目で眺める視線が3つ。

 

「流石ね胡桃、あそこでスパッツ穿いてると返せる人はそうはいないわ」

「2人とも仲良しですねぇ」

「胡桃ちゃんは不意打ちに弱いんだね~」

「そっちの3人は後で覚えてろよ」

 

 上から悠里、慈、由紀、そしてその3人に恨みがましげな目を向ける胡桃である。

 

「おーい、はしごの準備ができたからタイマーをおろしてくれ。――胡桃、何やってんだ早く準備しろ」

「誰のせいだとっ⁉」

 

 怒る胡桃を尻目に、それじゃいくよー、という掛け声とともに由紀が釣り竿を振ってタイマーをおろし、車の回収作戦が始まった。

 

 

 

====================

 

 

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 夕暮れ時、学園生活部の部室には5人の元気な声が響いていた。

 結果から言うと、車の回収は何の問題もなく終了した。

 駐車場にいたゾンビの多くは由紀が垂らしたタイマーにつられて凪原たちに気づかなかったし、つられなかった個体は2人によって静かに始末された。慈の車は本校舎の校庭側、職員用玄関のひさしの下あたりに移動され今は沈黙していた。

 

 今は無事に車を手に入れられたことを祝して購買部の自販機から持ってきたコーラで乾杯をしているところであった。テーブルに用意された食事も普段よりは少し豪華になっている。

 

「それにしてもすんなりといって良かった。由紀がうまくあいつらを誘導してくれたおかげだな」

「へへーん、私はこれでもクレーンゲームとかは得意なんだよっ。学校帰りとかにはよくゲームセンターで腕を磨いていたからね」

「由紀ちゃん?寄り道してたなんて先生聞いてませんよ」

「あ」

 

 凪原に褒められて得意げだった由紀だったが調子に乗って口を滑らせてしまい、それを慈に問われて慌てて両手で口を押えるが時すでに遅くソファーまで慈に引っ張られていった。

 そんな2人を見ながら凪原が口を開く。

 

「さて、車が無事に手に入ったわけだし明日にでも遠征に行こうと思うんだが」

「まあいいんじゃないか」

「そうね、物資の確保は早いに越したことはないし」

「よし、それじゃあ具体的な目的地について詰めるか部屋に地図があるからそれで「じゃあ明日は遠足だねっ!」――遠足?」

 

 振り返った先では由紀が両手を広げた格好で目をキラキラさせながら立っていた。

 ソファーには慈が投げ出されていることから振り切ってきたらしい。

 

「私たち学園生活部が学校から飛び出すんだよっ!これはもう遠足と言っても過言じゃないよ!」

 

 ハイテンションで言葉を続ける由紀に、ふむ、と考え込む凪原。

 確かに学校から外に出て活動するというのは捉え方によっては遠足と言えるかもしれない。何より由紀達はパンデミック初日から2週間以上外に出ていないのだ。しょうがなかったと言えばそれまでだが内心ではストレスが溜まっているかもしれない。

 ならここで遠足と銘打ってイベント化してしまった方が心身にも良いのではないか。

 そう考えた凪原は顔を上げるとニヤリと笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ、なら明日は遠足だな。名付けて

「学園生活部第1回校外遠足~お菓子は300円まで、それ以上は現地調達です~」

というわけだ、由紀隊員覚悟は良いか?」

「りょうかいっ」

 

 問いかけの言葉に元気よく返事をする由紀、その言葉に頷いた凪原は振り返って言葉を続ける。

 

「そういう訳で明日からは遠足だ。念のため2日、いや3日のつもりで準備してくれ。それが終わったら具体的な目的地について話を詰めようか」

「「「ええ(ああ)(うんっ)」」」

 

 その言葉に答える皆の声がそろった。




遠足編、遠足に行くとは言っていない。
出発までに1話使ってしまいました…
次回には出発します。

今度こそ平日に投稿、できるといいなぁ。それが無理でも日曜には必ず投稿しますので気長にお待ちください。ではまた次回!


高評価、感想等お待ちしています


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2-2:遠足に出発

宣言通り平日中に投稿できました!
遠足編2話目です、お楽しみください


翌朝、胡桃に頼んで不寝番の時間を少し短くしてもらった凪原は爽やかに目を覚ました。

 

「やっぱ睡眠時間が1サイクル多いと体感で分かるな」

 

 などと呟きながら体を起こす凪原、睡眠は90分を1サイクルとしており睡眠時間が90の倍数であった場合心身共にスッキリと起きられるらしい。

普段は3時間(2サイクル)睡眠であるのだが、今日は遠足に備えて4時間半(3サイクル)睡眠をとったので体の調子が良い。

 

 諸々の準備は昨夜のうちに済ませてあるので、着替えを終えれば後はリュックを持つだけだ。

 

「じゃ、いってきますっと」

 

そう誰にともなく口に出すと凪原は自身の部屋としている教室から出て行った。

 

 

 

====================

 

 

 

「あ、ナギさんおはよー」

「おう、おはよう由紀。なんだ今日は随分早起きじゃないか」

 

 凪原が学園生活部の部室に顔を出すと、そこでは由紀が既に席に着いていた。普段であれば朝食の準備ができても起きてこないで女性陣の誰かが起こしに行くのだが今日は自分で起きられたらしい。

 

「由紀ったら今日は一番に起きたのよ、あんなに早く起きれるなら普段からちゃんと起きればいいのに……」

「にへへ、遠足が楽しみで目が覚めちゃったんだよ」

 

 凪原へとお茶を渡しながら呆れたように言う悠里に笑いながら返す由紀。凪原は礼を言いながらお茶を受け取って一口飲んだ後に口を開いた。

 

「早く起きちゃうってのは遠足のお約束だな。ところで2人は体の調子は大丈夫か?多分普通の遠足よりも疲れると思うから不調なら遠慮なく言ってくれ」

「そこはばっちり、全然問題ないよっ!」

「私も特に不調はないから大丈夫よ」

 

 念のため体調に異常がないかを確認した凪原だったが、2人とも問題なしとの返事に頷くとそのまま席に着いた。

 数分で慈と胡桃もきて5人揃ったので皆で朝食を取り始める。食事中の話題はもちろん今日の遠足についてだ。

 

「それじゃあ今日の予定を確認するぞ、ご飯が終わったら荷物を持って車まで移動、安全確保をしたら出発。まずは田宮さん達の車に向かって銃と弾薬の補充、その後で近場の物資調達だ」

「りょうかーい」

「了解、昨日話したとおりだな」

 

 今日の行程を確認する凪原に元気よく返事をする由紀と問題ないと頷く胡桃。

 その後もそれぞれが疑問点などについて話している途中で慈が思い出したように口を開いた。

 

「そうだなぎ君、その田宮さん達の車ってどのあたりにあるんですか?近くに目印とかがあれば教えてほしいんですが」

「そういえば言ってなかったっけ、車があったのはここから大体南西、鞣河小学校の近くだよ。俺が来るときは徒歩であいつ等を躱しながらだったから3日くらいかかったけど車で行けば迂回を考えても2,3時間くらいじゃないかな」

 

 2人の会話に由紀と胡桃は特に気にしたそぶりも見せなかった。

 しかし、悠里だけが凪原の言葉に小さく肩を震わせたことに気づいた者は1人もいなかった。

 

 

 

====================

 

 

「おい由紀っ、お前ちっちゃいんだからもう少しそっち詰めて座れよ」

「ちっちゃくないもんっ。胡桃ちゃんこそいつもシャベルと一緒なんだから、一緒に後ろに行けばいいじゃん」

「あたしを荷物と一緒にするなぁっ」

「まったく2人とも、なんでもいいから静かにしてちょうだい」

 

 慈の愛車である赤色のミニクーパーの後部座席で由紀と胡桃が騒いでいる。うんざりしたように悠里が話しているが2人ともあまり聞く気がないようで収まる気配はない。

 

「にぎやかなのは良いけど、大声出しすぎるなよー」

「「はーい」」

 

 凪原の声にも2人仲良く返事をしてくるあたりそれほど本気で言い合いをしているわけではないようである。

 大方2週間ぶりの屋外にテンションが上がってるのだろう。

 それに、文句を言っている悠里からして顔は笑っているので問題もない。

 

 学園生活部の一行は日常が崩壊した中を車で走っていた。

 あの後朝食は滞りなく終わり、荷物(保存食の類と着替えなど)を持った一行は車に乗り込んだ。

 

 一晩の間に車に寄ってきていたゾンビが数体いたが、車を停めていたのは教員用玄関のひさしのすぐ下。せいぜい数メートルの距離であれば凪原の銃の腕なら外すことはない。

早々に天国におかえりいただいた(頭に鉛玉を叩き込んだ)

 なかなかにショッキングな光景が出来上がったため慈たちを呼ぶ前に胡桃と協力してざっと片づけておいた。

 ちなみに胡桃にはある程度グロ耐性があったようで、特訓中にもゾンビの死体で気分を悪くすることなどはなかった。(理由を聞いてみたところ、「ゾンビゲームとかで慣れてる(むしろあっちの方が怖い)」とのことだった。)

 

 

「なぎ君、次はどっちの道ですか?」

「ちょっと待って、えーっと……、しばらく直進。公園前交差点って信号で右折。でも車が通れるかどうかは分からないから注意して」

「分かりました、安全優先で行きますね」

 

 ハンドルを握っている慈からの質問に地図を確認しながら答える凪原。手にしている地図は凪原が単独行動中に書き込みをしていたもので道路の様子やゾンビの分布などについても情報が載ってはいるが、この1週間ほどで変化が起きているかもしれないので油断できない。

 

 

 なお、実際にパンデミック後の道路を移動したことのある凪原が運転をするという意見もあったのだが―――

 

「めぐねえ、俺が運転してもいい?道路の状態とか道順とかはだいたい覚えてるし」

「え、なぎ君免許持ってるんですか?」

「去年の夏に合宿で取得したから平気平気。……あんま乗る機会がなかったからペーパー気味だけど」

「なんかすごく不安な言葉が聞こえたんですけど、ちゃんと運転できるんですよね?」

 

「ブレーキで止まってアクセルで加速(ノリと勢い)ハンドル切れば曲がって(で大体は)戻りたいならバックギア」(何とかなる)

 

「や、やっぱりダメですっ!なぎ君にはハンドルを任せられません!」

「えー...」

 

―――という一幕があったため運転は慈の担当となった。

 

 

「うーん、こっちの道もあいつ等が増えてるな。めぐねえバック、ルートを変更するからちょっと戻って」

「分かりました」

「なんかさっきから戻ってばっかだな。ほんとに道合ってんのか?」

 

 前方を確認した凪原が戻るように慈に頼むと、後ろから胡桃が声を掛けてきた。

 

「しょうがないだろ、俺が来たときと比べてあいつ等の位置とか量が変わってるんだ」

 

 その言葉通り、1週間前と比較するとゾンビたちの場所がずいぶんと変わっていた。

 前は通れた所にたむろして道をふさいでいることもあれば、逆に大量にいたゾンビがほとんどいなくなっている場所もあった。

 ある程度は生前の習慣に沿った動きをしているとはいえ、徘徊しているうちにその動きから外れていってしまうのだろう。

 

「参ったな、こっちの道も使えないとなるとどう迂回したもんか」

 

 新たな書込みが増えた地図をにらみながら新しいルートを考えていた凪原だったが、肩あたりに気配を感じて振り返った。

 

「どした、由紀?」

「ちょっと地図見せて、......えーっと、こっちの道を通るのはどうかな?ここまで戻って右折して道伝いに行けば目的地に結構近づけると思うんだけど」

「おっ、そのルートは考えてなかった。確かにこれならいけそうだな、お手柄だぞ由紀」

 

 後部座席からひょっこり顔をのぞかせた由紀はしばらく地図を覗き込むと新しいルートを提案してきた。

 そのルートは普段から人通りが少ない場所を通っているのでゾンビも少なそうである。

 

「えっへん、私地理は得意なんだよっ」

「なんだ、由紀の方が地図読むのうまいじゃないか。ナギとナビゲーター変わったらどうだ」

「その場合俺がそっちの席(後部座席)に行くことになるんだが?」

「げ、やっぱ来んな。そこでナビゲーターやっとけ」

 

からかう胡桃だったが、凪原のよく分からない脅しにあっという間に意見を翻した。

 

「面と向かって来るな、なんてひどいじゃないか」

「胡桃、そんな暴言を言ってはだめよ?凪原さんが傷ついてるじゃない」

「うっさい、これ以上狭くなってたまるかっ。あとりーさんもノるな、ナギが調子づくだろが!」

 

 そしてそのまま凪原と悠里に逆撃を掛けられる。実はこの流れ、もはや学園生活部でテンプレ化しつつある。胡桃はよくちょっかいを掛けるのだがやり返されると弱い。

 それを逆手に取られて相手(主に凪原と悠里)にからかわれていた。

 

 

「あの、なぎ君。その、道路に……」

「…ん、了解」

 

 ドライブの途中、慈が言いづらそうに凪原に声をかけてきた。その視線の先にあるのは道路の真ん中にたたずむ数体のゾンビであった。

 まだ距離があるためか、こちらには気づいていないようでうめき声を上げながら体を揺らしているだけである。

 

 小さく返事をした凪原は極力音を立てないようにドアを開け外に出る。自分も降車しようとする胡桃を手で制し、車に残る面々に辛いなら目を閉じておくように言ってホルスターから9mm拳銃を抜いて構えながらゾンビたちの方近づいていく。

 

 

「heyゾンビ共!ここに昼ごはんがあるぜっ」

 

 道路の端まで移動した凪原わざと声を上げてゾンビたちに自らの存在を伝える。その声に挑発の意図を感じたのかどうかは定かではないが、ゾンビたちはうめき声を上げながら凪原の方を向くと動き始めた。とはいえその歩みはゆっくりとしたものであり、生きた人間が普通に歩く速さのおよそ半分程度でしかない。

 

(ゲームとかじゃ走るゾンビとか特殊能力持ちのやつとかが定番だけど現実じゃそんなことはないな、群れたりしなければ別にたいした脅威じゃない)

 

 そんなことを頭で考えながらも凪原の体は淀みなく動く。9mm拳銃を目の高さまで持ち上げると、目、照準器、ゾンビが一直線上になるように構え狙いをつける。ゾンビが一歩踏み出すごとに頭部が上下に揺れて狙い辛いが、ほぼ一定のリズムである上に数メートルという至近距離、なおかつ相手の方から近づいてきてくれるとなれば(ゾンビ)を外すほうが難しい。

 

 くぐもった銃声が数初響いたあとにはそれと同じ数のゾンビが倒れていた。

 軽く周囲を見渡し、近づいてくるゾンビがいないことを確認した凪原は車へと戻った。

 

「お待たせ」

「おつかれナギ、でもさっきから言ってるけどもう少し離れたとこから倒せないのかよ?見てる身としては気が気じゃないぜ」

「この方が無駄弾撃たなくて済むし、倒したあとにどかす必要がないから楽でいいだろう」

「とは言ってもなぁ…」

 

 今の凪原の技量であればゾンビに気づかれない距離から一方的に屠ることは難しくない。それでもあえて声掛けをするのは後片付けの手間が省けるからである。

 道路の真ん中で倒してしまえば、そこを車で通れるようにするためにゾンビの死体をどかす必要が出てくる。基本的に死体には触りたくないし下手に触って感染しようものなら目も当てられない。ならばゾンビたちに自発的に動いてもらう(餌で釣っておびき寄せる)方がいい、というわけだ。

 とはいえ傍から見れば危険な行為であることに違いはなく、胡桃たちは同じような状況になるたびにハラハラさせられていた。

 

「その辺の話は帰ってからじっくりするとして、今はおいておこう。12時過ぎには田宮さんのところに着いておきたいし」

「確かにそうですね。時間もたくさんある訳ではありませんし出発しちゃいましょう」

 

 凪原の言葉に慈も頷き、停まっていた車は再び動き出した。

 

 

 

====================

 

 

 

「お、良かった。近くにゾンビはいないみたいだな」

「うっわぁ…、ほんとに自衛隊の車が事故ってるよ」

 

 学園生活部の一行はほぼ予定通りに田宮等の車の事故現場に到着できた。凪原にとっては実に10日ぶりなのでその間にゾンビたちが溜まっていないかを心配していたがそれは杞憂に終わったようだ。

 

 自衛隊の車が事故を起こしてることに若干引いてる胡桃だったがパンデミック当初の混乱した様子を考えればそこまでおかしなことでもないと思いなおしたのかそれ以上の反応は見せなかった。

 

「それじゃあ早いとこ銃とかの物資をめぐねぇの車に移してしまおう。重いものもあるから基本は俺がやるけど1人2人手伝ってくれ。あと、念のため道の両側で警戒を頼む」

 

 その言葉に皆頷き、由紀と悠里が凪原の手伝い、胡桃と慈が警戒を担当することになった。

 

「あいつ等が視界に入ったらこっちに来て教えてくれ。間違っても大声で知らせたりしないように」

「分かってるって、大声を出してさらにあいつ等を呼び寄せちゃ意味ないからな」

「ええ、分かりました。それじゃ行ってきますね」

 

 凪原からの注意事項に笑って返事をした2人はそれぞれ道の両端へ向かっていった。

 

「んで、2人は缶詰とか9㎜弾の箱とかの軽めのものを積み込んでくれ」

「はーい」

「分かったわ。それにしてもかなりたくさんの物資があるわね、とても2人しか乗ってなかったとは思えない量があるわよ?」

 

 悠里は車に積まれている物資の量に驚いたような呆れたような声を出した。

 

「ああ、駐屯地を出たら補給ができるとは思えなかったからできるだけ積み込んできたらしい。結局使えなかったけど俺、今は俺たちか、の役に立つならそれでいいって言ってくれたよ」

「……そう、ならありがたく使わせてもらわないとね」

 

 凪原の言葉にそれだけ答えると悠里も黙々と荷物の移し替えを始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「「「………」」」

 

 凪原を除く学園生活部の一同は皆一様に目を閉じて合掌している。

 積み込みが無事に完了したあと、凪原はちょっときてほしいと伝えるとそのまま近くの家の敷地に入っていった。訝しみながらも着いていった4人が目にしたのは庭の中央に作られた2つの土饅頭であった。近くには木の枝で組まれた粗雑な十字架が刺さっておりそこには2枚の金属プレート(ドックタグ)が鎖で掛けられている。

 

 凪原が作った田宮たちの墓標である。

 

 その光景を見た4人は何を聞くでもなく横一列に並ぶと黙祷を捧げ始めたのであった。

 

(見てるか田宮さん、今はこれが俺の手が届く精いっぱいだ。あんたが救おうとしていた人数と比べれば少なすぎるかもしれないけどさ、それでもきちんと守っていくつもりだ。―――だから、安心して成仏してくれよ?)

 

 そんなことを考えながら見守ることしばし、黙とうを終えた慈が「行きましょうか」と言ったのを契機に5人は家主の分からない庭を後にした。

 

 

「にしても結構な大荷物だよな。このなんとかライフル、だっけ?ってのもデカいしこのあと他の物資も取りに行くのに積みきれんの?」

「何とかじゃなくて89式小銃な、まあ何とかなるんじゃないか車の積載量ってカタログスペックよりだいぶあるみたいだし。そんなにスピード出すわけでもないしな」

 

 荷物の多さを心配する胡桃に適当に答える凪原、実際慈の車の積載量は未知数なのでどれだけの物資を積み込めるのかはやってみなければ分からないといったところが大きい。

 

「それじゃもし荷物が積みきれなかったらナギは歩きな。スピード出さないなら大丈夫だろ?」

「ちょっと何言ってるか分からないですね。元陸上部さん?(お前が歩け)

「お前、うら若い乙女に歩けなんてひどいこと言うなよな」

「おっそうだな(棒読み)」

「あっ、今バカにしたな!りーさんからもなんか言ってくれよ―――りーさん?」

 

 返事がないことを不審に思った胡桃が振り返ると、悠里は呆然とした表情で一方向を指さしていた。

 その指につられるように皆が向き直った先では離れた位置から3本の黒い煙が細く長く立ち上ってた。

 

「煙…、3本…生存者の救難信号だな。あっちにあるのは確か…小学校か」

「えっ、それじゃああそこに行けば生存者がいるのか⁉」

「あそこに行けば助かるのっ⁉」

 

 煙の意味に気づいた凪原が発した内容に食いつく胡桃と由紀、しかし2人の言葉に凪原は首を振って答える。

 

「いや、ありゃ文字通り救助を要請するための信号だ。遭難者や被災者が航空機などに向けて発するもんだけどそんなものが飛んでる気配はないのに上げてることを考えると相当追い詰められてるな」

「そ、それじゃああそこに行っても」

「ああ、とてもじゃないが助かるとは思えないな、逆にこっちの物資を奪われかねない。合流は危険すぎる」

「そんな……」

 

 厳しい言葉にうなだれる慈、由紀、胡桃の3人。しかし、悠里だけは凪原の言葉が耳に入っていないようでフラフラとした足取りで煙の方に向かい始めた。

 

「ダメだりーさん、聞いてなかったのか?合流はリスクが大きすぎるっ!」

 

 思わず腕をつかんで止めた凪原に対して答えた悠里の声には悲壮感がこれでもかというほど詰まっていた。

 

 

 

 

 

「離してっ!あそこにはるーちゃんがっ、妹がいるのっ!」

 




遠足編でも原作乖離していきますよー
まずは、銃と弾薬を調達できましたね、これで安心(は果たしてできるのか?)

この話ラストで書いた煙3本で救難信号というのは、現実でも通用するものです。
煙でも、棒を3本立てるでも、3つのものを並べて航空機のパイロットに分かるようにしておけば、緊急の救助を要請しているという意味になります(豆知識)

ちなみに左手を振ってしまうと「問題ありません」の意味になってしまい、せっかくの救助が帰ってしまうかもしれませんので気を付けてください。


さて、ここでちょっとアンケートです。
「地の文でのるーちゃんの呼び方はどうしましょう?」
なお、会話文では人によってるーちゃんorるーにしようかなぁ、と考えています
締め切りは次の更新日までです。

それではまた次回!
  |ω・)<感想、高評価お待ちしています


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2-3:鞣河小へ、久々の単独行動

師が走ると書いて師走、
何かと忙しい季節ですがいかがお過ごしでしょうか?
筆者は年末のごたごたで忙殺されています。

まぁその辺は置いておいて、13話です。お楽しみください


 しばらくのち、凪原は9㎜拳銃を構えながら1人(・・)で住宅街を進んでいた。

 その恰好は背負ったリュックが少し小型になっていることと、プロテクターを装着していることを除けば巡ヶ丘学院へ向かっていた時とほぼ同じである。

 

 大きく違うところといえば頭にヘッドセットを装着していることだろう。見た目は片耳のヘッドホンにマイクが付いた感じであるがその本体はコードでつながれた先の無線機である。携帯が不通となった現在、単独で遠距離通信が可能な無線機は価値が跳ね上がっていた。

 

「こっちは順調、あいつ等もあまりいないし遅れもない。そっちはどうだ?」

『こちらも問題ないわ、周りには1体もいないし近づいてくるのも確認できない。それよりごめんなさい、本来なら私が行かないといけないのに……』

 

 凪原が無線で話す先は悠里である。その声は普段の頼れるお姉さんのような雰囲気はみじんもなく、不安に震えているように弱弱しかった。

 

「気にすんな、こういうのは俺の方が向いてるからな。それより向こうに着いたら交渉は頼むぞ、俺の格好じゃ控えめに言って不審者だからな」

『そこは大丈夫よ。―――だから、お願い』

「ああ、いたら必ず無事に連れて帰る。じゃあまた到着した時に」

 

 冗談めかした凪原の言葉にも、その口調は和らぐことなく最後まで祈るようであった。

 通信を切った凪原は感心したようなため息をついた。

 

「……ホント、すごいお姉ちゃんだよ」

 

 

 

====================

 

 

 

 煙による救難信号を見た時の悠里の様子はパニックの一歩手前といったところだった。危ないと止める周囲の声を振り切ってでも小学校の方へ行こうとし、手を離したらその瞬間にでも走り出しそうであり、もしそうなったら小学校にたどり着く前にゾンビにつかまってしまうのは明白であった。

 

「いい加減に落ち着けりーさんっ、小学校に向かうのは危険だ。行くにしてもしっかり準備をしてからだっ」

「私は落ち着いてるわ、だから離してっ。私はるーちゃんを迎えに行かないといけないのっ」

 

 凪原の説得にも応じる気配をみせず、とうとう抑えるのも難しくなってきたところで、凪原はなるべくなら言いたくなかった内容を口に出した。

 

「たとえ行ったとしても、妹がいるとは限らないだろっ」

 

 言った瞬間こちらの腕を引っ張る力がなくなり、逆に女子高生とは思えないほどの力で腕を握り返された。

 

「どういう意味かしら?」

 

 そう尋ねる悠里からは表情といった表情が抜け落ちており、慈たち3人はその気迫に完全にのまれてしまっていた。凪原の背筋にも冷たいものが走るが意を決して口を開く。

 

「…そのままの意味だ。パンデミックが本格的に始まったのは部活動の時間ぐらいだろ?その時間なら小学校はとっくに放課後だ、ならりーさんの妹も学校にいたかどうかは定かじゃない。それに、」

「それに?」

 

 無表情のまま先を促す悠里に凪原は続きを言うべきかどうかを悩んだ。今の悠里はかなり精神的に参っている、この状態で正論をたたきつけるのが果たして正しいかどうか判断できなかった。しかしこのまま何でもないとするわけにもいかないので意を決して口を開く。

 

「そもそも、りーさんの妹が無事かどうか分からない」

「……っ!」

「行ってみたら手遅れだったということもあるかもしれない。さらに言ってしまえば、最もひどい形での再会となる可能性だってゼロじゃない」

 

 最もひどい形での再会、凪原は具体的には言わなかったがそれの意味するところは悠里だけでなくその場にいた皆が瞬時に理解できた。すなわち、

 

ゾンビ化した若狭妹と遭遇すること。

 

 もしその状況に出くわした場合、凪原の見立てでは悠里の精神は持たないだろう。ならば知らない方がいいかもしれない。黙り込んで顔を伏せてしまった悠里に、残酷だとは思いながらも言葉を続ける。

 

「もし、小学校に行ったら今言ったようなことが起きるかもしれない、なら行かないというのも手だ。知らなければ希望を持ち続けることはできる」

「おいナギっ、お前いい加減にしろよ。そこまで言わなくてもいいだろうがっ」

「あくまで仮定の話だ、でも起きる可能性はそこまで低くない」

「だからって…っ」

 

 言葉を発さない悠里に代わって胡桃が非難の声を上げるがそれを切って捨てる凪原。胡桃だけでなく由紀、そして慈までも程度の違いはあれど非難気な目を凪原に向けている。

 

(そりゃあんなひどいことを言ったらこうもなるか、こりゃめぐねぇはともかく3人からは完全に嫌われたかもなぁ。まあそれでもりーさんが危険を冒さなくて済むならそれでいいか。最悪の場合は4人が生きていけるように御膳立てしてから俺が消えればいい)

 

「それでも、…」

「どうした?」

「それでも、私はるーちゃんを迎えに行きたい。あの子は私の、たった1人の妹だから」

 

 内心でそんな覚悟を決めながらも黙っていると、悠里が小さく呟く。まだ顔を伏せていたためよく聞き取れなかったため凪原が聞き返すと、顔を上げて毅然とした表情で繰り返した。

 そこには先ほどまでのような焦燥を含んだ危うい様子はなく、覚悟を決めた人間の顔があった。

 その顔を見れば、悠里が決めた覚悟のほどは容易に理解できるが、凪原は確認のために質問を投げかける。

 

「たとえ妹が無事じゃなかったとしても?」

「ええ」

「もしも、最悪の場合だったとしても?」

「……っ、」

 

 1つ目の質問には即答、そして2つ目の質問では言葉に詰まってしまう悠里。まあ無理もない、家族が死んでしまったならば言い方は悪いが悲しいですむ。しかし、もしゾンビとして襲い掛かってくることを考えるとどうしていいか分からないのだろう。固く握りしめられた悠里の拳からはその心境がひしひしと伝わってくる。

 

(ここまで覚悟ができているなら十分かな)「よし、合格」

「「「え?」」」

 

 脈絡のない凪原の言葉に疑問の声を上げる悠里達4人。

 そんな一同に構うことなく、凪原は意識して厳しくしていた表情をやわらげると口を開く。

 

「それだけの覚悟ができてるなら大丈夫だ。さっきまでのりーさんはとてもじゃないけど落ち着いて考えられる感じじゃじゃなかったからな、今落ち着いた状態でそこまで言えるなら大丈夫」

「で、でも私はあなたの質問に即答できなかったわ」

 

 結構きついこと言っちゃったな、と謝る凪原に呆然としたように答える悠里。それに凪原は手を振って答える。

 

「自分の家族がゾンビ化してました、どうしますか?なんて聞かれて即答できるような人はそうそういないさ。本当に即答できるほど覚悟ができてるならさっきみたいに取り乱したりはしないはずだ。もし今即答できてたら逆に何も考えていないんじゃないかと疑ったところだ。試すようなことして悪かったな」

 

 その言葉に悠里はそうだったの、と息をついた。胡桃たちも凪原がなぜあんなにも厳しいことを言っていたのかが分かり表情をやわらげる。凪原に向けられていた視線も無くなり、凪原自身も内心で肩の力を抜く。

 

「なんだよナギ、そこまで考えてたんならそういえばよかったのに」

「そうだよナギさん、いきなりいつもと違う雰囲気になって怖かったんだからね」

「悪かったって、説明してたんじゃりーさんの内心が確認できなかったんだからしょうがないだろ。

 

 2人の言葉にも笑顔を交えながら答える、慈も口にこそ出さないが安心したような表情をしていた。

 

「それで、凪原さんの見立てでは私はるーちゃんを迎えに行っても大丈夫なのかしら?」

「それは精神的にみれば(・・・・・・・)問題ないよ。俺が言うのもなんだけど、本来なら家族を心配して探しに行こうとするのを他人がどうこうするのは筋違いだからな。――ただ、」

「ただ?」

 

 一度区切った凪原に疑問の声を上げる悠里。他の3人もまた雲行きが怪しくなってきたと表情を引き締める。

 

「他人がどうこうするのは筋違いと言っておいてあれなんだけど、小学校には俺1人で行った方がいいと思う」

「っ!、どうして⁉」

 

 先ほどまでの自信の発言と真逆のことを言う凪原に、悠里だけでなく他の3人も驚いた様子だった。

 4人の疑問に答えるように口を開く凪原。

 

「まず前提となることだけど、近くに航空機が居ないにもかかわらず煙での救難信号を上げたってことはあそこは相当追い詰められているってことだ。あそこにりーさんの妹がいるにしろいないにしろ、とにかく話を聞くためにはなるべく早く行く必要がある」

 一息、

「それで、この5人の中で一番早く移動できるのは俺だ。あの距離なら車よりも徒歩の方が通れるところも多いから早く到着できるし、1人なら途中であいつ等に出くわしても逃げるなりなんなりで回避できる、妹さんが居たら連れて帰ってくることもできる。だから皆には待っていてほしい」

 

 1人の方が移動がしやすく早く小学校に到着できるという凪原に、理解はできても素直に頼ってもいいものかとすぐには答えられない悠里。代わりに胡桃が口を開く。

 

「待っててくれって言われてもその間あたしらはどこで待っていればいいんだよ?」

「ここから少し行ったところに駐車場としても使える遊水地がある。あそこなら奴らはあんまりいないだろうし、開けてるから近づいてきてもすぐに気づける」

 

 待機場所について聞かれてもすぐに答えられてしまい、言葉に詰まる胡桃。代わって慈がやはり危険だと声を上げる。

 

「やっぱり1人だけは危険ですっ。私も一緒に――」

「めぐねぇは俺らの中で一番運動能力低いでしょ、早く移動でできないって」

「うぅ――「ならあたしはどうだっ?こういう時の為に鍛えてきたんだ」」

 

 一言で切って捨てられ答えられない慈に割り込むように胡桃が声を上げる。

 

「ダメだ胡桃、お前は俺がいない間に皆を守ってくれ。できるな?」

「う、そういうことなら…」

 

 こちらも真剣そうな表情の凪原に何も言えなくなる。

 

「ねえナギさん、1人で行ってもなんて説明するの?りーさんの知り合いだーって言っても信じてもらえないんじゃない?」

「それについても問題ない」

 

 由紀からの疑問に、凪原は車に積み込んでいたリュックの中を漁さり始め、すぐに何かの道具を取り出してきた。

 

「それ何?イヤーマフ?」

「これはヘッドセット、まぁトランシーバーの親戚みたいなものだ。これなら携帯が不通の今でも使えるからな、向こうに着いたらこれを使ってりーさんと妹に直接話してもらう」

 

 1人で行くのを思いとどまらせ、せめて悠里だけでも同行させようと色々質問をしてみても解決策が用意されており、黙ってしまう由紀達。

 沈黙を破ったのは先ほどからずっと考え込んでいた悠里だった。

 

「本当に、本当に大丈夫なの?」

「ああ」

 

 震えるような声に安心させるように断言する凪原。その声に何かを感じ取ったのか、悠里はしばらく目を閉じるとやがて深々と頭を下げた。

 

「お願いします凪原さん。あの子を、るーちゃんを」

「分かった、必ず連れてくる」

 

 悠里の願いにしっかりと返事をする凪原。

 

「お、おい、いいのかりーさん?自分が行かなくて」

「いいの。凪原さんの言う通り私たちがついていくよりも凪原さん1人の方が早く行けるのは事実。それに無事だったとして、連れてくるときにるーちゃんだけなら守れるかもしれないけど私が居たら邪魔になるかもしれない。だったら凪原さん1人に任せた方がいい」

 

 いいのかと問いかけられるが、毅然とした声で返す悠里に周りも「りーさん(当人)がそう言うなら」と納得した。

 

「それじゃあ行ってくる。なんかあったら無線(コレ)で連絡する、単独行動する俺が言うことじゃないけど気を付けてな」

 

 そうの言葉に無言で頷く4人を見ながら凪原は単独行動を開始した。

 

 

 

====================

 

 

 

「さて、無事に着いたのは良いけど結構いるなぁ」

 

 出くわしたゾンビを迂回したり処理しながら進むことしばし。裏道を通ったせいか遭遇自体が少なかったため、凪原は予想よりも早く鞣河小学校に到着した、のだが―――

 

「見たとこ校庭に3~40体ってとこか、隅にいる分とかを足せばもっといそうだな。しかも元は子供の奴らか、……やりにくい」

 

 校門は内側に倒れ込むように壊されており、その敷地内にはかなりの数のゾンビがうろついていた。しかもその多くが元は小学生だったと思われる小柄なゾンビだった。

 ゾンビの身体能力は基本的に生前の者に依存するため、小学生ゾンビは脅威度としては高くない。せいぜいすばしっこいから注意が必要な程度で筋力などは大したことが無い。

 しかし自分とよりも小柄な(しかも場合によっては生前の面影が残っている)相手というのはなかなか精神にクるものがある。凪原としてもあまり相手にしたくない部類だった。

 

「まあこんな時は持ってて良かったキッチンタイマー、の出番だけどどこにセットするかだな」

 

 高校で車を回収した時のその効果は実証済みだが、今回は凪原1人しかいないため前回由紀にやってもらったように位置を動かすことができないのでタイマーを仕掛ける場所に気を使う必要がある。このゾンビの数では鳴らし始めてからやっぱり変更、はできない。

 

「場所決めの為にはどこに生存者がいるかが重要だけど、煙からしてあそこしかないよな」

 

 そう呟く凪原の視線の先は体育館である。他の校舎から離れた場所にある独立した建物であり、その屋上からは先ほどから目印にしていた3本の煙が立ち上っていた。

 そして煙以外の生存者がいる証拠として、出入り口付近に数体のゾンビが集まって扉を叩いていた。

 

「とりあえずは間に合ったって感じかな」

 

 生存者がいなければゾンビがあんなに反応することはない。どのように感知しているのかは分からないが、ゾンビは生きた人間をしっかりと感知する。そんなある意味では最強の人間センサーが反応しているのだ体育館の中には必ず生存者がいるのだろう。

 

「それじゃあちゃっちゃとやっちゃいますか」

 

 自身に気合を入れるように呟くと、凪原はゾンビに見つからないよう姿勢を低くして動き始めた。




るーちゃん合流まで1話でいけるかなって思ったら終わらなかった。
のでこの話はもう1話続きます。

アンケート締め切りました。
50人近い方々に投票していただき誠にありがとうございます!
結果は

るーちゃん、でした!

やっぱみんなこの呼び方好きですよね。という訳で地の文でのるーちゃんの呼び方はそのまま、るーちゃんにしたいと思います。その他に投票してくれた方もありがとうございました。

年内にあと1話、できれば2話行けるかな?プロットはあるんですが執筆時間が……

それではまた次回!


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2-4:脱出準備

メリークリスマス!
ですがいろいろ忙しくて悠長に楽しんでる暇がありません、誰か助けて……

思ったより筆が進んだので投稿します。
今回やっと「あの子」が登場しますよ~


 

 コンコンコココンッ

 

 多少リズムをつけて体育館の扉を叩く凪原。

 こうしないとさっきまで扉前を占拠していたゾンビ達と差がない。

 少し待ってみても反応が無いが息を潜めているような気配はあるので声をかけてみる。

 

「誰かそこにいるか?」

 

 今度は小さな悲鳴とそれを嗜めるような「静かに」という声が聞こえ、しばらくの沈黙があった後返答があった。

 

「………誰だ?」

「人探しにきた生存者だ、とりあえず中に入れてくれないか?」

「それはできない、扉を開けるのは危険すぎる」

「扉の前にいた奴らは排除したし、校庭にいた分は音で釣ってるから今は近くにいない。嘘だと思うんならよく音を聞いてみろ、足音もうめき声も聞こえないはずだ」

 

 返答してきた声は男性のものであり、ややうわずってはいるがそれでもその声には理性的な響きが感じられた。

 避難所内部の秩序が崩壊していることも想定していた凪原は内心で安堵の息をつく。

 

(比較的まともそうでよかった、世紀末覇者(ヒャッハー)みたいな奴が仕切ってたらどうしようかと思ってたけどその心配はなさそうだな)

 

 そんなことを考えながら待つことしばし、中から重いものを動かすような音が聞こえた後扉が少しだけ開く。

 

「入ってくれ」

 

 そう言いながら顔をのぞかせたのは先ほどの声の主だった。見たところ30代前半くらいで、恐らくはこの学校の教師だったのだろう。がっしりとした体つきではあるがその顔には疲労が色濃く表れていた。

 

 頷いた凪原が開いた隙間に体を滑り込ませるとすぐに扉が閉められ、扉の脇にいた別の女性教師が跳び箱や平均台などを扉の前に設置し直し始めた。男性教師も「少し待っていてくれ」と凪原に声をかけると作業にに加わっている。

 

「これだけしかいないのか……」

 

 軽く中を見回した凪原の口から出た言葉である。体育館の中にいたのは多く見積もっても1クラスには届かない、せいぜい20人弱程度であった。

 用具倉庫から持ち出してきて寝具としていたのだろう、体育マットなどが床の上に敷かれているスペースがあり、その上に身を寄せ合うようにして子供たちが集まってた。そして彼らを抱き寄せるように座っているのと、軽く手を広げて庇うような位置に座っている2人の女性教師。2人とも凪原のことを険しい表情で見つめている。

 

 さらによく観察してみると、いくつかの段ボールが置かれていることに気づく。蓋は空いており、中からはペットボトルや保存食などのパッケージなどが見える。

 

(災害用物資を体育館に保管してて、それを使って生き延びてきたってとこかな。先生の年齢が皆若いのが気になると言えば気になるけど体力があるからかろうじて逃げ込めたってとこか)

 

 そう凪原が結論付けたところで扉を塞ぎ終わった男性教師が声をかけてきた。

 

「待たせてすまなかった、俺はこの小学校で教師をしている林という。一応ここのリーダーのようなものをやっている。君は、―――」

 

 林と名乗った男性教師はそこで言葉を切ると、チラリと凪原の9ミリ拳銃を見やる。腰に下げられたソレは本物特有の気配を発しており、決してモデルガンなどのおもちゃではないことを無言のうちに主張していた。

 

「君は、何者なんだ?見たところ社会人ではなさそうなのにそんなモノ(9ミリ拳銃)を持っている。さっきは人探しをしていると言っていたけど、先にそのあたりについて説明してほしい」

 

 そう言いながら林は子供たちを凪原から隠すようにさりげなく立ち位置を変えた。目には見えないが入り口わきに立っていた女性教師も身構えたことが気配で分かる。凪原の答えいかんでは前後からとびかかって制圧する気なのだろう。

 にわかに高まった緊張を鎮めるように凪原は話始める。

 

「まずは自己紹介から、俺は凪原勇人といいます。林先生が言う通り社会人ではなく学生、大学2年生です。コレ(9ミリ拳銃)については話すと長くなるので、とりあえずある自衛官から託されたもので非倫理的な手段で手に入れた物ではありません」

 

 一度に多くのことを言いすぎると理解が追い付かないことがあるので、意識して少しゆっくりと話す凪原。

 

「ここに来た理由については先ほども言った通り人探しです。私たちのグループにここに妹が通っていたという人がいたので、グループの中で腕が立つ方(・・・・・)の私が確認に来ました」

 

 最も腕が立つ、とは言わない。こちらの規模や戦力が小さいことがばれると襲撃のリスクが増える。彼らがそんなことをするとは思えないが、どこにどう伝わるかは分からないため極力こちらの情報は伏せておきたい。

 

(と、まあ嘘は言ってないんだけど怪しいことこの上ないからなぁ。これでだめだったらどう信じてもらおうか。というかだいぶ人数が少ないけどこの中にりーさんの妹っているのか?)

 

 内心で凪原が心配していると、少し間を開けて林が沈黙を破った。

 

「――正直に言って、その話を聞いてはいそうですかという訳にはいかない」

「ですよねぇ…」

「だからもう一つ質問だ。人探しというのは誰を探していたんだ?本当にこの学校にいる生徒なのか?」

 

 もしこれに答えられないならお前のことは信じない、林の顔はそういっているようだった。

 

(よかった、理性的で話が通じるタイプの人だ)「ええ、私が探しているのは若狭悠里の妹です。彼女の依頼で探しに来ました。名前は――「りーねぇ?」」

 

 凪原の言葉を遮えぎったのは小さな女子生徒の声だった。声の方を見やれば、集まっている子供たちの中から1人だけが立ち上がってこちらを見つめていた。薄ベージュ色の髪にたれ目、頭につけている2つの茶色いボンボンが動物の耳にも見える。

 立ち上がったその子は「行っちゃだめっ」と引き留める女性教師を無視してこちらに駆け寄ってきた。そしてそのまま凪原に近づくと顔を上げて声を上げる。

 

「りーねぇのこと知ってるのっ?」

 

 声は幼いながらも必死に姉を心配する気持ちが表れており、本当に仲のいい姉妹なんだなぁと感じた凪原はほっこりしたような気持になる。

 だからそんな彼女を安心させてあげたくて、凪原は無意識のうちに片手を頭の上においてなで始めていた。いきなりのことにキョトンとする彼女を安心させるように口を開く。

 

「ああ。お姉さんは無事だよ。彼女に君を助けてあげてって頼まれて迎えに来たんだ」

「ホントっ?」

「おいおまえっ、すぐにその子から離れろ!それが本当だという証拠はあるのかっ⁉」

 

 凪原の言葉にパッと顔を輝かせる彼女だったが、林やそのほかの教師たちは険しい顔を崩さずに証拠を見せるように言ってきた。近くに生徒がいるため手が出せないようだが、もしいなかったらとっくにとびかかってきているだろう。

 

 ここまできて生存者に襲われるのは勘弁願いたいので凪原としても早急に証拠を見せることにした。この子の姉に連絡を取ると告げると肩につけた無線機のスイッチを入れる。

 

「こちら凪原、そっちの様子はどうだ?」

『おっ、ナギ。やっと連絡してきたな、さっきのから時間が空いてたから心配してたんだぞ。こっちは特に問題ない、そっちはどうだ?』

「特に問題なし、さっき小学校についたところだ。ところで、ちょっとりーさんに代わってくれるか?」

 

 無線に出た胡桃にそう伝えると、分かったという声とともに少し歩く音が聞こえてくる。

 その間に凪原は無線機を肩口から取り外すと、るーちゃんに手渡す。「?」という顔をしながら受け取ったもののどうしてよいか分からずに凪原を見上げてくるが凪原は笑顔を浮かべたまま何も言わない。

 そのまま数秒が経ち、林達教師人がもう待てないと声を上げようとしたところで、無線機から小さなノイズとともに声が聞こえてきた。

 

『もしもし、凪原さん?胡桃から小学校に着いたって聞いたけど、るーちゃんは―――』

 

 その声は最後まで続かなかった。なぜなら―――

 

「りーねぇ?」

 

 るーちゃんがおずおずと発したその声に悠里の声がピタリと止まり、やがて確認するような声が聞こえてきた。

 

『るー、ちゃん?』

「そうだよ、りーねぇっ!」

『っ!良かった…ホントに良かった』

「うん……うんっ!」

 

 話しているうちにるーちゃんはポロポロと涙を流し始めた。無線機を介して悠里が泣いてる声も聞こえてくる。

 

「本当にあの子のお姉さんの知り合いだったのね」

 

 そう声をかけてきたのは扉脇に立っていた女性教師だった。自らを木村と名乗った彼女はついさっきまでは凪原にとびかかるすきを窺っていたようだが、今では優しそうな顔でるーちゃんを見つめていた。

 

「どうやら本当だったみたいだな。さっきは疑ってすまなかった」

「大丈夫です、実際怪しかったとは思いますし。子供たちを守っているならなおさらです」

「そうよ、見慣れない若い男が女子児童を迎えに来たなんて、少し前なら事案だもの」

 

 いつの間にやら近くに来ていた林も謝罪の言葉を伝えてくる。その顔に敵意の色はなく、警戒を解いたらしい。凪原としても不審者の自覚はあったので笑って許しておく。

 そこからるーちゃんが落ち着くまでにお互いの情報交換をすることにした。

 

 林が話したところによると、鞣河小学校では次のようなことが起きたらしい。

 

 

 まずパンデミックの波がここに及んだのは放課後になってすぐの事だったらしい。比較的人通りの多い道路に面していたことが災いし、パニックに陥った人間やゾンビたちが大挙して敷地になだれ込みまさに下校しようとしていた生徒たちに襲い掛かった。

 

 校舎の中からその様子を見た林を含む教師4人は立ちすくんでしまったが、近くにいた副校長の檄で我に返るとまだ校舎内に残っていた数少ない生徒を集めながら避難場所になっていた体育館へと向かった。その途中で先導していた副校長が奴らに噛みつかれてしまう。

 何とか振りほどき体育館までついたところで副校長は皆を中に入れると自分は外に残って扉を閉め始めた。

 慌てて中に入るように言った林達に、彼は自分は噛みつかれたからもうだめだということ、扉を内側から封鎖すること、今いる生徒を必ず守りたいなら生徒であろうと避難民であろうと誰も中に入れてはいけないことを伝え扉を完全に閉めてしまった。

 

 閉まってすぐに扉の向こうからは怒号や悲鳴、それに混じってこの世のものとは思えないうめき声や何かを咀嚼するような音が響き始めた。林達は生徒に耳を塞いでいるように伝え、自分たちは副校長の指示通り扉や入口となりそうな箇所を片っ端から塞ぐために動き始めた。

 その後は体育館に置いていた災害用物資を用いて生き延びていたが減っていく一方の物資に不安を感じ、誰かに気づいてほしくて救難信号を上げることになったらしい。

 

「―――とまあそんな感じのことがあったわけなんだ。すぐにどうこうなるわけではないんだけどこのままではいけないから救助隊などに気づいてもらえないかと思ったんだけど」

「難しいですね、救助隊が編成されたという話なども聞いてないですね。……私がいるところもいっぱいいっぱいという感じですし」

「ん?ああ別にそういうつもりで言ったわけではないから安心してくれ」

 

 機先を制するように言った凪原の発言の意図を正確に理解した林がそんなつもりはないと声を上げる。

 現状凪原たちのグループはるーちゃんを入れても6人、とてもではないが彼らを受け入れる余裕はない。

 

「それなら外に出て物資を集めてみては?さっき私に向けたレベルの殺気が放てるなら奴らに相対しても問題ないと思うんですが」

「確かにそうかもしれないんだけどね。ほら、校庭にはもとはここの生徒だった「奴等」がいるだろ?中には俺のクラスだった子もいる、彼らを前にして始末をつけられる気がしないんだ。臆病と思うかもしれないけど、俺にはそれはできない」

 

 「今生き残ってる子たちを助けたいとも本気で思ってるんだけどな」と情けなさそうに言う林は今にも泣きそうな顔をしていた。話を聞いていた木村も同じような表情でうつむいているのを見るに同じ心境なのだろう。

 

「もし、元生徒でない奴らが相手ならば問題なく処理できますか?」

「ああそれなら問題ない、前に試しに外に出てみた時に倒した経験がある」

「ではもう一つ、生徒たちを守っていくために、この場所を(体育館)捨てる覚悟はありますか?」

「どういう意味だ?」

「いいから答えてください」

 

 怪訝そうな林に対して強い口調で問いかける凪原。その目には、ここで答えを出せとはっきりと書いてあった。

 

「当然だ、生徒たちを守れるなら場所なんて関係ない」

「分かりました。なら少し待っていてください」

 

 その表情から林の本気さを感じ取った凪原は頷きながら答えた。

 そのままるーちゃんに歩み寄り無線機を貸してもらい声をかける。

 

「りーさん、ちょっといいか?」

『凪原さん。ありがとう、本当にありがとう……』

「そのお礼はそっちに無事に帰れてからだな。でもここを出発する前に少しやることができた」

『どうしたの?』

「ここにいる生存者の脱出を支援する」

 

 そう言った凪原は続けて鞣河小学校の現状を説明する。それなりの数の生存者がいること、物資が残り少ないこと、教師たちのことなどをすべて話す。

 

「そんな訳でこのまま放置するのも後味が悪いし、少し手助けをすれば大丈夫そうだから手伝うことにした」

『そういうことね、今皆にも話して了解を得たわ。気を付けて、だって』

「了解、それじゃここを出る時にまた連絡する」

 

 そう言って無線を切ると、るーちゃんを一なでして「少し待っててね」と伝えると林の方に向き直る。

 

「ということで皆さんがここから脱出させるための準備をしてきます」

 

 それだけ言うと静止の声を聞かずに凪原は2階部分の窓から外に飛び出していった。

 

 

 

====================

 

 

 

 1時間ほどたった後、林達の耳にエンジン音が近づいてきた。その音は扉の前で止まったものの、中から林達が声をかけても返答はない。しかししばらくすると再び別のエンジン音が近づいてきた。

 そしては今度はエンジン音が止まった後に凪原の声が聞こえてきた。

 

「戻ったので開けてください。ああ、あいつらは近くにいないから大丈夫です」

「今開ける。………これは、佐藤先生と三島先生の車じゃないか。それにそんな大荷物を持って」

 

 

 凪原の声を受けて扉を開けた林は言葉を失う。扉の前には2台のバンが止まっていた。さらに凪原自身も出ていったときには持っていなかった荷物を多く手にしていた。

 ぱっと分かる範囲ではモップやさすまたに工具箱、給食室から持ってきたらしきおぼんなども見える。

 

「それでどうするつもりなの?」

「皆さんを脱出させます。小学校を出れば元生徒の奴等もいなくなるでしょう、それなら先生たちでも対処できるはずです」

 

 驚いたように問う木村にそう答えながら凪原は持ってきた物資を使って武器を作っていく。モップを分解して先端部を外し、そこに包丁をダクトテープでしっかり固定、これで槍になる。おぼんには持ち手を取り付けて盾とする。

 こうして即席の武装を整えると今度は奴らの特性について説明していく。

 

「基本的に奴らは単純なので音で釣れます。家庭科室からキッチンタイマーを持ってきたので基本的にはこれを使えばいいですが、数が少ないなら小銭を投げた音などでも大丈夫です」

 

「あ、ああ分かった。でもどうしてこんなにしてくれるんだ?」

「このまま放置するのも寝覚めが悪いし、私も子供は好きですからね。できることがあるなら手伝いたいんです」

 

 戸惑った様子の林に凪原は何でもないように答える。

 

「凪原君、その子供が好きってことについてちょっと詳しく」

ちょっと待って(ジャストモーメント)木村先生、俺はそういう意味で言った(ロリコンという)わけではありません。だからその構えた槍をおろしてください」

 

 そんな一幕を挟みつつも脱出の準備は整った。




や~っとるーちゃんを出せました

パンデミックから2週間経ってるけどまだ生きてたの?って疑問に思う方がいるかもしれないので裏設定(こじつけともいう)を言っておきます。


まずパンデミック発生時、るーちゃんは林先生たちの近くでおしゃべりをして教室に残っていたのでゾンビの第1波を回避。

その後は副校長の先導に従い体育館まで無事に到着、彼の最後の言葉に従って体育館の扉を閉鎖、籠城を開始。(避難民とほぼ同時にゾンビが到達していたためトラブル製造機の自己中な生存者などと接触することが無かったのは幸運かも)

そこからは体育館内にある災害用備蓄倉庫の物資を消費して体育館から出ないで過ごす。(筆者の小学校は備蓄物資を体育館においてた気がするのでそれを参考にしました)

物資はまだ余裕があるけど先生たちは元生徒を殺す勇気が無くてどうしよう、となっていたところに凪原が到着。


って流れです。
「副校長何者だよっ⁉」という突っ込みは聞きません。
ゾンビ映画を見るのが好きな心優しいお爺さん先生だったと思ってください。


年内にもう1本アップできるはず、きっと、たぶん……

それではまた次回!


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2-5:独白 上

も~い~くつね~る~と~お~しょ~うが~つ~

になる前に投稿します。今回は鞣河小を脱出するところからですね。

それではお楽しみください。


「それでは準備は良いですか?」

 

 凪原の問いかけに林達教師陣、そして児童たちが頷きを返す。

 教師たちは皆真剣な表情をしている反面、児童たちは皆一様に不安そうな顔をしている。

 その様子に凪原は意図的に笑顔を作って笑いかける。

 

「大丈夫、目を閉じて先生の言う通りに動けば何も怖くなんてない。先生たちを信じるんだ、できるね」

 

 そういえば皆不安そうにしながらも今度はしっかりと頷いた。

 それを見た凪原は今度は林達教師陣の方に向き直ると口を開く。

 

「まずは俺が外に出て安全を確認、危険があればそれを排除(元児童のゾンビを始末)します。そしたら合図を送りますので教師の皆さんは生徒達を連れて車に乗り込んでください」

「わ、分かった」

 

 そう答えに満足した凪原は、最後に自身のズボンを掴む手その主のるーちゃんへと視線を移した。

 

「結構大変だと思うけど頑張れるか?先生たちといたいならそれでも大丈夫だぞ、りーさんには俺から説明するぞ?」

「や、ゆーにぃと一緒に行く」

 

 確認するように問いかける凪原に対し、るーちゃんはきっぱりと首を横に振った。ちなみにゆーにぃというのは凪原のあだ名である。無線でりーさんと話した後、一気になついた彼女は凪原をこの様に呼び始めた。

 曰く、「ゆうとお兄ちゃんだからゆーにぃ」とのことである。

 その気丈な様子に微笑んだ凪原はくしゃりと頭を一なですると、脳内のスイッチを切り替え真剣な表情になる。

 

「分かった。―――じゃあ行きます。2、1、今っ」

 

 その声に合わせて林が小さく扉を開けるとその隙間に滑り込むようにして凪原が外に出る。

 

 再び扉が閉じられるのとほぼ時を同じくして、パシュパシュパシュッ―――というくぐもったような破裂音が連続して響く。その音の意味が分からない児童たちは不思議そうな顔をしており、中には教師たちに「何の音?」と尋ねている者もいる。

 問われた教師は無理やり笑顔を作って「出発の準備をしてくれているんだよ」と濁して答えるが、本人たちは分かってしまう。くぐもってこそいるがあれは銃声であると、そしてその銃口が向けられているのは―――

 

 ギリッっと奥歯を噛み締めた林はそこから先を意図的に考えないようにして、凪原からの合図を待つ。

 

「終わりました、すぐに車に乗りこんでください。生徒達は確実に目を閉じさせるようにお願いします」

「分かった」

 

 凪原からの言葉に返事をした林は生徒達や同僚たちを振り返る。

 

「それじゃあ外に出るよ。みんなは目を閉じて手をつないで、先生たちが手を引いてくれるからそれに従うんだ。絶対に目を開けないようにな」

 

 その声を受けて児童たちが準備ができたのを確認すると、教師同士で頷き合うと一気に外へ出る。

 

「1分くらいは時間があります、慌てず急いでください」

 

 凪原の声にも手を上げて返し、とにかく生徒達を安全に車に乗せることに意識を集中する。一定の距離を開けて車を取り囲むように崩れ落ちている小柄な人影などは目に留まっても動きを止めるほどの事ではない。

 

 生徒たちを守るという目的が、ゾンビへの恐怖を教師たちから拭い去っていた。

 時間にして30秒足らず。生徒達は2台のバンに分乗し、残っていた物資も積み込まれた。教師陣も皆が乗り込み、1台目のバンの運転席に座った林は凪原と視線を交わす。

 

「本当にありがとう」

「できることをやっただけです、もう手助けはできません。頑張ってください」

 

 その言葉に頷いた林は、手で後方の車に合図を送るともう凪原の方を見ることはせずアクセルを踏み込んで走り出していった。すぐ後ろに2台目のバンが続き、鞣河小学校の生存者達は母校を去っていった。

 後に残越されたのは、凪原たち2人とお預けを食らったゾンビの群れだけである。

 

「じゃ、俺たちも行くとするか。少し走れる?」

「うん、早くりーねえ達のとこに行こっ」

 

 そう言って凪原が差し出した手を、るーちゃんは笑顔で握る。

 そして2人は走り出し、鞣河小から生きた人間は一人残らずいなくなった。

 

 

 

====================

 

 

 

「るーちゃんっ、るーちゃんっ」

「りーねえっ、りーねえっ」

 

 遊水地と兼用の駐車場にて悠里とるーちゃんの若狭姉妹が抱き合いながら涙を流していた。

 

 鞣河小学校で林達生存者を見送ってからおよそ2時間、凪原とるーちゃんは他の学園生活部の面々と合流を果たしていた。小学生のるーちゃんを連れての移動だったため、凪原1人の時よりも時間が掛かったが時には手をつないで走り、時にはおんぶして進むことでそれほど遅れることはなかった。

 

 そして駐車場に着き姉妹が再会したところで今の状態になったのである。無線で互いの無事は確認できていたがそれでも不安だったのだろう、実際に顔を合わせたことでその不安が解消され押えていた感情が噴き出していた。

 普段は冷静で頼れるお姉さんといった様子の悠里も、今は年相応の少女に見えた。

 由紀や慈もそのそばで再会を祝福している、慈に至っては薄らと涙ぐんでいた。

 

「すっかりヒーローって感じだな」

「からかうなよ、探索に行くのは俺が適任だったってだけだ。それに俺は元々は鞣河小に行くのに反対してたしな」

 

 その様子を少し離れたところから眺めていると、胡桃がニヤニヤしながら声をかけてきた。それに対して凪原はそっけなく返す。初めは小学校に行くことに反対する、結果的に考えればるーちゃんを見捨てるという考えだった身としては素直に称賛を受けるのは複雑なモノがあった。

 そんな凪原の様子に胡桃は首を振って続ける。

 

「それでもだよ、実際にナギは鞣河小に行ってりーさんの妹を連れて帰ってきた。だからお礼を言わせてくれ、私の親友の家族を助けてくれてありがとう」

「……おう」

 

 面と向かってお礼を言われ、少し恥ずかしくなったのかそっぽを向いて答える凪原に胡桃はひとしきり笑うと表情を真面目なものに切り替えた。

 

「それで、この後はどうするんだ?もうしばらくすれば暗くなるぜ?」

 

 問いかけてきたのは今日のこれからの動きであった。当初の計画であれば昼までに銃の回収を済ませて午後は食料などの物資調達をするはずであったが、るーちゃん救出という想定外の事態が起きたためその予定は狂ってしまっていた。救出は決して無駄などではないが予定の組みなおしが必要になったのは確かである。

 凪原は少し考えて口を開いた。

 

「そうだな、もう遅いから物資調達は明日にしよう。今日は明るいうちにどっか夜を越せる家を見つけて間借りさせてもらう(押し入る)ことにするか」

「まるで強盗だな」

「そう言うなって、真っ暗な道端で夜を明かすなんて自殺行為だからな」

「そりゃそうだけど」

 

 軽口をたたき合いながらもそれぞれ違う方向を警戒し、付近にゾンビの姿がないことを確認すると2人は悠里達4人の方へ近づいていった。

 

「おーい、そろそろ移動開始するぞー」

「あれ、もうそんな時間?」

「おう、もうしばらくすれば暗くなり始めるからな」

「確かにそうですね、じゃあ行きましょうか」

 

 反応した由紀と慈に軽く今日のこれからについて説明する。どこかの家にお邪魔(不法侵入)するということに慈は微妙そうな顔をしていたが仕方がないと納得したようだった。そして一方の由紀は―――

 

「なんかRPGの勇者になったみたいだね~盗賊ムーブって言うんだっけ?」

「その言葉がナチュラルに出てくるのはちょっと怖いぞ…。ねぇめぐねえ?」

「そうですね。由紀ちゃん、ちょっと今日の夜はお話し(・・・)しましょうか」

「ぴぃ!?」

 

 生徒会役員にお説教していた時の声色になった慈に、悲鳴を上げた由紀は助けを求める視線を向けてくるが凪原はそれを有意義に無視した。

 巻き添えを食わないうちに若狭姉妹にも説明をしておこうと向き直ると、既に胡桃から話を聞いていたようであった。悠里もるーちゃんも目元がこすったように赤くなっていたが、それを口にしないだけの分別は凪原にもある。

 

「移動するんでしょう?胡桃から聞いたわ。それと、改めて本当にありがとう」

「ありがとうなの、ゆーにい」

「無事に終わったんだから気にすんなって。さて、るー。これから車なんだけどちょっと狭くても大丈夫?」

「うんっ」

 

 元気に返事をするるーちゃんの頭を一なですると、凪原は手を叩いて移動開始を宣言した。それに返事をした皆が車に乗り込んでいく。

 数分後、駐車場には再び無人となり、もはや持ち主が現われることのない車だけが残されていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「ちょっと待って!」

 

 日が傾き空が染まり始めた頃、突然車内に響いた声に慈はブレーキを踏み込み車は軽い音を立てて停車した。

 

「どうした胡桃?いきなり大声出して」

「びっくりしたじゃない」

 

 声の主である胡桃に掛ける凪原と悠里だったが、党の胡桃には2人の声は届いていないようだった。目は見開かれ、片手を窓について食い入るように外を見つめている。それにつられるように他の面々も外を見てみるが、何の変哲もない一軒家があるだけで特に変わった点はない。

 気づいたのは凪原だった。

 

「表札が、恵比須沢。ここ、お前の家か?」

「あ、ああ。…多分」

(多分?)

 

 胡桃の要領を得ない答えに疑問を感じたがそれはひとまず置いておくことにして言葉を続ける。

 

「偶然とはいえせっかく来たんだ寄っていくか?もちろん安全を確認してからだが」

「うん…」

 

 どう見てもいつもの様子ではない胡桃に首をかしげながらも、慈に少し待っているように伝えた凪原は車から降りて一軒家改め恵比寿沢家の安全確認を開始した。巡ヶ丘学院に着く前、夜を明かす家を探す際に繰り返したことであるためその動作に淀みはない。

 確認は数分で済んだ。

 

「大丈夫そうだ。少なくとも家の外に異常はないし、確認できる範囲では中も安全なようだ」

「ありがとう。…じゃああたしがちょっと見てくるよ」

「一人で行くのは危険だ、まだ閉所での戦い方を教えてない」

「ナギが外から見た感じでは平気そうだったんだろっ。大丈夫だから見てくるっ」

「あ、おい!待てって!」

 

 凪原の静止の声を聞かず、胡桃は家の中に駆け込んでいった。

 そして何分待っても胡桃は戻ってこなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「胡桃、入っていいか?」

 

 凪原がノックする扉には木製の札看板が掛かっており、丸っこい字体で「くるみのへや」と書かれている。恐らく小さいころから自分の部屋として使っていたのだろう。

 

「……」

 

 部屋の中では、胡桃が枕を抱きかかえながらベットの上で横になっていた。入口に背を向けるように寝そべっているため凪原からはその表情を伺うことはできない。

 

「…勝手だけど家に入らせてもらったよ、他の皆は今リビングで休んでいる。もうすぐ暗くなるから今日はこの家でで休ませてもらうってことになった」

「……(コクン)」

 

 その言葉に頷きだけで答える胡桃。そこから無言の時間が流れたが、凪原が立ち去る気配がないの今度は胡桃の方から口を開いた。

 

「何も聞かないのか?」

「急かすようなことではないしな。言いたくなってからで構わないし、嫌ならなら言わなくてもいい。俺はただ、」

「ただ?」

「近くに誰かいるってだけでも少しは楽になるものがあるんじゃないか、って思ってな」

「ふーん…」

「ま、俺の経験から出た勝手なおせっかいだから、邪魔だと思うなら出ていくよ」

「いや、大丈夫………ありがとう」

「ん、」

 

 疑問に答える凪原の言葉は普段と変わったところはなく、顔を見ていない胡桃からは凪原がどんな表情で話しているのかをうかがい知ることはできなかった。

 

「…分かってはいたんだ」

 

 しばらくして胡桃の口から出たのは小さく、つぶやくような声だった。

 

「死んだやつらが起きて襲ってくるなんてことが起きて、みんな死んじゃって、テレビや電話だってつながらない。そんな状況で家に帰ったからといって家族に会えたりするわけないって」

「でも今日りーさんが妹と再会して、それはほんとに嬉しくて、それでもしかしたらあたしもって思っちゃってさ」

「そんなことをぐるぐる考えながら車に乗ってたら偶然うちに着いて、そのことを意識したら思わず家に入っちゃったんだけど、結局ダメだった」

 

 そこまで話すと、再び黙り込む胡桃。

 胡桃が言ったように、恵比寿沢家の中で彼女の両親の今について分かるようなことはほとんどなかった。凪原が確認したところ部屋の中は荒れているところが多かった、まるであわただしく荷造りしたかのように服やカバンが散らばりクローゼットは開け放されていた。そしてそれらすべての上に埃がうっすらと積もっており、パンデミックが起きたあの日から誰も立ち入っていないように見えた。

 

「でも俺が見た感じじゃどの部屋にも争ったような跡はなかった」

「………うん」

「それに血の跡とかも見当たらない」

「……うん」

「さらに言えばこの家の近くの道路は事故車両とかあまり無かったし、あいつ等の死骸もほとんど無かった。組織的な避難が間に合ったんだと思う」

 

 「だから、」とまで言いかけ、凪原はその先の言葉を続けることができなかった。避難が間に合ったというのは憶測に過ぎないし、仮に避難できたとしてもその避難先がどうなっているかなど分かるはずもない。

 そんなことを言っても胡桃を慰められるとは思わないし、まして今日の昼に「知らなければ希望を持つことはできる」などと言ってしまっているのだ。「だから、大丈夫」などとという気休めを果たしてどの口で言うことができようか。

 

「……ありがと」

 

 そう考えて黙り込んでしまった凪原の耳に届いたのは感謝の言葉だった。予想外の言葉に思わず苦笑してしまう。

 

「慰めの言葉一つ掛けられないのにそんなこと言われてもな」

「慰められたら、納得してなくても信じたふりしてしないといけない気がするからさ」

「そりゃまた難儀な性格だな。こんな状況なんだ、弱音を吐いても誰も責めないと思うけど」

「そうかもしれないけどさ、あたしがしっかりしてないと皆が不安になるし」

 

 そう答える胡桃の声は、凪原に答えるというよりはどこか自分に言い聞かせるようであった。

 

(なるほどね、皆を守らないといけないから自分はしっかりしないとって感じか。確かに4人の中じゃ胡桃が一番腕が立つし、無意識のうちに皆を守ろうって考えてたのかな)

 

 現在のような普通が普通じゃない(死者が起き上がる)状況で周りにいる人たちの中で自分が一番強いとなればその人にかかるプレッシャーというのは並大抵のものではない。それにつぶされて傍若無人なふるまいをしてしまう者もいるのだろうが、生来の律儀な性格がそれを防ぎ自分で抱え込むという方向になったのであろう。

 

(由紀やりーさんは言わずもがなとして、めぐねえも胡桃にとっては守る対象なんだろうな。それで普段は大丈夫だけど、何かあった時は逆に脆くなっちゃうってとこか)

 

 普段からは想像できないような弱弱しい胡桃の様子に、どう声を掛けたものかと凪原はしばし考え込むことになった。




はい、無事に脱出成功&りーさんとるーちゃんの対面がかないました

鞣河小の皆さんは多分もう出てこないと思います。恐らく、きっと
んで、今回と次回は胡桃回ですね、うまく書けてる自信は全くありませんが筆が止まりませんでしたので前後編に分けることにしました。

1話当たり6000字弱くらいにしようと思いながら書いてるんですが、なんか4000字超えてから文字数の増え方が一気に早くなる気がする今日この頃です。

誤字等指摘していただいた方、ありがとうございます。結構間違えがあると思うので今後も見つけたら教えていただけると嬉しいです。(ついでに感想ももらえるとすごく嬉しい(コソッ))

年内はこれでラストかな~。それでは皆さん良いお年を!



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時節ネタ:年越し

年内はこの前のが最後と言ったな、あれは嘘だ。

季節ネタが書きたくなったので閑話として投稿します。本編とは関連がないので所々矛盾があるかもしれませんがそこらへんは目をつぶってください。

それではどうぞ、


 大晦日、人類の経済活動が止まり人間社会から排出される熱が無くなったことと関係があるのかないのか、この冬は例年よりもだいぶ寒く感じる。

 外では雪がちらつく中、巡ヶ丘学院の学園生活部部室(旧生徒会室)では穏やかな時間が流れていた。

 

「うー、外見てるだけで寒くなりそう。やっぱ冬はこたつだな~」

 

 窓の外を眺めながらつぶやく凪原は背中を丸めるようにして炬燵で暖を取っていた。その目の前には半分くらいまで空いたウォッカの瓶と封の空いたジャーキー、氷の浮かぶグラスが置かれている。見るからに一杯やっているようだが、凪原の表情にいつもと変わったところは見られない。世に言うざる、うわばみである。

 

「はーい、年越しそばが茹で上がりましたよ~」

「畑の野菜で作ったかき揚げもできたわよ」

 

 隣の部屋で料理していた慈と悠里が部屋の中に入ってきた。2人の手には大きな盆が握られており、慈のものには山盛りのそばが、悠里のものには揚げたてのかき揚げがそれぞれ盛られていた。

 

「ありがとりーさん、めぐねえ。おーい、そばできたからゲーム切り上げて食べるぞー」

「「はーい♪」」

 

 それにお礼を言いながら、凪原が由紀とるーちゃんの方に声をかけると2人は元気よく返事をして遊んでいたゲームを中断して炬燵の方にやってきた。

 テレビゲームは普段悠里から制限されているのだが、「今日(大晦日)くらいは自由でいいわよ、最近は晴れの日が多かったから電気も余裕があるし」とお許しが出たので夕方頃から2人は仲良くプレイしていた。

 

「そういや何のゲームやってたんだ?結構熱中してたみたいだけど」

「プクミン2だよ~」

「いろんな色の小人さんと冒険するの」

「あーあれか、俺もやったなぁ」

 

 それなりの知名度を誇る探索型ゲーム、色とりどりの小人を引っこ抜いて連れ歩き、それぞれの特徴を生かしてお宝を集めるゲーム。凪原も以前ハマってた時期があった。

 

「お宝見つかった?」

「うん!るーちゃんがどんどん進むからたくさん取れたよ」

「たくさん集めたの」

 

 問いかけに笑顔で答える2人。このゲームでお宝を集めるのは結構大変なはずだったので凪原は素直に感心した。

 

「おー、るーすごいじゃん。なんかコツとかってあるのか?」

「るーちゃんすごいんだよ!強い敵が出てきたらすぐに白い小人さんを敵の口に投げ込んで、痺れさせたら赤い小人さんでやっつけちゃうんだ」

「大を生かすために小を切り捨てるのも時には必要なの~」

「お、おう…」

「でも、その切り捨てた小の事を忘れずにいることも大事なの、献身があってこそ先に進めたことを覚えておくの」

 

 この幼女、帝王学を学ばせると化けるかもしれない。

 

 そんなことを考えながらも、背筋に寒いものを感じた凪原は思わず目を泳がす。そして動かした視線の先にいたのは―――

 

「……??」

 

なにやら疑問を覚えているような顔でこたつに入っている胡桃であった。 

 

「ん?どうした胡桃、難しい顔して」

「いや、なんか違和感があってさ。…つい最近まで夏前だったような気がするんだけど…」

「何言ってんだ、お前?」

 

 しきりに首をかしげながらそんなことを言う胡桃に、怪訝そうな顔で返す凪原。

 

「うーん、あたしの気のせいかなぁ」

「こたつで居眠りでもして寝ぼけたんじゃないのか?」

「まさかなぎ君、くるみさんにお酒飲ませちゃったりしてないでしょうね?」

「おいおい冤罪だよめぐねぇ。ちゃんと見て管理してるって」

 

 ジト目であらぬ嫌疑をかけてくる慈に肩をすくめて弁解する凪原。いまだに納得する様子のない胡桃に次に声をかけたのは由紀だった、こたつに肩まで入って至福の表情を表情を浮かべながらてきとうに話す。

 

「あれじゃない?胡桃ちゃん昨日今日って特訓してなかったから調子でないんじゃないの~」

「まさか胡桃が特訓依存症になっていたとは…」

「いや、無いから!人をそんな風に言うな」

 

 由紀とその言葉に悪ノリする凪原の2人にウガーっとなる胡桃。

 

「まあ胡桃が特訓ゴリラなのは今は置いておきましょ」

「待った、りーさん。誰がゴリラだって?」

「ほら、あなたの分のそばとつゆよ。こぼさないようにね」

「聞けよっ」

 

 そのままやいのやいのしだす2人を尻目に慈が他の皆にもとりわけた分を配っていく。なおかき揚げは冷めないように大皿にまとめておくようで、取り皿だけが配られている。

 

「るーは夕ご飯結構食べてたけどまだ食べれるか?コレ(年越しそば)は慣例みたいなもんだから一口とかでも大丈夫だぞ」

「ううん、平気なの」

「そっか、まあ無理はしないようにな」

 

 るーちゃんのお腹を心配して一応声をかけるが特に問題はないようだ。というか既にお箸を構えて食べる気満々である。

 「それじゃ」、と一つ手を叩いて慈が口を開いた。

 

「冷めないうちに食べ始めちゃいましょうか」

「いっただきまーすっ」

「あっ、こら由紀。お行儀悪いわよ」

「お~おいしいよりーさん」

「もう、聞いてないわねこの子は」

 

 少しフライング気味で由紀が食べ始めたのを見て、皆も箸を取って食べ始める。ある者はそばをズルズルとすすり、またある者は今で湯気を上げているかき揚げにかぶりつきサクサクと音を立てる。

 しばらくは無言の時間が続いたが、やがて胡桃が口火を切った。

 

「いやー、にしてもこんな風にのんびり年を越せるとは思わなかったな」

「お、なんだ。もう寝ぼけてないのか」

「もうそれは良いってナギ」

 

 茶化すように言う凪原にそばをすすりながら頬を膨らませるという器用な技をやってのける胡桃。凪原の方も冗談冗談と軽く流している。すると今度は悠里が感慨深げに口を開く。

 

「でもほんとにそうよねぇ、今年の年越しがこんな穏やかになるなんて…。半年前は思ってもみなかったわよ」

「まぁまず無事に年を越せるかってとこから怪しかったからねぇ」

「すごく怖かったの」

「その日一日を生き残るのに必死でしたからねぇ」

 

 悠里の言葉に頷きながら続ける面々。それぞれがパンデミック当初のことを思い返しているのかその顔は沈んでいる。微妙にしんみりした空気になったが次の凪原の言葉でその空気も霧散した。

 

「俺はとりあえず何とかなるって思ってたけどなぁ」

「はいはい空気読めナギ。今はしんみりする場面だろうが」

「そうですよ、第一なぎ君だって田宮さんの一件で気負いがあったじゃないですか」

「あー…、まぁ確かにそれを言われちゃうと何も言えないわ」

 

 とぼけた発言をしたことを嗜める胡桃と慈の言葉に頭を掻きながら答える凪原。しかしそのおかげで場の空気は柔らかくなった。そしてそのまま話題はパンデミック当時、凪原が合流した頃へと移っていった。

 

「今だから言うのだけど、凪原さんの第一印象って不審者なのよね」

「私は、なんか近寄っちゃいけない人って感じたなぁ」

「おっとぉ、半年近く経って明かされる衝撃の事実に動揺を隠しきれないんだが」

「そりゃしょうがないだろ、あたしだって皆を守るって気持ちが無かったら避けたかったし」

「マジかぁ」

 

 突然の酷評にこたつに突っ伏して大げさに沈んで見せる凪原。そこに慈からの声が掛かったので首から上だけを持ち上げて顔を向ける。

 

「うーん、私はなぎ君のことを前から知ってたのでそんなことはなかったですねぇ」

「めぐねえ…」

「――でも初対面だったらちょっと顔を背けちゃったかもしれないです」

「めぐねえ⁉」

 

 まさかの追い打ちだった。

 元の位置に戻しかけた頭を再び勢いよく伏せる。ゴンッと鈍い音が天板から響き、そこそこ大きい音がしたのでるーちゃんが心配そうに頭をなでてくれた。

 

「大丈夫?ゆーにい」

「ああ大丈夫だ。俺を心配してくれるのはるーだけだよ」

 

 起き上がって笑顔を向けるとるーちゃんはニパッとほほ笑むとまたおそばに戻っていった。

 

「それに比べて高校組の容赦のなさときたら…」

 

 半目で由紀たちの方を見やれば、それぞれから反応が返ってきた。

 

「あはは、ごみんごみん」

「もちろん今はそんなことないわよ?頼りになるし、性格もすごくいいと思っているわ」

「なんだよ、思ったこと言っただけだろ~」

「フォローありがとう由紀にりーさん。……胡桃は年明けの訓練2倍な、あとめぐねえはしばらくビール取ってこないから」

「げっ」

「そんなぁっ⁉」

 

 凪原の宣言に悲鳴を上げる胡桃と慈の2人。

 

 慈は見た目に似合わず結構な酒豪であり、今日も涼しい顔をしてビールの500㎜缶を数本空けていた。学校では生徒に隠していたようだったが今となっては隠す意味もないので皆知っている。探索の後持ってきたビールをこっそり渡しているところを見つかった、ともいう。

 なお、なぜ凪原は慈の酒好きを知っていたのかというと、生徒会メンバーで文化祭後の打ち上げに行ったときに慈自身がノリノリで「ビールお願いします、ジョッキでっ」と言い放ったことが原因だったりする。

 

 そんな酒好きな慈に対して凪原が宣言したビール禁止令は青天の霹靂だったのだろう。体を乗り出すようにして凪原に抗議していた。

 

「なんでですかっ、私がビール好きなのはなぎ君も知ってるでしょう⁉」

「教え子のフォローをせず、あまつさえ追い打ちをかけてくるような恩師に持ってくるビールはありません。ウォッカなら俺の備蓄分があるよ」

「あんなアルコールの香りが前面に出てるもの呑めませんよっ」

「おおん?ウォッカをバカにするならたとえめぐねえでも容赦せんぞ」

「望むところですっ。今日こそなぎ君にビールの素晴らしさを教育してあげます」

 

 そのまま酒トークに突入する成人組の2人に冷ややかな目を浴びせるその他の一同。

 

「ねぇりーねえ、ゆーにいとめぐねえは何の話をしてるの?」

「あんまり見ちゃいけません。まったくこの2人は…」

「まーた始まったよ、これで何回目だっけ?」

「もう覚えてないなぁ。いっつもあれで喧嘩になるんだもん」

「だよなぁ、酒ってそんなにうまいもんなのか?」

「私に聞かないでよ、飲んだことないんだから。というか今回だって結果は見えてるわ、ほら」

 

 そういう悠里につられて2人の方を見れば――

 

「とりあえず日本酒はうまいということで」

「そうですね、そこで手打ちにしましょう」

 

そう言いながらがっしりと握手する凪原と慈の姿があった。

 

「ね?」

「やっぱこうなるか」

「もはやお約束だよね~」

「2人ともほんとにお酒好きなの」

 

 そう言って笑い合う4人に?マークを浮かべる凪原たち2人であった。

 

 

 

====================

 

 

 

「あと10分くらいで年明けだぞ」

「お、もうそんな時間か。っていうかこの電波時計、いまだにちょくちょく自分で調整してるけどどっから電波拾ってんだ?」

「案外どっかの生存者が装置を動かしてるんじゃないの~」

 

 そばを食べ終わった面々はそろってこたつに当たりながらみかんを食べていた。皆がこたつの魔力にやられてポヘーっとした顔になっている。

 

「それにしてもこのミカン甘くておいしいわねどこから持ってきたの?」

「あーそれか。なんかいい感じに水道が壊れて水撒きがされてるビニールハウスがあってさ、そっから持ってきた」

「何とも都合のいい話ね」

「あれ見つけた時はびっくりしたな~」

 

 あっちこっちに話題が飛びながら話しているうちに、いよいよその瞬間が近づいてきた。

 

「いよいよだよっ、みんなカウントダウンの準備はいい?」

 

 由紀の声に皆が了承の返事を返す。

 

「それじゃいくよ~、5っ」

 

「「「4」」」

 

「「「3」」」

 

「「「2」」」

 

「「「1」」」

 

「0っハッピーニューイヤー!((あけましておめでとうございます))((あけおめ~))(おめでとうなの~)―――ってみんなバラバラすぎるよっ」

 

 カウントダウンでの息の合い方が嘘のようにてんでバラバラな新年のあいさつに由紀が思わず突っ込みを入れる。

 

「しょうがないでしょ、事前に話してたわけでもないんだし」

「アハハッ、まぁあたしららしくていいんじゃないか」

「だなぁ。まっ、次回の課題ということで―――うん?なんだコレ?」

 

 笑いながらそう言った凪原の頭にどこからともなく一枚の紙が降ってきた。

 疑問の声を上げながら確認する凪原に皆がこたつの上に広げられた紙をのぞき込む。

 

「どういうことでしょう?」

「マジで意味が分からないんだけど」

「由紀のいたずらとかじゃないのよね?」

「違うよっ」

「神様からのお告げなの?」

「神様がいるなら今の状況を何とかしてほしいもんだけど、この内容を言えってだけなら別に損もないしいいんじゃないか?」

 

 凪原の言葉に皆が頷く。

 

「んじゃいくぞ~3、2、1」

 

 

 

「「「皆さま、新年あけましておめでとうございます!今年もどうか本作をよろしくお願いします!」」」

 

 

 

「………さて、なんか分からないのを挟んだけど、無事年が明けたところで」

「そうそう明けたところで」

「明けたわね」

「明けたの~」

 

 ニヤニヤと笑いながら口を開いた胡桃に続いて、由紀、悠里、るーちゃんも意味ありげな笑みを浮かべながら凪原と慈の方を見やる。

 

「な、なんだみんなして?」

「み、皆さんどうしたんですか?」

 

 状況が読めない凪原と慈の2人がうろたえていると、満面の笑みになった皆は「せーのっ」と息を合わせると―――

 

「「「お年玉ちょーだいっ」」」

「「ファッ⁉」」

 

 その後の学園生活部の部室には未成年組にグイグイ詰め寄られる成人組の姿があったがそれはまた別の話。

 




皆さまあけましておめでとうございます!

投稿時間的に読んでる間に年が明けるように設定してみました


内容に関して、
やっぱり年末と正月はこたつにみかんだと筆者は思うんですよ。まぁそんなのんびりした正月なんてあんまり無いんですが。

あと、凪原と慈の成人組は2人ともお酒好きにしました。凪原はウォッカ好き、めぐねぇはビール好きです。この設定は本編とか他の閑話でも機会があれば使っていきたいと思ってます(へべれけめぐねぇとか見たい、……見たくない?)。

るーちゃん
会話にしっかり参加するのは閑話が初めてになってしまった…。原作ではほとんど話してなかったので勝手ながら想像してこんな口調にしました(筆者の趣味とも言う)。

次回更新は本編の続きの予定です。多分日曜かなぁ…


それでは皆様
2020年も本作、「学園生活部にOBが参加しました!」をどうぞよろしくお願いいたします!


高評価、感想等をお年玉感覚でいただけますと筆者は大変喜びます。特に感想は非ログイン時でもできるのでぜひに


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2-6:独白 下

改めて、あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。

今回は本編の続きです。
かなりの難産だったのになんか違う感…


「もっと気を抜いてもいいんじゃないか」

 

 悩んだ末に出てきたのはそんな言葉だった。それだけでは伝わらないと思い、返事を待つことなく続ける。

 

「なんて言えばいいか分からないけど、胡桃は気を張りすぎてるように見える。そりゃこんな状況だからそれが悪いとは言えないけど、その負担を抱え込むばかりじゃそれは体の中で毒になる。こんな状況だからこそ、とも言えるか」

「最初に会った時にも思ったんだが、皆を守らないとって思いが強い。だから自分が弱ってるのを見せたら皆を不安にさせてしまうかもって考えるから周りに弱音も吐けない。我慢すればいいと思うから気づかないうちに自分の中に溜まっていく」

「まだ大丈夫だと思うけど、限界は必ずくる。んで、そうなってからじゃもう遅い」

 

 話を続けるうちに胡桃の方の震え始め、だんだんとその震えが大きくなっていった。かなり無遠慮な言葉にこらえていた感情が爆発しそうになっているのだろう。

 なので、凪原はその機先を制するように動く。

 

「だから、さ」

 

 手を伸ばして胡桃の頭、その側面に手を置く。

 

「めぐねえ達に弱音を吐けないってなら、俺を頼ってくれよ。幸い胡桃より俺の方が強いからな、弱音でも不安でもどんとこいだ。会って1ヶ月も経っていない俺に言われても信用できないかもしれないけど、守りたいって思ってるし、守るって約束だからな」

 

 言いながら胡桃の頭をゆっくりとなで続けていると徐々に体の震えが収まってきた。

 やがてなでる手が止まり、ゆっくりと離したところで胡桃が口を開いた。

 

「あたしさ、好きな人がいたんだ」

(いた?)「ああ」

「その人は1個年上で陸上部の先輩だったんだ。かっこよくて、優しくて、話もうまくて一緒にいて楽しかった」

「なるほど、俺らの一個下の代にそんな奴がいたのか……爆ぜろ」

「クスッ)男の僻みはかっこ悪いぜ?」

「言うな、何やっても一歩引かれて見られる気持ちは結構クるんだぞ。俺が何したってんだ」

「いやそれは自業自得だろ」

 

 軽口を叩き合ってみてもその先が続かない。しばらくの沈黙ののちに再び胡桃が話し始めた。

 

「そんで先輩は卒業した後もちょくちょく部活に顔を出しに来てくれてたんだ。……あの日も」

「あいつらが校内になだれ込んできたとき、あたしと先輩は一緒にりーさん達がいた屋上に避難したんだ。でもその途中で先輩は噛まれちゃってさ、屋上に着いてからあいつ等になって、あたしがとどめを刺した」

 

 「その時の感触がまだはっきり残っているんだ」と続ける。その声には悲しみがにじみ出ているようで、少し涙ぐんでいることが分かった。

 

(パンデミック初日の話に引っかかるところがあったけどそういうことだったのか。好きだった人を自分の手で、ね。そりゃきついよな、女子高生にさせていい経験じゃないよ)

 思わず取り立てて信じているわけでもない神に文句の一つでも言いたくなる。凪原にはどうしていいのか分からなかった。弱音でもなんでもどんと来いとは言ったが、こういった異性関係に関することは不慣れであった。

 

「どんと来いとは言ったけど、慰めるのはあんまり得意じゃなかったのを忘れてた」

「なんだよそれ」

「すまん……でも、そう泣かないでくれ。なんというか……胡桃に泣かれると、困る」

 

 正直に白状すると胡桃は呆れたような声を出した。

 それに謝りつつ何とか気持ちを伝える凪原に胡桃はため息をつき、背を向けていた状態から仰向けに姿勢を変えると凪原の方に右手を差し出してきた。

 

「ナギに話術を期待するのは無理だって分かった。だから手、握ってて」

「……それぐらいなら喜んで」

 

 顔だけはかたくなに凪原からそむけたままそう言う胡桃に、凪原は小さく笑って答える。

 差し出された手を包み込むようにやさしく握る。凪原のそれと比べて一回り以上小さい胡桃の手は一瞬こわばった後、その感触を確かめるようにゆっくりと握りしめてきた。

 

「………ありがとう」

 

 言葉がギリギリ聞こえるかどうかという声量でこぼれたのを最後に会話は完全になくなり、やがて寝息が聞こえ始めた。その後もしばらくは起きていた凪原だったが―――

 

「ホントよく頑張ってると思うよ、まだ成人もしてない年齢なのにさ」

 

そう呟くと、自身も眠気に身を任せて意識を手放した。

 

 

 

====================

 

 

 

「んぅ……」

 

 意識がゆっくりと浮上していくのを感じながら胡桃は目を覚ました。まだ半分寝ているような状態なので目も閉じたままだし頭もぼーっとしている。

 なぜかいつもより寝心地がいい気がするし、右手に何かを掴んでいるような感触がある。うまく働かない頭でそれが何なのか確かめようと握ったり緩めたりしてみるが少しごつごつしているが適度に柔らかいということしか分からない。

 確かめようとうっすらと目を開けてみると、凪原の寝顔が至近距離にあり、胡桃の右手は彼の右手に握られていた。

 

「~っ!」

 

 あまりにも予想外な光景に叫びかける胡桃だったが昨夜のことを思い出し、すんでのところで踏みとどまる。

 見回してみれば自分の家の自分の部屋、自分のベットの上で横になっている。カーテンを閉めてなかったので電気がついてないにもかかわらず部屋の中はそれなりに明るい。

 そして目の前にいるのは枕元近くの床に座り込み、ベットの上に乗せた自身の左腕を枕として寝息を立てている凪原。

 どうやら寝ている間に寝返りを打ち、体ごと凪原の方を向いてしまっていたようだ。

 

(確かに手握っててとは言ったけど、ほんとにずっと握ってるとか予想外すぎだろ)

 

 握られたままの手を振りほどこうと軽く振ってみるが、思いのほかしっかりと握られているためなかなかほどけない。これがもしトイレに行きたいとかであったなら拳でたたき起こすのだが、特にそんなことはないので軽くため息をついて振りほどくのを諦める。

 

(昨夜のこともあるし、たたき起こすのは勘弁してやるか。というか結構恥ずかしいところ見せちゃったなぁ)

 

 ゆうべのことを思い出して苦笑する胡桃。

 昨日、凪原が悠里の妹を無事に連れ帰ってきたとき、もしかしたら自分の家族もどこかに無事でいるんじゃないかという思いが生まれた。それまでは心のどこかで諦めていたおかげで顔を出さなかった家族への思いが頭の大部分を占めてしまった。実際、車での移動中はほとんど上の空だったと思う。

 

 そしてふと我に返った時に外を見たら自分の家があって思わず声を上げてしまい、その後凪原の静止の声も聞かずに家に飛び込んでしまった。今思い返せば危険にもほどがあったと思う、けどあの時はそんなこと考えられなかった。

 そうまでして飛び込んで家族の安否について分かったことは何もなし。部屋の中は荒れていたれけど押し入られた形跡はなかったから恐らく母親が避難する際にやったのだろう。パンデミック発生から2週間以上たつのに戻ってきた様子もなければ書置きの一つも無かった。

 

 冷静に考えてみれば避難当時は慌てていただろうし、事態が収束したわけでもないのだから両親が家に戻って来てるはずもない。

 だけどその時はそんな簡単なことも受け入れることができず、唯一散らかっていなかった自室で、目の前の現実から逃げるように横になることしかできなかった。

 

 凪原が声をかけてきたとき、冷静でいつもと変わらない様子の彼に少しだけ弱音を吐いてしまった。その中で自分がしっかりしないと、というような普段なら絶対に他人に言わないようなことまでも言ってしまった。

 それを聞いた凪原が言った言葉、「もっと気を抜いていいんじゃないか」。

 

 言われた瞬間は内容が頭に入ってこなかった。しかし続きを聞くうちにだんだんと怒りが込み上げてきた。

 

 気を張りすぎ?負担を抱え込んでる?そんなことは自分が一番分かっている。このままじゃいつか破綻することなんて百も承知だ。

 でも他にどうすればいい?今は何とかなっているが何がきっかけで破綻するか分かったもんじゃない。それでも何とかやっていくためには負担が掛かろうと気にしてはいられない。

 凪原はいざとなれば1人でも生きていけるだろうからそんなことが言えるんだろう。

 

 

 思わずそう叫びだしそうになった時、頭に手が置かれた。

 いつもは胡桃をからかうときなどに凪原が良くする動作であったが、その時は違った。労わるような、気遣うような、自身のものよりずっと大きいその手からは凪原が本当に自分のことを大事に思っているのが伝わってきて、胡桃の心の中で凝り固まっていたものがほぐれていくように感じられた。

 

 しばらく頭をなでてもらっているうちに沸騰しかけていた頭は落ち着きを取り戻し、今まで凪原に対して内心で自分との間に引いていた線も取り払った。

 

 そして、胡桃は初めて先輩を殺した時のことを他人に話した。

 (見てはいないけれどきっと)情けなさそうな顔をして正直に慰め方が分からないと言われたときは呆れてしまったけれど、それでも真剣に聞いて考えてくれていることは伝わってきて、それを聞いて胡桃は心の中で区切りをつけることができた。

 

 手を握っててくれと言ったのはこれからへの景気づけだ。突き出した自身の右手を掴んだ手はやっぱり大きく、それが自分を守ってくれているようにも感じられ、胡桃は久しぶりに心から安心して眠ることができたのだった。

 

(というか今冷静になって思い返してみるとあたしかなり恥ずかしいことしてない⁉)

 

 よく眠れたせいか、いつもよりも冴えた頭で昨夜のことを思い出して一人身もだえる胡桃。心身ともに疲れていたこともあり色々ぶっちゃけすぎてしまった気がする。

 

(気が動転してのもあってあたし昨日泣いてたよね。え、じゃあもしかしてナギに泣き顔見られた?先輩にも見せたことないのに?いやいや顔は背けてたから見られてないはず、だから大丈夫。うん、きっと多分まだセーフだからっ)

 

 右手は塞がっているため、空いている左手で顔を覆いながら軽く身もだえる。何に関してセーフと考えているのか自分でもよく分かっていないあたり相当混乱しているようだ。

 しばらくのち、何とか落ち着きを取り戻すと、胡桃は目線をいまだ起きる気配の無い凪原へと向ける。

 

(ナギって寝てるときこんな顔してるんだ。ってか男子が寝てるとこをしっかり見るのって何気に初めてだよな、先輩の寝顔とかも見たことなかったし)

 

 そんなことを考えながら凪原の寝顔を観察する。普段の飄々とした態度や時折見せる真剣な表情から、起きているときの凪原は自分よりもかなり年上に感じられる。しかし今寝顔を見ていると全然そんな風には感じられなくて、どこかあどけなさの残る顔立ちは年相応なものに見える。

 

(こうして見るとあんまり歳が変わんないって実感するよな。それに昨日感じたほどナギの手大きくない、お父さんの手はもっと硬くてごつごつしてたのに)

 

 胡桃の記憶にある男性の手の感触と言えば父親のものである。毎日のように力仕事をしていた父の手は皮膚が硬くなり、全体的に分厚かった。幼いころに手をつないだ時などはその武骨さに頼もしさを感じたものである。しかし、今握っている凪原の手は多少はがっしりはいるものの、父のそれと比べるとあまりに華奢だった。

 

(でもそりゃそうか、ナギだって1ヶ月前は普通の学生だったんだもんな…)

 

 当たり前のことに今更ながら思い至る胡桃。胡桃たちが1月前は普通の高校生だったように、凪原も1月前は普通の大学生だったのである。そんな凪原は今では胡桃たちを守ろうと矢面に立っている。胡桃も皆を守ろうとはしているがその負担は凪原の比ではないだろう。

 

「あたし達が重荷になってないかな…」

 

 目の前にある凪原の頬を突きながら無意識のうちにこぼれたその言葉は、誰の耳にも入ることなく空気に消えていくはずだった。

 

「そんなことないぞ」

「うひゃぁっ⁉」

 

 凪原が否定の言葉を発さなければ。

 思わず声を上げながら見れば、うっすらと右目を開けながらこちらを見る凪原と目が合った。

 

「おはよう胡桃、元気になったようで何よりだ」

「あ、ああおはよう、―――って違うっ。ナギ、お前起きてたのかっ」

「そりゃお前、手を握られたり離されたり頬を突かれたりすれば起きるだろ?」

「それはっ―――…そうだけど」

 

 ほぼ無意識でやっていたことを指摘され一気に勢いをなくす胡桃。その様子をみた凪原は笑いながら胡桃に問いかける。

 

「さて、一晩寝た後の調子はどう?」

「うーん…、何となくだけどもう大丈夫だと思う」

「そうか」

「うん。…それよりナギは、平気なのか?」

「ああ、さっきの重荷がどうこうって話か?胡桃たちが重荷になってるってことはないない、全然無い」

「えっと、それは良かったんだけどそうじゃなくて、ナギ自身(・・・・)は辛くなったり弱音を吐きたくなったりしないのか?」

「へ?んー…。そりゃ辛くないってことはないけど、まぁ大丈夫だと思うぞ」

 

 1回目と2回目の答えで凪原の様子に特に変わったところは見られなかった。しかし、―――

 

「本当に?」

 

胡桃にはどこか無理をしているように見えた。なので顔を近づけてもう一度問いかける。

 

「く、胡桃?」

「いや、なんか大丈夫って言った時少しだけナギの顔がゆがんだように見えたから」

 

 その言葉に驚いたように目を見開いた凪原は、やがて苦笑を浮かべると口を開いた。

 

「めぐねぇから聞いたのか?」

「何のこと?」

 

 キョトンとした表情の胡桃から、自身のことについて慈から聞いていたわけではないことをが分かり何でもないと首を振る。

 

(めぐねぇといい、胡桃といい、俺の周りには察しがいい女性が多いな。というか俺が自分のことに鈍いのか?)

 

「どうした?急に黙り込んで」

「いんや、ちょっと考えごとしてた。どうやら自分じゃ気づかなかったけど少しばかり無理してたみたいだな、気づけたからもう平気だと思う」

 

 胡桃の察しの良さに舌を巻きつつそう言えば、不安そうにしながらも納得したようだった。

 

「それならいいけど、ホントになんかあったら言ってくれよ?あたしもナギのこと守りたいって思ってるからさ…」

「ん、了解。……ありがとう。頼りにさせてもらうよ」

 

 そう答えると、胡桃は柔らかい笑みを浮かべた

 

 

 

 

「さて、頼れる胡桃さんにさっそくお願いがあるんだが」

「なんだ?」

「そろそろ手、放してくれ」

「………フンッ」(ドスッ)

「痛てっ」

 




もうちょっとこう、あるだろって自分に言いたい今日この頃もっと腕上げないとなぁ…

さて、これからはまたテンポよく進めていきたいと考えています。
今回だけ雰囲気が違いますが次回からは元に戻るので今後もお付き合いいただければ幸いです。

あと、今週は平日投稿できるか分かりません。詳しくは活動報告をご覧ください。

それではまた次回!


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2-7:救援要請と生存者

UA10000越え&お気に入り登録者数200人突破!

皆さま本当にありがとうございます!
何となくこうだったらいいなという妄想から始まった本作がこれほど多くの方に読んでもらえるとは正直思っていませんでした。この作品を読んで少しでも面白いと思ってもらえればこれに勝る喜びはありません、どうか今後ともよろしくお願いします。


そんなことを考えながら書いてたら切りどころが悪くなり過去最長になってしまいました(それで危うく週1投稿に間に合わないところだったとは言えない)。


「ゆうべはお楽しみでしたね?」

「お楽しみだったの?」

「ふ~た~り~と~も~?」

「「きゃ~~」」

 

 リビングに入るや否や、由紀とるーちゃんから投げかけられた言葉に一瞬で顔を赤くした胡桃は2人を追いかけ始め、それに笑顔で悲鳴を上げながら逃げる2人。ソファーの周りをぐるぐると回る3人のせいで恵比寿沢家の中は一気に騒がしくなった。

 そして、それを笑いながら眺める凪原の肩に置かれる2つの手。

 

「「なぎ君(凪原さん)」」

そこ()に」

「正座」

「俺は無実だっ」

 

 叫びもむなしく、形の崩れない笑顔の慈と悠里に押し切られる形で凪原はフローリングの上に正座させられることとなった。

 

 

 

====================

 

 

 

「朝からひどい目に合った…」

「自業自得です。事情は分かったのでこれ以上は言いませんが、それでも男女が同じ部屋で一晩一緒に過ごすのは看過できません」

「へーい」

 

 数分後、正座から解放された凪原は他の面々と一緒に朝食をとっていた。ちなみにメニューはキッチンで見つけたというレトルトのご飯に味噌汁、サンマの蒲焼缶詰である。湯気の出ている食事というものはそれだけでありがたい。

 そんなことを考えながら豆腐とわかめのみそ汁をすすっていると一足先に食べ終えた由紀が部屋の中を物色し始めた。高校生ともなると、友人の家にお邪魔するなどほとんどなくなるので他人の家は物珍しいのだろう。

 

「ねぇ胡桃ちゃん、これなーに?」

 

 その結果由紀が目を付けたのは背の低いチェストの上に置かれた大型のラジカセであった。

 

「うん?ああそれは一昔前のラジカセ、父さんが気に入って買って来たんだ」

「へー、これって今使えるの?」

「使えるわけないでしょ、電気が来てないのよ」

「いんや、使えるよ。それ単1電池で動いてるから」

「単1って…」

 

 最近ではあまり聞かなくなった単語に凪原が呆れている間に、その話を聞き流していた由紀はラジカセをいじ繰り回していた。

 

「えーと、ここが電源で~、ラジオのスイッチはこっちかな。……うーん、どこも放送してないや」

「そりゃそうだろ、公共放送の類はパンデミックから3日位で止まったんだから」

「なるほど!つまりFM放送を調べればいいんだねっ」

「いや、そういうことじゃなくて――『助けて…』――っ!」

 

 突如ラジカセから聞こえてきた助けを求める声に、一瞬でリビングが静まり返る。

 

「おい、マジか」

「生存者の方がいたんですねっ」

「皆静かにっ」

 

 気色立つ一同を抑えるように声を上げ、すぐさまラジカセの前へと移動する凪原。その手に握られているのはスマホである。ネットはおろか電話すら通じなくなった現在でも惰性で持ち歩いていたそれのディスプレイに映っているのはボイスレコーダーの画面であった。

 人差し指を口に当てそのまま静かにするように伝えつつ、スマホをスピーカー部の近くに置くとラジカセの音量を屋外に音が漏れないギリギリまで上げる。

 

 スピーカーからはしばらくの間息遣いが聞こえるだけであったが、やがてか細い声が聞こえてきた。

 

 

『私はKといいます。今私は巡ヶ丘駅の駅長室に居て、そこの災害放送用の無線機を使ってこの放送をしています。

噛まれてはいませんが、避難する途中で足をくじいてしまったので早く動けないし部屋の外には彼等がたくさんいます。

できれば助けに来てほしいですけど、あたしよりも先にショッピングモールにいる私の友達を助けに行ってあげてください。リバーシティ・トロンの最上階の事務室に今も1人で過ごしているはずです。

ここよりも彼らの数が少ないから救出は難しくないと思います。

彼女だけでも助けてくれるよう、どうかお願いします。』

 

 

 所々で言葉に詰まりながらもそこまで言い、最後にもう一度「お願いします」と言ったところで放送は途切れた。再びつながる気配がないことを確認して録音停止ボタンを押す凪原。放送の内容について意見を聞こうと振り返ったところで動きを止める。

 

「けがをした状態で彼等に囲まれているならあまり余裕はありませんっ。私は車から持ってきていた荷物をまとめますから皆さんも準備をしてください」

「了解めぐねえ。りーさんそこのクローゼットの中にバックがあるからキッチンにある役立ちそうな物全部入れちゃって。あたしは2階のものを持ってくる」

「分かったわ。由紀とるーちゃんは朝ごはんの片づけと窓から外の見張りをお願いできる?」

「「了解っ(分かったの)」」

 

 全員がすぐに出発できるように動き始めていた。

 

「おいナギ、ボケっとしてないでこっち来て手伝ってくれ」

「あ、ああ。えーっと…助けに行くってことでいいのか?」

「「「当たり前でしょう(だろ)、何言ってるんですか(んだ)(の)?」」」

「おおぅ…」

 

 本当は、危険性だとか最悪は罠の可能性があるとか言おうと思っていたのだが、皆の表情を見るとそんなことを言うのは野暮な気がして、凪原は言いかけた言葉を飲み込みーーー

 

「よし分かった、じゃあなるべく荷物はコンパクトになるように詰めてくれ。さっきの人をスムーズに乗せて離脱できるように車内のスペースを確保しておきたい」

「分かりました」

「ええ、分かったわ」

 

ーーー救出のために意識を切り替え、荷造り中の2人に指示を出すと胡桃を手伝うべく足を階段へ向けた。

 

 

 

====================

 

 

 

「着くまでにあまりあいつ等を見かけなかったから案外楽勝かなと思ってたんだが…」

「私もそう思ってたんですけどねぇ…」

 

 そうぼやくように呟く凪原に同意の言葉を返す慈。言葉には出さないものの他のメンバーも同じ感想を抱いたようで難しそうな表情を浮かべている。

 下手に刺激しないよう駅から少し離れたところに停車した慈のミニクーパー、その車内から学園生活部の一行が見つめる巡ヶ丘駅はゾンビ達であふれかえっていた。

 

「何体いるんだ、あれ?」

「朝の混雑してる時間よりも多そうね」

「都会の駅みたいだね」

「まあ通勤通学の時間ではあるからな、電車が来ないから溜まる一方ってとこか」

「「「あ~~」」」

 

 凪原の分析に納得の表情を浮かべる。

 

「ホント日本人ってまじめだよね、あんなふうになっても登校しようとするなんて。私だったらずっと寝てると思うよ」

「それは同意、朝早くからの授業なんて無くなればいい」

「由紀ちゃんになぎ君…、それは先生としてちょっと聞き逃せません。どんな授業も大切なんですよ?」

「「……。」」(プイ)

 

 慈の言葉に聞こえないふりをする2人、どちらもあまり授業に積極的なタイプではない。由紀はよく授業中に居眠りをするし、凪原も在学中の授業態度は優秀とまでは言えないものでどちらも慈が手を焼いたものである。

 

「……これはひと段落着いたらお説k「さーって、それじゃあ生存者の救助活動を始めようかなぁ!」」

 

 慈が言い終わらないうちに元気よく話題を変える凪原、在学中に割と好き勝手やっていた彼の唯一といってもいい弱点が慈のお説教だったというのがよく分かる反応である。

 

「とはいえ実際どうするつもりなの?いくら車だからといってもあの中に乗り付けるのは無謀だと思うのだけど」

「別に無策で突っ込もうとは思ってないさ。……とりあえず手始めはこれだな、朝の天敵兼救世主」

 

 悠里の問いに答えながら凪原が取り出したのは目覚まし時計であった。ただし、最近主流のデジタルタイプではなくアナログ時計の上に金属のベルがついた古式ゆかしい形式のものだった。

 

「あいつ等が音に釣られるのは実証済みだし、これならかなりの音量が期待できるからな。どれだけ釣れるか分からないけど効果ゼロってことはないだろ」

 

 

 

====================

 

 

 

「おーおー、見事に釣られちゃってまぁ」

「なんかあっけなさ過ぎて逆に心配になるんだけど…」

 

 望遠鏡をのぞき込みながら感心したように呟く凪原とそれに何とも言えない表情で応じる胡桃、2人の視線の先にあるのは鳴り響く目覚まし時計に釣られ、ぞろぞろと駅から離れていくゾンビたちの姿があった。

 2人、というか学園生活部の一行がいるのは、先ほど巡ヶ丘駅を観察していた場所から駅を挟んでちょうど反対側あたりである。電線からぶら下げるように目覚まし時を仕掛けた後駅を大きく回り込むように移動し、その成果を見んと比較的安全そうなところから観察していたのである。

 

 何の疑問もなく音のする方へ足を進め、音源の下までたどり着いても何の工夫も見せずにただぶら下がった獲物のようなもの(目覚まし時計)へと手を伸ばすゾンビたちの姿からは知性のかけらも見つけることができない。胡桃が微妙そうな顔をするのもうなずける話である。

 

「あれだけ単純な仕掛けでも食いついてくれるんだからいいんじゃない?」

「それはそうなんだけどさー」

 

 楽観的な意見の由紀に胡桃も渋々といった感じで返す。悠里も「あんなに頭が悪いとは思わなかったわ」とゾンビの知能の低さに驚いているようだった。

 

「連中の頭はいいより悪い方がいいだろ?アイ・アム・〇ジェンドって映画の奴等はやばいぞ、狩りで使うような罠を作ったりしてたし」

「それは…怖いですね」

「あいつ等がそんなだったらと思うとぞっとするわね…」

「映画としちゃ面白いんだけど、現実だったら俺もお手上げだ。幸いあいつらはそんなことないしまぁ問題ないだろ」

 

 恐ろしそうに身を震わせる慈と悠里に適当に返しながらも凪原の視線は駅の方を向いたままである。少し時間が経ち、駅から出てくるゾンビが少なくなったところでようやく凪原は皆の方に向き直った。

 

「さて、思ったよりあいつ等がアホだったおかげでかなりの数が釣れた。あの分なら駅構内の数もそれなりに少なくなってるはずだしちょっと行ってこようと思うんだが―」

「どうした?言いよどんだりして」

 

 そこで言葉を切った凪原を疑問に思った胡桃が質問する。他の面々も不思議そうな顔をしている。その言葉に凪原は頭を掻きながら答えた。

 

「胡桃、ちょい手伝ってくんない?」

「え、あたし?」

 

 いきなり名前を出されて驚く胡桃に凪原は頷きながら続ける。

 

「そ、件の生存者が足を怪我してるみたいだから避難するときに肩を貸すなりなんなりの手助けがいると思うんだけど、俺がやるとあいつらの対処ができないからもう1人必要。んで、人1人を支えながらある程度の早さで動けるってなればそれなりに体力が必要。ついでに陸上部だったんなら足くじいた時の応急処置とかも慣れてるんじゃないかと思ってさ」

「あーそういうことか、たしかに部活動中に足ひねったりくじいたりするやつは結構いたから慣れてるよ」

 

 凪原が挙げた理由に頷く胡桃。周りも納得の表情を浮かべる中で口を開いたのは悠里だった。

 

「珍しいわね、あなただったら多少無理をしてでも1人でどうにかしようとするイメージだったのだけど」

「そいつは誤解ってもんだ、頼れる相手がいる場合はちゃんと頼るさ」

「なるほどね、―――よかったじゃない胡桃、頼りにされてるわよ?」

「い、いきなりこっち振るなりーさんっ。それはあれだろ、部活でやってからってだけだろ?」

「いんや?トレーニングもしっかりやってるから安心して頼めるし、いざって時信頼できそうだから」

「――だそうよ?(ニヤニヤ)」

「だってさ〜」

「なに笑ってんだ由紀にりーさん、あとナギはちょっと黙れ」

「理不尽な」

 

 顔を赤らめて由紀に突っ込みを入れている胡桃を横目に凪原は慈と救出の段取りを打合せすることにした。

 

「それじゃめぐねえ、ちょっと行ってくるからこっちから連絡したらロータリーのとこまで迎えに来てくれる?多分あいつ等に追いかけられてると思うからすぐ出発できるようにさ」

「任せてください!もし邪魔する奴がいたら私の車(この子)でぶっちぎってあげますよ」

「いや、ぶっちぎったら俺ら乗れないから。ってか自分の車大事なんじゃなかったの?」

 

 変にやる気いっぱいな慈にため息をつきながらも凪原は救助に出るための準備を始める。動きやすさが重要なのでなるべく軽装、とはいえそれなりの数のゾンビを相手にできるように武装もそこそこしっかりと。

 1,2分で準備を終え、既に準備万端といった様子の胡桃に声をかける。

 

「さ、準備ができたから行くぞ」

「おっし、特訓の成果見せてやるぜ」

 

 凪原の声に手のひらに拳を打ち付けながら答える胡桃。常に片手は空けらえるようにと伝えておいたため、お気に入りのショベルではなく背に山刀(マチェット)を背負っている。

 

「じゃ、行ってくる」

「皆も周りに気を付けてな」

「「「はーい」」」

 

 

 

====================

 

 

「―――シッ」

 

 軽く息を吐きながら山刀(マチェット)を振り下ろす。利き手に握られたそれは重心が先端に寄ったタイプのものであり、振り方を間違えなければ軽い力で扱うことができる。手だけで振ろうとはせず、道具までが自分の体だと考えて剣先の軌道を意識しながら振るう。

 この種の刃物に特有のしなりをともなって振り下ろされた刃はこちらに向けて突き出された腕を簡単に切り落とした。切断された腕は断面からぬめりを帯びた血をほとばしらせながら落下する。

 腕がなくなったことでゾンビがバランスを崩す。素早く手首を返し、がら空きになった頭部を切りつけようと

 

 

したところで飛来した弾丸が頭を貫き、脳症を背後にぶちまけながらゾンビは崩れ落ちた。

 

「おいナギ、せっかくあたしがとどめさそうとしたんだから邪魔するなよ」

 

 不満げな表情を浮かべながら胡桃が振り返った先には9ミリ拳銃を構えた凪原が立っていた。文句を言われた凪原は肩をすくめながら返す。

 

「悪かったって、でもこの方法のが安全に倒せるだからいいだろ?」

「そりゃそうかもしれないけどさー」

「でも、動きは危なげなくてしっかりしてたぞ。ちゃんと教えたことが身についてるな」

 

 そう続ければ納得いかない様子だった胡桃は一転して嬉しそうになった。

 

「そ、そうか?///ありがと」

「おう、この調子でどんどん行くぞ」

「ああっ」

 

 2人がいる巡ヶ丘駅は郊外にある駅の典型例のような構造をしている。地上にはレールを挟むように2つのホーム、ホーム同士をつなぐ陸橋の上に改札や売店がある。無線で生存者立てこもっていると言っていた駅長室も陸橋の上で改札口の近くである。

 駅の南側から敷地内に入った2人は階段を上り改札階までやってきていた。階段にはゾンビの姿が無かったので落ち着いて改札口の方を観察する。

 

「まあ、だいたい予想通りってとこか?」

「だな、どうするんだ?突っ込んでもどうにかなりそうだけど」

「いつも通りコレ(キッチンタイマー)でいいだろ」

 

 朝のラッシュ時と比べればだいぶ目減りしているとはいえ、ばれずに駅長室まで行くのは困難な程度にはゾンビが残っている改札付近、凪原が提示したのは音で釣るといういつも通りの作戦だった。

 

「なんか定番になってるそれだと新鮮さが無いな」

「いいだろ、定番ってことはそれだけ信頼できるんだ」

 

 軽口を言い合いながらも手早くタイマーをセットし、気づかれないように投げ込む。投げ込まれたそれはプラスチックの外装がタイルとこすれる音を立てながら滑り、売店の看板に当たって止まった。それほど時間を空けることなく無機質なビープ音を鳴らし、構内を徘徊していたゾンビを引き寄せ始めた。

 ゾンビ達の意識がタイマーに向いてることを確認したところで凪原が口を開く。

 

「じゃあ打ち合わせ通りに」

「了解」

 

 短く言葉を交わすと2人は極力音を立てないようにしながら駅構内へと入っていく。前を行く凪原は構えた9ミリ拳銃を集まっているゾンビの集団に向けてはいるが発砲はしない。そのすぐ後ろに続く胡桃も周辺警戒にとどめ、攻撃する気配は見せない。言い方が適切かは分からないがステルスゲームで敵の基地に侵入している工作員のように見える。

 

 無事に気づかれることなく「駅長室」というプレートが付いた扉の前に到着した2人。もう一度周囲を確認した後に軽くうなずき合うと胡桃は少しだけ扉から離れ、凪原は逆に1歩近づき―――

 

バシュバシュガキンッ

 

―――扉と壁の隙間から見えていたデッドボルトと呼ばれる扉をロックするパーツへ発砲、破壊した。

 

 鍵が機能を喪失したことで、扉は凪原が引くと何の抵抗もなく開く。胡桃と2人で扉の向こうをのぞき込むと、そこには事務机を動かしたのであろう申し訳程度のバリケードがあった。

 そしてその先では肩にかかるくらいの髪をハーフアップにして見覚えのある制服を着た少女が右足を庇うようにしながら座り込み、呆然とこちらを見つめていた。

 

「⁉⁉⁉(口パクパク)」

 

 驚愕のあまり声が出せない様子の少女に凪原は笑みを浮かべると口を開いた。

 

「今朝の救助要請を聞いて助けに来た。色々聞きたいとは思うけどそれは後で、とりあえず今は足のケガに応急処置をしてここから脱出だ。それでいいかな、俺たちの後輩にして勇敢なる生存者のKさん?」

 

 その言葉に何が何だか分からない少女は頷くことしかできなかった。




はい、安定の原作ブレイク
生存者Kこと祠堂圭ちゃんの登場です。

原作6巻の巻末資料から「これ速攻で助けに行ければ間に合うんじゃね?」と考えた結果こんな感じに相成りました。メインストーリーに絡んでなかったので人物像はオリジナルになりますがどうか「けーくん」(圭ちゃんのあだ名由紀風味)をよろしくお願いします!

山刀の振り方、鍵の壊し方などはネットでちょっと調べただけなので正確ではないと思いますがニュアンスで読んでいただければ幸いです。
今後の展開ですが、まぁけーくん生きてるならみーくんも無事だよなぁ?って方向のつもりです。


それではまた次回!
(高評価、感想等もらえると執筆速度が上がる……かも?)

P.S
金属ベル付き目覚ましはマジで心臓に悪い


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2-8:リバーシティ・トロン攻略RTA 救出ver

今日は令和最初にして最後のセンター試験ですね、受験生の皆様は頑張ってください!
でも受験シーズンはここからが本番、頑張りすぎて体調を崩さないようお気を付けください

さて、応援が終わったところでこちらはすべての試験がなくなったがっこうぐらし!の世界、学園生活部がショッピングモールに突入しますよ~
(RTAでは)ないです。(最速ではあるかも)


「はい、この度はご覧いただきありがとうございます。今回はタイトルにある通り、リバーシティ・トロン攻略RTA救出verということでやってきたいと思います。

タイマースタートは私たち全員がショッピングモールの建物内に入った時、タイマーストップは無事に生存者を確保し周囲の安全を確保した時となります。

また今回は解説役としてKさんにお越しいただいております。

さてKさん、リバーシティ・トロンに向かうにあたり注意しすべき点としてはどのようなものがあるでしょうか?」

「へっ⁉…え、えーと、中は暗いので物陰に気を付けてください?」

「はい、ありがとうございます。それでは始めていきましょう!第1回学園生活部主催RTえ「いい加減にしろバカ(バシンッ)」―――いってぇ、何すんだよ胡桃っ」

 

 気持ちよくしゃべっていたところいきなり頭をはたかれた凪原は思わず非難の声をあげる。しかしそれを見返す胡桃はまるでバカをを見るような目を凪原に向けていた。

 

「何するんだはこっちのセリフだ!この子の表情見ろよ、短時間で色々ありすぎて理解が追い付いてないって顔してるぞ!」

「いやだからこそその子の緊張を俺の巧みな話術でほぐしてやろうと」

「今のどこが巧みな話術だ!巧みって意味辞書で調べなおしてこいっ」

「そんな馬鹿な⁉」

「バカはお前だっ」

 

 そのままヒートアップしそうな2人に割り込んだのは悠里であった。スペースが足りないため自身の膝の上に乗せたるーちゃんの頭をなでながら呆れを多分に含んだ表情を浮かべている。

 

「その子を無事に連れてこれたのは良かったけど、車に乗って安全圏まで来たと思ったらいきなり変なことを言い出すんだもの。おかしくなったのかと思ったわよ」

「まぁナギさんが変なこと言いだすのはいつものことだけどね~」

「ちょっと待って由紀、そんな無邪気な笑顔で周知の事実みたいにそう言われるとさすがの俺でもダメージがでかい」

「当たり前だろ自分の在学時代を思い返してみろってんだ。だいたい―――

 

 助け出された少女、祠堂 圭(しどう けい)はそのままワイワイと騒がしくなる後部座席を目を丸くして眺めていた。

 

 つい30分ほど前は自分はこのままここ(巡ヶ丘駅)で死ぬんだと信じて疑わなかった。無線で助けを呼んだとはいえ本当に救助が来るとは思えない、そもそも救助が来るなら自分がショッピングモールにいた間に来ていただろうし待っているだけじゃ助からないと思ったからこそ外に出てきたのだから。

 だから駅長室に人が入ってきたときは本当に驚いたと同時に嬉しかった。だがその気持ちはその人の格好を見て吹き飛んでしまった。どう見ても警察や自衛隊関係の人ではないのに銃を持っている、以前見たゾンビ映画ではおなじみである「無法者」という言葉が頭をよぎる。一緒に入ってきた自分と同じ制服を着た女性に足の手当てをされたが自分のこれからについてで頭がいっぱいになってしまいうまく受け答えができたか覚えていない。

 その後は手当てをしてくれた女性に支えられながら駅を脱出し、仲間がいるという車に乗せられた。巡ヶ丘学院の制服を着た人女性ばかりなのに一瞬安堵したが最悪の可能性(男が力で支配してる)を考えてしまいやはり恐怖が勝っていた。

 

 のだが、車が走り出し駅から十分に離れるや否や銃を持っていた男(なぎと呼ばれていた)が変なことを言い始め、手当てをしてくれた人(くるみと呼ばれていた)に頭をはたかれたと思ったら他の人も巻き込んでじゃれ合いじみた言い合いを始めたのである。最初に口を挟んだ女性の膝に乗っている子(小学生ぐらいだけど妹なのだろうか?)も笑っており、その顔に不安の影は見えない。内心での不安をあざ笑うかのような平和な光景に圭は固まってしまっていた。

 

「フフッ、驚きましたか?」

 

 そんな圭に声を掛けたのは運転席に座る慈だった。前方に注意を払いながらも圭の方を向くその顔は柔らかく微笑んでいる。圭の意識がこちらに向いたのを確認しながら話を続ける慈。

 

「挨拶が遅れてごめんなさい、初めましてってことはないかもしれないけど挨拶しておきますね。私は佐倉慈、巡ヶ丘学院で先生をやってます。制服を見た感じでは2年生のようですけどお名前を教えてもらえますか?」

 

 「もしかしたら学校で挨拶してたかもしれませんね」と続ける慈に圭は慌てて自己紹介を返す。

 

「あ、こちらこそごめんなさいっ。私は祠堂圭っていいます、お察しの通り2年生です」

「祠堂さんですね。それにしても、無事で本当によかったです。もう駅から離れたので安心してください」

「あ、ありがとうございます」

 

 思わず返事をしてしまった圭だったがやはり銃を持った男(凪原)のことが気になるのであろう、慈と会話を続けながらも後部座席をちらちらと視線を向けている。そんな様子から圭の心情を察した慈は圭を安心させるべく口を開いた。

 

「なぎ君の事なら心配しなくて大丈夫ですよ、いい子ですから祠堂さんもすぐに仲良くなれると思います」

「えっと、あの人はどういう人なんですか?制服を着てないしうちの生徒じゃないですよね?」

「そうですね。なぎ君はうちの2年前の卒業生で今は大学2年生です。祠堂さんと入れ違いで卒業してしまったので知らないと思いますけど、3年生の時は生徒会長をやってたんですよ」

「なるほど、そうだったんですね」

 

 とりあえず男の素性は分かったので返事をする圭、しかし学生ではない彼が行動を共にしている理由や銃を持っている理由がまだ不明である。それゆえ完全には警戒を解くことができない圭に慈は困ったような表情を浮かべると口を開いた。

 

「なぎ君に関して不安に思う気持ちは分かります、でもあの子の格好とかはちゃんと理由があっての事なんです。それについて私が話すのはちょっと筋違いですし、それに話すと長くなってしまいます。あなたが言っていたお友達の無事が確認できればなぎ君自身から離してくれると思います。だから、それまでなぎ君を信じてくれませんか?」

 

 そう話す慈の表情は真剣であり、彼のことを心から信頼していることがうかがえる。それを見た圭は少なくとも彼が彼女達(慈とその仲間)にとっては危険ではないということが理解できた。

 

(先生がここまで言うんだから信じてもいいのかな、美樹のことも助けてくれるって言ってたし……うん、きっと大丈夫。そもそもあの人たちが来てくれなかったら私はあそこでお終いだったんだし、なら信じてみるしかないか)

 

 そう判断した圭は改めて慈への返答を口にした。

 

「こちらこそよろしくお願いします、佐倉先生。それと、助けに来てくれてありがとうございました」

「………」

 

 圭の言葉を聞いた慈が固まった。

 

「今のもう一回言ってください」

「今の?助けに来てくれてありがとうございました」

「その前です」

「こちらこそよろしくお願いします?」

「そのあとっ」

「えーっと、佐倉先生?」

「……(パァァッ)」

 

 いきなり聞き返してきたと思ったら今度は満面の笑みを浮かべる慈に混乱する圭、何度か呼び掛けても反応は返ってこないが耳を澄ましてみると小さく呟く声が聞こえてきた。

 

「先生って、佐倉先生って呼んでもらえました。いつもそう呼んでって言ってるのにみんなめぐねえめぐねえってばかりで全然先生って呼んでくれなかったのに今日はちゃんと呼んでもらえました~」

「えぇ……」

 

 圭は呆れてしまった。笑みとともに「えへへ~」と声が出てしまっている様子はとてもじゃないが教師には見えない、近所のダメなお姉さんといった感じである。

 

「おっ、めぐねえがトリップしてる(ヒョコッ)」

「うわぁっ」

 

 耳元でいきなり声がして驚く圭、振り返れば凪原が後部座席から身を乗り出していた。後部座席に目を向けると、いつの間にかじゃれ合いは終わっていたようで、他の面々も運転席の慈をのぞき込んでいた。

 

「え?あ、ホントだ。どうしたんだ?」

「先生って呼ばれたのが嬉しかったみたいよ」

「なるほど、めぐねえはいつもめぐねえって呼ばれてるからね~」

「うにゅ?めぐねえはめぐねえじゃないの?」

「そーだよなー、めぐねえはめぐねえだよなー」

「違いますっ!」

「うわっびっくりした、いきなりでかい声出すなよめぐねえ」

 

 いきなり覚醒した慈に文句を言う凪原だったが、当の慈はそんな非難などどこ吹く風でプリプリと怒ったように口を開く。

 

「佐倉先生ですっ、最近はスルーしてましたけど今日は言わせてもらいますよ。ちゃんと佐倉先生って呼んでください、みんなは祠堂さんを見習うべきですっ」

「「「了解、めぐねえ」」」

「もーっ!」

 

 話を聞く気ゼロの皆に怒りの声を上げる慈、それでもハンドルから手を離さないのは教師としての意地なのかもしれない。それでもめげずに先生と呼ばせようとする慈だったが、その声を笑いながら流す凪原たちの前では効果は薄いようである。

 

「(クスッ)」

 

 その様子に圭は小さく噴き出してしまった。彼等を見ていると自分が感じていた不安が小さくなっていくのを感じる。皆の顔には笑顔があり、悲観している雰囲気はみじんもない。

 その様子を見るうちに、圭は自分の中であの日(パンデミック)以来久しく消えてしまっていた元気が蘇ってくるのを感じた。

 

(こりゃあたし結構追い詰められてたかなぁ、でもそれもお終い。こっからは今まで通りのあたしでいくよ)

 

 心のどこかで諦めてしまっていた自分(祠堂 圭)はもういない、圭は自分を取り戻した。

 

「もうっ、祠堂さんからも先生って呼ぶように言ってあげてください」

 

 そんな圭の様子に周りは気づいていなかったようで、業を煮やした慈がヘルプを求めてきた。しかしパンデミック前は愉悦派で通っていた圭。調子を取り戻した今ではどう答えるかなど決まっていた、ニコリと笑って口を開く。

 

「まぁそれだけ皆に慕われてるってことなんじゃないですか、めぐっち先生?」

「祠堂さん⁉」

 

 唐突に誕生した新しいあだ名に目を白黒させる慈。

 一方でそんな圭の様子を見た凪原はニヤリと笑う。どうやら同類(愉悦派)の気配を感じたようで、手のひらを掲げる、そしてそれを見た圭も応じるように手を上げる。

 

「めぐっち先生か、いいあだ名付けるじゃないか祠堂さん」

「ありがとうございます。あと圭でいいですよ、凪先輩」

 

 パンッ、と小気味よい音を立ててハイタッチ。何やら通じ合うものがあったようですぐに打ち解けた。

 

「このまま、ショッピングモール(リバーシティ・トロン)に向かって圭が言っていた友達を助けに行く予定だ。建物の中について情報が少ないから着くまでにいろいろ教えてくれ」

「了解しました~」

 

 そのまま打ち合わせを始める2人。慈の「2人ともお説教ですよっ⁉」と言う言葉を右から左に聞き捨てつつ、リバーシティ・トロン内部の状況について情報共有をしていく。

 

(美紀、すぐ助けに行くからあと少しだけ待ってて。絶対、絶対大丈夫だから)

 

 そう内心でつぶやく圭の胸には、つい1時間ほど前には無かった安心感が宿っていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃあリバーシティ・トロン内部に入るにあたっての作戦を説明するぞ」

「「「はーい(はい)(了解)」」」

 

 凪原の言葉に返事をする一同。

 圭を加えた学園生活部の一行はリバーシティ・トロンへと到着していた。休日であれば多くの家族連れの車で混雑する駐車場も、平日の昼間にパンデミックが起こって以降訪れる者もいなくなった今となっては寒々しいほどに閑散としている。

 

「さて、まずは侵入経路からだけどこれは基本的に圭が脱出してきたルートを逆に辿る予定だ。要するに従業員用のバックヤードの通路や階段を使って最上階まで行く。最上階の5階に着いたらフロアに出るけどここはあいつらの数が少ない、んだよな?」

「そうですよー、最上階だけは避難者全員で何回も確認してバリケードも作ってましたからね。まぁ結局リーダーがゾンビ化しちゃってご破算だったけど……。でもあたしが脱出した時もバリケードは崩れてなかったから新しく入ってきたりはしてないと思う」

 

 話を振られた圭が言葉を引き継ぐ、敬語とタメ口が混ざったような話し方だが彼女曰くこれが素であるとのことなので気する者はいない。彼女が言い終わるのを待って凪原は再び口を開く。

 

「んで、モールに避難してたのは圭とその友達の直樹美紀(なおき みき)って子を含めて11人だったらしい。だから最上階のあいつらの数は9体、そこまで気負う数でもない―――まぁこれは想定外が一切なければの話だけどな」

 

 「ま、油断するなってことだ」と言って笑う凪原に胡桃が口を挟む。

 

「おいナギ、その辺の話はあたし等も一緒に圭から聞いてるんだから知ってるって」

「確認ってやつだよ胡桃。そんなに急ぐとすぐに老k、ごめん俺が悪かった、だから落ち着いてその振り上げたシャベルを下ろすんだ」

 

 ハイライトの消えた瞳でシャベルを構えた胡桃に一瞬で無条件降伏を申し出る。視界の端で圭が笑いをこらえているのが見えたので絶対許さないと心のノートに書き込んで置く。

 

「ハヤクシロ」

「イエスマム!」

「誰がマムだっ!」

「はい2人ともそこまで、ふざけてないで続きを話して頂戴」

 

 悠里に止められたところで閑話休題、咳ばらいをひとつして話を本筋に戻す。

 

「コホン、―――それで中に入る順番なんだけど、先頭が俺で前方の警戒とあいつ等がいた時の排除。その後ろで圭に道案内をしてほしいからりーさんが支えてほしい。んで次が由紀とるーちゃん、2人で手をつないで離さないように。めぐねえはその後ろで2人を見てて、余裕があれば周りの警戒もお願い。最後尾は胡桃で後方の警戒、俺らが通ったからといって油断しないように。―――って感じで行こうと思うんだけど、なんか質問とか意見とかあったりする?」

「うーん、まあそれでいいんじゃないか?」

「そうねそれが現実的だと思うわ」

「私も問題ないと思いますよ」

 

 上から胡桃、悠里、慈の反応である。その他の面々を見ても特に不満のある人はいないようなのでこの隊列で突入することになり、7人は電気が消えたせいで洞窟のように見えるモール内部へと踏み込んでいった。

 

 

 

===================

 

 

 

 建物に侵入してからおよそ30分、モール内の攻略は順調に進んでいた。

 バックヤードにはほぼゾンビがおらず足を止める必要がない。とはいえ所々にはゾンビが潜んでいるのだが―――

 

「アアァァァ(フラフラ)」

「お、また出てきた。やっぱ明かりにも釣られるんだな」

「そうみたいだね~」

 

―――隊列中央の由紀が掲げているランタンの明かりに反応し、うめき声を上げつつ自分から出てきてくれるので先頭で9ミリ拳銃を構えた凪原に簡単に始末されていく。

 

「それにしてもさっきから私服姿のヤツばかりね、従業員はいなかったのかしら」

 

 悠里の呟いた疑問は皆が先ほどから感じているものだった。モールに入ってからというもの出てくるゾンビは私服姿のものばかりで従業員の制服を着ていたものはほとんどがいなかった。

 

「あーそういえば、あの日異変が起きた直後ぐらいの館内放送で従業員も事前の練習通りに直ちに非難するように~みたいなこと言ってた気がしたような」

「それはまた……従業員の安全を第一にする優良企業と言うべきか」

「あるいは、客を放置する接客業における最低の行為ね」

 

 当時のことを話す圭の言葉にそれぞれの感想を述べる凪原と悠里、どちらの内容にもとりあえずの筋は通ってる。その話を聞いて、慈が何か思い出したように口を開く。

 

「そういえばこのモールってランダルコーポレーションが経営してましたね。お客さんからの評価は普通ですけど福利厚生が充実してるから社員からの評判はいいって聞いてましたけど、こういうことだったんでしょうか」

「ほーん、そうなんだ。結構来てたけど知らんかったわ」

「あそこの企業、元は製薬会社なのにいろいろ手広くやってるよなぁ」

「大体どのテレビ見てもCMに出てくるよね~」

 

 警戒は解かないまでも雑談をしながら進むことさらに数分、一行はついに最上階の店舗フロアにつながるドアの前に到着した。

 

「特に問題なくここまで来れたわけなんだけど、その直樹美紀って子はフロアの反対側にある職員用スペースにいるってことでいいんだっけ?」

「そうですね、美樹がそのまま移動しちゃったりしてなければそこにいるはずです」

 

 圭の返答に頷いた凪原はいつもより真剣な表情になって注意事項を伝える。

 

「了解。それじゃフロアに出るけどこっからは商品棚やら何やらで死角が多い、これまで以上に周りに注意して何か気づいたららすぐに知らせてくれ、ただし大声は厳禁、必ず小声で頼む。あ、あとランタンの明かりは最小限にして、どこまで光が届くか不明だから周りがかろうじて見えるくらいでいい」

 

 皆が了承の意思を示し、由紀がランタンの光量を絞る。少し待ち目が暗さに慣れたところで静かに扉を開き、一行はフロアの中へと入っていった。




みーくん出したかったけどそこまでいかんかった
圭ちゃんのとこに思ったより文字数が掛かってしまいました……ユルシテ


圭ちゃんは愉悦派、原作にて「生きていればそれでいいの?」というシリアス全開の名台詞(?)を言った時は閉塞感で追い詰められていたから―――ということにしました。普段は面白そうなことがあれば首を突っ込みに行く元気な子なんです(願望)。もし凪原と同じ時期に巡ヶ丘学院に居たら生徒会入りしてたかも?

………はい、すべて筆者の趣味です。

最後にちょろっと出てきたランダルコーポレーション、社員を優先する企業の鏡にして客を見捨てる接客業のクズ。
リーダーさん達が少し減らしたとはいえ暗くて入り組んだ店内を圭が1人で脱出するのは無理があるじゃないかなーと思案した結果、こうすれば一応筋は通るんじゃないかと。
そしてそこを逆に辿れば最速でみーくんのところに行けるのではと考えた結果このタイトルになってしまいました。

次はちゃんとみーくんが出ますのでお楽しみに~
それではまた次回!

PS.
めぐねぇをめぐっち先生って呼ぶキャラがいてもいいと思うんだ。たまに違う呼び方されるとめぐねぇがあたふたしてりして見てて可愛いと思うんだ


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2-9:生きてて良かった

いつも誤字訂正してくださる方ホントに助かっています、ありがとうございます。

さて、本編ではいよいよ遠足も終盤に近付いてまいりました
やっとこさみーくんが出てきますよ~


 その日の朝、直樹美紀(なおき みき)はいつもと同じように目を覚ました。

 耳元で鳴っている何かのキャラクターを模した目覚ましを止め、目をこすりながら体を起こす。カーテンを開けて日の光を浴び、洗面台で顔と頭を洗った後で制服に着替える。そしてそれが終わったら、カロリーバーと水の簡単な朝食を済ませる。これがここ数日間の美樹の朝のルーティーンである。

 

 朝食を済ませたら授業の時間になる。壁に貼られた時間割の木曜日の欄を確認して準備する。

 

1時間目:体育

 ラジオ体操から始め、ヨガやストレッチなど、スペースを使わない運動を中心に行い、鈍ってしまうことの無いよう念入りに体を動かす。

 

2時間目:数学

 数学、というか理数系科目は結構好きだ。教科書を開いて二次関数の問題を解いていく、所々難しいことがあるので誰か分かる人に会えたら聞いてみたい。

 

3時間目:英語

 翻訳版を愛読していた書籍の原本を読んでみる。内容に集中していき、ソファーに座っていたはずなのに気づけば横になっていた。

 

4時間目:国語

 文系科目は苦手だ。どう自習していいか分からないので、とりあえず教科書の文章を書き写してみるが退屈で仕方ない。

 

昼休み

 ドライフルーツ入りコンフレークの昼食、乾燥しているのに口に含むと果物の香りが広がって少し笑顔になる。

 

5時間目:音楽

 ソファーに横になり、音楽プレーヤーからお気に入りの音楽を聴く。瞼を下ろしていると色々なことが頭をよぎる。それらについて考える、考える、考える………

 

「―――もういやだっ」

 

 やにわに起き上がり音楽プレーヤーを投げ捨てる。金属の外装が床に当たる音も気にせずに叫ぶ。

 

「いやだよっこんなの、ねぇっどうしてっ」

 

 髪をかき乱しながらなおも叫ぶ、胸の内にこもったものを吐き出すように。

 

いいわけ、ないじゃんっ(・・・・ ・・・・・・)

 

 それは数日前に親友が別れ際に放った言葉への返答であった。

 しかし現在において、大きな音を出した時に訪れる結果は一つしかない。

 

ドンッ、ドンドンッ、ガリガリガリガリ

 

 すぐに扉に何かを打ち付けるような音とひっかくような音が聞こえ始める。確認するまでもなく声を聞きつけたゾンビが捕食対象を目指してやってきたのだ。

 

「いや…いやだっ……」

 

這うようにしてソファーの影まで行って耳をふさぐようにしてうずくまり、恐怖で声を上げそうになるのを必死にこらえて息を殺す。このまま数時間待てばゾンビたちは興味を失って離れていくはず、それまで我慢すればまたいつもの日常(孤独な避難生活)に戻れる。もちろんそんな日々に希望なんてないけれど、少なくとも現在進行形で命を狙われているのよりは万倍もマシである。

 

(でも圭とも別れちゃったし、このままただ生きていても……)

 

 どこかでそう思ってしまっている自分に気づいて必死に首を振る。その様子は、どうしようもないと分かっていながらもそれを認められない駄々っ子のようにも見えた。

 客観的に見ればどれほど状況が詰んでしまっているかが分かる。部屋の中にはそれなりの食糧はあれど、いつかは無くなってしまう。電気はとうに切れてしまっているし、水道はまだ使えるがいつ断水してしまうか分からない。外に出ようにも扉のすぐ外にはゾンビがおり、格闘技はおろか運動すら碌にしていなかった自分に太刀打ちできるとは思えない。ならば救助を呼ぼうとしても外への連絡手段は無い、出ていった親友が救助を要請してくれるかもしれないが望み薄だろう。それに加えて救助を行えるような人や組織が無事なのかがそもそも怪しい。

 

 そのような、たとえ生きることを放棄してしまったとしても誰からも文句を言われないような状況にあってなお、直樹美紀の心は折れていなかった。幾度となくくじけそうになりながらも最後の最後になるまで諦めてしまうことだけはしないと、自ら幕を下ろすことだけはしないと、そう思えるだけの強さが美紀には残っていた。

 

「―――私は、負けない」

 

 その思いの強さが神に届いたのか(もし本当に神がいれば生存者全員から「仕事しろ」と袋叩きに合うのであろうが)、彼女の命運は彼女がここで果てることをよしとしなかった。

 

「――?」

 

 急にドアを叩く音がしなくなった。とはいえゾンビがいなくなったわけではないようで、うめき声は変わらずドア越しに響いてくる。ただその声もすこしだけ遠ざかっていくように感じられる。耳を澄ませていると、やがてそれなりの重さの物体が倒れるような音が重なって聞こえると同時にうめき声がピタリと止まった。

 その音の原因を確かめようとためらいながらもドアの鍵を鍵を外すと、今度は少し足を引きづるような足跡が聞こえ、美樹がそれに対応する間もなく大きな音を立ててドアが開かれた。

 

「っ!」(すぐ近くにゾンビがいた⁉なんで私はよく確認しないで開けちゃったのっ)

 

 自身の軽率な行動を悔いるももはやどうしようもない。美樹がとっさにできたのは腕で顔を隠して目をつぶり、ゾンビたちを見ないようにすることだけだった。

 しかしどれほど待ってもゾンビがつかみかかってくる気配がない。

 ギュッとつぶっていた目を恐る恐る開き、ドアを確認するした美樹が見たのは―――

 

「……圭?」

 

―――数日前に出ていったはずの親友の姿であった。そして、呼ばれた圭はというと―――

 

「~~~っ(ガバッ)」

「うわっ⁉」

 

―――飛び込むようにして美紀に抱き着いた。

 その勢いに驚きながら受け止めた美紀は、ぐに圭の体が小さく震えていることに気づいた。それで圭の気持ちを察し、美紀は強く抱き返した。

 

「「生きてて、良かった……」」

 

 どちらからともなくこぼれたその言葉は自分に言ったものなのか、相手に言ったものなのかは分からない。しかし、しっかりと抱き合った様子が何よりも2人の心情を表していた。

 

 

 

====================

 

 

 

「良かったですぅ(グスッ)」

「おーい、めぐねぇが泣いてどうすんのよ」

「だってぇ~」

「あーもー、これで涙ふいて(スッ)」

「……(ゴシゴシ…チーンッ)」

 

 再会を喜ぶ2人を見て涙ぐむ、というか泣いているめぐねぇに呆れたように声をかける凪原。ポケットティッシュ(今では割と貴重品だったりする)を渡すと、無言で受け取り涙をぬぐった後に鼻をかんでいた。

 

「なんだよナギ、感動が薄いんじゃないか?」

「ンなことないって、本当に良かったと思ってるさ。純粋にめぐねぇの泣き上戸に呆れてるだけだ」

 

 茶化すように言ってくる胡桃に手を振って答えていると、悠里が息を吐きながら口を開いた。

 

「それにしても、危ないところ、だったのかしら?」

「まぁそうだな。すぐにどうこうってことはなかっただろうけど閉塞感ってのは人を追い詰めるからな、数日遅れたりしてたらやばかったかもしれん」

「いきなり大声が聞こえたときはびっくりしたもんね~」

「すごく驚いたの」

「あれはあたしもビビった」

 

 

 由紀とるーちゃんの言葉に頷く胡桃。凪原たちが最上階のフロアに入ってすぐ、美樹の叫びがフロアに響き渡ったのである。圭に問わずともそれが彼女の言っていた親友のものであると気づき、警戒しつつも可能な限り急いで声の聞こえた方向へ向かった一同の前にあったのは、うなり声をあげながら扉をたたく数体のゾンビの背中であった。

 そのまま撃ってしまうと扉を貫通してしまう恐れがあったため、軽く音を立てて扉から引き離したのち迅速に無力化を行った。

 ゾンビが倒れるか否かのうちに圭が足のけがを感じさせない勢いで飛び出していってしまったのにはヒヤリとさせられたが、結果オーライだった(美少女同士のハグが見れた)ので良しとする。

 

「さて、そんじゃめぐねぇ達はここで圭たちを見ててくれるか?」

「あれ、なぎ君どこか行くんですか?」

「ちょっとこの階を掃除してこようかなって。あの感じじゃしばらくかかりそうだし」

 

 いまだに抱擁を続けている圭と美樹の方を指しながら安全確保をしてくると話す凪原に、慈は少し悩むそぶりを見せたがすぐに頷いた。

 

「そう、ですね。でも気を付けてくださいね」

「はいよ~」

「あ、ちょっと待ってナギ。あたしも行くよ」

「いんや、俺1人でも平気だ。胡桃は駅行ったりで疲れてるだろ?」

「それを言うならナギもだろ?それに2人の方が早く終わると思うし」

 

 休ませようとする凪原だったが完全に一緒に行く気の胡桃に肩をすくめると同行を許可した。

 

「それじゃめぐねぇ、荷物よろしく。あと無線機も渡しとくからなんかあったらそれで連絡して」

「分かりました。部屋に入ってますので戻ってきたら合図してください」

 

 それだけ話すと慈は凪原から荷物と無線機を受け取り美樹たちが生活しているであろう部屋に入っていった。由紀に悠里、るーちゃんも後に続く。それを見届けると凪原は9ミリ拳銃を、胡桃は背負っていたショベルを構えてフロアの探索を開始した。

 

 

 

====================

 

 

 薄暗いフロアにくぐもった銃声が響く。トイレ近くのラウンジをうろついていたゾンビを始末したところで2人は軽く息をついた。

 

「それで元々死んでた分を含めて9体、一応これで安心かな」

「ああ、階段とかのバリケードも崩れて無かったし大丈夫だろ」

 

 お互いにカバーし合いながらフロアを探索し、最上階に避難していたとされる11人のうち圭と美樹を除いた9人の死体を確認した頃には探索開始から30分ほどが経過していた。

 

「うーん、早かったのか遅かったのか、判断に困るな」

「やったことないし、こんなもんじゃない?さ、さっきの部屋に戻ろうぜ。そろそろ落ち着いただろうし」

「だなぁ。あ、ちょい本屋寄っていいか?欲しかった漫画がギリギリ発売されてたんだった」

「いいよ、どうせなら玩具コーナーにも寄って行こうぜ。ボードゲームとか暇を潰せるものを持っていきたいし」

「……めぐねぇでも勝てそうなやつを頼む」

「あー…確かに、ナギはよく頑張ったと思うよあの時」

 

 以前経験した悪夢(トランプの変)(閑話:トランプ参照)を思い出してげんなりした表情になる凪原を慰める胡桃。2人は最低限の警戒は維持しつつも雑談を交えながら足を本屋へと向けた。

 

「ただいま~、でいいのかな?」

「いいんじゃね?戻ったぞー」

「おかえりなさい2人とも、お疲れさまでした」

「ナギさんも胡桃ちゃんもお疲れ~」

 

 先ほどの扉の前に戻った2人が声をかけると、慈と由紀が鍵を開けて出迎えてくれた。お礼を言いながら部屋に入るとワンルームマンションのような内装が目についた。床にはカーペットが敷かれ、壁際にはベットやソファーが置かれている。由紀達はカーペットの上に座ってくつろいでいたようで、荷物を下ろしてペットボトルの水を飲んでいる。

 

 圭とその親友たる美紀は並んでソファーに座っていた、多少距離が近い気がする(未だ手を繋いだままだ)がそこはスルーする。圭は笑顔でこちらに向けているのに比べ、美紀は多少警戒しているような顔をしている。

 

「凪先輩おかえり~―――どうだった?」

「おう、このフロアは掃除(・・)して、聞いてた人数分は処理してきた、バリケードも確認したけど崩れてなかったからとりあえずこのフロアは安全だな」

「お~っお疲れ様です」

 

 探索の首尾を聞いてきた圭に簡単に答える凪原、その内容に部屋の空気が少し緩む。一瞬できた沈黙を逃がさず慈がパンッと手を叩いて口を開く、こういうところはやはり教師らしい。

 

「それじゃあなぎ君と胡桃さんの自己紹介をしちゃいましょうか」

「あれ、めぐねえ達はもうやったの?」

「ええ、胡桃さんたちが見回りに言ってくれてる間に」

「そうなんだ。ナギ、あたしからでいいか?」

「いいぞ、多分俺の方は長引くだろうし」

 

 凪原の承認が得られたところで胡桃は圭と美紀の方へ振り返って自己紹介を始めた。

 

「あたしは恵比須沢 胡桃(えびすざわ くるみ)。3年で元陸上部だったけど今はみんなと一緒に学園生活部の所属してるんだ、得意なのは体を動かすことかな。胡桃って呼んでくれて構わないよ。まーよろしく」

「じゃああたしも改めて、祠堂 圭(しどう けい)、2年生です。部活は特に所属してなくて、好きなことは面白そうなこと全般かなー。よろしくお願いします」

「……直樹 美紀(なおき みき)です。2年生で圭と同じく部活には入ってません。好きなことは本を読むことです。よろしくお願いします」

 

 マイペースな圭の挨拶に対し、美紀は少し口調が硬い。緊張していることに加え、やはり凪原のことが気になるのだろう。圭や慈たちから危険な人ではないとは聞いていても本人から聞くまでは安心できないようだ。その内心を察した凪原は特にもったいぶることもなく自己紹介を始めた。

 

「んじゃ最後は俺だな、圭にも軽くしか話してないからしっかりやっておくかね。俺は凪原 勇人(なぎはら ゆうと)、現大学2年生で2年前の巡ヶ丘学院の卒業生だから2人とは入れ違いで卒業した感じだな。部活は1,2年の間は無所属で3年の時は生徒会長をやっていたn「えっ」―――直樹さん?」

 

 自己紹介の途中でいきなり声をだした美紀に疑問の声を上げる凪原。それに美紀は「あ、ごめんなさい」と謝るとおずおずといった様子で質問を口にした。

 

「あの、2年前の生徒会長っていうことはもしかして、第31代生徒会長さんですか?」

「おっ良く知ってるな。そのとおり、第31代の生徒会長を務めさせてもらってたよ」

「やっぱり……」

「あれ?美紀もしかして知ってたの」

 

 凪原の返答に対してこぼれた美紀の言葉に反応する圭。凪原もまさか自分が卒業した後の後輩まで自分のことを知っているとは思わなかったのか少し驚いていたようだったが、そんな思いは美紀の次の言葉を聞いた途端吹き飛んでしまった。

 

「……嵐の生徒会」

「ちょっと待ったナニソレ?」

 

 美紀の言葉に突っ込みを入れる凪原の視界の片隅に、サッと目をそらした慈を含む学園生活部初期メンバー4人の姿が映る。即座に質問対象を変更、そちらの方に向き直った凪原は笑顔で口を開く。

 

「なぁ君たち、ちょーっと聞きたいことができたんだけど?」

「「「ア、アハハ~……」」」

 

 乾いた笑いを上げる彼女達に凪原は笑みを深くすると言葉を続けた。

 

「なに、俺も鬼じゃない。4人の中で一番詳しい人にだけ話を聞ければいいんだ、…誰が一番詳しい?」

「「「………(スッ)」」」

「み、皆さんっ⁉」

 

 悪魔のささやきに乗った、由紀、悠里、胡桃の3人が一瞬で慈を指さすと同時に一歩距離を取る。取り残される形となった慈が慌てたように周りを見回すが1人として目を合わせようとしない。

 そんな哀れな生贄に、さらに笑みを深くした凪原が近づいていく。

 

「そっかぁ~めぐねえが詳しいのか~。じゃあきちんと説明してもらおうかな~」

「え、えーっとですね…」

 

 口ごもる慈から聞き出した結果、「嵐の生徒会」というのはやはり凪原たち第31代生徒会についたあだ名とのことだった。凪原たちが卒業した後、職員室での会話で慈が「嵐のような子たちでした」とこぼしたのがきっかけで広まったのだという。ちなみに嵐だけでも同じ意味になるようで、慈たち教職員や当時の1,2年生だった生徒は「嵐」という言葉を聞いたとき某アイドルグループよりも先に凪原たちのことが頭に浮かぶらしい。

 

「なるほど、めぐねえが原因だったわけね。…………有罪(ギルティ)

「ご、ごふぇんなふぁーい」

 

 最後まで聞いた凪原は慈の両方のほっぺをつまむと、むにぃと引っ張ることにした。慈も悪いとは思っているのか一応謝ってはいる。

 

 

「………。(呆然)」

 

 その様子を美紀は目を丸くしながら見ていた。学校の先輩とはいえ得体のしれない男だと思っていたら、数年たっても武勇伝が残っている人で、その人が今先生の頬を引っ張っている。でもその顔は笑っていて、本心から怒ったりしているようには見えないし、慈も本気で嫌がってはいないようである。その様子は武勇伝にある通り、「やり方はめちゃくちゃだけど、ちゃんと皆のことを考えて行動してる実はすごい人」に見えた。

 

「美紀は凪先輩のこと知ってたんだね、あたしは知らなかったけどいい人そうだよね」

「そう、だね。確かにそんな気がする」

 

 圭に掛けられた声に頷く、この人なら心配しないで大丈夫そうだ。その思いが表情に出たのか、そう話す美紀の顔は小さく笑っていた。そして、それを見た由紀が嬉しそうに声を上げる。

 

「おーっ、やっとみーくんが笑った!これで安心だねっ」

「待ってください丈槍先輩、みーくんって何ですか?」

「も~そんな堅苦しくしないで由紀先輩って呼んでよっ。名前が美紀だからみーくん、ちなみに圭ちゃんはけーくんねっ」

「けーくんか、そのあだ名は今までなかったな~。あ、2人合わせたらみけじゃんっやったね!」

「何がどうやったなのか分からないよ圭…。もう、由紀先輩恨みますよ、圭はこうなっちゃったらきかないのに」

 

 ジト目を向ける美紀だったが、全く悪びれる様子の無い由紀にため息をつくとともに苦笑を浮かべた。

 

 

 学園生活部に新しい仲間が2人加わった。




冒頭の美紀の行動は原作に則っています。
このタイミングで学園生活部が到着するということは原作より数日早くイベントが進んでいる感じですね。
学園生活部も人が増えて現在8人、しばらくはこの人数でいこうと考えています。

次は物資回収の予定です。

それではまた次回!


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2-10:全品10割引きセール実施中 上

物資回収回です、
そこそこ平和に進むんじゃないかな~


 慈をほっぺムニムニの刑に処した後、圭といつの間にか緊張の解けた様子の美紀に改めて自己紹介をしたうえで話し合い、2人は正式に学園生活部に入ることになった。

 

 そこから物資の回収をしようという流れになったのだが、その時点で時刻はすでに夕暮れ時、窓の外に見える空が茜色に色づいていたので今日はもう休んでモール内の探索は明日ということとなった。

 最上階にあった寝具売り場から人数分の布団セットを持ってきたところまでは良いが凪原がどこで寝るかということで一悶着が起きた。凪原は女性陣に配慮して部屋の外で寝ると言ったのだが、いくら安全確保をしたとはいえ売り場の床で寝かせるのは悪いということで押し問答となる。最終的に壁際にあったソファーを部屋の真ん中まで移動させ、扉側に凪原、反対側に女性陣という配置で就寝することになった。

 

 そんなこんなで明けて翌日、遠足3日目の朝。

 むくりと起き上がった胡桃が辺りを見回すと、いつも通りの格好をした凪原が目についた。

 

「おはようナギ、もしかして寝てなかったのか?」

「ああおはよう胡桃、いやさっき起きたとこだ。バリケードの確認ついでに下の階の様子をちょっと見に行こうかと思ってさ」

「んじゃあたしも行くよ、ご飯の前に軽く体動かした方が調子が出るし」

「別にまだ寝てても大丈夫だぞ?」

「いんやなんか目が覚めちゃったから大丈夫。さ、ここで話してて皆を起こしちゃっても悪いし早く行こうぜ」

 

 枕元に置いていたシャベルを手に取ると立ち上がり、なぜかさっきからこちらを振り向こうとしない凪原の方へ向かう。横まで来たところでやっとチラリとこちらを見るがやはりすぐに目をそらしてしまう。その理由を考える前に凪原が言いづらそうに口を開く。

 

「あー…。シャベルを持つのはちゃんと警戒ができてるってことでいいんだけど、その前に服装を変えたほうがいいと思うんだ俺は」

「服装?………///!(ボンッ)」

 

 そう聞き返しながら視線を下に向けた胡桃の顔が、まだ薄暗い室内でもはっきり分かるぐらい真っ赤になった。それもそのはずで、今の胡桃の格好はいつもの制服姿ではなく昨日寝具売り場から持ってきたパジャマである。絵柄こそ無地で色っぽさなどは欠片もないが、普段来ている制服と比べたら薄着もいいところで、そんな姿を見られたともなれば胡桃が恥ずかしがるのも無理はない。

 口をパクパクさせて動けないでいる胡桃にもう一度視線を向けた凪原がとどめを放つ。

 

「あと髪を下ろしてるの初めて見たけど新鮮でいいな。おしとやかに見える」

「う、うるさいそんなこと言うな、ってか着替えるからとっととでてけーっ!」

 

 口調こそ叫んでいるが皆を起こさないよう声量は落として凪原を追い出す胡桃、気配りのできる優しい子である。凪原が完全に部屋の外に出たのを確認して慌てて制服に着替える。パジャマはてきとうに丸めて布団の中に放り込んでおく、洗面台についている鏡の前で手早く髪型を整え一回転、変なところが無いことと顔色が戻っていることを確認したら改めてシャベルを持って部屋を出る。

 

「お待たせ」

「おう、なんだ髪型いつものにしちゃったのか。似合ってたのに」

「へ?そ、そう?ありがと―――じゃないっ、それはもう忘れろ!ほらさっさと行くぞっ」

「はいはい」

 

 ゲシゲシ、と足を蹴ってくる胡桃を笑いながらなだめて歩き出す凪原。「ホントに忘れろよ⁉」という胡桃の声を残して部屋の中は再び静かになった。

 

 

「「「………。(ゴソゴソ)」」」

 

 そして静かになった室内で聞こえる布団がこすれる音×4

 寝たフリをしていた少女たちが動き出し、腹ばいで枕を腕の中に抱えるような体勢で顔を突き合わせる。

 

「あの2人ってほんとに付き合ってないんですか?」

「そーなんだよ、みーくんっ。おかしいと思うよねっ?」

「あんなやり取りしといて付き合ってないとか……もしかして凪先輩ってヘタレ?」

「彼の名誉のために言っておくけど違うと思うわよ。もともと相性は悪くなかったみたいだし、でも」

「でもなんですか?ゆうり先輩」

 

 コソコソとまだ寝ている慈やるーちゃんを起こさないように話す4人。圭のあんまりな予想を否定した悠里が何かを言いかけたので先を促す美紀。その顔はやや無表情ながらも気になっている様子だ。

 

「なんか昨日の朝から距離が近い気がするのよね」

「なんてったって一緒の部屋で寝てたからね~」

「いやそれもう確定じゃんっ!?」

「それで付き合ってないっていうのはちょっと…」

 

 思ったより大きな情報が出てきたことに驚愕の声を上げる圭、今までは一応意識していた言葉遣いへの配慮が吹き飛び、完全に以前の口調に戻っている。美紀の方も呆れ顔だ。

 

「おそらくあなたたちの想像してるようなことはなかったと思うわよ」

「というと?」

「あの時は胡桃ちゃん落ち込んじゃってたからね、そこに付け込んでなんかするってことはナギさんはしないと思うよ」

「でもその次の朝から距離が近くなってたんですよね?」

「まぁナニかはあったんじゃないかな~、たとえば―――

 

 パンデミックが起こって世界が変わってしまったとしても彼女達は女子高生、皆恋バナには興味津々で、ヒソヒソ話はるーちゃんが起きるまで続いたのだった。

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃあ、物資回収会議を始めま~す。拍手∼」

「「ワー、パチパチ」」

 

 凪原のてきとうな言葉にキラキラした笑顔で返するーちゃんと懐かしそう様子で返す慈。時刻は午前9時ごろ、場所は美紀と圭が暮らしていた部屋である。朝の軽い探索から戻り朝食を取った凪原は今日の行動について会議を始めていた。ちなみに慈が懐かしそうにしているのは生徒会当時の会議がこんな感じだったからである。

 

「昨日も話した通り俺たちはこれから学校(巡ヶ丘学院)を生活の拠点にする予定なので、そこに持ち帰るべき物資はどんなものがいいかということを決めていきたいと思います。これからの生活に関わってくるので皆さんふるって意見を出してください。……あとそっちの女子達はそろそろ胡桃を放してあげなさい」

 

 言いながら凪原が視線を向けた先では、前後左右をぐるりと囲まれて尋問を受けている胡桃の姿があった。彼女は探索から戻ると同時に由紀達女子高生組に部屋の隅へと連行されていたのだった。漏れ聞こえてくる言葉から会話の内容をうすうす察した凪原はこちらに飛び火してこないようスルーしていたのだが、そろそろヘルプを求める胡桃の視線が無視できなくなってきたので渋々声をかけることにした。

 

「うーんまぁ仕方ないか~」

「そうですね、会議も大事ですし」

 

 呼ばれた由紀達は割とあっさりと胡桃を解放した。解放された胡桃はワタワタと凪原の方へ移動してくると恨みがましい目で凪原をにらむ。

 

「助けが遅い」

「いやだって、途中で介入したら俺に矛先が向きそうだったし」

「それでもだよっ」

「さ、全員集まったところで会議を続けるぞ~」

「聞けよっ」

 

 流されて怒る胡桃であったが、物資の回収が大事なことはよく分かっているのでため息をつくと表情を改めた。凪原もそれを確認し、皆に折りたたまれた紙を配る。先の探索時に持ってきたリバーシティ・トロンの館内パンフレットだ。

 

「今配ったパンフレットを参考にして欲しい物資を探してみてくれ。ちなみに×を付けたエリアは破損がひどかったりして危険そうな場所だ、そこでの活動はやめといたほうがいいだろうな」

「それは分かったけれど、そもそも彼等のことはどうするのよ?彼等がどこにいるのか分からない状況じゃ落ち着いて探索できないわ」

 

 彼等、ゾンビたちのことについて質問を発する悠里。その指摘はもっともで慈や由紀なども頷いている。だが凪原とてそのことを忘れているわけではない、今回の場合はショッピングモールの特徴が役に立ってくれる。

 

「その辺については大丈夫だ。ここでは各店舗が独立してるからな、店舗ごとにシャッターが下ろせるみたいだから必要なものが決まったらそれが売ってる店舗のシャッターを下ろして隔離、制圧してから回収をすればい。隔離から制圧までは俺と胡桃でやるから安心してくれ」

「2人だけで大丈夫なんですか?」

 

 問題ないという凪原に当然の疑問を投げる慈、それに答えたのは凪原ではなく胡桃だった。

 

「平気だよめぐねぇ。さっきあたしとナギとで下のフロアを見てきたけど、あいつらの数は少ないし2人だけなら警戒する範囲も減るからかえって安全だと思う」

 

 胡桃の言うことは正しい。危険地帯を徒歩で行動するとき、人数が少なくとも全員が戦えるグループと人数が多いが非戦闘員が過半数のグループとでは前者の方が圧倒的に生存率が高い。人の目は多いほうが良いが最低限自衛ができない場合は言い方は悪いが足手まといだ。

 そんな事情を察したのか、慈だけでなくるーちゃんを除いた戦闘役以外の皆の表情が沈む。

 

「そんな顔しないでくれよ、あたしは戦う方が得意だからやってるだけで別に辛いとかは思っていないよ。なあ、ナギ?」

「ああ、胡桃の言う通りだ。適材適所って言ったらあれだけど、それぞれが得意なことをやってるだけだからそこに引け目を感じる必要はない。―――とはいえ割り切れないものはあるだろうしな、遠足に戻ったら皆にも自衛できるくらいには鍛えさせてもらう。そうすれば多少は気持ちの整理もつきやすいだろ」

 

 実際、凪原や胡桃は慈達のことを足手まといだとはこれっぽっちも思っていない。戦闘をこなしているのはそれが得意だからだし、皆が戦闘をしないことに不満はないしその他のところでは常々助けられていると感じている。

 が、慈達からすればそう簡単に割り切れるものでもないのだろう。他人を矢面に立たせて自分が比較的安全なところにいるというのは、まともな精神であればなかなかクるものがある。まして戦っているのが自分の親しい人であればなおさらだ。世の中には仕方ないで納得できないこともある。

 

 そのあたりの心情を察したのであろう凪原の言葉は皆の内心に一応の整理をつけることができたようで、少し暗くなっていた空気が元に戻った。

 

「それじゃ改めて聞いていくぞー。生活必需品だけじゃなく欲しいものはとりあえず言ってくれ、取りに行けるかは置いておくとして言うだけならタダだからな」

 

 その声をきっかけにして部屋の中ではワイワイと自分の希望を言う声が響き始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「んで、一番多かったのが洋服か」

「あら、私たち女子にとっておしゃれはとっても大事で意味のあることなのよ」

「なの~」

 

 微妙に呆れが混ざったような凪原の言葉に反応する悠里、とそれに便乗するるーちゃん。この手の話題で男子が反論するとたいていロクなことにならないことを経験的に知っている凪原は手を振りながら「分かってる」とだけ返す。

 会議では様々な意見が出たが、とりあえず洋服が欲しいという声が一番多かった。これで男子が多ければまた違った結果になったのかもしれないが考えても詮無きことである。

 

 ファッション関連はそれだけでフロアを丸々一つ使っているが、フロア全体の安全確保は骨であるため、ショップを選んでもらったうえで制圧を行った。現在は皆を連れてショップへ移動してきたところである。

 閉めておいたシャッターに異常がないことを確認してから開き、全員が中に入ったところで再度閉める。きちんと油が差してあったようで、度重なる開閉でもきしむような音が出ることはなかった。

 光が漏れそうな場所がないことを確かめてからランタンの明かりを全開にすれば、明かりに照らされて若い女性向けのファッション売り場が浮かび上がる。

 

「お~っ!」

「たくさんあるの~」

「あっ2人とも!皆から離れちゃ危な―――くないんでしたっけ?」

 

 たくさんの洋服にテンションが上がったのか走り出す由紀とるーちゃんに静止の声を掛けようとした慈だったが安全確保をしたというのを思い出して凪原に振り返る。

 

「ああ、俺と胡桃とで隅から隅まで確認したからね。この店舗内に限って言えば何の危険もない、ただの洋服店と思って大丈夫。普通と違うのは全品10割引きセール実施中ってことぐらいだから気にしなくていい」

「それだけでだいぶ普通じゃないと思いますけど?凪原先輩」

「かもな、でも悪いことじゃないだろ?」

 

 圭が凪原のことを先輩と呼んでいたため、それに倣って美紀も先輩と呼ぶことにしたらしい。突っ込みを入れてきた彼女にそう聞き返せば、確かにと頷いてた。やや不愛想にも見えるが嫌悪感などは感じないので特に問題ないだろう。

 圭に呼ばれた美紀が離れていき、胡桃や悠里も奥に行ってしまったのでシャッター近くには凪原と慈が残される形となる。

 

「さて、ここは安全みたいですしなぎ君は自分の服とかを見に行って大丈夫ですよ」

「そう?ならお言葉に甘えようかな、あの調子じゃどれだけかかるか分かったもんじゃない」

「ふふ、本人たちの前でそんな言い方しちゃダメですよ?」

 

 ほっとしたように言う凪原を嗜める慈だったが、その気持ちも理解できるようであまり強くは言わない。

 

「それじゃ、ちょっと行ってくる。ついでに回収するものが少なそうな薬局も回ることにするよ」

「分かりました、くれぐれも気を付けてくださいね。あ、それとできれば大きめのかばんも持ってきてもらえると助かります」

「了解、その辺も合わせて見繕ってくる。多分1時間ぐらいで戻ると思う」

 

 

 

====================

 

 

 

 男の服選びにかかる時間など女性のそれと比べたら刹那に満たない。自身の着替えを早々に選び終えた凪原は、慈に言った通り薬局の店舗スペースへとやってきていた。

 

「そういや薬局来るのっていつぶりだ?」

 

 そう1人呟く凪原が手に持っているのは薬局にはいささか似つかわしくないものだった。右手に握っている9ミリ拳銃は時節柄仕方ない、ただし左手で引きずっているスーツケースは明らかにおかしい。

 しかし当の本人はそんな事ちっとも考えていないようで、安全を確保(ゾンビを射殺)しシャッターを下ろすと鼻歌まじりにスーツケースを開いて棚に並んでいる薬や衛生用品を片っ端から詰め込み始めた。

 風邪薬、頭痛薬、胃薬、傷薬…etc、どれも棚に並んでいる在庫を根こそぎ回収していく。

 

 食糧はその気になれば自分たちでも生産できる。巡ヶ丘学院の屋上菜園もそうだし、川や海まで出向けば魚も手に入るだろう。店から回収した方が早いのでそうしているが手がないわけではない。

 機械や道具類は使用する人間の絶対数が激減したせいで今店舗で並んでいるものを回収するだけで一生かかっても使いきれない程手に入るだろうし、多少なら凪原自身で修理できる。インフラレベルの大規模なものはお手上げだが無くて死ぬというものではない。

 

 しかし、医薬品だけはどうしようもない。

 再生産されるのは他の物品と同じく絶望的であるうえに、自分たちで生産することは実質不可能(やればできるかもしれないが知識0の人間が作った薬など毒と同義である)。必ず必要になるとは限らないが、いざ必要となった時になければあっさり死ぬ可能性がある。

 

 以上のような理由から、凪原にとって医薬品は優先して回収すべきものなのであった。今後遠征に出るときにはドラッグストアや調剤薬局など、医薬品が置いてそうな場所は一通り回るつもりである。ただし、病院はパンデミック直後に人が殺到し、必然的にゾンビが大量発生していると思われるので近づく気はない。

 

 

 記憶にある薬局の位置をリストアップしながら物資を回収していた凪原の手が止まる。その視線の先、

――睡眠薬――

そう記されたタグが付いた棚では他の場所と比較してごっそりと箱が無くなっていた。現在のような状況では使用用途など考えるまでもない。

 

「あっさり諦めてんじゃねぇよ、……バカ野郎」

 

 漏れた言葉が、誰に聞かれるともなく店内に消えていった。




一話で終わらんかった…
物資回収はもう一話で続く予定です、多分それで第2章は終わりかな

由紀達の恋バナ
そりゃ女子高生だもん、好きだよね。気になることがあったら盛り上がるよ

ファッション
筆者は全く詳しくないが大事だということは知ってる

薬局・医薬品
本文中に書いたのは筆者個人の考えです、があまり外れてるとは思わないんですよね。色んなゾンビ小説って食糧確保に重点が置かれてるけど医薬品の方が絶対数が少ないから手早く集めないと色々手遅れになる気がする。「市販薬くらいで生死に直結しないだろ」と思うかもしれませんが医者がいない状態で風邪を薬飲まずにほっといたら割と死ねる気がするし、調剤薬局ならちゃんとした薬もある。どれを飲むかはある程度知識がいるけど自分で調合するよりはマシ


次の章に行く前に閑話を入れようかどうか考え中、

それではまた次回!


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2-11:全品10割引きセール実施中 下

物資調達編part2です




「さて皆さん、俺が何を言いたいか分かりますか?」

 

 しかめっ面で腕組みをしている凪原の足元には、いくつものスーツケースが山積みになっていた。1つあれば海外旅行に行けるサイズのものがこれだけ積み上がっている様はある意味壮観だ。いうまでもなく中身は女性陣がこれでもかと詰め込んだ洋服の数々である。

 多すぎたため持ってきたスーツケースでは足りず、凪原は再度かばん売り場まで行かされるハメになった。

 

「いくらなんでも多すぎるんじゃないですかねぇ……」

「あはは~選びすぎちゃったかな」

「まぁ正直悪かったとは思う」

「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかしら」

 

 驚愕半分呆れ半分といった表情の凪原に、冷静になったのか皆も苦笑いを浮かべている。その様子にため息をつきつつ続ける凪原。

 

「まぁ気持ちは分かるよ?みんな女性だからファッションには興味あるだろうし、こんな自由に欲しいものを選べる機会なんてなかっただろうしさ」

「バーゲンでも0円にはなりませんからねぇ」

「そうそう、全部タダなんだ~って思ったらみんな欲しくなっちゃってさ」

「私も柄にもなく色々目移りしてしまいましたね」

「確かに美紀が色々見てたのは珍しかったね、普段からそれだけ服に気を使って、あとは目つきを良くすればもっとマシになるのに」

「ちょっと圭、目つきは関係ないでしょ」

 

 凪原の言葉に頷く一同、やはり女性はセールが好きなのだろうか。そして、美紀の言葉に反応した圭が からかうように言うと美紀はわずかに顔を赤らめて言い返す。しかしそれに反応したのは由紀だった。

 

「そんなことないよみーくんっ、みーくん美人さんなんだからもっと笑わないと!仏頂面だと幸運が逃げてっちゃうよ」

「ノらないでください由紀先輩、それに幸運といえば私は先輩たちに助けてもらったところで一生分使っちゃいましたよ」

 

 そんな冗談交じりの掛け合いに周囲の笑い声があがる。皆の顔は明るく、現状を悲観しているような雰囲気はない。

 

(これだけ笑えるなら大丈夫そうだな、特に圭と美樹の2人はるーちゃんと違ってかなり危険と隣り合わせだったみたいだからもっと精神が疲弊してるかと思ったけど。女性は強いってことなのかね)

 

 その様子を見てそう結論付けた凪原は、内心で一つ頷くと口を開く。ここからは趣味ではなく仕事(生存のため)の時間だ。

 

「そんじゃ美紀の将来がお先真っ暗なのは置いておくとして、こっからは今回の遠征の本題の食料調達の時間だ。全員気を引き締めすぎない程度に引き締めるように」

 

 胡桃からは「どっちだよっ」、美紀からは「置いとかないでください」というツッコミが響いた。

 

 

 

====================

 

 

 

「ねえねえ、これ持って行っていい?」

 

 そう聞く由紀が手に持っているのはポータブル式のCDプレーヤーだった。凪原たちは一階フロアの音楽ショップへとやって来ていた。このショップは階段の近くにあり、地下の食料品フロアへのアクセスが容易であるため食料調達を行う上での前線基地として利用することにしていたのである。

 

「いいんじゃないのか?音楽聞いてると落ち着くし」

「ああ、時間を潰せるものはいくらあって困らないしな、ただ一応あっちのやつも持って行けよ」

 

 肯定的な胡桃に続いて頷く凪原が指さしたのはヘッドホンやイヤホンなどのコーナーだった。凪原が「好きなの選べ~」と言った時には既に由紀は明らかにサイズが合っていないヘッドホンを付け、「似合うかなー」と鏡をのぞき込んでいた。

 

「じゃ、あたしは欲しいCDとか見てこよ~っと」

 

 圭はそう言いながら店の奥に消えていった。口ずさんでいるのはどこかのグループの曲なのだろうが、凪原には分からなかった。

 

「それで、このスーツケースたちは凪原先輩が持ってきたんですか?」

「明らかにこのお店と合ってないですもんね」

 

 そう尋ねる美紀と慈の視線の先にあるのは、店の片隅に並ぶスーツケースたちである。先ほど悠里達が選んだ洋服を詰めたのとは別の物であり、凪原が事前に運び込んだものであることが予想された。

 

「ああ、買い物カゴじゃ後で運ぶのも大変だからね。ここまではカゴで持ってくるけど皆にはここで詰め替えてほしいんだ」

「なるほど、確かにコレ(スーツケース)なら持ち運びが楽ですね…でもこんなにたくさん持って帰れるんですか?りーさんに聞きましたけどここに来たのは慈先生のミニクーパーなんですよね、積みきれないんじゃないですか?」

 

 凪原の説明に納得した美紀だったが、荷物の量を心配したのか続けて質問してきた。なお慈は先生と呼ばれたことによるトリップタイムに入ったため、凪原は彼女を視界から除外することにした。

 

「心配してくれるなら、もうちょっと選ぶ服の量を抑えてくれてもよかったんだが?」

「そ、それは言わないでくださいよっ」

 

 わずかに頬を赤らめて頬を膨らませる美紀、無表情なように見えて意外と感情豊かなようだ。そんな美紀を笑いつつ、凪原はポケットから鍵束を取り出して見せた。

 

「悪い悪い。ま、大丈夫だ、コレ持ってきたからな」

「なんだそれ?」

「宅配用のトラックの鍵。ここ入る時店のマークが入ったトラックがあったからさ、探してみたらバックヤードにあった」

「あーそういえば何台か停まってたな。大量に買った時とか大きなものかった時とか用だっけ?」

「多分そうなんじゃないか。ともあれ、トラックがあればかなりの物資が積み込めるからな、在庫丸ごと持っていくわけじゃないし大丈夫だろ」

 

 物資の量に関する問題が解決したので、話題は持ち帰れる食料の内容に関することに移る。美紀の話では避難生活中は男性陣が日に1回調達に出ており、食事はレトルト食品や缶詰が主だったようだ。その時に聞いた話では在庫はまだまだあったらしいので今もまだ残っているだろう。ゾンビの数もそれなりにはいるものの、あふれかえっているというほどではないらしい。

 

「そう言ってたリーダーさんが噛まれたせいでグループが壊滅したし、私と圭が苦労することになったんですがね(ハイライトオフ)」

「どうどう、美紀。落ち着け」

「そうそうっ、声低くなってるぞっ」

「あ、失礼しましたっ」

 

 一瞬だけ恐ろしいほど冷めたい声を出した美紀だが、凪原と胡桃が声をかけるとすぐにいつも通りの表情になった。少しだけ背筋にうすら寒いものを感じた2人は早々に食料調達に出かけることにした。美紀と、トリップから戻ってきた慈に後のことを任せて出発しようとしたところに、店の奥に行っていた悠里が何かを手に戻ってきた。

 

「ちょっと待って2人とも、地下に行くならこれが役に立つんじゃないかしら」

「これは?」

 

 近くにいた凪原に手渡されたそれは白っぽい色の棒だった、それなりの硬さがあるが力を籠めれば折れそうだった。

 

「ケミカルライト、真ん中あたりを折れば数時間発光し続けるわ」

「結構明るいの~」

 

 「こんな感じにね」、と両手で棒を折る動作をする悠里。その横ではるーちゃんが実演してくれた。折られたあたりにオレンジ色の光が灯り、数秒で棒全体が発光し始めた。

 

「あ~、コンサートとかライブとかで使われてるやつか。あたしは行ったことないけど」

「俺もないな、けどこんなに明るいもんなのか。りーさん良く知ってたな」

「この子とアニメのイベントに行ったときに配られたことがあったのよ」

「なるほど、そういう感じか」

 

 悠里が話した内容に納得する一同。悠里はるーちゃんの頭をなでながら話を続ける。

 

「いつも音で彼等を誘導していたけれど、地下だと音がこもっちゃうからうまくいくか分からないでしょう?光ならそのあたりを心配しなくてもいいし、彼等光にも反応するみたいだから効果があるんじゃないかと思って」

「りーさんあったまいいー!」

「たしかに音がこもることは考えてなかった…冴えてるな、りーさん」

「流石学園生活部の部長さんですね」

「すごいです」

 

 皆に口々に褒められた悠里は少し照れてしまったようで、ほかにも在庫がないか探してくると言ってまた奥に引っ込んでしまった。

 

「じゃあ改めて行こうぜ、ナギ」

「おう、んじゃ2人とも行ってくるから後は任せた」

「任せてください」

「はい、くれぐれも気を付けてくださいね」

 

 美樹と恵の声を背に受けながら2人はシャッターをくぐった。

 

 

 

====================

 

 

 

「あ、そうだ。どうせ地下フロアは真っ暗だろうからこれ渡しとく」

「なにこれ、望遠鏡付きの眼帯?」

 

 食料品売り場がある地下フロアへと向かう道すがら、凪原から見慣れないものを手渡されたのは胡桃は思ったままの考えを口に出す。頭に掛ける部分がバックル付きで調整ができることと、望遠鏡としては小型なうえに複数のダイヤルが付いていることに目をつぶれば確かに望遠鏡付きの眼帯に見えなくもない。

 

「暗い中で望遠鏡のぞき込んでどうすんだ、赤外線ゴーグルだよ。それがありゃ暗闇とか関係ないからな」

「へ―、それは便利そうだけどこんなものどこで…って考えるまでもなくあの武器庫(部室の物資倉庫)か。ほんとに何でもあるな」

「ご名答。ま、何でも売ってた密林様に感謝ってとこだな」

 

 小さくため息をつく胡桃、第31代生徒会(凪原たち)が生徒会室を改造して作った非常用物資保管庫には細々したものも数多く詰め込まれている。胡桃はもうどんな物資が出てきても驚かないことにした。

 

 

 

「うん、予想通りの真っ暗闇」

「電気がないとこんなに暗いんだ」

 

 地下フロアへと続く階段をのぞき込む2人、これまで探索してきた地上階では外の光がわずかとはいえ差し込んでいたため薄暗いながらもなんとか明かり無しでも動くことはできた。しかし地下は日の光が差し込む余地はなく、完全な闇に閉ざされていた。

 

「で、これはどうすればいいの?使ったことないから分かんないんだけど」

「じゃ付けてやるからちょっとじっとしてな」

 

 一言断ってから胡桃の頭にゴーグルを取り付けていく凪原、胡桃を気遣いつつもずり落ちてしまうことの無いように各部のベルトを調整していく。

 

「―――これでどうだ?緩かったりきつすぎたりしないか?」

「ん……大丈夫そうかな。ありがとう」

「ならよかった、使うときは望遠鏡みたいなとこを目の前におろして側面の赤いスイッチ押せば大丈夫だ」

 

 軽く頭を振ったりした後に頷く胡桃、それを確認して凪原も自分の分を手早くセットする。

 

「じゃ、行くか」

「ああ」

 

 短く言葉を交わして階段を降り始める。初めの数段はまだギリギリ足元が見えるが、さらに数段降りれば視界はばほとんどゼロだ。2人は階段中央付近にある踊り場でゴーグルのスイッチを入れることにした。

 

「すごい!こんな暗いのにはっきり見えるっ!」

 

 暗視装置を初めて使った胡桃が感嘆の声を上げる。彼女の視界では階段の残り半分や、その先の食品売り場の商品棚がくっきりと浮き上がっていた。多少緑がかってはいるが電気がついている時と遜色ないほどである。

 

「最新式ほどではないけどなかなかのもんだろ?赤外線ライトで照らしてるからよく見える上に傍目では分からないから光であいつ等に気づかれることもないはずだ」

「ああっ、これなら気づかれる前にこっちから近づいてイチコロだっ」

「落ち着け。わざわざ全部倒さなくていい、何のためにりーさんがコレ(ケミカルライト)くれたと思ってんだ」

 

 便利な道具のおかげでテンションが上がっている胡桃を諫める凪原、2人は食糧の確保に来ただけでフロアの安全確保をしに来たわけではないので、ゾンビを誘導できるなら全体倒す必要はないのだ。

 

「そうだった、ごめんちょっとテンションが上がっちゃってさ。でもパッと見ではあいつ等見当たらないけど本当にいるのかな?」

「声は小さく聞こえるからいることはいるみたいだけど、こりゃちょっと距離がありそうだな」

 

 

 

 とりあえずゾンビたちの位置を把握しようということでフロア内をざっと1周してみたところ、所々にはぐれ個体がいたものの、大体のゾンビは1所に集まってじっとしていた。

 

「ほとんど動いてないな、外からの刺激が無ければあんな感じなのか?」

「よく分からないけどそうなんじゃない?全く動く気配がないし」

 

 棚の陰に隠れながらヒソヒソと話す2人。別に隠れなくても向こうからは全く見えないのだろうが、やはり気分的に隠れてしまう。

 

「動かないのならそれはそれで好都合、とはいえあそこはレトルト食品売り場(目的地)に近いから…」

「こいつの出番ってことだな」

 

 凪原の言葉に応じる形でケミカルライトを取り出す胡桃、しかし数本引っ張り出したところで首をかしげる。

 

「どっちにおびき寄せる?」

「あっちでいいだろ、どうせ腐ってるだろうからなんも取れないだろうし」

 

 凪原が指さす先は生鮮食品売り場であった、以前であれば鮮魚や精肉が並んで最も人気があったエリアもいまとなっては何の旨味もない。ゾンビを誘導したとしても影響はないだろう。

 

「おっけー」

 

 返事をした胡桃は持っているケミカルライトをすべて折り、凪原の指さした方へ放り投げる。軽い音を立てて転がったそれらは希望通りの位置で動きを止めて発光を始める。

 音も光もなかった地下フロアに突如として出現した光源、それに釣られないはずはなく、溜まっていたゾンビ達が動き始めた。少し離れて様子をうかがっている凪原と胡桃の2人には全く気付く様子はなく、ただうめき声をあげながらケミカルライトへと群がっていく。

 数分待つと、すべての個体がケミカルライトの周りに集まり、元居た場所には1体もいなくなっていた

 

「うまくいったみたいだなっ!」

「ああ、ばっちりだ」

 

 作戦が成功したことで声が弾んでいる胡桃に凪原も笑顔で頷く。

 

「それじゃあ物資回収といくか、量が量だから何往復もすることになるだろうしちゃっちゃとやってこうぜ」

「そうだな、…お菓子とか残ってるかなぁ~」

「おいおい」

 

 チョコにクッキー、飴玉にスナック菓子などと願望をつぶやいている胡桃に突っ込みを入れながらも、2人は食料調達を開始した。それぞれがレジ近くにあったカートを押し、上下に乗せた買い物カゴを載せて売り場を歩く。

 凪原は缶詰類を、胡桃はその向かいの棚に並ぶインスタント食品や乾麺などを次々に放り込んでいく。

 端から順にすべて回収するため、時間を置かずに4つのカゴが満杯になった。

 

「うっしナギ、そろそろいったん戻ろうぜ」

「あいよー」

 

 声を掛け合って、先ほど降りてきた階段へと引き返す。さすがにカートのまま上るわけにはいかないので人力で運搬し、階段を登り切ってからは用意しておいた別のカートに積みなおしてCDショップへ戻る。

 

「ただいま~」

「とりあえず第一陣を持ってきたぞー」

 

 声を掛けながらシャッターを挙げた凪原達を出迎えたのは悠里だった。ちょうど入り口近くの棚を見ていたらしい。

 

「あらお帰りなさい、その様子だと特に危ないことはなかったみたいね」

「ああっ!りーさんがくれたケミカルライトがすごい役に立ったよ」

「溜まってたあいつ等をうまいこと誘導できたよ、りーさんのおかげだな」

「そ、そう?それなら良かったわ。…それにしてもいろいろ持って帰ってきたわね」

 

 2人からの称賛に照れて話題をそらす悠里、わずかに目が泳いでいる。あまり突っつくと炊事全般を握っている彼女にご飯を減らされかねないので2人とも指摘しないことにした。

 

「ほとんどの棚に商品が残ってたからな、今回じゃ取り切れないからまた今度来てもいいかもしれない」

「そう、そんなに残ってたの。ならしばらくは食事事情は心配しなくて良さそうね」

「そうそう、学校に戻ったらおいしいごはん頼むぜ」

「分かったわ、期待してて頂戴」

「そりゃ楽しみだ、じゃあまだまだ取ってこないとな。また行ってくるよ」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 悠里の声を背に受けつつ、2人は再度食料調達に向かうべくシャッターをくぐった。

 

 

 

====================

 

 

 

『それじゃあ出発しますね』

「はいよ、気持ちゆっくりめでお願い」

 

 無線を介して聞こえてくる慈の声に返事をする凪原は久しぶりにハンドルを握っていた。

 

 ショッピングモール特有の広い駐車場にてエンジン音が2つ響いていた。1つは慈の自家用車であり、ここに来る際に乗ってきた赤いミニクーパー。もう1台は2tショートトラックである。物流で扱われるトラックの中ではもっとも小振りなそれはコンテナ側面にショッピングモールのロゴが描かれている。

 凪原が見つけてきた鍵のおかげで永遠に続くはずだった眠りから覚めた鉄の獣は、機嫌よく再び走り始める時を待っていた。

 

「さ、早く行こうぜ。3日も離れてたから学校が恋しくなってきた」

 

 そして助手席に座り、上機嫌でダッシュボードをパシパシ叩いている胡桃。「めぐねぇの車に7人は狭いし、ナギだって1人じゃ寂しいだろ?」ということでトラックに乗ることを希望した。道中の話し相手が欲しかった凪原に異論があるはずもなく、2人そろってトラックの乗用車と比べて少し高いシートに腰を下ろしている。

 

「だな。なんか、俺も早く帰りたくなってきた」

 

 そう言いながらアクセルを踏み込んでトラックを発進させ、前を走る赤いミニクーパーの後に続く。

 

 

 こうして学園生活部の遠足は、出発時よりも人数を3人増やし多くの物資を回収する、誰が見ても大成功という形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

「……あの、本当にあの2人付き合ってないんですよね?」

「不思議だよねぇ~」

「あれだけ楽しそうに話せるなら、あとは自覚を待つだけね」

 

 由紀達がのぞき込んだバックミラーには、トラックの車内で楽しそうに話す凪原と胡桃の姿が映っていた。




これで第2章は終わりですね、第3章は巡ヶ丘学院での生活が中心になる予定です。

大量に登場したトランク
買い物カゴのままだと、持ち帰る時に重ねられないし無駄に場所とるしで大変な気がする。ショッピングモールならカバン売り場くらいあるだろうし、持ち帰るのが缶詰とかレトルトならある程度押し込んでも問題ないんじゃね?ということでこんな感じに、皆さんも物資調達の際は使ってみてはいかがでしょう?

暗視ゴーグル
実は密林で3〜5万円台くらいのが売られてたりする、最新式ではなくてもゾンビ相手ならこれで十分。夜の見張りにも使えるからあると無いとじゃ大違い

凪原と胡桃
タグに「ヒロインは胡桃」ってつけてるから作者的には早くくっつけたいんだけどいきなりくっつけるわけにもいかないのが最近の悩み

ちょっと連絡、
リアルの事情でこれからかなーリ忙しくなるので来週は更新できない気がします。ちょっとまだ未定な部分があるので詳しく分かったら活動報告の方に挙げておきます

それではまた次回!


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閑話:学園生活部部員名簿♪

みなさんこんにちは、2週間ぶりです。
先週は更新できず申し訳ありませんでした

とりあえず、超忙しい期間が一区切りついたので投稿します。


「ん、なんだコレ?」

 

 学園生活部の部室(元生徒会室)にいた凪原は何気なく手に取ったノートの表紙を見て呟く。その声に部屋の隅でお茶を淹れていた胡桃が反応する。

 午後の訓練が終わって一息入れようというところだったため部屋には2人しかいない。

 

「どうした?」

「いや、なんかテーブルの上に置いてあったから気になって見てみたんだけどさ」

 

 ホラ、と胡桃に見えるように手にしたノートを掲げる凪原。

 

「えーとなになに……、「学園生活部部員名簿」?ナニこれ?」

「文字通りならうちのメンバー一覧だな、俺が来る前とかに作ってたりしてたんじゃないのか?」

「いやー、そんなことはないな」

 

 表紙に書かれていた文字を読み上げて首をかしげる胡桃、凪原の質問にも首を振っていて特に覚えはないようだ。

 

「まあ誰のかはすぐ分かるんだけど」

「それは確かに」

 

 胡桃の言葉に頷く凪原、お互いに口にせずとも誰がこのノートを書いたのかは想像できた。表紙にはタイトルの他にもカラフルなペンで様々な絵が描かれていた、こんなことをするのは学園生活部に1人しかいない。

 

「絶対由紀だろ」

「ああ、間違いなくあいつだな」

 

 以外、というほどの事でもなく、由紀は絵を描くことが好きだ。鼻歌交じりにペンや色鉛筆を握っている姿をよく見かけるし、ときどきるーちゃんと共に黒板一面に絵を描いていることもある。曰く、「授業で消されたりしないからじっくり時間を掛けられて楽しいんだ~」とのこと。

 

「じゃ、中を見てみるか(ペラッ)」

「躊躇ないな、ナギ(ヒョコッ)」

 

 持ち主が分かったところでためらいなくページをめくる凪原に、ツッコミを入れつつも横からのぞき込む胡桃。なんだかんだで気になることは気になるのだ。

 

「ふむふむ、1ページで1人分ってとこか」

「最初はめぐねぇみたいだな、どれどれ……」

 

 

 

佐倉 慈(さくら めぐみ)

通称:めぐねぇ

 

 元々は担任で今は学園生活部のこ問の先生。いつも佐倉先生って呼ぶように言ってるけど、やっぱりめぐねぇはめぐねぇだな~。紫色のワンピースと髪をまとめてる白のリボンがトレードマーク(でもあのワンピース何着持ってるんだろ?いっつも同じに見えるけど微妙に違うんだよね)。国語の先生で授業もしてくれてたんだけど話し方が優しいから眠くなっちゃう、でもいつもそうだとお説教が……おぉこわいこわい。遠足が終わってから授業が再開しちゃったから大変、恨むよみーくん~……。それに漢字の読み方も意味が分からないよ、なんで時間の時に雨で「しぐれ」って読むの?「ときどきあめ」でいいじゃん

 あ、脱線しちゃったけどめぐねぇはすっごくいい人!ほんわかしてるけど実はしっかりしてて頼りになる、んじゃないかなぁ~

 

一言:近所のダメな感じのお姉さん

 

 

 

「なるほど、由紀から見たその人の印象について書いてる感じか。…にしても、「近所のダメなお姉さん」か、言い得て妙というかなんというか……」

「分からないでもないってのがまた絶妙なセンスだよな。ってかあたし今まで気にしたことなかったけど、確かにめぐねえワンピース何着持ってるんだ?」

「なんか聞いてもはぐらかされたから、俺は勝手に七不思議に認定して考えないことにしてたな。というか時雨(しぐれ)をときどきあめはダメだろ…。この前も思ったけど、由紀ちょっとアホの子過ぎないか?」

「あー…、うん、まぁその辺はあんま言わないであげて。めぐねぇも頑張って教えるって言ってたし…」

「……文系科目はめぐねぇに任せるとして、今度理系科目をある程度叩き込むか」

「ああ、しっかり教えてあげてくれ」

「何言ってんだ、胡桃もだぞ。こないだ見たけど微分、怪しかったろ?」

「げっ」

 

 感想を言い合いながらページをめくる。

 

 

 

若狭 悠里(わかさ ゆうり)

通称:りーさん

 

 元園芸部の部長さんで、今は私たち学園生活部の頼れる部長さん。屋上菜園でお野菜を育てられるのもりーさんのおかげっ。頭もよくて前からめぐねぇのお手伝いをしたりしてたんだ〜。

 今は食べ物とかいろんなものの数をしっかり数えて管理してるみたい(家計簿、だっけ?)。こっそりお菓子を食べたらすぐにばれて怒られちゃった、管理がきびしすぎるよ~。でも作ってくれるご飯はおいしんだよっ、遠足に行ってからはおかずが増えたし、料理してる間は鼻歌を歌ってたりしてて楽しそう。いつもセーラー服の上にカーディガンを着てて、左耳のあたりで髪をまとめてるし意外におしゃれさんなんだよね。スタイルはお胸さんが……うぐぐ、私だっていつかはあんなふうになるもん!

 

一言:お姉さんというかむしろお母さん?

 

 

 

「お母さんか……なんか分かる」

「ソレな」

 

 

 

恵比寿沢 胡桃(えびすざわ くるみ)

通称:胡桃ちゃん

 学園生活部きっての体育会系、いつも元気いっぱい。ちょっと前は沈んじゃってたけど最近は前の胡桃ちゃんに戻ったみたいで一安心。元陸上部で鍛えてたからかもしれないけどナギさんの訓練についていけるのはすごいよ(私は5分持たなかったもん)。でも本当にいつもスコップ(あれ、シャベルだっけ?まあ、いいや)を持ってるのはどうかと思う、寝る時も枕元に置いていたのはちょっと引いちゃった。しゃべり方は元々男っぽかったけど、ナギさんが来てから加速してるような気がするな~、掛け合いとかを見てると楽しそうだから別にいいかなとも思うけど。

 そんな胡桃ちゃんだけど、実は私たちの中で一番乙女かもしれないんだよね、髪型もいつもツインテールなようで実は留め方とか結構変わってるし、からかった時の反応もかわいい、見てて飽きないな~。

 

一言:特訓ゴリラ、スコップとともに

 

 

 

「……ちょっとあいつシャベルの錆にしてくる」

「どうどう胡桃、ステイステイ」

 

 シャベルを掴み、ハイライトの消えた瞳で部屋を出ていこうとする胡桃の首根っこを掴んで引き止めようとする凪原。最近の特訓の成果か、危うく引きずられそうなったが何とかその場に留めることに成功する。それでも振りほどこうともがきつつ声を上げる胡桃。

 

「離せってナギ!あいつは1回〆るべきだっ」

「ほらそんな怒んなって、乙女とか反応が可愛いとかも書いてあるじゃないか」

「だから余計になんだよっ、直前に可愛いって書いといてゴリラはないだろ!」 

 

 ムッキーっと、怒り心頭な胡桃を何とかなだめようと口を開く。

 

「だから落ち着けって。俺は別にそう思ってないし、純粋に可愛いって思ってるからさ」

「ホントかっ⁉」

「ホントホント、だっていくら胡桃がタフだって言っても俺よりは弱いし、由紀も書いてるけどいつも元気なところとかちょいちょい見せてくれる笑顔とか可愛いって思ってるよ」

「そ、そうか――」

 

 凪原のストレートな誉め言葉に気勢をそがれたのか、胡桃の勢いが緩む。その隙を逃さないように「ほら、続きを見ようぜ」と声を掛ければ渋々ながらも頷いてくれた。

 

「さて、次のページは―――俺か」

 

 

 

凪原 勇人(なぎはら ゆうと)

通称:ナギさん

 

 学園生活部唯一の男の人だよ。今は大学2年生で、私たちの学校の2個上の先輩だったんだ、しかも3年生の時は生徒会長をやってたすごい人なんだよ!私たちが1年生の間にイベントが盛りだくさんだったのはナギさん(たち)のせいみたい。本人には言えないけど嵐のあだ名は伊達じゃないよね。私は楽しかったんだけどその話をすると引きつった顔になる人が多かったんだよね(特に先生たちとか)、なんでなんだろ?

 学園生活部では力仕事とか食料調達とか……ううん、危険なことを私たちの代わりにやってくれてる。胡桃ちゃんは特訓してもらって強くなってきてるみたいだけど私はまだまだだなぁ…。ナギさん本人はそんなこと思ってないかもしれないけど負担にならないようにしないといけないかも…。

 うーん湿っぽいのはダメだね、まとめるとナギさんはとってもいい人っ。面倒見もよくてみんなのお兄ちゃんみたい!

 

一言:ほんとにお兄ちゃんだったら振り回されて大変そう

 

 

 

「ほーう、上げて落とすとはやってくれるじゃないか」

「プッククク、確かに、ナギが実の兄だったらただじゃ済まないな」

「おうこら、そりゃどーゆう意味だ?」

「わざわざ言わせることか?(ニヤニヤ)」

 

 「分かってるだろ?」と言いたげな顔の胡桃に、確かに思い当たる節のある凪原は憮然とした表情で黙り込む。

 

「まーま―そう怒んなよ」

「うっせ、俺のモットーは「面白そうなことには首を突っ込む、無ければ作って周りを巻き込む」なんだ。今更どうこう言われても関係ねぇ」

「うっわ、はた迷惑なモットー」

「るせー」

 

 と、冗談交じりの掛け合いをしたところで真面目な顔になる2人。

 

「やっぱ自分が負担なんじゃないかって思っちゃってたか~」

「うーん、あたしもナギもそんなこと思ってないんだけどな、……やっぱある程度皆を強くしないとなんないんじゃない?遠足の間にナギも言ってただろ」

「やっぱりそうかね。何となく訓練のメニューは組んだんだけど、まだ甘いとこがあるから後で見てくれないか?」

「ん、了解。部活の練習メニューとか自分で組んでたから少しはアドバイスできると思う」

「頼む」

 

 皆の特訓についてはひとまず置いておいて、凪原達は続きを読むことにした。

 

 

 

若狭 瑠優(わかさ るう)←漢字がすごく難しかったよ…

通称:るーちゃん

 

 りーさんの妹で小学生の女の子、私よりもちっちゃくて(←重要!)かわいい!小学校に避難してたところをナギさんが助けて連れてきてくれた。りーさんと再会した時は2人とも泣いちゃってた、あたしもうれしくて少し泣いちゃったよ。頭に茶色いボンボンの髪飾りを2つつけてるから小熊さんみたいに見えるんだよね、小ぐまのポシェットとか持ってるしくまさんが好きなのかな?お姉ちゃんのりーさんと助けてくれたナギさんに特になついてるけど、みんなと仲が良くて学園生活部のマスコットみたい(ほめ言葉だよ?)

 「~なの」って話し方でおっとりした性格だけど、実は結構頭がいいし色々考えられるみたい。前に胡桃ちゃんに「由紀より頭いいんじゃないか?」って言われたけどさすがにそれは無いよっ!…多分

 

一言:無いよね?

 

 

 

「そこは不安になるな、っていうかこっちに聞くな」

「冗談だからもう少し自分に自信を持てって…」

 

 

 

祠堂 圭(しどう けい)

通称:けーくん

 学園生活部の2年生のうちの一人。私が胡桃ちゃんの家にあったラジオをいじってたらけーくんが助けを呼んでる放送が聞こえてきたんだ、あの時はホントにびっくりしたよ!そこからなんだかんだあって学園生活部に参加したんだ、とうとう私にも後輩ができたぞ~!あの日(パンデミック)はショッピングモールにいて、みーくんたちと一緒に過ごしてたみたいだけど、最後は助けを求めに1人で外に出たんだって。それで生き残ってたっていうんだからすごいよね、私だったら1日も無事じゃいられないかも。

 でも、普段の様子はとてもそんな風には思えないんだよね、ソファでゴロゴロ、のんびりしてるのをよく見かけるし。ただ面白そうなことを見つけたら急に元気になるし…、基本的にはマイペースな子なのかな~

 

一言:やんちゃな性格のねこちゃん?

 

 

 

「ふむ、何となく言いたいことは分かる」

「確かに。なんか部室の隅っこで寝てたりするし、かと思ったらこないだはいきなりボードゲーム大会を開催してたし…」

「あぁ、ありゃ面白そうって思ったことを全力でやるタイプだ。退屈なことが続いたら自分で面白いことを始めようとする当たり筋金入りだな。周りは振り回されて大変かもな」

「……(ジト目)」

 

 ノートの内容に頷きながら圭の性格を分析する凪原。そしてそんな凪原に何か言いたげな視線を向ける胡桃。

 

「なんだよ?」

「いや~?ただその説明は別の人にも当てはまる気がしてな、たとえば今あたしの目の前にいるやつとか」

「………おおっ!(納得)」

「自覚なしかよっ」

 

 

 

直樹 美紀(なおき みき)

通称:みーくん

 2年生のもう1人、けーくんとは対照的に静かな子なんだ~。よく本を読んでるのを見かけるよ(何の本読んでるのか見せてもらったけど難しくてよく分からなかったよ…)。けーくんが助けを求めに行った後たった1人でショッピングモールで過ごしてたんだって。1人で外に出たけーくんもすごいけど、1人で残っていたみーくんもすごいよね。うぅ、私の先輩のとしての威厳がー…

 一見クールなようだけど、意外に感情豊かな子なんだよね。微妙な表情の変化とかで結構内心が分かるからよく見てると面白いんだ~。それにとっても頭がいいんだよっ、りーさんに続いて学園生活部の頭脳担当だね!私?私はほら、お祭り担当とかイベント担当とか?あと、たまに気配を消して後ろから話しかけてきたりするんだけどあれはからかわれてるのかな?

 

一言:落ち着いた大人のねこちゃん?

 

 

 

「こっちも猫か」

「でも分からないでもないんだよな、言われてみるとうちの2年ってどっちも猫っぽいのな」

「確かに、伊達に2人合わせて「みけ」ってあだ名じゃないな」

「誰がみけですか」

「うおっ⁉」

「うわぁっ⁉」

 

 感想を言い合っていたら、いきなり真後ろから声を掛けられ思わず声を上げる2人。振り返ると、ちょうど話題になっていた美紀が立っていた。先ほどの会話が聞こえていたのか、ジト目がいつもよりも3割増しである。

 

「よ、よう美紀。戻って来てたのか」

「ええ、凪原先輩。それより今みけって聞こえたんですが」

「い、いや~。ちょっとこれ読んでたらさ…」

 

 美樹が部員名簿を見ている間にヒソヒソ話をする凪原と胡桃。

 

「(おいナギ、今の気づいてたか?あたしは声かけられるまで全く分からなかったんだけど)」

「(いや俺も分からなかった。なんだあの隠密、真後ろにいたし忍者ってレベルじゃねぇぞ)」

「(忍者っていうよりやっぱ猫だよアレ、ほら視線を感じたらいるとか振り返ったらいるとかってやつ)」

「(あ~、よく動画サイトで上がってたりしたやつか)」

 

 そんな2人を尻目にぱらぱらとページをめくっていた美紀は、冊子を閉じると口を開いた。

 

「これ、大人な猫ってことは私が()けてるって言いたいんですかね」

「そ、それは無いだろ」

「―――というのは冗談ですが、好き勝手書かれっぱなしなのも癪なので……由紀先輩の項目を私たちで書きませんか?」

 

 美樹の提案に「面白そう」ということで2人も賛成し、3人は色々書かれたお礼(しかえし)ということでペンを取った。

 

 

 

丈槍 由紀(たけや ゆき)

通称:由紀(先輩)

 学園生活部で一番にぎやかな子、ムードメーカー。ケモミミ風の帽子も相まって小動物のような印象を受ける。小柄なのに加え聴覚、勘が鋭いところもそれを後押ししてる気がする。色んな事に興味津々で、それを楽しもうと全力で取り組むから夜になると眠そうにしてるのをよく見かけるな。いつもはしゃいだりしてるからなんか先輩って感じがしないんですよね、そこが由紀先輩らしいんですけど。

 でもよく分からないけど、物事を良い方に持っていく力があると思う、多分こんな風になる(ゾンビがあふれる)前と後で一番変わってないのが由紀なんだよな。芯が強いっていうのかな、逆境をものともしないような底力がある気がする。一緒にいると、自分の悩みとかがなんかどうでもよくなってくるんですよね、それをすごいと言っていいのかどうなのかは分かりませんけど。

 いろいろ言ったけど由紀(先輩)は由紀(先輩)ってこと、学園生活部の中心だな。

 

一言:にぎやかなちんまいの

 

 

 

 後日、いつの間にか書かれていた自分の欄を見た由紀が「ちんまいゆうな~!」と怒ったのはまた別の話。




以上、人物紹介っぽい回でした!

最初は普通の人物紹介ににしようかと思ってたんですが、
忙しさによる疲れをいやそうと書いていたらなんか閑話になりました。

由紀以外の登場人物の紹介部分は由紀の視点で書かれています。
1人称視点の文章の練習になりました。


これで2章はおしまいです、
次回からは第3章、高校編がスタートしますので皆さんお楽しみに!

それではまた次回!


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第3章:高校生活・前編
3-1:学園生活部の朝


新型コロナウィルスがはやっていますね、
この3週間ぐらいで一気に広まった気がします。非常事態宣言が出されている北海道にお住いの皆様は特にご注意ください、その他の地域在住の方もくれぐれもご用心を。

さて、本作は今回から第3章、高校生活編がスタートします、
お楽しみください。


ピピーッ

 

 朝7時半、誰もいない学園生活部の部室(元生徒会室)に小さな電子音が響く、音の発生源は部屋の隅に置かれている炊飯器である。

 

 いくら生徒会が学校行事に関する多くの業務を行っていたからといって、炊飯器を持ち込んで自炊する必要があるほど仕事量が多いわけではない。生徒会役員とて生徒であり、その本分は学業なのだ。好き好んで仕事量を増やそうと(隙あらばイベントを企画)する物好き(第31代)でもない限り炊飯器を持ち込もうなどとは思わない。

 そんなわけで物好き達が卒業してから部屋の片隅で埃を被っていた炊飯器だったが、ここ数日で現役復帰を果たし、自らの役目を果たしていた。

 

 

 そして、部屋の扉が開かれて1人の少女が姿を現す。もはやトレードマークといってもいいシャベルを肩に担ぎあくびをしながら入ってきた彼女は、シャベルをテーブルに立てかけると窓際に置かれていた電気ポッドへ歩み寄りスイッチを入れた。

 沸騰を待つ間に、戸棚からお気に入りのカップと木製の茶筒を取り出して朝の1杯の準備をする。数分後、ポットのランプが「沸騰中」から「保温中」に切り替わったところで手に取りカップに注ぐ。茶葉の入った茶こしを通して注がれたお湯は若草色の輝きと共に芳醇な香りを放つ。

 

 テーブルの席に着き、カップを両手で抱えるように持って口元に運ぶ。一口口に含んでカップをテーブルに戻したところで、少女の口から「ほぅ」と息が漏れた。

 しばらくはそうして朝のひと時を楽しんでいた彼女だったが、だんだんととソワソワしだした。やがて立ち上がると炊飯ジャーへと近づく、その手にはいつの間にかしゃもじと茶碗が握られている。ジャーのふたをを開けるとホカホカと湯気を上げる銀シャリが顔をのぞかせた。炊き立てのご飯の香りにほおを緩めつつ、しゃもじを突き立てようとしたところで、背後から唐突に声が投げかけられた。

 

「もう胡桃、まーたつまみ食いしようとして」

 

 その声に肩をビクリと震わせた少女、胡桃はゆっくりと振り返ると口を開く。

 

「お、おはようりーさん。これはつまみ食いとかじゃなくて、ちょっと味見をしようと思っただけで…」

「それをつまみ食いって言うのよ。胡桃は朝早いんだから言ってくれれば私だってもうちょっと早く起きて準備するのに」

「いや、それは悪いって。今日はたまたまお腹がすいちゃっただけだから」

「昨日も同じこと言ってたじゃない」

 

 「全くもう」、とつぶやきながら声を掛けた少女、悠里も部屋の中に入ってくる。そのまま胡桃からしゃもじと茶碗を取り上げて元の場所に戻す。そして、ああ…という表情をしてる胡桃に向き直るとピシャリと言った。

 

「すぐにご飯にするから、胡桃はみんなを起こしてきて頂戴。全員起きるまで――」

「――朝ごはんはおあずけ、だろ?じゃあ行ってくるよ」

「ええお願いね」

 

 手を振りながら部屋を出ていった胡桃を見送りつつ、悠里は隣の部屋へと移動する。電気ポッドや炊飯ジャーなどはテーブルがあって皆が過ごす時間の長い部室に置いているが、調理スペース自体は隣接する部屋にある。元は生徒指導室であり、生徒会室から廊下に出ることなく移動できる。書類棚や段ボールが雑然とに置かれていたのだが、別の部屋に移して現在は食糧倉庫として使っていた。

 水道も引かれており、料理にはぴったりなので最近では悠里の城となっている。たびたび由紀や瑠優(るーちゃん)が忍び込んでこっそりつまみ食いしているのだが、家計簿を付けている悠里の目を欺くことはできない。すぐに見つかってお説教を受けるまでが1セットである。

 

「それじゃあみんなもすぐに起きてくるだろうし、手早く作っちゃいましょ」

 

 1人呟いて軽く腕まくりをする悠里、実際そこまで汚れるような作業はないのだが気分的なものである。

 

 昨夜のうちに朝の献立は考えて材料なども準備してあったため、悠里の動きに迷いはない。スパム缶を開けててきとうな厚さに切り分け、軽く油を引いたフライパンに並べる。ジュ~ッという油のはぜる音を聞きながら、冷蔵庫から昨日屋上菜園で収穫したほうれん草を取り出す、下ごしらえを手早く済ませると適当な大きさに切って、別のフライパンに放り込みすぐにみりんを加えて炒める。醤油とバターでてきとうに味付けをしながらも、スパムが焦げないように気を配るのも忘れない。

 複数の火元を危なげなく扱う悠里の姿は堂に入っていて、高校生の調理実習というよりは熟練の主婦を思わせるものがあった。

 

 

「悠里さんおはようございます」

「あ、おはようございます、めぐねぇ」

 

 もうすぐほうれん草炒めができるというところでキッチン(元資料室)に顔を出したのは学園生活部の顧問である慈だった。朝に弱いタイプなのでまだ微妙に眠そうではあるが、身だしなみはきっちりしているしいつもの紫のワンピースも健在である。

 

「私も何かお手伝いできることはありますか?」

「ん~、それならお味噌汁の準備をお願いします。インスタントのがまだあるのでお湯を沸かしてください、お椀の場所は分かりますよね?」

「はい……なんか以前からうすうす感じてたんですけど、悠里さん私がお料理できないと思ってません?これでも料理は得意なんですよ」

「えっ、そうだったんですか!わたしはてっきり…」

「や、やっぱりそう思ってたんですね⁉いっつも簡単なことしか言わないからおかしいと思ってたんですっ」

 

 「も~っ」と怒る慈をなだめつつ、悠里は内心では結構驚いていた。どちらかといえば不器用なこの先生がまさか料理を嗜んでるとは思っていなかったのだ。本人から聞いた今でも半信半疑といった感が強い。

 

「あっ、その顔は信じていませんね!こうなったら今日の晩御飯は私の特製フルコースですっ。食べきれないくらいの量を作りますから心してください!」

「わ、分かりましたっ。信じますからそれはやめてください!」

 

 遠足によって食事事情が大きく改善したとはいえ、食料は無尽蔵にあるわけではないのだ。食べきれないほどの量を作られても困ってしまう。そんな悠里の必至な説得が功を奏したのか、何とか慈は引き下がってくれた。

 

「むぅ…確かにその通りにですね、フルコースは諦めます。でも朝ごはんに小さく1品そえるくらいは良いですよね?」

 

 そんな慈の言葉に悠里も「それくらいなら」ということで了承した。、1品程度ならそこまで食材を使うこともないと判断したので備蓄品に関しても自由にしてよいと伝える。

 悠里の了解が得られたところで、慈は備蓄物資リストと現在悠里が作っている朝食(スパムとほうれん草炒め、あと味噌汁)を見るとすぐに動き始めた。

 

 段ボールからさばの水煮缶を3つと、冷蔵庫から青じそとショウガ、それにチューブの薬味をいくつか。ショウガをみじん切りにして薬味と混ぜ、そこにさば缶の中身を開けて身を崩さない程度に和える。適度に具材が混ざったら、短冊切りにした青じそをトッピングして完成だ。見た目からしてさっぱりとした味わいなようであり、先に悠里が作った2品との相性もよさそうである。

 

 手慣れた感じで作業する慈の姿に悠里は驚いていた。作ったモノこそシンプルだが、他の料理との組み合わせも考えられており、何より1品作ると決めてから動き始めるまでのラグがほとんどなかった。材料を確認してすぐにレシピを決められるというのは料理に慣れているものでないと難しい。その点を考えると恵が料理が得意というのは事実だったようだ。

 

「…ほんとに得意だったんですね」

「そうですよ~、驚きましたか」

「ええ、それはもう盛大に」

「そこまで驚かれるとそれはそれで複雑な気分です…」

 

 「そんなに不器用だと思われていたんですね」とつぶやきながらも手は止めることなく、小皿を人数分取り出し、完成したあえ物を盛り付けていく。その様子をなんとなく見ていた悠里に、何かに気づいた様子の慈が声をかける

 

「あっ、焦げそうになってますよ!」

「え?――あっ!」

 

 その指摘に手元に目を落とすと、確かに不穏なにおいがかすかに立ち上ってきていたので慌ててフライパンを火から下ろして用意しておいた大皿に中身を移す。何とか間に合ったようで、スパムにもホウレンソウも焦げ付くことはなかった。

 

「危なかったわ…。ありがとうございます、めぐねぇ」

「うふふ、どういたしまして。火を扱うときはそこから意識を放しちゃだめですよ?」

「以後気を付けます」

 

 料理が下手だと思っていた慈から基本的なことを注意されて少しへこんでしまう悠里だったが、すぐに気を取り直して大皿から各個人のお皿に取り分ける。盛り付けが終わったものから順に台の上お盆の上に並べていく。

 

 お盆の数は8つだ。

 

 それらを前にして悠里の手が止まり、それを不審に思った慈が声をかける。

 

「悠里さん?どうかしたんですか」

「いえ、私たちも大人数になったな、って。――あの日の直後は4人だけだったのに…」

 

 悠里が思い出していたのはパンデミック直後、まだ学園生活部として活動を始める前のことであった。数百もの学生や教師達がいた学校は、わずか1日で悠里たち4人を残して全滅した。逃げ切った人もいたのかもしれないが、悠里の中ではあの日、巡ヶ丘学院は崩壊したのだ。

 

 そこからの数日間は今思い出してもつらいものだった。ほとんどなかった食料を4人で分け合った、収穫にはまだ早かった作物も食べた。それでも足りなくなって雨の日に調達へ出たら、雨宿りをするかのように校舎に入ってきた彼等と鉢合わせし、危うく慈を失ってしまうところだった。

 もしそうなってしまっていたら、慈に懐いている由紀はどうなっていたか分からない。自分や胡桃も大きく傷つくことになっていただろう。

 

「でもなぎ君が来てから変わりましたよね」

「はい、ほんとに凪原さんには感謝しないと」

 

 そうだ、凪原が来てからというもの学園生活部は変わった。普段の雰囲気こそ大きく変化はしていないが、その雰囲気が強がりやカラ元気によるものではなく、しっかりとした安心感からくるものになったのである。

 

 会った当初こそ見知らぬ異性ということで警戒をしたが、1年生時の先輩であり全く知らない相手出ないことが分かり、慈が信用していたこともあって悠里は凪原を受け入れた。そして受け入れてみれば、洞察力や行動力に優れているうえ親しみやすい人柄も相まって、凪原の加入は悠里にとっても学園生活部にとっても福音といってよいものだった。

 実際、凪原が来てから食事事情や安全性が劇的に向上したし、特に悠里には、半ばあきらめかけていた妹との再会という望外の幸運をもたらしてくれた。妹である瑠優(るーちゃん)にとっても彼の存在は心強いものであるだろう。

 というわけで、悠里は凪原に対して恩があるしそれにとても感謝しているのだ。その思いを本人にも伝えたいのだが、ストレートに言っても「大したことはしていない」、と流されてしまうのがもどかしい。仕方がないので毎食の料理など、自分にできることで少しずつ返していこうと思っている。

 

 そんな風に凪原のことを好ましく思っている悠里だったが、恋愛的な感情を持っているわけではない。どこぞのツインテール(胡桃)は除くとして(もっとも本人は否定しているが)、他の学園生活部の面々もそこは同じだろう。異性としてどうこうといういうより頼れる仲間、少し踏み込んで兄のように思っている者が多い。

―――まあ、普段ののんびりとした様子やイタズラ好きなところを見ていると、兄というよりも手のかかる弟のように思えてくるのだが。

 

 ふと見れば、用意したおぼんの上にはスパム焼きとほうれん草炒めの皿と、さばの薬味和えが盛られた小皿が揃っていた。どうやら悠里が考え事をしている間に慈が準備を終えてしまったらしい。

 

「悠里さん、もしかしてまだ眠かったりします?なんかぼうっとしていましたけど」

「いや、ちょっと考え事をしてて…」

 

 「無理はしないようにしてくださいね~」と言われ、またしても注意されてしまい少し顔を赤くする悠里。ごまかすように小さく咳ばらいをすると両手に盆を持ち、部室へと移動する。

 

 

 部室のテーブルの上に配膳していると、部屋に学園生活部の部員たちが次々に入ってくる。

 

「りーさんおはよ~(フワァ…)」

「ちゃんと1人で歩いてください由紀先輩、部室まで来たんだからしゃきっとしてくださいよ…。あ、おはようございます、りーさん」

「はい、おはよう2人とも。もう由紀、目が閉じちゃってるじゃない。すぐ朝ごはんの準備できるからいい加減目を覚ましなさい」

「は~い…(スヤァ)」

「「も~…」」

 

 最初に入ってきたのは由紀と美紀であった。まだ眠気が抜けていない様子の由紀は呆れた様子の美紀に支えられており、体をユラユラと揺らしながら歩いていた。2人の言葉にも返事こそしているがその姿はテーブルに突っ伏しており、完全に二度寝の体勢に入っている。

 

「おはようっりーねぇ、めぐねぇ!(ガラッ)」

「ちょっとるーちゃん、いきなり駈け出さないでよ。お、2人ともおはよ~」

「おはようございます、るーちゃん、圭さん」

「おはようるーちゃん。ありがとね圭、るーちゃん起こしてくれて」

「いやいや、大丈夫だって。私一人っ子だったから妹の世話とかあこがれてたし」

 

 次に入ってきたのは悠里の妹である瑠優(るーちゃん)と圭であった。勢いよく扉を開けて入ってきた瑠優(るーちゃん)は朝とは思えない程テンションが高く元気いっぱいであり、見ていて笑顔になる。対して圭は少しだけ息を切らせている。おおかた、突然走り出した瑠優(るーちゃん)を慌てて追いかけてきたのであろう。

 

「ゆーにぃとくーねぇは?」

 

 ちょこんと自分の席に着いて部屋を見回していた瑠優(るーちゃん)が凪原と胡桃の姿がないことに首をかしげる。現在部室にいるのは6人、話題に上がった2人以外は全員そろっている。

 

「あれホントだ、凪先輩達まだ来てないの?」

「胡桃先輩私たちに声だけかけてすぐ凪原先輩を起こしに行ったからもう来てるかと思ったんですけど」

「いいえ、まだ来てないわよ。どうせのんびりしてるだけだろうしすぐ来るでしょ」

 

 そう悠理が答えたのとほぼ同時にドアが開き、件の2人が姿を表す。

 

「皆おはよう、…悪い、待たせたか?」

「ほら、やっぱりみんなそろってるじゃん。だから早く起きろって言っただろ、ナギ」

「あと5分って言ったのにぴったりで起こしてくれなかった胡桃が悪い」

「いや私絶対悪くないだろ⁉︎」

 

 部屋に入ってくるや、悠里たちが口を挟む間も無く言い合いを始める凪原と胡桃。

 

「どう考えても時間通りに起きないナギが悪いだろっ」

「いーや、胡桃が悪いな。だいたい俺の寝顔なんか見てても面白くないだろ、なのになんで気づいたら15分経ってんだよっ⁉︎」

「そ、それはっ///、睡眠時間が少ないお前を少しでも休ませてやろうってあたしの親切心だ!」

「そりゃ、ありがとうっ」

「ああ、どういたしましてっ」

 

「はい2人ともそこまで、ご飯にするから席についてちょうだい」

「……めぐっち先生コーヒーくれない?ブラックで」

「私も欲しいかも」

「ご飯とじゃ合わないから朝食の後ならいいですよ。それにしても2人は朝から仲がいいですね」

 

 もはや痴話喧嘩といってよい掛け合いに朝からげんなりした顔になった悠理がストップをかける。その後ろでは圭と美紀がブラックコーヒーを所望し、慈が微笑ましそうな顔をしていた。

 

 そうこうしているうちに、全員分の配膳が終わる。メニューはご飯と味噌汁、スパム焼きとほうれん草炒めに慈が作ったらサバの薬味和え、パンデミック前と比較しても充分な内容である。

 

「ほら由紀ちゃん、ご飯食べるから起きて」

「ん〜?あ、ナギさんに胡桃ちゃんじゃん、おはよー」

「おうおはよう」

「ああおはようーーって由紀お前、さっきあたしが起こしたの分かってなかったのかよ…」

 

 慈に声をかけられて二度寝をしていた由紀も体を起こす、誰からともなく皆が手を合わせてーーー

 

「「「いただきますっ」」」

 

ーーー校舎に元気な声が響いた。




章はじめということで日常回です。

ナギにるーちゃん、圭やめぐねぇなどの原作の学校生活中にはいなかったメンツが多い(ってか半分そう)ので普段はどんな感じなのかな〜と想像して書いてみました。


最初に入ってきたのが胡桃な件
まだバリケードができていないので、深夜∼5時ごろまでは相変わらずナギが不寝番をしてます。早朝からは胡桃が交代してナギは仮眠に入ります。だから朝一番に部室に来るのは胡桃です。早くバリケード作って夜寝れるようにしなければ!(使命感)

瑠優(るーちゃん)表記について
なんとなくこんな感じにしてみました、否定的なご意見があったり自分でなんか違うなーと思ったら戻すかもしれません。


それではまた次回!


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3-2:訓練

お気に入り登録者数が300人を突破しました!
皆様本当にありがとうございます、これからも頑張ります!

最近どのニュース番組でもコロナ一色、
休校やテレワークなどが開始されてイベントも自粛ムードですが
感染拡大を防ぐためにはまぁ仕方ないかな、などと考える今日この頃
極力外出せずに家でネット小説でも読んでおとなしくしていましょう。

というわけで高校編第2話です、どうぞ


「そうだ、前から話してた皆の訓練のことなんだけど、大体メニューが決まったから今日あたりから始めようと思う」

 

 朝食の最中、凪原が思い出したように口を開く。話題は凪原と胡桃以外のいわゆる戦闘係ではない人への訓練についてだ。遠足が終了してから数日、色々と考えていた凪原だったがどうやらまとまったようである。

 その言葉に一緒に食事をしていた面々も箸を止める。

 

「ああ、遠足の時に言ってたやつね。しばらく音沙汰なかったから忘れてたなー」

「私は覚えていたけど、てっきりもう少し準備に時間が掛かるかと思ってたわ」

 

 それぞれ、圭と悠里の発言であり、2人とも驚いたような顔をしている。事前に相談をしていた胡桃以外は皆同じような顔をしている、どうやら訓練のことは意識の外にあったらしい。とはいえ否定的な表情をしている者はいない、皆が訓練の必要性と重要性を理解できているようである。

 

「本音を言えばもうちょっとメニューを練りたかったところではあるんだが―――」

「プロじゃないんだからある程度は仕方ないじゃん、それより早く始めたほうがいいよ」

「―――って胡桃に言われてな、確かにその通りだから早めに準備したんだ。もし問題があればその都度変えていくつもりだ」

「そうだったんですか。それにしても早いですね、あんまり準備しているようにも見えませんでしたし。私が授業の準備をしようと思ったらもっとかかってますよ」

 

 自身が教師であり、日々の授業のために準備や教材研究をしていた慈としては準備が早いことに驚いているようだ。経験したことがある者には分かるが授業準備というのはかなりの時間を要するものである。教える内容が学習指導要領に即したものであることの確認に始まり、教材に選び(教科書をそのまま使ってもよいのか、あるいはプリント等を自作した方がよいか等)、板書案の構築に予想される生徒からの質問への答えや課題の準備など、工程を上げていけばキリがない。

 ベテラン教師ならばそれなりに手早く終わらせることもできるのだろうが、年数的にはまだ新人なうえに真面目な性格の慈にはまだ無理な話。実際、凪原が現役のころは「準備が終わらない」と嘆く彼女の姿をよく見かけたものだ。

 

「そりゃ授業と比べたら短いよ、教材とかいらないし評価基準とかも考えなくてもいいわけだし。教師としての授業準備とかだったらもっと違ってくるって」

「そういうものでしょうか…」

 

 いまいち納得がいかないという表情の慈に「そうそう」と、てきとうに返す凪原。正直、ちょっと要領が悪いところがあるからやりようによってはもう少し早くできたのではないか、と思わないではないが別に今言う必要はないため黙っておく。

 

「つーわけで、さっそく今日から始めていきたいと思うから飯食ったら動きやすい服装で屋上に集合な」

「はーい!久しぶりの体育だねっ」

「頑張るの~」

 

 凪原の締めに由紀と瑠優(るーちゃん)が元気よくを返事をし、聞いていた皆も食事に戻っていった。

 

「………ところでこのさばの和え物おいしいな、さっぱりしてていいアクセントになる」

「あっそれは私が作ったんですよ」

「「「えっ、めぐねえ料理できたの(んですか)っ⁉」」」

「皆ひどいですっ!」

 

 

 

====================

 

 

 

 朝食後、後片付けののちいったん部屋に戻った女性陣は凪原に言われた通り着替えていた。由紀達女子高生組は学校指定の体操服姿である、ちなみに3年生組はパンデミック当日に体育があって持参していたので自前のものだが、圭と美紀は持ってきていなかったため購買部から新品を拝借していたらしい。

 そしてさすがにサイズが合わなかった瑠優(るーちゃん)と、サイズが合うとはいえこの年で体操服はちょっと…、という慈は以前の遠足で獲得した服のうちで動きそうなものを選んで身につけている。

 

 対して凪原は、カーゴパンツに半袖Tシャツ、と普段とほとんど変わらない格好だ。外で活動するときと同じ服装の方が訓練としては良いのでこうしている、本来は全員そうした方がよいのだがまだそこまで考えなくてもよいだろう。

 前に並んだ皆を見回し、全員いることを確認して口を開く凪原。

 

「うし、揃ったみたいだし始めていくか。っとその前に一応皆に謝っておくことがある」

「「「?」」」

 

 突然謝罪してきた凪原にそろって首をかしげる一同。思い返してみるが特に心当たりはないようである。凪原そんな様子に構わず話を続ける。

 

「実は訓練メニューを考えるにあたって身体情報が欲しくてな、学校のデータベースにアクセスして皆のデータを見させてもらったんだ」

「「「えぇっ⁉」」」

 

 訓練メニューを組むために皆の運動能力が知りたかったため、凪原は体力測定の結果をデータベースから呼び出して参照していた。もちろんパスワード等のセキュリティーはあったが生徒会時代に使っていたモノを入力してみたらあっさり空いてしまった。開かなければ慈に聞こうと思っていただけに多少拍子抜けしてしまった。

 事後承諾にはなるが個人の成績というわけではないし握力や50m走のタイム程度ならそこまで問題ないだろうということでさらりと言った凪原だったが、皆が想像以上に反応したので逆に驚いてしまう。

 

「えっ!俺そこまで驚くこと言った?」

「…………凪原先輩のヘンタイ」

「なんでっ⁉」

 

 美紀のジト目を通り越して完全に冷め切った目と、それに頷く他の面々に疑問の声を上げる凪原だったが、すぐに訓練の補佐ということで隣に立っていた胡桃から強烈な肘鉄をもらう。

 

「ぐほぉっ⁉」

「言い方考えろバカっ!素直に体力測定の結果だけ見たって言えよ、身体情報じゃ健康診断の結果だと勘違いすんだろうがっ」

「え?………あ、そっかそういうことかっ!ごめん誤解を招く言い方だった、見たのは体力測定の結果だけで他のことは一切見ていない!」

 

 胡桃に言われ改めて自分の発言を思い返すと失言だったことに気づき、慌てて弁解すると凪原に突き刺さっていた視線の冷たさが少しだけ和らぐ。

 

「本当ですか?」

「本当、みんながどれくらい運動できるのかが知りたかっただけだから本当にそこしか見ていないよ。見た時には胡桃が一緒にいたし、何ならログを確認してくれても構わない」

 

 美紀からの問いに目を見てはっきりと宣言する凪原。その様子は嘘をついているようには見えなかったようで、何とか納得してもらうことができた。

 

「分かりました、胡桃先輩も何も言ってませんし信じることにします」

「ま、凪先輩はそういうことをする人には見えないしね」

「でも、もう少し言い方には気を付けてちょうだい。いきなり言われたからびっくりしたわ」

「悪かった、ありがとう」

「なぎ君は男の子なのでよく分からないかもしれませんけど、もう少し注意してくださいね。それに今は生徒会長じゃないんですから、データベースにアクセスするときは私に言うようにしてください」

「うん、分かった。ちょっと軽率だったから次からは気を付けるよ」

 

 慈からも小言をもらうこととなったが、自分でも悪かったと思っているので素直に受け取る。

 少々脱線してしまったが、改めて特訓のことに話を戻す。

 

「それで皆の体力測定の結果を見せてもらったわけなんだが、それぞれ微妙に得意不得意があるとはいえ運動部だった胡桃以外はあんまり差がないという結論になった。という訳で、しばらくは全員同じ内容の訓練をしてもらうことにした。具体的には体力作りと基礎的な近接戦闘技術を身につけてもらうことになる」

「思ったよりも普通ね」

「だね、なんというかもっと映画の鬼軍曹みたいなノリでやるのかと思ってたよ」

「君らは俺をどういう奴だと思ってるんだよ…」

 

 拍子抜けした様子の悠里と由紀の言葉に、自分がどんな風に思われているかが分かり微妙な表情になる凪原。

 

「あのなぁー、確かに俺はイベントとかサプライズとかは好きだけど、時と場合はちゃんと弁えてるつもりだぞ?今回みたいにいざという時生死に直結しそうなことに関しては真面目にやるさ」

「そういえばそうだったわね。ごめんなさい、つい普段の時のイメージが先行しちゃって」

「つまり普段はそういうことする奴と思われてるわけね……」

「りーさんにここまで言われるって、ナギ先輩現役のころいったい何やってたのさ?」

 

 謝られはしたが根本的なイメージは固定されていることが分かり、凪原は自分が生徒会長をしていた時の後輩からの印象を突き付けられた気分になる。とはいえ、反省したり改めたりするつもりは毛頭ない。だってその方が面白いし。

 

「さて、また脱線しちゃったな。俺の普段のイメージは今は置いておいて、今日はまず皆がどれくらい動けるかを見るために俺と鬼ごっこをしてもらう、ちなみに俺が逃げる側な」

 

 その言葉に表情を変えたのは、由紀、悠里、慈の凪原の現役世代を知る面子(被害者世代)、一方で特に反応をしなかったのは圭、美紀、瑠優(るーちゃん)それを知らない面子(無垢の世代)である。胡桃はあらかじめ内容知っていたので表情こそ変えていないが始めから疲れたような顔をしている。

 

「鬼ごっこかー、小学校のころ好きだったけど最近やってないな」

「圭はこういうの得意そうだよね、私はあんまり得意じゃなかったかな」

「お、じゃあ2年生ズからいくか。範囲はここから太陽光パネルの手前まで、制限時間3分以内に俺を捕まえられればそっちの勝ちだ。――何なら2人同時にでもいいぞ?」

 

 圭と美紀の言葉に凪原が声をかける。彼が指定したエリアは屋上の一部分、ブロックや給水塔などの障害物が少しあるとはいえかなり狭い。仮に1対1であったとしてもその範囲内だけで3分間逃げ切るのはなかなか難しいだろう。それにも拘らず凪原は2対1を提案し、さらにそれを小さく笑いながら言い放った。

 相手をなめているようなその態度に美紀が反応し、少しムッとした表情で口を開く。

 

「もしかしてバカにしています?運動神経が悪いわけではないのでそんなハンデをもらわなくても捕まえられますよ」

「いや別にバカにはしてないさ、体力テストの結果を見てるから運動が苦手じゃないのも知ってる。そのうえで言うけど美紀だけじゃ捕まえるのは無理だな、もちろん圭1人でも無理」

 

 その言葉に話を聞いていた圭も片眉を持ち上げる、どうやらプライドを刺激されたようだ。

 

「ふーん、美紀だけじゃなく私にもそんなこと言っちゃうんだ。よっぽど自信があるんだね凪先輩、あたし等2人がかりだったらきっとすぐ捕まえちゃうよ?」

「自信があるかってことならそうだな、2人でかかってっきてまぁ何とか捕まえられるかどうかってとこじゃないか?多分無理だと思うが」

「「へぇ…」」

 

 凪原があくまで余裕な態度を崩さないことが、2年生2人のやる気に火をつけたらしい。そろって低い声を出したあと顔を見合わせて頷き、凪原に指を向けて宣言する。

 

「そこまで言われたら黙ってられませんっ、私たちで相手させてもらいます」

「1分以内で捕まえてその自信を叩き折ってあげるよっ」

「(掛かったっ)よーしいい度胸だ、2人まとめてかかってこいっ」

 

 美紀と圭の宣戦布告に、内心で快哉を上げながら応じる凪原。こちらの実力を知らない2人なら全力で挑んできてくれるだろう、久しぶりに楽しめそうだ。

 

 そしてその様子を見ていた他の面々はというと―――

 

「やっぱこうなったかー……2人ともかわいそうに」

「まぁ凪原さんの実力を知らないであんな言い方されたらそうなっちゃうわよね」

「あぁなぎ君あんな楽しそうに笑っちゃって…」

「みーくんもけーくんもびっくりするだろうね~」

 

―――既に2人が負けることを確信しているようで、美紀と圭を心配したり哀れんだりしていた。

 特に慈は、それはそれは楽しそうに笑う凪原を見て身を震わせていた。今の凪原の笑みは生徒会当時、(すでに十分に検討されて、反対するのが難しいレベルまで練り上げられた状態の)イベント案(バカ騒ぎ)を持ち込んでくるときの顔と瓜二つである。

 その笑顔に(物理的、精神的ともに)散々振り回された身としてはもはやトラウマに近い。

 

 一方慈たちの憐みを含んだ視線に気づかない美紀と圭は、2人でストレッチなどをして入念なアップを始めていた。対する凪原は軽く手足を振る程度でそれほど気負った様子もない、そんな態度もまた2人のやる気の火に油を注いでしまっているのだがまぁ仕方がない。

 

 そんな中、観戦組の中でただ1人凪原の実力を知らない瑠優(るーちゃん)は、トテトテと凪原に歩み寄ると心配そうな声で疑問を口にする。

 

「ゆーにぃ大丈夫なの?捕まっちゃわない?」

「ん?ああそっかるーは知らなかったな。平気平気、ゆーにぃこういうの大得意。絶対捕まらないから安心して見ててな」

「分かったの。頑張ってね、ゆーにぃっ」

「ああ、任せとけ」

 

 頭をなでながらそう答えれば、納得して笑顔を見せてくれた。もとより負けるつもりはないが、彼女のためにも負けるわけにはいかない。

 

「そろそろ始めるぞ。準備はいいか?」

「大丈夫です」

「いつでもいいよー」

 

 確認のために声をかければ2人とも問題ないとのことだったので、凪原も柔軟を終わらせてルールの最終確認をする。

 

「そんじゃ改めてルールの確認な。エリアはさっき言った通り、制限時間3分以内に俺を捕まえられたらそっちの勝ち。捕まえたかどうかの判定は外部に任せるとして、エリアから出ちゃったら失格、でどうだ?」

「はい、問題ないです」

「おっけ~」

「よし、そんじゃ胡桃達は審判役よろしく、見づらいところとかあるかもしれないしできれば四方から見ててくれ」

「あいよー」

 

 観戦予定の皆に審判役を任せて開始位置につく。美樹と圭はエリアの反対側の端に、胡桃たちも分かれてエリアの四方にそれぞれ移動した。全員が位置についたのを確認して胡桃が首から下げていたストップウォッチを掲げる。元陸上部ということもあってかその姿は様になっていた。

 

「くれぐれもケガには注意してくれよ。それじゃあ、用意――スタートッ」

 

 声とともに掲げていたストップウォッチを振り下ろす、それと同時に3人が一気に動き出した。

 

「覚悟してくださいっ」

「すぐに捕まえてあげるよっ」

「よっしゃかかってこい小娘どもっ」

 

 左右から回り込むように向かってくる2人に、凪原は普段は見せない獣のような笑みで声を張りあげた。

 

 

 

====================

 

 

 

「そん…な…」

「嘘…でしょ…」

 

 3分後、校舎の屋上には倒れ伏している美紀と圭の姿があった。2人して息も絶え絶えであり、呆然としたように呟いている。そしてその視線の先には、立ったまま2人を見下ろす人物が1人。

 

「お疲れさん、初めてにしては結構いい動きだったと思うぞ?今後に期待だな」

 

 そう話す凪原の様子は顔色一つ変わっておらず、普段と違うところは見られない。よく観察すれば呼吸が微妙に荒くなっているのだが、少なくとも倒れている2人には気づけなかった。

 

「はーい2人ともお疲れ。ま、よく頑張ったと思うよ?鬼ごっこでナギに勝とうなんて無茶もいいところなんだから」

 

 倒れている2人の傍らにしゃがみ込み、「ほら」、と蓋を空けたペットボトルを差し出しながらそんなことを言う胡桃。美紀と圭は上体を起こすと震える手で何とか受け取り、一気にのどに流し込んむ。そしてようやく人心地着いたところで口を開く。

 

「ぷはぁっ、なんなの!凪先輩の動きっ、どう考えてもおかしいでしょ⁉」

「全力でやったのに軽くあしらわれたんですけど…」

 

 鬼ごっこの内容は、美紀が言った通り軽くあしらわれたというのがしっくりくるほどのものだった。

 左右から挟み込むようにかかってもスルリと抜けられるし、正面にいたはずなのにステップだけで躱されたり伸ばした腕の下をスライディングで超えられたり、極めつけはエリアの端に追い詰めたと思ったら近くにあった給水塔を足場にした見事な三角跳びで2人の頭上を飛び越えられた。

 

 明らかに動きが素人のそれではない。

 

 そんな2年生2人の内心を余すところなく受け取った胡桃は、凪原の現役時代を知る世代にとっての常識を教えてあげることにした。

 

「ナギは身のこなしがバケモノ並なんだ。あたしらの代はみんな知ってるから引っかからないけど、2人は知らなかったからな。全力で掛かってきてもらえるようナギに誘導されたんだよ」

 

 「要するにからかわれたってこと」と締めくくった胡桃に、美紀と圭はそろって「そんなぁー…」と声を上げた後に再び倒れ伏した。




はい、訓練という名の鬼ごっこ回でした。

胡桃以外の学園生活部メンバーの訓練に関しては、21話において凪原たちの間で会話が為されています。こんな世の中だから全員ある程度戦えないとねってことです。

体力テストと身体測定
別物なんだけど、なんか近いカテゴリーに入る。男子はそれでいいけど女子にとってはそうはいかない、らしい(伝聞)。筆者は身体測定の時どれだけ効率よく回れるかを競ってRTAの真似事をまいとしやってた。

鬼ごっこ
訓練の一環、やっぱり体動かすのは大事。凪原たち第31代生徒会は日々校舎内を駆け回っていたようで、悠里たちにとっては日常茶飯事だった様子。………生徒会とは?


訓練の話は書きたいシーンがある為少し続きます、
それではまた次回!


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3-3:予期せぬ再会

今更感がありますが、fallout4を買って連邦をさまよい始めました。
ゲームに登場する爆速ゾンビが相手だったら凪原達も生き残りは無理だろな~、などと考えながらプレイしています。

さて今回本編ではあの子が出てきますよ~

(話数表記を変更しました)


「おい胡桃、人を人外みたいに言うなよな」

 

 と、こちらは瑠優(るーちゃん)から受け取ったペットボトルを片手に文句を言う凪原。傍らにいる瑠優(るーちゃん)は、「ゆーにぃすごいすごいっ」と目をキラキラさせている。

 凪原の苦情は胡桃に「事実だろ」と一蹴された。解せぬ、という顔の彼に由紀が声をかける。

 

「相変わらず身軽なんだねナギさん、あれってまだ続けてるの?ほら、パー、パー、…パールハーバー?」

「そりゃ真珠湾だ由紀、パルクールな。なんだかんだでまだ続けてるよ、面白いし」

「パルクール…、街中を素早く動くスポーツでしたっけ?」

 

 由紀の覚え間違えを正しつつ肯定する凪原。その会話を聞いていた美紀が会話に入ってくる、ようやく動けるようになってきたらしい。

 

「ああ。もともとは街中、自然の中を問わず障害物に対しても動きを途切れることなく効率的に目的地へ移動する移動手段でな。体動かすのは好きだったし、ちょっと必要になったから高校時代に始めたんだ」

「高校生活でその技術が必要な場面が思いつかないんですが…」

「例えば放課後の校内とかイベント中とかかな、ああいう時って色んなとこに人がいるし素早く動ければ便r「嘘ですよ美紀さん、信じちゃだめです」ちょっとめぐねぇっ」

 

 説明の途中に割り込まれ焦ったような声を出す凪原、その様子に何かあると感じた美紀は慈の方に向き直る。

 

「そうなんですか?」

「はい。なぎ君、というか第31代のみんながパルクールを始めたのは私がお説教しようとしたときに逃げるためです」

「え?」

 

 慈が口にした予想外の理由に目が点になる美紀。それに対して凪原が何か言う前に、いつの間にか近くに来ていた悠里が口を開く。

 

「めぐねぇの言う通りよ。私たちが1年の時は、めぐねぇに追いかけられて2階の窓から飛び出してきたり、逆に飛び込んできたりする凪原さん達(第31代)をよく見たものよ」

「「えぇ…」」

 

 悠里の言葉と、「あれは壮観だったよな、ほぼ映画だったもん」と頷く胡桃に美紀と圭の2人は開いた口が塞がらない様子だ。本当なのかと当の本人の方に顔を向けてみると―――

 

「~♪(巡ヶ丘学院校歌のメロディー)」

 

―――明後日の方向を見ながら口笛を吹く凪原の姿があった。これまた映画やテレビでしか見たことが無いくらい典型的なごまかし方である。音のクオリティが妙に高いのが腹立たしい。

 

「「凪(凪原)先輩」」

「一応言っておくけど、最初に言った理由も本当だからな?「でもメインは違いますよね?」――だって、めぐねぇのお説教超こわいし、俺ら(31代)の中で誰か1人でも捕まればそいつがお説教全部受けてくれるし…」

 

 要約すると、生徒会担当教員だった慈から逃げて仲間に貧乏くじを引かせるためにパルクールの技術を身につけたらしい。

 端的に言ってゲスである。

 

「なるほど、それで逃げてる同士で邪魔し合ってたのか。みんな逃げてるはずなのにおかしいと思ってたんだ」

「廊下に置いてある物まで使って妨害してたから通った後はいろんなものが散らかってたのよね、それこそ嵐が通過したみたいに」

「はた迷惑すぎませんかソレ」

「後で片づけを手伝ったりはしてたみたいだよ?一応1年間通してけが人とかは出なかったみたいだし」

「その気配りと能力を別の方向に使えよ…」

 

 呆れたように胡桃が言った内容は、話を聞いている全員の内心を代弁するものであった。

 

「というかめぐっち先生、なんで捕まえた1人にしかお説教しなかったのさ?全員にすれば良かったじゃん」

「本来ならそうなんですけど、なぎ君たち全員捕まえようと思ったら何時間かかるか分からなかったので…」

「「「ああ…」」」

 

 圭の疑問への答えに皆が納得したように声を上げる。高校時代の凪原の行動についてあれこれと話していた一同だったが、そのせいで現在の凪原への注意が散漫になっていた。

 

「さて君たち、散々好き勝手に言ってくれたけど忘れていないか。まだ今日の訓練は終わっていないぞ?」

 

 そしてその言葉に、ハッとした顔になる面々。盛り上がっていたため気づかなかったが、凪原の表情が危険なタイプの笑顔になっている。

 

「残りの皆も美紀と圭の時と同じように3分間の制限時間有りの鬼ごっこのつもりだったけど気が変わった。俺を捕まえるまで終わらない超耐久仕様に変更だ、全力で逃げるから覚悟するように」

 

 結局、慈たちは1時間以上走りまわらされて疲労困憊になり、その日の昼食と夕食は凪原が用意することになった。

 

 

 

====================

 

 

 

「あー、今日は実戦訓練をやります」

「……」

 

 そういう凪原と、その横に立つ胡桃はやや難しそうな顔をしている。どちらも「気が乗らねぇ…」と内心で思っているのが丸分かりである。対してその正面に並ぶ面々は緊張こそしているものの、2人のように気が進まないということはなさそうである。

 

「ほらなぎ君、そこで止まらないでください」

「いやそうはいってもさ…」

 

 一同を代表して慈が声をかけるも、何とも歯切れが悪い凪原。基本的に言いたいことははっきりいうタイプである彼にしては珍しい。

 

「なぁ皆、やっぱりやめとかないか?ある程度の実戦を経験するのは俺も賛成だけど、正直制圧(殺害)までやるのはやっぱりおすすめできない」

「そうそう、今んとこあたしとナギだけで事足りてるし、みんながそこまでやる必要はないと思うんだけど」

 

 訓練を始めてからしばらく、ある程度の基礎体力と武器の取り扱いを身につけたところで対ゾンビの実戦訓練を行うことになった。そこまでは凪原も胡桃も特に異論はない、というか2人が企画した。問題なのは慈たちが制圧、つまりゾンビの殺害まで経験しておきたいと言い出したことである。

 もともとは牽制の仕方を教える程度のつもりだった凪原らにしてみれば予想外である上に、仲間たちに(すでに死んでいるとはいえ)人を殺してほしくないという思いもある。何とか思いとどまってくれないかと頑張ってみたが、「いざという時に手が止まってしまうことが無いように」と押し切られてしまった。

 

 まぁ皆の言うこともよく分かるので了承はしたのだが、気が進まないことに変わりはないのでぎりぎりまでこんなことを言っているのである。

 

「もう、その話は何回もしたじゃないですか」

「確かに気分がいいものではないけれど、いざという時に初めて…というのは嫌だもの。胡桃や凪原さんがいる時に経験しておきたいわ」

「これから先ずっとその時が来ないとは考えにくいので早いに越したことはないです」

 

 順に慈、悠里、美紀の言葉である。言い方こそそれぞれ異なるが意味するところは同じであり、やめる気はないということが見て取れる。しかし、口に出しているもの以外の理由もあるであろうと凪原と胡桃は考えていた。

 

(多分俺と胡桃だけに戦闘を任せていることへの負い目をどうにかしたいってのもあるんだろうけど。……まぁそれぞれが勝手に外に出られるよりはいいか)

 

 チラリと胡桃の方を見ると、彼女は何とも困った顔をしてこちらを見ていた。多分凪原も同じような顔をしていることだろう。どうしようもない、と視線による会話で結論付けると、2人揃って小さくため息をついてから口を開く。

 

「ハァ……分かった、それじゃ予定通りやっていこう」

「前に言ったけど万が一に備えて1人ずつな、なんかあった時にあたしとナギとでフォローできるように」

 

 仕方ない、という風に話す2人に聞いていた皆は満足げに頷いた。

 

 

 

===================

 

 

 

「ってことで最初は由紀か」

「そうだよ、よろしくねナギさん、胡桃ちゃん」

 

 そう話す由紀が手に持っているのはクロスボウ、言うまでもなく部室の非常用物資倉庫(武器庫)に保管されていたものである。狩猟用のモデルであるため弦の張力はかなり高く、ゾンビのもろくなった(←何となくそうじゃないかと凪原は思っている)頭蓋骨程度なら容易く貫通できる。

 

 もちろん威力に見合うだけ弦の重さがあり、滑車などを用いて軽く引けるようにされているとはいえ女性が引くのはかなり大変である。

 それでも、白兵武器を用いてゾンビに致命傷を与えられるだけの威力を出すことは難しいということと、遠距離武器の方が精神的なダメージを低くできるだろうという判断から、制圧用としてこの武器の扱い方を訓練で教えていた。

 

「由紀はすばっしこいから牽制とかの方が合ってるとあたしは思うけどなぁ」

「うーん、まぁ私もそんな気がするけどやっぱり経験しときたくてさ~」

 

 胡桃が指摘した通り、由紀は筋力こそ低いが運動能力は高い。2年前の全校参加鬼ごっこ大会の時もベストプレイヤーに選ばれていたくらいで、身のこなしに限って言えば学園生活部内で凪原に次ぐ第2位である。

 よってゾンビと相対しても、正面から戦うことなく牽制(例えば足を攻撃して転ばせるなど)したのちに逃げる方がいい、と凪原も胡桃も重々言っているのだが、やはり制圧もできるようにしておきたいとのことで聞く耳を持ってくれない。それでも自分の特性を把握しているあたり他よりはマシと言うべきか。

 

「今後は牽制の仕方に重点を置いて鍛えるからな。…じゃ、行くか」

「はいはーい」

 

 由紀を引き連れて階段を下り2階へと移動する3人、ここが由紀達の初めての実戦場所となる。今回の訓練場所としてここを凪原が選んだのは安全地帯に近く、ゾンビの数が少ないからである。

 現在2階と3階の間にバリケードがあるため、その防衛を兼ねて2階部分は凪原と胡桃とで定期的に巡回している。そのため外と比較してゾンビが少なく一度に相手にする数を抑えることができ、初の実戦には都合がいい。

 

 由紀と胡桃を少し待たせて、廊下をのぞき込む凪原。見える範囲で廊下に出ているのは制服を着たゾンビが3体、それぞれが離れた場所におり、各個撃破には理想的な状態だ。

 それだけ確認してこちらを見ている由紀に振り返り声をかける。

 

「見た感じの数は3体、教室の中にもいるかもしれないから注意しろよ」

「う、うん。分かった」

 

 そう答えると、由紀は緊張した面持ちながら前に出て自分でも廊下をのぞき込む。凪原が偵察している間に弦を引いていたのか、クロスボウには既にボルトが装填されていた。

 

 一番近いゾンビの位置を確認し、クロスボウを構えたまま音を立てないように動き出す由紀。

 凪原と胡桃はその後ろをついていくだけで声をかけることはしない、より本当の実戦に近い形にするためだ。気が進まないとはいえやる以上は最高効率となるように全力を尽くすというのが凪原の考え方だ。

 

 それは由紀にも事前に伝えてあるため、2人はいないものとして考えて時折後ろも確認しながら進んでいく。射程圏内まで近づいたところで、クロスボウを目線の高さまで持ち上げて構え直す。

 

「………(プルプル)」

 

 重量3kgオーバーのクロスボウを支えるのはかなり筋力を使う。実際両手で保持しているにもかかわらず由紀の腕は小さく震えている。

 しかし手の震えなどは、クロスボウに備え付けられた照準器をのぞき込む由紀にとっては意識の外のことのようだ。彼女の顔は真剣そのものであり、そこにいつもの元気な笑顔はない。若干の戸惑いをはらんではいるものの、その目は冷静に相手を見定めている。

 

 腕の震えが止まった瞬間を見計らって引き金を引く由紀。弦が蓄えていたエネルギーのすべてがボルトへ与えられて一直線に飛び出す。

 火薬を用いている銃とは異なり、クロスボウは発射音がほとんどない。

 

 よって、その場にいた3人の耳に入ったのはボルトがゾンビの頭に突き刺さる音だけであった。

 

 左側の後頭部から侵入したボルトは頭蓋骨を突き破り、矢羽の近くまで埋まったところで進むのを止めた。フラフラと、こちらから離れるように進んでいたゾンビは糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちて動きを止める。名前も知らぬ1人の生徒が真に死亡した瞬間であった。

 

「……っ」

 

 由紀の表情が小さくゆがむが、それ以上の変化ははた目からは確認できない。これも凪原が訓練の中で何度も言っていたことである。

 曰く、「悩んだり後悔することは後でもできる、でも戦闘中にそれに捕らわれるのは命取りだ。分かりやすく言うと、―――手と頭を止めるな」

 

 凪原のその言葉通り、由紀は手を止めることなくクロスボウの再装填を始める。周囲にゾンビがいないことを確認すると、先端のわっかに足先を入れて押え、両手で弦を持ち背筋を使って背をそらせるようにして引く。こうすれば由紀でも比較的楽に弦を引くことができる。

 カチッと音がするまで弦を引いた後は腰の矢筒からボルトを1本抜き出してセットする、これで再装填は完了しいつでも発射できる状態になった。

 

 その後も由紀によるゾンビの制圧(殺害)は順調に進んだ。凪原や胡桃と比較すればつたない点はあるが、そこは慣れの問題だろう。少なくとも、今後いざゾンビと戦うとなった時に動けないということは心配しなくてもよさそうである。

 

 現在3人は、事前に胡桃と凪原とで想定外の事態が起きた時の退避場所として使えるよう安全を確保しておいた教室で一息ついていた。

 

「さて、初めて奴等を倒した訳だが、どうだった?」

「うーん…よく分からない、かな。こんなものかなって今はあっさりした気分なんだけど、まだ実感がないだけなのかも」

 

 背中にしょっていたリュックからペットボトルを取り出して水分補給をする由紀に声をかけると、難しそうな顔をしながらそう答えた。考え方によっては殺人を犯した直後であるため、場合によっては取り乱したりする可能性もあったのだがそのような様子は見られない。念のために質問してみたが特に問題はなさそうだった。

 

「(精神的な面に関しては事前に胡桃とも話したけど、やっぱ内面がタフなのかな)まぁ今の段階でそんな感じなら特に心配しなくても大丈夫そうだな。ただ、あとでどうなるかは分からないから、どんな些細なことでも何かあったら俺か胡桃に言うんだぞ」

「はーい。――さ、そろそろ行こうよ。この後は階段まで移動して3階に戻るんだよね?」

「ああ、3階に戻ったら訓練終了だ。くれぐれも気を抜くなよ」

「了解であります!」

 

 凪原の言葉に敬礼して答えると由紀は教室のドアへと向かう、クロスボウを残して。

 

「おーい由紀、こーれっ(クロスボウを指さす)」

「あっ忘れてた!」

「まったく、武器無しでどうやって訓練する気なのか教えてほしいよ」

「ごみんごみん」

「えー、訓練中に武器を忘れる、マイナス1点……っと(メモを取るふりをしながら)」

「あーん、ひどいよなぎさん」

 

 そんな一幕を挟みつつも、訓練の後半戦が始まった。

 

 

 

====================

 

 

 

バァンッ

 

 休憩後も訓練は問題は起こることなくあと数歩も進めば階段に到着する、といったところで破壊音が廊下に響き渡った。音の発生源は階段脇の女子トイレの中であり、恐らくは個室の扉が壊されたのだろう。人間が壊すはずないので確実にゾンビである。

 

 想定外の事態に、知らず知らず緩んでいた気を張りなおす3人。凪原は即座にホルスターから9ミリ拳銃を引き抜いて、廊下の前後を見渡す。今の音で教室内にいる(かもしれない)ゾンビが出てくるのを警戒しての行動だ。胡桃も山刀(マチェット)構えて由紀の横まで進み出るが、由紀にさえぎられた。

 

「大丈夫だよ胡桃ちゃん、こういう時にも自分で対処できるようにならないと」

「……分かった、でもダメだと思ったらあたしがやるからな」

 

 クロスボウを構えながら言う由紀に、胡桃はそれだけ答えると半歩下がる。

 

 トイレのドアは内側からは押すだけで開く、そのためゾンビもすぐに廊下まで出てくるだろう。数舜ののち、ドアがゆっくりと開かれ体をこすらせるようにして1体のゾンビが姿を現す。

 

「アァァ……」

 

 女子の制服を着てチョーカーを付けたそのゾンビの頭は、由紀が構えるクロスボウの真正面にあり、引き金を引くだけですぐに片が付くだろう。そう思った凪原と胡桃の思いに反し、由紀は引き金を引くことは無かった。

 その目は見開かれ、クロスボウを構えていた腕は下がり、ゾンビの頭から斜線が外れてしまう。

 

 

「……貴依(たかえ)、ちゃん?」

 

 かすかに震える唇から、小さく声が漏れた。




はい、柚村孝枝ちゃんすなわちチョーカーさんゾンビver登場です。

 チョーカーさんはキャラ的に好きなんですが、シナリオの時系列上泣く泣く生存をあきらめざるを得ませんでした。なのでゾンビの姿で由紀の前に現れることになりました。彼女の登場に果たして由紀はどうするのか...



皆が実戦訓練に乗り気な件

 かなり原作とは設定が異なりますが一応筆者なりの理由付けはあります。

 原作では学園生活部における戦闘は基本的に胡桃のみでときどきみーくん、緊急時のみその他のメンバー、みたいな感じになっていましたがこれは体力的な理由のほかに精神的にそんな余裕がなかったことが原因なんじゃないかと考えています。人数が少なく由紀が正気じゃない上に恐らく物資も本作ほど余裕はなかったはずです(めぐねぇの車だけとトラックも使うとじゃ輸送量は文字通り桁違い)。その状態でさらに負担を受けることになる戦闘などできようはずがございません。
 しかし、本作では凪原がいます(テッテレー)。彼の加入により現在の学園生活部はかなり安定した状態にあり、精神不安定枠の由紀とりーさんもそれぞれめぐねぇとるーちゃんが生存しているので問題ありません。そんなわけで精神的余裕があれば、もともと頭がいい子たちなので戦えないよりは戦える方がいいという思考になるんじゃないか、と考えています。


チョーカーさんのお話はもう1話続きます、
それではまた次回!


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3-4:おやすみ

UA20000突破!皆さん本当にありがとうございます!
このままのんびりと続けていきたいと思っていますのでよろしくお願いします

チョーカー姉貴がゾンビとなって登場した前回、果たして彼女を前に由紀はどうするのか……


「由紀っ、おい由紀どうしたっ⁉」

「――っ」

 

 幸いなことに、胡桃の声掛けにより由紀は我に返った。しかしクロスボウは相変わらず下を向いており、ゾンビから射線は外れたままだ。ゾンビとの距離は現在約5メートル、数秒程の余裕はあれどもその間に由紀がとどめを刺すことは難しい。

 

「~っ、下がってろっ!」

 

 そう判断した胡桃は由紀の手を取って下がらせ、自分が始末しようと逆の手に持った山刀(マチェット)を振りかぶる。

 

「待って!」

 

 しかし、掴んだままだった由紀の手に引かれてその動きを止められてしまった。まさか邪魔されるとは思っていなかった胡桃は由紀に食って掛かる。

 

「何すんだ由紀っ」

「だめっ、あの子(貴依ちゃん)は私がやらないとだめなの!」

「はぁっ⁉今できて無かったじゃん、だからあたしが前に出たんだろうがっ」

「それでもダメなんだよっ」

 

 今まで見たことが無いくらい必死な由紀の姿に訳が分からず、さらに言い返そうとする胡桃だったが、彼女が口を開く前に背後から2本の腕が伸び、2人を掴むや勢いよく引き戻す。その力強さに抗いきれず、後ろに倒れ込む2人の眼前を彼女たちを引っ張ったのとは別の腕が通過していく。トイレから出てきたゾンビがいつの間にかすぐ近くまで接近していたのである。

 そして胡桃と由紀を引き戻した腕の持ち主は2人と入れ替わるように前に出ると、そのままゾンビの胸部に前蹴りを叩き込んだ。その衝撃を殺しきれず、ゾンビは数歩後ろによろめいたのちにあおむけに倒れた。

 やはり生前と比べて運動能力が著しく低下していいるのか、もぞもぞとしてしばらくは起き上がれそうにないことを確認して、ようやく凪原は振り返った。

 

「2人とも動けるな?さっきの教室まで戻るぞ」

「なんでだよっ、他の奴らが集まってくる前に倒すべきだろ」

「廊下見てみろ、幸いなことに寄ってくる奴はいない。由紀の方にも事情があるみたいだしいったん引くぞ」

「……分かった」

「由紀もいいな?」

「う、うん」

 

 頷いた2人に凪原は「いきなり引いて悪かった」と手を差し出し、立ち上がらせると先頭に立って教室へと移動し始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「よし、ここでいったん休憩だな」

「ゾンビの真ん前で動きを止められたんだ、納得のいく説明をして欲しいなあたしは」

 

 少しだけご立腹な胡桃だが、凪原は彼女に言うことがあった。

 

「あ、そうだ胡桃。ゾンビの近くで別のことに意識を向けるのはあまり感心しないぞ?」

「うっ、あれはいきなりでびっくりしたから…」

「そうゆう時に対応できるかどうかが重要なんだ」

「そりゃそうだけどさ~」

 

 「う~」とぼやく胡桃、言われた内容が正論であるために反論ができず、でもなんか物申したい。そんな内心を見て取った凪原は励ましの言葉を掛けることにした。

 

「ま、おいおいできるようになればいいさ。(外に出る時は)いつでも俺がそばにいるから安心してくれ」

「えっ、えーと……ありがとう。き、急に変なこと言うなよっ(プイッ///)」

 

 突然の「ずっとそばにいる」宣言に思わず赤面してしまった胡桃は、赤くなった顔を凪原に見られないように顔をそむけてしまった。一方、急にそっぽを向かれた凪原は何か変なことを言ってしまったかと首をかしげる。

 

(クスッ)

 

 そしてそんな2人の様子を見た由紀は小さく笑ってしまう。さっきまでは頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっていたが、だんだんと昂っていた気持ちが鎮まってくるのを感じる。

 

「―――さて、そろそろ大丈夫そうだな。話してくれるか?由紀」

「あたしも聞かせて欲しいな、由紀があんなに取り乱すなんて普通じゃないし。やっぱりさっきの奴のせいなの?」

「うん、もう大丈夫だよ」

 

 時間を置いたのち、凪原が声をかけてきた。胡桃も頬の熱が収まったのかこちらに顔を向けている。2人の視線を受け、由紀は落ち着いた口調で話し始めた。

 

「あのゾンビさんは、柚村 貴依(ゆずむら たかえ)っていうの。貴依ちゃんは、私の命の恩人なんだ」

 

 

 

====================

 

 

 

「私ってさ、なんか人よりも空気が読めないみたいなんだよね。そのせいで時々クラスの中で浮いちゃうことがあったんだ。2年生になってからはめぐねぇにりーさん、胡桃ちゃん達がいたからそんなことは無かったんだけど。それより前、特に高校1年の時は多かったかな」

「そういう時ってみんなあんまり話しかけてくれないんだよね。別にいじめられてるって雰囲気じゃなくて、ただ何となく話しかけられないって感じでさ」

 

 普段の元気な様子ではなく、少し寂し気に目を伏せて話す由紀。両手で握っているペットボトルを見ると、手の近くが少しだけへこんででいた。今まで見たことのない由紀の様子に凪原だけでなく胡桃も驚いたように聞き入っている。

 

「そんな時でも…うーん、そんな時には、だね。貴依ちゃんがいつも話しかけてくれたんだ。普段はあんまり話さないんだけど、私が1人でいるところに来て話しかけてくれた」

「だいたいはからかうような内容でね、私が反論したら面白そうな顔になってさらにからかってきた。それを繰り返してたらいつの間にか他の皆も近くに来てて、またいつものようにみんなと話すようになるんだ。それで気がつくと貴依ちゃんはどこかに行っちゃってたんだよね」

 

 話を続ける由紀の様子は話し始めた時からほとんど変化していない。それなのに話を聞いている2人にはだんだんと由紀の纏う空気が重くなっているように感じられた。

 

「1年生の終わり頃になると私が浮いちゃうことも少なくなってたし、2年ではクラスも別れちゃったからほとんど会うこともなかったんだけど、あの日は放課後に廊下でばったり。それで久しぶりに話してる最中に、あんなことになった」

「最初は何が起きてるか分からなかったけど、貴依ちゃんが「逃げるよ」って言って私の手を引いて走り始めたんだ。それで―――」

 

 クシャリ、と由紀が持つペットボトルの形が大きくゆがむ。

 

「―――それで、階段まで来たところで、1階から上がってきてたゾンビさん達と鉢合わせしちゃったんだ。急すぎて反応できなかった私を貴依ちゃんは助けてくれた。でも……」

 

 「でも」、その後に続く言葉は容易に想像することができた。

 

「……でも、その代わりに貴依ちゃんが噛まれちゃった。それを見て動けないでいた私を、貴依ちゃんは早く上に行けって言いながら登り階段の方に突き飛ばしたんだ。起き上がって振り返った時には、背を向けて離れていく貴依ちゃんとそれを追いかけるゾンビさん達しか見えなかった」

「気が付いたら私は屋上の扉の前にいて、りーさんとめぐねぇ扉を開けてくれた」

 

 そこまで言って、話すのをやめる由紀。凪原も胡桃もすぐには口を開くことができず、教室の中を沈黙が満たす。

 

「―――なるほど、な。さっき様子が変だったのはそういう理由があったのか」

 

 数十秒、あるいは数分間続いた沈黙を破ったのは凪原だった。

 

(身を挺して助けてくれた、しかもそれ以前にも助けてもらっていた友人が奴等になって目の前に、か……。きっついなぁ、こういう時どう声をかけるのがいいんだ?)

 

 内心で頭を抱える凪原だったが、時間的な猶予はそこまでない。いくらゾンビの身体能力が低いとはいえ、先ほど蹴倒したゾンビ(由紀の話では柚村貴衣という名らしい)がもう近くまで来ているだろう。単に凪原が始末するだけなら、弾丸を1発、もしくは山刀(マチェット)を1振りで事足りる。しかし、恐らくそれでは解決にならないだろう。

 直接的な脅威ならば凪原が排除できるが、由紀本人の問題は由紀にしか解決できない。

 

(さっき由紀は自分で倒すと言ったけど、それで解決になるのか、ってかそもそも由紀にやれる(殺せる)のか?―――1度3階まで戻ってめぐねぇに相談するか)

 

 他の同年代と比較して人生経験が豊富な凪原だが、このような問題を前にするとどうすればいいのか見当もつかない。

 胡桃も難しい顔をして考え込んでいるが、口を開かないということは何も思いつかないのだろう。彼女の表情を見るに、由紀に友達を殺させたくない、でも自分たちがやればそれでいいということでもないことも分かっていてどうすればいいか考えがまとまらないようだ。

 1度3階まで戻ることを検討し始めていると、話し終えてからうつむいたままだった由紀が顔を上げた。

 

「やっぱり、私がやるよ」

 

 それは、言葉数こそ少ないがはっきりとした意志を感じさせるだった。

 

「っ!、………そうか」

 

 弾かれたように由紀の方へ顔を向けた胡桃だったが、由紀の表情を見ると何も言えなくなっている。そしてその気持ちは凪原も一緒だった。

 

(そんな顔されたらなにも言えないじゃないか)

 

 2人が見た由紀の表情は穏やかなものだった。

 これがもし悲痛そうなものであったりその他にも内心を推測させるものであれば、無理はしていないか、自分たちがやった方がいいのではないか、などと声のかけようもあった。しかしひどく穏やかに、ともすれば微笑んでいるようにも見える表情で言われてしまえば、確認や反論などできようはずもなかった。

 

「多分私の自己満足でしかないんだけど、貴依ちゃんとちゃんとお別れしたいんだ。だめかな?なぎさん」

 

 首をかしげて聞いてくる由紀に少しの間黙っていた凪原だったが、やがて顔を上げると普段通りの笑みを浮かべて口を開く。

 

「よし分かった!何かあったら絶対フォローする、だから安心してお別れをして来いっ。胡桃、俺らは援護だ、由紀に貴依さん以外近づけるな。できるよな?」

「当然っ」

 

 凪原の言葉に、胡桃も拳を手のひらに打ち付けながら答える。2人の言葉に由紀は一瞬驚いた顔になるがすぐに笑顔になった。

 

「2人とも…ありがとっ」

「なーに気にすんなって」

「ああ、友達(由紀)がやるって言ってんだ、なら手伝うのは当たり前だろ?」

 

 友人が何かをする覚悟を決めたのなら、自分も手伝う。そして、手伝うからには全力でやる。

 言葉にするのはたやすいが実際には難しい。しかし、それを当たり前にできるくらいには学園生活部の絆は強くなっていたようだ。

 

 

 

====================

 

 

 

「前に貴依さんを含めて4、後ろに2か……胡桃、後ろ任せた。俺は前の貴依さん以外をやる。へまするなよ?」

「当たり前だナギっ。由紀ちょっと待ってろよ、10秒で片付けてくる」

「う、うん」

 

 廊下へ顔を出して近寄ってきているゾンビの数を確認する凪原。それなりの時間教室内にいた割には集まりは良くないようだ(まぁその方がいいのだが)。このところ胡桃と凪原で断続的に数を減らしていたの良かったのだろう。ゾンビたちが生前のルーチンに則って動く以上、全校生徒数のゾンビを始末できれば敷地内に入ってくるゾンビの数は理論上はいなくなるはずである。

 貴依ゾンビがいる側は数が多い上に密集していて、彼女のみを残して殲滅するのは胡桃にはまだ難しそうなのでそちらは凪原がやることにして、彼女には後方を任せることにした。

 

 ところで、由紀に待っているように言う胡桃がなんかドヤ顔をしてる気がしたため、凪原はちょっとからかうことにした。 

 

「じゃあ俺は6秒で」

 

 言いながら片手で9ミリ拳銃を構え、2秒に1発の割合で連続して発砲する。宣言通り6秒で3体のゾンビを始末して凪原が振り返るのと、胡桃が2体目の頭を切り飛ばすのは同時だった。

 

「あたしも6秒」

「………そりゃ頼もしいこって」

 

 血濡れの山刀(マチェット)持ち、フンスッという鼻息が聞こえてきそうな顔の胡桃に凪原は苦笑いで返した。

 

 ともあれ、邪魔なゾンビは廊下から一掃された。残っているのは貴依ゾンビのみであり、そうなればもはや凪原と胡桃にできることはない。2人は1歩引いて由紀に場所を譲った。

 

「露払いは終わった。あとは由紀しだいだ」

「なんかあってもあたしたちがついてるから、だから頑張れよ」

「うんっありがとう2人とも」

 

 激励してくれる2人にそう答えると、由紀は笑顔を引っ込めて真剣な表情を浮かべ前に進み出る。

 1歩踏み出すごとに貴依との距離が縮まっていく。しかし先ほどとは異なり、由紀の瞳は真っすぐに貴依を見据えていて、クロスボウを握る両手から力は抜けていない。

 

「貴依ちゃん……」

 

 距離が5メートル程になったところで立ち止まりクロスボウをしっかりと構える。狙いは眉間、その中央だ。

 ゆっくりと貴衣が近づいてくる。その瞳は白く濁り、もはや由紀の姿を映してはいない。生前と同じものといえば、1歩進むごとに揺れるチョーカーくらいだ。それでも、その姿は彼女の生前を由紀に思い起こさせるには十分であった。

 

 思わずこぼれそうになった涙を、奥歯を噛みしめるでこらえる。しかし、すぐに引き結ばれた唇が震え、小さく声が漏れた。

 

 

「ありがと………それから、おやすみ」

 

 

 声と共に放たれたボルトは、狙い違わず貴衣の眉間へと突き刺さった。

 

 

 

====================

 

 

 

「どこ行くんだ?ナギ」

「あー……、ちょっとした自己満足?」

 

 その日の夕方、珍しくシャベルを担いで階段へと向かう凪原の姿があった。胡桃に呼び止められた彼は振り返ると、少し恥ずかしそうにしながら答えた。

 

 

 あの後、由紀は気力が尽きたのか倒れてしまい、凪原たち2人を大いに慌てさせた。幸いなことにただ眠っているだけのようであったので、凪原が彼女を背負い胡桃に警戒をしてもらいながら3階へと戻った。

 3階にいた面々(特に慈)は由紀の様子に驚いたが、起きたことを話すと納得してくれた。続いて予定していた訓練は中止になり、今は部室のソファで眠っている由紀のそばで皆過ごしている。それぞれが思うところがあるのか、特に会話などはない。

 

 そんな中、いつの間にか凪原の姿がなくなっていることに気づいた胡桃が、彼の姿を探して廊下に出たところで先ほどの言葉につながったのである。

 

「自己満足って、何する気なんだ?」

「ちょっと貴依さんを埋葬してこようかと思ってさ」

「埋葬?」

 

 予想外の言葉に素で聞き返した胡桃の言葉をどのようにとらえたのか、凪原は弁解するように言葉を続ける。

 

「いや、今まで何体も奴等を始末してきて何を今更って感じかもしれないけどさ。やっぱ生前のことを知っちゃうと、それも仲間を助けてくれたってなるとなんとなく情が移っちゃって」

 

 「せめて埋葬くらいは」と続ける凪原に胡桃は何も言わずに部室に戻ると、すぐに自分もシャベルを持って出てきた。

 

「めぐねぇに話してきた、あたしも手伝うよ」

「……おう」

 

 貴依の遺体を持ってきたブルーシートで包むと、2人は校庭の隅の方へとやってきた。すでに最終下校時刻を過ぎているので敷地内にゾンビはほとんどいない。お互いに話すこともなく埋葬のための穴を掘り始める。十分な大きさと深さの穴が掘れたところで、凪原はブルーシートの包みを開き、遺体の首から上だけを露出させた。

 

「……」

 

 感染防止のためにゴム手袋をはめてこそいるが、柔らかい手つきで貴依の開いたままになっている目と口を閉じさせる。軽く顔全体を拭き、髪を整え、最後にボルトが刺さっていた穴を絆創膏で隠す。

 ひどく簡易的ではあるが死化粧が施されたことで貴依を見たときの印象が穏やかなものになった。眠っているように、とまではいかないが少なくともゾンビには見えない。

 

「こんなもんか?」

「んー、よく分からないけどいいんじゃない?」

 

 短く言葉を交わすと再び顔まで包み、穴の中に遺体を安置する。土をかけ終えたのち、しばし黙祷を捧げると2人はその場を後にした。

 

 

 

====================

 

 

 

 巡ヶ丘学院の屋上菜園の片隅には、今でもチョーカーが掛けられた小さな十字架が建っている。




チョーカーさんは姉御肌、異論は認めない(認めます)

 好きなキャラだったので何とか登場させたかった。登場のさせ方と本作との整合性を考えた結果今回の訓練の下りが出来上がりました。
 由紀を守り、彼女の手で眠らせてもらう。強くなった由紀を見てチョーカーさんも安心して成仏してくれることでしょう。屋上菜園の十字架についてはめぐねぇの十字架とロザリオの本作品バージョンです。

 訓練についてはここで一区切りなので次は日常回になる予定です。


それではまた次回!


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3-5:座学と白衣とお菓子

東京五輪延期になりましたね。
まぁ今年無理やり敢行しても大変だったと思いますし、「五輪を宣伝できる期間が1年延びたと思えば経済的刺激になる」とかニュースでも言っていたのであまり気落ちせずに待ちましょう。

さて、このところ真面目な話が続いたので今回は日常回です。
お楽しみください


 由紀の復活は早かった。気絶した時はどうなることかと思われたが、一晩中ぐっすり眠ったことで翌日の朝にはいつも通りの元気な姿を皆に見せていた。

 

 あまりに以前と様子が違わないので、流石に無理をしているのではないかと警戒した凪原達だったが、専門家という訳でもないため不審な点などは全く見つけられなかった。さしあたっては由紀の精神が予想以上に強靭だったと納得することにして、しばらくはそれとなく様子を見るということになった。

 

 

 由紀の訓練から数日間を開けて、瑠優(るーちゃん)を除いた残りの4人もそれぞれ実戦訓練を行った。幸いと言うべきかこの時は彼女たちの生前の知り合いだったゾンビと遭遇することもなく終わった。皆がそれほど逡巡することなく制圧できたことには教官役である凪原と胡桃も驚かされた。ただ、慈と悠里の2人は「いざという時になればできるが普段からはキツイ」とのことで、やはり個人差はあるようだ。

 

 よってそれぞれに合わせたメニューが必要になったために戦闘組以外の訓練はお休みとなり、凪原と胡桃のみが訓練を続けることになった

 

 

 

―――はずだった。

 

「あれ?ねえ美紀、なんか凪先輩と胡桃先輩の声が聞こえない?」

「ほんとだ、この時間は訓練中のはずなのにどうしたんだろ」

 

 凪原たちの声が聞こえてくることに疑問を覚える圭と美紀。いつもであれば屋上で訓練している時間にもかかわらず、2人の声が窓からではなく廊下側から聞こえてきているのだ。

 

「見に行こうか?」

「そだね、特にすることもないし」

 

 美紀が読んでいた本を閉じて1人掛けのソファ(遠足時にショッピングモールから持ってきた)から立ち上がりつつ声をかけると、絨毯の上でゴロゴロとくつろいでいた圭も返事をして体を起こした。並んで廊下を歩いていると、圭が伸びをした後に口を開く。

 

「にしても、ここはのんびりできていいね~。モールで生活してた時とは大違いだよ」

「圭は自由時間が無くてピリピリしていたもんね」

「そうそう。いくら非常時だ~っていってもちゃんと休まないと疲れちゃうよ」

 

 ゾンビパンデミックの発生により社会基盤が根底から崩れてしまったため、現在は生きるか死ぬかのサバイバル生活を送っている学園生活部一同であるが、その生活は規則などに縛られた窮屈なものではなく、かなりのびのびしたものだ。菜園の世話や掃除洗濯などの家事の仕事をする時間はあるものの、それ以外の時間はほとんど自由時間である。

 「生きていくために、って働きすぎて過労死でもしたら意味が無いからな。何よりそんな生活じゃ楽しくない」というとある元生徒会長の発言もあり、全員が思い思いに過ごせるように話し合った結果だ。話し合いの際にも特にもめることは無く、終始穏やかのものだった。ほぼ全員が「巡ヶ丘学院」というつながりがあり、リバーシティ・トロンの避難民のように全くの他人同士ではなかったのも一因かもしれない。

 

 リバーシティ・トロンでのことは置いておくとしても、学園生活部ではそれぞれが良好な関係を築いているのである。

 

「ねぇ、なんか凪先輩達喧嘩してない?」

「うん、あの2人に限ってそんなことはないと思ってたのに」

 

 近づくにつれ、聞こえてくる声がだんだん大きくなってきていた。凪原と胡桃は学園生活部において重要な役割を果たしてくれている。ともに戦闘役であり、今の安定した生活があるのも2人の功績によるところが大きい。それだけでなくそれぞれの人柄も良く、凪原は遊び心のある穏やかな性格と生徒会で鍛えた指導力で、胡桃は姉御肌のさばさばした性格と時折見せる乙女な一面で皆から慕われている。

 またこの2人同士の仲も非常に良好であり、交際していると言われても違和感がないほどで、本人(特に胡桃)は否定しているが、はたから見れば大差ないのでさっさと付き合ってしまえと思われている。

 

 そんな2人が喧嘩をしているとなると大ごとである、場合によっては学園生活部そのものにまで影響が出るかもしれない。

 そう思った美紀と圭が慌てて扉を開いた先では―――

 

「だからそこのパーツは「スライド(遊底)」だっつってんだろっ、なんで「ストライド(歩幅)」になるんだよ⁉――陸上部かっ」

「陸上部だったんだよあたしはっ、悪いか⁉」

「悪くねぇよっ。いいじゃないか陸上部、俺は好きだぞ」

 

 

―――しょ~もないことで言い合いをしている凪原と胡桃の姿があった。

 2人は美紀たちが入ってきたことに気づかないようでそのまま会話を続ける。

 

「ほんとか~、ごまかそうとしてテキトウ言ってんじゃないだろうな?」

「ガチガチ、俺部活動とかやったことないから結構憧れてんだぞ?」

「あれ?ナギは部活やってなかったのか?」

「おう。1年2年は帰宅部だったし、3年は生徒会で忙しかったからな。んで、学内回ってると陸部の練習の声が聞こえてきて、「お~やってるな」って思ったもんだ。だから俺の中では部活といえば陸上部なんだ」

 

 「多分胡桃が練習してるとこも見てる」と話す凪原にいつの間にか様子を見られていたらしい胡桃は天を仰ぐ。

 

「マジか~、1年の時はあたし全然だったから恥ずかしいな」

「んなことないだろ。みんな一生懸命練習していて見てて清々しかったし胡桃もちゃんとしてたと思うぞ?何も恥ずかしがる必要はないだろ」

「そ、そうか?」///

 

 つい数十秒前の言い合いが嘘のようにほんわかした空気に包まれる2人。その様子を間近で見ることとなった美紀と圭は何ともむず痒い気分になる。コミュニティの一大事かと来てみれば痴話げんかだったのだ、当然と言えば当然の反応である。

 

「(なんだ~、いつもの痴話げんかか。心配して損した)」

「(だね、もうほっとこうか)」

 

 コソコソと言葉を交わし、ドアを閉めて立ち去ろうとしたところでようやく凪原達は2人に気づいた。

 

「ん?圭と美紀じゃないか、どうした?」

「あ、ホントだ。今は自由時間だったはずだけどなんかあった?」

 

 こっそり退散するわけにもいかなくなった圭たち。

 

「凪先輩たちの声が聞こえてきたから、訓練の時間なのに変だと思ってさ」

「そしたら2人がけんかしてるような声が聞こえたのでどうしたのかと」

「?、俺ら今けんかしてたか?」

「さぁ?よく分かんない」

 

 美紀からの問いにそろって首をかしげる凪原と胡桃。そのしぐさがそっくりであったため呆れてしまう2年生2人。

 

「あーはいはい、いつもの痴話げんかですね」

「なんだよその投げやりな感じは」

「そうだよっ、っていうかち、痴話げんかとかそんなんじゃないからっ」

「胡桃先輩も焦ってないでいい加減慣れてくださいよ」

 

 不満げな様子の凪原達だが、美紀たちからすれば知ったこっちゃないのでさっぱり無視して先を促す。

 

「それで何やってたんすか?」

「…圭も変わったよな、最初に会った時はあんなに弱々しかったのに」

「凪先輩?あの時の事それ以上言ったら〆ますよ」

「へーい」

 

 圭にとってパンデミック発生から学園生活部に入るまでの間の自分は黒歴史認定しているらしい。曰く、「あんなシリアスでおろおろしてるのは私じゃない」とのこと。恐らく人生で最もつらかったであろう時期を黒歴史の一言で片づけられるあたり、圭の精神はかなり復活しているのだろう。

 試しにからかってみると、目の笑っていない笑顔で返されたので凪原は直ちに話題を変えることにした。

 

「えーっと訓練の時間のはずなのに何してるのか、だったな。体は動かしてないけど一応今も訓練中だ、前に胡桃にも銃を使えるようになってもらうって話してただろ?皆の訓練もひと段落着いたからこっちを始めることにしたんだ。今は、まずは座学からってことで銃の構造について教えていたところだな」

 

 ホラ、と言いながら手で示した黒板には凪原が普段使っている9ミリ拳銃の模式的な図が描かれていた。各パーツについての説明も簡潔に書かれており、内容が物騒なことを除けば授業中の板書と見まがうほどのものだった。

 

「へー、っていうか凪先輩板書うまいね。チョーク使うのって慣れてないと結構難しいのに」

「そこはほら、生徒会の仕事で慣れた」

「あ、そういうことか」

「………なんで、こんな世の中になってまで勉強しなきゃならないんだよ(グデ~)」

 

 凪原と圭が話している間、胡桃は机に突っ伏してぼやいていた。彼女は勉強があまり得意ではなく、定期試験のたびに一夜漬けを敢行するタイプの人間であり、席に着いて授業を受けるのは苦手なのだった。

 

「そう言うなって、銃は他の武器と違って扱いが難しいから勉強が必要なんだ」

「そりゃ分かるけどさ~、別にパーツの名前くらいいいじゃん。分かれば」

「さてはお前、化学の分子式覚えられないタイプだな。まぁ実際は伝わるなら別にいいんだけどな」

「おいっ、さっきのあたしの苦労は何なんだよ!」

 

 凪原の言葉に思わず立ち上がって文句を言う胡桃だったが、笑顔で「ノリ」と返されてそのまま机の上に崩れ落ちた。そしてそのまま動かなくなったため、今度は美紀がさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「ところで凪原先輩、その恰好はどうしたんですか?」

「あっバカ!」

「美紀ダメだって!」

「え?」

 

 美紀が言うように今の凪原の服装は普段来ているようなTシャツにカーゴパンツではなく、スラックスパンツに色付きのYシャツを着用し、その上に白衣を羽織りさらに黒縁のメガネまでかけた研究者風のコーディネートなのだ。それを質問をした瞬間に顔を上げた胡桃と焦ったように声を上げる圭に疑問符を浮かべる美紀。しかしすぐにうれしそうな顔になった凪原を見てその理由を察した。

 

「お、それ聞いちゃう?授業をやるならそれっぽい恰好がいいと思って準備したんだ。どうだ?似合うか?」

 

 バサリと白衣を翻し、片手でメガネをクイッとしながらドヤ顔をきめる凪原。その動きは様になっており、見た人を何となくイラっとさせる。

 

「あーもう、こうなる気がしてたからスルーしてたのに」

「ダメだよ美紀、凪先輩絶対ツッコミ待ちだったじゃん」

「うん…次から気をつけるよ」

 

 彼の意図を読めていた2人から小言をもらいシュンとする美紀に対し、反応してもらえた凪原は上機嫌である。

 

「いや〜よかったよかった。せっかく用意してたのに胡桃は一瞬固まっただけで全然反応してくれなかったからさ、圭もスルーする気だったみたいだし」

「だって明らかにツッコミ待ちだったじゃん、反応してめんどくさくなるんならスルー安定だって。んで、結局その衣装はどうしたの?」

 

 どうせなら、と衣装についても質問する圭。

 

「ショッピングモールから持ってきた。やっぱ理系の先生とか研究者といえばこんな服装だろ」

「凪原先輩ってあれだよね。見え方を気にするタイプ」

「形から入るタイプと言ってくれ。別に周りからの見え方はそんな気にしてない」

「気にしてたらいくら生徒会長でもあんなこと(バカみたいなイベント騒ぎ)できないもんな」

「……なんか胡桃ちょっとキツくない?」

 

 微妙にトゲがある物言いに凪原が疑問の声を上げると、胡桃はそっぽを向けながら答えた。

 

「フンッ、無意味な暗記をやらせた仕返しだ」

「悪かったって、チョコあげるから許してくれ」

「ジュースも欲しいとこだな」

「分かった分かった」

 

 凪原が苦笑しながら頷くと、胡桃は「ならよし」と言って顔の向きを元に戻した。心なしかさっきほどよりも機嫌が良くなっているように見える。

 それにしてもチョコにジュースとは何を言っているのだろうと首を傾げる圭達の前で、凪原は隅に置いていたバックに歩み寄ると手に取って戻ってくる。そして中から板チョコと缶ジュースを取り出して胡桃に手渡した。

 

「ほいよ」

「ありがとっ、うーんやっぱいい匂いだな〜」

「だよな〜」

 

 チョコの香りを楽しむ胡桃に同意しつつ、自分も取り出した缶ジュースのプルトップを引きあける凪原。悠里が厳しく管理しているはずの菓子類を何の気負いもなく楽しむ2人に呆気にとられてしまう圭と美紀。

 

「ちょっと凪先輩、何普通にお菓子とか食べてんのさっ⁉︎」

「そうですよっ、まさか無断で持ち出してきたんですか?」

「違う違う、これはりーさんが仕切ってるもんじゃないから大丈夫大丈夫」

 

 先に正気に戻った圭に続いて声を上げる美紀。凪原はその言葉になんでもなさそうに手を振りながら答えた。意味がわからないという顔の2人に、胡桃が銀紙を剥がしたチョコをかじりながら説明をしてくれた。

 

「ナギのやつショッピングモールで食料調達をした時にお菓子とかを自分の洋服用のトランクにこっそり隠してたんだ」

「りーさんが帳簿をつけてるのは食料用のトランクに入れてた分だけだからな。これは管理の対象外だ」

 

「管理してる中から取ろうとするから見つかって怒られるんだ、初めから存在しないことにしておけばバレないし問題も起きない」などと嘯きながら缶を傾ける凪原に圭たちは呆れてしまった。

 

「なんというか、悪徳政治家が予算をごまかしてるみたいな感じですね」

「なんてこと言うんだ美紀、日々の生活を豊かに生きるための細やかな知恵と言ってくれたまえ」

「その言い訳まで含めてです、というかわざと言ってますよね?」

 

 美紀の言葉をのらりくらりと受け流している凪原に、圭が悪役っぽい笑い声をあげながら声をかける。

 

「クックック、凪先輩そんなこと言っちゃっていいの?今のをそのままりーさんに伝えちゃおうかな〜」

「な、なんだと⁉︎それはやめてくれ、そんなことをされたら私は破滅してしまうっ」

「言われたくないならホラ、なんか渡すものがあるんじゃない?」

「………板チョコ1枚」

「何寝言言ってんのさ。あたしたちに2枚ずつ、当然ジュースもつけてもらうよ」

「くっ、……悪魔め」

「なんとでも言うがいいね、別にあたしはこのままりーさんのとこに行ってもいいんだよ?」

「ええい分かったっ、持ってくがいい」

「毎度あり〜」

 

 いかにも苦渋の決断といった感じで要求された物品を渡す凪原とそれをニヤニヤしながら受け取る圭。そのやりとりがひと段落した所で胡桃が冷ややかに声をかけた。

 

「んで、2人とも満足したか?」

「おう」

「そりゃーもう」

 

 それまでの表情を瞬時に引っ込めて満足げな顔になる2人。なんてことはない、今の凪原と圭のやりとりは茶番だったのだ。

 

「悪事の証拠を掴まれてそれをネタに強請られる、なかなかできない経験だな」

「やってみたかったけど、現実ではそうそう出来ないからね~。あー楽しかった」

 

 笑いながら「はいこれ美紀の分」と凪原から受け取った菓子類を手渡す圭に、安堵の息をつきながら受け取る美紀。胡桃は気づいたようだったが2人の茶番があまりにも自然に始まったので芝居だと分からなかったのである。

 

「全く、いきなりだったからびっくりしたよ」

「あはは、ごめんごめん。でもこういうのって勢いが大事だからさ」

「そういうこった。――さ、ちょうどいい時間になったしおやつタイムといこうぜ」

 

 そう言いながら凪原が指さした時計が示しているのは15時。午後の3時はおやつの時間、というのはパンデミックが起こっても変わらない不変の真理なのである。

 彼の言葉に胡桃たちも賛成し、教室内では穏やかな午後の時間が過ぎていった。




はい、何となく書いてたらいつの間にかおやつを食べる回となってました。


銃に関するお勉強
ナイフなどは習熟の程度は置いておくとして、渡しさえすればとりあえず誰でも使える。が、銃に関しては扱いを学ばないと使えないどころかそこそこの確率で暴発などの事故が起こり得る。という訳で胡桃はお勉強中です。銃を持つだけでいきなり強くなったりするのはおかしいですからね。え、凪原?まぁあいつはサバゲとか本とかで扱いについて学んでたんじゃない?

初めから分けておき、存在しないものとして扱う
別に不正だけではなく、余裕を持たせるための手法としては割と一般的。スケジュール帳に書く締め切り日を実際より数日早くしておいたり、イベント時の人員配置でそれぞれの部署を問題なく回せるだけの人数の他に不測の事態が発生した時の増援用の人を置いておくなど。凪原のは完全にズルですが方法としては有効、ちなみにりーさんもうすうす気づいているけど凪原が1人締めしないで皆にあげている(りーさんももらってる)から見て見ぬふり。


次からは遠征の予定、目的地はホームセンター辺りを考えています
そ俺ではまた次回!


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3-6:校外遠征道中記

fallout4のレベルが40に達し、5.56mm弾を安定して入手(購入)できるようになったのでアサルトライフルの常用を始めました。寄り道が楽しい。え?、メインクエスト?………知らない子ですね。



30話に到達しました!ここまで書いてこれたのも読者の皆様のおかげです、ありがとうございます!
今回は物資調達遠征です、お楽しみください


 パンデミックの発生から早いもので既に約2カ月、当初は穏やかであった太陽も少しずつ凶暴さを増し始めており、季節が移り替わっていることを示しているようだった。本格的な夏の到来の前にはまだ梅雨があるはずなのだが、少なくとも今のところはそんな気配はみじんも感じられない。

 

 特に何もしていなくてもじんわりと汗ばむこの日、凪原と胡桃の2人は車中の人となっていた。

 

「いい天気なのは良いんだけどさ~、もう少し涼しい日でも良かったんじゃないの?」

 

 助手席に座り、汗ばんだせいで肌にくっつく生地が気になるのか制服の胸元を掴んでパタパタさせながら文句を言う胡桃。

 

「別にそんでも良かったっちゃ良かったんだけど、梅雨がいつ来るか分からないからな。雨が降る中で外に出るのも嫌だし、そもそも雨が降ってるときに外に出られるかも分からん」

「あー……そういやそうか、今は天気予報とかないんだもんな」

 

 運転席に座りそう返す凪原に、胡桃は嫌なことを思い出したような顔で納得する。

 

「梅雨になったら最悪この間の雨の日(第3話参照)みたいのが毎日続くかもしんないのか」

「もしかしたらだけどな。あん時は何とかなったけど実際結構ギリギリだったからな」

「確かに。あたしとナギとで対処したけど2ヶ所からとかだったら無理だったし、そうならない為の準備ってことだな」

「そういうこった。今よりもガッシリしたバリケードがあれば防御がもっと楽になる」

「それにナギも夜にしっかり寝れるようになるな」

 

 頭のなかで考えていたことを指摘され、思わず振り向く凪原。そんな彼に胡桃はいたずらっぽく笑いながら続ける。

 

「最近は日中眠そうにしてることが多くなってたぜ?流石に疲れが溜まってきてるんじゃないのか?」

「……バレてないと思ってたんだけどな。確かに影響は出てきてたけどまだ問題ない範囲だったし」

「気づかないわけないだろ、どんだけ見てると思ったんだ」

「やだ胡桃ったら「ずっと見てる」なんて、情熱的」

「言ってないしそういう意味じゃないっ。ってか何キャラだよ!」

 

 慌てたようにツッコミを入れてくる胡桃にハッハッハと笑いながらハンドルを切る凪原、その動きに合わせて彼の運転する車が緩やかに向きを変えた。

 ちなみに、2人が乗っているのは慈のミニクーパーではなくリバーシティ・トロンから帰る際に乗ってきた2tショートトラックである。更に言うと車内にいるのは凪原と胡桃のみで近くに慈の車もない。今回の遠征は彼らだけであり、その他の面々は学校で留守番である。日帰りの予定であることに加え、あまり人数が多く無い方が良い内容のためこの編成となっているのだが、戦闘役が2人とも学校を離れるのは初めてのことだ。

 

「……めぐねえ達大丈夫かなぁ」

 

 置いてきた面々が心配なのか、ふと不安そうな声を上げる凪原。それに対し胡桃はシートに深く腰掛け、リラックスした調子で答えた。

 

「まぁ大丈夫じゃない?朝に見た感じで学校に来てる奴等は少なかったし、出発の時にある程度倒したじゃん。それにその為の訓練、だろ?」

「そりゃそうなんだけどさ〜」

 

 その声に肯定の答えを返しながらもやはり不安なのか、煮え切らない様子の凪原。

 

「まったく、あんま悩むなって。ちゃんとバリケード越しの戦いかたの訓練もしたし、いざと言う時に屋上に避難する手順だって確認したじゃん。心配しすぎるのは皆に失礼だし、これからも遠征に出ることはあるだろうし慣れろって」

「うーん…、ーーーま、そうだな。こればっかしは慣れるしかないか!それに今回のがうまくいけば学校の守りも固くなるしな」

 

 自分の中で納得できてしまえばあとは早い。もともと意識の切り替えが得意なこともあって凪原はすぐにいつも通りの調子に戻り、そしてそれを見て胡桃は小さく笑みを溢した。

 

「どした?」

「いや、やっぱナギはそういう風に自信ありげに笑ってる方がいいなって思ってさ。なんというか、見てて安心するよ」

 

 そう言って笑う胡桃に一瞬見惚れてしまった凪原は、それをごまかすように顔を車外に向けながら答える。

 

「なに言ってんだ、俺はいつだって自信満々だぜ?」

「よく言うよ、たびたび悩んだり凹んだりしてるくせに」

「まぁ、ごく稀にそんなこともあるかもしれないな、じゃあそんな時は胡桃に助けてもらおうか。あくまでごく稀にだろうが」

 

 そっぽを向きながら「稀に」と繰り返す凪原の様子がおかしくて、胡桃は声を上げて笑ってしまった。

 

「はいはい、その時はあたしが助けてあげますよ〜」

 

 胡桃がニヤニヤと笑って凪原が黙り込む、そんないつもとは逆の雰囲気の中、2人を乗せたトラックは大量の車が放置された道路を進んで行った。

 

 

 

====================

 

 

 

「なぁナギ、なんかこの辺車が多くないか?」

「確かにさっきまでと比べると多くなってきてるな」

 

 地図を片手に窓から外を見ていた胡桃が声をかけると、凪原も同じことを思っていたのかいったん車を停めて周囲を見回し始める。もともと道路には乗り捨てられた車が散見されるのだが、その密度が高くなってきていた。

 

「普通の住宅がいっぽいけどこの辺ってなんかあったか?」

「特に何もなかったと思うけどな、向こうの橋を渡ればスーパーがあった気がするけど」

「橋…、川……。あっ、もしかしたら」

 

 胡桃の言葉で何か思いついたのか、凪原は運転席のドアを開けて外に出ると備え付けのはしごを伝いトラックの屋根に上る。そして腰につけていたポーチから望遠鏡を取り出すと、胡桃が橋があると言っていた方へと向ける。

 

「おっ!あったあった」

「おい、ナギ。いきなり車の上に上がってどうしたんだよ、ってか何があったって?」

「悪い悪い。ほら、あっちの橋のあたり見てみ」

 

 文句を言いながらも自分も上がってきた胡桃に望遠鏡を手渡しながら橋の方を指差す凪原。言われるがままに覗き込むと、多くの乗用車の前方に赤色灯を乗せた車が数台停まっているのが見えた。

 

「パトカーに、警察用のバス?でもみんな壊れてるみたいだし、そもそもなんであんなとこに停まってるんだ?」

「ありゃ恐らく検問、つーか封鎖用のバリケードだ」

「検問?なんでまたこんな住宅地に」

 

 凪原の言葉に望遠鏡を覗き込むのをやめて凪原の方を振り向く胡桃。

 

「胡桃は学校にいたから知らないかもしれないけど、パンデミックが起きてすぐの頃は感染地域の封じ込めをしようとして警察があっちこっちにバリケードを張ってたんだ。川ってのは天然の境界だからな、橋さえ抑えれば楽に隔離ができるってんで特に多くバリケードが設置されたらしいん」

「へー、そんなことやってたんだ。あれ、でもあそこのパトカー壊れてるぜ?隔離してたんじゃないの?」

 

 パンデミック当時の警察の動きに頷いていた胡桃だったが、その内容と今見た光景の差に首を傾げる。

 

「隔離をしようとした(・・・・・・)ってだけだ。どこのバリケードも設置してから数時間以内で破られたよ、奴等のせいでというより避難民たちによってな」

「は?なんでだよ?」

「そりゃお前、逃げようとしても警察が道を塞いでいて通してくれません、それで後ろからは奴等に襲われる悲鳴がどんどん近づいてくるってなれば死に物狂いで押し通ろうとするだろうさ」

「あー……」

「それでバリケードが崩れたところに奴等が到達、避難民たちとごちゃ混ぜになって大パニック。警察がどうしていいか分からないうちにさらに多くの奴等が集まって来てあっという間に崩壊―――ってわけだ」

 

 握っていた両手をパッと広げて「ご破算」のジェスチャーをしながら説明を終えた凪原に胡桃はその光景を想像したのかブルリと身を震わせた。

 

「うへぇ、そりゃ地獄だろうな…。んでどうする?あそこは通れなそうだし迂回するか?」

「いや、迂回するのには賛成だけどいったんあそこまで行くつもり」

「えーー絶対悲惨なことになってる気がするから行きたくないんだけど……もしかしてナギってそういう趣味?」

「断じて違う」

 

 バリケードに近づくという提案に、嫌そうな顔をして反対する胡桃。そしてとんでもない誤解が生じそうだったため全力で否定する凪原。心身ともに健全な男子大学生を自負する身としてはそんな特殊な趣味(ネクロフィリア)に目覚めているなど想像さえされたくない。

 

「そうじゃなくてだな、テレビで見た感じだとバリケードを守っていた警官たちが発砲してたんだ。だからもしかしたら武器が落ちてるんじゃないかと思ってさ」

「あーそういうことね、あたしはてっきり…」

「やめろ、それ以上言うんじゃない」

 

 

 誤解の芽は早々に潰し、とりあえず車で行ける限界までバリケードへと近づく。残り20メートル程になったところで車が密集しすぎて進めなくなった。再びトラックの屋根に上がり、改めて観察するがゾンビの姿はほとんど見られない。念のためということでキッチンタイマーを投げ込んでみても2,3体が物陰からフラフラと表れたくらいでそれ以上の動きは無かった。

 

 屋根の上ならば見通しもよくさらに反撃を受ける可能性も低いため、胡桃の射撃訓練も行ってしまうことにした。

 

「うぅ、やっぱ緊張するなぁ…」

 

 基本的な知識や扱い方は学んだとはいえ、実戦で銃を使うのは初めてなのである。屋上で的を用意しての射撃練習を経験してはいるがやはり訓練と実戦は違うため緊張気味の胡桃。

 

「心配すんなって。扱いさえ間違えなけりゃ至近距離からショベルや山刀(マチェット)で相手するよりよっぽど安全なんだぞ?」

「そりゃそうだけどさ」

 

 不安げに自分の腰を見下ろす胡桃、そこには凪原が扱っているのと同じ9ミリ拳銃がホルスターに収められていた。拳銃なので1kgにも満たないほどの重量なのだが、彼女にはもっと重く感じられるのだろう。どうにも踏ん切りがつかない胡桃の両肩に突然力が加わる。

 

「大丈夫だって、俺がついてるから心配すんな」

「うわっちょっナギ⁉」

 

 振り向くと思ったより至近距離に凪原の顔があり声を裏返す胡桃。その声を気にすることなく凪原は安心させるように笑う。

 

「別に難しく考えなくていいさ、なんかあったらフォローする。できることだけやればいいんだよ」

「ナギ……」

「それに万が一暴発してもこの距離だからな、死ぬときは一緒だ」

「っておい」

 

 勇気づけるようなことを言ったと思ったらこれである。思わず半眼になる胡桃だったが、のんきに笑っている凪原に言ってもしょうがないと諦めてため息をついた。

 

「よし、これで変な力みも抜けただろ?」

「ああ、なんか納得いかないけど」

 

 「もうちょっと別の言い方とかあるだろ…」などとぶつくさ言いながらも9ミリ拳銃を抜く胡桃。両腕と自分の体で二等辺三角形作り、その頂点の位置で銃を構える。アイソセレススタンスと呼ばれる最も一般的な拳銃の構え方だ。

 

「………」

 

 軽く息を止めて狙いを定める。一緒に死ぬという言葉を守るつもりなのか、肩に手を置いたままの凪原も沈黙を守る。

 数秒後、グリップを握る手の人差し指が引き絞られ、空気が抜けるような音とともに銃口から弾丸が吐き出された。飛び出した弾丸は十数メートルの距離を瞬く間に駆け抜け、狙い違わずゾンビの頭部へと着弾する。

 頭を打ちぬかれたゾンビが殴られたように倒れ込んだのに対し、発砲した胡桃は上半身がわずかに揺れる程度であった。凪原が両肩を支えていたというのもあるが、拳銃程度であればしっかりと構えてさえいれば反動を抑え込むことはそれほど難しくないのである。

 

 そのまま射撃を続け、目に入る範囲のゾンビが掃討されたところで胡桃はようやく息をついた。

 

「おつかれさん。全弾命中か、すごいじゃないか」

「ありがと、でも狙いをつけるのに結構時間が掛かっちゃったからなぁ……、とっさの時とかはまだちょっと不安かな」

 

 感心したように称賛する凪原に、胡桃はやや沈んだ声で「ナギならもっと早いだろ?」と返した。彼女が狙いを定めるのに費やした時間は1体当たり約15秒、確かに凪原ならばかかる時間は半分以下だろう。しかしそれは言ってしまえば「その程度の事」だ。

 

「そんなもんは練習次第でどうにかなるさ。俺だって銃を使い始めたのは2ヶ月前なんだ、胡桃だって使っていればすぐ俺ぐらいにはなるよ」

「そういうもん?」

「そういうもんそういうもん」

 

 笑顔で頷く凪原に、胡桃も納得して口元をほころばせる。消費したマガジンをフル装填のものに交換して口を開く。

 

「それじゃ、武器がないか確認しに行くのか?」

「おう」

 

 言いながらトラックの屋根から飛び降りた凪原は右手で9ミリ拳銃、左手でタクティカルナイフを引き抜いて構える。

 

「見通しが悪いから一応注意しろよ」

「あいよ~」

 

 はしごを伝って降りた胡桃もシャベルを構えた。至近距離の戦闘はまだこちらの方が安心できるのだ。

 

「あるとしたら警官の死体か車の中あたりかな、なんか見つかるといいんだけど」

「地面に落ちてるかもしれないし全体的に見てみようよ」

 

 縦に並んで凪原が前方120度を、胡桃が残りの方向を警戒するという布陣で2人はバリケードの中心位置へと移動を開始した。

 

 

 

====================

 

 

 

「あ~くそ、ツイてないな」

「そう言うなよナギ、色々見つかったんだからよしとしようぜ」

 

 トラックから見えていた警察用バスの車内で会話する凪原と胡桃、近くの座席の上には探索の戦利品が並んでいた。

 リボルバー拳銃であるM360jサクラが6丁に、警察指定の狙撃銃である豊和M1500が1丁。それぞれの弾薬に加え、機動隊が用いるような大型のライオットシールドと個人装備も数セット手に入った。

 

 それだけ言えばかなりの戦果なのだが、凪原が落ち込んでいる理由は別にあった。

 

「俺のmp5が~~~」

「ナギのではないだろ」

 

 戦利品が置かれているのとは別の座席、その上に3丁の短機関銃mp5が破損した(・・・・)状態で置かれていた。どれも原形をとどめてはいるものの機関部やハンドガード周りなどにひび割れが走っており、使用は難しいだろう。

 

「どれも絶妙に壊れてやがる」

「みんな手に握られてたし、お巡りさんたちが最期まで使ってたんだろ。そりゃ壊れるって、むしろよく形が残ってたと思うけど」

 

 胡桃が言う通り、mp5はどれも発見した警官の遺体の手に握られていたものだ。ゾンビとして復活することが不可能なほど体が損傷し(食われ)ていたことを考えれば奇跡的な保存状態である。

 

「……壊れて無いとこをつなぎ合わせて1丁くらい復元できねぇかな」

「危ないからやめとけって」

 

 あきらめきれないのかぼそぼそと呟く凪原を呆れた調子で嗜める胡桃。理工系大学生の性なのか、凪原はクラフト関連のこととなると夢中になってしまうのだ。別に銃に限った話ではないのでもう慣れてしまったが、流石に火薬を用いるものを扱うのは危険度が違うため一応釘を刺しておく必要があった。

 

「マガジンとかストックは無事みたいだしパーツ取りぐらいにしとくか、今度無事なのを拾わないとも限らないし」

「それがいいな。――にしても警察って機関銃とかスナイパーライフルとか持ってるんだな、何となくリボルバーだけだと思ってた。それだけあれば事足りるじゃん」

「アホ、重武装の犯罪者とか出てきたらどうすんだよ。リボルバーの5発だけじゃ勝負にならんだろ」

「あそっか」

 

 日本は世界的に見ても治安が良い国であったため、警察機関の武装が貧弱であるなどと言われていた。とはいえ一国の治安維持機構として、銃器対策部隊やSATなどをはじめとしたそれなりの武装を有する部署も存在し、有事に備えていたのだ。

 

「―――まぁこの非常事態に対応できたかと聞かれると、こうして俺らが武器を回収できてる時点でお察しなわけなんだが」

「それはしょうがないだろ、こんなのどこも想定してなかっただろうし」

「だろうな~……っと、こっちは問題なさそうだな。ほい胡桃、1丁持っとけ」

 

 話しながらリボルバーの内の1丁を点検していた凪原は一つ頷いて弾を込めなおし、クルリと1回転させて弾倉部分(レンコンっぽいとこ)を掴むとグリップを胡桃に向けて差し出した。

 

「え?もうコレ(9ミリ拳銃)持ってるよ」

減音器(サプレッサー)ついてないから音はでかいけど、軽い上に壊れにくい。緊急時用(バックアップガン)として持っといてくれると俺も安心できる」

「ん、そう言うことなら了解(これも一応プレゼントなのかな?あたしのこと心配してくれてるみたいだし)」

 

 悠里や圭などが居れば彼女の考えを察してため息の一つでもついているところだが、幸か不幸か彼女たちはこの場にいない。よって彼女の内心が読めない凪原は、微妙にうれしそうにしている胡桃に首をかしげるしかないのであった。




はい、物資調達のついでに銃器も手に入れることができました~(おい、)

射撃訓練
今回の遠征は物資調達及び胡桃の射撃訓練が目的です。
巡ヶ丘学院でやってもいいんですが発砲音を完全になくせるわけではないのと事故防止のため学外で行うという流れにしました。いきなり実戦になってしまったのは、まぁ、うん、なんというか成り行きです。

警察の検問所
日本の場合、実際にゾンビハザードが起きたら、まず最前線に立たされるのは警察官の方々でしょうね。しかも執行実包は装填された5発しか持っていないのでゾンビの阻止能力は低いです。例外的に臨時の検問所などはきちんと機能すればある程度の時間稼ぎはできるかもしれませんが、恐らくはパニックに陥った避難民への対処ができずに崩壊してしまうと思います。

壊れたmp5
心情的には強武器を持たせたいのですが、銃は精密機械であり壊れやすいということを表すためにあえて破損した状態で発見することにしました。


次も物資調達パートです
それではまた次回!


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3-7:スカベンジング

校外遠征の続き、

1~2話程度のストックは常に用意するつもりで書いてるんですが今書いてるやつとその次がかなり書くのに時間が掛かりそう………

それはともかく、お楽しみください


「かすかに聞こえてくる音楽を聴きながら屋上で食べるご飯は最高だな」

「そうだな、音楽に交じって奴等のうめき声が聞こえてこなければだけど」

「そこはノイズキャンセリング機能をオンにすれば」

「便利な耳だな」

 

 胡桃の指摘をたった今オンにしたノイズキャンセリング機能でスルーしつつおにぎりをほおばる凪原(なお、慈のお説教を右から左に聞き流すため第31代生徒会メンバーは皆この技能を習得していたりする)。

 バリケードで銃などの物資を回収してからおよそ1時間半、2人はとあるコンビニの屋上で昼食をとっていた。とはいえ単に緊張続きの遠征の途中で気力を回復させるためだけに休憩をしているわけではない。

 

 ゾンビが十分に集まるのを待っているのだ。

 

 そもそもの話となるが、今回の遠征の目的地は巡ヶ丘学院から数キロ離れた場所にあるホームセンターである。ここを探索し、現在学内にあるバリケードを強化するための材料を手に入れるためだ。

 ホームセンターならば角材や鉄パイプにコンクリートブロックなど、バリケードを作るための資材がまとめて入手できる上に、各種工具やその他の生活物資なども期待できる。

 

 そんなわけで現代のサバイバーたる凪原達にとって、ホームセンターはまさに宝の山だ。

 しかしいざそれを手に入れようとした場合、その宝の価値に見合った難題をクリアする必要がある。

 難題とはすなわち、外の光が入りにくい大型の建物に、背が高く入り組んだ商品棚の数々である。これらのせいで、ホームセンターはそれこそパンデミック前であっても買い物中に停電などが発生しようものならパニックは必至の構造となっているのだ。

 さらにそれに加え、今では総数不明のゾンビが中をうろついている状況なのだ。

 

 もし何の準備もなく懐中電灯だけ持って中に入り込んだとしよう。

 

 何か少しでも手に入れて出てこられれば万々歳。

 何も得られず這う這うの体で逃げ帰るのもまだ運がいい。

 十中八九は暗闇に潜んだゾンビの餌食となり、永遠の暗闇の中でいつ来るともしれない獲物を待つ彼らの仲間入りをすることになるだろう。

 

 

 その対策として凪原達がとった方法は単純。駐車場の出入口近くの電柱にラジカセをぶら下げて大音量で音楽を垂れ流すだけだ。

 

「中に何体いるか分からないけどあれだけ音を鳴らしてるんだ、しばらく待てばある程度は外におびき寄せられるだろ」

「いや理屈は分かるよ?けどナギは暢気すぎるって絶対」

 

 そう言いながらのんびりと2つ目のおにぎりの包みをはがす凪原に胡桃は同意しつつもそこまで落ち着くことはできないようで、チラチラとラジカセの方に視線を送っている。2人がいるコンビニはホームセンターから適度に離れており、設置したラジカセ周りの様子をギリギリ観察することができる。店内から出てきた分に加え、近隣から集まってきたゾンビ達で一帯はごった返していた。

 

 思わずブルリと身を震わせる胡桃に凪原は笑いながら声をかける。

 

「そんな見張ってなくても奴等は俺らには気づかないよ、駅でも使った方法なんだから(2-7参照)。それより飯は落ち着いて食べないと体に悪いぞ?」

「だから逆になんでナギはそんな落ち着いてられるんだ?もしかしたら、って考えたりしないのかよ?」

 

 心底不思議そうに問う胡桃に対し、凪原は口の中のものを飲み込んでからおもむろに口を開く。

 

「悲観論で備え楽観論で行動せよ」

「はい?」

「こういうときの、というよりは全てのことに通じる心構えだな。要なことをするときって、ああなるかもしれない、こんなことが起こるかもしれないってって悲観的になるもんだろ?だから事前に上手くいかない時の可能性を全部考えてその対策をその時の解決策を準備しておく。んで、いざ本番となったら「まあうまくいくだろう、なんか起きても準備してあるし」って感じで気楽に構えればいいって感じの考え方だ」

 

 「人事を尽くして天命を待つ、辺りが意味としては近いかな」、と話す凪原にそういう考え方もあるのか、と納得した胡桃だったが今度は気になることができたのでその辺について聞いてみる。

 

「ってことは今もなんか備えてんの?」

 

 興味深そうに首を傾げる胡桃に、「それなりには」と前置きをしてか説明を始める。

 

「まず、音楽が常に聞こえているかは意識するようにしてるな。時々確認はするけど鳴ってる間はとりあえず問題ないし、意識していればもし止まった時にすぐに様子を確認できる」

「もし止まったとしても、こっちに向かってこないならまた別の場所にラジカセを設置して集めればいいし、向かってくるならここに囮として置いてから逃げればいい。来る時のルートをメモしてあるから道が塞がってて立往生することもないし特に問題なく撒けるはずだ」

「あと考えられるのはいきなりこのコンビニが囲まれたとかだけど、トラックを建物ギリギリまで寄せてあるから地面に降りることなく乗り込んでおさらばできるな」

 

 凪原の口から淀みなく出てくる備えの内容に、軽い気持ちで質問した胡桃は驚いていた。ともすれば周りを気にせずに気を抜いているように見える彼がそこまで考えていたとは思っていなかったのである。

 

「は~~、すごい色々考えてたんだな。あたしじゃできないよ」

「これぐらいの想定ができないと独断でイベントを企画して職員会議で承認させるなんてマネはできないからな。会長になったらいろいろやりたいことがあったから2年の後半は必死こいて練習したもんだ」

「そのためかよ、感心して損した」

 

 理由を聞き、それまでの表情を一変させて呆れ顔になった胡桃にも凪原は笑ったままだ。何しろ生徒会長当時はイベントを発表するたびに生徒(+教職員)全員から同じような顔をされていたのだ、今更1人からの視線程度でどうこうなるはずもない。

 

「とまぁそんな感じでちゃんと備えてるから問題なし。さ、中にいる奴等が全部出てくるまでもうしばらくかかるだろうし、それまでこのコンビニの物資でも集めてようぜ」

 

 2つ目のおにぎりも食べ終わり特についてもいない汚れを払いながら立ち上がった凪原に、何を言っても無駄と判断した胡桃は自身も気持ちを切り替え、笑みを浮かべると腰を上げた。

 

「了解。今回はあたしも自分用のお菓子を確保したいし」

「あんまり取りすぎるなよ?りーさんに渡してみんなで分けるのが基本なんだからな」

「しれっと自分のを分けてたナギに言われても説得力がないな」

「こいうのは塩梅が大事なんだよ」

 

 最後にもう1度ラジカセの方に目を向けて、2人は軽口をたたきあいながらコンビニの屋上を後にした。

 

 

 

====================

 

 

 

「………、おいナギ」

「ん?」

「お前さっき水持ってくるって言ってたよな?」

「ああ言ったな」

「じゃあさ、カゴに入ってるそれは何だよ?」

「(命の)水です」

「酒だなよな」

 

 全力のジト目を向けてくる胡桃に対し、凪原はそっと顔をそむけながら答えた。

 

 さして広くもない店内を見て回って安全を確保した(1,2体始末した)後、2人同時に店内にいては外の状況が変化しても気づきにくいということで1人は店内で物資回収をし、その間もう1人はトラックの上で周辺の警戒を行うことになった。

 最初は胡桃が店内に入り缶詰やカロリーバーなど、保存がきく食品を回収してきた。それに続き凪原は水などの飲み物を取ってくると言っていたのだが、実際に持ち帰ってきたものは胡桃に指摘された通りである。

 

 彼が手に持つカゴの中には、ビールにチューハイ、リキュールになどの手軽に飲めるものに加えてワインに日本酒、焼酎、ウォッカ、ウィスキー、とまさに「あるやつ全部持ってきた」と言わんばかりに酒類がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。というかよく見ると足元にも同じようなカゴが2,3個置かれている。

 

「どれだけ呑む気なんだよ…、ナギってもしかして酒豪かなんか?」

「他人と比べたら強い方ではあるが、俺が呑むのはチューハイとウォッカぐらいだよ。残りは、まぁお金代わりの取引用ってとこだな」

「取引?」

 

 いったいどれほど呑む気なのかと問う胡桃に手を振って否定しつつ、大量のアルコールの使い道について説明する凪原。

 

「今後、もし生存者と会った時のためのもんだな。酒とかの嗜好品は好きな奴は本当に好きだからな、そういう人にこれを渡せば交渉とかもスムーズにいくかもしれないし」

「なるほど、確かにビールとかって毎日呑みたいタイプの人もいるらしいもんな」

「ああ…(ビールに関しては取引じゃなくて全部めぐねえ用なわけだが)」

「ん、なんか言ったか?」

「いいや?」

 

 思わず漏れた言葉は幸いにして胡桃には聞こえなかったようだ。とある事情(「年越し」参照)から慈が酒豪であることを知っている凪原はともかく、本人が秘密にしていることを勝手に言うのはやはりだめだろう。

 

(割とすぐにバレそうだけどな、ちょいちょい「ビール飲みたいです」とか言っちゃってるし、というかあのほわほわした性格で酒豪は詐欺だろ。大学時代何人か泣かされてたんじゃないか?)

 

 表情も雰囲気も全く変えることなく次々とジョッキを空けていく慈の様子を思い出して遠い目になる凪原。実は彼自身もかなりの酒豪であり、大学の同期から呆れられていたりする。知らぬは本人ばかりなり、である。

 

「どれが取引用でどれをナギが呑むつもりなのかは聞かないけど、さっさと積んじゃいなよ。他にもいろいろあるんだから急がないと、そろそろホームセンターの中の奴等も出きったんじゃない?」

「そうだな、急がないと胡桃が好きなお菓子を選ぶ時間が無くなっちゃうしな」

「そ、そんなこと言ってないだろっ」

「そうか?なら力仕事を任せるのも悪いし後は俺がやるよ、胡桃はそのまま見張りをしててくれ」

「ま、待った!」

 

 クルリと回れ右して再び店内に戻ろうとすると、慌ててトラックの屋根から飛び降りてくる胡桃。勢いを殺すためにいったんしゃがみ込んでから立ち上がり、凪原と視線を合わせないようにしながら口を開く。

 

「い、いや~、ナギにだけやらせるのは悪いし?やっぱりあたしも手伝った方がいいかな~って思うから今度は私が行くよ。ほら、順番にやった方が効率がいいだろうし」

「そういうもんか?」

「そういうもんなのっ」

「分かった分かった、ゆっくり選んで来いよ(ニヤニヤ)」

「~~っ!」

 

 微妙に早口な胡桃に、分かってるぜ的な顔で返事をすると、口をパクパクさせながら顔を赤くしてしまった。そのまま「早く行け」というように背中をバシバシ叩き始めたので、凪原は笑いながらはしごへと手を掛けた。

 

 

 

====================

 

 

 

「ナギ、絶対ぶつけたりするなよ!絶対だぞっ⁉」

「分かったから落ち着けって、気が散るだろ」

「落ち着けるかっ!そこに、奴等が、いるんだぞ!」

 

 凪原の肩を掴みながら小声で大騒ぎをするという器用な芸当を見せる胡桃。とはいえ彼女の気持ちも理解できないではない。

 なぜなら、現在2人が乗るトラックはゾンビの集団から50メートルほどの位置をゆっくりと移動しているからだ。ホームセンター敷地への入口が少なく、あったとしても放置車両などでふさがっているため現在向かっている入口しかトラックが通れそうな場所がなかったのである。

 いくらラジカセから流れる音楽に釣られており、こちらに意識を向けている個体はいないとはいえ、一体一体が視認できる距離に集団がいるというのはなかなか心臓に悪い。ハンドルを握っていない、即ち自分ではどうしようもない胡桃が焦るのも無理はないことだろう。

 

「急げ!静かにゆっくり早く行けって!」

「無茶言うな―――っていうかマジでやめろ!ハンドル揺れちゃうだろうが!」

「今目が合った!絶対目が合ったって!」

「気のせいだから落ち着け!」

 

 半分涙目で腕にしがみついてくる胡桃をなだめながらも、何とか無事にゾンビたちの横を通り抜けることができた。そのまま駐車場内を移動し、正面入り口ではなく業務用の資材搬入口へトラックを後ろ向きに止めたところで凪原はようやくエンジンを止めた。

 

「はい、着いたぞ」

「だ、大丈夫だよな⁉あいつ等こっちに来てたりしないよな⁉」

「なんでこっちに確認するんだよ、自分で見てみろって……ほら降りるぞ」

「ん、了解」

 

 近寄ってきているゾンビがいないのを確認してようやく胡桃も安心できたらしい。表情を和らげるといそいそと車から降りてきた。

 

「落ち着いたか?」

「うん、もう大丈夫。――それで、やっぱまずは安全確認か?」

「おう」

 

 呆れ気味の凪原に応じる胡桃。照れくさいのか、少し強引に話題を変えてきたが、特にからかうことなく話を続けることにする。

 

「かなり広いけど、隅々まで確認するぞ。ちょっと手間だが作業中にいきなり出てこられるよりは断然マシだ」

「同感、突然飛び出してきて驚かされるのは映画とかゲームだけで十分だよ」

 

 

 そのままお互いの死角をカバーするように、クリアリングを済ませていく凪原と胡桃。ゾンビは見つけ次第どちらかの9ミリ拳銃で速やかに始末し、出入り口などには腰の高さに金属製の鎖を渡して鳴子に似た警報装置とする。

 郊外のホームセンターということでかなり大型の店舗であったのだが、屋外でラジカセを鳴らしたのが良かったようで、それぞれが拳銃のマガジンを1回ずつ交換する程度で店内の安全を確保することができた。

 

「思ったより少なかったか。……やっぱあいつ等バカだな」

「もうちょいオブラートに包めよナギ」

「だって事実じゃん」

「そりゃそうだけど」

 

 グルリと店内を一周して搬入口の近くまで戻ってきたところで凪原が発した言葉にツッコミを入れる胡桃。数秒の沈黙ののち、胡桃が「ところで、」と口を開く。

 

「いなかったな、生存者とか」

 

 そう話す声はやや沈んでいたのだが、それに対する凪原の返答は彼女の心境とは異なるものだった。

 

「だな、正直ホッとしたよ。もし会ったらどうしようかと思ってたし」

「ホッとしたってどういう事だよ?残念に思ったりしないの?」

 

 生存者がいなかったことを喜んでいるような言い方に質問する胡桃。他人のことを極度に嫌ってるような物言いだが、凪原が理由も無くそのようなことを言うとは思えないため疑問に感じたのだ。

 

「だって世の中がこんなふうになってるだろ?いきなり会った見ず知らずの他人がお行儀がいいことは期待できないな。良くて思いっきり警戒されて、悪けりゃその場で争い発生だ」

 

 凪原があっさりと告げた理由に胡桃は一瞬思考が停止した。争い、と凪原は言っていたが、言いながら腰につけたホルスターを軽く叩いていた。そこに収納されているものを考えればその、争い、がどのようなものかなど容易に想像がつく。

 

「さすがにそれは考えすぎなんじゃない?少なくともまずは話し合おうとすると思うけど」

「俺と初めて会った時のこと思い出してみろよ。あん時はショベルしか持ってなかったけど、もし銃を持ってたら構えてただろ?」

「それは………ごめん」

 

 その言葉に当時を思い出して小さく謝る胡桃だったが、凪原は「平気平気」と手を振って答える。

 

「それが悪いと言ってるわけじゃないから。というか俺だったら警告射撃の1発くらいはやってるだろうし」

「それはそれでどうなんだよ」

「とまぁ、俺の時はめぐねぇがいたのもあるし救援に入った直後だったから比較的穏便に済んだけど、お互いが万全の状態で鉢合わせしたら確実に面倒なことになる。こっちに害意が無くても相手もそうだとは限らないしな。それを考えたら生存者とは合わない方がいいってわけだ」

「理解はできたけど……やっぱりつらいな、相手を疑わなきゃいけないなんて」

 

 凪原の危惧を理解しつつも悲しそうな顔をする胡桃。心優しい彼女にとって今のような時代の考え方は酷なものがあるのだろう。

 

「とりあえずは俺がついてるし、おいおいできるようになればいいって。さ、早いとこもらえるもんもらって帰ろうぜ。急がないと暗くなるまでに学校に戻れなくなる」

「………分かった。まずはバリケードの材料だったよな?」

「ああ、その後は工具類と生活雑貨、特にトイレットペーパーだ。いくら文明が崩壊したといっても、その辺の葉っぱで尻を拭くは断固拒否させてもらいたいからな」

「クスッ)女子に面と向かって尻とか言うなよ、世が世ならセクハラで訴えてるぜ?」

「ハッハッハ、そいつは勘弁」

 

 凪原の冗談交じりの言葉に、胡桃も笑顔を浮かべて返す。このまま話していてもどうしようもないとお互いに察したゆえの掛け合いだ。

 

 そのまま最低限周囲に気を払いつつも持ち帰る物資の選定、積み込みを始める2人。バリケード材料の鉄パイプだけは協力して担ぎ、その他のものに関してはカートを押して歩きながらめぼしいものを確保していく。当然ホームセンターの在庫をすべて持っていくわけにはいかなかったが、当初の予定以上の物資を回収することに成功した。

 

 そして帰路についても、ゾンビの集団のそばを通る際に再び胡桃が涙目になったことを除けば特に問題も起きず、日が沈む直前に無事巡ヶ丘学院へと戻ることができた。

 

 

~第1次ホームセンター遠征報告~

成果:

鉄パイプなどのバリケード用資材に大量の生活物資

損害:

なし

 

結果:

大成功!




ホームセンター
基本的には本文中の通り、かなりの危険度を誇るダンジョンとなるでしょう。探索には十分な装備と光源を持っていくことをお勧めします。

コンビニ
略奪にあっていない店舗を見つけられたらかなりの物資を集めることができそう。ただし、おにぎりやお弁当が並ぶ奥側の棚には近づくべからず。絶対にGやらなにやらの蟲どもが蠢いている、そうでなければ夥しい数のヤツらの死骸が転がっているはず。………さすがにえぐいので本編には書きませんでしたが、もし作中の事が現実になってコンビニに行くときはご注意を

ゾンビのスペック
本作品では、ノロい、力が強い、バカ、の3拍子が揃った古典的なタイプのゾンビを想定しています。人が歩く速度の半分程度の速さで移動し、(あくまで人と比べれば)力があり、目の前の刺激(音、人らしきもの)に夢中になると他のことに意識が向かない、といった感じで比較的脅威度は低いです。
Q.そんなんで滅ぶのか、人類?
A.滅びます(断言)


さて次はバリケード製作となります、
それではまた次回!


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3-8:工作の時間

コロナ関連で家にいる時間は長いはずなのに執筆に割ける時間があんまりないのはなんでなんだろう?

そんな筆者の事情はともかく、今回は学校でのお話です


「というわけで今日は工作です、全員張り切っていきましょう!」

「はいなの~」

 

 

 凪原の言葉に大きな声で返事をする瑠優(るーちゃん)、頭上に掲げた握りこぶしをぶんぶんと振っており元気いっぱいである。凪原にわしゃわしゃとなでられてさらに上機嫌になってはしゃぎ、それを見て凪原も笑顔になる。

 かなり歳が離れているにも関わらず瑠優(るーちゃん)は凪原を怖がることはなくむしろよく懐いていた。小学校に助けに来てくれたというのもあるのだろうが凪原の性格によるところも大きいのだろう、お互いに笑顔で話しているところは仲のいい親戚の子同士のようにも見える。

 

 ところで今凪原達がいるのは巡ヶ丘学院の屋上であり、2人以外にも学園生活部の面々は全員そろっていたりするのだが、彼女たちは2人の様子を見ながら呆れたように話していた。

 

「毎度思うけど、るーちゃんはともかく凪先輩って元気良すぎじゃない?今日も3時間しか寝てないんでしょ?」

「だと思うよ。5時ごろにあたしが交代に行った時も起きてたし、朝ごはんには起きてきたし。ほんとになんで毎日寝るのが3時間で大丈夫なんだ」

「3年生の時もすごく活動的な子でしたけど、大学にいってさらにその傾向が強くなったみたいですね」

 

 「そうなの?」と首をかしげる胡桃と圭に対して頷く慈。なんでもイベント前などは生徒会室に泊まり込み、深夜というより明け方近くまで書類作成などの仕事をしていたのだという。さらに、凪原だけでなく31代全員がその調子だったので、同席していた慈の方が寝落ちしてしまうこともしばしばだったらしい。

 

「生徒会室の机で寝ちゃったはずなのに起きたら仮眠室のベットの上で、タオルケットまでかけてもらってたりして……」

「それはなんというか…、ドンマイめぐねぇ。ナギみたいのが何人もいたら仕方ないって」

 

 当時を思い出してどんよりとした雰囲気を醸し出す慈を慰める胡桃。その話を聞いていた美紀が「もしかしたら」と口を開く。

 

「凪原先輩はショートスリーパーかもしれないですね、なんでも普通の人よりも短い睡眠時間で健康を保てるとか」

「うひゃ~~、私じゃ無理だな。できるだけ寝ていたいもん」

「由紀は逆に寝すぎよ、今日だって寝坊してたじゃない。……というかどうして今日はこんなに暑いのかしら、まだ夏じゃなかったと思うのだけど」

 

 由紀を嗜めつつ、忌々し気に太陽を見上げる悠里。園芸部としての作業はしていたものの、基本的にインドア派である彼女にとって真夏を思わせる太陽は天敵なのだ。

 

「お、なんだなんだみんなして変な顔して。特にりーさん、るーと姉妹なのに大違いじゃないか」

「じゃないか~」

「余計なお世話よ。るーちゃん、あまり凪原さんの真似をしちゃだめよ?イベントバカになっちゃうから」

「おーう、りーさんも言うようになったな」

 

 凪原の言葉を切って捨てる悠里。会った当初の微妙な距離感を考えればよい変化なのだが、バッサリ言われるのは何となく寂しくもある。

 

(めぐねえみたいに楽しいリアクションをしてくれると面白んだけど)

 

 などと本人が知ったら涙目になる(そしてそれを楽しまれる)こと必至なことを考えていると、その内容を察した胡桃が半眼になりながら声をかけてきた。ポーカーフェイスが得意なことを自負する凪原だが、最近は胡桃に表情を読まれることが増えてきてたりする。

 

「はいはいそれで?今日はバリケード製作をするんだろ、あたしたちは何すればいいんだ?」

「そうだな、それじゃ最初から説明するか―――」

 

 

 現在、凪原たち学園生活部が普段過ごしているのは本校舎の3階である。

 そして3階へつながる3ヶ所の階段のそれぞれにバリケードが築かれスペースを守っているのだが、このバリケードが問題である。机を積み重ねて鉄条網でつなぎ合わせただけの簡易的なものであり、ゾンビ1体程度の力ならば耐えられるが複数体の力では壊れてしまう恐れがあった。

 そのため深夜から明け方にかけては凪原が、明け方以降は胡桃が不寝番として近寄ってくるゾンビのがいないか見張り、もしいれば排除を行っている。今は特に問題は起きていないのだが不測の事態というものはいつでも起こりうる上に、凪原自身今の睡眠時間が続くと遠からず万全のパフォーマンスを発揮できなくなると感じていた。

 

 よって早急なバリケードの補強が必要になり、そのために材料として鉄パイプに白羽の矢が立ったため先のホームセンター遠征が計画されたわけである。当初の予定としては机の間に鉄パイプを渡し、少ない資材で現在あるバリケードの強度を向上させることを計画していた。

 

「―――んだけど、想定以上の資材が手に入ったからな。どうせなら新しいバリケードを作って2階までを安全地帯にしようと思う」

「おおー、安全な場所が広がるんだね!」

「2階まで解放されたら図書室にも行けるようになりますね」

 

 予定よりも上方修正された内容の凪原の説明に好意的な声を上げる面々。

 由紀に比べると反応の薄い美紀だが、小さく手を握っているあたりかなり喜んでいるようだ。読書好きの彼女としては読みたい本があっても戦闘役の付き添いでしか図書室に行けないのが解消されるのは嬉しいのだろう。

 

「購買部や食堂の設備も使えるわね」

「そうですね、発電量と相談になってしまいますが食堂で働く人用のシャワーなども使えるはずです」

「あ~今3つしかないから結構待ったりするもんね」

 

 と、こちらは生活向上について話す悠里たち。

 2階には図書室の他にも学生食堂を兼ねた家庭科室に購買部及びそのバックヤードがある。慈の言うように発電量次第ではあるがうまくやりくりすれば学校生活をより豊かにすることができるだろう。

 

 そのようにより良い未来に思いをはせてる皆に凪原が手を叩きながら声をかける。

 

「はいはい。期待するのはいいけど、それはバリケードができてからだからな」

「ごみんごみん、ついいろいろ想像しちゃってさ~」

 

 照れたように頭を掻く由紀。皆彼女ほどではないにしても気もそぞろになっていたようで、少し赤くなっていたりあらぬ方を向いていたりしていた。

 

「じゃ、じゃあ始めようぜ。まずはどうするんだ?」

「最初は材料のカットだな。全部一遍にやると分からなくなるから1セットずついこう。工具はいくつかあるから3組くらいに分かれてくれ」

「分かった」

「あっ私カットするのやりたい!」

「るーもやりたいの!」

 

 凪原の言葉に由紀と瑠優(るーちゃん)の2人が元気よく手を挙げる。やはり子供はこういう工作みたいな作業が好きなのかもしれない。

 

「ちょっと、由紀はともかくるーちゃんは危ないからダメよ」

「やーっ」

 

 危ないから、と妹を止めようとする悠里だったが当の本人は首を振って拒否の構えだ。放っておくと姉妹げんかになりそうなので凪原がやんわりと間に入る。

 

「大丈夫だってりーさん。資材と一緒に危なくない工具も持ってきたからさ、使い方を間違えなければ刃の部分には手を触れなくて済む。俺も近くで見てるからやらせてあげなよ」

「そう?

………分かったわ。るーちゃん、凪原さんの言うことをよく聞くのよ?」

「はいなの。ゆーにぃ、よろしくお願いしますなの」

「おうさ」

 

 お姉さんからのお許しに返事をし、凪原にペコっと頭を下げる瑠優(るーちゃん)。幼いながらもこのような礼儀はちゃんとしており、両親がきちんとした教育をしていたことがよく分かる。現在彼らに代わり彼女を守る立場にいる凪原としては身が引き締まる思いである。

 そんなことを考えながら瑠優(るーちゃん)をなでている間に作業のグループ分けも終わったようで、指示を待つようにこちらの方へ顔を向けてきたため凪原も手を止めて向き直り―――

 

―――慈が工具を握っているを見て動きを止めた。

 

「………えーっと、めぐねえ、なんで工具持ってるか聞いてもいい?」

「?、作業するためですよ?」

 

 何を言われているか分からない、というようにキョトンとする慈に大きくため息をつく凪原。そのまま彼女に歩み寄るとヒョイっと工具を取り上げて口を開く。

 

「ダメ、めぐねえは工具使っちゃいけません」

「どうしてですか!」

「むしろなんでその言葉が出るかなぁ。こっちの方がびっくりだよ!」

 

 大声で異を唱える慈に同じく声を大にして返す凪原、怒っているというよりも呆れているようだ。

 

「だってめぐねえぶきっちょ過ぎてすぐケガする上に図面読めないでしょうが!文化祭のゲート作りのこと忘れたとは言わせんよ」

「あっあれはちょっと間違えちゃっただけです!」

「ちょっと間違えただけで角材を全部真っ二つにされてたまるか!おかげで材料調達からやり直しになったわ!」

「そ、それはぁ………ごめんなさい」

 

 文句を言うも一刀両断に切り捨てられて撃沈する慈。話を聞いている周囲からも、「それはさすがに…」やら、「でもめぐねえならやりそう」、「むしろなんで料理はできるのかしら」などの言葉が聞こえてきて半分涙目になっている。

 

「大丈夫めぐねえ、ちゃんとめぐねぇにもやってほしいことがあるから」

「(グスン)ほんとですか?なぎくん」

「うん。飲み物とかタオルとかの、ちょっと休憩するための準備とかをお願い。あと疲れてそうな人がいたら休むように声をかけてあげて、めぐねえは皆の様子を見るのが得意だからこれはめぐねえにしか頼めないんだ」

「なぎくん………分かりました!それじゃ皆さんがしっかり休憩できるように準備してきますね!」

「ああよろしく、頑張ってね」

 

 「なぎくん達も頑張ってくださいね」と手を振りながら階段に消えていった慈に自身も笑顔で手を振っている凪原へ、圭と胡桃が何か言いたげな様子で声をかける。

 

「凪先輩……」

「ナギ、なんというかお前さぁ………詐欺師ではないけど、ペテン師?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。どっちも安心して気持ちよく作業できるんだ、詐欺だなんてとんでもない」

「だからペテン師って言ったんだよ」

 

 胡桃の言葉に肩をすくめつつ飄々と答える凪原。罪悪感など欠片も感じていない表情である。

 

「何というか、当時の生徒会の様子がよく分かるわね。正直めぐねえに同情するわ」

「おいおい、こっちだってめぐねえのついうっかり(・・・・・・)の被害を受けてるんだぞ?数日徹夜して校長(じいさん)の判子までもらってたイベント案のデータを間違ってデリートされた時はどうしてくれようかと思った」

 

 悠里の言葉に答える凪原。話しているうちに当時を思い出してげんなりとした顔になる。

 

「うわ~、それはひどい。それでどうしたの?」

「役員全員と追加人員でさらに数日徹夜する羽目になったよ」

「何の行事だか分からないけど、そのまま諦めてくれたら平和だったのに ボソッ)」

「おい、なんか聞こえたぞ胡桃」

「さあ?気のせいだろ」

「……ちくしょう」

 

 半目を向ける凪原に胡桃はニヤッと笑いながら返す。最近は彼女の方から凪原をからかう場面も見られるようになってきていた。

 数秒ののち、かぶりを振って意識を今日の作業へと切り替える。

 

「―――ま、昔のことはいいや。そろそろ始めよう、パーツの図面を配るからその通りの長さにカットしてくれ。同じグループの人はどのパーツが何本できたかを常に把握しておくように」

「「「はーい(了解)(分かった)」」」

 

 その掛け声に合わせて皆が動き始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「っあ~、やっぱ作業をした後の水分はうまいな」

「もう、他の人は休ませてるのに自分は休まないんだから、悪い癖ですよ」

「そうだよ、休めっつってんのにずーっとやるんだから」

 

 入れてもらったお茶を飲み干して一息ついている凪原に慈と胡桃が苦笑交じりに声をかける。

 早々にバテてしまった瑠優(るーちゃん)に代わり工具を握った凪原は、他のメンバーにも交代で休憩を取らせる傍ら、自身は材料のカットが終わるまで手を止めなかった。

 

「ナギさんすごかったよね~、全然疲れないんだもん」

「ほんとほんと、ああいうの見るとやっぱ鍛えてるんだなって思うよ」

「「「(ウンウン)」」」

 

 由紀や圭の言葉に頷く面々。

 

「うーん…ついもうちょっとやったらって思っちゃうんだよな」

「でも無理は良くないぜ?体調崩したりしても医者はいないんだからな」

「ああ、気を付けるよ」

 

 「絶対だぞ?」と念を押す胡桃に「はいはい」と手を振りながら返す凪原。ふとすれば顔がくっつきそうな距離であるにもかかわらず2人にそれを気にした様子はない。

 

「(なんか距離が縮まってる気がするんですけど、あの2人)」

「(そう見えるわよね?ほんとさっさとくっつけばいいのに)」

「(確かに、胡桃先輩はともかく凪先輩はそんなに鈍くないと思うんだけどな~)」

 

 コソコソと話をする彼女たちの視線の先では、2人におぼんを持った瑠優(るーちゃん)がトコトコと歩み寄っていた。

 

「ゆーにぃとくーねぇ、お疲れ様なの。おにぎりを作ったから食べてほしいの」

「もしかしてるーが作ってくれたのか?

「ええ、お手伝いがしたいって言って来たので一緒に作ったんですよ」

「がんばったの~」

 

 ほめてオーラを出しながらそう話す瑠優(るーちゃん)に胡桃は笑い口を開く。

 

「そうだったんだ。ありがとう、るーちゃん、めぐねえ」

「いただき(ヒョイ)」

「あっおいナギっ」

「おおーうまいじゃん!ありがとう、るー」

 

 話している横からおにぎりの一つを取り上げて口に放り込む凪原を咎める胡桃だったが、すぐに瑠優(るーちゃん)に笑いながら礼を言う彼に続けようと思っていた言葉を飲み込むことにした。行儀は悪いがきちんと感謝は伝えているし、何より作った本人である瑠優(るーちゃん)が嬉しそうにしているのだ、なら何か言うのも野暮だろう。

 何より自分もおなかがすいているのだ、注意をする暇があるなら手を伸ばすべきである。

 

「あたしももらうね。

―――おいしい!塩加減もちょうどいいし、形も崩れないしるーちゃん上手なんだな」

「えっへん、なの」

 

 それからしばし、誰も口を開くことなく昼食の時間が続く。皆が片手におにぎりを持ち、もう一方の手で慈が手早く作ったおかずをつまむ。天気は快晴であり、そよそよと吹く風が頬を撫でて作業で上がっていた体温を下げてくれる。

 

 この瞬間、屋上には平和な時間が流れていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「由紀先輩っもっと右右!ぶつかるってっ」

「えっと…こっち?(ゴンッ)あっ」

「逆っ!右と左くらい分かってくださいよっ」

「も~、後ろ向きなんだから分からないよ~」

 

 鉄パイプの前後を持って階段を下りている最中の由紀と圭の会話である。長さが祟り、踊り場での切り返しをしようとした時に、後ろ向きに歩いていた由紀が左右を間違え壁に当ててしまった。そこそこ大きな音が階段に響く。2人の後ろでは美紀と悠里も同じように鉄パイプを担いでいた。

 

「おい2人とも、いちおう掃除はしたから安全だけどもうちょい静かに」

 

 前を歩いていた胡桃が振り返って注意する。彼女は警戒のためにシャベルを手にしているのでパイプを持っていないのだった。

 

「そんなこと言われても難しいよ~」

「そうなんだよ、というか凪先輩はどこ行ったの?力仕事はあの人の担当でしょ、あたしみたいなか弱い美少女に仕事を任せちゃって」

「ほー、元気よく改造さすまたを振り回していた癖に何言ってんだ」

「あ、おかえりナギさん。何してたの?」

 

 冗談交じりに圭が文句を言っていたところに姿の見えなかった凪原が戻ってきた。

 ちなみに改造さすまたというのは部室の武器庫にあった折りたたみさすまたに、ショッピングモールのアウトドアショップで見つけた大型のテントペグを取り付けたもので圭は特訓の際にこれを武器としていた。

 

「ちょっと2階のベランダ、というか1階の天井にラジカセをいくつか仕掛けてきた。多分これで作業中に邪魔されることもないだろ」

「ああ、それで先に行ってたんですね。お疲れ様でした」

「おう」

 

 話している間に2階と3階の間に設置されているバリケードの一つへと到着する。

 

「それじゃ始めるか。目標作業時間は1時間、ちゃっちゃっとやってパッパッと終わらせるぞ。あ、胡桃と圭は下のフロアの警戒を頼む」

「分かった」

「りょうか~い」

 

 持ってきていた圭の武器を渡しながら警戒を頼むと、2人とも快諾してくれた。

 さて、残ったメンツでバリケードの補強である。組み立て方については事前に説明してあるのでもたつくことはない。

 

「最初は下側の机にパイプをわたすんだったかしら?」

「そうだな。通したらU字金具でパイプと、あと机の脚同士をつなぐ。終わったら中段、上段、それから周りの壁への固定だな」

 

 悠里と凪原の言葉に合わせて他のメンバーも動き始めた。1人は鉄パイプを、もう1人は金具と工具をもって仮設バリケードへと近づく。

 

「よーし、私も頑張るよ!」

「由紀先輩またすぐにバテないでくださいよ?」

「う……が、がんばるよ」

「ハハハッま、無理しない程度にな」

 

 結局、作業中にゾンビが現われることはなく、終始和やかな調子で進んだ。

 

 

 

~巡ヶ丘学院繰り返しクエスト~

・Secure the safe zone

 

進捗:バリケード設置数 1/6

 




はい、バリケード製作回でした。
ゾンビ系の小説なら確実にありますよねこの手の話。ありきたりだけどそれだけ大事なものです、無かったら死にます(確信)。原作では2階と3階の間にしか設置してないですが、男手も資材もあるし2階まで安全地帯にしてしまおうという魂胆ですね。防衛ラインが一重だと一箇所でも破られると危険です。必ず二重以上にしてどこかが破られても大丈夫なようにするのが鉄則となります。古今東西の軍事施設で防壁が一重しかないものがないのがその証拠ですね。


ぶきっちょめぐねぇ
うん、まぁ………なんだ、うちのめぐねぇはこんな感じの人なんだ…。やればできる人ではあるハズなんだけど、書いてるうちにどんどん残念属性が増えていくんや。そしてそんな彼女を言葉巧みに作業から遠ざける凪原、はいそこ詐欺師とか言わない


改造さすまた
圭専用の白兵武器。文中では由紀についてしか書いていないが実戦訓練で圭が使ったのがこれになります。テントを張るときなどに使う地面に突き刺す大型のパイルとさすまたを組み合わせたもので、白兵武器の中では比較的遠距離での使用を想定しています。包丁を使った槍を割とよく見かけますが、実際に包丁で人体を刺すと1発でグニャグニャになるらしい(ネット知識)ので、初めから突き刺すという用途を想定しているパイルを用いることとしました。他のメンバーの武器もそのうち紹介できたらと思ってます。


来週は普通に更新できる、その次は、……まだ未定です。執筆頑張ります。
それではまた次回!


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3-9:安全地帯確保

体が鈍ってきているからなんか運動やらないとなぁ、と思い始めてからはや1週間。そろそろ真面目に動かないとコロナ終息後が心配になってきました。

まあそんなことは置いておいて3章第9話です、どうぞ


 本校舎内1階と2階を繋ぐ階段の踊り場、本来であれば物が置かれることもなくただ生徒や教員たちが通り過ぎるだけの場所である。

 しかし、今この場所には角材と鉄パイプを組み合わせたバリケードが築かれていた、それも間に合わせで作られたものではなく確かな知識と技術に基づいた本格的なものが。

 

 階段から90度向きを変え、踊り場の中央を端から端まで塞ぐように設置されたそれは、断面を見ると山間部に見られる貯水ダムの形に類似していた。水の膨大な圧力に耐えるために設計されたダムの構造は、まさしくゾンビによる圧力を防ぐための理想的な形といえる。

 下部は十分な奥行きがあり、上部にいくにしたがって薄くなるもののそれでもゾンビを防ぐには十分な幅を有している。

 

 それだけではない。前後の壁との間につっかえ棒としての役割を持つパイプを複数配置され、壁から張り出した柱や天井の梁にも力を分散させるための支柱が設けられている。これらはバリケードそのものが動いてしまうことを防ぐためのものであった。

 また、一部にはパイプがはしごのように組まれており、ここを使うことで人間なら簡単に上り下りをすることができる。

 

 そして現在、はしご上の部分に登り天井との接続箇所の作業をしている美紀を学園生活部の全員が見上げていた。

 

「ねぇみーくん、できた~?」

「ちょっと待ってください、もう少し………

―――っと、できましたっ」

「「じゃあナギさん(ゆーにぃ)、これで?」」

 

 トンッ、と飛び降りてきて美紀が報告すると、今度は皆が凪原の方へと向き直る。由紀と瑠優(るーちゃん)の言葉からは期待感と高揚感がにじみ出ていた。その気持ちがよく分かる凪原も、変にためることなく笑みを浮かべるとはっきりと宣言した。

 

「ああ、これでバリケード製作は全部完了だ」

「「「やったぁっ」」」

 

 その宣言に歓声を上げる一同。由紀のようにその場で飛び跳ねている者もいれば、隣同士で肩をたたき合う者もおり、それぞれが安全地帯が広がった喜びを思い思いに表現していた。

 

 彼女たちを見ながら、凪原自身もかなりの達成感を感じていた。ここ最近のクラフトで製作したバリケードは6つ、もとからあったのを改修したのが3つに新造したのが3つである。どちらもきちんと強度計算を行ったうえで設計したものであり、ゾンビがいくら群れようとびくともしないだけの頑丈さを備えているはずだ。大学で学んでいた材料力学や強度学の実践ができたというのも地味にうれしかったりする。

 

 凪原がそんなことを考えていると、いつの間にか隣に来ていた慈が声をかけてきた。

 

「なぎくん、お疲れ様でした」

「めぐねえもお疲れ、作業してる間の家事とか結構任せちゃってたし疲れたでしょ?」

「いえ、それは悠里さんも手伝ってくれてたので大丈夫ですよ。それで、このバリケードってどれくらい頑丈なんですか?以前のより頑丈そうなのは分かるんですけど」

 

 バリケード製作にほぼ関わっていない(凪原がやらせなかった、とも言う)彼女としては不安なのだろう。とはいえ凪原のことは信頼しているため、確認といった意味合いの方が強い。

 

「うーん、結構丈夫だと思うよ?20人くらいが全力で押しても壊れない計算だし、そもそもそんな人数は踊り場に収まりきらない、いくらゾンビが馬鹿力といっても心配ないはず。何体も束になって数日叩き続けないと壊れないんじゃないかな」

「そんなに頑丈なんですか、なら安心ですね!

―――それにしてもそんな計算ができるようになってるなんて、なぎ君ちゃんと大学でお勉強してたんですね」

「……教え子のことをなんだと思ってるんですかねぇこの教師は」

 

 手を合わせて微笑みながらとぼけたことを言う慈に「高校の時もちゃんと授業は出てたし成績も取ってたでしょうが」と物申したげな表情で返す凪原だったが、言われた慈はそんな指摘などどこ吹く風でニコニコしていた。

 言っても無駄と悟った凪原がため息をついたところで、圭が思い出したように声をかけてきた。

 

「そういえば、凪先輩はこれで夜寝れるようになったんだっけ?」

「おう。バリケードの強度には自信があるし2階と3階で二重のバリケードができたからな、今日は皆と同じように寝るつもりだ」

「ナギさん毎晩見回りありがとう、今日はゆっくり休んでね!」

「そうですね。任せていた私達が言えたことじゃないですけど、疲れもたまっていると思うのでしっかり休んでください」

 

 口々にねぎらいと気遣いの言葉をかけてくる少女たちに自然と笑顔になる凪原。感謝されたくて見張りをしていたわけではないが、裏表のない笑顔でお礼を言われれば嬉しくもなるというものだ。

 

「なんだよナギニヤニヤしちゃって、ちょっとキモイぞ」

「おまっ、言うに事を欠いてなんてこと言うかね。俺のガラスのハートが粉々に砕け散ったぞ!」

「ハッ、鋼鉄製の心臓してそうな癖に何言ってんだ」

「ほー、言ってくれるじゃないか」

「「ハッハッハッ」」

 

 女子に言われて傷つく言葉ランキングで上位に入りそうなワードに胸を抑えて大げさに反応する凪原と、さらに言葉を続ける胡桃。お互いに気心が知れており、冗談で言われているのが分かっているためこのような掛け合いを楽しむことができるのだ。

 ふと気づくと踊り場にいるのは凪原たち2人だけで、残りの皆は階段を上がっていってしまっていた。中央の手すりから瑠優(るーちゃん)がヒョコっと顔だけを出してこちらを見ている。

 

「ゆーにぃ、くーねぇ戻らないの~?」

「ああ今戻るよ、な?」

「うんすぐに行くよ」

 

 瑠優(るーちゃん)にそう返し、もう一度顔を見合わせて笑うと凪原と胡桃も3階へと戻っていった。

 

 

 

====================

 

 

 

 この日の夕飯は豪勢なものとなった。

 普段は悠里の手によって厳しく、とまではいかないものの健康に過ごすために必要十分な程度の量と内容なのだが、ちょっとしたお祝いということでその規制が緩和されたのだ。慈と2人で腕を振るった料理の数々は絶品であり、それを食べた凪原たちは舌鼓を打った。

 

 現在食後の後片付けを済ませて交代でシャワーを浴び終わった一同は、最後にシャワーを浴びている凪原を待っているところであった。ショッピングモールから持ち帰ってきていたボードゲームなどに興じているところへ(なお今回はチーム対抗形式のため慈の涙目は回避されている)凪原がいくつかのかばんを手に戻ってきた。

 

「ただいまー」

「おかえりなさ~い」

「おかえりナギ、いつもより遅かったじゃん」

「ああ、ちょーっちこいつの確認をしてたからな」

 

 言いながら手にしたかばんを振る凪原に、手札とボード上とで視線を行き来させていた圭も顔を上げて質問を投げかける。

 

「それ何なの?凪先輩」

「ふっふっふ……それはな、これだー!」

「おおっー!………っていや分かんないや、それ何?」

 

 タメを作ってまで自信満々に機材を取り出した凪原だったが、圭の言葉に大げさにずっこけて見せた。

 

「最初の「おおー」は何だったんだよ、まぁそんなに使うもんでもないし分からなくてもしょうがないか」

「それでこれは何なんだよ?パソコン、にしてはキーボードがないし」

「小さいテレビみたいだね~」

 

 2つあるうちの片方を手に取り口を開く胡桃に、それを横から見ながら感想を述べる由紀。小さなモニターがあり、樹脂製の外装に二つ折りの構造は確かに胡桃の言う通りパソコンを思わせるが、この場合は由紀の方が近い。

 

「おっ由紀惜しい、正解はポータブルDVDプレーヤーだ。これで映画とかを見ようかと思ってさ」

「映画⁉︎」

「おおっいいじゃん!」

 

凪原の言葉に喜色を露わにする一同だったが、悠里と慈から待ったが掛かった。

 

「ちょっと待ってちょうだい。小さくてもモニターはかなり電気を使うのよ?しかも映画なんて長いもの」

「これからは雨の日も多くなるでしょうし、電気はできるだけ節約しないといけないので残念ですけど許可できませんよ?」

 

 既に季節は梅雨に入っており、バリケード製作の間も雨の日が増えてきていた。なので必然的に太陽光パネルを用いている巡ケ丘学院の発電量は下り坂となっている。

 そうなれば、水道設備の維持に一部食材の保管用冷蔵庫、それ以外にも夜間照明やシャワーの給湯器など、生活に必要なものに電力を廻して他は節電する必要が出てくる。だからこそ悠里たちはモニターという電力喰いを映画鑑賞という娯楽目的に使うのに難色を示したのだ。

 

 彼女たちの言葉に落胆の表情を浮かべる面々だったが、そこは(無駄に)頭が回る凪原。2人がそう言ってくるのは分かっていたので既に解決策を用意していた。

 

「こいつはコンセントじゃなくてUSB給電タイプ。んで、実はスマホ用の小型太陽光パネルで充電できるから今使ってる電源とは完全に別系統になるんだ。だからその辺は気にしなくて大丈夫」

 

 発電量は少ないが娯楽用の電源としてはどうかという凪原の提案に、2人も「それなら――」ということで同意してくれた。これでスマホや携帯ゲーム機などが使えるようになり遊びの幅が広がることになる、今度の探索ではゲームショップに寄るのもありかもしれない。

 今後の自由時間に期待が広がるが今はとりあえず置いておく。

 

「じゃ、了解が得られたところで見るもん決めようぜ。好みとか分からなかったし、てきとうに持ってきたから面白そうなのが無くても勘弁な」

 

 そう断りながらも凪原がカバンの中から次々と取り出すディスクの数々に、何があるのか確認しようと皆が机の周りに集まってきた。

 

 

 

====================

 

 

 

「で、こうなったと」

 

 などと呟きながら普段自室として使っている教室に入る凪原と、

 

「お、おじゃましまーす」

 

―――その後ろから戸惑いつつ入ってくる胡桃。

 

 ディスク自体はたくさんあったがプレーヤーの数は2つしかない。なので皆が一斉に見たいディスクを指さし、多数決で視聴するものを選ぶことになった。その結果を端的に示すと以下のようになる。

 

凪原、胡桃 → 新作のアクション映画

他の全員  → 不朽の名作のアニメ映画(ジ◯リ)

 

 見事マイノリティとなった2人は部室を追い出され、男である凪原が胡桃たち女子の部屋に行くわけにもいかず自室に招待することとなったのである。

 

「ソファーにでも座っててくれ、なんかつまめそうなものを探してみる」

「あ、ああ」

 

 ロッカーを改造した戸棚の中をいじりながら声をかけてくる凪原に返事をしつつ、胡桃はソファーへと腰掛けて何となく室内を見回す。自分たちの部屋よりもがらんとした印象を受ける、使っている人数が違うので当たり前ではあるがその割には様々なものが置かれている。

 

(やっぱり男の人の部屋って色々ものが置かれてるんだな。 いや別に他の男の人の部屋見たことないし想像なだけだから決していろんな男の部屋に上がり込んでるわけではなくてですね……って私は誰に何の言い訳してるんだろ?)

 

「お待たせ、コーラでいいか?」

「あっうん、ありがと」

 

 コーラ缶とポテトチップスの袋を持って戻ってきた凪原にお礼を言って缶を受け取る。凪原はテーブルを引き寄せてdvdプレーヤーをセットすると自身もソファーへと腰を下ろした。

 

「そんじゃ再生するか、これ映画公開のころから見たかったんだよな」

「ナギもそうなんだ、あたしも結構気になってたんだよね」

 

 そんな会話をした後にどうせならということで部屋の照明を落とし、胡桃が再生ボタンを押して映画が始まった。

 

 

 

 

====================

 

 

 

 いくら映画が見れるとはいっても、dvdプレーヤーのモニターは小さい。そんな画面を2人で見ようとすれば必然的に肩が触れ合う距離で座ることになる。

 映画が始まったばかりのころはその密着具合に少しテンパっていた胡桃だったが、シーンが進むにつれて肩の力も抜け、今ではモニターの方に集中していた。

 

 映画の中盤、序盤から続いていた怒涛のアクションシーンがひと段落し、モニターが少し静かになったところで凪原が口火を切った。

 

「………なぁ」

「どした?トイレ?」

 

 こちらを見上げながら首をかしげる胡桃に、「いや…」と首を振ってから続ける。

 

「今更なんだけど、俺と2人の方でよかったのか?戻ったら悠里達に絶対いろいろ言われるだろ」

「あーそれか~

うん、絶対言われると思う。っていうかナギ気づいてたんだ」

「あれだけやってたら気づかない方が無理だろ、鈍感系主人公じゃあるまいし」

「それもそうか」

「ああ」

 

「「………。」」

 

 内容が内容であるため、そこで会話が途切れてしまう。お互いにどう話したものかと考えあぐねていたが、先に口を開いたのは胡桃の方だった。

 

「あたしは……さ、ナギのこと、い、いいと思ってるよ」

 

 口調こそ途切れ途切れではあるものの、そう話す胡桃の目は凪原へと真っすぐに向けられている。同じく胡桃の方へと向き直り、無言で続きを促す凪原へ自身の思いを伝える。

 

「好きだってのは間違いないと思う。でもさ、なんか変な感じなんだ。先輩の他に、それよりずっと前とかにも好きだった人はいたんだけど………その時の気持ちと今ナギに感じてるのは違う」

 

 一息、

 

「これまでのはさ、憧れだったりとか近くに行ったらドキドキするとか、どっちかというと私から相手に向けてって感じの気持ち。でもナギの場合はそれと逆、って言っていいのかな。一緒にいて緊張することもないというかむしろ楽しいし、それがすごく落ち着く」

「こんな感じのことって今までなかったし、だからどうすればいいかがよく分からないんだ」

 

 そこまで言うと口をつぐみ、「今度はナギの番」とでも言うかのような表情で凪原を見つめる胡桃。その視線を受け、今度は凪原が少し間を開けて口を開く。

 

「俺も………、多分胡桃のことが好きなんだと思う」

「恥ずかしい話になるが、俺は覚えてる範囲では誰かを異性として好きになったことが無くてな。一応言っとくけどナルシストとかではないぞ?、その辺を考えるんだったら一緒に楽しく遊んでた方がいいって思ってだけだ。おかげで一緒にいて楽しいってやつ(女子)は生徒会で一緒だったハヤを筆頭にかなりいたんだが―――」

 

 それなりに痛いことを言っている自覚があったのか、微妙に視線を外しながら話していた凪原だったが、そこで改めて胡桃の顔を真っすぐに見つめ、その続きを口に出した。

 

「一緒にいて、こんなに落ち着くと思える人はいなかった」

 

 それだけ言うと凪原は再び口を閉じ、2人の間に沈黙が流れる。

 

「………そっか、ナギもおんなじだったんだ」

 

 沈黙を破り、「よかったぁ」と続ける胡桃の顔には安堵の表情が浮かんでいた。自分だけかもしれない、その不安が解消されてこわばっていた身体からも力が抜けていく。

 

「みたいだな。なんだ、同じなんだったらもっと早く切り出すべきだったか?」

「それだったらあんまりモヤモヤしないでよかったのに」

「悪かったって」

 

 同じく力が抜けた様子の凪原と軽口をたたき合う。しかしそんな和やかな雰囲気は長くは続かなかった。

 

「え、えーっと、じゃあ……どうしよっか?」

「そ、そうだなっ………」

 

 お互い状況を認識してしまったことで途端にぎこちなくなる2人。なんせお互いの気持ちを伝えあったのだ、そして部屋は薄暗く辺りに人の気配はないときている。いろいろ初心な胡桃は当然として、基本的に動じない凪原であってもテンパるには十分だ。

 

 それでも何とか凪原が復帰した凪原がとりあえず口を開きかけたところで―――

 

 

………ボンッバカンッ! 

ビクゥッ×2

 

 

―――突然つけっぱなしにしていたモニターから爆発音が響き、2人そろって肩を跳ね上げさせた。画面での爆発が収まってから顔を見合わせると、どちらからともなく笑いが込み上げてくる。ひとしきり笑ったところで凪原が改めて口を開いた。

 

「こりゃ「もうちょっと待て」っつうことかね」

「だね、多分もう少しこのままでもいいと思う。まだそうじゃないけど、いつかそうなる。それまでの、猶予期間?」

「モラトリアムってやつだな」

「おっかっこいいね。じゃあそれ、モラトリアムってことで」

 

 そう言ってもう一度笑みを交わすと、2人は再びモニターに視線を戻し、意識を映画へと戻していった。

 

 

 

 

 

 もし、一連の流れを見ていた者がいたとしたら、会話の前と後でちょっとした違いを見つけることができただろう。

 

 もともとほとんど無かった2人の距離。それが完全に零となり、わずかに体を傾けてお互いに寄り添い合う姿は、いくら当人たちが「まだ違う」と言ったところで欠片も信じてもらえないほどの仲睦まじい雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

====================

 

 

 

「まぁなんだ、がんばれよ」

「ああ…、絶対めちゃくちゃ聞かれるだろうなぁ~」

 

 同情的な表情でそう声をかける凪原に、胡桃が憂鬱そうに答える。場所は女子部屋の前、そして扉の向こうでは胡桃の帰宅(帰室?)を虎視眈々と待ち受けている由紀達がいることだろう。

 お互いの気持ちを伝えあったとはいえ、2人の関係に変化があったわけではないので堂々としていれば良いと気軽に言う凪原だったが、実際に質問攻めされる身としてはそう簡単な話ではない。ポーカーフェイスが苦手なことを自負する胡桃にとって、部屋に入ってから明日の朝までは試練の時間となるだろう。

 

「ま、明日愚痴ぐらいは聞いてやるから」

「ハァ…、絶対だからな? じゃあおやすみ」

「ああ、おやす――「(ガラッ)おかえり胡桃ちゃん待ってたよ!あっナギさんおやすみなさーい(ピシャンッ)」――み」

 

 一瞬で教室の中に連れ込まれた胡桃とその下手人たる由紀、そしてやけにイイ笑顔のその他女子達が見えた気がしたが、凪原は気のせいだと思い込むことにした。3人寄るだけで姦しくなるのだ、倍の6人集まろうものならどうなるかなど想像したくない。

 

 自室へと戻ろうと回れ右した凪原だったが、その背中へと声がかけられる。

 

「なぎくん、……ちょっといいですか?」

「どしたのめぐねえ?まだ10時前だし不純異性交遊とかのお説教は勘弁してよ―――って感じじゃないか」

 

 冗談を言いながら振り返った凪原だったが、慈の様子を見て即座に表情を引き締める。

 

「……はい、少し相談したいことがあるんですが―――」

 

 そう話す慈の手には1冊の小冊子があった。

 その表紙には「禁転載」「校外秘」といった判と共に、

 

『職員用緊急避難マニュアル』

 

 という文字が印刷されていた。




バリケードの構造
完全にテキトウです。筆者なりにどうすれば強度が出そうかを考えた結果、ダムって…すごいよねという発想に至ったのでこうなりました。実際に強いかどうかは保証しません。

dvdプレーヤー
いつまで続くか分からないサバイバル生活、適度な娯楽もないと精神を病みます。1人だけ、バリケード無しでそれに更けるのは自殺と同義ですがそうでないなら多少は休息も取った方がいいんでしょうね。適度な休憩が仕事の効率を上げるのと同じ理屈だと思います。


3章ももう終盤、あと2話くらいだと思います。
書きたい内容はあるんだけどなんか最近モチベが低下気味…とりあえずこの章まではちゃんと投稿する予定

それではまた次回!


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3-10:職員用緊急避難マニュアル

なんか諸々書いてたら1話分に長さになったので……


「どういうことだよっ!これはっ」

「こんなのっ……ひどいよっ」

「どうもこうも、どうやらうちの学校には秘密があったらしいぜ。それも比喩でなく世間がひっくり返るレベルの特大のヤツがな」

 

 口調を荒げる胡桃と、信じられないと言うように声を震わせる圭に対して淡々と答える凪原。言い方事茶化しているが、彼自身も表情がいつもよりも硬く、普段のような余裕は見ることができない。周りにいる面々も目の前にあるモノが受け止めきれないのか、言葉を発することができないでいた。

 

 学園生活部の部室がいつもとは全く違う雰囲気となっているのは、机の上に置かれた1部の小冊子だった。

 

 

職員用緊急避難マニュアル

 

 

 名称だけを見れば自然災害やその他の緊急事態が発生した際の職員の対処法のまとめのようにに思える。

 しかし、その実態は感染症によるパンデミック発生時において一部職員のみの生存を目的とした対応策を記したものであり、文字通り「職員用(・・・)」の避難マニュアルであった。

 示されている対応法の基本方針は確保と隔離、それだけならば感染症の対策としては間違っていない。ただし、確保すべきは少数の人材と資材、隔離すべきは非感染者とし、感染者に関しては触れられてすらいない。さらに非感染者の隔離に際しては兵器の使用や武力衝突も看過すべきとされている。この時点で、少なくとも全うな避難マニュアルなどではないことが分かる。

 そしてこの冊子を最も異質なものとしているが、想定されている感染症を開発中の生物兵器によるものとし、その内容について断片的ではあるが情報が記載されていることであった。仮にこの冊子の内容をもとに推測するのならば、文明社会の崩壊を招いた今回のゾンビパンデミックは人為的なものだということになる。

 

 社会秩序が崩壊するまでの数日間とはいえ世界中が総力を挙げて探したパンデミックの原因、その真相の一部がよりにも寄って自分たちの通う学校から見つかったのである。あくまで学生に過ぎない彼女たちの心境は察するに余りある。まるで足元が崩壊したような感覚を覚えても不思議ではない。

 

 よって、悠里の口から次のような言葉が漏れたのも仕方がないことだろう。

 

「めぐねえは……、知ってたんですか?」

「っ、」

 

 彼女からだけではない。難しい内容なためよく分かっていない瑠優(るーちゃん)と彼女の相手をしている由紀を除いた全員から同様の視線が慈へと向けられる。

 都合4対の瞳を前に身をこわばらせる慈に代わって凪原が割り込むように口を開く。

 

「いんや、知ってたのは冊子の存在だけらしい。中を見たのは昨日の夜が初めてだったってさ」

「は、はいっ。マニュアルがあるってことまでは知ってましたけど、こんな……こんなものだったなんて知りませんでしたっ」

 

 「でしょ?」、と振り返って問う凪原にコクコクと頷きながら話す慈。その表情からは偽りのない必死さがにじみ出ており、少なくない時間を彼女と一緒に過ごしてきた悠里たちの目に慈が嘘をついているようには見えなかった。

 

「これを見りゃ分かるだろ?これでもし知ってて隠してたのならアカデミー主演女優賞を出してもいいと思うね、俺は。それに昨日開封した時の困惑顔もすごかったし」

「……(フゥ)、凪原さんの言う通りみたいね、今のめぐねぇを見たら疑う気も無くなったわ」

「たしかに、めぐねえあんまり隠し事得意じゃなさそうだしな~。こんなこと隠してたら絶対ボロが出てるか」

 

 ウンウンとそれぞれ納得した様子を見せる悠里と胡桃。

 

「良かったじゃんめぐねえ、信じてもらえたみたいだよ」

「うぅ、良かったですけどこの納得のされ方は不本意です……」

 

 何とも微妙そうに答える慈に場の空気が一時緩む。しかし続く美紀の言葉でそれも霧散してしまった。

 

「ちょっと待ってください。内容は知らなかったとしてもマニュアルがあることは知ってたんですよね?ならどうしてすぐに開封しなかったんですか?」

「それは、「開封には俺がストップをかけてた」」

 

 またしても慈の発言を遮るようにして凪原が口を挟む。

 

「凪原先輩はマニュアルのこと知ってたんですか?」

「…パンデミック後にここに来た時からな、そんでめぐねえに待ってもらってた」

「………理由を聞いても?」

「ああ、ここを見てくれ」

 

 疑念のこもった視線で問いかける美紀に答えつつ、凪原は開かれたままになっていたマニュアルを閉じると、裏表紙が見えるようにひっくり返す。

 そこには禁転載という判と共に《機密保持条項》なる文言が記載されていた。

 

「『たとえ公的機関の調査に対しても本書の存在に触れないものとする』、こう書いてある時点で確実に地雷だろ。どんなビックリドッキリ情報が飛び出してくるか分かったもんじゃない」

 

 一息、

 

学校(拠点)が整ってない状態でそんなもん知ったら混乱するだろ?ってか俺はするね、間違いない。だから自分たちで環境を安定させられるまでは置いておくことにしておいた。今はバリケードもできたしある程度落ち着いて考えられるようになったからな、頃合いと判断して開けてみたら予想通りヤバいモンが出てきたって訳だ」

 

 

 凪原の説明にはそれなりに筋が通っており、不審な点があれば追求しようと思っていた美紀もとりあえず納得することができた。今でこそ学園生活部は安定しているが、最初からそうだったわけではない。凪原が合流した当初はかなりギリギリだったし、その後も割と綱渡り状態が続いていた。

 何とか安定してきたのは全員の訓練が終わったころだがそれはつい最近のこと、精々1,2週間といったところである。

 

「そうでしたか…」

「ま~それなら仕方ないかな~とは思うけど、やっぱり存在ぐらいは言って欲しかったかな」

「その辺はすまんかった。ただ伝えていいもんか分からなくてな」

 

 圭は凪原の説明に理解を示しつつもやはり言って欲しかったという意見だった。美紀を含む皆も同意見のようで彼女の言葉に頷いている。

 

「そうね。多分凪原さんは卒業、というか成人してるからめぐねえも相談したのだと思うけれど、私達にも相談して欲しかったわ。私達だってもうちゃんと考えられる年齢なんだし」

「そう……ですね。ごめんなさい勝手に判断してしまって」

「……悪かった」

 

 苦言に対して素直に頭を下げる慈と凪原。

 

「でもめぐねえもナギさんも私たちのこと考えてくれてたんでしょ?それならあんまり怒っちゃかわいそうだよ」

「だな、2人があたしらのことを思って、ってのは分かったらからこれくらいでいいんじゃない?今度からはちゃんと言ってもらうってことでさ」

 

 由紀と胡桃がとりなしたことで残りの皆にも矛を収めてもらうことができた。

 場の空気が柔らかくなったのを見計らい、凪原が「それでなんだが、」と切り出す。

 

「この校舎の見取り図を見てくれ。地上階は別にいいとして、地下区画があるみたいなんだ。貯水槽や浄水関連の設備があるのは知ってたけどこんなもんの存在は聞いたことがない、めぐねえも知らなかったみたいだから十中八九このマニュアルを作った連中の仕業だろう」

「へー、この学校にナギさんも知らない場所なんてあったんだ~」

「確かに、学内のことなら何でも知ってそうだもんな」

「よし、君らが俺のことをどう思ってたのかよく理解できたぞ。ちょっとこっち来い」

「「ひゃー」」

 

 由紀と胡桃の茶々に凪原が苦笑交じりに応じているあいだに、悠里と美紀がマニュアルを手に取って覗き込む。確かに学内見取り図の中には普段自分たちが使っていた教室などのほかに見慣れない設備が記載されていた。

 

「ふーん…地下1階に備蓄倉庫と機械室、これは浄水設備用のものかしら」

「多分そうでしょうね。それにしても備蓄倉庫ですか、食糧とかがあるんでしょうか?」

「それについてなんですけど、ちょっとびっくりするようなことが書いてあったんですよね」

 

 「ちょっと失礼しますね」と断りを入れてマニュアルを受け取った慈がパラパラをめくって開いたのは『本校の防護施設について』というページである。

 

「ここに備蓄されている物資の概略が書いてあるんですけどその中に―――」

「………えっ?」

「これって!」

 

 悠里と美紀が驚きの声を上げるのも無理は無い。なぜなら彼女が指さした箇所には『感染症用救急キット』という文字が印刷されていたのだ。

 

「救急キットっ、それがあればもし奴等に噛まれても大丈夫ってこと⁉」

「もしかしたらって程度だけどな」

 

 思わず大声にを挙げる圭にあくまで冷静にくぎを刺す凪原。

 

「救急キットが本当にあるのかまだ分からないし、仮にあったとしても本当に効くのかもよく分からん。だからあんまり期待しない方がいいと思うぞ」

「それもそっかぁー…残念」

「そんなわけであっても確保するだけがいいってこった」

「それしかないですね、研究機関とかがあったら渡して調べてもらうという手もあるんですけど」

「現状では望み薄ね」

 

 凪原の言葉に残念そうにしながらも納得する一同。通信関係は軒並みダウンしているし、その前の時点でも社会昨日はほとんど麻痺していたのだ、その辺の病院や研究所などが今なお稼働しているとは考えにくい。ワクチン(と思われるモノ)を手に入れても確保しておく意外にできることはないのだ。

 

「まっ、救急キットはともかく他にもいろいろあるかもしれないんだろ?ならちゃっちゃっと確認してこようぜ」

「それが良いな。じゃあちょっと行ってくるからあと頼む」

「はい、でも十分に注意してくださいね」

 

 これ以上は話だけしていてもらちが明かないということで、いつも通り戦闘組の凪原と胡桃が確認に赴くことになった。気を付けるように言う慈たちにそれぞれ声や手で返事をして、2人は部室を後にした。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――んでナギ、ホントは知らなかったろ?」

「………何のことだ?」

 

 階段を下りている途中、胡桃からかけられた言葉に一瞬固まるもなんでもなさそうに答えた凪原だったがどうやらごまかしきれなかったらしい。両肩にシャベルを担ぎながら「とぼけんなって」と笑う胡桃の中では凪原が嘘をついているのは確定事項らしい。

 

「マニュアルのこと前から知ってたっての、嘘だろ?」

「どうしてそう思う?」

「気になったのはりーさんが「話してほしかった」って言った時のナギとめぐねえの反応かな、謝るまでにちょっと間があったろ?2人だったらすぐに返事すると思ったのにそうじゃなかったから、ん?ってなったんだ」

 

 「それが一つ」と指を立てながら説明する胡桃に、口を挟むことなく頷いて続きを促す凪原。

 

「あとこれは根拠はないんだけど、めぐねえは不安なことがあっても相談しないで抱え込むタイプのはずなんだ。あんなやばそうなもの、見つけても絶対誰にも言わないと思う。

りーさんはナギが成人してるから相談したって思ったみたいだけど、めぐねえにとってはナギも生徒だろ?なら相談するとは思えないんだよ」

 

 今後は腕組みをしながら慈の性格を分析していく胡桃。凪原は彼女が意外と担任のことをよく分かっていることに驚きながら耳を傾ける。

 

「その辺を考えるとナギがあのマニュアルのことを知ったのは結構最近なんじゃないかって結論になったんだけど、実際のとこどうなんだ?」

「―――ハァ、……降参」

 

 ため息をつきながら苦笑いで両手を上げる凪原。胡桃の推測がかなりいいところを突いていたのこれ以上隠すのは無理と判断したのだ。

 

「胡桃が言った通り、あのマニュアルについて教えてもらったのはごく最近、ぶっちゃけ昨日の夜だよ」

「やっぱり」

「ただ言い訳をさせてもらうと、開封したのはホントに昨日の夜だし、めぐねえが隠し事をしてるって気づいたのはマジでここ(巡ヶ丘)に来た当日だぞ?なんか怪しかったからカマ掛けたら引っかかった」

「そうだったんだ、それにしてもよく分かったな」

「そこは長い付き合いゆえ、だな。散々迷惑かけたりかけられたりしてたからだいたいのことは分かるさ」

「ホントに在学中何やってたんだよ……。それで?なんで前から知ってたみたいに嘘ついたりしたんだ?」

「印象的な問題だ」

 

 そこが分からない、と首をかしげる胡桃に凪原は頭を掻きながら答える。

 

「マニュアルについて打ち明けた時に俺も知らなかったすると、めぐねえはずっと1人だけ隠してたってことになるだろ?開封が昨晩ってことも俺と2人で話すよりも信憑性が落ちる。さらに俺も知らなかったってなると俺も文句を言わないと不自然になる。教師って立場で1人だけ秘密を持ってたっていうよりは、俺が止めてたって方が皆に与える悪印象も幾分かマシって思ったんだ」

「ふーん、よくめぐねえがOKしたな」

 

 話を聞いてまず胡桃が思ったのがそれだった。教師として生徒を守ることを信条としている―――実際凪原が合流した時には自分を犠牲にして胡桃たちを逃がそうとしていた―――慈だ、自身に向けられるはずの不審が教え子に向くのをよしとするはずがない。

 

「ああ、実際めちゃくちゃ反対された」

「だろうな、どう説得したんの?」

「「生徒の心身を守れるならたとえ嘘でも突き通せ。前の生徒()よりも今の生徒(胡桃たち)が優先だ」っつたらすげぇ悲しそうに納得してくれた」

「うっわぁ……きついこと言うなぁ。あたし等よりも先にめぐねえの方がまいっちゃうんじゃない?」

「なんかそんな気もするな………自分だけならいくらでも罪を背負いそうなのに人に背負わせるのは無理か」

「そうだと思う、それにみんなにも正直に言った方がいいと思うよ。心配してくれるのはありがたいけどあたし等はナギが思ってるほど弱くないって」

「そうかもしれないな、あとで戻ったらきちんと謝ることにするわ」

「それがいいよ、あたしからも口添えはするからさ」

 

 心配して手を回したのに逆に諭される形となってしまい、何ともばつが悪そうな凪原だったが、仕方がないと割り切って潔く頭を下げることにした。

 

「というか胡桃はよく分かったな、俺は当然としてめぐねえも態度は崩してなかったと思うんだけど?」

 

 ついでということで疑問点について尋ねてみる凪原。彼自身はそれなりにポーカーフェイスが得意だと自負しているし、気が進まないとはいえ一応納得していた慈の言動についても特に不自然な点はないように思えたのでどうして胡桃が気付いたのかが不思議だった。

 

「めぐねえよりもナギだな。なんか違和感があれば気づく、伊達に普段から見てないよ」

「………、そりゃよく見てるこって。――さ、無駄話してないで確認に行くぞ」

「あ、待てってナギっ」

 

 返された答えの内容に微妙に居心地が悪くなったのか、それだけ言うと再び階段を降り始める凪原。

 

「なんだよ、照れてんのか?」

「照れてない」

「照れてんじゃん」

 

 振り返らずにスタスタと先に行ってしまった凪原に胡桃が追い付いたのは、地下への入口があるとされるシャッターの前だった。

 

「なぁ悪かったって、ナ…ギ……?」

「胡桃……」

 

 半端に開かれたシャッタ―の先は薄暗い闇に支配されており、―――

 

 

「しっかり構えとけ」

 

 

―――途切れ途切れの血痕が奥へと続いていた。」

 

 




ここから物語が動き始めると言っても過言ではないマニュアルさんのご登場です
これが学園生活部にどんな影響を与えるのか……実は筆者もまだよく分かっていない


マニュアルの開封時期
1-8で張った伏線の回収回だったりする。
本作では前回(2階部分のバリケードが完成した日の夜)に初めてめぐねえ(と凪原)はマニュアルを開封しました。原作では1巻開始時点でめぐねえがいないのでそれよりも早く開封したはずで、本作ではだいぶ異なっているように感じますが、一応考察サイトなどを見て自分なりに整合性がとれるよう考えてみました。以下、裏設定

前提:
校長からの指示及びA-1警報は発令されていない。めぐねえはマニュアルの存在は知っていたが表紙の指示に従い10日間は開封を待とうとする
雨の日:
凪原合流、個人的にはこの日がギリギリ10日目。めぐねえがそわそわしているところを凪原に看破され以下1-8話の流れ。
前回~今回:
物資の充実と、さしあたっての安全圏の確保ができたと慈が判断して凪原に相談した。1人で開封しないで相談したのは信頼の表れ。凪原も何となく「絶対やばいもんが出てくる」と察して1-8の発言をしているので悠里たちへの説明も全くの嘘というわけではない、が胡桃にはバレた模様

……こんな感じですかね。読者の皆様それぞれ思うところはあるとはでしょうがif時空ということでご容赦願います。


さて、3章も次回で終了です。
地下へと続く血行の正体とは……?お楽しみに!(書いてたら今作最長になりそう)

それではまた次回!


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3-11:非常事態 上

なんか書いてたら12000字近くなったので分割投稿することにしました。
キリがいいところで切ったため今回は少し短めです


「どうする?」

 

 奥へと続く血痕を前に、シャベルを構えつつ問いかける胡桃を手で制しつつ、床にこびりついた血を靴底でこすってみる凪原。どうやら乾燥しきっていたようで、軽い力だけで血痕は複数の薄膜へと崩れてしまった。

 

「だいぶ前のもんみたいだな。出てきた跡がないってことは中で死んだかあるいは、」

「転化したか、か」

 

 少し前から人間から奴等に変わる流れを転化と呼ぶことにしていた。別に変化でも良かったのだが、何となくただ変化するというよりも化物のような存在に転じてしまうということで転化、となったのである。

 

「ただ、もし転化してるとしても足跡を見るに1人分だからそんな手間ではなさそうだな」

「中でまだ生きてるって線は?」

「無いな」

 

 胡桃が挙げた可能性を一言の下に切り捨てる凪原。ホレ、と床に残る血痕を顎で示しす。

 

「これだけの出血量だ、即座に救急車で病院に担ぎ込めばまだしもこんな地下に入ったところで助からないさ。仮にこの先に医療物資があったところで1人じゃどうしようもない。それに、」

「それに?」

 

 続きを促す胡桃に少し顔をしかめながら続ける。

 

「正直生きてたとしても扱いに困る。これだけの怪我をしててわざわざ地下に来ようとするってことは、地下施設のことを知ってた人間だ。パンデミックからこれまでのうのうと過ごしてきた奴と今更ご対面しても仲良くしたいとは思わないな、俺は」

「あー…確かに、それはあたしもごめんこうむりたいかな」

 

 断っておくが凪原も胡桃も薄情な人物というわけではない。こんな状況(ゾンビパンデミック)でも、もし人と会ったらできる範囲で助けようとする程度には善良な人間である。とはいえ、この惨事の元凶もしくはその関係者と会ったとして、笑って手を差し出せるほどに聖人なわけではない。

 なので、そんなトラブルの種にしかならなそうな人物になど会いたくない。2人とも口には出さないが、施設内にいる人間にはできれば死んでいてほしいと考えていた。

 

「まあその辺は見つけてから考えるとして、今はここの安全確保に集中するか」

「りょーかい」

 

 半端に開いているシャッターを手で持ち上げて施設内部に入る2人。シャッターにも電力が通っているようで軽く力を掛けただけで動き始め、完全に開ききったところで動きを止めた。

 

「とりあえず入った瞬間にシャッターが落ちて閉じ込められるってことはなさそうだな」

「おまっ、そんなこと考えてたなら先に言えよ!」

「ハッハッハ、次からは善処するよ」

 

 笑いながら階段を下り、地下1階の床に足を付けたところで壁にあった電気のスイッチを押すと、多くの棚が立ち並ぶスーパーなどのバックヤードを思わせる室内の様子が明らかになった。

 

「これはこれは…」

「うわぁ…どれだけあるんだろ」

 

 幾列もある棚のすべての段には小型のコンテナが所狭しと置かれており、それぞれに識別用の単語が書かれていた。マニュアルの内容を信じるなら、これらの中には15人が1ヶ月間暮らせるだけの物資が収められているのだろう。

 思わず中を確認したい衝動に駆られる凪原だったが、今はその時ではないと首を振ってその考えを頭から追い出す。視線を棚から床へ下げれば、未だ血痕は未だ奥へ奥へと向かっていた。

 コンテナの一つへと手を伸ばしていた胡桃の肩を小突き、改めて痕跡をたどり始めた。

 

 

 

「ここ、かな」

「血痕を見る限りはそうだろうな」

 

 棚の間の通路を通り抜けると小さな扉が出現した。血痕はその先へと続いており、ノブには赤い手形が残っている。小さくノックして耳をそばだてるが、特に物音などは聞こえてこない。

 

 凪原が素手で触れてしまわないようハンカチ越しにドアノブを掴み、胡桃と目線で頷き合ってからゆっくりと扉を開く。ゾンビが飛び出して来たらすぐに振り下ろそうとシャベルを構えていた胡桃だったが、部屋の中からはゾンビが飛び出してくることも人の声が聞こえてくることもなかった。

 

 部屋を覗き込んだ2人の目に映ったのは、いくつかの机と椅子があるだけの何とも殺風景な小部屋だった。

 多くの棚が置かれ、大きさに反して手狭な印象を受けた先ほどの部屋とは異なり、こちらはほとんど物がないせいで実際よりも広く感じられた。

 奴等か死体か、さもなくば生存者がいると思っていた2人にとっては拍子抜けであり、知らないうちに入っていた力が抜けて肩が落ちる。

 

 軽く息をついてから改めて小部屋へと足を踏み入れると扉からは死角になっていた位置にもう一つ扉があった。これまでとは異なり、血痕は部屋中の床に残っていたが最終的にはその扉へと続いていた。

 

「なんだもう1個奥があったんだ、さっさと片付けちゃおうよ」

「あっ、ちょい待ち」

 

 早速次の扉へと向かおうとする胡桃を、何かを見つけた様子の凪原が引き止める。その視線の先の机の上には、1枚の紙が置かれていた。

 

「こんなとこになんだろ?」

「多分奥にいるやつの書置きだろ、確認してみようぜ」

 

 胡桃の疑問に答えつつ、紙を手に取って開く凪原。所々に血が付着して黒く汚れているが、紙面上の文字そのものは綺麗で教養を感じさせるものであった。あれだけの出血を伴いながらこれだけの字を書ける人はそうはないだろう。

 

 そんな益体もないことを考えながら、書かれている内容を傍らにいる胡桃にも聞こえるよう声に出して読む。

 

「『これを読んでいる人へ、あなたがどんな立場の人かは分かりません。ただ、それは既に彼等に噛まれてしまっている私にはあまり関係ないでしょう。彼等については何も知らず、伝えられることもありませんので、老い先短い私に救急キットというものを使うのも申し訳ないので奥の部屋で自裁することとします。最後に、世界が変わっても懸命に生きようとする人への敬意と、この事態に備えてこの施設を作った組織に最大の憎悪を』―――うーん、最後殺意がすごいの置いといてまんま遺書だなこれ」

「ふーん…、なんか聞いた感じだと元凶の一味ってわけじゃなさそうだな」

 

 机に腰掛けて足をブラブラさせながら、凪原が読み上げるのを聞いていた胡桃がそんな感想を漏らす。それは凪原も感じていたことで、遺書の内容を信じるとするならこれを書いた人物はマニュアルの内容を以前から知っていたわけではないようだった。

 

「そうだな。ただそうなるとこれ書いた人は誰なのかって話になるんだが………って、続きあんのかこれ」

 

 最後にとなっていたためてっきり終わりかと思えば折りたたまれていた先にも文章が書かれていたので、凪原の意識がそちらへと向けられる。遺書を書いた人物が自分たちに何を伝えようとしていたのか、それが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気になってしまった(・・・・・・・・・)

 

 

 

「じゃ、あたしは一応奥の部屋を確認してるね」

「……ん、きーつけて」

 

 「自殺しちゃってるんだったら警戒し損だったな~」などと呟きながら奥の部屋へと続く扉に手を掛けるくるみに、凪原は上の空で答える。

 

 その、数秒後だった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁっ」

 

 反射的に凪原が顔を向けた先には、あおむけに倒れた胡桃とそれに覆いかぶさっている1体のゾンビがあった。

 

 

 

====================

 

 

 

「胡桃っ」

 

 体は弾かれるように動いた。

 数メートルほどあった距離を瞬時に駆け抜け、勢いそのままに胡桃に蹴り飛ばす。体重とスピードが十分に乗った蹴りで胡桃に覆いかぶさっていたゾンビは壁へと叩きつけられた。

 そのゾンビの首には縄が掛かっていた。そして頭が自重でかしぐほどに首が伸びていることから、首をつった人物の成れの果てであることが窺える。自殺には成功したのだろうが、ゾンビへと転化することを防ぐには至らなかったようである。

 

 だがそんなことは凪原にとってはどうでもいいことで、今彼がこのゾンビに思うことはただ―――

 

「くたばれ死にぞこないがっ」

 

―――一瞬でも早くこの世から退場させることだ。

 

 ホルスターから9ミリ拳銃を引き出して発砲。この数カ月で何度繰り返したか分からないその動作は、荒れ狂った精神状態においてもいつも通りに行われた。銃口から吐き出された弾丸はゾンビの頭へと命中し、中身をかきまぜたのち反対側へと突き抜けて壁に当たったところで動きを止める。

 

 そして、その様子を最後まで見ることなく胡桃へと駆け寄る凪原。

 壁際に力なく座り込んでいる胡桃、その右腕の付け根は彼女の血で赤くにじんでいた。

 

「ごめんナギ。あたし、噛まれちゃった」

「~~ッ」

 

 思わず叫びそうになる心を意志の力で抑え込み頭と体を動かす。既に胡桃は噛まれてしまっている、ここで何もしなければと彼女は死ぬことになる。それが嫌ならば行動するしかない。

 

 片手で胡桃の頬を支えて自分の方を向かせ、もう一方の手で指を3本立てると目の前で左右に振る。

 

「こっち見ろ胡桃、こっちだ。指は何本ある?」

「そうだな……81本くらいか?」

「結構余裕あんな胡桃(言葉ははっきりしてる、傷は……そこまでひどくはないか)」

 

 額に脂汗をにじませながらも、無理やり笑みを作って軽口で答える胡桃、凪原はそれに答えつつ彼女の様子を確認していく。意識障害については今のところない、出血はまだ続いているが既に止まりかけている。幸いなことに噛み傷は大きな血管まで達しなかったようだ。

 自衛官の田宮から聞いた話ではゾンビに噛まれた際、出血多量やその他の外相が原因で死亡した場合は直ちに転化が起こるが、そうでない場合は噛まれてから転化までに早くても6時間はかかるらしい。まったく安心はできないが多少は時間的な余裕ができた。

 

 自分に落ち着くように言い聞かせると、凪原腰のポーチから清潔なガーゼを取り出して制服の上から傷口にあてがうと、胡桃の手を取って彼女自身に押さえてもらう。

 

 

 それが終わったところで肩と膝の裏に腕を回して気に胡桃の体を持ち上げる。

 世に言う横抱き、お姫様抱っこというやつだ。

 

「ひゃぁっ!」

「あんま動くな胡桃、救急キットのこと覚えてるか?」

「ああ、マニュアルにあったやつだっけ」

「それが頼りだ、行くぞ」

 

 そのまま立ち上がり、棚が並んでいた倉庫へと駆け戻る。振動に揺られてるうちにこわばっていた胡桃の体から力が抜け、その口から言葉が漏れる。

 

「……これがお姫様抱っこか、結構っいいもんだな。いい、思い出にっなったよ」

「思い出なんかにすんなっ、これから何回だってやってやる」

「へへっ、楽しみにしとくよ」

 

 弱々しく笑う胡桃からは、いつものような快活さを見つけることはできない。

 

(絶対助ける)

 

 そう決意して、凪原は踏み出す足へできる限りの力を込めた。




続きはいつも通り日曜に投稿予定です。


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3-12:非常事態 下

分割投稿の後半です。
安定した描写力の無さです、泣きたい


 倉庫へと戻ってきた凪原は、各コンテナに書かれた単語を片っ端から確認していく。幸い、最初に調べた列の最後に『医薬品』と書かれたコンテナを見つけることができた。

 抱えていた胡桃をゆっくりと床に降ろし、棚へと寄りかからせる。

 

 中を確認する時間ももどかしく、取り上げたコンテナの中身を床へとぶちまける。散らばった包帯やら消毒液やらに混じり、『感染症別救急キット』というラベルが付いたケースがあった。

 

「これだっ」

 

 ケースには幾本かの圧力注射器が並んでおり、それと共に患者への投与方法を記した説明書きが収められていた。この薬剤は血管内を通ることで、体内に侵入したウィルスに対し効率的に作用するらしい。また、薬剤の効果を高めるためにはウィルスが体内に入ったら可能な限り早く、全身へと浸透させるため心臓近くの地肌へ直接投与すること、と書かれていた。

 

 

心臓近くの、地肌。

 

 食い入るように説明書きを読んでいた凪原の体が一瞬固まる。

Q1.誰が胡桃に薬剤を投与する?

A.凪原が

Q2.どこに?

A.心臓近くの肌、すなわち、左胸に

 

「………」

「どうした?」

 

 ちらり、と胡桃を見やる。こちらを見つめる胡桃の表情は少しだが先ほどよりも少し悪くなっていて、残された時間が短くなっていることを感じさせる。それを見てしまえば感じていた逡巡など、塵芥ほどの意味もない。即座に胡桃の傍らにしゃがみ込み、視線を合わせる。

 

「使い方は分かった、これから薬を打つ。ちょい恥ずかしいだろうけど許してくれよ」

「?、恥ずかしいって?」

 

 いまいちよくわかっていない様子の胡桃胡桃に構わず、血で汚れてしまっている彼女の制服を脱がす。次いで下着(体を動かすためかスポーツブラだった)を上にずらせば2つの膨らみが露になる。悠里ほどではないが年齢の割にしっかりと存在感を感じさせられる。

 

「な、ななななナギっ⁉」

「あんま動くな、うまく薬打てないだろ」

「ならそう言ってくんないかなぁっ⁉」

 

 突然の凪原の行為でテンパる胡桃に「すまない」と謝りつつ、心臓の真上、胸骨から指に2本分外側の位置に注射器をあてがってシリンダを押し込む。カシュッという音と共に薬剤が体内に投入された。

 無針タイプのため、肌に傷ができていないことを確認してブラを元の位置に戻す凪原。

 

 

 薬剤の注射が終わったところで、噛み傷の治療へとうつる。幸いなことに既に出血はほぼ止まっており、傷口に歯が残っていることもなかった。きちんと手当をすれば跡に残ることもないだろう。

 

「にしても、まさかナギが変態だったとはな。女子高生の服脱がすなんて」

 

 救急キットから消毒液と脱脂綿を取り出して傷口を消毒していると、胡桃がジト目を凪原へと向けてきた。

 

「男はみんな狼なんだよ。……ただ悪かった。できる限り早く心臓近くの肌に投与って書いてあったからつい、な」

「つい、じゃないって。あたしじゃなかったら大問題だぞ、というかそうなったらまずあたしが殴る」

「おーこわ、けどまぁそりゃそうか。―――っとよし、これで処置は終わりだ、後は部室に戻って寝てれば治る」

 

 

 軽口を叩きながらも処置を続け、傷口を防水性のシートで覆ったところで凪原にできる処置はすべて終了した。

 薬剤が入っていたケースやその他の救急キットを腰の後ろにつけたポーチの中へと収納していく。すべて回収して立ち上がろうとしたところで、胡桃の口から小さく言葉が漏れる。

 

「待って、ナギ」

「ん、なんだ?」

「……あたし、助かるのかな?」

 

 ポツリ、と零れるような声だった。

 

 先ほどまでとは一転、というよりは先ほどまでの軽い口調の裏に隠されていた不安がその声には含まれていた。

 それを聞いた凪原はしゃがみ込むと、胡桃の両肩に手を置き、その顔を正面からのぞき込んで口を開く。

 

「ああ、絶対助かる。治療薬を使ったんだから何も心配しなくていい」

「でももしそれが効果がなかったらさ……」

「もしもなんて無い、必ず効くから―――

 

「分かんないじゃないかそんなのっ!あの薬は実験薬みたいなものだし、ナギだってあんまり期待しないって言ってたじゃんっ!これで寝て起きたらあたしがあたしじゃなくなってるかもしれない!」

「落ち着けっ。大丈夫だ、心配しなくていい」

 

 自分が自分ではなくなってしまうかもしれないという恐怖から声が大きくなる胡桃。凪原は彼女の頬に手を当て、目線を合わせるようにして激励するが、胡桃の言葉は止まらない。

 

「みんなに、ナギにもう会えないなんて……、昨日ナギと話して、これからってなったのに……もう会えないなんて………一緒に居られないなんて、そんなのいやだよ。もっと、もっとナギと一緒にいたいよ」

「胡桃……」

 

 話しているうちに感情の制御ができなくなったのか、言葉が終わるころには胡桃の涙腺は決壊していた。頬に当てられた凪原の手にすがるように顔をこすりつけて嗚咽を漏らしている。

 

 そんな胡桃の姿を前にすれば、凪原が腹を決めるのに時間は掛からなかった。ポーチから注射器を1本取り出し、改めて胡桃へと声をかける。

 

「………胡桃」

「なに―――んむっ⁉」

 

 呼びかけに対する胡桃の答えは途中で遮られることになった。凪原が自身の口で胡桃の口を塞いだのである。

 

「~~~っ」

 

 いきなりのことに目を白黒させていた胡桃だが、状況を把握したところで凪原の胸に手を当てて必死に押し返そうとしてきた。

 これまで得た知識や経験から、2人は転化が起きる条件は体液の接触によるものと考えていた。今のようにキスをしようものならほぼ確実に凪原にもウィルスが入ってしまうだろう。

 

 なので唇を離れさせようとする胡桃だったが、凪原はそれに構わず頬に沿えていた手を彼女の背中へと回して抱きしめてきたためにそれは叶わなかった。

 ならばせめて、と口をきつく結んでみても、唇の上を走る優しい刺激に抗うことはできなかった。いつの間にか唇が、ほとんど間を置かずに歯が、凪原を受け入れるように開かれてゆっくりと入ってきた凪原の舌に自身の舌を絡ませる、初めはぎこちなく、やがて夢中になって。

 いつしか閉じられていたはずの瞼も開かれ、トロンとした目つきへと変わっていた。

 

 彼等以外に動くもののいない地下倉庫に、舌を絡ませる水音が響く。しばしの間2人は互いに互いを求めあった。

 

 

「「ん……ぷはぁ…」」

 

 数十秒あるいは数分ののち、凪原と胡桃はようやく口を離した。2人の舌の間には唾液の橋が架けられ、天井の光を反射してキラキラと輝いて見える。

 それまでの感覚を反芻しているのかぼうっとしている胡桃の前で、凪原は手にしていた注射器のキャップを外すとそれを逆手に持ち、もう一方の手で自身の服のすそをめくりあげる。

 

「これで一蓮托生だな」

 

 言いながら凪原は注射器を胸にあてがうと、みじんも躊躇せずにシリンダを押し込んだ。軽快な音と共に実験薬が凪原の体内にも流れ込んでいき、その光景を見て胡桃が我に返る。

 

「何やってんだよっ!こんなことしたらナギにあたしのがうつっちゃったじゃん!あたしなんかのために命を捨てやがって!」

 

 涙交じりに叫ぶ胡桃に対しても凪原の表情が崩れることはなかった。

 

「なんかなんて言うな、俺にとって胡桃以上に大事なもんなんて無い。それに命を捨ててなんかいないさ、2人とも助かる。それに、」

「それに?」

「もし万が一ダメだったとしても、1人では逝かせない」

 

 そう言って笑う凪原の表情はいつも通りに自信満々で、自分の命が掛かっていることなど微塵も感じさせない。隣にいれば安心できるし何も心配いらない、いつの頃からか胡桃にそう思わせてくれるようになった顔だった。

 そして、その顔を見ているうちに、胡桃は自分の中にあった不安や恐怖がすっかり鳴りを潜めているのに気づいた。完全になくなったわけではないが、先ほどまで感じていた言いようのない焦燥感は消え失せていた。

 

(全く、好きな人の顔色一つでここまで気持ちが楽になるなんて、まじで乙女かってんだあたしは)

 

 我ながら現金な心に苦笑してしまう胡桃。とはいえその気持ちをそのまま伝えるのも癪であるので、小さくため息をつくと自身も笑みも作って口を開く。

 

「あのさ、ナギって実はバカだろ?」

「ハッ、なんだ今まで気づいてなかったのか?」

 

 「もう大丈夫、ありがとう」そう素直に言うのは恥ずかしく、こんな言い方でも分かってくれるだろうという胡桃の甘えを含んだ思いは正しく伝わったようだ。案の定ニヤニヤ顔になった凪原に、恥ずかしくなった胡桃はそっぽを向いてしまう。その様子が面白くて、凪原は笑ってしまった。

 

「じゃ、戻ろうぜ。しっかり休んで寝れば明日にはよくなってるさ」

「うん。―――あのさ、ナギ」

 

 胡桃をおんぶするために背を向けてしゃがみ込んだ凪原に声をかける胡桃。

 

「ん?」

「その……さ、上に行く前にもう一回、さっきのやってほしいかなって」

 

 ちょこんと凪原の服を掴みながらそんなことを言う胡桃に、一瞬目を丸くした凪原だったが、すぐに何かを思いついた顔になって口を開く。

 

「分かった。じゃ、目を閉じてくれ」

「うん」

 

 凪原は言葉に従って目を閉じた胡桃に近づくと、少しだけ突き出された唇ではなく額へと口づけをした。えっ?っという表情で目を開ける胡桃にいたずらっぽく告げる。

 

「今はこれだけ、これ以上は胡桃が元気になってからな」

 

 「さ、背に乗ってくれ」という凪原に胡桃は「………バカ」と小さく呟いてから彼の背中に体を預けた。

 

 

「っていうか、もしこれで2人とも死んじゃったらみんなの事どうする気なんだよ?」

「あっ」

 

 部室に戻ろうと歩いている途中、ふと思いついたという感じの胡桃からの問いかけに固まる凪原。どうやらそのあたりのことを全く考えていなかったようである。

 そのことを察した胡桃が呆れたような顔になった。

 

「……ったく、起きたら説教するからな。めぐねえとかりーさんにも怒ってもらうから覚悟しとけよ?」

「ハハハッ、お手柔らかに頼むよ」

 

 凪原の言葉に「だめ」と答えたのを最後に寝息を立て始める胡桃。

 

「起きたら、か。いいこと言ってくれるじゃないか」

 

 無事に目を覚ましたらその時はお説教でもなんでも聞いてやろう、そう思いながら胡桃の小柄な体を背負いなおすと、凪原は止めていた足を再び動かし始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

 翌朝、凪原は誰かに頭をなでられているような感覚で目を覚ました。汗と汚れのせいで、枕にしていた左腕に頬が張り付いている。

 

 昨晩、部室に戻った時の皆の表情は筆舌に尽くしがたいものがあった。2人とも服は汚れているし、胡桃にいたっては肩に治療の跡があるうえに眠っているだけとはいえ意識がない状態だったため当たり前である。

 当然のごとく説明を要求され、包み隠すことなくすべてを話した凪原に対し、彼を責める声は意外にも少なかった。

 

 胡桃が噛まれたというのを聞いた瞬間こそ悠里や美紀が取り乱し「どうして」やら「あなたが付いていたのに」という声は上がった。しかし、続く説明で既に薬を投与していること、胡桃の様子が同じように噛まれた田宮とは異なり安定していることを伝えると落ち着いてくれた。

 また、圭と美紀の2人からもショッピングモールにいた頃のリーダー(噛まれたことを隠しコミュニティ崩壊の原因となった)とも違うという話をでて、薬の効果が期待できそうになったが結局は結果が出ないことには分からないという結論になった。

 

 

 その後は、もしものために慈に9ミリ拳銃と弾丸を渡し、ソファーで眠る胡桃の横に座って様子を見守っていたのだが、どうやら睡魔に負けて眠ってしまっていたらしい。

 

(結局シャワーどころか着替えもしなかったな。そういえば飯も食ってないか)

 

 覚醒前の頭でそんなことを考えつつ、張り付いた頬をペリペリと剥がしながら顔を上げた凪原の前には、上体を起こした胡桃の姿があった。

 

「あ…お、おはようナギ」

 

 頭を撫でていたであろう手を小さく引っ込めながらそう話す胡桃は、恥ずかしさからなのか少し顔が赤い以外はいたって健康そうに見えた。

 

「……胡桃、だよな?」

「そうだよ。正真正銘、恵飛須沢胡桃ご本人」

 

 呆然、といった表情で尋ねる凪原に、笑いながら答えた胡桃の「それとも奴等にでも見えるか?」という言葉は、凪原が胡桃を勢い良く抱きしめたせいで最後まで続かなかった。

 

「良かった……っ、本当に良かったっ」

「おいおい、大の男が泣くなって」

 

 突然のことに少し驚いた胡桃だったが凪原の肩がわずかに震えているのに気づくと、自身も彼の後ろへと手を回し、その背中をゆっくりと叩く。

 

「………泣いてない」

「声がかすれてるけど?」

「のどが渇いたんだ」

「鼻すすってるのは?」

「今年はスギ花粉が飛び始めるの遅かったみたいだな」

「(クスっ)なんだよそれ」

 

 しばらく胡桃を抱きしめていた凪原だったが、やがて体を離すと改めて胡桃の様子を確認する。見た目には問題なさそうだが細かいところまでは分からない、医者がいない現在では本人に聞くのが一番早いのだ。

 

「それで、体調はどうだ?どこか変なところがあったりしないか?」

 

 目線を合わせて尋ねる凪原に、胡桃は少し考えるそぶりを見せながら答える。

 

「うーん…、特にないかな?というよりなんか前より体調がいいくらい」

 

 そう話す表情は嘘をついているようには見えない。本人も不思議そうにしていることから本当に体調がいいのだろう。実際、胡桃と同じように実験薬を投与した凪原自身もすこぶる体調は良い。

 

 既に胡桃が噛まれてからかなりの時間が経過している。通常であれば転化までは至らずとも何らかの悪影響が現われているはずである。それが出ていないということは実験薬が効果を発揮したことに他ならない。

 

「ホントに薬が効いたんだな」

「うん、多分そうだと思う。それで…さ、ナギ」

 

 胡桃が助かった喜びをかみしめている凪原に、胡桃がもじもじしながら話しかけてきた。

 

「うん?なんだ?」

「えーっとほら、昨日言ってた元気になったら、ってやつを」

「あー、それね…」

 

 昨日の感触が忘れられないのか、そんなことを言う胡桃に対し微妙に濁した返事をする凪原。

 実は、今2人がいる部屋について、彼女が気付いていないことが1つあったからである。それは凪原にとっては些細な問題であるが、もしかしたら胡桃にとっては違うかもしれない(多分大問題だろう)

 

 よって、凪原は本人に確認してみる(面白くする)ことにした。

 

「俺は別にいつでもいいけれど、あれ、大丈夫?」

「ん?あれ――って」

 

 凪原に示された方へ視線を向けた胡桃の声が途中で裏返る。

 部屋の出入口、引き戸タイプのドアが少しだけ開いており、その隙間にはいくつかの顔が見えていた。

 

 上から慈、圭、悠里、美紀、由紀、そして瑠優(るーちゃん)。部屋にいない学園生活部のメンバー全員がこちらを見つめていた。それぞれの顔は心配しているというよりも興味津々といった様子であり、一応悠里が瑠優(るーちゃん)の目を塞いでいるが、隙間からばっちり目が覗いている。

 

「な、なな、なっ」

 

 出歯亀の存在に気づいた胡桃は真っ赤になって処理落ちしかけていた。このまま放置すれば数秒後には叫びだしてしまうだろう。なので凪原はそれを回避すべく行動を起こした。

 

「あっ」

 

 といったのは教室をのぞいていたメンバーのうち誰だったか。彼女たちが見つめる先で、凪原は胡桃にかけていたタオルケットを持ち上げると、自分と胡桃とを隠すようにかぶったのだ。

 

 布の下にあった膨らみが2つから1つの大きな膨らみとなり、やがて6人の耳に小さな水音が聞こえ、その数秒後に2人の上からタオルケットが取り払われるとそこには、笑顔の凪原と先ほどの比ではないくらい赤くなって固まっている胡桃の姿があった。

 

「やあみんな、おはよう、いい朝だな!」

「いい朝だな、じゃないって!」

 

 凪原の白々しいあいさつに圭が大声でツッコミを入れたところで、皆が口々に叫びながら部屋に突入してくる。

 

 「何朝っぱらから見せつけてくれてるのさ⁉こっちがどれだけ心配したと思ってるの?」「そうですよなぎ君っそういうのは良くないと思いますっ」「ホントに心配してたの分かってます⁉︎」「さて何のことやら?俺はただタオルケットを被っただけだぜ?」「「「嘘つきなさいっ(でしょ絶対っ)!」」」

 

 圭、慈、美紀は凪原へと詰め寄り、―――

 

 「胡桃ちゃんっ無事でよかったよぉーっ」「もう胡桃っ、ホントに心配したんだからね!」「2人とも元気になって良かったの、おかえりなさいなのっ」「うわっ、――ってみんな……うんっただいまっ」「「「おかえりっ!」」」

 

―――由紀、悠里、瑠優(るーちゃん)の涙交じりの突撃で胡桃が我に返る。

 

 

 皆が思い思いに好きなことを言い合っているが、全員の顔には笑顔が浮かんでいる。

 一時はどうなることかと思われたが、学園生活部にいつもの空気が戻ってきた。




やーーーーーーっとここまできました。

胡桃をヒロインにしようと思って本作を始めてから半年間(初回投稿が2019年11月10日なのでピッタリ半年なんです!)、やっと書けました。
読者の皆様的には言いたいこと等色々あるかもしれませんが、筆者的にはこれが限界ですのでどうかご容赦のほどをお願いします。

さて、今回で3章は無事終了です。
第4章は高校生活編(後編)を予定しています。地下探索や文化祭など、またイベント盛りだくさんでやっていきたいと考えていますのでどうかこれからも本作「学園生活部にOBが参加しました!」をよろしくお願いします。

次週は閑話回です、
それではまた次回!


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閑話:体育祭

章終わりの恒例になってきた閑話回、今回は体育祭編です。


例によって本編とは関係がないのですが、
時系列的にはバリケードが完成した夜にめぐねえからマニュアルのことを相談されなかった世界線でのお話になります。


 とある平日の昼、週に数回の勉強の時間の最中、何を思ったのか急に由紀が立ち上がった。

 

「体育祭、やろうよ!」

「「お前(由紀)は何を言っているんだ(の)?」」

 

 そして発せられた唐突な提案に対して凪原と圭の声が重なる。相手のボケ(今の場合由紀がボケたつもりなのかは分からないが)に素早く反応できるかどうかは慣れによるところが大きい。口を開けばかなりの確率でとぼけたことを言ってくる友人たち(同級生及び生徒会仲間)に鍛えられた凪原と同時に反応できた圭は、なかなかにぎやかな環境にいたことが推測された。

 そのあたりのことは置いておくとして、2人の言葉は別に否定的な意味合いで言ったのではなく、シンプルに話している内容が分からなかった故の反応である。周りにいる人も由紀の突然の発言に頭が追い付いていないようで一様に不思議そうな顔をしている。

 

「なにって、運動会のことだよ。ほら、みんなでかけっこしたり玉入れしたりするあれ」

「「「そっちじゃないっ」」」

 

 首をかしげながら体育祭とは何たるかを説明する由紀にツッコミを入れる一同。今度は凪原と圭だけではなく胡桃と美紀も反応が間に合った。

 

「あのな由紀、体育祭自体は知ってる。俺らが聞きたいのは何でいきなりそれをやろうって話になったのかってことで――あっ」

 

 質問の途中、凪原はとある人物が由紀の後ろから教室入ってきたことに気付いて言葉を切る。しかし、彼の方を向いている由紀はそれに気付かない。よくぞ聞いてくれた、といように話を続けようとして、

 

「うん、それはね――」

 

続けようとして―――

 

「それは、なんですか?ゆきちゃん?」

「うひゃっ!めぐねえ⁉」

 

―――続けられなかった。

 

 笑みを浮かべながら由紀の肩の手に置いた慈に由紀が素っ頓狂な声を上げる。つい先ほどまでの勢いが見る影もなく、今はワタワタとしている。

 

「私が戻ってくるまで古典の問題を解いててくださいってお願いしたと思うんですけど……。もしかしてもう終わっちゃいましたか?」

「えっえーっと、それはね!」

 

 声は無駄に元気がいいが歯切れが悪い。どう見ても課題が終わっているようには見えない。

 

「まさか終わってないのにしゃべってた~、なんてことはないですよね?」

「あ、アハハハ~」

 

 変わらぬ笑顔の慈から顔をそむけるようにしつつ、周りに視線で助けを求める由紀だったがそれに対する皆の答えは非常なものだった。

 

「いいか2人とも、確率ってのはまず最初に全部で何通りあるかってのを考えるんだ。聞かれてる事象がいつ起きるかを考えるのはその後だ」

「へーそうなんだー、どうも個別のこと考えちゃうんだよなー」

「私もそうなんですよね、問題で聞かれるとそっちに意識がいっちゃって」

 

 凪原、圭、美紀、の3人は数学の教科書に向き直り、

 

「胡桃、そこの分子式間違ってるわよ」

「え?あっ、ホントだ」

「この辺りは紛らわしいから注意してね」

 

 悠里と胡桃は化学の演習へと戻る。

 最後に由紀が視線を向けた瑠優(るーちゃん)は漢字の書き取りをしていたが、視線に気づくと顔を上げてニパッと音が聞こえるような笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「ゆーねぇ、ちゃんと勉強しないとめっ(・・)なの!」

「るーちゃん⁉」

 

 小学生からのお叱りの言葉に裏切られたような声を上げる由紀と、さらに笑みを深くする慈。もう一方の肩にも手を置き、ストンっと由紀を椅子へと座らせる。

 

「るーちゃんの言う通りですよ。まずはお説教をして、それから一緒にお勉強しましょうね?」

 

 基本的に穏やかな慈であるが、逆らってはいけない時というものがある。それを感じ取った由紀はおとなしくペンを手に取り、それからの勉強時間中に集中を切らすことは無かった。

 

 

 

====================

 

 

 

「おーい由紀、さっきから動いてないけど大丈夫か?」

「……返事がない、ただの屍のようだ」

「平気そうですね」

「由紀もたいがいタフだからな」

 

 勉強の時間が無事に終わって時刻は昼前、悠里と慈が食事の準備をしている間に一同は学園生活部の部室で雑談をしていた。

 先ほど慈にたっぷりと絞られた由紀は机に突っ伏していたが、皆の声に応じて体制はそのままに顔を上げると頬を膨らませながら不満の声を上げる。

 

「もぉ~、めぐねえ厳しすぎるよ。ちょっと話してただけなのに」

「タイミングも悪かったしね。めぐっちが来る直前に立ち上がっちゃったし、しょうがないって」

「うぅ~」

「まぁその辺は良いだろ。それで体育祭だったか、なんでまたそんなことを言ったんだ?」

「あっそうだった!」

 

 なだめながら先ほどの言について水を向けた凪原に由紀は思い出したように声をあげると、立ち上がり両手を広げながら理由の説明を始めた。

 

「あのね、最近雨が多いからあまり屋上に出れなくてみんな運動できてないじゃん?それとこの間バリケードが全部できたから2階が安全になったでしょ。2階は廊下が長いし食堂も結構広いから頑張れば運動会ができるんじゃないかなって思ったんだ~」

 

 由紀の言うようにバリケードの完成と前後して本格的な梅雨が到来しており、屋上で過ごせる時間はほとんどなくなっていた。凪原と胡桃の戦闘組2人はそれでも雨の合間を縫って訓練を継続をしていたが、それ以外のメンバーはストレッチのような室内できる運動しかできていない。

 つまるところ、『体が鈍ってしまうこともそうだが、たまには思いっきり体を動かしたい』というのが由紀の提案だった。

 

「そういうことですか、確かに最近あまり運動ができてないですもんね」

「なるほど、よさそうなんじゃない?」

 

 美紀と圭が得心がいったと言うように頷く。

 

「なるほど、なかなかいい案だな。廊下や食堂で運動をするって発想がなかったから思いつかなかった」

「どの口が言うんですかなぎ君、あれだけ校内を走り回っておいて」

「お、おかえりめぐねえ。いやあれは運動ってわけじゃないから」

 

 感心したように言う凪原の背後から調理を終えて戻ってきた慈が呆れたように突っ込む。当時校舎内を逃げ回る凪原たちを幾度となく追いかけさせられた彼女は凪原の返答に、「まったくもうっ」、とトレーを手にしたままため息をついた。

 

 

「それでめぐねえ、いいでしょいいでしょ?」

「そうですねぇ……」

 

 本日の昼食であるうどんをすすりながら由紀が慈に許可をねだる。

 普段好きかってやっている部員たちであるが、なんだかんだ慈のことは慕っているし尊敬もしている。よって、大事なことを話したり決めたりするときにはちゃんと彼女の意見を聞いているのだ。

 

「めぐっち先生、あたしからもお願い。最近雨ばっかりで外に出れなくて運動もできないから退屈してるんだ~」

 

 由紀に続くようにして圭が口にした内容は部員たちの総意だったりする。たまに屋上に出ている2人にしても、訓練は最低限しかできていないので行動派の凪原と元陸上部の胡桃としては物足りなかったりする。。

 

「…確かに、たまにはイベントとかがあった方が楽しいですよね。許可します、でもくれぐれも怪我したりしないように安全の注意してくださいね」

「「「やったぁっ(よっしゃっ)」」」

 

 少し考えた後、笑顔で頷いた慈に皆の声が揃う。普段は物静かな悠里や美紀も小さくガッツポーズをしているあたり、外に出れない生活に飽きていたのだろう。

 

 こうして、恐らく巡ヶ丘学院設立以来初となる校舎内での体育祭の開催が決定された。

 

 

 

====================

 

 

 

 そして数日が経過して体育祭当日、机と椅子を片付けて広くなった食堂には学園生活部のメンバーが勢ぞろいしていた。

 

「それじゃ第1回学園生活部体育祭を始めるよ!」

「異議あり」

 

 体操着の由紀が開会を宣言したところで、唐突に凪原から待ったがかかった。相も変わらずTシャツにカーゴパンツという格好に仏頂面を浮かべている。

 

「どうしたんだよナギ?」

「何か変なところでもあったかしら?」

「いや、どうもこうもないだろ」

 

 言いながら、壁に張られている『プログラム』と書かれた模造紙を指さす。紙面には今日のスケジュールなどが並んでいたが、その中の『チーム分け』という項目が凪原の不満の種だった。

 紅組白組に分かれているのは対抗戦にした方が盛り上がるので異論はない。問題なのはその組み分けの内容である。

 

紅組:由紀、悠里、胡桃、美紀、圭、瑠優(るーちゃん)

白組:凪原

(※慈は審判役のため不参加)

 

「明らかにおかしいだろ」

 

 人数比実に1対6という圧倒的な差に文句を言う凪原だったが、言われた由紀達はあまりピンときていないようで中には首をかしげている者もいる。

 

「いやだってナギさんだし…」

「運動能力はヘンタイ級だし…」

「俺そんな認識なのっ⁉」

 

 確かに体を動かすことにかけては得意な方だと自負しているが、まさかヘンタイと称されるレベルだとは思ってもみなかった。大げさにショックを受けて見せる凪原に悠里が肩をすくめながら口を開く。

 

「ヘンタイとまでは言わないけど凪原さんホントに運動能力が高いんだもの、これぐらいのハンデはもらわないと勝負にならないわ」

「言いたいことは分かるが、とはいえだなぁ…」

 

 「なんか納得いかない」という表情の凪原に次に声を掛けたのは胡桃だ。挑発するかのようにニヤッと笑って言う。

 

「なんだよナギ、もしかして自信ないのか~?」

「なわけないだろ、自信なんぞありまくりだ」

「じゃ~平気でしょ?あっもしかして無理してるならそう言ってくれればあたしがそっちに移ってもいいけど?」

「そうそう、自信ないんだったら最初に言った方がいいって」

 

 胡桃に便乗するように圭も口を挟んできた。どちらの顔にもからかうかのような表情が浮かんでいる。売られた喧嘩、というわけではないが『挑戦されたら受けて当然』というのが行動原理の凪原だ、このような言い方をされれば答えなんて決まっていた。

 

「ほぉー、そこまで言われたら引き下がれないな。上等だよ、完勝してやるわ」

 

 なにやら乗せられた感が強いがこうなってしまえばもうやるしかない。凪原は心の中でギアを一段上げることにした。

 

 

 

====================

 

 

 

「「「いただきます!」」」

 

 室内ではあるが「こうゆうのは雰囲気が大事」ということで一同は床に敷いたレジャーシートの上でお弁当(重箱タイプ)を広げていた。1段目には海苔を巻いたおにぎりが、2段目には色とりどりのおかずが並んでいた。さすがに肉類は在庫がないのでから揚げは無かったが、運動会の定番ともいえるタコさんウィンナーは奇跡的に確保できたものを使ってきちんと入れられており、瑠優(るーちゃん)と由紀が歓声を上げていた。

 

 そんな彼女たちの横で―――

 

「ゆーにぃ、大丈夫なの?」

「おーいナギ、生きてるか~?」

「……問題ない、ばっちり死んでるぞ」

「死んでんじゃん」

 

―――凪原は疲労困憊であおむけにぶっ倒れていた。

 

「はい、水分です」

「…助かった、サンキュー美紀」

 

 スポーツ飲料のボトルを差し出す美紀に礼を言って受け取ると、ボトルをほとんど逆さにするようにしてのどに流し込む。半分近くを一気に空けたところでようやく一心地付けた凪原はようやくお弁当を囲む座へと加わった。おにぎりに手を伸ばしながらぼやく。

 

「やってやるとは言ったけど、やっぱ辛いな」

「こっちがのせといてなんだけど全種目どころか全レース出てるもんな」

 

 胡桃が言う通り、ただ一人白組となった凪原は午前中に行われたすべての種目のすべてのレースに参加していた。さらに言うと、種目によってはハンデを背負った状態での参加であった。

 例えば徒競走(50m)では実に15mも後方からのスタートであり、しかもこのハンデの中にはカーブを2つ挟むという鬼畜仕様である。

 他にも玉入れではカゴがなんか小さい(0.7倍)し、竹取物語では竹を模した棒が妙に重い(2倍)といったものもあった。

 

「それでもいい勝負になるってホントに凪原先輩は運動できるんですね」

「なぎ君は同期の子たちの中でも特に運動神経が良かったですからね」

 

 紅と白で結構いい勝負になっている得点ボードを見ながら言う美紀に、お茶の入った紙コップを両手で持った慈がしみじみと応じる。ため息をつきながら「もし運動部に入ってたら絶対大きな大会とかにいけてたはずなのに」と言っている彼女に凪原がおかずを飲み込んでから口を開く。

 

「俺ぐらいだったら全国探せば結構いるって、それより日々の生活を楽しみたかったんだよ俺は」

「凪原さんレベルがゴロゴロいたら日本のスポーツはもっと強くなってると思うわよ?」

「そうだよ、さっきは三面記事の大活躍だったじゃん」

「八面六臂よ由紀」

「それだと俺が大事件を起こしてることになるな」

 

 いつも通り絶妙にずれた日本語を話す由紀に訂正を入れる悠里と凪原。その隣では圭と胡桃が首をかしげていた。

 

「ナギ先輩が大事件を起こす………いつも通りっぽい気がするのは気のせいかな」

「奇遇だな、あたしもそう思う」

「そっちの2人はちょっとそこに正座」

 

 

 

====================

 

 

 

「おーいナギさん。もう次の競技始めるよ~」

「ちょっと、ヒュー…マジで……、ヒュー、タンマ………」

 

 いまだ元気が有り余っている様子で呼びかける由紀に対し、今度はうつぶせでぶっ倒れている凪原は唯一動く右手をわずかに持ち上げてタイムを要求した。

 その疲労困憊具合たるや今まで見たことが無いレベルであり、初日の雨天ラッシュの比ではなかった。

 

 しかし凪原のこの疲れようも、彼が先ほど参加した競技を考えれば無理のないことである。

 まず綱引き、なぜか慈も紅組サイドで参戦して1対7の状態で3本勝負(1回勝ってしまったため3試合やる羽目になった)。

 

 これだけでも割と頭がおかしいが、次のリレーもなかなかのものであった。当然のように1対6であるのだが、冷静に考えて第1走者から第6走者までを同一人物が務めるというのはまともではない。ついでに言えば、1走者の走る距離は廊下を端から端まで往復なのだが徒競走の時と同様のハンデが付いていた。

 

「既に体力が限界に近い状態でのこのハンデは辛く、危うく瑠優(るーちゃん)に抜かれてしまうところであった」

「勝手にモノローグを言って記憶を捏造するな。実際抜かれていただろうが(ペシッ)」

「あたっ」

 

 しれっと脳内で結果を書き換えようする凪原の頭に手刀を振り下ろす胡桃。それに返事をしてようやく凪原は再起動をした。彼が立ち上がったのを見て由紀がいよいよ本日最後となる種目を発表した。

 

「最後の競技は~……二人三脚だよ!」

「脚生やせと⁉」

 

 疲れのためかツッコミが雑になっている凪原である。

 

「流石におかしいだろ、なんで1人チームに二人三脚やらせようとする⁉」

「なんだ、やる前にどうこう言うなんて男らしくないぞナギ」

「男以前の問題だわこれわ!」

 

 てきとうにからかっている胡桃だったが、次の悠里の言葉に今度は自身が驚くことになる。

 

「他人事じゃないわよ胡桃、あなたこの競技は白組で凪原さんとペアよ?」

「え、そうなの?あたし聞いてないけど」

「そうよ、私達じゃ凪原さんに合わせられないもの。それに―――」

「それに、なに?」

 

 キョトンと首をかしげる胡桃に、悠里は顔を寄せると小さな声で続きを口にする。

 

「(私たちが凪原さんに近づいたらあなたが嫉妬しちゃうでしょ?この間(3-9)色々話していたみたいだし)」

「なっ、ななな何言ってるんだよりーさんっ⁉あ、あたしとナギはそんなんじゃないし、それにあの時話したのは、」

「あら、やっぱり話してたのね。一向に口を割らなかったから鎌をかけてみたんだけど」

「~~~っ///」

 

 うまいことやりこめられ、胡桃が顔を赤くしてプルプルしているところに背後から声がかけられる。

 

「2人ともさっきから何話してんだ?」

「うにゃぁっ⁉な、ナギ?」

「ついさっきだけど。うにゃぁってお前、猫かよ」

「そんなにはいいからっ、どっから聞いてた?」

「よく分からないけど二人三脚は胡桃とペアなんだろ?早くやろうぜ」

 

 どうやら大事なところは聞こえていなかったようで胸をなでおろすが、悠里に色々言われたせいでで変に意識してしまう。さらに、二人三脚ということで足同士を縛ると否が応でも体が密着することになる。

 胡桃は自分の心音が凪原に聞こえてしまわないかが心配で、ルール説明をする慈の言葉が右から左の状態だった。

 

「んじゃ俺は最初右足(縛ってる側)からいくからな?」

「う、うん…。分かった」

「大丈夫か胡桃?なんかあったか?」

「だ、大丈夫だからこっち見んなっ!」

「理不尽」

 

 凪原の呼びかけも耳に届かないまま、スタートの時間になった。相手は由紀、瑠優(るーちゃん)ペアである。

 

「ナギさん胡桃ちゃん、勝負だよっ」

「絶対勝つの~」

「おう、こっちも負けないからぞ。な、くるみ?」

「あ、ああ」(やばい、ほとんど聞いてなかった、どっち足からだっけ?右…確か右足からって言ってた気がする。うん、きっと最初は右足(縛ってない側)からだ)

 

 

 かくして、凪原と胡桃はスタートの合図とともに盛大に転倒することとなった。

 

「――っ!」

 

 思わず目を閉じる胡桃だったが、いくら待っても衝撃が来ない。恐る恐る薄目を開けてみれば、予想外の光景が視界に広がっていた。

 

「いったぁー…あぁ胡桃、怪我無いか?」

 

 倒れ込むはずだった胡桃の体と床の間に、先んじて凪原が割り込んでクッションとなっていた。無理に体をひねったせいで仰向けになり、胡桃と超至近距離で顔を合わせるというおまけ付きで。

 

「………(パクパク)」

「やっぱ先からなんか変だぞ。疲れてるとかなんだったら無理しないで休んだ方がいいと思うけど?」

 

 凪原が声を掛けたところで、ようやく胡桃の口が彼女の意思通りに動くようになった。

 

「ナギの痴漢!」

「その理屈はおかしいっ!」

 

 凪原もさすがにいわれのない罪をかぶる気は無いようで抗議の声を上げる。 

 

「人聞き悪いこと言うな、倒れて怪我しないように助けただけだろうがっ」

「それは嬉しいけど他にやり方あったろ⁉近づきすぎだっ」

「いやどっちかっつうと近づいてきたの胡桃の方だからな⁉」

 

 倒れ込んだ体勢そのままに言い合いになる2人だったが、その頭上から呆れた声が掛けられる。

 

「はいそこまでよ2人とも、ほんと仲がいいんだから」

「それだけ言い合ってるのに体はくっつけたままだもんね~」

 

 圭に笑いながら指摘されて2人は慌てて体を起こすと距離を取った。ただしその距離はせいぜい1歩分といったころで、一般的にはまだ十分に近いと言える。

 

 それでもお互いに顔を背けている様子がおかしくて再び笑い声をあげてている圭に代わって、今度が美紀がお得意のジト目になりながら口を開く。

 

「お2人ともすっかり忘れてるみたいだから言いますけど、由紀先輩達はもうゴールしましたよ?」

「「あっ」」

 

 慌てて振り返ってみれば、廊下の向こうでゴールした由紀と瑠優(るーちゃん)が審判役の慈とハイタッチをしているところだった。

 

 

 

====================

 

 

 

「それでは負けちゃったナギさんと胡桃ちゃんの2人には罰ゲームで―す」

「待った由紀!あたしは白組じゃないだろ⁉」

「ふっふっふ、最後が白組だったならそれはもう白組なんだよ」

「どういう理屈だよっ」

 

 謎理論を披露する由紀に食って掛かる胡桃だったが、いつの世においても敗者に拒否権というものはない。それを分かっている凪原は悟ったような表情で胡桃の肩に手を置く。

 

「あきらめろ胡桃、敗者は勝者に従うしかないんだ」

「その敗者じゃないと思うって言ってるんだけど⁉」

 

 とはいえ胡桃がどうこう言ったところで由紀達(勝者たち)の言葉は絶対である。数分してどうにもならないと分かったところで胡桃も静かになった。

 

「それじゃ罰ゲームの内容なんだけど、」

「も~なんだってこい」

「お手柔らかに頼むぞ」

「えーっとね、私ジュースが飲みたいかな」

「「へ?」」

 

 完全に想定外に言葉に何が出てくるかと身構えていた凪原と胡桃の声がきれいに揃う。

 

「それとねー、ポテチでしょ、チョコでしょ、あとは~」

「るーは絵本読みたいの~」

「あたしはマンガかな」

「すいません、私も読みたい本が」

「ティッシュとトイレットペーパーが少し心もとないのよね」

「待て待て待て、待ってくれ」

 

 由紀の言葉を皮切りに次々と口から出てくる想定外の要求に堪らず凪原が口を挟む。胡桃は内容がまだ理解できないのか目を白黒させている。

 皆から言われたものをまとめると、買い物メモのようなものが出来上がってきた。

 

「ちょっと待ってくれよ、それって要するに?」

「うんっ、おつかい(・・・・)、よろしく!」

「やっぱそうか~」

 

 このゾンビが支配する世界でおつかい、通常ならば罰ゲームの域を通り越していそうなものだが、凪原たち2人にとっては特になんということもないものだ。

 言われたものは全てこれまで行ったことのある近場で揃うものであるし、もともと訓練として定期的に遠征には出ているのだ。

 

 要するに、罰ゲームとはいっても普段と何も変わらないのだ。

 

「なんだ~、心配して損した」

「俺も。ってか最後俺と胡桃がペアになって負けて終わりってうまくまとまりすぎだろこれ。りーさん筋書き立ててたな?」

 

 安心してため息をつく胡桃の横で、凪原は悠里の思惑に気付いた。

 

「あら、終わった後にとやかく言うのはあなたらしくないわよ?」

「そりゃごもっとも」

 

 「勝てば官軍よ」そう言ってほほ笑む悠里に凪原は苦笑しながら「降参」と両手を上げてみせた。

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの~、私はビールが欲しいかな~、なんて」

「今回めぐねえ関係ないだろ!

…………………………………………どの銘柄?」

「さすがなぎ君です!」

 

 




以上、体育祭編でした~

元のプロット上では、本編内の9話と10話の間にいれる予定だったんですが1章10話程度のつもりでやるとちょっと多くなってしまううえ本編の進行に無くても問題ない話だったので閑話という形にしました。


いくら体力オバケの凪原でも、1対6で休憩なしの全レース出場ならそりゃグロッキーにもなるよ。(それでも最後二人三脚で勝っていれば総合ポイントでギリギリ勝利できた模様)明日は筋肉痛になることは確定的に明らか、
いつゾンビが来るか分からない状態で疲れ切ってしまうのは危険でもありますが、それだけ製作したバリケードに自信があるということだったりします。

罰ゲームはお使い
本文中には書いていませんが、ホームセンター遠征後に凪原と胡桃は訓練がてら晴れ間を見計らって物資調達に出かけています。なので罰というほどのものではないし、むしろ2人になれる時間ができるので微妙にご褒美だったり……


さて、次からは第4章ですがちょっと休憩したりプロットの練り直しをしたいので来週の更新はお休みさせていただきます。

ちょっとしたお知らせ~新連載始めました~
『2人デュノア』(原作:インフィニット・ストラトス)
↓↓↓URL
https://syosetu.org/novel/224620/

こちらは不定期更新となる予定ですが良かったら読んでやってください


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第4章:高校生活・後編
4-1:ナイフ術とちょっとした日常の変化


2週間ぶりにこんにちは、
今日から第4章高校生活・後編がスタートです




 地下倉庫での一件からしばらくたったある日のこと、

 

「―――シッ、やぁっ!」

「甘いっ」

 

 とても晴天とは言えない、雨が降っていないだけマシという曇天の下、凪原と胡桃の2人は屋上での訓練に勤しんでいた。

 至近距離で向かい合う2人の手には模造ナイフが握られ、先ほどからいかにして相手に一撃を入れるかというやり取りが行われている。

 

「どうしたナギっ、さっきからよけてっばっかじゃ、ないかっ」

「はっ、そっちこそっ、スピードがっ、落ちてるぜっ」

 

 突き、切払い、パリィ、ステップ互いが互いの動きを邪魔するように動く。一見すると胡桃が凪原を攻め立てているように見えるが、実際はそうではない。確かに攻撃回数は胡桃の方が多いが、それは大振りであったり軌道が読みやすいものが多い。対して凪原は、比較的コンパクトな振りに加え、フェイントや途中で狙いを変えるような動きを織り交ぜている上に、あまり動き回らないで体力の消耗を抑えている。

 

 至近距離でのナイフ戦はほぼ無酸素運動だ。そのような動きを続けていてどちらが先にバテるかなど考えるまでもない。最初と比べると勢いを落としてナイフを突き出してきた胡桃の右腕を、右足を踏み出して左腕に抱え込む(半身となり胡桃の右腕と並行になった体前面でひじを、左手で胡桃の右手首を押さえて動かせないようにした)や、いつの間にか逆手にしていた右手のナイフを胡桃の額、正確にはその背後にある脳へと振り下ろす。

 

 思わず目を閉じてしまった胡桃だったが実際に模造ナイフの切っ先が当たることはなく、皮膚に触れる寸前で止められ、すぐに離れていった。合わせて抱えられていた右腕も解放される。

 

 

「はい終了~。時間は……47秒か。結構長くなってきたな」

「だぁ~っやっぱ勝てない!なんでナギはそんな動けんだよ⁉」

 

 傍らに置いていたタイマーをチェックする凪原をよそに、胡桃は屋上に倒れ込んで荒い息を吐く。冷たいコンクリートの感触が火照った体に心地よい。

 

「だから実際俺はそんなに動いてないんだって。なるべくコンパクトに、隙を見せないようにするって言ってるだろ?」

「頭では分かってるんだけどさ~」

 

 言いながら差し出された凪原の手を取って立ち上がり、ペットボトルに入れたスポーツ飲料を口に含む。何回やっても勝てないのが悔しいのか、胡桃はちょっと拗ねたような顔をしていた。

 

「ってか普通白兵戦ってこんなに長く続かないんだからな?それだけ胡桃の動きに隙が無くなってきてるってことだ、短時間でこれだけ伸びるのは誇っていいと思うんだけどな」

「1回も勝ててないのにそんなこと言われても実感が湧かないよ」

 

 そんな風に言いながらも、凪原に褒められて顔をほころばせる胡桃。ナイフの扱い方を褒められて喜ぶのもどうかと思うがそれを指摘する人間はこの場にはいなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

 しばし休憩ということで2人はコンクリートの出っ張りに並んで腰かけていた。例によって距離が妙に近いのだがそれを指摘する人はry

 

「そんでまた訓練を再開したわけだけど、本当に体調の方は大丈夫なのか?」

「もう、大丈夫だって言ってるじゃん。むしろ噛まれる前よりも調子がいいくらいだって」

「確かにそう聞いてるし、見てる感じではその通りなんだけどさ………なんで休んでたのに運動能力上がってんの?」

 

 どうにも納得がいかない、と首をひねる凪原。

 実はこの日は胡桃が噛まれて以降初めての訓練であった。

 

 噛まれた翌日、あろうことか胡桃は「もう大丈夫だから訓練したい」などと言い出し、学園生活部の面々総出で止めることになった。確かに体調は回復しているように見えたのだが、そんなすぐに動き回るなど許さないということで数日間の絶対安静が彼女には言い渡された。

 なお、「俺は噛まれてないから」などと抜かして一人だけ訓練しようとした凪原も首根っこを掴まれて引き戻されている。曰く、「効果があったとはいえあんな得体のしれないお薬を摂取してすぐに動くなんて許しません」とのこと。

 

 凪原の訓練禁止期間は数日で済んだが、胡桃の場合はそうもいかない。何しろ言い方は悪いが本来であれば死んでいる状態だったのだ、いくら心配してもしすぎるということはない。結局胡桃の訓練禁止は2週間近くに及んだ。

 

 そんなわけで胡桃はここしばらくの間全く運動できていなかったのである。

 久しぶりの訓練なのであまり飛ばさないように、と考えていた凪原だったが、蓋を開けてみれば胡桃の調子は悪いどころか絶好調だった。

 これだけの期間運動から離れていれば多かれ少なかれ運動能力は落ちていておかしくないのにそんな様子は見られず、わずかにではあるが動きも良くなっている。

 

 まぁどう考えても普通ではない。

 

「それはあたしだって分からないよ。体調は良かったけど体力は落ちてると思ってたし」

 

 答える胡桃も首をかしげている。ただ、彼女自身も言いたいことがあったようで、「でもさ」と口を開く。

 

「それを言うならナギだってそうだぜ?微妙にだけど動きが滑らかになってる。多分重心移動が早くなったんだと思う」

「………really?」

「うん」

 

 頷く胡桃からは嘘をついたり冗談を言っている雰囲気は感じ取れない。少なくとも彼女から見て、凪原の動きは以前と比べて変化しているようだ。

 

「あ~~マジか、俺の気のせいかと思ってたけど、胡桃にもそう見えるんじゃ違うみたいだな」

 

 ゴロリ、と仰向けに寝転びながらそんなことを言う凪原。彼自身も自分の動きが良いことは感じていたが、自分を客観的に見ることはできないので誤差の範囲だろうと納得していたのだ。

 とはいえ、それが他人から見てわかるレベルとなると話は違う。何かしらはっきりとした原因があると考えるべきだろう。

 

「一応聞くけど、何か心当たりは?」

「いや、アレしかないでしょ」

「まぁそうなるわな」

「「どう考えてもあの薬が怪しい」」

 

 顔を見合わせて頷く、というかほかに考えられない。

 ゾンビ化に対する抵抗薬であり、開発者、開発意図共に不明で原材料も何もかもが不明。それでいて効果は出るとかもう怪しいとしか言いようがない。

 わずかに分かることと言えば生物兵器開発の副産物だということだけで、それすらも推測を多分に含んだものだ。

 

「そもそも試験薬って書いてあったしな、効いたこと自体が奇跡と言えば奇跡だ。ただの毒の可能性もあったわけだし」

「そこまで分かったうえで、噛まれてもいないのに自分に投与したバカがあたしの目の前にいるんだけど……」

 

 暢気に振り返る凪原に対し胡桃はジトリとした目を向けて文句を言う。そんな視線に対しても凪原は全く反省していない調子で答えた。

 

「胡桃を1人で死なせてたまるかってんだ、それなら一緒に死んだ方がまだましだな」

「なっ、 い、いきなりそんなこと言うな!とにかくっ、次同じようなことがあっても今度はやめろよ?」///

「ご意見は真摯に受け止め横向きに検討させていただきます」

「そこは前向きだろ⁉やめる気ゼロじゃんっ!」

「当たりまえだろ。というか次は絶対守るから次なんてない」

「~~~っ、そういうことじゃない!」///

(はいかわいい)

 

 真顔でそんなことをのたまう凪原に思わず言葉に詰まる胡桃。何とか反論することには成功したが顔を赤くしながら言っても説得力はないに等しい。

 ふと、そんな彼女が愛しく思えて、凪原は知らず知らずに穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

「とはいえ、このことめぐねえ達には」

「言えないよな~、絶対心配されるよ」

 

 胡桃が落ち着いたところで、話題は2人の身体能力のことに戻る。凪原も胡桃も他の面々には報告しないということで意見が一致した。

 なんせ、起こったことを簡潔にまとめれば―――

 

『怪しげな薬を飲んだら、瀕死の状態から万全の体調まで回復し、なおかつ以前よりも動きが良くなった』

 

―――である。

 こんなことをストレートに伝えたら心配性の慈がどうなるか分からない。正確に言えば、分かるが想像したくない。もちろん慈だけでなくその他の学園生活部メンバーも大いに心配するだろう。

 

 とはいえ薬の効果に不安が残るから訓練を辞めよう、という訳にもいかない。現在の生活が安定しているといってもそれは物資がそれなりに潤沢にあるからであり、その物資はどうしたかというと凪原と胡桃が遠征で持ち帰ってきたものである。無くなれば再び取りにいかなければならない。

 

 そして外に出るためには訓練をが必要で、それに耐えられるのは凪原と胡桃だけだ。

 もちろん皆自分たちも出ると言ってくれるだろうが、体力、精神力の両方を考えると彼女達ではリスクが大きいというのが2人の見立てである。

 

「ま、不便になったわけでもないし、みんなを必要以上に心配させなくてもいいんじゃない?

「だな。劇的に変わったってわけではないしこっちから言わなきゃ分からないだろうし」

 

 胡桃の言葉に凪原も首肯して口を開く。

 過程はともかくとして結果だけを見れば不利益は一切生じていないのだ。ならば周りを不安にさせるようなことわざわざ伝えるのは得策ではないだろう。

 

「それに実際のとこ疑いが強いってだけで確実にあれ(試験薬)のせいかは分からないしな」

「うん、まあ他になさそうな気がするけど」

 

 そこまで話したところでひとまずこの件に関しては保留ということになった。

 

(他に思い当たるといえば投与直後のキスくらいだが……無いな、ファンタジーじゃあるまいし)

(あの時ナギとキスしたこととか関係あるのかな………ってあたしは何考えてんだっ!なわけないじゃん物語じゃないんだし)

 

 揃って同じようなことを考えるあたり、やはりこの2人は根本的なところで似ているのだろう。

 

 

 

====================

 

 

 

「さて、さっきはナイフでの対人戦闘の訓練をしたわけだが、あの使い方じゃ恐らくあいつ等相手には効果はほぼないと思う」

「おい」

 

 気を取り直して訓練再開、となったところで凪原がしれっと言い放った内容に思わずツッコミを入れる胡桃。少なからず体力を使った先ほどの模擬戦が無駄になったのだ、文句の一つくらいは言いたくなる。

 

「ああ言い方が悪かったな。あれはあれで体力づくりや身のこなしの訓練にはなるんだが、あいつ等を相手にするときはさっきの使い方じゃダメって話だ」

「? どういうことだよ?」

 

 首をかしげる胡桃に、教師モードになった凪原が説明を始める。

 

「それじゃ質問その1、さっき俺はナイフの戦い方はどんなだって教えた?」

「えーっと……『なるべく隙を見せずに相手の隙を見つけてそこを突いて、小さな傷をつける。それを繰り返して相手に動揺や出血によるパフォーマンスの低下を狙う』だっけ?」

 

 訓練を始めた時に言われたことを思い出しながら話す胡桃に凪原は頷いて先を続ける。

 

「そう。それじゃ質問その2、あいつ等に小さい傷って有効?」

「いや、頭を破壊しないとどれだけ傷ついても向かってくる―――あそっか、あいつ等にはさっきのやり方じゃ意味ないのか」

「そういうこった。詳しく話すとな―――」

 

 胡桃は自分の言った言葉で気づいたようだ。それに返事をして凪原は解説を始める。

 

 基本的に人間というのは痛がりであり、大したことないレベルであっても傷ついたら動揺したり逃げ腰になったりする。よく鍛えていればそういったことはないにしても出血が続けば確実に動きが鈍る。

 ところがゾンビが相手の場合はそうはいかない。まず意識がないからひるむことはないし、すでに血液が役目を失っているから出血させる意味もない。動きを止めるには頭部を破壊するか、最低でも腕や脚などの運動に必須な箇所を損壊させる必要がある。

 そんなことを説明したあと、凪原は胡桃に改めて問いかけてみた。

 

「―――それに動きがのろいんだからナイフの間合いに入る前に撃っちまえって話だしな。じゃあ胡桃、今のを踏まえてあいつ等を相手にした時のナイフの使い方はどうだと思う?」

「つまり、不意打ちを食らった時に鞘から抜いてそのまま急所に一撃、ってこと?」

Exactly(そのとおり)!」

 

 胡桃の回答に凪原は指を鳴らしながら満足げに頷いた。

 

「そんなわけでナイフは超至近距離での戦闘におけるお守りみたいなもんだな。ゲームとかでも掴みかかられたときナイフを持ってれば突き刺して緊急回避ができるとかあるだろ?あんな感じ」

「あー、あんな感じか」

 

 もともとホラー系のゲームなどを嗜んでいた胡桃にとって凪原の例えは分かりやすかったらしく、納得したような表情になった。

 

「ということで、まずは鞘から素早く引き抜く練習だな。どの位置が抜きやすいかは人に寄るから色々試してみよう」

「りょうかーい」

 

 

 

====================

 

 

 

「「ただいまー」」

「「「おかえりなさい~」」」

 

 訓練を終えて部室に戻ってきた2人を、居合わせたメンバーが元気よく迎える。部室にいたのは悠里、由紀、美紀、圭の4人。皆ソファーに座って漫画を読んだり、お茶を淹れたりと思い思いに過ごしていた。

 

「胡桃ちゃんっ、久しぶりの訓練だったけどどうだった⁉怪我したりとかしてない⁉」

「全然平気 ってちょっ由紀引っ付くな、汗かいてるんだから!」

「や~だよ~」

 

 椅子から立ち上がって胡桃の方へすっ飛んでいく由紀。友達思いの彼女のことだ心配するなという方が難しいだろう。ただ、突撃してそのまま頭をぐりぐりこすりつけるのはどうかと思う、もし本当に怪我していたら悪化しそうだし。

 

「おかえりなさい胡桃。見たところ問題なさそうだけど、大丈夫なの?」

「ああ、本当に大丈夫だよ。むしろ久々に体を動かせたから調子いいくらい、ほらこの通り」

「もう、病み上がりには違いないんだから無茶しちゃだめよ?」

「は~い」

 

 由紀をくっつけたまま、手を拭きながら声を掛けてくる悠里に対応する胡桃。気づかわしげな悠里を安心させるように胡桃は力こぶを作るような動作をして見せた。当然大した力こぶなどできないがその様子が面白かったのか、悠里は安心したように笑った。

 

 その横では美紀と圭が凪原に近寄って声をかけていた。

 

「凪原先輩もお疲れ様です」

「おう、めぐねえとるーは?姿が見えないけど」

「図書室って言ってたよ、持ってきてた本を読んじゃったから返しがてら新しいのを借りてくるって」

「そか」

「それよりどうだったのさ?訓練は」

「そうですよ。胡桃先輩は病み上がりですし、凪原先輩も本格的なのは同じくらいぶりでしたよね?」

「いんや、特に問題はなかったな。俺はいつも通りだし、胡桃の方もブランクを感じないくらいには動けてたぞ、流石は元運動部だな」

 

 正直に言う訳にはいかないがわざと悪く言って不安にさせるのも忍びない。胡桃と相談した結果、『2人の体力は以前と同じくらいのレベルを維持できていた』と伝えることにしていた。この程度なら多少不自然であはあるがそこまで異常ではないだろう。

 配慮のかいあってか、凪原の言葉を聞いた2人は安心したような表情になった。

 

「それなら良かったです。凪原先輩も胡桃先輩も学園生活部になくてはならない人ですから」

「そーそー、でも2人とも無理しちゃだめだよ?あたし達だって少しくらいは戦えるんだからね」

「あいよ、なら今度何か頼ませてもらおうかな」

 

 「任せて(ください)」と返事をする美紀と圭、実際に戦闘を任せるかは置いておくとしても、そう言ってくれるだけでも結構嬉しいものである。それに、皆が助け合いや協力の重要性を理解しているグループは、人数と物資が多いだけのグループの何倍も強いのだ。

 

「さて2人も戻って来たことだし、そろそろお昼の準備を始めましょうか」

 

 悠里の言葉に時計に目をやってみれば、1時を過ぎたところだった。時刻を認識したところで、思い出したように凪原と胡桃の腹が鳴る。当然のことながら体を動かせば腹が減るのだ。

 

「フフッ、急いで準備するわね」

「ありがとう、んじゃそれまでにシャワーを浴びてくるわ」

「曇りなのに結構汗かいちゃったしね」

「あ、はい分かりました」

「いってらっしゃ~い」

 

 美紀たちにそう言うと、2人は連れ立ってシャワー室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………ちょっと待った。

 

「………何のためらいもなく一緒に行きましたね」

「行ったね」

「行ったわね」

「行った」

「「「………。」」」

 

「「「え?」」」




章始めということで日常回です


身体能力向上
「あれ、これかなりでっかい原作乖離じゃね?」と思ったんですが有意義に無視することにしました。バイオハザードのウェスカーやアリスに投与された薬とか比べればかわいいもんです(多分)。
小説説明文に書いた通り、諸々の設定は原作卒業編以前に明らかになっているものまでを使います。今考えているプロットの関係上、大学編以降の設定は使えませんのでご了承ください。


ナイフの扱い方
ネット知識と自分なりの考えを1:1の割合で混ぜて溶かして型に流し込んでできた自己流の対ゾンビ用ナイフ術になります。痛覚がない相手にいくら傷を負わせても動きは鈍らないでしょう。なら1発で頭蓋を破壊するなり腕を落とすなりしないと意味がないですからね。本文には書きませんでしたが、口を横に切り裂いて顎の筋肉を切断するのもいいかもしれませんね。噛みつけ無くなればゾンビの脅威度はだいぶ下がるはず……


4章でも今まで通りシリアス世界にはっちゃけ成分を放り込んだ感じでやってきたいと思ってますのでどうか応援をよろしくお願いします。

それではまた次回!


~お知らせ~新連載始めました、不定期ですがよろしければぜひ
『2人デュノア』 原作:インフィニット・ストラトス
一言:シャルはかわいい、いいね?
https://syosetu.org/novel/224620/


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4-2:地下探索 上

地下倉庫探索回ですよ~


「いいかっ、絶対見るなよ⁉ 絶対だぞ⁉」

「分かったって、 そんな気になるなら後から入るでもいいって言ってるだろ?」

「い、いや、それには及ばないというか……むしろ見られてもいいというか見てみたいというか……

「え?」

「な、なんでもない!いいからさっさと脱いで先に入っとけ!」

 

 フリーズから解けた由紀達が疑問の声を発していたころ、シャワー室横の脱衣所では一悶着起きていた。

 教員用シャワー室にあるシャワーは3つ、なので理論上は凪原と胡桃の2人同時にシャワーを浴びることができる。まあ当然のことながら男と女であるため、これまでは順番(基本的には胡桃が先で凪原が後)に浴びることにしていた。

 ただし今日は訓練が終わったところで顔を真っ赤にした胡桃から同時にシャワーを使って良いというお許しが出たのである。そういう訳にもいかないと始めは固辞していた凪原だったが、「あたしが一緒じゃ嫌なのかよ⁉」「なわけないだろう⁉」「じゃあいいじゃないか!」というやり取りの結果一緒にということになった。

 

 いざ服を脱ぐ段になるとやはり恥ずかしくなったが、なんとか凪原を先にシャワー室に押し込むことに成功する胡桃。実際のところ体を見てみたいし見られてもいいのだが、服を脱いでるところは見られたくない。

 

(なんで服脱いでるとこは恥ずかしいんだろ?裸の方が恥ずかしいと思うんだけど)

 

 1人になった脱衣所で自分の感覚に首をひねる胡桃だったが、考えてみても結論が出ないので諦めてさっさとシャワー浴びることにした。

 

 

 

シャ~~~~

 

「「あぁ~~」」

 

 並んでいるシャワーの一番奥が凪原でその隣が胡桃、並んで頭から湯を浴びる2人の口から思わず吐息が漏れた。運動をした後、汗のせいで冷えた体を温めるお湯には不思議な力がある。こわばりかけていた筋肉がほぐれていく感覚は誰にとっても気持ちのいいものである。

 

 使ってないときに窓と扉を全開にして換気すればよいということで、シャワー室の換気システムは使用していない。湯気が充満する室内の視界はひどいものであり、胡桃はがっかりしたようなほっとしたような気分になったが今は切り替えて自然体でシャワーを浴びていた。

 

「やっぱあったかいシャワーはいいよな~」

「お~、ましてこの状況だしな~」

 

 お互いに頭を洗いながら声だけで会話をする。

 発電所からの電力供給が止まった現在、スイッチ一つでお湯が出るというのは本当に恵まれた事であった。

 お湯だけではない。電気と水道、それにボンベ式とはいえガスの供給なされ、手作りではあるが外敵の侵入を拒むに足るバリケードもある。多少の不便があってもパンデミック前とほぼ同水準の生活をできるだけの環境が巡ヶ丘学園には備えられており、凪原たちはその恩恵にあやかって日々暮らしていた。

 

 それだけに不安もある。

 

 もしある日、唐突にここを去らなければならなくなったとしたら?

 

 身一つで外に放り出された場合、今と同じだけの環境を手に入れることはほぼ不可能。そもそも生き延びるというだけでも難易度が跳ね上がるだろう。さらに言えば、この普通の学校には無い地下施設があるのだ、なにかよからぬ者の思惑が感じられる。

 何かの拍子でこの学園を捨てることになったとしてもすぐに路頭に迷うことが無いように、少しでも皆が助かりやすくなるように―――

 

「―――第2拠点、作るべきだろうな」

 

 そう凪原口から洩れた言葉は、シャワーの音にかき消されて胡桃の耳には入らなかった。

 

 

====================

 

 

 

「おーっ!すっごい広いね!」

「棚がたくさんあるの~」

「こんな場所が学校の地下にあったなんて……」

 

 それぞれ上から由紀、瑠優(るーちゃん)、慈の地下備蓄倉庫を目にした時の反応である。その他の面々も声こそ出していないが(もしかしたら出せないだけかもしれないが)、口を半開きにしたり目を見開いたりして驚きの感情を表していた。緊急避難マニュアルで備蓄倉庫の存在は知ってはいたが、紙面上での文字と実際に見るのとではやはり受ける印象が違うのだろう。

 

 

 シャワーを浴びた後、凪原と胡桃は待ち構えていた由紀達の質問攻めを「数があるのに順番に浴びるのも時間の無駄だから」という建前(言い訳)で強引に乗り切った。実際ナニかあったわけではないので2人の言い分も間違ってはいないのだが、由紀の「胡桃ちゃんの顔がトマトになってないからほんとに何もなかったんだね~」という一言で悠里たちも納得して矛を収めてくれた。

 ………美紀と圭の「ヘタレですね(だね)」という言葉に2人揃ってダメージを受けたが。

 

 そして図書室から戻ってきた慈と瑠優(るーちゃん)も交えた昼食の席にて、凪原は再度の地下探索を提案した。当然のごとく危険ではないかという意見がでたが、胡桃も復活したし早いうちに地下区画の全貌について把握しておいた方が良いという凪原の説得に最後まで反対していた慈も折れてくれた。

 その代わり地下へは全員で行くということになったが、物資の確認のために人手が必要ということで元々頼むこちらから提案する予定であったので凪原に否やはなかった。

 

 皆で階段を降り、安全確保のためにシャッターを下ろしてから地下区画へ足を踏み入れたところで先ほどの場面につながるという訳である。広い空間にコンテナを満載した棚が幾列も整然と並んでいる様子は業者のバックヤードを思わせるレベルのもので、凪原にこれを準備した組織の巨大さを感じさせた。

 確実にいるであろう黒幕のことは今は一旦頭の片隅に追いやり、凪原は手を叩いて注目を集める。

 

「それじゃ聞いてくれ。見ての通りここにはかなりの物資がある。マニュアルを信じるなら15人が1ヶ月間暮らせるだけの量があるらしいけど、一応何がどれだけあるか確認したい」

 

 説明しながらクリップボードに挟んだ白紙の物品リストを配っていく。昨日のうちに職員室のパソコンとプリンターで作っておいたのだ。

 

「りーさんが使ってるリストを参考にしたんだけど、そんな感じ良かったか?」

「ええ、これなら大丈夫よ。それで、私たちはこれに何があるかを確認していけばいいのかしら?」

「ああ頼めるか?正直俺リスト作りとかはあんまり得意じゃないしな」

 

 悠里の質問に笑いながら答える凪原。

 

「よく言うわよ、たった3人で生徒会の業務を回してたくせに」

「どっちかというと俺は立案役だったからな、必要な物品の詳細リスト作りとかは得意な奴に押し付―――ゲフン、任せてたし…」

 

 指摘に対して悪びれもせずに嘯く凪原に言いたいことはいろいろあったが、悠里はため息1でそれらを飲み込むと頷いてみせた。

 

「分かったわよ、私が指揮してやっておくわ。それにあなたにやらせたら二重帳簿にしそうだしね」

「イヤソンナコトスルワケナイジャナイカ」

「白々しいわね」

 

 悠里だけでなく慈からもじっとりとした視線を向けられるがその程度でどうこうなる凪原ではなかった。

 

「はっはっは、………それじゃあ俺らは一旦奥まで言って()()()をしてくるよ」

 

 言葉の意味を正確に読み取って表情を暗くする2人に手を振って安心させると、凪原と胡桃はその場を悠里たちに任せ、自分たちは倉庫の奥へと進んでいった。

 

 

「そういえば、前に来た時よりも血痕が無くなってる気がしたんだけど?」

「ああ、胡桃が休養中の間に倉庫の部分だけは軽く掃除しておいた」

「おまっ、また勝手なことして、皆が知ったら怒るぞ」

「結果無事だったんだから気にしない気にしない」

 

 そんなことを言い合いながら以前と同じように通路をたどり、小部屋へとたどり着く。2つあるうちの手前側の方、机と椅子が置かれている部屋だ。先ほどまでと異なりこの部屋は凪原が掃除をしていおらず、奥の小部屋へと続く床や扉には血痕が残っていた。

 

「………っ」

 

 それを見て前回来た時の出来事がフラッシュバックし、胡桃の体がわずかに強張った。意識とは別に腕が動いて左手が右の肩口をなでる。そこにあった噛み傷はすでに消えていたが、残念ながら記憶はそう簡単に消えはしない。

 

一瞬の油断を突かれて組み付かれた時の驚き、

噛まれたことを理解するより先に感じた痛み、

そして理解した時の恐怖と、少し遅れてやってきた絶望。

 

 そのすべてが当時のまま胡桃の頭に刻み込まれていた。手をあてた場所から体内に冷気が広がっていくような感覚、思考が乱れる、呼吸が浅くなる、自己の認識が不安定になっていく。

 

「大丈夫だ」

 

 不意に体が包まれる感触と共に、肩にあてていた手により大きな手が重ねられた。そこから温かい感覚が広がり体から冷気を追い出していく。いつの間にか閉じていた目を開けてみれば、胡桃の体は凪原に正面から抱き寄せられていた。

 

「ナギ?」

「大丈夫だ、胡桃。お前はここにいる、死んでないしどこにもいってない。ちゃんと、ここにいる」

 

 彼の名を呼んだ声に対する返事は決して大きな声ではなかったし、聴いた人に感動を与えるような言葉でもなかった。ただ、胡桃にはそれで十分だった。

 

「………うん」

 

 小さく答え、自身も空いていた左腕を彼の背中へと回す。しばしの間、2人の体勢が変わることはなかった。

 

 

 

 数十秒、あるいは数分ののち、胡桃の「もう大丈夫」という声で2人は体を離した。

 

「もういいのか?もし辛いなら無理しなくても……」

「ほんとに大丈夫だって、今はさっきまでの感じはないし。それに―――」

 

 目線を合わせるようにしてこちらを心配する凪原に心配ないと首を振って続ける。

 

「―――なんかあってもナギが助けてくれるでしょ?」

「当然だ」

「だから大丈夫」

 

 そう言って笑う胡桃に一瞬ぽかんとした凪原だったが、すぐに「そうか」と優しげな表情で頷いた。そしてすぐにその表情は引っ込み、次に浮かんでいたのは普段の自信ありげな笑みだった。

 

「そんじゃ、ここの掃除始めるか。においもないし血も乾いてるからすぐ済むだろ」

「そうだな、ぱっぱとやっちゃおう」

 

 2人の見立て通り小部屋の掃除はすぐに終わった。目立った汚れは血痕だけだったうえに、それも完全に乾ききっていたため持参した箒と塵取りで集めゴミ袋に入れただけだ。

 こちらは終わったのでそのまま奥の小部屋の掃除へとうつる。

 

「そんじゃ御開帳、学長(じじい)ちゃんと死んでるか~っと、よし、半端に生き返ったりはしてないな」

「その言い方はひどいと思う、校長先生だぞ?」

「もともとじいさんって呼んでたし問題ないって。それに胡桃のこと噛んだんだからじじいで充分だ」

 

改めて言うまでもないが部屋の中に人間は凪原と胡桃しかいない。ならば凪原がじじいと呼んだのは誰なのか、それは床に横たわっているゾンビをおいて他にいない。

 一つ手前の部屋に残された書置きを読んだ結果、この部屋で首吊りに失敗して転化したのは巡ヶ丘学園の学長だったことが分かった。

 

 パンデミック当時、学内の見回りをしていた彼は敷地内に入ってきたゾンビから生徒達を逃がすために避難誘導を行い、その最中に噛まれて感染したらしい。噛まれて死んだ生徒が起き上がり、別の生徒達に襲い掛かったのを見たため自身の状況を把握していた。敷地外に出て死んだら彼らのようになって他人に迷惑をかける、一部の生徒が上階に避難したのは分かったのでただ校舎内に残るのも良くない。流れ出る血のせいで思考がまとまらない中、何とか今生きている人々から距離を取ろうとした結果、彼は存在のみ知っていた地下区画へと足を向けたのだった。

 

 それからのことは書置きの冒頭に書かれていた通りで、この状況を予期していた組織の存在に気付くも自分のために治療薬を使う訳にはいかないと自裁を決めたようである。

 

「生徒が良ければ自分のことなんか二の次三の次って人だったからな。納得と言えば納得だ」

「うん、あたしたちのことを一番に考えて支援してくれる先生だったもんね」

「そうだな。胡桃を噛んだのは許せないけど実際色々世話になったし、供養くらいはしたい」

 

 そう話しながら学長の遺体を持参してきたブルーシートの上へと移動させる。とっさに銃で排除したために頭部は原形をとどめていなかったが、できる限り集めてから遺体を包む。その横では胡桃が血痕や梁にかかったロープを片付けていた。

 それほど広い部屋でもない、掃除と片付けは数分で済んだ。

 

「さて、これでそこそこ綺麗になったし、今後使う予定もないしこのくらいだな」

 

 遺体を肩に担ぎあげて歩き出す凪原。コンテナを一つずつ開けて中を確認している悠里達に一声かけてから胡桃を連れ立って外に出ると、以前貴依(たかえ)を埋葬した場所の隣に再び穴を掘り始めた。

 

 

 

「―――よし、こんなもんでいいだろ」

「なんか雑じゃないか?貴依さんのみたいに十字架とか作らなくていいの?」

「気持ちは込めたからいいのいいの、爺さんだったら笑って許してくれるって。さて、一応手は合わせておきますかね」

 

 大きめの石を置いただけの簡素な墓標の前で合掌し、しばし黙祷をささげる。やがて顔を上げた2人の顔は先ほどまでの神妙な顔ではなくいつも通りのものだった。

 

「さ、戻ってりーさん達の手伝いだ。何もやらなかったら夕飯のおかずを減らされかねん」

「げっ、それは嫌だな。早く戻って手伝おっと」

 

 校舎へ駆けていった胡桃を追う凪原だったが、数歩進んだところで立ち止まり、顔だけで振り返ると独り言を言うように口を開く。

 

「………わざわざ貴依さんのそばにしたんだ、せいぜい教え子の1人くらいはちゃんと面倒をみることだな。胡桃を噛んだ挙句に死んだくらいで休んでたら俺たち(31代)がそっち行った時に仕事放り投げてやる。ま、気が向いたら今度酒でも持ってくるよ」

 

 それだけ言うと、凪原は今度こそ校舎へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おやおや、それでは頑張らないといけませんねぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎内に戻った2人は皆に交じってコンテナの中身の確認作業を行った。

 作業中、『衛生』と書かれたコンテナを開けたら大量の生理用品とご対面し、フリーズしているところをツインテ少女に見つかってあらぬ誤解を受ける元生徒会長の姿があったりしたがそれはまた別の話。

 

 

 

====================

 

 

 

「お~い皆?そんなに距離を取られると俺としても辛いものがあるんだけど~?」

 

 凪原は金属製の扉の前に1人取り残されていた。後ろを振り返ってみれば、数メートルほど離れた棚の陰からこちらを覗く顔が右に3つで左は4つ。どの顔にもぎこちない笑みが浮かんでいる。

 

「頑張ってナギさん!」

「ゆーにぃ、ファイトなの」

「凪先輩ならできるって」

「なぎ君ならきっと大丈夫です」

 

「「「だから、あいつ等がいたらよろしく!」」」

 

「そりゃ冗談半分にゴキがいたら嫌だなって言ったのは悪かったけどさ……、そこまで逃げなくてもいいじゃん」

 

 ため息をつきながら改めて扉へと向き直る凪原。扉には『冷蔵室』というプレートが張り付けられている。

 学長の遺体を埋葬してから数時間、物資の確認があらかた終わった頃、作業に飽きてしまい辺りを探索していた由紀と瑠優(るーちゃん)に呼ばれて行ってみれば、区画の片隅にプレハブ状の箱が置かれており中からは冷却装置が作動していることを示すヴォーンという音が聞こえていた。

 

 新鮮な肉や魚など、久しく食べていない食材が保存されているかもしれない。一同の期待が高まったタイミングで、ふと凪原は冗談を言ってみたくなったのである。

 

「中に食材があるってことはもしかしてゴキブリがいたりして…――――な~んて、あれ?」

 

 それを聞いた女子達の行動は早かった。凪原が言い終わる前に扉の前から退避、彼が気付いた時には既にしっかりと距離が取られていた。こうして、いらんことを言ったバカが1人取り残されることになったのである。

 

「だーかーらー、あいつらは寒さに弱いんだからこの中にいるはずないだろうが」

「わ、分からないじゃないですかそんなのっ⁉」

 

 呆れたように言う凪原だったが、それに返事をする美紀の声は普段とは打って変わって震えているし、何なら体も小刻みに震えている。いつものクールさはどうした。

 

「と、とにかくナギが開けてまず確認しろよな!」

「そうよっ、もし退治できないでこっちに来たら向こう三日はご飯抜きにするわよ⁉」

「流石に理不尽じゃないですかねぇ……」

 

 恨むべくは彼女たちの蟲嫌いの度合いを測りきれなかった自分自身か、凪原はもう一度ため息をつくと諦めて扉のハンドルを掴む手に力を込めた。もし万が一Gがいた時を考えて少しだけ開いて中を覗き込む。

 

「………ワーオ」

「ど、どうだった?」

 

 数秒の沈黙ののち、小さく呟いた凪原に声をかける胡桃。それに答えるべくこちらを振り返った凪原の表情は普段あまり見せないレベルの満面の笑みだった。

 

「大丈夫だった。それより見てみろよ、すげーぞ」

 

 扉が大きく開かれ、胡桃たちにも中の様子が露になる。中身を認識した瞬間、彼女たちの顔にも歓喜の表情が浮かんだ。

 

「「お肉だ(なの)~っ」」

 

 由紀と瑠優(るーちゃん)の言う通り、まず目に飛び込んできたのはデパートにでも出向かない限りお目にかかれないような大きな肉の塊だった。真空パックに入れられたものがいくつも棚の上に並んでいる。

 それだけではない。生肉の他にも燻製肉やソーセージ、卵が置かれた棚もあったし、鮮魚関連の棚や比較的長期保存が可能な野菜が詰まったカゴもあった。さらに上段を見やればこれまた高級そうなチーズがホールで置かれていたりする、一体どこの金持ちの食糧庫だろうか?

 

 試しに真空パックの一つを手に取ってみるが、きちんとしたもののようであるし、傷がついているということもない。すべて完璧な保存状態のようだ。

 

(この地下区画を作った奴等に言いたいことは腐るほどあるが、これらを用意しようと思った点だけは褒めてやる)

 

 顔を上げれば、蟲への恐怖などどこかに追いやった女性陣達も中を物色していた。お互いにしゃべりながらあれこれと手に取っているので放っておくとしばらくは終わりそうにない。

 

 なので凪原は手を叩いてい注目を集めることにした。全員の意識がこちらを向いたのを確認してからおもむろに口を開く。

 

 

「さてみんな、1つ提案があるんだが…………今日の夜は焼肉、でどうだろう?」

「「「異議なし」」」




シャワー
ヘ、ヘヘヘタレちゃうねんよ?(汗)
その、凪原と胡桃のゴニョゴニョについてはプロット的にもう数話後を予定しているわけでして、決してチキったとかうまく書けなかったとかいう訳ではないのでしてよ?


学長(校長)
首吊り失敗からの転化してたのは校長ということにしました。原作で明確触れられてたかは覚えてないのですが、物語の都合上とここに入れてる時点で責任者かそれに類する人物ということでこのようにしました。
避難マニュアルの存在にまでは知っていたが詳しい内容(特に生物兵器関連)については知らされておらず、守秘義務を履行する代わりに資本提供を受けていた。ただ、それで私腹を肥やすことはせずに全て学園の施設や学園生活の質の向上に使っていたようです。凪原たち第31代の備蓄倉庫(1-8,9)準備の予算も元をたどるとここから出ていたりします。
薄々良くないことに加担していると自覚しつつも、生徒達の学園生活をより良くするためと自分を納得させていた………ってところですかね。ちょっと無理あるかもしれないですがこんな感じです。


冷蔵室
食材の長期保存については知識ゼロなので完全に想像です。真空パックで空気に触れない状態で温度管理しっかりしていれば無限に保存できるんじゃないですかね?(暴論)Gについてはあいつら寒いの苦手だしすべて真空パックに保存されて食べるものが無いからいないです、いいね?


地下探索は次回も続きます。
今回は比較的まともな物資編、次回は過激な物資編ですよ~

それではまた次回!


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4-3:地下探索 下

40話目到達!
本作をお読みいただきありがとうございます。これからものんびりと続けていきまので応援よろしくお願いします。

さて今回は地下探索第2話ですよ~




「ん~っ、それにしてもいい感じの天気になってきたね~」

 

 屋上で器具の準備をしていた圭が伸びをしながらそんなことを言う。

 彼女が見上げる空はどんよりとしていた昼前から幾分よくなっており、所々にある雲の切れ間からは焼けるような夕焼けが顔を見せている。

 

「そうだな。暑すぎないし変にじめじめもしてない、バーベキューにはおあつらえ向きの天気だ」

 

 答える凪原も上機嫌らしく声が弾んでいる。快晴の下でのバーベキューもいいものだが、今のように絶妙な明るさと時折通り抜ける風を感じながら、というのもなかなか乙なものだ。

 

 もっとも、たとえ天気が多少悪かったとしても皆の機嫌の良さは変わらないだろう。なんせ今日の献立は焼肉である。パンデミック以降初めての生鮮食品を食べられるともなれば多少のことなど気になりはすまい。

 毎日3食、栄養まで考えられた食事を摂っているとはいえ(そしてそれがどれだけ恵まれたことであるかも理解しているとはいえ)、学園生活部は皆まだ年若い世代である。生鮮食品、具体的に言えば肉に飢えていた。

 

 この状況だからしょうがない、そう諦めていたところで見つけたおいしそうな肉の数々。我慢などできようはずがなかった。普段あまり感情を表に出さない美紀も期待から頬が緩んでいるし、由紀と瑠優(るーちゃん)にいたっては机の上に置かれた肉の周りで「おっにく~♪おっにく~♪」と喜びの舞を踊っている。

 

「なんというか、獲物をしとめた原始人っぽい?」

「言いたいことは分かる」

「お~いナギ、しゃべってないでこっち手伝え!」

 

 圭の感想に頷いている凪原に声が掛けられた。振り返ってみれば階段の出口のところで胡桃が手を振っていた。ドアのところで手間取っていたようなので2人で協力して持ち、BBQ用グリルを屋上に設置していく。

 

「それもこないだホームセンターから持ってきたんですか?なんか新品にしては汚れてますけど」

「うんにゃ、これは生徒会の備品だよ。正確に言えば俺たち(第31代)が買って倉庫に保管してたやつ」

「「はい?」」

 

 美紀の質問に対する凪原の答えに2年生2人の声が揃う。ただ胡桃にとっては今更驚くことではなかったようで、頭を振りながら説明する。

 

「ナギ達はイベントのたびによくお疲れ会とか称してバーベキューやってたんだよ、ご丁寧に学校の許可まで取ってな。イベント当日の夜で会費制にしてたからあんま人数はいなかったみたいけど」

「いやだって、学校でバーベキューとかロマンじゃん?せっかくだからやれることはやりたくてさ。バーベキュー以外にも夏は流しそうめん、秋は焼き芋大会、冬はこたつ持ってきて鍋パとかもやってたぜ」

 

 呆れたように話す胡桃に対し悪びれることなく説明する凪原。当時を懐かしむような様子の彼に対する反応は、美紀と圭で正反対となった。

 

「相変わらず変なことしてたんですね、凪原先輩は」

「いいな~、あたしもその時いたら絶対参加してたのに」

 

 お互いの発言に「「えっ?」」と顔を見合わせる2人の様子にひとしきり笑うと、凪原は肉以外の食材の準備をしている悠里と慈を手伝うべく階下へと足を向けた。

 

 

 

====================

 

 

 

「はーい、みんな飲み物は持ったね?それじゃあ乾杯のあいさつはめぐっち先生―――」

「じゃあそれはなぎ君にお願いしますね」

「はい?」

 

 圭からのあいさつのフリを流れるようにパスしてきた慈に凪原の声が裏返った。手にしていたトングが挟んでいた肉ごと零れ落ちたが地面に落ちる前に根性で回収する。一命をとりとめた肉を金網の上(処刑台)に安置してから、顔を上げて慈を軽くにらむ。

 

「学園生活部で一番頑張ってくれているのはなぎ君ですからね、あいさつもお願いします。先生命令です」

「そういや人前でのあいさつとか苦手だったっけ………なんで教師になろうと思ったのかね」

 

「えーっと何がいいかな………よし、

それじゃ皆さん、胡桃が無事に回復したこととこんな状況でも肉が食えることを祝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

 

 

「さぁーどんどん焼いてくから、たくさん食べろよー」

 

 肉を金網に乗せていきながら話す凪原。タオルを頭に巻いてタンクトップを着ている姿がよく鍛えられた体に映えている。焼き上がった物から皆の皿に分配していくが、すぐにそれぞれの口の中に消えていくため供給が追い付かない状況である。 

 

「はいなの(あむあむ)」

「言われなくてもっ(もぐもぐ)これおいしいしっ(はぐはぐ)」

「(コクコクっ)」

 

 食べながら返事をする圭。普段であれば悠里や美紀に注意されるところだが、その2人も今は食べるのに忙しようでおとがめなしだった。ちなみに、由紀は口の中がいっぱいでしゃべれないようで頷くだけだった。

 

「(ゴクゴクゴク)ぷっはぁ~、もう1本!」

「はーい、めぐねえはほどほどにしとくよーに」

 

 凪原以外の面々に酒好きであることをカミングアウトした慈は、肉を食べる手と同時にビールを飲む手も止まらない。凪原が確認している範囲でも既にビールの500ml缶が3本空になり、今4本目のプルトップが引き起こされた。酒豪なのは知っているがそろそろ明日への影響が心配になってくる量だ。

 まあ文句を言っている凪原も近くのテーブルに水割りウィスキーを置いているのであまり人のことは言えないのだが。

 

「それにしても、いくら久しぶりだといってもこのお肉おいしいですね」

「ええ、どこの肉かは分からないみたいだけど相当高いものだと思うわ」

 

 美紀のつぶやきに、首肯して答える悠里。

 実際、冷蔵室に保存されていた肉はおいしかった。ドリップなども無かったし、サシもきれいに入っていて、凪原曰く「A4は下らないと思う」というほぼ最高級といってもよい程であった。もしパンデミックが起こっていなかったとしてもそうそうお目にかかれるものではない。

 それにしても、これほどの食材をを大量に、しかも長期間にわたって鮮度を落とすことなく保存でき、合わせて地下にあった大量の物資を秘密裏に用意することができる。明らかに何らかの組織が絡んでいることは明白であったが、今日のところはひとまずおいておくことにしていた。だってお肉おいしいし。

 

「でも、さっきから私達で食べてばっかりですけど凪原先輩は食べてれてるんですかね」

「あーそれは大丈夫みたいだよ。だってほら」

「「?」」

 

 話していると、近くにいた由紀が声をかけてきた。彼女が指さす方へ目をやった2人が目にしたのは―――

 

 

「はいナギ、あーん」

「ん、あーん(パクッ、もぐもぐ)」

「ど、どう?」

「ん、おいしいぞ」

「よかった。じゃもう一口、あーん」///

「あ、あー」///

 

 

―――あーん、であった。

 

 凪原の作業の合間を見計らって胡桃が焼き上がった肉を差し出す。おいしいと言って笑う凪原に微笑むと再び差し出して、以下エンドレス。

 はてさて、いったいどこの出来立てカップルのいちゃいちゃを見せられているのだろうか?というか焼き上がった肉を保存されてたタレにつけているだけだからうまいに決まっていると思うのだが、なに?そういう問題ではない?ほーん…………

 

「………なんだか、今なら口から砂糖を吐ける気がするわ」

「………奇遇ですねりーさん、私もです」

 

 食べさせ、食べさせられる2人は顔だけでなく耳まで赤くなっているように見えるが、それはきっとグリルの炎の照り返しによるものだろう。たとえ見ている悠里と美紀の口内がグラブジャムを放り込まれたみたいに甘くなったとしてもとしても、照り返しのせいなのである。 

 

 

 

====================

 

 

 

「……おっ、おはよう胡桃」

「はよ、ナギ」

 

 翌朝、胡桃が部室に顔を出すと凪原が何やら何枚かの紙を前に難しい顔をしていた。

 なお、昨夜のバーベキューが遅くまで続いたせいで皆の起床が遅くなっているのか、部屋にいるのは胡桃と凪原の2人だけである。

 

「………。」///

 2人であることを意識すると昨日の事(あーん)を思い出してしまい顔が熱くなるのを感じた胡桃だったが、ブンブンと頭を振ってをその考えを振り払う。黙っているとまた思い出しそうなので、とりあえず口を動かすことにした。

 

「何してんの?朝からたくさんしわ寄せちゃって」

「そんな寄ってたか?」

「うん、お爺ちゃんみたいだよ」

「爺ちゃんって………」

 

 「ここんところ」、とおでこ周りを指さす胡桃にがっくりと頭を落とす凪原、どうやらそこそこ傷ついたようである。

 

「それで、何を見てたの?」

「いや、爺さん(学長)の書置きとマニュアルを見返してたらちょっと気になることがあってな」

「気になること?」

 

 手にした書置きをヒラヒラさせながら答える凪原の言葉に首をかしげる胡桃。そんな彼女に凪原は書置きを渡すと「最後のとこ読んでみな」と伝える。

 

「えーっと、

 

『―――忘れるところだった、私が知らされていたマスターコードをここに記載しておく。私に渡されていた書類によれば、このコードがないと備蓄倉庫にある物資をすべて使うことはできないらしい。とにかく、これを読んでいる君(もしかしたら君たちかな?)が有効に活用してくれることを願っている。 ○○-△△-□□-××』

 

これがどうかしたの?」

 

 読み終わっても特に不審な点を見つけることはできなかったようで胡桃の首は傾いたままだ。胡桃たちが最初に立ち入った時は開いていたとはいえ本来地下区画に入るにはパスコードが必要だったようで、シャッターの横にはテンキーボードがあった。それを考えれば物資を使うのにマスタコードが必要というのは不思議なことではないだろう。

 

「この()()()()()()()()()()()()ってのがどうも引っかかってな、ここに書いてあるように地下区画に入るだけならうちの代表電話番号が分かっていればいいみたいだし」

 

 そう言いながら凪原が指さしたのは職員用緊急避難マニュアルの 〇本校の防護施設について というページの入口に関する記述だった。確かにそこには『入場には本校の代表電話番号を逆から入力すること』と書かれており、必ずしもマスターコードが必要であるとは記されていなかった。

 

「うーん、なんか変な気もするけど、単に入場用のパスコードが2つあったってだけじゃないの?」

「まあ確かにこれだけだったら俺の考えすぎなだけかもしれないだけどな、もう1個気になるとこがあるんだ」

 

 マニュアルのページを戻して、緊急時の対応についてが記されているページを開く凪原。

 そこにはやれ『犠牲は看過すべきだ』だの、『人材と資材を確保し、他の非感染者は隔離する(見捨てる)べき』だの、挙句の果てには『寛容といたわりの精神は美徳ではない』だのといった現代の倫理観に真正面から喧嘩を売っているとしか思えない文章が躍っている。

 やむにやまれぬ事態になった時に、苦渋の選択としてそのような行動をとらざるを得ないことはあるかもしれないが、最初からそれを推奨するなど人として何かが欠落しているとしか思えないことである。

 

 そんな文章の中の一部分を指さしながら凪原が口を開く。

 

「ここに『武力衝突を前提とすること』ってあるだろ。こいつらの言っている武力ってなんだ?マニュアルを見る限りここで想定している味方の人員は最大でも15人、それ以外はすべてが隔離対象だ。パンデミックが起きて皆が乱暴になっている状態で数十人、下手をすれば数百人を相手にたった15人で正面から武力衝突なんて、普通に考えたら勝ち目なんかないぞ」

 

 真面目な顔で凪原が話す内容に、胡桃も杞憂ではないかという考えを捨てて真剣な表情になる。言われて見れば確かにその通りで、自分たちの数倍もしくは数十倍の数を相手に武力衝突など正気の沙汰ではない。

 

「御大層に物資をため込んで自分たちだけは生き残ろうとするような連中だ、絶対に何らかの武器も用意してるに決まってる。それもナイフとか刺すまたみたいなちゃちなもんじゃないだろう。圧倒的な人数差を前にしてなお武力衝突というオプションを躊躇なく選択できるだけの武器を用意するはずだ。しかもこいつらは恐らく生物兵器の開発に手を付けてやがる、おとなしく日本の法律に従って準備しているとは考えにくいな」

 

 内容は過激ではあるものの、胡桃にとって凪原の予想はあながち的外れなものではないように思えた。地下施設を作った組織が今回のパンデミックの原因であろう生物兵器の開発を行っていたのはほぼ確実である。法律どころか国際的な条約で開発・所持が禁じられているソレに手を出している連中が、いまさら日本の法律を守るなどとは思えなかった。

 この時点で胡桃は凪原が考えている内容をほぼ察した。

 

「つまり、ナギはの想像ではこのマニュアルを作った奴等は、」

「ああ。間違いなく銃、もしくはそれに類するものを持ち込んでるはずだ」

 

 確認の意味を込めて問いかけてみれば、胡桃の予想通りの返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

「―――とは言ってたけどこうも見つからないとな~、ホントにあるのかな?」

「………言うなって、俺も不安になってきてるんだから」

 

 コンテナの底板を調べながら呟く胡桃に、凪原が小さな声で返す。その向こうでは圭が壁をたたいて音の違いを調べていたり、悠里が棚の太い支柱を調べていたりと、それぞれ武器が隠されていそうな場所を探していた。

 皆が起きてきた後、朝食の席で凪原は自身の予想を話して皆に捜索の手伝いを頼んだ。学校の地下にある秘密倉庫に銃が隠してあるなどフィクションのようであったが、既に現実がフィクション顔負けの状況になっているのだ。話を聞いた面々もないとは言い切れないと思ったようで、二つ返事で了承してくれた。

 

 とはいえ捜索を始めてから既に1時間半、映画などの知識を総動員して隠し場所になりそうなところをしらみつぶしに当たってみたのが、現在のところ何の成果も得られていない。捜索している一同はおろか、言い出しっぺの凪原も探し続けるのに飽きが来始めていた。

 

「ハ~~、ちょっち休まない?」

「そうね、一旦休憩にしましょうか」

 

 圭がそう言ったのを合図にそれぞれが手を止めて倉庫の中央付近へと集まったのだがどうも1人足りない。

 

「あれ?由紀ちゃんはどこでしょうか?」

「ほんとですね、さっきまでその辺にいたと思うん………です……けど」

 

 慈が挙げた疑問の声に答えようとした美紀の言葉が途中から途切れ途切れになる。しかし、それを不審に思う者はいない。なぜなら彼らの視線は全て冷蔵室、正確にはその中途半端に空いた扉へと向けられていたからである。

 

~♪

 

 扉の隙間から楽し気な鼻歌も聞こえてくる。無言で近寄って中を覗き込んでみれば、ぴょんぴょん飛び跳ねながら上段に置かれたチーズの塊へと手を伸ばす由紀の姿があった。

 

「ゆ~き~?」

「ギクッ ちゃ、ちゃんと探してるよ?取ろうとなんてしてないよ?」

「絶対うそでしょ、ってなんかもういいわもう……」

 

 問いかけに対してあからさまにうろたえる由紀に叱る気が失せる悠里、片手を頭にやりながらため息をつく。

 

「うふふ、それならそのチーズを使ってケーキを作ってみましょうか」

「ケーキっ⁉いいじゃんいいじゃんっ!」

「食べたいの!」

 

 慈の提案に圭と瑠優(るーちゃん)が喜びの声を上げる。2人だけでなく美紀に胡桃、悠里の顔もパッと明るくなる。パンデミック以降、既製品のお菓子は食べていたがケーキなどの生菓子は食べていなかったので当然であろう。基本的に女子は皆ケーキが好きなのだ。

 

「決まりみたいだな。それじゃあ……これでいいか。よっと―――って、お?」

 

 棚からチーズを下ろした凪原の動きが止まる。何となく目を向けたチーズが置かれていた後ろの壁に、壁の色に紛れるようにしてテンキーボードが埋め込まれていたのである。

 

「……………見つけた」

「ナギさん?」

 

 脈絡のない言葉に首を傾げた由紀に無意識のうちにチーズを渡すと、凪原はキーボードへ記憶していたマスターコードを打ち込んでいく。入力が終わりエンターキーを押すと同時に、冷蔵室の外から ゴゴンッ という鈍い音が聞こえてきた。

 音に釣られて出てみれば冷蔵室の隣、先ほどまでは傷一つなかった壁にちょうど扉一つ分の大きさの黒い筋ができていた。凪原たちが見つめる前で筋は徐々に広くなり、幅1センチほどになったところで縁取られた範囲全体が奥に沈み込むと今度は横にスライドしていき、隠されていた空間が彼らの前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………部屋ごと隠すパターンだったか~」

「確かにそういうのもあったな」

 




以上、地下探索編の2話目でした~
え?前半全く地下探索してなかった?いやちょっと何言ってるのか分からないですね………


BBQ、流しそうめん、焼き芋、鍋パ
どれも学校で友人たちとワイワイやってみたいものですな。学校でってのがまた違った楽しさがありそう。

グラブジャム
世界一あま~いお菓子。
効果:口から砂糖を生成できるようになる(個人差有り)

凪原の予想
原作付録のマニュアルを読んでて思ったことだったりする。代表電話番号の逆番で扉が開くならマスタコードの意味なくない?まあこれだけだったら利用予定者以外が立てこもった際に突入するため、と考えられなくもない。とはいえ『想定する人材が15人以下』、『武力衝突を前提とする』という点を踏まえると絶対に武力衝突用の武器を備えてると思う。
だからこそ武器の存在とマスタコードの両方を知っている利用予定者(学長はコードを知っているのみで存在は知らされてない)であれば武器を用いての武力衝突を実行できる―――って想定だったんじゃないかなぁ。
一応こう考えればそれなりに筋は通ってる、ハズ。

隠し扉
ロマンの塊


隠し扉の向こう側については次のお話にて、
それではまた次回!


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4-4:ガンマニア?

お気に入り登録者数400人突破しましたー!!!
これも読んでくれる皆様のおかげです、本当にありがとうございます!これからもよろしくお願いします(とか言ってて明日になったら400人割ってたりしたらガチ凹みすると思うので優しい気持ちで読んでください)

今回について一言:趣味回


 開いた扉の先にあったのはこじんまりとしたスペースだった。四畳半ぐらいはあるのだろうが、縦長なことに加え多くの物品が詰め込まれているために余計に狭く感じられる。手前には恐らく作業用と思われる大型の机が置かれ、壁際には部屋の外の棚に並んでいるものよりも頑丈そうな――ともすれば警察や自衛隊で用いられるそうなほどゴツイ――コンテナがいくつも積み重ねられている。

 

 そして扉から見て正面、部屋の一番奥の壁には金網上のラックが作られており、そこには鉄と木、そして樹脂の複合物が備え付けられていた。

 古くは棒切れや石ころに端を発し、そこから長い年月、より効率的に相手を傷つけることができるよう数多の人々が頭脳を振り絞って進化させてきた武器の系譜。その終端に位置し、現在人類が個人で使用することのできる武器の最終進化系である『銃』、それが壁に掛けられ、手に取られる時を待っていたのである。

 

「「「………。」」」

 

 その光景を前にして言葉が出ない一同。

 話は聞いていたし、予想もしていた。ここまで様々な物資が備蓄されているなら確実にあるだろうとも思っていた。それでも実際に目にした時に受ける衝撃は大きかった。

 まして、ここは町はずれの誰も立ち入らないような廃屋ではない。日々の生活の中で自分たちが集い、学び、友人たちと笑い合いながら日常を過ごす学び舎である。そのすぐ下でこのような非日常の際たるものが保管されていたという事実。それはパンデミック以来様々な経験をしていた学園生活の面々といえども飲み込むのにそれなりの時間を要した。

 

「……………すげぇな」

 

 一番早く立ち直ったのはやはりと言うべきか凪原だった。小さく声をあげながら部屋の中へと入っていき、ラックに掛けられている銃のうちの1丁を手に取る。

 太いストックに本体中央付近についたピストル型のグリップ、全体的に樹脂を多く使用しているためともすればおもちゃのようにも思えるその銃の最大の特徴は、銃身下部に位置する4本のチューブマガジンを束ねたような形のマガジンだろう。輪切りにすると四つ葉のクローバーのように見えなくもないそのマガジンは、ロックボタンを解除することでリボルバーのように回転させることができた。

 

「こりゃSRM12……08か、マガジンだいぶ短いし。どうせなら12とか16のが良かったけど軽いからこれも悪くはない、のか?にしても日本に入ってきてたのかよこの銃、銃刀法違反どころの騒ぎじゃねぇぞ(カチャカチャ)」

「「「!!?」」」

 

 ぶつぶつ呟きながら手にした銃を構えたり各部をいじったりし始める凪原と、その様子を驚きの表情で見つめる慈たち。彼の手つきは本人的にはたどたどしいものであったが、周りにして見れば十分に手慣れているように見えた。

 そんな周囲の視線に凪原は気づかないようで、取り外していたマガジンを付けなおすとそれをラックに戻して新たにスコープがついた銃を取り上げる。

 

「こっちのM1500は…………この前手に入れたのと同じ型っぽいな。回収できた弾が少なかったからある程度の数がありゃいいんだけど。おっこっちは観測手(スポッター)用の道具か、でもやり方分かんねぇしなぁ―――」

 

 そのまま他の銃についても次々手に取って確認し始める凪原。その様子はどこか楽しそうで、言い方は適切ではないかもしれないが新しい玩具を与えられて喜ぶ男の子のようにも見えた。往々にして男というものはたとえ戦争や殺し合いなどが全く好きではなかったとしても武器に対してあこがれを持っているものである。よってこの反応はそこまで不思議なものではない。

 ……ものではないのだが、これはあくまで「男というのは」という話である。

 

「あ、あたし知ってる。これミリオタってやつだ」

「そういえば前にそんな話してたね、私はよく理解できないけど」

 

 残念ながら女子率8割越えの学園生活部では彼の感覚を共有してくれる人はいなかった、というかどちらかというと引かれていた。凪原が圭の言葉を聞いていたら「オタクって程じゃない」と反論したのであろうが恐らく受け入れてはもらえないだろう。

 

「全くもう、男ってみなこうなのかしら」

「あ、あはは……まぁなぎ君に限らず男の子はみんな大なり小なり武器が好きだったりしますね。(それに男子じゃなくてもハヤさんみたいな人もいますし)」

 

 呆れたように言う悠里にぎこちなく笑う慈。幸い口から漏れてしまった言葉の後半は誰にも聞こえなかったようである。

 

「それじゃあ私たちは上に戻ってるから、彼が帰ってきたら一緒に何があるか確認しておいてね」

「ちょっとっあたし1人であいつの相手するの⁉ なんかトリップしちゃってて近づきたくないんだけど」

「しっかりしなさい、パートナーでしょ?」

「なっ、ぱっ、パートナーってりーさん何言ってんだ⁉」

 

 その言葉に合わせて無情にも胡桃と凪原だけを残して部屋から出ていこうとする一同。胡桃が抗議の声を上げるが思わぬ方向からの悠里の一言に思わず赤面してしまう。

 

「あら?外に遠征に行くときの相棒って意味で行ったのだけれど、胡桃は何を想像したのかしら、いえナニを想像したのかしら?」

「~~~っ!」

 

さらに顔を赤くして何も言えなくなる胡桃。言葉にしなくても胡桃自身は何を想像したかは自覚しているし、周りから見ても丸わかりである。

 

「それじゃあ胡桃ちゃん、あとはよろしく」

「お願いしますね~、胡桃先輩」

 

 ニマニマニヨニヨ、意味深な笑みを浮かべて話す由紀と圭を先頭に、今度こそ皆は出て行ってしまった。こうして部屋には2人が取り残されることになったのだが、片方がトリップ中なので特に何が起きるという気配はなかった。

 

(あたしがこんだけドキドキしてんのに、こいつ(ナギ)は銃ばっか見やがって……あとでブッてやる)

 

 そんなことを考えながら一人悶々とする胡桃をよそに、凪原はいまだ銃の確認を続けていた。

 

 

~青年物色中~

 

 

「―――こっちに入ってるのは、っておいマジかよこれHE弾(炸裂榴弾)じゃねぇか⁉どこで使うんだよこんなの、というかどうやって持ち込みやがった……。にしてもM79って思ったより軽いんだな、皆も持ってみ――ってあれ胡桃だけ?ほかのみんなは?」

「やっと戻ってきたか、みんなならナギが色々物色してる間にとっくに上に戻ったよ」

 

 ようやく意識が戻ってきた凪原に胡桃は呆れを多分に含んだ声で返す。「あれそんなに熱中してたっけ」と首をかしげる彼の頭に軽くチョップを入れる胡桃。

 

「あいてっ」

「そんな強く叩いてないだろ全く……。それで、途中途中でなんか考えてたみたいだけど気づいたことでもあったの?ただ銃に見惚れてただけとか言ったら、もう1発今度は殴るからな」

「もちろん見惚れてただけ―――って冗談冗談、ちゃんと考えてたって」

 

 当然のようにボケる凪原だったが胡桃が拳を振り上げてみせると両手を上げて降参のポーズをとる。ため息をついて構えを解く胡桃を見ながら笑う凪原だったが内心では割と真面目に今後についての考えを巡らせていた。

 

(恐らく考えすぎだとは思うけど、これが実際に起こると結構まずいんだよな)「まぁその辺は後で皆がいる時に話すとして、とりあえずここにあるもんのリスト作っちゃおう。胡桃も手伝ってくれるか?」

「そりゃ手伝うよ、これで手伝わなかったら何のためにナギの奇行を見てたか分からないし」

「奇行ってお前ね………」

 

 

 

====================

 

 

 

「「ただいま~」」

「「「おかえりなさ~い(なの)」」」

 

 部室へと戻った凪原と胡桃を迎えたのは美紀と圭、それに由紀と瑠優(るーちゃん)であった。後者2人が携帯ゲーム機(実はDVDプレーヤーと同時に回収してきていた)で通信プレイをしているのに対し、前者2人はテーブルに上体を投げ出して暇を持て余していた。

 

あとの2人(めぐねえとりーさん)は?」

「となり~」

「チーズケーキ作りをしてます」

「あーそういやそんな話してたんだっけか。すっかり忘れてた」

「ケーキなんていつぶりだろ、あの時点(パンデミック発生)で結構食べてなかったしな~」

 

 美紀の言葉に顔をほころばせつつ席に着く胡桃。凪原も肩に担いでいたダッフルバックをソファーに置くと席に着いた。普段8人で使っている大型のテーブルは4人程度では全く狭く感じない。

 ちなみにダッフルバックの中身は確認がてら整備してみようと地下から持ってきた銃器類のため見た目に反してかなり重量があり、荷重がかかったソファーはそれなりに変形した。

 

 

「それで、あの部屋にはどれくらいのものがあったんですか?」

「そうそう、さっきマニア先輩よく分からない奇行にはしってたから聞けなかったし教えてよ」

「ブルータスお前もか、別にマニアじゃないっての。とりあえずリストは作ってきたし、後でめぐねえとりーさんにも見せて話すつもりだけど暇なら目を通してみてくれ」

 

 言いながら凪原がテーブルの上に出した紙片を額を寄せるようにしてのぞき込む美紀と圭。リストには以下のような言葉が並んでいた。

 

 

―――――――――――――――――――――――

地下倉庫物品リスト(武器類)

 

 

・グロック17(5丁)

種別:セミオートピストル

使用弾薬:9ミリ口径弾

弾種:通常弾、亜音速(サブソニック)

関連物品:

予備マガジン、減音器(サプレッサー)、カービン化キット(3丁分)とカスタムパーツ数点

 

・SRM1208(2丁)

種別:セミオートショットガン

使用弾薬:12ゲージ弾

弾種:ビーンバック弾、バックショット弾、スラグ弾、ブリーチング弾

関連物品:

予備マガジン、減音器(サプレッサー)

 

・豊和M1500(1丁)

種別:ボルトアクションライフル

使用弾薬:7.62ミリ弾

弾種:通常弾

関連物品:

二脚(バイポッド)、スコープ、減音器(サプレッサー)観測種(スポッター)用道具一式

 

・M79グレネードランチャー(1丁)

種別:単発式擲弾発射器

使用弾薬:40ミリグレネード

弾種:HE弾、催涙弾、発煙弾、照明弾

 

・その他物品

各銃火器の取扱い説明書

クリーニングキット

スタングレネード

個人用装具(タクティカルベスト等)

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「あの部屋にあったのは大体そんな感じだな、何か質問はあったりする?」

「うーん、文字で見せられても正直よく分からないかな」

「そうですね、できれば一つずつ説明してもらえると嬉しいです」

 

 凪原の問いに申し訳なさそうにしながら答える2人。確かにリストは簡潔ではあったがその分説明が少なく、あらかじめそれぞれの物品がどのようなものか知っている者でないと一目見るだけで理解するのは難しいであろう。これまでこの手の話をしたことがある相手は皆それなりに知識がある人物が多かったため、凪原はそのあたりを失念していた。

 

「ああ悪い、確かにその辺から書いといたほうがよかったな」

 

 頭を掻きながらそう謝罪しつつ、凪原は一旦リストを手に取ってどこから説明すればいいかを検討する。しばし考えてとりあえず2人も知ってるものから話すことにした。

 

「んじゃ軽く説明していくけど、この豊和M1500に関しては省いていいか?この間ホームセンターに行った時に回収してきた奴とほぼ同じだし」

「それは大丈夫だよ、見た目もまさに狙撃銃って感じだしね」

「ええ、ただ関連物品のところにある観測者(スポッター)って何ですか?」

「ざっくりいうとスナイパーを補助する役だな、望遠鏡とか覗くと視野が狭くなるだろ?だから撃つ人に代わって敵の大体の位置とかの情報を教えてあげる必要があるんだ。撃つだけなら1人でもできるけど2人1組でやる方がより確実って話」

 

 美紀の質問にかなり大雑把に答える凪原。具体的には距離や風向きなどの情報伝達や、周囲の警戒に万一接近された場合の防衛など、仕事はかなりあるのだが一気にいろいろ言っても覚えきれないと思うので省略できるところは省略する。

 

 

 

「んじゃ次、一番下に書いたM79グレネードランチャーってやつ。もしかしたらニュースとかで海外の警察が暴動鎮圧に使ってるのを見たことがあるかもしれないな。簡単に言うと銃弾じゃなくて()()を遠くに撃ち出す武器」

「いやめちゃくちゃ危なくない⁉」

「そんなニュース見たことないですよ!」

 

 思わず椅子から立ち上がって大声を上げる2人。いくらあまりニュースを見る方ではなかったとはいえ、警察がそんな物騒極まりないもの市民に向けて撃ったという話は聞いた覚えがなかった。

 

「待った待った、別に警察が市民に爆弾をぶっ放してたわけじゃないから落ち着けって。大事なのはこいつ(M79)なら銃弾より大きいものを撃ち出せるってことだ、別に爆弾じゃなくて例えばゴム弾とか催涙弾とかみたいにいろんな種類の弾があるんだ。煙の出る弾みたいなのを撃ってるのとか見たことないか?」

「あっあ~そういう」

「それなら見たことあります。脅かさないでください」

 

 自分たちの早とちりだと分かった2人が安堵のため息をついた。

 

「別に脅かしたつもりはなんだが……。ま、そんであの部屋にあった弾はさっき言った催涙弾に発煙弾、煙幕を張るやつな。それと照明弾に、あと文字通りの爆弾」

「「やっぱり爆弾じゃん(じゃないですか)っ!」」

 

 別に爆弾がないとは言ってない。

 

 

 

「それじゃ3つ目のSRM1208な、これはざっくりいうと8連発の散弾銃だ。さすがに散弾銃は分かるよな?」

 

 めんどくさくなってきたのかどんどん説明がてきとうになっている凪原。とはいえさすがに銃に疎い2人でも散弾銃という言葉には聞き覚えがあったようで、これには首を縦に振っていた。

 

「はい、小さな弾をたくさん同時に撃ち出すんですよね」

「こう1発ごとに、ジャコッって動かすやつだね!」

「大体合ってるけどちょっとだけ違うな、これはジャコッってやらなくていいんだ」

 

 ポンプアクションのジェスチャーをして見せた圭に「多分見せたほうが早い」と言うと凪原は先ほど担いできたダッフルバックに歩み寄り、中から本体を取り出す。こちらへと持ってきてテーブルの上に乗せると凪原は銃身の真下部分を指さした。

 

「圭が言ってるのはこの辺についてるパーツを前後させてるやつだろ?」

「うん」

「ありゃ弾を1発ごとに撃てる状態にするための動きなんだ、ただ詳細は省くけどこいつはそれを自動でやってくれる。その代わりにこの部分は外すことができる、こんな風にな」

 

 言いながら特徴的な形のマガジンを取り外した凪原は、断面が2人に見えるようにしながら言葉を続ける。

 

「ほら、四つ葉のクローバーみたいに穴が4つあるだろ。ここに2発ずつ弾が入るから合計で8発入るってわけだ。後は2発撃つごとにこうして回転させれば連続で打てる」

 

 銃にセットし直したマガジンをクルクル回しながらそう言えば、2人も詳細は置いておいてとりあえず理解してくれた。

 

「へ~、同じ散弾銃でも結構違うだね」

「あれ?弾の種類を見てたら散弾がないんですけど、これは散弾が何種類もあるってことですか?」

 

 うんうんと頷く圭にとは対照的に、リストを見ていた美紀が疑問の声を上げる。『散弾』銃というからには散弾を撃つのだと思っていた彼女にして見ればこの疑問も当然のものだろう。

 

「いんや、その中だと散弾なのはバックショットだけだな。これもさっき言ったM79と同じようにいろんな種類の弾を使えるんだ。ビーンバックは人に撃っても大丈夫な非致死性の弾で、スラグは細かいたくさんの弾じゃなくて1つのでっかい弾を撃ち出すやつ、本来鹿とか熊とかを撃つ用だな」

「ふんふん、同じ銃でもいろんな弾丸があって面白いね。じゃあ最後のブリーチングってのは?」

 

 興味をそそられた様子の圭が少し身を乗り出すようにして聞いてくる。もしかしたらショットガンの魅力に魅入られたのかもしれない。

 

「そいつはドア、というか鍵の破壊専用の弾丸だな。普通の弾丸で鍵を撃つと破片が飛び散ったり反対側に貫通したりで結構危ないらしい」

「ふーんそうなんだ―――ってあれ?あたしを助けに来てくれた時に凪先輩普通に鍵の部分撃って壊してたような………」

「………………………(スッ)」

「ちょっとー?なんで無言で目をそらすのかなー?」

 

 言いながら凪原の顔を覗き込む圭だったが、凪原は頑なに視線を合わせようとはしなかった。

 

 

 




はーい、冒頭にも書いた通り完全に趣味回です。

一応ゾンビパンデミックが起きた時でも対応できるんじゃないかというものを揃えてみました。各武器に関する説明は本文にある通りです。追加事項(言い訳)は以下


M79
HE弾はゾンビの集団を吹っ飛ばす用。発煙弾は目くらましで、照明弾は夜間の移動または囮として使う。催涙弾はマニュアルに書かれていた武力衝突のうち、比較的初期段階に使うんじゃないかな………

M1500
遠距離から始末する用。減音器(サプレッサー)標準装備。スポッター用の道具は偵察にも使えるからあって困るもんじゃない、ハズ。

SRM1208
ビーンバックは暴徒鎮圧用、他の弾はゾンビ用だったりドア破壊用だったり用途は様々。ん?M870(ハナマル)とかベネリM4の方が軍でも使われてるし動作が確実だって?………筆者の趣味だよ。
あとなんかショットガンも減音器(サプレッサー)あるらしい。コイツ用のがあるかは知らないけどあったってことで。

GLOCK17
世界各国に軍や機関に採用されている傑作拳銃。これと関連物品についてはいろいろ書きたいことがあるので次の次あたりの本編にでも書く予定。

凪原の知識
ガチのミリオタというほどではないけれどそれなりに興味は持ってた。生徒会仲間にガチ勢がいたのと、サバゲとかも多少嗜んでたのでこれぐらいの知識はある。


SRM系のショットガン好きなんだよ~、SRM1216とかすごいじゃん。16連射ですよ16連射、ショットガンでこれだけ撃てるとかロマンだと思います。ぜひ検索してあのかっこいいフォルムを見て、ファンになってください(布教活動)。

次は考察回の予定です。
それではまた次回!


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4-5:懸念

考察回、
割と強引なところがあるかもしれませんけど許してください何でもしますから(何でもするとは言っていない)


「そう、あの部屋にはこれだけの武器があったのね」

「そんな……倉庫があっただけでも信じられないのに、本当に銃まで、それもこんなにたくさん」

「そこまで沈む必要はないって。今役立つものであることは間違いないんだから」

 

 リストを見ながら沈んだ表情を浮かべる悠里と慈に努めて明るい声で返す凪原。実際、用意された背景や理由に目をつぶってみれば、現在の状況において保有する銃器が増えることはメリットこそあれデメリットはないのだ。そうであるならば必要以上に心を乱されるのは良いこととは言えない。

 

 それに、2人がこの様子だとせっかく作ってくれたチーズケーキ(珠玉の逸品)を十分に味わえないのだ。早いところ意識を切り替えてもらわないと、そろそろフォークを構えて前のめりになっている由紀と瑠優(るーちゃん)を抑えているのが辛くなってきていた。

 

「そうそう、これ(銃器)については後で話すことにして今はケーキ食べようよ、せっかく2人が作ってくれたんだからさ」

「そうですよ、元からあったのをたまたま今日見つけたってだけなんですから今すぐどうこうしなきゃいけないってわけじゃないですよ」

 

 そう言う圭と美紀も視線はテーブルの上にあるチーズケーキ(久しぶりの甘味)に釘付けとなっている。学園生活部が誇る料理上手2人が本気で作ったそれは店頭に並んでいていても遜色がないほどの出来で、心なしかキラキラと輝いているようにも見えた。

 

「うーん……確かにそうね元々あったのを偶然今日見つけただけだものね」

「そうですね、考えるのなら食べた後でもできますし」

 

 皆の割と本気の説得(しょくよく)を前に、悠里と慈もひとまず気持ちを切り替えることにしたらしい。それまでの深刻そうな表情を引っ込めて笑みを浮かべる。

 

「それじゃ食べましょうか、これは結構自信あるのよ?」

「材料もすごくいいものだったので張り切って作ったんですよ」

 

 そう言いながらどこからともなく取り出した包丁でチーズケーキを切り分けていく。断面を見れば一番下と周りはタルト生地となっていて、包丁を入れても崩れてしまうということはなかった。ふわり、と漂ってくるチーズの香りも濃厚で食べる前から美味であることははっきりと分かる。

 

「「それじゃあ手を合わせて、」」

「「「いただきます!」」」

 

 言うと同時に三角形上に切り分けられたピースの先端部分にフォークを突き立て口へと運ぶ一同。チーズ部分は弾力がありつつも適度に柔らかく、タルト地は絶妙な固さだ。そして、言うまでもなくその味は―――

 

「おいっしい~っ!」

 

―――という由紀の言葉に全て集約されていた。

 

 ただただ美味い。もはや味が、食感が、と個別に感想を言うのも無粋というレベルである。凪原は2人の料理レベルの高さを改めて思い知らされた気分だった。

 

 美味いものを食べると人は無言になる。

 誰が言った言葉かは分からないが、その言葉の通りチーズケーキを食べ終わるまで学園生活部の面々は口を開くことはなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「さて、それじゃあ食べ終わって一息ついたところで今後についての話し合いといくか」

「「「お~っ」」」

 

 凪原の声掛けに皆が元気よく返す。

 真剣な話し合いではあるものの、深刻そうな表情をしていたら思いつく内容もおのずと悪いものになってしまう。さらに現在の状況では気持ちが沈んだりした時にパーッと遊びに行ってストレス解消、という訳にはいかないのだ。

 とはいえその対応策は簡単だ。精神の立て直しが難しいなら、立て直しが必要なほど意気消沈しなければよい。悩むにしても気分は明るく、それが凪原の信条だった。

 

 ところで、今この場にいるのは8人、学園生活部フルメンバーである。当初は年齢の低い瑠優(るーちゃん)とその相手役の1人を抜いた6人で話し合いを行う予定だったのだが。「大事な話だってことは分かるの。意見は言えないかもしれないけど聞いていたいの」という彼女の言葉を尊重して席についてもらっている。

 精神的に強いことを喜ぶべきなのかもしれないが、強くならざるを得ない環境になってしまった現実を考えるとやるせない思いが募る。

 

 せめて、彼女の明るい笑顔だけは無くさずに済むようにしたい。いつも通りの不敵な笑みの下でそんなことを考えながら凪原は口を開き、まずは現時点で分かっていることから話し始めた。

 

「そんじゃまずこれは皆の共通理解におきたいんだが、地下倉庫で見つけた武器はあれを用意した連中にとっては取るに足らないとまでは言わないけど放置できるレベルのものだっていうのは間違いない」

「「「へ?」」」

 

 のっけから予想の斜め上を行く内容に話を聞いていた面々の目が点になる。取るに足らない?あれだけたくさんの銃が?そんな疑問が頭の中に渦巻いているように見える。

 

「ちょ、ちょっと待った!」

「ん?どした胡桃?」

 

 慌てて待ったをかけた胡桃に今度は凪原の方が不思議そうな顔で首をかしげる。彼にしてみれば彼女たちが何に驚いているのかが分からないのである意味当然の反応である。しかし聞いている胡桃たちは理解できない。その発言の理由を問い詰める必要があった。

 

「どした?、じゃなくてどういうことだよナギっ、あれだけの銃だぞ⁉」

「そうですよ!そんなに軽いものなわけないじゃないですか!」

 

 胡桃と慈の声に何度も頷く一同と、それを見てやや呆れた表情になる凪原。

 

「おいおい………じゃあ聞くけどさ、パンデミックが起きてから今日でどんくらい経つ?」

「いきなり何よ?えーっとだいたい2、いえもう3ヶ月くらいかしら。でもそれがどうし―――ってああ、そういうこと」

 

 凪原に質問に怪訝な顔をしながら答えた悠里だったが、自分が言った言葉で何かに気付いたようで納得した表情になる。それに合わせて美紀と慈は気づいたようだ。「ああっ」とか「言われて見れば」などと呟いている。とはいえまだ頭をひねっている者もいるので凪原は次の質問を発する。

 

「そ、大体3ヶ月。じゃあ、これまでの間に誰か尋ねてきたか?」

「「「あっ!」」」

 

 今度は気づいたようで残りの面々も声を上げた。

 そう、パンデミックから数えて既に3ヶ月。それだけの時間が経っているにも関わらず、これまで誰も地下倉庫を求めてこの巡ヶ丘学院を訪れてたりはしていないのである。これを放置と言わずしてなんというのだろうか。

 

「まあここを知ってるやつが全員死んじまったって可能性もあるにはあるが、こんだけ(地下倉庫)変質的な準備をするんだ、そう簡単にくたばるわけはないわな」

 

 可能性としては上げてはいるものの、言っている凪原自身が全く信じていないようだ。それもそのはずで、これだけ巧妙に、それこそ条約や法をダース単位で破ってパンデミックに備えていた連中が軒並み不慮の事故で死亡するなど、どう考えても無理がある。

 他の可能性としては自分たちが気付かないうちに誰かがここを訪れているというのがあるが、倉庫内の物資の充足度合いや武器庫に人が立ち入った形跡がなかったことからこれもないだろう。

 

「とまあそうなってくると考えられるパターンってあんまないんだよな。んで、そん中で俺が現実的だと考えてるのは、

 

連中の本拠地はもっと別の場所にあってここはパンデミック発生直後の一時的な避難所、もしくは本拠点から遠征をするときの臨時拠点 っていうパターン

 

あくまで推測だけど多分間違ってはいないと思う」

 

 凪原の予測は言ってしまえばとても単純なもので、しかし単純だからこそ聞いた者たちはその内容に納得してしまった。

 

「確かに言われてみればそれくらいしか考えられないわね。本拠点なんだったらどうしてわざわざ部外者がいるところに作るんだって話だし」

「自分たちだけのところならもっとたくさんの物資を集めておけますもんね」

 

 そう話す悠里に慈も頷きながら同意の意思を示す。たとえ小学生だって秘密基地などは人目につかないところに作るのだ、わざわざ部外者の目が大量にあるところに本拠点を作るなどよほどの自信家かただの馬鹿だ。

 

「あれ?でもそれなら予備の拠点も他人の目がないところに作った方がいいんじゃないの?」

 

 凪原の言葉に一回は納得したものの、悠里たちの発言で疑問を生じた由紀が首をかしげる。

 

「拠点に必要な設備の問題、ですよね?」

「まあ美紀の言う通りだろうな、拠点として運用するなら水と電力の確保が必須だし。電力はどうにかなるとしても浄水設備となるとちょっとキツイ。それも半永久的に使えるやつとなったらこっそり作るのはほぼ不可能だ」

 

 由紀の疑問に返しつつ、確認してきた美紀に凪原も肯定の返事を返す。実際浄水設備は巡ヶ丘学院本校舎の地下の半分以上を占めている。地下にしろ地上にしろ、そのサイズの構造体を内包できる建物となればその時点でかなり目立ってしまうのである。

 

「そんなもんポンポン建ててたらどうやったって目立つ。ならその設備があっても不自然じゃない建物に拠点としての機能を付けたほうがいい、って考えなんだろうなきっと」

 

 そう話せば由紀も「なるほどね!」と納得していた。彼女は勉強が苦手だが別に馬鹿という訳ではないのだ、きちんと説明すればすぐにこちらが言いたいことを理解してくれる。

 

「そもそも最大収容人数が15人の時点ってここが本拠点の線はないわな。こんだけ用意できる組織の人数が15人以下のはずがない。というか予備の拠点としてもかなり優先度が低い方だろ」

「あ~言われてみればそうかも、映画とかだと悪の組織の基地ってもっと大きいもんね」

 

 フィクションと現実は違うというのは皆理解していたが、圭の口にした言葉は妙な説得力を持っていて、皆の頭にスルリと入ってきて皆ストンと納得してしまった。

 

 

 

「にしてもさ~、なんでナギはそうポンポン予想ができるんだよ?」

 

 会話が一段落したところで胡桃が呆れたように問いかけてきた。彼女、というか彼女たちにしてみれば凪原の口から次々と現実的な予測が出てくることは驚き以外のなにものでもないのだ。

 

「別にこれくらいは普通だと思うんだけど」

「普通じゃない、全然普通じゃないって」

 

 胡桃の言葉に皆が激しく同調する。

 反論しようとした凪原だったが口を開く前に集中砲火を浴びるハメになる。

 

「実は黒幕です、て言われても納得しちゃうくらいの説得力だったよ」

「『信じてたのにっ』ってなるやつですね」

「おい」

「そうよ、普段から同じようなこと考えてないとこれだけスラスラと予想できないと思うわよ?」

生徒会長(現役)の頃もルールの穴を突くようなことばかりやってましたしね」

「ねえ」

「ホント、ときどき思考が犯罪者のソレだもん」

「ゆーにぃ悪い人なの?」

「………しまいにゃ泣くぞ俺」

 

 衝撃的な予想を聞いたあとなので、一度冗談でも言って落ち着こうとするのは必要なことだと思う。しかし、そのダシに自分を使うのはなんか違うのではないか、そう思う凪原だったが、それで彼女たちが笑えるのならばまあいいかと思い直し―――

 

ゴンッ

 

―――それでもちょっとだけ傷ついたので顔面から机に突っ伏した。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――つーことで、倉庫にあった銃はぶっちゃけそこまで強くはないってわけ」

「実物の銃が目の前にあるせいでちょっと思考が麻痺してたわね。冷静に考えれば分かることなのに」

「確かに映画とかで皆が持ってるって武器じゃないよね」

 

 ダウン状態から復活した凪原は、今度は発見した銃がぶっちゃけややしょぼいことを説明していた。倉庫にあったのは拳銃(ハンドガン)散弾銃(ショットガン)狙撃銃(スナイパーライフル)擲弾発射器(グレネードランチャー)、どれも軍隊や警察の機動隊などでは補助として用いられるものだ。各機関で主要武器(メインウェポン)として使われる突撃銃(アサルトライフル)短機関銃(サブマシンガン)のような連射可能な銃は1丁もない。

 もちろん何もないより1丁でも銃があった方がいいことに違いはないのだが、火力という点でやや心もとないことは否定できなかった。

 

「でもそんなに火力ってそんなに必要なの?いくら威力が強くても奴等は頭を破壊しないと止まらないじゃん。頭はそんなに丈夫じゃないから威力が低くても問題ないし、連射できても弾が無駄になっちゃうだけのような気がするんだけど?」

 

 ここで話を聞きながら何やら考えていた胡桃が口を挟んできた。これまで凪原と共にゾンビを相手に戦闘経験を積んだからこそできる指摘である。

 人間の頭蓋はそれほど硬くないからこそ、これまで9ミリ拳銃やそれこそシャベルで奴等を無力化できたのである。よって別に威力の高い弾は必要ない。それは連射能力にしても同じである。たとえば1秒で10発の弾を発射できる銃があったとしよう、ではそれを使えば1秒で10体の奴等の頭に弾丸を叩き込めるかというとそれはまた別の話である。連射により反動制御がより困難になることも考えればとてもではないが不可能であり、胡桃が言ったように弾の無駄にしかならないだろう。

 とはいえ見落としている点もある。今までの戦闘は安全性を考えてこちらが有利な状況で行ってきたが、場合によってはそうもいかないこともあるのだ。

 

「基本的にはそうなんだが、ちょいと例外もあるんだ。たとえば俺が最初に来た時みたいな、大量の奴等を一度に相手しなきゃいけない場合はやっぱり火力があった方がいいんだ。高威力の弾丸だと体のどこかに当たりさえすれば相手の動きを止められるからな。それに連射ができれば一気に勢いをそげる。あの時は簡易的とはいえバリケードがあったからどうにかなったけど、障害物無しであの量をさばくのは拳銃と近接武器じゃ無理だ」

「あーそっか、そうゆうのも考えなきゃいけないのか」

 

 当時を思い出して顔をしかめる胡桃とその他の学園生活部初期メンバー。その他の面々も似たような経験があるのか、一様に顔色を悪くしていた。

 

「ま、今のところそこまで気にする必要はないぞ。バリケードもしっかりしたのを二重にしてあるし、一応89式も2丁あるからな。いざとなってもある程度は跳ね返せるさ」

 

 沈んでしまった空気を和ませようと努めて明るい口調で凪原がそう言うと皆も表情が元に戻ってきた。

 

(………さて、何とかごまかせたかな)

 

 皆の話題が慈と悠里が作ったチーズケーキのおいしさへと移ったのを見ながら、凪原は1人内心でつぶやく。彼が『火力が足りない』といった理由は奴等の集団を相手にする時のためだけではなかった。考えていたのは対人戦、正確に言えばこの地下倉庫を作った組織にあると推定される武装集団との衝突である。

 

(これだけの物資を秘密裏に用意できる連中だ、練度は正規軍程じゃないだろうけど絶対いるよなぁ。主武装はAR(アサルトライフル)SMG(サブマシンガン)か、武器もこっちのより良いの使ってるだろうし)

 

 凪原の中で武装集団がいることは確定事項であった。何しろパンデミックの発生を予期(意図的に起こした可能性も十分にある)していた組織である。戦闘部隊の1つや2つくらいは用意していない方がおかしいのだ。

 そしてその部隊は自分達よりもレベルが上の武器で武装していることだろう。なぜなら、物資の量から推測するにここ(巡ヶ丘学院)は拠点の規模としては予備の予備、しかも恐らくは部外者が立ち入ることを想定している。そんなところに本拠地と同レベルの装備を置いておくかと聞かれたら答えはNOだろう。凪原が組織側の人間でも絶対置かない、せいぜい自衛ができるレベルのものしか置かないと思う。

 逆に考えると、本拠地にいるであろう戦闘部隊はARもしくはSMGを使っていることが推測される。弾丸の威力が高くて困るということはないし、普段はセミオート(単発射撃)を徹底していれば弾も無駄にならない。それにもしかしたら無駄弾を撃てるぐらいしっかりした補給態勢が敷かれている可能性もあるのだ。

 

 とまあやや想像に過ぎる箇所があるかもしれないが、当たらずとも遠からずといったところではないだろうか。

 

(んで問題はこっちに友好的かどうか、だな)

 

 こちらより練度・装備共に上の武装集団がいるという前提の下、彼らと接触した時の対応を考える凪原。とはいえ友好的であるのならそこまで問題はない。情報をもらうか保護してもらうか、それが無理でもそのまま別れれば良いだけだ。

 ゆえに考えるべきは彼らが敵対的だった場合である。

 

(来るとしたら15人以下、1個分隊レベルか。まず捕縛は論外。こっちの存在がばれていない状態から罠張って待ち伏せで奇襲を掛ければ………厳しいな、人手が足りない。俺と胡桃の2人じゃだめだ、最低でもあと2人いないと話になんねぇ)

 

 脳内でシミュレートしてみる凪原だったが、どう手を尽くしても勝てるビジョンが浮かばなかった。身体能力や作戦立案能力は高い方だと自負している凪原でも、8倍近い人数差で本職が相手となればいくら有利な条件を積み重ねても勝てないと結論付けざるを得ない。

 それでもあと2人居ればどうにかなると考えているあたり十分におかしいのだが。

 

(となりゃまあ逃げ一択だな、マジで第2拠点作るか。相手さんにとっては血眼になって探すレベルのもんでもないだろうし、どっか行っちまえば気にしないだろ)

 

 かなり致命的な予測にも拘らず、そんな風に割と軽く考えている凪原、実のところ彼はそこまで深刻になっているわけではなかった。

 そもそもの話、部外者(今回の場合で言えば巡ヶ丘学院の教師や学長)にもマニュアルが配布されている時点で自分たち以外が物資を使うことも想定していたはずである。そこに勘のいい人間がいれば銃器も発見されることぐらい想像の範囲内だろう。ならば凪原たちが使ったところでそこまでキツイお咎めがあるとは考えにくかった。

 

(なんか物資の隠し方が中途半端なんだよな。『どうぞ使ってください』って程じゃないけど『見つけられたら使っていいですよ』って言われてるような感じだ、意図が分からん)

 

 しばし考えてみても答えが出なかったため、凪原はひとまず疑問を棚上げすることにした。恐らくではあるが物資を使っても問題なさそうだし、直ちにこの辺りまで遠征に来る必要性があるとも思えないので時間的な余裕もそれなりにはあるだろう。直接顔を合わせたとしても案外どうにかなるかもしれない。

 

 しばらくは皆に新しく増えた銃の扱い方を教えつつ、第2拠点の作成を目指そう。そう結論を下すと凪原は意識をたった今目の前で発生した問題に向けることにした。

 

 

 

「ちょっと待て胡桃、黙ってるからといって勝手に俺の2切れ目を小さくして自分の分を増やそうとするな」

「ちっばれたか。いいじゃんナギ、男の子だろ?」

「それ今関係なくね⁉」

 

 ギャーギャー言い合いながらフォーク片手にチーズケーキを取り合う2人と、それを笑顔で見つめる一同。何はともあれ、学園生活部の空気は今日も変わりなくほのぼのとしているのであった。




このあたりの話は原作考察の中でも様々な意見が出るところだとは思いますが、筆者としては今回書いたような方向で解釈することにしました。
以下、補足説明(言い訳)タイム


チーズケーキ
料理サイトとか見てるとたまにアホみたいに美味しそうなのがアップされてたりする。超食べたい。

拠点としての重要度は多分低い
いやだって、ガチの重要拠点として使うつもりなら部外者(めぐねえ達教職員など)にマニュアル配ったりしないでしょ、目立たないようにするためといったって自社工場にするとかもっとやりようがあるはず。それに本文中にも書いたように収容人数が15人で物資が1ヶ月分の時点で大して重要じゃなさそう。

武器のグレードについて
拠点のグレードの話とも絡みますがこれがARやSMGなどのいわゆるメインウェポンが倉庫に無かった理由。ゾンビ相手ならこの程度で充分だから問題ないし、仮に敵対的な者に奪われたとしても自分達の方が火力で優勢ならどうとでも対処できるって感じ。

武装集団
なんというかまあこういう作品には絶対いるよね、ガッチガチに武装した部隊って。敵か味方か、最強かかませ犬かはそれぞれ異なるけどある意味お約束。本作ではまだ設定が煮詰まってないから立ち位置も未定。


とまあいろいろ(一部筆者の偏見に基づいた)考察を述べましたが、あくまで本作は

『原作キャラたちがそれなりに楽しく(←ココ重要)生きていくこと』

を至上命題としている作品です。時折シリアスさんが顔を出したとしても基本的にはほのぼのさんが出動してきます。ご都合主義はあまり好きではないのでちょいちょい苦労はしますが最終的には救いがあるお話を作っていきたいと考えてますのでよろしくお願いします。

以上、言い訳終わり!これからは4章も後半に入っていきますよ~
それではまた次回!


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4-6:物件探し

パンデミック世界でのお出かけ(≒デート)って多分こんな感じ


 地下倉庫の銃器を回収してそれなりに武装を整えることができたものの、同時に背後にいる組織の巨大さを垣間見ることとなった。すぐに問題が起こるとは考えにくかったが、いざという時に拠点が巡ヶ丘学院以外に無いと困るであろうことは想像に難くないため、ひとまず学院の近くで避難した際に皆が不安に思うことなく休める拠点を新しく作ることになった。

 とはいえ、作ろうと決めただけで簡単に用意できるのなら苦労はしない。まさか不動産屋のドアをノックして「どっかいいトコないですかね?」と聞くわけにもいかないので(もし聞きに言ったら転化した店主が両手を広げて歓迎してくれるかもしれないが)、自分たちの足で探すしかないのである。

 かくして凪原と胡桃の2人は条件が良さそうな物件を求め、荒廃した街中をあちらこちらへ探し回っていた。

 

「もっと道路の真ん中に寄れ、これだとガードレールに当たる」

「ムリだって、これ以上寄ったらセンターラインからはみ出しちゃう」

「このご時勢対向車両なんて来るはずねぇだろ、いいからはよ寄れ」

「あそっか(ギュイン)」

「ハンドル切りすぎだバカ!これでもし街路樹にでもぶつけて廃車にしてみろ、奴等の前にめぐねえに殺されるぞ!」

「わっわわわっ」

「落ち着け!ブレーキ踏めブレーキ!」

「う、うんっ」

 

キキッー、ガッコン

 

 胡桃が勢いよくブレーキペダルを踏み込み、慣性の法則に従い2人の体が前に飛び出す。シートベルトをのおかげで一瞬息が詰まった以外は特に問題が起きることはなく、凪原と胡桃はそろって息をついた。

 

「あー、首ツるかと思った」

「うぅ…ごめん」

「平気平気、最初は誰でもそんなもんだ」

 

 ハンドルの上に縮こまるようにして謝る胡桃に、凪原は手を振って答える。

 

「そもそも正規の教官じゃない俺が運転教えてる時点で無理があるんだから気にすんなって」

「う~それにしてももうちょっとできると思ったのに コントローラーで動かせるようにならないかな

「おい」

 

 聞きずてならない呟きにはとりあえず突っ込んでおく。

 

 これまでの会話から分かる通り、現在ハンドルを握っているのは胡桃だった。慈の自家用車である赤いミニの運転席に彼女で助手席に凪原、言うまでもないがその他の同行メンバーはいない。いつも通り2人っきりでのおでかけ(遠征)である。

 胡桃が運転をしているのは凪原の提案によるものだ。今の学園生活部で運転ができるのは慈と凪原の2人、そして保有している車は赤いミニとリバーシティ・トロンから拝借してきた2tトラックの2台なので一応人数は足りている。とはいえ運転できる人数は多いに越したことはなく、数日前に胡桃が法律上免許が取れる年齢になったこともあり運転のトレーニングを始めることにしたのである。なお年齢上は胡桃と同じく運転できる由紀に関しても同様の話があったのだが、ペダルに足が届かないため見送りとなった。(なお、『ん~っ』と足をプルプルさせてペダルを踏もうとしている由紀の姿に皆がほっこりしたことをここに記述しておく)

 

 校庭での基本的な運転練習が終わったため、公道実習ということで今回の遠征でドライバーを務めることになったのである。しかしながら開けた校庭とは異なり、外の道路は狭い道幅にあちこちで立ち往生したり事故を起こして乗り捨てられた放置車両、さらにはフラフラと歩きまわっているゾンビ、と障害物のオンパレードである。運転を始めて1週間程度の胡桃には難易度が高かった。

 

「やっぱ難しくない?運転」

「まだ始めたばっかなんだからそう凹むな―――っと胡桃、お客さんだ」

 

 フォローの言葉を続けようとした凪原だったが、ちらと車外の様子を見たところでその言葉を飲み込み警戒の声を飛ばす。エンジン音に釣られたのか、前後からそれぞれ数体のゾンビが体を揺らしながら近づいてきていたのだ。

 

「は~も~どっからでも湧いてきやがって、たまには体を気遣って休むとかしろよ」

「いらない気の使い方するなってナギ、それにこれの実戦投入をしたいって言ってたじゃん」

「冗談冗談。よし、俺が後ろで胡桃が前な。さっさと片付けるぞ」

「アイアイサー」

 

 その声を合図に、凪原と胡桃はスムーズに車から出て担当の方向へとそれぞれ武器を向ける。2人の手にはこれまで使っていた9ミリ拳銃ではなく、より大きなシルエットの銃が構えられていた。

 

 元々はグロック17なのだが、折りたたみ式ストック付きの大型の外装に減音器(サプレッサー)、フォアグリップと可変倍率スコープが付いたソレはもはや拳銃と呼称するには多分に無理がある姿となっていた。あえて名付けるとするならば、グロックカービンというのが適切であろう。

 カービン銃というのは騎銃という日本語表記から分かる通り、元は騎兵が用いることを想定して製造された銃のカテゴリーである。激しく上下する馬上で問題なく銃を扱うためには従来の小銃を短縮軽量化する必要があった。時代が下るにつれて騎兵が廃れた現代においてはカービンという名称はおおむね「小型のライフル」という意味で使われている。

 

 ところでこのカービン銃、小銃すなわち一般的なライフル銃と比較すると取り回しが良いという利点に対し射撃時の反動・マズルブラスト・発射音が大きくなり、命中精度が低下するという欠点があったりする。これは銃身長が短くなったことが主な原因であり、時には「1つの長所(取り回しの良さ)を得るために銃として重要な要素を失った」、などと悪しざまに言われることもある。

 こんな風に言ってしまうと、現在2人が用いているグロックカービンも原形のグロック17と比較して性能が低いのではないかと想像してしまう人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。カービン銃が性能として劣っているのはあくまでライフル銃と比較した時であり、拳銃と比較した場合はむしろ全く逆に言うことができるのだ。まず銃身は4.5インチバレルから7インチバレルに換装されて倍近く長くなっている。これにより先ほど挙げた性能が軒並み上昇しているのだ。さらにストックとフォアグリップが付いて射撃時の安定性が格段に向上していることに加え、外装上部に据え付けられている20㎜レールにスコープをマウントすることで照準を合わせるのにかかる時間も短くなっている。唯一取り回しに関しては低下しているが元が取り回しに全振りしたともいえる拳銃なのだ、多少大型化したところで極端に低下することはない。

 

 という訳でこのグロックカービン、比較的取り回しが容易構えやすい上に狙いやすくそれなりに命中精度も高い、さらに低反動でそれでいてゾンビの頭蓋を砕くのに十分な威力を有している、というある意味ぶっ壊れ性能ともいえる能力を有しているのだ。元の銃の面影が完全に消失してもはやゲテモノレベルとなってしまっているが、対ゾンビ戦闘に限って言えばこれほど有用な銃はそうそうないであろう。

 

 

 もちろんいくら有用な武器とはいえぶっつけ本番で実戦投入するのはバカの所業である。地下倉庫を発見してから今日まで、物資が充足していたこともあって凪原と胡桃は遠征に出ることを中止してこの銃の慣熟訓練に勤しんでいた。なお射撃練習には地下の貯水槽上部にある細長い通路に設置された射撃レンジ(隠し部屋にあるパネルを操作すると使用可能になった)を用いた。「学校の地下に射撃練習場って…」と思わないでもなかったが、どうこう言ってもしょうがない上にもはやそれほど驚くことでもなく、なにより役に立つことに違いはないので特に指摘する人はいなかった。

 

 そんなわけで、これまでのもの(ハンドガン)よりも性能が向上した武器(カービン)が十分な技量でもって用いられればどうなるか、考えるまでもなくゾンビの殲滅にかかる時間が大幅に短縮されるのである。前後それぞれに両手の指で足りない数がいたのだが、2人が車から出てからさして間を開けることなく近づいてきていたすべてのゾンビが頭部を撃ち抜かれて倒れ伏す結果となったのだった。

 

「おつかれナギ」

「おうそっちも。だいぶ上達したんじゃないか、俺もうかうかしてられないな」

「あたしなんかまだまだナギと比べたら全然だって」

 

 凪原の言葉に謙遜する胡桃だったが、実際彼女の射撃能力はこの1,2週間で格段に向上していた。今にしても次々と近づいてくるゾンビに対して的確な射撃を加え、無駄弾もほとんどない。既にパンデミック以前そこら中にいた警察官達よりはるかに習熟していると言えた。本職の自衛隊員や銃器対策部隊員と比べれば劣ってしまうが、彼等は以前より日々厳しい訓練を経て現在の実力を得ているのに対し、彼女は数か月前までは銃など撃ったことは愚か触ったこともなかったのである。その上達速度には目を見張るものがあった。

 

「んじゃもっと集まってくる前に行くとすっか、運転も良くなってきてるからもうちょっとだろ」

「めぐねえの車だからぶつけた時が怖すぎるんだって、そりゃ上達もするよ」

 

 かわいらしい外見のミニは慈のお気に入りであった。いきなりトラックの運転は難しいということでキーを借りられたのだが「もし廃車にしちゃったら、お説教ですよ?」と出発前に笑顔で言われたのは記憶に新しい。()()()()()、でないところに彼女の優しさをみることができるのだが、その迫力はなかなかのものであり関係ないはずの由紀や圭も一瞬固まっていた。

 

「………安全第一でな、そもそもそんなにスピード出せないけど」

「うん、分かってる」

 

 揃って身を震わせると、2人はいそいそとミニに乗り込んでゆっくりとその場を後にした。

 

 

 

====================

 

 

 

「クソ、めんどくさいな。いっそ天井(ルーフ)に穴開けてそこから上半身出して撃てるようにするか」

「やるならナギ1人でやれよ?あたしは手伝わないからな」

 

 昼休憩を挟み都合10回目となる下車してからのゾンビの制圧を終えて車内に戻ってきた凪原がぼやくが、胡桃は一考すらせずに不干渉を宣言した。ちなみに今回は数が少なかったため彼女は下車しておらず、運転席に座ったままである。凪原が席に座りドアを閉めたのを見計らって、胡桃はスムーズに車を発進させた。

 

「言ってみただけだ。今度中古ディーラーにでも行ってサンルーフ付きの車でも見繕おう」

「あっじゃああれがいい。SUV、だっけ?かっこいいやつ」

「探しに行ったとこにあったらな。――にしても、」

 

 手を上げて(片手でハンドル操作ができるくらいには運転に慣れてきたようだ)希望の車種?を言う胡桃に答えつつ、凪原は周囲を見回すとわずかに眉を寄せた。

 

「さっきから奴等の数が多いな、昼間だからこの辺にはあんまりいないと思ってたんだけど」

 

 現在車が走っているのは住宅街のど真ん中、そして時刻は昼過ぎである。ゾンビが生前の生活ルーチンに基づいた行動をすることを考えると、探索中に遭遇することはほとんどないだろうと凪原は考えていた。ところが蓋を開けてみるとかなりの頻度で接敵し、排除のために下車する必要があった。大通りと比べると道幅が狭いため、すり抜けることができない場合を差し引いても想定より数が多いのである。

 

「ん~、多分いろいろズレてきたんじゃない?」

「ズレ?」

 

 頭を悩ませていると、同じく頭をひねっていた胡桃が口を開いたので聞き返しながら続きを促す凪原。

 

「奴等って生きてた時の行動を繰り返そうとするけどさ、動きがすごい遅いじゃん?」

「ああ」

「あの速さで生前通りに動こうとしても絶対無理でしょ?電車とかも動いてないから遠くまではいけないし、もし生きてる人を見つけたらそっちに行っちゃうだろうし。そうなったら前の生活ルーチンからはだんだんズレてっちゃうんだと思う。もうこんなになって(パンデミック)から3ヶ月くらい経つからだいぶ変わっちゃってるんじゃないかな」

「………理解した。そっかそういうことか」

 

 胡桃の予想を聞いて、凪原はシートに頭を預けて天を仰いだ。確かにゾンビは生前と同じ動きをしようとする。しかしあくまでしようとするだけで実際にその通り動けるかは別問題だったのだ。考えてみれば当たり前で、生前と同じ行動をするためには生前と同じ運動能力と社会インフラが必要である。そのどちらもが満たされていない状態でゾンビ達がかつてと同じように動ける道理はないのだ。なまじパンデミック当初に彼等の動きをよく観察していただけに、かえってそれが先入観となり凪原の考えを縛っていたのである。

 

「ってかそうなるとこれからはいつでもどこでも同じくらい奴等がいるってことじゃねぇか。マジでめんどくさくなってきたな」

 

 胡桃の話から今後のことを予測して嘆く凪原。これまでは一応ゾンビの少なそうなルートを事前に考えていたのだがこれからはどんどんそれが無意味になってくるのだ、先ほどのような偶発的な戦闘も多くなってくるだろう。そうそう後れを取るとは思えないがめんどうであるのは間違いない。

 

「そこまで深刻に考えなくてもいいんじゃない?奴等の習性自体が消えたわけじゃないからあんま変わらないと思うし。むしろ分散するならこれまで数が多くて探索できなかった場所も行きやすくなると思うよ」

「………なるほど、そういう風に考えれば悪いことばっかでもないのか。サンキュな胡桃、どうも俺は悪い方に考えやすいみたいだ」

 

 そう言って表情を和らげる凪原、パンデミック以降は()()()を想定して動くことが多かったためか、知らないうちに考え方が悲観的になっていたようである。以前ならば良い面悪い面両方考えたとしてもまずは良い面を思いついていたものなのだが。

 

(まあ楽観が過ぎて事故るよりはいいし、俺の性格が多少変わるくらいはどうでもいいか)

 

 などと考えている凪原の思考を打ち切ったのは胡桃のいつものような元気なものではなく、優しさを多分に含んだ、ともすれば年下であることを忘れてしまうような柔らかい声だった。

 

「そんなことないよ。ナギがいつもあたしたちに危険がないようにって考えてくれてることは分かってるけど、それで全部背負って抱え込んじゃうのはダメだよ。あたしも、みんなもそんなの望んでない。ナギだって仲間なんだから自分はどうでもいいなんて思わないで」

「………最近心を読んでるんじゃないかってレベルで(さと)い時あるよな胡桃。こりゃそろそろポーカーフェイスの看板を下ろさなきゃいけないか」

 

 言い方こそ茶化しているものの、凪原の気配がわずかに緩む。目で見る分には何も変わっていないのだが、胡桃にはその変化が確かに感じることができた。

 

「ナギの考えてることなら大体は分かるよ、だって好きだもん」

 

 発言の前後で胡桃の様子は変わったようには見えない。彼女がしれっとそんなことを言えるわけがないので、恐らくはついポロっと言ってしまったのだろう。

 

「ありがとな。俺も好きだよ、胡桃」

 

 なので突っついてみることにする凪原。もちろん言っている内容には一片の嘘もないので何の問題もない。

 

「なっなななぁぁっっ⁉」

 

 その結果、突如としてミニが蛇行運転を開始した。

 

「いやっ、さっきのはちがっ、くはないんだけどそういうことじゃなくて!そのっ、言葉のあやっ、ていういう訳でもなくて、ええっとようするにアレだよアレ!」

「分かった、分かったからっ俺もいきなり言って悪かったから!だからマジで落ち着いて運転して⁉ホント頼むから!」

 

 発した言葉を自覚して胡桃は顔を真っ赤にし、逆に凪原は暴走を始めた車に命の危機を感じて顔を青くする。これまでの練習が功を奏したのか、数秒で何とかミニは安定を取り戻した。

 

「「………。」」

 

 そして訪れる沈黙の時間。

 決して嫌な空気という訳ではないのだが妙に気まずいというか顔が熱いというか、今更になってお互い恥ずかしさが募ってきたというところである。体感では車内の温度が5度くらい上がったように感じられた。

 

「ん、んんっ。そ、それで、さっきからあっちこっち走り回ってるけど拠点になりそうな場所の条件って何があるんだっけ?」

 

 もちろんこんなことは出発する前に何度も話し合っている。しかし微妙な空気に堪えられなくなった胡桃にとって話題を変えられるなら何でもよかったのだろう。もちろんその気持ちは凪原も同じだったので胡桃のフリに応じることにした。

 

「そうだな………。まず第一に俺ら8人が生活できるだけの広さがあることだろ。それに奴等の侵入が防げるだけの障害があるか、作れるだけのスペースが周りにあること。あとは水が敷地内で必要なだけ確保できて、簡易的でもいいから発電設備を有してること。あと欲を言えばあまり目立たない場所、ってとこか」

 

 つらつらと拠点に必要な条件を上げていく凪原。その内容は何もおかしくないし、どれも拠点運用を考えた時に必須なものである。

 必須ではあるのだが―――

 

「なんかさ、聞くだけでそんな場所ないだろって思っちゃうのはあたしだけ?そういう条件をそろえるのが難しいからあの(地下)倉庫を作った連中だってわざわざうち(巡ヶ丘学院)を拠点にしたんじゃないの?」

 

―――そんな場所が簡単に見つかるのなら苦労しない。

 

「あー…まぁ、うん。実際そうなんだろうけどさ、今なら世間の目とかないからどっかいい場所あるんじゃな~って思ったり?」

「いろいろ考えている割に行き当たりばったりなとこあるよな、ナギって」

「やめてくれ、気にはしてるんだから」

 

 安心したように笑う胡桃に凪原は苦笑いしながら答えるしかなかった。

 




移動だけで1話使ってしまいましたが第2拠点探しのお話です。
サクサク進めようとは思っているんですが筆がのると色々書いちゃうんですよね。それでいて推敲する時間はあまり取れてないので駄文になっていたらご容赦を。


運転練習
原作では割と簡単に運転していた胡桃ちゃんですが、遮るものの無い広い道路ならまだしも障害物だらけの世紀末世界で安全にドライブするにはそれなりに練習が必要だと思うんですよ。ぶつけて廃車にしようものなら恐らく大魔神にジョブチェンジするお姉さん(めぐねえ)がいればなおさらです。

グロックカービン
筆者の趣味全開の現時点でのメインウェポン、説明云々は本武器を出すためのこじつけというか、何ならこの武器書きたい欲の方が本作の構想より前からあった説まである。外観がイメージしにくい人は、Youtubeで『 kpos scout 』で検索して出てきた動画のモノをロングバレルに換装して減音器(サプレッサー)をつけ、マウントレールに1~3倍程度の低倍スコープを取り付けた感じだと思ってください。
↓商品説明のURL
https://www.youtube.com/watch?v=nJuHzUIoCOQ
外人が持ってるから小さく見えますが、小柄な日本人が持つとこれまたいいサイズ感なんです(エアガン用レプリカを買った実感)。それに3〜4kgとかあるARと違って軽いので胡桃にも軽々扱えて、動画のように単点スリングで吊っておけば近接武器との切り替えも簡単です。ストックをたためば場所も取らない。
皆さんも世紀末への備えとしてご自宅に1丁いかがでしょうか(アメリカCM並感)
↓エアガン用レプリカの説明動画
https://m.youtube.com/watch?v=K6cx2W5dYVQ

奴等のバラつき
交通機関が死んで運動能力もガタ落ちになってるのに生前と同じ動きなんてできるわけないだろいい加減にしろ。漠然と生前と同じ行動をすると言われてもなんか納得できなかったのでこのような解釈となりました。生前の生活ルーチンを維持しようとする習性は残るとしても、そのうち昼は外に出て夜は近くの建物の中に入る程度になるんじゃないでしょうかとおもいます。あくまで胡桃の推測なので本当にそうなのかは分かりませんが(まだしっかり決まっていないともいう)。
※念のため断っておきますが同様の設定を使っている他のゾンビ小説に対して批判する意図は全くありません。


拠点探しはもう少し続きます。
それではまた次回!


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4-7:おとまり 上

パンデミック系デートその2


「バッカじゃねえの⁉ほんとバカじゃないのっ⁉」

「悪かった、マジで悪かったってっ。俺だってあそこまで派手になるとは思ってなかったんだよ!」

 

 住宅街のとある一軒家の屋根の上で凪原は胡桃にパシパシ、ではなくバシバシと叩かれていた。凪原も一応謝ってはいるが、その程度で胡桃の興奮は収まらないようだった。

 幸いなのは、彼女の大声に釣られて寄ってくるゾンビがすでに周囲にいないということだろうか。

 

「理由は分かるよ?この辺の危険度を下げたいから奴等を一か所に集めてまとめて始末するっていうのは。でもやりすぎだろあれ!」

「いや、中途半端なのは良くないかなぁって」

「加減ってもんがあるだろ!見ろよっ!」

 

 凪原の歯切れの悪い弁明に、胡桃はなおも言いつのるとある一点を指さした。その指が示す先では―――

 

「電柱が吹き飛んでんじゃん!」

 

―――爆発により根元からへし折れた電柱が近くの住宅の屋根に突き刺さっていた。

 もともと交差点の片隅に立っていたそれは腰の高さ辺りでえぐられるように千切れており、断面からはねじれた鉄筋が顔をのぞかせ、周辺にははじけ飛んだコンクリートの破片が散らばっている。

 

 とはいえそれらの無機物はより多くの有機物、ゾンビ達の残骸の中に埋もれてしまっていた。原形をとどめているのはほぼ皆無、ほとんどが元がどの部分だったのかも分からないほどグチャグチャに入り混じっていて、グロ耐性がない人が見たら一発で失神確定のレベルである。俗な言い方をすれば「ミンチよりひでぇや」というやつだ。

 

 そのようなもしパンデミックが起きていない状況で同じことが起きれば新聞の三面記事を飾る、を通り越して号外が発行されてテレビでは緊急特番が組まれるほどの惨状なのだが、これほどの結果を引き起こすためには当然ながら幾つかの工夫が凪原の手によって施されていた。

 

 基本的な構図としては、目覚まし時計でゾンビを一か所に集めたところへ学園の地下で手に入れたM79グレネードランチャーでHE弾(炸裂榴弾)を発射した、という形になる。目覚まし時計のゾンビ誘因効果は折り紙付きであるし、純軍事目的で開発・製造されたHE弾が有する破壊力は強力である。

 しかし、それだけでは現在2人の目の前にある状況を作り出すことはできない。

 確かにHE弾の爆発は半径5mの者に致命傷を与え、半径15m圏内にいる者に負傷を負わせることができる。ただし忘れてはならないのがゾンビを始末するためには頭部を破壊する必要があるという点である。人間よりも頑丈であり、さらに密集することで肉の壁としての機能も得たゾンビの集団をまとめて殲滅するためには、HE弾だけでは残念ながら威力不足だった。

 

 では、その不足分をどのように補ったのか。

 

「にしてもガスボンベの爆発ってあんなに大きいのな、鎖も巻き付けてたから破壊力がエグいことになってるし」

 

 主犯である凪原自身も引き気味で呟いた言葉にその答えが含まれていた。

 

 HE弾で足りないのなら、同じ原理の装置を追加すればよい。凪原(とその手伝いの胡桃)は業務用の大型ガスボンベ数本をゾンビを集める電柱に括り付けていた。

 当然ながら事故防止の為ガスボンベの外装は十分に分厚くちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない。とはいえ流石に軍用火器による爆発には耐えられず、HE弾の炸裂と共に大きな花火を咲かせることになったのである。

 

 しかしこれでもゾンビたちを殲滅しきるにはまだ足りない。

 

 あまり知られていないことであるが、爆風そのものの殺傷力はそれほど高いものではない。もちろん至近距離でまともに食らえば人間など簡単に死ぬのだが、その威力は一般的に爆心からの距離の3乗に比例して減衰すると言われている。例えば、10m離れたらそれだけで1000分の1まで減少する計算だ。爆風だけで相手にダメージを与えようとした場合、効果範囲を2倍にしたければ爆薬の量は2の3乗で8倍にしなければならないことになり、非常に非効率的である。

 では爆風以外にどのようにダメージを稼げばいいのかといえばそれは簡単な話で、爆風により破片を吹き飛ばすようにすればいい。この手のことについて調べたことがある人ならば知っているかもしれないが、爆弾が与えるダメージの大部分は、爆発により破片となって吹き飛んだ外装の金属部分が身体に当たったことによるものである。爆風はどれだけ勢いが強くても所詮は空気でありそれほど威力は期待できない。逆に破片はたとえどれほど小さくても金属である以上空気の数千倍の密度があるうえ、爆発によって千切れ飛んでいるため先端がとがっている。このような危険極まりない破片を爆風に乗せて四方八方に飛び散らせることが対人兵器としての爆弾の神髄である。

 

 以上の知識に基づき、凪原は電柱に括り付けたガスボンベに対しさらに金属製の鎖を巻き付けていたのだ。余裕を持たせることなくびっしりと巻き付けられていたそれらは、ボンベの爆発と共に無数の散弾となって辺り一帯を蹂躙したである。

 ホームセンターに行けばいくらでも在庫がある、さらに言ってしまえばその辺の住宅街を回れば簡単に手に入れられる材料の何とも恐ろしい使用法であった。

 

「っていうか前にも同じようなこと聞いたけどさ、ホントになんでこんなこと知ってんだよナギは?普通に過ごしてたら絶対知らないだろ」

 

 呆れたように、というよりは純粋に興味があると言った感じで尋ねる胡桃。彼女にとって凪原が出してくる考えはこれまでの人生で全く意識したことが無いようなものばかりであり、どのような経験をすればそのような知識を得られるのか皆目見当がつかないのだ。

 

「んー…特に何か意識してたわけじゃないんだけど、しいて言うなら周りの影響、とかかな。特に高校の同期達(31期)にはいろいろ濃い奴が多かったし」

「ああ…たしかに」

 

 色々思案しながらそう話す凪原の言葉に、胡桃は納得すると同時に何とも言えない表情になる。

 実は、凪原達第31代生徒会のキャラの強さのせいで忘れられがちなものの、彼と同じ代の学生達のキャラも相当なものだったのだ。なんせ胡桃達がまだ凪原が元生徒会長だと知らなかった時に自分たちの2つ上、つまり31期の先輩だと分かっただけで微妙な表情になったレベルである(1-6話参照)。

 

 具体的に言うと、あいさつの時だけケニア語で「ジャンボ」と話すそこにいるだけで周囲の温度が2度上昇するどこぞの太陽神もどきや、高2の文理選択で理系を選択したにもかかわらず1年経ってから「やっぱり自分は文系だった」といって自主的に留年した一人称が儂の戦争オタクなど、字面だけで濃いと確信できる奴がそこそこの数いた。

 さらにキャラが濃い奴といえば、授業間の10分休みに敷地内の片隅にある柿の木まで駆けていき、片方が4,5mほどの高さまでよじ登って下に待機しているもう片方によく色づいた柿を投げ落とし、ある程度の数を収穫すると再び教室まで駆け戻っていく(ちなみに季節によっては柿でなくビワやプラム、ゆずだったりする)どこかの昔噺の世界から出てきたと言われても納得できる2人組もいた、というかこの2人は他にもいろいろやってたので、もし違う学校だったら文句なしで変人ランキングのツートップを飾っていたことだろう。

 他にも例を挙げていけばキリがない。ほとんどが1癖もしくは2癖ある人間ばかりであり、何十年ものキャリアを積んだベテラン教師をして「よくもまあこれだけの奴等が1学年に集まったものだ」と言わしめた変人集団、それが巡ヶ丘学院第31期生なのだった。

 

 そんな愉快な先輩達(第31期生)のことを思い出していた胡桃だったが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。

 

「あれ、ちょっと待った。その先輩たち(31期生)の中で既に一番目立ってたナギはもっと前から変だったんじゃ―――」

「さーてとっ、奴等もまとめて始末できたことだし、さっき目を付けたとこに行ってみようぜ」

「あっ!ちょっと待てよっ」

 

 さっさと屋根から飛び降りてしまった凪原を追い、胡桃も慌てて屋根を降り始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「突撃、お隣さんの家を勝手に内見!新しい我が家を探そう」

「なんか番組名っぽく言ってるけど、やろうとしてるのはほぼ空き巣というかそれよりひどい気がするんだけど?」

「でもよ、前みたいだったらこんなとこ住めないって思ったらテンション上がるじゃん?」

「言いたいことは分かるけどさ…」

 

 楽し気な様子の凪原とそれにツッコミを入れる胡桃。彼等は先ほど凄惨な爆発事故(事件)の現場となった交差点から数ブロック離れた場所に来ていた。先ほどまでいたところよりも一軒一軒が大きいいわゆる高級住宅街というものである。

 そして今2人が立つ前にはよい色合いのレンガのアーチと装飾の施された鉄格子で作られたゲートがあった。

 

 アーチの上部にはこれまた洒落た金文字で、~レゾナンス 巡ヶ丘~いう文字が躍っている。ゲートの向こう側は一見すると公園のようで、樹木、生垣、ベンチテーブルなどが配置されており、その調和を乱さないように数軒の戸建て住宅が十分な間隔をもって建てられていた。住宅や樹木などによって視線がさえぎられることもなく、開放感あふれる空間が広がっている。

 

「この頃話題になってた『自然と暮らす家』って感じのコンセプトで敷地丸ごと整備したってとこかなこりゃ」

「あ~、そういえばCMとかでちらほら見かけるようになってきてたね。環境に優しい暮らしがどうとか言ってたけど。ここ結構新しいみたいだし、できたばっかなのかな」

「恐らくそうだろ。ま、人間がほとんどいなくなったから環境問題は丸ごと解決済みなわけだが。あれだけ世界中で騒がれてたことがこんな簡単に解決すると少し笑っちまうよな」

 

 皮肉気に言ってる凪原だったが、表情を真面目なものに変えると改めて敷地内の様子を確認していく。

 

「―――とはいえ、さっきちらっと見た時も思ったけどやっぱここは拠点として良さそうだな」

 

 この住宅地、防犯の為なのか周囲が高さ3m近いレンガの壁で囲われており、敷地内に出入りできるのは今2人がいる正面ゲートと裏門に当たる小規模なゲート、それに車両用出入口の3ヶ所しかない。ゲートはバリケードで簡単に塞ぐことができるし、車両口の方は高さのある車を隙間なく停めておけば防壁として十分機能するだろう。敷地内のスペースも十分なので中に第2の防衛線を構築することもできそうだ。

 

「うん。全部の家にソーラーパネルがついてるし、あの奥にあるアレって多分井戸でしょ?ナギが言ってた拠点の条件に合ってると思うよ」

 

 胡桃の言う通り、敷地内の住宅の屋根には太陽光発電用のパネルが設置され太陽の光を反射して黒く光っている。

 さらに、敷地内のベンチなどが集まっているスペースには手押し式のポンプと丈の低い水桶があった。水道管がつながったインテリア用のものの可能性もあるが、昨今では『災害に対応できる家』というのが注目を集めていたし恐らくは地下水をくみ上げられる本物の井戸だろう。

 

「そんじゃ、ここを拠点にする方向でいいか?」

「いいんじゃない?でもどうやって入んの?見たとこ鍵掛かってるっぽいけど」

「大丈夫だ、俺に考えがある」

「ナギがそういう言い方する時って大体ろくでもないこと考えてるんだよな………」

 

 微妙に嫌そうな様子の胡桃に「そんなじゃないって、鍵取ってくるだけだから」とだけ言って車と戻ってしまう凪原。鍵?、と胡桃が首をかしげているうちに戻ってきた彼の手にはとある物品が握られていた。

 

「お待たせ、マスターキー持ってきたぞ」

「あたしにはナギが持ってるのがSRM1208(ショットガン)に見えるんだけど?」

「?、だからショットガン(マスターキー)だって言ってるだろ?アメリカとかじゃこれくらい普通らしいぞ?」

「いつからここはアメリカになったんだよ…」

 

 呆れかえる胡桃を気にも留めず、凪原は正面ゲートの蝶番へ銃口を向けると躊躇うことなく発砲した。鍵破壊の為だけに開発されたブリーチング弾はその威力をいかんなく発揮し、見事解錠(破壊)に成功した。

 

「じゃあ鍵も開いたみたいだし、それぞれの家の内見を始めるぞ」

「開いたじゃなくて開けただろ。ああもう、これじゃ空き巣から押し込み強盗にクラスチェンジだ」

「ランクアップだな」

「むしろダウンだよ」

 

 

 

====================

 

 

 

「お湯沸いたぞ~」

「ん、今行く」

 

 電気ケトルから音がしたところで凪原が声をかけると、近くのソファーで仰向けに寝転がって漫画を読んでいた胡桃は返事をして立ち上がり、凪原がいるテーブルへと近寄ってきた。

 

「どれにする?」

「うーんとね…これっ!やっぱ王道のしょうゆ味」

「あっちくしょう俺もそれにしようと思ってたのに」

「早い者勝ち~」

 

 テーブルの上に並べられた複数のカップ麺はこの家の中を物色した時の戦利品である。他にも缶詰や天然水のペットボトル、乾パンなどの備蓄用食品をいくつか確保できていた。

 

 コポコポコポ

 

 3分間待つ間にキッチンで見つけてきた茶葉と急須で淹れたお茶で一心地ついていると、両手で持っていた湯呑をテーブルに戻した胡桃が口を開いた。

 

「にしてもさ、ずいぶんあっさり入れたよね。防犯意識とかないのかな」

「塀に囲まれてるからな~、こういうとこに住めるような人の考えることはよく分からんけどそうなのかもしれん」

 

 「まあ楽だったからいいけど」と続ける凪原。彼等の顔に浮かんでいるのは呆れの表情だった。

 そもそも、しれっとお茶を飲みながらくつろいでいるが2人がいるのは今日初めて見つけた高級住宅のリビングである。当然これまでに一度も入ったことはない。

 ではなぜ2人は今のんびりとくつろげているのか。別にピッキングした(忍び込んだ)わけでもなければ、無理やり押し入った(鍵を撃ち壊した)わけでもない。事実はもっと単純である。

 

「まさか何となく確認した鉢植えの下にほんとに鍵があるとはな」

「一昔のマンガかドラマかと思ったよ」

 

 とりあえず鍵がかかっていることを確認して「さてどこかから入れないか」と考え始めた矢先、玄関の横に1つだけ置かれた品のいい鉢植えに2人の目が留まった。「いやいやまさか」、「そんなことあるわけ」と言葉を交わしつつ念のため持ち上げてみたその下には真新しい鍵が太陽の光を受けてキラリと輝いていた。

 

「せっかくピッキングしにくいディンプルキーだったのに、設計者が泣くぞこんなザル防犯じゃ」

「まあまあ、あたしら的には鍵壊さないで済んでよかったんだし―――っと3分経ったよ」

「んじゃ食べるか」

 

 ズルズルとカップラーメンをすする凪原達。日本人なら誰もが1度は食べたことのある某有名メーカー産のそれは『いつ食べてもおいしい』の宣伝文句通り、世界の状況など一切関係ないかのように以前と全く同じ味であった。その味に凪原は大学の仲間と徹夜でレポートを仕上げていた時の夜食を、胡桃は部活帰りにメンバーとコンビニに立ち寄って買い食いした時のことを思い出した。

 そんな体感的には遥か昔、しかし実際にはせいぜい数ヶ月ほど前にあったごく普通な日常に思いをはせて、2人はしばし無言のままはしを動かしていた。

 

 

 




パンデミック世界で凪原がはっちゃける話。
あとうまいこといい物件が見つかったみたいですね。


爆発事故(事件)
HE弾とプロパンガスの連鎖爆発による世紀末ボンバーマン。まあ実際にやったことはない、というかやってたら手が後ろに回ってますので、描写したほどの爆発になるのかはさっぱり分かりませんけれど、爆弾で恐ろしいのは爆発そのものよりそれで飛散した破片なんやなってお話。ゾンビ相手に爆発物はあまり相性がいいとは言えない(本文中に書いた通り頭部を破壊しないと殺害できないため)のですが十分に集めて密集させた真ん中で爆発させればそれなりの打撃は与えるとは思います、手足が飛ぶだけでも脅威度は下がりますし。

巡ヶ丘学院31期生
やべぇ奴が多いやべぇ学年。実は例に挙げた人たちのモデルは筆者の学生当時の同期だったりする。オブラートに包んではいるが概ねノンフィクション。卒業後に学外の友人たちに話すとあんまり信じてもらえない。

高級住宅地
宣伝文句としては「緑あふれるのびのびとした空間で家族や近隣の人々とふれあう、古き良き日本の暮らしをしてみませんか」とかなるんじゃないですかね(テキトウ)、高級住宅とか縁がないんで知りませんけど(半ギレ)。井戸に関しては某心で作る系企業スタ〇ツのCMとかで賃貸住宅にも設置されてたのでここにあってもおかしくはない、ハズ。あと現代でもてはやされている最新の警備システムとかは世紀末世界ではゴミ。

カップヌ〇ドル
もはや国民食といってもいいカップラーメン。味覚とか嗅覚の記憶ってすごい強くて今まで忘れていたこととかでもそれをトリガーとして当時のことを鮮明に思い出したりするんですよね。
 ちなみに、カップ〇ードルを食べた凪原と胡桃が昔のことを思い出したということはこれと平和な頃の日常とが結びついているってこと。もしパンデミック以降も食べ続けていたとしたらわざわざこんな感傷に浸らないはずなので、最近はあんまり食べてなかった。すなわち、りーさんとめぐねえがきちんとした食生活を維持していたということです。筆者の文章力の欠如のせいで本文中では書けませんでしたが2人のファインプレーを知っておいてほしくてここに書かせてもらいました。


おとまりはもう1話続きますよ~
それではまた次回!


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4-8:おとまり 下

ここまでならR15でも大丈夫、だと思う。

それ以前の問題として筆者の文章力及び構築力が壊滅してるのはユルシテ…ユルシテ……



「ポンプ式ってのもそう捨てたもんじゃないな」

 

 洗面所で見つけたタオルで頭を拭きながら凪原は感心したように呟いていた。

 

 久しぶりにカップラーメンを食べた後にシャワーを浴びたのだが、いくら第2拠点として定めたこの家がソーラーパネルを備えて自家発電ができるとはいえ、消費電力が大きい給湯システムを作動させるのはいささか難しい。

 そこで、凪原達はキャンプや海水浴など向け用品であるアウトドアポンプを使うことにした。これは普通のポリタンクにシャワーノズルとチューブ、それに灯油ポンプの握る部分を取り付けたような外見をしている。ポンプを何度か握るとタンク内の空気圧が上がり、その力でシャワーノズルからお湯を押し出すという構造で、言ってしまえば幼いころに遊んだシャカシャカとパーツを動かすタイプの大型水鉄砲と同じ原理である。ポットで沸かした熱湯と井戸で汲んだままの水を混ぜて適温にするのに少し手間取ったが、シャワーとしての性能自体は各家庭のものとほとんど遜色がなかった。

 

「ドライヤー…は別にいいな、電気がもったいないしすぐ乾くだろ」

 

 そう結論付けてタオルを首にかけると、凪原はテーブルに置いていたペットボトルのお茶を(あお)った。冷蔵庫を稼働させているためよく冷えているのがシャワーで温度の上がった体に気持ちいい。ゴクゴクとのどを鳴らしてすぐに1本飲み干してしまった。

 

「うーん、流石文明の利器。もう1本飲も」

 

 悠里が見ていれば「もったいない」と言われそうだが幸い彼女は学校だし、胡桃も凪原と入れ替わりでシャワーを浴びているため今は1人である。遠慮なく冷蔵庫から2本目を取り出し、今度は腰掛けてのんびりと飲む。

 

 

 

 そのままボーっとしているといきなりビープ音が響き始めた。見ればソファーに投げ出していた無線機の受信ランプが点灯している。

 

「どした?さっき夜の定時連絡はしたはずだけど…、っもしかしてなんかあったか⁉」

「あ~違う違う、そんなんじゃないから安心していいよ」

 

 瞬間的に気を引き締めて尋ねた凪原に応じた声は圭のもので、声の調子ものんびりとしていた。脱力し、改めて椅子に腰かけた凪原は苦情交じりの声を上げた。

 

「ったく脅かすなよな。そんで?なんか用事でもあんのか?」

『いや特に理由があったわけじゃないけど、今日はこの後どうするつもりなのかな~って』

「別にどうって聞かれても、特に無いな。明日の午前中にはそっちに戻る予定だし、胡桃がシャワーから戻ったらそのまま寝ると思うぞ」

 

 そう答えると無線機の向こうから大きな、とても大きなため息が(それも複数個)聞こえてきた。

 

『はぁ~~~、それだけ?』

「なんだよなんか言いたげだな。逆に聞くけど他になんかあんのかよ?」

『じゃあ単刀直入に言うけど、せっかく2人で外泊してるのに胡桃先輩とヤらないの?』

「ブファッッ!?(バシャバシャ)」

『うわっ、汚い』

 

 完全に想定外の一撃に、思わず凪原は口に含んでいたお茶を全て噴き出してしまった。無線越しに苦言を呈す圭に対して文句を言うこともできず、さらに数回せき込んでからようやく言葉を返す。

 

「ばっ、なっ、いきなり何言いやがるお前は⁉」///

「おっ、照れてる凪先輩って珍しいね。なんか得した気分」

 

 楽しそうな様子の圭だが凪原としてはそれどころではない。噴き出したお茶を首にかけていたタオルで拭きながら発言の意味を問いただす。

 

「得した気分、じゃねぇ!圭お前、いきなりどういうつもりだ?」

「別にいきなりではないでしょ、凪先輩と胡桃先輩がいい感じなのは周知の事実なんだし。今日はせっかく2人っきりなんだから一気に進展させちゃいなよ☆」

「なんでそんなことお前に言われなきゃなんないんだよ⁉つーか俺と胡桃はまだそこまでは――」

「ハァ?」

 

 凪原の言葉に圭の雰囲気がキレ気味になる。

 

「普段あれだけイチャついといて何言ってんの?この前(4-2)地下に行った時だって2人で抱き合ってたじゃん」

「ちょっと待て!なんでお前がそれ知ってんだ⁉」

「あたしが自分の近くでのイベント発生の気配を察知できないわけないでしょ!とにかくっ、なんで当事者じゃないあたしたちがソワソワしなきゃいけないのさ!さっさとガッツリくっついちゃって欲しんだけど⁉」

 

 暴論ここに極まれりであるが圭の言い分ももっともである。

 なんせ日常を一緒に過ごしている仲間のうちの2人が、やれキスしてシャワーを一緒に浴びて抱き合ってあーんまでしているのだ。まだそこまでじゃない?、どの口が言っているんだろうかという話である。

 

 誤解のないように言っておくと、圭達学園生活部のメンバーは凪原と胡桃の関係を応援していた。確かにメンバー唯一男性の凪原のことは皆好ましく思っているものの、異性としてどうこうといった感情はないのである。

 最初の頃は微笑ましく見守っていたのだが、胡桃が噛まれた際にあれ程熱烈なキスを(タオルケット越しとはいえ)見せられたにも拘らず、そこから進展する気配の無い2人にヤキモキしていたのである。

 そんな中で経緯はどうあれ件の2人が外泊することになったのだ、さてどうなるかと連絡してみれば普段と全く変わらない様子の凪原に思わずキレてしまった圭を誰が責められようか。

 

「こんだけ状況が整ってて平常心保てるって凪先輩マジでなんなの⁉実はホモだったりするの?」

「ホモじゃねぇわ!」

 

 何の因果で好きな異性がいるのにホモ疑惑を掛けられるのだろうか。

 そのままギャイギャイと言い合うも当然ながら落ち着くことはなく、最終的に埒が明かないとばかりにヒートアップした圭が強引に話をまとめに入った。

 

「ああもうっ、回りくどいのは無し!ほかのことは置いておいて、シたいのっ?シたくないのっ?」

「あーはいはいシたいですよっ。俺だって男なんだ、そりゃシたいに決まってんだろうが!」

 

 と、こちらもヒートアップしていた凪原が半ばヤケクソ気味にそう宣言すれば、途端に圭の声が満足したものになった。

 

「うんうん、そうでしょそれが聞きたかったんだよ」

 

 無線の向こうでニヤニヤと笑っているであろう圭に対し「もう切るぞ」と言って通信を切った凪原は無線機をテーブルの上に戻すと大きく息を吐いた。左右に首を振って先ほどの会話を頭から追い出す。そして少し体を伸ばそうと座ったまま伸びをしたところで、何やら視線を感じて廊下に続くドアへと視線を向けた。

 

「「あ」」

 

 そして2人の声が揃う。

 開いたドアの隙間から、胡桃がこちらを覗き込んでいた。

 

 ショッピングモールの時のものとは違うピンク色で模様の入った年頃の女の子らしいかわいいパジャマを着て、普段ツインテールにしている髪は降ろしていた。まだ水分を含んだ髪は艶っぽく見え、さらに頬をわずかに朱に染めていることも相まって彼女の姿は妙な色気を醸し出しているように見える。

 思わずつばを飲み込んだ凪原だったがそんな場合ではないと思いなおす。今重要なのは先ほどの会話を胡桃がどこまで聞いていたのかである。

 

「………。どっから聞いてた?」

「えーっと、「今日はこの後どうするのか」ってとこから」

「ほぼ最初からじゃねえか…」

 

 言い繕うのがバカバカしくなるほど丸聞こえで、凪原はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

====================

 

 

 

「「………………。」」

 

 もう夜も遅いためとりあえず寝室へと移動してきた2人だったが、お互い口を開かないまま既に数分が経過していた。その何とも言えない気まずさたるや昼間のそれの比ではない。

 

 さらに移動してきた寝室にまた問題があった。部屋の真ん中にでかでかと鎮座しているベッドの上に枕が2つ仲良く並んで置かれているのだ。雨戸が閉まっていなかったために窓からの光で天日干しができていたのか、数ヶ月手入れされていなかったにもかかわらずマットレスや布団のコンディションは悪いどころか上々である。

 問題なのはそのサイズだった。横になろうとすれば体同士がかなりに近い距離になってしまうそれはキングサイズというにはいささか小さく、恐らくはクイーンサイズ、ともすればダブルベッドサイズであろう。主に同棲中の()()()()()()家庭で用いられるサイズだった。 

 

(ってか新婚なのになんでこんな高級住宅に住めてんだよ、もっと落ち着いてさらに大きいベッドか別の部屋で寝るようになってから越してくるべきだろ⁉)

 

 凪原が家の持ち主に対して見当違いな怒りを抱いていると、胡桃の方から声をかけてきた。

 

「あの、さ、ナギ」

 

 ベッドの中央でいわゆるペタン座り、両足の間にお尻を落として座っている胡桃は、左右の拳をそれぞれの膝にのせつつ、上目遣いで凪原の方を見つめていた。

 

「あ、ああ。なんだ?」

 

 と、こちらはベッドの端に腰掛けていた凪原。テンパりながらもとりあえず胡桃の方へ体を向けようと身じろぎしたところで―――

 

 ギシリ

 

―――と、ベッドがきしむ音が部屋に響く。

 

「「~~っ」」///

 

 そしてその音から色々と想像してしまい、揃って顔の赤さ加減を一段階あげて悶絶する2人。

 少し時間を置き、頭を振って軽く息を吐きだしてから改めて口を開く。

 

「それでなんだ胡桃?」

「え?あっそっその…、さっき聞こえちゃった話なんだけどさ、なっナギもやっぱりそういうことしたかったんだなって」

 

 途切れ途切れではあるが興味の方が勝ったのだろう、胡桃は最後まで言わないまでも思っていることを凪原に伝えることができた。

 

「そりゃ俺だって人並みにはその辺の欲はあるからな、いつもすぐそばに好きな人がいるとなれば尚更だ。もしそうじゃないってやつがいるならそいつは頭か身体のどっちかが腐ってるな」

 

 普段の凪原であればもし似たようなことを聞かれても笑って煙に巻くくらいはできるのだが、先ほどの圭との会話をがっつり聞かれているので完全に開き直っていた。

 

「ほんとに?」

「なんでそこで疑問形になるかな、人が恥ずかしいのを我慢してしゃべってるってのに」

「だ、だってキスも結局2回しかしてないし普段一緒にいても全然そうしたいなんてそぶりがなかったし…、あたしはめぐねえとかりーさんみたいにスタイルが良いわけでもないから。だから好きとは言ってくれてたけどてっきりそういうことにはそんなに興味がないのかなって」

 

 言っている間に自分で落ち込んできたのか、だんだん声が細くなってうつむいてしまう胡桃。その様子が可笑しくて凪原は小さく笑ってしまった。

 

「なんで笑ってんだよっ」

「いや、そんな見当違いなこと考えてたって思ったらちょっと面白くてさ」

 

 そう言ってさらに笑う凪原だったが、プルプルと震えながら彼を睨む胡桃の目にジンワリと涙が浮かんできたのに気づき慌てて先を続ける。

 

「そういうことに興味がなかったら1回目はともかく2回目のキスはやってねえよ。それに胡桃だって自分で言うほどスタイルは悪くないっていうかむしろかなりいい方だと思うぞ。ってかそもそもあんま自分で言いたくないけど、俺はその辺単純なの。好きってこととそっちのことは割とイコールで繋がっちゃってんだから、もし胡桃にそんな風に見えなかったってんなら俺が必死こいて自制してたからだな」

 

 むしろ俺の鋼の意志力を褒めてもらいたいぐらいだ、と話す凪原の言葉(のうち特にスタイルは良いと思うという部分)を聞いて少し落ち着いた胡桃は当然の疑問を口にする。

 

「じゃ、じゃあなんでそういうそぶりがなかったの?」

「そりゃ俺の方も胡桃がそういうことを望んでるのか測りかねてるってとこがあったし、それに」

「それに?」

「ちょっとでもタガが緩んだら自分を抑えられる自信がなかった」

「?、…………!(ボンッ)」

 

 胡桃は最初凪原が言っている意味が分からなかった様子だったが、理解すると同時にさらに顔の赤みが増した。もはや顔だけでなく耳の先から首の下まで、パジャマから見えている部分が全部真っ赤っかである。

 

「ふ、ふーん。そうだったんだ」

 

 何とか平静を装おうとしているが失敗している、目は泳いでいるし口元は微妙に緩んでいた。

 

「あとは周りの皆の反応だな。なんかあったら後から色々言われる、どころかほぼ確実に出歯亀してくるだろ」

「うん、絶対すると思う」

 

 スンッ、と一気に真顔になる胡桃。いくら凪原のことが好きな気持ちが強かったとしても、仲間達に見られながら―――、というのはごめんこうむりたい。

 

「まあ俺が自制してた理由はそんな感じ。自慢じゃないが俺は恋愛経験が零だからな、そういうことをしようとして胡桃にどう思われるかとかばっか考えてたよ、途中で止めれる自信がなかったからなおさらな、ってなに笑ってんだよ」

「プックク、い、いや、そんなこと思ってたんだ。普段あれこれいろんなこと考えてるナギとは大違いだな」

「へーへー、どうせこの手のことに関しちゃ奥手のチェリーボーイですよ、俺は」

「あーほらほら怒んなって」

 

  拗ねたように背中を向けてしまった凪原に近づくと、胡桃はその背中を後ろからそっと抱きしめた。

 

「大丈夫、ナギがあたしのことをすごく大事に思ってくれてるのは、分かってるからさ。毎日学園生活部のことを色々、それこそあたしには全然思いつかないようなことまで考えてるのに、それでもあたしのこともいつも気にかけてくれてる。あたしはそれで十分だよ」

 

 言葉を尽くしたというわけではない。ただ自分が思うことを口にしただけの胡桃の言葉は、その正直さゆえに彼女の思いを余すことなく凪原に伝えることができた。そしてその言葉は凪原にとって彼女以外の人に万の言葉でもって認められるよりも嬉しいものであった。

 しかしだからこそ、このまま彼女の思いを受け入れてしまってもいいのかと不安に感じてしまう。胡桃から見た凪原と、彼自身が思う凪原勇人という人間との間に差があるように思えるのだった。

 

「いいのか?俺は色々考えてるように見えてるみたいだけど、中身は結構抜けてるとこのオンパレードだぞ?今の恋愛関連とかがいい例だな。胡桃にも多分、迷惑をかける」

 

 それは凪原にとっては秘密の告白のつもりだったが、それは胡桃にとっては匙にも満たないほど些細なことだった。

 

「そんなこと気にしなくっていいって。前にも言ったろ?ナギが悩んだり凹んだり、うまくいかなかったときはあたしが助けるってさ」

「ハハッ、確かにそうだ。胡桃にとっては今更だったな」

 

 胡桃の言葉に軽く笑うと、凪原は肩にかかっていた胡桃の腕を軽くたたいて離してもらい、彼女の方へと向き直った。そしてその顔を真っすぐに見つめると感謝の言葉を口にした。

 

「ありがとな、こんな俺のことを認めてくれて」

「ううん。あたしの方こそありがとう、いつも隣にいてくれて」

 

普段の大分年上に見えるそれとは異なり年相応の、ともすれば年下にも見える笑みを浮かべた凪原に、胡桃も小さく微笑みながら返した。

 

 

 

「そ、それでなんだけどさ」

「うん?」

 

 少し落ち着いたところで改めて胡桃が口を開いた。

 

「さっきのであたしもナギも相手の気持ちを確認できたじゃん?」

「ああ」

「それに昼にこの辺の奴等は根こそぎ倒したから夜の間は警戒とかしなくて大丈夫だよな?」

「まあまず問題ないな」

「最後にここは学校じゃないから皆も近くにいないよね?」

「ああ確かにそうだ」

「だ、だからさ、えーっとその、なんていうか、つまり「わーった、それ以上言わなくていい」そ、そう?」

 

 ようやく胡桃の言わんとしていることを察した凪原は、最初「何を改まって言ってるんだろう?」と思ってしまった自分を殴りたい気分だった。既に胡桃は噛み噛みだし、顔の赤さは湯気が出ていないのが不思議なレベルである。

 察しの良さには自信があったのだが、どうやらことこの手の話題に関して自分は呆れ果てるレベルで鈍かったらしい。

 そもそも今回の会話の出発点がそれだったのに忘れていたあたり、たとえ刺されても文句は言えない。

 

「あーくそ、自分がアホすぎて嫌になるな。ちくしょうマジで恥ずかしい、ってそれは今どうでもいいか」

 

 自己嫌悪の念は尽きないが今はその時ではない。今は自分の至らなさのせいで不安にさせてしまった目の前の少女の思いにこたえる時間である。

 ほとんど言われてしまって情けない限りだが、せめて最後の最後に関してだけはこちらから行動を起こさないと凪原は男として自分を許せそうになかった。既に胡桃は腹を決めているのだ、ならば一線を踏み越えるのに必要な度胸は凪原の担当だろう。

 

「さて、胡桃」

「うん?」

「ちょいと失礼」

 

 

 トンッ―――ポスッ

 

 

 首をかしげる胡桃に一言断ってからそっとその肩を押すと、彼女はそれに逆らうことなくベッドの上に仰向けに倒れた込んだ。そして凪原も身をかがめると、彼女の顔の両側に手をついて上から覆いかぶさるような体勢になる。

 鼻と鼻が触れ合いそうなほどの至近距離で、凪原は自身が最も愛おしく思う彼女へ正直な気持ちを伝えた。

 

「俺は胡桃、お前のことを心の底から愛してる。だから、お前が全部欲しい」

 

 その言葉に一瞬だけ目を丸くし、そこからゆっくりと時間をかけて作られた花開くような笑みは、歓喜なのかそれともまた別のものか、凪原には想像もつかない程様々な思いが込められているように見えた。

 

「――うんっあたしもっ、あたしも愛してる。だからいいよ、全部あげる」

「ありがとう、それじゃ………いただきます」

「………………うん、どうぞ」///

 

 直後に落とされた軽く、触れるだけのような甘い口づけが、これから先2人の頭に幸せな記憶として残り続ける一夜の始まりを告げる合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 翌朝、凪原は1人リビングでダイニングテーブルに座り、両肘をつき手を口元で組ん(ゲンドウポーズ)で固まっていた。

 彼の視線の先にあるのはテーブルの上に置かれた無線機である。先ほどから何度か手を伸ばしているのだが、そのたびに途中で手が止まり、再び元の体勢へと戻ってしまう。

 

「ハァー………」

 

 さらに逡巡することしばし、凪原は大きくため息をつくと覚悟を決めた表情で無線機を手に取ってマイク部分へと口を寄せた。

 

「こちら学園生活部遠征班の凪原から拠点班へ、応答願う、どうぞ」

『こちら拠点班の悠里よ、おはよう凪原さん。―――今日はいつもより起きるのが遅かったみたいだけど、ゆうべはお楽しみでしたね?』

「………。」

 

 投げかけられる伝説のセリフに半ば予期していたとはいえフリーズする凪原。応答してきたのは悠里のみだったが、気配的に彼女の周りには拠点班の皆が集まってこちらの言葉を待っているのだろう。全員に聞かれている状態でこれからとある報告をしなければいけないと分かり、凪原は早くも気が重くなった。

 

「あー、実はそれについてなんだけど―――」

 

 ちょっと連絡事項があってな、と続けようとした凪原だったが、気恥ずかしさから変な風に口ごもってしまう。そしてそれがどのように聞こえたのか、無線機の向こう側の温度が一気に下がる。

 

『はい?もしかして、何もしてないとかいうんじゃないでしょうね?昨日あれだけ焚きつけたのに?』

「いや、そうじゃなくてな………」

 

 何やら誤解が生じていると気づいた凪原だったが、いくら様々な経験を積んでいる彼でもこのような場合の最適解を瞬時に導くことはできなかった。

 

『そう、それならどういうことなのかしら?』

 

 悠里の声が怖い。さらに言うと彼女の横で凪原のあだ名を、チキン、タマなし、ヘタレのどれにするかで話し合っている圭と美紀はもっと怖い。そんな呼び方をされたら凪原は死ぬ、主に精神的な意味で。あと、「最初の鳥さん以外意味が分からないよ(の)」と言っている由紀と瑠優(るーちゃん)はどうかそのまま純粋な君たちでいてほしい。

 

『早くどういうことなのかはっきり言ってちょうだい。場合によっては情状酌量を認めないこともないわ』

 

 口調から目が笑っていない悠里の笑顔がありありと想像できるうえ、いよいよ凪原のあだ名が、タマなしヘタレに確定しそうになっている。そろそろ恥ずかしがっていないで誤解を解かないと男として人生最大級の汚点をつくることになってしまう。凪原は再度覚悟を決めて連絡事項を正直に伝えることにした。

 

「えっと、そのだな―――」

 

 一旦言葉を切って深呼吸し、意を決して凪原は続きを一気に口に出した。

 

「―――胡桃が足腰立たなくなったから帰るのが予定よりも遅くなる」

 

『えっ、それって――「じゃ、そういうことで」――あ、ちょっとまっ(ブツンッ)』

 

 そして向こうが何か言ってくる前に即座に無線の通信を切り、呼び出し音をミュートにした。

 

 

 

 

 




なにをいただいたのかは知りません(断言)。

次はいつもみたいな感じで学園生活部の日常回の予定ですので、今回「うーん…」だった人、お気に入り解除しないでくださいお願いします。
今度は某ゲーム会社(カプ〇ン)製のヘリが来る辺りのイベントを考えています。

それではまた次回!


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4-9:ケの日

日本のちょっと古い言葉、何でもない日々の日常のこと。こういう時間があるからこそ偶のイベントが映える。


「クソあちぃ…」

 

 とある日の正午前、凪原は巡ヶ丘学院の屋上でうめいていた。頭の上では、真っ赤な太陽がこれでもかと自己主張している。天気予報などチェックしようがないので確実ではないが、このところ毎日こんな様子なので梅雨は完全に明けたのだろう。

 

そして文句を垂れる凪原の傍にいるのはいつもと同様に胡桃―――ではなく、由紀、美紀、圭の3人だった。あまり見かけない組み合わせの4人だが別に遊んでいるわけではなく、れっきとした訓練中である。まぁ圭だけは残り3人の様子を見に来ているだけなので休憩中なのだが。

 

「えーっとね…、校門より向こう側、一番近い鉄塔の下あたり、赤い屋根の家の前の道路、ボーっと立ってるスーツ姿のゾンビさん」

「………分かりました」

 

 望遠鏡に三脚を付けたような器具を覗き込みながら文節ごとに区切りって話す由紀に、美紀が少し間を開けて答える。ちなみに由紀が折りたたみ式の椅子に座っているのに対し、美紀の姿勢は薄手のシートを敷いているとはいえ屋上に腹ばいである。

 なぜこうも体勢が違うのかといえば、美紀が狙撃銃M1500を構えているからに他ならない。

 

「………。(スゥー…ハァー…、)」

 

 由紀の誘導に従って標的を確認した美紀は細く息を吐き、吐ききると同時に息を止める。

 

 数秒の沈黙の後、引き金に添えられていた右手の人指し指が引き絞られると同時に――ブシュンッ――という空気が抜ける音が響き、銃からの衝撃で美紀の体がわずかに揺れた。

 そして減音器(サプレッサー)を通過したために弱められた銃声とは裏腹に莫大なエネルギーが込められた弾丸は、長大な距離を刹那の間に駆け抜けて狙い過たずゾンビの頭部へと命中した。

 

 

「―――命中確認っと、距離150mでよくまあそれだけ正確に狙えるもんだ。狙撃に関しちゃ俺よりよっぽど筋がいいぞ」

「まだまだです、動いてる個体が相手だったら凪原先輩の方が当てられるじゃないですか」

 

 双眼鏡で対象となったゾンビの頭がはじけ飛ぶのを確認した凪原が感心したように言うと、美紀は体を起こしながら応じる。スコープを覗いて撃つという性質上ゾンビが倒れる瞬間をはっきりと見ることになるため、その額にはわずかにしわが寄っているがそれもすぐに薄れる。既に彼女の中では()()()()()()として割り切っているのだろう。

 

「そんなもんは銃を使い慣れてるかどうかだけだろ、それに俺が動いてる奴に当てて倒せるのはせいぜい50mだからな。にしても、向いてるだろうとは思ったけどここまでとはなぁ」

「私自身ほかの武器よりは相性がいいかな、という程度だったんですけど正直予想外です」

 

 

 ところで、そもそもなぜ美紀が狙撃銃を扱っているのかという話なのだが、これは少し前から始まった凪原と胡桃(戦闘組)以外の戦闘訓練の第2弾の一環である。第1弾では基礎体力をつけることを目的としていたため全員が同じ訓練メニューだったのだが、今回はそれぞれの適正に合わせた武器の扱いを教えることにしていた。その中で美紀が扱うことにしたのが狙撃銃である豊和M1500だったということである。

 

 普段から冷静で学力も高く、集中のオンオフを自分で切り替えられる、とスナイパーとしての役立ちそうな能力を持っているので薦めてみたらこれがドンピシャでハマった形だ。

 公式に則ったスコープ調整を素早く行ったら落ち着いて標的を待ち、現れたら一気に集中力を引き上げて仕留める、それができる人間というのはそれほど多くないのである。例えば凪原だったら、待つよりも標的を探しに行く方が性に合っているため待ちのスタイルは合わない。いいとこ中距離、お互いが視認できる距離での狙撃を行う選抜射手(マークスマン)が精々である。

 美紀の場合はもともとの性格も狙撃手(スナイパー)向きだったため、能力と合わさってメキメキと上達した。地下の射撃レンジ(最長50m)での練習は早々に卒業し、今では屋外でも固定目標なら200mまでは必中、直立状態のゾンビなら150mまでは確殺できるまでになっていた。

 

 

 ところで、狙撃が得意ということと「落ち着いた大人のねこちゃん」という由紀の人物評価を合わせ、彼女のことを某映画になぞらえて山猫と呼んでいる戦闘組の2人がいたりするのだが、本人はあずかり知らぬことである。

 

 

「ほんとすごいよねぇ、あたしだったら20m先でも当てられる自信無いよ」

「圭はもうちょっと銃の練習しろよ、せめて拳銃はしっかり使えるようになれ」

「至近距離ならナイフの方が早い!」

「その距離に近づかれる前に対処しろって言ってんだ」

 

 ちなみに、射撃が苦手と言っている圭が訓練しているのは近接武器で、特に長物の扱いに適性が高いようだった。凪原お手製のさすまたと大型のテントペグを組み合わせた武器(三叉槍(トライデント)に見えなくもないが単に槍と呼ばれている)がお気に召したようで、これと訓練用のタンポ槍を日々振り回している。

 こちらも上達速度はなかなか早く、突きを主体とした攻撃には戦闘慣れした凪原でもそろそろナイフと格闘術で相手するのは辛くなってきていた。

 

 

 そして美紀の狙撃スキルについて話していると、今度は由紀が両手を上げてアピールしながら口を挟んできた。

 

「ねぇねぇナギさん、私は私は?」

「おう、由紀も標的を決めるのが早くなってきてるぞ。指示も分かりやすかったと思うし、なぁ美紀?」

「そうですね、順番に目標の情報を言ってくれたので探しやすかったです」

 

 2人の言葉に「やったぁ!」と小さくジャンプして喜ぶ由紀。今回彼女が果たしたのは観測手(スポッター)と呼ばれる役割だった。

 狙撃銃のスコープというのは高倍率な反面視野が狭く、標的に正確に狙いを定めるのには向いているが標的自体を探し出すのは不向きなのだ。そんな狙撃手(スナイパー)に対して標的の位置情報を教えるのが観測手(スポッター)である。この役に就いた者は銃についたものよりも低倍率で広い視野を持つスポッタースコープを用いて索敵を行うとともに自分たちの周囲への警戒も担当する。狙撃というのは1人で行うイメージがあるが実際はこのように2人組ですることが多いのである。

 

 ところでこの観測手(スポッター)、その役目上狙撃手(スナイパー)と同じく冷静沈着な人が適しているとされている。こう言うと自由気ままな性格の由紀には合わないように思えてくるのだが、彼女にはそれを補って余りあるほどにこの役割向きの能力があった。

 

 危機察知能力の異常なまでの高さである。

 

 由紀はこの能力が学園生活部のメンバーの中で群を抜いて高い。学校に近寄ってくるゾンビがいないか探している時などはたいてい彼女が一番に見つけるし、凪原達が遠征に出る際に由紀が「気を付けてね」と言った日は普段よりゾンビとの遭遇数が多いのだ。

 本人は「何となくそんな気がするだけ」と言うのだが、彼女の予感が外れたところを凪原は見たことが無いし、慈いわく在学中からそうだったらしい。視覚や聴覚などの感覚が優れているのは言わずもがな、これに勘の良さも合わせた彼女の感覚の鋭さは天性のものなのだろう。

 どう考えても不可解だがと凪原は第六感のようなものと勝手に納得していた。もともとオカルト的なものには肯定的な性格だったのだ、歓迎こそすれど忌避する理由などはなかった。

 

 

「ふふんっ、もう私は最強のスポッターと言っても過言ではないよ!」

「最初の頃は説明がてきとうすぎて標的の場所が全然分かりませんでしたけどね」

「うっ、…い、今はできてるんだからいいじゃん!」

 

 胸を張って宣言した由紀に美紀がツッコミを入れると一瞬勢いが弱まる。いくら由紀自身が勘が良くてすぐに標的を見つけられたとしても、実際に狙撃を行うのは美紀なのできちんと標的の場所を伝える必要がある、練習を始めてすぐの頃の由紀はこの指示が大雑把すぎたのである。方向を指さして「あっち」と言われても「どっち?」としか答えようがない。

 とはいえ由紀が弁明しているように、今ではその問題もほぼ解消されている。あまりの説明力の無さに、練習の様子を見ていた慈が一念発起、国語の授業の特別補習を企画して他のメンバーが戦闘訓練をしている間に教室での勉強会を敢行したのだ。そのおかげ由紀の国語力はそこそこ上達し、先ほど見せたように的確な情報伝達ができるまでになった。

 ………しかしながら上達したのは会話限定なので、漢字に弱いのは相変わらずである。

 

 

 

 そのまま訓練は終わりの雰囲気になり、何となく雑談を続けていると、階段の方からパタパタと誰かが駆け上がってくるような音が聞こえてきた。そして音がしなくなると同時に人影が屋上に飛び出してくる。

 凪原の姿を認めた彼女はパッと顔を輝かせて声を上げた。

 

()()()!めぐねえとりーさんがそろそろご飯だから、降りて、こい、だって、さ………」

 

 彼女、胡桃は凪原の他にも人がいるかどうかをきちんと確かめるべきだった。そうすれば『恥ずかしいから2人の時だけ』と言っていた呼び方を、よりにも寄って学園生活部きってのからかい好きである由紀と圭の前で披露することにはならなかったはずである。

 

 現状を認識して声が尻すぼみになり消えてしまった胡桃とは対照的に、由紀と圭は口の端が吊り上がり目には愉悦の色が浮かぶ。

 

「ほっほ~う?今の聞きましたか由紀ちゃん先輩?」

「ばっちり聞こえてたよけーくん!」

 

 意味あるげな笑みを交わしながら2人は胡桃に近づくとその両肩に手を置いて逃げられないようにする。

 

「胡桃ちゃ~ん?今のナギさんの呼び方についてちょ~と聞きたいことができたよ」

「そうですよ、『今まで通り』とか言っといてやっぱりちゃっかり名前呼びしてるじゃん、詳しく教えてくださいよ~」

「い、いや今のは違うというか偶然というか… ってなんだよ2人とも、ニヤニヤすんなっ」

 

 ほおを紅潮させながらも威勢よく反論していた胡桃だったが、「まあまあ」やら「そう言わずに」と詰め寄られてタジタジとなってしまう。

 

「おいもうやめろって2人とも! 美紀、何とか言ってくれ」

「胡桃先輩、あきらめてください。私も興味があるので」

 

 絡んできていない美紀に助けを求めるもすげなく断られる。考えてみれば当然のことで、彼女だって年頃の少女なのだ、そう言う話(恋バナ)には興味津々である。現にその目には『早く話してください』と書かれていた。

 

「ちくしょうやっぱり美紀もそっち側かっ。こうなったらゆ、じゃなくてナギに――ってあれナギは?」

 

 そう思ってぐるりと見まわしてみれば、既に凪原の姿は扉の向こうへと消えていた。唯一見えていた右手も『じゃあな』と言わんばかりにヒラヒラと振られた後に引っ込んでしまう。

 良将の条件の1つに撤退の決断を下す早さが挙げられるが、そういう意味では凪原はまさしく良将と言えるだろう。

 

「さすが凪先輩、引き際を見極めるのがうまい」

「めぐねえで鍛えられたんだもんね~、私も見習いたいよ」

「見習う前に怒られないようにすべきではないかと思いますけど」

 

 感心したように呟く由紀達だったが、もちろんそんなことは胡桃にとって知ったことではない。彼女の内心は「あいつ1人で逃げやがった」という思いで埋め尽くされていた。

 

「ナギのバカァ!」

(悪いな胡桃、この手の話をしてる女子にはいくら俺でも歯が立たないんだ)

 

 背後から聞こえてくる胡桃の叫びを聞き流し、凪原はさっさと昼食が用意されているであろう部室へ向かうことにした。

 

 

 

====================

 

 

 

「おーい、怒ってないでそろそろ口きいてくれよ」

「………。」

 

 ハンドルを握る凪原が、ムッス~といかにも「私不機嫌です」と言わんばかりに頬を膨らませて助手席に座る胡桃に声をかける。

 頬杖をついて窓の外を眺めている彼女の背中からは「構え、謝れ」という意思がヒシヒシと伝わってくる。『目は口程に物を言う』ならぬ『背は口程に物を言う』である。

 

 これでもし心当たりがなかったとしたらなぜ彼女の機嫌が悪いのか分からずに戦々恐々としながら居心地の悪い時間を過ごすことになるのだが、凪原にはちゃんと心当たりがあった。というか考えるまでもなく昼前のアレだろう。

 

「さっき1人で残したのがそんなに嫌だったのか?」

「そうだよ! ナギ1人で逃げやがって!」

 

 問いかけてみれば案の定その件だったようで、胡桃はガバッと凪原に向き直るや一気にまくしたて始めた。

 

「あのあと由紀と圭にはからかわれるし美紀もいろいろ聞きたそうな顔でこっち見てくるし。挙句にご飯の後はりーさんまで混ざって根掘り葉掘り聞かれたんだぞ!こないだ泊まった時の詳細とか!」

「はぁっ!?」

 

 聞かれた内容に凪原も思わず声が裏返る。そりゃ興味はあるんだろうけどそこまでストレートに聞いてくるとは思っていなかった。普段ポーカーフェイスの凪原とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。

 

「おいまさかしゃべってないだろうな!?」///

「話せるわけないだろっ!」///

 

 幸い胡桃は口を割らなかったようだ。

 そのことにとりあえず安堵して凪原は肩の力を抜くが胡桃の怒りはまだ収まらない。運転に支障をきたすほどではないが凪原の肩をポスポスと叩きながら続ける。

 

「そうだっ、ナギお前あたしとその、シたことをみんなに言っただろっ。そのせいで追及をかわすのが大変だったんだぞ!」

「そりゃごめんだけれども! あそこで言っておかないと俺のあだ名がとんでもないこと(たまなしのヘタレ)になるとこだったんだぞ、白状するしかないだろうが!」

「いいじゃん別にあだ名くらい」

「いいわけないだろう!?」

 

 しばらく言い合いながら数分したところでお互いに疲れて自然休戦となった。息を吐きながらシートに深く座りなおす。

 

「ま、しょうがないか。皆もそれほど本気で聞き出そうとはしないだろうし」

「それにしたってあたしが質問攻めにされることは変わらないんだけど」

「まあまあ、そうなったら埋め合わせはするからさ」

 

 凪原の言葉に「絶対だぞ?」と念を押すと胡桃の機嫌も元通り、を通り過ぎて少し良いくらいまで回復した。埋め合わせの内容でも考えているのかもしれない。

 

 

 

「それにしても祭か~、確かに時期はあってるけどさ」

「別にいいだろ?面白いことはいいことだ」

 

 何とも言えない表情の胡桃に楽しそうに応じる凪原、話題は次の学園生活部のイベントについてであった。そのイベントとは、―――

 

―――夏祭り、である。

 

 季節は完全に夏へと移り変わり、既にセミの声や蚊取り線香の香りが日常の一部となっている。この時期のイベントとしてはこれ以上ないくらいピッタリなものだろう。

 

「それに今回は言い出したのがるーだろ、となりゃ派手にやるっきゃないだろう」

「そりゃあね、普段いい子なんだしこれくらいお願いはきかないとさ」

 

 今回の発起人はいつもの由紀や圭ではなく瑠優(るーちゃん)だった。祭が題材の本を図書室で見つけたようで、「お祭りやりたいの」と相談してきたのである。おずおず、といった感じの彼女に凪原達が一も二もなく賛成したのは言うまでもない。

 

「んで、準備をするにしてもどこ行くつもりなの?祭屋さんとか近くにあった記憶はないけど」

「祭屋っつーか的屋な、そりゃ俺だって知らんよ。でも実際の祭みたいに大勢を相手にするわけじゃないんだ、駄菓子屋をいくつか回れば十分集まる、あとはどっかその辺の畑だな」

「畑?なんで?」

「祭といったら焼きとうもろこしだろ」

「え~そこは綿菓子じゃない?」

 

 祭屋台の好みは人によって分かれるところだが凪原は焼きとうもろこし、胡桃は綿菓子のようである。

 

「ハハハ、やっぱ胡桃はかわいいな」

「あっ!ナギお前今バカにしただろ!」

「違う違う、というか呼び方はやっぱ固定なの?」

「また皆の前でゆうとって呼んじゃったら恥ずかしいからナギのまま!」

 

 からかい調子の凪原に胡桃は少し大きめの声で答える。

 

「へいへい。――そんで綿菓子か、あの機械って結構構造単だったから当日までに作るかね」

「えっほんとっ?」

「ああ、前に簡易的なのを作ったことがあるしどうになんだろ」

 

 凪原の言葉に「やった」と小さくガッツポーズをする胡桃。その表情は本当に嬉しそうで、見ている凪原もほんわかした気分になる。

 

(こういうところがかわいいんだよな)

 

 そう思う凪原だったがそれを口に出すことはせず、代わりにアクセルをゆっくりと踏み込みながらハンドルを切った。

 

 

 






system:文化祭がログアウトしました。
system:夏祭りがログインしました。

作中・現実共に夏だし今年は現実で夏祭りなんてできないし、ということでお祭りやります。詳細は次回にて


それじゃ恒例になってきた解説タイムです。

スナイパー美紀
意外とはまり役なんじゃないかと個人的には思ってます。スナイパーは頭が良くないとできないし、文中でも書いたように集中力のオンオフが必要。学園生活部のメンバーの中では一番向いてるんじゃないかなぁ。
ちなみに彼女と凪原の必中距離はどう感じました?銃の有効射程から考えるとだいぶ短いですが、日常の中で考えてみると結構長くないでしょうか。とはいえ自衛隊の方々は目視で200mまでは余裕で当ててくるそうですし、スコープ付きの銃だったら練習しさえすれば割と命中させられるんじゃないですかね。

由紀の第六感(シックスセンス)
原作読んでると彼女なら持っててもそこまで不思議じゃない(ヘリを見て「こわい」って言った時とか)。そこまでオカルトじみたものじゃなくてもやけに勘が鋭い人っていたりするしこの程度ならまあ許容範囲ですね(断言)。

名前呼び
されてみたい、されたくない?胡桃は割と乙女だから人前では恥ずかしがってやってくれなくても2人きりなら呼んでくれると思う(期待)。そんで所々抜けてるから偶に人前でやっちゃってアワアワしてほしい(願望)。


設定考えるの楽しい。最近だと原達の能力図チャートとか作ってた。あとはΩ型に関する考察と設定が結構いい感じに仕上がったんだけど作中で全部出せるとは思えないし、出せるとしても何章も先だから結構もどかしい。

あと、前回のお話の後にR18版を見たいという感想がいくつか寄せられました。その期待に応えるべく(というか筆者も読みたいので)、ちょっと頑張ってみたんですがこれがまあ書けないこと書けないこと、(リアルの)経験値不足ですかね?とまあそんなわけでR18版はしばらく書かないと思いますのでご了承ください。

次はお祭り、その次あたりで4章も終了ですかね。

それではまた次回!


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4-10:ハレの日

日本のちょっと古い言葉、祭礼や年中行事などを行う日のこと、いわゆる非日常。晴れ姿とか晴れ舞台とかのハレはこの言葉が元。


ちょっと長め




「朝なの!」(ドスンッ)

「ガッハァッ!?」

 

 その日、凪原は唐突に腹部へ加えられた衝撃で目を覚ました。

 何事かと思い反射的に飛び起きようとするも、何か重たいものが体の上に乗っかっていて体が持ち上がらない。

 紐を結び付けて横になった状態でも動かせるようにしたカーテンを引き開けつつ目を開ければ、重さの正体である幼女の姿が朝日に照らされて視界に映った。

 

「ゆーにいおはようなの!」

「るーか…、おはよう」

 

 寝ぼけ半分の凪原のあいさつに瑠優(るーちゃん)は満面の笑みで答える。腹の上に馬乗りになって顔を覗き込んでいる彼女の頭に手を置きながら、凪原がもう一方の手で枕元に置いてある時計を確認してみると2本の針は朝5時を示していた。

 

「今日はお祭りの日なの!だから早起きしたの!」

「マジか…」

 

 思わず声が漏れるが瑠優(るーちゃん)は時間など関係ないとばかりに元気いっぱいである。やはり小さい子というのは楽しみなことがあると早起きするのだろうか。

 まだ20歳になったばかりなのでもう歳だなどと言うつもりはないが、若さというものを見せつけられた気分である。

 

「ああそうだな、今日は祭りだな。でもまだ早いからとりあえずおやすみ」

 

 瑠優(るーちゃん)の言葉に返事をしながらも再び目を閉じる凪原。

 確かに凪原はショートスリーパーであり人よりも短い睡眠時間で事足りる体質なのだが、それはどんな時間でも起きられるということではない。

 就寝と起床の時間を睡眠時間が90分の倍数になるようにすることでしっかり起きれるようにしているのだ。現在の凪原の就寝時間は夜の12時もしくは1時半、起床時間は6時としている、よって朝5時は最後の90分サイクルのど真ん中なのである。

 

 要するに、めっちゃ眠い。

 

「寝ちゃダメなの!」(バシンッ)

「ゴフゥッ!? 分かった分かった起きるっ今起きるから!」

 

 しかしすぐさま胸の上に小さな拳が2つとも振り下ろされ、肺の中の空気を根こそぎ吐き出させられた凪原は第2撃が来襲する前に慌てて起きることにしたのだった。

 

 

 

「じゃあ祭りの準備をしてくるから、終わるまでちゃんとお勉強してるんだぞ?」

「「え~」」

 

 超早起きをした瑠優(るーちゃん)と、彼女ほどではないが普段とは比べられないくらい早起きした由紀に引きずられる形でいつもよりも1時間ほど早く昼食を済ませた学園生活部一同。

 凪原が年長者らしく準備が終わるまで勉強をしているように話すと、瑠優(るーちゃん)だけでなく由紀までもが不満の声を上げた。

 

「そこはお姉ちゃんとして手本を示すべきだろ由紀よ」

「うっ、まあそうかもしれないけどさ」

 

 凪原の言葉に痛いところを突かれたように顔をそむける由紀。年長者の自覚はあったようで(実は凪原と慈を抜いたメンバーの中で最年長)、周りから視線を向け続けられていると小さく「ごみん」と反省の言葉を口にした。次いで瑠優(るーちゃん)に向き直ると「一緒に勉強がんばろ?」と声をかける。

 その声に瑠優(るーちゃん)もコクン、と頷いてくれた。

 

「えらいわ由紀、今とってもお姉ちゃんらしいわよ」

「ふ、ふふんっ。なんてったって私はお姉ちゃんだからね!」

「るーちゃんもちょっとだけおべんきょう頑張りましょうね、楽しいことは少し我慢するともっと楽しくなるんですよ」

「! ならたくさんがんばるの!」

 

 それぞれ悠里、慈からの声掛けもあり、2人のやる気は満タンになったようである。

 

「う~ん、今日はお祭りだから勉強しなくていいと思ってたのに」

「こら圭、せっかくいい感じになったんだからわがまま言わない」

 

 圭が何か言っているが、口調からして本気ではなさそうである。それを分かっているからこそ美紀もそれほど強くは嗜めていないのだろうが、その表情は呆れ顔だ。

 

「おっ、ならちょうどいいや」

 

 そしてそこに口を挟む凪原。

 

「ん?どしたの凪先輩?」

「いやなに、屋台の準備にちょっと人手が要りそうでな。手伝いを頼もうと思ってたんだ」

「あーそういうことね。りょうかい、ならじゃんじゃん手伝うよ~」

「あの、私も手伝った方がいいですか?」

「いんや大丈夫、結構重いものもあるから美紀には辛いと思うしな」

「なに~!美紀には配慮してあたしにはなしか~?」

 

 内容を聞いて頼みを快諾することにした圭を見て自分もと名乗り出た美紀に対し、凪原はやんわりと断った。圭が「差別だ差別~」と文句を言っているが意に介した様子もない。

 

「何言ってんだ、白兵武器を使うんだから筋力はいくらあっても困らないだろ?」

「乙女的には筋肉ばっかりっていうのも嫌なんですよ」

「ハッ」

「鼻で笑われた!?」

 

 そうやって圭達と戯れていると、凪原のシャツの背中側がキュッ、と掴まれる。何かと思って振り返れば、胡桃が上目遣いでこちらを睨んでいた。

 

「………あたしは?」

「胡桃は頼まなくても手伝ってくれるって思ってたんだけど?」

 

 少し不機嫌そうな様子の胡桃だったが、凪原が片眼をつむりながらそう言えばすぐにその雰囲気も霧散した。

 

「そ、そうだったんだ。うん、もちろんあたしも手伝うよっ」

(((ちょろかわいい)))

 

 表情を明るいものに一変させ「えへへ」とほほ笑む胡桃に、凪原達の考えが揃った。

 

 

 

====================

 

 

 

「確かに力仕事は終わったけどさ…、これこそ差別じゃね?」

 

 校舎2階の食堂で、凪原は1人作業しながらぼやいていた。

 

 祭の会場となっているそこは、元々あった机や椅子たちが端に片付けられていた。そして現在、確保されたスペースには壁に沿いつつも楕円を描くように祭屋台並び、天井には提灯が列をなしてぶら下がっていた。どちらも学校が地域の祭りへの協力のために購入して校舎裏の倉庫に保管していたものである。

 祭りをすると決まった後に倉庫から持ち出してきたのだが、屋台1つだけでもそれなりの大きさと重量があり、凪原が担いだとしても運んでいる間は他のことをする余裕はない。胡桃が護衛に就いたものの、倉庫周りには木々や校舎の陰などの死角が多く地上からも索敵は限界があった。

 そこで美紀と由紀の2人が屋上から監視と狙撃の任に就くことになり、荷物の搬入は初の実戦での連携作戦となった。

 

 取り立てて言うこともなく成功した連携作戦のことは置いておいて、祭本番の準備である。

 昨日までに会場準備に必要な物品は食堂に運び込んでいたため、今日の作業は屋台の組み立てからだった。しかし、胡桃と圭に手伝ってもらい昼食をはさみつつ組み立てと提灯の配置を終えたところで、やってきた悠里に手伝い2人が連れていかれてしまい、そこから凪原は1人寂しく作業することとなったのである。

 

 「もう力仕事は終わったから凪原さん1人で問題ないわよね」とは2人を連れていき際の悠里の言であり、それはその通りなのだがなんか納得いかない。

 確かに組み立ては終わったが作業としてはまだ半分程度、ここの屋台の出し物の準備はそれなりに手間なのである。料理系の屋台の食材は最後でいいとしても調理器具の準備は必要だし、遊べるタイプの屋台では景品の配置などもしなければならない。1人だけでやるのはかなり大変な分量であった。

 

 とはいえ、凪原の調子が出ない主な原因はそこではない。

 

「胡桃~…」

 

 凪原の口から彼女の名前が漏れる。この前の外泊の日以来、正式に恋人となった2人の物理的・精神的な距離は本人達の意識・無意識を問わずさらに近いものとなっていた。元々何かと一緒にいる時間が長かったがそれが顕著になったのである。

 食事の時に隣に座るのは完全に固定になったし、遠征や訓練後のシャワーはほぼ確実に2人一緒に浴びている(なお偶に妙に長い時があったりする)。静かだと思って由紀達が覗いてみたら、ソファに並んで座って互いに寄りかかりながら眠っていることもあった。さすがに夜一緒に寝るということは慈が許さないのでしていないが、時間の問題だろうというのがメンバーの見解である。

 

 つまるところ、彼の不調は恋人(胡桃)と一緒じゃないせいである。よって同情の余地はない(断言)。

 

 

 

====================

 

 

 

 数時間が経過して窓の外から見える空が赤く色づき始めた頃、学生食堂は立派な祭り会場となっていた。

 提灯や白熱電球には明かりが灯り、屋台にはそれぞれの暖簾に合った出し物が準備されているし、祭囃子の音も少し前から響き始めた。

 この祭囃子、校内放送で流しているのとは別に会場内に設置したCDスピーカーからも流れている。あえてタイミングをそろえずバラバラに流すことで、そこかしこで奏者が思い思いに演奏しているような祭特有の臨場感が味わうことができるようになっていた。

 ちなみに、放送室で音源のCDを再生しようとした際には誤って地域放送のスイッチを押してしまいそうになったが、寸でのところで気づいたため巡ヶ丘全域でゾンビが街頭スピーカーから流れる祭囃子に合わせて大行進をするという事態は避けられた。

 

 さて、そんな祭の設営をほぼ1人で成し遂げた本人はというと―――

 

「クハァー、やっぱこういう時はビールがだよな」

 

―――会場の端の方に設置したテーブルで、一仕事終えた達成感をつまみにビールを呷っていた。

 

 普段であればウォッカやチューハイを好む凪原であるが、日本の祭りに合ったものをということで今日はビールを選択していた。さらにそれを冷蔵庫から出してくるのではなく、氷の浮かぶクーラーボックスの中に缶を入れて冷やしている。ボックスの中にはビール以外にもラムネやジュースのボトルが何本も突っ込まれており、こちらも祭の雰囲気を出すのに一役買っていた。

 

 

 そんな風にしながら時間を潰すことしばし、凪原の耳に廊下の方から複数の足音が聞こえ始めた。わずかに漏れ聞こえてくる声も、廊下にも流れる祭囃子に合わせて弾んでいるように感じられる。足音はどんどん近くなり、恐らく食堂の様子が視界に映ったところで感嘆の声と共に止まった。

 

 驚きに目を見開いているであろうメンバーを振り返った凪原だったが、彼女たちの姿を視界に収めるやこちらも目を見開くこととになった。

 

「おいおい、うちの学校に浴衣があったなんて記憶してないぞ?」

 

 その言葉に示される通り、会場に現れた少女たちはそろって浴衣姿をしていたのである。

 

 

「フフッ、うまく驚かせられたわね」

「去年演劇部が買ったばっかりだからね、凪先輩も知らなかったでしょ~」

 

 イタズラが成功したように笑う圭が着ているのは水色の布地に赤い金魚の柄が入ったものであった。

 水の中を自由に泳ぎ回る金魚といつもマイペースで気ままに過ごしている圭の姿が重なり、赤い帯がさながら金魚の尾のようにも見える。

 

 

 圭とは対照的に穏やかに笑う悠里の浴衣には水仙が描かれていた。知性美の象徴とも言われるその花は薄黄色の生地によく映えており、涼やかな印象を見る者に与えている。

 

 そんな悠里は片方の手で瑠優(るーちゃん)の手を握り、彼女が駆けだしてしまうのを抑えていた。

 

「すごいの!お店屋さんいっぱいなの!」 

 

 そう目を輝かせている瑠優(るーちゃん)が着ている浴衣は、悠里と同じ薄黄色の生地のものである。しかしこちらにはくまの模様がプリントされており、子供らしさ溢れるものとなっていた。

 肩に掛けたくまの形をしたポシェットと、見方によってはくまの耳にも見える髪飾りも相まって、彼女自身こぐまが擬人化した姿のようにも見えた。

 

 

「本当に町のお祭りみたいですね。お疲れさまでした、なぎ君」

 

 そんな風に凪原をねぎらいながらも慈はちゃっかりビールを取って既にプルトップを引き開けていた。そのまま飲み口を口元に持っていくが、いつものように一気に飲み干すのではなく缶を小さく傾けてゆっくりと飲む。

 その動作と濃いめの紫の生地に富士が描かれた浴衣が相まって、どことなく気品が感じられる。

 

 

「由紀先輩?先輩も駆けだそうとしてましたよね、今」

 

 由紀にジト目を向ける美紀が身につけている浴衣は若草色である。花から葉まで青一色で描かれているのは菖蒲、礼儀正しさを表すものであるが同時に勝負強さや魔よけといった意味も持つ植物である。

 リバーシティ・トロンでたった1人生き延びることができた彼女の運の強さ物語っている衣装といえるだろう。

 

「ギクッ べ、別に走り出そうとなんてしてないよ?」

 

 そう言いながらも視線が射的の屋台の方を向いたままの由紀。どうやら景品として置かれている大型のぬいぐるみに、何か彼女の琴線に触れるものがあったらしい。

 そんな彼女の浴衣の模様は桜。白の生地の上に無数にあしらわれたそれは日本の国花であり、始まり、豊かさの象徴とされている。

 

 考えてみれば、今の凪原達の生活は由紀の「部活動をしよう」という一言からすべてが始まったと言っても過言ではない。

 避難生活を部活動とすることで精神の安定を図っていなければ、凪原が学校に来るまでの間に誰かが欠けてしまっていたかもしれない。

 もしそうなっていたら、物資の減りが遅くなり遠征に出るのが遅れていたかもしれない。

 そしてその場合、瑠優(るーちゃん)は合流できたかもしれないが、圭と美紀の2人が加わることは無かったかもしれない。

 すべて仮定の話だが、可能性は決して低くなかったはずだ。

 

 それらすべての可能性を吹き飛ばした由紀は、確かに桜の柄を身に纏うにふさわしい人物なのだろう。

 

 

「もう凪先輩、見てないで何とか言ってよ」

「あっ、悪りぃちょっとびっくりしてた、全員よく似合ってるよ。なんていうか、どれもぴったりの柄と色だと思う。演劇部が皆が着ることを考えて選んだって言われても納得できるね」

 

 我に返って皆を褒める凪原だったが、その様子はどことなくソワソワとしているように見えた。それに気づいた悠里が周りを見た後に得心がいったという表情になる。

 

「それはしょうがないわ、凪原さんは胡桃がいないのが気になって仕方ないみたいよ。あの子ったら恥ずかしがって途中で隠れちゃったみたいね。 由紀ちゃん、圭ちゃん、連れてきてあげなさい」

 

 どこぞのご老公のようなことを言う悠里に、由紀と圭も心得たもので「「ハッ」」と言うと廊下へと駆け戻っていった。

 すぐに廊下の奥から「放せ」やら「諦めて見てもらいなよ!」やら、「往生際が悪いって~」といった声が聞こえてきた。そのまましばらく待っていると、やがて2人に連れられて胡桃が姿を現した。

 

「や、やっぱりこんなかわいいのあたしには似合わないって。ほかにもっと目立たない感じのやつあったじゃん、なんでこれなんだよ!」

 

 本人は自分には合わないと言っているが、凪原は全くそうは思わなかった。

 

 朱色の布地には、(つた)や葉の先に白やピンク、薄い紫の色の花々が咲き誇る様が描かれており、非常に華やかであった。そこへ黒色の帯を使うことでただ派手なだけではなく全体がキュッと引き締まって見える。

 髪型もいつもとは微妙に変わっており、それぞれのテールにがいくつかに分かて緩くウェーブが掛けられ、さらに髪留めには花飾りが付けられていた。

 

 その姿は可憐そのもので、普段の活発そうな姿とのギャップに凪原は魅了されていた。

 

「ど、どう、かな?ナギ?」

「……。」

 

 胡桃の言葉にもポケーっとして黙ってしまっている凪原の脇腹を美紀が小突く。

 

「凪原先輩、黙ってちゃ伝わりませんよ?」

 

 その言葉にようやく凪原は再起動を果たした。あらためて胡桃の目を見ながら感想を口にする。

 

「えっと胡桃、なんて言ったらいいか分からないけどすごい似合ってる、ホントに」

 

 おい普段の語彙力どこいった、いつもあんなに軽口叩いているのにそれだけか。

 そんな感じの表情で凪原を見つめる一同だったが、視線を転じてみれば彼女達の視界に照れている胡桃の姿が映る。

 

「あっ、えっと、その、……ありがと」///

 

 そのままお互いに顔を赤らめて黙ってしまう2人に、見ている者たちの思いが1つになる。

 

(((ああそっか、この2人(この子達)バカップルだったわ)))

 

 

「はいは~い、いったんそこまで! ナギさんは一旦部室に戻って着替えてきてくださ~い」

 

 しびれを切らした由紀がその声と共に凪原を食堂から押し出したことでようやく一段落ついた。そして場に残っているのは、楽しそうな顔をしている少女たち6人(成人1人と小学生1人を含む)と、その標的たる少女が1人だった。

 

 凪原が戻ってくるまでの間にどんな会話がなされたのかは当事者達のみが知る話である。

 

 

 

====================

 

 

 

「戻ったぞ~――って聞いてないか、なんかもう楽しみ始めてるし」

 

 凪原の声が途中から呆れた、というよりは気の抜けたものに変わる。

 思い思いに祭屋台を楽しんでいる少女達に言いたいことが無いではなかったが、皆が嬉しそうな顔をしているのを見ればそんなことを言うは野暮であるように思える。

 なによりこれだけ喜んでくれるのであれば準備したかいもあるというものだった。

 

「おかえりナギ、結構似合ってるよ」

「ありがとう、男が浴衣なんぞ着てもって思ったけどなかなかいいもんだな」

 

 いつもの感じに戻った胡桃(いろいろ言われすぎて一周回って吹っ切れたようだ)に返事をする凪原。

 凪原が着ている浴衣は紺色で無地のものであったが、それなりに良い生地を使っているのか見ていて安っぽくは感じはせず、華やかな衣装の胡桃と並んでも見劣りするということはなかった。

 

「おっ凪先輩戻ってきてんじゃん。へ~アレだね、浴衣男子って感じ」

「ゆーにいかっこいいの!」

「よく似合ってると思いますよ」

 

 2人で話していると、凪原が戻ってきたことに気付いた皆が集まってきた。

 口々に言われる感想を聞くに、それなりに様になっているようだった。

 

 

「そうだっ、せっかく皆ゆかた着てるんだし集合写真撮ろうよ!」

 

 そう提案した由紀はポラロイドカメラを手にしていた。

 撮影直後に自動で現像を行う特殊なフィルムを使用するそれは最近の由紀のお気に入りであり、いつも首から下げて持ち歩いて皆の日常の様子などを何枚もの写真に収めていた。

 

「あらいいわね」

「そういや何人か写ってるのはあったけど全員一緒にってのは無かったな」

 

 悠里と凪原以外にも皆が口々に賛同し、写真を撮る場所を決める。

 ポラロイドカメラは普通のカメラよりも撮影できる範囲が狭いので、横一列に並ぶとはみ出してしまう。あーだこーだやってみたが結局皆でくっついて写真を撮ることになった。感覚としては大人数で撮る時のプリクラに近い。

 

「それじゃ撮るよ~」

 

 なぜか最長でも5秒までしか設定できないセルフタイマーを由紀がセットし、急いで戻ってきた彼女が向き直ると同時にシャッターが切られた。

 

「どれどれ~ってこれ斜めになっちゃってるじゃん!」

「カメラを横向きにしたりするからですよ」

「だってそのままじゃ全員入らなかったんだもん!」

 

 カメラの仕様上そのまま撮ると縦長の写真となってしまうため、由紀はカメラを横向きに置いて写真を撮ったのだが、案の定というべきかフィルムに浮き上がった写真は傾いたものとなっていた。

 かろうじて全員の顔が入っているものの、腰より下や背景の屋台はばっさり見切れてしまっている。

 

「まあこれはこれで味があっていいじゃないか」

「そうそう、目つぶっちゃたりしてる人もいないしいいんじゃない?」

 

 圭達をなだめる凪原と胡桃だったが、ちゃっかり恋人つなぎで手を握っているのが写っていることを悠里に指摘され、揃って赤面してしまう。

 そのままからかわれ続けて羞恥心が限界を迎えた胡桃が由紀や圭を追いかけ始めた。

 その様子を見ながらこちらに矛先が向かなかったことに凪原が安堵の息をついていると、いつの間にか横に来ていた慈がこっそり話しかけてきた。

 

「ふふっ、なぎ君もすっかり彼氏さんですね」

「やめてくれめぐねえ、今結構恥ずかしいんだから」

 

 そう文句を言っても笑顔を崩さない慈に、凪原はため息をつくと再び写真へと目を落とした。

 

「でも実際いい写真だと思うけどな」

「ええ、それはもう」

 

 

 すべてが終わってしまった後の世界において、この写真は凪原達にとって『それでも自分たちは楽しく生きている』ということを示す確かな証であった。

 

 そして、同じメンバーでまた集合写真を撮ることがあるのか、それを知る者はまだどこにもいなかった。

 

 

 




はい、というわけでお祭り(浴衣)回でした。
今回の話を書いてる間ほど熱心に浴衣について情報を集めることはこれから先の人生でもうないと思います。


早起き
休日やイベントがある日、小さい子はめっちゃ早く起きますよね。自分にもそんな時代があったな~とは思うもののそれは遠い過去の話で、今は快適な二度寝を夢想する日々。いつからこんな風になったのやら…

祭囃子
完全に揃ってないであちこちで思い思いに演奏され、それらが混ざり合うことであの独特な感じを生んでいるんだと勝手に思っている。


各人の浴衣
実はそれぞれの浴衣の色には理由があったりする。

慈:いつものワンピースと同系色の紫
胡桃:卒業編頃から着始めるパーカーと同系統(あと、ヒロインといえば赤系じゃね?……ちょっと古いかな)
悠里&瑠優(るーちゃん):羽織っているカーディガン?の色
由紀:桜柄にすることは決めてたので地の色か模様の色かで悩んで地にすると胡桃の赤系と被るので模様の色にして地はそれが映えるように
美紀&圭:なんとなく、似合いそう
凪原:てきとう、男だしこんなもんやろ

それぞれの柄が表す意味は別に花言葉とかなわけではないので一応注意。
ちなみに胡桃の浴衣の柄についてはネットの中を探しまくり、↓のサイトでいい感じのがあったのでそれを採用しました。彼女(その16の子)が胡桃に見えるかは人によると思いますので閲覧は自己責任でお願いします。なお、「これりーさんじゃね?」って子もいるので探してみると面白いかも。
https://nijiero-ch.com/clothing/kimono/5279.html
※このページは非エロ画像ですが一応分類的には二次エロサイトなので開く際は周りに注意


ポラロイドカメラ
原作にも出てきたそれなりに役割を持つ小物。本作でもアルバムが作れるくらいには撮りまくっている模様。

集合写真
伏線っぽいこと書いたけど特に考えていない。むしろこんな風に書くのがお約束なんじゃないかと思ってたり……


今回の解説はこんな感じですかね~
祭ネタはまだ書き足りないのでこの章の閑話にでも書こうかな、と思っています。
さて次はいよいよ4章最終話、物語が一気に動きますのでお楽しみに。高評価とかもらえると筆者のやる気が上がるので是非に。

それではまた次回!




え?途中で筆者の私怨が混じってた?
…………………気のせいじゃないですかね



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4-11:来訪者

操作をミスって10時頃に間違えて投稿しちゃったんですが、編集が終わっていなかったので削除させてもらいました。混乱させてしまった人がいましたらごめんなさい。


さて、今日は第4章の最終回ですよ~




 その時は突然やってきた。

 

 

「ナギさんっ!!」

「グフゥッ!?」

 

 自室で昼寝をしていた凪原は、胸の上に降ってきた由紀の腕で叩き起こされた。

 こないだの祭の日の朝もこんな感じだったな、などとというのんきな考えは後に続いた言葉ですぐに吹き飛ぶこととなる。

 

「なんだ、どうした由k「ヘリコプターだよ!」―――は?」

 

 脈絡のない由紀の言葉に一瞬凪原の思考が止まった。

 

「だから、ヘリコプターがこっちに飛んできてるの!!」

 

 普段の見せるものとは違う切羽詰まったような表情と声の由紀を見て、機能停止していた頭が再び働き始めた。

 

「距離は?それにほんとにこっちに向かってるのか?」

「距離は私が最後に見た時はまだ豆粒くらいだったよ、絶対じゃないけど少なくとも近づいてきてると思う」

 

 凪原の質問に慌てながらも的確に答える由紀。持ち前の索敵能力と、それを的確に伝える力は観測手(スポッター)としての練習を通して鍛えられている。現時点で得られる情報はこれですべてだろう。

 

「5秒待ってくれ」

 

 そう声に出してから高速で思考を回転させ始める凪原。片手を額に当て、対応策を組み立てていく。普段から非常事態に対する動きは考えているので、そのうちの1つを少し変更すればよさそうだった。

 

「それじゃ、まずは屋上に出る扉の横の箱の中に発煙筒が入っているからそれを屋上で焚いてくれ。それが終わったら部室で待機だ。分かったか?」

「う、うんっ」

「よしっじゃあ駆け足っ」

「ラジャー!」

 

 やるべきことの指示を出せば多少余裕ができたのだろう、由紀は元気よく返事をして駆けていった。

 その背を見送りながら凪原は枕元に置いていた小型のトランシーバーを手に取る。普段遠征時に使っているものと比べるとおもちゃレベルだが、100mそこそこは電波が届くため校内の連絡用に使っているものだ。

 

「りーさん、めぐねえ、聞こえてる?」

 

 そう問いかければすぐに双方から緊張をはらんだ返答があった。その返事を確認し、凪原はすぐに2人に指示を出していく。

 

「由紀から聞いての通り、こっちにヘリが向かってきてるらしい。もしかしたら無線放送をしてるかもしれないから2人は放送室の無線機で確認してほしい。放送されている周波数が分かったらポータブルの方で合わせてして部室に持ってきてくれ」

 

 飛んできたヘリコプターが生存者の捜索をしているのなら、無線放送の1つくらいは流しているはずである。放送室の機材は無駄に優秀なため、付近で無線放送が行われていれば自動でその周波数にチューニングできる。作業には数分もかからないだろう。

 

「分かりました」

「ええ了解よ」

「ああただし、仮に呼びかけをしていても絶対に応答しないでくれ、聞くだけだ」

 

 2人の返事にかぶせるように注意を付け加える。

 これはヘリに乗っている人間がこちらに友好的であるかどうかが不明であるからである。友好的ではなかった場合に備えて、こちらが出す情報はできる限り少なくしたい。

 由紀に屋上で発煙筒を焚くよう指示したのものそのためだ。

 

 新しく煙、しかも色付きの人工的なものが上がればそこに生存者がいるのは一目瞭然である。ヘリが救助の目的で来たのならこの情報だけでも動いてくれるだろう。

 もちろん屋上に出て旗などを振り回すのでもこちらの存在を知らせることはできるし確実ではある。

 しかし、もしヘリに乗っている人間に悪意があった場合、その眼下に体を晒すなど「どうぞ撃ってくれ」と言っているようなものだ。

 そして、救助ではなくこちらへ向かってきているのなら、相手は学園に地下倉庫を作った組織の関係者だと思われる。そうなればほぼ確実に銃を持っているはずなので、敵対的だった場合は十中八九撃たれる。

 

 まあそもそもの話、相手が友好的でないのならこちらの存在を知らせない方がいいのだが、救助である可能性も捨てきれないことを考えればこれが最善とはいえずとも次善の策であろう。

 

 と、ここまで詳しくは話せなかったが、凪原の少ない言葉でもだいたいのことを察してくれた2人は短く了承の返事をすると通信を切った。

 

「美紀と圭は女子みんなの持ち出し袋を持って部室に、るーと一緒にな」

「はいは~い、もう動いてるよ~」

「るーちゃんとは手を繋いでるから問題ありません」

 

 最後に美紀と圭に連絡してみれば、2年生コンビは既に動き始めていた。

 恐らく圭が美紀に声を掛けたのだろう、彼女は凪原達31期生に近い性格をしている。何か不測の事態が起きた際、じっくり考えるよりも先に(それがどのような結果に結びつくかは置いておいて)行動に出るタイプだ。

 このタイプは落ち着きがないと評される場合もあるが今回の場合に関してはナイス判断である。

 

「おっけ、んじゃそのまま頼む。焦って転ばないようにな」

「も~こどもじゃないんだからってうわぁっととっ…………ありがと、美紀」

「もう、言われた途端につまずくんだから。凪原先輩、私が見ておきます」

「了解、任せる」

 

 ……調子に乗ったところで痛い目をみる、つくづく31期生に似ていると思う。生まれる年を間違えたのではないだろうか。

 

 

 ともあれ、これでこの場にいない面子への指示だしは済んだ。残るは隣で一緒に昼寝をしていた胡桃だけだが、振り返ると既に彼女は戦闘用の装備を身につけ始めていた。

 

「胡桃?」

「ん?どしたナギ。あたしなりに先回りして準備してるつもりなんだけど」

 

 ポカン、という言葉が似あう表情の凪原に、胡桃もまた首をかしげながら返した。当然のように話す彼女に凪原は今の状況をどこまで分かってるかを尋ねてみた。

 

「ヘリがこっちに向かってきてるんだろ? んでナギはそれがただの救助とかじゃないって思ってるわけだ」

「ああ、確かにその通りだけど」

 

 指貫グローブをはめながら状況を的確に表現してみせる胡桃に凪原はやや戸惑いながら頷く。

 

「なんで不思議そうな顔してんだよ。そんなにあたしがテキパキしてるのは変?」

「そういう訳じゃなくて…、起きたばっかなのによくそこまで考えられるなと思ってな。いつもなら昼寝の後はしばらくくっついたままボーっとしてんのに」

「なぁっ!」///

 

 突然ぶっこまれた恥ずかしい話題(日頃のイチャつき)に声が裏返る胡桃。

 

「こっこの緊急事態にいきなり何言ってんだよお前は!? もっと緊張感持つとかしろよ!」

 

 そう凪原を諫める胡桃だが、顔を真っ赤にしてどもっている時点で自身も緊張感が吹き飛んでいることは一目瞭然である。

 

「いやだって寝起きの胡桃マジでぴったりくっついてくるじゃん。 (ひたすら無心で耐える俺の身にもなれよ)

 

 流石に状況を考え、凪原は後半部分を口に出さず飲み込むことにした。

 

「しょ、しょうがないじゃんっ。最近ちょっと寒く感じることがあるんだし」

「うっそだろお前今夏だぞ!?」

「そんなの知らないよ! ナギがあったかいのが悪い!」

 

 装備を身につける手は止めないもののそのまま言い合う凪原と胡桃。非常事態とはいえ、なんだかんだで余裕がある2人だった。

 

 

 

====================

 

 

 

「なにあれ……こわい……」

 

 由紀が半ば無意識にその言葉を放った瞬間、凪原は手にしていた89式小銃の槓桿(コッキングレバー)を引いて薬室に初弾を装填した。

 

 

 戦闘準備を整えた状態で部室に姿を現した2人に動揺の声が上がったが「もしもの為」と強引に納得させ、皆で屋上に出た時には既にヘリコプターは十分に視認可能な距離にまで近づいていた。

 

 軍用のカラーリングが施されてがいるものの、どこかずんぐりとしたシルエットは攻撃用というよりは人員輸送用の機体に見えた。

 それを見て、とりあえず全力で殺しに来たとかではなさそうだ、と幾分警戒心を下げた凪原だったが、校舎の上空まで到達してもただ旋回するだけで動きを見せる気配の無いヘリに不信感を覚え始めた。

 

 彼以外の者も同様の思いを抱いたようで、眉を顰めたり「どうしたんだろう」と呟く。最初は大きく振っていた手も、今は降ろされてしまっていた。

 やがて旋回をやめてホバリングに移るも、やはり何の反応も示さないヘリコプター。無線で何か言ってきていないかを悠里に尋ねてみても、放送自体が途切れてしまったらしい。

 辺りには不安が広がっていた。

 

 そこに先程の由紀の発言である。

 屋上に出てから一言も発することなくヘリコプターを見上げていた彼女が発した声は、わずかに震えているようだった。

 

 

 それを聞き、凪原は意識を観察から迎撃へと切り換える。由紀が『こわい』と評した以上、あのヘリコプターは救助ではない。

 

 敵、もしくはそれに準じた存在である。

 

 相手が地下倉庫を準備した組織であった場合、隠し部屋に置かれていた銃器については把握されているはずなので、それを上回る火器として89式小銃を持ち出して来ていたのだが、この調子だと本当に使うことになるかもしれない。

 分が悪い賭けには違いないが、ヘリに機関銃手(ドアガンナー)などがいなければ何とかなるだろう。

 

 そして凪原に数秒遅れ、胡桃も初弾を装填する。視線をやってみれば、未だ戸惑いは見えるものの彼女は覚悟を決めた表情をしてこちらを見つめていた。

 「学園生活部の皆に危険が及ぶなら、その時は……あたしもやる」、少し前に敵対組織が襲撃してくる可能性を伝えた時の胡桃の言葉だった。その言葉通り、両目には決意が宿っている。

 

 心配ない、というように笑いかければ胡桃も微笑みを返してきた。互いに小さく頷き合うと行動を開始する、まずは2人以外の非戦闘組の避難だ。

 

 

「皆校舎の中に入っ――「あのヘリ……揺れて、ませんか?」」

 

 しかし、校舎内への避難誘導をしようとしたところで美紀の口からこぼれた言葉にその動きが止まる。反射的に頭上を見上げてみると、ホバリングをしながら空中で静止していたヘリが小刻みに左右へ揺れ始めていた。

 

「着陸する……ってわけじゃ、なさそう、…だよね」

 

 圭の言葉に誰も答えられないまま時間だけが過ぎていく。

 全員が見つめる先で揺れはさらに大きくなり、

 

やがて、完全にコントロールを失った。

 

 

「っ、中に入って身を低くしろっ、急げ!」

 

 自由落下を始めたヘリを前にして動けなくなっていた一同だったが、いち早く我に返った凪原の言葉に弾かれたように動き出す。

 なんとか全員が校舎内に入り床に伏せた瞬間、質量物が地面に激突した轟音と衝撃、そして金属が引きちぎられたような甲高い音が襲い掛かってきた。

 

「全員無事か?」

 

 数秒して墜落の余韻がきえたところで、凪原は体を起こし皆の安否を確認する。その声に応じるように次々に立ち上がった面々を見るに、とくにけがなどを負ったメンバーはいないようである。

 

「なっなんなの今の!?」

「なんだ圭、衝撃でかすぎて記憶でも飛んだか? ヘリが落ちたんだよ、校舎の裏手だ」

 

 叫ぶ圭に軽口で答えつつ、「確認してくるっ」と再び屋上に飛び出していった凪原に一瞬遅れて胡桃も駆けだし、その後ろに残りの面々も続く。

 屋上菜園の間を駆け抜け、校舎裏側の職員用駐車場を見下ろせるフェンスに到達した凪原は、眼下に広がっている光景を目にして思わず顔をしかめた。

 

「どうなってるっ!?」

「比喩抜きで大惨事だ、生存者はいないだろうな」

 

 追いついてきた胡桃の言葉にそう返しつつ、凪原は改めて視線を眼下へと向ける。

 

 頭から地面に突っ込んだのだろう。正面部分は原形をとどめない程グシャグシャにつぶれており、墜落に巻き込まれて大破した自動車の残骸と入り混じっている。

 テイルローターと本体部分を繋ぐ部分はへし折れ、くの字に折れ曲がった金属のフレームで辛うじてつながっていた。テイルローター自体は近くにあった自動車に突き刺さっており、その回転を受け止めた天井部分はざっくりと切り裂かれて奥にシートが見える状態だ。

 メインローターは機体から吹き飛んで1本は手近の車両を両断し、残りは数十メートル離れたところに変わり果てた姿を晒している。アスファルトの上にはローターとこすれた跡がハッキリと残っていた。

 これ以外にも辺り一面に破片が散乱しており、駐車場は無事な場所を探す方が困難なありさまだった。

 

 それだけでも惨状と評すには十分なのだが、さらに凪原が眉を顰める理由があった。

 

「クソッ、どっかショートしたか潤滑油でも漏れやがったかっ」

 

 横転している機体の向こう側、詳しくは確認できないが恐らくメインローターの接続部付近から黒煙が立ち上っているのだ。今のところ燃料に引火してはいないようだが、煙が上がっている以上それも時間の問題である。

 もし爆発が起これば、爆炎はここまで届くだろう。

 

 舌打ちの一つでもしたいところだったがそうする時間も惜しい。

 すぐ横では追いついてきたメンバー彼と同じようにフェンスに取り付いて駐車場を見下ろしている。あまりの惨状に言葉を失っている彼女達にその危険性に気付いている者はいないようだった。

 

 すぐに皆を離れさせようと凪原が口を開きかけた時、

 

 ゆらり

 

と駐車場の隅で陽炎が生まれた。横転した車から出火した炎が、同じく車から漏れ出したガソリンを伝ってヘリの残骸へと近づいていく。

 

 悠長に警告している暇はなかった。

 

「全員伏せろぉぉぉおおおおっ!」

 

 なりふり構わず全力で叫びつつ、凪原は近くにいた慈と由紀の頭を押さえ引き倒すようにして体を伏せさせる。視界の端で胡桃が美紀と圭を、悠里が瑠優(るーちゃん)をそれぞれ伏せさせているのまでは認識できたがそこまでだった。

 

 直後、凄まじい爆音が凪原達の鼓膜へと襲い掛かってくる。

 

 先ほどの墜落時の音が子守唄に思えるほどの大音量に、意識が真っ白に塗りつぶされかける。伏せさせた2人の頭を押さえながらも凪原がわずかに顔を上げてみれば、予想通り爆炎が屋上をはるかに超えたところまで吹き上がり、スライドドアのような金属物が自身の目線よりも高く舞っているのが見えた。

 

 残響がやんだところで立ち上がった凪原は2人が立つのに手を貸しながら安否を確認する。

 

「2人ともいきなりでごめん、怪我しなかった?」

「大丈夫です、ありがとうざいますなぎ君」

「私も平気だよ あ~、びっくりした」

 

 見回してみればほかの面々も無事なようだった。

 

 それを確認して視線を爆発の現場へと移してみれば、そこでは轟轟と炎が立ち上り、先ほどとは比べ物にならない勢いで黒煙が吹き荒れていた。

 現場近くにいたゾンビは火が付いたまま倒れ込んで燃えるに任せている個体もいれば、自身が松明となって歩き回っている個体もある。

 駐車場はさながら地獄の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

(こうなっちまうと自然に火が収まるの待つしかないな。となると一旦ここを放棄、ただそれだと物資が足りない。………危険だけどやるしかない、か)

 

 そこまで考えると、凪原は皆の意識を自分に向けるため大声を出した。

 

「注目っ!」

 

 全員の視線が集まったのを見て口を開く。

 

「この学校から避難する、避難先はこないだから整備してる第2拠点だ。しばらくはここに戻れないと思ってくれ」

 

 その言葉に動揺が走る。

 これまで過ごしてきた場所を離れることを決めたのだ、動揺しない方がおかしい。

 

「だけど、今向こう(第2拠点)に備蓄されている物資量だと医療品と食糧が心もとない」

 

 続けて懸念事項を正直に伝える。確かに第2拠点は巡ヶ丘学院からの避難場所とすべく準備を進めていたが、物資の移動及び集積はまだ十分ではなかった。

 このまま凪原達8人が転がり込めば、いくつかの物資が不足してしまう。

 

「ただ幸いって言っていいかは分からないけど、さっきの爆発の規模からしてこれ以上の爆発は起きないだろうし風向き的に煙が校舎に入り始めるまでは時間がある。だからその時間を使ってここにある物資をできる限り持ち出すことにする」

 

 そこで彼から提案されたのは無謀とも思える内だった容。火事が迫っている中で避難せずに作業をするなど聞く人が聞けば「正気か⁉」と問われても不思議ではない。

 しかしそれを聞く面々の顔に否定の色は無かった。代わりに浮かぶのは緊張感をはらんだものの決意の表情であろう。

 

 その意思を示す一同の根底にあるのは、凪原を信じる気持ち。それも妄信によるものではなく信頼に基づくものだった。

 これまでの凪原の行動が、彼が信じるに足る人物であるという信頼を彼女たちの中で築き上げていた。

 

「煙がこっちに来始めるまでの時間は恐らく3分ちょっとだ、だからそれまでに全部の行動を終わらせる」

「まず胡桃、美紀、それとるーは足の確保、こないだ持ってきたバンがいいだろう。非常階段近くに停めたら物資の積み込みを頼む。あと胡桃、さっきの爆発音で奴等がかなり集まってきてる。倒さなくてもいいからとにかく車に近づけるな」

「了解っ」

 

 胡桃が左掌に右の拳を叩き込みながら返事をする。残りの2人も了承の意を示した。

 

「めぐねえ、りーさん、由紀、圭は物資の確保だ。優先順位は医療品と食糧、あとは任せる。梱包済みの奴は投げ落としても大丈夫だから障害物がない場所にまとめて落とせ、その方が時間の節約になる。終わったら非常階段を降りて車に迎ってくれ。ただしやばいと思ったら途中でもすぐに退避すること。めぐねえ、判断任せる」

「分かりました」

 

 声に出して返事をした慈を筆頭にそれぞれが頷きを返す。

 微妙に間が開いたタイミングで美紀が疑問を投げかけてきた。

 

「凪原先輩はどうするんですか?」

「俺は、少しでも火災が広がらないようにしてくる」

「「「危ない(です)よっ!?」」

 

 美紀の問いかけに対する答えに全員が否定の反応を示すが、手を上げてそれを抑えるようなしぐさをする凪原。

 

「落ち着け、別にあそこに突っ込むって言ってるわけじゃない、集めていた消火器を上から投げ込むだけだ。あれの中身は消火剤だからな、熱で破裂すれば勝手に消火活動をやってくれるはずだ」

 

 そのように言えば一同は何とか納得してくれた。言いたいことはあるのだろうがここで言い争っている時間はないと考えたのだろう。異論が無くなったを確認すると、凪原は念を押すように言葉を続けた。

 

「もう一度言うけど制限時間は3分、ただし各自の安全確保が最優先だ。全員無線は手放すな、何かあったらすぐに連絡すること、いいな?」

 

 皆が頷いたのを見て大きく手を叩く。

 

「それじゃ、行動開始!」

 

 その声に合わせて彼を含む全員が一斉に動き始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「くそ重……てぇ……なっと!」

 

 悪態をつきながらも爆発の影響でガラスが砕け散った窓から消火器を投げ落としていく凪原。廊下に備え付けられている消火栓を使いたくなるが、燃料火災に水を掛けるのは逆効果である。短絡的な衝動を押し殺して次々と階下の火災へと投げ込み続ける。

 

 備蓄していた消火器をすべて落とし終わった時、ちょうど最初に投げ込んだものが熱に耐えかねて破裂する音が聞こえてくる。窓から顔を出して様子をうかがってみると、真ん中から弾けた赤い筒を中心に白色の消火剤が飛び散りその一帯の炎が弱まっているのが見えた。

 火の手が上がっている場所全体を考えればその面積は小さいが、投げ落としたもの全てが破裂すればそれなりに火の勢いを削ぐことができそうだった。

 

「ナギさんっ3分経った!」

「分かったすぐ行くっ」

 

 由紀の呼びかけに大声で返事をし、凪原は踵を返して走り始める。先ほど予想したように、校舎内には煙が入り始めていた。さらに2分もすれば内部に充満してしまうだろう。

 短めに見積もってよかったと考えながら廊下を走り抜け、非常口で手を振っていた由紀と合流する。

 

「首尾は?」

「ばっちり。お薬と保存食、それにお菓子とゲームも運び出したよ!けがした人もなし!」

「そりゃ上々だ」

 

 非常階段を駆け下りながら問いかければ、期待以上の返事が返ってくる。どうやら凪原が消火活動をしている間に彼女たちは彼以上に動き回っていたらしい。

 

「大変だよナギさんっ ゾンビさん達がさっきよりもたくさんいる!」

「階段降りきったら背中に乗れっ」

「りょうかいっ」

 

 校庭には爆発音に釣られて普段の10倍近いゾンビが集まってきていた、そのまま間をすり抜けるのは少し難しい密度だ。

 掛けられた言葉に短く返し一足早く地上へと到達した凪原は由紀に背を向けてしゃがみ込むと、背負っていた89式小銃を両手に構え直しセレクターを(連発)へと入れた。そしてそれとほぼ同時に背中に人一人分の重量がかかる。

 

「乗ったよ!」

「んじゃしっかりつかまってろよ!」

 

 凪原はそう叫んで立ち上がり、背に由紀を乗せた状態で走り始める。

 寄ってくるゾンビに対してはを景気よく弾丸をばら撒いて強引に進路を確保していく。

 もちろん精密射撃などはできないので的の大きい胴体部分めがけての射撃だが、銃口から吐き出される5.56ミリ弾は普段使っている9ミリパラベラム弾の3倍以上のエネルギーを持つ。

 それを胸に複数発受けたゾンビ達はもんどりうって倒れ込んでいった。

 

「2人とも早く来い!」

「急いでください!」

「あとちょっとなの!」

 

 同じく89式小銃を構えて車から2人を援護している胡桃や、彼女以外からも声が投げかけられる。

 それ引っ張られるようにして凪原は校舎から車両までの距離を数秒で駆け抜けた。

 

「先に乗れ!」

「うんっ」

 

 降ろした由紀を背に庇いつつ、凪原は近寄ってきていたゾンビ達に掃射を加える。1マガジン分撃ちきるとバンの周囲からゾンビは一掃された。

 

「ナギも早く!」

「了解っと ――いいぞめぐねえ!」

「それじゃ行きますよぉ!」

 

 胡桃の呼びかけを受けてバンに飛び乗りドアを閉めながら凪原が声を上げれば、間髪入れずに慈がアクセルを踏み込んむ。タイヤが地面とこすれる音を立てながら発進したバンは、その勢いのまま校門を通過した。

 

 

 

 パンデミック発生から3カ月半、突如として現れた来訪者により学園生活部の面々は安住の地を離れることとなった。

 

 

 





ツー訳でカ〇コンヘリ墜落回でした。

注:1000字くらい書いてた後書きが手違いで消えてやさぐれ中なので少々投げやりなところがあります。

さて今回の話のところ、原作でも大きなターニングポイントにして作中屈指の考察点ですよね。2次創作を書いている多くの作者様たちもどうしようか色々悩んだのではないでしょうか。かくいう筆者もめちゃくちゃ悩みました。
だって本作では風船(とアルノー鳩錦)飛ばしてないですからね、ヘリが来る理由がないんですわこれが。んで悩みに悩んだ結果、一応自分は(5割くらい)納得させられる設定を思いついたんですが、ネタバレになるのでまだ書きません。次章の本編中やその時の後書きにでも書こうと思っています。ただ一応筋は通ってると思うけど結構無理やりなので期待はしないでください。


ま、そんなことは置いておいて今回の解説タ~イム
ヘリの早期発見
原作では無線を傍受したんでしたっけ?本作では由紀が目視で発見したことにしています。でもそこまで不自然ではないですよ?ヘリコプターって飛行機と比べると高度が低い上に速度も遅いので探そうと思えば意外と探せます。屋上の高さを15メートルとすれば、理論上は半径14キロの範囲を見渡せますし、速度を時速200キロとすれば発見から到達までは3~4分あるので初動対応は十分間に合います。

ヘリの墜落
これも考察がはかどる点ですよね。本作における理由付けとしてはΩ型の設定が絡むので真相が明かされるとしてもかなり先の予定。なんせ作中での理由付けは凪原の推測という形で行っていますからね。神の視点の私たちはパイロットが注射を打とうとしたって知ってますけど、彼はそんなこと知る由もありません。ヘリが来て墜落しただけです。まあ彼なりの推測は次章で現場検証でもしたときにやってもらいましょう。
墜落→爆発炎上の流れは映像資料など見ながら書きました。爆発ホント怖い、そりゃりーさんも取り乱しますよ。

物資回収
原作とは異なり本作では第2拠点という名の避難場所があるので行先には困りませんが、物資はそれと別問題です。あえて触れることはありませんでしたが、作中時間で今はお泊り(4-7,8)からせいぜい2,3週間くらい。まだ物資を十分に移せてないんです。近所の物資はあらかた学校に集めちゃってるのでここが陥落すると物資回収は困難ということで、風さんに協力してもらって炎と煙を遠ざけてもらい、その間に物資回収をしてもらいました。

89式小銃さん
初登場は第2話でしたがそこからずっと出番がなく、今回初の実戦投入となりました。やっぱARっていいよね!弾が少ないことと、減音器(サプレッサー)がなくて銃声が抑えられないため封印されてましたが、ヘリの爆発音で既にゾンビが大量に集まってきてるんで気にするこたぁありません派手にぶちかませ。ただし避難先があることが前提です。籠城中にやってはいけません、無限にゾンビをおびき寄せ続けることになります。


こんなとこですかね。
さて今回で第4章は終了です。いつも通り閑話を挟んで新章突入となりますが、目次の説明に書いてある通りここから先はオリジナル要素が増えてくると思います。大まかな流れは原作に準拠しますが、今考えてるだけでも複数個大きな原作ブレイクが発生する予定です。なんせ本作の至上命題は

『原作キャラ達がそれなりに楽しく生きていくこと』

です。この点をご了承の上でどうかこれからも本作をお楽しみいただけると幸いです。また、お気に入り・高評価していただけるととても嬉しいです。

先ほども言いましたが次は閑話回です。
それではまた次回!


伏線仕込んだんだけどちょっとあからさまだったかな……





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閑話:祭噺~マツリバナシ~

章末恒例の閑話回、今回はハレの日(4-10)の幕間的なお話です。

ただし、今回は本編とつながりがあるような無いような、微妙な位置づけとなっています。


 太陽が完全に沈み窓の外が暗くなっても、食堂に灯された提灯の火は消えることは無い。それどころか流れる祭囃子の音と合わさってますます幻想的な雰囲気を醸し出し始めている。

 

 そんな、普段の蛍光灯とは違う温かい光の下で―――

 

ジュジュ~

 

―――凪原は鉄板と向かい合っていた。

 

 先ほど着替えた紺色の浴衣の上からたすき掛けを施した彼の両手には焼ヘラが握られ、その視線は鉄板上の具材へと向けられている。既に野菜と麺が鉄板全体に広げられ、その周りではソースがフツフツと沸き立ち特徴的な香りを辺りに漂わせていた。

 そこから一気にソースと具材を混ぜ合わせると台の下から取り出したプラ製のクリアパックに取り分け、青のりを振り掛けて隅っこに紅しょうがを詰めたら、最後に輪ゴムで蓋を止めてその間に割り箸を挟み込む。

 

 どこに出しても恥ずかしくない、まごうことなき焼きそばであった。

 

 同じものをさらに2つ作りたすきを解いた凪原は、両手にパックを持つと近くのテーブルへと移動する。

 

「はいよ~焼きそばお待ち」

「ありがとうございますなぎ君」

「お疲れ様」

 

 そう言いながらパックを差し出せば、座って待っていた慈と悠里がそれぞれお礼を言いながら受け取った。凪原自身も席につき、自分の分のパックを開いて食べ始める。

 

「うーん、70点ってとこか。やっぱ料理じゃ2人には敵わないな」

 

 一口目を飲み込んでから自己採点、ソースの味や香ばしさを麺と具材に絡ませるところまでは成功していたがそこまでである。全体としてみればその味は普段料理担当の慈や悠里には及ばない。

 以前ネットで見かけたコツを試してみたが、小手先の技術では地力の差は埋まらないということなのだろう。

 

「そんなことないわよ?ソースの香りもしっかりしてておいしいわ」

「そうですよ、前にお祭りで食べたのと同じ味です」

 

 2人はそんなことないと言ってくれるが、それは恐らく雰囲気によるものも多く含まれているのだろう。祭屋台で売られている粉モノや海の家で食べるカレーなど、状況にマッチした食べ物というのは実際の味よりも何倍もおいしく感じられるのだ。

 とはいえ、おいしいと言われて悪い気がしないのもまた事実。わざわざ謙遜する必要もないので凪原は賛辞をそのまま受け取ることにした。

 

「―――それにしても、自分で好きに調理して食べる屋台っていうのも新しいわね」

「人数が足りないからな、こればっかりは仕方ないさ」

「ああ、別に悪い意味で言ったわけじゃないわよ」

 

 悠里のふとした呟きにやや言い訳がましく答える凪原。実際屋台などの物は準備できたとしてもここには8人しかいないのだ、流石に店番などを用意することはできない。そんな気持ちを込めた言葉は、慌てたような悠里にすぐに否定される。

 

「お客さん役だけじゃなくてお店役までできるんだもの、きっと普通のお祭りよりも面白いと思うってことよ」

 

 「ほら、例えばあれとか」と言って悠里が指さした先では、カルメ焼きの屋台のところにいる胡桃と瑠優(るーちゃん)の姿があった。

 カルメ焼きは材料はだけ見れば水と砂糖に重曹、と簡単である。しかし、重曹を入れてかき混ぜるとすぐに膨らんで固まっていく様子は見ていてなかなか楽しいものがあった。

 現に自分達の手に持ったお玉の中で液体が膨らんでいくのを見つめる2人は歓声を上げており、ただ出来上がったものを買うよりも楽しんでいるように見えた。

 

「ね?」

「確かに、あれだけ喜んでくれたら準備したかいがあるってもんだ」

「そうでしょ。こんな状況だもの、楽しいことは多い方がいいわ」

 

 そう言って微笑む悠里に凪原も笑顔で返す。

 日々の生活にそれほど不自由はないとはいえそれはこの学校内に限っての話。一度外に目を向ければ、世界はまさに滅びようとしている。

 そんな絶望が支配している世界で生きていくためには楽しむということは本当に重要であり、日々の暮らしにおける娯楽やイベントの重要性は以前よりも増しているのだ。

 

 しかし、何事にも例外はある。

 

「ああそうだな。……まあ、そのイベント関係なく楽しめる人もいるみたいだけど」

「……ええほんと、めぐねえがここまでお酒が好きだなんて前は全然想像できなかったわ」

 

 呆れを多分に含んだ視線の先では満面の笑みで幸せそうにビールを飲んでいた。

 彼女に限って言えばビールさえあればどうにかなるのではないか、と2人には思えてならない。

 

「? どうしたんですか、なぎ君も悠里さんも。私の顔に何かついてます?」

「いいや別に?」

「何もついてないですよ」

 

 実際には鼻の頭に青のりが付いているが、素直に教えるのも何となく癪なので凪原達は黙っていることにした。後で瑠優(るーちゃん)あたりに指摘されてあたふたすればいい。

 

 

 

====================

 

 

 

「あ~~~~っ!!!」

((ビクッ))「「あっヤベ」」

 

 突然響いた由紀の大声に思わず肩を跳ねさせた凪原と胡桃の声が揃う。

 並んで型抜き勝負をしていた2人の手元では、完成一歩手前だった型に無残に割れた姿を晒していた。

 

「おい由紀っ、せっかくもうすぐ型抜きができるとこだったのに!」

「うっごみん―――ってそれどころじゃないよっ、見てよこれ!」

 

 胡桃の文句にいったんは謝ったが、それでも興奮は冷めなかった由紀が指さすのは射的の屋台、の景品台、の『大当たり』と書かれたライター、その裏側である。

 由紀は先ほどからそのライターを落とさんと幾度もコルク弾を撃ち込んでいたのが、ライターは台から落ちるどころか倒れもせずに堂々と屹立していた。

 

 彼女の言葉に釣られ、散らばっていたメンバーが射的の屋台へと集まっていく。ただし凪原だけは彼女が何を発見したのか分かっているため、一人のんびりと型抜きの隣の屋台で焼いていたとうもろこしにハケを使って醤油を縫る作業を始める。

 火元へと垂れた醤油が小気味よい音と共に香ばしい香りを振りまく。凪原はこの醤油が焦げるにおいが大好きだった。そしてこのにおいを最も楽しめるが焼きとうもろこしだと個人的には思っており、わざわざとうもろこし畑を探してまで今回用意していたのだった。

 

 そんなわけで上機嫌な凪原は置いておいて、射的の屋台に集まった一同が由紀が指す先へと視線を向けると、大当りと書かれたライターの後ろに何かが積み上げられていた。

 茶色に暉く小さい金属製の円板、これ1枚あれば公衆電話での短い通話やそれなりの時間楽しめるガムが買えるなど、以前はそこそこ使い道があったが今となってはおはじきか放り投げた音でゾンビの気を引くぐらいにしか役に立たないそれは、名を10円硬貨という。

 

 1枚1枚であればそれほど重くないものの、10枚20枚と積み上げられれば支えとして十分な重量を持つ。しかもご丁寧に筒状にテープでまとめられ、ライターの真後ろに配置されていたのだ。

 これまで由紀が何度チャレンジしても落とせなかったのも納得である。

 

「何回当てても落ちるどころか倒れもしないからおかしいと思って見てみたらこんなのが置いてあったんだよ!ひどいと思わない!?」

 

 プンプンという音が聞こえそうな様子の由紀。

 

「は~、さっきやってどーも落ちないと思ったらこんな細工がしてあったなんてね」

「置く位置もうまいですね。正面からだと絶妙に見えない場所だから横から見ないと気づけないし、誰がこんなものを?」

「誰がも何も、容疑者なんて1人しかいないだろ」

 

 そして「やられた」といった感じの圭に、わざと難しそうな顔で状況を分析する美紀とそれに返事をする胡桃。

 もちろん他のメンバーもこれが誰の仕業なのかなどはしっかり分かっており、彼女たちの視線がメンバー唯一の男子へと向けられるのに時間は掛からなかった。

 

「おー、なんだもうバレちゃったか」

 

 そして当然ながら、視線を向けられた凪原も自分がやったとバレることなど百も承知である。

 ごまかそうとすらせずにあっさり自供した。

 

「バレちゃったか、じゃないよナギさん!こんなのインチキだよ、ズルだよ、チートだよっ」

「ばっか、祭の大当たりは落とせないからこそ面白いんじゃねぇか」

 

 由紀の批判にのうのうと返す凪原。

 

「いや~、いくら何でもこれはほぼ詐欺な気がするんだけど」

「とは言ってもな、これ俺も実際にやられたことだし。結構よくあることだと思うぞ?」

「そうなの?」

「ああ、皆だって祭の射的で大当たりとかが落ちたとこって見たことないだろ? そもそも祭屋台なんて雰囲気に金を払ってるってとこもあるから多少ズルしてよりお金を落とさせようとしてもあまり咎められないんだろうし」

 

 首をかしげる圭(達)に予想を交えつつ答える凪原。

 実際のところ、屋台側としてもそうパカパカ大当たりを落とされたら大損害である。ならばあの手この手で落とさせないようにするのが人の性というものだ。仮に凪原が店主でもそうする。

 彼が直接体験したのは今回のようにストッパーを置くだけだが、以前聞いた話では的そのものを重くしたり、景品台にテープで張り付けて倒れはしても絶対に落ちないようされていることもあるらしい。

 さすがに最後のは悪質であるが、前者2つでもそうそう落とせないことに変わりはない。平等に料金は搾り取られる。

 

「ってことは凪先輩も無駄遣いしちゃったの?」

「おう、生徒会の仲間と勝負してたから引くに引けなくなってな。3千円スッた」

「おおぅ……、そりゃ災難だったね」

「いや、そんなにつぎ込む前におとなしくやめとけよ」

 

 凪原の経験に対する反応は同情的なものと呆れたようなものに分かれた。

 後者の筆頭は悠里はである。しっかり者の彼女に言わせれば、雰囲気を楽しむものにそれだけお金を使うのはバカらしいということなのだろう。

 

 そして前者の筆頭は慈だった。しかし彼女が同情しているのは凪原に対してではなく、その時の射的屋台の店主だった。

 もちろんズルをするのは良くないことだが、店主が凪原達から派手にやり返されたのを知っていたからである。

 

「ちなみにその時なぎ君たちはどうしたんでしたっけ?」

同期(31期)の仲間に頼んで見た目はそっくりで威力が20倍の強化型コルク銃を作ってもらって、これ見よがしに並んでた高額景品を根こそぎ手に入れてやったね。あの時の店主の顔はなかなか見ものだった」

 

 何とも彼等(31期)らしい回答に「あ~…」、となる一同。当時を知らない美紀や圭、瑠優(るーちゃん)までも同じような顔をしているあたり、いかに凪原が普段から規格外の片鱗を見せているかが分かるというものだ。

 そして「んでその時作ってもらったのがコレ」と言いながら看板代わりに飾っていたコルク銃を手に取る凪原。本当に見た目は台の上に置かれたものと違った箇所は見受けられない。作った人間の技術の高さを感じさせられる。

 もっとも感心はする気はさっぱり湧いてこないのだが。

 

 その後凪原に改造コルク銃を手渡された由紀は見事大当りのライターを硬貨の束ごと撃ち落とし、目を付けていた巨大ぬいぐるみを手にすることができた。

 

「「もふぎゅ~~」」

 

 身の丈の程もあるひよこのようななぬいぐるみに思いっきり抱き着く由紀と瑠優(るーちゃん)の姿は、見ていた凪原達をとてもほっこりさせた。

 

 

 

====================

 

 

 

「胡桃、ぼちぼちいい頃合いじゃないか?」

「あーそろそろ良さそうだな」

 

 凪原がそう声を掛ければ胡桃が思い出したように顔を上げて頷く。

 それだけで2人の間では通じたものの、当然周りには何だか分からない。凪原のことだから何か企んでいると予想はできるが内容についてはさっぱりである。

 

「なになに、凪先輩なんかやんの?」

「ビンゴ大会とか?」

「とりあえず由紀の想像したことではないとだけ言っておく。ってかビンゴ大会ってやらない場所の方が多いらしいぞ?」

「そうなの!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる由紀を放置して凪原は皆に屋上に上がるように伝えると、自分は準備があると言って1人自室にしている教室へと向かっていった。

 

 

「じゃあみんな、あっちの空に注目!」

「違うだろ」

 

 校舎の屋上で自信満々に一方の空を示した胡桃の頭に凪原が軽いチョップを落とす。

 

「いてっ ってあれ間違ってた?」

「真逆だバカ、というか相変わらず方向感覚無いな。あれだけ遠征出てるんだからそろそろ実についてもいいと思うんだが」

「うっ… だって外に出る時はいつもナギが一緒だし、それで安心しちゃうからさ」

 

 呆れたように苦言を呈す凪原だったが、そっぽを向きながらもそんなことを言う胡桃に動きが止まる。

 

「あ~えっと、そりゃありがt「は~い、イチャつくのは2人だけの時にしてね」 お、おう」

 

 甘い空気になりかけたところで圭が割り込んで軌道修正、―――したのはいいのだが数秒後に後悔することになった。

 

「っと悪い悪い。 それじゃあ皆さん、こちらをご覧ください」

 

 そう言いながら凪原が浴衣の袖の中から取り出したのは手のひらサイズの何の変哲もない小箱だった

………いかにもなアンテナと、どくろが描かれた真っ赤なボタンが付いていなければ。

 

 そんな一昔のアニメの中ぐらいでしかお目にかかれない自爆スイッチ的なソレを全員が正しく認識し、かつ誰も反応を示すには至らない絶妙のタイミングで、凪原は非常にイイ笑顔でスイッチを押し込む。

 

 そのまま数秒が経過して誰かが口を開きかけたところで、凪原が彼女達の背後を指し示す。振り返ったその先で―――

 

 

―――夜空にパッと大輪の花が咲いた。

 

 

 古き良き日本の夏の風物詩、花火である。

 

「「「わぁー…」」」

 

 由紀達が見上げる先で金に赤、黄色や緑の花火が順に打ち上げられ、遅れて爆発音も届き始める。目算でそれなりに距離があるにもかかわらず音が聞こえるのは他の音源が一切無いからなのだらう。

 

 そしてに日本には元々刹那的な、限られた時間にしか見ることのできない美を尊く思う習慣がある。例を挙げるとすれば桜吹雪などが典型的なものだろう。

 地球全体で見ても珍しい明確な四季を持つ気候で、日々移り行く季節を隣で感じながら暮らしてきた年月がそういった文化・情緒を育んだのかもしれない。

 

 もちろん、常に変わることなく美しくあるものを愛でるという考えや文化も理解できる。しかし、どちらの分化が優れているかというところは置いておいて、学園生活部の面々は全員が刹那的な美を尊ぶ文化の中で生まれ育ってきた。

 だからこそ、次々に咲き誇り次の瞬間にはあえなく消えていく花火は彼等の心に強く訴えかてくるものがあった。皆、最初に声を上げた後は食い入るように夜空を見上げていた。

 

 

 ところで、なぜ凪原達が花火大会を開けたのかというと、実は全くの偶然だった。

 焼きとうもろこしを食べたいがためにとうもろこし畑を求め、郊外を車ディーラーから新しく調達したバンで走り回っていた時に見つけた開けた場所にポツンと建っているコンクリート製の建物に入ってみたら花火師の工房だったのである。

 

 周囲にゾンビの姿はなかったものの一応警戒しつつ踏み込んだ2人の前には大量の完成した花火玉が並んでいた。

 パンデミック当時は花火の時期には早かったが、既に夏に向けた準備期間には入っていたし海外への輸出もあるため工房では1年を通して花火を作っているので倉庫は一杯だった。「そういや日本の花火って中東とか東南アジアで人気なんだったな」とは硬直から解けた後の凪原の言である。

 

 小さめの物が2,3個あればゾンビの誘引に使えると軽い気持ちで覗いた2人だが、山積みになっている花火を見て凪原のイベント魂に火が付いた。

 

 すなわち花火大会計画である。

 

 生徒会時代ならば書類を準備して学長の許可を得てから教師会議を通過させ、業者への連絡に予算の管理と場所と資材の確保、とイベント1つやるにも大量の準備が必要なので精々月に2回が限度だった(←十分におかしい)。

 しかし今は自分たちの安全さえ確保できればその他のことはすべてスルーできる。やらない理由は思いつかなかった。

 

 なお、胡桃からは危ないという意見も出たが、いつものように説明して納得してもらった(丸め込んだ)

 

 そもそも、花火の打ち上げというのは多くの人が想像するほど難しいものではない。

 昔と違って着火は機械により制御可能だし、花火会場まで出向いて打ち上げを行うため持ち運びも比較的容易なのだ。機械の操作も少し確認すれば素人でも十分に扱うことができる。

 ではなぜ花火師が専門職と言われていたのかというと、ひとえに安全性の確保が難しいことに加え事故が起きた場合の被害が非常に大きいからである。

 

 時折子供が車を運転してしまったというニュースがあるが、これもそれと近いものがある。動かすだけならゲームで運転しただけの小さな子供でも意外とできてしまうのだ。しかし幼い子供では周囲の安全に間では気を配れないし、何より何かあった時の対応ができない。だからこそ免許という制度で制限が掛けられているのだ。花火師についても同じであり、火薬取締法という制限が掛けられているのである。

 

 とはいえゾンビのせいで人類が大幅に数を減らした現在、この安全性の確保はかなり簡単になっている。周囲数百メートルどころか数キロ(下手すれば数十キロ)以内に自分たち以外の人間がいないとなれば花火を勝手に打ち上げたところで誰に迷惑が掛かるということもない。

 

 懸念を上げるとすれば打ち上げの音に釣られてゾンビが引き寄せられることだが、打ち上げ場所は巡ヶ丘学院から数キロ離れた地点であるうえに間に川を挟んでいる。自分たちがいる場所を悟られる可能性は低いだろう。

 

 よって凪原と胡桃が準備したのは倉庫に置かれていた花火のうち、既に打ち上げ用の筒に入れられていたものと発射用の機器を持ち出してあたりが開けた場所に設置することと、機器を遠隔で操作するための装置を作ることくらいだった。

 装置作りとはいっても普段使っている無線を少し弄っただけなので、ラジコンを自分で組むのと大差はない。この程度の作業ならば、物理的な機構が専門で電子工作はどちらかといえば不得手な凪原でも行うことができた。

 

 もちろん準備にはそれなりに苦労する点もあったものの、真っ暗な空に次々と浮かび上がる花火を見上げる仲間達の顔はそれに十分以上に見合うもので、企画者2人は互いに笑みを浮かべると小さく拳を突き合わせた。

 

 

 そして、恐らくは今夏で唯一の花火大会は幕を閉じる。

 振り返ってみれば10分に満たない程の短い間だったが、その時間は見ていたものの記憶に強く焼き付けられた。

 

「さ、これで花火大会はおしまいだ。戻って祭の続きといこうじゃないか」

 

 凪原の言葉を合図にして、一同は口々に花火の感想を言い合いながら校舎の中へと戻っていった。

 

 

 

====================

 

 

 

 凪原達が花火の余韻に浸っているのと同じ時刻、とある建物の屋上には彼等と同じように空を見上げている女性の姿があった。

 

「は~、こんな風に花火を見上げるなんていつ以来だろうな~」

 

 こぼれたその言葉に、そうなの?、と言うように同居人が首を傾げる。

 

「そうそう、大学の頃は一緒に遊びに行くような子はいなかったし、高校の時は部活でそれどころじゃなかったからね。それより前は、うーん……覚えてないや」

 

 あっけらかんとした調子でなかなか反応に困ることを言う女性に同居人は何も答えない。その様子に笑いながら「気にしない気にしない」と声を掛けた彼女は、再び静かになった空へと視線を向ける。

 既にそこには何の変哲もない夜空しかなかったが、彼女の目には先ほど確かに上がった誰かの命のきらめきが確かに焼き付いていた。

 

「にしてもやっぱり私以外にも生きてる人達がいたんだ! それが分かったらこれからの()()()()()にもますます身が入るってもんだね!」

「ワオンッ」

 

 無意識のうちに曇りのない笑顔を浮かべていた彼女がそう叫べば、それに同居人も()()()()()()()()()元気よく答える。

 

「さーって、それと決まったら今日はもう寝よっか。 やっぱり良い放送のためには良い睡眠が必要だよね」

 

 一つ伸びをしてそう呟いた女性は同居人を抱え上げると潜水艦の水密扉を思わせるハッチへと歩み寄り、梯子を伝って室内へと姿を消した。

 

 

 

 

 






本編で書きたかったけど文字数の関係上書けなかった祭ネタを詰め込んだお話でした。今年は夏祭りとかは軒並み中止になってますから、今回の話で多少なりとも祭り気分を味わってもらえたら幸いです。


焼きそば
実は筆者はそこまで好きじゃなかったりする。少なくとも日常の中で自分で選んで食べることは無い。それでも祭の中でだとすごくおいしく感じるから不思議。

カルメ焼き・型抜き
どちらも屋台を実際に見たことは無いけど地域によってはまだまだ現役らしい。カルメ焼きは筆者が小学校の時クラブ活動で作って食べた、すごくおいしかったです(小学生並感)。型抜きはつい最近やる機会があったけど簡単な奴なら意外とできる。

射的
大当たりを落とせないことに定評のある例のアレ、本文中に使われた10円玉の支えは筆者が実際に見たことがある。ほんとに正面からは見えないよう絶妙な位置に置いてあった。

花火
「夏と言えば?」という質問をしたら3つ目以内くらいには入ってくる(と思われる)夏の定番。手持ち花火でも良かったといえばよかったんですがせっかくの二次創作なんだからということで景気よく打ち上げ花火にしました。
打ち上げの難易度については本文中に書いた通り、作業自体はぶっちゃけそこまで難しくない(らしい)です。安全確保が非常に難しいからこそ現代では規制が厳しいんですよね。あと火薬を扱うので犯罪云々の話もありますが作中の状況では些細な問題です。
梅雨の間放置されてたら湿気てるんじゃね?という疑問は聞きません、大丈夫だったんです。

女性と同居人
ラジオ放送、ハッチ、しっぽ、とくれば親愛なる読者様方ならば誰のことかはお分かりいただけると思います。今考えている本編のプロット的にこの話はなくても一応成り立つため、閑話に入れることにしました。(裏設定的に入れておいた方が筋が通りやすくなるので)


というわけで4章はこれにて完全に終了、次章からはまた物語が大きく動き始める予定です。
今のところ次週はお休みの予定ですが、筆が進めば更新するかもしれません。

それでは、これからも本作品をどうぞよろしくお願いいたします。高評価、お気に入り登録いただけますととても嬉しいです。

それではまた次回!


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第5章:転換期編
5-1:新しい日常


書けたので投稿します。
記念すべき50話目、そして第5章スタートですよ~






 とある日、とあるマンションにて、既に住む人などいなくなったその建物の屋上には少女と青年の2つの人影があった。

 2人の頭上には外壁と同じ色のタープが低めに張られており、同じくらいの高さやより高所からでも一見しただけでは分からないようになっている。その布の下で少女は望遠鏡を覗き込み、青年は小型のビデオカメラの確認していた。

 

 2人の口元をよく見ると順番に動いてはいるものの一方が口を閉じてからもう一方口を開くまでに間があり、そして口を開いている時間は短い。どうやら1単語ずつしか話していないようだった。

 

「……プラスチック」

「クリップ」

「………プライド」

「ドリップ」

「えー…ぷ、ぷ…… そうだっプール!」

「ループ」

 

「だぁーっもうっ、またぷかよ!」

 

 度重なる()にとうとう少女、胡桃が爆発した。覗き込んでいた望遠鏡から顔を離し傍らにいる青年、凪原へと怒りの声を向ける。

 しかし当の凪原は態度を崩すことはなく、カメラに付属したモニターから顔を上げると自信ありげな表情を浮かべた。

 

「どうだ胡桃。俺が前にやられて惨敗を喫したしりとりにおける悪魔の方法、ぷ責めは?」

「どうだ、じゃない! きつすぎて下手すりゃ喧嘩になるぞあんなの、ってかなんで生徒会でそんなことやってたんだよ!?」

「仕事が終わった後の夕飯を賭けてちょくちょくやってたんだ。あいつら『会長なんだから奢れ』とか言いやがって、奢って欲しいなら普段もうちょっと殊勝にしろってんだ」

 

 思い出したように文句を吐く凪原だったがその口調に悪い感情はのっておらず、むしろ懐かしむような響きがあった。

 

「へー」

 

 しかし、返事をする胡桃の声にはなんの感情も感じられなかった。

 

「へーって…、もうちょっと同情するとかなんかないのかよ?」

「別に、そもそもナギ達がそんな遅くまで働かなければイベントが減って平和な1年になったんだろうし」

 

 入学式でいきなりバズーカクラッカーの集中砲火を喰らい紙テープ塗れになった衝撃は今でも忘れられないようだ。

 

 

「なんだかんだで楽しんでただろうに」

「それはそれ。――んで、なんか写ってた?」

 

 微妙に図星な指摘を切って捨て、閑話休題とばかりに凪原に問いかける胡桃。

 

「いや何にも、車両はもちろん明かりの一つも何もなし」

「やっぱりそうなんだ、今見てても昨日と全く変わってないしね」

 

 2人が見下ろす先にあるのは私立巡ヶ丘学院、パンデミック以降数カ月にわたり凪原達学園生活部の家となって()()場所である。

 ヘリコプターが墜落してきたことで現在は第2拠点として準備をしていたレゾナンス巡ヶ丘に居を構えている学園生活部だが、戦闘組の2人は墜落の翌日から日中はこの場所から学院の監視を行っていた。

 機体や破損した車両から立ち上っていた炎は墜落から2日目には鎮火して細々と上がっていた煙も1週間が経つ頃には見られなくなった。機体のそのものは校舎の裏側にありこの場所からは見えないので、現在はすすで少し黒っぽくなった校舎が見えるだけである。

 

 ではなぜ鎮火したにもかかわらず2人は監視を続けているのか。

 端的に言えば、新たな来訪者が来ないかを監視するためである。

 

「全然来ないね、あのヘリコプターの仲間」

「う~ん、来るならもう来てもいい頃だと思うんだけどなぁ」

 

 まさかあのヘリコプターが実は自家用のもので、搭乗者の一存だけで気の向くままに飛び回っていた。ということなどはあるはずないので、どこかしらの組織に所属した機体であったことは間違いない。となれば墜落の直前に本部へ緊急連絡を入れているはずで、仮に本部が通信が届かない程遠距離だとしても帰投しなければトラブルがあったことは一目瞭然のはずだ。

 となれば捜索隊なりなんなりが派遣されてくるのではないかと踏んだのだが、現在のところそのような存在は影も形もない。

 

「なんで誰も来ないんだと思う?」

「俺に聞くなよ。でもまあ、考えられるとすれば――」

 

 胡桃から聞かれるも、凪原とて軍事の専門家ではないので相手の状況を正確に把握することはできない。せいぜいいくつかの予測を立ててみるくらいだ。

 

「何かの理由で捜索隊の編成、もしくは到着が遅れている。例えば色んなとこにヘリを飛ばしていてうちは優先順位が低いとか、正確な墜落地点が分かってないとかが有力っちゃ有力だろうな。あるいは、ヘリは堕ちるものと割り切って捜索すらしていないか」

「前2つは良いとしても最後のはさすがに無いだろ、ゲームじゃないんだぞ」

「つっても、今は現実がほぼゲームじゃねえか」

 

 ヘリコプター=墜落すると想定されていた、などと設計者が聞けば激怒すること間違いなしな予測を立てる凪原。それに呆れたようにツッコむ胡桃だがわずかに理解できてしまうのが腹立たしい。

 確かに現在の状況はその手のゲームではテンプレといってもいいくらいにゲーム的だ。半年前の自分に言ったら「リアル系のゾンビゲームでも発売されるの?」という反応になったであろうことは想像に難くない。

 

「ま、いくらゲームっぽかろうが現実は現実だからな。学院には俺達で集めた物資がまだまだ残っていて、そこに正体・目的共に不明のよく分からん連中が来る可能性がある以上、監視は続ける必要があるってわけだ」

「別に監視をするのに反対ってわけじゃないよ、単純になんで来ないのか気になっただけ」

「そか」

 

 凪原の言葉に「そうそう」頷く胡桃。

 彼女だって物資を集めるために少なからず苦労をしたのだ、それをいきなりやって来た見ず知らずの相手に勝手に持っていかれるとなれば警戒して当然である。同じように物資を渡すとしても、協力や助けが必要な相手にこちらが判断して物資を渡すのとは全く意味合いが異なる。

 

 つまり、物資に関する話だけでも監視をするには十分な理由なのだ。そこに相手が正体不明で何を目的としてどのような行動をするかが分からない、場合によってはこちらに明確な敵意を向けてくるかもしれないとなれば、逆に監視しない理由を考える方が難しい。

 そしてもし、その正体不明の相手が自分達を害すもしくは害そうとした場合、胡桃は何としても――場合によっては強硬手段に訴えてでも――止めようとするつもりであった。

 

 パンデミック前の自分ならばこのように考えはしなかっただろう。自分達が集めた物資といってももともと所有権が合ったものではないし、それほど必要とするには何か理由があるのではないか、とまずは考えていたと思う。

 しかし今は、たとえどのような事情が相手にあろうとも、自分や仲間達、そして自分が愛し自分を愛してくれる人を守るためならば()()()()()()()(まだ何でもと言えるほどではない)をできるという確信があった。

 

 たとえそれで相手が傷つく、もしくはそれ以上のことになったとしても。

 

 

 だからこそ思うこともある。

 

「でもさ、ならやっぱりM1500(狙撃銃)を持ってくるべきだと思うんだけど」

「またそう言う、意味ないっつーかマイナスだって言ってるだろうに」

 

 そんな胡桃の思いから出た言葉に凪原は諭すように答えた。

 学院に来るのが友好的な人間ではないと信じている胡桃(なお状況的に考えて凪原も同意見である)にとって、こちらから相手に攻撃できる手段がないのは少し心もとないらしい。凪原もその気持ちは分からないではないのだが、頷けない理由があった。

 

「持ってきたとしてもこの距離で動いてる目標に命中させるなんざ、俺と胡桃はもちろん美紀でも無理だ。むしろ発砲炎(マズルフラッシュ)でこっちの場所がバレるだけだって」

「そりゃそうだけど…」

「心配しなくてもこれだけ離れてりゃそうそう見つからんさ」

 

 今彼らがいるマンションと学園との距離はおよそ1キロ、2人ではM1500を使っても全く中てることができない。望遠鏡を使えば監視自体はしっかりできる距離なのだが、それは本職の狙撃手(スナイパー)であれば十分に狙えるということでもある。

 とはいえ凪原はそこまで気にしてはいなかった。

 逆の立場で考えれば分かることだが、そもそも相手には自分達がいるのかどうかすら不明なのだ。そして1キロという距離は本腰を入れて探さなければ見つけられない。それに加えてタープで遮蔽している上に望遠鏡も反射光が相手から見えないよう特殊加工されたレンズが使われている。

 警戒はするに越したことはないが、そこまで神経質になる必要はないだろう。

 

「つーわけで、こっちがいきなり見つかることは考えにくいし、ここまで待っても来ないってなると来るかどうかも疑わしいからな。そんな肩ひじ張らなくても大丈夫だ」

 

 リラックスリラックスと言ってくる凪原が何となく自分を子ども扱いしているような気がして、胡桃は少しイラっとした。しかしそれを指摘しても笑って流されるだけなのは目に見えている。

 何とか意趣返しができないかと考えた胡桃は、何かを思いたようにニヤリと笑った。

 

「さてさて、ビデオの確認も終わったし俺も望遠鏡の方見てみますかね―――って胡桃?」

 

 望遠鏡の前に移動して覗き込んだ凪原の背にポスッという音と共に重みが加わった。体勢的に振り返れないので見ることはできないが、凪原の後ろに座った胡桃が背中を預けてきたのだろう。

 

「リラックスしろって言われたからナギの背中で休ませてもらおうかなって」

「いやあの、そこでくつろがれたら俺動けないんだけど」

「どうせどっちかは監視してなきゃいけないんだからいいじゃん。それじゃ、なんかあったら起こしてね。おやすみ」

「ちょっ」

 

 一方的に言い切るとそれきり胡桃は凪原の声に答えなくなり、1分もしないうちに本当に寝息が聞こえ始めてきた。

 思わずため息をつきそうになった凪原だが、体の揺れで起こしてしまうかもしれないと考えてそれを飲み込む。休めと言ったのは凪原である、ここで起こしてしまうのは何となく負けな気がする。

 

「まったく……」

 

 この貸しはいつか、ではなく午後に返してもらおう。具体的には膝枕を要求することとしよう。

 そう結論を出すと、凪原はおとなしく監視を始めることにした。

 

 

 

====================

 

 

 

 いくら監視の必要性があるとはいっても、1日中監視場所に張り付いているわけではない。というより監視していない時間の方が長く、せいぜい6,7時間程度である。

 墜落からしばらくの間は凪原が泊まり込みで監視していたものの、周囲からの説得もあり現在では自分達がいない間はカメラを設置してその映像を翌日確認するという手法に切り替えられている。

 

 この手法は即応性には欠けるものの、来訪者が来る可能性が墜落当初と比べて低くなったこと。そして学院と今の拠点との間にはそれなりの距離があり、たとえ敵対的な集団が学院に来たとしても直ちに直接的な被害を受けることは無いということから、凪原自身の体調を考えて提案されたものである。

 

 

 というわけで、最近の凪原と胡桃のタイムスケジュールは朝起きたら朝食を摂ってから移動、間に昼食を挟んで10時から5時頃まで監視場所で過ごして拠点に帰ってくるという、ある意味役所勤めの公務員のようなものとなっていた。

 

 そして現在の拠点、レゾナンス巡ヶ丘に戻ってきた凪原達2人を出迎える小さな影が1つ。

 

「ゆーにい、おかえりなさいなの!」

「おう、ただいまるー ――よっと」

 

 飛びついてきた瑠優(るーちゃん)を受け止めてそのまま抱き上げる凪原。外出時は常に携行しているグロックカービンはスリングで吊っているし、その他の装備品もベルト周りのポーチに収納してあるので常に両手はフリーになるようにしていた。

 ちなみに装備品以外の物品はダッフルバックに放り込んであり、じゃんけんで負けた胡桃が担いでいる。

 

「おいおい、あたしには何にもなし?」

「あっ、くーねえもお帰りなさいなの!」

「はいただいま、いい子にしてたか?」

「うんっ、りーねえとめぐねえのお手伝いたくさんしたの」

「おっえらいじゃん」

 

 そんなことを話しながらおしゃれな石畳の上を歩き、3人は敷地内の駐車区画から家屋が建っている区画へと移動する。

 

 レゾナンス巡ヶ丘は敷地内に数軒の家があるが、学園生活部はそのうちの1棟だけを利用している。元高級住宅とはいえ一般的な一軒家なので少々手狭ではあるが、安全性を考えてと何よりみんな一緒の方がいいということで8人全員で暮らしていた。

 なお、その他の家については現在のところ発電機としてのみ活用している。各家にソーラー発電システムがあるので、延長コードを伸ばしてきて家電などの電源はここからとることにしていた。最近は暑い日が続いているので実際に住んでいる家で発電している分はエアコンだけで消費しきってしまうのだ。

 当初は電力喰いのエアコンに悠里が微妙な顔をしていたが、慈の「皆さんの健康の方が大事です、今はお医者さんもいないから具合が悪くなってからじゃ遅いんですよ」という一言にハッとさせられたようで、炎天下の日でも室内は過ごしやすい温度に保たれている。

 

「あ、凪先輩に胡桃先輩じゃん。おかえり~」

 

 ベランダで洗濯物を取り込んでいた圭が手を振りながら声をかけてきたので挨拶を返す。

 

「今日はどうだった?」

「なんもなし、煙も完全に出なくなったし平和なもんだ」

「りょうか~い。 そうだ、今日の夕飯はカレーだよ、さっきりーさんが言ってた」

「マジかっやった久しぶり!」

 

 圭の言葉にガッツポーズをする胡桃。

 好物が出ると聞いて夕飯が待ち切れなそうな彼女に声をかける。

 

「んじゃ胡桃、先にシャワー浴びちゃえよ。俺はここで待ってるから」

「そう?じゃお先に。すぐ出てくるからちょっと待ってて」

「そんな急がなくていいぞ~」

 

 胡桃が入っていった玄関を何となく見つめていると、上からからかい交じりの声が降ってきた。

 

「凪先輩、一緒に浴びなくていいんですか?」

「アホ抜かせ、流石に狭いっつの」

「狭くなきゃいいんだ…。なんかもう全然動じなくなったね、前はヘタレだったのに」

「あん?」

 

 威嚇して圭をベランダから下がらせて約10分ほど、瑠優(るーちゃん)と話しながら待っていると玄関から胡桃が顔を出した。

 

「お待たせナギ、りーさんがもうすぐご飯できるから早く浴びちゃってだってさ」

「あいよ」

 

 バスタオルで頭を拭いている胡桃に返事をし、凪原も瑠優(るーちゃん)を伴って屋内に入る。

 

「あっなぎ君、さっき水筒持ってみたら全然減ってなかったじゃないですかっ。胡桃さんにも言いましたけど最近は暑いんですからちゃんと水分摂らないとダメですよ!」

「ほ~い、明日はちゃんと飲むようにしま~す」

「も~絶対ですからねっ」

 

 途中かけられた声に適当に返事をし、内心で「お母さんか」とツッコミを入れつつ脱衣所へと向かい、衣類を脱いで洗濯機の中へと放り込む。上水道は死んでいるが、井戸から水を汲めるので洗濯機が使える。電力に余裕がないときは手洗いをする時もあるがこの方が楽だ。

 

 

「あ、着替え持ってくんの忘れた」

 

 シャワーの最中に大事なことを思い出して固まる凪原。既に頭から湯をかぶった後なのでさっきまで着ていた服を着なおして取りに行くという手は使えない。

 どうしようか数秒考え、凪原はおもむろに浴室の扉を開けると脱衣所の向こう側に聞こえるように声を張る。

 

「すまん誰か着替え、パンツだけでもいいから持ってきてくれ!」

 

 扉を閉めてしばらく待っているとやがてドタバタと足音が聞こえ、ついで脱衣所の扉が勢いよく開かれた音がして―――

 

「男だからってパンツとか大声で言うなバカ!」

 

―――という声と共に浴室の扉に着替えが投げつけられた。

 

 

 




はい、第5章が始まりました~
現段階では学園生活部の一行は場所を移して第2拠点に居を構えています。避難先があるって大事ですよね。拠点が一か所しかないときと安心感が違うと思います。つーわけで早速今回の解説ターイム


学校の監視
そりゃ正体不明の奴等が来たら後詰めが来るかもしれないって警戒すべき。相手側からすれば貴重(十分数保有していたとしても再生産は恐らく無理)なヘリが堕とされたわけだし、falloutとかだったら討伐隊組まれてもおかしくないレベル。
少なくともしばらくの間はその拠点を放棄して監視してこちらの戦力が十分なら捜索隊が来た時点で叩く、というのが軍事的には正しいのかもしれないですけど、戦力もないし凪原もそこまで非常にはなり切れてないので監視に留めています。

しりとり
ぷ責めしてきた高校の同期絶対に許さない。

レゾナンス巡ヶ丘
第2拠点。一軒だけ使ってるのは万一敷地を囲う壁を越えられた時の防衛がやりやすいためと消費電力を抑えるため(←こっちの方がメイン)。ちなみに凪原達がいない間の防衛は遠くの奴は美紀M1500で、近くの奴は由紀のクロスボウか圭の改造さすまたで担当しています。


第5章は今までにも増してドタバタ騒ぎが続くと思います。
新キャラ4名(原作キャラ2名、オリキャラ2名)が登場予定ですし場所も色々変わります。とはいっても肝心のストーリーがそれに振り回されないよう頑張っていきますのでどうかこれからも応援の方よろしくお願いします。(でも今回は休まないで書いたからどっかでプロット練るためにどこかで1週休むかも……)

高評価・お気に入りしてもらえると嬉しいです。

それではまた次回!


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5-2:お片付け

どうも、PCが死にかけて危うく発狂するところでしたが筆者は元気です。バックアップの大切さを実感しました。




「おっそうじおっそうじ~ほうきにちり取りでピッカピカ~」

「由紀先輩、歌ってても掃除は終わらないので手を動かしてください」

「え~もう疲れたよ~」

 

 美紀に注意され、手にした箒をマイクに見立てて自作の歌を歌っていた由紀はがっくりと肩を落とした。

 

「ねえねえみーくん、そろそろ休憩しようよ!」

「まだ初めて30分も経ってません、最低でも1時間はこのまま掃除です」

「そんなご無体な~ よよよ」

 

 希望を込めて休憩を提案するもバッサリ切って捨てられ、泣き崩れるふりをしながら圭へと抱き着く由紀。

 

「うわーんけーくんっ、みーくんがいじめる~」

「お~よしよし まったく、美紀は厳しいもんね」

「ほんとにそうだよね~」

「2人とも…」

 

 揃って「ね~」と頷き合う2年生と3年生のコンビに、美紀としてはため息をつかざるを得ない。とはいえそのままにさせるわけにもいかないので、いつの間にしわの寄っていた眉間をもみほぐしながら口を開く。

 

「あのですね、そもそも最初に一番張り切ってたのは由紀先輩じゃないですか。これくらいで意気消沈しないでくださいよ。あと、圭もあんまり甘やかさない」

「別に甘やかしてるわけじゃないよ、私だって同じ気持ちなわけだし。だってさ―――」

 

 そう言いながら圭は、見てよ、と言わんばかりに両手を広げながら言葉を続ける。

 

「―――床に壁、クッションとか家具に至るまでどこもかしこもすすだらけ。おまけに床にはガラスが散らばってるし、ここを掃除しろって言われてもやる気なんか出るわけないじゃん」

 

 

本日の学園生活部の活動は、巡ヶ丘学院本校舎の大掃除である。

 

 

 ヘリコプターが墜落した日から数えてはや2週間近く、一向に捜索部隊が来る様子もないため一行は久しぶりに校舎へと戻ってきていた。

 

 パンデミック以降1日の多く(凪原と胡桃以外に関して言えばほとんど)の時間を過ごしてきた愛着ある拠点はしかし、圭の言葉にあるように無残な姿を晒している。窓際は爆発の衝撃で吹き飛んだガラスの破片が散乱し、校舎内に入り込んだすすが降り積もって歩けば足跡が残るほどで、とてもではないが快適に過ごせる環境できない。

 とはいえ墜落時の衝撃とそれに伴う爆発及び火事を考えればこの程度の代償些細なものといえる。持ち出せなかった物資もほとんどダメになっていないことを踏まえれば安堵こそすれ文句を言う筋合いはないのは重々承知であるが、元の状態に戻すまでの手間を思えばため息の1つや2つはつきたくなるというものである。

 

「でも、せめて寝る部屋と部室くらいは綺麗にしないと休もうにも休めないよ圭。ほら由紀先輩もシャキッとしてください」

「「は~い……」」

 

 もちろんだからといって掃除をしなくていいわけではない。美紀の正論に由紀と圭は渋々返事をすると、それぞれ掃除道具を手に持って作業を再開した。

 

 

 

====================

 

 

 

 由紀達が掃除を再開したちょうどその頃、凪原と胡桃はヘリの墜落現場である校舎裏の駐車場へとやって来ていた。どうして由紀達が作業を始めて30分以上経ってようやくここに来たのかはキチンと理由がある(決してサボったりイチャついたりしていたわけではない)。学院に着いて他のメンバーを安全なバリケードの中に入れた後、ゾンビを掃討して回っていたのだ。

 以前であれば訓練を兼ねて定期的に始末していたため数は少なかったものの、2週間近く拠点を開けていたのでそれなりの量のゾンビが敷地内に入ってしまっていた。

 

 ゾンビの脅威の真骨頂は群れた時に生じる膨大な物量にある。今回集まっていた数程度ならば凪原達が銃を使えばどうとでも対処できるが放置しておいても百害あって一利なしなので念入りに始末し、ついでにゾンビが入れそうな隙間をロープで応急処置的に塞いだりしてるうちにそれなりの時間が経過していたというわけである。

 

 さしあたっての敷地内の安全を確保してきた2人が今目にしている駐車場の様子は、彼らの記憶にある光景からかけ離れたものであった。中央には胴体部分で折れたヘリコプターの残骸が鎮座し、その周りには並んで駐車されていたはずの車がひしゃげたりひっくり返ったりぶつかりあったりして無残な姿を晒していた。何台かはヘリから出火と爆発のせいで炎上し、元の車種が判別できない程である。すすや焼け焦げによる黒色の中で、破裂した消火器からまき散らされた消火剤の白がマーブル模様を描いている。

 

 そして、駐車場のあちこちに見られる焼け焦げた物体。

 

 雰囲気的に金属などではなく元は有機物、一抱えほどの固まりだったり細木のようだったりと形状は様々である。しかしよくよく見れば細木には上下に枝のようなものが2本ずつ、固まりは歪でまるで別の形だったものを丸めたような―――

 

「―――うっぷ」

 

 その正体に思い至った胡桃が思わず口に手を当てて顔をそむける。

 焼け焦げた物体の正体、それはゾンビ達の燃えかすだった。

 

 町を徘徊する体が腐敗したゾンビに食い散らかされた人間の死体、他にも自身が手を下したゾンビの死体など、グロテスクと表現されるものはこの数ヶ月で嫌というほど遭遇しているので言い方は悪いが見慣れている。しかし焼死体が発する独特の凄惨さは、だからといって耐えられるものではない。

 普段凪原と共に戦闘をしているとはいえ、多感な年齢の少女である胡桃にこの光景は辛いものがあった。

 

「辛かったら戻っててもいいぞ?力仕事とかするってわけじゃないから俺1人でも大丈夫だし」

 

 未だ口元を抑えながら大きく息をしている胡桃に凪原が心配そうに声をかける。彼とて抵抗がないわけではなかったが、彼女と比べればまだマシな方である。何か情報が得られるかもしれないのでヘリの調査はすべきであるが、2人でやらなければいけないというものでもない。

 ならば辛そうな彼女はメンバー達の方に戻して彼1人でやるのも1つの手である。

 

 そんな凪原の気遣いはしかし、胡桃自身の言葉でもって否定された。

 

「スー…ハ―… ううん、大丈夫。戻ってもこれから先同じようなのを見ることになるかもしれないし、なら今から慣れた方がいい」

 

 未だ顔色は良くないものの、顔を上げた胡桃はそう言ってみせた。無理をしていない、というわけではないのだろう。顔色もあまりよくはないし、よく見れば体も小さく震えている。ただし、その視線には力強さがあった。

 そうであるならば返す答えは決まっている。

 

「分かった、でも無理はするなよ」

「うん」

 

 かけた言葉に胡桃が頷いたのを確認し、凪原はホルスターに収めていたグロックを引き抜いて延焼範囲へと足を踏み入れた。武器を手に取ったのは万一まだ息がある(生物学的には死んでいるが)ゾンビがいた場合に迅速に処理をするためだ。

 とはいえ、試しに倒れているゾンビの胴体に発砲しても何の反応も示さなかったので恐らく杞憂ではある。

 

「う~ん、しばらく焼肉は食べたくねえな。幸か不幸かそうそう食べられるもんでもないけど」

「うぅ、やっぱり気持ち悪い…。なんでナギは平気なんだよ」

 

 軽口を叩く凪原に胡桃が問いかけるも、その答えは満足のいくものではなかった。

 

「いや俺だって平気ってわけじゃないんよ?実際怖いしできれば見たくないって思ってるさ。そうは見えないってんならそりゃ年の功ってやつだな」

「2歳しか違わないじゃん」

「果たしてそうかな?」

 

 ニヤリ、と明らかにからかっている雰囲気の凪原にイラっとする胡桃だったが、待てよと思う。彼女からすれば自分と2歳しか違わないはずの凪原がこれほど平然としているのが不思議でならない。実はもっと年上で、何らかの事情で高校には遅れて入学していたという方が納得できるかもしれない。

 

「おーいそこで黙らないで、冗談だから」

「いやでももしかしたら」

「もしかしないから。俺が悪かったからおっさん扱いはやめてくれ」

 

 そのままなんだかんだと言い合いつつ胡桃の調子も戻ってきたところで、再び彼女の心を動揺させるものが2人の前に現れた。

 

「…ねえ、これってさ」

「墜落したヘリのパイロット…だろうな」

 

 他の完全に燃え尽きているゾンビとは異なり、うつぶせに倒れているその遺体は人としての面影を保っていた。恐らくは迷彩柄であったであろう衣服や、その上に着こまれているボディーアーマーなどがそれと判別できる程度には残っている。

 割れたヘルメットの隙間から覗く顔は焼け焦げていて表情をうかがうことはできないが、炎に巻かれた中で苦悶の表情を浮かべていたであろうことは容易に想像できた。

 

「こりゃ埋葬してやらないと祟られかねないな。この人が誰だか分からないし、死んじまったからには仏様だ」

 

 彼の最期を想像して体を強張らせる胡桃の隣にそっと寄り添いつつ声をかける凪原。彼がどのような意図でヘリコプターに乗ってこの学院へとやって来たのかは凪原にはもはや分からない。

 

 ただ、もしヘリが墜落せずに対面していたら争うことになっていたかもしれないと考えると、パイロットが人のまま死んだことは彼にとっても自分達にとってもそう悪いことでないのかもしれないとも思う。これなら真摯に彼を悼むことができるから。

 

「うん……そうだね」

 

 そんな凪原の心のうちを察したのかどうかは分からないが胡桃も小さく呟いて頷いた。

 

 

「ん?これ…」

 

 他にもヘリに乗ってた人がいないか探してみる、と凪原がヘリの残骸の内部を確認に言っている間、手持無沙汰にたたずんでいた胡桃が1人疑問の声を上げる。

 うつぶせに倒れ伏したパイロットの遺体、その腕が何かを腹に抱え込んでいた

 

「んっ…しょっと」

 

 遺体に直接触れるのは何となく怖かったため、スコップを使って遺体の下から引き出したそれは金属製のケースであった。耐熱性のものだったのだろう、ところどころ焦げているが機能としては問題なさそうである。

 

「……んー」(カチャカチャ、カチッ)

「他には誰もいやしねえ、なんで1人だけで飛んできたんだ――ってどうした胡桃、なんかあったか?」

 

 鍵は掛かってなかったようで留め具をいじってみると簡単にロックが外れ、ちょうどそのタイミングで凪原が戻ってきた。

 

「いや、なんかこの人が大事そうに持ってたんだ」

「大事そうに?ほーん……中身は何入ってんですかねっと」(パカッ)

 

 並んで地面に置いたケースを開き、―――

 

「「……。」」

 

―――揃って沈黙する2人。

 

「「ハァ~…」」

 

 そして揃ってため息をつく。

 その理由はケースの中身以外にあるはずもない。

 

「あのさ、すごく見覚えのあるモンが入ってる気がするんだけど」

「奇遇だな、俺も同じことを聞こうと思ってたとこだ」

 

 軽い調子で言い合う2人だが、その表情はどちらも真剣そのもので額にはしわが寄っている。ケースに入っていたのは拳銃と地図、そして

 

()()()()()()()()()()()()()

 

だった。

 

「これってやっぱあれかな?」

「ああ、あの時(3-12)俺と胡桃に使ったやつだな。中身も同じかは知らんけど外装は全く同じだ」

「だよな~…」

 

 気のせいであってくれという胡桃の儚い望みは凪原の言葉で無残に散ってしまった。とはいえ凪原とて頭を抱えたい思いである。

 薄々、というかほぼ確実にあのヘリはただの救助ヘリではないとは思っていたが、こうしてその証拠を目の前に出されるとガックリきてしまうのは避けられない。

 

「「ハァ~~~~」」

 

 なんともめんどくさいことになった、そう感じた2人は再び、今度は大きく長いため息をついたのだった。

 

 

 

====================

 

 

 

 その後、情報量が多すぎたのでヘリコプターに関する話し合いは翌日に回すことにした2人はパイロットを埋葬した後、校舎内に戻り由紀達を手伝って掃除をして一日を終えた。

 そして現在、凪原は自室として使っていた教室の中で何やら作業をしていた。

 

 既に日はとっぷりと暮れ、カーテンが引かれた窓の外は真っ暗なので室内の明かりは小型のLEDランタンのみである。それだけならば以前と同じなのだが、今日は事情が異なる。

 

 校舎内の電力供給システムがダウンしているのだ。空調の一部などは生きているものの、照明をはじめとしたほとんどが機能していない。詳しくは明日以降に調べてみる予定だが、恐らくは配電盤がやられたのではないかと凪原は考えていた。

 

「ブレイカーが落ちたとかヒューズが切れたくらいだったら楽でいいんだけど、どうなることやら」

 

 そんなことを1人呟きつつ、作業を進めていく凪原。床に置かれていたシートや細いフレームなどが組み合わさり徐々に形を成していく。

 

「―――これでよし、と」

 

 数分後、教室の中にはテントが張られていた。比較的小さめだが、山岳キャンプなどに使われるタイプのもので存外しっかりとしている。

 ところで、どうしてわざわざこんなものを立てたのかというとちゃんとした理由がある。決して何となく面白そうだから、とかではない。

 もったいぶらずに言えば、部屋の掃除が全く終わらず辺り一面すすだらけだからだ。

 

 皆で掃除をしたおかげで日中を過ごす部室の床と壁だけはある程度元通りになったものの天井はすすがこびりついたままで(というか専用の掃除道具でもないと天井は無理)、部室以外はほぼ手つかずと言っても過言ではない。そして部室にしても天井から時折すすが降ってくるので気分が悪い。

 

 このままだと寝るに寝れないということで、1階にある登山部の部室からテントを2張拝借してきてその中で寝ようということになったわけである。由紀や瑠優(るーちゃん)が「おうちキャンプだ(なの)~」とはしゃいでいたし、実際すすを防げるので皆からも好評だった。そしてさすがに皆と同じテントで寝るわけにもいかないと、1人用のテントを持って自室に移動してきたわけであった。

 

 

 テントの中に敷布団と寝袋をセットしてた凪原の耳に、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

 

「はいはい―――って胡桃?」

「えっと、その、来ちゃった?」

 

 何かと思って扉を開けた先には自分の分の寝袋を抱えたパジャマ姿の胡桃が立っており、問いかけてみれば王道といえば王道なセリフを返してきた。

 不覚にもドキッとする凪原だがとりあえずここに胡桃がいる理由について尋ねてみる。

 

「どした、今日はめぐねえも混ぜて女子はみんな同じテントで寝るって話じゃなかったっけ?」

「いくら大きいテントっていってもめぐねえ入れて7人じゃ流石に狭いし、それに―――」

 

 そこで言葉を切って小さく身を震わせる胡桃に、凪原は何事かと身構える。数秒の後、胡桃は半泣きに近い表情になると続きを口に出した。

 

「それに…由紀の奴が涼しくなろうって言って怖い話を始めたから…」

「お、おう」

 

 思ったよりもかわいい理由だったので少し拍子抜けする凪原。

 

「あっ、今笑っただろ!」

 

 凪原の感想が由紀にも伝わってしまったようで、彼女は頬を膨らませてしまう。

 

「いや笑ったってか意外に思ったって感じ。ゾンビゲーとかやるって言ってたからてっきりそういうの大丈夫なのかと思ってたし」

「あれは武器で倒せるからいいんだよ!だけどお、おばけとかってこっちが何もできないから怖いんだ!」

「あぁ…」

 

 何となく言いたことは伝わってきたため頷く凪原。確かに対抗手段の有無は人によっては重要な要素かもしれない。

 

「それに美紀もなんかノリノリで話始めようとするし…。なんなんだよ、あいつがあんな楽しそうな顔してるの初めて見た」

「へー、あいつってその辺好きだったのか、今度好きなホラー映画についてでも話してみるか」

「それ絶対にあたしに聞こえるところでやるなよ!?絶対だぞ!?」

「それはフリ?」

「フリじゃない!」

 

 美紀の新たな一面を聞いてそんなことを呟く凪原に胡桃は必死の形相で釘を刺した。どうやら本当に怖いものが苦手らしい。

 

 結局その後悪ノリして怪談語りを始めた凪原は顔面に枕を叩きつけられた後に罰として腕枕を要求され、とうとう暗いだけで怖くなってきた胡桃に朝まで引っ付かれた状態で眠ることとなった。

 

 

 一方その頃部室の女子テントの中では―――

 

「ふふ~ん、胡桃ちゃんが怖い話ダメなのはよく知ってるもんね」

「こうやって話し始めたらすぐに凪原さんのところに逃げていくと思ったわ」

「教師としてはホントは許しちゃいけないんでしょうけど、あの2人はお似合いですからね」

「うっわ3人とも悪い笑顔してる」

 

―――計画通り、という笑み浮かべる3人の姿があったとかなかったとか。

 

 

 





一応日常回ってことになるのかな。待てど(別に待ってないが)暮らせどヘリの後続部隊が来ないので学院に戻ってきた学園生活部が掃除したり片づけをしたりするお話です。イベントばかりじゃメンバー達も疲れちゃうのでこういう話も必要ですよね。とまあそんな感じで、今回も解説タイムにいってみましょ~


掃除をしてる3人
最初から掃除をしてたのは由紀、美紀、圭の3人。凪原と胡桃は現場検証として、残りのめぐねえ、りーさん、るーちゃんは物資がダメになってないかの確認に行っています。3階の教室に置いていた自分達で集めたものや地下倉庫がきちんと機能しているか、とかですね。
あ、ちなみに電力ダウンの実態は↓
生きてる:地下区画全般、一部特別教室の空調、発電機関連と浄水施設関連
死んでる:地上階の照明、多くの空調、給湯装置など
中央で一括管理するタイプのものは生きていて、その他は死んでるって感じです。恐らく電源や配線の系統が違うんでしょう。

墜落現場での胡桃の怖がり方
原作では1人で墜落現場を歩き回って焼死体を突っついたりしてますが、本作では怖がってます。これは凪原が参加したことによるバタフライエフェクトですね。原作の場合はこの手のことの担当は胡桃だけだったので否応なくやるしかなかったんですが、今は彼女より強い存在(凪原)がいるので変わっています。
原作と比べて戦闘技術や知識は強化されてますがメンタルは若干弱体化されてる感じです。

テント
キャンプ描写をやってなかったことに気付いたので。あと胡桃は怪談が苦手、異論は認めない(認めます)


次は考察回の予定。

お気に入り・高評価してもらえると嬉しいです。

それではまた次回!


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5-3:シンキングタイム 上

台風10号が接近中です。やや勢力は衰えたとのことですが、未だ強い勢力を維持しているようのなので進路上の各地方の方は安全第一で行動するようにしてください。

ところで本作の世界だと天気予報ないから、地味に予定立てるのが大変そうだなとか考えてたり―――

お気に入り登録者数500人、総合評価800pt突破!まことにありがとうございます!!!






「それでは、これより第2回学園生活部今後の方針会議を始めます。司会進行は私、凪原が務めますが、どなたかご意見・ご質問があれば気兼ねなく発言してください。では由紀さん、どうぞ」

「はい、分かりました」

 

 いつになく真面目な表情でそう話す凪原の発言に、こちらも今まで見たことが無い程真剣な顔をした由紀が応じる。普段はのんびりとして動じない凪原や、常に笑顔を浮かべている由紀のそのような表情を見ることになったメンバー達の心情は―――

 

「いや、先輩達何やってんの?」

 

―――という圭の言葉に示されるように呆れ10割といった感じである。

 

「圭さん、何やってんのとはどういうことでしょうか?私たちは今、目の前の課題に対して真剣に取り組んでいるのです。茶化すような言動はお控え願いたい」

「そうだよ圭君、全くこれだから最近の若い子――「チョ~ップッ」――はっ うぅ…ひどいよ胡桃ちゃん」

「胡桃さん、ここは神聖な場だ。それを乱すような行為は――「なぎ君?」――ヘイ、ジョークだってめぐねえ。だからお説教は勘弁してください」

 

 圭の言葉の後にも厳粛な態度を保とうとした2人だったが、由紀は胡桃による実力行使に、凪原は慈による無言の圧力に屈し、あっさりといつもの調子に戻った。

 

「それで、一体何をしていたの?」

「「ババ抜き」」

「そういうことを聞いてるんじゃないのだけれど…」

 

 真顔で答えられて思わず額に手をやる悠里、そして彼女の前に座る2人の手にはトランプが握られている。ちなみに凪原の手には2枚、由紀の手には1枚だ。

 要するにこの2人、声と顔こそまじめだったが実際には遊んでいただけである。先ほどの「由紀さん、どうぞ」というセリフも会議で発言を促すものではなく単に「カードを引け」という意味でしかなく、目の前の課題というのはどちらのカードを引くか決めるということである。

 

「はいはい、そんで?何を思ってわざわざババ抜きなんて始めてたんだよ。そろそろ会議を始めようって言ってたのはナギだろ?」

 

 悠里に代わって胡桃が質問を引き継ぐ。とはいえ凪原のことをよく理解している胡桃である、なぜ彼がこのような奇行に走ったのかは何となく分かっていた。

 

「まあ大方のとこは予想がつくけど、どうせ肩の力を抜かせるとかそんな感じなんだろ?」

「ご名答!さすが胡桃、俺のことよく分かってる」

 

 パチパチと拍手を送りながら肯定する凪原。そのまま答え合わせとばかりに説明を始める。

 

「そんなわけで今の俺と由紀の言動は全部茶番、理由は胡桃が言ってくれたように肩の力を抜くためだな。皆真剣な顔しちゃってんだもん、んな肩ひじ張った状態じゃ話し合ったって良い案なんざ出ないって。前にも言ったろ?悩むにしても気分は明るくって。その辺由紀は問題なさそうだったからな、ちょいと手伝ってもらった」

 

 そう言って「な?」と凪原が声を掛ければ由紀が「えっへん!」とvサインを決め、それを見たメンバー達の既に落ちていた肩がさらにもう一段下がる。次いで、いつの間にやら無意識のうちにしていた緊張がきれいさっぱり無くなっているのに気づく。

 こちらの力みを抜く凪原の手腕に感心はしたものの、何となく釈然としないということで皆一言ずつ文句を言ったところでようやく会議が始まった。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――んなわけで、あのヘリに乗ってたのは多分1人だけ。確定ではないけど確認できた遺体の燃え具合から判断して、少なくとも同じ装備を着てたやつはいないと思う。這いずった跡や足跡もなかったから生存者もなし、ってこれは言わなくても分かるか」

 

 墜落現場の状況を簡潔に説明していく凪原。

 

「まあそれはそうでしょうね、あれだけ派手に爆発してたんだし」

「それよりも1人だけっていうのがなんか変じゃない?」

 

 納得の表情を浮かべる悠里とは対照的に疑問の声を上げたのは圭だ。どうにも腑に落ちないという顔をしながら言葉を続ける。

 

「だってヘリコプターって今じゃすごく貴重でしょ、そんなのにたった1人だけで乗ってきたりするのかな?墜落しなかったとしてもなんかちょっとトラブルがあったりしたらすぐ帰れなくなりそうなんだけど」

「いやそれは俺も考えてた」

 

 彼女の言うことはもっともで、凪原も墜落現場を見た時から同じ疑問を覚えていた。

 

「実際操縦と無線連絡ぐらいはパイロット1人でもできるだろうけど、不測の事態に対応できないだろうし。しかもあれ多分軍用レベルのもんだし、あのサイズだったら普通は最低でも5人くらい乗ってないとおかしい」

 

 小型のヘリなどでは搭乗員数が1人から2人という種類もあるが、学院に飛んできた機体はそのようなタイプには見えなかった。

 

「つーか今はどこもかしこも奴等だらけだろ、あんな爆音出しながら飛んでたらわらわら集まってきて着陸どころの騒ぎじゃないはずなんだよ」

「着陸はしないで偵察だけする予定だった…とかでしょうか」

 

 圭が意見を言うが首を振って否定する。

 

「だったらなおさら1人しか乗ってないのが変だろ。いくらパイロット1人で操縦とかはできたとしても地上の詳細な観察なんざ無理だ」

 

 その後も皆各々の予想を口に出すものの、誰かしらから根拠を伴った否定の意見が出てうなだれるというのを繰り返した。そのまま10分ほど経過したところでついに胡桃が根を上げてしまった。

 

「うーんもう分かんない!ナギ、答え」

「フリが雑すぎるぞ。まあこれじゃないかなってのはあるけど」

「「「あるんだ(の)!?」」」

 

 胡桃の要求にノータイムで返す凪原に思わずツッコミを入れる一同。

 

「いや考えがあるなら早く言ってくださいよ」

「そうよ、なんで黙ってたのよ?」

「もしかしてなぎ君、私達が考えてるのを見て楽しんでましたか?」

「いやいやまさか。状況の想定が俺頼みじゃ為にならないだろうに、偶には自分で考えないと身につかないぞ」

 

 美紀と悠里、慈から非難の声が飛んでくるものの言われた凪原はどこ吹く風と受け流す。ちなみに慈の指摘は図星である、さすがに生徒会担当(31代の生贄)を務めただけあって凪原のことをよく分かっている。

 

「うっ」

「確かにそれは」

「そうなんですけど…」

 

 普段自分達が勉強の時間に口にしている内容なだけに3人が言葉に詰まる。対照的に勉強中に言われる側である由紀や圭はニヤニヤしている。

 

「笑っている由紀ちゃんと圭さんは次の勉強の時間にはテストを受けてもらうこととして、そろそろなぎ君の考えてることを教えてください。私達だけでは多分もう案は出てこないと思うので」

 

 さらりと由紀達に仕返しを宣言しつつ、慈が改めて頼んできた。確かにこれ以上は黙っていても進展がなさそうなので凪原も頷いて口を開く。

 

「了解めぐねえ。そんじゃ今俺が考えてることを話すけど、今回はいつもより推測が多めに混じってるから話半分くらいに聞いてくれ」

 

 自身の予測を話す前にそう前置きをしておく。色々考えてみたものの、手元にある情報が少なすぎて推測の上に推測を重ねるということを繰り返さざるを得なかったのだ。

 

「とりあえずヘリコプターについてだな、ただなんで墜落したかについてはここでは置いとくぞ。これに関しちゃマジで情報が何もないし、堕ちたってことは変わらない上に真相もどうせ分からないだろうからな」

 

 これについては皆も異論はない。何せ来たと思ったらすぐさま墜落したのだ、そこに推論を立てたとしても正解は分からない。既に結果の出ていることにあれこれ言ったところで意味はない。暇つぶしにはなるが会議としては時間の無駄だ。

 

「だからここから話すのはヘリが飛んできた理由とその出発地についてだ。さっき圭が言ってたように今の時代じゃヘリは相当貴重なもんだ。これは機体そのもの以外に飛ばすために必要な燃料の確保ってことも含めてだな。もちろん個人で飛ばせる代物じゃないからあのヘリの所属はそれなりの規模を持った組織ということになる」

 

 凪原の言葉に頷く一同。なにしろ航空機というものはとかく燃料を消費する。海外からの輸入が止まり新たな燃料が入ってこなくなった現在において、ヘリを運用するためには一定以上の組織力が必要になるのは自明の理である。

 

「ただいくら運用できるといっても貴重なことには変わりはない。燃料を備蓄してたとしても海外からの輸入がストップしている以上は有限だしな」

 

 独自のルートもしくは何らかの方法で輸入を継続している可能性もあるにはあるが、あまり現実的とは言えないのでとりあえず考えない。

 

「んでそうなるとヘリが投入される局面ってのは自然と限られてくるわけだ。まあ重要拠点の防衛か確保、場合によっては人員輸送あたりになるんだろうけど、まあどの任務でも搭乗者は2人以上は絶対に必要だな。1人だけで、なんてのはリスクが大きすぎるから普通はやらん」

「でも実際1人だけで飛んできたじゃん」

 

 圭の言葉に「そのとおり」と頷いて先を続ける。

 

「普通に考えておかしいことが起きたのならば相手にはそれ相応の普通でない理由がある、格言なんてもんじゃないが割と使える考え方だな。実際問題としてヘリが乗員1人で飛んできている以上、そこにはなんかしら普通じゃない理由があってしかるべきだ。今回の場合本来厳格に管理されてるはずのヘリが絡むってことは―――「もったいぶってないで結論を言えよナギ」―――分ーったよ」

 

 気持ちよくしゃべっていたところを胡桃に割り込まれちょっと残念そうな顔になる凪原。とはいえ周りからも同様の圧力を感じ取ったため、肩をすくめると話を一気に進めることにした。

 

「結論から言うと、あのヘリが出発した()()()()()()()んじゃないかと思っている。そこにいた人が全滅したのか撤退したのかは分からないけど拠点としての機能と統率能力は喪失しただろうな」

「陥落ぅ!?」

「どうしてその結論になるんですか?」

 

 凪原の語った予測の内容に素っ頓狂な声を上げる圭と、態度は冷静なものの顔には驚きの色が浮かんでいる美紀。他のメンバーも多くは目を見開いていたが、一部そうでない者もいた。

 

「たしかに…言われてみるとそれくらいしか考えられないですね」

 

 慈と―――

 

「あ~まぁたしかにそれぐらいしかないか」

 

―――胡桃である。

 

 胡桃が納得できるのはパンデミック以降凪原と一番長く行動を共にして彼の考え方を吸収していたため、そして慈は年長ということと、教師という職業上人の集団についてよく知っていたからである。

 

「きちんと機能していた拠点でなんか予想外のこと、奴等の大集団に襲われたとか中で誰かが転化したとかで混乱が発生」

「それを収められずにいるうちに、それぞれの人達が勝手に行動をし始めて」

「そのうちの一人が普段であれば厳重に管理されてるはずのヘリに飛び乗って逃げ出してきた、ってとこじゃないかと思ってる。胡桃とめぐねえも分かったっぽいっし、そこまで荒唐無稽ってわけでもなさそうだな」

 

 3人が順々に口を開いて話した説明に残りのメンバーは納得したような釈然としないような微妙な表情を浮かべていた。

 

「確かに理解はできるし筋は通っているのだけど…」

「何となく決め手に欠けるといいますか…」

「まあその反応で正解だと思うぞ。最初に言ったように推測を多分に含んでるというかほぼ想像だからな」

 

 悠里と美紀の言葉に凪原も苦笑しながら返す。彼自身今言った内容がすべて正しいなどとは思ってるわけではないので当然である。

 とはいえ今後の方針を考えるためには相手の状況をある程度想定することも必要である。とりあえず筋は通っているし、他のパターンが思いつかないということもあり彼女達も凪原達の予測に基づいて考えることを了承してくれた。

 

 

 

====================

 

 

 

「あ、あとあのヘリと陥落したと思われる拠点だけど今回のパンデミックの黒幕かその一味で確定な」

「「「はい?」」」

 

 いったん話し合いが落ち着いたタイミングで、凪原が何でもないかのように発した一言に胡桃以外のメンバーの動きが止まる。止まらなかった胡桃は「あ~そういえば昨日言ってなかったっけ」などと呟いていたが周りにしてみればそれどころではない。

 

「そういう情報はもっとそれらしく言ってくんないかな!?びっくりするからっ」

「あなたのその大事なことをサラリと言う癖やめてちょうだい」

 

 口々に文句を言われるも凪原としてはそこまでピンときてないようで、あまり雰囲気に変わったところは見られない。

 

「いや悪い悪い。恐らくそうだろうなって話は前にもしてたし、確定したから何ってわけでもないって考えてたらついつい忘れちゃってさ」

「ついで忘れることじゃないと思うんですけど…」

「もう、寿命が縮んだらなぎ君のせいですよ?」

 

 変なところが抜けている凪原には美紀も慈も呆れ顔だ。由紀と瑠優(るーちゃん)も「すごくびっくりしたの」「ね~」と頷き合っている。

 

「まあナギが変なのは今に始まったことじゃないし、今は置いとこうぜ」

「しれっと無関係を装うな胡桃。お前も言うの忘れてたくちだろうが」

「い、いやそれはほら、あれじゃん?」

「どれだよ」

 

 凪原をディスりつつ話を進めようとした胡桃にすかさず凪原がツッコミを入れる。そのまま言い合い(痴話喧嘩)になりそうだったので、悠里パンパンと手を叩きながら割り込んだ。

 

「はいそこまで。それ以上は2人だけの時にやってちょうだい」

 

 どうせそうなったらくっついちゃって喧嘩なんかするわけないんでしょうけど、という言葉を飲み込んで先を続ける。

 

「それで、結局何があって確信するに至ったのかしら?さっきまでの話では特にそんな要因は無かったと思うのだけれど」

「ああ、それならパイロットの人の近くにケースが落ちててさ」

「中を開けて出てきたものが~ってわけだ。ちょい待っててくれ、今持ってくる」

 

 そう言って席を立ち部屋を出ていった凪原は、ほどなく手に件のハードケースを持って戻ってきた。

 

「これがそのケースな」

「どれどれ~っと。あ、危ないもの入ってたりしない?開けたらドカンとか」

「ない、ってかそれだったらたらまず俺と胡桃が無事で済んでないっつの」

 

 ケースに真っ先に手を伸ばした圭からの質問に呆れたように答える凪原だが、内心では冷や汗を流してた。

 

(やっべ、トラップのこと考えてなかった。敵対的な連中かもしれないから警戒しようって思ってたけどやっぱりまだあまいな)

 

 いくら耐熱ケースとはいえヘリの爆発に至近距離で晒されて変化がなかったこと、そして身一つで逃げてきた人間がわざわざそんなものを持ってくるとは思えないことから、思いついていたとしても対応は変わらなかったと思う。

 しかし、その可能性に思い至らなかったことが凪原的には問題だった。現在の学園生活部において最も荒事に詳しいのは凪原だ。であればこそこの方面に対する警戒と対処は基本的に自分の領分だと思って行動していた。

 24時間常にとまではいかないものの、日々できる限りの警戒をしていたつもりだったがまだまだ穴があったようだ。

 

 今後の課題だななどと考えつつ、しかし表情には一切出さずに圭がハードケースを開けるのを見守る凪原。他の皆も彼女の後ろに回り込んで覗き込んでいる。

 

「さてさて中身は―――って銃入ってるじゃん!危ないものないって言ったよね!?」

「大丈夫だ、弾は抜いてある」

「「「そういうことじゃない(です)(わよ)(よ)(の)!」」」

 

 圭の叫びに自信満々にズレた答えを返す凪原に戦闘組以外のメンバーの声が揃った。

 

 

 




ヘリ墜落に関する考察回その1でした。
今回の話ですが一つ留意してほしいことがあります。ある意味神の視点である私達読者はヘリのパイロットが感染してることを知っていますが、凪原達はそれを知りません。私達的にはここで「あれもしかして空気感染すんの!?」と考察がはかどるタイミングですが、彼等は知らないのでその辺はまるっとスルーします。以上、本文中に書くわけにはいかないのでここに書かせてもらいました。

それでは今週の補足タイムです。といっても本文にだいたい書いてあるのであまりありませんが…


ババ抜き
1章閑話の悪夢再び…とはなりません、茶番なのでホントにゲームしてたわけではないし。ちなみに学園生活部の面々のメンタルの強さランキングは1位.凪原、2位.由紀ときて、3位は…圭ですかね、1人でショッピングモールから外に出たし。

ヘリの考察
当人たちに与えられている情報だけで推理を組み立てるとこんな感じなるんじゃないかなと考えながら書きました。この状況で個人の裁量のみでヘリを勝手に飛ばせるような緩い組織が生き残れるとは思えないので妥当な予測だと思います。原作ではきちんとした基地から飛び立ってるようにも見えますが、知りませんオリジナル展開です。そもそも凪原加入に加えて風船を飛ばしてない時点で原作とは大幅な乖離が発生しているので今更とも言えます。

 ただ原作にしてもこれについては突っ込みたいことがあるんですよね。
 飛び立った時はライトが煌々とついているので時刻は夜、どれだけ遅くても朝6時より後ということはありません。そして墜落した時刻は26話の扉絵の太陽の位置からして正午頃で、実に6時間近い開きがあります。しかし基本的にヘリコプターの最長飛行時間はおよそ3時間で無理をしても4時間程度、あれ矛盾してね?
 さらに言えば限界まで飛んだ時の飛行距離は軍用ヘリの場合余裕で1000キロを超えてきます。果たしてその距離まで風船は届くのだろうか…。
 物語の本筋には一切影響ないのはわかっているし、批判するつもりは全くないのですが何となく気になってしまいます。
他にも期待の種類の考察とかも色々やりたかったですが尺の都合上カットしました。


考察回はあと1話続きます。まあ考察というか方針会議になりそうですが…

お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいです。

それではまた次回!


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5-4:シンキングタイム 下

最近ちょっとリアル事情が忙しい。が、エタることはないよう頑張ります。

考察、というよりはつなぎ回的なお話。





 

「まあ凪原先輩の()()()の感覚が普通とずれていることは置いておくことにして」

「すーぐまた俺を変人扱いしやがって、銃ってだけで無条件に危ないって思うのは問題だぞ?アメリカとかじゃ銃の安全な扱い方とかを子供の頃から教える家庭もあるってのに」

「いつからここはアメリカになったのさ」

 

 美紀の言葉に抗議しようとした凪原だったが圭の当然なツッコミを受けると黙り込んだ。その様子に胡桃がフォローを入れようとしたものの、結果的に被害を拡大させることとなってしまう。

 

「まあまあ、今の時代的にはあたしもそういう教育はアリだと思うぜ?」

「だそうよ?凪原さんに将来子供ができたら教えてあげたらいいんじゃないかしら。―――幸い奥さんも理解ある人になりそうだし」

「なぁっ!?」

 

 付け加えられた一言は、胡桃の顔を一瞬で茹で上げ、次いで凪原の動きを一瞬止めた後で耳を赤くさせ、最後に周りのメンバーの頬をわずかに紅潮させるという大戦果を挙げた。

 

「お、お、おくっ…」

「ったく、りーさんはときどき爆弾投げ込んでくるから油断できないんだよな」

「あら、私は皆が思ってることを言っただけよ?」

 

 壊れたラジオのようになってしまった胡桃に代わって苦言を呈す凪原に悠里は素知らぬ顔で返した。

 

 

「さて、仕切りなおそう」

 

 数分が経ち、各自水分補給などをして落ち着いたところで凪原が切り出した。まだ若干いつもより早口な気もするが、あえてそこを指摘する人はいない。

 

「さっき圭が開けたケースの中身についてだけど、銃に関してはひとまず置いておくことにして。問題なのは残りの2つだ。っつても片方は皆見覚えがあると思うけどな」

「あと入っていたのは地図と、それに注射器、ですか…」

「でもこれって…」

 

 言葉が途中で途切れてしまう慈と由紀、残りのメンバーも口には出さないものの表情を硬くしている。それと対照的に凪原は朗らかな調子で答える。

 

「ご明察。こいつは俺と胡桃に投与したワクチン、それと同じものだ。それがケースから出てきたってことは当然あのパイロットが所属していた組織は―――っとそんな顔しないでくれよ」

 

 皆の顔色が優れないのを見かねた凪原の言葉もあまり効果はない。

 

「そうは言ってもね、やっぱりあの時のことを思い出しちゃうわよ…」

「結局このワクチンがどんなものなのか、安全なのかどうかも分かっていませんし…」

 

 それぞれ悠里と慈の言葉である。

 最悪の場合はあのタイミングで学園生活部の仲間を2人(しかも1人は噛まれてもないのに未知の薬を自身に投与して)失うかもしれなかったのだ、トラウマになったとしても何らおかしくない。

 しかしながら結果だけを見れば誰も死ななかったわけだし、トラウマというものは得てして後々の問題の種となる。早い段階で潰しておいて損はない。

 

「でも実際あのワクチンのおかげで胡桃は回復したわけだし、俺だって元気なままだ。なんも悪いことは起きちゃいないからそこまで暗くなる必要はないさ。なあ胡桃?」

 

 彼女達を安心させるようにそう言うと、凪原は胡桃にしか見えない角度で軽く片目をつむってみせた。

 

「ふぇ…ああっ、うんそうそう!あたしもナギも問題があるどころか絶好調だもん。全然気にしなくていいよ」

 

 凪原の問いかけに元気よく返事をする胡桃。一瞬反応が遅れたものの不自然というほどではなく、慈達は特に気にならなかったようだ。

 

 胡桃の反応が遅れた理由、それは現在凪原と胡桃の間のみに留めている事柄にあった。すなわちワクチンの投与後、2人の身体能力が向上していることである。

 投与直後は少々体の動きが滑らかになる程度だったのが、最近では筋力もわずかにだが上がってきているきらいがある。トレーニングなどは続けているためその効果が強く出てきたという可能性もあるにはあるものの、それで説明しきれるかは微妙なラインであった。

 

 今後更なる変化が出てくるようであれば皆に話すべきだとは考えている2人だが、現状では話すべきではないと判断している。とはいえ、良くも悪くも正直な性格の胡桃が早々にボロを出すような気がしないでもない。

 

 しかしとりあえず今回はごまかせたようで、場の雰囲気が元に戻る。それを確認したところで凪原は2点目の品についての説明を始めることにした。

 

「この注射器だけでも証拠としちゃ十分なんだが、こっちもなかなかのもんだぜ」

 

 言いながらテーブルの上を片付けた凪原が広げたのは一枚の地図だった。それなりの区域を網羅するもので、県の全域に加えて隣接する県も半分近くまでが描かれている。

 

 とはいえ地図そのものには不審な点はない、ごくごく一般的な国土地理院発行のものだ。問題なのは地図に3ヶ所マジックでぐるぐると印づけられている場所があり、それが学校あった職員用緊急避難マニュアルに記載されていた拠点と一致していることであった。

 

 地図を見てすぐにそれと気づいた一同の表情が厳しいものになる。

 

「皆も分かったと思うけど、印がついてるのはマニュアルで拠点として挙げられてるとこだな。避難場所になりそうな場所なら他にもいろいろあるし、ピンポイントでここが選ばれてる以上偶然ってことは無いだろ」

「まあそうでしょうね。それで凪原先輩はこの3箇所のうち残り2つのどちらかからヘリコプターが来たと考えてるんですか?」

 

 美紀の問いかけに対する凪原の返答は意外なことに否定の言葉だった。

 

「いや、恐らくだけどそうじゃないはずだ」

「どうしてかしら?地図にこの3ヶ所しか印がない以上そのどこかから来たというのが妥当な気がするのだけど」

「理由としては3つで1つ目は印の付け方だな。こりゃどう見ても焦って付けてる、普通急いでる時は行先にだけマークして現在地なんか印付けないだろ?それこそ落ち着いてから付けりゃいいんだし」

 

 皆に見えるように立てた3本の指のうち一方を畳みながら答える凪原。しかしそれに納得の表情を浮かべる者もいればそうでない者もいた。確かに印を付ける付けないは個人の性格によるところが大きいので根拠としては弱い。

 とはいえこれは3つの理由のうち一番弱いものだ。なので凪原は反応を待たずに話を続ける。

 

「2つ目はここにあのヘリ以降に誰も来ていないことだな。ここから残りの2つまではそこそこ距離はあるが別にヘリでなきゃ移動不可能なほどじゃない。俺だったら普段の装備と車があれば1週間かそこらで付ける自信があるし、車がなくても自転車を手に入れれば掛かる時間はそう変わらないだろうな。いくら拠点が陥落したつっても脱出できたのがヘリ一機ってのはちと考えにくい。それなのに誰も来てないってことは陥落した拠点がもっと離れた地域にあったってことだと思う」

 

 この理由には皆が理解と同時に納得、そして感心の反応を示した。こちらも推測を含んではいるものの、実際に誰もここを訪れていないという根拠を伴っている分受け入れやすいのだろう。

 

「たしかに陸路での移動ならなおのこと近くの拠点に向かおうとするはずですもんね」

「なのにここに来てないってことはすぐには来れない距離ってことか~、言われてみればそうっぽいね」

 

 美紀と圭の言葉に凪原が頷いていると、今度は由紀が続きを促してきた。

 

「ねえねえ凪さん、それで3つ目の理由は?」

「んなもん単純だ。ヘリが飛んできた方向が残りの2つの拠点があるほうじゃなかったからだよ」

 

 その単純明快な理由に、今度はどんな推理を凪原が披露するかと期待していた全員が思わず体勢を崩した。

 

「そんな分かりやすい理由があるなら最初から言ってよ!」

「何言ってんだ、あのヘリを最初に見つけたのは由紀なんだからむしろ真っ先に気付いてしかるべきだろ」

「うっ、それはそうかもだけど」

 

 真っ先に声を上げた由紀は一言で持って言い込められる。

 

「それにしたってですよなぎ君、わざとその理由を最後に言ったんでしょう?」

「あ、バレた?」

 

 そう言って肩目を閉じる凪原に、「全くもうっ」と返す慈。

 気持ちにしろ身体にしろ、こちらがグッと乗り出したタイミングで肩すかしを喰らわせてくる、凪原の学生時代から好んだ話し方だった。当時学院に在籍していた者はほぼ全員が一度は体験しているが、最もそれに振り回されたのは慈だろう。

 次こそはと身構えても、ふっと油断した瞬間に仕掛けてくるのでそのたびに引っかかってしまうのだ。

 

「またやられちゃいました。ほんとになぎ君はこれがうまいですよね、ペテン師としてもやっていけるレベルだと思います」

「あ~…めぐねえ、多分褒めてるんだと思うけどその言われ方はなんかやだ」

 

 微笑みながらそんなことを言う慈に凪原が微妙な表情を浮かべながら答える。からかい文句でなら何ともないが、純粋な笑顔でペテン師と言われてしまうとさすがの凪原も多少ダメージを受ける。

 

「?、そうですか?」

「いや、いいや。何でもない」

 

 よく分からないという顔で首をかしげる慈に凪原はため息をつくと首を振った。慈は無意識のうちに凪原へ反撃を加えることに成功した。 

 

 

 

====================

 

 

 

「んで、どうする?」

 

 昼食を挟んで再開された会議にて、そのまま司会をしていた凪原が問いを投げ掛けた。

 

「どうってなにが?」

「主に今後の活動方針についてだけど、具体的にはこの拠点をどうするか、だな」

 

 「なんせこんな感じだし」と言って彼が指さした先を見上げてみれば、一同の目に明かりの灯っていない蛍光灯が写る。

 明かりはわざと点けていないのわけではなく点かない、なぜなら電気が通っていないから。

 

「さっきざっくり見てきたけど配電盤がショートしてやがった。地下区画とか水道とかの最低限必要な方は多分システムごと独立してるからか無事だけど、他はすぐに直せるって感じじゃないな」

「まああれだけ煙入ってきてたし、見たところ火も少し入ったようだしね。むしろよくそれぐらいで済んだと思うわ」

 

 悠里の言葉に皆が頷く。何しろヘリが墜落からの炎上、爆発したのにその対応は初期消火のみで、その後は消防車を呼ぶでもなく放置していただけなのだ。最悪校舎が全焼したとしても不思議ではない。

 そう考えれば蓄えていた物資なども無事だったため十分幸運と言えるかもしれない。

 

 とはいえ、だから喜べるかと聞かれるとそうとも言い切れない。少なからず拠点にダメージが入ったというのも事実である。

 

「このままここに居るのは難しいかもしれませんね。避難所として見ればまだまだ使えますが、毎日暮らすとなるとだいぶ不便になってしまいます」

「シャワーもみんなで使えなくなっちゃったしね~」

 

 それぞれ慈と由紀の言葉だ。言葉の調子にこそ違いはあるが話している内容は同じことだ。

 現在の巡ヶ丘学院は避難所として見ればその機能を十分に残しているものの、日々の生活を送る家として見ると力不足の感は否めない。

 

 この非日常に何を贅沢な、という意見もあるかもしれないが今は非日常こそが日常であり、しかもこれからはずっとこの状況が続くのがほぼ確定だ。そして、人間の精神は『今は非常時だから』という気持ち一つで不便な生活を延々と送れるほど優秀ではない。

 むしろ非日常であるからこそ、より安らげる生活の場が必要だろう。健全な肉体に健全な精神は宿る、とまで言っては大袈裟かもしれないが、生活の質というのは非常に重要な要素である。そのことは皆パンデミック初期の最も辛い避難生活を通じて理解していた。

 

 ゆえに、このままこの巡ヶ丘学院に居続けるのは難しいというのが一同の意見だった。そうなれば当然ある疑問が出てくる。

 

「ん~じゃあここから移るとしてどこ行く?レゾナンスじゃちょっと狭いし色々大変な気がするけど」

 

 ではどこに行くのか?、という疑問である。

 圭の言葉にあるようにレゾナンス巡ヶ丘では少々心もとない。あくまで巡ヶ丘学院で非常事態が起きた時の一時的な避難場所として設営したものなので本拠点として活用するには足りない点が多いのだ。

 大小さまざまな物資を十分量備蓄するには狭く、防衛能力も学院と比べれば劣る。加えて、敷地内に高台がないため周囲の状況把握が困難という弱点もあった。

 更なる壁を築き櫓を立てるということもできなくはないが、膨大な物資と時間が掛かる上に、それだけやっても狭さについては克服できない。

 どこまでいっても第2拠点なのだ。

 

 ではどこに、となるが今回に限って言えば当てがあった。

 

「それに関しちゃコレでいいんじゃない?」

 

 胡桃がテーブルの上に広げられた地図を指さす。

 

「コレにも印がついてるしマニュアルにも書いてあったんだからここと同じくらいの設備はあると思うんだけど」

「恐らくあるでしょうね」

「絶対あるな」

 

 慈、凪原に続いて皆もこの意見には賛成だった。

 

「そうなると、聖イシドロス大学かランダルコーポレーションか、ということになるわね。どちらが良いのかしら」

「進学か就職か、ですね」

「なら進学じゃないかな~ せっかく皆で勉強したんだしすぐ就職しちゃうのはもったいないよ」

 

 悠里の言葉に美紀が応じていると、由紀が大学行きを提案してきた。

 

「その理由はひとまず置いておくとして、大学ってのは俺も同意見だな」

「あたしも賛成、まあランダルは嫌だからって理由だけど」

 

 「やっぱそうだよな」と頷き合う2人。どちらも思うところがあるようだし、周りもその内容は薄々察している。

 

「一応理由を聞いても?」

「いやだって怪しすぎるじゃんランダルコーポレーション、もしこれがゲームだったら確実に黒幕だぜ?」

「そういうこった。生物災害と製薬会社ってだけでも怪しさが爆発してんのに、あのワクチン作ったのも多分あいつ等だろ?もう私が犯人ですって自白してるようなもんじゃねえか。俺は藪をつついて蛇を出す気はないぞ」

 

 美紀の質問に対する答えに「まあそうだよね~」といった雰囲気である。

 

 もしこれが胡桃の話のようにゲームであれば、黒幕の拠点へ乗り込んでいくという流れになるのだろうがあくまでこれは現実である。どこぞの特殊部隊などに所属しているわけでもない自分達が行ったところで何ができるというものでもない。現実とゲームは違うのだ。

 まして装備も何も整っていない状態でわざわざ飛び込んでいくなど、無謀を通り越してただのバカである。自ら飛んで火にいる夏の虫となる気は凪原にはさらさらなかったし、それは他の皆にしても同様である。

 

 こうして、さしたる議論もなく学園生活部は大学へと向かうことになった。

 

「大学に行くってことは卒業だね、卒業式やろうよ!」

 

 由紀がイベントを提案するのはいつものことだが、今回は理由があるちゃんとしているし、区切りになって酔いということで皆も乗り気になった。

 日程や準備、使う教室や小道具などについてワイワイと話し始める。

 

「本音を言えばマニュアルに載ってなくてなおかつ条件が揃った場所が一番いいんだけどな」

「それがあったら苦労しないって凪先輩」

「だろうな、言ってみただけだから忘れてくれ」

 

 そんな中で凪原が発した呟きは、唯一聞こえていた圭に笑い飛ばされてそれっきりとなった。

 

 

 





はい、というわけで学園生活部の一行が学園を去る意思を固めました。原作とは異なりどうしようもなくなっての移動ではなく、いざとなれば生活はできるしレゾナンスに行くこともできるのでそれほど悲観的ではないです。
原作ではこれくらいから病み始めるりーさんについてもるーちゃんがいるので特に問題ありません。キャラが病んでいくのは見てて辛いんじゃ。


注射器と地図
じわじわとワクチンの影響と思える作用が出てきましたね~。はてさてどうなることやら(すっとぼけ)。
地図に関する考察は完全に想像です。とはいえそれほど不自然でもないはず、我々と異なり原作知識など持ちようはずがないと考えれば、これほど推測を立てられるだけでも称賛されてしかるべき。

目的地は聖イシドロス大学
あまり原作ブレイクは良くない、というのもあるし本文中にもあるようにあくまで一回の教師や学生でしかない彼等が黒幕と思われる組織に乗り込んだところでできることなどそうそうありません。まして生活基盤が整っていない状態でなんてもっての外。
まあでも凪原は「落ち着いたらちょっと見に行こうかな」くらいには考えています。敵を知る、ってやつですね。


これで5章の序盤は終わりです。
次からは中盤、いよいよ学園生活部が物理的にも物語的にも動き始めますよ~

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それではまた次回!



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5-5:キャラバン

 詳細は省きますが、わざわざ休日に出張って作業を始めようとしたところで前提が崩れてマイナスからのスタートとなりました。
 8時間費やしてできたのはゼロの状態に戻すことだけ、泣けばいいやら怒ればいいやら分かりません。

 まあそんな筆者の都合はさておき、今回は学院を卒業した学園生活部の一行が大学を目指している間のお話です。


              青年少女移動中...


「ねえねえ凪さん、ポテチってどこだっけ?」

「あん?それなら3列目の右のかばんだと思う――って俺の分も残しとけよ。食べてばっかじゃないか、そんなんだと太るぞ」

「うぐっ………まだ大丈夫だもん!それにみーくんやけーくんも食べてるから太るなら3人一緒だよ」

 

 声を弾ませて問いかけてきた由紀に凪原がそう返すと、彼女は変な声を出しながらも果敢に言い返してくる。しかしながら、彼女の手がサッと自身のお腹を隠すように動いたのを凪原は見逃さなかった。

 とはいえわざわざそれを指摘するようなことはしない。別に慈悲の心などではなく、単に彼の他に追撃担当がいるからである。

 

「いやいやあたし達ほとんど食べてないって、由紀ちゃん先輩ずっと袋持ってるし」

「つまり1袋500キロカロリーはほとんど由紀先輩のお腹に…」

「あーあー、聞こえな~い!」

 

 ニヤニヤ顔の圭と、表情はそこまで変わっていない者の明らかに楽しんでいる様子の美紀による追い打ちに両耳を塞ぎながら声を上げる由紀。

 普段であればそのままピュ~っと音がしそうな勢いで逃げていくところだが、残念ながら今日は逃げる先のスペースはない。

 なぜなら、現在学園生活部の一行は一路聖イシドロス大学を目指して車中の人だからである。

 

 凪原が運転しているワゴンは以前用いていたものとは異なり、EVの新式モデルだった。出先で無事なガソリンスタンドを見つけられるか分からないし、そもそもガソリンが使えなくなる時期が近付いてきたためである。

 あまり知られていないが、ガソリンにも使用期限がある。温度変化の少ない場所で空気に触れさせない状態で平均半年、そうでなければせいぜい3ヶ月程度で腐ってしまい使い物にならなくなってしまう。

 

 日本のガソリンスタンドは作りがしっかりしてるし、タンクもそれに見合ったものであるのでしばらくは問題なく給油できるはずだが、近い将来使えなくなるのは確定している。それならば早いうちに準備しておこうということになり、出立が決まってからしばらく、凪原は胡桃を伴い方々のカーディーラーを探し回った。

 電気自動車は一般的というまでには至っておらず、そのためスタイリッシュなモデルであればどの店舗のショールームにも1台か2台は飾ってあるのだが積載量を重視した車種となるとそうもいかない。

 それでも学院から半径2泊圏内の店舗を行脚して何とか確保できた。

 

 凪原達が忙しく動き回っている間、他のメンバーもただ暇を持て余していたわけではない。

 目的地までのゾンビが少なそうなルートの模索や、車内という限られたスペースに収めるために持っていく物資の厳選など、出立までの期間それぞれが忙しく働いた。

 

 もろもろの準備が整い、由紀提案の卒業式も(主にとある元生徒会長のせいで)無事でなく終り、出発できるようになったころには大学行きを決めてから一月近くが経過していた。

 

 こうして一同は住み慣れた学園を離れ、新天地を目指すこととなったのである。ちなみに由紀的にはこの移動は卒業旅行兼入学準備だったりする、まあイベントの順番としては間違っていない。

 

 

『2号車から1号車へ、ちょっといいかしら?』

「はいはい、こちら1号車」

 

 助手席に投げ出していた無線機から呼び出しがあったので片手で取り寄せて応答する凪原。声から察するに無線の相手は悠里である。

 

「どしたりーさん、なんか用か?」

『ええ、もうすぐ夕方になるからあと1時間以内くらいで移動はお終いよ。それまでに今日休める場所を見つけたいからそっちでも少し探してみてくれる?』

「あ~そろそろか、了解。こっちでも気にしてみる――っと客だ。5秒後減速停車してくれ」

 

 そろそろ寝る場所を探そうという彼女の提案を聞いていたところで、話しながらも前に目をやっていた凪原が停止の指示を送る。

 悠里から運転している慈に指示が伝わったのだろう、こちらが停まるのに合わせて彼女たちの乗る2号車も少し距離を開けて停車した。

 

「美紀、道路正面50mくらい先の左側、脇道から1体出てきた。こっちには気づいてないみたいだけど時間の問題だから道路の真ん中に来る前に始末してくれ」

「了…解っです」

 

 凪原の言葉に後ろに積んでいた狙撃銃に手を伸ばしつつ答える美紀。体をひねっていたのでアクセントが変になってしまったが気にせず手に取るとサンルーフを開て上体を乗り出し、今や愛銃となった狙撃銃M1500を構える。

 標的が動いていても、標的が50m程度でこちらが静止しているなら彼女が外す道理はない。小さな呼吸音後に続いてくぐもった銃声が響くと同時に、道の先を歩いていたゾンビは頭部を失って崩れ落ちた。

 

「………クリア、です」

「おつかれさま~」

「了解、相変わらずいい腕だな」

「ナイスショットー」

 

 後続がいないことを確認して車内に戻ってきた美紀を労いつつ、凪原は後続の2号車に移動再開の連絡を入れるとワゴンをゆっくりと発進させた。

 今のようなゾンビとの偶発的な遭遇を考えると、早々に今日の宿を探した方がいいかもしれない。

 

 

 

====================

 

 

 

『ちょっと先の右側にあるコンビニとかどう?』

「ちょい待った………うん、良さそうだな。降りる前に区画を一周回って異常がないか確認しとこう」

『ん、了解』

 

 2号車に乗っている胡桃からの通信に返事をする凪原。途中事故車で塞がった道で引き返したため、現在は2号車が前で1号車が後ろという並びになっている。

 基本的には1号車が前を走るので先ほどあったような偶発的な戦闘は彼等の担当なのだが、今のようなタイミングで戦闘が発生すること考慮し、戦闘組の2人はそれぞれに分乗という形になっていた。

 

 胡桃が指定したコンビニは比較的大きめの駐車場を備えていて視界が開けているうえ、建物にも目立った損傷がない。一晩を過ごすのにこれといった支障はなさそうだった。

 

 周りを回った後、2台は店舗の正面入り口前に停まり、それぞれから凪原と胡桃が銃を構えた状態で降り立つ。外見は問題ないとしても中も安全かは分からない。獲物を見失ったゾンビがうろついているかもしれないし、可能性は低いが生存者が立てこもっているかもしれない。

 どちらの場合でも警戒するのには十分な理由である。

 

「よし、由紀、美紀、圭は周辺警戒な。何か気づいたらすぐに無線で連絡してくれ」

「「「了解」」」

 

 それぞれが自身の得物を持って警戒体制に移行したのを確認すると、今度は胡桃へと向き直る。

 

「んで胡桃は俺と中の調査な、援護を任せる」

「ああ任されたっ」

 

 凪原の言葉に元気よく頷く胡桃、頼ってもらえることが嬉しくて仕方ないようだ。とはいえその手にはグロック17が握られており、ナイフもすぐに引き抜けるように鞘の留め具が外されている。状況に合わせた武器の選択ができているあたり、日ごろの訓練の成果が出ていると言えるだろう。

 そんな胡桃の様子に凪原は小さな笑みと共に「頼む」と言うと彼女を伴って店内へと足を踏み入れた。

 

 

「………どうやらパンデミック初期にバカが略奪に来たみたいだな。大変結構」

 

 中を隅々まで見て回り、店内の安全を確認したところで凪原が呟くようにこぼす。その口調は馬鹿にしたようなものとほっとしたようなものが同居しており、奇妙な響きを伴っていた。

 

「なんかいいことでもあった?というかバカってどういうこと?」

 

 何となく気になった胡桃が尋ねてみると、凪原は陳列棚の一つを指し示した。

 店内で最も奥側にあるその棚は以前であれば弁当やおにぎり、サラダや総菜パンなどのいわゆる生モノが並んでいたのだが、現在は空っぽとなっていた。

 

「持っていかれてるもんの選択がアホ過ぎるんだよ。軒並み無くなってるのは弁当の類とホットスナック、あとはカップ麺が少しと酒関連、んで缶詰とか瓶詰はほぼ残ってる。どれなら保存がきくかとかを全く考えないでただその時に食べたいものだけ持ってく奴をバカと言わずに何と言うよ?」

 

 例えどれほど勉強ができなかったとしても、缶詰が長期保存に向いているということは普通の日常生活を送っていれば知ることができる。なのにそれを考えもせず、ただそのタイミングで食べたいものだけを持っていくなど、凪原にしてみれば考えられなかった。

 

「あ~そっか、確かに当たり前のことが考えられないってなるとバカだな。言われてみればタバコもごっそり無くなってるしレジも荒らされてる」

「は?――ってマジか……どこで金使う気だったんだよ?」

 

 今となっては文字通りトイレの紙ぐらいにしか使い道がない(しかもそれさえも使い心地がいいとは言えない)金銭を持っていってどうするつもりなのか、もはや考えられないを通り越して理解不能の領域である。

 

「まっ、バカのことは考えても仕方ない。生モノ持ってってくれたおかげで虫がいないのは正直ありがたいし、感謝だけはしておこうぜ」

「うっ、残ってたらあいつ等(害虫共)がいたかもしれないのか」

 

 その言葉に心底嫌そうな顔になる胡桃。ゾンビには問題なく対応できるようになったものの、虫については話が別だ。もし黒い奴(ゴ〇ブリ)と遭遇したら顔色を変えて叫び声をあげる自信がある。

 彼女は明後日の方向を向くと、顔も知らない略奪者に対して「ありがとう」と感謝の言葉を述べるのだった。

 

 

 

====================

 

 

 

「あれ、凪先輩今何入れたの?」

「ああこれ?ビーフジャーキー」

 

 安全が確保され残りのメンバーを招き入れてからしばらく、一行は床に敷いたレジャーシートの上で夜間を乗せたカセットコンロを囲み車座になっていた。

 裏口は厳重に施錠し、店舗入り口には陳列棚やバックヤードにあった段ボールで簡易的なバリケードを作ったのでとりあえず安心できる。少なくともふと目覚めたら枕元にゾンビが、という心配はしなくてもよさそうである。

 

 夕食として好きな味を選んだカップラーメンにお湯を注ぐタイミングで、何やら凪原がゴソゴソとしていたのに気づいた圭が声をかけると、彼はしまいかけていた袋を再び出してきた。

 

「乾物コーナーに残ってたんだよ。カップ麺って具が少ないからな、勝手に追加した」

「おっいいね。あたしにもちょうだい」

「あっあたしにも」

「はいよ、ほらパス」

 

 隣に座っている胡桃の容器に適量を放り込み、圭には袋ごと投げ渡す。 受け取った圭はそこそこ多めの量を自身の容器に加えた。

 

「もう、そんなの食べたら健康に悪いですよ」

「そうよ、味も濃くなっちゃうじゃない」

 

 調理担当の2人が咎めるように言ってくるが当人たちはどこ吹く風と受け流す。

 

「大丈夫だって、普段2人がしっかりと健康考えた料理作ってくれてるからへーきへーき」

 

 凪原の言葉に残りの2人もうんうんと頷いている。

 

「ハァ、こういうのは日々の積み重ねが大事なのよ。それにるーちゃんがマネしちゃったらどうするのよ」

「落ち着いたらしばらく健康第一の食事ですからね」

 

 話しているうちに3分経ったたので各自で食べ始める。ジャーキー入りのそれは塩みが強くなっていたがそれはそれでおいしい、若いうちだからこそ楽しめる味である。

 

「なんかこの感じ昔のキャラバンっぽいよね。昼は馬に乗って荒野を旅して夜はみんなでたき火を囲んでご飯を食べたり休んだりするやつ」

「まずここは荒野じゃないし移動手段は馬じゃなくて車だが―――

 

 由紀の言葉に否定的な言葉を返しつつもそこで凪原は一拍開け、

 

―――言いたいことはすごい分かる。なんか雰囲気あるよな」

 

笑顔でサムズアップしてみせた。

 

「囲んでるのがランタンじゃなくて火っていうのもいいよね、イイ感じの小道具として干し肉もあるし」

 

 同じく同意した圭の手には袋から新たに取り出したビーフジャーキーがある。確かに荒野の放浪と干し肉は相性抜群だろう。

 ちなみに彼女の隣では瑠優(るーちゃん)がもらった一切れを両手持ちし、頑張って噛み千切ろうとしている。どうやらちょっと前に見た白狼にまたがる姫(もの〇け姫)が出てくるジ〇リ映画の真似らしい。

 

「もしここがコンビニじゃなくて民家で、囲んでるのがロウソクだったら絶好の怪談会場になるんですけどね」

「怖い話はやめろぉっ!」

 

 美紀の言葉に超スピードで反応する胡桃の様子に笑い声が上がる。

 例え安全な拠点を離れたとしても、学園生活部の緩さと雰囲気は健在なのであった。 

 

 

 

====================

 

 

 

 夕飯を食べ終えてしまえば学院と違って電気の通っていないコンビニでは特にすることもない。お湯で濡らしたタオルで体をぬぐった後はバックヤードに非常用の布団を並べて敷き、その上で各々の寝袋に包まって早々に眠りについた。

 非常用布団は普通のものと比べて丈夫で汚れにくい分寝心地は悪い。

 とはいえこのところ車中泊が続いていた彼女達にしてみれば足を延ばして寝られるだけでも十分快適だったようで、ランタンの明かりを絞るとほどなくして複数の寝息が聞こえ始める。

 

「………(ゴソゴソ)」

 

 そして薄明かりの中で動き始める人影が1つ、凪原である。寝袋代わりに掛けていたブランケットをマントのように羽織ると、その下に隠していたポーチを手に取りできる限り音を立てないようにしてバックヤードを後にした。

 そのまま店舗の裏に回った凪原は安全確認をした時に見つけていた梯子を伝い屋根の上に上がると、室外機の隙間に腰を下ろす。

 

 そこでポーチから暗視ゴーグルと最近ご無沙汰だった9ミリ拳銃を取り出して周囲の警戒を始めた。

 朝起きたら店内に侵入はされてないけど周りをゾンビに囲まれてました、ということを避けるためだ。

 

 主に視線を巡らせるのは店の前の道路と、店舗近くの交差点である。今いる所から死角となる場所には空き缶などを使った鳴子を多めに配置してあるため、たとえゾンビが近づいてきても後れを取ることは無いだろう。

 

「………さむっ」

 

 しばらく時間が経過し、小さく身を震わせて呟く凪原。

 日中はまだまだ暑いとはいえ、近頃は夜肌寒く感じる日が増えてきている。運動しているのならまだしも、ただジッと監視し続けるのは体の芯がだんだん冷えていくような錯覚を感じさせる。

 

 もうしばらく異常がなければ自分も下に戻ろうと凪原が考え始めた時、胡桃が屋根に上がってきた。

 いざという時にすぐに動けるよう、と就寝時も普段着でいるようにしていたのでその恰好は制服に赤いパーカーという見慣れたものである。

 

「はいお茶」

「おおサンキュ、ちょうど寒くなってきたとこだった」

「どうせ見張り用の道具だけ持って飲み物は持ってってないと思ったんだ」

 

 案の定持ってきて無かったみたいだし、と続ける胡桃に図星を突かれた凪原は苦笑するしかない。

 必ず必要な物を忘れたことは一度もないが、あった方がいい、あると便利という類の物は割と忘れてしまうのだ。

 そういった物こそいざという時に意外な使い道があったりするので気を付けてはいるもののそうそう直るものでもないらしい。

 

「ま~その辺はあたしが持つようにしてるし、ナギはそのままでいいよ」

 

 笑ってフォローの言葉を掛けつつ、胡桃はいそいそと凪原が包まっているブランケットの中に入ってきた。

 そして布の下で器用に体の向きを変えると、背中同士をくっつけるようにして座る。

 同じ向きではなくあえて逆向きに座ることで必然的に触れ合う面積が大きくなり、凪原は衣服越しに彼女の体温を感じることができた。

 

 胡桃の行動に若干心拍数を上げつつも、凪原は努めて平静を装いながら声を掛ける。

 

「おい、これ空飛ぶ城の映画の飛行船で見張りするシーンの真似だろ」

「あ、分かった?私あのシーン好きなんだ、夜の空の中に2人だけがいるみたいでなんかロマンチックじゃない?」

「俺もあの映画かなり好きだからな。ただいいのか?あのシーンだと船員皆にバレてるぞ」

「それは大丈夫だって。こっそり出てきたし皆もぐっすり眠ってるみたいだったからさ」

 

 意外というわけでもなく乙女チックなことを言う胡桃に一応ツッコミを入れるも、心配ないと笑い飛ばされる。

 しかし、誰にもバレていないということはないだろう。お約束的観点から最低でも由紀か圭のどちらか1人、最高では階下にいる全員が胡桃の動きに気付いているはずである。

 とはいえ今この瞬間を邪魔されないのなら別に気にすることも無い。

 

「んじゃそういうことにしておくか」

 

 凪原はそう返し、最近取れていなかった胡桃と2人きりの時間を楽しむことにした。

 そしてそんな2人に天が空気を読んだのか、一晩を通してコンビニにゾンビが近づいてくることはなかった。

 

 

 

 

 




ラジオ放送まで書きたかったのにそこまでいけなかった………。
こういうそこまで重要じゃないけど穏やかな日常の様子って筆者的には書いてて楽しいんだけど、読者的にはどうなんでしょう?


~今回の小咄~
・ガソリンの消費期限と電気自動車
 あまり知られていないと書いたけどこの小説を読んでくれる諸兄姉にとっては周知のことだったかも。電気自動車、EVのバンって見かけない気がする。かっこよくないからなのかもしれないけど個人的にはアリ。
あとスズキのジムニーのEVバージョンとか発売されないかな~

・コンビニ
 由紀がお掃除をするくだりは文字数の関係で割愛。総菜の類は残しておくと建物全体が害虫共の巣窟になると海外のドキュメンタリーで聞いたので一行が安全に過ごせるようこんな感じにしました。
 でも実際バカってどこにでもいるし変なところでしぶといからこんな世界になったとしても一定数は生き残ると思う。パンデミック初期は徒党を組んで様々な商店を襲い、それ以降は生存者達を探して襲撃する、絵にかいたような盗賊になったりするんじゃないですかね。

・夜の見張り
 バリケードがない場所なので凪原の夜間警戒が復活しています。なお筆者はジ〇リの中ではもののけ、天空、風の谷あたりが大好き。1つ目は時代背景が、2つ目と3つ目はこのシリーズ特有の独特な機械が多数出てきて面白い。


次回はこの続きの予定。

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それではまた次回!


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5-6:聞こえた声

新キャラ、出るよ……○○だけだけど






「いいですか、別に2人でいるのが悪いって言っているわけではないんです。最近2人だけの時間がなかったのは私たちも分かってるんですから」

「でもだからといってあんな場所で一晩中なんて、風邪でもひいたらどうするの。今はお医者さんだっていないのよ?」

「はい、ごめんなさい」

「俺達が悪かった」

 

 コンビニにて夜を明かした翌朝、凪原と胡桃は仁王立ちしている慈と悠里の前で正座させられていた。

 

 昨晩コンビニの屋上で周辺の警戒をしながら自分達だけの時間を楽しんでいた彼等は、階下に降りることなくそのまま眠りに落ちてしまう。起きた時に姿が見えなかったため探していた悠里達が見つけた時は2人に仲良く夢の中だった。

 1つの布団の中で背中合わせだった体勢は、並んで室外機に寄りかかるように向きを変えていた。胡桃の頭は凪原の肩に、そして彼女の頭に凪原の頭がゆるくもたれかかっていて、それぞれの顔に浮かぶ表情は『幸せそうな寝顔』という言葉を聞いたときに万人が思い浮かべるものであった。

 

 それだけなら特に問題もなかったのだが、この日の朝は肌寒く秋の訪れを感じさせる天気だったのが良くなかった。

 いくら室外機である程度防げるとはいえ、吹きさらしの状態で目を覚ますでもなく眠りこけていたせいでしっかり者2人からお説教を受けることになったのである。

 

 これには申し開きの仕様がないので凪原も胡桃も甘んじて受け入れた。

 

「―――これぐらいですかね。それじゃ朝ごはんの準備をするのでみんなと待っていてください」

「体も冷えてるだろうからお茶でも飲んでてちょうだい」

「「は~い」」

 

 数分後、お許しが出たところで2人は足の痺れを堪えつつ立ち上がり、残りのメンバーがいる場所へと移動する。

 

「お疲れ~、朝から災難だったね。でも昨晩は楽しめたみたいだしトントンかな?」

「2人とも仲良しさんなの」

 

 移動した先でさっそく圭と瑠優(るーちゃん)が話しかけてきた。前者はニヤニヤしており、後者は純粋に楽しそうである。それに適当に返事をしていた凪原だったが、ふと2人の後ろで由紀と美紀が何やら作業をしていることに気付く。

 

「おーい、奥の2人は何してんだ?」

「ああこれですか?いうなれば日々の記録ってやつです」

「日々の記録?」

 

 凪原の言葉に美紀が意味ありげに答え、それに胡桃が首を傾げたところで由紀が何かを掲げながら立ち上がる。

 

「じゃじゃーんっ、凪さんと胡桃ちゃんの添い寝写真&怒られ写真だよ!卒業アルバムにまた1ページが加わったね!」

 

 彼女の手で開かれたページにはその言葉通りの写真が張り付けられていた。

 卒業式の際に作ったアルバム、それには学院で見つけたポラロイドカメラで撮られた学園での日々の写真が多々張り付けられているのだが、まだまだページには余裕があるのでこれからも写真の数は増えていくのであろう。

 であれば日々の記録という美紀の言葉も的を射たものと言えるかもしれない。

 

「ちょっ、恥ずかしいじゃんっ。やめろよ!」///

「へへ~ん、もう張りつけちゃったもんね~」

「何恥ずかしがってんだよ胡桃、いい写真じゃないか」

 

 思わず声をあげる胡桃とは対照的に凪原の表情はにこやかだ。

 

「なんでナギは平気な顔してんの?」

「行事中は学校指定のカメラマンが撮ってきたし、それ以外の時はイベントの気配を探ろうとする新聞部(パパラッチ)共が周りをうろちょろしてたしてたからな、もう写真撮られるのは慣れた」

「改めて聞くけどどういう学校生活してたらそうなるのさ……」

 

 圭が呆れているが、凪原はその問いに答えられない。なんか好き勝手してたらいつの間にかそうなってた、としか言いようがないのだ。

 

「だからですよ」

 

 残念ながら美紀の指摘は自動ミュート機能を備えた凪原の耳には届かなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「なんというか、いい意味でまともな朝ごはんだね」

「まあパンデミック前でもこれより不健康な朝食を食べてた人はたくさんいたでしょうね」

「そのうちの1人が俺だな」

 

 段ボールの上に清潔なレジャーシートを広げた食卓に並ぶのはレトルトのご飯に野菜スープ、サンマの蒲焼缶と総菜系の缶詰がいくつか。カロリー的にも栄耀バランス的にも問題ないだろう。

 翻って凪原の以前の朝食はというと、トーストを牛乳でねじ込めればいい方で、通学途中にコンビニで買ったおにぎり1つがデフォルト。昼食まで何も食べないということもそこまで珍しくはなかった。

 

「あっ、やっぱりそんな食生活をしてたんですね。生徒会の時も朝しっかり食べてなかったからそうなんじゃないかと思ってたんです」

「しょうがないじゃん。今も昔も忙しかったんだから」

 

 慈の言葉にも仕方がないと返す凪原だったが、それでは納得しない相手もいる。

 

「でもご飯はしっかり食べないとめっなの!」

「了解るー、最近は3食ちゃんと食べてるから心配すんな」

 

 きちんとした家庭で育った小学生の瑠優(るーちゃん)にとって、朝昼晩ときちんとご飯を食べるのは当然のことだ。

 ビシッと凪原を指さしてくる彼女にそう返事をして笑いかければ、安心した表情で食事へと戻った。

 

 

「でもこうやって出かけた先で朝ごはん食べてるとショッピングモールに行った時のことを思い出すね~」

「あの時は胡桃の家で朝ごはんを食べていたのよね」

「もうだいぶ前のことのように感じますねえ」

 

 食事も終わりに近づいたタイミングで由紀が言った言葉に悠里や慈など、その時いた面々が頷く。

 分かってないのは美紀と圭の2年生コンビだ。

 

「えっなにそれ、あたし知らない」

「私たちが合流する前の話でしょうか」

「そうだな、あん時は―――」

 

 話しのネタに、凪原は首をかしげる2人に当時のことを話してやることにした。

 

「ふ~ん、じゃあその時に由紀先輩がラジオを付けなかったら美紀はともかくあたしは助からなかったんだね」

「もう圭、お行儀悪いよ。でも由紀先輩本当にありがとうございます」

「いいってことだよ~なにしろ私は先輩だからね!」

 

 「ありがと先輩~」といって由紀に抱き着く圭を嗜める美紀もその顔には感謝の表情が浮かんでいる。

 2人の気持ちをしっかり受け取った由紀は、口調はふざけつつも見てわかるほどに上機嫌だった。自分から誇るようなことはしないものの、やはり感謝されるのは嬉しいのだろう。

 

「じゃあ今もラジオ付けてみたら他の生存者が何か言ってるかもな」

「でもここにラジオはないわよ?」

「いんや、あるぞ」

 

 思いついたように言う胡桃に対し悠里が指摘をするが、その言葉は凪原によって否定された。

 周りの視線が集中する中、凪原は傍らに置いていた無線機を手に取ると軽く振ってみせる。

 

「普段は周波数を固定してるから忘れがちだけど、これだって電波の受信はできるからなんか放送やってたらキャッチできるはずだ」

 

 言われてみれば、という表情を皆が浮かべる中で、真っ先に声を上げたのはやはりと言うべきか由紀だった。

 

「貸して貸して、また色々探してみるから」

「はいよ、由紀なら実績持ちだからな。案外マジで見つかるかもしれんし」

 

 頷きながら放り投げられた無線機を数回お手玉した後にキャッチし、由紀は嬉々とした表情で周波数設定ボタンをいじり始めた。

 

「実際のところいると思いますか、生存者」

「それなりにはいると思うぞ?ただある程度の社会機能を維持した規模でってなると厳しいだろうな」

 

 無線機から流れるノイズをバックに、美紀の疑問に難しそうな顔で答える凪原。

 正直な話、現在の状況においてただ生存するということだけならばそこまで難しくはないと彼は考えてた。

 

 パンデミック初期の混乱期をどうにか生き延びることさえできれば、あとに残るのは動きののろいゾンビと多くの物資が残された街や、あるがままの状態になった自然である。そうなれば一定以上のサバイバル知識を持っている者ならば生存は可能だろう。

 無論ぎりぎりの生活にはなるだろうし、拠点の快適性や娯楽などは著しく制限されるだろうが少なくとも生きていくことはできる。

 

「まあその生活を成り立たせられるのは少人数、最大でも150人くらいまでだろうな。それ以上じゃ色んな要因で身動きが取れない間に物資が底をつくか集まってきた奴等に囲まれてお終いだろうよ」

「その手の小説とかゲームのお約束みたいなもんか」

「そういうこった」

 

 胡桃の相槌に頷いて答える凪原。

 

 ゲームなど以外に例を挙げようとすれば、大昔の狩猟民族あたりが近いかもしれない。

 究極のサバイバル生活を送っていた彼等は集団でまとまって暮らし、協力して狩りをすることで暮らしを成り立たせていたが、その数は100人を超えることは少なかったという。それ以上の人数では集団としての統率を失いかねないからだ。

 

 現代の社会システム(といっても既に滅びてしまったが)は非常に複雑であり、維持及び運用にはそれに見合うだけの人数が必要となる。さらにそれらは広い範囲にまたがっており、それが相互に作用しあうことで成り立っているのだ。

 自宅の半径3キロ以内に職場、食料供給地、水源とそれに関係する施設、発電所とその燃料供給地が全てあったという人間など、よほど原始的な生活をしていた者を除けばほとんどいないだろう。

 この様に考えただけでも現在の状況にあって以前の社会機能を維持ということがどれほど大変かが分かるというものだ。

 

「まあ例外はあるだろうけどな。それこそ、この事態の黒幕っぽいランダルの拠点とかはある程度維持できてんじゃないか?」

 

 「あえて行きたいとは思わないけど」と続ける凪原には皆も同意見だ。準備を万全に整えたうえでの偵察としてならともかく、生活の場を求めて黒幕の下に向かうなど冗談ではない。

 

 会話の間に一瞬の沈黙ができたその時だった。

 

 

『………ねえねえ、誰か聞いてる?こちらはワンワンワン放送局』

 

 この場にいる誰のものでもない声が辺りに響いた。

 

「「「っ!!!」」」

 

 ガバッ、と音が出そうな勢いで振り返った一同の先では、目をまん丸に見開いた由紀が自身の手の中にある無線機を凝視している。どうやらいじっていた当人が一番驚いたようだ。

 

「え、えーっとこれ、皆も聞こえた、よね?」

「大丈夫よ、全員聞こえてるわ」

 

 いつもの元気の良さはどこへやら、「私耳可笑しくなっちゃたのかな!?」と慌てる由紀を悠里が落ち着かせている横で凪原が無線機のボリュームを上げて圭がスマホのボイスレコーダーを起動し、残りの面々は聞き逃すまいとその周りに集まる。

 

『この世の終わりを生きるみんな元気かーい! 聞こえてない人は返事してねー、って聞こえてないんだからそりゃ無理か』

 

 こちら側の状況などお構いなしに無線機からはテンションの高い声が続く。

 

『まあそんなことは置いておいて、今日も1人と1匹で送るワンワンワン放送局はっじまるよー! まずはごきげんなナンバーからいってみよー!』

 

 その声に続き何かのスイッチを押すような音がし、数秒後にはアップテンポの曲が流れ始めた。

 

「ダスベスの【戦いは終わらない】か、いいセンスだ」

「そこじゃないでしょ凪先輩!確かにダスベスの曲はいいのが多いし私の好きなゲームの主題歌もあの人が作ってるけど!」

「おい圭も引きずられてるぞ、今は無線のことはほっといて好きなゲームについてだ!」

「胡桃ちゃんそれ逆だよ!」

 

 的外れな感想を抱く凪原とそれにツッコんでいるようでツッコんでいない圭、そして2人を咎めようとして逆のことを言う胡桃とそれに更なるツッコミを入れる由紀。と、混乱気味の4人を放置し残りの4人は真面目な話を開始する。

 

「これって、やっぱりラジオですよね?」

「そうね、無線機じゃ音楽を流すことはできないから間違いなく放送されてるものよ」

「それにさっきの声も録音されたような音質には聞こえませんでしたね」

「元気な声だったの!」

 

 務めて冷静に、今聞こえているラジオについての情報を声に出して並べていく。早とちりのぬか喜びにならないよう慎重に。

 

「ってことはさ!」

「ああ、ということはっ」

 

 しかし、混乱状態から我に返った面々が合流してしまえば我慢することは不可能だった。

 

「「「誰か、生きてる!」」」 

 

 皆の声が揃い、近くにいる者とハイタッチを交わしたり肩を叩き合ったり、それぞれが思い思いに喜びを表す。自分達以外にも生きている人間がいるという確かな証が得られたのだ、喜ぶなという方が無理な話だろう。

 

「早速会いに行こうよ!」

「でも、どこから放送しているか分からないわよ」

 

 床に丘に置いていたリュックを背負い今にの出発しようとする由紀を止める悠里。とはいえ彼女にしても会いに行くこと自体は止めていないし、テキパキと朝ごはんをいつもより素早く片付けている。

 

「ねえ凪先輩、無線の逆探知とかってできないの?」

「やろうと思えばできるけど、手間だし正確じゃないからあまりやりたくないな。というか待ってりゃ向こうから連絡先を言ってくれるんじゃないか」

「なんでできるのかはもうツッコまないぞ、どうせろくな理由じゃないし」

 

 凪原の提案にしばらくは音楽を楽しむことにした一同。

 なお、胡桃が呆れ顔と共に放った言葉に当人は傷ついたような表情をしていたが、誰からも慰めの言葉を掛けられることは無かった。

 

 

『は~いご清聴ありがとうございました。それじゃあここでお便り紹介、といきたいんだけどお便りがな~んにも届いてない、まったくみんな静かすぎ。ワンワンワン放送局はどんなお便りでも受け付けてるからね、メール 郵便 伝書鳩 大声だって大丈夫。もちろん私みたいにラジオででも問題なし。この放送とは別に〇〇.〇の枠はいつでも空けておくからコラボしたいって人が居たらいつでも遊びに来てね』

 

 

 しばらくいくつかの曲を聞いていると、期待通りの言葉が聞こえてくる。

 

「さ~て、お呼ばれしたからには行くしかないよな?」

 

 予備の無線機を指定された周波数に合わせた凪原がニヤリと愉しそうに笑い、それに対して由紀胡桃圭の3人、そして美紀に瑠優(るーちゃん)までもが同種笑みを返す、どうやら驚かす気満々のようだ。

 悠里と慈にしても楽しそうであり、止めるつもりはないらしい。

 

 

『おぉっとそろそろ時間みたいだね、ワンワンワン放送局は毎日この時間に放送してるからよければまた聞きに来てね~』

 

「やべっ そんじゃいくぞ」

 

 ぼやぼやしている間に放送が終わりそうになってしまったので慌てて合図を送る。

 しかし終了間際と言うなら逆にちょうどよい。これがラジオ放送なら声をかけるの絶好な呼びかけを向こうからしてくれることだろう。

 

『それじゃあみんな、今日もワンワンワン放送局からの放送を楽しんでくれたかな~?』

 

 待っていた声を聞きながら指を3本立ててスリーカウント。1本ずつ折り曲げていき最後に残った人差し指が曲げられた瞬間、全員が同時に口を開く。

 

「「「は~い!!!」」」

「………………へ?…え、ちょ、ホントに?――ってうわぁああ!?」

 

 学園生活部からの呼びかけに対し、無線機からは意味のある言葉よりも先に誰かが椅子ごとひっくり返ったような音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 




はい、新キャラが()()()出ました。
………おかしいな、前回の話でここまで書くつもりだったんですけど。書き残したところを書いていたら1話分になってました。この調子だと5章終盤に入る前に後2話くらいかかる気がします。


==今日の雑談==
・2人の寝顔
筆者に絵心があったら挿絵を描いていた。写真を撮った由紀とみーくんはファインプレイ、だから私にも見せてほしい。

・生存者の集団とその規模
こんな状況が実際に起きたらどうなるかな~って考えた時の筆者なりの見解。ロビン・ダンバーによって提唱されたダンバー数という概念を元にしています。
なんでも脳の大きさから考えると、人間が円滑に安定して維持できる集団の数は100~250の間らしいです。厳格な規則やノルマを課せばこれ以上でも可能でしょうが、たいていの場合はどこかで無理が生じて崩壊してしまうんじゃないかなぁ。

・ワンワンワン放送局&ラジオ
ここ好き


先週今週と続いて来週、そして恐らく再来週もバカほど忙しいです。よって来週更新できるかは分かりません。来週無理だったら再来週には必ずアップします。
この辺の話は元々書きたかったところなのでネタはあります、ないのは時間だけ。

お気に入り登録、高評価していただけるとモチベアップになりますので是非に

それではまた次回!


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5-7:ワンワンワン放送局

2週間ぶりです。
色々あってまだ忙しいんですが書けたので投稿します。

ちょっと長めです。





「ふむ、見事な豆腐建築だな」

「ねえ凪先輩、それって褒めてるのか貶してるのか分からないよ」

「というか豆腐建築って何ですか、いや見ればなんとなく分かりますけど」

「真四角の建物だね~」

 

 凪原の言葉を皮切りに、思い思いに口を開く1号車の面々。彼等の乗るバンの前には異様な建築物がたたずんでいた。

 

 強化コンクリート製であろう外壁には窓が一つもなく、正面に取り付けられたシャッター以外はすべてのっぺりとしている。そのシャッターにしても武骨で頑丈さだけが意識されたものであり、建物全体として飾り気などは全く見られない。

 それでいてサイズは一般の住宅よりも大きく、住居というよりは倉庫。さらに言ってしまえば要塞のようにも見える。

 

 これがもし住宅街にあれば違和感どころの騒ぎではないのだが幸いなことに(と言っていいのかは分からないが)、建物があるのは郊外よりもさらに都市部から離れた土地。周囲を囲むのは他の建築物ではなく雑木林であるうえ、そもそもここへ至る道自体が恐らくは私道である。

 建物と雑木林の間にはそれなりに開けた空間があるものの、その境目付近には上部に有刺鉄線が張られた頑丈そうなフェンスが立ち並んでいる。

 外部から見つかりにくい立地と内と外を明確に区切る境界。この2つが建物自体が持つ要塞然とした雰囲気に拍車をかけていた。

 

 ではなぜこの建物を一行が見つけられたのかというと、理由は簡単である。

 

『言われた通りの住所に来ましたけれど、本当にここにあのラジオの人がいるんでしょうか?』

「まあ本人がそう言ってたしいるんじゃない?むしろその辺の住宅にいるってよりも信じられる気がするけど」

 

 無線越しに問いかけてきた慈の言葉とそれに対する凪原の返事から分かる通り、予めこの場所のことを聞いていたからだ。

 

 由紀の思いつきから偶然見つけたラジオ放送にて不幸にも(意図的に)DJを驚かしてしまった後、とにもかくにも一度顔を合わせて話そうということになった。

 DJの女性に教えられた住所は凪原達がいたコンビニから直線距離ではそこまで離れていなかったものの、事故やゾンビの大軍を迂回することを繰り返した結果、時刻はとうに昼を通り過ぎていた。

 

「んじゃとりあえずまた連絡してみるからそっちも周波数合わせといて」

『ええ、分かりました』

 

 言葉の後に自身の無線機も周波数をDJとつながるものに合わせると、凪原はマイク部分へと口を寄せた。

 

「お~い、聞こえてるか?今それっぽい建物の前に着いたんだが」

『えっもう着いたの!? 正面にでっかいシャッターがついてるやつ?』

「そうそう。見たところ窓も入口もなさそうだけどシャッターを開けてくれるのか?」

「あー、それなんだけどね…」

 

 呼びかけに対して食い気味に返された返答に苦笑しながら質問してみれば、やや困ったような声が聞こえてきた。

 

『そのシャッターは閉め切りになってるんだよね。屋上にハッチがあるから壁の梯子を上ってそこから入るんだけど――』

「だけど?」

 

 何とも歯切れが悪い調子に先を促す凪原。車内でその声を聞いている面々も不思議そうな顔をしている。

 

『――最近外に出てなかったせいでハンドルが固まっちゃってさ、悪いけど頑張って開けてくれない?」

「はい?」

 

 あくまで見ず知らずの自分達に対して警戒しているのかと思えば、割としょうもないことを言ってくるDJに、間の抜けた声を上げる凪原。

 

『いや私としてもね、せっかくお客さんが来てくれるだから外で待ってようとは思ったんだよ?でも最近ちょ~っと外出してなくてさ、さっき開けようと思ったら縁のところに錆が……』

 

 弁解しようとしてるのだろうが全く弁解できてないように感じるのは凪原だけではないだろう。

 

「……引きこもり?」

 

 その証拠に圭が皆が薄々考えていたことをボソッと漏らした。

 

『なんか失礼なこと言ってる子がいるね!?確かにここは電気と水道があるしなんか食べ物も備蓄してたからやることといえばラジオ放送とボーっとしてるくらいしかないけど!………あれ、自分で言ってみたらこれって引きこもり?いやそんなバカな、きっと私もなんかやってるはず。思い出せ私の脳細胞っ』

 

 圭の言葉に噛みつきつつも不安になったのだろう。しばらくの間無線機からはウンウン唸る声が聞こえてきたが、鼻をすするような音とともに途切れた。

 

『うぅ、特に何もやってなかったよ…』

 

 悲しみ溢れるその声を聞いていると何というかこう、同情心のようなものが湧き上がってくる。先ほどまで呆れ顔だった面々も何とも言えない表情になっている。

 

「あー、そう落ち込まなくてもいいと思うぞ?安全が確保できてるならむやみに動く必要はないし、ラジオ放送をしてなかったら俺らも気づかなかったからな」

 

 そう言いながら、凪原は自分の中で警戒心がしぼんでいくのを感じていた。

 

 久しぶりに遭遇した自分達以外の生存者、顔も名前も分からない女性(声の様子からしてそうだと思う)が果たして信用できるのかどうか、正直に言えば怪しんでいた。

 こちらを騙しているのではないか、自分1人だけと言っていたのは本当は嘘で凪原達をおびき出すためのものなのではないか。他にも考えようと思えば多くのパターンがあるだろう。

 見ず知らずの他人に無条件で信頼を寄せるなどパンデミック前あっても危険であり、現在その危険性はさらに跳ね上がっている。

 

 しかし、今凪原の周りにいる人間は基本的に警戒心が薄い。胡桃と美紀は戦闘訓練と共に心構えについても教えているため最近少しずつ身についてきたようだがそなたの面々は全然である。

 己惚れているわけではないが、凪原がいるから大丈夫、と思っている節があるように見える。それ自体に悪い気はしないが問題であることに変わりはない。

 

 ゆえに、凪原はDJに対してもある程度は疑いの念を持って接しようと考えていたのだが、どうもその必要がないような気がしてきた。

 

(なんか大丈夫そうだな、よく分からんがめぐねえに近い(ダメなお姉さんぽい)気配を感じる)

 

 口調から感じとれる性格は全く異なるものの、感覚の部分でDJに慈と近いものを感じた凪原。完全にとはいかないまでも、数段階警戒レベルを引き下げることにした。

 

「そんじゃ屋上のハッチを上げてお邪魔するってことでいいんだな?」

『うん、私も入口の所で待ってるから早く来てねっ』

「了解」

 

 短いやり取りと共に無線を切り、凪原達は車外へと出た。2号車からも同様に胡桃達が降りてこちらに合流してきた。

 

 

 屋上へと上がる梯子はすぐに見つけることができた。服装の関係上、登る順番について一悶着があったがそこは割愛したい。

 登った先の屋上には学院に引けを取らない数のソーラーパネルが並べられており、建物の大き差的に見ても普通に生活するのに十分な量の電気を発電できそうであった。

 とはいえ今はそんなことはどうでもいい。

 

()()()()錆てたってレベルじゃない気がするんですが」

「うん、私もそんな気がする」

「まあこちら側は常に外気に晒されてるわけですし。中の錆具合とは違って当然とも言えますが」

 

 美紀の言葉に同意する胡桃と苦し紛れにフォローする慈。

 屋上の中央付近、潜水艦の水密扉を思わせるハッチはしっかりと錆びつき、「ただでは通さない」という無言のプレッシャーを放っていた。

 

「ハァ、仕方ないからクレ559持ってくるか。りーさん、工具関連の箱ってたしか2号車に積んでるよな?」

「ええそうよ。でもちょっとわかりにくいところに入れてるから私が取ってくるわね」

「あっじゃあたしも行くよ~、念のため念のため」

 

 悠里と、その護衛として圭が車へと戻っていく。

 

「なんかあたし会う前からDJの人のイメージが出来上がっちゃってるんだけど……」

「私もそんな感じだよ、なんかめぐねえみたいだよね」

「由紀ちゃん!?それどういう意味ですかっ?」

 

 由紀が発した声に思わず声が裏返して詰め寄る慈に対し、当の由紀は「ん~なんとなく?」とどこ吹く風だ。ちなみに慈の背後では、「るーもそう思ったの」「実は私も…」といった会話がなされていたりするのだがそれは彼女のあずかり知らぬことである。

 

 

 

====================

 

 

 

「ふっ…ぐっ……、だぁっ」(ガラガラ)

「お、動いた動いた」

 

 悠里達が持ってきてくれた防錆潤滑スプレー吹きかけて数分。溶剤が浸透したのを見計らって凪原が全力で力を込めると、ようやくハッチについたハンドルが回り始めた。

 

「凪さんおつかれ~」

「そう言うんだったら手伝ってくれても良かったんだぞ?」

 

 軽い調子で声をかけてくる由紀に、凪原は同じく軽い調子で返しながらハンドルを最後まで回しきる。動かなくなったところで今度は持ち上げるように力を加えてみれば、ハッチはこすれるような音と共にゆっくりと開いた。

 

「「「………。」」」(サササッ)

 

 中を覗き込もうと開かれたハッチの周りに集まる学園生活部一同。中と外の明るさの違いで一瞬視界が暗くなったものの、数秒もせずにいつもの状態に戻った。

 

 ハッチから下に向けて梯子が伸び、それが数メートル下の廊下とも大部屋とも判別しがたい、ラウンジのような場所へとつながっている。

 そして―――

 

「やあみんな!待ってたよ、早く降りてきて!」

 

―――満面の笑みと共に、明るい口調で呼びかけてくる女性がこちらを見上げながら大きく手を振っていた。

 

 ラジオで聞いたのと同じ声をしている彼女は、見たところ凪原より年上で慈よりは年下。大学の高学年か新社会人か、といったところと思われる。

 年齢的にはもう少し落ち着いていてもいい気がするが、嬉しい気持ちが勝っているのだろう。興奮した様子はイベント中の由紀を彷彿とさせ、今にも飛び跳ねそうな勢いだった。

 

「今降りるから少し下がっててくれるか?」

「おっけー」

 

 純粋に喜んでいるように見えるその姿にさらに警戒レベルを下げた凪原が声をかけると、彼女は頷いて1歩下がった。

 

「んじゃ俺から行くな」

「ほ~い」

「気を付けてくださいね」

「あいよ」

 

 周りへの断りに圭が緩く返事をし、ハッチの縁に足を掛けたのを見てどうするつもりか察した美紀が心配そうに声をかけるが、凪原はそれを気にすることなく一気に階下へと身を躍らせた。

 

 着地の衝撃を膝を曲げて受け止めた凪原が改めて立ち上がり視線を前に向けると、DJの女性が目を丸く見開いて凪原、ではなくその装いを見つめていた。

 その視線に一瞬首をかしげる凪原だったが、すぐに自分の格好を思い出して納得する。

 

 拠点外ではいつ危険な事が起こるか分からない。何かあった時に全員を守れるようにということで、学院を出発してからというもの凪原はかなりの重装備を身につけていた。

 

 Tシャツとカーゴパンツはいつも通りなのでいいとして、腰回りにはミリタリーポーチが複数とレッグホルスターに収まったグロック17。上半身には予備の弾倉ポーチやナイフに無線機などがゴテゴテと取り付けられたプレートキャリアを身につけ、さらに明らかに本物の気配を放つグロックカービンがトドメと言わんばかりにスリングで吊られているのだ。

 一体どこの兵士だという話である。

 

 これだけ重装備で、しかも自分よりも大柄な男がいきなり目の前に現れれば、驚くなという方が無理があるだろう。むしろ叫び声を上げられなかっただけいいのかもしれない。

 

「よっ――と」

 

 学園生活部の面々が次々に梯子を降り、最後に残っていた胡桃がハッチを閉めてから飛び降りてきたところでようやく女性は再起動を果たした。

 顔を小さく左右に振り、パンパンと頬を叩いた彼女は表情を再び嬉しそうなものに変えると両腕を大きく広げ、宣言するように口を開いた。

 

「それじゃあみんな!、ようこそワンワンワン放送きょ「ワンッ」く、へ………」

「「「ワン?」」」

 

 が、その言葉の途中で響いた明らかに人の声ではない鳴き声に一同の注意がDjの女性から外れる。そして鳴き声がした方に目を向けてみれば、壁の陰から顔を出している物体と一同の目が合った。

 

「犬?」

 

 という悠里の声に答えるように姿を現したそれは、彼女の言葉の通り犬だった。

 茶色と白の毛並みにピンと尖った耳から恐らくは柴犬と思われるが、まだ大人ではないようで一般的なイメージよりも幾分小さい。

 

「かわいい!」

「お犬さんなの~」

 

 思わずといった感じで由紀と瑠優(るーちゃん)が駆けよると、犬の方もしっぽを振りながら2人にじゃれついてきた。圭や胡桃なども犬をよく見ようと2人と1匹を囲むように移動する。

 

 自分もその輪に加わろうとしていた凪原がふと気づいて振り返ると―――

 

「グスッ」

「え、ええっと、泣かないでください。みんないい子たちなのですぐ戻ってきますからっ」

 

 せっかくのあいさつを飼い犬に台無しにされ、半分涙目になっているDJの女性が慈に慰められていた。

 

(あ、さっそく仲良くなってる)

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃあ改めて、ようこそワンワンワン放送局へ。私は七瀬(ななせ) (あおい)、DJ兼ADそのほか全部兼任してるよ」

 

 1階へ降り(どうやらこの建物は地上2階建てらしい)、広々としたリビングへ移動したところでDJの女性はそう自己紹介した。目元が微妙に赤いのは先ほどスルーされたからか、それとも生存者に会えた喜びか。

 

「丈槍 由紀、学園生活部の3年生だよ!」

 

 葵と名乗った女性に由紀が元気よく答えた。

 

「恵飛須沢 胡桃、同じく3年生」

「若狭 悠里、3年生で一応部長をやってます。こっちは妹の」

「るーだよっ」

 

 由紀に続く形で胡桃と悠里も自己紹介をし、悠里に促された瑠優(るーちゃん)も手を上げるだけでなくピョンっと小さく飛び跳ねながら話す。

 

「直樹 美紀、2年生です」

「祠堂 圭、あたしも2年だよ~」

 

 その次は2年生コンビだ。美紀はやや緊張気味に、圭はいつも通りのマイペース気味に話す。

 こういったタイミングでは確認の性格が出るので見ていて面白い。

 

「私は佐倉 慈です。学園生活部の顧問をしています」

「凪原 勇人、学園生活部のコーチをやってる。ちなみに大学2年生」

 

 最後に残った成人組2人も自己紹介をする。すると、葵が何か言うより先にメンバー側の方から反応があった。

 

「そういえば凪さんってコーチだったね。忘れてたよ」

「正直俺も今の今まで忘れてた」

 

 由紀に言われて苦笑を返す凪原。入部届を書いた時危うく高校留年生にされかけたため、その回避策としてコーチとなっていたのだが、今自己紹介をするまですっかり忘れていた。

 

「改めて考えたら高校の部活のコーチをする大学生って変でしょ、もう大学いってないんだし」

「うっさいぞ圭、それを言うならそっちもみんな卒業してるだろうが。なのにまだ制服を着てるってことはある意味コスプ――

「そこまでだナギ」

「次の言葉次第では今日の夕飯が悲しいことになるわよ」

――レじゃないよな。まだ年齢的に全然高校生なわけだし」

 

 圭の言葉に反論しようとした凪原だったが、胡桃と悠里からの言葉に加え慈と瑠優(るーちゃん)以外の部員達から凄まじいプレッシャーが放たれたので緊急回避的に発言内容を修正する。

 女所帯に男が一人というだけで形勢不利なのに、そのうえ食まで握られては勝ち目などあるはずがない。

 

 幸い危機回避には成功したようで、かかっていたプレッシャーは即座に霧散した。凪原が安堵の息を吐いていると、クスクスという声が聞こえてきた。

 

「プッククッ、ご、ごめんっ。ちょ、ちょっと待って」

 

 声のする方を見てみれば、葵が笑いを堪えるように口元を手で押さえながらもう一方の掌をこちらに向けていた。体を折り曲げつつプルプルと震えているのでよほどツボに入ったのだろう。

 

「ふー、ふー……よし。失礼、最近ここまで笑うことなんてなかったからさ」

 

 まだ若干苦しそうにではあるものの、葵は改めて凪原達に向き直るとおもむろに口を開いた。

 

「さっきは歓迎するようなことを言ったしそれは本心だったんだけどさ、やっぱり全く知らない人達ってことで緊張してたんだよね。でもなんか今のやり取りを見たらそんな心配しなくていいかなって感じて、それで気が抜けちゃったみたい」

 

 「疑ってごめんね」、そう言って微笑んだ彼女の体からは、確かに先ほどまで入っていた力が抜けているように感じられる。

 

「いや、こっちも警戒する気持ちがあったのは事実だ。もうその必要もなさそうだし、お互い様ということで水に流さないか?」

「うん、それがいいね」

 

 相手が胸襟を開いてくれたのなら、こちらもそれ相応の対応をすべきである。今のような時代であっても、いや、今のような時代だからこそ大切なものもある。人道、道徳などはそれにあたるだろう。

 

 もっとも、相手がこれらを重んじないというのであればこちらも配慮する必要はない。

 

 

 礼には礼を、非礼には非礼を持って返すのが現代の生き方というものだ。

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃ色々話す前にこちらからサプライズがあります。なんとっ、みんなのためにお風呂を準備しました!」

「「「お風呂っ!!?」」」

 

 話を始めようとしたところで葵がした宣言に、学園生活部の面々が湧きたつ。

 

「お風呂あるの(ですか)っ?」

 

 真っ先に反応したのは由紀と、珍しいことに美紀だった。意外と(というのは失礼かもしれないが)綺麗好きならしい。

 

「そうだよ、ここって地下水をくみ上げてるみたいだから水には困らないんだよ。でもお湯を沸かすのは結構電力を使うから普段はあまり使ってないんだけど、みんなが来るから準備しておいたんだ」

 

 いたずらが成功したような笑みを浮かべる葵に学園生活部の一同が歓声を上げる。

 学院にいた頃でもシャワーはあれども風呂はなく、湯船にゆったりと浸かるということを久しくしていなかったため、皆の顔は期待に輝いていた。

 

「それじゃあまずは私が一番に入るね!先輩だし!」

「ちょっと待ってよ由紀ちゃん先輩、それはいくら何でも横暴ってもんだよ」

「そうですよ、先輩なんですからここは譲ってください」

「あら、年齢順ならるーちゃんが一番よ?ついでに私も一緒に」

「るー達が一番なの!」

「ここは顧問の私が確認の意味を兼ねて」

 

 皆口々に自分が一番に入ると言い出し、リビングが一気に騒々しくなる。それぞれが勝手な理屈を持ち出すので収拾が全くつかない。

 その勢いについていけず蚊帳の外になっていた凪原は、ふと傍らに胡桃がいることに気付く。

 

「胡桃は混ざらないのか?」

「うーん、あたしはいいかな。全員入れるんだったら順番は別に気にしないし」

「俺も同感。別に1日待つとかじゃないだろうしな」

 

 頷き合った2人はそのままソファーに腰掛け、終わる気配の無い話し合いを眺めることにした。

 

「えーっと、浴室は結構広めだから同時に2人、頑張れば3人くらいは入れるよ?」

 

 見かねた葵が口を挟むも、それはグループ分けが一瞬で成された以上の効果はなかった。

 

「「「まずはこっちから!」」」(由紀、圭、美紀)

「「「いやいやこちらから!」」」(慈、悠里、瑠優(るーちゃん)

 

 むしろ組織化されたことでさらに激しさを増す始末である。

 

「あ~これますます終わらなくなったね」

「だろうな。どうする?俺達で先に入っちまうか?」

「うーん……やめとく。あれを放置して入ったら後が怖い」

「了解」

 

((何でもいいから早く決めて入ってくれないかな))

 

 その様子を見ながら、もはや一緒に入浴することに対して特に抵抗のない2人は全く同じことを考えていた。

 

 

 

 

 






は~い、ワンワンワン放送局のお姉さんとみんな大好き太郎丸(なお現時点ではまだ名前は出ていない模様)がきちんと登場しました。
お姉さんの名前については原作で出ていなかったのでオリジナル。性格については作中のセリフなどから構築したんですが…、気づいたらなぜかめぐねえと同じく残念系の人になっていました。なんでだろう?


それでは今日の副音声(裏話)いってみよ~

豆腐建築
言わずと知れた某ブロック系ゲームにおいて初期拠点としてよく用いられる真四角の建物。簡単に作れるし、外観を丸石で統一して複数棟並べると軍事基地っぽくなったりするので結構好き。

引きこもり
拠点の安全性と物資が確保できているのならそう悪い選択肢ではない。装備が十分でない状態でむやみに歩き回るよりはずっといい。ただし、引きこもるのと自由に外に出れないのとでは大違い。

礼には礼を非礼には非礼を
現代でも基本的にはこの方針って人は多いと思う。それが状況の変化によってちょっと過激になっただけ。

お風呂
日本人だもの、そりゃ好きよ


以上
そんでもって次の投稿なんですが、来週投稿できるように頑張ります(できるとは言っていない)。

お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいのでよろしくお願いします。

それではまた次回!


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5-8:新拠 上

どうも2週間ぶりです、お待たせして申し訳ありませんでした…。

やっとこさもろもろの仕事が片付いたので今週からはいつものペースに戻れるんじゃないかと思います。ここ最近の忙しさは正直異常だった………

さて今回もワンワンワン放送局でのお話です。
そこで、この建物の見取り図を作ったのでここに掲載します、本作品初の挿絵が見取り図ってのもどうかと思いますが筆者には絵心がないのでしょうがない。

↓ワンワンワン放送局見取り図


【挿絵表示】


それでは、どうぞ


「やっぱお風呂は良いな、命の洗濯って至言だと思う」

「普通は温泉のことを指すらしいけどな、それ。ただまあ心が洗われるってのを実感した気分だ」

 

 そんなことを話しながらリビングへと戻ってきた胡桃と凪原の2人。胡桃は頭に凪原は首にタオルを掛け、それぞれの服装も制服やいつものTシャツ+カーゴパンツではなくよりラフなものになっている。

 どちらも上気した顔をしているものの、風呂上がりと考えれば自然なことである。

 

 それに対して不自然なのは出迎える側の方だ。

 

「あっ、2人ともおかえり~」

「結構かかりましたね」

 

 テーブルについたまま話しかけてきた由紀と美紀はいつも通り。カウンターの向こうに見えるキッチンで何やら料理中の悠里と慈、奥のソファーでまったりしている圭と瑠優(るーちゃん)にも特に変わったところは見られない。

 ではどこが変なのかと言えば、残りの1人に他ならない。

 

「お、おかえり。え、えーっと…くつろげたかな?」

 

 このラジオ局の主にして、皆のためにお風呂の用意をしてくれた葵が異様にテンパっていた。声はどもり気味なうえ顔は微妙に赤くなってるし、さらには凪原と胡桃の方を真っすぐに見れていない。それでいて完全に目をそらすはできないようで、チラチラと視線を送ってきている。

 

「どうしたんだ、七瀬さん?」

「何か気になることでもありました?」

「ん、ああそんなかしこまらなくてもいいって、呼び方も名前とかあだ名でもオッケー。こんな世界でせっかく会えたんだから堅苦しいのはなしでいこうよ」

 

 2人の問いかけに明るい口調で答えた葵はそこで態度を先ほどまでのソワソワとしたものに戻し、今度は落ち着かない調子で口を開いた。

 

「そ、それでね、今私がちょっと変だったのは実は君達2人を見てのことなんだよ」

「「俺(あたし)達?」」

 

 葵の言葉にそろって聞き返す2人。互いに顔を合わせてみるも特に心当たりが無いようで同じような動きで首をかしげている。

 それを見る学園生活部の面々はいつものことと気にも留めないが、葵にとってはそうでもないようだった。

 

「いやね、2人があまりにも自然に一緒にお風呂に行ったからビックリしちゃったんだよ。それで由紀ちゃん達に聞いたら付き合ってるって教えてくれたけど、それにしたって照れとか全然なかったみたいだし今出てきたとこを見ても普通の感じだったからさ」

 

 「皆は気にしてないみたいだし私が変なのかと思っちゃったよ」と言葉を続けた葵にようやく得心がいった表情になる凪原と胡桃。実際、彼等ほどの年齢では男女が(たとえ付き合っているとしても)一緒に入浴するのは抵抗がある方が普通なのかもしれない。

 とはいえ、2人からすれば今更、といった感じな気がしなくもない。

 

「あ~、まあ言われてみればちょっと変わってるかもしれないけどな…」

「お風呂じゃなくてもシャワーはそこそこ前から一緒だったし……、でもなんか改めて言われると恥ずかしくなってきた」

 

 平常運転の凪原に対し、それでも多少羞恥心がある胡桃は少し恥ずかしいのかわずかに耳が赤くなっている。

 と、ここまでで済めばそのままこの話は終わりだったのだが、そうはならないのがお約束。凪原の視界の端で由紀と圭が唇の端を吊り上げる。

 

「胡桃ちゃんそんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん。お風呂だけじゃなくて結構一緒に寝てるんだし」

「ちょくちょくその先もヤッてんだし」

「なぁあああっ!!!???」

 

 発せられた言葉に胡桃が奇声を上げると同時にその顔が瞬間的に茹で上がった。その赤さたるや、信号機もかくやというほどである。

 

「ったく胡桃のやつ、そこで反応しちゃうからからかわれるんだって何度も言ってんのに…」

「そういう凪原先輩も顔が赤くなってますよ」

 

 思考停止してフリーズしていたところをさらにはやし立てられて我に返った胡桃が由紀達を追いかけ始める。それを見ながらやれやれと言わんばかりにため息をつく凪原だったが、イイ笑顔をしている美紀に指摘された通りその顔はうっすらと赤くなっていた。

 

「いきなり爆弾放り込まれたらそりゃ赤くもなるっての。つーか、るーもいるってのに何考えてんだよ。間に合ったからよかったけど」

「何も聞こえないの~」

 

 呆れ顔で美紀に返事している凪原の両手は瑠優(るーちゃん)の耳へピタリとあてがわれていた。

 不穏な気配を感じた時慌てて移動したかいあって、18禁を想像させる(彼女にはまだ早い)内容が耳に入ることは防げたようだ。

 心情的に瑠優(るーちゃん)の兄を自称する凪原にとって、彼女が健全に成長できるようにするのは当然のことなのである。

 

 なに?それなら胡桃との絡みを減らせ?あれは呼吸と同じなので何も問題ない(必要不可欠だし健全である)

 

 

 

====================

 

 

 

「いきなり見苦しいとこを見せて申し訳ない」

「いや、元は私が反応したのが最初だし気にしないでいいよ。……でも最近の子達はすごいんだね、私が同じくらいの時ってどんなだったっけ?」

「「もうそこはおいといてくれ(ください)」」

 

 数分後、凪原とひとまず落ち着いた胡桃は葵と向かう合うようにしてテーブルに座っていた。由紀と圭はアホなことを言った罰として瑠優(るーちゃん)と一緒に遊んでおり、そのお目付け役として美紀も一緒にいるのでテーブルについているのは3人だけだ。

 まだちょっとおかしい感じの葵に2人揃ってツッコミを入れれば、彼女もすぐ「ごめんごめん」と言ってその話題を終わらせてくれた。

 

「そんじゃとりあえず自己紹介から、さっきは名前しか言わなかったし」

「あ~、君達のことはだいたい聞かせてもらったよ。さっきあっちの2人、悠里ちゃんとめぐっちゃんが教えてくれたんだ、巡ヶ丘高校にいたんだって?」

「めぐっちゃん?――ってそれは今はいいとして、どこまで聞いた?「ざっくりとしか話してないわよ」りーさん?」

 

 聞き慣れない単語に気を取られつつも、わずかに声質を固くした凪原へと声が掛けられる。

 振り返ってみればカウンターの向こうの悠里がこちらへ顔を向けていた。

 

「あなた達がお風呂に入っている間ただ待つだけというのももったいなかったし、大まかなところだけは話させてもらったわ」

 

 話しながらもフライパンを操る手は止めない悠里。その手つきはパンデミック以降慈と共に学園生活部の料理担当として過ごす中でどんどん磨きがかかってきていた。

 

「といっても私達に凪原さんが合流した後、遠征中にるーちゃんと2年の2人が加わってからは基本的に学校で生活してたってくらいよ。あまり時間があったわけでもないし、こう言ってはあれだけどどういうに話していいか分からないところも結構あったし」

「いや、それで大丈夫。ありがとな」

 

 悠里の言葉にそう返すと、彼女は頷いて調理に戻った。

 

「失礼。別に隠し事をするってわけじゃないんだけど、色々複雑でさ」

「ううん、気にしないで。まだ会ったばかりなんだし、言いたくないこととかがあったら言わなくても大丈夫。流石についさっき奴等に噛まれた、とかだったら教えてほしいけどね」

「ああ、全員そんなことは無いからそこは安心してくれ」

「そうそう、皆元気いっぱいだよ」

 

 葵に笑顔で言葉を返しつつ、こっそりとアイコンタクトを交わす凪原と胡桃。別に彼女を信用していないわけではないが以前胡桃が噛まれたということはまだ伏せておいた方がいいだろう。

 

「そんじゃとりあえず最初から説明するか。長い話だから質問とかあったらそのたびに聞いてくれ、あとでまとめてだと忘れるかもしれないし」

「りょーかい」

 

 彼女が頷くのを確認し、凪原はこれまでのことを話し始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「は~~、学校の地下に秘密倉庫、そんで製薬会社が秘密裏に作った生物兵器、ね。ま、とりあえず何のアニメ?って聞くところなんだけどさ~」

 

 主に凪原が語り、所々で胡桃が補足を入れつつの事情説明は、終了まで1時間とまではいかないが30分以上は優に掛かった。なんせおよそ半年にわたる生活の回想、しかも平凡な日常ではなく死と隣り合わせのサバイバル生活である。これくらいならばむしろよくまとめた方と言えるだろう。

 

 そして、それを聞き終わった葵は胸を張るようにして大きく伸びをした後、吸い込んだ息をすべて吐き出すようにしながら感想を述べる。

 言葉だけ聞けば2人の話を疑っているともとれるが、態度を見ていれば彼女がそう思っていないことは明らかだ。

 

「でもこんなの見せられちゃったら信じるしかないよね~」

 

 そう話す彼女の視線が向けられているテーブルの上には職員用緊急避難マニュアルと、地下の武器庫で見つけて今は凪原達の愛銃となっているグロックカービンが置かれていた。無論銃器は弾倉を抜き取って安全な状態にしてある。

 

「本物の銃とか持ったことないから分からないけどこれは本物っぽいよね。なんかこう、凄みがあるって言えばいいのかな、でも思ったよりは軽い?」

 

2人に許可を取ってからカービンを手に取った葵はそれを様々な方向から眺めつつそう評した。誰もいない方に向けて構えてみるも、その様子はどこかぎこちないというか腰が引けているようにも見える。

 葵はすぐに銃をテーブルに戻した。

 

「ふ~。信じるとは決めたけどね、まだ頭が追い付いてない感じだよ」

「いきなりこんなこと聞かされたらそうもなるって。実際、俺等としてもどこまで本当かはぶっちゃけ分からないしな。ただ、外の状況と実際に地下倉庫に銃があったことを考えると単なるシャレや冗談ってわけじゃないと思う」

 

 どう表現したらいいか分からない、といった表情を浮かべる葵にそれは仕方ないと返す凪原。

 先ほどまでの話を聞く限り、葵はパンデミック発生以降そこそこ早い段階からこの建物に引きこもっていたと思われる。情報などほとんど得られていなかったのだろう。

 

「とりあえずこれであたし達の話は終わり。今度は葵さんのことを聞かせてよ」

「いいよ。でも君達と違って私の方はあんまり話すことはないんだよね、なんてったってほとんど引きこもってたからさ」

 

 胡桃の言葉に頭を振って一旦意識を切り替えると、葵はそう断りを入れてから話し始めた。

 

「私はあの日1人で街をぶらついててね、お昼食べ終わって次はどこ行こうかな~って考えてたところで初めてあいつ等を見たんだ。どう見たって高齢なおばあちゃんが唸り声を上げながら男の人を押し倒して噛みついていたんだもん、ホントにびっくりしちゃったよ」

 

 口調こそ軽いものの、葵の視線は伏せられていた。

「そんで噛まれた男の人が動かなくなったと思ったらすぐに起き上がって周りの人に噛みついてもう大混乱。私は何とか市民会館みたいなとこに逃げ込んだんだ。一緒にいたのは3,40人くらいかな、あんまり多くはなかったんだけどそれがかえって良かったみたい。もっとたくさんの人が逃げ込んだ警察署はあっという間にあいつ等に囲まれてドアが破られてた」

 

(警察署、ね。病院と並んでゾンビパンデミック発生時に最も行っちゃっいけない場所だもんな)

 

 そんなことを考えながら話を聞く凪原。隣では胡桃がその様子を想像したのか、顔色を悪くしていた。

 

「災害用備蓄物資とかもあったしその後何日かは皆で協力してどうにかなったんだけどさ、みんなストレスがすごくてどんどん空気がぎギスギスしていったんだ。それである日朝起きたらあいつ等に変わってた人がいて、訳が分からなかったけどもう無我夢中で逃げ出したよ」

 

 当時を思い出した葵の身体がわずかに震える。

 

「その後はとにかく人が居なそうな方に逃げてたら偶然この建物を見つけてね、天井のハッチも鍵とかは掛かってなかったし誰もいないみたいだからそのまま住むことにしたんだ」

「ちょっと待ってくれ。元々ここのことを知ってたわけじゃないのか?」

 

 凪原が思わず口を挟む。

 

「ああうん、実はそうなんだよ。私がここを見つけたのは全くの偶然。なのにまるであつらえたみたいに安全で水と電気が使える建物があったんだもん、思わず神様に感謝しちゃったよ。それにまだ見せてないけどここにも地下室があってさ、そこが倉庫みたいになってて食べ物とかトイレットペーパーとかいろいろ置いてあるんだよ」

 

 にこやかに話す葵とは対照的に凪原と胡桃、それに少し離れたところで聞き耳を立てていたらしい美紀が一様に表情を強張らせていた。

 

 独立した発電及び上下水道設備を備え、地下倉庫に大量の備蓄物資を蓄えている。それはこれまで彼等が暮らしていた巡ヶ丘学院にもそのまま当てはまる特徴だった。

 

 もしやここもランダルコーポレーションが用意した拠点の一つなのではないか、そのような疑念が頭に浮かぶ。

 

「「「………。」」」

 

 数秒間視線で会議を行い、3人は互いに小さく頷く。

 

「もしよかったらなんですけど、その地下倉庫がどうなってるのか見せてもらってもいいですか?」

 

 純粋に気になった、という感じで美紀が声をかければ葵は快く承諾してくれた。

 

 

 

===================

 

 

 

「ここが倉庫、手前が食料関連で奥が日用品関連だよ」

 

 浴室へと続く扉の前を通り抜け、葵の後に続いて階段を降りた先には満杯の棚が並ぶある空間が広がっていた。とはいえパンデミック前であれば圧倒されたであろうその光景も、今の凪原達を驚かすには至らなかった。

 

「こりゃ意外と量があるな」

「ですね、棚同士が近いのでかなりたくさん置いてありそうです」

 

 などと言い合いながら奥へと進んでいく凪原と美紀。それに対し、胡桃と葵の2人は階段を降りたところに残っていた。

 

「なんかみんな冷静だね。もうちょっと驚くかなって思ってたんだけど」

「う~ん、あたし等のとこにも地下倉庫あったからな~。それもアニメとかに出て来そうなレベルのやつ」

「あーそっか、そういえば言ってたね。その銃とかもそこにあったんだっけ?」

「そうそう、ホントすごかったんだぜ!冷蔵室の中に隠しパネルがあってさ、暗証番号を打ち込んだらなんもなかった壁が開いてそこが武器庫になってたんだ」

「何ソレかっこいい。まんま映画かアニメじゃん!」

 

 身振り手振りを交えた胡桃の話に食いつく葵。どうやら彼女の中にも男の子の部分があったようだ。

 

 

 隠し部屋談義が盛り上がっている頃、倉庫の奥では凪原と美紀が向かい合っていた。この場所は怪談の位置からは死角となっており、密談をするにはもってこいの場所だ。

 もっとも、密談といっても男女間の×××的な話ではない。

 

「どう思う?」

「恐らくシロじゃないですかね。企業(ランダル)がやったにしては色々雑すぎます」

 

 凪原の問いにそう答えた美紀は視線を棚、正確にはそこに置かれたコンテナ群へと向ける。

 

「棚やコンテナの配置は学校の地下とよく似ています。でも棚については置いておくとしてもコンテナが全く違う。学校にあったのはもっと硬質でロゴも入っていて、ここあるような…安っぽい感じのものではなかったです。サイズはほぼ一緒なのにわざわざ別のコンテナを用意するとは考えにくいです」

 

 顎に手を当てながら美紀が話した推測は凪原のものとほとんど同じだった。

 同意の意思を示すために頷きつつ、凪原は『救急』と殴り書きされたコンテナの一つを手に取って中を覗いてみる。中には消毒液に軟膏、絆創膏などの主に外傷に対して用いる医療器具が複数個ずつ収められていた。

 

「どれも一般に売られてるものだな。値は張るけど一般人でもまとめ買いできないわけじゃない」

「ランダル製でもなさそうですね」

 

 学校の地下倉庫にあった医薬品は、当たり前であるが全てランダルコーポレーション製だった。それが違う製造元のものとなれば、この建物に黒幕と思われる企業が絡んでいる可能性が低くなる。

 

「リビングの隅に食料関連の箱があったけど、中は普通に売ってた缶詰とかレトルトだったな」

「そいえばあれも同じ箱でしたね。最初見た時は物入れか何かかと思ってましたが」

 

 その後さらにいくつかのコンテナを開けてみるも、出てきたのはランダルコーポレーションとは関係のないものばかりだった。

 一部例外もあったが、製薬を基本としてほとんどの製造分野に進出しているのがこの企業である。全くないというのもそれはそれで不自然だろう。

 

「――こうなるとランダルは無関係なように思えるのですが、そのばあい誰がこんな建物を建てたんでしょうか」

「そうだな…、プレッパーってことになるのかね」

「なんか前にも言ってましたね、どういう意味でしたっけ?」

「ざっくり言えば過剰なほどの防災への備えをする人。理由は色々だけど人類滅亡の危機が訪れると信じて、本気でそれに対する準備を進める人の総称だな。アメリカとかだと一定数いるらしいぞ」

 

 かすかに聞き覚えがあるといった感じの美樹に簡単にプレッパーに関する説明をする凪原。プレッパーには心配症や臆病者といったイメージが付いていたものだが、現在の状況から考えるとむしろ正しい行動だったと言えるかもしれない。

 もっとも、彼等の準備が現在報われているのかどうかを知るすべはないわけなのだが。

 

「でもそれはアメリカとかの話ですよね。日本にそんな人がそうそういるとは思えないんですが」

「いんや意外といるもんだぞ。俺等の身近なとこではハヤがそうだな、物資を生徒会室に隠したのはあいつの発案だし」

 

 疑問に凪原が答えると、なぜか美紀の表情がげんなりとしたものになった。

 

「ああ、あの犯罪スレスレの武器庫とかですね」

「失敬な、ギリギリ合法だぞ」

「ギリギリだからダメだって言ってるんですよ…」

 

 隠そうともせずにため息をついた美紀は、プルプルと頭を振って意識を切り替えると改めて凪原へと顔を向けた。

 

「それで、凪原先輩的にはこの建物はランダルとは無関係ですか?」

「だろうな。設備関連にも手作りっぽい雰囲気があるし、断言はできないけどまず無関係で間違いないと思う」

「分かりました、それじゃあ戻りましょう」

「っておい、もう少し調べてみないのかよ?」

 

 クルリと回れ右して階段の方へと向かう美紀に凪原が声を掛けると、なにか?、というような表情で振り返った。

 

「これ以上2人で考えていても仕方ないですし、何より――」

「何より?」

「お腹がすきました」

 

 すまし顔でそう答えた彼女に思わず肩の力が抜ける凪原。

 普段の生真面目な態度から忘れがちであるが、彼女は誰もいなくなったショッピングモールにおいてたった1人でで生き抜いていたのだ。そのメンタルの強さは常人の及ぶところではない。

 考えても仕方がないならそれ以上は考えない。効率的だがそれができる人は少数派だ。

 

「確かにそうだな。今日は昼しっかり食べてないし、思い出したら俺も腹減ってきた」

 

 そして同じく少数派だった凪原は、手早くコンテナを片付けて彼女の後を追いかけることにした。

 




久しぶりの投稿なのに説明回っぽくなってしまいました。
ラジオのお姉さん(本作品での名前は七瀬 葵)の来歴などは原作にて記述がなかったため完全オリジナルです。多少無理があるような気がしなくもないですが、これでいきます。


それでは今週の追記事項~

凪原と胡桃のお風呂
文章内では特に書いてませんがこの2人は相変わらず隙あらばいちゃついてます。ときどきシャワーの時間が妙に長かったり、校内パトロールと称して数時間姿が見えなかったりetcetc…。メンバー達はもう慣れちゃってますが葵には少し刺激が強かった模様。

葵への状況説明
あっさり信じすぎだろってツッコミがあるかもしれませんが、信じてもらわないと話が進まないから仕方ない。まあ外の情報が全く入ってこなかった人にそれなりの証拠(マニュアルや銃など)を見せて説明すれば割と信じてもらえるんじゃないかとは思う。

地下倉庫
これは原作ブレイク要素ですね。原作ではみーくんが「学園の地下とそっくり」と発言してますがストーリーの都合上変更しました。アメリカのプレッパーとかはマジで第3次世界大戦でも生き残れるレベルの物資を貯め込んでますし、日本でも発電機とか自作して自給自足の生活をしてる人もいるのでまあこんな建物があってもおかしくはない、ということで一つ。


次のお話はこの続きとなります。今度は絶対来週に投稿しますのでどうかお楽しみに!

お気に入り登録、高評価してもらえると嬉しいです。

それではまた次回!


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5-9:新拠 下

2週連続投稿はちょっと久しぶり…
前回言い忘れましたがUA50000回突破ありがとうございます!!
まだ微妙に忙しいのでちょっと執筆が大変ですが執筆は好きなので続けていきます。

今回はちょっと最後にアンケートがあるので答えてもらえると嬉しいです。


「太郎丸、お手!」

「ワンッ」

「おかわり!」

「アオンッ」

「よーし、いい子いい子」

「いい子なの~」

「ほんと頭いいね」

 

 地下室から戻ってみると残っていたメンバーが犬と戯れていた。

 由紀が差し出したそれぞれの手に左右の前足を乗せてしっぽを振っている柴犬は、圭や瑠優(るーちゃん)に撫でられてキラキラと瞳を輝かせている。

 

「太郎丸って名前だったのか?あの犬」

「いえ、特にそんな話は聞いてませんけど…」

 

 凪原の言葉に戸惑ったように答える美紀。胡桃も同じように首をかしげている。

 

「なんか由紀ちゃん先輩が急に『よし、君は太郎丸だ』って名前つけちゃったんだよね。まあ当人も嫌がってないみたいだし私もあってると思うよ」

 

 凪原達に気付いた圭が寄って来て説明してくれた。

 

「あってると思うよ、じゃないよ圭。葵さん、ホントはあのワンコなんて名前なんですか?」

「ん~、知らないっ」

「って知らないのかよ」

 

 堂々と宣言したに思わず突っ込む凪原だったが、言われた葵はアハハ~と笑いながら口を開く。

 

「実はその子別に私の犬じゃないんだよ。首輪はしてたからどっかで飼われてたんだろうけど、避難所から逃げてる途中で偶々会ってそこからついてきたってわけ」

「そうだとしても、ここに来てから結構経つのに名前つけたりしなかったの?」

「いや~皆が来るまでは私とその子しかいなかったからさ、おーいとか犬~って呼べば来てくれたし」

「「「ええ…」」」

 

 彼女の説明に呆れた声を漏らす凪原達。

 もともと自分の飼い犬ではなかったというのは少し驚いたが考えてみれば変なことではない。個人や家族だけでの避難ならばペットを連れていくこともできるだろうが、避難所などに身を寄せるのであればそうはいかない。ならばせめてつながれたまま餓死することが無いようにと、彼等を解放した飼い主がいたとしてもそれほどおかしくないだろう。

 ただし、それと名前を付けなかったことは関係ない。少なくとも3ヶ月以上は一緒に暮らしているはずのに名前を付けていないというのはそれなりにおかしい。

 

「いくら何でもストレートに犬はないだろ。実は嫌われてるんじゃないか?」

「そっそれはないよ。私と犬とは仲良しだからね、今も呼んだらすぐ来てくれるはずお~い犬ー」

 

 凪原の言葉に少し焦ったように答えた葵は、それを証明するようにまだ由紀と両手を繋いで瑠優(るーちゃん)に撫でられてる犬へと声を掛けた。

 そしてその返答はというと―――

 

「………。」

 

―――無言、であった。

 

 一応パタリ、と1回しっぽが振られたので嫌われていることはなさそうなものの、少なくとも今は2人から離れて葵の方に来るつもりはなさそうだった。

 

「そんな…」

「まあそりゃそうだろうな。柴犬って頭いいらしいし、ちゃんと名前を付けてくれた人がいたらそっちに懐くだろ」

 

 ガックシと両手両膝を地につけてうなだれる葵を尻目に柴犬、太郎丸へと近づいて頭をなでる凪原。「なあ?」と声を掛ければ、その通りとでもいうかのように「ワオンッ」と鳴き声を上げてた。

 

 

 

====================

 

 

 

「ご飯ができましたよ~」

「テーブルの上を片付けて手を洗ってきてちょうだい。

「「「はーい(なの)」」」

 

 カウンター中から出てきた慈と悠里に皆いい声で返事をする。彼女達が持つ大皿に盛られた料理からは湯気がと共に良い香りが立ち上っており、嗅いだ者の空腹感を刺激している。

 

「…ところでそこの2人は何をしているのかしら?」

「気にしないでいいぞ、単に沈んでるだけだから」

 

 悠里が見つめる先では葵と美紀が並んで失意体前屈をしていた。

 凪原の後に続いて皆かわるがわる太郎丸をなでたのだが、その時なぜか美紀だけが顔を背けられてしまった。とはいえ嫌がっているというほどではなかったし、葵と比較すれば友好的な態度だった。

 

 それでも美紀にとってはショックが大きかったようで、わざわざ葵の横まで移動した後に同じ姿勢で崩れ落ちたというわけである。

 髪型と髪色が似ているためパッと見では姉妹が揃って落ち込んでいるように見えなくもない。

 

「なら問題ないわね、美紀ちゃんも葵さんも手を洗ってきてください」

「分かりました」

「うぅ、悠里ちゃん結構キツイね。変に気を使われるより全然いいんだけどさ」

 

 マニュアルや銃など、統一感は無いがこれまでの説明に必要だった物達をテーブルからどかせば、空いたスペースに料理が並べられていく。どれもおいしそうで、調理した2人の腕がいかんなく発揮されたようだった。

 

「しっかり料理するのは久しぶりでしたから張り切っちゃいました」

「お茶碗が足りなかったからおにぎりにしたわ。ラップとかは使ってないから食べている途中で汚いところとか触っちゃだめよ」

「はーい」

「なんか、りーさんどんどんお母さんじみてきたよな」

 

 胡桃の言葉に「誰がお母さんよ」と返しているが表情はまんざらでもなさそうだ。なんだかんだで悪い気はしないのだろう。

 

「おまたせー、ってうわすっごい豪華じゃん!私も食べていいの?」

「ダメなわけないですよ、そもそも材料はほとんどあおちゃんが出してくれたんですし」

「それもそうだね。それじゃ、せっかく2人が用意してくれたんだから冷める前に食べちゃおっか。

 

 席について手を合わせ、「いただきます」の合唱を合図に皆思い思いに箸を取って夕食を食べ始めた。

 

「………。」

 

 左手におにぎりを持ち右手の箸をおかずへと伸ばしながら、凪原は慈が葵のことを()()()()()と呼んだことについて考えていた。

 

 彼は今まで慈が誰かのことをあだ名で呼ぶのを見たことがなかった。

 教師という職業と慈の元々の性格上、たとえ卒業したとしても凪原達は彼女にとっては生徒、すなわち守るべき対象だ。それが可能かどうかというのはこの際置いておくとして、少なくとも精神的にはそうなのである。

 

 この現実と精神との乖離が慈の心身の負担となっているのではないかと凪原は最近心配していた。

 

 たとえどのような考えがあろうと、現実問題として学園生活部の安全を守っているのは凪原と胡桃、次点としては美紀であって慈ではない。本来守るべき子達に守られているというのは心に負荷をかけるには十分な理由だろう。

 加えて、学園生活部の中で彼女だけ大人で他と立場が異なるのも問題だった(凪原は成人しているが慈からすれば子供と同じだろう)。自分だけ周りと違うというのはいい意味でも悪い意味でも精神に与える影響が大きいのだ。優越感や劣等感というものはベクトルが逆なだけで根本は似たようなものなのである。

 

 この様な理由から、慈自身が自覚しているかどうかはともかくとして、少なくない精神負担がかかっていると凪原は判断していた。しかし、難しいのは精神的な部分というものは周りがどうこう言った程度では解決が難しいということだ。

 生徒(守るべき対象)から「それほど気を張らなくてもいい」と言われたところで意識的にはともかく無意識レベルでは納得しないだろう。

 

 

 であるからして、危惧を抱きつつも打つ手なしとそのままにしていたのだったが、今回の葵との出会いは慈にとってプラスに働いているようだった。

 

 教師という全く同じ立場ではないものの、凪原よりは年上――恐らく社会人だろう――な彼女は少なくとも恵にとって守らなければいけない対象ではない。

 こういうと突き放しているようにも聞こえるが実際にはその反対だ。無意識に気を張る必要のない相手というのはこちらの精神を安定に一役買ってくれる。いわゆる()()()()()()()()というやつだ。

 

 今日会ったばかりの葵のことを仲間と呼んでいいかは議論の余地があるが、人柄は良さそうなだし、いくら精神に負担がかかっていたとしても慈が全く合わない人と短時間であだ名で呼び合うようになるとは思えない。

 それに、そのあたりの感受性が強そうな由紀や瑠優(るーちゃん)も反応していない。恐らく信用しても問題ないだろう。

 

(めぐねえにとってもよさそうだし設備もしっかりしてるし、ここを拠点にできれば良さそうなんだけどな―――やめやめ、あとで考えればいいや)

 

 そんなことを考えたところで一端思考を打ち切る凪原。これ以上は凪原が1人で考えても仕方ないし、何より今は食事中、悩み事をしながらではご飯のおいしさが損なわれてしまうのだ。

 

 

 

====================

 

 

 

 結果として、凪原が後回しにした考え事は思ったより早く再び顔を出した。

 

「あーおいしかったぁー、こんなおいしいご飯食べたのはホント久しぶりだよ」

 

 満足げなため息をつきながら椅子の背もたれに寄りかかる葵。彼女が撫でているお腹は見てわかるレベルで膨らんでおり、以下に食事を楽しんだのかがよく分かった。

 

「ここまできれいに食べてもらえると作った甲斐があるわ。でも材料は倉庫にあったものなんですよ」

「そうですよあおちゃん。ほとんどお料理していなかったでしょう、レトルト品の袋ばかりでしたよ」

 

 どうやら葵はあまり良い食生活をしていたわけではないようだ。調理担当の2人がお小言モードになっている。

 

「うーん、まあ割とテキトウに済ませちゃってたね。元々料理はあんまり得意じゃなかったし、どうせ人間は私1人だけだったからご飯にはほとんど気を払ってなかったんだよ」

 

 そう話す葵の雰囲気はのんびりとしていたものの、若干の寂しさを伴っていた。

 

「犬…じゃなくて太郎丸か、は一緒だったけどやっぱり会話ができるわけじゃないからね、やっぱり人恋しかったんだ。かといって外に出る勇気もなかったし、だからラジオ放送ができるって分かった時は喜んだよ」

 

 それは先ほど話してくれた事実だけを客観的に並べた身の上話とは別の、主観が入り混じった、でもだからこそ感情が伝わってくる話だった。

 聞いていた面々も思わず動きを止めて彼女の話へと耳を傾ける。

 

「ラジオの向こうで実際に誰かが聞いてくれているのかは分からなかったけど、少なくとも人と話しているような気分になれた。だからどんどんラジオ放送のことばかり考えるようになったんだ」

 

 ほんとに話してるわけじゃないのにね、と自嘲気味に笑う葵に言葉を凪原達は誰も言葉を返すことができなかった。

 

「もちろん頭では分かってたよ?、このままじゃダメだって。でもここに閉じこもってる時間が長くなればなるほど、どんどん外に出るのが怖くなっちゃってさ」

 

 この数か月間、葵が体験していたのはゾンビに襲われるかもしれないというある意味直接的な恐怖ではなく孤独からくる精神的なものだ。

 対して凪原達学園生活部はというと、初期メンバーの4人と瑠優(るーちゃん)は1人だけで過ごした時間はない。美紀と圭はそれぞれ1人だった時があるが数日程度で、最も長い凪原でも精々2週間だ。

 彼女が過ごしたおよそ半年にも及ぶ期間には到底及ばなかった。

 

 葵がこの期間をどのような思いで過ごしてきたのか、想像してもしきれるものではないがそれでも想像してしまい、その長さに戦慄を覚えた。

 学園生活部は、仲間同士で互いに助け合い支え合うことで日々を送ってきた。もしがそれがなかったとしたら、そう考えただけで背筋に冷たいものが走る。

 

 重苦しく停滞した空気は、次に葵が発した「だからね、」という言葉で断ち切られた。

 

「ほんとうにありがとね。ラジオ放送を見つけてくれて、それから会いに来てくれて」

 

 にへら、という擬音語が似合いそうな柔らかい笑みを浮かべた葵の姿に凪原達にかかっていた体のこわばりが解ける。

 

「そういうことならお礼は由紀に言うべきだな。なんせ実際にラジオを見つけたのは由紀なわけだし」

「えぇっ!?わ、私より凪さんでしょっラジオ貸してくれたの凪さんだし!」

 

 しれっと飛んできたキラーパスに由紀の声が思わず裏返る。そのままワタワタと焦った調子で自分以外の手柄にしようとするもそうはいかない。普段からかわれている者達がここぞとばかりに声をあげる。

 

「おっなんだ由紀、照れてんのか~」

 

 帽子の上から胡桃に乱暴になでられ、

 

「そもそもあの時最初にラジオの話題を出したのも由紀先輩ですし、おとなしく褒められてください」

 

美紀からは正論で指摘され、

 

「恥ずかしがってる由紀先輩ってのも珍しいね~うりうり」

 

ついでに便乗した圭にはわき腹を肘で小突かれる。

 

 そんな集中砲火を受けた由紀は―――

 

「う、うぅ~~~っ」

 

―――不思議な鳴き声を上げながら部屋の隅で丸くなってしまった。

 

 いわゆるカリスマガードというものに近い体勢だが、それと異なるのは両手で帽子を押さえる代わりに太郎丸を抱えて楯のようにしていることだろうか。いきなり抱え上げられた太郎丸は状況がよく分かっていないようで、小首をかしげている。

 

 一連の流れにより、先ほどまであった重苦しい空気は霧散していた。

 そして楽しそうに戯れている一同の様子を見た葵は一つ頷くと、何かを決心したように口を開いた。

 

「あのさ、みんなもここで暮らさない?」

 

 飛び出した言葉のないように皆の視線が彼女へと向けられる。

 

「さっき聞いたけど大学に行くっていうのは新しい拠点を探すためなんでしょ?、だったらここに住んじゃいなよ、ここなら電気も水もちゃんと使えるしさ」

 

 「どうかな?」と言いながら両腕を広げ、この建物の有用性を語る葵。いきなりの誘いに学園生活部の面々はとっさに反応を返せなかった。

 

「そりゃまた急な申し出だな。なんか心境に変化でも?」

「急ってわけではないよ、もともとここに誰か来て、それが良い人そうだったら提案しようとは思ってたんだ。部屋とかも余ってることだしね」

 

 例により真っ先に我に返った凪原の当然といえば当然な質問に落ち着いて答える葵、どうやら以前から考えていたというのは嘘ではないようだ。

 しかし実際に考えていたにせよ疑問は残っている。

 

「それにしても話を切り出すのが早くないですか?普通こういうことにはもっと慎重になることだと思うんですが」

 

 美紀が発したのがその疑問である。

 現在の状況において、同居するということは解消がほぼ不可能かつ完全な運命共同体となることと同義である。な何となく合わなかったからというような理由だけで出ていける以前のシェアハウスなどとは違うのだ。

 

 特に学園生活部のような小規模な集団では、全員が互いに命を預けられるレベルでの信頼関係が必要となる。

 人数が少ないと、集団内で何かもめごとが起きた際に全員が当事者となってしまう可能性が出てくる。そうなると客観的な判断をできる者がいないために解決が難しくなり、表面上は解決したとしてもどこかにしこりを残すという結果になりやすい。

 これを回避するためには、共同体に所属する全員が全員に対して信頼感を持ち、意見の対立程度では揺るがないような関係を構築しておく必要がある。

 

 そして、このような関係はどのような人でも時間を掛ければ構築できるというものではない。

 互いに違う人間なのでどうしても性格が合わないということがあるかもしれないし、そもそもの性格からして人との調和に向いていないという人間も存在する。

 よって、その人と自分が本当にうまくやっていけるのか会って即座に判断することは難しい。

 

 それにも関わらず葵は凪原達と初めて顔を合わせてから数時間、ラジオでの接触から考えても1日に満たない。このような提案をしてくるにはいささか早すぎるといった印象はぬぐえないだろう。

 

「まあそういう反応になるよね、私だってこんなに早くするつもりは無かったし。でもね、」

 

 葵はそこでいったん言葉を切った。

 

「実際に皆と顔を合わせてみたらそんなに我慢できなくなっちゃった。みんなと会って、話して、お茶を飲んで、一緒にご飯を食べて、それができるのが本当に嬉しかったし楽しかった。そのせいでさ、正直に言っちゃうともう1人でやっていける気がしないんだよね」

 

 口調は軽いままだったが、葵の言葉にこもった思いは本物だった。

 

 あるいはずっと1人のままだったとしたら、葵はまだしばらくの間孤独に耐えることができただろう。

 しかし幸か不幸か学園生活部と巡り会い、人と過ごすことの暖かさを思い出してしまった葵には、もはや昨日までの生活に戻ることは不可能だった。

 太郎丸がいるので完全な孤独というわけではないが、動物の与える癒し効果には個人差がある。葵にとって、言葉を交わし事のできないペットの存在は気休めにはなるものの、孤独を完全に埋めるまでは至らない。

 

「だからお願い。私も仲間に入れてくれないかな」

 

 言葉と共に下げられた頭は、彼女の内心を表すかのように小さく震えていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「と、いうことみたいだけど皆はどう思う――って聞くまでもないって顔してるな」

 

 「ちょっとお風呂入ってくるから考えておいて」と言い残して葵が出ていったリビングにて、皆を見廻しながら口を開いた凪原の口調が途中から苦笑交じりのものになった。

 

「そっちだって多分あたし等と同じ顔してるぜ、ナギ」

 

 笑いながら返事をしてくる胡桃と、それに賛同するように頷く学園生活部の面々に凪原の顔も自然と笑顔になる。

 

 皆、仲間がいることの有難さはよく知っている。

 そして孤独の恐怖については葵の語った様子を見てしまえばたやすく想像できた。もし自分が彼女の立場だったら耐えることができるか、もちろん答えは否である。

 

 であるならば、一緒に住んでほしい、共にいてほしい、そう望む葵に対する返事は決まっていた。

 先ほど即答できなかったのは少し驚いていたから、落ち着けば答えなど考えるまでもない。

 

 

「「「これからよろしく、大家さん」」」

 

 

 お風呂から出てきたところにかけられたからかい交じりの、それでいて暖かい言葉に、葵は思わず安堵の涙を零してしまったが、その時の詳細を述べるのは野暮ということになるだろう。

 

 

 

 なにはともあれ、

 

この日、学園生活部に新しいメンバーが加わった。

 

 




はーい安定の原作ブレイク、ワンワンワン放送局が新しい拠点になりました。
まあ普通に考えて黒幕が関わってそうなところをわざわざ拠点に選ぶのはどうなんだ、と思った結果です。原作では由紀の精神が回復しきってなくて進学するという流れが微妙に残ってましたし、お姉さんは(葵)は転化してしまった後なので、そのバタフライエフェクトですね。

ただ今後聖イシドロス大学には向かう予定なので心配は無用です。


今回の戯言

みーくん、ラジオ局のお姉さん、似てる?
ネット上だと親戚だとかタイムリープしてきたみーくん自身だとか、屋外で楽器演奏をラジオ放送して噛まれたとか、いろいろ考察がでてますが本作では「ちょっと似てる?」ってなるくらいの赤の他人です。引きこもっていたので外にも出てません。


それじゃアンケートに関する説明です。内容としては5章の閑話について、

①いつもと同じような感じで本作の世界観の中での小咄
②登場キャラによるメタ的な座談会、本作の裏設定とかを凪原達が話す

のどっちがいいかなという質問です。どちらも話のネタはできてるし、アンケート結果にを必ず採用するとは限りませんがお答えいただけると幸いです。


次の投稿は1週間後(にできるように)、頑張ります!
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それではまた次回!


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5-10:野盗

注意:
残酷な描写及びやや過激な思想、若干の胸糞表現が含まれます。以上ご了承の上お読みいただけますようよろしくお願いします。




 ラジオ放送から始まりDJの涙で幕を閉じた1日からしばらく、葵は凪原達によく馴染んでいた。

 

 明るく活発な性格はメンバーとの相性も良く、すぐに昔からいた仲間化のような雰囲気となっている。その性格故に、年長者というよりは少しだけ年の離れた友人というような立ち位置だが、気にするほどではない。

 度が過ぎたら慈か悠里から年齢に関係なくお説教が課せられるだろう。 

 

 学園生活部の面々にしても、新しい(拠点)となった放送局での暮らしは始めのうちこそドタバタしていたが、今は多少賑やかという程度に落ち着いている。

 学園ほどではないが十分なスペースがあるので、個人のスペースを確保できたというのも良かった。皆が集まる場所とは別にこれがあることで、皆思い思いにのびのびと過ごすことができている。

 

 結論から言えば、今回の邂逅は学園生活部(とそれに合流した葵)にとってプラスの効果だけを残した。

 

 これは放送局の立地が恵まれていたことではなく、葵自身が善良であり協調を是としていたことによるところが大きい。

 たとえどれだけ良い環境があったとしても、そこで暮らすのは人間である。人同士が協力し、仲良くできなければどんな楽園でもたやすく地獄へと変わってしまうだろう。

 

 

 

では仮に、

 

――()()()()を是とする人間と邂逅した場合――

 

その時には一体何が起こるのだろうか。

 

 

 

====================

 

 

 

「あたしは今トラック運転手の人達を心から尊敬してるよ、こんな大変なことやってくれてたなんて」

「そういうことはせめてハンドル握ってる時に言ってくれないか」

 

 助手席のシートの上で思い切り伸びをしながらそんなことを言う胡桃に、運転席でハンドルを握る凪原はそちらを見やりながら返した。

 どちらの口調にも疲れというよりは飽きが多分に含まれている。

 

「だってさ~、何もしてないってのもそれはそれで退屈なんだぜ?ナビするにしたってルートは昨日決めたのからほとんど外れてないし」

「俺にも全く同じことが言えるけどな。ひたすら決められた通りに運転するのも結構辛いんだぞ」

「なら代わる?」

「胡桃の運転は悪い意味で退屈しなそうだから遠慮しとく」

 

 「なにを~」と言いながら小突いてくる胡桃を押し返しつつハンドルを切れば、EVのバンはいつもよりやや緩慢な動きで向きを変えた。

 

 別にバッテリーが切れかかっているわけでも道路条件が悪いわけでもない。単にフロントシートより後ろ側、後部座席を折りたたんでできた空間に大小さまざまな物品が積まれているからである。

 大部分は規格の整った白いコンテナだが一部には茶色の段ボールも見られる。そして隙間にはサイズの関係で箱に収まらなかった物達が詰め込まれている。その過密度合いたるや、運転席から振り返っても後方を確認できない(というかまずリアガラスが見えない)ほどである。

 

 確実に積載重量その他もろもろの交通ルールに抵触しているが今更気にする必要はない。既に違反を取り締まる組織(警察機構)は息をしていないし、そもそも自分達以外の車が走っていないので安全確認の意味などないのだから。

 

 ゆえに現在車に求められるのはゾンビ達に対し一定の防御力を有していることと、人では持てない量の荷物をより早く運ぶことができることである。

 前者は通り道をうまく選べばそれほど必要ではないため、後者の方がより重要と言えるかもしれない。

 

「ならトラックを使えって話だよな。引っ越しだってのに一体俺は何でバンを運転してんだ?」

「まだボケるには早いぞ、トラックはデカいから通れる道が少ないって言ったのはナギだろうに。まぁ手間がかかるってのは同意見だけどさ」

 

 凪原の愚痴を切って捨てつつも一部分には同意の意を示す胡桃。

 

「放送局で暮らす以上は物資も移した方がいい。正論というか提案したの俺だけどちょっと大変さを舐めてたな」

「それは確かに」

 

 今更だが一応説明しておくと、現在凪原と胡桃の2人は巡ヶ丘学院から放送局への物資の輸送作業に勤しんでいた。

 

 葵の提案を受け入れ、彼女と共に放送局に居を構えた一行はここを恒久的な拠点とするべく行動を始めていた。とはいえ、雑木林に囲まれているという建物の立地の関係上周辺の安全確保は既になされているので、すべきことといえば建物内の掃除と物資の集積ぐらいである。

 前者は慈や悠里、美紀といったしっかり者組がいればいいとして、問題は後者である。近場の街から集めてきてもいいが今後のためにもできれば残しておきたい。

 

 であるならば、これまでせっせと集めた物資が山と置かれている巡ヶ丘学院から持ってくるのが最も効率的だということになる。そして誰が取ってくるのかといえば、拠点外での行動に最も慣れている2人にお鉢が回ってくるのは当然のことだった。

 たとえ、放送局と学院の位置関係上最短ルートを選んでも行き帰りに()3()()()()()、学院側での荷物の()()()()()2()()()()()()必要があり、道幅の都合で積載量の少ないバンで()()()()()しなければならないとしても、2人でするのが適任なのである。

 

 凪原も胡桃もその人員割り振りに思うところがないわけではなかったが―――

 

 

((まあ胡桃(ナギ)と2人ならそれはそれで…))

 

 

―――とも考えているのははたから見れば一目瞭然だったため特に気にする者はいなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「こんな時でも動いてるんだね」

「太陽パネルがついてるから電気は足りてるし買いに来る奴もいないもいないから商品も残ってる、よく考えれば不思議じゃないけど違和感がすごいな」

 

 「いやむしろ違和感がないのが違和感なのか?」などと話している2人がいるのは道端にあった自動販売機の前。どうやら災害時にも使用できることを想定していたようで、こんな状況でも粛々と営業を続けていたのだ。

 

「ま、金払わないといけないのがちょっとめんどくさいけど」

「字面だけだと大悪党だな」

 

 冗談を言い合いながらホットドリンクを味わう凪原と胡桃。少し肌寒くなってきた最近ではこういった物がよりおいしく感じられる。

 

「もう1本買うか」(チャリンッ)

「あっ次の時に取っとけよ、売り切れちゃうだろ」

 

 文句を言う胡桃に構わずボタンを押し、落ちてきたボトルを取ろうと凪原がしゃがみ込む。意識が取り出し口へと向けられたこの時、一瞬ではあるが2人は周囲への警戒が切れる。

 

「へーき平気―――

 

 どうせだれも買わないんだし、という言葉が口から出ることは無かった。

 

「動くんじゃねぇっ」

 

「ッ!」

 

 ほぼ脊髄反射で体が動き、胡桃を声がした方向から隠すように庇いつつ振り返る。掛けられた声の内容からすれば危険な行動だったが、それが結果としては功を奏した。

 

 視線を向けた先では手に武器を持った男達が凪原達の前を塞ぐように姿を現していた。大部分の手に握られているのはナイフやバット、手製の槍などの原始的なものだが、残りが厄介だった。

 

(9、10……全部で11、うち銃持ちが3人。猟銃が1人にリボルバーが2人か)

 

 相手の武装を確認し、自分のとっさの行動に安堵する凪原。猟銃を持った男とリボルバーを持った男達がこちらへと銃口を向けていたのだが、反射的に胡桃を庇ったおかげで彼女を射線から隠すことに成功していた

 

「動くなっつってんだろうが!」

 

 集団の中央で猟銃を構えながら怒鳴る男の手元を見れば引き金に指が掛かりっぱなしになっていて、何かのはずみで暴発しかねない。胡桃を背中に隠したのは正解だったと言えるだろう。

 

「あー失礼、いきなりだったからつい驚いてしまったんだ。それで?お前らとは初対面のはずだけどなんで銃を向けられているんだ?」

 

 下手に刺激しないように、それでいて舐められない程度には強めの口調で問いかける。言われそうなことなど分かっているが一応聞いておく必要がある。

 もっとも、平和的な理由だとは微塵も思えないが。

 

「どうしたもの何もあるか、この辺は俺達の縄張りなんだよ」

「そこにずかずか入り込んできやがって、人様の場所に入っちゃいけないって学校で習いませんでしたか~」

「学校で何を学んでんだ、せっかく俺達の税金で勉強できてたってのに」

 

 問いかけに対して小馬鹿にしたような答えが返ってくる。

 学校で何を学んだのか、全く同じ言葉を熨斗(のし)付けて返したい衝動に駆られるがぐっとこらえる。ついでにいえば、巡ヶ丘学院も凪原が通っていた大学も私立なので男達の税金には1円たりとも世話になってはいないが言っても意味はないだろう。

 こぼれそうになるため息を堪える凪原。

 

「何言ってんだっ。縄張りなんてお前らが勝手に言ってるだけだろうがっ」

 

 しかし、胡桃はこれに我慢できなかったようだ。凪原の背から顔を出して男達に向けて反論を放つ。

 

「るせぇっ!」パァンッ

「ゃっ」

 

 その返答は銃声だった。リボルバーを持った男の一人が怒声と共に引き金を引き、凪原達の足元のアスファルトが弾けて破片を飛ばす。

 それに思わず声を上げた胡桃の姿を見て男達から笑い声が上がった。

 

「勘違いしてるみたいだけどな、こっちは別にわざわざ声を掛けなくたってよかったんだぜ」

「そっちの兄ちゃんもなかなかカッコイイ格好してるな。ただそんなおもちゃじゃどうしようもないぜ、なんせこいつはお巡りから奪った本物だからな」

 

 見せびらかすようにリボルバーを掲げる男、どうやら凪原の装備をコスプレか何かと思っているようだ。まあどこにでもいそうな若い男である凪原が、本物の防弾ベストとカービン銃を持っているとは普通想像できないだろう。

 

「俺の装備については置いておくとして、どうして銃を奪った。警察がいるのならそのまま保護してもらえばよかったじゃないか」

「はん、こんな状況なんだ警察にできることなんか何もねーよ。なのにあれこれ命令してきやがって、あんまりにも腹が立ったからぶち殺してやったよ」

「武器さえ奪っちまえばこっちのもんさ、あとは何やったって誰にも咎められることはねぇ」

「欲しいものがあれば奪えばいいし、気に入らない奴がいりゃぶっ殺せばいい。慣れれば何とも気楽なもんさ」

 

(全員クズか。こういう奴等もいるだろうとは予測してたけど、実際に対面してみたら―――反吐が出る)

 

 語られた内容に凪原の目がスッと細められて怒気が漏れ始めるが、男達はそれに気づいた様子はない。

 

「要するにお前等をどうするかは俺達次第ってわけだ、今生きてられることを感謝してくれてもいいんだぜ?」

 

 普段のゾンビ達から感じるものとは別種の、同じ人間に殺されるかもしれないという恐怖。

 これまで感じたことの無い感覚に晒された胡桃が身を震わせているのを感じ、凪原は男たちの方に視線を向けたまま小さく彼女を抱き寄せた。

 それを見た男達から口笛を吹く。

 

「なぁ兄ちゃん、俺達だって別に鬼じゃない。出すもん出してくれりゃそのまま行かせてやるよ」

 

 手を上げて周りを制し、猟銃を手にした男が声をかけてくる。男は『慈悲深い自分』に酔っているようだったがやっていることは脅迫と強盗、完全に野盗のソレである。

 

「そいつはありがたいね、物資をいくらか渡すからそれで許してくれるのかな」

 

 要求を突っぱねてやりたいのはやまやまだが、人数的に不利である上に隣には胡桃がいる。穏便に済むのなら多少の物資は惜しくはない。

 内心の激情を必死に抑え、これで満足だろ?というような口調で返す凪原だったが、男たちの要求はその遥か下、汚泥の方がまだ清潔に思えるほど汚れ切ったものだった

 

「おいおい何勘違いしてんだ?帰っていいのは兄ちゃん1人だけだ、残りはみーんな置いてってもらうぜ。その車と積んである荷物全部、それに後ろに隠してるお嬢ちゃんもな」

あ?

 

 意識しないうちにこぼれた声には、怒気を通り越して明確な殺気が含まれていた。

 この時点になってようやく男達は凪原の様子の変化に気付いたようだが、どうせ何もできないと高を括っているようでヘラヘラとした態度を崩さなかった。

 

「おおっと怒るなよ?別にてめぇを殺してから奪ったっていいんだからな。お前を返してやるのは俺等の優しさだよ」

「そうそう、俺たちゃ優しいからな。そっちのお嬢ちゃんにも優しくしてやるよ」

「かわいい顔してるじゃねえか。そんな兄ちゃんといないでこっちに来ようぜ、楽しませてやるよ」

 

 舐めまわすような視線と下卑た笑い声に胡桃が「ひっ」と小さく悲鳴を上げて体を縮こませる。それを感じ取り、凪原の中で何かが切れた。

 

 

 いや、切れたというよりも()()()()()()()()という方が近いかもしれない。

 

 

 先ほどまで荒れ狂っていた心が今は凪いだ海面のように鎮まっている。しかしそれは決して怒りが収まったわけではない。

 

 

 冷たく、静かに、殺意でもって固められていた。

 

 

(その時が来たらためらうな、だったな、田宮さん)

 

 自分に銃と心構えを与えてくれた自衛官の顔を思い出し、努めて冷静に思考を回す。

 

「(胡桃、聞こえてたら俺の手を握り返してくれ)」

 

 顔の向きは変えず唇を動かさないようにして胡桃に声をかけると、すぐに差し出した手がきゅっと小さく握り返された。微かに震えているがその手にはしっかりと力が込められていた。

 彼女の意思が折れていないことにひとまず安堵するが、すぐに気を引き締めて続きを伝える。

 

「(あいつ等を始末する。タップで3カウント取るから3と同時に車の陰に入ってくれ)」

 

 数瞬の後に再び手が握られたところで意識を眼前の男達(下衆共)へと戻す。しばらく凪原が答えなかったのでイラついているようだ。

 下手に刺激しないよう、さも現状を理解しておじけづいたかのような態度をとる。

 

「いつまで黙ってるつもりだ、あんまり俺達を怒らせない方がいいぞ」

「あ、ああすまない、ちょっとパニックになっていたんだ。急なこと過ぎて」

 

 1……

 

「そ、それで、自分だけだったら無事に帰してくれるのか?」

「ああそうだ。俺達は物資を手に入れてお前は無事に帰れる、お嬢ちゃんは俺達と一緒になって楽しめる。みんなハッピーだ」

 

 2の……

 

「そうか、そいつは――――――くそくらえだ」

 

 3っ

 

 大声を上げるわけでも早口で言い切るわけでもなく、ただ当たり前のことを言うように発せられた言葉に男達の反応が遅れる。

 それは時間にしてみれば数秒程度だったが、その間に胡桃はバンの裏へと身を隠すことができ、凪原は―――

 

 

―――ホルスターからグロックを引き抜いていた。

 

 

 間髪をおかず、辺りにくぐもった銃声が連続して響く。

 悠長に構えている暇はないので狙うのは胴体。正規の構え方ではないため感覚での射撃となったものの、放たれた弾丸はほぼすべてが狙い通りの位置へと着弾した。

 

 季節柄少し厚着した程度の衣服など、毎秒350mの速さで空間を駆け抜ける9ミリパラベラム弾の前では何の防弾効果もない。当然のごとく貫通し、弾丸は男達の肉体内部へと到達する。

 

「――は?」

「え……?」

 

 急激に体から力が抜けていく感覚に撃たれた男達がその場に崩れ落ちるが、彼等の表情は撃たれていない者と同じ呆然としたものだった。脳の理解が追い付いていないのだろう。

 

「胡桃、お前の銃は車の中だろ。こいつ渡しとく、残弾12だから注意しろよ」

「う、うん」

 

 自身も車の裏に入った凪原が手にしていたグロックを差し出すと、胡桃はやや気遅れたように受け取った。

 

「別にあいつ等を撃てってわけじゃない。音を聞きつけて奴等が集まってくる、後ろから来る奴の対処を頼む」

「あ、ああ分かった。任せて」

 

 動揺している様子の彼女を安心させるようにそう続ければ、多少落ち着いたようで目にも力が戻った。

 それを確認し、凪原はスリングで吊っていたグロックカービンを手に取るとコッキングレバーを引いて初弾を装填する。

 

 ちょうどそのタイミングで、弾丸を撃ち込まれた男達の感覚が現実に追いついた。

 

「ぎゃぁぁぁあああああああああああっ」

 

 狂ったような叫び声が辺りに木霊する。

 

「痛ぇっ痛ぇよぉぉおおおお」

「血ぃ、俺の足、血ぃいい!」

 

 意味の分かる単語を放っているのはまだいい方で、言葉にならない獣の咆哮のような声を上げている者もいる。さらに、胸のど真ん中に鉛玉を喰らった1人はどうやら即死したようで地面に倒れ込んだままピクリとも動かない。

 もっとも医療が崩壊しまともな治療が受けられない現在において、重傷を負った者と即死した者のどちらが運が良かったのかは判断が難しいかもしれない。

 

 そして、叫び声をあげているのは何も負傷を負った者だけではない。残った物達も目の前の惨状を前に平静を失っていた。

 

「なんで俺達が撃たれてるんだ、おもちゃなんじゃなかったのかよぉっ!」

「ガキ1人殺せば女と物資が手に入るって話だったじゃねぇか、どうなってんだっ」

「うるせぇとにかくやり返せっ!やらなきゃ殺されるだけだぞ!」

 

 内容から察するに、仮に凪原が男達の提案を受け入れていても結局は殺されていたようである。胡桃を渡せと言われていた時点でこれ以上評価の下がりようはなかったが、それでも気分のいいものではない。

 

「何が殺されるだ、先に殺そうとしてきたのはそっちだろうが」

 

 カービンを構え、車の陰からわずかに身を乗り出した凪原は表情を変えることなくまだ無事な男達へ射撃を加えていく。

 

 

 バットを振り回しながら走り込んでくる男、フェイントも何もしないのでは外す方が難しい。

 正中線上に数発、勢いそのままに倒れ込んだ。

 

 狙いをつけることもなくがむしゃらにリボルバーを乱射する男、どんなふうに撃たれた弾だろうが当たればただでは済まないので身を隠す。

 すぐに弾切れになるが、それでもカチカチと引き金を引き続けていたので返礼とばかりに撃ち返す。

 命中、倒れ方からして即死だろう。

 

 恐怖からかその場から動こうともせずにしゃがみ込んで地面で丸くなった男、ただの的だ。

 数発撃てばそのまま動かなくなった。

 

 

 3人無力化したところでマガジン内部の残弾が少なくなったため、一旦身を隠しポーチに入れていたフル装填済みのマガジンと交換する。

 再び射撃を再開しようとしたところで、リーダー格の男の叫び声が聞こえてきた。

 

「おいっどうしてここまでやるんだよっ!?それだけ装備があるなら物資なんていくらでも集められるだろっ、たかが女1人なんでそこまでムキになってんっ―――

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 吸い込まれるように弾丸が頭部に命中して脳みそをかき混ぜながら後頭部から飛び出す。続いて同じ軌道をなぞるように2発目が飛来し、1発目によりひびが入っていた後頭部側の頭蓋骨をまとめて吹き飛ばした。

 

 散弾銃を構えていた腕がダラリと下がり一瞬棒立ちのような姿勢になった後、男がゆっくりと後ろに倒れ込む。

 

「たかがだと?俺にとっちゃ胡桃は命より大切なんだよ。それを置いて帰れと言われて、はいそうですかってなるわけねえだろうが。守るためならてめえらみたいな奴、何人だって殺してやる」

 

 漏れた言葉は当然ながら男達には届かなかったが、彼の傍らにいた胡桃には一言一句余さずに聞こえていた。

 

「先につっかっかて来たのはそっちなんだ。お前ら全員、生きて帰れると思うなよっ」

「ひっ、ひぃぃぃぃいいいいいいいっ」

「こっ殺されるぅぅ」

 

 リーダーの死と凪原の怒声に、まだ無事だった男達が逃げ出し始めた。敵対の意思は完全に挫けているようだが、凪原は構うことなくその背中へと弾丸を叩き込んでいく。

 

 この行為に残酷という言葉は当てはまらないだろう。

 

 今は戦意喪失しているといっても今後はどうだ?明日は?、明後日は?、1か月後は?

 彼等の感じている恐怖が怒りに転じないとどうして信じられる?

 何のしがらみもないのに襲ってきた彼等が、筋の通らない復讐心に駆られて再び襲ってこないと断言できるのか?

 そしてもしそれが起こったら今と同じように撃退できると考える根拠は何だ?

 

 1つでも答えられないのなら、殺せるときに殺すべきだ。

 

 平和な時代であったならば全く受け入れられる考え方ではないだろう。しかし現在においてはこの考え方こそが生き残るために最善なのである。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――くそっ、1人逃がした!」

 

 忌々し気に悪態をつく凪原。

 倒けつ転びつ逃げたられたせいで逆に狙いを定めることができず、襲ってきた11人のうち1人が角を曲がって凪原の視界から姿を消した。残りの10人はほとんどが息絶えており、まだ息がある者も長くはないはずだ。

 

 追撃するという選択肢が一瞬思い浮かぶも、今から追いかけても見つけられないだろう。

 そう凪原が考えたのとほぼ同時、男が曲がった角から発砲音が響いた。

 

「ちくしょう、今度はなんなんだ」

 

 再び弾倉を交換する凪原に、何かに気付いた様子の胡桃が声をかける。

 

「な、ナギ、今の銃声ってさ」

「ああ、ありゃフルオートだ。気引き締めろよ胡桃、何が出てくるか分かんねえぞ」

 

 ただの発砲音であればそこまで問題ではない。恐らくは逃げた男が持っていた銃でゾンビか何かを撃ったんだと推測できる。

 しかし今聞こえた銃声は間隙なく連なっていた、間違いなくフルオート機能を持つ銃から発射されたものだ。

 

 フルオート可能な銃器などそうそう手に入るものではない。すなわち、今銃を撃ったのは相当な実力を持った人間である可能性が非常に高かった。

 

 こちらは消耗しているが、相手がそれを考慮してくれる保証などない。

 切れかけていた集中力を無理やり引き上げて未知の相手との接触に備える凪原達、しかしその警戒はすぐに無駄なものになった。

 

「おーい、今からそっち行くけど間違っても撃つなよ?」

「びっくりしてついうっかり、ってのもナシね。そんなんじゃ何のためにここまで来たか分からなくなっちゃうし」

 

 角の向こうから聞こえてきた声は、何とも気が抜けているというか緊張感がないというか、少なくとも面識のない相手に対する雰囲気ではなかった。

 

「いきなりどういうつもりなんだ?」

「!、その声っ」

 

 その声に怪訝そうな表情を浮かべる胡桃とは異なり、凪原の顔は驚愕の色が浮かんだ。

 

「もしかして、()()()()かっ!?」

 

 問いかけから時間が空くこと数秒―――

 

「せいか~い。耳が良いのは相変わらずみたいね、()()

「こうして合流できたんだ。再会祝いはそっちのおごりで頼むぜ、()()

 

―――そんな言葉と共に1組の男女が姿を現した。

 

 




というわけでゾンビ系の小説ではおなじみのクズ野郎共の登場~退場RTAでした。ちょっと急展開かもしれませんが、こういうのは得てして前触れなく突然やってくるものなので仕方ありません。
欲張らないで物資だけで満足していれば多少は長生きできたかもしれないのに…。まあ高校と放送局の間を縄張りにしていればそのうちまたかち合って遅かれ早かれ凪原に始末されていたことでしょう。


それでは今回の補講タイムです
お引越し
放送局に拠点を移すことになったらいろいろ入用だよねってこと。キャラバンでの移動時はバン2台に凪原達8人+荷物だったのでそこまでたくさんのものは積めていませんでした。よって後から運ぶ必要があったわけですね。行き帰りにかかる時間が短くなってるのは車が通ることができる道が分かっているから。それでも途中に1泊は必要な模様。

災害用自販機
ここ数年で見かけるようになってきた「この自販機は災害時でもご利用いただけます」って説明書きが付いた筐体。上部にソーラーパネルが付いているので、電気が止まっても物理的に破壊されない限りは販売を続けられるはず。

野盗(クズ)への凪原の対処
本作第3話(1-3)で張った伏線の回収です。パンデミック初期に善良な人間を自分の手で殺していればそりゃ覚悟も決まるというものです。並の人ならその時点で精神を病みかねませんが、良くも悪くも適応力の高い凪原だからできたことですね。
胡桃はまだ生きた人間を撃つことに抵抗があるみたいだけど、この先はどうなるんでしょうかね?まあ凪原が何が何でも守り通すでしょうけど。

最後に登場した2人
勘のいい読者の皆様ならどういう人物かお分かりいただけると思います。こちら詳細については次回ということで…


さてさて、5章も終盤にきていきなりドンパチがありましたが今回はここまでです。ついでに言うと5章は次回で終了(の予定)です。
アンケートの回答ありがとうございます。とりあえず現時点では両方書いてみようと考えているのですができなかったら許してください。

お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいです。

それではまた次回!


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5-11:巡ヶ丘第31代生徒会

危うく間に合わないところでしたが無事に書けました、第60話目にして本章最終話です。

結構長め




早川(ハヤカワ) (サキ)です」

照山(テルヤマ) 京谷(キョウヤ)です」

「はい、というわけで俺の同期で一緒に生徒会をやってた2人が合流しました~、拍手~~~」

「「よろしくお願いしまーす」」

 

 転校生でも紹介するようなノリで新顔の2人を紹介する凪原と、その横に並んで頭を下げる男女。

 それに対する留守番組の反応は喜ぶか頭を抱えるかの2つに分かれた。

 

 喜んでいるのは葵、瑠優(るーちゃん)、由紀、圭の4人。前2人は純粋に仲間が増えたことを嬉しく思っており、後2人は今後賑やかになりそうな気配を察知して実に愉し気な表情を浮かべている。

 

 一方で頭を抱えているのは慈、悠里、美紀の3人である。一応言っておけば、こちらも別に2人を歓迎していないわけではない。

 ただ単に賑やかになった結果、自分達が振り回されるという未来が脳裏に浮かんだというわけである。

 

「なぎ君達が、なぎ君達が揃ってしまいましたぁ…」

「またあの騒がしさが蘇るのね」

「嵐の生徒会が全員…」

 

 当時を知る慈と悠里(特に慈は確率100%で巻き込まれていた)はともかく、直接体験していない美紀までもが同様の反応をしているあたり、如何に凪原達の武勇伝ないしお騒がせ話が数多く伝えられているかが分かるというものだ。

 

「あれー?なんか頭抱えられる?なんでかしらね~?」

「お前分かってて言ってるだろハヤ。ま、実際好き勝手やってたしなー。あと嵐の生徒会って何?もしかして俺等(31代)のこと?」

 

 慈達の様子に大きく首をかしげる咲。その動きに合わせて揺れる彼女の束ねられた長い髪が犬のしっぽのように見えなくもない。もっとも、見た目は非常に整っている彼女だがその性格は、愛玩犬というより飼い主の都合などお構いなしで引っ張りまわす大型犬に近い。

 そして咲に一応ツッコミを入れるも全く悪びれた様子もなく当時を振り返る照山。凪原よりも大きく、ガッシリとした体格はともすれば周囲に威圧感を与えそうなものだが、特にそのようなものは感じられない。彼の人柄が出ていると言えるだろう。

 

「おう、俺達(31代)のことで合ってるぞ、なんでも卒業した後に広まったっぽい。ちなみに、最初に言いだしたはそこで一番頭抱えてる人(めぐねえ)らしい」

「「め~ぐ~ね~え~?」」

「だって仕方ないじゃないですか!?」

 

 しれっと暴露した凪原の言葉に反応して咲と照山慈へと問いかけるが、矛先となった慈は立ち上がってこちらへと向き直ると猛然と反論し始めた。

 

「なぎ君、はやちゃん、てる君!あなた達に私がどれだけ振り回されたと思ってるんですか!ほんとに大変だったんですよ!?」

 

 両手を振り上げて「も~!」と叫ぶ慈の姿は――本人的にはいたって不本意かもしれないが―――何ともほほえましく、怒られているはずの凪原達は和んでしまう。彼女の後ろで由紀と瑠優(るーちゃん)が同じポーズをしていれば尚更だ。

 

「聞いてますかっ?」

「聞いてるからそんな怒んないでよ、なんだかんだでめぐねえもノリノリで協力してくれたじゃない」

「それとこれとは話が別ですっ、というか離してください!」

「だーめ、1年以上ぶりにメグミン補給してるんだからジッとしてて」

「何度も言ってますけど私からそんな物質は発生していません!」

 

 慈に抱き着いた咲はそのまま謎栄養素の吸収を始め、慈の注意がそれたのでこれ幸いと由紀達の方へと移動する凪原と照山。

 

「何飲む?メジャーなモンなら大体あるぞ」

「んじゃコーラ頼む、冷えてるやつは長らく飲めてねえからな」

「あいよ、他に飲みたい人は?」

「あっ、じゃああたしも飲む」

 

 照山と胡桃以外にも手が上がったので結局全員分をコップに注ぐ。各自が思い思いの場所に座って一口飲んだところで改めて自己紹介、とはならなかった。

 

「それで、西の方はどうだった?これだけかかったんだ、色々寄り道してたんだろ?」

「いやもうひっでぇもんだ。どこもかしこも荒れ放題でまさに世紀末って感じだ」

 

 何の気負いや感慨もなく、世間話でもするかのように話し出した2人。とてもではないがパンデミック以降始めて顔を合わせたようには見えない。せいぜい1,2週間ぶりにあったから近況報告でもしようや、というノリに近い。

 

「でも所々には安全圏っぽい(・・・)のがあったりしたぜ。仕切ってる奴によっちゃヤバいかもしれないから詳しくは見てないけどな」

「そんで正解だろうな、もしスタンフォードとかだったら目も当てられないし。よし、ちょっと地図持ってくるからその仮称安全圏の場所について――「ちょっ、ちょっと待ってもらっていいかな!」――ん?なんだ圭」

 

 そのまま本格的な情報共有を始めそうになった凪原達に慌ててストップをかける圭。そして彼女の行動に周りで聞いていた人の内心は、「よく言った」ということで一致していた。

 なんせ彼女等にしてみれば、凪原と胡桃が帰って来たと思ったら見覚えのない男女が付いてきた形である。驚くなという方が無理な話だった。

 

 それでも、凪原が連れてきたということで2人が信用できる人間か否かという点については心配していない。とはいえ、名前と凪原の同期だったということだけ聞いても何が何だか分からないというのが正直なところだ。

 

「なんだじゃないよ凪先輩っ、あとそっちの照山さんもだよ!正直さっきの自己紹介だけじゃチンプンカンプンだから色々説明してほしんだけど。というか2人にしたって久しぶりに会ったんだよね!?なんでそんな自然に話し始めてんのさ!?」

 

 バンバンと机を叩きながら主張する圭の言葉に凪原と照山は一瞬きょとんとした表情になったが、数秒ののち納がいったというように手を打った。

 

「そういえばパンデミックの後に会うのは初だったな」

「俺も普通に合流した感じだったから忘れてたわ」

 

 その言葉には聞いていた面々も驚くを通り越して呆れてしまう。この2人はこのパンデミック下において知人同士が無事に巡り合うというのがどれだけ幸運な事かが分かっていないのだろうか、と。

 

「2人とも当たり前のような顔をしてますけど、再会できて嬉しいとか相手が生きていてくれて嬉しいとかそういう気持ちはないんですか?」

 

 問いかける美紀の表情には困惑の色が強い。彼女と圭はパンデミック後に思いの行き違いから分かれてしまい、再会の望みが立たれてしまった期間があった。

 その時の絶望が深かったからこそ、再会を果たせた時の喜びは言葉にできないほど大きかった。それこそ思わず抱き合ってしばらく離れなかったほどに。

 

 だからこそ彼女にしてみれば凪原達の様子が淡泊すぎるように感じられたのだ。

 美紀の言葉に凪原と照山は一瞬を顔を見合わせるとそろって肩をすくめた。そして順番に口を開く。

 

「確かにナギと再会できたのは嬉しいけど、なぁ?」

「ああ、そこは俺も嬉しいんだが、まあそれだけだ。生きてたってことに関しては特に思うところは無いな、なんせ――」

 

「「「こいつ等(ナギ)がこの程度で死ぬとは思えなかったし」」」

 

 そう言った凪原と照山、そして一瞬でこちらに移動してきて後ろから2人の首を抱え込むように乗り出してきた咲の顔は、不敵な笑みというものを具現化したかのようなものだった。

 放たれた言葉とその口調、表情には絶対の自信が現われており、彼等が本気でそう思っていることがうかがえた。

 

「「「えぇ……そういうものなの?」」」

 

 3人の全盛期(生徒会時代)を直接知らない美紀、圭、葵は何とも言えない表情だ。凪原個人の凄さについては良く知っているものの、それがさらに2人というのがいまいち想像できないのだろう。ちなみに瑠優(るーちゃん)は彼女たちと違って幼い分素直なのだろう、「3人ともすごいの!」と目を輝かせている。

 

 その一方で納得の表情を浮かべる残りの面々。確かに生徒会時代の凪原達を見た身としては、彼等ならば文明の1つや2つが滅んだところでそう簡単に死ぬとは考えられなかった。

 

 冷静に考えてみれば当時の凪原達は高校生。いくら学内で好き勝手にハチャメチャやっていたとしても、それだけで文明崩壊後に生きられるだろうとは普通は考えない。

 しかし、実際にそう考えさせるだけのなにか、言ってみれば規格外としての片鱗を凪原達は有していた。

 

 そしてその片鱗を、高校に入学して1年目の重要な時期に間近で見せられたのが胡桃達第33代である。であるがゆえ、照山と咲が生きて合流してきたことに驚きはすれどそれと同じくらいの納得の感情を抱くのは無理からぬことであった。

 

「まあ、凪原さん達だものね」

「何やっても不思議じゃない感があるよな」

「そもそも同じ人間か分からなかったもんね~」

 

 口々に言いながら頷く由紀達。一応この3人、咲と照山と話すのは初めてなのだがいろいろと遠慮がない。

 1年間とはいえ凪原達と同時に巡ヶ丘学院に在籍していたこと、そしてパンデミックから半年以上凪原と共に過ごしてきたこと、この2つが合わさったからこその反応なのだろう。

 

「おっ、なかなか言ってくれるじゃないか」

「下の学年でうちら相手にここまで言えるなんてなかなかないもんね。ナギもいい子達育ててるじゃない」

 

 人間扱いされていないにも関わらず咲と照山は怒るどころか上機嫌だ。

 由紀達から掛けられた言葉に悪意がないことはよく分かる。そうであるならば多少のからかいなどは迷惑どころかむしろドンと来いといった気持である。

 

「別に俺の子ってわけじゃないが、――まぁ、自慢の仲間達だよ」

 

 そう答えた凪原の顔には、苦笑と共に確かに誇らしげな色が浮かんでいた。

 

 

 

====================

 

 

 

「んで、どうしたんだ胡桃?」

「え、えーっと、その…」

 

 その日の夜、凪原は胡桃に呼び出されて放送局の屋上へと出てきていた。

 既に夕食と入浴は済ませており、皆が思い思いに過ごしそろそろ就寝する者が出始める時間である。

 

 初日にして皆に馴染んだ咲と照山も、今は階下で体を休めている頃だろう。

 聞いたところによると2人はパンデミックからこちら、拠点を作ることもなく移動を続けていたらしい。巡ヶ丘に来れば凪原と合流できるのではないかと思ったとのことだったが、その程度の考えで地方をまたいで移動するなど普通に考えれば正気の沙汰ではない。

 そもそも、咲と照山もそれぞれ違う大学に進学していたはずなのにあっさり合流しているあたり、やはりこの2人も凪原と同じく生命力と行動力が頭おかしい部類に入るのだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

「あー…」

 

 呼び出したもののなんとも歯切れが悪い様子の胡桃を前に、凪原は自分から口を開くことにした。幸いとは言いたくないが、彼女が何を考えているのかおおよそ検討が付いているためだ。

 

「今日の昼のこと、か?」

「………」(ビクッ)

 

 質問ではなく確認するかようにそう問えば、胡桃の肩小さく跳ねた。

 

「やっぱりか、戻って来てからなんか変な感じだったからそうだろうと思った」

「別に変ってわけじゃ……いや確かにちょっと変だったかも、色々考えてちゃってたし」

 

 一瞬否定しかけた胡桃だったがすぐに自分でそれ取り消した。

 

「まあ、あんなことがあればそれが当然だろうな。皆だって何となくは察してるっぽいし」

 

 あんなこと、昼間に野盗に襲われ、それを凪原がほぼ全員殺害という形で撃退したことだ。

 直後に咲と照山と合流したことでその場ではうやむやとなったものの、起こった事実は変わらない。悪党とはいえ目の前で2桁にも及ぶ人が死んだのだ、関わった者に影響を与えないわけがなかった。

 

 なお、今回の件について凪原達は留守番組の皆には何も言っていない。特に示し合わせたわけではないが結果として誰も話さなかったのだ。

 しかし、何も言わなくても伝わることもある。

 現に由紀や慈などは帰って来た2人の顔を見た途端に何かを感じ取ったようで、わずかに表情を変えた。他のメンバーにしても、凪原が咲達と合流した際の様子についてほとんど話さなかったことでうっすらとは察したようだった。

 それでも彼女達が何も言ってこないのは、関わりたくないというのではなくそっとしておいてくれているということだろう。凪原達なら大丈夫だろうという信頼も含まれているのかもしれない。

 

 とはいえ、その信頼が当てはまるのは凪原に関してのみだろう。

 

 皆も前でこそ普通に見えるようにふるまっていたが、こうして2人になって見ると胡桃の様子はいつも通りというには無理がある。

 どこか落ち着きがなく、居心地が悪そうにソワソワとしている。

 

(いや、こりゃ居心地が悪いというより――)

 

 胡桃の様子から、何かを思いついた凪原が口を開く。

 

「―――俺が怖くなったんじゃないか?、胡桃」

「なっ、違う!」

「別に気を使わなくていいさ。悪党が相手で、もしものための覚悟を決めたからといって、人を10人殺しといてこんな風に平然としてる奴なんか怖く感じて当然だ」

 

 即座に否定の言葉が返されるが構わずに先を続ける凪原。

 活発で男勝りなところがあるとはいえ、胡桃の本質は心優しい少女だ。恐怖の感情を抱いてしまったとしても、それが自身が思いを寄せている相手となれば相手を気遣ってその気持ちを抱え込んでしまうだろう。

 そのようなことをすれば胡桃は精神に大きな負担受けることとなってしまう。

 

 それを防ぎたいなら、凪原がすべきことは決まっている。

 すなわち、彼女から距離を取ることだ。状況が状況なので住む場所を離すわけにはいかないが、日常の中で極力関わらないようにすることは可能である。

 

「少しでも怖いって感じてるなら、俺から距離を取ってくれて構わない。安全のためにとはいえ、あれだけ簡単に人に向けて引き金が引ける奴なんて胡桃の近くにはいない方が――

 

 そう提案する言葉は最後まで続かなかった。

 言い切る前に胡桃が凪原の頬を力いっぱい張り飛ばしたのだ。

 

「違うって言ってんじゃんか!自分から引こうとしやがってっ、いつもの凪はどこ行ったんだよ!?」

 

 そう叫んだ胡桃の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「あたしが変だったのはなぁっ、あの時あいつ等を撃つのにためらった自分に怒ってたからだ!」

 

 勢いそのままにバッと片腕を広げ、もう一方の手を自らの胸に当てながら続ける。

 

「あたしだってナギのことを守りたいんだっ、守ってもらうだけなんてのは嫌なんだよ!今度同じようなことがあったらあたしも戦うからっ」

 

 目の端から涙が零れ落ち、それと同時に胡桃の雰囲気が一気に弱々しいものへと変わる。

 

「だから…、離れるなんてこと言うなよ。あたしをナギの、ゆうとの隣に居させてくれよ…」

 

 歩み寄って服を掴み、額を凪原の胸に押し付けて肩を震わせる胡桃。彼女の体温を感じながら、凪原は自分の浅はかさを思い知らされていた。ここまで思ってくれる彼女に自分は何ということを提案したのだ、と。

 そう思ったら考えるより先に腕が動き、凪原は目の前にある胡桃の身体を抱きしめていた。

 顔を上げた胡桃を至近距離で見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「悪かった。もう離れようなんて言わないし、なにがあっても胡桃の隣にいる」

 

 それは決意であると同時に、これから先の障害でずっと隣に居続けるという宣言だった。

 意味を理解した胡桃の目が喜びから潤む。

 

「本当に?」

「ああ本当だ」

「じゃあ…誓って」

 

 そう言ってゆっくり瞼を下ろす胡桃。そして月と星だけが見守る中、凪原はそっと彼女に口付けを落とした。

 

 

 

====================

 

 

 

「は~い、おかえり2人とも」

「ハヤに、テルもか。なんだよ、寝る場所ならさっき言った通りだぞ」

 

 屋内に戻った凪原と胡桃を出迎えたのは、生徒会仲間の咲と照山だった。

 

「ふーん……」

「なんだよ?」

 

 梯子を降りてきた2人を見て何か言いたげな様子の咲に凪原が問いかけると、彼女の唇の端が吊り上がった。

 

「おめでとうお幸せに、って言った方がいい感じ?」

「なぁあっ!??」

「ああくそ、何でいきなりバレるんだよ」

 

 不意打ちに弱い胡桃の声が裏返り、次いで言い訳を諦めた凪原が左手で前髪をかき上げながら天を仰ぐ。

 

「ふっふっふ、この咲様に隠し事なんて100年早いわ」

「一応言っとくが覗いたりはしてねえぞ、……ちゃんと止めたからな」

 

 勝ち誇る咲の後ろで疲れたように話す照山。現役時代から咲のストッパー的立ち位置だったがそれは今でも変わっていないようだ。

 先程のやり取りを直接聞かれてはいないことに胡桃はひとまず安堵した。

 

「ナイスだテル」

「貸し1つだからな」

 

 照山の言葉に「あいよ」と頷いた凪原は、咳ばらいを1つしてから口を開く。

 

「それで本題は?ただからかいに来たってわけじゃないだろうに」

「あ、やっぱ分かる?実はちょ~っと話したいというか確認しておきたいことがあるのよね」

「しかもナギだけじゃなくてそっちの恵飛須沢さんにも関係ありでな」

「えっあたしも?」

「何なんだ一体」

 

 戸惑う2人を回れ右させ、4人は梯子を上っていった。

 

 

 

「されそれじゃあテル、説明よろしく~」

「へいへい」

 

 屋上に出て、中に音が聞こえないようにハッチを閉めたところで咲が照山に説明を丸投げした。とはいえ投げられた照山の方もだいぶなげやりな態度だ。

 

「あー全部説明するとめんどくさいからとりあえず、おいナギ」

「おう」

「俺の手を握ってくr「嫌だよ気色悪りぃ」……いいから握りやがれっ」

 

 要請を1秒で切って捨てられた照山は一瞬黙った後に掴みかかり、凪原もそれに応じる形でそのまま取っ組み合いに移行した。

 「俺には胡桃がいるんだっ」「んなこたぁ今聞いてねぇ!」などと叫び合っている。

 

「あーあーじゃれあっちゃってまあ、でもあんなふうに言ってもらって嬉しいんじゃない?」

「いっいや、あたしは別に」///

 

 水を向けられて思わずそっぽを向いて口ごもる胡桃にほほえましいものを感じる咲だったが、表情をまじめなものに切り替えると胡桃に手を差し出した。

 

「それじゃ胡桃ちゃん、さっきのテルじゃないけどうちの手を握ってくれない?変な意味は無くて純粋に必要なの」

「あ、ああ―――ってあれ?」

 

 咲の言葉に戸惑いながらも彼女の手を取った胡桃はすぐに疑問の声を上げる。

 

やっぱり ねえ、触ってみて感じたことはない?」

「えっと、すごく熱っつい。もしかして咲さん体調が悪い?絶対熱あるってこれ!」

 

 焦ったように言う胡桃に、咲は首を振ると真実を告げる。

 

「いいえ、うちが熱いんじゃなくて()()()()()()()()()の」

「そんなはずないって!さっきナギ触ったけど暖かかったもん!」

「残念ながらホントよ。ほらナギもっ、さっさとテルのどっか触ってみて!」

 

 咲の言葉にようやく男2人は動きを止めた。

 

「は?――ってなんだテルお前めちゃくちゃ熱いじゃねえか!熱か!?」

「ちげぇっつのっ、お前が冷たいんだよ!」

「なわけねぇだろ!さっき触った胡桃は普通だったぞ!」

 

 揃って同じような反応をした凪原と胡桃に咲から体温計が手渡される。とにかく測ってみろと言う咲達に、2人は怪訝そうにしながらも手に取ったそれを脇の下に挟む。

 十数秒後、測定完了の電子音を聞いて体温計の液晶を確認した2人の動きが固まった。

 

「何度だった?」

「………29度8分なに、これ…」

「俺は30度2分、どうなってんだこりゃ…」

 

 咲の問いかけに答える声がかすれている。

 胡桃だけでなく、多少のことでは動じることの無い凪原も動揺を隠しきれていない。

 その一方、咲と照山はある程度想定していたようで互いに頷き合っていた。

 

「さっきうちがナギに触った時すごく冷たく感じたのよね」

「なのに恵飛須沢さんとは触れ合ってても何もないみたいだからな、変だと思って確認することにしたんだ」

 

 凪原達の方に向き直った2人は順番に口を開く。

 

「体温30度なんてどう考えても普通じゃない。とっくの昔に低体温症を発症して錯乱するか意識を失っててもおかしくないわ」

「となると自動的になんか普通じゃないことが起きてるってことになる」

「でも人が低体温でも生きられるようになった、なんて発明を聞いた覚えはないのよね」

 

 凪原の脳が警鐘を鳴らし始める。やめろ、その先を聞くんじゃない、とまるでこの話がどこに収束するのかを分かっているかのように。

 

「ところで、この数ヶ月ですっかりおなじみになっちまったやばいモンがあるよな。そのせいで世界が現在進行形でぶっ壊れてるわけなんだが……知ってるか?()()ってめっちゃ()()()んだわ」

「「………。」」

 

 照山の問いかけに沈黙で持って返す凪原と胡桃。しかしそれは彼の言葉の示す意味を理解したが故のものだった。

 

「もう薄々感づいてると思うけどはっきり言わせもらうわね」

 

 一拍、その次に咲が話す言葉ははっきりと予想できた。

 

 

 

「ナギ、それに胡桃ちゃん。あなた達2人は、()()()()()

 

 

 

 




正直1話に色々詰め込み過ぎたとは思っている、だが反省はしていない(キリッ)。怒涛の展開というのをやってみたかったんです(できたとは言っていない)。


今回の解説ですが、語りたいことを全部書くと後書きだけで1話分いきそうなので思い切り短くします。

第31代生徒会
新キャラ2人の名前が出てきましたね。ちなみに31代生徒会は凪原とこの2人の3人だけなのでこれで全員集合、なお全員が規格外の模様。

凪原と胡桃
なんか執筆してたらキャラが勝手に動き出して誓いのキスをしてた、なんでこうなったのかは知らん。

衝撃の真実
今明かされる衝撃の事実

以上、語れなかった分はメタ回にでも回そうかなと考えています。


そして、これにて第5章:転換期編は終了です。
この章では学園生活部を取り巻く環境が一気に変化するとともに、原作との大幅な乖離が発生しました。難産な回が多かったのですが、少しでも読者の皆様が楽しんでいただけたのでしたら、筆者としてこれに勝る喜びはありません。どうかこれからも本作品をよろしくお願いします。

さて今後の予定についてですが、来週は毎章恒例の閑話、その次はメタ回にしようかなと考えています。が、年末が近づきスケジュールが詰まってきたのでどうなるかは分かりません。大幅に遅れるようなことがあれば活動報告を上げると思いますが、そうならないように頑張ります。

お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいです。

それではまた次回!


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閑話:葵のにぎやかな1日

各章最後の閑話回、今回は5-9と5-10の間のとある1日。

1人称視点の練習で書いたのでいつもと文章の感じが違うかも。


 やあみんな、ワンワンワン放送局のパーソナリティでおなじみ、七瀬葵だよ。

 今日は私のとある1日について紹介しちゃうよ。結構刺激的だけど楽しんでくれたら嬉しいな。

 

 それではVTR、スタート!

 

………………これ1回言ってみたかったんだよね。

 

 

 

====================

 

 

 

「んっ……もう朝か、起きよ」

 

 もぞもぞと布団の中から這い出しベットの上で胡坐をかいて伸びを一つ。あ、なんか身体がほぐれていく感じがして気持ちいい。

 これまでならこのまま横向きに倒れ込んで、二度寝して同居犬に顔を踏まれるまで眠りの世界を堪能するところだけど、今はもうそんなことはしない。

 

「~♪」

 

 ベットから降りて着替えていたら知らぬ間に鼻歌を歌っていた。前は誰とも話せない1日が始まるのが嫌で朝が憂鬱だったのに、変われば変わるものだと思う。

 そんなことを考えている間に着替え終わったので、私は自室として使っている部屋を後にする。そのままトントンと階段を降り、目の前の引き戸を開けると同時に口を開く。

 

「おはようっ!」

「「「おはよう(ございます)(なの)」」」

 

 すぐにキッチンやテーブルから元気な声が返ってきた。うんうん、やっぱり挨拶が返ってくるのは嬉しいよね。1人じゃないって感じですごくほっこりする。

 そして、返事があるというのが私が上機嫌な理由。

 つい最近一緒に住むようになった学園生活部のみんな。色んな人がいるけど全員仲良しで、いきなり輪に入った私とも同じように仲良くしてくれる。本当にいい人達だと思う。

 大変な時こそみんな仲良く、なんていうけどそれが難しいっていうのは前にいた避難所で分かったしね。

 

「あおねえお寝坊さんなの~」

「あはは、これでも二度寝しないうちに降りてきたんだけどな~」

 

 飛びついてきたるーちゃんを受け止めて頭をなでれば、気持ちよさそうに目を細めてくれた。うーん、かわいい。

 そのまま抱き上げたいのを我慢して洗面所で顔を洗う。水が冷たいのは結構辛いけど流石にこれに給湯装置は使えないよね、電気も無限じゃないし。

 リビングに戻って今度こそるーちゃんを抱き上げようとしたところで、彼女の姉であるりーさんから声が掛かった。

 

「ちょっとそこのソファーにいる2人を起こしてちょうだい。もうご飯できるのに全然起きないから」

「ソファー?見た感じ誰も座って――ってああ…」

 

 言いかけた私の言葉が途中で止まる。後ろからでは見えなかったけど、回り込んでみれば確かにそこに人がいて、凪原君と胡桃ちゃんが揃って寝息を立てていた。

 

「私が起きてきた時にはもうそこで寝ているんだもの、早起きなのか何だか分からないわ」

 

 このソファー結構大きいけどさすがに2人で寝たら狭いんじゃないかなぁと思わないでもない。でも寝顔を見るとすごく穏やかというかなんというか、安心しきった顔なんだよね。

 最初に会った時に一緒にお風呂に入ってたのには驚いたけど、こういうのを見るとお似合いだって思うよ。

 それにしても―――

 

「この2人はほんとよく寝てるよね、私はあんまり寝れない時もあったからうらやましいよ」

 

 まだ会って数日だけどこの2人が寝ているところはよく見かけるからそう言ったんだけど、なんか他のみんなはそれに納得がいかないみたいな表情だね。

 

「あたし的には胡桃先輩はともかく凪先輩はいつも起きてる印象だったんだけどな~」

「むしろ寝てないイメージの方が強かったですね」

「へー、そうだったんだ」

 

 うーん、なんか今までとは違うのかな?でもまあ寝すぎってほどでもないし、案外気を張ってただけなのかもね。

 その辺の疑問はひとまず置いておいて、とりあえず彼等を起こそうと近づいてみたらすぐに凪原君は目を覚ました。案外深くは寝てなかったのかな。

 

「ん?ああ、おはよう葵さん。みんなはもう起きた?」

「おはよう凪原君、起きたどころかもうご飯できるよ」

 

 あとは君達2人だけ、と続ければ少しばつの悪そうな顔をしながらむくりと起き上がってくれた。

 

「そりゃ失礼。――ほら胡桃も起きろ」

「ん、んぅ…  あ、おはよぉナギ」

 

 ユサユサと揺すられて胡桃ちゃんも起きたみたい。こっちはまだボーッとしてるみたいで目を擦っている。

 

「やっぱナギはあったかいよなぁ」

 

 そしてそのまま凪原君にくっ付く胡桃ちゃん。どうやらまだ半分以上寝てるみたい。

 

「待った胡桃、あったかいのはお前もだからとりあえず目ぇ覚ませ。早く起きないとまたからかわれるぞ」

「いや〜それは」

「もう遅いね、起きた時が楽しみだよ」

 

 凪原君の言葉も虚しく、怪しい笑みを浮かべる由紀ちゃんと圭ちゃん。そしてしれっと「カメラ取ってきますね」と言って部屋を出て行く美紀ちゃん。

 

「これは朝から面白いことになりそうだねぇ」

「笑ってないで美紀を止めてほしかったな。写真撮られるのはいいけど、胡桃が拗ねたら宥めるのは俺なんだし」

 

 ボヤく凪原君に笑顔を返しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()を存分に楽しんでいた。

 

 

 

………ちなみに、美紀ちゃんが持ってきたカメラでの撮影は間に合った。

 直後に覚醒した胡桃ちゃんは、案の定皆(私も含む)にからかわれて真っ赤になってた。

 でも騒いでたせいで朝ごはんの準備をほっぽりにしちゃったから料理してたりーさんとめぐちゃんに怒られちゃったよ、いやぁ~失敗失敗。

 

 

 

====================

 

 

 

 やあみんな、七瀬葵だよ。

 え、さっきも聞いた?まあいいじゃん。実は今、ちょっとよく分からないことが起きてるんだよね。私を助けると思って聞いてほしい。

 

 まず今の状況を話す前に、前提知識として軽く自己紹介から。

 名前、はもう話したね。

 じゃあ次に年齢―――ははっきりとは言いたくないからざっくり言うと就職活動から解放されたくらい。というかこんなになっちゃったからあの地獄の就活全部意味なかったじゃんちくしょー。

 趣味は音楽だね。聴くのも好きだし、大学のサークルでやってたから演奏するのも好き。

 あと、体力は普通より少しだけあるくらいかな。中学高校って運動部だったけどずっと続けてるってわけじゃないし。

 

 とまあだいたいこんな感じ。

 あ、みんなが今何考えているのか分かるよ、「普通じゃん」って感じでしょ?

 その通り、私はどこにでもいる普通の人間なんだよ。……そのはずなんだよ。

 別に魔法のステッキとか振り回して悪役と戦ったりしてないし、異世界転移してどこかの世界救っちゃたりとかもしてない。当然ながら実は殺し屋で夜な夜なターゲットを始末してる、なんてこともない。

 ごくごく普通で偶然運よくこのパンデミックの中を生き延びてる人間のはずなんだよ。

 

 

 なのにさ―――

 

 

「―――どうして私は狙撃銃を構えてスコープを覗き込んでるのかな?」

 

 おかしいよね?

 私つい数日前まで安全な建物に引きこもってひっそりと暮らしてたんだけど。青空の下、どことも知れない建物の屋上でスナイパーみたいなことをするフラグなんて立てた覚えはないよ?

 それと、もう一つ分からないことがあるんだよね。具体的に言うと私の隣に立ってる人なんだけどさ。

 

「諦めんなよ!諦めんなよ、葵さん!!どうしてそこでやめるんだ、そこで!!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメ!諦めたら!もっと自分を信じてみろよ、応援してる人たちも信じてみろって!あともうちょっとのところなんだから!あとちょっと!あとちょっと指に力を入れればいいんだから!それでうまくいくんだから頑張ってみろって!」

 

 両手を握って熱く語りかけてくる凪原君。

 いつから君は太陽神にジョブチェンジしたんだい?前にニュースで見たゲリラみたいな格好してそんなこと言ってるとシュールさがすごいよ?

 というか今ココには私と凪原君以外にも2人居るはずなんだけど彼女達は変だと思っていないのかな。

 

「胡桃先輩。あの、凪原先輩は何を言ってるんですか?」

「ん~?別に気にするなって、まれによくある発作みたいなもんだから」

「いやそうじゃなくて、狙撃はもっとクールに、銃とお話しながらやるんですよ。あんなに熱くなってちゃだめです」

「あ、そっち?なんか美紀も変わってきたな。いやいい感じに染まったって言ったほうがいいのかな」

 

 同感だよ胡桃ちゃん。美紀ちゃんはもっとまじめな子だと思ってたんだけど実は凪原君の影響を受けていたんだね。真顔で狙撃の極意を語る女子高生がいるなんて本の中だけだと思ってたよ。

 でもね胡桃ちゃん、今の凪原君を見て気にするなって断言できる時点で君の感覚もちょっと常人には理解しがたいレベルだって気付いてほしい。

 

「は~、なんでこうなったのかなぁって理由は分かってるんだけどさ…」

 

 建物の中にいた時は感じることななかった風を頬に感じながら、私は回想(現実逃避)を開始した。

 

 

 

====================

 

 

 

 事の発端は朝ごはんの最中に由紀ちゃんが模様替えがしたいと言い出したことだ。後から聞いたけど学園生活部で何かを言い出すのはたいてい彼女らしい。(凪原君じゃないの?、という私の問いには「あいつはなんか言う前に勝手に始めてる」という答えが返ってきた。)

 よく分からずに首をかしげている私達に、由紀ちゃんは身振りを交えながら説明し始めた。

 

 曰く、

 この建物(放送局)は家具が少ない、リビングには多少あるけど部屋はベットくらいしかない。

 服とか小物とかを入れておく収納スペースが足りない。

 どうせなら自分達らしさを出した部屋にしたい。

 ということらしい。

 

「まあここで暮らす以上色々要りようだろうな。ただ近くの家具屋があるのかどうか分からないぞ」

「あー確かに、食べ物と違って家具はどこでも売ってるわけじゃないもんね」

「リバーシティ、はさすがに遠すぎるか~」

 

 凪原君の言葉に皆も腕組みをして考え込んでしまう。

 前だったらネットで注文するだけで家具でも何でもすぐ届いたけど今はそうもいかないからね。現物があるお店か倉庫かに直接出向かないといけないし、そういった場所なんてそうそう見つかるもんじゃない。

 ま、今回は問題ないね。

 

「それなら大丈夫、たしかこの辺に家具屋さんがあったはずだよ」

 

 そう声を掛ければみんなの視線が一斉にこっちに向いた。

 

「ほんとっ?」

「うん、ここに逃げてくる途中にそこで1日休んだから間違いないよ」

 

 私の答えに由紀ちゃんはその場でジャンプして喜着を表現していた。それだけでは収まらないようで、るーちゃんとハイタッチをしてる。

 

「よっしとりあえず調達場所があるのは確定みたいだな。葵さん、その店の詳しい場所って分かる?」

「あー…大体の位置は覚えてるんだけど、詳しくはちょっと覚えてないなぁ、あの時は必死だったし。ごめんね」

「いや、おおまかにでも分かれば十分だって」

 

 私の謝罪に手を振って答える凪原君。

 持ってきてもらった地図を見ながら場所を伝えると、凪原君と胡桃ちゃんはしっかりと頷いてくれた。ちょっと離れてるけど彼等にとっては大した距離じゃないみたい。

 高校にいた頃から遠征は基本的にこの2人の仕事だったって聞いたけど、やっぱりすごいよね。

 いつか私も外に出たりあいつ等に対抗できるようになりたいけど、まだちょっと怖いかな。

 

「どうせならあおちゃんも一緒に行ってはのはどうですか?ベッドとかって結構重いですし、なぎ君達だけじゃ大変だと思うので」

 

 名案とばかりにめぐちゃんが手を叩いているけどちょっと待って。

 

「い、いやあたしが行っても足手まといじゃないかなぁ~。ほら、私ってずっと引きこもってたわけだし」

 

 確かに今外に出れるようにならないとなとは思ったけどさ、流石に急すぎるんじゃない?

 

「言われてみればあたしとナギだけで警戒と運ぶのは無理だな」

「だな、どうせなら葵さんの戦闘訓練も始めちゃうか。美紀、今日一緒に来てもらってもいいか?」

「私ですか?――ああ、確かに最初なら私の担当がいいですね」

「そういうこと。悪いけど準備頼むわ」

「了解です」

 

 そんな私の思いなどお構いなしに目の前でトントン拍子に進む会話。

 うん、これは何を言っても無駄な流れだね。

 

 

 

====================

 

 

 

 その後はあれよあれよという間に凪原君と胡桃ちゃん、それと美紀ちゃんに車に乗せられて半年以上ぶりのドライブだよ。荒れ果てた街の様子を見るとやっぱり世界は終わっちゃったんだなって思って少し感傷的になったけど、そんな気分はすぐに吹き飛んだんだよね。

 お目当ての家具屋さんをあまり苦労しないで見つけた後、なぜかそのまま入らないで近くの建物の屋上に連れてこられたと思ったら狙撃銃を押し付けられたというわけ。

 

 うん、まあなんで狙撃銃なのかは分かるよ。

 これならあいつ等に近づかなくて済むから失敗してもそこまで危なくないからね。最初に使ってみる武器としてはいいチョイスだとは思う。

 実際にこの武器の扱いがうまい美紀ちゃんが横で色々教えてしてくれるし、ここなら的にも困らない。指導環境としては最高と評してもいいんじゃないかな。

 

 でもね、一連の準備の間に私への意思確認がほぼないっていうのが問題なんじゃないかと思うわけなんだよ。

 それでも無理強いされてる感が全くないのがすごいというか怖いというか、これがめぐちゃんが言ってた凪原君の能力なのかな?

 

「あの、葵さんどうかしたんですか?」

 

 ボーっとしてたら美紀ちゃんに心配されちゃった。

 

「いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事しちゃっただけ」

「分かります、最初に持った時ってそうなっちゃいますよね」

 

 そう言って笑う美紀ちゃん。さっきは熟練の狙撃手みたいなことを言ってたけど、こういうところは普通の優しい女の子だよね。

 

「あんまり緊張しないで、とりあえずゆっくり狙ってから撃つ、って意識をするといいと思います」

「ん、分かった。ありがとね」

 

 さて、とりあえずやってみようか。失敗しても何があるというわけでもないし、リラックスリラックス。

 改めてグリップを握りなおし、顔を銃に寄せてスコープを覗き込む。ちなみにさっきから私の体勢は腹ばいで、銃は二脚で屋上に置いてるから大きな狙撃銃でも安定して構えられてる。

 

フゥー…

 

 教えられたように細く長く息を吐きながら少しずつ狙いを定める。初めてということでスコープのピントは合わせてもらってるから、銃の向きを調整するだけ。

 すぐに、奴等のうちの1体がスコープの中央に映る。

 

「それじゃ、撃つよ」

 

 そう宣言してから、指にゆっくりと力を入れて引き金を――ってずいぶん固いねこれ。もう少し力入れたほうがいいのかなっと、あ………

 

 結論から言うと、私が生まれた始めた放った弾丸は狙った奴ではなくその隣に停まってた車に命中した。

 多分力を変に込めすぎたせいで銃全体がブレちゃったんだと思う(あとで凪原君に聞いてみたらガク引きっていって初心者にはよくあることみたい)。

 

「はぁ~、やっぱ最初からうまくいくなんてことはな―――

 

 ―――いねって続けようとした私の言葉は映画で聞くような派手な爆発音にかき消された。その音と衝撃に思わず顔を背け、戻した先では今私が誤射した車がひしゃげた状態で炎を噴きだしていた。

 そして、爆発音を聞きつけたのか道路の向こうや建物の中からフラフラと姿を現した奴等がたくさん。

 

 

「「「………。」」」

 

 

 蜂の巣をつついたような、という程ではないけど確実にさっきよりにぎやかなことになっている道路を見下ろしながら気まずい沈黙が降りる。

 えーっと、私がやっちゃったことだから私が何か言うべきなんだけど、うまい言葉が出てこないね。

 そんな状況が数秒続いたところで、凪原君がゆっくりとだけど口を開いてくれた。

 

「あー……葵さんってさ、実はプロゲーマーだったりする?よっぽど正確に狙いでもしない限り1発で車が爆発なんてありえないはずなんだけど」

「いやわざとやったわけじゃないよっ!?」

 

 

 

====================

 

 

 

 そのあとが大変だった。

 集まってきた奴等については地上に降りた凪原君と胡桃ちゃんのカービン銃、それに美紀ちゃん(と申し訳程度に私)の狙撃で頑張って倒した。美紀ちゃんの狙撃もすごかったんだけど、下に降りたあの2人は何なんだろうね?戦い方が本職の人のソレだった気がするんだけど。

 幸い家具屋の中にはあいつ等は1体もいなかったんだけど、完全に真っ暗闇だったから外に出てくるまで緊張しっぱなしだったよ。

 

 帰ってきてからも疲れたね。

 二段ベッドとか普通のベッド以外にもいくつかの棚の組み立て、その他に持ち帰ってきた家具やらなにやらの運び込みと配置。引っ越し業者のアルバイト代が高い理由を身を持って体験したね。

 

 そんなこんなでドタバタ続きの1日だったけど、由紀ちゃん提案の引っ越し祝いということで夕食は豪華だったよ。

 久しぶりに飲んだお酒は美味しかったなぁ。あと実はめぐちゃんが酒豪っていうのはびっくりした。

 ご飯の後はみんなでボードゲームをしたりして遊んだんだ。やっぱり楽しいことをしてる時って時間が流れるの早いよね。

 

 

 そして今、私は昨日までよりも寝心地の良いベッドで布団に入っている。実際に変えてみるとその差は歴然だよ。

 

「あおちゃん何してるんですか?」

 

 マットレスのスプリングを楽しむべくゴロゴロしていたら、隣のベッドからめぐちゃんが声をかけてくる。

 皆で部屋割りを話し合った結果、私はめぐちゃん投稿2人で一部屋を使うことになった。こういうルームシェアって憧れてたんだよね。

 

「ううん、なんでもないよねおやすみ〜」

 

 そう答えれば、めぐちゃんも笑顔でおやすみなさいと返してくれた。そのまま数分経つとすぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。

 それじゃあ私もそろそろ寝るとしようか。明日はりーさんが屋上に菜園を作りたいって言ってたからしっかり休まないと大変そうだし。

 そんなことを考えながらゆっくり目を閉じる。

 

 

 明日も、きっと良い日になるだろう。

 

 

 

====================

 

 

 

 以上、私のとある1日でした。

 どうどう?皆は楽しんでくれたかな?

 

 それではお時間なので今日はここまで。機会があればまたいずれ、お相手は七瀬葵でお送りしました。

 

              バイバ〜イ




ワンワンワン放送局で暮らすことになってすぐの頃、野盗の回で書いた学校に荷物を取りに行くのよりも前のお話でした。
なんせ学校と放送局は往復3日掛かる距離なので、凪原と胡桃が2人とも拠点を開けても大丈夫と思えるまではそんな長期間の遠征には行けません。足元を固めるというやつです。


ワンワンワンお姉さん(葵さん)
ほぼオリキャラなので性格とかどうしようかな~って考えながら書きました。一応分類的にはツッコミ役、のつもり。

家具が欲しい
放送局は純粋なシェルターとして作られた設定です。暮らす分には問題ないけれどそれと居心地がいいかどうかは別問題。

車の爆発
ゲームとかでは撃ったら爆発するのがデフォルトだけど、実はそうそう爆発なんてしない。エンジンは燃えるだけだし、その他の部分は基本的に壊れるだけ。本気で爆発させるならガソリンタンクを狙うぐらいしかないけど、ほぼガス欠ぐらいのガソリン量じゃないと混合比的に爆発しない(byディスカバリ〇チャンネル)。


今日のところはこんな感じですね、次はメタ回の予定です。

お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいのでもしよければぜひ。

それではまた次回!


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メタ的雑談会

メタ回、台本形式




凪原「凪原と」

 

胡桃「胡桃の」

 

凪原・胡桃「「色々ぶっちゃけ、メタ噺祭~!!」」

 

 

 

胡桃「いやなにこれ?」

 

凪原「自分も言っといて何これはないだろ、そのままの意味だぞ」

 

胡桃「いいから説明」

 

凪原「へーい。まあ、あれだ、この『学園生活部にOBが参加しました!』についての豆知識とか裏設定とか語っていこうっていう場。要するに登場人物によるメタ回」

 

胡桃「ん、理解。この作品も始まってから1年以上たつしいい頃合いかもね」

 

凪原「ほんとだよな、当初は書く予定なかった&ここまで書けると思ってなかった作品なのに」

 

胡桃「ちょっと待った」

 

 

 

~本作を書くことになった理由~

 

 

凪原「どした?胡桃」

 

胡桃「いや、どした?じゃないって!なにっ?これ元々書く気なかった作品なの!?」

 

凪原「そうらしいぞ。作者は元々オリジナル作品か東方projectの二次創作を書くつもりで色々ネタを考えてたみたいだし」

 

胡桃「全然違うジャンルっ!?それでなんでこれ書くことになったんだよ!」

 

凪原「ついでに言うと書き始めた時点では原作についての知識はアニメの流し見と漫画をパラパラ読んだ程度だったらしい」

 

胡桃「ほぼ知識なし!?マジでなんで書き始めたんだ!?」

 

凪原「ノリと勢い」

 

胡桃「ああ、そういう作者だからナギがそんな性格なのか。なんかすごい納得した」

 

凪原「おい、俺と作者を重ねるんじゃない。あんなゲーム内の性格診断で【巻き込み型我が道一直線】って言われた奴と一緒にするな」

 

胡桃「ナギ、ブーメランって知ってるか?」

 

凪原「まあそんなことは置いといてだな、一応ちゃんとした理由もある」

 

胡桃「あ、逃げた。………まあいいや、とりあえず聞かせて」

 

凪原「おう――つってもこれは作者自身が何回か書いてることなんだが、

 

原作キャラが元気に過ごしてるところが見たい

 

っていうのが一番大きかったらしい。ほら、原作だとほのぼのの中にめちゃ重い設定とか狂気がちりばめられてるじゃん?」

 

胡桃「うん、まあたしかに」

 

由紀「私なんて正気失っちゃてるもんね」

 

胡桃「うわぁあっ!って由紀、居たのかよ」

 

由紀「居たというか来ただね。――こんな感じで凪さんと胡桃ちゃん以外にもちょいちょいキャラが出てくるよ」

 

凪原「とまあ今由紀が自分で言ってたけど、正気を失ってるのだけでも由紀とりーさんの2人。それにめぐねえ、圭、るーに至っては原作開始の時点で死亡してるって救いがなさすぎる」

 

由紀「むしろこの設定でほのぼの感出せてるのがすごいと思う」

 

胡桃「言われてみればそうだな」

 

凪原「だろ?だからなんとかそういった鬱要素を排除したいって思いから、原作を知って割と早い段階で碌に情報収集とかもしないで書き始めたらしい。他にも書きたいシーンがあったとか考え始めたらネタが湧き出してきたって理由もあったみたいだ。ただ最初は、とりあえず書いてみっか、くらいのノリだったのは間違いない」

 

胡桃「ふーん、最後のとこは気になるけど。まぁおかげで今あたし達はそれなりに楽しく過ごせてるし、気にしなくていっか」

 

凪原「そんでいいだろうな。そういうさっぱりしたところ好きだぞ」

 

胡桃「えへへ ありがと、ナギ」

 

由紀「まーた2人だけの空間を作ってるね。それじゃ私はそろそろ退散しまーす」

 

 

 

〜設定作り〜

 

 

凪原「まあそんな理由からこの作品を書くことになったわけなんだが、ここで作者の癖が出てな」

 

胡桃「癖?」

 

凪原「癖っていうか性分っていうか、言ってしまえば設定厨なんだよ作者」

 

胡桃「設定厨? えっと、色んな設定を考えるのが好きってこと?」

 

凪原「その通り、なんか書こうとしたらとにかく色々設定を考え始めるんだ。ったく、んなことやってるから書き始められてないだろうが。資料だけあって本文書いてないシリーズがいくつあると思ってんだか」

 

胡桃「まあまあ、設定がたくさんあるのはいいことじゃん」

 

凪原「そりゃそうだけどな…。とにかくこの作品も例に漏れず色々設定が考えられたわけだ。んで、なんでもその時にご都合主義になり過ぎないように注意したらしい」

 

胡桃「だいぶご都合主義な気がするけど」

 

凪原「少なくとも魔法とか神様とか、超凄腕の軍人とかは出てきてないだろ?」

 

胡桃「まあそれは、そうだな…」

 

凪原「あくまで原作の世界観を壊すことなく最低限の介入で原作キャラが救われるように、っていうのもコンセプトの一つらしい。ご都合主義はそれはそれで好きらしいが現実感を優先させたってことだな」

 

胡桃「うーん、今あたしと話してる規格外が投入されたのはその最低限のうちってこと?」

 

凪原「そういうことだな。俺こと凪原勇人というキャラの投下は数少ない介入の一つ。チート主人公にならないように注意してるみたいだぞ」

 

胡桃「たしかにチートか?って聞かれると違うもんなナギは」

 

凪原「おう、誰でも最大限頑張ればギリギリできるようになるラインぐらいを考えてるみたいだぞ」

 

美紀「あとはそれぞれのキャラの性格とかを踏まえてゲームみたいに能力値の振り分けもしていますね」

 

凪原「おっと、今度は美紀か」

 

美紀「はい、何となく出たくなったので来ました」

 

胡桃「さっきの由紀もそうだけどいきなり出てくるの心臓に悪いからやめてほしいんだけど…、それで能力値の振り分けってどういうこと?」

 

美紀「ゲームのキャラクリとかでよくある感じですよ。与えられたポイントを好きな能力に振って作りたいキャラにするみたいな」

 

胡桃「あー、あれか。確かにああいうの作っておくとキャラのイメージが湧きやすくなるかも」

 

美紀「そういうことです、ちなみに私の場合はこんな感じらしいですよ」

 

 

====================

直樹美紀 レベル37

 

戦闘技術:7

身体能力:5

カリスマ:5

知能  :7

感覚  :7

運   :6

====================

 

 

美紀「各能力の最大値は10なのでレベルも最大は60です。レベルって言っちゃってますけど特に上がる予定はないみたいです」

 

凪原「簡略化されたステータス画面って感じだな」

 

胡桃「あれ、戦闘技術と身体能力って同じじゃないの?」

 

凪原「まあ似てるっちゃ似てるがちょっと違う」

 

美紀「私の場合、狙撃は得意ですけど身体を動かすのはそこまで得意じゃないですからね」

 

胡桃「なるほど」

 

凪原「それじゃついでだし俺と胡桃の分も出しておくぞ」

 

 

====================

凪原勇人 レベル46

 

戦闘技術:9

身体能力:8

カリスマ:10

知能  :7

感覚  :6

運   :6

====================

 

====================

恵飛須沢胡桃 レベル41

 

戦闘技術:9

身体能力:7

カリスマ:5

知能  :5

感覚  :7

運   :8

====================

 

 

胡桃「おっ、戦闘技術ナギと一緒じゃん。でも知能5って…」

 

凪原「脳筋」(ボソッ)

 

胡桃「あ?」

 

凪原「ジョークジョーク」

 

美紀「でも意外ですね。凪原先輩のことだから全部カンストしてるかと思ったんですが、最大値なのはカリスマだけですか」

 

凪原「俺の人望の厚さをよく表してるな」

 

胡桃「カリスマ(扇動)だろ」

 

凪原「おん?」

 

胡桃「さっきの仕返しー」

 

美紀「痴話喧嘩なら2人の時にやってくださいよ…。とにかく、主要キャラは全員この能力値を決めているみたいですね。話を作る時もこれを参考にして、あまり無理のある動きはさせないようにしてるようです」

 

凪原「キャラ以外にもアイテムや状況についても無理が生じないように気を付けてるな。本編全体を通して不自然な点はほとんどないと思う」

 

胡桃「例えば?」

 

凪原「やっぱ代表格は銃だな。各話の本文中とか後書きとかで話してるから改めては言わないけど、入手経路とか種類については『まあ有り得るかもしれないな』ってとこまでに押さえているつもり」

 

美紀「序盤(1-2,3)のはラッキーが過ぎる気がしますけど自衛官2人分と考えれば許されるラインだと思います。あと検問所(3-6)のmp5が壊れていたのもその一環だそうです」

 

胡桃「なるほどね、もっと強いのがあれば楽だけどリアリティーを優先した結果ってわけか」

 

凪原「ああ、いくら文明が滅んだからと言って日本国内に存在しないマグナムやらAKやらを出すわけにはいかないからな。火力主義ヒャッホウッな話も好きだけど自分で書くとなるとどうも気になっちまうらしい」

 

美紀「ランダルコーポレーションだったら密輸してそうな気がしますけどね」

 

凪原「してはいるかもだが、原作を見るにAR系がメインっぽいからあるかどうかは微妙なラインだな。ま、どちらにせよ末端の倉庫であるうち(巡ヶ丘)にはそんな高火力のもんは置いてないってわけだ」

 

胡桃「いきなり楽はできないってわけだな」

 

 

 

~名前~

 

 

凪原「そういや胡桃なんか聞きたいこととかあるか?派手なネタバレとか作者がまだ考えてないこと以外なら答えられるぞ?」

 

胡桃「うーん……。あっ、じゃあれ、書く時の設定で大変だったこととか聞きたい」

 

凪原「大変だったことか~、プロットとか各話の構成とか考えるのは時間かかるけどそれは好きでやってるから大変って感じではないしな。他にって言うと………あああれだ、キャラの命名。正直あれが一番大変だった」

 

胡桃「命名?そんなのパパっと決められるもんじゃない?」

 

凪原「そりゃ胡桃はその辺のハトに鳩錦鳩子ってセンスの塊みたいな名前をポンと付けられるかもしれないけど、作者はそうじゃねえんだよ」

 

胡桃「鳩錦鳩子は由紀の案であたしのはアルノーだっ。というかそれは原作の話でこっちではそもそもハト捕まえてないじゃん!」

 

凪原「そういやそうだったな。まあともかく、作者は人名考えんのが苦手なんだよ。俺の名前だって丸3日かかったみたいだし」

 

胡桃「そんな掛かったの!?」

 

凪原「なんか名は体を表すとか、あだ名とか、文字のバランスとか無駄に考えてたって言ってた。おかげで俺しばらく性格と外見は決まってるのに名前だけなかったんだからな」

 

胡桃「そりゃご愁傷様」

 

凪原「俺の名付けで懲りたみたいでその後のオリキャラの名前はマイルールを作ったらしい」

 

オリキャラ氏名一覧

・凪原 勇人 ナギハラ ユウト

・七瀬 葵  ナナセ アオイ

・早川 咲  ハヤカワ サキ

・照山 京谷 テルヤマ キョウヤ

 

凪原「これ見てそのルールがなんだか分かるか?」

 

胡桃「えーっと、名前の方が男の人は2文字で女の人は1文字?」

 

凪原「それは完全に偶然、作者もまさにここの文章を書いてるときに気付いたらしい。ルールがあるのは名字の方だ」

 

胡桃「名字……、全部2文字ってくらいしか分からないな」

 

凪原「3割正解ってとこだな。正確には『名字は2文字で2文字目は地形に関する漢字、男は陸系で女は水系』って感じ。ちなみに意味はない」

 

胡桃「へ~、って意味ないのかよ」

 

凪原「ない。だってこれ俺の凪原って名前が決まってからそれに合わせて作者が考えたルールだし」

 

胡桃「色々悩んでたわりに随分てきとうだな」

 

凪原「まあ作者だし」

 

 

 

~エンディングトーク~

 

 

凪原「おっとそろそろ終わりみたいだな」

 

胡桃「また唐突だな。なんかいつもより短い気が――って、えっちょっと待って何かナギ消えてってんだけど!何それどういうこと!?」

 

凪原「もう朝だからな、目が覚める時間になれば消え始めもするだろ」

 

胡桃「これ夢だったの!?なんか触れちゃいけない話題な気がしたからここがどこかとか言わなかったんだけど!」

 

凪原「大丈夫だ。俺も胡桃も、後他に出てきた奴も目が覚めたらここでのことはきれいさっぱり忘れてるから」

 

胡桃「ならまあ安心だけれども!……あ、あたしも消え始めた。でもこれホントに大丈夫?なんか怖いんだけど」

 

凪原「へーきへーき、ちなみに俺の本体はもう起きてる。胡桃の方も起きたみたいだな、まだ半分寝てるみたいだけど。お?」

 

胡桃「どしたの?」

 

凪原「なんか胡桃が寝ぼけて俺に抱き着いてきた。みんな見てるのに」

 

胡桃「はぁあっ!?あたし何やってんの!?」

 

凪原「俺に聞くなよ。あ、美紀がカメラ取りに行った」

 

胡桃「うわぁぁあああ!?早く起きろあたし起きろ起きろ起きろ起き――」

 

凪原「お、完全に覚醒したな。まあギリギリ間に合わなかったみたいだけど」

 

凪原「それでは皆様ごきげんよう、機会があればまたいずれ なんてな」




はい、予告していた通りメタ回でした。
ごたごたしていたせいで書きたかったことの半分くらいしか書けなかったよ……
もう1話書こうかな、
あと活動報告に質問箱的なものを作るのでなにか質問したいこととかがあったら投函してみてください。

質問箱URL↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=250861&uid=277091

その次は、何の話にシヨウ?ちょっと考え中です。


それではまた次回!


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第6章:大学〈接触〉編
6-1:手錠で始まる日常


今日から第6章、大学編スタートですよ!

…………執筆が遅れて投稿20分前まで書いてたとか言えない。


 ガチリ

 

 目を覚まし、ベットから立ち上がろうとした凪原の動きは何かによって妨げられた。

 寝起きのためまだあまり動いていない頭で違和感を感じた右手首へと視線を向ければ、金属製の輪が目に入る。

 手首にはめられた輪からは短い鎖が伸び、もう一端の輪はベットのフレームにはめられていた。

 

 要するに、凪原は手錠でベットに繋がれていた。

 

「………あーそういやそうだったか」

 

 しかしそのような状況に全く動じることなくたった一言で済ます凪原。

 自由な左手で頭を掻くと、そのままベットレストについた引き出しから鍵を取り出して解錠した。

 

「おいっすー、ナギ起きたか―――ってなんで俺の顔見るなりため息ついてんだよ」

 

 手首についた跡を消そうと揉み解していると照山が部屋に入ってきたが、彼の姿を見るなりため息を吐いた凪原に挨拶もそこそこに非難の声を上げる。

 

「別に、ただ朝起きて一番に見るのが美少女じゃなくてむさい野郎だということにがっかりしただけだ」

「起きて早々に喧嘩売ってんのかお前は!?」

 

 理不尽な物言いにキレる照山だったが、凪原はまともに取り合わずめんどくさそうに手を振って応じる。

 

「喧嘩も何も、純粋なる事実だろうが。起きて最初に見るのが野郎か美少女かだったら後者の方が確実に1日のやる気が出るだろうに。それが胡桃だったらなおよし」

 

 動じることなく言い切る凪原に照山も呆れ顔になる。

 

「お前ほんと変わったな、男女構わずに面白きゃいいって感じだったのに。これが彼女の力ってやつかね」

「別に変っちゃいねえよ。そっちこそどうなんだ?ハヤと2人っきりでの大冒険、さぞかしドキドキしたんじゃねぇの?」

「だから何回も言ってるけど俺は別にあいつにどうこう思ってるわけじゃないからな!?」

 

 両手を広げて力強く弁明する照山を完全にスルーし、凪原は体温計をわきに抱えていた体温計の表示を確認する。

 

「テルの恋路については置いておくとして――29.3度。安定してるっちゃ安定してる、か?」

「流すなっての……。ま、悪化はしてないみたいだな」

 

 感染発覚からしばらく、凪原の体温は正常とは程遠い温度のまま推移していた。

 

「一応聞くけど体調は?」

「どこもかしこも異常なし。体もしっかり動くし意識も明瞭、低体温による肌寒さとかもないな」

「見た目もやや色白って程度だしな」

 

 照山の問いに体の各部を動かしながら答える凪原。

 その様子は照山の目から見ても問題なさそうで、実際に体温が低いという事実さえなければ感染の有無は分からなかった。

 肌の白さにしても注意して見ればという程度であり、低体温症患者のように青白い肌に紫色の唇などということもない。

 

「にっしても訳分かんねぇ状態だよな。感染してんのはほぼ間違いないのに転化してないし、打ったワクチンが効いてるにしては明らかな異常が出てるし。ナギだけならそういうこともあるかって納得できるけど恵飛須沢さんもだからなぁ、どうなってんだよ?」

「んなこた俺だって聞きたいっての。あと俺を変なことがあっても不思議じゃないくくりに入れるな。仮に俺が入るならお前も入るだろうが、しれっと自分は違うみたいな雰囲気を出すな」

 

 半目となる凪原だったが、照山はそれを意に介することなく「ともかく、」と口を開く。

 お互いに相手のことは分かっているし、まして2人は男同士。この程度の軽口や掛け合いはごくごく普通のものだ。

 

「もうしばらくは恵飛須沢さんと一緒に様子見しとけ。俺とハヤも来たし、めぐねえを筆頭にいい人ばっかなんだから多少休んだところで文句は言われないだろうよ」

「あいよ」

 

 てきとうな調子ながら確かにこちらを心配していることが分かる言葉に、凪原は肩をすくめながらそう答えた。

 

 

 

====================

 

 

 

「「暇だ(な)」」

 

 朝食を終えた後のリビングにて、凪原と胡桃の声がきれいに揃った。

 向かい合わせに置かれたソファーの一方では凪原が思い切り寄りかかっていた背もたれから体を起こし、もう一方では胡桃が寝っ転がって足をパタパタさせながら漫画を読んでいた胡桃がパタリと冊子を閉じる。

 

「なにもするなって退屈過ぎるだろ、これでまだ半分以上残ってるぞ」

「ほんとにそうだよね、あたしももうすることなくなっちゃったよ」

 

 そう愚痴る2人は感染を照山と早川に指摘されたうえで他のメンバーにばらされ、さらに加えて身体能力の向上を黙っていたのも白状させられ、メチャクチャに怒られた。

 さらにその上で翌日から2週間の完全休養を言い渡されることとなった。

 

 ゾンビが蔓延るようになった現在において生きるためには毎日必死に働かねばならないというのが当然であり、むしろ働かなくて良いなどと言われたら喜びこそすれ残念がるなど普通ではない。

 とはいえそこは普通の範疇から思い切りはみ出している凪原と、それに感化されつつある胡桃である。動けないという現状に不満こそないものの多少の居心地の悪さを感じていた。

 

「第一訓練もだめじゃさ、2週間経ったら体鈍っちゃうじゃん」

「まぁ体力に関しちゃ多分落ちないんだろうけど、勘は絶対鈍るよなー」

 

 元運動部らしい胡桃の発言に、凪原は前回の休養期間明け(4-1)のことを思い出しながら答える。

 以前は2週間ほとんど動いていなかったにもかかわらず運動神経は向上していたのだ。これが感染による影響だと考えるならば、感染が進行したと思われる今なら更なる能力の向上すら起こるかもしれない。

 しかし、それと戦闘時の勘というものは別物である。こちらは実戦を経験し続けることでしか維持できないのだ。

 

「でしょ?だから内緒で訓練しない?外には出ないにしても組手くらいならさ―――」

「あー…、頷きたいのはやまやまなんだけど」

 

 声を潜めて提案する胡桃だったが、言いにくそうな顔をした凪原に途中で遮られる。そして遮ったのに最後まで言い切らない凪原に胡桃が首をかしげたところで、彼女の背後、すなわち凪原の視線が向く先から声が掛けられた。

 

「なぎ君も胡桃ちゃんも、ちゃんと、休んでくださいね。こっそり、働いてたり運動したら、お説教ですよ?」

 

 少し離れたテーブルで朝食に使った食材を帳簿にまとめていた慈がニッコリと、それはもうニッコリと笑いながらこちらを向いていた。

 穏やかな口調ながら、短く区切られたその言葉からは彼女の気持ちを容易に推察することができる。背後に浮かんだ阿修羅が目に見えるようだ。

 

「ひぇ…」

「りょ、了解めぐねえ。んじゃ俺等は部屋に戻って休んでるから」

「分かりました、まだすこしありますけどお昼ご飯になったら声を掛けますね」

 

 その迫力に思わず声を漏らした胡桃、彼女に代わって凪原がそう答えれば慈は変わらぬ笑顔で応じてくれた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――で、怖くなって逃げてきたと?」

「しゃーねーじゃん、あの状態のめぐねえの圧がすごいのは知ってるだろ。俺はともかく胡桃には難易度が高いっつの」

 

 照山の言葉に仏頂面で応じる凪原。

 その傍らではようやく一心地つけた胡桃が安堵のため息をついていた。

 

「初めてめぐねえの顔が怖く見えた」

「なんでめぐねえが31代生徒会(俺等)の担当教員だったか分かったか?」

「うん、よく分かった。あれは怖いよ」

 

 以前は生粋の問題児といっても過言ではない凪原がどうして慈には逆らえないのか疑問に感じていた胡桃だったが、その理由を身を持って体感させられた。

 

「にしてもめぐねえそんなヤバかったのか?いくら初見っつっても恵飛須沢さんのビビり方がすごいんだが」

 

 未だプルプルと小さく震えている胡桃の様子に照山が首をかしげる。

 

「えーっと、校舎の階段をウォータースライダーにした時くらいの感じ」

「オッケー把握した。初見であれは辛いわ」

 

 凪原の返答に、照山は即座に納得の表情を浮かべた。

 いつもであれば「なんでそんなことやってんだよ」というツッコミが入るところだが、担当の胡桃がダウンしているため誰からもツッコミが入ることは無かった。

 

 

 閑話休題。

 

 

「それで、お前は銃の整備か」

「おう、定期的に手入れしてやらないとすぐ壊れちまうだろうからな」

 

 照山が座るデスクの上には複数の銃器が並べられていた。言うまでもなくすべてが実銃である。

 何となく一丁を手に取った凪原だが、すぐにこの銃がどの組織に配備されたものかを思い出し表情が険しくなる。

 

「MP5-JにH&KUSPってこれ銃対の装備だろ。どこで手に入れたんだよ、状態もいいみたいだし―――まさかとは思うけど、ヤッてないよな」

「なわけねえだろ」

 

 銃対すなわち銃器対策部隊、いわゆる警察の機動隊が持つ銃だったために確認したが、幸い危惧したことはないようだった。

 

「避難民が押し寄せて一瞬で崩壊した警察署からパク、借りてきた。中はあいつ等だらけだったからマジであのゲームの世界みたいだった」

「思ったより無茶してるな」

 

 明らかに聞き流していい内容ではないが、凪原にとってはそうなのかの一言で片付くことなので気にしない。

 手にしたMP5を構えたり、弾が入ってないのを確認したうえでマガジンの着脱を行ってみたりと感触を確かめる。それが終わると今度はUSPを手に取って同様に動作を確認する。

 今のところはグロックとそのカービンカスタムから切り替えるつもりはないが、いつか命を預けることになるかもしれないものだ。念入りにチェックして悪いということは無い。

 

「ねー、照先輩。こっちに置いてある銃は何なの?」

 

 その一方で、ようやく復活した胡桃は照山に声を掛けていた。その視線は机の端に置かれている拳銃に向けられていた。

 

「それはP230、正直使えないからどかしといたんだ」

「えっ壊れてるの?」

「いや壊れてるってわけじゃないけど、まあ見せたほうが早いか」

 

 そう言うと照山は2つの弾丸を取り出して胡桃へと見せる。

 

「これが9ミリパラベラム弾、MP5とかUSPはこの弾を使う」

「うん、あたしとナギが使ってる銃もこの弾だね」

「まあ世界的にメジャーな弾だからな。んで、こっちがP230に使う.32ACP弾。威力が低い上に弾がほとんど確保できなかったからそうそう使えないんだわ」

「ふーん」

 

 渡された銃弾を見比べる胡桃に代わって、今度は銃のチェックを済ませた凪原が口を開いた。

 

「よくP230なんてレアな奴置いてあったな。皇宮警察かSPがメインじゃなかったっけ?」

「まあ指揮官用かなんかだったんじゃねえの。俺としては置いてきたかったんだけどハヤが珍しがってな」

「あいつのミリタリー好きは相変わらずか」

 

 ミリタリー好きには男が多い印象だが、別に男しかいないわけではない。数は少ないものの女性にもコアなファンは一定数おり、彼等の同期の早川もその1人であった。

 銃が好きだったりゾンビパンデミックに向けての準備に本気で取り組んでみたりと、なかなかにマニアックな趣味をしているが現在は非常に役立っているわけで、結果的に見ればいい趣味だったと言えるのかもしれない。

 

「あれ、そういやハヤは?」

「今外、なんか直樹さんと祠堂さんに稽古つけるって言ってたぞ」

 

 模擬戦やるって言ってたから見てきたらどうだ、という照山の提案をうけ、凪原と胡桃は様子を見に行くことにした。

 決して作業の邪魔だからと追い出されたわけではない。

 

 

 

====================

 

 

 

「お、凪原君に胡桃ちゃんじゃん。どうしたの?」

「こっそり訓練とかしに来たんじゃないでしょうね。まだしばらくは安静にしてなきゃダメよ」

 

 梯子を上って屋上に出た2人に悠里と葵から声が掛けられた。

 葵が純粋な質問なのに対し悠里の声には疑念の色が含まれているあたり、付き合いの長さが表れていると言えるだろう。

 

「ちがうちがう、散歩みたいなもんだって」

「ハヤが美紀と圭に稽古をつけてるって聞いたからその見学にな。りーさん達は見た感じ種まきか、何植えるんだ?」

 

 凪原の言葉の通り、悠里達2人はガーデニング作業を行っていた。

 どうやら早川と照山が合流する前に作った屋上菜園2号が今日から本格稼働するらしい。 

 

「ええ。とりあえず小松菜にそら豆、あとはかぶを植えるつもりなの。そら豆はしばらくかかるけれど、後の2つは一月くらいで収穫できるはずよ」

「かぶかー、あたしお吸い物がいい」

「葉っぱも意外においしいんだよな」

「はいはい、収穫できたら作ってあげるから、しっかり休むのよ」

 

 お母さんのようなことを言ってくる悠里に手を振って別れ、今度は外壁についた梯子を伝って地面へと降りる。

 建物の正面へと回ればそこにはいくつかの人影があった。

 

 

「無駄無駄無駄無駄ァ!」

 

 

 そして、早川が圭のたんぽ槍と美紀の模造山刀による猛攻を哄笑しながら模擬ナイフ1本で捌いていた。

 

「よし、異常なしだな。戻るぞ胡桃、外寒いし」

「あたしが見た感じ異常しかないと思うんだけど?」

 

 何事もなかったかのように回れ右しようとした凪原の肩を掴んで止める胡桃。

 

「あれ見て驚かないのかよ!?美紀の山刀は始めたばっかにしても圭の槍はナギでも捌くの難しかっただろ、なんで早川先輩は普通に捌けてんだよ」

 

 胡桃の声が聞こえたのか、少し離れたところで3人の模擬戦を見ていた人物が凪原達に気付いたようだ。

 

「ゆーにいにくーねえ、いらっしゃいなの~」

「胡桃ちゃん達も来たんだ、それにしても早さんってすっごい強いんだね」

「おーう、暇だったから様子見にな。あれはまあ、ハヤだからな」

 

 駆け寄ってきた瑠優(るーちゃん)の頭をなでつつ、再び模擬戦をする3人に目を向ける凪原。視線の先では先ほどまで防御に徹していた早川が動きを攻撃へと転じさせていた。

 リーチの短いナイフを使っているにもかかわらず、的確な踏み込みや体のひねりで持ってやすやすと圭達の懐に踏み込んでいる。

 

「ハヤは31期(俺等)の代の中でも身のこなしは頭一つとびぬけてたからな。純粋な身体能力なら今の俺よりもまだ上だろうし、白兵戦じゃ勝てる気がしねえよ」

「ほへ~凪さんでも勝てない相手なんているんだね」

「ナギでも十分バケモノなのに上には上がいるもんだな」

 

 感心したような呆れたような口調の胡桃だったが続く凪原の言葉に目を丸くすることになる。

 

「何言ってんだ、胡桃だってもう体力と体の動かし方は俺とほぼ同レベルからな?」

「え、そうなの!?」

「そうだよ」

 

 食い気味の肯定に思わず沈黙する胡桃。その横では由紀と瑠優(るーちゃん)が「すごいすごい」と目をキラキラさせている。

 

「まあやりあったらとしたら経験とかの差で俺が勝つとは思うけど、胡桃はもっと自分に自信を持っていいと思うぞ―――っとあっちも決着がついたみたいだな」

 

 凪原の言葉に3人が模擬戦の場に視線を戻してみれば圭と美紀が倒れ込み、それを見下ろしている早川の姿があった。

 

「ああ見逃しちゃった、最後どうなったの?」

「ハヤが一気にしゃがみ込んだ後に限界まで右足を伸ばしての足払い。上半身に意識がいってる状態であれ喰らうとマジで対応できないんだよな」

 

 由紀に解説をしていると、凪原がいることに気付いた早川が声をかけてきた。つい先ほどまで激しく動いていたのに既に呼吸も整っていることからも彼女のレベルの高さをうかがうことができる。

 

「あらナギじゃない、どう?久しぶりに一戦やらない?」

「いややめとく。ハヤと模擬戦やったなんてめぐねえにバレたらヤバい」

「あー…確かにそうね。せっかく卒業したんだからもうめぐねえのお説教は受けたくないわ」

「(ハヤの性格上何かしらやらかすのは時間の問題だろうけどな)」

「なんか言った?」

「いや別になにも、にしてもやっぱりうでは落ちてないみたいだな」

「当然よなんせ―――」

 

 そのまま会話を始める生徒会役員2人の傍で、胡桃達は圭と美紀にねぎらいの言葉を掛けていた。

 

「2人ともおつかれ、はいタオル」

「おつかれさまなの~」

「ありがと。あ~最近は凪先輩ともそこそこやりあえるよになったから2人がかりならいけると思ったんだけどな~」

 

 未だ起き上がる体力のない圭は地面に横たわった愚痴っており、何とか体を起こした美紀も立ち上がる気力は無いようで座り込んだまま。

 

「前に屋上で鬼ごっこした時を思い出しました」

「うんまあ早川先輩にはナギも勝てないみたいだし、しょうがないんじゃない?」

「どんなバケモノですかそれ…」

 

 胡桃の言に思わずといった感じで言葉が漏れる。

 

「はいそこ聞こえてるよー、うちだって何人かに囲まれたらあっさりやられるからね」

「何人で掛かっても勝てる想像がつかないよ早先輩」

「そうでもないぞ?ハヤだって憲兵隊が出てきたら逃げてたし」

「いや~いくら憲兵だって………けんぺい?」

 

 耳慣れないワードに圭の凪原への返答が途中で止まった。

 

「けんぺいって、憲兵?」

「おう」

「あ~そういえばいたね、憲兵さん」

「どうして学校に憲兵がいるんですか?…いや何となく分かりますけど」

 

 理由は想像できるものの聞きたくない、といった様子の美紀に答えるのは胡桃だ。

 

「多分が美紀が想像してる通り。ナギ達生徒会とかあと他にもやらかした先輩達を捕まえるための組織だよ。31期の先輩のうち真面目で運動できる人達で構成されてたみたい」

「凪さん達が3年生だった1年間しかなかったけどね」

「そうでしょうね…」

「そんなのを組織しないとダメって31期の先輩たちはどうなってたのさ…」

 

 もはやあきれ返ってしまった34期の2人(美紀と圭)を尻目に、31期きっての問題児2人(凪原と早川)は暢気に思い出話に花を咲かせていた。

 

「いや~なかなかやり手が多かったよな憲兵隊」

「集団での包囲は抜けるのに苦労したわね。あと隊長のサイドテールにしてたあの子、いつも隊長って呼んでたんだけど名前なんだっけ?」

「あー…、えーっと……―――たしか()()じゃなかったか?」

「ああそうだ()()()ちゃんか!元気してるかしらね」

「ま、死んでるってことはないだろ。あいつも結構強かったし」

 

 




章初め恒例日常回です。キャラが増えてきたので全員登場させるのが大変でした……
さて、投稿予定時刻まであまりないので今週の解説コーナーに参りましょう。


手錠
原作では2巻から登場したアイテムですが、本作ではやっとの登場になります。鍵が本人の手元にあるのは「起きて自分で外せるな発症はしてないし、ヤバそうなら外さないだろ」という信頼の現れ。ちなみに胡桃の毎朝のチェックは基本的にりーさんの担当。

照山たちが持ってきた銃
5-10の最後に聞こえたフルオートの発砲音はMP5のものでした。銃器対策部隊は日本警察の最後の砦ですからこれくらいの装備は持っています。文中には書きませんでしたが防護服やプロテクター、ライオットシールドなども持ってきています。

屋上菜園part2
りーさんからのつよい要望で実現。曰く「栄養を考えたら野菜はどうしても必要なのよ」とのこと。

早川
近接オバケ、感染により身体能力が向上した凪原でも勝てません。多分スタントとかも普通にこなせる。


そんなわけで第6章がスタートしたわけなんですがここで連絡があります。筆者なんですがこれから数ヶ月間猛烈に忙しくなります。恐らくこの前忙しいって言ってた時の比じゃないレベルです。
なので申し訳ありませんが毎週更新はできなくなると思います。読者の皆様には申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。

エタることだけは無いと思いますのでどうかこれからもよろしくお願いします。


それではまた次回!


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6-2:車内にて

本編更新は3週間ぶり、なんかごたごたしているうちに12月が溶けた感じです。
いよいよ大学編が動き出します。が、例により派手な原作乖離がありますのでご注意を。

総合評価1000pt突破しました!ありがとうございます!


「しばらく直進でいいとして、その次はどっち行けばいいんだ?」

 

 ハンドルを握った胡桃が助手席へと声をかける。それだけならば特におかしな点はない。これまでに何度も遠征に出ており、その中には凪原ではなく彼女が運転をしていた時もあるからだ。

 そして道順を尋ねるのもいつものことである。なんせ現在の道路は乗り捨てられたり事故を起こしたりした車両に倒れた電柱や散乱する瓦礫、挙句の果てにはフラフラと動き回るゾンビであふれているため、運転手にとってはそれらを躱すのが第一で隣にいるパートナーにナビを任せるのだ。

 凪原が運転しているのであれば胡桃に、胡桃が運転しているのであれば凪原に、といった具合である。

 

 では何が普段が異なるのかと言えば、胡桃のナビをしているのが凪原ではなく由紀であるということだった。

 

「んーっとね、次の信号は真っすぐでその次は右。その後はすぐに左……は事故ってるからダメだね、2個目を左」

「りょーかい」

 

 そして胡桃に対する由紀の返答もどこかおかしかった。どうして車内にいながらにして先の道路の情報が分かるのか、その理由は彼女の手の中にあった。

 背丈と同じく小さな彼女の手にはやや不釣り合いな武骨な道具。テレビゲーム用コントローラーの上部にタブレットを増設したような外見のソレの画面には、高くから街を見下ろした映像が映し出されていた。

 その画面と膝の上に置いた地図を見比べつつナビをしていく由紀へ後ろから声が掛けられる。

 

「由紀、何回も言うようだけどバッテリーの残量には気を付けろよ。充電切れで墜落でもさせたらテルが怒るからな」

「分かってるよ~」

「それにしてもドローン、でしたっけ?確かに便利ですけど照山先輩は何でこんなの持ってるんですか?前にニュースで見ましたけど、あれってテレビ撮影とか離島への配達とかに使う機種ですよね。大きいですし」

「なじみの研究室から勝手に借りてきたらしい」

「えぇ…」

 

 由紀に声を掛けた凪原と、それに合わせて疑問の声を上げるも返された答えに困惑の色を浮かべる美紀。

 この2人を加えた4人が現在車に乗っている全員であり、今回の遠征の参加メンバーだった。普段は凪原と胡桃だけであることを考えれば実に2倍の陣容だ。

 

 それはともかくとしてドローンである。

 

 マルチコプター、あるいは無人航空機とも呼ばれるそれはこの5年程で一気に広まった飛行機械だ。複数のローターを持つために飛行時の安定性は類似するヘリコプターを上回る。

 種類も豊富であり、それこそ子供のおもちゃ程度のものから美紀が言ったように撮影や産業や本格的なものまで様々だ。当然ながらその値段も機体のグレードに合わせて天と地ほどの差がある。

 

 由紀が手にしているのはそのドローンのコントローラーであり、画面に映るのは機体に搭載されたカメラがリアルタイムで撮影している映像だった。

 車の上空にドローンを飛ばすことで前方の道路の状況を確認する、仕組みは単純だが有効な策だ。現に放送局を出発してから早数時間、行き止まりで来た道を戻るということをせずに済んでいる。

 8つのローターでもって空を飛ぶその機体からは、玩具用のものでは決して出せない産業用機体ならではの頼もしさを放っていた。

 

 とはいえいくら頼もしくても所詮は機械。バッテリーが切れたら墜落は免れず、そうなってしまえば壊れてしまい修理は不可能だろう。照山は数機持ち込んできていたものの、再補給が効く類のものでもないため扱いには注意すべきという考えから出たのが先ほどの凪原の言であった。

 もっとも、いざとなったら以前手に入れた打ち上げ花火を括りつけて特攻させる気でいるためいつも通りと言えばいつも通りである。

 

「でもさー、ナギだって運転もナビもしないでいいってのは楽でいいだろ?]

「まぁそりゃあ、な。だいぶ楽させてもらってるよ」

 

 運転席の胡桃からの声に、凪原は苦笑交じりに返すとそのままごろりと横になった。

 

 どこに?

 

 ベットに。

 

 普通車にはベットなどついていないが、凪原が体を横たえたのは紛れもなくベットである。シートをリクライニングさせたベット(仮)ではなくきちんとしたものだ。

 そうなれば彼等が今乗っている車が何なのかを想像するのは比較的容易いだろう。まず思い浮かぶのは救急車かもしれないが、わざわざゾンビが蔓延っているであろう病院まで出向いてわざわざ持ってくる理由などない。

 となれば答えは1つくらいしかない。

 

「それにしても、あおさんが()()()()()()()()を使わせてくれてよかったね」

 

 キャンピングカーだ。

 

 彼等が今乗っているのは普段のEVバンではなくキャブコンと呼ばれる車種、万人がキャンピングカーと聞いて思い浮かべる形の車両である。今回の遠征にあたって、凪原達は葵からこの車を借り受けていた。

 

「ああ、今回は普段の遠征と比べて距離も人数もあるからな。実際かなりありがたい」

「結構デカいから運転が大変だけど、なっ」

「「おっと」」

 

 言いながら胡桃が道に倒れていた死体を避けるためにハンドルを切り、車体がわずかに揺れる。

 キャンピングカーは普通の車よりも重心が高いのでバランスが悪くなっているのでそれなりに運転技術が求められるのだ。

 

「んも~気を付けてよ胡桃ちゃん」

「わるいわるい、ちょっと先の方見てたからさ」

「ちゃんと疲れる前に言ってくださいよ?」

「あ~、そろそろ1回休憩するか?もうさっき運転代わってから2時間以上経つし」

 

 後部キャビンで立ち上がっていたために姿勢を崩した美紀と、膝にのせていた地図を落とした由紀に謝る胡桃。

 美紀の言葉を受けた凪原の提案に皆が賛成し、その数秒後に車は道の真ん中でゆっくりと停車した。自分達以外の車など走っていないので路肩に寄せる必要もないのである。

 

「ん~、やっぱちょっと疲れたな」

「ドローンも屋根の上まで戻したよ」

「おう、2人ともお疲れ」

「お疲れ様です」

 

 運転席からキャビンへと戻ってきた由紀と胡桃にねぎらいの言葉を掛ける凪原達。2人とも伸びをしたり腕を回したりして体をほぐしている。やはり座席にずっと座っていると疲れが溜まるのだろう。

 

「さあさあ、もうお昼過ぎてるしご飯にしようよっ」

「レトルトかインスタントぐらいしかないけどな。麺類とカレー、どっちがいい?」

「カレー!」

「はいよ、2人もそれでいいか?」

 

 備え付けのテーブルに着くなり手を上げて希望を言う由紀。それに凪原が確認を取ると胡桃と美紀も苦笑しながら頷いてくれた。

 これまた備え付けのコンロに蛇口から注いだ水で満たした鍋を載せて火にかける。あとは沸騰したところでレトルトパックを放り込めば終了だ。

 水については出発前に屋根上の貯水タンクを満タンにしているのでしばらくは問題ない。

 

「今どのあたり?」

「うーんと…今ココだね」

「げぇ、まだ結構あるなぁ」

「まぁまだ1日目ですからね」

 

 てきとうに準備をしている最中の凪原の背後で、3人はテーブルの上に地図を広げていた。

 ナビ役の由紀が指し示した現在位置に胡桃が落胆の声を上げる。

 

「美紀の言う通り、それにこれでも距離は半分になってんだぞ。もともとは巡ヶ丘高校(うちの高校)からイシドロス大学まで直接行く予定だったわけだし」

「そりゃたしかにそうだけどさー」

 

 放送局に行くのに少し逸れたから完全に半分ってわけじゃないけどな、と言いながら温まったカレーを盛り付ける凪原に胡桃は口をとがらせながら上体をテーブルへと投げ出した。

 彼女的には車体の大きさから普段より運転に気を使うのに、それと対照的に移動距離は稼げないというのが何となく気分が上がらないのだろう。

 

「この辺りは私達の学校周りと比べて都会ですからね。その分瓦礫や奴等の数も多いから仕方ないですよ」

「みーくんが狙撃してくれてるからあんまり気にしないで済んでるけどね、ほんとに大助かりだよ」

「そんな、私なんて大したことないですよ」

「いや充分大したことだろ。最近また腕が上がってきてるし、どうしたらそこまでうまく狙えるのか教えてほしいくらいだ」

 

 由紀の称賛に謙遜する美紀だったが、凪原はそれをかぶせるように否定する。

 話している間も手は動いており、カレーの皿が3人の前と自身の席に置かれる。人数分のコップとピッチャーもいつの間にか用意されていた。

 

「とにかく、美紀はもっと自分に自信を持っていいってことだ。そんなこと言ってるとまた圭が怒るぞ」

「あー美紀が遠慮してると怒るもんな、圭は」

「みーくんとけーくんはラブラブだもんね~」

「いっ、今圭のことはいいじゃないですかっ。それに圭とは親友ですけど別にそういうのじゃないですし!」

 

 由紀の言葉に顔を赤くしながら反論する美紀。テーブルを叩こうとしていたが料理が並んでいるのを思い出して寸でのところで思いとどまった。

 代わりに自身のコップへ水をやや乱暴に注ぐ。それを一気に飲み干すと落ち着いたようで、今度はわずかに笑みとともに口を開いた。

 

「それに、ラブラブと言うなら凪原先輩と胡桃先輩の2人の方でしょう。最近一緒にいる時間が一段と増えてますよね、今もさりげなく隣に座ってますし」

 

 その言葉に、カレーを掬い今まさに口を入れようとしていた胡桃の動きが止まる。

 数秒後、聞こえなかったことにして改めてスプーンを口に運んだ彼女を今度は由紀の口撃が襲う。

 

「照さんが遠征でいない日の夜はこっそり凪さんの部屋に行ってそのまま帰ってこないもんね」

「っ!?!?!?」

 

 秘密にしていたことをズバリ指摘されて思わずむせる胡桃と、その背をトントンと叩く凪原。

 そんな何気ない動作からも2人の関係が垣間見え、向かいに座る由紀と美紀の笑みがますます深くなる。

 

「な、にゃ、にゃんで知って――?」

 

 どうやら胡桃は驚きのあまり猫になったらしい。

 

「そりゃ分かるよ。胡桃ちゃんこっそりしてるつもりみたいだけどベットから降りる時で分かるし、部屋から出たらスキップしてるから結構音するんだよ」

「え……」

「それに電気を消す前からソワソワしてますし、分かりやすすぎです」

「ほ、ほんとに?」

「「うん(はい)」」

「おい胡桃、想像以上にバレてるじゃないか」

「う~、バレてないと思ってたのに」

 

 呆れたような凪原の声に力なくうなだれる胡桃。絶対の自信、という程ではないがここまで確信を持って言われるとは思っていなかったようで動揺が大きかったようだ。

 

「あっ、めぐねえは気づいていないみたいだから安心してね」

「葵さんは分かってるみたいですけどね」

「や、まあそれは、うん。めぐねえにバレてたらとっくに怒られてるだろうし」

「葵さんその辺の勘鋭そうだしな」

 

 社会人組2人の話を聞いて落ち着く胡桃と凪原。

 慈は一度寝てしまえば滅多なことでは起きないし、些細な違和感などは流してしまうため隠し事をするのは容易いのだ(だからこそ凪原達31期生徒会が部屋を勝手に改造してもバレなかったのだが)。

 それとは反対に葵は基本的に察しがいい。就活したてだったということもあるのだろうが周囲の様子を見ながらの気配りが得意だ。誰かが家事をしているといつの間にかその隣で手伝っている、という姿をよく見かける。

 

「あとりーさんから伝言で、その、『るーちゃんもいるんだから放送局でラインを越えるのは勘弁してちょうだい』とのことです」//

「「超えない(っての)!というかりーさん何言ってんの!?」」

 

 悠里からの想定の斜め上をいく要望に声が裏返る凪原と胡桃。伝言を伝えただけの美樹の顔も赤くなっているいるあたりまだまだ初だと言えるかもしれない。

 

「にゅふふ、3人とも赤くなっているよ~。それに、『この伝言を聞いて赤くなるようなら心配ないと思うけれどね』とも言ってたし大丈夫みたいだね」

「りーさんなんでそこまで予測できんだよ…」

「完全に理解があるタイプのお母さんじゃないか…」

 

 揃って何ともばつの悪そうな表情になる恋人2人、とはいえいたずらが見つかった子供のように見えなくもない。

 このようにどこか幼いところがある彼等だからこそ、付き合っていても互いに夢中になりすぎることは無いし他をおろそかにすることもなく、それゆえに由紀達も微笑ましく見守ることができるのだった。

 

「なんかご飯食べる前にすごく疲れた気がする」

「俺も」

「なんか私もです…」

「まあまあ、とりあえず食べようよ」

 

 この場にいないはずの悠里に振り回されたところで、ようやく4人は食事を開始した。

 

 

 

====================

 

 

 

「そう言えば今更ですけど、なんで今回の遠征はこのメンバーなんですか?」

 

 食後、すぐに移動を再開するのもなんだということでしばらく休憩をしていたところで美紀が口を開いた。

 

「あ、それ私も気になる。言われてから割とすぐに出発だったから聞く暇なかったんだよね」

 

 由紀も気になっていたようで、ベットに横になったままではあるが顔を凪原の方へと向ける。

 

「あ~、そういや言ってなかったか。ハヤとテルと話してたから言った気になってた」

 

 問われて初めて凪原は今回のメンバー編成について話していなかったことに気付いた。極まりが悪いのをごまかすように頭を掻き、1つ咳払いをしてから説明を始める。

 

「まずは人数、放送局から大学は結構距離があるからいつもみたいに2人だけだとちょっと辛い。今まで言ったことが無い場所だから途中に安全に休めるところがあるか分からないし、もしなかった場合じゃ交代で仮眠をとるにしてもそれを拠点外で続けるのはリスクが大きい」

 

 普段よりも消耗するからな、と続ける凪原に頷く面々。

 

「その辺は割と早い段階で葵さんがこのキャンピングカーを提供してくれたから解決。定員が4人だから自動的にメンバーの上限も4人になる」

 

 本当にキャンピングカーを使えることの利点は大きい。車体が大きい故に制約も多いが車体そのものが簡易的なシェルターとして機能するため、通る道さえ間違えなければ移動時の安全性と快適性が格段に向上する。

 

「んで、とりあえず言い出しっぺの法則で俺は参加。特に大学の様子を確認したいってのが大きいな。無人なのか生存者がいるのか、いるならどんな奴なのかとか、自分の目で見ときたいことが多い。あとは対応力有りそうなメンツを選んだ、以上」

「おいナギ、最後いきなりてきとうになったぞ」

 

 それまでの流暢な説明から一転しての投げやりになった凪原の説明に胡桃がすかさずツッコミを入れる。学園生活部では割と見慣れた光景だ。

 

「対応力って、ようは戦闘力のことですよね?それなら私よりも圭とか、それこそ早川先輩とか照山先輩の方がよかったんじゃないですか?」

「私もあんまり戦うのは自信ないよ?」

 

 当たり前だが、遠征とはすなわち安全が確保された拠点から外に出ることだ。その場合における対応力とはすなわち戦闘力である、という美紀の指摘はある意味では正しい。

 とはいえ、その観点に立ったうえでも様々な考え方があるのだ。

 

「まあ正面戦闘の能力で言えば、2人ともテルはともかくハヤには敵わないだろうけどな。ただそれじゃ能力が俺と同系列になる。全員がそれじゃいざって時に対応力が下がっちまうんだ」

 

 その点、と言いながら美紀と由紀の方を指さす凪原。

 

「美紀はさっきも言ったけど狙撃スキル持ちだろ、遠距離から相手を倒せるのはデカい。由紀の方はそのよく分かんないけど高レベルな直感だ。知覚範囲外の索敵なんざ誰でもできるもんじゃない。どっちも今回の遠征に合ってるんだよ、頼りにしてるぜ?」

 

 戦闘力にもいろいろある。相手と正面切って戦う力だけが戦闘力ではないし、そもそも相手と直接戦わずに済ませるというのも立派な戦闘なのだ。

 そのことが伝わったようで、質問してきた2人も納得したようだ。任せてほしいと言うかのように頷いた。

 

 そんな2人の様子とは対照的に、凪原がチラリと視線を向けた先では胡桃が微妙に面白くなさそうな顔をしていた。頼りにしているという言葉を掛けられなかったのが何となく気に入らないらしい。

 わずかに頬膨らませつつ、それでもそれをこちらに悟らせないように努力している彼女の姿に―――

 

 

―――凪原の中にいたずら心が芽生えた。

 

 

「最後に胡桃だけど………説明いるか?」

「うひゃあっ!ちょっ、ナギ!?」

「「いらないよ(です)」」

 

 胡桃を抱き寄せつつ、頭同士をコツンとくっつけて笑う凪原に由紀と美紀の返事が揃う。凪原からは見えないが触れ合っている胡桃の耳が熱くなっているので、その顔は真っ赤になっていることだろう。

 

「だが言う。昔はともかく今の俺は近くに胡桃がいてくれないと調子が出ないからな。胡桃には一緒に来てもらわないと俺が困る」

 

 堂々と凪原が惚気れば由紀と美紀のはやし立てるような声が上がり、それに伴って胡桃がさらに顔を赤くしやがてプルプルと震え始める。

 そんな時間は、耐えきれなくなった胡桃が腕を振りほどいて凪原に照れ隠しの肘鉄を入れるまで続いた。




というわけで6章第2話でした。
この章からはプロットの関係上これまで以上に原作乖離が多く起こっていきますが、話の筋は練っているつもりですのでお楽しみいただけると幸いです。


それでは今週の雑談(解説)

ドローン
原作では最終巻にて登場しましたが、今回出てきたのはそれとは別の機体です。それも原作のような小型のものではなく、連続飛行時間も1時間を超えたガチの奴。最近では大学でも研究しているところが割とあったりするので照山がパク、借りてきた設定です。

キャンピングカー
こちら原作通り、皆さんおなじみのあのキャンピングカーです。踏破力は最低ですがある程度でも通路が確保できてるなら、このポストアポカリプスの時代にこれほど快適な乗り物もそうありません。ちなみにガソリン式なので近々使えなくなるでしょうが、便利は正義の精神で使ってます。

遠征メンバー
今回一番の原作改変、りーさんが抜けて凪原が入りました。理由としては凪原が本文中で肩った通り。今の学園生活部は人材が豊富なうえ、本作では本当にるーちゃんがいます。さらに安全な拠点(放送局)に既にいるので無理についてくる必要がない、という理由付けです。
ちなみに、仲間の安全を考えるタイプの凪原が残した皆のことを心配していないのは早川と照山を残してきてるから。元生徒会仲間のこの2人がいるなら大抵のトラブルには対処できると信用している。


さて、これにて今年の投稿は終了です。本作も2度目の年越しを迎えることができました、これも読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
来年も投稿頑張っていきますのでどうか応援よろしくお願いします。

それでは皆さん、よいお年を~


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時節ネタ:年明け

あけましておめでとうございます!

年末年始ということで前回の年末年始に続いて時節ネタpart2です。本編そっちのけでごめんなさい!でも書きたかったからね、しょうがないね(開き直り)。


 正月イベントと聞いてイメージするものには何があるだろうか。

 あまり深く考えずとも親戚の集まりに初詣、福袋のバーゲンセールなど、にぎやかで華々しいものがすぐに思い浮かぶ。

 しかしこの正月、そのようなイベントを行っている場所は日本中どこを探しても見つからないだろう。

 パンデミックの発生から既に半年以上、ゾンビが現われてから初めて迎える新年は1年前からは想像もできない程静かだった。

 

 ただし、昨年と比較してむしろ賑やかさを増している場所も存在する。

 

 郊外の雑木林の中、ひっそりとたたずむ真四角の建造物。コンクリート打ちっぱなしの外観は寒々しいが、屋上の菜園や掃除されて綺麗になったキャンピングカーからは確かに人の気配を感じることができる。

 そして、建物の中ではそこで暮らす人達が思い思いに穏やかな時を過ごしていた。

 

「「……。」」

 

 リビングの一角で凪原と胡桃が向かい合ってこたつに入り、それぞれが天板の中央に積まれたみかんの山との戦いを繰り広げていた。

 既に板の端には数個分の皮が見える。きれいなヒトデ型に剥かれているものとボロボロになっているもの、2人のどちら側にどのような皮があるかを述べるのは野暮というものだ。

 

「あれ、ナギってその白いフサフサのやつ取らないの?」

「んー、取る時もあるんだけどな。今はめんどいからそのまま」

 

 ふと手を止めた胡桃が凪原の手元を見て問いかければ凪原が答える。

 

「じゃあ1個あげる――ほら口開けて」

「ん――、サンキュ」

「うん」

 

 胡桃が差し出した一房を口で受け取る凪原。丁寧に筋が取られたソレは甘さをより強く感じることができた。

 色違いの揃いの半纏を着てのんびりとくつろぐ2人の様は、さながら一人暮らしのどちらかの家に遊びに来た恋人同士のようである。

 

 まあ彼氏彼女という点では間違っていないのだが、その後の一人暮らしの家という点は大いに間違っている。

 なんせ一緒に暮らす仲間は全部で11人。2人だけで、というにはいささか無理があった。

 

 さらに言ってしまえばリビングの中ですら2人だけというわけではない。

 

 カウンターの向こう側では悠里と慈がエプロンを付けて料理中だし、さらすぐ傍らでは由紀、美紀、葵、るーちゃんの4人が大型のディスプレイの前でコントローラーを握り込んでいる。対戦系のゲームらしく意識の大半はそちらに向いているようだが、流石に凪原達が何をしているのかくらいは分かるだろう。

 それなのに普段恥ずかしがり屋の胡桃がこんなことをできているのは、彼女の恥ずかしく感じるラインによるものだと思われる。至近距離での直接的な接触、ようするにベタベタくっつくのでなければあまり問題ないらしい。

 なら夜ベットに潜り込んでいるのは何だという声が聞こえてきそうだが、あくまで人前ではという話である。

 まぁ、凪原としても四六時中くっついているというのも性に合わない。(周りからどう見えるかは置いておくとして)適度な距離感というものが大切なのである。

 

 そんなふうにゆったりとした時間が流れていたリビングだったが、その雰囲気は唐突に打ち破られることになる。

 上階で音がしたと思えばそのまま足音と声が大きくなり、すぐに廊下に続く扉が大きく開かれた。

 

「ただいまぁっ!ホンッと寒すぎるんだけど」

 

 先頭で声を張りながら入ってきたのは早川。それだけ元気なら寒さなど平気だろうと思わないでもない。

 

「あ~部屋あったかい。やっぱ外とは全然違うね」

「同感だ、もうちょい環境に気を使って温度を低くしても罰は当たらんと思うけどな」

「おうおかえり。そう言うなっての、俺と胡桃は感染してるから体温低いんだぞ?凍っちまったりしたらどうすんだよ」

 

 続けて入ってきたのは圭と照山。

 他2人に比べて照山が平気そうなのは筋肉量の違い故だろうか。

 

「凍るわけあるか――っと、とりあえず報告だな。近所一体異常なし、ただ所々地面が凍ってたから出るなら足元注意って感じだったぞ」

 

 照山達3人は年始のパトロールとして放送局の周囲一帯を巡回してきていた。

 照山と早川の2人でも十分だが、圭も連れて行ったのは訓練の一環である。

 

「奴等は?」

「いたことはいたけどなんか鈍かったな」

「鈍い、ね。あいつ等が鈍く無い時なんてあったか?」

 

 ゾンビの状況についての質問の答えは何とも微妙なものだった。

 もともとが腐りかけの身体のゾンビだ。動きは鈍いのが当たり前で、逆に機敏だったと言われた方が驚きである。

 

「そりゃそうなんだけどよ…なんかこう、あるだろ。感覚的なもんがよ」

「あー分かった分かった。そんじゃ手洗ってこい、なんだかんだで冷えただろ」

「あいよ、ほら2人も行くぞ―――っていねぇ!?」

 

 ふと傍らを見て声を上げる照山。報告を始めた時点で早川と圭は手洗い場へと消えていたのだが気づいていなかったようだ。

 

「2人とも割と最初からいなかったよ、照先輩」

「あーもうお前等っ、なんで報告中にどっか行ってんだ!」

 

 胡桃の言葉に怒りの声を上げつつ照山もリビングを出ていった。

 

「照先輩いつもあんな感じなの?」

「ん?ああそう、だいたいいつもああだよ」

 

 廊下に続くのとは別の、手洗い場や地下倉庫に続くドアから出ていった照山の背を見送った胡桃の言葉には若干の同情が含まれていた。

 対して凪原は一瞥することもなく既に興味の向く先は次のみかんへと移っている。ヘタとは反対側から親指を突っ込み、そこを起点にして皮を剥きながらてきとうな調子で続ける。

 

「テルは生徒会(俺等)の中では固い方だからな。イベントとかの提案数も俺とハヤに比べたら少なかったし。………その分提案する時はとんでもない爆弾を放り込んでくるんだけど

「なんて?」

「いや、なんでもない」

 

 実は何となく聞こえていた胡桃だったが、詳しく聞かない方が精神衛生上良いと判断した。具体的にどれが照山提案のイベントかを知ったところで疲れる未来しか見えないのだ。

 正月早々そんな思いをしたいという人はなかなかいないだろう。おとなしくみかんの皮をむく作業に戻る方が賢明である。

 

 

 

====================

 

 

 

「……それで?」

「ちょっとナギそこどいてくれない?」

「断る」

 

 両手を合わせウィンクをしながらの早川の頼み(命令)を一言の下に拒絶する凪原。短い言葉の中に鋼鉄の意思を感じることができる。

 

「じゃー、くーちゃんお願い」

「あたしも嫌ですって。あとくーちゃんってのやめてって言ってるのに」

「なんでさ、くーちゃんってかわいいじゃん。そ、れ、よ、り―――」

 

 今度は胡桃の方へ顔を向けるもすげなく断られる早川。そして胡桃の苦言を華麗に無視した彼女は腰に片手を当てて仁王立ちし、もう一方の手を頭上で指さす形にするとズビシッ、っと音がしそうな勢いで振り下ろした。

 

「―――いいからナギかくーちゃんはどっちかうちにこたつを譲ること!」

 

 わざわざ大仰な仕草をしてまでやったのはこたつの要求である。完全にポーズや真剣な表情の無駄遣いだが基本的に生徒会当時(現役時代)はこんな感じだったうえ、合流後の短い期間だけでも彼女がこういう人種であるということは皆も分かっていた。

 

「だから嫌だって言ってんだろ。見ての通りこたつ(ここ)は満員だ」

 

 現在、こたつの各辺は凪原、胡桃、照山、圭の4人で占められている。あまり大きなものではないため、1辺に2人が詰めて座るということもできそうにない。凪原の言葉通り完全なる満員だった。

 それは早川から見てもそうだったのだろう。しばらく「むむむ…」とうなっていた彼女だったが、やがて愉悦成分を多分に含んだ笑みが浮かんだ。

 

「よしっ、うちにいい考えがある!」

「ハヤがそう言ってほんとにいい考えだったためしがないんだが」

「なんかあたしも嫌な予感がする」

「おっ、ナギは当然としてもくーちゃんもなかなかいい勘してるわね」

「「やっぱりか…」」

 

 愉悦一色になった早川に、凪原と胡桃は大きくため息をついた。

 

 

 一分後

 

「これでよし」

「「待った(て)」」

 

 満足げ顔をしてこたつに入り込む早川に対してストップをかける凪原と胡桃。

 

「あれ、もしかして言いたいことでもある?」

「逆に聞くが無いとでも思ってるのか?」

「そうだってハヤ先輩っ、これはさすがにっ」

 

 そしてこの2つの声が全く同じ場所から上がったことが問題だった。

 胡坐をかいてこたつに入っている凪原。その足の上に胡桃が小さくなって座っている。

 先ほどまで着ていた半纏を脱いで凪原の身体に背を預けるような体勢になっているため、凪原が着る半纏の中にスッポリと収まってしまっていた。

 

「なによ。だってナギとくーちゃんは付き合ってるんだからそれくらいいいじゃない。これなら皆こたつに入れるんだから文句ないでしょー」

 

 私は正しいことをしたと信じて疑わない早川はさっきまで胡桃がいたところでこたつにあたっている。天板にあごまで乗せて完全にくつろぎモードだ。凪原達の苦情などどこ吹く風である。

 

「まあまあ、ハヤが考えたにしてはなかなか悪くない方じゃん」

「そりゃテルには関係ないからなんでもそうだろうよ。まあ今回はハヤの提案にしちゃ珍しく平和的だけど、俺も胡桃も羞恥心ってもんがあるんだぞ」

 

 面白そうな顔をして言う照山へと矛先を向ける凪原。なんでもなさそうにしているが、付き合いの長い者が見れば彼がわずかに照れているのが分かる。

 

「胡桃先輩もそんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん。せっかく大義名分を持って凪先輩とくっつけるんんだし」

「おい圭、お前絶対楽しんでるだろぉ…。すごい恥ずかしいんだぞこれ」

 

 ニヤニヤとした圭の視線から逃げるように胡桃が身体を縮こまらせる。無意識に半纏の奥に逃げようとするものの、そのせいでさらに凪原に密着することになっているということに気付いていないようだ。

 なお、胡桃がモゾモゾと動くせいで絶妙な振動が凪原へと伝わっているのだが、彼は全力でもってそれを周囲に悟られないようにしていた。漢凪原勇人二十歳、我慢の時である。

 

 その後もブツブツと文句を言う凪原達だったが、とある早川の言葉でそれがピタリと止まることになる。

 

「テルもけーちゃんも構っちゃだめよ。一応のポーズで文句言ってるだけなんだから、こっちが反応しなけりゃ勝手にいい感じになるわよ。ほんとに恥ずかしいだけならさっさと離れればいいし、そもそも最初からうちの提案を蹴っていればよかったんだし」

「言われてみりゃそうか」

「とりあえず文句言ってれば、格好はつくもんね」

「「う…」」

 

 笑みを深めた3人を前にスッと目をそらす凪原と胡桃。完全に図星を指された者の動きである。

 そのまましばらく顔を不自然な方向に向けていたが、やがて凪原が肩を落とした。

 

「あー…、こっからごまかせる未来が見えねぇか」

 

 言い訳がましくそう話しながら顔の向きを戻し、脱力した。

 

 ところで、凪原と胡桃の間にはそれなりに体格に差があるとはいえそれは頭一つ分あるかないかという程度である。足の上に胡桃が座っている状態では頭の高さはほぼ同じくらいだ。そして今凪原は体に入れていた力を抜いた。

 つまり何が言いたいのかというと―――

 

ピタ、「うひゃぁ!?」

 

―――凪原の頭が落ちてあごが胡桃の肩に乗り、頬がくっついた状態になった。

 

 さらにこたつに深く入るように体を前に動かしたため、必然的に胡桃との接触面積が増えた。

 

「待ってナギ。近い、近いってっ」

「別にいいだろ、さっき揃って黙っちまったせいでもうごまかせないし。開き直った早いぞ?俺はもう開き直った」

「切り替えが早い!前にも思ったけどナギこういう時諦めるのが早すぎるぞ!」

「31期として過ごした弊害だな。追い詰められた場合はジタバタしてもしょうがない、基本的に既に逃げ道は塞がれてるからな。諦めて流れに身を任せた方がいい」

「達観しすぎだろ!?どんな経験したらそこまで悟れるんだよ」

「そりゃあもう、色々とな」

 

 凪原の言葉に当時のことを想像したのか胡桃が黙り込む。数秒の間そうしていたが、やがていろいろなことを吐き出すように息を吐くと彼女もまた脱力した。

 体からもこわばりが抜けてリラックスモードに入ったようである。

 

「はぁ、分かった。追い詰められちゃったから仕方ないもんな」

「そうそう、それになんだかんだ言って胡桃だって悪い気はしないだろ」

「…ノーコメント。  そりゃ悪い気はしないっていうか嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいって気持ちはあるわけで、でも皆の前でっていうのもそれはそれで――

 

 凪原の言葉に少し顔を赤らめてゴニョゴニョと口ごもる胡桃。しかしその口元はわずかにではあるが確かにほころんでいた。

 

(((かわいい)))

 

 早川達こたつに入っていたメンバーだけではなく、ゲームをしていたはずの由紀達もこちらのこと状況は気付いていた。全員の内心がきれいに揃ったものの、わざわざそれを指摘する者はいなかった。

 集団生活を送っている都合上、凪原と胡桃が完全に2人だけの時間を過ごせることはほとんどない。2人の性格上そこまでベタベタしたいという願望があるわけではないだろうが、思うところはあるだろう。それを分かっているが故の、からかいという形を取った皆なりの計らいというものだった。

 

 もっとも、見ていて反応が面白いからという理由があることも事実ではあったが。

 

 

 

====================

 

 

 

「にっしても、まさかこの状況で新米と餅が食えるとは思ってなかったな」

「そーそー、そもそも移動中はインスタントの麺類ばっかだったからお米自体久しぶりだったしね」

「なんか聞いてるだけで体調崩しそうな食事っすねー、ニキビとか大変だったんじゃないんですか?」

 

 早川と照山の会話に口を挟む圭。

 リバーシティ・トロンにいた頃は男性陣が色々と食料を確保してきており、高校に来てからは慈と悠里の奮闘により栄養まで考えられた食事を摂っていた圭からすれば、この2人の食事事情は何とも想像しがたいものだった。

 

「うーん…意外とそうでもなかったのよこれが。ほら、最初に会った時普通に肌綺麗だったし髪も艶々だったでしょ?」

「うっわぁ、確かにそうだったけどなんか同じ女としてむかつくな~。もしかして美容とか気にしてなかったタイプ?」

「ふっふっふ~、その通り。生徒会時代は数日帰れないとかもザラだったからね。そっち方面に気を使う余裕なんてなかったわけ」

「いやそれならなおのこと気を使うべきでしょっ」

 

 圭の意見は一般的な女子としてはごく真っ当なものだが、残念ながら早川には当てはまらない。

 

「うちは新陳代謝高いからカロリーさえとっときゃどうにかなるのよ。それに美容なんて、必要な物だけ吸収していらないものはさっさと出しちゃえば気にする必要なんてないでしょ?」

「はい今早先輩ライン超えましたー、今世界中の女子に喧嘩売ったからね。一体どれだけの女子が美容に命かけてると思ってるのさ!」

「言わせとけ祠堂さん、新陳代謝が高いってことは細胞分裂も早いってことだ。要するにハヤは早く老ける。そのうち嫌でも美容に気を使うよう――痛ってぇ!足つねんじゃねぇよっしかも腿の内側ってお前鬼か!って痛ぁ!ちょっ、なんで祠堂さんまで!?」

「男性が女性に対して老けるなんて言っちゃいけないんですよ!」

 

 フォローをしたつもりの照山だったが言葉選びを間違えたせいで圭からも蹴られたようだ。

 

「こいつデリカシー無いのよねぇ、そんなんだから昔からモテないのよ」

「うっせぇ大きなお世話だっ。お前だって顔は良い癖にがさつだってことでモテるどころか逃げられてただろうが!」

「ほー、そういうこと言っちゃうわけね―――

 

 だいたいアンタは―――

 それならお前こそ―――

 

 そのまま圭をそっちのけでギャイギャイと喧嘩し始める照山と早川。その様子は何ともこなれているというか、お互いのことが分かったうえでじゃれ合っているというか、何とも言えない距離の近さが感じられた。

 そしてそれを見つめるジトっとした視線が2、いや3組。

 

「…なぁナギ」

「なんだ?」

「早先輩と照先輩ってさ…」

「さて、ね。少なくとも高校時代はそうではなかったぞ」

「でもあの様子だよ、怪しくない?それにあの時からずっと2人で旅してたんでしょ?」

 

 面白そう、と判断したのか圭の目が輝いている。

 

「まああの感じじゃお互い何も考えてないと思うぞ。そして仮にそうなったとしても、今の関係壊したくないとかでどっちも絶対告白しないだろうし」

 

 高校の頃も大体あんな感じだったし、と続ける凪原。それに「え~」と不満げな顔をしていた圭だったが、急に何かを思いついたように口を開いた。

 

「もしかして31期の生徒会って全員ヘタレ?」

「あ、なんかストンと納得できた。ナギって肝心なとこで弱気になるし」

「うし、2人とも表出ろ。寒中稽古だ」

 

 

 




以上、お正月回でした~。

………おかしいな。こたつのことしか書いてないぞ?

本当は餅つきしたり、雑煮を食べたり、双六やったりさせるつもりだったんのですがこたつの部分だけで4500文字をオーバーする異常事態が発生したためこのようなお話となりました。自分でも自覚していなかった趣味趣向が図らずも露見してしまった…。
これならタイトル『冬の1日』とかでもよかったかなぁ。


全体通じてほぼこたつなんで、追記(コメント)なんてほぼないんですが1つだけ、

新米・お餅
実は近くの田んぼの世話をちょくちょくしていたりした。缶詰やその他の保存食と比べてレトルトご飯って少し賞味期限が短いんですよね。袋詰めされた調理前のものはそれこそ大量にありますが、「日本人なら新米が食べたい」という凪原(とあと主に由紀)の希望の結果稲作に着手していました。
とはいえ水抜きくらいしかしていないので収穫率は高くないです。まあ辺り一帯の田んぼ全部から収穫できるのでそれなりの量にはなっています。
………という話を本編で書きたかった。


ということで、通算2回目の時節ネタでした。
次は本編のお話です。来週の投稿を目指していますが出来なかったらごめんなさい。

それでは、皆さんにとって今年がより良い一年となりますように!
2021年も本作『学園生活部にOBが参加しました!』をよろしくお願いします。


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6-3:聖イシドロス大学

2週間ぶりの投稿、予定が安定しないのは本当辛い…
って愚痴は後にして今年初の本編です。どうぞ~

(最後にちょびっとお知らせがあります)





「ねーそんなに覗き込まれると私が見えないんだけど」

 

 ドローンのコントローラーを操作しつつ、何となく呆れたような声を上げる由紀。呆れられることは数あれど彼女がこのような声を出すことは珍しい。

 

「あっすいません」

「わりぃ由紀、ちょっと気になちゃってさ」

「すまん無意識だった」

 

 指摘を受けて美紀、胡桃、凪原がそれぞれ身を乗り出していたことに気付き体勢を元に戻す。それでも気になる気持ちは収まらないようで、彼女達の視線はコントローラーについたモニタに向けられたままだ。

 

モニタに映るのは何の変哲もない街並みだったが、画面奥には立ち並ぶ家々の中に高い塀で囲まれた広い敷地とその中に余裕をもって造られた建物が見えた。この様な特徴を持つ施設はそう多くない。学校、さらに開放的な雰囲気から大学のキャンパスであるとが推測される。

 

 凪原達が巡ヶ丘学院を出立した当初の目的地、聖イシドロス大学である。

 

 その大学を、凪原達4人は由紀の操縦するドローンで遠巻きに観察していた。

 彼等が乗るキャンピングカーは十分に離れた場所に停められ、大学からは見られないようになっている。そして、エンジンこそかかっていないが車はキャンパスとは逆向きになっており、いざという時には直ちに離脱できる状態だ。

 念の入れようとしては、偵察任務中といわれ想像するものに近い。

 

「まだ詳しい様子は見えないな。由紀、もう少しキャンパスによって高度を下げてくれ」

「はいはーい、でもどうしてわざわざこんなにめんどくさいことするの?直接門のところに行ってこんにちは~ってするのでいいんじゃない?」

 

 コントローラーを操作して凪原の指示に答えつつも由紀は疑問の声を上げる。

 予め大学の様子を調べるという説明を受けてドローンを飛ばしたものの、彼女にしてみればなぜこのような回りくどい方法を取るのかが分からなかった。様子を知りたいなら直接会って聞いてみるというのが彼女の考え方だ。

 

「もし誰か人がいたとして、相手が紳士的だったらそれが手っ取り早いんだけどな」

「そうでないときのための備え、ですか」

 

 答えた凪原の後に言葉を続けたのは美紀。聡明な彼女は凪原の言葉の意味するところが分かっているのだろう、その表情はわずかに歪んでいた。

 

「そういうこと、結構前に話した鞣河小の人達みたいに理性的だったらいいけど、最近は物騒な連中が多そうだからな」

「………。」

 

 ()()()()()、その言葉の意味を正確に理解している胡桃の顔に影が差す。

 同じ人間に銃を向けられ、薄汚い欲望を突き付けられた記憶。既にそれなりの日数は経っているがそれは薄れることなく胡桃の脳裏に残っていた。

 あの時の連中のような奴等がいるかもしれない、そう考えるとどうにも気分が上がらなかった。

 

「まあどんな相手がいるか分からないからこその偵察だ。会っても平気そうなら直接会って話すに越したことは無いし、ヤバそうならさっさと逃げて対応を考えればいいさ」

 

 胡桃の様子を察して努めて明るく話す凪原。だから、と言いながら由紀の頭に手を置く。

 

「ドローンのうまい操縦、期待してるぞ」

「それは責任重大だね、私に任せて!今なら宙返りでもできそうだよ!」

「それじゃ見えないからやめろ。っていうかドローンで宙返りをしようとするな、構造的に無理だ」

 

 由紀を張りきらせるのは時として危険かもしれない、そう思う凪原だった。

 

 

 

====================

 

 

 

「敷地内には奴等あんまりいないみたいだな。ちらほらとはいるが校舎周りは少なそうだ」

「周りの塀は所々補強されてますね。これなら相当数が集まらないと超えられることはなさそうです」

 

 それぞれ凪原と美紀の言葉である。

 由紀が操るドローンのカメラにはキャンパス内の様子が詳しく映し出されていた。校舎周りにいるゾンビは数えられるほどしかいない。端の方に目を向ければそれなりにいるようだが街中と比べればかなり少ないと言えるだろう。

 

「数が少ないってことはやっぱり誰かいるなこりゃ、正門側から飛ばさなくて正解だった」

「すぐに見つかって警戒されてしまいますからね」

 

 ゾンビの数には何かの要因がない限り偏りはほぼない。パンデミック当初は場所や時刻により違いがあったが、最近はそれも解消されてしまっている。つまり、ゾンビが少ないということはそれを減らしている何者かがいるということを意味していた。

 そしてその代わり、敷地内には街中ではあまり見かけないものがあった。

 

「うわ……、あいつ等の死体そのままになってる。住むとこくらいちゃんと片付けしとけよな」

 

 嫌そうな胡桃の言葉にある通り、キャンパスのそこかしこにゾンビの死体が転がっていた。どこかにまとめられるでもなく、恐らくは倒された時そのままに放置されていたのだ。

 腐敗した死体とは、保健的観点から言えば不衛生の塊である。元々腐っているため悪臭や病原菌の苗床となるうえ、確実にゾンビウイルスを保持している(マニュアルによるとウイルスではなく菌ベースのようだが、便宜上ウイルスと呼称している)。

 出先ならばともかく自らの拠点回りで死体を放置するなど百害あって一利なしである。凪原達も巡ヶ丘高校にいた頃は死体を校庭の一角にまとめ、定期的に燃やしていた。放送局では周辺の雑木林が自然の防壁となっているのか、現在のところ近くに寄り付かれていないのでこの手間はかかっていない。

 

「そこまで考えていないのかどうでもいいと思ってるのか、それとも人手が足りないか。少なくとも万全のコロニーてわけではなさそうだ」

 

 口の中で呟いた凪原は由紀に指示を出して正門の方へとドローンを飛ばしてもらう。現在のところ屋外に人影は見られないが、敷地の出入口あたりには見張りがいるのではないかという推測だ。

 

「あっなんか人がいたよ!1人、2人……ん?こっち見て、なんか向けて「由紀っ、すぐ高度上げろ!」うっうん」

 

 画面に人影が写ったのとほぼ同時、凪原は由紀の声にかぶせるようにして警告を発した。画面に映った2人のうち片方が手にしていた武器と思しきものをこちらへ向けてきたのである。

 それが銃に類する構えだったために反射的に声を出したのだが、それが結果的には良かったのだろう。数秒前までドローンがいたあたりの空間を棒状の何かが通過していった。

 

「危なかった、今感じだと撃ってきたのはボウガンか。今の高さなら早々当たらんだろうけど一応注意してな、軽く動いとけば大丈夫だろ」

「え?あ、う、うん分かった」

 

 なんでもなさそうな凪原の言葉に思わずといった感じで答えた由紀の目はしかし、大きく見開かれている。それは美紀も同じであり、自分達以外の生存者からの攻撃に驚き固まってしまっていた。

 あくまであいてが攻撃したのはドローンであり自分達に向けてではなかったが、攻撃されたという事実に思考が鈍くなっているようだ。

 

「………。」

 

 逆に攻撃された経験がある胡桃はわずかに顔をしかめてはいるものの冷静だった。

 薄汚れた悪意を直接向けられたことがある身にしてみれば画面越しの、しかも恐らくは警戒心から放たれた攻撃程度は思考を止めるには及ばない。

 

 攻撃から30秒程度、装填を終えたボウガン(動作から相手の持つ武器はボウガンで確定した)が再び向けられたところで凪原は由紀に指示を出してドローンを撤収させた。これ以上は相手を不必要に刺激するだけと判断したためである。

 

「さーって、そんじゃ行くか。装備は何がいいかねー」

 

 ドローンが戻ってくるまでの間、もう危険はないだろうとモニターから目を離した凪原はこの数日間自身の寝床としているベットに近づくと、その下の出収納スペースを開けて装備の物色を始めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!もしかして大学に行く気なんですか!?」

「ん?そりゃそうだろ。ドローンで偵察するだけしてその後音沙汰なしじゃ、無駄に警戒心と不信感を与えることになるし」

「た、確かにそうかもしれませんけど……。でもいきなり攻撃してきた相手ですよ!」

 

 思わず声を上げるも、何言ってんだお前的なニュアンスで返されて思わず言葉に詰まる美紀。それでも心配なようで、さらに危険性を訴えてきた。

 もちろん彼女が言う危険性も事実ではあるが、必要以上の警戒心を持つのはそれはそれで問題である。

 

「あー…、美紀の心配も分かるんだけどな。ただマニュアルのことを考えるとここに居る連中とは話を付けておきたい。それにさっきのは正直威嚇射撃レベルだ、本気で落とす気だったのかも分からん。俺なら落としはしないまでももう2,3発は撃つ」

「それはそれでどうかと思いますけど」

「まあ、ナギならやるよな」

「ヘリコプターが来た時も戦う気だったもんね」

 

 凪原の宣言に呆れる美紀と納得の表情を浮かべる胡桃と由紀。

 そして美紀も凪原が合いに行くことに同意してくれた。

 

「それじゃあたしは何持ってこうかな、とりあえずシャベルかな」

「ある程度身軽にしとけよ。いざって時はダッシュで逃げることになるから」

「はいよー」

 

 手を振って装備を選び始めた胡桃に、凪原も改めて自分用の装備選びへと戻った。

 

 

 

「わぉ、凪さん銃はいつものヤツじゃないの?盾も持ってるしなんかいつもと感じが違うね」

 

 由紀の視線の先に立つ凪原の格好は見慣れないものとなっていた。

 プレートキャリアと腰回りのベルトポーチは変わらないものの、武器がいつものカービンとグロックではなく89式小銃と9ミリ拳銃という自衛隊装備。間合いが短いからと普段はあまり使わないナイフを目立つように身につけけ、左手には大型の防護盾を装備していた。

 通常よりも重装備であり、より兵士としてのイメージが強く出ている。

 

「今回は相手が違うからなー。いつも使ってるカービンはよく知らない人にはおもちゃに見えるかもしれないし、ぱっと見でこっちの武力が分かった方が交渉とかもやりやすいだろうし。ああ、もちろんいきなりブッ放す気は無いから安心してくれ」

「たしかに、こんな時代ですし分かりやすいというのは重要かもしれないですね」

「あれ、じゃああたしも武器そっちにした方がいい?」

 

 難しそうな顔の美紀の横で胡桃が首をかしげる。彼女はいつものようにカービンを得物として選択していたからである。

 なおトレードマークともいえるシャベルもスリングで背中に背負われている。どうやら凪原の極力身軽にという言葉は届かなかったようだ。

 

「いや、胡桃はそれでいい。89式は胡桃には大きいし、使い慣れてもないだろ?だったら手に馴染んでるいつものカービンの方がいいさ。あと相手と話すときは俺より前に出るなよ、戻る時も俺の陰から出ないように」

「はいはい、でも危ないから1人で逃げろとかは無しだからな」

「………、はいよ」

 

 続けて言おうとしていた事を先に封じられて思わず黙り込んだ凪原。改めて釘を刺そうにも胡桃の表情を見て議論しても無駄と悟り不承不承ながら了承し、それを見て胡桃は満足げに頷いた。

 

「それじゃ行くかっ」

「多分そんな掛からずに戻ると思うから気楽に待っててくれ」

「がんばってね、2人ならきっと大丈夫だよ」

「エンジンはかけておきます、最近の練習のおかげで走らせるぐらいならできますから」

 

 やや声の硬い美紀と笑顔で手を振る由紀に見送られ、凪原と胡桃はキャンピングカーから道路へと降り立った。

 

(マニュアル通りならインフラ設備と備蓄物資はあるし、前に出くわしたクズ共よりかはまともな連中だろ)

 

 

 

====================

 

 

 

「(なんだろうな、言葉は通じてるのに話が通じない感じだ)」

「(やめろってナギ、聞こえちゃったらどうすんだよ)」

 

 こっそりと呟いた凪原に慌てて注意する胡桃。凪原は完全に、胡桃もそれなりに表情を取り繕っているがどちらも内心では盛大にため息をついていた。

 車から出たのはこの2人だけであり、それが揃ってこの調子ということはその原因は外部にあるということに他ならない。現に彼等の前では頭痛の種がふりまかれている。

 

「だからっ、あいつ等は俺達に助けてもらいに来たんだからこれぐらい良いだろうが!態度がでかいのは追い詰められてるのの裏返しに決まってんだ、最初にどっちが上かを教えてやって何が悪いんだよ!」

「勝手に決めつけるな、第一あいつ等が感染してるかもしれないだろ!だったら中に入れるのは危険すぎるっ、話を聞く意味なんてない!」

 

 場所は聖イシドロス大学正門前、門を挟んで凪原達は同年代らしき男達の口論を見せられていた。

 

(なんで俺達そっちのけで言い争いしてるんだよ。対応を話し合うにしてもせめてこっちから見えないところでやれって。恐らく俺と同じで大学生だろうにこいつ等全員バカなのか?)

 

 そうぼやきたくなるほどに男達の態度はお粗末だった。

 門のところに着いた時は、ドローンで確認した2人に加えて増援と思しき3人が増えていたためある程度はしっかりとしたグループなのだろうと期待しただけに凪原の落胆はそこそこに大きかった。

 とはいえ落胆ばかりもしていられないため、改めて意識を言い争いしている男達の方に向ける。どうやら5人は2人と3人に分かれて議論しているようで、2人の方はドローンに向けてボウガンを撃ってきたやや小柄でニット帽と眼鏡が特徴の男、3人の方はその近くで槍を持っていた茶髪でロン毛の男がそれぞれ声を上げていた。

 

 ボウガンの方は凪原達が感染しているかもしれないからとにかく立ち去ってほしいという主張。話すら聞く気がないというのはどうかと思うがまあ理解できなくはない。

 一方で槍の方の主張は「身ぐるみ差し出せば仲間にしてやってもいい」という何様だと言いたくなるようなもの。切羽詰まって者に対してならその要求を出しても通るかもしれないがあいにくと凪原達はそこまでギリギリではない。

 どちらも状況把握が不十分であり、中途半端な対応策しか提案できていないということである。少し経てばまとまるかと思い待ってみたがそんなこともなさそうである。

 

「(こりゃ一旦出直した方がいいか?)」

「(うん、なんかこのまま待ってても何も決まらない気がする)」

 

 再びこそこそと言葉を交わす2人。そし普通に密談しているにもかかわらず一切それを気にする素振りのない面々に更なるため息がこみあげてくる。

 

「なぁ、こっちから来ておいてアレだけど帰っていいか?明日また来るからそれまでにまとめておいてくれ」

 

 そう凪原が声を掛ければ、言い争いをしていた男達もようやく顔をこちらへと向けた。

 

「ああ、帰ってもう来るな。あいつらになりかけかもしれない奴を入れる気はない」

「はぁ?何強がっちゃってんの?いいからさっさとその銃を渡して俺達に頭下げて、仲間に入れてください~って頼んでみろよ」

(………ニット帽の方が言ってることはまあ分かるとして、もしかしてこの茶髪は頭が悪いのか?)

 

 返された反応に思わず唖然とする凪原。

 銃を持っている相手に対して、その銃をよこせと上から目線で当然のように要求する。しかも自分が持っているのは銃ではなく白兵武器の槍で、さらに門がお互いの間を隔てているので仮に攻撃しようとしても届かないだろう。

 その状況でこれほど堂々と武器を渡すよう要求するなど、よく考えるまでもなく無謀である。

 

「あー…、さっき言ったこと聞いてたか?別に俺達は保護してもらいにじゃなくて情報交換に来たんだが」

「ハッ、んなこと信じられるわけねーだろ。(学内)ここは安全で(そっち)は危険、あいつ等がいる所で暮らすのは不可能。要するにお前らはここに助けを求めに来たに決まってんだよ」

 

 凪原の言葉を一蹴し、自身の的外れな予想を得意げに披露する茶髪。

 

「さぁ、ハッタリが通用しないって分かったらさっさと諦めろよ。今なら土下座して頼めば俺の子分にしてやるぜ?」

(うん、ただのバカだな。ほんとに大学生かコイツ、るーの方がよっぽど頭いいぞ)

 

 こちらの話を全く聞かない(というより自分に都合がいいように捻じ曲げる)茶髪ロン毛とそれに同調する彼に賛同していた残りの2名。ニット帽ともう1人は凪原達を帰らせたいようだが特に3人を止めるでもない。

 

 この状況をどう収めるか、想定外の難題に天を仰ぎたい衝動に駆られる凪原だった。






はい、ヘリコプターが高校に来てから1章以上、やっーと大学に到着しました。我ながらだいぶ回り道した感がありますが、書きたいことがたくさんあったから仕方ない(開き直り)。

ちなみに今回の大学行きのメンバーついてですが、別に放送局に残ったメンツがもう出ないということではありません。特に原作にいたりーさんとるーちゃん(の幻影)がフェードアウトするんじゃないかと心配してる人がいるかもしれませんが大丈夫です。今後もガンガン出てきます。


そんじゃ今日のノート、

ドローンによる先行偵察
原作では胡桃が双眼鏡で遠目に観察した後に学内に入っていますがより詳細な観察手法があるならそっち使いますよね。まあナギ自身が言ってたように相手によっては撃ち落とされますが、それはそれで相手の出方の判断や有している武器を判断する材料になります。

校門にいた面々
これが大学編における主な原作乖離「なんか大学にいる人数が多くね?」です。本来校門のところにはニット帽眼鏡しかいませんでしたが本作では異なっています。理由その他については今後明らかになっていく、予定。とりあえず今のところはちょいと人が多いって認識だけでオッケーです。


最後にこれからの投稿頻度についてです。
以前からお話ししているようにこの数ヶ月間メチャクチャ忙しい予定について、恐らく半年以内には落ち着くと思いますがそれまでは隔週で投稿できればいいかなぐらいのペースになります。
投稿時刻はなるべくこれまで通りとする予定ですが、あまりにも期間が空いたりしたら短ダムになるかもしれません。ときどき確認してみて更新されていたらラッキーくらいの気持ちでお読みいただけますようよろしくお願いします。
これも繰り返しになってしまうがネタ切れではありません。必ず続けていくつもりです。

長くなってしまいましたが今回はこれまでです。

それではまた次回!


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6-4:穏健派

2週間ぶり、6章第4話です。
今回は原作キャラが登場しますよ~


「お2人とも、何か言いたいことはありますか?」

 

 彼女の代名詞ともいえるジト目を存分に発揮している美紀。腕組みをしながら話す姿はなかなか様になっており、伊達に今回の遠征班での常識人枠を任されているわけではないことがうかがえる。

 

「えっと、正直やりすぎたかなぁ、っとは思ってる」

 

 その迫力に押されたのか、正座しながら何ともばつの悪そうな顔で目をそらしつつ答える胡桃。彼女は美紀に対して頭が上がらないというか強く出られないというか、弱かった。別に苦手というわけではないので、性格的な相性というものだろう。

 ともかく、多少なりと反省の色を見せている胡桃と対照的なのが凪原だった。正座こそしているもののその表情はいつも通りである。色々規格外の彼を委縮させるには、残念ながら美紀では荷が重かった。

 

「弁護士を呼んでくれ」

「分かりました、めぐねえを呼びます」

「ちょっ!?」

 

 が、問題ない。美紀には切り札がある。途端に慌て始めた凪原に構うことなく美紀は無線機を手に取るとスイッチを入れた。

 

 ところで、彼女が持つ無線は業務用ではあるものの通常長くても2キロ程度しか電波が届かない。今いる聖イシドロス大学と拠点である放送局とは当然それ以上離れているため普通では通信ができないのだが、学園生活部はとある工夫によりその問題を克服していた。

 とはいってもそれほど特殊なことをしたわけではなく、手法としては最も一般的なものだ。電波中継器を一定の距離ごとに配置し、通信範囲を拡大しているのである。工夫した点といえば、中継器の電源を太陽光パネルの突いた自動販売機から拝借しているということくらいだ。

 どこか1箇所が壊れただけで不通となったり妨害や傍受への抵抗が0という問題があるが、現状長距離通信ができる唯一の方法なのでそこは割り切って使用していた。

 

 閑話休題。

 

『もしもし、こちらは放送局です』

「ああめぐねえ、ちょうどよかったです」

『ちょうどよかった?なにかあったんですか?』

 

 美紀にとって幸いなことに(凪原にとっては不幸なことに)無線機に出たのは慈だった。

 無線の向こうで首をかしげているであろう彼女に、美紀は正座中の凪原と胡桃にチラリと視線を向けてから口を開いた。

 

「先ほど聖イシドロス大学の近くに着いて、凪原先輩と胡桃先輩が交渉をしに行ったのですが―――

 

―――大学にいた人たちに向けて威嚇射撃。さらに防犯ブザーを投げ込んで周りにいた彼等を擦り付けた後、つられなかった個体相手に大立ち回りをしながら戻ってきました」

 

『2人とも正座です』

「待っためぐねえ話を聞いてくれ!美紀も誤解を与えるような言い方をするな!」

「そうだって、それだけじゃあたし達完全にヤバい人じゃん!」

『正座』

「「………はい」」

 

 美紀の報告に立ち上がって抗議する凪原と胡桃だったが、無線越しとは思えない程の圧力を伴った慈の言葉に静かに正座に戻った。

 恨みがましく美紀(とその後ろで頬を膨らませている由紀)を向けるも、「心配したんですよ(だよ)」と言われてしまえば何も言い返せない。

 

『それで、具体的にはどんな感じだったんですか?詳しく話してください』

「了解。えーっと――」

 

 とりあえず容疑者を正座させたことで落ち着いた慈に詳しい説明を求められたので、チラリと視線を交わ背手から代表として凪原が口を開く。

 ドローンで大学の様子を確認したところ生存者を発見したこと、実際に接触を試みたところとてもではないが友好的とは言えない対応をされたこと。

 無線機の向こうに集まっている拠点班からの質問を所々で遮られながらも、状況を説明していく。

 

「――というわけで、そのままいても埒が明かなそうだったんだ」

『なるほど。それはまたひどい人達ね』

 

 るーちゃんと一緒に残っていて正解だわ、と続ける悠里。彼女以外にも同意するような声が聞こえてきた。

 

『確かにそれはひどいとは思いますけど、それでも……』

『俺もめぐねえに同意だ。そこまでやっちまうと相手さん余計に頑なになっちまうんじゃないか?どうせ門は閉まってたみたいだしさっさと帰ってくることも出来ただろ?』

 

 それに対しやや否定的な反応の慈と照山。

 この常識枠(ただし一方は常識に従うとは限らない)2人の言葉にも一理ある。今後の付き合いを考えるならばいきなり強硬な手段に訴えるのは悪手かもしれない。

 しかし、凪原の話には続きがあった。

 

「ところが、あいつ等素直に帰すことすらもしてくれなかったんだわこれが。正直あそこまで馬鹿だとは思わなかった」

『ん?まだ何がかあったのか?』

 

 間の抜けた声を上げる照山。その顔を思い浮かべつつ、凪原はより詳しい説明をすることにした。

 

「いやね、あの連中こっちが本気で帰ろうとしてると分かった瞬間に持ってた槍で門をたたいて奴等をおびき寄せ始めたんよ」

『『『は?』』』

「そうなるだろ?おれもそうなった」

「あたしは腹が立ったよ。思い通りにならないのがそこまで嫌か、ってね」

 

 助けを求めに来たと信じて疑わない槍持ちの男とその一派にとって、凪原と胡桃の行動は小賢しい交渉に映ったようだ。少しでも自分達の立場を良くしようと策を弄す2人が気にくわず、辺りのゾンビを音で呼び寄せてけしかければすぐに音を上げると考えたのだろう。

 実際、手にした槍で門をたたく彼等はいつ凪原達の仮面が剥がれるかとニヤニヤしていた。

 

「だから舐められてると思ったから撃った。ああ、当たらないように気を付けたから怪我はしてないぞ、しりもちついた時に擦りむいたかどうかは知らないけど。大立ち回りは示威行為とこっちの体質がばれない様にってとこかな」

『なにそれっ!そんなふざけた相手だったら当てちゃっていいでしょ?腕や足くらいだったら死なないでしょうし』

『ついでにそいつ人質にして責任者呼べばよかったんじゃねぇの?お前と恵飛須沢さんだったら集まったあいつ等もどうにかできただろうし』

『はやちゃん、てる君、正座。はぁ…、まぁ分かりました。とにかく、なぎ君も胡桃さんも怪我はないんですね?』

 

 過激な意見を出した早川と照山(31代生徒会)に正座を申し渡し、慈はため息交じりに話の筋を元に戻した。怒っているとはいえ教え子の安否は気になるのだろう。

 

「それは全く」

「あたしもナギもピンピンしてるよ」

『それならよかったです。それで、この後はどうするんですか?大学にいる方たちがそうだとなると話し合うのは難しいような気がしますけど』

『避難生活続くと結構荒れる人もいるからね~、場合によっては諦めたほうが安全かもよ?』

 

 心配する慈に同意するように口を挟んできた葵。それなりの期間寄せ集めの避難所で過ごし、その崩壊とともに逃げ出してきた彼女は人の心がどのように荒んでいくのかをよく知っていた。

 

「うーん、まだ諦めるほどではないかな。バカは論外としても話が通じそうな奴もいるにはいたし」

 

 それに凪原は校門でのことを思い出しながら答える。けしかけてきた連中は話し合いたいとも思わないが、ニット帽に眼鏡をかけていた男は非友好的で合ったものの、少なくとも話は通じていた。拒んでいた理由も凪原達が感染しているかもしれない、というまあ納得できるものだった。

 数日通って無事な姿を見せれば態度も変わるかもしれない。

 

「とりあえずもういい時間だし今日は放置かな、明日以降は様子を見つつまた接触してみよ―――」

 

 言いかけた凪原の言葉が途中で止まる。それまで明瞭だった無線に突然ノイズが混ざり始めたのだ。

 声を出しかけた由紀達を静かに、と制する凪原。放送局の方では照山も同様に周りに指示を出していた。

 ノイズが入る原因は十中八九混線である。電波が飛んでいない現在で混線するするということは、最悪の場合盗聴されている可能性もあった。不用意に会話して情報を与える必要はない。

 

(こりゃ早急に安全な通信を確立した方がいいかもな)

 

 これまで物理的なセキュリティーに重きを置いてきたが、今後は通信にも気を配るべきかもしれない。そのような考えが凪原の頭をよぎるのとほぼ同時、無線から仲間以外の声が聞こえてきた。

 

『おーい、さっき門のところで大立ち回りしてた彼と彼女、聞こえてる~?』

 

 こちらの不安とは対照的な、かなり能天気な声だった。内容からして凪原達に対して呼びかけているのだろう。

 

『もし聞こえてたら裏門まで来てくれない?待ってるよ、歓迎させてもらうからさ』

 

 そこまで言うと、顔の見えない相手は再度同じ内容を繰り返し始めた。

 

(声の質的に若い女性、恐らく同年代だな。裏門ってことは大学内の勢力だろうけど、さっきのとは別口か?)

 

 顎に手を当ててしばしうつむく凪原。得られた情報を基に想定されるケースを組み立てようとするが、いかんせん情報が少なすぎる。

 軽く無線機をいじってみたところ、この呼びかけが全周波数に向けて行われているようだ。であれば個別の周波数での会話はまだ傍受される可能性は低いだろう、そう判断して再び放送局との周波数に戻す。

 

「おいテル、どう思う?」

『丸投げすんな、俺だって分からんわ』

『何悩んでんの、来いって言ってんだから行けばいいのよっ。ナギもくーちゃんもいるんだからなんかあっても全部ぶっ壊しちゃいなさい!』

「『脳筋は黙ってろ』」

『相変わらず失礼ねあんたらは!?』

 

 阿吽の呼吸で脳筋(早川)を黙らせた凪原と照山だったが、実際彼女が言ったことくらいしか対応策がないのも事実だった。

 これが普通学校などであれば放置でもいい(以前の野盗のように積極的にこちらを害そうとしてはいないため)。しかしここ、聖イシドロス大学は普通の学校ではなく、このパンデミックの原因と目されるランダルコーポレーションの手が入っていることがほぼ確定している。

 巡ヶ丘学院の地下倉庫のことを考えれば、ここにも銃器などが隠されている可能性が高かった。であるならば早期に介入、それが無理でも情報収集くらいはしておきたいというのが凪原達の考えである。

 

「やっぱ行くしかないか」

『だろうな。まぁこっちはしっかり維持しとくから、気楽に行ってこい』

「他人事だな、こっち来てもいいんだぞ」

『はっはっは、断る』(ブツッ)

「あっおいっ………あんにゃろう、切やがった」

 

 無線機に向けて悪態をついたところで振り返り胡桃達へと顔を向ける凪原。

 

「つーことで、とりあえず行ってみようかと思うんだけど、よい?」

 

 その口調は勝手に話を進めてしまったことに対する引け目からか微妙に歯切れが悪いものとなっていたが、車内にそれを責めるような雰囲気は全くなかった。

 

「いいっていいって、あたしは賛成だよ。ハヤ先輩じゃないけどあたしとナギがいればだいたいのことはどうにかなると思うし」

「そうそう、それにせっかく高校を卒業したんだからちゃんと大学いかないと。ここで帰ったら浪人になっちゃうよ!」

「由紀先輩のはなんか違うと思いますけど……。私も異論有りません、情報収集は大事だと思いますし」

 

 胡桃は軽く伸びをしながら笑って、由紀はグッと手を握り、美紀は由紀に呆れながら、と態度はそれぞれ様々だったが全員が同意してくれた。

 そんな3人に凪原も笑って頷くと、運転席に移動し差しっぱなしにしていた鍵を回した。大型車特有の低く大きいエンジン音が辺りに響くも、一帯のゾンビは皆校門の方へ集まっているため寄ってくる個体はいない。

 

「そんじゃ行くとすっか。校門は迂回するからちょっと回り道だが、そこまで遅くはならないだろ」

 

 

 

====================

 

 

 

「うぅ…せっかく新しい生存者を歓迎しようと思ったのにまさか会長だったなんて、ボクの意気込みを返してほしいよ」

「まぁ悪かった…けど俺は面白かったからヨシ」

「そりゃ会長はそうだろうね!?思いっきり笑ってたしっ」

 

 時は進んで数時間後、既に深夜と言って差し支えない時刻。聖イシドロス大学本校舎の一室で凪原は酒を片手に笑っていた。

 そしてその近くにいるのはここまでの一緒にやって来た学園生活部の面々、ではなく彼と同い年の女性である。

 

 出口桐子(でぐちとうこ)、丸眼鏡でボブカット風の髪型に左側の髪を長い三つ編みにして垂らしている彼女は、言ってしまえば凪原の同期(31期生)だった。

 パンデミック以降では早川と照山に続いて3人目となる元同胞との邂逅は、凪原にとっては愉悦を桐子にとっては周知を多分に含んだものとなった。

 

「にしても、人間ってあれだけ綺麗にドヤ顔から驚愕に表情切り替えられるんだな。勉強になったぞ」

「ええい、掘り返すなっ」

「えーっと『ようこそ聖イシドロス大学へ、ボク達穏健派は君達を歓迎す――かいちょぉぉおおおおっっ!!?』だったか?感情がこもったいい叫びだったぞ」

「だったか?じゃないよばっちり覚えてるじゃん!」

「あ~やっぱ、お前イジんの楽しいわ。変わってないな」

「それを言うなら会長の性格の悪さもね。も~、こんなことならかっこつけるんじゃなかったよ」

 

 いわゆる人をダメにするクッションに飛び込んで足をばたつかせる桐子に笑い声をあげる凪原。その後もてきとうに桐子をからかっていると、部屋のドアがノックされた。

 

「よっ、って会長さんじゃん。来てたんだ、しかも酒飲んでるし」

 

 角瓶と紙コップを持って入ってきたのは光里晶(ひかりざとあき)、ギャル風の見た目とそれに合った口調の彼女は、部屋に凪原がいることに少し驚いたように目を丸くしていた。初めに顔を合わせた時にしていたポニーテールが解かれているため、茶髪と染めた後に伸びたであろう黒髪のコントラストがプリンに見えるがそこはあえて指摘しない凪原。もしかしたらファッションの可能性もある。

 

「……もう寝てるかと思ってた」

 

 晶の後ろから入ってきたのは喜来比嘉子(きらいひかこ)、ショートの黒髪とおっとりした感じのたれ目が特徴的な彼女は物静かな性格らしい。おつまみのパックを抱え、こちらも驚きの表情を浮かべているがその声は小さかった。

 

「ああお邪魔してる、とはちょい違うか?」

「まぁね、この部屋はリビングみたいなもんだし。でも何してんの?見た感じあたし等が来るとは思ってなかったみたいだけど、もしかして酒の勢いでトーコを落とす気とか?」

「俺が桐子(コイツ)を?ないない」

「ボクがこんな奴なんかに落とされてたまるか~」

 

 晶の冗談交じりの言葉に、凪原も軽く手を振って答える。面白い奴ではあるが恋愛的にどうこうなんて気は毛ほどもないので当然だ。

 それは桐子も同じようで腕を振り上げながら否定していた。

 

「こんな奴とはひどいな、だれが電子遊戯部の件で動いてやったと思ってんだ?」

「その節は大変お世話になりました。おかげで高3の時は楽しかったです」

「よし」

 

 ハハーッ、と振り上げていた両手をそのまま前に倒して五体投地の体勢で凪原を拝む桐子と、それに鷹揚に頷く凪原。

 

「電子遊戯部?」

「難しく言ってるけど要するにゲーム部。学校でゲームがしたいって部活の設立希望を出してきたからその申請書と予算をちょっと融通したんだ」

 

 首をかしげる比嘉子にざっくりと答える凪原。なんでもなさそうに言っているが新規の部、それもゲーム部などというふざけたものの設立など相当な強権でもない限り不可能である。巡ヶ丘学院生徒会の権限の強さを示すいい例だろう。ついでに言えばゲーム部というものもなかなかにぶっ飛んでいる、漫画やアニメの世界でもあるまいし。

 案の定というべきか、その説明に比嘉子も晶も呆れた表情になった。

 

「そっか、高校でそんな部を立ち上げたりしてたから今回も自堕落同好会なんてのを思いついたんだね」

「というかそんな部の設立申請を通せるって会長さんどんな権限持ってたの?それにまず通そうと思う時点で普通じゃないと思うんだけど」

「「いや~それほどでも」」

「「いや、ほめてないよ(から)」」

 

 照れる凪原と桐子にツッコミが入れられる、やはり巡ヶ丘学院の31期生はどこかズレているだった。




は~い、無事に学園生活部が穏健派と合流しましたー。


Tips

正座
他の座り方よりも立ち上がるのに時間が掛かるうえ、時間が経てばたつほど対象の行動能力を低下させられる。お説教を始める時はまずこの形に持ちむのがめぐねえ流。

電子遊戯部
巡ヶ丘学院の不思議な部活の一つ。生徒会の権限が強く部活動設立の条件も緩いためにこのような変な部活がいくつかある。ちなみに『年越し』にて由紀とるーちゃんがプレイしていたゲームはこの部の備品。


めちゃ短いですが今回の後書きはおしまいです

それではまた次回!


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6-5:酒を片手に

生存報告がてら投稿
前回から空いてしまいましたが楽しんでいただけると幸いです。


「そんで?わざわざお酒まで持ってきて何が聞きたいの?」

「おっいいね。そういうストレートなのは嫌いじゃないぜ」

 

 凪原が持参した方の酒をコップに注ぎ、かるく乾杯したところで晶が口を開いた。その言葉に、凪原も口に含んだ分を飲み込み面白そうな笑みを浮かべる。回りくどい言い方をすることなく単刀直入な態度は好感が持てた。

 

「ほへ?会長、ただお酒飲みに来ただけじゃないの?」

「それはトーコだけ」

 

 頭の上に疑問符を浮かべる桐子にボソッとツッコミを入れる比嘉子。両手でコップを持ちコクコクと飲んでいるものの、その中身はかなり強めの酒。どうやら彼女も酒豪にカテゴライズされるようである。

 

「いやほら、会長と一緒に来た子達うちの後輩たちじゃん?高校生の前でお酒飲むのを遠慮してたとかかと思ってさ」

「あーないない、拠点じゃあいつ等の前でも普通に飲んでるから。なんならめぐねえは毎日ビール飲んでるし」

「うっそめぐねえお酒飲むの!?」

 

 学園生活部側の事情は当たり障りのない範囲で既に話してある。ゆえにこちらに慈がいることは分かっていた桐子は、彼女が大酒呑みであることに驚愕していた。外見とのギャップを考えれば無理のないことだろう。

 

「はいはい、身内ネタはこっちが分かんないからおしまい。本題に移ってよ、えーと…呼び捨てで平気?」

「問題なし」

「オッケー、んじゃアタシはアキでいいや」

「私も…ヒカでいい」

「アキにヒカね、了解」

 

 合流時の時間が遅かったためてきとうながした自己紹介を済ませる。

 

「それじゃやっと本題ね。わざわざほかの皆が寝てから来たってことは…あんまり聞かれたくないことなの?」

「いんや、別にそういうわけじゃないさ。今日は元々徹夜するつもりだったからそのついでに情報収集を、って感じ。他の皆は疲れてるだろうから休ませた方がいいしな」

 

 何となく声を潜めて聞いてくる晶に、なんでもなさそうに手を振って答える凪原。

 とはいえ独断で動いているため、他のメンバーにバレたら文句の一つでも言われるかもしれない。特に胡桃は怒りそうである。「1人で無理するんじゃねえ」と頬を膨らませるのが容易に予想できる。

 もっとも、胡桃を含めて凪原以外の遠征メンバーは現在別室でスヤスヤと夢の中だ。先ほど部屋を覗いた時は、並べた布団の中でお行儀よく寝ている者、寝返りを打っている者、派手に布団をはだけている者、寝相に性格が出ている様はなかなか面白かった。

 

「ふーん…、まあ会長が徹夜するのはいつものことだし気にしないけど。とりあえず何が知りたいか言ってみてよ」

 

 高校時代の凪原を知る桐子が先を促したところで、ようやっと話が本題へと移った。

 

 

 

====================

 

 

「聞きたいのはあれだ、俺達が門のとこに来た時に出てきた連中。あいつ等は何なんだ?」

 

 そう凪原が問いかければ、3人の表情は何とも言えないようなものに変わった。

 

「やっぱりそれよね」

「武闘派のことかぁ~」

「武闘派だと?」

 

 桐子が言った単語に反応して聞き返す凪原。

 

「そ、武闘派」

「あれがか?ただのチンピラだろ」

 

 訝しげだった表情を、はっきりと不快感を表したものに変えて吐き捨てる凪原。

 彼にとって武とは戦い、勇ましさを示す漢字だ。武士、武術などの単語にも用いられているように、その善悪はさておくとしても誇りを伴うべきものだと考えている。

 それがどうだろう、この日凪原が対峙した武闘派の人間は誇りなど欠片も感じることができなかった。自分達が有利であると信じて胡坐をかき、深く考えようともしない。そしてあまつさえその立場を笠にして相手に理不尽な要求を突きつける。

 武とは程遠い、それこそ外道と断じても良いレベルだ。

 

 というかそもそも、

 

「だって弱いじゃねえか、あの連中」

 

 凪原の言葉は彼の感想を端的に表していた。

 別に向こうの武器が槍やボウガンだったのに対しこちらが銃をもっていたから、と単純に言っているわけではない。武器の優劣ではなく、それを扱う人間の差の話である。

 凪原が見たところ、門にいた5人は全員が素人。ただ武器を持っただけの大学生という印象だった。体力こそそれなりにはあるだろうが、技量・練度は三下もいいところだ。

 胡桃どころか圭でも勝てそうだし、あしらって逃げるくらいなら由紀でもできるかもしれない。

 

「あはは、そりゃ会長からすればそうかもしれないけどねー。ボクらからすればやっぱり強い相手だよ、人外の会長と比べられても困るって」

「あー…、そういうもん、なのか?」

 

 苦笑しながら話す桐子に首をかしげながらも頷く凪原。

 たしかに、いくら31期の仲間(変人達の1人)だとしても桐子は小柄な女性、さらに言えばインドア派の人間である。

 視線を巡らせてみても、比嘉子は運動能力以前に性格が戦闘に向いていなそうだし、晶はそこまで弱くはないにしても平均的な女子大生の範疇を出ることはないだろう。恐らくは体育会系であろう武器を持った男に正面から立ち向かうのは少々難しい気がする。

 

 しかし自分を当然のように人外認定するのはどうなのだろう、と凪原は思った。たしかに身体能力には少しばかり自信があるし、パンデミック以降は欠かさず訓練を続けてきたので誰であろうとそうそう後れを取るつもりはない。

 だからと言ってバケモノ認定はいかがなものなのだろうか、桐子は高校生当時の自分しか知らないわけだし。

 そのような思いを抱きつつも、口に出したところで取り合ってもらえない気がしたため、凪原は黙って酒を呷った。

 

閑話休題

 

「とりあえず名前はいいや、結局あいつ等って何なんだ?今の時点で俺の中では武器持ったバカなんだけど」

「うん、間違ってないね!」

「いやそれは極端すぎ、代表もあっさり肯定しないで」

「ん~そう?じゃあアキ、説明よろしく」

「あっ、それが狙いか」

 

 頭に手をやってやられたため息をつく晶だったが、笑ったままの桐子の様子に諦め、首を振って咳ばらいをすると凪原に向き直った。

 

「そんじゃアタシからざっと説明するね。そもそもこんな状態になったばっかの頃はさ、あいつ等も今みたいじゃなかったんだ」

「人数ももっとたくさんいたしね」

「そうそう。ただあの時は今のように水と電気があったわけじゃなくてね、ぶっちゃけどんどん人が奴等にかわってった」

 

 パンデミック当初のことを思い出しながら語る晶の声は沈んでいた、桐子と比嘉子の2人の表情も暗いものだ。その、変わってしまった人の中には当然彼女達の友人もいたことは想像に難くない。

 

「それでも最初の頃はまだ何とかなってたんだ、購買部とか食堂の在庫もかなりあったからね。校舎の安全が確保できた後はみんなで救助を待とうって感じだった…でも」

「助けは来なかった、と」

「そう」

 

 凪原が最後を引き取れば、晶は頷いてから再び口を開いた。

 

「救助が来ないまま食料がほとんどなくなってさ、それで近くのスーパーまで調達に行くことになったんだけど、」

 

 その後の内容は凪原をして思考を一瞬停止させた。

 

「車4台、20人で出掛けて戻ってきたのは4人だけ。車も全部なくなって収穫はリュック2つ分だったんだ」

「……マジか」

 

 人的損失8割、それに車両の喪失も加われば、この遠征の失敗がコミュニティに与えた影響は大きかったことだろう。ただでさえ追い詰められかけていたところに起死回生の一手として計画されたことも考えれば、その絶望感は想像して余りある。

 

「そこからね。あいつ等、武闘派が表だってきたのは」

 

 詳しく聞くと、遠征に出るまでは第一波を乗り切った教授がリーダー的役割をしていたらしい。温和な性格で、皆に分け隔てなく接する人柄から他の生存者達のよりどころとなっていたようだ。

 しかし彼自身が提案し、先頭に立って出発した遠征における最初の犠牲者が彼だった。

 それにより遠征グループは浮足立ち、壊滅。帰ることが出来た人数は片手の指で足りるほど、そしてコミュニティ自体も混乱状態に陥った。

 そんな状況で立ち上がったのが武闘派ということだったらしい。

 

「遠征の生き残りを核にしたあいつ等は、規律第一で仕切り始めたんだ。ただその規律っていうのが『戦える奴は優遇してそうでないのは差別する』って感じでさ……」

「あー、名前からしてそんなこったろうとは思ってた。にしても働かざる者食うべからずとかじゃやなくて完全武力優先かよ、前時代的ってレベルじゃないぞ」

 

 晶の言葉にため息交じりに返す凪原。働かざる者食うべからずであればそうそう問題もなかったはずだ。非常時であることに間違いはないのだから、皆がなんらかの役割を持つべきという論であれば凪原も同意見である。

 その中で戦うことの優先度が高いというのも、全面的にではないが理解はできる。ゾンビという明確な脅威が身近に存在しているためそこは仕方がない。

 とはいえ、それで戦えない者は差別するとなれば話は別だ。

 コミュニティの維持は戦うことだけでは決して成し得ない。料理や洗濯、物資の管理や状況分析などの実務的な仕事だけでなく、場の空気を明るくできるなど精神的な役割も立派な役割である。多様性があってこそ集団は有機的に機能するのだ。

 それを無視した武闘派の考え方は、凪原にとって到底受け入れられるものではなかった。

 

「それに、戦える奴でも少しでも怪我したら危ないからって、分かるだろ」

「よくまあそれで士気が保てるな」

「なーんか、怪我する奴は弱い奴って風潮みたいだからね~。でもボクたちはそういうの苦手だからさ、文句言ったら勝手にしろって言われて、それで勝手にしてるんだ」

「みたいだな、割と好きにしてるみたいだけど、よく容認されてるな」

 

 言いながら視線を巡らす凪原。室内には多くのゲーム機に漫画、DVDなどの娯楽用品に今自分達が座っているクッション、隅の方にはカップ麺入りの段ボールが積み上がっている。以前彼女が設立したゲーム部室とほぼ同じ様相は、彼女が文字通り好き勝手やっていることの証明だった。

 いくら勝手にしろと言われたとはいえここまでくると文句の一つでも言われそうなものだ。

 

「そこはちょいちょいっとね~」

「端折りすぎない、全部ヒカのおかげでしょうが」

 

 得意げに言った桐子に晶がピシャリとツッコミを入れる。

 

「別に………」

「そうだった。勝手にしろって言われた後は本当にほっとかれてさ、水もゴハンもなくなってそろそろまずいかなって思ってたらヒカがさ」

 

 そこまで言ったところで比嘉子の手を取ってヒラヒラと振る桐子。

 

「非常用の電源を見つけてくれたんだよ、あとは地下倉庫もだね」

「やっぱあったか――電源っていうと、太陽光発電か?」

「うん、屋上にあったから……どこかにつながってると思って調べた。キャンパス全体につながってるみたいだったけど、校舎にだけ給電されるように配線をいじった」

「それで電気と、あと同時に水道も使えるようになってさ。武闘派もその恩恵にあずかってるから、何も言ってこないってわけ」

「なるほどな、そういう訳か」

 

 よくは思われてないだろうけどね、と締めくくった桐子に頷きながら凪原は納得した。無価値と判断して放り出したらライフラインを復旧させたとなれば、なるほどそれ以上文句は言えないのだろう。とはいえ桐子の言葉通り、内心では忌々しく思われていることだろう。

 とはいえ、今はそれを考えても仕方ないため頭を切り替える。凪原としては先ほどの話の中に気なる点があったためそこについて聞きたかった。

 

「ところでヒカ、さっき配線をいじったって言ってたけどもしかして電装関係得意?」

「うん、工学部で……その関係のことも勉強してたから、ある程度のことはできる」

 

 そう、比嘉子の工作技術である。なんせ凪原達が巡ヶ丘学院を放棄せざるを得なかったのは、配電盤がショートして電装関連が故障したことによるところが大きい。

 もし修理できるのであれば、実際に戻るかどうかはさておくとしても選択肢がグッと増加するのだ。

 

「ものは相談なんだけど、ショートした配電盤って直せたりしないか?恐らくここにあったのと同じタイプだと思う」

「うーん………見てみないと分からない、かな。部品とかはあるから多分直せると思うけど、あまりにも損傷が激しかったら難しい、かも」

「いや、今はそれだけ聞ければ十分。サンキューな」

「うん」

 

 凪原のお礼に、比嘉子は小さく顔をほころばせる。どうしてもゾンビと戦うことができず、役立たずとして真っ先に放逐された彼女にとって、自分の技術を認めてもらえるのはとても嬉しいことだった。

 

「ちょっとちょっと、いきなりそんなこと聞いてどうしたのさ会長。1人で納得してないでボクたちにも分かるように説明してよ」

「たしかに、それに凪原達拠点から来たって言ってたけど、なんでわざわざここまで来たのか聞いてなかったよね。教えてくんない?」

 

 桐子に晶が興味津々(比嘉子も口にせずとも気になっているよう)であるため、凪原は少し悩んだがある程度詳しく事情を話すことにした。

 持ってきていたポーチから取り出したのは、件の緊急避難マニュアルとちょくちょく付けていた日々の記録である。ただし放送局の具体的な位置などが分かる情報や地下倉庫に銃があったという情報は抜いてある。

 自分達以外の生存者と会った時に見せることを前提として用意したものなので情報対策は万全である。

 

「―――うわっ大変だったんだねアンタら」

「ここも拠点の1つだったんだ……どうりで設備が良すぎると思った」

「それでウチの大学に来たらボクらとか武闘派とかと会ったってわけかー」

 

 パラパラと冊子をめくる3人、一部が伏せられているとはいえかなりの衝撃情報のオンパレードに驚きを隠せないようだ。

 

「まぁ何とかやって来たって感じだよ」

「ダウト。会長が自分の本拠地にいて、その上でこの大学みたいな設備的なバックアップがあるんなら、()()()()なんてのは絶対嘘。どうせバーベキューとか夏祭りとかしたに決まってんじゃん」

「いや、それはさすがに――」

「なぜバレたし」

「いややってんの!?ほんとにっ!?」

「すごい」

 

 桐子の言葉を否定しようとした晶だったが、凪原の言に素っ頓狂な声を上げた。比嘉子も目を大きくしている。

 

「やっぱりね。アキ、ヒカ、会長はこういう奴だよ。人間の中の突然変異、バグかチート個体みたいなもんだから」

「そりゃ言い過ぎだ、俺ぐらいならその辺探せば結構いるだろ。それに俺でバグならテルとかハヤはどうなるんだよ」

「あの2人は会長と合わせて直接間接問わずボクの知ってる人の中の変超人ランキングトップ3だよ!」

「新たな言葉を生み出すな、なんだ変超人って」

 

 ボケてるのか本気なのか分からない桐子の言葉を、空いている彼女のコップに酒を注ぐことで中断させる。8文目あたりまで入れれば彼女は礼を言ってからグイっと呷った。

 袖で口元をぬぐったところで仕切りなおすように「ま、」と口を開く。

 

「会長の方も大変は大変だったみたいだし、ボクたちも結構苦労した。でもこれからはきっとよくなるよ。これはその前祝ってことで―――乾杯」

「「「乾杯」」」

 

 彼女の音頭にはしゃぐでも沈むでもなく、凪原達は自然にコップをぶつけあった。

 話題は情報共有から愚痴や高校時代の思い出語りなど、何の法則もなく様々な事へ移ってゆき、気づけば窓の外が明るくなり始めていた。

 

 

====================

 

 

 

 そんなわけで翌朝、桐子達3人と一緒になって寝落ちしていたところを胡桃に見つかった凪原は、むすくれてしまった彼女をなだめるのに非常に苦労することとなった。





以上、穏健派と凪原との語らいでした。
それと同時に武闘派の方も少し掘り下げています。原作にあったトーコの「あいつらも悪いやつじゃないんだけど」という発言から色々考えてみました。まあ凪原が納得するには至りませんでしたけど。
お酒要素は文中にほぼなかったですが、チビチビ呑みながら話しているという感じで脳内補完お願いします。


現在公開可能な情報

今回おやすみ中の由紀達
原作と同じく個室をもらいましたが結局皆同じ部屋で寝ています。凪原も胡桃に呼ばれましたが由紀や美紀もいるので辞退。ちなみに大学到着を原作よりも遅い時間に設定しているので、詳しい話は明日ということにして寝てもらいました。
凪原が徹夜する気だった理由は次回あたりに書く予定。

武闘派の成り立ち
名もなきモブ教授は犠牲となったのだ。いくら何でも初期段階で教員の生き残りがナシってのは不自然。それに武闘派の差別的行動がいきなり受け入れられるとは考えにくいため、その辺を自分で納得できる感じに仕上げてみました。

ヒカの電装スキル
原作の扉絵にあったウォーターポンププライヤーを持つ彼女を見れば分かる。彼女はプロだ、俺は詳しいんだ。


学園生活部のキャラが出ない話はかなり久しぶり(というかプロローグ以外では初?)でしたがいかがでしょうか。隔週で投稿できればいいなとか言っときながらいきなりできなくてすいませんでした。次は頑張ります。


それではまた次回!


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6-6:盗人


また期間が開いてしまいまして申し訳ありません。何とか規定量が書き上がったので投稿します。


「―――今何時だ?」

「お、起きたかナギ。もう3時過ぎだぞ」

 

 ベット替わりにしていたクッションから凪原が体を起こすと、それに気づいた胡桃が顔を上げて答えた。リラックスタイムだったらしく、制服の上にパーカーを羽織ったいつもの格好で寝転がる彼女の手元では漫画が開かれている。

 言われた言葉に視線を巡らせてみれば、やや西向きの窓から太陽の姿を見ることができた。

 

「あー…、思ったより寝てたな。桐子とかはどした?その辺で寝てたよな?」

「トーコさん、じゃなくてトーコ達なら1,2時間前に起きたよ。軽くご飯を食べて今は隣の部屋でゲーム大会中」

「マジかよ。あいつより長く寝てたとか、結構疲れてんのかね」

 

 高校時代、授業中にひたすら惰眠を貪っていた印象のある桐子よりも眠りこけていた事実に軽くへこむ凪原。

 

「そりゃ夜通しお酒呑んだりしたら疲れるんじゃないの?…あたしに内緒で

「だーら悪かったっての。というか言ったとしても胡桃は年齢的にまだ酒呑んじゃだめだろうが」

「そーだけど、そういうことじゃないっ」

 

 チクチクと投げ掛けられる嫌味に生返事を返しつつ、凪原はストレッチを始めた。まずは首や腕などの上半身、その次は腰回りで続いて下半身、といった具合に体の各部をほぐしていく。

 時間にして数分程度の簡単なものだったが、終わるころにはまだ眠そうだった凪原の顔がシャキッとしたものになっていた。

 

「さて、目が覚めたところで腹減ったな。車からなんか持ってきてたっけか」

「あっそれだけどさ、トーコがその辺に積んであるやつてきとうに食べていいって言ってたよ」

「ほーん、ならありがたくもらうとするか、時間も時間だしなんか軽めのものはっと――」

 

 レトルト食品やらカップ麺やらが入ったダンボールを物色する凪原を視界の端にとらえつつ、胡桃は食卓の準備を始めた。開いていた漫画を棚に戻してクッションを脇に放り投げる。

 隅に片付けられてた折りたたみ式のテーブルを部屋の真ん中に持ち出し、ポットの電源を入れたところで選び終えた凪原が戻ってきた。

 

「おいナギ、軽くって言ってたよな?なんで大盛りのやつを持ってくんだよ」

「記憶に無いな。ダンボールにこいつが入ってたのが悪い」

 

 麺量1.5倍のロゴがでかでかと描かれている大盛りのカップ麺をテーブルに置いた凪原に呆れ気味の声をかけるが、その程度で彼が動じるとは胡桃も思っていない。

 よって軽くため息をつくだけに留め、入れ替わるように自身もダンボールの前へと移動する。少し悩んで食べるアッサリしたワンタンスープを食べることにした。

 

「なんだ、結局胡桃も食うのかよ」

「うっさい。そんなデカいの目の前で食べられたら絶対お腹減るし、これくらいなら食べても平気だって。……ちょっと体重計が怖いけど」

「それぐらいじゃ全然平気だろ?スタイルよく知ってる俺が言うんだから間違いない」

「変態」

「一応フォローしたつもりだったんだけどな……」

 

 胡桃のジト目から逃れるように凪原はカップ麺のふたを剥がした。

 

 

 

====================

 

 

 

「そういや由紀と美紀は何してんだ?隣で桐子達とゲーム大会?」

「………2人とも図書館に遊びに行ってる」

 

 容器にお湯を注ぎそろそろ食べられる頃合いになっても視線の圧力が止まなかったため、苦し紛れに話題を振ってみればようやく胡桃の雰囲気が元に戻った。

 未だ顔が微妙に赤いのは『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』理由を思い出しているためだろうが、それを突くほど凪原もデリカシーがないわけではない。

 話題に乗ってくれた彼女に感謝し、おとなしく会話を続けることにする。

 

「図書館?なんでまたそんなとこに……、美紀に付いていったとかか?大学の図書館なら原語版の本もあるだろうし」

 

 美紀は高校にいた頃から時折日本語訳でなく原語のままの本を読んでいた。

 和訳されたのと比べると微妙にニュアンスが違うところがあって面白いんです、笑いながら彼女がそう言っていたのを思い出した凪原が尋ねるも、胡桃は首を横に振って答えた。

 

「いや、由紀が引っ張っていったよ。一緒に勉強するって言って」

「は、漫画読むの間違いじゃなくて?」

 

 どう考えても由紀は自分から進んで勉強をするタイプではない。慈や悠里が定期的に開催する勉強会も、何とか躱せないかと放送局内で身を隠したことは記憶に新しい。

 結局その時は悪ノリした早川や照山、それに圭や葵なども巻き込んでかくれんぼ大会となってしまった。普段は観客サイドの慈達2人がなし崩し的に鬼役となりかなり本気で参加していたため、なかなかに白熱したのは記憶に新しい。

 なお皆を煽って事態をイベントに発展させた張本人たる凪原だが、鬼役にみっちり説教されたものの例により反省していない。

 楽しかったからヨシ!、である。

 

「なんか、大学生は図書館でレポートをやってこそだよ、だとさ」

「あー……なるほど」

 

 どうやら大学図書館というワードが由紀の中の大学生のイメージに突き刺さったらしい。目をキラキラとさせて呆れ顔の美樹の手を引っ張っていく由紀の姿を、凪原は簡単に想像することができた。

 

「まぁ大学生のイメージとしては間違ってはいない、な」

「そういやナギも大学生だったんだよな。やっぱ図書館でレポートとかやってたの?」

 

 今更ながらに凪原が現役の大学生だったことを思い出し、胡桃は彼の学生生活に興味を持ったようだ。パンデミック当時、高校3年生の春という大学進学を意識し始めた時期だったこともあり、大学生というものに興味を抱いていた。

 それどころでは無い状況が続いたために有耶無耶になっていたが、偶然大学という場に来たこともあってその疑問が復活した形だ。

 

「そういやって、忘れないでくれよ。んでレポートか、やったかやってないかで言えばやったけどさ」

「なんだよ、はっきりしないな」

 

 麺をすすりながら曖昧な言葉を吐く凪原に首をかしげる胡桃。普段はっきりとものを言う彼らしくないその様子はなかなか新鮮に映ったようで目を瞬かせている。

 

「いや…、たしかに図書館でレポートとか課題を進めるぞ、ただ―――大抵の場合30分以内に寝落ちする」

「それ勉強してないじゃん」

「そんな目で見るなよ、俺だけじゃなくて大抵の奴はそうだから」

「余計にダメでしょ」

「うん、まぁそうなんだけどよ。一応弁明させて?」

 

 半眼になる胡桃を手で制しつつ、凪原は言い訳を口にする。

 

「ほら、図書館って本の保存のためにちょうどいい温度に保たれてるだろ?それに椅子の座り心地も教室よりいいし、静かだし―――そりゃ寝るだろ、むしろほかに何しろってんだ!?」

「逆切れすんな!課題やれよ!?」

 

 弁解に見せかけた凪原の逆ギレに反射的に正論で返すあたり、勉強が苦手とはいえ胡桃はやはり真面目なのだろう。

 

「そりゃ、ごもっとも。ただ真面目に弁解させてもらうとさ、図書館で課題やろうとする段階じゃそこまで追い詰められてねえんだよ。空きコマの間の時間つぶしを兼ねて少し課題を進められればいいかなって程度。本腰いれて課題を進めるのが図書館じゃないってだけだ」

 

 もちろん、図書館で真面目に課題をこなす大学生もたくさんいるだろう。あくまで凪原の主観ではそうだというだけだ。

 とはいえ凪原とて学生としての自覚くらいある。提示された課題はきちんとこなしていた。

 

「あーそういう感じなんだ。それじゃほんとに追い詰められてるときはどうすんの?」

「提出期限が迫ってきたところで徹夜。もしくは誰かに昼飯奢って見せてもらう」

「おい」

 

 きちんとこなしてはいたが、バカ真面目にこなしていたわけではない。一瞬納得した自分を返せという様子の胡桃に凪原は肩をすくめてみせた。

 ただ真面目なだけでは大学生として不十分である。適度な手の抜き方に過去レポや過去問を集められる人脈の作り方、場合によっては教授への取り入り方などを学ぶのも立派な大学生の務めである。

 

 ちなみにこれらも全て凪原の主観である。

 

「はぁ、なんか大学生のイメージが一気にナギみたいな自由人の集まりになったんだけど」

「胡桃も性に合うと思うぞ」

「おいそりゃどういう意味だよ」

「深い意味はないから気にすんな」

 

 納得しないで言いつのる胡桃をスルーし、カップ麺を持って立ち上がる凪原。容器に残ったスープを捨てに行くのだ。飲んでしまうこともあるが今日は健康志向な気分のため腹に入れるのは麺だけにしておく。

 なお、カップ麺を食べる時点で健康的ではないという意見はこれを棄却する。

 

「あっナギさんだ。やっほ~」

「もう起きていたんですね」

 

 スープをトイレに捨てて(その辺のシンクに流すとU字管部に麺の切れ端などが溜まってにおいの原因になる)部屋に戻ると、図書館に行っていたはずの由紀と美紀が戻ってきていた。

 カーペットの上に座る2人の手の中にはそれぞれ漫画と英文小説。少し離れた場所に放られた使った形跡の無いレポート用紙と筆記用具が哀愁を漂わせている。

 

「おい、レポートはどうした」

「うっ」

 

 凪原の言葉に由紀が分かりやすく目を逸らした。

 

「………や、やろうとは思ったんだよ?」

「嘘つけ、どうせ入った瞬間に漫画コーナーに突撃したんだろ?」

「ちがうよ!ちゃんt「さすが凪原先輩、その通りです」突撃はしてないもん!」

 

 美紀の横やりにもめげず否定を続けようとした由紀だったが、形勢不利と判断したようで話題を変えることにしたらしい。

 

「あのねっ、図書館にヌシがいたんだよ!」

「「ヌシ?」」

 

 聞き慣れないワードを耳にして由紀の目論見通りに釣られる凪原と胡桃。

 

「ヌシってアレ?川とか海とかにいる奴のこと?ほら、ぬし釣りみたいな」

「おい胡桃、お前ほんとに女子高生だよな?なんでそんな昔のゲーム知ってんだよ」

「あれ、そういえばなんでだろ?」

 

 キョトンとした表情で首をかしげる胡桃。どうやら無意識に出た言葉らしく、素で分からないようだ。

 

「もー、胡桃ちゃんの実年齢はどうでもいいよっ」

「よくねーよ!あたしは正真正銘18だぞ!?」

「俺は胡桃が何歳でも気にしないぞ、たとえ年上でも胡桃は胡桃だ」

「凪原先輩、いいこと言ってる風ですけど顔がにやけてますよ」

「そっちの2人も黙れ、だいたい美紀も笑ってるじゃねえか!」

 

 袋叩き(からかい的な意味で)に合い顔を真っ赤にして叫ぶ胡桃。

 元々胡桃はいじられキャラだ。最近はあまりなかったが、隙を見せたら付け込まれるのは当然である。

 

「はいはい、胡桃からかうのはこの辺にしとこう。これ以上やったら暴発しそうだし」

「そうだね、まったく胡桃ちゃんはしょうがないなー」

「なんであたしが悪いみたいになってんだよ……」

 

 やれやれと言わんばかりに首を振る由紀にどうにも納得がいかない胡桃だったが、これ以上引っ張っても良いことはなさそうなので小さく唸るだけにに留めることにした。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――なるほど。図書館の本全部読みつくすまで動かない、か。そりゃ確かにヌシだな」

「あたしは無理だなー。そんなことしてたら体が鈍っちゃうよ」

 

 それぞれ由紀と美紀が遭遇した人物の話を聞いた凪原と胡桃の感想である。

 

「こっちの校舎にはほとんど来ないで寝泊まりも図書館でしているみたいです。一応桐子さん達とも面識はあるみたいでしたけど、穏健派ってわけではないみたいですね」

「本人はそのつもりだろうけど、武闘派はそうは思ってないだろうな。聞いた感じじゃあの連中は効率最優先みたいだし、仲間かそうでないかでしか考えられないだろ」

 

 そんであの手合いは自分達こそが正義でそれ以外は悪と信じて疑わないだろうし、と内心で続ける凪原。彼は昨日の門での出来事と桐子達との会話から武闘派の性質をほぼ完全に見切っていた。

 世の中、善か悪か、敵か味方かなどの二元論でしか考えない人が意外なほど多い。現在が非常時であることも加味すれば、特に効率重視の姿勢がはびこるのは仕方のないことなのかもしれない。

 

 とはいえ―――

 

「まったく、効率重視が何だってんだ「無駄とか余計なことがあるからこそ面白いんだろうが、か?」―――その通り、よく分かったな胡桃」

「ナギならこんな感じのこと考えそうだな―って思っただけだって」

 

 言おうとしたことをそっくりそのまま言われてやや面食らった凪原に、胡桃は照れくさそうに笑いながら答えた。

 

「これぞ以心伝心ってやつだね!あっそう言えば武闘派で思い出したんだけど、戻ってくる途中に武闘派の人達を何人か見かけたんだ。なんかキャンピングカーを見てたみたいだったよ」

「ほーん………、なるほどね………」

 

 珍しく四字熟語を正しく使えたじゃないか、という飲み込んだ言葉の代わりに凪原の口から出てきた声は低く、若干の嗤いが含まれていた。

 

 

 

====================

 

 

 

 深夜、大学敷地内の片隅に停められたキャンピングカーに近づく3つの影があった。

 普段であれば1,2体は必ず視界に映るはぐれゾンビの姿もなく辺りは静まり返っている。

 

「なあ、あいつ等の車を奪うっつてもどうやるんだ?鍵なんか持ってねえぞ」

「んなもんコード直結してやればエンジンがかかるっつの、前に映画で見たから手順は分かってる」

「お前等デカい声出すんじゃねえっ、何のためにこの時間に来てると思ってんだ」

 

 普通の声量で話す2人をもう1人の茶髪の男が叱責するが、その声も大きいためまるで意味がない。コソコソと周囲を窺いながらゆっくり進んでいるが、遮るもののない歩道でそんなことをしても何の迷彩効果もない。ただのコントである。

 せめて道の脇にある植え込みの中に隠れながら進めばいいものを、汚れたくないのか単に思い至らないだけなのかソレをする様子もない。

 

「とにかく、遠征が失敗したのはまともな車がなかったからだ。キャンピングカーさえありゃ奴等なんか怖くないしもっと遠くにも行けるようになる」

「だな、車さえまともなら俺達だって―――」

 

 自分達に都合のいいことを言い合いながらキャンピングカーへと向かっていく3人。街灯の下を通り灯に照らされた3人の手にはそれぞれ槍にバット、バールのようなものが握られていた。

 

「にしても正門に来やがったあの2人、ふざけた真似しやがって」

「まったくだ。せっかくこっちが仲間に入れてやるって言ってんだから大人しくいうこと聞いとけばいいのに。それに穏健派も穏健派だ、あいつ等が余計なことしたせいでこんな手間がかかる」

 

 吐かれた言葉の内容が示しているように、この3人は凪原と胡桃が正門で相対した5人のうち高圧的な態度を取っていた面々である。

 敷地に入るのと引き換えに装備などを根こそぎ奪おうと考えていたのだが、穏健派の手引きで凪原達が裏門から入ってしまったためその目論見はご破算となった。

 よってその埋め合わせとして、闇夜に乗じてキャンピングカーを奪ってしまうことを計画していた。

 

「っと、流石にドアには鍵掛かってるか」

「ならドアのガラスさっさと割っちまえ、後で塞ぐかなんかすれば問題ないだろ」

「はいはい了解っと」

 

 キャンピングカーのもとに到着し、施錠を確認したところで男はなんの躊躇もなくバールを構えた。一瞬の溜めを挟んでその手が振り下ろされようとした瞬間―――

 

 

「いや、そんな簡単に人の車の窓割られたら困るんだけど」

「はだr、ガァッ!!?」

 

 

―――突如として掛けられた声に3人のうちで最も後方にいた茶髪の男が振り返るよりも早く、彼の股間が背後から蹴り上げられた。

 全身から力が抜けて倒れ込む男、握っていた槍が手から音を立てて零れ落ちる。

 何とか首を動かして視線を背後に向ければ、シャベルを肩に担いだ少女が冷たい目をしてこちらを見下ろしていた。

 

「人のもん盗っちゃダメって小学校で習わなかったのかよお前ら」






書いている間に凪原と胡桃のやり取りが伸びてつなぎ回的な感じになってしまいました。どうしてこうなった?………はい、忙しい現実から目背けるように書いているせいですね。
そんな筆者の戯言は置いておいて「今日の雑談コーナー」に行ってみましょう。


麺量1.5倍のカップ麺
超メジャーって程ではないけど知ってる人は知っている。それなりにボリュームもあるのでお世話になることも多い。

大学図書館
基本的によく眠れる場所というのが筆者の認識(偏見)。温度がちょうどよくて程よく静かで場合によってはソファーまであるみたいだしもう実質仮眠場所じゃない?違う?

図書館のヌシ
原作にも出てきたこの人のお話は今回カットです。本作は基本的に凪原の周囲のことを3人称視点で書いていく形なので許してください何でもしますから(何でもするとは言っていない)。もちろん今後のストーリーで登場予定ですのでヌシファンの方もご安心ください。


今回で6章も折り返し、次回からは章の終わりに向けて話が進んでいく予定です。例によりいつ投稿できるかは分かりませんが気長にお待ちいただけると幸いです。

それではまた次回!


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6-7:教育的指導

お待たせしました、3週間ぶりですね。
馬鹿がおイタをしたので「メッ」ってするお話です。

最後にちょっと連絡があります。


「盗みに来るなら来るでもっと周りに注意払えって、おしゃべりしながら来るとか小学生かよ。あいつ等が隠れてたら喰われてるぞ」

 

 キャンピングカーのすぐ傍らで立ち尽くす残りの2人に向けて歩を進める胡桃。崩れ落ちて地面でうめいている男の姿には目もくれない。

 

「つーかさ、昨日直接言って駄目だったら今度は盗みに来るって………マジで短絡的すぎるだろ」

 

 シャベルを肩から降ろして両手で持ちながら話す彼女の声は、軽蔑というよりもむしろ呆れの色を濃く含んでいた。

 それもそうだろう。

 前日の初対面時に状況も彼我の戦力差も考慮せずに上から目線で命令し、それが聞き入れられなかったらもう一度話す場を設けようともせずに夜に乗じて盗み出そうとする。落ち着きのおの字も感じられない単純さである。

 ついでに言えば、その盗みの手法も映画で見ただけの知識で実践しようとしている。

 事前の下調べを由紀達に見られていることも含め、お粗末としか言いようがなかった。

 

 2人までの距離が5m程になったところで、胡桃は何かに気付いたような表情で足を止めた。片頬をポリポリと掻きながらややわざとらしく口を開く。

 

「あー…、あたしの知ってる小学生はもっと落ち着いてるし理性的だったな。お前等と一緒にしたら失礼だ」

「てんめぇ…黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって、第一お前らが最初から全部渡せばいい話じゃねえか!」

「あっおい!」

 

 あからさまな挑発だったが2人のうち片方が反応した。

 止めようとするもう1人に構わず手にしていたバールで胡桃に迫る。

 

「高校生で弱い癖にいちいち生意気でうぜぇんだよぉっ」

 

 声と共にバールが振り下ろされる。もし胡桃が彼が見下すとおりにか弱い存在だったとして、そんな彼女にバールを振り下ろしたらどうなるかなど考えてすらいないのだろう。

 とはいえ、現実には胡桃は凪原について半年以上みっちりと白兵戦の手ほどきを受けている。怒りに任せただけの攻撃など当たるはずがなかった。

 

 鉄と木がぶつかった鈍い音が辺りに響く。木製とはいえ強靭な樫で作られたシャベルの柄はきちんとバールを受け止めていた。

 

「シッ」

 

 そのまま柄を回転させて足掛けをバールのL字になった部分に引っ掛け、相手から見て体の外側に向かって円を描くように振るう。たったそれだけ、特別力が込められたわけではない動きによりバールはあっけなく男の手を離れる。

 何のことはない。体の構造上、この方向にひねられると人間は握力を維持できないのだ。

 護身術などの武道を少しでも学んでいれば、どころか自分で軽く調べるだけでも知ることができる初歩的なことだ。

 

「なっ!?」

 

 しかし当然ながらというべきか、男はそんなことなど知らなかったようで、呆然とした表情で地面に落ちたバールを見つめていた。

 そして、戦闘中に固まるなど隙以外のなにものでもない。

 

「っ!」

 

 勝てる時にはきちんと勝てと教えられた胡桃はその隙を見逃さずに次の行動を起こす。

 持っていたシャベルを躊躇なく手放すと一気に肉薄し、伸ばされたままだった男の右腕を左手で掴む。そのまま自身の右腰を相手に押し当て、進む勢いそのままに右肘の内側を相手の首に引っ掛けるようにする。

 

「ぅらぁっ!」

 

 掛け声とともに腕を振りぬけば、押し当てた腰を基点として男の身体が宙に浮いた。背中から地面に落としたところで、掴んだままだった腕をひねりあげうつぶせの体勢にさせる。

 掴んだ腕は離さない。ねじった状態を維持することで相手の動きを制限できるからだ。

 一連の動作にかかった時間は約7秒、熟練とは言えないが体格差があることも考えれば十分にスムーズな動きである。

 

「おいっ、そいつを離せ!」

「おっと、お前の相手はこっちなんだよな」

 

 一部始終を見ていた3人目がようやく我に返るが、彼が胡桃の方へと駆けだす前にその背後から声が掛けられるとともに頭の両側に腕が伸ばされた。

 

 凪原である。

 

 反応する暇を与えずに顎を持ちあげ、地面と平行になった額に両手を当てがって押し下げる。男が気付いた時には、彼の身体は地面に横たわっていた。

 そしてあおむけに倒されたはずなのに現在の身体の向きはうつ伏せ、どうやら倒れ込む間に腕を取られて体勢を変えさせられたらしい。

 だが、この男に理解できたのはそこまでだった。

 

「痛でででで!?」

 

 右足に激痛が走り、思考力がすべて失われる。しかも痛みは一瞬ではなく今も生じ続けていた。

 男には理解できなかったが、現在彼の右足は折りたたまれている。膝に凪原の左脛を挟み込まれ、その上から体重を掛けられていた。

 傍目からは大したことなさそうな状態だがその痛みは壮絶である。なにせ、この技は銃社会であるアメリカにおいて警察官が使うものの一つなのだ。

 暴れる凶悪犯罪者をも無力化する激痛に、一年前は平和ボケした学生だった男に耐えられる道理はなかった。

 

「なぁ、そろそろ話聞いてくんねえか?」

「痛だだだだギブギブギブギブギブ!」

 

 凪原が声をかけても反応を返す余裕はなく叫び続けている。

 

「んーそっかそっか痛いか。――それじゃちょっと向こう見てみ?」

「あん?」

 

 埒が明かないので足にかける力を少し抜き、凪原は組み伏せた3人目の男にある方向を見るように促す。

 疑問の声を上げながらも素直に従った3人目の視線の先では―――

 

「あーもうっ、暴れるなっ、てっ、のっ!」

ガギ#ャ&@$¿♭#▲!!???―――」

 

―――未だもがき続けていることに業を煮やした胡桃がバール男に金的を喰らわせていた。

 

 本気で蹴ろうものなら冗談抜きで生命活動が停止しかねないためにかなり手加減した蹴りだったが、なんせ場所が場所である。

 バール男は意味不明な叫びをあげた後、まるで電源を切られたかのように気絶した。

 

「あっち方が痛いと思うなぁ、俺は。お前はどう思う?」

「あ、ああ。俺もそう思う」

「だろ?俺も男だからアレの痛みは分かってるつもりだからさ。ああいうことはしないから、大人しく、してくれるよな?」

「………分かった」

 

 男の身体から完全に力が抜けたのを確認し、凪原は拘束を完全に解く。

 しばし時間をおきゆるゆると起き上がった3人目は、立ち上がることなく座り込むと凪原へと視線を向ける。

 それを聞く準備ができた合図と受け取った凪原は改めて口を開いた。

 

「それじゃ質問その1だ。あんたら3人は俺達のキャンピングカーを盗みに来た、合ってるか?」

「合ってる、俺はやめようって言ったのに」

「それは今きいてない。昼間に車の近くにいたのは?」

 

 言い訳を言おうとする3人目を制して質問を続ける。尋問の最中に相手に隙にしゃべらせるのは得策ではないため当然である。

 

「あれなら、駐車場所と見張りがいるかどうかの確認。昼間でいないなら夜にいるはずがないって思ったみたいだ」

「盗んだ後はどうする気だったんだ?仮に今俺等がいなかったとしても朝になったら気付くし、隠し場所も無いと思うんだが?」

「必要な物だから徴発したってアンタらに言うつもりだったらしい。24時間人を配置して有効利用するって言ってた」

「……最後、あんたら武闘派の人数は?」

「大体10人」

「……………。」

 

 凪原はため息をつきそうになるのをかなり苦労して堪えていた。

 とりあえず気になったことを質問してみたが、返ってきた答えはどれも現実を見ていないものだ。

 高々10人程度で、24時間キャンピングカーに人を張りつけて確保し続けられると本気で思っているのだろうか。門や敷地内の見回り、睡眠や食事などを考えれば無茶としか言いようがない。

 さらに言えば、仮に凪原達が銃を使って車を取り返そうとした場合、彼等にそれを防ぐ手段は無さそうである。

 

「無茶だろ、どう考えても」

「俺だってそう思ったさ、銃を持ってる相手から車を奪うなんてできるわけないって」

 

 呆れかえった凪原の言葉に男は力なく答えた。

 うなだれている様子は反省しているようにも見える。しかしその発言は出来るはずがない盗みを強行したことによるもので、盗みを行うことに対する倫理的な葛藤は含まれていない。

 近くに寄って来ていた胡桃の顔には、まず奪おうとすることを止めろよ、という内心がありありと浮かんでいた。

 

 凪原としても男等の倫理観については思うところがあるし、可能ならば全員正座させて説教したいところだ。

 とはいえ話しても無駄な気配がするのもまた事実である。以前遭遇した野盗のように『殺してから奪う』のスタンスではないということに彼等の良心を感じることができる、かもしれない。

 

「まぁいいや。幸いうちに被害は無かったし、今回はこれで終わりにしてやるよ」

「ほんとか!」

「た・だ・し、次に同じようなことがあったら今度は撃つかもしれないからな。お前等だけじゃなく武闘派の連中にも伝えとけよ」

「わ、分かったっ」

 

 とりあえず、彼我の戦力差を推し量る程度はできそうなこの男に脅しをかけ、凪原はこの場は収めることにした。

 それなりに本気の威圧を込めて警告したおかげか、言われた男も顔を青ざめさせながら頷いていた。

 

「んじゃそこで気絶してる奴連れてさっさと帰れ。―――おいそっちの茶髪っ、お前もう動けんだろ。そいつ抱えんの手伝ってやれ」

 

 最初に胡桃の蹴りを喰らってから蹲っていた茶髪に声をかける凪原。

 それに応じるようにゆっくり立ち上がった後に、男は忌々し気な視線を向けてきたが、凪原が睨み返せばすぐに目を逸らした。

 最後の抵抗なのか一切声で返事をすることはなく、3人目と協力してバール男を左右から抱え上げるとこちらに一瞥すらくれずに武闘派が縄張りとしている校舎の方へと戻っていった。

 

 

 

====================

 

 

 

「おつかれさま」

「そっちもな。というか気を逸らすだけでいいって言ったのに大立ち回りしやがって、見ててハラハラしたぞ」

「しょっ、しょうがないじゃん。隠れてあいつ等の話聞いてたら思ったより腹立っちゃったんだから」

 

 完全に男達の気配が無くなったところで声をかけてきた胡桃に凪原が苦言を呈せば、彼女は少しきまり悪そうにしながら返事をした。

 元々の予定としては、男達がキャンピングカーの近くに来たタイミングで少し離れたところに隠れていた胡桃が声をかけて注意を逸らし、その間に車の傍に隠れていた凪原がまとめて制圧するというプランだった。

 それが実際には胡桃がいきなり1人を戦闘不能にし、もう1人も格闘のうえで取り押さえるという大戦果を挙げたために凪原の仕事は3分の1となってしまった。

 

「結果的には問題なかったからよかったけどさ。人間相手の実戦は初めてだったのによくあれだけ動けたな、結構あいつ殺意出てた気がしたけど」

 

 凪原が心配していたのはこの点である。

 いくら練習しているとは訓練とは実戦とは違う。凪原とて訓練通りの動きができれば今回の男達レベルが相手なら万に一つも負けはしないと思ってはいるが、心配なものは心配なのだ。

 

「あー、その辺は全然大丈夫だったよ。というかあれくらいだったら訓練の時の早先輩の方が怖いって」

「ハヤ?まぁあいつは訓練では手を抜かないだろうけど、怖いって程か?」

「あれ、ナギは知らないんだっけ?」

 

 キョトンとした顔の胡桃に何やら嫌な予感がし始める凪原。早川の名前が出てきた時点でロクな話だったためしがないので当然ともいえる。

 

「ハヤ先輩さ、白兵戦の訓練する時寸止めじゃなくて実際に当ててくるんだよ。美紀と圭相手の時もそうみたいだけど、急所とかにも容赦なく当ててくるし何回死ぬかと思ったことか――「あいつコロすか」――わーっ大丈夫だって!そん時はメチャクチャ痛いけど痕に残ったりすることはないし!美紀達も納得してるからさ!」

「………そういうことなら」

 

 先ほど男に放ったのとは比較にならないレベルの殺気を撒き散らし始めた凪原だったが、慌てた胡桃の必死のとりなしによって普段の状態に戻った。

 

「まったく、さっきあいつ等相手にした時よりも今の方がよっぽど心臓に悪かったぞ」

「すまん、同期の奴は死んでも死なない奴ばっかだから2,3回ぐらいならいいかなって」

「ナギの中の31期生(同級生)のイメージはどうなってんだよ。ってかあたしからすればナギもその内の1人というか筆頭だかr――ふわぁ…」

 

 自分のことを棚の最上段にあげてのうのうと話す凪原にジト目でツッコミを入れる胡桃だったが、言い切る前に堪えきれずにあくびがこぼれた。吐息と共に可愛らしい声がもれる。

 それを見た凪原が腕時計を確認してみれば、既に日付が変わってから長針が2周半ほどしていた。日没からずっと寝ずに待機していたために凪原自身も頭の働きが靄がかかったように鈍っているのを感じる。

 

「それじゃ今日はもう(ここ)で寝るか?ないとは思うけどあいつ等が戻ってきてもすぐ気づくし」

「うん……」

 

 自覚したことで一気に眠気が増したのかフラフラとしている胡桃を連れて中に入る。外気と隔てられているとはいえ季節は真冬、車内の空気は冷え切っていて肌寒いでは済まない温度だ。

 

「んー…さむぃ」

「あーほらほらそのままベットに入るなっての、というかそこは俺のベットだ。あと汚れてんだからちゃんと着替えて身体拭くぐらいはしろ、蒸しタオル作ってやるから」

 

 もぞもぞと布団の中に入ろうとする胡桃を呼び止めつつ、収納場所からタオルを取り出して濡らす凪原。一応シャワーも完備されているが、お湯が沸くのには時間が掛かるため今回は見送った。

 電子レンジにタオルを放り込んで振り返った凪原の視線の先では、ベットに腰掛けた胡桃が万歳のポーズで凪原を見つめていた。

 

「なんだよ?」

「ぬがせて」

「Huh?」

 

 呆れる凪原だったが胡桃がそれに動じた様子はない。その体勢のまま凪原にトロンとした視線を向けている。

 

「それくらい自分でできるだろ?」

「ぃや、もうねむいしべつにナギならはずかしくないし」

「………りょーかい、ほら脱がすから目ぇ閉じとけ」

「ん

 

 眠気に頭がうまく回っていないこともあり、段々めんどくさくなった凪原はそのまま彼女の要請に応じることにした。どこかに問題があるような気がしないでもないが、深く考えないことにしたらしい。

 

「はい、蒸しタオルできたぞ」

「ふいて」

「だろうな、ほれ背中こっち向けろ」

「んー」

 

 そのあと自分の身体も(別のタオルで)拭い、寝間着に着替え(胡桃のは凪原が着替えさせ)てもう寝るだけとなった2人。

 何となく返事を予想しながらも凪原は胡桃に自分のベットに戻るように促すことにした。

 

「ほら、もう着替えも終わったんだから自分とこで寝ろ」

「いいよここで、今からあたしのとこいってもさむいし。ナギもくればあったかいし」

「やっぱ頭回ってないだろお前、明日の朝悶絶しても知らねえからな」

 

 自分が別のベットで寝るか何かすればよいのに、それだけ言ってベットに上がる凪原も凪原である。

 身じろぎして懐に潜り込むようにしてきた胡桃を抱え込むようにしながら自分ごと布団をかける凪原。枕に頭を乗せたところでこれまで堪えていた眠気が一気に襲い掛かってきた。

 

「寝つきよすぎだろ…ってやべ、俺も堕ちる」

 

 すぐさま寝息を立て始めた胡桃に呆れつつ、なんとか防犯システムがオンになっていることを確認したところで凪原も意識を手放した。

 

 

 

====================

 

 

 

 そして翌朝、ではなく翌昼近く。

 

「ああぁぁあぁああああっ~~あたしのバカ!何が脱がせてだよ、ほんとにバカじゃないの!!?」

 

 しっかりと睡眠をとり、スッキリした頭で胡桃が自身の行いを悶絶しながら振り返っている頃―――

 

 

「当人達をほっぽっといて身柄の引き渡しだの物資の無心だの、良い御身分だなおい」

 

 

―――凪原は武闘派の面々を前にして啖呵を切っていた。




6章第7話でした~

悪いことをしたらきちんと叱る、子供だろうが大人だろうが大事なことです。寧ろ大きくなってからの方が叱ってもらえる機会は減りますからね、武闘派の方々も叱ってもらえて嬉しかったでしょう。
戦闘描写は相変わらずうまくかけてない気がする、もっと練習しないとなぁ…


と、そんな筆者の反省は置いておいて、今週の余話

胡桃と凪原が使用した格闘術
オリジナルというわけではなく、作中に書いた通りアメリカの警察や軍隊で使われる格闘術うちの一つです。日本の古武術である捕手術にも似たような技があるらしいのですがこちらはあまり詳しくないので分かりませんでした。
シャベルについては……他の武器の白兵技術と混ぜ混ぜして作ったオリジナルです。
ただ友人に協力してもらって確認したので動きに無理はないはず。

3人中2人がT?K.O(テクニカル?ノックアウト)
うん、まぁ………特にいうことは無いです。痛そうだよね、最後の3人目は運が良かった。

武闘派の思惑
賢いフリをした誰かが賢そうな口調で「車を奪えばいい、夜ならあの連中もいないだろ」とか言い出したんじゃないですかね(てきとう)。

ハヤの訓練
「痛みのない訓練なんて訓練じゃない」という思想の下、胡桃達を本気で鍛えてます。無茶苦茶痛いけど痣になったり後に響いたりすることは無いから問題はない。

Q.ちょっと睡眠関連の場面が多くないですか?
A.眠そうな感じの女の子ってかわいいからね、
  仕方ないよね?(疑問)
  仕方ないでしょ?(圧力)

以上、余話終わり。


さて前書きで書いた連絡についてですが、この度忙しいといっていた事柄が片付いたので投稿ペースを戻すことができそうです。しばらく執筆ペースを落としていたのですぐに週1投稿に戻れるかは分かりませんが、リハビリをしつつ戻していきたいと考えています。

それではまた次回!


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6-8:砲艦外交

疲れた……、毎週投稿ってこんなに大変でしたっけ?


 この日、穏健派の桐子と晶は武闘派からの呼び出しを受けていた。

 

 自堕落同好会の名に恥じず、あるいは()()()()()()を過ごしていた大学生らしく、かろうじて午前中という時刻に彼女達は目を覚ました。

 健やかに二度寝をした後に起き出し、さて朝食を兼ねた昼食でもと考えていたところに押しかけてきた武闘派の1人にそのまま連れ去られた形である。「お互いのテリトリーには入らない」という暗黙の了解などお構いなしだった。

 

 そして共有スペースにある会議室に入ってみれば、部屋は糾弾の場となっていた。武闘派の主要メンバーの多くが2人を来るのを待ち受けていたのである。

 

「そっちに男が1人と女が何人か行っただろ。そいつらの身柄と物資をすべて引き渡してもらう」

 

 開口一番にそう言ってきたのは頭護 貴人(とうご たかひと)、武闘派のリーダーだ。

 革ジャンに革製のグローブ、髪を金色に染め下に着ているTシャツの柄も派手。どう見てもチャラい大学生でしかないが、良く鍛えられた体と傍らに置かれた釘バットが彼が武闘派であることを雄弁に物語っている。革製の衣服も防御性能という点では悪くないのかもしれない。

 

「ちょっとちょっと、いきなり呼びつけたと思ったら何言いだすの」

「そうだよ、ボク達は起きたばかりなんだからいきなりそんなこと言われても何がなんだか分からないよ。それにそもそも、あの人達の身柄なんて抑えてないし、彼等の物資は彼等のものだよ」

 

 彼女達の主張(というより当たり前の反応)はしかし、武闘派には何の意味も無いようだった。

 

「お前等が寝起きかどうかはどうでもいい。そもそもこんな状況で日々のんきに過ごしていること自体気に食わないんだ。物資だって限りがあるのにそれを無駄にする神経が分からない」

 

 頬杖を突き人差し指で机を叩いている様子からは機嫌があまり良くないことがうかがえる。

 彼と対照的な表情をしているのが神持 朱夏(かみじ あやか)だ。口元に薄っすらと笑みを浮かべて桐子達2人を見つめているが、その笑みが友好的なものであるようには見えない。

 

「身柄を抑えているかは確かに分からないけれど全員がそちらにいるのは事実よ、独占するのはずるいんじゃないかしら」

「だから独占も何もアタシ達の仲間ってわけじゃ――」

「それに、これは正当な請求でもあるのよ」

 

 何を言い出すのか、という晶の言葉は彼女の声で遮られた。

 

「請求?」

「ええ、そうよ」

 

 首を傾げた桐子に自信気に頷き、朱夏は口を開いた。

 

「あの連中は私達に対して攻撃してきたのよ、それも2回もね」

「「はい?」」

 

 攻撃?凪原達が?、と頭の中に疑問符が飛び交っている状態の桐子と晶に構わず言葉を続ける朱夏。

 

「1回目は一昨日、門のところに来た彼等は対応していた私達に対して持っていた銃で発砲。幸いそれは外れたけれど、その後に防犯ブザーを投げ込んできて近くにいた奴等を擦り付けてきたわ」

「そして2回目は昨夜ね、校内を巡回していた私たちのうちの3人がいきなり襲われたのよ。全員が負傷して、そのうちの1人に至っては意識を失うレベルだったわ」

 

 一息、

 

「だからこそ、私達は彼等の行いと受けた損害に対して、賠償を請求する権利があるのよ。幸運にも大きな怪我をした人はいなかったけどそうなってもおかしくなかった、だから理由としては十分でしょう?私、何か変なことを言っているかしら?」

 

 文節ごとに区切ってゆっくりと話す彼女の様子は自信に満ちており、言葉に説得力を与えていた。彼女の弁を前に晶がぐっ、と詰まるがしかし、すぐに桐子が異を唱えた。

 

「いやいや、門のことはそっちのメンバーが門を叩いて奴等をおびき寄せたのが最初じゃん。そのままだったら門の外にいたあの人達が襲われるところだったんだから、門の中に注意を向けさせたのは問題ないと思うよ。現にそっちに怪我人は出ていなかったじゃないか」

 

 巡ヶ丘高校31期生として凪原を見てきた桐子は彼の人柄をよく知っていた。ゆえにこそただの言葉だけで誤魔化されることはない。

 というか、門の一件は彼女自身も双眼鏡で見ていたのだ。落ち着いて考えればすぐに彼女の言が都合のいい部分だけを抜き出したものだと分かる。

 

「昨夜のことは見てないから断言はできないけど、あの人達はそういうことはしないと思ってるよ。それにやる意味がないからね」

 

 意味があったらやるだろうけど、という言葉は飲み込む。あいつは本当に必要と判断したらやる男だとは思っている。とはいえ、この前話した時にはそのような雰囲気は感じられなかった。思うところは合っても力業で排除しようとまでは考えていないはずである。

 第一、朱夏が言ったような闇討ちみたいな真似をしなくても、凪原であれば武闘派を正面から無力化できるだろう。一緒に来た少女達も、凪原がみっちり鍛えていると自慢げに話していた以上、武器を持っただけの武闘派に後れを取ることはなさそうだ。

 

 以上のことから、凪原達に非がないことをほぼ確信して話す桐子だったがその言葉は届かなかった。貴人は淡々と返答を口にした。

 

「思うというだけでは何の証拠にもならない。それに門の件は偶然槍が当たってしまっただけで奴等をおびき寄せる意図はなかったと聞いている」

「たまたまっ!?あんな何回も叩いてたのに偶然だっていうの?」

「そうだ。不用意に武器を振り回したことについては注意した。もうしないようにさせる、そうだな?」

 

 食って掛かった晶に表情を変えることなく頷き、貴人が視線を向けた先には茶髪の男がいた。

 

「ああ、誤解を与えちゃまずいから今後は気を付ける。最もこんな状態だから次に槍を持てるのは先になりそうだけどな」

 

 そう話す茶髪の男の腕と頭には包帯が巻かれていた。頭の方は軽くだが腕は三角巾で吊られており、いかにも「私は怪我人です」と主張しているような恰好だ。

 あからさますぎて不審に感じた桐子が視線を向け続けていると、それに気づいた男は貴人がこちらを見ていないのを確認してヘラヘラとした笑みを浮かべた。

 

「っ!」

 

 見た瞬間に彼等が嵌めるつもりであることを悟った彼女だったが、それを証明する手立てがない。こちらが悟ったのを気付いたのか朱夏の笑みがわずかに深まった。

 

「あなた達がどう思おうが関係ないわ、現にこちらのメンバーは怪我を負っているの。医療が崩壊している今これがどれだけのことか、当然分かるわよね?」

 

 朱夏がそのまま畳みかけてくる。そして言っていること自体は正論であるために桐子達は反論することができない。

 

「それにこれは決定事項であってお前等に対する通達でしかない。別に身柄を抑えているわけではないというのなら好都合だ。これk――「はいちょっとお邪魔しますよーっと」」

 

 話は終わりだとでも言うかのような貴人の発言を遮るようにして1人の男が室内に入ってくる。

 

「当人達をほっぽっといて身柄の引き渡しだの物資の無心だの、良い御身分だなおい」

 

 多くの者にとっては聞き慣れず桐子は聞き慣れた、そして茶髪の男にとっては忌まわしさとともに恐怖も感じさせる声で、その男はぐるりと部屋の中を見廻すと皮肉気に口を開いた。

 

「だ、誰なんだお前は?」

「あれ、ご存じない?キャンピングカーでおなじみ、最近この大学にやって来た者の1人です。どーぞヨロシク」

 

 貴人の誰何に対し大仰な仕草で頭を下げて見せる凪原。字面こそは丁寧だがその口調と雰囲気はふざけているようにしか見えない。仮に桐子等がこのような態度を取ろうものなら、武闘派の面々はいらだちをあらわにして文句を言い始めるだろう。

 しかし、武闘派に行動を思いとどまらせるだけのものが凪原にはあった。大柄という程ではないものの良く鍛えられ引き締まった体躯と、笑顔に見えて全く笑っていない目が周囲へプレッシャーを与える。

 そして分かりやすい脅威として腰のベルトにはナイフと山刀(マチェット)が吊られ、何よりも拳銃がホルスターに収められている。

 武力による規律を主軸とする武闘派にとって、凪原が放つ威圧感は無視できなかった。

 

 とはいえ貴人も半年以上にわたって武闘派を率いてきた維持がある。無意識のうちにのどを鳴らしつつも意を決して口を開き、凪原へと要求を突きつける。

 

「それなら話が早い。そちらが持っている車と物資、それに情報を全て引き渡せ。お前等がやったことを考えれば当然の対価だ」

「断る。物資だろうが情報だろうが、お前等に渡すものは何もない」

 

 一刀両断、考えるそぶりすら見せない凪原に貴人の表情が引きつる。そして彼が何かを言うより先に今度は朱夏が凪原と相対して声をかける。

 

「あら、あなた達は自分達がしでかしたことに対する償いもできないのかしら?もう少し理性的な話ができるかと思っていたのだけど」

 

 小馬鹿にしたような口調で言う朱夏だったが、あいにくその程度では凪原の表情を崩すことすらできない。

 

「償い以前に心当たりがないからな。そっちこそ、いきなり賠償をよこせと騒ぎ立てる前に詳しい理由を述べるくらいの考えは浮かばなかったのか?まぁ見当違いな奴に要求を突きつけるようだし、そこまで期待するのは酷というものか?」

「………言ってくれるじゃないの」

 

 返された言葉にこめかみをひくつかせる朱夏。煽りへの耐性はあまり高くないようである。

 

「いいわ、あなた達の罪について細かく説明してあげるからよく聞きなさい」

「いや別にいい、さっき扉の向こうから聞いてたからな。意気揚々と話してくれてたから部屋の外でもよく聞こえたよ」

「ふざけているのかしら?」

「むしろそれ以外のなんだと思ってんだよ?おっ緑茶じゃん、いただきます」

 

 声を震わせる朱夏を鼻で笑うように続けた凪原は、近くにいた女子が持つお盆の上に用意されたお茶を勝手に飲み始める。まさに傍若無人というにふさわしいふるまいである。

 

「いいかげんに真面目にしろ、こちらと話す気があるのか?」

「ふー、ごちそうさん、と。話す気があるのかってそれは俺が言いたいことだ。こっちの話すら聞かずに物資と車の没収が決定事項とか―――ふざけてんのかテメェらは?」

 

 怒気を交えた貴人の言葉にそれまでの軽い態度を引っ込め、凪原もまた全身から怒気を放出する。一変させた雰囲気と一段階低くした声で室内の主導権を完全に握ったところでようやく凪原は貴人へと向き直った。

 

「さて、グダグダ言ってもしょうがないから手っ取り早くいこう。まずはコイツを見てもらう」

 

 そう言って凪原が腰のポーチから取り出したのはスマートフォンである。インターネットや電話が麻痺しているためその主たる機能は使えないが、この小さな端末には様々な機能が搭載されている。

 たとえば、動画データの再生などだ。

 

「これは?」

「お前がお仲間から報告を受けたであろう問題の2件の撮影データだよ。最初は勝手に撮影するのもどうかと思ってたけど、結果的に見りゃ大正解だ」

 

 凪原の言葉に茶髪の男と朱夏の顔色がサッと変わった。特に茶髪男の反応は顕著であり、青ざめた表情になるとともに足も力が込められたように小さく震える。

 しかし、「ちなみにデータはバックアップがあるから必要ならまた用意する」という発言を受けそれらの動きはピタリと止まる。

 朱夏も奥歯を噛み締めるがそれ以上の反応は示さなかった。

 

「それじゃVTR、スタート」

 

 横やりの心配がなくなったところで動画が再生され始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「どういうことだ?聞いていた話と全く違うぞ」

「どうもなにも、見ての通りだよ。門を槍で叩いたのは偶然じゃなくて故意に奴等をおびき寄せようとしたためで、夜の一件は巡回中じゃなくて車を奪いに来て返り討ちに合った結果だな」

 

 再生が終わり、震える声で疑問を呈す貴人に凪原は端的に答える。

 ビデオは映像こそ鮮明ではないが個人の特定は十分に可能で音声も鮮明に記録されており、事態の一部始終が誰が見ても分かるようになっていた。

 

「い、インチキだ!こんなのは捏造した映像に決まってるっ」

「そんじゃもう一つの証拠といくか」

「なっ!?おいっ離せ」

 

 茶髪男が何やらわめき始めるが背後に回った凪原に一瞬で取り押さえられる。片腕を極められた男は、なぜか包帯で吊っていたはずの腕を振り回してもがいていた。

 

「はい、今本人が動かして見せたようにこいつは別に腕を怪我してなんていない。頭の方も……なんだこりゃただの擦り傷じゃねえか。薄皮の1枚2枚でバカみたいに大げさにしやがって」

「あ」

 

 しまったという顔で固まる男から頭の包帯を取ってみれば、その下には全長わずか1センチほどの擦り傷があるだけだった。おおかた胡桃に蹴られて倒れ込んだ時に擦ったのだろうが、既に治りかけてる。

 どう考えても包帯を巻くようなレベルの怪我ではなかった。

 

「お前っ、頭は数センチ裂けてるし腕もほとんど動かないと言ってただろ!どういうことだっ」

「いや、その――」

 

 怒声を上げる貴人に対して言葉を詰まらせる茶髪、その視線が一瞬朱夏へと向けられたのを凪原は見逃さなかった。しかしあえてそれを指摘することはせず、手を叩いて注意を集めると口を開いた。

 

「当時の状況は分かっただろうし、仲間内での話し合いは後でやってくれ。その上でこちらから伝えたいことは一つ、最低限の礼儀は弁えろ。誰彼構わず高圧的に接してるようじゃ近いうちにしっぺ返しが来るぞ。というより―――」

 

 凪原はそこでいったん言葉を区切ると、一瞬だけ全力の殺気を解放した。

 

「―――次に同じような真似をしてきたら、俺が直接叩き潰す」

 

 言いたいことを伝え、返事も聞かずに部屋を後にする凪原。

 

「あっ、えーっと…それじゃあ、アタシらも戻ろうか?」

「そうだね。今回のことはちょっとびっくりしたけど、彼等との間のことみたいだしボクらは関係ないみたいだからこの辺で御暇するよ」

 

 おずおずと晶が声を上げたのに合わせて桐子も席を立った。

 まるで何事もなかったかのように武闘派に挨拶をしてスタスタと扉へと向かう桐子。扉まであと数歩となったとところで振り返えった。

 

「何かあったら連絡するよ、それじゃあお疲れ様。いこ、アキ」

「う、うん」

 

 それだけ言うと微妙に戸惑った様子の晶に声をかけ、穏健派の2人も部屋を出ていった。

 

 

 

====================

 

 

 

 部屋から出ても桐子と晶はそのまま言葉を交わすことなく廊下を歩く。角を曲がり、穏健派のエリアに入ったところで凪原が2人のことを待っていた。

 

「おう、お疲れ」

「ほんとだよ、会長の威圧モードはマジで怖いんだからね。おまけに最後こっちに投げてきて、いきなり対応させられる身になってほしいもんだよ」

「その感じだとこっちのフリは伝わったみたいだな」

「まあね~」

「え、ちょっと2人ともなんでそんな普通なの?というかフリってなに?」

 

 のんびりと、ごくごく自然に話し始めた2人に驚いたのは晶である。さきほど凪原が発した雰囲気は尋常ではなく、とてもではないが普通の人間に放てるものではなかった。

 直接向けられたわけでない晶でさえ、背中からは冷汗が噴き出し足が震えてすぐには立ち上がれなかったほどである。武闘派が感じたであろう重圧など想像もしたくない。

 

 ところが同じ空気に晒されたはずの桐子は全く動じた様子がなかった。挨拶をして部屋を後にする際も、以前呼び出しを受けた時と変わるところはなく落ち着き払っていた。

 なぜ平気だったのか、自分達のエリアに戻ったら聞いてみようと思っていたところに凪原とのこのやり取りである。混乱するのは当然といえた。

 

「んー?ああ、アキはさっきの状態の会長を見るの初めてだっけ。どう、怖かったでしょ?」

「全力で威圧する時用のもんだからなぁ、あれ。久しぶりにやったけど鈍ってないみたいでよかったよ。桐子にはあんま効かなかったみたいだけどな」

「ボクは直接喰らったことがあるからね、余波ぐらいなら軽いもんさ」

「直に喰らうことになった原因はお前にあることを忘れんじゃなねえぞ」

「ナハハハ~  反省してます

 

 「ったく…」と半目になる凪原と誤魔化すように笑う桐子に、晶の頭の中では疑問符が飛び交う。

 凪原はそれを察し、今度は軽く手を叩くと穏やかに口を開いた。

 

「ま、色々気になってるだろうけどとりあえず飯にしようぜ。起きてすぐに来たから腹減ってるんだ」

 





あんまり砲艦してない気がする。気になったら後日書き直すかもしれません。
原作に合った武闘派と穏健派の話し合い(?)に凪原を放り込んでみました。理不尽な暴力にはそれを上回る暴力と正論で対抗すべし、ってそれ一番言われてるから。

とはいえ凪原もわざわざ武闘派にお説教をしたりはしません。自分がそこまで高尚な人間だと思ってる訳ではないし、そもそも仲間でない(というよりどちらかと言えば敵な)武闘派に時間をかけるのもめんどくさいし、って感じです。


そいじゃ本日のオマケ

武闘派のメンバー
本性前半でも書きましたが原作よりも3~4人程増えてますが重要な役どころではありません。凪原と強化された学園生活部を相手にした場合、原作のままでは軽く捻られる未来しか見えなかったので微強化しました。ただしその中身は原作以上に一枚岩ではない模様。

ボディカメラ
最近ようつべのディスカバリーチャンネルの、ボディカムシリーズが筆者のお気に入り。作品内の理由は、後で拠点に残っているメンバーとの情報共有などに使うためです。これまでの遠征時なども重要地点(ホームセンターやスーパーなど)の様子を記録するために使っていました。

凪原の殺気に耐えられる桐子
精神攻撃に対する耐性がかなり高かったりする。理由は文中に書いたように直で喰らったことがあるから。


以上、来週も更新できるように頑張ります。

それではまた次回!


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6-9:嘘と真

サブタイ考えるのが今まで一番難しかったのでてきとうです。




「とまあ、かくかくしかじか」

「まるまるうまうま」

「「ってなかんじで武闘派とは話を付けてきたから」」

 

 比嘉子が用意してくれていた朝食をほおばりつつ、いい笑顔でサムズアップする凪原と桐子。

 しかしこれだけで通じるのはたとえ変人ぞろいの31期生の中でも、よく訓練された一部の者に限られる。普通なら困惑するしかない状況だが、幸運なことにこの場には『よく訓練された31期生を相手にすること』をよく訓練された人間がいた。

 

「はいはい。それじゃ足りないからちゃんと説明してくれるよな、ナギ?」

「桐子さんもです。凪原先輩とは同期だって聞きましたし、わざと変な話し方をするのはやめてください」

 

 ヒラヒラと手を振る胡桃に、腕組みとセットのジト目を披露する美紀。どちらも凪原の、内容の9割以上を削った話し方には慣れているので適切な対応をしてみせた。

 すなわち、相手にせずに正論で殴る、である。

 

「うーん、こうもバッサリやられるとなかなかクるね」

「ほんと色んな方面で成長しちまって、頼もしいことだよ」

「母校の後輩に軽くあしらわれるようなことしてるんじゃないよアンタたち」

「「うぐ…」」

 

 冷静にスルーされて凹む2人に晶の呆れるような視線が突き刺さる。一連の流れに比嘉子はどう反応していいのか分からず戸惑っていたが、由紀はいつものことと判断して気にも留めていない。笑顔で朝食の缶詰パンをパクついている。

 彼女らの様子にこれ以上落ち込んでみせていても話が進まないと判断し、凪原と桐子は普通に話すことにした。

 

「つってもな 一昨日の門でのごたごたと、昨日の夜…いや今日の朝か?の件で武闘派がグダグダ言ってきたから一喝して、ついでに軽く脅してきただけだぞ」

「あとは、会長達と僕達穏健派が無関係だって彼が勘違いするように仕向けたってとこかな」

 

 要点をかいつまんで説明した2人、まだ端折られているがそれでもだいたいのことは察することができる。

 

「昨日?…ああ、さっき胡桃先輩が話してくれたことですね。聞いたところ正当防衛みたいな感じでしたけど、何か問題でもあったんですか?」

「問題というより言い掛かりとか自作自演の類だな、程度としてはお粗末だったけど」

 

 朝食の最後の一口を飲み込んだところで、凪原は詳しい経緯の説明を始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「なにそれっ、全部嘘じゃん!噓つきは良くないんだよ!」

 

 説明を聞いた由紀の第一声である。両手をグーにして振り回す様子が彼女の内心をよく表している。彼女ほどではないものの、胡桃や美紀、比嘉子も顔をしかめている。

 

「嘘っつーか情報の切り貼りだな、一部は事実だから完全な嘘よりも質が悪い。なんともめんどくさい手段に出てきたもんだ」

「会長にとっては言うほど面倒ではないでしょ。動かぬ証拠と威圧で黙らせてたし」

「茶化さないの代表、実際アタシ達だけだったらどうしようもなかったじゃん」

 

 ふざける桐子にツッコミを入れる晶。

 その横では美紀と比嘉子が難しそうな顔で顎に手を当てている。

 

「たしかに、完全に嘘だと言いきれないことだと否定するのが大変」

「凪原先輩なら無理やり黙らせることもできるでしょうけど…ヒカ先輩達だったり私達だけだったりしたら、難しいですね」

「あいつらこっちのことなめてるみたいだからなー。やりあえばあたしは勝てると思うけど、抑止力って意味じゃナギには全然敵わないし」

 

 美紀達の言葉に胡桃も頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかりながら応じる。口に出すのは武闘派のメンバーと実際に相対した経験を踏まえての感想だ。

 今回の小競り合いで彼女は武闘派の大体の強さを把握できていた。もしまた何かあっても問題なく、2人相手くらいまでなら余裕で制圧できると判断していた。

 しかしこれは武闘派よりもレベルが上の胡桃だから判断できたことであり、彼等の側は全くそうは思っていないだろう。

 武闘派は基本的に自分達以外を根拠もなく見下している。一見しただけでは可愛らしい少女でしかない胡桃が自分達より強いなど、たとえ一度膝を屈していたとしてもそうそう信じられないだろう。どうせ「不意をつかれたことと、偶然にも武器を落されてしまったために不覚を取っただけであり、次にやりあえば当然自分達が勝つ」とでも思っているに違いないのだ。

 

「まあ胡桃の言う通りだろうな。本気で威圧したから俺に対しては相当警戒してるだろうけど、それだけだろう。」

「だからこそ、会長達とボクらは無関係って思わせておきたいんだよね」

「それがさっき言ってたフリがどうこうってやつ?ご飯も終わったみたいだしそろそろ説明してほしいんだけど」

「そういうこt「そういうことだねっ」」

 

 思い出したように質問してきた晶に頷き口を開いた凪原だが、それを桐子が豪快に遮る。というより、彼女は凪原が答えようとしたことに気付いてないのだろう、クイッと眼鏡を持ち上げて自信満々で話し始めた。

 

「まず、これは推測を交えた武闘派の現状なんだけど、あいつら結構ジリ貧なんだよね。物資はまだあるけど校外遠征には行ってないから減る一方だし、遠征に移行にも足も武器も十分なものがない」

 

 武闘派の現況について簡単に説明する桐子。学園生活部の面々もある程度予想していたように、やはり彼等の内情は良いとは言えないもののようだ。人員、装備、練度がすべて足りていない状況、仮に軍隊であれば崩壊待ったなしである。

 

「だからこそ、色々武器を持ってて遠征に最適なキャンピングカーでやって来た会長達は彼等の目にはいい獲物に映ったんだろうね。これ幸いとちょっかいをかけてきたみたいだけど、それは会長と胡桃ちゃんに見事に阻止された」

 

 チラリ、と桐子はクッションによりかかる凪原とちゃっかりそのすぐ横に座る胡桃に目を向けて話を続ける。

 

「と思ったら今度はボクたちの方に圧力をかけて物資を取り上げようとしてきたし、どうやらよっぽど会長達の物資が欲しいんだろうね。ただまあそれも逆に圧力かけられちゃったわけで、さあこの場合次はどんな方法で来ると思う?―――じゃあ由紀ちゃんっ」

「えっ私!?」

 

 突然指名されて声を裏返らせる由紀、がすぐに笑顔を浮かべると手を上げて答える。

 

「仲直りして凪さんに手伝ってもらう!」

「素晴らしいっ!でもそれはプライドが邪魔してできないと思うな。それじゃ次はみーくんっ、君に決めた!」

 

 実に由紀らしい、平和的な予想だが恐らくそんな簡単な話ではないだろう。そのようなことができるなら最初から友好的に近づいてきているはずである。

 

「みーくんじゃないですけど…………人質を取っていうことを聞かせる、とかでしょうか?」

「ま~そんなところだろうね」

 

 少し考え、言い辛そうに答えた美紀に桐子はあっけらかんと頷いてみせた。

 

「アイツらは会長の強さは身に染みただろうけどあくまでそれは会長に対してだけなんだよね。会長でだめなら~、って考えてもおかしくないと思う。それなら誰を狙うかって話なんだけど、胡桃ちゃんは微妙としても由紀ちゃんと美紀ちゃんは全く脅威としてみられてないだろうね。そしてボクらについては言わずもがな、なんせ一回武闘派を追い出されてるからね」

 

 一息、

 

「んで、みーくん達はなんか会長が鍛えてるみたいだから何とかなるのかもしれないけど、ボクらのほうは腕っぷしに自信がないことに自信があるからね。会長に対して人質になり得ると判断されたら3秒で捕まる自信があるよ!」

「そこで自信満々なのもどうかと思うけどな、まぁ戦えるから偉いってわけでもないからいいんだけどよ」

 

 やや呆れた表情を浮かべながらも凪原が引き継ぐ。このような時代だ、多少は腕っぷしも鍛えた方がいいと個人的には思わないでもない。

 しかし、どのように考えて行動するかは各個人の自由であり権利でもある。頼まれれば鍛えるが、こちらからそれを強要するつもりは一切なかった。

 

「そんな感じで、基本的には桐子が今言った通り。こっちに遠征に来てるメンバーはあいつ等レベルなら対処可能なくらいには鍛えてるつもりだし、基本的には俺が即応可能な範囲にいる。だけどそっち(穏健派)はそうじゃないからな、下手に俺等とつながりがあるって思われたら今度はちょっかいじゃ済まないだろうし」

 

 桐子達の身柄を抑え、「返してほしければ銃と車を渡せ」と要求する。繋がりがあると思われたところで、武闘派が実際にこの手段に訴えるかは分からないがやらないとも言い切れない。

 不安の芽があるなら事前に潰しておいて悪いことはないのだ。

 

「『仲間内でやれ』って会長が言ったのはあいつ等への牽制であると同時にボクへの合図だね。あの場面で会長がボクらを庇うようなことをしちゃうとそれこそ繋がりを悟られちゃうから」

 

 これこそが先ほどの晶の疑問に対する直接の回答だった。

 その後も「もともと会長達とは無関係って立ち位置を示しといたし、あのやり取りでダメ押しになったんじゃないかな」「そいつは上々」などと会話する凪原と桐子(巡ヶ丘第31期生)

 そんな彼等に向けられる視線の種類は大きく2つに分けられた。

 

「なんで事前の打ち合わせなしにそんな連携ができんのよ……」

「アキ先輩、あまり深く考えない方がいいですよ」

「そうそう、ナギ達の代の先輩はすごくおかしな人ばっかりだったから」

 

 一つは呆れ。

 困惑気味の晶の肩に手を置いて諭す美紀と胡桃の声には諦めが多く含まれている。

 

「あんなに色々考えて動けるなんて、凪原君ってすごいんだね」

「そうっ凪さんすごいんだよ!でもトーコ先輩もすごいよねっ」

 

 もう一つは純粋な感心。

 比嘉子と由紀は素直に尊敬のまなざしを2人に送ってた。実際には学生時代によく悪だくみをしていた仲のために連携ができただけなのだが、純粋な2人にはそこまでは分からなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「にしてさー、なんで武闘派はそんなに強引なの?外に行かないとジリ貧だってのは分かったけどまだ余裕はあるんだろ?――5」

「それは私も思いました、すぐにどうこうというわけではないならもう少し落ち着けばいいのに――6です」

 

 食事を終え、何とも中途半端な時刻だったために暇つぶしがてら始めたダウトの最中に胡桃が口を開く。

 武闘派の行動に疑問を感じての胡桃のの言葉に美紀が同意の意を示す。以前ショッピングモールにて籠城の道を選んだ彼女にしてみれば、ここまで性急に動く理由が分からなかった。

 

「その辺は人によるんじゃないか?実際俺は最低限の情報収集をした後はすぐに家を出たし――7」

「それはナギが早すぎるだけだと思うけど、というかその7ホントか?なーんか怪しいんだけど」

 

 凪原の発言に胡桃が一応ツッコミを入れるが、どちらかと言えば彼女の興味は彼が出したカードの真偽に向けられていた。

 

「そう思うならダウトしてみろよ、愉しいことになるぞ」

「なんか漢字が違う気がするわね。凪原全然表情が変わらないから分かりにくいし」

「そりゃそういうゲームだからな。そら由紀、8だぞ?」

 

 むむむ、といった表情の晶に平然と返し、凪原は何食わぬ顔で次の番の由紀を急かす。

 

「えっ?うん8―――ああっ」

 

 虚をつかれてよく考えもせずにカードを出してしまった由紀だが、すぐに何かに気付いたように大声をあげた。

 

「おいナギ、お前やっぱやってただろ!?」

「ハテサテ、ナンノコトヤラ」

「これ以上ないくらい露骨な誤魔化し方ですね」

「相変わらず会長はこういうのうまいよねー」

 

 何を言われようが既に凪原の番は終わっている以上どうしようもなかった。それが分かっているからこそ分かりやすくしらばっくれる彼には文句を言う面々。ケラケラ笑いながら話す桐子の言葉に引き下がるしかない。

 

「9、………そもそもあの人達がああなったのは備蓄が結構あるって分かる前だったしね」

「「「あー、なるほど(そういえばそっか)」」」

 

 カードを出しながら比嘉子がポツリと放った言葉に納得の声を上げる一同。

 そもそもの武闘派は、備蓄庫の存在がまだ分かっていない状態で、手持ちの物資が底をつきそうになった折に計画された遠征が失敗したことが原因で生まれた派閥である。

 当時の状況を考えれば多少強引であろうと力で解決するという考え方が生まれるのも無理はないことなのかもしれない。

 

「でもそれならさぁ、今は余裕もあるんだかし武闘派のみんなもまったりすればいいんじゃない?」

 

 ある意味当然とも思える疑問をこぼす由紀だったが、残念ながら人の心と言うのはそう単純なものではない。

 

「そうなんだけどね……、一度始めちゃったやり方って変えるのがすっごく難しいのよ――10」

「ま。いろんなやつがいるさ、大学だからね。――っと11」

 

 苦笑しながら話す晶と桐子がそれっぽいことを言いながらフッ、と笑った桐子、2人の様子に場の空気が少ししんみりした。

 しかし、そんな空気は長くは続かない。

 

 

「カッコつけて言ったとこ悪いが桐子、その11ダウトな」

「グハァァアアァ!!!?」

 

 確信をもって告げられた凪原の宣告に桐子が押しつぶされたような叫び声を上げた。

 震える彼女の手で表向きにされたカードの数字は8、ダウト成功である。場に溜まっていたカードは、めでたくすべて桐子の手札となった。

 

「なぜバレた!?」

「いやなんか急に変なこと言い出したから嘘ついてるなってピンときた。なんだよ「フッ」って、キャラ似合わなすぎだろ」

「も~~~っ」

 

 バンバンとちゃぶ台を叩きながら悔しがる桐子によって場の空気は見事に弛緩し、そこからは雑談交じりの会話が続くようになった。

 

 

 

====================

 

 

 

「残念、本当に8だぜ。 はい、俺の勝ち。何で負けたか明日まで考えといてください」

「ぐぬぬぬ……」

 

 煽る凪原と、唸る桐子。

 最後の一枚を出した凪原にリベンジだとダウトを宣告するも、彼が出していたのは宣言通りの8。先ほどから少しだけ減った桐子の手札は再び増加し、今にも手から零れ落ちそうになっている。

 桐子の以外にも、ダウトを宣告しようとしていた胡桃や晶などは「危なかった…」と胸をなでおろしていた。

 

「さすが凪さんっ、嘘つくのもうまいんだね!」

「あのさ由紀、その評価は普通に傷つくからやめてくんない?」

 

 屈託のない笑みでそう言ってくる由紀に凪原は何とも言えない表情で返した。裏があるわけではないのは分かっているが、正面から嘘がうまいと言われて素直に喜ぶのはなかなか難しいものがある。

 

「――っと、そろそろいい時間か。ちょっと出かけてくる」

「ん?なんか用事でもあるの?」

「ああちょっとな」

 

 かるく伸びをしていた凪原だったが、ふと時計に目をやるとおもむろに立ち上がった。そのまま部屋の隅に置いている装備のうち、いわゆるファーストラインに分類される物のみを身につける。

 ファーストラインとは自分の身を守るのに最低限必要な装備をまとめたもので、基本的にすべての機能がベルト周りに集約される。軽装備もいいところなので安全地帯で行動する時のための装備だ。

 

 それが分かっているからこそ質問した胡桃にもそこまで緊張感はない。当然ながら返答する凪原の声ものんびりとしたものだった。

 

「俺の威圧でビビらない奴が桐子以外に1人いたから会ってくる」





考察及び会話回、つなぎの部分を書いているうちに内容が膨らんで1話分になったので投稿しました。基本的に本文中に書いた通りなので本日は付け足しとかは特にありませんです、はい。

………………正直に言うと投稿10分前まで執筆してたので前書きと後書き各時間がありませんでした。

ちなみにサブタイの嘘と真とはまんまダウトのことです。
次の話もシンプルに書くの大変そうだから頑張らないとなぁー。


それではまた次回!


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6-10:憲兵隊長

原作キャラのあの子が登場する回ですが一言だけ。

………どうしてこうなった?





 キャンパスの敷地内を一周するように設けられた遊歩道。石畳で舗装された道の両脇は刈り揃えられた生垣や季節の花が植えられた花壇など、歩いているだけでリラックスすることができる。

 一般にも開放されており、気分転換をしたい学生のほかにも近隣住民の散歩コースになったりとそれなりに人気のある場所だ。

 

 しかしそれは過去の話である。

 パンデミック以降手入れされることの無くなった生垣は荒れ、花壇は雑草が生い茂った後に枯れ果てて見る影もない。

 石畳もまた道の両脇と同じく、あちこちに枯葉の吹き溜まりがあり雨や土による汚れが斑にこびりついていた。

 

 それだけならいい、ここまでならただの放置された散歩道である。

 

 土埃よりもさらにどす黒い汚れに、点々と転がる倒れ伏したまま動かない、場合によってはグズグズと崩れかけて原形を失いつつある―――人の肉体(からだ)だったものだ。

 ゾンビの屍体やその残骸、埋葬されることもなく打ち捨てられたそれらは見る者に対して無言のまま雄弁に物語る。「この世界はもう終わったのだ」と、あるいは「お前もすぐにこうなる」かもしれない。

 

 とはいえ、彼等が語り掛ける相手も既にほとんどいない。

 遊歩道を歩く(彷徨うと言った方が適切かもしれない)者はほとんどがゾンビである。彼等にとって屍体は食べ物でないただの物体でしかなく、もしかしたら認識すらしていないかもしれなかった。

 

 そんな全ての希望が失われたかのように見える遊歩道だが、人類の未来への芽はまだ残っている。

 頭部を破壊されない限り動きを止めないゾンビ、その屍体があることこそがその証拠である。自然には起こり得ない現象はすべて人の存在を示す目印だ。

 屍体の状態からは、この場所がかなりの頻度で()()されていることが窺える。

 

 そして今も、時代に順応した人間が()()()()に勤しんでいた。

 人間の格好は真っ当な感覚からはすれば異常であり、今を生きる者からすれば順当といえるものだ。

 厚手のライダースーツに軍用と見まがう編上靴、革製のグローブにフルフェイスヘルメットと、全身が完全に覆われている。締め付けられてなお自己主張する胸部の膨らみから女性だということが分かるのみで、それ以外の個性は一切確認できない。

 またそれら全てが黒で統一されているため、破損などで肌が見えてしまっても鏡などを見ればすぐに気づくことができるという、徹底的に肌の露出を避ける服装だった。

 しかし、どれだけ肌を隠そうともゾンビの感覚をごまかすことはできない。どれだけ巧妙に隠蔽しようとも、彼等は生者の気配を察知して群がってくる。

 

 場所を考えるに元は大学生だったのだろうか、ゾンビとしては比較的早い動きで近づいてくる彼等を彼女は動じることなく左手に武器を持って待ち受けている。

 そして1体がいよいよヘルメットにゾンビの顔が写るまでに近づいてきた瞬間、右斜め前へ大きく一歩進む。そこから左に顔を向ければ、彼女の目の前にあるのはこちらの動きに未だ反応できずにいるゾンビの無防備な後頭部だ。

 

 ドスッと音を立てて、手にしていた武器が突き込まれる。狙ったのは後頭部から首裏にかけての凹み、盆の窪と呼ばれるここは比較的骨が薄く、かつそのすぐ下には神経を束ねる頸椎が走っている。

 人体急所に数えられるがゆえにこの場所は非常に脆く、ほぼ腕の力だけで振るわれた彼女の武器であるアイスピックは持ち手近くまでゾンビの頭に埋没した。

 

 鮮やかな手腕だが彼女の動きはまだ止まらない。

 即座に得物から手を離してゾンビが倒れていくのに任せると、右手で逆手に構えていた2本目のアイスピックを今度は上体のひねりも加えることでスピードを増してすぐそばに来ていた2体目のゾンビの側頭部へ突き立てる。

 込められた力がアイスピックの先端ただ一点に集約されたことにより、ゾンビの頭蓋骨に直径5ミリほどの穴が穿たれる。当然その直後には侵入した異物が脳を破壊し、このゾンビも1体目と同じく2度目の死を迎えた。

 

 流れるように2体を始末した彼女。その動きは危なげのないもので、1体や2体が相手ならたとえ100回相手にしても容易く無力化できるだろうことが予想できた。

 

 ただし、ゾンビの最大の脅威はその物量である。

 1体1体であれば彼等はそれほど強くない。心理的な拒否感を抜きにすれば、一般的な成人男性が1人で問題なく倒すことができる。

 だが群れを成し、味方がいくら始末されようとも何の恐怖心も抱くことなく、ただ獲物の肉を喰らわんと押し寄せてくるゾンビの集団が持つ破壊力は凄まじいものがある。その圧力たるや、軍隊などの高度に組織化及び武装化された集団を時として押し返しうる。

 

 軍隊を相手どれるほど膨大な数ではないとしても、群れることでその脅威度が大きく増すということに違いはない。

 そしてその法則は、2()()()3()()()()()()という際にも例外ではない。

 

ガブッ

 

 腕を振り切ったことで体が流れてしまった隙をつかれ、女性は3体目のゾンビからの噛みつきを許してしまう。とっさに突き出した左の上腕で受け止めるが、両手でしっかりと握り込まれる。脳のストッパーが外れているのかゾンビは生者と比べて筋力が強く、一度捕まると振りほどくことは難しい。

 

 普通なら絶体絶命というところだ。ゾンビウイルスは感染性であり、その主たる感染経路は噛みつきによる体液接触であることを考えればパニックに陥ったとしても不思議ではない。

 しかし彼女がうろたえることはない。身につけたライダースーツの生地は十分ぶ厚く、強化されたゾンビの咬合力にも耐えることができた。

 

 噛みつきさえ無効化してしまえば、そこにいるのは口と両腕という攻撃手段を失った肉塊である。決して味わうことのできない柔肉を求め、別の動作に移ることなく噛みつき続けるゾンビなど脅威でも何でもない。

 

プッ、ツププッ………

 

 腰のポーチから新たに手に取ったアイスピックを再び盆の窪に押し込めば一瞬の痙攣の後に全身から力抜け、3体目のゾンビも崩れ落ちた。

 

 始末したゾンビからアイスピックを回収し、周辺を見廻して新たなゾンビが近づいてきていないことを確認すると、女性は頭へと手をやりゆっくりとヘルメットを脱いだ。

 押し込められていたサイドテールが重力に従って落ちるとともにタレ目がちの、密閉されていたせいでやや汗ばんだ顔立ちが露になる。

 

「……ふう」

 

 大きく息を吐き出したその瞬間、パンパンという乾いた音が彼女の背後から連続して響いた。

 今の状態では邪魔にしかならないヘルメットを反射的に投げ捨て、アイスピックを構えながら彼女が振り返った先には、いたずらが成功したような笑顔で拍手する男の姿があった。

 

「さすが憲兵隊長、奴等の退治くらいはお手のもんだな」

「あ、凪原君――」

 

 からかうわけでもなく純粋に手腕を褒める凪原に彼女、巡ヶ丘学院第31期生にして暴走した同期達の鎮圧を任されていた憲兵隊、その隊長を任されていた右原 篠生(みぎはら しのう)は戸惑ったように答えた。

 

 

 

====================

 

 

 

「いやー隊長もこの大学だったのな、さっき顔を見た時は驚いたぞ」

「う、うん私も驚いたよ、凪原君いきなり出てくるんだもん。今も隠れていたの分からなかったし、どうやっているの?」

「まあその辺は長年の経験ってやつだ」

 

 久しぶりの再会に言葉を交わす2人。

 凪原が比較的自然体なのに対し、篠生はどこか落ち着きがなくソワソワしているように見える。

 

「しっかし、さっきも言ったけど鮮やかなもんだ。高校で追っかけられてた時に使われてたら俺達は死んでたな」

「そんなことはしないけど、、、」

 

 挨拶もそこそこにしてふざける凪原に篠生の顔に呆れの中にも親しみが混ざった色が浮かぶ。その表情は高校生時代、バカをやって慈に追いかけられる凪原達を見る時に彼女が浮かべていたのと同じものだ。

 

「冗談だって、隊長は素で十分強いから人間相手なら素手で事足りるもんな」

「違うそういうことじゃないよ」

「ハッハッハ、―――さて本題だ」

 

 笑顔を引っ込めて瞬間的に表情を厳しいものに切り替える凪原。

 その雰囲気は武闘派の面々を威圧した時とはまるで違う。ふざけることなく真剣に、真正面から向き合って話すべきと判断した際のみに彼が纏うものだ。

 

「右原篠生、お前何で武闘派にいる?」

「えっとね…」

 

 彼女の目を真っすぐに見据えて問いかける凪原に言葉を詰まらせる篠生。

 普段は冗談めかしたり軽い調子で言ったりと、会話の中に遊びを含ませることが多い凪原。そんな彼が真剣に、本気で問いかけてくるというのは生徒会長時代を知る篠生にとっても初めての経験である。

 決して威圧されているわけではないのに、凪原が放つプレッシャーを前に篠生は無意識に唾を飲んだ。

 

「数日しか見てないけど、はっきり言って武闘派の連中はただのチンピラみたいなもんだ」

 

 言葉に詰まる篠生を見て再び口を開く凪原。

 

「言ってることは見当違いというかそもそも筋が通ってないし、何かあったら力に訴えようとする。どう考えてもお前に合うとは思えないんだよな」

 

 そう水を向ければ、篠生も戸惑いながらも頷いてみせた。

 

「う、うん。まあ、そうだね」

「だろ?お前腕っぷしは強いけどそれをむやみに振るうタイプじゃないもんな――俺等に対して以外。まあ俺等はやることやってたから制圧されてもしょうがないけどさ」

「制圧されるようなことやってる自覚はあったんだ、、、」

「なかったら完全にヤバいやつだろうが」

「フフッ、確かにそうだね」

 

 小さく、それでも楽しそうに笑う篠生を見て、凪原は自身の中にあった推測を確信まで引き上げた。

 

「うん、話してみて分かったけどやっぱお前変わってないわ」

「そう、かな。結構変わっちゃったと思うんだけど」

 

 自信なさげに首をかしげる篠生だが、その様子にも以前よく見た彼女と重なるものがある。ゆえに凪原は大きく頷いて太鼓判を押した。

 

「細かく見ればそりゃ変わってるだろうけどさ、根っこの部分、本質的なところはそのまんま。俺から見た篠生は今も変わらない、普段は優しくて俺等がなんかやらかしたらめぐねえと一緒に追いかけてくるおっかない憲兵隊長様だ。立派なもんだよ」

「あんまり喜べないかなぁ、その評価。絶対褒めてないでしょ」

「んー?褒めて褒めてる」

「どうだか」

 

 疑わし気な表情になる篠生と、わざと胡散臭い笑みを浮かべる凪原。それは、2年前の巡ヶ丘学院でしばしばみることができる光景だった。

 

 

 

====================

 

 

 

「それで、結局なんで篠生は武闘派にいるんだ?」

 

 仕切り直しとばかりに最初の質問を再び口にする凪原。

 特に移動することはなく遊歩道のままだ。この場所は生垣や立ち並ぶ並木の影に入り校舎側からは完全に死角となるため、この接触が他の武闘派に気付かれることはない。

 というより、それを見越して凪原はここで篠生を待ち伏せていた。初めて訪れて3日目にしてキャンパス内の配置を完全に把握している辺り、安定の凪原クオリティーである。

 

「えーっと、少し言いにくいんだけど…」

 

 先ほどのような覇気(仮称)を纏うことなくごく普通に問いかける凪原に対し、少し言いよどむ篠生。

 言う気がないわけではないが言いにくい、そんな雰囲気だ。

 

「もしかして弱みでも握られてたりすんのか?」

「え?」

 

 唐突に意識の遥か外のことを聞かれて素で聞き返した篠生だったが、どうしたわけか凪原にはそれが図星をつかれたような反応に見えたらしい。

 

「まさかマジでそうなのかよ。あいつ等がそこまでだとは思わなかったぞ、これじゃあのクズ共と同じじゃねえか」

 

 凪原の声が低くなる。かなり本気でキレている時の声だ。

 近くなら肌で感じ取れるレベルの殺気が漏れ出している。

 

「よし隊長、詳しいことは聞かないから1つだけ。具体的にどいつかだけ教えてくれ、消すから」

「いや違うからね?「なるほど全員だな、分かった」だから違うって、あ~もう、」

 

 とりあえず否定するも、こちらの話を全く聞く気配の無い凪原に頭に手をやりながらため息をつく篠生。明らかに普通でない様子の凪原だが、彼女の頭に浮かぶ思いは「めんどくさいなぁ」というある意味手慣れたものだ。

 

 なんせ彼女の高校時代の役割は憲兵隊長、その仕事は暴走した凪原達生徒会やその他の同期を鎮圧するである。

 

「ちがうって――言ってるでしょ」

「へ?うぉぉおおおぉおっ!!?」

 

 凪原の腕を取って見事な一本背負い。凪原に反応を許さない見事な投げ技である。

 そして間髪入れずに掴んでいた腕に十字固めを掛ける。一連の流れに無駄は一切ない、非常に洗練された動きだ。

 

「痛ででででで!?ちょっおま、久しぶりの再会で勘が戻ってない時にその本気コンボはなしだろう!?」

「ちゃんと話聞いてって前にも言ったよね?」

「分かった聞く!ちゃんと聞くからっ。だからギブギブギブ!」

「よろしい」

 

 痛みで正気に戻った凪原が無事な方の手でタップすれば、すぐに篠生は抱えていた腕を解放した。

 

「あ~痛った、2年ぶりくらいに食らったけどなんかキレが増してないか?」

「卒業した後も続けてたからね」

 

 自由になった腕を振りながらぼやく凪原にどこか自慢げに答える篠生。高校時代でもここまできれいに制圧できたことはほぼなかったため妙な達成感があった。

 

「は~~~。んで、結局なんでなんだよ?もう別にいいだろ?」

 

 何の反応もできずに投げられたことに対するモヤモヤをため息をつくことで吐き出し、改めて質問する凪原。これで3度目であるため、篠生もようやく話す気になった。

 

「えっと、その………………れん君がいるから

「れん君?誰だそいつ?」

 

 決心してなお数秒の沈黙を挟み、かすかに聞こえる程度の声でそう言った篠生に当然の質問をする凪原。恐らくは男であろうその人間がどうして篠生が武闘派にいる理由になるのか、すぐには分からなかった。

 しかしすぐに彼女の顔がうっすらと赤くなっていることに気付く。

 

「もしかして………彼氏、か?」

「………。」////(コクリ)

 

 まさかと思いながら問いかければ、顔を真っ赤にしながら頷く篠生。髪の隙間から覗く耳はさらに赤く、湯気の一つでも出しそうなほどだ。

 そんな今まで見たことの無いような彼女の様子と新たに判明した事実、それらを飲み込んで脳が理解したところで凪原の肩が小さく震え始めた。

 

「ク、フフッ」

 

 そして息が漏れてしまったのを皮切りとして、堪えきれずに大きく笑い始めた。

 

「ハハハハハハッ そっかそっか、彼氏か!あの失恋量産マシーンと呼ばれてた隊長にっ。これはほんとに驚いた!」

「そ、そんなに笑わないでよっ――というか何その呼び名、私知らないよ!」

 

 ほとんど見ないレベルで呵呵大笑する凪原と胸の前で両手をギュッと握って抗議する篠生。大きな音を出すとゾンビが寄ってくるかもしれないことなどお構いなしだ。

 

「い、いやあだ名については気にすんな。ごく一部(同期の8割くらい)で呼ばれてただけだから」

「気になるよ!?」

「ちなみに言い出したのは()()パパラッチだ」

「文葉ちゃん次会ったら絶対許さないからね!」

 

 再会することがあればこの2年で習得した技術をすべて叩き込んでやる。その決意を乗せて篠生は空へ叫んだ。

 

 

 

====================

 

 

 

 同時刻、とある場所。

 

「―――んにゃ?なんか特ダネスクープの予感と凄まじい悪寒が同時に来ましたね」

 

 ペンと手帳を持った女性がそんなことを呟いたとか呟かなかったとか。

 

 




はい、憲兵隊長こと右原篠生ちゃん登場回でした。
だいぶキャラ崩壊してした気がする……。穏やかな子だったはずなのにツッコミ系の苦労人枠になってしまいました。
凪原達31期生徒会(基本ボケ役)のストッパーの設定とした以上仕方ないことなんですが、原作の篠生さん好きの人はごめんなさい。
身体能力については―――ほら、原作でも階段を踊り場一つ分くらい軽々飛び降りたりしてたから許容範囲ということでお願いします。


それじゃ、後書き(言い訳)のお時間です

篠生の戦闘シーン
 原作では5ページくらいなのに文字に起こすと軽々3千字くらいいく。それでいて臨場感が行方不明になってるから泣きたくなる。
 アイスピックは身のこなしが軽い人間なら割と対ゾンビの武器たり得る、んですかね。突き刺すことに特化しているためナイフとかよりはいいのかもしれない。
 ただ、ゾンビってどこまで能を破壊すれば死ぬんですかね?グロい話ですが、人間も頭にボールペンが埋まっても生きてる場合とかあるみたいですし、アイスピックみたいな細いものを差すだけで本当にゾンビを始末できるのかは正直微妙なところ。
 まあ本作では篠生の技術により差した瞬間に衝撃が伝わり脳がシェイクされてるから始末できてるってことで。

凪原の特徴
 これまであえて書きませんでしたが、凪原はかなり仲間意識が強いです。そのため仲間もしくは味方認定した相手に対する害意にはやや過剰に反応して跳ね除けようとする傾向があります。
 以前は法や倫理の範囲で対応していましたが、それらが息をしていない現在は対応方法もより苛烈なものになっています。5-10で瞬間的に野盗の殺害を決心できたのもこのため。

失恋量産マシーン
 どこぞの新聞部部長が篠生につけたあだ名。常識があり(重要)、性格も優しく容姿端麗と三拍子そろえばそりゃモテる。そしてそこに玉砕した翌日以降もそれまでと変わらず接してくれるという情報がどこからともなく(新聞部から)広がり、一時期告白ブームが発生した。
 上記の理由から変に遺恨を残している者は皆無だが、このニュースが出回れば一部の者は発狂するかもしれない。

パパラッチ、文葉
 当時の新聞部部長。凪原の彼女の呼び方がすべてを表している。名前の由来については東方及び艦これを履修したことがある人には分かるはず。性格も基本あんな感じ。
 最後にちょろっと出てきましたが、今後登場する予定は(少なくともしばらくは)ないです。


さてさて、そんかこんなで6章もぼちぼち終わりですね。ちなみに高校編と同じく大学編も2章構成の予定です。

それではまた次回!


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6-11:体質 上

長くなりそうなので2話にすることにしました。それでもやや長め


「つまり、そのれん君とやらを守るためにも一緒に武闘派に所属してる、と?」

「うん。私達が2人とも武闘派から出ちゃうと残った人が暴走し始めちゃいそうだし」

 

 その問いに篠生は頷きながら答える。

 

 衝撃の事実が発覚してから数分、凪原は篠生から現在の武闘派の状況や彼女の立ち位置についての話を聞いていた。おおまかにまとめると彼女はこの大学においてもストッパー的な役割を果たしているらしい。

 なんでも武闘派の一部からかなり過激な意見が出ており、それを抑えるのに苦労しているようだ。

 

 現在聖イシドロス大学の生存者は武闘派と穏健派に大きく分けられるが、それ以外にも数名が独自に生活しているらしい。基本はお互いに距離を取った不干渉を原則としているが問題は生活リソースである。

 どのグループも大学に備蓄されていた物資を消費して日々の暮らしを行っているのだ。

 その物資の量は膨大であり、篠生の話を聞いた限りでは巡ヶ丘学院の数倍の規模の物資が備えられていたことが推測される。

 

 ともかく、今のペースでならまだ当分は問題ないらしいが当たり前の減少として物資は消費すればなくなる。

 このままの状態を続けていればいつかは底を突くのは自明の理である。

 

「もともとは武闘派の中でも『学内の安全を確保しつつ救助を待つ』っていう考え方が主流だったんだけどね」

「その兆しが見えないから焦りが生まれてきたってことか」

 

 当初は救助を待つという方針で大人しくしていたが、半年以上が経過しても状況に改善の兆しが見えないために受け身ではなく能動的な行動を求める声が大きくなっていった。

 しかし能動的に動くとは言っても、大学の外へ探索へ出るということなどはしていないらしい。以前の遠征が壊滅的な結果に終わったことが響いているのだろう。

 結果的に、行動内容はキャンパス内に侵入してくるゾンビの排除と敷地内の要塞化を進める程度に留まり、問題視されていた物資問題には対応ができていないようである。

 

 物資の減少には歯止めがかからず、さりとて外部への遠征は恐怖が勝るために遅々として進まない。そんな状況に業を煮やした武闘派の一部は、自分達の臆病具合を棚に上げてとんでもないことを主張し始めた。

 

「だからって武闘派以外を身一つで追い出すなんて考えになるか、普通?」

「うん、多分普通じゃなくなってるんだと思う」

 

 大学の安全を守っているのは自分達である。よって物資を優先的に使う権利がある。

 対してそれ以外の人間は遊んでいるだけである。物資を消費するばかりで何ら益のある行動をしていない役立たずである彼女等は、いるだけで有害な存在だ。

 ゆえに、大学から追い出すべきである。

 

 まともな神経の者が聞いたらどうかしているとしか思えない意見だ。しかしこれを本気で主張し、また支持する者が居るというのが現実だった。

 

「なんつーか、だいぶ追い込まれた思考になってるみたいだけどどうやって抑えてるんだ?そいう奴って基本話を聞かないだろ」

 

 一元的な思考になった人間は怖い。自分の考える方法こそが唯一絶対であり、他にも考えがあるということに思いが及ばなくなる。そのような相手を抑えるというのはかなり難しいため、口が立つ方ではない篠生がどのようにしているのかを凪原が疑問に思うのは当然といえた。

 対する篠生の答えは非常にシンプルだった。

 

「ちょっと強引だけど、『他の人を役立たずって言うならまず私よりも戦果を出してみせて』って」

「理解した、隊長にそれ言われたら黙るしかないわ。勝てねえもん」

 

 憲兵隊、別名『生徒会捕縛隊』の長を務めていた篠生の戦闘力は非常に高い。それこそ変人・超人の集団だった31期生の中でも五本指に入るほどだ。

 先ほどの立ち回りと合わせて考えても、その辺の大学生では戦果で彼女を上回ることは不可能だろう。

 

「なんかすごい納得した顔してるけど、凪原君なら私に勝てるでしょ」

「ハハハ、何をおっしゃるのやら…」

 

 ジト目を向けてくる篠生から視線を逸らしながらすっとぼける凪原だったが、表情を改めて首をかしげる。

 

「でもそれだと隊長に負担がいくだろ。そのれん君ってのはあまりいい気がしてないんじゃないか?」

「そうだね。いつも、私がここまでしなくていいから自分が変わるって言ってくれるんだけど、私の方がこういうのは上手いから」

「そりゃそうかもしれないけどよ」

 

 そのれん君というのも篠生が惚れるだけあって馬鹿ではないのだろう。自分が篠生に守られているということは当然気付いているはずだ。そして彼女が実際に自らよりも強く、自分では守ることができないという状況を歯がゆく思っているはずである。

 

「だから、これは私のわがままかな。1度噛まれたら、かんせんしちゃったら全部おしまい。そんな『もしかしたら』が常にある状況にはなるべくれん君にいてほしくないんだ、れん君はそんなこと望んでないと思うけどね」

「1度感染したら、か」

 

 そう言って寂しげに笑う篠生の目は、彼氏を安全を願う気持ちで満ちていた。自分も胡桃の話になったら同じような目をするんだろうな、などという考えが頭をよぎる中凪原はしばし考え込んだ。

 

 今、この瞬間に、篠生が感じている不安の大部分を解消とまではいかずともいくらかは軽減させることが凪原にはできる。しかしそれは同時に凪原の、そして胡桃の秘密を暴露することになってしまう。さらに言えばその秘密は、今の世界を文字通りひっくり返しかねない。

 

 それら全てをひっくるめて凪原が出した結論は――

 

 

「まぁ、いいか」

 

 

――何とも軽いものだった。

 

 同期の仲間として、恋人の事を思う者同士として、凪原は篠生を信頼することにした。彼女は秘密を伝えるに足る存在であると認めたのだ。

 

 

 ………………。

 もしこれが映画や小説などのフィクションだとしたら、ここから始まるのは作中でも上位に入る感動、あるいは重要なシーンとなるのだろう。

 しかし、この時凪原の思考は以下のことで埋め尽くされていた。

 

(さて、どう伝えれば隊長が一番混乱して面白い反応をしてくれるかね)

 

 唇の端を吊り上げながらそんなことを考える凪原。愉悦派の人間が考えることなど所詮こんなもんである。

 

「なんか…、今凪原君すごい悪い顔してる。良くないこと、じゃなさそうだけどなんかすごい嫌な予感がする」

「ソンナコトナイヨ」

「ほんとに?」

 

 『疑わしい』という言葉を擬人化したかのような様子の篠生。

 そんな彼女に構うことなく、凪原は「さて」と切り出した。

 

「結構話ししちまったな。ぼちぼち潮時らしい」

 

 彼が指さした先では数体のゾンビがフラフラと近づいてきていた。先ほどは離れた位置にいたものの、2人が話し込んでいる間に生者の気配をたどってきたのだろう。

 

「俺等は一回拠点に戻る予定だけど、桐子達に無線機を渡しておくからなんかあったらすぐに連絡してこいよ。なんたってめぐねえを含めて生徒会メンバーが全員揃ってるんだ、大体のことはどうにかできるぞ」

「ほんとに何でもできそうなのかこわいかな。でも分かった、何かあったら頼らせてもらうね」

 

 掌に拳を叩き込みながらそう笑ってみせる凪原に、篠生も苦笑交じりに返した。

 

「それじゃあまた今度、近づいてきてるのは俺が始末するわ」

 

 そう言って手を振りゾンビ達の方へ足を向けた凪原だったが、数歩進んだところで立ち止まると篠生へと振り返った。

 

「―――ああそうそう。さっき感染したら全部終わりって言ってたけど、案外そうでもないみたいだぜ」

「ん?それってどういう、、、」

「まあ見てろって」

 

 言葉の意図がつかめず戸惑う篠生にそれだけ告げると、凪原は再び歩き始めた。その足取りはゆっくりとしたもので緊張のきの字もない。銃やナイフに手をかけることもなく、とてもではないがゾンビと相対している者の態度ではない。

 

「危ないよ!」

「いいからいいから」

 

 篠生が注意の声を上げるが凪原は取り合わなかった。

 駆け寄って援護に入ろうにも既に凪原とゾンビとの間は目と鼻の先、どう考えても篠生がたどり着くよりもゾンビの腕が彼に届く方が早い。

 そんなことを考えている間にも元々ほとんどなかった距離が0になり、ゾンビ達は唸り声を上げながら凪原へと掴みかかる、そんな未来を予測して奥歯を噛み締める篠生。

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 篠生の口からそんな声が漏れた。

 

 ゾンビ達は1体として凪原に掴みかかることなく、彼のすぐ脇を()()()()()

 

 ありえない、そんな思考が篠生の頭を埋め尽くす。

 

 ゾンビは生者を襲う、それは絶対のルールだ。

 そうであるからこそ人類は駆逐され、地上の王者としての地位を明け渡して隠れ潜むことを余儀なくされているのである。

 しかし、目の前のこの光景はどういうことなのだろう。

 まず凪原は生者である。それはつい数秒前まで会話していた篠生自身よく分かっている。それなのにゾンビ達は彼の存在が目に入っていないかのように素通りした。

 そしてゾンビ達も他のゾンビと異なるところはない。現に彼等目に理性の色は宿っておらず、生者である篠生目掛けて歩み寄ってきている。

 

 眼前で起っていることが理解できずに固まる篠生。

 そんな彼女の視界の中で、凪原はベルトからナイフを引き抜くと慣れた手つきでゾンビを始末し始めた。

 左手でゾンビの髪を掴んで頭部を固定したところに間髪入れず側頭部へ刃を突き刺し、軽くひねりを加えた後に引き抜く。頭蓋骨は自然界においてかなりの高度を誇る材質だが、十分な膂力と鋭く頑丈な刃先があれば貫くのは不可能ではない。

 それでもけっして簡単な作業ではないが、可能であるならやってしまうのが凪原である。

 1分と待つことなく辺りからは再びゾンビのうめき声が一掃された。

 

「え?今の、どういう――」

 

 未だ動くことができずにいる篠生の前で凪原はナイフを仕舞うと彼女へと向き直り、いたずらが成功したような笑みで口を開いた。

 

「何人でもとはいかないし、そこそこ代償もデカいけどな。感染した瞬間にジ・エンドってわけでもないんだ」

 

 「だから、」とつい先ほどまでとは異なる穏やかな笑みを浮かべながら凪原は続ける。

 

 

「なんかあったらほんとに言ってくれ。きっと力になるから」

 

 

 

====================

 

 

 

「―――ふーん。それで絆されたナギはあたし達の秘密を教えちゃったわけだ」

「絆されたってのはひどくね?」

 

 遠征を終えて放送局に戻ってきた日、篠生とのやり取りの詳細を説明した凪原はややとげのある言葉を放つ胡桃に対して弁明する羽目になった。

 こちらに顔を向けず、さらに言えば目も閉じたまま黙っている胡桃に声をかける。

 

「相談なしに言っちゃったは悪かったからさ、そんなに怒んないでくれよ」

「別に怒ってないし」

「怒ってるじゃん」

「怒ってないっ」

 

 力強く言い切る胡桃、両手で頭をワシワシとしながら言葉を続ける。

 

「怒ってないけど、なんか最近ナギはあたしがいないとこで色々やってるじゃん。遠征の間あんまり一緒にいれてないぞ」

「あ、あー...そっちね」

 

 胡桃が、要約すれば「もっと構え」と言っていることが分かり脱力する凪原。

 たしかに思い出してみれば、遠征中2人で過ごした時間というのははほとんどない。キャンピングカーを奪いに来た武闘派(バカ)の一部を相手にした時くらいで他は何かと別行動のことが多かった。

 

「そりゃ遠征メンバーのうちで戦力1位2位だからな、俺と胡桃は。行き帰りの警戒は交代制の方がお互い負担が少ないし、大学の方もキナ臭かったからさ。胡桃に皆を見てもらっている間に情報収集してたんだよ」

 

 戦闘力の高い人員を全て同じ場所に配置するのは基本的に悪手だ。

 こちらの戦力が一か所に集中してしまうとその分別の場所が手薄となる。隙を見せようものなら攻め込まれる、では言い過ぎだとしても少なくとも警戒網に穴が開いてしまう。

 そして十分に警戒していれば相手の手出しを未然に防ぐことができる。特に今回、武闘派は学園生活部側に度々ちょっかいをかけようとしていたので、胡桃と別々に動いていた凪原の行動は間違っていない。

 

 しかし間違っていないからといってそれで納得できるかは別問題だ。

 

「そりゃ分かってるけど、あたしが言いたいのはそこじゃないんだよ」

 

 頭に手をやったまま凪原の方を振り返る胡桃。

 ジロリ、と凪原をねめつける彼女の眼力はなかなかのものだ。

 

「そこじゃないって言われてもな、他になんかあったっけ?」

 

 凪原としては胡桃が何に怒っているのかがいまいち分からない。

 一緒にいられる時間が少なかったのは自覚しているがそれは先ほど言った事情のためだ。そして胡桃はきちんとした理由がちゃんと納得してくれる人間だと思っている。

 もちろん後で何か埋め合わせをしたいとは考えていたが、ここまで胡桃が機嫌を悪くするほどのことという認識はなかった。

 要するに、心当たりがないのだ。

 

「………………トーコ達と夜通し楽しんでたじゃん」

「ふぁっ!?」

 

 前言撤回、ばっちり心当たりがあった。

 とはいえやましいことは何もしていないためその点をしっかり主張する。

 

「いやそれはちゃんと説明したじゃんっ。情報収集をしがてら少し酒呑んで、ちょっと思い出話してただけだって!そんでついつい盛り上がったから明け方まで続いてそのまま寝落ちしちゃっただけで」

「なあナギ、それ別れ話を切り出されても文句言えないことだって自覚あるか?」

「うぐっ」

 

 ド正論をぶちかまされて思わず口ごもる凪原。

 元同級生を含む同世代の女子3人と密室で夜通しお酒を呑む。その間に起きたことを見た人は誰もおらず、朝起きた胡桃が部屋に入って見たのは桐子と頭を突き合わせるようにして寝落ちしている凪原の姿だったのだ。

 なお、晶と比嘉子もすぐ近くで割と無防備に眠りこけていたという。

 

 その瞬間は胡桃がそこそこのところで流してくれたためにあまり気にしていなかった凪原だが、今改めて考えるとかなりの問題行動だったことに気付き嫌な汗が噴き出してくる。

 胡桃の言う通り、字面で考えればビンタの後に別れを告げられてもおかしくはない。パンデミック前のように情報が一瞬で伝わる環境なら、尾ひれがついて広まり周囲からクズを見る目を向けられることになるかもしれなかった。

 

「それにその隊長さんだってどうせ美人なんだろ?ナギの代の先輩は男も女も顔がいい人ばっかだし、『ナギとは常にお互いを意識し合いながら何度も熱いやり取りをしてた』ってトーコも言ってたし」

「何言ってくれてんのあいつ!?」

 

 畳みかけるように続いた胡桃の言葉に凪原の声が裏返る。

 

 たしかに、常にお互いを(凪原というか生徒会サイドは企画したイベントを事前に潰されないか、篠生というか憲兵団サイドは周りに迷惑になるようなことを企んでいないか)強く意識していたし、何度も熱いやり取り(すなわち手に汗握る逃走劇や大立ち回り)をしたのも事実である。

 

 しかし、桐子の発言は明らかに誤解を招くような表現方法が使われていた。

 

(あいつ今度会った時に絶対〆る)

 

 固く心に誓う凪原だったが、それは今何の意味もない。

 胡桃への思いを自ら否定するようなことはしていないと胸を張って言えるが、残念ながらそれを証明する手立てが凪原には無かった。

 

 一体どのようにして納得してもらえばいいのかを真剣に、それこそ脳の神経が焼き切れるのではないかというレベルで考える凪原。その思考は「プッ」という息が漏れた音によって遮られた。

 

「なーんてな」

「へ?」

 

 凪原が顔を上げた先では胡桃がしてやったりという表情で笑っていた。

 

「夜に何があったかはアキとかがちゃんと説明してくれたし、隊長とのこともトーコの冗談だって分かってるよ。ただナギがあんまり重大さを理解してないっぽいから分からせただけ」

「ハァ~~~~~そういうことか、よかったぁ」

 

 胡桃の説明に凪原は大きく脱力しながら安堵の息をついた。

 その様子を横目に胡桃は手元のノズルをひねると、()()()()()()()()()()()

 

 

 ここまで触れられていなかったが、現在凪原と胡桃の2人がいるのは拠点であるワンワンワン放送局。の、浴室である。

 

 遠征の間シャワーしか使えなかったメンバーを労おうと待機組が風呂の準備をしてくれていた。まず由紀と美紀が入浴し、今は凪原と胡桃の番である。

 両者かるく体を流した後、胡桃が先に温まりたいと言ったために凪原が頭と身体を洗ってから交代。一連の会話は胡桃が頭を洗っている間のものだった。

 

 

「そもそもの話だけど、ナギって周りとの距離が近いんだよな」

「あー...やっぱ高校時代の『全員仲間』って意識が抜けてないんだろうな」

 

 髪を流し終わった胡桃の言葉に凪原も自身の行動を振り返りながら答える。

 物理的精神的を問わず基本的に人との距離が近い。これは無駄に結束力の強かった巡ヶ丘31期生に共通する特徴だが、生徒会長だった凪原は特に交友範囲が広く、そして深かったためこの傾向が強い。

 これ自体は別に問題ではない。

 しかし誰とでも親密であるというのは、得てして特別が求められる恋人関係とは少々相性が悪いかった。

 

「それはそれでいいとあたしも思うけどね。ただ―――」

 

 その後も胡桃が体を洗っている間中おこごとは続き、凪原は平身低頭の心持でそれを聞いていた。

 恋愛的な意味で人の心情を察するのが苦手なことは本人としても自覚している。おおらかな胡桃に甘えることなく精進したい考えているが故のことである。

 

「―――まあナギがあたしのことを思ってくれてるってのは分かってるけどさ、それでも偶にモヤモヤしたりすることもあるんだぜ」

 

 そう締めくくりながら胡桃は鏡をのぞきこみ、背に泡が残っていないのを確認すると立ち上がった。

 そのままタオルで隠すことなく生まれたままの姿を凪原に見せながら浴槽に歩み寄ると湯の中に体を沈める。

 

「そんな訳だから、こういう時ははちゃんとあたしを構ってくれよ?ナギ」

「りょーかい、ここ最近の分の埋め合わせをさせていただきますよっと」

 

 広い浴槽の中でわざわざ凪原の足の間に陣取り、胸に寄りかかりながら笑いかけてくる胡桃。そんな彼女に凪原もまた笑いながら返した。

 

 久しぶりの2人きりの時間、お風呂タイムはまだ始まったばかりである。




ってな感じで武闘派の現状と篠生ちゃんの努力、それから凪原の体質についての回です。前書きでも言いましたが書いてて「あ、これ1話じゃ無理だ」ってなったので分けることにしました。


そいじゃ本日の補習

武闘派ぇ...
穏健派を遊ばせておく余裕はなくなった、ではなく積極的に追い出そうとしてます。原作より少し増えてるから物資の減りが激しいのかも。そして武闘派を謳うわりにやってることはキャンパス内のパトロールと侵入してきたゾンビを多対1で殴るだけ。篠生のように1対多で戦うことはしないという良く言えば慎重、悪く言えばチキン。
そして問題なのは、自分たちのことを慎重だと思っておらず勇猛果敢だと勘違いして増長していること。

頑張れ篠生
上述の武闘派を戦果で黙らせ必死に抑えている。馴染みである桐子達が追い出されてしまうのは寝覚めが悪いし、何よりれん君が危ない目に合わないように精力的に活動中。ただそのせいで篠生に無事でいてほしいれん君とすれ違いが生まれている模様。

おや、凪原の様子が
ゾンビに対するステルス特性を獲得した模様。詳細については次回書く予定。

胡桃での一コマ
拗ねてる胡桃ちゃんかと思ったら分からせ胡桃ちゃんでした。


今の感じだと6章はあと2話くらいだと思います。

それではまた次回!


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6-12:体質 下

※サブタイトルの表記を「1,2」から「上,下」に変更しました。


本編第75話、100話到達が見えてきました。これも本作を読んでいただいている読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

誤字訂正してくれる方、筆者のミスを見つけていただいてありがとうございます。
そして、感想を書いてくれる方、最近忙しくて返信できていませんが全て嬉しく読ませていただいています。
どちらも執筆を続ける原動力となっておりますのでもしよければこれからもお願いいたします。
高評価もポチっていただけると飛び跳ねて喜びます


さて、感謝はこれくらいにして本日の本編は

続、おふろタイム

です、どうぞ。


 凪原と胡桃の入浴は長い。

 元々の性格としてどちらも風呂好きだったということに加え、今は恋人と2人きりで過ごせる数少ない時間だというのだから短くなるわけがないというのも、まあ道理ではある。

 

 とはいえ、それら以外にも2人が長時間の入浴を行う理由がある。

 こちらは上述の理由とは異なりそれなりに深刻、とまではいかずとも重要なものだ。

 

「うーん、やっぱり全然温まってる気がしないな」

「あ、やっぱりナギも?」

「ああ。熱いことは熱いんだけどそれが体内に入ってこないっつーか」

「そうそう、なんか体の芯の部分が冷たいままって感じ」

 

 のんびりと話す凪原と胡桃だが、現在2人が肩まで浸かっている風呂は設定温度が42度となっている。

 今が真冬であることを考慮してもかなり高めの設定だ。普通の人なら短ければ5分、長くても15分ほどで体全体が温まり、我慢比べでもなければそれ以上浸かることはないだろう。

 

 しかし凪原と胡桃の入浴時間は既に30分に達しようとしている。

 それなのに2人の肌は多少血色がよくなった程度であり、真っ赤に茹だることもなく普段とそれほど変わっていない。

 そんな不可解というよりも異常と表現するのが適切な状態も、当人達にとってはもはやいつものこと。うろたえるどころか怪訝そうな表情すら浮かべてはいなかった。

 

「こういう時はやっぱりあたし等も感染してるんだなって思うよね」

「ほんとな。体温だいぶ下がったし、この感じだと熱の吸収率も下がってんのかね。末端冷え性ってレベルじゃない」

 

 早川と照山が合流した日に彼女等から感染を指摘された凪原と胡桃。その際に根拠として示された2人の体温は約30度だったがその後も緩やかに低下を続け、現在は29度程にまで下がってしまっていた。

 

 とはいえ幸いと言うべきか、この数日は体温に低下傾向は見られず恐らく安定状態になったと思われる。

 それでも常人で考えれば体温29度は重度の低体温症に分類される。意識障害や瞳孔の散大、さらには昏睡や呼吸停止をおこす可能性もあるのだ。とてもではないがまともな活動などできるはずもない。

 

 それなのに凪原と胡桃は長期の遠征に参加し、その過程では戦闘もこなしている。

 低体温の状態で気力と体力を消耗する行動ができていることこそ、2人がウイルスに感染しその影響を受けていることの何よりの証拠だった。

 

 自分の身体が得体のしれないウイルスによって作り替えられているにもかかわらず、凪原は怯むことも脅えることもはない。

 現に今も折りたたんだタオルを頭に乗せ、上機嫌で鼻歌を歌っている。

 

「ウイルスの影響をちょっとした体質と比べるなんてナギぐらいだと思うぜ」

「そう言う胡桃もだいぶリラックスしてるじゃないか、もっと怖がったりしないのか?」

 

 そして胡桃もまた自身の状況を恐れていないようである。

 全身から力を抜いて湯船に浮かび、顔だけをお湯から出している彼女の様子は緊張などとは無縁であり、凪原の言葉通りにリラックスしきったものだ。

 普段はツインテールにしている髪も解かれ、湯の中をユラユラと揺蕩っている。

 

「ん~...そりゃ怖いことは怖いって。でもあんま考えたところで体温高くなるもんでもないし、それになんか不便なわけでもないしさー」

「ま、実際そんなもんだよな」

 

 胡桃の言葉に凪原も頷いて同意の意を示す。

 体温が30度を割り込んでいる、それ自体は異常だし憂慮すべきことだとは思う。

 

 しかし、悩んだからといって状況が改善するわけではない。

 そもそも、2人の身体に何が起きているかもよく分かっていないのだ。感染による影響とはいっても、具体的にどういった反応が起きているのかは不透明である。

 仲間の中に医療関係者でもいれば話は違うのかもしれないが、ないものねだりしてもしょうがない。一応の手立てとして養護教諭の資格を持つ慈が定期的に診察を行ってはいるものの、これといった成果は出ていなかった。

 

 なんせ凪原も胡桃も、体温が低いこと以外は健康そのもの。

 せいぜい2人とも血圧が少し高く、遠征中に味付けの濃いインスタント食ばかり食べていることがバレて怒られた程度である。なお、健康志向の慈と悠里の怒りはなかなか激しく、長時間正座させられた2人の足にはなかなかのダメージが入ったことをここに追記しておく。

 

 ともかく、状態が分かっていないものをあれこれ考えても答えが出るはずないので時間の無駄である。

 よって、問題の先送りと言われようが何だろうが、『今は動けるからそれでいい』の精神でいくしかない。

 そしてそうであるのなら、深刻に考えすぎずどっしり構えていた方がよほど健康的だ。

 

 気楽に構えるのは凪原の得意技であり、その影響を受けている胡桃もなかなかのもの。

 感染していようがいまいが、むしろ感染しているからこそ日々の生活をきちんと楽しもうとする姿勢は、当人達だけでなく周囲に対しても良い影響を及ぼしていた。

 

 2人を見習って、学園生活部の仲間も日々精力的に動いている。

 今回凪原達が遠征に行っていた間だけでも、拠点内には様々な変化が起こっていた。

 

「そういえばさ、屋上菜園すごい本格的になってなかった?なんか建物周りも畑ができてたし」

「ああ、りーさんとめぐねえの発案でプランターだと栽培が難しい野菜を育てるための農地拡大計画だとさ。ちなみに整地はハヤが1人でやったんだと」

「えっあれ全部!?結構面積あったぞ!?」

「まあ...ハヤだしな」

 

 中でも変化が大きかったのは放送局の敷地を囲うように立てられたフェンス、その内側の一部がかなり本格的な畑へと変貌していたことである。

 耕されて複数の畝を成しているさまは記憶の中にある畑と同じようであり、土自体もフカフカとして作物がよく育ちそうだった。傍にはビニールや針金フレームも置かれていたので、近々ミニビニールハウスも作られるのだろう。

 どう考えても人1人の作業量ではないがそこは31期生(変超人共)の中でも体術などの力仕事に秀でていた早川、トレーニングがてら軽々と鍬を振り回していたようである。

 

「あとは建物の中だよな。よく分からないけどおしゃれになった気がする」

「そっちは葵さんが主導したみたいだよ。なんでもインテリア…プランナー?コーディネーター?とかいうの目指してたんだって」

「へー意外、ってわけでもないか。あの人センス良さそうだし」

 

 変わっていたのは建物の外だけではない。屋内も凪原達が遠征に出発した時から様変わりしていた。

 まず第一に殺風景だった2階のラウンジ、ここはいい感じの家具が置かれ今やリビングに続く第2のくつろぎ空間となっている。

 その他にもちょっとしたスペースに調度品が設えられていたり、かといって完全に見た目重視ではなく要所要所に収納家具が置かれていた。

 それらは人が毎日を過ごすことが考えられた内装であり、知識がある人間でなければできないだろう。葵がその手の勉強をしていたというのは初耳だが、納得のインテリア配置である。

 

「最初来た時はシェルター、家具持ってきて普通の家になって今はデザイナーズハウスか。どんどん居心地がよくなるな」

「ほんとほんと。こんな家だったらパンデミック関係なく住みたいよ」

「6LDKに地下倉庫とラウンジ付きだからな、冷静に考えたら。それに発電システムと貯水槽でインフラも自己完結してるうえ敷地も広い、普通に買おうと思ったら軽く億超えるぞこれ」

「億、かぁ」

「「………。」」

 

 2人で顔を見合わせてしばし黙り込む。

 

「あの、さ」

「おう」

「パンデミックが起きて良かった、なんて口が裂けても言う気はないけど」

「ああ。こんなとこに住めてラッキー、とは思っちまうよな」

「だよなぁ」

 

 基本的に小市民である胡桃と、色々ぶっ飛んでいるとはいえ金銭感覚はわりかしまともな凪原。

 こんな状況とはいえ、豪邸に住めているということに少々テンションが上がってしまうのは致し方ないのかもしれない。

 

 

 

====================

 

 

 

「そうだ胡桃。さっきハヤに言われたんだけど、1日2日休んだらちょっと俺等に調達に出てほしいらしい」

「ハヤ先輩が?珍しいな、あの人なら欲しいものがあったら自分で取りに行きそうだけど」

 

 凪原の言葉に首をかしげる胡桃。

 胡桃が感じたように、早川は行動力がある。何かを思いついてから動くまでのタイムラグが基本的に0、良く言えばフットワークが軽く悪く言えば拙速に過ぎるタイプである。

 それでも地力が高いために想定外のことが起きても力業でどうにかできてしまうのだが、今は関係ないので省略する。

 

 ともかく普段の早川を考えたら、物資が必要と感じたら自分で(照山を引きずりながら)調達に出向きそうなものだ。腕っぷしについても、近接戦闘で凪原を上回る彼女なら何の問題もないだろう。

 それなのにわざわざ凪原と胡桃に頼み、なおかつ数日の遅れも気にしないというのはなかなか珍しい。

 

「ま、あんまあることじゃないよな。ただ今回は欲しいものの場所が場所だから俺等の方が適任なんだとさ」

 

 頭の中が顔に出ていたようで、すぐに胡桃の内心を察した凪原が理由を説明する。

 しかし場所が場所と言われても胡桃にはまだよく分からない。早川(と照山)が揃っていて行けない場所などほとんどないだろう。

 

「病院だよ。精密機器とか医薬品とか、繊細なものが多くて派手に動くと壊しちゃうから、って」

「ああなるほど、そういうことなら了解」

 

 続く説明で納得した胡桃。

 たしかに早川は近接戦闘は鬼のように強い。ただし近接戦とはすなわち白兵戦であり、自動的に武器を振り回すことになる。

 ゾンビを排除するだけでよいなら特に問題ないが、近くに精密機器がありなおかつ閉所が多い病院とは相性が悪かった。ゾンビを排除していたら目的の物資が破損していました、では意味がないのだ。

 

 しかも、閉所というのはそもそもが戦いにくい環境だ。まして今回の探索地である病院は、ほぼ確実にゾンビの巣窟となっている。

 病院は、パンデミック初期に自身がゾンビに噛まれたり家族が噛まれたという人間が殺到し、院内で転化したゾンビの餌食となった。そしてそれを知らずに新たに助けを求めてやって来た人間もまた同じ末路を迎えている。

 

 パンデミックから随分と日が経っているため一部は生者を求めて外に出ていってるだろうが、閉所や個室が多いという構造上今でもかなりの数のゾンビがいることが予想される。

 さらに、建物内は真っ暗のはずだ。たとえ自家発電設備を有していたとしても、維持する人間がいなければ作動などしているはずもない。

 

 

 ゾンビがひしめく闇に包まれた閉鎖空間、それが今の病院を表す言葉だ。

 

 

 足を踏み入れたら生きて出られない確率の方が圧倒的に高い場所など、どれだけ物資があったとしても行きたいと思う者などいない。もしいたとしたらよほどのバカか自殺志願者かのどちらかだろう。

 そんな場所へ行けと早川は言う。

 凪原達が相手でなければ「死んで来い」と言っているようなものだ。

 

 しかし、早川は無理なことは言わない人間である。(無茶なことは言うがそれは凪原も同じなので気にしてはいけない。)

 今回の要請も凪原と胡桃なら問題ないと判断してのことだった。

 

 なぜなら―――

 

「あたし等なら奴等に襲われないで中を歩けるもんな」

「そういうこった」

 

―――2人はもはやゾンビに襲われることなどないのだから。

 

「それにしても、襲われないって最初に分かった時はビビったぜ。ナギってばいきなり奴等に近づいていくんだもん」

「いやー、絶対目があったはずなのに奴等反応しなかったから、もしかしたらって思ったら案の定だった。でも案時は俺も内心結構ビビってたんだぜ?」

「ほんとかぁ?とてもそうは見えなかったけどな」

 

 ともあれそういうことである。

 凪原と胡桃の感染が発覚してから割とすぐの頃、どうにもゾンビから認識されていないように感じた凪原が試しに近づいてみると、ゾンビは襲い掛かってくることなくそのままぼんやりと突っ立ったままだったのだ。

 胡桃が近づいた場合でも結果は同じだった。

 

 他のメンバーに急遽相談し、もしもの時には早川と照山が援護に入れる状況で検証を行ったところ、いくつかのことが判明した。

 

 まず、凪原と胡桃はどちらもゾンビからは存在は認識されているが基本的に生者とは見なされていない

 これは度々ゾンビと目が合っているということや、凪原達がゾンビの近くに立っていた場合にゾンビが2人を避けて歩いていったことからほぼ確実だと思われる。

 この時点で完全なステルスではないことが確認された。

 

 次に、凪原達が立てた音にはゾンビは反応する

 凪原達がゾンビの知覚範囲外にいる状態で音――金属製の柵とぶつかったり、防犯ブザーを鳴らしたり――を出すとゾンビはそれにつられてやってくる。ゾンビに認識されていない状態なので、彼等が以前と同じような反応をするのは当たり前と言えば当たり前である。

 とはいえ、これでゾンビが自然音以外を聞き分ける能力があることははっきりした。

 

 最後に、これが最も重要なことなのだが、一定以上の派手な動きをした場合ゾンビは凪原達を生者と認識して襲い掛かってくる

 重要ではあるものの、これについてはほとんど分かっていない。

 それでも、例えばゾンビ達の傍で大声を出す・いきなり走り出すなどをした場合、ゾンビは凪原たちのことを改めて認識し直して襲ってくる。

 具体的に何がラインとなっているかは不明である。小声での会話や減音器(サプレッサー)を付けての発砲、先日篠生の前で見せたように最小限の動きでの格闘では、たとえ自分の横にいるゾンビが斃されても反応しなかった。

 恐らくはゾンビ自身に絶対に不可能な動作を知覚範囲内ですることがトリガーになっているのだと考えられる。

 

 

 どこまでならセーフかが不明なのはなかなかに危険だが、気を付けてさえいればステルスを維持できるのは確認できた。

 ならば有効活用しよう、というのが凪原達の出した結論だった。

 なにしろ現在の地上の王者であるゾンビ、その脅威を条件付きとはいえ無視できるのだ。利用しない手はない。

 

 この2人の体質の発見により探索可能な場所が拡大し、学園生活部の物資事情はさらに充実することとなった。ゾンビが多く屯している場所の探索は凪原と胡桃の担当となり、今回の早川からの要請もそれに則ったものである。

 

「でもなんでわざわざ病院に行くの?薬って結構備蓄あったよね?」

「ん?ああ、今回取りに行くのは薬じゃなくて医療器具と一部の薬剤。特に外科的な処置に必要な物だよ」

 

 これまでにも郊外のドラッグストアや調剤薬局などは回っていたため、市販薬程度なら十分な備蓄があるがゆえの胡桃の疑問だが凪原の答えは単純だった。曰く、薬局では取り扱っていないものを回収するためである、と。

 

「例えば、あんまり考えたくないけどなんかの事故で骨折した時とかってギプスが必要だろ?ありあわせのものでも固定はできるけど、どうせならきちんとしたギプスが作れる用意があった方がいい。他にも止血帯とか縫合キットとか、救急処置用のものも結構あるはずだ」

「あー、確かに今までは消毒液と絆創膏、あとは包帯くらいしか用意してなかったもんね。でもどうせなら薬局とかじゃおいてない薬とかも持ってきた方がいいんじゃない?」

 

 納得するとともに提案をする胡桃だったが、凪原は苦笑を浮かべながら首を振った。

 

「俺もそう思った。ただ近くにいたテルに言われたんだけど、俺等じゃそんな強い薬を適切に使えるわけがないんだよ」

 

 「どの薬をどれだけ呑めばいいとか分かるわけないだろ、間違った薬飲んで服毒自殺とかは勘弁だぞ俺は」と心底嫌そうな顔で照山が言っていたと話せば、胡桃も「うげぇ」という表情になった。

 

「確かにそりゃあたしも嫌だな。なら飲み方が書いてある市販薬だけで後は気合で直した方がいいや」

「だろ?だから薬関係はパス、例外は血清とアナフィラキシー用の注射だな。血清は無いと死亡確定だし」

「アナフィラキシーってアレルギー起こした時用のやつでしょ?あたし達のなかにアレルギーある人っていたっけ?」

「いやアレルギーじゃなくてハチに刺された時用。2回目以降に刺された時に起きるかもしれないショック状態ってアレルギーのと同じなんだと、だから同じように使えるらしい」

 

 基本的に本州には生息していないマムシなどの毒への血清より、ハチへの対処の方が重要だ。

 なんせ日本には世界最大のスズメバチであるオオスズメバチがいる。サイズ通りの強い毒を持つ奴等は、今年一年駆除されることもなく各地に新たなコロニーを作ったことだろう。それらが来年以降さらに活発に動き始めるのはほぼ確実だった。

 ゾンビをスルーできる凪原達からすれば、下手すればこちらの方が大きな脅威かもしれない。

 

「ハチかぁ、あいつら怖いんだよなぁ」

「無駄に機動力あるしな。まぁ今は年末だからもう数ヶ月は大丈夫だろ。それより残りの日数的にも今年の遠征はこれでラストっぽい、無事に終われば年末年始はゆっくり過ごせそうだ」

「そっか、じゃあ今年の仕事納めってことで張り切っていこうぜ」

「おうよ」

 

 そう頷き合ったところで打ち合わせは終了。

 入浴時間もそろそろ長針が1回転しようかというところになり十分に温まってきた。

 それでも何となくこの時間が終わるのが惜しく感じられて、2人は今一度身体を湯船に深く沈めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「にしても胡桃が快く承諾してくれてよかったよ。実は断られるかもって心配してたんだ」

「なんだよ、確かに少しは危ないけどそんなのどこでも同じだろ?それくらいであたしがしり込みするわけないじゃん」

 

 一安心といった様子で話す凪原に問い返す胡桃。

 以前、胡桃がまだ戦い始めたばかり頃は凪原も良く心配して声をかけることが多かったが、最近では彼女の腕を信頼しているためそのようなこともほとんどなくなっている。

 今回の調達も危険ではあるがそこまでではない。

 

「ああ違う違う、そっちの心配じゃない」

「?、ならどういうことだよ?」

 

 キョトンとした胡桃の顔を見つつ、凪原はニヤッと笑いながら口を開いた。

 

「廃病院ってよくホラーの現場になるだろ?ゾンビ系もそうだけどなにより心霊系、だから怖がって嫌がるかなt――「天誅ぅっ!」

 

 言い終わる前に凪原は両手で水鉄砲を形作った胡桃からの攻撃を顔の真ん中に受け、そのお湯が目と鼻に入り盛大にむせることとなった。




以上、凪原と胡桃の現時点での体質に関するお話でした。

原作の大学編前の胡桃と比べればのまだまだソフトですが(この時は既に大声を上げてもゾンビは襲ってこない)感染してるんですねぇ、やっぱし。
それでも既に人間と呼べるかは怪しいレベルになってますけど胡桃含め学園生活部メンバーの精神状態は特に問題ありません。31期生のメンタルバフは偉大やでぇ。


2人の体質の詳細は本文中に書いた通りです。
設定としてはさらに細かく決めているんですが、ストーリー構成上書けないので所どころ変だなと感じても一旦おいておいてください。凪原達が知り得ないことは書けないんです、許してください何でもしますから(何でもするとは言っていない)。

なお、原作におけるゾンビ化の原因であるΩ系列は菌かウイルスかがはっきりしていませんが、本作での表記はウイルスとしています。両者の違いは認識していますが簡易化の処置としてご了承ください。


次で6章は終了予定です。
それではまた次回!


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6-13:急報

ちょい長めです
諸々のことは後書きにて




「「「「働きたくないでござる」」」」

 

「大概にしとけよこのグータラ共、特に年上2人」

 

 学園生活部のメンバーが集まっているリビングにて、皆の前に立つのはいつもと同じように凪原―――ではなく照山である。

 そして、地下倉庫から引っ張り出してきたホワイトボードの横で腕組みをする彼の視線の先、こたつの4辺をすべて占領しているのが凪原達だ。揃いの半纏を着て、背中を丸めながらぬくぬくと暖を取っている状態での先の発言は、確かに照山の言う通りグータラ共という表現が適切だろう。

 

 それでもそのうちの半分、由紀と圭は一応話を聞こうとする意志は見られる。

 しかし残りの半分、凪原と早川は違う。顔こそ照山の方を向いているが、その態度は完全にオフの時のそれである。

 

「あのなぁ...もう年が明けて三が日どころか1週間以上過ぎてんだぞ。七草粥を食ってなおだらけんなっつの」

 

 呆れ顔の照山だが、当然ながらその程度で動じる2人ではない。

 

「でもまだ1月じゃない?もう少し休んでも罰は当たらないと思うわよ」

 

 さすが早川である。さらりと1ヶ月以上の休養を要求するあたり普通ではない。

 

「ハヤお前、大学行って頭夏休み状態が悪化したんじゃないか?」

「何言ってんの、今は正月休みよ?そんなことも分からないなんてテル、あんた疲れてんじゃないの?」

「ああ確かに疲れてるよ。主にお前のせいでだけどな」

 

 頭を抱えて呻く照山。

 そこに割り込んだのは凪原だ。早川を軽く嗜めつつ口を開く。

 

「まあまあ、1月いっぱいってのは言い過ぎだ。休むにしてもせいぜい鏡開き位まで、そうだろ?」

「じゃあそれぐらいなら――となるとでも思ったら大間違いだからな。何食わぬ顔で交渉テクを連携して使うんじゃない」

「ちっ」

「バレたか」

 

 最初に荒唐無稽な要求を出して相手に断らせた後に本命の要求を出す。正式にはドアインザフェイスと呼ばれる割とポピュラーな手法ではあるが、特に打ち合わせもなく2人で役割分担をこなしながら仕掛けるのは難しい。

 とはいえこの程度で引っかかる照山ではないし、それは凪原達の方も分かっている。

 照山が急かして残り2人が抵抗する、一種の様式美のようなものだ。

 

「ほれ、気が済んだら進行変われ会長。お前がやった方が手っ取り早いだろ」

「へいへいっと。―――そんじゃ胡桃、離れるけど寒くないようにな」

「うっさい、早く行け」

 

 同じ半纏の中で足の上に乗せ抱え込んでいた、要するに二人羽織状態だった胡桃に声をかけて立ち上がる凪原。

 それにつっけんどんに返す胡桃だが、よくよく見れば残念そうな表情をしていた。正月休みの間にまた一段と距離が縮まったようである。

 とはいえそれを胡桃本人に指摘したところで、顔を赤くして否定されるだけなので誰も口には出さない。「乙女な胡桃ちゃんは見て愛でるものだよ!」とは由紀の弁である。

 

 

「さーって、真面目にやりますかね」

「おっ凪先輩が先生モードだ。結構久しぶりだね」

「人も増えたし黒板もあるし、何となくそれっぽいかと思ってな」

 

 真面目に、と言いながら白衣を羽織り伊達眼鏡をかける凪原。

 元々顔と体格は無駄に整っているが特徴的と言える箇所はないので、衣装次第でガラリと印象を変えることができた。

 今の彼は教師として学校の廊下を歩いていても違和感がない。担当科目は恐らく理科か数学だろう。

 

 なお、この衣装を着るのは以前胡桃に銃の構造を教授した時以来だが、きちんと洗濯してあるため清潔そのものだ。なんなら芳香剤のいい香りもしている。

 

「んじゃ新年一回目、今後の方針会議を始めていくぞー」

「「うぇーい」」

「「「はーい」」」

 

 凪原の掛け声にまず応じたのは早川と照山、残りのメンバーの返事はそれにやや遅れた。

 

 そしてこれは、凪原に生徒会の現役当時を思い出させた。

 

 巡ヶ丘学院第31期生徒会の正規役員は凪原、早川、照山だけである。

 書類仕事などの通常業務は3人だけで回せるとしても――その時点でだいぶおかしいが――、彼等が在任期間中に開催した数多のイベントの企画・準備はとてもではないが彼等だけでは手が足りない。

 

 そんな時は応援要員を数人臨時で加えて活動するのが常だった。

 応援要員は単純に事務処理能力が高い者や企画しているイベントに関連する知識がある者、もしくは単に「面白そうだから手伝いたい」という者もいたが、皆が何かしらのスキルを身につけていた。

 凪原達を基幹としてイベントごとに様々なスペシャリストを招集してチームを編成する、ある種の任務部隊のような形を取っていたのである。

 

 チームの会議中、正規役員と召集された残りのメンバーの反応にはどうしても差ができる。

 その様子が今の返事の時間差とそっくりだったのである。

 

 早川と照山も同じことを感じたのだろう。

 一瞬だけ視線を交わした3人の顔は、妙ににやけていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――とまぁ、拠点周りに関してはこんなもんだな。自給率はさらに上がりそうだし、部屋の住み心地はどんどん良くなってるしで感謝感謝だな」

「ふふっ、これだけ材料があるんだもの、みんなの食事は私とめぐねえが保証するわ」

「不自由な思いすらさせませんよ」

「過ごしやすさは私の担当だね。まだまだ案はあるし、せっかくだからここを理想の家にしてみせるよ」

 それぞれ、凪原の言葉に対する悠里、慈、葵の返事だ。

 皆声にも顔にも自信が満ち満ちており、自身の役目をきちんと果たせることを確信しているようだ。

 

 拠点内に関して言えば、学園生活部は順風満帆である。

 備蓄は十分にありそれを効率的に扱える人材もいる。狭苦しいということもなく広々した拠点は、ただ生き延びるだけではなく息抜きや趣味のための空間・設備も確保されている。

 正直な話、向こう1年程度なら遠征に出なくともどうにかなるだろう。ワンワンワン放送局に拠点を構えてからの数ヶ月、凪原達はそれほどの安定した生活基盤が整えることに成功していた。

 

 食も寝床も、娯楽さえもあるのであれば、危険な拠点外へ出る理由など無いように思える。

 しかし、そうも言っていられないのが現実だ。

 

「んじゃ中のことはこの辺にしとくとして本題、外っつーかもう大学のことな。これをどうすっか話していくぞ」

 

 本題、すなわち聖イシドロス大学の、特に武闘派への対応である。

 この前の遠征で最低限の顔合わせは済んでいるものの、その印象はお互いに最悪と言っていいだろう。 

 彼等と今度どのように関わっていくか、これを決めないことには学園生活部の今後の対外活動は進められないといって良い。

 

「やっぱ早いとこ潰しといたほうがいいんじゃない?今ならうち等3人で行けば簡単にやれるだろうし」

「それは過激すぎるから却下。その物騒な計画書もしまっとけ」

 

 さっそく早川が提案してきた過激な意見(武力制圧)を退ける凪原。

 いくら何でも対話0でそれはやりすぎである。

 

「えー、でも聞いてる感じだとどう転んでも敵になりそうな印象しかないんだけど。だったら先手必勝じゃない?」

「言いたいことは分かるけど俺等は軍でも警察でもないんだ。それをやったらあいつ等と同じになる、せいぜい準備くらいにしとけって」

「ぶ~~」

 

 照山にも止められ、早川が渋々仕舞ったファイルには『襲撃計画』と銘打たれていた。その中には武闘派を文字通り叩き潰せるだけの計画が記されているのだろう。

 さらりとそんなものを用意していることに幾人かが引いているが、今更引かれた程度でビビる早川ではない。

 

「えっと、ちょっといい?」

 

 一瞬生まれた沈黙を破ったのは葵である。軽く手を上げて質問を口にする。

 

「そもそも話なんだけどさ、その大学にいるっていう武闘派、には絶対対処しなきゃいけないのかな?」

「あっ、それはあたしも思った。直接会ってないからはっきり分からないけどその人達って大学から出ないんでしょ?ならこっちが関わらなければ放置でいいんじゃないの?」

 

 葵と圭の疑問も当然だ。むしろ、彼女たちの感覚の方が普通と言える。

 印象が最悪の相手には近寄らない。最も簡単で、それでいて十分な効果を期待できる方法である。

 わざわざこちらから関わりを持ちに行き、どうにか対処しようとする方が変わっているのだ。

 

 しかし、それに凪原は首を振る。

 

「パンデミック前だったらそれが普通だし一番なんだろうけど、今はそれじゃ――」

「「「「だめね(だな)(だろうな)」」」」

 

 最後の部分で声が揃ったのは凪原の他に早川と照山、そして胡桃だった。

 

 胡桃はパンデミック以降凪原の隣で、変わってしまった世界を肌で感じてきた。一度は野盗に襲われかけて人の悪意をもろに受けたこともある。

 それらの経験が彼女にとある確信を与えていた。

 現在において普通であると言うのは必ずしも良いことではない、特に自らの安全に関することは以前だったら異常と思われるレベルでちょうど良いのだ、と。

 

「あいつ等と仲良くやろうなんてほとんど無理だと思う。こっちが放っておこうとしても向こうが突っかかってくるよ。何かあってからじゃ遅いし早めに手を打った方がいいとあたしは思う」

 

 凪原が野盗を返り討ちにした時は震えて動けなかった、でも今度は違う。凪原(恋人)を、皆を守れるようになりたい。そしてそのためなら自分の手が汚れても構わない。

 胡桃の中ではそれだけの覚悟が決まっていた。

 

「胡桃の言う通り。トーコ達が大学にいる以上一切接触しないってことは難しいし、接触したら必ず難癖付けてくるだろうしな。脅威になる前に手を打った方がいいってのが俺の意見だ」

 

 胡桃の言葉を肯定する凪原。

 続いて疑問の声を上げたのは悠里と慈だ。

 

「でも、その人達はそこまで脅威になるのかしら?聞いていると凪原さん達ならどうとでもできそうな気がするのだけど」

「それじゃあ桐子さん達もこちらに来てもらうというのはどうですか。数人くらいでしたらまだ住めますし」

 

 瑠優(るーちゃん)を除き、学園生活部の中で最も荒事から縁遠い2人。やはり明確に敵対しているわけではない武闘派にこちらから仕掛けることには抵抗があるようである。

 それでもただ否定するだけでなく代替案を提示しているのは、彼女達なりに今の世界に馴染もうとしているからなのだろう。

 ただ、今回はその対応では足りないのだ。

 

「いーやめぐねえ、それだとダメなのよ。確かにあのゲーム部長とかをこっちに呼べれば一時しのぎにはなるけどもう一個問題があるの。そんでそれがりーちゃんの今の疑問の答えになってんのよね」

 

 たしかに慈の言う通り、桐子達穏健派を放送局に呼び寄せることができれば武闘派と距離を取ることができる。

 しかしそれでは解決しないことがある。

 

「その問題ってのがまぁ、これなんだよな」

 

 言いながら凪原が取り出したのは普段彼が愛用しているグロックカービンだった。当然弾は弾倉ごと抜いてあるため安全である。

 

「皆も知っての通り、これ(この銃)は高校地下のランダルの隠し倉庫から見つけたもんだ。んで、この地下倉庫はマニュアルに載ってたからこそ見つけられたわけなんだけど……イシドロス大学もマニュアル避難所としてマニュアルに載ってんだよな」

 

 そこまで言えば、その場の全員が凪原達が言っている『問題』が何なのかを理解する。

 巡ヶ丘学院地下の隠し倉庫、ランダルコーポレーションが用意したその場所には複数の銃器が収められていた。では、同じく拠点として指定されている聖イシドロス大学の場合はどうか。

 答えは、考えるまでもないだろう。

 

「うん、皆のお察しの通り。ほぼ確実にあるよな、あの大学にも」

「さらに言っちまうと我等が母校よりも量があるだろうな、恐らくは」

 

 凪原の言葉の後を引き取るように続けたのは照山だ。

 前まで出てきてマーカーを手に取り、キャップを外してホワイトボードの前に立つ。

 

「まず俺等の高校の倉庫だけど、想定収容人数は15人で物資の備蓄は1ヶ月分。1人分と考えたら15ヶ月分だな」

 

 高校:15人×1ヶ月 → 15ヶ月分、と書きながら照山は話を続ける。

 

「対して大学の方はというと、ナギの話を聞くに武闘派が10人で穏健派が4人の計14人だ」

 

 一段下げて今度は大学について書き始める。

 

「そんで遠征に出てないってことは倉庫の物資を消費してるんだろうな。その補給がない状態でパンデミックからもう8ヶ月、出口の話を信じるならまだ数ヶ月分の余裕はあるらしい。仮に4ヶ月持つとしたらまる1年分だな」

 

 大学:14人×12ヶ月(仮) → 168ヶ月分、そこまで書いたところで照山は皆の方へ向き直った。

 

「こんな感じで、大学には高校の10倍以上の物資があったことになる。となるとその分保管されている武器の数も、ってわけだ」

「高校に合った銃は9丁だから、単純に考えると90丁近い銃があることになる計算だな」

 

 淡々と話す照山と凪原だが、他の面々にしてみればただ事ではない。

 なんせ武力の象徴ともいえる銃が約100丁だ。それが自分達と敵対しかねない相手の拠点にあると言われて落ち着居られる人などほとんどいないだろう。

 目に見えて顔色を悪くするメンバーを、今度はフォローするように凪原達が口を開く。

 

「一応言っておくと、実際にそんな数はないと思うわよ、巡ヶ丘(うち)と大学とじゃ想定してる人数とか期間も違うでしょうし」

「それに高校もそうだけど、備蓄倉庫と武器庫のロックは別系統みたいだからな。連中は銃があるなんてことは考えてもいないだろうさ」

 

 普通に考えて、一般的な大学の地下に隠し倉庫があり、さらにその裏に銃器が隠されているなど予測できるはずがない。凪原とて避難マニュアルをよく読まなければ銃器の存在に気付けなかっただろう。

 聖イシドロス大学の場合、比嘉子が太陽光発電のケーブルをたどることで倉庫の存在に気付いたという。

 マニュアルによることなく半ば裏技的に発見されたため、銃器があるかもしれないなど想像すらしていないはずである。

 

 少なくともすぐに武闘派が銃を見つけて重武装を始める心配はない。そう懇切丁寧に説明したことで、皆もようやく落ち着くことができた。

 

「とまぁすぐにどうこうって心配はないわけだが、あそこにはほぼ確実に銃があって、それをあいつ等が見つけるかもしれない以上は何らかの対処は必須だ。そんで対処するなら実際に脅威になる前の方がいいって話だ」

「アンチテロとカウンターテロみたいなものですか」

「そうそうそんな感じ」

 

 美紀の問いに頷く凪原。

 アンチテロとカウンターテロとは、以前の世界における潜在的脅威であるテロリズムに対する対応策の種類だ。

 おおまかに説明するとすれば、前者は『やられたからやり返す』で、後者は『やられる前にやる』となる。

 脅威を制圧・排除するという結果は同じだが、動くのが自らに損害が出てからかその前かという点が大きく違う。

 

 基本的に対テロ戦争を行うのは国家であり、一部の国を除けばその姿勢はアンチテロよりだった。国が動く為には何かにつけて大義名分が必要なのだ。

 十分な理由がなく行動を起こせば後々問題になりかねないし、万一間違いがあったとなれば国際的な立ち位置が危うくなること必至である。

 ゆえにこそ、報復という大義名分を掲げやすいアンチテロとなることが多かったのだ。

 

 しかし凪原達は国ではないし、相手以外に関わりのある集団もいないため対外関係というものを気にする必要もない。

 第一自分達は国とは異なり小規模、せいぜい10人程度のグループであるため、損害がでた時点でこちらが壊滅する可能性もある。

 凪原にはそんなことを許す気はさらさらなかった。

 

「あの大学がランダルの拠点じゃなかったら俺もこんなことは言わない、でも現実はそうじゃないからな。あいつ等に先手は打たせない。仕掛けるのならこちらからだ」

 

 

 

====================

 

 

 

 こちらが先手を取ると決めたところで、具体的にどのような方針で行くかは別に考えなければならない。

 いくら自分達の安全のためとはいえ、流石に『武闘派を皆殺しにしてはいお終い』というのは寝覚めが悪すぎる。

 

 さしあたっては武闘派が武器の存在に勘付かないように気を付けながら隠されているであろうそれらの発見、そして確保もしくは廃棄を目指すことが決められた。

 また、本当に友好を築く道はないのかも合わせて模索することとなった。ただしこちらは難易度が高そうなので努力目標である。

 

「―――っと、だいたいこんなもんか」

「結構かかったわねぇ。この2年会議なんてほとんどやってなかったからなまったかしら」

 

 もろもろのことを話し合っている間にかなりの時間が経過し、一段落した時には既に夕方だった。

 夕飯前に軽くお茶にでもしようかと話していたところで、リビングにベル音が響きわたり全員が黙り込んだ。ベル音は無線に通信が入った時に鳴るのである。

 

 

「………こういう時の電話って大体厄介ごとな気がする」

「それも超特大の、な」

 

 思わず顔を見合わせた胡桃と言葉を交わし、凪原は弾かれたように駆けだした。勢いそのままに無線室に入りやや乱暴に通信新開始のボタンを押す。

 

 

「はいはいこちらワンワンワン放送局」

『良かった繋がった!会長だよね!?」

「そうだよ、あけましておめでとうな」

『あ、うん。こちらこそおめでとう―――じゃなくてっ』

 

 普通の要件であることを期待して凪原の挨拶に律儀に返す桐子だったが、すぐにそれどころじゃないと声を荒げる。

 

『緊急事態だよ緊急事態!』

「声聞いてりゃ分かるから落ち着いて話せ」

 

 それなりに付き合いのある相手だ、声の調子から相手の表情くらいは予想できる。凪原は即座に集中度合いを最大まで引き上げた。

 この様子では、予想通りに超特大に厄介ごとだろう。

 

 一言も聞き漏らすまいと待機する凪原に対し、無線機からは数秒の間を開けて別の声が聞こえてくる。

 

『………凪原君、』

「隊長か、何があった?」

 

 篠生の声はこれまで凪原が聞いたことがないほど細く、震えていた。

 

 

 

 

 

『………………れん君を、れん君を助けてっ

 

 




というわけで第6章最終話でした、1章で13話まで行くのは初めてですね。本章では筆者の都合のせいで投稿間隔が開きがちになってしまい申し訳ありませんでした。


内容としては会議回ですね。
学園生活部は今後武闘派とどうかかわっていくのか、そんなところを凪原達が話していました。ところが最後の最後でそれらがご破算になりそうな厄介ごとが発生するという……、現実でも往々にしてこんなことがありますよね。


それでは今回のコラム~

働きたくないでござる。
年明けって妙にやる気が無くなるよね。頭ではやらなきゃと思ってても体が動かないとかあるいはその逆とか。なお、前回は年末で今回は年始の話でしたがその間の様子は今年の正月に投稿した「時節ネタ:年明け」を参考にしてください。

凪原先生モード
1年2ヶ月ぶり2回目の登場。白衣と言えば理科教師のイメージが強いけど、数学教師でもまれにいるよね。ガンガン式を黒板に書いていくとチョークの粉で服が汚れるからそれを防ぐ意味もあるみたい。……、「それっぽいから」という理由もあるようだけどね。

聖イシドロス大学にある銃
高校にあったんだからより規模の大きな大学にも絶対あるよね。ただし本文中に書いたように、大学側は凪原達と異なり倉庫発見時にマニュアルの力を借りていない。なので2種類のパスワードとか知らないし、そもそも誰が用意したかとかも考えてない。
なのでしばらくは見つからないだろうけど、食料の備蓄量から銃器類もかなりの量があるだろうと凪原達は戦々恐々。


最後にちょこっと連絡です。
いつもなら章が終わった翌週に閑話を投稿してそこから1週空けて新章開始、なのですが閑話のネタが全くと言っていいほど出てません(泣)
また、次章についてももう少しプロットを練り込みたいと思っているので少しスケジュールが変わるかもしれませんのでご了承ください。

それではまた次回!


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閑話:調達行脚

ネタが出たので投稿します。

長いよ


「も~い~くつね~る~と~お~しょ~う~が~つ~、だってのに」

 

 調子外れなリズムで歌っていた早川はそこで一瞬口をつぐみ、思い切り上体を逸らせながらため息と共に続きを吐き出す。

 

「な~んで朝から買い物に行かなきゃなんないのよ~!」

「分かったらから横で騒ぐんじゃねぇーよ、気が散るだろ」

 

 両腕を上げたまま足もばたつかせ、助手席という限られたスペースの中で己の不満を最大限表現する彼女に答えるのはその隣でハンドルを握る照山だ。

 文句を言いながらも、障害物やゾンビを器用に避けつつそこそこの速度で車を走らせているのは慣れによるところが大きいのだろう。

 パンデミック発生から凪原達と合流するまでのおよそ半年間、照山と早川は特定の拠点を持つことなく移動し続けていた。

 そしてその移動手段は基本的に車である。いくら交代制とはいえ、来る日も来る日も荒廃した世界で運転し続けていれば自然とドライブスキルも上がるというものだ。

 

 しかし窘められても早川の不満は収まらない。姿勢こそ戻ったが、窓枠を台にして頬杖を突く彼女の片頬はプックリと膨らんでいる。

 

「だーってもう年末よ?、年末。備蓄も十分みたいだったから目一杯ダラけようと思ってたのに」

「それは正直俺も思ってたけどよ…」

 

 パンデミック後の世界での活動に慣れていると自負する2人だが、別に進んでその環境で過ごしたいわけではない。

 移動を続けていたのは凪原と合流すること、そして慣れ親しんだ地元での方が生存に向いていると判断したためだ。それが達成された以上、過度に外出しようとは思っていない。

 ワンワンワン放送局には大量の物資が集められており、贅沢しなければかなりの期間暮らせるはずである。

 更に言えば、今は早川の言った通り師走も折り返しを過ぎた年の瀬。寒さはどんどん増しており、早川も照山も周辺の哨戒以外は暖かな拠点に引きこもる気満々だった。

 

「でもしゃーねーだろ。俺ら2人に行って来いっていうめぐねえのお達しなんだから」

「そーなのよねぇ。まったくめぐねえも人使いが荒いんだから」

 

 そんな2人がどうして今日調達に出ているかと言えば、慈からの命令によるところに他ならない。

 慈は普段誰かに具体的な指示を出すことはほとんどない。教師として生徒の自主性を育てたいというのもあるだろうが、もともとの優しい性格から、誰かに何かを強制するという事が苦手なのだ。

 まして、早川達なら問題ないだろうとはいえ命の危険が0ではない調達遠征を命じるなど、普段の彼女であれば考えられないことだ。

 

 

 ではなぜ慈はそんなことを指示したのか―――

 

 

「しっかし生徒会室を勝手に改造してたことを2年越しで怒られるとはなー」

「ほんとよねー。もう卒業してるし、今は役立ってるだろうしで油断してたけどあまかったわ」

 

 

―――ただのお説教とその罰である。

 

 今からさかのぼること2年前、当時現役の生徒会役員だった照山達はその活動場所である生徒会室を派手に改装した。

 内容としては収納スペースの大幅な拡大である。タイルを剥がして床下収納を作ったり壁をぶち抜いて配管スペースの隙間を押し入れにしたりと、()()()()()()()()()()()()という事を除けば比較的穏当なものだ。

 

 問題なのは、それらの改装を生徒会担当教師である慈に無許可で黙って行ったことと、新設したスペースに収められた物品の数々である。

 

 保存食やキャンプ用品、救急キットに工具類。

 そこで済めばまだ災害時への用意で済むのだが、彼等がこの改装を行ったのはゾンビパンデミックに備えてのことだ。

 もちろん現在の状況を予期していたわけではないが、それなりに真剣に考えてゾンビに対抗するための品(当然法律の範囲内)も集められた。

 武器としてはナイフ、山刀(マチェット)、さすまた、警棒、クロスボウと各種ボルト類、防具としてはプロテクターにタクティカルグローブやライオットシールドなど、胡桃達が最初の見た時にはドン引きした程の品揃えである。

 

 それだけのものを自身の全くあずかり知らぬところで生徒達が購入・備蓄していたことを知った時の慈の怒りはなかなかのもので、犯人のうちでその場にいた凪原は直ちに正座を言い渡され、マンツーマンで数時間に及ぶお説教を受けることとなった。

 そして照山と早川もまた、お説教を回避できたわけではない。

 

「まさか二十歳超えてから、それも家族以外に正座させられるとは思わなかった」

「しかも後輩たちの前でだものね。でもさすがめぐねえ2年経ってもあの威圧感に変わりなしだったわ」

 

 「ちょうど時間がありますね、てる君もはやちゃんもそこに正座してください」満面の笑みでそう言われては、さしもの2人も大人しくひざを折るしかなかった。

 1時間ほどお説教を受けた後、さらに続けるかおつかいに行くかの2択を提示されて一も二もなくおつかいに飛びついた、というのが2人が今車中の人となっているいきさつである。

 

「でも実際のとこ備蓄自体は十分あるんだろ?今回は何を取ってくればいいんだ?」

「なんか正月の準備に必要な物って言ってたわよ。詳しくはメモに書いてくれてるみたいだけど」

 

 とりあえず市街の方に向かってるけど、と言う照山に早川は上着のポケットをガサゴソと漁りながら答える。

 取り出したメモ用紙を開き、ものの数秒で彼女の動きが止まった。

 

「………………えぇ。めぐねえメチャクチャキレてるじゃないこれ」

「ん、どした?」

「見た方が早いわ、はいこれ」

 

 頭を抱える早川に手渡されたメモ用紙を受け取る照山。後続車の心配がないので道の真ん中で車を停めて内容に目を通していく。

 

「えーっと乾物か干物、これは正月料理のだしに使うのか?それに酒類、めぐねえは相変わらずビールとしてワインは七瀬さんでウォッカはナギが飲むって言ってたな。高級ドッグフードは太郎丸用として―――ファッ!?」

 

 思わず奇声を発した照山の視線の先、買い物リストの一番下には以下のような文言が記されていた。

 

 

『・杵と臼(餅つき用、あまり大きく無くても大丈夫です)』

 

 

「………。」

 

 いったん目を閉じて眉間を揉みほぐす照山。もしかしたら疲れが目に来ているのかもしれない。

 そう思いながら再度目を開くが、残念ながら見間違いではなかったようだ。そもそも慈の字はとても読みやすく、見間違いなど起きようはずがなかった。

 

「いやいやいや無理じゃね!?」

「でもほら、一応大きく無くてもいいって言ってるし…」

「そういう問題じゃないだろ!」

 

 照山の反応も当然だ、何しろ杵と臼である。

 その辺の店を覗けば見つかる物ではないし、よしんば見つけたとしてもその形状と重量ゆえに運搬は困難だろう。

 小さいのならいいという話ではない。臼という時点で全て誤差だ。

 

 そんな品をゾンビの蔓延る街から見つけて持ち帰ってこいなど、無茶ぶりだとしてもかなり高難度である。

 買い物メモは慈に直接渡されたので彼女がその内容を知らないはずがない。要するに慈は照山達にやれと言っているのだ。

 もちろん2人なら可能だと判断した上でのことだろうし、仮に手に入れられなくとも本気で咎められることはないだろう。

 しかしそもそも、普通なら慈はこのような無茶ぶりはしない。それをするという時点で彼女が今回の件について相当ご立腹であることが察せられた。

 

「「勝手に生徒会室いじったこと、帰ったらもう一回ちゃんと謝るか(らないとね)」」

 

 きちんと事後報告するべきだった、そう反省して2人はそろってため息をついた。

 

 

 

====================

 

 

 

「てめぇハヤっ、このバカ野郎!」

「るっさいわね!うちは女よっ」

 

 数時間後、照山と早川は全力疾走していた。

 

「んなこたぁ今どうでもいいっ」

「それが分かってんなら走んなさい!」

 

 周囲を気にすることなく存分に声を張り上げる2人。本来拠点外でこんなことをするのはゾンビの注意を引いてしまうためご法度である。

 しかし既にゾンビの集団に追いかけられている現状では、叫ぼうが喚こうが問題ない。声に引き寄せいられた数体が加わったところで大した違いは無いからだ。

 

 久しぶりに現れた新鮮な餌2つを前に大興奮で追いかけるゾンビ達だが、彼等に足は依然として遅いままである。照山と早川の身体能力なら簡単に振り切れるはずなのにもかかわらず、ゾンビとの距離は先ほどから一向に開いていなかった。

 

 その理由は2人が運んでいる品物が原因である。

 

 まず前を走る早川の背には杵、上下に結び付けた紐をたすき掛けにして背負っていた。

 重量は約4㎏とそれほど重くないもののその形状からバランスがとりにくく、一歩を踏み出すごとに彼女の背中で跳ねまわっている。

 

 そして、早川の後について走る照山が担いでいるのは臼。腰に回した紐で胴体に括り付け(一応緊急投棄が可能なようにすぐ解ける結び方)、その上で肩口辺りで輪になるようにしたもう一つの紐を掴むことで無理矢理背負い込んでいる。

 小型とはいえ10kgを優に超える重量とその大きさゆえ、思い切り身体を前傾させることで何とかバランスを維持している状態だ。

 

「索敵が不十分だったのはいい、暗かったからな。けどなんで蹴った!?おかげで辺り一帯の奴等に気付かれたじゃねえか!」

「しょうがないでしょ足が出ちゃったんだから!」

 

 なぜこんなことになっているのかといえば、運が悪かったとしか言いようがない。

 杵と臼を探して入ったホームセンター、中は薄暗い程度で視界は最低限確保されたいたのでそのまま中に入りすぐに見つけられたまでは良かった。

 やや悪戦苦闘しながらも何とか背負い込み、さて脱出しようとなったところで棚の影からゾンビが1体こんにちはしてきたのである。

 

 反射的に蹴り飛ばした早川を責めるのは少し酷だ。銃を抜くには至近距離過ぎたし、リーチと載せられるパワー、相手の反撃の可能性を考えればパンチでなくキックを選択したのは決して間違いではない。

 問題だったのはパワーがやや強すぎたことと、ホームセンターが災害対策をしっかりしていなかったことだった。

 

 早川の蹴りを受けたゾンビが叩きつけられた陳列棚、高さ数メートルはありそうなそれが受けた衝撃でゆっくりと倒れてしまったのだ。

 近くの小さい棚も巻き込み、並べられていた商品をぶちまけながら倒れ込んだその音はそれはそれは大きいものであり、ホームセンター内だけでなく建物の外にまで響き渡った。

 非自然の音が聞こえれば当然ゾンビが群がってくる。

 そして音の発生源近くに新鮮な餌を見つけた彼等が歓喜の雄たけびを上げるのもまた、至極当然のことだった。

 

 以上のような経緯から現在に至るというわけである。

 杵も臼も投げ捨てていないところを見るに、まだ追い詰められたというわけではないのだろうがピンチであることに間違いはない。

 少なくともこのまま車まで逃げ帰ったところで荷物を積み込んで出発するだけの時間はないだろう。無事に切り抜けるためには何らかの手を打つ必要がある。

 照山も早川もそれは分かっているので足を動かしながら作戦会議を始める。

 

「おいっ、このままじゃまずいから一旦どっかで捲くぞ」

「いつものでいいでしょ、前確認するから一瞬足止めお願い!」

「了解っ」

 

 先行する早川を見送り、足を止めて肩越しに振り返ってH&K USPで後方の集団へ射撃を加える照山。

 元はどこぞの警察機動隊隊員の装備だったこの銃は、今やすっかり彼の手に馴染んでいる。今も吐き出された銃弾は狙い過たず集団の先頭にいるゾンビ数体の足へと命中した。

 

 頭を狙わないのは集団のうちの数体を排除したところで意味がないためであり、それよりも足を撃って転倒させた方が逃走に役立つからだ。

 いきなり足元の出現した障害物に反応できずに転倒する後続のゾンビ。今度はそれ足を引っかけたさらに後続が転倒し、といった具合で集団全体の動きが鈍くなった。

 

「いいわよ!」

「あいよっ」

 

 早川の声を合図に再び駆け出す照山。事前にクリアリングしていた彼女を信じ、一切速度を落とすことなく角を曲がる。

 曲がった先は幅はやや手狭な裏路地、車ではなく人や自転車の通行を想定していたのだろう。見える範囲にゾンビがいないのは良いがいかんせん見通しが良すぎるのが問題だ。

 

 基本的にゾンビから逃げるためには彼等の視界から外れればよい。しかし、ゾンビとて獲物を見失った地点まで来て辺りを見回す程度のことはする。

 今は角を曲がったことで一時的に視線が切れているが、あと10秒ほどで集団の先頭が角に到着するだろう。そうなれば再び追いかけられてしまう。

 

 当然そんなことが分からない2人ではないので対応策は考えてある。具体的には早川のベルトからぶら下がる、手の中に収まりそうなサイズのいくつかの物体がそれだ。

 プラスチック製の楕円形の本体にストラップが付いているそれは、一般に防犯ブザーと呼ばれるものである。

 

 ストラップの根元についたスイッチを引くことで本体部から大音量を発し周囲に危険を知らせることができる。

 自らに迫った危機を知らせるためのものなので本体側を固定して使うのが普通なのだが、早川はストラップをベルトに通し本体はそのままぶら下げていた。

 

 そのうちの一つを手に取り躊躇なくストラップから引き抜く早川。

 直ちに大音響でがなり立て始めたそれを、角から体を出さないようにしながら今まで自分達が走っていた道の先に放り投げる。

 そしてブザーが地面に落ちるを見届けもせずに身をひるがえして裏道を駈け出した。

 

 数秒後、

 曲がり角に到達したゾンビはそのまま通過しブザーの方へと歩を進めていく。あとに続く個体も同じで、皆裏路地を覗くことすらせずに通り過ぎていった。

 

 

 より刺激の強いものに誘引される。

 

 

 それはゾンビの特性の一つだ。

 ゾンビはより強い刺激に対して反応してそちらに意識を向ける。反応する刺激の種類としては音と光が有効なことが判明していた。嗅覚や触覚でも良いのかもしれないがこちらははっきりしていない。

 そしてこの特性で最も重要なのは、『意識を向ける対象が切り替わった場合、元の対象のことはゾンビの頭から消える』という事だ。

 

 今の場合で考えてみよう。

 まず早川達2人がゾンビの視界内で逃げていた時、ゾンビ達は常に目の前に『餌がある』という刺激を受けている。

 この時に防犯ブザーを投げたとしてもあまり意味はない。

 『餌』と『ブザー音』では刺激の程度はほぼ同等らしく、意識を逸らせるかどうかは、自分・ゾンビ・防犯ブザー、の位置関係にも寄るが五分五分なのだ。

 

 一方2人が角を曲がりゾンビの視界から外れている時、ゾンビ達は刺激を受けていない。少し前まで受けていた『餌がある』という刺激の惰性で動いているだけだ。

 このタイミングでより強い刺激『ブザー音』を与えることで、ゾンビ達は新しい刺激へと意識が切り替わり、『餌がある』ということを忘れてしまうのである。

 

 この特性は現在ゾンビについて分かっていることのうちでも特に重要なものの一つだ。

 防犯ブザー、または大きな音を出すものを持ってさえいれば、視線が切れたタイミングでほぼ確実にゾンビの意識を逸らすことができる。過信は禁物だが十分に心強い。

 

 ともあれ2人はゾンビの集団を巻くことに成功し、安全のため大回りをして車のところまで戻ると手早く荷物を積み込んで次の目的地へ向けて出発した。

 

 

 

====================

 

 

 

「袋小路だな」

「袋小路ね」

 

 次に2人が訪れたのは商店街。そして目的である乾物屋が位置しているのはアーケードの一番端、袋小路の最奥だった。

 しかも建物が道路から微妙に奥まって建てられているため、店内からでは道路の様子を窺うことができない。

 

「別のとこ探すか?」

「でも今から探すと結構遅くなりそうじゃない?」

 

 今は昼と夕方の中間くらい、まだ明るいがこれから新たに乾物屋を探すとなると放送局に帰る間に日が暮れてしまうだろう。

 

「んじゃ1人見張りで1人回収だなどっちにする?」

「回収」

「奇遇だな、俺も回収がいい」

 

 回収作業は調達遠征の中でも楽しい時間である。目的のもの以外でも、自分が欲しいと思えばバックに詰め込むことができるからだ。

 特に今回は乾物屋、酒の肴になるものが目白押しのはずであり、2人はそれぞれ自分のお気に入りの一品を見つけたいと考えていた。

 凪原といい慈といい、31期生徒会の構成員は皆酒豪である。なお、この年末年始では4人そろって呑む約束がなされており、どんな惨状が出来上がるのかひそかに悠里がハラハラしていたりする。

 

 

「「………。」」

 

 数秒の沈黙。

 

「「じゃんけんぽん!」」

 

 照山→グー

 早川→パー

 

「それじゃあ見張りお願いね」

「…りょーかい。まぁハヤが見張りじゃさっきみたいに見落とすかもしれないし、俺がしっかり見とくとしますか」

「そんなこと言ってるとアンタの分とっといたげないわよ」

 

 ぶつぶつ文句を言う照山を尻目に早川は上機嫌で乾物屋に入っていった。

 

 

 

====================

 

 

 

「さっきよりは余裕があるから今聞くわよ、なんでガスボンベ撃った!?

「脇道から何体か出てきて近くにガスボンベがあったから撃った、後悔はしていない!」

「アンタ頭の中ゲームになってんじゃないの!?」

 

 10数分後、2人は再び全力疾走していた。

 怒鳴り合いながら走っていることも、後ろからゾンビの集団が追ってきていることも先ほどと同じである。

 

 違いを上げるなら2人が背負っているのがリュックサックであるという事だろう。装備はベルト周りとベストに固めてあるため中に入っているのは収集物、すなわち乾物だけなので非常に軽い。

 よって2人の運動能力がほぼそのまま維持されており、先ほどよりも切羽詰まってはいない。

 

 だからこそ、早川にはプロパンガスボンベを撃ち抜いて爆発させるというアホなことをしでかした照山を問い詰める余裕があった。

 

「というかそもそもガスボンベは実際に撃っても爆発しないはずでしょっ!テル、あんた何やったのよ!?」

「知らねえよっ。どうせ脆くなってたんだろ、あと近くの配電盤も撃ち抜いたからそっからショートして引火したんじゃねえの?」

「ばっちり分かってるどころか確信犯じゃないっ、マジで何やってんのよアンタ!?」

 

 早川の指摘はごもっとも、これだけしっかり考えたうえで爆発させているのに『知らねえよ』はない。

 それに対する照山の返事はかなりひどいものだった。

 

「うるせえ!いきなり金網破って奴等が現われて、そこにこれ見よがしにボンベがあったら撃つだろ普通!?ロマンだよ分かれよっ

 

 何の理由にもなっていないどころか完全なる開き直りである。これでは仮に撃たれたとしても文句を言える筋合いはない。

 しかし、この訳が分からないノリが通用してしまうのが巡ヶ丘第31期(※31期生徒会ではない)の恐ろしいところである。

 

「うんそれは撃つわね。うちが悪かった、というかうちが撃ちたかったわ!」

「だろ!」

 

 瞬間的に掌を返して理解を示す早川、何なら撃てなかったことを悔しがっているまである。もしかしたらこれくらいぶっ飛んだ頭をしている方が今の世界では生き抜きやすいのかもしれない。

 

 そんな風にアホなことを言い合っている2人だが、話している間にも脚力をフル活用しているためゾンビの集団をどんどん引き離していた。

 そのまま角を曲がって視線を切り、またすぐに曲がることであっさりと追跡を撒くことに成功する。ちなみに、曲がった先にいた数体のゾンビは、示し合わせたかのように2人がホルスターから引き抜いたUSPにより秒で始末されている。

 

「さーって、ぼちぼち帰ろうぜ。メモに書いてあったものはこれで終わりだろ?」

「そーね、そろそろ帰るとしましょうか」

 

 かるく肩を回しながらの照山の言葉に早川も伸びをしつつ応じ、この度のおつかいはここまでとなった。

 それぞれの声には多少の倦怠感があるもののそれだけだ。

 

 つくづくタフな2人であったが、この後拠点に帰った際にボンベ爆破の件を自慢げに圭に話しているところを慈に見つかり、わざと危険を冒したことについてお説教を受けることになる。




はい、というわけで凪原達が聖イシドロス大学に行っている間の早川と照山のお話でした。

この2人5章の最後に登場したけどそこからあまり出せてないなーって思ったことと、最近ゾンビサバイバルっぽいことやってないなーって思ったのでそんな感じのことを書こうと思った次第です。


それじゃ自己満的解説タ~イム

・おつかいに駆り出される2人
罪状は『生徒会室の無許可改造及びその隠匿』。犯行から実に2年の月日が経ってるけど罪は罪なので慈からお説教を受けた。正義は果たされた。
ただし2人とも改造したことそのものについては一切反省していない、「「だって実際役立ったじゃん」」

・杵と臼
お正月のための準備。『閑話:年明け』でキャラたちが話していたお餅はこれでついたもの。生存のためだけなら全く必要のないこれらを持ってこいと言うあたりめぐねえがかなりご立腹なことが分かる。
石臼だったらとてもに人1人では運べないけど木製のもの、しかも2升程度の小型のものなら15㎏くらいだから気合入れれば運べないこともない。

・ゾンビ集団への対応1
集団に追われてしまった場合は1体2体を倒したとしても意味がないので足止めに注力すべき。先頭を転ばせられれば後ろの個体の足も止められるのでgood。逃走経路があらかじめ分かっているなら足首の少し上くらいの高さに紐を張っておくといいかも。ただし自分が引っかからないよう注意、転んでしまったら悲惨なことになるだろう。

・防犯ブザー
原作2巻にも登場したアイテム。紐を引だけで大音量で鳴るとか対ゾンビ戦を想定しているとしか思えない。ストラップ側を自分に固定し本体を握って引き抜くのがミソ、逆だったら死にます(真顔)。あと引き抜いたら直ちに投げること、持ったままだと同じく死にます(迫真)。
ゾンビの特性については自己解釈が混ざってますが概ね原作沿いのつもり。

・乾物はおつまみ
ダシを取るのにも使えるけどおつまみとしてのイメージも強い。31期生徒会は役員も担当教官も皆酒豪やで~。宴会の様子とかもいつか書きたいとは思っている。

・ガスボンベ爆破
ゲームや映画では1発撃つだけで大爆発してるけどあれはフィクション、実際にやろうと思ったらかなり準備というか条件が必要。通常拳銃で撃つだけじゃ穴も開かないし引火爆発もしない。どうしても撃つだけで爆発させたいなら大口径の曳光弾ならワンチャンあるかも。
そのあたりのことを考えたうえでしっかり爆発させる照山とかマジ巡ヶ丘31期(誉め言葉)。
あと、たとえ停電してたとしても配電盤の中には電気が残っているので迂闊に触ることのないように。

・ゾンビ集団への対応2
脚力に自信があるなら小細工せずに走って引き離せばオケ。ただしルートの選択は慎重に、逃げたつもりが更なる集団に出くわしたり袋小路に入り込んだらデッドエンド。
まあ照山と早川は凪原と同じくパルクール履修済みなのでどうとでもなる。


以上、久しぶりに色々ウンチクなどを書けたので個人的には大満足。
照山と早川の性格は当初の予定からだいぶ変わってしまった気がするけど深くは考えないことにします(おい)。

これにて6章は完全にお終い、原作的にはちょうど7巻が終わったくらいですね。次章は大学編の後半、今後も頑張っていくのでこれからもどうか応援の程よろしくお願いします。良ければお気に入り登録、感想、高評価などもぜひぜひ(乞食)。

あ、プロット作成があるので来週は本当におやすみになると思います。


それではまた次回!


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第7章:大学〈暗影〉編
7-1:3人目と4人目


2週間ぶりに投稿
今回からは第7章、大学編の後半スタートです。




 

 苦しい………………息ができない、寒い。

 

 

 布団をかぶっているはずなのにガタガタと身体が勝手に震えてしまう。

 息を吸っても肺へ空気が入ってこない。苦しさを解消しようと呼吸を繰り返すようになるが、かえって取り込まれる空気が減り軽い酸欠状態に陥る。

 

 視界が狭まり、残った範囲にも靄が掛かかっているために視覚はほとんど機能していなかった。

 皮膚の一部に懐死したかのように黒ずんだ斑点が見え始めるが、それが実際に生じているのか、それとも朦朧とした意識が見せる幻覚なのか判断できない。

 

 布団をきつく握り込み、その感覚にすがろうとするも、冷汗にまみれた手はいくら力を込めてもゆっくりと動くだけだ。

 

 この様な状態が既に数時間は続いている。

 初めの頃は耐えることができた苦痛も、時間が経っても収まるどころかよりひどくなるのでは抗おうとする意志そのものが失われてしまう。

 加えて、少し前から定期的に発作のような症状が襲ってくるようになった。これまでは何とか耐えていたが、次に同じものが来たら今度は難しいだろう。

 

(これはもうだめかも)

 

 そんな考えが頭に浮かんでいた時、部屋に誰かが入ってきたような気配がした。ノックの音は聞こえなかったが、呼吸音に紛れて聞こえなかっただけだろう。あるいは視覚に続いて聴覚も機能を止めかけているのかもしれなかった。

 

「…………?、……っ、………!……君っ!、………れんく…!」

 

 現に今も身体をゆすられながら何事かを言われているようだが、その言葉がほとんど耳に入ってこない。とても心配されているということが分かるだけだ。

 

 しかしそれだけで十分だとも感じる。

 

 世界は変わってしまった。

 物とサービスにあふれ、生活にゆとりがあった時代は既に過去のもの。

 拠点があるとはいえ、日々減っていく物資に脅え外に蔓延るゾンビに脅え、協力すべき仲間も一枚岩ではない。生きていくこと自体がギリギリ、それが今の世界である。

 

 そんな世界で、他人である自分をこれほど心配してくれる人がいる。それは非常に恵まれたことだし、感謝したいことだと思う。

 惜しむらくは、もはやその感謝を伝えるすべが自分に無いことだ。

 

 

(しの……ありがとう。それと、………………ごめん)

 

 

 せめてこの思いだけは伝わってほしい。そんなことをぼんやりと考えたところで彼、高上 聯弥(こうがみ れんや)の意識は闇に消えた。

 

 

 

====================

 

 

 

「おら、うなされてないでとっとと起きろ」

「アテッ」

 

 消えたはずの意識が再び覚醒した。

 

 頭への刺激で目を覚ます高上、まだ寝起きのため自分が意識を失った際のことは忘れている。

 よく動いていない頭で篠生が起こしに来たのかとぼんやり考え、人の気配がする方を向いて目を開ける。

 

「おはよう、しn……お前っ」

 

 しかしながら目線の先にいたのは篠生ではなく―――

 

「どの辺を見たら俺と隊長を見間違えるのか聞きたいところだが、まあおはようさん」

 

―――ニヤリと笑っている以前大学の校門で相対した男(凪原)の姿だった。

 

 反射的に飛び起きようとした高上だったが、その動きは何かに阻まれる。見れば右側の手首と足首に手錠がはめられ、それぞれ近くのベットのフレームへと繋がれていた。

 皮膚を圧迫するということはないがそれなりに頑丈そうであり、ちょっとやそっとでは壊れそうにない。

 

 何のつもりかと声を上げようとした高上だったが、口を開きかけたところでそこに体温計が突っ込まれる。

 

「質問なら後で受け付けるからとりあえずくわえとけ」

 

 凪原の口調は穏やかで、それほど強いものではない。しかしそこに有無を言わせない雰囲気を感じ、高上はその言葉に従うことにした。

 質問を受け付けると言っている以上こちらと話す気はあるのだろう。

 少なくとも、こちらが動けないのをいいことにいきなり襲い掛かられたりはしないはずである。

 

「よーしよし、んじゃそれくわえたままでいいからこの指の動きを目で追ってくれ」

 

 高上が大人しくなったのを確認し、凪原は彼の目の前で指を1本立ててゆっくりと左右に動かす。一定のリズムではなく緩急をつけて動かすが、高上は問題なく目で追いかけることができた。

 その後、身体の末端をつつき感覚の有無を確認したところで体温計から計測終了の電子音が鳴る。

 

「っと、どれどれ――35度9分か。ちなみに平熱は?」

「……36度前後、別にいつも通りだよ」

「なるほどな………薬としての効果は一応ちゃんとあるのか。つーことはこれからどう推移していくかだなじゃあこれからは朝夕起きた時と寝る前に体温を測って記録するようにしてくれ」

 

 返事を聞いて1人ブツブツと呟き、凪原は改めて高上に向き直るとそう要請した。

 その後も凪原はいくつかの質問を高上に投げ掛けていく。

 体調について普段と異なって感じるところはないか、自覚してる範囲で記憶の混濁などはないかなど、医者にかかった時の問診のようだった。他にもここがどこだか分かるかや、今が何時頃だと思うかなどのよく分からない質問もあった。

 記憶に関する質問で昨夜の自身の状況を思い出して問いただすも、凪原は『それは後で話す』の一点張りで取り合わない。

 

「いい加減にしてくれっ。いきなり意味の分からない質問ばっかりして何なんだよ!」

 

 さすがに焦れた高上が大きめの声を出したところでようやく凪原の反応が変わる。

 

「そー急くなって、次で最後だ」

 

 手にしていたクリップボードから顔を上げ、無線機を手に取って何事かを話した後、目線を高上の方を真っすぐに向ける。

 改まって何を聞かれるのかと若干身構えたものの、続けて言われたのは何とも単純なことだった。

 

「自己紹介をしよう。俺は凪原勇人。年齢は20で大学2年生、この大学じゃないけど所属は理工学部だ」

「……高上聯弥。同じく二十歳の大学2年、所属は経済学部」

 

 高上の返答を聞き、更に何事かをクリップボードに書きつけた凪原。

 一つ頷いてそれをテーブルに置くとポケットから鍵を取り出し、高上の手と足を解放した。

 

「いきなり拘束してて悪かったな、ただ理由あってのことだから許してくれ」

 

 一応きつくならないようには注意したんだが、という凪原の言葉を受けて肌を確認する高上。手首にも足首にもうっすらと赤くなっているで鬱血や内出血の痕は見られなかった。

 

「それはこの後の説明次第だぞ。そもそもお前、この前拠点に帰ったはずじゃないか。どうしてここに居るんだよ?」

 

 何となく気になるのか手首をこすりながら言う高上。

 武闘派に属していた彼は凪原達学園生活部のことはよく分かっていない。

 まさか無線を用いて穏健派とやり取りできるということなど知りようがないので、年末ごろに出ていったはずの凪原がなぜ今大学に居るのかも疑問なのだ。

 ゆえに、凪原の説明もそのあたりから始める必要があった。

 

「なんでいるかって言われたら、こっち(大学)の奴に呼ばれたからだな。前に来た時に無線を渡しておいたから、必要な時はいつでも連絡できるんだ」

 

 実際には無線中継器の感度などの影響で、天候次第では通信ができないタイミングもあるのだがそこは割愛する。

 

「無線のことは知らなかったけど理由には直接関係ないだろ。何で呼ばれたかを聞いてるんだよ」

「おいおい、昨日の夜に死にかけてたやつがそれを聞くかよ。お前の治療のために決まってんだろうが」

 

 呆れたように言う凪原だが、高上がその言葉の意味を理解するには数秒の時間が必要だった。

 見ず知らずの他人をわざわざ助けるために夜中にやってくる?ゾンビで溢れかえり、ただ通るだけでも命の危険がある地域を通り抜けて?

 

 

 ありえない。

 

 

 それが言葉を理解した時の高上の偽らざる気持ちだった。

 

「なん……で…」

「ん?」

「なんで僕を助けてくれたんだよっ」

 

 首をかしげる凪原に、高上は無意識のうちに叫んでいた。

 

「だって、僕とお前は全くの他人じゃないか!それにお前達が協力してるのは穏健派に対してだろっ。そっちに対してならまだしも、なんで武闘派の僕を助けてくれるんだよ!?それも自分が危険を冒してまで!僕なんか助けても良いことなんてないだろう!?」

 

 大声でそこまで言い切り、肩で息をする高上。

 言葉には自信を卑下する思いが含まれていた。

 彼の運動能力は人並み程度かそれ以下だ。ゾンビに対抗する武器も離れて攻撃できるクロスボウを使っていた。

 他の武闘派のメンバーは多くが近接武器を用いているし、恋人に至ってはリーチの短いアイスピックで複数体を相手どることができる。

 その中で、遠距離武器を使って戦うことしかできない己が悔しく、情けなかった。

 

 パンデミック当初は数十人いた仲間も今は大半がいなくなり、次に脱落するのは自分だろうとは薄々感じてた。

 だからこそ、昨夜は苦しさに喘ぐ中でもどこか諦めもしていたのだ。

 もちろん死にたくはなかったし、もっと恋人の隣で力になりたかった。

 それでも無理矢理納得して覚悟を決めたのにも関わらず、今朝まるで何事もなかったかのように目覚めてしまった。

 その予想外の事態は、高上から平静を保つということを一時的に取り去ってしまっていた。

 

「………あー、そういうことね」

 

 いきなり大声でまくしたてられて面食らっていた凪原だが、彼の内心に思い至ると一人頷き、口を開く。

 

「まぁ確かに俺とお前とは直接関係ないし、助けたからといって特にメリットがあるわけでもない」

 

 無表情で話す凪原だったが、そこまで言ったところで口元を緩めた。

 

「けどよ………隊長が頼ってきたんだ、『助けて』ってさ。そりゃ協力するし多少の危険も冒すってもんだ」

「隊長?」

 

 今度は高上が首をかしげる番だ。

 どうやら()()なる人物が高上を助けるように頼んだらしいが、そのように呼ばれる知り合いに心当たりはなかった。

 なおも首を傾けている高上に、凪原は彼の十八番ともいえる悪巧みが成功した時の笑みを浮かべた。

 

「隊長ってのは篠生のことだよ。まったくあいつが付き合うなんてなー、愛されてるみたいでなによりだ」

 

 

 

====================

 

 

 

「噛まれてないなのに転化の兆候が出てる!?んな事あんのかよっ」

 

 年も明けて早々、今後の方針の話し合いが終わったタイミングでつながった無線から聞こえる内容に、凪原は大いに混乱していた。

 

 

 噛まれるかゾンビの体液に触れることで感染し、ゾンビへと転化する。

 

 

 それは、この終わってしまった世界で唯一信頼できるルールだったはずだ。

 行動計画を立てる時は、いつもこのルールを基にして考え始めていた。それが破られそうとなればそれも当然だろう。

 しかし、無線の相手の混乱具合はその比ではなかった。

 

『分からないよそんなの!今日はれん君は見張りの当番じゃないし、外に出てもいなかったっ。昨日だって特に変わった様子はなかったのに』

 

 そう話す篠生の声は涙交じりで、震えていた。少なくとも凪原は高校時代に彼女のこんな声を聞いたことはない。

 より取り乱している人がいればその分自分は冷静になる。凪原は自身の暴れる思考に手綱を付け、建設的な方向に働かせ始めた。

 

「………篠生、転化しかけてるというのは確かなんだな?」

『う、うん。あいつ等みたいな斑紋も出始めてるみたいだし間違いないと思う』

「その状態になってからどのくらいかは分かるか?」

『分からない。30分くらい前に部屋に様子を見に行ったらもうこんな感じだったの、お昼一緒に食べた時は普通だったのに』

 

 篠生の返事を聞き解けに目を向ける凪原。彼女の話が本当なら、発症からの時間は長くても6時間だ。

 

(ギリギリ間に合う、か?)

 

 パンデミック当初に外を観察して得た知識や照山達から聞いた話の内容を合わせたところ、成人男性の場合噛まれてから完全に転化するまでには10~12時間程度かかると凪原は考えている。

 すぐにここを出発し、最速で大学へ向かえば転化前にワクチンを打てる計算だ。前回は通れる道を探し、無線の中継器を設置しながらだったため移動に数日を要したが、今なら無理をすれば数時間でたどり着けるはずである。

 

 ただし、今回は噛まれたわけではないらしいのでその法則が適用できるかは分からない。

 さらに言えば時間が経ってからのワクチン投与で間に合うのかも不明である。

 

 そもそも、本当に篠生の彼氏が噛まれていなかったのなら、転化の要因が完全に塗り替わってしまう。

 偶然ということはあり得ない。どこかで接触していたのかウイルスが突然変異したのか、あるいはそれ以外のなにかか、必ず原因があるはずだった。

 

 そして件の男子が何らかの未知の要因により発症していた場合、近くにいた篠生にも発症の危険がある。

 

「………よし、よーし篠生、まず落ち着いてくれ。そのれん君だけどな、何とかなるかもしれない」

『ほんとにっ?』

 

 篠生を落ち着かせようとゆっくり話す凪原だったが、篠生にはその余裕はない。

 恋人が生死の境をさまよっている中で示されたわずかな希望だ、すがろうとして当たり前だろう。凪原とて立場が逆なら落ち着けるはずがない。

 

 しかし、次に凪原が掛ける言葉には衝動的にではなく、覚悟して答えてもらう必要がある。ことは彼女自身にも関わるのだ。

 こちらの話を落ち着いて聞けるレベルまで落ち着いたのを確認してから話し始める。

 

「だけど今危ないのは彼氏だけじゃない。篠生、お前もだ。その上で聞くぞ」

 

 一息つき、これから自分が言うことになる言葉に備える。

 こんなことを本気で言う日が来るとは凪原も想像していなかった。

 

「お前と彼氏、2人揃って()()()()()()()はあるか?」

 

 

 

====================

 

 

 

「おいなんだよ人間やめるってっ、しかも僕だけじゃなくてしのもってどういうことだよ!?」

「おぉっと、急に動くなっての。病み上がりなんだぞお前は」

 

 事情を説明している最中、いきなり掴みかかってきた高上をなだめる凪原。

 運動能力が高くないと聞いていたものの、今の動きができるのならば潜在的なスペックはそれなりにありそうだった。

 こりゃ鍛えれば伸びそうだな、などと考えているとその沈黙をどうとったのか、高上の表情がさらに険しいものとなった。このまま放置したら激高して殴りかかってきそうな勢いだが、その心配はない。

 凪原の耳には廊下を駆けてくる足音が聞こえていた。

 

 音はどんどん大きくなり、気付いた高上が顔を上げるのと足音がドアの前に到達するのはほぼ同時だった。

 普通、ドアの前に来たものはドアを開くために立ち止まる。しかし音の主は全くスピードを落とすことなく、それこそドアを蹴破らんかの乱暴さで押し開いた。

 

 そしてそのままの勢いで音に驚く高上のもとへと飛び込む。

 

れん君っ

「うわぁあっ!?――って、しの!」

 

 飛びつかれてベットに押し倒されて面食らいながらも相手が篠生だと気付き名前を呼ぶ高上。

 しかし篠生は答えることなくただ高上に抱きついている。

 そしてそれを見た高上もまた、それ以上何も言わずに篠生を抱きしめ返した。

 

 

「感動の再会ってやつか、思ったより早かったな」

 

 その様子を見ながら呟く凪原だが、その言葉は2人に向けてものではない。

 すぐに部屋の外から答えが返ってくる。

 

「彼氏君が目覚めたって連絡来た時はほぼキャンパスの対角上に居たんだけど、そっからノンストップで全力疾走だったわ」

 

 いやー速かった、と言いながら照山が部屋に入ってきた。

 ワクチンを打った後、心配過ぎて何かしていないとどうにかなってしまうといった篠生は、ひたすら敷地内のゾンビの掃討を行うことにし、その付き添いとして凪原と一緒に大学に来ていた照山が付いていたのだ。

 

 そして、凪原の連絡で高上が無事目覚めたことを知らされるや否や、全速力でここまで戻ってきたというわけである。

 道中の奴等が瞬殺過ぎてかわいそうだった、とは必死に篠生の痕を追いかけてきた照山の弁だ。

 

「にっしても、これでナギと恵飛須沢さんに続いて3人目と4人目ってわけか。それも大学側で武闘派の人員、こりゃめんどくさいことになるぜ。どうするよ、()()?」

 

 わざわざ呼び方を生徒会時代のものにして問いかけてくる照山。

 真面目に考える時も不必要な力みは入れず、ふざけられるところはふざける。以前からの彼等のやり方だ。

 ゆえに、凪原の返事もふざけが混ざったものとなった。

 

「ま、どうにかなるだろうさ。お前もしっかり働いてもらうぞ、()()

「庶務だ!」

 

 




と、いうわけで7章第1話でした~。
そして初手からの原作ブレイク、高上君生存です。原作では学園生活部に矢を射かけ、篠生を気遣った後に発症、そのままフェードアウトした不憫キャラです。
本作では矢を射かけたのはドローンに対してだし、巡ヶ丘の同期(篠生)の恋人ということで救済措置が入りました。

大学に対する方針を考えていた学園生活部ですが、のっけから不測の事態が発生したために行動計画に色々と変更が必要なことになりそうです。が、まあこのメンバーならなんとかなるでしょう(楽観)。


それでは行間を読んでいきます(補足説明)

・高上発症
転化しかけてる人はどんな感じなんだろうなぁって言うのを想像して書いた。資料としては2巻のリーダー・7巻の高上・9巻の貴人(武闘派リーダ―)と、以前インフルでぶっ倒れた時の筆者の実体験。ほんとに辛い時って、いきなり意識が落ちたりするんだよね...。

・ところがどっこい生きています
迅速なワクチンの投与こそが唯一絶対の解決策。努力と根性でどうにかできるほどウイルスは甘くない(戒め)、専門家でもないならできることはこれくらい。天命を待つのはきちんと人事を尽くしきってから、この場合はワクチンを打ったら後は信じて待つってことかね。

・ワクチン接種後の体調
特に問題なさそうっぽい?体温は平熱程度になっているようですが、今後は凪原と胡桃のように低下していくと考えられる。今度はその経過を観察したい凪原達は考えています。

・篠生 全力ダッシュ
さすがは巡ヶ丘31期の良心たる憲兵隊を率いていただけのことはある。本気で駆けた場合、同期内で身体能力が上位にはいる(要するに人外に片足突っ込んでる)照山でも追い縋るのがやっと。

・第31期巡ヶ丘生徒会役員
会長:凪原、副会長:早川、庶務:照山

この辺で今回はお終い。ここからはプロット作成と執筆を同時進行でやることになりそうですが、まあなんとかなるでしょう(思考放棄)。

それではまた次回!


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7-2:2人から3人

7章2話~


「―――さて、そろそろいいか? 2人とも」

「「………う、うん(あ、ああ)」」///

 

 笑顔の凪原の問いに、篠生と高上は顔を真っ赤にしながら答えた。

 篠生は恋人が助かった嬉しさから、高上は再び篠生に会えたから感動から、つい強めに抱き合ってしまったのだ。

 幸い()()()()のところまではいかなかった。しかし2人が我に返った時、部屋には元からいた凪原以外にも人が増えていた。

 つまり、恋人同士のやり取りを知り合い達の前でやってしまったのだった。それも愉悦派として名高かった人物を含む面々に、だ。

 

「おぉ~、あの憲兵隊長がね~」

「ほんとほんと、良いもん見れたわ」

「2人ともすっごい親父くさい顔してるけど自覚ある?」

 

 上からニヤニヤ笑っている桐子、凪原、そしてその2人に呆れている晶の言葉である。その隣にいる比嘉子は声こそ上げないが冷めた視線を2人に向けている。

 

「いやねだってアキ、ボクたちからすればこれはすごいことなんだ。鬼と呼ばれてたシノっちがだよ?」

「そうそう。皆に好かれてたけど誰かとくっつくってイメージはなかったからな。ぜひ馴れ初めを聞きたいもんだ」

「そんな風には呼ばれてないからね、嘘言わないで桐子ちゃん。それから凪原君、馴れ初めとかは絶ぇっ対言わないから。恥ずかしいし」

 

 なおもふざける2人に顔を赤らめたまま釘をさす篠生。

 同期の問題児たちを何度も鎮圧していた彼女もこれでは形無しだ。

 

「ぶー、教えてくれないと今抱き合ってたことパパラッチに言うよ?」

「桐子ちゃん、それやったら私、本気出すよ?」

「ごめんなさい」

 

 綺麗な土下座をみせる桐子。愉悦派ではあるが身体能力はからっきしのため、篠生に本気を出されたらどうなるかなど想像に難くない。

 そしてそんな桐子を見て満足げに頷く篠生。赤面していてもやはり隊長は隊長だったようだ。自身の力の使い方、見せ方をよく理解している。

 とはいえ力業で鎮圧できない相手に対しては言葉だけでは十分な抑止力足り得ない。要するに、篠生の迫力ある笑みにも凪原は全く怯んでいなかった。

 

「んじゃ相手さんの高上の方に聞くからいいさ。あとで最初どんなだったか教えてくれよな」

「だめだよ! れん君も言っちゃだめだからね!?」

「え、あ、いや―――」

 

 状況を楽しんでいる凪原と焦った篠生、2人に同時に話を振られた高上は状況についていけず面食らってしまう。

 

「えっと、お前(凪原)はしのと同期だったって聞いたけどそっちの(桐子)もそうだったのか?それにその、すごく仲良さそうだけど」

「そーだよ。シノっちに会長、それにボクは皆高校の同期なんだ。しかもただの同期じゃないよ?全員マブダチって言っても過言じゃないね」

「過言だよ、って言い切れないのが辛いね。私の同期どこかおかしい人ばっかりだったし、そのせいで繋がりもすごかったんだ」

 

 高上の疑問に笑いながら桐子が答え、それに篠生が疲れたような表情で応じる。マブダチという桐子の表現を否定したいが否定しきれない、そんな内心が見えるようだ。

 

「まあ学年全体の結束がやばかったからな。その意味じゃマブダチっつーより共犯者って言った方が近い。ちなみに学年は違うけど、この胡桃も同じ高校だぜ―――って胡桃どした?顔赤くして」

 

 2人の言葉に補足を加えつつ傍らの胡桃を紹介する凪原だったが、反応が返ってこないのでその顔を覗き込む。

 照山と同じく凪原と共に放送局から大学に来た後、胡桃にはもしもの場合に備え穏健派の面々についてもらっていた。そして桐子達と一緒に部屋に入ってきていたのだが、そこから一言も発していなかったのだ。

 不審に思った凪原に問われ、胡桃は目線を泳がせながら小さく口を開いた。

 

「い、いや、さっきの篠生さんたち見て………」

「見て?」

 

 首をかしげる凪原にチラリと片目を向ける胡桃。

 

「………その、あたし等の時もあんな感じに見えてたのかなって思ったら、恥ずかしくなっちゃって」///

「俺等の時?………

 

 一瞬いつのことを言っているのか分からなかった凪原だがすぐに思い当たる。

 間違いなく胡桃が好調に噛まれてワクチンを投与したその翌朝、無事に目を覚ました彼女を思わず抱きしめた時のことだろう。

 当時は胡桃が無事だったら喜びから衝動的にやってしまったし、特に恥ずかしいとは思わなかった。

 しかし現在、同じような状況で抱き合う篠生と高上を客観的な立場から見ると、多少羞恥を感じるのも事実である。今、凪原の頬は胡桃ほどではないにせよ赤くなっていることだろう。

 

「およ?もしかして会長に胡桃ちゃんもなんか心当たりがある感じ?」

「いやないぞ?全然ない」

「ないない、全然ないって!」

 

 目を光らせながら矛先を向けてきた桐子に平静を装いながら返す凪原。

 詳細を知られた場合、凪原はともかく胡桃は恥ずかしさからしばらく再起不能になってしまうだろう。

 現に胡桃はブンブンと首を振って完全否定の構えだ。その様子からして何かあったのは明白だろうが詳細までは分からないだろう。

 凪原としても、一方的にからかわれるのは何となく気に食わないので話す気はさらさらない。

 

「いやその反応は絶対あるでしょ、教えてよ。ここだけの話にするから」

「お前のここだけは信用できん。それに、ないものはない」

「いやでも「それ以上ツッコむならお前が年齢制限Zのゲームを部費で買ってたことをめぐねえにバラす」はい黙ります」

 

 よって凪原は切り札を発動した。

 慈のお説教が天敵なのはなにも凪原達生徒会に限った話ではない。

 巡ヶ丘31期生はかなりの人数が大なり小なり騒動を起こしていて、その一部は慈直々のお説教を喰らっていた。中には数回怒られている剛の者もおり、桐子もそのうちの1人だ。

 というか、回数がぶっちぎっている凪原達(生徒会)を除けば彼女もなかなかの猛者(問題児)である。

 

 ゆえに桐子は慈の怖さを骨身にしみて理解していた。

 そんな慈に過去とはいえ盛大にルールを犯していたことをバラすと脅されたらどうなるか、今のように瞬間的に降伏するのである。

 

「あのさぁトーコ、さっきも思ったんだけど弱すぎじゃない?」

「撤回するの早すぎ…」

 

 鮮やかな掌返しに晶と比嘉子が苦言を呈す。

 一応は自分達(穏健派)の代表である桐子、そのあまりの情けなさに呆れてしまったのだろう。

 そんな2人に桐子は床に崩れ落ち両手を地につけながら悲し気に答えた。

 

「しょうがないんだ。力も権力もない者は大人しく強者に従うしかないんだよ……」

「哀れっぽく言ってるけどそれで懲りるお前じゃないだろ」

 

 凪原の言葉に悪びれもせず「ま~ねぇ」とケロリとした表情で応じる桐子。

 たとえ力や権力がなくとも彼女は31期のなかでも一端の愉悦派、イイ性格とメンタルの強さは常人の比ではないのだった。

 

 

 

====================

 

 

 

「そんじゃ改めて、現状について説明していくぞ」

 

 少しの間を開け、皆が車座に座ったところで凪原が口を開く。

 その隣には当然ながら胡桃であり、2人に向かい合うようにして篠生と高上が隣り合って座っている。手を握り合う、とまではいかずともお互いの手がわずかに触れ合っているのは内心の不安の表れなのだろう。

 しかし相手が不安に思っているからといって、変に誤魔化すのは帰って本人達のためにならない。

 そう判断した凪原は包み隠すことなくすべて話すことにした。

 

「まずはっきり言っておくと、高上、お前は別に治った訳じゃない。それに隊長も、感染確定だ。2人とも今後色々影響が出てくる」

「「「え?」」」

「ちなみに、俺と胡桃も感染者だ。感染してからはもう半年以上になる」

「「「は!!?」」」

 

 連続して投下された爆弾発言に素っ頓狂な声を上げる面々。驚いていないのは篠生だけだ。昨晩の無線での問いからうすうす察していたのだろう。

 

「え、ちょっ、いやそれ大丈夫なの!?」

「ん?ああ、ヒトヒト感染については心配ないぞ。確証はないけど、これまで一緒に暮らしてる中で1人も感染してないからな」

「いやそれはそれで重要というか安心だけど!そうじゃなくて会長達の方だよっ、なんでまだ生きてんの!?

 

 心境を考えれば桐子の言葉は理解できるが、いかんせん発言だけを抜き出せば悪役のそれである。

 

「ずいぶんな言い草だなこの野郎」

「あっごめん!でも、いや………」

「さっきから()()が多い、減点1」

「しょうがないでしょそれは!ボク混乱してるんだよ今っ」

 

 ムガーッとなっている桐子を適当にあしらう凪原。用意したお茶をカップに注いで一同に配るが、皆落ち着いてそれが飲める状態ではない。

 

「ごめんちょっとトーコうるさいから黙ってて「ひどい!?」いいから静かにしててって、考えがまとまらないから。―――えーっと凪原、アタシから聞いていい?」

「おう、Don'tくるな」

「………二重否定だからどんとこいってことでいいのよね?ああもう流石トーコの同期、やりづらいったらありゃしないわ」

 

 とても重大事を話しているとは思えない凪原の態度、それに晶は頭に手をやりながらため息をつく。

 

「あのさアキ、良かったらあたしが答える?コイツは隙あらばふざけるから全然話進まなそうだし」

「ふざけてるわけじゃないぞ?あくまで場を和ませるためn「ナギ、ステイ」へーい」

 

 見かねた胡桃が説明役を申し出た。

 コイツ呼ばわりされた凪原が口を挟むが、一睨みされたところで両手を上げる。彼とて本気で話を停滞させたいのではない。ふざけたのは、これからの話を聞いたシリアスになりすぎないようにという考えからのものだ。

 

 胡桃もそのあたりのことは分かっている。

 凪原がふざけそれを自分が諫めて本筋へと話を持っていく、特に打ち合わせをしたわけではないがそういう意図なのだろう。

 胡桃はこの頃、凪原の考えを察することができるようになってきていた。

 それが何となく嬉しくて、頬が緩みそうになるが努力して表情を真面目なものにする。

 

「うん、お願い。それじゃあ、そもそものとこからなんだけど、―――」

 

 そこからは晶の質問に答える形で説明していく。

 

 

 巡ヶ丘学園の探索中、不注意から噛まれて感染してしまったこと。

 ワクチンを打って翌日には体調が回復して、さらには身体能力が向上していたこと。

 そのまま数ヶ月が経過し、ある日突然自分達が感染していることが判明したこと。

 

 

 すべてを話すと何時間もかかってしまうためにかいつまんでだったが、それでも説明を終えるまでにはそれなりの時間を要した。

 

「そんなわけで、今あたしとナギは感染してるのは確定だけど発症とか転化はしてないっていうよく分からない状態なんだ」

「低体温症患者も真っ青の体温だろ?なんで動けてるのか自分でもよく分からん」

 

 皆の前で体温を計測してその結果を見せながら2人はそう締めくくった。

 なお胡桃が29度1分、凪原は28度9分である。細かい数値はその時々だが、基本的に29度前後で安定してる。

 もちろん、本来なら人間がまともに活動できる体温ではない。

 

「……ほんとに感染してるんだね」

 

 普通に健康そうなのに、と呟く比嘉子。口に出しているのは彼女なりに説明の内容を飲み込もうとしているからなのだろう。

 

「生物兵器に不完全のワクチンか、いよいよもって映画の世界になってきたな~」

「ちょっと、そんなふざけた話じゃないでしょ」

「いや、実際そんくらいでちょうどいいだろ。変に思い詰めたところでどうにかなるもんでもないしな」

「感染してたのを知らずにみんなと過ごしてたのは冷や汗ものだったけど、それも結局は問題なかったし」

 

 桐子の感想を晶が窘めるが本人の凪原と胡桃は暢気なものである。

 早川と照山が合流するまで、すなわち感染が発覚するまでの期間、他のメンバーと特に考えることなく接触してしまっていたのは凪原達をして一生の不覚と言わしめた失態だ。

 しかし結果だけを見れば、ごく普通に暮らす分にはヒトヒト感染はしないということを検証できた。

 思慮が足りなかったのは反省すべきだが、得られた事実は事実として有効に活用すべきである。

 普段の生活で隔離などの配慮をしなくて良いということで、肩ひじを張ることなく生活できていた。

 

 

「そんじゃ俺等の方はこれくらいにして、本題だ」

 

 言いながら高上と篠生の方を見る凪原。2人が真剣な表情でこちらに意識を向けているのを確認してから口を開く。

 

「まず高上の方だけど、昨日の様子からして確実に発症してたな。奴等特有の斑紋もかなり出てきてたし、ほんとに転化の一歩手前って感じだったからワクチンが効くかも分からなかった」

「ああ、意識が落ちる前の斑紋が出始めた時でもかなり辛かったよ」

 

 凪原の話に顔色を悪くさせる高上。斑紋の出始めであれほどだったのだ、さらに症状が進んだ時にどうなっていたのかなど想像だにしたくない。

 意識を失っていてよかったと内心で胸をなでおろす。

 

「まあ結果的にはしっかり効いて今は回復してるわけなんだが、俺等の例があるからな。感染はしたままのはずだし、これから同じような症状が出てくるはずだ。ただ辛いとかは無いからその辺は心配すんな」

「分かった。昨日は正直覚悟してたし、それくらいなら大丈夫。………それと」

 

 頷き、そこで高上は改めて凪原の方を真っすぐ見つめ、深く頭を下げた。

 

「ありがとう。前に来た時はこっちのことしか考えてない対応をしたのに助けてくれて」

「………さっきも言ったけど、助けたのは隊長に頼まれたからだ。だから礼ならそっちに言うんだな」

「あ、会長が照れてる」

「シャラップ瓶底虫眼鏡」

「いくら八つ当たりでもその呼び名はないんじゃないかな!?」

「そんで次は隊長の方だな」

「聞いてよっ」

 

 桐子の声は右から左に聞き流して言葉を続ける凪原。

 聞きたくないことは(それにより問題が発生しない限り)自動的にシャットアウトする耳は、31期生愉悦派の標準装備だ。

 

「実は隊長は感染してるかどうかが分からなかった。だから打つかどうかは結構悩んだんだが、発症を防ぐために打つことにした。ただまぁ不完全なワクチンでウイルスを体に入れたわけだからな、かなりの確率で感染はしてると思う」

「ちょっと待った、発症したのは僕だけだったじゃないか。なんでしのにもワクチンを打ったんだよ?」

 

 得体の知れないワクチン(と呼んでいいのか微妙なラインのもの)を症状が出ていなかった篠生にも打ったことに高上が抗議の声を上げる。自分を助けてくれたのには感謝するが、それとこれとは話が別だ。

 しかし、それに凪原はやや呆れたような表情で答えた。

 

「あのな、お前と隊長は恋人同士だろ?んでもってこのウイルスの感染経路は原則体液接触、これ以上は言わせんなよ」

「「……ッ」」///

(あれ?そういえば胡桃ちゃんは噛まれたって言ってたけど会長はそうじゃなかったよね。でもワクチンは同時に打ってるみたいだし―――あ、なんか面白そうな話の気配がする)

 

 凪原の言葉の意味を察した高上と篠生がとっさに顔を伏せたその横で、桐子の頭の中に豆電球が灯った。

 さっきの今なので下手なことは口にこそ出さないが、今度誰かに聞いてみよう、と心の片隅にメモしておく。

 

「特にお前は噛まれたわけじゃないから発症のトリガーが不明だろ?どのタイミングで感染してたかが分からない以上、隊長にもワクチンは打った方がいい」

「そりゃそうかもしれないけど、感染してるって分かった時点で打つのでも良かったんじゃないのk「いいのれん君、ワクチンを打つって決めたのは私の意思だよ」しの?」

 

 納得しかねていた高上だったがそれを遮ったのは篠生自身だった。

 戸惑う高上に向き直り口を開く。

 

「ワクチンを打っちゃえば私も同じになるから。だって、感染してるのが自分だけだったられん君私とは距離置いちゃうでしょ」

「うっ、それは………」

 

 言葉に詰まる高上に、篠生は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「れん君優しいからね。でも私、昨日れん君が死んじゃうかもって時、すごく怖かった。これまで一緒に居られて楽しかったけど、それだけじゃ全然足りない。もっとずっと、いつもでも、たとえ死ぬ時でも隣に居たいって思った」

「だから、絶対れん君と一緒に生きていくって決めたんだ」

 

 そこで篠生は一度言葉を区切り視線を下に向けると―――

 

「この子のためにも、ね」

 

―――自身のお腹を愛おしそうに撫でた。

 

 コノコ、このこか………この子、この子ねぇ。

 

「「「………。」」」

 

 数瞬の沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「この子ォッ!!??」」」

 

 

 

 

 

 




おめでた回

今回の話は元々のプロットには無くて、書き進めているうちに文字数が規定量に達したので出来上がった1話になります。
原作では大学編の一番最後に篠生の覚悟と共に示される設定でしたが、まあ凪原達を投入したことによるバタフライエフェクトみたいなものでしょう。

………、最近キャラ達が勝手に動き始めることが多くなってきた気がします。いいことなのかもしれないけど、こちらに構うことなくプロットを破壊してくるのでちょっと大変。


それじゃあ解説タイム、

といきたいんですが正直な話、

徒然なるままに日暮らし、
 硯に向かいて、
  心に移り行くよしなしごとを何心なく書き綴

った結果出来上がったものなので特にありません。


それではまた次回!


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7-3:外交その2

本編第80話ですよ!
(先週UAが久しぶりに1000超えて嬉しみが深い)


「あ~~~、まあ……なんだ。そりゃいいことなんだけど一つだけ、……本気なんだな?」

 

 篠生による突然の報告からしばしの時間が経り、凪原が半ば確信めいて口にした問いに篠生は小さく、しかしはっきりと頷いた。

 

「うん、そうだよ」

「だよな、―――よし。 改めておめでとう2人とも、全力で支援するから俺にできることがあったら何でも言ってくれ」

 

 それを確認して凪原が改めて篠生と高上を祝福すると、周囲の面々も口々に祝いの言葉を送った。

 今でこそ何とか現実にピントを合わせている彼等だが、報告直後の混乱具合はなかなかのものだった。

 

 まずフリーズし、放たれた言葉の意味を理解したところで絶叫。

 我に返ったところで慌てて確認し、本当だと念押しされて放心。そしてそのまま無我の境地へと旅立っていった。

 

 特にその傾向が強かったのが凪原と桐子の同期組である。

 どちらも高校当時の篠生をよく知っていた。だからこそ、卒業わずか2年ほどで彼女が恋人を作り、さらには子供まで授かったということによる衝撃は計り知れないものがあった。

 普段、大抵の事では動じずにマイペースを貫く凪原が胡桃に肩を叩かれるまで呆然自失となっていたことからもその大きさがうかがえるだろう。

 

 凪原等と同期であるがゆえに篠生は今20歳。大学生という事を抜きにしても、一般的に考えて子を設けるには早いだろう。

 ましてや現在は状況が最悪だ。1歩外に出れば大量のゾンビがうろつき、物資も情報も、何もかもが不足している。たとえ一つも娯楽を望まなかったとしても、ただ生きるため、そのためだけに命を懸けなければならない。

 

 そんな世界で妊娠することはかなりハードルが高い。

 まず体調が不安定になることや必要な栄養が増えるなど、細かく上げていけばキリがないが大きくまとめれば無理ができなくなるのだ。

 これらのことは生存の難易度を跳ね上げるだろう。

 

 しかし凪原は篠生の性格についてはよく理解しているつもりだ。彼女がそれらを考慮することなく、ただ流されるままに子を宿すなどあるはずがない。

 しっかりと自分の考えを持ったうえで決めたのだろうと水を向ければ、予想通り篠生は覚悟を決めた目をしていた。

 

 そうであるなら凪原達にできることは彼女と、その伴侶たる高上の支援だろう。

 普通なら同期だっただけの相手にそこまでする義理はないのかもしれないがそこは31期生の絆、同期同士のつながりの強さは普通の範疇の外側にある。

 

「ねぇ篠生先輩、予定日はいつなの?」

「うーんはっきりとは分からないけど、その……周期を考えると秋の始めくらいかな」

「おぉ!じゃあそれまでにいい名前を考えておかないとね!」

「男の子と女の子どっちだろうねー」

「…どっちでも楽しみ」

 

 篠生を中心にして盛り上がる女性陣。既に話題は生まれてくる子供のことになっているようだ。

 ちなみに胡桃は篠生から呼び捨てでよいと言われているのだが、高校時代に凪原を抑えていたことに対する敬意から先輩を付けている。

 凪原に振り回された者の先輩として尊敬せずにはいられないらしい。

 

 そんな彼女達に置いて行かれてしまったのが凪原と高上の男性陣2人である。

 女性だけの輪の中に入るのが気が引けて、何となく顔を見合わせていると部屋の扉から照山が顔を出した。

 高上が目覚めるまでは篠生に付き添っていた彼だが、今は穏健派のメンバーは全員凪原の目の届く範囲にいるため代わりに武闘派の動きを警戒してもらっていたのだ。

 

「おーう会長、厄介ごとだぜ。予想通り武闘派の連中が因縁つけに来たぞ」

「あいよ、面子と言い分は?」

「プリン頭で革ジャンの男とジャージをマントみたいにしてる女の2人。こっちのメンバー2人を解放しろだとさ」

「あーあの連中ね。にしても解放ときたか、全く言葉が大仰というかなんというか」

 

 どかっとソファーに座りながら答えた照山の言葉に、凪原は呆れながら首を振った。

 そして一つ息をついたところで傍らの高上に顔を向ける。

 

「どうするよ高上?相手さんはお前等を連れ戻しに来たみたいだけど」

「あっと、……それなんだけど」

 

 どこかためらっている様子の高上に、凪原は安心させるように笑いかけた。

 

「俺等としては2人にはこっち側、穏健派というよりは学園生活部だな、に来てもらうつもりなんだがそれでいいか?まあ武闘派に戻るって言っても止めるけどな、隊長が心配だしめぐねえもいるから絶対こっちのがフォローできるし」

「そ、それは僕としてもお願いしたいところだけど、…できるの、年上だけど?」

 

 高上はまだ凪原の事をよく理解してできていないのだろう。

 そんなことができるのかと戸惑っているが、それに答えたのは凪原ではなく照山だった。

 

「へーき平気、会長に任せとけば大丈夫だって。年上だろうが年下だろうが、どうとでも言いくるめて収めるだろうさ」

「本当に?」

「ま、相手さんがキレて終わることになるかもしれんけどな」

「ちょっ!?」

 

 ニヤリと笑う照山の言葉に慌てる高上。

 いくら武闘派よりも衛生や物資などの状況がよさそうな学園生活部へ移りたいと考えているとはいえ、喧嘩別れの決裂のようなことはしたくないのだろう。

 

「人聞き悪いこと言うな。ちゃんと紳士的に対応するっての、相手に合わせて」

「相手が喧嘩腰ならやり返すってことじゃねえかそれ」

「対等な交渉ってやつだよ」

「…大丈夫かな?」

「まあそう心配すんな。前話した感じじゃ友好的ではないけど理屈は通じる感じだったし、どうにかなんだろ」

「ほんとに頼むよ」

 

 てきとうに嘯けば高上の表情がさらに不安そうなものになったが、凪原は軽く手を振って扉へと向かう。

 

「あーそだ、さっきなんか叫び声がしたけどなんだったんだ?なんかコノコォとか聞こえたけど」

「そっちの篠生に直接聞いてみな。お前も驚いて腰抜かすに酒1本だ」

「言ったな、予め言われてて驚くかよ。酒の準備をしとくんだな」

「そっちこそな」(うっし、あいつがこの前こっそり確保してたやつ巻き上げてやる)

 

 つまみは何にしようかな、などと考えつつ廊下を歩く長原。

 案の定、すぐに背後から照山の叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

====================

 

 

 

「やあ、お二方。あけましておめでとう――って雰囲気じゃないか」

「当然だな、ふざけてないで真面目に話せ」

 

 教室に入るや否や朗らかに挨拶した凪原に不機嫌そうに応じる貴人。片腕は椅子の背もたれに回し、もう一方の手の人差し指で机を叩いていることからイラついていることが窺える。

 なおこの教室は穏健派側の領域に位置しているため、暗黙の了解により武闘派のメンバーは基本的に入ってこない。そのせいなのか他にも事情があるのかは分からないが部屋にいたのは照山の言葉通り2人だけだった。

 数に頼んでくる可能性も考えていたので凪原としては少し拍子抜けだ。

 

「別にふざけたつもりはないんだがな、時節の挨拶は礼儀として大事なもんだろ」

「あら、それなのに遅れてきたことに対する詫びの一つもないのかしら?」

 

 凪原の受け答えに朱夏が切り返してきた。

 どうやらこちらを煽っているようだが、この程度で動じる凪原ではない。

 

「別にこっち来てくれと頼んだわけじゃないからな。それを言うならそっちも事前の連絡とかはできなかったのか一応成人してるんだろうその程度のこともできないのかよ」

「っ、相変わらず神経を逆なでする話し方ね」

(前も思ったけどこいつ煽り耐性低すぎじゃね?)

 

 ただし反撃のスイッチは入る。

 目には目を歯には歯を、紳士的相手には紳士的に、煽られたなら煽り返す。それが、今の凪原の基本方針だった。

 とはいえ放ったのは軽いジャブ程度のものだったにも関わらず、目元をひくつかせる朱夏に凪原の方が心配になった。

 このままでは埒が明かないと判断し、凪原は1つ咳払いをしてから視線を貴人の方に向けて口を開く。

 

「と、このままじゃ話が進まないから建設的にいこう。改めて要件を言ってくれ」

「ああそうだな。端的に言えば昨日の夕方ごろからそちらに俺達のメンバーが2人居るだろう、それを解放してほしい」

 

 凪原に応じるように貴人も態度を真面目なものに改める。

 不機嫌そうな様子は変わっていないが、話をしようという意思は感じられる。少なくとも、以前のように一方的に通告するような雰囲気ではない。

 しかし彼が話す内容が「はいそうですか」と頷けるものではないのも事実だ。

 

(前みたいに高圧的だったらこっちも力業でよかったんだけどな)

 

 さてどう説得したものか、と考えながら口を開く。

 

「解放、か、どうも誤解があるようだから言っておくぞ。たしかに2人は来てるけど、それは別に無理やり連れてきたとかじゃない。どっちも――ではないけど少なくとも右原は自分の意思で来たみたいだぞ」

 

 途中で一瞬言葉に詰まる凪原。意識不明の状態で、恋人(篠生)に担がれて来たことを本人の自由意思と言うのは少々無理があるかもしれない。

 とはいえそうでもしないと高上は転化してしまっていただろうし、今朝本人にも感謝されているのだから問題ないだろう。

 

「おい、途中の間は何だ?お前らが無理やり連れ言ったんじゃないのか」

「違う違う、高上の方は右原が担いできたんだよ。なんでも体調が急激に悪くなったみたいでな、どうにかならないかって連絡が穏健派経由で俺達に回ってきたんだ。そもそも、俺達がまたここ(大学)に来たのは昨日の深夜だ。それより前の夕方の時点で、穏健派の連中だけで武闘派2人を無理やり引っ張ってくなんてできるわけないだろう?」

 

 時系列に沿って話す凪原に少し考え込む貴人だったがそこで朱夏が割り込んでくる。

 

「信用できないわね、あなた達が来たのが深夜だという証拠がないわ」

「こちらに来たタイミングで正門にいた見張りに声をかけてある。おっと嘘だとか聞いてないとか言うなよ、念のため動画も撮ってるからな。というか俺はそっちのリーダーに話しているんだ、あんたは黙っててくれ」

 

 取り合おうとしないその態度に朱夏のこめかみが引きつるが、完全にスルーする凪原。

 交渉におけるテクニックとして、相手の中の1人をターゲットに絞って行うというものがある。 

 全員を相手にしようとするとどうしてもそれぞれに意識を割くため、結局全員に対して中途半端な対応になってしまう。それを防ぐために1人に絞って交渉をするのだが、この1人は相手の中で最も権力を持った人物が望ましい。

 トップさえ説得できれば、残りの相手はトップの方から説得ないし命令してもらえばよい。

 下っ端から順に説得していくという手もあるがこちらの方が手っ取り早い。

 

 この手段が使えないのは相手グループ内に明確な上下が存在しない場合だ。この場合はたとえ建前上のリーダーを説得したところで意味がない。それぞれのメンバーがリーダーに反抗する危険があるからだ。

 しかし以前桐子に聞いたところ、武闘派は一応この頭護貴人をリーダーとしてまとまっているらしい。不確定要素もあるようだが、凪原は問題ないと判断していた。

 

「……いくつか質問させろ」

「どうぞ」

 

 1分ほど間を開け、顔を上げた貴人に応じる凪原。

 

「高上が体調を崩したのが本当だとして、右原はどうしてお前等の方に行った?こちらにも物資はそれなりにあるし、安静にするのなら動かさない方がよかっただろう」

「体調の変化が急激すぎたから安静じゃダメだと思ったんだろ。俺んとこには医療系の資格を持った人員がいるし、病院にも遠征班を出してるから医療物資についても余裕がある。だからこちらの方が確実と判断したんだろうな」

 

 高上の症状の詳細については伏せる。

 武闘派少し怪我しただけでも安全のために仲間を追放すると聞いている。感染の兆候がでて転化まで秒読み状態だったなどと言えばどうなるか分からない。

 それにワクチンの存在を知られたくない、という理由もある。

 

 ただしそれ以外は基本的に事実だ。

 慈のもつ養護教諭資格は医療系の知識も必要とされるし、凪原自身も防災士の資格を持っている。国家指定ではない民間の資格ではあるが、災害時における防災や応急処置のためになる。

 

 そして病院への遠征は、最近の凪原と胡桃の日課と言っても過言ではない。

 ほぼ例外なくゾンビの巣窟となっているためほとんどの物資がそのまま残されており、ゾンビに襲われない2りにとっては行けば行くほど有用な物資が手に入るボーナスステージと化していた。

 医薬品だけでなく備蓄物資も保管されているため、そろそろ放送局の地下倉庫が満杯になりそうな勢いである。

 

「2つ目、右原はどうしてそれを知っていたんだ。お前等との間に特に接点はなかったはずだが」

「ああそれな。俺と右原と、あと出口は高校の同期なんだ、その縁でちょっと繋がりがある。出口の方には俺等の状況は伝えていたし、そこから聞いたんじゃないか」

「同期程度でそこまで強いつながりがあるとも思えなんだが」

「そこはちょっと珍しいタイプだとでも思ってくれ」

 

 高上にも聞かれた質問だ。同じように答える凪原だったが、貴人はあまり納得していないようだ。

 巡ヶ丘31期生のつながりは余人にはあまり理解できないだろう。

 彼等にとって、高校の同期、この言葉が持つ意味が他人とは桁違いに重いのだから。

 

「…まぁいい、後2つだ。ただこれは最初に聞くべきだったかもな」

 

 無理やり納得したのであろう、貴人はやや疲れた表情になっているが眼光は鋭いままだ。

 

「結局、今高上の体調はどうなっているんだ。それから右原と合わせて今後はどうするつもりだ?」

「っ、」

 

 正直、凪原はこの言葉に驚いた。

 これまで貴人のことは、独りよがりとまではいかずとも独善的なリーダーという印象を持っていたのだ。そこからメンバーを気遣う言葉(しかも最初に聞くべきだったという前置き付きで)が出てきたのである。驚くなという方が難しい。

 

「どうした?」

「あぁ、失礼。高上の方はとりあえず今は大丈夫だが経過観察が要る。ただ右原の方は、問題ってわけじゃないというかいいことなんだけど、下手すりゃ高上より安静が必要だな。2人とも穏健派じゃなくて俺達の方で引き取るつもりだ」

「そうか……………まぁ、しょうがないな」

「ちょっと!」

 

 少し黙り込んだ後に小さく答えた貴人に朱夏が割り込んできた。

 

「何を勝手に決めているのかしら、そんなこと許されるわけないじゃない」

「基本的に物資が不足している今の状況で、安静が必要な人員をおいておける余裕はない。引き受けてくれるあいてがいるのなら任せた方がいいだろう」

「それにしたって、これは明らかに人員の引き抜きよ。そんな勝手な事なんて許されるわけがないわ」

 

 現在の武闘派の懐事情が窺える貴人の言葉に食って掛かる朱夏。

 そのまま聞いていると、貴人が理論的に考えているのに対し朱夏の方は感情的に、さらに言えば手下が減るのを嫌がっているだけのように思えた。

 

 それがまるで子供が駄々をこねているように感じられ、凪原の中にいらだちが募ってくる。

 

「なあおい、さっきから聞いてりゃあんたがわがままを言ってるだけのように聞こえるぞ。一応言っとくが右原も高上もこっちに移ることを希望してるからな」

「本人達がどう思っていようとそんなことは関係ないわ。今は非常時なんだもの、個人の意思ではなく全体事を考えてた決定を下すべきよ」

「へぇ…」

 

 その言葉に凪原の言葉が一段低くなる。

 貴人は気付き顔色を悪くさせるが、朱夏は気付くことなく持論を展開していく。

 

「だいたいそれぞれが自分の考えで動くのはおかしいと思わない?特に高上の方は少し体調を崩したくらいで情けない。ただでさえ体格が小さくて腕っぷしが弱いのに、今が大変だという自覚があるなら体調不良くらい無理をして動くべきよ。それを過度に心配した右原も問題ね。皆が協力すべき時に勝手に動いたら私達に迷惑が掛かると理解していないのかしら」

 

 まるでそれが自明の理であるかのように語る朱夏。

 そんな彼女に対して凪原は意識して声の調子が崩れないようにしながら口を開いた。

 

「皆が協力すべき、ね。ならあんたは何をやっているんだ?」

「……え?」

 

 質問の意味が分からず固まる朱夏に凪原は言葉を続ける。

 

「右原はキャンパス内の奴等の駆除をしていたし、高上も最初に会った時は正門の見張りだった。武闘派の他のメンバーも見回りしてるのを見たことがある。ならお前は何をしてるんだ?交代で外を見張ることもなく、一体何をやってるんだ?」

「そ、それは…」

「皆をまとめてるとか、女だからとか言うなよ?そっちのリーダーが駆除しているのも見たことあるし、右原も女だぞ」

「………ッ、」

「黙るなよ。さっき自分で言ってただろ、皆が協力すべきだ、って。皆が交代で奴等に対応している間、一度も外に出ることなく、どんな素晴らしい仕事をしてたんだ?教えてくれよ、武闘派の幹部さん?」

 

 怒気を吹き出しながら身を乗り出す凪原に、朱夏は歯を食いしばって睨み返しながらも返答をすることはついにできなかった。




はい、6章第8話に続いて2回目の武闘派との交渉回でした。

交渉相手は前回と同じく貴人と朱夏でしたが、凪原に対する態度に差が生じています。それぞれ貴人はやや話が通じるようになっているのに対し、朱夏は敵対的・挑発的な態度から変わっていません。

これが今後にどう影響してくるのでしょうか(分からないな~)

ただ凪原は最後朱夏にキレてましたね。単に篠生が馬鹿にされたからというわけではなく、言葉と自身の行動に矛盾がある人が嫌いなだけです。
交渉の場において感情を出すのは悪手足り得るので隠すこともできますが、今回はその必要がないと思ったみたいですね、全力で威圧していました。

ちなみに凪原が篠生や桐子を名字で呼んでいるのは対外的な場であるためです。


さて、後書き的にはこんな感じですね。
最近またちょっと忙しくなってきたのでもしかしたらどこかで御休みを取るかもしれません。


それではまた次回!


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7-4:司書との対話

新(原作)キャラ登場、の巻き


「―――っと、暗くて全然分からないな。どこだよここ?」

 

 この日、凪原は視線を巡らせながら本棚の間を歩いていた。

 聖イシドロス大学のキャンパス中央に位置する大学図書館は、校舎丸々1棟を使う大規模なものだ。地上3階から地下2階に及ぶ知識の倉庫はしかし、電気が落とされた現在は完全なる迷宮と化していた。

 

 左手に持ったランタンを掲げるも、その光が及ぶ範囲は狭い。高くそびえる本棚とそこに並ぶ書物が光を吸収し、しっかりと視界が通るのはせいぜい数メートル程度である。

 収められた本のタイトルを確認するにもすぐ傍まで歩み寄ってやる必要があった。

 

「こんな暗いなら暗視スコープ持ってくるべきだった。っていうか案内板はどこだよ、普通入ってすぐのとこにあるもんだろ」

 

 ぶつくさと文句を言いながらも、とりあえず自分が何のコーナーにいるのを確認しようと凪原が手近な本棚に向き直ったところで、彼の肩に背後から手が載せられた。

 

「やぁ、何してるの?」

「ッ!?」

 

 全く気配がなかったことに驚愕しながらも凪原の動きは迅速だった。

 

 まず右肩に置かれた手から離れるように、ほとんど飛び込むようにして逆側へ倒れ込む。

 持っていたランタンを放棄して空になった左手と上腕を支えにして体を回転させ、半回転して体が正体不明(アンノウン)に向き直ったところで一気に伸ばして飛びずさる。

 

 仮に相手が敵対存在であった場合、背後(それも超至近距離)を取られた状態というのはあまりにも分が悪い。不格好だろうと何だろうと、とにかく距離を取ることが重要なのだ。

 

 ただしこれは逃走という事ではない。この距離まで近づかれている時点で戦闘は不可避、下手に逃げれば致命の一撃をもらうことになる。

 あくまで自身が応戦可能な距離を取り、場を仕切り直すための動きだった。

 

 そうであるがゆえに、着地し動きを止めた凪原の右手には腰の後ろから引き抜かれたナイフが順手で握られていた。

 そして、先ほど体を後方へと押し出した左腕はそのまま前に出されている。肘をわずかに曲げた状態で力を抜き、相手の動きに柔軟に対応できるよう備えていた。

 

 これは状況によっては左腕を犠牲にし得る構えである。

 ゆえにあまり推奨されるものではないのだが、この距離まで自分に悟らせずに近づいて来ている時点で相手は格上の可能性が高い。

 ある程度のダメージは覚悟する必要があった。

 

 刹那の間にそこまで考え(というよりは脊髄反射で判断して)、臨戦態勢に入った凪原の視線の先では―――

 

「あーっと…、驚かせちゃったかな?」

 

―――長身の女性が少し困ったような笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「そうか、君が前に来た由紀君と美紀君が言っていた頼れる先輩なんだね」

「それであなたが桐子が言ってた図書館のヌシってわけですね」

 

 数分後、凪原は名乗った女性に連れられて2階のとある場所へとやって来ていた。

 テーブルとそれを囲うようにソファーがあるこの区画は、元は学生達の休憩用スペースだったのだろう。今は保存食のケースやペットボトル、毛布などが置かれ生活感が漂っている。

 

「久しぶりのお客さんなんだ、少し付き合ってくれないかい?」

 

 そう言った彼女は凪原に席を勧めると自分はお茶の準備を始めた。

 新しくペットボトルを開け、中身を電気ケトルに注いでスイッチを入れればすぐに加熱中のランプが灯り小さく音がし始める。

 電気が通っている証だ。

 

「電気が来てるなら明かりもつければいいのに」

「ここの照明はフロア単位だからね。前ならそれでもいいけど今はもったいなくて使えないよ」

 

 凪原の独り言に女性が返事をしたところでケトルのランプが消えて湯が沸いたことを知らせる。スイッチを押してからの時間は1分程度、どうやらかなり最新の機種だったらしい。

 

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

「じゃあ紅茶で」

「おっ気が合うね、わたしもこっちがいいと思っていたんだ」

 

 言いながらコップにお湯を注ぎ、そこにティーパックを入れソーサーで蓋をする。もう一つのコップも同じように準備したところで女性は凪原の方へと向き直った。

 

「ティーパックのもので申し訳ないけど、これはこれでなかなか気に入っていてね」

 

 一方のカップを凪原に手渡してもう一方を両手で持ちながら、女性は凪原の正面のソファーに座った。

 ソーサーを真ん中のテーブルに戻し、ティーパックを軽く泳がせてからその上に置く。

 凪原もそれに倣い、2人はそろって紅茶を口に含んだ。

 

「おいしい」

「でしょ?ほんとは数分蒸らした方がいいらしいんだけど、このくらいでも結構いい味が出るんだ」

 

 凪原の感想に笑って返事をする女性。

 そのままコップの半分ほどを空にしたところで「さて、」と切り出してきた。

 

「そろそろ自己紹介をしておこうか。私は稜河原(りょうかわら) 理瀬(りせ)、この図書館で司書の真似事をやっているよ。ちなみに元は文化人類学部の4年生」

「凪原 勇人、学園生活部のコーチをやってます。この大学じゃないですけど理工学部の2年生でした」

 

 理瀬に対し、敬語とまではいかずとも自然と丁寧な言葉遣いになる凪原。

 彼女の大人びた雰囲気がそうさせるのだろう。

 大学4年ということは慈はもちろん葵よりも年下ということになるのだが、とてもそうは思えなかった。

 

 黒いパンツルックという真面目な下半身と比較し、肩が一部分だけ見えるシャツに左目を隠した髪型というやや色気のある上半身。そしてなにより落ち着いた余裕ある話し方が彼女を実年齢より上に見せていた。

 

(サイズ、は関係ないよな。めぐねえもデカいし)

 

 などと不埒なことを考える凪原だったが、そんな思考は次の理瀬の言葉で粉々になった。

 

「そういえば今日は愛しの彼女さんは一緒じゃないのかい?」

「ッ!!?」

 

 辛うじて吹きだすことは回避したが、そのせいで紅茶が変なところに入り思い切りむせてしまう。

 1分ほどかけて息を整えたところで、誰に聞いたのかを問いただす。とはいえ、凪原は誰が言ったのか予想できていた。

 

「ああ、由紀君が教えてくれたよ。『ナギさんと胡桃ちゃんはラブラブだからいっつも一緒にいるんだよ』だったかな?他にもいろいろ言っていたけど、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいだったよ」

「やっぱ由紀か、これは般若心経の写経5周の刑だな」

「なかなか個性的な罰則だね」

うちの代(巡ヶ丘31期)では割とポピュラーだったんですけど」

「…………個性的だね」

 

 若干引いている様子の理瀬に首をかしげる凪原。

 実際、般若心経の写経は31期生の愉悦派に対する罰としては一般的なものだった。

 彼等は叱られ慣れているため、普通にお説教するだけではあまり効果がない、というか懲りない。

 唯一慈によるガチ説教だけは十分な効果があったが、問題を起こすたびにそれをしていると冗談抜きで彼女が仕事をする時間が無くなってしまうのだ。

 さらに言えば、どう叱ればよいかが難しいという理由もあった。

 確かに愉悦派は数々のトラブルを起こしたが、その中に倫理的な問題が合ったものはほとんどない。ただ単に常識を投げ捨てて行動したことによる結果だった。

 

 以上の理由から、とりあえず皆が嫌がり、一定時間生徒(問題児)を拘束でき、悟りを開き真面目な生徒になることが(天文学的確率で)期待できる写経が罰則として設けられたのだ。

 もっとも、大方の予想通り効果はほぼ出なかった。

 せいぜい、学年全体のうち3割が般若心経を諳んじ、1割が何も見ずに書くことができるようになった程度である。

 

「…………冷静に考えると結構変わってる?」

「うーん、私はそう思うかな。―――でもさ、」

 

 ふと冷静になった凪原に頷いた後、理瀬は次のように言葉を続けて見せた。

 

「さっきの話だけど、由紀君、それに美紀君もか、2人とも君たちが付き合っていることを心から喜んでいるようだったよ。こんな状況でそこまで祝福してもらえる、それはとても素晴らしいことなんじゃないかな?」

 

 揶揄うでも茶化すでもなくただ穏やかな笑みを浮かべてそう言われてしまうと、凪原としても誤魔化すこともてきとうに流すこともできず真面目に答えるしかない。

 

「いや、まぁそれは確かに…………嬉しいですけど

 

 この場に照山や早川などの同期がいなくて良かった、今の自分を見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。

 そう考える凪原の顔は自分でも分かるほどに熱を帯びていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――そこで美紀君が言ったんだ、『そのための本ですよね』ってさ」

 

 2杯目の紅茶を手に楽しそうに笑う理瀬。

 

「いやはやホントにその通りだよね。本好きを自負してたけど、まさか本の本質について諭されるとは思わなかった。だから驚いたと同時に反省したよ、私もまだまだだって」

 

 彼女が話しているのは凪原達が前回大学に来た時のことだ。

 由紀と美紀の2人が図書館に行き、図書館のヌシこと理世に会ったということは凪原も知っていた。

 しかし、美紀はその後にも1人で理世のもとを訪れていたらしい。

 そしてその時の会話で、理瀬は美紀の言葉に感銘を受けたようだった。

 

「美紀は賢いからなぁ、俺も時々ハッとさせられます。………でも、スタンスを変える気はないんでしょう?」

 

 そのことには納得しつつも、理瀬を見る凪原の視線はやや冷たい。

 しばらく会話をしてみて分かったことだが、理知的で穏やかに見える彼女はその実中身はかなりブッとんでいるようだった。

 要するに巡ヶ丘31期(自分の同期)にかなり近い人種だと本能的に感じ取ったのである。

 

 凪原の経験と自己分析上、この手の人間が高々感銘を受けた程度で自身の本質を改めるとは思えない。

 そしてその予想通り、理瀬は満面の笑みを浮かべて頷いてみせた。

 

「当然っ。私はこの世にある全ての素晴らしい本を読みたい、その気持ちは全く変わらないよ」

 

 その顔は、自分が間違っているという気はこれっぽちも持ち合わせておらず、ただ自分の信じた道を突き進もうとする人のものだ。

 

「確かに前はいくら読んでもすぐに新しい本が出ちゃってたから、この状況になったのが嬉しかった。でも美紀君に言われて気付いたよ、やっぱり新しい本はどんどん出た方がいい」

 

 熱弁する理瀬。心なしか頬も上気しているように見える。

 

「だって新しい本が出てくれないと、いつか私が読む本が無くなっちゃうからね。前の私は本を読む覚悟とスピードが足りなかったんだよ、その2つさえあればどれだけ新しい本が出たとしても追いついていけるんだからね」

 

 ついには両の拳を握りながら、彼女はそう締めくくった。

 本を読む覚悟とはいったい何なのかとか、そもそも現存する本は読み切ってしまえるという確信はどこから来るのかなど、ツッコミどころは多々ある。

 しかしそれを言ったところで彼女が考え直すとは到底思えないし、人というものが時として凄まじい力を発揮することを凪原は知っていた。

 

 ゆえに、彼の言葉は次のようになった。

 

「それなら、頑張らないとですね」

 

 案外この人ならあっさり達成するかもしれない、まだ会って1日も経っていないにもかかわらず凪原の頭にはそんな予感が芽生えていた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――それで紙は年を経るごとに劣化していくんだけど、手触りと同時に匂いも変化していってさ、新品もいいんだけど私はやっぱり―――」

「あの、そろそろ」

 

 上機嫌で話し続ける理瀬に凪原は待ったをかける。

 彼女の話はこれまで読んだ本の内容にとどまらず、本そのものの歴史や雑学など多岐にわたり聞いていて非常に楽しめた。

 しかしさすがに時計の長針が2回転したとなれば話は変わってくる。

 

 現に凪原は少し前から急激な眠気を感じ始め、先ほどは瞬きしたはずが5分経っていたという状態だった。

 そしてそれにも気付かずに話し続ける理世に、堪らずストップをかけたというわけである。

 このままでは今日図書館に来た意味が無くなってしまう。

 

「ん?ああ失敬失敬、つい話しすぎてしまったね。普段読書ばかりだから、偶に人と話すとこうなってしまうんだ。それじゃあちょっと待っていてくれるかい?」

 

 ようやく凪原の様子に気付いた理瀬。

 彼女は申し訳なさそうに謝ると席を立ち、やがて何冊かのノートを手に戻ってきた。

 

「お待たせ。これを見れば君の用事も早く済むと思うよ」

「それは?」

「ここにある図書の分類と書架の一覧表だよ。もともとはパソコン上で一括管理していたらしいんだけど私はパスワードが分からなくてね、しかたないから自分で作ったんだ」

「は!?」

「もちろん全ての本のタイトルとかが載っているわけではないよ?どのジャンルのものがどの書架にあるかってだけ程度」

 

 言われてパラパラとページをめくってみれば、見やすく丁寧な文字が並んでいる。書架番号とそこに収められている本のジャンルが書かれているが、逆にジャンルから書架番号を調べることもできるようになっている。

 分類自体もかなり緻密だ。例えば工学の分野なら4力1制御というだけでなくさらに細かく、それこそテーマとしている公式レベルでの分類となっていた。

 

「これはすごいな……、これならすぐに目当ての本が見つかりそうだ」

「暇に任せてかなりしっかり作り込んだからね。ちなみに、どんな本を探しているんだい?」

 

 感嘆の声を漏らす凪原に、理瀬は自慢げに頷いた後首を傾げる。

 

「まずは東西問わず中世から近代の戦争形態と築城技術、それに絶対王政末期の市民革命の様子、心情ではなく物理的な情勢が分かるもの。後は野戦築城に関する資料と、重機なしでの土木作業の技術書。それともしベトコンとか民兵・ゲリラの武装や戦術に関する書籍があれば是非」

「えーーーっと?……ずいぶんユニークなチョイスだね、理由を聞いても?」

 

 凪原の返事に一瞬固まる理瀬。

 少し間を開けてからその真意について質問してきた。

 

「基本的には拠点の強化のためですね。奴等は飛び道具というかそもそも武器を使わないし、昔の城塞の防御設備は十分に役立つと思うので手本にするつもりです。あとはまぁ、手持ちにある装備の活かしの参考になればと」

「なるほど、確かに今の要塞とかより昔のお城の方が彼等相手にはいいのかもね。それなら確かこっちに良さそうな本があったかな―――」

 

 凪原の説明に納得した理瀬も手伝ったことで、30分足らずでめぼしい資料を見繕うことができた。もし彼女の助けがなくただ闇雲に探していたとしたら、数倍の時間をかけても今選んだ本の半分を見つけられればいい方だっただろう。

 しかし、それぞれの書架の位置をメモしていざ回収に行こうと立ち上がった凪原を、唐突な眩暈が襲った。

 

「おっ、と?」

「ちょっ、大丈夫かい!?」

「は、はい。………平気、です」

 

 思わず座り込んだ凪原に理瀬が慌てて声を掛けてくる。

 それに手を挙げて答えつつ、凪原は自身の状態について確認していく。

 数十秒ほどかけ、全身のチェックを終えたところで呟くように口を開く。

 

「急な眠気でふらついただけです」

「本当かい?疲れてるにしても普通はない感じのふらつき方だったけど…」

「ええ多分、今も眠気以外は不調がないですし…」

 

 心配する理瀬に凪原自身も釈然としないながらもそう答えるしかなかった。

 

 

 

====================

 

 

 

「結局何だったんださっきの」

 

 図書館からの帰り道、凪原は見繕った本を詰めたバックを肩に掛けながら先ほどの現象について考えていた。

 

   暴力的で引きずり込まれるような眠気、

 

 そう表現すべき眠気は、強いて言うなら極度に体を酷使した日の夜ベットに倒れ込んだ時に感じるそれに近かった。

 意識は起きているのに急速に体が動かなくなっていく感覚。恐らく、あの時傍に理世がおらず1人だったらそのまま眠り込んでいただろう。

 

「でも睡眠時間は最低限確保してると思うんだけどなぁ」

 

 理瀬からは疲れが溜まってるのだと言われ、睡眠理論と効果的な休息の取り方に関する本をいくつか押し付けられた。

 とはいえ今の独り言の通り、凪原としては体調には気を使っているつもりだった。

 確かに最近は武闘派への対応のために不規則な生活になっている。凪原と胡桃、そして照山の3人でシフトを組み、常に2人以上が起きて違う場所をそれぞれ警戒するのだ。

 少々無理をすることになるが、それでも1日あたり6時間の睡眠は確保している。以前の凪原であれば何の問題もないレベルだ。

 

 しかし、先ほど感じた眠気が尋常なものでなかったのも事実である。

 今も、頭に靄が掛かったかのように思考力が落ちているのを凪原は自覚していた。

 とにかく一度仮眠を取らせてもらおう、そう考えながら穏健派のテリトリーに戻ってきた彼を待ち受けていたのは予想外の人物だった。

 

「うちが来たわ!!」

 

 放送局で留守番をしているはずの早川が不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちをしていた。




というわけで、冒頭で言ったように新(原作)キャラの図書館のヌシこと理瀬さん登場回です。
存在については6章の段階で出てきていましたが、今回初めてきちんと登場しました。
原作でそこそこ出番がある方なので話し方や性格はそれを参考にしています。とはいえ、微妙に(変人方向へ)人柄が変わっているので『なんか違う…』と感じた人がいたらごめんなさい。


それじゃあ補習コーナー、行ってみよー

・理瀬の生活スタイル
原作7巻では食事の時は校舎に戻っているとのことでしたが、本作では全て図書館の中で完結しています。本狂いのレベルが上がっているので、仮に凪原の同期達の中に放り込んでもマイペースを貫くでしょう。

・般若心境
ひたすら無心になって書き写しているといつしか悟りを開けたりする、らしい。260文字ほどの中に仏教の神髄が詰まっているのだからそういうこともあるのかもしれない。ただし、煩悩が強すぎる人間(例えば巡ヶ丘31期)にはあまり効果がない模様。

・図書館の本の整理と記録
冷静に考えると膨大な手間がかかる作業だと思う。現実で図書館の運営をしている司書さん達にあらためて感謝。パソコンなしの手作業で0から蔵書の早見表を作るとか理瀬さんバケモンかよ、って自分で書いてて思った。

・暴力的で引きずり込まれるような眠気
疲れてる時って偶にこういうことない?有るよね?…え?無い?……………有れ


という感じで補習は終わりなんですが、
何が恐ろしいってプロット上では今回の話全部で1500文字くらいの予定だったんですよね。筆が進む時ってほんと訳分からん位進みます。ただその分進まないときはガチで進まない…………。

まあそんな筆者の愚痴は置いといて、次は考察回というか会議回になるんじゃないかと考えてます。


それではまた次回!


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7-5:増援

 本編投稿は2週間ぶり....


「おいハヤ、お前なんでここにいんだよ。放送局の備えはどうした?」

 

 想定外の事態にボケることもできず至極真っ当な受け答えをしてしまう凪原。 

 彼の記憶では早川はイシドロス大学に出向いている自分達の穴を埋めるべく、ワンワンワン放送局にいる留守番組の守護を担っているはずだった。

 

「なんでってそりゃ―――ってナギ、アンタ大丈夫?メチャクチャ眠そうだけど」

 

 表情を一転させて目を丸くする早川。

 普段あまり見せない凪原の様子に驚いたのだろう。

 

「あー、やっぱ分かるか?」

「一目でね、そんな今にも寝そうな顔してるのなんて見たことないわ。暗殺大会で三徹した時もここまでじゃなかったわよ」

「そんなにかよ……っと、くぁ」

 

 早川に答える間にもこらえきれずにあくびを零す凪原。

 一度は収まりかけていた眠気が早川に指摘されたことでぶり返してきたようである。

 

「ほんと何したらそんなになるのよ。さっきはくーちゃんも急に眠くなったって言ってた、し………」

 

 そこまで言ったところで、早川は不意に言葉を止めて考え込んだ。

 真剣な表情でブツブツと呟きながら思考を巡らせている。

 

「おーい、ハヤ?」

「――仮にそうだとしたら、隊長とアイツも今後ヤバいわね。でもまずは情報を集めて あ、悪かったわね、ちょっと考え事してて。なんて言ったの?」

「いや、いきなり黙ったらと思ったら1人で話し始めたから。頭を心配しただけだ」

「ちょっと、今間に変なのが聞こえた気がするんだけど?」

「気のせいだろ?」

 

 向けられたジト目に飄々と返す凪原の様子を見て、早川は肩の力を抜くとともに大きく息を吐いた。

 

「ハァ、そういやアンタはそんな感じだったわね」

「んだよ。その意味深な言い方は」

「別にぃ~」

 

 今度は凪原がジト目を向ける番だったが、当然ながら早川も意に介さない。

 一つ手を叩くと利き手の人差し指をトンッ、と凪原の胸に突き立てる。

 

「とりあえずナギ、アンタは一回仮眠取ってきたら?今使ってる部屋なら昼でもうるさくないんでしょ」

「でも、この後はキャンパス内の巡回が――」

「それくらいテルが代わりにやっとくわよ」

「いやそこはお前がやれよ」

「るっさいわね、作戦よ作戦。そのあたりも後で話したいから今は寝てきなさい」

「んじゃ頼むわ、1いや2時間くらい寝てくる。でもなんかあったら絶対起こせよ」

 

 早川の提案を受け、凪原は大人しくその好意に甘えることにした。

 彼の言葉にもあったように、今感じている眠気は30分程の昼寝では解消されそうにない。それなりの時間しっかり眠る必要があるだろう。

 

「はいはい、分かったわ。それじゃ、くーちゃんと一緒にごゆるりと~」

「そこでなんで胡桃が出てくんだよ?」

「いいからいいから」

 

 意味ありげな笑みを浮かべる早川に背中を押され、凪原は首をかしげながらも居室に戻るため階段へ足を向けた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――おん?」

 

 凪原がイシドロス大学で居室としているのは元は宿直室だった部屋だ。

 かなり手狭だが畳敷きであり落ち着けること、室内に水道があり便利なこと、そして布団が完備されており使い始めるのに手間が掛からなかったために利用している。

 とはいえ、起きている間は穏健派の部室にいるかキャンパス内を巡回しているかなので、基本的には荷物置き場兼寝る場所という扱いである。

 

 それでも一応モラルの観点から、この部屋を使うのは男性である凪原と照山のみとし、女性である胡桃は桐子達の部屋で予備のベットを使うことにしていたのだが―――

 

「どうして胡桃が俺の布団で寝てんだよ」

 

―――仮眠のために戻った先では、胡桃が凪原の布団にくるまってスヤスヤと寝息を立てていた。

 

「さっきハヤが言ってたのはこれか」

 

 先程の早川の言葉に1人納得する凪原。

 親友(凪原)彼女(胡桃)が親友の布団で寝ていると知れば、それは早川もあのような表情をするだろう。 

 立場が逆になら凪原も同じような反応になることは容易く想像できる。

 

 ただし想像できるからこそ、このあと彼女がどのような行動をするかも容易に考えついた。

 要するに、仮眠が終わったら彼女にしこたま揶揄われるということである。

 

「まったく、来るのは構わないけど見つからないようにって言ってんのにな」

 

 呟きながら部屋に入り、うちから鍵をかける凪原。

 睡眠中ので安全確保という防犯的な視点から言えば、この行動は決して間違っていない。

 しかしこれは視点を変えれば―――

 

年下の少女と部屋で2人きりになる(1アウト)

鍵をかけることで密室状態を作り出す(2アウト)

なお少女は意識がなく完全に無防備(3アウト)

 

―――というチェンジどころか通報されてもおかしくない行動でもあった。

 

 普段であれば凪原もそうと気づいてどうにかしたのだろうが、あいにくと今の彼は眠気で頭がろくに回っていない。

 鍵をかけたのも完全に無意識での行動だ。

 

 そして半分寝ている状態の凪原はそのままスレスレの行動を積み重ねていく。

 

 (胡桃を起こさないように)足音を殺して動き、(汚れた服のまま寝るわけにはいかないので)上着を脱ぐ。

 インナーのTシャツ姿で着替えなどを入れているバックを漁るが、普段寝間着にしている高校時代のジャージがなかなか見つからない。

 

「っかしいな、朝あったのに。アキあたりが洗濯に持ってったか?」

 

 こう言っては失礼だが、晶は外見の割におかんスキルが高い。

 ゆえに同じ服を洗わずに着まわしていることに呆れた彼女が回収していったことを疑う凪原だったが、そんな彼の視界の隅に胡桃の姿が映る。

 わずかにはだけた布団から、見覚えのある生地が顔を出していた。

 

 近寄りさらに布団をめくると、体格に対して不釣り合いに大きなジャージを着た胡桃の姿が露になる。

 よく見れば枕元には彼女が普段来ている制服が畳んで置かれていた。

 

……んにゅ

「いや、かわいいなおい」

 

 冷気に晒されたのを感じ取ったのか、意味の分からない言葉を発しながら小さく体を丸める胡桃。

 袖口から手が半分ほど覗いている様子はいわゆる萌え袖というレベルではないが、それがまた快活さの中に確かに可愛らしさが同居する彼女の魅力を表していた。

 

 そしてそれに無意識のうちに素直な感想を口にする凪原。

 眠気のせいで考えたことがフィルターを通ることなく全て駄々洩れになっている。

 

「―――っといけね、ボーっとしてる場合じゃなかった」

 

 しばし胡桃の寝顔を眺めていた凪原だったが我に返り、さてどうしたものかと頭を巡らせる。

 着る予定だったジャージが取られていることは、布団に入ってしまえばインナーのみで平気なので問題ない。なので考えるべきは彼がどこで寝るのかという1点だけである。

 ………であるのだが、

 

「まぁいっか別に」

 

 凪原は思考を放棄してそのまま胡桃が眠る布団に入ると、背中合わせになるように横になった。

 低下しているとはいえ外気よりも20度以上高い彼女から伝わってくる熱が、冷えた凪原の身体にしみこんでくる。

 

(もう眠いしわざわざ照山の布団を敷くのも面倒だし、そもそも一緒に寝たことも何回もあるしというか俺が寝てたら胡桃は潜り込んでくるし……)

 

 ぼんやりとした意識でそんなことを考えつつ、背中越しに伝わってくる胡桃の息遣いに包まれながら凪原は眠りの世界へと落ちていった。

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃあそろそろ始めてもいいかしら。2時間くらいとか言っときながら4時間以上部屋から出てこなかった癖になんか微妙に疲れてるナギと、同じく仮眠するって言ってたのに何故かナギの部屋から出てきてそのままシャワー室に猛ダッシュしていったくーちゃん?」

「…………うっせぇ黙れ、その腹立つ顔をやめろ」

 

 ニマニマ、という言葉が人間になったらきっと今目の前にいるような奴になるのだろう。

 そう考える凪原だったが、返す口調には力がこもっていなかった。

 なぜなら状況があまりに不利だからである。

 

「へー、ほーぅ、あの会長がねぇ」

 

 ナニかを察した桐子は早川と同じくニヤニヤの権化のような顔でこちらを見つめているし、

 

「まあ年明けてからこっち、かなり忙しかったからな。偶にはこういうのも必要なんだろ」

 

 照山は照山で、分かってやれよ的な雰囲気を醸し出しながら頷いていた。

 その他にも恥ずかしそうだったり、微笑ましそうだったり、興味深げだったりと、様々な種類の視線が向けられている。

 せめてもの救いは蔑みに類する視線がないことだが、だからといって感じている居心地の悪さが無くなるわけではない。

 

「もう勘弁してくれ……」

「ううぅぅぅうぅ~~~」

 

 凪原は本当に珍しく無条件降伏の構えであり、その隣の胡桃に至っては頭を抱えながら机に突っ伏してしまっている。

 状況不利どころか、これではまな板の上の鯉である。

 

((次寝る時は絶対時計をセットしておくッ))

 

 貴重な教訓を得た2人だった。

 

 

 

====================

 

 

 

「んー、そろそろ勘弁してあげるとしましょうか。このままじゃ話も進まないしね」

「……恩にきる」

 

 勘弁も何もお前が掘り返さなければ何もなかったんだよ、と内心で愚痴る凪原だが、下手なことを言うとまた揶揄われるのは明らかなため大人しく礼を言うに留めた。

 

「ぁー、んんっ さて」

 

 軽く咳払いをして注目を集めるとともに、雑念を振り払い思考を切り替える。

 ここからは真面目な話だ。

 

「改めて聞くけど、ハヤはこっちの増援として来って認識でいいのか?」

「ええ、それでいいわよ。無線で話を聞いてる感じ、手が足りなさそうだから勝手に来させてもらったわ。お供を1人連れてね」

「どもー、お供でやって来た圭でーす」

 

 お供の部分で早川が視線を向けた先では、圭が手を振っていた。

 カーペットの上で桐子と並んで寝転がっている様子を見るに、この数時間ですっかり馴染んだらしい。

 

「………。」

 

 くつろぐ圭と自慢げな早川を前にして思案顔になる凪原。

 正直に言えば、早川の言葉通り凪原達はここしばらくの間人手不足に悩んでいた。

 荒事要員が凪原、照山、胡桃の3人では武闘派への備えるだけで精一杯であり、情報収集などは遅々として進んでいなのである。

 

 しかしだからといって、早川達が来たからそれらの問題が解消されて万々歳、というわけでもない。それはそれで問題があるのだ。

 照山も凪原と同じ懸念を抱いたようで、難しそうな顔をして口を開いた。

 

「いや、実際人手が増えるのはありがたいんだけどよ。お前と祠堂さんが来ちまって拠点(放送局)の方は大丈夫なのか?」

「たしかに。あと、圭は実力的に平気なのか?こっちだと普通に対人戦になる可能性があるけど」

 

 彼等が感じている懸念は2つ、早川と圭が来たことで戦力バランスが大きく偏ってしまうこと、そして圭の戦闘能力への不安である。

 

 前者はつまり、学園生活部の純戦闘員(凪原、胡桃、照山、早川)が大学に集まることで放送局の防衛力が低下してしまうことを示している。

 可能性は低いものの、もし放送局が襲撃されたら厳しい状況になるだろう。

 

 後者は圭個人に関する問題だ。

 多少落ち着いているとはいえ学園生活部と武闘派とは敵対一歩手前の状態であり、実際キャンピングカーをめぐっては凪原と胡桃が対人戦に至っている。

 照山の方でも小競り合い(本人談)が何度か起こっているらしい。

 

 武闘派の技量はそれほど高くはないが、その分予測がしにくい上に容赦がない。生半可な技量では攻撃を躊躇っている間に制圧されかねないのだ。

 まして、圭は文句なしに美少女である。というか学園生活部の女子は皆美人、美少女ぞろいだ

 対して武闘派は構成員のほとんどが男、考えたくはないが()()()()()()()への不安もある。

 

 以上のことから増援の到着を素直に喜べない凪原達だったが、当の2人は特に気に留めていないようだった。

 

「あーそれなら大丈夫っすよー。ここ最近で早先輩に集中的に鍛えられたし」

「けーくんにはこの前実戦経験積ませたからね。それに残ってる子達も皆咲ちゃん'sブートキャンプをクリアさせたから問題ないわ。もしなんかあってもうちらが戻るまでは持つと思うわよ」

「「ちょっと待て」」

 

 早川(副会長)の発言内容に思わず待ったをかける凪原(会長)照山(庶務)

 彼女がすっ飛んだことを言い始めるのはいつものことだが、ツッコミどころが満載のため指摘せざるを得ない。

 

「ん?」

「いや、ん?、じゃねえよ。なんだそのふざけたネーミングのブートキャンプは」

「あと実戦ってなんだ、まさか対人戦をもうやらせたとか言うんじゃないだろうな。さあ何やったのかキリキリ吐け」

「相変わらず美人の扱いがなってないわね、あんた達は」

 

 かわいらしく小首をかしげて見せた早川だが、それで騙されるのは彼女の内面を知らない者だけだ。

 生徒会仲間だった彼等がそれを知らないはずもなく、そのまま問い詰めれば彼女は肩をすくめてから口を開いた。

 

「なんだもなにも、ほぼ言葉通りよ。残ってた子達に戦闘スキルを徹底的にたたき込んだだけよ。レベルとしてはその辺を散歩するくらいはできて、個人差有るけど暴漢相手は1対1なら制圧可能で1対2でギリ逃げられるくらいかしらね。ただ飛び道具相手は訓練させてないわ、危ないし」

「おっまえ、何勝手に――「勝手に、何よ?」」

 

 こともなげに言う早川に文句を言おうとした凪原だったが、言い切る前に遮られる。

 

「むしろ頼まれたわよ、自分達も強くしてくれってね。ナギはある程度の稽古は付けてくれたけどそれ以上は教えてくれないからとも言ってたわ。何、あんたはあの子等の親で、籠の鳥にでもするつもりだったの?」

「いや、そういう訳じゃ…」

 

 早川の言葉に声を詰まらせる凪原。

 確かに胡桃以外のメンツの戦闘訓練はあまり積極的にしてこなかったが、決して籠の鳥にしようなどとは考えていたわけではない。あくまで彼女等の安全を思ってのことだ。

 しかし、見ようによっては自分の態度は今早川が言ったように見えたのかもしれない。

 そんな凪原の内心を察したようで、早川も表情を和らげる。

 

「まぁあの子等もアンタのその辺の考えはちゃんと分ってたわよ?本気で自分達を守ろうとしてくれてるって。ただ、もしもの時にアンタが休む間の時間稼ぎくらいはできるようになりたいんだって。ほんとにいい子達よね」

「…………ああ、俺よりずっとできた子達だよ」

 

 慕われてるじゃない、とほほ笑む早川に凪原は脱力しながら答えた。

 どうやら学園生活部のメンバーは彼が思う以上に大人で、そして仲間思いだったようである。事あるごとにそれは実感していたが、まだまだ認識が甘かったようだ。

 それを確認させてくれた早川に凪原は素直に感謝することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみにけーくんの初実戦はちょうど野盗がいたからそいつ等にしたわ。全員の手足を2,3本折ってから残った1人に助けてほしければこの子と戦えってけしかけたからかなりいい訓練になったと思うわよ」

「ほぼトラウマになってるんすけどあれ……」

「「やっぱお前バカだろ、その辺に正座しとけ」」

 

 訂正、やはり早川は早川だったようだ。

 

 

 

====================

 

 

 

「えーっとひと段落ついたっぽし、ちょっといい?」

「うん?どうしたアキ?」

 

 小さく手を挙げながら言ってきた晶に凪原達の視線が集まる。

 

「いや~、どうしたっていうかなんていうかね…」

 

 頬をかきながら妙に困ったような笑みを浮かべる彼女だが、何を言わんとしているか全く予想できていない凪原達を見て仕方なく続きを口にする。

 

「さっきからサキとケイは話してるけどさ――」

 

 一息、

 

「――増援で来たのってもう1人いたよね」

「「「?」」」

 

 言いながら晶が指さした方へ顔を向ける面々。

 そこでは―――

 

「私、先生なのに……、真面目な話に全然入っていけません。生徒会担当だった時もこうだったし………先生としてダメダメです」

「佐倉先生は悪くない…、なぎ達が相手ならそれが普通」

 

―――増援で来た最後の1人、慈が比嘉子に慰められながら落ち込んでいた。

 

 部屋の隅で膝を抱えながら床にのの字を書いている彼女からは、これでもかと言わんばかりに負のオーラが放たれている。

 

「あ、そういえばめぐねえも一緒に来てたんだったわ」

「まじか、そういうことは先に言えよ。全然気づかなかったぞ」

「めぐねえ影薄いところがあるからなぁ、ハヤみたいに無駄にキャラが濃いのと並ぶとそれが顕著に出るし」

「ちょっとテル、誰のキャラが濃いって?」

「逆に薄いとでも思ってんのかお前は?」

 

 自身に気付いた後も好き勝手なことを言い合う凪原達(元生徒)に、慈の精神が限界に達した。

 

「もう……もう、私なんてひっそりと幽霊になって、誰にも気付かれずに皆さんの周りをフヨフヨ漂ってるのがお似合いなんですぅッ」

「「「めぐねえぇぇっ!!?」」」

 

 どういう原理か、トレードマークである紫のワンピースごと体が透け始めた慈に、31期生徒会総出で慰めることになった。




この後めちゃくちゃ慰めたおかげでめぐねえはなんとか現世に踏みとどまりました。
めぐねえ幽霊ルートなんてなかった、いいね?


考察回にする予定でしたが、なんか一緒に寝た後にお話しする回になりました。予定は未定、ままならぬものです。


それじゃ本日の雑談
・大学内の自室
本文中通り、凪原と照山は宿直室を使っています。穏健派のメンバーについては、昼間いるのとは別の部屋の一つを寝室として利用中、ベットとかは部室棟とかどっかの研究室から運び込んできたことにしてます。原作では1人1部屋っぽいので微妙に原作乖離です。

・本日の凪原
仮に胡桃が彼女じゃなかったら3アウトの後通報、逮捕、即決裁判を経て死刑

・咲ちゃん'sブートキャンプ
身体能力の向上と白兵戦スキル獲得を目的とした咲鬼軍曹による戦闘訓練。ただし実技だけでなく座学もある。平時においてゾンビアポカリプスへの備えをほぼ完璧にしてみせた(1-8,9)彼女の知識が叩き込まれます。
最後まで修了すれば世紀末一般ヒャッハー程度なら軽く捻れるようになりますが、そこまで行ってるのは現状圭のみです。

・めぐねえ
久しぶりに登場したと思ったら元担当生徒達にスルーされていじけてしまいました。本作の彼女は基本こんな感じです。


次あたりから7章の後半戦が始まっていきますよー。


それではまた次回!


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7-6:顕在化 上

顕在化:
はっきりとした形で表れて存在すること、あるいはこれまで潜んでいたものが露になること
使用例)リスクが顕在化する、症状が顕在化する


「要するに、めぐねえは隊長の診察というか回収に来たってこと?」

「そうですねぇ。診察だけでも平気かなとも思ってたんですけど、実際に来てみたら連れて帰った方がいいって判断しました~」

 

 凪原の問いかけに、慈は微笑みながら答えた。

 先ほどは魂が召されかけていた彼女だったが、今はすっかりホワホワした雰囲気に戻っている。

 

 メンタルの強さと回復力の高さは巡ヶ丘31期生に共通する特徴だが、何もそれは生徒に限った話ではない。

 むしろ、この点については彼等を受け持っていた教師陣の方が上手だった。

 なにせ、片や生徒は一学年全体で100人以上なのに対し教師はせいぜい10人程度、専任となれば学年主任を合わせても5人しかいない。

 その人数比にも関わらず生徒達が次々と問題を起こすのだ、一々メンタルをやられていたら精神だけでなく体も持たないのである。

 

 そして31期の問題児トップ3が組織する生徒会の担当をしていた慈がその力が弱いわけがなかった。

 口からエクトプラズムが出て体が透ける(今回のダメージ)程度であれば10分くらいで完全回復できる。

 その回復力は(大抵の場合ダメージの原因である)凪原達からしても異常ともいえるレベルに達していた。

 

 まあそんな慈のことは置いておいて、篠生のことである。

 

「えっと、そういう訳で、これから私は凪原君達の拠点で生活させてもらうことになったみたい」

 

 おずおず、といった様子で話しているのは自分だけが安全圏である放送局に行くことに後ろめたさを感じているからだろう。彼女の性格を思えばそう考えてしまうのも無理はない。

 とはいえ、彼女の心身の健康は他のメンバーの誰よりも重要だった。

 その理由は言わずもがな、だ。

 

「いーのいーの、シノウちゃんにはジュニアがいるんだから。面倒ごとはナギとかテルに任せて休んでなって」

「そういうこった、ハヤも口ではこう言ってるけど自分もちゃんと動くだろうさ。だから篠生は子供のことを第一に、な」

「そーそー。完全にお荷物のボクが言うのもなんだけど、会長達が全員揃ってるからこっちは何とでもなるだろうし。子供の方が優先だよね~」

 

 つまりはそういう事である。

 現篠生の健康は篠生1人のものではない。彼女の身には新たな命が宿り、この世界に生まれ落ちる時を待っているのだ。

 

 文明が崩壊し、以前の生活を送れなくなり、ただ1日1日を生き抜くことしかできない現在、多くの人は未来を思い描くことなどできないでいる。

 すぐ隣に自身の命を脅かす存在がいればそれも無理ないことかもしれないが、実は自分達の安全を確保できている凪原であっても同じような感覚を覚えていた。

 

 明日の予定は立てることができる。

 休暇にしようか、それともどこかへ調達に出ようか。

 拠点でクラフトをするのもいいかもしれないし、あるいは調達ということにして胡桃とどこかへ出かけるのもいいかもしれない。

 今は大学に釘付けされていてできないが、そうでないならスケジュールを考えるのは楽しいことだ。

 

 月単位の予定も立てることができる。

 というより、日々の予定は基本的にこれらを基にして組んでいる。

 この様な時代だからトレーニングは重要だ。冗長に続けるよりも、「いついつまでに○○ができるようになる」と決めた方が効果的に取り組める。

 他にも、拠点を強化するにはそれなりに工事期間を見込んだうえでの作業が必要となるし、畑仕事や今年から本格的に始めようとしている稲作など、「その日の気分で―」というわけにはいかない作業も多い。

 学園生活部の面々が曲がりなりにも以前と近い生活水準を維持できているのは、これらの計画がしっかりと組まれているからに他ならない。

 

 

 ただ、それ以上未来の予定はどうだろう。

 1年後、2年後、さらには5年後ではどうだろうか。

 

 

 凪原は、これまでそのことについて考えていなかった。

 

 恐らくは生きて、胡桃や学園生活部の仲間とともいるのだろう。

 だが具体的に、何を考えながらどんな風に生きているのかは全く想像できない。

 見方によっては現在が充実しているから未来まで考えが回らないとなるのかもしれないが、未来を描けていないということに変わりはない。

 

 そんな凪原と対照的なのが篠生、そして高上だ。

 彼女等が過ごす聖イシドロス大学の状況は悪い。

 物資は十分とは言えず外征も難しい。拠点内には時折ゾンビが入ってくる上に、仲間も一枚岩ではない。

 辛うじて安定は保たれているとはいえ、学園生活部の拠点であるワンワンワン放送局と比べればその差は歴然である。

 

 それを踏まえてなお、2人は子を成す決断をした。安易な考えによってではなく、十分な覚悟とともにだ。

 

 当然の話だが、人間の子供というのは生まれさえすればそれで終わりというわけではない。

 もちろん無事に生まれるまでにも相当の苦労を要するだろう、それこそ現状を思えば以前の数倍以上の。

 ただし最も大変で、そして時間が掛かるのは育ての期間。子供を教え導き、一人前の人間へと成長させることである。

 

 子を育てるには、どれだけ短く見積もっても15年は掛かる。他の生物と比較すると数倍以上の長さだ。

 この育児期間の長さこそ、対して強いわけでもない人類が地上に君臨できた理由だった。

 子供がゆっくりと自身の脳を成長させる間、親はその傍らに寄り添い、降りかかる危険から守りぬく。

 それは親の役割であり、同時に義務でもある。これをする覚悟がない者は、もはや親ではない。

 

 そして、篠生と高上はその覚悟があるのだろう。

 以前凪原が本気なのかと問いかけた際、彼は2人が浮かべた表情に内心では気圧されていた。

 それは覚悟を決めた人間にしかできないもので、凪原には浮かべることができないものだった。

 

 つまりあの瞬間、凪原が思い描けなかった未来を、篠生達は確かに描いてみせたのだ。

 

 

 ところで、仲間が未来に向けて歩き始めたと分かって、それを黙って見ているほど凪原は薄情な人間ではない。

 むしろ、援助を申し出るタイプである。

 

「ハヤとテルの言う通りだな。あと、どうせなら高上も放送局に行けよ。隊長もその方が落ち着けんだろ」

 

 話を聞くに、どうやら放送局に移るのは篠生だけらしい。

 確かに子の安全だけを考えるなら母親である篠生でもいいが、情緒・メンタル的には父親である高上も近くにいた方がいいだろう。

 

 これに驚いたのが高上だ。

 先ほどから部屋の中には居たものの会話に混ざることなく黙っていたのだが、凪原の言葉に慌てたように口を開く。

 

「お、おいっ。いいのかよそんなこと簡単に言って!?」

「簡単も何も、いいって思ったから提案したんだよ。というかお前にとっては嬉しい提案だろうに、わざわざ自分で否定するようなこと言うなっての」

「そ、そりゃそうだけど………。でも僕は――」

「でも、なんだよ?」

「高上くんは驚いてるんです」

 

 戸惑う高上の様子に首をかしげる凪原を見て、慈が微笑みながら助け舟を出してくれた。

 

「さっきも同じ提案をしたんですけど、その時高上君は辞退したんですよ。自分は巡ヶ丘の関係者じゃないし、それになぎ君と胡桃さんに失礼な態度をしたのにお世話になるのは申し訳ない、って」

「「あー…」」

 

 彼女の説明に揃って変な声を出す凪原と胡桃。

 どうやら高上は律儀というか実直というか、良くも悪くも真面目な性格をしているらしい。

 

 失礼な態度というのは、恐らく初対面時に大学の校門にて2人を感染者と疑い、門前払いのような形で追い返そうとしたことだろう。

 本人は気にしていたのだろうが、凪原達からすれば取るに足らないことだ。

 友好的だったかは置いておくとしても、今の世界における外来者への対応としては妥当なものだったので、慈に言われるまで忘れていたほどである。

 

 というか、そもそも凪原と胡桃は正真正銘の感染者なので、あの時の高上の懸念は大正解である。

 

 そのあたりのことも含め凪原も胡桃も既に隔意は全くないこと、そして子供のためを思うなら両親が傍にいたほうが良いことを改めて説明したところで、ようやく高上は自分の気持ちに折り合いをつけることができ、凪原に向かって深く頭を下げた。

 

「ありがとう。それじゃあこれからはお世話にならせてもらうよ」

「ああ、ここよりは静かで安全だろうからゆっくり寛いでくれ。ただ向こうにいる仲間の助けになってくれよ?」

「うん、任されたよ。それぐらいならお安い御用さ」

 

 顔を上げながらそう言って笑う彼の表情は、とても穏やかで人懐っこいもので―――

 

(ああ、隊長は多分この顔に惚れたんだろうな)

 

―――と、凪原は一人で妙に納得することになった。

 

 

 

====================

 

 

 

「さ、て、篠生と高上の件はこれでいいな。それじゃあ会長、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど大丈夫か?」

「ん?そりゃ別に構わないけど」

 

 一段落着いたところでそう切り出してきた照山に少し驚きながらも頷く凪原。

 会議の場において照山が話を振ってくることは少ない。凪原か早川が話題を出し、それに反応を返すと言うのが巡ヶ丘31期生徒会の一般的な会議風景だった。

 

 そんな照山だが、彼が話を振ってくるのも零というわけではない。1年間の生徒会期間の間に何回かはそのようなこともあった。

 しかし、もし彼が話を振ってくることがあるとすれば、それは大抵の場合―――

 

「―――厄介ごと、だな?」

「ああ、ご明察」

 

 半ば確信を伴う問いかけに、照山はやや顔をしかめながら応じる。

 彼の返事に思わずため息をつきそうになるが、それでどうこうなるものでもなさそうなので凪原は諦めて詳細を聞くことにする。

 

「なら早いとこ教えてくれ。ハヤが神妙な顔をしてる時点でそこそこ深刻な内容だって分かるしな」

「アンタがうちのことをどう見てるのかがよく分かったわ。これはしっかり話し合いの場を設ける必要がありそうね」

 

 凪原の軽口に文句を言おうとした早川だったが、途中で口をつぐむとこちらも額にしわを寄せて難しい顔になった。

 

「って普段なら言うとこなんだけど、今回は事が事なのよね。しかも会長だけの話じゃないから傍観するわけにもいかないし」

「おい。…まぁいい、とにかく本題に入れ」

 

 早川の言い草に半目になりつつも、より重要なワードが飛び出してきたために飲み込んで先を促す凪原。

 そんな彼の言葉に室内にいた面々が意味ありげに視線を交わし始める。どうやら既に一度話し合いがもたれていたらしい。

 唯一状況についていけていないのは、先ほどまで凪原と共に()()していた胡桃だけである。

 ソファーで隣に座っている彼女と共に凪原首をかしげていると、しばらくの間の後に慈が沈黙を破った。

 

「じゃあ、私からお話しを。まずはなぎ君、はやちゃんから聞きましたけどすごく疲れた顔で校舎に戻ってきたみたいですね。最近ちゃんと睡眠は摂っていましたか?」

「別にそんな疲れたって程じゃ――」

「図書館にいた綾河原さんは『いきなり倒れかけた』って言ってましたけれど?」

「えー…、わざわざ確認しに行ったの?でも本当にちゃんと寝てはいるんだけどな」

 

 とっさにはぐらかそうとした凪原だったが、裏まで取られていては誤魔化しようがない。手を上げて降参の意を示しつつ、せめてもの抗弁として睡眠時間を確保していることだけは主張しておく。

 校舎に戻ってくる間に凪原自身も考えたように、短いとはいえ睡眠時間は毎日しっかり確保しているのだ。これでも健康には気を使っている方だという自覚が彼にはあった。

 

(まぁそれで今日倒れかけたわけだし、不十分だって言われたらぐうの音も出せないけど。こりゃ警戒ローテ組み直しだな。ハヤと圭も来たからどうにかなんだろ)

 

 そんな凪原の考えは、続く慈の言葉に打ち砕かれた。

 

「先ほど、なぎ君が図書館に行っている間ですね。胡桃さんも倒れかけました」

「はい?――おいほんとか胡桃!?」

 

 一瞬呆けた後、グリンッ、と音がしそうな勢いで胡桃へと顔を向ける凪原。

 数秒前とは表情の真剣さが違う。

 

「い、いや全然大したことじゃないってッ。たしかにちょっとフラってきたけど数秒で治まったし、仮眠取ったから今は万全だしッ!それよりナギも倒れかけたってどういうことだよ!?」

 

 ワタワタと手を振って問題ないとアピールする胡桃。

 そしてこちらも自身のことより相手が気になるようで、気遣いと心配と憤慨が混ざったような顔をしている。

 

「どうせ仮眠の時間もこっそり起きて色々やってたんだろ!ナギになんかあったら大変なんだからしっかり休めってあたし言ったよなッ」

「俺は大丈夫だっての!ってか胡桃こそ疲れが溜まる前に言えって言っといたろ。まだ成人もしてないのに体に無理させるのはダメだってよ!」

 

 額を突き合わせて、という言葉あるが比喩でなくその状態で言い合いになる凪原と胡桃。

 言葉遣いは荒いが両者の言葉はどちらも相手を思うが故の内容であり、要するにただの痴話喧嘩である。

 

 普段であれば周囲も『またか』と流すところだが、今回の場合はそうもいかない。

 よって照山と早川は互いに頷きソファーの後ろに回ると、凪原と胡桃の脳天にそれぞれ拳骨と手刀を振り下ろした。

 

「落ち着いて話を聞け、バカップル」

「こちとら砂糖の備蓄は間に合ってんのよ」

「「おおぉぉぉ………」」

 

 手加減しているとはいえ、それなりに本気で放たれたツッコミに凪原と胡桃は仲良く頭を抱える。

 数十秒かけてようやくクールダウンしたところで再び慈が話し始める。

 

「……コホン、それじゃあ続きです。他の人に聞いた感じ、なぎ君も胡桃さんも最近ちょっと無理をしています」

 

 ()()、彼女は確かにそう口にした。

 

「養護教諭の資格を持ってる私がこう言ってはなんですが、2人の年齢ならその程度の無理、いくらしても体にそれほど影響が出るはずないんです

 

 




というわけで2週間ぶりです、先週は投稿できずに申し訳ありませんでした。
書きたいことはあるのにそれを形にする腕と時間がないというジレンマ、これをどうにかしたいと思いながら日々過ごしている今日この頃です。

それと書き忘れていましたが本作のUAが80000を突破しました!!
これもひとえに読者の皆様のおかげです、本当にありがとうございます。また、誤字訂正も毎回助かっています(こういうところの詰めの甘さがもっと上位の作品の作者様方との差なんだろうなぁ…)
何はともあれ、これからも頑張っていきますのでどうかよろしくお願いします。


それじゃあ今日の一言なんですが、あまり書くと次話のネタバレになるので一つだけです。

・戻れ!篠生、高上
じゃけんママとパパは危険が少ないところに戻りましょ~ね、新たな命が最優先です。これまで穏健派を間接的に守っていた篠生ですが、31期生徒会が全員(+圭)が大学に揃った今なら放送局に行っても問題ありません。
それに、体術の達人なので放送局に残っているメンバーに指導することもできるのでさらに良し!あと、高上は根は真面目ないい奴です。


とりあえず今日のところはこの辺で、きちんと来週も投稿できるように頑張ります。でも結構重要なパート&リアル予定が立て込んでるので無理だったらごめんなさい!

それではまた次回!


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7-7:顕在化 中

上下編にするつもりが上中下編になりました


「………あーーー、マジか」

 

 机に肘をついた左手に額を押し当て、髪をかき上げるようにしながら頭を下げてそのまま後頭部をグシャグシャとかき混ぜる凪原。

彼の声色は多くが驚きに占められていたものの、それと同じくらいの納得もまた含まれていた。

しばらくそうしていた後、凪原は顔の向きだけを変えて照山に問いかける。

 

「なんか変かもな、とは思ってたんだ。――テルは平気ってことだろ?」

「おうよ万全も万全、ってのとはちょっと違うけど特に問題はないぞ」

「ならどうにかなる、か。ハヤと圭も来てくれたし」

 

 そう言うと大きなため息を一つついてから凪原は体を起こし、今度はそのまま背もたれに寄りかかる。

 

「にしても、言われるまで気づけないってことは結構頭の方にもキてんのかね」

 

 再びガシガシと頭を掻く凪原。そして口にしたのは、主部やその他もろもろを省略した脈絡のない言葉。

 他人が聞いたら全く意味が分からないでも、この場においては問題ない。相手に意図を伝えられない言葉に意味はないが、逆に言えば伝わりさえするどれだけ省いてもいい。

 現に早川と照山は凪原の言いたいことをすぐに理解し、少し考えるとすぐに話し始める。

 

「なくはないだろうけど、そこまで考えなくてもいいんじゃない?今の理解の早さが出るなら問題ないでしょ」

「だな、起きてるときは普通っぽいし気づけなくても仕方ないと思うぜ」

「実際のとこ寝て起きたら収まるからな。ただはちょっと気にかけて調べる必要があるな」

「それよか身体の方の現状把握が先だろ。今後どうするにしてもそこが分からねぇとどうにもならないぞ」

「そりゃそうだけど――「ねえナギ」――どうした胡桃?」

 

 掛けられた声とクイクイとひっぱられる感覚に視線を横にやれば、隣に座る胡桃が凪原の服の裾辺りを小さくつまみながら困り顔を向けてきていた。

 

「えーっと、出来れば色々説明してほしいんだけど。ナギにはさっきので通じたみたいだけどあたしは全然だよ」

「というかボクらも完全には理解できてないんだよね~。相変わらず会長達は会話をすっ飛ばすから付いていくのが大変だよ」

 

 そして便乗するように口を挟んできたのは桐子。ノリこそ軽いものの、そもそも彼女はどうでもいいと判断したら全く話を聞かないタイプだ。なので態度とは裏腹にそこそこ真剣なのだろう。

 

「あれ?さっきちゃんと説明しなかった?」

「『めんどくさいから会長が来たらまとめて話す』って言ってそれっきりだよ!」

「ナギ達が起きてくるまでシンキングタイムだ、とか抜かしてたな」

 

 キョトンとした顔で首をかしげる早川に声を大にしてツッコむ桐子とそれを補足する照山。

 シレっと無関係を装っているが説明をしていない時点で同罪である。どうせ彼も面倒を嫌ったのだろう。

 

「めぐねえも話してなかったの?」

「ふぇっ!?あっ、えっと私は篠生さんの診察をしていたので……」

 

 凪原の言葉に一瞬驚き、ついで慌てながらもそれらしい言い訳を話す慈。

 この場のメンバーの中で最年長であるのに、目を逸らしながら人差し指同士をつんつんさせる動作が似合うのが彼女らしい。

 

「それでそのまま忘れた、と」

「うぅ、そのとおりです…」

「さすがめぐねえ」

「そっ、それはどういう意味ですかっ!?」

 

 両の拳を振り上げる慈を『どうどうステイステイ』と宥めながら凪原はこっそりと息をつく。少ない言葉でも理解することはできるが、それと平常心を保てるかは別問題だ。

 できれば入ってきた情報を咀嚼し整理する時間が欲しいと感じていたので、胡桃の質問とそこからのごたごたは都合がよかった。

 

(さーってと こりゃなかなかの厄介ごとだな、どうしたもんかね。―――でもまあ、)

 

―――どうにかなんだろ

「ん?ナギなんか言った?」

「いんやなにも。それよりそろそろ服を放してくれ」

「あっ!」///

 

 

 

====================

 

 

 

「では改めて、ナギとくーちゃんが人生の新しいステージに進んだことについて説明するわね」

「おい言い方考えろバカ、胡桃が固まっちまったじゃねえか。――あとそっちの夫婦(篠生と高上)、顔赤くして黙るんじゃない。レベル的にはお前等の方が上だろ」

 

 仕切り直しののっけからふざける早川に、しかし凪原は苦笑しながら軽く文句を言う程度だ。

 世の中には会話の間中常に真剣に話せるタイプと、隙間隙間にに冗談やネタを挟まないと話せないタイプがいる。

 もちろん早川は後者であり、凪原、そして照山も同様である。そして巡ヶ丘31期の愉悦派も全員が後者だ(むしろそうであるからこそ愉悦派なのだとも言える)。

 

 多少のジョークは会話の合間の潤滑油、それがあるからこそ議論が円滑に進む。というのが彼等の弁だが、その議論の結果導き出される結論は、一般的な感性を持つ者からすれば突飛極まりない。

 仮に何かの偶然が重なり、天文学的な確率でまともな結論にたどり着くとしても、それまでにかなりの遠回りを強いられることになる。

 

 そして大抵の場合はなんの奇跡も起こることなく、常人の発想の埒外の結論が完璧な理論武装を施されたXファイル(イベント計画書)が職員会議に提出されるのだ。

 その勢いに押し切られ、教師陣と穏健派が何度振り回されたかは数えきれない。

 

 しかし、人間とは学習する生き物である。

 多くの経験から生徒会や愉悦派に対する最適解を導き出した。

 

「そこまでです、話がややこしくなるので今は真面目にやってください。しのうさん、無理のない範囲でお願いします」

「ッ、了解です。ねえ凪原君達?私まだ時期的には全然動いて大丈夫なんだけど、久しぶりに、やる?」

「「「いえ、遠慮しておきます」」」

 

 ゆらり、と独特な構えを見せる篠生を前に、元生徒会役員の声が揃い背筋が伸びる。

 今回に限っては何もしていない照山まで同じ反応を示しているあたりなかなかの威嚇効果が窺える。

 

 導き出された最適解、それは機先を制しそのまま抑え込むというものだ。

 なんとも簡単なものだが夜討ちや朝駆け、いわゆる奇襲は古来より重要な戦術として受け継がれてきている。その効果のほどは折り紙付きだった。

 

 事実、第31期の後半には篠生率いる憲兵隊が生徒会室に強制捜査をかけ、草案段階だったいくつかのイベント(開催された場合にかなりの問題発生が予想されるもの)開催を阻止することに成功していた。

 ただ、この捜査は厳密な情報管理のもとに行われたのだが、憲兵隊が踏み込んだ時には既に凪原達は脱出していており室内はもぬけの殻、ということも数回はあった。

 次に憲兵隊が捜査に入るのはいつか、そしてそれは成功するのかというのは当時の巡ヶ丘学院生徒の定番の話題である。

 

 

 閑話休題。

 

 

「さて、そろそろ真面目に話すか」

「そうね」

「だな」

 

 コホン、と咳払いする凪原に続いて頷く早川と照山。

 初見の人が見れば3人とも謹厳実直、模範的な生徒会役員に見えるのだが、これまでの彼等を見ている面々からすればどうにも茶番の気配が拭えなかった。

 

「真面目に話始めるまでに30分以上って………」

「んーこれくらいなら早い方だと思うよ、会長達からすれば。普通に3時間ぐらい駄弁ってたりしてたし」

「大丈夫なの、それで?」

 

 声に呆れをにじませた晶とそれに応じる桐子。

 しかしそのフォローの言葉に今度は比嘉子が首をかしげる。彼女の顔には『生徒会だよね?』という思いがありありと表れている。

 

「へーきへーき、あの人達高校の時点で人外の領域に足突っ込んでたし。仕事が終わるまで帰らないから」

「「は?」」

 

 思わず聞き返した2人に桐子はパタパタと手を振りながら続ける。

 

「一般的な生徒会の仕事とか、その他のイベントの立案とか準備とか、その辺の仕事がちゃんとできるまで帰らないんだよ。それこそ下校時刻を過ぎようが夜中になろうが、例え泊りになってもね。ま、耐久力が人間の比じゃなかったね」

「聞こえてるからその辺にしとけよー、ってかその耐久力が無くなってるのが問題なんだっての」

 

 放置するとそのまま延々と高校時代の自分達の話をされそうなのでストップをかける凪原。

 桐子が『ほーい』と手を敬礼するのを確認し、ようやく胡桃へと向き直った。

 それと同時に彼の纏う雰囲気が変わる。どこからともなく取り出した伊達眼鏡をかけていることからも分かる通り、最近あまり見ることのなかった教師モードである。

 

「んじゃ胡桃。いきなりだけど俺と胡桃、あと高上と隊長、この4人の他の人と違うことと言えば?」

「感染してるかどうか、でしょ」

「その通り」

 

 当然とばかりに答える胡桃を肯定し、凪原は立ち上がると部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張ってくる。

 マーカーのキャップをキュポッと外して今挙げた4人の名前を書くと、すぐに篠生と高上の部分を括弧で囲んでしまう。

 

「今胡桃が言ったように俺達4人は感染してる。まあ言っといてなんだけど、隊長たちは感染したのがつい最近だから今は一旦置いておく。もちろん無関係ってわけじゃないぞ」

 

 今後は自分等と同じようなるからな?、という意思を込めて視線を向ければ当の2人は真剣な表情で頷いた。

 それを確認して凪原はまた口を開く。

 

「そんで残りの俺と胡桃だけど、感染してからもう半年以上だ。当然その間に色々影響が出始めている」

 

 言いながら凪原はボード上にマーカーを走らせる。2人の状態に関して感染前と比らべてそのままのものと変化したもの、それぞれ色を変えて記述していく。

 

「基本的な精神構造はそのままだ。幸いなことにカニパに目覚めることもなく至って正常、これはワクチンのおかげだな。あと感覚機能はだいたい変化なしだけど、温度感覚だけ微妙に鈍ってる」

 

 サラサラと、話すのとほぼ同じでスピードで、しかも読みやすい字を書いていく凪原。

 

「逆に変化があったことといえば、やっぱり一番は体温の低下だ。今は2人とも29℃くらいで安定してるけど、どう考えても普通じゃない。温度感覚のズレはこれが原因だろうな。あとは身体能力の全体的な向上。つってもこれは筋力が上がったとかじゃなくて、脳のストッパーが少しイカレたんじゃないかと俺は思ってる」

 

 体温についてはともかく、身体能力云々についてはこちら(大学)に来てからに話すのは初めてだ。

 学園生活部側は落ち着いているのに対し、大学組は新情報に驚いている。彼女等の頭に浮かんでいるであろう疑問に答えるべく、少し時間を空けてから凪原は説明を続ける。

 

「奴等と白兵戦やったり見たりした人には分かると思うけど、奴等って動きがのろいわりに力は強いんだわ。特に握力とかは驚異的だな」

 

 ゾンビに掴みかかられてどれだけもがいても振り解けずにそのまま餌食になる様は、パンデミック初期の頃によく目にした。壮年の男性がどう見ても高校生には見えない女子生徒に掴まれてもがく姿はなかなかにシュールだった。

 一同も多かれ少なかれ同じような場面を目撃、あるいは経験していたのだろう。皆微妙に顔色を悪くしている。 

 

「前に女性の奴等の握力測ったら50kgくらいあってびっくりしたわ、男だと普通に70以上いってたわね」

「数字が知れたのは嬉しいけどどう測ったよ?」

「データが取れるなら取った方がいいと思ったから圧力計をちょいと改造してな」

 

 ゾンビの握力を計測するなどという、過激な動画投稿者でも思いつかない(仮に思いついても実行には移さず、移したら移したで高確率で喰われる)行動をサラリと報告する早川と照山。

 普通ならドン引くところだが31期からすれば『ちょっと頑張ったな』程度のものだ。凪原も特にツッコむことなく得られた情報を脳内に書き込んでおく。

 

「じゃあ具体的な数字が分かったところで続きな。まあ握力70オーバーの人間がそうそういるはずがないわけで、なら奴等に転化したことで握力が上がったと考えるしかないっつーことになる」

 

 眼鏡の位置を戻しながら凪原は話を続ける。いつの間にやら白衣を身に纏っているがいつものことなので誰もあえて指摘はしない。

 

「ただ握力が上がったっつっても奴等が筋トレなんかしてるはずがない、というかして堪るか。んでなんでだろうなーって考えた結果、さっき言った脳の安全機能がイカレたんじゃねえかって結論に至った」

「あー、なんだっけ。人間の脳は『全力を出せ』って命令と『出すな』って命令を同時に発令してるとかいうヤツ?」

「そうそれ」

 

 思い出したように口を挟んだ桐子を指さして頷く凪原。

 

「全力を出すと体にもダメージが来るからってことで、脳は無意識のうちに出力をセーブしてるらしい。ま、要は人が出せる筋力の限界は思ってるより数段上なわけだ。んでもってこのセーブはその人が理性的であるほどしっかり働くみたいでな」

 

 以前ニュースで度々聞くことのあった『ついカッとなって』というのは理性的でなくなった瞬間にこのセーブが緩んでしまったことに起因するのだろう。

 理性的でない人間は獣に近づき、そして獣は恐ろしい力をふるう。

 

「奴等はどう考えても理性的じゃないからな、この辺のセーブが丸ごとフッ飛んでるんだと思う。んで、同じことが感染してる俺と胡桃にも起きてるってわけだ。もちろん理性はちゃんと残ってるからその分各種身体能力の向上幅が小さいのも納得できる」

 

 これが、自身の身体に起きた変化に対する凪原なりの結論だった。

 データが少なすぎるうえ多くの部分が推測だが、一応筋は通っている。

 今後、篠生と高上の身体に同じような変化が起きれば、この説の信頼性はさらに高いものになる。

 

「ということで、2人はこれから定期的に筋力とかのデータを定期的に取ってもらいたいんだけど?」

「うん、分かったよ」

「そういう事なら、喜んで協力するよ」

 

 そう凪原が水を向けると、どちらも快く了承してくれた。

 自身の身体に関することだ、2人とも気になっているのだろう。

 

「ありがとう。――さて、3つ目の大きな変化は奴等から襲われにくくなるってことだが、これについては正直よく分からん。以上、終わり」

「「「ちょっと待った(待って)!」」」

 

 唐突に説明をブン投げた凪原に多方面からツッコミが入る。

 

「いきなり大声出すなよ、びっくりしたぞ」

「いやいやいや、そりゃ大声も出すよッ。何今の、さっきの運動能力の話と比べて短すぎでしょ!3行で説明しろってレベルじゃないよ!?」

 

 顔をしかめる凪原に構うことなく一番大きな声でツッコミを入れた桐子の主張は、まあもっともである。

 しかし凪原としてはもう少し手短に進めたい。まだこの後に今一番話すべき変化があるので端折れるところは端折りたいのだ。

 とはいえ、やや話しすぎたので少し休憩したいという思いもある。

 

「う-ん………、よし。じゃあ胡桃、今言った俺等の体質について説明頼むわ」

「へ?」

 

 少し考え、何かを思いついた表情になった凪原は胡桃に声をかける。

 一瞬間の抜けた返事をした胡桃だが、内容を理解すると同時に先ほどの桐子と同じくらいの勢いで詰め寄ってくる。

 

「いやいやいやっ、いきなり投げてくんなってッ。ナギが説明した方が絶対いいだろ、分かりやすいし!」

「人に分かりやすく話す能力も大人になるうえでは必要だぞ。あとシンプルに俺以外の視点からも話した方がいいだろ」

「そりゃそうだけど…」

 

 てきとうに丸め込み、渋々ながらホワイトボードのところまで来た胡桃と入れ替わるように席につく。

 軽く目を閉じた凪原は自身に起きていた4つ目の変化を分析すべく、高速で頭を回転させていた。

 





それではまた次回!


胡桃「えーっと、『力尽きたので今回は後書きはナシです、ごめんなさい』だってさ」
凪原「あにゃろう、ちゃんとペース配分考えて書けよ」


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7-8:顕在化 下

上中下編、ラスト


「うぁ~~、つかれた…」

 

 胡桃は席に着くなりテーブルに突っ伏して呻いていた。頭だけでなく両腕まで天板の上に投げ出しているあたりかなりお疲れのようだ。

 なぜこうなっているかといえば理由は単純。彼女はまでゾンビに襲われにくいという自身と凪原の後天的な体質について話していて、それがつい先ほどようやく終わったのだ。

 

 体質の検証を一緒に行ったので学園生活部側の面々には既知の内容だったが、イシドロス大学側にとっては初耳のことばかり。静止に次ぐ静止と質問に次ぐ質問、全てを事細かに説明するまでには時計の短針が一回りするだけの時間が必要だった。

 そして今は、もたらされた情報をそれぞれで咀嚼し、理解するための休憩時間である。

 

「はいお疲れさん」

 

 そんな彼女を軽く労いながら、凪原は飲み物の入ったコップを顔の近くに置く。

 こちらは胡桃が話している間に休むことができたので顔に疲れの色は見られない。

 むしろ、楽しそうな笑みを浮かべてさえいた。

 

「なんか軽い、あたしがすごい頑張ったってのに」

 

 突っ伏した状態から顔だけを上げ――それでも顎はテーブルにつけたまま――、胡桃は不満げな声と視線を凪原へと向ける。

 

「まあまあ でも人に説明するいい練習になったろ?」

「なったけどさぁ」

 

 自分は分かっていることであっても、全く知らない人に1から説明するのは意外と難しい。

 しかし、この能力は人と接するうえでかなり重要なものでもある。

 よって鍛えるに越したことはないのだが、情勢的に学校で学ぶというわけにもいかぬうえにいつもは凪原がやってしまうことが多いため、今回はこれ幸いと胡桃に説明役をさせてみることになったわけである。

 とはいえいきなり振られた彼女は大いにテンパり、普段とは別種の苦労を強いられた。

 

 もっとも、苦労の一因はただ慣れないことをやらされただけではなかったりする。

 

「それになんだよこれ、袖長すぎだろ。マーカーが持ちにくいから字を書くの大変だったんだぞ」

 

 そう話す胡桃の格好はいつもの制服姿、の上に白衣を羽織っていた。しかも通常のものではなくいくつかの改造が施された特別性を、である。

 

 一番大きな特徴は彼女が言った通り袖の長さだ。袖チラとか彼服とかいうレベルではなく、もはや完全なる袖あまりだった。

 現に軽く腕を持ち上げているにもかかわらず彼女の手は見えず、袖の先端は机の上に垂れてしまっている。指先からの長さは20センチほどはあるだろう。

 それでいて裾丈自体は胡桃(というよりは一般的な女性)の体に合うように作られていた。

 さらに肩には腕章のようなパーツが付いていたり、腰のホルダーには試験管を差せるようになっていたりと、なかなか奇抜なデザインの白衣である。

 

「やっぱ教師役の時は白衣だろってことで用意しといたんだ。似合うと思ってたけど想像通りだな」

「いろいろ言いたいけどとりあえず、これ白衣じゃなくてもはやコスプレだろ!どっからこんなの持って………、いや待てよ?なんか見覚えあるぞこの服」

 

 「これ忘れてた」と言いながらベンゼン環を模した首飾りを掛けてくる凪原にツッコみを入れる胡桃だったが、言葉の途中で何かに引っ掛かったかのように黙り込む。

 もう少しで思い出せそうなのだが、自分の中の何かが思い出さない方がよいとも言っているように感じる。

 

「あ、くーちゃん思い出した?それうちらの代(31期)の化学部の奴等のユニフォーム」

「ああッ、あの変態集団か!」

 

 早川の言葉に胡桃が思わず叫んだのも無理はない。

 なぜなら巡ヶ丘31期の化学部は曲者ぞろいの同期の中でも指折りの変人集団だったからである。

 さらに言えば頭に『周りに迷惑をかけるタイプの』という言葉が付く。

 

 そんな彼等を一言で表すなら、マッドサイエンティストという単語をおいて他にないだろう。

 日夜専用の実験室(旧校舎のもので化学部の部室だった)にこもり怪しげな薬を調合する。それだけならギリギリ問題ないのだが、彼等はそれを無関係な生徒にいきなり投与するという暴挙を日常的に行っていたのだ。

 無駄に学力優秀な部員達の作る薬は毎回愉快な効果を発揮し、ひどいときには学校全体が蜂の巣をつついたような大騒ぎになることもあった。

 凪原達生徒会が篠生率いる憲兵隊と組んで鎮圧する側に回っていたと書けば、どれだけのレベルだったかは想像できるだろう。

 

 そんな彼等のトレードマークこそ、今胡桃が着ている改造白衣といわけなのである。

 

 なお胡桃がそんな問題児集団のことを忘れていた理由だが、こちらには少々事情がある。

 『被検体(モルモット)は健康的で活きがいいのが望ましい』という考えの下、実験台になるのは運動部の者が多かった。

 そして彼等の作る薬は体の安全こそ保障されていたが、メンタルには多大なダメージを与えることが度々あった。というかそれを目的としていたタイプもいくつかあった。

 当時すでに陸上部に所属して期待の新人と目され、しかし1年であるがゆえに先輩に対して強く拒絶できない胡桃は化学部員(変態共)からしたら格好のカモならぬモルモットであり、―――つまりはそういうことである。

 詳細については彼女の精神安定上省略する。

 

「はぁ〜もう、色々思い出したら余計に疲れた。おいナギ、お前のせいだぞ!」

「はいはいそう怒んなって、ほら胡桃の好きな一口チョコあげるから」

「そんなお菓子じゃ騙されないからな」

「いらんの?」

「いらないとは言ってない」

 

 仏頂面をしながらも口を開けて凪原の方を見る胡桃、どうやらあーんを御所望のようだ。

 笑いを堪えつつ包み紙を剥がしたチョコを口に入れてやれば、一転して表情を綻ばせる。

 

「うまい?」.

「………。」(コクッ)

「もう一個いる?」

「………。」(コクッ)

「はい」

「………。」(パクッ、モグモグ)

「はい水分」

「♪~」(チュー)

(何このかわいい生き物)

 

 すっかり気を良くし、差し出されたコップのストローを咥えてジュースをすする胡桃の姿に凪原の中で何かが芽生えかけたが、こちらも詳細については割愛することにする。

 

 

 

====================

 

 

 

「よーし、んじゃそろそろ続き始めっぞ」

 

 再びホワイトボードの前に立った凪原がそう声を掛ければ、思い思いに過ごしていた面々がテーブルへと集まってくる。

 休憩を挟んだことで皆集中力が程よく回復したようである。

 

「とはいえこれはさっきめぐねえに言われて気付いたばっかだからな。ハヤ達の方が分かってるかもしれないし、俺の理解が違ってたらその都度教えてくれ」

「はいはーい、逆にうちらは傍から見てるだけだから感覚的なところは分からないしね。その辺の認識も詰めていきましょ」

「ああ頼む」

 

 返事をした早川と頷き合ったところで本題に入る。

 

「さて感染して起きた身体の変化その4、さっきも言いかけた気がするけど一言で表すなら耐久力の低下ってなるのかね」

「まあそうなとこだろ。ただこれまで見てた感じでは持久力とかは前と同じだし、その表現でいいのかは結構怪しいぞ」

「たしかにそうなんだよなぁ、純粋な身体能力として見たらむしろ上がってるし…」

 

 普段とは異なり凪原の話し方は微妙に歯切れが悪い。

 先ほどの言った通り自身でもよく理解できてないが故のことだろう。

 

 ただ、話す側がそれでは聞く側はさらに分からない。

 凪原と一緒に昼寝をしていてその間の会話に参加していない胡桃、そして参加はしていたのだろうがあまり理解力が高い方ではない桐子に圭は首を傾げたままだ。

 

「えーっと、つまり?」

「あー、そうだな………。――ざっくり言えば寝る時間がたくさん必要ですって感じだ」

「?、睡眠不足ってこと?」

 

 胡桃の言葉に少し考え込んでから凪原が出した答えは胡桃の疑問を解消するには至らなかった。

 首を傾げたままの彼女にどう説明したものかと思案しながら言葉を紡ぐ。

 

「まあその認識でも合ってるっちゃ合ってるけど、睡眠不足になりやすいって言った方が近い。胡桃もさっき倒れかけたのは眠気からだろ?」

「や、だからあれはちょっと疲れが出ちゃっただけだって。それにナギだって倒れかけたんだろ、仕方ないとはいえシフトが少しきつかったとかじゃないのか?」

「いや、違うな。シフトが多少きつかったは事実だけど原因はそこじゃない」

 

 胡桃の言葉を凪原は首を振って否定する。

 

「現にテルには全く異常が出てないし、胡桃はともかく俺が日に6時間も睡眠取れてて体調に支障をきたすのがおかしいんだ。元々俺はショートスリーパー気味だってのに」

「そういえば前ナギは1日3時間睡眠でもピンピンしてたもんな」

 

 思い出したように胡桃が呟く。

 パンデミック初期の頃、まだ巡ヶ丘高校のバリケートが完成していなかった時、凪原は毎日不寝番をしていたのだ。

 当時の睡眠時間は今の半分ほどだったのに、凪原は日々問題なく動けていた。その元気さに胡桃達は驚くやら呆れるやらしたものである。

 

「そうなんだよな、それに生徒会時代は徹夜で作業することも珍しくなかったし。それにそもそもめぐねえが言ってたけど、俺とか胡桃くらいの年なら6時間寝てりゃ普通に動けるみたいだし。そうなんでしょ?」

「はい。もちろんきちんと睡眠時間を確保した方がいいんですけど、6時間寝れているなら少なくとも重大な健康被害は出にくいと言われていますね」

「倒れて意識を失いかける、ってのが重大な健康被害に含まれないはずがないな」

 

 改めて慈の説明を聞いて凪原は頷き、「要するに」と前置きをして結論にかかる。

 

「今の俺と胡桃の状態は異常で、それは感染によるものだろう。症状としては普通より多めの睡眠が必要で、それが確保できないと突発的な睡魔に襲われてその場で意識を失う可能性がある―――言ってみて思ったけどかなり怖いな。拠点ならともかく出先だったら最悪致命傷だぞこれ」

 

 自分で口にしてみて改めて危機感を抱いたのか、腕を組んで考え込む凪原の額にしわが寄る。

 

「早いとこ具体的にどれくらい寝れば平気なのかを確かめた方がいいだろうな、それにある程度慣れといた方がいいだろうし」

「そうなんだけど、検証とはいえまたあの感覚を味わうのはちょっとごめんこうむりたいかな」

 

 照山の提案は妥当なものの、それに答える凪原の表情は暗い。

 実際に経験した者でないと分からないことだが、改めて思い返してみれば図書館で凪原を襲った眠気は尋常なものではなかった。

 まるで糸を切られたマリオネットかのように、脳と体の接続が一瞬で断ち切られるあの感覚は、何度経験しても慣れるとは思えない。

 そしてもし仮に、周りに誰もいないところであの発作が起きたら―――

 

(―――目を覚ますことができるかも分からないまま、たった一人で意識を手放すことになる?)

 

「ッ!」

 

 反射的に右手で左の上腕を握り、凪原は体に走った震えを力業で抑え込む。

 隣では胡桃が自身の両腕を搔き抱き、それでも堪えることができずにわずかに震えていた。

 ()()()()を想像して2人が感じた恐怖は根源的なもので、人が人である以上克服することはできない類のものだろう。

 

「悪りぃ、ちょっと検証は無理だ」

「お、おう分かった。その感じだとマジで無理そうだな」

 

 皆が見ていることなど全く構わず、胡桃を抱き寄せて落ち着かせながらそう言う凪原に、照山もこれまで見たことのない親友の様子に戸惑いつつも同意した。

 しかし、それで問題が解決したわけではない。

 

「ただそうなると、どれくらい寝りゃ平気なのかが分からな「今の状態なら1日10時間くらい寝てりゃ大丈夫でしょ」――ハヤ?」

 

 2人を気遣いながらも懸念を示そうとした照山だったが、それに割り込んだ早川の発言に彼だけでなく凪原、そして先ほどまで沈痛な面持ちをしていた他の面々の視線が彼女に集中する。

 一同が浮かべる感情は一つ、なぜそんな風に断言できるのか、である。

 それに対し、早川は逆に不思議そうな顔をしながら口を開く。

 

「なにみんなして変な顔してんのよ。その発作は大学(こっち)に来て今日初めて起きて、放送局に居た時には一回も起きてないんでしょ?だったらその時と同じくらい寝てれば問題ないってことじゃない」

 

 アッサリと、何でもないことかのように早川は続ける。

 

「基本的に夜寝てたのは7,8時間くらいね。あとナギとくーちゃんはいつもどっかのタイミングで昼寝してたでしょ。それが長くても2時間くらいだったから、1日10時間寝るようにしとけば心配しなくていいと思うわ」

 

 毎日毎日くっついて寝てるからお熱いことでって思ってたけど、案外無意識のうちに体が睡眠を求めてたのかもね。そう言って笑う早川を前に、しばらくの間誰も声を発することができなかった。

 

「………ハヤ」

「ん?」

 

 数十秒、あるいは数分の後に沈黙を破ったのは凪原だった。

 応じるように首を傾げた早川へ向けた言葉は、尊敬と感謝の色を帯びていた。

 

「お前、天才かよ」

「ふふんっ 気付くのが遅いわよ」

 

 そのやり取りを皮切りに、室内の空気は一気に弛緩した。

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃ凪先輩と胡桃先輩のイチャつきには意味があったと分かったところで」

「さしあたっての問題は、次に発作が来た時にすぐに寝れる状況じゃなかった時どうするか、か」

 

 凪原に代わり進行役を務めているのは照山と圭だ。

 それぞれ早川や美紀と一緒にいることが多いものの、この組み合わせもそれなりの頻度で見かける。どうやらゲームや漫画の趣味が近く話していて盛り上がるらしい。

 

 それはさておくとして、今は照山が言った懸念についてだ。

 早川の知恵によりとりあえずは発作の発生は抑えられそうだったが、万が一は起こるかもしれない。

 それでも単独行動をせず、常に誰かしらが傍にいるようにすればその場で眠り込むという事態は避けられる。

 問題なのはその後に残る強い眠気である。第一波ほど強烈ではないとはいえ頭も体も十全に動かすことができなくなるため、そうなってしまったら可及的速やかに睡眠をとらなければならない。

 

「前に似たようなことがあった時はそのまま寝れたからなぁ。次もそうとは限らないからなんか手を考えときたいところではあるな」

 

 思い返してみれば、凪原と胡桃は感染以後に度々強めの睡魔に襲われてきた。

 その時々で眠気を感じるだけの理由があり、また偶然にもそのまま眠ってしまっても問題ない状況であったために見過ごしてしまっていたのだ。

 

 しかし、今後もそのような幸運が続くとは限らない。

 すぐに寝ることができない状況で発作が起きた場合の対応策は考えておくべきだろう。

 

「はい」

「お、じゃあハヤ」

 

 唐突に早川が手を挙げたので照山が指名する。

 先ほどのこともあるので皆の注目が集まる中、彼女は自信満々に口を開く。

 

「発作が来たらすぐにうちと組手するってのはどう?」

「何をどう考えたらそんな提案になんだよ?」

「普通そこはコーヒーを飲むとかって意見が出てくると思うんだけどな……」

 

 さも名案だと言わんばかりの早川の言葉に呆れ顔になる凪原と照山。

 期待が大きかった分感じるがっかり感も強い。

 

「だってほら、アドレナリンがたくさん分泌されると脳が覚醒状態になるじゃない?だから組手とかすれば手っ取り早いと思ったのよね」

「お前とそのレベルの組手やったら普通に怪我するっての」

「やっぱりハヤはバカだったか」

「だな。さっきは天才かと思ったけど紙一重でバカの方だったみたいだ」

「2人とも表に出なさい、今すぐに怪我させてあげるから」




はい、もとは1話で終わらせるつもりが2話に延び、それでも終わらずに本作初の3話構成となった『顕在化』がようやく終了しました。
………ほんとね、筆が乗るとダラダラと文量が増えてしまう癖を何とかしたいです。

でも後悔はしてません!←開き直り
この辺りの話は結構前から計画していたので、今回書くことができて楽しかったです。←圧倒的自己満足

凪原と胡桃が感染した3章以降、この2人は何かと一緒に寝ている場面を多く書いてきました。読者の皆様の中には『またかよ、こいつ(筆者)ワンパターンすぎだろ』と感じた方もいらっしゃったかもしれません(というか筆者自身何も知らずに本作を読んだら感じると思います)。
でも実はそれは2人の気持ち以外にも、感染による体の変化を無意識のうちに解消しようとしていたという設定でした。

特に凪原については、感染前はほとんど眠気を感じさせるような描写をしていません。そして感染以降は徐々に増やしていたのですが、その過程においても段々と睡魔のレベルが上がっていくように書いていたつもりです。
少しでも『なるほど』と思ってもらえたら筆者としてこれに勝る喜びはありません。


ちなみに、2人のこの症状は一応は原作準拠です。睡眠量の増加がはっきりと示されるのは10巻ですが、それ以前にも兆候は出ていました。
とはいえ、本作は既に原作からだいぶ離れてしまっているので具体的な症状については参考程度です。

さて、あまり後書きを長々としても意味がないので最後に現時点での凪原と胡桃の体質を書いて終わりにします。


凪原と胡桃の後天的特異体質

①体温の異常低下
現在の平熱はおよそ29度0分。なおこれは深部体温のため皮膚や手足の温度はさらに低い。ただし体温低下により本来起こるはずの身体異常は生じていない。

②各種身体能力の向上
正確には脳が無意識に掛けているストッパー緩んだことで、より理論値に近い出力が出せるようになった。火事場の馬鹿力が常に発動しているような状態。

③対ゾンビステルス
ゾンビの知覚範囲に入っても襲われない。認識はされるが捕食対象からは外れている模様。ただし完全なものではなく大きな動きをすると襲われてしまう。

④必要睡眠量の増加
足りていないと暴力的な睡魔の発作に見舞われる。その際の眠りはどちらかというと気絶に近いものとなる。必要な睡眠量は10時間/日程度と推定される。


そしてちょっとした連絡ですが、来週は投稿をお休みさせていただきます。
実はこの辺の話を書いているうちに、プロットを変更する必要が出てきてしまったのでその練り直しを行うためです。
再来週は投稿できると思いますが無理だったらごめんなさい。

では今回はここまでとなります。
それではまた次回!


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7-9:配管工

お久しぶりでございます、3週間ぶりですね。
筆者的には色々とゴタゴタしている間にいつの間にか時間が過ぎていた感じなんですが、読者の皆様にはお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

それでは本編7章第9話です、お楽しみください。


*章タイトルを変更しました。


「よいせ――っと。くそ、やっぱりきついな」

「おいナーギー、早く行けよー。全然前進まないじゃん」

「んなこと言われてもしょうがないだろ、体のサイズ的に無理があるんだって」

 

 やや苦しそうな様子の凪原とそれを揶揄うように声をかける胡桃。

 立場が逆ならば日々の訓練時間などによくある光景だが、今回のタイプはなかなか見られない。

 

「早く行かないなら突っついてやる」

「あっちょっ、おい胡桃ッ。お前それ以上やったらあとでやり返すからな!」

「へへーん、そんなこと言っても今はやり放題だからなー」

んにゃろ…、マジで覚えとけよ]

 

 ウリウリ~、とちょっかいを出すのをやめない胡桃に、凪原は割と本気の声で復讐を誓う。やられっぱなしでは今後の力関係に悪影響を及ぼしかねないので当然である。

 

 と、会話だけ聞いていればごくごく一般的なカップルのじゃれ合いだ。おおかた帰り道の途中で彼女が体格のほとんど変わらない彼氏におんぶでも要求しているのだろう、そんな状況を思わせる。

 

 しかし実際のところ、凪原と胡桃の現状は想像されるものとはかなりかけ離れていた。

 当然凪原は胡桃をおんぶしていないし、帰路の途中というわけでもない。というよりそもそも立ってすらいないのだ。

 

「にしてもいよいよもって映画になってきたな」

「うん、あたしもダクトの中を這い回ることになるとは思ってなかったよ」

 

 現在、2人は通気口(ダクト)の中を匍匐前進中だった。

 金属製の薄板に囲まれた空間をゴソゴソと移動していく様は、たしかに映画さながらである。

 そして、凪原は悪態をつきながらダクトの中を進む映画の登場人物達の気持ちを嫌というほど味わっていた。

 

 なにしろダクトの中は狭い。

 もちろんこうして人が通れる時点でかなり大型なのは理解している。常に多くの人間が利用し空調や換気に気を配る必要がある大学という施設だからこそ、これだけのサイズのものを用いているのだろう。

 

 しかしそれでも内部は60センチ四方程度しかない、もし凪原達が閉所恐怖症であれば間違いなく発狂ものだ。

 幸い2人とも今の状況にロマンを見出すタイプなので問題なかったが、感じる息苦しさはいかんともしがたい。

 現実的な問題として、このような閉鎖空間に長くいれば酸欠を起こしてしまう。

 

 ゆえにさっさと通り抜けてしまうに限るのだが、急ごうと思うだけで急げるのなら苦労はしない。

 特に凪原は後ろにいる胡桃に当たってしまわないよう、足を動かさずにほとんど腕の力だけで進んでいるので尚更である。

 そして、胡桃にしても匍匐前進の練習などしたことないので簡単には進めない。

 

「くっ、そろそろ腕が死ぬ」

「あたしもこれ絶対明日変なとこ痛くなる」

 

 思わず弱音を吐いてしまう2人。

 体力に自信があったとしても、普段使わない筋肉の酷使はかなり堪えるのだ。

 

 

 ところで、ダクトは映画において敵から逃げるか隠れるためのルートとして登場するのが大半だ。

 まあそんな状況でもなければ好んで入りたい場所ではないので当然である。

 その法則に従えば、今の凪原達も何かから隠れ潜んでいるというこちになるのだが―――

 

―――実際その通りだった。

 

「静かに、もう武闘派の人のエリアに入ってるから……うるさいと見つかっちゃう」

 

 2人に対して注意の声が掛けられる。

 言ったのは比嘉子だ。

 胡桃の前を行く凪原のさらに前方、2メートルほど離れたところから顔だけ振り返り湿度の高い視線を向けてきていた。

 

「おっとすまん」

「あっごめん」

 

 学園生活部ジト目が似合う人グランプリ(31期生徒会主催)にて美紀と人気を二分する彼女のジト目には、見つめられると何となく謝りたくなってしまう謎の圧力がある。

 それに晒されて反射的に謝った2人に、比嘉子は「まったくもう」とばかりに息を吐くと顔の向きを戻して再びダクト内を進み始めた。

 引っ込み思案の性格のように見えて、意外と言いたいことは言うし芯もしっかり通っている。

 

(だからこそ桐子と仲良くなったんだろうな。そうじゃないと()()とは合わないし)

 

 移動を再開しながらそんなことを考える凪原。

 彼が通っていた巡ヶ丘学院の理念は「自主自律」である。自分の力で考え行動するということに重きを置いており、中でも彼が所属する31期はその傾向が顕著だった。

 ほとんど全員が自身の確固たる行動指針を持っていたし、そういった仲間と過ごすことが心地よかった。

 

 つまりどういうことかと言えば、凪原を含め巡ヶ丘31期生はしっかりした自己を持っていない人間とはどうにもウマが合わないのだ。

 こちらがどう接しても相手は変わらないという確信があるからこそ本気で向き合えるわけで、コロコロフニャフニャと自分を変えてしまう不安定な人では接し方がいまいち分からない。

 友人を作りづらい性格ではあるがその分結びつきは強い。その上、友人の友人であってもかなりの確率で友人になれるという特徴があった。

 

(考えてみりゃ完全招待制のグループみたいなもんか、そう思えばいろいろ納得だな)

 

 同期達の中で直接関係がなかったはずの者同士が急に仲良くなったりしていた理由について、凪原は今更ながらに納得した。

 素をさらけ出した上で親しくなれた相手同士ならばなるほど、自分を間に挟まずとも仲良くなれるだろう。

 凪原と比嘉子、それから晶が初対面からせいぜい1ヶ月ほどしかたっていないにも関わらずかなり親しいと言える間柄になれているのもそのあたりが関係しているのだろう。

 

 などと現状とは全く関係のないことを考えているのを察っされたのか、凪原は後ろからは胡桃のちょっかいを、前からは比嘉子のジト目を再び受けることになった。

 

「おらボーっとすんなって、後がつかえてんだ」

「胡桃ちゃんの言う通り……。それにもう少し進んだら配管スペースに出るし、そこ降りたらすぐに備蓄倉庫の天井裏なんだから真面目にね」

 

 

 

====================

 

 

 

 さて、

 

 そもそもなぜ凪原達がダクトの中を這い進むことになっているのかというと、話は数日前まで遡る。

 

「んー、でもそうなると結構大変だよね。美紀も連れてきた方がよかったかな~」

 

 凪原と胡桃の体質についての話に一区切りがついたところで圭が口を開いた。

 

「そりゃ大変は大変だけどな。美紀も来た方がいいってのはどういうことだ?」

「え?…ああいやいや大変違い。あたしが言ったのはシフトがキツくなりそうだなって話」

 

 パタパタと手を振り、もちろん体質の方も大変だって思ってるよ、と前置きをしてから先の発言の真意を話し始める。

 

「1日に10時間以上寝ないといけないとなると、凪先輩と胡桃先輩はシフトは入れる時間が今より減るってことでしょ?そうなるとあたしと早先輩が来たとはいってもあんまり余裕ないだろうな~って思ってさ」

 

 現在の警戒シフトはキャンパス内の巡回と侵入してくるゾンビへの対処、穏健派の近くに居て武闘派からのちょっかい防止、そして休息(事実上の睡眠時間)の3交代制だ。1シフトは8時間でこれを凪原、胡桃、照山だけで回していたというのだから、感染の有無は関係なく消耗は必至である。

 当初の予定としては、これに早川と圭の2人が加わることでゆとりを持たせ、同時に遅々として進んでいなかった情報収集を開始するはずだった。

 

 しかし、感染の影響で凪原と胡桃の稼働時間が減るとなるとその予定も崩れてくる。

 安定した警戒態勢を維持するためにはこれまでと同程度の密度でシフトを組み、その分情報収集に割くリソースを減らさなければならない。

 

 圭の発言でそのことに思い至り、一同の顔が沈んだものになる。

 

「あー…、そういう問題があったか~。ボクも協力したいけど――」

「――正直役に立てる気がしないんだよね。…傘って武器になる?」

「………。」(フルフル)

「ごめんね、私達のせいだよね…」

「やっぱり僕だけでも残った方が…」

 

中でも特に顕著なのは篠生と高上だ。新しく宿った命のためとはいえ、自分達だけ安全な放送局に避難することに罪悪感を感じているのだろう。

謝罪を口にする篠生の声は震えているし、確実に避難する必要があるわけではない高上に至っては何か覚悟を決めたような顔をしていた。

 室内が重苦しい空気に包まるがしかし、それに呑まれない人間もまた室内に存在していた。

 

「いや」

「別に」

「その必要は」

「「「ないな(わね)」」」

 

 言うまでもなく、凪原、照山、早川の生徒会役員衆である。

 あっけらかんとしたその様子に驚く周りに構わず、3人はそのまま話を詰め始める。

 

「ちと厳しいが5人いりゃシフトの回しようはあるか」

「ああ、いざって時にどうにかできるなら警戒線を下げても問題ない」

「それより懸念の排除でしょ。ナギ、アンタすぐできんの?」

「やってみないとなんとも、だな。まあできるだけ急ぐさ」

「ホント頼むぞ、それ次第なんだからな」

「分かってるって」

 

 などとお互いに理解しているがゆえに色々と端折っても通じている凪原達だが、周りで聞いている側からすれば

何の話なのか全く分からない。

 ただぼうっとしている間に何やら話がまとまったらしく、3人の視線がこちらへと向けられる。

 

「ねぇとーこ、あき、ひか、それと一応しのちゃんとこうも。あなた達ってこの大学で暮らすことにこだわりってある?それとも安全なら別にどこでも気にしない感じ?」

「え?いや、ないってわけじゃないけどそこまで気にしないかな。ボク的にはゲームができればオッケーって感じだよ」

 

 唐突に早川から投げ掛けられた問いにすぐに反応できたのは桐子だけだった。

 やはり巡ヶ丘31期の、しかも愉悦派だったために比較的相手に近い思考ができたのだろう。

 一拍遅れてその他の面々も戸惑いながらでもあるもののそれぞれが肯定的な返事を返してきた。

 

「よーし、それならプランBで大丈夫そうね」

「まずプランAを試せバカ」

「そんなだから脳筋って呼ばれんだよお前は」

「あっ言ったわね、そんな――「ちょちょちょ、ちょい待って早先輩」――ん?どしたのよけーちゃん」

 

 そのまま取っ組み合い(じゃれ合い)に移行しそうな3人を前に圭が慌ててストップをかける。

 先輩達の様子を見る限り自身が思っていたほど心配しなくてもよさそうとはいえ、どういうつもりなのかは聞いておかなかなければならない。

 

「どしたのよ、じゃないよッ。ハヤ先輩達は分かってるのかもしれないけど聞いてるこっちはちんぷんかんぷんだって!もっと詳しく説明してよ」

 

 圭の問いかけを受けて顔を見合わせる3人。

 数秒間にわたる誰が説明をするかという駆け引きの末、『いつもやってるだろ(でしょ)』という2方向からの圧力に屈した凪原が説明役に収まった。

 片手を腰に当てもう一方の手で首の後ろ側をなでつつ、顔を下に上にと動かしながらどう話せばいいかを頭の中でざっと組み立てていく。

 ある程度まとまったところで『よし』、と呟いて視線を圭へと向ける。

 

「まず初めて言っておくと、圭の疑問はある程度正しいんだ。圭とハヤが来たとはいっても俺と胡桃の活動時間が減った以上これまでの警戒態勢を維持しようと思ったら無理しなきゃならない」

「でしょ?」

「ただ人数が増えることのメリットはかなりデカくてな、これまでと同じように、じゃなくすればそれなりにやりようはある」

 

 そのまま凪原は人数が増えたことによる利点を挙げていく。

 一つ、シフトにゆとりができる。凪原と胡桃の件を差し引いても人数が1.5倍以上になったのは大きい。

 一つ、瞬間的な火力が増大する。動ける人数の数というのは有事の際に取れる選択肢の幅に直結する。

 一つ、想定外というものが減る。ものごとについて考える頭が多ければ多いほど様々な想定をすることができる。

 他にもいくつかあったがおおまかなところで言えばこの3つだ。

 

「―――要するに、人が増えたからいざって時に力業が使えるようになった。だから普段の警戒ローテを下げれるし、そもそもの脅威の排除にも人を割けるようになったってわけ」

「なるほどなー、人が増えた分だけ自由度が上がったってわけか」

「人数に応じて色々やり方があるってことだね」

 

 凪原の説明に納得したように頷く胡桃と圭。

 どちらも地頭は悪くないうえ、これまで凪原の行動計画の立案を間近で見てきたのだ。すべてを説明しなくても理解が早い。

 さらに、子の様子ならもう少しすれば自分達でも問題なく作戦立案ができるようになるかもしれなかった。

 

 後輩たちの成長を嬉しく思っている凪原に横合いから声が掛けられた。

 声の主は晶で、わずかにおびえたような表情をしている。

 

「えっと、ごめん。脅威の排除ってその……武闘派のあいつ等を、ってこと?」

「はい?―――ああ、別にあの連中(武闘派)を始末するとかそういうのじゃないから心配すんなって。仲良くできるかは微妙だけど、消したいかと言われたらそこまでじゃないし」

「そ、そっか()()()()()()

 

 彼女は武闘派に属していた時間が桐子や比嘉子よりも長いため、彼等に対する思いがやや強いのだろう。凪原の言葉にほっと息をついていた。

 しかし、凪原の内心は彼女の想像とは少し異なっている。

 

(まあ、向こうが完全に敵対してきたら消すことにためらいはないわけだが)

 

 純粋な敵に対して情けを掛けられるほど凪原は博愛精神に溢れているわけではない。

 以前の野盗の場合と同じく、こちらを明確に害する意図があり、かつそれが可能なだけの力があると判断した相手は躊躇なく排除するだろう。

 残酷かもしれないが必要なことだと割り切っているし、それはきっと隣にいる早川や照山もそうだろう。

 

 とはいえ、今はわざわざそんなことを言う必要もない。

 頭に浮かんだ考えを仕舞い込み、()()についての説明に移る。

 

「脅威って言ったのはこの大学に多分保管されてる銃とかそれに類するモンのことだ」

 

 巡ヶ丘学院にも用意されていたのだ、規模の大きなこの大学に無いはずがない。

 どころかより多くのものがあると考えるのが妥当だろう。

 

「ああ、高校の地下にあったって言ってたのと同じやつね。3年も通ってたのに銃どころか地下倉庫の存在にも気付けなかったなんて、事情通としての自信が揺らいじゃうよまったく」

「それを言うならうちら生徒会もよ。学校のことなら何でも分かってると思ってたのに」

 

 桐子の言葉に合わせて大げさに落ち込んでみせる早川。

 彼女の性格上割と本気で悔しがっているのだろうが、同時に過ぎたことにあまりこだわらないタイプでもある。

 案の定すぐに顔を上げると『まっ、それはそれとして』と仕切り直した。

 

「ここにあるであろう銃、それをもし武闘派の連中が見つけちゃったら脅威認定せざるを得ないわ。そうなったらめんどくさいことになるのは確定だから、可及的速やかにこっちで押さえてしまおうって寸法よ」

 

 そこで早川は言葉を一旦切り、一同を見廻す。

 

「ナギの話じゃ高校にあった銃は隠されてたみたいだけど、皆で探せば案外すぐに見つけられるでしょ」

 

 その声には聞く人をその気にさせる力が籠っており、彼女が凪原と共に巡ヶ丘31期を牽引していたことが容易に納得できた。

 

 

 

====================

 

 

 

「――とか言ってたくせに早先輩が部屋でゴロゴロしてるのはなんか納得いかない」

 

 というのが今の胡桃の思いだった。

 

 銃が隠されていそうな場所として、最も可能性があるのは巡ヶ丘学院と同じ地下倉庫である。

 ゆえにまずそこを調査しようということには胡桃としても全く異論はない。

 問題なのは発起人たる早川が調査に参加していないという事だ。

 

 今も照山と圭はキャンパス内の巡回をしているし、自分と凪原はいくつものパイプと並んで狭苦しい空間を梯子を下っている(ダクトから配管スペースに出たのでそこを移動していた)。

 そんな中、早川は穏健派の部屋でのんびりしているのだ。不満を抱かない方がおかしい。

 

「まあまあ、あいつはあれできちんと仕事してるから」

「そりゃそうなんだけどさ」

 

 先程の独り言が耳に届いたのだろう、胡桃のすぐ下で梯子を降りていた凪原がなだめるように返事を返してきた。

 そして彼の言葉が正しいのも事実だった。

 

 なにせ、早川はこの大学において未だ実力を披露していない。

 学園生活部内でも最上位の戦闘力を誇る彼女だが、その外見は10人に聞けば10人が美人と答えるほどには整っている。

 つまり、パッと見ただけでは彼女が戦闘要員であるとは分からないのだ。会話すらする機会がない武闘派では看破は不可能だろう。

 

 要するに、早川は穏健派の護衛に最適なのである。

 桐子達非戦闘要員の護衛をなくしているように見えるために武闘派側の油断を引き出せるうえ、仮にちょっかいをかけてきたとしても問題なく制圧できる。

 そして、昼間に体力を温存しているため夜間警戒の大部分を担当することができるのだ。

 これにより他の戦闘要員の十分な睡眠時間が確保可能となる。

 

 ゆえに、彼女は昼間のんびりすることこそが役目なのだった。

 無論いざという時に即応可能なだけの集中は維持する必要があるが、そのあたりのことは凪原は信用していた。

 

 そして、凪原には早川を待機役に推すもう1つの理由があった。

 

「それに、あいつの同期からの認識を教えてやろうか?

『黙れば美人、喋ると変人、野に放ったら大惨事』だ。

まあないだろうけど、下手に武闘派と接触してゴタゴタを起こされるより守備役をやっててくれた方が精神衛生上ありがたい」

「あ~ナギの御仲間の生徒会役員なんだからそりゃそうか。確かにジッとしててくれたほうが心穏やかだなそれは」

「おいどういう意味だコラ」

 

 

 




はい、パニック系映画でよくあるダクト内移動回です。本作の性格上特に緊迫感のないシーンとなりましたが書きたい場面が書けたのでヨシッ。

今後について、また週1投稿に戻す予定ですが場合によっては難しい時もあるかもしれません。それと後書きでのミニコラムは頻度が落ちると思います。

いつの間にかハーメルンにおける「がっこうぐらし!」2次創作において2番目の長さ(およそ58万文字)という大長編となっていた本作ですが今後も完結までエタることなく続けていきたいと思いますので、これからもどうぞ応援の程よろしくお願いします。


それではまた次回!


………ちなみに、早川が言ってたプランBってのはあれです。穏健派のメンバーを全員放送局に避難させたうえで戦闘要員だけで武闘派に急襲をかけて一時的に無力化、その上で銃が見つかるまで強制捜査を行い発見後は全て押収するというゴリッゴリの力業です。
実行にはかなり勇気がいる策ですが、いざという時のためのプランBがあるという事が精神的な余裕になり、結果としてプランAがうまくいく。そういったことって意外とあるんじゃないかなと思ってます。


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7-10:地下探索その2

7章第10話~
いちおうプロット上では1章は10話で構成を考えるようにしてるんですけど当たり前のようにオーバーしてしまう…

今回はちょい短めです



「なあまだ着かないのか?さすがに腕が痺れてきたんだけど」

「あとちょっと」

 

 声に疲れをにじませる凪原に対し、それに答える比嘉子の声は平静そのもの、普段部屋でくつろいでいる時と全く変わるところがない。

 それだけでもすごいのだがさらに驚くべきは、先ほどから彼女の移動スピードが全く落ちていないことだ。凪原との体格差を考慮しても決して広いとは言えないダクト内をスイスイと進んでいく。

 体全体をくねらせるようにしているその動きは、いわゆる一般的な匍匐前進とは異なるのだろうが少なくとも彼女には苦にならないらしい。途中にあった直角の曲がり角も実にスムーズにクリアしていた。

 

 なお余談ではあるが、凪原は同じポイントをどう攻略するかで悩み3分ほど立ち往生している。

 その間にも胡桃から突っつくを通り越したくすぐり攻撃を度々受けており、今の凪原の復讐イタズラゲージは臨界寸前である。

 とはいえ、今は位置関係が不利だ。凪原は復讐の機会(お楽しみ)を後に取っておくことができる人間なのでひとまずは思考を切り替える。

 ちょうどいいので気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「ところでヒカはなんでこんなルート知ってんだ?それになんか動きが妙に手慣れてるし」

 

 質問の対象は比嘉子である。

 先ほどから見せる淀みない動きもそうだが、そもそもなぜダクトや配管スペースの構造を把握して目的地である地下倉庫への道筋を知っているのかが分からないのだ。

 もし彼女が巡ヶ丘31期ならそういう者(誤字にあらず)だと納得できる。しかし実際には彼女は同期ではなく、桐子が大学入学後に知り合った一般人だ。なぜこんなスキルを身につけているのかが不明である。

 

(ってなんか同じようなことを胡桃とかに聞かれたことあるな。聞く側の気持ちはこんな感じなのか)

 

 妙なところで以前の胡桃の心情を理解した凪原は、続いて胡桃達が31期に対して抱く驚きと呆れも体験することになる。

 

「ルートを知ってるのは太陽光パネルから延びてた配線をずっと横に見ながら辿ったからで―――」

「うん……………うん?」

 

 なんでもなさそうに言われたのでそのまま流しかけたが、耳から入ってきた内容を理解したところで脳がストップをかけた。何かがおかしいぞ、と。

 比嘉子は簡単に言うが、そこらの電柱を伝う送電線とは異なり建物内の配線はそうそう辿れるものではない。しかし辿れたからこそ地下倉庫や配電設備を発見できたはずなわけで、彼女の言葉に嘘はないのだろう。

 

「―――動きが慣れてるのは、配管技能士3級と電気工事士第二種、それと建築板金技能士3級の資格持ってるから」

「は?………え、マジ?」

「マジ」

「なんで?」

「狭いところ、好きだったし」

「マジかぁー…」

 

 思わず大きく息を吐いてしまう凪原。

 彼女が挙げた資格はどれも取得にかなりの技術や知識を要する。実際に工事現場などで働く作業員であっても全員が取得しているという類ではなく、3つとも持っている人はそれこそ各現場で数える程だろう。

 間違っても『狭いところが好き』という理由で取得するものではない。というかその理由でどうしてわざわざこれらの資格に行きつくのかもさっぱり分からない。

 そもそも全て一介の大学2年生には馴染みがない資格のはずだし、よほどの資格マニアでもなければわざわざ取ろうとは思わないだろう。

 そこまで考えたところで嫌な予感がした凪原はさらに聞いてみることにした。

 

「ちなみに、他にもなんか資格持ってたりするのか?」

「うーん、建築系で気になった資格の中で受験資格を満たしてたのをいくつかと…、あとは資格じゃないけどロープ高所作業とフルハーネスの特別教育とかCSE(閉鎖空間作業)の安全講習とかも受けてる」

「おおぅ…」(思ったよりやってんなぁ、ヒカ)

 

 想像の斜め上を行く比嘉子の答えに、凪原は彼女の評価を『一般人』から1つ上の『割とやべぇ奴』に引き上げることにした。

 

「………着いた。ちょっとそこで待ってて」

「え?あ、ああ」

 

 どうやら驚いている間に目的地に到着したらしい。

 凪原に一声かけてさらに1m程進んだ比嘉子の足の下から通気口と思しき金網が顔を出す。隙間からは多くのケースが並ぶ棚が見えるのでここが地下倉庫なのだろう。

 しかし通り過ぎてしまったら降りられないのではないか、それとも別にちょうどいい出口があるのか。そう考えていた凪原の信じられないものを目撃することとなった。

 

「んッ、しょっと」(グリンッ)

「うぉッ!?」

 

 軽い掛け声とともに、比嘉子が体の向きを180度入れ替えて見せたのだ。先ほどまでとは異なり彼女の足ではなく顔が凪原の目に映っている。

 

「ちょっ、え……ヒカお前、今何やったんだ?」

「?、体をひねって方向転換をしただけだけど?」

「いや、それは見れば分かる。聞きたいのは何をどうしたらそんな動きができるかだって、早々出来ないぞ今みたいなの」

 

 こんな上にも横にも余裕のない閉鎖空間での方向転換などヨガの達人でもなければ不可能な芸当だ。

 少なくとも凪原にはできない。無理にやろうとするならば、まず肩を外したうえで背骨を折る必要があるだろう。

 

「そうかな?確かにトーコとアキは少し体が硬いみたいだったけど、普通はこれくらいできると思うんだけど…」

「それは普通じゃねぇ」

 

 そんな凪原の言葉にキョトンとした顔で首を傾げる比嘉子。どこからともなく取り出したドライバーで通気口のねじを外し始めた凪原は彼女の評価をさらにもう一段上の『やべぇ奴』に引き上げることにした。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――まあ、潜入できたからといってそう簡単に見つけられるとは思ってなかったさ」

「おいナギ、素直に非を認めてもいいんだぜ?」

「………正直ちょっとナメてた。でかすぎだろ」

 

 胡桃の指摘に少し間をおいた後、”降参”と言わんばかりに両手を挙げて正直に答える凪原。彼等の眼前には大小さまざまなコンテナが収められ天井まで高く伸びる棚が列をなしていた。

 それだけならば2人の母校たる巡ヶ丘学院の地下と同じなのだが、違うのはその規模である。

 学院地下の倉庫を近所のスーパーのバックヤードとするなら、こちらはショッピングモールのそれだろう。並んでいる棚の数が段違いだった。

 

 首尾よく武闘派に気付かれることなく倉庫に入れたため、そのまますぐに銃器の隠し場所が見つけられると思ったらそうは問屋が卸さなかったようである。前例に倣い生鮮食品用の冷蔵室も確認したが、特に不審な点は見つけられなかった。

 ゆえに凪原と胡桃は早々に今回の探索での発見を諦め、比嘉子に頼んでどのような物資があるのかを見て回ることに方針を変更した。

 これだけ広ければ学院の地下には無かったものもあるのではないかと考えたためである。

 

 そして案の定、用意されている物資の種類について多くの差異が見られた。嗜好品が多数保管されていたのである。

 食糧品の中で言えばポテトチップスのようなスナック菓子や高級チョコレート、コーラのような清涼飲料に加え少量ではあるがアルコール類も並んでいた。

 最低限の生活必需品しかなかった巡ヶ丘学院とは大違いだった。

 

「ほんとに差がありすぎだろ、こりゃもしかしなくても想定してる運用法がうち(巡ヶ丘)と全然違うな」

「運用法?」

「ああ。っとその前に胡桃、その本はゴミだ捨てておけ」

 

 『自活:農業①』とラベリングされたコンテナ(中身はいくつかの作物の種子と育て方の解説書だった)を棚に戻しながら呆れ気味に呟いた凪原の声を耳聡く拾った胡桃が疑問の声を上げる。

 頷き、彼女の手から医臥躯(いがく)薬我供(やくがく)大全――民明書房(『医療:民間療法』のコンテナに入っていたらしい)を取り上げてから話を続ける。

 

「一時的な拠点としてしか使わないんならこれだけ幅広い物資を用意する必要がない、多分だけどここは恒久的な拠点として使えるようにしたかったんだろうな。敷地も十分だからやろうと思えば大規模基地にもできるだろうし」

「そうかな?広さならうちの学校もそこそこあると思うけど」

「できなかないだろうけど、100人単位の居住スペースに加えて食糧生産用の畑、それに車とかヘリとかの置き場を考えたらすこし厳しいだろ」

「あー、まあ確かにそうかぁ」

「えっと、巡ヶ丘の倉庫はこんな感じじゃなかったの?見せてもらったマニュアルでは同列になってたから、同じようなのだと思ってたんだけど」

 

 凪原の説明に納得する胡桃と、それとは逆に不思議そうな比嘉子。

 凪原達にとっては巡ヶ丘学院の倉庫が基準なのに対し、彼女からすれば今自分達がいる地下倉庫こそがスタンダードなのだ。

 ここと比べればこじんまりとした学院の倉庫は想像しにくいのかもしれない。

 

「うん。うちの学校のはもっと小さかったんだ。それこそ4分の一もあったかどうか分からないな」

「それに置いてあるもんもほとんどが防災用品だったしな。生きるのに最低限必要な物ってことでリストアップされたんだと思う、一部例外はあったけど」

 

 例外とはすなわち冷蔵室にあった高級食材の数々だ。

 どうやらランダルコーポレーションで物資の選定を行った社員は食に対して並々ならぬ思いがあったのだろう。

 生物兵器を作った(推測だがほぼ確定)外道会社だが、食品選びの審美眼は評価に値する。

 

「そうなんだ、それは……大変だったね」

「んーそうでもないかな。倉庫を見つけた頃には外に遠征に出れるようになってたし、そもそももっと大変なことが起きたし」

 

 同情的な比嘉子とは対照的に指を顎に当てながら答える胡桃はケロッとしている。

 初めて倉庫に足を踏み入れた時の記憶が、ゾンビに噛まれて感染した記憶によって塗りつぶされているので無理もない。

 

「まあ特に俺と胡桃はそんな感じだよな。つーか、こんだけ物資があるなら武闘派の連中もカッカしないでもっとどっしり構えときゃいいの、に………」

 

 胡桃に同意するように話していた凪原の言葉が途中で止まる。

 不審に思った2人が視線を向ければ、彼は手を突き出して"止まれ"のジェスチャーをしながら耳をそばだてていた。それにつられて胡桃達も聴覚に意識を集中してみる。

 すると自分達しかいないはずにもかかわらず話し声が聞こえてきた。聞こえてくる方向には階段、すなわちこの地下倉庫の本来の入口がある。

 その意味するところは1つだ。

 

「ここで武闘派連中のお出ましかー」

「ごめん。昨日運び出しをやってたから今日は来ないと思ったんだけど」

「謝んなって、予想外ではあるけど想定内だ、バレないようにやり過ごすぞ。ほら胡桃、そのコンテナ元に戻しとけ」

「う、うんっ了解」

 

 すまなそうにする比嘉子を宥め、胡桃に指示を出しながら凪原はメイン通路の様子を窺う。

 視認できる範囲で武闘派の数は2人。会話しながらのため周囲に注意が向いていないうえ、目的地も違うらしい。

 この分なら問題なさそうだ、そんな凪原の思考はドスンッバサバサバサッ、という鈍い音によってかき消された。

 

 反射的に振り返れば身を縮こまらせた胡桃がとんでもなくすまなそうな顔をしており、その足元には横倒しになったコンテナとそこからこぼれた本が散らばっていた。

 考えるまでもなくコンテナを棚に戻すことに失敗したのだろう。

 

「ご、ごめんっ」

「やっちまったもんはしょうがないから気にするな。だけど今度潜入工作の特別コースやるから覚悟しとけよ」

 

 胡桃に特別訓練を申し渡し、再び通路の気配を探ると、当然ながらこちらへ向けて掛けてくる足音が聞こえてきた。もうコンテナを片付けて隠れるのは不可能だろう。そしてこちらと対面した時に彼等と和やかな挨拶ができるとはとても思えない。

 それを認識したところで凪原は次の行動に出た。

 

「もう回避は無理だ、対応はこっちでやるから2人とも俺の体より前に出るなよ。あとこっからは小声で頼む」

 

 言いつつ右手を腰の後ろにつけていたポーチに突っ込む凪原。

 数秒後に抜かれた彼の手にはM360J"SAKURA"が握られていた。

 

 日本警察の正式拳銃で、サクラの通称で知られるそれは決して戦闘向きの銃ではない。短銃身のため精度に不安がありグリップも小さく握りづらい。さらにリボルバーであるため装弾数は5発と極端に少ないうえ、構造上減音器(サプレッサー)が付けられず撃てばあたりに銃声が響き渡る。

 

 しかしそれでも、れっきとした銃であることに違いはない。

 引き金を引けば致死性の弾丸が――リボルバーの単純さゆえに――確実に飛び出す。

 小型であるということは同時に隠して持ち歩きやすいことを意味し、命中精度についてもある程度以上の技量を持った者ならば近距離で的を外すことはないだろう。

 

 だからこそ、凪原がそれを持ち出したことに気付いた胡桃の目が大きく見開かれた。

 

「おいちょっとナギ、お前ンなもん持ってきてたのかよ!あぶねぇだろ!?」

「大丈夫だ、1発目は空砲にしてある」

「それ2発目は普通に撃てるってことじゃんッ。あたし嫌だぞあいつ等撃つの、気には喰わないけど!」

「うっせ俺だって嫌だよ完全に弱い者いじめだしッ、頭に血が登った相手に冷や水ぶっかけるための威嚇用だって」

 

 小声で言い合う凪原と胡桃。

 そして互いの意識が相手に向いた瞬間、突如として伸びてきた腕に2人はそろって通路の奥へと押しやられた。

 驚きながらも何とかバランスを取って視線を巡らせれば、腕の持ち主たる比嘉子が微笑んでいた。

 

「大丈夫、対応は私がやるから2人は隠れてて」

 

 柔らかくはあるが意志のこもった言葉に、凪原は喉まで出かかっていた反論を飲み込むく。どのみちもう元の位置まで戻る余裕はなかった。

 

「そんな―――ムグッ「分かった、ヤバそうになったら絶対助けに入る。それに撤収は俺等だけでもできるから自分のことだけ考えろ」

 

 思わず普通の声量で声を上げかけた胡桃の口を咄嗟に押さえて体の前に抱え込む。

 そして比嘉子が頷き返したのを確認し、凪原は胡桃を抱えたまま棚の間の隙間に体を押し込んだ。

 

「もうあいつ等が来るから静かにしとけよ?」

「……ッ、ッ」(コクコク)

 

 最低限のボリュームにするため、耳元で囁くように凪原が注意するとすぐに胡桃から頷きが返ってきたので口元から手を放す。

 その胡桃の耳元は真っ赤になっていたが、通路の方に意識を集中している凪原は気付いていないようだった。

 深呼吸をして落ち着けば、胡桃の耳にも通路での会話が聞こえてきた。

 




地下探索(聖イシドロス大学ver.)でした。

・やべぇ奴認定された比嘉子
配線を辿ったというのは文字通りの意味で、校舎内には内部を走っている配線を確認するために穴を空けられた壁が何箇所かある。
元々あったエンジニアという属性が複数の資格保持と判明して強化された。それに加えて狭苦しいダクト内で方向転換してみせるという驚異の柔軟性を発揮し、無事凪原(やべぇ奴筆頭)からやべぇ奴認定された。
当人的には昔から隅っことか狭いところが好きでそれが"ちょっと"高じただけだと思っている。

医臥躯(いがく)薬我供(やくがく)大全
民明書房刊行の書籍。主に医療現場ではなく地方で行われていた民間療法を取り扱っている。『医療とは臥せった患者の体躯に相対するところから始まり、薬道は自身をも供物として捧げることで発展する』という鋼の精神を文面の随所から感じることができる。
なお実際の内容は出鱈目もいいところである。

・巡ヶ丘学院と聖イシドロス大学の違い
大学の物資量は原作に詳しく書いていなかったため想像です。高校と大学ではキャンパスの規模も違うので当然拠点としての運用法も違ってくるだろうと考えました。想定としては巡ヶ丘学院は前線基地、大学は方面隊司令部みたいな感じのイメージです。
詳しい話はまたいつかの本編ででも。


7章はあと1話か2話くらいだと思います。


それではまた次回!


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7-11:意図不明

前書きと後書きの編集中に誤って投下してしまったので、慌てて削除しました。混乱させてしまった方がいましたら申し訳ありません。

それでは7章11話です、どうぞ。


「おい誰だ! って穏健派の根暗かよ」

「腰抜け共の一味がなんでこんなとこにいんだよ」

 

 声の様子からして武闘派の数は2人らしい。先ほど聞こえた足音の数から増えても減っていもいないことに凪原はひとまず安堵する。増えていた場合は自身の索敵能力の低下――凪原は6人までなら足音から人数を聞き分けられた――を意味し、減っていた場合は彼等が人を呼びに行ったことになるからだ。

 特に後者の場合、3人以上の増援が来ると手持ちの装備が乏しいこともあり荒事になった時に対処しきれない可能性が高い。

 

 本来、不審な物音がした場合のセオリーは仲間内での速やかな情報共有と、罠を警戒しながらの現場の確認である。

 そのため武闘派の2人が一気に近づいてきたときには焦ったが、十分に警戒されたらそれはそれで凪原と胡桃が見つかってしまうかもしれない。隠れるのが間に合った以上、相手がただ馬鹿正直に突っ込んできてくれたのは幸運なのだろう。

 

 とはいえ、セオリーから外れるということは予想がしにくいということでもある。

 武闘派には人の話を聞かない荒っぽい人間が多いことを考えれば、警戒を怠るわけにはいかなかった。

 

「さて、ああ言ってたけどヒカは大丈夫かねっと」

「おいちょっとナギあんま顔出したらバレるって、もっとジッとしてろよ」

 

 様子を窺おうとわずかに身じろぎした凪原を止めようと注意する胡桃。

 彼女がそう言いたくなるも無理はない。なんせ、胡桃達が今隠れている場所は比嘉子と武闘派がいるのと同じ通路なのだ。

 通路の片側に一本だけ柱があるせいでその部分で棚が分かれており、柱の幅分だけコの字型にへこんだスペースができている。このわずかな隙間こそが隠れ場所だ。

 

 空間自体は掃除用具を入れるロッカー程度で、2人でもかろうじて隠れることができている。

 しかしながらロッカーではないので、扉のような視線を遮れるものは当然ついていない。通路の端から見れば手前の棚の影に入るので視線は通らないが、近くまで来れば丸見えもいいところである。

 要するに、武闘派がわずかでも違和感を感じて確認に来たらその時点でアウトだ。

 これでは早々凪原がヘマをするとは思っていない胡桃でも、注意の1つはしたくなるというものだった。

 

「こんくらいなら平気平気、それに声だけじゃ判断がつかないこともあるかもしれないだろ?」

「そりゃそうだけど………んっ、変なトコさわんなバカ」

「あ、わり ―――これなら平気か?」

「ひゃんっ!?―――ナギてめぇ、絶対わざとだろッ」

「別に?さっきダクトでやられた仕返しとかは考えてないぞ?」

「…………後で覚えとけよ」

「それさっきの俺のセリフな」

 

 モゾモゾゴソゴソ、と分類としてはラブコメに登場する類のイベントが発生したが、あくまで優先すべきは比嘉子の観察とその安全の確保だ。

 恨みがまし気な声と視線を向けてくる胡桃を適当にあしらいつつ凪原は通路を窺う作業に戻る。

 

「………。」

「無視してんじゃねえよ」

「あんまふざけてっと、容赦しねえぞ」

 

 無言で床に散らばった本を集めコンテナへと戻す比嘉子に声を荒げる武闘派の2人。彼女を見つけてからわずか数秒ほどなのにかなりイラついているようだ。

 パンデミック当時にキャンパスにいたからには彼等も大学生であるは素なのだが、今にも癇癪を起こしそうな様子を見るにとてもそうは思えない。思春期と反抗期が重なった男子中学生の方がまだ堪え性があるだろう。

 

(もともと()()だったとはさすがに思えないし、武力第一主義の環境だとこうなるってことなのかね………いや、それじゃ隊長と高上に失礼か)

 

 力が第一、強ささえあればたいていの事は許される。それが武闘派が掲げている教義だ。

 パンデミック以降の1年近くをその考えのもとで過ごし、あまつさえそれで恩恵を受けていた人間とはこのようになってしまうのか。一瞬そう考えたもののすぐに例外を思いついて凪原はかぶりを振った。

 巡ヶ丘31期生であり周りの影響を受けない篠生はともかくとしても、高上には今の彼等のような傾向は見られなかった。

 やはりもともとの性格によるところが大きいのかもしれない、とりあえず凪原はそう納得することにした。

 

「おい、なんか言ったらどうなんだよ」

「本が落ちちゃったらから、それを拾っていただけ」

「誰が今何してるかを答えろつった!なんでてめぇがここ(地下倉庫)にいるかって聞いてんだよ。無駄飯食いのお前等が勝手に物資を持ち出さないようにってことで、入るのは週一回で俺達の監視下でって言ってあるだろうが」

「それは食糧とかの消費される物資についての話だったはず。今私が見てるのは書籍だから関係ないし、持ち出すのも悪いと思ったから読むのもここでにしているよ」

「ぐっ―――いちいち口答えすんじゃねぇ!」

 

 言葉に詰まった武闘派の1人が拳で傍らの棚を殴ったせいで辺りにくぐもった金属音が響く。

 それを間近で聞かされた比嘉子だったが、わずかに体を震わせた程度でその表情に大きな変化は見られなかった。

 

「改めて思うけど、ヒカって結構神経太くない?いくらあたし達が近くにいるとはいってもさ」

「それは俺も思った。もしかしたら腕力なしであいつ等と過ごすにはあれぐらいの胆力は必要なのかもな」

 

 彼女の肝の座り方を見てひそか言葉を交わす凪原と胡桃。

 2人とも武闘派を真正面から叩き伏せられるだけの実力があるので彼等に対してぞんざいな態度を取ることができるが、それがないにもかかわらず堂々と接することができる彼女は素直に感心に値する。

 しかし、今日この時に限って言えばこの胆力が裏目に出てしまったようだ。

 武闘派から発せられる空気が明確に変わった。

 

「おまえさぁ、なんか最近調子に乗ってねえか?」

「なにが……?」

「今のその態度とか色々だよ。あの連中が来て、お前等に味方し始めてから何してもいいって思ってるだろ」

「そんなことはないよ」

「いやあるね、少なくとも俺達はそう感じてる。そろそろ立場ってもんを分からせてやる必要があると考えてたんだ」

「確かにあいつ等は強いがお前は違う。別にお前自身が強くなったわけじゃないってな」

 

 浮かべていた表情が怒りから粘着質を伴った笑みに変わる。

 そしてそれを視認した凪原もまた、纏う雰囲気を明確に変化させた。

 

「へぇ…」

「ナギ?」

 

 小さく、低く呟いた凪原の様子に何かを感じた胡桃が名前を呼ぶ。

 しかしそれに答えることなく、凪原は腰に手を回すと一旦はポーチに戻していたリボルバー(M360J)を再び取りだした。

 そのままシリンダーをスイングアウトさせれば、装填された5発の弾丸のヘッド部分が顔を出す。

 その内の1発、最初に発砲される位置にある弾丸を取り出して先端を確認する凪原。その弾は弾頭部分が取り外されており、先ほどの彼の言葉通り空包となっていた。これならば撃たれたとしても――発射ガスにより火傷などをすることはあっても――大事には至らない。

 

「………。」

 

 しかし、凪原は無言のまま再び弾丸を装填するとシリンダーを1発分だけ回転させてから元に戻し、撃鉄を起こした。

 この動作により発射位置にある弾丸は空包ではなく執行実包、すなわち実弾となり、彼が手にしたリボルバーは引き金を引くだけでいつでも発射可能な状態となった。

 

「ッ!」

 

 その動作を見て息を呑む胡桃。

 この状態のリボルバーは他のどの時よりも暴発の危険が高くなる。

 そのため凪原は本当に撃つ前でなければやらないし、胡桃も同じように申し付けられていた。

 だからこそ、彼が本気で撃つつもりであることを理解したのである。

 

「おいナギいきなりそれはやめとけって、さっき弱い者いじめだって言ってただろッ」

「弱い者いじめする側になるってんなら話は別だ。あいつ等が本気だと俺が判断した時点で撃つ。ヒカのメンタルフォローは任せるぞ」

 

 慌てて諫めようとした胡桃だったが取り付く島もない。

 以前野盗に絡まれたときほどではないものの、あの時に迫るレベルの怒気が凪原から発せられている。

 そして胡桃もまた本気で止めようとは思っていなかった。彼等の振る舞いに頭に血が上っているのは彼女も同じである。

 

「ハァ、それは分かったけどやっぱり殺しちゃうのはナシ。ナギがそれをするだけの相手じゃないし、ヒカも変に気に病んじゃうかもしれないぞ」

「あー…、なら手足だな。もう警告は2回出してんだ、あいつ等じゃないけどそろそろ馬鹿な真似したら痛い目に合うって分からせないとだめだろ」

「ああ、それぐらいならあたしもやっちゃっていいと思う」

 

 2人の意見が一致し、もはや武闘派を守るものは何もなくなった。

 凪原達の存在に気付いてない以上、武闘派の手足が風通し良くなるのは時間の問題だ。

 

 

 しかし―――

 

「さて、それじゃ覚悟してもらおうk「その辺にしとけって」――城下さん」

 

―――武闘派の1人が比嘉子の体に手を付けようとしたまさにその瞬間に彼等の背後から声が掛けられ、結果として比嘉子は何もされなかった。

 

「戻ってくんのが遅いから見に来たら、何やってんだよこんなとこで」

 

 そう話しながら現れたのはかなり大柄の男だった。

 ボサボサした髪をミリタリーテイストのキャップに押し込み、口の端には煙草をくわえている。

 

「あれ誰?」

「知らん、キャンパスの見回りしてるのを遠目に見た程度」

 

 首をかしげる胡桃だが、答える側の凪原も男の詳細については把握していない。

 彼の登場は凪原達、そして誰より比嘉子にとって都合が良かったもののなぜこのタイミングで声をかけてきたのかもよく分からなかった。

 考えている間にも男は歩みを進め比嘉子達の近くに来たところで立ち止まる。

 

「そいつの対処は俺がしとくから、お前等はさっさと言われたもん持っていけ」

「けどっ、最近の穏健派は目に余る。一回立場をはっきりさせておいた方がいい」

「そうだっ!」

「い~から、とっとと戻れ」

「「………了解(分かった)」」

 

 反発しかけた武闘派の2人だが、男が語気を強めると渋々了承して立ち去って行った。彼等は、たった今男の手によって凪原の持つ銃から救われたことなど知る由もないのだろう。その表情はひどくゆがんでいた。

 

「―――さて、こっちの奴が迷惑かけた。何かされなかったか?」

「特には…、何かされる前にあなたが来たし」

 

 2人がいなくなったことを確認した男が比嘉子にかけた声はやけにフレンドリーなものだ。しかしそれに答える比嘉子の声には警戒心が滲んでおり、その対比が凪原達には何ともちぐはぐに感じられた。

 

「んなら良かった。ただ俺も気にはかけるようにすっけど、あいつ等の内心は今見たとおりだから1人での行動はあまりお勧め出来ないな。今日はあの連中の誰かが一緒だったりしなかったのか?」

「別に、今は私だけ…」

「そうか。ならまあ、次からは誰かと一緒の方がいいだろうな――ほらよ」

 

 ポン、と男は話しながら拾い集めていた本を比嘉子の手に渡した。

 

「?」

「その辺のもんなら持ってっていいぞ。どうせこっちにゃこんなになってまで勉強しようなんて奴なんていねぇし」

「え…」

「他に持ってきたい本はどれだ?多いようなら持ってやるよ」

「う、うん」

 

 そのまま状況がよく分かっていない比嘉子を促し、男は倉庫を出ていってしまった。

 

「どういうこと?」

「いや、俺もよく分からん」

 

 倉庫から完全に人の気配が無くなるのを待って隠れ場所から出てきた凪原と胡桃だったが、どちらの頭の上にも疑問符が浮かんでいる。

 

「そもそも武闘派の連中は基本的に穏健派にあたりが強いんじゃなかったのか?」

「だよね?でもあいつは見た感じ全然そんな風じゃなかったよね。むしろどっちかって言えば、親切?」

「そうなんだよなぁ、でもその割にはヒカの様子が変だった」

「やっぱりナギもそう感じた?」

「ああ」

「「うーーーん…」」

 

 揃って腕を組んで頭をひねる2人。

 しかし、いくら考えても理由など分かるはずもない。

 

「とりあえず、戻ろっか?」

「そうだな、ヒカに直接聞いてみれば考えやすくなるだろうし」

 

 

 

====================

 

 

 

「―――なるほどなるほど、そんでそれから帰りのダクト内でたっぷりイチャラブタイムだったってわけね」

「お前俺の話聞いてた?あとバカなこと言うんじゃありません」

 

 明けて翌日、キャンパス内の巡回がてらペアを組んでいた圭に倉庫での話をしていた凪原だったが、納得の表情でウンウンと頷きながらアホなまとめ方をする彼女に半目になりながらツッコミを入れる。ついでにそこそこの勢いの手刀も頭におまけしておいた。

 

「いったぁ~、それが可愛い後輩に対する態度?」

「うん?その可愛い後輩ってのはどこにいるんだ?」

「む~っ、だっておかしいじゃん!」

 

 惚ける凪原を前に圭は頬膨らませると、右手をブンブンと振って不満の意を示した。愛用の槍を担いでいなければ左手も振り回していただろう。

 そのまま圭は自身の考えを主張する。

 

「ヒカ先輩と一緒に行った時は1時間で倉庫まで行けたんでしょ。なのに凪先輩と胡桃先輩が帰ってきたのって、ヒカ先輩がよく分かんない人に送られてきてから2時間後だよ!?それで何もなかったっていう方が無理があるでしょ!」

「迷ったり詰まったりしてたからその分時間が掛かったんだよ、それにダクトの中はメチャクチャ狭いんだからそんなこと無理だっての」

「いーや信じないよッ。途中の配管スペースでは一休みできるってヒカ先輩も言ってたし!」

「知らん知らん」

 

 その後もあの手この手で聞き出そうとした圭だったが、凪原が全く相手にしなかったためしばらくすると渋々矛を収めた。

 

「ちぇー、じゃあいいよ。………あとで胡桃先輩にカマかけてみよっと」

「ほどほどにしとけよー」

「はーい」

 

 呆れたような表情を意図的に作っている凪原に圭が元気よく返事をしたところで、ようやく話が本筋へと戻った。

 

「そんで、結局あの男の人ってなんだったの?なんか親切だけど変だって話だったけど」

「ああ、ヒカに聞いたんだけど前の時と態度が180度近く変わってたみたいなんだ」

 

 昨日、無事に穏健派の領域に戻った凪原は、件の男について比嘉子に質問してみた。

 そしてその返事の内容は、さらに凪原に首を傾げさせるものだった。

 

「あいつも元々は他と同じような武闘派だったらしい。しかもヒカを叩き出した張本人らしいんだよな」

「へ?」

 

 思わず間の抜けた声を出した圭に『やっぱりそうなるよな』と言わんばかりに頷く凪原。彼も比嘉子から聞いた時は同じような反応になった。

 

 武闘派が実権を握り始めた折、彼等はまずメンバーが戦えるか否かで選別した。

 方法は単純だ。手ごろなゾンビを捕まえてきて、それにとどめを刺せるかどうか、である。

 それができれば良し、できなかった場合は追放としていた。

 手渡された包丁を握りしめつつも、結局とどめを刺すことができなかった比嘉子はその場で追放処分を下された。

 その時に彼女を武闘派の領域から叩き出した人間こそ、昨日の男というわけだったのである。

 

 そんな人物が他の武闘派から自分を守り、さらに手伝いを申し出てきたとなれば、比嘉子でなくとも警戒して当然だろう。寧ろしない方がどうかしている。

 

「うん、そりゃ『え?』ってなるね。訳分かんないもん」

「だろ?俺も正直意味が分からなかった――つーわけで、」

「ん?」

 

 言葉に不自然な間を感じて圭が顔を上げると、凪原は視線を十数メートル先へと向けていた。その視線の先へと圭も目をやってみれば―――

 

「直接ご本人に聞いてみるとしようぜ」

 

―――まさに今話していた男が、バールを手にしながらこちらへと歩み寄ってきていた。

 






今日は雑談だけということで


・ラブコメ時空?
そりゃ付き合ってる男女を狭い空間に押し込んだらこうもなりますよね、というお話。特に凪原はダクト内で胡桃に散々いたずらを受けていたわけですし。見つかっちゃいけないということで必死に声を抑える胡桃も◎。

・もしかして 比嘉子 図太い
なんか書いてるうちに原作よりも肝が据わったキャラになってしまった…。意図してたわけではないんですがなぜかこうなったんだろう……。ま、まあ腕力とかにプラス補正は入っていないのでギリギリ許容範囲?

武闘派(バカ)
バカとは周りから警告を受けても自らを省みないからこそバカなのである。さらに人と離れるもの、力さえあればいいという環境に1年近く身を置いたバカはどうなるかという結果が今回出てきた2人です。一回本気で痛い目を見ないと分からないんだろうなぁ。

・沸点低め凪原
例により例のごとく、仲間に対する害意に対してはかなり敏感かつ苛烈な対応を取ろうとする。とはいえ敵の脅威度の判定はできる。以前の野盗のように銃を持っていて奇襲を喰らうとまずい相手は問答無用で始末しますが、今回の武闘派のようにいつでも叩き伏せられる相手は場合においては見逃したりもする。


というわけで雑談はここまで、7章はあと1話でお終いです。今回の閑話を何にしようか考えています。

それではまた次回!


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7-12:不穏の芽

7章最終話~ジャカジャカジャカ、ドンッ


「何の用だろ?」

「さて、ね。まあこっちを見て来てる以上偶然ってことはないし、なんか言ってくるだろ」

 

 首をかしげる圭にてきとうに返しつつ、凪原は歩み寄ってくる男に意識を向ける。彼は昨日と同じくミリタリー調の帽子を被り口には煙草をくわえていた。

 昨日は隠れながらのため朧気にしか分からなかったが、その体格はやはり大柄の部類に入る。

 

(猫背気味だけどやっぱ俺より身長は上、…テルくらいか。持久力はそんなじゃないけど瞬間的な力は要注意だな)

 

 会話の機会こそなかったもののキャンパス内で彼の姿を見かけることは度々あり、そのすべての時において彼の手か口には煙草があった。考えるまでもなくヘビースモーカー、それもかなり重度のレベルだろう。

 喫煙によって受ける影響としてまず思いつくのは肺活量の低下である。精神安定作用なども見込めるかもしれないとはいえ、やはり凪原は前者の方に意識が向く。

 

 肺活量は持久力と同義であり、その低下は無酸素運動能力もまた低下することを意味する。聞くだけでは難しげだが、ようは全力疾走できる距離が短くなり白兵戦行える時間が短くなるということだ。

 パンデミック以前ならまだしも――それでも十分有害だったが――、現代においては文字通りの自殺行為だ。客観的に考えて害にしかならない。

 やめられないにしても頻度を減らすなどすればいいのに、それもできないとは依存とは恐ろしいものかと凪原は認識を新たにした。

 

 しかし巨体というものはそれだけで脅威となり得る。体を支えるための筋肉量は小柄な人とは雲泥の差であるし、高い目の位置はそのまま視野の広さにつながる。

 手にしているバールが武器として十分な強度であることも考えれば、男の一撃はかなりの威力になると容易に想像できる。真正面から受けるのは凪原であっても遠慮したい。

 

(まあ、勝てないかと言われたらそんなことはないだわけだけど)

 

 そこまで凪原が考えたところで、近くまで来た男が立ち止まった。凪原達との距離はおよそ3mと少しで剣道でいう一足一刀の間合いのわずか外といったところだ。

 

「ようリーダーさん、ちょうど探してたんだ。すぐに見つかってよかったぜ」

 

 男が掛けてきた声は昨日聞いたものと同じくフレンドリーなものだったが、どこか胡散臭く感じられる。

 比嘉子にしたということを抜きにしても、彼が自分と仲良くなっているビジョンが欠片も思い浮かばないのだ。

 凪原でさえそんな様子なので、隣にいる圭にいたっては警戒態勢を通り越して臨戦態勢一歩手前といった状態である。

 

「ああそう、こっちは別に探してなかったけどな」

 

 努めて普通に、内心の不信感を見せないように答える凪原。

 その声はやや硬かったが、基本的に敵対状態にある穏健派と武闘派の会話としてはむしろ普通だろう。

 それが分かっているのだろう、男は凪原の返答に肩をすくめると苦笑を漏らした。

 

「なんだよつれねえなぁ…、そう冷たいこと言うなっ――てのッ」

 

 前半はそれまでと同じ朗らかな調子、そして一瞬溜めるように言葉が遅くなり、直後に男はバールを持ち上げると踏み込みながら凪原目掛けて振り下ろしてきた。

 

 しかし―――

 

「ッ!」ガギイィィィイインッッッ

 

―――あたりに金属音を響かせながらもバールは凪原に当たることなく空中で停止する。

 

 圭がとっさに手にしていた槍を割り込ませたのだ。

 男への警戒心から元々体の前で構えていたのが幸いした。もし先ほどまでのように肩に担いでいたら間に合わなかったはずである。

 とはいえ脱力状態から攻撃に移るまでの男の動きは凪原の目から見てもなかなかの早さであり、それに対応したことは白兵戦における圭の技量の向上を示していた。早川に集中的に鍛えられたというのは嘘ではないらしい。

 

 だが、まだ甘い。

 

「………圭、割り込みをかけるならもっと勢いをつけて、止めるというよりも跳ね返す気でやれ。今回はコイツに当てる気がなかったから良かったけど、それでも10センチ以上押し込まれてるぞ」

「いやいきなりのことなのに無茶言うねッ!?」

 

 沈黙の後、淡々と今の動きについての講評を始めた凪原に思わず圭の声が裏返った。槍こそまだ構えたままだが意識は完全に凪原の方に向いてしまっている。これは場合によっては命取りだが、実戦経験の少なさゆえのはずなので近々改善するだろう。

 口に出すことなくそう考える凪原だったが当然それが圭に伝わることはないので、彼女のテンションはさらにヒートアップする。

 

「というかなんで凪先輩は落ち着いてんのさ!?それに当てる気はなかったって―――え?当てる気がなかった?」

 

 しかしすぐに自分が言った言葉で沈静化した。

 確認するように凪原の顔を見れば当然のように頷き、それが信じられずに今度は男の方へと振り返る。その視線の先で、男は目を細めて何かを見定めるように凪原を見つめていた。

 数秒そうしていた後、男はわずかに力を抜くと口を開いた。 

 

「なあリーダーさんよ、なんで俺が本気じゃないって分かったんだ?」

「頭を狙うコースなのに敵意もなけりゃ殺気もない。武器と間合いに対して踏み込みが浅い、うまく偽装しようとしたみたいだけどまだまだだな。それになにより―――」

 

 男の思惑についてこれまた淡々と話した凪原はそこでいったん区切り、ちらり、と今も圭の持つ槍と接触しているバールに視線を向ける。

 

「―――本気でやるなら先端をこっちに向けてるだろうさ」

 

 凪原の言う通り、男が持つバールは90度曲がった先端を凪原ではなく男の方へと向けていた。

 曲がった先端を相手に向けておけば、たとえ持ち手の長い部分を相手に受け止められても先端の長さ分だけ攻撃範囲が増える。防ぐためには相手の攻撃を通常よりもこの長さ分だけ自分から離れた位置で受け止めねばならない。これは真っすぐな武器同士の打ち合いに慣れていればいる程難しい。

 それに純粋な攻撃力から考えても、とがっている先端で殴った方が効果的である。人の頭蓋というのは想像以上に頑強なのだ。

 

 それら、凪原が男の攻撃をブラフだと判断した理由を聞いていた男は、一度天を仰いだ後に大きく息を吐いた。

 

「はぁーーー、もうやってらんねぇよ。不意を突けたと思った一発はお供になんなく弾かれるし、そもそも本人にはブラフが完全にバレてるし……」

 

 ガランッと下ろしたバールを地面に放り投げ、完全に力を抜きながらぼやく男。帽子を脱ぐともう一方の手で頭をバリバリ掻きながら思考を巡らせている。

 

「―――ってかこんな連中相手に『負けたのは運が悪かっただけ』とか堂々と言えるってマジでどんな神経してんだバカか、ってバカだったな。女帝サマも最近だいぶ狂ってきてるしこりゃいよいよなんじゃねえの―――」

「おい、一人でブツブツ言ってないで色々説明してもらおうか。武器持って殴りかかってきたんだからこっちは反射で撃ってもおかしくなかったし、なんならそういうことにして今から撃ってもいいんだが?」

 

 男の独り言を遮った凪原の声にはそれなりに怒気が含まれている。フリとはいえ奇襲を受けた形になるのだからそれも当然だ。

 まさか本気で撃とうと考えているわけではないが、凪原は男のことを厄介に感じていた。他の武闘派の人間よりも戦闘能力は高そうだからという事ではなく、単純に相性が悪そうに感じるのだ。

 そのような事情もあって平素よりもキツイ話し方になっている凪原の言葉に男は緩慢な動作で顔を上げると、感情を読み取りにくい笑みを浮かべた。

 

「まあこれは俺が全面的に悪いからなぁ、撃つと言うなら撃ってもらっても構わないぜ?」

「「は?」」

「ああもちろん撃たれたいわけじゃない。ただまあ普通に声かけたんじゃ取り合ってもらえない気がしたんでな、

借りを作らせてもらったってわけだ」

「「………。」」

 

 男の発言に二の句が継げずに黙り込む凪原と圭。

 話を聞いてもらうために敢えて攻撃を仕掛け、それを借りとして自身の立場を相手よりも下げることで対話を試みる。単純に考えて正気の沙汰ではない。凪原であれば思いついたとしても絶対に実行には移さないだろう。

 自分の立場を下げるということはすなわち自分の仲間、圭や早川に照山、そして胡桃の立場も下げることになる。守りたい者が居る以上決して取ってはいけない方法だ。

 

(ああ、こいつは別に武闘派じゃないんだな)

 

 これまで見た限り武闘派の面々はプライドが高く、バカにしている穏健派相手に借りを作ろうなどとは思わないはずである。

 ゆえに、目の前で笑うこの男は、武闘派に所属こそしているものの帰属意識などは欠片も持ち合わせていない。

 凪原は彼の言動からそう理解した。

 

「つーわけで、この寄る辺のない哀れな男の話をどうか聞いてくれはしませんかね、学園生活部のリーダーさん?」

 

 凪原が看破したことを察したのだろう、男は笑みを深めながら慇懃無礼な態度で大きく一礼をしてみせた。

 

 

 

====================

 

 

 

 少し長くなるかもしれないから、そう言って男が凪原達を連れてきたのは以前篠生と話をした遊歩道だった。その時と同じく並木や荒れ果てた生垣が目隠しとなり、3人の存在を隠している。

 無論、ここに来るまでの間に無線で連絡を入れてある。今頃は凪原と圭に代わり、休んでいた照山と胡桃がキャンパス内の巡回を始めているだろう。

 

「さて、まずは自己紹介から、俺は城下(しろした) 隆茂(たかしげ)、よろしく頼む」

「……凪原だ、こっちは祠堂。よろしくする気はあまりないから握手はやめておく」

「用心深いねぇ」

 

 差し出された手を無視されたにもかかわらず男、城下は特に気分を害するでもなく苦笑するだけだった。

 空ぶった手をそのままポケットに突っ込み煙草の箱を取り出すと、底を軽く叩いて飛び出した1本を咥えていつの間にか逆手に持っていたライターで火をつける。

 短く一服したところでのんびりと話し始めた。

 

「それじゃあ武闘派の状況からだな。今の武闘派の人数は俺を入れて8人、うち主戦派は5人ってところ。これは我らが女帝サマがトップのグループだ。んでもって「ちょっと待て、一気にしゃべるんじゃない」――おっと失礼」

 

 いきなりベラベラと武闘派の内情を話し始めた城下に凪原は慌ててストップをかける。

 彼が心情的に武闘派ではないということは思っていたが、それでもこうも簡単に情報を流してくるとは思わなかった。

 

「アンタってさ、仲間意識とかそういうの無いわけ?武闘派の奴等って一応味方なんでしょ」

 

 それは圭も同じことを感じたらしい。

 仲間・友達思いの彼女にしてみればシレっとで身内の情報を漏らす城下は行動はあり得ないのだろう。

 思わずと言った調子で口を出した彼女の顔には軽蔑の色が浮かんでいた。

 

「いんや別に?だってあいつ等は仲間ってわけじゃないし」

「………。」

「わーった、分かったよ。ちゃんと話すって」

 

 しかし言われた城下には全く堪えた様子がない。

 そのまま圭の視線をやり過ごしたが、しかし凪原が無言のままに掛けた圧力は流せなかったようだ。

 両手を挙げて降参のポーズをとり、地面に落とした煙草を足で踏み消したところでようやく城下は表情を改める。

 

「俺にとっちゃ、優先すべきは俺自身が楽に生きることだ。ああ、別に他人を蹴落としたり出し抜いたりして、手段を択ばずなりふり構わず何が何でも生きていたいとかじゃねえよ?」

 

 それじゃ楽に生きてるとは言えねえからな、そう続ける城下の声には何の感情も浮かんでいない。ただ当たり前のことを当たり前に話している、そんな様子だった。

 

「ってなわけで、その方が楽に生きられそうだと思ったら誰かと協力することにも全く抵抗はないんだけど――」

「武闘派と協力しても楽に生きられなそうになった、と?」

「ご明察。最近のあいつ等はおかしくなり始めててね、特に女帝サマがひどい。なんかよく分からない宗教を作り上げてるし、周りもそれに同調する気配を見せてるから溜まったもんじゃない」

「なるほど、な」

 

 やれやれとため息をつく城下を見ながら凪原は頭を回転させる。

 彼の考え方自体は、それほど不思議なものではない。誰だって自分のことは大事だろうし、できれば苦労することなく生きたいと思っているだろう。

 パンデミック以前の現代社会では若い世代を中心に個人主義が広まりを見せていた。自分のためになるなら周りとも協調するがそれは必要最小限、そしてもし協調が自分にとってマイナスになったならあっさり切ってしまう。

 それは今の城下の行動原理とほとんど変わるところがない。

 

(そう考えればそれほど変な思想ってわけでもないのか、どっちかっていうと俺等の方が変わってるのかもな)

 

 年齢を考えれば城下の考え方はごく一般的だった。

 むしろ客観的に判断すれば、異様ともいえる結束感を持っていた同期達(巡ヶ丘31期)や、今もほぼ無条件でお互いを信頼している仲間達(学園生活部)の方がおかしいのかもしれない。

 

(だからってこいつ(城下)を仲間にできるかと言われたら無理なんけどさ)

 

 彼の方が普通で自分達の方が変だと分かったとしても、それと城下を信用できるかとは別問題だ。

 考え方が合わない以上仮に迎え入れたとしても問題しか起きないだろうし、そしてなによりそのことは城下も分かっているだろう。

 個人主義者というものは得てして自分を取り巻く環境に敏感だ。気づいていないはずがない。

 

「……それで、わざわざ俺達に接触してきた理由は?面倒になったのなら1人でどこかに出奔するでもよかっただろ」

「その出奔をするかどうかを判断するために、ってとこだな。これまで遠目で見てた感じと昨日喜来から聞いた感じではお前さん達は話が通じそうだし、考えが変に固まった武闘派よりも付き合いやすそうだった」

 

 話しながら城下手の中にあるライターを弄っている。恐らく癖なのだろう。

 

「なんだかんだでここ(大学)は安全だし、お前さん達が武闘派をどうにかできそうなら出ていく必要もない。あとは武闘派とやりあって勝てるかだが、さっきの一発でそれを試したってわけだ」

「結果は?」

「文句ナシ。想像の数段上の強さで、それも本人だけじゃなくて眷属まで武闘派以上ときたもんだ。武闘派が暴走しても返り討ちになるだろうし、むしろその方が不確定要素がなくなって一安心――っつうのは流石に不謹慎か。でもま、ホッとしたってのは事実だな」

 

 悪びれもせずにそうのたまう城下。その口ぶりから本当に武闘派を気にかけていないことが分かる。

 自分1人だけが良ければそれでよく、そのためには周り全てを利用しようとするその考え方は、理解できなくはないが気に食わないことに変わりはない。

 

「不確定要素がどうこうっていうならお前が一番そうだ。安全を考えるなら真っ先にお前を始末するのも手ではあるんだが?」

「おっと、今この場で俺を撃つかい?さっきも言ったがそれでも構わないぜ、死にたくはないが何が何でも生きてたいってわけでもないからな」

 

 苛立ちから漏れた凪原の言葉に、城下は腕を広げて見せながら向き直った。

 

「まだお前等に何も危害を加えていない、そしてこれからも加える気のない、自分よりも弱い無抵抗な男を撃つというのなら撃てばいいさ」

「………チッ

 

 ニヤニヤと、見透かしたような笑みを浮かべる城下に思わず舌打ちを零す凪原。彼は凪原が撃てないことを確信して言っていた。

 そしてそれは正しい。今の凪原は城下を撃つことができなかった。

 今のところ城下は凪原達どころか誰に対しても害を与えていない。過去に比嘉子を叩き出したとはいえその際にも暴力などはなく、叩き出した場所も穏健派の領域のすぐ近くだったために大きなトラブルは怒らなかったと聞く。

 たとえどれだけ気に入らなくとも、相手の考え方――それも積極的に誰かを害そうというものではない――だけを理由に攻撃を加えるわけにはいかない。それをしてしまえばただの性根の腐ったテロリストだ。

 

「………今はお前の考えに乗ってやる。ただ、少しでもこちらに害を与えたらその時は、覚悟しておけよ?

「上々、俺だってそんなアホをやる気はねえよ。寧ろ友好的なお付き合いを心掛けるさ」

 

 威圧を込めた脅しをかけても全く効いている気がしない。

 しかしこれで警告はした。これでもし何かあったら遠慮する必要はない、一思いに始末してやればいい。

 ひとまずはそう考えることにして、凪原は頭を振り思考を落ち着ける。友好的に接すると言っているのだからこの機会に気になっていることを聞いておいた方が建設的だろう。

 

「信用できるか。――それはそうと、お前さっき女帝サマがどうとか言ってたけど、武闘派のリーダーって頭護ってやつじゃないのか?」

「それは建前上の話、今や武闘派は女帝サマの言いなりさ。気を付けろよ~?」

 

 凪原の質問に答える城下の口は、歪な三日月を形作っていた。

 

「奴さんは凪原、あんたにご執心だ。近々行動を起こすつもりだぜ、『あいつとその一味がいなくなれば私の世界が完成する』だとさ」





本章最後は武闘派が1人、城下隆茂についてのお話でした。


さてこやつ、原作では我らがヒロイン胡桃を〇そうとしているので筆者の中での好感度は極低です(ファンの方いましたらごめんなさい)。とはいえプロットの関係上、スパッとパーンするわけにもいかないのでこのような形になりました。
最近聞くようになった個人主義やエゴイストをパンデミック風にしたらこんな感じになるんじゃないかと思っています。


これにて本編第7章 大学<暗影>編は終了です!
次章は大学編最終章となります。最近あんまり書いていなかったドンパチやゾンビに溢れるハリウッド映画も真っ青なアクション(※予告なく変更になることがあります)をお楽しみに!

ただしその前に恒例の閑話を挟むつもりでいますので悪しからず。


それではまた次回!


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閑話:一方その頃

お久しぶりです、ちょいと肉体・精神共にゴタゴタしているうちに時間が経ってしまっていました。
7章の閑話、ワンワンワン放送局でのお話です。

そして、90000UAありがとうございます!


 季節は厳冬、1月も終わり2月に入った今頃は1年の中で最も寒い時期だ。文明の恩恵を受けていた頃でさえ外に出たいとは思えなかったのに、今年はそれに輪をかけて寒さがひどい。

 都市からの排熱がなくなり地表付近の温度が下がったのだかなんだ分からないが、週に1,2度は雪がちらつくほどである。もし薄着で外に出ようものなら冗談抜きで凍死しかねない。

 

 これが動物であるのなら巣穴で冬眠してしまうのが最も簡単かつ確実なこの季節をやり過ごす方法なのだが、残念ながら人間にはそんな便利な機能はついていない。

 そしてもう一つ、より大きな障害がある。今の時代、ただ籠るだけで安全な巣穴など存在しない、ということだ。

 

 現在聖イシドロス大学に出向いている凪原に胡桃、早川と照山、そして圭といったいわゆる前線組とは対照的に、ワンワンワン放送局に残っているメンバーはゾンビと正面から戦うことがあまり得意ではない。

 もちろん凪原と早川から訓練を受けているので最低限の自衛は可能なことに加え、何人かは一部の能力において前線組を持っている。それでも、ゾンビと連戦したり囲まれた時の対処には不安があるというのが現状である。

 

 しかしだからといって放送局に閉じ籠っていればいいというものでもない。閉じ籠っていればさしあたっては安全かもしれないが、外の変化を察知することができないからだ。

 例えばどこからか人間の気配を嗅ぎつけたゾンビの群れが現われた時、あるいは以前凪原と胡桃が遭遇したような野盗が付近に根城を構えた時など、すぐに対応に動くかは別として早く知っておくに越したことはない。

 

 外に探索に出た方がいいがそれをするには技量が不足しているため安全マージンが十分に確保できない。

 二律背反の命題に対し、学園生活部は幸運にも答えを示すことができていた。

 

「よーし、このコーナーで一気に最高速度までいっちゃうよ!」

「ちょっと由紀先輩、そんなスピード出しながら変な動きしないでくだ――ウップ」

 

 前半こそいつも通りの平坦なトーンで由紀を嗜めていた美紀だったが、後になるにつれてその声は細くなり最後にはこみ上げてきたナニを抑えるように口に手をやってしまう。

 

「みーくん大丈夫!?ビニール袋いる?出しちゃった方が楽って聞いたことがあるよッ!?」

「………出しませんよ。いくら卒業(仮)したとはいえ、私にも女子高生としてのプライドがあるんです」

 

 ()()()()()()()()()()()を放り出して心配する由紀の提案に、美紀は弱々しいながらもきっぱりと否定の意思を示した。

 こちらもゴーグルを外して膝の上に置き、片手を胸に手を当てながら深呼吸している。辛そうではあるが自身の中の守るべきもののために奮戦するその姿は、見る人が見れば感動が感動を呼ぶ大スペクタクルである、かもしれない。

 

ふぅ、もう大丈夫です」

 

 1分ほどかけて呼吸を整え、額に浮かんだ汗をぬぐったところでようやく美紀は由紀へと顔を向けた。まだ若干顔色が悪いながら、丸まっていた背もきちんと伸びている。

 

「ほんとに大丈夫?やっぱり袋とか持ってた方がいいんじゃない?」

「だから出しませんッ!それに、そんなに心配するならもっと丁寧に操縦してくださいよ」

 

 何度も確認する由紀にトレードマークのジト目を向けつつ美紀が答えれば、ようやく彼女も安心したようだ。表情を不安げなものからばつの悪そうなものに変わる。

 

「うぅ、ごみん。ゲームじゃないのにゲームみたいなのが楽しくって…」

「楽しんでやるのは全然構いませんけど、ドローンはあんまり数がないんですから無茶な動きはダメですって」

「いやー分かってはいるんだけどさー」

「というか今はどうなってるんですか?さっきはすぐ私の方に来てましたけど制御、ちゃんとできてます?」

「ああっ!?―――うん、大丈夫だったよ!なんか自動ホバリング?とかいうモードになってたみたい」

「なら良かったです。とにかく、ちゃんと丁寧に操縦してくださいよ?」

「はーい」

 

 指摘に大慌てで再びHMDを被る由紀。

 すぐに嬉しそうな声で報告した、恐らく単語の意味は理解していないだろう。?マークが付いているのがよく分かるイントネーションだった。

 それを感じ取ったのと、「次はどんな動きしようかな~」という独り言が聞こえてたため、美紀はため息をつく。

 

 彼女は体質的に乗り物やゲームで酔いやすい。昔は1人で静かに本を読んでいられればそれでよかったが、今となっては直した方がいい弱点となってしまっている。

 これも訓練だと思えば諦めもつくというものだ。

 

(まあ実際、遊びってわけでは全然ないし)

 

 そう納得をし、美紀も改めてHMDを装着した―――

 

「……ウプ

 

―――被る時に閉じていた目を開けて2秒で後悔することになったが。

 

 何はともあれ、ドローンである。

 

 照山が自身が通っていた大学から拝借して(盗んで)きて、初めて聖イシドロス大学に向かった時にはルート選定に用いたが、今は拠点周りのパトロールに使っていた。

 

 もっとも、由紀が操縦しているのは以前のものとは別の機体だ。

 2回りほど大型なため車に機器一式を積んでの運用は不可能になったものの、その分いくつかの機能がアップグレードされている。

 なかでもパトロールに役立つのは無線出力の強化と、操縦者の動きをトレースするカメラの搭載だろう。前者は言葉通りなので説明を省くとして後者の性能は画期的だ。

 

 カメラを搭載したラジコンは以前からあったがその多くは画角が固定されており、違う方向を見たい場合は機体ごと向きを変える必要があった。

 しかしこの機体に搭載されたカメラは違う。操縦者が着用したHMDの動きに合わせて画角をリアルタイムで変更でき、例えば右を見ながら直進する、というようなパイロットさながらの操縦が可能だ。

 周囲の様子をつぶさに確認したいというパトロール任務に、このカメラの仕様はもってこいである。

 おかげで実際に人が出向くのと変わらない、というか上空から見渡すことができる分より詳細な状況把握ができていた。

 

 なおこのカメラは機体の前後に操縦者用と同乗者用の計2つが搭載されている。

 それぞれが別のHMDに接続されているため互いに独立して動かせるが、違うのは可動範囲だ。操縦者用は前方200°なのに対し同乗者用は360°、全周への視界を有する。

 どうしても機体コントロールに意識を割く必要がある操縦者と違い、観察に集中できる同乗者を考えた設定だ。

 進行方向とは違う方向、それこそ真横や真後ろを監視し続けることもできる。

 

 まぁ、つまるところ何が言いたいのかといえば―――

 

「………やっぱりちょっと止めてください。やばいです」

「みーくんッ!??」

 

―――操縦者の運転次第では同乗者は酔う。とてつもなく、酔う。

 

 

 

====================

 

 

 

「この辺りは異常なしっぽいねー」

「いや、もっとちゃんと見てくださいよ。操縦してない分余裕があるんですから」

 

 あの後、再び乙女の気合を発揮してせり上がってきたナニカを押し戻した美紀は、由紀に頼んで操縦役を交代してもらった。

 渋る由紀の両肩に手を置き、鼻が触れ合うほどの至近距離から「変わってください」と全力のジト目とともにおねがい(命令)した結果である。その時の様子をもし凪原達第31代生徒会のメンツが見ていたとしたら、「めぐねえや隊長に迫る迫力」と評していただろう。

 

 直樹美紀、学園生活部のブレーキ役として日々着実に成長しているようだ。

 

 ともかく、パイロット(?)が美紀になったことでドローンの飛行はだいぶ安定した。

 先ほどの由紀の操縦を曲芸飛行のタイムアタックとするなら、こちらは観光地をのんびりとめぐる遊覧飛行だ。カーブでも機体を傾けることなく緩やかに曲がるのでHMDの画面が揺れることもない。

 

 しかし快適な空の旅ができればそれでよしというわけでもない。あくまでこの飛行の目的はパトロール、拠点の周囲に異常がないかを確認することだ。

 

「もう次のポイントに着きますよ。さっきと同じようにチェックをお願いします」

「任かされよー!―――えーと赤い車ヨシ、青い車ヨシ、バイク2台もオッケー。自転車は…うーん、1台倒れてるけどあれは風かゾンビさんじゃないかな、隣の三角コーンがそのままだし」

「了解です、でももう一回見てみてください。私も操縦しながらですけど見てみます」

「はいはーい」

 

 そんなことを話す2人がドローンから見下ろしているのは、住宅街の一角にある何の変哲もない交差点だ。

 事故を起こして動かなくなったり乗り捨てられたりした車、崩れたブロック塀や中身の零れた誰のものとも知れないトランクなど、大小さまざまなものが散乱していることまで含めて今となってはどこでも見られる光景である。

 

 これらはそれだけでは何の意味も持たない。せいぜいがそこを通ろうとする者の交通を妨害する程度の障害でしかない。

 しかしその配置が記録され、そして定期的にチェックされるようになった瞬間、全ての物体は警戒装置の一端を成す。

 

 車両であれ人であれ、そして動物やゾンビであれ、何かが動けばその後には痕跡が残る。まして、それが残りやすいように場が仕組まれているとなれば尚更である。

 実は、この交差点の現状は――そうと分からないように偽装されているが――全て凪原達が用意したものだ。

 どの方向から来てどこに行こうとしても、通り過ぎようとすれば障害物のうちのどれかに引っかかる。

 

 ゾンビや動物なら動かしたものを戻す知能はないし、生存者であっても結果は同じだろう。このご時世にわざわざそんなお行儀のよいことをするとは考えにくい。

 それなりの人数のグループになればあまり自分達の動向が目立たないよう片付けくらいはするかもしれない。それでも規模が大きくなればその分生じる痕跡も多くなる。すべてを消すことは不可能だ。

 例外なのは訓練と経験を積んだごく少数の人間が通過した場合である。自らの存在を徹底的に隠蔽された場合は流石に痕跡を探すのは難しいだろう。

 一応そういった手合いに対する策も講じてあるが効果のほどは未知数である。

 

「うん、やっぱり問題ないんじゃないかな」

「そうですね。それじゃあ次のポイントに向かいます」

 

 由紀の声を受けてドローンの速度を上げる美紀。

 ここのような偽装地点は一つではない。交差点に限らず三叉路や裏路地、更には通り抜けができそうな庭など、ワンワンワン放送局に通じそうな場所には似たような仕掛けが施されている。

 

 そんな場所を回り異常がないかを確認する、それが現在行っているパトロールの目的だ。これを1日3回、最低でも2回、放送局に残ったメンツは行っていた。

 決して楽ではないが必要なこととして全員が真面目に取り組んでいる。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――よし、これで午前の巡回は終わりですね」

 

 HMDを外して机に置き、美紀は両手を上にあげながら大きく伸びをしていた。「~~~っ」と、普段の彼女からはあまり聞くことのできない声が漏れる。

 パトロールにかかった時間は1時間と少し。常に操縦していたわけではないとはいえ、ずっと同じ体勢でいれば体も固まるというものだろう。

 

「なんかさー、気のせいかもしれないけど最近少しゾンビさんの数が増えてきてるよね~」

 

 無意識に腕を回していた美紀に由紀から声が掛けられる。こちらは椅子から立ち上がり、片手を腰に当てながらもう一方の腕をそちら側へ伸ばすという、まさに絵に描いたようなストレッチを行っていた。

 2人とも一仕事終えて弛緩した空気だが、話題自体は真面目なものだ。

 

「たしかに、記録を見ると微妙に数が増えていますね。この程度なら誤差の範囲ともとれますが」

 

 パラパラ、とノートをめくりながら答える美紀。日々のパトロールの内容が記されたそれには、当然ながら確認されたゾンビの数も書かれている。

 そしてそのデータは、由紀の言葉通りわずかな増加傾向を示してた。

 

「まあ多分大丈夫だとは思うけどね~、案外雪が珍しくてテンションが上がっちゃったとかかもしれないし」

「それはないと思います」

 

 由紀のお気楽発言を切って捨てつつも、美紀自身もそこまで深刻に考えているわけではない。

 実際ゾンビの増加量は非常に小さく、記録を付けていなければ分からないレベルだ。少なくなる日も普通にあるので、単なる偶然という可能性も十分にある。

 さらに言えば、基本的に敷地から出ることなく過ごしているおかげか、意識的に――実際に意識があるかは置いておくとして――放送局の場所をピンポイントで目指してくる個体は今のところいない。あちらへフラフラ、こちらへフラフラと彷徨ううちにこの近くにたどり着いたというのが正解なのかもしれない。

 

「しばらくは様子見ですね。ちょうど今日の夕方に次の当番なので今との違いを見ておきます」

「さすがに真面目だね~、じゃあ私も明日の昼だから見ておこうかな」

 

 とはいえ楽観も良くないので今後も注意を払っておく必要がある。

 ノートの記録も大切だが、やはり自分の目で見た方がわずかな差に気付きやすいのだ。

 このパトロールは担当者や時間を固定せず様々な時刻に異なるペアで行っているが、これも理由は似たようなものだ。色々なタイミングでそれぞれ異なる観点から見ることで違ったことが見えてくるかもしれないのである。

 

「ちなみにみーくんの次のペアは誰?」

「えーっと、葵さんですね」

「アオさんか~。そういえばさ、」

「なんですか?」

 

 キャスター付きの椅子の上でグルグル回っている由紀の言葉に美紀が首をかしげる。

 回転を止めて美紀に向き直ったところで由紀は続きを口にした。

 

「なんかアオさんってみーくんに似てるよね、なんかお姉ちゃんみたい。私は一人っ子だったからうらやましいよ」

「えぇ…。確かに見た感じは似てる気がしないでもないですけど―――」

 

 美紀がそこまで言ったところで、無線室の部屋がノックと共に開かれる。そこからひょっこりと顔を出したのはちょうど話題になっていた葵だった。

 

「やあお二人さん、もう朝のパトロールは終わったかな?うん、終わってるね。ちょっとりーさんのとこに遊びに行かない?今日は大根とか白菜とかたくさん収穫するって言ってたから面白そうだs「ダメですよ~」」

 

 言い終わる前に伸びてきた腕が葵の腕をがっしりと掴んだ。

 

「捕まえました。あおちゃん、まだ午前の家事当番の仕事は終わっていませんよ。洗濯が終わるまでの間にお掃除をして、洗濯物を干したらお昼とお夕飯の下準備です」

「あ~~~」

 

 腕の持ち主である慈に引きずられ、葵は情けない声を出しながら2人の視界からフェードアウトしていった。

 

「「………。」」

 

 わずか数秒で消えた葵に何とも言えず沈黙する由紀と美紀。

 

「―――あんな感じの人が姉なのはちょっと」

「え~?楽しそうだと思うけどな。お姉ちゃんと妹で性格が違うのもますます姉妹っぽいし」

「なんかそれっぽい気がしてきてしまったのでやめてください」




以上、戦闘組がいない間ワンワンワン放送局ではどうしているのかというお話でした。


外に出るのは万が一を考えると危ないし、かといって閉じ籠っているのも外の様子が分からないのでそれはそれで危ない。ならどうするか、というのを考えた結果がドローンによるパトロールでした。

現実でも災害時の状況確認にドローンを用いることが増えてきているので、照山が大学から持ってきた機体もそのような仕様であってもおかしくないと思います。
上空によく分からない機械が飛んでいたとしてもゾンビはあまり気にしないでしょう。原作ではプロペラ音がうるさいと言われてますが高度があれば平気なはず…。とはいえ高すぎると生存者に見つかる可能性もあるので塩梅が難しそう。

そして生存者に見つかった場合後を付けられるんじゃね?という問いについて、同じ懸念を抱いた凪原達により放送局とは全く違う場所に待機・充電用の家屋が確保されているので大丈夫です。


ほんとはパトロールだけじゃなくて放送局の日常を色々書きたかったんです(悠里と篠生・太郎丸の畑仕事とか、高上とるーちゃんのお勉強タイムとか)。でもパトロールだけで6000字に乗ったうえ投稿期間を開けるのも違うだろということで泣く泣くこ子までになりました。
いつか日常パートを色々書いてやる(鋼の意思)。


次からはいよいよ第8章がスタートしますが、まだプロットに不安があるので来週投稿できるかはフィフティーフィフティーです。
それでも大筋は決まっているのでエタることはないと思いますのでこれからもよろしくお願いします!

それではまた次回!


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第8章:大学〈騒乱〉編
8-1:ちょっと整理しよう


*原稿を落とさぬよう本編のみ予約投稿中*
    第8章が始まりますよー




―――ピピピピピピピピピバンッ

 

「………うっせぇ

 

 それが仕事であるにもかかわらず、まるで親の仇ででもあるかのような勢いで掌を叩きつけられて沈黙させられた目覚まし時計、それを薄く開けた目で睨みながら凪原は呟く。

 しかし、すぐにその不機嫌そうな声色とその理由に気付き一人苦笑することになった。

 

「いやはや、思った以上に変わっちまってるなこりゃ」

 

 なるほど、たしかに健やかに寝ているところを無機質な電子音で叩き起こされるというのはあまり気持ちのいいものではない。

 だがそもそも話として、凪原はショートスリーパーだった。高校から大学時代の間に目覚ましのお世話になった回数は両手で数えられる程度しかなく、その数少ない例外もイベント準備などで数日徹夜した後の仮眠時などである。

 日々の目覚めは毎日さわやかだったし、たとえ睡眠中に起こされてもそれで調子を崩したり機嫌が悪くなったこともない。

 さらに言えば最近はしっかりと寝ることに注力しており、今日も8時間は優に眠っているのだ。

 

 少ない睡眠時間で事足りていたのに高々目覚まし程度で不機嫌になった理由は何か、以前の自分と今の自分とで異なるのは一体何なのか。

 そんなものは改めて考えるまでもない。

 

 ウィルスへの感染は凪原の体を確実に作り替えていた。

 

「………。」

 

 普段はそれほど気にしていなくとも時折自覚させられる変化は、凪原の心に影を投げかけて―――

 

 

「なんてな」

 

 

―――いるなんてことは特に無かった。

 

 人の体は変化するもの、そこに感染の有無は関係ない。それが凪原の考え方である。

 成長期しかり老化しかり、生きている以上人の体は常に変化し続けるのだ。

 食事もろくに取らずに引き籠っていればマッチ棒のようにやせ細るし、逆にボディービルに打ち込みでもすれば筋肉モリモリマッチョマンの変態になることもできる。大病を患えば、それまで当たり前にできていたことが全くできなくなるというのもそう珍しいものではない。

 これに加えて趣味嗜好なども変化するのだ。そのことを知っていれば、自分が変わることに対して恐怖など対して怖くない。

 

 ましてや、今回凪原が自覚した変化は朝起きた際に眠気が残っているというもの、ショートスリーパーの割合が1%未満であることを考えればむしろ普通になったとも言えるだろう。

 体温の低下などと比べても大した変化ではない。

 

 さらに凪原の心を穏やかに保っている理由がもう一つ。

 

うぇへへ、にゃぎぃ~

 

 すぐ隣で体を寄せるようにして眠っている胡桃の存在である。

 口から寝言と共によだれを垂らしながら実に幸せそうな表情を浮かべている彼女(恋人)の顔を見れば、不安を感じる方が難しいというものだ。

 

「おーい、そろそろ起きろって」

「んぅ、みゅ…」

 

 柔らかそうなほっぺを凪原がフニフニと突いてみても、全く目を覚ます気配がない。逆にその手に頬ずりしてくる始末だった。

 そんな、もし誰かに見られようものなら顔を真っ赤にして機能停止すること間違いなしの胡桃だが、少なくとも今はその心配はない。

 

 凪原達が寝室に使っているのは校舎の一角にある仮眠室で、元々は凪原と照山が使っていた部屋だ。

 感染の進行からより長く深い睡眠が必要になったため、メンバーの活動範囲から離れていて他の部屋よりも防音設備がしっかりしているここを感染組の居室とした形である。

 利用者の安眠を妨げることの無いように、ということで鍵もついているのでプライバシーも確保できている。一応非常時のために談話室(自堕落同好会が日中過ごしている部屋)に鍵は置いているが、まだ朝食まで時間のあるこのタイミングで人が来ることはないだろう。

 

「ふむ、」

 

 そこまで考えたところで、体の上から布団をどかそうとしていた手をピタリと止める凪原。

 今確認したように朝食の時刻までは余裕がある。

 そして凪原の体はまだ眠気を訴えている。

 また、未だ温もりの残る布団の中と異なり特に暖房器具などを使ってない室内の空気は身を切らんばかりに冷え込んでいる。

 最後に、凪原の寝巻の裾辺りが胡桃の手によりキュッと握りしめられている。

 

「………。」

 

 以上の状況から凪原は、少なくとも数年前の自分であれば考えられない行為、二度寝というものをしてみることにした。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――サラダが食べたい」

「「「分かる」」」

 

 凪原の呟きと、それに賛同する学園生活部の面々の相槌である。

 健やかな二度寝を終え――目覚ましの再セットを忘れたため早川以下数名が突入してくるという一悶着があったがそこは割愛する――、朝食の時間でのことだ。

 本日のメニューは缶詰パンにコーンポタージュ、それからランチョンミートを厚切りにして焼いたもの。味もボリュームも十分な内容で、時世を考えれば文句を言う方がおかしいのだろう。

 

「どしたの会長、いきなりさ?」

「いや、ちょいと欲が出てな」

 

 実際、桐子をはじめとした自堕落同好会の3人は凪原の言葉の意図が分からなかったようだ。ポタージュに浸したパンを口に運びながら首をかしげている。

 対して、頷いていた学園生活部側からすれば凪原の言はまさに意を得たりというものだったようだ。

 

「ちゃんとしたご飯が食べられるだけでも十分ありがたいのは分かってるんだけどさ」

「やっぱり既製品ばっかりだとちょっと飽きてきちゃうのよね」

「みずみずしいもんが食いたいっつーか、そんな感じだな」

「せめてプチトマトがあればなー」

 

 上から胡桃、早川、照山、圭の言葉である。最後の圭はいささか明け透けが過ぎるが、凪原達のまぎれもない本音でもある。

 インスタント食品などの既成品は保存期間を長くするという都合上、どうしても濃い味になってしまう。

 1食2食、あるいは数日程度ならそれだけでもいい。しかしそれがずっと続くとなれば、サラダなどのさっぱりしたものが食べたくなるというのも自然な願望であった。

 

「でも今じゃ採れたての野菜なんてそうそう……ああ、そういえば家庭菜園やってるんだっけ?」

「家庭菜園の領域を超えてるかなー、あれは」

「りーさんも、あれでなかなか結構凝り性だからな。実際すごくうまいし」

 

 会話の途中で思い出したように言う晶に頷きながら答える圭と照山。

 たしかに、凪原が正月空けて早々に大学に来た時点で放送局敷地内の菜園は『家庭』という枕詞を付けるにはいささか無理がある規模になっていた。

 それでも当人はまだ納得してないようであったし、2人の苦笑いともとれる表情を見るに今はさらに拡大しているのだろう。

 

「こないだはぬか床つくるの手伝わされたわね。向こうに戻るころにはたくあんが食卓に並んでんじゃない?」

「おおそりゃ楽しみだな。どのタイプになんだろ、俺は硬めの厚切りの奴が好きだけど」

「うちは薄切りの柔らかい奴ね――ってそうじゃなくてナギ」

 

 普通に応じかけた早川だったが話そうとしていたことを思い出し、首を振ってから視線を凪原に向ける。

 

「アンタ今年の米作りどうするつもりなのよ。よく分かんないけど田植え用の苗ってぼちぼち準備する頃なんじゃないの?田んぼの準備もそうだし、このままここに足止めくらうとまずいと思うんだけど」

「知らねえよ、つーか分からないこと全部俺に投げるのやめろって前から言ってんだろ。んで、その辺どうなんだテル?」

「テメェが今ハヤに言ったことそっくりそのまま返してやるよ」

 

 流れるようにパスを回してきた凪原を睨む照山。しかし数秒考え込んだ後に再び口を開く。

 

「まあ種籾とかの準備は4月入ったあたりで、今は土づくりと田んぼの整備の時期だな。早くやるに越したことはねえけど、1,2ヶ月遅れても全く収穫できなくなるってことはないんじゃねえの?」

「なるほど了解」(やっぱ雑務のテルだな)

「わかったわ」(困った時の知恵袋、流石は生徒会の雑務担当ね)

「お前等、目ぇ見りゃ考えてること分かるぞ。俺は庶務だっつってんだろうが!」

 

 そのまま喧嘩を始める巡ヶ丘第31期生徒会役員共。

 そしてその会話を聞いていた自堕落同好会の面々は、少しひいている。

 

「え、なに?もしかして君等って稲作もやってるの?」

「うん、といっても田植えとか全部終わってたところからだけどね。それでも分からないことだらけだったから“作付け面積”当たりの収穫量は全然だったし」

「ちょっと自給自足しすぎじゃない?」

「D○SH島?」

「漁業はやってないからどっちかっていうと村かなぁ。あ、でも近くの川に罠仕掛ける話は出てるよ。この時期なら“かき倉”だけど1年通してなら“巻持網”の方がいいし、まだ計画段階って感じ」

 

 さらに胡桃や圭の言葉の端々には、彼女等程度の年齢の少女が普通言わない単語が潜んでおり―――

 

これはぁ、ボクたちもちょっと先輩らしくすべき?

自堕落同好会は返上?

頑張る

 

―――晶や比嘉子はおろか、生粋の自堕落人間である桐子にやる気を出させるという快挙を成し遂げることになった。

 

 

 

====================

 

 

 

 「………。」(カチカチ)

 

 朝食とその後片づけが終わった談話室で、凪原はソファーに腰掛けながら無線機を弄っていた。

 既に他のメンバーは行動を開始している。

 照山は得物を手に大学内の巡回に出ていき、早川は昨夜から今朝にかけて不寝番をしていたため部屋の隅で寝息を立てている。

 胡桃は何か心境の変化でもあったのか「体力をつけたい」と言い出した桐子と晶、比嘉子を連れてグラウンドだ。

 

「あ、凪先輩が一人で笑ってる。なんかキモイ」

「おまえな、俺にも心はあるんだぞ」

 

 久しぶりにトラックで走り込みができると嬉しそうに言っていた胡桃を思い出して微笑んでいた凪原だったが、掛けられた圭の言葉に一気にしかめっ面になる。

 この後輩は時折笑顔で毒を吐くから油断ができない。

 一応悪意をもって言われることはなく純粋なからかい成分100%なのだが、気を抜いているときに喰らうと精神になかなかのダメージを負うことになるのだ。

 

「つーかそれ知らん奴に言ったらただの悪口だからな」

「圭ちゃんは思ったことを口にしただけでーす。心配しなくても信頼してる仲間にしかこういうことは言いませんよー」

「…ったく」

 

 パタパタと手を振りながら人懐っこそうな笑みを浮かべる圭に凪原も毒気を抜かれてしまう。わずかに残ったモヤモヤとしたものをため息に乗せて吐き出したところで、手の中の無線機がノイズ以外の音を発し始めた。

 

『もしもし、聞こえている?』

「おっと今回はりーさんか、凪原だ。こっちはばっちり聞こえてるぞ」

『ええ、こちらも感度良好よ。いつもと同じ時間だから定期連絡ということでいいのよね?』

「ああ残念なことに、な。いろいろ動いてるけど相も変わらず空振りばかりだ」

 

 毎日朝の時間に行っている定時連絡、別に担当が決まっていたり当番制だったりするわけではなくその時々で時間が空いている者がすることになっている。

 対面ではなくとも、定期的に言葉を交わすことで各人の仲を良好に保つためだ。組み合わせによっては会話が盛り上がり、1時間近く話し込むということもしばしばだ。

 

 とはいえ、雑談についてはいいとしても肝心の事務的なやり取りについては、このところ『異常、進展共になし』の日が続いている。

 そのため今日の無線相手である悠里も凪原が何か言う前から内容を察していた。そもそも何かあればそのタイミングで連絡を入れることになっているので、この時間に連絡している時点で報告すべきことなど無いのが丸わかりである。

 

「本校舎の行ける所は地下倉庫も含めてあらかた探したんだけどな。これだけ見つからない探し物ってそうそう記憶にないぞ」

『私達の学校くらいの規模でも由紀の偶然のおかげで見つけられたんだもの、こっそりやるんじゃもっと時間が掛かって当然だと思うわよ?見つけようと探しているときに限って見つからないものよ、探し物って』

「たしかにそうだけどさ…」

 

 2人が言っている“探し物”とはすなわちランダルコーポレーションの備品、聖イシドロス大学のどこかに収められているであろう銃火器である。凪原達の母校である巡ヶ丘学院にもあったのだ。ランダルのマニュアルに拠点として記載されており、より規模の大きなここにないはずがない。

 それらが武闘派の手に渡った場合、彼等が学園生活部の安全保障に対する重大な脅威になることはほぼ確実である。

 ゆえにこそ、武闘派に勘付かれないようにしつつ秘密裏に武器を発見・回収しようと凪原達は日々暗躍しているのだが、その進捗は先ほどの凪原の言葉の通りだった。

 

『そういえばだけど、そっちの大学にはマニュアルはないのかしら?うちにもあったのだからどこかにあるんじゃない?』

「あー、それなんだけどな」

 

 巡ヶ丘学院において地下倉庫の存在を明示し、武器の貯蔵を示唆していた職員用緊急避難マニュアル。それと同じようなものがあるのではないかと問う悠里に答える凪原の声は、何とも歯切れが悪いものだった。

 

「一番置いてありそうな学長室が武闘派のたまり場になってるんだ」

『う、それはどうしようもないわね』

「まあ今んとこあいつ等が探し物をしてる気配はないから大丈夫だとは思う。それでもいつか見つかるんじゃないかと気が気じゃない状態だよ。―――そういや話変わるけど別件で少し気になることがあったわ、一応そっちでも共有しといてほしい」

『あら、なにかしら』

 

 流れの変化を察し、悠里が居住まいを正した音がわずかに漏れ聞こえてくる。凪原の方も近くに置いていたファイルを手に取りながら口を開く。

 

「昨日の時点で地下倉庫の物資確認が終わったんだけどさ、ワクチンがどこにもなかったんだ。コンテナの類はうち(巡ヶ丘)にあったのと同じだった分違和感がでかくてな」

『それは……確かに不自然ね』

 

 ワクチンがあれば、ゾンビウィルスが体内に侵入しても不完全ではあるが発症を防ぐことができる。ある意味銃器よりも重要度の高い物資である。

 巡ヶ丘においては救急用品のコンテナに入っていたそれ、しかしイシドロス大学においては同様のコンテナ内にその姿は確認できなかった。

 

「恐らくだがここの地下倉庫はある程度公開されるのを想定してたんだろうな、だから見られたら困る銃とかワクチンは別の場所に隠した」

『理屈は通るわね。それなら隠し場所はあまり人が立ち入らない場所、それにワクチンはあまり環境変化に強くないでしょうから気温などが一定に保たれているところ――「あ」――凪原さん?』

 

 思わずといった様子で声を漏らした凪原、その口角は無意識のうちに持ち上がっていた。

 

「あるじゃねえか。気温や環境が一定でワクチンの保存ができ、なおかつ一部の人間しかそもそも出入りしようとすら思わない場所が」

『そんな場所あるの?自分で言っておいてなんだけど学校の中にあるとは思えないのだけれど』

「まあ高校までだったらそうだな。ただ大学ってのは想像以上にいろんな場所があるもんなんだ」

 

 一息あけ、凪原は自身が思いついた場所の名前を口にする。

 

「理学棟だ。薬品の保存にあそこ以上適した場所なんてない」





それではまた次回!


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8-2:放蕩もそう悪いもんじゃない

どうも……2週間ぶりです。
毎週投稿と謳っておきながらこれでは隔週投稿になってしまっているので何とか投稿ペースを戻したいと考えている今日この頃、

そんな筆者の反省はさておき8章2話目です。


 図書館2階の最奥、備え付けの椅子やテーブルにソファーに毛布や食料品など大小さまざまな物品が加わり、その場所には不思議な生活感が生み出されていた。周囲を幾重にも取り囲む本棚やそこに収められた無数の本が熱の拡散を防いでいるのか、暖房など一切使っていないにもかかわらず卓上時計の液晶の片隅に移る室温はギリギリで20度を上回っている。

 そんな、静かに本を読みたい人にとっては天国のような空間で1組の男女がくつろいでいた。

 

「それで、結果はどうだったんだい?――って、聞くまでもないか」

 

 女性の方はこの図書館の主であるところの理瀬だ。相も変わらず肩出しのシャツを着ているが、その上からストールを羽織っているので寒くはないのだろう。

 定位置であるソファーに腰掛け、両手で抱えたティーカップから湯気と共に立ち上る香りを楽しんでいる彼女の顔には苦笑が浮かんでいた。

 

「ええ、けんもほろろに追い返されました」

 

 そしてその対面の椅子に座っているのは凪原だった。両肘をテーブルに突きながら背を丸め、ズズッと音を立てながら湯呑を傾けている。普段の自信ありげなのとは打って変わって、やさぐれているとも取れる様子の彼はあまり見られるものではない。

 

「フフッ」

「笑わないでくださいよ」

「いやいや失敬。まだあまり付き合いが長いわけではないが、今みたいな君はなかなかに珍しい気がしてね」

「………。」

 

 そこを理瀬に指摘され、自覚もあったために反論できない凪原。無言のままさらに湯呑の角度を上げて視線を遮るしかなく、そのせいでさらに笑われる結果となった。

 

 ところで、2人が飲んでいるのはそれなりの等級の緑茶である。本のレンタル料がてら、遠征で見つけたコーヒー豆や紅茶の茶葉と合わせて専用の道具込みで差し入れたものだ。

 今日見たところどれも同じようなペースで消費されているので、そこそこ気に入ってくれたらしい。

 次に来るときにでも追加分を持ってこよう、と凪原は頭の片隅にメモしておく。

 

 そのまま軽い雑談を交えながらお互いにコップの中身を空にし、2杯目を注いだところでようやく話が本題へと移る。

 

「さて、それじゃあ改めて聞くけどどうだった?()()は以前冷氷と呼ばれていてね、実際のところどんな感じだったのか興味があるんだ」

「だから話という程のものはなかったですって。つーか、そんなこと知ってるなら先に言っといてくれてもいいじゃないすか」

「言ったら変に身構えてしまうじゃないか。それにあだ名はあくまでまわりの憶測を含むからね、ありのままのところを知りたかったのさ」

 

 本好きというのは総じて――無論例外はあるが――知識欲が高い傾向がある。

 本を読むことで新しい知識を取得しそこで生まれた疑問をまた別の本を読むことで解決する、そのサイクルを苦にすることなくむしろ楽しんで続けられるタイプの人間だ。

 彼女の場合、その知識欲の対象は本に限られたものではなかったということだろう。()()の様子を尋ねる理瀬の目は純粋な興味の光が灯っていた。

 

「………ハァ、……やっぱりあなたもその人種かぁ」

 

 そして残念なことに、その光は凪原に大変馴染みがあるものだ。

 彼の高校の同期達、巡ヶ丘学院第31期生は変人のオンパレードだったが、全員が自分がやりたいと思うことに対して全力投球できる人間だった。

 彼等彼女等が好きに打ち込んで(暴走して)いる時、その目には決まって今の理瀬と同じ光が浮かんでいたのである。

 その内容はまともであったためしがなく、時にはすべきこと――例えば勉学など――をおろそかにしてでも自分のしたいことを優先する姿勢は、放蕩の烙印を押されても致し方がないという者も数多くいた。

 

 しかしそれでも、凪原はそんな人たちのことが嫌いではない。

 そもそも彼自身がそのような人間の筆頭であるというのはさておいたとして、やりたいことをしている時の彼等の表情が好きだからだ。

 非常に活き活きと、楽しそうにしている彼等からはプラスのエネルギーが猛烈な勢いで放出される。それは近くにいるだけで自分の中にどんどん入ってきて、抱いている負の感情をどこかへと追いやってしまう。

 そんな活力にあふれた仲間がいる環境の居心地のよさが、凪原は大好きだった。

 

 もちろんいきなり騒動に巻き込まれ、思い切り振り回される(ときには比喩でなく物理的に)のも度々だ。予期せぬタイミングでとんでもない状況に放り込まれる、というのは31期生であれば誰もが1度は体験しているだろう。

 もちろんそんな瞬間には『こんの野郎…』と思う、理不尽に巻き込まれている以上それは当然だ。

 それでも終わってみれば『ああ面白かった』と、そう言い合える間柄というのどれほど貴重なものか。若干二十歳の身では完全に理解などできるはずもないが、少なくとも得難いものであることは分かっている。

 

 そう言った人間との縁は望んだところでそうそう得られるものではない。

 もし運良く得られたのなら、その絆を繋ぎ続けていくための努力はすべきである。例えば定期的に連絡を取り合う、または相手の頼みを聞くなどが関係維持に効果的だ………………後者は内容や程度にも寄るが。

 

「分かりましたよ。でもほんとに話せることだけ、ですからね。会話があまり続かなかったんですから」

 

 今回の場合、頼まれたのは話すだけだ、それならば別に渋る必要もないだろう。

 

 

 

====================

 

 

 

「さて、と。ほんとに人いんのか、ここ?」

 

 角材を打ち付け、さらに取っ手に幾重にも鎖を巻き付けることで厳重に封印された理学棟の正面扉前で、凪原は1人疑問の声を上げた。

 

 朝の悠里との会話でワクチンの保管(隠し)場所について思いつき、部屋に戻ってきた桐子――体力がなさ過ぎて早々にバテたらしい――に理学棟の扱いについて聞いてみた。

 彼女曰く、中にいるゾンビの掃討ができていないので入り口を封鎖しているだけのようだ。自分達は完全に放置しているし、武闘派の方も周辺の警戒はしているが中に入る気はなさそうであるとのことだった。

 

 それならば話は早い。こっそり忍び込んでパパッとゾンビを殲滅し、しかる後に悠々と中を捜索すればすぐに見つかるだろう。そう考えた凪原だったが、一応集められる情報は集めておこうと図書館にいる理瀬にも話を聞きに行った。

 ところがそこで彼女から聞いたことには、どうやら理学棟にはまだ人がいるようだった。人影、もちろんゾンビではなく意志ある人間の動きをしているのを少し前に見たと言ってた。

 理学棟内には売店があることに加え、各研究室には学生が持ち込んでいたインスタント類があるであろうことを加味すればまだ生きている可能性は十分にあるとのことらしい。

 

 さすがに人がいる建物の窓をぶち破るわけにはいかない。

 幸い電気は通っており、正面扉横にあるインターホンを使えば中にいる誰かと連絡が取れるはずだというので大人しく武闘派に見つからないようにしながら入口までやってきた―――ところで狂気的なまでに閉ざされた扉を見て思わず出てしまったのが先ほどの凪原の言葉であった。

 

「これじゃいたとしても中から出るのは無理、でもないな。俺が考えてたみたいに窓破ればいいわけだし」

 

 自分の言葉を自分で否定して1人納得する凪原。

 しかしこの理学棟、1階,2階部分には一切窓がなく非常階段の類も外付けではなく建物内部にあるようで出入口はここと裏側の2箇所、もちろんそちらも同じように厳重に封鎖されている。恐らくは危険物管理の観点から出入記録を付けやすくするための措置なのだろう。

 そのため凪原の言った方法では、進入には3階までの壁登りスキルが、脱出には飛び降りる度胸と身体能力が必要になる。つまり、ある程度人外に足を突っ込んでいる人間でなければ不可能である。

 常であれば近くにいる胡桃などからツッコミが入るところだが、現在は凪原1人なのでここで補足しておく。

 

「そんじゃあんまり長居もできないから押すか。武闘派に見つかったら面倒だし」

 

 言いながら凪原はインターホンのボタンを間隔をあけて2回押し込む。偶然や気のせいではないと示すためで、3回でないのはそれで反応がないなら聞こえる位置にいないという予想からだ。

 少し時間を空けてからもう1,2度同じようにすればいいだろう。

 

「つーかここ臭いもうめき声もすごいな、そりゃ誰も近づきたがらないわけだ、なぁくr………あ」

 

 言いかけたところで隣に誰もいないことを思い出しきまりが悪そうに頭を掻くが、取り繕う相手もいないことに気付き大きくため息をつく。

 凪原、隣に胡桃がいるのが当たり前になりすぎて無意識のうちに声をかけてしまうことが最近増えていた。

 ちなみに胡桃にも同じことが起きているのだが、お互いに恥ずかしいため言っていない。もちろん2人以外は皆が知っている。

 

 そんなカップルの近況にはさておき凪原の先の独り言だ。

 その言葉は臭いとうめき声についてだったが、正直なところ前者については気にするほどのものではない。なにせあちこちをゾンビすなわち腐ったした死体が動き回っているのである、外に出ればどこであっても大なり小なり腐敗臭は漂ってくる。

 あちこちに出向いている凪原にとってはもはや嗅ぎ慣れた臭いだ、もっとも慣れたくて慣れたわけではないが。

 

 それより問題なのはうめき声の方だ。

 基本ゾンビは常に意味不明な声をあげているものの、それはあまり大きいものではない。せいぜいが隣へ座る相手へ話かける程度の声量である。

 だというのに、凪原がいる付近はをパンデミック前の朝の駅前を彷彿とさせるほどの騒々しさだった。1体や2体どころか10体や20体でもこうはならない、少なく見積もってもクラス1つ分かそれ以上だろう。

 一か所に群れている数としてはなかなか珍しく、何かしら理由でもなければお目にかかれない現象だ。

 無論、それは今回だって例外ではない。

 

「お墓……ね、死者が留まる場所って意味じゃ間違っちゃいないけどさ」

 

 凪原の視線の先は幾つかのコンテナが鎮座している、桐子に『お墓』と説明された場所だった。「聖イシドロス大学」と大学名が書かれていたり「学祭用倉庫」と銘打たれていたりと、どれも元々大学構内にあったことを思わせる。

 しかしそれらはあるものは横倒しになりまたあるものはかつてあったであろう生垣を踏みつぶして置かれているなど、一つとして以前からそこにあったわけではなさそうだった。現に運搬したのであろうフォークリフトが近くに放置されている。

 

 ただ凪原が真に見ているのはそのコンテナ群の中央、四方を囲まれた狭い空間に閉じ込められているゾンビ達だ。うめき声と共にバンバンと金属を叩く音が幾重にも重なっているので五体満足?な個体がひしめいているのだろう。

 

「校舎内で窓まで誘導してそのまま下に、か。しっかり始末までするならいいけどこれじゃ時限爆弾と一緒だぞ―――って、お?」

 

 戦闘組で相談して近いうちに中の掃討をしよう、と脳内スケジュール帳に書き込んだところでインターホンのランプが灯った。どうやら理瀬の言った通り、本当に理学棟内に生存者がいたようだ。

 内心「どうせいないだろう」と思っていたため少々驚きながら意識をコンテナ群から戻す。

 

「えーと、もしもし?聞こえてたら返事をしてもらえると嬉しいんだけど」

 

 とりあえず軽く手を振りながら話しかける。最近では一般的になったカメラ付きのタイプなので相手には凪原の姿が見えているはずだった。

 手を下ろして数秒後、スピーカーからノイズ交じりの声が聞こえてきた。

 

「………この前の大学の外から来たというグループの仲間か?」

(くぐもってはいるけど女性の声だな、それよりこちらのことを知っている?)「ああそうだ、俺達の誰かと会ったことがあるのか?いつだ?」

「年が明けるよりもそれなりに前で会ってはいない。地毛がパールホワイトというのは珍しいしなにより制服姿なのが気になってな、コレを使って声をかけただけだ」

(パープルホワイトってことは美紀か、後で連絡したときに聞いてみよう)「なるほど、そういうことか」

 

 きちんと話が通じることにひとまず安堵する凪原。ここで武闘派と同じような相手が出てきたらそれだけでかなり気力を消耗することになっただろうからである。

 しかし、話が通じることとこちらの希望が通ることは一致するわけではない。

 

「それで、何の用だ?」

「ああ、実はちょっと探したいものがあるから中を捜索させて欲し「断る」……えー」

 

 取り付く島もない、という言葉の事例として辞書に載せたい程に一瞬で拒絶され、凪原にしては珍しく完全に素の状態の声が出てしまった。

 

「私は、お前達はもちろんもともと大学に居た連中とも付き合いはないから貸しも借りもない。その状態で素性の分からない他人を、わざわざ自分の拠点に招き入れると思うか?リスクだけがありリターンのない申し出を受けるわけがないだろう」

「そりゃ確かにそうかもしれないけど」

「どうしてもと言うなら入りたい理由を言え、その内容によっては考えてやる」

「それは……」

 

 インターホン越しの相手が言っているのは全くもって正論だった。

 何の非もないのにいきなり他人が自分の家の呼び鈴を鳴らし「家探しをさせろ」と言ってきたとしよう。まともな感性を持った人間なら断って当然だ。

 続く言葉も何も不思議はない。「人に何かをしてほしいならその理由を述べよ」、小学校でも習うような当たり前のことである。

 

 とはいえ凪原としても正直に話すのが憚られる事情があった。

 この世界を一変させてしまったゾンビウィルス、その脅威を限定的とはいえ排除できるワクチンの存在は学園生活部にとってかなり上位に来る秘匿事項なのだ。

 

 無論、調査の結果ワクチンを発見したとしても全て押収するような真似をする気はない。きちんと内容を説明して公正に分けようとは思っている。

 ただ半ば確信しているとはいえ実際にあるか不明なものの存在を、素性のしれない相手に探す前から教えるのは得策ではないとも考えていた。相手のことがよく分かっていないのは彼女だけでなく凪原の側にとっても同じだからである。

 

「それが話せないのならこちらとしても譲歩はしかねる」

「まぁそうなるか………分かった、今日のところは一旦帰るわ。近いうちにまた話しに来ることにするよ」

「その程度なら問題ない。出れない時間はあるが、外の情報が入るのは私にとっても益になる」

 

 そこまで言われると同時にインターホンのランプが消え、以降は何度ボタンを押しても反応が返ってくることはなかった。

 

 

 

 

====================

 

 

 

「―――ということで少し会話しただけで終了でした。また話は聞いてくれそうなのが一応の成果ですかね」

「ふぅむ…彼女との会話を聞いたのに状況描写の方が多かった気がするけど、外のこと知れたから良しとしようか」

 

 私も基本ここ(図書館)から出ないから外の事情には疎いしね、と言いながら笑う理瀬。出不精同士話したら意外と気が合うんじゃないかと思う凪原だったが、出不精の時点でまずお互いに話す機会がないこと気付く。

 

 同期達(巡ヶ丘31期)のうちで研究や開発に邁進していた連中と同じだ。この手合いの人間は自分がしたいこと以外はすべて放り出して自身の巣に閉じ籠るので、数日どころか数週間姿を見ないこともザラだった。

 それでいて成績などは優秀過ぎる結果を示していたりするので質が悪い。

 そんな彼・彼女等をイベントの名の下に引きずり出し、強制的に運動させたり周囲と交流を持たせたりするのが凪原達生徒会のあまり知られていない役目の1つだったりしたのだ。

 

(この人も体調に影響が出そうと判断した時点で同じようにすっか、ちょくちょくハヤとやってるパルクール徒競走に参加させればいいだろ。体が疲れりゃ強制的に休息をとるだろうし)

「………なんだか急に悪寒がしてきたんだけど、変なことを考えてないかい?」

「はてさてなんのことやら、冷えたんじゃないですかね?」

 

 内心で決意を固めつつも凪原はすっとぼけ、理瀬が向けてくる疑念を右から左へと受け流す。

 それでもしばらくは疑わし気な表情をしていた理瀬だったが、やがて諦めたようにため息をついた。

 

「ハァ、絶対何か企んでるみたいだけどもういいや。対応は未来の私に任せることにするよ」

「それが良いです」

「うーん、自白は得られたけどなんの解決にもなってないね………。まあそれは置いとくとして理学棟の主についてか、今聞いた感じだと前評判よりかは社交的なのか―――おや、またお客さんかな?」

 

 言葉を中断して耳を澄ます理瀬。凪原の耳にも図書館のドアが勢いよく開かれる音に続いて、ズドドドドッと形容したくなる足音が聞こえてきた。ここが最奥であることを考えるととんでもない音量である。

 そのまま足音は途切れることなく凪原と理瀬がいる方へと近づいて来て、1分もしないうちに音の主がツインテールを靡かせトレードマークのシャベルを振りかざしながら2人の前に姿を現した。

 

 

 

「ナギが浮気してるってのはここかぁっ!!?」

「「どうした(んだい)急に?」」





これで聖イシドロス大学に居る原作メンバーはすべて登場しましたよって後は誰を消すかだけですね

あと前回後書きが書けなかったのでここで書きますと、本章でも「原作どこ行った?」的展開となる予定です。毎章頭で同じこと言ってる気がしますが今後はその度合いがどんどん大きくなっていくと思います。


そして前書きでも書きましたが最近投稿ペースが落ちている件について、筆者リアル事情のためとしか言えませんが執筆意欲が無くなっているわけではないということは宣言させていただきます。
むしろ、執筆できないことがストレスになるくらいには楽しく書いておりますのでどうか気長にお待ちいただけますと幸いです。


それではまた次回!


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8-3:桐子めやはりここで討つべし

お知らせその他は後書きに回すとして、8章第3話~


うぅ~、誰かあたしの記憶を消してくれぇ

「おーよしよし気にすんなって、誰でも勘違いすることはあるからさ」

 

 背中を丸め身体を普段の半分ほどにして椅子に座り、今にも消え入りそうな声で呟いている胡桃。両手で顔を覆っているためその表情を窺うことはできない。しかし紅葉を思わせるうなじと頭から上がる湯気を見ればその内心は一目瞭然である。

 

 一方で隣に座る凪原は慰めてはいるものの、その顔は笑っていた。頭の中がショートして弱弱モードになっている胡桃が可愛いということに加え、彼女が自身に対する嫉妬から怒ってくれたのが嬉しかったからだ。

 どちらかというと女性側が考えそうなことだなと思わなくもない。それでも嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。

 

「そんで、何であんなこと叫びながら突入してきたんだ?だいたい予想はつくけど誰かの入れ知恵?」

 

 そんな内心はさておいてとりあえず先の奇行の理由を尋ねる凪原。ただし実のところほぼ確信しており、その確認というニュアンスが強い。

 

「そうっ、トーコの奴がいきなり変なこと言ってきたんだ!」

「うん、やっぱあいつか」

「え?知ってたの?」

 

 興奮気味に報告した胡桃だったがあまりにフラットな凪原の反応に勢いを削がれたのか、キョトンとした顔で首を傾げた。

 

「知ってたというか平常運転というか、桐子あいつ息をするようにアホな嘘つくからな」

 

 対して答える凪原は苦虫でも噛み潰したかのような表情である。

 

「んでたまにそれをさらに誇張してパパラッチ共(新聞部)に流すから更にアホなデマが流布したりするし―――ほんと火消しに何回苦労させられたか

「あー、なるほど、なんて言えばいいか分からないけど、おつかれ?」

「ありがとな………あーでも思い出したらなんか腹立ってきた。ここは一発シメとくか、胡桃もやる?」

「やる」

 

 即答だった。

 数秒前までの気づかわし気な様子から一変した胡桃。感じていた恥ずかしさやら怒りやらを向ける先が明確になったらだろう、今やゾンビと相対する時もかくやというほどの闘気を放っていた。

 

「卒業から結構経ってるから油断してるだろうし、派手にお灸を据えてやる」

「あたしに恥ずかしい思いをさせやがって、しっかりお返ししてやるから覚悟しとけ」

「「フフフフフフ………」」

「おーいきみ達~?2人とも顔が怖いけど平気かーい―――って平気じゃあなさそうだね」(まぁ私に被害はこないようだし面白そうだからいいか)

 

 悪い顔をして低く笑い続ける凪原と胡桃に声をかける理瀬。しかし返事が返ってくる気配がないことに肩をすくめると、先ほどまで飲んでいた緑茶に代わって今度は紅茶の準備をし始めた。

 そのまま人によっては(10人いれば10人が)イチャついてるようにしか見えないと答える様子で作戦会議を始めた2人を眺めつつ、まとめて封を切った()()()()()()()()()4()()をノールックで注ぎ込む。

 

 綾河原理瀬、美紀や圭であればブラックコーヒーを一気飲みしたくなる光景を前にしてなお大量の砂糖を摂取できる、筋金入りの甘党だった。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――おや、もう大丈夫かい?」

「ええ、ちょっと恥ずかしいところを見せました」

「いやいや、なかなか楽しく観察させてもらったさ。それと、紅茶を淹れておいたから水分補給がてら議論で消費した当分の補給でもどうかな?もちろん彼女さんの分も準備してあるよ」

 

 およそ20分後、現実に復帰してきた凪原に笑いながら紅茶を勧める理瀬。いつの間にか2人の目の前に置かれていたカップからは、湯気と共に茶葉の香りが立ち上っていた。

 

「あっ、ありがとうございます。えーっと初めまして、あたしは恵飛須沢胡桃っていいます。元巡ヶ丘高校3年で今は学園生活部です、それからナギの―――」

「―――恋人だね、皆から話は聞いているよ。それから私は人の大事な人を横からかっさらう趣味は無いからね、安心してイチャついてくれ給え」

い、いや別にイチャついてなんか……

 

 理瀬のからかい半分の言葉にモゴモゴと応じていた胡桃。

 しかし本人も半ば自覚がある分うまい反論が思いつかなかったのか、やがてカップを手に取るとそれで顔を隠すようにしながら飲み始めた。

 

「さてさてそれじゃあ()()君、さっきできなかった質問タイムといこうじゃないか」

「むっ」

 

 胡桃が沈黙したことで理瀬の興味の矛先が再び凪原へと戻ってくる。

 そしてシレっと名前呼びをしたせいで胡桃の額にしわが寄り、次いでその視線を受けた凪原の背中が冷汗でジンワリと湿った。

 

「待った胡桃。これは別にそういうのじゃない、単純に理瀬さんの癖だ」

 

 苗字とは所属している共同体、すなわち家族の名称であり特定の人物1人を指すものではない。その人個人に対してならば姓ではなく名で呼ぶ方が合理的である。

 というのが理瀬の考え方らしかった。

 

 確かに理にはかなっているのだが、胡桃のように異性を下の名前で呼ぶことに特別な意味を感じている女子の前でそれをやられると深刻な誤解が発生する可能性がある――というか現在進行形で発生している――ので凪原としては正直勘弁してほしい。

 

「はいはい分かってますよーだ。別にあたしは何とも思ってないから、安心して鼻の下伸ばしとけばいいじゃん」

「いや教科書に事例として載りそうなレベルで拗ねてんじゃねーか!」

 

 結局、胡桃の機嫌を元に戻すのに更に10分ほどかかったところでようやく話が次のステップへと進む。

 

「―――全く、君のせいでなかなか本題に入れないじゃないか。もう本当に大丈夫かい?」

「主な原因は理瀬さんの方にある思うんすけど……、って言っても無駄ですよね」

「うん、無駄だね」

「簡潔な返答どうも。それじゃ質問どうぞ」

 

 正面切っての苦言もどこ吹く風で、飄々とした態度を崩さない理瀬に凪原は疲れたような表情でため息をついた。

 この手合いの人間に対しては文句を言うだけ無駄なのだ、自身も同じタイプだからこそよく分かる。自分に振り回されている時、慈や隊長(篠生)が似たような感覚を覚えているのだろうなと実感できた。

 

(やっぱり、振り回されるより振り回す方が愉しいな)

 

 そんな風にはた迷惑な結論に至ったところで、理瀬の方も質問をまとめ終わったようだった。

 

「さてそれじゃあ質問だね、さっきまでは1つだったんだけど胡桃君が来たことで2つになったよ」

「あれ、そんなもんですか?もっといろいろ聞かれると思ってたんですけど」

 

 ピッ、と指を2本立てた理瀬に首をかしげる凪原。彼女のような知識厨ならここぞとばかりに質問攻めをされると思っていたので拍子抜けになった形だ。

 

「いやいやもちろんほかにも質問はあるんだけどね。でも恐らくこの2つが本質的なところで、他の疑問も全部含まれていると思うんだ」

 

 そう前置きしてから理瀬は肝心の質問を口にし始めた。

 

「1つ目は気になって当然のことだけど、理学棟で探そうとしていたものは何だい?聞くところによれば君達は既に生きていくに十分な量の物資を持っているようだし、わざわざ手に入れたいものがあるとは思えなくてね」

 

 立てていた指のうち1本を仕舞う。

 

「そして2つ目は、君達2人が首から下げているそのお揃いの()()()()()()()()さ。ペアルックにしてはなかなか奇抜なものだからね、流石に気にせずにはいられないよ」

 

 2本目を仕舞いながらもう一方の手で胸元をトントンと叩く理瀬。

 彼女の言葉通り、現在凪原と胡桃は首からストップウォッチを下げている。それもその辺の百均を探せば手に入りそうなちゃちなものではなくかなり武骨でしっかりとしたものを、である。

 凪原としてもこの違和感アリアリのアクセサリーについては聞かれるだろうと思っていた。

 もう一つの質問に関しても想定内だ。

 というより、こちらについてはむしろ質問されないとおかしい。

 

「ま、やっぱり気になるところと言えばそこですよね。分かりました、俺が知っている限りのことは説明しますよ」

 

 彼女に対して全面的な情報開示をすることは既に仲間達に話を通してある。

 ゆえに凪原は誰に気兼ねすることなく、何でもないことを話すかのような調子で語り始めた。

 

 

 

====================

 

 

 

「―――とまあ、かなりざっくりと話しましたけど大体こんな感じですね」

「なるほどねぇ…、情報量が尋常じゃなかったからまだいまいち理解が及んでいない部分もあるが、大まかのところは理解できたよ」

 

 理瀬に凪原がした説明は以前自堕落同好会の面々や篠生達にしたものと同じだ。

 つまりこれまでの学園生活部の動向と現在の拠点について、そしてランダルコーポレーションが作成したと推定される生物兵器やその治療ワクチン、さらに凪原と胡桃が感染しているのに発症していないことなどである。

 

 そしてそこに新しい内容として、篠生と高上が非発症感染者として加わったことと、凪原達がストップウォッチを身につけ始めた理由が加わっている。

 

 

 少し前の発作的睡魔を経験して以降、凪原と胡桃は1日当たりの睡眠時間、より詳しく言えば直近24時間のうちの睡眠時間が10時間を下回らない生活を送るようになっていた。

 日常の中で突然眠り込んでしまうのを避けるためという理由ももちろんある。しかしなにより暴力的な睡魔によって無理矢理意識を落とされるという感覚はそう何度も経験したいものではなかったからである。

 

 とはいえ1日10時間睡眠というのは意外に難易度が高い。仮に一度の睡眠でまとめて取ろうとするなら、朝8時に起きるためには夜10時には寝なければならないのだ。

 夜間警戒なども行っている身としてはなかなか難しいものがある。

 なので日中の時間ができたタイミングで昼寝などをしているのだが、そうなると今日一体何時間寝ているかが分かりにくくなってしまう。

 

 そこで、ストップウォッチの出番というわけである。

 使い方は一般的なタイム計測のそれと同様だ。目を覚ました時点でタイマースタート、そして夜布団に入ったタイミングでタイマーストップである。正午過ぎの昼寝についてはラップ機能を利用してその時間も記録しておく。

 こうすればいつでもその日何時間起きているかをある程度正確に知ることができる。

 

 常に時間を気にするというのは言葉だけ見れば窮屈に思えるが、実際にやってみればそこまで大変ではない。元々腕時計を付けているので感覚的にはそれと似たようなものだ。胡桃の方も陸上部時代はタイム計測用として良く首から下げていたらしいので特に違和感は無いようだった。

 なお2人ともこの武骨なデザインを気に入っていたりする、中学生男子か。

 

 

「それにしても、聞いておいてあれだけど私の様な部外者にそんなに話しちゃって大丈夫なのかい?結構重要な情報も混ざっていたよね」

「いや、俺達からしたら理瀬さんはもう仲間っていうか身内にカウントされてるんですけど」

「へ?」

 

 苦笑しながら言っていた理瀬だったが、凪原の返答に虚をつかれたように固まった。

 

「なか、ま?」

「はい」

 

 思わずと言った感じで聞き返すと逆に不思議そうな顔をされ、視線を巡らせてみれば今日初めてあったはずの胡桃にも頷かれた。

 

「………なんで?」

「うちには人物鑑定に一家言あるメンバーが多いもんで。中でも特に優れてる奴(由紀)が『せーさんはいい人だから大丈夫』って太鼓判を押してましたし、俺もその意見に賛成です」

「………」

 

 ごく自然に紡がれた言葉に理瀬は一瞬目を見開いた後、ゆっくりと顔を下に向けた。長い前髪が垂れ下がり彼女の顔に影を作る。

 

「………いやはや、私自身は自分のことをただの観察者、良くて知り合いぐらいに評価していたし、それで十分と思っていたのだけれどね。でもそうか、君達はもう仲間だと思っていたんだね」

 

 片手を鼻元にやっていることも相まって凪原達からはその表情全体を窺うことはできない。

 

「フフッ、なかなかどうして……… 結構嬉しいじゃないか

 

しかし、凪原の目からわずかに見えた彼女の口元は、確かに緩やかな弧を描いていた。

 

 

 

====================

 

 

 

 その日の夜。

 

「「なにやってんの(してるの)?」」

「たすけて~~~」

 

 歯磨きを終えて部屋に戻ってきた晶と比嘉子の視線の先で、布団で簀巻きにされた桐子が助けを求めていた。

 ご丁寧なことに、敷布団と掛布団で二重に包まれた上からさらにロープが巻かれているという念の入れようである。頭と足先だけがはみ出している様子は、布の色合いも相まっておでんのごぼう巻きに見えなくもない。

 

「いやね、部屋に入った瞬間にいきなり胡桃ちゃんに布団の上に投げ出されたと思ったら会長に転がされて、反応する間もなくあっという間にこの状態だよ。プロだねっ、あの2人は!」

「何のプロよいったい………。ていうか凪原もいたんだ、あいつ基本的にこっちの(女子)部屋来ないのに」

「多分、これが原因」

 

 凪原の普段と違う行動に呆れながらも首をかしげる晶、それに答えたのは比嘉子だった。

 ペリッ、と音を立てて剥がしたのは桐子巻きの中央に貼られていた紙で、紙面には筆ペンで書かれたのであろう無駄に達筆な文字が躍っていた。

 

「えーと『ウマに蹴られて処されるべし』、あーそういうことか。トーコ、あんたあの2人に変なちょっかい出したんでしょ?」

「いやいや、大したことはしてないよ?胡桃ちゃんに会長がどこにいるか知らないって聞かれたから、『結構前に図書館に行ってから見てないよ、もしかしたらあそこの主と浮気中かもね』って言っただけで」

 

 悪びれることなく答えた桐子の言葉により彼女に向けられていたジト目の温度が一気に下がる。

 

「………ヒカ、どう思う?」

「ギルティ、足裏こちょこちょの刑」

「妥当なラインね」

「えぇッ!?」

 

 普段引っ込み思案の比嘉子が即断即決で有罪と判断する程度には、桐子の所業は許されざるものだったらしい。

 そして言い渡された刑罰が予想外に重くて驚く桐子。簀巻きにされた状態のまま器用に飛び跳ね、陸に上げられた魚を思わせる動きで抗議の声を上げる。

 

「ちょ、ダメダメダメダメだめだってボクってば足の裏すっごく敏感なんだから!罰にしたってもっと別のライトなものとかあるじゃ「そーいえばそうだったわね」ヒッ!?」

 

 部屋に響いた声に、ピチピチ跳ねながら減刑要求をしていた桐子が冗談抜きの恐怖の声が漏れる。

 

「ふ、副会長様?いつからそこにいたんでせうか?」

「んー?まさに今来たとこよ。にしても人巻きを見たのは久しぶりね」

 

 どこかがおかしい桐子の敬語を聞き捨てながら比嘉子の手にある紙を覗き込む早川。どうやらつい先ほどまでシャワーを浴びていたようで、長い髪をすべて頭の上にまとめてその上からタオルを巻きつけていた。

 

「わざわざこんなもん()用意したってことは今の状況まで全部ナギの筋書きね、あいつの思う通りに動くのは何となく癪なんだけど―――」

「じゃじゃあ、あえて解放してくれたりしないかな~なんて」

「―――でもこんな楽しそうなことをみすみす逃すのはうちのプライドが許さないわ」

「ちくしょうやっぱそうだよねコンチクショー!もう煮るなり焼くなり好きにしろってんでいッ」

 

 早川が自分を見逃がす気がないことを再確認してヤケクソ気味に叫ぶ桐子。これは逃げられないことを悟った巡ヶ丘31期愉悦派が良く見せる行動である。

 

「さーて、それじゃあ本人の同意が得られたところで刑罰執行といきましょうか。こいつめちゃくちゃ暴れるから2人が抑えて1人がくすぐるって感じでヤるわよ」

「オッケー、1分経ったら交代ね」

「りょうかい 思いっきりやる

「あ、あのー?副会長はともかくとしてもヒカもアキも顔が怖いよ?」

 

 フフフフフ、と怪しく笑いながら近づいてくる3人から少しでも距離を取ろうと転がっていた桐子だが、すぐに壁へと突き当たってしまう。

 

「や、やめ………やめ、やめ…ヤメロォォォオオオッ

 

 夜の校舎に断末魔の叫びが響いた。

 

 

 

====================

 

 

 

 同時刻、大学構内のとある仮眠室。

 

「―――よし、悪は滅びた」

「当然の報いだ。………あ、あのさ」

「分かってるって。誤解とはいえ不安にさせたのは事実だし、その分の埋め合わせはしっかりしないとな」

「……うんっ」

 

 一つの布団の上で恋人を後ろから抱きかかえながら座る青年と、その腕の中で顔を耳まで赤くしながらも嬉しそうに頷く少女の姿があったとかなかったとか。





つーことで理瀬加入&最近の凪原と胡桃の状況回でした。

それでは色々書く前に1つお知らせをば、本作の更新頻度についてですが現在小説情報ページに記載している毎週更新から隔週更新へ変更させていただきます。最近の更新が既に隔週になっていることもありますが、現在のリアル事情である程度プロットや整合性を考えて書くためにはこの感覚が限界であると判断しました。
今後リアルの状況が変わったり調子が良くなってきたらまた毎週更新に戻そうと思っておりますので何卒ご理解のほどよろしくお願いします。


それでは今回(というか今章)についていろいろ(やっと書ける...)

大学編最終章のこの章ですが、じつはもともと大学編は2章建ての予定でした。しかし前章(7章)の中盤あたりを書いている時に「あ、これムリだ」となった結果3章仕立てと相成りました。せっかく増えたからということで内容もマシマシになっているのでお楽しみいただけると幸いです。

理瀬さん
なんか動かしている間に原作からキャラが予定外にブレちゃった人。図書館にいる→知識欲過ごそう→研究者?それと、原作見ていると驚かそうとしていたりと意外に茶目っ気がある→人を揶揄って楽しんだりしてそう→愉悦派?という図式が頭に浮かびました。そしてここに某ウマの擬人化ゲームにおける筆者の推しである白衣を回す彼女の要素が加わったことで本作の理瀬さんが誕生したというわけです。偶発的に生まれた人格ですが割と気に入っていたりします。

凪原&胡桃
「とりあえず寝とけ」(某生徒会庶務)
「症状も一緒なんだし一緒に寝ときなさい、扱いやすいから」(某生徒会副会長)
との言葉もあり同じ部屋で枕を並べて寝るようになった。仮眠室なので内鍵もかかるし防音処理もしっかりされているが、もちろん睡眠時間はしっかり確保している模様。そうでないと日中いきなりぶっ倒れます。

ワクチンの保管場所
主に作中に書いた通り。保管に適した場所があるならそこに隠すよね、というお話。特に研究室棟のような場所は、隣の部屋で誰がどんな研究をしてるかなど全く知らないし興味もないという人間のたまり場です(筆者の経験に基づく偏見)。何をどこに隠そうがやりたい放題でしょう、多分。


さてだいたいこんなところですかね、久々に色々書けたので満足です。


それではまた次回!


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時節ネタ:冬休み

あけましておめでとうございます!(←その年最初の挨拶ならセーフ)
そして,お待たせして大変申し訳ありませんでした!!!(全力土下座)


諸々のことは後書きに回すとして,まずはお納めくださいませ.


 学園生活部において突発的なイベントが始まる時、基本的にその発端となるのは凪原か早川、或いは由紀であるのが通例だ。

 そして今回の場合誰かと言うと,早川である。

 

「冬休み期間全員仕事禁止ね」

「どうしたよいきなり?」

 

 なんでも彼女の基準で言えば自分達は働きすぎ、頑張りすぎであるらしい。

 このままでは疲れが溜まる一方なためここらで一発派手にだらけておこう、とのことだった。

 

 彼女に照山、凪原と胡桃で構成される戦闘組は分かりやすい。

 主な仕事は拠点周囲の哨戒及び安全確保、そして物資調達のための遠征である。このご時世、一度外に出ようものならほぼ確実にゾンビとの戦闘が複数回発生するので文字通り命がけの仕事だ。

 

 さらに加えて旧拠点である巡ヶ丘学院とレゾナンス巡ヶ丘の見回りと維持管理も行っている。

 ゾンビの巣窟になったり素性のしれない連中の根城にされることを防ぐためだが、こちらは放送局から距離があるため泊りがけになってしまう。

 一切の支援なしで、かろうじて把握できている地形や状況すら変わってしまっているかもしれない場所で活動するというのは精神にかなりのストレスがかかる。

 

 以上のような仕事を程度の差こそあれほぼ毎日行っているのだ、彼等の心身に溜まる疲労具合たるや推して知るべし、といったところだろう。

 

 

 ところで、戦闘組だけが特に疲れているのかと言えば決してそんなことはない。

 むしろそれ以外のメンツの方が深刻な点すらあった。

 

 

 まずは慈と悠里の家事組、通称『お母さんチーム』

 

 家事の重要性については改めて言うまでもない。

 自宅での日常生活におけるすべての行動と共に家事があると言っても過言ではなく、しかもそれは毎日──戦闘組の仕事とは違い文字通り一年365日という意味──朝昼晩と途切れることなく発生するのだ。

 一般家庭における専業主婦の年収を計算してみると600万を超えるという試算もある。総勢11人の学園生活部全員分の家事ともなれば1000万を超える労働量となっても不思議ではない。

 

 もちろん彼女達だけで全ての家事をこなしているわけではなく、他のメンバーも積極的に手伝ってはいる。

 しかし責任感が強いうえに我慢強く、さらには気配りも上手な2人である。周りが気付いていないところで疲労と気苦労を貯め込んでいるに違いなかった。

 

 

 続いて、葵を筆頭に由紀、美紀、圭の自称『大家さん&下宿生チーム』

 

 この面々のやることは多種多様だ。具体的にはお母さんチームの家事手伝いを始めとして拠点敷地内及び外縁の安全確保、戦闘組の遠征への同行やドローンを使用した警戒システムの維持管理といったところである。

 特に最後はかなり重要度が高い。いくら戦闘組が日々脅威の排除に動いてるとはいえ、二人組(ツーマンセル)が2組だけでは──たとえそれが人外×3+その領域に片足突っ込んだのが1人であっても──必ず漏れができる。

 ゆえにこそ,上空から広範囲を素早く索敵できるドローンは現在の学園生活部にとって必要不可欠だった.

 

 いわゆる便利部門のようなもので,他のチームの手伝いをすることも多いためにその日によってすることが変わるというのも珍しくない.

 予定が容易に変動し得るという点から,最も気が休まらないのはこのチームかもしれない.

 

 

 最後に、瑠優(るーちゃん)

 

 そのタスクはしっかり勉強することと遊ぶこと,そして何より日々を健康に過ごすことだ.

 「何を当たり前のことを」と思うかもしれないが,彼女が少し前まで世界で最も治安のよい国とされる日本の 小学生だったことを忘れてはいけない.

 本来彼女程度の年齢であれば保護者に教師,地域の目の庇護の下で何も心配せず,何も不安に思うことなく,健やかにのびのびと過ごしていたはずなのだ。朝起きて学校に行き、同い年の友人達に囲まれながら広いグラウンドを駆けまわっていていいはずなのだ.

 

 それが今は、最も年が近い美紀と圭ですら10歳ほどの差があり,生活の場は家としては広くとも学校として見ればあまりに狭い.

 安全こそ確保されており、日々の中で見せる屈託のない笑みは凪原達の癒しともなっているが根柢のところで精神に負荷がかかる環境であることは間違いない.

 

 

 以上のように,学園生活部の全員がそれぞれの理由で無意識のうちにストレスを溜め込んでしまっている,というのが早川の言い分だった.

 確かに言っていることはもっともであり,凪原はもちろん何を言い出すかと身構えていた慈悠里美紀の良識枠も面々も納得した.

 

 『ではどうすればいいのか』というと,早川の提案は『非日常をめいいっぱい楽しむ』というものだった.

 日常が失われ,いわば毎日が過酷な非日常の中で何を言っているのかという話だが,早川が言っているのは日常の中にあった非日常だった.

 

 昔の日本に合ったハレとケの概念.

 

 ケの日常のを穏やかにほどほどに騒がしく生き,偶のハレの日は思いっきり羽目を外して騒ぐ.それが江戸っ子の粋な生き様というものだ.

 

 

 別に早川どころか学園生活部のうち誰一人として江戸っ子はいないが,そんなんことは大した問題ではない.

 大抵の場合において,最も大事なのはノリと勢いである.

 

 

 

====================

 

 

 

「───にしてもこれはやりすぎじゃねえの?」

「お前も嬉々として準備してたくせに今更何言ってんだ」

 

 そんなこんなで年が明けてしばらく,コントローラーを握りながら思い出したようにぼやく照山に凪原が呆れたように答えた.

 

「そうだけどよ,冷静に考えてこれは変化しすぎだろ」

「そりゃまぁ…たしかにな」

 

 なおも続ける照山に答えつつ,凪原もチラリと視線を部屋全体へ巡らす.

 ワンワンワン放送局のリビング,以前から学園生活部の憩いの場であったこの空間は,劇的なまでに様変わりしていた.

 

 まず,ほとんどの家具が撤去されている.

 普段であればダイニングテーブルやソファーなど,多くはないにしても一般的なリビングと同じくらいの家具は置かれていたのだが,現在残っているのはこたつとテレビの2つだけだった.

 ではその分部屋が閑散としてるのかと言えば決してそんなことはなく,むしろ常よりもせせこましい印象を受ける.

 

 

 床一面に布団が敷かれているからである.

 

 下のフローリングがほぼ見えないほどに敷き詰められた布団達──明らかに凪原達の人数よりも多い──の上には当然同じ数だけの枕と布団.凪原達元生徒組が巡ヶ丘高校の指定ジャージ,慈と葵の社会人組だけは普段と同じような服装であることも相まって合宿の大部屋の様も見える.

 とはいえテレビには据え置きのゲーム機が繋がれ,その辺には大型クッションやらカードゲームやら漫画やらが散らばり,挙句の果てには壁にプロジェクターで映画が映し出されている現状ではなにも学べるとは思えない.

 

 この,いるだけで人間性を喪失していくようなだらけ空間こそがここ数日の学園生活部の生活空間である.

 疲れたらその場に倒れ込むだけで休めるうえ,何なら柔らかな布団や独特の感触が癖になるクッションに包まれてそのまま仮眠もできる.手が届く範囲には少なくとも2つ以上の玩具が有り,室内でみればおよそ考え得るすべての屋内型娯楽が完備されている.

 そしてなにより,それらを一緒に楽しめる気心の知れた仲間がいる.ここでだらけずしていつだらけるのかと言わんばかりの至れり尽くせり具合だった.

 

 そして,家事の類も作業量が大幅に低減されている.

 まず掃除については年末の大掃除で屋上から地下倉庫に至るまで徹底的に片付けてあるうえ,基本的に全員リビングでしか過ごさないので他の場所は汚れず,リビングは床一面が布団なので掃除のしようがない.とはいえ各所に小型のごみ箱が設置され,菓子の食べかすなども目に付くことはないのは基本的に皆がきれい好きなことの表れだろう.

 洗濯は乾燥まですべて全自動洗濯機任せだ.普段であれば節電のために洗い終わったものを屋上の物干し場に干しているのだが,最近は晴天続きなこともあり電力備蓄が十分なので最新機種の機能をフル活用している.

 その他の家事についても基本的には機械任せか後回しにしている.

 

 唯一の例外は食事である.

 さすがにすべてインスタント食品というのはお母さん組(慈と悠里)が許さないし,何よりせっかくの年末年始の食事がそれではなんとも味気ない.

 よってこちらについては予め献立を決め,下ごしらえを誰でも──それこそ瑠優(るーちゃん)でも──調理できるところまで終わらせてある.それを食事のタイミングごとに2~3人ずつに分かれたグループの当番制で調理していくのだ.

 担当になった者はそのタイミングで必要な最低限必要な家事も行う.それでも全部で5グループあるので,皆が1日半は完全に何もしなくて良いという寸法である.

 

 そして今はこの家事サイクルが3周目の後半に差し掛かったところ,全員が状況に慣れリビング全体にだらけ切った空気が充満している.

 

 さて停滞ここに極まれり傍から見れば堕落の楽園,といった具合だがここまでなってしまったのは主として先にも述べたノリと勢いのせいだった.

 言いだしっぺたる早川も当初はここまでやるつもりはなかったらしい.せいぜい一部の仕事を省略または簡略化し,残りを手の空いたメンバーで分担することで全員の負担低減を考えていたようだ.

 ところが提案を聞いた面々それぞれが「どうせなら,」と削れる仕事を削りまくり,そして休みを楽しむための準備を入念に行った.その結果生まれたのがこの惨状(パラダイス)というわけだった.

 

 全員が完全オフモードとなっているため,もし非常事態が起きた時に即応できるのかとか休み明けに元のように動けるのかなど,いろいろと懸念はあるもののまあ問題はないのだろう.なんだかんだで切り替えはきちんとできる面々なうえ,凪原達が何かあった時のことを考えていないはずがない.

 『やるべきことは完遂し,文句を言われなくしてから思う通りにはっちゃける』それが31期のやり方だ.憎らしいほど完璧に義務は果たしているから叱りにくい,とは当時の巡ヶ丘教員同士の間でよく言われていた愚痴である.

 

 

 と,いうわけで現在休暇を満喫中の学園生活部だが,その満喫の仕方は各々で異なっていた.プロジェクターで上映中の映画を鑑賞をする者,幾人かでカードゲームに興じる者,布団にくるまってまどろみを享受する者と様々である.

 ちなみにとある元生徒会担当教員はビールの空き缶で出来たトーテムポールを5本建立したところでようやく限界がきたらしい.今は実に幸せそうな顔で眠りこけているのを最近相方になりつつある元ラジオDJの手で回復体位に体勢を変えられている.

 

 そんな中で凪原と照山が選んだのはコントローラーを持っていることからも分かる通り,テレビゲームである.

 先ほどの会話をしながらでも指が止まることはなく,画面の中ではそれぞれが操作するキャラクターが動き回っていた.

 

「っとあぶね」

「くっそ流石に無理か.でも集中切れてきたみたいだし今回は俺のストレート勝ちになりそうだな」

「何言ってんだ勝負はここからだっての.とりあえず叩っ切ってやるからそこになおれ」

「勇者がそんな物騒なこと言うじゃねーよ」

 

 プレイしているのはスマブラの愛称で親しまれる対戦アクションゲームだ.

 正式名称通り,複数人での乱闘を楽しむのも良いが1対1のタイマンも互いの技量がもろに反映されるのでなかなか面白い.特に凪原と照山はプレイヤースキルがほぼ同じであるため,この年末年始の間は隙あらば雌雄を決せんと対戦を繰り返していた.

 

 このゲームのプレイスタイルは大きく分ければ2つだろう.すなわち様々なキャラで戦うことを楽しむか,それとも1つのキャラをやり込むか,である.そして彼等はどちらも後者のプレイヤーだった.

 凪原が扱うのは青き衣の勇者,リ○ク.基本装備は剣と盾だが豊富な飛び道具を持つ中・長距離タイプのファイターである.

 対して照山が操るはガ○ン,時代を超え幾度も魔王として世界を脅かすリ○ク永遠の敵役である.ファイターとしては徒手と大剣という近距離特化のパワータイプだ.

 魔王と勇者,王道とも因縁ともいえる対戦カードだった.

 

 原作においては紆余曲折を挟みつつも勇者に倒される役回りの魔王だが,このゲームにおいてはその限りではないらしい.3ストック勝負において,凪原が既に2つ失っているのに対し照山はまだ1度も撃墜されていない.

 連戦により互いの集中力が切れてきたところに魔王の一撃の重さが効いてきているのだろう.

 

「そこだラァッ!!

「あっちくしょう!」

 

 ジャンプしたところに狙いすました大剣の一閃がもろに入り勇者の体が画面外へと吹き飛んでいく.当然ながら撃墜判定であり,これにてストックを使い切った凪原の敗北が決定した.

 

「ハッハッハ どうだ会長,俺のハリセンの威力は?」

「だからハリセンじゃねえだろそれ!」

 

 画面内のキャラと同じような動きで笑う照山に悔しさを滲ませながらツッコむ凪原.1ストックも削れずにストレート負けしてしまったのがかなり堪えたようだ.

 

 と,そこで凪原のすぐ隣にあった布団の塊が動き出した.室内にいくつかあるものと比べて二回りほど大きいそれは,中に丸まった人が入っていると考えればちょうどいいサイズだった.

 塊はそのまま出口を探すようにモゾモゾと動き,数秒後にようやく布団の端が持ち上がった.

 顔を出したのは胡桃である.トロンとした瞳と小さく開いた口から判断するについさっきまで夢の国にいたらしい.

 

「あ,悪い.起こしちゃったか?」

「ううん平気,完全に寝てたってわけじゃなかったし」

 

 答えながら凪原に寄りかかり肩に頭を預ける胡桃と,その頭に自身の頭をもたらせる凪原.一連の流れには一切のためらいがない.

 2人の距離感は本日も順調にバグッているらしい.

 

「ん~?なんだよナギ,思いっきり負けてるじゃん」

「いんやこりゃ偶然だよ偶然」

「いーや,こりゃ純然たる実力差だな.どうやら俺の技量は会長様をぶっちぎってしまったらしい」

「んなこたねーし,次やれば絶対───」

 

 照山の煽りにそこまで返したところで凪原ははたと言葉を止め,間をおかずに彼の唇が三日月を形作った.

 

「───そうだ胡桃,ちょっと加勢してくれよ」

「別に構わないけど…,あたしそんな強くないぜ?」

「大丈夫大丈夫,絶対勝てる作戦があるから」

「「?」」

 

 

 

====================

 

 

 

「ちょ,おまえらっ,それっ,はっ,卑怯だろっ!?」

 

 数分後,照山からは先ほどまで見せていた余裕が見事に消え去り,必死の形相でコントローラーを操作していた.

 その一方で凪原&胡桃タッグはというと,こちらでは実にほのぼのとした空気が漂っていた.

 

「いいか胡桃,これがスマブラ版の()()()()()だ」

「へー確かにそれっぽい.それに簡単にできて面白い」

「まあガチ勢相手じゃ通用しないし2人でじゃないと安定しないけどな.ある程度息を合わせる必要もあるし」

「それはあたしとナギなら問題ないだろ?」

「確かに」

「そっちは楽しそうだなちくしょう!」

 

 さてどうしてこうも雰囲気が対照的になっているのか,その答えは当然モニター内の乱闘会場にある.

 フィールドは戦場,一つの浮島の上に3つのすり抜け床がピラミッド状に配置されたシンプルかつ最もスマブラ『らしさ』を楽しむことができるステージだ.プレイキャラは元々やっていた2人はそのまま,胡桃は凪原に倣ってリ○クを使用している.

 

 そして,このリ○ク2人による遠距離武器の波状攻撃が照山の焦りの原因だった.

 先にも軽く触れたがリ○クは飛び道具を豊富に持つ遠距離タイプのファイターである.連射力に優れる弓矢に行きと帰りの両方に当たり判定のあるブーメラン,罠として活用できるリモコン爆弾と体力満タンという条件は付くが長射程の剣ビーム,と実に多彩で特徴的な武器を取り揃えている.

 これらの攻撃を組み合わせることで弾幕を張り,相手に出血を強いるというのはオーソドックスな戦法の一つだ.

 ただし,いくら弾幕とは言ってもそれぞれの攻撃の間には時間があるうえ攻撃モーションも分かりやすい.そのため1対1の戦いではタイミングを読まれジャンプやガードで距離を潰されてしまうことも多かった.現に先ほどの試合で照山は容易くとまでは言わずとも余裕をもって肉薄することができていた.

 

 ところが,リ○クが2人となるとその厄介さは跳ね上がる.単純に火力が2倍になったのもそうだが,何より位置取りがまた悪かった.照山操るガ○ンがステージの右端にいるのに対し,一番左にあるすり抜け床の上に凪原下に胡桃という配置である.

 

 胡桃が連射してくる矢を避けようとジャンプすればそこを狙って凪原から矢が飛んでくる.ガードで数発は防げるが受け続ければバリアが割られてしまう.何より2人からは間断なく攻撃され,時折飛んでくるブーメランのせいで前後共に警戒する必要があるので落ち着いて作戦を練ることができない.

 タイミングを見極めて──胡桃はともかく凪原に対してそれは難しいのだが──上から迂回しようとしてもご丁寧に中央のすり抜け床には爆弾が置かれており,さらに上空から回ろうとすると自ずと経路が限定されて凪原による対空攻撃のキルゾーンに飛び込むことになる.

 ほぼ唯一の遠距離ワザである下強攻撃で正面突破を図ったところで絶妙に届かない距離を保たれているうえ,安易に飛び込めば魔王特効の退魔の剣が2本連続で振り下ろされる.

 

 どうにもならないがどうにかするためには近づくしかない.

 迫りくる飛び道具をジャンプで躱しながらなんとか前に出ようとするガ○ン様子は,なるほどたしかに凪原の言うハードル走という表現が適切かもしれない.

 

 

だぁーッ!また負けかよちくしょう!

「「イェイ」」

 

 3回連続でストレート負けしたところでとうとう照山がコントローラーを投げ出しながら叫ぶ.2対1でフルボッコにされ続けたことを考えればむしろよくもった方だろう.

 そしてその隣でコツンッとグータッチをする凪原と胡桃.いつの間にやら胡桃の位置が凪原の胡坐の上に変わっている.

 

「つーか今更だけど卑怯だろ,2対1は」

「何言ってんだテル?ちゃんとタイマンだろ,2対1の」

「それはタイマンじゃねえんだよ馬鹿」

「細かいこと言うのは男らしくないって照先輩」

「細かくないだろこれは!ってかナギ,お前の彼女だんだんお前に似てきたぞ.どうにかしろよ」

「嬉しいからヨシ」

「ダメだコイツすでに手遅れだ」

 

 そのままダラダラと会話を続けていると,不意に廊下側の扉が開く同時に声が掛けられた.

 

「おらぐうたら共ー,飯の時間よ」

「お昼ご飯なの~」

「もうすぐに用意できるから準備お願いね」

 

 入ってきたのは上から早川瑠優(るーちゃん)悠里の3人,この時間の家事係にして食事担当だ.どうやら部屋の外──頬や耳が赤くなっているので恐らくは屋上──で調理していたようである.

 

「姿が見えないと思ったら外でやってたのか,今回メインなんだっけ?」

「オイカワの塩焼き,旬だしちゃんと七輪で焼いたから絶品よ」

「お好みでカボスもあるの~」

 

 問いかけに答える早川の手には確かに七輪があり,悠里と瑠優(るーちゃん)が持つお盆の上には魚が入っているであろうアルミホイルの包みがいくつも乗っていた.

 

 3人はそのままキッチンに入っていったので,残された面々は一旦怠惰を返上して食卓の準備を始めることにした.

 こたつ周りを片付け,部屋の隅に立てかけていた同じ高さの折り畳み式テーブルを隣に配置する.ついでに箸や取り皿,飲み物などの準備する.この辺りは食事係ではなくこちらの仕事なのだ.

 なお慈について,まだ眠り続けていたところに葵が耳元でビールのプルトップを開けたところ一瞬で目を覚ました.そこそこ冷たい視線が多方向から注がれたはずだが全く気にしている気配は見られなかった.

 やはり元生徒会担当,メンタルの強さは常人の比ではないらしい.

 

 

 

 数分経ったところで食事の準備も整い,メンバー全員が食卓の席に着く.

 

「「「さて,それじゃあ手を合わせて(合わせるの~)」」」

「「「いただきます!」」」

 

 

 学園生活部の冬休みはまだ終わらない.




はい,改めましてお久しぶりです.

 前回更新から実に2ヶ月以上,大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした.色々な事情が重なって心身が両方ともズタボロになり,執筆ができる状況ではなかったためここまで期間が開く形となってしまいました.少し前にようやく回復したので現在はなんとか以前に近い状態へ戻っています.

 さて今後について,鈍ってしまった執筆の勘を取り戻しつつボチボチやっていきたいと思っています.ただ内容についてはメンタルが死んでいる間にちょっと書いてみたいネタができたので本編は一旦おいておいてそちらを書くかもしれません.(うまく書けなかったら何事もなかったように本編に戻ります,現時点ではどちらとも言えません)


 最後に,これほど期間が開いたにもかかわらず再び本作を開いてくださったあなたに心から感謝申し上げます.ありがとうございます.


それではまた次回!


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時節ネタ:七夕


生存報告、2ヶ月以上ぶりだし七夕から1週間以上遅れたのは誤差ですね


 

「「ノックしてもしもーし!!」」

 

 蹴破られたかのような勢いで寝室のドアが開かれ、その衝撃で気持ちよく寝ていた凪原は叩き起こされた。

 

「なんだいきなりっ、敵襲か!?」

 

 訳が分からないながら襲撃の可能性を考え、即座にベット脇に立てかけていた応戦用の木刀を手に取るあたりは世紀末世界に適応していると言えるだろう。

 

 立て膝ながら攻防どちらにも移行できる構えを取った凪原だった。しかしこちらを覗く2つの顔を見て入口へ向けていた切っ先を下ろした。

 

「んだよお前等(ハヤにテル)かよ、連合会の連中がカチコミかけてきたのかと思ったぞ」

 

 前言撤回。世紀末世界に馴染んだのではなく、彼等の高校時代の治安が世紀末世界顔負けだっただけらしい。

 就寝中に襲撃を受けるのは巡ヶ丘31期にとっては茶飯事のようだ。

 

「いつの話してんの。部費バトルロワイヤルから丸2年は経ってるわよ」

「あんときゃまともに睡眠がとれるのは授業中くらいだったぞ、後半はそれも怪しかったけど」

「俺等が呷ったとはいえ一部が暴走しすぎたからな。………ところでよ───」

 

 凪原に声色が昔を懐かしむものから疑念を含んだものへと変化した。下げられていた木刀もゆっくりと元の位置へと戻る。

 

「───なぁんで2人とも顔しか見せねえの?、俺の経験じゃそれなんか投げ込むときのやり口なんだけど。あと一応文句言っとくけど今朝5時だからな?寝かせろよ、ちゃんと」

「「ハッハッハ」」

「笑ってんじゃねえ」

 

 半眼で向けられる視線を意に介さずに笑う早川と照山。主導権が取れている状況を楽しんでいるのが顔に出ていた。

 その気持ちはよく分かる、立場が逆なら凪原も同じよう表情を浮かべるはずだ。

 

 よって問題なのは主導権を握られている側だという点だろう。

 今のところ被害は早朝に叩き起こされただけだが、こういう時は畳みかけるものと相場が決まっている。根拠は自分ならそうするからだ。要するにさらに続きがある確率は100%である。

 

「うん、会長なら分かるよなそりゃ」

「というわけではいっ、お届け()でーす!」

「やっぱりかい──っておいバカじゃねえの!?

 

 何かくるとは分かっていても、まさか人が文字通り()()()()()と予想できる人間はいないだろう。

 

 まず照山が開かれた時の勢いが強すぎて半開き状態になっていた扉を再度全開にし、そのすぐ後に続いて早川が入ってくる。

 彼女の肩に担がれていた人ぐらいの大きさの何かが本当に人で、さらにいえば恋人の胡桃であると凪原が気付いた時には既に彼女の体は宙を舞っていた。

 

 慌てて手にしていた木刀を投げ出して飛んできた胡桃を受け止める。何とか横抱きの要領でキャッチできたものの流石に勢いを殺しきれず、2人してベットに倒れ込んでしまった。

 数秒経ち、まだこちらにしがみついている胡桃の頭に手を置いて凪原が口を開く。

 

「ってて…、胡桃怪我ないか?」

「う、うん大丈夫。それよりナギの方は平気?重くなかった?」

「俺の方は問題なし、それに全く重くないぞ、っと」

「ひゃっ」

 

 胡桃を抱えたまま一息で体を起こし、胡坐をかいた足の上に座らせる。そのまま両腕を彼女のお腹の前に回し、ちょうどいい位置にある肩へ顎をのせる。

 

「それに全く重くない、まるで羽みたいだ。そんでこんなにやわっこいのに外じゃあれだけ動けて、ほんとに胡桃はすごいな」

「え、や、その……ありがと

 

 そのまま凪原は思い浮かんだことを口に出し、それを耳元で聞かされた胡桃はもごもごとお礼を言った後に小さくなった。ワンワンワン放送局で常にとまでは言わずとも度々見られる光景である。

 どれだけ経っても初な反応を見せてくれるところが彼女の可愛いところだと、性別年齢を問わず学園生活部の全員から思われているのだが、本人は全く気付いていない。

 

「ちょっとテル見た?ナギったらあんなべたなセリフ言っちゃって」

「ああ、朝から見せつけてくれるな」

「うっせえぞ誘拐犯共」

 

 あからさまにコソコソ話をする2人に手元にあった照明のリモコンを投げつける凪原。とはいえ体勢の都合で大して力を籠められず、対して本気でもなかった投擲は難なくキャッチされてしまう。

 

「ちょっと危ないじゃない」

「やかましい。人投げる方が危ないだろうが」

「なによ、うちが投げた人を怪我させるような素人に見えるの?」

「んなことで玄人になるな」

 

 「人投げ検定準1級の実力なめんじゃないわよ」と嘯く早川に「そんな検定はねえ」とか「協会はどこだ」とか、あるいは「お前で準1なら1級のラインはなんだよ」など、湧き出てくるツッコみを半呼吸で飲み下し残りの半分で平常心に戻る。

 これくらいできなければ巡ヶ丘31期生は務まらない。

 

「そんで結局何なんだよ?これで単なる嫌がらせとかだったら相応に暴れるぞ」

 

 胡桃を投げ込んできた時点で緊急性の高いトラブルではないはずだ。おおかたイベントか何かを思いついたのだろう。

 さすがに何の理由もなく朝5時に叩き起こされたのではないと思いたいが、なんせ相手はハヤにテル。学年の問題児筆頭なので(自分のことは棚に上げておく)可能性は否定できない。

 

 ちかごろは現役当時と比べて体が睡眠を欲するようになっているため、もし本当にただの嫌がらせであれば宣言通りに暴れる所存である。

 

「おいおいそれでも俺達(31期)の会長様かよ、さっき時計見てるのに気付かないとか鈍ってんじゃねえか?」

「時計ぃー?」

 

 肩をすくめる照山に促され、ベットレストへと目を向ける。

 とはいえ置かれている卓上時計はデジタル式のごくありふれたものだ。時刻に日付、それから温度と湿度が表示されているだけである。

 しばし液晶を眺めていた凪原だが、やがて「ああ」と声を出した。

 

「七夕か」

「「そういうこと(こった)」」

 

 今日は7月7日、5節句の4番目である星まつりの日である。

 気づいてしまえば簡単な話で、お祭り大好き人間である早川がこんな分かりやすいイベントを見逃すわけがないのだ。

 

「ただうちとしたことが昨日の夜まですっかり忘れててね、まだ何も準備ができてないのよ」

「だから今日超特急で準備するんだが、せっかくだから日頃のお礼も兼ねよう思ってな。会長と恵飛須沢さんは準備の間は部屋に籠っててもらおうってわけだ」

「てめえら日頃のお礼って大義名分出せば何してもいいと思ってるだろ……俺もだけどさ

「「大義名分ってそういうものでしょ(だろ)」」

 

 隠すことなくニヤリと笑う2人に凪原としてはため息を禁じ得ない。

 だが彼女等ここまでやる気になっている以上、止めようとするのは時間と労力の無駄でしかない。さっさと諦めた方が吉である。

 

「あーまあいいや。ただほどほどに「「それは無理ね(だな)」」………だろうな、もう好きにしろや」

 

 早川と照山が手を振りながら上機嫌で部屋を出ていき、凪原とその腕の中にいる胡桃だけが部屋に残された。

 

 数秒の沈黙。

 

「まあとりあえず──」

「わわっ」

 

 胡桃を抱えたまま再びベットに倒れ込む凪原。そのまま胡桃の自分より一回り小さい身体を抱え、バサリとまとめてタオルケットを被る。

 

「──もうひと眠りといこうぜ。インパクトがデカすぎて忘れかけてたけどまだ5時だ、仕事禁止って言われたんだから思いっきり寝てても文句は言われないだろ」

「あーたしかに、自覚したらあたしも結構眠いや。おやすみ」

「おう」

 

 元々部屋数の問題や瑠優(るーちゃん)の情操教育の都合で寝室を別にしていた2人である。今更一緒に寝るくらいでは緊張などしようはずもなかった。

 

 

 

「………そういやなんで大人しく担がれてたんだよ?抵抗なりなんなりできただろうに」

「っ、あたしはナギみたいに奇襲に慣れてるわけじゃないんだよ」(暴れたらこっそりナニしてたかバラすって脅されたなんて言えない…)

 

 

 

====================

 

 

 

「よーし、それじゃ物資調達を始めるわよ。笹、は建物周りにあるからいいとしてまずはモミの木と靴下にイルミネーション、それからこいのぼりと兜飾りね。あとは…落花生ってこの近所でどっか育ててたかしら?」

「ちょっと待ってください、何の準備をする気ですか?」

「ねえはやちゃん、一応確認するけど今日って7月7日で合ってるよね?5月5日でも12月24日でもないよね?」

 

 ハンドルを切り、放送局の敷地を出ながらそう宣言した早川に、彼女と共に調達に出ることになった美紀と葵は堪らず待ったをかけた。

 

 時刻はきちんと太陽が昇り切った午前10時。

 このところ雨や曇りが多かった七夕、しかし今日は雲一つない快晴が広がっている。この分なら今日の夜空には期待できるだろう。

 季節の催事を行うにはもってこいの日だ。

 

 そんなわけで早川と照山が「七夕をやろう」と言い出した時には、美紀達は「たまには普通のイベントを企画することもあるのか」と変な感心をしつつも特に異論を挟むことなく賛成していた。

 今思い返せば油断していたとしか思えない。あの元生徒会長を筆頭とした31期の先輩達が(今回に関しては凪原はとばっちり)、まともなイベントを提案するはずがないのだ。

 

「?、2人ともどうしたのよ?何って七夕の準備に決まってるじゃない」

「笹以外のどれも七夕での用途が思い浮かびませんが?」

「どう考えても別のイベントに使うものだね」

「やれやれなってないわね。それじゃあ走ってる間に七夕について教授してあげるわ。あ、警戒はお願いね」

「見ておきますからしっかり説明してください」

「じゃあ左右見てるね、何がなってないんだか分からないけど」

 

 文句を言いながらもそれぞれ自分の得物を持ち出して警戒の任に就く美紀と葵。

 ちなみに、葵が構えているのは凪原や胡桃が使っているのと同じグロックカービンである。曰く、白兵武器は怖いしピストルは上手く狙えない、一番マシに使えるのがコレ、とのことらしい。

 

「まず基本として、願い事を書いた手紙を靴下にいれてイルミネーションで飾り付けをした笹にぶら下げるじゃない?」

「じゃない?じゃないです」

「うん、その役目は笹じゃなくてクリスマスのモミの木が担うものだね。というか、それならモミの木は何に使うのさ」

「きまってるでしょ、かがり火にするのよ」

「「かがり火!?」」

 

 完全に声が揃う美紀と葵。美紀に至っては普段の敬語が消えてしまっている。

 クリスマスの象徴たる──そもそも今はクリスマスではないが──モミの木にあろうことが着火すると宣言されれば驚くのも無理はない、のかもしれない。

 

「先輩、あなた信心を火にくべでもしました?」

「なによー、かがり火は神聖なもんなんだからいいでしょ。それにいくらうちだってクリスマス期間のツリーは燃やさないわよ」

「その時期に燃やしてたらもう疑う余地なしで悪魔か何かです」

「そう?大学いくと意外といるわよ、クリスマスのすべてを憎んで燃やそうとするやつ」

「どこの魔界の大学ですか?」

「………。」

 

 完全に呆れ顔の美樹だが、その横で葵は何とも言えない顔で沈黙していた。そういった手合いに知り合いでもいたのだろう。

 あるいは彼女自身が“そう”なのかもしれない。とはいえ人となりを考えれば流石に可能性は低いはずだ。

 

「そっそれよりも次のツッコミどころにいこうよ!」

「なんか葵さん慌ててません?、まぁいいんですけど。それにこいのぼりとかはどう考えてもこどもの日ですよね」

 

 ………低いはずである。

 なぜか慌てている葵に美紀は疑問を抱くが、とりあえず流すことにした。確かに今はツッコミどころを潰す方が優先である。

 

「何言ってんの。こいのぼりに頭を噛んでもらって、お礼にカラフルに塗った卵を渡す七夕の一般的な厄払いじゃない。」

「獅子舞とイースターと、後なんか違う儀式が混ざってます」

「これ、はやちゃんだけじゃなくて凪原君と照山君にも言いたいんだけど、一般的って言葉の意味調べた方がいいと思うよ?」

「ちょっと、まるであいつ等(テルとナギ)はともかくうちまで一般的じゃないみたいな言い方しないでくれる?」

「「まるでじゃないです(よ)」」

 

 心外だといった雰囲気の早川の言を切って捨てる2人。辞書で「一般」と引いたら対義語の項目に「巡ヶ丘31期」と出てくるだろうと思うほどには普通からかけ離れていると判断している。

 

「そんなに不満なら一応最後のも聞いとくけど、落花生はどうするつもり?」

「周りの人に叩きつけて殻を割ってみせることで、自分の願いがその人のよりも強いことを示すのよ」

「そんなことされたら鬼も逃げる、というかもはやはやちゃんが鬼だと思う」

「もうそろそろ日本の文化に謝った方がいいと思います」

 

 やはり100対0で変人である、美紀と葵はそう結論付けた。

 

「あーもう、せっかくの茶番だから楽しんだもん勝ちでしょ!?なんせ───」

 

 

 

====================

 

 

 

「さて、そんじゃ準備していくぞ。とりあえず時間が掛かるそば打ちだな。それが終わったらひなあられを作ってからちょっと工作、んで午後は餅つきと流しコース作りだ。盛りだくさんだから気合入れていけよ」

「わぁー豪勢だねっ。がんばるぞー、おー!」

「おーなの!」

「しまったこのメンバーだとツッコミ役がいないっ。あたしも美紀と一緒に遠征行けばよかった!」

 

 同時刻、ワンワンワン放送局のキッチンでは圭が後悔の声を上げていた。

 メンバーはは照山、由紀、瑠優(るーちゃん)、そして圭の4人だ。悠里と慈はたまにはお休みが欲しいということで2階に行ってしまっているのでこの場にはいない。

 周りにまとも枠がいれば悪ノリに専念できるのだが、そうでない場合は常識的な部分が顔を出す圭。一流の愉悦派への道はまだまだ険しい。

 

「おいおいどこにツッコミどころがあるんだ。七夕と言えば流しそば、何もおかしくないだろう?」

「いや流すのはそうめんだねっ、それか10歩譲ってひやむぎ!いったいどこの誰がそばを流すなんておかしなこと考えるのさ」

「おいおい失礼だな圭、岩手の滝観洞じゃ七夕の時期だけじゃなくて年中やってる名物だ。ちゃんと岩手の人に謝っとけ」

「くっ実例があると非難しにくいっ。岩手の人達はごめんなさい!」

「うんうんけーくん、ちゃんとごめんなさいできたね」

「花丸なの」

 

 悪いことをしたらきちんと謝る、人としての基本である。

 

「う、うんありがと……じゃないよ!?照先輩が変なのは変わらないって!流しそばは良いとしてもひなあられはどう考えてもおかしいでしょ」

「別におかしくないぞ?短冊でつくった風船にひなあられを詰めて、それを目隠しと兜飾り付けた奴が棒で割る。んでひなあられを年の数だけ食えば一年間無病息災ってよく言うだろ」

「やってみたいの!」

「すいか割りみたいですっごい面白そうだね!」

 

 照山の説明にはしゃぐ全肯定組、楽しそうならよしという考え方もそれはそれで悪くない。

 

「いやみたいというか元ネタ絶対それだよね!?なんかイベントのキメラになってるし。どうせ餅つきは十五夜の月見団子の亜種かなんかでしょ」

「おうよく分かってるなその通り、なかなか見込みがあるぞ」

「あっさり自白したね、後あんまり嬉しくない」

 

 ジト目の圭に肩をすくめてみせる照山。そして続けたのは彼の素直な感想だった。

 

「これくらいのお茶目は許容範囲内だろうよ、なんたって───」

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

「とまあそんな感じに久しぶりあの子達が張り切っていて、なんか大変な感じになりそうなのでこっちに来てしまいました」

「めぐねえのスルースキルのレベルが上がってる件」

「「あなた達(ナギ達)の近くにいたらそうもなるでしょ(だろ)」」

 

 ワンワンワン放送局2階のラウンジ、もとはただの広い廊下だったここは部屋コーディネーター志望の葵の手によってリビングに引けを取らない寛ぎ空間となっている。

 今日1日大人しくしているように言われた凪原と胡桃がこちらで茶を飲んでいたところに朝食の片付けを終えた慈達が上がってきたところだった。

 

 の判断は正しかったようで、圭がツッコミに回っている声が凪原の耳まで聞こえてくる。

 ともかく休憩しに来た2人の分もお茶を準備する凪原。電気ケトルがあるのでわざわざ下に降りずとも温かい飲み物を準備できる。

 

「いやまあ……それなりに自覚はあるけどさ、なんだかんだでめぐねえもりーさんも止めに入るからちょっと珍しいくてな」

 

 淹れ直した自分と胡桃の分、そして慈と悠里の分のコップを配りながら話す凪原。たしかに学園生活部でも屈指の常識人枠である彼女ら、今回の様に完全放置というのはなかなか珍しい。

 そんな思いで質問してみれば、2人は少し考える様子を見せた後に口を開いた。

 

「「そう(です)ねぇ───」」

 

 奇しくも、慈と悠里、そして早川と照山が放った言葉は同じものだった

 

「「「───この8ヶ月ろくに喋れなかった気がするから、これくらいはっちゃけてもいいと思うわ(ぞ)(います)」」」

「「えっと……、なんかごめんなさい」」

 

 そして突如として発生した謎の罪悪感から凪原と胡桃はそれぞれ手にしていたコップを置くと、深く静かに頭を下げた。

 

 

 

====================

 

 

 

 以下、この日の瑠優(るーちゃん)の日記冒頭より抜粋

 

『楽しかったけど、るーの知ってる七夕じゃなかったの』





はい、改めてしてお久しぶりです。そしてごめんなさい(土下座)。

いやもうほんと、リアルが忙しすぎて執筆どころかプロットすら進んでいませんでした。書き方も忘れているかと思いましたがまだギリギリ覚えていたみたいで一安心です。

次はバイオネタの方か、もしかしたら本編の方になるかもしれません。どちらにしてももう少し早く上げれるように頑張りますので気長にお待ちください。


それではまた次回!


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8-4:選ばれた者

えー………、お久しぶりです。
恥ずかしながら帰ってまいりました。まだ待ってくれている方がいるかは分かりませんが、ほぼ1年ぶりの本編になります。

それでは、どうぞ


 私は選ばれた。

 

 

 世界がこんな風になる前、私の世界はひどく色褪せていた。毎朝目を覚ますたびに決まりきった日常が始まることを思いため息が出た。起きたら世界が変わっていたりしないか、或いはいっそ寝ている間に死んでしまえないかと、そう何度願ったか分からない。

 

 

 なかでも学校は特に嫌いだった。ずっとずっと、大嫌いだった。

 

 

 来る日も来る日も、同じ建物の中で同じ席に座り同じ人間の講義を同じ人間達と聞く。昨日と今日、明日、一週間後、一か月後、どの日とどの日を比べても違いを見つけることができない毎日。

 自分を取り巻く空気が質量を持ってへばりついてくるようで、ただ過ごしているだけで窒息しそうな錯覚に襲われることが週に何度もあった。

 

 そして何より我慢できなかったのは、そんな地獄のような日々を耐えきったとしても未来に全く希望が持てなかったことである。

 当時世間では若者に対し、やれ「今頑張れば大人になった時に苦労しない」だの「1人1人が輝ける未来を」だのと、耳心地の良い言葉があらゆる場所で飛び交っていた。

 だが実際にはどうだろう。

 確かに若い間に勉強やその他の自己研鑽に励むことは大人になった時のプラスにはなるだろう。

 

 しかしそれは、大きなマイナスを少しでも0に近づけるためのものでしかない。

 

 大人になった時にドン底の生活をするのが嫌ならば死に物狂いで努力して、それでギリギリ耐えることのできる苦痛に満ちた人生を送るしかない。

 それが私の出した結論であり、私にとっての真実だった。

 

 

 我慢できなかったことはもう一つある。といってもこちらは理解できないことと言った方が正しいかもしれない。

 それは、自分と同じ世代の人間がいつも笑っていたことである。

 日々のニュースや世界情勢を見ても、これから先の未来が明るいと本気で信じている人などほとんどいなかったはずだ。

 なのに、彼等彼女等はいつ見ても笑みを浮かべていた。何が面白いのかも分からない話題で、心の底から楽しそうに。

 

 分からない、どうして笑顔でいられるの?

 

 今あなた達が話している相手はその顔を向けるに足る存在なの?

 

 もしあなたに何かがあった時、手を差し伸べて、助けてくれる存在なの?

 

 違うでしょう!?

 その人達が今近くにいるのには何の理由もないただの偶然で、あなたが困ったところで口だけの同情を残してどこかに行ってしまうことくらい分かっているでしょう!?あるいは完全に支配下に置いていて言うことをきかせられるというわけでもないんでしょう!?

 なんでその程度の関係の相手と一緒に居られるの!?

 

 何度叫び出しそうになったかはもはや覚えていない。

 彼等にあって私にはない感性があるのだろうと、なんとか理解しようとしてみたこともあったが、結局なにも得られなかった。

 どれだけ考えても、この先に希望のない世界でわざわざ自分に益のない人間とつるむ理由は思い浮かばなかった。

 

 とにかく、以前の世界はまさに生き地獄というにふさわしいものだったのだ。

 

 

…だからこそ

 

 

 だからこそあの日、それまでの世界のすべてが壊れたのは、私にとって福音と感じられた。

 

 

 教室の前の方でたむろしていた連中はすぐに死んだ。

 

 最初の1人は何も分からないうちに食い殺された。しかし彼は比較的幸せだったかもしれない。なにせ、それを目の前で見せられた連中の混乱が、それはもう悲惨という言葉では言い表せない程だったからである。

 固まる、泣き叫ぶ、縮こまる、喚く、怒鳴る、走る、殴る、突き飛ばす。状況を理解した者から順に、自分だけは助かろうと行動し始めた。

 

 数分どころか数秒前まで談笑していた相手を罵り押しのけて我先に外へと向かう人の群れ。そんな彼等の様子に、私は唇の端が吊り上がるのを止められなかった。

 それ見たことか。普段何か付つけ口にしていた絆とやらは、今は影も形もないではないか。

 

 何をしてもいい、何をしたっていい。

 世界はそんな風に作り替えられたのだ。

 

 初期の混乱を生き残った人間は、多少なり現実が見えてきたようだった。

 スーパーへの遠征が失敗したことで武力第一主義となり、力あることが正義であるという考え方が主流になった。

 それでもまだ甘い、私ほどこの世界に適応していない。生き地獄(こうなる前)の感覚に引きずられている。もはやそんなものに意味はないのに。

 だけど私は、私だけはそれに縛られていない。この世界で、私は初めて自由になれた。

 見回りについてきた男は、顔の汚れを拭うふりをして首を搔き切った。自分は男だから女性は守らなければならない、などと古臭い態度が気に障ったので当然の対応だ。

 

 他にも、私がしたいと思ったことは全てすることができた。

 そして私ほど今を楽しんでいる者もいない。誰も彼も常に苦痛に耐えるかのような表情を浮かべる人ばかり、この世界の素晴らしさに気づかない、気づけない

 つまり、私は世界に選ばれたのだ。

 

 世界に選ばれた私は無敵、誰も私を止められない。誰も私を、殺せない。

 それが私の、私だけに与えられた権利なんだ。

 

「そう、思っていたのだけど―――」

 

 窓枠を掴む手に力が入り、グローブの生地にしわが寄る。

 少し前から、私の世界に異物が入ってきていた。

 

 見下ろす先にある人影は3つ。本の虫は何の力も意思も感じられないから捨て置くとして、気に入らないのはその隣を歩く男と小娘の方だ。

 

 塀で囲まれているとはいえキャンパス内は安全と言うには程遠い。

 それなのに彼等の歩く姿に気負いは見られず、かといって子飼いにしている連中のように油断しているわけでもない。完全に自然体のまま周囲への警戒ができている。

 間違いなくこの世界に『選ばれた』人間の所作だ。自分以外に見るのは初めてだが、そうとしか考えられない。

 

 奴等への対応も見事なもので、男も小娘も複数を相手取り危なげなく始末していた。

 あのような躊躇いと無縁かつ最適化された動きは、少なくとも自分には不可能である。こちらの最高戦力である城下にも無理だろう。

 

 つまり、現状こちらの戦力で彼等を相手取るのは不可能、ということである。

 

 もし決定的に敵対すれば、あの男は必ず銃の引き金を引く。

 銃口の先は心臓か頭か、どちらにせよそこまでだ。始まったばかりの私の物語は、何の山場もなく終わることになる。

 

────ああ、これは無理だ。

 

 そう神持 朱夏(かみじしゅか)は結論付ける。

 彼女は狂ってはいるが、馬鹿でなければ無能でもない。自分達と相手との実力差を正確に理解していた。

 

 

 そもそもの話、現在の状況では狂ってなければ正気を保つことが難しい。 

 世界そのものが狂っているのだから、頭のねじの1つや2つくらい飛ばしていないと確実に精神を病む。

 凪原達(元々人外)を除いた学園生活部の面々にしても、少なくともメンタル面は狂人の領域に片足を突っ込んでいる。

 現在において日々を心から笑って過ごすためには、狂うことが最低条件なのだ。

 

 無論、狂いさえすればよいというものではない。

 もし仮に狂う過程で理性を捨てようものなら、待っているのは迅速にして確実な死である。

 ただ生きる、その難易度が跳ね上がったこの世界では、決して無くしてはいけないものもまた多くあった。

 

 

 そういう意味では、もとの性格もあり正しく狂うことができた朱夏は彼女が考える通り世界に選ばれた存在になったと言える。

 仲良しこよしでなく実力主義の、裁量権がありながら何かあれば上に責任をなすり付けられる副リーダーという立場。さらに自由に動かせる手駒も複数ある。性格は社交的ではないと自覚しているものの、躊躇しないという利の方が大きいと判断している。

 死が溢れる現代において、これほど好きに動ける環境を得られた者はほとんどいない。

 幸運に恵まれたこともあり、彼女はこの世界において自身はまぎれもなく上位者であると自負していた。

 自負していたからこそ、あの日受けた衝撃は甚大だった。

 

「相手が悪いってのはこういうことを言うんでしょうね、ほんと最初の失敗が悔やまれるわ」

 

 運よく物資を手に入れてうまいこと切り抜けてきただけの集団、直接的な圧力と先住者としての立場を使えば今の立場をさらに強化できるだろうと高を括ってしまった。

 思えば仮にも銃を所持し、理性と統率を持つ人間の脅威度をあまりにも軽く考えていた。慢心と言われても否定のしようがない。

 

 そしてその慢心の結果が決裂とまではいかずともその一歩手前、もはや関係の修復は不可能だ。

 いや、やりようによっては可能かもしれないが少なくとも今の立場は失うことになるだろうし、未だ相手を格上と認められていない手駒共の離反を招きかねない。

 

「ほんとどうしようかしら──といってもつまるところは留まるか進むかの二者択一。それなんだったら進む一択、か」

 

 過去に行けない以上、戻るという選択肢は初めからない。

 留まろうものなら待っているのは緩やかな死、仮に連中の問題が片付いたところでこちらの物資不足は解消していないのだ。

 となれば進むしか道がないだろう。そもそもせっかく世界が自分好みに変わったのだ。これまでのようにただズルズルと流されるままにいるなど、まさかである。

 

 とはいえ進むにしても方法は考えなければならない。下手に仕掛けたところで相手にならないというのは身に染みている。連中を正面から相手取るには何かしらの対価、それこそ差し違えるレベルの覚悟が必要だろう。

 

 我が身を犠牲にしてしまっては元も子もないので何かないかと考えて、朱夏の頭に浮かんだのは今いる自分がいる拠点、聖イシドロス大学そのものだった。

 命とは比べるまでもないが決して安いとは言えない代償だ。差し出すからには相応の反応を得たいところである。

 しかしこれをテーブルに上げ(ベットす)れば、辛うじて作戦と呼べる程度には勝率が確保できそうだった。

 

「居心地の良い場所を捨てるんだもの、最大限愉しませてもらわないと割に合わないわ」

 

 立つ鳥跡を濁さずとは言うが、立つ鳥側としてそれでは面白くない。

 一矢報いることすらできなかったとしても、あの連中にせめて一泡程度は吹かせてやりたい。

 

 こちらの手札はあの辺の機材と墓場の中身に………あの連中も使おうか。余計なものを連れていきたくはないし、なによりせっかくの門出だ。派手に盛り上げるのに一役買ってもらうとしよう。

 

 徐々に頭の中で形になってくる計画に、朱夏の口の端は自然と吊り上がり始めていた。




はい、というわけで改めましてお久しぶりです。
投稿自体4ヶ月ぶり、本編に至ってはほぼ1年ぶりの投稿となってしまいました。

 一応言い訳をさせていただくと、今年度から環境がガラリと変わりまして精神も身体も結構ギリギリの状態におりました。今回の話も4月には書き始めていたのですが全く筆が進まず、気合で閑話だけ投げて倒れ込んでいました。
 今は何とか落ち着き、メンタルも戻ってきたのでリハビリを始めた次第です。あまりにも執筆から離れすぎてたせいで、考えてたはずの伏線の回収方法が1つ頭からスッポ抜けました(ので過去話から一文だけ消去させていただいています)。

 さて、そんな諸事情は置いておくとして本編です。
 久しぶりの投稿なのにいつもより短く、さらには凪原も胡桃も出てこないという本作初の異常事態が発生してしまいました。次は登場予定で、なるべく早く投稿するつもりですので何卒ご容赦ください。


 それではまた次回!


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8-5:手ぐすね



 m(_ _)m ←無言の土下座


 

 ボシュッ──ドサッ

 

 

 くぐもった銃声に続いて質量を持った物体が倒れる音が寒空の下に響く。

 図書館を出てから4体目のゾンビを確実に無力化でき、そして見える範囲に新たに近寄ってくる個体がいないことを確認してから、凪原は静かに扉を閉めた。

 出入りに使っている非常口は枠まで含めてすべて鉄製だ。まとまった数のゾンビにたかられても十分な防御力を持つが、中から外の様子を窺い辛くもあるのでたかられないための努力が必要になる。ちなみに総ガラス張りの正面入り口は割れ防止フィルムを貼ったのち、武闘派を刺激しないレベルで封鎖中である。

 

 それなりに安全な区域に入ったことで凪原と胡桃も警戒レベルを下げる。

 構えていたグロックからマガジンを抜いてスライドを引き、薬室を空にした状態でカラ撃ち。安全状態にしてからホルスターへと戻す。銃の安全管理は扱う者の義務である。

 

「やっぱり会敵0とはいかないかー」

「グラウンド側のどっかから抜けて来てるんだろうな──まぁ何はともあれ俺達の仲間の拠点へようこそ、理瀬さん」

 

 身体はこの1年ほどで染みついた動作を繰り返しているが、意識の方は既に別のところへと移っている。

 凪原が声をかけたのは、2人で挟む形で護衛してきた理瀬だ。

 

「仲間と言ってくれたのは素直に嬉しいけどね、わざわざこっち(校舎)連れてこなくても良かったんじゃない?君達なら走り抜けるだけで済んだでしょ」

 

 所々小走りしたとはいえ基本は早歩き程度、それも高々キャンパス内の移動だったにもかかわらず理瀬は膝に手をついて息を整えいていた。

 今日読む予定だった書籍を持ってもらい、完全な手ぶらでの移動でもこれである。自称本の虫は伊達ではないという事だろう。

 

「んー、移動したいだけならそうなんだけど」

「少ないうちに間引いておかないとすーぐ増えるからなあいつ等、群れるとマジで厄介なんで」

 

 この手の映画の1つや2つは見たことあるでしょう、という凪原の問いに「うへぇ」という顔になる理瀬。バイオでハザードなシリーズかそれ以外か、とにかく視聴経験はあったようだ。

 真顔で「ナニソレ知らない」と言われるかもと思ったが、どうやら完全なる本バカではなかったらしい。

 

「なんか失礼なことを考えてそうだけど、藪蛇になりそうな気もするからいいや。それにしたって───」

 

 ようやく落ち着いてきた呼吸をため息に乗せて吐き出しながら、理瀬はやれやれと肩をすくめてみせる。

 

「まさか創作として楽しんでいたものを参考しなきゃならない事になるとはねー、まあ大きな音を出さずに引き籠っていれば安全だから生きてくだけなら割とどうにかなるんだけど」

「なんだろ、この物語中盤に登場して状況説明だけしてすぐに退場しそうなキャラの気配は」

「おっと、いきなり死亡宣告が飛んできたよ。胡桃君、私なんか気に障ることした?」

 

 胡桃の言葉にも余裕な態度を崩さない理瀬。言葉の綾と思っているようだが、残念ながら冗談ではなかった。

 

「いんや、あいにく割と真剣な話なんですねこれが」

「……Are you serious?(マジで?)

I mean it.(マジです)

「なんで英語?」

 

 胡桃のもっともな疑問を凪原が高度な政治的判断(面白いという理由)により黙殺すること数瞬、いましがたの会話の内容を理解した理瀬が再起動した。

 

「ちょいちょいちょい、えっなに?私消されるの?全然心当たりとかないんだけど」

 

 言い回しこそふざけたものの、その内容自体は本気だった。

 声色からそれを察して焦る理瀬に対し、凪原は安心させるように手を振りながら続ける。

 

「いやいやさすがに(この世からの)退場は冗談だけど、良くて強制労働、悪くて追放ってあたりだと思うから命の心配はしなくていいですね」

「全部たいして変わらないねえ、どっちだとしても死ぬ未来しか見えないんだけど?自活能力の低さは自慢できるよ私は」

「うーん、清々しい程自慢にならない」

「まあまあ、その辺の話をしたいと思って今日はご足労願ったわけで、とりあえず入ってくださなっと────」

 

 理瀬の宣言に一周回って感心する胡桃に対し、凪原は苦笑をするにとどめた。

 彼女の自己生存能力の低さはこれまでの関わりからすれば想定通り。むしろそれを利用しての計画を立てていたりするので文句を言うところではない。

 とはいえある程度はこちらの意図を知っておいてもらわないと後々支障が出かねない。

 そんなわけで一度は腰を据えて話しておきたいと、生粋の引き籠りである理瀬(本の虫)図書館(住処)から引っ張り出したのだった。

 

 そして特に武闘派からのちょっかいも受けることなく校舎内の穏健派領域に入り、やれ一心地ついたと普段皆のたまり場となっている部屋のドアを開けた凪原の眼前に、彼の予期しなかった光景が飛び込んできた。

 

「おらぁッ、さっさとあたしが目を付けてたポテチを食べたこと謝んなさい!」

「ざけんな別に何食べようが俺の勝手だろうが!つーかそんな食いたかったなら名前でも書いとけやバカっ」

 

 自身の肩の上に仰向けの照山を乗せ、顎と腿を掴んで固定した早川がグルグルと回っていた。

 かなり大柄な照山を担ぎ上げる早川も早川だが、その状態で怒鳴り返せている照山もたいがいである。

 

「「「………。」」」

 

 パタム。

 3人そろって数秒程絶句したのち、凪原は静かにドアを閉めた。

 そして顔に爽やかな笑みを浮かべて理瀬と胡桃へと向き直る。

 

「失礼、どうやら間違えてアルゼンチンバックブリーカー研究会の部室に来てしまったみたいだ」

「その言い訳は苦しいと思うな、あたしは」

「君は日頃利用している部屋の場所を間違えるのかい」

「いや多分左手でドアを開けたからだな、右手で開けばきちんと穏健派の部室に繋がるはずだ」

「魔法学校かな?」

 

 2人のツッコミを笑って受け流し、宣言通り今度は右手でドアを開く凪原。

 そのかいあってか、3人の前に現れた光景は先ほどとは異なっていた。

 

「とぼけてんじゃないわよ、ちゃんと名前書いてあったでしょ!──綴じしろの裏側にッ!」

「気付けるかそんなとこ!?──ま、待て分かった。俺に非はないが謝るッ!ってかギブギブギブ!折れるわ!」

 

 早川がうつぶせになった照山の背に馬乗りになり、首から顎を掴んで思い切り持ち上げていた。

 強制的に反らされた照山の上体はもう少しで床と90度をなそうとしている。意外と体は柔らかいようだ。

 

「「………。」」」

 

 パタム。

 3人そろって再び数秒程絶句したのち、凪原はまた静かにドアを閉めた。

 そしてさらに爽やかな笑みを浮かべながら理瀬と胡桃へと向き直った。

 

「すまない、今度はキャメルクラッチ愛好会の部室に繋がってしまったみたいだ」

「さっき指摘しようか悩んだんだけど、なんで1つの技限定なんだい?せめてプロレス研究会とかにするべきじゃないかな」

「いやどっちも普通にうちの高校にあったんですけど」

「ナギ達が3年生の1年間しかなかったのに普通にとか言わないでくんない?母校が誤解されそうでいやなんだけど」

「期間がどうこうじゃなくて、実際にあった時点でドン引きだよ」

 

 ちなみに巡ヶ丘高校31期ではとある生徒会長(と支援者の校長)の施策により部活動の設立及び部費の支給要件が「部員2名と担当教師(兼任可)の確保」となっていたため、訳の分からない集団が跋扈する部活戦国時代の様相を呈していた。

 もっとも制度自体が試験運用であり要件が緩和されていたのは1年のみ。以降は先鋭化され過ぎていたせいで人数が足りずに自然淘汰、2年目には少し部活動の数が多い程度まで減少していたらしい。

 それでも救急医療研究部にラぺリング同好会、クエスト式帰宅RTA探究同盟などが残っているあたり普通の枠からは思い切りはみ出しているのだが。

 

 閑話休題。

 

「部屋の外で何してんのよ、さっさと入ってきなさい」

 

 凪原達が部活動というものの定義について互いに意思表明をしていると、ドアが開いて当の本人である早川が顔を出した。

 その額に汗は浮かんでおらず、とてもではないがつい少し前まで照山を振り回し(物理)ていたとは思えない様相である。

 

「相変わらず身体能力バケモノだな」

「はいナギ、アンタ後で校舎裏ね」

「普通に疲れるからパス」

 

 早川からの模擬戦の誘いを手を振って受け流す凪原。そのまま部屋に入りかけたのだが、ふと顎に手やり立ちすくんだ。

 

「どした?ナギ」

 

 疑問に思った胡桃の言葉に顔を上げた彼は、しごく真剣な表情で口を開く。

 

「いや………、つまりこの部屋は内側から開いてもらわないといけない隠し部屋だった?」

「そのくだりはもういいってもう」

 

 

 

====================

 

 

 

「それじゃあ、ちょっとしたハプニングがありましたが始めていきましょう」

「それはいいけど、彼は大丈夫なのかい?」

「ああ、アレなら痙攣してるから問題なく生きてますよ」

 

 首をかしげる理瀬の視線の先には、部屋の隅に片付けられた照山が横たわっていた。ボールペンで突っついている桐子と比嘉子──前者は面白がって、後者は心配だが直接触るのが怖い──にわずかに反応を返しているので、凪原の言葉通り生きてはいるようである。

 

「いやあのさ、痙攣って普通は重症の判断基準だと思うんだよね。ちなみに痙攣してなったらどうするのさ?」

「それは高い確率で死んだふりだから追撃を入れますね」

「制圧できたと勘違いして数秒目を離したすきに猛ダッシュで逃げられる、とか割とよくあったしというかしてたし

「うーん……、日本以外に日本語が公用語の国ってあったっけ?」

「違う文化圏の人間扱いするのやめてくれます?」 

「実際似たようなもんでしょ、凪原とか咲やんの相手をしてためぐちゃん先生が不憫でならないよ」

「なんだとこら~!」

「ちょっひゃめっ!ほっぺひっぱるな(ほっへひっふぁるにゃ)

 

 呆れ顔でツッコミを入れた晶に飛び掛かる早川。目にもとまらぬ早業で晶を抑え込むとそのままムニムニと両頬を弄り始めた。

 

「いやはや、ほんと賑やかだねぇ。ここではいつもこうなのかい?」

「まあ基本的には?ここ、というよりナギ達の周りはいつもって感じかな」

「俺等だけじゃないだろ、由紀とか圭もなかなかだし胡桃もあんま人のこと言えんだろ」

「「いーや、ナギ(先輩)達には負けるって」」

「ふ~ん、なるほどねぇ」(音量としては間違いなく騒音に分類される。だけど聞いている私自身はそれを不快に感じていない、………いやはや全く面白い)

 

 目の前で言い合いを始めた凪原と胡桃に圭。その様子を見て何事かを納得した理瀬は、パンッと大きく手を叩くと朗らかな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「それじゃあ色々説明してもらおうかな、君達の一員として知っておいた方がいいことがたくさんあるんだろう?」

 

 

 

====================

 

 

 

「────つーことで、そう遠くないうちに武闘派の連中が何かしらのアクションを起こすだろう、という話でした。オーケェイ?」

「万事オーケイだよ。リソースの一元化というのは分かりやすい理屈だし、目に見えて減っていく物資が精神に与える影響というのも理解できるつもりだ」

 

 凪原の問いかけに対して頷く理瀬。元の性格なのか年の功か、これまでのメンバーの中でもかなり理解力が高く、一連の状況説明はそれほど時間をかけることなく終わった。

 ちなみに凪原の口調が普段通りになっているのは、理瀬の「普段通りに話してほしいな」という要望によるものである。

 

「私が引き籠っている間にそこまでこじれていたとはねぇ」

「あはは、こじれたというか一方的に嫌われたというか、まあ実際ボク達が何もしてなかったのは事実だし」

「それは私だってそうさ。しかしそうなると難しいのは、彼等にもそれなりに理屈が通ってるってことだね」

「ああそこがマジで難しいとこなんだよなぁ」

 

 理瀬の指摘に唸る凪原。

 穏健派のことを放逐しようとしている武闘派。安全が確保されている場所を追い出されるのは桐子達穏健派にしてみれば堪ったものではない。のだが、彼等の主張である「働かないのなら物資の無駄だから出ていけ」というのもわずかばかりとはいえ理があるは確かなのだ。

 初期のインフラ整備をしたとはいえ以降は何もしていない穏健派と、キャンパス内の安全確保を続けている武闘派、時間が経つにつれ貢献度合いが後者に傾いていくのは仕方がない。まして当人たちの意識としては当然である。

 

「まあ向こうさん(武闘派)にしてみればトーコ達に物資を消費されるのが気に喰わないわけだからな、こっちに引き取っちまえば話は早いんだが」

 

 照山の言葉通り、手っ取り早いのは穏健派のメンバーを皆放送局へ連れ帰ってしまうことだ。武闘派の要求通りに出ていくのだから無効としても文句は言えないだろう。

 学園生活部の物資を狙っているきらいはあるが、それを言ってくるなら文字通り返り討ちにしてしまえばよい。

 

 ただしそれはそれで問題があった。

 

「それで済むなら苦労しないわよ。きちんとした銃持ったバカの集団なんて勘弁よ、うちは」

「放置するにはちょっと放送局に近すぎるんだよな」

「不完全とはいえ事後投与可能なワクチンに高性能な銃器、特に銃の方は厄介だろうね」

 

 学園生活部が聖イシドロス大に来た最初の理由、ランダルコーポレーションの拠点に備えられているであろう銃器やワクチン類である。 

 ワクチンはともかくとしても、銃器類が武闘派の手に渡るのは何としても阻止したいというのが凪原等の考えだ。銃を持った多少頭が回るバカほど恐ろしいものはない。

 以前凪原が殲滅した野盗は銃こそ持っていたものの、こちらのことをなめ腐っていた本物のバカだったため隙をついて対処できた。

 しかし曲がりなりにも拠点を構えて維持し続け、気に喰わないながらこちらの実力を評価している武闘派が銃を持った場合の脅威度は野盗の比ではない。

 まして、この大学は巡ヶ丘学園よりも規模が大きい。準備されている物資の量と質もそれに準じているとみるべきだろう。

 

 どう考えても武闘派に渡してよい代物ではない。

 

「つーことで、理想としては武闘派の連中を刺激しながら銃器とワクチンの回収、それさえ終われば撤収って流れだな。理瀬さんは図書館から離れてもらうことになるけど、本は用意するからそれで勘弁ってことで」

「さすがに命には代えられないからねえ、本さえ読めるならそれで構わないよ。──それでもし、うまくいく前に向こうが絡んできたらどうする気なんだい?」

「「「そん時はまあ、仕方ないだろうさ(な)(でしょうね)」」」





えー………はい、8章5話です。
再び死んでいました。部分ごとに書いた時期が違うので文章がぐちゃぐちゃになってるかもしれません、ごめんなさい。
今度こそ早い時期に次をアップできるよう頑張ります。

それではまた次回!


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閑話:冬の日 上

まだ生きてるよ~

生存報告、ヨシッ


 拝啓、お父さんお母さん、ご無沙汰しております。

 あなた方の息子、凪原勇人です。

 

 世界が変わってから短くない期間が経過しましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 まあお二人のことですから、特に何不自由なく生活していると確信しています。

 

 もし仮に何かの間違いで冥府の門をくぐっていたとしても、天国に行けばそちらで悠々自適に過ごし、地獄に行けば善良な先達を率いてクーデターでも起こしていることでしょう。

 まあそのまま極悪人を放置するとも思えないので、閻魔と講和後に権力を返還して自分達は煉獄の監視役に就任、あたりが妥当なラインですかね。

 

 なににせよ、こちらが心配せねばならないことは何もないと思います。

 

 翻って私の方はどうかと申しますと、こちらはあの日に朝から家にいたこともあり初期の安全と情報収集、そして必須物資の確保には苦労しませんでした。

 その後は母校へと向かい生き延びていた恩師、そして後輩達と共に暮らし始めました。

 少々苦労することもあり(ヘリが墜ちてきたり感染したりし)ましたが取り立てて問題はなく、途中からはお馴染みの馬鹿2名(テルとハヤ)が合流してきたので今後に対する不安要素もありません。

 

 要するに、ほどほどにやれているのでお気になさらずということです。

 まあしいて課題を挙げるとするなら―――

 

 

「んみゅ、さむい」(ギュッ)

「おい胡桃マジで起きてくれ!その眠気に負けたら俺等揃ってお陀仏だぞ⁉」

 

―――人生初にしてこれ以上の人はいないと断言できる恋人に、自室のベットの中で抱き着かれながら凍死しかけていることでしょうか?

 

 

 

====================

 

 

 

『この冬真っただ中に窓開けたままで寝るとか、なに?体温下がっただけじゃなくついに脳みそ腐ったの?』

「……ちょっと換気のつもりだったんだよ、空気淀んでたし」

「昨日は結構暖かかったし、ナギが毛布出してくれたし……」

『それで2人仲良く布団で丸くなって就寝したと、冬眠でもしたいのかおのれ等は』

 

 布団にくるまった状態でベットの上に座り、無線機から聞こえてくる早川の声に小さく反論する人影が2つ。

 言うまでもなく凪原と胡桃である。

 

 極寒の空気が吹き込んでいた窓は閉められ、凪原が大慌てで持ってきたとある器具のおかげで室温はかろうじて2桁に到達し、冷蔵庫の中の方が温かいという状況は脱していた。

 とはいえ寒いものは寒いため、凪原は布団の下で胡桃を体の前に抱きかかえピッタリと密着していた。そして暖をとるためか、胡桃も胡桃で定期的に体をスリスリとこすりつけている。

 向こうから見えていないのをいいことにやりたい放題だった。

 

『―――とにかく、ほんとに温度には注意すること。帰省中に揃って凍死とか勘弁してほしいんだから』

「あいあい、んじゃまた昼ごろにでも連絡するわ。3時まで音沙汰なしだったら捜索隊を出してくれ。以上、通信終わり」

『ちょっ』(ブツッ)

 

 さらに数分お小言が続いたところで、面倒くさくなった凪原が強引に通信を打ち切った。早川が何か言いかけていた気がしたので数秒待って掛け直してこないのを確認し、ため息。

 

「「ふー」」

 

 タイミングが重なったことに思わず顔を見合わせて顔をほころばせる。

 最近、こういった何気ないところで息が合うことが増えてきて、それが意外と嬉しいのだった。

 

「さて、それじゃそろそろ起きますか。朝飯は……持ってきたインスタントでいいか」

「だね、手軽だし。寒さのせいとはいえせっかく早起きできたんだから時間は有効利用しない、と」

 

 言いながら布団をはいだ2人の足先と首回り、パジャマから露出した肌をヒンヤリとした空気が撫でる。

 ちなみに人が快適に感じる温度は、湿度にも寄るがおおよそ22~23度。今の室温と比べれると実に10度近い差があった。

 

「「………。」」

 

 そして何も言わずに布団をかぶり直す凪原と胡桃。

 

「………やっぱもうちょっと温まってからにしない?」

「賛成」

 

 感染による体温低下の影響か、夏の暑がりと冬の寒がりが顕著になった2人だった。

 

 

 

====================

 

 

 

「かち合わなかったのを喜ぶべきか、胡桃が敵だったことを嘆くべきか…」

「どっちも好きな方食べれるんだから大人しく喜んどけよそこは」

 

 深刻そうな表情でつぶやく凪原(←赤いうどん派)と、それに呆れた顔で答える胡桃(←緑のそば派)。

 2人は凪原がどこかからか持ってきた折りたたみテーブルにつき、ズルズルとカップ麺をすすっていた。

 室温はようやく15度を超え、寒いは寒いが服装次第でまあ過ごせる環境となっている。

 

 無線で早川も言っていたように冬真っただ中。

 集合住宅よりも冷え込みやすい一戸建てで、しかも電気もガスも止まっているとなれば部屋を暖めるのは容易ではない。

 カップ用のお湯を沸かすのに使ったカセットコンロではいささか荷が重く、それこそきちんとした暖房器具が必要なレベルだ。

 

「そんでしっかりストーブが出てくるのが流石ナギの家って感じだな」

 

 そう話す胡桃の視線の先にあるのは、部屋の中央に鎮座する丸っこい金属筒だ。柔らかな光と共に確かな暖気を発しているソレは、彼女の言葉通りストーブである。

 所謂だるまストーブのフォルムなのだが、多くの人が思い浮かべる物よりも2回りほど小さい。

 

「というかそれカセットガスのストーブなんだね、ガスとか石油とかが普通でしょ?」

「ん?あー、もっと北の方だったらそういうガチのが必要なんだろうけど、この辺じゃこれでも十分だろ。サイズも手ごろだし」

「いや違うって、そこじゃない」

 

 実用性の観点から答えた凪原だったが、あいにく胡桃が言いたいことはそうではない。

 

「なんでカセットガスを使うストーブがあるのを知ってるのか、って聞いてるんだよこっちは。ふつう知らないだろこんなの」

「なんだ、そっちかよ。いや、てかこれは結構有名だったと思うぞ」

「そうなの?」

 

 キョトンと首をかしげる胡桃に対し、凪原が本棚から取り出してきたのはアウトドア雑誌だ。パラり、と開かれたページには今室内に鎮座しているのと同じタイプのストーブがデカデカと紹介されている。

 

このところ(もう1年前)、キャンプブームだっただろ?それで色々特集されてたからなんか面白いもんないか探してて見つけたんだよ」

「あー、確かにナギってそういう雑誌とか好きそうだよな。偶に訳わかんないガジェットとかが紹介されてる奴」

「そうそう、これマジでなんで企画通ったんだってのを見つけるのが楽しくて、ってそうじゃなくてだなぁ…」

 

 何やら面白(色物)ガジェットハンター扱いされていることにジト目になる凪原。しかしその視線を向けられた胡桃はケラケラと笑っていた。

 

「冗談だって、正しくは防災ガジェットハンターだろ?生徒会室の武器庫見れば分かるって」

「アレはアレででハヤの思想が多分に含まれてるだが…、まあそうだな。防災用品は俺が選んだ奴だし」

「あそこスペースの割にでホント色々揃ってたよね。リバートロンに行くまでのなにも不便に感じなかったもん」

「うちの学校は電気と水が元々揃ってたのからな。そっち方面に気にしなくて良い分、他の準備に気を回せたんだ。あと、じいさん(学長)が資金提供してくれたってのがデカい」

 

 生徒会室を備蓄倉庫に魔改造する際、当然のように生徒会担当の慈の許可を得ず実行した凪原達31期生徒会だったが、それを全面的にバックアップしたのが学園長である。

 ノリノリで「一番いいのにしなさい」と言って、クレジットカードを渡してきたのはいい思い出だ。

 

「あーじゃあ校長先生さまさまだね」

「胡桃を噛んだことは絶対許さないけどな」

「そこはもういいじゃん、今は平気なんだし」

 

 感謝はするが、それはそれとして恋人を物理的に傷物にされた恨みは忘れない。当たり前の感覚だろう。

 

「まあ話を戻すとして、あの倉庫の備蓄選んだのナギなんだろ?ならその本拠地(自宅)はどれだけ要塞化されてるのかと思ってさ」

「いやたしかにそれなりに備えてはいるけどさ、普通の範疇だと思うぞ?」

「まっさかー、普通じゃないナギが準備してるだから普通なはずないじゃん」

「失礼な奴だな」

 

 まるで面白いことでも言ったかのように笑う胡桃に凪原は仏頂面になる。

 そりゃたしかに念入りに備えてはいたが、本人的には本気で普通の範疇だと思っているので反応的にはおかしくはない。

 

「そんじゃぼちぼち食べ終わったことだし、実際に見てみるか?そしたら思い違いだって分かるだろ」

「見たい!よーし、放送局に続いて2件目のプレッパーのお宅訪問だな」

「おまえプレッパーさんなめんなよ。プレッパーさんが本気出してみろ、俺なんか足元にも及ばないからな?」

「いやなんでさん付け?プレッパーはナギの何なんだよ」

「師匠に決まってんだろ?言わせんな恥ずかしい」

「今恥ずかしがる要素あった???」

 

 

 

====================

 

 

 

~2階、納戸~

 

「ま、とりあえずここのは小手調べってとこだ」

「キャンプ用品色々と…うわっこの段ボール全部保存食かよ!?」

「ほっといても悪くなりにくいからな、特に国産のはなおさら。法的なあれこれで賞味期限はあるけど食べる分には2倍から3倍くらいは余裕らしいし」

「そういうのって噂じゃないの?」

「いくつか試したけど割とガチだったぞ。少なくとも俺には差が分からなかった」

「へー、結構しっかりできてるんだな。そう聞くとちょっと試してみたいかも」

「数年もすりゃ勝手に期限切れになるんだからそん時にな。ま、中には期限25年とかいうヤベー奴もあるけど」

「あれ、ナギのことだから全部そういうので揃えてるのかと思った」

「流石に高い、長期的に見りゃ安いんだろうけど瞬間的に掛かるコストがデカすぎる」

 

備蓄物資:

キャンプ用品多数

保存食(最後に数えた時は家族で2ヶ月分だったが今は分からん by凪原)

 

 

~1階、階段下倉庫~

 

「………うん、まあ、さっきのとこに無かったからどっかに水はあるだろうと思ってたけどさ」

「サイズもそうだけどとにかく重いからな。少しは分散させているけどメインは1階に置いとくしかないんだ」

「いや理屈は分かるよ?分かるけどさ……これどれくらいあるなの?」

「えーっと…飲用に限定すれば3人家族で3,4ヶ月分、1人だったら頑張って1年ぐらいだな。米はそれよりもちっと少ないくらいか」

「ば か じ ゃ な い の?」

「質問しといて失礼だな、実際必要な事態になってるじゃねぇか」

「それは確かにそうだよ。でも絶対あたしの感覚は間違ってないと思う」

 

備蓄物資:

水 約1000ℓ、米 50kg(玄米含む)、

その他 塩,砂糖,蜂蜜等の長期保存可能な調味料多数

 

 

~庭~

 

「庭に出てきたけど、ここもなんかあるの?外なんだから近所の目とかいろいろあっただろ」

「なんで人目をはばかる前提なんだよ、やましいことなんざしてないっての」

「そりゃ明確な違反行為してないだろうけどさ」

「おい今なんか変なアクセントだったぞ……。まぁいいや、庭は基本的に家庭菜園だな、小規模だしほぼ趣味だったけど」

「うーんまぁ確かに普通──「んであっちが焼却炉」──前言撤回、やっぱ普通じゃない」

「ああ、排気口に細工してあるから全力で焚いても煙はほぼ出ないぞ」

「人目はばかってんじゃん。つーかなんでそんなんあんの?」

「肥料用に灰が欲しくてな。他にも気合入れりゃ石鹸作れるし、あっちで雨水綺麗にするのにも使えるしな」

「多分雨水ダム、で合ってる?自信ないけど」

「自信もてよ、合ってるよ」

「ゴテゴテいろいろ付いてなければあたしも自信持てたよ」

 

設備:

家庭菜園

焼却炉(無煙処理)

雨水ダム(ろ過装置付き)

 

 

~倉庫~

 

「ここは園芸用の諸々を入れてる感じだ。学園にあった(園芸部)のとほぼ同じだから特に目新しくもないだろ?」

「いーや、もうだまされないぞ。どうせそう言ってやばいモン置いてるに決まってるんだ」

「この数分で胡桃からの信頼がガタ落ちしてる件について…っと、お、あったあった。これなんかは胡桃も気に入ると思うぞ」

「ほらもう言ったそばから。なにこれ、やすり?」

「正確にはグラインダーっつうんだが、まあやすりには違いないな」

「ふーん、それでなんでこれを気に入ることになるの?」

「まあ聞けって。なんとこいつはな────シャベルを砥げるんだ」

「何を言うかと思えばそんなの────最高だな!

「だろ?胡桃なら分かってくれると思ってたぞ」

「いいじゃん!いいじゃん!そういうの待ってたんだよ、ちょうど最近切れ味落ちてきたなって思ってたし」

「ならいいタイミングだな。ただ結構うるさいから使うのは放送局戻ってからにするぞ」

「おっけー!……楽しみだなぁ」

 

設備:

イ○バの物置

備蓄物資:

園芸用品諸々

各種工具

グラインダー(←超重要!)(←リスト化してんだから余計なこと書かないように)

 

 

~台所~

 

「ナギん家って勝手口あるんだ、うちはなかったからなんか新鮮」

「なんだかんだで結構便利だぞ、ゴミ出しは楽だし災害時の脱出路が増えるし。ただ裏手だからって変に安心して鍵の閉め忘れがちょくちょくあんだよな」

「あーそういうのもあるのか。──っとここは流石に変なものは置いてないみたいだな」

「別に他のとこにも変なものは置いてないんだけどな。強いて言うなら床下収納にカセットガスを多めに置いてるくらいか」

「……一応聞くけど、何本?」

「ざっくり100本。まあここだけじゃなくてさっきの納戸にも分散させてるけど」

「家吹っ飛ばす気?」

「劣化防止を兼ねて簡易的だけど真空処理してるし、対策自体はしてるから問題なし。消防法にも触れてないしな」

「絶対なんかしらの問題ありだと思う」

 

備蓄物資:

カセットガス 100本(3人1ヶ月半分)

固形燃料 段ボール1箱

乾物、一般調味料 等

 

 

 

====================

 

 

 

「結論っ。やっぱナギん家の防災は普通じゃない、というか変!」

「ホント失礼な奴だな」




この話掻き始めた時はまだ全然寒くなかったはずなんですけどね~、不思議ですね~
すぐに「下」が投稿できるよう頑張りたいと思います。

それではまた次回!


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