危険種が行く! (超高校級の切望)
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辺境の少年

 この世界は理不尽に回っている。

 力なき者は飢え、力ある者が喰らう。叫ぶことが出来なければ助けを呼ぶことすら不可能で、叫べる者だけが救われる。

 力が欲しい。何よりも圧倒的な力が。絶対的な力が。

 少年は力を求めていた。父が危険種に殺され、母が領主に連れ去られ、残された妹を守るために全てを圧倒し、守りきるための力が。

 まずは知識を求めた。そして、見つけた───

 

「────帝具?」

 

 およそ千年続く大国である帝国。その帝国の繁栄の礎、人知を越えた力を人に与える道具。主な材料はオリハルコンやヒヒイロカネといった希少金属に、危険種の血肉や骨………。

 

「危険種………」

 

 他にも調べれば特殊な訓練に加えレイククラーケンという危険種の煮汁を飲み、体を自在に操る術を手にする流派もあるらしい。さらに調べれば帝具の中には危険種の肉体をそのまま鎧にしたもの、単純に危険種の血など様々。

 

「………………」

 

 危険種。人間が徒党を組んで漸く倒せる奴から、鍛えれば殺せる奴もいる。父を殺した危険種は、少年が嘗て片目を奪い先日とうとう殺した。その死体はあの場に放置したが………。

 まだ獣に喰われていないか?

 

「………………」

 

 力が欲しい。人知を越えた力に対抗するための力が。帝具使いが襲ってきても打ち倒せるだけの力が。

 父の仇である危険種の死体の元に戻り、生き血を啜り生肉を喰らう。全身が筋肉痛になったかのような激痛に包まれ、気絶した。心配して探しに来た村人達に保護され起きたら妹にしこたま叱られた。

 

 

 

 その日以来感覚が鋭くなった。隣どころか村の端から反対の端の夕ご飯が解るレベル。夜は明るいし、村の何処かで盛る者達の声も聞こえるし、寝られない。慣れるのに三ヶ月ぐらい要した。

 十分休息をとってから、再び村の外に出て危険種を狩る。動きが前より読める。群の危険種で、後ろから襲ってくるが解る。

 全部殺して喰った。骨は、何かに使えるだろう。粉末にして一部を飲み一部を鉄に混ぜ短剣を造った。

 また、力が上がった。それと、妹が何を感じているのか解るようになった。集中すると他の人間の考えていることも。隣のおじさんが、浮気していること何て知りたくなかったなぁ。

 だが、危険種の血肉は確かに力となる。最低でも小隊規模で討伐が当たり前の危険種で無ければ人の体を変質できないようだが幸いにも少年には戦いの才能があった。

 それから少年は周辺の危険種を狩りまくった。周辺に住まう全ての種類を喰らい尽くすと血を撒いておくだけで危険種を村に近づかなくなった。

 だがら、血を残し旅に出た。目的は危険種。

 雷を操る危険種の発電器官を喰らい、その際失った左目を目があった生物に幻覚を見せる蛇から奪い、その時崩れた腕の代わりに殺してもなお細胞が生き続ける龍にすがりついていた幼龍の腕を移植する。

 発電器官の他に蓄電器官も持ち、自然の雷も吸収し彼が最初に戦った雷の危険種とは桁違いの威力の黒雷を放つ危険種を半身を失いながら倒し発電器官も蓄電器官も喰った。

 半身は数ヶ月をかけて再生した。鱗のような物がこの頃から現れ始めた。

 姿を変える危険種を喰ってからは形は取り繕えるようになったが………。

 兎に角喰った。雲海にすむ龍を、喰らい、氷を操る魔龍を殺し、血を啜り力を増す蝙蝠を逆にその血を吸い殺した。

 殺して、喰って、殺して、喰って、喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って。

 

 

 

「……………?」

 

 ポケー、と呆けた様子で周囲を見回す少年。廃村だ。人間同士で殺し合ったのだろう。矢に射抜かれ剣で斬られた死体が転がっている。

 はて?どうして自分はここに来たのだろうか?

 

「おいおい、なんだお前………生き残りか?」

「……………」

「領主様の命令でなぁ、この村だけ危険種に襲われない秘密を調べるように言われてたんだよ。お前、何か知らないか?」

「……………?」

「……チッ。駄目だ此奴、知能が足りてねぇ。おい、殺せ」

 

 振り返った先に来た男達は整えられた格好をした、兵士達。少年が何も答えずキョトンとした顔を向けるとふん、と鼻を鳴らし隊長が顎で少年を刺し、一人の兵士が矢を放つ。少年が首を傾げるとフードの一部を裂き飛んでいった。

 

「………あ?お前、その顔………領主様の玩具にされてたこの村最後の女の兄貴って、お前か?」

「……………!」

 

 少年が目を見開く。漸く反応らしい反応に、男達はにたにたと笑う。

 

「領主様は代わりもんでなぁ、死にかけの女をやるのが好きなんだ。締まりが違うんだとよ………だから回ってこねぇ。でもいい女だったからよぉ、見学させて貰ったんだわ。かわいかったぜぇ「お兄ちゃん、お兄ちゃん助けてぇ」ってなぁ!手足切り落とされて、死ぬまでお前を呼んでたぜ!」

 

 ぎゃははは、と男が笑う。その大口に少年が手を突っ込む。

 

「あ、が……?」

 

 何時、近づかれた。見えなかった。まるで………混乱する男の下顎を、そのまま引き裂く。喉や肋、腹も纏めて裂け内臓がこぼれ落ちた。

 

「き、貴様!」

「よくも!」

「地獄に送ってやらぁ!」

「…………………」

 

 迫ってくる槍や剣、矢に、少年は、ただ、笑った。

 

 

 

 

「あがあぁぁ!や、やべろぉぉ!」

 

 ブチブチと引きちぎられる己の腕を見て叫ぶ肥えた男。その願いは聞き入れられずブチンと腕が千切られる。

 

「き、きさ……貴様ぁ………良くも、私が一体何をしたというのだ!?なぜこのようなことを!」

「…………何、デ?」

「許さんぞ!貴様が私にしたように、貴様の家族も殺してやる!」

「かぁ……ぞく?」

 

 叫ぶ男の言葉に首を傾げ、虚空を見つめる少年。何を思ったのか、男の残った腕に向かって唾を吐きつける。ジュウ、と音が鳴り溶けていく。

 

「ぎゃあああ!いたい!いたい!やめろぉ!この、このクズがぁ!やめてください!何でも、何でもしますからぁ!」

「何、でも?」

「はいぃ!お金上げます!ち、地下に飼ってる女達もまだ使ってないのが──ぺぎょ!」

 

 グシャリと頭を踏みつぶし、少年は顔を上げる。大きな屋敷。この辺りで搾り取れるだけ搾り取った税を拵えた贅沢品。パキリと少年の口の端に亀裂が走り、耳まで裂ける。鋭い牙が連なった大口を開けて、熱線を吐き出した。

 

 

 

「…………………」

 

 全潰した屋敷の地下から出てきた女達は生きてることを喜び合い、お互いを慰め合う。少年はそんな様子を黙って見つめる。

 自分より年下の少女が姉に抱き締められる光景を見て、胸を押さえ首を傾げる。

 

「助けてくれて、ありがとうございました………あの、貴方はこれからどうするですか?」

 

 彼女達の村は滅ぼされた。彼女達の村も、と言った方が良いだろう。

 出来ることなら男手が欲しい。それも、自分達を守ってくれるぐらい。

 

「…………旅、続けぇ………る?強く、なりたい………なりたい!」

「私達からすれば、十分強いように見えますけど………まだ、足りないんですか?」

「うん」

「強くなって、何をしたいんですか?」

「…………何、を………?俺………強くなって、どうしたいん………だっけ?」

 

 そんな事私達に聞かれても困る。

 

 

 

 

 強くなるためには何をすればいいのか?より強い危険種を喰うこと。より強い危険種はどうやって探すのか?足で。

 と言うわけで強い気配のする方向に向かって歩く少年。何日か歩いていると後ろから近づいてくる気配。馬車だ。

 引いているのは猪みたいな動物だが。

 

「……………」

「何者だ貴様!また賊か!?」

 

 ジッと見つめていると護衛の兵が叫ぶ。首を傾げる少年。兵士達がしびれを切らそうとした時、馬車が開き剣を下げろと女性の声が響く。

 

「たった一人の賊など居るわけないでしょう。浮浪者と言ったところですか?申し訳ない、少し道をあけてもらえないででしょうか?」

 

 馬車から出てきた女性がそう尋ねる。確かに道の真ん中を歩いていれば邪魔だろう。横にずれるとありがとうございます、と礼を言う。と、ぐうぅぅ、と獣のうなり声のような音が響く。即座に警戒する兵士達。音の発生源を探すと、少年が視界に止まる。

 

「…………………」

「お腹……空い、た?空いた……」

「…………プッ」

 

 少女は思わず吹き出してしまう。そして、兵に命じて食料の一部を渡す。少年はかガツガツと食べる。食べ終えると味の残った指をペロペロ舐めた。

 

「…………」

 

 去っていく馬車を見つめる少年。その後を、追うように歩き出した。

 

 

 

 

「付いてきてるな……」

「来てますね……」

 

 元帝国の大臣であるチョウリは兵達より少し離れた場所でこちらの後をついてくる少年を見て呟く。娘のスピアも同意する。ご飯をあげたらついてきた。動物みたいな子だ。

 年はスピアより少し下ぐらいだろうか?無表情で何を考えているか解らない。取り敢えず、敵意はないのだろう。たまにいなくなったと思ったらその辺の獣を捕まえてきてくれる。その中には明らかに人が喰ったら肉体に影響でるレベルの危険種も混じっているが………。

 

「お主、懐かれたようじゃな」

「慕ってくれるのは嬉しいのですが、これから向かう毒蛇の巣である帝都に連れて行ってしまうと考えると……」

「いっそ、正規の兵として雇ってみるか?危険種を狩る実力的に、腕は確かじゃろう」

 

 そうなのだが、今もぼーっと降ってきた雪を見ながら歩く危なっかしい少年を人間同士の諍いに巻き込むのは、気が引ける。

 と言うか雪食べ始めたぞあの少年。

 

「ちょっ!やめなさい!お腹壊しますよ!」

「…………?」

 

 ああ、もう、と暖かいお茶を差し出す娘を見てうんうんと頷くチョウリ。と、その時だった。馬車の前に三人の人影が現れる。明らかにこちらの進行を妨害するように立ち止まったのは大男に少年と、初老の男性。

 

「……また盗賊か!?治安の乱れにも程がある!」

 

 盗賊でなくとも進行を妨害する目的の男達。少年に飲み物を与えていたスピアもはっと振り返る。貴方は逃げて!と叫び兵達の元に走る。その顔は年頃の娘から戦士のモノへと切り替わる。

 

「今までと同じように蹴散らす!油断するな!」

 

 直ぐに己の武器を構える兵達。スピアも槍を構える。三人の男達は、大男だけが前に出る。彼一人で相手するつもりだろう。それだけ腕に自信を持つと言うこと。

 

「行くぞ!」

 

 スピアの掛け声と共に走り出す兵達。しかし、大男が一振りした大斧によって切り裂かれた。生き残ったのはこの中で一番の実力者であるスピア一人。しかし槍と腹を斬られた。腹を押さえうずくまるスピアの前に賊の一人、少年が視線を合わせてくる。

 

「へぇ……お姉ちゃん、やるねぇ。ダイダラの攻撃で死なないなんて。でも、これから起こることを考えると、しんどいた方が楽だったかもね」

「…………っ!」

 

 刃物を取り出しスピアの顔に近づける少年。と、その腕を掴む者が居た。スピア達に付いてきていた少年だ。

 

「………ああ?何だよ、お前」

 

 

 

 

 帝国の将軍が一人、エスデス直属の部下である三獣士。彼等の目的は帝国で弱者を虐げ我欲を満たす大臣に立ち向かわんとする良識派の殺害と、その罪をナイトレイドという殺し屋集団に被せ、おびき寄せること。今回も良識派の中でも元大臣という高い地位を持つチョウリを殺害した。

 

「ビラをまくぞ!手伝えダイダラ!」

 

 と、初老の男性リヴァが大男、ダイダラに命じる。と、その時だった。何かがダイダラによって破壊された馬車の残骸にぶち当たる。

 

「あぐ、かは……」

「ニャウ!?」

 

 それは三獣士の一人、ニャウ。幼いながらもその実力と残虐性はエスデスにも買われた程。そんな彼が吹っ飛ばされてきた。振り返るとぼろ布をまとった浮浪者にしか見えない少年が標的の娘であるスピアを背に立ち、ニャウの帝具であるスクリームをしげしげ眺めいた。

 

「こ、この野郎………やってくれたなぁ!」

 

 ニャウが飛び上がるも少年に襲いかかったのは、ダイダラだった。

 

「ニャウをぶっ飛ばすとはなぁ!良い経験値になりそうじゃねぇかぁ!」

 

 帝具である大斧を振り下ろす。少年はスピアを抱え距離をとる。

 

「はっはぁ!足手まといを抱えて避けるか、ならこいつぁどうだぁ!」

 

 と、斧が二つに解れ、片方を飛ばす。ベルヴァークという帝具で中心から二挺の斧に分離させることも可能で、投擲されると勢いの続く限り敵を追跡する余程の膂力を持った者にしか扱えぬ帝具だ。

 高速回転する斧を前に、少年は動かない。とった、と笑みを浮かべるダイダラ。しかし、少年は高速回転する斧の柄を掴み取った。

 

「─────は?」

 

 ポカンと固まるダイダラ。斧が投げ返され首が吹っ飛ぶ。仲間が殺されたが、リヴァの動きは速い。彼の帝具ブラックマリンは装着者が触れたことのある液体を操ると言うもの。この場に彼が扱える液体はない。しかしそれを抜いても彼の実力は相当なもの。少年は、大きく息を吸う。

 

「キュアアアアアッ!!」

「「───!?」」

 

 人の声帯ではとても出せない音域の方向。空気を揺するその音波を真正面から浴びて、リヴァとニャウは顔の穴と言う穴から血を吹き出し、骨が軋み内臓が揺れ、やがて2人は爆ぜた。

 

「……て、帝具?」

 

 人を声で破壊するなどそれぐらいしか思いつかず、彼も帝具の所有者なのかと尋ねるスピア。少年は弾けたリヴァの死体から指輪を見つけると、食べた。

 

「………へ?」

 

 更にスクリームとベルヴァークもボリボリと噛み砕き飲み込む。

 

「えぇ………」

「………スピア」

「……っ!」

「お腹空いた…………ご飯、ちょーだい?」




餓喰千変(がしょくせんぺん)グラトニー
通称グラン。
エスデスが行ったように超級危険種の血を飲んだり肉を己に移植したりを繰り返し変質した人型危険種。様々な能力を持ち戦闘要員から回復要員まで何でも御座れ。度重なる危険種の力の取り込みにより自我が希薄になっており自分が何者だったかも思い出せず強さを求めてより強い存在を探す。万能に近い能力を持っているが全てを十全に使いこなせる訳ではない。
生物由来の帝具を餌として認識している。年下の少女に優しい。後、ご飯をあげると付いてくる。人間だった頃の名はクラン。
現所有者(?):スピア




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遭遇する!

 眩い陽光が邪魔をして周囲を見渡すことが出来ないが、そこは村だった。

 僅かばかりに見える道沿いに歩き、周囲を見渡す。家などは良く見ようとしても霞んでしまうのは、どんな形だったか思い出せないからだろうか?

 手を繋ぎ歩く、自分より幼い少女に振り返る。顔は見えない。鼻の形も口の大きさも目の色も紙の色すら靄に包まれ何一つ解らない。なのに、何故か視線が合うと笑顔を浮かべた事は解る。

 彼女は、誰だったか………ああ、そうだ、妹だ。

 守らなきゃならない、たった一人の家族。大人は信用できない。父の時も真っ先に逃げ、母の時も何もしないどころか、助けようとした自分を抑えつけた。殴りつけた。

 いや、少年は聡明だったから、解る。彼等も彼等の家族を守りたかった。下手をすれば村人全員が殺されていたか女は慰み者にされていた。ここはそういう場所だから。

 だが、だからこそ助けは求めない。此方だって求めないんだ。だから、どれだけ強くなろうとお前等も助けを求めてくるな。求めないでくれ。求められると、きっと………。

 優しさを、あるいは甘さを捨てきれない。それが少年の、本人も自覚する欠点であった。

 敵対してくれ、嫌悪してくれ、憎悪をしてくれ、憤慨してくれ。そうすれば見捨てられる。そうすれば殺せる。

 少年はそんな思いと共に危険種は人目を気にせず生で食らいついたし盗賊は出来るだけ無惨に殺し死体の処理は村人に任せた。そのかいがあってか、村人達は少年に引きつった笑みで接し、礼である食料などは少年がいない間に家に届ける。少年の味方は()()だけ。二人()居る。  

 

───やあ、クラン、■■■。今日も仲がいいね。仲良いことは良いことだ

 

 村長の娘で、大人一歩手前の女性。食料などではなく本など娯楽品を頼んでもいないのに渡してくる変わり者。文字が読めないと言ったら無理矢理膝に座らされたのは苦い思いでだ。さっさと逃げたくて全力で覚えたが。

 正直この女は苦手だ。とても苦手だ。だが、妹が………危険種に父を殺され、人間に母を攫われ使い捨てられた死体だけを返され、村人達がただ黙ってみているだけの光景を見てから人も、獣も、全てを恐れ手を繋がないと大好きな花畑にすら向かえなくなってしまった妹が唯一心を開けている相手。無碍には出来ない。

 

──そういえば、また危険種を倒してくれたんだってね?おかげで畑が広げられるよ。ありがとう

 

 それは、家の近くの畑を貰う代わりに行ったことだ。対価を払い力を借りている村人達は自給自足が行われるようになるのを不安そうにしていていたが………。

 

──クランは優しいね

 

 そういって、頭を撫でる。

 

──頼られると、力を貸してしまう。求められると、手を差し伸べてしまう。でも、全てを守れないから、切り捨てる

 

 それの何処が優しいというのか。そう尋ねると彼女は笑った。

 

──それってつまり、頼めば助けてあげるって事だもの。私達のことを恨んだって良いのに。力で脅して支配したって良いのに………だから、クランは優しいよ。大きくなったらお婿さんにしてあげる

 

 そしたら私がお姉ちゃんだよー、と妹を抱き上げる彼女に、少年は舌打ちする。この女は苦手だ。どれだけ心を堅く閉ざしても、何時の間にか心の奥深いところに入り込んで、中から扉を勝手に開け放とうとする。それを嫌だとは思えない。苦手だ。だけど────

 

 

 

「…………ん、ぅ………夢?」

 

 スピアは目を擦り起きあがる。今の夢は、何だ?殆ど見えなかったが、それでも行ったことがないと言い切れる村。覚えのない妹に、女。と言うか夢の中では自分は男だったし。

 ふと、木の上でぐでー、と眠る少年を見る。それから、自分の腹を撫でる。五日前に切り裂かれた腹は、傷跡一つなく治っている。

 少年が傷口に手を触れた時、その手の輪郭が崩れるように溶け自分の腹の肉と混じり合った。そのまま形を整えて切り離すと傷一つない腹になっていた。

 スピアの腹部を傷つけた武器は斧。斧というのは切り裂くのではなく叩き斬る。綺麗に切れたりはしない。だから、腹の一部の肉は千切れとんだ箇所もあったはずだ。それなのに傷跡がないというのは、細胞が足りている証拠。足りない細胞は、恐らく少年から………。

 なら自分には、少年の血や肉が混じったはず………そう実感できることもあるし……。

 今日見たのは、彼の細胞が見せた、彼の夢?

 

「………………んぁ………くあぁぁ」

 

 と、少年が大きく口を開け欠伸をする。そのまま横にズルリと傾くがスピアは悲鳴を上げない。

 クルリと身を翻した少年は足音を立てることもなく地面に降りる。

 

「んんぅ………」

「寝起きで申し訳ありませんが、今日もお願いして良いですか?」 

「またぁ……?」

 

 コシコシと目を擦り嫌そうな声を出す少年。スピアははい、と返すと新たな槍を構える。少年は嫌そうな顔をした。

 

 

 

 皇拳寺にて皆伝した槍術は成る程確かなモノだ。一瞬で放たれる連撃。槍の先端が分裂しているのではないかと思うほどの連撃を少年は難なくさける。

 連撃の僅かな隙間に体を滑り込ませ、紙一重でかわす。スピアが横なぎに放った一撃をかわそうと後ろに下がる少年。柄で手を滑らせ槍を伸ばし、少年が伸びたリーチにさらに引こうとしてバランスを崩す少年に、直ぐに引き戻しながら持ち替え石突きで腹を打つ。

 

「うぅ!」

 

 効いてはいないだろう。だが、攻撃が当たったことに苛立つ少年。放たれる腕を柄に比べて大きい為突き出た刃の返しに引っ掛け少年の体を巻き込みひっくり返す。

 

「───?───ッ!」

 

 キョトンとした少年はしかし直ぐに片手をつき距離を取ろうとし、足で払われ今度こそひっくり返る。首筋に槍の刃先が当たる。

 

「…………んぅ」

「私の、勝ちですね」

 

 ふぅ、と息を吐くスピア。その場で腰を落とす。

 五日前に自分では勝てなかった相手と、その男と同格と思える男三人を圧倒した少年に、二日連続で勝利するスピア。

 スピアの実力が急激にあがった………訳ではない。いや、それも確かにあるが……。理由は大きく分けて三つある。

 一つはスピアの変化。恐らくは少年に治癒されたからだろう。五感が鋭くなり、身体能力も上がった。感覚が鋭すぎて最初の三日は眠れなかった。皇拳寺で習った精神統一の訓練のおかげで眠るようになったが。

 二つ目は手加減。少年がスピアを壊さぬように手加減している。おかけでスピアにも止められるし、反応できる。

 三つ目………少年は対人戦経験が全くと言っていいほど無い。

 身体能力は高いがそれ任せ。フェイントを使うがフェイントに簡単に引っかかる。まるで相手がフェイントを使わない前提で戦ってきたかのようだ。

 もの凄く強いが、人との争いにはなれていない。食事を与えたら付いてくる性質と言い、野生児か何かだろうか?

 

「お腹空いた」

「はいはい………ご飯にしますか」

 

 ぴょんと跳ね起きた少年はそのままじっと待つ。スピアは壊れた馬車から持ってきた調理器具を用いて昨日少年が狩ってきた危険種の肉を焼き、香辛料や塩などで味付けする。そろそろ良いかと皿に移そうとすると少年が素手で掴み食べ始めた。

 

「──全くもう、ほら手も口元もこんなに汚して」

 

 呆れたように少年の汚れを拭ってやると少年はジッとスピアを見つめる。観察するように、懐かしむように。しかし、直ぐにそれはなくなり後はただぼーっとした視線が残るのみ。

 

「これ以上は、付いてこなくても良いですからね?」

 

 スピアはそういって帝都に向けて歩き出す。少年は、やはり付いてくる。

 ここから先は人と人が喰い合う魔境。少年の身体能力だけでは切り抜けられない帝具使いだって居るかもしれない。出来ることなら付いてきて欲しくない。けど、付いてきてくれることに胸が暖かくなる自分がいる。

 儘ならぬモノだ、感情というのは。それが自分のものであっても………

 

「────…………!!」

「?どうかしました?」

 

 不意に少年が前に飛び出し、唸る。何かに警戒するように。では、何に?襲撃者三人には全く反応しなかった彼が………。

 

「─────ッ!!」

 

 意識を向け、スピアもまた感じ取る。前方から迫る気配。大きい。いや、気配は小さい。人と同じ大きさ。だが、纏っている重圧が桁違いだ。なんだこれ、大隊を組んで討伐した特級危険種より上だ。まさか、伝説に数えられる超級危険種か?

 

「ふぅ───!!ぐるるる!!」

「ほう、まるで獣だな」

「─────あ」

 

 声が聞こえてきた。美しい女の声。その声に相応しい、美しい女が現れた。動きやすいように短いスカートの白き軍服を着た蒼い髪の女。知っている。その顔を、嫌と言うほど見た。耳にたこができるほど、警戒しろと父に言われた。

 

「………え、エスデス将軍…………」

 

 戦を好み敵の多い大臣側にあえて付くことで戦闘を楽しみ、捕らえた者達で拷問を行い愉しむ真性のサディスト。

 

「ふむ、その顔……チョウリの娘だったか?私の部下達に迎えにいかせたが返信が遅く、様子を見に来たのだが………」

「───っ!あの帝具使いは、貴方の部下ですか!?何故私達を襲ったのですか!?」

「襲った……?さて、私は迎えに行くように言っただけだが」

「とぼけるな!わざわざナイトレイドのマークがかかれたビラまで用意して、彼等に罪を着せるきだったのだろう!」

「………そうか。私の部下達はナイトレイドに通じていたか。それはとんだ失礼をした」

「─────ッ!!」

 

 あくまでも自分は知らなかったというスタンスで貫くらしい。それに苛立ちを覚えるも、死人に口無し。彼らがナイトレイドと通じていたか居なかったかは解らない。

 

「とはいえ奴らは帝具使い。お前の様子からして、2人残して後は死んだか?だが、ただの兵士に彼奴等三人が相打ちになるとは思えんが────お前か?」

「───がぁ!」

 

 スピアを見据え、しかし直ぐに興味を失ったように視線をはずし、少年を見据える。次の瞬間少年は飛び出した。地面が砕けるほどの踏み込み。砲弾のように迫る少年の曲げられた指をかわし、脇腹を蹴りつけるエスデス。

 

「………ほお、大した反応だ」

 

 しかし少年は腕を間に挟み防御していた。吹き飛ばされるも直ぐに体制を整え、口を大きく開ける。またあの時の大声かと耳を塞ぐスピア。しかし放たれたのは音ではなく、炎。エスデスは指をクン、と上に持ち上げ氷の壁を出現させる。

 あれがエスデス将軍の帝具、危険種の生き血を飲み得た氷を操る力。

 

「ふむ、私とやる気か………奴らは弱いからお前に殺された。それは仕方ないことだ………仕方ないから敵討ちでもしてみるか?」

「ぐぅるるるる!」

「────それは、帝具か?」

 

 エスデスは目の前の少年に起こった変化を見て尋ねる。

 体が肥大化し、強靱な筋肉を隆起させたかと思えば獣毛が多い、爪が鋭く伸びる。口は耳元まで裂け前に突き出て、肉を噛み千切るのに特化した長く太い牙が連なる。瞳孔は縦に裂け、長い尾が地面を叩く。その先端には蛇の顔。

 四つん這い───いな、四足となった四肢は前足は人間や猿のように五指に分かれているが後ろ足は岩山に住むカモシカを思わせる蹄があった。

 まるで合成獣(キメラ)だ。

 

「グゥルオォォォォォォッ!!」

 

 大気を揺する咆哮。氷の壁が砕け散り、露わになったエスデスに向かってかける合成獣。振り下ろした爪が大地を抉る。しかしそこにエスデスの姿はない。

 

「シャアァァ!」

 

 上空に飛んでかわしたエスデスに向かって蛇が襲いかかる。ドクハキコブラのように牙から霧状の液体を吐き出すも凍りつき当たらない。と、蛇の目が怪しく光る。エスデスは見当違いの方向に無数の氷の刃を飛ばす。まるでそこに敵が居るかのように。その隙に、蛇が噛みつく。

 

「───!?ちぃ!」

 

 しかしエスデスは牙が僅かに食いついた瞬間体を捻り毒が注入される前に牙を体からえぐり出す。蛇の頭が凍り付き蹴り砕かれた。

 

「幻覚?炎の吐息に、変身……元となった危険種に変身し能力を得るのか?ふむ………」

 

 エスデスは興味深そうに観察していると頭部を砕かれた蛇の尾の鱗が巨大化し黒く染まる。キメラが体を回転させながら振るうと鱗が剥がれ、回転しながら迫る。空中で逃げ場がないと判断したのだろう。甘い───

 

「ハーゲルシュプルング!!」

 

 巨大な氷山が現れキメラの頭部へと激突する。エスデスは出現したそれを足場に飛び退き鱗は何もない空間を通過した。だが───

 

「何?」

 

 鱗が追ってきた。ダイダラの帝具と同じく自動追尾?いや、あれが追尾を続けると言うことは───

 

「グルアァァ!」

「ふん……」

 

 大口を開け迫ってきたキメラのその喉元に巨大な氷柱を刺し貫く。迫ってくる鱗は全て凍らせた。地面に縫いつけられたキメラはビクビクと痙攣する。まだ生きている。しぶとい。壊しがいが、ある。

 

「ヴァイスシュナー────ッ!?」

 

 無数の氷柱をプレゼントしてやろうとすると、キメラの体が弾けた。飛び散った肉片が様々な獣の形を取る。頭部からは先ほどの少年。大きく息を吸う。

 

「ruraaaaaaaaaaa!!!!」

「「「─────!!」」」

 

 笛の音のような美しい旋律。それを聞いた獣達の目により凶悪な殺意が宿る。

 

「グラァァ!」

「キュイイ!」

「シャルァァァ!」

「はは!しぶといだけか!?それだけでは私は殺せんぞ!」

「知って、るぅ………お前と、同じ?………同じ!力、持つ奴………厄介。でも、お前のほうがぁ……強、い?だからお前、食べるぅ……」

 

 メキメキと音を立て少年の背中から六本の突起が生える。バチバチと帯電を始めたそれが上空に打ち上がると、雷雨が降り注ぐ。文字通り雷の雨。直ぐに氷のドームデミを包むが何度も何度も落ちてくる。さらには獣達も迫る。そちらに対処しようとした瞬間、少年が氷のドームを砕きエスデスの腹を蹴る。

 

「────がっ!」

 

 ジュウ!と肉が焼ける音。少年の足が赤く発熱していた。吹き飛ばされたエスデスは直ぐに氷で冷やし追撃をしてくる獣達を地面から生やした氷柱で殺し何時の間にか翼を生やして飛ぶ少年の周りに氷の剣を出現させる。それらが一斉に突き刺さるが、少年は全身から炎を吹き出し氷を溶かすと怪我も直ぐに再生する。

 

「…………ははっ」

 

 自身の腹を焼いた敵に、エエスデスは楽しそうに笑う。いや、実際楽しくて仕方ないのだろう。彼女にとって、強い奴との戦いは望むところ。

 少年の体にはまた変かが現れる。闘牛のように曲がった、しかし闘牛より細く長い角が生え、黒い雷が角と角の間で球体となる。

 

「──あぁ!?」

 

 放とうとする少年だったが地面から突き出た氷にバランスを崩しエスデスの真横を通り過ぎる。地面を抉り、山の一角を消し飛ばした。すぐさま二発目を放とうとするも接近したエスデスが頭を踏みつけられ角が地面にぶつかり砕ける。

 体を回転させながら爪を振るい、立ち上がり猛撃する少年の攻撃一つ一つが必殺。しかしエスデスは受けることなく捌き逆に攻撃を加える。

 何発もの拳や蹴りが叩き込まれ、何本もの氷が突き刺さり、さらにその氷は中で新たな氷を生み内側からズタズタに肉を引き裂く。

 

「─────ああぁぁぁぁっ!!」

「良い悲鳴だ。残念だったな、身体能力はともかく、技量がまるで足りてない」

「ふぅ───!ふうぅぅ!」

「……おっと」

 

 再び全身から炎を放つ少年。氷を溶かすが、先程より遅い。恐らく再生にも体力を使い、限界が近いのだろう。

 

「強さ、頑強さ………中々良いな。年下だし……取り敢えず、候補として飼ってみるか?」

「キュゥロォォォォォォッ!!」

 

 恐らく最後の力を振り絞ったであろう変身。二メートルほどの猫科を思わせる獣に変化し、背中には先ほどの突起、頭部には先程の角。背中の突起から放たれる雷が角に集まり、先ほどとは比べ物にならない大きさの黒雷の球が生まれる。

 

「─────!?」

 

 静観することしか出来なかったスピアはハッと気付く。あの方向は、村がある。先程山の一角を消し飛ばしたあの技よりよほど強力そうな一撃。間違いなく、村は消し飛ぶ。

 

「駄目!やめて!やめなさい!」」

「オアァァァァッ!!」

 

 スピアが叫ぶが、聞こえていないのか止まる様子はない。エスデスは避けるようだ。正面から受け止められる一撃ではなし。しかしそれを撃てば間違いなく沈黙する。

 

「─────ッ!!」

 

 少年を止める気は無さそうだ。止めようとしているのはスピアだけ。止められるのか?あれを………いや、止めなくてはならない。村が、そこに住む命が消える。それを、他でもない少年にやって欲しくない。

 

「止めて、クラン!」

 

 夢で聞いたな。殆どが虫食いだらけの情報の中唯一解った名前。夢を見ていた自分が呼ばれていた名。恐らく、少年の名。

 その名を聞いて、ビクリと震える。黒雷の光線は、空へとむかって飛び雲を貫く。

 

「───────あ………クラ、ン?」

 

 肥大化した体が縮み元の大きさに戻った少年は、ふらふらとスピアに向かって歩く。

 

「ク……ラン?名前?誰、の……思い、出せ…俺……呼ばれ、て…………誰、誰誰誰だれだれだれダレダレダレダレダレダレ───」

「───!」

 

 名を呟き頭をかきむしる少年。それが、迷子になり不安な幼子のように見えて、スピアは少年を抱き寄せた。少年は目を見開いた後、全身か力が抜け目を閉じた。気絶したのだろう。

 

「───」

「っ!こ、こないで!」

 

 エスデスが近付くとスピアは少年を胸に抱え槍を構える。エスデスがその槍を蹴りつけると凍り付き、しかし砕けることはなかった。

 

「────ただの槍ではないな。帝具か?」

「────────」

「────ふむ」

 

 気丈に睨んでくる女。その胸に眠る少年。自分の、あることをしたい自分の、その候補。面白くない………が、まだ候補。笑顔は見てないし………。

 だが、この女が死ねばその顔も見れない可能性がある。

 

「………お前、名はなんと言ったか」

「………チョウリ元大臣の娘、スピア」

「そうか……では今から、お前達は私の部下だ。文句を言うなら殺す。どちらともな」

「────ッ!!」

「返事はどうした?私は、あまり気の長い方ではないのだが」

 

 ふざけている。どう考えたって、父を殺すように命じたのは此奴だ。いや、あるいは大臣なのかもしれないが此奴は大臣側。それを、部下になれだと?

 思わず体に力が入り、少年が苦しそうにうめきハッと少年の顔を見る。

 

「─────わかり、ました」

「そうか。では行くぞ。そいつは、私が運んでやろうか?」

「いいえ。私が運びます………」

「そうか……」




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人売りを討つ!

 眠り続ける少年。傷は既に跡一つなく治っている。恐るべき治癒力だ。

 

「まるで生命力の強い危険種だな」

「まるでも何も、彼は危険種ですよ」

 

 エスデスの言葉に眼鏡をつけた白衣の男、名をDr.スタイリッシュが眼鏡をクイッ、と上げる。

 

「危険種?」

 

 スピアはその言葉にどこか棘のある声でスタイリッシュを睨む。しかし、先程の少年の戦い方を思い出し言葉に詰まる。

 

「体を構成する細胞はまさに危険種のそれ。私が研究しているデータにもあるわ。ないのもあるけど。むしろそれが大半かしら?」

 

 しかも一種類ではない。体の各所から細胞を取ってみた。てっきり足はエスデスが見たというカモシカ型の危険種に一致するのかと思いきや水棲危険種のものだったし腕は植物。唾液から調べた遺伝子は鉱石型危険種に類似するデータがあった。完全に同じではなかったが。

 どういう事だ?と改めて足を見てみたら爬虫類系危険種っぽいものに変化してた。腕の部分確認すると丁度虫系危険種から魚系危険種の細胞に変化してた。しかも脳細胞。訳解らん。

 

「恐らくエスデス様と同じく危険種の生き血………どころか肉なども取り込んだんでしょうね。それも、何十、何百も………細胞が完全に変異して定まっていません。この人型の姿も単なる擬態。将軍の仰っていた様々な獣の姿の方が寧ろ本性なのかと」

「む?では何故私は能力しか変化がない。私とて変異してもおかしくないだろう?取り込んだ種類の多さか?」

「エスデス様が飲んだものは千年前の血ですよ?それに、エスデス様は確か頭の中で囁く破壊衝動を抑えつけたとか………彼の場合、それが出来ずに危険種に飲まれたのかもしれません」

「ふむ、話を切くとデモンズエキスの素体たる危険種も喰ったようだが………」

 

 あれは適合に失敗すると発狂して死ぬと聞く。断じて危険種へ変異する代物ではない。

 となると、やはり彼もまた適合者では合ったのだろう。故に発狂しなかった。しかし取り込みすぎたせいで様々な声に自我を削られたと行ったところか?

 危険種と人間の融合。今の自分はあくまで危険種の血が体の中に流れているだけ。飼い慣らして、時折声が聞こえる程度。発狂するのは、恐らく普通の人間はその破壊衝動を忌避したから。自分は寧ろどんとこいだ。

 あの破壊衝動に身を委ねれば、果たして───

 

「危険種と人間の融合………」

 

 と、スタイリッシュが呟く。

 

「何だ、Dr.も此奴のようになりたいのか?」

「いえ、彼は言ってしまえば継ぎ接ぎだらけ。アタクシが目指すのはもっとスタイリッシュかつエレガントな力ですわ」

 

 ただ、もう少し血は貰っておこう。と、注射器を近づける。

 

「あの、この子は……目覚めるんですか?」

「さあ?ホルモンバランスも常に変化してるしどの状態が健康的なのかも解らないし、なんとも言えないわ。けど、その状態で生き続けていたなら生命力は相当でしょう」

 

 だからそのうち起きるわ、と言うスタイリッシュの言葉にほっとすると、丁度そのタイミングで少年が目を開く。なんとタイミングの良いことか。

 

「起きたか……」

「────ッ!!」

 

 そして、エスデスの声に飛び跳ね立ち上がると爪を伸ばし歯を鋭い牙に変える。誰がどう見たって臨戦態勢だ。エスデスは愉しそうに獰猛な笑みを浮かべ、その闘気に反応し少年の手足を硬そうな鱗が覆い口から火の粉がチロチロと零れる。エスデスから冷気が放たれ、しかしスピアが慌てて叫ぶ。

 

「ま、待って!待ってクラン!」

 

 少年が飛びたそうとするも、その前にスピアが抱き締める。目を見開いた少年はしかし簡単に振り払えるはずのスピアを振り払わず、元の大きさに戻る。

 

「クラン?クラ………誰?クラン───誰誰だだだ、だれ………」

「貴方の、名前よ」

「俺?俺の名……俺、クラン?クラン……クランは、クランには?家族?俺、の……クランの家族………」

「ク、クラン!?どうしたの!?」

「あらー、これはトラウマ刺激しちゃったみたいねぇ」

 

 スタイリッシュは何でもないように言う。トラウマ?とスピアは抱き締める力を強くする。少年からすれば些細な変化。それでも、漏らしていた声が止まる。

 

「ごめんなさい……私は本当に、貴方のことを何にも知らないんですね」

「──────」

 

 少年は何も答えない。ただ、どこか懐かしむように、寂しがるようにスピアを見つめ、縮んだ。

 

「………へ?」

 

 子供ほどの、それこそ現皇帝並みに幼い見た目になった少年はスピアの腕の中にすっぽり覆われながら、ジッとスピアの顔を見つめた。

 

「…………思い出したくないことがある?………ある!とぉ、思う………良く、解らない。でも、その名を呼ばれると、嬉しいけど、怖い……その名前は、きっと……親?親が、つけてくれたぁ………名前!俺は、たぶん親、好き。名前、大事にしたい」

「うむ。私と一緒だな……候補とはいえ共通点があるのは良いことだ」

「けど、過去はこわ?怖い?怖い……名前、捨てたくないけど、そう呼ばれるの、過去を、思い出しそうになる」

「なら、少し変えてグランちゃんはどうかしら?」

「グラン?少ししか変わってませんけど………」

 

 スタイリッシュが提案するが本当に少ししか変わっていない。

 

「まあ、これアタシが考えていた名前を合わせたんだけどね」

「お前、考えた?何?縮める前の名前……」

「グラトニーよ。危険種を食べて食べて強くなったんでしょう?危険種の力を人の身で使う。まるで帝具……餓喰千変グラトニー……まぜてグラン」

 

 どうかしら?と微笑むオカマ。何となく寒気を感じた少年はスピアの腕の中で身を縮める。

 

「それなら、へーき?へーき!今から、俺はグラトニー………呼ぶときは、グランで良い」

「そう、じゃあ、改めてよろしくね、グラン」

「………ん」

 

 名を呼ばれ、はにかむように笑う少年あらためグラン。その笑顔に、エスデスの胸が高鳴る。気が付けば氷で首輪を作りグランに向けて手を伸ばし───

 

「!?」

 

 エスデスの存在を思い出したグランが即座に警戒する。スピアを庇うように腕の中からすり抜け背に隠し、スピアが慌てて後ろから抱きつく。

 

「だ、大丈夫ですグラン!エスデス将軍は敵じゃありません!」

「…………敵、違う?でも此奴、敵……殺す気ぃ、だった……」

「それは、そうですけど……今はもう、私を殺す気は無いみたいですから、お願い」

「……………………」

 

 スピアの言葉にしぶしぶ殺気を納めシュルシュルと縮んで行く。スピアに従順な様子にエスデスはふむ、と呟く。

 

「グラン。私のものになれ」

「いや……絶対に、いや……だ」

「ふふ。そのつれない態度も、調教のしがいがある」

「ガルルルル!」

 

 エスデスがうっとりと見つめると思い切り威嚇するグラン。再び首輪を近付けると鋭く尖らせた牙で噛み砕いた。

 

「私が飼ってやろうというのに連れない奴だ………」

「あ、あの………エスデス将軍、この子は動物では………」

 

 いや、確かに動物っぽいが。

 

「まあ良いさ。取り敢えず、そいつの扱いは生物型帝具………所有者はスピア、お前だ。今のところ、お前の言うことしか聞かないようだしな」

「………帝具?この子を、道具扱いしろって事ですか?」

「不服か?だが、実際帝具に匹敵する力を持ちしかし知能は幼児程度のそいつを野放しにすればどうなるか………それに、帝具使いという立場はお前も守るためでもあるぞ?」

「………………」

 

 理解は、出来る。エスデスは部下がナイトレイドのスパイだった、と主張するが本人も信じられるなどと思っていないだろうしスピアだって信じていない。あれは帝国が父を、チョウリを狙ったのだ。政敵だから………。つまりオネスト、あるいはその派閥の誰かが糸を引いている。

 仮にオネストだとしたら、最悪だ。聞いた話では罪を着せた者の親族も犯罪者の身内として捕らえ散々もてあそぶと聞く。父を支えるために武に身を捧げ、恋人の一人も出来た子のない身だがその程度の知識はある。オネストにやられるなど最悪以上の何者でもない。

 しかし帝具使いなら確かにそう易々と手を出せないだろう。なにせ帝具使いは希少だ。処刑した者が持っていた帝具に適応できる者がヒョイヒョイ現れるなどあり得ない。

 

「そいつは強い。将軍級にはな………なら、オネストといえどそう簡単には捨てられないはずだ」

「でも………」

 

 それでも、この子を道具扱いなんて………。

 

「私の知り合いに、生物型帝具を持ってる子がいるわ。けどその子は帝具に名前まで付けて、道具としては扱ってなかったわ」

「俺、が………てーぐ、なると、スピア助かぁ……る?なら、構わない」

「…………グランが、そう言うなら」

「幸い文献にも載ってないのがあるしね。ちょうど良かったわね」

 

 こうしてスピアは餓喰千変グラトニーの所有者………と言うとになった。

 

 

 

 

 

「…………ナイトレイド、ですか」

「ないとれーど?」

 

 その後エスデスにオネストに集めさせている帝具使いが揃えばナイトレイドなどの犯罪者集団をとらえることになるから帝都の地形を覚えてこい、後グランの好物を調べてこいと帝都に放たれた2人。

 幼少期は父とともに少し住んでいたがそれもかなり昔。好きだったケーキ屋も潰れていた。それと、住民の顔がやけに暗い。

 

「ナイトレイドは帝都で活動する殺し屋集団です。無差別な暗殺を繰り返し富裕層から警備隊隊長まで襲うとか………ただ」

 

 少し違和感がある。ナイトレイドの殺人はあくまでナイトレイドしか出来ないだろうとされた事件。ナイトレイドの仕業だと広告を残し始めたらしいがエスデスの部下達が持っていたチラシを見るにそちらは全て偽物として見る。そして、偽物に襲われたであろう者達は父から聞かされた良識派だけ。

 

「……………」

 

 警備隊隊長と言えば治安を維持する正義の味方……普通なら町民からも慕われ、良識派からすれば民を味方にも出来る存在のはずだが…………。

 

「少し、調べてみますか」

「調べ~る?何、調べる?」

 

 幸いにもエスデスから渡された彼女の部下の証。これさえあれば、大抵のことはまかり通るらしい。ナイトレイドに襲撃されたという貴族の屋敷にあっさり入ることが出来た。

 

「ここ、沢山人死んだ……殺されぇ、た?血の臭い、凄い………何十人?何十人も!殺され、た……」

「何十人?」

 

 資料によると殺されたのは護衛数人と貴族の家族三名。何十人と言うほどではないはずだが………。

 

「あっち、から……臭う。凄い、濃い、臭い……」

 

 あちらは、何もないことになっている。だが、グランが嘘を付くとも思えない。

 向かってみると建物があった。離れの倉庫だろうか?やけに扉が新しく、頑丈にしまっている。頑丈そうだが襲撃のさい避難に使われなかったのか?まさか避難の後に扉を付け直したわけでもないだろうし。

 

「あけ、る?」

「………お願いします」

 

 スピアの言葉に頷くと、グランは鉄の扉を引き剥がした。途端にむせかえるような死臭が倉庫の中から溢れる。

 

「───っ!!」

 

 吐かぬように堪えたが、しかし中の光景を見て吐き出す。

 死があった。金具で吊された死体。拷問器具に縛り付けられた死体。ホルマリン漬けになった死体。檻の中で息を引き取った死体。沢山の死体が無造作に放置されている。

 扉、どうやら襲撃の後付けられたようだ。彼等の中には生きていた者も居るかもしれない。保護が面倒になって、閉じこめた?誰が?こんな事できるのは、国の上層部に決まっている。

 

「うぇ………げぇ…………」

「スピア?だい、じょうぶ?」

「貴方は、平気なんですか?」

「………へー、き………死体には、見慣れてる?みたい」

 

 自ら思い出すことに拒絶反応がでるような過去だ。確かにこのような光景も何度も見たのかもしれない。槍の腕を磨き、強くなって、全部どうこうできると思っていた自分とは大違いだ。

 

「……私も、もう大丈夫です。少し、この家を調査しましょう」

 

 

 

 調査して、気分は最悪。婦人の書斎にはあの倉庫の檻に閉じこめ薬漬けにした者達が苦しむ様を綴った日記が数冊見つかった。本当に、楽しそうな文で書かれていた。

 警備隊隊長についても不自然な交友関係について調べようと本人達に聞けば金を渡された。今後ともよろしく、と。

 槍を振るいたくなる衝動を抑え、友好的にさらに踏み込むと警備隊隊長オーガに渡していたという賄賂の帳簿を渡された。

警備隊隊員には調べられなかったとしても、国の上層部が、こんな素人の娘が調べただけで解ることを見落としていた?まさか、あり得ない。

 この国はここまで腐っていたか。重税だけではなかったか。人の命はこんなにも軽くなったのか。

 気分が悪い。

 暗殺者達の方がよっぽど正義を行えている。いや、反乱軍と繋がっているのなら、帝国に仕える身として見過ごすことは出来ないが………。

 けど、反乱で流れる血と、悪政を通り越した腐敗により流れる血。果たしてどちらが多いのか───。

 

「────?グラン?」

 

 と、隣の気配が離れ振り返るとグランが遠くを見つめていた。何だ?と自身も上がった視界を働かせその方向を見る。いや、これはひょっとして何かを聞いているのか?と、耳を澄ませようとした瞬間、隣が濃密な殺気が放たれる。

 

「ひっ!?」「うわ!」

「───!?」

 

 普通に生きていれば感じることのない殺気に騒ぎ出す民衆。失神する者も居る。

 いったい突然どうしたのかと訪ねる前にグランの足が猫科を思わせるモノへと変化し地面を踏み砕き屋根の上に上る。スピアも慌てて追う。

 彼の細胞のおかげで身体能力も上がり、スタイリッシュの調整でさらに上がったというのにまるで追い付けない。

 追い付こうとしている間にメインストリートに入り、飲食店に向かい、壁を吹っ飛ばした。

 

「な、なんだ!?」

「何者だ!」

 

 そこには数名の男達がいた。三名ほどの少女達も。年は、グランより少し下。

 一人は両足が折られ、一人は片目が無くなり、一人は裸に向かれ犬にのし掛かられている。

 

「───────」

「な、なんだお前は!おい、お前等さっさと殺せ───!」

「へいへい。何もか知らんが運がなかったな、ぼ───」

 

 護衛であろう一人の男が近づき、その頭部が消える。離れた場所で別の男の上半身が弾け壁に赤い液体が飛び散る。

 

「────え」

「ルウゥゥ────グルアアアアア─────!!!」

「キャウン!」

 

 調教されていたのだろう。人間の少女相手に腰を振っていた犬が慌てて逃げ出すも背を踏みつけられ腹が弾け二つに別れる。

 

「ドグちゃん!おのれ、貴様ぁ!殺せ、殺した奴には褒美────」

 

 犬の飼い主であろう男が叫ぶが巨大な犬型の危険種に姿を変えたグランに体を食いちぎられ、残った下半身が力なく倒れる。

 

「ひっ!ば、化け物!」

「冗談じゃねぇ、聞いてねぇよ!」

「グオォォォ!!」

 

 逃げ出そうとした護衛達だったがグランが吠えるとグランを中心に床が凍っていき、壁や扉が氷に覆われる。壁に空いた穴も氷で塞がる。ここは最上階だから、そこはあまり関係ないかもしれないが、少なくとも完全に逃げ場がなくなった。

 

「──────」

「─────え、あ」

 

 少年の姿に戻ったグランは一番近くにいた片目を抉られた少女の頬に触れる。少女は残った瞳でグランを見た。彼は、誰だろう?何で、そんなに寂しそうな顔をするのだろう。そんな疑問は口にでず、グランはヌルリと滑った己の手に着いた血を見つめ、立ち上がり振り向いた。

 

「─────オマエ、か」

「ふひっ!?」

 

 目玉を口の中で転がしていた男がビクリと震え後退り、ゴクリと唾とともに目玉を飲み込む。喉に詰まったのか慌てて胸たたき、再び喉が鳴り目玉を完全に飲み込む。

 

「ま、待ってくれ!ワシはただ、その娘の目が余りに綺麗だったから!そう、ワシだってその娘はかわいいと思って───」

 

 そこまでいって視界の半分が消える。顔に焼き鏝でも押し付けられたかのような激痛が走る。

 

「っ!?が、ああぁぁぁ!?」

 

 顔の右上部が消える。目玉ごと、食いちぎられた。グランはブチュリと目玉を噛み潰すとべっ、と吐き捨てる。

 

「き、貴様ぁ!ワシを誰だと思っておる!萌えも理解できん愚か者が、貴様の目玉は踏み潰して虫の餌」

 

 残った目をグランの指がつぶす。後頭部から伸びた爪が飛び出す。脳をやられびくびく震える男はその場で倒れる。

 

「あ、あば──ば、ば………ま、待てくれ!人を喰いたいなら、私を生かした方がいいぞ!?屋敷には、刻み途中の田舎者達が!い、いやなら町娘も特別持ってこさせ───」

 

 暫、と手足が輪切りにされる。どういう理屈か、グランが一部を踏みつけると繋がっていないはずなのに激痛を感じる。

 

「ぎぃああぁぁ!!痛い痛い痛い!やべてぇぇ!」

「…………」

「ひっ!?お、お前達何をしてる!ガキどもを人質に取れ!あいつを殺せ!あいつが生きてる限り逃げられないんだぞ!」

「「「う、うおおおお!」」」

「─────!!」

 

 迫り来る男達に吠えるグラン。引きちぎり、切り裂き、噛み砕き、すりつぶし、叩き割る。ものの数秒で辺りが赤く染まり、残ったのは優男ただ一人。

 

「あ、ま……待ってくれ!話を聞いてくれ!こ、これを見てくれ!」

 

 そう言って男は胸元を露わにする。その胸には焼き印が刻まれていた。

 

「僕がこうなったのは訳がある。これは奴隷の証、母さんが僕を───」

「──うぅる、さぁい」

「─────」

 

 グシャリとグランの足が赤く染まる。肋をへし折られ心臓を潰された男はビクビク痙攣した後動かなくなった。

 

「───ひっ!」

「ファルちゃん!お、お願い、やめ───」

 

 足が折られた少女に近付くと裸に向かれた少女が叫ぶ。グランは足に手を翳すとパキパキと表面を霜が覆っていく。

 

「楽、に───なった?」

「───え」

「お前、も……目、冷やす」

 

 そう言って片目をえぐられた少女に氷の固まりを渡す。両目を失った死体の胸を抉ると目玉を取り出し、こちらも凍らせる。

 

「ドクター?に、頼んで………見る。彼奴、なら………治せる?治せる!かも……」

 

 その言葉に少女は安堵する。

 

「良かったね、ルナちゃん………」

「…………まだ、終わってない………?ない、みたい!」

 

 と、少年が半獣人の姿を取ると同時に氷が砕け犬………見たいな巨大な生物が襲いかかってくる。その太い拳を止め、壁に叩きつけると今度は義手の少女が殴りかかってきた。かわして距離を取る。少女は周囲を見て、グランを睨む。

 

「罪のない人々をここまで無惨に殺すなんて、なんたる悪の所行!決して見逃せるものではない!」

「だぁ……たら、どーす………る?」

「知れたことを………絶対正義の名の下に、セリュー・ユビキタスが貴様を断罪してくれる!」

「…………ぜったい、せーぎ?ゆ、夢見がち………絶対の、せーぎなんて………ない」

 

 獰猛な笑みを浮かべた少女の言葉をそう切り捨てるグラン。犬のようなものはグルル、と唸る。グランは、ゴキリと指を鳴らした。




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絶対正義を斬る!

「コロ!粉砕!」

「キシャアアア!!」

 

 セリューの言葉とともに巨大な犬の着ぐるみ状態だったコロとやらの両腕が不釣り合いな筋骨隆々な腕となり嵐のように迫る。

 グランはそれを全てかわす。当たれば人間どころか一級危険種すら肉塊に変える一撃だが当たらなければどうということはない。

 

「お前、遅い……力も、弱い」

「────!?」

 

 まあ、グランからすれば当たっても問題ないが。

 自身より遙かに細い腕で手首を捕まれただけで前にも後ろにも引けなくなり目を見開くコロ。帝具ではあるが生物型。感情も持ち合わせているのだろう。

 

「────?この臭い……あの、女の鎧と、同じ?同、じ!喰った?あの女も、喰う?」

「貴様!コロはそんな事しない!貴様のような悪と一緒にするな!」

「───う?」

 

 セリューは自身の武器であるトンファガンから鉛玉を放つが少年に皮膚に傷つけることなく弾かれる。と、ボタリと何かが垂れてきた。見上げると二列に連なった鋭い牙が生えた大口を開けたコロの姿。

 バクリと口が閉じられる。グランの上半身が消え、セリューが残虐な笑みを浮かべる。

 

「コロ!そのまま噛み千切れ!」

「きゅうう───ぎゅっ!?」

 

 顎に力を入れるコロだが、ギュギィ、と金属を擦り合わせるような不快な音が鳴り、内側から弾け飛ぶ。鉄のように黒い鱗に覆われた大蜥蜴がコロの中から現れたのだ。

 

「シュルルル───今度、ハ……俺ノ、番?俺ノ番!」

 

 大蜥蜴の正体はグラン。頭部が吹き飛んだコロの肉をガツガツと喰らう。「薄味………」と呟きポイ、と死体を捨てるとセリューに向き直る。が、()()()()()()()()()()()

 

「────ウ?」

「コロはその程度じゃやられない!そしてその姿、帝具だな?」

「てーぐ?」

「帝具を使い、悪行を成す。貴様、ナイトレイドか!」

「ないとれーど、違う。俺ないとれーどじゃな、い……」

 

 人型に戻りコロの背中に飛び乗ったグランはセリューの言葉を否定する。コロが振り解こうと暴れるがグランはそのまま頭を千切る。直ぐに再生を始めたが………。

 

「面倒な、奴。でも、もっと面倒な奴知ってぇ………る?知ってる!」

 

 再生中のコロを蹴り飛ばし、メインストリートの噴水にぶつける。吹き出した水がコロを包み込み周囲に氷の槍が複数現れる。

 

「血ぃ抜いても心臓止めても、死なない?死なないなら、グチャグチャに………壊す!」

「この!」

 

 と、セリューが殴りかかってくるも片手で受け止め街頭に向かって投げつけた。

 

「かは!」

「とど、め………」

 

 倒れたセリューの頭上に氷の槍を生み出すグラン。と、その時だった………

 

「グラン!やめなさい!」

「………う?」

 

 聞こえてきた声にグランは氷の槍を砕き水の檻を消す。振り返るとスピアが漸く追い付いてきた。

 

「でもぉ、此奴………敵?敵!」

「警備隊の方ですよね?どうか一度矛を収め、話を聞いてくれませんか?」

「悪の話など聞くものか!コロ、狂化(おくのて)───!!」

「ギョアアアアアアアアッ!!」

 

 セリューの合図とともにコロの毛が赤く染まり前進が筋肉質になり顔はより犬に近くなる。鋭い牙を見せ凶悪な容姿に変容したコロの方向がビリビリと大気を揺らし窓ガラスが割れていく。

 

「ナイトレイド!あの夜と同じように、貴様もコロの餌にしてやる!」

「ないとれーど、殺、したぁ………?お前、悪い奴!悪い、奴を、殺すの、殺す奴だから、悪い、だ!」

 

 迫り来るコロに対してグランは指を折り曲げる。刃物のように鋭く変化した指を、振り下ろす。ザシュ!と音が鳴りコロの体が五等分される。体から零れた球が地面に落ちてコロの肉片がそこに集まろうとする。

 

「とどめ………」

「グラン!いい加減に───!?」

「う?」

 

 帝国側の人間の帝具の破壊。流石に見過ごせない。慌てて叫ぶスピアの横を何かが通り抜けグランの身体にからみつく。

 氷で出来た鎖だ。復活するもエネルギー切れになりぐでーとしていたコロも同様に氷の鎖に縛られる。

 

「エスデス将軍!?」

「エスデス………将軍!?」

 

 スピアが叫び、その叫びを聞いたセリューもしばし惚けてすぐに目を見開く。

 将軍。帝国の軍人達のトップに君臨する一人。その中でもエスデスと言えばかなりの有名人だ。()()()()()()()()()を何度も倒したと聞くセリューの憧れの一人。

 

「そこまでにしておけ。帝国の戦力同士で争うなど馬鹿らしい」

「…………帝国の?」

 

 と、セリューはグランを見る。大型の危険種すら縛り上げるであろう氷の鎖をガリガリ食べていた。

 

「で、ですが!その悪はあろうことかコロが警備隊を食べたなんて妄言を吐き、ナイトレイドを悪を殺す正義だと言うような奴ですよ!?」

「ないとれーど、せーぎ?せーぎとは、言ってない?言ってない!」

「ん?それはヘカトンケイルだろ?適合者探しの際、適合しなかった者を喰ったのは有名だぞ?だからこそお前等下っ端から探していくんじゃないか」

「…………へ?」

「それにナイトレイドが悪を討つ正義かは知らんが、標的になってるのはまあ、大臣に金を払うために税を絞る奴や大臣を楽しませるために地方の者を拷問してそのざまを見せる奴が多いのは確かだな。だからこそ、早急に対処してほしいのだろうし」

「え?いや……ま、待ってくださいよ。何ですか、それ………まるで、この国が民を苦しめ居るような………」

「ああ。だからこそ反乱軍という敵が生まれたわけだな。奴等の中には名の知れた帝具使いも数多くいる。戦い、殺し、蹂躙する時が楽しみだ」

 

 困惑しながら、聞いた言葉を理解したくないと全身で訴えながら話すセリューに対してエスデスは楽しそうに話す。恋人との逢瀬を楽しみにする乙女のような顔で、民を苦しみから救わんとする者達を殺すのが楽しみだと笑う。

 

「お、おかしいですよ!反乱軍は、悪じゃないですか!他人の命をゴミみたいに扱う害虫みたいな奴等………そんな、誰かを守ろうなんて悪が考えるはずありません!」

「反乱軍はぁ……虫?ウジ、虫?国が、腐る、からぁ……湧き出た?」

「ほほう。良い例えだ……なかなか聡明な子だなグラン」

「…………」

 

 頭を撫でようとしてきたエスデスの腕をバシリと弾くグラン。額に宝石の付いた小リスに姿を変えるとスピアの後ろ髪の中に隠れる。

 

「国が、腐る?そんな、そんなはずない………だって、パパが守ってた国で……それに、ならオーガ隊長が殺される理由が………」

「…………オーガ?貴方は、彼の………では、これを………」

 

 と、スピアは今日調べ、得た情報を纏めた書類の一部を渡す。

 

「彼等にオーガ隊長との関係を聞いてみてください。警備隊で、帝具使いという特殊な立場であることを明かせば快く話してくれるでしょうから………」

 

 スピアは信じる。帝国を中から代えてくれようとする同士が増えることを。しかも、オーガのせいで腐った者も数名混じった警備隊所属で、やり方はともかく本心から善行を無そうとする少女で、帝具使い。心強いことこの上ない。

 そしてその日数名の多くの金を持った証人が夜の内に何かに食いちぎられたかのような死体で発見され、セリュー・ユビキタスが姿を消した。




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