狼が斬る (hetimasp)
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00プロローグ 彼岸の向こう側

葦名の狼、帝国に流れる。


狼、あるいは隻狼。

そう呼ばれた忍びがいた。

戦場跡地で大忍び梟に拾われ、忍びとしての修練を積んだ。

やがて主を守るために奔走し、義父より教えらた鉄の掟、親は絶対、逆らうことは許されぬという掟を破り、主である竜胤の御子九郎の目指す不死断ちを完遂するべく刃を振るい続けた。

だが、ある時偶然聞いてしまったのだ、主の、九郎の「為すべきことを成すのだ」という言葉を。

その後、恩人あり協力者であった薬師のエマと相談し、ついに人返りの術を見つけるのだが、それには大きな代償を払わねばならなかった。

竜胤の力を受けた者の死。すなわち狼の死である。

狼という忍びは、ある意味では忍びらしくない忍びだった。

鉄の掟を破り、主の目指す不死断ちとは違う結末を模索する。

鉄面皮の中で大きな感情を燻ぶらせる人間であった。

不愛想であるが、どこか憎めない。

そう評価した剣聖が最後に立ちはだかった。

葦名という国のため。

そう言っていたが、本心は違っただろう。

剣に生きた剣聖は、最後に狼との死闘を望んだのだろう。

その末、剣聖は敗れた。

最後の最期まで戦いに生きた剣聖は狼に介錯を望み、狼はそれを成した。

そして時は来た。

竜胤の御子、九朗の人返りを成すべく、彼は竜の涙と常桜の花を飲ませた。

静かに眠る主を前に狼は背負った不死切り『拝涙』を抜く。

「最後の不死を、成敗いたす」

狼は刃を己の首に当てた。

ここまで来て多くの情景が流れる。

葦名を生かすために戦った弦一郎を初め、偏屈だが世話焼きな仏師。

多くの出会いを経て、あるいは失ってここまで来た。

「人として、生きてくだされ」

その言葉の後、狼は自らの首を刎ねた。

短く、しかし長い戦いが終わったのだ。

そう、終わったはずであった。

 

 

(何故、生きている)

見知らぬ建物の中に、狼は佇んでいた。

ススキの生える平原ではなく、まるで知らない建物であった。

己は自刃して死んだはずであった。

だが現実は死んでおらず、首はつながっている。

自身の状態を確認する前に何者かの気配を感じた。

狼は身を低くして物影に隠れる。

ちらりと様子を見ると太った男と小さな子供がいるところが見えた。

服装から鑑みるに、相当高貴なものだと思われた。

会話をしているようだったので、聞き耳を立てるように手を耳に添えた。

「大臣よ。よく働いてくれた」

「いえいえ。これも帝国のため、ひいては陛下のためでございます」

「しかし、最近不穏な動きが多い。申し訳ないがこれからも頼むぞ」

「はい。陛下の国。必ずや守って見せましょう」

会話の最中でも食べ物を手放さない大臣と呼ばれた男はにこりと笑って見せた。

狼はその笑みを見て真のことを言っていないと確信できるほどの何かを感じた。

義父がそうしていたように、この太った男にも何か隠していることがあるのだろう。

大臣はそのまま去って行き、残るは陛下と呼ばれた子供のみであった。

なんとも不用心な。

狼はそう思いながらも、不思議と体をさらしていた。

「・・・・・」

特に考えていた行動ではない。

反射に近いものだった。

陛下と呼ばれた子供の前に現れ、跪いた。

「何者!」

無論子供は突然現れた不審な男をみて声を上げる。

「・・・・・」

対して狼は何も言わずに跪いただけであった。

狼は自身の主、九郎を思い浮かべていた。

小さい身でありながら気丈で、狼を気遣っていた主。

「?」

何も言わず、だからといって何もしない狼を怪訝な目で見る子供は身を引きながら観察をしているようだった。

「陛下!何かございましたか!」

そうしているうちに声を聴いて駆けつけた兵士が部屋へやってきた。

「そやつ。いつの間に」

兵士たちは警戒の中ですり抜けるようにして狼がやってきたと思ったのだろう。

抜刀して警戒する兵士たちに、子供は声を張り上げた。

「待て!こやつは我が忍びである!悪いが皆下がってくれ!」

狼はその言葉に驚いた。

見るからに怪しい自分を我が忍びと言ったのだ。

「陛下の?これは失礼しました!」

そういうと兵士たちはすぐに部屋を出て行った。

再び二人だけとなった空間で、子供は口を開いた。

「面を上げよ。この城に、余の部屋へ忍んで参ったのだ。なにぞ用があるのであろう」

「・・・・・明かせませぬ」

「明かせぬとな?」

「は。しいて言うならば、わが生涯の主に似ていたからでしょうか」

「何?」

「・・・いえ。戯言にございます」

狼は我ながら馬鹿なことをしたものだと思った。

何より、この子供を自分の主に見立てたことが愚かであった。

九朗とこの少年は違うのだ。

僅かながら残っている狼の心残りがそうさせたのだろう。

「ではこの城に参ったのは、そなたの主に似ていたから入ったというのか?」

「・・・・・」

「ふむ。本当に何もする気がないのか。面白いものだ」

「は」

「そなたの主。いかなるものか話して見るがよい」

「は」

狼は九朗と自分の走って来た道を話した。

一時は九朗を失い、腑抜けていたこと。

不死断ちのために険しい道のりを奔走したこと。

九朗はおはぎを作ることが上手いこと。

責任感があり、不死断ちで己が死ぬことを秘していたこと。

狼がそれを望まず、薬師のエマと人返りの術を探したこと。

そして狼の最期、人返りの術を行使し、自らの首を刎ねたこともだ。

「ではそなたは一度死んだと申すのか」

「はい」

それは狼が間違いないと断言できるものだった。

自分は幾度となく死んだが、不死斬りを用いての自刃だ。

生き返るはずがない。

そう思っていた。

「そなたの話が本当ならば、なんと見事な忍びか。私もそなたのような者を臣下にしたいものだ」

「・・・・・」

狼は自分が見事な忍びだと思っていない。

むしろ掟破りの忍び。抜け忍に近いだろう。

なにせ、親である梟の掟を破り、さらには九朗の思い描く終焉とは違う形で不死断ちを行ったのだから。

そんな忍びを見事といえるのは自分を知らない者たちだけだろう。

「どうかしたのか?」

「いえ」

「そうか」

まるで何も知らない少年は陛下と呼ばれていたことから、この国を統べる存在なのだろうと考察できるが、先ほどの太った大臣が気になった。

「そなた。これからどうする気であるか」

「・・・・・」

当てはなかった。

既に自分の為すべきことを為した狼は、もはや役目などなにもない。

自由だった。

だが、その自由が寂しく感じられた。

井戸底にいたときの腑抜けに戻ったかのようだった。

「ありませぬ」

「何?」

「既に不死断ちは終わり、為すこともありませぬ」

初めてのことだったから分からなかった。

狼はまるで子供が迷子になった状態ともいえた。

やるべきことは梟が教えてくれた。

仕えた主は人返りを果たしている。

そこでふと、狼はここがどこなのかが気になった。

もしかしたら九朗がどこかにいるのかもしれない。

「お尋ねいたしてもよろしいでしょうか」

「構わぬ。余に答えられることなら」

「ここは、一体どこなのでしょうか」

「むう。どう説明したらよいか分からぬが、ここは帝都。余の統べる国である。申し訳ないが、葦名という国は聞いたことがない」

「そう・・・ですか」

葦名は既に終わりを迎えていた。

故に九朗の身に何かあるやもしれない。

そう考えた狼であったが、この小さな皇帝は何も知らないという。

万策尽きたかのような状況にあるといっても過言ではなかった。

「もしよければ」

少年が声を掛けた。

「余の忍びにならぬか?」

 




葦名と帝国はどうあがいても滅びる。


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01 新たな主と任務

不死とは呪いであり、狼にとっては絆でもある。


 

 

「余の忍びにならぬか?」

その言葉を聞いたとき、狼は迷った。

既に役目を果たしたとはいえ、元の主である九朗を捨ておくわけには行かない。

こうして回生したのだからまだ御子を守るという任が残っている。

しかし、あてもなく放浪するのはいかがなものだろうか。

情報が必要だ。

だからといってこのような幼い子供を利用していいのだろうか。

かつての義父や宿敵、葦名弦一郎のように、竜胤の力を手にしようとした存在達と同じではないだろうか。

「迷っているようだな。無理もない。そなたは生まれた赤子のような状態になっている」

そんな狼の心境を見通したかのようだった。

「無理にとは言わぬ。そなたの主は無事に生きている可能性もある。しかし、このままではどうしようもないだろう。一時的にでもよい。余に仕えてみぬか?主を見つけたとき、その時が来るまで」

狼は瞬きをする間だけ迷ったが、意を決した。

「御意」

 

オネストは皇帝を私利私欲のために操り、自分に反抗する相手は全て皆殺しにしてきた。

だから部下より奇妙な忍びが皇帝と接触していると聞いたときは柄にもなく焦った。

無論、表には出さなかったが、急ぎ部下と共に幼い傀儡の下へ足を運んだ。

「陛下。夜分遅くによろしいでしょうか」

「ふむ?入れ」

少々訝しんだような声を出した後に入室の許可を出した。

入った部屋には陛下の姿以外には誰もいなかった。

「申し訳ございませぬ。部下より怪しげな男が陛下と接触していたと聞き、陛下の安否を確認に来たのですが」

「流石大臣。耳がはやいな」

陛下はどこか高揚したような調子だった。

その様子を見てオネストは怪しく思った。

彼は謀略という謀略を網羅したような男である。

初めの入室の際の第一声がとぼけたような声だったことも分かり切っている。

だが、どこにも怪しい人間は見当たらない。

荒れた形跡もない。

発見したときの兵士の証言では義手で鋭い目つきの男がいるはずであった。

「ご無事なようで安心しました」

表面上は取り繕いながらもオネストは周囲を見渡して何かおかしなところがないか確認をするが、やはり誰もいない。

窓から飛び降りるには少々高いが、並々ならぬ身体能力の持ち主であれば可能かもしれない。

今、姿がない男のことより、オネストは陛下に聞かなければならぬことがあった。

「陛下。実は私としたことが陛下に忍びがいることを把握しておりませんでした」

そう、自分が操っているはずの陛下が勝手に忍びを持っているかもしれないということだ。

一体いつの間にそんなものを作っていたのか。

万が一自分の害になりそうなら取り上げなければならない。

「ふむ。つい最近出会った面白い男だ。良い機会だ。もう一度出て参れ。狼よ」

「御意」

オネストは背筋が凍るような思いをした。

誰もいないと思っていたその場所。

自分のすぐ目の前に男が姿を現したように見えたからである。

「紹介しよう。余の忍び、狼である」

「・・・・・」

オネストは陛下に感づかれないように狼という男を観察した。

なるほど。義手をつけた鋭い目つきの男だ。

しかし、オネストにはこの男に言い難い恐怖感を抱いた。

「ほう。お初にお目にかかります。忍び殿」

「は」

忍びは跪き、こちらをただ見ているだけだった。

不愛想なこの男のどこが気に入ったというのだろうか。

オネストは心中でそうつぶやいた。

「忍び殿はいつからそこに?」

気になっていた質問をぶつけてみる。

オネストにしてみれば軽いジャブのようなもので、そこから素性や弱みを浮き上がらせて来ようと思っていた。

しかし、狼はそうはいかなかった。

「初めからここに」

「なんですと?」

狼は動きをせずにただそこにいたという。

初めは何かの帝具を持っているのだろうと考えたが、そうではないらしい。

聞くところによると気配を殺し、音も殺すことこそ忍びであるという。

「は、ははは。それはなんとも。ではご出身は?」

「・・・葦名」

「ふうむ?聞いたことがない土地ですな。異国の出身で?」

「・・・はい」

言葉は少なく、このような状況が幾度となく繰り返されたが、ようやくオネストは狼の形を予想できた。

この男は誰かに仕えることで力を発揮する男なのだ。

だが、融通が利かなく、堅い。

現在、この城を警護している大将軍ブドーのような男だと評価した。

そうと分かれば心配することはない。

むしろ利用できる。

オネストはそう考えていた。

陰謀に長けたこの大臣にしては珍しい失策だったともいえる。

狼はオネストが考えているような融通の利かない堅い男ではない。

むしろ主の命ですら勝手に曲げて見せる忍びらしくない忍びだ。

その失策に気が付くことなく、オネストは陛下ににこりと笑みを浮かべて見せた。

「夜分遅くにすいませんでした。しかし陛下。今後は私にもお伝えただけると体重が増えなくて済みます」

「悪かったな。少し、驚かせたかったのだ」

無邪気に笑う陛下に嘘はないようだった。

それを確かめるように頷くと、部下を伴って部屋を退出した。

この後おそらく、ブドーがうるさいだろうと思いながら。

 

 

「見事な隠形であった!」

陛下は興奮しながら狼の月隠を褒めた。

何者かの気配を察知した狼はすぐさま月隠の飴で己の存在を消したのだ。

「しかし大臣もやはり優秀だな。すぐに耳にしてこちらの様子を見に来てくれた」

「・・・・・」

「ん?どうした狼」

「・・・いえ」

狼はあのオネストというらしい大臣がきな臭く思えていた。

表面上は取り繕っているようであったが、一度痛い目を見た狼である。

オネストの笑みの裏に何かが潜んでいることを察知していた。

だが、陛下の信頼する臣下のようであるため、すぐにどうすることもできなかった。

「さて、狼よ」

「は」

「これから我が臣下として、時が来るまで仕える。その言葉に偽りはないな」

「ありませぬ・・・」

「よし。では今日から我が忍びとして生きよ。帝国のために」

「御意」

狼は面を下げたまま心に誓った。

陛下を好きにさせまい。と。

 

 

「ぬふふ。さてさてどうしてやりましょうかね」

オネストは笑みを浮かべながら肉を頬張る。

陛下にできた玩具は中々に使えそうだった。

予期せぬ出来事が上手い方向に転がっていると思っていた。

先ほどブドーより小言を言われたが、陛下の決めたことというと大人しく引き下がった。

「いけませんねぇ。使い勝手のよさそうな玩具が増えるとつい体重が増えそうになってしまいます」

なにせ邪魔な人間たちは多く存在するのだから。

そのための暗殺部隊も現在設立中だが、まだ見通しが立っていない。

そこでふと考えてみた。

暗殺部隊の補助要員として狼を出してみてもいいのではないかと。

だが、陛下と距離を置かせすぎるのも良くはない。

あまり信用を失わせない程度に、あくまで陛下の忍びとして。

そうと決まれば明日にでもゴズキたちに連絡を取ろう。

オネストはまだ自分の思惑から既に外れていることに気が付いていなかった。

 

 

陛下の忍びとなってから数か月。

狼は既にこの帝都という場所について知り尽くしていた。

オネスト大臣は陛下を操り、悪政を行っていた。

道行く人は顔から表情を失わせ、広場には見せしめにされた冤罪者たちが吊るされる。

狼のいた葦名にはない光景がそこにはあった。

(陛下を・・・守らねば・・・)

かつて九朗を助けようとしていた頃の己がよみがえってきた感覚を覚える。

そこでふと九朗のことを思い浮かべる。

自分が死んだと思っているだろう彼はいかにして過ごしているのだろうか。

茶屋でも開こうかといっていた頃が何とも懐かしく感じられる。

(任は、未だ終わっていなかった・・・。不死を斬り、今度は悪鬼を・・・切らねばならぬ)

鬼といえば仏師。

怨嗟が積り、積もり切った先で鬼となってしまった仏師。

彼は最期に狼へ感謝をしていた。

この左腕の忍び義手。

仏師の形見となってしまった。

「狼よ。我が帝都はいかがなものか」

厳重な警戒の中、狼は隠れ歩き、門番にのみ姿を現して陛下へ謁見する。

ブドーやオネストはその隠形を評価し、見つけられぬ部下を叱りつけたが、狼は歴戦の忍びである。

見つけろという方が無理があるのかもしれない。

「は。すさんでいるように思われます」

「そうか。やはり世は混迷の中にあるのか」

「・・・・・」

その混迷の原因がオネスト大臣であることはいまだに伝えていない。

というのも、陛下が狼の言葉を信じるか不安であったからだ。

下手に手を打てばこちらがやられてしまう。

機を見計らうのだ。

確実に仕留められるその時を。

「ぬふふ。その世を正すため、狼殿には帝具を持っていただきたい」

「帝具を?」

「はい。確かに狼殿の腕は確か。しかし、帝具使いに出会えば簡単にはいかないでしょう。陛下のために受け取っていただきたい」

オネストは部下に命じると複数の帝具を運ばせた。

「これぞというものをお選びください。帝具は第一印象で決まるとも言います。相性の良い帝具があれば、すぐさま見つかることでしょう」

「うむ。そなたの身の安全のためでもある。選ぶがよい」

「御意」

狼は運ばれた中で複数の帝具を見たが、どれもパッとしなかった。

どれもよさそうであるが、忍び義手に仕込まれた忍具や流派の技に比べれば大したことがないように思えた。

しかし、その中で気になるものがあった。

木箱に入っている大太刀である。

間違いなければ不死斬り『拝涙』。

多くの猛者を屠り、果てに己の首を刎ねた大太刀。

狼はそれを手に取ろうと近寄った。

「待て狼!」

陛下が大声で狼を止める。

「それは抜けぬのだ。抜けぬというのは抜いて生きていたものがいないということ」

「承知しております・・・」

「何?」

「これは不死斬り。死なぬものを殺す太刀にございます・・・」

「不死斬りですか」

オネストは顎に手をやり、何かを考えている仕草をした。

「頂戴いたします」

「狼。それは」

陛下の言葉が詰まった。

狼がその刃で自刃したことを知っている。

そして死なぬ者のみが不死斬りを使うことが出来ることも。

狼には確信があった。

いつか見た水面に移る自分の顔に白いあざがあったことを。

それはいつかの日に薬師のエマが竜胤の兆しであると考察していた。

つまり、あの時点で不死断ちは失敗していたのかもしれない。

原因は分からない。

だが、この不死斬りは抜ける。

狼は不死斬りを勢いよく抜いた。

赤黒い刀身が怪しげに光る。

体から力が抜けるような感覚はない。

なじんだような、長年付き添った相棒のような感覚さえあった。

「不死斬り・・・確かに頂戴いたしました・・・」

 

 

「これは驚かされてばかりですな」

オネストは冷や汗と共に言葉を繰り出す。

嘘ではない。

陛下の気に入った玩具がよもや自分から壊れるようなことをしでかしたからである。

不死斬りと呼ばれる大太刀を知っていることも気になったが、今は死んでいないことに少々安心していた。

というのも、これから彼に任務を言い渡す手はずになっていたのに、その本人が死にそうだったからである。

何故彼がそんなことをするのかは不明だったが、大丈夫なはずである。

「大事ありませんか?忍び殿」

「は。問題ありませぬ・・・」

「そうですか。それは良かった」

「そうだぞ。狼よ。あまり無茶をするものではない」

「は」

本人は分かっているのかどうか怪しい様子だったが、大太刀を背負い、再び跪いた。

「全く。それより大臣」

「はい。分かっておりますとも」

オネストは食べ物を片手に狼に言った。

「あなたにはこれからとある部隊へ参加してもらいます。まあ参加とはいっても任務などがある時のみですが」

「ある部隊?」

「うむ。この帝国には多くの敵がいる。それは内にも外にも」

つまりそれを排除するための部隊。

掃除屋をしろというのだ。

「狼よ。手を貸してくれるか?」

「御意」

「そうか!では早速。大臣」

「はい。ゴズキ殿」

名を呼ばれると同時に柱の陰から男が出てきた。

眼光鋭く、その立ち振る舞いから実力を測ることが出来ない。

狼は跪きながらも警戒する。

「そいつがうちの部隊に入るっていう奴ですか?」

「ああ。実力は確かだ」

「なるほど」

ゴズキは視線を狼に向ける。

「半端じゃなさそうです」

「・・・・・」

「かつての皇拳寺羅刹四鬼がそのような評価をするとは」

陛下は感心しているようであったが、ゴズキは逆に警戒をしていた。

今、跪いている男を観察していたが、妙に隙が無い。

大臣から聞いていたように腕利きの忍びらしいが、ただの腕利きで済ませるには異様な存在だろう思わせた。

(なるほど。狼とはよく言ったものだ)

「狼よ。しばしの間、余の警護の任を解く。ゴズキと共に部隊育成に力を注ぐのだ」

「御意」

 

 

「大臣。あいつは一体何者ですか?」

陛下の謁見が済んだ後、ゴズキはオネストに尋ねていた。

「詳細を探ってみたんですがねぇ。どうも不明なんですよ。葦名という国出身らしいのですが、そんな国なんて聞いた覚えはありませんし」

「腕が立つとは聞いていましたが、見たところそこらの奴らより強いと感じましたよ。下手すりゃ俺よりも」

「ぬふふ。しかし陛下の言葉には忠実です。陛下よりあなたの指示に従うように伝えていますので精々こき使ってください」

「俺なんかが手綱を握れますかね」

「珍しく弱気ですね」

「狼は狼でも、ありゃ飢えた狼ですぜ。下手に手を出せばどうなることか」

オネストはそこまで言われて少々考えた。

確かに陛下のお気に入りだが、あまり自分以外の信頼を置く存在を増やさない方がいい。

となれば、偶然を装って死んでもらっても構わないかもしれない。

だが、利用できるうちは利用して、いざとなったら切り捨てればいい。

結論を頭の中で出すと、オネストはゴズキに一つ指示を出すことにした。

「もし、彼が手に余るようなら、任務といって死んでもらうことにしましょう。もし裏切るそぶりを見せたら、ゴズキ殿。あなたが切ってください」

「承知しましたけど、できればそんな事態は御免被りたいです」

その言葉は何の偽りもない、ゴズキの本音であった。

 

 

ゴズキが育てる暗殺部隊のいるロウセイの村にいくさなか、ゴズキは馬車の中で不愛想なこの男とどうかかわって行けばよいか悩んでいた。

「ゴズキ殿は」

珍しく、狼の方から口を開いた。

ここまでゴズキの言葉に対してのみ反応を見せていた彼だったが、どうした心境か重い口を開いたのだ。

そのことにやや驚きつつ、ゴズキは次の言葉を待つ。

「父としてどう立ち振る舞っている?」

意外な質問だった。

暗殺者として育てる子供たちを確かに父として呼ぶように言っているが、狼がそのようなことを聞くのは不思議を通り越して驚きを感じさせるものだった。

「そうだな。言われてみれば意識したことはなかったけどよ。言われたことを上手くやれば褒める。ダメだったら叱る。あとはまあ、その時次第だな」

「そうか・・・」

そういったきり黙ってしまった狼を見て、ゴズキは逆に尋ねた。

「お前さんは、親父さんの下で修業を積んだのか?その時の親父さんはどうだった」

「・・・義父上は」

狼は義父、梟を思い返す。

野望のあった義父はその名を知らしめんと竜胤の力を利用しようとした。

だが、過去で出会った義父はその野望より、狼との戦いを望んでいたように思えた。

「戦場で拾い。技の粋を教えてくださった。いつの日か、子と死合いたいとさえ思う程に」

「そいつは・・・すごいな」

「・・・故に分からぬ。子とどう接すればよいか・・・」

ゴズキは狼が何を悩んでいるか分かった。

この飢えた狼はこれから育成するだろう子供たちとどう接すればよいか悩んでいたのだ。

戦場では腕利きだろうが、家庭では不器用な男なのかもしれない。

「お前さんがやれるようなことをやればいいんじゃないか。例えば、剣術を教えるとか」

「・・・むう」

「はは。そう悩むことじゃないだろうさ。やっていれば何とかなるものさ。それに俺が育てた子供たちはそう簡単にへばりしやしないさ」

ゴズキは狼の悩みを笑い飛ばした。

そろそろ初陣を待つ彼らがそう簡単に音を上げるわけがない。

このときはそう思っていた。

 

 

「・・・むう」

狼は地に伏せる、あるいは膝をつく七人の少年少女をみて唸る。

「はは・・・。まさかなぁ・・・」

ゴズキはただ苦笑いを浮かべる。

自分が育てた子供たちはいとも容易くとはいかなかったものの、控えめに言って簡単にやられてしまった。

狼の持つ忍び義手の様々な忍具で子供たちは連携を崩され、忍びの技で隠れ背後から攻撃。

常に一対一を意識し、忍びらしくない正々堂々とした剣術にて撃滅されてしまった。

狼の経験による結果だった。

「これでも加減したんだよな」

「無論・・・」

「だがまあこれじゃあどうにも親になれないな」

「・・・むう」

狼は再び唸った。

どうやら今回の任務は前途多難のようであった。

 

 




世界観が似ているとつたない文章でもそれっぽく見える。
見えない?


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02 教え子

教え子でも、子供は子供。


狼は例の出来事から実戦形式というものから外され、忍術剣術の教育係となっていた。

黒く長い髪と赤い目が特徴的なアカメと、仲間を雑魚といいながらも仲間想いなナハシュには天狗という偽りの身を持っていた葦名一心より伝授された葦名流の剣術や己の忍びの技。

チームの姉的な存在であるコルネリア、快活な少女ポニィ、力自慢のガイには仙峯寺拳法などの体術関連。

知的な雰囲気の少年のグリーンと心優しい少女のツクシには薬師のエマより教えられた薬の知識等。

それぞれに合った技を教えていた。

初めこそ不愛想な狼を警戒していた子供たちであったが、すぐに彼が優しい人物だと分かるとよく懐いた。

狼は昔、仏師がエマを拾ったときに懐かれたと少し嬉しそうに言っていたが、狼も悪くは思わなかった。

「先生」

そう呼ぶのはアカメとツクシである。

この声はアカメだなと思い、狼は薪を割る手を休める。

普段は子供たちの前で一通りの技を見せ、その後こうした作業を行っている。

「どうした・・・」

振り返るといつもとは違う装いのアカメがいた。

いつもは同じ服装だったが、今は可愛らしい服を着ている。

年ごろの少女はこんな格好をするのだろうと狼は思った。

「どうでしょうか」

「似合っている・・・」

不愛想に返す狼だが、アカメにはそれが狼なりの感情表現なのだと理解している。

「そうですか。村のマーサにいただいたんです」

はにかむように笑うアカメを見て、狼は眉間のしわを薄くする。

だが、彼女たちは近いうちに初の任務が来る。

ほんの一か月にも満たない時を過ごした狼だったが、悪くない時間だったと思っている。

九朗も同じように過ごしているのだろうか。

狼にはそれが気がかりだったが、手段のない今、できることをやるだけである。

彼の教え子たちは皆暗殺者となる。

出自が親から売られてしまった子や、親すらいなかった子供などだが、狼は彼らを好いている。

「アカメ・・・」

「はい?」

「迷えば敗れる・・・」

かつて一心より言われた言葉だった。

この混迷を極める世の中、近いうちに戦場となるであろうことは狼の目から見ても明らかであった。

「かつて、国盗りを為した剣聖の言葉だ」

「剣聖の?」

「・・・ああ」

剣聖、葦名一心。

竜胤の力を国のために使うことを厭い、狼を陰ながら助力してくれた存在である。

最期には葦名弦一郎の持つもう一振りの不死斬りで黄泉がえり、狼と死闘を繰り広げた。

「先生。それは一体」

「・・・話は終わりだ・・・」

狼は薪割を再開する。

既にゴズキより通達を受けているが、彼女、アカメの標的はマーサである。

心優しいアカメは必ず迷うだろう。

しかし、それでは死んでしまうのだ。

狼は、誰も死んでほしくないと思っている。

だが現実はそうはいかない。

「アカメ・・・」

「なんでしょう先生」

「死ぬな・・・」

「・・・はい」

 

 

「言いたいことがあるのか・・・」

薪割を再開した狼は虚空に向けて声を掛ける。

すると物陰からゴズキがやや不機嫌そうな顔をして出てきた。

「あるに決まっているだろ。もうそろそろ初陣だってのにあんなこと言われたら」

「・・・・・」

「やれやれ。まあ悪いアドバイスじゃなかったと思うぜ。狼」

ゴズキは頭をかきながら不愛想な狼の隣に座る。

ほんのわずかな時間を過ごしただけだが、この狼という人間はどこか憎めない性格をしていると思っていた。

「・・・乱れるぞ・・・」

「何?」

「戦が近い。この国には既に幾人ものネズミが入っていた・・・」

ネズミが入っていた。

狼が過去形で言ったということは既にそのネズミは存在しないのだろう。

つくづく面白い男だとゴズキは思った。

「だからこうして暗殺部隊を作ったのさ」

「・・・・・」

「いずれこの国も自浄作用で良くなっていくさ。大臣だってあんなだが、たった一人が出来ることなんてたかが知れている」

「・・・故にだ」

「?」

「この国は終わりを迎えようとしている。葦名と同じように、限界が来ているのだ」

「・・・今日はよくしゃべるな」

「・・・そうだな。ゴズキ殿」

狼は井戸から桶を上げて、中にあった瓶を掴む。

「酒だ・・・」

「・・・本当に」

面白い男だよ。

その言葉は虚空に去って行った。

 

 

「さあお前たち。準備が整ったんでいよいよ初任務を与えるぜ!」

ゴズキはそう口火を切った。

その隣で狼はいつも通り不愛想にしているだけだった。

この短い期間で七人は成長をしている。

特にアカメとナハシュは狼の技術を真綿のように吸い取っていった。

奥義とまではいかないが、攻撃を流れる水のごとく流せるようになった。

しかし、アカメの心構えが未だに心配である。

彼女に親交のある人間を殺すことが出来るだろうか。

ちらりとアカメの様子を見るが、気を張っているようにしか見えない。

あのゴズキから渡された封を解いたとき、彼女はどう思うのだろうか。

心配は尽きなかったが、見送るしかない。

彼女は、暗殺者に向いているが向いていない。

まるで己のようであった。

初の任務に子供たちを送り出した後、ゴズキは眉間にしわを寄せる狼を見て苦笑いを浮かべる。

この男なりの心配の顔のようだった。

「俺たちは待っているだけだ。こいつはあいつらの任務。いわば試験なんだから手出しは無用だぜ」

「・・・・・」

不愛想な狼は何も言わずに酒瓶を取り出した。

次いで盃も。

どうやら飲めということらしい。

忍びだが、酒に毒を盛るような男ではないことを知っているゴズキはその盃を受け取った。

「アカメを引き取ったとき、あいつは妹と一緒だった」

「・・・・・」

「あいつの家族に対する熱意は本物だ。なにせ、危険種がいる森の中を妹かついで出てきたんだ」

「・・・そうか・・・」

「そうだよ。だからあいつは死なない」

「?」

「家族を一人にはしないってことさ。あいつはそんな奴じゃない」

「・・・そうか」

ようやく眉間のしわを薄くした狼はゴズキと一緒に酒を飲んだ。

葦名にいたころは振舞ってばかりだったが、こうして共に飲むのも悪くはない。

「斬った相手に」

狼は自然と口に出していた。

「葦名弦一郎という男がいた」

「葦名?」

「当時の、葦名の当主だ」

「へぇ」

「葦名の国のため、御子様を利用しようと画策し、一時、御子様を奪われてしまった」

葦名を守ろうとするがためになんでも利用しようと足掻いた男の顛末。

変若水を飲み、さらにはもう一振りの不死斬りを手に再度立ちふさがってきた宿敵。

だが、その最期は皮肉にも狼と同じものだった。

「死闘の果て、辿り着いた場所がこのような場所とは・・・思ってもいなかった」

「そうだろうな。俺だってそんな生涯送って別の国で忍びをやっているなんて思いもよらないぜ」

「・・・しゃべりすぎたな」

「はは。いいじゃねぇか。たまにはよ。お前さんはたまにそうして喋った方がいいんだよ」

「・・・そうか・・・そうだな」

しばらくゴズキと狼は飲み続け、そうしている間に全員帰ってきた。

アカメは負傷しているようだったが、大事に至るような傷ではなかった。

それを確認した狼はようやく安堵するのであった。

 

 

帰ってきたアカメは落ち込んでいるように見えた。

いや、間違いなく落ち込んでいたのだろう。

何せ、親しい人間に手をかけたのだから。

「アカメ・・・」

「先生・・・」

「よく生きて帰った・・・」

狼にはそれ以上の慰めの言葉が見当たらなかった。

もし、薬師のエマが人返りの方法を探してくれなければ狼は自らの主に手をかけなければならなかっただろう。

そう考えるとアカメの気持ちは非常に重いものだと予想はできた。

「私は・・・正しいことをしたんですよね」

「・・・・・」

「なのに、嬉しくないんです」

「・・・・・」

「私は・・・私は・・・」

唐突に笛の音が鳴った。

まるで悲しい、しかし落ち着くような不思議な音色だった。

「昔、仏師殿から仕込んでいただいた指笛『泣き虫』。どうだった・・・」

「えと。不思議な音でした」

「そうだな。仏師殿は怨嗟が降り積もる先であった・・・」

「怨嗟?」

「怨嗟の炎。己が斬った・・・」

「え?」

「仏師殿が望んでおられたのだ。怨嗟の鬼となった仏師殿は、もう一人に斬らせまいと、己に・・・」

「・・・・・」

「アカメ。お前が斬らねば、己が斬っていた」

「!?」

「結末は同じである。よく生きて帰った・・・」

狼は知っていた。

マーサはスパイではなく、しいて言うなら帝国側の人間であることを。

彼女は望んでいたのだ。

アカメに斬られることを。

狼はもう一度『泣き虫』を吹いた。

そして音色が響き終わるころにはその場を後にしていた。

 




狼さんは基本的に優しいと思います。
どこか抜けているとも・・・。


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03 掟

狼は本来、群れを作る。
飢えた狼も本来の形に戻れるのか?


 

アカメたちが初任務を終えてしばらく時間があいた。

狼も一度陛下の下へ戻った。

陛下は暗殺部隊の運用が上手くいきそうだと報告したところ喜んでいたが、その裏でオネストも喜んでいた。

だが狼も何もしないわけではなかった。

大臣派閥の人間を一人忍殺している。

誰にも気取られることなく、多くもなく、少なくもない人数。

狼の仕業と分からぬように、斬った死体は焼いておいた。

狼にはその術がある。

これからも少ない数から、大臣に気取られぬように力を削いでいかねばならぬだろう。

あまり多くの人間を殺しすぎると動きづらくなる。

かといって大臣に問答無用で襲い掛かることも不可能に近い。

あの体型であるが、大臣の気配は強者のそれだ。

過去にうわばみの重蔵という男がいたが、あの男のように強いという確信が狼にはあった。

すぐに始末できないなら時間をかければ良い。

狼は焦ることなくことを進めるつもりであった。

どうやら革命軍という存在もあるらしく、その規模は大きくなりつつあるそうだ。

その中、どうにかして帝国を守り、陛下を守らねばならない。

陛下の願いは帝国の、そこに住む民の安寧。

狼はそれをないがしろにすることはない。

大臣の勢力を削ぐ。

それよりも大切なのは己が定めた掟を守ること。

 

 

主は絶対。必ずお守りせねば。

 

 

狼がアカメたちのところへ戻った頃には新たな任務を終えた後だった。

何でも、旅芸人に扮した革命軍の一団を討伐したらしい。

国を良くしようとしている勢力同士の激突に狼はどうしようもない感情を抱いたが、もちろん顔に出ることはなかった。

戻ったときのアカメの表情を見るに、どうやら迷いは晴れたのだろうと狼は判断した。

「教師殿か」

そういうのはナハシュだ。

彼は忍びの技、剣術共に伸びのある逸材であった。

アカメはどちらかというと忍びに向いているともいえる。

「どうした・・・」

言葉少なに答えると、ナハシュの方から木刀を放られていた。

それを受け取ると、どうやら立ち会ってほしいということらしいと察する。

「葦名流。教師殿はそう呼んでいたが、愚直に縦一文字に振り下ろすのがどこまで通用するものか疑問でな」

「そうか・・・」

狼もそう思っていた時期があった。

だが葦名流は流派というよりは勝つことを至上とした戦い方のことだ。

「一文字は、愚直故に己の体幹を整える。単純故に相手に重い一撃を与える。葦名流は流派という型にはまらず、勝つことを一事にした技」

かつて天狗殿はそのようなことを言っていた。

「受けた相手はただでは済まない。避けた相手は追い面で仕留める。ただ強さを貪欲に求めた男の技だ」

狼は構えた。

構えるといっても刀をだらりと下げた自然体。

だがその構えが相手の攻撃を刹那で弾き、勝機をもたらすのだ。

「本気で行かせてもらう」

「・・・参る」

ナハシュの攻撃は確かに鋭く、苛烈である。

だが、一心より秘伝・葦名無心流の伝書を伝授された狼からすればまだ若い太刀筋。

流水のようにいなし、強く弾き、隙あらば愚直に縦一文字を叩きこむ。

ナハシュも一文字を見切り、避けるのだが続く追い面が避け切れずに刀で受けてしまう。

そうしてしまえば狼の攻勢が続く。

攻撃、攻撃、弾く、攻撃。

この機械のような一連のやり取りだが、ナハシュは本気である。

だがついに体幹が崩れた。

狼の空中から降りてきた一文字がナハシュ木刀を強く叩き、彼に膝をつかせた。

「そこまで・・・」

狼はそれを見て木刀を地面に刺す。

「あいも変わらず強いな。教師殿は」

「ナハシュ。お前は強い。ただ己は、そういった奴を常に相手をしてきた。慣れているのだ」

「慣れている?」

「ああ。皆、己より強かった。鬼の刑部。幻術使いのお蝶殿。葦名を背負う弦一郎。皆強者ばかりであった。だが、あらゆる手を尽くして斬った。だから慣れているのみ」

狼はかつての強敵たちを想い返す。

誰一人として弱い者などいなかった。

「教師殿が言うことはやはり良く分からんな。教師殿が強いから勝ったのだろう」

「・・・・・」

それを為すのに幾度死んだことか。

だが、それは陛下以外には口外していない。

陛下にもそれは内密に頼むと願っている。

己は本来であれば既にここにいない。

竜胤の力があったからこそ狼は生きているのだ。

死んで、そして戦って、また死んで。

そうしているうちに戦いに慣れてしまったのだろう。

どんな攻撃が危険か、あるいは隙になるか。

恐らく、昔の狼ではナハシュ達には敵わないだろう。

元々多人数相手は苦手だったが、あらゆる方法を模索しているうちにどうにか一対一に持ち込む方法を考えたりもした。

初めての修行の時、七人相手では敵わないだろうと考えていた自分は、そこまでに戦い慣れていることに気が付かなかった。

「教師殿?」

「・・・ナハシュ。アカメたちはどうだ・・・」

「・・・まあ雑魚にしては中々にやっている」

「そうか・・・」

「教師殿も見た目によらず心配性だな」

「ゴズキ殿より聞いているか・・・」

「?」

「戦が近い・・・」

「ああ。だからこうしてスパイを狩っている」

「・・・・・」

狼は、子供たちは何も知らされていないと知っている。

リーダーであるナハシュもそれを知らないのだ。

この帝国の真の姿を。

恐らくゴズキが意図的に見せないようにしているのかもしれない。

「皆に伝えておけ・・・」

「?」

「掟は己で定めよ・・・」

狼はそう言って去って行った。

 

 

「なにそれ?どういうこと?」

ポニィは全く分からないという様子で言った。

「教師殿に伝えろと言われただけだ。俺も良く分からん」

「先生って時々変なことを言いますよね」

ツクシは少し困った様子で返す。

「狼さんのことを親父に聞いたがよ。あんまり教えてくれねぇんだよな」

ガイは頭をかきながら言う。

アカメは何か思うところがあるのか黙っていた。

「まあお父さんの言うことを守っていれば間違いないと思うわ」

コルネリアは父を妄信している。

それに関してはアカメを除いてほぼ全員がそうだと言えた。

「どうした?また狼がなんか言ってたのか?」

その時、ちょうどゴズキが部屋へと入ってきた。

「ああ。掟は己で定めろと言っていた」

「・・・へぇ」

ゴズキは狼が帝国の人間というより陛下の人間であることを知っている。

オネストという呪縛から陛下を開放するという難題を抱えている狼がそうつぶやいたということは、このゴズキの子供たちにも何かしら影響がある可能性がある。

ゴズキの考えでは国の任務を果たせばいつしかよくなると思っている。

だが、狼はそう思っていない。

「奴は変わった人間だからな。でも、あれでいて優しいんだぜ?」

ゴズキにしては甘い判断だった。

本来であれば不穏分子はすぐさま排除するべきと考えるが、狼に関してはそう思えなかった。

実力以上に、とても人間味のある不愛想な男が気に入っていたからだろう。

それに気が付いて思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「次はラクロウの太守がターゲットだ。全員気を引き締めていけ」

子供たちはそれぞれの形で答えた。

 

 

ゴズキは一人月を見上げている狼の隣に座る。

「お前さんの言う掟って奴は一体何なんだ?」

問い詰めるような口調ではなかった。

好奇心からくるただの質問。

対して狼はしばし黙った後に口を開いた。

「主をお守りすること」

それが狼の守らなければならないこと。

「ふうん?あいつらにはどういう期待をしているんだ?お前さんが大臣派でないことは俺には分かっている。それを俺の子供たちに押し付けようってのなら」

「否・・・」

「あ?」

狼は静かに、ただ力強く言った。

「掟は己で決める。御子様がそうであったように」

かつての主、九郎は狼が過去に『為すべきことを為す』のですと言ったことをずっと考え続けていた。

そしてそれを考え、見つけ、迷わず進んでいった。

それが己の死であると分かっていてもだ。

「ゴズキ殿・・・己はかつて鉄の掟を破りました。親は絶対。逆らうことは許されぬ」

義父、梟が定めた鉄の掟だった。

しかし破った。

主、九郎のために破ったのだ。

「・・・ああ。お前さんが言いたいことが分かってきた。つまり、俺が間違っているかもしれない場合のことか?」

「・・・・・」

「はは。なるほどな。確かに、親が間違っていりゃあ子供も間違っちまうな。でもよ。これでも間違わないように頑張っているんだぜ?」

「・・・・・」

「お前さんのやることには口を出さないさ。お前さんはお前さんで好きにすりゃあいい。俺も俺で勝手にやるさ」

「そうだな・・・」

狼は静かにつぶやいた。

 




狼さんとアカメは意外に共通点があると思います。
不器用なところや、暗殺者であるにも関わらず優しい等。

別次元の狼さんは変若の御子が体調を崩した際に、何か欲しいものはないかと聞いて、柿を持っていきました。


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04 強敵の気配

狼さんの不思議。

怪しい人物に話しかける。


ラクロウでの任務は順調に終わった。

だが、ゴズキが言うにはそろそろ帝国の暗殺部隊を狩りにでる敵が現れるかもしれないとのことだった。

狼もどことなく張り詰めた気配が近づいているのが分かる。

近いうちに強敵に出会うかもしれない。

今度の任務は革命軍の輸送部隊襲撃である。

だが狼の任務はその裏で存在するかもしれない暗殺者狩りを発見、仕留めることだった。

作戦の決行は河で、無人を装った船を接近させて襲撃するといったものであった。

念には念を入れて水中にはアカメと狼がいる。

狼とアカメは別任務だが、行動は残党狩りに近いものだ。

狼はもしかしたら本命もいるかもしれないと思っていた。

「狼さん。何で水中で呼吸できるんですか」

グリーンは呆れたように言った。

水生の呼吸術という術を持っている狼は水中でも呼吸しながら待機することが出来る。

それを言ったときの周りの反応は様々だったが、おおよそ、グリーンのような反応だった。

「・・・破戒僧より引き継いだ」

厳密にいえば破戒僧の幻影だが、何故自分にそのような術が備わったのかは全く理解していなかった。

「まあ今回の任務にはちょうどいいじゃないか」

ゴズキも苦笑いを浮かべている。

「狼さんも結構、人間やめてるよな」

ガイはまるで狼が人間ではないかのような言葉を吐き出すが、あながち間違いではないのかもしれない。

狼は竜胤の契約を受けた不死であり、背負う不死斬り以外の方法で死ぬことはまずない。

だが、現在はその不死斬りでも死ぬかどうか怪しいというのが狼の見解である。

一度刎ねた自分の首。

まさか繋がり、このような場所に来るとは思っていなかったからである。

「お前たち・・・」

狼は不愛想な顔にいつもより眉を寄せて言った。

「警戒しろ・・・今回は気配が違う・・・」

葦名ではずっと敵を斬り続けてきた狼である。

そういった気配には敏感になっていた。

「そうだぞ。そろそろ革命軍の奴らも手を打ってくる頃だ。全員気を付けていけ」

ゴズキもそれに賛同する。

子供たちは全員気を引き締めた表情を浮かべるのであった。

 

 

狼とゴズキの誤算があったとすれば、刺客が思った以上の手練れだったということだろう。

天狗党という傭兵たちが待ち受けており、それの殲滅という点では成功したが、肝心の暗殺者狩りに手が届かなかった点である。

中央にいた船がやられ始めたことを確認すると、すぐさま撤退に移ったのだ。

それに気が付いたアカメと狼はすぐさま追撃にかかったが、逃げられてしまった。

狼も相手の顔すら拝めていない。

「手練れか・・・」

狼はゴズキに状況を報告していた。

少なくとも敵は馬鹿ではなく、それも狼から逃げられるほどの実力を持っているということになる。

水中でなければ話が違ったかもしれないが、狼は思わず唸る。

「しばらくは近くの街で様子見だな。この辺だとトウシの街が一番近いだろう」

「心当たりは・・・」

狼は刺客について心当たりを聞いた。

「わからねぇ。だが、俺たちを相手にするならオールベルグかそれこそ、お前さんを雇うしかないだろうぜ」

「・・・オールベルグ」

数多くの暗殺に関与してきた暗殺結社オールベルグ。

狼もその名を聞いたことはある。

善悪問わず、依頼の交渉さえまとまればどんな暗殺も請け負うとの噂である。

その実力は確かであり、相手に取るならそれ相応の準備が必要だろうと狼は思っている。

「まあ革命軍に奴らを雇う金なんてないだろうけどよ」

「・・・・・」

ゴズキは分かっていて言っているが、もちろんないとは言えない。

偶々というのは一番厄介なのだ。

「お前さんは好きに動きな。まあ、あんたは町に出りゃすぐに忍びだってバレるだろうが、それもそれだ」

確かにこれほど怪しい、明らかな人物はいないだろう。

本来ならそういった方面に秀でていない狼は情報収集をゴズキに任せることにした。

普段の服装や立ち振る舞いを考えた方が良いかもしれない。

狼は密かにそう思った。

 

 

「やれやれ。どうにも厄介な相手がいるみたいだね」

襲撃からしばらくした後、老婆と少女がボロ小屋で落ち着いていた。

「あの水中で追ってくる相手は尋常の相手じゃないね。今回の仕事は骨が折れそうだよ」

「天狗党の人たちには悪いことをしましたね」

「あの連中も弱くはないんだけどねぇ。今回ばかしは相手が悪かったと思いな」

老婆はため息をつきながら先ほどの光景を振り返る。

天狗党の傭兵は襲撃者と交戦し始めたが瞬く間に壊滅していった。

そこですぐさま水中へ撤退したのだが、そこで厄介な相手がいた。

水中でよく顔が分からなかったが、他に水中へ逃げた天狗党を無視して真っ先にこちらへ向かってきた存在がいた。

途中で呼吸を継ぐことなくまっすぐにやってきたため、命からがら逃げたというのが感想である。

もし、天狗党の人間が邪魔になっていなければ危なかったかもしれない。

(天狗党をあっさりやったのと、あの水中の奴を考えれば、羅刹四鬼クラスの奴かね・・・)

老婆が考えているとフクロウが近くへとやってきた。

「どうだったいチェルシー?敵の顔は見られたかい?もし見ていないのならこのまま鶏肉だよ」

ナイフを持って脅すとフクロウは人間の少女へと変化した。

「はぁはぁ・・・鳥は疲れる・・・。見ましたって」

そういうとチェルシーと呼ばれた少女は紙に似顔絵を描いた。

「子供じゃないか」

「・・・私よりも少し小さいぐらいだ・・・」

老婆ともう一人の少女はその似顔絵を眺め、老婆は他に見なかったかを尋ねたが、チェルシーはそれ以上は無理だったという。

「半端ない威圧感でしたもん。いくら帝具を使っているからって嫌ですよあれ以上調べるのは」

「その感覚は大事にするんだね。何より、今回はやばい奴がいそうだからね」

「うぇ。まじですか」

「マジもマジだよ。気を引き締めないと、こちらがやられるんだからね」

「はぁい。じゃあ早速密偵さんたちにこの顔がいないか調べてもらいますね」

そう言ってチェルシーは去って行った。

その後ろ姿を見ながら老婆は今後について考える。

(若い連中なら、内のタエコに勝てる連中はいないねぇ・・・でも、それ以外となるとちと厳しいかもしれない。やれやれ、貧乏くじを引かされたみたいだよ)

そんな老婆の心を知らずにか、少女はつぶやいた。

「今度はこっちが仕かける番だね」

 

 

狼は今単独行動中だった。

まず男子班はナハシュとグリーンの顔がばれていたためガイと一緒に留守番。

女子班は休養のために街へ繰り出してきたというところだった。

ゴズキは狼と話し合い、今後の対応を考えるのに時間が必要だということになったのだ。

そのため、狼は街へ出て情報を収集しようとしたというところだった。

ちなみに狼の情報収集は同業と思しき人物を見つけて声を掛けるという大胆なものだった。

「この街は・・・」

確かゴズキたちが宿泊している街だったはず。

狼はどうしようかと考えて、現況報告ついでに情報収集しようと考えた。

「ご老人・・・」

すぐに目が付いたのは老婆だった。

だが、狼の目には歴戦の忍びを窺わせる気配を感じている。

「はい。なんだい?」

「ここらで襲撃があったらしい・・・。何か知らないか・・・」

「・・・まあそんな話はきいたことがあるけどねぇ」

「ご老人。忍びであろう?」

狼がそう切り出すと老婆の気配が変わった。

昔、まぼろしのお蝶と戦ったときの雰囲気に似ている。

気配がつかみがたく、実力をぼかしている。

「それを知ってどうするってんだい。小僧」

「仲間が知りたがっている・・・」

そういうと老婆はしばらく狼を睨んだ後、はあとため息をついた。

「もうちょっとは情報の集め方を学ぶんだね。小僧」

「むう・・・」

「何が知りたいかは分からないが、この辺の河で傭兵がやられてたって話を聞くくらいだよ。そんなに堂々と、それも同業に聞くのもどうかと思うよ」

「そうか・・・」

「そうだよ。ところであんた名前は」

「・・・・・・」

「そんなところだけいっちょ前かい。その目、そうさね、狼といったところかい」

「・・・・・・」

皆にそう呼ばれ続けているが、そんなに自分は狼のような人間だろうか。

不思議そうに、だが不愛想にしているとまた老婆がため息をつく。

「あたしが教えたんだ。あんたからは何もないのかい?」

「ご老人も?」

「そうだよ。ちょっと探し人をね。うちの若いのにちょっかい掛けようとした奴を探しているのさ」

「特徴は・・・」

「分かんないよ。だからちょっとでも何か知っていればと思って聞いただけさ」

「むう・・・」

「・・・まあいいさ。しばらくこの街にいるから、なんかあったら教えな。場所は・・・」

狼は老婆と情報をやり取りすると、その場を去って行った。

 

 

老婆はその後ろ姿を見ながら懐に入れていたナイフから手を離した。

「なんだい。あいつは。熟達の暗殺者の癖に情報収集は素人かい。全く汗が出ちまったじゃないか」

まさに忍びと言った風情の男が近寄ってきたときには敵かと思い警戒したが、敵にしては大胆だった。

あらゆる意味で度肝を抜いてくれたが、何よりもあの隠している力の底知れなさに恐怖した。

どんな人生を送ったらあのようなことになるのだろうか、という尋常ならざる者の放つオーラのようなものを老婆、ババラは感じていた。

(もしかしたらあいつが追跡者だったのかね。にしてはちょいと間抜けすぎかい?)

 

 

狼は外で佇んでいるゴズキを見つけ、現在の情報を報告した。

報告といっても大した情報がなく、敵の現在位置すら不明ということだけだった。

「先ほど、余程の手練れと見えるご老人に出会った・・・」

「何?」

「ああ。宿泊施設がゴズキ殿たちと一緒の場所らしい・・・」

「・・・あの婆さんか。確かにただ者ではないみたいだな。・・・お前さん。どうやってそいつの宿泊施設を調べた?」

「直接聞いた・・・」

「・・・・・まあそれもありか」

呆れと同時に苦笑いを浮かべる。

狼のことだ。既にあきらめも入っている。

どうしてだか、こう才能のある奴っていうのは癖があるのだろうか。

アカメしかり、狼しかり。

「老婆も・・・」

「?」

「探し人がいるらしい・・・」

「で?」

「何か思い当たることがあったら教えてほしいそうだ・・・。若い子供にちょっかいを出されそうになったらしい・・・」

「・・・そうかい」

ゴズキは何も言うまいと心の中で呟いた。

 




隻狼に関わらず、ソウルシリーズでも怪しい人物に平気で話しかける。

逆に、あの世界では怪しい人物の方がまともに見える可能性が・・・。


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05 痛み

もしも仲間であったら。

そんな願いは戦の中で溢れているだろう。


 

「以上で周辺地域の報告を終わります」

疲労したチェルシーはぐったりとしながら報告を済ませた。

「ご苦労さん。疲れているようだが、新人は動き回ってなんぼだよ」

「もうそこそこ数こなしているじゃないですか」

反論するチェルシーに説教をしながら今後の動向について話し合う。

「そういえばこの辺りを嗅ぎまわっている義手の男がいるって各地で聞きましたけど」

「ああ。知っているよ。そいつには直接あったかい?」

「いえ?でも何だか熟練の暗殺者って感じらしいです」

「まあそうだね。奴とは直接会ったよ。今回の件に関係しているかは分からないけど、あんまり敵に回したくない相手だね」

「あったんですか!?」

「ああ。最初は敵かと思ったよ。だが間抜けなことを言ってきたのさ。敵でなければいいけどねぇ」

「そこまでの人が?」

「ああ。ありゃ、狼だよ。それに背中に背負っていた大太刀。あれは帝具かもしれないね。義手もからくりが仕込まれているだろうさ」

「そんな奴とやりあうかもしれないんですか?」

「可能性の話だよ。ちょっとタエコには厳しいね」

「・・・・・」

「そんな顔しなさんな。時折いるのさ。怪物みたいな奴が。それよりチェルシー。怪しい奴がいる。帝具で尾けるんだ」

げんなりとした表情になってしまうチェルシーとは打って変わって、タエコは表情を堅くしていた。

 

 

狼は未だに単独行動をしていた。

ゴズキと打ち合わせたが、どうやら先日あった老婆が怪しいとのことだった。

確かに、今まで巡った地域の中では抜きんでている実力の持ち主だろう。

ゴズキと狼、どちらかがその老婆に当たるか話し合った結果、ゴズキがそちらの方へ向かうことになった。

狼は女子班の方へ担当をチェンジする。

どうにも、老婆にはもう一人若い少女がついていたらしく、老婆が敵であった場合、その少女も敵ということになる。

随分と、子供が戦場に出てくる。

狼も戦場で拾われ、梟に育てられてきたが、それにしてもこの国は少年少女の兵士が多い気がする。

やはり、悪政による影響なのだろうかと一人、思案する狼。

狼が旅館の部屋に忍び入ったとき、女子陣営からは口から魂が出るような表情をされたが、それは気にしなかった。

だが、その中にコルネリアとアカメがいないことに気が付く。

「コルネリアとアカメは・・・」

「コル姉は分からないけど、アカメは街に食べ歩きに行ったよ」

嫌な予感がした。

「コルネリアを探せ。己はアカメを探す」

珍しく焦るような言葉でいう狼に、ポニィとツクシは目を丸くする。

「急げ・・・」

そういうと狼は素早く旅館から出て行った。

アカメがいそうな場所といえば食べ物のある場所。

出店などを探し回っているとすぐに見つかった。

だが、同時に見たことのない少女がと話しているところも目撃した。

一緒にどこか行くようだったので狼もその後を追うことにした。

 

 

狼が追っていった場所は人気のない廃墟のような場所だった。

盗み聞きをするとコルネリアがこの辺にいると言っているようだった。

狼は周囲の気配を探るが人のいるような気配はない。

不気味だ。

狼は音を殺し、少女の後ろへと移動する。

ちらりと見えたが、物陰のところにコルネリアらしき人物が座っているように見えた。

いや、あれは座っているというより・・・。

危険だ。

距離はまだ遠い。

狼は勢いよく前へと詰めた。

鳴り響く金属音。

「何!?」

「・・・・・」

狼は無言でこの少女の才覚に驚く。

物音がした瞬間に狼へ攻撃を繰り出したのだ。

少女は位置が悪いと悟ったのかアカメと狼から距離を取った。

アカメはコルネリアの様子に気が付いた。

「お前がコル姉を傷つけたんだな」

アカメは少女、タエコを睨みつけた。

「そうだ。だが早く手当すればコルネリアは助かるかもな?」

「何故・・・」

「?」

「コルネリアの名を知っている・・・」

「・・・友達だった」

「そうか・・・」

狼はそれ以上何も言うことなく構えた。

「先生!?」

「アカメ。コルネリアの手当てをしろ・・・」

狼は分かりつつも言った。

おそらくコルネリアは死んでいる。

だが、狼は心の中で少しだけ、もしかしたらという感情があった。

「我こそ死神オールベルグの息吹。無常の風、汝を冥府へと導かん」

「参る・・・」

 

 

タエコはこの義手の男と戦って、ババラが言っていた狼だと確信した。

自分には荷が重いと言われたが、逃がしてくれそうにない。

「旋風!!」

幾多もの剣撃が狼を襲う。狼はそれを何とかいなし、弾き、防御する。

(それほどでもないのか?)

タエコは狼が防戦一方なことに疑問を抱いていた。

ババラの話では熟達の暗殺者の筈。

もしかしたら正面の戦いは弱いのかもしれない。

タエコはそこに勝機を見出した。

だが、そうはいかなかった。

(体が!)

狼との攻防で攻撃をいなされているうちに時に強く弾かれ、体勢を崩されそうになる。

大技を放つにも狼が間合いを詰めて撃たせようとしない。

それにコルネリアと戦ったときのダメージが残っているせいで思うように動けていない。

不意に狼が上段に構えた。

まさかと思い、守りを固めた。

固めてしまった。

『葦名流・一文字二連』

ただ愚直に縦一文字に切りつけ、そこに追い面を打つ技。

だが単純故に強力である。

(重い!)

タエコの体勢が崩れる。

狼はそれを勝機と見て飛び込んだ。

(負けられぬ!竜巻!)

狼の目の前からタエコがいなくなった。

危険を察知し、狼はその場から前へ飛ぶ。

先ほどまでいた場所に刃が通る。

「・・・・・」

速度が増している他、打ち込みの威力も増している。

下手をすればこちらの体幹が崩れかねない。

そう考えた狼は迫りくる連撃に対して奥の手を使った。

金属の擦れる音。

タエコは目を見張った。

目の前に傘があった。

傘が自分の攻撃を弾いたのだ。

狼の持つ義手忍具『仕込み傘』

防御できる攻撃をすべて防御し、開いたときに相手の攻撃を弾く忍具。

そして弾いた後に放たれる義手忍具技『放ち斬り』

油断していたとは言わない。

あらゆることに対応できるように構えていた。

だが、攻撃したのが過ちだった。

何としても逃げることを優先するべきだった。

「さらば・・・」

完全に体幹を失ったタエコの心臓へ一撃を加える。

「・・・・あぁ今度あうときは・・・」

最後まで味方同士がいいな。

その言葉は口に出されることはなかったが、狼にはその思いが伝わった。

狼は心臓から刀を抜き、片手で彼女を拝む。

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

タエコ。

コルネリアの友であり、オールベルグの暗殺者であった。

 

 

「アカメ・・・」

「先生・・・コル姉が・・・」

「・・・・・」

「コル姉・・・」

息を引き取ったコルネリアを前にアカメは膝をつき、涙を浮かべていた。

狼もどこか、戦いの傷ではないどこかが痛むのを感じた。

コルネリアは死んだのだ。

 

 

ゴズキもオールベルグの刺客を倒したらしかったが、その表情はよろしくない。

コルネリアの墓にはたくさんの花が供えられていた。

そしてほかのメンバーもおり、皆沈痛な面持ちであった。

「ガイ。もう移動するぞ」

ゴズキは留まることは危険だとガイを諭すが、ガイはまだ足りないという。

殺したのは暗殺結社のオールベルグ。

ゴズキのまさかが的中してしまったのだ。

ガイは怒りを吐き出し、ナハシュは冷静に説明する。

「コルネリアは・・・」

狼はそっと言葉にした。

「友に討たれた。だが、それが戦だ・・・」

迷えば、敗れる。

一心の言葉が狼の脳内で繰り返された。

狼は懐からおくるみ地蔵を取り出し、花と一緒に供えた。

地蔵がくるむのは親心である。

くるみ包まれたなか、せめて安らかな命がありますように。

そう願われた代物だ。

「さらば・・・」

狼の一言を終わりに、それぞれが解散した。

 

 

「・・・お前さん」

「・・・・・」

「コルネリアの奴、使えねぇガキだったな」

「・・・・・」

「そう、割り切れねぇんだ」

「・・・・・」

「いい子過ぎたんだ。あいつは、辛いぜ。子を失うってのは」

「ゴズキ殿・・・」

「どうした。お前さんもやっぱり辛いか」

「ああ・・・。教え子を失うのは・・・初めてだ・・・」

「だがそうもいっていられねぇ。革命軍の奴らはオールベルグを雇っている。これ以上やられないためにも気張らないとな」

「ああ・・・」

狼は虚空を眺めながらコルネリアとタエコという少女に思いをはせる。

もし、敵ではなく味方として戦うことが出来たのなら。

どれだけ良いことだっただろうか。

 

 

心に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

タエコ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

タエコは幼いころからオールベルグで修業を積み、若い者同士ならタエコより強いものはいないとさえ言われるほどの才覚の持ち主だった。

コルネリアとは敵と分かる前に友となり、任務のために彼女を討った。

死の直前、コルネリアと次に逢うときは仲間同士であったらと願って死んだ。

 




友に殺されたと取るべきか、友が殺してくれたと取るべきか。

それを考える二人は既にいなくなりました。

しかし、それが戦なのでしょう。


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06 革命軍の

因果は絡まる。


 

コルネリアの死から数週間たった今、狼は帝都へと呼び戻されていた。

内容は大臣に抵抗する派閥の暗殺であった。

狼はそれを粛々とこなしているように見せて、実のところ何名か隠している。

全員生かしては怪しまれるので数人殺して数人生かすという怪しまれない方法を取っていた。

だが、そろそろ隠すにも限界が来ている。

革命軍を討伐して内憂を取り除いたとしても、帝国に力がなければ滅亡すること間違いなしである。

となれば良識ある人物に舵を取ってもらいたいのだが、忍び一人が出来ることには限界があった。

そこで考えたのがこの隠している人物を受け入れられる勢力を見つけることだった。

だが、皮肉なことにその勢力とは革命軍に他ならない。

他の領主の場所へかくまってもらうにしては信用が少々ないのだ。

「それで?この私のところへ来たということか」

狼は跪き隻眼隻腕の女性を前にしていた。

苦肉の策だった。

陛下のために良識ある人物を残し、尚且つ帝国の膿を出すには革命軍の力が必要なのだ。

そのために白羽の矢を立てたのがナジェンダ元将軍だ。

彼女はその用兵術から若くして成り上がった将軍で、かつ人望もあった。

「お前。名前は?」

「明かせませぬ・・・」

「名前を明かせぬ人物を信用しろというのか?それはハンサムじゃないな」

ナジェンダの側にいる大柄の男はブラート。

かつて異民族との戦いで百人斬りをしたという猛者である。

「・・・噂によると、帝都では不審な死が横行しているらしいな。善悪問わず」

ナジェンダが鋭い目つきで睨む。

「お前の仕業か・・・暗殺者」

「はい・・・」

素直に認めた狼に、ナジェンダとブラートは呆気にとられる。

この暗殺者、狼は革命軍の厳しい警備の中をすり抜けて入ってきた恐ろしい人物である。

その人物の任務はナジェンダ等の重要な幹部の暗殺を任務に来ていると先に白状している。

にもかかわらず、二人が全くの無傷なのはこの男が姿を現して跪いて動かないからである。

「・・・何が目的だ」

問い詰めるナジェンダと警戒するブラート。

狼は今賭けをしている最中であった。

信頼を得られれば勝ち、主を守るための一歩が踏み出せる。

負ければ死に、何もかもを失う。

大博打だ。

「陛下を守るため。オネスト大臣を暗殺するため・・・」

「オネストを暗殺するのはまあ分かった。だが陛下を守るというのは?」

狼は説明した。

いずこかもわからない土地で臣下に加えてくださったこと。

九朗を見つけるまでの間だけ陛下の忍びであること。

それ故に自分の掟を守るべく、陛下を守っているのだということだ。

「掟か・・・」

「はい・・・掟は絶対。陛下をお守りせねば」

「自分が決めた掟にそこまで入れ込めるのか。大したものだ」

狼はそのような大した人物ではないと思いながらも、口にはしなかった。

「我が主がそうであったように、己も為すべきことを為すだけ・・・」

耐え忍ぶ九朗は偉大であった。

狼がその独り言を偶然聞かなければ、薬師のエマと狼が話さなければ、その身を捧げ不死断ちをしたに違いない。

己の命を引き換えに・・・。

「・・・分かった。お前はそこまで器用な人間ではないのだろう。その話、引き受けた」

「感謝する・・・」

狼は跪いたまま、深く頭をたれる。

「そこまでされるほどのものではないさ。それに」

「おうナジェンダ!ブラート!入るぞ!」

話をしている最中に元気のよい声が響き渡る。

どこか枯れた、しかし鋭い覇気を収めたかのような老人が現れる。

狼はその人物を知っていた。

「一心様・・・」

「隻狼・・・お主か・・・」

 

 

葦名一心。

国盗り戦の葦名衆を纏め上げ、葦名を解放した剣聖。

余りの強さゆえにその身が倒れるまで内府が手を出せなかったほどの傑物。

そして最後に狼と死闘を繰り広げ、最後まで強さを求め続けた貪欲な猛者。

「カカカ。そうか、お主もまたこちらへ来ていたか!」

大好きなどぶろくを飲みながら一心は笑った。

ナジェンダとブラートは初めこそ驚いたものの、一心のペースに飲まれて共に飲む流れとなった。

「ぷはぁ。やはりこれよな。思い出すのぉ。お主が、儂のくれてやった酒を、儂に振舞ったときは・・・」

グイっと飲み、もう一度笑う。

「なんの因果か知らぬが、また会えて嬉しいぞ。隻狼よ!」

「は」

狼は跪きながら答えた。

「くくっ。不愛想な面構えも変わらぬものよな」

「まさか一心殿と忍び殿が知り合いだったとは」

「おうよ。互いに死合ったなかよ」

「死合ったって」

「儂が負けたがの。だがもう一度その機会が訪れようとは・・・世の中分からぬものだ」

「・・・・・」

狼は何もせずにただ跪いていただけであった。

一心はただその姿を見てまた喜ぶのであった。

「隻狼よ。お主・・・この世が黄泉の国でないことは知っておるな?」

「は」

不意に一心は切り出した。

「葦名同様。この世も乱れ、戦が起きようとしておる。お主のその様子を見るに、既に始めておるな?」

「はい・・・」

「やはりな。噂に聞いておった。隻腕の暗殺者がいるとな。もしやと思ったが隻狼であったとはな」

「・・・・・」

「もはや儂が言うべき言葉はない。思うがままに生きるとよい。儂もそろそろ戦を始めようと思うておったところじゃ」

「国盗り・・・」

「カカカッ。そうよな。今度はまごうことなき国盗りよ」

「一心殿」

「ナジェンダ。つまらぬ言葉遊びよ。許せ」

「一心の爺さん。これでも俺たちは民の味方を謳っているんだぜ?」

「為政者が変わるだけよ。儂にしてみればな。なあ隻狼よ」

「・・・・・」

「ようし隻狼。久方ぶりじゃ!鼠を斬ってこい!」

「承知しました・・・」

受け入れた狼に、二人は驚きを表情に浮かべた。

「いいのかよ。お前。一応帝国の人間なんだろう?」

「なあに。こやつが斬るのは鼠よ。らしくもなく、謀りごとをしているようだったがの」

おかしくてたまらないといった様子で一心は言った。

「ナジェンダ!適当に見繕ってやれい。隻狼なら、迷わずに斬るじゃろうて」

「はぁ。分かりました。では狼と呼ぼうか。狼よ。この人相のものを葬ってほしい」

そう言ってナジェンダの机の上にあったいくつかの書類の内一枚を差し出す。

それを見て一心はつまらなそうにする。

「そんなもの。隻狼にやらせるまでもなかろう。あの気に入らん奴らを斬らせろ」

「一心殿。彼らはまだ味方です」

「ハッ!鼠に変わりはなかろう」

グイっと飲みながら吐き捨てる。

「鼠とは一体・・・」

「オールベルグとかいう、どっちつかずの者たちよ。儂には分かっておるぞ。そやつらとお主。因縁があるな?」

「明かせませぬ・・・」

「あいも変わらずよの。帝国が何やら鼠を放っておると聞いたが、お主と関りがあると、一概に鼠とは言っておられんかもな」

「例の暗殺部隊の・・・」

「そうよ。いま見失っているそやつらの手掛かりが、そこにおる」

一心は確信を持って言っているようであった。

狼はその問いに対しても黙ったままだ。

「だが、こやつは口を割らん。そういう奴よ」

クツクツと笑いながら一心は言う。

「時に隻狼。我が孫、弦一郎には会ったか?」

「いえ・・・」

狼の答えに、一心は僅かな悔いを見せた。

「そうか・・・奴もまた、この国へ迷い込んでいると思い、探しておったが・・・手掛かりはないか」

「・・・・・・」

「フハハ。哀れな孫の最後の願い。聞き届けらなかった。その詫びをしたくてな」

「・・・これを・・・」

狼は懐から酒瓶を取り出した。

「ほう!竜泉か!でかしたぞ隻狼!」

それは狼が大事にとっておいた酒の一つだった。

一心に飲んでもらうのが一番だろうと思い、それを差し出したのだ。

「プハァ。ナジェンダ。ブラート。この戦。儂と隻狼はただのわき役に過ぎん」

「一心の爺さんほどの人間がわき役なら、みんなわき役だぜ」

「それに一心殿には革命を終えた後にやっていただきたい仕事が」

「それよ。ナジェンダ」

「はい?」

「儂は国を、持とうなどとは思っていない」

「!」

「葦名は元々我らの土地だったから奪い返しただけ。じゃが、今回はあずかり知らぬ土地。儂は、儂の思うようにやるとする。隻狼よ。お主もそうであろう?」

「は」

「儂が思うに・・・既にこの国で主を見つけておるな?」

「その通りにございます・・・」

「ならばまた、儂とお前が戦う日が来るやもしれぬなぁ」

剣気を滲ませて狼を睨みつけるが、すぐに発散させた。

「嘘じゃな。お主と儂とでは既に決着がついてしまった。あれほど心躍る戦いはもはや出来ぬ」

少々寂しそうにいう一心はナジェンダが狼に渡した紙を取り、息を吐く。

「景気づけじゃ。こやつは儂が斬ろう。お主は例の鼠を斬ってこい」

「御意」

「いいのか!?確かに不穏分子ではあるが、味方だろう」

「それを鼠というのだ。切ったら褒美をやろう」

そう言って一心は部屋を出て行くのであった。

残された三人の内二人は顔を見合わせて、そして未だ跪く狼に視線を向ける。

「あんたは一応味方なのか?」

「分からぬ・・・」

狼の返答を聞いて二人はまたため息をつくのであった。

 




革命といったら国盗り。
国盗りと言ったら葦名一心。

剣聖、葦名一心の登場。


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07 鼠狩り

ここに狼の斬る不死はいない。

しかし、忍びとして斬るべき者たちは多く存在する。


狼は一心より任を受けてすぐに敵の本拠地を探りに出かけた。

無論、情報収集の苦手な狼である。

今回は相手が強敵ということもあり、情報を収集するためにゴズキたちと合流してから考えようとしていた。

その矢先だった。

不穏な気配と爆発。

爆心地はゴズキたちが宿泊しているらしい施設であった。

敵襲。

そう考えるのが妥当だろう。

狼は慎重に辺りを見渡し、それらしき人物を探し出す。

すると、爆心地近くの建物の屋上に人影が三人いるところを目撃できた。

三人とも強力な相手である。

特に黒く、長い髪をした女はこれまでにないほど強いだろうという気配を醸し出している。

全盛期の義父のような感覚だ。

恐らくオールベルグのものに違いない。

今仕掛けるのは得策ではないだろう。

ならば敵のアジトを突き止める。

狼は月隠の飴を噛みしめ、その後を追うことにした。

 

 

敵のアジトらしき場所を突き止めるのは容易かった。

相手が油断していたのか、それとも罠か、狼には判断がつかなかったが、そのまま内部に潜入することに成功した。

あまり近づきすぎるとバレるため、遠くから様子を窺っていたが、盗み聞きをしているうちに次のようなことが分かった。

まずゴズキたちが襲撃を受けたこと。

これは狼にも分かっていたが、簡単に襲撃を受けるような筈はない。

何かしら、からくりがあるのだろう。

次にダニエルという人間が殺されたかもしれないということ。

男にしては使えるとかなんとか言っていたが、敵の戦力が減るのは嬉しいことだった。

なにより良い情報は、四本腕の女と気の強そうな女の二人が襲撃に失敗したということだった。

そうこうしているうちに、黒髪の女、メラが何かを思いついてらしい。

別の場所へ移動し、施錠されていた部屋を開いた。

そこで見た光景は信じがたいものであった。

アカメともう一人、アカメに似た少女が捕らわれている。

状況を見るに、もうひとりの少女も味方だろう。

しかし、これはまずい。

敵に捕らわれているとなると情報が漏れる可能性があるだけでなく、それだけで戦力の低下を招いているということだ。

アカメほどの人間が捕らえられるとなると、いよいよこの組織は危険だということが身に染みてくる。

だが、どういうわけかアカメたちに手を出す気はないらしく、そのまま別の場所へと連れていかれてしまった。

狼は深入り無用と判断し、その場を後にした。

 

 

狼を待っていたのは信じたくない知らせであった。

狼がいない間、ゴズキたちはプトラの墓守たちと戦いを繰り広げたらしい。

その中、ガイとナハシュを失ったのだ。

ガイは捕らわれの身となったツクシを助けるために、ナハシュは重症のポニィを助けるために犠牲となったのだ。

狼は何度も感じてきた無力さを再び味わうことになった。

だが感傷に浸っている時間はない。

狼は先ほど敵のアジトで収集してきた情報を皆に伝達した。

強敵がいる最中で敵陣に乗り込んで堂々と情報を集めてきた狼に呆れつつ、アカメとクロメというらしい少女が無事であることを取りあえずは喜んだ。

どうやら二人は姉妹だったらしい。

「お前さん。なんだか空気が変わったな」

「むう・・・」

「なんだかいつもより柔らかい感じだ。何かあったのか?」

探りを入れてくるゴズキに、狼は決まった言葉を吐く。

「明かせぬ・・・」

「ハハッ。お前さんらしいぜ。まあいい。ここで戦力が増強されたのは嬉しい誤算だ」

他にも助っ人を要請しているとのことで、狼と入れ違いでアジトの方へ行ったらしい。

何でも、皇拳寺羅刹四鬼がこちらにいるらしい。

ゴズキの実力を鑑みるに、相当な実力者がいるのだろう。

 

 

その夜、シュテンといういかつい男が隠れ家を尋ねてきた。

皇拳寺羅刹四鬼の人いらしい。

確かにその風格を感じた。

「よもや、これほどの者が存在するとは・・・」

シュテンは狼を見るなりそう言った。

「敵であれば魂を解放してやったのだが、味方ではどうしようもない」

「・・・・・」

「やめやめ。味方同士だぞ。であって早々に仲間割れなんてよしてくれよ」

ゴズキは間に入って仲裁する。

狼もシュテンも初めからやる気がなかったのか、互いにその場に座り込んだ。

「酒だ・・・」

狼はシュテンに酒を差し出す。

それが意外だったのか、いかつい顔を僅かに驚きに染めていた。

「不愛想な奴だが、中々面白い奴だよ。狼は」

「狼と申すのか。なるほど、確かに狼だ」

シュテンは酒を受け取り、一気に飲んだ。

「うまい」

「・・・・・」

狼は黙ってゴズキにも酒を差し出す。

「変わらねぇな。あんまり時間がたってないのに、懐かしく感じられるぜ」

「敵は・・・」

「ああ。とんでもなく強い奴が一人。そいつは様々な虫を操って攻撃してくる厄介な奴だった」

「蟲憑き・・・」

「何?」

「蟲が憑いている故に死ねぬ存在。死なぬのではない。死ねぬのだ」

「・・・相手がそうだと?」

「分からぬ・・・」

「・・・そうだとしてどうやって相手をする?流石に人間をやめていると言われている俺達でも、そんな奴は相手にしてられないぞ」

「この不死斬りなら・・・」

狼は背中に背負った大太刀を少しだけ抜いて見せた。

赤黒い瘴気のようなものが立ち込め、見るものを恐怖に陥れるような刃だった。

「帝具か」

「否。葦名に存在したものだ・・・」

狼は刃を戻すと酒を飲んだ。

「蟲憑きとは幾度か戦った。いずれも尋常ならざる者たちだった・・・」

「それじゃあ狼さんしか倒せないんですか?」

「幾度か殺せば・・・すぐに回生しなくなる・・・」

竜胤がそうであるように、蟲憑きもその傾向がある。

首無し獅子猿がいい例だろう。一度は忍殺を決めた狼であったが、その後毒だまりで復活した首無し獅子猿と対決した。

「不死斬りで止めを刺せばよい。そういうことか?」

「ああ・・・。だがここは葦名ではない・・・。過信はしない方がいいだろう・・・」

「・・・ところでよ。お前さんが来てくれたのはいいが、援軍として来てくれたのか?俺は何も聞いていなかったからよ」

ゴズキは探るように狼を見つめるがすぐに無駄だと悟ると盃を飲み干す。

「鼠を狩りに来た・・・」

「・・・ネズミ?」

「オールベルグ・・・」

「オールベルグをネズミ扱いか。なかなかいうものだな」

「誰の指示だ」

「・・・葦名一心・・・」

「何?」

「一心様はオールベルグが気に入らない様子だった・・・」

「葦名っていうと、あんたの・・・」

「・・・・・」

「まあいいさ。それで、その一心さんは何をしようって気なんだ?」

「国盗り・・・」

「!?」

「再びそれを目指されている・・・」

ゴズキとシュテンの空気が変わる。

「するっていうと、お前さんは・・・」

「・・・・・」

「反乱軍に協力するきなのかい?」

「・・・否」

狼は酒を飲み干し、盃を置く。

「己は陛下をお守りするだけ・・・」

それが自分の定めた掟がゆえに。

「・・・まあ敵ではないんだろうな。お前さんは」

ゴズキは刀に伸ばしていた手を戻す。

「良いのか?」

「こいつは帝国の敵じゃない。味方でもないようだがな」

今は利害が一致しているだけさとゴズキは言ってまた酒を飲む。

「それに今はオールベルグを片付けるのが一番だ。スズカが薬を持ってくるまで数日、じっとしておくしかねぇがよ」

「?」

「ああ、お前さんは知らなかったな。アカメたちは今、蟲の卵を植え付けられているのさ。それを駆除する薬を用意している最中だ」

「蟲を?」

「そうだ。相手は好きな時に蟲を孵化させられるらしい。爆弾を体に入れられているのさ」

その裏で何を吹き込まれているか分からないが。

という言葉は決して面に出さなかった。

「だから今は待つだけってことだ。いくらお前さんでも不用意に手を出しちゃならないぜ」

「承知・・・」

「・・・全く不愛想だが、逆に助かるぜ。今はよ」

ゴズキが笑い、狼は黙り、シュテンは小さくため息をつく。

それを戦々恐々としながらグリーンたちがその様子を窺うのであった。

 

 

狼たちはアジトを見張る以外に準備することはなかった。

少なくとも薬が届くまではだったが。

狼はアジトを見張っているメズというゴズキの娘と交代で様子を窺っていた。

時折、アカメとメラが外に出て行くところが見えたが、追うことはしなかった。

アカメの様子が少々おかしいと感じていたが、彼女もまた一端の暗殺者。

己の掟を今、作っているのかもしれない。

狼は心中でそんな予感を感じながら遠めに見続けていた。

近いうちに、アカメは親に反抗する時が来るのかもしれない。

その時が来たら自分はどうしたらよいのだろうか・・・。

新たな悩みの種ができ、眉間のしわを濃くする狼は、交代にやってくるメズが来るまでじっと悩んでいるのであった。

 

 

アジト突入当日。

皇拳寺羅刹四鬼の残り一人、イバラが合流し、スズカは薬も指定の場所へ埋めておいたものが掘り起こされていたとの報告があった。

ゴズキのケガも治った。

グリーンたちも気を引き締めているようだ。

狼は忍び義手に不具合がないかガシャガシャ動かしながら確認する。

「本当に不思議な道具だよね。それって帝具じゃないの?」

メズが好奇心旺盛に尋ねるが、狼は何も言わない。

それにもう慣れたのか、メズは狼が動かす義手を面白そうに眺めていた。

そういったところは親に似ているといってもよかった。

「じゃあ行くぜ?お前さん。お前さんは好きにやりゃあいいさ」

「承知・・・己は鼠を狩るだけ・・・」

「まあ後でその葦名一心について聞かせてもらうから、死ぬんじゃないぞ?」

「ゴズキ殿も・・・」

狼はつぶやくと闇に消えていった。

先に仕掛けるためだ。

「無事でいろよ。お前さん」

誰に言うでもなくつぶやくと、ゴズキも戦闘の準備に入った。

 

 

狼が鼠狩りを初めて数分後のことだろう。

ゴズキたちが戦闘を開始したようだ。

ビリビリとしびれるようなさっきが当たりを支配する。

それに気が付いたオールベルグの鼠たちは武器を構えて動き出す。

その最後尾から狼は音もなく一人、また一人と忍殺していく。

ある程度やったところで、狼は武器を持って敵を屠るアカメたちと遭遇した。

アカメとクロメ。

クロメはナタラというもう一人の仲間を肩に担いでいた。

「先生!?」

「助けはいるか・・・」

初対面のクロメに聞くが首を振る。

「そうか・・・」

狼は懐から小さな包みを取り出す。

「丸薬だ・・・」

「え?」

「ナタラに飲ませろ・・・」

言葉少なに押し付け、狼はアカメと並ぶように走る。

「遅れた・・・」

「いえ・・・」

アカメは何か奥歯に挟まっているような返答をした。

「迷えば敗れる・・・忘れるな・・・」

「はい。先生」

アカメは吹っ切ったようだ。

狼はそれを見て少しだけ眉を薄くする。

好きにすればいい。

狼は悩み続けていたことの答えを今出した。

当時、御子様を捨てよと義父に命じられた際に断ち切ったように、アカメも何かを断ち切るつもりだろう。

己の掟に従って。

それでよいのだろう。

狼はそれを受け入れようと思った。

 

 

殿。

足止め役。

そういった風情の四本腕の女、ドラ。

「アカメ・・・ひどいですね。恩知らず」

ドラは頬を赤らめさせ、アカメに言う。

「私は貴女とは戦いたくなかった・・・」

だがそんな揺さぶりにかからず、アカメは冷徹に葬ると宣言をした。

こちらは狼を入れて皇拳寺羅刹四鬼のイバラとスズカ、そしてアカメの4人。

対して相手は一人のように見えるが、誰も突っ込んでいかない。

「無闇に突っ込んでは来ませんか」

それを分かってか、指を鳴らすと蟲が大量に現れた。

「通しませんよ」

これだけの虫をドラに割いたのだから今、メラのところには少数の蟲しかいないだろう。

好機ではあったが、あまり油断はできない。

蟲が動き出した。

狼は『長火花』を撒いて音と爆音で蟲を四散させる。

敵はまずスズカに狙いをつけたらしく、暗器を持って彼女を刻む。

イバラは素手で蟲を倒していたが、その隙をついてワイヤーで腕を絡めとられて蟲に覆われる。

狼は距離を取り、本体めがけて手裏剣を放つが蟲に阻まれてしまい、届かない。

「アカメは・・・」

敵はこちら3人を脅威ではないと判断したのか、アカメを探すために動くが、こちらもそこまで弱いわけではない。

切り刻まれていたスズカは素早く復帰して相手に蹴りを浴びせる。

イバラは肉体を操作して蟲を一気に跳ねのける。

狼は相手との距離が開いているのをいいことに、鞘に刀をしまい、抜き放った刃が文字通り空中を裂く。

『秘伝・竜閃』。

葦名一心との死闘の果てに使えるようになった技であった。

これには相手も驚いたのか、蟲と暗器の両方を使って守りを固めた。

結果、無傷とはいかずともかすり傷で済ませてしまう。

「流石はオールベルグといったところだけど。こっちもこっちだね」

スズカは空を飛んで行った剣撃をみて関心をしたように言った。

「こっちだってタフさじゃ負けないがな」

イバラは蟲に覆われていたにも関わらずまだ十分に動けるようだ。

「とはいえ、このままじゃ敵の頭領に逃げられちまうぞぉ」

「誰かが追わないとね」

「誰一人通しません」

「・・・行くか・・・アカメ・・・」

狼は静かに問うた。

するとアカメは頷き、刀を構える。

「・・・ついてこい・・・」

狼は先陣を切って走り出した。

「特攻とは・・・!?」

蟲の触れた瞬間、羽のようなものを残して狼の姿がかき消えた。

「後ろっ!」

「・・・・・」

背後からの攻撃を受け止められた狼はそのまま『長火花』を撒く。

爆竹と分かった相手はとっさに距離を開けるが、その場所には既にイバラとスズカが先手を打っていた。

「アカメ・・・!?しまった・・・」

アカメを通してしまったドラは己の失策を悔いるが、すぐに構えなおす。

「クールな奴だ。最善の選択を分かっていやがる」

「きついけどやってもらうしかないね」

「・・・・・」

狼は再び刀を鞘にしまい、距離を詰める。

相手の僅かな動揺を見て詰めた距離。

後一息で詰められるその距離にドラと狼がいた。

「あなたのその剣さばき。妙な術。爆竹によるかく乱。どれをとっても厄介です」

「・・・・・」

「なので、先に始末します!」

蟲をけん制に狼から距離を取ろうとするが、既に狼の間合い。

僅かな負傷をものともせずに狼は踏み込んだ。

『奥義・葦名十文字』。

瞬く間もなく放たれた居合斬りをドラはガードするが、鋭いその刃はその上からダメージを与える。

「!?」

「・・・参る」

追撃に刃を振るうが避けられる。

狼もその場から素早く飛び去り、蟲をかわす。

「へっへっ。敵は一人じゃないぜぇ」

「放置プレイとか。ちょっと好みだったけど」

狼は隙を見て攻撃する二人を見て、葦名ではこういったことは少なかったなと思いを馳せた。

味方がいるというのは何とも心強いものか。

だが、そこに付け入る隙を生み出さない。

それが狼だった。

だが、相手も強い。

蟲がいるとはいえ、なんとも頑強で、逆境に強いことか。

「お前さん!」

どうやらゴズキたちがこちらにやってきたらしい。

相手の意識がそちらへそれる。

狼は再び距離を開け、『長火花』をまく。

爆竹の光と煙に紛れて背中に背負った大太刀に手をかける。

抜き放ったそれは禍々しい赤と黒の妖気を発していた。

狼は横薙ぎの構えをとる。

爆竹に目を取られていたドラはその動いた空気で己が窮地を知る。

『奥義・不死斬り』。

見た目よりも長く、そして強力な一撃を放つ不死斬りは距離を開けようとするドラを切り裂く。

「か・・・はぁ・・・」

何とか致命傷を避けたようだったが、それでも狼から逃げる余裕はないだろう。

ドラは最期のあがきで懐にしまっていた爆弾に手をかける。

しかし、そこに揃っているのは一流の暗殺者たちである。

それを見逃すはずがなかった。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

ドラ。

メラの忠臣であり、オールベルグの暗殺者であった。

 




スタミナの概念がない隻狼ではずっと走り続けられる。
その上、狼さんに至っては弾き続ける限りガードが崩れない。

ソウルシリーズでは垂涎の仕様ですね。


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08 疑念

物語は本来の道から徐々にそれていく。
決して諦めなかった隻腕の狼の手によって。


最近のアカメはよく外へ出る。

狼はケガから復帰したてのアカメが外へ出てゴズキから行くなと呼ばれている場所を目にしていることを知っている。

オールベルグが現在の帝国の様子を教えたのだろう。

狼から見てもこの帝国の状況は酷いものであると言えた。

アカメは元来心優しい少女である。

そんな彼女が帝国の様子を見ればどうなるかなど、見ずにとも分かるというものだ。

「お前さん・・・」

ゴズキは帝都のとある屋根の上で佇む狼に声を掛けた。

「お前さんはどう思う。あんな風に葛藤する娘を見て、俺はどうすればいい」

そう聞きつつも、ゴズキは刀に手をかけたままである。

返答次第では狼を斬るといった雰囲気もある。

「・・・義父上の話をしたな・・・」

「・・・ああ」

「そうならなければいい・・・」

「・・・ああ。そうだな・・・」

ゴズキはその場から飛び降りてアカメの下へ歩みよって行った。

狼はその様子をしばらく眺めながら、強敵の記憶と向き合う。

 

心に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

ドラ

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

ドラは四本の腕を持つ女だった。

相棒のギルと仕える主メラを想い、常に動いていた。

彼女は己の掟を徹底したものであり、狼は深く共感した。

 

 

アカメやゴズキも、お互いに向き合うべきなのかもしれない。

戦うことしかできない狼は義父、梟の技を確かに吸収したが、親心などは吸収できなかったのかもしれない。

故に、狼にはゴズキの悩みに答えてやれることが出来なかった。

ゴズキとアカメ。

その場はどうにかなったらしい。

ゴズキが狼のいる屋根まで上がってくる。

「待たせたな。お前さん」

「・・・・・」

「眉間のしわが薄くなったみたいだな」

「・・・・・」

「悪かったよ。今度酒を奢ってやるからよ」

ゴズキは不愛想に、だが安堵した表情の狼に謝りながら去って行った。

狼は残されたアカメを見る。

彼女はまだ迷っているのだろう。

家族と己の心の声に、迷いがあるのだ。

羨ましく思った。

狼は何も言わず、ただその場を去るのであった。

 

 

「狼さん」

翌日、狼がいかにして一心へ報告を送ろうかと考えていると、グリーンがやってきた。

どうやら、昨晩の出来事をアカメ本人から聞いたらしい。

「アカメの力になってやりたいんです」

「・・・・・」

狼は眉間のしわを濃くする。

難しい頼みだった。

義父のように様々なことに長けているわけでもない狼は純粋に戦闘特化型だ。

このような繊細な悩みに対して答えを持ち合わせているわけでもない。

かといってただ単純にゴズキを説得すればなんてことは狼には無理だった。

「アカメを支えたいなら・・・」

「・・・・・」

「死なぬことだ・・・」

「・・・・・」

狼は自分が言っている助言が正しいものかわからなかった。

ただグリーンは真面目に聞いている。

「アカメは迷っている。迷えば敗れる・・・それが戦だ」

「戦?」

「それしか言えぬ・・・すまぬ・・・」

狼は謝罪した。

だがグリーンでは何か得たものがあったようで、考えるような素振りを見せていた。

今度はこちらの方なのか・・・。

グリーンも又迷っているのだ。

アカメの力になりたいが、今の自分で何ができるのか。

彼はアカメに恋心を抱いている。

これもまた狼にはどうしようもできない悩みの一つだ。

最近は悩んでばかりな気がするがどうしてなのだろうか。

しかし、悪くないと思える。

平和な時間だ。

かつて葦名を駆け回っていた狼は得難い物だろう。

「ここは少し・・・」

「?」

「いや・・・何もない・・・」

自分に合わない場所かもしれない。

狼はその言葉を飲み込んだ。

 

 

「よく来た狼よ」

「は」

しばらくぶりの主との邂逅である。

謁見の間ではなく陛下の私室だ。

外の兵士には内密に、気が付かれずに侵入する狼。

「帝国の敵を斬ったと聞いた。大儀である」

「・・・・・」

「ふむ。何か褒美をやらねばな」

不愛想な狼をみて苦笑いを浮かべつつ、陛下は何かしら考えるような素振りを見せる。

陛下はこの狼という男を大層気に入るようになっていた。

忌憚なく自分に忠言できる存在を、陛下は大臣の他にそう知らない。

それこそ大将軍ブドーやエスデスのような存在くらいだろう。

だが、狼は不愛想ながら陛下のために動き、陛下の知らない世情を教えてくれたりする。

それが何よりうれしく思うところだったのだろう。

「何か欲しいものはないか。狼よ」

「は・・・では人と会う許可をいただければ・・・」

「ふむ?人と?そのようなものに許可は必要ないのでは?」

「会う人物が革命軍の者でございます。老境とはいえ、葦名では剣聖といわれた人物がこの土地におります故・・・」

「革命軍・・・剣聖と申すと、狼の言っていた葦名一心か?」

「はい」

「まさか敵となっていたとは・・・して、何故今それを明かすのだ?そなたが革命軍と通じていると信じたくはないぞ」

「革命軍の内部に入ったときに・・・かの人物と偶然出会いました。その時に鼠、オールベルグを斬れと命じられ、承服したのです」

「オールベルグと革命軍は味方同士ではなかったのか?」

「あの組織はただ交渉が上手くいけばどのような者も殺す。そのような者たちでした。それ故に一心様は気に入らなかったのでしょう」

あの快活な老人と幼い陛下があったらどのようなことになるだろうか。

想像できない狼はただ頭をたれて陛下の言葉を待った。

「よし分かった。敵とはいえそのような人物を、ないがしろにできぬ。明日にでも偵察ということで任を与える。一心殿に会って参れ」

「ありがたく・・・」

「ふふ。いつか余もあってみたいものだな」

戦場であれば必ずまみえることが出来ようが、このような場所での邂逅は難しいだろうと狼は思った。

 

 

「聞きそびれた葦名一心について、聞く前に陛下が許可を出すとはな。意外とやり手なのか?お前さん」

ゴズキは苦笑いと共に狼のいる部屋へやってきた。

狼の部屋は忍具や武器の手入れ道具が置いてあるほか、義手忍具を仕込む台もあった。

常在戦場という言葉が当てはまる部屋に幾度か入ったことのあるゴズキは、真っ先に酒の置いてある棚に向かう。

こうして狼の部屋で飲むのも最近では珍しくない。

「一心様は己の研鑽に余念のない方だ・・・」

「その敵が偶々帝国だったってことか?」

「否・・・国盗り戦の葦名衆。国を盗るのが上手い・・・革命軍にいるのはそれが理由だろう・・・」

あるいは帝国の強者と戦ってみたいだけなのかもしれない。

「そこまでいうなら俺もあってみたいものだが、そうもいっていられねぇ。近々任務があるからな。ハクバ山にいって反乱軍の頭目を討たなければならない」

「そうか・・・」

「ああ」

「己も行こう・・・」

「何?陛下直々の命令を無視していいのか?」

ゴズキは柄になく心配そうな表情を浮かべる。

「陛下は革命軍の偵察を命じられた。その任に偽りはない」

「お前さんらしくないな。心配か?」

「・・・・・」

「まあ。お前さんが来てくれるならありがたい。人数はいた方が助かるからな」

「・・・不穏だ」

狼は切り出した。

最近見るようになった形代の数。

増えているのは帝都への怨嗟が増しているのか、狼の業が深いせいか。

それを見て狼は不穏と言ったのである。

この任務。おそらく一筋縄ではいかないだろう。

そう予感していた。

 

 

「ここでいったんお別れだな」

狼はハクバの街でゴズキたちと別れることになった。

アカメとグリーンの迷いは晴れているようだったが、未だに安心できない。

「迷うなよ・・・」

狼はそう言ってその場を後にした。

このハクバ山に葦名一心がいるか分からないが、どうにも気にかかる点が多かった。

形代の多さである。

これは業の深いものが見れるもので、狼はゴズキたちより業が深いがゆえに見えている。

多い。

それは一体どのようなものがあるか。

見ることはできないが、狼はより一層警戒心を強くした。

 

 

狼は厳重な警戒のハクバ山。

そこには一心の姿はなかった。

だが、狼にとって収穫はあった。

怨嗟の降り積もる先、それを見つけたのだ。

帝国の暗殺部隊を狙うプトラの残党、そしてオールベルグの生き残り、恋人を殺された者。

皆、怨嗟に身を焦がす者たちだった。

そしてそこに意外な人物を見つけた。

かつて死んだと思われていた。ナハシュである。

彼は今、傀儡の術のようなもので操られているのか、記憶が無いようであった。

それの情報を持ち帰るべく、その場を後にしようとしたところであった。

「そこにいる奴。降りてこい」

ナハシュは狼のいる方向に向けて言い放つ。

狼は失念していた。

彼は優秀な暗殺者であった。

それ故に狼の技を吸収していったことを。

観念して狼は姿を現す。

「帝国の密偵。いえ、暗殺部隊ですか?」

「明かせぬ・・・」

「まあそちらはそうでしょうね。でも私たちにとっては違うのですよ」

色の黒い肌をした男は復讐心を面に出していう。

「プトラの墓守たちは皆あなた方に殺されました。この復讐。必ず遂げさせてもらいます」

「コウガを殺した仇、ここで果たす」

「メラ様を良くも殺しましたわね」

「切り刻んでから殺してやりますわ」

「・・・・・」

狼は刀を構える。

「怨嗟の降り積もる先、鬼にならずとも・・・」

狼はかつての仏師の最期を思い出す。

『お前さんが斬ってくれ』

そういった仏師を本当に斬った。

怨嗟の鬼となった仏師を・・・。

なれば、この怨嗟。狼が斬らねばならないのだろう。

怨嗟の降り積もる先をなくさねばならない。

「再び斬ることになるとは・・・」

「何を訳の分からぬことを・・・」

悲し気な音が鳴りにひびいた。

銃を放とうとした女の動きが止まる。それだけではない。

何やら苦しげな様子で呻いた。

『泣き虫』。

燃える怨嗟の声を静める悲しく、美しい音色が復讐者たちを苦しめる。

「ナハシュ」

唯一苦しまず、状況の変化に僅かな動揺を見せていたナハシュに狼は構える。

「!?」

「己の掟、忘れていまいな」

「・・・掟」

「斬るぞ・・・ナハシュ・・・」

狼は駆け出した。

 




怨嗟の満ちるこの世界では『泣き虫』がかなり有効でしょう。


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09 怨嗟

怨嗟に満ちた国は鬼を生むのだろうか?


狼は苦悶しながらも攻撃してくる女の銃撃を弾き、ナハシュへと迫る。

復讐者たちはよほどの怨嗟に満ちていたのだろう。

苦しみの表情からそれが察せられる。

「やめろ!この音を止めろ!」

「・・・・・」

狼はこれほど大人数を相手にするのは向いていない。

だが、怨嗟を持つものなら話は別になってくる。

かつては鬼となった仏師を斬った狼である。

今回はそれよりも難しくはない。

だからといって油断していいわけがない。

「ナハシュ・・・」

「貴様・・・俺の何を知っている・・・」

「かつて、葦名流を教えたのを忘れたか・・・ならばもう一度その身をもって知るといい・・・」

狼は葦名流・一文字二連を繰り出す。

愚直に防御するナハシュはその刃の重さに体幹を崩しそうになる。

「弾け・・・流水のごとく」

狼は今まで教えたように攻撃を繰り出す。

あの時とは違い、今度は真剣である。

「葦名流は勝つことを一事とした剣・・・行くぞ・・・」

激しい剣撃の応酬。

ナハシュは確かに強いが、自分より強い者を相手にし続けてきた狼は弱いが強い。

矛盾したようであるが、狼はそれを体現していた。

「ぐぅ」

とはいえナハシュも強い。

幾度か危ない攻撃をもらいそうになっていた。

だが退かない。

迷えば敗れる。

ナハシュはもはやまともではない。

あの子らと戦わせるわけには行かないだろう。

そんな情が狼に隙を作りださせたのかもしれない。

苦悶から解放されつつあった復讐者たちが復帰し始めていた。

「・・・何事だ!」

敵の増援もやってきた。

頃合いか・・・。

狼はこれ以上の攻撃を諦め、撤退することにした。

 

 

撤退は呆気ないほど上手くいった。

敵と敵の間をすり抜け、同士討ちを誘うように間を縫い、時に『霧ガラス』や『爆竹』などを使用して革命軍のアジトから逃げ出した。

流石にそれなりの負傷はしたものの、丸薬を飲んで少ししたら傷はふさがった。

今度の戦い。

相手にナハシュがいる以上、子供たちに戦わせるのは上策ではない。

必ずや迷いが生まれ、そして斬られる。

己が斬らねばならぬ。

狼は一人山の中、決意を固めるのだった。

 

 

「あっちは大丈夫かね」

ゴズキはアカメと密偵を片付ける傍ら、独りつぶやいた。

ゴズキにしては珍しい心配だった。

その呟きが聞こえたのか、アカメはゴズキを珍しいものを見るような目で見た。

「俺だってあいつを心配することくらいあるさ」

「先生は・・・」

「どうした?」

「先生は今の帝国を見てどう思っているのか気になって」

「・・・・・」

「陛下の忍びと言っていた。なら、もっと思うことがあるんじゃないかと」

「アカメ。今は任務に集中しろ」

「・・・・・」

「あいつも現状がいいとは思っていないさ。ただ、ちょっと不器用なんだよ。さっさと大臣をやっちまえばいいのに、あいつは陛下が傷つくといってできないんだ」

ゴズキは自分でも言ってはならないことを言ってしまったことに驚いた。

「任務中だったな。さてやるか」

知らない間に狼の影響を受けてしまったのかもしれない。

ゴズキは頭をかきながら今度こそ任務に集中することにした。

 

 

「あれ以来・・・全く攻めてきませんね」

プトラの生き残り、ムディは寝転がりながらぼやいた。

たった一人で攻めてきた格好の得物だと思いきや、謎の笛の音によって感情をかき乱された。

二度目はないと警戒していたが、相手も馬鹿ではない。

同じように攻めてくることはなかった。

砦の警護も厳重になっているという事実もあった。

「わざと穴を開けてくれませんかね。ちょっとでいいので」

「断る!!」

頭領のスザクは断固反対した。

上ではドタバタと騒いでいる音が聞こえる。

「この騒ぎはマシロと姉妹だぞ」

「皆、元気を持て余しているようですね」

「膠着状態だ。どうする雑魚主人」

操られたナハシュが問うと、ムディは考えるそぶりを見せて言った。

「迎撃ではなく、攻撃に切り替えてみましょうか」

だが、あの手練れの暗殺者が気になる。

攻撃に行ったはいいが、あの笛の音で行動不能になればナハシュ以外に動けるものがいなくなってしまう。

外に出れば前回のように援軍が来てくれるということはないだろう。

「まあこちらも我慢の限界です。やってみましょうか」

ムディは憎悪の炎を滾らせながら言った。

 

 

「お前さん。それは本当か・・・」

「間違いない・・・」

狼は一度ゴズキたちの拠点へ戻ってきていた。

ゴズキにナハシュの生存を報告する他、怨嗟の炎を持つ存在がいたことを知らせるためである。

ナハシュが生きていることを知った面々は喜びに満ちた表情を浮かべたが、操られていると聞いた直後、複雑そうな表情をした。

敵対関係にある状態だからだろう。

「ついさっき、こっち側の密偵がやられていた。惨たらしく、復讐とか文字を書いてな。お前さん、よく無事だったな」

「怨嗟の炎にはこれがよく効く・・・」

狼は指笛『泣き虫』を吹いた。

「この音は」

「なんだか寂しいね」

「でも何だか安心するような笛の音だ」

それぞれが反応を示す中、狼は言わなければならないこと、だが言いたくないことを言うことにした。

「ナハシュは斬る・・・」

「狼さん!」

「・・・お前たちには荷が重すぎる・・・例え、操る先を殺したとて、傀儡が解除される保証はない・・・」

静かに言う狼に対して、ポニィは激怒する。

「チーフが生きていたんだよ!なのに斬るなんて」

「狼が正しいぜ。ポニィ」

ゴズキは狼の側に立つ。

「確かに、操っている奴を倒して正気に戻れば万々歳だが、あまり希望を持っていると、後が痛いからな」

「・・・・・」

狼もナハシュを斬りたくないという気持ちはある。

これでもナハシュの師なのだ。

だが、そう言って斬られては意味がない。

不死斬りが抜けたといっても竜胤の力が生きているとは限らない。

油断をすれば自分が死んでしまうのだ。

それでは陛下を守ることなどできない。

「明日からは革命軍の密偵をみっちり狩りだす。全員気を引き締めていけ!」

 

 

ゴズキと狼は全員が去った後、残って話し合っていた。

メンバーの編成についてである。

ゴズキはアカメと組んで動向を探りたいらしい、帝国への疑念がアカメを裏切らせるかもしれないからだという。

狼にとってはそれも受け入れなければならないことの一つだと考えていたが、国を思うゴズキと陛下を思う狼では意見が食い違う。

二人はそこには触れず、班の編成について話し合うのであった。

「お前さん。さっきの指笛もそうだが、様々な暗器を持っているんだな」

まさかあんな音色の笛があるとは思わなかったとゴズキは言った。

「皆、仏師殿に仕込んでい頂いたものだ・・・」

「仏師?」

「葦名にある荒れ寺の仏師。隻腕の仏師殿。あるいは・・・怨嗟の鬼となった仏師・・・」

狼は今度の戦いについて思いを馳せる。

犠牲なくして戦いに勝つことがでいるだろうか。

「今度の相手は復讐者たちか。まあ業の深い仕事だからなぁ」

「・・・己が斬ろう・・・」

「お前さん?」

「怨嗟を斬るならば、己が斬る・・・」

鬼を斬ったことがある故に・・・。

それを聞いたゴズキは複雑そうな顔をした。

この男が見せる珍しい表情だと狼は思った。

「俺の子供たちはそう簡単にはやられないさ。お前さんも見ていただろう?あいつらは強くなっている」

「・・・・・」

「分かっているさ。だが信じる以外にねぇ。そうだろ?」

「むう・・・」

狼は唸り声をあげた。

怨嗟が積りに積もった先である仏師は鬼になった。

それほどの力を持つ感情なのだ。

怨嗟、復讐心とは。

「明日は俺とアカメ、そっちは残りの連中全員だ。珍しく集団行動だからって、変なことをするなよ?」

昔、同業相手に大胆な情報収集をしていた狼は静かにだが唸った。

「最近はアカメの奴が帝国に疑念を抱いてきているからな。お前さんたちには悪いが別行動させてもらう」

「アカメも反抗期か・・・」

「ああ。親の言うことも聞きやしないかもな」

「己も・・・たった一度だけ反抗した・・・」

「へぇ。掟は絶対というのが信条のあんたがね」

「親は絶対。逆らうことは許されぬ。それを破った」

「・・・・・」

「最初で、最後の反抗だった・・・」

「俺たちもそうならないように気を付けないとな・・・」

「・・・・・」

狼は黙ってしまったが、ゴズキも慣れている。

黙って差し出された酒を、ゴズキは苦笑いをしながら受け取るのであった。

 




白い霧さえなければ狼さんの逃走は止められない。


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10 怨嗟斬り

この世界の怨嗟は炎を生むのか?


 

 

翌朝、狼はグリーンたち四人と共に行動していたが、明らかに忍びといった装いで、しかも隻腕という怪しい人物が隣にいては仕事にならないということで、わずかに距離を置いていた。

向こうが仕かけてくるかは分からないが、どうにも心配である。

狼は密偵を探す子供たちを見ながら一人眉を寄せていた。

彼らは少々怨嗟を甘く見ている節がある。

怨嗟は確かに陰湿かもしれないが、思っている以上に熱いのだ。

戦場を焼け焦がす程に。

ポニィがきょろきょろと辺りを探しているが、あれでは密偵を探しているというより新しい場所に来てはしゃぐ子供のようだ。

だが、その挙動が止まった。

狼は人ごみに紛れてポニィの見ている方向を確認した。

ナハシュである。

その瞬間、ポニィが駆け出していた。

まずい。

これは明らかな罠だ。

だが、こちらの感情を上手く突いた罠でもあった。

先日、ナハシュの生存を伝えていた狼であったが、ナハシュを斬ると宣言したのみで、他には何も言わなかった。

己の不愛想さを恨みながら狼はポニィを追いかける。

どうにも嫌な予感がした。

 

 

ナハシュを追っていくと、人気のない森の中へと入って行った。

狼は月隠で後を追い、隠れて様子を見ていた。

「ナハシュ!」

ポニィは必死に呼び止めた。

ナハシュも足を止めていたが、どうやら叫びが聞こえたからではないらしい。

奥から怨嗟を持つ四人の復讐者たちが現れた。

「お前の姿に反応するものがいれば引き連れてこいとは言ったが・・・。ここまで見事に釣れるとはな」

その一人であるマシロは辺りを見回して警戒する。

「あいつがいないな。気配を探れないか?」

「分からん。昨日より念を入れているらしい」

マシロとナハシュはやり取りをして、他は素性を確かめ合う。

ポニィは未だにナハシュへ語り掛けていたが、やはり記憶が無いらしく、知らんなと切り捨てられた。

ツクシは先手必勝とばかりに銃を構えるが、次の瞬間にはマシロが銃を構え、撃っていた。

金属のぶつかる音。

「・・・・・」

「先生!?」

「やはりいたな。だが、こうして目の前に出てくるとは」

狼は素早く移動して弾丸からツクシを守っていた。

「無事か・・・」

「はい。すみません」

「いい・・・」

その会話をしている数舜にも双子の復讐者がポニィとクロメに襲い掛かっていた。

ナハシュは主人の護衛なのか、ムディの側から離れない。

「貴様は一体何者だ・・・忍び!!」

「・・・己は怨嗟を斬るもの・・・」

珍しく名乗りを上げた狼は吽護の飴を噛みしめ構えをとる。

「怨嗟を斬るものだと・・・」

「ああ・・・昔、怨嗟の鬼を斬った・・・今度はその降り積もる炎を斬る・・・」

「やれるものならやってみろ。私は恋人をお前たちに殺されたんだ。必ず、お前たちを殺す!」

「・・・参る」

 

 

狼は葦名にて鉄砲砦と呼ばれる場所を強行突破したことがある。

苛烈極まる銃撃の嵐の中を通り、蛇の目の女と戦った。

強力な銃撃を放ち、筒を軽々振り回す彼女は強大な敵であった。

だが、今回の相手はそれよりも強かった。

指笛に注意をしているのか、狼に吹かせないように立ち回り、正確な射撃と力強い体術で狼に迫っていた。

防戦一方の狼を見てツクシが援護しようとするが距離が近すぎて誤射してしまいそうになる。

「強い・・・」

「・・・・・」

だが幾度となく死に、そして研鑽されていった狼はマシロの実力をもってして攻めきれるものではない。

狼は銃撃をいくつか受けていたが、それでも平然と戦い、隙を見ては丸薬や傷薬瓢箪で傷を癒していた。

さらには未知の忍具がマシロを大いに苦しめていた。

視界と聴覚を遮られる爆竹、多少の攻撃をものともせずに振り下ろされる斧、何より厄介なのが指笛だ。

この笛だけは彼女たちにとって致命的なため、必ず阻止していたが、それをも逆手に取ってくる。

マシロと狼の方で天秤が傾きかけていたその時、クロメがオールベルグの双子の一人を討ち取った。

皆、油断していたのだろう。

無理もない。

敵を一人倒したのだから勝てる。

そう思ってしまうのは無理もない話だ。

だが、怨嗟の鬼という怨嗟が降り積もった先を見ている狼は危険だと感じた。

その瞬間。

討ち取ったはずの敵が自爆したのである。

一瞬の隙をついてマシロはクロメの方へ銃を向ける。

撃たせまいと迫ったが既に発砲されていた。

クロメは間一髪で刀を犠牲に弾いたがこれ以上の戦闘は難しくなる。

狼が指笛を鳴らそうとするが、マシロに止められる。

「ぬう・・・」

銃撃を弾きながら狼は見た。

ナハシュがポニィを斬ったところを。

見てしまった。

瞬間、狼は爆竹を撒き、構える。

その構えは過去に義父が構えたものであり、一心が葦名無心流として昇華させたもの。

「!?」

爆音と煙の向こう側から突進してきた狼に、マシロは一瞬虚をつかれた表情を浮かべる。

『秘伝・大忍び落とし』

狼は突きをマシロに見舞う。

だが相手も強者、それは浅く切るにとどまる。

次に狼は相手を蹴り、高く舞い上がる。

そして降下しながら回転斬りを叩きつける。

一連の流れは空を舞う梟を連想させた。

「ぐぅ・・・」

一瞬の隙を得た狼はポニィの下へ駆け寄る。

ナハシュは自分が何をしたのか分かっていない、不思議そうな表情を浮かべていた。

狼はナハシュに肉薄しようとするが、相手はアカメたちの増援が来たことを知るや否や、撤退を実行することにしたらしい。

一太刀のみ切り結ぶも、すぐに距離を取られてしまった。

「お前たち。絶対に殺してやる・・・」

憎悪に彩られたもう一人の双子が狼たちにいった。

マシロは煙玉を焚いて視界を遮ると、全員姿を隠して逃げて行ってしまった。

「ポニィ・・・」

狼は近寄り、傷薬瓢箪を飲ませる。

傷はふさがったが、意識がない。

「ここまでか・・・」

狼は傷ついたポニィを抱きながら一人呟くのだった。

 

 

「分かっていたにも関わらず、この始末は中々じゃないか」

といいつつも未だに意識が戻らないポニィを見て心配そうにするゴズキ。

他の子どもの前では見せない、狼と二人だけの表情であった。

「怨嗟か。甘く見ていた。いや、俺も執念って奴を見たばかりなのにそれをこいつらに教えなかった。俺のミスだな」

「むう・・・」

狼は己の未熟さを呪う。

今まで一人で動いていたがゆえに周りに目がいかなかったせいだろう。

ポニィは傷つき、この状況になった。

「ナハシュ・・・」

「!?気が付いたか・・・」

狼は意識を確かめるようにポニィへ語りかける。

「生きている?」

「ああ・・・生きている・・・」

「狼に感謝しておけ。不思議な瓢箪でお前を助けてくれたんだからな」

「・・・ありがとう。狼さん」

「無事で・・・よかった・・・」

狼は一安心する。

意識が戻ったことを全員に知らせ、皆がポニィの部屋へやってくる。

家族とはこう、どこか安心するような人間なのか。

狼はポニィに話しかける家族たちを見てそう思った。

ポニィは自分が死んでいないのは、ナハシュの洗脳が完全ではないからだと語った。

確かに、狼の教え子であるナハシュは相手を仕損じることはなかったはずだ。

では、ナハシュを斬らずに済む方法もあるのか?

だが、それに固執してやられては・・・。

悩む狼をただただ面白そうにゴズキが見るのであった。

 

 

狼たちはしばらく待機することになった。

何でも、上層部から大規模な作戦が発令されたらしい。

その間、傷を癒すなり、修行するなりしていた。

狼は新たに帝具と手に入れたというクロメと知識以外にも力をつけたいというグリーンを相手に稽古をしている最中だった。

「はぁはぁ・・・先生・・・強い」

「まあ一対一だと負ける想像ができないよね」

グリーンはコテンパンにのされたクロメを見て苦笑いを浮かべる。

狼の扱う流派の内、葦名流と呼ばれる技がある。

とはいっても狼が使っているのは一文字二連というただ単純に刀を振り下ろすというものだが、単純故にその重さは想像以上だ。

かつてナハシュとアカメにも教えていた流派であり、彼女たちはすぐに習得していったが、このクロメも成長速度が速い。

また、八房という帝具は自分が斬った相手を死人返りさせるという凶悪な能力がある。

狼とは相性が悪いが、不死斬りを使うのであればどうかといったところである。

「クロメ・・・その薬はなんだ・・・」

狼は毎回飲んでいる薬について聞いてみた。

「ああ。これは強化薬で、身体能力を増強させるんですよ」

「そんなものが・・・」

このとき狼は阿攻の飴のようなものを想像していたが、グリーンが表情をこわばらせているところを見て、そのようなものではないと考えた。

「副作用はあるのかい・・・」

グリーンが控えめに聞くと、クロメはあると答えた。

常に服用していないと禁断症状が出る等のけして安全とは言えない薬のようであった。

「クロメ・・・」

「やめませんよ。私は」

「・・・己が掟か・・・」

「掟?」

「ああ、狼さんは己の掟は己で定めろって言っているんだ。まあ親父がなかなか許してくれなさそうだから難しいけどさ」

「へぇ。先生はどんな掟を定めているの?」

「我が生涯の主の下へ戻ること。陛下をお守りすること」

狼は木刀を大きく振って旋風を起こす。

「そのためには、お前たち子らを生かさねばな・・・」

狼は再び構えた。

「・・・参れ」

 

 

狼とゴズキはナハシュとマシロを相手に取ることになった。

この二人の強さは別格であり、子供たちには別の相手、ハクバ山に潜む革命軍の首領を討つ手はずとなっていた。

どうやってあの要塞から敵を炙り出すのか不思議だったが、その方法があるというので狼は黙った。

潜む茂みの中、大勢の軍隊が城塞から出て行く様子が分かる。

何やら焦燥の様子を見せていたが、一体何があったというのだろうか。

狼は音もなく刀を抜き、警戒する。

そろそろ指揮官が近くなる。

時は来た。

クロメが八房を起動して死人たちを前線に出す。

ゴズキも初めから全力で敵を相手にし、徐々に数を減らしていった。

だが、ナハシュとマシロの連携に一瞬で足止めされてしまう。

「させん・・・」

狼は陰より忍び寄ってナハシュの背後を取る。

だが、教え子の本能とでもいうべきか、奇襲は止められてしまう。

「見事・・・」

「お前、お前を見ていると頭が・・・」

「ナハシュ・・・」

狼は刀を収め、構える。

「お前に記憶があるのなら、退け・・・退かぬのなら・・・斬る」

ジリジリと距離を詰める狼に対し、ナハシュは気圧されるように後ろへと下がる。

ゴズキの方も苦戦しているようで、思うような戦況が作りあげられていないらしい。

本来であれば、マシロを狼が相手するはずだったが、ゴズキの子供を斬らせるわけには行かない。

狼の心がそうさせたのだ。

「行くぞ・・・ナハシュ・・・」

だが次の瞬間。

ナハシュは苦悶の叫びを上げ、どこかへ走り去っていった。

アカメがムディをやったのだろう。

その後を追う前に、狼はマシロへと狙いをつける。

先ほどとは違い剣気をためる。

鋭い剣気が辺りの空気を歪ませる。

それに気が付いた面々は狼が何かしようとしていることが分かった。

分かったところで遅かった。

『秘伝・竜閃』

その剣気をためて放ったもの。

唐突に来た真空波を寸のところで避けたマシロであったが、次に来た衝撃波には面を食らって大きな隙をさらしてしまう。

それを見逃すゴズキとグリーンではない。

グリーンは相手の武器を叩き落とし、ゴズキは肉体操作で変幻自在の攻撃を浴びせる。

防戦一方となったマシロは、ついに体幹を崩してしまう。

その瞬間を狼は待っていた。

素早く近寄り、心臓に刃を突き立てる。

「まだだ。まだだぁぁ!!」

一瞬の隙、それが狼にはあったのだろう。

心臓を貫いた刃をものともせず、深い執念が体を突き動かした。

狼の首を掴み、地面へと叩きつける。

「ぐぅ!」

心臓に刃が刺さったままだというのにまだ動いている。

見事。

狼は心中で称賛しながら地面を転がり追撃を逃れる。

手には刀がない。

「殺してやる・・・コウガの恨み!ここで!」

「・・・・・」

まるで怨霊であると狼は感じた。

怨霊を斬ったことがある狼は、それでも恐ろしいのは人間だと思っている。

怨霊も、元をただせば人間。

業が深くなる。

「・・・御免」

「・・・ぁ・・・」

決着は一瞬だった。

悲し気な音色が響き渡る。

『泣き虫』。

怨霊の類を苦悶させるその音色は怨嗟の炎を少しだけ静める。

その少しだけ静められた怨嗟の炎は、マシロにとって何よりも致命的な一撃となった。

「・・・コウ・・が・・・」

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

マシロ。

彼女はコウガの恋人であり、共に国を変えようと約束していた。

 

 

「街が燃えている?」

アカメの言葉につられるように狼はその方向を見る。

街は紅蓮に包まれ、煙を上げて燃えていた。

流石の狼も面を食らい、ゴズキの方へ視線を向ける。

「・・・・・」

ゴズキは黙ったままだった。

「それが作戦だからね。アカメっち」

背後からやってきた少年がそういった。

今回投入された部隊のリーダー格、カイリだ。

「今回の任務は反乱軍につながる者の処刑。あの街はハクバ山を支援していたのさ。うるさい役人やがめつい商人を倒してくれたってね」

だから処刑したのさ。

そう続けるカイリをよそに、狼はゴズキに詰め寄った。

「・・・・・」

「そんな顔をするなよ。任務だ。やるしかねぇ」

「・・・陛下は・・・」

「詳しく知らされていないだろうな。大臣がその辺を上手くやっているだろうさ」

「オネスト・・・」

狼は葦名という国を相手に戦いを挑んだ。

葦名は自分の国を愛し、狼の主である九朗に、竜胤に手を出そうとしたからである。

しかし、この国は葦名と比べてどうだろうか。

確かに葦名は異端の国だった。

変若水や竜胤に魅入られた葦名弦一郎。

しかし、彼は葦名を守ろうとする強い意志の上、狼に立ちはだかった。

一体・・・一体何故・・・。

守るべき陛下は大臣に踊らされ、国の民は目の前の光景のように焼き尽くされている。

怨嗟の炎。

かつて仏師が背負った業であるが、この光景は一体何の炎が焼いているのだろう。

己が斬るのは怨嗟ではないのかもしれない。

狼は静かに刀を収めた。

既に戦いは終わった。

斬るものなど、もはや存在しない。

 

 




この世界では怨嗟を焼くために炎を使った。
炎に炎を焚べるというのはおかしいと思わないのでしょうか?


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11 語らい

言葉は便利である。
しかし、便利故に他の語り方があることも忘れてしまう。


革命軍討伐の任を終えた後、アカメは落ち込んでいた。

何でも、街には自分が剣術を教えた子供がいたらしい。

グリーンはそんなアカメを励ますように声を掛けていた。

狼には彼女に掛ける言葉が見当たらない。

己は守るべきものを炎で焼いただけなのかもしれない。

未だに肩を落とすアカメを見ながら狼は強者との戦いの記憶に向き合う。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

マシロ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

恋人と国を変えようとした彼女は鬼と化していた。

復讐に憑りつかれた彼女を、泣き虫の音色は何を見せたのだろうか。

それは彼女以外に知る者はいない。

 

 

負傷したポニィは治療を優先し、比較的軽傷で済んでいるアカメ、クロメ、ツクシ、グリーンは休む間もなく任務へと移ることになった。

「今回はお前さんに任務がある」

「・・・・・」

「陛下直々の命だ。大臣を通さずの」

「・・・・・」

「ナジェンダ。反乱軍の将校暗殺だが、おそらく護衛が付いている。取った情報も怪しい筋だ。国にスパイが紛れているだろうな」

「・・・・・」

「お前さんが先日の件についてまだ何かを思っているのは分かるが、これも帝国のためだ。それに今回は恐らく罠に近い。敵も馬鹿じゃあないからな」

「アカメを・・・」

「あ?」

「アカメを連れて行く・・・」

「・・・わかっちゃいると思うが、あいつは今不安定な状態だ。確かに実績があるが・・・」

「おそらく・・・ナジェンダの護衛に己の知り合いがいるだろう・・・。そのような予感がする」

「何?」

「剣聖、葦名一心」

「!?・・・そういえばいっていたな。国盗りの名人だったか?」

「あの御仁なら、アカメの迷いを晴らすことが出来るかもしれぬ」

「・・・反乱軍だぞ」

「一心様は、そういうお方だ」

しばしの沈黙の後、ゴズキはため息をついて降参した。

「そういうなら任せるぜ。実際、俺はあいつがどう転ぶか分からねぇ。お前さんに預けてみるのも悪くねぇかもしれねぇ」

「かたじけない・・・」

「だが、あいつが帝国を裏切ろうとするなら。俺は迷わず斬るぜ」

ゴズキは断固とした表情で言った。

「為せるものなら・・・」

狼は静かに、刀に手を添えながら睨む。

「やってみるといい・・・」

睨み合いが続き、やはりゴズキが折れる形でその場は収まったが、不穏な空気を残したままだった。

 

 

「アカメ・・・」

「先生・・・」

アカメにはやはり迷いが見られる。

あの街が焼ける光景がまだ忘れられないのだろう。

グリーンは今回の任務に反対をしていたが、狼が珍しく頼み込むと引き下がってくれた。

「暗殺対象はナジェンダ。しかし、護衛が少なくとも一人はいる。多ければ二人」

「先生、私は・・・」

「聞け・・・護衛の一人はブラート。もし、もう一人いるなら、一心様だろう」

「一心?」

「・・・革命軍の将。いや、剣聖、葦名一心。己の知り合いだ・・・」

「それは一体・・・」

「お前の迷い。晴らしてくれるやもしれぬ・・・」

故に行くぞと狼は端的に伝えて、準備をさせる。

元より話が上手な方ではない。

おそらく会えれば分かるだろう。

 

 

「帝国からの刺客だな」

ナジェンダは待っていたかのようにアカメと狼を迎えた。

「陛下より、命を受けたが故、お相手していただく」

「狼・・・まさか敵に回るとはな・・・そしてそいつが・・・」

ナジェンダはアカメの様子を窺った。

「子連れの狼とは珍しいのう・・・隻狼よ」

ナジェンダの隣に座っていた一心が楽しそうに言った。

「一心様・・・」

「ほう・・・なるほど、手練れのようだ。斬る前に名を聞いてやろう。名乗れ!」

「・・・・・」

「カカカッ。そういったところまで親に似たか」

「一心殿。今は敵同士、そのようなことをしている場合では」

「ああ。そのようだ。だが、話は別なのだろう。隻狼よ」

「は」

「先生?」

「フハハ。小童。お主も人斬りの才があるのだろう。であれば」

一心はすらりと刀を抜く。

「刀を通じて語らうこともできよう!」

鋭い剣気を浴びてアカメはとっさに刀を抜く。

「行くぞナジェンダ。ブラート。・・・さて、隻狼よ」

狼は刀を抜き、一心を見据える。

「その腕、錆びついていないか確かめさせてもらおう・・・参れ!」

「・・・・・」

 

 

狼は手裏剣を放ち、距離を詰める。

一心は容易く手裏剣を弾くと、狼に向けて鋭い剣撃を見舞う。

一振りが全て致命になりかねない鋭い一撃。

それを流水のように受け流し、弾く。

「葦名流。未だに覚えていたか!」

嬉しそうに刀を振るう一心はより一層激しい斬撃を繰り出す。

必殺の居合斬り。空を舞う斬撃。ただ愚直にしかし威力の高い一文字。

「インクルシオォォォ!!!!」

アカメの方でも戦いが始まったらしい。

狼はその援護が出来ない。

目の前の剣聖がそれをさせない。

「そういえば。鼠を斬ったらしいな。隻狼!」

一心は激しい斬撃を浴びせながら言う。

「よく斬った!褒美じゃ!見て、受けとれい!」

そういうと一心は一旦距離を置き、刀を収める。

どうやら先ほどまでのような居合斬りではないらしい。

「はぁぁぁぁ!」

一心の気迫で辺りが歪んで見える。

「行くぞ!隻狼!」

疾走する一心は狼めがけて居合抜きを放つ。

目で追うにはあまりにも早く、光ったと思ったら既に刀は鞘に納められていた。

辛うじて避けた狼であったが、刀を収めて隙だらけの一心を見て何か危険を感じた。

素早くその場を離れた瞬間、無数の斬撃が荒れ狂った。

逃れた狼を追うように一心は居合抜きを放つ。

鋭い斬撃が狼の守りを貫く。

「流石よ。一度、儂を殺しただけはある」

「・・・なんと」

狼はあまりの技に驚きを隠せなかった。

しかし刀は構えたままだ。

傷も深くはない。

まだ戦える。

だが・・・。

「ふむ。子が気になるか。隻狼よ」

先ほどの気迫を消した一心は面白そうに狼を窺う。

「迷いがある。じゃが面白い程洗練された動き。良き子を見つけたな。隻狼よ」

「親ではありませぬ・・・」

「たいして変わらん。ブラートとナジェンダを相手によく戦っておるが、このままでは敗ける」

「迷えば敗れる」

「そう。忘れていないようじゃな。隻狼」

アカメは迷っているのだ。

そんな彼女を見かねて狼は連れてきた。

一心達と会えばあるいは・・・。

「終いか。惜しいが、既にお主との決着はついておった。次を望んでおったが、あの瞬間の喜びは忘れられなんだ。それを穢したくはない」

一心は刀を収める。

攻撃するつもりはないらしい。

狼はそれを感じて自らも武器を収めた。

 

 

アカメの方を見ると、どうやら拮抗状態になっているが決め手はない。

一度撤退をするつもりなのだろう。

アカメは一瞬こちらへ視線を送った。

「おっと待ちな!逃げる気だろ?」

全身を鎧で包んだブラートがアカメに言った。

「もしお前に逃げられたら次は暗殺を決められる。そんな気がしてならねぇ」

決戦を挑む。

ブラートはそう言ったが、次の瞬間、槍を降ろした。

「そうなる前に話がしたくなった」

呆けるアカメ。

それを見て一心は笑った。

「カカカッ!まるで、お主に褒美の酒を与えたときのようだのう。隻狼!」

「は」

狼はかつて葦名弦一郎を斬った褒美としてどぶろくを一心より賜った。

ちなみにだが、そのどぶろくは一心に返すように振舞っていた。

「狼の子。そして赤い目。ククッ。そうよな。お主は赤い狼と書いて赤狼。隻狼と同じ名で呼ぼう」

呆ける彼女へ不用心に近寄る一心。

アカメは改めて刀を構えるが、そんなことにも構わず一心はアカメの顔をまじまじと見つめた。

「隻狼より言われたであろう。迷えば敗れる。そのような者に、斬られる一心ではないぞ。赤狼」

「そうだぜ。お前の剣筋からは迷いが見られる。全力でぶつかり合ったからこそ勘違いじゃねぇと言える」

アカメはブラートに、今の帝国に、仕事に納得がいってないことを看破された。

ナジェンダはそのブラートの言葉を信じ、帝国の非道を許せず革命軍に身を投じたと身の上を話した。

そのうえで、アカメに共に来るように言った。

無論アカメはそれも隙を出させるための嘘だと思っていた。

ナジェンダはそれも当然かというと、武器を完全に捨てた。

ブラートも鎧を消し去り、無防備な状態をさらす。

「中々の覚悟よ。天晴!」

一心は刀を置きこそしなかったが、手にかけていない。

戦う気が既にないのだ。

「先生・・・」

「アカメ・・・任務は失敗した・・・」

「先生!?」

驚くアカメを他所に、狼はナジェンダに跪く。

「陛下より、一心様と会う口実に襲わせていただきました・・・」

「・・・革命軍の動きとは別に、帝国の腫瘍を斬る人間がいると聞いていたが、やはり狼だったのか」

「陛下は国の安寧を望んでおりますが故・・・」

「赤狼よ。十分に語らったであろう。この国は既に終わりを迎えようとしている。皮肉よの。まるで葦名のようじゃ」

何か思うところがあるのか、一心は僅かに表情を曇らせる。

「よおし!赤狼!お主も鼠を斬ってみぬか?」

「一体何を・・・」

「最小限の犠牲で帝国を倒す。これが私たち革命軍の目標だ。特定の人間を狙って殺せるお前の技が欲しい」

ブラートも内部から何とかしようとしたが、無理だったと語る。

アカメはまだ迷っている。

だが、決心がついたのか、顔を上げてナジェンダを見据えた。

「帝国を倒して、その後どうするつもりだ?」

「民が平穏に暮らせる太平の世を作る」

アカメの手から刀が落ちた。

 

 

「まずは酒じゃ!」

そう言って一心は置いていたどぶろくに手をかけた。

「一心殿。酒が好きなのは分かるが、空気を読んでほしい」

「ハッ!戦に勝ったら酒を飲むのが当たり前であろう!まあ、その褒美の酒を・・・儂に返した馬鹿者もおったがの」

一心は狼をみて笑う。

「先生は一体・・・」

「己は陛下の忍び。陛下は国を思っておられる。時が来るまでは、己は陛下を守るために動くだろう・・・」

「こうして敵として出会うこともあれば、味方として戦うこともあるわけだ」

「この不器用な男にしては、中々考えた方であった。隻狼は主人に忠実であるように思われるが、その実、主人を守るために奔走する男よ」

勘違いされるが、忍びらしくない忍びよ。

一心は機嫌よく話した。

「カカカッ。儂の知る馬鹿者にもう一人増えたな」

「むぅ・・・」

唸る狼を他所に、一心は酒盛りを始める。

「プハァ!して赤狼よ。何が聞きたい」

アカメはソワソワしながら今まで思っていたことをすべて吐き出した。

その思いはナジェンダとブラートにはよくわかる気持ちだった。

そして憎むべき大臣達を誅するべく革命軍が動いているとも言った。

そのような語らいを見ている狼は、アカメの迷いが晴れたようで安心した。

「赤狼よ。これは戦である。お主が帝国を抜けるにも、また戦があるであろう」

「・・・・・」

「もう一度言う。迷えば敗れる。肝に銘じておけ」

その後、もう一人の革命軍の人間、ラバックと合流して今後、アカメを革命軍の幹部に紹介するということになった。

そのような待遇に驚いたアカメだったが、ナジェンダは一晩話して好きになってしまったと言った。

「任務に失敗して大丈夫なの?」

ラバックは心配しているようだったが、狼はその問いに答えた。

「承知の上だ・・・」

「え!?」

アカメは再度驚いたように狼を見る。

「ゴズキ殿には己から言ってある。もし、アカメが帝国を裏切るのであれば・・・斬るとも言っていた・・・」

「父さんと・・・何で・・・」

「・・・己の掟は己で決めろ・・・」

狼はアカメの目を覗き込むように見る。

「親子は・・・喧嘩もするものだ・・・」

かつて、義父、梟の命に背いた狼のように。

 




実は斜め前に歩くだけで避けられる秘伝の技。
初見ではそれに気づかずズタボロに斬られました。


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12 喧嘩

殺しているのだ。
殺されもするさ。

一体誰の言葉であったか。


「そなたが任を失敗するとは、余程の者であったか」

「一心様がいた故に・・・」

狼は陛下の部屋で二人、話をしていた。

陛下はナジェンダを本気で討伐するつもりだったらしいが、狼にはそのつもりはなかった。

狼もアカメと同様に帝国に不信を抱いている一人。

正確に言うならばオネストを暗殺するために動いている。

だが、オネスト自身、それなりの強さを持っている上、警護を厳しくしている。

竜胤の力が残っているか怪しい狼ではその警護を突破してオネストを討てるか分からなかった。

(御子様に、助けられ続けていたのだな・・・)

狼はかつて葦名を奔走した日々を懐かしんだ。

ことあるごとに死に、生き返りを繰り返した日々。

その果てに不死斬りにて自害した狼はまだ生きている。

九朗の人返りは無事に済んでいるのだろうか。

未だに心残りである。

「ほう。最近耳にするようになった。あまりに強い老剣士がいるとな」

「おそらく一心様かと・・・」

「惜しいな。帝国のために力を貸してくれればよいのだが・・・」

「・・・・・」

「まあよい。ご苦労であった。また任があるまで余の警護を頼む」

「御意」

 

狼は数日、何もない日々を過ごした。

陛下の警護といっても、危険種と呼ばれる猛獣が空を飛んでいる。

城の中は警備兵が常に巡回し、狼のような特殊な忍びでなければそう易々と入れない。

故に狼は昔の仏師が良く彫っていた仏を見よう見まねで作ってみた。

出来は悪いものだった。

形は歪で、左右のバランスも悪い。

狼の不器用さを表しているかのような仏の顔だった。

唸りながらもう一体彫っている最中、グリーンが狼の下へやってきた。

「狼さん」

「・・・どうした」

なにやら様子がおかしいようだ。

今までになく悩んだ様子のグリーンを見て、仏を彫る作業をやめて彼の方へ体を向ける。

「アカメが帝国を抜けると言っているんだ」

「・・・・・」

「でも、父さんはゆるしてくれないだろうし、ツクシや、クロメだって反対するに決まっている」

「・・・・・」

「僕は・・・悩んでいます・・・アカメと一緒に行くのか、帝国に残るのか」

「・・・かつて親に定められた掟を破った忍びがいた・・・」

「・・・・・」

「主の言葉さえないがしろにした馬鹿者だ・・・だが、後悔はしていないだろう・・・」

「狼さんは・・・一体」

「己の掟は己で決めろ・・・己は仏を彫るので忙しい・・・あとは好きにしろ」

狼は再び不格好な仏を彫る作業を始めた。

グリーンは果たしてどちらに行くのだろうか。

どちらにしても、それは茨の道に違いないだろうが・・・。

「ありがとうございました」

グリーンはそう言って狼の部屋を後にした。

聡い子供だ。

「死んではくれるな・・・」

もう誰もいなくなったその場所に、狼は独りつぶやいた。

 

今日は先客万来だなと狼は思った。

今度はゴズキがやってきた。

「へぇ。お前さんにそんな趣味があるとは思わなかったぜ」

「ゴズキ殿・・・」

「邪魔はしねぇよ。ほら、酒だ」

そう言ってゴズキは酒瓶を置いた。

以前の約束を忘れていなかったのだろう。

彼もまた律儀な男であった。

「前にナジェンダを殺せって任務があっただろう?あれ以来アカメの様子がおかしい」

「・・・・・」

「何があった。あんたも一緒に居たんだ。何もなかった。そんなことは言わないだろう」

「明かせぬ・・・」

「・・・まあ期待していたわけじゃあなかったがな。どうもあいつの様子がおかしい。もしものことがあったなら・・・」

俺はあいつを斬らなければならない。

ゴズキは狼を睨みながら言った。

「お前さんはどうなんだい。帝国の敵か・・・味方か・・・」

「己は陛下の忍び・・・それ以前に・・・」

御子様の忍びであった。

その言葉は呑み込んだ。

「己は斬ることしかできぬ・・・人を斬り・・・不死を斬り・・・怨嗟を斬り・・・」

だがしかし、子供は斬れるだろうか。

少なくなった教え子に刃を向けることは初めてだ。

意外と抵抗はないのかもしれない。

アカメは十分に育っている。

あれほどの技量を持つ忍びはそういない。

経験を積めばさらに強くなるだろう。

「そうかい。まあいいさ。アカメは監視されることになった。何か不審なことがあればすぐにでもあいつを斬る。あんたもそれは承知しておいてくれ」

「ああ」

「・・・不格好な仏さんだな」

「・・・ああ」

そしてその時は遠くない内にやってきた。

アカメは帝国を離反したのだ。

 

 

アカメはツクシと内密に話をしていた。

無論、その状況は監視されていた。

もし、アカメに離反の意志があれば即座に抹殺するための部隊も用意されている。

その中にゴズキと狼もいた。

狼は陛下の命により裏切り者を斬るように指示を受けていたからだ。

「・・・・・」

「意外と冷静なんだな。お前さんのことだ。もう少し眉間にしわを寄せると思っていたぜ」

ゴズキはアカメとツクシの動向を遠めに見ながら言った。

「・・・かつて、ありえなかった過去に義父と戦った」

「へぇ」

「己は親を斬った」

「・・・・・」

「ゴズキ殿・・・」

「なんだ?」

「子に斬られるのは・・・存外、心地よいものらしいぞ・・・」

「・・・そうかい・・・」

そんな会話をしているうちにツクシが合図を出した。

アカメは離反するらしい。

狼には分かっていたことだ。ゆっくりと刀を抜く。

アカメはツクシを気絶させると素早く逃げだした。

だが、おそらくクロメの下に向かうだろう。

彼女はそうするに違いない。

狼もそうするであろうから・・・。

 

 

狼の勘は的中していたが、既に遅かった。

アカメはクロメを連れ出して逃走した後だったらしい。

ゴズキとは別行動している。

戦闘になるとしたらゴズキの方が先になるだろう。

己は果たしてアカメを斬るべきだろうか。

今さらだ。

親子が喧嘩するのは当たり前なのだ。

義父のように、己も死ぬまで斬りあうまで。

そう決めると狼はクロメの部屋を出た。

そこで狼はグリーンと出会った。

「アカメが裏切ったって!」

その表情は焦りに満ち、手遅れだったと言わんばかりだ。

「・・・・・」

「狼さんはどうするんですか?」

「アカメを・・・教え子を斬る・・・」

「そんな・・・狼さんだってアカメのことを」

「ただの喧嘩だ・・・」

「!?」

「ただそれだけだ・・・」

狼は立ち尽くすグリーンの脇を通り過ぎ、ゴズキたちがいるだろう場所へ向かうのだった。

 

 

狼が辿り着いたときには既にことが終わっていた。

ゴズキとツクシは帝具『村雨』の能力によって呪殺されていた。

ゴズキは安らかな表情で、ツクシは堅い表情で眠っている。

また業が増えてしまった。

狼は眠る二人に祈りを捧げると、傍らに蹲るポニィ声を掛けた。

「大丈夫か・・・」

「何でアカメがこんな」

「・・・己の掟に従っただけだ」

「掟って!何なのよ!」

ポニィは狼に詰め寄った。

彼女はゴズキによく懐いていたが、アカメとも仲が良かった。

今の状況が呑み込めないのだろう。

「・・・・・」

「ポニィ。どうしても動けないか?任務はできないか?」

新たな暗殺部隊の隊長格がポニィに尋ねる。

殺す気だ。

狼は抜いた刀をその男とポニィの間に滑り込ませる。

「なんの真似だ」

「・・・己も、ゴズキ殿と同じように、親だっただけのこと・・・」

ギラリとした視線を男に向けると、男は思わず一歩下がった。

「ポニィ。好きにせよ・・・」

「・・・うん。ありがとう。狼さん」

ポニィは礼を言うと走り出していった。

「貴様・・・帝国に歯向かうつもりか・・・」

「己は陛下より帝国にあだなす者を斬るように言われている・・・」

狼は刃を向けて睨みつける。

「お主たちはどちらだ・・・」

その殺気に怯んだ者たちはグッとこらえると散らばって行った。

アカメを探すためだろう。

誰もいなくなったその場に、狼はぽつんと佇んでいた。

「ゴズキ殿・・・ツクシ・・・さらば・・・」

狼は二人の屍を残してアカメを追うべく走り出した。

 

 

「赤狼」

一心は帝国で情報収集をしていたレオーネと、アカメの下にやってきていた。

「よく迷わずに斬った」

それだけを言って酒を取り出す。

「一心様。私は友を」

「それも戦よ。あやつも怨嗟の鬼となった恩人を斬り、酒を酌み交わした儂をも斬った。親に似たな」

「父さんは」

「知っておる。だが悲しんでいる暇はないようだぞ」

一心はグイっと盃を傾けて酒を飲み干す。

「それは一体」

「外に出れば分かる。レオーネ。儂に付き合え。一人で飲んでも、つまらんのでな」

「はぁ?まあいいけどさ」

アカメは言われるがままに外へ出ようとする。

その背に向けて一心はぽつりとつぶやいた。

「迷えば敗れる」

 

 

帝都から離れた山小屋。

そこがアカメの運び込まれた場所だった。

月明りの下、アカメは良く知る人物を目にした。

「先生?」

「生きていたか・・・」

狼はアカメに向けて包みを投げる。

「丸薬だ・・・。飲め・・・」

言われるがままに飲んだアカメは混乱していた。

狼はアカメに会いに来たらしいが、様子がおかしい。

「己は陛下の忍び。そしてお主の親でもあったようだ・・・。子の成長を・・・確かめさせてもらう」

「・・・・・」

「アカメ。お主を斬る・・・参れ・・・」

狼はゆっくりと刀を抜き、構えた。

それに応じてアカメも帝具『村雨』を構える。

狼はゆっくりとアカメとの距離を詰める。

経験に差があるとはいえ、アカメの才能は油断できるものではない。

「久しいな・・・まさかこのようになるとは・・・」

「珍しく、多弁ですね・・・先生・・・」

「今なら義父上の気持ちがわかる・・・。子供の成長を直に確かめたかったのか・・・」

仕かけたのはアカメだった。

鋭く踏み込み、横薙ぎで一閃。

狼は当然のように受け流す。

「いかにその刀が強力とて、当てねば意味はない・・・」

狼は一度距離を取ったと見せかけて忍び義手を軸に前へ飛び唐竹に割る。

『寄鷹斬り』。

回転して飛び込みつつ、遠距離から瞬時に間合いを詰めることができる流派技。

アカメはそれを受け流すが、狼は至近距離から『手裏剣』を放つ。

放たれた手裏剣を弾き、追ってくる狼の『放ち斬り』を防ぐ。

「成長したな・・・」

狼は僅かに表情を緩める。

初めて見る狼の表情に驚きを見せた。

そんなアカメに喝を入れるように『手裏剣』を放つ。

「くっ」

「・・・アカメ・・・。ゴズキ殿との喧嘩・・・いかがであった」

「喧嘩?」

「・・・親と子は喧嘩をする・・・己も死合う程に喧嘩をしたものだ・・・」

かつて葦名城で戦った大忍び梟。

そして過去に遡って死合った義父梟。

懐かしい。

義父上もこのような気持ちだったのだろうか。

狼は構える最中心の中で思った。

「見切れ・・・アカメ・・・」

狼は突きの構えをとる。

しかし、その距離は遠く届かないように思われた。

狼は弾丸のように飛び出した瞬間、今まで開いていた距離が一瞬で詰められ、鋭い刺突がアカメを襲った。

油断していなかったとはいえ、一瞬まで距離を詰められたアカメは辛うじて肌を掠る程度におさめる。

だがそれでは終わらなかった。

刺突が掠った瞬間、狼はアカメを踏み台に空高く飛び上がる。

そして降下しながら回転斬りを見舞った。

流石のアカメもそれに対処できなかったのか、鋭い斬撃を守りの上から受け止めてしまった。

『秘伝・大忍び落とし』

守りが困難で、なおかつ飛び上がりの蹴り、落ちてくる際の回転斬りに対応しなければならない正に秘伝の技。

「突きは見切れ・・・下段は飛んで対処しろ・・・そう教えた・・・」

狼は連撃を加えながらアカメを追い詰める。

だが、アカメも劣らない。

狼の攻撃を流水のように受け流し、強く弾き、一太刀浴びせんと猛攻を仕掛ける。

狼とアカメでは、実のところアカメの方が強い。

だが狼はそういった強いものを相手にし続けてきたのだ。

ようやく一太刀入れたと思った瞬間、狼の姿が羽を残して掻き消えてしまう。

気が付いたときには頭上から兜割が放たれていた。

手傷は多く、アカメが不利だ。

だがアカメの方が実力は上なのだ。

冷静にことを運べば必ずや勝てる。

勝てるはずなのだ。

「重い!」

葦名流派の技『一文字二連』

ただの面打ちだが、その威力は馬鹿にできない。

一太刀目の一文字を辛うじて防いだアカメだったが、次に続く追い面で体幹を崩してしまう。

見逃す狼ではない。

致命の刺突を加えようとするが、間一髪で急所を外されてしまう。

野生の勘か、生きようとする本能か、経験か。

いずれにしろ絶好の機会を逃した狼は再び距離を取る。

「・・・・・・」

狼は爆竹『長花火』を撒いて再び『秘伝・大忍び落とし』を構える。

爆煙の中から飛び出してきた特攻に面を食らうアカメだったが、辛うじて見切った。

刺突を足で踏みつけ、攻撃に転じようとするが、狼は足を払いのけて距離を取る。

本当に成長した。

「嬉しいぞ・・・アカメ!」

狼は刀を収める。

無論、戦いをやめるつもりはない。

居合の構えだ。

まともに受けてはいけない技の前に、アカメは自然体で狼に近づいた。

「・・・見事・・・」

放たれた高速の居合斬り『奥義・十文字』。

アカメはそれをすべて弾き、狼の体幹を崩した。

ここまで、ここまで成長したか。

感慨深さを感じる前にアカメの突きが狼の肩に突き立つ。

それで十分だった。

ゴズキより受け継がれた帝具『村雨』は一撃必殺。

生きているものならば呪毒が入り死に至らしめる。

狼はその毒を受け、膝をつく。

だが、まだ為すべきことがある。

呪毒に蝕まれながら狼は一冊の本を取り出した。

かつて仏師よりもらった『忍び技の伝書』だった。

それを足元に落とすと、狼はゆっくりと崖の方へ後退していく。

「また会おう・・・アカメよ・・・」

狼は眉間のしわを薄くして言った。

もはや彼女は子供ではない。

立派な大人だ。

心配はあれど、自分で解決する力はある。

それを確かめられた。

この喧嘩も、中々に悪くないものだった。

狼は崖から飛び降りた。

「先生!」

アカメの声を聞き、落ちる最中、僅かな笑みを浮かべた。

 

 

「赤狼よ」

一心とレオーネは崖を見下ろすアカメに声を掛けた。

「子が親を斬る。かつての隻狼と同じよの」

「先生と?」

「隻狼は不死断ちという戦にたちはだかった己の義父を斬った。義父の命に背いてな。不愛想だが、なかなか憎めぬ奴じゃ。そんなあ奴がこれを残した。親狼のやさしさというやつか・・・いや、あ奴はあれでいてしのびらしくはない。修羅の影があれど、修羅に落ちなかった猛者よ」

お主を案じているのだ。

一心はそう言って笑った。

「でも先生は・・・」

「安心せい。あ奴はそう簡単には死なぬ。たとえその刀が必殺の呪いを帯びていたとしても、隻狼には届かぬよ」

一心にはかつての主従の絆を良く知っていた。

竜胤の呪いといわれていたが、あれは紛れもなく絆であった。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

隻狼。

アカメたちの師であり、もう一人の父親だった。

そんな彼が残したものは一体なんだったのか。

 

 

「アカメ。大丈夫さ。一心がそう言っているんだ。さっきの奴とは知り合いみたいだしさ」

「カカカッ!そうさな。あ奴とは殺しあった仲。あ奴の生涯の主を除けば、儂が一番よく知っているのかもしれぬ」

「一心様・・・」

「赤狼!よくぞあ奴を斬った!だが・・・あ奴は生きておる。竜胤が、あ奴と主の絆が死なせはせん。再び戦うことになるやもしれぬな」

心底面白いといった様子の一心に、アカメは少々いら立ちを覚えていた。

「隻狼・・・。お主もやはり、人の子であったか・・・」

一心のつぶやきは誰にも聞き取られず、ただ風に流されていった。

 

 

崖から落ちた狼は当然のように生きていた。

それも竜胤の力を持った不死である狼だからこその結果だろう。

確証はなかった。

死んでもいいとすら思っていたが、こうして再び回生している。

呪毒をもってしても殺しきれなかったようだ。

任務は失敗に終わった。

帝国へ大きな禍根を残した。

しかし、狼は子供の成長を喜んでいた。

 




義父、梟と同じ結末。

しかし、狼さんは生きています。

折れない心を持つ限り戦い続けられるのです。


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13 始まるまで

子は親に似る。


 

狼を斬ったアカメはその後、革命軍の人間として活動をしていた。

ナイトレイド。

帝国の闇を斬る革命軍の組織である。

発足から月日が流れ、アカメはブラートと共に訓練をしていた。

「カカカッ。飽きぬものよのう」

その様子を見ながら好物のどぶろくを飲む一心。

「おじいさんがそれを言いますか?」

桃色の髪をしたツインテールの少女、マインは呆れた様子で言った。

「一心さんも随分と鍛錬を為されているではありませんか」

眼鏡をかけた少女、シェーレはほのぼのとした雰囲気で言う。

一心は病に侵されていたはずであったが、この世界に来てから病が消えていた。

黒の不死斬りの影響なのかは分からなかったが、再び剣を振るえることに喜びを隠せないでいた。

「儂も人斬り故、その技を磨くことが・・・大好きなのじゃよ」

酒をあおりながら答える一心に、さらに呆れるマイン。

「でもなんかおじいさんと比べて辛気臭いのよね」

「親に似たのであろう。不愛想だが、どこか憎めぬ親に」

「隻狼さんでしたっけ?昔、一心さんと戦ったことがある」

「よく覚えていたわね。いつもは忘れるのに」

「カカカッ。そんな話もしたの」

一心はアカメとブラートの試合を見ながら懐かしむ。

狼から教えられたのであろう忍びの技。

さらには葦名流の剣技。

未熟なれど、才能は狼以上のものだろう。

「赤狼。主を見ていると、かつての死闘を思い出す。同じ名の隻狼との死闘をな」

アカメは斬った狼とどう向き合っているのだろう。

一心は酒を飲みながらただ思った。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

隻狼。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。

アカメの師でありもう一人の父親。

彼女に斬られることを望みながらやってきた狼は、子供の成長に喜びを見出した。

彼の役目は終わった。

しかし、死なず生きる狼は次の獲物を見据えている。

飢えた狼の姿は、アカメの記憶に離れないものとなった。

 

 

狼は陛下の下へ戻り、任務に失敗したことを告げた。

失敗したというのに生きて戻ったところを怪しく思うオネストだったが、飢えた狼の心中までは分からなかった。

「そなたを退ける程の者が反乱軍へ渡ったのは痛手であった。しかし、そなたが無事に戻ったことを今は喜ぼう。引き続き、余に尽くしてくれ」

「御意」

「ヌフフ。それでは早速ですが、狼殿に頼みたいことがございます」

大臣は手短に内容を告げる。

曰く、反乱軍に支援をしていたテキドウの村の襲撃に参加してほしいとのこと。

「ゴズキ殿が殉職されたのは残念でした。あなたには暗殺部隊の補佐として支援をしていただきたい」

「承知しました・・・」

頭をたれる狼を見て、未だにオネストは狼の心の内を見透かせなかった。

事ここに至ってはすぐに処分なりしなかったことが悔やまれる。

既に陛下の信を置く存在となった狼はオネストにとって目の上のたんこぶとなっていた。

出来るだけ陛下から遠ざけたいところであったが、定期的に陛下の警護をするために帝都へと戻っている。

ブドー大将軍からの評価も高く、その隠形は脅威である。

今は陛下の言葉に従っているが、裏切った暗殺部隊のアカメのように帝国への疑念を抱いていることは間違いない。

それでもなお帝国にいるのは陛下の存在があるからだ。

今まで以上に傀儡を上手く動かさなくてはならない。

オネストは笑みの下でそう考えていた。

狼はそれを感じ取っている。

暗殺を行っているが、オネストの疑念は明らかに強くなっている。

その証拠にオネストの警護は増強されている。

暗殺部隊の任務失敗は、ほぼ死と同然。

しかし、生きている狼を疑うのは当たり前のことだろう。

これより狼の戦いはより一層厳しいものとなるであろう。

だが、そんなものは経験済みだ。

己は再び駆け回る。

ただそれだけの事。

狼は残る暗殺部隊の下へ向かうことにした。

 

 

クロメの精神状態は良いものではない。

姉に置いて行かれたと勘違いしている彼女を気遣い、ナタラやグリーンが励ましていたが、危ういというのが狼の考えだった。

「先生・・・」

「・・・どうした?」

「お姉ちゃんは何で私を置いて行ったのかな・・・」

「・・・・・」

「やっぱり私より志が大事だったのかな・・・お姉ちゃんは」

「クロメ・・・」

「?」

「その問いは己ではなく、アカメに聞け・・・。戦が始まる。その時に再び見えよう・・・親子は喧嘩をする。姉妹もまた、喧嘩をするだろう・・・」

「・・・うん」

頷いたクロメはそのまま自分の部屋へと向かっていった。

様子を窺っていたナタラとグリーンが狼の下へ寄る。

「狼さん。あなたは一体どちらなんですか?」

ナタラは直球に聞いた。

反乱軍に所属しているのかと。

彼も馬鹿ではない。

狼が無事に戻ってきた時点で怪しいことには間違いなかった。

実際には無事では済まず、一度死んで蘇ったのだが、そのことは決して触れない。

「己は陛下の忍び・・・」

「そんなことを」

「それ以前に」

狼はナタラの言葉を遮って言った。

「生涯の主。九朗様の忍びである。己はそのように振舞うだけ・・・」

「九朗?その人は一体・・・」

グリーンも狼の様子に少々動揺した。

今までのように不愛想のように見えて優しい師匠ではない。

鋭い、剥き出しの刀を連想させる。

飢えた狼。

正にその例えが一番しっくりくる。

「陛下も承知の上だ」

「!・・・そうですか・・・」

未だに怪しんでいるナタラとは別に、グリーンは狼の僅かな変容にいささか疑問を抱いていた。

己の掟は己で決めろ。

そう言った狼は、今まさに掟に従っているのだろう。

グリーンは結局、帝国へ残ることにした。

出来るのであればアカメと共に革命軍へ参加したい気持であったが、軽々にそんなことをしても意味はないと考えていた。

民を守るために働く。

所属は違えどその思いは同じである。

であるならば帝国の中から変えることもできるのではないだろうかとグリーンは考えたのだ。

もし、それが叶えられたのならば。

グリーンの想いは固まっていた

 

 

テキドウの村はもぬけの殻だった。

情報が漏洩していたのか、軍が山賊に襲われたという話だ。

恐らく革命軍が村人たちを逃がすために取った遅延工作だろう。

「村人も遠くまでは逃げてないでしょ。見つけ出して一人でも多く見せしめに殺そう」

現暗殺部隊の隊長であるカイリはそういった。

狼はその補佐なので彼の命には従わなくてはならない。

少なくとも表面上は。

グリーンは知性を買われたのか、別の部隊の所属となった。

裏では狼に信を置くグリーンを遠ざけるための策だったのだろう。

現状、狼にとって動きづらいことこの上なかった。

「この任務・・・失敗だ」

狼は追撃に移ろうとするカイリたちを止めた。

「狼さん。確かに村人には逃げられたけど」

「否」

「え?」

狼が告げようとする瞬間、暗殺部隊の一人が駆けつけてきた。

「大変だ!カイリ!この村を反乱軍の部隊が取り囲んでいる!」

「何ぃ!?」

「・・・これも戦。不測の事態など往々にしてある」

狼は迫りくる革命軍を見て構える。

どれ程の人間が死ぬのだろうか。

どれ程の人間が生き残ってくれるだろうか。

そして、己はどれほど殺さなければならないだろうか。

逡巡する狼を他所にナタラが臣具『トリシュラ』を用いて革命軍の連携を崩していた。

狼たちはその隙を見逃さない。

手裏剣を近くにいた革命軍の兵士に投げつけ、怯んだところへ急接近して両断。

近寄ってきた兵士たちには爆竹を用いてかく乱し、斬る。

狼を厄介と判断したのか、複数の兵士が狼を取り囲む。

狼は不利を悟ると多少強引に攻めることにする。

忍び義手『仕込み斧・火打ち式』。

広い範囲を巻き込んで攻撃できる義手忍具を用いて敵を斬り、怯んだ相手を忍殺する。

忍びの技『命の呼吸・陰陽』によって多少の傷をものともせずに敵を切り伏せる。

「ナタラ!」

クロメが叫ぶ。

ナタラが重症になったらしい。

難しいか・・・。

狼は彼の生存は困難であると判断した。

現に、ナタラはクロメに逃げるように言い聞かせていた。

それでも担いで逃げようとするクロメを狼は援護する。

だがナタラは致命傷を負っていたらしい。

吐血するとそのまま地面に倒れ伏せた。

狼は心の中で毒づいた。

ゴズキ殿がいればもしかしたら・・・。

そんな思いまで募ってくる。

せめてこれ以上被害は出させないようにしようと構えたところ、クロメは狼の予想しない行動に出た。

ナタラを刺したのだ。

「クロメ!」

思わず狼はクロメの肩を掴んでしまう。

そしてその目を見た。

既に正気を失い、仲間を帝具『八房』で人形とさせる狂った目だ。

クロメは狂乱しながら革命軍に斬りかかっていく。

狼はやるせない気持ちになった。

これも己の背負う業か・・・。

再び構えて斬る。

放心していたかのように見えた狼を殺そうとした敵だった。

八つ当たりのように放った『一文字』は洗練された一撃ではなかったが、それでも相手の命を刈り取るには十分だった。

クロメはどこへ向かうのか分からないままに突進を続ける。

狼は周りの敵に阻まれて追うことが出来ない。

ここまでだ。

狼はクロメが作った隙を縫うようにその場を逃走した。

 

 

帝国の暗殺部隊は大きな打撃を受けたものの、活動不可能になるまでの被害は受けなかった。

ナタラのかく乱やクロメの働きによるところが大きいだろう。

しかし、ナタラは既に骸人形となり、クロメは正気を失ってしまった。

「カイリよ・・・」

「なんですか。狼さん」

「忍びの業。お主も背負うことになったな・・・」

「・・・はい」

カイリはいつもの軽い調子はなく、重く頷いた。

彼にも形代が見えるようになるほど業を背負うのだろうか。

であるならば、何とも酷な世界だ。

狼は改めて決意を固める。

必ずや陛下のために、九郎様の忍びとして・・・。

 




選抜組で生き残ったのはアカメを除けば、グリーンのみです。

それが物語にどう影響するのか。


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14 始まり

また一つ、物語が動き出す。

それは悲劇か、喜劇か・・・。


 

帝都に仇なす殺し屋集団『ナイトレイド』。

狼たち暗殺部隊の討伐最優先とされるようになった革命軍の虎の子。

目標は皆、悪政に関係したものや外道等。

指名手配にアカメの顔もあり、過去より強くなっていると思われる。

殺し殺されの世界は元々であったが、狼もただ何もしなかったわけではない。

グリーンとカイリを中心とした暗殺部隊の再編。

大臣に与する者の忍殺。

陛下の考えを改めさせるため、情勢を説明し、忠言する。

だが、上手くいっていない。

狼は政治の世界に疎い。

協力者となっているブドーは外敵の革命軍を討伐することを目標としている。

内憂はまだ取り除けない。

まだ会ったことのないエスデス将軍は戦争が好きであり、おそらくこの混迷を喜んでいるだろうとのこと。

オネストの手のひらにいる狼は無力を感じながらも走り続けた。

かつての葦名を奔走したように。

いつも無力だったな。

狼は訪ねるものが少なくなった己の部屋で仏を彫る。

未だに上手く彫れないが、時間が空いたときには彫るようになっていた。

やはり不格好な顔の仏しか彫れない狼は、心の中で少しだけ唸る。

「狼殿」

暗殺部隊の一人が狼の部屋を訪ねる。

珍しいと思った。

こういったときは何か良からぬことがある。

「・・・・・・」

「陛下がお呼びです」

「承知した・・・」

狼は仏を彫る手を止め、刀を差して立ち上がる。

狼は陛下に許され、武装したまま謁見できる数少ない人間である。

一体何が起きたのだろう。

考えながら向かうが、分からない。

オネストが何か要らぬことを言ったのかもしれない。

どちらにせよ、狼は呼ばれたのであれば向かう以外に選択はなかった。

 

 

「よく参った。狼よ」

「は」

跪く狼を見て陛下は少し笑みを浮かべたが、僅かに苦そうな表情をしていたところを見逃さなかった。

「お主を呼んだのは他でもない。葦名一心に関することだ」

「一心様ですか・・・」

「はい。狼殿が敬っておられる方のようですが、最近、反乱軍の中で名を上げはじめはして」

なるほど。

狼は呼ばれた理由をここで理解した。

「一心様の暗殺・・・」

「話がお早い。まさにそのお願いをしたいのです」

オネストは食べ物を片手にニコリと笑う。

「できませぬ」

狼ははっきりと言った。

その返答は予想外だったのか、オネストはぴたりと固まった。

「ふむ。それはいかがしてか」

「かの御仁とは既に決着がつきました故・・・。おそらく、戦うことこそあれ、二度と死合うことはないかと・・・」

「どういうことですか?」

「因果・・・とでも言いましょうか。そのような予感があるのです・・・」

狼と一心の間では何かしらの力が働いているのかもしれない。

狼の戦と一心の戦。

どちらも戦場が違う故にすれ違う。

会おうと思えば会えるが、死合おうとすれば途端に会えなくなる。

それは両者が既に終わった戦いを穢したくないという思いから来ているのかもしれない。

「ふむ。困りましたね。そのご老人のおかげでこちらの被害は相当なもの」

オネストは探るように狼を見ているが、何も見抜けない。

狼は分かり易そうな性格をしているが、それ故に分からないことが多々ある。

実力も本来はどれほどのものなのかオネストにも測りかねている。

葦名一心との繋がりを理由に処刑しようかとも考えたが、狼はその一心と戦い、そして勝ったという。

陛下の言いなりになっているように見えるが、オネストも盲目ではない。

裏で何かをしていることくらいわかっていた。

分かっているが手を出せない。

それは陛下が狼を信頼しているからだ。

事を起こそうにも陛下がネックになり、逆に信頼を失う事態になりかねない。

帝国の闇に葬ろうとしても、その闇の代表格である狼を易々と仕留めることなどできないだろう。

だからといって狼を野放しにできない。

こいつは命を奪う機会を虎視眈々と狙っているのだ。

狼はオネストの手のひらで踊っているように見えるが、それはオネストの思う踊り方ではない。

今やブドーよりも厄介な相手だと言える。

どんなに困難な任務を与えても生きて帰ってくる。

失敗や成功問わずに帰ってくるのだ。

「一心様は国盗りをなしたお方・・・。守っていてはいずれ・・・」

こうした忠言も言ってくる。

葦名一心と狼の関係は悪いものではないはずだが、こうした対立の意見を言ってくるのはオネストの頭にはない。

帝国を守ろうとしてはいる。

つまり彼の狙いはオネスト達であることは明白だ。

暗殺部隊は彼の枷とするつもりであったが、幾人かは彼を慕っている。

ゴズキがやられてしまったのは痛かった。

彼であれば親しい人間であろうと手を出せたであろうが、今や亡き者。

実質、暗殺部隊の主導権は狼にあるといっても過言ではない。

肝心の狼はそのことに気が付いていないが、オネストも狼が気が付いていないことに気が付いていない。

両者、すれ違いを起こしていることに気が付いていないのだ。

「・・・では、引き続きナイトレイド討伐のために情報収集を願います」

「は」

狼に下されている命令はナイトレイドの情報収集。

アカメが裏切っていることから彼ももしやと勘繰り、そのような任務を与えてみたが、それを淡々とこなす。

暗殺防止もした実績がある。

討伐こそできないのは狼を一人で動かしていることに原因がある。

オネストはそう考えているが、狼に人員を与えてはいずれ自分の首に刃が届く。

その懸念をどうしてもぬぐえないがゆえに単独行動を許していた。

だが、そろそろその懸念もなくなる可能性がある。

エスデス将軍が異民族討伐から戻ってくるからである。

帝国最強と名高い彼女ならばこの実力不明の輩も・・・。

それも希望的な考えだった。

 

 

「むう・・・」

唸る狼の眼下には今まさにナイトレイドが襲撃をしている最中の屋敷だ。

黒い噂の絶えない帝都でその出所を直接確認しようとした狼は丁度、運が良いのか悪いのかその場面に出くわしてしまったのだ。

実のところ、ナイトレイドとは何度も衝突をしているが、その度に狼は奇襲を仕掛け、不発に終わり逃げるということを繰り返している。

それ故にナイトレイドのメンバーとはそれなりに顔を知る仲になっていたりもする。

報告をするしないは狼の勝手であるがゆえに、オネストには現在手配されているメンバー以外の情報を明け渡していない。

さて、どうしたものか。

人数不利は百も承知。

アカメやブラートを筆頭に、簡単にやられてくれるような面子ではない。

その中で一人異彩を放つものがいることに気が付いた。

少年だ。

必死な様子で走る彼は、逃げようとしているわけではないらしい。

気になった狼はその少年の後ろを追いかける。

すると一人の少女とアカメがいるところに出くわした。

少年はその少女を守るために間に割って入った。

僅かなやり取りの後、両者が動き出す。

一太刀、刃を切り結び少年が下段に剣を振るう。

アカメはそれをくるりと飛んで躱し、踏みつける。

体幹を崩した少年に致命の一撃を与えんと突きを放ったところで狼が割って入る。

「!?」

突きを踏んで反撃をしようとするが、アカメは刃を素早く戻して距離を取る。

「な、なんだ?」

「・・・・・」

狼は少なくとも少年は何の業も背負っていないと思った。

アカメに斬らせて良い相手ではないだろう。

「狼!?」

アカメの後ろで様子を見ていたレオーネが名を呼ぶが、アカメを見据えたまま動かない。

「・・・むう」

再び唸る。

ナイトレイドがここを狙ったということには理由があるはず、とはいえ、敵として出会ったがゆえに斬らねばならない。

なんとも面倒だ。

実に堅い思考をしている狼だった。

「アカメ。待った」

レオーネはアカメに待ったをかける。

「狼もちょっと待ってくれ。その少年には借りがあるんだ」

ウィンクをして少年の方を見る。

どうやら少年も面識があったらしく、指をさして怒りを示す。

何かやったのだろう。

何となく予想のついた狼は黙って成り行きを見守る。

レオーネは少女について罪があると否定する。

そして倉庫の扉の前に立ち、蹴破る。

噂は本当だったらしい。

狼は中にある拷問施設を見て確信する。

あらゆる拷問をして楽しむ一家がいると噂を聞いた。

確かめるべく、そして斬るために赴いたが、ナイトレイドと接触するとは思わなかった。

「サヨ?」

少年は中にいた人間に見知ったものがいたのか、声を掛ける。

だが、なんの反応も示さない。

逃げようとする少女をレオーネが捕まえ、少年がこの惨状を本当に彼女たちがやったのかを聞き返す。

だが少女は否定した。

こんなことしているとは思わなかった。分からなかったと。

「タツミだろ・・・オレだ・・・」

弱々しいこえで中に閉じ込められていた少年が声を掛ける。

毒に侵されているのか、立っているのが信じられない状態で檻から手を出して伝えた。

その女が殺したのだと。

少女はそれに対して何が悪いと言った。

本性を現したのだ。

狼はその様子を見てため息をつく。

殺して何が悪い。

田舎者は家畜と一緒だ。

そういった輩を幾度斬っただろうか。

この屋敷にも形代が多かったのはそういうことだろう。

これも忍びの業。

狼は少女に刃を突き立てようとした。

「待て」

タツミと呼ばれた少年が呼び止める。

「俺が斬る」

そう言った瞬間、一閃した。

「・・・・・」

少年、タツミもこれで業を背負ったであろう。

子供が業を背負い、生きていく世界を狼は嘆く。

九朗がいたのならば、なおさらこの世を悲しく思うのだろう。

「・・・・・」

アカメと狼は再びにらみ合う。

狼は自然体で立ち、アカメは隙なく構える。

「ここまでだ。アカメ。狼」

レオーネが再び仲裁に入る。

「あんたもこの家が怪しいとふんできたんだろう?そして丁度私らとぶつかった」

その少年は何も罪もないからかばったのだろうと指摘される。

「タツミ・・・」

狼は血を吐く少年に付き添うタツミに声を掛けた。

「怨嗟を背負うな・・・」

それだけ言い残して狼はそこから去って行った。

怨嗟は降り、積もっていく。

狼は怨嗟を斬ることが出来ても積もる先にはなれない。

改めて仏師の存在が大きく見えた。

 

 

「先生は変わっていなかった」

「易々と変わるような奴じゃないだろう。一心爺さんもそう言っていたじゃないか」

レオーネは駄々をこねるタツミを引きずりながらアカメと話す。

「放せ!一体何だってんだよ!」

「少年は優しい狼に助けられたんだよ。そして私たちの新しい仲間になる」

「?」

はてなを浮かべるタツミは集ってきたナイトレイドの前で就職を言い渡される。

「なんでそうなるんだよ!!」

納得がいかないタツミであったが、強制的に連れられて行った。

その様子を陰から見ていた狼は眉間にしわを寄せる。

近いうちにナイトレイドのアジトへ向かった方が良いかもしれない。

心労は絶えないようだ。

 




原作主人公登場。


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15 忍びの業

飢えた狼は少年に何を見る?


 

帝都からそれほど遠くない山の中。

そこにナイトレイドのアジトがある。

少数精鋭の人材で活動しているナイトレイドは皆、強敵ばかりだ。

とはいえ、敵でない場合もある。

狼が帝国に貢献できている理由はここにある。

つまり、ナイトレイドから直々に情報を収集してそれを帝国に流すというマッチポンプだった。

無論、狼の考案ではなく、ナイトレイドのボス、ナジェンダの案だった。

オネストとナジェンダにいいように使われていると狼は考えていたが、この二人も狼を脅威に思っている。

ともかく、今はナイトレイドに連れ去られた少年タツミのことが優先だ。

拷問好きな一家の一員である少女を斬ったときに、人を斬る才能を垣間見た。

だからといってそれを伸ばしてよいかは別である。

コルネリアを始まりとして暗殺部隊の選抜組が死んでいったことは今でも忘れてはいない。

狼は何もないように見える地面を二度踏みつける。

しばらくして何も起きなかったのでもう一度踏みつける。

すると奥の方からゴーグルを頭に掛けた青年、ラバックがやってきた。

「狼さんか。急に来るんだからびっくりしたじゃないか」

「ラバック・・・。タツミは・・・」

狼は口数少なく問う。

ラバックは何が言いたいのか分かったのか、頭をかいた。

「うちだってそう手段を選んでいられる状況じゃなくてね。新入はいつでも歓迎なんだ。それも才能があるとすれば尚更」

「忍びの業。忘れたわけではあるまい・・・」

形代を目にする狼はその業の深さを知っている。

多く殺した忍びはその身と心に業を背負い生きることになる。

形代とは心残りの形となったものだ。

それが見える程、多くを殺してきた狼はそれを良く知っている。

故に少年にその業を背負わせることを良しとしない。

「ナジェンダはいるか・・・」

狼は説得する相手を変えることにした。

ナジェンダはナイトレイドのボスだ。

彼女を説得できればと思うが、狼はその手のことは得意ではない。

難しい交渉になるだろう。

「丁度戻ってきたところだよ。あんまり会うとまたいいように使われると思うぜ。狼さん」

狼は唸り、ラバックは苦笑いを浮かべた。

使われているという自覚はあるのだ。

ラバックの後ろからブラートがやってくるところが見えた。

「なんだ狼だったのか。急にラバックの糸に反応があったっていうから警戒してたんだぜ?」

なんせ作戦の後だったからなとブラートは笑みを浮かべた。

「済まぬ・・・」

「謝るこたぁないぜ。どうせあんたのことだ。あのタツミが気になってきたんだろう?」

それほどにわかりやすいだろうかと狼は思うが、葦名にいた頃より仏師やエマに心を見透かされていた。

今更かと諦めた。

ブラートは警戒を解くために先行して報告へ行き、ラバックと狼はお互い他愛のない話をしながらナジェンダのところへ向かうことになった。

もう少しナイトレイドに手加減をしてくれとか、忍びの気配殺しに関して教えてくれとか。

下心を丸出しにするラバックを、狼はどことなく気に入っている。

彼はこうして飄々としているが、その実、とても忠誠に厚い。

ナイトレイドのメンバーの中でも相当なものだと狼は評価している。

立場は違えど主に仕える忍びとして気が合うのだ。

寡黙な狼と軽い調子のラバックは会話というには程遠いやり取りをしながらアジトの中へ向かっていった。

 

 

アジトではタツミを中心として話し合いが始まっていた。

そこへ入ってきた狼とラバックを見てナジェンダは軽く手を上げた。

「久しぶりだな。狼。今回の作戦ではお前とかちあったらしいな」

「はい・・・」

狼はその場で跪いて答える。

相変わらずだなとナジェンダは苦笑いして再び視線をタツミへと戻す。

「丁度いい。狼はお前を助けたと聞く。この男は帝国の人間だが、志は同じくする者だ。そして歴戦の暗殺者でもある。意見を聞いてみてはどうだ」

入るかどうかはそれから考えてもよいだろう。

ナジェンダはタツミに促した。

「あの時はありがとう」

「・・・・・」

タツミの礼に対して狼は黙ってうなずくことで返答した。

「あんたは帝国の人間なんだろう?辺境にある俺の村を救いたいと思って帝都に来たんだ」

でもと続ける。

「帝都まで腐りきっているじゃねぇか!こんなじゃあ俺の村を救うどころじゃあない」

狼はタツミのやるせない気持ちを受け取って黙ることしかできなかった。

ブラートその腐っている奴らを取っ払ってやりたくないかと言った。

タツミは悪党を少し削ったところで意味はないんじゃないかと返した。

それに対してナジェンダが革命軍の存在を教え、その先駆けとしてナイトレイドが活動していることを伝え、いずれは諸悪の根源である大臣を討つと宣言した。

幾ばくかのやり取りの後、タツミは納得したらしく、彼らを正義の殺し屋だと評価した。

その場は一瞬静まり返った。

そして笑いの渦が起きた。

タツミは何がおかしいと聞き返す。

「多くを殺すものには多くの業を背負う・・・」

狼はタツミに説く。

「忍びの業。それは辛く、険しいもの・・・いかに悪党と言えど、一度殺せば業に憑りつかれる。タツミ・・・お前にも業が憑りついているのだ・・・」

拷問好きな少女を殺した時にそれは既に憑りつき、背負いながら生きていかねばならないと言った。

「なら何であんたは殺しをやっているんだ?それも帝国の人間なのに」

「己の掟。それ故に己は人を殺めるのだ・・・」

狼は一つ呼吸をするとタツミの目を見て言った。

「己は、お前が忍びになることを良しとしていない・・・。今日、ここに来たのもそれを伝えるためだ・・・」

「・・・あんた優しいんだな」

「・・・・・」

狼は黙って少年の言葉を待つ。

「報酬はもらえるんだろうな?」

「ああ。しっかり働いて行けば故郷の一つは救えるだろう」

その言葉を聞いて意を決したのかタツミはナイトレイドに加入することを宣言した。

「・・・・・」

狼は少しだけ眉間のしわを寄せた。

これは修羅に落ちるかもしれないおぞましい道。

失うものも多く、得るものは少ないだろう。

そんな道に入っていった少年を見て、狼は悲し気に彼を見るのだった。

その時、ラバックが侵入者が入ったことを知らせる。

「全員生かして帰すな」

その号令の下、全員駆け出した。

遅れるタツミの頭を小突いて初陣だと言って外へたたき出す。

狼とナジェンダのみとなった広間で、狼はナジェンダを睨む。

「あいつが決めたことだ」

「また一人・・・」

「?」

「背負わねばならなくなったな・・・ナジェンダ殿・・・」

「・・・お前は優しすぎるんだ」

ナジェンダは紫煙をくゆらせながら言った。

 

 

タツミの初陣は良い物とは言えない結果に終わったらしい。

生きてはいるものの、敵の言葉に迷いを見せて隙をさらしてしまったらしい。

アカメが助けなければ死んでいたかもしれないとのことだった。

そしてなし崩しにアカメと組むように命令を下されるのであった。

「狼さんだっけ?」

タツミはナジェンダに跪く狼に声を掛けた。

「あんたは味方なのか?」

純粋な疑問だったのだろう。

帝国の人間でありながらナイトレイドにこうして堂々と入り、そして敵対もする存在。

「むう・・・」

「はは。こいつは敵でもあるし味方でもあるおかしい存在だ。そうだな。利害が一致すれば味方。そうでなければ敵となる。タツミ。お前を助けたときはアカメと敵対したんだ。だが、その後はお前が見た通りだ」

唸る狼の代わりにナジェンダが答えた。

「でもそれなら大臣をすぐに殺せるんじゃないのか?」

「機を見間違えた・・・。今、オネストは己を警戒している・・・」

「こう見えて狼は帝国ではそれなりに幅を利かせられる人間なんだ。陛下の忍びといえば革命軍の中でも有名だ。それにアカメの師匠でもある」

「ええ!?」

「ククッ。まあそうなるよな。色々あってな」

「・・・・・」

「狼」

「は」

「アカメの師匠として、タツミを育てることはできるか?」

「・・・望むのならば・・・」

「だそうだ。狼にはアカメを育てた実績もある。時間があればだが、鍛えてもらえるぞ?」

その問いに対して、タツミは首を縦に振った。

「・・・・・」

狼も業を再び背負うことになった。

 




狼さんが優しいのは実のところ、義父、梟が優しかったのではないかと推測したり・・・。

ゲーム中に出てくるアイテム、『おはぎ』の説明文に義父が作ってくれたおはぎは美味かったと書いてあった気がします。

梟は傍目から見れば野心が大きい小物のように見えますが、実は心の中に優しさが埋もれていたのかもしれません。


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16 狼の子

狼に残された子供は今、アカメ、グリーン、クロメ。

そして暗殺部隊のカイリたちがいる。

皆、それぞれの思いを抱いて生きている。


 

「いてぇ!」

深い山の中、タツミの声が響き渡る。

アカメと狼の二人より指導を受けている最中だった。

狼の評価では、タツミの剣技は未熟ながらよく鍛えられたもので、まだ伸びしろがあるように感じられる。

忍びとしての経験は未熟であるため、まずは相手の攻撃を見切るために狼と実戦形式で試合を行ったのだが、タツミはまるで歯が立たないどころの話ではなかった。

「突きは踏みつけて反撃に転じろ・・・」

「言うのは簡単だけど、それって相当難しくない!?」

「下段は飛んで躱せ・・・そして相手を踏みつけて体幹を崩すのだ・・・」

「難易度が高い!」

文句を言いながらもタツミはそれなりの攻撃をいなせるようになっている。

「鋭い斬撃は守りを貫く・・・」

『旋風斬り』を放ち、タツミの守りの上から打撃を与える。

「つぅ」

「弾け・・・」

「狼さん容赦なさすぎ!」

「・・・アカメ」

「はい。先生」

「?」

タツミは痺れる腕を抑えながら狼と相対したアカメの様子を見る。

「見て覚えろ・・・」

すると狼は唐突に突きを放つ。

アカメはそれを踏みつけ、狼は反撃をされる前に足を振り払う。

斬撃の応酬の中、放たれる鋭い『奥義・浮舟渡り』をすべて弾き、逆に下段攻撃で狼を襲う。

ただの下段攻撃ではない。

反撃を受けないように攻撃を放った後に距離を取る狼の知らない技だ。

知らぬとは言えど対処ができないわけではない。

空中で手裏剣を放ちアカメの動きを牽制する。

着地と同時に忍び義手を軸に『寄鷹斬り』で距離を詰め斬撃を見舞い、『逆回し』で攻撃しつつ距離を取る。

アカメは辛うじて弾き、体幹を保つ。

一連の動きを見せた後、狼は刃を下ろした。

「成長した・・・」

狼は静かな声で言うと、アカメは黙って頭を下げる。

「すげぇ」

タツミは尋常ならぬ剣撃の応酬にただそういうことしかできなかった。

「・・・己は今日で一度、陛下の下へ戻る。タツミ。迷えば敗れる・・・肝に銘じろ・・・」

狼は刃を収めると静かに去って行った。

 

 

かつての教え子たちを思い出していた。

コルネリアは姉として皆を率い、よくゴズキに懐いていた。

ガイは荒々しいが、仲間をその身をもって守った。

ツクシは心優しい少女であったが、ゴズキを妄信していたがゆえに最後には狂ってしまい、アカメと対決し斬られた。

ナハシュはその言葉からは分からないが、仲間想いの人物だった。今はまだ生きていると信じている。

ポニィは快活な少女であったが、混迷の世の影響を受けて迷いを生じた。帝国を去ったようだが、狼には無事を祈ることしかできない。

グリーンは今、暗殺部隊の参謀として活動をしている。今すぐにでもアカメと会いたいだろうが、こらえてよく頑張っている。

そしてアカメ。

彼女は心優しい少女だ。

未だに優しいままだ。

彼女にならタツミを任せても大丈夫だろう。

己は仕事をこなすのみ。

ナジェンダよりいくつかの情報を得て帝都へと戻った。

その代償はタツミのナイトレイドへの加入だったが、それはタツミが選んだ道。

既に進んでしまったら戻れない道なのだ。

 

 

「ふむ。反乱軍がそれほどの規模になっていようとは・・・」

狼がナジェンダから得た情報は反乱軍の規模と一部のアジト。

狼は直接やり取りをしているゆえに反乱軍に被害が出ることはほぼないだろう。

陛下へ報告する中でアカメと対峙し、引き分けたと伝えた。

「お主の子であったな。どうであった。帝国へ未練はあったか?」

「は。申し訳ございませぬ・・・もはや帝国の敵となったとしか・・・」

「そうか・・・惜しいな。狼とゴズキの子がもはやたったの一人。そして世は荒んでいくばかり」

「陛下は名君にございます。この世を憂いて良き政事を行っておられますよ」

オネストの甘い言葉に乗せられ、陛下も大臣に良く仕えてくれていると返した。

「狼よ。そなたには申し訳ないが、帝国の敵となったのであれば斬るしかない。辛いであろうが頼む」

「御意・・・」

アカメを斬るのは本意ではない。

未だに正気を失ったクロメを元に戻すためにも生きていてもらいたいと思っている。

それにアカメたちを本気で斬るのならば一人では難しい。

オネストは狼の勢力が強くなるのを恐れて人手を渡さない。

元より一人で葦名を駆け回った身であるがゆえに動きやすいのは良いが、多数の猛者を相手にするのは本来不向きである。

「陛下。それよりも・・・」

「うむ。分かっておる」

「?」

「今帝都に首切り魔がいるという。名を首切りザンク。かつて監獄で働く役人であったが、気が触れてしまい、今では辻斬りと化してしまった」

余の至らぬところだ。

陛下は申し訳なさそうにしていたが、狼は聞いたことがある。

処刑する人間が多すぎ、そのせいで業を背負いすぎた男の話を。

「狼よ。まずは帝都を脅かす辻斬りを成敗せよ」

「御意」

 

 

狼が謁見の間を出たところで暗殺部隊の隊長をしているカイリと出会った。

彼は薬の影響か、本来の年には見えないほど老いて見えていた。

薬物による強化に関しては狼も一言申したが、今の世の中をよくするためと暗殺部隊の上役に言われて封殺されてしまっている。

グリーンは投薬を受けていないためなんの影響もないが、クロメも体の中はボロボロになっているはずだ。

「よお。狼さん。ちょっといいか」

「ああ・・・」

狼はカイリに連れられて人気のない部屋に入った。

「外は部下に見張らせている。中は見たように俺たち二人だけ。率直に聞くが、狼さん。あんた帝国を裏切ろうとしていないか?」

「否・・・」

狼はその問いに否定を返した。

狼の動きは複雑で、誰にも読み取ることが出来ない。

分かっているのは陛下のために動いているということのみ。

恐らくオネスト辺りから心情を探るように命令が下っているのだろう。

だとしても雑なやり方だと思った。

カイリはため息をついた。

「まあそう簡単には認めねぇよな。それに狼さんが帝国のために動いていないことくらい、俺たちには良く分かっているさ」

「・・・・・・」

「クロメっちはまだ狂ったままだ。グリーンさんじゃあどうしようもない。狼さんでもどうしようもないのか?」

「分からぬ。だが、オネスト大臣が近寄らせない」

クロメは帝国のために人を殺し続けている。

凄惨な殺し方で、見せしめのように残酷に殺す。

「これを・・・」

「?」

狼は包みを取り出してカイリに渡す。

「『神食み』と呼ばれる秘薬・・・。これならば薬の毒を取り除けるかもしれぬ・・・」

「貴重な物なんだろう。いいのか。俺に渡して」

「カイリ・・・今はお前が暗殺部隊の隊長だ。己はその補佐に過ぎぬ」

「・・・そうかい」

「死ぬなよ・・・」

狼はそう言って部屋を出て行った。

「ああ。狼さん。俺はまだ死なねぇよ」

誰もいなくなった部屋でカイリは一人呟くのだった。

 

 

「ふうむ。やはり狼殿は帝国への忠誠はなさそうですねぇ」

オネストは一人肉を食いながら狼を観察した感想を呟く。

初めは使い勝手のよい玩具だと思っていた自分を恥じる。

政治の世界でなまっていたのか、あの飢えた狼を軽く見すぎていた。

狼から報告されるものはほとんどどうでもよい、あるいは手遅れになるだろう情報のみである。

とはいえ、厄介なナイトレイドに対して抵抗できるという点ではまだ評価している。

使いようがある。

とはいえ、狼はその心の中を霧で隠しており、油断していい相手ではない。

今や一番の脅威が狼といっても過言ではなかった。

「首切りザンクは帝具使い。あわよくば共倒れしてほしいものですが、そううまくいかないでしょうね」

困難な任務を生還し続けてきた狼である。

帝具使い相手と言えど、容易くやられはしないだろう。

全く厄介なと大臣は思った。

現在、暗殺部隊として働いているグリーンも始末したい人物であるが、狼の子であるがゆえに手を出せない。

今や帝国を牛耳っている大臣が、一人の人間の報復を恐れているのだ。

ブチリと肉を食いちぎり、不快な思いを少しでも晴らす。

いずれにしろある程度の策を練らなければならない。

オネストはどうしたものかと考え込むのであった。

 




一人で葦名を相手にした狼さんは伊達ではありません。


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17 葦名流の忍び

葦名流は勝つことを一事とした剣。


帝具使いは皆、強力な力を秘めた武具を用いて戦う。

例えばアカメの帝具『村雨』はかすり傷であっても致命傷を負わせる呪毒を付与している。

幸いなことに狼は対抗手段を多く持っている。

忍びの技、忍び義手、そして葦名流の剣技。

あらゆる殺し方を持っている故に誰にでも対抗できる。

今までに殺してきた敵にも多くの者がいた。

堅い盾を持ったもの、素早いもの、強靭な体を持つもの、人ではない獣。

皆、殺してきた。

堅い盾を斧で割り、素早い敵を仕留め討ち、炎で焼き、爆音で怯ませる。

経験豊富な狼でも、未知の敵というものは多くいる。

例えば目の前にいる心を読む辻斬り。

帝具『スペクテッド』と呼ばれる額に目の形をしたものをつけたこの辻斬りは非常に相性が悪い。

斧は隙が大きく当たらない。手裏剣は容易く避けられる。火吹き筒は距離を取って躱される。爆竹は撒く前に攻撃で潰される。

「一度引いて体勢を立て直そう。とでも思ったか?」

「・・・・・」

「不愛想に見えて随分多感な奴だな。愉快愉快」

「・・・・・」

狼は自然体で首切りザンクに近寄る。

「おっと。その手には乗らない。流石の俺でも陛下の忍びといわれたお前さんと切り結ぶのは分が悪い」

ザンクは近寄る狼から距離を取り、様子を見る。

「距離を一瞬で詰めて刺突を放ち、俺を蹴りそのまま飛んで回転斬り。いやはや恐ろしいねぇ」

「・・・・・」

「いや。分が悪い。攻撃を見切られては難しい。かといって暗器の類も通用しない。か?確かにその義手は厄介だが、相手が悪かったな。この帝具『スペクテッド』は洞察の究極系。経験豊富な陛下の忍び相手でもそれは健在」

「良くしゃべる・・・」

「俺の趣味だからな。しかし、帝具使い相手に拮抗状態を作る人間がいるとは、世界は広いねぇ」

「形代を追ってみれば・・・なるほど・・・」

「その形代っているのは俺には分からないが、声のことか?」

「声?」

「あんたにだって聞こえるだろう。黙っていると聞こえる、地獄からのうめき声。早く俺にこっちへ来いと言い続けている」

「・・・お主・・・怨嗟の降り積もる先か・・・」

「怨嗟・・・なるほどそういう言い方もある」

狼は刀を構える。

自然体で相手の攻撃を弾くのではなく、正面から相手を叩きのめすことに戦い方を変えたのだ。

「分が悪いと思いながらも、健気だねぇ。それで?あんたは声をどうやって誤魔化している?」

「己は声など聞こえぬ。だが、多くを殺してきた忍びには形代が見える。形代は心残りの形」

「・・・聞こえないか。あんたとなら話が合いそうだと思ったんだけどねぇ」

「・・・また怨嗟か・・・せめて鬼となる前に・・・」

狼は上段に構える。

ただ無骨に、しかし相手を斬ると専心する強力な一撃。

正面から叩き切る。

それだけに全てを注ぎ込んだ技。

ただそれだけ故に葦名流が強い。

「己が斬ってやろう・・・」

鋭い踏み込みと共に『一文字』が放たれる。

ザンクはその読みやすい攻撃を防ぐ。

防いでしまう。

「!?」

専心された一文字はただ相手を斬るという考えだけで放たれる。

駆け引き等お構いなしに強力な一撃を見舞うだけだが、ザンクはその一撃を防いで、その重さを実感する。

そして反撃を繰り出そうとするザンクに追い面を打ち、地面へ縛り付ける。

『一文字二連』

ただ無骨に正面から切りつける。相手が反撃をするのならばさらにもう一度叩きつける。

一文字はこの追い面を以て完成とされている。

忍びらしくない堂々とした剣技を前にザンクは思わず体幹を崩しそうになるが、何とかこらえる。

「ぐぅ。洞視どころか、未来視でも見切れない。いや、見切る以前の問題。ただ単純に剣を叩きつけるのに考える必要はない。無心になるのではなく、ただ専心する。これほどまでとは」

いままで余裕を見せていたザンクに焦りの表情が現れ始める。既に距離は詰めている。

狼は連撃をザンクへ見舞う。

ザンクも必死に狼の攻撃を弾き、受け流し、反撃に転じようとするが、急に放たれる専心された『一文字』に苦戦していた。

これは心を読んでも、未来を見ても結果が同じとなる葦名流の技。

ただ単純に正面から叩きつける。

結果はどう考えても同じである。

防いではいけないが、距離が近い。

受け流すには重い。

そして次いで放たれる追い面がさらにザンクを追い詰める。

狼がやっていることは単純明快。

正面から叩き潰す。

忍びとは言えない作戦である。

しかし効果は一目瞭然。

防戦一方となったザンクは距離を空けたいが、狼がそれを許さない。

攻撃を繰り返し、相手の攻撃を弾き、追い詰める。

ついにザンクの体幹が崩れてしまう。

狼はすかさず、体当たりをかましてよろけたところに刺突を放つ。

ザンクはこれを辛うじて避けるが、余裕はない。

「食らえ!」

ザンクは『スペクテッド』を開いた。

「!?」

狼が見たのは九朗であった。

ここにいないはずの九朗が何故ここに。

狼は一瞬だが隙をさらしてしまう。

危険を感じた狼は咄嗟にその場から飛び退るが、ザンクの攻撃を受けてしまう。

「幻か」

「とっておきを使ってもその程度の傷しか与えられないとは・・・。流石に陛下の忍びといわれるだけはあるねぇ」

ザンクは狼から大きく距離を取って警戒をする。

「分が悪いのはどうやらこっちだったみたいだねぇ。あんたは強い奴を殺す術を多く持っている。悔しいが、俺では勝てない」

狼は手裏剣を放つが容易く避けられてしまう。

ザンクは先ほどまでの余裕を消し去ってその場から全力で逃げ出した。

狼も追撃をしようと試みるが、相手は曲がりなりにも帝具使い。

深追いは厳禁と思い直し、刀を収めた。

 

 

ザンクを逃がしてからというもの、狼は毎夜、帝都の巡回を行っている。

だが、『スペクテッド』の能力を用いているのか、狼を避けているように思われる。

狼から逃げる敵は見る猿、聞く猿、言う猿、  以来である。

厄介だ。

それは相手も思っていることだろうが、狼は毒づかずにはいられない。

ふと、高い塔の上から様子を見ているとよく見知った面々が帝都を歩いているところを目撃した。

「ナイトレイド・・・」

どうやら彼らもザンク討伐に乗り出したらしい。

二人一組で行動をしている。

帝具使い対策なのだろう。

狼は密かに彼らをつけることにした。

 

 

「さあ・・・嘆願しろよ。仲間が来るまでの時間稼ぎになるかもしれんぞ」

ザンクは邪悪な笑みを浮かべながらタツミに言う。

それに対してタツミは口の中の血をペッと吐き出すとふざけるなといった。

俺は命乞いなんかしないと。

「ほう。勇ましいねぇ。単純に全てをかけた一撃か。でも悪いな。その類の攻撃は最近ひどい目を見たから」

悲しい笛の音が鳴った。

その音色を聞いたザンクは一瞬だけ動きを止めてしまう。

その一瞬をタツミは見逃さなかった。

「!?」

全てを懸けた一撃は相手にかすり傷を負わせる程度にしか済まさず、逆にタツミの方が深手を負うことになってしまった。

だが、そんな結果はいい。

先ほどの笛の音が気になる。

「タツミ・・・」

陰より現れた狼はじりじりと間合いを詰めながらやってくる。

鞘に刀を収め、されど斬ることに専念された奥義を放たんと間合いを詰める。

ザンクはその隠された気迫に押されるように一歩下がる。

「あんた・・・さっきの音色は」

「『泣き虫』・・・怨嗟が降り積もるお主には一番よく効くだろう・・・」

「声が・・・聞こえない?」

間合いを詰める狼と後ずさるザンク。

笛の音色につられてやってきたのか、アカメが狼の後ろから走ってくる。

「先生!?タツミ!?」

ザンクと相対する狼と負傷して倒れているタツミに驚きの声をだす。

「気をつけろアカメ!あの目で心を覗いてくるぞ!」

タツミは相手の能力を伝える。

「加えて・・・幻術を扱う。アカメ・・・葦名流を忘れてはいまいな・・・」

狼は後ろに立つアカメに問う。

狼の言わんとすることが分かったのか、アカメは構える。

「葦名流・・・まさかこうして二人もいるとは・・・」

ザンクは狼たちを睨みながら距離を取ろうとする。

逃げる気だ。

それを察知した狼は刀を抜き、突きの構えを見せる。

『奥義・大忍び刺し』

無論、そのことを読んでいたであろうザンクはそれでも見切れずに突きを肩に受ける。

そしてそのまま蹴りあがり、落ちながら『一文字』を放つ。

その狼の陰からアカメが躍り出て斬撃を見舞う。

辛うじて対処するザンクであったが、余裕は全くなかった。

帝具『スペクテッド』の瞳が開く。

その瞬間に狼は『瑠璃の斧』を振り下ろす。

幻術をかき消す衝撃波を出すその斧は守りの上からでも相手に打撃を与える。

斧を防いだザンクに向けて、アカメは『一文字』を放つ。

体幹が崩れた。

アカメはすかさず、相手の首を斬る。

勝敗は決した。

狼は崩れ行くザンクに向けてもう一度『泣き虫』を吹いた。

悲し気な、しかし美しい音色が辺りを包むように鳴り響く。

「ああ。声が聞こえない・・・愉快・・・ゆか・・・い・・・」

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

首切りザンク。

元は帝国の首切り役人であった。

業を背負い過ぎた人間。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

首切りザンク。

元は帝国の首切り役人であった。

帝具使いの辻斬り。

 

 

「見事・・・」

狼は己の教え子の成長を素直に喜んだ。

「先生こそ」

短いやり取りであったが、そこには師弟の絆が確かにあった。

「タツミ・・・飲め・・・」

狼は倒れるタツミに傷薬瓢箪を飲ませる。

「苦!そして臭い!」

良薬とはそういうものだ。

狼はタツミの傷がふさがったところを確認するとそのまま立ち去ろうとする。

「帝具は・・・持っていけ。己には不要なものだ・・・」

「ありがとうございます。先生」

「・・・・・」

「先生?」

「葦名流の忍びが二人。一心様もお喜びになるだろう・・・」

その喜ぶさまを想像した狼は眉のしわを薄くした。

あの快活な老人のことだ。

同じ名を呼ぶものと同じ流派を扱うもの。

酒の肴にするに違いない。

「さらば・・・」

狼はその様子を想いながら立ち去っていった。

 




元より忍びは勝つこと、目的達成を至上としています。

勝つことを一事とする葦名流は、間違いなく狼さんの力になっているでしょう。


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18 命の在り方

生きている者は必ず終わりを迎える。


 

ザンクを斬り、帝具を回収したアカメたちはアジトへと戻っていた。

アジトに戻って帝具『スペクテッド』をタツミに預けようとしたが、どうやら拒絶反応が出てしまった。

タツミはあらゆる帝具があると聞いて機嫌をよくする。

それに対してメンバーはどうしたと聞く。

「まだ未知の能力をもつ帝具がいっぱいあるんだろう?そこで俺はピーンときたね!」

死んだ人間を生き返らせる帝具もあるかもしれないと。

「ねぇよ」

ブラートは期待するタツミを否定した。

死んだ人間は生き返らない。命は一つだけと。

アカメたちも始皇帝が死んでいるのがその証拠だという。

諦めろと。

「命を黄泉がえらせる。そのようなもの・・・聞いたことがあるな」

入口の方からしわがれた。しかしはっきりとした声が響く。

「一心殿!」

「おう!お前たち!久しいな!」

葦名一心。

現在帝国で指名手配されている中でも優先度の高い人間である。

そんな人間が気軽にナイトレイドのアジトを訪れていた。

「爺さん!さっき命を黄泉がえらせるって」

「馬鹿!一心の爺さんに失礼だぞ!」

「構わぬよブラート。さて、その道具についてじゃが・・・その前に」

一心はタツミに酒瓶を突き出した。

「酒じゃあ!褒美に受けとれ!」

「は、はぁ?」

「聞くところによるとお主と赤狼。主らともう一人の隻狼で首切りを斬ったという。よう斬った。どうであった。そのものは」

「はい。先生は葦名流の技で相手をしていました。心を読む相手だったようで、それがよく通用しました」

「カカカッ。なるほどな。心なんぞ読んでも、葦名流に意味はない。勝つことを一事とした剣に随分と遠回りなことをしよったようじゃな」

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

首切りザンク。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。

己が斬った者たちの声に悩まされ続ける哀れな男。

だが、その最期は声が聞こえなくなり、安らかな眠りについた。

 

 

「せきろ?もう一人?」

「赤い狼とかいて赤狼。アカメのことだ。もう一人は隻腕の狼だ」

「そういえばアカメと狼さんって師弟関係だって」

「そうよ。こやつらは親子のような者よ。して、小僧。お主の聞きたがっている黄泉がえりだが・・・」

一心は少しためた後、首を振った。

「させぬ方が良い」

「!何でだよ!?」

「本来、儂や隻狼は死んでいる。じゃがこうして生きていることで世の中に淀みを生んでおるじゃろう」

それが良かれ悪かれ、本来の形ではないと。

「爺さんが死んでいる?狼さんも?」

「そうじゃ。儂は病に倒れ、黒の不死斬りで孫の体を借りて黄泉がえった。哀れな孫の最期の願い故な。隻狼は己が主を守るために幾度となく死に、主が望む不死断ちに、自分の主の命を消さねばならぬことを厭い、人返りの術を使い、己の首を、不死断ちで刎ねた」

「でもこうして生きているじゃあないか」

「淀みよ。儂らは所詮、死にぞこない。死ねぬは辛いことよ。酷なことを言うが、小僧。死ぬべき時に死なねば人は苦しむだけ」

一心の重い言葉にタツミは黙り込んでしまう。

「かつて儂のいた葦名ではその不死の力を巡って戦が起きた。それ故、隻狼の主は不死断ちを願ったのじゃ」

じゃが、こんなところに来るとは思っていなかったがな。

一心は笑って言った。

「小僧。この戦も死ねば次はない。そう思え。戦には様々な謀がつきものよ。それが渦となり、新たな淀みを生む。故に、迷うな」

「迷えば敗れる」

「カカカッ。いつぞやも似たようなことを言ったな」

「・・・人は生きていちゃいけないのかよ」

「むう?」

「サヨだって、イエヤスだって死にたくなかったはずだ!なのに生きていちゃいけないっていうのかよ!」

タツミは叫んだ。

未だに忘れられぬ友たちへの想いが込められた叫びだ。

一心はそれに重く頷いた。

「もう一度言う。死ねぬは辛いことよ。生きていてはいけないとは言わぬ。じゃが、人は死んだら地に帰らねばならぬ。それを穢すのが儂らのような存在。儂は既にその呪いから解き放たれたようだが、隻狼は未だに主との絆が消えてはおらぬようじゃな。のう、赤狼よ」

アカメは話を振られて頷く。

「タツミ。実は先生を斬ったことがある。帝具『村雨』で」

「!?」

「でも先生は今も生きている。『村雨』よりも強い絆がそうさせているのかもしれないが、先生は死んでいない。それは本来の姿じゃあないんだ」

「竜咳。あ奴が死ねばそういった病が蔓延るようになる。回生する代償として、他を苦しめるのだ」

「じゃあなんで狼さんは」

「不器用な奴なのよ。こうして新たな世界で生を受けたことに意味を見出し、再び主のために奔走する。あるいは、飢えた狼だからこそこのような結果になったのかもしれぬがな」

タツミはその後、考えることもあったのか、友たちの墓に別れを言いに行った。

 

 

謁見の間。

「申し上げます。ナカキド将軍、ヘミ将軍。両将が離反。反乱軍に合流した模様です!!」

一同はざわつく。

狼はその様子を陰で見てひとりため息をつく。

中から良くしようとするものと帝国を見限ったもの。

どちらも民の安寧を願っているというのに争いが生まれてしまう。

陛下は皆を落ち着かせるために一喝するが、それもオネストの台本通り。

「ヌフフ。流石は陛下。落ち着いたものにございます」

今の帝国の情勢はよろしくない。

帝都の警備隊隊長はナイトレイドに暗殺され、大臣の縁者も殺された。

辻切りは狼が倒したが、その後やってきたナイトレイドに帝具を奪われたと報告している。

「やられたい放題・・・!!悲しみで体重が増えてしまいます・・・!!」

肉をかみながら言うオネストだったが、もちろんそこまで重大視していない。

既に策を考えてある。

「北を制圧したエスデス将軍を帝都に呼び戻します」

「て、帝都にはブドー大将軍と狼殿がおりましょう」

「大将軍が賊狩りなどと彼のプライドが許さないでしょう。狼殿一人では既に容量を超えています」

それは確かであった。

狼一人でできることには限りがあり、ナイトレイドの相手、大臣の陰謀潰し、陛下の警護。

どれをとっても手が届かない状況にある。

「エスデスか・・・彼女ならブドーと並ぶ英傑。安心だ!」

異民族40万を生き埋めにする人間を呼び戻すというのは安心ではないだろうと狼は思ったが、口には出さなかった。

今はそのような人物でも帝国の、陛下のためになるのであれば力を貸してもらう。

狼は密かに決意を固めた。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

首切りザンク。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

首を斬り過ぎた故に怨嗟を聞き続けた男。

しかし、今はもうその声は聞こえない。

手向けの『泣き虫』の音色は彼の心の中に残っている。

 

 

「狼殿」

狼は終わったと思われた会合にオネストの声が響いたため、仕方なしに陰より出て跪く。

「は」

「事ここに至っては方法を選んでいられません。暗殺部隊と協力し、賊どもを討ち取るのです」

「承知しました」

意外と焦っているのだな。

狼はそう考えたが、オネストの考えは少々違う。

確かに戦力の減少や縁者の暗殺は痛いところであるが、それは想定内。

しかし、想定外の動きを取る狼を縛り付けるために仕方なく枷をつけようとしているのだ。

狼はそんなことは知らないが、協力者が増えることはいいとしか思っていなかった。

これより、大きな戦が始まる。

その予感を感じ取り、ただ己の為すべきことを為すだけだと。

飢えた狼の視線はオネストに向けられていた。

 




竜咳はこの世界では文字通りの不治の病でしょう。

狼さんもそれを意識して死なないように立ち回っています。


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19 エスデス

この国には心に氷を宿らせる修羅の影がある。


 

「エスデス将軍」

「は」

陛下は謁見の間にて跪く女将軍、エスデスを労っていた。

「北の制圧!見事であった。褒美として黄金一万を用意してあるぞ」

「ありがとうございます。北の備えとして残してきた兵たちに送ります。喜びましょう」

そう言う彼女の雰囲気はまさに氷の女という印象が強い。

だが、その奥深くでどこか葦名一心に似ているという印象も狼は感じていた。

何処までも強く、とにかく強く、そして気が付けば刀が空を斬るようになっていたという英傑。

戦いを楽しむ老境の剣聖を彷彿とさせるものがこのエスデス将軍にはあった。

「戻ったばかりで済まないが、仕事がある。帝都周辺にナイトレイドをはじめ凶悪な輩が蔓延っている。これらを将軍の武力で一掃してほしいのだ」

「・・・わかりました。一つお願いがございます」

「うむ・・・兵士か?なるべく多く用意するぞ」

「賊の中には帝具使いが多いと聞きます。帝具には・・・帝具が有効」

エスデスは笑みを浮かべて言った。

「六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで充分。帝具使いのみの治安維持部隊を結成します」

帝具使いは貴重である。

だが確かに、ナイトレイドのような暗殺部隊には有効だろう。

「・・・将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな。さらに六人か」

「陛下」

オネストの前にスッと出る。

エスデス将軍になら任せられると。

その言葉を聞いた陛下は安心したように用意を頼んだ。

「そうだ。帝具使いではないが一人、心当たりがあるぞ」

「陛下?」

「それは一体・・・」

「うむ。狼よ」

「ここに」

狼は陰から出て陛下に跪く。

「ほう。そのものは?」

エスデスは興味を持ったように狼のことを聞く。

「うむ。余の忍び、狼だ」

「なるほど。確かに狼殿ならばナイトレイドと渡り合った実績がございます。適任ですな」

オネストは喜びに満ちた笑みを浮かべる。

都合がいい。

少数精鋭の部隊で、あのエスデス将軍の部下となるのであれば手綱が握りやすくなると。

「狼の他、帝具使いの人材はオネストに任せる。して、エスデス将軍には苦労を掛ける。黄金だけではなく別の褒美も与えたいな。何か望むものはあるか?」

陛下がそう聞くと、エスデスは少々迷ったような素振りを見せてあえて言えばといった。

「言えば・・・?」

「恋をしたいと思っております」

あまりの衝撃だったのだろう。

陛下もオネストも凍り付いた。

「・・・そ・・・そうであったか!将軍も年ごろなのに独り身だしな」

「しかし将軍は慕っている者が周囲に山ほどおりましょう?」

「あれはペットです」

狼はこれほど困っている様子のオネストを見るのは初めてだった。

そういえば恋というものは己もしたことがなかった。

一体どういったものであろうか。

一人考える狼を他所に陛下とオネストが何やらやり取りをしていたが、その後、エスデスが好みを書き連ねた紙を出して該当者がいれば教えてほしいと言った。

陛下は見ておこうと言ってその場は終いとなった。

 

 

「狼よ。苦労を掛ける」

「いえ・・・」

二人だけとなった謁見の間で会話を続ける。

「これでお主も少しはやり易くなるであろう」

「は」

「お主にも褒美を与えたいが、残念ながらお主が喜ぶであろうものは思いつけど、出すことはできぬ。済まぬ」

「いえ・・・仕方のないことです・・・」

狼の望み、人となったであろう九朗との再会。

そして確認したのであれば・・・。

「そういえばかの剣聖。葦名一心殿がまたわが軍を破ったと聞く。やはりそれほどの猛者なのか」

「国盗り戦の葦名衆。であれば当然のことかと・・・」

「ふむ。敵ながら天晴。ことによってはエスデス将軍かブドー大将軍に動いてもらうかもしれぬ。その時はお主にも頼みたい」

「御意のままに」

「御意か・・・フフ。そなたも変わらぬな」

そう言って笑う陛下の姿はかつての九朗を思わせた。

「どうした?狼よ」

「いえ。ただ懐かしいと・・・」

「狼の主か?」

「はい・・・」

「そうか。であるならば余も嬉しい。九朗殿のような立派な存在になりたいものだ」

「・・・陛下ならば・・・」

狼は少しだけ寂しそうに言った。

 

 

狼が謁見の間から出ると黒い服を着た3人とエスデスが待っていた。

「狼か。なるほど。たしかに飢えた狼の目だ。それに隻腕。いうなれば隻狼といったところか」

エスデスの言った言葉に、狼は若干驚く。

「・・・・・」

「へえ?帝具使いを倒したことがあるんだって?」

「すげぇ経験値を持っていそうだ」

「やめぬか。二人とも。エスデス様の前だぞ」

3人は何やら喋っているようだが、狼の意識はエスデスの方へと向かっていた。

「?どうした。言いたいことがあるならさっさと言え」

「・・・昔、同じように名を呼ばれたことがございます」

「ほう?そいつとは気が合いそうだ。どんなやつだ」

「剣聖、葦名一心」

その言葉にエスデスを除く3人が警戒する。

「かの御仁ならばエスデス様とも気が合いましょう」

「フフ。面白い。リヴァたちは先ほどの件を済ませてこい。私は隻狼と話がしたくなった」

「・・・いいのですか?」

「ああ。そちらは頼むぞ」

「は」

そう言ってリヴァという男は他の二人を連れて行った。

「では、話してもらうぞ。葦名一心について」

「承知しました」

 

 

狼はエスデスという将軍について、一心が若ければこのような感じなのかもしれないと感じた。

貪欲に力を求めていたという一心とは違い、エスデスは元よりその才能が強く、残虐であるが根本は同じのように見える。

「以上にございます・・・」

「そうか。なるほど。反乱軍にも面白い人物がいるようだ。この戦、楽しめそうだ」

「・・・・・」

「お前も気に入ったぞ。隻狼。三獣士に加えてお前も我が部下として扱おう」

「・・・己は陛下の忍びなれば・・・そのように・・・」

「お前たちの生い立ちも面白そうだ。まだ隠しているのだろうが、それもいつか話してくれるのだろうな」

「・・・明かせませぬ」

「ふ、フハハ。そんなことを私に言う奴がまだ帝都にいるとはな。面白いぞ。隻狼」

心底面白いといったように笑うエスデスを見て、かつてもらったどぶろくを一心に返した時を思い出す。

懐かしい感覚を感じながらも、狼は油断しない。

彼女もまた敵となりうるのだから。

だが、彼女との戦いは悪くなさそうだ。

かつての、一心と純粋にぶつかり合ったあの死闘のように。

狼は一心の好きなどぶろくを取り出した。

「酒を・・・」

「むう?あまり見ぬ酒だな」

「一心様の好きなどぶろくという酒にございます・・・」

「ほう。どれ。いただこう」

エスデスはもらった酒をクイッと傾ける。

「ふむ。悪くない。良い酒だ」

エスデスは気に入ったらしく、再び傾ける。

「こうして酒を飲むと昔を語りたくなるな」

「・・・皆そう言います・・・」

「フフ。そうか。一心とやらはやはり強いか?」

「空を歪めるほどに・・・」

「そうか。流石の私もそんなことはしたことがないな。帝具なしでそこまでのことをするとは、剣聖とはよく言ったものだ」

狼は黙っていると、その様子を面白そうにエスデスが眺めた。

「不愛想なくせに、話し相手にはちょうどいい奴だ。あの三人がいただろう?」

先ほどであった三人だろう。

小柄な少年。大柄な男。そしてそのまとめ役だろう男。

「三人とも帝具使いだ。もし、あの三人を相手にしろと言われたらどうする?」

「・・・一人ずつ斬ります・・・」

「フハハ。なるほど、お前はそう言うと思った。おそらく仲間であっても斬れと言われれば斬るのであろう」

「・・・それが任務なれば・・・」

「ふむ?どうやらお前は嘘が下手なようだな・・・。拷問のしがいはないが、まあいい」

エスデスはさらに飲み進める。

「お前は目的の為ならば何でもやるだろう。仲間を斬り、主を裏切り、果てには自分すらも・・・」

見透かすように言うエスデスは酔っているのだろうか。

狼には思い当たる節が多かった。

主の不死断ちを阻む義父を斬り、主を人に帰らせ、自分を斬った。

「・・・こうして飲むのも悪くないな。リヴァたちが戻ってきたら一緒に飲むとしよう。それまでに酒を用意しておけ。隻狼」

「承知しました・・・」

その後、エスデスが勝手に喋るのをただ狼は聞いているだけであった。

 

 

「名物をもらおうか」

エスデスと狼は今甘味処にいた。

曰く、上手い酒をもらった礼だという。

その際にエスデスへ賄賂を渡そうとした店主が目に銭を押し付けられるということを起こしていたが、それ以外はいたって平凡に過ぎていた。

ただ、エスデスが妙に殺気だっている。

恐らく、近くにいるレオーネの存在に気が付いているからだろう。

狼もそれに気が付いている。

やがてレオーネの気配が遠ざかると、エスデスも殺気を消した。

至極残念そうにするエスデスだったが、狼は次の瞬間目を疑う光景を目にした。

「おう!隻狼!」

「!?」

それはエスデスにすら予想外だったのだろう。

天狗の仮面をしたしわがれた声の男が

元気よく手を振りながらやってきたのだから。

「カカカッ。ほう?中々鋭い気配がすると思えば、名のある人間と見た。儂は帝都の天狗。お主は何と申す?」

「エスデスだ」

「そうか、あの名高いエスデスか!面白い!お主も鼠狩りか!」

「・・・・・」

「なんじゃ?隻狼。そのような顔をして。儂がここにいて悪いか?」

面白そうにする天狗。

葦名一心はエスデスの側に腰を掛ける。

「おう。こやつらと同じものを一つ!」

エスデスと狼はしばらく沈黙していたが、エスデスがもしやと問いかけた。

「まさか葦名一心か?」

「カカカッ。昔、隻狼は欺けたが、お主は欺けぬか。エスデス」

「流石に驚いた。まさか直々に反乱軍の将が入り込んでいるとは」

「帝国の軍とやらに手ごたえがなくてな。直接見に来てやった!」

快活に喋る一心は天狗の面を少しずらして茶を飲む。

「一心様・・・」

「ん?ああ忘れるところであった。この国も酷い物よな。さっさとお主がオネストをやればよかったものを、機を図り損ねてしまうとは」

とはいえ、お主に謀は向いていなかったなと笑い飛ばした。

「何が目的かといっても、先ほど言っていたな」

「そう。戦うかいのない連中ばかりでそろそろ飽きてきたところじゃった。じゃが、お主がここへ来たということは、それもなくなるのであろう?」

一心は挑発するように剣気を向ける。

それに対してエスデスも殺気を向ける。

しばらく恐ろしい空間がそこに出来上がっていたが、一心はスッと剣気を収めた。

「じゃが、ここに隻狼がいるということはまだお主とは戦う時ではないのか。残念じゃ」

「それはどういうことだ?」

「隻狼より聞かなかったか?いや、話すわけもないか。儂と隻狼、既に決着がついたもの。これ以上を望めない程に戦った余韻を穢せぬのよ。故にエスデス。お主とはまた戦場で会うことになろう」

「私は今やってもいいのだぞ?」

「ハッ!青いのうエスデス。人斬りの才はあっても、それを十全にする才は未だに開花せずか」

「何?」

「ここは儂が奢っておこう。先の件、隻狼より聞くとよい。隻狼!よく言っておけい!」

言うだけ言って笑いながら帰っていった一心の背を、エスデスと狼はただただ見送った。

「どういうことだ?」

純粋に分からないというエスデスに、しばらく考えた後、狼は答えた。

「エスデス様のように言えば、一番楽しめるときに戦う。そう言えば納得するかと・・・」

するとエスデスはキョトンとして狼の言葉を聞き、やがて納得したのかため息をついた。

「なるほど。確かにまだ青かったようだ」

納得するエスデスとは別に、狼の眉間のしわは濃くなるばかりだった。

 




フットワークの軽い天狗殿。

主治医に止められたこともありますが、その足取りの軽さは健在の御様子。


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20 イェーガーズ

人の姿をした獣を狩る狩人たち。


 

狼は久しく訪れたナイトレイドのアジトへやってきて、空気が重くなっていることを感じた。

誰か逝ってしまったか。

ナジェンダへあいさつに行けばどうやらシェーレ、ブラートがやられてしまったらしい。

シェーレはどこか抜けたところもあったが、仲間に対して役に立ちたいという気持ちのある良い人間だった。

ブラートは暑苦しい漢であったが、冷静で、ナイトレイドの柱のような存在だった。

いずれにしても惜しい人物を亡くしてしまった。

ブラートの帝具『インクルシオ』はタツミに託されたらしい。

タツミは特訓を重ね、使いこなせるようになりたいと語っていた。

「先生」

「アカメか・・・」

「また失ってしまいました・・・」

「・・・それが戦・・・」

狼はおくるみ地蔵をアカメに渡す。

「ブラートとシェーレに手向けてほしい。己では業が深すぎる故・・・」

「・・・ありがとうございます」

「タツミは・・・」

「修行中です。エスデスの部下にブラートがやられてしまったのが」

「・・・そうか・・・」

狼は修行中のタツミのところへ向かった。

彼には話さなければならないことがある。

「タツミ・・・」

「狼さん。来ていたんですか」

「ああ・・・」

狼は黙って木刀を構える。

「構えよ・・・」

「・・・はい」

手始めに狼は突きを放つ。

タツミは教えられた通り踏んで反撃に転じる。

狼はそれを避けた後、『旋風斬り』を放つ。

これは弾いて対処する。

「成長したな・・・」

狼は最後に木刀で居合の構えを取る。

「アカメ・・・タツミ・・・見て覚えよ」

疾く斬ることに一意を置かれたその剣術は一瞬で十文字を斬る。

『奥義・葦名十文字』。

タツミは剣を弾かれ体勢を崩し、その場で膝をつく。

「ここまで・・・」

「・・・ありがとうございました」

「忍びの技は手取り教えるものではない・・・。戦いの中で教えるものだ・・・」

かつて、まぼろしのお蝶や義父、梟がそうであったように。

「・・・己はお前たちの敵となった・・・」

「!?」

「エスデスの部下・・・お前たちが討った三人の他に、新たについたのが己だ・・・」

「そう・・・ですか・・・」

「斬れ」

「え?」

「迷わずに斬れ。ただでやられるほど・・・己は弱くはない・・・」

「・・・律儀ですね。狼さん」

「・・・むう」

狼はタツミに言われて唸った。

 

 

「リヴァ、ニャウ、ダイダラ。お前たちは負けた。つまり弱かったということ」

エスデスは3人の墓の前でつぶやく。

「弱いものは淘汰されて当然だ。仕方ない部下共め」

エスデスは冷徹な目をして、墓に宣言する。

「仕方ないから私が仇を取ってやろう」

そのまま立ち上がると歩き出す。

「隻狼。新しい人材は今日、来るそうだ。予定通り、帝具使いが六人」

「は」

「どんなやつか知らんが、少々遊んでも悪くはあるまい」

 

 

狼は既に集合場所にて待機していた。

やることもないので仏を彫っている。

未だに不格好だ。

忍び義手の点検はできるが、こういった彫り物を作ることはまだ慣れていない。

仏の顔も優しいのか何なのか分からない顔だ。

「失礼します」

そう言って入ってきたのはいつぞや、アカメの件で世話になった焼却部隊の顔をマスクで隠したボルスだった。

「世話になる・・・」

「狼さん・・・こちらこそ」

ボルスは仏を彫っている狼が気になったのか、その様子を見ている。

「未だに上手く彫れぬ・・・。仏師殿は鬼のような形相の仏しか彫れぬと言っていたが、己は不格好なものしかできぬ・・・」

「でも優しそうな形ですよ・・・」

「そうか・・・それならいいのだが・・・」

しばらく沈黙が続き、勢いよく扉が開いた。

「こんにちは!帝国海軍からきまし・・・た・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「失礼しました・・・」

「?」

狼は何故戻っていったか分からなかった。

しばらくしてまた同じ青年が入ってきてそっと席に座る。

何やら緊張しているようだが、狼には関係ない。

またしばらくは狼の仏を彫る音が響くだけだったが、誰かが扉を開けて入ってきた。

「先生・・・」

「久しいな・・・クロメ・・・」

仏を彫る手を止めてクロメの方を見る。

大きな袋に入ったお菓子を食べているが、あれは薬入りのものだろう。

カイリもまだ迷っているのかもしれない。

あの秘薬をどうするか。

「よ・・・よぉ」

青年がクロメに声を掛けるが、クロメはお菓子を取られると思ったのか、お菓子の袋を抱いて守る。

ウェイブは引きつった表情を浮かべる。

「ウェイブ・・・」

「は、はい・・・」

「緊張するな・・・ただ癖が強いだけだ・・・」

狼は事前に帝具使い六名の情報を知っている。

なかでもまともそうだと思ったのは三名。

その中にウェイブが入っている。

勿論ボルスもだ。

「失礼します!」

バタンと開かれた扉から一人の少女と犬のような動物の帝具『ヘカトンケイル』が現れる。

「帝都警備隊所属、セリューユビキタス!アンドコロです!」

セリューは何を思ったのか持っていた花束をバッとまき散らした。

「第一印象に気を遣う・・・それがスタイリッシュな男のタシナミ」

一番狼が警戒しているスタイリッシュ。

何故かはわからないが警戒してしまうのだ。

そのあとすぐに最後の一人がやってきた。

爽やかな笑顔を浮かべた青年、ランだった。

ウェイブはその青年に何を感じたのか握手をしていた。

「あの・・・」

ボルスがお茶を組んできたらしい。

「皆さん・・・お茶が入りました」

そっと全員のところへお茶を配る。

そしてウェイブに無口でいたことを謝っていた。

ウェイブは苦笑いをしていたが、問題はないだろう。

その後、ガチャリと扉を開けてきた人間が一人。

狼は仮面をつけてやってきたエスデスを見て眉根を寄せる。

そんなところまで一心様と同じかと。

「お前たち見ない顔だな!ここで何をしている!!」

その物言いに対してウェイブが反論しようとするが、エスデスは迷わず蹴り飛ばした。

「賊には殺し屋もいる。常に警戒を怠るな!」

そう言って今度はランへ特攻するが、素早い攻撃を避けてみせる。

その背後、凶相を浮かべたセリューとコロが奇襲を仕掛けるが、それを容易く投げて対処する。

クロメはその隙に帝具『八房』を振りぬいてエスデスの仮面を斬る。

「エスデス様・・・お戯れは・・・」

「分かっている。試しただけだ」

狼はエスデスに跪き、頭をたれる。

それに対してエスデスは遊びだと言わんばかりの態度で答えるのであった。

 

 

「よし!では陛下と謁見後、パーティだ」

そう宣言したエスデスにウェイブは慌てていたが、エスデスとしては面倒ごとはさっさと済ませてしまいたいらしい。

「それよりエスデス様。あたし達のチーム名とか決まっているのでしょうか?」

「うむ」

スタイリッシュの問にエスデスが頷いてみせた。

独自の機動性を持ち、凶悪な賊の群れを容赦なく狩る組織

特殊警察『イェーガーズ』。

狼たちは陛下のいる謁見の間に入り跪く。

「良く来た。そなたらが新たな組織の一員か」

「はい。我々イェーガーズは賊を討伐することに特化した組織。並の帝具使いでは歯が立たないでしょう」

「ふむ。それは頼もしい。エスデス将軍。我が忍びを上手く使ってやってくれ」

「承知しました」

「御意」

「短いが、これよりそなたらに命を下す。帝国を乱す賊を討伐するのだ!」

狼たちは深く頭をたれた。

 

 

「クロメ・・・あれから変わりないか・・・」

「はい先生。何も変わっていませんよ?」

それがどうしたのかという不思議な表情だった。

「そうか・・・」

狼は眉間のしわを濃くする。

悩み事に次ぎ悩み事だらけだ。

今まではナイトレイドと上手くやっていたが、今回の件で動きづらくなってしまった。

「隻狼。酒は用意してあるな」

「は。こちらに」

狼は新たな組織結成ということで様々な酒を用意していた。

中でも『葦名の酒』は狼にとってなじみ深い酒だ。

「ほう?また新しい酒か」

「は」

「ウェイブ!ボルス!早くこちらへ来い!隻狼が酒を用意してくれたぞ!」

そう言うと二人は鍋を持ってやってきた。

こうして誰かと共に食事をするのはいつぶりだろうか。

いや、あっただろうか。

すでに遠い記憶なのか、狼は少しだけ感動を覚えていた。

「ふむ。これも中々。ところで隻狼」

「は」

「お前の背中の大太刀は帝具ではないと聞く」

「これは不死斬り。死なぬを斬るための得物にございます・・・」

「そうか。今帝具が一つ余っている。お前は扱えそうか?」

「ハサミ型の帝具。使えるかと言われれば使えるでしょう。しかし」

狼はガシャンと忍び義手を動かした。

「己には既に牙がある故・・・」

「そうか。このままでは大臣に回収されてしまうな」

余興でもするか。

エスデスはつぶやいた。

 




イェーガーズに入った狼さん。

陛下の存在がある故に、ナイトレイドにいるよりこちらの方があっているように見えます。


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21 恋

恋は人を盲目にさせるという。


エスデスの言う余興とは都民武芸試合という名目の人材探しであった。

誰もかれもが腕に自信がある者だろうが、エスデスにはどれもつまらない物らしく、あくびをしている始末である。

「いかがですか。隊長、あの者たちは」

つまらなそうなエスデスの脇に控えるランは聞くが、おそらく良い評価はしないだろうなと同じく側に控える狼は思った。

「つまらん素材らしく、つまらん試合だな」

酷い主催者だった。

「やはり帝具を使えそうな人間はそうそうでてこんか」

帝具は人を選ぶという。

万人が扱えるような武器にはない能力を持つために選ぶのだろう。

不死を斬るための『不死斬り・拝涙』も、振るうものは不死だけという皮肉な武器である。

「次の試合が最後の組み合わせですね」

「・・・・・」

「・・・・・」

狼は最後の組み合わせを見て眉間のしわを濃くする。

「東方!肉屋カルビ!西方!鍛冶屋タツミ!」

「片方はまだ少年ですね」

お前は何をやっているのだ。

忍びの技を教えたはずのタツミが、よりにもよってエスデス主催の試合に現れたからである。

かつて同業に堂々と情報収集をしていた狼が言っていいことではないが、悪手である。

タツミは開始と同時に振り下ろされた拳を跳んでよけ、横面を蹴りつけようとする。

相手はそれを防ぎ、タツミに対して連撃を放つもすべていなされ、腹部に重い一撃を受ける。

よろけた相手にすかさず下段攻撃を叩きこみ、連撃で顔面へ蹴りを見舞った。

相手はなすすべなく倒れた。

「・・・あの少年。逸材ですね。隊長」

「ああ・・・」

狼としては成長したと喜んでいいのか、忍びが技を晒すなと怒るべきか悩むべきところだった。

「勝者!タツミ!」

歓声に包まれて嬉しいのか、タツミは純粋な笑みを浮かべて喜んでいた。

「・・・見つけたぞ」

狼はこの時点ではまだタツミが帝具使いの候補だとしか思っていなかった。

「それもあるが・・・別の方でだ」

「エスデス様・・・?」

エスデスは直々にリングへと降りていく。

そのような手筈はなかった。

「タツミ・・・といったな。いい名前だ」

狼はエスデスの動向を観察していたが、次の瞬間、エスデスがタツミに首輪を掛けたことで肝が冷える思いをした。

成り行きは分からないが、タツミはエスデスに引きずられ、抵抗しようとしたところを優しく手刀で意識を奪われた。

「・・・むう」

狼は人知れず唸り声をあげるしかなかった。

 

 

「という訳で」

どういう訳なのだと狼は思った。

「イェーガーズの補欠となったタツミだ」

「・・・・・」

「感じたんだ。タツミは私の私の恋の相手となるとな」

「・・・・・」

「それで何で首輪させてるんですか?」

「・・・愛しくなったから無意識にカチャリと」

「ペットじゃなく正式な恋人にしたいのなら、違いを出すために外されては?」

エスデスは一瞬キョトンとし、少し考えた後納得して外した。

「・・・・・」

「どうした隻狼?」

「いえ・・・」

狼はエスデスに跪いたまま顔を上げなかった。

「?まあいい。そういえばこのメンバーの中で恋人がいたり、結婚している者は?」

ボルスがスッと手を上げた。

狼は知っていたが、ウェイブたちはそれを意外そうな顔で見ていた。

「・・・・・」

「隻狼よ。やはり何かあるのでは?」

エスデスに問われて狼は諦めた。

「タツミは・・・己が忍びの技を教えましたが故・・・」

「ほう!」

「狼さん!?」

驚くタツミに対して、狼はポツリポツリと呟く。

「初めは戯れにて・・・」

「そうか。面白い偶然。いや運命だな!」

エスデスは何やら良い方向にしか考えていないらしく、タツミと狼の関係を疑うことはなかった。

「お主・・・何をしている・・・」

ずっと言いたかった言葉をタツミに聞いた。

それはどのような表情か狼には分からなかったが、顔を引きつらせるタツミの様子を見ればそれほどのものだったのだろう。

「えっと・・・賞金が欲しくて・・・」

「・・・むう」

確かに銭は必要である。

かつて葦名を駆け回ったときに武装を強化するため、銭を必要としたことも多々あった。

はちきれんばかりの銭袋を見つけたときは思わず僅かに笑みを浮かべた程であった。

だが、これは忍びの技を教えた師として言っておかねばならないと思い直し、タツミへ向き直る。

「忍びは忍ぶもの。技を片端でも知られれば命に繋がる・・・肝に銘じよ・・・」

「う・・・わかったよ。狼さん」

「・・・エスデス様。こやつは忍びの技を教えましたが、本来忍びではございませぬ・・・」

「構わぬ」

構う。

思わず言いたくなった狼だったが、グッとこらえた。

「えっと。俺、宮仕えする気は全然ないというか・・・」

「ふふっ。言いなりにならないところも染めがいがあるな」

「人の話を聞いてくださいよ!!」

本当にである。

エスデスはタツミと出会ってから様子がおかしい。

狼はいつもと違うエスデスの調子に惑わされながらタツミをどうしたものかと考える。

タツミはイェーガーズの敵である。

それを宣言して出てきた手前、斬らねばならぬが、まさかこのようなことになるとは。

エスデスに伝えたとしても今の様子から見るに、話は聞いてくれそうにない。

「まあまあ。いきなりすぎて混乱しているのでは?」

セリューがタツミに近寄った瞬間、タツミの表情が強張ったのが分かった。

彼女はナイトレイドの、シェーレの仇である。

狼は咄嗟に『泣き虫』を吹いた。

辺りに悲しげでいて美しい音色が包む。

「この音色は・・・」

エスデスは不思議そうにしている。

意外だったのが、ランとセリューが苦しんでいるところだった。

クロメも苦しんでいたが、理由はアカメの脱走にあるため理解できたが、二人は一体?

「なんだか落ち着きますね」

ボルスはその音色に聞き入っていたのか、呆然としていた。

彼もまた業を背負うもの。

この音色に感じるものがあるのかもしれない。

「クロメ!ラン!セリュー!大丈夫か!」

ウェイブは苦しむ二人を宥めようとするが、胸を押さえ地面に膝をつく。

「隻狼。これはなんだ?」

「は。『泣き虫』という指笛にございます。この音色は怨嗟の炎すらもしばし静めることが出来ます・・・三人は怨嗟に呑まれかけているのではないかと・・・」

セリューの情報を思い出すが、両親は賊に殺され、復讐心から正義にこだわるようになっていたという。

恐らくそれが理由だろう。

ではランが苦しむ理由は一体何故だろうか。

「そうか。道理で・・・」

「エスデス様・・・?」

「いや。これは後で話そう。今は・・・」

その時、入り口の方から兵士が入ってきた。

「エスデス様!ご命令にあったギョガン湖周辺の調査が終わりました・・・」

「・・・まあいいだろう。お前たち。初の大きな仕事だぞ」

 

 

エスデスは普段の調子に戻り、兵士から受け取った情報を開示する。

ギョガン湖に山賊の砦が出来たということ、そしてそれを討伐することが目的であるということ。

「まずは目に見える賊から潰していく」

その命令に、ボルスが敵が降伏してきたらどうするかと聞いた。

「降伏は弱者の行為」

そう言って切り捨てた。

セリューは先ほどの苦しみからは思えぬほど喜びに満ち溢れた表情を浮かべ、この部隊に入って良かったと言う。

エスデスも心ゆくまで殲滅しろと言う。

その光景を見ていたタツミとウェイブは変なものを見る目で見ていた。

「出陣する前に聞いておこう」

エスデスは各々の覚悟を問うた。

ボルスは軍人であるから命令に従う。

クロメも同じく。

ウェイブは恩人の恩返しのために。

ランは叶えたい願いのため。

スタイリッシュは良く分からなかったが、取りあえずエスデスについて学びたいと。

「隻狼。お前はどうだ」

「己は陛下の忍び故・・・」

「そうではない。本当のお前だ」

「・・・生涯の主、御子様の忍びであるが故、為すべきことを為すだけ・・・」

「そうか。いつかその話も聞かせてもらうときがくるかもな」

「明かせませぬ・・・」

「フフ。まあ今はいいだろう。どこか憎めぬお前に免じて許してやる。それでは出陣!行くぞタツミ」

急に話を振られたタツミは困惑するが、補欠として同行することになった。

 




お金は大事。

お米も大事。


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22 狼の戦

飢えた狼は獲物を確実に仕留める。

その折れない精神性を武器に。


 

砦周辺。

狼たちは様子を窺っているが、作戦までは何も考えていないことに気が付いた。

元より狼は一人で戦うことが多かった。

それ故に作戦というものも限られていた。

「正義は正々堂々と正面から・・・」

「待て・・・」

狼は正面特攻しようとするセリューを止める。

相手は多数。

こちらは少数。

いくら強力な帝具を持っているといっても正面突破を図るのはよろしくない。

「ですが!」

「己が門を開ける。見張りは己が始末しよう・・・」

そう言って狼は月隠の飴を噛みしめる。

その瞬間、周りから気配が希薄になり、近くにいるはずのメンバーも意識しなければ分からない程になった。

「少し待て・・・」

狼は鉤縄を駆使して砦まで気づかれずに近寄る。

そして砦上部にいる賊を忍殺すると、下にいる賊二人を静かに忍殺。

辺りに敵がいなくなったことを確認すると、門の裏側へ回り込み、道を開いた。

狼は待っているメンバーに合図を送る。

「狼さん凄いですね!」

「先生がここまでとは知らなかった」

「なんというスタイリッシュ!ここにも神がいたのか!」

「せっかく正義の執行なのですから、もっと正々堂々としたかったです」

ボルスは感激し、クロメはいつも見せしめにしか殺していないためか、本来の忍びの姿を見て驚く。

スタイリッシュに至っては何を言っているのか分からなかったが、セリューは少し不満げであった。

「行くぞ・・・敵に囲まれるな・・・多数を相手にしようと思うな・・・」

死にたくなければと言って狼はその場から鉤縄で砦の上部へ飛び移る。

上からの攻撃が怖いからである。

ほどなくして下のメンバーも戦闘を始めたらしく、騒がしくなってきた。

狼は狼が出来ることをするだけである。

すなわち、頭領の忍殺。

目指すはそこにある。

 

 

殲滅戦は驚くほど簡単に進んだ。

各々の能力が高かったこともその一因だろう。

狼は地に伏せる頭領を背に、眼下に広がる光景を見る。

クロメはあれからさらに腕を上げたらしく、敵を素早く、確実に殺していく。

ウェイブは陰からクロメを狙っていた敵を倒していたが、何やら二人の間でやり取りをしていた。

ボルスは火炎放射の帝具『ルビカンテ』の広域殲滅力を生かして大勢の敵を焼いていた。

『火吹き筒』を思わせる帝具だが、それよりも威力は強く、効果は凶悪だ。

逃げ出そうとする賊たちは退路に待ち伏せていた飛翔する帝具『マスティマ』を持つランによって射抜かれる。

さらにはスタイリッシュの強化兵が賊を掃討していく。

「・・・・・」

皆、狼より強い。

だが、だからといって狼より勝っていることにはならない。

狼は囲まれ始めているクロメとウェイブを援護するため、飛び降りる。

そして下にいる敵を落下忍殺すると、その場で爆竹『長火花』を撒いて敵の視界を遮る。

「狼さん!」

「・・・待たせた」

狼はガシャンと義手忍具を動かすと今度は仕込み斧を取り出す。

強引に相手を切りつけ、体幹を崩した相手を忍殺。

それを繰り返し、『命の呼吸・陰陽』で回復すればそれなりの数を倒せる。

「クロメ・・・ウェイブ・・・行くぞ」

狼は怯んでいる敵に『仕込み斧・火打ち式』で薙ぎ払い、叩きつける。

爆発でさらに体幹を崩した相手を忍殺し、次へ移る。

後ろに続く二人も狼以上に敵を素早く殺す。

ふと、狼へ向けて突きを繰り出した相手に、その攻撃を踏みつけて地面へ倒すとそのまま心臓へ一撃を与える。

敵が多くなってきた。

『旋風斬り』では対処できる数ではない。

狼は背中の大太刀を抜く。

「ウェイブ!クロメ!」

狼は二人に注意を促すと、そのまま『奥義・不死斬り』を放った。

狼に憑く形代を用いて放たれる不死斬りは広範囲を薙ぎ払い、確実に敵の命を奪った。

戦意喪失している敵も関係ない。

狼はその業の下、命を刈り取っていった。

 

 

「よくやった。お前たち」

エスデスは任務を終えた七人を迎えた。

「しかし隻狼よ。お前は多彩な戦いをするのだな」

「は・・・それが忍びの技であれば・・・」

「いや、そうではない。お前は暗殺者でありながら正々堂々とした戦いもできる。一体誰から教わった?」

「お聞きするのですか・・・?」

言外に分かっているだろうと狼は跪きながら言った。

「そうか。葦名一心か・・・。なるほど、お前の様子から見るに、一心はそれ以上なのだろう。今から戦うのが楽しみだ」

「葦名一心って、あの反乱軍の?」

「うむ。隻狼は葦名一心と知り合いだ。確か何といったか・・・」

「国盗り戦の葦名衆。剣聖、葦名一心・・・」

「そうだ。私も会ったことがあるが、あれほどの人間はそういない。お前たちが束になってかかったとしても、今見た戦いでは勝てるかどうかといったところだな」

「そんな奴がいるんですか!?」

「ああ。ちなみに帝具使いではないそうだ。そうだろう。隻狼」

「は」

あの鋭い剣を受けきれるものは恐らく、この中でも数少ない。

クロメでは荷が重い。

「その技・・・少し興味があるな。隻狼。簡単なもので良い。見せてみろ」

エスデスの指示に、狼は少々悩んだが、よく使う例の技を見せることにした。

狼は上段に構え、ただ力強く振り下ろす。

たったそれだけだった。

「えっと。技?」

セリューやボルスをはじめとした面々はあまり分かっていないようだったが、エスデスや葦名流を知っているクロメたちは違った。

「今の、本当に実戦でやっていた」

ウェイブは思い出すように言う。

「『一文字』。先生が葦名流の基礎といっていた技だったね」

「葦名流か・・・たった一振りで厄介だと分かるな」

エスデスは得心が言ったようだったが、剣術に疎い面々はまだ良く分かっていないらしい。

「葦名流は、流派というより勝つことを一事とした剣。『一文字』はその代表・・・無骨に、正面から叩き斬る。 ただ、それだけを一意に専心した技、その専心ゆえに、葦名流は強い」

狼はもう一度『一文字』を放つ。そしてそこに加えて追い面を放つ。

『一文字二連』。

「無骨に、正面から叩き斬る。反撃が来るならば、もう一度叩き斬る。葦名の一文字は、二連で完全となる」

狼は刀を収めてエスデスに跪く。

「よく見せてくれた。なるほど、相対すれば厄介な流派だ。あの『一文字』のみでも、十全に使うには相当な研鑽が必要だろう」

「は。今、葦名流を扱うものはこの世に三人。己と一心様。そして教え子のアカメにございます」

「葦名流の暗殺者が二人。どうだ、隻狼。お前はアカメに勝てそうか?」

「・・・己は、己より強いものとしか戦ってきてはおりませぬ・・・勝てぬなら一度逃げ、次に殺す。しかし、子のアカメとは一度死合っております」

「だが両者生きている」

「仔細は明かせませぬ・・・」

「フフ。そればかりだな。だが改めて気に入った!その葦名流。クロメとウェイブ、タツミに伝授せよ!」

「承知しました・・・」

「今宵は収穫の多い日だった。各々、今夜はしっかり休むといい」

エスデスの号令の下、その場から撤収となった。

 

 

狼はタツミの様子が気になっていた。

恋というものは良く分からないが、あのエスデスをおかしくさせる程のものであることは分かっている。

敵とはいえタツミは己の技を教えた弟子である。

僅かな技のみしか教えることが出来なかったが、目に見えて成長している。

出来るのならば、戦の中で。

そう考えて、ハッとする。

まるでかつての義父のようではないか。

いや、今更だったかとも思う。

狼はアカメに斬られるために死地へ赴き、生きて帰った。

親は子に似るとはよく言ったものだ。

「隻狼」

「は。ここに・・・」

狼はエスデスに呼ばれ、姿を現す。

「先ほどのタツミの話。聞いていたのであろう。私には理解できん話だった。弱者の気持ちなど考えたこともない」

タツミは今の世の中を憂い、民のみんなが平和に暮らせる国が欲しいと言っていた。

なるほど、確かにエスデスの主義主張とは違う。

エスデスは弱肉強食を盲信しているといってもいい。

だからこそ分からないものがあるのだろう。

「お前は数多の技を使う。必要だったからであろう。だからお前は強い」

「いえ・・・」

「?」

「己は弱い・・・。イェーガーズの誰よりも・・・」

しかしと狼は思う。

弱いから死ぬのではないのだ。

数多の死から黄泉がえりを果たした狼の経験がそう心に言ってくるのだ。

「生きることを諦めたら、人は死ぬ・・・」

「・・・続けろ」

「己はただ生きている・・・諦めていないからこそ・・・」

弱くても生きているのだ。

弱いが強いという矛盾を生じさせる狼の全てがそこにあるような気がした。

エスデスは深い沈黙の後、フッと笑った。

「弱者が弱者たる所以は諦めの悪さの違いか・・・。なるほど、それなら分かる気がする」

得心したようなエスデスを見て、狼は再び陰に隠れようとする。

「だが、隻狼。お前は確かに強い。私が保証してやろう」

「・・・ありがたく・・・」

狼はそう言い残して今度こそ陰に消えていった。

 




フロムの主人公たちは精神の強さ、諦めの悪さで敵を倒します。


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23 狩り

狩りで注意することは、狩人が誰であるかを知ることである。


 

「腕を上げたな・・・クロメ・・・」

「先生も全然本気じゃなかったんだね。すごかった」

「・・・お前も本気ではなかったであろう・・・」

「うん。『八房』を使うまでもなかったよ」

「違う。純粋な力を秘めていたであろう・・・」

「・・・やっぱりバレちゃいましたか?」

クロメはお菓子をポリポリと食べながら答える。

彼女は未だに薬に頼る体である。

本来の彼女の力を殺しているとさえ、狼は思っていた。

「・・・お前には葦名流を教えなかった・・・」

「あれぐらいならもう見切れる」

「・・・見切れるのと使えるのは違う。・・・時間がなかったか・・・」

狼はクロメに葦名流を見せてはいるものの。教えてはいない。

アカメたちのように育てる時間があればその髄まで教えたであろうが、それはかなわなかった。

「だが・・・今は時間がある・・・元より手取り教える技でもなし。その身で受けて覚えよ・・・」

「先生・・・。先生は変わらないんだね」

「むう・・・」

よく言われる言葉の一つである。

「お姉ちゃんはそれを覚えたんでしょ。私も覚えなくちゃ」

そして私の手でお姉ちゃんを殺してあげなきゃ。

狼はその言葉を受けてもう一度唸る。

「・・・カイリには会ったか?」

「最近はあってないよ?」

「あったら聞いてみろ・・・薬は何処だ・・・と」

「暗号?」

「似たようなものだ・・・」

正気に戻せるのならば、戻した方が良い。

狂ったままの刃で今のアカメに届くとは思えない。

真にアカメを殺したいのであれば、その刃を研ぎ澄ます必要があるだろう。

そうこうしているうちにウェイブとタツミがやってきた。

平和なやり取り?が行われる中でエスデスもやってくる。

「タツミ!今日から数日は狩りだ。フェクマに行くぞ!」

「・・・・・・」

「ウェイブとクロメ、隻狼も供をしろ」

「狩り・・・」

「お前なら得意そうだからな。賊を探すついでだ」

「承知しました・・・」

曰く、クロメは今一つ底が見えないから初めはエスデスと行動を共にし、夜になったらメンバーを入れ替え、エスデスとタツミになるという。

エスデスらしい下心の見せ方だった。

「隻狼は、どうしたものか。お前は複数で動くより単独で動く方がやり易いだろう」

「は。かつては葦名を一人で駆け回った身・・・仲間というものに慣れてはおりませぬ・・・」

「よし。これを機に連携を身につけろ。私とクロメのチームに入れ」

「承知しました・・・」

クロメに葦名流を教える丁度いい機会だと狼は受け取った。

 

 

「むう・・・」

狼は唸る。

唸る原因はただ単に葦名流を使う程強い相手に出くわさないからだ。

擬態する危険種はいるものの、それを見抜けばそれほどの強さはない。

一方的に斬ることが出来た。

エスデスが言うには、夜の方が強力な危険種が現れるらしい。

連携の訓練もさほど上手くいっていない。

狼は己より強い者たちと渡り合ってきた孤独な軍隊。

エスデスは真性の強者故、連携しない方が強い。

クロメは唯一連携が取れるが、多数対少数や奇襲による連携のみ。

それぞれ独自の方向性に特化している故に今回のように数が多く力の弱い相手に、上手く連携が出来ないのだ。

「ふむ。狩りは狩りだが、こうも一方的だとつまらぬな。それに連携もできていない」

エスデスもそれに気が付いたのか、思案顔になる。

「暗殺部隊は奇襲を主な目的にしているから」

「己は独りで戦い過ぎた・・・」

「軍の指揮とは勝手が違うな。少数精鋭は間違っていたか?」

悩むエスデスを見ながら狼は岩に擬態した危険種に斬撃を見舞う。

舞うような連撃を相手に叩きこむ『奥義・浮舟渡り』。

その斬撃は鋭く、守りの堅い相手に有効だが、狼では極めきれなかったがために、真の威力が発揮できず、あまり使わなかった技だったが、これも異端だが葦名流の一つ。

それを見たクロメとエスデスは感心したような表情を浮かべる。

「面白い動き」

「それでいて刃は鋭い・・・か。相も変わらず楽しませてくれる」

「・・・むう」

狼は再び唸るのであった。

それと同時であろうか、重い足音が響き渡り、巨大な体躯を見せた四足の危険種。

「それなりの大物だな。よし!もう一度連携を試してみるとしよう」

エスデスは隻狼に合図を送る。

どうやら隙を作って見せろと言うことらしい。

狼は危険種に肉薄して大きく跳ぶ。そして裏に回って刃を構える。

挟まれたと知った危険種は意外と賢いらしく、その陣形から距離を置こうとするが、目の前で起きた爆音と光に驚き、その場で竦んでしまう。

爆竹『紫煙火花』。

通常、狼が使う爆竹よりも起爆が遅いが、その爆音と光は強力であり、相手に大きな隙を作りだす。

クロメはその隙をついて危険種の首を輪切りにしようとするが、意外と堅いらしく、刃が通らなかった。

それを見た狼は作戦を変える。

クロメに意識が向いている隙に専心した『一文字』を叩きつける。

その一撃に怯んだところに今度は追い面を打ち、体幹を削る。

体勢が崩れかけたと見たクロメは危険種の足を鋭く切りつける。

好機。

狼は危険種が横倒れになったところで眼球を狙って忍殺を決める。

今日、ようやくできた連携であった。

「私の出る幕がなかったが、良い連携だった。暗殺部隊の出身同士、中々やるではないか」

「よくできた」

「・・・・・」

狼は何も言わずに眉間のしわを薄くした。

ようやく、順調な狩りが始まったと思った瞬間、今度は遠くで衝撃波が起きた。

「あの方角はタツミとウェイブが行った方だな」

「大物?」

「・・・・・・」

狼には何か良からぬ予感がしていた。

 

 

翌日。

そこには拷問を受けるウェイブの姿があった。

その罪はタツミを逃したということ、そしてナイトレイドに遭遇して逃がしてしまったということだった。

曰く、『インクルシオ』に身を包んだ相手だったという。

狼はその中身がタツミであると知っている。

無事に逃げられたらしい。

敵であるにもかかわらず、弟子の無事を安堵する狼はやはり優しいのだろう。

石抱きの刑に処され、クロメから蝋を垂らされるウェイブは苦悶の声を上げていたが、エスデスは呆れていた。

狼はそろそろ止めた方が良いのではと思い声を掛ける。

「エスデス様・・・」

「なんだ隻狼。今いいところなんだ」

「そこまでに・・・」

「・・・まあいい。隻狼に免じて後は鞭打ち程度に済ませてやろう」

完全には止まらなかった。

そこでセリューが山狩りを行った結果を報告し、残念ながら見つからなかったといった。

どうやらスタイリッシュも独自で動いているらしく、現在は連絡が入っていない状態らしい。

「隊長・・・そのタツミの件なんですが」

ランはもしもタツミが反乱軍へ入った場合はどうするかと聞いた。

「斬れ・・・」

エスデスが答えるよりも早く、狼は答えた。

「狼さん?」

「タツミもすべて承知のこと・・・子が親を斬る。そんなこともある・・・」

「隻狼」

「刃を交えることで語れることもあろう・・・だから斬れ・・・」

「・・・そうだな。生け捕りが望ましいが、そういった恋もあるか」

エスデスは何やら勘違いしたらしく、一人納得していた。

狼は逆に寂しく思い、忍び義手に仕込まれている『泣き虫』を見た。

仏師殿は良くこの笛の音を聞いていたというが、確かに聞きたくなる。

だが、味方を苦悶させるわけにはいかない。

誰もいない一人の時に吹くとしよう。

 

 

「カカカッ。そうか。あの隻狼が怒っていたか」

楽しそうに酒を飲むのは一心。

そして酒の肴にされているのはタツミ自身の経験談であった。

「先生が怒ったときはなかったな。やはり試合に出たのがまずかったのか」

「そうみたい。忍びの技をそう出すなって」

「まあ確かにそうかもな」

「誘ったのはお前だぞラバック!」

「カカカッ。儂も見てみたかったぞ。あ奴の怒る顔というものをな」

ひとしきり笑い終えると、今度はイェーガーズの戦力についての話になった。

まずエスデスが別格だったということを告げる。

それに対してアカメは、エスデスは生きているから殺せるという。

「よう言った!それでこそ赤狼よ!」

機嫌よく酒をあおる一心は傍らに置いてある刀を寄せる。

「赤狼で思い出したけど、狼さんもやっぱり強かった。アカメを葦名流の忍びって言っていたけど、あの人の剣技も相当なものだったと思う」

「当たり前であろう。あ奴は儂を斬った男。そう簡単には斬られまい。のう。赤狼」

「・・・はい」

「え?じいさんって狼さんに斬られたの?」

「む?言うておらんかったか。そうよ。儂はあ奴に一度、いや、不死斬りで介錯されるまで斬られ続けた。あの死闘は今でも朽ちてはおらぬ」

「病で倒れて、そして生き返って、狼さんと戦って・・・?」

こんがらかっているであろうタツミを呆れたように見て一心は言う。

「言ったであろう。儂らは淀みなのだと。本来生きていてはならぬ存在。なんの因果かは知らぬが、儂と隻狼はこの地に降り立った。儂は再び国盗りのため、隻狼は主のため」

「敵同士なのに何であんなに仲が良さそうなんだよ!?」

「カカカッ。何故じゃろうな」

タツミの疑問に一心は笑って誤魔化した。

「不愛想じゃが、どこか憎めぬやつだからかの」

一心は懐かしそうに、徳利を傾けて盃に酒を満たす。

それ以降黙ったままになり、タツミたちは再びイェーガーズのメンバーについて話し合いをしていた。

一人、一心は刀を見る。

戦が近い。

それを感じ取っている。

故に血が騒ぐのだ。

だから黙って血がおさまるのを待つ。

これから始まる戦に備えて、精神を統一するのだ。

 

 

「隻狼」

「ここに・・・」

呼ばれた狼はいつぞやのように陰から現れる。

「あの時吹いた笛。もう一度吹いてくれるか?」

「『泣き虫』を・・・ですか?」

「ああ。今はあれを聞きたい。普段は芸術など全く分からない私だが、あの音が気に入った。それに確かめたいこともある」

「は。では・・・」

狼は『泣き虫』の指笛を吹いた。

辺りは静寂。

その悲し気な音色はいつもより悲しく、しかし優しそうな音だった。

「ふむ。やはりな」

「エスデス様・・・?」

「実は私は体の中に危険種を飼い慣らしている。とはいっても血液だがな。これが帝具なんだ」

そう言って胸元の印を指す。

「常人なら気が狂うであろう破壊衝動があった。今もそうだ。いや、そうだった」

エスデスはこんな気分は久しくなかったという。

「言われてみればいつも私はそういう衝動があったからなのかもな。だが今は消えている。その笛の音が、静めているのだろう」

「『泣き虫』は怨嗟の炎に憑りつかれた仏師殿すらも静めようとしました・・・」

「ほう?」

エスデスは狼の話に興味を持ったようだ。

ゴズキ殿にも似たような話をしたな。

狼はそう思いながら酒を取り出す。

『猿酒』と呼ばれる辛い酒だ。

「また新しい酒か。どれ、頂こう」

エスデスはグイっと飲む。

そして辛そうに、しかしおいしそうに飲むのであった。

「カァー。これは効くな。なるほど。こういうのもあるのか」

「仏師殿が昔、よく飲んでいたという酒にございます」

「仏師というのはどういうやつだ?聞かせてくれるのだろう?」

狼は仏師について語った。

昔は忍びであっただろうこと。

若き頃は二人で修業をしていたということ。

その時の片割れがこの『泣き虫』をよく吹き、それを聞きながら猿酒を飲んでいたこと。

いつの間にか片割れがいなくなり、独りになったときにエマを戦場で拾ったこと。

紆余曲折があって修羅となりかけた仏師は一心に片腕を斬られたこと。

なんの因果か、その代わりに使っていた義手が巡って狼の腕になったこと。

「仏師殿は怨嗟の降り積もる先だったと・・・」

「それはなんだ?」

「己にも分かりませぬ・・・しかし、仏師殿はそれ故、怨嗟の炎を纏い、鬼となりました」

「怨嗟の鬼・・・か」

狼はかつて仏師が斬ってくれと言ったことを思い出す。

怨嗟の降り積もるこの国。

一体誰が斬らねばならぬのだろう。

「流石の私でも鬼を斬ったことはないな。まだその鬼はいるのか?」

「おりませぬ・・・己が斬った故・・・」

「そうか・・・。それにしても辛い酒だ。火が出るとはこのことだな」

「エスデス様にも・・・」

「?」

「修羅の影が見えております・・・。己と同じように・・・」

かつて同じ酒を一心に振舞った際に言われたことだ。

狼にも修羅の影があると。

エスデスの場合、既に修羅のようであるが、不思議とそう思えなかった。

「フフッ。そうか、そうなったらお前は私を斬るのか?」

「斬れと申されれば。しかと・・・」

「ハハハ!やはり面白い奴だ。隻狼。不愛想なくせに多感だ。そうだな。もし私が修羅に堕ちたと思ったのなら、斬りに来い!受けてたとう!」

「は」

狼は頭をたれ、エスデスは楽しそうに酒を飲むのであった。

 




真のハンターは足元に注意する。

某ゲームの名言です。


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24 修業

修業とは学問・技芸などをならい修めること。

しかし、飢えた狼の修業は文字通り業を修めることにある。


スタイリッシュは死んだと告げられた。

行方不明だが、強化兵全員がいないこと、帰還していないことから交戦して全滅したと判断されたのだ。

セリューにまた怨嗟が降り積もる。

狼は武器の整備を行う彼女を見て悲し気に思う。

まだ若き子供が怨嗟を背負うことになるとは。

エスデスがセリューを慰め、狼は側にいるだけであったが、その悲しみは何となく共感できた。

己は戦場で飢えた狼になった故、助けることはできぬ。

その無力感は何度も味わってきたものと似ていた。

かつて、九郎が不死断ちを行おうとしたときに、薬師のエマより聞かされた介錯の事。

あの時ほど深い無力感はなかった。

その後、エマの協力を得て人返りの術を知ったが、そう何度も味わいたくないものであった。

「怨嗟を背負う必要はない・・・」

「狼さん?」

エスデスに抱かれるセリューは涙声で聞き返す。

「積り積もった怨嗟はやがて炎を生み、その炎が人を鬼へと誘う・・・お前がそうなる必要はない・・・」

「グス。でも、正義は負けないんです」

「負けぬ者など、この世におらぬ・・・己も負け続けてきた・・・エスデス様もいずれは負ける時が来る・・・」

かつては内府すらも慄かせた葦名一心がその例である。

かの剣聖は病に敗れ、そして狼に敗れた。

「多くを殺した者には形代がよく憑く・・・形代は心残りの形・・・」

狼はセリューの武器に纏わりつく形代を己のものとする。

「この業。忍びである己も背負う・・・。もし、己かエスデス様が修羅へ堕ちたとき、互いで斬る。故にお前は手を出すな・・・出してくれるな・・・」

悲し気な狼は眉間のしわを濃くする。

多くを殺した忍びには多くの形代が憑く。その身にも心にも。

それが忍びの業であるがゆえに。

狼は悲しむのは後にしようと心を変える。

「ウェイブ・・・クロメ・・・」

中庭へやってきていた二人に声を掛ける。

何やらウェイブは変な格好を取っていたが、それは置いておくことにした。

「お前たちに葦名流を学んでもらう・・・」

「え、えっと。修業ですか?」

「うむ・・・」

「そうだな。次の指令が来るまで帝都の警備や鍛錬に時間をつぎ込んでもらう。ウェイブとクロメは隻狼から学ぶところが多いだろう」

「俺の主武装は『グランシャリオ』での体術なんですけど・・・」

「忍びの技、受けて覚えよ・・・」

刀を抜かずそのままウェイブの懐へ入り肘打ち、掌底を撃ち込む。

いきなりの攻撃に悶絶するウェイブへ向けて狼はもう一度、冷徹に言った。

「受けて覚えよ・・・」

 

 

「突きは見切れ、下段は飛んで踏め。鋭い攻撃は全て弾け・・・」

矢継ぎ早に行われる狼の攻撃は苛烈を極めた。

流石に身が持たないと帝具『グランシャリオ』を纏って修業していたが、ウェイブの攻撃は全て弾かれ、狼は鎧であることをいいことに容赦なく刃を叩きつけてきた。

「ちょ」

言われるようにやろうとするものの、できるのは下段を回避して踏むこと、そして弾くことだけ。

相手の強力な刺突を見切る技はどうしても体得できなかった。

「突きを踏んで反撃に転じろっていうけど!一歩間違ったら死んじまいますよ!狼さん!」

狼の攻撃を何とかしのぎつつ、ウェイブは反論する。

「それが忍びの技。死地を過ぎれば極楽となる」

手本を見せるようにウェイブの突きを容易く見切り、逆に反撃して見せる。

「ゴォ」

無様に転がるウェイブに向けて専心した『一文字』を放つ。

体幹を崩したウェイブに狼は忍殺を決めるが、鎧の上からのため全く効果はない。

過去に甲冑の武者と戦ったことがあるが、その時は高所より落下させて勝利した。

今回はそのような有利な場所ではないため無理がある。

というより修業のため殺してはいけない。

「堅く受け止めるな。流水のように受け流せ」

相手が傷を負わないことをいいことにさらなる斬撃を浴びせ続ける。

かつて、蟲憑きであるがゆえに死ななかった半兵衛は狼のために斬られてくれた。

不死斬りを手に入れた狼は彼を介錯した。

心の優しい人間であった。

その業もまた狼の中に根付いている。

「・・・そこまで・・・」

狼は流石に経験の差に開きがあると反省し、一度攻撃をやめる。

「狼さん・・・容赦なさすぎ・・・」

息も絶え絶えの様子だったが、その帝具のおかげか傷一つ負っていない。

「刃を通さぬその鎧・・・修業に丁度良い・・・」

「まさかの木偶人形扱い!?」

狼としては技を受けることで対処ができるようになると考えていたが、ウェイブは勘違いをしているようだった。

確かにそう思っていた節もあるので特に何も言わなかった。

「というか狼さんって最初より後半が強くて・・・」

「お前の体幹が崩れていただけだ・・・己はそれを隙と見て戦ったのみ・・・」

「先生」

「どうした・・・」

「昔、私たちと修業したときとウェイブとした修業が違うけど、一体何で?」

なんだそんなことかと狼は思う。

「堅き盾を持つものは割り、素早きものは仕留め討つ・・・意識せずとも相手を殺す技を仕込んでいただけ・・・」

「ウェイブは堅いから体勢を崩させて、私たちみたいな暗殺者は素早く動くから動きを制限させたってこと?」

理解が早い。

「ああ・・・」

「じゃあ今、クロメと狼さんが戦ったらどんな風になるんだ?」

「・・・久しぶりにやるか・・・クロメ」

「うん。先生」

その瞬間、狼は手裏剣を放つ。

クロメはそれを弾いて真っ直ぐ狼へ肉薄する。

対して狼はその場で自然体となり雨あられのように降り注ぐクロメの刃を弾き返した。

そして下段に合わせて『仙峯脚』で体幹に大きな打撃を与える。

体幹を回復しようと距離を取るクロメを追うように狼は『奥義・大忍び刺し』で追撃する。

この刺突の厄介な点は見切るか弾く以外の回避方法が難しいこと。

一瞬で距離を詰める刺突はクロメの正に目前で止まる。

「!?」

「ここまで・・・」

狼は刀をしまってウェイブへ向き直る。

「これが忍び同士の戦い・・・己はここに葦名流を用いて相手を追い詰めることに価値を見出した・・・」

「なんだか凄かったけど・・・俺にはちょっと合わないそう・・・」

自信なさげに言うウェイブに狼は首を横に振る。

「己は、己の戦い方をしているまで・・・それを体感してどう戦うかはお前たち次第・・・」

「器用な奴だ。相手に合わせて戦い方を変えられる奴はそういない。この私も帝具の力を用いるからこそ変幻自在に戦えるが、生身の人間がそのように戦うとはな・・・今度は私と試してみるか?」

エスデスは冷徹な笑みの裏側に獰猛な猛獣を思わせる気迫を生み出す。

「やれと申されるのであれば・・・」

「では命じる。殺す気で来い!」

「承知・・・」

狼は楔丸を抜いて構える。

エスデスの戦い方は以前の危険種狩りで見ている。

冷気と剣を用いた今まで戦ったことのない相手である。

剣はともかく、冷気に対して狼は現状、対抗する手段が少ない。

だが、殺せないわけではないだろう。

「む?」

狼はエスデスの周りを走り出す。

エスデスの攻撃は派手だ。

だが派手な攻撃にはそれ相応の隙も多々ある。

それを狙う。

狼はエスデスが冷気による攻撃を出すのを待った。

しかし、エスデスはそれを知ってか知らないで素早い剣撃で狼を襲う。

予想の外れた狼は素早く、しかし重い一撃を受け止めるが、次に来る連撃はみな流水のように受け流す。

「やはり、やるな!」

危険だ。

狼はエスデスから逃げるように距離を取る。

一瞬いたその場所に氷の柱が立っていた。

「良く避けた。まだまだ行くぞ!」

エスデスは氷のつぶてを放ち、狼はそれを走って避ける。

追尾してこない分、まだ楽な方であるが量が多い。

攻撃の終わりを見たのか、狼は跳んで距離を詰める。

そして空中で『一文字』を構え、着地と同時に振り下ろす。

エスデスはその攻撃を受け止め、次に来る追い面も受ける。

しかし、まだ余裕があるようで、すぐに攻撃に移ってきた。

しばらくはエスデスの剣と狼の刀がぶつかり合い、剣撃の応酬が続いたが、痺れをきらしたエスデスが再び冷気による攻撃に移った。

狼はエスデスを横切るように走り抜ける。

エスデスもそれは予想外だったようで、氷の槍が誰もいない場所へと飛んでいく。

狼は踵を返して専心した『一文字』を解き放つ。

またも受け止められるがそれでいい。

さらに追い面を打って体幹に打撃を与え続ける。

「なるほど。これがお前の強さか」

大きく距離を取ったエスデスには笑みが浮かんでいる。

純粋に戦いを楽しんでいるのだ。

「ならばこれはどうだ?」

エスデスは試すように氷の塊を出す。

岩ほどのものが複数。

狼は受けられないと感じ取り、氷と氷の間を縫うように走る。

それだけ巨大であればエスデスからも死角となる。

見事近づくことに成功した狼だったが、そこにはエスデスが大上段で待ち構えていた。

『一文字』。

見よう見まねだが、それは威力の高い技の一つ。

狼はその一撃をまともに受け止めてしまい、逆に体幹を崩しかける。

辛うじて追い面を避けたものの、この状態はまずい。

しかし、狼は前へと距離を詰める。

そして動きを止めた。

「私の勝ちだな」

「は。見事にございます・・・」

狼の喉元に氷の刃が触れていた。

潔く負けを認めると刀をしまい、跪く。

「なるほど葦名流か。悪くない。使いようによってはこれほど有利な状況に持ち込める技はない。いや、勝つことを一事とする剣が葦名流だったか。これがまだ基礎というのだか面白い」

「す、すげぇ戦いだった」

「先生の動きもいつもと違った」

「お二人とも凄い正義の力です!」

各々が感想を述べる中、エスデスは跪く狼に命じる。

「その葦名流。私も学びたくなった。隻狼よ。これから私も修業に付き合うぞ。いいな」

「は」

気苦労が増える気分だったが、不思議と悪い気分ではなかった。

その後も狼が『グランシャリオ』を纏ったウェイブに葦名流の技を叩きこんだり、奥義を実演して見せたりと平和な時間が流れた。

 

 

同時期。

イェーガーズのスタイリッシュを撃破した一行はアジトを発見されたため、一時的に身を隠すことにし、飛行型の危険種で移動している最中だった。

「ほう?新たな仲間と聞いたが・・・どこぞで見たことのある顔じゃのう」

「えっと。その節はどうも・・・」

空を飛ぶ危険種の上、タツミがはしゃぐ中一心は新たなナイトレイドのメンバー、チェルシーの顔を覗く。

チェルシーは苦笑いを浮かべて頭を下げる。

「お前がそのような態度をとるとはな・・・」

ナジェンダは意外そうな顔でチェルシーを見るが、一心は楽しそうにしていた。

「カカカッ。いつぞや、儂の下に紛れ込んだ鼠の一人よ。赤狼がお主らの主を斬ったと聞いたが・・・」

「私は元々革命軍のチームだったので。オールベルグとは深い付き合いがあるわけじゃあないですよ」

「オールベルグ・・・」

アカメはかつて斬ったメラを思い出す。

彼女も敵であったとはいえアカメに暗殺者のイロハを教えた人物でもある。

自分の師は皆、敵ばかりになるとアカメは内心自嘲した。

「そうじゃ!赤狼!あ奴には褒美をやったが、お主にはまだ褒美を渡しとらんかった。葦名流を極めつつあるお主に良いものをくれてやろう」

「それは?」

「葦名流の伝書。儂が葦名衆のために書き連ねた伝書よ。これをよく読み、極めよ。極めたらまた褒美をやろう」

アカメは書き束ねられた本を開く。

かつて狼より学んだ葦名流の技と構えがある。

「おい。鼠!軍は何をしておった」

「鼠じゃないです。今、革命軍は蜂起に向けて諸侯と渡りをつけているところですよ」

「そうか。ではまだしばらくは儂も暇になるわけだ」

「じいさんって革命軍の将軍なんだろ。こんなところにいていいのか?」

タツミの疑問に一心は笑って返す。

「生まれ落ちた世界の違いよな。儂の国盗りは正面からぶつかって盗り返す戦であった。まあ謀の一つや二つ。なかったわけではないが、儂にはそのようなもの、向いておらん」

故に正面から片っ端から斬っていった。

そう一心は漏らした。

「一心殿は帝国軍に大打撃を与えた。だが、そのせいで相手は守りに入ってしまったんだ」

「儂が怖くて出てこれぬとな。まったく呆れたものじゃ」

「一心殿の活躍で帝国に被害を出したのもありますが、豪快にやりすぎたから手を出しづらくなったのですよ」

ナジェンダ曰く、一心は本来切り札のようなもので、革命の時と同時に切りだすつもりだったらしい。

小言を言われてつまらなそうにする一心は眼下に広がる光景を見て気を紛らわす。

まるで子供のようにすねる一心を見てナジェンダは苦笑いをした。

 

 

辿り着いた先は帝都より遠く離れたマーグ高地と呼ばれる秘境。

危険種が強く、人が住むには適さないが潜伏するにはもってこいの場所だとナジェンダは語った。

新しいアジトが決まるまではここで修業をすることになった。

ここへ連れてきた危険種が飛び去り、それについて言及したマインをチェルシーがからかう等のこともあったが、取りあえずは新しいメンバーの自己紹介という流れになった。

まず、チェルシー。

ナジェンダが紹介する前にアカメに近寄り餌付けして仲良くなる。

一心は鼠と評していたが、暗殺の成功率はアカメと同等だという。

そしてスサノオ。

生物型の帝具でナジェンダに反応した故、譲り受けたという。

スサノオは几帳面らしく、タツミの服の裾が出ているところを直して良しと言っていた。

レオーネが肝心の能力は何かと問うと、ナジェンダは笑った。

「やれっ。スサノオ!!」

 

 

「カカカッ。面白い奴を見つけてきたな。ナジェンダ」

そう一心に言われて得意そうになるナジェンダ。

確かにスサノオは凄かった。凄いのだが・・・。

「家事をしているようにしか見えないんだが」

ナジェンダはその通りと叫ぶ。

それに対してマインが戦闘とは関係ないと返したが、もちろん切り札もあるとのこと。

「おう!お主ら!酒じゃ!飲め!」

出来上がった料理を前にして一心が号令をかけるのであった。

 




スタイリッシュ脱落。


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25 束の間の平穏

時間は得難い資源である。


 

狼は平和な日々が続いていると思っていた。

ナイトレイドはここ最近活動せず、ひそかに向かったアジトには戦闘の痕跡があった以外だれも見つからなかった。

賊の討伐は順調に進み、治安は以前より改善されたように見られる。

陛下とエスデス公認で賊ないしは裏切り者を斬れと命令を受けたため、今まで以上に自由に動いていた。

しかし、大臣にはまだ届かない。

一番初めに出会ったときに斬らなかったのが今は悔やまれる。

任務の無い日はウェイブやクロメと修業を行い、忍びの技や葦名流を教えた。

「狼」

「は」

今、狼はブドー大将軍に跪いている。

「此度もよくやってくれた。陛下もお喜びになるだろう」

狼が動きやすくなったおかげで内憂が取り除かれていくことにブドーは喜んでいた。

初めこそ陛下に近寄らせるわけにはいかないと思っていたブドーであるが、その忠誠心と力を見て勘違いしていたと素直に認めた。

「己が陛下の忍びなれば・・・」

「いつもの己の掟か・・・お前のような者が帝都にもっといれば帝国も安泰だろうに」

ブドーも今の帝国が危ういことくらい分かっている。

分かっていてオネストらを放置しているのは愛国心と忠誠心故だろう。

彼は帝国に、陛下に仇なす敵を許せない。

反乱軍のような存在をまずは排除すると決めていた。

その次は内憂を消し去るつもりであったが、狼がそれを知らずの間に進めていた。

彼にとっては嬉しい誤算であった。

「新設された治安維持組織も上手く動いているようだな」

「は。エスデス将軍の下、皆よく働いております・・・」

「そのようだ。ただ、お前とエスデスが修業する時は必ず帝都の外でやってくれ」

エスデスも修業に参加する時はあったが、その時は地形が変わることもあったため、ブドーが激昂してからというもの、場所を変えての修業をしていた。

「お前の元居た暗殺部隊。グリーンだったな。直々に鍛えてやったのは。今や帝国に残る本当の暗殺部隊はお前とグリーンのみ。今の隊長を見るに、もう長くはないだろう」

「・・・・・」

「久しぶりに会いに行ってみてはどうだ。あいつもお前に会いたがっているだろう」

「ありがたく・・・」

「うむ」

狼は音もなくその場を辞した。

 

 

「狼さん!?」

久しぶりに会いに来た狼だったが、第一声は驚きの声だった。

無理もないだろう。

アカメ離反の後、会うことすらかなわなかったのだから。

今はまだオネストの手のひらで踊っているが、ようやく糸口が見えてきたところである。

それをグリーンには伝えないが、彼もまた国を思う人間の一人。

「久しい・・・」

「大丈夫なんですか!?こんなところで」

「ブドー様の計らいだ・・・」

「そうですか・・・狼さんはもうそこまで・・・」

「?」

「いや。どうして不思議そうな顔をするんですか」

グリーンは久しく会っていなかった師につっこむ。

彼は既に狼がオネストにとって脅威になっているということを知っている。

今の暗殺部隊は、カイリとグリーンを除けばほとんどがオネストの命令に従うだろう。

だが、ほんの少し、狼という人間に出会っている者はそうではない。

暗殺者として、人に仕えるものとして憧れるようなものが狼にはあるのだろう。

オネストはそれを警戒しているというのに、当の本人は全く分かっていない様子だった。

「カイリは・・・」

「任務です。大臣の命令で近くの村を見せしめに殺戮するそうです」

「・・・・・」

「その辺は上手くやるはずです。彼も暗殺部隊の隊長ですから」

言外にある程度の成果で留めると言っていた。

「そうか・・・」

「僕はまだ狼さんのように出世できていません。まあ暗殺部隊という帝国の闇を背負っている以上、中々難しいのは分かっていましたが」

「己の掟・・・見つけたようだな・・・」

狼はグリーンの変化を見てそう感じた。

「ええ。この国を良くして、いつかアカメに帰ってきてもらいたい。それが掟。いや願いです」

「・・・クロメは・・・」

「・・・聞いています。常時お菓子に混入している薬を服用しなければならない状態だそうですね」

「カイリは・・・?」

「どうしたらいいか分からないようです。任務となれば迷いませんが、彼もあの体です。狼さんより受け取った秘薬は隠したままです」

「・・・・・」

「心配いりません。僕は僕なりにやって見せます。狼さんもどうかご無事で」

「ああ・・・」

狼はあまり勘繰られない内にグリーンから離れることにした。

 

 

「むぅぅぅん!でりゃゃぁぁ!!」

一心は一瞬の溜めの後に刃を二回振る。

すると真空波が巻き起こり、遠くにいた危険種を両断した。

「赤狼!やってみせよ!」

「一心様。流石に無理です」

「何?あ奴はできたと聞くぞ。お主も一端の人斬りならやってみせい!」

活を入れる一心だったが、アカメはいくら何でも無理があると感じている。

ブラートが帝具の力を借りて地面ごと自分を両断しようとしたことがあるが、それは帝具があってこその技。

生身の人間がそれをやるには相当な研鑽が必要だった。

「一心爺さんも毎日飽きないね」

チェルシーは修業をする二人を見て呆れたように言った。

一心は毎日剣を振り、アカメは時折それに付き合っているようだが、どうも経験の差がありすぎるように思われた。

「カカカッ。昔のように爺と呼ばぬか。鼠よ」

「チェルシーです。流石にあんな思いをすれば呼び方も変わりますよ」

チェルシーは革命軍の中で怪しい人物がいないか探っていた時期があった。

その時に一番怪しいとされたのが葦名一心であった。

何しろ出自不明の剣豪であった。

探りを入れるために帝具『ガイアファンデーション』を用いて潜伏していたが、すぐに見つかり、危うく殺されそうになったのだ。

その後、一心は帝国軍を打ち破る等の功績を残したためブラックリストから除外されたが、チェルシーは今でもあの恐怖を覚えていた。

「あのような回りくどいことをするからそうなる。カカカッ。その点、隻狼は直線的すぎたがの」

敵であるはずの陣左に遠慮なく声を掛け、怪しい忍びムジナにも声を掛ける。

本当に忍びかという程の直情さであった。

「儂の周りには馬鹿者しかおらぬな。食い意地を張る馬鹿者に、回りくどい馬鹿者。そして極めつけは忍びらしくない忍びの馬鹿者よ」

おかしくてたまらないといった様子の一心は刀を収める。

「ふむ。ちと早いが飲むとするか」

「ええ?それもほぼ毎日じゃないですか」

そろそろアジトを離れて一ヵ月が立つが、一心は酒を欠かしたことがない。

「カッ。こんな場所でさほど面白くない連中を斬るよりはましじゃろうて」

この辺の危険種はさほどでは済まないはずであったが、そこは流石剣聖。

全く揺らぐ気配はなかった。

「それより赤狼。極めたか?」

「はい?」

「ふむ。確かに極めたようじゃな。よおし!こいつをくれてやる」

そう言って一心は懐からまた伝書を取り出す。

秘伝・葦名無心流の伝書。

様々な技や奥義を飲み込んだ一心が編纂した伝書。

だがこの伝書は一心が他の技を飲み込み続ける限り未完である。

「『大忍び落とし』・・・先生が使っていた技だ」

「無論。あ奴もそれを知っている。あ奴にしかできぬ技もそこにはある。不死でなければ抜けぬ『秘伝・不死斬り』がその一つであろう」

「狼って人、本当に不死なんだ」

「ああ。『村雨』で斬っても死ななかった」

「いや、死んだ、ただ回生しただけ」

一心はかつての狼を良く知っている。

弱いが、諦めずに主のために奔走した彼はやがて強くなり、剣聖、葦名一心をも斬った。

一心は人知れず笑っていた。

 

 

タツミたちは危険種を相手に鍛錬を積んでいた。

この辺の危険種では相手にならない程強くなっている。

「チェルシー。どうだ?ナイトレイドの皆を一ヵ月見て」

「・・・うん。強いね・・・私が前にいたチームよりも強い」

その言葉にタツミたちは喜びを見せるが、チェルシーはでもとつなげた。

シェーレとブラートの二人は好感を持てるが、殺し屋としては失格だと。

マインをはじめとするナイトレイドのメンバーに緊張が走るが、それを破ったのは一心の笑い声だった。

「その言葉。偽りはないな」

「うん」

「クッ。カカカッ」

思わず笑ってしまう。

そんな一心に不審を抱いた面々が彼に目を向ける。

「何をそんな目をする。奴らもその言葉に喜ぶじゃろう。殺し屋なんぞに向いているなどと言われては奴らも立つ瀬がなかろうて」

「・・・・・」

「そんなことよりスサノオ!はよう支度をせい!今日も飲むぞ!」

一心の快活な言葉に、皆退かれるように住処へ向かうのだった。

 




シェーレとブラートの二人は仲間を守り抜いて死にました。

確かに殺し屋としては失格でしょうが、人間として評価したらその行為はどうでしょう?


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26 調査

本来の道から徐々に外れて行った。

狼という異物は何処まで影響を及ぼすのか。


 

賊が減って帝都に僅かな活気が戻り始めたが、今度は危険種が村を襲うという事件が起きた。

目撃情報では姿かたちも人間に近いとのこと。

狼たちイェーガーズはその危険種を討伐するようにと指示が下った。

そのそれをこなすのは特に問題なく、エスデスは調査用といって数匹氷漬けにしていた。

任務から数日。

狼とランはエスデスに呼び出され、彼女の花畑に呼び出されていた。

ただの花畑ではなく、傷口に塗り込むと激痛が走るという花の畑だが。

「隻狼。ラン。お前たちを呼んだのは他でもない、あの人型の危険種についてだ」

「・・・・・・」

「大臣の調べでは元人間だそうだ」

「やはり・・・。身体的特徴が近しいと思っていました」

狼には良く分からないが、かつて変若水と呼ばれた人を強靭にするものを思い浮かべた。

此度の危険種、スタイリッシュの実験作かもしれないとのことだったが、それにしては行方不明になってから時間がたっている。

ランはスタイリッシュの研究室を調べたという。

曰く、様々な研究をしている割に殺風景だったと。

密かに研究施設を設けていた可能性があると言いたいらしい。

スタイリッシュがナイトレイドのアジトを襲撃し、彼らを実験材料にしようとして返り討ちにあった可能性がある。

狼はナイトレイドのアジトで戦闘の跡があったことを知っている。

「・・・・・・」

エスデスは思ったより彼は狂っていたのかもしれないと言った。

「隻狼。ラン。そもそもそいつらは自分で檻を破ったのか?誰かが鍵を解き放ったのかもしれぬ」

「・・・・・・」

「分かりました。この件・・・私も色々と調べておきます」

「任せたぞ。隻狼よ。お前もランに協力して調査をしろ」

「承知しました・・・」

 

 

「狼さんと私のペアは珍しいですね。いつもはウェイブさんやクロメさんと行動をしているのに」

「・・・・・・」

「ははは。相変わらず無口な方だ」

「昔より、多弁になった・・・」

「そうですか・・・」

「そうだ・・・」

それ以降、狼とランの間で沈黙が続く。

スタイリッシュが隠している研究施設の手掛かり、それは多くない。

であれば、元ナイトレイドのアジトに向かってみるのも手である。

ただ、そのアジトを知っていることをどうランに説明したことか・・・。

「狼さんは・・・」

「?」

「あの妙な笛を吹いていましたが、あれも暗器の一つなのですか?」

「『泣き虫』か・・・」

この世界にきて、よく『泣き虫』を使うようになった。

それほどまでに怨嗟に満ちているのだろう。

ただの道にも形代が漂っている。

「ああ・・・。あれは怨嗟の炎さえも静めようとする義手忍具。お前にも・・・怨嗟が降り積もっているのだろう・・・」

狼は詳しく聞くことはなかった。

かつて、仏師に人の話を聞いていたかと注意されたのを思い出したからである。

「・・・ええ。少々、私には目的がありまして」

「詳しくは聞かぬ・・・」

「・・・ありがとうございます」

狼たちは危険種の現れた付近からその周辺を捜索したが、成果らしい成果は得られなかった。

「地道に調べていくしかなさそうですね」

「ああ・・・」

ランは戦闘よりもその頭脳に長けている。

狼は戦闘に特化しているため、ランの護衛といった様子である。

現に、まだ存在する人型の危険種を数体、『不死斬り』で両断していた。

「恐ろしい得物ですね。刀身より長く伸びて相手の守りに関係なくダメージを与える武器というのは」

「・・・元は武器というより、不死断ちの儀式に用いられるものであった」

「・・・というと?」

「不死断ちは我が生涯の主が望むものであった・・・。己はこれを用いて御子様を斬ることだとは思っていなかった・・・」

だがある時に盗み聞いてしまった『為すべきことを為すだけ』という独り言。

「己は御子様を人へ返すべく奔走した・・・いわば抜け忍・・・。御子様の命を救いたかった・・・」

「・・・・・・」

「・・・話し過ぎたな・・・こちらへ来い。形代が多く残っている・・・」

狼は形代の漂う道を歩く。

人の心残りの形であるのならば、これをたどっていけばいずれ辿り着くのではないだろうか。

「・・・また危険種が出てきましたね」

狼たちの目の前、それなりの数の危険種が現れる。

狼は不死斬りを抜き、溜める。

「下がっていろ・・・」

そして解き放つ。

『秘伝・不死斬り』。

念を込めて放たれる斬撃はさらに威力が高く、射程の長い斬撃を繰り出すことが出来る。

形代の多いこの道で、身に憑く形代を背負うことが出来るため、普段はこのように容易く抜けない『不死斬り』を活用することが出来ていた。

「本当に驚かされます。さらに上をいくとは」

「・・・己にしか抜けぬこの大太刀。それ故に己しか極めることが出来なかった・・・」

それがこの技・・・。

狼は不死斬りを収めながら言った。

「抜いた人間が死ぬと言われていた帝具。いえ、葦名の武器でしょうか。よくそのようなものを手に取ろうと思いましたね」

「不死断ちには『不死斬り』が必要だった・・・」

人返りにもまた、不死断ちが必要だったのだ。

「狼さん・・・。どうやら当たりのようです」

ランは視線の先を指さす。

洞窟のようだが、多くの足跡があることからそこを出るか入るかしたのだろう。

足跡は大きく、どうやら人型の危険種がここから出たのであろう。

先に狼が入って中の安全を確認すると、ランにこちらへ来るように合図を送る。

「中は空ですか。しかし、研究の資料がまだ残っているようです」

そう言って書棚にある中の一冊の本を取り出してランはめくっていた。

「やはり実験を行っていたようです。しかも鍵は強引に開けられたのではなく、誰かが意図的に開けたようですね」

隊長の思った通りでした。とランは錠前を拾いながら言った。

「・・・・・・」

狼は形代多く漂うその牢を見て、いかにスタイリッシュが業の深いことをしていたのか知った。

だが、かつては仲間であった。

その業を背負うのも忍びの役目なのだろう。

 

 

「どうやら帝都周辺には新型の危険種が現れたらしい」

ナジェンダはそう切り出した。

人型で群れて行動し、僅かに知性がある。

なにより身体能力が高く厄介だという。

「狼たちイェーガーズや帝国兵が討伐しているが、数が多い。帝国に手を貸すことになってしまうが・・・いいな」

「もちろんだぜ!」

ナジェンダの問にタツミは威勢よく啖呵を切った。

チェルシーはイェーガーズに任せておけばいいと言ったが、タツミは早く多くの人を助けたいと主張した。

それを聞いてチェルシーは諦めたのか、両手を上げて降参のポーズをとる。

その後、スサノオにタツミのズボンのチャックが開いているから閉めてくれと言われ、先ほどの雰囲気は台無しになった。

「これがうちの気風なんだ」

ナジェンダは苦労をかけると言ったが、チェルシーはその優しさが心配だという。

「優しきは隻狼とて同じよ。あ奴はしなくてもよい節介を焼いて、それでいて儂を斬った。不愛想じゃったが、人間味のある狼じゃ」

「ふうん?その不死のせいでここまで生きてこれたってこと?」

「あ奴は優しさゆえに死に続けたわけではない。諦めないからこそ生き返ったのよ・・・今や残る不死はあ奴のみ」

役目が終わったらどうなるか。

一心には想像がついていた。

「鼠。お主に命じる。隻狼と接触し、儂に会いに来いと伝えよ」

「ええ!?その狼って人凄く強いんでしょ!?」

「カカカッ。じゃが間の抜けた奴でもある。隻狼に出会ったら儂の名を出せ」

それで通じるであろうと。

「うへぇ。いつもじいさん、ばあさんは人使いが荒いよぉ」

「それが鼠の仕事であろう。隻狼は人斬りの才があった故に鼠狩りをさせた。お主が鼠ならば、そのように仕事を与えるまでよ」

一心は全く悪びれずに言った。

狼は知るところではないが、帝都で狼を知るものは多い。

悪政を働く邪悪な獣を斬る忍び。

陛下の忍び。

邪悪斬りの狼。

様々な呼ばれ方をされている。

これらはグリーンによる裏工作であったが、当の本人は眉間にしわを寄せるだけであった。

その相手に近づくのは目立つ行為だろう。

「案ずるな。策は用意してある」

そう言って一心はチェルシーに線香を渡す。

「かつて供養衆と呼ばれる者たちがいた。そやつらに化ければあ奴も自然とやってくるじゃろう」

そんな無茶なと思う彼女だったが、任務は任務である。

やることをやるだけだ。

そう決意した。

 

 

ランと帝都へ帰還した狼はウェイブら危険種狩りを行っていた面々と出会う。

どうやら数がそこそこいるため、手を焼いているとのこと。

「我々イェーガーズだけでは手が足りませんね。帝国兵の方々も討伐に乗り出しているようですが、帝具なしでは辛いものがあるでしょう」

「・・・・・・」

「数が多い上にたくさんいるんだからな」

「・・・・・・」

「狼さん。何か手はないでしょうか。ブドー大将軍とも懇意になされていると聞きます」

「あるにはある・・・」

「それは・・・」

「・・・ラン。ついてこい・・・」

狼はランのみを呼び出し、細い路地へと向かい、他のメンバーと離れていった。

「一体どのような策が?」

「己は今、お前に禁忌を教える・・・」

そう言うと狼はボロボロのテントに線香を焚く奇妙な場所へとやってきた。

この帝都に戻ってきてから偶然目にした寄鷹の狼煙。

そしているはずのない、かつて狼が物資調達のために活用していた供養衆。

それが目前にいる。

「ご供養いかがかね・・・」

若い少女の声だった。

「こんなところにも・・・」

恐らく葦名に関わる存在。

つまりは一心の使いであろう。

「死に溢れるこのような場所にこそ、我らが役目があるというもの。さあ、ご供養されていかれよ」

「この方は?」

「・・・供養衆。かつて葦名で死者を供養している者たちであった。だが、今ここにいるのは・・・」

葦名一心の密偵であろう・・・。

そう言った瞬間、ランは構えるが、狼は止める。

「・・・敵と通じるのも忍びの仕事・・・。一心様はなんと・・・」

「こちらを・・・じじ・・・かのご老人は狼殿とご相談がある様子」

「そうか・・・」

狼は供養衆に扮した少女から手紙をもらう。

「何故・・・狼さんは私に?」

「己一人ではできぬことが多い・・・セリューは怨嗟の降り積もる先。ウェイブやボルスは優しすぎる。クロメは既に正気ではない。エスデス様は既に知っておられる。お前にも怨嗟の炎があれど、お前には知っていても問題ないと思った・・・それだけだ・・・」

「たったそれだけで?」

「陛下は国の安寧を望んでおられる。己はそのために使えるものを使っているだけ・・・」

というのはその実、ナジェンダの説得によるものだった。

狼は敵同士となるであろうナジェンダを斬るつもりでいたが、一心との出会いよりそれを既にあきらめていた。

であるならば、敵ですら利用することも狼としても望むところである。

「分かりました・・・ここでの出来事は私の胸中にしまって置きましょう」

「助かる・・・」

狼は幾ばくかの銭を供養衆へと渡すと、ランと共に立ち去った。

 




人を殺して感謝される。

確かに恐ろしい事です。


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27 儚い願い

夢は良い点はいつか覚めることである。

夢の悪い点もいつか覚めることである。

飢えた狼の夢もいつか覚め、現実になったときにどのような結果が残るか。


 

「おう!来たか!隻狼よ!」

廃村の一軒家で酒を飲んでいた一心はやってきた狼とランに声を掛ける。

「ほう?お主の部下・・・という訳ではないな。なんにせよ。信じられるものがいるというのは良いことじゃ」

そう言って一心は狼とランに酒を注ぐ。

「あなたが反乱軍の一心殿で?」

「そうよ。カカカッ。信じられぬか?このようなところで酒に浸る爺が」

愉快そうにする一心はランの顔をジロリと見る。

「いえ。その覇気だけで充分です。申し遅れました。私は帝都の治安維持部隊、イェーガーズに所属するランと申します」

「葦名一心。聞くまでもないだろうが、この爺の名を刻め」

一心は早速と言って、地図を開く。

「お主らで手を焼いておる獣ども。儂らにとっても邪魔な存在。故に隻狼。今度は獣を斬れ!」

「は」

「ランとやら」

「はい」

「お主の目に怨嗟の炎が見えておるぞ。修羅を斬ったことがあっても、鬼を斬ったことはない。隻狼。お主は怨嗟の鬼を斬ったと聞く。どうであった」

「は。仏師殿は失った腕に炎を宿しておりました」

「そうか。猩々が・・・」

一心はグイっと盃を傾けるとランに忠告する。

「怨嗟の降り積もる先。それは辛いものよ。お主の仲間に打ち明け、その炎、少しでも静めた方が良い。爺のお節介という奴じゃな」

そう言って笑うとまた酒を飲む。

「お主らは昼に行動しろ。儂らは夜に動く。そうすればかちあうこともなかろう・・・」

「は」

「分かりました。そのようにお伝えします」

「そうじゃ。エスデスに伝えい!お主と儂の戦が近いとな!」

哄笑する一心を背に、狼とランはその場を去るのであった。

 

 

「思った以上の人物でした」

「・・・・・」

「いつからなのですか?狼さんはあの御仁と随分と前から出会っていらした御様子ですが」

「・・・この国に来る前からだ・・・」

狼はこれまでの経緯をランに説明した。

己が不死であることを除いて、出自から不死断ちの顛末まで全て。

暗殺部隊の設立とその悲劇。

アカメとクロメの関係。

狼は知っている情報を全てランへ話した。

「そんな・・・ではあなたたちは一度死んでいるのですか?」

「ああ・・・しかし、なんの因果か己は陛下の忍びに、一心様は再び国盗りに・・・」

「・・・一心殿はエスデス様と戦う様子。狼さんはどのようになされるおつもりですか?」

返答次第ではという様子のランに対して、狼は平然と言った。

「何もせぬ・・・」

「・・・なんと?」

「何もせぬ・・・そう言ったのだ・・・」

狼は歩きだし、それをランは慌てて追いかける。

「エスデス様も帝国最強と名高い武人ですが、一心殿も相当な腕を持っておられるのでしょう!一度戦った狼殿が助力すれば」

「できぬのだ・・・」

「できない?」

「一心様と会おうとすれば先のように出会える・・・しかし、戦おうとすればまるで会えぬ・・・」

「そんなことが」

「あるのだ・・・。おそらく、己と一心様との間で決着がついた故ではないかと思っている・・・」

それよりもと狼は言う。

「ラン。戦が近い。それはお前たちも一緒の事・・・どんな目的があるにせよ、迷えば敗れる・・・」

「・・・肝に銘じています」

「・・・お主が怨嗟の鬼となったのなら・・・。己が斬ろう・・・」

「・・・・・・」

「行くぞ・・・」

「はい・・・」

 

 

狼たちは密かに、一心より言われたことをエスデスへ報告する。

するとエスデスは獰猛な笑みを浮かべて、ようやく戦える時が来るのかと喜んだ。

「それで?一心が戻ってきたということはナイトレイドも戻っているのだろう?」

「おそらく・・・しかし居城までは・・・」

「そうか。だが、戦いの日は近い。今は奴らの策に乗り、危険種を全滅させる。それが終わったら今度こそ奴らを狩りだす。隻狼。ラン。準備しておけ」

「は」

「承知しました」

 

 

「ほう。一心殿が戻っておられたか」

狼はエスデスへ報告した後、陛下の下へ忍び込み、一心達が帝都付近へ戻っていることを伝えた。

「ナイトレイドもただの殺し屋ではなかった。一心殿ほどの者がただの反乱軍へ入るわけもない。かの英傑の活躍は余の下まで聞き及んでいる。最近では潜んでいたようであったが、そうか。なんにせよ、ご苦労である。狼よ」

「は」

「皮肉だな。同じく民を思う者同士で戦いあうとは。手を取り合うことが出来ればよいが、それが出来ぬが人の定めか」

陛下は悲し気に表情を落ち込ませる。

「・・・・・・」

「狼よ。お主は九朗殿の忍びとして、余の国に仕えてくれている。ナイトレイドの中にもお前の子がいると言うではないか。辛くはないのか?」

「それが忍びの業である故。親が子に斬られるのもまた、忍びであるが故・・・」

「フフ。そなたは優しいのだな。この国の行く末。お主はどう見る」

「長くはないかと・・・」

「やはりそうか・・・何となしにそう、感じてもいた。だが、余はこの国の長である。民のため、そのようにあらねばならぬ」

「・・・・・・」

「狼よ。今一度頼む。この国、いや、民のため、余の忍びとして仕えてほしい」

「御意」

狼は深く頭をたれる。

「頼んだぞ」

 

 

狼たちイェーガーズは打ち合わせた通り、昼に危険種討伐を行い、夜はナイトレイドに任せていた。

勿論そのことは公にされず、メンバーの中でも知っているのは狼とラン、そしてエスデスだけだ。

ランは調査した内容を纏め上げており、その真相に迫れそうだということだ。

危険種が少なくなってきたころには、今度はナイトレイドの狩りを始めるための準備が行われていた。

エスデスが一時期、戻らないこともあったが、彼女は平然としてやってきた。

なにやらあったらしいが、狼は触れなかった。

「狼さん」

狼が仏を彫る中、ウェイブが中へ入ってきて声を掛ける。

「・・・・・・」

「今の帝都って、歪んでいるんですよね」

「・・・ああ」

「昔、狼さんが吹いてくれた『泣き虫』の指笛。あれは復讐心とかを静めようとするんでしょう。セリューやラン、クロメが苦しんだのはそれだけの何かがあるってことでしょう?」

「・・・仔細は聞いておらぬ・・・。だが、怨嗟の降り積もる先に、ラン達はいる。ボルスもその一人だ」

「ボルスさんも・・・」

「ボルスは業を背負っている・・・。人殺しの業・・・。己と同じ・・・」

多くを殺した忍びに発生する業は軽くない。

かつて焼却部隊にいたボルスは村一つを焼いたことがある。

軍の命令としても、その焼いた本人は業から逃れることなどできない。

「俺は、恩人に報いるためにやってきました。軍人としての務めを果たすために・・・」

「ウェイブ・・・」

「でも、セリューたちをみて時々思ってしまうんです。本当にこれでいいのかって」

「・・・為すべきことを為せ」

「え?」

「己は、己の掟で動いている。ウェイブ・・・己を失うな・・・」

狼はそれだけ言って再び仏を彫る作業に入る。

今ではそれなりの形になった仏。

だがしかし、それでも不格好な表情の仏。

せめてこの仏が満ちていく怨嗟を静めてくれるように願いながら。

「・・・狼さんの掟は・・・」

「・・・・・・」

「陛下をお守りすることだけなんですか?」

ウェイブは核心をついた質問をした。

狼は一瞬だけ仏を彫る手を止めた。

「・・・己は、陛下の忍びである前に・・・我が生涯の主がいる・・・」

「それって」

「己はその忍びであるように振舞うだけ・・・。少し、しゃべり過ぎたな・・・」

しばらく仏を彫る音のみが静寂の中に響いた。

「分かりました。ありがとうございます。俺も、俺なりに頑張ってみようと思います」

ウェイブは答えを得たようで、そのまま狼の部屋から出て行く。

「・・・・・・」

何故、己は相談役のようなことをしているのかと疑問に思ったが、頼られるのは悪くない気持ちだった。

 




1週間で完結させるつもりでしたが、流石に無理があるみたいです。



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28 血戦

ついに始まった。


 

ナイトレイドが東のロマリー街道で目撃されたとの報告を受け、イェーガーズは招集された。

一同はナイトレイド討伐のために東へ向かったが、そこでさらに面倒な問題に直面した。

ナジェンダは東に、アカメは南へと二手に分かれたというのだ。

東に行けば安寧道と呼ばれる宗教組織の本部へたどり着き、南へ行けば反乱軍の拠点に向かうという話だ。

急ぎ追撃しようと提案するウェイブだったが、エスデスは待ったをかけた。

どうにも都合が良すぎるということらしい。

ランは罠であることを指摘した。

わざと目についてイェーガーズをおびき出したのだと。

「隻狼。お前はどう思う?」

話を振られた狼はエスデスに跪いたまま答える。

「どちらも本命かと・・・」

「その心は?」

「どちらかは一心様がおり、エスデス様と戦うことになりましょう。そしてもう一方は、二手に分かれた我らを討伐すべく動いているのでしょう・・・」

「そうか。やっと戦えるのだな」

エスデスは感慨深く言った。

「ならば隻狼。お前は私と別行動だ。お前がいると一心と全力を出して戦えないのだろう」

「は」

「えっと。一心という人と狼さんの関係ってどういうことなんですか?」

セリューは疑問に思ったらしく、質問を投げかける。

「隻狼と一心はかつて死合った仲だ。そして決着がついた故に二人とも本気で戦えなくなったという。隻狼。お前は私と一心が必ず戦うことになると確信しているのだろう?」

「は」

「よし。では私とセリューとランはナジェンダが向かった東へ。他の面々は南へ向かったアカメを追え」

相手が多いなら退却も視野に入れろとエスデスは言う。

着実に追い詰め、仕留めると。

 

 

移動している最中、ボルスはナイトレイド相手に勝てるか不安だと漏らした。

対してウェイブは実力的には自分と同等ぐらいだと言った。

狼はあれから強くなっているであろうナイトレイドを考え、己はどう立ち回ろうか思案した。

クロメがウェイブをおちょくっていると、前方に明らかに怪しいかかしを発見する。

「かかし・・・?」

「本当だ。これ以上ないってくらい怪しいね!」

狼は周囲を警戒する。

一同は立ち止まってかかしが罠かどうか確認しようと近寄るようだったが、相手には狙撃手や糸を操る罠師もいる。

その時、クロメはその場を飛び退った。

一瞬遅れて恐らく『パンプキン』の攻撃だろう弾丸がクロメのいた位置を通過した。

「クロメ!危ねぇ!」

油断した隙にかかしから現れた新手に先手を取られ、クロメをかばったウェイブは遠く吹き飛ばされてしまった。

「狙撃にはしくじったが、戦力を一つ。かつ標的でもない奴を吹き飛ばせたのは大きいな」

ナジェンダは義手を鳴らしながら現れる。

その後ろ、アカメとレオーネ、そしてタツミも帝具を携えて出てくる。

「狼。帝国の膿を斬ってきたお前には酷だが、敵になるのであれば、ここで死んでもらう」

「・・・・・・」

狼は黙って楔丸を抜く。

ボルスは己が業の深さを想いながら、それでも死ぬわけにはいかないと帝具を構えた。

クロメは久しく会えた姉に向けて刃を向け、屍人形にすると言った。

『八房』。

最大八体の死体を自由に操れる帝具。

だが、その人形と化した者たちの業も背負わなければならない。

狼は眉間にしわを寄せて、しかし、ナイトレイドを斬ると決意して睨みつける。

クロメの帝具が発動し、大型の危険種やかつて暗殺部隊で共に戦ったナタラを呼び出す。

「迷えば敗れる・・・」

狼はアカメに向けて言った。

「忘れてはいまいな・・・」

「・・・はい」

「・・・そうか」

戦闘の火ぶたは切って落とされた。

 

 

狼は帝具を使っているクロメの護衛につくことにした。

初めはナタラがいるから大丈夫だというクロメだったが、狼が無言でいると諦めたように認めた。

理由はまだ正気に戻せる機会があるのではないかと思っているからだ。

アカメはボルスに任せている。

ボルスにはアカメの苦手な盾を持った骸人形がついている。

アカメの帝具を封じるならば確かに有効だった。

しかし、狼の育てた子供はやわではない。

「先生。なんでお姉ちゃんはあんな奴らと一緒に居るのかな?」

ボルスやクロメの骸人形と死闘を繰り広げるナイトレイドを眼下に、クロメは狼に聞く。

「・・・己の掟に従っている・・・」

「その掟って、私よりも大事だったの?」

「否。お前も大事だったのだ。アカメはお前を連れ出そうとして、ゴズキ殿に追いつかれた。ゴズキ殿は討たれ、友であるツクシをも斬ることになったが、最後までお前を連れて行こうと戦った」

「・・・でも今は違うみたいだよ・・・」

「・・・子は親に似るか・・・」

「え?」

「何もない・・・」

「ふうん?先生ってお姉ちゃんと戦ったことがあるんでしょ。先生ならお姉ちゃんを倒せそうだったけど、できなかった?」

狼はあの日、アカメに斬られに行ったことを思い出す。

「ただ、心配だった・・・大切なものを失った子が、生きて行けるか・・・」

それ故、斬られにいった。

狼はクロメに打ち明けた。

「斬られに行った?でも狼さんは生きているよ?」

「明かせぬ・・・。だが、己は確かにアカメが成長したことを見届け、斬られた・・・まだ己の中に残っている御子様との主従。その絆が己を生かしているのだ」

「御子様?」

「いずれ聞かせよう・・・。今はいかにして殺すかを考えろ・・・」

狼は激しい戦闘を繰り広げるナイトレイドの面々を見る。

糸使いのラバックがいない。

そして新たな仲間だろう人間もクロメの超級危険種あいてによく戦っている。

アカメはボルス相手に戦っているようだが、護衛の屍人形が邪魔で上手くいっていないようだ。

しかし、徐々にではあるが勝利の目を見出している。

ボルスに増援が必要かもしれない。

タツミは二体の屍人形相手に苦戦をしている。

ナジェンダは元同僚の死体を相手に戦っていた。

その瞬間、クロメは崖から飛び降りる。

油断していたレオーネの腕を斬り落とした。

深追いはせず、クロメは狼のいる崖へと戻る。

レオーネは斬り落とされた腕を強引に止血したようだったが、腕を無くしたことは痛手に違いなかった。

 

 

クロメはお菓子を食べ続けている。

その間隔はいつもより短くなっている。

狼はそのお菓子の正体が薬物であることを知っている。

このまま接種し続ければクロメは死に至るであろう。

「おい・・・」

「?」

「戦況を見ろ・・・」

狼は放心していたクロメに下の様子を見るように言う。

「やられた!?・・・しょうがない。先生。ちょっとボルスさんを援護しに行ってもらえますか?」

「・・・わかった。無理はするな」

「はい。まだナタラがいますから」

狼はそれを見て僅かに目を瞑る。

やがて開き、ボルスと戦闘しているアカメと援護に加わったレオーネの下へ行くのであった。

 

 

「・・・修羅の影を宿そうとも、未だに修羅になりきらぬとはな。エスデス」

一心は岩に腰掛け、エスデスたちを見る。

「葦名一心。ようやく戦える時が来たな」

「カカカッ。隻狼がいたのでは、お互い気がそれてしまうからの・・・。さて・・・」

一心は立ち上がり、セリューとランを見る。

「悪の頭領、葦名一心。ここで討ち取る!」

「・・・・・・」

「ほう?この儂を悪の頭領と呼ぶとは・・・面白い!相手をしてやってもよいが・・・」

エスデスを見る。

彼女も同じく一心を見ていた。

「セリュー。こいつは私の相手だ。手をだすな」

「しかし隊長!」

「一時、帝国軍を震え上がらせたという人間だ。あいつのせいでこちらは守りを堅くせざるを得なくなったという。その実力を鑑みるに、お前とランには少し厳しいだろう」

だから私が出ると。

「帝国最強と名高いエスデス。ようやく戦えるな。お互い・・・名乗りは必要あるまい」

「ああ。こころゆくまで殺しあおう」

「カカカッ。よおし。参れ!」

一心は抜刀し、エスデスに対面した。

「行くぞ一心!」

ここに血戦の幕が開いた。

 

 

狼がボルスの援護に来る頃には、ボルスは既に帝具を破壊され、護衛は戦闘不能に追いやられていた。

「狼さん!?」

「遅れた・・・済まぬ・・・」

「いえ。でもこの状況、不利です!」

「おっと。逃がさないよ。とはいえ、あんたとこうして戦うことになるとはね。狼さん」

「・・・・・・」

「相変わらず不愛想だね。今は同じ隻腕同士、仲良く殺しあおうじゃないか!」

隻腕となっても未だに衰えない強力で素早い攻撃。

狼はそれをいなし、避け、反撃に転じるが、レオーネは持ち前の素早さで回避する。

「悪いけどあんたとの戦いは学んでいるよ。切り結び続けると体勢を崩されて一撃を食らわせるんだろう?なら私はそれに付き合わない」

レオーネは攻撃しては退いてを繰り返す。

狼は手裏剣や爆竹を駆使して何とか攻撃を入れようとするが、どれも通用しない。

ボルスの方も帝具を失って苦戦しているようだ。

このままではやられてしまう。

「狼さん!奥の手を発動します!こちらへ」

狼は爆竹で視界を遮るとボルスのところまで移動する。

アカメたちは奥の手を警戒しているのか攻めてこない。

ボルスは『ルビガンテ』をアカメたちの方へ投げつけると、狼をかばうようにして地面へ伏せる。

その瞬間、大爆発が起きた。

 

 

「狼さん、無事ですか?」

「ああ・・・」

狼はボルスにかばわれたおかげで、軽傷で済んでいたがボルスはそうではなかった。

「これを」

狼は傷薬瓢箪をボルスに飲ませて傷を癒させる。

狼自身も飲んで傷を治す。

さて、ここからどうしたものか。

アカメたちはあの爆発以降どうなったかは分からないが、帝具のないボルスと戦い方に対策をされている狼では不利なままだろう。

今は退却するのがよい。

そう考えた二人はその場を素早く立ち去る。

その途中の事である。

「子供?」

泣いている子供がいたのだ。

不審に思う狼だったが、ボルスは大変といって子供のところへ駆けつけた。

怖がられるボルスであったが、ケガをしているところを見つけて治療を施す。

献身に子供はボルスが悪くない人間だと思ったのか笑顔を浮かべた。

「ボルス殿・・・」

狼は近寄って警戒する。

そして一瞬の間に刀を突き入れる。

ボルスを襲う凶手を止めた。

「・・・・・・」

狼は黙り、ボルスは突然の行為に驚き、子供から距離を取る。

「・・・失敗しちゃったなぁ」

その瞬間、子供の姿から別の少女の姿に変わる。

「お前は・・・供養衆の・・・」

狼はその声に聞き覚えがあった。

帝都で見つけた供養衆の声だ。

しばらく睨み合いが続いたが、狼は刀を収めた。

「え?」

「行け・・・」

思わずおかしな表情をする少女であったが、狼に斬る気がないと悟ると、警戒しながらも逃げて行った。

「一体・・・」

状況が分からないボルスは狼に問う。

「先の子供はかつて、己と一心様をつないでいた密偵の一人。ナイトレイドのものであろう」

「狼さん。あなたは一体」

「ボルス・・・同じく民を思う者同士、争うこともあろう・・・」

しかしと狼はつなげる。

「一握の慈悲だけは捨ててはならぬ・・・己はそう思うのだ・・・」

「狼さん・・・」

「クロメと合流する・・・行くぞ・・・」

 

 

「まさか狼さんに見破られるとはね」

ラバックは剣呑な雰囲気を出していた狼の様子を遠くから見ていた。

そのためチェルシーを助けるために急行していたのだが、それは杞憂なようだった。

「まさか敵にも優しさをもつ人間がいるなんてね。それもたった一回の伝言を伝えた相手に」

チェルシーは見破られた瞬間の恐怖を思い出す。

二人が生きていることは想定内だったが、まさか狼に感づかれるとは思っていなかった。

自身の最期を覚悟したが、予想に反して相手は見逃してくれた。

「一心爺さんの言うように、見た目に反して優しいみたいだね。あのババアの言っていた熟達の暗殺者ってのも間違っていないのだろうけど・・・」

「それじゃあさっさと逃げちまおうぜ。これ以上は深追いだ」

「・・・そうだね。本当ならクロメをやっておきたかったけど。相手に狼がいるなら多分無理だね」

みんな本当に甘いなあとチェルシーは思いながらその場を去って行った。

 

 

「カカカッ!葦名流を片端でも使って見せるか!見事!」

一心は空を舞う斬撃、衝撃波、己が築いたその技が戦場に飛び交う。

「それはこちらもだ!まさかこれほどの人間がまだいたとは!」

喜びを隠さない二人の戦闘は苛烈極まっていた。

数多の氷を放つエスデスにそれを衝撃波で薙ぎ払う一心。

奥義の居合抜きを放つ一心に氷で刃を防ぐエスデス。

互いの刃がぶつかるときには派手に火花が散り、しかし、動きは流水のように滑らかだ。

戦場は既に元の原型を残しておらず、見ているセリューとランには割って入ることすらできない壮絶な戦いだった。

「ぜりゃぁ!」

空を飛ぶ斬撃が二連。

対してエスデスは素早く回避する。

巨大な氷の岩を一心に放つ。

溜められた斬撃で両断される。

一進一退の攻防が繰り広げられていたが、ついに終わりがやってきた。

「むう?」

一心が遠くに馬を駆ってくる人間を見た。

エスデスはそれを隙と見て攻撃するも容易くいなされる。

「はあ。今日はここまでか」

「一体何を」

「まだ青いな。もっと研ぎ澄ませい!お主のもう一方の兵たち、その決着がついたのであろう」

一心は切っ先で伝令を知らせる。

「お主も将であるならば、もう少し周りを見渡せ!隻狼から言われなかったか!」

「む。あいつからは一番楽しめるときに戦うことだと言われたが」

「それよ。横やりが入ってこれ以上楽しめるものか!」

傍若無人な一心の言葉であったが、同じ戦闘狂同士で通じるものがあったエスデスはその言葉に納得して剣を収める。

「よし!次に期待しろ!今度はいらぬ横やりなど入らぬようにな!」

剣聖は笑いながら背を向けて去って行った。

「隊長!どうやら南の方の戦いも終わったそうです」

ランは伝令から聞き取った情報を報告した。

「あの人間は粛清しなくていいのですか?」

「ああ。あちらの方で決着がついた今、こちらも終わりとする。まだあの老人には秘められた力があるようだ。私ももっと強くならねばな」

セリューの問に返すエスデスは、まだまだだなと言って馬に乗った。

「南の部隊と合流し、詳しく結果を聞こうじゃないか」

 

 

この血戦にてナイトレイド、イェーガーズ共に被害はなしの痛み分け。

しいて言うならばクロメの骸人形が減った点とボルスの帝具消失が痛いところであった。

狼はクロメの薬の禁断症状等、気になることがあったが、今は全員が生還したことを喜んだ。

だが、死闘は続く。

クロメは禁断症状で一度は倒れていたが、少し休むとよくなった。

ウェイブはもう少し駆けつけるのが早ければと後悔しているようだったが、クロメを守った時点で充分に働いている。

不甲斐なきは己である。

誰も守れず、逆に守られる始末。

だが、次はそうはいかない。

狼は刀を握りしめ、心に誓った。

己は九朗様の忍びであるように振舞うだけ。

 




この狼さんは優しすぎるのかも。

でも、ゲーム中の狼さんもかなり優しさに満ちていた気がします。



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29 忍び達の再会

同じく業を積むものでも、その考えは違う。

十人十色とはよく言ったものである。


 

ナイトレイドとの交戦から数日後、安寧道の本拠地キョロクにて、狼たちは護衛の任務を受けていた。

その地は帝都の遥か東に存在し、豊富な資源により躍進を遂げている。

また、安寧道と呼ばれる宗教。

善行の積み重ねが幸せや長寿につながるという思想が根付き、帝都より平和のように見えた。

一心と交戦したエスデスは、未だに血が騒いで仕方がないのか、あからさまに嫌な顔をしたが、これも次の戦いのためと言って引き受けた。

対象はボリックという安寧道の教主補佐をしている人物だ。

だが、このボリックという人物、裏ではオネストの送ったスパイであり、いずれは教団を乗っ取ろうと画策している。

簡単に言えば狼の標的でもある。

その護衛とはまた面倒なことになったと密かに思う。

「・・・・・・」

「まあまた会うとは思っていたけど。こんなところとはね」

褐色の肌の少女メズがいう。

狼は人目を嫌い、酒宴に参加することを断って陰ながら様子を見ようとしていたが、そこで同じく様子を窺っていた者たちを発見。

隠れ近づき、姿を確認した狼はかつて共に戦った皇拳寺羅刹四鬼たちであることが分かった。

どうしようか迷ったものの、結局彼らに近寄って己の正体を晒したといったところである。

「風の噂で聞いていたが、こちらにまで来るとは」

「・・・お主たちこそ」

狼は酒瓶を置く。

「変わりませんね。そういったところは」

苦笑いを浮かべるスズカは酒を受け取り、イバラ、シュテン、メズに注ぐ。

「あれ以来会っていなかったからなぁ。変わっていないようで安心しだぜぇ」

「変わらぬはお主たちもだ・・・」

「ハハハ。確かにな。こうして帝国屈指の暗殺者が揃うとは思いもよらなかったが」

昔話に花を咲かせる忍び達というのも奇妙な光景だったが、かつてはともに戦ったもの同士。

語ることも多くある。

「おっと。お呼びがかかった。それじゃあまたな」

どうやらボリックから招集がかかったらしく、四人は下へと降りて行った。

一人となった狼はそのまま下の成り行きを見ていた。

セリューがナイトレイドを相手にするには帝具使いではなければと主張していたが、イバラがその背後を取り、帝具がなくとも戦うことが出来ると反論する。

さらにその背後を取ったエスデスが油断するなと警告をしていたが、何を思ったのかエスデスは天井へ視線を向ける。

「隻狼。いるのだろう。お前も顔を出せ」

「は」

狼は言われるがままに下へ降り、跪く。

「彼は?」

「お前たちの言う帝具使いに匹敵する人間だ。こいつ自身に帝具はないが、様々な戦いを見せてくれるぞ」

「それは頼もしい」

「隻狼。今回の任務。護衛といってはいるがナイトレイドと直接対決になるであろう。お前は遊撃として辺りを警戒しろ」

「承知しました・・・」

狼はちらりとクロメの様子を見る。

傷らしい傷を負わなかったが、今は薬の影響で明らかに体調がすぐれない様子だった。

今、ここに秘薬はない。

ここに至ってカイリに渡したのは間違っていたかとも思うが、あの薬はカイリ自身のために渡した物でもある。

これ以上はもたもたしていられないと狼は再び決意を胸に抱くのであった。

 

 

現在、ボルスは帝具を失ったものの、イェーガーズの補佐として働いている。

一度は帝都へ帰還するかと提案を受けたが、ボルスの希望もあって継続してイェーガーズに参入することとなった。

「あ、狼さん」

「ボルス・・・」

「何かあったんですか?表情が堅いですよ?」

「・・・クロメの事だ」

「クロメちゃんの・・・」

ボルスも薄々とは感づいている。

クロメは薬の禁断症状が度々現れているということ。

スタイリッシュがいたのなら、また話は別だったのだろうが、彼はもはやこの世にはいない。

「狼さんは、今の帝国を良く思っていないのですよね」

「・・・ああ」

「ならば何故、ここに留まっているのですか?アカメちゃんにも聞いたらアカメちゃんは心が正しいと決めたからって言っていた」

「・・・そうか」

狼は少しだけ嬉しそうに返した。

普段見せない狼の喜びの表情に、ボルスは驚いていた。

「・・・己も所詮は人の子。血は繋がらなくとも、子の成長に喜ぶのは当然だろう・・・」

「子・・・ですか・・・」

「ああ・・・」

「でも狼さんは子供と敵になったのですよ?悲しくないんですか?」

「・・・酒だ」

狼は懐から酒を出す。

『葦名の酒』という過去にイェーガーズ結成に振舞った酒だ。

「このお酒、あの時の・・・」

ボルスはそれを覚えていたらしく、普段は見せない顔を晒して酒を飲む。

「おいしい・・・」

「あの時はまだ・・・顔を隠していたな・・・」

「ええ・・・ひどい顔をしていると思っていたので・・・」

「己よりマシだ・・・」

狼も酒を飲み、かつての葦名を思い出す。

「己の掟。それを見つけ出すことにどれほど人を斬ったことか・・・」

「掟ですか?」

「ああ・・・己は義父に忍びとして育てられた身。親は絶対。逆らうことは許されぬ」

それが初めの掟だった。

だが、狼は九朗を救うために奔走している中で変わっていった。

己の掟は己で決める。

そう言い放った狼は真の意味で九朗の忍びになったのだろう。

「己はその掟を破った。親に逆らい、斬った・・・。義父は・・・喜んでいた・・・」

「・・・・・・」

「己も同じ・・・。子の成長を、直に確かめたくなった。一度目に斬られたときに、己は安心したものだ・・・」

「でも・・・」

「生きている・・・己は死なずの忍び。エスデス様にもまだ伝えておらぬ。これを知るのは陛下、己を斬ったアカメとその仲間。そしてお主になるな・・・」

存外に増えてきたものだ。

「死なない?」

「ああ・・・御子様との絆がそうさせているのか分からぬ。だが死んだはずの己はこうして生きている・・・」

「・・・辛くないですか?」

「・・・生きる辛さなど・・・とうの昔に忘れてしまった・・・」

今ある辛さは、失う辛さだ・・・。

狼は酒を飲み、答えた。

「己は陛下の忍び故、陛下の望む安寧を求める・・・」

「それがここにいる理由ですか?」

「ああ・・・」

「・・・・・私が昔村を焼いたのを覚えていますか?」

「・・・ああ」

「その時に一度思ってしまったのです。私は死んだほうが良いのではないかと・・・」

「・・・・・・」

「でも、家族のことを想うとそれが出来なくて、ずっとここまで来てしまいました。軍人だから、命令は従わなくちゃって」

「・・・・・・」

「狼さんは反対なんですね。アカメちゃんとそっくりです・・・」

「・・・赤狼」

「え?」

「赤い狼と書いて赤狼。エスデス様や一心様が呼ぶ己の名前と一緒だ。子は、親に似るのかもしれぬな・・・」

「そうですか・・・私もちゃんとしなくちゃいけませんね」

「・・・そうだな」

狼とボルスはそのまま夜をふかしていった。

 

 

「メズ殿・・・」

翌朝、狼はゴズキの忘れ形見であるメズのところへやってきていた。

「あ。狼さんじゃん。おはよ」

「変わられぬようで何より・・・」

狼はずっと心配していたのだ。

親を斬られたメズがどのようになっているかを。

「親父も殺し屋だったんだから、トーゼンっしょ」

「・・・・・・」

「あ、シュテンはいまこっちにいるけど、イバラとスズカは別だよ」

「そうですか・・・」

「むう。なんか私相手だと堅いよね。狼さんって」

ゴズキの娘なのだから仕方がないのだが、それは言わないでおいた。

「ほう。狼か。昨日はまともに語り明かせなかったな」

「シュテン・・・」

「やはり見れば見る程、全く変わらぬように見える。だが、儂には分かるぞ。多くの魂を解放していったようだな」

「業を積んだと・・・」

「なるほど。お前は業と呼ぶのだな。此度は新設された部隊が増援と聞いて不安だったが、お前がいれば心強い」

「こちらもだ・・・」

「フハハ。互いに死なぬようにせねばな」

「もう。二人だけで話して。私も混ぜてよぉ」

いかつい男と不愛想な男、それにまとわりつく快活な少女という奇妙な風景はしばらく続いた。

 




狼さんたちは戦いに身をおく者たち。

平和は当然のように長くは続きません。


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30 業背負いの狼

命の価値はどれほど重いか、あるいは軽いか。


 

たった一夜にして、狼は同じ忍びを三人も失った。

皇拳寺羅刹四鬼はスズカを残し全滅。

シュテンは心臓を裂かれた。

イバラはアカメの帝具『村雨』でやられた

メズは短刀で心臓を貫かれて死んでいた。

「・・・・・・」

狼は三人の亡骸に己の彫った不格好な仏を供える。

せめて業に苦しまぬようにと。

そしてゴズキの顔を思い出す。

済まない。

そう心の中で謝った。

祈りを済ませた後はすぐさまナイトレイド捜索へと移った。

三人の犠牲は無駄ではなかった。

多くの鼠を狩ったため、ナイトレイドの動きを鈍くさせたのだ。

後は残った己たちの仕事。

潜伏しているだろう彼らを探し出し、今度は斬るのだ。

狼は何となしに背中の『不死斬り』に手を当てた。

もはや楔丸と同じく、もはや長年寄り添った相棒のように感じられるこの赤の『不死斬り』。

今度は不死ではなく、怨嗟や業を斬らなくてはならない。

また力を借りる。

そう思いながらキョロクの街を飛び回った。

 

 

狼は成果を掴めぬまま戻ってきた。

するとセリューが子供たちと遊んでいるところが見えた。

その彼女の姿に怨嗟の影はなく、どことなく安心できた。

「あ、狼さん。戻ったんですね」

ウェイブが声を掛ける。

隣にスズカとクロメがいる。

クロメはまだ本調子ではないのか、少々顔色が悪い。

スズカは何故かエスデスに命令されるチャンスがあると喜んでいた。

狼には理解できないが、彼女には攻撃を受けたがる性癖があるのを知っている。

拷問癖のあるエスデスとはある意味で相性がいいかもしれない。

「このまま何事もなければって思っちゃいますよね」

ウェイブは子供たちと遊ぶセリューを見ながらほのぼのと言った。

「ああ・・・」

狼は重々しく、セリューが怨嗟に飲まれないよう願いながらそれに返した。

「クロメ・・・」

「はい先生」

「平気か・・・」

「・・・なんのことですか?」

「お前の体だ・・・既に薬に浸されて長い・・・」

「大丈夫です・・・」

「・・・無理はするな・・・」

「はい」

「狼さんは知っていたんですか。クロメの状態を・・・」

「今は少ない己の教え子・・・その一人・・・知らぬわけない・・・」

「じゃあ今のクロメの状態が悪いのも」

「知っている。だが、今できる対策はない。それはカイリに委ねた・・・」

「え?カイリに?」

「誰ですか?」

「今の暗殺部隊の隊長だよ。でもカイリに何を?」

「『神食み』という秘薬を渡している。あやつも同じく薬に浸された身・・・お前より顕著であった・・・」

「そう・・・」

「カイリは未だに迷っていた。己に使うか、お前に使うか。・・・これを」

狼は包みをクロメに渡す。

「これは・・・お米?」

「ああ・・・噛めば甘い。お米は大事・・・」

狼は悲し気に言った。

かつて死なずの探求を行われていた。

その過程で死んでしまったものは多く、残った変若の御子はたった一人のみ。

その手から零れ落ちたお米にはいったいどのような想いが詰まっているのだろうか。

「ありがとう・・・」

「死ぬなよ・・・」

狼は踵を返してエスデスの下へ向かっていった。

 

 

「隻狼か。やはりまだナイトレイドは見つからぬか・・・」

「は。少なくとも今は・・・」

「そうか。警護というのはつまらぬものだな。それもあのような奴を見ながらというのだからなおさらだ」

狼は斬るべき対象のボリックを見た。

薬で女性を惑わしているのだろう。

「・・・酒を」

「こんな時にもぶれない奴だ。・・・もらおう」

狼は持っている酒の中でもひときわ上物である『竜泉』を差し出した。

「・・・うまい」

エスデスは純粋な声で漏らした。

余程予想外の味だったのだろう。

「よもやこのようなものをまだ隠していたとは、でかしたぞ隻狼」

「は」

「・・・ふう。こうして、お前を相手に飲むのも久しぶりな気がするな」

「・・・・・・」

「クク。そうだ。その仏頂面を見ながら昔の話に華を咲かせていた。恋に限らず、過去の話にうつつを抜かすとは私らしくもない」

「そうでしょうか・・・」

「お前は意外と聞き上手だからな。そうだな。昔、この冷気を手にした時も純粋な喜びに満ちたものだ。あの時は血を飲んだが」

「冷気の帝具・・・」

「そうだな。お前にも言っていいだろう。大した話ではない。『デモンズエキス』という危険種の血を飲んだ。その時に破壊衝動が駆け巡ったが、今はそれを飼い慣らしている。ああ。そういえば前にも同じ話をしたな」

「また笛を?」

「いや。今度でいい。今度、ゆっくりできる時間が出来たときに頼む。フフ。この私が頼みごとをするとは、これも珍しい」

エスデスはその後も上機嫌で酒を飲み続けた。

 

 

この任務は狼にとって酷いものだと言えた。

かつての知り合いを全て失い。

救いたいと思っていたセリューすらも殺されてしまった。

ああ、また業が深くなる。

狼は優しく微笑んでいたセリューの表情を思い出す。

彼女は狼を恨んでなどいないだろうが、それも人を苦しめる業の一つ。

「隻狼。そろそろ奴らも仕掛けてくる頃だろう。お前とクロメはボリックの警護に回れ。私が奴らを迎え撃とう」

「・・・・・・」

「どうした。何かあるのか?」

「己は陛下の忍びなれば、ボリックを討つこともまた役目・・・」

「大臣と見解の相違か。確かに、お前はイェーガーズである前に陛下の忍びだったな。だが、今回はナイトレイドをおびき出すまで奴には生きていてもらわねばならない」

「承知・・・」

「・・・お前は読めない奴だ。陛下に付き従うだけの男かと思えば裏では反乱軍と通じている。しかし決して敵ではない。さらには護衛対象まで斬って見せると私に言ってのける」

「己の掟に従っているまで・・・」

「どこまでも面白い男だ。隻狼。いいだろう。ナイトレイドが釣れたら奴の生死はお前に委ねる」

「ありがたく・・・」

「全く、苦労を掛けさせられる。これで戻ったら任務失敗の報告をしなければならないな」

「・・・・・・」

「クク。それもまた一興。どうせ異民族の討伐に狩りだされるのだろう。帝都はお前に任せる。斬るべきものは斬れ」

「承知しました・・・」

狼はまだ跪いたままエスデスの様子を見ていた。

それに疑問を持ったのか、エスデスは狼に問う。

「まだ何かあるのか?」

「此度の戦。己も参戦の許可をいただきたく・・・」

「ほう?やはり子の成長が気になるか」

「は」

「いいだろう。だが足を引っ張るようなら私が斬るからな。肝に銘じておけ」

「は」

狼は今度こそ闇の中へ消えていった。

 

 

決戦当日。

遊撃はウェイブとランの二人。

ボリックの護衛にエスデス、クロメ、狼が担当した。

狼は聖堂の天井に隠れ、いつでも奇襲が出来るように待機している。

クロメは体調不良のせいで本気を出せなかったが、そこは骸人形のナタラがカバーする形になっていた。

そしてその時は訪れた。

「久しぶりだな。ナジェンダ」

「エスデス・・・」

エスデスとナジェンダは互いに懐かしむように、しかし警戒しながら相手の出方を窺っていた。

狼はタツミとアカメの姿が見えないことに警戒し、いつでも出られるように待機する。

「せっかく来たんだ。私の帝具を馳走してやろう」

それに対してナジェンダは遠慮すると言って返す。

「つれない奴だな。奥の手も用意したんだぞ」

「?お前の帝具デモンズエキスは奥の手がないと昔聞いたが?」

「そう。だから自力で編み出したんだ。凄いだろう」

そう言うエスデスに呆れる一行だったが、それは狼にとって大きな隙だった。

狼は己にとって厄介なレオーネか新たな敵であるスサノオのどちらかに標的を絞っていった。

まずはスサノオだ。

狼は瞬時に判断すると天井から飛び降りる。

「!?」

予想外のことだったのか、スサノオはその忍殺をまともに受けてしまう。

だが、スサノオは生物型の帝具。

首に突き刺した傷は既に元通りになっていた。

「お主。死なずか・・・」

「狼!?」

「ナジェンダ殿」

狼はエスデスの方へ距離を取りながらナジェンダに向かい合う。

「今度こそ、斬らせてもらう・・・。覚悟なされよ・・・」

「くぅ。ここにきてお前か」

「だが・・・その前に・・・」

「?」

狼はボリックを突き刺した。

「!?」

「帝国の膿。ここで斬らせていただく・・・」

「うぁ・・・」

断末魔を上げるボリックを背に、狼は再びナイトレイドと向き合う。

「今やるか・・・隻狼・・・」

呆れた声を上げるエスデスであったが、その表情には笑みが浮かんでいた。

「全く、面白い奴だ。だが、今はお前たちだ」

「ナイトレイド・・・アカメはおらぬが、もう一人はいるのであろう・・・」

狼はすらりと背中に背負った大太刀『不死斬り』を抜いた。

「優しき子らであった・・・だが斬るぞ・・・」

狼はその『不死斬り』で薙ぎ払った。

 




フロム系ボス【隻狼】推参。
といったところでしょうか。

初見では間違いなく死にまくることでしょう。


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31 狼の実力

いざ、参る。


狼は弱い存在だが、強い。

何を言っているかと思われるが、狼の強さはその多彩な攻撃にもある。

堅い盾を持つものは盾を割り、素早きものは仕留め討つ。

攻撃の方法が多彩だからこそあらゆる相手に対処し得るのだ。

例えばレオーネ。

彼女は狼との戦いに対策をしていたが、狼は爆竹や火吹き筒を用いて着実にダメージを与えていた。

例えばスサノオ。

彼はただ単純に強いが、死地にこそ生がある。

突きを見切り、踏んで相手に反撃をしようとする。

相手も猛者だ、素早く払いのけていたが、大きく体幹を崩していた。

「厄介な・・・!?」

手裏剣で牽制しつつ、狼は聖堂の出口へと立つ。

退路を断った。

それに気が付いたナジェンダが舌打ちをする。

全く油断していたわけではないが、狼の実力を大きく見誤っていた。

今まで本気ではなかったのではないかとさえ思ってしまう。

先に放たれた『不死斬り』の一撃も聞いてはいたが、その真の威力は別にあった。

あれは誰も受け止めてはいけない。

全員が回避行動を余儀なくされる攻撃だ。

「・・・お主たちの目的、既に果たされただろうが、無事、帰れると思わぬことだ・・・」

狼はそう言って居合の構えを取る。

「あれはやばい・・・」

レオーネは距離を取るが、エスデスもただ見ているだけではない。

鋭い刺突をレオーネに突き立てる。

帝具の性能で自然治癒力が上がっているおかげで致命傷は避けられたが、圧倒的な不利だった。

「面白い素材たちを見つけたものだ。確保するとしよう」

そう言ってエスデスは地面に手を置き、氷の波を引き起こす。

他の面々はそれを各々で回避するが、狼は跳びあがったスサノオを見逃さない。

空中忍殺を決めるとそのまま氷の上に着地する。

スサノオもしぶといものでまだ立ち上がってきた。

戦況はエスデスがナジェンダを気絶させ、空中でレオーネを叩き落としたというところだ。

スサノオはナジェンダを守ろうとエスデスへとびかかったところで氷漬けにされ行動不能になった。

何とか立ち上がろうとしていたレオーネに、容赦のないエスデスの拷問が降りかかる。

その様子を見て狼は改めて辺りを警戒する。

恐らく、タツミが隠れているはず。

エスデスがあのようにしてレオーネを切り刻んでいるのだ。

優しい彼ならば必ず現れるだろう。

そしてその予感は的中した。

狼は危険を感じ取り素早くエスデスの前へ躍り出ると見えない何かを踏みつける。

「・・・・・・」

「狼さん」

「・・・今は敵だ。気を引き締めよ」

狼は忠告と共に突きを繰り出す。

それをタツミは踏みつけ、逆に攻撃へと転じる。

「・・・・・・」

タツミは足を振り払い、強引に攻撃を仕掛ける。

狼は腰を落としタツミの攻撃をよけ、下段攻撃を放つ。

回り込むように放たれる攻撃はタツミの足を斬ったが、鎧のおかげで全くの無傷で済んだ。

「インクルシオか!お前とは一度戦ってみたかったぞ!」

喜色を表すエスデスを背後に、狼はタツミに向けて攻撃を放つ。

タツミはそれを受けるのではなく弾く。

それによって狼の体幹は少しずつ削られていくが、そう簡単にやられる狼ではない。

距離を空けようとするタツミに『寄鷹斬り』で奇襲を仕掛け、下段に合わせて『仙峯脚』で体幹に打撃を与える。

怯んだところへ『一文字二連』を放ち己の体幹を整えるとともに相手の体幹を著しく削る。

ついにはタツミの体幹が崩れ、隙を晒してしまう。

狼はすかさず忍殺を入れるが、鎧の堅さに阻まれ失敗に終わる。

「くそ!」

タツミは一度距離を空けるが、狼はそれを追わなかった。

このまま続けてもおそらく己が根負けする。

であればと背中に背負った『不死斬り』に意識を向ける。

相手の守りを貫通させるこの得物ならば幾度か振るえばタツミの鎧をはがせるのではないだろうか。

「禍魂顕現」

先ほどまで気を失っていたナジェンダが立ち上がり、何かを行使している。

狼はすかさず彼女へ手裏剣を放つが、彼女は避けようともせずに受ける。

「ここまで生き残っている私たちは皆しぶとい。氷漬けにしたからといって油断しない方がいいぞ」

狼は氷漬けになったスサノオが動きだそうとしているの見てナジェンダへ攻撃をしようと試みたが、タツミに遮られる。

「あんたの相手は俺だ!」

「・・・・・・」

再び狼はタツミと斬りあう。

タツミの攻撃は苛烈を極めたが、狼もその攻撃を既に見切っている。

流水のように攻撃を弾き、隙あらば突きや下段攻撃など防御不能の技を繰り出しタツミを追い詰める。

先ほどと違うのは背中に背負った『不死斬り』を攻撃に織り交ぜている点だ。

タツミの下段攻撃に合わせて『不死斬り』を放ち強力な一撃を浴びせる。

「タツミ!その攻撃は受けすぎるな!いつか斬られるぞ!」

ナジェンダは弱った体をおしてタツミへ忠告する。

それはタツミにも分かっていた。

槍でガードした上から切り裂かれる一撃。

インクルシオの鎧が堅いと言えど、その衝撃は殺せない。

だからと言ってこの狼という人間は簡単に反撃を許す存在ではない。

今でも隙あらば強力な一撃を与えんと隙を伺っている。

狼とはよく言ったもので、確かに飢えた狼を連想させる気迫があった。

「・・・・・・」

狼はファサと音を鳴らしてタツミへ肉薄する。

これまでの攻防で既にタツミ自身へのダメージに限界が来ていた。

しかしそれでも鋭い一撃で狼を迎え撃つが、その瞬間、狼の姿が鳥の羽を残して掻き消えた。

一瞬のことで隙を晒してしまったタツミの背後。

狼は『不死斬り』に念を込めて振るう。

気が付いたときには既に遅い。

念を込められて振るわれたその一撃は先ほどよりも威力が高い。

『秘伝・不死斬り』

タツミの鎧を切り裂くことはかなわなかったが、その衝撃は中にいるタツミに確かな打撃を与えた。

吹き飛んだタツミは意識を失ったようで首をがくりと落としていた。

「そちらも終わったようだな」

狼は若干疲弊した表情の、それでいて楽しそうなエスデスに向き直る。

見ればスサノオは完全に砕かれているようであった。

「奥の手を使わされた。だが、これで私たちと戦える力を持つものはいなくなった」

「・・・・・・」

「すぐさまボリックの命を斬ったときは流石に奴らの撤退を覚悟したが、よくやった隻狼」

「は」

狼は跪き、それでも警戒を解かない。

まだアカメが来ていない。

エスデスはそのことを気にしていないのか、気を失ったタツミの、インクルシオの兜を脱がそうとする。

その瞬間、聖堂の窓ガラスが破られた。

アカメとマインだ。

ランとウェイブは突破されたらしい。

狼はすかさず、爆竹を撒いて相手の視界を遮る。

アカメもそれに対して慣れた動きで遮られた視界の外、爆竹の範囲外から狼へ斬りかかる。

狼はその攻撃を弾くと、距離を空ける。

マインはエスデスの氷塊を打ち砕き、アカメの援護に徹していた。

「お姉ちゃん!」

クロメも思うように動かなくなっている体を動かして狼の援護をしようとするが、アカメも手練れの忍び。

狼が距離を取ったことをいいことに素早くエスデスの下へ寄って切り結ぶ。

「邪魔が入ったか」

エスデスは苦虫をかみつぶしたような表情でアカメと対峙する。

人数差ではエスデス側が有利であったが、油断はできない。

狼はマインへ向け手裏剣を放とうとした時であった。

砕かれて動かなくなっていたはずのスサノオが完全に再生していた。

「ナジェンダ殿・・・」

片膝をつきながら腕を突き出すナジェンダがいる。

どうやら度重なる帝具の奥の手を使用しているらしい。

その代償がどのようなものか狼にも想像はできた。

それの証拠に、ナジェンダは吐血し、その場に倒れてしまった。

見ればタツミも復帰している。

エスデスは復活したスサノオに押され、狼と距離を空けさせられた。

これでは援護もできない。

一気に不利へと陥った狼であったが、それでも刃をアカメへと向ける。

「先生・・・ボリックは貴方が?」

「帝国の病巣故、斬らせてもらった・・・」

「・・・そうですか」

「アカメ。撤退だ。いかに狼と言えどこの数相手に深追いをすることはない。もうすぐ大勢の兵士がここへ押し寄せてくるだろう」

「・・・クロメ。この場は諦めろ・・・」

「ッ!・・・わかりました」

クロメは牽制をしつつ、狼の指示に従う。

狼はナジェンダの下へ近寄ろうとするが、タツミがそれを遮った。

「・・・・・・」

「悪いけど俺たちのボスをやらせるわけにはいかないんでね」

それはナジェンダにも予想外の言葉だったのだろう。

タツミはナジェンダを担ぐとアカメとマインの援護を受けて撤退行動に移る。

そこへ大きく後退させられたスサノオが来る。

「スーさん!」

先ほどまで大きく押していると見えたスサノオであったが、エスデスに通用するほどまでではなかったようだ。

静かに歩いてくるエスデスは笑みを浮かべながらタツミたちの下へ近寄って行く。

これでは撤退もままならないだろう。

そう考えていた狼だったが、スサノオはナジェンダとレオーネを担ぐタツミとアカメ、マインを掴んだ。

「担いで逃げる気か!」

否。

スサノオは聖堂の真上、大きく穴の開いたそこへタツミたちを思い切り投げた。

エスデスはすかさず追撃に氷を放つがスサノオの攻撃を反射する鏡によって阻まれてしまう。

「見事・・・」

狼はつぶやいていた。

スサノオは恐らく、為すべきことを為したのだ。

そのことに、純粋に賞賛と敬意を抱いた。

「お前。名前はスサノオでいいのか?」

エスデスは問う。

それにスサノオは肯定した。

「帝具ではなく、戦士としてその名を覚えておいてやろう」

スサノオとエスデスの最期の戦いが始まった。

 

 

「隻狼よ」

「は」

「ナイトレイドに打撃を与えはしたが、任務は失敗。まあそれは良い。初めから分かっていたことだ」

「・・・・・・」

「・・・おそらく私はしばらく帝都を離れることになる。その間、お前はイェーガーズを率いて行動しろ」

「・・・己が?」

「お前は自分が思っている以上に影響力のある人間だ。そして私が許す。為すべきことを為せ」

「・・・御意」

「御意・・・か。いつもは承知と言っていたが、これで私も認められたということか?」

面白そうに言うエスデスだったが、狼はただ無意識のうちに言った言葉だった。

為すべきことを為せ。

かつての主を想い浮かばせる言葉だった。

 




狼さんがボスとなったらまず多彩な初見殺しでボコボコにされると思います。

それでも抜け道はたくさんあるのがフロムクオリティ。


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32 ワイルドハント

飢えた狼、いや、隻狼は獲物を見つける。


ボリックの死から数か月、彼の掌握しようとしていた安寧道が帝国に対して武装蜂起した。

これに対して各地の民も呼応、さらには西の異民族まで大群で侵攻してきたのだ。

様々な要因が重なり、帝国領に異民族の侵入を許してしまったのだった。

 

 

「なぁ大臣。余の軍がまた西の異民族に負けたそうだが、大丈夫なのか?敵は大勢いるそうではないか」

「おやおや。誰が陛下の耳にそのようなことを?」

「セイギ内政官だ」

その名前を聞いてオネストはセイギ内政官が責任逃れをしているといった。

そして異民族の件はエスデス将軍の部隊を向けたから安心だとも。

「狼よ。この国には内憂も多いそうではないか」

「は」

オネストの側に控えていた狼は肯定を示す。

「お主の事だ。余の知らぬところで働いてくれているのであろう」

「それが陛下の忍びであるならば・・・」

「心強い。これからも余に仕え、民の平穏を守ってくれ」

「御意」

狼は深く頭をたれた。

 

 

「ハァァァァァ」

オネストは大きなため息とともに肉にかぶりつく。

「反乱だ侵攻だと最近は面倒くさいですなぁ。なにより、あの狼がイェーガーズの実権を握ったというのがなおのこと面倒くさい」

ストレスで体重が増えてしまいますというオネストに対して、正面に座る顔に十字の傷をつけた青年が笑う。

彼の名前はシュラ。

大臣の息子で今まで旅を続けていたところ、今になって帰還した。

オネストは成長に喜んでいると言ったが、その裏、狼の力が着実に自分に近づいていることに気が気でなかった。

「旅の宿題として出されていた使えそうな人材集めはこなしてきたぜ。もしだったらその狼って奴もやっちまおうか?」

「ほほう。確かに興味深いですが、あの狼に手を出すのはやめておきなさい」

「そんなに厄介な奴なのか」

「殺すという一点ではエスデス将軍を凌ぐでしょう。そして陛下の信も厚い上、エスデス将軍も気に入っている様子。下手に手を出してこちらが不利になる状況はさけたいですからねぇ」

「親父がそういうなんて珍しいな」

「まあ人生楽ばかりではないということですね。では早速見せてもらいましょうか」

少しでも心配事は減らすに越すことはないですからねと。

 

 

「先生」

「クロメ、ウェイブか」

狼は雪降る帝都の塔の上にいた。

「何で護衛対象を斬ったんですか。そのせいで隊長は」

報告上、狼が斬ったのではなくナイトレイドによる暗殺となっていたが、実際は狼自身の犯行である。

しかし、エスデスはそれを隠し、護衛の失敗の雪辱と称して異民族の討伐へ向かうことになっていた。

「己は陛下の忍び。陛下は民を想っておられる・・・」

それで十分だろうという狼に対して、クロメとウェイブは半ば諦めの入ったため息をついた。

「今は貴方がイェーガーズの隊長代理なのですよ」

同じく、呆れた様子のランが塔へ上がってくる。

エスデスは立ち去る際に狼を代理として据えると命令してから去って行った。

「やることは変わらぬ・・・」

たったそれだけだが、今までの経験から狼がやるべきことを全て教え込んでいたことを皆が思い出す。

ランは狼に報告をする。

「・・・つい先ほどですが、隊長が異民族討伐に向かったことと、戦力の減った我々の代わりに新たに秘密警察ワイルドハントと呼ばれる組織が立ち上げられました」

「・・・・・・」

「聞くところによると大臣の御子息が筆頭だとか」

「・・・ラン」

「はい」

「調べろ・・・」

「承知しました」

狼はクロメを見る。

未だに体調は優れないのに、こうして無理をおしてきている。

「クロメ・・・お前はしばらく休養しろ」

「先生。私はまだ動けます!」

狼はクロメの目を見た。

焦りに似た目だ。

正気を失っていたクロメであるが、最近はウェイブらの影響もあってか正気へ戻りつつあった。

「・・・ウェイブ、クロメを任せる。無理はさせるな・・・」

「はい」

「行け・・・」

言葉少なく指示を出した狼は全員が去ったことを確認すると、独りため息をつく。

戦が近い。

それを肌で感じているのだ。

さらに新たな組織ワイルドハントはあのオネスト側の組織。

必ず問題が起きる。

エスデスのいない今、隊長というのは非常に動き辛い状況だと思っていた。

しかし、それでも狼のやることは変わることはない。

「九朗様・・・」

狼は人知れず呟いた。

 

 

「秘密警察って最高だぜ」

そう嘯くのはワイルドハントの隊長であるシュラだ。

彼はつい最近劇団の取り調べを行い、皆殺しにするという蛮行を行っていた。

「私としてはあまり目立ってほしくはないのですがねぇ。目標はナイトレイドの殲滅。ボリックまで殺しているとなると用心せねば。それにエスデス将軍のいない今、完全に解き放たれた狼があの堅物以上に面倒です」

「堅物とは誰のことだ」

威圧感を持って出てきた人物は大臣に問う。

「おやおや、貴方ほどの人が練兵所から出てくるとは珍しい」

帝国軍最上位ブドー大将軍。

「黙れ大臣。賊軍は必ず打ち破るが、それが終わったら帝都の大掃除だ」

「怖い怖い。あなたを相手にする人間は哀れでしょうな」

「ふん。それよりお前に言いたいことがある人間がいる」

「ほう?それは」

「己にございます」

狼は音もなく大臣の目の前に現れた。

突然のことに驚くオネストだったが、辛うじて表情に出すことを阻止できた。

今までいなかった人物、狼はその場に跪いて言った。

「御子息の組織、ワイルドハント・・・。少々過激な取り調べを為されている御様子・・・」

「・・・それで狼殿はなにをしてほしいと」

オネストは今、緊張の極みにあるといっても過言でもなかった。

政治の話であればオネストの領域であり、のらりくらりこなすことが出来るが、この飢えた狼は間違いなく自分の命を狙っている。

付け入る隙を与えてはいけない人間だ。

彼は隙を見せた一瞬でオネストの命を奪うことだろう。

「ただ、ご自粛していただければと・・・」

静かな言葉だが、その裏にはそうしなければ皆切って捨てるという意志が透けて見えた。

「シュラ。今後は穏便な取り調べをお願いしますよ」

「親父!?」

「狼殿はブドー大将軍や陛下の信も厚い人物。あまり困らせないでくださいね」

「ッ!分かったよ」

「では会議に向かいましょうか」

オネストは内心穏やかならぬ状況のまま歩を進めていった。

 

 

数日後。

シュラは狼という人物に対して殺意を抱いていた。

好き放題できると思って立ち上げた組織をたった一人で押さえつけてしまったからである。

必ず狼は殺すと心に決めていた。

「どの店も休みとはしけてやがんなぁ」

シュラはもやもやした気分を晴らすために街へ繰り出していたが、こうまですぐ悪名が轟くとは思っていなかった。

「お前らが張り切って来るたびにきつい取り調べをすっから。皆ビビっちまったじゃねぇーか」

それに対して少女、ドロテアがひまだったから仕方がないだろうと言った。

「それに、今後はしばらくきつい取り調べはやめだ。まさか親父に対抗するような奴がいるとは思っていなかったからな」

改めて狼に殺意を抱くシュラ。

そこへ複数の人間が立ちふさがる。

どうやらワイルドハントへ復讐するために集まった人間たちのようだ。

シュラは丁度いいと思った。

「丁度、鬱憤晴らしがしたかったところだ。お前ら手を出すなよ」

正当防衛ならば問題がないだろうとの判断だった。

その後、一方的に蹂躙したシュラは死体を吊し上げ、見せしめにした。

幾分か気が晴れたところでイェーガーズのウェイブとランがやってきた。

シュラはそれを見ると嗜虐心を燻ぶらせた。

「よう。役立たずのイェーガーズじゃねぇか。お前たちが遅ぇから俺たちで国にたてつくやつを処刑しておいてやったぜ」

「や、やり過ぎでしょう。こんなの見せしめのような」

ウェイブの口答えに気に入らなかったシュラは吠えようとした。

しかし、丁度彼らの中間に位置する場所に鉄の刃を持つ物体が飛んできた。

手裏剣だ。

ウェイブは飛んできた方向を見ると、狼がこちらへやってくるところが分かった。

「チッ。なんだよ。こいつらは襲いかかってきたんだぜ。正当防衛だ」

「知っている・・・」

「狼さん!これは」

「ウェイブ・・・」

狼はスッとウェイブを見た。

それだけで彼を黙らせる。

「ラン。手配しておけ・・・」

「・・・はい」

「随分と物分かりがいいじゃねぇか」

「シュラ殿・・・」

今度はシュラへ眼を向ける。

「っ」

「此度の働き、陛下もお喜びになられましょう・・・」

「シュラ・・・こいつはやばい・・・」

シュラの後ろにいた黒髪の青年、エンシンが顔を青ざめさせて言う。

同じく、侍のような風情の男、イゾウも表情を堅く、刀に手を添えていた。

他の面々も緊張した面持ちだ。

狼は彼らを見ていた。

ただ、どうやって殺そうかという目で、殺気を隠さずに。

「では・・・」

狼は何事もなかったようにシュラの前を通りすぎる。

そしてランとウェイブに指示を出して吊るされている人間の処理を淡々とこなしていたが、シュラ達は居心地が悪くなり、その場を去って行った。

 

 

「狼さん・・・」

「ラン・・・報告は・・・」

ウェイブの呟きを無視してランの報告を聞く。

「はい。ワイルドハントは大臣の名を借りて好き放題しているみたいですね。ですが今のところはまだ決定的な証拠を得られていません。狼さんが大臣へ釘を刺したことが効いているのかもしれません」

「そうか・・・」

「狼さん!奴らを放っておいていいのかよ!」

ウェイブはつかみかかりそうな勢いで言い放つ。

「・・・・・・」

「こんな暴虐を許して!俺は!」

「ウェイブ・・・」

狼は彼の肩に手を置いた。

「!」

「奴らは己が殺す・・・忍びである己が適任であろう・・・手出し無用」

その目は恐ろしいまでに冷えていた。

ただ殺すべき存在がいたから殺す。

いつもとは違う狼の、いや、本来の狼の性を見てウェイブは黙ってしまった。

「己は奴らを追う・・・ここは任せる・・・」

狼はそれだけ言い残して素早く去って行った。

 

 

帝都郊外。

ボルスとその家族は墓参りにやってきていた。

亡骸なき墓に花を供えて祈る。

セリューの墓。

彼女の最期は自爆であった。

彼女の魂に安らぎがあらんことを。

ボルスたちは静かに祈りを捧げていた。

「むしゃくしゃしていたところに、思いがけない獲物がいたもんだ」

シュラは笑みを浮かべボルスたちに近寄って行く。

「あなたたちは?」

ボルスは家族を守るように立ち上がる。

「秘密警察ワイルドハントだ。お前らを新しい玩具に任命してやる」

「!?一体何を」

「今ちょうど気分が悪かったが、こうして外に出てみるのもいいものだな」

「やめてください!家族に手を出さないでください!」

ボルスもワイルドハントの存在は知っていた。

大臣の息子が組織する秘密警察。

その実態は暴虐を尽くす暴力団。

しかし、大臣の息子故に手を出せない。

大柄な体を折り、地面に頭を擦り付けて乞う。

「邪魔だ」

その祈りは届かなかった。

ボルスを蹴りつけ、彼の愛する家族に近づいていく。

「お願いです!家族には!」

ボルスはシュラの足に縋りつき、許しを乞う。

「だから邪魔だって言ってんだろうが!」

それを振り払い、踏みにじる。

「俺は今気分が悪いんだよ」

しかしボルスは手を離さなかった。

愛する家族に手を出させるわけにはいかない。

そしてそれは叶う。

「シュラ殿・・・」

「!?」

シュラのすぐ脇に立つ忍び、狼が刀に手をかけている。

怖気の走る気配をすぐそばに、シュラは立ち尽くすしかなかった。

「彼は我らの仲間・・・何か疑いでも・・・」

今にも斬るという雰囲気の狼を前にシュラは何も言えずにいる。

「て、帝都郊外に怪しい奴らがいるって聞いたから来ただけだよ」

エンシンは殺気立つ狼に何とか言い訳をする。

狼は斬る理由がなければ何もしないと思っての行動だったからだろう。

昔ならいざ知らず、今はオネストという相手に上手く立ち回らねばならない。

その考えは間違えではなかった。

「これで二度目・・・」

狼はそういってボルスを助け起こす。

彼に傷薬瓢箪を飲ませ、傷を治すと再びシュラ達を見据える。

「では・・・」

狼はボルスと家族を連れて行った。

残された面々は唐突に現れた狼と死の気配に当てられ、肝を冷やしていた。

 




業を背負い、ボス化した狼さんを止めるにはそれこそ、同じ名を持つ赤狼が必要でしょう。

彼女もまた、この物語の主人公なのですから。


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33 決闘

人の可能性というのは、存外、計り知れないものである。


シュラは今不快の絶頂にいたといっても過言ではないだろう。

何をしようにも狼の影が付きまとう。

帝都が駄目なら外ならばと思った彼は甘かった。

彼は殺す相手にはとことん執着するのだ。

特にオネストの汚点となるのならば尚更だった。

それ故にシュラの動きは厳しく制限されている状況にあった。

「くそ!」

思わず口にしてしまうが、責める人間は周囲にいない。

何もかもがあの狼という存在のせいで上手くいかない。

親であるオネストからも釘を刺されている以上派手に動けないのは苦痛であった。

そんな心境の下、廊下に見えた影を見てしまった。

そして魔が差してしまった。

 

 

ウェイブは狼より受けた報告によって苦しい表情を浮かべた。

なにせ仲間であるボルスが攻撃を受けたというのだから。

しかし、狼が出した指示は待機だった。

狼は必ず彼らを殺す心づもりであることはウェイブにもよく分かっていたが、彼ほど我慢強くはなかった。

何も手を出せない状況に不甲斐なさを感じながらも歩いていたウェイブ。

偶然、クロメがその様子を見てしまった。

「どうしたの?何か思いつめた顔をしてるけど」

ウェイブはクロメに先ほどのことを口にしようとした瞬間、横やりが入った。

「よう。また会ったな」

シュラの姿を確認したウェイブは身構える。

「へぇ?イェーガーズにも上玉がいたのか」

グイっと引っ張りその顔を良く観察する。

「クスリで強化されたタイプか。面白いな。さっきの鬱憤晴らしをしてやる。お前を玩具に任命してやる。喜びな」

あらゆることで上手く回らなくなっていたシュラは本当に魔が差してしまっていたのだろう。

強引な手段、しかも狼の所属するイェーガーズに手を出すという愚行を再び起こしてしまう。

だが、寸前で幸運があった。

まさしく幸運であったのだろう。

ウェイブが彼を殴り飛ばしたのだから。

「汚い手で俺の仲間に触るんじゃねぇよ」

ウェイブは小さく己の至らなさを口にしながらシュラに向けて言い放つ。

「治安を乱す輩はイェーガーズが狩る!たとえ大臣の息子だろうがな!」

突然の奇襲にシュラは思った以上に冷静だった。

冷水をぶっかけられたといってもいい。

何より、あのイェーガーズ、狼の部下がシュラに手を出したのだ。

口実が出来たといってもいい。

「なかなかいいパンチじゃん?」

むくりと体を起こすシュラは笑みを顔に張り付け、帝具を手にする。

対してウェイブも武器を抜く。

ようやくできたいい状況。

シュラは目の前の得物をどうしてやろうかと考えていた。

獣欲にみちた思考は、再び冷水を掛けられるような形で止められる。

「待てい!」

殺気を感じてやってきたブドーがやってきたからだ。

「貴様ら、私の警護する宮殿で暴れようというのか?そんな行為は絶対に許されんぞ。帝具を使えば問答無用で処刑する。私のアドラメレクでな」

凄まじい威圧感にウェイブは体を止めてしまった。

逆にシュラはこの状況を利用しようと考えていた。

狼の部隊を正当に殺すことが出来る口実を作る。

「いやいや大将軍。お互い男として引けないところまで来てんだわ今」

にやりと笑う。

今度こそ狼に一矢報いることが出来る。

そう考えると心の中で笑いが止まらなかった。

シュラが提案したのは素手での勝負。どちらが勝っても遺恨なしというもの。

それはウェイブにとっても願ってもいないことだったのでその勝負を受ける。

シュラが幸運だったのは遺恨なしというところが飲まれたこと。

そして不運だったのも遺恨なしということだっただろう。

 

 

場所は中庭に移り、ブドーが立ち合いをすることになった。

「よし。始めるがいい」

ウェイブはシュラの挑発に乗り、走り出す。

突き出された拳は空をきる。

当たらない。

シュラの柔らかい動きでみな避けられてしまう。

そしてついには顎に一撃を食らってしまう。

シュラは追撃にと肉薄する。

「狼さんの攻撃と比べたら」

ウェイブはシュラの腕をつかんだ。

「軽いぜ」

再びシュラは殴り飛ばされる。

ただ狼に叩きつけられる修業をしていたわけではない。

体幹を崩さず、相手の攻撃を流し、反撃する。

葦名流を受け続け、そして学んだその形が現れていた。

シュラは相手が弱いと慢心していた。

だがそれはもうすでに消し去った。

本気で相手をしなければならない。

柔らかい動きから繰り出される蹴りがウェイブの後頭部を襲う。

転がるように避けるウェイブにさらなる連撃を加えるシュラ。

防戦一方となったウェイブをみて笑みを浮かべ、攻撃を与え続けるが、次第にその表情も曇ってくる。

体が重い。

攻撃しているのはこちらだというのにまるでバランスが取れなくなってきている。

「狼さんから学んだのは相手の攻撃を受けるのではなく、流すこと」

体幹が崩れかけているシュラに今度は反撃をする。

攻守が入れ替わるように打撃の応酬が続いた。

ウェイブはシュラの鋭い下段蹴りを飛んでよけて踏みつける。

「下段は飛んで踏みつける。俺が出来たのはここまでだけどよ」

体勢を整えるために後方へ飛んだシュラへ向けて、ウェイブは腰を落とし、右腕を引く。

まるで剣で刺突をするような体勢だ。

瞬間、ウェイブは全身をばねのようにはじき出し、シュラへ猛進する。

あまりの速さに対応できなかったシュラは胸にその突きを受ける。

ウェイブはそれだけに留まらず、シュラを蹴りつけて上空へ舞う。

そしてそのまま落下と同時に強力な蹴りを見舞った。

もろに受けたシュラはそのまま地面に叩きつけられ、気を失った。

「『大忍び刺し』俺バージョンってところだな」

ウェイブは止めを刺すために歩を進めたところで肩に手を置かれた。

「お前の勝ちだ・・・」

幾分か眉間のしわを薄くした狼だった。

「お、狼さん・・・」

ウェイブは今になって命令違反をしていることに気が付いた。

「すいません!狼さん。俺は仲間があいつに」

「確かに・・・お前は己の命に背いた・・・」

しかしと狼は言う。

「己の掟。定められたようだな・・・」

今まで見たことのない、一瞬だけ微笑むような表情を見せた狼にウェイブは面を食らった。

そして、言われたことに得心がいったのかウェイブは狼に堂々とした立ち振る舞いを見せる。

「はい。己の掟。己で決めました」

「・・・そうか。今回の件・・・お互い遺恨なし・・・そうでしたな。ブドー様」

狼は跪き、ブドーに伺う。

「うむ。見事であった。そしてその言葉に偽りはない。勝者はウェイブ。そして遺恨はなしだ」

「ありがたく・・・」

ウェイブは遅れてブドーに跪く。

先ほどは怒りで無礼も何もあったものではないが、今は狼のおかげで冷静に戻っていた。

「良く励め」

ブドーは気を良くしたように中庭を去って行った。

彼がいなくなったことを確認した狼は、改めてウェイブに労いの声を掛ける。

「良く育った・・・」

「すいません。狼さんの命令に背いて」

「先生!ウェイブは私を守ろうとして」

「知っている・・・見ていた・・・」

「!?」

「三度目だった・・・。己は二度目までなら証拠がなければ様子を見ようと決めていた。三度目は証拠がなくとも斬ろうと決めていた」

己の立場が悪くなろうとも。

そういった狼にウェイブとクロメは驚いた表情を見せる。

「エスデス様より、為すべきことを為すように許されていた。故に、ウェイブ。お前のやったことは間違いではない。むしろ、よく己を止めてくれた。あのままであれば斬っていた」

「いえ。狼さんには助けられっぱなしですよ。今まで修業をつけてくれなければ勝てていたかどうか」

「勝っていただろう・・・お前は強い・・・」

狼はそういってウェイブの肩を叩くとそのまま陰に消えていった。

 




ウェイブは完成された強さを持っていました。

しかし、それはただの枠であり、枠を破ればその次が見えてくる。

いつかの、弱者が弱者たる所以は諦めの悪さに通じるものがあると思います。


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34 怨嗟の行方

一つの怨嗟の行方。

その業は隻狼も背負うだろう。

彼が定めた掟、生き様であれば。


ワイルドハントは、シュラは超えてはいけない一線を越えてしまった。

狼の引いていた線は二度までなら証拠を掴めなければ何もしない。

三度目は何をしようとも斬るというものだった。

狼は塔の上、帝具を身に纏ったランとクロメを見下ろしていた。

ランの目に宿る怨嗟の炎。

恐らく見つけたのだろう。

狼には彼らを止める権限を持っているが、それを行使する気はない。

ランは賢い。

表立った行動は避け、裏で行動を起こす。

調査報告も狼を納得させるものがあった。

つまり証拠もできたのだ。

狼が斬る理由を作った。

ワイルドハントは闇に葬るつもりだった。

ランとウェイブのおかげでそれが早くなっただけ。

狼は月に隠れて地に降り立った。

同時刻、彼と思いを同じくする者たちがいると知らずに。

 

 

ランはどうやら上手く中に取り入っていたらしく、ワイルドハントの詰所からチャンプという道化を連れ出していた。

だが、その後ろにつけている影が二つ程。

狼はそれがワイルドハントのエンシンとコスミナだと確認した。

彼らの後ろを取り、会話を盗み聞きしようとしたとき、大きな悲鳴が上がった。

「今聞こえた不気味な声。チャンプさんの!?」

「やっぱりな。尾行してきて正解だったろ?ああいう顔の奴は信用ならねぇんだ」

どうやらランの工作も完ぺきだったわけではないらしい。

その彼らの前にクロメと骸人形が立ちふさがる。

目撃者は逃さないということらしい。

攻防は一瞬だった。

エンシンがかの剣聖のように真空を切り裂き、周囲の地形ごときり払う。

コスミナは狼から見たら丸いものが付いた棒に向けて声を発した瞬間、衝撃波を出してクロメの骸人形を破壊した。

援護しなければ。

狼は隙を晒すコスミナへ駆け寄っていく。

だが一瞬遅い。

狼が駆け出した瞬間にはコスミナとエンシンがクロメを挟む形になって攻撃を放っていた。

だが、狼が遅れようともランが素早く彼女を担いで空中へ逃げていた。

空中で尾行されていたことを悔いているようだったが、狼は彼に向けて何か玉のようなものがはなたれていたところを見逃さなかった。

狼はコスミナを踏み台に大きく跳びあがり、玉を刃で受け止める。

すると暴風が吹き荒れた。

「狼さん!」

「先生!」

突如として現れた狼に驚く二人。

狼はその嵐を刀に纏い、エンシンとコスミナへ向けて薙ぎ払う。

かつて雷を返したことがある狼であったが、嵐を纏い返すことは初めてだった。

しかし成功した。

二人は嵐に薙ぎ払われ、遠くへ飛ばされた。

ランとクロメは地上へ一旦避難しようとしているようだったが、再び別の玉が彼らへ向かう。

狼はエンシンとコスミナを無視して彼らを守るためにその玉を受け止める。

だが今度は嵐ではなかった。

刀で受けた瞬間、爆発を起こして狼に大きな傷を負わせた。

爆風を受けて地上へ落ちてしまったランとクロメ。

クロメは高所から落下して気を失ってしまったようだったが、ランは行動できそうだった。

だがクロメを爆風から守ろうとしたためだったせいか、大きなケガを負っていた。

「嵐を薙ぎ払ったどころかあの爆発を直撃して生きているとはな・・・」

チャンプは死に体といった様子の狼を見て驚きの声を上げていた。

彼の体はボロボロであったが、それでも構え、立っているのだ。

「狼さん・・・」

「遅くなった・・・」

自分よりも重症であろう狼を見て、なおも戦おうとしている意志を見せる狼を見て、ランもふらふらになりながら立ち上がる。

「確実に殺させてもらう。まずは・・・」

狼はチャンプが玉を投げる前に手裏剣を放ち、急速に距離を詰め袈裟切りにする。

「うぁ?」

既に弱っていたチャンプはその手裏剣をもろに受け、意識に空白は生じたところを斬りつけられた。

狼はそのまま体当たりをかまして相手の体幹を崩し、心臓を貫く。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

チャンプ。

ワイルドハントの一人であり、ランが誓った復讐の相手であった。

 

 

「底知れない奴だ・・・弱っている今のうちに・・・!?」

遠くから戻ってきたエンシンは弱っているイェーガーズの面々を殺害せんと近寄ったが、コスミナが銃撃されたところを見て動きを止めてしまう。

その隙をついたかのようにインクルシオの鎧をまとったタツミが叩きつけるように槍を振り下ろす。

エンシンは宙へ逃げるが、そこに待っていたかのように存在したアカメによって切り裂かれた。

「お姉ちゃん」

クロメはアカメと対峙し、刀を抜いた。

「治安を乱す輩は私たちイェーガーズが狩る。例え誰であろうとも」

狼はクロメに正気の糸を見た気がした。

「マスティマ!」

ランは羽をアカメへ放ち、クロメと狼を掴んで全力で逃げた。

渾身の離脱は成功し、ワイルドハントのおよそ半数を殺害することに成功したのだった。

 

 

「先生!」

クロメは地に伏せ、血を吐く狼に悲鳴じみた声を上げた。

「・・・・・・」

体から血を流しすぎた。

腕が上がらない。

「狼さん・・・。私がもう少し気を払っていれば・・・」

後悔の念を抱くランに大丈夫だと伝えようとするが声が出ない。

クロメが傷薬瓢箪を飲ませようとするが、吐き出してしまう。

致命傷らしい。

「先生!ダメ!まだ先生から何も!」

「クロメさん・・・狼さんはもう・・・」

諦めたような表情のラン。

狼は真実を伝えようとするが、何も口に出すことが出来ない。

視界が暗くなってきた。

狼にとっては慣れてきた感覚である。

斬られ、貫かれ、潰され、焼かれ、あらゆる死を経験してきた狼は重くなった目を閉じようとした。

その瞬間、クロメは狼の心臓に八房を突き立てた。

帝具『八房』

斬り殺した相手を骸人形として操ることが出来る刀。

「まだまだ一緒にいよう?」

彼女の目にまた狂気が宿っていた。

「クロメさん!」

狼の耳には驚くランの声が聞こえたところで途切れた。

 

 

回生。

 

 

狼はふらりと立ち上がり、言い争うランとクロメ、そしていつの間にかやってきていたウェイブを見た。

どうやら、竜胤の、九朗との絆が勝ったらしい。

体の自由がきく。

「大丈夫か!クロメ!」

体の調子を確かめていた狼は崩れ落ちたクロメに駆け寄るウェイブを見る。

おそらく薬の禁断症状なのだろう。

狼は彼らに近寄る。

「落ち着け・・・」

「!?」

「クロメ・・・。お米は持っているな・・・」

「せ、先生?」

「噛め、それは変若の御子様から賜ったお米。気休め程度にはなるはず・・・」

狼はクロメの腰袋からお米を取り出し口に流し込む。

「狼さん・・・まさか生きて?」

「己は死なぬ。秘め事ゆえ話さなかったが、いらぬ心配をさせた・・・」

「でもさっきクロメさんに心臓を・・・」

「それでも死なぬのだ・・・」

狼は己の心臓の位置に手を当てた。

『狼よ。我が血と共に生きてくれ』

心に刻みついた言葉、そして絆。

「戻ってから話す・・・ウェイブ。二人を頼む・・・」

「は、はい!」

複雑な表情をした三人だったが、狼の指示に従ってくれるようだった。

狼は傷薬瓢箪を飲み、傷を癒しながらどうしたものかと考えるのだった。

 

 

「クロメ・・・容体は・・・」

「はい。あのお米のおかげで何とか・・・先生は大丈夫なんですか?」

「ああ。慣れている・・・」

「慣れる・・・」

ランは何やら勘づいたようで、重々しい表情を浮かべている。

ウェイブとクロメは何が起きたのか分からないようだった。

特にクロメは自分の帝具の効果が発動せずに、しかし生き返った狼を信じられないように見ていた。

この中にはボルスもいたが、おおよその事情を知っている彼はただ見守っていた。

「・・・・・・」

しばらく沈黙が続いた。

その沈黙を破ったのはランだった。

「狼さんは、もしや不死なのですか?」

「不死?」

ウェイブは分からないと言ったようだったが、クロメはどこか得心が言ったような表情だった。

「ああ・・・」

「・・・・・・抜けば死ぬと言われる武器を振るうことから、もしやと思いましたが、本当だったとは・・・」

「狼さんは死なないのか?」

「死なぬ。この『不死斬り』以外では死なぬはずだ・・・」

「昔、先生とお姉ちゃんが戦って、そして生きて帰ってきたのは・・・」

「己が不死故、村雨の呪毒をもってしても己を殺しきれなかったからだ」

再び深い沈黙が場を支配する。

「・・・不死とはいわば呪い。あるいは我が生涯の主との絆。それ故誰も阻むことが出来ぬ・・・」

静かに語りだした狼。

かつて狼が駆け抜けた葦名。

その過程。

竜胤を巡る争い。

そして主の願いを裏切り、人返りのために己の首を刎ねたこと。

巡り巡って陛下の忍びとなり、民を守らんと戦いを続けていること。

その中で暗殺部隊が作られたこと。

アカメとの死合いを望み、斬られたこと。

それを聞いた四人はそれぞれで考えがまとめられないような表情をしていた。

「己は生きている・・・それは事実である・・・」

「狼さんは・・・反乱軍とも通じていた。でも帝国の一員。もう訳が分からないぜ」

「陛下が民を想っておられるとのことを汲んで狼さんは動いていたのですね。昔、ナイトレイドが立ち上がる前にこの国で謎の殺人事件が複数起きていたと聞きます。誰も知らない殺人者。それが狼さんほどの暗殺者なら納得がいきます」

「狼さんはそれほどまでに・・・私は・・・」

「先生・・・私・・・」

クロメは躊躇いながら何かを言いたそうにしている。

恐らく斬ったことへの謝罪がしたいのだろうが、話のスケールが違い、どういったものか分からないのだろう。

狼はクロメの頭に手を置いた。

「己を想ってくれる人間が・・・まだ多くいたのだな・・・」

クロメは泣いた。

 

 

あれからほどなくしてエスデスが帰ってきた。

事の仔細を報告すると、彼女はいらだったように机をトントンと指で小突いた。

「とにかくよくやった。お前たち。隻狼。お前も慣れないことをさせたな」

「いえ」

「フフ。変わらぬお前を見ると安心するものだ。私が戻った以上、もう好きにはさせん」

エスデスは殺気立ってそういった。

他の面々は心強そうに見ていたが、狼は違った。

修羅の影が濃くなっている。

もしかすると、この世界最後の戦いは・・・。

そこまで考えて狼はやめた。

その時はその時である。

今はこうして生きて再会できたことを喜ぶべきだ。

「酒を・・・」

「・・・おお!これはいつぞやの」

「へ?このお酒ってすごい奴なんですか?」

「うむ。お前たちも聞いたであろうが、隻狼の国、葦名の中でも一級品だ。また飲むことが出来るとはな。よし、ボルス、ウェイブ。何か作ってこい。今日は帰還祝いにこいつを飲もうじゃないか」

そうして開かれた宴は中々に盛り上がり、ウェイブらは竜泉の味に驚いていた。

 

 

「隻狼」

「ここに」

幾度としれないこのやり取りにエスデスは笑った。

「いや。このやり取りにも慣れたものだと思ってな。それより、お前から何か言いたそうに見えたからな」

他のメンツは離れた場所で酒を楽しんでいる。

クロメも瞳が正気に戻りかけているところを見るとウェイブは中々の活躍をしたと思える。

ランもあれから怨嗟の気配が消え、いつもより気軽に楽しんでいるらしい。

ボルスも家族こそ、ここにいないものの、まだ一緒にいることが出来ると喜びを表していた。

ウェイブはクロメを正気に戻すきっかけを作ったと自覚していないのか、ただクロメにいじられていた。

「は。エスデス様」

「うむ。言え。もはや遠慮するような仲でもないだろう」

「・・・エスデス様。あなたの修羅の影、どうやら濃くなりつつあると思われます」

「・・・そうか。私もそろそろ鬼となるか?」

「怨嗟の鬼は降り積もった怨嗟によって炎となり鬼となりました。しかし、エスデス様は人の形をしながらにして鬼となっているのかと」

「フハハ。相も変わらず言うものだ。そうか、人の形をした鬼か。それも悪くない」

「・・・・・・」

「そう眉間にしわを寄せるな。隻狼。その時は斬ってくれるのだろう。お前が」

「は。必ずや」

「フフ。それも楽しみだ。私は、生まれながらにして鬼だったのかもしれぬな。それが人の形を保とうとするからこのようになったのか・・・いずれにしろ、お前がいるというのは僥倖だった」

「エスデス様・・・」

「まあそれは私が修羅へ堕ちてからの話だ。今は反乱軍と対峙することに傾注しよう。いや、今は・・・」

エスデスは離れたところで騒ぐ四人を見た。

狼はそこにセリューたちがいないこと、それどころかゴズキたちがいないことに寂しさを抱いた。

「今は今を楽しむのが先決か」

「御意」

狼とエスデスは再び宴へと加わった。

その宴は夜を通して続き、朝には皆床で寝ていた。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

チャンプ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

彼は少年少女をねらう殺人鬼であった。

ランにその業を刻まれ、最後には狼によって斬られた。

ランの怨嗟はここで終わったのだ。

 




ボスとなったとはいえ狼さんの体力バーは然程でもないです。

とはいえ、回復もすれば弾き続けられる限り体幹も崩さないという鬼畜仕様。

極めつけは不死故の復活回数の多さでしょうか。

コントローラーを投げたくなりますね。


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35 逆鱗

竜に逆鱗があるという。

しかし、逆鱗はその実、誰にでもあるのである。

触れてはいけないものがあるのだ。


「狼よ」

「は」

「余の、帝国の行く末はいかがなものであろうか」

陛下と二人きり、狼は陛下に嘘をついたことはない。

故にこの質問には何も答えられずにいた。

その沈黙を答えと受け取ったのか、陛下は静かに笑った。

「そうか。余が考えているほど長くはないか」

「・・・・・・」

「どこか、心の中ではそう思っていた。見たくはなかったのかもしれぬな。ここまで反乱、民の蜂起、示し合わせたかのような異民族の動き。流石に、余にも目があり耳がある。大臣はそれを慮ってくれているのかもしれぬ。お主もそうであろう。狼」

「・・・・・・」

「よい。終わらせなければならぬのだろう?九朗殿がそうしようとしたように、余もそうしたいのだ」

「陛下」

「狼よ。お主の楔は解き放たれた。余の忍びである前に、そなたは九朗殿の忍び。そうであるように振舞え。それが余の命である」

「・・・御意」

「願わくは、民に平穏があらんことを。頼むぞ、狼」

狼は何も言わずに影へ消えていった。

 

 

「隻狼」

「ここに」

エスデスの急な呼び出しに狼は駆けつけるようにして現れる。

そんな狼を他所に、エスデスは心ここにあらずといった様子で空を眺めていた。

珍しい彼女の様子に狼は訝しみながら跪く。

「インクルシオの本体、鎧の中身がタツミだった」

「・・・・・・」

「知っていたのか」

「はい」

「・・・そうか」

宮殿の中庭で何やらひと悶着があったと狼は聞いている。

その時、狼は陛下と謁見していたため仔細は分からなかったが、エスデスが言うにはワイルドハントのシュラがナイトレイドのタツミとラバックを帝具で引き込み、捕縛したとのことであった。

「笛の音が聞きたい」

「御意」

狼は『泣き虫』の笛を吹く。

悲し気な、それでいて美しい音色が二人しかいない空間に響き渡る。

「ああ。今はこれが心地よい。いかに修羅へ向かおうとも、この心の喜びを妨げる邪魔なものは不要。今は戦いよりもタツミに再会できたことを純粋に喜びたかった」

「・・・・・・」

「隻狼。タツミは私の下へ来てくれると思うか?」

「・・・来ないかと」

「そうか・・・。それほどまでに決意は固いとみるか。だが、私は諦めんぞ。必ず、タツミを私のものにしてやる」

「・・・・・・」

「お前は不思議な奴だ。こうも心を許してしまう。オネストが警戒するのも間違いではないな。お前は殺すべきと決めたのなら迷わないだろ。それが私であれ、かつての仲間であれ」

「己の掟故に」

「そして守るべきものは守る。陛下はお前を随分と信用しているのも頷ける。お前は陛下が守ってほしい民を守ったから信を得た。形は違えど私も同じようなことをしているように見えたから陛下は信用している。決定的な違いは、私は弱者の気持ちが分からず、お前には弱者でありながら強者故に両方の気持ちが分かるということか」

「・・・・・・」

「少し、お前の生き方が羨ましく思える。思うように生きている私はその実、戦いに縛られている。だがお前を縛るものはお前以外にいない」

エスデスは微笑んだ。

純粋な、年相応の笑みだった。

「三獣士がいた頃は奴らを信頼していると思っていたが、本来の信頼とは今のお前との関係のような気がする。私は得難いものを得ていたのだな」

「エスデス様・・・」

「女々しいところを見せたな。これから私はタツミに会ってくる。お前はいつものように為すべきことを為せ」

「御意」

「フッ。私も丸くなったものだ」

エスデスは帽子をかぶると跪く狼の横を通り過ぎ、外へと出て行った。

残された狼は刀を握り、立ち上がる。

為すべきことを為すために。

 

 

牢獄。

シュラはようやくつかんだナイトレイドの手掛かりを前に喜んでいた。

これで親父に認められる。

手始めに緑髪の青年、ラバックを痛めつけた。

気分よく、痛めつけていた彼だったが、中々情報を吐かないラバックを見てさらに気分を良くする。

痛めがいのある獲物がいるのだ。

今はそれに集中するのがいい。

ようやく手に入れた玩具の一つ。

どうやって遊んでやろうか。

シュラは暴虐の限りをラバックに刻み付け、疲れたといって最後にタツミの状況を教えて彼に揺さぶりをかける。

タツミはエスデスの恋の相手だから何もされていないと。

理不尽に拷問を受けているのはタツミのせいであると。

そうして出て行った後、ラバックは牢の中へ入れられ、一晩後また拷問を受けると宣言された。

「なんだあいつ。根性ねぇな。怯えまくりじゃねぇか」

牢にいれた拷問官はため息をついてナイトレイドの終わりを悟っていた。

だが、ラバックは決して仲間を売ろうなどとは思っていなかった。

この絶望的な状況下に置かれてもシュラを討ち、脱出する手段を考えているのだった。

そのしばらく後、カチャと音がした。

見れば扉が開いているではないか。

まさかもう次が来たのかと考えていたラバックだったが、その考えは裏切られる。

「・・・・・・」

「狼さん?」

「遅くなった・・・」

狼は傷ついたラバックに傷薬瓢箪を飲ませて傷を治す。

「ゲホ。苦い。臭い」

「耐えろ・・・拷問に比べれば大したことがないだろう・・・」

狼は周囲に誰もいないことを確認するとラバックを立ち上がらせる。

「何で狼さんが・・・」

「為すべきことを為すだけ・・・」

手短に言うと狼はラバックを連れて牢を出る。

ラバックの帝具『クローステール』を彼に返すと、狼はともに脱出するために警備を斬る。

一切の手加減をしない、そして素早い狼の動きにラバックは舌を巻く。

「帝国の味方じゃなかったのかよ」

「己は生涯の主、御子様の忍び。誰の味方でもない・・・」

狼はラバックを外へ連れ出すと、月隠の飴を噛みしめ、警備を欺きラバックを誘導する。

「待ってくれ。まだ中にタツミがいる」

「タツミはお前の警備より厳重だ。今は諦めろ・・・」

そういわれて下唇を噛む彼に手を置いて宥める。

「・・・・・・」

「行けるな・・・」

ラバックは黙って頷いた。

狼は彼を安全圏まで護衛すると、やり残しがあると言って戻った。

「狼さん。気を付けて」

「ああ・・・」

静かに頷くと影へと入り込み、仕留めるべき敵へと向かっていった。

 

 

シュラは先ほどまで機嫌がよかった。

先ほどまでだ。

「シュラ。あなたには狼に手を出すなと言いませんでしたか?」

オネストはため息をついて言った。

「ああ。だけどあいつは何もしてこねぇぜ。親父の考えすぎじゃねぇのか」

「今までならばそうでした。しかし、それは彼が政治に疎いからでした。今、彼の側には政治に明るい味方がいます。さらに言えば彼らに手を出すのも悪手でした」

オネストは一冊の報告書をシュラに見せる。

人型危険種を放った犯人がシュラであるという証拠だ。

「これは最悪ですよ。エスデス将軍からのプレゼントですが、この報告はもちろん狼にも聞き及んでいるでしょう。私の立場はもちろん、今、危険なのはあなた自身です。エスデス将軍の要望通り、ワイルドハントは解散とします。しかし、あの飢えた狼がそれだけで済ませるとは思いません」

「そんなバカな!俺はナイトレイドを捕えたんだぞ!」

「その理屈が狼に通ったら私も彼を危険視してはいませんよ。手は尽くします。しばらく大人しくしていなさい。シュラ」

シュラは悪態をつくと外へ出て行ってしまった。

「思ったより厳しい教育方針なんじゃなあ」

ドロテアは大臣とシュラのやり取りを見て呟いた。

「愛の鞭。と言いたいところですが今回ばかりは事情が事情です。まさかよりにもよって狼を相手にするとは」

「ふむ。確かにあ奴は尋常ならざる気配をしておる。特にあの背負っている太刀はやばい。あれは斬る者全てを殺す得物じゃ」

「『不死斬り』と言っていましたね。あれを手にした人間は皆死んでいましたが、狼は何事もないように抜いていました。はあ。後悔ばかりですよ」

とはいってもあなたという稀代の錬金術師招いたことは僥倖でしたとオネストは言った。

 

 

シュラはラバックのいる牢に向けて足を運んでいる最中だった。

挽回のチャンスはあると信じての行動だった。

だからこそか、それだけを考えていたからこそ警備がいなくなっていることに気が付いていなかった。

「な、なんだこれ・・・」

そこはもぬけの殻になった牢だった。

つまり脱獄したのだろう。

シュラは思い切り牢の扉を蹴りつけた。

これでは親父に無能扱いされてしまう。

何とか挽回せねば。

そして今度はタツミの牢へ向かおうかとすら考えたが、そちらはエスデスの領域だ。

手が出せない。

そもそも、何故奴が脱獄出来た。

思考がぐるぐる回っている最中、彼はようやくあたりの状況が分かった。

分かってしまった。

まるで誰もいないかのように静寂が広がっている。

いくら牢獄とはいえ、ここまで静かなことはないはずだ。

囚人たちは何かにおびえるように縮こまっており、いるはずの警備はいない。

「!?」

それに反応できたのは奇跡以外の何物でもなかった。

体を咄嗟に動かしてそれをよけようとするが肩に刃が突き刺さる。

「・・・狼・・・」

シュラを突き刺したのは殺意を隠そうともしない狼であった。

狼は自然体のまま近寄って行く。

抜き身の刀にはシュラの血が滴っている。

「お、俺は大臣の息子だぞ」

そんな言葉は通用しない。

親父がそういっていたではないか。

大人しくしていろと。

シュラはここに至ってようやく自分の状況が最悪だということに至った。

親父の言うように狼に手を出すべきではなかった。

狼が言っていた二度目というのは、次はないということだった。

大人しくしていればよかった。

「お、オォォォォォ!」

シュラは震える心を誤魔化すように咆哮。

狼へ向けて突進する。

狼はシュラの攻撃を流水のように流し、反撃する。

それを淡々とこなし、シュラの大ぶりな攻撃に対して『奥義・葦名十文字』を放つ。

シュラの片腕が吹き飛んだ。

狼はそのまま首へ突きを入れ捻る。

「ガ・・・ハァ・・・」

すでに致命傷だろう。

狼は膝をつくシュラに向けて楔丸を大きく振り上げ、そのまま首を刎ねた。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

シュラ。

ワイルドハントの隊長であり、大臣の息子。

 




ラバックは生き残り、シュラは死にました。

忍びとして生きる狼さんは、優しさ故、その業すら背負っていくのでしょう。


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36 処刑台の戦い

国盗り戦の葦名衆、その名を刻め。


「隻狼。タツミには恋人が出来ていたらしい」

エスデスは狼に漏らす。

「はっきり言って動揺した。だが、よく考えれば奪い取ればいいだけの事。いつも私がそうしてきたように」

「・・・・・・」

「つい先ほど、大臣の息子が死んだらしいな」

「は」

「そしてナイトレイドの一人が脱獄した」

「・・・・・・」

「堅い表情になるな。私は楽しみにしているのだ。お前と殺しあえる日が来ることを」

「それがお望みならば、その時に・・・」

「ああ。頼む」

ほんの短い間だけであったが、悪くない主従であったとエスデスは思った。

それは今まで思ったことのない感情であったが、どこか心地よいものだった。

「エスデス様・・・次は戦にて・・・」

「律儀な奴だ。だからかもな。お前を気に入ったのは」

「もったいなきお言葉・・・」

「さあ。行け。お前のことだ。他の面子にも挨拶をして回るのだろう。大臣の息子が死んだということはすぐにお前の仕業だと分かる。その前に済ませろ。後のことは私が何とかしてやる」

「は」

狼はそのまま月夜に消えていった。

「悪くなかった。また会おう」

エスデスは消えた狼に向けて礼を言った。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

シュラ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

彼は親であるオネストに認められ、いつか超えるために切磋琢磨したが、その方向は間違っていた。

彼は触ってはいけない逆鱗に触れ、狼に斬られた。

 

 

「狼さんが帝国を抜ける!?」

狼はイェーガーズの詰所にいた。

先ほどエスデスと会話した通り、帝国を抜けることにしていた。

それは陛下も認めているとも。

「先生・・・」

「クロメ。お前は正気を失っていたが、今また元に戻ろうとしている。こらえよ。そして仲間を頼れ。己の為すべきことを為すのだ」

狼は優しくクロメの頭に手を置くと、ウェイブらに目を向ける。

「大臣の息子、シュラは殺した。残るは二人だけだが油断するな。エスデス様とは・・・いずれ己が決着をつけることになるであろう」

「そんな。狼さんが悪いわけじゃ」

「己の掟故。陛下も我が生涯の主の忍びとして生きよと言ってくださった。己はそのようにするだけ」

「寂しくなりますね」

「はい。狼さんには返しきれない恩があります」

「己は本来ここにいない存在。淀み。感謝するのは己の方だ」

ありがとう。

狼はそういって素早く部屋を出て行く。

流石にグリーンたちのところへ向かう余裕はないと判断し、宮殿の屋根を鉤縄で伝いながら帝都を脱出した。

 

 

革命軍本隊は剣聖葦名一心を筆頭に帝都へ向けて順調すぎる程の進軍を見せた。

国盗り戦の葦名衆が筆頭の一心によって率いられた軍は士気が高く、地方の帝国軍では相手になるわけもなかった。

さらには民から物資を進んで献上されたことによって兵站も強固なものとなっていた。

ナジェンダが早くから取り付けていた内応以外にも無血開城をする城が多く。

戦らしい戦はほとんどなかったという点もある。

こうして革命軍は残るは要害シスイカンを抜けば帝都というところまで来ていたが、そこに待っていたのはブドー率いる近衛兵による要塞だった。

相手は決して打ってでず、守りに徹しているため膠着状態に陥ってしまったのだ。

「こうして、共に肩を並べて戦うことになろうとはな。カカカッ。面白くなってきたな鼠!」

「チェルシーです。でも本当に信頼できるんですか。ついさっきまで帝国についていた人間ですよ」

「フン。こやつはそんなもので動いてはおらん。未だ消えぬ主従の絆に己を縛り付ける。それがお主よのう。隻狼」

「は」

狼は革命軍の筆頭となった葦名一心に跪いている。

チェルシーは未だに狼の殺気に恐怖しているのか、警戒をしているようだった。

「お主がひと時でも仕えていたというこの国の主に、命を受けてきたか」

「は。御子様の忍びであるように振舞えと」

「カカカッ。そうか。一度会ってみたいが、今はそうも言っていられぬか」

一心はチェルシーに促して報告を聞かせる。

「タツミが公開処刑されることになりました。当日の処刑担当は帝国の二大巨頭のエスデスとブドーです」

「聞いたか。タツミはこの軍にとって柱となるほどの活躍をしている。本来ならば士気の低下を見ても見捨てねばならんが・・・」

鋭い視線が狼を射抜く。

「お主がこうしてやってきた。ならば儂が命じるのは一つ。タツミを助けよ。かつて葦名という国を一つ相手にしたお主ならば何ということもなかろう。隻狼よ」

「御意」

「御意・・・か。カカカッ。帝国で面白い巡り合わせがあったと見える。よおし。儂も参ろう!エスデスとはまだ決着がついておらなかったからな!」

「ちょ、革命軍の筆頭が何を言っているのですか!あなたが万一倒れたら士気が下がるどころじゃなくなりますよ!」

「言ったであろう。儂と隻狼はこの世の淀み。本来はいてはならない存在。儂と隻狼が倒れたとしても対して結果は変わらぬであろうよ」

「変わります!」

「ええい!聞かん奴じゃ!隻狼!すぐにここを出るぞ!」

ドタバタとした革命軍の陣を抜け出した一心と狼はタツミの処刑場へと向かうのであった。

 

 

「ふむ?お主ら何をやっておる」

「それを言うのはこちらです。一心殿。何故、革命軍の筆頭であるあなたがここへ?それに狼も連れて」

狼たちは処刑場へ行く最中、ナイトレイドのメンバーと偶然出会った。

中にラバックとマインはいないようだったが、ナジェンダとレオーネ、アカメがその場に待ち構えるようにしていたのだ。

「決まっておろう。タツミを助けるため、エスデスとの戦いに決着をつけんがためよ」

「・・・はぁ。あなたは立場を分かっておられないのですか」

「何度も同じことを言わせるでない。じゃが、お主らも似たようなものではないか」

「・・・私たちがタツミを助けると?」

「違うか?」

「・・・かないませんね」

ナジェンダは諦めたように言うと同時に、マインがこちらへやってくるところを確認した。

「はーい。先回り成功!」

レオーネが冗談めかして言った。

「おう!遅かったな!小娘!」

「な、何で」

「ナイトレイドを脱退します・・・こんな手紙を書き残して帝都へ突撃とは豪快な思考だな」

「ふむ?小娘。お主一人で行こうとしていたのか?」

一心はタツミとマインが恋仲であることを知らない。

狼はタツミに恋の相手がいることは知っていたが、それがマインであったということまでは分かっていなかった。

「カカカッ。その意気!天晴!じゃが、その戦、儂らも参加させてもらおうか」

「!」

「既に決めたこと・・・」

狼は静かに言った。

「そういうことだ。覚悟はいいな」

ナジェンダが告げると、マインは笑みを浮かべて頷いた。

「よおし!では行くぞ!」

そういって馬を走らせる一心を先頭に、他の面々もついていくのであった。

 

 

処刑場。

タツミは中央に張り付けにされ、その横には破壊される手筈となっているインクルシオのカギがあった。

宮殿の警備はイェーガーズと近衛兵に任せて、この場はほぼエスデスとブドーが大きな戦力としているという状況である。

「まさか狼が帝国を離れるとはな」

ブドーは惜しいというように口にする。

「あいつは陛下の意を汲んで動いていた暗殺者だ。必要ならば帝国さえ敵に回すさ」

対して当たり前だと言わんばかりのエスデス。

そのエスデスの様子に意外そうな表情を浮かべるブドー。

「お前がそのようなことをいうとはな。随分と信頼をしていたようだな」

「まだ信頼しているのだ。隻狼はそういう奴だ」

「そうか。代々帝国を守り続けてきた私の家に、そのような柔軟な動きが出来るものがいればもう少し変わったのかもな」

「フン。だから堅物と言われるのだ。それに隻狼もお前に匹敵する堅物だぞ」

「言い返すこともできん」

一見穏やかに見える会話のやり取りだが、ここは処刑場。

二人とも殺気立っている。

「本当に来るのか?」

「ナジェンダの甘さから考えれば十分ありうる。それを抜いても隻狼は来るだろう。聞けば奴は主のために国一つを相手に戦ったと聞く。陛下がそのように振舞えと命じたのであれば、隻狼は来るだろうさ」

「・・・皮肉だな。帝国を守らんとするために存在する私が、その実、民を苦しめている存在になるとは」

「だからと言って今更心変わりするつもりはないのだろう?」

「ああ。私は帝国と陛下を守ることこそ使命」

だから堅物と言われるのだとエスデスは嘯き、それをブドーは肯定した。

「さて、そろそろ始める時間だが、タツミを殺すのは私だ。死体も貰うぞ」

ブドーは好きにしろと言った。

「タツミ。殺すと言ったが、私には確信めいたものがある」

「狼さんの事か」

タツミは狼がラバックを脱獄させたことを知っている。

エスデスから教えてもらった。

国ではなく、ただ一個人に仕える狼があのような行動をとったということは何かしらの変化があったと考える以外にない。

「不愛想だが、今まで会ったどんな奴よりも信を置くことが出来た。奴との殺し合い。今から楽しみで仕方がない」

剣をタツミに向け、狙いを定める。

タツミは笑っていた。

エスデスは僅かな躊躇もせずに突きを入れ込もうとした。

その瞬間、処刑場に爆音が広がった。

「隻狼?いや、ナジェンダか?」

爆煙の中から姿を現したのは帝具パンプキンを携えたマイン、そして剣聖、葦名一心であった。

「ま・・・マイン!」

その姿を確認したタツミは逃げろと叫ぶがマインは軽く受け流す。

そしてマインは高らかに名乗る。

「アタシはナイトレイドのマイン!おバカな恋人が捕まったって聞いてね。仕方ないから助けに来てあげたわ」

エスデスの目が冷たくなった。

「ふふ、フハハ!よう言った!小娘!儂は今更名乗るほどでもないが、葦名一心。小僧を助けに来たこの小娘に助太刀する数奇者よ!」

一心は刀を抜き軽く振る。

それだけで剣気が迸る。

「お前があの一心か。なるほど凄まじい気迫」

だがといってブドーは帝具を構える。

「反乱分子は一人残らず処刑する。アドラメレク」

ブドーが構えた瞬間、雷の玉がマインたちめがけて放たれた。

「パンプキン!」

マインの放ったパンプキンの射撃はブドーの放った雷球の威力を上回り、ブドーを処刑場の壁ごと吹き飛ばした。

「行くぞマイン!」

一心は残るエスデスへ向けて突撃。

エスデスは鋭く思い剣撃を受け流す。

「ほう!前よりやるではないか!何かあったと見る!」

「ああ一心!奴は私に修羅の影を見たと言っていたぞ!そして私が修羅に堕ちたのなら私を斬るとも!」

激しい剣撃とエスデスの冷気による攻撃をいなしながら一心は笑う。

「そうか。お主を斬るのは儂の役目と思っていたが、なるほど、修羅ではなくその鬼を斬ったあ奴の方が適任か」

一心は斬撃を飛ばし牽制しながらエスデスの攻撃を弾いていく。

その合間を縫ってマインのパンプキンによる援護が入る。

援護といっても直撃すればただでは済まない超火力の一撃だ。

エスデスの氷塊を容易く撃ち抜き、薙ぎ払う。

そしてそのついでと言わんばかりにタツミの拘束を解いて見せた。

「相変わらずスレスレだけど。助かったぜマイン」

タツミはそういってインクルシオを掴むが、一瞬手を放す。

だが気にせず掴み取る。

「変身しろ。タツミ。お前の全てを打ち込んで来い。私もそれにこたえよう」

それで生きていたのなら運命だと。

その言葉に憤慨したマインはエスデスへ向けて射撃するが、避けられてしまう。

タツミは絶対に渡さないとマインは決意し、エスデスはもらうと宣言する。

「インクルシオォォォォォォォ!」

力を寄越せと、願う少年の形に合わせてインクルシオの鎧が形を変えていく。

「ほう!よい気迫じゃ!儂らも負けてはいられんな!」

そういって一心は再度突貫する。

インクルシオの速さはいつもより速く、威力は桁違いだ。

空中へ飛んだエスデス目掛け、必殺の一撃をマインが放つ。

「摩訶鉢特摩」

エスデスが呟いた瞬間、世界が凍りつく。

「なかなか楽しかったが、詰みだ」

そういって動かないマインの方へ向かうが、そのエスデスにインクルシオを身に纏ったタツミの蹴りが強襲する。

「タツミ!」

一瞬であったが確かに動いたタツミ。

そのおかげもあってエスデスの凍り付いた世界が解けた。

空中にいたはずのエスデスがいなくなり、呆気に取られていたマインにエスデスが襲い掛かる。

しかし、寸のところまで迫っていたアカメの攻撃に気が付き、防御に回ってしまう。

「御免・・・」

エスデスは僅かに体を動かした。

本能的なものだったのだろう。

それ故に凶刃が体を貫かず、運よくかすめる程度におさめられた。

「隻狼!」

エスデスはアカメをマインの方へ蹴り飛ばし、氷の槍を無数に放つ。

だがレオーネが二人を担いで脱出したことで事なきを得る。

「気が付かなかった。流石といったところだな」

未だ気配が漠然としない狼に向けて笑みを向ける。

「運が良かったという他ない。そうでなければいまの一瞬で死んでいた」

「エスデス様・・・」

「こうも速く再会するとはな。私は修羅に堕ちたか?」

「いえ。しかしそれも時間の問題かと・・・」

「そうか・・・では今はただ楽しむとしよう」

そういってエスデスは攻撃を繰り出そうとするが、その間を縫うように鋭い刃が通り過ぎた。

「カカカッ!隻狼よ。お主と共に刃を振るうことになるとは!この世も中々捨てたものではないな!」

「一心様・・・」

「お主も国盗り戦の葦名衆の仲間。共に戦おうではないか!」

「御意」

一心が言い放った時、処刑場の壁、さらに言うならパンプキンによってブドーを吹き飛ばした場所から瓦礫が舞い上がった。

「貴様ら。よくもここまで荒らしてくれたな」

マインは渾身の一撃を受けてなお立ち上がってくるブドーに驚愕し、アカメはかつて修業をつけてもらったブドーを意識する。

「アカメ、ナイトレイド・・・そして狼よ」

ブドーは少しだけ悲しそうにしかし確固たる意志を込めて言った。

「お前たちをここで処刑する」

 

 

ナジェンダがそろそろ脱出用の危険種と共に来ることになっているはずだ。

撃ち落とされないためにはこの二人を何とかしなければならない。

黒雲が立ち込めてくる処刑場で動いたのはブドーであった。

彼は一瞬の溜めの後、雷撃をナイトレイドに向けて放った。

タツミが防御しようと前へ出たが、そのさらに前に跳んだ狼がその雷撃を刀に受ける。

「何!?」

狼は着地する前に刀を振り、雷で薙ぎ払う。

余程の威力だったのだろう。

その雷はブドーを

貫き、硬直させる。

その隙を逃さず一心は気迫を込めた一撃をブドーへ振るい、真空を裂く。

「グゥ」

しかし流石大将軍。

硬直した体を無理やり動かし、斬撃を防ぐ。

「滾ってきた!行くぞ!エスデス!ブドー!」

一心はさらに気迫を込めて剣を鞘へ納める。

すると所々で地面に火の跡が現れ始める。

「カッ!」

その一喝で炎の柱が上がり、エスデスやブドーどころか味方さえも困惑に陥れる。

炎をものともせずに、一心は近くにいたエスデスへ駆ける。

エスデスはやってきた一心を迎え撃とうと氷塊を繰り出したが、それ以上に一心は速かった。

一瞬で間合いを詰めた一心はその刃を見せることなく居合を放ち鞘に戻す。

剣で受け止めたエスデス僅かに傷を受ける。だが、それで終わりではなかった。

無数の剣撃が彼女を襲う。

それを弾き避け受け、ようやく終わったというところへ気合一閃の居合抜きが放たれる。

辛うじて防いだエスデスだったが体には切り傷があった。

「剣聖、一心!まさかここまでだったとは!」

驚愕と喜びを混ぜ込んだ声でエスデスは笑う。

「赤狼!」

居合を放った一心の後ろ、アカメが連撃を見舞う。

エスデスはそれを全て避けた。

顔には苦々しい表情が浮かんでいる。

「葬る」

『奥義・浮舟渡り』

その連撃はただの連撃にあらず。

鋭い斬撃によって相手の防御の上から斬撃を与える技。

狼は完全に極めることが出来なかったが、アカメはそれを自分用に昇華させていた。

アカメの持つ帝具『村雨』の呪毒とも相性がいい。

掠りさえすればそこで勝負がつくのだ。

避け切れないと判断したのか、エスデスは氷で斬撃を防ぐ。

しかし、その少しした合間にマインの射撃が来る。

「ムゥ・・・ハァァァァ!」

地面に刀を刺し、振り上げるとともに炎で襲い掛かってくる一心の攻撃も厄介である。

何しろ防御というものが出来ない代物だから。

「素晴らしい連携だ!」

「同じ釜の飯を食い続けている!」

「納得だ!」

アカメを突き放しながらエスデスは笑う。

突き放されたアカメを補うように一心の重い斬撃がやってくる。

窮地である。

しかしエスデスには楽しくて仕方がなかった。

 

 

「狼よ。まさかこうして戦うことになるとは」

激しい攻防を見せるエスデスたちとは打って変わってこちらは静かなものだった。

「ブドー様・・・」

「言いたいことは分かっている。だが、こうして敵として出会った以上。私はお前を処刑せねばならん」

「・・・お覚悟を」

「フッ。お前は変わらずに律儀だ・・・行くぞ!」

狼は先手に飛び上がり空中で上段に構える。

それを見たブドーは葦名流だと悟ると避けようとするが、レオーネとタツミが連携してブドーに攻撃を仕掛ける。

その場に釘付けとなったブドーに狼は『一文字』を放つ。

体幹を著しく削る技だが、ブドーはがっしりと構えている。

「中々の連携。惜しい。お前たちほどの者が・・・いや、今は意味のないことか」

ブドーは雷撃を返す狼を警戒している。

それ故に軽々しく帝具を使えない。

狼はそれを利用してブドーの攻撃をいなし、時に強く叩き、タツミとレオーネの二人と連携しながら確実に追い詰める。

こうして狼と対峙するのは初めてのブドーだったが、思いのほか厄介であった。

正々堂々と狡猾な攻撃を繰り出すことが出来る暗殺者はそういない。

さらに言えば強者に対して強い弱者という矛盾した存在の狼を相手にするというのは全くの想定外。

攻撃すれば影のように消え、かと思えば先ほどのように正面から強力な面打ちを放ってくる。

他二人との連携も厄介だ。

素早い動きをするタツミとレオーネ。

隙をついて強力かつ防御の意味を失わせる攻撃を放とうとする狼。

一方的に攻撃を受け、ついにはタツミがブドーの背を斬った。

だがそれがブドーを怒らせた。

今まで封じていた雷を周囲に降らせる。

法則性のないその雷であれば狼も返しにくい。

「お前の相手は私だ!」

一瞬の隙をついてエスデスがタツミに襲い掛かる。

距離を離されてしまった狼たちは雷撃によって翻弄される。

「行くぞ!狼!」

『雷帝招来』

処刑場に降り注ぐ雷の嵐。

狼は自分に当たりそうな雷を受けて払うが、ブドーに届かない。

「鈍ったか!隻狼!」

飛び出したのは一心だった。

彼は雷を自分の下へ招くように寄せるとブドーに一閃する。

雷で攻撃するのはブドーだけの専売ではない。

葦名一心もまた雷を味方に戦う剣士なのだ。

『秘伝・大忍び落とし』

狼は一心の作った隙に秘伝の技を打ち込む。

ブドーへ一息に肉薄し胴体へ刀を突き入れる。

そして彼を踏み台に宙へ舞い上がり、回転斬りを叩きこむ。

鋭い斬撃を防いだところへ居合の構えをしていた一心が距離を詰めて一瞬で二撃、斬り放つ。

『奥義・葦名十文字』

その斬撃は恐ろしい程鋭く、守りを固めていたブドーの両の腕を斬り落とした。

「・・・ここまでか」

ブドーは斬り落とされた腕を見て、諦めたように笑った。

「狼。介錯を頼む」

「・・・御意」

ブドーはその場に座り込み、首を差し出す。

狼はかつてそうしたように『不死斬り』を抜き放ち、振り下ろした。

「・・・さらば」

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

ブドー。

帝国の大将軍。かつて狼と志を共にし、帝国の平穏を願った将。

 

 

「処刑場に狼だけでなく葦名一心まで現れたと・・・」

大臣は大きなため息をついた。

「あの二人に勝てる奴らなのか?」

ドロテアの質問にオネストは少しだけ思案して答えた。

「葦名一心は反乱軍の中でも抜きんでた将。かつてエスデス将軍と互角に戦ったと聞きます。そのエスデス将軍の話では、狼は葦名一心に勝っていると」

「それほどの者であったか」

「しかし、人質に未来はありません」

なにせ帝具の柄に毒茨を巻き付けたのだからと。

「それよりもあの狼に気を付けなければなりません。陛下は何を思ってか狼を指名手配するようなことはしません。まあそれは陰で殺してしまえば問題ないとして、狼自身に強力な力とそれを隠す能力があることです。そちらもお気をつけてくださいよ」

「分かっておる。妾とて死にたくはないからの」

 

 

「タツミ!」

マインは崩れ落ちるタツミに駆け寄る。

タツミはエスデス相手に善戦し、彼女に一撃を叩きこみ、戦場から遠ざけるところまでに至っていた。

そして、ブドーに勝利したところまでは良かったが、タツミが毒にやられていたのだ。

今は空を飛ぶ危険種の上で狼の治療を受けていたが、容体はよろしくない。

「全員生還できたな。まさか、ブドーを討ち取るとは」

「あ奴自身、儂らとの相性が悪かった。何せ葦名流の忍びが二人いて、さらには雷を返す者が二人。隻狼と儂があの場にいれば万全も万全。当然の結果じゃな」

一心は早速酒を飲んでいるようだったが、最期のブドーの姿に思うことがあったのか、いつもより大人しい。

「マインの帝具はもう限界のようだな。これからは裏方として働いてもらうことになるだろう。タツミも毒で死ぬようなたまじゃない」

ナジェンダは後ろでタツミを抱きしめるマインを見遣る。

狼も心なしか心配そうにしているようだ。

レオーネとアカメは満身創痍といった様子だったが、狼と一心はまだ余力を残しているように見える。

「流石一心殿と狼といったところですか」

「一国を相手にした忍びと一国を奪った儂。そう易々とはやられぬ」

「心強いです」

「フン。それでここからどうする。既に儂にはこの戦の行く末が見え始めておるが」

「しばらくは他の将に進軍をお願いいたしましょう。いくら一心殿とて休養が必要でしょう。それはナイトレイドにも言えることですが」

「・・・そうじゃな。帰ったら小僧を何とかして、それから酒にするか」

一心はピリピリとした空気を感じていた。

恐らくこの先の戦は思っているより厳しいものになる。

一国を取ったからこそ分かる空気だ。

そしてそれは狼も感じていることだ。

「再び修羅を斬ると思っていたが、隻狼。此度はお主か・・・儂らはどうにも縁があるようじゃな・・・」

その呟きは空を舞って誰にも届くことはなかった。

 

 




剣聖、葦名一心とボス化した狼さん。

ソウルシリーズのボス、オーンスタインとスモウを相手にすると分かったときの絶望感がありますね。


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37 それぞれの

物語は淀みを含んで動き続ける。

今、彼らは覚悟を問われている。


ブドーの死後、シスイカンは簡単に落ちた。

帝都に王手を掛けた革命軍の指揮は大きく、もはや遮るものがないように思われていた。

「反乱軍は一体となってこの帝都を包囲しているようです」

ランが地図を見ながら端的に状況を言った。

「功を焦って前に出てくる部隊もいない。しっかりと統制が取れているな」

エスデスも苦い表情で戦況を俯瞰する。

「あの葦名一心がまだ実力を隠していたことも予想外だった。隻狼と一心を相手に取るのは私でも危うい」

「あの時に戦った剣聖ですか。あれ以上の力を隠していたとは信じがたいです」

ランはエスデスという規格外に対して互角に戦っているように見えた老境が、実はまだ力を残していたことが信じられなかった。

「先生が相手だと個人では勝てない。そういう戦いをしているから」

「そうだ。あいつは強者を殺すという点に対して異様に長けている。だからこそ信頼を置けるのだが」

「信頼?」

「フッ。今も私は隻狼を信頼しているのだ。タツミとの恋とは違う。別の感情だ。いわば主従の関係だな」

ウェイブは良く分からないという様子で首をかしげる。

他の面々もそうだ。

「私がただ人を殺す修羅に堕ちたとき、隻狼は私を斬る。その約束をあいつは忠実に果たそうとしている。陛下とも確かな誓いがあったらしいからな」

「陛下の忍び・・・」

ボルスは小さくつぶやいた。

エスデスもその言葉にうなずく

「隻狼の生き方は真似しようとしてもできない生き方だ。それが私との間にあることが嬉しいのだ」

エスデスは話がそれたといって地図に目を向けなおす。

「これだけの大軍を賄う奴が脅威だ」

そいつを叩きたいが無理だろうとも言った。

「帝国軍の中からも見限る兵士が続出しています。勝ち目はあるのでしょうか」

「ある。と断言はできないが方法を編み出した」

窓の外を示すエスデス。

ウェイブたちはそれを見て驚愕する。

そして勝利の目がまだあることに希望を抱く。

「しかし、隊長が断言できないとは」

「葦名一心だ。いかに兵力差を埋めようとも奴の存在が兵たちを鼓舞する。国盗り戦の葦名衆。隻狼より聞いていたが全く油断していた。本人は前線に出てくるうえにそこらの帝具使いでは相手にならないと来た。奴の相手は私がしなければならないだろうが、問題は・・・」

エスデスはそこで言葉を切った。

それはエスデスと狼の主従の契約であるから。

「私はこれから残った兵の士気を上げつつ、隊の整理をする。お前たちは帝都内部を守れ」

エスデスはそういって有無を言わせずに出て行った。

 

 

残されたイェーガーズの面々は現状について話し合う。

葦名一心を筆頭とする軍の勢いは破竹の勢いだ。

そして帝都内部には不穏な動きが現れている他、未だにワイルドハントの残党がなにやら動いていると暗殺部隊補佐のグリーンより情報を受けている。

グリーンとは初対面であったイェーガーズのメンバーだったが、彼の人柄と狼の数少ない子供ということですぐに打ち解けあっていた。

クロメはグリーンに狼が帝国を離れたと告げたが、彼は特に気にした様子はなく、やはりそうなったかと呟いた。

帝国の、その民を想う陛下の願いをかなえるために動く狼は遅かれ早かれ帝国を敵に回すだろうと予想していた。

アカメにはない老獪さ、我慢強さで帝国の内部に残り、陛下の一言でついに解き放たれたのだ。

「帝国が悪いの?」

クロメは信じられないという様子だ。

彼女の洗脳は未だに帝国が正義であるという刷り込みの中で生きている。

それでも狼の離反を受け入れられたのは、狼という人間をグリーンと同様に理解していたからと言える。

だからこそ矛盾が生まれてしまった。

狼は帝国を悪として離反したのではないだろうか。

でも帝国は正義の筈。

「クロメ。今だからこそ話すけど、帝国というものが悪いわけじゃない。それを利用して人を苦しめる人間が悪いんだ」

グリーンは暗に大臣の事を仄めかす。

しかし、そういったところに疎いクロメはグリーンの真意が分からない。

それに気が付いたのはランだった。

「グリーンさん。それは・・・」

「今、この付近に耳のいい奴はいないよ。暗殺部隊の洗脳にちょっと細工をしてね。狼さんのような暗殺者になるように仕向けていたんだ」

短いようで長かったよとグリーンは漏らした。

「えっと。グリーンさんは帝国がもうもたないと?」

最近、その手のことを勉強し始めたウェイブが疎いながらも聞く。

「陛下には悪いけど、僕はそう思っているよ。何より、狼さんを敵に回したくないっていうのもある」

「でも、エスデス将軍の奥の手があったらまだ勝機があるのでは?」

「ああ、僕も見たよ。あれなら確かに兵力の不足は補えるだろうけど、知っているだろう?僕はこう見えて暗殺者なんだ」

ランはグリーンの言いたいことが分かった。

彼は兵力差を埋めてもそれを指揮する人間がいなければ意味がない。

エスデス暗殺が可能性に含められているのだ。

「クロメ。最後に残った親は狼さんだけなんだ。あの人は言っていただろう。己の掟は己で決めろって。・・・長く、僕も探していたけどようやく掟を決められそうだよ。いいかい?」

グリーンはクロメの目を見てしっかりと言った。

「僕はアカメの味方をしたい。でも、彼女についていくのは余程の力がないと駄目だと思ったから狼さんと帝国に残ったんだ。クロメ。君はアカメが君を裏切ったと思っているようだけど、それは違う」

グリーンは事の顛末を話した。

アカメは帝国を離れるときにクロメも一緒に連れ出そうとしたこと。

しかし、そのせいで親であるゴズキに追いつかれ、親を殺したこと。

時間が彼女を追い詰め、かつての友人であるツクシもアカメと敵対し、斬られたこと。

そして追っ手に追いつかれて戦う内にクロメと引き離されてしまったこと。

全ては狼より聞いていたクロメだったが、それでも理解できないようでグリーンに食って掛かった。

それを宥め、グリーンは全て事実であるという。

「僕はアカメの助けになるように、民を守る。それが僕の掟だ。君もそろそろ掟を定めなければならない頃だと思う。・・・ウェイブ君」

「はい?」

話を振られたウェイブは間の抜けた声を出す。

「彼女を頼むよ。もう少なくなった家族の一人なんだ」

「・・・はい。任せてください」

グリーンの言葉にウェイブはしっかりと頷いて見せた。

「イェーガーズの皆さんも、どうかご無事で」

グリーンはそういって立ち去っていった。

 

 

 

「グリーンさんよ。ちょっといいかい」

暗殺部隊の詰所、とでもいえば聞こえはいいが、薬を投薬する部屋だ。

グリーンは補佐として暗殺部隊を良く纏め上げていた。

そして同じく働いていたカイリがグリーンに声を掛けた。

「カイリ。また少し老けたかい?」

「ハハハ。そういって軽口をたたく相手も少なくなっちまった。まあそれはいいけどさ。狼さんのこと聞いているか」

「・・・ああ。噂によると陛下が解き放ったって」

「解き放つか。的を射た言い方だな。狼さんが動いたってことはそういうことなんだろう?」

カイリの言いたいことはグリーンにも良く分かっていた。

狼の離反と宮殿内では騒いでいたが、陛下が自らそれを否定したという。

曰く、狼は本来の姿であるように解き放ったのだと。

グリーンは陛下が何故そのようなことを言ったのか分かっていた。

帝国に限界が来ているのだ。

帝国の内部から良くしようとしていたグリーンであったが、頑張れば頑張るほどにその闇の深さが分かってしまった。

根幹が腐ってしまっていたのだ。

そして陛下はどことなく分かってしまったのだろう。

幼い陛下に仕えていた狼は各方面に手を尽くしていたが、元より政治の人間ではない。

殺すことでしかものを動かせない人間なのだ。

殺しても殺しても膿は消えない。

その姿を見てなのだろうか。

陛下の決断は。

「カイリ。君たちがどうするかは君たちに任せる。狼さんが言っていた己の掟は己で決めろと。僕もそれを決めることにしたよ。君たちには済まない」

グリーンは薬がなければ生きていくことが厳しいということくらい分かっていた。

カイリはそんなグリーンをみて笑った。

「グリーンさんは良く俺たちを気にかけてくれたさ。俺たちも狼さんみたいにかっこよく生きたいと思ったこともある。洗脳されている俺たちと言えど、狼さんの話くらいは聞いていたからな」

飢えた狼の話。

帝国に害を加えんとする敵を音もなく殺す暗殺者の鏡。

同時にアカメの話も上がっている。

狼の子で帝国を裏切ったもの。しかし、その生き方は狼のようであると。

グリーンが裏で少しずつ撒いた種が芽吹きつつある証拠だった。

「憧れていたんだよ。上が言っているようなでっち上げた犯罪者じゃなくて、本当に殺すべき奴を殺したいって。暗殺者として育ったんだからにはさ」

「狼さんに憧れるか。考えたこともなかったけど、確かにあの人は不思議と憎めない人だった。それに、今や父さんって言えるのはあの人だけだからね」

「ああ。そういえばグリーンさんも選抜組だったな。すっかり忘れていたぜ」

「ちょっと酷くないかい?」

「冗談だよ。・・・俺はこいつをクロメっちに渡す」

『神食み』

狼がカイリに託した秘薬である。

「・・・いいのかい?それは恐らく君の病も直すことが出来る秘薬中の秘薬だよ?」

覚悟を問うグリーンにカイリは笑って見せた。

「このズタズタな帝国。情報なんてどこからでも漏れてくるもんだぜ。あのクロメっちが恋をしているらしいなんて噂を聞いたら、俺が使えるわけないだろう?」

「・・・ああ僕も聞いたよ。イェーガーズの隊員同士の恋らしい。僕にはアカメを支えることが出来なかったけど、クロメには支えてくれる人間がいてくれたことは嬉しかったよ」

「兄弟みたいなことを言うんだな」

「兄弟なんだよ。僕たちは」

それもそうかとカイリは笑った。

「俺はこのまま帝国と一緒に死ぬよ。でもただじゃあ死なない。せめて憧れた狼さんみたいに戦って死ぬ」

「・・・・・・」

「ハハハ。狼さんみたいに眉間にしわを寄せているぜ。グリーンさん」

「そうだったかい?」

「ああ。若ければあの人もそんな表情だったかもな。グリーンさんも犬死だけはしないでくれよ。兄弟なんだから」

「・・・兄弟なら、僕は生きてほしいと思うけどな・・・」

そりゃ無理さと明るく笑うカイリと違い、グリーンは重々しかった。

 

 

アカメは一心と狼の指導の下、鍛錬をしていた。

狼相手に『奥義・浮舟渡り』で勝負を挑むもすべて弾かれてしまう。

一心は相手を斬ることに専心すれば刃も宙を舞うと言っていたが、アカメにはできなかった。

だが、狼の技と一心の技を吸収したアカメは独自の技を編み出している。

例えば先ほどの浮舟渡り。

本来は鋭い連撃を舞うように放つ技だが、アカメは舞うような斬撃ではなく、変則的で防ぎにくい独特の動きへと変えている。

しかし、本来の鋭い斬撃という部分は残しているため、村雨を用いればただ切りつけただけで相手は死ぬであろう奥義へと変化していた。

また、葦名流『一文字』も専心した一撃の後に相手の後ろへ回るように動き切りつけるという動作に工夫を入れた。

それは忍びと葦名流の技の合体であり、アカメ独自の技だった。

「カカカッ。そうよな、葦名流でありながら忍びである動き。お主の名にあやかってアカメ流とでも言うべきか」

一心はその技を以後アカメ流というようになり、自身もそれを研鑽することによって更なる高みへ目指していた。

狼は子供の成長を感じるとともに、アカメという天才によって作り出されたその技に驚嘆していた。

しかし、まだ甘い部分も多い。

アカメは直線的な動きと変則的な動きを得意とするが、狼のような忍具による搦手を使わない。

一時期使おうとしたこともあったが、本人にあまり合わなかったらしい。

気配と音を殺す腕は上がっているが、どうしても接近しなければならないという点に欠点があった。

「先生は何故刃を宙へ飛ばすことが出来るようになったのですか?」

アカメの純粋な質問だったが、それは一心との死闘を超えたときに身についたため、上手くアドバイスが出来なかった。

「アカメ・・・己が教えられることはもはや少ない。それにお前の編み出した流派は多くを葦名流から学んでいるところが多い」

アカメには『命の呼吸・陰陽』といった技を使えず、形代と呼ばれるものもまだ見えていない。

「忍びとして、十全に戦える力もある。そしてまだ伸びる」

「『村雨』の奥の手ですか?」

「それを引き出すにはおそらく己のように業が深くなると見えてくるものもあるだろう。だからと言って怨嗟の降り積もる先になどはなるな」

「怨嗟の降り積もる先?」

「ああ。お前も見てきたであろう。怨嗟に憑りつかれた者たちを。それが積りに積もっていくと、いずれは鬼となるのだ」

仏師殿・・・。

狼は心の中で想った。

「・・・一心様」

「む?どうした隻狼」

「アカメに浮舟渡りの先は・・・」

「そうじゃな。秘伝を教えてきたが、それだけが残っていた。アカメ流を確固たるものとするには必要なものだろう」

「浮舟渡りの先とは『渦雲渡り』の事ですか?」

「うむ。隻狼。やってみせい」

狼は構えると浮舟渡りとは違い激しく、そして辺りに真空波を出す斬撃だった。

「これが『秘伝・渦雲渡り』。隻狼は浮舟渡りと渦雲渡りの型だけ取れるようになったが、それは完全ではない。故に赤狼。お主が受け継ぎ、完成させよ」

アカメは自分の流派が出来たことにも驚いたが、それ以上に狼がなしえなかった技を完成させろということになお驚いた。

「きわめて見せよ。お主の戦に役に立つだろう」

アカメは木刀を持ち構えた。

その様子を見ていたラバックやチェルシーは後に、人間がやる技ではないと評価していた。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

ブドー。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

陛下の忠臣であり、帝国の安寧を願い戦った大将軍。

陛下より解き放たれた飢えた狼は彼と志を共にしていた。

彼は最期の際に狼に帝国を捧げて死んだ。

 




葦名流と忍びの技、そしてアカメの力を持って誕生した『アカメ流』。

赤狼、ちょっと強すぎるかも。


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38 残党狩り

隻狼は獲物を逃がさない。


タツミの体は既に限界が来ている。

それを医者から通達されたときの狼はどのような表情を浮かべていたかは分からない。

短い時とはいえ己の技を叩きこんだ子供が、己よりも先に終わりを迎えようとしている。

それに気が付いたのか、タツミは笑って狼に大丈夫ですと答えた。

狼の眉間にしわが寄ったのは言うまでもない。

状況は未だに革命軍優勢であるが、エスデスが控えている他、オネストも奥の手を隠しているだろうと予測されている。

報告の中に、超級危険種が革命軍の陣を襲っているとのことらしい。

初めこそ帝国の暗殺部隊が見せしめのためにやったのではと思われていたが、間諜からの報告では暗殺部隊は動いている様子がないという。

「お主の仕事か」

「は」

革命軍の本陣ではナジェンダを含め、有力な人間が揃っていた。

その中心に立つ一心はその報告を受けて狼へ聞く。

ワイルドハントの残党。

狼の斬るべき敵。

「ならばナジェンダ。隻狼の共にナイトレイドを投入せよ」

「分かりました」

「鼠。お主は帝都内部の情勢を調べてこい。儂の予想であれば、思ったより内部は荒れているじゃろう」

「チェルシーだと何度言えば。全く分かりましたよ」

「国盗り戦・・・まさか二度も行うことになるとは。カカカッ。分からぬものよのう」

愉快そうに笑う革命軍筆頭は陣中の警備を堅くすること、勝手に動かないことを厳命した。

 

 

ドロテアとイゾウ、そして危険種となったコスミナは革命軍の陣地を荒らしまわっていた。

危険種となったコスミナは人を食うことで成長し、強力になっていく。

ドロテアは今日も食事をさせるために出てきたところであった。

「さーて、今日はあそこの陣を襲うのじゃ」

「フッ。また馳走とは贅沢な日々でござる」

ドロテアとイゾウはそれでも警戒を解いていない。

敵に回った狼の存在を忘れてはいない。

だからこその油断だったともいえる。

「・・・残るは二人・・・」

「!」

「・・・参る」

正面に現れた忍び、狼の存在に気がとられてしまった。

「ギィ!?」

「しまった!アカメか!」

狼は陽動で、本命はアカメ。

コスミナはその一瞬で『村雨』の呪毒に侵され死んだ。

その驚きの隙をついた狼だったが、イゾウが前に出て狼と切り結ぶ。

しかし、それも一瞬で、両者距離を空けて様子を窺う。

「まったく油断も隙も無い」

ドロテアはその一瞬のやり取りで肝を冷やしたが、まだ余裕を見せている。

その間にもタツミ、レオーネの二人が加わる。

ラバックは他の陣の警備兼指揮、チェルシーは一心に言われた通り帝都内部の情勢を調査している最中だった。

「ナイトレイドに狼。・・・タツミ、本当に生きておったとは」

思案するドロテアはニヤリと笑うと指を弾く。

すると死んだと思われていたコスミナが起き上がり、アカメたちへ攻撃をした。

「身代わり!?」

「賢者の石。・・・といっても分からんじゃろうな。かなり万能なスーパーアイテムと思え」

困惑するアカメたちをみて自慢げにドロテアは解説をする。

「死なずか・・・」

狼は襲い掛かってくるコスミナの鎌きりのような攻撃を弾きながら己の背にある大太刀を意識した。

アカメは侍を相手にしている。

「インクルシオォォォォ!!」

限界を超え始めているタツミは叫ぶ。

そして鎧を身に纏うとコスミナに強襲を仕掛ける。

「こいつは俺に任せろ!色々ギミックがありそうだ。まともにやる場合生身じゃやばい!」

それは狼も感づいていたことだ。

しかし。

「助太刀致す・・・」

すでに一人前であろうタツミと肩を並べる。

「かつては鬼を・・・死なずを斬った・・・。タツミ。お前の力になろう」

「狼さん・・・。わかった。ありがとう」

「参る・・・」

狼は走り、タツミは跳ぶ。

戦いが始まった。

 

 

アカメと対峙したイゾウは僅かな困惑と、そして愛刀に血を吸わせることが出来る喜びを感じていた。

後者はともかく、イゾウの困惑はアカメの自然体にある。

刀を握っているものの、こちらへゆっくりと歩み寄るさまはあまりに不自然。

しかし、狼を師事しているのであればその型も分かる。

「葬る」

アカメは鋭く踏み込み刀を大上段に構える。

その技は知っている。

イゾウは狼が良く使っていた『一文字』。

それだと思い構えた。

しかし、次の瞬間にアカメは目の前で宙返りをしてイゾウの背後へと通り過ぎる。

予想を裏切られたイゾウは振り向きざまに斬りつけようとするが、アカメは身を低く刀を振るっていた。

『アカメ流・寄鷹下段回し』

『村雨』を軸として体ごと回転させ、相手の後ろに回り、下段で斬りつける忍びの技と葦名流を組み込んだアカメ流の技だ。

その技はイゾウの両足を切り裂き、地に伏せさせる。

「狼に似た、しかし違う技を使う。いや、昇華させるとは・・・」

イゾウは呪毒に蝕まれながらアカメへ這いよると、刀『江雪』を差し出す。

「持っていけ・・・お主の腕なら・・・より多くの血を江雪に」

その言葉を遮るようにアカメはイゾウの首を両断する。

「私は剣士ではない」

アカメは死にゆくイゾウに片腕で拝む。

狼が良くやる仕草だった。

忍び故、多くを殺す。

しかし、一握の慈悲だけは忘れてはいけない。

その姿はしかとアカメに引き継がれていた。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

イゾウ。

愛刀、江雪に血を吸わせることを至上の喜びとした侍。

 

 

アカメはイゾウの死体を背に、森から何者かが寄ってくることを察知していた。

現れたのは以前見たことのある人型の危険種に似た、しかし様子の違う新たな敵であった。

 

 

レオーネはその帝具の野生で戦う。

しかし、鍛えないわけではなかった。

狼と対峙したときはその野生の力ですら弾かれ、無様に転がることが多かった。

「お前が相手とは残念じゃ。血が獣臭そうじゃわい」

挑発するドロテアにカチンとくるレオーネ。

自分でもよく弱点は分かっている。

彼女は突進することでしか相手を倒せない。

狼のように剣、忍具、技など器用に使い分けられない。

アカメのように天賦の才を持っているわけでもない。

出来るのはたった一つ。

ただぶちのめす。

その中でレオーネは経験したこともあった。

ただぶちのめすにも種類があるということだ。

狼のように力技が通用しない相手にどうやって一撃を加えるかを考えないほどではなかった。

「さー行くぞちっこいの!」

「来るがいい。妾はここを動かぬのじゃー!」

レオーネは笑った。

「絶対だぞ!」

弾丸のように駆け抜け、右腕を突き出す。

ドロテアは余裕を持ってその一撃を受け止めた。

「ばーか」

レオーネは素早く左拳でドロテアの腕、自分の右の拳を握っている腕を叩き上げて拘束を外す。

予想外と言った様子のドロテア。

隙を晒す彼女に足払いをかけて倒すとそのまま地面ごと叩き砕く勢いで腕を振った。

転がって避けたドロテアだったが、その衝撃に体を吹き飛ばされる。

「狼みたいに自然体の相手をそのままぶん殴ろうとするほど私も馬鹿じゃないさ。受け止められたのは予想外だったけどさ」

彼女の経験、相手をどうぶちのめすか。

それは一発でスカッとぶちのめすか、何発か殴った後に致命の一撃を与えるか。

二択であるが、彼女の膂力がそれを凶悪な二択にしていた。

「この野蛮人が・・・」

「ハッ。狂人に言われたかないね。それより、元居たところから動いちまったけどいいのかい」

今度はレオーネが挑発する。

それに怒りを表しているようだったが、すぐに冷静を取り繕う。

「少しばかりお主は厄介じゃの。だがまあそれもすぐ取り除ける」

「・・・へぇ」

「アカメはイゾウを倒せたようじゃが、妾の兵隊が相手では死あるのみよ」

「そう簡単に行くと思うかい?」

「何?」

「アカメは狼の子。一心爺さんから同じ呼び名、赤狼と呼ばれる天才。とはいっても赤い狼と書いての赤狼だけどね。それに」

会話の途中でレオーネは不意の一撃を見舞う。

相手もそれを警戒していたようだが、先ほどのように掴まれることなく、素早さを生かして相手の両腕を弾く。

「私の親友をそう安く見られては困るんだよ」

 

 

アカメと対峙した人型危険種は四体。

その内一体が突進してくるが、アカメは冷静にその場を見る。

三体はこちらの様子を見、一体は突貫してきた。

状況を観察したアカメはその突貫してきた一体に向かって飛び、踏みつけて残る三体の方へ回転しながら刀を振った。

『アカメ流・秘伝・旋風竜閃』

狼や一心のように斬撃を飛ばせなかったアカメが、狼の忍びの技『旋風斬り』を昇華させて至った技。

空中で回転して勢いをつけ、着地と同時にその勢いを殺さずに振る。

アカメは一心のように思ったら斬撃が飛ぶようになったでもなく、一心との死闘で学んだ狼のようにでもない。

自分で技を昇華させて斬撃を飛ばす。

アカメの技量、そして師であり親である狼から得た発想で成し遂げた。

当たり一帯を薙ぎ払うその斬撃は様子を窺っていた三体を体ごと両断する。

残った一体は返す刀で仕留める。

刀が人型危険種の体に引っ付いてすぐに抜けなかったが、さしたる危険もなくゆっくりと『村雨』を回収した。

「まだ残りがいるな・・・全て葬る」

アカメは油断なく周囲の様子を確認し、刀を構えた。

 

 

「くぅ!」

ドロテアは油断していなかった。

といったら嘘になってしまうだろう。

彼女が警戒していたのは狼だった。

それはオネストと共通していた意見であったため、他に目を向けていなかった。

だが、目の前の獅子はどうだ。

こちらの腕力を瞬発力で封殺して攻撃を加えてくる。

赤狼はどうだ。

大臣が警戒していた狼より恐ろしく強いではないか。

ドロテアは油断していなかった。

全ては狼との戦いにおいてという意味で。

彼女自身、その甘さを、そして狼の厄介さを思い知った。

全て囮だったのだ。

狼がワイルドハントに対して執着していたのもそうだとすら思ってしまう。

実際は狼自身、ワイルドハントは皆、忍殺する予定だったので囮でも何でもなく本命であった。

そこにアカメたちが参加しただけの事。

「ぐはっ!」

ついにレオーネの一撃を貰ってしまう。

「学者が前線で戦おうなんて勘違いしたな」

毅然とした態度で言われると頭にくるが、彼女自身、それを戒める。

狼に目が行き過ぎていたと。

「こうなれば、錬金術師としての本気、見せてやるのじゃ!」

ドロテアは液体の入った筒を地面に叩きつける。

すると辺りに気体が散布された。

これは相手を一時的に石化させる煙。

それを知らないレオーネは毒と思い込み、一瞬で蹴りをつけようと突っ込んできた。

「耐性のないお前が突っ込んできていいのか?」

石化する拳、動かなくなるからだ。

レオーネはその場で体を石にさせられた。

「石化するのは一瞬じゃが、僅かでも動きが止まれば十分よ」

そういってレオーネの首に吸血の帝具を食い込ませようとした瞬間。

ドロテアの片腕が飛んだ。

「は?」

何が起きたか分からない。

レオーネは未だ石化に捕らわれている。

ならばアカメが攻撃したかと思えばそうではない。

見ればこちらに刀を振りぬいた狼の姿があった。

「狼!馬鹿な!コスミナは一体何を」

そこにあったのは地面に倒れ伏すかつてはコスミナだったものだった。

そして次の瞬間には己の意識もなくなっていた。

 

 

強くなった。

狼は素早いコスミナの攻撃を全て弾きながらタツミの動きを見る。

出会った頃の彼は狼に叩かれては悲鳴を上げていたただの少年だった。

しかし、この短い期間で彼は狼の予想を上回る戦士へと成長していた。

轟く叫びを鎧で受けながら腕を両断する。

口から出された液体を吹きだす攻撃は跳んでよけ、相手の頭に槍を突き刺す。

無数の触手攻撃を弾き、地面からできてきた攻撃を受けてしまうも、問題なく攻撃を繰り出す。

強くなった。

であれば、己も足を引っ張るわけにはいかない。

タツミが攻撃するところへ合わせて『紫煙爆竹』を撒いて気をそらし、タツミの攻撃が突き刺さったところで専心した『一文字二連』で相手の足を切り裂き、体幹を削り取る。

「タツミ・・・」

狼はファサッと義手忍具を動かす。

「行くぞ・・・」

狼はタツミのより先を走る。

コスミナは片腕を狼に向けて振るうが、その瞬間、狼の姿がかき消える。

代わりに巻き起こった炎を身に受けてしまう。

『ぬし羽の霧ガラス』

狼は忍具によって相手の後ろへ回り、斬る。

タツミは炎に紛れて足を斬り落とす。

体幹が崩れた。

狼はすかさず首へ上り、忍殺を決める。

完全に隙を晒すことになったコスミナの体めがけて、タツミは渾身の一撃を振るい落とす。

「見事・・・」

狼は唐竹割にされたコスミナを『不死斬り』で真横に両断する。

こうしてコスミナはその命を終わらせた。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

コスミナ。

危険種となった狂った歌姫。

その声は一体なにを伝えたかったのか。

 

 

「いやぁ。助かったよ。狼」

「・・・・・・」

「そう睨まないでくれって。石化する煙なんて予想できなかったからさ」

笑って誤魔化すレオーネに眉間にしわを寄せる狼。

コスミナを倒した後、レオーネの方へ視線を向けたら一撃を受けそうになっていたがゆえに入った助太刀。

タツミが相手を圧倒できる強さを持っていなければ危うい場面であった。

「さてと、じゃあこいつで」

レオーネは手ごろな岩を見つけると持ち上げる。

「念のためにしっかりと消しておこっと。墓石にもなるし」

「ちょ、ちょっと待つのじゃあ!」

それを落とそうとした瞬間、ドロテアが声を上げた。

曰く、人間は不老不死になれずとも他人からエナジーを奪えば長い年月生きていけると。

「・・・レオーネ」

「ああ。こういう手合いはあんたの領分だっけ?」

狼は背中に背負った大太刀『不死斬り』を抜いた。

赤黒い刀身がドロテアに怖気を走らせる。

「長く生きていたいとは思わぬのか!人間の寿命はあまりにも短いとは思わぬのか!」

狼はその首を斬り落とした。

なんの一切のためらいもなく。

「本物の不死相手に、何ともまあ言うものだね」

「・・・・・・」

「人間の寿命ねぇ。狼は何か思うことはあるのかい?」

「・・・為すべきことを為す。己はその時間さえあれば十分だ」

「律儀な生き方だよ。まあそれがあんたの自由な生き方って奴なのかもしれないがねぇ」

悪逆の限りを尽くしたワイルドハントは全滅した。

残るは帝都の戦のみ。

『そなたは九朗殿の忍び。そうであるように振舞え。それが余の命である』

「・・・・・・」

狼は再び駆け出すであろう。

生涯の主、九朗の忍びであるように。

 

 

タツミは一人、洞窟の中で体に走る激痛に耐えていた。

体の限界を超えての帝具使用が祟っているのだろう。

「見つけた!」

「タツミ!?」

タツミはやってきたレオーネとアカメを見る。

無言で立っているが、狼もいた。

「混ざっているね」

レオーネは言った。

医者の話では後、四回まで持つと言っていたが、たったの一回でタツミの顔半分が危険種と混じってしまっていた。

タツミは体を内側から食われている見たいだと言っていた。

そんな彼にアカメたちが寄り添う。

「大丈夫だ。私たちがいるぞ」

「一人でいると不安になるだろ?こっちの方が安心しないか?」

そんな二人の心遣いにタツミは感謝した。

「・・・タツミ」

その様子を見ていた狼は、僅かに眉間のしわを薄くした。

「大丈夫です。ちょっと弱気になっていただけですよ。これくらい・・・押さえ込んで見せます」

「・・・やって見せよ」

「はい!」

しばらくして帝具の浸食を押さえ込めたのか、タツミは元の顔に戻りつつあった。

それを見てまた、狼は眉間のしわを薄くするのであった。

 




アカメ流。

自分で書いて思いましたがトンデモ性能ですね。

とはいえ、これくらいやってきそうなボスが多々出てくるのがフロム故。


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39 暗殺者たちの生き様

死ぬべき時に死ぬのが戦の華。

器用に生きられない人間はそう考えるかもしれない。


「さぁて。意気込んでみたものの、どうするかねぇ」

暗殺部隊の一室でカイリは暢気に考える。

今、部屋で行われている暗殺者たちへの洗脳。

要人暗殺任務のために行われている裏切り防止のための措置。

だが、そこには若干の邪魔が入っていることを上層部は知らない。

狼のような暗殺者となること。

馬鹿な話だとカイリは思う。

だが、グリーンはそれが必ず邪魔になると考えているようだった。

現にカイリのように隠れて狼に憧れるものも少なくないのだ。

陛下の忍び、狼。

会ったときは確か町を焼き払ったときだったかと思いを馳せる。

見せしめで炎上する街を見たとき、歴戦の暗殺者であろう狼が眉間にしわを寄せたところを見て何をと思った。

そしてアカメがいなくなり、狂乱してしまったクロメを見て忍びの業を背負ったと言われ始めて自覚した。

暗殺者とはいえ、一握りの慈悲を忘れちゃならない。

だからなのだろう。

狼という暗殺者でありながら自由に生きる存在に憧れてしまったのは。

そして帝国を抜けたアカメ。

彼女も自ら選んだ道に生きる暗殺者。

この二人は暗殺部隊の中でもトップクラスのターゲットだが、同時に憧憬でもあった。

「クロメっちには悪いけど、俺たちもそろそろご褒美が欲しくなってきてな」

机の上に置いてある秘薬『神食み』を見る。

これは既に己に使うことはないものだ。

自分には自分なりの自由があり、クロメにはクロメの自由があってもいいはず。

今回の任務は要人暗殺。

どれだけの被害を出そうが報復をしろという任務。

もはやすでに機能していない帝国に任務も何もあるものかと思う。

「グリーンさん・・・やっぱあんたすげぇわ。多分、選抜組の中でもぶっちぎりにすげぇって思う」

こうしてグリーンの小さな、それでいて絶大な抵抗は水面下で育っていた。

この任務。

ターゲットは依頼者及び立ちはだかるだろうアカメたち。

狼に憧れる奴は好きにすればいいとカイリは言うつもりだった。

どうあがいても反乱軍の要人は暗殺できない。

そういう手筈になっている。

グリーンはカイリを止めたが、望んでしまったのだ。

自由に生きる暗殺者と戦うことを。

カイリの計算では半数以上は帝国に反旗を翻すだろう。

そしてそのターゲットもグリーンが用意してくれた。

選抜組で唯一生き延びた暗殺部隊補佐のグリーン。

狼の存在がいたとしても、大臣が殺そうとして殺せなかった小さな陰謀家。

感謝していた。

ボロボロになっていく仲間でも見捨てずに何とか手を打ってくれていたグリーンはカイリを十二分に支えてくれた。

さて、兄弟がこんなに気を遣ってくれた最後の戦い。

命の華を咲かせてみるのも悪くはないだろう。

 

 

「先生」

「・・・どうした」

狼は何が聞きたいか分かっていた。

だが、その決心、覚悟を問うためにあえて聞く。

「クロメを、殺します」

「・・・・・・」

狼は何も言わなかった。

姉妹は忍び。

そして敵同士。

己も敵同士というだけで師を、親を斬ったではないか。

だが、どうしてもそれを是ということが出来なかった。

「・・・クロメは・・・」

「・・・・・・」

「まだ助かる・・・」

「え?」

「クロメに正気の糸が見えた。今日、お前が戦ったというウェイブが鍵だ」

「しかし、クロメは・・・」

「急くな・・・お前は既に己よりはるかに優れた忍び・・・しかし、その刀に握られた一握りの慈悲を、妹に使うことはない」

「・・・・・・」

「・・・姉妹は喧嘩をするか。いや、誰でもするものだな・・・」

狼は月を見上げて思いを馳せる。

義父は、小物のようだったが、しっかりとした親だった。

だから己がいるのだ。

ならば、己もしっかりせねばならぬだろう。

「向かい合え。己自身と・・・」

「私自身ですか?」

「お前は己と同じ忍び。再び己の掟を己で定めよ。怨嗟の炎の中に己を焚べるな」

アカメ。

お前は己のような飢えた狼ではない。

気高い赤い目の狼だ。

「為すべきことを為すのだ・・・」

狼とアカメはしばらくの間、向き合ったまま沈黙した。

「分かりました・・・。ありがとうございます」

「・・・勘違いをしてくれるなよ・・・」

狼は去り際に忠告を残していった。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

イゾウ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。

刀に心を奪われた彼は、最期の最期まで刀の中で死んでいった。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

コスミナ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

かつては歌姫であったものの成れの果て。

しかし、仲間は決して裏切らなかった。

 

 

ウェイブはアカメとの戦闘の後、話し合いをした。

妹を救うために妹を斬る。

そんな馬鹿な話があってたまるか。

戻ったウェイブは駆けてくるクロメを見つける。

どうやら北の異民族の残党が宮殿に入り込んでいたらしい。

異民族のやり方について考えるウェイブの服をクロメが脱がす。

「何してんだよ!」

思わず体を両腕で隠すウェイブ。

クロメは武器に毒を塗っている奴もいるから傷がないか確認したという。

「俺は鎧の帝具持ってっから大丈夫だよ」

そういえばそうだったというクロメ。

そして沈黙。

「なんか思ったよりムキムキだね」

「海の男だからな」

少し照れる。

クロメは、今でも姉を、アカメを殺そうと思っているのだろうか。

グリーンさんが水面下で内部と戦い、狼が世に解き放たれた今でも。

「な、なぁクロメ。もう決戦だけど、やっぱ今でもアカメと戦いたいか?」

クロメは一拍置いた後、笑顔で言った。

「勿論!お姉ちゃんが誰かに殺される前に私が斬りたいし、もし私が負けてもお姉ちゃんに斬られるならいいよ!」

どちらにせよ、それでずっと一緒にいられる。だから早く戦いたいと。

「・・・・・・」

「・・・ウェイブ?」

「その時はよ」

「?」

「俺も一緒に行くぜ。こいつは俺の、そう己の掟だ」

狼さん。

必ず、クロメを元に戻して見せます。

ウェイブは困惑するクロメを他所に覚悟を固めた。

 

 

ウェイブはその後、エスデスの下へ報告をした。

アカメを取り逃したことについては管轄外の場所で起きたことだから気にするなと。

「でも・・・自分が不甲斐ないです」

「・・・不甲斐ないか。ブドー亡き今、私と切り結べる奴は五本の指で足りる。フフッ。楽しみだ。その時が来るのが待ち遠しい」

「隊長!俺も・・・もっと強くなりたいです!鍛えてください!」

「・・・無理だな」

「そんなあっさり・・・」

「もとより、お前は既に完成された強さだった。そこに隻狼が手を入れてさらに強くなったが、それは異例だ。そのうえにさらに異例を重ねるのは私にはできん。それにあと数日で決戦だ」

「う」

間抜けな声を上げてしまう彼だったが、確かに数日で強くなるなど無理がある。

「それにお前は・・・いや待て・・・私は一体何を・・・」

ウェイブを目の前にして一人困惑するエスデス。

エスデスは今、自分が言わないであろう言葉を口にしようとして気が付いた。

しかし、もはやどうでもよくなったのか、続けた。

「お前は一人ではないだろう。仲間を頼れ。分かったな」

「・・・はい!」

得心したのか、ウェイブは笑顔で答えた。

「まあこの決戦が終わったら私自ら鍛えてやろう。丁度いい。皇帝から慰労で馳走が届けられたが」

エスデスは受け取った品々を披露する。

「こんなにはいらん。食べていけ」

食わねば戦にならんと。

「ほかの連中もよんでおけ。それに甘いものはクロメに取っておいてやれ。任務が終わったら腹も減るだろう」

「任務?」

「ああ。暗殺部隊の一員として招集がかかった。要人暗殺という話だ」

「!」

「断ることもできたが、クロメ自身が望んだのでな」

エスデスはため息をついた。

「隻狼の子、確かグリーンだったか。奴の子らしい律儀な奴がやってきた。断られることを前提に来たものだからなお奴を思わせる。イェーガーズに引き入れてもいいな」

「グリーンさんが?」

「ああ。隻狼が帝国に残した毒の一人だな。大臣もどう処理したらよいか困っているようで面白かったぞ」

エスデスは狼に未だおびえる様子のオネストを思い出して笑う。

しかし、そこはオネストである。

まだこの帝国に勝利の目があると信じており、切り札を隠しているようだった。

果たしてその切り札にどれほどの価値があるというのだろうか。

エスデスは戦の臭いに敏感だ。

剣聖、隻狼、ナイトレイドと強敵を多く持つ反乱軍に対して、こちらは隻狼やグリーンに感化された兵士を含む脆弱な軍隊。

イェーガーズの面々がどれ程頑張ろうにも限度があるだろう。

エスデスは何も言わず、この戦況がどのように転ぶのか思い描くのだった。

 

 

「久しぶりだね。みんな!」

クロメは懐かしい暗殺部隊の仲間達に囲まれしばらく話に花を咲かせた。

「あれ?人数・・・減った?」

クロメの言葉に暗殺部隊の面々はしばらく黙った。

「衰弱したから処分されちまった奴に、いま検査を受けている奴、まあ駄目だと思う」

クロメは腕を押さえて寂しそうな表情を浮かべる。

「でもまだ俺たちにも最後の最後があるみたいだからな」

暗殺部隊の一人がそういった。

「それってどういう?」

「俺が説明しよう。クロメっち」

そういって姿を現したのは現暗殺部隊のリーダーカイリである。

薬の影響でさらに老化が進んでいたが、事ここに至っては彼にとってどうでもよかった。

「久しぶり」

「うわ。薬の副作用モロに出てるね・・・」

「でもまだ戦える。最後の一戦な」

クロメは沈痛の思いでカイリを見る。

「今回の任務は反乱軍陣地にいる要人たちの暗殺だ。警戒のレベルは半端じゃない。それでも強引に行けとのことだ」

カイリはそこで言葉を区切った。

「まあ命令した奴は死んじまったけどな」

「え?」

「クロメっち。こいつを渡しておく」

カイリは困惑するクロメに狼から託された秘薬を渡す。

「長く、渡すのを忘れていたけど、これで遠慮なくやれるぜ」

「カイリ。これは」

「狼さんから渡された秘薬だ。多分、薬の副作用を抑えるか打ち消せるほどのものなんだろうぜ」

「そんな!受け取れないよ!」

「いや。受け取れ。これは命令だ」

クロメはハッとした。

いつか狼に言われていた言葉。

「・・・薬は何処だって・・・」

過去に狼より言われた言葉をクロメは思い出す。

「なんだ。狼さんから聞いていたのか。まあそういうこった。クロメっち」

にやっと笑ってカイリは当たりにいる暗殺部隊に向き直る。

「そしてもう一つ。これはお前らにも伝わっているかもしれないが、漏れがないように言っておく」

カイリは暗殺部隊、クロメに向けて言い放った。

「お前たちは今日より自由だ。任務で死のうが、逆らって死のうが、薬の禁断症状で死のうが、全てを己の中で完結させろ。これが、グリーンさんが残した最後の命令だ」

「待ってよ!グリーンさんが一体何をやったっていうの!?」

クロメは悲鳴のような声を上げる。

カイリはクロメに説明をした。

つまるところ、グリーンは最後の最後で彼らを見捨てられなかった。

もはや数日で決戦となったこの状況でできることがないと悟ると、暗殺部隊の解体を命じた。

いきなりこんなことを言っても混乱するだけだろうがと言われたカイリたちだったが、狼とグリーンの抵抗は思った以上に進んでいたらしかった。

残った命を自由に使えることに皆、混乱はしたものの、グリーンへは感謝をしたぐらいである。

「優しいよなぁ。俺、選抜組って気に入らなかったんだけどさ。最後まで帝国のために働いたのはグリーンさんくらいだって思ったさ。そして最後の仕事が終わったら今度は俺たちにまで気をかけてくれちまって。憎めねぇよな。狼さんも、グリーンさんも」

言葉にはしなかったがアカメも含まれている。

カイリは静かに笑った。

「せっかくグリーンさんが命張ってくれた自由。無駄にすんなよぉ?逆らって死ぬ奴はこいつに書いてあるやつを殺せ。帝国にいる塵だ。最後の大掃除って奴だな。そして任務に入ってくる奴は・・・」

カイリは鋭い視線を向ける。

「伝説の忍び、狼とその子供、アカメを相手にすることになる」

この戦いは自分たち暗殺部隊にとって最後のチャンスなのだ。

憧憬に触れる機会を得るか、最後まで帝国に尽くすか。

実質二択だ。

誰も禁断症状で死ぬなんてことは考えていない。

「東西に分かれる。あくまで任務だから成功させる方向でことを進める。だから会えなくても怒んなよ?そしてクロメっち」

「・・・何?」

「お前さんの業はリーダーである俺が引き受ける。姉妹喧嘩もそろそろ終わりにしようぜ?どっちの結果になるにしろ」

無理やり持たせた秘薬をみてカイリは笑う。

その笑みはまだ副作用がなかった頃を連想させるものだった。

 




あまり語られないグリーンですが、水面下で活躍をしていました。

狼さんにも、アカメにもできない自分なりの方法。

異分子を残した物語は本来の形から大きくズレています。


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40 手向け

彼らはようやく羽を手に入れた。


最後に戦うのは自分のため。

そう考えると思わず笑みが浮かんでしまう。

他の面々もそうだったのだろう。

カイリに引き続く暗殺部隊のメンバーは皆、笑っている。

これから出会うのは狼か、それともアカメか、もしかしたら両方か。

地を駆け抜ける彼らに欠片も心残りはなかった。

いや、少しは兄弟、グリーンへの悔いが残っていた。

最後までやることをやりつくしたグリーンは暗殺部隊を見捨てるようなことをしなかった。

暗殺部隊の寄る辺だったともいえる。

最後に行った反逆行為が見咎められるだろう。

それでも彼はこちらの心配をしているかもしれないが。

「止まれ。誰かいる!」

カイリは満月輝く地に望んだ相手がいることを喜んだ。

アカメっち一人だけか。

カイリは笑みを浮かべながらアカメに聞く。

「アカメっち一人だけか?狼さんはもう一つの方か?」

「大勢で待ち伏せていたらお前たちは気づいてしまうからな。・・・というかお前、もしかしてカイリ・・・なのか?」

エスデスと切りあえるというアカメにしては中々間の抜けた質問だなとカイリは思った。

「正解。東奔西走しているうちに老けちまった。なあに、別にアカメっちを責めているわけではないぜ?」

「・・・揺さぶりは通じないぞ。すぐに援軍が駆けつけてくる。見つかった以上引くべきだ」

「ハハ。いや、こっちも引くに引けない事情。いや私情?まあそんなんがあってね」

両者、しばらくの睨み合い。

先に動いたのはアカメだった。

「葬る」

迷いがねぇ。でもそれでこそ狼さんの子なんだろうなぁ。

羨ましいと思いながら、グリーンが自分たちを兄弟と言っていたことから遅らせながら自分も狼の子であることに気が付いた。

つくづく救えねぇなぁ?

カイリは笑いながら薬を飲む。

普段は使用しない超強化薬だ。

その効力はすぐに効いてくる。

そして体が限界に悲鳴を上げる

「戦え」

カイリは命じた。

「標的、アカメ」

暗殺部隊が弾丸のように飛び上がる。

「葬る」

アカメは空に浮いた相手を空中で忍殺する。

「葬る!」

『秘伝・渦雲渡り』

狼より師事を受け、剣聖によって研磨された秘伝の技が暗殺部隊を文字通り四散させる。

「葬る!!」

『秘伝・アカメ流・旋風竜閃』

空中で回転を加えた鋭い斬撃が一帯を薙ぎ払う。

「葬る!!!」

『アカメ流・一文字・裏回し』

愚直でいて重い一文字を受けた相手を地面に釘付けにし、裏に回って背を切り裂く。

斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

ああ、本当に憧れちまうなぁ。

なんだあの真空波。

帝具の奥の手でもないだろう。

なんだよその斬撃。

辺りの木まで切り裂いてやがる。

なんなんだその技。

狼さんの使っていた葦名流を自分用にしたのか。

全く・・・。

「葬る!!!!」

『奥義・アカメ流・十文字』

居合で横一文字に駆け抜け、素早く返す太刀で背後を叩き切る。

「・・・見事・・・て、狼さんなら言うんだろうな・・・負けたよ・・・アカメっち」

「さようなら・・・カイリ」

絶命するカイリに片手で拝み、せめて安らかにと祈る。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

カイリ。

帝国の暗殺部隊のリーダー。

最期の戦いの相手にアカメたちを据え、そしてそれが叶った。

 

 

クロメたちの部隊は待ち伏せを受けて壊滅状態となっていた。

何より待ち伏せていたのが狼ということもあり、初手で数名やられてしまってからの開戦だった。

「クロメ・・・」

クロメは狼を相手に弾きあう。

「・・・カイリから受け取ったな」

僅かなクロメの困惑を見抜いた狼は攻撃を弾きながらそれを確かめる。

「先生!」

手は抜かない。

クロメの攻撃を弾き、攻撃し、徐々に体幹を削り取る。

「クロメ・・・!」

「お姉ちゃん!」

クロメは別動隊が全滅したことを察する。

退かなければ皆死んでしまう。

「逃げるんだ!クロメ!」

仲間の一人が叫ぶ。

誰一人として逃げようとしないのに、クロメだけを逃がそうとする。

「みんな撤退して!」

クロメは八房を発動して捨て駒を壁にするが、やはり誰も逃げ出そうとしない。

「何で・・・」

「望んだからだ!」

「そうさ!だからクロメ!逃げるんだ!」

「お前はまだこっちに来ちゃだめだ!」

「・・・カイリ・・・忍びの業か・・・」

対峙する狼はクロメから距離を取った。

どうやらクロメを見逃すつもりらしい。

「どうして・・・」

「エスデス様・・・あるいはグリーンに聞け・・・」

「クロメ!」

「!」

「明日の夜、一対一で会おう。帝都の外、あの場所で待っている・・・!」

アカメの言葉にクロメはしかと頷いた。

そして困惑の中、一人で戦場を後にした。

「・・・こいつら死兵か!」

「否」

狼は突きを繰り出す兵士の攻撃を踏みつけ心臓に刀を突き刺す。

「ようやく生き返ったのだ・・・我が子らが・・・」

グリーンは良くやったらしい。

しかし、この行為の報いを受けるのは彼だろう。

狼は向かい来る子供たちを前に居合の構えを見せる。

「手向けだ・・・」

カチン。

刃は見えなかった。

しかし、それで兵の一人が両断された。

刀を鞘に納めている。

次の瞬間には吹き荒れるような斬撃が狼に近寄る兵を切り裂く。

カッと見開いた瞬間、狼は数名の兵士を居合で切り伏せた。

『秘伝・一心』

研ぎ澄まされた老境に剣聖一心が至った秘伝の技。

「さらば・・・」

切り伏せた兵士たちに向けて片手で拝む。

ようやく生まれ、すぐに死んでしまった我が子供たち。

せめて平和な来世があることを祈った。

 

 

「グリーン」

名を呼ばれ、その場に跪いたままさらに頭を垂れる。

「此度の暗殺部隊の暴走。そなたの指示によるものとされている。弁明はあるか」

陛下は弁明を促す。

彼は狼の残した帝国で最後の子供。

その意志は狼のものを受け継いでいるに違いない。

「帝国の膿を斬るべく、命じました」

「大臣よ」

「ヌフフ。ええ。暗殺部隊が彼の指示のもとで動き、そして一人を除いて全滅。中には自決したものも多いと」

オネストは笑みを浮かべている中で何ということをしてくれたというのだという心の声を押さえていた。

彼の指示で殺された人間の全ては大臣派の人間であり、此度の戦争を終わらせたとしても必要な人脈だった。

それ故に急遽呼び出し、これ以上何かされる前に処断してしまおうと考えていた。

狼の残した最後の子供を見せしめに殺せばしばらくは落ち着く。

それもしばらくの間だろうが。

「・・・グリーン。余の忍び、狼の子よ」

オネストは予想しなかった陛下の声に驚きの声を何とか飲み込んだ。

「何故、そなたは部隊に指示を出したのだ」

「陛下。申し訳ありませんが彼は・・・」

「大臣よ。今は余とグリーンが話しているのだ」

「は。失礼しました」

オネストは今、立場が危うい。

狼という存在がいかに陛下にとって大きくなっていたのか。

どうして自分はただの駒としか見ていなかったのかと失意の念でいっぱいになっていた。

「恐れ入りますが陛下。私は己の掟に従い、兄弟たちの死を無駄にしたくなかったのでございます」

「ほう。部隊の者を兄弟と呼ぶか。ではなぜ死ぬような命令を?」

「彼らは、父に憧れていたのでございます。帝国の膿を斬り、民に平穏をもたらす忍びに」

「・・・続けよ」

「は。私は兄として彼らにその機会を与えました。上層部でも依頼がありましたが、それ以上に為すべきことがあったのです」

「為すべきことを為した。そなたはこうして残った。それは何故か」

「私が・・・長男だからでしょうか。責任を取るべき人間が必要だったからです」

「まこと、狼は子に恵まれたと見える」

陛下は少しだけ悩みが晴れた表情をする。

ここ最近表情の優れなかった陛下だったが、良識派にとってはそれが良い兆候だと思った。

エスデスもその場に立ち会ったが、確かにこの男も隻狼の子供だと感じていた。

「しかし、部隊全滅の責をなかったことにすることはできぬ」

ならばとエスデスはこちらで引き取れないかと考え始めてもいた。

隻狼のいなくなった枠、存外気にしていたのだと自覚したエスデスはその代わりに十分なるだろうグリーンをみて喜んだ。

対して今すぐにでも処刑を宣言してほしいのはオネストであった。

彼からしてみれば敵に違いない存在を許す程愚かではなかった。

「「陛下」」

エスデスとオネストの声が重なった。

二人は驚き視線を交わしあう。

こと、譲るということをしないエスデスは強引にその場を仕切ろうとするがその前に陛下が口を開いた。

「そなたはこれまで帝国の膿を斬り続けてきた功績もある。故に帝国より追放処分とする」

追放処分。

戦時、しかも敵勢に加わるだろう人間を追放する。

オネストは信じ難い言葉を聞いてしまった。

それはエスデスもである。

グリーンも呆けたような表情を浮かべている。

「は・・・」

「ククク。狼もかの剣聖に酒を振舞われたときにそのような表情をしたのであろうな。よく尽くしてくれた。そなたにもまた自由を命ずる」

「陛下。流石にこの情勢の中、彼をそのまま罪を免除するというのは」

すぐに復帰したのはオネストだった。

この戦況の中で敵を増やすのはよろしくない。

なんにせよ、このままグリーンに何もせずに追放というのはダメだ。

前例を作ってしまえばつけあがる人間が出てくる。

「では、我がイェーガーズに加えるというのはいかがでしょう。死んでしまった者たちの分、働かせてみましょう」

継いだのはエスデスだ。

彼女はただ能力が欲しかったという理由だったが。

しかし、陛下の意志は堅かった。

「これは既に決定したことである。オネスト大臣。エスデス将軍。よろしいな」

今までにない陛下の言葉であった。

事ここに至ってオネストは己の失策を嘆くほかなかった。

陛下を操っていたが、その糸は狼によって少しずつ斬られていたのだ。

「しかし陛下」

食い下がったのは意外にもエスデスだった。

そのエスデスを片手で制し、陛下は言葉を紡ぐ。

「エスデス将軍。そなたと狼の主従。余が聞いていないとでも思ったか」

「隻狼が何故、今?」

「分からぬか。戦いに明け暮れた将軍が求めるものは恋だったな。しかし、それ以外にも得難いものを得ている。今になってそれを穢したくはあるまい」

陛下はエスデスと狼との間にも主従の契約があったと狼本人より聞いている。

狼との契約というものを陛下は神聖視しているのだ。

それは狼が生涯の主と認めた九朗の存在への羨望であり、嫉妬でもあった。

しかし、それを穢すことなどしたくはない。

年相応の、しかし一国の主としての意地がそう告げていたのだ。

「・・・は。陛下のおっしゃる通りに御座います」

エスデスは隻狼との戦いに余計なものを持ち込みたくないと思っていた。

狼との主従関係は陛下の方が長い。

僅かな差とはいえ、その差は大きなものだとエスデスは感じている。

つまり、狼の考えていることが、自分よりも陛下の方が知っている。

「では改めて言い渡す。グリーンを帝国追放といたす。帝都を出るまでイェーガーズによって護送せよ」

「は」

「ああ。そうだ。狼に伝えよ」

「は?」

「楽しかったとな。帝国に仕えてくれたことを感謝する。グリーンよ」

その言葉を区切りに、グリーンの裁判は終わった。

 




陛下の変化。

それは狼さんとの出会いから始まり、解き放った時に決意が生まれました。


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41 姉妹喧嘩

喧嘩は誰だってするものだ。


グリーンを取り巻く環境は著しく変わった。

まずイェーガーズの面々から、特にクロメとランから惜しむ声が浴びせられた。

クロメは選抜組としてやっていた頃からの付き合いだったが、最近になって正気に戻りかけている。

ランとは裏で共謀して帝国の隅まで調べて暗殺部隊の最期を作ってくれた。

そんな彼らの見送りを受けて帝都の外へ出た瞬間に待ち構えていたかのような革命軍の人間によって拉致されるような勢いで連れ去られた。

そして現在、革命軍筆頭の葦名一心を前に酒を飲まされている。

「カカカッ。お主も隻狼の子か。あ奴にしては随分と大人しい子を育てたものじゃ」

「えっと。一心様?」

「その間抜けな面も親譲りじゃな!褒美の酒を儂に返したらまさにあの時の隻狼じゃ」

機嫌よく飲む一心を他所に、ナジェンダがこの状況を説明する。

「一心殿がこうなったのは今更だとして、君がこうして革命軍に連れてこられたのは、狼の子であるということとこれまで帝都内部で抵抗をしてくれた人間をそのままにしておくのは危険だと判断したからだ。まさか帝国追放処分で済むとは思っていなかったが、なんにせよ僥倖だった」

「・・・・・・」

「狼さん」

グリーンは天幕の中に入ってきた不愛想なもう一人の父に向かい合う。

「良く生きてきた・・・」

「!」

「・・・来い」

狼は未だに心の整理がついていないグリーンの手を掴み、天幕の外へ連れ出す。

「あ」

グリーンは思わず声をあげてしまった。

「グリーン・・・?」

「アカメ・・・」

グリーンは思わず涙を流していた。

やっと再会できた喜びの涙だ。

「ああ。久しぶり。アカメ」

万感の思いがその言葉に詰め込まれていた。

アカメもまた涙を流しグリーンに抱き着く。

「久しぶり。グリーン」

 

 

ひとしきり再開の喜びを分かち合った後、グリーンは狼に陛下よりの言伝を伝えた。

その言葉を聞いて狼は唸っていたが、短く礼を言って済ませた。

「アカメ。君に伝えなければならないことがある・・・クロメの事だ」

「クロメの?」

「ああ。カイリがクロメを蝕む薬を打ち消すに至らずとも緩和できるだろう秘薬を狼さんから受け取っていたんだ。そしてそれはクロメに渡された」

「カイリが?でも何で」

「クロメはイェーガーズの仲間、ウェイブっていう人なんだけど、その人に恋をしていた。自分を治すこともできる薬。でもそれをクロメのために使おうって決めていたんだ」

それにと続ける。

「カイリたちの洗脳には細工をしていたんだ。狼さんのような暗殺者になること。本来、僕は帝国民の戒厳令を出した後、暗殺部隊を解体してほんの少しだけでも彼らに自由になってほしかった。でもその結果、彼らは帝国のためにその命を散らせることになった。そして狼さん、アカメ」

真剣な視線が二人を貫く。

「憧れた二人と戦ってみたい。そういうことになってしまった」

「・・・・・・」

狼は自分の手で殺めた子供たちを想い返す。

自分は何もしてやれなかったが、グリーンが何とかしてくれたようだ。

「よくやってくれた・・・」

狼はグリーンを労う。

「こんな結果にしかできませんでしたけど。やりました」

彼らの行く末はどうあがいても死だった。

ならば憧憬の相手に斬られたことはどれほど良いことだっただろうか。

「すまない。アカメ。君にはつらい思いをさせた」

「いや。いいんだ。カイリとも戦ったけど・・・望んで戦いに来ていた」

アカメはカイリの最期を想い返す。

 

 

カイリ。

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。

帝国の闇として働いてきた彼は狼とアカメを羨んだ。

そして最期に戦い、アカメと戦い散ることが出来たことに望外の喜びを得ながら死んだ。

 

 

「私は、今日の夜、クロメと一対一で・・・向き合うことにする」

アカメは意を決したように言った。

「それなら私たちもついて行こうか」

そういったのはレオーネだった。

「俺も行きたいところだけど、軍の指揮があってなぁ」

忙しい中やってきたラバックは残念そうにいう。

「俺も協力する。二人の邪魔をする奴は排除してやる」

既に帝具に浸食されているであろうタツミも協力を申し出る。

「・・・・・・」

狼は黙ってアカメの前に立つ。

「己の掟、定めたか」

「はい。父さん」

「・・・父さんか。それはゴズキ殿だろう・・・」

「む。ならば義父上」

「・・・それも因果か」

「えっと」

「それでいい。義父として己はお前たちを見ている」

「しかし、これは私とクロメの」

「義父は子を叱りつけるのも仕事だ・・・」

「・・・ありがとうございます」

「・・・アカメ。お前にも見えてきたのだろう・・・」

狼は漂う形代を指さす。

他のメンバーは何を言っているのか分かっていない様子だったが、アカメにはそれが何か分かっていた。

「これが形代・・・」

「忍びの業だ。多くを殺し過ぎた忍びには多くの形代が憑く」

「・・・義父上。私にも」

「修羅の影は見えぬ。お前は優しすぎるのだ。心を鬼にしようとも、お前は人のままであろう」

言外に帝具『村雨』の奥の手発動の条件を知っているかのように狼は言った。

「お前はアカメだ・・・だが、己の子でもある。もう、己の子は斬りたくはない・・・」

狼は疲れたように言った。

 

 

帝都近郊、ギヨウの森。

クロメとアカメはその場で対峙していた。

クロメはウェイブを連れてくることはせず、彼を気絶させてここに来たのだ。

既に普通ではない二人の、狼で言う喧嘩。

クロメは当たりの様子を窺って不思議そうな表情をする。

「あれ?この気配は」

「すまん。後方に仲間が二人いる。だが私たちの決闘には手出ししない。邪魔するものがいたら相手をしてくれる」

クロメはそれを見届け人と言ってアカメに近寄って行く。

「否」

「!」

「見届け人は己がさせてもらう。ゴズキ殿の代わりで済まぬが・・・お前たちの義父だからな・・・」

「先生!それに義父って」

「義父上さ。こんな姉妹の喧嘩を見届けてくれる、優しい義父上」

「・・・そっか。そうだよね。」

クロメは袋からお菓子を取り出して渡す。

それをアカメは受け取って一緒に食べる。

アカメがまだ選抜組として帝国で暗殺者をしていた頃、よくここで狼と共に転がされたものだとクロメは言った。

何をするにしても一緒にやって楽しかったと。

これからも一緒にいてほしいと。

それにアカメは一緒に来てくれるならずっと一緒だと返す。

クロメは意外だと言ったが、アカメは本気の様子だ。

「駄目だよ」

クロメは自分たちがいかに帝国で使えるかを証明しなければ、死んでいった皆が報われないと。

逆にクロメがアカメを帝国へ誘うが勿論断った。

剣呑な雰囲気が辺りを包み込む。

そして二人が刀を抜いたときだった。

「お前たち・・・」

殺意をむき出しにした狼が二人に歩み寄った。

既に刀を手に握っていた。

「義父上。これはクロメとの喧嘩です」

「そうですよ。邪魔はしないでください」

そういって跳ねのけようとする姉妹に、狼は刃を向けた。

「否」

「「!?」」

「騙して悪いが・・・己とお前たちの・・・親子喧嘩なのだ・・・」

狼はスッと構えると僅かにだが笑った。

「己は死なず。死なぬが故、いくらでも斬られてやることが出来るぞ?」

 

 

「なんで義父上が・・・」

「クロメ、お前にはカイリより受け取ったものがあるはずだ」

「うん。でもそれとこれとは」

「変わらぬ・・・」

狼はバッサリと切り捨てた。

「己の掟、貫くにはかつて、己が義父上を斬ったことと同じように、お前たちもまた、己を斬り、殺し尽くして見せよ」

ただしと。

「己は死なず。ただで心が折れるとは思わぬことだ」

「狼さん!」

後ろに控えていたタツミがやってくる。

彼は姉妹の決闘に邪魔をする存在を排除するためにいるのだ。

それがまさか狼だったとは思っていなかったようで焦った様子でやってくる。

レオーネも驚いた様子でやってきた。

「ただの喧嘩だ・・・」

「それはアカメとクロメの問題だろう!」

「否。・・・家族の問題・・・か?」

疑問形で答える狼に呆れながら、それでもタツミは狼を止めようとする。

「狼さん!これはアカメたちが決めたことなんだ!」

「その末に娘一人を見殺しにしろと・・・させぬ・・・己は九朗様の忍び。もしこの状況を見ておられたのならば、こういうだろう。為すべきことを為せと」

「!」

「二人で来い・・・来ないなら・・・」

狼は宙に粉を撒く。

それが目くらましの爆竹であると知っている二人は狼から大きく距離を取った。

「参る・・・」

距離を取って攻撃を仕掛けられたのはアカメであった。

彼女の攻撃は全てが一撃必殺。

しかしそんなものがどうした言わんばかりに攻撃を仕掛けてくる狼。

地力や才能はアカメの方が上だ。

それをもってして狼は難敵である。

腹をくくったアカメは狼を殺さんと『村雨』を振るうが全て弾かれる。

このままではまずいと思ったその脇からクロメが攻撃を仕掛ける。

「お姉ちゃんを殺すのは私だからね。いくらお父さんでも容赦しないよ」

攻撃は超強化薬で俊敏かつ強力な膂力を得たクロメだったが、その膂力すらも弾き返されてしまう。

「お前たちは・・・」

狼は『旋風斬り』で二人を巻き込もうとするが辛うじて避けられる。

「頑固だ・・・」

後ろへ飛びながら爆竹を撒く。

かつて、ありえない過去の義父と戦った際に受けた技の一つ。

閃光と爆煙で視界を遮り、刺突の構えを取る。

『秘伝・大忍び落とし』

弾丸のように突進する狼は一瞬でクロメへと突貫する。

その必殺の突きをアカメが前へ出て踏みつけて反撃しようとする。

狼はそのまま体当たりするようにしてアカメを突き放すとそのまま下段へ攻撃を放つ。

アカメはその攻撃をなんとか掠らせる程度におさめていたが、実力で勝っている上、数的有利を持つ自分たちを相手に翻弄する狼の実力に舌を巻いていた。

「誰に似たのだろうな・・・」

下段を放った狼はアカメへ『瑠璃の手裏剣』を放ち、守りの上から体力を削る。

その隙に迫ってきたクロメは狼の背後へと回り、アカメと挟み撃ちにするように体勢を整えていた。

「姉妹の連携・・・」

前後両方からの攻撃。

しかし、その攻撃は狼の姿がかき消えることで空振りに終わる。

「そこまでしながらお互い譲れぬものがある・・・」

上空へ舞い上がった狼はそのまま『旋風斬り』で二人を斬りつける。

クロメはもちろん、アカメですらその変幻自在の攻撃に対応が出来ずにいた。

アカメは仕方がないと技を繰り出す。

『アカメ流・渦雲渡り』

舞うような斬撃ではない、ただ相手を殺すことに特化させたアカメ流の変則的な真空波を伴う鋭い斬撃の嵐。

その連撃を狼は全て弾いて見せたが、真空波によって傷を受けてしまう。

しかし、真空波にはアカメの即死刀の力は作用しないようであった。

攻撃はそれで終わりではない。

防御に徹する狼に専心した『一文字』をクロメが叩きつける。

大きく体幹を削るその技だが、幾度となく振るい、剣聖葦名一心より叩きつけられた経験からそれを弾き返す。

その一瞬の隙をついて、アカメが自分流にした『アカメ流・一文字・裏回し』で狼に致命の一撃を与えんとするが、初太刀を振るったところで狼の姿がかき消えてしまう。

アカメは本能で前へ転がる。

その一瞬いた場所に刃が通る。

「ままならぬな・・・」

だがと狼は続ける。

狼は二人から距離を取って夜叉戮の飴を噛みしめ構える。

「行くぞ・・・アカメ、クロメ・・・」

 

 

アカメとクロメの連携をもってして、狼を打ち破ることどころか打開策すら見いだせなかった。

不可思議な術や狼自身の受け流す技量。

さらにはクロメに対して負傷覚悟で斧を叩きつけるということすらやってのける。

だがアカメの攻撃は全て弾いている。

彼女たちの傷もそれなりにあるが、まだ戦えないことはない。

狼に至っては隙を見て傷薬瓢箪で傷を癒すためほぼ万全の状態のままだった。

このままではアカメとクロメが不利である。

優勢なはずなのに不利というのはおかしな状況だが、相手は狼。

熟達の忍びにして一国を相手に戦いを挑んだ弱者にして猛者。

矛盾だらけの人間だ。

おまけに不死という。

このままでは・・・。

アカメたちが更なる攻撃を仕掛けようとしたところで戦況が変わった。

「ウェイブ!」

「・・・・・・」

グランシャリオを纏ったウェイブが狼の前に立ちはだかった。

「狼さん。ここは俺に任せてもらえませんか?」

「・・・今、親子で喧嘩中だ。我儘な娘たちに灸を据えようとしていたところだ」

「そこを何とか・・・というか親子?」

「義理のだ・・・しかし」

狼は刀を降ろした。

その様子を見たアカメとクロメ、そして戦いに魅入っていたタツミとレオーネは驚いた。

「遅かったではないか・・・」

「すいません」

グランシャリオを解くと、クロメに向き合う。

「おい待ちな。流石に狼さんは親だから認めるとして、お前は認められない」

タツミは二人が望んだことだという。

今にもインクルシオを纏いそうなタツミを、狼は片手で制する。

「狼さん!?」

「答えを聞こう・・・」

「ありがとうございます」

背中越しに礼を言って、クロメに歩み寄っていく。

「仲間として止めに来てくれたんだろうけど。それ、嬉しくないよ」

「前の俺だったらそういったかもな。今違う」

そういってクロメを抱きしめた。

「俺はクロメを男として好きだから止める。お前は俺が守る!」

クロメは呆気に取られたようだった。

ウェイブはクロメに対して溜まっていた想いを打ち明けた。

クロメはただただ困惑するだけだったが、アカメは違った。

一体どうやって守るのか。お前は帝国の中から変えていくのではなかったのか。

「多くを語るな・・・ただ一言でいい」

狼はウェイブに促した。

そろそろこの喧嘩も終わり時だと感じたのだろう。

「ああ。クロメが一番大事な存在になったからだよ」

それ以外にない。惚れた女を守るのみ。

「何を言っているの?一緒にいてくれるのは嬉しいけど。帝国を抜ける気でしょう。それは許されないよ」

「いい。俺が許す」

「・・・いいだろう」

「狼さん!?」

「ウェイブ。よく育った。己の掟、よく定め、貫いた」

ウェイブは全てを投げうって戦いを捨てると言った。

クロメといられればそれだけでいい。

「アカメ、狼さん。どうかこの喧嘩。これで終わりにしてほしい。そしてクロメを俺にくれ!必ず幸せにする!」

「・・・己は構わない。クロメ、今、ここがお前の掟を定める時だ」

「私も、クロメに任せる。グリーンやカイリたちがお前を生かすことを選んだ。仲間たちはお前の幸せを願った。クロメ、すべてはお前の気持ち次第だ」

お前が決めろ。

「駄目なんだよ。帝国を抜けるなんて」

クロメは刀を構えなおす。

「私には許されないんだよ。この前だって仲間が大勢死んだ」

「・・・クロメ。それは子供たちが望んだことだ」

狼は自分が斬った子らを想う。

「我が子らは帝国のために思って死んだ者、そしてアカメ、そして己に憧憬を抱いてしまった者が死ぬために戦いに赴いた。お前だけだった。死なないために戦っていたのは」

「それって・・・」

「グリーンから聞けなかったか。エスデス様も多忙だろう。ならば己が話してやろう」

狼はオネストを暗殺するために様々な工作をしていたこと。

その中でも策謀に富んでいたグリーンにはだいぶ負担を加えたこと。

陛下が己を解き放ったのは、帝国が悪という訳ではなく、ただ寿命が来ただけの事。

「陛下の忍び、いや、我が生涯の主、九朗様の忍びとして己はそのように振舞えと陛下より命じられた」

「じゃあ、あの戦いはみんな死ぬつもりで戦っていたってこと?カイリが言っていた忍びの業を背負うって」

「誰一人、お前を恨んで等いない。カイリは、お前に生きてほしいからそれを渡した」

狼は『神食み』の存在を仄めかす。

「ウェイブ・・・」

「はい」

ウェイブは放心するクロメから『八房』を奪い取り、グランシャリオを纏ってその刀を折った。

 

 

「エスデス様たちは知っているのか?」

「いや、ボルスさんには伝えておいたけど、隊長とランはその時にいなかったから」

「そうか・・・では己から伝えておこう・・・」

「え?でも狼さんは」

「己は九朗様の忍び。この世に縛られることはない」

だから心配するなと。

「クロメ・・・薬は効いているか?」

「はい義父上。体の中の毒が全部なくなったような感じです」

「ならいい・・・」

不愛想な狼はその懐から『おくるみ地蔵』を取り出した。

地蔵をくるむのは、親ごころである。

くるみ包まれた中、せめて安らかに命がありますようにと願いがかけられた代物だ。

それを伝えたらウェイブは赤面していたが、狼は相変わらず不愛想だった。

「妹を救ってくれたこと、礼を言う。そしてこれからよろしく頼む」

アカメの頼みに対してウェイブは快諾した。

「幸せにな」

「うん」

額を突き合わせて言ったそのやり取りは狼にとって良い光景に見えた。

家族とは、こうして生きるべきなのだろう。

決戦まで後僅か。

狼は為すべきことを為すのみ。

 




騙して悪いが、これも親の役目でな。

狼さん、アカメとクロメの義父となりました。


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42 為すべきこと

為すべきことを為すまで。


「・・・・・・」

狼は沈黙の中にいる。

場所は帝都の、しかも宮殿内部。

傍らにはボルスが狼の様子を窺っている。

ここはイェーガーズの詰所。

狼は待ち人がいると言って中へ入り込むと黙って仏を彫り始めたのだ。

狼は何も言わないが、ウェイブとクロメが戻ってきていない。

それに関することなのだろう。

しばらくは狼の仏を彫る音が響くのみだった。

「今戻った」

素っ気のない言葉でやってきたエスデスは、仏を彫る狼の姿を見て驚愕する。

ランもどうやらエスデスと行動を共にしていたので、遅れてその姿を確認して同じように反応する。

「エスデス様・・・」

狼はエスデスの前に跪く。

「ウェイブ、クロメの両名はこの戦より脱落いたしました・・・」

「そうか。脱落ということは死んではいないのだろう?」

「は。エスデス様の望む恋。先に二人が果たしたようでございます」

エスデスはしばらく黙り込んだ。

「狼さんは何故ここに?」

ランは警戒をしながら狼に聞く。

「我が子の生きる様・・・伝えるため・・・」

「フン。相変わらず律儀な奴だ。隻狼よ。未だにお前は帝国と反乱軍を行き来しているのか」

「は」

「私がお前を見逃すとでも?」

「お望みならば、今ここで・・・」

狼は立ち上がり、刀に手を添える。

「・・・いや。やめておこう。決戦前にお前と相手をする等、私も愚かではない」

「は」

狼は再び跪く。

「・・・懐かしいな。いつもはお前と私だったが、今はランにボルスか。イェーガーズも随分と減った。死んだのはスタイリッシュとセリューか。あいつも逸材だった」

「・・・・・・」

「隻狼。私には分かっている。陛下がここにきて変化を見せている。私や大臣を押さえる程の強い意志を見た。それほどまでか?お前の生涯の主は」

「は。間違いなく。己の生涯の主です」

「・・・名を、聞いておこう」

「九朗様」

「九朗・・・か。お前の本当の主に出会えば、私も何かが変わったか?」

「分かりませぬ・・・」

「フフッ。そうだろうな。私も分からん。何故こんな話をしているのかさえ分からん。それほど、お前の主の影響は大きかったと見える。隻狼。お前を通してな」

「・・・・・・」

「陛下は、帝国を終わらせるつもりだろう?」

エスデスは核心をついた質問をした。

その質問にランとボルスは驚きを隠せなかった。

だが、狼は黙って頷いた。

「・・・やはりな。お前の子。グリーンを追放処分にした時からおかしいとは思っていた。この国も終わりか」

「・・・・・・」

「私との約定。忘れてはいまいな」

「は」

「ならいい」

エスデスは椅子に座り、珍しく疲れた表情を浮かべた。

「私は鬼になるのであろう?」

「おそらくは」

「ここ最近、高ぶって仕方がない。戦争に、戦いに焦がれてどうしようもないんだ。待ち遠しい。タツミやアカメ。一心。そして隻狼。お前との戦いがな」

「隊長・・・失礼ですが・・・話が見えません」

ボルスは不安げに聞く。

ランは帝国の終わりという言葉を聞いて一人、諦めた表情をしていた。

「もはや帝国に、反乱軍を撃退できるほどの力を持っていない。大臣には切り札があると言っていたが、果たしてそれが機能するかな。なあ隻狼」

「・・・・・・」

「恐らく、陛下が望み、隻狼がそれを手伝ったのだろうさ。途中まで隻狼が帝国にいたのは陛下にまだ帝国を存続させる意思があったから。そして今はそれがなく、逆に終止符を打とうとしている。違うか。隻狼」

「明かせませぬ・・・」

「お前は変わらないな。私たちが変わりすぎているのか。なんにせよ。次が最後の戦いという訳だ。決して忘れてくれるなよ?」

「御意」

狼はその言葉を最後に立ち去っていった。

狼のいた場所には木彫りの仏が落ちていた。

不格好だが、優しそうな表情をしているように見える仏。

「ラン。ボルス。今聞いた通りだ。帝国がどうあがこうが、明日が最後になる。一国を相手にした隻狼が敵に回った以上、勝ちの目はない。・・・好きにするといい」

「隊長・・・」

「ラン。お前は帝国内部から手を加えていたな。ククッ。無駄になってしまったな。後はどうしようがかまわん。ボルス。お前は家族がいたな。何も言わずとも守りに行くのだろう?」

「はい・・・でもエスデス隊長は」

「私は心置きなく鬼となる。修羅の鬼となり、戦場で殺戮の限りを尽くす。本能の赴くままにだ。殺して、殺して、殺して、そして、死ぬ」

それが私の生きがいだ。

エスデスは狼の立ち去った後に残された仏を手に取った。

それを机の上に置くと、そのまま部屋を後にした。

残された二人は沈痛な想いを抱きながら沈黙し、やがて己の意志で動き出す。

 

 

開戦。

エスデスの用意した奥の手、氷騎兵は革命軍の兵力差を埋め、さらに一体一体が強力という。

革命軍の標的はオネストをはじめとした悪徳の限りを尽くした人間及び、帝都の陥落。

狼、アカメ、レオーネは帝都内部に侵入して暗殺を行い、一心、ナジェンダ、ラバックは戦場での指揮を執ることになっていた。

「カカカッ。氷の兵士とは・・・面白い!」

「一心殿。笑っている場合ではございませんよ。先の砲撃も全て撃ち落されたようです。エスデスは強くなっていると見るのが妥当でしょう」

「分かっておる。時にナジェンダ。隻狼はようやくその本懐を遂げられるようじゃな」

「本懐?」

「小童を操っておった・・・オネストと言ったか?そやつの首に手が届く」

「そうですか。それは安心です」

「儂も、ここで最後の戦いとしよう。既に終わったもの。そんな淀みがいても邪魔になるだけじゃろう」

「御冗談を」

「カカカッ。好きにとるといい」

一心は鋭い視線をエスデスの方へ向ける。

「さぁ!国盗り戦の葦名衆が筆頭!葦名一心の戦!しかと目に焼き付けい!」

一心は刀と十文字槍を携えて馬を駆った。

 

 

宮殿最上階。

「伝令によるとエスデス将軍たちは敵を良く防いでくれているそうです」

「流石将軍だな」

「油断は禁物です。準備だけはしておきましょう」

至高の帝具。

皇帝の血族でなければ使用できないという切り札。

「オネスト大臣」

「はい?」

「今戦ってくれているエスデス将軍たちや最後まで余に従ってくれていた兵たちには悪いが、この帝具。使用することは、もはやない」

オネストにしてみれば予想外の言葉であった。

帝国を守るためにはこの帝具の使用が必須。

いくらエスデスが強いといっても相手は猛者ぞろい。

「陛下・・・一体何を・・・」

「この国はとうの昔に終わりを迎えていたのだ。それをただ延命させていただけ」

陛下は帝具の鍵となる錫杖を捨てる。

「大臣よ。よく余に仕えてくれた。そして」

オネストの両の足が斬られる。

「余と共に死んでくれ」

「ぎ、ギャァァァァァ!」

突然のことに理解が追い付かないオネストは地面を這いつくばる。

「陛下・・・」

その声はオネストが一番聞きたくない声。

「狼よ・・・苦労をかけるな・・・」

戦国の世、葦名という国を一人で相手に取り、そして主を人へ返した忍び。

狼であった。

「陛下!何故!」

オネストは叫ぶ。

「オネスト大臣。余はそなたの。いや、そなたと行ってきた悪政の数々。既に証拠があがっている」

「悪政!?私は陛下の為をおもって」

「狼と出会えたのはまさに僥倖であった。でなければただの殺戮者として名を遺したであろう。狼、そしてその子らが全て教えてくれた。余を操り、悪政を敷いていた元凶はまさかそなたであったとは・・・」

「そんな・・・陛下はそのようなことを信じられるのですか!?」

「九朗殿の忍び。狼がそのように振舞ったのである。なれば余が間違っていたのであろう」

陛下の言葉は静かで、威厳に溢れていた。

「陛下・・・今しばらく・・・」

狼はオネストの両腕に刀を突き刺す。

ナジェンダより、オネストは生け捕りが良いと伝えられていたからである。

「狼!狼ぃ!お前さえいなければ!」

怨嗟の言葉を吐くオネストであったがもはや抵抗できることはない。

「狼。終わっていたか!」

レオーネが駆けつけてきたが、這いつくばるオネストを見て全て終わったと見た。

「そなたは?」

「ナイトレイドの一員。レオーネに御座います・・・」

陛下の前で跪き答える。

「そうか・・・そなたらにも苦労を掛けたようだ。礼を言う」

「あんたが陛下?」

「いかにも。この帝国で悪逆を尽くした皇帝である」

暗殺者を前にした陛下はそれでも堂々と立ち、己の役目を受け入れていた。

「ここで千年の帝国の終止符とする。狼よ。よく仕えてくれた。最後まで頼りきりであった」

「・・・・・・」

「狼?」

「陛下・・・己は・・・陛下の死を是としておりませぬ」

「なんと・・・」

「己は生涯の主、九朗様の願いを裏切った抜け忍。であるならば、陛下の生きる姿を望むのも道理」

狼は立ち上がり、レオーネに対峙する。

「済まぬ・・・陛下の首。お主たちに渡してやれぬ」

「・・・ここでまさかこうなるとは思っていなかったな。でも私としても皇帝の死ってのは必要だと思うんだよねぇ」

ゴキリと腕を鳴らして構える。

「幾度となく敗れようとも・・・」

狼は刀を抜いてレオーネを視線で射抜く。

「必ず主を取り戻す・・・それが己の掟であれば・・・」

凄まじい剣気が狼を取り巻く。

その様子に這いつくばるオネストも、対峙するレオーネも息を飲む。

「為すべきことを為すまで」

狼は後ろに立つ陛下に僅かにだけ済まないと思っていた。

本来、陛下はここで死を受け入れるつもりだったのだろう。

しかし、それは狼が阻んだ。

「参る・・・」

 

 

レオーネと狼の対決は、レオーネの根負けで終わった。

戦うまでもなかった。

結果、皇帝は死に、オネストという元凶を生け捕りにできたという偽りの結果で満足することにしたのだ。

「狼よ。何故余を生かそうとする。この国は終わり、余にはもはや為すべきことはない。いや、皇帝らしく死を受け入れるべきだ」

「・・・・・・」

狼は陛下を隠し通路へ案内しながらその言葉を聞いていた。

「帝国の兵も余が生きている可能性を知れば、今のような反乱を起こすかもしれぬのだぞ」

「申し訳ございませぬ・・・しかし」

狼は隠し通路の扉を開く。

「人として生きてくだされ・・・それが九朗様を裏切った忍びの願いに御座います」

そして言葉を聞くこともなく振り返ると、そのまま駆け出した。

残された陛下はしばらく立ち止まっていたが、やがて扉の向こうへ歩き出す。

「まこと、良き臣下を得られたようだ。九朗殿・・・」

 




人返りENDの狼さんであればこうしたでしょう。


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43 約定

今がそれを果たす時。


皇帝陛下死す。

オネスト大臣捕縛。

その報は素早く伝えられ、帝国兵を降伏させた。

だが、残った鬼もいる。

エスデス。

戦いを至上の喜びとする彼女はタツミや増援でやってきたアカメ、そして一心と対峙していた。

「やるな!エスデス!」

片手に刀。反対に十文字槍を手にする一心は、この手練れを一気に相手にするエスデスを称賛する。

「お前こそ!一心!まさかまだ力を隠していたとはな!」

「フン。哀れな孫の最期の願い・・・その残滓よ」

自由自在に槍を操る一心。

タツミも残り少ない力を帝具に使用をして加勢をする。

アカメも独自の流派技でエスデスに対抗するも決め手に欠ける。

「しかし、味方はもう居なくなったか」

エスデスは笑うと氷騎兵を解除する。

氷騎兵に割いていた力がエスデスへ集まり、帝具の力が増幅される。

「氷嵐大将軍!!」

氷雪が大地に降り立った。

「冬将軍という言葉を知っているだろう。まさにそれだ。この国の大部分を氷雪で覆った・・・」

全土にいる敵を殺すためにと。

「お前の直属の部下は西の戦線で頑張っているぞ!それすらも巻き込むのか!」

ナジェンダの叫びを聞くとエスデスは微笑んだ。

「そこは範囲外だ。そいつらの家族のことも含め、少しは配慮してあるぞ・・・まぁ。少しに過ぎんが」

弱者は死んでいく。強い者のみが生きていく。

生まれついての殺戮者であるエスデスを前に、ナジェンダは歯をギリッと鳴らした。

「・・・さあ、私を殺さねば終わらぬぞ?」

「・・・お主は剣に生きるものではなかったな」

「今更だな。一心」

「再び修羅を斬る。そう思っていた・・・」

その一心とエスデスの間に一人の人間が降り立った。

「此度のその役目・・・」

背中に背負った『不死斬り』を抜いて構える。

「己が引き受けましょう・・・」

狼は眉間にしわを寄せた相変わらずの不愛想さ。

しかし、エスデスはそんな彼に笑って見せた。

仮初の主従とはいえ、その約定を果たす時が来たのだ。

「義父上」

「アカメか・・・」

狼は振り返らずに聞き返す。

「私たちも加勢に・・・」

狼はエスデスを見る。

「構わんぞ。全員で来い。全て相手してやる」

「・・・・・・」

この災害を早く止めなければと息を巻く革命軍の部隊だが、狼は首を振った。

「何?」

「この戦。いうなれば己とエスデス様のわがまま・・・他のものに分かってもらおうとも思っていない・・・」

しかし、もう一人の狼ならば?

「エスデス様。ここに我が子、赤い目の狼がもう一人おります。その者をご一緒させても?」

「赤い目の狼・・・ククッ。赤狼。お前と同じ名の忍びか」

「は」

「よいだろう。有象無象を虐殺するより楽しそうだ。かかってこい!」

狼はアカメに目配せをする。

「ナジェンダ。この戦、隻狼たちに任せい・・・」

「一心殿!?」

「そこらの人間では・・・目の前の鬼は殺せぬだろう。隻狼は鬼を、怨嗟の鬼を斬った。その子が同じことが出来ないわけがなかろう」

一心はその場に座り込んだ。

「心行くまでやれい!」

「御意」

狼とアカメは構える。

「さあ、お前たちの力を見せてもらおうか・・・来い!狼ども!」

 

 

狼は楔丸ではなく『不死斬り』を用いて戦った。

しかし、『不死斬り』を十全に使うには形代が必要であった。

ここは戦場。

心残りの多いその場で形代に困ることはない。

それ故の秘伝の技。

『秘伝・不死斬り・一文字二連』

葦名流の技と不死斬りを合わせた正に必殺の技。

エスデスはそれが受けてはならないものと知ると素早く回避に転じる。

しかし、そこに待ち受けていたのはアカメだ。

『奥義・アカメ流・浮舟渡り』

変則的かつ鋭い斬撃を放つ即死の技。

エスデスはそれらを氷で防ぐ。

「楽しいな!これほど心が躍る戦いはなかったぞ!」

「楽しく等あるか!」

アカメは斬ることで民に幸せがもたらされると信じて生きてきた。

対してエスデスは殺戮をただ楽しむために剣を振ってきた。

「そんなお前を倒さなければいけない!!」

「いいだろう!やって見せろ!」

エスデスは氷の嵐を降らせる。

狼はアカメの真上に跳んで『仕込み傘』で嵐を弾き、防ぐ。

着地と同時に『放ち斬り』でエスデスに攻撃するも、容易く避けられてしまう。

「隻狼。アカメ。不思議だな。隻狼はアカメよりも弱いのだろう?」

エスデスは実力の差を既に見切っている。

狼はアカメに及ばない。

彼女は狼の存在はそういった枠に捕らわれないということを良く知っていた。

「だというのに一番警戒しているのはお前だ。いや、意識しているのはと言った方が正しいのか」

その間にもエスデスの猛攻が狼とアカメを襲う。

アカメ氷の槍を躱し、狼は氷の礫の間を縫って走る。

狼は攻撃の途切れた一瞬を見計らい、突きの体勢を取る。

『秘伝・不死斬り・大忍び落とし』

氷でその突進を防ごうとするが伸びる剣閃がエスデスを貫く。

そして氷を踏み台に狼は跳びあがり、空中で回転斬りを放つ。

エスデスは避ける間もなくその攻撃を弾いてしまう。

彼女の体に斬撃の跡が刻まれる。

「いいぞ!隻狼!これでこそ戦いだ!」

既に辺りには兵士がいなくなっている。

狼とアカメ、そしてエスデスの攻撃の余波を受けないためである。

残っているのは一心のみ。

彼は鋭い視線で戦の行く末を見守っていた。

『秘伝・アカメ流・旋風竜閃』

辺りを薙ぎ払う斬撃は惜しくもエスデスの氷の壁を切り裂く程度に終わったが、その威力を目にしたエスデスは嬉々として笑う。

「やはり隻狼の子か!これほどの技に昇華させるとは!」

「まだだ!」

『秘伝・アカメ流・十文字』

ただ速く、それだけに一意を置いた居合の横一文字。

そして返す刀で背を斬る縦一文字。

エスデスはそれを辛うじて弾き切る。

アカメの『村雨』は掠るだけでも死に至る即死刀。

縦一文字を切りつけた後、アカメはさらに続けて追い面を打つ。

勝つことを至上とする葦名流、その流れを汲んだアカメ流の技だ。

重い斬撃を受けたエスデスは忍び寄る斬撃を受け止める。

狼の斬撃は『不死斬り』を用いた斬撃。

守りの上からでも切り裂かれてしまう。

狼とアカメ。

どちらも厄介だ。

「『摩訶鉢特摩』」

世界は凍り付く。

エスデスは奥の手を使用した。

そして狼の方へ歩み寄っていく。

「仮とはいえ主従の契り、果たせなかったな隻狼」

エスデスは攻防において実力に勝るアカメより、厄介な狼を先に仕留めることにした。

彼女は狼の心臓に刃を突き立てる。

その一つの動作にあらゆる想いがあった。

「さらばだ・・・飢えた狼よ」

「!?」

「義父上!?」

崩れ落ちる狼。

何が起きたかは分からないが、己が死ぬということは理解できた。

ここでエスデスは致命的なミスを犯した。

 

 

回生。

 

 

エスデスは確かに心臓を貫いた。

彼女自身もそれを感じ取っていた。

しかし、彼女は誰からも知らされていなかったことが一つあった。

狼は竜胤の、九朗の絆によって不死であることを。

「馬鹿な!?」

狼が立ち上がり攻撃をしてきたところでエスデスに動揺が走った。

「己は不死ゆえ。いくらでも生きられてやることが出来ましょう・・・」

一瞬の動揺をつき、さらに加えられた斬撃。

やはり厄介だ。

「まさかこのような奥の手を持っていたとは。どこまでも楽しませてくれる」

「己が忍びなれば・・・隠し事の一つもありましょう」

「律儀な奴だ・・・」

『秘伝・アカメ流・渦雲渡り』

狼と距離を離すエスデスに向けて必殺の連撃が迫る。

氷の壁で防ぐも易々と斬られていく。

その真空波は即死刀の効力はないが、エスデスを激しく切りつける。

「強いな!アカメ!」

こうも自分の防御を削り取っていく。

狼に至っては、防御など意味はないと来たものだ。

『秘伝・不死斬り・葦名十文字』

大太刀では十全に素早さを出せなかったが、それでも再現された奥義。

エスデスの守りごと切り裂くその斬撃は彼女の左腕を斬り飛ばした。

「隻狼!」

エスデスは傷口を一瞬で凍らせて止血。

次いで狼へ向けて大量の氷の槍を降らせる。

ああ、無駄なのだろうな。

そんな思いが頭のどこかにあった。

それを具現化する狼。

姿をかき消えさせて炎と共にエスデスへ突貫する。

合わせてアカメが居合の構えで迫る。

カチンと音が鳴った。

エスデスはその斬撃を辛うじて弾いた。

だがその後に吹きすさぶように放たれた斬撃の嵐は氷で防ぐほかない。

その背後。

狼が刀に念を込めて構えている。

避けられない。

『秘伝・一心』

『秘伝・不死斬り』

アカメの鋭い居合と狼の念を込められた『不死斬り』の一撃。

エスデスはアカメの攻撃を弾き、狼の攻撃を受けた。

地面にエスデスの血が落ちる。

「・・・・・・」

「ぐぅぅ」

エスデスは膝をつくが、倒れることを拒否した。

震える足に喝を入れてグンと立ち上がる。

「主従の契り・・・その約定・・・しかと受け取った・・・見事。隻狼、アカメ」

隻狼によく忘れずに果たしてくれたと。

アカメによくここまで強くなったと。

それぞれに思いを向けながらエスデスは立つ。

エスデスは致命傷を受けてなお笑いながら言った。

「介錯はいらん。自分で死ぬとする」

その瞬間、エスデスの周りに冷気が立ち込め、彼女を氷漬けにした。

彼女の氷像は徐々に崩れ落ち、消え去った。

狼はその亡骸に向けて『泣き虫』の指笛を吹いた。

悲しげでいて美しい音色が辺りを包む。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

エスデス。

帝国最強の将軍。

アカメは彼女を討つために日々研鑽した。

ついに終止符を打った。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

エスデス。

帝国最強の将軍。

隻腕の狼と仮初の主従を結んだ女傑。

彼女は最後に狼の攻撃を受けて死んだ。

 




狼さんの切り札『不死斬り』。

これを十全に扱えるのは心残りの多い戦場だと思いました。

アカメもその身に憑いた形代を武器に戦い、エスデスを圧倒できるまでに成長しましたが、それ故に憑きまとう業は原作と同じくらい大きなものでしょう。


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44エピローグ 終止

戦の終結。


エスデスは死んだ。

悲し気な、でも美しい音色が響き渡ったときに誰が察するでもなく戦いの終わりが分かった。

「見事であった・・・狼たちよ」

一心は立ち上がり、この戦の勝者を労う。

「エスデス様との約定故、鬼となった者を斬りました・・・」

「最後の標的を葬ったまでです」

「本当にお主らは・・・」

笑いをこらえる一心の背後よりナジェンダ達がやってくる。

「お前たちが生き残ったのだな」

狼は跪き、アカメは肯定した。

「よく、よくやってくれた・・・」

「・・・・・・」

狼とアカメは親子でもって強大なエスデスを圧倒した。

最期に残したエスデスの賞賛は間違いなく二人を認めるものであった。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

エスデス。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。

帝国最強と呼ばれた将軍。

その最期はアカメの刀ではなく隻腕の狼の刀を選んだ。

何故かは本人たちのみぞ知る。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

エスデス。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

帝国最強と呼ばれた将軍。

その最期はアカメの刀ではなく隻腕の狼の刀を選んだ。

全ては己の掟、エスデスと隻狼の間で交わされた尊い約束だった。

 

 

その後の話である。

悪逆の限りを尽くしたオネストは徐々に切り刻まれるという壮絶な処刑によって幕を閉じた。

皇帝の死体は発見できなかったが、狼が陛下は既にこの世にないと言ったことから死んだとされた。

帝国に残っていたランは革命軍に降伏したが、グリーンと同じく内部から帝国を良くしようと活動していたことを評価され、無罪放免。

革命軍と共に内政に当たることになった。

グリーンも同じくして内政を担当することになり、未だに国に尽くすことに躍起になっている。

かつてはナイトレイドに対象となっていたボルスはひっそりとした森の中で家を建てて住むことになった。

マスクを取った彼を知る人物が少なかったのも功を奏して、今は平和に暮らしている。

ラバックはついにナジェンダに告白し、最後の最後までナジェンダに尽くした。

タツミは帝具に身を侵蝕されながらも生き延び、恋人のマインと過ごしている。

レオーネはスラム街でまた大騒ぎしているらしく、変わらぬ生き方をしていた。

ナジェンダは残された余命を新国家に費やし、最後まで闇を払って生き抜いた。

チェルシーは一心が病死するまでこき使われ、内政官としての道を歩いて行った。

国盗り戦の葦名衆筆頭、剣聖葦名一心はその生涯を国のために使うことはなく、国の中に小さな道場を開いて葦名流の剣術を教える日々を続けた。

たまに良い酒が入っては彼の下に英傑が集まり、酒宴が開かれたというが、一心はその英傑たちを馬鹿者どもと呼んで笑っていたという。

 

 

「忍びの業・・・引き継ぐつもりか・・・アカメ」

狼は仏を彫りながらアカメに問う。

荒れた寺のような場所で狼は何もない時は仏を彫っていた。

傍らには小さな、しかし大人びた子供が共にいる。

「はい。義父上。私は斬ることでしか生きていけません」

「・・・そうか・・・そう教えたのも・・・己たちであったな・・・」

狼は仏を彫る手を止め、アカメに向き合う。

彼の眉間のしわが濃くなっていることは今更言うまでもない。

そんな狼を見てアカメは微笑んだ。

「・・・何かあったら言え。助けにはなるだろう・・・」

そういって狼は再び仏を彫り始めた。

 

 

アカメは新国家のために不穏分子を斬り続けた。

その身に憑いた形代は多く、その業は深い。

しかし、彼女は決して己の掟を違えることはないだろう。

それが狼の子であるならば尚更だ。

 

 

「あ!お義父さん!」

「・・・今日は騒がしいな」

「お姉ちゃんも」

荒れた寺に来る客人は意外に多い。

狼はよくこのような辺鄙な場所に来るものだと思った。

ウェイブは狼をお義父さんとよぶようになり、クロメと一緒に顔を出すことが多い。

「えっとその」

「ただの子供だ。敬意など払わずとも子ども扱いすればよい」

名のない子供はそういった。

ただの子供というにはあまりに精神がしっかりしているが。

ウェイブはその子供相手に強張ってしまう。

「壮健でなによりだ」

「はい。義父上の薬でだいぶ良くなりました・・・」

「怨嗟か・・・」

狼はかつて怨嗟の降り積もる先となった仏師の事を思い出す。

クロメの表情からその炎を見出したのだ。

『泣き虫』の指笛。

狼はそれをウェイブに手渡した。

「これは?」

「『泣き虫』だ・・・怨嗟の炎を静めてくれるだろう・・・」

「でもこれは」

「かつては仏師殿の、もう一人の忍びが吹いていたらしい。それが巡り巡ってお前の手に渡っただけの事・・・。決してクロメを鬼にさせるな・・・子を斬るのは・・・辛い・・・」

「・・・はい!」

 

 

ウェイブとクロメは共に生き、時にアカメが尋ねるような日常は幸せであった。

クロメに降り積もる怨嗟の炎もウェイブが払ってくれたという。

かつて正気を失い、狂気に堕ちたクロメであったが、再び正気を取り戻し、幸せな日々を送った。

 

 

「私はこれからどうしたらよいか・・・。あの時は死ぬことのみを考えていたからな・・・」

「は。旅をするのもよいでしょう。この混迷が終われば、己も御供いたします」

「フフッ。元はと言えばお主が私を生かしたことが発端だぞ?」

「己の掟故・・・」

「九朗殿も最後の最後でしてやられたと思ったに違いない。しかし、旅か・・・この地で私が生きているのはよろしくない。遥か遠く、東方の地に足を運ぼうか」

「御意のままに」

「そなたと私との主従は既に切れているはず。・・・それもまた己の掟なのだろうな」

少年は諦めたようにため息をついて跪く狼を見る。

「僥倖であったよ。そなたの手で我が民を救ってくれた・・・」

「己は斬っただけ・・・」

「それでもだ。感謝する。狼よ」

 

 

かつて陛下の忍びとして名をはせた狼という人物がいる。

しかし、革命後はその名がぱたりと消え失せた。

代わりに新国家に仇名す考えを持った者や野心を持った人間が斬られるという事件が多発した。

やることは相変わらず不器用な奴だと彼を知るものは呆れていた。

西の異民族を相手にしていたエスデス軍は彼を探しに回ったというが、誰一人見つけられなかったという。

史書にはこう記された。

天下泰平よりも己の掟に生きた孤高の忍びがいたと。

その忍びを知る者はさらにこう書き加えた。

不愛想だが、憎めない不思議な人物だった・・・と。

 




多くは語りません。


皆さまの評価と感想、まことにありがとうございました。


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