Noble Kirito's Story≪凡人キリトの冒険≫ (葉楼)
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剣の世界

どうも初めまして。そうじゃない方はどうもありがとうございます。
あらすじにも書いたとおりキリトがβテストの経験活かして最前線で活躍するようなムーブはないです。
できるだけデスゲームに巻き込まれた普通の人を書いていきたいです。


 

 

クーラーの効いた部屋、ラフな服装、家中の窓や鍵の施錠。全ての準備は完了している。あとはベッドに鎮座しているヘルメット型の機体『ナーヴギア』を被り起動用のコマンドを唱えるだけで未知の世界での冒険が始まる。

初回生産一万本という多くない量の、しかしその話題性から手に入れる確率はかなり低かったそれはネットやニュースで連日取り上げられている。

両親に頼み込んだとしてもそれを手に入れた俺はかなり幸運だろう。千名が参加することのできたβテストはすこぶる評判がよく、参加できなかった俺は毎日更新される攻略サイトを見てどんな世界なのか想像することしかできなかった。だがそれももう終わる。

 

サービス開始まで二分を切った。

ナーヴギアを被り、ゲームがちゃんとセットされているか確認してベッドに仰向けになる。

父さんも母さんも今日は遅くなるらしいから六時ぐらいには一度ログアウトして炊事を行ったほうがいいだろう。

逸る気持ちを抑えてその時が来るのを待つ。

時計が進み時刻の表示が変わったのを確認する。

 

 

「リンクスタート!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

キャラメイクを終え体が転送されるような感覚に身を委ねる。

一瞬の後に感じる足裏の硬い地面の感触。

目を開けると現代ではお目にかかれないような中世ヨーロッパ風の街並みが映る。

太陽の光、広場中央の噴水、人々の喧騒、そして現実ではあり得ない美男美女の割合、それら全てが俺に別世界に来たということを実感させる。

 

この世界は『ソードアートオンライン』の中。初のフルダイブ型VRMMOであるこのゲームは日本だけでなく世界を沸かせた。

これは空中に浮かんだ計百層から成る城を舞台に攻略していくゲームだ。最大の特徴は魔法や弓などの遠距離の攻撃手段がなく、剣などの近接武器だけで攻略を進めていくこと。

そんな男のロマンを詰め込んだような世界に参加できたことに感激し、最初の一歩を踏み出す。

 

 

 

しかし俺を待っていたのはタイルが敷き詰められた地面だった。

 

頰や手に伝わるレンガの固い感触。なにが起こったのか分からない。俺は確かに仮想世界の一歩を踏み出したはずだ。幸い仮想世界という事で痛みはなく多少の不快感がある程度だったためすぐ立ち上がろうとすると目の前にガタイのいいオッサンが手を出して立っていた。

 

「ハハハ、大丈夫かい。コケた奴を見るのはにいちゃんで五人目だ。

仮想世界は重量が完全に再現できてないらしくてな。十全に身体を扱えるのはよっぽど適性がある奴かβテスターとかの慣れた奴らしいぜ。

周りもコケるまでは行かないまでもなんかぎこちない奴ばっかだろ?」

 

手を借りて立ち上がり周りを見ると確かにどこかフラついているような人たちが見られる。時々いる真っ直ぐ歩けている人たちはβテスター達なのだろう。皆同じ方向に向かっている。

 

「ほら見てみろよアレ。特別スムーズな奴。多分あいつはβテスターの中でもかなり潜ってた奴だろうな」

 

そう言われて見た方には金髪の美少女がいた。軽やかな足取りで何処かへと走っていく。その表情は笑っていて全身で楽しさを表している。

先ほどまで見ていた人たちは顔は笑っていてもどこか不自然さが残っていたが彼女はまるで現実世界にいる人のようだ。

 

「おいアレ、カレンだぜ。βで最前線にいた」

「すげえ美少女じゃん」

「やめとけって現実もあの顔かわかんねーぞ?」

 

周りからはそんな声が聞こえる。

ずっと前線にいたのなら相当な時間潜っているのだろう。

俺もSAOにずっと潜っていればあんな風に動けるようになるだろうか。

未だ見たこともない彼女の戦いを想像して一人興奮する。

そんな俺の様子に気づいたのかオッサンから声がかかる。

 

「おっとすまねえな時間を取っちまって。早く外に出て戦いたいんだろ。

武器屋ならあっちの方にいいモノを置いてるところがあるぜ」

 

色々教えてれたオッサンに礼を言って俺は武器屋へと足を進めた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

武器に防具、ある程度のポーションを買った俺は町の外に通じる門の前に来ていた。

他にも俺と似たようなプレイヤーがたくさんいる。一人で走って出ていく奴、パーティのメンバーと興奮した様子で話しながら歩いていく奴。

かくいう俺もワクワクを抑えきれずにニヤついた顔になっているのだろう。

 

最後にもう一度腰に佩いた剣と手に持った盾を確認して街の外へと踏み出した。

 

 

 

先ほどまでの街並みも綺麗だったが外に出るとまた一層違っていた。

目の前に広がる草原、遠くに見える森、空に浮かぶ雲、周りを見渡せばそこら中にいる戦闘中の人々、全てがリアルでそれでいて現実では見たこともない景色だった。

 

それに感動し見とれていると近くで何かが出現した。そちらを見てみるとちょうど新たなmobがポップしたところだったらしい。

突然現れたイノシシ型のmobに驚いてすぐさま剣を抜いて警戒するが奴はこちらに見向きもせずどこかに歩いていこうとする。

 

急な初戦闘になるかと驚いていたがとりあえず落ち着く。どうやらノンアクティブ型のmobだったようだ。カーソルを見ると《フレンジーボア》という名前が表記される。

確かに最初の街を出たところはチュートリアルみたいなものだしなとノンアクティブ型に納得する。

そして《フレンジーボア》がこちらに背を向けたところで俺は初戦闘に向かって集中する。

 

先制攻撃ができるためなるべく勢いをつけようと半身になって剣を身体の後ろに構える。距離は約五メートル。深呼吸を一度入れ全力で足を踏み出す。

 

「うおおおおお!」

 

「プギィッッ」

 

剣を《フレンジーボア》の側面に当てる。するとHPバーが出現した。今の攻撃で減ったのは四分の一ほど。そして非アクティブ状態から戦闘状態に移行した《フレンジーボア》はこちらへ向き直り土を踏みしめる。

俺ももう一度構え《フレンジーボア》の攻撃に備える。

 

----来た

って早い!!!

 

思いの外早く、そして迫力満載で突進してきたのを横に飛ぶことでギリギリ躱す。不細工にゴロゴロと転がり、なんとか顔を上げて敵を見る。

こちらに向き直った《フレンジーボア》は再びこちらに突進してくる。また横っ飛びで躱し今度は前転を一回いれてすぐさま立ち上がる。

 

躱していたら攻撃をすることができないので次は受け止めようと盾を構える。

 

三度目の突進。

迫力に怯まずなんとか受け止めるものの思ったより強い衝撃に仰け反る。

たたらを踏むがなんとか倒れずに見ると《フレンジーボア》の方も二メートル先のところで少しふらついている。HPも少し減り残り六割。

次は耐えて攻撃を入れよう。

 

そしてすぐにやってくる四度目の突進。

少し仰け反るだけで耐え切り剣を振る。

綺麗に《フレンジーボア》の体に当たりHPを削り取る。残り四割ほど。

 

《フレンジーボア》は怒ったかのように脚を踏みしめ唸る。

五度目の突進。

さっきよりもこころなし強い衝撃に耐え切って攻撃を入れる。斜めに振り下ろし、もう一度切ろうと振り抜いた状態から斜めになった∞の軌道のように横に振る。今度も体に当たりHPを一割弱まで減らす。

 

その間に体勢を立て直した《フレンジーボア》はこちらに突っ込んでくる。おそらくあと一撃で削りきれるほどのHP。最後くらいはカッコよく決めたい気持ちが湧き上がり突進してくる《フレンジーボア》に狙いを定める。

真正面から攻撃を入れると衝撃が大きいだろうと予測してすれ違いざまに側面に当てれるように。

 

 

――――五メートル

 

―――四

 

―――三

 

――ニ、今っ!

 

全力で踏み切りイノシシの正面から少しずれて剣を水平に振る。吸い込まれるように胴体に当たった剣を振り抜く。

赤いダメージエフェクトが一直線に走りHPが減っていく。少しの間の後背後でカシャンという音がすると目の前に紫色のメニューが現れる。

経験値とコルが表示されており《フレンジーボア》を倒して戦闘が終わったことを知らせる。

 

 

「―――〜〜〜〜!!!」

 

勝利した快感に思わずガッツポーズをとる。

初戦闘で勝てたのだ。ゲームとは思えないほどのリアルさでまるで生きているかのように敵はこちらへ攻撃してくるのだ。多分戦闘中はとても格好のついたものじゃなかっただろう。剣の振りはブレブレでただ振り回していただけ。

それでも勝てたのだ。敵の攻撃に対する恐怖もあったが、心を埋めるそれを上回る達成感。この世界での戦闘に魅了された瞬間だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

その後二、三戦してある程度のコツを掴んだので次はこの世界の最大の特徴、ソードスキルを使ってみることにする。

予習はバッチリしてきた。

攻略サイトにもβテスト時に判明していたスキルなどは上げられていた。

 

最初に使う技は片手剣の基本技である"スラント"だ。見たところこの技は本当の基本技のようで、武器の種類によって固定されているソードスキルの中で数種類の武器で扱える技らしいのだ。

刀身を肩に担ぐように構える。ソードスキルには魔法における呪文のようにソードスキルきを起動するための構えがあるのだ。"スラント"の構えは腰を落とし剣を肩に担ぐようにするというもの。構えがシステムに認知されれば自動的にソードスキルが発動するらしい。

 

 

「…………………………」

 

 

おかしい。しばらく待ってみたものの発動する気配がない。構えはこれであってるはずだ。ゲーム内の録画ではないがβテスターがリアルでソードスキルを再現した動画と同じ構えをとったのだ。鏡の前で同じ構えを再現したりもして予習はしてきたのだ。それでも何かが起こる気配はない。

 

再度同じ構えを取る。

しかし結果は同じ。情報にあったような刀身が光る素ぶりもなく何も起こらない。これはシステムのバグなのか?と思いGMコールを送ろうかとした時たまたま周りで狩りをしている人の姿が見えた。

 

刀身を光らせ《フレンジーボア》へ踏み込む。自分には真似できないような速度で動き剣を振る。横薙ぎの一閃は刀身に纏っていた光と同じ色を残像に残して消えていく。リザルトウインドウを確認するとポリゴンとなって消えていく《フレンジーボア》を気にすることなく近くにいた仲間であろう人とハイタッチを交わす。

 

一連の流れをみていた俺はこれだ!と思い彼らに声をかける。

 

「な、なあ。今のソードスキルだろ?

俺に教えてくれないか。何故だか発動できなくて…」

 

突然声をかけられて驚いた二人は顔を見合わせる。アイコンタクトを交わし片方が頷きこちらをみて、「いいよ」と返ってくる。

断られるかもと内心ドキドキしていたが了承してくれたことでホッとする。

 

 

「本当か、ありがとう。

じゃあよろしくな。俺はキリトだ」

 




もちろん最初からVRに適合するなんてチート設定もなし。
そして戦闘とか慣れるまでは絶対怖い。
現実なんてそんなモン。
ということで今回はこれで終わりです。

お読みいただきありがとうございました


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デスゲーム

「よろしくなキリト。

俺はノエル。そっちはシエルだ」

 

「どうも、シエルです。よろしくねキリト!」

 

二人と握手を交わす。ノエルは落ち着いた大人びた雰囲気の男、シエルは活発な雰囲気の女の子といった印象で二人とも年は俺とそう変わらなさそうだ。

 

握手を終えると早速といった風にノエルが切り出す。

 

「それで、俺たちにソードスキルを教わりたいといっていたが」

 

「あ、ああ。なんでだか構えをとってもソードスキルが発動しないんだよ。さっきソードスキルを使っていたし悪いところがあれば言ってくれないか」

 

さっきのソードスキルが発動しなかった旨を説明する。

ほう、とノエルは少し考え込むようにしてから、

 

「一度その時と同じようにやってみてくれないか。モンスターがいなくてもソードスキルは発動するからその場でいいぞ」

 

言われた通りさっきと同じようにネットで学んだスラントの構えをとる。だけどやはりソードスキルが発動することはなかった。

どこか間違っているところはないのか聞いても、

 

「いやスラントの構えならさっきので合ってる。武器も片手用直剣で発動条件は満たしてるはずなんだが…

そんなバグがあるなんてのも聞いてないしな。シエルはどうだ?」

 

「わたしも聞いてないかな」

 

再び顎に手を当ててブツブツと呟きながら考え込むノエル。

そしてハッと顔を上げると、

 

「キリト、すまないがメニューを開いてステータス画面を見せてくれないか。マナー違反なのはわかっているが」

 

確かに他人のステータス画面を見るというのはマナー違反だ。どんな武器を装備しているか、スキル構成から察せられる戦い方などバレたりしたらゲームをする上で弱点になることばかりだ。

だけど現状ソードスキルが発動しないことに対する解決法は俺には見当たらないしさっきの戦闘を見ていた感じβテスターであろうノエルの考えの方が解決には繋がるだろうから人差し指と中指を立てた右腕を振ってメニューを開いてノエルに見せる。

他人にも操作を可能な状態にしたステータス画面を操作してノエルは何かを見ていく。

 

「やっぱりだ。キリト、お前スキルに何もセットしていなかったな。

持っている武器と同じスキルをセットしていないとソードスキルは使えないぞ」

 

「え」

 

ノエルから言い渡されたことは至極単純なことだった。ソードスキルはスキルがないと使えない。

SAOには多くのMMOと同じようにスキルが存在する。それは育てていくことでスキルに対応した技を使うことや恒常で働くボーナスが付いたりもする。SAOも例外なくスキルを育てていくことで様々なソードスキルが解放されたり武器による攻撃に補正がついたりする。

それは攻略記事などにも書いていたが興奮のあまり忘れてしまっていたようだ。

恥ずかしさでスキルをセットする手が急ぐ。

 

「なんだ。そんなことだったんだ」

 

他意はないであろうシエルの言葉にも非難されているような気がして余計恥ずかしくなる。

 

「でもよかったねバグとかじゃなくて」

 

「そうだな。ソードスキルが使えないようじゃSAOの醍醐味が味わえないもんな」

 

横で二人が談笑している中スキルをセットし終える。セット可能なのは二つだった。一つはもちろん片手用直剣。もう一つは何がいいかわからなかったため空けたままにしておく。

開いた時と同じように手を振ってメニューを閉じるとノエルがこちらを見る。

 

「じゃあキリトもう一度スラントを使ってみろよ。今度は発動するはずだ」

 

そう言われたので先ほどの構えをもう一度とる。

 

「そう、そのままタメを作るように一呼吸置いて」

 

言われた通りにする。すると視界の端で何かが光った。そして体が勝手に動いて剣を振る。先ほどの戦闘の時のような不細工な振りではなく俺から見て右の方から入り左の腰に流れるような軌道で一直線に。

振り切ると刀身に纏わりついていた光は消える。

 

ソードスキルを使えた歓喜に体が震える。振り回すのではなくまさに斬るといった動作で振られる剣。現実では再現できないようなスピードで振られた剣は風切り音まで聞こえてきた気がする。そして体に残る重たい感覚。全てが俺を興奮させた。

 

おめでとうと祝ってくれるシエルと

「じゃあ次は戦闘で使ってみるか」と言うノエル。

そうだこれで終わりじゃない。ソードスキルは戦闘において使うものだ。二つ返事で返すとノエルは落ちていた石ころを拾って近くのフレンジーボアに向かって投げる。

石が当たったフレンジーボアはこちらを向き怒ったように足を踏みならして戦闘態勢に移る。

 

「ソードスキルはある程度狙っていたらそちらの方に向かって進んでいくぞ。

あと一撃じゃ倒せないからそこは注意な」

 

俺がフレンジーボアとの線上に入るように移動したノエルがそんなことを言ってくる。

突進してくるフレンジーボアに対し俺はまだ準備ができていない。剣を片手で正中線に構えて、フレンジーボアを避ける。

フレンジーボアが急ブレーキをかけて止まろうとする間にスラントの構えをとり刀身が光ってソードスキルが発動する。フレンジーボアに狙いを定めて勝手に動く体に身を任せる。自分では再現可能な動きで振られた剣はフレンジーボアに当たりそのHPを残り三割弱と言うとこまで減らす。

すぐさま反撃しようとしてきたので剣で受け止めようと体を動かそうとしたら硬直していて動けない。そのためフレンジーボアの攻撃を真正面から受けてしまう。その衝撃波少しの不快感となってやってきて二、三歩下がる。HPの減りはそこまでではないのを確認しもう一度正対すると先程動かなかった体が再び動くようになっていた。体が動かなかったことを頭の片隅に仕舞いつつフレンジーボアに意識を向ける。突進の体勢を取ってくるが残り二撃ほどのHPなのでこちらから距離を詰めて攻撃する。振り下ろしと横薙ぎの攻撃でHPを減らし切ったフレンジーボアはポリゴンとなって霧散し目の前にはリザルトウインドウが出てくる。そして向こう側からは二人がやってきて労いとともにハイタッチを交わす。

 

「ソードスキルのあと体が動かなかっただろう。あれが技後硬直だ。どんなソードスキルにも設定されていて使った後は時間の差はあれど体が動かなくなるから注意をしないといけないぞ」

 

先ほどの硬直はそれだったのかと納得しそして戦闘前に教えてくれなかったことに少し不満を言う。

 

「言葉で教えるよりも体験した方が早いからな。敵は攻撃力も高くなかったし特に問題はなかっただろう?」

 

それはそうなのだが納得出るかと言われれば否だ。だがまあ言葉通り身を以て体験したことで頭には入ったしこれ以上は言うまい。

 

 

その後俺は一時間ほど二人と一緒に冒険していた。冒険というよりは初心者の俺に対する指南のようなものでスラント以外のソードスキルとか戦い方とかを教わったりした。正直教えてもらうばかりで多少の申し訳なさはあったが二人は快く付き合ってくれた。

その過程で知ったことだがやはりというかなんというか二人はβテスターだったそうだ。体の動かし方の自然さ、ソードスキルやスキル、クエストに関する豊富な知識。正規品購入者と違い先んじてプレイしもっと上の層まで上り詰めていたということに羨ましさを感じつつ冒険していれば自分も到達し、その景色を見られるということにモチベーションが上がる。

他にもソードスキル発動時にその動きを加速するように体を動かせばダメージ量が増えることなど本当に色々なことを教わった。

 

二人はβテストの時の知り合いと待ち合わせをしていたようで別れたが、また困ったことがあったらとフレンド登録をしてくれた。

 

ログアウトすると決めている五時までは残り二時間ほど。とりあえず一人で行けるところまで、できるなら次の街に行けたらいいなと目標を決めて一度街に戻りポーションなどの回復アイテムを買って冒険を開始した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

案内板に従いながら進み途中で何度も戦闘を繰り返すこと二時間半。なんとか第二の街ホルンカに到着した。一度狼型のモンスターに囲まれHPがレッドゾーンに突入するというハプニングもあったが逃げながら一匹ずつ倒していくことでなんとか凌ぎきり到着したのだった。

 

しかし思ったよりも時間がかかってしまいすでに三十分オーバー。とりあえずログアウトしようとINNと書かれたこの世界の宿屋を借りる。あの二人曰くINNと書かれた宿屋は最低限止まることができる施設らしく探せばここよりも安く更には設備がいいとこに泊まれるらしいのだ。

まあ今回はログアウトして用事をするためだけなので長居をする気もないしここでいい。

 

ログアウトしようとメニューを開きログアウトのボタンを探す。

しかし何故かログアウトのボタンが見つからない。ログアウトタブを開くとゲームヘルプやサポートGMコールの欄が存在していてその中に一つ何故かなんのコマンドも書いていない空欄のコマンドがあった。察するに本来ならここがログアウトボタンのあった場所なのだろう。サービス初日からバグとかおいおい、と思いながらバグに対応してもらおうとGMコールの欄に手を伸ばした途端いきなり視界が光り出した。

なんだと思い見てみれば光っていたのは自分で体を取り囲むように卵型のドームのようになっていた。そして困惑する俺を無視して光は強くなっていく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

眩しさのあまり閉じていた目を開いて飛び込んできたのはさっきまでいた宿屋の一室ではなくほんの数時間前に見たログインした時の始まりの街の広場だった。

周りを見てみればさっきの町とは違い美男美女ばかり。しかもその数は数えきれないほどでもしかしたらSAOにログインしたプレイヤー全員がいるのではと言うほどで未だに光の中からプレイヤーが現れてはその数を増やしていた。

 

「おい! 早くログアウトさせろよ! この後用事があるんだよ! 」

 

周りからはちらほらとそんな声が聞こえてくる。やはりログアウトボタンがなかったのはバグだったようだ。これからGMによるバグへの対処の報告がありもうすぐログアウトできるのだろう。

そう思い安心していると広場全体に響くような甲高い音と共に空が赤く染まっていく。そしてその中から血のような色の液体が生まれその量を増やし何かを形作っていく。視界いっぱいの空を覆い現れたのはフードを被ったその内部には何もないアバターだった。

 

『諸君、私は茅場晶彦。今やSAOをコントロールできる最後の一人だ』

 

 

 

そう言ったアバターが告げたのは衝撃の事実。

 

曰く、ログアウトボタンが存在していないのはバグではなく仕様である。

曰く、SAOはデスゲームとなりHPが全損すればその瞬間にナーヴギアから発生するマイクロウェーブにより脳を破壊しゲーム同様現実の自分も死ぬ。

曰く、ゲームからログアウトする方法は百層のボスを倒しSAOをクリアすること。

曰く、既にHP全損させたり、家族がナーヴギアを外そうと試みた結果死亡した人間が二百名以上いる。

 

 

そして最後にこのゲームが現実のものであると分からせるためと言ってプレイヤー全員が現実と同じ姿になってしまった。

俺もあまり好きではない自分の中性的な顔立ちに戻っていることを確認した。

そうして茅場と名乗ったアバターは消失して広場は阿鼻叫喚の叫びに包まれる。この後約束があると叫ぶ者、現実を受け入れられずログアウトさせろと叫ぶ者、家族の名前を言って泣きだす者、叫ぶ内容に差はあれどそれら全ては現状を嘆く声だった。

叫びこそしないものの俺も現実を受け止められない。頭に浮かぶのは現実で親しかった人達の顔。父さん母さんに親しい従兄弟の直葉とその家族、そして学校の友人や幼馴染の顔。

βテストの時は攻略が全然進まなかったという噂も聞いていて百層まで行くのにどれだけ時間がかかるのかそしてそれまでに自分は生きていられるのかということが頭をよぎる。もう親しかった人達とは会えないかもしれないと絶望する。

先ほども次の街に行く間にピンチに陥りHPがレッドゾーンまでいったのだ。もしあの時HPが全損していたら死んでいたのだと思うと冷や汗がでてくる。

それに本来RPGというのは死ぬことで学習して進んでいくものだ。それなのに一度も死ねないのはリスクが高すぎる。

 

もしかしたらこれはタチの悪いドッキリで少し待てばログアウトボタンが復活するなりしてログアウトできるのでは、と心の奥底ではその可能性は限りなく低い期待を持って宿屋へと入っていった。




お読みいただきありがとうございました


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出発

SAOがデスゲームとなってから約二週間が経過した。死亡者は1500人に登りながらも未だにその数を増加させていた。しかし最前線は一層から進んでおらず、そして迷宮区のボス部屋は発見されていなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

キリトは始まりの街の宿屋にいた。二週間街の外に出ることはなく宿屋からの外出も食料を買いに行く時以外は一度を除いてなかった。

それは死亡者が千人を超えた頃、他のプレイヤーがどうしているのか調べるためだった。しかし得たのは死亡者のうち圏内で自殺した者が七割を占めるというもの。彼らはデスゲームという事実を受け入れられず死亡すれば現実に戻れるのでは、と一層の外周部分から飛び降りた。

結果がどうなったのかは分からない。黒鉄宮の石碑に刻まれた彼らの名には横線が引かれているだけだった。

 

HPがゼロになれば現実に帰れるのではと思い外周から飛び降りようと考えたことも一度ではない。だが先に飛び降りた人達や現実からの連絡は一切なくこちらで死ねば本当に現実でも死んでしまうのではないかと考えると一歩を踏み出せずにいた。

 

その結果が何もすることのないただ宿屋で引きこもるだけの生活。

だが日に日に減っていくコルがキリトの心を追い詰めていた。死のうにもその勇気はなく残された選択肢は冒険に出ること。コルがなくなれば宿屋にもいられないし食べ物を手に入れることもできなくなる。デスゲーム開始前に冒険で稼いだコルは二つ目の街についた時に大部分がポーションなどの道具の類に替えてしまっている。

それらを売れば何もせずにいられる時間は増えるだろう。だがもう二週間も経って連絡がないならば現実側から救出してもらえる見込みは低い。そうなればログアウトする手段は茅場が言っていた通りゲームクリアのみ。それまで生きるためにはどこかで冒険に出掛けなければならない。そのためには準備が必要で時間が経てば経つほど準備に使えるコルは減っていくため決断は早い方がいい。

 

ここが分水嶺。

何もせず現実に帰れるという望みを捨てるには十分な時間が過ぎた。

圏外に出るのは怖いし恐ろしいし逃げたい。できることなら戦いたくなんてない。だがコルを失い住むところも食べ物もない状態では何が起きるかわからないし自分が何をするのかもわからない。仮想世界でも空腹にはなるし飢え死にしてしまう可能性もゼロではない。

 

幸いデスゲームになる前に二つ目の街まで行っていたおかげで道中の敵は把握してるし動きもある程度分かる。

その時に死んでいたらどうなっていたのかを考えるとゾッとするがまあ運が良かった。

おそらくフレンジーボアは初心者向けのエネミーだから経験値は少ないだろうし道中に出てくる他のモンスターでレベリングすべきだろう。レベル1でも苦戦するような敵ではないし慎重にやれば効率はいいはずだ。

 

キリトは立ち上がった。

 

 

 

 

これはデスゲームに囚われた一万人を救う英雄の物語ではない。

どこにでもいるような凡庸な少年がただ生きるために恐怖と戦いながら日々を過ごしていくだけのお話。

 

 

 

 

《NKS ~Noble Kirito’s Story ~》

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

キリトが旅を始めてから三日が経った。

レベルは4まで上がり順調に冒険は進んでいた。

レベリングを行なっているのは二つ目の街《ホルンカ》のすぐ傍。初日から変わらず狼を相手に戦闘をこなしていた。

狼の攻撃は噛みつきと引っ掻き、体当たりの三つ。盾で防御して怯んだところを攻撃。何度も繰り返したルーティンで倒していく。HPがレッドゾーンになると稀に遠吠えで仲間を一匹呼ぶが脅威とはならず次のPOPを待たなくていいため

あまり今のレベリングに面白みを感じているわけではないが少し進んだところからPOPしだす《リトルネペント》というモンスターは植物型であり現実には存在しないため行動が予想しにくく不測の事態があっても困るということで狼でレベリングをするしかないのだった。

 

そうこうしているうちに狼を倒しファンファーレと共にレベルアップのウインドウが出てくる。

これでレベル5。得たAPを筋力と敏捷にバランス良く振り分けて今日は街に戻ろうと踵を返す。

 

明日はリトルネペントに挑戦するかと計画を立てつつ戻っていると後方から慌ただしい足音が聞こえてきた。

何だとそちらを見てみれば複数のプレイヤーがキリトの方へと走ってきていた。必死な表情で駆けてくるプレイヤーはキリトを視認すると一度後方を振り返りそして一瞬だけ浮かんだ泣きそうな顔を強張らせて少しズレていた進路を真っ直ぐキリトの方へ向けて駆ける。

どうしたのかとキリトは声をかけようとするがそのまま走ってくるプレイヤーはすれ違いざまにゴメンと呟くように言うとキリトを無視して街の方へと行ってしまった。しっかりと確認できたわけではなかったが彼らの先頭にいたのは前に一度共闘したことのあるプレイヤーだった気がする。

何があったのかわからずじまいで呆然とするキリトの耳に先ほどよりも大きい物音が響いてくる。

 

「なっ」

 

振り向いた先に見えたのはさっきは隠れて見えていなかったモンスターの大群だった。

 

《MPK》『モンスタープレイヤーキル』

大量のエネミーを引き連れて他のプレイヤーにターゲットを擦りつけるその行為は普通のネットゲームにも見られる非マナー行為。しかしことSAOに於いては凶悪なPKの手段と相成った。なにせHPが無くなれば現実世界で死ぬ上に誰がしたのかなどわかりようがない。黒鉄宮の生命の碑に記載されるのは死亡日時と直接の死因のみでMPKされた対象が死ねば誰もMPKで死んだということはわからない。

そしてもしレベルが高く一体一体は簡単に倒せると言ってもやはり物量で押されればよっぽどのレベル差が無い限り押し切られてしまうため生き残るのは難しい。

 

MPKをされたと認識しキリトもすぐさま街の方へ逃げようと走るがすでに手遅れだった。敏捷はキリトの方が上かもしれないがここは森の中。木々を避けながら進むとなるとスピードは落ちその結果すぐに追いつかれてしまう。

先頭の狼に体当たりを受けてキリトは転倒する。起き上がる間にキリトの逃げ場をなくすようにエネミーがキリトの周囲を取り囲む。

 

これで逃げられなくなった。何でこんなことにと毒づきキリトは剣を取って立ち上がり、自分を包囲する輪を見渡す。十数体のエネミーは狼だけでなく数体のリトルネペントと共に構成されている。

狼だけならば行動パターンを知っているため切り抜けるのも可能だっただろうがリトルネペントとは一度も戦ったことがなく行動パターンは言わずもがな把握できていない。尚且つ敵の数も多いのでそれを把握する暇もないだろう。舌打ちをしてまずは目の前の狼を倒そうと攻撃の体勢に入る。

 

しかしそれは別方向の狼が攻撃したことで中断される。盾で弾いたもののすぐさま別のエネミーが攻撃してくる。

キリトが攻撃しようにも次々と襲いかかってくるエネミーに攻撃の隙がない。剣でも防御を行なっているためほんの少しずつエネミーのHPは減っていくが敵の数が多いせいで終わりが見えない。

 

加えてリトルネペントの攻撃が厄介でそれを防ごうと集中すると他の攻撃に対して防御が疎かになりダメージを受けてしまう。それでもリトルネペントの攻撃をある程度受けることで狼の攻撃を防ぎダメージ量を極力減らすことでギリギリ戦えないことはない。

だが攻撃を完全に防いでいるわけでもなく回復する手段もないためどんどんHPは減っていきそれがキリトを焦らせる。キリトのHPがイエローゾーンまで減った時ようやく一体の狼のHPがあとソードスキル一撃というところまで減る。

敵の数が多く与えられるダメージも少しずつでここまでエネミーは一体たりとも減っていない。漸くやってきたエネミーの数を減らすという目に見える成果を得る機会にキリトはすぐさま反応してソードスキルのモーションを取り奴を倒そうと企む。

 

だがその選択は誤りだった。

3Mほどの距離を一息で飛び越えて狼に斬りかかる。狙い通りソードスキルは命中し狼のHPを吹き飛ばしてポリゴンに変えた。敵を減らした達成感と共にこのままいけば生き残れるかもしれないと希望が生まれる。そしてすぐそばのエネミーに斬りかかろうとしたが身体が動かせない。

 

----技後硬直か!!!

 

いつまでも進展しない状況に焦り目の前のことばかりに目がいって始まりの街周辺で学んだことを失念したために起こったミスだった。

攻撃が当たる直前で硬直が解けてすぐさま防御しようとするが体制が整わず押し倒されてしまう。その隙をつくように他のエネミーも襲いかかってくる。咄嗟のことばかりで焦ってしまい碌な防御ができずどんどんHPは減っていく。

 

 

ここで死んでしまうのか。

諦めかけたそのとき父の言葉が蘇る。「諦めるな。最後まで足掻け」

尊敬する父親の言葉に体が奮い起こされる。この身体がなくなってしまうその時まで闘わないと顔向けできない。

 

 

キリトは剣を握り直しがむしゃらに振るう。まずは囲まれている状況を何とかしなければならないと攻撃範囲が面で行えるソードスキルを放つ。前方の敵はノックバックで後退する。だがそれはあくまでも正面だけであり残った後ろの敵は攻撃してくる。技後硬直で動けない中なんとか踏みとどまり、続けてソードスキルを繰り出す。次は包囲を抜けるために道を作るための直線的なもの。狙い通り正面の敵は弾き飛ばされて道ができる。

 

技後硬直から回復するや否や走り出す。包囲を抜け出した後もキリトは走り出来るだけ距離を取るとポーションを取り出す。飲んだところですぐに回復するのではなく時間経過で少しずつ回復するので効果が終わる前に狼型のエネミーには追いつかれてしまうだろうがレッドゾーン手前のHPのまま戦うよりは幾らかマシだ。それにダメージを受けても決まった分のHPは回復する。

 

飲み干した瓶を右手に持ちやってくる狼に目を向ける。一番前の方にいる中でも端の一匹に向かって瓶を投げすぐさま同じ方に駆ける。《投擲》スキルを取っていないため補正はかかっていなかったが狙い通りに当たり怯ませるとキリトは背中から抜いた剣でその個体に攻撃する。隙が大きかった為三撃ほど与えたところで他の個体からの攻撃を防ぎ、再び包囲される前に走り出す。

 

狼の方が敏捷が高い為追いつかれてしまうが突出したり連携が取れていない個体を狙ってダメージを与え、狼が集まる前に走り出すことを繰り返して数匹を倒した頃キリトの前方の景色から不意に鬱蒼とした木がなくなる。おそらくこの先は平野なのだろうが平野に出てしまえば身を隠したり視界を遮る物がなくなってしまいすぐに囲まれることは想像に難くない。すぐさま方向転換しようと左右を見るが既に狼が迫っていため諦めて走る。

 

だが森を抜けたキリトが見たのは垂直に切り立つ崖だった。登れそうもなく離れようにも後方には狼。逃げ場を失い追い詰められたキリトに残された選択肢は戦うことのみ。

舌打ちをして覚悟を決めると、剣を地面に突き立て少しでも回復しようとポーションを取り出して飲む。飲み切る前に襲いかかってきた先頭の一匹の攻撃を防ぐがその間に追いついたエネミー達に囲まれる。

 

もう逃げられない。

 

リトルネペントの姿は見えないが後からやってくる可能性も高くその前になるべく狼の数を減らしておきたい。

そのためには防御に割く時間をなるべく少なくした方がいいだろう。攻撃と防御が一体化したような戦い方が望ましい。とプランを立てつつキリトはエネミーとの戦闘に向かっていった。

 

先ほどまでのヒットアンドアウェイのような広く場所を使う戦法は使えない。かといって防御に徹し隙を見て少しずつダメージを与えていくという手段を取ればジリ貧な上に時間がかかり、その間にリトルネペントが合流し再び絶体絶命に陥るだろう。

その結果キリトがとった戦法は非常に危なっかしいものだった。

 

一匹のエネミーと自分との延長線上になるべく多くのエネミーが来るように位置取り、盾にしつつその一匹に集中攻撃。他の個体からの攻撃もなるべく受け流し攻撃の手を緩めないようにする。倒し切る前に離れられてしまったのなら執着することなくすぐさま同じことを別の個体に繰り返す。行動パターンを知っているため受けるダメージは少なくキリトの有利に進んでいくが冷静さを欠いたキリトは一番近くのエネミーに襲いかかるだけでHPの少ない個体や体制の整っていない個体を狙うことがなく理想的な最速のスピードで敵を狩っていくことはなかった。

そのためリトルネペントが到着してきた時冷静であれば全滅していたであろう狼は数匹残ってしまっていた。

 

合流したリトルネペントは五体。

狼だけであれば数が多くてもなんとかなっていたがリトルネペントがいるとなれば敵の総数は少ないといっても苦戦するだろう。

ここで先に狼を倒しきれば一度距離をとって回復に努めるなり街まで走るということもできたのだが冷静さを失ったキリトは一番近くの敵に襲いかかっていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

最後のリトルネペントがポリゴンへと還っていくと同時にキリトの右手の剣も砕けてポリゴンに変わった。左手に持っていた盾も腐蝕液への防御に使っていたせいでとうに砕けてしまっている。

 

残りHPも一撃を喰らえばなくなってしまうほど。ストレージから予備の剣とポーションを取り出しできるだけの装備を整えキリトは覚束ない足取りで街へと向かっていった。



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出会い

MPKという絶体絶命のピンチを乗り切ったその一週間後、レベルも6まで上がったキリトは前線とは全く関係のない街に来ていた。

 

その街に目的があったわけではない。次の街への行き方がわからないのだ。道にもはっきり書かれているわけでもないのであてもなく彷徨いながら街が見つかるまで進み続ける。到着した街ににプレイヤーの気配がなければ宿で一泊し一つ街を戻り別の道をまた進む。活動を始めるのも朝の早い時間で他のプレイヤーの姿はなく手探りで進んでいくしかない。

 

そんなことを繰り返しているため一週間で進んだ街は二つ。誰も通っていない場所を通ることも少なくなかったため宝箱は所々に存在していたが入っているのは回復アイテムやアクセサリー、日常で使うようなものばかりで目下の目標である武器の更新は行えずにいた。

 

正直言って店売りの剣では心許ない。始まりの街で売っていたものよりも強いものがどこにも売っておらず耐久値も一日二日使っていれば無くなってしまうほどのもの。

だからこそ早く次の街へ行き装備の更新をしたいのだがその次の街がどこにあるかわからず全く別の方向へ進んでしまう。悪循環だった。

 

道に迷ったのなら他の誰かに聞けば良い話なのだが先のMPKがキリトは疑心暗鬼に陥り、誰にも頼れない状況を作り出していた。

みんながみんな悪人ではないとはキリトにも分かっている。しかし騙されて殺されるくらいならば一人でいた方がいい、と疲れようが迷おうが誰にも頼ろうとしなくなってしまった。実際デスゲームという環境下において生き残るために他人を騙し得をしようと立ち回ろうと考えるプレイヤーも少なくはなかった。行動に移せる人間は少ないが騙されるとキリト同様に疑心暗鬼に陥るものは少なくなかった。

その結果が睡眠時間を減らして攻略へ出向きたまに安全地帯で仮眠をとり次の街までノンストップで進むというものだった。戦闘も避けることはせず近くにいるエネミーと戦いまた進む。

一つ間違えれば死に直結する可能性のある攻略。疲れが溜まればミスもしやすくなるのだが溜まっているはずの疲れをキリトは自覚することない。

早くレベルを上げ武器を更新し強くなって死ぬ可能性を減らし攻略していく。それだけがキリトのモチベーションでありその他のことは二の次だった。

だがレベルはそう簡単には上がらない。ならもっと強い敵と戦い経験値を多く獲得する。そのためには強い武器がいる。一番先の街ならば新しい武器が置いてあるかもしれない。そういう考えのもとにキリトの無謀な冒険は進んでいく。

 

そこそこの時間をかけて一つ前の街付近に帰ってきたキリトの索敵スキルの範囲にエネミーの反応が引っかかる。時間を見てあと三十分ほど狩りをしてから街に戻ろうと武器を抜いた。

 

その後狩りを続け索敵範囲に残っている少し離れた所にいる数匹で最後にしようと剣を構える。少し距離はあるがソードスキル《ソニックリープ》を使って一気に詰める。ノックバックを発生させて技後硬直の隙を無くそうという算段だったがどういうわけか一撃でポリゴンへと変わってしまった。キリトに気付いた周りの三体ほどがやって来るがそれらもほんの数撃でポリゴンへと変わっていった。

周りを見ればプレイヤーがいたようでそちらでは最後の一体がポリゴンへと変わったところだった。

 

そこでキリトはモンスターの横取りをしたのだと悟った。モンスターの横取りはマナー違反であり普通のネットゲームでは繰り返せばネット等に晒されてしまうこともある。だがあまり人と関わりたくないキリトは敵の数も多かったため囲まれていたのだろうと心の中で言い訳をして何か言われる前に立ち去ろうと踵を返す。

だが足を踏み出す直前に背後から声が掛かってきてしまい已む無く立ち止まる。

 

「ねえ、そこにいたの私の獲物だったのだけど」

 

先程はフードを被っていて分からなかったが声から察するに女性。それもキリトとあまり変わらないぐらいの歳の。デスゲームになった今、少女一人で攻略しているのは珍しいと思いつつ非難するような口調にとりあえず謝ってすぐ去ろうと返す。

 

「悪い、敵が多かったせいであんたのこと見えてなかった」

 

先ほどの戦闘で何がドロップしたかは分からないがとりあえずストレージからさっきのモンスターからよくドロップするアイテムを取り出して投げ渡す。

 

「きゃっ、……何よこれ」

 

「さっきのモンスターのドロップアイテムだ。返すよ」

 

少女はあまり納得した様子でなかったがあまり大事にしたくないのでこれ以上何か言われる前にとキリトはすぐさま街へ戻っていった。

 

 

 

 

次の日、いつものように朝早くから狩りへと出かけていたキリトはその途中で昨日の少女とまた出会った。それもモンスターの横取りという昨日と全く同じシチュエーションで。

謝罪の意味も込めてコルも一緒に渡してことなきを得たがキリトの不幸はそれだけでは終わらなかった。

その日キリトは数度同じ少女に同じ状況で出会ってしまう。決してわざとやっている訳ではない。出くわしてしまった後は再び出会うことのないようにできるだけ離れて狩りをしながら先へと進んでいるだけなのにどこかで少女が現れる。それも決まって少女が一対多で狩りをしているであろう場面で。

 

いくらわざとやっているわけではなくても重度のマナー違反である。謝罪してドロップアイテムを渡しているといってもモンスターを倒す最たる目的は経験値でありそれは返すことができない。回数が重なるにつれ当然少女のフラストレーションもたまっていく。

毎回渡すコルを増やしながら少女の前から去っていたがとうとう追及の声が上がる。

 

 

「ねえ、あなた何度も何度も私の獲物横取りしてるのだけどわざとやってるの?」

 

彼女がそう言うのも当然だろう。キリトもまずいことをしている自覚はあるため謝罪をして早めに会話を切ろうとするも思わず憎まれ口を叩いてしまって言い争いに発展してしまう。

 

「悪いとは思っているがわざとやってるわけじゃない。索敵範囲に敵が出てきたから攻撃したらそこにあんたがいるだけだ」

 

「私がいるんじゃなくてあなたがこっちに来てるんでしょ。それにわざとじゃないならなんでこう何度もモンスターを横取りしていくのよ」

 

「そんなの知るか。俺だって十分に離れてから狩りを再開してる。あんたの方が寄ってきてるんじゃないのか」

 

「…なんですって?」

 

「だからあんたが俺の方向に進路ズレてるんじゃないのかって。

それにコルとアイテムは渡してるだろ」

 

「別にコルなんていらないのよ!必要なのは経験値。返してもらうことも出来ないから私のレベルが上がらないじゃない」

 

「そんなの遅い方が悪いんだろ。あんたがさっさと狩っていれば誰もやってこないよ。というよりなんで毎回あんなに囲まれてるんだよ。あんなに数が多かったらプレイヤーがいるかどうかの区別も出来ない」

 

かなりの暴論だ。いくら遅いとは言っても少女は安全なレベリングをしているのかピンチになる気配はなくこの時点では横取りをしているキリトが悪い。だが一度ヒートアップしてしまって引けなくなってしまったキリトは街へと戻ろうと踵を返す。

 

「ちょっと、どこ行こうとしてるのよ。まだ話は終わってないでしょ」

 

「街に戻るんだよ。そしたらあんたと会わないで済むだろ。それでレベリングをしてたらいい」

 

そう言って返事を待たずにキリトは街へと戻っていった。

 

そして予定よりも早く帰ってきてしまい特にすることもなく手持ち無沙汰になったため早めに寝て明日は朝早くレベリングに出かけよう、と眠ったのだった。

 

 

 

次の日いつもより長い睡眠から目を覚ましいつもより軽い体を少し動かして狩りに行こうとしたところで事件は起こった。

 

街の門の前の大通りに差し掛かった時通りの向かいから人影がやってくる。

この最前線とは言えない街でこんな朝早い時間に出かける奴が俺以外にも居たんだなと思い相手の顔を見た瞬間お互いが驚いて相手の顔を指差す。

 

「「お前(あなた)は!!」」

 

そう昨日のレベリングでキリトに散々モンスターを横取りされた彼女だった。

 

「なんであなたがここにいるのよ!」

 

「そんなの俺の勝手だろ!

あんたこそなんでこんな早い時間に」

 

「私はいつもこの時間よ。

あなたこそなんでこんな時間にいるのよ。普段見かけないのだけど」

 

「昨日あんたにレベリングを邪魔されて暇だったから昨日の予定を全部早めたんだろ」

 

「なっ!……じゃ、邪魔って、モンスター横取りしてレベリングの邪魔をして来たのはあなたの方だしどこかに行ったのはあなたじゃない!」

 

二人の言い合いはヒートアップしていく。お互い熱くなりながらも歩を進め街の外に出ても言い合いは続く。

少し行ったところで二人の目の前に一体のモンスターがPOPする。先に反応したキリトが剣を抜いて攻撃を仕掛け遅れた少女が攻撃にやって来る前に倒しきる。

 

「あなた、昨日私のモンスター横取りしたのだから譲りなさいよ」

 

「知るかよ。昨日も言ったけど遅い方が悪いんだろ。俺は出てきたから攻撃してるだけだ」

 

再び言い合いが再開されそのまた数分後新たなモンスターがPOPする。

これまた先に反応したのはキリトだった。しかし少女も先ほどより反応が早くキリトが倒しきる前にやって来た。

 

「退きなさい!」

 

キリトの持つ片手直剣よりも刀身の細いそれを胸元に引き少女が叫ぶ。

振り返ったキリトの目に飛び込んできたのはペールブルーの光。見た瞬間に全力で横へ跳ぶ。

その直後キリトのいた場所を少女の細剣が切り裂く。HPの減っていたモンスターはその一撃でポリゴンへと還っていった。

リザルトウインドウを一瞥し細剣を腰の鞘に戻し一息ついた少女にキリトの絶叫が轟く。

 

「あっぶねえ。当たったらどうするんだ!」

 

「ちゃんと警告はしたしあなたも避けてたじゃない」

 

何も問題はなかったという風に返す少女にキリトは目を見開く。確かに何も無かったがキリトが飛び出すのが一歩でも遅れていたらあわや大惨事だったのだ。

 

「さっきのは偶々だろ!普通戦闘してる奴目掛けてソードスキルなんか打つか!?」

 

「あら、でもあなたがさっさと狩り終わってたら私もソードスキルなんか出さずに済んだのに。

『遅い奴が悪い』んじゃなかった?」

 

自分が少女に言ったセリフを返されて言葉に詰まる。何も言い返せないのだが得意げに言う少女にキリトもイライラが溜まりムキになっていく。

 

レベリングも言い争いもどちらも一歩も引かないまま二人はかなり深いところまで進んでいた。言い争いの末いつの間にかモンスターを倒した数で競うことになっていた。

あたりには二人以外プレイヤーがいないのかモンスターが入れ食い状態だがそれにしても数が異常に多く二人の進みは遅い。

 

「に、じゅう……さん!!」

 

「……19、20!」

 

いなくならないモンスター群にストレスを溜めながらも倒した数はカウントを忘れない。逆転したりされたりの繰り返しだったがキリトが少しずつ差をつけ始めていた。

片手剣で一発が重いキリトと細剣ならではのスピードで少ないダメージ量をカバーする少女。キリトの方がレベルが低いのかそこまで差のない一撃のダメージ量。差をつけているのは戦い方だった。

ステップでモンスターの攻撃を躱し殆どダメージを受けていない少女に対して敵に密着し防げる攻撃だけ防いでHPを気にすることなくレッドゾーンに陥ろうが攻撃をやめないキリト。敵を倒せばポーションで回復を図るが完全に回復しきるまで待たずに次へと仕掛けていく。

ある程度の安全を考えた少女の立ち回りとただDPSを叩きだそうとするキリトの立ち回り。どちらの速度が速いのかは倒した数に現れていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

side ???

森の中を進む。目指すのは拠点としている町≪ホルンカ≫。

今日のノルマを終えたので武器の調整、回復アイテムの補充などやっておくべき事を頭の中でピックアップしながら歩く。

そうして思い出すのはSAOがデスゲームとなったあの日。

プレイヤー全員が自分の作成したキャラクターの姿から現実の自分の姿にされ俺、≪コウ≫もその例外ではない。

あのとき≪始まりの広場≫は人々の悲鳴と絶望に包まれた。

 

ある人は泣き、ある人は親の名前を叫び、ある人は現実のナーヴギアをはずそうと頭を掻き毟っていた。

そこからいろいろな行動に移る人に分かれ俺はゲーム攻略を目指す数少ない人間の一人になった。

 

一度死んだら終わりと言うこともあって慎重に進んで行く俺の攻略スピードは遅い。

早い人はすでに次の層につながる≪迷宮区≫まで進んでいると聞いたがどうすればそんなに先へと進めるのだろうと疑問に思うところだ。

確かに遅れて町の外に出たため初日から進んでいる人には及ばないだろうがたとえ俺が初日から攻略を進めていたとしても到底追いつけるようなスピードではない。

いつの日かSAOにおけるトップランカーに、もしなれなかったとしてもアインクラッドの攻略を支えられるようなプレイヤーになるために攻略するのだ。

 

そんなことを考えながら進んでいると辺りから戦闘音が聞こえてくる。誰かがレベリングしているのだろうといつも通り巻き込まれないように距離を取りながら横目で戦闘を眺める。

剣戟の音も多く、パーティでのレベリングなのだろうと見た俺は呆気にとられてしまう。

 

戦闘に参加していたのは二人。それにフルパーティでも相手にしないような数のモンスターを相手にしていた。

何があったのかは知らないが戦力差は洒落にならないだろうとクールダウンに向かっていた思考のスイッチを即座に入れて助っ人として参加する。

 

「おい!あんたら大丈夫か!」

 

索敵範囲には数十体のモンスター。俺もソロプレイヤーだからたった一人しか戦力は増えないがないよりもマシだろうと声をかける。

しかし返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

 

「え!?いや手助けは大丈夫だ!

……37!」

 

「35!」

 

少し慌てた声で返事が返ってきて続いて聞こえてきたのは何かの数字だった。もう一人の女の子も数字を叫んでいて様子を見ればモンスターの討伐数ということは容易に想像できた。

しかしその光景はただただ驚きしかなかった。異常なまでに多いモンスターの量。普通たった二人でなんとかなるような数ではないのに目の前の二人は次々とモンスターを屠っていく。呆然としながらとりあえず近寄ってきたモンスターだけを相手にしていたところ驚くべき速さでモンスターはいなくなった。

二人からしてみたら狩りをしていてそこに乱入してしまった状況でありモンスターを横取りしてしまった形になるので謝ろう、と討伐した数で言い争っている二人に近づいていったところで俺はまた驚くべき事態に遭遇してしまう。

 

 

「お前……和人か?」




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決心

感情の言語化って難しい・・・


NKS5‘

 

「お前……和人か?」

 

レベリングに何度も乱入してきた男の子とモンスターの討伐数で競っている時に乱入してきた男の子が謝りながら近づいてきたと思ったら聞き覚えのない名前が聞こえてきた。

モンスターの横取りしたらこの人みたいに謝るのが普通のはずとか考えていたから最初は何を言っているのかわからなかったが隣にいる男の子がその単語に反応しているから彼の名前なのだろうと少女はあたりをつける。

 

「もしかして……コウ兄…?」

 

また少女にはわからない名前。状況から察するに近づいてきた男のことだろう。現実での知り合いなのだろうか。たった一万本という少ない数の中に知り合いがいるのはかなり珍しい事のはず。

キリトとコウと呼ばれた男、相手が知り合いであったことを確認すると驚きと嬉しさが入り混じった表情になる。

 

「やっぱり和人だったか。久しぶりだな。っと悪い、リアルネームはダメだな。名前は?」

 

「あ、ああ。俺の名前はキリトだよ。そっちは?」

 

「俺はコウだからそのままでいいぜ」

 

自己紹介を済ませるとコウと名乗った男は気付いたように少女に話しかける。

 

「っと、二人で盛り上がって悪かったな。君は?キリトと一緒にレベリングしてたみたいだけどキリトの友達かな?」

 

実際の事情は全く違うのだが側から見れば一緒にレベリングをそれも討伐数で競うほど仲が良い知り合いであったためコウの質問は至極真っ当なものだ。

二人が全くの他人だと否定するとコウはとても不思議そうな顔で聞く。

 

「でも一緒にレベリングしてただろ。それに討伐数を競ってたみたいだからてっきり友達なのかと」

 

「それはこいつが俺の獲物を取るから…」

 

「はぁっ!?先に横取りしてきたのはあなたでしょ。それも何度も!」

「だからそれは謝ったしちゃんとアイテムも渡しただろ」

「必要なのはアイテムじゃなくて経験値だって言ってるじゃない!」

 

再び根本的な一番初めの議論から言い争いを始めた二人にコウが止めに入る。

 

「おいおい急に喧嘩を始めるなって。何があったんだよ」

 

二人はコウの方を向きお互いの主張を話す。しかし根本的に

本人

 

悪いのはキリトの方であり人と関わるのが面倒だったために適当にあしらっていたがキリト自身

ほん

 

にもその自覚はある。話が進むにつれ少しづつ声が小さくなるキリトに対し少女はあったことを述べていきそれを聞くにつれコウの雰囲気も険しいものになっていく。

 

「キリト、正座」

 

怒っているが故の少ない言葉にキリトはすぐさま従いコウの目の前に正座する。

 

「これだからお前は…」

 

そのままコウによるキリトへの説教は五分ほど続いたが新たにPOPした数体のエネミーに中断される。

 

「ねえ、敵が出てきたんだけど。」

 

「そういえば街の外だったな。先に安全圏に戻るか。

キリト、帰ったら続きな」

 

説教から逃れられたと安心したキリトだったがコウの言葉に身体を震わせて戦闘に参加する。

数分で戦闘を終わらせた三人はどうしようかと顔を合わせる。

 

「とりあえず俺とキリトは街に戻るけど一緒に行かないか?

それにキリトにちゃんと謝罪させたいんだけど。」

 

「やめておきます。もうちょっとレベル上げたいので」

 

「やめといたほうがいいんじゃないか。見たところかなり疲れているようだけど、そんな状態でレベリングしても危ないだけだろ。」

 

「気にしないで。私は大丈夫だから。」

 

「大丈夫ではないだろ…さっきの戦闘でも足をふらつかせていたじゃないか。

そのまま続けたところですぐに死んでしまうぞ。」

 

「別に。戦って死ぬなら、私が私として死ねるならそれでいいわ。」

 

戦って死ぬ、そう言って彼女はコウの誘いを頑なに断った。その言葉と表情にはただならぬ決意が込められているようでコウとキリトは続く彼女の言葉を聞くしかなかった。

 

「だって百層もあるのよ。それなのにまだ最初の層すらもクリアできてない。単純に計算しても二年以上、それ以上に時間はかかるでしょ。このゲームがクリアされるまでに現実の私たちの体が無事である保証もないし帰ったとしても周りの人たちに比べて私たちの時間は遅れていて社会に戻れると思えない。ゲーム(こっち)でも現実(むこう)でも私たちは死んでしまったようなものよ。だったら宿に篭もってただ死を待つよりも戦って私らしく死にたい。」

 

そう言い切った彼女にキリトは口を噤むしかなかった。このゲームが始まってもう二週間だが未だにこの一層を突破したという噂は流れてこない。なら単純に計算したら少なくとも二年はかかってしまう。そして考えたこともなかったが現実の体にはタイムリミットがあるのだ。

ナーヴギアは神経を伝達する電気信号を読み取る。そのためナーヴギアを起動している間は体を動かすことができず、そのうち体は衰弱していきいつかは死んでしまう。その前にゲームをクリアする必要があるが具体的にどれだけ時間をかけられるかがわからない。

そのために自棄になって死んでもいいという気持ちになってしまうのは理解できないでもなかった。

 

「でもレベリングをしているということは生き残りたいって気持ちもあるんだろう?

だったらいつでも万全な状態でいるためにも今は一度休んだ方がいい。それに今君と別れて死なれても俺の寝覚めが悪い。」

 

少女の言葉に少し考えた後コウは答えた。やはり年上の功とでもいうのだろうか落ち着きと言葉の説得力が違う。幼い頃から何度もコウに怒られた記憶が蘇る。

ほっといてくれと言いたげな少女だったがコウの言葉に対する反論が見つからなかったようで溜息を吐いて答えた。

 

「わかったわよ。街には戻らせて貰うわ。」

 

そうして三人は街へと戻り食事のできるところへと向かう。少女は最初断っていたがコウが言った奢りという言葉に着いてきていた。

 

「さあなんでも頼んでくれていいぞ。あ、キリトは奢る側な。」

 

「なんでだよ!!」

 

「mobの横取りしてた罰だよ。君もこれで許してくれないか。」

 

「わかりました。

でも、また同じことしたら許しませんから。」

 

少女の許しを一応ではあるが得られたのでコウに良かったな、と言われたキリトは若干の不満顔ながらも自分が悪いことを自覚しているため悪かった、と謝る。

少女はそれに応えはしなかったが険悪と言える雰囲気はなくなったためコウの乾杯の音頭で食事は始まった。

 

食事は終始穏やかなもので狩り場やレベリングのことなどコウがうまいこと話を回していた。アインクラッドにいる人の大半と同じく少女も普段は安い食事で済ませているらしく久方ぶりの豪勢な食事に気分が上がっていて、場の雰囲気を悪くはすまいと思ったキリトも言葉を選び、特に険悪な不意気になることもなく全員が料理を食べきった。

そのタイミングでコウが少女に対し新たな話を切り出す。

 

「提案があるんだが、俺たちでパーティを組まないか?

さっきも言ったとおりアインクラッドでの冒険は一人でやるにはかなりきついと思うんだ。タンクはいないが三人もいればある程度POTローテも回せるし生存率は増すし狩りの効率も上がるだろう。

それに話を聞く限りじゃ別に君も望んで死にたいわけじゃないだろう?

ここで出会ったのも何かの縁だろうしさ。どうかな。」

 

少女は一瞬考えるそぶりを見せたが

 

「いいですよ。

確かに生きる上ではメリットの方がデメリットよりも大きそうですし。」

 

と答えるとコウがキリトの方を向きやったな、と声をかける。

しかしキリトは無言で俯く。

何度か口を開きかけた後、

 

「…少しだけ考えさせてほしい。

明日には答えを出すから。」

 

さっきまでの雰囲気と打って変わって暗い表情になったキリトに少女もコウも違和感を覚える。特に誘ったコウはキリトに断られることを考えていなかったのか驚きも入り混じっている。

だが何年も遊んできて見せたことのない暗い表情を見せるキリトを心配する。

 

「そ、そうか。事情があるなら待つけど何かあったのか?」

 

気遣ってくれるコウ、しかしゴメンとしか答えらえずキリトは席を立つ。

コウが呼び止める声にも反応せずキリトは自分の宿へと帰っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

自分の宿へと帰ってきたキリトはベッドにダイブする。

考えるのは先ほどのこと。

コウからの誘いを断ってしまったのは申し訳なかった。100%の善意であることはわかってるしパーティを組む合理性は自分自身でもわかっている。

不測の事態への対応力など攻略において一人でいるよりもかなり安全性が増す。

 

それでも俺がすぐに返事できなかった理由は自分でもわかっている。他人への不信感だ。

小さいころからかかわりのあるコウならもちろん裏切ったりすることはないことはわかる。実際誘われたときはパーティを組んだほうがいいとは思ったのだ。でもそんな意思とは裏腹に口をついて出たのは躊躇だった。

 

すぐに訂正してパーティを組むと言えればよかったのだがあの時コウも一緒にいた少女もかなり困惑しているようだった。それほどに俺の雰囲気が深刻そうなものだったのだろう。

正直あの場にいつ続けるかパーティを組む話をしたところで自分の不信感の話をしてしまっただろうしそんな話は聞かせたくなかった。特に初対面であるあの少女にそんな話をするわけにはいかない。

 

そんなことを考えているとフレンドからメールが来た知らせが届く。

送り主はコウ。内容は俺を心配するものだった。やはり気を使わせてしまったのだと申し訳なくなる。続きには『いつでも話を聞くからその気になったら話してくれ。』

やっぱりコウ兄は変わらないな、と昔のことを思い出しつつ自分はどうしようかと考える。

とは言っても答えは決まっていた。パーティには参加する。さっき断ってしまったことについても話すつもりだ。話さないなら話さないでコウは無理に聞き出そうとはしないだろう。そして心配させ気を使わせてしまうだろう。

俺自身の問題にコウを付き合わせるわけにはいかない。時間を確認してまだ起きているだろうとメールを返信した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ホルンカの町のはずれ。人通りのほとんどない場所にキリトは立っていた。町の中央のほうから足音が近づいてくる。そちらを振り向けばコウがやってきていた。

先ほどの返信で「話したいことがある」と呼んだのだった。

 

「よう、さっきぶり。」

 

手を掲げてキリトに呼びかける。いつも通りの態度で特に真剣な雰囲気は感じられない。

対称的にキリトは思いつめた表情をしている。

コウはそれ以上喋らずキリトが口を開くのを待つ。

 

「…さっきは、ごめん。変な雰囲気にして。」

 

「いいよ。それで話って。」

 

「うん。…」

 

コウに促されてポツポツと話はじめる。レベリングの途中で他のプレイヤーにMPKされたこと。そこで死にかけたこと。MPKしてきたプレイヤーが一度共闘したことのあるプレイヤーだったかもしれないこと。それで裏切られたような気持ちになりそれから人と関わることが少し怖くなったこと。さっきの食事の時も断る気はなかったが勝手に口をついて出てしまったこと。

キリトが話している間コウは一言も発さず聞いていた。

 

「…てことでさっきは断っちゃったけどコウのパーティに参加させてほしいんだ。」

 

「俺としては別にいいんだけどあの子に説明する必要あるし今すぐは無理だぞ。

明日から一緒にレベリング始める予定だからそのときに自分で話せよ。」

 

明日少女と待ち合わせをした時間と場所を伝えてコウは宿へ向かっていった。

 

残ったキリトは近くのベンチに腰掛けて空を見上げる。

コウが何かを聞いてくることはなかった。それがキリトにとってはありがたかった。

これはキリト自身の問題でコウに口を出されたところで一時的に不安が和らぐだけで解決には至らなかっただろう。キリトもそれはなんとなくわかっていた。

しかしどこかでコウに何か言われることを望んでいたのかもしれなかった。

結局、自分でどうにかするしかないことを思い知らされただけだったがそれで良かった。

 

折り合いをつけれるようになるまでは時間がかかるだろう。今はほんの少しだけでも自分を変えられればと明日のことに思いをはせながらキリトは宿へと戻っていった。

 




なんとなくキリトの心境に不自然さを感じるというか言語化が難しいけど思春期の男の心はこんなもんでしょうと言うことで・・・(目逸らし)


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パーティプレイ

 

「昨日は途中で抜けて悪かった。それとやっぱり俺もパーティに入ってもいいかな。」

 

翌日コウ達の待ち合わせ場所に一番に着いた俺はやってきた少女に謝った。

ここに少女が着いた時俺がいることに驚いていたがコウに教えてもらったことを話すとわかってくれた。

そして後からやってきたコウにパーティ申請をしてもらい俺たちは街の外へレベリングに向かった。

 

 

狩り場へ向かう道中にコウに今日の予定を教えてもらった。

昨日俺が去った後にわかったことらしいがパーティの少女――アスナというらしい――はどうもMMOをプレイするのがSAOが初めてだそうでスイッチ等の基本的なパーティプレイを教えるそうだ。用語としては昨日あらかた教えたそうなので実戦で確認するというわけだ。

 

最初はスイッチの確認をした。二、三度の戦闘でアスナは大体のコツをつかんだようだった。

その後も何個か確認しながらそのたびに軽い戦闘を行ってわかったことだがアスナはとても飲み込みが早かった。

それに昨日コウが説明したことは大体覚えていて、再度コウが説明し一度手本としてやってみる。それだけで理解して基本一度で成功させて見せた。

 

そして確認が終わって三人でのレベリングを開始する。

コウの方針で余り多くのmobを一度に相手することはなく多くても三体までのmobと戦闘を繰り返していた。

ソロで行動していたときも同じぐらいか、それ以上の数のmobと戦っていたため自分に入る経験値が少なく感じる。でもそれ以上に戦闘が安定していた。

ソロの時はどうしても処理できない攻撃が来てある程度のダメージを組み込みながらやっていたが複数だとスイッチ等でダメージを受ける回数が少なくなりポーションの使用量が減ったし、スイッチをすることで無防備な敵の弱点を狙えることが増えて戦闘がスムーズに進む。

それに多少想定外のことが起きてもすぐにカバーしてもらえる。

 

結果ソロの時よりも一度の戦闘にかかる時間は短くなり戦闘の回数も増えた。

経験値効率で言えばソロの時より悪くなるが回復アイテムに使うコルは減りそうだし俺としては満足する結果だった。

 

そしてアスナは驚くべきセンスを持っていた。

先ほどから分かっていた通り彼女がMMOをプレイするのは初めてらしいがこと戦闘においてはそれは嘘なのでは?と思うほどだった。

武器は早さと正確さに重点を置いた細剣で盾は持っていない。そのためmobの攻撃は武器でのパリィかステップで回避しなければならないのだがアスナはステップを多用している。

俺の所感としてはステップの方が難しいと感じる。mobは攻撃の後ほんの少しの硬直がありステップで回避した後はその隙を狙う。しかしその回避と攻撃の両立は難しいため俺は基本的に攻撃をパリィしその隙にソードスキルをたたき込むというスタイルなのだがアスナは回避した後ソードスキルを弱点に叩き込んでいる。

ステップで回避した後攻撃を食らわせるだけなら俺もできないことはないがそれを狙って弱点に叩き込むのは難しい。

アスナはほとんどの攻撃がmobの弱点に入っていて直剣に比べてダメージ量で劣る細剣で俺のDPSに迫っていた。

 

それにアスナは視野が広く戦況を把握するのがうまく後ろから声をかけられても即座に反応、対処ができていた。

そしてアスナはソードスキルの使いすぎでオーバーキルのきらいがあったらしいのだがそれもコウに指摘された後すぐに修正していた。

初心者だからなのかまさに水を吸うスポンジのように次々と技術を吸収していく。

 

そんなアスナに対してコウはオーソドックスなタイプの片手直剣スタイルだった。盾でmobの攻撃を弾き、できた隙にソードスキルを叩き込むかスイッチを入れる安定した戦い方だった。それにmobの動きをすべて把握しているように立ち回り攻撃を直で受けることがなかった。同じ直剣でも俺は動きやすさ重視で盾を使わずできるだけ多くのダメージを与えるスタイルをしているため盾でパリィできるコウがいるだけでとても安定した戦闘ができていた。

 

そうしてこの日のレベリングは順調に進み俺たち三人は街へと戻った。

三人ともレベルは上がらなかったがまあそうポンポンと上がるものでもないためまた明日の待ち合わせを約束して別れた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

約一週間後、SAOが始まってからとうとう一ヶ月が経った。

攻略組――最前線でSAOを攻略している人たち――はやっと層と層とを繋ぐ迷宮区の最奥にあるボス部屋を発見したとの報せがあった。

SAOからの解放を望む人たちはこの報せに喜んだ。ここに来るまでに多数の死者が出た。その数はおよそ千八百人。初期には死んだら現実に戻れると信じてアインクラッドの外周から飛び降りた人も少なくなかったため攻略に出て死んでしまった人はもっと少ないがこのペースで攻略が進んでしまうなら百層に辿り着くまでにはどれだけの人が減るのか。

攻略が進んで行くにつれてもっと安全に戦う方法が確立されるだろうしもっと効率的に攻略を進めていく方法も確立されていき今よりも速いペースで層の解放は進むだろう。

ボス部屋の発見はその大きな一歩だった。

 

俺たち三人はというと迷宮区に一番近い街≪トールバーナ≫の一つ手前の街を拠点にしていた。レベルは俺とアスナが9、コウが10という具合だ。

正直俺としてはトールバーナの先の場所にいってレベリングをしたいのだがコウが許さなかった。ゲームにおいて強さを量る最も単純なものはレベルという目に見える数値であり、安全に攻略するためにも全員がレベル10になるまではトールバーナには進まないというコウの方針だ。

 

安全志向のコウの方針は俺としては物足りないもので一度に相手するmobの数も少なければ三人でいるため入ってくる経験値も少ない。今現在ですら全く問題なくレベリングは進んでいて不測の事態どころか大きなダメージを負うことすらないため次の狩り場へ移行して効率の良いレベリングを行いたい。アスナも言葉にはしないが俺と同じように次の街へ狩り場を移したいと思っていると思う。

 

だけどやっぱりコウの言うことはもっともで、安全に生存最優先で攻略していくことは間違っていない。でもネトゲをやっていた俺としてはトッププレイヤーになることのは憧れがあるし攻略組との差が小さく彼らが足踏みしている今が攻略組に追いつくチャンスとも思っている。

 

そんな中で足踏みさせられるのは正直言って不満だ。パーティを抜けてソロで先に進みたい気持ちもある。でもそれをしてしまっては俺を信じると言ってくれたコウに申し訳が立たないしコウを信じると決めた俺を裏切ることにもなる。

だから俺はコウについて行ってるしまたソロに戻ったりなんかしない。

 

それに三人での行動も楽しくないわけではない。

小さい頃よく遊んだコウとお互いのSAOに来るまでの近況を教え合ってどんなことがあったのか共有するのは楽しく懐かしさを感じられる。

アスナはとても頭が良く知識も豊富に持っていて例えば知らない言葉とかの由来について教えてもらったり新鮮さを感じることが多い。

 

いつか攻略組入りたいと思っているのはコウも一緒でただそこに行き着くまでの方針が違うだけだ。なら今はこのままの生活を続けたい、と身を委ねるのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

数日後レベルも10に上がりトールバーナへと到達した俺たちの元に第二層解放の報せがやってきた。街には喜ぶ声、次こそは攻略組になってボス戦に参加したい、など様々な声で賑わっていた。

迷宮区のボス部屋発見の報せの後ボスに挑戦するためのレイドを募集していたがやっとのことで迷宮区目前でのレベリングを始めることができた俺たちはボス攻略の参加を見送った。そしてその会議の翌日ボスは倒されたのだった。

 

今頃二層主街区は人で溢れかえっているだろう。

始まりの街の転移門をつかえば二層の主街区へといけるらしいが俺たち三人は自分たちで迷宮区の攻略をして行こうと話し合った。

 

そしてレベリングもかなり安定してきたというか大まかな役割が決まってきた。

タンクがいないため唯一の盾持ちのコウが基本的に前衛を務め敵の隙を作りそこに俺とアスナが攻撃を仕掛けるといったものだ。

特に俺は大きめの攻撃を与えた後パリィを受け持つことが多くアスナはその回避力から遊撃の役割を受け持つ事が多い。

敵の数が思いがけず多くなったときは彼女が一人で処理することも多く初心者ながら難しい役割をこなせるのは純粋にすごい。そのセンスに悔しくも嫉妬を覚えるほどだ。

 

コウの安全志向は相変わらずだがパーティでレベリングするのはレベルアップやアイテムドロップの喜びを分かち合えてMMO本来の楽しみ方をできていると感じる。

死んだら死ぬというのもある種の緊張感を生んでいて新鮮だ。

それにほんの少しずつだがレベリングの速度も上がっていると感じる。

 

この調子でいけば二層で攻略組の仲間入りできるかもしれないな。

 




実はこの話思いついたときにアインクラッドを攻略する原作のキリトの役割する人物が必要だなと考えててどうせならそっちも書きたいと思いつつどこで書くべきか悩んでるんですよね。
この話が完成させられるかも見えてないのに別のとこに興味が湧くのは悪い癖……

お読みいただきありがとうございました。


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