砂漠化が広がった大地の上、沈み掛けの太陽が青年───遊城十代を淡く照らす。
砂道をずっと歩き続けたせいか、足が悲鳴をあげている。
異世界でユベルと融合を遂げてからというものの、疲労を感じることなくなっていたはずなのだが、どうにも身体が重い。十代は、久しく感じる疲労感に苦い表情を浮かべる。
「……隠れてないで出てこいよ。いるのは分かっている」
そんな時、岩陰から影が飛び出した。その数は実に三。影の正体はフードを目深に被った男たちで、十代を睨めつけている。疲労感で足が覚束無いものの、僅かに残った気力で地面を踏みしながら、男たちを見やる。
「……俺に何の用だ?」
言い放つと、男たちは十代を囲むように移動し、腕につけられたデュエルディスクを構える。十代はため息をつくと、片目を瞑る。
「……
十代は古びたデュエルディスクを展開、乾いた空気を吸い込む。
「───かかって来い。纏めて相手してやる」
その時、十代の瞳が琥珀色から黄金と翡翠のオッドアイに変化。デュエルディスクにカードを装填すると、十代と男たちは闘いを始める言葉を紡いだ。
「「「「
結果は、十代の圧勝であった。敗れた男たちは地面に伏せながら、怨嗟の言葉を綴っている。その光景を冷めた目で見下ろしながら、十代は呟く。
「……消えろ。俺の気が変わらないうちにな」
その言葉に男たちは首を縦に振ると、慌てて立ち去って行く。遠くなっていく後ろ姿を見ながら十代は小さく呟く。
「……嗚呼、一体俺は───」
何をしているのだろうか。楽しくも何も無い。これでは、ただの───。
“楽しいデュエル”とは何処へ。行われたのは一方的な蹂躙と圧倒的なまでの暴虐だった。
遠い昔、憧れていた武藤遊戯がこの
「……みんな、今頃何してんだろうな」
デュエルアカデミアを卒業してからもう何年が経っただろうか。
五〇年を超えたあたりから数えることをやめて、いつまでも変わらない自分の姿と時が経過するにつれ、老いて姿が変わっていく仲間たちを見るのが辛くて。連絡手段が取れるものはすべて破棄した。
───そこからだろうか。心の中で燃え続けていた炎がどんどんと小さくなっていくのを感じ始めたのは。
同時に、精霊を見る能力が衰えていき、今では精霊の声は愚か、通常時では姿を確認することすら叶わない。しかし、モンスターを実体化させる能力と人外じみた能力だけは残っており、
ふと、自分のデッキを取り出す。
幼い頃の自分が見たらどう思うだろうか───と思うと、自虐的な笑みが顔に現れる。
十代は砂を払って立ち上がると、先の見えない道を再び歩み始める。
砂漠にはさほど大きくのない足跡が幾つも刻まれ、風が吹くと砂に埋もれて消えた。
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堕ちた正義
荒廃した道のりを赤いコートを羽織った青年が歩いていた。
名前は既に忘れ、記憶も虚ろ。残ったモノは精霊を具現化させる力だけだ。
夢に満ち溢れていた過去は遠の昔に消え失せ、今では嘗ての理想も希望もない。
悠久の時を経ても、姿が変わらずただただ朽ちていくその姿を、青年はただ只管に嗤い続ける。
多くを救う為に手に入れた力は、今では虐殺の限りを尽くす力に変わっている。気づけば、
最近は、日記をつけなければ数日前の記憶ですら忘れてしまう。だが、それ故に効率がいい。人を殺すのになんの躊躇いを覚えなくて済むのだから───
「……くっ」
気づけば、口元に笑みが浮かんでいた。いつだったか正義の味方を名乗っていた時期があったような気がする。
その成れの果てだこれだ。もし、過去に戻ることが出来るのならば、その夢を、過去を、呪い嘲笑うしかない。
青年は顔を持ち上げて、その口を動かした。
「そこにいる奴ら、出て来いよ。
青年のくすんだ琥珀色の瞳が変わる。黄金と翡翠。左腕を突き破るようにして異形の形をした黒い決闘盤が現れる。
左腕から赤黒い血が流れ、赤黒い鮮血が地面を汚す。しかし、痛みなど感じていないのか、青年はさして気にした様子を見せずに笑う。
「───精々、俺を楽しませてくれよ。最近骨のある奴が少ないからな」
その顔は笑っているというのに、青年の顔には嘗ての明るい光はなく、薄暗い闇が掛かっていた。
───ここ最近、ずいぶんと発展した都市が増えたような気がする。
あまり寂れた街を見かけなくなり、発展した都市が増え始めていた。
数年かけて色々な場所を巡り、青年はとある場所に辿り着いた。
ふと顔を上げて辺りを一望する。他の都市とは違う、さらに発展した都市だった。名前は───『ネオ童実野シティ』。
何処かで聞いたことがあるような、ないような。今の自分にはまったく思い出すことが出来ないが、数百年生きて初めてここでしばらく休んでみようと思った。
青年は、建物の影に隠れるように座り込んで一息つく。
「……こうやっているだけで
何もせずにしばらく宙を眺めていると、青年に近づく影が一つ。顔を上げ、その者に顔を向ける。
「……なんだ、お前」
随分と特徴的な髪型をした男だった。重力に逆らった棘のある頭髪に、左頬に刻まれた珍妙なマーク。自分よりも二回りは大きいであろうその男を舐めるように睨みつける。
しかし、男はそんな青年の様子に気づいていないのか、その開いた口を小さく動かした。
「……十代、さん?」
「……はあ?」
その十代、というのは自分のことを指すのだろうか。だとすれば、自分の正体を知っているこの男は一体───
「……なんだ、俺の知り合いか。だとしたら悪いな。最近では、日記をつけなければ数日前のことすら忘れてしまうんだ」
でも、少し前のことなら覚えているぜ、と気休め程度に言うが男の顔は晴れず、曇っていく一方だった。参ったな、と頬をかいてから男は顔を上げて言った。
「折角だから君の名前を教えてくれよ。俺は自分の名前を思い出せないけど……君が俺を十代と呼ぶのなら今はそれでいい」
もう何十年何百年と浮かべていない笑顔を模索しながら浮かべてみせる。
目の前の男は一瞬、躊躇うような表情を浮かべたが、直ぐに元の表情に戻ると小さく会釈した。
「俺は遊星。不動遊星です」
男───遊星は一言そう呟いた。
手頃な喫茶店に入った遊星と青年、十代は、向かいになって互いを見据えていた。
「……そういやなぜ君は俺のことを知っていたんだ?俺は相当昔に生きた人間なはずだが……それに、過去で出会った、か」
「はい」
「……その時に俺は知ったんだろうな。その『シンクロ召喚』ってヤツを」
最近妙な召喚をする
……最もその記憶が全くといっていいほど無いので、彼の言葉を信じるしかないのだが。
「十代さん?」
「……いや、なんでもない。ここ最近妙な召喚をする奴が増えたのはそんなカードが出てきたからかと思っただけだ」
「はい。ところで十代さんは……今もヒーローデッキを?」
「……手元にあるのはこれだけだ」
ホルスターからデッキを取り出し、遊星に手渡す。
どういうことだ?と訝しげに眉を顰めた遊星だったが、そのデッキ内容を見て絶句した。
「十代さん、これ……!」
「……正義のヒーローじゃ何も救えないんだ。だから俺は悪を蹴散らす闇となって、この世を救う道を選んだ───それだけさ」
かつての相棒、ハネクリボーにネオス。そしてユベル───今の十代にはそれすらも思い出すことが出来ない。
「……十代、さん」
「なんだ」
遊星は十代にデッキを返すと、自分のデッキを取り出して机に置いた。
「……俺と、
遊星は十代の瞳を見て、そう言った。
次回も淡々とお話が続く予定です。
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罪と悪
そう言い放った遊星の顔を数秒凝視してから、十代は一息ついてから答える。
「───悪いが遊星。君と決闘は出来ない」
「……ッ、なぜですか」
遊星のその言葉を聞いた刹那、十代の瞳が琥珀色から黄金と翡翠のオッドアイに染まる。
「いいか、遊星。俺のこの力は楽しむために使っちゃいけないんだ」
十代はその物を言わせぬ瞳で遊星を睨めつける。
「俺はこの宇宙全体の秩序を保つ存在だ。もし君と決闘している間に敵が来たらどうする?決闘を放棄してそちらに向かうか?」
「俺なら、そう───」
遊星の言葉を遮るように、十代は続けた。
「それは
「……なら、十代さんはどうしてやってきた
遊星の言葉に一瞬考える素振りを見せたが、答えは簡単だった。
「彼等が悪だったからだ。俺は正義の味方ではないが、悪の敵ではある」
どこまでも冷たく。淡々とした調子で続ける。
「───俺は、この力で沢山の人を、星を、宇宙を守ってきた。同時に思い知ったのさ。正義の力では、悪には勝てないって」
そう言う十代の顔は、悲哀に満ちて見えた。
「……本当にいいんですか?部屋ならまだ開いてますが」
「遊星、君の仲間に迷惑をかけるわけにもいかないだろ。所詮、俺は過去に取り残された亡霊。亡霊は亡霊らしく建物の影とかにいる方がお似合いさ」
片目を閉じて微笑を浮かべる十代を見て、何か言いたげながらも納得した遊星。なに、まだこの街にはしばらく滞在するさ、と言いながら建物の中にその身を鎮める。
そして───
「……何の用だよ。ずっと俺をつけやがって」
『……!』
「バレないとでも思ったか?お前の
振り替えながら睨めつけるその瞳は覇王のモノ。見る者を萎縮させるその瞳は闇の中でも輝く。
「俺と同じ力か?いや、違うな。俺の力が闇なら、お前のそれは俺と真逆。光の力か」
目を細めて十代は言う。十代の目の前に立った人物は、地面を蹴って距離をとった後、
瞬間、その人物の背後に無数の精霊たちが現れて───その姿を見た十代は思わず目を丸くした。
「E・HEROデッキだと……?!」
それは十代がかつてなくした光にして希望。そして、数十年間使い続けていたE・HEROのデッキだった。
しかし、懐かしいという思いは一切わかずそれどころか───
「……舐めた真似、してくれるな」
───殺意が、湧いた。
十代の体を中心に、嵐の如き闇が吹き荒れる。
憤怒の表情を浮かべた十代は吐き出すように言う。
「……いいだろう。絶対なるこの闇の力で、貴様に敗北という名の鞭を振るってやる!」
十代が左腕をおもむろに振るうと、体内を突き破るようにして円形の
「
刹那、十代の瞳が、昏く妖しく輝いた。
E・HEROデッキとE-HEROデッキ。個人的にはE-HEROデッキの方が好きです。でも、展開的に考えるとやっぱりE・HEROが勝った方がいいのでしょうか。
正義は勝たなければならない、みたいなところがありますから。
私個人的には悪が勝つ、という展開も好きなので悩みどころではありますが……。
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寂寥の戦士
でもそれだと他の作者様と変わらないので、敢えてこういう展開にしています。
あと、デュエル描写をちょっと入れました。まあ、終盤ですけどね。
───刹那、爆音が鳴り響いた。
突然の爆音に目を覚ました遊星は、跳ねるようにしてソファから飛び起きると周囲を見渡した。どうやら、拠点としているこの場所ではなく、外部からの音らしい。背もたれにかけていた上着を羽織るなり、遊星は外へ飛び出した。
「……!煙の臭いッ。何処から───」
再度、爆音。爆風が巻き起こり、遊星は咄嗟に顔を守るように腕を交差する。
「───こっちか!」
遊星は路地裏の方から煙が立ち上っているのを確認すると、自らその現場へと駆け出した。
そして、そこで行われていたのは───
「ッ!?」
やはりと言うべきか、
どうやら、先程の爆音はモンスターが破壊された音だったようだ。現に、片方のライフは400ほど削られてしまっている。だが、それも些細な差だ。相手のライフは既に風前の灯だった。
「……どこまで俺をコケにするつもりだ、お前は」
爆煙が晴れると、憤怒の形相に顔を歪めた遊城十代が立っていた。ライフは僅かに減っているものの、その毅然とした表情は崩れていない。
黒い歪な形をした
目前の人間は、フードを目深に被っていて正体は分からない。ただ、分かるのはE・HEROというデッキを使っていることのみ───
フードの人間が手を振るうと、『E・HERO ノヴァマスター』は声を上げて火球を放つ。あれを喰らえばいくら十代といえど、一溜りもないだろう。
「───トラップ発動、ドレインシールド。ノヴァマスターの攻撃を無効化し、俺のライフを回復する。ノヴァマスターの攻撃力は2600。よって、俺のライフは6200となる」
ドレインシールドを発動させた十代は、眉間に皺を寄せながら息を吐く。
「……所詮はこの程度か。お前のような正義では、俺を打ち負かすには足りない」
十代はデッキからカードをドローし、そのカードを見つめると目を伏せた。
「これが俺とお前の差だ。淡い光を追い続けるお前と、光の道を捨て闇の道を選んだ俺の───お前のフィールドにいるE・HERO2体を生贄に、来い。溶岩魔神ラヴァ・ゴーレムッ!!」
2体のE・HEROを生贄にして顕現したのは、巨大な溶岩の魔神。
虚ろな瞳でフードの人間を見下ろしながら、苦痛な声を漏らす。
フードの人間が驚愕している中、十代は黄金の瞳を細めて言い放つ。
「お前の光は淡すぎる。お前がどんな理想を抱いているかは知らないが、もし、くだらない幻想を抱いているのならば……その理想を抱いてとっとと失せろ───俺はこれでターンエンドだ」
自分のターンがやってきたフードの人間。しかし、そのデュエルは直ぐに終わった。
ラヴァ・ゴーレムの体が溶けたかと思うと、フードの人間に襲い掛かる。そして、風前の灯だったライフを削り切った。
最後の方だけを見ていた遊星は思わず顔を顰めた。
なんて悲しいデュエルするのだろう。かつての彼は、あんなにワクワクしながら
「……何が貴方をそんなにしたのですか」
遊星は歯を食いしばりながらそう言った。
「ふん」
怒りの表情を浮かべた十代はフードの人間の決闘盤に収められたデッキを抜くと、カードを確認する。
「……ヒーロー主体、か。くだらない」
意外にも丁寧にデッキをフードの人間の手元に置くと、被っているフードの人間に手を掛けた。
「何処の誰なんだ、お前は。その顔見せてもらうぜ」
十代が剥がすようにしてそのフードの人間を奪い取る。フードの人間から零れるのはブルーの長い髪。十代は、思わず目を丸くした。
「そんな、お前、は……」
記憶はすべてない。何も覚えていない。その筈だ。それだというのに、知らず口から零れていた。
「……レイ?」
十代の目前に居たのは、この時代ではいるはずのない人間。早乙女レイであった。
ちなみに作者は十代さん以外ですと、ユベルとレイさんが好きです。
歪んでいる?
今更じゃないですか。
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影からの使者
「幸い、命に別状はありませんでした。軽い火傷と打撲で済んでいます」
待合席でその言葉を聞いた遊星は胸を撫で下ろすように息を吐いた。
十代は片目を抑えながら、床を見つめている。
「……俺は、あいつを知っているのか?いや、そんなわけが無い……俺の記憶はもう完全に───」
「十代さん」
遊星に肩を揺すられて、十代は現実に戻る。
「彼女、命に別状はないそうですよ」
「そう、か……」
何処か十代の表情は浮かばない。
如何なさいましたか。遊星が訪ねるも、十代はなんでもないの一言で済ましてしまう。
しばらく無言が続いたが、ふと十代は立ち上がると遊星を見て言った。
「遊星、すまないが起きたらあいつから色々聞き出してくれないか?」
「俺は別に構いませんが、十代さんは?」
「……少し、夜風に当たってくる。大丈夫だ、すぐ戻る」
言いながら、十代は待合室を後にした。
病院の屋上にやってきた十代は、静かに腰を下ろしながら夜空を見上げた。
「……E・HEROデッキ、か。何年……いや、何十年ぶりだろう」
早乙女レイという少女が手にしていたデッキを懐から取り出した十代は一枚一枚カードを捲っていく。
いつどこでこのデッキを失ってしまったのかはもう覚えていない。辛うじて何枚かのE・HEROは残っているが、それもE-HEROに捧げる生贄の為であり、戦闘で使うことはまずない。
「フレイムウィングマン、サンダージャイアント、エリクシーラー───ははっ、こんな奴らもいたっけ」
十代は一枚一枚大切そうに捲りながら呟く。捲る度に心の奥底が温まるようなそんな錯覚に襲われる。
「そうか、こいつらと共に俺は、この地球を───この広大な宇宙をずっと護っていたんだな」
だが、やはりと言うべきだろうか。カードに宿っているはずの精霊は目視することは出来ない。
「……そう、だよな。俺にそんな権利はない。全部忘れてしまっているからな。このデッキを見れば、少しは思い出せると思ったが───俺の考えが甘かったな」
苦笑いしながら、十代は残りの数枚のカードを捲る。そこでふと手を止めた。
「……これは一体、どういうことなんだ?」
震える声で呟く。
カードのイラストがないのだ。通常モンスターでレベルは7。そこまでは書いてあるのだが、モンスターの攻撃力、守備力、そして概要のすべてが抜け落ちてしまっているのだ。
「……なんだ、このカードは」
記憶を辿るも、頭の中で羽虫が飛び交うような音が鳴り響き、苦悶の声を漏らす。まるで、思い出すことを拒否するかのようだ。
そこから何枚かカードを捲ると、7枚がこのカード同様にモンスターがいない。
頭に鋭い痛みが走る。
「……何なんだ、こいつらはッ!」
痛みに耐え切れられなかった十代は堪らずカードを地面に落としてしまう。
荒い息を吐きながら何とか生唾を飲み込むことに成功し、地面に落ちたカードを凝視する十代。
目眩がする。吐き気もだ。座っていることもままならず、思わず地面に倒れ込んだ。長い間感じることのなかった倦怠感と激痛に眉を顰めながら、必死に酸素を求める。
───光を取り戻したお前が、再び闇に墜ちるとは。皮肉だな、遊城十代。
頭の中で聞き覚えのない声が響く。
十代は不快感を隠そうともせず、苦悶の声を上げた。
「誰、だ……ッ!」
───俺を忘れたか。まあいい。俺を思い出したところで、欠けた記憶を取り戻すことなんて出来ないからな。
「巫山戯るな……隠れていないで出て来やがれ……ッ!」
───止むを得ん。
頭の中で鳴り響いていた声が消えると、夜空の次が雲に覆われて消える。
微かな光さえ屋上には差し込まない。それだというのに、十代から伸びる影は濃くなっていく一方だ。
そして、影から細長い手が一本伸びると───十代の腕を力強く掴んだ。
───こちらへ来い。
刹那、影の中に引きずり込まれる十代。
自然と苦しいという感覚はなく、十代は小さく息を吐きながら、頭上にいるであろう人物を睨んだ。
「……隠れていないで出て来い。相手ならいくらでもしてやる」
「ほう。戦う気はあるらしい」
闇の中から現れたのは青年だった。黄金の瞳、栗色の瞳。そして、十代と同じ顔。対照的なのは、十代が赤い服を着ているなら、彼が着ているのは黒い服という点だろうか。
生唾を嚥下し、十代は小さく口を開いた。
「……お前、は……俺なのか?」
「さあな。だがこれで、お前を叩きのめせる」
黒衣の青年は十代の腰のホルスターに収められていたデッキ───『E-HEROデッキ』を抜き取った。
「……!待て、俺のデッキで何をするつもりだッ!!」
十代の言葉を無視し、青年は腕を天高く掲げた。瞬間、血色の異形の形をした
真っ赤な血が地面に滴るも、青年は気にした様子もなく地面に倒れ伏す十代を睨みつける。
「俺の?違うな、これは元々俺のデッキだ」
「……E-HEROデッキが、お前の……?なら聞かせろ。お前はそれを使って何を企んでいる」
「企んでなどいない。ただお前と決闘するだけだ」
青年が指を軽く振ると、地面に落ちていたカードが束になって十代の手元に収まった。どうやら、これを使って戦えということらしい。
「
闇の中で青年が小さく笑う。十代は膝に手をついて立ち上がると、自分の手に握られたE・HEROデッキを睨んだ。
「……お前が何を企んでいるのかは知らないが───」
十代の右腕を突破って黒色の異形の
十代の瞳が翡翠と黄金のオッドアイに変化する。
「お前を倒さなければ、ここから抜け出せないことは理解したよ」
「お前に出来るのか?中途半端にしか力を使えぬお前に」
「やるやらないじゃない。お前をここで倒すんだよ」
十代がそう返すと、青年は僅かにだが目を丸くして───小さく笑ったような気がした。
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ブレイヴ
デュエル描写は入れたかったけどコンボ等の知識が壊滅的なので脳の中で補完がいいかなと思いました。
やっぱりデュエル描写は終盤のみです。私には無理。
特にBGMなどのおすすめはありませんが、個人的には『悲しいデュエル』が1番この話にはあってるかと。強制では無いので、恋するフォーチュンクッキーでも大丈夫です。
影から現れた金色の瞳を持つもう一人の十代とのデュエル。
互いにライフを削り合い、その戦いは終盤へと向かっていた。
金色の瞳を持つ十代のフィールドには攻撃表示の『E-HERO マリシャスデビル』。十代のフィールドには攻撃表示の『E・HERO フレイムウィングマン』がいた。
油断はしていなかった。これで決まるはずだった。伏せカードも、何とかできる───そう思った矢先の『
墓地に眠る2体のモンスターを除外し融合させる罠。本来ならば覇王城の効果なしでは召喚できないはずのモンスターだが、この空間は特別なのだろう。
「お前はわかっているだろ、数十年に渡って此奴を使ってきたのだから。こいつの効果は」
「───『マリシャスデビルがモンスターゾーンに存在する限り、相手バトルフェイズの間、相手フィールドの全てのモンスターは表側攻撃表示になり、攻撃可能な場合はこのカードを攻撃しなければならない』だろ……言われなくとも分かっているさ」
十代は冷や汗を垂らしながら止むを得ず攻撃宣言をした。
「行け、フレイムウィングマン!フレイムシュートッ!!」
「迎え撃て、マリシャスデビルッ!」
戦士は巨大な爪を持つ悪魔に火球を放つも、その火球は巨大な爪に阻まれてしまう。それどころか、発動時の硬直のスキを突かれ、悪魔は戦士の胸を穿いた。
刹那、真っ赤な鮮血と共に爆散。十代に貫通ダメージが入った。
「……ちっ!」
残るライフは400。相手のライフは100で十代の方が優勢だが、自分のフィールドにはもう戦えるカードなどない。十代は歯噛みをしながらカードを3枚伏せた。
「……ターン、エンド」
伏せカードはドレインシールド、カウンターゲート、攻撃の無力化。どれも一ターンを凌ぐ事しか出来ないカード。ここで、目前の男が二回攻撃でもしてきでもしたらひとたまりもないだろう。
「俺のターン、ドロー……ふん。これがお前と俺の差だ」
男は手を前に突き出すと、静かに命令した。
「あの紛い物を引き裂け、マリシャスデビルッ!!」
気味の悪い笑い声を零しながら、マリシャスデビルが十代に肉薄。その巨大な爪を振り下ろす。
すかさず十代はトラップカードをオープンした。
「トラップ発動、ドレインシールド!相手モンスターの攻撃力分のライフを回復するッ!!」
マリシャスデビルの攻撃力は3500。十代のライフは3900まで回復した。
しかし、状況は変わらない。フィールドにはマリシャスデビルの攻撃を回避できるカードを設置しているも、それも2ターンまで。
次引いたカード。そのカードですべてが決まる。
「……俺の、ターンッ」
逆転するならミラクルフュージョンが好ましい。しかし、十代の願いに反して引いたカードは無銘のカードだった。
「……ここまでか」
レベル7。攻撃力2500。ここまではわかる。しかし、カード名もモンスターの名前すらわからない。
ここまでか───そう思った刹那だった。
「エクストラデッキが……」
エクストラデッキが眩い光を放ち、1枚のカードが飛び出したのだ。
十代は危うい手つきでそれを掴むとカード名を確認した。
「ブレイヴ、ネオス?」
カード名はある。しかし、モンスターの姿も効果すらも書いていない。ふと十代は自分の手札を見下ろした。
手札には『フェイバリット・ヒーロー』『カードエクスクルーダー』、『融合』、そして無銘のカード。
「……」
これは賭けになる。これで融合が発動しなければ自分の負けだ。
しかし、十代にはなぜか上手くいくという予感がした。
「……そうか」
暗闇の中に埋まっていた記憶がゆっくりとだが鮮明になっていく。
白い戦士と共に戦場を駆ける十代。摩耗していく心の中、大切な者が時代の流れで消えていき───使う度に彼らの顔を思い出してしまうから、自らこのカードを封じていたのだ。
最後のピースだけは思い出せない。だが、ろくな記憶でないことくらいは記憶が無い今でもわかる。
「───お前だったのか、『ネオス』」
瞬間、カードが眩く輝くと、白のヒーローが現れた。
否。利き腕の部分は真っ赤に染っており、ヒーロー自らが手にかけたと言わんばかりに手をこちらに突き出していた。
───自分の罪から逃げるな、十代。
低く重たい声が十代の耳元に届く。眉間に皺を寄せ、瞑目する。
このカードを使えば、失われた記憶はすべて元に戻るだろう。しかし、それと同時に自らが背負った罪も思い出すということだ。
「……わかったよ。俺はもう、逃げないッ!」
オッドアイに染った瞳を輝かせながら十代は叫ぶ。
「俺は手札の『カードエクスクルーダー』と『E・HERO ネオス』を融合!新たなヒーローを呼び起こす!!」
「……なに?」
白の戦士と魔法使いの帽子を被った少女が跳躍、暗闇に生み出された星雲の中に消えていく。
「現れろ!新たな
星雲を切り裂いて舞い降りるは白金の戦士。胸元に埋まる推奨の周りに空色のラインが形成され、肩のガードも僅かにだが変化している。
地面に舞い降りた戦士『ブレイヴ・ネオス』は雄叫びを上げると、十代の後ろに立った。
「ふん、だが攻撃力2500のモンスターでは俺のマリシャスデビルには遠く及ばない」
「……ブレイヴ・ネオスはの攻撃力は自分の墓地の「
ブレイヴ・ネオスが雄叫びをあげると、筋肉が膨張。発せられていたオーラが濃くなる。
「さらに速攻魔法発動、『フェイバリット・ヒーロー』!自分のフィールドゾーンにカードが存在する場合、装備モンスターは、攻撃力が元々の守備力分アップする!!」
ブレイヴ・ネオスが更に力を込めると、閉じ込められていた力が外に放出された。攻撃力5400。
十代は気づけば目尻から零れていた涙を拭うと、叫ぶようにブレイヴ・ネオスに命令した。
「これで終わりだ!!行けッ、ブレイヴ・ネオス!『ラス・オブ・ネオス・インパクト』!!」
オーラを凝集させた正拳突きがマリシャス・デビルに炸裂する。
悪魔は白金の戦士に敗れ、無惨に砕け散った。
「……ッ!」
赤い異形の
100→0。
死闘の末、十代が勝利した。荒い息を吐きながら膝をついて、十代は右眼を抑えた。金眼の十代は小さく息を吐くと、十代に近づいた。
「思い出したか。なぜお前が記憶を失い、このE-HEROを使う道を選んだのか」
「……ああ。出来れば、思い出したくなかった」
その顔は苦痛に歪んでいて、今にも死んでしまいそうだった。しかし、精霊の魂と密接に繋がってしまっている十代は、その精霊を殺さない限り死ぬ事がない。
老いもせず、死ぬ事も出来ない。だが、記憶はどうだ。何十、何百年と生きていれば昔のことなんて忘れてしまう。
「……なんで、忘れていたんだ───どんな時でもデュエルを楽しむという心を……!!」
最後の部分に矛盾が見られたので書き換えました。
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傷だらけのヒーロー
「……そんなことを今頃思い出したか」
金色の目の十代───覇王はやれやれと言わんばかりに目を伏せた。
「だけど、俺にもうそんな資格は……」
「遊城十代」
覇王は十代の襟首を掴むと、自身の顔の目前で近づけた。
「奪い取った魂は二度と戻ってはこない。だが、お前は絶対なる力の象徴である
「……」
「恐れていたからだよ。人の命を奪うことを───そしてお前はオレとは違うやり方で、別の答えを得た」
「そんなこと、なんでお前がッ」
「言ったはずだ。オレはお前の心の闇。お前のことならなんでも知っていると」
覇王は顔色一つ変えずに睨みつけ、襟首から手を離した。急に手を離されたことにより、背中から倒れ込む十代。勢いは強くなかったものの、背中からの落下ダメージだったため、鈍い痛みに顔を顰める。
覇王はそんな十代を見ながら僅かに瞑目すると、自身の
「遊城十代。
唐突な発言に思わず目を剥く十代だったが、その顔は直ぐに怪訝そうな表情に移り変わる。
「いいのか。このデッキを勝手に破棄するかもしれないぜ?」
「言っただろう。どう使うかはお前の自由だと」
そんな子供騙しの脅しも、覇王には通用しない。
当然だろう。なぜなら、覇王は十代の心の闇の象徴。つまり考えていることなどすべて筒抜けなのだ。
顔色一つ変えずに淡々と答える覇王を見ながら十代は、思わず苦笑いを浮かべ、後頭部をかいた。
「決闘では俺が勝ったけど、この局面では俺の負けか」
「……」
覇王は何か言おうと僅かに口を開くも、直ぐに口を閉じて瞑目した。
不思議に思った十代が覇王に「どうしたんだ?」と訊ねようとした次の瞬間、暗闇の空間がひび割れ、眩いほどの光が差し込んだ。
放射状に走る光が何も無かった空間を眩く照らし始め、闇がどんどん薄くなっていく。
「……」
相変わらず瞑目しているが、何処か嬉しそうに口角を上げる覇王。
訝しげに眉をひそめながら覇王に近づくも、あと一歩というところで目に見えない壁に阻まれる。
「おい……なんのつもりだよ」
覇王は何も答えず、背中を向けると光射す大地に足を踏み始めた。
「おい、答えろよ!」
「遊城十代」
そして、一瞬だけ足を止めてこちらを振り返った。
相変わらず顔の険は凄まじいが、何処か柔らかみを感じる表情で人差し指と中指を揃えて伸ばした。そして額に指先を当てる要領で顔の前を手で隠して
「お前との戦い、中々楽しかったぞ。次は負けん───ガッチャ」
力強く指先を十代に向け、言ったのだった。
「───ッ!!」
目覚めた時には、病院の屋上にいた。朝日が既に昇り始め、ネオドミノシティを柔らかく照らしていた。
夢でも見ていたのだろうか。ゆっくりと立ち上がろうとすると、右手が何かを握っていることに気づいた。
「え?」
先程まで持っていなかった二枚のカードか手のひらの中にあった。
一枚は純銀の鎧を身に纏った新たなネオス『E・HERO ブレイヴ・ネオス』。
そして、もう一枚は───
「こいつは……?」
一瞬、マリシャス・デビルかと思うが、違う。黒い鋭利な鎧で身を固め、蝙蝠のような翼を生やしたその姿は悪魔そのもの。不敵にこちらを見つめてくるその悪魔の姿を十代は見たことがなかった。
「『
攻撃力こそ下がっているものの、すぐに理解した。
このカードはマリシャス・デビルが進化した姿だと。
「……あいつ」
思わず笑ってしまう。こんな置き土産をしていくなんて思いもしなかった。
こんなことされたら、捨てようにも捨てられないじゃないか───。
十代は小さく笑ってから二枚のカードを大事に扱いながらデッキに収めた。
「……ありがとう、覇王。忘れかけていた大切なことを思い出させてくれて。勿論、次も負けないからな。ガッチャ!」
太陽に向けて力強く指先を向けた。
軽く伸びをして屋上からエントランスに戻ると、神妙な面持ちをした遊星が待っていた。
「十代さん!」
「ああ、悪い。心配かけたな」
まだ記憶が戻る気配はない。だが、それで構わない。ゆっくりと思い出していけばいい。
十代は口角を上げて小さく笑った。
「なあ、遊星」
「はい、なんでしょうか」
「俺、今からあいつ……早乙女レイの見舞いに行ってくるよ。それで色々と俺の昔話を聞いてみようと思う。そうしたら───」
『精霊の声を聞く』という能力は未だ取り戻せていない。
ユベルやハネクリボー、そしてネオス。決闘の一瞬だけその力を取り戻したが、まだ完璧に取り戻したわけではない。
だからといって、焦ることはしない。
自分に残された時間はあまりに膨大で予想出来ない。しかし、その時間を力を取り戻す方法を模索することに費やせばきっと答えは見つかるだろう。
「───俺と、
だから、焦る必要は無い。そして、その膨大な時間の少しくらいは。
十代は小さく笑いながらデッキを構えた。
次回最終回です。
ちなみに、次回もデュエル描写はありませんのでご了承ください。デュエル描写の結末は私が書くより読者の皆様でという感じで。
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