このせかいを ふっかつ させたい (………)
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いせき
このせかいの しんいり


 

 

 

 

そこは薄暗い。

 

 

そこは花が咲いている。

 

 

そこは塵にまみれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

底はとても静かだ。

 

 

 

============

 

 

頭が重い。息が詰まる。体全体が痛い。

 

 

 

重み? 息? 痛み?

 

そんなものはとうの昔になくなってしまったはず。どういった状況なのか。

―――――朦朧とした意識の中、そんなことを考える。

 

 

次第に自分はうつぶせに寝そべっていることに気が付く。それも、何か柔らかい絨毯のようなものの上に。

また、強くもなく、弱くもない、品の良いどこか懐かしい香りが鼻をつき、その瞬間静かな風の音が耳をなでる。

 

 

 

――――――落ち着かない。

 

どうしてなのかわからない。けれど、どこからか来る焦燥感が重たい瞼をこじ開けた。

 

 

一番最初に目に飛び込んで来たのは黄色、いや金色の花々。どうしても何も、今自分はその花畑の中で寝そべっているのだから。

とても美しい花たちだが、それに似合う青い空や小鳥のさえずり、暖かい太陽などはない。

 

ここは薄暗く、気味が悪いほど音が聞こえてこない。音といえば時々抜ける、冷たい風の音のみ。

 

そして何より、ここは穴の中だ。

自分の真上には、少しとは言えないぐらい高い位置にある丸い穴から灰色の空が見える。

 

自分の体の状態から察するに、自分はあの穴から落ちてきたのだろう。

 

 

痛みも和らいできた中、腕に力を込めて体を起こす。

進めばわかる気がした。そこに自分が求めるものが……いや、欲しいわけではない。じゃあなんのために?……そこに自分は行かなければならないから。どうして?……わからない。

 

――――頭が痛くなる。

とにかく急がなくては。

 

 

尽きぬ自問自答を繰り返すうちに、古い建物の前に着いた。もちろん中へ入る。

 

遺跡なのだろうか。トラップのようなものの名残がある。

「名残」といったのは、そのトラップが機能していない、というより、誰かが全て解いてしまったあとのようになっているからだ。

遺跡にはまだおかしい点がある。

 

 

 

中は塵まみれだった。遺跡なら普通かもしれない。が、塵ばかりなのに、どこか小綺麗で、少し前に誰かが塵をばらまいたような感じ。

それにとても静かで、自分以外生きているものいないのでは、と思えた。

 

 

ふと、1つの塵の塊の前に屈む。

 

塵に触れる。冷たい。

 

当たり前だ。温もりというものは生きるものにある。

 

でも、冷たいのとは別の感覚があるのだ。この灰には。ただの塵なのに。

 

 

―――悲しい。

 

 

気づけば何故か泣いていた。何故灰に対して泣くのかわからない。でも悲しい。悲しい。悲しい。

 

感情が溢れる。悲しみ、怒り、慈しみ。そして恐怖。

今まで何故感じなかったのだろうか。

 

 

頬をつたって涙が塵の上に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何かが動く。確かに自分のものである何かが。

 

 

 

 

―――何かが動く。確かに自分のものでない何かが。

 

 

 

 

それらが胸の奥で、温もりを持ち、感情が溢れる。

 

 

 

 

 

つらいことを耐え忍ぶ心、『にんたい』が。

 

何事にも立ち向かう気力、『ゆうき』が。

 

真っ直ぐに取り組む真心、『せいじつさ』が。

 

意志をつらぬき通す精神、『こんき』が。

 

公正さを重んじる気持ち、『せいぎ』が。

 

 

 

 

 

人のために尽くす思いやり、『やさしさ』が。

 

 

 

 

 

 

 

「…助けたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ケロ?」

 

 

そこにあったはずの塵の塊はもうない。

代わりにいるのはカエルのモンスターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=========

 

 

 

フライパンを片手にエプロンを着た少女は焦燥感に、いや、助けたいという『ケツイ』に満たされ、塵だらけの地下世界を進む。

 

 

塵だらけのこの世界の新入りとして。

 

 





サブタイトルは非公式日本語版のものであり、公式日本語版にはないフレーズなのですが、原文を直訳したものとして引用させていただきました。


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サイテーな クズ

 

 

「…ケロ?」

 

そこにいるのはカエル…ではない。カエルのモンスターだ。全身が真っ白で、胴体に黒い模様がある。そして脚の隙間からは、何かうごめくものが見える。

 

首をかしげ、状況がつかめないようだったが、いきなり私のことをおびえた目で見始め、全身をガタガタと震わせた。

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (きっきずつけない、でほし、いケロ…)」

 

こんなに周りが静かでなかったら聞こえないような弱々しい声でカエルのモンスターは言った。今にも泣いてしまいそうだ。

 

「大丈夫。安心して。私はあなたを傷つけたりなんてしないから。」

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (よ、よかったケロ… ぼくは しらないモンスターに いきなりぼうりょくを ふるわれたんだケロ。)」

 

私がつとめて優しい声でこたえると、疑うことを知らないのか自分の事情を話し始めた。もう少し警戒心があったほうがいいと思う。暴力をふるわれたらしいし、大丈夫なのだろうか。

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (キミが へいわしゅぎのニンゲンで よかったケロ。 )」

 

「うん。でもやっぱり知らない人間やモンスターには気をつけたほうがいいよ。」

 

私の気づかいに感謝を伝え、そのモンスターはフロギットと名乗った。元気そうなフロギットの姿に安堵を覚える。

 

 

 

しかし、その安堵もつかの間、フロギットは急に震えだす。

 

「ケロケロ。 ケロケロ…?(ど、どうして こんなに たくさん ちり が おちているケロ…?)」

 

フロギットは続ける。

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (ここで おそうしきごっこでも してたっていうケロ? いくらなんでも そんなふきんしんなこと するのは このいせきには いないはずケロ!)」

 

「フロギット、落ち着いて。」

 

息が荒くなるフロギットにそうは言ったものの、私も全く落ち着いてなんかいない。

―――塵にお葬式。そして暴力をふるわれたフロギットがついさっきまで塵であったこと。どんなに察しが悪くてもわかる。それになぜかなんとなくそんな気がしていた。目を背けていただけ。

 

そう。このたくさんの塵は本当に――――――

 

 

 

 

 

 

「……フロギット、どこかに隠れたほうがいいと思う。なるべく急いで。」

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (わ、わかった、そうするケロ。 …でも キミは どうするケロ?)」

 

「私は他に隠れられていないモンスターがいないか探そうと思う。」

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (いくらなんでも あぶないケロ! キミも いっしょにかくれるケロ!)」

 

こんなに大変な状況で心の余裕だってないはずなのに、フロギットは私のことを心配してくれた。

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ。」

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (そ、そうケロ? でも できるだけはやく かくれるケロ…)」

 

「大丈夫」だなんて保証どこにもないっていうのに私は悪いやつだ。フロギットが疑いを知らないのをいいことに。

 

フロギットがこちらをちらちら見ながら去って行く姿を見届け、張りつめた気持ちのまま周りを見渡す。

 

ただの塵のように無機質にたたずむのは全てかつては生きていたものだった。それらの命を全て奪ったものがいる。

 

それを知って怖くないわけがない。いわゆる殺人鬼がいるというのだ。いつ自分が襲われてもおかしくない。

でも、体は全く震えていない。足もすくまない。

 

ある感情があるからだ。もちろん、助けたいという思いもそのうちの一つ。だが、何よりも―――

 

 

 

 

 

 

 

―――怒り。この行いに対して、その実行犯に対して、そしてその理不尽さに対して。

 

 

少なくともフロギットは疑いを知らず、怖がりなくせして他人を心配する心優しいモンスターだ。

その命が理不尽に奪われて行ったのだと知ると、怒りを覚えずにはいられない。

 

 

 

悪は許されないと思うとケツイがみなぎった。

 

 

 



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ほんとうに ほしいもの







私には一つ、目を向けるべき問題がある。

 

知らない遺跡にいて、塵となったモンスターたちがいて、私はモンスターたちを助けなければいけなくて、周りに殺人鬼がいるかもしれない。

これだけでもだいぶ非常で大変な問題ばかりなのだが、それとは別にある。

 

立ちあがり、少し歩を進める。

 

 

 

何故、フロギットが生き返ったのか。

 

フロギットは確かに塵だった。「塵」というのはどうもモンスターが死んでしまったあとにできる死骸のようなものらしい。

つまりフロギットは死んでいたのだ。それで何かがトリガーとなって生き返った。そう考えるのが妥当だろう。

 

あのとき、私は塵のそばに寄って何をしたか――――

 

 

思えばあのときの私のことはよくわからない。その時はまだ、ただの塵とした認識しかなかったというのに、悲しかったのだ。怖かったのだ。慈しんだのだ。

そしていろいろな感情が渦巻き―――――

 

 

 

 

「助けたい」と思った。

 

 

 

そう。これだ。助けたいと思ったら何かが動いたのだ。そして次の瞬間には塵がフロギットに変わっていた。

 

また別の塵の前にしゃがむ。

 

もう一度、できるだろうか。いや、やらなければわからない。今ここで。

 

 

 

 

 

「―――助けたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――何かが動く。自分のものである何かが、自分のものでない何かが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それらが温もりを持ち、感情が溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に慣れ親しんだものがある。

 

知らないものがある。

 

悪を許せない気持ちがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが光って、

 

 

 

 

その場所に一斉に命があるものの気配が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのはフロギットとよく似たカエルのモンスター。何が起きたのかわからないようで首をかしげている。

 

そこにいたのは羽と触角のついた虫のようなモンスター。皆今にも泣き出しそうな顔をして、弱々しく羽を羽ばたかせている。

 

そこにいたのは大きな目を一つ持ち、内側に曲がった角を持つモンスター。その目をギョロつかせ、周りの様子を伺っている。

 

そこにいたのはゼリーのような体で前後左右にふるふると揺れているモンスター。何をしているのかはわからない。

 

 

 

「これは成功した…のかな…?」

 

現にここにはたくさんのモンスターたちがいる。

 

そう、たくさんの。

 

 

「どうしてこんなに…いや。」

 

知らないモンスターたちへの驚きや、新たな疑問について思考を巡らせている暇はない。

 

 

 

「あ、あの…」

 

 

一斉にこの空間にある目が、意識が私に向けられる。

 

一対の目は疑問、一対は恐怖、一つの目は怪訝、目はないが、一つの意識は好奇心。

 

「信じてもらえないかもしれないけど、ここは危ないの。」

 

 

 

 

 

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (キケン!? それはたいへんケロ!)」

 

「は、はやく ににににげないと…」

 

「からかってくるやつが いるの?」

 

「こぽこぽ…」

 

 

 

 

 

 

……モンスターたちは意外に皆とても素直なのかもしれない。

 

「そう。だからなるべく早く、どこかに隠れるべきだと思うの。」

 

そう私が言うと、反応はまちまちだが、皆同意したような姿勢を見せた。

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (ボク、 かくれるのにいいばしょ しってるケロ。 あんないするケロ。)」

 

カエルのモンスターがそう言う。皆もついていくようだ。

 

そんな中、そのカエルのモンスターがこちらへ目を向ける。

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (そういえば、 このなかでだれか フロギットっていう ぼくによくにた モンスターを しらないケロ?)」

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (ぼくのトモダチなんだケロ、 なかなか あいにこないから むかえにいったんだケロ。 そしたら―――)」

 

ぷつりと糸が切れたかのように、言葉が急に途切れる。

 

 

私はほとんどモンスターの体について知らない。けれど、そのフロギットの友達の顔色が、どこか悪くなっていっている気がした。そしてその理由もなんとなくわかった。

 

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (そしたら…… しらないモンスターに あったケロ…)」

 

 

そこまで話を聞いて、他のモンスターたちも何か心当たりがあったのだろう。皆怯え出した。虫のようなモンスターに関しては、もう怯えるの域を越えている。

 

「…とりあえず、ここにいたら危ない。隠れに行こう。」

 

私がそう言うと、フロギットの友達が私の方を見た。

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (なにをいっているケロ! フロギットをまずさがすケロ! フロギットがあぶないケロ!)」

 

誰が見たって、怖がっているのがわかるような状態なのに、震える声を張り上げて友達を心配した。

 

「大丈夫。私、さっきフロギットに会ったの。フロギットはもう隠れに行ったよ。」

 

「ケロケロ。 ケロケロ。 (ほ、ほんとうケロ? よかったケロ…)」

 

彼は私の言葉に心底安心したようで、どこかで聞いたような力の抜けきった声で反応する。

 

他の皆も少しホッとしたような表情や仕草だ。

 

 

「じゃあ そろそろあんないしてくれない? これじゃあぼくたちがあぶないめに あうかもしれないよ。」

 

ルークスと名乗った大きな一つ目のモンスターがそう急かすように言う。

だが、ルークスだってフロギットが危険かもしれないと知った時、確かに焦っていたし、今だってその大きな目の奥に、安堵の色が隠しきれていない。

 

皆もそれをわかっていたのだろう。誰もルークスをとがめなかった。

 

フロギットの友達――彼の名前もフロギットらしい。――もそれに頷いて、皆を先導するようにぴょんぴょんと跳ねながら進んで行く。

 

皆が部屋を出ていく中、立ち止まっている私を虫のようなモンスターが見る。

 

「キミは…いかないの…?」

 

きっと私がついて行かないのか心配なのだろう。

 

「私は大丈夫だよ。ちょっと、隠れていないモンスターたちがいないかどうか確認するだけ。」

 

少しの間、私の前から動かなかったが、大丈夫だと念を押すとうじうじとしながらも部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふう、と一息つく。それでも、一息ぐらいしかつけない。

さっきからの情報量の多さに驚く。

 

部屋を出て、歩きながら考える。

 

まず、どうしてこんな状況なのか。

殺人鬼がいる。いきなり出てきたのか、そいつの気まぐれなのか。

 

次に、どうして私はモンスターたちを生き返らせられるのか。どうやって、はわかったが。

 

この二つに関しては本当にわからない。この先に情報があることに期待しよう。

 

それと、だ。モンスターという種族は、あんなも見た目が違って、あんなにも話し方が違って、あんなにも性格が違って。

 

 

それでいて、誰もがあんなにも素直で優しいのだ。

それだけは、この中でわかった数少ない事実だ。

 

皆を思い出すと、なんだか胸の奥が暖かい気がする。

いつぶりだろうか、こんなのは。

 

 

「あ、そういえばあの子に、心配してくれてありがとうっていうの忘れてたな…」

 

 

 

 

 

いつかまた会ったときに、感謝を伝えようと思うとケツイがみなぎった。

 

 

 

 

 





遅くなってすみません。
データが消えたり、忙しかったりと色々あったので遅くなりました。




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いいひと

 

 

「大丈夫?えっと…君ってしゃべれるよね?」

 

「なにいってるの? やさいは しゃべれないんだけど?」

 

「えっ?あー。うん、そうだね…」

 

ツッコミをいれたくなるようなことを言っているのは、今私の目の前にいるモンスター。にんじんのような形のくすんだ黄色い体に、吊り上がった目と大きな口がある。

さっき私が穴に落ちてしまったところで見つけ、『助けた』モンスターだ。

 

「キミって ちゃんとみどりのやさい たべてる?」

 

「私は好き嫌いしないけど…」

 

いきなり予想外な質問が来て驚く。

 

「たべてないよ ゼッタイ。キズ なおってないじゃん。」

 

「それはこの傷ができたあとに食べてないからで――」

 

「ほら やっぱりたべてない。」

 

「う、うん…」

 

そのただでさえ大きく持ち上げられた口の端が更に目に近づく。

 

傷というのは、この野菜のモンスターを見つけたときもそうだが、今までも何回か穴に落ちてしまったときにできたものだ。あと、ちょっといろいろあった。

フライパンを持ち歩いているのもあって、うまく受け身をとれなかった。フライパンでガードしても、逆に硬くて痛かった。なるべくもう穴には落ちたくないものだ。

 

「ほら たべて!」

 

そんなことを考えていたら、野菜のモンスターが緑色の小さいにんじんのようなものを飛ばしてきた。どうやっているのかはわからないが。

 

うまくキャッチして、観察してみるが、本当にただ緑色で小さいというだけのにんじんだ。

 

「たべて!」

 

生の、ましてや緑色のにんじんにそのままかじりつく、なんて経験はなかなかないなあと思いながらも、必死な彼のためだ。全部一気に口に入れて噛む。

 

 

 

 

 

なんと言うか、苦くて、固くて、土の味がする。

 

それでも、飲み込んだのだが、飲み込んだ感覚がしないのだ。代わりに、傷の痛みが和いでいく感覚がある。

 

 

「どう?」

 

「すごい…」

 

本心から私がそう言うと、もっと口の端を上げた。もう目の下に口の端がついている。

 

 

 

 

 

 

その後は、彼にはどこかに隠れるように話し、別れを告げた。

 

 

私はここまで何回か、モンスターたちを『助けて』きた。

 

今まで会ったモンスターたちとよく似たモンスターもいたが、昆虫のようだけど、なぜだかずっと踊っていたモンスター。縄張りだとかあるのかはわからないけれど、たくさんまとまっていたモンスターなどいろいろ見つけた。

 

途中で隠れ場所を知っているというモンスターがいたので、私も場所を教えてもらい、知らないモンスターに教えるようにしている。

 

さっきの野菜のモンスターにも教えてあげたのだが、もっと安全な場所を知っている、と言いながら土の中に入って行った。

 

 

穴をくぐり抜け、上の道へ戻る。

ここの部屋には隅に穴が六つあるようだ。今度は穴に落ちないように、と思ったけれど、穴の中にもモンスターたちがいる可能性がある。フライパンを一旦置いておけばましだろうし、ここは体を張ってでも行くべき―――

 

 

「ヤァ…」

 

「…こんにちは。」

 

いきなりすっと現れたてきたのはモンスター。それも真っ白で、浮いている体に顔がある。いわゆるゴーストだ。二つの目はうるうると揺れている。

 

急なことで反応が遅れた。その遅れを悪いように捉えてしまったのか、そのゴーストはただでさえ沈んでいた顔をさらに暗くする。

 

「ごめんネ… ボク… なんだか きまずいかんじに しちゃうんだよネ… ちょっとまえも そうだッタ…」

 

「誰かと会ったの?」

 

それを言い終わる前に、ゴーストの目から大量の涙が流れ出す。それが私のほうへ、決して速くはないが、それでも着実に近づいてくる。

 

「…っと、危ない。」

 

私はその大粒の涙をギリギリで避ける。というのも、これに当たると怪我をするからだ。これが傷があったもう一つの理由だ。

 

モンスターたちは何回かこの攻撃を私にしてきた。厳密に言えばこれは攻撃ではないのだろう。

だってモンスターたちからそんな意志は見えないし。皆優しいし。

 

とは言っても最初は驚いた。何かモンスターが飛ばしてきたと思ったら、それに当たると痛いのだ。

 

 

取り敢えず今は涙を避ける。

傷を緑色のにんじんで、せっかく治してもらったばかりなのだ。また怪我したら、また野菜を食べろと言われてしまう。

 

―――涙が一瞬止まる。

 

 

ここで何か行動しなくては。

 

 

「ねえ?大丈夫?」

 

モンスターのことはよくわからないとはいえ、相手は涙を流しているのだ。安心させられるような声で問いかける。

 

 

「ハハハ…」

 

 

―――また涙が流れ込む。

 

今度は細い涙だが流れが速い。動きも読めない。

 

 

「いっ…!」

 

避けきれず、背中に当たってしまった。何回か避けるのも経験して慣れてきたと思ったが、このゴーストの涙は今まで見てきた中で最も手強い。

 

 

―――涙がまた止まる。

 

 

「わっ私で良ければ話聞くよ?」

 

痛いのを我慢して声をかける。

 

 

「キミまで ゆううつに なっちゃうヨ…」

 

 

―――涙が流れ出す。

 

 

次は全部避けきる。

 

 

―――止まる。

 

 

「じゃあ、私に教えてくれない?ここらへんのこと全然知らなくて。」

 

 

「ボクには つとまらないヨ… すぐジブンのことばかり はなしちゃウ。」

 

 

―――流れ出す。

 

 

―――止まる。

 

 

「君のことでもいいんだよ。君のことも知りたいし。」

 

 

ゴーストの表情が少し明るくなる。

 

 

―――流れ出す。

 

 

―――止まる。

 

 

「そうだ、ゴーストって何か食べられるのかな?私料理得意だからさ。好きな食べ物とかある?」

 

 

次に来るだろう涙に身構える。だがその必要はなかった。

 

 

「えット… ボクは ゴーストサンドイッチが すきカナ… あっ… でも キミはつくれないだろうケド… すけちゃうカラ…」

 

「じゃあ作り方だけでも教えてくれると嬉しいな。」

 

「ボクのいえ… ウォーターフォールにあるんダ。 そこで おしえるヨ。 いきたくないナラ こなくてもいいケド…」

 

よっぽど自分に自信がないのだろうか。でも、さっきと比べて声がずっと明るい。

 

 

 

 

 

 

私はこの遺跡の中の状況をゴーストに話した。ゴーストの名前はナプスタ・ブルークというらしい。

私が穴の底に安全に行く方法はないかと訊くと、ナプスタが見てきてくれた。ゴーストは飛べるし、物を通り抜けられるらしい。

 

「どのあなにも おちば いがいは なかったヨ。」

 

「ありがとうナプスタ。すごく助かったよ。」

 

本当にありがたい。本当に。

 

その私の気持ちが伝わったのか、ナプスタはちょっとだけ、ほんの少しだけ、口の端を上げた。

 

 

「きょうは キミに あえてよかッタ。 ひさしぶりにたのしかったカラつい… たくさん はなしちゃったケド…」

 

「気にしないで。私は話聞けてすごい楽しかったよ。」

 

きっと、ナプスタは最近あまり誰とも話してなかったのだろう。そんな中、楽しく話せる相手ができたらついつい話したくなっちゃうのは普通だ。

私もいつか、そんなことがあった。

 

「それじゃあネ…」

 

「うん。今度はナプスタの家でね。」

 

 

 

ナプスタの影がだんだん薄くなり、ナプスタ自体も見えなくなる。

 

 

また、友達ができた。

今度は家に遊びに行く約束もした。

 

いろいろ大変なこともあるけれど、またそのためにも。

 

 

 

 

ナプスタとまた会いたいと思うと、ケツイがみなぎった。

 

 

 

 



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あなたは なにも しらない

 

 

「それで まもられいたのは そとにいる みんなの ほうだった!」

 

「ハ … ハ ハ … 」

 

 

―――ソウルの割れる音がする。

 

 

 

―――そして塵。

 

 

 

同じ言葉。もう聞き飽きた。そんな言葉では私には響かない。止められない。変えられない。

仕方のない物だとは知っているけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり静かになってしまったこの空間に、おもちゃのナイフを持ち、リボンを無造作に付けた子供が一人。

子供には驚くほど似合わない顔をして、ただ、前へと進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

===========

 

 

 

 

 

縞の入った服にピンクのリボンを付けた子供。これがモンスターたちを傷つけた犯人の特徴らしい。

 

 

これはナプスタから聞いた情報だ。ナプスタはゴーストだからダメージを負う事はないのだが、そのふりをしていたらしい。

 

子供が犯人とは驚いた。本当なのだろうか?

 

 

飴をなめて、遺跡の中を歩きながら考える。

ちなみにこの飴はずっと踊っているモンスターから貰った。やっぱり傷が癒えていく。モンスターの食べ物はそういう物なのか?

 

 

今、周りにはたくさんの柱やいろんな色のスイッチがある。これも何かの仕掛けなんだろうけど、全て解かれているので横を素通りして行く。

 

奥に来てから塵を全然見かけなくなった。もちろん隅々まで確認しているが。

きっと、遺跡の入り口辺りでの危険を察して、ここら辺にいたモンスターたちは逃げたんだろう。

 

 

 

特に何もなく、広い空間に出る。落ち葉がたくさんと、葉も花も実も何もついていない大きな木が、その空間のど真ん中に居座っている。

その奥にあるのは…家?

 

遺跡なのに小綺麗なこの場所もそうだが、それ以上に、遺跡の中にこんな清潔感のある家があるのもだいぶおかしい。

 

 

誰か住んでいるのだろうか?

 

ドアは私の身長を大きく越しているため、今まで会ってきたようなモンスターたちが住んでいるわけではなさそうだ。

ドアの上には「ホーム」と書かれている。

 

 

他の道も全て見てまわったが、全て行き止まりだった。

他に行っていない場所というと、途中の物置きのような場所から見えた、使われていないらしい家々。それと、今目の前にある大きな家。

 

この家は他と違って使われている感じがする。どこか温かみがあるというか…

 

 

という訳で、行く所はここ意外にはないのだ。もしかしたら、この家の先に道があるかもしれない。いや、そんな気がする。

 

 

 

 

「あの…誰かいませんか?」

 

声をかける。

 

 

 

 

 

――――――返事はない。

 

 

「お邪魔します…」

 

 

家の中に入る。

 

 

 

その瞬間、温かさが身を包む。ずっとここに居たくなるような、この温かさに体を預けてしまいたくなる。そんな温かさ。

 

それと同時に感じたのはある香り。香ばしくて、甘くて、優しくて、懐かしくて、…そして、切ない。そんな香り。

 

 

 

 

部屋をまわる。

誰もいない。

 

ダイニングに入る。

誰もいない。

 

キッチンに入る。

誰もいない。

 

 

誰かそこにいてくれることを願うように、走って探した。

誰もいなかった。

 

 

入り口のすぐ前にあった、下へと続く階段の先は、やはり道があった。

 

 

階段を下りる。

 

 

もう、あの温かさは感じられない。

もう、あの香りは感じられない。

 

戻りたくなるけれど、戻れない。

 

背中を押されているからだ。

 

他の誰でもない、自分に。

 

 

焦燥感でもなく、怒りでもなく、悲しみでもなく、哀れみでもない。

 

 

これは『ケツイ』だ。

いつかの私のケツイが、私の背中を押す。

 

 

 

私は()()「ホーム」をあとにした。

 

 

 

 

 

 

長い廊下を突き進んだ先にあったのは、大きく、重たそうな扉。そしてその前にあるのは…

 

一際大きな塊の塵。

 

 

黙って側まで寄る。

 

 

 

 

 

―――――――――助けたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何かが動く。自分のものである何かと、自分のものではない何かが。

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが光る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――何も起きない。

 

 

 

 

 

どうして?どうしてできない?助けなければいけないのに。

 

 

焦りが大きくなる。

 

 

 

 

助けられないだなんて嫌だ。このモンスターにも大切な物があるかもしれないのに。

 

話しができないなんて嫌だ。友達になれたかもしれないのに。

 

会えないだなんて嫌だ。こんなに悲しいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。諦めるもんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが光って―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ…」

 

息が詰まる。

 

 

 

体を起こして居られなくなり、遺跡の硬い床に倒れ伏す。

 

瞼が重い。いや、体全体が重い。

 

意識が遠のき、冷たい床だけが感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケツイがみなぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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だいじなこ

 

 

 

 

暖かい。

 

柔らかい。

 

冷たく硬い床はない。

 

 

目を開ける。

 

赤い天井が見える。

 

暖色系で統一された家具や壁が見える。

 

 

私は…今ベッドの上にいるようだ。

暖かい毛布をかけられている。

 

体に異常はなさそうだ。

 

ゆっくり体を起こす、と―――

 

 

「あら? めが さめたのね。 からだはだいじょうぶかしら? 」

 

 

奥のドアからヤギのような大きなモンスターが入って来た。

 

 

「あなた、 キズは みあたらなかったけど、 きをうしなっていて… 」

 

ヤギのモンスターが言葉を途中で切り、私の方を心底心配そうに見る。

 

「ほんとうにだいじょうぶ? どこかいたむようなら いってちょうだい? 」

 

「ぇ…?」

 

 

頬を何か、生暖かい物がつたう。

そこでやっと気付いた。

 

私は泣いていたのだ。

だから彼女が私を心配した。

 

私は安心したのだ。

だから私は泣いた。

 

「い、いえ。大丈夫です。ただ、貴女が無事でいてくれた事が嬉しくて…安心しちゃって…それで…」

 

ヤギのモンスターは優しく笑う。

 

「そうだったのね。 よかったわ。 わたしはトリエル。 このいせきの かんりにんです。 よろしくね。 」

 

こちらも挨拶をすると、握手をした。

それが終わると、トリエルは顔を真剣な表情へと変える。

 

「あなたが… わたしのことを たすけてくれたのよね? 」

 

まさか貴女が塵でいるところを見つけたのです、だなんて言えない。

 

「はい…」

 

「そこで こどもにあわなかったかしら。 」

 

子供…というのはきっとナプスタが言っていた子供だろう。

 

つまりは、トリエルを塵にした張本人だ。

 

 

「…いいえ、私が着いた時にはもう誰もいませんでした。」

 

「そう… 」

 

トリエルは悲しいような、怒っているような、ホッとしたような、焦っているような、複雑な表情をした。私がただ、モンスターの表情の読み取り方を、分かってないだけかもしれないけど。

 

 

「いいの。 きにしないで。 それよりあなたはやすんだほうがいいわ。 」

 

…いや、でも私は。

 

「トリエルさん、気づかいはとても嬉しいんですけど、私はあの扉の奥に行きたいんです。」

 

 

トリエルの目の色が変わった。これは私にもはっきり分かった。

 

「ダメよ! いせきのそとは いまキケンなの! あなたにまた そんなところにいってほしくない… 」

 

 

「また行く…?」

 

あっと言い、トリエルは口を隠した。

 

 

「…ごめんなさいね。 あなたとよくにたコと しりあいでね、 そのコと かさねちゃったの。 もう… あのコはもういないのにね… 」

 

トリエルの声が暗く、悲しげに沈んでいく。

私がここを出て行ったら、トリエルはもっと悲しむだろうし、苦しむだろう。

 

 

でも私は、ここから出て、皆を助けに行かなきゃいけない。

 

でも、トリエルを悲しませるわけにはいかない。だから―――

 

 

 

「トリエルさん、私は全然強くないんです。相手が誰でも傷つけたくないし。」

 

トリエルが私の意図を掴めないというように首をかしげる。

 

「でも、私にはたった一つだけ力があるんです。」

 

トリエルの目を真っ直ぐに見る。

 

 

 

「皆を助ける力です。」

 

少しだけ沈黙が流れる。

 

 

「そのチカラで あなたはわたしをたすけた。そういうことかしら? そのチカラをつかって、 あなたはこのさきにいるみんなを たすけにいきたいのね… 」

 

「私にあるものと言ったら、この力しかないけど、これは私にしかないから。皆がいなくなるのが嫌だから。だから、先へ行かせてください。」

 

頼み込むようにトリエルに言う。

 

また沈黙が流れて―――

 

 

 

「わかったわ… ドアのむこうへいきなさい。 わたしがまちがっていたわ。 」

 

トリエルが悲しげな笑顔を私に向けながら言う。

 

「あなたは キケンをわかったうえで みんなをたすけようとしていたのよね。 そこで ははおやがとるべきたいどは ヒテイじゃないわ。」

 

トリエルが近づいて、体が、心が、温かくなる。

私は、トリエルに抱きしめられていた。

 

「あなただって こわかったし さびしかったはずよ。 」

 

…そうだ。自分でも気づけなかった。怖がっていちゃ、寂しがっていちゃいけないと、自分で自分を仕舞い込んでいたから。

 

「トリエルさん…」

 

私がそう言うと、トリエルは少し困った顔をした。

 

「わたしはあなたのことを ジブンのこどものように おもっているわ。 だから そんなにかしこまらなくていいのよ。 」

 

「あぁ… えっと、じゃあママ…とか?」

 

何だか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。トリエルはというと、最初は驚いていたようだったけど、今日一番の心からの笑顔を見せた。

 

「あなたがそうしたいなら… ぜんぜんかまわないわ。 すきなように よんでちょうだいね。 」

 

もの凄く恥ずかしいし、なんでそれなんだって我ながら思うけど、トリエルがこんなに嬉しそうな顔をしているし、どうしてだかしっくりくるような感じがした。

 

「うん…… ママ。」

 

トリエル、いや、ママがにっこりと笑う。

 

「それとよ。 あなた、 そのチカラしか もってないっていってたけれど ぜんぜん そんなことないじゃない。 」

 

私が首をかしげるとママは続けた。

 

「やさしさよ。 」

 

ママは続ける。

 

「ただ チカラがあるだけじゃ だれもたすけられないわ。 でもあなたはちがう。あなたは キケンをおかしてでも、 みんなをたすけたいとおもった。 」

 

「そのやさしさが あなたにはあるじゃない。 」

 

 

 

…どうしよう、また泣きそうだ。改めて、ママが本当に私の事を考えてくれているんだなと思った。

 

「ありがとう。でもやっぱりモンスターたちの優しさには敵わないかな。」

 

「フフフ。 そうかしら? でもケツイは あなたのほうがつよいとおもうわ。 」

 

そんなやり取りができるのが本当に嬉しい。ここでママと二人、暮らしていくのも悪くないかもと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとうにほんとうに きをつけてちょうだい。 キケンだとおもったら すぐに にげるのよ。 」

 

「うん。わかった。」

 

真剣な面持ちで話しているのはあの大きな扉の前。今は開け放たれ、冷たい風が足元を通り抜けている。

 

本当はママも一緒に来るはずだった。でもどういう訳か、使えていたはずの魔法が使えなくなっていたらしい。ママはそれでも一緒に行くと言ったが、色々理由を並べ立てて押しきってきた。だから遺跡の外へ出るのは私だけだ。

 

「わたしが いせきのそとへでたのは ずいぶんまえだから、 あまり たすけになるじょうほうがなくて ごめんなさいね。 」

 

「心配ないよ。今までもそうだったし、途中で皆に訊けば大丈夫だよ。」

 

極力ママを安心させられるように応える。

 

「そうだわ。 そとに サンズっていうスケルトンのモンスターがいるの。 かれはきっと たすけてくれるはずよ。 それと―― 」

 

ママが声のトーンを落とす。

 

「あのコは ほんとうにキケンよ。 モンスターいじょうに モンスターだった。 どうか ブジでいてちょうだい、 わが子よ。 」

 

「うん。必ずまたママに会いに行くから。」

 

ママが私を抱きしめる。私も力強く抱きしめる。

名残惜しく思いながらもママと離れる。

 

「それじゃあママ、行ってきます。」

 

「いってらっしゃい、 わが子よ。 」

 

扉をくぐる。後ろは振り向かない。振り向いたらあのママのとても悲しそうな顔が見えてしまうから。帰りたくなってしまうから。

 

 

あの優しいママとまたたくさん話したい。だから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対に無事に帰ると思うと、ケツイがみなぎった。

 

 

 



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スノーフル
サムい


 

 

 

バアンと音を立て、扉が閉まる。遺跡の中で反響した音が外からでも聞こえる。

 

私は今、遺跡の外へ出た。遺跡の外、というだけであって地上ではない。

 

 

というか寒い。もの凄く凄く寒い。

足元を見ると雪が積もっている。道理で寒い訳だ。地下というのは勝手に暑い場所だと思っていたけど、そんな事はないらしい。日差しが通らないからかもしれない。

 

体を暖める為にも少し小走りになりながら、気味が悪いほど静かな雪の小道を進んで行く。

 

そう言えば、ママはどうして魔法が使えなくなってたんだろう。ちなみに魔法はモンスターなら皆使えるらしく、私が触れるとダメージを受ける、モンスターたちが飛ばしてきたあれだ。

ママの様子からして、魔法が使えなくなるのはよくあるような事ではないのはわかった。そして私が助けた後に使えなくなったんだから――

 

 

 

私の『助ける』力の副作用的な物…?

 

思えば、ママを助けた後、全身がだるくなってその後の記憶がない。気を失ってたとママが言ってた気がする。今までそんな事なかったのに。

 

 

前を見ると、木でできた橋のような、ゲートのような物が小道の先にある。これも何かしらの仕掛けなのかもしれないけど何も起きない。

 

これも誰かが解いた後なのか?

だとするとやっぱり例の子供だろうか…

 

 

 

 

 

 

 

遺跡の中には仕掛けと、落ち葉と、あと机にくっついたチーズぐらいしかなかったけど、遺跡の外はそうでもないらしい。

 

雪は勿論の事、針葉樹がたくさん。川もあったし、小屋とかランプとか、何も入ってなかったけど箱だとか。モンスターの写真が釣り針の所に付いた釣り竿もあった。

人工物に関してはどれも使用用途が分からない。

 

そんな中で、その箱の近くの雪が盛り上がっていた。

 

 

 

…いや雪が盛り上がっているんじゃない。

 

雪の上に塵が乗っかっているんだ。

 

 

「―――助けなきゃ。」

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

「…いよっと。」

 

寒さに震えながらも魔法を避ける。

 

「こんなゆきで ふるえとったら さきゆきわるいで。 」

 

「お気遣いありがとう。でも走ってるからちょっと暖かくなったかも。」

 

「わらうところやで、 ここ。 」

 

「えっ?」

 

鳥のモンスターの口がへの字に曲がる。そして魔法が飛び交う。三日月型の雪の欠片のような魔法だ。

 

動きが読めてきた。十分避けられる。

 

鳥のモンスターがこちらをジトっと見る。

 

「 “ゆき” のだじゃれや! だじゃれ! 」

 

「…あっ。」

 

鳥のモンスターが私に失望したような、悔しいような目を向ける。

 

「ごめんね!いや私はその…そういう事に疎いから! …でも分かるモンスターには、きっと受けると思うよ?」

 

そう言うとすぐに、鳥のモンスターはパアっと表情を明るくする。

 

「おもしろいやろ!? オヤジめ! きいたか! 」

 

「あーうん、何事も自信がある方が良いよ。」

 

 

 

取り敢えず『助ける』力は問題なく使えるようだ。この鳥のモンスターも普通に魔法が使えてるようだし、私自身に不調もない。

 

どうしてママの時だけ?

 

 

 

オワライチョウというらしい鳥のモンスターには危険について知らせ、隠れるように促した。オワライチョウも例の子供について覚えているらしかったが、思い出した時に顔色が一瞬で悪くなったので、わざわざ掘り返しはしなかった。

 

周りを見渡す。

 

雪が一面に積もっている中、塵がないかどうか探すのはかなり大変そうだ。

 

でも、ちゃんと見つけてあげなきゃ。

 

 

 

 

自分の中で、意志がかたまる。

 

 

 

 

「助けたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――何かが動く。自分のものである何かと、自分のものでない何かが。

 

 

 

それらが温もりを持ち、感情が溢れる。

 

 

 

自分に慣れ親しんだものがある。

 

知らないものがある。

 

悪を許せない気持ちがある。

 

意志を貫き通す精神がある。

 

 

 

何かが光って―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆を助ける意志がかたまり、ケツイがみなぎった。

 

 

 

 



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なんの やくにも たたない

 

 

 

つまりこういう事だ。

『青は止まれ』

 

 

青色の魔法は、当たる時に動くとダメージを受ける。逆に言えば、避けられない魔法も動きさえしなければダメージを受けない。

 

分かってしまえば簡単な法則だけど、分かるまでにだいぶダメージを受けてしまった。結構、いやかなり痛い。

 

今は走り回る必要がなく、痛みが増さないのでとてもありがたい。というのも、私は今、目の前にいる犬のモンスターを撫でているからだ。

 

「ナデナデ」

 

「だいて? ないて? なでて? なでて? だいて? だいて? 」

 

なぜこんな事をしているかというと、こうする事でこの犬のモンスターが大人しくなるからだ。

どうやらこの犬のモンスターは嗅覚が良いらしく、私の事が人間だと判ったようだ。今まで私が人間なのを見抜いたのは、ママとフロギットだけだ。あのふたりはどうして判ったんだろう?

 

それはそうと、この犬のモンスターはママやフロギットと違い、人間である私の事を捕まえようとしている。そういう訳で、大人しくさせる必要がある。

 

「ここは危険ナデナデ。どこかに隠れた方が良いナデナデ。」

 

「な! なな! なでられたら きくしかないぞ!」

 

なんか色々大丈夫かな。心配になってきた。

 

 

 

=======

 

 

 

つるつると滑りながらも、氷に囲まれた場所にある看板の下に辿り着く。東にスノーフルという町があるようだ。あぁ、あと雪ね。まあそうだろう。

 

そのスノーフルの町に行く前に、雪としか書いてないけど北へ行ってみるか。

 

 

 

 

「ほんとうに雪しかない。…ん?」

 

一面真っ白な雪の中に橙色の物が辛うじて見える。

 

 

近くに寄って、しゃがんでみる。何かが雪に埋もれている。引っ張り出そ―――

 

「おねがいします… 」

 

「わ!」

 

手を伸ばした先から、いきなりくぐもった声が聞こえて驚く。

 

「ボクは ゆきだるまです。 ただしくは ゆきだるまだった、 ですね… 」

 

確かにちょっとここらへんの雪が不自然だ。調度雪だるまだった物が崩れたみたいに。

 

「ボクのからだのゆきを ほとんど もっていっちゃった モンスターがいるんです。 」

 

「大丈夫なのそれ…?」

 

「からだは だいじょうぶです。 でも、 もっていかれたからだも まだ ボクのからだなわけで… だから あのたびびとがやっていることが いやでも みえちゃうんです… 」

 

なんとなく、話の行く先が見えた気がした。

 

「あのたびびとは たくさんのモンスターたちをきずつけています。 ボクは もうこんなの みたくないんです… 」

 

あの子供だ。こんな事までやっていたとは…

 

「今どこにいるか分かる?」

 

「スノーフルのまちです。 」

 

「町!?町の皆は大丈夫なの?」

 

町はたくさんモンスターたちがいるはずだ。

 

「まちのみんなは もう にげていました。 」

 

良かった… 思わずほっと息をつく。

 

「それでなんですが、 たびびとさん もしよかったら ひとつおねがいしても いいですか…? 」

 

「うん、言ってみて。」

 

「ボクのあたらしいからだを ゆきでつくってほしいんです。 ニンジンで はなを、 いしで めと くちと ボタンを。 」

 

「そうしたら、 ボクのからだは そのあたらしいからだになるから、 あのたびびとがもっている ものからは きりはなされる… だからおねがいします… 」

 

雪だるまが懇願するように言う。

 

「勿論だよ。今すぐ作るね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これでよし。」

 

最後にニンジンを顔につける。

 

「ありがとうございます! ほんとうにありがとう! 」

 

「いえいえ。雪だるま作ったのは随分久しぶりだからあんまり自信ないけど大丈夫?」

 

「カンペキですよ! 」

 

「良かった。」

 

にこりと、可愛らしく笑うのは私がそう作ったからだが、心から笑っているのが感じ取れる。

 

 

 

 

そういう反応をされるとこっちまで嬉しくなる。

そう思うとケツイがみなぎった。

 

 

 

 

 

 

 

========

 

 

 

 

 

「で… でも… きさまのことはしんじてるよッ! きさまはもっとりっぱなひとになれる! 」

 

信じる信じるって、そんなに信じて報われている奴なんて見たためしがない。

 

 

 

 

 

 

 

本当にくだらない。

 

 

 

 

 

 

 

=========

 

 

 

 

 

 

 

EXP。

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

ポケットが湿っている。

 

 

 

―――おかしい。

 

 

 

ポケットをすぐに探る。

手に冷たい物が触れる。取り出す。

 

これは雪だるまの欠片。かなりの回復力があるから最後まで取って置こうとしていた物だ。

 

それが溶けている。手の熱で。

 

雪だるまの欠片はホットランドに行っても溶けない物のはず。

 

どういう事だ。これではただの雪の塊だ。

 

 

 

ここで何かが起きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい足跡を残して、スノーフルの町を去る子供が一人。

 

 

 

 

 

ケツイ。

 

 

 

 

 



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ナデナデ

 

 

 

行きどまりにあるどこか可愛い二軒の小屋。

 

「ダーリンと…こっちはハニーね。」

 

それぞれの小屋の前に書いてある。恐らくこの小屋の持ち主同士が恋人もしくは夫婦なんだろう。

 

そんな、少し微笑ましいと思える場所だった。この看板がなければ。

 

 

――― ヘンなにおい ー ニンゲン

――― キケンレベル:みどり

――― ゼッタイに しまつすること!

 

 

さっきの犬と同じように人間の事を捕まえようとしてるのかもしれない。気を付けなきゃな…

 

 

「うわわっ!」

 

そう思った矢先、物思いに耽っていたが為に足元の氷に足を滑らせ、前に転ぶ。しかも綺麗に顔面から突っ込んだ。凄く痛い。凄く冷たい。凄く痛い。

 

 

 

=======

 

 

 

 

「パピルス。…前にも見た名前だ。」

 

 

その名前が書かれているのは、突如として現れた机の上に置いてある紙。

机の上には凍ったスパゲッティとコンセントの繋がっていない電子レンジがある。それに加えて置いてあったのがこの紙。パピルスというモンスターの置き手紙のようだ。

 

「確か変な小屋のところにあった変な看板だったかな。」

 

字と内容が特徴的だった事もあり、わりとよく記憶に残ってる。確か、ロイヤルガードのロイヤルガードには入っていないスケルトンのパピルス。

一瞬どういう事なんだと思ったけれど、恐らく彼はロイヤルガードに入るのを目指しているのだろう。

 

今手に持っている手紙の内容も奇妙だ。

 

「えっと…人間…このスパゲッティをたべやがれください?これは罠で、食べるのに夢中になって先に進めなくなる…」

 

スパゲッティは凍っていて食べれそうにない。横の電子レンジは電源が入らないから使えないし。

 

それに彼は人間をどうしたいんだ?捕まえるのではなく、ただ足止めをしたい?どうして捕まえないんだ?そもそもどうして人間を捕まえようとしてくるモンスターが?

 

 

考えてもわからない。取り敢えず、モンスターたちに訊くとかして情報を集めないと。

 

 

=======

 

 

 

何かが光って、光の眩しさが目に残っている中、目の前に現れたのは犬のモンスター。

 

「ここにも犬のモンスターか… もしかしてこの子もロイヤルガード?情報教えてくれるかなぁ?」

 

ロイヤルガードについてはよく知らないが、何よりこの子は鎧を着て、剣と盾を持っている。いかにも「ロイヤルガード」って感じだ。

 

 

「こんにちは。悪さしに来た訳じゃないから安心して。」

 

自分で言ってて凄い怪しいなと思った。悪い事しに来ましたとか言う人がいるだろうか。

 

犬のモンスターの息が荒くなる。舌を出してこちらをじっと見つめてる。

 

相手はロイヤルガードという謎の組織の一員かもしれない。私の事を捕まえようとしてくるかもしれないモンスターだ。警戒はすべき。だけどもどうしても遊びたがっている犬にしか見えない。先程会ったあの犬のモンスターが、ナデナデすると意外とかわいくって。

…もうナデナデしたくてしようがない。

 

「あー、ナデナデ。」

 

 

―――犬のモンスターの首が伸びる。

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

「ここまで伸びるとは思わないでしょ普通…」

 

訳もわからず、相手もいないのに言い訳を呟く。目線の先にあるのは犬。犬…?いやこれは…多分犬だ。そう。

さっきの犬のモンスターなんだけど…なぜか撫でたら首が物凄く伸びた。

 

最初は上に、キリンぐらいには伸びたんじゃないかな?その後、横に下に、また上に伸びて伸びてまた伸びた。

その結果、今目の前には曲がりくねった異常に長い首を持つ犬のモンスターがいる。

 

「ごめん、えっと…これはどうしたら…」

 

私があたふたしていると、犬のモンスターがバタバタと手足を動かす。首は長い状態で、それに比べて体は随分と小さいので、それでその動きをされると何とも奇妙な物だ。

例えるなら…例える、なら…なんだ?例える物が一つも思い浮かばない。

 

その時だ。犬の頭からその長い首全体と、足の先までが大きく動く。

 

かと思ったら、首が高速で縮んでいく。つまり頭の部分が高速で移動している。

例えるなら…そうだメジャーだ!これは思いついた。メジャーをしまう時にボタンを押すと、高速で元に戻ってく感じ。

しかしまあ、果たして生き物がそんな非生物的な動きをしてもいいのか。

 

犬は完全に元に戻り、相変わらず息を荒くしている。

かと思ったら、走り去って行ってしまった。尻尾が嬉しそうに振られているのが見えた。

 

「いろいろと忙しいモンスターだなあ…」

 

 

 

ふうとひと息ついてあの犬が走って行った方を、少しの間眺める。しかし、その視線は困った視線ではなく、優しい視線をだった。強張っていた頬が緩くなるくらいには。

 

 

 

 

また犬に会う気がすると思うとケツイがみなぎった。

 

 



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ナイス

 

 

 

 

「このニオイ… ゆるさないッス! (ゆるさないサ! ) 」

 

「えええっ!?」

 

鎧を着た犬のモンスター二匹が、助けてからいきなり魔法の斧を振り下ろしてくる。一度は避けきったものの、続く斬撃に対応できず痛みが広がる。

 

「いったぁ…」

 

「イヌッサ ぶじだったッスか? 」

 

「(イヌッス ぶじだったのサ?) 」

 

「ほんとうによかったッス… (ほんとうによかったサ… ) でも ニンゲンはゆるさないッス! (ゆるさないサ! ) 」

 

苦痛に声をあげる私の事はいざ知らず、私を許さないという意向で一致したようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!多分人違いだよそれ!」

 

「いまさら おじけづいたッス? 」

 

「(じひは ないサ! おまえがそうだったように。 ) 」

 

怒りと憎しみの籠った声で犬のモンスターたちは応える。誤解を解くのは難航しそうだ。

 

イヌッスというらしい犬のモンスターから、ハート型の魔法が飛んでくる。向かう先は私を通してイヌッサだろう。

 

避ける、避ける、大きいけどこれは青だから動かない。

 

かなり大きい魔法が続くが、見極めながら確実に避ける。

もしかしたら、このハート型の魔法の大きさは再び会えた喜びが表れているのかもしれない。そうだとしたら、私は傍でその感動的な再開を祝福したいところだが、どうもそれは許されないらしい。

 

「ここをモンスターの子供が通らなかった?多分その子が…その…色々とやってて…」

 

「ここを とおったのは おまえだけッス。 (ここを とおったのは ニンゲンだけサ。 ) 」

 

…あれ?覚えていない? それかあの子供がモンスターではなく人間? それだとどうしても矛盾が生じる。

遺跡、そして雪道に塵を敷いていったのはモンスターの子供のはずだ。どのモンスターたちも言っていた。皆口を揃えて知らないモンスターが、と…

 

 

知らないモンスター…?

 

 

今まで私が人間だと見抜いたのは、フロギットとママと雪道にいた犬のモンスターたちのみ。極々、限られている。

 

じゃあそれ以外のモンスターたちは私をなんだと思ったのか。

 

 

 

―――知らないモンスターだ。

 

 

「痛っ。」

 

「よそみしてるからッス。 (してるからサ。 ) 」

 

イヌッスとイヌッサが丁寧にダメージを負った理由を教えてくれる。それは優しさなのか、私の失敗を笑うものなのか。

 

「わ。」

 

避けようとした勢いで雪に突っ込み、思いの外足が雪に深く埋まる。そのまま抜けず、その勢いで前の雪に突っ伏してしまう。冷たい。

しかし魔法は続く。頬を変な汗が垂れる。

 

「いやちょっとさすがに今は――」

 

こんな絶好な機会を、この犬のモンスターたちが逃がす訳なく、容赦なく斧が降ってくる。

 

でも私だってそのままでいられる訳じゃない。足は相変わらず抜けないが、体をひねり、冷たい雪の上を這いつくばりながら避ける。目と鼻の先に斧が下りた。

 

手を雪の上にずっとつきながら動くため、冷たくって仕方がない。手が上手く動かせなくなってきたし、感覚が痛み以外感じられないようだ。はまっている足に斧が当たる。

 

体もせっかく暖まってきたのが、雪の上を転がるせいで寒さに体力を削られているのでは、と思うほどに冷たくなる。背中におもいっきり斧がぶつかる。

 

魔法が止む。しかし、もう体を動かしたくないほどの激痛は止まない。

 

「あ、あの、多分と、いうか…ぜった、いなんだけど、それ私じゃあない、よ…」

 

痛みを堪えて声を絞り出す。

 

「いいや、 おまえのニオイは キケンレベルみどりのニンゲンッス。 」

 

「(こんなにもニンゲンのニオイが… ) 」

 

説得は無理かと思った時、イヌッサの言葉が途切れる。不思議に思い、痛む体を無理やり起こす。

 

 

 

 

「(ニンゲンのニオイじゃないサ… ) 」

 

そんな馬鹿なとイヌッスが私の方に顔を向け、ぴくぴくと鼻の先を動かす。

 

 

 

「これは… こいぬのニオイッス! (こいぬちゃんのニオイサ! ) 」

 

「へ?」

 

予想外過ぎて思わず変な声が出る。

 

「ヘンなイヌ! 」

 

「(でもわるいことしちゃったのサ。 ) 」

 

よくわからないがイヌッスとイヌッサの顔がしゅん、となる。まるで叱りつけられた子犬のように。

これじゃあ私が悪い事をしたみたいじゃないか…

 

行き場がなく、宙を漂っていた手をイヌッスとイヌッサの頭の上に恐る恐るのせる。

 

「ナデナデ」

 

「イヌがイヌに なでられた! (その はっそうは なかったサ! ) 」

 

さっきまでの様子はどこへやら、今のイヌッスとイヌッサには警戒心の欠片もない。

 

 

 

 

=======

 

 

 

「あー寒い寒い」

 

最初に増して体を震わせているのは、雪の上を転がったから。でもそのお陰で、今私は生きていられているのかもしれない。

 

寒いのはそれだけが理由ではない。なんてったって今私はアイスバーを食べている。別に好き好んでこんなに寒い中食べてる訳じゃない。もうできれば動きたくないほどに傷が痛むから、それを治すためにだ。

 

このアイスバーはヒョー坊というモンスターから貰った物だ。食べる用ではなかったらしいが。まあ、こんな寒い中好き好んで冷たい物を食べるなんて事はしないか。じゃあ何用だったのかという疑問もなくはない。

 

 

それにしても、においを消す。

なんで思い付かなかったんだ?犬のモンスターたちが私を人間だって見抜いたのは、鼻が良いからだって知っていたのに。それに今思うと「ダーリン」「ハニー」と書かれていた小屋はあの犬のペアの物だったんだろう。

 

「やっぱパニックになっちゃうと駄目だなぁ。もっと冷静でいないと。」

 

そう口に出したところで調度アイスバーを食べ終えた。味はまあまあ。残った棒には、「きょうも きまってるゥ!」と書かれている。なんだこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体は更に冷える事になったところだが、胸の奥はどこか暖かくなったような気がした。そう思うとケツイがみなぎった。

 

 

 

 

 

 



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ゆき?

 

 

 

 

「うわあっ!」

 

歩いていると何かが爪先に突っ掛かり、そのまま前に転ぶ。しかもまた顔から雪に突っ込んだ。凄く冷たい。凄く痛い。もう…気をつけようと思ったのに…

 

何に突っ掛かったのかと見てみると、そこにあったのは雪に埋もれたボタン。そして、そのボタンに絡むようにして伸びた蔦。よく見ると、この蔦がボタンを押し込んでいるようだ。

 

「なんでこんなところに蔦が伸びるんだろう…」

 

こんな雪に埋もれた場所に、決して寒さに強い訳じゃなさそうな蔦が。ちょっと不自然だ。考えすぎかもしれないけど、ボタンを押し込んでいるのがどこか引っ掛かる。

 

 

―――もしかしたら、植物系のモンスターがいたりするのかもしれない。あり得ない話ではない。

 

この辺りはいろいろな仕掛けが多い。恐らくこのボタンもその一つ。今までに見てきた仕掛けも全部解かれていた訳だし、誰かが解いたんだろうとは思っていたけれど。

多分この仕掛けは植物系のモンスターが。他の仕掛けには蔦の欠片もなかったから、違うモンスターが解いたんだろう。

 

今まで、仕掛けを解いたのは例の子供だと思っていた。でもよく考えれば、この辺りに住んでいるモンスターだっている。その上で通る度に仕掛けなんて解いたりしないだろう。きっとこれらの仕掛けは随分前に解かれてそのままなんだと思う。

 

って考えると、あの子供は進んで行く上では何の障害もない?

 

 

そういう事ならちょっとマズい事になっているかもしれない。

 

ただでさえ皆を助けるのに時間がかかるというのに、説得したり、状況を教えてあげたりでかなり進むのに時間がかかっている。

 

あの子はそんな時間を必要としない。道で出会うモンスターたちをただ殴って進むだけ。これじゃあ いつまで経っても追いつかない。

 

追いついたとして、何かができるとは限らないけれど、皆がこれ以上傷つけられるのは止めなければ。

 

 

自分自身に急かされるようにして、辺りを見回しながら小走りになる。

 

 

 

 

―――引っ張られる。

 

 

―――引っ掛かる。

 

 

 

 

「…あった。」

 

あるのは塵の山。同じに見えても雪とは違う。もう見間違えたりしない。

 

 

「助けたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

慣れたからだと思っていた。

 

 

引っ張られた方を、引っ掛かった方を見た、そこへ近づいた。

 

でも、気付かなかった。

引っ張られた事に。

引っ掛かった事に。

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

目の前に現れたのは所々凍っている開けた空間。そしてその周りは、木々に囲まれていて見えにくいが崖になっている。つまり、氷で滑って思うように進めない。下手すると――

 

「ここは後回しにしよーっと…」

 

右側に緩い斜面の坂道がある。そっちに行く事にした。

 

 

滑らないように注意深く下るとスケルトンのような雪像が見えた。誰が作ったんだろうか。スケルトンなのに筋肉がついている。

 

「自分で自分を作ってたりして…あ。」

 

そんな事を想像していると、その像の横に雪の塊がある事に気がついた。本当にただの雪の塊だ。ただ、他の雪の塊と違って赤い塗料で字が書いてある。

 

 

―――サンズ―――

 

 

 

―――そとに サンズっていうスケルトンのモンスターがいるの。 かれはきっと 助けてくれるはずよ。

 

 

 

「サンズ…そうだサンズだ!」

 

ママが言っていたモンスター。もしかしたらそう遠くにはいないかもしれない。

 

 

 

=======

 

 

 

危険だと思われる崖に囲まれて所々凍った広場は、取り敢えず進むのではなく、よく進む道筋を考えてから進めば崖に落ちるなんて事はなかった。

迷路というか、パズルみたいでちょっと楽しんでしまった。

 

そこを抜けるとあったのは、いくつもの雪の塊と小さな犬小屋。その一番奥で『助けた』のが―――

 

 

「ワンワン!」

 

「また犬か…」

 

犬とは今のところあまりいい思い出がない。殺されそうになったり、ナデナデしたり。殺されそうになったり、ナデナデしたり。ナデナデしたり、よくわからない事になったり。

今までも散々な目に遭ったが、今回も悪い予感しかしない。いや今回は特に。

 

目はきらきらと輝き、舌を出しながら息を弾ませ、犬らしさが出ている頭とは別に、体は鎧を全身に纏い、大きな槍を構えている。

 

きっとこの犬は、槍を振り回したり、その鎧を着たまま突進したりするのは遊びだと思っているのだろう。もうそんなの雰囲気からして分かる。

もう傷を癒すような食べ物はないし、できれば穏便に済ませたいところ。

 

「ちょっとね、私急がなきゃいけないの。だからね、今ちょっと遊べないかなぁってぇえええ!ちょっと!ストップストップ!」

 

私の話なんて聞いてちゃいない。犬は問答無用で突進してこようとする。

 

「ちょっと待って!痛いから!そこまで私タフじゃないか――」

 

「ワンワン!」

 

加減を知らないこの犬に私の悲痛な叫びは届かず、全力で突っ込んでくる。

 

「うぐっ」

 

咄嗟にフライパンでガードをするが、威力を殺し切れない。カンと高い音を立て、腹部に沈む。

 

痛い。本当に痛い。死ぬんじゃないかと思った。これで死ななかった私はだいぶタフだ。意外と凄いじゃないか、私。

 

私が自分を褒め称えて、なんとか意識を保とうとしている中、犬はこっちに顔を向け、褒めて褒めてと言わんばかりに体を擦り寄せる。

体が柔らかく温かい毛なら少し癒されただろうが、生憎とその毛は隠れ、代わりに冷たく硬い鎧がガガガと擦り寄せられる始末。

 

「わ、わわわかったわかったか、ら… はいナデナデ。」

 

 

犬は満足げだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな意識が遠ざかりそうな中、犬に舐められながらケツイがみなぎった。

 

 

 



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いつかきっと

 

 

 

痛い。痛い。痛い。

 

 

片足を引きずり、寒さに震え、痛みに耐え、重い頭をなんとか持ち上げながら雪道を歩く。

目がちかちかして、真っ白な雪が点滅してるようだ。

 

 

こんな満身創痍としか言い様がないような状態でいるのは、モンスターたちの魔法によって傷をたくさん負ったからだ。主に犬。

そして、かなり歳を取っているであろう鹿のようなモンスターに会い、何故か「近頃の若者は!」と叱られた。そしてよくわからないが怒りの籠った魔法を喰らい、更にはそのモンスターの角に何故か飾られてた有刺鉄線を取ってあげた時に、指をかなり怪我した。それがとても痛い。

 

もう飴はないし、アイスバーもない。あの野菜のモンスターもいない。つまり傷を癒す物がない。

だからこの状態のままでもこの先に何か食べ物があると信じて進むしかないのだ。

 

 

白くない道が見えてきた。雪が積もっていない?全身の痛みと寒さでそれを確認するのも億劫だ。

 

吊り橋?

 

もし私がこんな状態じゃなかったら、落ちないかとか、風が強そうだとか考えただろう。でもそんな余裕はない。

道は他にはないのだから、何も考えずに橋に足を踏み入れる。

 

遮蔽物が何もないからか、風が橋の上は特に強く、容赦なくとびきり冷たい風が顔に、足に、体に吹きつける。

それに橋が意外に長い。自分の歩くスピードが遅いのもあるが、ずっと続くように思えた。

 

 

そんな橋も凍えながらも渡りきり、見えてきたのは―――

 

「町…」

 

 

―――ようこそ スノーフルのまちへ!―――

 

 

雪の積もった町に似合った可愛らしい看板が歓迎してくれるが、町は誰もいないようで何も聞こえてこない。

 

町に入り、一番手前にある建物の前まで歩く。

 

 

―――SHOP―――

 

 

店のようだ。ここなら誰もいなくても何か置いているかもしれない。

 

その読みは当たり、いくつか食べ物が置いてあった。

ウサギの形をしたパンを手に取り、行儀が悪いけれど店の中ですぐに齧りつく。――シナモン味だ。そして体の傷が癒えていく。

 

 

やっとひと息つける。そこで店内を見回す。勿論誰もいない。でも誰かがいたんだろうと思うぐらいには、温かさがほんの少しだけ残っていた。やっぱり、皆が逃げてからもあまり時間が経っていないのかもしれない。

他に目につくのは―――

 

「この紋章。」

 

店の奥の壁に貼ってある紙。そこに描かれた紋章が目に留まった。天使のような羽が生えた円とその下には三つの三角形。

 

「どこかで見たような…」

 

思い出せそうで、思い出せない。

 

「取り敢えず…お金は置いておかないとね。」

 

レジの横に置いてある紙を確認する。多分…シナモンキーという商品名のやつだろう。なら25Gだ。お金をレジの中に入れようとする、が その手が止まる。

 

「ん…?」

 

レジは無造作に開き、中には少しもお金が残っていない。逃げる時に急いでかき集めたのかもしれない。そう思った時に気がついた。机の上の紙に。

 

―――かぞくに らんぼうしないで―――

 

今までは、実際に手に掛けられたモンスターばかりを見てきた。あの子供から逃げる、モンスターたちの死を知ったモンスターたちは見ていない。

もしかしたら、彼らの方が恐怖を感じているのかもしれない。昨日まで普通に駄弁っていた友達が、急にもう会えなくなる。得体の知れない、殺人鬼によって。

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

トントン、と扉を叩く。

 

「あのー!誰かいませんかー!」

 

出来るだけ大きな声で呼び掛ける。

 

 

「――――――」

 

 

「ここもいないか…」

 

返ってきたのは静寂のみ。それも何回目だか。今まで町の店や家々を回っては声を掛ける事を続けてきた訳だが、一度だって声が返ってきた事はなかった。

でもそれはいい事かもしれない。皆上手く逃げたって事だし。塵も…一度もこの町では見かけていない。

 

 

「次はこの建物だけど…としょ、んか?」

 

「としょかん」と書きたかったのだろうか。「としょんか」と大きく書かれた看板の付いた建物の前まで来る。

ドアノブに手を掛ける。――冷たい。それを我慢して思い切って回す。すっと軽くドアが開く。

 

「図書館も開いてるんだ。本とか大丈夫なのかな?」

 

中に入るとすぐに、本特有の深く、落ち着く匂いが鼻をつく。本は全く読まないが、この匂いは結構好きだ。

 

部屋の中は外と比べてとても暖かい。周りを見渡す。部屋はここだけのようで、ドアも私が入ってきたドア以外ないようだ。本の数はそれほど多くはないが、このぐらいの数の本を見たのは随分と久しぶりだ。部屋の真ん中には丸いテーブルが置いてある。いつもは誰かがこのテーブルを使っていたのだろうか。

 

一番近くの本棚に寄り、題名をさらっと見る。図書館なんて行かないので、本の探し方はわからないし、役立つような本があるかもわからない。でも、取り敢えずは探してみる。

 

「えっと…ここらへんは娯楽だからここには無さそうかな。」

 

――――――。

 

―――ん?

 

娯楽…娯楽というのは本のジャンルの一つなのか。

 

「ちょっと…なんで私は自分の言った事に納得してるの?」

 

まあ納得してる事に関しては普通か。誰でも新しい知識を得られればそうなるだろう。でも――

 

「新しい知識なら、どうしてそれを知っている筈がない自分が言ったのか。」

 

そうそれだ。おかしい。どういう事だ?

 

 

 

「…頭が痛い。…ん?」

 

ふと目に留まったのは「レポート」と雑な字で書かれた一つのファイル。どう考えてもこの位置に置いてあるのはおかしい。興味本位で手に取り、開いてみる。

 

 

 

―――モンスターは としをとって ポックリいくと ちりになる。―――

 

 

そんな文章が目にはいる。

 

「やっぱりそうだったんだ。モンスターは死んじゃうと塵になる。」

 

わかっていた事だったけれど、こう、確定した事実として突き付けられるのは結構こころがやられる。

本当にこんな事をして何がしたいのだろうか。しかしながら他人と大きく逸れた事する人は、それがなんであっても、他人には理解できない事が多い。考えても答えは出ないだろう。

 

そう思う事にして、一旦あの子供に関しては考えない事にする。それと共に、図書館の外へ向かう。あまりゆっくりはできないから。

 

 

 

 

 

再び冷たい空気に曝されながら、ケツイがみなぎった。

 

 

 

 



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ひんじゃく

 

恐らく、さっきの大きい一軒家で町は終わりなんだろう。もう雪の積もった道と、その横を流れる川ぐらいしかない。その先はここより少し暗い洞窟に繋がっているようだ。

 

「ここより寒くなったりしないといいんだけど。」

 

なんとなく、暗い場所の方が気温が低くそうだからちょっと心配だ。まだ、雪の上を転がった時ので服が乾ききっていない。そんな状態で更に寒いところへ行くのは気が引ける。

 

そんな事を考えながらそっちへ歩いていると―――

 

 

「あ。」

 

…逃げ遅れたんだろうか。一塊の塵が雪の上に積もっていた。

今までしてきたようにその塵に寄り、静かに念じる。

 

 

「助けたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――何かが動く。自分のものである何かと、自分のものでない何かが。

 

 

 

 

 

 

 

それらが温もりを持ち、感情が溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

自分に慣れ親しんだものがある。

 

 

 

知らないものがある。

 

 

 

悪を許せない気持ちがある。

 

 

 

意志を貫き通す精神がある。

 

 

 

 

 

 

 

何かが光って―――

 

 

光って―――

 

ひか、って―――

 

ひか…

 

 

どうして変わらない?

早く。

 

―――変われ。

 

 

変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ変われ―――

 

 

「変わって!」

 

 

 

 

―――目の前に何か気配を感じる。

ただ感じるだけだ。目には映らない。何故なら視界が物凄く暗いからだ。周りが暗いんじゃない。私の視覚という機能が働いていないのだ。

 

それだけじゃない。何も聴こえない。少し吹く、冷たい風の音も。何もにおわない。じめっとした雪のにおいも。感じるのは寒さだけ。

そして、物凄くだるい。

 

顔に何かがぶつかった。冷たい。恐らく雪だろう。どうやら私は倒れ込んだようだ。

 

 

 

 

この感じ、前にも一回あったなと思った直後、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

――ったく――ズは――ったの―――。

 

何かが聞こえる。誰かの声?

 

さすがだ――レさまは。 ――っかりと―――ゲンをつか――たぞッ!

 

かなり大きな声で話しているようだがよく聞こえない。

 

――も、 ―いしんさせてだ! ロイヤルガードにはいれること まちがえなしだなッ!

 

ロイヤルガード?

 

全身がだるいが、目を抉じ開けて無理矢理体を起こす。ふらふらとする。頭も痛い。体もあちこちが痛い。そうだ、私は気絶したんだった。

目の焦点が次第に合い、周りが見えてくる。

 

木造の部屋のようだ。とてもボロボロで、窓も割れている。周りには犬用の餌や玩具などが置いてあり、入り口の方には格子のようなものがある。格子というには、少し隙間が大きすぎるが。これでは筒抜けだ。そしてその奥には―――

 

 

「あなたは…」

 

めがさめたのかニンゲン! いろいろとはなさなければいけないところだが、 オレさまはさきにアンダインにほうこくしにいく。くれぐれもにげだすんじゃないぞッ!

 

私の声に気づき、こちらへ向いたのは、あの雪像――「サンズ」と書かれた雪の塊の横にあった雪像とそっくりなスケルトン。今まで見てきた物から、彼は『パピルス』…?勿論筋肉はついていない。が、今はそれよりも―――

 

 

「ちょっと待って!今はあんまり外に行くべきじゃないよ!」

 

外に出ようとドアノブに手をかけたパピルスを止める。

 

どうしてだ?

 

スケルトンであるというのに、彼の表情はよく動く。パピルスは困ったような顔をした。

 

「あの…ここを子供が通ったでしょう?その子供が危険なの。」

 

ニンゲンのこどもならな。 たしかにあぶないかんじだったぞ。

 

人間…やっぱりモンスターの子供ではなかったらしい。思えば今まで会ってきたモンスターたちの中に、そんな事をする奴がいるとは思えない。皆根は優しく、憎めなくて…いや待てよ。ジェリーは別だ。

 

でも もうしんぱいないぞッ! カイシンしたようだからなッ!

 

帽子を失くしたヒョー坊。ジェリーはそれを嘲笑ったんだ。そんな具合に思考が脱線している中、パピルスが元気よく言った。改心した、と。

 

「いやいや改心はしてないんじゃないかな。だって君の事を…えっと…傷つけていったんでしょう?」

 

たしかにオレさまにこうげきをしたな。 だがオレさまは いきてるし、 げんに きさまは おれさまのしんぱいをしてくれた!

 

貴様って… ちょっと待てよ。どこか話が食い違ってる気がする。

 

ハグはしてくれなかったようだが、 ヘンなかおもしていない。 そういうカオもできるんだな ニンゲンも!

 

パピルスが私を見てそう言う。今のは完全に私に対して言ったんだと思う。だがそれは私に言うはずの事ではないだろう。端的言うと―――

 

「人違いです。」

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

―――その時、

塵の奥に何か白い物が一瞬だけ見えた。

 

 

あれが何故ここにいる?今までこの場面では一度も見た事がない。この戦闘後には誰も出て来ないはずだ。

 

ただただ、静寂と埃っぽいこの空気。見慣れたそれのみがそこにあるはず。

 

 

―――ナプスタ・ブルーク。

 

そんな名前だったか。

 

いちいちアイツらの名前なんて訊かないし覚えない。が、あのゴーストだけはEXPにならない唯一のモンスター。名前ぐらいは記憶の片隅に残っていた。

 

 

この『ルート』の場合、あのゴーストは遺跡でエンカウントしたっきり、姿を見る事は最後まで一度もない。

 

それが何故?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケツイ。

 

 

 

 



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いま、 じぶんの そばに

 

 

 

 

つまり、 きさまはニンゲンであるが あのニンゲンではないと… うーん、 なんだかコンランしてきたぞ。

 

私をあの子供と思っていたらしいこのスケルトン―――パピルスは、やっと事を理解してくれたようだが、頭を抱えながら言う。

 

「そうそう。フライパンとか持ってなかったでしょう?エプロンもしてなかっただろうし。」

 

そんなに似ているんだろうか、あの子と。そうなると色々と面倒な事になる。勘違いで私が捕まえられたり、下手したら殺されそうになったり… いやもうどちらも経験済なのだが。

 

そういえば、 アイツはグローブとバンダナをつけていたな。 じゃあちがうなッ! でも すごくにているぞ きさまら!

 

「ど、どういうところが?」

 

あまり、というか全然好きではない、むしろ大嫌いだと言える人と凄く似ていると言われ、思わずどもってしまう。

 

ふたりとも はだがあるし、 かみもある。 やかましくもないし、 ふかふかもしていない!

 

パピルスが胸を張って、誇らしげに言う。まるで、自分ではなかったら気づかない物かのように。パピルスはスケルトンか犬ではなかったら、全部同じに見えるのだろうか。

 

 

しかし ニンゲンにはちがいないのだな。 だったら はなしは はやいぞッ! オレさまは きさまを みやこまでつれていく!

 

パピルスが元気よくそう言うが、そうなってしまうと困る。その都にもいづれは行くだろうが、まずはあのニンゲンの子供が通ったであろう道を辿って皆を『助ける』のが先だ。真っ直ぐ都へは行けない。

 

「パピルスも色々とあるんだろうけど、私にもやらなくちゃいけない事があるの。都にもその用事で行くから、後で行くっていうのは駄目?」

 

パピルスならなんとか交渉できるはず。そう思って頼んでみる。

 

ホントに みやこには いくんだな?

 

「うん。行くよ、絶対に。約束してもいい。」

 

パピルスの疑わしいと言いたげな顔を真っ直ぐ見て言う。縁起が悪いが死んでしまう、という事がない限りは絶対だ。

 

わかった。 かならず みやこにはオレさまがつれていく。 そして、 かならず オレさまはロイヤルガードに はいるからなッ!

 

「う、うん。」

 

何故か昇進する宣言をされたが、パピルスが嬉しそうだからいいか。

こういった面を見ると、スケルトンであるのに筋肉をつけた、あの雪像はやっぱりパピルスだったんだなと思えてくる。そう言えば、あの雪像の隣に…

 

「…あ。」

 

どうかしたのか、 ニンゲン。

 

私よりも身長の高いパピルスが、声を漏らした私を覗き込むようにして見る。

 

「パピルス、サンズって知ってる?」

 

パピルスがスケルトンである時点で気付くべきだった。あの雪像がパピルスであり、隣にあった雪の塊に書かれたサンズという文字―――

 

ああ、 しっているぞ。 オレさまのきょうだいのスケルトンだ。

 

「兄弟… その、サンズって今何処にいるか知ってる?」

 

いやしらないな。 だが あのなまけもののことだ。 グリルビーズにでもいって サボっているだろう。

 

グリルビーズには誰も居なかった、と答えると、パピルスは首を傾げ、おかしいなと言った。

 

私はそれよりも心配だった。サンズの安否が。もうとっくに逃げただろうか。ママの友達であり、パピルスの兄弟。何よりこのスケルトンが悲しむ所を見たくないのだった。

 

どうしてだろうか。

 

パピルスは良い奴だ。ついさっき会ったばかりだが、それはわかる。だからかな?

 

グリルビーズは いつもあいてるし、 いつもだれかしらは いるはずなんだがな。

 

UFOでも見たかのような驚いた顔をしているパピルスに、ここまで何度も言ってきた言葉を投げかける。

「パピルス、なるべく早くどこか隠れられる場所に行った方がいいよ。このままここに居るのは危険だよ。」

 

きさまとは べつのニンゲンがか?

 

私は黙ってそれに頷く。

 

きさまは どうする気だ?

 

「私は…やらなきゃいけない事があるから…」

 

いくのか?

 

パピルスが強く、厳しい調子の声で私に問う。

 

「危険なのはわかってる。けど行くよ。」

 

私を心から心配するママを、無理矢理振り切ってここまで来たんだ。今更どうやったってここは譲れない。

 

わかっているぞ。

 

パピルスが静かに応える。すぐに理解はして貰えないだろうと思っていたものだったから、少し意外だった。

 

しかし、話がはやい分には良い、と感心しているのも一瞬だった。次のパピルスの言葉で。

 

わかっている。 そういって、 オレさまから にげようとしているんだろうッ!

 

予想外の応えに驚いて、何も言えないでいると、パピルスは勝ち誇ったような顔でこちらを見た。

 

そのカオはズボシだな? オレさまわかっちゃうもんねッ!

 

どうやら彼は完全に勘違いしているようだ。私がそれに異議を唱えようと口を開く前にパピルスが言う。

 

ようじには、 オレさまがついてつこう。そうすれば にげられないからな!

 

「いやでも…」

 

名案だとばかりにどや顔で提案してきた事だが、パピルスにはあの子に会って欲しくないし、危険にさらしたくない。

何かその案を上手く却下する良い方法はないかと考えていると、ある事に気付いた。

 

「ねえ、パピルス。魔法が使えなくなってたりしない?」

 

パピルスは一瞬不思議そうな顔をしたが、大きく振りかぶって腕を上に素早く突き出した。その瞬間―――

 

「わぁっ!」

 

ばきばきっという音と共に、私の周りを囲むようにして、背丈の揃わない十本弱の骨が木製の床を突き破ってきた。

パピルスはというと、今日一番のどや顔で腕を組んでいる。

 

どうだ? オレさまのすばらしいまほうは! もんだいなく つかえているぞ。

 

「そ、そっか… 良かった。魔法も凄いと思うよ。」

 

魔法は本当に凄いと思った。実際、魔法が出てくる速さは今まで見てきた中で一番速いし、木製とは言え、床を突き破るほどの威力だ。

床を見ると、そこにあったはずの骨はいつの間にか消え、穴が開いた床とその周りの木片だけになっていた。

 

パピルスは褒められたのが余程嬉しかったのか、ホント?と目を輝かせている。どう考えても今後取っ捕まえる相手にとる態度ではない。

 

 

ともあれ困った。魔法が使えないなら危ないよ。隠れてて、というママに対して使った口実が使えない。何か良い口実は、と考えているうちにパピルスが一際大きな声で言う。

 

さあ、 ニンゲン! さっさと そのようじとやらをおわらせ、 みやこへといくんだ! このいだいなるパピルスさまが まもってやるぞッ!

 

「守る…?」

 

ああ、 そうだ。 オレさまはしっているぞッ! ニンゲンはまほうがつかえないだけでなく、 ダメダメなパズルのときかたすら しらないとな! つまり、 ニンゲンはジブンじしんのことを まもれない! だから オレさまが まもるんだ。

 

私は何も言えず、ぽかんと口を開けていた。そんな事を、言われるとは思わなかった。

 

さあいくぞッ!

 

パピルスはドアに手をかけ、もう外に出ようとしていた。どうやらパピルスを止めるのは、私には難しかったらしい。

 

「わかったよ。…本当に危険な時は逃げるんだからね?」

 

そうだな!

 

いつもの大きな声で応えが返ってくる。

 

 

 

=======

 

 

 

小屋の外に出ると、私がいたのは大きな一軒家の横の倉庫のような場所だった事がわかった。

パピルスが私が小屋の中の格子を通り抜けられた事に驚いているのを他所に、私は考え事をしていた。

 

私はパピルスの一言で納得させられてしまったわけだが、意地でも彼を止めるべきだっただろうか。パピルスは一度……

 

でも、パピルスの言葉で気がついた。私は人間。パピルスたちモンスターのように魔法は使えない。自分自身を守る力は限られている。

 

そんな私はすぐに死んでしまう確率が高いだろう。私が死んでしまったらどうする?今も倒れていくモンスターたちは?私を心配してくれるママや今までできた友達との約束は?

 

薄々、そんなことは思っていたが、結果、パピルスに頼ってしまった。

 

優しく手を差しのべたママを振り切り、今まで一人でやってきた。でも、ここまで前に引っ張られて、断れなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度は取らなかった手を取る。なんて身勝手なんだろう。

 

そう思ったらケツイがみなぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ウォーターフェル
なかまが


 

 

 

 

今まで通ってきた地下も薄暗く、狭い道ではあったけれど、次に踏み入れたのはもっと暗く、もっと狭い洞窟だった。

 

 

「意外にここら辺はあったかいんだね。」

 

さっきまでは雪が積もり、冷たい風が吹きつける町、スノーフルにいた。最初は、この暗い洞窟は更に寒い場所なのではないかと疑っていたが、奥の方から流れてくる風は生暖かく、冷えた体にはとても心地よい。長い冬の後の、やっとこさやってきた春風のようにさえ感じる。

 

そうらしいな!

 

隣を大股で歩く、背丈の高いスケルトン――パピルスが元気な声で応える。

「らしい」というのは彼に皮膚がなく、寒さ暑さを知らないからなのだろうか。

 

それにしてもニンゲン。 なぜきさまは そんなに びしょぬれなんだ?

 

「ああ、これは雪の上を転がって――」

 

こいぬじゃあるまいし、 そんなことしたら ぬれるってわかるでしょッ!

 

「え……ごめん。」

 

何を私は謝っているんだろう。パピルスと話しているといろいろ分からなくなってくる。

 

 

ところで、この洞窟はウォーターフェルという名前らしい。

さっき、岩と共に流れてくる滝の前を通った。この洞窟には、その名の通りの、先程のような滝がたくさんあるのかもしれない。事実、奥の方からも、微かにちょろちょろと水の流れるような音がする。

 

 

「パピルス、この花は何?」

 

私がパピルスに訊いたのは、意味ありげな植物の蕾。道の脇にあるスペースを大きく使って、等間隔に4つ程育っている。

 

このはなは みずべをわたるときに つかうのだ。 べつに たべられないぞ?

 

「え?いや食べないよ?」

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

さっきの蕾はなんと、水に4つ並べて浮かべると花が咲き、花を橋代りに水の上を渡れるという仕組みだった。なんとも奇妙な花だが、よく考えて並べなければ渡れない。

 

すごいぞニンゲン! よくとけたなッ!

 

「皆ここを通る時、いつもこの仕組みを解いてるの?」

 

そうだぞ。 でも しんぱいムヨウだ! およぎたくなったら およいでもいいんだぞッ! オレさまは いつもそうしているからな。

 

パピルスは泳ぎたくて泳いでいるのか、それとも解けなくて泳いでいるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その時、あの感覚がした。少し久しぶりとも言えるあの感覚。意識が引っ張られ、それにつられて、目線がその意識を追いかけるようにして動く。意識がある地点で止まり、目線もそれに続く。意識と目線の先にある物を頭で理解するのは一瞬遅れてからで―――

 

 

おい、 ニンゲン! どこへいく!

 

パピルスがそう言うのは、小走りで道の隅へと行く私が逃げると思ったからか。でもそんな思惑は私にはない。私が向かう先にあるのは塵の塊。ただ、『助ける』ためだ。

 

 

 

「―――助けたい。」

 

 

何かが目の前で光り、明るすぎるぐらいのその光が、視界全体を覆う。そしてその光がおさまり、光に眩んだ目が治る頃には、目の前にはいくつかの影がある。

 

今回も、いつもと同じようにその過程を経て、いつもと同じようにモンスターたちが今、私の前には居る。彼らは、先程私が『助けた』モンスターだ。

 

見た事があるモンスターもいれば、知らないモンスターも多い。上半身が筋肉質な馬で下半身が魚のモンスター。背中に水を溜めているひよこのようなモンスター。それから、遺跡で見たゼリーのようなモンスター。

 

彼らが安全でいる事を確認でき、肩の力が抜けると振り向き、完全に置いてきぼりにさせてしまっていたパピルスの方見る。

 

「ごめんね、パピルス。急に走ったりして。あと眩しかったと思うけど… 今度からは一声かけるね。」

 

隣を歩いていた人がいきなり走り出し、その先でいきなり何かが光ったと思ったら、いきなり今まで居なかったモンスターたちが現れる。

 

ちなみに、あの光は何なのか全く解らないが本当に眩しい。光が光るのは一瞬にもかかわらず、数十秒はその眩しさで周りが全く見えない。

もし、私がパピルスの立場だったら、その光は眩しいやら、どこから訊けばいいのやらで混乱するだろう。パピルスでは尚更―――

 

 

まぶしい…? ウォーターフェルは いちばん くらいばしょだぞ。 まぶしくはないな。

 

「え?」

 

予想していた反応と全く別の物がきて戸惑う。ただ、パピルスが予想外の言動をとるのはこれまでにも何度かあったなとも思う。

 

「いや、そうじゃなくて、さっきの一瞬だけ光った光の事だよ。すごーい眩しいやつ。ここら辺から出た光だよ。」

 

モンスターたちがいる場所を指差しながら丁寧に説明する。モンスターたちはというと、状況が読めないという感じで首をかしげたり、困ったような顔をしている。それはまた、私の説明を聞いたパピルスも同じだった。

 

なにを いっているんだ? べつに そんなひかりなんて なかったとおもうが。

 

なかった?光が?パピルスには見えなかったのだろうか。いや、この暗く、狭い洞窟内で、あれ程の光を無視するなんて嫌でも無理だ。だとすると…

 

「ねえ、さっき、すごく眩しい光とか見えなかった?」

 

今までずっと黙っていたモンスターたちに尋ねる。いきなり話に参加させられた事に驚いたのか、体を跳ねさせたりしたものの、皆揃って首をふるふると横に振った。

 

見えていない。パピルスのみではなく、他の皆まで。見えているのは私だけ?そもそもあれは何の光?『助ける』時に毎回出てきて―――

 

 

「―――ゲン! おい、 ニンゲン! きいているのかッ!?

 

「あ…ごめんパピルス。」

 

色々と考える事に夢中で周りが見えていなかった。今はパピルスもいるし他のモンスターたちもいる。

 

「色々と混乱させてごめんね。いきなりで悪いんだけど、何処か隠れられる場所に行ける?」

 

に向き直り、声を優しくかける。

 

「いけるけど… どうして? それとキミはだれ? 」

 

ひよこっぽいモンスターが尋ねてくる。

 

それはそうだ。知らない人が現れたと思ったら、よく分からない事を訊いてきて、避難しろと言ってくる。皆それぐらいは疑問に思う。今まで何度もされてきた質問だ。

 

「今、避難しなくちゃいけない状況なの。急いでるから詳しくは話せないんだけど。私は皆に避難するように言いながらまわってるの。」

 

彼らは顔を見合わせて戸惑っているようだったが、その後私に向かって頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

モンスターたちは皆私達に背を向けて、少し急ぐようにして去って行った。

 

私がしゃがんでいた腰を持ち上げ、後ろを向くと、それまで黙っていたパピルスが口を開いた。

 

ニンゲン…… きさまは……… マジシャンだったのだなッ!

 

「えっと…」

 

今度はどうしてその答えに辿り着いたんだ?パピルスには、私が何もない所からモンスターたちを出現させたように見えたからだからだろうか。

 

パピルスの発言はいつも方向性が飛んでいるが、ここまで来ると、パピルスの独特な解釈の仕方にも慣れてくる。

 

マジシャンというのはフツーならできないことができるヤツのことだってMETAほうそうで いってたぞ。 まほうとかがつかえて… あれ? じゃあオレさまもマジシャンだったのッ!?

 

パピルスは一人で混乱しているようだが、あながち言っている事は間違っていないかもしれない。私もこの力が何なのか分からないのだ。

 

「私は皆が危険な目に遭わないようにしてるの。ロイヤルガードもこういう事してるんじゃない?」

 

ああ そうだぞッ! みんなをまもるのが ロイヤルガードだと アンダインがいっていた!

 

パピルスが自信満々に答える。

ロイヤルガードについては完全な私の想像だったが、『ガード』と言うくらいなら、きっとどこかでこの事件に立ち遭っているだろうと思った。その、アンダインというモンスターも。

 

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

 

左、上、左、上、左、上。右、下、右、下、右、下。

 

反転する槍は覚えてしまえばなんの難しさもない。

 

次は囲むようにして追尾してくる槍。これが一番厄介だ。

 

槍が足首あたりに痛みを与える。 無敵時間があるとは言え、一度ダメージをくらってしまうと、次の攻撃を連続で受けてしまう。

 

これは死ぬだろうなと思う。気がつけばHPはもう7しか残っていない。

 

槍が突き刺さり、タマシイの割れる音がした。視界が黒に染まり、自分の記憶の中の、あの声が聞こえる。

 

 

―――あきらめては いけない… ■■■! ケツイを ちからに かえるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めての死だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今回は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケツイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ねがいごと

 

 

ここは一際暗い、廊下のような所であり、人間とモンスターの歴史が記された数枚のパネルが、美術館の壁に展示された絵のように連なっている。

 

とても暗くて足元の安全を確認するのもままならないが、パネルの文字だけはぼんやりと青白く光っており、暗闇に目が馴れない私でも、少し文字がかすれているが何が書かれているか分かった。

 

 

――「ニンゲンとモンスターの戦争史」――

 

 

――ニンゲンはなぜ モンスターを襲ったのか? 彼らには脅威など存在しないかに思われた。

 

 

 

人間とモンスターとの戦争… 薄っすらと聞いた事がある。昔、その戦争で人間が勝利した、と。はっきりとした事は知らなかったが、このパネルを読んだ事で、少なくとも戦争が勃発した原因は分かった。

 

人間はモンスターに対して強大な力を持つにも関わらず、それを上回る力を持つ可能性があるモンスターを恐れたから、だ。

 

一番端のパネルには、その圧倒的な力を持つとされるモンスターの絵が描かれている。

 

 

「モンスター達がそんな事する訳ないのにね。」

 

顎に手をあてて、顔をしかめながらパネルを見るパピルスの方に目を向けて、思わずそうこぼす。

 

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

チーズ。そう、あの食べられる乳製品のチーズ…のはず。しかしこのチーズは、私が知っているチーズと決定的に違う部分がある。今、私が通っている道の端にあるチーズは、クリスタルのような物に覆われ、光っているのだ。この洞窟内の壁や天井には、きらきらと星のように光る、小さな宝石のような物が散りばめられている。その宝石の光を受け、あるいは自発的か、光っているのだ。

それはもう、神秘的でとても綺麗だとは思うのだが、なんてったって……チーズだ。

 

「パピルス、さっきのチーズって…何?」

 

歩きながら、後ろの方に遠ざかっていく、あやしげに光るチーズを指差してパピルスに問う。

 

なにって… チーズだぞ? 

 

パピルスは、何当たり前の事を訊いているんだと言わんばかりに息をつく。

 

「いや、チーズなのは知ってるよ。どうしてあのチーズが光ってるのかなって。」

 

それは、 ながいじかん おきっぱなしに したからだぞ?

 

パピルスはひそめていた眉をもっと曲げる。無知を嘲笑うような物ではなく、むしろ心配しているような顔だ。そっちの方が、なんだか申し訳なくなる。

 

「私が知ってるチーズは、ああはならないかな…」

 

きっとここら辺にある食べ物は、普通と少し違うのだろう。道中、いくつか食べたが、呑み込んだ瞬間に傷が癒えた。私が知っている食べ物は、体の中を巡り、栄養となって、そしてまた時間をかけなければ傷は治せない。ここの食べ物に、傷を一瞬で治せる力があるくらいなら、チーズが腐る代わりに結晶化するぐらい、おかしくはないのかもしれない。

 

それで、 どういうチーズなんだ?

 

「私の知ってるチーズは腐るんだよ。」

 

くさる…?

 

パピルスが首をかしげて言う。まるでその言葉を今初めて聞いたかのように。どうもここの食べ物は腐らないらしい。

 

「腐るっていうのは食べ物が食べられなくなる事だよ。」

 

じゃあ、 おなじじゃないか。 いくら カルシウムをとって、 ジョウブな ハにはなっても、 クリスタルは たべられないからな。

 

「まあ、そうなんだけど… そうじゃなく―――」

 

パピルスがまた少しズレた事を言っているので、正しい事を教えてあげようと思って言葉を発した。が、その後の言葉は呑み込まれてしまった。目の前に広がる、その光景に。

 

 

さっきまでの狭く、薄暗かった洞窟とは打って変わって、空間は大きく開け、綺麗な青系の光が洞窟内に満ち溢れていた。

 

水なのだろうか。この空間一面と言っていい程に、あちらこちらにある池がこの綺麗な光の光源のようだ。池からの透き通るような水色の光が池の表面の動きに合わせて揺れ、その光を受けた周りの壁と天井にある宝石達がまた、今までと違った輝き方をして、この空間を色付けている。

 

ほっと思わずため息が出た。

 

ずっと昔、今みたいに、神秘的な景色に感動した事があった気がする。なんだか懐かしい。ちょうどこんな感じに青くて、落ち着くような、静かな場所だった気がする。

 

 

 

その時だった。

 

「ん…?」

 

どこかで何かが光った。

 

光った所は実際に見えてはいないのだが、見えた。いや、聞こえた?ではないか。じゃあ感じた?変な感覚だ。今まで感じた事のない… でも、あの光は知っている。私が何度も見た、あの眩しい光。

 

「ねえ、パピルス。今のひか―――」

 

私がパピルスに投げかけた問いは、その途中で途切れてしまった。それはパピルスが遮ったからでなければ、私が何かに心を奪われた訳でもなく、また私の意思とは関係ない。

 

声がないのだ。

 

どんなに大きい声を発しようとしても聞こえない。というより声が出ない。

 

 

 

 

―――それどころか何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。

 

似たような事が前にもあったが、あれは感覚が薄れていただけで、今のように完全に消えてはいない。今は感覚が存在していないのだ。

 

 

 

 

―――いや、私には今、体がない。

 

声を出すにも、瞼を開けるにも、手を動かすにも。体がないから何もできない。

言うなれば、私のタマシイが浮いている状態だ。

 

 

ここはどこなのだろうか。どうしてこんな事になったのだろうか。これからどうなるのだろうか。

 

疑問は尽きないが、妙に自分が冷静でいられるのが不思議だ。まるでこの状況を知っているような…

 

 

 

そうしている内に時間が流れていく。

 

とても長い時間が。

 

 

時間が、

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて。

 

 

流れて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どこかで何かが光った。

 

 

あの時と同じ、不思議な感覚。見えないはずなのに、光ったとわかる。

 

 

 

 

 

 

そして次の瞬間には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はウォーターフェルにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ケツイ。

 

 

 

 



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リセット

 

一斉に目に、耳に、肌に、足の裏に、頭に、情報が入ってきた。

 

薄暗く、狭くも綺麗な洞窟。静かだが、微かに聞こえる水の流れる音。生暖かい、湿気の多い空気。足の裏に伝わる固い地面の感触。

 

ある。今はある。さっきまでなかった全ての物が。

 

そして、

 

おい、 ニンゲン! どうしたんだ? いきなり たちどまったりして。

 

パピルスも居る。

 

パピルスは私の正面に立って平然としている。

 

「―――えっと……さっきのって…何だか、わかる…?」

 

あんな不可思議な事があったばかりなのに、パピルスはどうしてこんなに普通の顔をしているのだろうか。ここでは、あれはよくある事なのだろうか。

途方もなく長い時間あの空間にいた気もするし、一瞬だった気もする。

 

さっきの? チーズのことか? だから、あれはクリスタルか したやつなのッ!

 

「違う違う。さっきの…なんて言うか…何も見えなくなったやつ?」

 

伝えにくい感覚だ。しかもパピルスに伝わりやすいように、だから余計に難しい。

 

なにいってるんだ? さっきから まぶしいとか なにもみえないとか。 べつに なんともないぞ?

 

「え?」

 

またこれなのか。私が体験した物、事をパピルスは知らないという。どうして?同じ場所に居るというのに。

 

しかし、そもそも私は人間で、パピルスはモンスターだ。何かその間にズレがあってもおかしくはない。こういう事は、普通なのかもしれない。

 

あの歴史が書かれたパネルがふと頭をよぎる。

 

もうその普通は普通ではないのかもしれないけれど。

 

 

それで、 どういうチーズなんだ?

 

「…えっと、何の事?」

 

パピルスがいきなり私に質問を投げる。

 

チーズのことに きまってるでしょッ! さっき なにか いいかけていたじゃん!

 

パピルスが私の後ろの方を指差して言う。

 

「チーズ?」

 

何の話だと思いながらも、パピルスが指差した方向を向く。

 

そこにあったのは―――

 

「あれ…?なんでまたここにあるの?」

 

チーズだった。あのクリスタル化した、ちょうど前に見た物とそっくりの。いや、というより、全く同じに見える。

 

二回もあの前通ったっけ?そっくりな物だったとしても、隣をもう一度通った覚えがない。どういう事?

 

「ごめん、パピルス。言う事忘れちゃった。」

 

なにぃぃぃ!?

 

パピルスが目玉が飛び出す勢いで驚く。

 

考えてみると、ここは本当に分からない事だらけだ。この場所も、状況も、モンスターも、人間も、自分の事でさえも。

 

下を向いて歩きながら考えていると、明るい光が差し込んできた事に気付く。それにつられて前を見る、が。

 

「え…」

 

 

 

青い光、揺れる水面、星のように輝く宝石。

この光景もまた、そう遠くない過去に、私は一度見ている。

 

「どうして…」

 

思わずそう口からこぼれる。

 

パピルスとの会話の違和感、そっくりそのまま同じ物や景色、光景。

これじゃあ まるで、時間が戻って、また同じ時間をそっくりそのまま過ごしているようだ。

 

「パピルス、私達ってチーズの前を通ったのも、ここに来たのも一回だけだよね?」

 

パピルスは呆れたような、驚いたような顔をした。

 

ああ、 そうだが。 …きさま わすれんぼうの そしつあるぞ。 ヘタしたら サンズよりも なま――

 

 

その時、何かが光った。

 

 

パピルスの言葉の続きは何だったのか。それは分からない。

 

なぜなら途中で切れてしまったから。それはテレビのコンセントをブチッと、いきなり引っこ抜いたかのようだった。

この途切れ方は一度聞いた。その時は自分の声だったが。

 

そして、そう思うやいなや、また一度体験した事のある感覚がした。

 

 

 

 

何もない。

 

音も光も温度も香りも地面の感覚も自分の体でさえも。

 

ない。

 

 

そんな感覚。

 

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

 

それで、 どういうチーズなんだ?

 

「――あぁ。えっと…腐るんだよ。」

 

くさる…?

 

「そう。すごい小さい生きものが、食べ物に住み着いちゃう事だよ。その生きもの達ごと食べると、お腹が痛くなっちゃうんだよ。」

 

なにッ!? それはたいへんだ!

 

パピルスの大袈裟な反応にも見慣れる頃、「腐る」についての説明も洗練された物になってきた。それもそのはず、私はこの説明を何度も繰り返してきた。パピルスに毎回、同じ事を訊かれる度に。

 

何度も見た景色。何度もした会話。何度も何度も、全てが繰り返されているのだ。時間が戻っていると気づいて、不思議な事もあるものだなと思っていたが、それは一回どころでは終わらなかったのだ。

しかも、私を置いてけぼりにしてだ。他の皆はこの時間が繰り返されているのに気づいていない。それは皆も巻き戻っているからだ。私だけ。正確には、私の魂だけが巻き戻されていない。体は毎回毎回ご丁寧に同じ位置、クリスタル化されたチーズの横だ。

 

急いでみても、ゆっくりしても、留まってみても、時には止めるパピルスを引っ張って道を戻ってみたりもした。けれど、時間が経てばあの何も存在しない空間に飛ばされて、またここに戻ってきてしまうのだ。

戻ってくるまでの時間はその時によって違う。戻ってきて一分も経たない内だったり、かなり奥まで進むまで戻らない時もある。しかし、必ず同じ場所に戻るのには変わりない。そして、同じ質問をされて、同じ反応が返ってきて、同じ景色を見て、同じモンスター達を助けて、同じ道を歩いて……ずっと、ずっと、ずっと、ずっと………

 

どうしたのだ、 ニンゲン! かおいろがわるいぞ?

 

パピルスが立ち止まって心配してくれる。この反応は初めてだな、だなんて頭では冷静に考えているが、実際気分はもの凄く悪い。頭はずきずきと痛むし、吐き気だってある。体全体が疲れた感じがする。そんな私の様子に、パピルスは気遣ってくれたようだ。

 

「ごめんなさい。先に行っててもらっていい?ちょっと疲れちゃって。」

 

だいじょうぶなのか?

 

「うん。すぐに追いつくから…」

 

パピルスは本当に心配そうな顔をしたが、すぐに姿勢を立て直して分かったと歩を進めた。その背中に今出せる精一杯の声でお礼を言う。

 

 

 

 

パピルスを見送ると、その場に座り込んで目を閉じる。頭がどくどくと脈打っているようですらある。息もきれてきた。どうしてこんな事に…

 

直にまたあの空間に飛ばされるのだろう。そうしたら、この辛さも消えるだろう。しかし、またウォーターフェルに戻ってきた時には、この状態になりそうだ。最初は気づかなかったが、回数を重ねるごとに体調が悪化しているようだからだ。

 

このままならこのループから抜け出せず、体調は悪化していく一方で、私は死んでいってしまうのかも。命の危機が迫っているかもしれないのに、対策を考える余裕すらがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――でも、こんな所でぐずぐずしている余裕だってないんだ。

 

 

そう思って思い切り目を開ける。

 

 

 

 

と、そこには今までのループで一度も見た事がない物があったのだ。

 

 

 

「ドア…?」

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

 

槍がひゅっという風の音と共に目の前を過ぎ去る。間一髪だ。

 

避けきった。しかし、ふっと一息ついてしまった。ほんの一息だ。ただ一息は一息。その一瞬で槍が足首に刺さる。魔法の槍だから、そのまま残る事はない上に、痛みにも慣れた。

 

しかし、今回は許されないのだ。一度だって攻撃を喰らってはいけない。

 

別に強制されている訳ではない。強いて言えば、強制しているのは自分自身だ。そう決めた。そうでしょう?

 

 

「………。 」

 

 

自ら槍に当たりに行く。逃げもしなければ、防御もしない。背中に、足に、腕に、首に。連続した痛みが体を襲うが、なんて事ない。

 

気づけば体力はなく、視界が真っ暗になる。何もしないとこんなにもあっけなく死んでしまうのか、といつも思う。

 

 

 

タマシイの割れる音がした。

 

 

記憶の中の声がまた語りかけてくる。

 

 

 

 

何もない空間。そこでする事と言えば一つしかない。意識を集中させ、強く念じる。

 

 

 

―――「生きたい」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケツイがみなぎる。

 

 

 

まばゆい光が何もない空間を覆う。

 

そしてくらんだ目が治る頃には、最初の関門、怒れる勇者がやってくる、あの橋の前にいる。黒い風がないている。

 

この流れも、今回は何回見ただろうか。23、いや24か。

 

 

 

 

 

 

「きさまの ほんきは そのていどか!? 」

 

 

 

…さあ、今回はどこまでいけるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケツイ。

 

 

 

 



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と び ら の お く で

 

 

ドアだ。突如として現れたようにも見えるこのドアは、洞窟の壁にあり、周りから浮いたように見える。それは単に、何度も見てきた物の中で唯一初めて見る物だからだろうか。いや、というより、そのドアだけ違う場所からやってきた、もしくはそこだけ切り取られたような違和感がある。

 

だるい体を起こしてドアへと向かう。もしかしたら、このドアがループを抜け出す手掛かりになるかもしれない。このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。心なしか、体の不調も落ち着いている気がする。

 

 

ドアの手前まで行くと、このドアには色がない事に気がついた。まあ、色がない事もない。白、灰色、黒と、彩度がこのドアの部分だけ抜け落ちている感じだ。

 

ドアノブに手をかける。不気味な程に、何の温度も感じられない。鍵はかかっていないようだ。正直、少し怖い。が、思い切ってドアを開ける。

 

すっと、軽く扉が動き、中が見える。

 

 

 

―――そこは四角く、広く、ドアと同じように色がない部屋だ。いや、そこまで広くはないかもしれない。ただ、広く見えるだけ。何もないから。部屋のちょうど真ん中にいる、モンスター以外は。

 

 

御機嫌よう。

 

今の音は…方向とそのモンスターの口が動いた事から考えて、あのモンスターが私に話しかけたのだろう。

 

この部屋の異様さには驚くが、それ以上に異質な雰囲気が漂ってくるのは、そのモンスターだ。

姿は人間と似てなくもないが、これ以上ない程の真っ白な顔と、こちらもまたこれ以上ない程に真っ黒な布のような物をまとっている。いや、あの布も体の一部なのだろうか。顔には人間と同じように目のようなものと口があり、亀裂が2つ入っている。

 

私は動けないでいた。無事でいるモンスターなんて滅多にいない。確かナプスタ以来だろう。すぐにでも声をかけて状況を訊きたいところだ。しかし動けなかった。何故だかよく分からない。怖いのかもしれない。

 

他のモンスター達と何かが違う。ただ、確実に違うと言えるところが一つある。さっき、このモンスターはご機嫌よう、と言った。確かに言ったと思うのだが、私は一度もそのご機嫌ようという言葉を聞いていないのだ。聞いたのは人間が喋るような、もしくは機械の音ような、どうとも捉えられる音。得体の知れない音のはずが、私は不思議と挨拶と認識したのだ。

 

そしてまた、モンスターの口が動く。

 

挨拶は返す物だろう。」

 

しゅるしゅると、がさごそと、そんな音が耳に入るが、どういう訳か、言語として私の頭の中には入ってくる。

 

「――んえっと…」

 

やっと口から言葉が出る。何故か緊張している。喉が物凄く渇いているのが分かった。だが心臓は妙に落ち着いている。

 

「ご、ご機嫌よ、う…?」

 

言葉が喉につっかえながらも挨拶を返す。普段そんな言葉なんて使わないのに、声を出すのに必死だった。

モンスターの方を見れば、にいっと三日月型の口が更に引っ張られている。

 

「君は少し、辛抱強く成った方がいだろう。」

 

またあの音が聞こえたかと思うと、いきなり私にアドバイスしてきたのが分かった。

 

「え、えと…どういう事ですか?」

 

私はどういう訳か理解できているが、相手が使っているのは知らない言語だ。私の言葉が相手に伝わるかは分からない。しかし、その心配はいらなかったようだ。

 

「疑問に思うのは素晴らしい事だ。全ては問から始まる。」

 

少し間を空けると、モンスターは続ける。

 

「今回の対象は完璧を目指している様でね。通常より、時間が掛かっているらしい。」

 

何の話だかさっぱり分からない。やはり、言葉が通じていないのだろうか。

 

私が頭に疑問符を浮かべて黙っていると、またそのモンスターが奇妙な音を発する。

 

対象…例の人間の子供の事だ。」

静かにモンスターが言ったのが分かった。人間の子どもと言えば一人しかしいない。

 

「知っているんですか?」

 

食い気味に質問してしまうと、またモンスターの口の端が上がった。笑っているのだろう。…多分。

 

「知っているとも。少なくとも、以上には。――私は長期間あの人間見てきたのだから。そして何度も繰り返される事の顛末も。」

 

繰り返される――静かに、しかしはっきりと言った。

 

「繰り返されるって… じゃあ、あなたは知っているんですか!?時間がループしているのを!」

 

思わず声を荒げてしまう。一人だった。ずっと。だからもしそれが本当なら、どれだけ救われる事か。どこか得体の知れないこのモンスターでさえ、同じ境遇に居ると思うと安心してしまう。

 

モンスターはゆっくりと頷いた。

 

「半分以上は合っている。

 

心が軽くなっていくのが、これでもかというくらい感じられる。いつの間にか体調も通常に戻りつつあった。私があからさまに顔を明るくしたのを見てか、モンスターの表情が変わった。どういった顔なのか全く分からないが。

 

「えっと!それじゃあ、このループから抜け出すにはどうすればいいとか…知っていたりしますか?」

 

嬉しくて上ずりがちな声を抑え、少しモンスターに歩み寄りながら問う。

 

「知ている。」

 

今の私の顔は、好物のお菓子を貰った小さい子供のようだった事だろう。

 

「その方法を教えてくれませんかっ!?お願いします!!」

 

彼は私の勢いには動じず、同じ調子で答えた。

 

「幾つか方法は有るが、一番効果が期待され、且つ効率的である方法は私が先程言った物だ。」

 

先程言った…?私は彼が言った事を一から思い起こす。

 

「えーっと……ご機嫌よ、じゃなくて…辛抱強く、なる?」

 

モンスターはゆっくりうなずく。どうやら合っていたようだ。

それはそれとして、辛抱強くなる事がループを抜け出す手掛かりだとは思えない。

 

「体の調子は如何だろうか。もう何の問題も無いだろう。」

 

「えっ…いや確かにもう何ともないですけど。」

 

先程までの不調が嘘であるかのようである。ただ気になるのは、なぜ私の調子なんて物を知っているのか。確かに、さっきはパピルスが心配してくれる程だったから、傍から見ても不調がよく分かったのだろう。しかしそれはこの部屋に入るまでだ。部屋に入るくらいからはかなり落ち着いていた。思っていたより様子に表れていたのだろうか。

 

「何故回復したのか。どう思う?

 

「…このループが関係してたり…?」

 

モンスターは表情を変えず、黙ったままだ。違うのだろうか。かなり大ざっぱな答えだったと思うが、それでさえ違うらしい。ループは関係ない?ただループの回数を重ねるごとに体調が悪化したのも事実。床に目を落として考え込む。汚れや染み、ほこりひとつない、無機質な真っ白な床だけが見える。

 

回復してきたのはドアを見つけた辺りだった。そこで何かあっただろうか。不思議に思った。興味がわいた。気力が出てきた。全部自分の主観でこの件には関係ないように思える。でも、「辛抱強く」。この言葉から繋げてみると、

 

「調子が戻ったのは…いや悪くなっていったのも、私の気持ちの問題…じゃないですか?」

 

モンスターの真っ黒な目の奥に、一瞬白い光の瞳孔がぼうっと見えたような気がした。

 

「君は…いや、そう。その通りよ。」

 

心なしか声色が明るい気がする。彼の声に声色なんて物があるのかどうかは分からないが、私の不調の原因は精神的な問題だったらしい。心の持ち様でここまで体に影響するとは思わなかった。そんな事なんて一度も経験した事が無かったものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当に無かった?

 

 

 

無い。だってそんな記憶が無い。

 

 

「では私の助言もここまでだ。」

 

「えっ、ちょっと待ってよ!」

 

モンスターはもう言う事がない、という意思表示のつもりか目を閉じている。だがこちらとしては、まだまだ分からない事だらけだ。ここで引き下がりたくはない。そんな私の心持ちを察したのか、再びモンスターは目を開き、音を発する。

 

「本来の目的を忘れないように」

 

モンスターに静かにそう言われて思い出す。

 

 

 

急がなければいけない。みんなを助けて、あの子を止めるために。

 

 

 

そう思うと足はもう入ってきたドアに向かっていた。

 

「私、急がなくちゃいけないので!いろいろと教えてくれてありがとうございました。」

 

モンスターは黙ったままで、ドアを開けて部屋の外に足を踏み出した私を見ている。

 

 

「また会えた時には、ちゃんとお礼します!」

 

助けてくれたのに、このまま出て行くのがなんだか申し訳無い気がして、笑顔で最後に声をかける。

 

 

ドアが閉じて、モンスターと部屋の中が見えなくなるまで、彼の表情は変わらなかった。この部屋のように。とても不思議な場所だったように思える。音も、温度も、色も、空気も、時間も。何もかも変化しなかった気がした。

 

しかし、ただ一つ、変化した事があった。

 

最後ドアが閉まる前、彼の周りに誰かがいたのだ。まばたきをする一瞬の間で。彼と同じで色味が無く、ちゃんと居るのに、居ないように感じるモンスター達が、確かに居た。

 

 

―――彼らは何だったのだろうか?

 

 

それを考えるより先に、本来の目的のために私は走り出した。

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

「めずらしいですね。 あなたから カンショウするなんて。 」

 

■■■■が話しかけてくる。

 

「たしかに。 ていうか、 はじめてじゃない? ニンゲンとはなすの。 」

 

■■は相変わらず大きすぎる口を動かして、大きい間延びした声でそんな事を言う。

 

「確かに極力外部の存在に対する干渉を控えるように君達に伝えていた。それは私自身も例外ではない。しかしあの存在は極めて稀だ。対象への観察も勿論だが、それ以上にあの存在…対象Bと呼称しようか。対象Bの存在は非常に興味深い。」

 

「わたしも はじめてみましたよ。 こんなゲンショウが おこるだなんて、 これっぽっちも キタイしてなかったですし。 」

 

「そうっすね。 これをみのがせば にどと ないかもしれないし、 オレは よかったとおもいますよ、 はかせのしたこと。 」

 

自分と同じ、色味のない彼らが口々に賛成の意を示す。

 

「でも、 ちょっと しんぱいかなぁ… あの子…えっとBさん? やさしいし、 セイシンテキ? にだいじょうぶなのかなぁって。 」

 

■■■■■■がそう不安げに言葉を漏らす。

 

「確かにそうだ。だが、それ以上我々が干渉する事はない。たとえ、今後対象Bが行き詰まろうとも、対象Aが対象Bの命を奪おうとも、それも一つの結果だ。それに、それらの結果に行き着いた時、この世界に変化が起こる事も考えられる。実に興味深いとは思わないだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

見た目と同じく単調にも思えるその声に、少し、感情が乗ったのを、その場の誰もが感じ取った。

 

 

 

 

 




とても遅くなってしまいすみません。かなり忙しいため今後も更新が遅いかと思われますが、できるだけ早められるよう頑張ります…!


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わかれの うた

 

 

よく変わる表情と、とても大きいたまねぎのような頭、長い手。彼はオニオンさんという名前らしい。何か起きていると感じた彼は、ずっと水の中に隠れていたようだ。

 

「じゃ まったね〜! また あそびにきてほしいお! 」

 

「うん、元気でね。」

 

大きな手を振って見送ってくれるオニオンさんに手を振り返し、大きな池を抜ける。

因みにオニオンさんに会ったのはこれが初めてではない。ループした時に何度も会ってこうして話をした。パピルスといた時も、私一人だった時も、私が体調が悪くて青い顔をしていても、毎回同じように独特な口調で声をかけてきた。きっと自由人なんだろう。

 

何度目かのオニオンさんとの別れ。私は今、その中で一番決意を固めていると思う。

 

「辛抱強く…気持ちで負けないようにしなきゃ。」

 

あのモンスターに教わった事を自分に繰り返す。彼は全て教えてくれなかったようで、実は全部答えを教えてくれたのだと思う。”辛抱強くなる”事が、ループから抜け出す鍵となる。彼との会話を思い出しながら、多分そういう事を言っていたのではないかと考えた。

 

 

 

 

「……。」

 

前に見えてきたのは塵の塊。これも目にするのも初めてじゃない。またここにたどり着いた時は、自分のした事が無駄になった気がして、気が滅入っていったが、今はそうじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――何かが動く。自分のものである何かと、自分のものでない何かが。

 

 

 

 

 

 

 

それらが温もりを持ち、感情が溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

自分に慣れ親しんだものがある。

 

 

 

知らないものがある。

 

 

 

悪を許せない気持ちがある。

 

 

 

意志を貫き通す精神がある。

 

 

 

辛抱強く耐える心がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが光って―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

光が消えた後、ここにはあるモンスターが現れる。シャイレーン。それが彼女の名前だ。ヒレの着いた頭に、ウロコのある足。そして今回も今までと同じように、どこか悲しげな表情だ。

 

 

「こんにちは!」

 

取り敢えず明るく挨拶をしてみる。

 

「シ レ シ レ シ ミ シ ミ」

 

不安になるような音でシャイレーンが歌い始める。

 

「らららら ら〜ら~ら」

 

シャイレーンが合わせやすいように、適当に思いついた歌を歌ってみる。

私は知っている。彼女の歌声で不安をおぼえるのは、彼女自身が自分の歌に不安を感じているからだ。だから、私がふと歌ってみた時、それに合わせるようにちょっと楽しそうに歌ってくれた時があったのだ。

決して、私の歌上手くはない…というか、結構音痴よりだ。でも、いくつ前のループだったか、一緒に歌えた時がとっても嬉しかった。だから、ついまた歌ってしまった。…下手だけど。

 

 

「シ ミ レ ミ シ ミ」

 

「ららら ら~ら~ら」

 

 

シャイレーンはとても心地良さそうに歌っていてやって良かったと思う一方、ある事に気づいた。

 

 

 

――私ってこんなに上手く歌えたっけ…?

 

人間とは成長するものだ。モンスターも同じだとは思うが、前回より、前々回より、と何に関しても上手くなる。だが、それにしては前回より上手くなりすぎだし、自分からみても「上手くなった」というより、「別人になった」と言った方がいいような変化だ。

 

 

「シ ファ シ ファ ソ ファ ソ ミ レ レ」

 

「らららら ら~ら~ら」

 

 

それに加えてもう一つ、この曲をどこかで聞いた事がある気がするのだ。それはもちろん、私が歌っている曲なのだから、私が知っていて当然なのだが… 聞いた事がある程度で、歌える程知らない、でも実際は今歌っている状況で、もの凄く変な感覚だ。

 

――なんだっけ、この曲。

 

 

 

 

 

 

その時―――

 

 

 

 

 

―――光った。何度も経験したものだから、すぐにあの光だと分かった。光は間もなく見えなくなり、もう何もない事が分かる。音も温度も私の体さえも。

 

この光がループの引き金となっている。それだけは分かっていた。でもどうしようもなかったのだ。何をやっても無駄だった。

 

 

 

 

 

 

でも、このまま無駄だからって、ここで倒れる訳にはいかない。ここからが勝負どころだ。私の決意と、忍耐が試される。

 

 

 

 

 

 

いつもの感覚。時間の感覚がない、いや、ここには時間が流れていないのかもしれないが、それでもずっと待ち続ける。

 

 

 

ずっと、ずっとずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が流れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一秒なのか、一時間なのか、数日なのかはわからないが、時間が経って、また眩しい光が目に入る。

 

大丈夫。また戻ったとしても、辛抱強く、またやり直そう。

 

 

 

 

 

光が見えなくなって――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……ここって…」

 

 

まず最初に目に入ったのは見慣れた顔、シャイレーンだ。私の表情が変だったのか、コテンと首をかしげて、不思議そうにこちらを見ている。

 

周りを見渡すと、光が見える前にいた場所、つまりオニオンさんと別れた後、シャイレーンと会った場所だ。

言い換えれば、確かにいつも通り光ったものがあったが、本当にただ光っただけ。時間は戻らないし、場所だって戻っていない。

 

 

「あ…私、戻ってない…!時間も!!」

 

 

ふと上を見ると、岩に見え隠れした宝石たちがきらきらといろいろな光を見せている。この綺麗な光景はウォーターフェルでは珍しくない。事実、私はあのループに入っていた事もあり、飽きる程見てきた。

でも、その景色が今、初めて見た時、いやそれ以上に美しく見えた。

 

 

「私、乗り越えたんだ…」

 

何がトリガーでループを抜け出せたのかはわからない。もしかしたら勝手に終わったのかもしれないし、またループがいつ始まるかもわからない。でもただ一つ、

 

「あのモンスターにはまた会いに行かなきゃ。」

 

モノクロのちょっと不気味なモンスターに、心の中で感謝した。

 

 

 

=======

 

 

 

「わーお。 あんなことって あるんすね。 」

 

真っ黒な顔をした青年が言う。

 

「まあ、 ビックリはしたけどさ。 」

 

大きな口が、大きい声でそう応える。

 

「でも、 ボクもわかるよ、 ■■■■。 だって、 こんなセカイ だもん。 」

 

腕の無い子供が頷く。

 

「その キミがいう "こんなセカイ" というのは ボクたちの ソンザイについて? それとも いまのジョウキョウ? 」

 

背の低い男が目を見開きながら訊く。

 

「どっちも。 あたりまえでしょう。 ね、 そうでしょう? ■■■■■■? 」

 

また一人が殻を動かしながら子供に話しかける。

 

 

 

その奥で、ただ一人、黙ってそれを眺める男がいる。

 

「はかせ? どうかしたの? 」

 

子供が博士と呼んだその男の方を向く。

 

 

素晴らしい。

 

そう一言呟いた男の表情は、不気味だというのが一番相応しいだろう。

 

三日月のような口がこれまで以上に大きく弧を描く。

 

「私達と近しい存在があそこまで辿り着くとは。対象Aを越えたと言っても過言ではないだろう。」

 

その声に隠しきれない程の感情が乗っているのを、その場の誰もが感じた。

 

「たしかに、 Aは チカラをつかったのに そのエイキョウをうけてない。 Bだけじゃなく、 そのまわりまで。 どういうこと? 」

 

一部の者は予想がつかず首をかしげ、また一部の者は言っている意味が分からないようだったが、再び博士が口を開く。

 

「一般的に考えると、この状況は時間軸が同一の世界に於いて二つ存在し、且つ時系列がずれている事になる。そのような世界は存在し得ない。崩壊するだろう。しかしそのような崩壊が起こる様子はない。」

 

他の者達は黙って耳を傾けている。そして博士は続ける。

 

「この世界には、未だに知り得ぬが数多く残されている。対象A、対象B、――そして外部の存在。

 

 

 

 

 

 

 



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