鬼滅廻戦 (漏瑚可愛いよね)
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両面宿儺

 とある村。とある屋敷。そこでは一人の少年が布団で横になっている老人の世話をしていた。老人の世話をする少年に対し、どこか悲しいような、緊張しているような顔で老人が語る。

 

「悠仁…最後に言っておくことがある。オマエの両親のことだが」

「いいよ興味ねーから」

「…」

 

 老人が前々から決めていた遺言を伝えようとするが少年はばっさりと切り捨てた。

 

「オマエの!両親の!ことだが!」

「だから興味ねーって、爺ちゃんさぁ死ぬ前にかっこつけようとすんのやめてくんない?」

「オ、オマエ…」

 

 少年のあっさりとした態度に老人は怒りに震え、爆発する。

 

「男はかっこつけて死にてぇんだよ!空気読め!!」

 

 老人の様子にあきれて物も言えない少年。そんな少年に老人は付け加える。

 

「昼間から屋敷に篭もってんじゃねぇ。ガキはガキらしく外で遊びやがれ。じゃなきゃ宿儺に喰われちまうぞ」

「あのさぁ俺だってもうガキじゃねぇんだからそんなんじゃ驚かねぇよ」

「ケッ、この前まで泣いてたガキがよく言う」

 

 何年前の話だよ、と少年が呟き、老人は寝返りを打ち少年に背を向けたまま話す。

 

「…悠二、オマエは強いから人を助けろ。手の届く範囲でいい、救える奴は救っとけ。迷っても感謝されなくても、とにかく助けてやれ。オマエは大勢に囲まれて死ね。俺みたいにはなるなよ」

「──爺ちゃん?」

 

 

 

***

 

 

 

 とある村。その外れにある神社で2人の青年が何かを探しながら会話をしている。

 

「おーい、虎杖ぃ。そっちは見つかったか?」

「いや、こっちは無いっすね、先輩はどうなの?」

「こっちもねーな、しっかし何処にあるのかねぇ、"呪いの指"ってのは」

「本当にあるの?そろそろ日が暮れそうだから早く帰らねぇと村のじいちゃんたちがうるさいよ」

 

 そうなんだがなぁ、と先輩と呼ばれた男が呟く。"呪いの指"とは2人の青年が住んでいる村で発生している事件に関係しているものである。6人。それが事件に巻き込まれ、村へ戻らなくなった人たちの数である。

 事件は一週間前、夜中に村のはずれの神社へお参りに行ったある家の女性が朝になっても家に戻らなかったところから始まる。この村には1人ずつ毎日、夜中に神社へお参りするという風習がある。その日はある家の女性がお参りしていたがその女性が朝になっても家に戻らなかったため女性の夫が神社へ行ってみるとそこには女性の姿はなく、大量の血があるだけだった。

 これだけでは事件と"呪いの指"が関係あるとは思いない。だが、この村にはこのような言い伝えがある。

 

『"呪いの指"を祀れ、さもなくば鬼が来るぞ』

 

 この言い伝えを守るため、村人たちは毎晩"呪いの指"を祀ってある神社へお参りに行っているのだ。神社で不可解な事件が起きた今、"呪いの指"がこの事件に関係していると考えるのは自然だろう。

 

 "呪いの指"を探しながら虎杖が口を開く。

 

「てかさ、毎晩人がいなくなってんだからお参りに行かなきゃいいじゃん、村長にはなんか言ったの?」

「俺もそう思って村長に人を行かせるなって言いに行ったんだよ。だがな──」

 

『鬼神様の機嫌を損ねてはならない、はやく贄を差し上げなければ』

 

「んだよそれたち悪いな、先輩の言葉を聞かないって本当に先輩って村長の孫なの?」

「孫である俺の言葉がわからないぐらいのやばい事態ってことだろ。7人目の犠牲者が出る前にはやく"呪いの指"を見つけて事件の謎を解かないと、これ以上の犠牲者を出すわけには行かない」

 

 焦る2人だが時間は過ぎてゆく。そして日が半分ほど沈んだとき、虎杖が何かを見つける。

 

「なんだ?この箱…」

 

 何の変哲も無い小さな木箱。しかしその箱から漂ってくる気配。この箱を開けるともう後には戻れない予感。そんな異様な感じが箱から漂う。だが、それだけで止まる理由にはならない。蓋をあけるとそこには1本の指が入ってあった。

 

「先輩!こっち来てくれ!」

 

 近寄ってきた先輩に指を見つけたことを伝える。

 

「この感じ…おそらく本物だろうな」

「だよなぁ、こんな気配今までかんじたことがねぇ。で、この指どうすんの?」

「山に捨てに行く、虎杖は村に帰れ」

「何でだよ、これが事件の原因だったら相当やばいもんじゃねぇの?だったら俺も行くよ」

「駄目だ。これは村長の孫である俺の役目なんだ。元はと言えばこの"呪いの指"だって俺の一族が神社に祀ったらしいんだ。だったら始末をつけるのは子孫の俺がやるってのが道理だろ。だからお前は帰れ、そろそろ日が沈む」

「けどさ…」

「虎杖、たまには俺にもカッコつけさせてくれよ」

「先輩…」

 

 早く村にに戻ってきてくださいよ、そう先輩に言い虎杖は村への帰路につく。

 

 

 

***

 

 

 

「先輩、まだ戻んねぇな…大丈夫かな」

 

 村の入り口で先輩を待つ虎杖がそう呟く。虎杖が心配になるのも当然だろう。日はすでに沈み、時刻は深夜の2時を回っている。今夜、お参りに行った人は無事戻ってきており、次死ぬのは自分かもしれない、という恐怖から解放された村人たちは喜びに包まれていた。だがその中には先輩はおらず、虎杖もまた焦りを感じていた。

 

「やっぱ無理にでも付いて行くべきだった…!いや、今更そんなこと考えても仕方ねぇ、はやく先輩を探しに行かねぇと!」

 

 そう言い、村を飛び出そうとしたとき、前方に人影が見える。一瞬、先輩かと思ったがよく見ると人影は3つあり、姿形も先輩とは違うとわかる。

 村へやってくる3人に話しかけようとしたが先に向こうから話しかけてきた。

 

「夜分遅くなすみません。俺は竃門炭治郎(かまどたんじろう)という者です」

「お、俺は我妻善逸(あがつまぜんいつ)です」

「俺は山の王、嘴平伊之助(はしびらいのすけ)だ!お前強いな!俺と勝負しやがれ!」

 

 3人はそうそれぞれ紹介し、我妻と名乗った黄色い頭の奴が猪の毛皮を被った嘴平に「話がややこしくなるからやめろ!」と半泣きになりながら言っていた。そんな2人をよそに竃門と名乗った大きな箱を背負った少年が口を開く。

 

「少し話を伺いたいのですが大丈夫ですか?」

「俺は虎杖悠仁(いたどりゆうじ)だ!あんたらに聞きたいことがある!俺よりも体格の大きい坊主頭の男を見なかったか!?井口っていう名前だ!」

「いえ、見てないです。その方がどうされたんですか?」

「山に行ったから帰って来ねぇんだ!見てわかる、あんたら強いだろ!?一緒に探してくんねぇか!」

「わかりました!善逸!伊之助!行くぞ!」

 

 炭治郎の言葉に善逸は怖がりながら付いてきて、伊之助は俺に指図すんじゃねぇ!と文句をいいながら付いてきた。

 

 なぜ()()()の3人がこの時間にここにいるのか、それは数日前まで遡る。

 

 

 

***

 

 

 

数日前。

 

 炭治郎、善逸、伊之助、そして竃門禰豆子(かまどねずこ)の4名は鼓屋敷での戦いの後、傷を癒すため藤の花の家紋の家屋敷で休息していた。

 

 鬼殺隊、それは鬼を狩る政府非公認の組織。その数はおよそ数百名。しかし、鬼殺隊を誰が率いているのかは謎に包まれている。だが古より存在していて今日も鬼を狩る。

 鬼、それは人を喰う不死身の化け物。いつどこから現れたのかは不明。身体能力が高く傷などもたちどころに治る。切り落とされた肉も繋がり手足を生やすことも可能。体の形を変えたり異能を持つ鬼もいる。しかし、太陽の光を浴びるか、日輪刀と呼ばれる特殊な刀で頸を斬ることで殺すことができる。

 鬼殺隊は生身の体で鬼に立ち向かう。人であるから傷の治りをも遅く、失った手足が元に戻ることもない。それでも鬼に立ち向かう。人を守るために。

 

 炭治郎、善逸、伊之助も鬼殺隊の一員であり、先日、鼓屋敷では子供達を守るため、鬼と戦っていた。その戦いの傷が癒えた頃、鎹鴉と呼ばれるカラスが炭治郎たちに新たな指令を与えた。

 

「指令!指令ィ!竃門炭治郎!我妻善逸!嘴平伊之助ノ3名ハ東ノ村ヘ向カエェェ!ソコデハ!毎夜!人ガ消エテイルゥ!」

 

 本来なら、炭治郎たちは那田蜘蛛山と呼ばれる山に向かいそこに住む鬼と戦う筈であったが、いつの頃からか変わり始めた運命の糸が少しずつ絡まり、そして今日、運命が大きく変わった。

 これが炭治郎たち、鬼殺隊にとって良いことなのか悪いことなのかは誰にもわからない──

 

 

 

***

 

 

 

「井口さんが向かった山にはまだ着かないんですか!?」

「もうそろそろで着く!」

 

 炭治郎と虎杖が走りながら会話をする。2人のすぐ後ろでは善逸と伊之助も走って着いてきており善一が信じられないような目を虎杖に向けながら口を開く。

 

「虎杖さんアンタなんで()()を使ってないのに俺たちと並走出来てんの!?本当に人間!?実は鬼で俺たちを騙して喰おうとしてるんじゃないの!?イィヤァアアアアアーーーッ!!喰われそうになったら炭治郎助けてくれよぉーーーっ!!」

「善逸それ以上虎杖さんの前で恥を晒すな!虎杖さんが不安になるだろ!それに虎杖さんは人間だ、鬼の臭いがしない。善逸だってわかるだろ?」

「そうだけどさそうだけどさ!怖いものは怖いじゃん!?」

「へっ!お前こんな程度でビビってんのか、やっぱり紋一は腰抜けだな!」

「うるさい!怖がらないお前がおかしいんだよ!あと俺は紋逸じゃない善逸だ!」

 

 伊之助が善逸を馬鹿にするようにフンッと鼻を鳴らし走り続ける。

 だが、善逸の疑問も当然のものだろう。

 

 呼吸。空気を吸い、吐く生きていく上で当たり前の動作。しかし、鬼殺隊の剣士が扱う呼吸は通常のそれとは違う。鬼は身体能力が人間と比べて非常に高く、傷をつけても隊どころに治る。そんな存在と戦うために生まれた戦闘技術。それが”呼吸”である。中でも”全集中の呼吸”は体中の血の巡りと心臓の鼓動を速くすることで体温は上がり、人間のまま鬼のように強くなれる。そのため”全集中の呼吸”を扱う剣士は一般人と比べて身体能力が格段に上がる。

 だが、虎杖は一般人だ。虎杖は鬼殺隊の扱う呼吸は知らないし、使ったこともない。だというのに虎杖は素の身体能力で”全集中の呼吸”を扱う炭治郎達と同等の速度で走っている。なぜ、虎杖がここまで速いのか、人間離れした身体能力の起源は何なのか、それを知るものは誰もいない。

 

 しばらく走っていた一行だったが、虎杖が足を止め、それを見た炭治郎達も足を止める。

 

「ようやく、着いた…!でも、なんだ、これ…?」

 

 先輩の向かった山には着いた。だが、なんだこれは。見た目はいつもと変わらない普通の山だ。しかしこの濃密な”死”の気配。これ以上足を踏み入れてはいけない、虎杖の本能がそう叫ぶ。

 じり、と後ずさりをする虎杖に対して炭治郎と伊之助は一歩前へ進む。

 

「虎杖さんはここで善逸と一緒に待っててください、俺と伊之助が山に入って井口さんを探してきます」

「え、俺ここに置いてくの?泣くよ?」

「ま、待てよ!俺も行く!ここに向かう途中言ってた鬼だとか鬼殺隊だとかってのは本当なんだろ!?なおさら先輩が心配だ、俺も行く!」

「駄目です、ここで待っててください。話を聞く限り、虎杖さんの村で起きていた事件には間違いなく鬼が関わっています。それにきっと普通の鬼じゃない、鎹鴉も虎杖さんの話を聞いて焦った様子でどこかへ飛んで行きました。きっと増援を呼びに行ったんです。そんな危ないところに貴方を連れて行けない。もし虎杖さんが危なくなっても善逸が守ってくれます」

「でも──」

「虎杖さん」

 

 最後に名前を呼び、虎杖の眼をまっすぐ見つめる炭治郎。虎杖はその視線に耐えきれず眼を逸らしてしまう。それを確認した炭治郎は伊之助に声をかける。

 

「伊之助──」

「俺が先に行く!お前はガクガク震えながら後ろをついてきな!腹が鳴るぜ!!」

「腕が鳴るだろ…」

 

 伊之助の発言に善一が震えながら突っ込みを入れる。猪突猛進!といいながら山に突き進む伊之助の後を追うように炭治郎も山へ向かおうとする。

 

「善逸!虎杖さんを頼んだ!善逸だから任せられるんだ!任せたぞ!」

「炭治郎…」

 

 虎杖の護衛を任された善一は正直鬼が襲ってきても虎杖を守り切れるとは思わなかった。自分は恐がりで人を守れる強さもない。だが、先ほどの炭治郎の言葉。善逸なら出来ると、任せられると言われた。自分にはそんな強さがあるとは思えない。でも、炭治郎の信じる我妻善逸を信じてみようと思った。

 

「えへへ!こっちは任せろ!うふふ!」

 

 否、おだてられて調子に乗っていただけであった。

 

 

 

***

 

 

 

 木々が鬱蒼と生い茂る中、炭治郎と伊之助は虎杖の先輩、井口の捜索をしていた。井口を探しているとき、鬼と何度か遭遇し、炭治郎達はすでに鬼を4匹狩っている。その4匹目を狩り終えたとき、炭治郎はふぅ、と息をつき伊之助に声をかける。

 

「伊之助、山に入るとき鼓舞してくれてありがとう。伊之助がそうしてくれるおかげで俺も怖がらずに山へ入れた。山の中から流れてきた禍々しい臭いに俺は少し身が竦んだんだ、ありがとう」

「……」

 

 それを聞いた伊之助は思考が緩やかになり、ほわほわするのを感じた。

 

『お召し物がずいぶんと汚れていらっしゃいますね、洗ってお返しなさいますからこちらを着てくださいませ』

『肌触りも良くて気持ちが良いですよ、夕飯は天ぷらにしましょうね。そう…衣のついたあれでございます』

 

 先日、傷を癒やすため藤の花の家紋の家で休息を取っていたときの、世話をしてもらっていた老婆の声が蘇る。伊之助は物心がつく前から山で暮らしてきたため、生物の生存競争、命のやりとりを今に至るまでずっと行ってきた。そのため、伊之助は自分が死ななきゃそれでいい、世の中は弱肉強食だ、死ぬのは弱いから仕方ない、そう考えていた。しかし、炭治郎と善逸と出会い、藤の花の家紋の家では老婆と話し、人のぬくもりに触れた。

 それからだろう、伊之助の中の何かが変わったのは。その変化が良いのか悪いのかといったら間違いなく良い変化だろう。だが、感じたことのないこの”守る”という感情、そして変化に伊之助は困惑していた。

 

「俺をほわほわさせてんじぇねぇ!とっとと井口ってやつを見つけるぞ!」

「ああ!井口さんの臭いは虎杖さんに嗅がせてもらった、だいたいの位置はわかる、こっちだ!」

 

 そして炭治郎。山に入る前、彼は虎杖には不安の欠片もないように振る舞っていたが実は今まで感じたことのない臭いに、死の気配に臆していた。

 炭治郎は先の戦いで元・十二鬼月と戦闘し、勝利している。だからもし、十二鬼月と遭遇しても渡り合えると思っていた。しかしこの臭い、先の戦いで戦闘した鬼とは比べものにならないほど、比べるのがおこがましいほどの重圧、禍々しさ。違う。これは十二鬼月なんてものじゃない。そう、これは浅草で遭ったあの鬼。

”鬼舞辻無惨”

 全ての鬼の元凶であり、妹、禰豆子を鬼にした張本人。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があの山からする。そしてどういうわけかその異様な鬼の臭いと虎杖の先輩、井口の臭いが同じ場所からする。井口を発見するとき、この臭いの主と戦わなければならないだろう。怖い、負けるかもしれない。そういった感情が炭治郎の中で渦巻く。

 そんなとき、伊之助が威勢良く前を進んでくれた。

 そうだ、俺は一人じゃない。一人なら駄目かもしれない。でも今は伊之助が、善一がいる。3人ならどんな鬼だって倒せる。

 決意が固まった炭治郎は山へと入り、伊之助へ感謝を述べた。

 

 そうこうしてるうちに、炭治郎と伊之助は山の中腹まで登ってきており、臭いがする洞窟の前まで来ていた。

 

「この洞窟の中だ、伊之助、もし君が」

「言われるまでもねぇ!中の構造を探れ、だろ!?」

 

 そう炭治郎に言い、伊之助は自身が持つ2本の日輪刀を地面に刺し、呼吸を行う。

 

”獣の呼吸・漆ノ型 空間識覚”

 

 荒れ山育ちの伊之助は触覚が優れている。我流の呼吸法により研ぎ澄まされた触覚は空気のかすかな揺らぎさえも感知し、直接触れていないものでも捕らえることが出来る。

 

「洞窟の中は一本道でそこまで長くねぇ!奥の方で誰かが倒れてるだけで()()()()()()()!」

「そうかわかった!その倒れてるのがきっと井口さんだ!早く行こう!」

 

 そう言葉を交わし、炭治郎と伊之助は洞窟の中を進む。進みながら炭治郎はあることを考えていた。

 

(井口さん以外には誰もいないのはどういうことなんだ?伊之助の言葉に嘘の臭いはしないし井口さん以外に誰もいないのは本当のことなんだろう。ならこの臭いは何だ?山に入る前から臭うこの臭いの正体は何だ?)

 

 思考を続けるが結局答えは出ることなく、臭いの元へ辿り着く。そこには一人の男と1本の指が転がっているだけだった。炭治郎はすぐさま男に駆け寄り心臓に耳を当てる。

 

「…良かった、この人は生きている。けがも目立ったものはない、臭いからしてこの人が井口さんだ」

「おい炭治郎この指はどうすんだ、これってあいつが言ってた”呪いの指”とかいうやつなんだろ」

「そうか、その指がこの異様な臭いの正体だったのか…本当なら置いていきたいところだけどその指が鬼の手に渡ったらまずい気がするんだ。一応その指も持って行こう」

 

 臭いの謎も解け、井口を見つけた炭治郎と伊之助。伊之助が井口を背負い、炭治郎が指を持って山を下りると言うことになり、この洞窟から出ようとした。ここで2人は異変に気づく。

 

「伊之助…」

「ああ、洞窟の外に鬼が待ち伏せてやがる。それも一体じゃねぇ、10数体いやがる。こりゃどういうこった」

「鬼は基本群れないはずだ、なのにこの数…何か理由があるは筈だ。何か、何がある…?」

 

 洞窟の外で待ち構えている鬼をどうにかするため炭治郎の脳がフル回転する。

 鬼、群れない、井口さん、村、事件、”呪いの指”…!

 

「っ!そうか、そういうことか!鬼達の狙いは俺達じゃない、この指だ!」

「あ?そりゃどういうことだ」

「鬼は人を喰らい力をつける、だけど力をつける方法はそれだけじゃない。鬼舞辻無惨の血を取り込むことで鬼はさらなる力を手に入れるんだ。以前そういう鬼と戦った。そしてこの指からは()()()()()()()()()()()()()がする。つまりこの指を食べることで強くなろうとしているんだ。この指がどうしてそんな力を持っているのかはわからない。だけどきっとこれで合っているはずだ」

「…そのくらい俺でもわかってたわ!当然に!炭八朗!この指をおとりにして鬼どもを斬るぞ!」

「ああ!あと誰だそれは、俺は炭治郎だ!」

 

 炭治郎の考えはおおよそ合っている。

 さらに炭治郎が理解したのは鬼の狙いだけではない、村の事件の真相まで辿り着いていた。

 まず、村では1週間前から毎夜、神社で血を残して人がいなくなっていた。おそらく消えた村人は神社に祀られていた”呪いの指”を取り込もうとした鬼に喰われたのだろう。しかし、1週間もの間、”呪いの指”が取り込まれなかった理由。それは鬼同士で争っていたのだろう。鬼は群れで行動しない。鬼舞辻にそう操作されているからだ。だから仲間意識もなく、1本しかない指の取り合いになっていたのだろう。そうして争っているうちに朝日が昇り、鬼達は行動が出来る夜が来るまで待ち続けた。”呪いの指”を取り込むために。

 

 岩陰に隠れ、伊之助は”呪いの指”を洞窟の外に放り投げた。指に気づいた鬼達は我先にと指の元へ向かい、すぐに争いが起こった。

 

「指を持っていたガキをここまで追い込んだのは俺だ!だから俺が喰うんだ!」

「うるせえ!”宿()()()()”は俺のものだ!」

「どけえ!てめぇら全員殺して俺が”宿儺の指”を喰うんだ!」

 

 争いを始めた鬼達を確認して炭治郎と伊之助は外に出ようとする。井口を戦いの中には連れてはいけないため、炭治郎は洞窟の中に井口を下ろすよう伊之助に言い、井口の隣に背負っていた木箱を置く。

 

「禰豆子、もしこっちまで鬼が来たら井口さんを守ってくれ、頼んだ。…伊之助、1、2、3で外に出て鬼の頸を斬るぞ」

「ふんっ!あんな隙だらけの鬼達、合わせるまでもねぇ!俺が先に行くぜ!猪突猛進!猪突猛進!」

「あっ、こら待て!伊之助!」

 

 先に鬼の頸を斬りに向かった伊之助の後を追うように、炭治郎も鬼の頸を斬りに向かう。

 

 

 

***

 

 

 

『虎杖は村に帰れ』

『ここで待っててください』

 

「何、言うとおりにしてんだ、俺は」

 

 俺は何にビビってる?

 

 

 死

 

 

 そうだな、この山からは死の予感がする。

 

 死ぬのは怖い。

 

 神社でいなくなった人達、村の人達は頑なに口にしなかったけどみんなわかってんだ。消えた人はみんな死んでいる。死体はなくてもあの大量の血。死んだと言ってるようなものだ。

 

 みんな死ぬとき怖かったのかな。

 

 そりゃそうだろう、あの血の量からして普通には死ねてない。

 

 あれは()()()()()だ。

 

 

『オマエは強いから人を助けろ』

 

 

 1年前、寿命で死んだじいちゃんの言葉だ。

 

 

『手の届く範囲で言い、救える奴は救っとけ。迷っても感謝されなくてもとにかく助けてやれ』

 

『オマエは大勢に囲まれて死ね。俺のようにはなるなよ』

 

 

 じいちゃんはそう言って死んだ。

 

 短期で頑固者。見舞いなんて俺以外来やしねぇ。

 

 「俺みたいになるな」?

 

 確かにね。

 

 でもさ、

 

 

 

 爺ちゃんは正しく死ねたと思うよ。

 

 

 

***

 

 

 

 とある場所、そこに建つ1つの大きな屋敷。そこでは鴉を膝に抱え縁側に腰をかける男と背後に正座をしている二人の男がいた。

 鴉を抱える黒の長髪の男が口を開く。

 

「そうか、”宿儺の指”らしきものが見つかったのか。よく戻ってきてくれたね。ありがとう」

 

 そのような言葉を鴉にかけ、優しい手つきで撫でる。

 

「報告を聞く限りその”宿儺の指”は本物だろう。そうなると”柱”を向かわせないとならない。義勇、実弥」

「御意」

 

 縁側に腰をかける男に返事をした二人の男。

 片方は赤銅色と黄、緑の2色で描かれた模様の半々羽織を来ている男。

 もうひとりは白髪に白色の羽織を着ており、顔と大きく開けた胸元に見える夥しいほどの傷跡。

 

 実弥、と呼ばれた白髪の男が義勇と呼ばれた半々羽織の男に声をかける。

 

「”宿儺の指”があるってことは周囲には鬼がいるはずだなぁ。何体いようが鬼は皆殺しだぁ、なぁ富岡ぁ」

「目的は”宿儺の指”の捜索だということを忘れるなよ」

「んなの当たり前だろうがぁ…!いちいち癪に障る野郎だぜ…!」

 

 

 

***

 

 

 

 鬼を狩った数はすでに10を超える。いくらこの場にいる鬼が弱いからといって、これだけの数。炭治郎と伊之助の体にはいくつもの傷がつけられていた。

 

「くそがぁ!どんだけいるんだよ鬼ども!次から次へとわいて来やがる!」

「踏ん張れ伊之助!幸い、集まってきている鬼たちは強くない!きっと弱い鬼が強くなるためにここに集まってきてるんだ!はやくこの場にいる鬼を倒して井口さんを連れて山を下りるぞ!」

 

 そう、はやくしなければ強い鬼がやってくる。炭治郎はそう感じていた。

 

 全ての鬼とつながっている鬼舞辻無惨がこのことを知らないわけがない。指を取り込むだけで簡単に強くなれるんだ。だからこんなにも多くの鬼をここに送り込んでいる。ここに来た鬼が弱いのは様子見だ。強い鬼を簡単には動かせない筈だ。強い鬼を動かせば動かすほど自分の守りが手薄になるからだ。

 今はまだ大丈夫だけどこれ以上時間をかけると俺と伊之助に疲れが出始める。強い鬼も出始める、それこそ十二鬼月のような鬼が…!

 

「伊之助!残り三体、一気に決めよう!合わせてくれ!」

「俺に指図すんじゃねぇ!」

 

 伊之助は炭治郎の呼びかけに答えず、残る鬼の内の一体を仕留めるため鬼に近づく。そして鬼は指に夢中になっててこちらに気づいてない。チャンスととらえた伊之助は両腕を交差させ、自身の呼吸の型を放つ。

 

”獣の呼吸・参ノ牙 喰い裂き”

 

 仕留めた、そう思った伊之助だが頸を斬った感触はない。仕留めたと思っていた鬼は上体を反らし、こちらを睨み付けていた。

 

(躱されたのか!?死角から放った一撃だぞ!)

「ずいぶんなめた攻撃をしてくるじゃねぇか、ああ?鬼狩り様よぉ!」

(くそっ!指に夢中だったのは振りか!俺を殺して確実に指を取り込むために!)

 

 思考は進むが体は動かない。それもその筈だ。すでに狩った鬼の数は12を超える。それも息をつく暇もなく。疲労もダメージもかなり蓄積されている。

 体が動かない伊之助の顔面に鬼の拳が迫る。

 

(まずい!攻撃が速い!躱せない、このままじゃ死──)

 

 自身の状況に死を連想した伊之助だったが、突如、頸元を引っ張られ後ろに投げ飛ばされた。

 

「伊之助!そのまま頸を斬れ!」

 

”全集中・水の呼吸・壱ノ型 水面斬り”

 

 その声に自分の窮地を救い、後ろに投げ飛ばしたのは炭治郎だとすぐに理解する。そして拳を振り抜いて隙だらけの鬼の頸を斬ったのも横目で見ながら確認した。そして自分が投げ飛ばされた方向には足を切られて身動きの取れない鬼の姿も。

 

(畜生、なんだこれ、腹が立つぜ。あいつの指示で全てが上手くいく。あいつは自分だけの戦いを見てるんじゃない、全ての戦いを把握して戦いの流れを見ているんだ。そうじゃなきゃこれだけの数の鬼を今の俺達だけで倒せるわけがねぇ)

 

 思考は進み、体は、動く。炭治郎の介入により冷静になったからだ。伊之助はそのままの勢いで炭治郎が動きを止めた鬼の頸を斬る。

 

「やった、伊之助!あと、一体、どこに…」

「お前に出来ることは俺にも出来るボケェエエ!」

 

 伊之助はいらだちながら、炭治郎に突っ込みそのまま力に任せて木々の中に投げ飛ばす。

 炭治郎ははじめ伊之助の行動を理解出来なかったが、投げ飛ばされ、着地地点をみると伊之助の意図を理解する。

 

(最後の1体!今、()()()()()()()()から伊之助が代わりに探してくれたんだ!伊之助の思い、無駄にしない!)

 

”全集中・水の呼吸・捌ノ型 滝壺”

 

「くそっ!”宿儺の指”を喰えば俺だって十二鬼月になれるのに!鬼狩りがいるなんて聞いて…っ!?く、頸を斬られたぁ!?」

 

 こんなところで、と言い鬼は体が塵になって消えた。

 

「斬ったならとっとと山下りるぞ!これ以上鬼が来ると面倒だ!」

 

 背中に禰豆子が入ってる箱を背負い、肩に井口を担いでいる伊之助が急かしてくる。禰豆子の入った箱を伊之助から受け取り、背負う。指は、と聞くと伊之助が持っているようだ。

 

「そうだな、はやく山を下りよう!すまないが伊之助が先に行ってくれないか?今、俺の鼻が効かなくて鬼の索敵が出来ないんだ!」

「はっ!最初っからそのつもりだぜ!」

 

 猪突猛進猪突猛進!と叫びながら突き進む伊之助に、叫んだら鬼が寄ってくるんじゃ、と心の中でつっこみを入れ後ろを着いてくる。

 

 洞窟の外に集まっていた鬼を退け、少し余裕が出来た炭治郎は山を下りながら考えごとをする。

 

 俺の鼻が効かないのはたぶん指の所為だろう。山に入る前から強烈な臭いを放っていた指が今はすぐ隣にある。この指は鬼と同じような、それでいて凶悪な臭いがする。だからこの指の前じゃ人の臭いはかすかに嗅げても鬼の臭いなんてかき消されてしまう。そして、虎杖さんと井口さんが住んでいる村の神社にこの”呪われた指”が祀られていたのも似たような理由だろう。

 先ほど、炭治郎が倒した鬼からは僅かにだが二つの感情を嗅ぐことが出来た。力を得ることが出来る”喜び”、そして指に対する”恐怖”だ。きっと”呪いの指”は元々鬼ですら近づくことが出来ないほどの力を持っていたんだ。だから、それを村の近くの神社に祀ることで鬼を村から遠ざけていたんだ。

 あの指は見た目からして、かなりの年代物。何十年、何百年と時が経つ内に力は薄れ、鬼が指を取り込めるほどまで弱くなったんだ。これなら全ての説明がつく。

 

 そしてもう1つ。洞窟の外にいた鬼と戦っているときに聞いた”宿()()()()”という言葉。この指の正体が”宿儺の指”というのが本当ならこの指は相当──

 

「炭八朗!とんでもない速さで鬼がこっち向かってる!接触は逃れない!構えろ!」

 

 炭治郎が名前の訂正をするまもなく、風と共に1体の鬼が目の前に現れる。その場はすぐにやってきた鬼のすさまじい圧に制され炭治郎と伊之助は身動きが取れなくなった。鬼が出す圧に身動きは取れないが少しでも情報を得ようと眼を動かす。

 突如現れた鬼の背は炭治郎と同じくらいで、白いシャツに黒のズボン。紙は黒くオールバックにしており、顔には額から頬にかけて戦のような痣が浮かんでいる。そしてその鬼の左目には──文字が刻まれていた。

 

「下弦の、陸……!!」

「”宿儺の指”は…てめぇか」

 

 そう呟き、鬼は指を持っている伊之助に向かって歩いていく。

 

(歩いている!俺達なんかに負けないという自信なのか!?それともだまし討ちを狙っているのか!?どちらにしろ動かないと伊之助が危険だ!伊之助は井口さんを背負っているから大胆な行動は取れない!俺が、俺がなんとかしないと!)

 

 頭では、そう考えるが体は動かない。先ほどまで戦い続けていた疲労によるものなのか、突如現れた強大な敵に対する恐怖か、それとも両方か──

 

(動け!動け!動け!!型を繰り出せ!一撃で決めようなんて思うな!まずは伊之助から俺に注意を引け!まずはそこからだ!だから動け!俺の体!)

 

”全集中・水の呼吸・弐ノ型 水車”

 

「あ?」

「フーッ、フーッ」

(斬れた!右腕を切り落とした!次だ!次の型を繰り出せ!)

 

”全集中・水の呼吸・捌ノ──

 

「邪魔だ」

 

”血鬼術・血翼”

 

 鬼は炭治郎を睨み付け、背中から血の翼を作り出す。そして翼を羽ばたかせ周囲に強風を吹き付けながら空を飛ぶ。

 

「くっ…!」

 

 型を出し切れずに強風を間近で受けたことでバランスを崩し、地面に倒れ込む。その隙を突かれ、炭治郎に迫った鬼は炭治郎を思いきり蹴り飛ばし黄に叩きつける。

 

「がはっ!」

 

 ぎりぎりのところで受け身を取ることが出来、致命傷を避けた炭治郎。敵はどこだと視線を巡らせる。

 

(禰豆子は…無事だ!はやく鬼を探さなければ!伊之助は、井口さんは、指はどうなった!?)

 

 必死に鬼を探していると鬼と伊之助が戦っているのが見えた。炭治郎が隙を作った内に井口を木の陰へ隠し、炭治郎が木に叩きつけられると同時に、鬼に斬りかかったのである。

 実力は拮抗しているかに見えたが、伊之助の攻撃を躱しその隙に拳を数発叩き込む。伊之助は耐えきれずじ地面に倒れ込むが、眼は、戦意はまだ生きている。だが、猪のかぶり物からは血が流れ出ており、先の鬼の集団との戦いでついた傷に加え、何時ついたのか新たに切り傷がいくつもついていた。どこからどうみても伊之助は死に体だった。

 

「てめぇじゃ下弦の陸であるこの釜鵺(かまぬえ)には勝てねぇよ。わかったらさっさと”宿儺の指”を渡せ」

「げふっ…そんなに欲しいんだったら、俺を、殺してから、盗って見やがれ…!」

「てめぇ…!お望み通りにしてやるよ!」

 

 伊之助の挑発に乗った鬼、釜鵺が力を込め伊之助の頭をつぶそうとする。炭治郎は伊之助を助けようと体に力を込めようとするがすでに限界がきているのか、体を上手く動かせない。

 

(体が動かない!禰豆子に頼もうにもこの距離じゃ間に合わない!このままじゃ伊之助が!伊之助が!!)

 

「死ね」

「お前がな」

 

 釜鵺が拳を振り下ろすよりも先に伊之助がなけなしの力を振り絞り釜鵺の足を強引につかむ。一瞬、釜鵺が眉をひそめるがすぐに何事もなかったかのように拳を振り下ろし、そして──

 

「伊之助ェ!!」

 

 頭が拳に殴りつぶされる──

 

 

 

 ──釜鵺の頭が何者かの拳に殴りつぶされる

 

 

 

「なっ…!」

 

 釜鵺の頭を拳で握りつぶした張本人を見て、炭治郎の顔は驚愕に染まる。

 

「竈門!嘴平!無事か!」

「い、虎杖さん!?」

 

 何故、どうして、どうやってここに、善一は、今の力は…

 炭治郎の中で疑問が尽きず、思考がぐるぐる回るが無理矢理疑問を押さえ込み虎杖に指示を出す。

 

「まだ鬼は死んでないです!鬼が来る前に構えて!」

「え、まじ?」

 

 完全に不意の一撃。確実に仕留めたと思っていた鬼が生きていると知らされすぐに構えるが遅かった。釜鵺は頭を修復しながら翼を強く羽ばたかせ空中へ身を浮かせると同時に、突風を起こし伊之助と虎杖を炭治郎のそばまで吹き飛ばす。

 

「…それ、早く言ってくんない?」

「だから山の麓で待っててくださいってい言ったじゃないですか!鬼はこの”日輪刀”で頸を斬るか太陽の光に当てるかでしか殺せないんです!」

「ほわほわするぜ…」

「い、伊之助っ!大丈夫か!?」

 

 伊之助は体中から血を出しており今にも力尽きそうな姿をしている。応急処置を施すため、体を引きずり師である鱗滝からもらっていた傷薬を伊之助の傷跡に塗りたくる。

 

「これでしばらくは大丈夫な筈です。ただ伊之助はもう戦えない、俺と、禰豆子と、虎杖さんでなんとかしないと…!」 

 

 伊之助の処置を終えた炭治郎と虎杖、そして炭治郎の背負っていた箱から出てきた炭治郎の妹、禰豆子は空中で頭部の修復をする釜鵺を睨み付ける。頭部の修復を終えた釜鵺は目が血走っており、怒り狂った様子でこちらを睨み付ける。

 

「よくもやりやがったなぁ!しかもなぜ鬼が鬼狩りと一緒にいる!!絶対に許さんぞてめぇら!!」

「鬼?炭治郎どういうことなんだ?」

「虎杖さん、大丈夫です。詳しい説明は省きますが禰豆子は俺の妹で人は喰いません、絶対に。とりあえず今は俺達二人でなんとかしないと」

「そうか、竈門がそう言うなら信じる。あと3人じゃねぇ、()()()

「え?」

 

 どういう意味、と炭治郎が虎杖に聞こうとした、その瞬間。

 

 山に雷鳴が轟いた。

 

 

”雷の呼吸・壱ノ型・霹靂一閃”

 

 

「がっ…!?」

「善逸!?」

 

 突如として現れた善逸が空中に浮かぶ釜鵺に雷が落ちたかのような速さで迫り、頸に刃を振るった。誰もが斬った、と思ったが善逸の刀は釜鵺の頸の半分ほどで止まっていた。このままだと攻撃の的になると判断した善逸がすぐに刀を頸から引き抜き、釜鵺の体を踏み台にして炭治郎達のところまで一気に跳躍した。

 

「炭治郎、すまない遅れた」

「善逸、なのか…?いや、寝ている…?」

「面白いよなこいつ、ここに向かおうとしたら必死に止めてくるもんだからちょっと驚かしたらすげぇ驚いてよ、そのまま気絶したんだ。そしたら寝たまま起き上がってこう言ったんだよ」

 

『俺は周囲の鬼を斬りに行く、虎杖さんは炭治郎達を助けに行ってください』

 

「善逸がそんなことを…」

「見た感じ相当ヤバい状況だったんだろ?後で我妻に礼言っとけよ」

 

 はい、と炭治郎は答え、怒りで体を震わせている釜鵺に向き直る。奇襲はもう期待できない。この場を切り抜ける方法は二つ。

 一つ、夜明けまで粘り続ける。夜明けまではあと2,3時間程だろう。善逸、虎杖が来たからといってそれだけの時間を戦い続けるのは得策じゃない。

 そしてもう一つ。釜鵺の頸を斬る。こちらの戦力は炭治郎、善逸、禰豆子、虎杖の4人。鬼を殺せる手段を持っているのは炭治郎と善逸のみ。加えて炭治郎の体はすでにボロボロでまともに戦えない。善逸も周囲の鬼を斬ってきたということは相当消耗している筈。炭治郎は善逸をちらり、と見ると体は傷つき、息も上がっている。

 

「善逸、霹靂一閃はあと何回使えるんだ」

「1回だ、ここに来るまで相当使ってきたから1回が限界だ。1回でも使うと足が駄目になる」

 

 炭治郎はここへ来て積み、という言葉を思い浮かべた。釜鵺を倒したからといってそれで終わりじゃない。次は下弦の伍が来るかもしれない。さらにはその上、上弦が来る可能性もゼロじゃない。

 炭治郎の思考がどんどん悪い方へ向かう。そんなときである。虎杖があることを聞いてきた。

 

「あの鬼の目的は何なんだ?」

「”宿儺の指”を食べるです、虎杖さんの村で言う”呪いの指”のことです」

「なんでその”宿儺の指”?を食べようとしてんだ?」

「指を食べてさらなる力を得るためです。だからこそ指を渡してはいけない、”宿儺の指”というのが本当なら俺の考えだと大変なことになる」

「力ってのはなんだ?まさか同族の鬼を殺せる力でも手に入るのか?」

「そこまではわかりません。それに鬼を殺せるのは鬼の親玉だけです。いや、でも指からは鬼舞辻無惨と同じ臭いがする…もしかしたらそういう力が手に入るのかも」

 

 そこまで聞くと、虎杖は伊之助が横たわっている方へ向かう。伊之助のそばまで行くと伊之助が持つ”宿儺の指”を手に持つ。

 

「なんだ、あるじゃん。全員助かる方法」

「え?」

 

 虎杖が何をする気なのか、それを聞く前に虎杖は躊躇せずに”宿儺の指”を口に入れ、飲み込んだ。

 

「駄目だ!!」

「てめぇ!それは俺が喰う筈だったんだぞ!!」

 

 炭治郎が静止の声を上げると同時に、これまで怒りなのか力を貯めていたのかわからないが体の動きを止めていた釜鵺が虎杖に向かって突撃する。その速度は炭治郎、善逸、禰豆子の3人が反応できないほどの速さだった。しかし、炭治郎は虎杖が危ない、という思いとは別の事を考えていた。

 

(”宿儺の指”を食べた!?あれの実態はおそらく鬼と変わらないかそれ以上の猛毒だ!そんなものを食べてしまえば虎杖さんは死んでしまう!でも、万が一、万が一……!)

 

 虎杖に向かって前例の力を叩き込まんとしている釜鵺。それに対する虎杖の対応は、非常に軽いものだった。

 

 

 

「ケヒッ」

 

 

 

 虎杖が笑い、腕を少し振るう。

 

 たった、それだけ。

 

 それだけで釜鵺の姿は跡形もなく消え去った。

 

 

 

ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

「ああやはり!!光は生で感じるに限るな!!」

(最悪だ!最悪の万が一が出た!()()宿()()()()()()()!!)

 

 

 両面宿儺。

 その名は大正を生きるものなら、否、どの時代に生きるものでも知っている名だ。

 

『悪い子にしてると宿儺に喰われるぞ』

 

 古くから伝わる言葉だ。大人達は子供をしつけるときには必ずこの言葉を使う。当然炭治郎も母や町の人達からそう言われ育てられた。両面宿儺というのは何百年も昔の平安の時代に暴力の限りを尽くした鬼だと伝わっている。

 しかしこれはよくあるお伽噺の一つだといわれておりその存在は信じられていなかった。

 だが、鬼と出会い、鬼を狩る鬼殺隊の一員となった炭治郎には、両面宿儺が実在していたという事実に動揺はなく納得していた。

 

「鬼の肉などつまらん!人は!女はどこだ!!」

 

 そう言い、虎杖は、宿儺はあたりを見渡す。

 

「!…良い時代になったのだな。女も子供も宇治のようにわいている」

(虎杖さんはどういう状態なんだ?虎杖さんが宿儺になったのか?それとも虎杖さんの中に宿儺が現れたのか?)

「素晴らしい」

(どちらにせよ、俺のやることは決まっている。でも…)

「鏖殺だ」

 

 炭治郎は迷う。言い伝え通りなら宿儺は生きていてはならない。ここで確実に殺さなければならない存在だ。それはわかる。炭治郎も理解している。しかし、僅かな時間とはいえ、虎杖と触れ合ってしまった。虎杖の優しさに触れてしまった。それが炭治郎に迷いを生んでしまっている。善逸と禰豆子を見てみる。善逸も同じ考えに至っているのか悔しそうな、迷っている表情をしており、禰豆子は何が何だかわからないような表情をしている。

 炭治郎が迷っている間に宿儺を考えがまとまったのか、どこかへ歩き出そうとする。

 

 

 

「人の体で何やってんだよ、返せ」

「あ?」

 

 宿儺から聞こえた声、炭治郎は確かに聞いた。あの声は間違いなく虎杖の声だと感じた。

 

「お前なんで動ける?」

「?いや俺の体だし」

(抑え込まれる──)

 

 宿儺がそう感じたとき。状況は再び動いた。

 

 

 

「ようやくみつけたぜぇ、鬼ぃ」

 

 

 

 この場に新たな乱入者が現れた。

 

(なんだ!?誰かが来たのか!味方なのか!?敵なのか!?)

 

 炭治郎は思考をいったん止め、乱入者の姿を見る。

 一人は白髪で白の羽織を着た傷だらけの男。背中には大きな文字で殺、と書かれており日輪刀を持っている。

 鬼殺隊だ。応援が来たのだ。だが素直には喜べない。虎杖は自我を取り戻していた。なら戦う理由はもうない。しかしそれはこの応援に駆けつけた隊士にはわからない。このままだと無用な争いが起こるかもしれない。そう考えた炭治郎は状況を伝えようと口を開く。しかし、もう一人の応援に駆けつけた人物が目に入り、思わず動きが止まってしまった。

 赤銅色と黄、緑を組み合わせた模様の半々羽織を来ている長髪の男。

 

 見覚えがある。

 

 会ったことがある。

 

 あの雪が降る日に。

 

 禰豆子が鬼となったあの日に。

 

 

「一般人は木の陰に隠されており気を失っているが命に別条は無い。隊士は3人。2人は何とか立てているようだが一人は重傷」

「普段からそれぐらい喋れてたら嫌われてないんだがなァ」

「俺は嫌われてない」

「んでそこ気にしてんだよ!善処するとか言えば良いだろォがクソがァ!」

 

 ちっ、と舌打ちをしながら白髪の男は虎杖へ日輪刀を向ける。

 

「冨岡はあの女の鬼を殺せェ。俺はこの鬼を殺す」

「謂われるまでも無い」

 

 

 

「鬼は皆殺しだァ」 




文章が変になってたり、ここどういう意味?といったものがあれば遠慮なく聞いてください。


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柱合裁判

 何も見えない暗闇。

 虎杖はそこにいた。声は出さず、体も動かせない。ここは地獄だと言わんばかりの空気の冷たさ。自分は死んだのか?思考がうまく定まらないまま、何処からともなく声が聞こえる。

 

「腹立たしいが今は大人しくしておいてやる。だが忘れるな。俺の恐怖を、両面宿儺の恐怖を」

 

 そして、思考が、浮き上がる──。

 

 

 

***

 

 

 

「おい起きねぇかァ!お館様の前だぞォ!!」

「ぐっ」

 

 虎杖が眼を覚ますと同時に何者かが虎杖の頭を掴み地面に叩きつける。痛む頭を無視して誰が自分の頭を叩きつけたのか知るため、押さえつけられた頭を横にずらし視線を張り巡らせる。

自分の頭を押さえつけている人物はすぐに見つかった。見たことがない人だ。白髪に白の羽織を着た傷だらけの男──

 いや、見たことがある。何時だ。何処で見た。そうだこの男、先輩を探しに山に入って、それから…!

 

「先輩は!?先輩は無事なのか!?」

「うるせぇ!宿儺のガキは黙ってろ!」

 

 さらに強く押し付けられ、うまく息ができなくなってきた虎杖。意識が途切れる。そう、直感したとき前方より不思議な声色の男性の声が聞こえてきた。

 

「実弥」

「はっ」

 

 短いやり取り。しかし、それだけで虎杖を押さえつけていた力が突然消え去る。一瞬の出来事に驚いた虎杖だったがすぐに先輩である井口の状態を知ろうと体を動かそうとする。が、動かない。自分の体を見てみると身動きが取れないように縄で縛られていることに今気づいた。

 

「虎杖さん、大丈夫ですか?」

 

 聞き覚えのある声。声が聞こえてきた右を向くとそこには先輩を助けるのを手伝ってくれた炭治郎がいた。炭治郎がこの場にいたことによる安堵と同時に、ある疑問が湧いてくる。

 

「俺、芋虫みたいになってんのに竃門は手首だけなの?なんで?」

「いやぁ、それは俺にも…でも目が覚めて良かった…」

 

 心の底から安堵したような表情を浮かべる炭治郎。そこへ炭治郎の右側で跪いている男の首に巻きついている蛇がシャーっと、無駄口を叩くなと言わんばかりの威嚇をする。

 

 虎杖の目が覚めたことにより不安が解消され、安堵する炭治郎だったが不安の種はそれだけではない。ここからなのだ。竃門兄妹と虎杖悠仁の裁判は──

 

「悠仁、君の先輩は無事だよ。僕の子ども達が保護して君の住む村に村に送り届けている」

「え、あ、うす。ありがとうございます」

 

 軽い言葉とは裏腹に虎杖は考えるよりも先に頭を下げていた。首より下が縄で縛られているため、器用に首を動かして礼を尽くしていた。ちらり、と声の主を見る。その人物は館、と思われる建物の縁側に座っており、父のような優しい微笑みをこちらに向けていた。おそらくこの人物こそが先ほど聞いた"お館様"だろう。

 

「村もこれ以上鬼は来ないよ。絶対とは言い切れないけどね。村の神社に鬼の嫌いな藤の花を祀らせたんだ。鬼も好き好んで近づきたくないと思うよ」

「わざわざ、ありがとうございます」

 

 まただ。この声を聞くと不思議と気分が高揚する。炭治郎を見てみると炭治郎も同じように頭を下げていた。

 

「でもごめんね、君の処遇は死刑ということで決定したんだ」

 

 

──なんと、言ったのだろうか。自分が、死刑…?

 

「は…?死刑って…」

「どうやら、少し混乱しているようだね。実弥。山で起きた事を確認の意味も込めてもう一度説明してくれるかい?」

「御意」

 

 実弥、と呼ばれた先ほど虎杖を押さえつけていた男が短く答え、語りだす──。

 

 

 

***

 

 

 

 お館様の指示を受け山へ向かう2人の男。

 風柱・不死川実弥。

 水柱・冨岡義勇。

 鬼殺隊最高戦力である2人の柱が虎杖達が戦っている山へ向かっていた。

 

 柱とは十段階ある階級の一番上、甲の隊士が鬼殺において凄まじい戦果を挙げることでようやくなることができる最高級の階級である。柱は九人制度でそれ以上増えることはなく、柱が九人いる状態で柱になれる資格を持った者は現役の柱が一線を退く時の控えとなる。

 

「一体どうなってんだァ、"宿儺の指"の気配が近づいてきてんのに鬼が一匹もいねぇ」

「それぐらい自分で考えろ」

「先にてめぇを斬ってやろうかァ…?」

 

 義勇の言葉にこめかみをピクピクさせながら怒りを露わにする実弥。しかし、実弥も鬼殺隊の柱。怒りをぶつけることなく目的地へ向かい続ける。

 因みに、義勇は『俺は頭が悪いからその疑問に答えることが出来ない。不死川は俺より頭が良いから少し考えれば分かるだろう。任せた』と言ったつもりだった。当然この真意は伝わることはなく、さらに実弥に嫌われることとなる義勇だった。

 

 走り続けること数分。実弥と義勇は虎杖達がいる山に辿り着いた。そして山に到着したと同時に、宿儺の放出する死の気配が突如として膨れ上がった。

 

「っ!冨岡ァ!突っ込むぞ!!」

「ああ」

 

 柱でさえ冷や汗を垂らす程の死の気配。だが2人の柱は一寸も臆することなく死の気配の中心へ最速で向かった。気配の下まで行くとそこには二体の鬼、そして鬼殺隊の隊員が三人、そして一般人が一人いた。

 

「ようやく見つけたぜぇ、鬼ぃ」

 

 そう言いながら実弥は男の鬼に近づいていく。

 

(どうやらこの鬼が"宿儺の指"を喰ったみたいだなァ。体から漏れ出す殺気はさっきまでと比べ物になんねぇくらい強いがこいつ自身は強さを感じねぇ。おそらく雑魚鬼が喰ったんだろう、だったら力を使いこなす前にとっとと殺すか)

 

 そこまで考えたところで周囲を探っていた義勇が実弥に声をかける。

 

「一般人は木の陰に隠されており気を失っているが命に別状はない。隊士は三人。二人はなんとか立てているようだが一人は重症」

「普段からそれぐらい喋れてたら嫌われてないんだがなァ」

「俺は嫌われてない」

「んでそこ気にしてんだよ!善処するとか言えばいいだろォがクソがァ!」

 

 割と本気で義勇にイラつきつつ実弥は自身の日輪刀を鞘から抜き、男の鬼に剣先を向ける。

 

「冨岡はあの女の鬼を殺せェ。俺はこの鬼を殺す」

「謂れるまでもない」

 

 そう言い、実弥と義勇はそれぞれ鬼に向かって歩いて行く。

 

「鬼は皆殺しだァ」

 

 実弥が"宿儺の指"を食べた鬼に斬りかかろうとした。その時、立ったまま硬直していた一人の隊士が声を挙げる。

 

「ま、待ってください!虎杖さんと禰豆子は鬼じゃないんです!」

「あァ?何言ってんだ坊主ゥ」

「お前は…」

 

 信じられない事を言った隊士の声に思わず体が止まり、鬼が動かない事を、戦意が無いのか力すら込めようとしない鬼を見て、襲いかかってきたとしても対処できると判断した実弥は声を出した隊士の方を向く。対して義勇は、隊士と女の鬼の顔を見て驚いた表情をしている。

 

「禰豆子は俺の妹なんです!これまで鬼を喰ったことはないしこれからも喰わない!鬼殺隊として人を守れます!それに虎杖さんは鬼殺隊とはまったく関係の無い一般人なんです!さっき下弦の鬼に襲われて、それで状況を打開しようと"宿儺の指"を食べてしまったんです!最初は宿儺に乗っ取られたのかと思ったけどすぐに自我を取り戻したんです!だから!虎杖さんも人を喰わない!」

「そうかい、長々と説明ご苦労だなァ。つまりあれか?この鬼共が人を喰わないって?人を守れるって?そんなことはなァ、ありえねぇんだよ馬鹿がァ!」

 

 そう言い切ると同時に実弥は虎杖に向かって刀を振るう。その速度に炭治郎は追いつかなかった。斬られた。炭治郎はそう思ったが虎杖の頸は斬られておらず、代わりに甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「鬼殺の妨害、立派な隊律違反しゃねぇのかァ?なぁ冨岡ァ」

「冨岡さん…!」

 

 実弥の刀が虎杖の頸に振るわれる寸前に義勇が割り込み実弥の刀を止めた。

 

「鬼殺隊の柱が何で鬼を守ってんだ、まさか鬼とグルだったのかァ?そこの坊主とも知り合いみたいだしなァ!」

「話を聞いてください!さっき言ったことは本当なんです!禰豆子に人は喰わせないし虎杖さんも宿儺なんかに負けたりしない!」

「坊主には聞いてねぇよ引っ込んでろォ!おい冨岡ァ、何とか言ったらどうなんだァ、あァ?」

「……」

 

 実弥の問い掛けに義勇は動じない。否、考えているのだ。実弥を説得する方法を。理由を説明するだけだと簡単だ。『炭治郎と禰豆子は俺が認めた。その炭治郎が認めた鬼も今は認める』と言えばいいだけだからだ。しかし、不死川は納得しない。その因果関係が分からないからだ。義勇と炭治郎が出会った、禰豆子が鬼となったあの日の出来事を不死川は知らない。だから実弥は炭治郎の言っている意味が分からないし義勇が言ったとしても納得しないだろう。

 故に考える。実弥を説得する方法を。

 

「あと十秒以内に答えなければテメェごと斬る」

「…あれは確か2年前」

「んな前の事を長々と説明しても俺は納得しねぇぞォ、俺が聞きてぇのはテメェが鬼と繋がっているのか繋がっていないのかだァ」

「雪が降る日だった。鬼狩りの指令が下りとある山に向かった」

「続けてんじゃねェ!もういい、テメェごと斬る」

 

 実弥は真相を聞くことを諦め、義勇ごと虎杖を斬ろうと力を込めた。その時、これまで沈黙を守っていた虎杖が困ったような表情をして口を開いた。

 

「あのー、もしかして俺が"宿儺の指"とかいうやつを食べちゃったから喧嘩してんの?」

 

 虎杖の声を聞いた実弥の顔は驚愕に染まる。

 

(どうなってんだァ!?こいつ、自我を保ってんのか!?ただの一般人だぞォ!あの坊主が言ってたがこいつの肉体を見る限り、これまで戦いという戦いをしていない体つきだァ。おそらく本当だなァ。しかもさっきまで山一体どころか山の周囲にまで振りまいていた殺気が一瞬で消え失せた、鬼から人に戻ったっつーならありえる話だァ)

 

 思考は続く。

 

(そもそもこいつはどういう状態なんだァ?一般人が"宿儺の指"を食べたことで鬼化したかと思ったが…あの坊主は宿儺に乗っ取られたと言ってたなァ。つまりただの鬼化じゃない、宿儺が受肉したっつーわけだァ。ということは今のも演技じゃねぇなァ。言い伝えによると宿儺は唯我独尊の自己中野郎、そんな奴が騙し討ちなんてするはずがねェ。雑魚鬼ならプライドの高い奴でも騙し討ちはするが宿儺ほどの強さになってくると死の手前にでもならない限りやってこねェ)

 

 そこまで考えて実弥は試すことにした。

 

「おい、お前」

「あ、俺?」

「名はなんだァ」

「虎杖悠仁だけど」

「十秒だけ宿儺と変われるか」

「いいけど、危なくない?」

「ガキに心配されるほど弱くねェ。冨岡ァ!身の潔白を証明したいなら手伝え」

「禰豆子は鬼となった。それでも兄を」

「さっきからブツブツ言ってんなと思ってたがずっと説明してたのかァ!?だから嫌われるんだよォ!早く構えろォ!」

「俺は嫌われて」

 

ない、と義勇が言い切る前に虎杖の拳が実弥と義勇を襲う。虎杖が、虎杖の体を動かしている宿儺が初撃で吹き飛ばした実弥と義勇を見つめ、先に義勇を仕留めようと追撃を加えため跳躍した。

その横から──

 

「俺を無視してんじゃねぇよォ」

 

"風の呼吸・伍ノ型 木枯らし颪"

 

 実弥の一撃が宿儺の腕を斬りとばす。が、すぐに腕を再生する宿儺。虎杖の体は宿儺に変わったことで変化が起きていた。上半身の服は破れ去っており肌が露わになっていた。そこには先ほどまで無かった痣の紋様が上半身から顔にかけて浮かび上がっていた。目の下にはそれぞれ新たな目が出てきており、その姿を見た実弥は宿儺には()()()()()()()()()あったという話を思い出す。

 宿儺はニヤ、と笑みを浮かべながら実弥に話しかける。

 

「やはり貴様、()()を使えるな?」

「それがどうしたァ」

「貴様は後からじっくり頂こうと思ったのだがな。やはり剣士はいつの時代でも」

 

"水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き"

 

「やっかいだ」

 

"()()()()()()()()()() ()()()()()()()()"

 

 二人の柱が放つ全霊の攻撃が宿儺に当たった衝撃で土煙が辺りに舞う。突如として始まったについて行けず戦いの余波に吹き飛ばされないよう堪えている炭治郎達。終わったのか?と思う炭治郎の耳に実弥の冷静な声が届く。

 

「──八、九、十。時間だぞォ」

「いいや、まだ…!」

 

 まだ戦いを続けようとする宿儺だがその言葉に反して体に浮かび上がっていた痣は消えていく。

 

(クソ!まただ!乗っ取れない!!この虎杖とかいう小僧、一体何者だ!?)

「おっ、大丈夫だった?」

 

 その姿を見て実弥は宿儺を本当に制御できている、と判断し驚愕する。今まで平穏に生きていたはずの一般人が宿儺の力を抑え込んでいるのだ。驚くなという方が無理な話だ。

 

「おい、何ともねぇのか」

「ああ、けど頭ん中であいつの声がしてちょっとうるせーんだよな」

 

 それだけで済んでいるのが奇跡だ、と言い実弥は虎杖に近づいていく。ここまですれば確定だろう。

 

 虎杖は”宿儺の器”だ。

 これまで長い歴史の中で一人として現れなかった逸材。

 今、ここで虎杖を斬るのはあまりにも勿体ない。

 

「ちょっと眠っとけ」

「は…」

 

 虎杖の返事を待つこと無く実弥は虎杖の鳩尾を殴り一瞬で気絶させる。虎杖はそのまま地面に倒れ伏し、実弥は炭治郎の方へ、炭治郎が庇っている禰豆子の方へ向く。ピクリとも動かない虎杖の姿を見て炭治郎は心配の声を上げる。

 

「い、虎杖さん!」

「不死川、何を…」

「こいつは”宿儺の器”になり得るかもしれねェ。お館様の指示を聞く必要がある。だがなァ…テメェを生かす理由はねぇよなァ!」

 

 あせる炭治郎と義勇だったが、どこからともなくやって来た鴉の発する言葉に実弥は刀を止めた。

 

「伝令!伝令!カァァ!伝令アリ!!」

 

 鎹鴉。鬼殺隊の隊士に鬼の居場所を伝えたり、伝来を飛ばすときに利用されているのがこの鴉である。鎹鴉は頭が良く、人の言葉を理解し、穂との言葉を発することが出来る。

 炭治郎達の元へやって来た鎹鴉は、この場にいる者がこちらに意識を向けたのを確認して伝令を伝える。

 

「竈門炭治郎・竈門禰豆子・虎杖悠仁ノ三名ヲ拘束、本部ヘ連レ帰ルベシ!!」

「!何故ですかお館様…!この鬼を許せというのですか…!」

 

 ぎり、と悔しそうに口を噛みしめる実弥。それに対し、義勇はムフフと勝ち誇ったような笑みを浮かべ実弥にこう言い放った。

 

「俺の勝ちだ」

「殺す」

 

 そうして二人は殴り合いを始めてしまい、炭治郎はどうしたらいいと迷い、善逸は戦いが終わったと判断したのか倒れ込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 実弥の報告に耳を傾けていた虎杖は報告が終わると不満そうな顔をしながら実弥に文句を言う。

 

「回想じゃ俺、殺されない雰囲気だったよね」

「殺さないとは一言も言ってねェよォ。そもそもテメェは死ななきゃなんねェんだよォ」

 

 当然、といった感じで返す実弥に虎杖はこれからどうなるのかといった不安が心を占めていた。そんな虎杖にお館様が声をかける。

 

「大丈夫、死刑といっても今すぐ死ぬわけじゃないしそもそも死刑は仮決定されたものだ。今後の処遇は先に済ませたいことがあるからその後でいいかい?」

「そういうことなら別にいいんすけど…」

 

 お館様と呼ばれる男性は虎杖の返事に満足したように頷く。

 

 お館様。鬼殺隊当主。名を産屋敷輝哉という。彼の声、動作の律動は話す相手を心地よくさせる。虎杖が産屋敷に向かって頭を垂れた際に、悪い気がしなかったのはそれが理由である。現在、虎杖たちがいる場所も産屋敷が住む屋敷であり、鬼殺隊の本部でもある。

 

さて、と言い産屋敷は虎杖から視線を外し、炭治郎に視線を向ける。

 

「炭治郎、そして禰豆子の柱合裁判を始めようか」

 

 柱合裁判とは。鬼殺隊の中で最も位の高い九名の剣士達、柱の立ち会いの下、重大な隊律違反を犯した者の処罰を産屋敷と共に決定する場である。炭治郎の場合は鬼である禰豆子を匿っていたこと。どんな事情があろうと、たとえ身内であったとしても悪鬼滅殺を掲げる柱達は許さない。

 

 ”風柱” 不死川実弥

 ”水柱” 冨岡義勇

 ”炎柱” 煉獄杏寿朗

 ”音柱” 宇随天元

 ”恋柱” 甘露寺蜜璃

 ”岩柱” 悲鳴嶼行冥

 ”霞柱” 時透無一郎

 ”蛇柱” 伊黒小芭内

 ”()()” ()()()()()

 

 この九名の柱達が産屋敷と共に炭治郎と禰豆子の処罰を決定する。

 

「始めに言っておくけど、炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そしてみんなにも認めて欲しいと思っている」

 

 産屋敷の言葉にこの場にいる全ての柱が驚愕していた。鬼を狩り人々の暮らしを守る鬼殺隊。その当主が鬼を許せ、と言っているのだ。たとえ産屋敷の言葉でも到底受けいられるものでは無かった。

 

「嗚呼…たとえお館様の願いであっても私は承服しかねる…」

「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など認められない」

「私は全てお館様の望むまま従います」

「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」

「…」

「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ!全力で反対する!」

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門・冨岡両名の処罰を願います」

 

 柱達が口々にそう言う。認めるような発言をした柱もいたが、ほとんどの柱が禰豆子の存在を許そうとしていなかった。これだけでは柱達は納得しないと考えた産屋敷は自信の横に座らせていた娘にある手紙を読ませた。

 その手紙は炭治郎の師、元柱である鱗滝左近次からのものであった。内容はこうである。

 

──炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうかお許しください

──禰豆子は強靱な精神力で飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過いたしました

──もしも禰豆子が襲いかかった場合は竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します

 

 手紙の内容を聞いた炭治郎は涙を流す。

 

 鱗滝さんが冨岡さんが禰豆子に命を賭けてくれている。知らなかった。鱗滝さんとは二年も一緒にいたのに。冨岡さんも二年前に一度会ったきりだ。それなのに禰豆子に命を賭けてくれている。

 この信頼が、期待が、思いが、重い。知っていたはずだ。鬼を連れるとはそれほどのことなのだ。だからこそ俺は殺さなければならない。鬼舞辻無惨を──。

 

 だがこれでも柱達は納得しない。命を賭けたからなんだというのだ、何の保証にもならない。人を食い殺せば取り返しがつかない、殺された命は戻らない。当然の言い分だろう。失われた命は回帰しない。自然の理である。取り返しがつかないのならここで殺した方が人のため、世のためになるだろう。

 納得しない柱達に産屋敷はある言葉を投げかける。

 

「確かにそうだね。人を襲わないという証明が出来ない、証明が出来ない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 禰豆子は人を喰っていないという事実と3人の命が賭けられていること、これを否定するには否定する側にもそれ以上のものを差し出さなければならない。産屋敷の言葉に柱達は口を閉じる。

 産屋敷はさらに続ける。

 

「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

 その言葉に柱達は一斉に口を開き、炭治郎に姿は、場所は、能力は、と捲し立てる。静かになっていた柱達の豹変した姿に炭治郎は驚き、何も言えなくなってしまう。

 産屋敷は柱達の動きを止め、自分の考えを伝える。鬼舞辻が始めて見せた尻尾、これは好機だ、おそらく鬼舞辻にとっても予想外の何かが起きている。

 産屋敷の考えに、ほとんどの柱は納得しかけていた。今まで動かなかった戦いがついに動こうとしているのである。お館様の判断を信じても良いのではないか、そう考え始めるが一人、異を唱える者がいた。

 風柱・不死川実弥である。

 

「わかりませんお館様。人間ならば生かしておいてもいいが鬼は駄目です。承知できない」

 

 実弥はそう言い、自身の血を禰豆子に見せ人を喰らう証明をしようとし、刀で自分の腕を斬ろうとした。そこへ今まで傍観していた虎杖が口を挟む。

 

「じゃあさ、俺の血を見せたらいいんじゃねぇの?鬼は宿儺の力を取り込みたいんだろ。だったら”宿儺の指”を喰った俺を炭治郎の妹も喰いたいんじゃねぇの?」

 

 虎杖の言葉に一理あると考える実弥。虎杖は鬼とは違い人間だ。鬼ならば”宿儺の指”を取り込み、宿儺の力を自身の力へ変えてゆく。だが人間である虎杖にそんなことは出来ない。虎杖は”宿儺の指”を取り込みはしたがその力を取り込みはしていない。代わりに宿儺が虎杖という肉体を手に入れたのだ。

 

 つまり、()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()

 

 血を飲むだけだと宿儺の力をそのままとまではいかないが、その一端を手に入れることは出来るだろう。その力に順応出来るかどうかは別だが。

 

 実弥は自身の稀血と虎杖の血、どちらで禰豆子が人を喰う証明を使用か考える。考えは一瞬で固まった。

 

「テメェの血は必要ねぇよ」

 

 そう言い、実弥は禰豆子が入っている木箱を刀で禰豆子ごと突き刺す。木箱に出来た穴へ、自身の腕を切り、血を流し込む。

 

「禰豆子ォ!」

「おいおっさん!やりすぎだろ!」

 

 禰豆子が刺されたことで炭治郎と虎杖は怒り、炭治郎は実弥を止めようと動こうとする。しかし、炭治郎の隣にいた蛇柱・伊黒小芭内が炭治郎を上から押さえつけ動きを止めさせる。さらに肺を圧迫させ呼吸を使えないようにし、万が一にも抜け出せないようにする。

 

 実弥が虎杖の血では無く、自身の血で証明するのには理由がある。人を喰わないという言い分に対して否定するには、否定する側が対価を出さなければならない。虎杖はそもそも人を喰わないという言い分に否定していない。だから実弥が自身の血で証明しなければならない。

 また、実弥の血も稀血という特殊な血だ。生物に流れる血には種類系統がある。その数ある血の中で数少ない珍しき血、それが稀血である。稀血の中でも珍しければ珍しいほど、稀血を一人喰っただけで五十人、果ては百人喰ったのと同じだという。

 そんな血であれば禰須子が人を喰う証明をするには十分適しているだろう。

 

「不死川、日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は出てこない」

 

 日なたで禰豆子を外に出そうとする実弥を見て、小芭内がそう助言する。産屋敷に屋敷に入る旨を伝え、禰豆子の入った木箱を持ち、屋敷内に入る。すると禰豆子は木箱から出てきて、実弥を喰らおうと少しずつ近づいていく。

 

「禰豆子…!駄目だ…!」

「…伊黒さん、強く押さえすぎです。弛めてください」

「動こうとするから押さえているだけだが?」

 

 炭治郎を押さえ続ける小芭内に力を抑えるように言う花柱・胡蝶カナエ。小芭内の言葉を聞き、力を弛めそうにないと感じたカナエは呼吸を使おうとする炭治郎に注意する。

 

「竈門君。呼吸を圧迫されている状態で呼吸を使うと血管が破裂しますよ」

「グゥゥウ」

 

 それでもやめない炭治郎。限界を超え、自身の手首を縛っていた縄を引きちぎる。そして血管が破裂する直前に炭治郎を押さえつけている腕を義勇が上へ持ち上げ炭治郎の拘束を解かせる。

 動けるようになった炭治郎は産屋敷が座っている縁側まで駆け寄り、そこから禰豆子の名を呼ぶ。

 

「禰豆子!!」

 

 炭治郎の呼びかけに禰豆子はある思いを思い出す。

 

『人は、守り、助けるもの』

 

『傷つけない、絶対に傷つけない』

 

 殺された家族、生き残った兄、鬼となった自分。これまでのことを思い出し、禰豆子は自分のすべきことを実行する。

 

「…これで禰豆子が人を喰わないという証明が出来たね」

 

 禰豆子は実弥に差し出された稀血を前にそっぽを向き、自分が入っていた木箱に戻っていく。産屋敷は炭治郎へ証明して欲しいという。炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えるということ、役に立てるということを。

 期待してくれている産屋敷へ炭治郎は答えるように宣言する。

 

「俺は…俺と禰豆子は稀舞辻無惨を倒します!必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

「今の炭治郎には出来ないからまず十二鬼月を倒そうね」

「…はい」

 

 産屋敷に冷静に返された炭治郎は恥ずかしくなり顔を赤く染める。

 

「鬼殺隊の柱には抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて視線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は優遇され尊敬されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気を付けるように。悠仁もね」

「…はい」

「うす」

「これで炭治郎の話は終わり。炭治郎と禰豆子は下がっていいよ」

 

 産屋敷の言葉にでしたら、とカナエが炭治郎と禰豆子を自身が住む蝶屋敷で預かると言った。連れて行ってください、と言うカナエの言葉にどこからともなく隠がやってきて炭治郎と禰豆子が入った木箱を担ぎ、あっという間に去って行った。

 

 事後処理部隊、隠。鬼殺隊と鬼が戦った後の後始末をする部隊。カナエの指示に従ったように雑用もこなす。構成する隊員は剣技の才に恵まれなかった者達がほとんどである。

 

 隠が去る直前に産屋敷は炭治郎に何かを言い、隠が去ったのを確認して話を進める。

 

「それじゃあそろそろ悠仁の裁判を始めようか」

 

 虎杖ゴクリ、と喉を鳴らす。自身の今後が今から決定されるのだ。虎杖は緊張の眼差しで産屋敷を見つめる。

 産屋敷は指を三本立てる。

 

「悠仁の処遇は三つ考えている。一つ、今取り込んでいる一本の"宿儺の指"と共に死ぬ。二つ、全ての"宿儺の指"を取り込んでから死ぬ。三つ、宿儺の力を完全に制御し鬼殺隊として生きていく。ちなみに悠仁はどの道を選ぶ?」

「どの道って、そんなの三つ目選ぶに決まってるでしょ」

「お待ちくださいお館様!こいつは指を全て取り込ませてから殺すべきです!」

「不死川の言う通りです!"宿儺の指"を取り込んだ以上、生かす必要は無い!三つ目の選択肢などあり得ない!」

「嗚呼…私も同じ意見であることを申し上げる…虎杖悠仁は器なのです…全ての"宿儺の指"を取り込ませてから殺すのがよろしいかと…」

 

 産屋敷の言葉に難色を示す実弥と炎柱・煉獄杏寿郎、岩柱・悲鳴嶼行冥。この三人は意見が一致しているのか産屋敷が掲示した二つ目の選択肢を推していた。

 この三人の言い分に小芭内と音柱・宇随天元が異を唱える。

 

「どうやらそこの三人は死刑までの期間をつけるようだな。殺すのは賛成だが何故今すぐ殺さない?先ほどの小僧は否定する材料が無かったからこの場は見逃しただけだ。だがこいつは違う。こいつは"宿儺の指"を取り込んで半日しか経っていないから宿儺に乗っ取られないという実績が無い、命を掛けてくれる人間もいない。ならば今すぐ殺すのが一番だ」

「そもそも不死川が鬼は滅殺すべきだと派手に言ってたよな。だったらこいつこそ殺すべきだろうが。"宿儺の指"を派手に喰ってんだぞ」

 

 小芭内と天元の言葉に苛立つ実弥。言い返そうとするがそこへ産屋敷が口を挟む。

 

「そうだね。みんなの言う通りだ。でも私は実弥、杏寿郎、行冥の言葉を、そして悠仁の意思を尊重しようと思う」

「お館様、この三人を特別扱いすると仰っているのですか。何故です、俺にはわからない。確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれない。だがそれだけでこの爆弾を放置していいのか」

「そうだね、小芭内の言うとおりだ。鬼殺隊で呪力を発現できたのは実弥と杏寿朗、行名だけだ。呪力は宿()()()()()()()()と言われる力。宿儺が全盛の頃、宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いわば宿儺の力の一端とも言える。その力を持つ実弥が実際に宿儺と相対し、宿儺の力は全て消滅させなければならないと判断した。この意味がみんなもわかるね」

 

 虎杖の食べた”宿儺の指”は本来、呪力を周囲に発していた。鬼は呪力に寄せられ、魅せられ、狂い、凶暴化する。そして人々への被害は拡大する。そこにあるだけで、危険。

 

 指を斬ろうとしても呪力に阻まれ、破壊することは出来ない。

 ”宿儺の指”を消滅させる方法は一つ。

 

 ”宿儺の器”に指を取り込ませ、殺す。

 

 ”宿儺の器”とは宿儺の力に体が崩壊することなく、取り込むことが出来る人間のことである。指を取り込んだ鬼を殺した場合、通常の鬼を殺したときと同様に鬼の体は塵になって消滅し、”宿儺の指”だけが残る。しかし指取り込んだ人間が死ぬと中の宿儺死に、”宿儺の指”は消滅する。鬼は取り込んだ指から呪力を供給し、己の力とする。指の全てを吸収できるわけではないのだ。だから鬼が死んだとき、体は消滅し、強すぎる力を持つ”宿儺の指”が残るのだ。しかし人間は違う。人間は死んでも塵にならない。だから()()()()()()()()()()宿()()()()()

 

 数百年前、宿儺が指を遺して死に、”宿儺の指”となった後、呪力を扱える人間は指の危険度を理解し、呪力でもって”宿儺の指”から溢れ出す呪力を封印した。しかしそれも完全なものではなく、数百年の時を超えて封印は解かれ始めた。虎杖の村で起きた事件も始まりに過ぎない。

 

 ここから始まるのだ。混沌とした時代が。

 

 

「だから今は見逃せと仰るのですか。そんな地味なこと、俺は出来ない」

「天元の気持ちもわかる。でも今後”宿儺の器”が現れる保証はないだよ。今回の一件を見る限り封印も解かれ始めてる。これ以上被害が出る前に宿儺とはここで決着をつけなければならない。だけど私は悠仁に生きていて欲しい。もし、宿儺の力を完全に制御出来たのならば、停滞していた歴史は動く、だから悠仁には特例で鬼殺隊に入ってもらおうと思っている」

 

 産屋敷の考えに驚く一同。しかし柱達はさらに驚くことになる。

 

「俺をこの小僧が使いこなす?あり得ないな」

 

 瞬間、虎杖の頸に実弥と杏寿朗、小芭内の刀が触れ、それ以外の者は産屋敷の盾となり、刀を構える。

 

「は…!?いや、今の俺じゃねぇよ!」

「悠仁、ずいぶんと愉快な体になっているね」

 

 虎杖の顔を見て産屋敷は驚き、面白い者を見たと笑う。今の言葉は確かに虎杖から発せられていた。しかし口にしたのは虎杖ではない。虎杖の頬には小さな口が出来ておりそこから発せられていたのだ。

 

「産屋敷一族を目にするのは初めてだな」

「おや、私達を知っているのかい」

「当然だ、()()()()()()もな」

 

 産屋敷と虎杖の頬から口を出した宿儺が話す。その隣で小芭内が虎杖に小言を言っていた。

 

「何をしているその口を早く閉じろ。器なのだろう、早くしろ。これだから”宿儺の指”を喰おうとする馬鹿は信じられないんだ」

「いやそんなこと言われても…」

 

「それで?この小僧が俺を使いこなすと?()()()()()()()()()()()()。今から試そうじゃないか」

「さすがに宿儺相手には隠せないか。行冥、”宿儺の指”を」

「御意」

 

 産屋敷の言葉に行冥は懐から一本の”宿儺の指”を出す。

 

「今、鬼殺隊が保有する宿儺の指は六本。その内の一本がこれだ。今からこれを悠仁に食べてもらう。悠仁が君を抑え込めば悠仁は”宿儺の器”として優秀だと証明される。もし、宿儺が出てきてもここには柱が九名いる。指二本分、十分の一の力しか出せないとなるとたとえ宿儺でも不利だろう」

「確かにそうだな、()()のある者が数人いる。これはなかなか楽しめそうだ。しかし貴様のその強気の行動はこの小僧が俺を抑え込めるという”勘”か?」

「いいや、これは”確信”だよ」

 

 産屋敷は行冥、といい虎杖に指を食べさせるよう指示する。

 

「なんつーか、改めてみると気色悪いんですけど」

「関係ない…喰え…」

「へいへい」

 

 虎杖は差し出された指を躊躇わず飲み込む。ゴクン、と喉を鳴らすと虎杖の体には痣がうっすらと浮き上がり、周囲に圧がかかる。その様子に柱達は最大限の警戒をするが、すぐに圧は消え、体に浮かび上がっていた痣も消える。

 

「まっず」

「ふふ、みんな見たかい。肉体の耐性だけじゃない。宿儺相手に難なく自我を保てる精神力。みんなも納得してくれるね?」

 

 産屋敷の全てに指を取り込めせるという提案には全ての柱が納得した。しかし、生かしておくのは承知出来ない、と実弥が声を挙げた。

 

「指を全て取り込ますのはいいが生かしておくのは違います。そもそも今宿儺は十分の一の力しか出せていないのです。全ての指を取り込み、宿儺が全ての力を取り戻してもこいつが耐えうるかは分からない」

「それについては問題ないと思うよ。自我を保つのには肉体の強さは関係ない、精神力の強さが関係する。精神力の強さは宿儺が力を取り戻そうが変わらないよ。今、現段階で宿儺相手に自我を保てている時点で”宿儺の指”を何本取り込もうが変わらないよ」

 

 産屋敷の言葉に実弥は言い返せず、生かしておくことに反対していた他の柱達も納得した。その様子に産屋敷は満足そうに頷き虎杖に最後の確認をする。

 

「悠仁、これから君には”宿儺の指”の捜索をしてもらうことになる。指を探すとなれば凄惨な現場を見ることになるかもしれないし、君がそうならないと言ってあげられない。最後になってすまないけど、覚悟はいいかい?」

「…覚悟は出来てないよ。今まで普通に生きてきたのに何でこんなことしなきゃいけないんだって思うよ。でも指による被害は放っとけねぇ」

 

『お前は強いから、人を助けろ』

 

「本当面倒くせぇ遺言だよ。宿儺は全部喰ってやる、後は知らん」

 

『オマエは大勢に囲まれて死ね』

 

「テメェの死に様は決ってんだわ」

 

 

「…そうか、わかったよ。まず悠仁にしてもらうことは二つ。一つは鬼との戦い方を知ること。もう一つは呪力を身につけること。一つ目は蝶屋敷で行ってもらう。二つ目は実弥が教えてあげて欲しい。カナエ、実弥いいかな?」

「御意」

「御意」

「これで悠仁の話は終わり。下がって良いよ」

 

 産屋敷の言葉に隠が再びどこからともなくやって来て、地面に寝そべったままの虎杖を担ぎ、あっという間に去って行く。

 

「そろそろ柱合会議を始めようか」

 

 

 

***

 

 

 

「なぁそろそろ降ろして縄といてくんねぇ?結構きついんだけど」

「もうすぐ着くから我慢しろ!お館様はああ仰ってたがオマエのことまだ怖いんだからな!?むしろ俺を褒めて欲しいわ!」

「えー…」

 

 なんやかんやあり、隠と虎杖は蝶屋敷に着く。

 

「なぁ、蝶屋敷ってなんなの?」

「花柱・胡蝶カナエ様の持つ屋敷だよ!」

「なんでキレてんの…?花柱っつーとあの尻と身長のでかかったあの女の人かな…」

「おまえ!そういうことは絶対にしのぶ様の前で絶対に言うなよ!殺されるぞ!!」

 

 蝶屋敷に入ってからとんでもないことを言った虎杖に対して怒る隠。それに対して怒られた理由が分からない虎杖は周囲を見渡していた。

 屋敷は広く、庭には大きな池があった。庭に生えている木も手入れされており、第一印象がきれい、と感じたほどだ。そして最も特徴的なのが蝶だろう。一匹二匹ではなく庭だけで十匹以上いる。それが蝶屋敷と呼ばれる所以なのだろう。

 

 あたりを見渡す虎杖に余計なことなするなという視線を送る隠。その二人へ蝶の飾りを頭につけ、蝶のような羽織を着た女性が一人、近づいてきた。

 

「どなたですか?…ってその人の縄何なんですか!?犯罪でも犯したんですか?ここには牢屋はありませんよ、他を当たってください」

「し、しのぶ様!こいつは虎杖悠仁といってしばらくここで預かって欲しいとお館様より承っております」

「そうですか…いやでもその縄は一体…何をやらかしたんですか?」

「いや…それは私の口からは…」

 

 そこまでいい隠は後は宜しくお願いします!と、言い残し走り去っていく。取り残された虎杖としのぶという名の女性。虎杖はとりあえずしのぶにあることを頼むことにした。

 

 

「この縄、解いてくんない?」

「駄目」




一話の冒頭を変更しました。
変更前のものを閲覧した方は見て頂けると幸いです。


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蝶屋敷

遅くなりました、すいません。
あと今回は少し短いです。


「はァァア!?"宿儺の指"を食べた!?気持ち悪っ!衛生観念どうなってんの!?ほんとにこの人ここに置いておくの姉さん!」

「しのぶ、大丈夫よ。虎杖君が"宿儺の器"というのは証明されてるから急に暴れ出すこともないわ〜」

「だからってこんな得体の知れない男をここに置いておいたらなほ達にどんな悪影響があるか…!」

「俺だって傷ついたりするぞ」

「あなたは黙っててください!私は姉さんと話してるんです!」

「すげえ理不尽」

 

 蝶屋敷、その一室にてしのぶが虎杖の処遇について、柱合会議から帰ってきた姉のカナエに聞いていた。虎杖が”宿儺の指”を食べたこと、器として今後は指を探すこと、そのために蝶屋敷で鬼との戦い方の教育をすること。しかし、しのぶはそのことに猛反発していた。

 

「そもそも鬼との戦い方なんて育手の方に頼めば良いじゃ無い、どうして私達が教える必要があるの!?」

「そうね、でも虎杖くんには今すぐにでも指の捜索をして欲しいの。今から育手のところに行ってそこで鬼との戦い方を教えるのだと遅いの。だったら近くの蝶屋敷で待機してたしのぶに任せた方が良いじゃない」

「それは…というか私が教えるの!?」

「そうよ?私はここにいる人達の看護や見回り、鬼狩りの任務があるから教えられる時間があまりないの」

「うっ、確かにそうだけど…私だってここでのんびりしてるわけじゃないわ!任務だって…」

「お館様がしばらくしのぶには任務を出さないって言ってたわよ」

「そこまでして…はァー、もう、わかったわよ」

「じゃあ後はお願いね~」

 

 そう言い、カナエは蝶屋敷に運び込まれた患者の様子を見に行った。カナエが去ってからしのぶは虎杖に向き直り、口を開いた。

 

「私は姉さんのように甘くありませんから」

「あー、そう」

 

 終始、しのぶに押されっぱなしだった虎杖はそう答えることしか出来なかった。

 

 

 

***

 

 

 

 虎杖はしのぶに連れられながら蝶屋敷の中を歩いていた。そこへ虎杖は聞き覚えのある声を聞く。

 

「ギィイヤァアアア!!痛い痛い痛い!なんで足折れてんの!?てかここどこなの!?だれか助けてぇえええ!」

「この声…!」

「あっ、ちょっと勝手に行かないでください!」

 

 しのぶの制止の声を聞かず、声のする部屋に入っていくと先ほど患者の様子を見に行ったカナエと山で会った善一、伊之助、そして炭治郎がベットにいた。

 

「我妻くん大丈夫!?足が痛いの?処置を間違えたかしら…ごめんね、すぐに痛いのはなくなるからちょっと待っててね」

「あんた誰…!!!いえ!もう大丈夫です!!全然痛くありません!!」

「そう、ならいいけど…。我慢しちゃ駄目よ?」

「はい!!」

「あいつ何やってんだ…」

 

 善一の様子に呆れる虎杖。虎杖が部屋に入ってきたことに炭治郎が気付き声をかける。

 

「虎杖さん!虎杖さんも蝶屋敷に来たんですね!」

「ああ、竈門達は治療してもらいに来たのか」

「そうなんですけど…」

 

 そう言い、炭治郎は善一の方へ向く。そこでは「うふふ~、あはは~」と笑う善一がいた。

 

「苦労してんだな」

「いえ、俺は長男なのでこれぐらいはなんともないです」

 

 炭治郎の長男理論に虎杖は疑問に思うがすぐに切り替え、伊之助の方へ視線を向ける。

 

「ゴメンネ、弱クッテ」

「で、あっちは」

「自分だけ先に気絶してたから落ち込んでるみたいです」

 

 そうか、といいやっぱ苦労してんな、と思う虎杖。そこへしのぶが虎杖の方へ怒りながら近寄ってくる。

 

「虎杖君!勝手に行かないでください!」

「いやー悪いな、気になったもんだからつい」

 

 炭治郎に何をやらかしたんですか、という視線を向けられ虎杖は居心地が悪くなる。

 

「もう…姉さんごめんなさい」

「いいわよこれくらい、それに虎杖君も心配だったみたいだしちょうど良かったんじゃない?」

 

 しのぶはカナエに宥められ、落ち着きを取り戻す。カナエに失礼しますと言い、虎杖を連れ部屋を去って行く。

 

「竈門、またな」

「はい、次はゆっくり話しましょう」

 

 

 

***

 

 

 

 虎杖はしのぶに連れられ、蝶屋敷の敷地内にある訓練場に着く。ここでは蝶屋敷で治療を受けたものが鈍った体を元に戻すための訓練を行っている。しかし、今は炭治郎達しか大きな怪我人はいないためか訓練場にいるのは虎杖としのぶだけである。

 

「さて、まずはあなたに鬼の基本的な知識を伝えます。まず、鬼について知っていることはありますか」

 

 虎杖は山に向かう途中、炭治郎から聞いたことと山で遭遇した鬼の様子を思い出し、答える。

 

「人を喰う、強い、死なない、なんとか刀ってので頸を斬るか太陽に当たらないと死なない」

「日輪刀、ですね。ほとんど知ってるじゃないですか。じゃあ鬼の増え方については?」

「うーん、分かんない」

「鬼の首魁、鬼舞辻無惨の血を取り込むことで鬼となり、増えていきます。そのため鬼殺隊は鬼を狩り、鬼舞辻無惨の頸を斬ることを最終目標としています」

「へー、しゃあ宿儺も無惨ってのに血を分けられて鬼になったの?」

「宿儺が鬼である以上、そのはずですが…というか宿儺に聞けばいいんじゃないですか?」

「そうだな、おーい宿儺ァ」

 

 虎杖が呼びかけるも宿儺はピクリとも反応しない。

 

「本当に制御出来てるんですか?」

「いや仕方ないじゃん、いうこと聞かすことまでは出来ねえよ」

 

 しのぶはハァー、と溜息をつき虎杖に言う。

 

「宿儺に関しては不死川さん、煉獄さん、悲鳴嶼さんが詳しいはずです。不死川さんに呪力、でしたっけ。それの扱い方を教わる時に宿儺について聞いてください」

「あの白髪のおっさんか」

「あなた不死川さんの前で絶対そんなこと言わないでくださいね」

 

 殺されますよ、と言いったしのぶはそういえば、と何かを思い出し口を開く。

 

「今更ですが自己紹介をしておきましょう。私は胡蝶しのぶ。階級は甲です。敬ってくれてもいいんですよ」

「俺は虎杖悠仁。好みの女性は尻と身長のでかい人っす。カナエさん、だっけ?みたいな人が好みです。よろしくおなしゃす」

「は?」

 

 突然の告白に額に青筋を立てるしのぶ。虎杖で新作の毒の実験をしようかと考えるしのぶだが、相手にしてはいけないと深呼吸をし、鬼との戦い方を虎杖に教える。

 

「私達鬼殺隊は"呼吸"という特殊な戦闘技術で鬼と戦います。ですがどうやらあなたは頭が悪く、恐ろしいまでに鈍く、あと馬鹿なので呼吸法の習得は諦めた方がいいでしょう。ですが心配はありません、あなたの小さな脳でも理解できるように説明してあげます」

「おーい、怒りを抑えきれてないぞー」

「理由はあります。一つは短期間で鬼と戦えるようにしなければならないから。指の捜索にはきっと宿儺が協力してくれると思います。宿儺も力を取り戻したいはずですから。ですが、指がある所には鬼も寄せられるので、鬼と戦わなくてはなりません。鬼と戦うには呼吸の習得が必須、だというのに短期間で鬼と戦えるようにならなければなりません」

「呼吸を使わなくても日輪刀を使えばいいんじゃないの?」

「その日輪刀を扱うために呼吸が必要なのです。刀はあなたが思っている程扱うのは簡単ではなく、常に精密な動作が要求されます。そこで呼吸をすることによって身体は強化され、鬼と戦っている最中でも刀を振るうことができます」

「なるほど。じゃあ俺はどうやって戦うことになんの?」

「そこで私です。私ならあなたを鬼と戦えるようにすることが出来ます。きっと姉さんもお館様もこれを見越して私に頼んだと思います」

「刀以外でも鬼を倒せんのか」

「毒です」

「毒?」

「この刀を見てください」

 

 そう言いしのぶは帯刀していた日輪刀を鞘から抜き、刀身を虎杖に見せる。

 

「どう思いますか?」

「どうって…そんな細くて頸斬れんの?」

 

 そう、虎杖が言ったようにしのぶの刀は細く、これで頸を斬れるとは思いない形となっている。

 

「私には鬼の頸を斬れるだけの力がありません」

「じゃあどうすん…あ、それで毒か!」

「そうです。この刀は見てわかるように斬るのではなく刺すことに特化しています。そして刀身に毒を塗ることで鬼に毒を流し込み、殺します」

「でも鬼って毒で死ぬの?」

「通常の毒では死にません。私の使う毒は藤の花という鬼が苦手な花から抽出した成分を利用して毒に転用します。他にも様々な毒がありますがこの毒は下弦の鬼を殺した実績があります」

「ふーん、でも俺、刀持ってないよ」

「拳に塗ったらどうですか?」

「いや、それ毒だよね。拳が溶けたりしないの?」

「毒だからといって溶けたりしませんよ。それに考えても見てください。あなたはある種の猛毒である"宿儺の指"を取り込んでもなんともないんです。きっと、おそらく大丈夫でしょう」

「いや、そこは自信持って言ってくんない!?」

「実際どうなのか試すのでこの毒を飲んでみてください」

「飲むの!?」

 

 心配する虎杖に対し、しのぶは淡々と懐から取り出した毒の入った小瓶を虎杖に渡す。

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

「私の見立てが正しければ」

 

 うーん、と唸る虎杖。しかしそれも一瞬。すぐに決心したのか虎杖は小瓶の蓋を開け、口の中に毒を流し込む。

 

「……どうですか?」

「うーん、特に何も……」

「そうですか。この毒は即効性で、毒の触れた箇所から細胞が死に、徐々に身体が崩れ落ちるものなのですが……」

「怖っ!そんなもの飲ませたの!?」

 

 もっと強力な毒を作る必要がある。そう考えるしのぶ。そこへ虎杖が、否、宿儺がしのぶに声をかける。

 

「いい毒だ、小娘」

「あっ!お前何勝手に喋ってんだよ!」

「……あなたが宿儺、ですか」

「そうだ。昔、毒を使う剣士と戦ったことがあるがここまで強力なものではなかった。褒めてやる」

「その強力な毒が効いてないように見えますが?」

「確かに強力だ。だがその程度で俺は死なん。それどころが上弦とやらにも効かんぞ」

「へえ、恐怖の象徴ともあろうものが一端の人間に世話焼きですか。暇なんですね」

「この小僧はつまらんからな、外に興味が湧く」

「私に興味がおありで?」

「さて、どうだろうな」

 

 その言葉を最後に宿儺は口を閉じ、以降喋ることはなかった。

 

「……あなた、よくあんなのと一緒に生きていられますね」

「え、死ねって?」

「そうじゃないです。はァ、無駄に疲れました。今日のところはここまでです。あなたも先日の疲れが取れてないでしょうし、あとはしっかり休息を取ってください。明日から本格的な訓練に移ります」

「押忍」

 

 

 

***

 

 

 

 しのぶが虎杖に課す訓練は主に毒の扱い方と戦闘指南である。毒の扱い方は言わずもがな、戦闘指南は戦闘中の身体の使い方である。足の運び方から戦闘の組み立て方。鬼の弱点や鬼の行動指針、そこから生まれる隙。鬼との戦い方をしのぶの知る限り虎杖に教えていた。

 

 そして、訓練が始まってから一ヶ月が経った。

 

「虎杖君、どうしてあなたはそこまで強いんですか……」

「丈夫な身体に産んでくれた親に感謝だな」

「本当ならあなたの身体を解剖してその強さの秘密を知りたいところですが……」

「いや何言ってんの」

 

 しのぶの持つ医務室で話す虎杖としのぶ。

 しのぶの言う通り、虎杖は強かった。もともと戦闘センスが高く、しのぶの教えたこともすぐに飲み込み、自身の力とする。正直、しのぶは虎杖に教えることはもうないと考えていた。

 

「こちらが新作の毒です。腕に塗ってみてください」

「そんなお菓子作ったみたいな感覚で言わないでよ。やるけどさ」

 

 虎杖はしのぶから毒を受け取り、指示通り毒を腕に塗る。しばらくしても毒による影響がないと悟った虎杖はしのぶに自慢げに言う。

 

「今回も俺の勝ちだな、胡蝶さん」

「やはり、効きませんか」

「ま、俺の秘めたる才能が?爆発しちゃった的な?」

「毒に耐性があるだけであなたに才能はこれっぽっちもありません。剣士の才能も」

 

 戦闘の才能を除いては、と言う言葉を心の中で付け加えるしのぶ。

 実際、虎杖は戦闘に関する才能はずば抜けている。前述したように虎杖はしのぶの教えを僅か一週間でモノにし、さらに常人離れした身体能力。そこへ宿儺の力。宿儺の力は未だに制御出来ていないがもし、出来るようになれば下弦の鬼は勿論、上弦の鬼、更には鬼舞辻無惨の頸へ届き得る可能性がある。宿儺の力を制御できれば虎杖はまさに、鬼殺隊の鬼札となる。

 しかし、虎杖には致命的な問題がある。それは──。

 

「呼吸が使えないとなると今後、鬼と戦うのは厳しくなってきますね」

 

 虎杖は呼吸が使えない。しのぶは虎杖の身体能力、飲み込みの速さからもしかすると短期間で呼吸を習得出来るかもしれない、そう考え、虎杖に呼吸の訓練を行った。

 しかし、虎杖は呼吸を習得出来なかった。二、三週間で習得しろというのも酷な話だがそういう問題ではないとしのぶの勘が告げていた。虎杖の常人離れした身体能力、その代償として呼吸が使えない身体となっているのか、それとも宿儺という不安分子が邪魔しているのか、それとも──。

 

「私の毒も下弦には効きますが上弦に効くかどうかはわかりません。宿儺のいう通り上弦に効かないのであれば毒以外の戦い方も考えなければなりません。そこで呼吸を習得して欲しかったのですが……霞柱様の様な剣士の才能は無かったみたいですね。聞いてますか?虎杖君」

「才能ナシ……刀持ってカッコよく戦いたかった……」

 

 才能なしという言葉にひどく落ち込む虎杖。その様子を呆れた目で見つめるしのぶ。そこへ医務室の扉から扉を叩く音がした。

 

「しのぶ、ちょっといいかしら」

「あ、姉さん。入って入って」

 

 しのぶの言葉を聞き、医務室へ入ってきたのはカナエと実弥だった。

 

「あ、カナエさんと……不死川さん、だっけ?」

「え、か、風柱様!?どうしてここに!?」

「何だァ、ここにいちゃ悪いのかァ?」

「い、いや、そういう訳では……姉さん、一体…?」

「不死川さんが虎杖君に稽古つけるみたいなの、だからここまで案内してたの」

 

 後はお願いね〜、とカナエは言い、医務室から出て行った。

 

「器のガキ、行くぞ」

「え、どこに」

「決まってんだろォ。指の捜索だァ」

 

 不死川は不機嫌そうに言い、虎杖を連れて医務室から出て行った。

 

 

***

 

 

 

 虎杖と不死川が屋敷の廊下を歩いていると正面から見覚えのある人が走ってきた。

 

「チッ、鬼連れの坊主かァ」

「お、竈門。どしたの」

「悠仁!話は後で!俺は今からこの人に頭突きをしなきゃいけない!」

 

 は?と虎杖が口をポカンと開ける。そんな虎杖に構わず炭治郎は大きく踏み込んで頭を振りかぶった。

 

「んなもん当たる訳ねェだろォが」

「ぐえっ」

 

 炭治郎の渾身の頭突きはすんなり躱され、その上足を引っ掛けられ炭治郎は勢いよく転んだ。

 

「坊主ゥ、何しに来たァ」

「妹があなたに刺されたのでその分頭突きをしに来ました!」

「そうかいそれはご苦労なこった。とっとと消えろォ」

「いや、あれはどうかと思うぞサネミン」

「器のガキはすっこんでろォ。あと次それ言ったら殺す」

「サネミン!俺はあなたを柱とは認めない!むん!」

「殺されてェのか?殺されてェんだな?よォしわかったァ。殺す」

 

 手をゴキッと鳴らしながら怒りの表情を浮かべる不死川は炭治郎に近づいていく。虎杖が対処間違ったかなと反省していると前方からカナエがやってきた。

 

「あらあら〜、騒がしいと思ったらサネミンさんですか。ここは怪我人を治療する施設であって怪我人を出す施設ではないんですよ」

「どいつもこいつもォ……!」

「ここで暴れるようならあなたはここに立ち入り禁止になってもらう他、好物がおはぎだということをバラしますよ〜」

「サネミンさんはおはぎが好きなんですか!俺も好きですよ!妹に謝ったら仲直りの印として俺がおはぎを作りますよ!」

「……」

「ちょ、あんたら、煽りすぎっ……ぶふっ」

 

 その後、暴れ回る実弥を三人で必死に抑えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 実弥が落ちたを取り戻し、指の捜索に向かうため蝶屋敷を出発しようとしたところカナエが実弥に謝罪する。

 

「ごめんなさいね、楽しそうだったからつい」

「次巫山戯たら胡蝶でも殺す」

「あらあら〜、それは気をつけないとね」

 

 でも、とカナエは付け加える。

 

「禰豆子ちゃんのこと、謝ったらどう?一ヶ月ここで監視してたけど彼女は紛れもなく人間よ。人を襲おうなんてしなかったわ」

「それはここが戦いの場じゃねェからだァ。窮地にこそ人の本性は現れるゥ」

「だから連れて行くの?炭治郎君と禰豆子ちゃんを」

 

 カナエは出発の準備をする炭治郎と禰豆子に目を向ける。

 

「それもあるがなァ、もう一つある」

「何かしら」

「あの坊主は鬼舞辻無惨を殺すと言ったァ、そんな力が本当にあるかここで見極めるゥ」

「もし無かったら?」

「あの鬼を殺す」

「ふうん、でも彼はもう簡単には倒れない強さを持ってるわよ」

「あァ?」

「炭治郎君、全集中の呼吸・常中を習得したわ」

「それがどうしたァ」

「確かに私たち柱には届かない。けど炭治郎君からは可能性を感じるの」

 

 炭治郎という小さな歯車が現れたことで停滞していた状況が大きく変わる。そんな予感。

 

「……くだらねェなァ」

「そう?私は結構期待してるわ」

「カナエさん!不死川さん!準備できました!あと不死川さんは妹に謝ってください!」

「結果を出せェ、話はそれからだァ」

「素直じゃねえなサネミン」

「チッ、もういい行くぞォ」

「待って、よかったらしのぶも連れて行ったらどうかしら?」

 

 しのぶ、とカナエが呼ぶとすぐにしのぶが現れる。

 

「事情は姉さんから聞いてます。指の捜索をするのであれば戦力は多いほうがいいのでは?」

「階級は甲かァ、お前は鬼連れ坊主のサポートをしてろォ。俺は器のガキを見る」

「わかりました」

 

 出発の準備が整い、虎杖と炭治郎は世話になった蝶屋敷の主であるカナエに礼を言う。

 

「カナエさん、短い間だったけどあざした!」

「俺からもありがとうございました!善逸と伊之助のことをよろしくお願いします」

「わかったわ、彼らも全集中の呼吸・常中を習得したら任務に出ると思うから伝いたいことがあるなら伝えておくわ」

「いえ、あの二人は強いのでどんなことがあっても死なずにまた会えると思います。ですので伝えたいことはその時に言います!」

「そう、じゃあ頑張ってね」

 

 その言葉を最後に虎杖、炭治郎、実弥、しのぶの四人は指の捜索へと向かった。




虎杖が訓練した一ヶ月間、虎杖と炭治郎一行は仲良くなっています。
もともと一ヶ月間の行動も書いていたのですが無駄に長くなったので全部消して一ヶ月後に飛ばしました。
ですので、炭治郎が急に虎杖に名前呼びでため口だったシーンはわかりにくかったかもしれないです。
他にも、キャラの口調が変だったり、表現がおかしかったら気軽に言ったください。


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鬼月戴天-前-

 宿儺の指の捜索に向かう虎杖達。その道の途中、虎杖達は藤の花の家紋の屋敷へ寄り、情報の擦り合わせを行なっていた。

 

「指があると思われる町はすぐそこだァ。既に俺が街に行き、指を狙ってた鬼どもは殲滅してるゥ。が、それも時間の問題だァ。すぐに新たな鬼がやってくるはずだァ。その前にとっとと指を見つけるぞォ」

「先に行ってんだったら指の場所は見つかってねえの?」

「そう簡単に見つかったら苦労しねえよ。指の気配がでかすぎてどこにあるのか把握しづらいんだよォ」

「俺の鼻が効かなくなるぐらいですしね」

「炭治郎君、犬みたいなこと言いますね」

「い、犬……」

「指の捜索は俺と器のガキでやるゥ。胡蝶と坊主は町人に被害が出ないように町の見回りだァ。既に隊士を何人か町に送ってるゥ。そいつらと協力しろォ」

「うす」

「はい!」

「わかりました」

 

 戦いの準備を進めていく虎杖達。その最中、虎杖は気になったことがあるのか実弥へ質問した。

 

「ねえサネミン」

「そのふざけた名前はなんだァ」

「え、だってサネミン顔が怖いから渾名は愛嬌のある感じにしたらいいかなって」

「いらねェ心配してんじゃねェ…!」

「わ、悪かったって。そんでさ、カナエさんが言ってたサネミンが俺に稽古つけるっていう話はどうなったんだ?」

「……チッ、事情が変わったんだよォ。本来ならてめェには呪力の扱い方を教えてから指の捜索をさせるはずだったァ。だが指が見つかった以上ォ、そんな悠長なことはしてられねェ。呪力の概念についてだけ教えるゥ。後はどうにかしやがれェ」

「面倒見良いなと思ったけど最後ちょっと雑じゃない?」

 

 虎杖は実弥の言葉に若干心配するが実弥は話を終わらせたつもりなのか虎杖から離れる。そして毒の調合の確認をしようかと考えていたしのぶに実弥が近づく。

 

「胡蝶ォ、わかってんだろォなァ」

「はい、もちろんです」

「そォか、ならいい」

 

 実のところしのぶは炭治郎が連れている鬼、禰豆子のことを信用していなかった。それもそのはず、しのぶと禰豆子はまだ会って一ヶ月しか経っておらず、自身の姉のように鬼への慈悲の心を持っていないしのぶは、禰豆子を信用できるようなものは持ち合わせていなかった。

 そこで今回の任務。指の捜索を行う以上、戦いは必ず起こる。そこで禰豆子がどう動くか、それで判断しようと考えていた。

先程の実弥の言葉、禰豆子か人を襲ったら殺せ。そのような意味が含まれており、しのぶはそれを承諾した。

 炭治郎はこの戦いで証明しなければならない。己の有用性を。禰豆子は人を喰わないと。

 

「不死川様こそ分かってるんですか?」

「あァ?」

「虎杖君のこと、随分と気にしてられるようですが」

「ハッ、宿儺の指を食わせるだけ食わせて最後には殺すようなやつだぞォ。んなわけねェだろォ」

「それにしては虎杖君と仲良くしてるように見えますが……」

「どこ見てんなこと思ってんだァ」

「……いえ何でもありません。謂うまでも無いと思いますが、虎杖君も禰豆子さんと同じ、いつ爆発するか分からない爆弾です。どうかお気をつけてください」

「てめェこそ絆されんじゃねェぞォ」

 

 そんな思惑があることを知らない虎杖と炭治郎は話していた。

 

「悠仁、鬼と戦う方法はあるのか?」

「拳に毒塗って殴る」

「え、それ前も言ってたけど本当だったのか……?」

「おう。竈門の言ってた匂いってやつでわかんなかったか?」

「いや、てっきりしのぶさんに騙されているものかと。悠仁って宿儺の指を食べるぐらい鈍いから」

「竈門ってたまにさらっと毒吐くよな」

「?何言ってるんだ悠仁、人は毒なんて吐けないぞ」

「そういうとこなんだよなー…」

 

虎 杖はがくりと肩を落とし溜息をつく。そんな虎杖を炭治郎は不思議な顔で見つめていた。

 

「そういやさ、妹さんは連れて行っていいのか?」

「ああ、禰豆子とはどこに行くとしても一緒って決めたんだ」

「ふーん、それなら何も言わないけどさ……あんま無茶すんなよ」

「それは悠仁もじゃないか。指があるってことはこの前みたいな戦いになるかもしれないし、それ以上のことが起こるかもしれない。俺は悠仁に生きていて欲しいから無茶しないでくれ」

「そうだな、そんじゃお互いに頑張りますか」

「ああ、頑張ろう!」

 

 虎杖と炭治郎が決意を固めていると実弥が声をかけてきた。

 

「話は終わったかァ」

「うん、終わったよ。俺はサネミンについて行けば良いんだよね」

「やっぱテメェなめてんなァ…?鬼連れのガキは胡蝶の指示に従えェ、ここからは別行動だァ。いくぞォ器のガキ」

「俺、器のガキなんて名前じゃないんだけど」

「奇遇だなァ、俺の名前もてめェが言うふざけた名前じゃねェ」

 

 良い渾名だと思ったんだけどなぁ、と唸る虎杖は不死川の後を追った。

 

「それでは私達も行きましょう」

「はい!」

 

 

 

***

 

 

 

 目的の町へと向かう虎杖と実弥。足を動かしながら実弥は虎杖へ呪力について教えていた。

 

「呪力っつうのは人が持つ負の感情の塊だァ。怒りや憎しみ、後悔、辛酸、恥辱。それらの塊が呪力だァ」

「じゃあ俺も呪力持ってんの?」

「持ってねェ」

「でも俺だって怒ったり辛いことあるよ」

「それだけで呪力が出せれば鬼殺隊はもっと強くなってんだがなァ」

「だったらどうすれば呪力を出せるの?」

「三つ、条件があるゥ。一つ。自分自身、もしくは先祖が宿儺の呪力を直接当てられていることォ」

「それになんか意味あるの?」

「呪力っつうのは宿儺が生み出した力だァ。だから本来人間には呪力を感じることも触れることも叶わねェ。だが宿儺の呪力を直接当てられるとォ知覚することが出来るようになるゥ」

「子孫まで呪力が感じられるようになるのはどうしてなの?」

「呪力、厳密に言えば術式だがてめェにも分かるように言えばァ体に刻まれた呪力は子孫へと受け継がれていくゥ。そして体に刻まれた呪力はァそいつに自然と呪力を知覚させるゥ」

「なーるほどね」

「本当に分かってんのかァ…?まァいい。二つ目はァ寿命を削る必要があるゥ」

「???」

「チッ、説明してやるからァ分かれェ。一つ目の条件では呪力を知覚させるゥ。だがそれだけでは呪力を篭めることができねェ。分かりやすく言えばァ体に呪力を流す孔が開いてねェ。その孔を開くためにィ寿命を削る必要があるゥ」

「呪力を流すために孔を開く必要があるのは分かったけど、その孔ってのを開くためにどうして寿命が必要なんだ?」

「代償って奴だァ。さっきも言ったがァ本来呪力は宿儺が生み出した宿儺だけの力ァ。それを人間が使おうとしてんだァ。寿命を削るほどの代償は必要だァ。それのこれは縛りにもなって呪力量の底上げにも繋がるゥ」

「縛り…?」

「今はそういうもんだと思っとけェ。その内分かるゥ。三つ目はァ、心の底から誰かを殺したいと思うことォ」

「えぇ、なんか嫌だなあ」

「別に殺意じゃなくても感情が強く揺さぶられたらァ何でもいい。」

 

 実弥が呪力についての説明が終わると同時に二人は目的の町へと着いた。

 町へと入ると虎杖は違和感を感じた。町は比較的大きいが、日はまだ沈んでおらず、辺りはまだ明るいというのに人通りは少なく、静まりかえっている。大きい町ということも相まって、不気味さを際立たせている。

 

「人、全然いないね。結構大きい町なのに」

「それはこの町を呪力が覆っているからだァ」

「え、でも人って呪力を感じられないんじゃないの?」

「そうだァ。だがここには何があるゥ?」

「…あ!宿儺の指か!」

「あァ。俺のような人間が使う呪力に人は反応しねェ。だが宿儺の指は別だァ。宿儺本体のように呪力に目覚めさせることはねェが、多少の影響を受けるゥ」

「つまり宿儺の指から負の感情の塊である呪力を受けた町の人達が引っ込み思案になって外に出てこないってこと、だよね」

「そういうことだァ」

「町から指がなくなれば町の人達も元に戻る?」

「戻るゥ。だがてめェはその心配はする必要はねェ、指を探すことだけを考えろォ」

「いや、そういうわけにもいかねないよ。人は出来るだけ助けろって言われてっからな」

「……とっとと行くぞ」

 

 先導する実弥に着いて行く虎杖。

 実弥の足取りは探すにしてはとても速く、指の場所が分かっているような足取りだった。

 

「場所分かってんの?」

「ある程度の目星は付けてるゥ。だがどこかに隠されてるのか俺では探せねェからてめェを呼んだっつーことだァ」

「でもどうやって探すんだ?宿儺言うこと聞きそうにないんだけど」

「てめェは居るだけでいいんだよォ。てめェの中にいる宿儺が近づけば指の方が勝手に反応するからなァ」

「ふーん。じゃあ目星が付いてる場所ってのは町のどこなの?」

「町の中心にある学校だァ」

 

 

 

***

 

 

 

「しのぶさん、昼なのに町へ入ってくる鬼を見張る必要あるんですか?」

「ありますよ。不死川様が言うには鬼の中には太陽の下を歩けるようにする血鬼術を扱う鬼がいるそうです。私達はその対応をします」

「太陽の下を歩けるんですか!?」

「厳密に言えば結界を張る術らしいので一定の範囲内、それも長くて二、三時間程しか結界を維持出来ないみたいです」

「そう、ですか……」

 

 もし、太陽を克服できる術があるのなら。

 禰豆子に太陽の下を歩かせてやりたい炭治郎はたとえ敵でも力を貸してもらおうと考えていた炭治郎。だが自分の考えていたものとは違うものだと分かると少し、落胆した。

 しかし、そもそもこの任務は町の人の守護である。その任務中に鬼に協力を仰ごうとするのは言語道断である。

 炭治郎は自分のやるべきことを再確認し、気持ちを切り替えた。

 

「指がこの町にある以上、そのような血鬼術を使用する鬼の出てくる可能性が十分にあります。私達はその鬼によって町に侵入する鬼の対応をします」

「わかりました!」

 

 それからしばらく、炭治郎としのぶが町の見回りをしていると、突然誰かに声をかけられた。

 

「すみません、応援に駆けつけて頂いた隊士でしょうか?」

 

 声の主は鬼殺隊の隊服を着ており、この人が実弥が行っていた先に現場へ送っている隊士だと炭治郎は思った。

 

「ええ、そうですよ。階級・甲、胡蝶しのぶです。そしてこちらが」

「階級・癸、竈門炭治郎です」

「僕は階級・丙、狩持重蔵(かりもちじゅうぞう)です。甲が来て頂けるとは心強い」

「現在この町にいる隊士の配置はどうなっていますか?」

「現在は僕を含め七人の隊士が見回りを行っており、北に三人、西に三人、東に三人配置されています。ですので僕と胡蝶さん、竈門君が東で見回りを行うといいかと」

「そうですか。私はそれで構いません。炭治郎君もそれでいいですね」

「はい!」

「それではさっそく行きましょう。私に着いてきてください」

 

 先にこの町に着きある程度地理を把握している狩持が先を歩き、その後を炭治郎としのぶが追っていく。

 配置に向かう途中、炭治郎が疑問を口に出す。

 

「この町、大きいのにどうして誰も外に出てないんですか?」

「風柱様が仰るには宿儺の指が原因らしいです。詳しいことは説明されてないので分かりませんが……胡蝶さんは分かりますか?」

「いえ、私にも詳しいことは……」

「そもそも僕を含めてこの任務に呼ばれた隊員はここで初めて宿儺が実在すると知りましたからね」

「そうだったんですか?」

「はい、竈門君は違うんですか?」

「俺は──」

「私が以前教えてたんです。今後、宿儺に関する任務に就くかもしれないといって」

 

 炭治郎が宿儺と相対したことを伝えようとするよりも前にしのぶが炭治郎の言葉を遮って言った。

 

(炭治郎君、虎杖君のことと宿儺が受肉したことは極秘事項となってます)

(どうしてですか?)

(宿儺が今、生きていてこの場にいると知ったら彼は動揺して任務に影響が出ます。それに虎杖君の状態は禰豆子さんと似ています。ですのでこのことを知れば面倒なことになるので宿儺に関することは口に出さないでください)

(わかりました)

「へぇ、じゃあ胡蝶さんは前から知ってたんですね」

「はい、柱の方々や私のように柱の控えとなっている者には宿儺の存在が知られています」

「なるほど、それほどの情報を知らされている竈門君は将来有望ということですか」

「はい、期待していても大丈夫ですよ。私が保証します」

「よかった。最初は癸と聞いて心配でしたがこれなら任務も大丈夫そうです。竈門君、改めて宜しくお願いしますね」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 しのぶからの私の顔に泥を塗らないでくださいという視線に炭治郎は気づかず、期待されていると思った炭治郎はより一層気合いを入れた。

 

 

 

***

 

 

 

闇より出でて闇より黒く

 

その穢れを禊ぎ祓え

 

 

 

***

 

 

 

 突如として空に現れた黒い吹きだまりは町を覆い、辺りは暗くなり、まるで夜となった町に虎杖は声を上げる。

 

「は!?どうなってんだよこれ!」

「チッ!”帳”が下りたァ!この中だと太陽も届かねェ!鬼が来る前に指を回収して帳を破壊するぞォ!」

「わ、わかった!」

 

 冷静に状況把握、即座に命令を下す実弥。実弥の言葉に虎杖は遅れて反応するが、実弥とともに学校へと急いで向かう。幸い、学校まで近かったためすぐに学校前まですぐに着いた。

 

 しかしそこでこの場には似合わない、()()()()が聞こえた。

 

 

 べんっ

 

 

 琵琶の音が鳴り響いたと思ったら、虎杖の背後に鬼が二体、急に姿を現した。

 

「こいつがあのお方が言ってた人間か!」

「こいつを喰ってあのお方の血を分けてもらうんだ!!」

 

 二体の鬼を共に虎杖を襲う。突然の出来事に体が硬直してしまった虎杖は自分が襲われるのを黙って見ているしかなかった。

 鬼が虎杖を喰らおうとしたその直前、二体の鬼の頸が実弥の日輪刀によって斬られ、死んでいった。

 

「ぼさっとしてんじゃねェ!早く行くぞォ!」

「あ、ああ…」

 

 実弥の激しい声で我を取り戻した虎杖。二人は学校の門の前まで行き、実弥が門を開けようとしたとき虎杖が実弥に礼を言う。

 

「さっきはありがとう、助かった。サネミンは頼りになるな。サネミンのおかげで人は助かるし、俺も助けられる」

「…そういうのは後で言えェ、中に入るぞォ」

 

 実弥が門を開き、二人は学校の敷地内に入る。しかし、そこで待ち構えていたのは()()()()()()()()

 

「あーもうっ!さっきから何なんだよ!」

「こいつは…!」

 

 門を通り抜けた先で二人を待ち受けていたのは、荒れ果てた墓場だった。

 繰り返し襲う不可解な現象に戸惑う虎杖。それに対し実弥の思考は冷静だった。

 

(呪力による生得領域の展開!先が見えねェ!なんつゥ大きさだ!これほどの領域が展開されているってことはァ、指が既に鬼に喰われたのか!?来るのが遅かったかァ!)

 

「っ!門はァ!」

 

 実弥は急いで振り返るがこの場にに入ったときの入り口である門は消えていた。

 

「門がなくなってる!なんで!?今ここから入ってきたよね!」

(しくじった!もっと慎重に行くべきだったァ!)

「仕方ねェ、先に進むぞォ。生得領域を展開しているやつを殺せば外に出られるゥ」

「そ、そうか。わかった」

 

 実弥の言葉で冷静さを取り戻した虎杖。二人は墓場のような場所を進んでいく。

 

「!サネミン、あそこに人が倒れてる!」

「チッ、とりあえずそいつ起こして話聞くぞ」

 

 虎杖が指を指した先には少年が一人倒れていた。

 虎杖と実弥はすぐに倒れている少年へ近づき声をかけた。

 

「おい、起きろ」

「う、た、たす、けて……」

「チッ、気い失ってやがるゥ」

 

 倒れている人へ声をかけるが魘されており目を覚まさない。

 起きない少年の心配をする虎杖だが、一つ気になっていることがあった。

 

「……サネミン、この子の顔」

「あァ」

 

 虎杖の言うとおり、倒れている少年の顔は普通のそれとは違っていた。顔を、体の半分以上を黒い何かが浸食していたのだ。

 

「前に呪力は負の力の塊って言ったよなァ」

「うん…」

「おそらくこいつは学校にある宿儺の指から溢れる呪力に当てられてる。もし近くで呪力を()()()()()()()とどうなると思う?」

「呪力ってのは負の力だから……まさか」

「答えは()()()()()()()()()()()()()

「な…!じゃあ早く助けてやんねえと!」

「いや、もう手遅れだァ。だからァ──」

 

 実弥はそこまで言い、自身が持つ日輪刀へ手をかける。

 

「は、ちょ、待てよ!助からないってまだわかんないだろ!それに殺すつもりなのか!?」

「こいつを見ろォ。もう浸食が体の八割以上進んでいるゥ。そもそも俺達人間にはァこういったことに対する治療法がねェ」

「だからって殺すなんて…!」

「呪いになればこいつはァもう人間じゃねェ、人を殺す存在になるゥ。だったらこいつがまだ人間の内に死なせてやるのがこいつ自身のためでもあり人のためでもあるゥ」

「でも…!」

「てめェは人を助けることに拘ってるなァ。だがもしこいつを助けるために外に連れ出してェ、呪いとなったこいつが人を殺したらどうするゥ。自分の助けた奴が人を殺したらどうするゥ」

「じゃあなんで俺は助けたんだよ!!」

「……」

 

 虎杖の言葉に手を止める実弥。確かに虎杖は宿儺の器であるが宿儺に乗っ取られたときのことを考えればすぐに殺すのが最も安全だ。だがそれでも実弥は虎杖を生かし、先ほども鬼に襲われた虎杖を助けた。自分のやっていることの矛盾に気がつくがすぐに思考を止め、自分のすべき事を行う。

 

「サネミン!」

「こいつは俺が殺すゥ。てめェは見なくていい」

 

 

 

「ヒョヒョッ。こっちは見なくていいのか?」

 

 

 

”風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風”

 

「ヒョヒョッ」

(っ!速えェ!)

「そいつがこの何チャラ領域の主か!?」

「違えェなァ、なァおい壺野郎」

「ヒョヒョッ。良い勘だのう」

 

 実見が繰り出した型を難なく躱した鬼は壺から顔を出しており、顔も歪な形となっていた。そしてその目には()()()()()()()()()()()

 ついに上弦の鬼と遭遇を果たした実弥。とっさに出した型とはいえ、難なく躱されたこと、そして悪化する状況に苛立ちと焦りを感じる実弥。

 

「こんなとこで上弦と会えるとはなァ、嬉しい限りだぜェ…!」

「ヒョヒョッ。ついに私も芸術家として有名になったようだな。しかしここにいるのは私だけではないぞ?」

 

「アハッ♪」

 

 虎杖の目の前に新たな鬼が現れる。

 その鬼の存在感に虎杖は体が動かなくなる。

 

(動けねえ…!)

「こいつが、指を取り込んだ鬼かァ…!」

「ヒョヒョッ。今回はどのような作品にするかのう」

 

 状況はさらに悪化していく。




鬼月:十二鬼月、無惨直属の配下
戴天:天を頂くこと


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