瑞鶴とエンタープライズ (ブルーの)
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ポッキーゲーム編

あらすじ代わりのそこはかとなくわかりそうなこの作品の瑞鶴とエンタープライズ

●瑞鶴

エンタープライズのルームメイト。エンタープライズより数か月ほど前に着任。

最近のトレンドはおいしい物を食べて幸せそうな顔をするルームメイトの写真を撮る事。
そのためか近頃すっかり炊事担当が板についてしまった。

●エンタープライズ

瑞鶴のルームメイト。瑞鶴より数か月ほど後に着任。この作品ではエンタープライズが瑞鶴に話しかけている事が一目でわかるよう、例外を除いて瑞鶴を「ズイカク」と呼ばせている。

最近のトレンドはプラモ作り。理由は作業に没頭ができ、その分だけ出来栄えが良くなりやりがいがあるため。
しかし近頃すっかり瑞鶴と一緒に遊ぶ事の方が多くなったため、積みプラモしがち。


「ポッキーゲーム?」

 

プラモデルを作っていた手を止めながらエンタープライズが怪訝そうな表情でそう言うのに対し、瑞鶴は何故か得意げに胸を張った。

 

「今日って11月11日じゃん? 1がポッキーに見えるのと、それが4つも並んでるからポッキーの日ってわけ!」

 

「……少し無理くりすぎないか? というか、ゲーム? ポッキーをマッチ棒みたいに並べるのか……?」

 

「そのパズルゲーム、夏場にやったら熟考してる間に迷宮入りしそうだね……棒同士くっついて…………じゃなくてさ。ほら、ポッキーってこんな感じで食べるじゃん」

 

言いながら、瑞鶴は実演とばかりに開封した袋から1本のポッキーを取り出し、それをチョコでコーティングされた先端からポリポリと食す。一口が小さくてリスみたいで可愛いな……などとエンタープライズが若干ほっこりしていると、ものの数秒でポッキーは消滅した。

 

「……。ん……? 食べるのがゲームなのか?」

 

「当たり! ただし、1人じゃなくて2人で1本を食べるのがこのゲームのミソね!」

 

もう1本を取り出して真横に咥えてみせる瑞鶴を見て、エンタープライズは合点がいったように手を叩いた。

 

「なるほど、チキンレースか」

 

「間違っちゃいないけど……もっと気楽なゲームよ。両端から2人で食べていって、そのままだとまぁその…………キッ……しちゃうじゃん? だから先に口を離そうとした方が負け!」

 

「ふむ。……ちなみにキスした場合はどうなるんだ? 多く食べた方が勝ちなのか?」

 

「しっ、しないよーにするのもゲームなの! チキンレースだって崖から落ちないようにするでしょうが!?」

 

言われてみればそうだ、と頷くエンタープライズから顔を背けながら瑞鶴は頭もとい顔を冷やす。なんの躊躇もなくキスって言うあたりやはり重桜とユニオンでは文化が違うのだろうか。あちらでは親しい者同士だとキスは挨拶とは聞くし……

 

(ま、まぁ、言うて頰に軽くでしょ。マウストゥマウスは流石に恥ずかしいと思うはず……お祭りの時だって……)

 

あの時は1回壁際に追い詰められてドギマギしたのだが、瑞鶴はそれを努めて考えないようにする。というよりも今回のポッキーゲームそのものが、ここ最近、エンタープライズにやられっぱなしである現状の打破のために仕掛けたものなのだ。

 

(今日のためにこっそり練習したし、ポッキーの間合いは完全に把握済み……少しずつ行くと思わせて一息に距離を詰めて驚かせて…………ふっふっふっ、1週間は余裕でからかえるわね、このネタで……!)

 

捕らぬ狸の皮算用で悪だくみをする瑞鶴であったが、背後ではその様子をエンタープライズが静かに微笑みながら見つめていた。

 

(ズイカクがこういうゲームを持ちかける時は大抵、必勝策がある場合だな。ポッキーゲームは私もやった事はないが、話を聞くにチキンレースの類だろうから肝要となるのは距離感……大方、ギリギリのところまで一気に詰めようという魂胆なのだろう)

 

だが甘いぞズイカク、とエンタープライズは心の中でほくそ笑んだ。その考えはポッキーを覆うチョコよりも甘いと言わざるを得ない……!

 

(手の内が分かれば対処は容易……その動きが直線的であれば尚更だ。逆に考えるんだ。しちゃってもいいさ、と考えるんだ)

 

チキンレースにおいて1番危険なのは勿論、事故った末の奈落である。ではあるものの、これはポッキーゲームであり仮に事故が起こったとしても奈落など存在しえない……否、突き詰めれば事故がそもそも事故たりえないのだ。

 

(すなわち最善手はズイカク以上の速攻! その結果、事故が起きたとしても私は一向に構わなーーいや待てよ? ズイカクは勝ち負けには結構こだわるタイプだから、事故が起こり引き分けになろうものなら再試合の可能性も……!?)

 

むしろ事故が起きた方が断然お得なのでは……?とまで思い至る。だがしかし、ふとそこでエンタープライズは考え直した。

 

(事故を装って……というのはよくよく考えると嫌だな。ズイカクはいつだって真剣に私と向き合ってくれたんだ。だから私もーー)

 

「どうかした、エンタープライズ?」

 

「……いや、なんでもない。どうやったらキミに勝てるか考えていただけだよ、ズイカク」

 

「ほっほぅ。言うじゃん。そこまで言うんなら……ゲームで負けた方が罰ゲームってのはどう?」

 

「むっ、罰ゲームか……」

 

確かにポッキーゲームはシンプルで決着も早いだろうし、その後に罰ゲームという流れには合っている気がする。エンタープライズは特に深く考えずに承諾した。

 

「じゃあ、私が勝ったなら……」

 

そう言いながら指で何かを持つ動作をするエンタープライズを見て、瑞鶴は少しだけ身を引いた。

 

「な、なによその手は。ま、まさか耳かき……」

 

「? いや、たまにはプラモを作る手伝いをしてもらおうかと思っていたのだが」

 

そう言いながらエンタープライズは作りかけのプラモデルを指す。積みプラモがようやく減ってきた〜などと最近言ってたな……という事を思い出しながら赤面する瑞鶴に、エンタープライズは意味深な笑みと共に追撃を放った。

 

「しかしズイカクは耳かきをご所望のようだが、それでは罰ゲーム足り得ないな。この前の様子を見るにむしろご褒美なのでは?」

 

結局、両耳キレイキレイで気持ちよくされてしまった事を思い出して瑞鶴はぐぬぅ、と唸った。いや確かに気持ちよかっ……

 

「き、気持ちよくなんてなかったわよ!?」

 

「なんだそうか、私はてっきり……なら、罰ゲームは耳かきでいいな、ズイカク!」

 

しまった、それが狙いか!?などと気づくも時すでに時間切れである。賢しいな流石グレイゴースト賢しい。悔しい……でも、策略にハマってしまう……!

 

「くそぅ、アンタがその気なら私だって考えがあるわよ!」

 

そう言いながら懐からバッ、とメモ帳ーー見覚えのあるデザインのそれが取り出されるや否や、エンタープライズはヒュイッ!?と息を呑んだ。

 

「ず、ずず、ズイカク! キミが何故私のポエムノートを持っているんだ!? ま、まさかそれを読むと……」

 

「えっ? いや、せっかくだし1週間分の食糧の買い出しにでも行ってもらおうかなって。私がラクできるし」

 

きょとん、としながら瑞鶴は切り離した1枚のメモ用紙を見せる。人参にジャガイモ……確かにそれは買い物のメモのようだった。勘違いの末の大いなる自爆に、顔まで自爆しそうになるほど真っ赤なエンタープライズが言葉を失っていると、瑞鶴はおもむろに立ち上がり、部屋内の捜索を開始した。

 

「あっ、あったわ」

 

「ズイカクぅ!? キミ他人の机の引き出しを勝手に……!?」

 

「いや、冗談のつもりで開けたんだけど。まさか1発で見つけられるとは思ってなかったし。はい」

 

「えっ?」

 

人質に取られた最愛の娘を見るような視線をメモ帳へと送っていたエンタープライズは、何の気なしに人質を解放した瑞鶴と、手渡された愛娘ことポエムノートに、交互に視線を送った。

 

「ちょっと、なんて顔してんのよ。流石に私も他人の日記やらポエムノートやらは勝手に見ないわよ」

 

あまりにも慈悲のあるその言葉にエンタープライズは、パアッと表情を綻ばせた。

 

「ズイカク、キミってやつは……」

 

「だから罰ゲームは、そのポエムノートの中で1番デキのいいやつの朗読でよろしく♪」

 

「……そういう奴だよっ……!!」

 

ここ最近で一番いい笑顔でウィンクを投げかけてくるルームメイトにエンタープライズはジト目を返す。しかし、こうかは、なかった!

 

「まぁ、これで無事お互いへの罰ゲームも決まった事だし……心置きなくゲームができる、でしょ?」

 

「そうかな……そうかも」

 

最悪、引き分けか最終的には負けでもいいかと思っていたエンタープライズはその甘い考えを破棄する。ポエムノートは死守せねばならない。瑞鶴の耳は掃除したい。両方やらなくちゃあいけないのがルームメイトの辛いところだが、もはやこのグレイゴースト、容赦せん……!と決意を新たに対峙する。

 

「タイマーを10秒後にセットして、と。このタイマーのスイッチを押してから10秒後にアラームが鳴った瞬間にゲームスタート。で、先に口を離した方が負け。おっけー?」

 

「オッケー……いや、ズイカク。一つだけいいだろうか」

 

「ん、何? タイマーとかに細工はないわよ?」

 

そう言いながらタイマーを見せようとする瑞鶴をエンタープライズは手で制した。

 

「いや、本当に大したことじゃないんだ。ただ、私がチョコ側の方がいいんだが、逆にはしてもらえないか?」

 

「あんた、結構チョコレート好きよね。……これでいいの?」

 

「いや、特別に好きというわけでもないんだが……実家にいた頃はついつい食べていたせいか、たまに無性に食べたくなるんだ」

 

「前に突然ブラウニー作りたいって言い出した時も言ってたわね、そんなこと……」

 

もしかしてそれ軽く中毒症状なんじゃ?と思いつつも瑞鶴は素直に従い、チョコをエンタープライズ側へ向けるとタイマーのスイッチを入れた。

 

「じゃあお互いに咥えた状態でスタートーー」

 

そう言いながら正座をした瑞鶴はポッキーのクッキー部分を先端から咥え、視線を前へと向ける。たまたまタイミングがまったく同じだったのだろうか。ポッキーを挟んで向かい側に座ったエンタープライズと視線がパチリ、と重なり合っ、

 

 

((って、思ったより近ッ!?!?))

 

 

瑞鶴は大いに焦った。わざわざこっしょり事前に練習をしてきたのにもかかわらず、大いに、焦ったーー想像以上に、エンタープライズの顔が近かったのである!

 

(待って待って待って! こんなに近いなんて聞いてない! 予想の100倍は近い! これ以上進んだらもう完全にキスしちゃうじゃん!?)

 

実際には普段これぐらいの距離感で会話をする事なんてザラだし、何ならもっと密着したりされたりする機会もあった。あったが、そう……問題はポッキーだ。ポッキーを視認するという事は必然的にその先にある物をどうしても意識してしまう事になる。

 

すなわち、相手の顔と、その柔らかそうな唇を、である。

 

(や、やばい……少しも、進められる気がしない)

 

ピピピッ、とタイマーが鳴り出す。結構に大きい音ではあったが、緊張感と心音の大きさからか瑞鶴はその音すらも危うく聞き逃しかけるような有様だ。

 

(ーーず、ズイカクは動かないつもりか? 速攻を仕掛けてくるものとばかり思っていたのだが……)

 

一方、瑞鶴ほどではないにしろエンタープライズもまた、動けないままにタイマーの音を聞いていた。対面の瑞鶴は見るからに耳まで真っ赤であり、フリーズしている。(熱暴走しそうなほど真っ赤なのにフリーズというのも変な話だが)おおよそ、彼女から動き出す気配はない。

 

(やりづらい……! こ、このままズイカクが無抵抗なのをいいことに動くのは私の矜持を大きく傷つけるような気がするが……既にゲームは始まっている以上、後退することもままならない……!)

 

どうすれば……と冷や汗を流すエンタープライズは、さらにとある事に気付いた。先端の、チョコが溶けかけている。

 

(いけない。このままでは床が汚れてしまうーー)

 

そう思ったエンタープライズは、何の気なしに舌を動かして溶けかけたチョコを舐めとりーーその微細な動きは、ポッキーを通じて瑞鶴にまで伝道した。

 

「!?!?」

 

ゲーム中なのも忘れ、瑞鶴は思わずポッキーを取り落すまでに取り乱す。しかし、動揺したのは一瞬遅れて、自分のした事の影響力に気付いたエンタープライズも同様であり……結果、支えを全て失ったポッキーはそのまま重力に引かれて落下を、

 

「ーーあ」

 

考えることも、動き出すのもほぼまったく同じだったのだろう。落ち行くポッキーを一瞬早く動き出した瑞鶴が掴み、それからコンマ数秒ほど遅れてエンタープライズの手が掴んだのは、瑞鶴の手であった。

 

「……」

 

互いに言葉も忘れ、しばし2人は見つめ合う。先程、ポッキーを挟んで向かい合った両人ではあるが、まさに目と鼻の先といった距離にまでさらに詰まってしまった以上、石化したのかと思うほどに動けなくなるのは、必然的であった。

 

「…………。ね、ねぇ」

 

震え、か細い声で何とか絞り出すように瑞鶴が声をあげる。じっとりと、お互いの手が汗をかいている事を自覚しながら、かろうじてエンタープライズは彼女が何を言いたいのかを察して、機先を制した。

 

「……引き分け、だな」

 

「……っ。あ、そ、そう、ね」

 

もごもご、と瑞鶴は言い淀む。その瞳に羞恥心やら敗北への悔しさやらの複合体と、それとはまた別にーー何かへの、期待のようなものを感じ取ったエンタープライズは、自分の心臓が再び早鐘を打つのを感じていた。



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