ペルソナ6 (似街楠理)
しおりを挟む

第一話 4月6日

ロイヤル楽しいですよね。ペルソナシリーズはまだまだにわかですが滅茶苦茶ハマってます。
タイトルでお察しの通り完全に世界観だけ借りたものです。よかったら読んでください


「『リソウの本』って知ってる?」

「あー、あれでしょ?読むと理想の自分になれるってヤツ」

「サッカー部の飯田先輩、あれ読んでレギュラーになれたらしいぜ」

「えー、いいなー!どこにあんのそれ」

「うちの学校の図書室にあるって聞いたけど……図書委員に聞いてもそんな本ないんだって」

「誰かが持って帰ってるとか?」

「そもそもそんな本が無いって言われたんだけどなぁ……」

「放課後探しに行ってみようよ」

 

 

『足が速い自分、頭がいい自分、喧嘩が強い自分、異性に好かれる自分、人は様々な理想の自分というものを描いて生きています。理想と現実の差を埋めるか妥協するか………はたまたこのような噂話に頼るか……』

『理想の自分に今すぐなれると言われたならば貴方はどうしますか?』

『我々は今は貴方の夢に語りかけるのみ……しかしすぐにお会いすることになるでしょう………』

『それでは良き物語を………』

 

 

4月6日 午前

引っ越しにごたついてしまったせいで始業式から微妙に遅れての転入になってしまった。

日伝(ひづたえ)市、総人口3万人程度の小さな街である。周辺が山に囲まれたいわゆる盆地で夏は暑く、冬は寒い、春は花粉が強烈とある意味春夏秋冬をとても感じる土地である。

そんな日伝市にあるごくごく普通の高校、日伝南(ひづたえみなみ)高校に今日から自分は転入することになった。

 

「転入生の朝宮(あさみや) (りょう)。中途半端な時期での転入になりましたが皆さんよろしく」

「はい、朝宮君の席はそこの空いてる席ね。困ったことがあれば隣の席の彼女に聞いて」

 

担任に促され一番後ろの窓際席に案内される。その隣の席には眼鏡をかけた黒髪の女子生徒がこちらに対して軽く会釈してきた。こちらも会釈で返すとそのまま席につく。

 

「よぉ、転入生」

「なんだ同級生」

 

前の席の男子生徒が体をこちらに向けて話しかけてくる。

 

「いや、その言い方はナンセンスだろ……」

「名前を知らない」

「知ってた方がコエーっての!天然かお前?」

「さぁ、どうかな?」

「いい性格してるよ、コイツ……。俺の名前は神奈木(かんなぎ) (しょう)ってんだ。名字で呼ばれるのは嫌いだから名前で呼んでくれ」

「翔ちゃんと呼ばせてもらおう」

「フレンドリーすぎだろ!?」

「俺も涼でいい」

「…………もうなんでもいいや。よろしくな涼」

 

反応が面白いからついついふざけてしまうな。顔立ちも整っているし、ここまでコミュニケーション能力が高ければモテるだろう。

 

「それでな、お前の歓迎会を開こうと思ってさ」

「リンチか?」

「しねーよ!そんなことするように見えんのか!?………この学校で今流行りのアイテムを探しに行くんだよ。よかったらお前も来ないか?ってお誘いさ」

 

歓迎会なのか、それは?純粋な疑問が頭をよぎるが、転入早々にこういった青春イベントへのお誘いが来るとは思いもよらなかった。素直に嬉しい。

 

「その話詳しく」

「無表情な割にノリがいいな……そうこなくっちゃ!」

「ちょっと二人とも」

「「???」」

 

話の核心に入る前に横の女子がこちらに話しかけてくる。

 

「どーしたんだよイインチョ。もしかしてお前も来るか?」

「そんなことよりもまだホームルームよ。ほら」

 

翔と揃って前を見ると担任がこちらを呆れ気味に見つめていた。しまった。今がまだホームルームの最中だということをすっかり忘れていた。

 

「……仲がいいのは結構だけど時と場所をわきまえるように」

「すみません」

 

転入早々に怒られてしまった。

 

「この話はまた休み時間にな」

 

そう小さく呟くと翔は体を正面に向けて退屈そうに肩肘をついて担任の話を聞いていた。

 

昼休み

 

「涼ー!飯食おうぜ」

「ああ」

「てか、お前、弁当は?」

「作る余裕がなかった」

「あー、引っ越しがゴタゴタしてたとか言ってたもんな。でもなーここの学食ぶっちゃけマズイしなー」

 

後頭部を掻きながら翔は教室の辺りを見渡している。

 

「なぁみんな!転入生にちょっとだけ弁当分けてやってくれないか?」

「それは気まずい」

「何も食わないよりはマシだろ?放課後のこともあるしさ」

 

翔は驚くほどスムーズにクラスメイト一人一人からおかずを頂戴していった。弁当のない哀れな転入生に対しての優しさも当然あるだろうがそれ以上に翔の人徳がなせる業だろう。

 

「こんだけありゃ十分だろ」

「ウィンナーばかりだ……」

 

タッパーの蓋に盛り付けられたおびただしい量のウインナー。あまり贅沢を言える身分ではないが白米とか、卵とか、トマトとか、そういう彩りも欲しいところだ……。

 

「はい、私のもあげる」

「イインチョさん」

 

その肉の山にそっと添えられたのはブロッコリー。茶色に加わった緑は非常に目に優しかった。というよりも山盛りのウインナーにブロッコリー一つとなると前衛的なオブジェにすら見える。

 

「……三輪(みわ) 凛那(りんな)よ。確かにクラス委員長だけど役職で呼ばれるのは好きじゃないわ」

「わるかった」

「まあいいけどね。ホームルームで先生にも言われたと思うけどなにか困ったことがあったら私に言って。できる範囲で手伝うから」

「ありがとう」

 

………真面目そうな子だ。でも肉まみれの施しを見て野菜を加えてくれるあたり優しいのだろう。このクラスもそうだが人に恵まれている。

 

「じゃあ食べもんも準備できたことだし今日の作戦会議するぞ」

「参加者は他にいるのか?」

「まぁ何人かには声かけたけどな。もしかしたらみんな部活でダメかもしれん」

「そうか」

 

いよいよ歓迎会の体を成さなくなって来ているような気がする……。

 

「ところで流行りのアイテムって?」

「よくぞ聞いてくれた!なぁ涼、理想の自分に簡単になれるとしたらどうする?」

 

理想の自分………?要領を得ない質問だ。

 

「まぁ、いいんじゃないか?」

「だよなー!それが叶うシロモノがうちの学校の図書室に眠ってるらしいんだよ」

「なるほど」

「『リソウの本』って俺らは呼んでる。実際に部活のレギュラーが決まった人もいるし、テストの成績が急に良くなった奴もいる。あとは好きなあの子と恋仲に……みたいな?」

 

恋仲……えらく古風な単語を使うな……。チャラチャラした軽い雰囲気の翔がそういった表現をすることに少し驚いた。

 

「自己啓発本の類か?」

「そーいうのは少しずつ変わっていくもんだろ?『リソウの本』は本当に一瞬で変身するんだよ」

「………やめときなよ」

「なんだよイインチョ。水差すなよなー」

「急に人が変わるなんて怖いじゃない。しかもしばらくの間昏睡状態に陥った人もいるっていうし」

 

雲行きが怪しくなってきたな。ノーリスクというわけにもいかないらしい。三輪は長い髪の先を触りながら不安そうに話を続ける。

 

「図書委員はもちろんだけど学校もそんな本を入荷したことはないって言うし。そもそもネットで調べてもどこの出版社も『リソウの本』なんて出してないのよ?得体が知れなさすぎるわ」

「く、詳しいんだな。もしかしてイインチョも探してたクチか?」

「………!そんなわけないじゃない!」

「落ち着け」

 

図星……なのだろう。三輪も理想の自分になるためにその本を探し、その過程で怖くなってやめた。自分達が探すのを止めようとしているのも本が危険だと思っているからだ。

 

「でも俺は探すぜ。ゼッテー見つける」

「翔はそんなに理想の自分になりたいのか?」

「………お前は違うっていうのか?」

「いや、すまない」

 

なんというか、そう。ちょっと必死すぎる気がする。普通、そこまでして眉唾もののアイテムを求めるだろうか?本当にあるかどうかの保証もないのに、まるでそれに縋るしか手段が無いような……。

 

「なら、私も行くわ」

「えぇ!?」

「無茶するな」

「別に無茶でも何でもないわ。朝宮君を案内するついでに噂の本を探す。どこにも問題点なんてないでしょ?」

「まぁ人数は多いにこしたことはねーし。じゃあ今日の放課後は図書室探索だ!」

 

昼休みの終わりを告げるチャイムがタイミングよく鳴り響く。しかし目の前には手付かずのウインナー……。急いで口の中にかきいれたが油で少し胸焼けしてしまった………。

 

放課後

図書室

 

噂の図書室はどこにでもあるようなごく普通の図書室だった。本当に特筆する点なんてどこにもない。しかし何故か人は一人もいなかった。図書委員の一人ぐらいはいてもいいものだが……まだ来ていないだけか?

 

「じゃあ早速探すぞ!」

「私はこっちの棚を探しておくね」

 

自分の案内はどこへやら、二人はそれぞれバラけて本を探し始めてしまった。しょうがないので自分も二人が探しているのとは別のエリアを探す。

………

………………

………………………

夕日ももう完全に沈もうとしている。おそらく図書室内の本は全て探しただろうが、目的のモノは見つからなかった。

 

「やっぱりねーのかな……」

「なんで翔はそこまでして『リソウの本』を探しているんだ?」

「ん………まぁ、いつか話すかもな」

「そうか」

「悪いな!付き合わせちまって。イインチョにも謝らなくちゃな。……て、イインチョは?」

 

そう言われると先程から姿が見えない。帰った様子もない。机に鞄を置きっぱなしにして帰るとは到底思えないし、そこまで広い訳ではないこの図書室で気付かれずに帰るなんてことは不可能だろう。

三輪を翔とともに探すが見つからない。その代わりに本棚の裏に妙な本が一冊落ちていた。

タイトルは………

『リソウの三輪 凛那』

 

「なぁ、これって……」

「まさか………」

 

翔と二人で恐る恐る本を捲る。次の瞬間、足元がおぼつかなくなり、目の前の景色が真っ暗になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 4月6日 放課後(1)

感想をくれた方ありがとうございます。とても励みになります。文章力に不安はありますが、楽しんでいただけるよう努力します。


4月6日 

放課後 

???

 

気がつくと見覚えのない奇妙な空間にいた。天井も床も緑一色なのだが壁にだけ大きく『目次』と書かれている。

たしか自分は学校の図書室にいて、三輪の名前がタイトルになっている本を発見して、それを開いたところで気を失った………。

 

「な、なんなんだここ!?」

「あ、翔か。無事で何よりだ」

「無事ではねーだろ!?学校はどこだよ!」

「落ち着け」

 

確かに意味がわからない場所だが、騒いだところで現状は何も変わらない。

 

「俺達は『リソウの本』らしきものを開いてここに飛ばされた」

「でもあれはイインチョの名前が……」

「そう。だから三輪もここにいる可能性が高い」

「なら探しに行かねーと!」

「そういうことだ」

 

あいにくここに彼女の姿は無い。しかしこんな訳のわからない場所にいたら心細いはずだ。一刻も早く見つけ出さないと。

 

「でも出口も何もねーぞ、ここ」

「それなんだが」

「なんだ?アイデアがあるのか?」

「俺達は今、本の中の世界にいるんじゃないか?」

「は?」

 

本を開いて意識を失い、壁に目次と書かれた部屋に飛ばされた。非現実的もいいところだが、ここは『リソウの本』の中にある世界と考えた方が納得できる。

 

「だから、多分これに触れてみたら……」

 

目次の字に試しに触れてみると新たに『第一章』の文字が浮かび上がってきた。やはりそうか。この場所は本の中の世界のスタート地点なんだ。三輪はこの先のどこかにいると思う。

 

「じゃあ行くぞ」

「お前、冷静すぎるだろ……」

 

同じ要領で今度は第一章の文字に触れる。すると部屋の壁が全て崩れ去り、一気に景色が広がった。そこにあったのは

 

「学校………なのか?」

「戻ってこれたわけでは無さそうだが」

 

確かに構造は日伝南高校によく似ている、と思う。今日一日しか過ごしていないのでなんとも言えないが翔も学校と認識しているようなので間違いないだろう。ただ、普段の学校と違いひどく暗い雰囲気だ。そしてやはりここも緑を基調としている。

 

「気味悪いな……」

「そうだな」

「なんか、こう、出てきそうっていうか」

 

今思えば見事なフラグ建設と回収だったと思う。悪趣味で不気味な仮面をつけた黒い獣が廊下の曲がり角からヌっと姿を現した。

 

「なぁ、これ、まずいよな?」

「聞くな」

《■■■■■■!!!》

 

獣はこちらを見た瞬間に鋭い爪を振りかざして襲い掛かってきた!間一髪で避けるものの直撃した壁は見事に抉られている。

 

「あーもう!夢なら覚めてくれ!!」

「現実逃避してる場合か?」

「お前は冷静すぎてコエーよ!!なんで無表情でいれるんだよ!?」

「生まれつきだ」

 

無表情だが内心では相当に焦っている。なにか武器になるようなモノは近くにないのか?

 

「警備員室はどこだ?」

「え?」

「警備員室なら不審者を取り押さえるための武器があるはずだろ!」

「あるにはあるけどここからは相当遠い!!それよりも……」

 

翔は走りながら廊下の隅にある何かを掴むとその中身を勢い良くぶちまけた。さらにオマケでその物体を怪物に投げつける。白い煙の向こうから鈍い音が聞こえた。

 

「消火器か、やるな」

「お褒めに預かりどーも!とりあえず教室に入れ、やり過ごすぞ!」

 

そのまま手近にある教室に飛び込み、鍵をかけて机を積み重ねる。その場しのぎにもならないだろうがやらないよりかはマシだろう。

 

「な、なんなんだよあのバケモンは」

「俺も分からない」

「ていうかイインチョは大丈夫なんだろうな?一人だとどうしようもないだろ、あんなの……」

「無事を祈るしかない」

 

《■■■■■!!》

 

廊下から叫び声とモノを破壊する音が聞こえてくる。まだまだ近くにいるな……。

ガタッ

 

「「!?」」

 

今、掃除用具入れのロッカーから物音がしたような……。

 

「おいおい、嘘だろ………」

 

ガタガタッ!!

 

間違いない。確実にあの中に何かいる。翔と目配せして各々椅子を振りかざす。怪物が出てきた瞬間に同時に殴りつけるために。

 

キィッ………

 

ゆっくりとロッカーが開き、その中から現れたのは……

 

「なんと狭く汚き場所だろうか。我の服が汚れてしまったではないか……。ムム?貴様ら、何者だ?」

 

人語を解するペンギン?だった。タキシードを着たペンギン、どこかで見たことがあるような………。

 

「ペンタゴンじゃねーか」

「そう、それだ」

 

ペンタゴン、日伝市のゆるキャラで街のどこにいても必ずと言っていいほど見かけるキャラだ。ちなみに日伝市にペンギン要素はない。ゆるキャラブームに乗っかった感がすごい。

 

「む、そこの軽そうなニンゲン、我のことを知ってるのか?」

「なんでこんな偉そうなんだよ………。軽そうって俺のことだよな?」

「そうじゃないか?」

「まぁ知ってますよー。他所では微妙キャラだけどここではそれなりに人気だしな」

 

らしい。オリジナルアニメまで動画サイトに投稿している力の入れようだったし、かなり認知度は高いのだろう。

 

「ふむ、ところで貴様らはなぜここにいる?ここはシャドウがうろついていてニンゲンが来てもいい場所ではないぞ」

「帰り方が分かんねーんだよ!」

「知り合いを探している」

「探し人か……」

 

ペンタゴンは手、というよりも羽をクチバシの下のところに当てて何やら少し考え込んだ。

 

「それでは我が貴様達を現実に帰す手伝いをしてやろう。ついでに探し人を見つける手伝いもな」

「いや、願ってもない申し出だけどよ」

「お前にメリットがない」

「フフフ、気にするな。どうやらここは我の知る場所ではないようだからな。散歩のついでだ」

 

どうやら腹に一物抱えているようだが、自分達よりもこの世界の勝手を知っているようだ。ここは一旦着いて行く方がいいだろう。

 

「ちなみになんだがその探し人は男か?女か?」

「え、あー、女子だけど?」

「よしっ!!すぐ行くぞ!!今すぐだ!!」

 

急にペンギンのテンションが変わった。な、なんだ?コイツ……。

 

「いや、ここの説明とか色々……」

「貴様らはレディをこんな場所に延々といさせる気か!?説明なんぞは我が道中でしてやる!!」

「妙なペンギンだ……」

 

ペンギンが威勢よくドアを開け放つ。

というよりも今はまだ外に怪物が………。

 

《■■■■■!!》

 

やはりまだいた!!

怪物は探していた自分達を見つけると先程よりも興奮した様子で襲い掛かってくる。

 

「無粋なシャドウめ………来いっ『キャプテン・フック』!!」

 

ペンギンが前に躍り出て、そう叫ぶとその体から青色の炎が吹き出てきた。炎の余波でこちらも少し後ろに押される。

 

「な、なんだこれ……」

「カッコイイな」

「ふ、見どころがあるな……フックのカッコよさが分かるとは」

 

海賊帽を目深にかぶった立派なガイゼル髭の男、その片手は義手になっており鋭い鉤爪が取り付けられていた。

 

「ちょうどいい機会だ。シャドウとペルソナについて教えてやろう」

「さっきから言ってるシャドウってなんなんだよ?あとペルソナってなんだ?」

「シャドウはそこのバケモノだ。外の世界の人間の影と言ってもいい。そしてペルソナは」

 

再び振るわれる、先程壁を破壊した爪を海賊帽の男は義手部分で受け止めて蹴り飛ばす。

 

「もう一人の自分である。チェックメイトだ、華麗に散れ……『フレイ』!!」

 

フックの鉤爪が砲身に変わったと思うとそこから青白い球体が発射される。怪物に着弾すると凄まじい熱を放ち、敵は塵すら残さずに消滅してしまった。

 

「フッ、他愛もないな」

「な、なんなんだよさっきから。意味分かんねー……」

「俺もだ」

 

突然繰り広げられた人知を超えた戦いに呆然とするしか無かった。

 

「これがペルソナ使いの戦いだ。この世界でシャドウに対抗するにはペルソナ使いになるしかない」

「その、ペルソナ?ってやつはどうやったら使えるようになるんだ?」

「そんなこと我が知るか」

「なんじゃそりゃ」

 

困惑したままの自分達をおいてペンギンはそのまま廊下を歩き出してしまった。

 

「ところでそのレディがいる場所の目星はついているのか?」

「……イインチョがいそうな場所……ねぇ」

「とりあえず俺達の教室に行ってみないか?」

「そうだな!そこにもしかしたら隠れてるかも!」

「では案内しろ」

 

案内役はそっちでは?と思わず言いそうになるが機嫌を損ねられても厄介なので飲み込むことにする。翔も全く同じことを思ったようだがグッと堪えていた。なんだか今日一日で彼との仲がすごく進んだ気がするな。

 

2-3

そこからは何故かシャドウに出会うこともなく、スムーズに自分達の教室に着いた。しかしなぜだろう?教室からはとても姦しい声が聞こえてくる……。

その声の中に聞き覚えのあるものも混じっている。

 

「な、い、イインチョ!?だよな?」

「イメチェンした?」

「あ、翔ピーと転入生じゃーん!オツカレーッス!」

「「「イェーイ!!」」」

 

教室には髪を染め、ケバくなった三輪が同じような見た目の派手な集団とお菓子を食べまくっていた。

 

「………お前たちの探し人は彼女か?確かに元の顔は麗しいのだろうが品性がなさそうだぞ」

「お前も大概失礼だな……てか、イインチョはこんなんじゃねーぞ!?どうなってんだ!?」

「えー、ナニコレ!?喋るペンギン!?ちょーエモいんですけど!」

「な、なにをするっ!?」

「なんかギャルっぽい喋り方も無理があるな……」

「見なかったことにしたい」

 

ペンギンを抱きしめて撫で回している三輪?を眺めながらなんとも言えない気持ちになる。普段と雰囲気が変わりすぎじゃないか?まぁ普段と言えるほど彼女のことを知っているわけではないが。

 

「なんかちょっと変だけど、おい、イインチョ!帰るぞ」

「えー、何言ってんのか分かんなーい。帰るも何もここが私の世界だしー!」

「やはりこの女、シャドウか!」

 

抱きかかえられたペンギンが激しく暴れて拘束から逃れる。

 

「三輪がシャドウ?」

「違う、さっきも言っただろう?シャドウは向こうの世界の人間の影でもあると。コイツは三輪というレディの影だ!しかもシュジンコウときている!」

 

急に専門用語が増えたな。主人公?………だから本のタイトルが『リソウの三輪 凛那』だったのか!ということは……

 

「これが三輪の理想の自分……」

「す、すげーな……」

「もー、アンタらチョームカつくんだけど。ここで死んじゃえ」

 

三輪シャドウがそう言うが早いか、取り巻きの連中が怪物化して襲い掛かってきた!

 

「下品とはいえレディに手を上げるのは心苦しいが……『キャプテン・フック』!」

《リンナに嫌がらせしてんジャネーヨ!!》

《ウチラのトモダチ傷つけるやつはブッコロス!!》

 

ペンギンのペルソナも善戦したのだが、多勢に無勢、あっという間に組み伏せられてしまった。そもそも自分達という足手まといを抱えている時点で不利だったのだ。

 

「む、無念……」

「おい、大丈夫か!?」

「ペンギンはカワイイしー、トモダチを殺すのはココロがイタムケドー、バイバーイ!」

「おい、これってもしかして絶体絶命ってやつなんじゃねーの……?オレ、まだ死にたくねーよ!」

 

自分だってそうだ。まだ死にたく………

 

『本当にそうか?』

 

?誰だ?どこから聞こえてくる?

 

『死を恐れる心は生物として当然だ。しかしオマエは本当に生に執着しているのか?』

 

生きたい……とは思っているはずだ。

 

『では生に何を求める?オマエの理想は何だ?』

 

理想………は無いのかもしれない。だから翔に理想の自分の話をされても実感が湧かなかった。自分についてすらどこか他人事のように感じていた。

 

『そんなオマエが死から逃れようというのか?』

 

ここで死んだら、自分の理想が無いままだ。それに、

 

『それに?』

 

友達を助けたい。

 

『フフフ、ハハハハ!今はそれで良かろう!!少しだけ力を貸してやる。それでは契約だ……』

 

『我は汝、理想の我………力を求めて我が名を叫べ!!』

 

「来いっ!『ピーター・パン』!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 4月6日 放課後(2)

いつも読んでくださりありがとうございます。
今回は説明回です。矛盾してるなーと自分で思ったら随時変更しますがひとまず完成しました。少しわかりにくいと思いますが楽しんでいただければ嬉しいです。


「これが……涼のペルソナ………?」

「凄まじい力だ……」

 

三角帽子を深く被り、鳥のクチバシのような仮面をつけた青年が風を巻き起こしながら姿を現す。

彼がもう一人の自分……、ペルソナ……。力の覚醒による錯覚なのか自分というものをより理解できたような、存在が確立されたかのような安心感がある。

 

「………これなら……いけるっ!『ピーター・パン』!」

 

さすがもう一人の自分だ。イメージをするとその通りに動いてくれる。先程まで恐怖の対象でしか無かったシャドウの動きも目を逸らすことなく見ることができる。

ピーター・パンが起こす暴風はシャドウ達の体を浮かせ、そのまま地面に叩きつける。その衝撃に怯んだ隙に物理攻撃を叩き込んだ。

 

《マジ……ありえねーんだけど……》

《逆にウケる………》

 

シャドウは姿を保てなくなり、そのまま空気に溶けていってしまった。それと同時にペルソナも姿を消す。凄まじい疲弊感だ。自分の生命力を全て使い切ってしまったような、とにかく立つことすらままならない……。

 

「だ、大丈夫かよ涼!?」

「無理もないな。ペルソナとの契約は体力を使う上にそのまま戦闘まで行ったのだ。しばらくは動けんぞ」

「だが三輪がそこに……」

「ヤツはもう逃げた。このエリアには居まい」

 

確かにシャドウ三輪は姿を消していた。自分が取り巻きのシャドウと戦っている間にまんまと逃げおおせたのだろう。

 

「今日は引き上げた方がいい。レディ三輪を助けることは確かに重要だが、我らが死んでは元も子もあるまい」

 

どうするべきか、ここはペンギンの言うとおりにしてくべきなのか。

 

「でもイインチョがシャドウに襲われてたらひとたまりもねーだろ?」

「それは心配するな。レディのシャドウがシュジンコウならば問題ない。他に質問があるなら答えてやるからとりあえず『モクジ』を探すぞ。このままここに留まればまたいつシャドウに襲われるかも分からん」

 

『モクジ』や『シュジンコウ』、いかにもって感じだ。おそらくモクジは自分達が最初にいた空間だろう。大きく目次と書いていたし。

 

「大丈夫か?涼。肩貸してやるよ」

「すまない」

 

この間に少し休むことは出来たのだが、やはり歩けるほどの体力は回復しなかった。どうしようもない疲労感で体の重さが2倍になったようだ。

 

「ここからの戦闘は最小限だな。物陰に隠れてシャドウをやり過ごしていくぞ」

「クソ、俺もペルソナが使えれば……」

「無い物ねだりをしてもしょうがないだろう?とにかく行くぞ」

 

ペンギンはそう言うとこちらを振り向くことなく先へと進んでいく。翔に支えられながら自分達もその後を追いかけた。その後は何度かシャドウを見かけたが、戦闘にはならず隠れてやり過ごしたり、別の道を進んだりで校内を歩き回った。

 

「む、見つけたぞ。この先がモクジだ」

「図書室じゃん」

「図書室だな」

 

たどり着いたのは図書室だった。本の中の世界の目次が図書室、よくできた話だ。

扉を開ける。普段は本棚が多く置かれている場所だがそういったものは一切ない、壁に目次とだけ書かれた緑一色の部屋だった。

 

「やはりな。ここは現実と異世界の間に位置する場所だ。だからシャドウは現れない」

「てか、ここが異世界ってのはなんとなく分かるよ。あんなバケモノやペルソナを見ちまったら納得するしかねーし」

「そうか、ならばどこから話したものか……。まずこのセカイだが我は単純に『本のセカイ』と呼んでいる。ここはいわばシャドウのためのセカイで、人間は普通来れないし、認識することもない。逆もまた然り、だ」

 

シャドウと人間が接触することは本来ありえないということか。

 

「しかし最近交わらないはずの2つの世界が急接近している。謎の綻びから人間がこちらに、シャドウはあちらに行くようになってしまった」

「その綻びってまさか……」

「『リソウの本』じゃないか?」

「心当たりがあるようだな。今回のケースで当てはめるとレディ三輪がこちらに来るとシャドウは彼女が理想と思っている自分に姿を変える」

 

それがあのケバケバしい三輪ということか。

 

「そしてシャドウは彼女を元にしたセカイを一から形成する。ここで形成されたセカイを『モノガタリ』とする 。ここまでは分かるよな?」

「なぁ、分かるか?涼」

「最後まで聞こう」

「お、おう……」

「シャドウは形成したモノガタリのシュジンコウとしてレディの理想を演じ続ける。先程までのエリアはその『第一章』だ」

 

難しい話だな……。なんとか理解できるが気を抜くと一瞬で何もわからなくなりそうだ。

 

「なんでシャドウは理想を演じるんだ?」

「理想を演じきって元の人格に囁くのだよ。『ワタシの方が上手くやれる。ワタシが代わってやろうか?』と」

「………おい、それってまさか」

「元の人格がそれに同意してしまうとシャドウは現実世界に出ていく。そして元の人格は消滅してシャドウになる」

「ふざけんなよ!じゃあ噂の理想の自分って……」

「シャドウだったのか……」

 

恐ろしい話だ。自分が消えてなくなるのに誰も気付かない。それどころか全く別の存在に居場所を奪われるとは。死ぬよりも恐怖かもしれない……。

 

「今すぐに助けねーとマズイじゃねーか!このままだとあいつがシャドウになっちまう!!」

「落ち着け、今すぐに代わるというわけではない!言っただろう?理想を演じきる必要があるんだ。逆に言えば演じきる前にシャドウを倒してしまえば助けることが出来るはずだ。恐らくレディはモノガタリの最後、『最終章』にいる。そして先程までシャドウが演じていたのは『第一章』、まだ時間はある」

 

余裕はないが時間が全く無い訳でもなさそうだ。切羽詰まっているもののここで焦って突貫するほうが危険かもしれない。

 

「最終章までどれほどかかる?」

「今日、モノガタリに我々が介入したことで少し進行は遅れているだろうから長く見積もれば2週間、短くても9日はある」

「その間イインチョはどうなんだ?」

「分からん。そもそも我は現実世界の存在は知っているが行ったことはない」

 

普通に考えるとこのペンギンもシャドウのような存在ではないのか?必ずしも人間だけがペルソナ使いになれるわけではないのだろうか。

 

「とりあえず今日のところは帰れ」

「………そうしようか」

「と言うよりもそもそもどうやって帰るんだ?」

 

そう言えばそうだ。色々あって忘れていたが自分達は迷子だった。

 

「なぁペンギン。分かるか?」

「知らん。なぜ我が行ったこともない場所への帰り方を知っている?」

 

確かにそうだ。しかしまいったな。方法を考えながらなんとなくポケットに手を突っ込むと何か入っていることに今更ながら気づいた。

 

「………栞?」

 

奇妙な絵が書かれた栞が入っていた。材質は分からないがかなり固く、軽く指で弾いてみると、指の方にジンジンと痛みがやってくる。

 

「これは?」

「いや、俺に聞かれても分かんねーよ。ペンギン!なんか知ってるか?」

「知らん」

「さっきから知らねーこと多すぎないか?」

「が、栞だろう?物語を読むのを中断するときに使うモノだ。もしかしたらそれを使えば帰れるかもしれんぞ」

 

しかしどうやって使えばいいのだろうか?色々考えてみよう。

 

「帰りたい!」

 

栞を天高く掲げてそう叫んで見る。が、帰れない。

 

「………何やってんだ突然」

「お前は見どころがあると思っていたが思い違いだったようだ……」

 

散々な評価を受けてしまった……。違う方法を試そう。

 

「ハイどーん!」

 

栞を床に叩きつけてみる。が、帰れない。

 

「お前、大丈夫か……?」

 

翔に心配されてしまった。他にないか?

たしか最初ここに来たとき、自分は目次の文字に触れた。ならば帰りも………。栞を手に持った状態で目次の字に触れてみる。すると最初と同じように『第一章』の文字が浮かび上がり、その隣に『帰還』の文字が新たに浮かび上がってきた。

 

「おお!やるじゃねーか!これで帰れるな!」

「良かったな。では我はここで失礼する」

「一緒に来ないのか?」

「…………まぁ、今はいいさ。我はまだ探索を続ける。足手まといもいなくなることだしな」

「悪かったな足手まといでよ!………でもありがとな。お前がいなけりゃ俺達は死んでたよ」

「助かったよ」

「フフフ………まさか人間に感謝される時が来るとはな。リョウとショウだったか?また会うことがあればいいな」

 

ペンギンはそう言うと姿を消した。最後まで正体の分からない存在だったが悪いやつでは無かったのだろう。

 

「変な奴だったな。エラソーだったし」

「でも良い奴だった……だろ?」

「ヘヘ、まぁな!帰ろーぜ涼。英気を養って早くイインチョを助けねーと!」

「ああ」

 

二人で『帰還』の文字に触れる。すると行きと同じように緑の壁が崩れ去り、今度は図書室が現れた。先程とは違い緑色ではない普通の風景である。しかしあたりはもうすっかり暗くなってしまった。

 

「………ようやく帰ってこれたか。て、おい、涼、どうした、………!…………!!……………!!!」

 

何か翔が叫んでいる。が、意識が遠のいてよく聞こえない………。

 

………

………………

………………………

 

「ようこそ……我がベルベットルームへ……申し遅れましたな。ワタクシの名はイゴール」

 

意識が戻ると自分は青色を基調とした劇場の客席、その最前列にたった一人で座っていた。舞台上には席についた長い鼻の男とその隣に佇む銀色の髪の女性がこちらを見下ろしている。

 

「この部屋……夢と現実、精神と物質の狭間の場所……ベルベットルームの主をしております……」

「ワタシはその秘書兼このベルベットルームの主演女優を務めますアルテイシアと申します。以後お見知りおきを………」

 

奇妙な二人組だ……。思えば今日は奇妙な経験しかしていない……。

 

「まずは貴方様の新たな出会いと力の発芽に祝福を贈らせていただきます……」

「『運命とは、もっとも相応しい場所へと貴方の魂を導くのだ』!!シェイクスピアの言葉でございます。これから旅路を進んでいくお客様に相応しいかと……」

 

イゴールと名乗る男は血走った大きな目とは逆に非常に落ち着いた物腰でこちらに語りかけてきて、アルテイシアを名乗る女は逆に芝居がかった口調で語りかけてくる。

 

「しかし貴方様の力はまだ目覚めたばかり……これからより大きく育っていくでしょう……」

「ワタシ共はそのお手伝いをさせていただく者でございます」

「目覚めた力は『愚者』、全ての始まりであるアルカナ……」

「名残惜しいですが本日はそろそろお時間です……最後にコレを……」

 

虚空に突然鍵が現れて、自分の掌にゆっくりと落ちてくる。

 

「それはこのベルベットルームの鍵でございます。お客様はそれを使うことでここに来ることができます……」

「それでは良き物語を………」

 

そのセリフはどこかで聞いたような気がする………。

再び意識が遠のいて行ってしまう………。思い出せない………。

………

………………

………………………




ペルソナ:ピーター・パン
レベル 3
力 2
魔 8
耐 1
速 5
運 3
疾風耐性 火炎弱点
スキル
・ガル・突撃

今回の戦闘では覚醒補正でガルはマハガルーラぐらい、突撃は猛突進ぐらいに強化されてます。その分疲労度も高いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 4月6日 夜

更新が遅れて申し訳ありません……
評価バーが色付きになっておったまげました。文章力の低さを承知で読んでくれる皆様には感謝しかありません。
これからもよろしくお願いします………。


4月6日 夜 ???

………

………………

………………………

目を開けると見覚えのない天井が広がっていた。自分の居候先の天井とも違う、清潔感あふれる真っ白い天井である。

先程までとても不思議な夢を見ていた気がする。そして本当に今日はよく意識を失う日だ。

 

「………ようやく起きたか。儂がわかるか?」

「母方の祖父、志賀(しが) 尚司(なおじ)さん。自分を引取ってくれた」

「記憶はしっかりしているようだな。……いい友達を持ったな。倒れたお前がここにかつぎ込まれた時、ずっと付き添ってくれていたぞ」

「翔が……ありがたいな……」

「神奈木さんところの坊主だったのか」

「………神奈木さんは有名なのか?」

「日伝市も古く狭い街だからな、未だに地元の名士は強い権限と広い顔を持っている。若いモンは知らない者も多いだろうがここで生きている大人は必ず神奈木さんと関わることになる」

 

こういう田舎町ではよくある話なのだろうか。ということは、実は翔って良いところのお坊ちゃん……?

 

「医者は大丈夫って言っていたが今晩は大事をとって入院だ。あぁ、でも学校は行けよ?」

「わかっている」

 

父方の親戚をたらい回しにされていた自分を引取ってくれた彼には恩義がある。出来る限り返していきたいものだ。

大部屋の1ベッドで寝ているのだが、他に人がいないためにどうにも寂しい。たとえ誰かが居ても喋ることはないだろうが、人の気配があるのとないのでは心理的な負担がまるで違うのだと知った。

………暇だ。先程まで寝ていたせいで目も冴えている。勉強でもしよう。

自分の学生鞄を開くと目を疑うモノが入っていた。

 

「『リソウの三輪 凛那』………。なぜここに?」

 

本のセカイと現実世界をつなぐ歪み『リソウの本』。そして本には向こうのセカイで手に入った謎の栞が挟まっている。開いて確認したいところだが、軽率に開いてまた向こうのセカイに飛ばされたら敵わない。唐突にまた睡魔に襲われる。……疲れているのかもしれない。

今日はもう寝ようか…………。

………

………………

………………………

 

4月7日 朝 病院 《三輪消滅まであと8日》

 

「おはようございます、今日は簡単な検査だけして大丈夫そうなら退院よ」

「よろしくお願いします」

 

朝一番に起こされ、本当に簡単な検査が行われる。医師にいくつか質問をされ、それに答えるとあっさりと退院が決まった。

 

「お大事にね」

「はい、ありがとうございます」

 

自分を担当してくれた看護師の人にお礼を言うと病院から出ていく。そして出てすぐの場所に見覚えのある姿があった。

 

「よっ!よく眠れたか?涼」

「おはよう。昨日はありがとう」

「気にすんなって!向こうのセカイでは俺の方が命救われてんだからさ」

 

翔がわざわざ病院まで迎えに来てくれていた。本当にマメで人のいい男だ。

 

「病院から学校までの道、分かんねーだろ?昨日のこともあるし一緒に学校行こうぜ」

「助かるよ」

 

翔とそのまま道を歩く。病院から学校までは住宅街を超えていくだけなのだが、その道が想像以上にややこしい。翔が来てくれなかったら迷ってたどり着かなかったかもしれない……。

 

「なぁ、それでさイインチョの件なんだけど」

「そういえばなんで三輪のことを『イインチョ』って呼ぶんだ?」

 

確か彼女は役職で呼ばれることは気分が悪いと言っていた。

 

「あ、あー……それ、聞いちゃいます?」

「………じゃあいい」

「いや、話すよ!話させて!?あれは確か1年前……」

「すまない、やっぱりどうでもよかった」

「いや、聞けよ!?もう話す流れだっただろ!?」

 

………絶対大した話ではないと思う。やはりあえて無視を……

 

「もうお前が何考えてんのかなんとなく分かるぞ……。昔俺はイインチョに告ったんだよ!それまでは普通に名字呼びしてたんだけどフラレて気まずいからわざと役職で呼んでんだよ!分かったか、コノヤロー!」

 

前言撤回、すさまじく面白そうな話だった。

 

「告白の言葉は?」

「………『今夜は月が綺麗だな』……って放課後に言った。我ながらセンスあると思ったんだけど、普通に『告白ならごめんなさい』ってフラレた……」

「そもそも放課後なら月は出てないだろう?」

「あ、それもそーだな……」

 

何ということだ。この男、めちゃくちゃ面白いぞ。多分ネットか何かでそのフレーズを知って勢いでそのまま使ったのだろう。夕方に月の話をして告白するとは………確かにセンスはある……。

 

「って、俺の話はどうでもいいんだよ!イインチョはいつ助けるかって話だよ!」

「それなんだが……」

 

昨日自分のカバンに入っていた例の本を翔に見せる。

 

「これって、昨日の……!すぐに開けっ………いや、なんの準備もなしに開けたら危ないか。なぁ放課後空いてるか?」

「常に暇だ」

「それはそれでどうなんだ……?まぁいいや。とにかくちょっと買い物に付き合えよ」

 

翔は何か本のセカイの活動に役立つものを知っているようだ。放課後は彼に付き合ってみよう。

 

午前 日伝南高校 教室

 

「お、おい」

「三輪の席が……」

 

学校につくと三輪が座っていた机がまるまる消滅していた。それどころか出席番号も三輪を飛ばして1つ詰められている。本のセカイに閉じ込められている影響か?

 

「なぁ、イインチョってどこか知ってるか?」

 

早速翔が手近な男子に話しかけている。

 

「イインチョ?何言ってんだよ翔。委員長はお前だろ(・・・・・・・・)?」

「「!?」」

「よお、転校生!分からないことは委員長に聞くのもいいけど、俺達にも聞いてくれていいからな!」

「あ、あぁ。ありがとう」

「………なんだよ、二人とも。様子がおかしいぞ」

 

何でもないとだけ告げてその男子と別れる。これは、三輪の存在がなかったことにされて、他の生徒で帳尻合わせが行われているのか?

 

「じゃあなんで俺達はイインチョのことを知ってるんだ?」

「……ペルソナ使いだから?」

「………嫌味かよ、俺は使えねぇ!」

 

冗談のつもりだったが割と本気で怒られてしまった。翔のセンスをとやかく言えないな……。

 

「本のセカイを知っていることが条件じゃないか?」

「じゃあこれまでリソウの本で変わった人達も……」

 

気付かなかっただけで同じように一時的に消えてしまっていた可能性がある。

 

「ふ……」

「ふ?」

「ふざけんなよ!」

 

翔が怒鳴る。気持ちは分かるが教室内だ。この構図だと自分が彼を怒らせたように見えてしまう。

案の定、何があったのかとみんなざわついている。

 

「気持ちは分かるが落ち着いてくれ」

「………あ、あぁ。みんなもゴメンな!ちょっと昨日見たドラマで盛り上がっちゃってさー!」

 

翔はかなり苦しい言い訳をかますが、クラスメイトも追求するようなことはせず、各々元に戻っていった。

 

「絶対イインチョを消させたりしねぇぞ……!」

「当たり前だ」

 

翔は決意をより強く固めたようだ。自分はそもそも覚悟を決めている。自分がペルソナに目覚めたのはきっとそのためだからと思うから。

 

「でも今日は装備を整えようぜ。決行は明日だ。焦って全滅したら笑えねーしな」

「分かっている」

 

翔は熱しやすいところもあるが芯の部分は冷静だ。何か異世界に対する対抗策があるのだろう。

 

放課後 JL日伝駅

 

「なぜ駅に?」

「いや、駅には用はねぇよ。大体1時間に1本しか電車出ないし」

 

翔とやって来たのはJL日伝駅前にある広場。恋人達が待ち合わせによく使うスポットで日伝市ゆるキャラ、ペンタゴンの金色のオブジェが異彩を放っている。しかしこんな恋人達の園に男と二人だけで来るとはまさか翔にはそっちの気があるのか?

 

「無表情だけどなんとなく失礼なこと考えてるだろ」

「そんなまさか」

「用があるのはこっちの方だよ」

 

翔が指で指し示した先にあったのは

『防具屋 天下無双』

 

「………ドラ●エか?」

「いや、名前はダセーけど剣道の防具とか売ってるんだよ。学生服で突撃とかは嫌だろ?ちょっとでも防御力あげねーとな!」

 

剣道の道具って確かめちゃくちゃ高いんじゃなかったっけ?そんなにお金を持ってないぞ……。

 

「お、その顔は金がないって顔だな?」

「よくわかったな」

「無表情なのに顔に出るよな、お前。目が語ってるのか?」

 

なるほど口が無口な分、目は雄弁にものを語るのかもしれない。

 

「安心しろって。うちの高校も剣道部があってな、高校生用に手軽なヤツも売ってるんだよ」

「それはスゴイな」

「だろー。ま、とりあえず入ろうぜ」

 

翔は躊躇いなく店内に突入していく。もしかしたら店の人と知り合いなのかもしれない。

 

「………いらっしゃい」

「どうもご無沙汰してます」

「……あぁ、神奈木さんとこの……」

 

やはり日伝市での『神奈木』さんは絶大な知名度を誇っているようだ。しかし、翔の顔には少しだけ翳りが見える。

 

「それで?今日は何が欲しいんだ?」

「ちょっと鍛錬をしようと思いまして、安めの防具ありましたよね?」

「………それならあそこの棚だ。臭いもほぼ取ってる」

 

無愛想な店主が指差す方向には古い胴が何個か置いてあった。剣道の防具といえば汗臭い印象が強かったのだが、この店内はそういった臭いが一切しない。新品ばかりなのもそうだが、こういった中古品からもその臭いがしないのはスゴイ。

 

「お、すげーな。これとか2000円だぞ?」

「安すぎる……」

 

隣の新品は最低でも2万円は超えているのに……。

 

「じゃあこれ2個と竹刀2本買うか。竹刀と自分の胴は俺が出すよ。金、足りるか?」

「そっちこそ」

「俺は………やらしい話金は結構あるからいいんだよ」

 

そういうことならありがたく頂戴しておこうか。

 

「………毎度。これはオマケだ」

 

そして最後まで店主は無愛想だったが防具を入れる袋をくれた。学生に優しい防具屋だ。お金が溜まったらもっといい防具を買ってもいいかもしれない。

 

「あ、そうそう。これもお前に渡しておくよ」

 

そういって翔は傷薬と絆創膏と包帯をそれぞれ3つずつ渡してくる。

 

「どれだけ効果あるかは分かんねーけどあったほうがいいだろ?ドラッグストアも駅前にあるからお前も気になるなら買っといてくれ」

「分かった」

 

ドラッグストアの場所を教えてもらった。

 

「じゃあいよいよ明日だな。今日のんびりした分は一気に取り返すぞ!」

「焦らず行こう」

「………し、締まらねーな」

 

翔と別れて、家路についた。

 

夜 自宅

 

「………帰ったか」

「ただいま」

「体調は大丈夫か?しばらくは無理するなよ」

「分かった。ありがとう」

 

志賀さんはわざわざ家で待っていてくれた。自分は彼が仕事の関係で作った(はなれ)で住まわせてもらってる。

 

「………別にお前を出迎えてやるためじゃないからな。仕事に必要な本を取りに来ただけだ」

「そうだったのか」

 

彼は小説家を生業としており、かなり売れっ子らしい。ペンネームを尋ねたことがあるが教えてもらえなかった。この離は自分が来る前は彼の書斎も兼ねていたらしい。だから今でも山ほどの本がある。

 

「お前も気になる本があるなら読んでいいからな。というよりも本を読め。若いうちにたくさん本を読めば人生が豊かになる」

 

そう言って志賀さんは離を後にしていった。

許可も降りたことだし早速どんな本があるか見てみよう。

『人生とは』『言ノ葉を紡ぐ』『愛と恋』『暴れっぱなし将軍』『総合技術力』

手に取れる高さで気になるのはこれだろうか。上の段にも本があるが梯子が古くて不安だ……また今度直せるか見てみよう。

明日はいよいよ三輪のモノガタリに行く。体力温存のためにも今日はもう寝ようか………。




ペルソナ:キャプテン・フック
レベル 4
力 5
魔 3
耐 6
速 2
運 2
核熱無効 氷結弱点
スキル
・フレイ・砲撃

ペンタゴンのペルソナですが紳士を自称する彼にとって略奪の象徴である海賊は不本意らしいです。でも彼自身気性が荒いので周りはそこまで違和感を持ってないです。どちらかというと主人公のペルソナ、ピーター・パンと出典元が被っているほうを周りは気にしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 4月8日 放課後(1)

大変お待たせいたしました。待っていてくれた方には感謝しかありません。ペースはめちゃくちゃになりますが、筆はまだ置いていないので良ければまた、読んでください。


4月8日 放課後 図書室 《三輪消滅まであと7日》

 

翔とともに昨日購入したアイテムを持って図書室にやってきた。正直に言うと翔はペルソナを持っていないので不安なのだが、おそらく付いてくるなと言っても無駄だろう。そこで引き下がるような性格ではないというのは短い付き合いだが分かる。

 

「相変わらず図書室は誰もいねーのな」

「もしかしたら、三輪がいなくなったような辻褄合わせがここにも起きているのかもな」

「………どういうこと?」

「………人がいないってラッキーだな」

 

なんとなく口から出てきた憶測を追求されても困るので話を切り上げる。

 

「よし、行くか」

「絶対助けようぜ!」

 

言われずともだ。三輪にはまだ学校を案内してもらってないしな。

カバンから『リソウの三輪 凛那』を取り出し、ページを開く。今回は気を失うようなことはなく、図書室が少しづつ真緑に侵食されていく形で例の『モクジ』にまで辿りついた。

 

三輪のモノガタリ モクジ

 

「お、おい」

「章が進んでる……」

 

壁にあった目次の文字、その隣には『第一章』『第二章』とあり、前来たよりも少し増えている。

 

「そういえば、あの妙なペンギンは?」

「ペンタゴンだよな。アイツはアイツで動いてるみたいだったからもしかしたらどこかで会うかもな」

「戦力は多いに越したことはないんだが……」

「ここでうだうだ言ってもしょうがないだろ?とりあえず行こうぜ」

 

確かに翔の言うとおりだ。早速防具をつけて……。???

 

「防具、どこいった?」

「え?あ、あれ!?ね、ねーぞ!?なんでだよ!?竹刀はあるのに!?」

「………ルールが分からない」

 

竹刀は翔の言うとおりある。どうなっているんだ?

しかし分からないことに頭をひねってもしょうがない。今この世界で分かっていることは三輪シャドウが三輪と接触する前に三輪シャドウを倒すということだけ。

前と同じ手順で今度は『第二章』に触れる。するとやはり前と同じように壁が崩れ去り、今度は完全に見たことのない場所が現れた。相変わらず緑色なのは変わりないのだが。

 

「………ここは、どこだ?」

「翔も分からないか?」

「あぁ、明らかに人の家だし、正直言って分かんねーな」

 

それもそうか。辺りを見渡し耳を澄ませてみるとどこかから話し声が聞こえてくる。こんな場所で話し声ということはシャドウがそこにいる可能性が高いということだろう。

翔と目配せをして、声の聞こえる方へ進んでいく。しかし、やはり何が起こるか分からない異世界、トントン拍子には進まない。

 

《■■■■!!》

「シャドウだ!」

 

仮面を被った獣がこちらを見て襲い掛かってくる。迎え撃つ!

 

「ペルソナ!!」

 

青い炎とともに自分のペルソナ、『ピーター・パン』が姿を現す。

 

「『ガル』!」

 

暴風がシャドウを攻撃するが、空中でありえない身のよじり方をした敵は風を躱す。そしてそのままその豪腕を振るってきた。

 

「させるかっての!」

 

攻撃が当たる前に横から翔が竹刀でシャドウを殴ってくれた。一瞬怯んだ隙を見て横に転がり身をかわす。不思議と自分がどんな技を持っているのかはわかるのだが、

ただスキルを使うだけでは勝てないのか。工夫が必要そうだ。

 

「『ピーター・パン』!」

《■■■■!!!》

 

再び腕を振るおうとするシャドウをペルソナで間合いを詰めて止める。動きを止めたら翔が竹刀を振るい、今度は頭にクリティカルヒットした。シャドウは地面に倒れ伏し、身動きが取れていない。

今なら攻撃が当たる!

 

「『ガル』!」

 

暴風は今度はシャドウを捉え、その身を切り刻んだ。そのままシャドウは塵となって虚空に溶けていく。

 

「勝てたな……」

「あぁ。俺の攻撃は決定打にはならねーみてーだけどうまく当たれば相手を怯ませれそうだな!」

「頼りにしてる」

 

少し体が気だるい。どうもスキルを使うと気力のようなものを消耗するようだ。出来るだけ配分には気を使わないと……。

 

「て、シャドウがいたところになんか落ちてるぞ」

「これは、小銭と包帯?」

「なんでシャドウがこんなもん持ってるんだ?」

 

そんなことこちらに聞かれても……。まぁ、貰えるものは貰っておこうか。

 

《■■■■!!》

 

また出た!

 

「き、キリがねぇ……。行けるか!?涼!」

「ペルソナ!!」

 

シャドウが再び襲い掛かってくる。先程と同じようにまずは殴って怯ませる!

 

「な……!?竹刀が弾かれる……!」

「そんなのありか?」

 

自分も竹刀で攻撃するが、ダメージが入っていない。むしろ弾かれた痛みがこちらを襲う。

 

「やれやれ……素人の戦いだな」

「その声は……」

「やれ、『キャプテン・フック』!!」

 

どこからともなく放たれた砲撃がシャドウを吹き飛ばす。そしてその攻撃の主は、

 

「ペンギン……!」

「ペンタゴン……!」

「せめて呼び名は統一してくれないか?」

 

出自、目的不明のペルソナを使う謎のゆるキャラ、タキシードペンギンのペンタゴンとそのペルソナ『キャプテン・フック』が自分達の背後から現れた。

 

「まぁいい。我の呼び名は後で決めるとして、リョウ……と言ったな?貴様、ペルソナの使い方がまるでなってないぞ」

 

そんなこと言われてもペルソナで戦うのなんてまだ3回目……。

 

「いいか、ペルソナとシャドウの戦いで重要なのは弱点をつくことだ。そこをうまく付けばわざわざ殴って怯ませずとも済む。試しにスキルを使ってみろ、外すなよ!」

「『ガル』!」

 

ペルソナが放つ暴風が今度はシャドウにしっかりと当たった。風に巻き上げられたシャドウはそのまま先程のように突っ伏して倒れてしまっている。

 

「上出来だ」

《………な、何故オレはこんなとこにいるんだ?》

「シャドウが、喋った?」

《おい、命だけは助けてくれよ!なんでもするぜ?》

「どうする?生殺与奪はこちらが握っているぞ」

「…………」

 

無駄な殺生をせずに済むならそれに越したことはないだろう。見逃すことにした。

 

《あ、ありがとう!礼といっちゃなんだか力を貸してやるよ!我は汝、汝は我……》

 

するとシャドウは淡い光となって自分の持っている栞の中に吸い込まれていく。

 

「な、シャドウを取り込んだだと!?」

「すごいのか?」

「我は命乞いをしてきたから金品を多く巻き上げてやろうと思っていただけだ。こんなこと初めてだぞ……」

 

前に紳士を名乗っていた割にアコギなことを考えていたようだ。

 

「………まぁいい。リョウの妙な能力については後回しだ。ペルソナの持つスキルには属性があってその相性によっては攻撃自体が通らんことがある。スキルは使うと気力を消費するから調子に乗って撃ちまくっているとバテるぞ」

「なるほどな」

「………俺、蚊帳の外なんですけど………」

 

そう言われても翔はペルソナ使えないしな………。もちろんそんなものがなくとも助けてもらってるから問題ないとは思うのだが。

 

「お前たちはこれからどうするんだ?」

「三輪のシャドウを倒す」

「………ふむ……。なぁ契約しないか?我も個人的な事情でモノガタリを探索していてな。戦力はあった方がいい。お前たちも生存率は上がると思うぞ」

 

ペンギンからの提案。確かにいい話かもしれない。

 

「その話、乗った」

「契約成立だ」

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

ベルベットルーム

 

「まず縁を結んだのは『戦車』のアルカナ……」

「絆はいずれ貴方を救う力になるでしょう………」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 4月8日 放課後(2)

いつも感想等いただきありがとうございます。ペースは遅いですが、構想はあるのでご安心を。
こんな時期ですが、自宅での生活の楽しみの一つになっていたらとても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします……。


「ところでなんだけどさ」

 

三輪の『モノガタリ』内を探索している最中、翔がおずおずといった調子で手を挙げる。

 

「どうしたんだ?」

「何か質問か?答えられることなら答えてやるぞ」

「いや、ペンタゴン……なげーな。ペンタでいいか。ペンタがこの『モノガタリ』を探索してる理由って何なんだ?」

「ペ、ペンタ……?まぁ、いいが……」

 

なるほど。確かに気になる。せっかく協力関係を結んだところだし、彼の目的についても知っておきたいところだ。

翔と二人でタキシード姿のペンぎんを見つめると彼は少し考え込んでやがてすべて面を上げた。

 

「実はなんだが、我はつい最近生まれたシャドウなのだ」

 

ペンタがシャドウ……。予想はしていたが彼は誰のシャドウなのだろう。そしてシャドウがペルソナをなぜ使える?彼の話を聞く限りシャドウとペルソナは同質のようなものに思えるが。

 

「だがどうにも我には記憶が無い。もちろん誰のシャドウかも分からん。どうしたものかと途方に暮れていたら『モノガタリ』をシャドウが形成し始めた」

「ふむ」

「じゃあお前もそこまで『モノガタリ』について理解してるわけじゃないんだよな」

「まぁな。しかし『モノガタリ』にこそ我の記憶の鍵があると思ってな。いくつかの『モノガタリ』を巡っているうちにある程度の仕組みを理解した」

 

失われた記憶を探して『モノガタリ』を渡り歩いているところで三輪の『モノガタリ』に迷い込んだ自分たちと出会ったのか。

 

「そろそろ一人で探索するにも限界だったからな。そんな時にそれなりに使い物になりそうなお前たちがいたというわけだ」

 

「これも日頃の行いが良いからだな」と一人得意げに頷くペンタ。シャドウから金銭を巻き上げようとしたり、三輪のシャドウに品性が無いと言ったりと行いが良いとは言い難いと思うのだが……。

 

「事情は分かった。それより、この奥の部屋からまた声が聞こえないか?」

 

もしかしたらまた三輪のシャドウがいるのかもしれない。薄暗い緑の廊下の奥の部屋から明かりが漏れている。

 

「間違いなくシャドウがいるだろうな。見つからないように中の様子を確認しよう」

 

ペンタが先行し、扉の手前で身を潜める。俺達もそれに倣って陰から中の様子を覗いてみた。

部屋の中には女性が二人いた。何やら片方の女性がもう片方に説教をしているようだが……?

 

「凛那……貴女この間の成績、あれは一体どういうことなの?」

「ごめんなさい、お母さん」

「はぁ……勉強が貴女の取り柄でしょう?それぐらいは頑張りなさいよ」

 

あれは三輪と、その母親……?厳しい言葉をかけられているようだが。それに三輪は先日のシャドウのような派手な見た目ではなく、眼鏡をかけた普段通りの彼女だ。

 

「あれは三輪なのか?それともシャドウなのか?」

「待て、様子がおかしいぞ」

 

ペンタが言った次の瞬間、三輪の姿は再び派手でケバいものとなり、母親の姿も少し砕けた雰囲気のものとなった。

 

「ねぇママー、今度また一緒にショッピング行こうよ。タピオカできたんだって」

「ホントー?じゃあ週末にでも行きましょうか」

 

先程までのギスギスした空気から一転し、仲睦まじく会話を交わす母娘。これが三輪の理想……。また一つ『モノガタリ』が進んだ、ということか?

 

「おい、これって『モノガタリ』っつーのが進んでるってことだろ?」

「あ、おい、ショウ!勝手に飛び出すな」

「危ないぞ」

「うるせぇ!ペルソナなんか使えなくてもなぁ!俺は……俺は!」

 

翔が静止を振り切って部屋に飛び出していってしまう。そのまま三輪のシャドウに殴りかかろうとしたが、母親らしき女性に取り押さえられる。

 

《ワタシ、わ、ワタシのムスメに何するのよォォぉお!?》

 

母親の体が異形の姿へと変わる。翔を押さえつけていた腕は巨大な鉤爪となり、暴れる彼を容易く制している。

 

「翔!」

「……っ!馬鹿め!」

 

慌てて自分たちも飛び出す。

 

「翔と転校生……アンタらまた来たんだ。もーしつこいー!死ねっシネっ!」

 

押さえつけられた翔を助けるために前に出ようとするが地面からシャドウがあふれ出て、行く手を阻まれる。

 

「くそっ、邪魔だ!来いっ『ピーター・パン』」

「蹴散らせっ『キャプテン・フック』!」

 

ペルソナを呼び出して応戦するものの、シャドウが放つ火炎による高熱で風を上手く放てない。さらに相性が悪いのだろう、こちらの動きが制限される。

 

「アンタ達はそこで見てなよ、とりあえず翔を殺すからサァ!」

《リ、リンナァ、リンナの為にぃィ!!》

「翔!!」

 

 

 

翔side

 

あー、やっちまった。本当に馬鹿だな。俺は。イインチョがピンチってなったときに俺が助けれたらなって思っちまった。でも、俺は無力で、転校生の翔がペルソナなんて力に目覚めて、なんで俺じゃないんだって。

一人でイライラして、アイツは、涼は俺を頼ってくれてたのになぁ。

多分俺はこのまま死ぬんだろう。

神奈木 翔として何も為さず、神奈木家の息子として、死ぬんだろう。取るに足らないコンプレックスを抱えたまま。

くだらねえ。

 

『不様だな』

 

あ?頭に妙な声が響く。どこか自分の声に似ている。

 

『自分を見てもらえないと孤独を気取るその姿……。我が事ながら見るに耐えぬ』

 

そうだな。そのせいで俺は死ぬんだよ。

 

「翔!!」

 

涼の声が聞こえる。アイツは、そうだ。イインチョとは俺とは違ってアイツは付き合いが浅い。なのにアイツは命を懸けている。今も、今までも会って間もない誰かのために涼は戦っている。

………クソッ。カッコイイじゃねぇか……!

 

『理想を求めながら、理想を持たず彷徨う姿、まさに道化そのもの』

 

あぁ、そうだな!俺は神奈木の息子以外で見てもらいたかった!具体的にどうなりたいかなんて知ったこっちゃなかった!

 

『だが、今はもう違うだろう?』

 

そうだな。俺はせめてあいつの友達として恥ずかしくない男になりたい。

 

『ならば力を貸してやろう。契約だ』

 

あぁ、契約だ。

 

『我は汝、汝は我……今こそ愚かな自分との決別の時だ。その証明に我が名を叫べ』

 

「来やがれ、『ハーメルン』っ!!」

 

 

主人公side

 

「来やがれ、『ハーメルン』っ!!」

 

翔が叫ぶと青い炎が吹き出して、怪物も吹っ飛ばされる。そして姿を現したのは、笛を担いだ長身の男。その周辺には小さい人影のようなものが蠢いている。

 

「涼!悪かった!目が覚めたぜ……。俺は大丈夫だ!そっちは任せた!」

「………あぁ!」

 

翔との絆を感じる。

そうこうしている内に自分の目の前のシャドウが再び火炎を吐き出してきた。だが、確信があった。今の自分にはまたもう一つの力が芽生えていると。

 

「ペルソナっ!!」

「なっ!?」

 

姿を見せたのはピーター・パンとはまた違うペルソナ。

 

「『ジャックランタン』!」

「違うペルソナを操る……だと?これがリョウの力なのか!」

 

ジャックランタンは放たれた火炎を吸収する。攻撃が無効化されたことでシャドウにも大きな隙が生まれた。

 

「ペンタ!」

「あ、あぁ!『キャプテン・フック』!!」

 

ペンタのペルソナの砲撃がシャドウを消し飛ばす。黒煙が晴れるとその向こう側では翔のペルソナが母親シャドウを倒し切ったところだった。

 

「三輪のシャドウは、もう消えたか」

「しかし、ショウもペルソナに目覚め、もう限界だろう。一旦帰るぞ」

「へへ、そうしてもらえると助かる……」

 

フラフラの翔に肩を貸す。今度は立場が変わってしまったな。

 

「なぁ、涼」

「なんだ?」

「色々すまなかった。あと、ありがとうな」

「何がだ?」

「へへ、なんでもねぇよ!」

 

初めて二人で心から笑えたような気がした。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

ベルベットルーム

 

「新たに結ばれた縁は『魔術師』のアルカナ。さらにまた一つ力に目覚めたご様子……」

「お客様の素晴らしき旅路に祝福を。そしてこれから来るであろう災厄に打ち勝つ力を……」




ペルソナ:ハーメルン
レベル 7
力 6
魔 10
耐 5
速 5
運 12

念動無効 電撃弱点
スキル
・サイ・マリンカリン

翔のペルソナを出すタイミングは結構悩みました。翔の『モノガタリ』を出そうかも悩んでいたのですが、思い切って出しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 4月9日 放課後(1)

感想や、評価、お気に入り登録、誤字修正などいつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします!


4月9日 放課後 三輪のモノガタリ モクジ《三輪消滅まであと6日》

 

「やっぱり『モノガタリ』が進んでるな」

 

壁には新たに『第三章』の文字。しかし、未だに三輪のシャドウとはまともな接触ができていない。説得にしろ、撃破にしろ、何かしらの機会を得たいところなのだが。

 

「待っていたぞ」

 

相変わらずどこからともなく現れるペンタ。

 

「なぁ、前から思ってたんだけど、お前ってどこで寝泊まりしてるんだよ」

 

確かに気になる。シャドウはペンタも容赦なく襲っていたし、休憩を取れているのだろうか?

 

「まぁ基本はこの『モクジ』にいるな。いざとなったら『モノガタリ』からの脱出もできる」

「現実世界には来れないのか?」

「さぁな。試そうとしたこともない」

 

ペンタは現実世界の方には興味がないようだ。

 

「いいから行くぞ。おそらく『モノガタリ』も佳境だ。レディを救うのだろう?」

「あぁ、分かってる。行くぜ涼!」

 

俺達は目次の『第三章』に手を触れた。

 

三輪のモノガタリ 『第三章』

 

第三章は再び学校だった。暗い緑一色の不気味な廊下。前に来たときよりもより暗くなっている。

 

「やはり『最終章』が近付いているな……」

「……なんか、俺、イインチョの理想があんなになった理由が分かってきたかも」

 

翔には何か心当たりがあるようだ。

 

「行くぞ、間違いなけりゃイインチョは一年の教室にいる」

「心当たりがあるなら話しは早いな。リョウ、どうする?」

「翔についていこう」

「あぁ、こっちについてきてくれ」

 

翔に連れられてたどり着いたのは1年3組の教室。そして彼の読み通り、教室から話し声が聞こえてくる。

 

「やっぱりな。ここは俺達が入学して直後の場面だ」

 

三輪の理想のルーツがここにあるようだ。中を覗き込むと、教室は生徒でいっぱいだった。三輪のシャドウは手前の方で座っている。しかし派手な格好ではない。

 

「折角だし、親睦会っつーことでカラオケでも行こうぜ!」

「いーじゃん!男子のおごりねー!」

「うぉい、ちょっと勘弁してくれよー」

『ハハハハ!』

 

教室は盛り上がっている。しかし、三輪は場の雰囲気に乗り切れていないようだ。

三輪は立ち上がってそそくさと教室から立ち去ってしまった……。

 

「………なにアノコ、ノリ悪くない?」

「お高く止まっちゃってさぁ……」

 

教室からヒソヒソと彼女への不満が漏れ出ている。

翔はやっぱりな、と呟きながら大きくため息をついた。

 

「見たろ?イインチョってああいうノリが苦手らしくてさ。ちょっとクラスの空気が微妙になったときがあるんだよね。その後も打ち上げとかに来ることは無かったし」

 

つまり、三輪のシャドウの変貌と様子から察するに三輪の理想は、

 

「『明るくてノリがいい自分になりたかった』ってことか?」

「………多分」

「我は奥ゆかしい方が好みだがな」

 

ペンタの好みは興味ないが、理想の三輪のほうが彼女本人より優れているとは思っていない。逆もまた然りだが。しかし、昼食カンパの時にブロッコリーを分けてくれた彼女がいなくなるのは自分も寂しく思う。

 

「待て、シャドウが騒がしくなってきた」

 

教室の中にいる生徒たちの様子がおかしい。輪郭がぼやけてきている。いや、周りの光景すべてが歪み始めている!

 

「まさか、『章』が進むのか!?」

 

目の前が真っ暗になった………。

………

………………

………………………

 

ベルベットルーム

 

再び劇場の最前列で自分は座っていた。壇上には長鼻の老人と青のドレスの美女がいる。

 

「再びお目にかかりましたな。ご安心を、ここへはあなたの意識のみをお招きしております」

 

イゴールはどこか楽しそうだ。

 

「お客様の前で壇上に立つ……。私、主演女優として胸の高ぶりを抑えられません……」

 

アルテイシアは変わらずテンションが高い。よく通る声が劇場に響く。

自分は今日は何故ここに呼ばれたのだろう?

 

「お客様は順調に絆を育まれている様子……」

「友情、なんて美しい響きの言葉でしょう。人との絆こそが貴方を強くする……。フフフ………」

「間もなく貴方は新しい力に目覚めることでしょう」

「ではまた、いずれお会いしましょうね」

 

意識が遠のく……。

 

三輪のモノガタリ 『最終章』

 

「………い、………おい!」

 

翔の声が聞こえる……。自分は気を失っていたのか?

 

「大丈夫か、涼!お前はなんでそんなに気絶すんだよ!?」

「軟弱な……」

 

翔とペンタに呆れられてしまった……。目の前には巨大な扉が。そしてそれには大きく『リソウの三輪 凜那 最終章』とある。つまりこの奥に三輪と三輪のシャドウがいるということか。

 

「ペンタ、向こうに二人はいるのか?」

「あぁ。シャドウの気配がある以上間違いなくレディも中にいる」

「準備はいいか?涼」

 

もちろんだ。翔と二人で扉を開ける。

中には三輪と派手な姿の三輪のシャドウがいた。

 

「イインチョ!」

「神奈木君に朝宮くん!?な、なんでここに!?」

 

あれ?確か、翔は名字で呼ばれるのを嫌がっていたような……?

 

「なぁ、名字でいいのか?」

「今、それどころじゃないだろ!?」

 

確かに。再び二人に意識を戻す。

 

『ここまでやって来ちゃったんだぁ。まぁいいや。やることは変わらないし』

 

三輪のシャドウは三輪本人と向き合う。

 

『ね?見てて分かったでしょ?アンタじゃ誰ともうまく付き合えない。空気読めねー真面目ちゃんはクラスの輪を乱すんだよ!』

「んな訳ねーだろ!イインチョが輪を乱したことなんてねーよ!」

「でも、私は、私は……」

『家でもねぇー、真面目ないい子ちゃんだもんねー。ママと勉強以外の会話、最近したことある?アンタの性格じゃ家族ともうまく行かない……』

 

家族……。自分も家族とは……。

いや、今は三輪のことだ。シャドウを止めなければ。

 

『でもね、ワタシならうまくやれる。アナタよりもずっと素敵なアナタになってあげる。だから、ワタシと代わって?』

「イインチョ、駄目だ!断れ!」

「……いいわ、貴女が私になればいいっ!!」

『ふふ、フフフ、フフフフフっ!我は我、理想の汝!(アナタ)の人生、アナタ()が演じてあげる!』

 

三輪シャドウの体が大きく膨張し、怪物に姿を変えた!三輪は糸が切れた人形のように倒れ込んでしまう。

 

「お、おい、どうすんだ!?イインチョ助けれんのか!?」

「知らん!だが、あのシャドウを倒せば助けれるかもしれん!」

 

『過去の私を知るオマエ達はジャマだ……。こコで、し、死ネぇえ!』

 

シャドウが襲い掛かってきた!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 4月9日 放課後(2)

三輪のモノガタリ終了です。筆が進みました。読んでくれる皆様のおかげです。


三輪のモノガタリ 最終章

 

色が目まぐるしく変わる巨大なカメレオン型のシャドウは舌を伸ばして鞭のように振るってくる。

 

「「「ペルソナ!」」」

 

それぞれのペルソナ、ピーター・パン、キャプテン・フック、ハーメルンでそれぞれの属性攻撃を放つが、倒し切るには至らない。

 

『ムダ、むだ、無駄ヨ!!』

 

カメレオンの舌が空気を引き裂き、ペルソナ達を薙ぎ払う。鈍い痛みが舌の当たった右下腹部を襲う。

 

「もう一度畳み掛けるぞ!」

「ああ」

 

ピーター・パンが突風を巻き起こす。しかし、体色がいつの間にか緑に変わっていたカメレオンは風を吸収してしまった。翔とペンタがそれぞれ念動力、青白い球体を飛ばすが、それぞれの色に変色したカメレオンは攻撃を吸収してしまう。

 

「まさか、攻撃を解析して無効化できるのか?」

「はぁ!?チートじゃねぇかよ!」

「なら、ペルソナっ」

 

ペルソナをジャックランタンに切り替え、火球を放つ。しかし、それも倒し切るには至らない……。カメレオンは今度は赤に体色を変えた。炎ももう通じない。

自分はペルソナを2体しか持っていない……もう攻撃は通じないのか?

 

「な、なんなの、これ?」

 

三輪は呆気にとられているようだ。確かに、いきなりこんな戦いを見せられたら誰でも呆気にとられるだろう。………もし、三輪がペルソナに目覚めたら、この状況を打破できるかもしれない。しかし、どうやって?

いや、ペルソナに目覚めなくてもあのシャドウは三輪自身の理想だ。彼女の意識を変えることができれば何らかの弱体化が起きるかもしれない。

 

「朝宮君、今、どういう状況?みんななんか変なの出してる……」

「三輪、アレがお前の理想なのか?」

「そ、そうよ。悪い?あれが私のなりたかった自分。私とは違って明るくて、空気の読める、……」

「いや悪くない。俺には理想がないから。誰かの理想を否定できるような大層な人間じゃない」

 

ジャックランタンから再びペルソナをピーター・パンに切り替え、敵の攻撃を躱す。避けきれない分はいなすが、それでも体の芯に衝撃が響く。

 

「じゃあなんで。朝宮君だって明るい子のほうがいいでしょ?見たんでしょ?私がどんなコンプレックスを持ってるか……」

「ああ、見た」

 

翔とペンタのペルソナが吹き飛ばされ、実像を維持できなくなっている。攻撃がその分自分の方に集中してきた。躱すことがどんどん難しくなっている。

 

「なら……」

「それでも理想の三輪よりも、今の君と仲良くなりたいと思った」

「え……」

「翔も自分も、それからペンタも君だから助けようとしている」

「私は……」

「それに、せっかく理想があるなら自分で目指さないか?それならいつでも手伝うよ」

 

『や、ヤ、ヤメろ!?余計なコトヲ言うナぁあアァ!!』

 

三輪のシャドウが苦しみ始めた。そして三輪は何かを決意したようだ。

 

「…………私の理想は……確かに貴女よ。でも、貴女に代わってもらう必要なんてない!私の理想は私が叶える!」

 

『あ、ア、アァアぁ!!!』

 

シャドウがさらに苦しみ始めた。少し形が綻びはじめている。そして三輪の様子もおかしい。三輪の体から青い炎が溢れ出ていき、像を結び始めた。

 

『ただ周りに合わせるなんて、存在しないのと一緒……。そんな亡霊を目指した訳ではないでしょう?』

「ええ、そうね……」

『なら契約よ。貴女を本当の意味で変身させる魔法を授けてあげる……』

「いいわ。契約よ」

『我は汝、汝は我……。12時までなんてケチなことは言わないわ。思う存分戦いなさい!』

「来てっ!『シンダーエラ』!!」

 

凍えるような冷気が溢れ出る。幻想的な雪の結晶が空間を満たし始めた。同時に自分にも新たな力の目覚めを感じる……。ベルベットルームの住人が言っていたのはこのことだったのか?

意識の中のピーター・パンとジャックランタンが合わさり、新たなペルソナが誕生する……。

 

「来いっ『アプサラス』!」

 

新たなペルソナ、アプサラスからも冷気の力を感じる。

 

「三輪、行けるか?」

「ええ、大丈夫よ。シンダーエラ!」

 

三輪のペルソナから放たれた淡い光が体を包む。痛みが引いて傷が癒えている……?翔とペンタの傷も癒えているようだ。

 

「すごいな……」

「まだまだこんなものじゃないわよ」

「頼もしい」

 

一度攻撃したら対応されてしまう。それならば新たな属性での攻撃は力を合わせて強力なものにしなければ。

 

「三輪、合わせてくれ」

「ええ」

「「ブフっ!」」

 

強烈な氷結攻撃がシャドウを凍り付かせる。畳み掛けるなら今しかない!

 

「翔、ペンタ!まだ行けるよなっ」

「愚問だ!」

「これで決めるぞ!!」

 

自分たちの渾身の一撃が氷像と化したシャドウを砕く。砕け散った破片は床に落ちると黒いヘドロのようなものになって消えていく。

 

「お、終わった、のか?」

「そのようだ……な……」

「イインチョ、大丈夫か?」

「ええ、だい、じょう、ぶ……」

 

三輪は座り込んでしまった。三輪がシャドウとなり変わることは阻止できた。引き返そうか……。




今作でのペルソナは『理想を自分で叶えようとする意思』で、シャドウは『理想は叶えたいが努力はしたくない惰性』と位置付けました。この感情は同居しうるものだと思ったので、シャドウをブレイクスルーする訳ではなく、シャドウとペルソナは別々のものとさせていただきました。
本編で説明できたらいいのですが、うまくやる自信がないのでこのような形で説明させていただきました……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 4月10日

大変遅くなりました。少しドタバタしてました。また楽しんで読んでいただければ幸いです。


ベルベットルーム

 

「見事、始まりの試練を打破されたご様子……。しかし、お客様の旅路はまだ始まったばかり。これからも多くの苦難が待ち受けているでしょう」

「現在お客様が繋いだ縁は『戦車』『魔術師』『女教皇』の3つ。新たに芽生えるであろう絆は『法王』『刑死者』『星』のアルカナ……。素晴らしいわ。絆を深めるもよし、ご自分を磨かれるのもよし。無為に過ごされることの無いよう願います」

 

4月10日 朝

 

「うぃーっす、涼」

「おはよう」

 

放課後こそ色々あったが、そんなことは関係なしに学校はある。心なしか翔も元気がなさそうだった。

 

「なんつーか、あれだよな。まだ1日のはじめだっていうのに煩わしいぜ」

「まだ疲れが残ってる気がするよ。翔もそうなのか?」

「ん?まぁ、俺もそんなとこかな?」

 

尚司さんは連日、夜遅くに帰ってくる居候に対していい感情を抱いていないようで、昨日も妙なことに首を突っ込んでないだろうなと疑われてしまった。

 

「本当だよ。でもイインチョは確実に助けれたみたいだぜ!家にも無事帰れたって連絡があった」

「いなかった期間はどう認識されているんだろうな」

「別に。何も認識されていないみたいだ。いつも通り学校に行ってたことになってるみたいだぞ」

 

なんで翔がそんなことを知っているのだろうか。

 

「な、なんだよ。その訝しげな表情は!違うからな、イインチョ本人から聞いたんだからな!」

「本当か?」

 

前に三輪のことが好きだったと言っていたし、もしかしたら翔はストーカー気質なのでは?

 

「疑ってんじゃねぇーよ!この野郎!」

「朝からうるさいわよ」

「おはよう、三輪」

「お、イインチョ!うーっす」

 

騒いでいた俺達を後ろからやってきた三輪が窘める。ん、眼鏡をかけていない?

 

「コンタクトにしたのか?」

「前から度が合わなくなってきたからね。私も、その、変わらなきゃって思えたからいい機会かなって」

「よく似合ってる」

 

なんというか、野暮ったかった眼鏡を外すだけでかなり印象が変わる。

 

「あ、アリガト……」

「マジでスゲー良く似合ってるよ!カワイイぜ!」

「ありがとう」

「なんか涼の時と反応違くね?」

 

なんというか、翔の言い方は軽すぎる。ナンパ男な感じが三輪はお気に召さなかったのかもしれない。

 

「まぁいいんだけどさ。皆、放課後の予定は空いてるか?ちょっと話があるんだけど」

「別に俺は空いてるぞ」

「私も、まぁ18時ぐらいまでなら」

 

俺ら二人を見て、翔はニヤリと笑った。なんだか、えらくもったいぶるな。

 

「図書室に来てくれ」

 

翔はそれだけ言うと走り去って行った。10mほど進んだあたりでこちらを振り返り、腕時計を指差すジェスチャーをする。

時計を見ると朝の予鈴まであと5分しかない!

 

「翔のやつ……!」

「朝宮君、急ごう!」

 

俺と三輪も学校までの道を急いだ。

 

放課後 図書室

 

翔は少し準備があると言って、一足先に図書室に行った。俺と三輪は掃除当番だったので、先にそれを済ませてから共に向かう。

図書室のドアを開けると、窓から入ってくる夕日をバックに翔が不敵な笑みを浮かべつつ立っていた。どうも手作りの腕章を身に着けている。

 

「『裏図書委員』?」

 

腕章にはそう文字が刻まれていた。

 

「そう!俺達の事だ。もちろん二人の分もあるぜ!」

「え、私も含まれてる?それ」

「俺も、なんだよな」

 

なんだか、乗り気になれない。友達から得体のしれない団体に勧誘されるというのは中々、なんとも言えない気分にさせられる。

 

「え、なんで二人とも乗り気じゃないんだよ?カッコいいじゃん」

 

翔は結構センスが尖っている。少なくとも俺は戦隊ごっこをこの年でやるような気分でやや恥ずかしさを覚えている。三輪も似たような感想を抱いているのか、微妙な表情をしていた。

 

「俺達は『リソウの本』の正体に気付き、ペルソナ能力に目覚めた同志だろ?これからも誰かがシャドウに成り代わるかもしれないのに見てみぬふりをする気は俺は無い」

「ふむ」

「なるほど、まぁ私も助けてもらったわけだし……」

 

翔の言うことには一理ある。そもそも『リソウの本』はかなり前から噂になっていたようだ。実際に劇的に変化した人もいる。実はもうすでに元シャドウがこちら側の世界に大勢いるかもしれない。

 

「それを食い止めるために、俺達は一致団結すべきなんだ。だからこそここに日伝南高校非公式団体『裏図書委員』を発足する!」

 

間違ったことを言っていないだけにタチが悪い。しかも秘密結社感が出てしまったせいでよりこっ恥ずかしさが増した。

だが、

 

「名前に文句はあるが俺もその理念には賛成だ」

「私も名前以外に文句はないわ」

「そんなにダサいか?コレ……。なら代案出せよ!イインチョ!」

「ええ、私……?」

 

三輪は少し考え込むと、目を輝かせて俺達のグループ名を発表した。

 

「『ザ・ライブラリー・チルドレン』とかは!?」

「『裏図書委員』結成だな」

「お、分かってくれたか涼!」

「な、なによ!なんなのよ!」

 

学校の噂、『リソウの本』の真相を追い求める『裏図書委員』が結成された!仲間との絆を感じる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 4月11日

全然更新してなくてすみませんでした。もし、待ってくれている方がいらしたらまた読んでいただければ幸いです。


4月11日 放課後

 

担任の檜山(ひやま)冴子(さえこ)先生に職員室に呼び出された。20代前半、教師2年目というのにどこかくたびれた様子の檜山先生は少し面倒くさそうに、あくまでも事務的に問いかけてくる。

 

「朝宮くん、この学校にはもう慣れた?」

「ええ、皆よくしてくれているんで」

「そう、良かったわ。なら、そろそろ部活に入ってくれない?校則で義務付けられてるの」

 

そんなルールがあったのか。知らなかった。

 

「何か気になる部活は?前の学校では何か入っていたの?」

「……特には」

「そう。うちは文化部と運動部の兼部ができるの。内申点もちょっと上がるから兼部してる生徒も少なくはないわ」

「珍しいですね」

 

とは言いつつも、裏図書委員の活動もある。部活動に入るのは時間的拘束が厳しそうだ。

 

「月、水、金が運動部で火、木、土が文化部の活動指定日よ。今日は文化部が活動しているわ。試しに見に行ったら?」

「はい」

 

何か顔出しできる程度の楽な部活があればいいのだが。檜山先生に渡された部活一覧表、文化部の欄には吹奏楽部や美術部など様々な部活がある。

どの部活にしようか悩みながら歩いていると、曲がり角のところで人とぶつかってしまった。相手が持っていたカードの束が飛び散る。

慌てて拾い集めてぶつかってしまった相手にカードを返す。

女子生徒だった。自分に弾かれてしまい、尻餅をついてしまっている。

 

「すみません。大丈夫ですか?」

「え、えぇ。こちらこそぼーっとしてて」

「自分も不注意でした。カードはこれで全部?」

 

手を差し伸べて彼女を起こすと、カードの束を手渡す。申し訳ないことをした。

 

「あの、転校生……の人ですよね」

「あ、はぁ。そうですが」

「あの、私、同じクラスの」

 

失礼なことをしてしまった。まだ、クラスメイトの顔をしっかり覚えられていない。言われてみれば居たような気がする。転校してからずっと翔といたのも原因な気がする。

 

「申し訳ない。まだ、クラスメイトの顔を覚えることができていなくて」

「いえ、私も初めて話しますし、気にしないでください。自分でも印象に残りにくいタイプだと自覚してますし」

「改めて朝宮涼です。よろしく」

「………竜胆 しのです。よろしくお願いします」

 

竜胆しのさん。覚えた。

 

「朝宮君は放課後に何をしているんですか?」

「部活に入るように檜山先生に言われて、文化部を覗こうと」

「そうですか。どこを見に行くのかは決めたんですか?」

「いや、特には。竜胆さんは?部活か?」

「え、えっと、まぁ、そんなところです……」

 

急に竜胆さんは言い澱んでしまった。何かまずいことを聞いてしまったのだろうか?

 

「何部なんだ?差し支えなければ見学したいんだけど」

「えっと………部です」

「すまない。聞き取れなかった」

「お、オカルト同好会です」

 

オカルト同好会か。別にそんなに歯切れ悪く言う必要はないと思うのだが。

 

「調査対象に『リソウの本』は取り扱ってるか?」

「興味深くはあるんですが、私は占いとか、お呪いとかが好きで……」

 

そういえばカードの柄はタロットだったように思える。

 

「なぁ、入会してもいいか?『リソウの本』に興味があるから、部活動に出来るなら都合がいいんだが」

「え、えぇ!?あの、悪くはないんですけど、その、」

「じゃあ、よろしく頼む。早速部室に行こう」

「あの!え、えぇ!?」

 

………

………………

………………………

 

オカルト同好会の部室は2―3の教室だった。他の会員は居ないのだろうか。

 

「じゃあ、竜胆さん、これからよろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします……朝宮君」

 

早速部活が決まって幸先がいいな。初日なので竜胆さんにタロット占いについていくつか説明してもらって活動は終わった。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

ベルベットルーム

 

「新たな縁は『星』のアルカナ」

「素晴らしいわ。私、星は好きよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。