Q.穂村尊は陽炎であったか (鈴近)
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Q.穂村尊は陽炎であったか

転校生の穂村尊、ただのクラスメートからしたらわけのわからない存在では? という話。尊は主人公の俺くんと仲良くなりたいようですが俺くんはそれがさっぱりわからないようです。つまり俺くんは尊エアプ。
本編数年後設定。
主人公こと俺くんは名無しなので名前は■■表記で出ます。ほぼ俺くんの生活と独白。


 ごほん、と。空っ咳が気道を通り抜けて、静まり返った路地に響いた。

 新年早々旭日は燦々と輝いていて、しかしその明るさはまるでアスファルトを温めてはくれない。通り抜けていく冷たい空っ風が熱を根こそぎ奪っていく。陽射し以外に暖を取れるものはぎゅうぎゅうに巻いたマフラーとコートだけだ。

 要するにものすごく寒い。今すぐ毛布を敷いた敷き布団と、もこもこ毛布プラス羽毛布団の間に挟まって、気が済むまで爆睡したい。当直明けの俺の頭はその考えで埋め尽くされていた。腹は減っているが、そんなことよりとにかく寝たい。疲れていた。びっくりするほど疲れ切っていた。目に沁みる朝日すらうざったい。今、きっと俺は人殺しのような目をしていることだろう。同僚に見つかったら反射で通報か確保かをされかねない。それほどまでに機嫌が悪い自覚があった。

 もう、イベントごとでテンションの上がりきった酔っぱらいを相手にするのはうんざりだ。ハロウィンが終わったらクリスマス、クリスマスが終わったら正月。騒ぎたい人間というものはイベントにかこつけてとにかく騒ぐ。ついでに酒をカパカパ開けて酔っぱらい、大暴れする。第三者のけが人を出さないように突っ込んでいって、しかし殴り返すわけにもいかないから、宥めながらサンドバッグにならざるを得ない、しがないお巡りさんはとてもつらい。お祭り騒ぎは無礼講がたやすく起こりうる。善良な市民の楽しい思い出を楽しいままにとどめるのがこっちの仕事だし、望んでこの職に就いたのだから、多少の負傷は必要経費みたいなものだが。

 一歩立ち止まり、息を吐く。重苦しいため息は白く染まって、空中に溶けていった。陽がまぶしい。こんなときに限って空は澄みわたっている。雲一つない青空は元旦にふさわしい朝だった。

 

 高校を卒業して四年。警察学校を卒業して三年。初出勤からだいたい三年。同級生が大学のモラトリアムを謳歌している横で、黙々と職務に励んできたけれども、やはり年末年始だけは毎回くたびれきってしまう。

 ポストを確認、何枚かの年賀状。だいたいがダイレクトメール。クーポンはありがたく使わせてもらう。特に行きつけの飯屋とマッサージ店。

 カンカンと音を立てながら階段を昇っていく。幼い頃に比べたら、ずいぶんと届くはがきの数は減った。

 まあ今のご時世、そんなものだろう。学生時代の繋がりだってろくに残っていないのだ、わざわざ金と手間をかけて毎年年賀状を出してくるようなやつには、一人しか心当たりがない。その一人もどうして送ってくるのかわからないのだけれど。

 一枚の年賀はがきを手に取り、見慣れた姓名と地名を視線でなぞる。

 毎年同じ住所から、毎年同じあいつの写真。例年通りそれが印刷されていて、走り書きの近況が書いてあるのだろうなあと思いながら、はがきをぴらりとめくった。笑顔のあいつと、知らない女の子のツーショット。

 誰だ? 少し悩んでから、ぽんと電球がつくように思い出す。

 ああ、「キクチャン」だっけ。幼馴染で彼女の。回らない頭でも情報検索はしてくれるらしい。丁寧に書いたのだとわかる生真面目な筆跡が、「もうすぐいい報せができそうです」と躍っていた。十中八九結婚の話だろう。俺にはまったく関係ないが、めでたいことには変わりないので遠くから祝いの念を飛ばしておけばいい。……はずだ。さすがに式の招待状は来ないだろう。来ないよな? 来ないでくれ。困惑するから。なんで一年も同じクラスにいなかった同級生の結婚式に。ありえない。ダメだ知能が下がっている。ろくにものを考えられない。

 自宅に上がり、鍵とドアチェーンをしっかり閉め、ようやく人心地つく。数日留守にしていた部屋はキンキンに冷えていてとてつもなく寒い。まめに掃除をしていた成果が出ているが、それはそれとしてほぼ外と同じ気温だ。スタスタ歩いていたおかげで今はまだ暑さを感じているくらいだが、このままだとすぐに風邪を引く。明後日も仕事なのにそれは困る。この仕事は身体が資本なのだ。だから、今すぐ布団で休ませろと訴えてくる全身の疲労をなだめすかしつつ、俺は寝室に向かい暖房を起動させた。

 居間のテーブルに年賀状をぽいと投げ捨て、コートを適当なところに置く。そのままダイニングに移動。部屋が暖まるまでの間に、冷蔵庫の中身を確認しておく。カロリーゼリーと発泡酒が一本。あと味噌。俺は眉をひそめて、すぐに冷蔵庫の戸を閉めた。

 まともなものがない。おせちもない。いや、もともとその手のイベント料理を買う習慣がないから当たり前なのだが。しかしここまで生活感が死滅しているとは思わなかった。自炊をしていたのは先月だった気がする。味噌とゼリーが残っているだけラッキーだったのだろうか。考えるのが面倒だからそう思うことにしよう。

 実家に顔を出したらなにかご相伴にあがれるだろうが、今は空腹より睡眠の方がしんどかった。すごすご冷蔵庫をあとにし、先ほどより確実に暖かくなった部屋に滑り込む。そのまま布団にイン。

 ふあーあ、とでっかいあくびをひとつ。すぐに指先や爪先があったかくなっていって、でろんととろけるようだった。

 あとのことは起きたときの俺に任せる。おやすみ。クソネミだよほんとに。勘弁してくれ。

 そうやって、俺はスコンと眠りに落ちた。泥のように眠った。やはり自分の匂いが染みついた部屋と布団はものすごく安心する。仮眠は気が休まらないから、多少の疲労回復にはなっても80%くらい回復したいときには向かない。自分の巣はどこよりも安全な場所だ。なぜなら俺以外誰もいないから。

 喉が渇いて目が覚めた。

 ゾンビが這い出てくるようにずるずる布団から出ながら、スマホで時間を確かめる。カーテンは閉め切っているから部屋は暗い。ボウッとブルーライトが目に刺さる。数字を見る限り、昼下がりのお八つ時らしかった。

 二枚重ねのカーテンを開けたら、相変わらず空は晴れている。今日はもうずっとこんな感じだろうか。あとで天気予報を確認しておこう。寒風にさらされることを想像しただけで身体がぶるりと震えた。ついでに空きっ腹がぐうと鳴く。

 「おでん食いてえ……」

 予想外に弱々しい声が出た。まあわからんでもないのだが。

 からっけつの腹を撫でて、俺はがっくりうなだれた。恨めしさを抱えながら窓の外を見る。もう一歩も外に出たくないが、家に引きこもっていてもまともなカロリー源はない。つまり、どうあがいても一度は外に出なければならない。この寒い冬空の下に、だ。想像するだけでテンションが下がる。手札が一面の緑だったとき並に下がる。正月から出勤してくれるコンビニ関係者には本当に頭が上がらないのだが、寝正月を満喫したかった身としては己の不手際を憎むほかないのである。

 いや、これ以上ぐだぐだ言っていてもどうしようもない。腹を括って外に出なければ。昼になってもこの晴天なら、アスファルトも多少は遠赤外線を吸収して暖まっていたりするかもしれないだろう。悲観的になるのはよくない。

 「案ずるより産むが易し!」

 自分で自分にバフをかけながら掛け布団を跳ねのけてベッドから降りた。そこで寝間着に着替えていなかったことに気づく。締まらねえ……。せめて下着は穿き替えて、もこもこのニットを上に着てから外出しよう。そうしよう。設定目標は酒、おでん(大根とたまごふたつずつ、糸こんは確定。あとは気分で)、そして煙草だ。たまには身体に悪いことをしなければやってられない。くさくさした気分を抱きながら、もそもそ着替える。

 「くあっ」

 家を出る頃、噛み殺しきれなかったあくびが喉を通り抜けていった。

 

 

 食事をして、もう一眠りして。気づいたらオレンジの空がすっかり黒に変わっていた。冬至を越えると日は少しずつ長くなっているはずなのに、まるでその恩恵を感じられない。寒いので酒を投入。

 さらには粉雪がちらついていた。路面凍結からのスタッドレスなしがスリップした結果出る死人が一人でも減りますように、と反射で祈った。A.I.によって行われる自動運転で、ヒューマンエラーによる交通事故は激減したが、ああいうものは限りなくゼロに近づいても完全になくなるということがないのだ。だからこそ人間はそれを「不幸な事故」と呼称するのである。

 日常的に人死にについて考えるようになったのはもはや職業病の類なのかもしれない。まあ、でも、どちらにせよ肉体が有限である限り生物は、人間は死ぬ。エロスとタナトスは双子であり、どれだけ影が薄くなろうが死はいつもそこにあるのだ。メメント・モリである。メメント盛り蕎麦。つられて死をソーキ蕎麦を思い出し、口がにやけた。箸が転んでもおかしい頃合いになってきたからだいぶ酔っていると思う。

 「もしもし穂村? 生きてる?」

 『生きてる! 毎回殺そうとするのやめろよ!』

 「わりいわりい、癖になっちまったんだよなあ。ミナミ人かよって自分でも思うぜ」

 だからノリに任せて高校の同級生に電話なんて掛けられるわけだ。

 火照った身体を雪の下にさらして、わざわざベランダに椅子を置いて、火のついた煙草片手に通話。ヘッドセットで話しているからうっかりスマホを落とす心配もない。

 ふわふわとろとろの夢見心地で、俺たちはぽつぽつと近況を話し合った。卒論が大詰めだとか、贔屓のカリスマデュエリストについてだとか、穂村の地元は今海風がきついが脂がのった出世魚がめちゃくちゃ旨いだとか、俺はおせちもお雑煮も食べてないとか、そんなどうでもいい話をたらたら続けた。

 「今雪降ってる」

 『えっ!? 交通網大丈夫か!?』

 「どうせ積もらねえよ~へぇきへぇき。地面に落ちた端から溶けてるし。それに最近のA.I.は人間よりリスクヘッジが上手いし、ダイヤになんかあってもどうにでもなるだろ。そもそも三が日に徒歩圏外に出勤するのは無能がやることだっつーの」

 『うわ、都会すご……』

 「そーかね。穂村だってクリスマスからそっち帰ってるんだろ。そんなもんじゃね?」

 『はは! まあ、お前は実家がぎりぎり歩いて行ける距離だもんな。そんなもんかあ』

 「寝正月推奨の分、稼ぎ時の商売もあるしな~。難しいね。そういえば年賀状届いたぜ。お前も律儀だよな、ほんとに」

 『それこそ癖になってるんだよ。別にいいだろ、古風でも!』

 「悪いとは言ってないって。いい報せってやっぱ結婚? 卒業してからか?」

 『えっ、あっ、……そんなにわかりやすかったか?』

 「俺は鈍感野郎じゃないので~。今まで存在の匂わせしかなかった彼女の写真付き年賀状はさすがに気づくわ」

 『遊作は気づかなかったよ』

 「そりゃ、藤木だから仕方ねえよ。あいつときどき情緒が幼児だからな」

 『えー……うーん……だいぶましになったと思うんだけど、まだそう?』

 「まだっつーか、あいつのボケてるところはずっとそうだと思うぜ。三つ子の魂百までだろ。いくつになったってガキの自分は心のどこかにいるもんだしな。……やべえ悟ったみたいなこと言ってる……俺だってまだまだ若輩のぺーぺーだよクソが……」

 『おいこらぁ! 先輩社会人にそういうこと言われると不安になるんだぞ! やめろ!』

 「あはははは!!」

 酒が回っているせいか、どうでもいいことでゲラゲラ笑って涙が出る。そのまま俺たちは話し込んでいた。

 

 

 そろそろお開きかな? と思うくらい口数が減ってきて。で、俺は油断していたのだと思う。言わなくてもいいことがつるっと口から滑り落ちていった。

 「でもさあ、穂村。俺たち、そんなに仲良かったっけ。つーかなんで年賀状一切返してないのに毎年生真面目にくれんの? 今のご時世あけおめのメールも来ないのがザラだぞ」

 瞼の裏に映る転校生は、揺れる陽炎によく似ている。

 

 

 さっきまでご機嫌だった通話口の向こうが、急に静かになる。奇妙な静寂が寒空の下に広がった。

 ジジ、と音を立てて煙草が灰になる。落ちていくそれをぼんやり見ながら、あーあと思った。とうとう核心に触れてしまった。ずっと疑問に思っていたけれど、なあなあで済ませ続けるのなら聞かなくていいことを、聞いてしまった。

 煙だか水蒸気だか判別がつかない白い息が口から出てくる。酔いでふわふわしていた頭が一気に冴えた。同時に疲れもどっと押し寄せてくる。自分から振っておいてなんだがとてつもなく面倒くさくなってきた。そうだ、俺はこういうのをとにかく避けて避けて人生のコマを進めてきたから、慣れてないし苦手だ。相手や自分に傷がつくのもいとわずに人の心に踏み込むなんて馬鹿げている。コスパが最悪。だからクラゲみたいに漂って、浅瀬でチャプチャプ遊ぶように生きてきたのに、つい緩んだ。穂村に甘えているのか、はたまた疲労困憊の酔っぱらいが口を滑らせたのか。もう主観では判断がつかない。「ワリ、」とだけ断って、俺も黙った。粉雪がチラチラ視界をかすめていく。どうせ積もりやしない。

 あと十秒なにも言わないなら、さっさと切り上げて寝ようと思った。いい加減寒い。酔いがさめてきた。それでなくとも明日の休みが終わればいつも以上にハードな勤務だ。とにかく寝たい。そう思いながら、数を数える。

 でも、十数え終わる前に穂村が復活する方が速かった。

 迷惑だったか。しょぼくれた犬のような、泣きまじりの声が、鼓膜を揺らす。

 ううん、と俺はうなった。

 「迷惑ってほどでもねえけど……ずっと不思議だったんだよな。つか迷惑だったらいちいち古風なはがきが届くたびに電話しねえし、スマホの電話帳からも連絡先全部消すし、お前の誤爆チャットもブロックする。だから迷惑ではない……と思うが……でも俺たち別に友達でもなんでもないだろ。……だよな?」

 ヒュッと空気が裂かれる音がした。風の音だろう。

 すうっと酸素を取り込む。もうこの際、全部言ってしまおうと思った。

 「だってお前、藤木にしか興味なかったし。初めて教室に入ってきたときから、人懐こいような笑顔しながら、藤木以外は部屋の全部を警戒してただろ。俺らだってバカじゃなかったから、季節外れの転校生があからさまに人馴れしてなくて、いかにもワケありで、んで一人にべったり構ってるならそいつに任せるよ。いや、押しつけたっていうのが正しいかもな、陰キャ同士がつるんでても興味ねえもん。お前だって俺らに興味なかっただろ? 藤木もそうだ。そしたら、特に関わる暇もなくお前は地元に戻っていって、気づいたら俺たちは卒業してて。クラスメートとしての共通の思い出もなにもねえ。それで友達って、あるかあ? 悪い、俺にはいまいちわからん」

 そもそも俺は「トモダチ」をよく理解していないのだろう。自我がフワフワしている時期に同じ教室に詰め込まれていた人間たちの中から信頼できる数人を見つけろって、昨今のガチャ商法確率絞りよりエグくないか? 目当てのシクレア出すまで何個箱開ければいいんだよって話だ。俺はわりと初期にそれに気づかされてしまったから、教室は社交という名の政治が渦巻く戦場だった。

 というか、そもそも、俺は他人を信じることが不得意なのだろう。それが経験から来るものだというものは十分理解していた。俺が俺であるという事実だけで俺を愛してくれる人がいるのなら、俺が俺であるという事実だけで俺を疎む存在もこの世にはいるのだから。そして、俺はできるだけ疎まれることがないように、疎まれても加害をされないように立ち回ることを必死に覚えてきたのだ。

 運動ができないと下に見られるから、じいちゃんから剣道を習い続けた。勉強ができないと馬鹿にされるから、学校の教育の他にも通信講座を受けた。不潔だと嫌われるから、洒落てはいなくても清潔感には気を遣い続けた。クラスの中心の人気者になりたいと思ったことはなかったが、一定の愛想は必要だからうまいことポジションを獲得して、身近の世渡り上手な大人たちを見本にエミュレーションを続けた。

 これである程度の腕っぷしがあり、それなりに頭のいい一匹狼の完成である。まあ、反骨心と学習意欲はあったけれども、俺当人は動機を肯定しづらい。「負けなければ勝てる」の方針で負け筋を潰し続けただけであって、要は守りを固めすぎた。鎧を着こんで両手に盾を持っているようだ。まあ、盾は鈍器になるので悪いことばかりではないけれども。

 同級生たちは俺のことをそこそこ評価してくれていたようだが、俺は他人の顔を窺い続けて政治に腐心していただけなのだ。与えられたそれは、ちょっと過大評価だと思う。虐げられる側に位置づけられなかったのは、俺がビクビクオドオドと怯えてはいなかったからだろう。常に距離を測り、最適な位置を探していただけで、ヘラヘラ笑うのは苦手だったし、他人に合わせる、譲るということもあまりうまくできなかった。なんやかんや俺の我は強い。そのくせ自分の腹は明かさないのだから、この年になっても本音でぶつかれる友人がいないわけである。

 トモダチになるのに特別な儀式が必要なくても。普通を取り繕い続けるのがどれだけ難しくても。本音を話せる相手が見つかるまで、俺は周囲の人間を分類し続けていた。今は……同期でつるんでいるやつらなら、少しは信じられるかもしれない。あとネットでバチバチやりあっている対戦相手。それくらいの距離感の方がやりやすい。「顔が見える相手」というのがやりづらいときというのは、ある。もちろん逆もしかりだが。

 穂村と藤木は、ずーっと「わからない」のカテゴリだ。あいつらはなんでか俺を気にかけているようだが、俺からするとそうなる因果関係がさっぱりわからないので、不器用な手探りの距離詰めになんとなく付き合い続けているのが現状である。

 嫌いってわけじゃない。人間性を好ましいとも思う。だけど、それでも、戸惑いはなくならない。

 「なんで俺?」

 これが本音だった。なぜ、俺なのか。俺なんかより、お前たちの人生の重要ポジションについている人間はざらにいるだろうに、どうしてまだ俺にこだわるのか。それがわからなくて、ずっと思考停止で受け流してきたけれど、わからないことは気持ち悪い。

 藤木の距離の詰め方は特に謎だ。あいつ、いつか俺が「ゼリーだけで飯、足りるのかよ。信じらんねー……」と尋ねて以来、毎食の記録を写真付きでチャットに飛ばしてくる。お前は俺で記録ダイエットでもしているのか? それに適当に付き合い続ける俺も俺だが。なあなあで五年はこれをやっているのだからお互い馬鹿だと思う。

 ぷかりと煙の輪が浮く。人生百年時代、二十代前半の今もきっと、これから怒涛の勢いで消費されて、積み重なっていく年月に押し潰されるに違いない。高校の、一年未満の関わりなんてその最たるものだろう。

 俺は小学生の頃の悪夢を思い出してイライラすることはあっても、無味な中学三年間になにも見いだせない。仲間だの、友達だの、そういう青臭い言葉を面と向かって言える相手がいないままここまできた。これからもそうだ。つるめる同期と適当につるんで、いいなと思った女と付き合っては別れ、その繰り返しで人生は続いていくのだろう。穂村尊と藤木遊作だけが、ハイスクールの名残を残し続けている。ついでに言うと俺は歴代教育機関の同窓会に一切出ていない。あれだけ腐心したクラス内政治は今やなんの価値もないのだ。お笑い草である。学生時代の感傷は全部脱ぎ捨てて置き去りにした。心底どうでもいいとも思う。

 それなのに、なぜあの二人だけはまだ思い出せるのだろう。繋がりがあるのだろう。あの二人は同じ大学に進学したと本人たちから聞いたから、これからも友人として付き合っていくのだろうが――じゃ、俺は? なんで、俺? 同じ時を共有する機会がそう多くもなかった、通り過ぎるだけのクラスメートに、どうして?

 

 

 「なんでそんなこと言うんだよ」

 震える声は湿っぽさを含んでいた。俺はただ、寒いな、と思っていた。

 「お前だから友達になりたいと思ったんだよ、■■」




ありがとうございました~。筆者が尊について学習できたら解答編ができるかもしれない。


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