漫画の主人公になるのは妄想の中だけでいい。 (ロール)
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プロローグ

勢いに任せて投稿です。

私の厨二病を育んだのは間違いなくリボーン。


それは、ある寒い日のこと。

少年は熱にうなされていた。

 

「ツっ君、大丈夫?」

「ん……かあさん……?」

 

少年は、呼ばれる声に反応して目を開ける。

ぼんやりした視界に飛び込んできたのは、よく見知った母親(見知らぬ女性)だった。

 

(……ん?)

 

思考回路に異変を感じた。

 

(いや、気のせいか?熱で頭がぼーっとするからかな……)

 

額に乗せられるおしぼりの冷たさを感じながら、少年は懐かしさを感じていた。

 

(母さんに看病されるなんていつぶりだろう。子供の頃はよく風邪をひいていたっけ。大人になったら孝行しようと思ってたのに、その前に亡くなって……ん?)

 

そう、母親は三年前に亡くなったはずだ。

 

背筋に冷たいものを感じて、ガバと身を起こす。

 

「ちょっ、ツっ君、急にどうしたの?」

 

看病してくれている女性はよく見知らぬ自分の母親だ。

ツっ君というのは自分のこと(だれのこと)だ。

 

(待て、落ち着け。これは夢か?)

 

暴走しかかる思考を必死に抑えつける。慌てて何になる、冷静になれと自分に言い聞かせた。

 

「もう、寝ていないとダメでしょう?まだ熱があるんだから」

 

脳は意味不明な状況にフル稼働を続けようとする。しかし発熱している身体は、それについていかなかった。

そのまま少年は意識を手放す。

熱が下がり、目を覚まし、そして現状を把握できたのは明くる日のことだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「家庭教師ヒットマンREBORN!」。

 

勉強もダメ、運動もダメ、何をやらせてもダメダメのダメツナと呼ばれる主人公沢田綱吉のもとに、ある日家庭教師を名乗る赤ん坊リボーンがやってくる。

リボーンはツナを伝統あるイタリアのマフィア“ボンゴレファミリー”の10代目ボスとしてふさわしく育てるためにやってきたと言い、その日からツナのハチャメチャな日々が始まる——。

 

その主人公に憑依してしまったという現実を、少年は3日かけて認めざるを得なくなっていた。

 

住んでいる町は並盛町で、家族の名前も容姿も一致している。

5歳の現時点では他の原作登場人物とは出会っていないが、それでも「自分が沢田綱吉になった」ということを受け入れるには十分だった。

 

違ったらそれはそれでいいのだ。中一の時にリボーンが来なければ、己の杞憂を笑いとばせばいい。そんな痛い黒歴史は墓まで持っていくことになるだろうが。

 

しかし、もし本当に「家庭教師ヒットマンREBORN!」の沢田綱吉になったのだとしたら、それは大変なことだった。

 

原作を思い返してみれば分かる。ただの中学生に過ぎなかったツナは、リボーンの襲来から幾度も命の危機に瀕し、修羅場をくぐり抜け、最後には世界を手中に収めんとする怪物を倒さなければならないのだ。

 

そのツナになったということは、自分の肩に世界の命運が乗っかったに等しい。

元はただの大学生だった彼にとって、それはあまりにも重い責任だった。

 

「……はっ、やってやるよ。やるしかないんだろ」

 

少年は歯を食いしばり、そう宣言する。覚悟を決める。何よりも消え去った“自分”にそう誓う。

 

沢田綱吉6歳。原作開始まで、あと7年。



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迷走と太陽

原作ヒロインの力。


綱吉は白蘭を倒す覚悟を決めた。

そして同時に、あまりにも自分勝手で非情な決断をした。

 

(原作において俺の守護者になった奴らは、皆道連れになってもらう)

 

元がマフィアの獄寺隼人はいい。戦闘狂の雲雀恭弥もいい。だが山本も笹川了平も一般人だ。クローム髑髏——凪だって、交通事故を防ぐことはできるだろう。

 

しかし、綱吉は彼らを欠いて全ての戦いを乗り越えられる自信がなかった。彼らの分まで戦えるなんて傲慢を抱けなかった。

 

どうせリング争奪戦でリボーンと家光が巻き込む、という免罪符は意味がない。

自分が今、彼らを巻き込むと決めたのだ。

今後彼らが負う全ての傷、痛みの責は己にある。

その分も飲み込んで、背負って、立つ。それがボスとしての役割だろう。

 

「強く、ならなくちゃいけない」

 

巻き込むと決めた以上、負けは許されない。

最低でも六道骸との戦いまでに、彼に勝てるようにならなければならないだろう。

 

(奴の主な武器は、“地獄道”と“修羅道”、そして“人間道”。となると必要なのは……“超直感”と格闘スキル、そして“死ぬ気”か)

 

原作の流れを期待するのは笑止なことだと分かっているが、それでもリボーンが来るのは既定路線として考えていいだろう。

不安なのは、骸戦でXグローブを得られないことだ。

 

形状記憶カメレオンであるレオンは、生徒の試練を予期して繭になり、成長とともに羽化して武器を吐き出す。原作ではツナが骸を相手に戦う意志を見せたことで羽化した。

 

しかし今の綱吉は中身が違う。果たして原作通りにXグローブを得られるかどうか。

そして得られなかったとして、それでも勝てるか。

 

(全ては“死ぬ気”を引き出せるかどうかだ)

 

“死ぬ気”は、必ずしも死ぬ気弾を必要としない。

リボーンが来るよりも早く“死ぬ気の炎”を扱えるようになれば、それだけ長く修練ができる。

あるいはグローブによる高速機動がなくとも、骸に勝てるだけの力を得られるかもしれない。

 

必要なのは、己を追い込むこと。

 

(まずは滝にでも打たれてみるか)

 

綱吉の迷走が始まった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

それから綱吉は、色んなことに挑戦した。

滝に打たれてみたり、寺で修行をしてみたり、バンジーを飛んでみたりもした。

 

そのうち自分を追い込むことが目的になっていき、潜水の限界に挑戦して溺れかけたところで我に返ったわけだが。

 

“死ぬ気”の兆しは未だ見えない。

綱吉が目覚めた日より3年が経ち、焦りも覚えてくる今日この頃である。

 

「あれ、ツナくん?」

 

学校帰り。公園のベンチで黄昏れる綱吉は、掛けられた声に顔を上げた。

 

「笹川か」

 

声の主は天真爛漫な笑顔がかわいい美少女、笹川京子。言わずと知れた原作ヒロインである。

元がどうだか知らないが、小学校の同級生なのでお互いに面識があるのだ。

 

「どうしたの、こんなところで」

「ちょっと自分の運命力の無さに悲観してただけだ」

「ふふっ、なにそれ」

 

意味は分からないだろう。しかしその言い方と妙に疲れた風な綱吉の様子に、京子は笑みをこぼす。

 

綱吉は最近、京子のことを避けがちだった。その笑顔を見るたびに、自分が塗り潰した『沢田綱吉』のことを思い出すから。

思うように進まない現状に焦燥しているからこそ、それを強く感じるのだろう。

 

果たして自分は正しいのか。消えてしまったほうがいいのではないか。どうしてこうなったのか。自分の存在意義とは何か。

 

多分、答えなんかない問いだ。前世において、思春期に一度通った道でもある。

しかし憑依という特異な経験をした綱吉は、その問題をより深刻に感じていた。

 

「なんか悩んでるんでしょ?」

「ん……まあね」

 

顔を覗き込んでくる京子に、綱吉は目を逸らしながら頷く。

 

「ツナくんでも悩むことなんてあるんだね。何でもできるのに」

「そんなことはないよ。出来ないことばかりだ」

 

中身は義務教育なんて終えて久しいから、小学校の勉強くらいは流石に問題ない。

運動も、最初は壊滅的だったのを努力を続けて底上げしている。戦闘において、身体を動かすのに慣れていることはきっとプラスになるだろう。

 

結果的に出来上がったのは、勉強も運動もできる絵に描いたような優等生だった。素行も悪くないし、上に立つ練習として学級委員にも立候補する。

確かに、何でもできるように見えるのも不思議ではなかった。

 

(でも、欲しいものは手に入らない)

 

綱吉は拳を握りしめ、そこに炎を灯すイメージをする。当然、炎などちらつきもしない。

 

(どうすればいいんだ……やはり追い込み方が足りないのか?)

 

「ツナくんが悩んでるようなことだから、きっと私にはもっと分かんないね」

「そうだね……いや」

 

今はどんな助言でも欲しい。

そう考えた綱吉は、今の状況を出来るだけ噛み砕いて、言葉にする。

 

「何かに一生懸命になるには、どうしたらいいと思う?」

 

言ってみてから、訳の分からないことを言っているな、と綱吉は苦笑する。具体性がなさ過ぎて、答えようもないだろうと。

 

しかし京子は彼女なりにそれを飲み込み、答えを出してくれた。

 

「うーん。一生懸命って、頑張ってなるものじゃなくて、気付いたらなってるものなんじゃない?」

「そう……かもしれない」

 

それは、“死ぬ気”になるために自分を追い込むということにとらわれ過ぎていた綱吉にとって、視界を晴らすような言葉だった。

 

(“死ぬ気”とは、俺の解釈では“死ぬ気の炎”の活性化だ。体内を巡る“炎”は肉体の強度を上げる)

 

そうでなければ、綱吉の“死ぬ気”状態での機動力に身体が耐えられるわけがない。

そしてその“死ぬ気の炎”は、超圧縮された生命エネルギーだ。そんなものを消費する“死ぬ気”は、火事場の馬鹿力の最上位にあるものと言えるだろう。

 

(そんなものを燃やさなきゃならないなんて、自分で用意した危機で思うわけない……!)

 

「ありがとう、笹川!」

「へ?あ、ううん。力になれたなら良かったよ」

 

有力な仮説が立ち上がったが、問題は何一つ解決していない。

結局、自力で“死ぬ気”になれないことに変わりはないのだ。

 

(どうする。めちゃくちゃ治安の悪いところに行ってみたりするか?)

 

あるいは銃弾が日常的に飛び交うような、海外の治安の悪い地域。そこはこれまでと違って命の保証は全くないが、だからこそその危機が“炎”を灯すかもしれない。

 

「なんか怖い顔してる」

「え?」

 

思考の海に沈んでいた綱吉は、掛けられた言葉に顔を上げる。そこには心配そうに顔を覗き込む京子がいた。

 

「ツナくんって、いつもここがギュッてなってるよね」

 

京子は眉間に指を当て、んッとしわを寄せてみせる。

 

「……そうか?」

 

綱吉もつられて指を眉間に当ててみる。確かに、彼女の言う通りだった。

 

「なんか、笑ってる時も楽しそうじゃないように見えるの。いけないことをしているみたい」

 

(……よく見ている)

 

借り物の人生を生きている罪悪感は消えず、常に思考の一部を占めている。

 

でもそれは仕方のないことだ。だって、彼が「沢田綱吉」の人生を塗り潰したのは、消えようのない事実なのだから。

 

「ツナくんが悪いことをしちゃったなら、それは仕方のないことだったんでしょ?ツナくんは人の嫌がるようなことなんてしない人だもん」

「どうだろうね」

 

己の保身のために、守護者達を裏の世界に巻き込むと決めた身だ。聖人君子とは対極にあるだろう。

 

そんな思いがあるから、綱吉の笑みは苦笑の色が濃い。

 

「そうだよ!私には分かるもん!」

 

京子はグッと顔を寄せてくる。

 

「だから、あんまり考えすぎちゃダメだよ。大事なのはこのあと何をするかだって、お母さんがよく言ってるもの」

 

そう言って、彼女は満開の笑顔を咲かせた。

 

(……はは、なるほど。これは確かに太陽だ)

 

それは、原作において「沢田綱吉」が京子に惚れた理由がよく分かる、心を浄化するような笑顔。

綱吉もまた、その笑顔に照らされた。



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危機と目醒め

勢いで書き上げたので粗は許して。


午後5時を知らせる音楽が、並森町に響き渡る。

 

「あ、もうこんな時間なんだ。私、帰らなきゃ。お兄ちゃんが心配して大騒ぎしちゃう」

 

時計を見て慌てる京子。

了平の妹想いは既に発揮されているのだな、と綱吉は笑みをこぼした。

 

「送っていくよ。引き止めてしまったからね」

「え、そんな、悪いよツナくん!」

「こっちの気が落ち着かないからさ。俺のためだと思って、頼む」

「うん……じゃあ、お願いします」

 

家とは逆方向だったが、綱吉は京子に何かをしてあげたい心持ちだった。あるいは、綱吉になって(・・・)から初めて感じたやすらぎをもう少し味わっていたい。そう思ったのかもしれない。

 

手提げのバッグを後ろ手に歩く京子の隣を、同じように後ろに手を組みながら歩く。

 

「なんか、習い事とかの帰りだったの?」

「うん。ピアノのお稽古だったの」

 

京子はほら、と楽譜を見せる。

 

「……フラットがたくさんついてて難しそうだ」

「ふふ、慣れればそんなに難しくないよ」

 

そんな話をしながら歩いて10分ほど。

不意に綱吉は何かを感じた。

 

「止まって」

「……ツナくん?」

 

急に様子の変わった綱吉に戸惑う京子。しかし綱吉は、そんな彼女に気を払うことなく前方を睨みつける。

なんの根拠もない、ただの嫌な予感。しかしけたたましく警鐘を鳴らす第六感を、綱吉はなんの躊躇いもなく信じた。

何故なら彼は、『沢田綱吉』なのだから。

 

「誰だ。出てこい」

 

京子を己の身で隠すように前に出る。

 

「——勘が鋭いな。平和ボケした日本にいるとはいえ、流石にボンゴレの血筋か」

 

現れたのは黒づくめの二人組。傷痕の残る厳つい顔に鋭い眼光。どう考えても真っ当なご職業とは思えなかった。

 

そして何より。

 

(ボンゴレの名を口に出すってことは、親父関連か)

 

「ボンゴレの若獅子」と謳われる、CEDEFのトップ。ボンゴレファミリーのNo.2。それが綱吉の父親、沢田家光の肩書だ。

 

「ボンゴレ?パスタをご所望ならオススメの店を紹介するが」

「父親の仕事も知らないのか?家族に隠しているという話も事実だったのか」

 

綱吉はひとまずとぼけて時間稼ぎを試みる。

 

(勘付いたことを教えたのは失敗だった)

 

お陰で子供のふり、というか事実子供ではあるのだが、無邪気な子供のふりをして油断を誘うことができなくなってしまった。

 

彼らの狙いは綱吉の身柄と見て間違いない。家光に対しての人質として使う気なのだろう。

それがどの程度の効果を発揮するかはさておき、今は捕まらないことに全力を尽くすしかない。

 

(懸念事項は一つ)

 

綱吉は背後で震える少女にちらりと視線を向ける。

たとえ何があろうとも、笹川京子を巻き込むわけにはいかない。

 

叶うならばここから逃げさせたい。目の前の男たちしかいないのであれば迷わずそうさせただろう。

しかし、他に仲間がいる可能性を排除しきれない。捕まってしまったら最後だ。

 

綱吉が悩んでいるうちに、男たちの方が先に口を開いた。

 

「よし少年。両手を上げて、一人でこっちに来な。それでその子には手を出さないでやる」

「……信用できないな。俺を捕まえてからこの子に手を出さない保証がない」

「あん?何を勘違いしてるんだ少年」

 

男は懐に手を入れる。

 

「これは交渉じゃねえ。目の前でその子の身体に穴を開けられたくなきゃ大人しくしろって言ってんだ」

 

出てきたのは間違いなく、ドラマとかでよく見る拳銃だった。その手のものに詳しくない綱吉には種類までは分からないが、彼らが本物のマフィアであることを鑑みると、モデルガンと高を括るのは危険すぎるだろう。

 

「こんな町中で発砲したら、それこそ大騒ぎだろう。脅しにはならない」

「消音器が付いてるから大した音は出ないが……お気に召さないならこっちでも構わねえよ。好きな方を選びな」

 

もう一人の男が出したのは、大振りのナイフ。少女一人に傷を付けるには十分過ぎる代物だった。

 

それを目にした綱吉はいよいよ俯き、肩を震わせた。

 

「クッ、ハハハハッ!!」

 

そうして、両手を上げる。

 

「笑うしかないな、こんなの。大の大人二人がガキ一人攫うために拳銃にナイフだと?恥ずかしくないのかよ」

「生憎銃もナイフもハンカチと変わんねえよ。持ってて当たり前のものでしかねえな」

「そうか。イカれた世界だぜ」

 

吐き捨てるようにそう言うと、綱吉は後ろを振り返る。

京子は腰を抜かして座り込んでしまっていた。それでも潤んだ瞳で綱吉を見上げる。

 

「ツ、ツナくん……?」

「大丈夫だ、笹川。君のことは、誰にも傷つけさせはしないよ」

「そんな、それじゃあツナくんは!?」

「信じて、待っててくれ。絶対動いちゃダメだよ」

「待って、だめ、ツナくん!!」

 

京子の伸ばした手は届かず。綱吉は歩き始めた。

そうして、ニヤニヤした顔で待つ男たちの目の前に辿り着いた。

 

「ようし、言う通りに来たな?」

 

綱吉は促されるままに両手を差し出し、縄で手荒に縛られる。

 

「約束通りあの子のことは離してもらうぞ」

「おうよ。ニック、適当にやっておけ」

「あいよ」

 

ナイフを振りながら京子に歩み寄る男。

 

「やっておけってのはどういうことだ?」

「あん?言葉の通りの意味だよ。いやあ、残念だったな。俺たちは何もしなかったんだが、そのあと運悪く通り魔に殺されちまったみたいでよ」

 

意味は明白。最初から殺す気だったというわけだ。

 

「……そんなところだろうと思ったよ」

「あん?……ぐあッ!?」

 

顎に下から強烈な一撃を貰い、男は一瞬意識を飛ばす。

両手を縛って完全に油断していたとはいえ、子供とは思えないほどの威力だった。

 

「てめえクソガ——ぐふッ」

 

意識を飛ばしたのは一瞬。しかしその一瞬があれば、綱吉には十分だった。

鳩尾に一撃、頭にもう一撃。男はそれで完全に意識を手放した。

 

荒事に慣れた男を一瞬で叩き伏せた、10にもならない少年。明らかに異常だ。

しかし今の綱吉は、それを当然のものと思わせる空気を放っていた。

 

「銃だのナイフだのが出てきた時点で、こう(・・)ならなきゃ死ぬってのは分かってたんだ。それなのに、お前がそっちに歩き出した途端だ。どうしてだろうな。今まであんなに頑張っても無理だったのに、スっと入れた」

「て、てめえ!何してやが——!?」

 

あっという間に仲間を無力化された男は、怒りのままに喚き散らそうとして——その瞳に呑まれた。

 

全てを見透かす、全てを呑み込む、大空のような瞳。

 

「これが“死ぬ気”だ。——太陽を曇らせるかよ」

 

目の前に立っているのは、間違いなく子供だ。それなのに、マフィアとして命のやり取りをしてきた男が、気圧された。

一瞬にして勝てないと思い知らされた。

 

「——ッ、クソが!!」

 

いくら“死ぬ気の炎”を灯していようと、所詮は戦いを知らない子供でしかない。武器を持っている戦い慣れた自分が負けるはずがない。

 

そう自分に言い聞かせ、男は拳銃を抜く。

 

「お、おい!それ以上近づくな!」

 

しかし少年は全く怯えの色を見せず、歩みをやめない。

 

「そんなに震えた手で、俺に当たるのか?」

 

あまつさえそんなことを言うほど。

 

「舐めやがって……!」

 

その瞬間、男の頭には「人質にするのだから殺してはいけない」などという考えは消えてなくなっていた。

揺れるように歩くその頭に照準を合わせ、震えを抑えて、引き金を引く。

 

パスン、と気の抜けたような銃声が鳴る。

 

少年は、そんな銃声など意にも介さずに歩いていた。

男は自分の目が心底信じられなかった。

 

「バカなッ!有り得ねえ!銃弾を避けただと!?」

 

男はもはや半狂乱になって引き金を引き続ける。その全てが、少年には擦りもしなかった。

すぐに弾が尽きる。カチッ、と弾切れを告げる銃を、男は罵倒と共に投げ捨てた。

 

「クソがッ!」

 

ナイフを手に向かう先は、座り込んで呆然と二人を眺める少女。こうなったら人質を使って捕まえるしかない。そんな思考を、綱吉が読んでいないわけがなかった。

 

「お前ごときの汚い手を京子に触らせるか」

 

鳩尾への肘打ち。顎への拳。延髄への手刀。流れるように一瞬で三発を決められた男は、反応する暇さえ与えられずに地に沈んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

京子は、急に人が変わったように二人を一瞬で沈めた綱吉を見上げていた。

 

怖かった。

見たこともないような恐ろしい顔の男たちも、彼らが取り出したおもちゃとは思えない武器も、それによって傷つけられることも。

何より、綱吉がどこかへ行ってしまうことが。

 

危機は去ったが、すぐ目の前まで迫った濃密な暴力の余韻はまだ消えない。恐怖は寒気のように身体に残っていた。

 

「大丈夫か、笹川」

 

声を掛けられて、京子は綱吉に焦点を合わせる。さっきまでとは違う、知ってるツナくんだ、と思った。

 

その瞳には、何故か自分に残るそれと同じような感情が見えた。

どうしてだろう、と首を傾げて、その瞳に映る自分の姿を見て、気付いた。

 

(あ……怯えてるんだ。私が、怖がってるから)

 

だから京子は笑顔を浮かべて、言った。

 

「ありがとう、ツナくん」

 

フッと身体の力が抜けた気がした。目の前が暗くなった。

 

(安心して、疲れちゃったのかな)

 

崩れ落ちる自分を、誰かが抱きとめたのが分かった。必死で自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

心の中でもう一度だけ「ありがとう」を言ってから、京子は意識を手放した。




次は影も形もないので本当に未定です。


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極限強化

案の定、というかなんというか。

気を失った京子をどうにか送り届けた綱吉は、家に帰った途端に倒れた。

 

今回綱吉が覚醒したのは、“(ハイパー)死ぬ気モード”だった。原作では普通の“死ぬ気モード”を経ても全身筋肉痛に陥ったそれを、いきなりの上9歳の身体で発現したのだから、当然と言える。

これまでは成長を阻害すると思って身体を鍛えるのは控えていたが、これからは徐々にトレーニングも始めなければならないだろう。

 

綱吉たちを襲った二人組は、雁字搦めに縛って放置した。

そのあとどちらの勢力に回収されたかは綱吉にも分からないが、それがボンゴレ側にせよ元々所属していたファミリーにせよ、ろくな目には合わないだろう。子供一人を拐かすという至極簡単な任務を失敗した者に、マフィアが寛大であるとは思えない。

 

今回のような襲撃はもう起きない。綱吉はあの日以来急激に鋭くなった直感で、護衛が増えたことを確信していた。

ボンゴレが同じ失態を二度繰り返すとも思えないし、“死ぬ気”を得た以上、よほどの相手でもなければ負けない自信があった。それこそヴァリアーでも来れば話は別だが、現状彼らは味方だ。

 

唯一心配だった京子は、どうやらあの時の記憶を失っているようだった。

どうも公園で話しているうちに疲れて寝てしまった、という綱吉の説明をそのまま信じているようで、「わざわざお家までごめんね」なんて申し訳なさそうに謝られたほどだ。

 

ただどういうわけか、あの日から頻繁に話しかけられるようになった。

笑顔で声を掛けてくる彼女を綱吉もまさか無碍に扱うわけにもいかず、随分と仲良くなったのだが。

 

「笹川のお兄さんが?」

「そうなの。どうしてもって聞かなくて」

 

京子の兄、笹川了平が綱吉に会いたいと言っている、という話を聞かされたのはそんな頃だった。

用件はいまいち分からない(どうせ京子のことかボクシングのことだろう)が、了平に接触する機会としてはこれ以上ない、と綱吉は快諾した。

 

守護者を巻き込むと決めた綱吉は、ならばできる限り彼らを強化しておかなければならない、と考えていた。ランボは、まあ流石にどうしようもないだろうが、それ以外のメンバーは向上の余地が十分にある。

 

客観的評価として、“死ぬ気”と“超直感”の組み合わせはかなり凶悪だと綱吉は考えていた。その綱吉自身が相手になることで、自身にとっても相手にとってもよい訓練となる。

その一番手として、了平はちょうどよかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

そして放課後。なんとなくの想像通り、綱吉は呼び出された公園でグローブを渡されて了平と向かい合っていた。

 

「一応、なんでこうなったか聞いてもいいですか」

「簡単なこと!貴様のような悪い虫を極限に成敗するためだ!」

 

了平は怒っていた。

 

「最近、京子が貴様の話ばかりするのだ。京子が俺以外の男の話をするなんて初めてだ。ならば俺は!兄として京子に近づく男を極限に試さなければならん!」

 

了平はグローブをはめた右拳を綱吉に突き付ける。

 

「京子が欲しければ!この俺を倒していけ!」

 

ドドン!と背後に文字が踊る錯覚を見た綱吉はこめかみを押さえた。

 

「お兄ちゃん!何を訳のわからないことを言ってるの!ツナくんは普通のお友達だから!」

「京子!今お前を助けてやるからな!」

「お兄ちゃん!」

 

京子の悲痛な(?)叫びも届かない。了平は「悪を滅さん」とばかりに息巻いていた。

 

綱吉は、想像以上に面倒くさい了平に大きく、大きく溜息を吐いた。

 

「分かりました」

 

これは一度力づくで黙らせなければなるまい。そう決心した綱吉は静かに声を上げた。決して状況の面倒臭さにキレ始めているわけではない。

 

「代わりに、俺が勝ったら二度と笹川のことで突っかかってこないでください」

「おう!もし俺に勝つほどの根性があるやつならば極限に構わん!男に二言はない!」

「いいでしょう。じゃあ始めましょうか」

 

流石に慣れた風に構える了平に対して、腕をだらんと下げたままの綱吉。

 

「構えんのか?」

「ええ。お好きに打ってきてどうぞ」

「ならば遠慮はせんぞ!」

 

了平は軽快なステップからあっという間に綱吉を間合いに捉えると、右に左に次々とパンチを繰り出す。綱吉は目を見開き、すれすれのところでかわしていく。

 

「む、よくかわすな。ならばこれだ」

 

一際強い踏み込み。綱吉も嫌な予感を覚えたのか、ガードのためにそれまで下げていた腕を持ち上げる。

 

「極限右ストレート!!」

 

空気を裂くような鋭く重い一撃。避けられないことを覚悟して受けた綱吉は、それでも大きく腕を吹き飛ばされた。

 

「俺の極限右ストレートを受けても倒れないとは……沢田、お前はボクシングの才能があるぞ!」

「いや、やりませんからね」

 

痺れたのか腕を軽く振りながら、目を輝かせる了平の言葉をため息交じりに否定する綱吉。

 

「まあ、でも」

「うん?」

「今のが一番自信があるパンチだったとしたら、もう全部見切りました」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

“超直感”とは、極限まで研ぎ澄まされた五感による産物である。綱吉は自身の血に宿る異能をそう考察していた。

五感から得られる大量の情報を精査し、普通だったら見逃してしまうような些細な情報すら掬い上げ、直感という形で示す。原作で示された“超直感”にはそれでは説明のつかないものもあったが、概ねそれで間違いはないだろう。

“超直感”という名の下に研ぎ澄まされた観察力は、わずかな予備動作から次の動きの予測すら可能とする。それは未来において死茎隊との戦いの中で示された。ならば人の動きについて大量に情報を蓄えておけば、その予測はさらに精度を増す。

 

そう考えた綱吉は、格闘技の動画を大量に見た。もちろんボクシングもその中に含まれている。ありえる大抵の動きは、すでに予習済みだ。

序盤は、蓄積した情報と現実の擦り合わせだった。そしてそれが済んだ以上、全ての攻撃は当たり得ない。それは慢心でも過信でもなく、紛れも無い事実だった。

 

「ハァ、ハァ、当たらん……!」

 

どんなラッシュも、フェイントも、先ほど綱吉の肝を大いに冷やした右ストレートすら。

ただの一発も当たりはしない。掠りもしない。全てを完璧に見切っていた。

普段からトレーニングを積んでいる了平が息を切らすほど動いても、綱吉は少し呼吸が乱れる程度。一度もパンチを打っていないとはいえ、差は歴然。

 

自分の技がボクシングなど初めてのはずの綱吉に、全く通用しない。心が折れてもおかしくない状況で、しかし了平はこの上なく楽しそうだった。

 

「ははは!まさかこれほど身近に、これほど上がいたとは極限に気付かなかったぞ!」

 

パンチもフェイントも全て完璧に見切る綱吉。その理由が、パンチを打つときの予備動作や体重のかけ方にあるということを、了平は頭でなく感覚で理解し始めていた。

そして戦ううちに、それらを改善しつつあった。

 

「……これだから漫画の登場人物は」

 

戦いの中で成長する了平に舌を巻く綱吉。彼はあのコロネロをして「必要なのは十分な休息だけだ」と言わしめた逸材である。中学生にしてプロの暗殺者を正面から打ち破ったその片鱗は、すでに現れていた。

 

とはいえ。

 

「成長の過程を目の前で見せてくれるなら、負ける道理はない」

 

綱吉の身体は紛れもなく漫画の主人公。素質においては譲らない。特に学習能力に秀でた彼の能力では、戦いの中で逆転されることはありえない。

次々と精度を増していく了平に、同様に綱吉の対応力も成長していく。二人の動きは、もはや小学生の領域を超えていた。

 

そして。

戦い始めたばかりの綱吉だったら間違いなくダウンしていた。そう言い切れるほどの渾身のストレートを放ち。全てを出し切った了平は満足そうに倒れていった。

 

「——ちょっと、お兄ちゃん!?」

 

心配した京子が大騒ぎしたのは、言うまでもないことだろう。

 

そして後日。

 

「沢田!お前はボクシングの才能がある!極限に俺とボクシングをやるのだ!」

 

了平が事あるごとに綱吉をボクシングの道へ誘い込もうとすることになるのも、尚更言うまでもないことだ。



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遥か高みに浮かぶ雲

日刊に載って色々伸びたので頑張って投稿です。


山本武。

言わずと知れた野球馬鹿である。

 

その類稀な運動神経は、短期間の修行でのちに剣帝を名乗るスクアーロを倒すほどだ。その才能は野球にも遺憾なく発揮され、小学生にして既に中学生顔負けのプレイなのだという。

 

実は綱吉と同じ小学校に武も通っている。二人ともクラスの中心人物であり、お互いに良き友人と認め合う仲だ。

 

しかし、武の野球馬鹿っぷりは綱吉にもどうにも出来ていない。何度となく剣の道に興味を示すように促したのだが、全て失敗だ。本当に野球しか見えていないのだな、と実感させられただけだった。

 

唯一達成できたのは、刀に慣れさせることだ。とある偉大な野球選手の逸話を挙げて「日本刀で素振りをしていたらしい」と綱吉が語ると、武は「家に道場あるから日本刀もあるかもしれねえ」と喜んで帰っていったことがあった。

その後も刀での素振りは続いているらしい。その練習がどう効果あったのかまでは知らないので野球に役立っているかはいまいち分からないが、将来の戦いには多少役立つと思いたい綱吉だった。

 

さて、武の強化が難しい以上、残るのは一人だけだ。

というわけで、綱吉は路地裏で暴れ回っていた。

 

「ふう……この程度だったら、“超直感”だけで倒せるようになったか」

 

腰を下ろし、缶コーヒーを呷る綱吉。その周りには中学生や高校生の不良達が転がっていた。今綱吉が腰掛けているのは、その中のリーダー格だった高校生だ。

 

最近噂が出回り始めたのか、この日のように囲まれることも多くなっていた。中には金属バットなど武器を持つ者も現れ、綱吉の戦闘経験の蓄積に大きく寄与している。

まあいくら数がいようとも、素人がバット振り回す程度ならば綱吉の敵ではない、ということだった。

 

最初の頃は念を入れて“死ぬ気”を引き出していたが、慣れてきた最近ではそれすら無しだ。それでも負けることはおろか危ないと思うことすらなかった。

 

さて、そろそろ夜になってきたし帰るか。綱吉が腰を上げようとした瞬間。

 

「——ねえ。君が最近並盛の風紀を乱しているという子供かな」

 

これまで感じたことのない、圧倒的強者の気配。全力で警戒を促す第六感に従い、すぐさま振り返って身構えた。

 

そこにいたのは、想像よりも少し幼い、でも間違いなく予想通りの人物。

 

「雲雀恭弥」

 

既に並盛の風紀を取り仕切る最強の不良。のちの十代目ファミリー最強の守護者。

 

「そうだね。そういう君は何者だい」

 

雲雀恭弥が、不機嫌そうに目を細めていた。

 

「沢田綱吉です。しかし、風紀を乱していたとは心外ですね。俺が倒したのは不良だけですよ」

「並盛に秩序は二ついらない。君を咬み殺す理由はそれだけだよ」

 

恭弥がトンファーを構える。刹那、綱吉の身体を爆発的な殺気が貫いた。

 

「……さすがは雲雀さんですね。ただ殺気を浴びただけで、全身が戦闘態勢に入った」

 

肩を竦める綱吉の額に、炎が宿る。

 

「“死ぬ気”でお相手しましょう」

 

大空と浮き雲が激突した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

綱吉はこれまでの戦いで、自分の力にかなりの自信をつけていた。磨いてきた“超直感”による先読みは、たとえ相手が雲雀恭弥であろうとも通用するだろうと。ましてや“(ハイパー)死ぬ気”だ。負ける道理がない。

 

しかしそんな楽観的な予測を、恭弥は嘲笑うように覆してみせた。

 

「ははは、めちゃくちゃな動きをしますね!」

 

人の動きには(ことわり)がある。“超直感”が目醒めてからさまざまな動きを学習した綱吉は、そう考えていた。

どんな流派だろうと、どんな武器だろうと、あるいは素人だったとしても、その理からは逃れられない。

 

しかしこの浮き雲は、そんな軛には縛られない。強引に大胆に、そして自分勝手に、理という名の檻を食い破り、自由自在に暴れ回る。無理を通せば道理は後からついてくる、と言わんばかりの予測不能な動きに、綱吉はついていくのが精一杯だった。

 

「ワオ、これにもついてくるのかい?」

 

しかし予想外なのは恭弥も同じだった。

所詮は群れたがる弱い生き物を狩って悦に浸るだけの小型動物だと思っていた綱吉が、並盛で敵無しの恭弥に正面から食いついてくるのだ。

 

しかも鋼鉄製のトンファーを素手で捌き、いくつか入れた胴体への攻撃も衝撃を逃していたとはいえほとんどダメージを負っていないという、規格外の頑丈さ。

 

戦闘狂の気が大いにある恭弥は、当初の目的を忘れて随分と楽しくなっている。彼にとって綱吉は、初めて出会った「いくら殴っても壊れない、頑丈な玩具」だった。

 

そんな規格外な綱吉にも、すぐに限界は来る。そもそも“死ぬ気”は火事場の馬鹿力のようなものだ。無理やりに身体の出力を上げているのだから、完全に素の状態で戦う恭弥より先に力尽きるのは当然と言えた。

 

(賭けに出るしかないか)

 

徐々に身体が悲鳴を上げるのを感じながら、綱吉は踏み込む。

ここまで一度も攻撃に出なかった綱吉の、初めての攻勢。

しかしそれは当然代償を伴う。

 

「うぐッ」

 

これまで攻撃しなかったのは、恭弥の猛攻を捌くので精一杯だったからだ。無理やり踏み込んだら一撃貰うのは当然のこと。覚悟していたとはいえ重い一撃に顔が歪む。

 

しかし、覚悟していれば一撃は耐えられる。腹に完璧な一撃を入れてもなお倒れないことに目を瞠る恭弥に、綱吉はお返しとばかりに渾身の一撃を放った。

 

それはいつか公園で了平が見せた、空を裂く拳。体重を乗せ、防御に回す方を最低限にしてまで“死ぬ気の炎”を集中させた一撃。

 

綱吉の知る最高の攻撃は、恭弥を直撃。その身体を大きく吹き飛ばした。

 

そこまでが限界だった。

 

「……くっそ、痛ってえ」

 

綱吉は脇腹を押さえ膝をつく。恭弥の攻撃を貰ったダメージとしては少ない方かもしれないが、消耗した体力を鑑みるともう戦えそうにはない。

一方、吹き飛ばされた恭弥は。

 

「随分と良い攻撃だったよ」

 

のそり、と立ち上がる。その足取りにダメージは感じられない。

 

「はは、あそこから反応しますか」

 

苦笑する綱吉の言葉通り、恭弥は完全に不意を打ったはずのカウンターにも反応し、後ろに跳んで衝撃を逃していた。

捨て身の賭けは失敗に終わったわけだ。

 

勝負は決した。

さてどうしたら最小限のダメージで帰れるか。綱吉がそんなことを考えながら様子を伺っていると、恭弥は目を細めてから後ろを向いた。

 

「次は無いよ」

 

それはつまり、今回は見逃すということ。

 

「……いいんですか?」

「僕の気が変わらないうちに早く帰ったほうがいい、沢田綱吉」

 

それは多分、恭弥が綱吉を認めたということだ。

 

「来週の同じ時間、またここに来ます」

「この僕に喧嘩を売っているのかい?」

「雲雀さんも飢えているでしょう。自分と戦える相手に」

 

恭弥は振り返り、綱吉を見る。

 

「その全てを見透かすような眼が気に入らないな」

「……今日はこれ以上は無理ですよ」

「知ってる」

 

恭弥は再び綱吉に背を向ける。そして今度は振り返ることなく、路地裏から去っていった。

 

「……ははは。いや、強くなったつもりだったけど、俺もまだまだだ」

 

浅瀬で潮干狩りをしているうちに海の全てを分かった気になっていた。

“超直感”と“死ぬ気”があっても今の綱吉が敵わない相手なんて、きっと大勢いる。

雲雀恭弥はまあ規格外だろうが、そもそもこれから綱吉が相手をすることになるのは全員が規格外だ。最後は世界を手中に収めんとする怪物だし。

 

「強く、ならないとなあ」

 

綱吉は、拳を強く握りしめた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

路地裏を出た恭弥は、そっと壁にもたれかかった。

 

最後の一撃。全く効いていないかのように装っていた恭弥だったが、実際はそこそこのダメージを負っていた。もちろん戦えないほどではないが、それでも雲雀恭弥が過去に受けたダメージの中ではかなり上位に来る。ここ最近では覚えがないほどの衝撃だった。

 

「沢田綱吉、か。まさかこの並盛に僕と戦える者がいるなんてね」

 

殆どが一閃すれば終わりの恭弥の攻撃を何度も捌き、食らっても踏ん張り、一撃入れてみせすらした。

そこに自分の知らない何かを感じた恭弥は、綱吉に強く興味を抱いた。

 

「良い砥石が見つかった」

 

雲雀恭弥は、心底楽しそうに笑った。




雲雀さんが一番好きです。


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閑話 赤ん坊、上空にて笑う


短いですが。


イタリアから日本への飛行機の中。

一人の赤ん坊が、顔立ちの愛らしさに似合わぬ険しい表情で書類を睨んでいた。

 

(沢田綱吉、中学一年生。家光の子か)

 

言わずとしれた呪われた赤ん坊(アルコバレーノ)が一、リボーンである。

彼はボンゴレファミリー9代目ボスより依頼を受け、10代目候補を育て上げるべく日本へ向かっていた。

 

(まだマフィアのことは全く知らない、ごく普通の中学生か。哀れっちゃ哀れだが、仕方のねェことだからな)

 

リボーンは冷酷無比な殺し屋だが、カタギの人間を巻き込んではいけないというマフィアのルールは重々承知している。

ゆえに裏の世界を全く知らない子供を引きずりこむことに僅か哀れみを覚えたが、割り切るのも早かった。

彼は“ボンゴレの血統(ブラッド・オブ・ボンゴレ)”を引いて生まれたのだ。他に候補がいない以上、ボスの座を継ぐのがその血を持つものの務めである。

 

運命は既に決まっている。ならばリボーンに出来ることは、ボンゴレのボスとして強く育てることだけだ。

 

(成績は優秀、そつのない優等生か。つまんねー奴だな。……いや、近年進んで不良に絡みにいく傾向にある、か。悪くねェ)

 

しかし家光の話では、綱吉は虫も殺さぬ心優しい性格、ということだった。

もちろん思春期ゆえに性格の変化などいくらでもあるだろうが、そう大きく変わるものかとリボーンは首を傾げる。

 

(まあ、会ってみないとわかんねェな)

 

そのまま書類を読み進める。目が留まったのは、末尾の一文だった。

 

『不確かではあるが、既に“ブラッド・オブ・ボンゴレ”に目覚めている可能性がある』

 

リボーンはスッと目を細める。

 

“ブラッド・オブ・ボンゴレ”に目覚める。つまり、“超直感”が覚醒しているということだ。

 

(どういうことだ……?こいつ、ごく普通の中学生じゃなかったのか)

 

“超直感”、またの名を“見透かす力”。

初代ボンゴレボスの血を引く者に特有の、異常なまでの鋭さを持つ直感力のことだ。

 

それは日常生活を送るには不都合なほどに鋭く、ボスの座を譲って日本に渡った初代は、己の血に宿る力を封じたという。

以降に生まれた子孫は“超直感”を封じられたまま生まれ、闘争に身を置き“死ぬ気の炎”を燃やすことで覚醒するようになっているそうだ。

家光から聞いた話だから間違いない。

 

それを、ただの中学生が目覚めさせたというのだ。

リボーンが疑うのも当然の話だろう。

 

(なんだか面白いことになってるみてェだな)

 

世紀の天才殺し屋は、ニヤリと笑った。




全綱吉くんは逃げて。

次からはいよいよ原作の時間軸に入っていく、はず。


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始まり

月日はあっという間に流れ。綱吉達は並盛中学校に入学していた。

 

「おうツナ、おはよう」

「おはよう山本」

 

爽やかに笑う武に、綱吉は手を上げる。二人は中学生になっても友人として付き合っていた。

 

「朝練は……そうか、試験期間か」

「そうなんだよ。早く終わんねえかなあっていつも思うぜ」

「赤点取らないように勉強しろよ?」

「ははは」

「いや、笑い事じゃなくて」

 

相変わらず勉強する気がさらさらない様子の武に、綱吉は溜息を吐く。どうせ補習の課題を手伝う羽目になるのだろうな、なんて思うと、溜息は深くなるばかりである。

 

——ふと、綱吉は何かを感じて振り返る。

 

「どうした?」

「うん……いや、なんでもない」

 

(気のせいか?)

 

綱吉は訝しげに首をかしげる。これまで数々の実績を残してきた自分の“超直感”に綱吉は全幅の信頼を置いていたが、それでも今回ばかりは何も見当たらない。何かを感じたのも一瞬だったし、気のせいだったのかもしれない。

頭の片隅に違和感を残したまま、綱吉は武に続いて学校へと向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

剣道場にて、綱吉と武は向かい合っていた。

その眼光は互いに鋭く、張り詰めた空気は周りの者に動くことを躊躇させる。

 

武が、先に動いた。

 

「——面ッ!!」

 

力強い踏み込みからの神速の一閃。目にも止まらぬ一振りを綱吉はすんでのところで受け止める。

受けたはいいが、重い一撃は綱吉の手を痺れさせる。衝撃に顔は歪み、続く一撃への対応が遅れてしまった。

 

「胴」

 

——スパンッ!

 

文句なしで旗が上がる、見事な一閃。綱吉は思わず笑った。

 

「はは、流石だな。いい加減、剣では相手にもならなくなってきたよ」

「雲雀と互角にやり合う奴が何言ってんだか」

 

武は苦笑を漏らす。

 

意外にも、野球以外に全く興味は示さないと思われていた武は剣を握るようになっていた。

 

きっかけは、二人でいたときに偶然恭弥と遭遇したことだった。

週一の手合わせ以外にも会うたびに戦おうとする彼は、綱吉に連れがいることなど気にもせずいつも通りにトンファーを振るう。そうなったら仕方なく応戦するのだが、恭弥の相手をするとなると綱吉も全力を出さなければならない。

 

そうして繰り広げた子供の域を遥かに超えた攻防に、武は感じたものがあったようで。

以来、家にある剣道場で剣を振るようになった。

そのことについて武は何も語らないが、意外と負けず嫌い、という面が現れたのかもしれない。

 

尤も、まだ父親に剣を教わる段階には至っていない。時雨蒼燕流に触れることになるのは、まだ先の話だ。

 

「よっしゃ、もう一本やろうぜ」

「はいよ。負けっぱなしと思うなよ?」

「はは、望むところだぜ」

 

二人は、時間いっぱいまで剣を交わした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

昼休み。綱吉の姿は、ボクシング部の練習場にあった。

 

「いつもすまんな沢田」

「いえ、俺の訓練にもなりますから」

 

リングで向かい合う綱吉と了平。綱吉は休み時間には了平のスパーリングの相手をしているのだ。

 

あれから継続的に綱吉を相手にしている了平は強くなった。なりすぎたとも言える。

綱吉を捉えるために磨き上げられた、速く重く読めないパンチ。それはもはや並みの学生が相手にするには荷が重すぎた。同年代との試合では敵無しになってしまったのだ。

当然、部員に了平の相手を出来る者などいない。それでは練習ができない、ということで綱吉は休み時間にはボクシング部を訪れるようになっていた。

 

「では極限に参るぞ!」

 

雄叫びとは対照的に、了平の動きは非常に静かだ。体重移動すら読ませないままに放たれるパンチは、ジャブですらかなりの威力を誇る。

あの手この手で攻め立てる了平の攻撃を、綱吉は全て捌いていく。その動きは剣道場でのそれより随分といい。

それも当然のことで、別に剣術もボクシングも修めていない綱吉の強さの根幹は“超直感”に由来する先読みにある。

視覚や聴覚が大きく制限される防具をつけた状態よりも、何もつけていないボクシングの時の方が感覚が冴え渡るわけだ。

 

手の内を知るほどに綱吉の先読みの精度は上がる。そういう意味では何度もやり合っている了平は対処が簡単、と言えるかもしれないが、それを遥かに超えるほどに了平の成長は著しい。寧ろ対応が難しくなってきているのが実情だった。

 

「くっ、やはりボクシング部には入らんのか?」

「お誘いはありがたいですけどね。今以上は厳しいです」

「むう……よし、もう一度だ!今度は極限に勝つ!」

「お付き合いしましょう」

 

熱中するあまり時間を忘れ、次の授業に遅れるのもよくあることである。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

放課後。学校を出ようとした綱吉は、馴染み深い殺気に足を止めた。

 

「何ですか、今日もやるんですか?」

「ちょうど見かけたからね。退屈してたんだ」

 

肩にかけた学ランをはためかせる、中学生の皮をかぶった化け物。雲雀恭弥がそこにいた。

 

この数年での恭弥の伸びには目覚ましいものがあった。

この並盛の頂点捕食者であった雲雀恭弥は、それ故に他者との戦いで牙を研ぐことができず、伸び悩んでいた。

しかし沢田綱吉という名の砥石を見つけ手合わせをするようになってからは、今まで伸びることができなかった鬱憤を晴らすように爆発的な成長を見せている。

どんどんと強くなる恭弥に、綱吉は文字通り死ぬ気で“死ぬ気”の制御を学んだ。成長についていけなければ、どこかで終わっていたかもしれない関係。それは幸か不幸か現在も続いていて、二人の実力を大いに高めている。

 

「はあ……用事があって断ったとき、代わりに他の生徒でストレス発散するのやめてくださいよ?」

「それは今日の君次第かな」

 

綱吉は溜息を深める。

 

「じゃあ、今日は勝ちますよ」

 

綱吉の額に炎が宿る。

恭弥がトンファーを構える。

 

「始めようか」

「始めましょうか」

 

二人は激突した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

そしてその日の帰り。綱吉は、一人家路を歩いていた。

ふと、立ち止まる。

 

「誰だ。朝から俺のことを尾けているのは」

 

綱吉は確信していた。朝、“超直感”に引っかかった何かは気のせいではなかったと。

その気配は日中にも度々感じていた。そしてその正体も薄っすらと察していた。きっと彼が来たのだろうと。

 

「——まさか、裏となんの関わりもねえ中学生に気付かれるとはな」

「そんな、気付いてくれと言わんばかりに気配を漏らしておいて何を……赤ん坊?」

「チャオっす」

 

そして、リボーンと沢田綱吉は邂逅した。

 

(ついに来た)

 

綱吉にとっては初めから知っていた出会い。そして、最初にして最大の難関でもあった。

 

この赤ん坊の鋭さは言うに及ばず、綱吉の異常さもきっと見抜いていることだろう。そしてリボーンを敵に回すことは死を意味する。

自分を見てリボーンが何というか。自分は上手にとぼけられるのか。

かつてないほどに緊張する綱吉に、リボーンはニヤリと笑ってみせた。

 

「いい面構えじゃねえか。マフィアのボスにふさわしい、いい顔だ」

「へ……それだけ?」

「なんだ、頭ぶち抜いて欲しいのか?」

「いや!そういうわけじゃないけど!」

 

スッと構えられた銃口に慌てて両手を挙げる。そんな綱吉を鼻で笑うと、リボーンは背を向けた。

 

「ほら、とっととお前の家に案内しろ。オレは腹が減った」

 

その小さくも大きな背中に、綱吉は全てを理解した。

 

「……ちょっ、待ってくれよ!急に上がると母さんが驚くから!」

 

込み上げるものをこらえ。綱吉は闇夜に消える背中を追った。




書きたいことを書くって難しいなあなんて思う今日この頃。


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信じること

サブタイトルつけなきゃよかったなって思う次第。
読む側だとあったほうが後で読みたい話を探しやすくていいんですけどね。

評価いただいて日刊に載っているようでありがたい限りです。
もちろんこれまでに評価してくださってる方も、お気に入りしてくださっている方も、感想をくださる方も、読者の皆さんに感謝です。
感謝の更新。


「俺がボンゴレファミリーの十代目、か」

「あんまり驚いてねェみてーだな」

「まあ、突然ではないから」

 

所変わって綱吉の部屋で、二人は話していた。

ママンこと奈々には、リボーンのことを家庭教師として紹介した。というかそう名乗ったのでその線で通すしかなかった。幸い、リボーンの知力は本物だ。その一端を見せてもらえば、奈々も納得しようものだ。

 

そうして聞かされた話が、「自分は綱吉を立派なボンゴレ十代目として育てるべく送られた家庭教師である」というもの。

 

もちろん綱吉には既知のことだが、それは本来あり得ないこと。だから、この日のためにそれらしい言い訳は考えていた。

 

「4年前、だったかな。マフィアに襲われたことがあるんだ」

 

リボーンは目を細めた。

 

「一度だけ、お前たちにつけた護衛が敵対マフィアによって引き剥がされたことがあると聞いた。その割に何も被害がなくておかしいと本部も訝しんでいたが……襲撃はあったのか」

「ああ。俺が倒した。火事場の馬鹿力みたいなのが出てね」

「それで“死ぬ気弾”も無しに“死ぬ気”が使えるのか」

「ああ、雲雀さんとのやり合いも見てたもんな」

 

リボーンに見せる意味合いがあったことは否定しないが、そもそも鍛えてきた綱吉でも恭弥の相手は全力でないと務まらない。

 

リボーンは瞑目した。そして。

 

「——それでいいんだな」

「っ、ああ。ここまでだ」

 

話せるのはここまで。これ以上は嘘になってしまう。それは出来なかった。

そして真実を話すことも。

 

綱吉はこれまで、原作の改変と呼べることは仲間の強化以外にはやらなかった。それは改変による未来編での予想以上の変化を恐れたからだ。

 

綱吉の最終的な目標である白蘭は、パラレルワールドの自分と知識を共有するという恐るべき異能を持つ。

原作を読む限り余程のことがなければパラレルワールドは生まれないようだったが、原作知識の過剰な開示はその余程のことに当てはまりかねない。

そうして分岐した世界の自分を識った白蘭が未来に飛ぶ若きボンゴレファミリーの対策すら済ませてしまった場合、詰みかねない。

それを考えると何も話せなかった。

 

リボーンは、おそらく隠し事があることを見抜いて、それでも頷いた。

 

「分かった」

「いい、のか……?」

「話せねェんだったら、聞いても仕方ねーだろ。それに、家庭教師が生徒を信じなくてどうすんだ」

 

綱吉は目を見開き、そして頭を下げた。

 

「すまん」

「その代わりオレを騙そうとか考えたら死ぬよりも恐ろしい目に合わせてやるからな」

「んなことしねーよ!」

 

夜は更ける。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

翌朝。リボーンが朝の食卓にいること以外はなんの変わりもなく、日常は流れていく。

 

綱吉は普段通りに家を出る。リボーンは何か用事があるとのことで、朝食を終えるとどこかへ消えていった。

まあ、リボーンが学校についてくると面倒なことが起こされかねない。自分を信じてくれたことには感謝していたが、それはそれ。面倒ごとはごめんだ、と思う綱吉だった。

 

「あ、ツナくん」

「笹川。おはよう」

 

京子は太陽のような笑顔を見せる。

 

もちろん同級生である京子だが、了平がボクシング以外だと盛んに京子の話をするものだから、綱吉にとってもなんだか妹のような感じがしていた。

 

クラスも違うから、こうして話すのは久しぶりだ。二人は並んで学校への道を歩く。

 

「お兄ちゃんが迷惑をかけてない?」

「いや、お兄さんには俺もいい刺激をもらえてるよ。いつもありがとうって言っておいて」

「ほんとに?お兄ちゃん、よくツナくんのことを褒めてるんだけど、二言めには『ボクシング部に入ってくれれば』なんて言うから」

「ううん……まあでも勧誘はしつこくないから、大丈夫だよ」

 

そこだけは唯一迷惑と言えるかもしれないが、あの熱意がなければ笹川了平ではない。仕方のないことだと綱吉も諦めていた。

 

「そう、よかった」

 

安心したように笑う京子。

なにより、彼女の顔を朝から曇らせるのは忍びなかった。

 

「お、京子……と沢田?」

 

取り留めもない話をしながら歩いていると、横から名前を呼ばれる。

京子の親友、黒川花だった。

 

「花!おはよう」

「おはよう京子。沢田も」

「おはよう黒川」

 

挨拶を交わすと、花は珍しい二人組だ、と綱吉と京子を見て悪い笑みを浮かべた。

 

「こんなにかわいいのに浮いた話の一つもないと思ったら、なるほど、もう相手がいたのか。意外と京子も隅に置けないなあ」

「ちょっ、花!違うからね!?」

 

京子は赤くなって花に詰め寄る。花は「はいはい」なんて言いながら、明らかに面白がっている。

綱吉はいかにも中学生の女子らしいやりとりだな、なんて暖かい目で二人を眺めていた。

 

「しっかし、沢田と仲が良いならあれだけ持田先輩に言い寄られてもぴくりとも動かないのも納得だなあ」

「持田先輩?」

 

そろそろ細かい部分は薄れてきた原作知識の記憶にも残っている名前だ。主に可哀想なエピソードとともに。

 

「剣道部の主将だったっけ」

「そうそう。よく京子に声をかけてくるんだけど、全くの脈なしって感じで不思議には思ってたんだよね」

「持田先輩はただ委員会が同じだけで、それ以上のことは何もないからね!」

「そりゃあ、相手が沢田じゃ仕方ないよ」

「俺はどんな評価なんだ」

 

ダメツナなんて呼ばれていないのは流石にわかるが、綱吉は自分の評価を気にしたことがない。

 

「勉強も運動も抜群に出来るんだから良いに決まってんじゃん。それに、なんたってあの風紀委員長と真っ向からやり合える唯一の人間だからね。一目置かれてるってか、ちょっと畏れられてる感じ?」

「それで皆ちょっと遠巻きなのか……」

 

なんとなくクラスメイトに感じていた壁の正体を知る綱吉だった。

 

「——げ、噂をすれば風紀委員じゃん」

「手荷物検査かあ。今日やるって言ってたっけ」

「抜き打ちでしょ?やば、私今日友達に貸す漫画持ってきちゃったんだけど」

 

女子だからそう酷い目には合わないだろうが、没収は免れない。苦い顔をする花に綱吉は手を差し出した。

 

「じゃあ、俺が預かっとくよ。上手いこと言いくるめとくからさ」

「マジ?すごい助かる!」

「休み時間に取りにきてくれ。んじゃ」

 

受け取った漫画を鞄に隠し、綱吉は一足先にと校門へ向かう。

風紀委員長である雲雀恭弥と唯一対等と言える彼は、「委員長が認めている」という理由で風紀委員からも一目置かれている。

案の定、サッと道を空ける風紀委員の前を悠々と通っていくのを眺めながら、花は呟いた。

 

「やっぱり格好いいよね、沢田って。強くて賢くて優しいって、憧れない理由がないわ」

「ちょっと、花?」

「分かってる。京子のものに手は出さないって」

「だから、私のものとか、そういうのじゃないからね!」

「はいはい」

 

花は花なりに、ちょっと、と言えないほどに抜けたところのある天然な親友のことを案じていたのだ。変な男に騙されやしないかと。

 

「その点、沢田は大丈夫そうじゃん?」

 

花の一人言は、周りのざわめきに紛れて消えていった。




忙しい中投稿を始めたので毎度遅くなって申し訳ないです。次も遅いと思います。

あと日常編とかキャラ紹介とか多分さっくり行くと思うのでご了承下さい。早く黒曜編行きたい……。


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嵐、来る!

ちょっと短いですが。
日刊上位の方に入って喜びの舞更新。


数日は平和だった。

綱吉も元は原作の愛読者だったから、リボーンが次々と「綱吉」に試練を与えていたことは知っている。

だからこそ身構え、警戒し。

 

それが薄れた4日後、変化が訪れた。

 

「転校生を紹介する」

 

教師の言葉とともに教室に入ってきたのは、銀髪の不良イケメン。間違いない。

 

「えー、今日から転校してきた、獄寺だ」

 

嵐の守護者の登場だ。

 

「じゃあ、自己紹介を」

 

その言葉に反応する事なく、鋭い視線は教室を見渡し、綱吉で止まった。そのままにじり寄る。

 

「お前が沢田綱吉って奴か」

「そうだけど?」

 

頷いた瞬間、視線に殺気が乗る。だが、日頃恭弥の殺気を真っ向から受け止めている綱吉にとって、それは動揺するほどのものではなかった。

正面から睨み返すと、

 

「……チッ」

 

舌打ちと共に空いた席へ移動する。

 

「あの沢田にガンつけるなんて……」

「あの転校生、死んだぞ……」

 

周囲の囁き声が耳に入る。綱吉は自分の評価が花の言う通りだったと知りこめかみを押さえた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「で?どういうことなんだ」

 

昼休み。リボーンに呼び出された綱吉は校舎裏に来ていた。

そこには不機嫌全開で睨みつけてくる隼人と、相変わらず表情の読めないリボーン。

 

「マフィアのボスとして、お前は自分のファミリーを集めなきゃなんねェ」

「ファミリー、ねえ。何人か心当たりはあるけど?」

「そいつらは元から交流があるってだけだろ。ボスたるもの、力でねじ伏せて従える必要もあるんだぞ」

「はあ」

 

対する隼人は、既に臨戦態勢で綱吉を睨んでいる。

 

「リボーンさん。こいつをやったら、俺がボンゴレ十代目に内定ってのは本当なんでしょうね」

「ああ」

 

そんなわけがない。

 

しかしボンゴレの血筋を引いていなければリングに拒まれるというのは、XANXASですら知らなかったことだ。隼人が知らないのも無理はないだろう。

 

綱吉は溜息を吐いた。

 

「どうせやらなきゃいけないんだろ。じゃあ、とっとと済ませようか」

 

(ハイパー)死ぬ気モード”。

 

額に灯る“死ぬ気の炎”に、放たれた威圧感に、隼人は一瞬気圧される。

 

「くそ、腐ってもボンゴレ十代目候補か。だが素手で俺に勝とうなんて無理な話だぜ!」

 

どこからともなく取り出されたダイナマイト。

 

「それがお前の武器か」

「“人間爆撃機”って名前で有名なマフィアだぞ。油断するとドカンだ」

「ハッ、油断しなくても一瞬で沈めてやるぜ。果てな!」

 

放られたダイナマイトは、綺麗な放物線を描いて宙を舞い、そしてぼんやりとそれを眺める綱吉に直撃した。

 

轟音と共にダイナマイトが爆ぜ、煙が舞う。

 

「直撃だな」

「は?」

 

まさか一撃で終わるとは思ってもみなかった隼人は、思わず口をあんぐりと開ける。

 

「……へ、へへ。結局は見掛け倒しの雑魚じゃねえか。ほら、リボーンさん。約束通り俺がボンゴレ十代目に——」

「——それは早計だな。戦果確認はちゃんとすべきだよ」

「なっ!?」

 

爆煙が晴れ。現れた綱吉はいくらか傷を負っていたものの、戦いに支障あるほどのダメージはなさそうだった。

 

「思ったより痛かったけど……個々のダメージは雲雀さんの蹴りくらいか」

 

綱吉は制服を払いながら、こともなげにそう言う。

 

「馬鹿な、直撃したはずじゃ!?」

「特別頑丈な人種も存在するってだけの話だよ」

 

何のこともない、ただ“死ぬ気の炎”で防御しただけの話だ。

ただダイナマイトは打撃とは異なり攻撃範囲が広く、“炎”を集中させることはできない。その分も踏まえて「恭弥の蹴りと同等のダメージ」と表現したわけだが。

 

しかしプライドを持ってダイナマイトを使う隼人にとって、それが効かないというのは大きな衝撃だった。

 

「くそっ、ならこれだ。2倍ボム!」

 

取り出したダイナマイトの量は先ほどの倍。流石にこれを直撃でもらうと綱吉も少なくないダメージを負う。しかし。

 

「ダイナマイトが増えるほど扱いは難しくなり、動きは遅くなる。鈍重な大技をもらってやるほど優しくないよ」

 

ダイナマイトを放り投げる隙に、綱吉は距離を詰める。2倍ボムが背後で爆発する。

 

もう拳の間合いだ。次のダイナマイトは間に合わない。しかし隼人はニヤリと笑った。

 

「へっ、掛かったな!」

 

綱吉に飛びかかる隼人。その両手には大量のボム。

綱吉の顔色が変わる。

 

「この距離なら投げる必要もねえ。これなら食らうだろ。3倍ボム!」

「おい馬鹿やめろ!」

 

——爆音。

 

隼人の抱えた3倍ボムは、二人もろとも爆発し、その身に大きなダメージを——。

 

「な、なんでだよ……!?」

 

——与えていなかった。

 

「……ったく、馬鹿じゃないのか?」

 

爆煙の晴れた先には、目を見開き茫然とする隼人。そして両手を真っ黒に焦がした綱吉の姿があった。

 

「なんで、俺を庇って……?」

「あのままだと俺はともかくお前は死にかねなかった。だからどっちも生かすようにしただけだよ」

 

平然とする綱吉だが、別にダメージがないわけではない。見た目通り、両手と胸に甚大な火傷を負っていた。

2倍ボムですらダメージを受ける、と言っていたところに3倍ボムを、しかも抱え込む形だったから至近距離で受けたのだ。いくら防御に“炎”を回しても足りないのは当然のことだった。

 

自分を庇い傷を負ったその姿を見て、隼人は感銘を受けたようだった。

ガバリ、とその場に土下座し額を地面に擦り付ける。

 

「敵をも庇うその器の大きさ。不肖獄寺隼人、感服しました!十代目に一生ついていきます!」

「……ああ、うん。分かったから立って」

 

綱吉はその場にひれ伏す隼人を立たせようと動き、顔を顰めた。

 

「っつ……痛えな。リボーン、手当てできないか?」

「偉そうに言うんじゃねェ。ったく、仕方ねーな。獄寺」

「は、はい!」

「保健室に行って包帯と氷嚢とってこい」

「はい!すぐに取ってきます!」

 

脱兎の如く駆けていく隼人。それを見送り、リボーンは綱吉に目を向けた。

 

「おいツナ、あれは狙ったことなのか?」

「はは、そこまで咄嗟に頭が回るほど俺は賢くない。ただ、仲間は守んなきゃって思ったら勝手に動いてたんだ。それだけだよ」

「そうか」

 

いくら睨んでこようとも、攻撃してこようとも、綱吉にとって獄寺隼人はボンゴレ嵐の守護者なのだ。守らない、という選択肢が存在しない。

 

「とにかく、よくやったじゃねーか。マフィアのボスは時として自らを犠牲にしても部下を守んなきゃなんねェ。だからこそ部下はボスについていくんだ。自分の命すら預けてな」

「そう、だな。背負わなきゃなんないんだよな。……うん、分かってる」

 

そう呟く綱吉の姿に何を見たのか、リボーンは目を細めた。

 

「とにかく」

「十代目〜!氷持ってきましたからね〜!!」

 

遠くから叫ぶ隼人の姿を見る。

 

「ファミリーゲットだな」




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嵐の苦悩

閲覧、お気に入り、評価、感想、そして誤字報告もありがとうございます。助かります。


翌朝。いつものように家を出た綱吉は、その場で溜息を吐いた。

 

「おはようございます、十代目!」

「おはよう、獄寺。朝から家の前で頭を下げている必要はないからね」

「いえ、これも十代目の右腕としての仕事ですから」

「何が」

「十代目をお守りしなければなりませんからね!」

 

押し問答の末、迎えに来るのは許す代わりに頭を下げて待っているのはやめてもらった。朝から無駄に疲れた綱吉だった。

 

「御荷物お持ちします!」

「ん、いやいいよ。これは——」

「いえ、十代目に荷物を持たせて自分は手ぶらなんて許せませんから——って重っ……!」

 

綱吉のリュックを預かろうとした隼人は、そのあまりの重さに膝をつく。

 

「な、何が入ってるんですか、これ……」

「トレーニング用に重りをね。40キロくらいだったかな」

「40キロ!?」

 

とても涼しげに背負う重さではない。隼人はもう一度持ち上げようと試みる。

 

「ぬぐッ、なんとか持てなくは……!」

「無理しなくていいよ。というか俺のトレーニング用だからさ」

 

綱吉は隼人の手からリュックを取り、ひょいと背負い直す。

 

「そんな軽々と……流石です」

「まあ、日々の積み重ねだよ」

 

とても重りが入ったリュックを背負っているとは思えない軽やかな足取りに、隼人は黙り込んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ようツナ、おはよう」

「おはよう山本」

 

 

朝練を終えて眠そうな武の挨拶に綱吉が手を振って応えると、武に猛然と詰め寄る影があった。

 

「テメエ、十代目に馴れ馴れしくすんじゃねえ」

「あん?なんだ、えっと、転校生の獄寺だっけ。馴れ馴れしくすんなって……挨拶しただけじゃねえか。それに、十代目?」

 

唐突な物言いに戸惑う武。頭を抱える綱吉。

 

「ああ、由緒正しきボンゴレファミリーの十代目だ。お前みたいなやつが馴れ馴れしく声を掛けていいお方じゃねえんだよ」

「ボンゴレ、ファミリー?」

「ああ。イタリア最強のマフィアだ」

「マフィア」

 

目をぱちくりさせる武に、綱吉は助け舟を入れた。

 

「という設定だ」

「……ああ、なるほどな。獄寺、お前意外と子供っぽいところあるんだな!」

「うるせ、触んじゃねえ!っていうか十代目?」

「いいから」

 

綱吉は不服そうな隼人を手招きし、そっと囁く。

 

「マフィアのボスってのは裏社会のトップだろ?みだりに表の住人に話すことじゃないよ」

「なるほど、その通りですね。大変失礼しました!」

 

隼人は敬礼すると武に向き直る。

 

「という設定だ」

「お、おう」

 

妙な圧力でそう断言する隼人の変わりぶりに、武は気圧されるように頷く。

 

「そっか、マフィアか。楽しそうだな。俺も入れてくれよ」

「テメエ、そう簡単にボンゴレに入れると——」

「——いいじゃねえか」

「リボーンさん!?」

 

突然の声に三人とも振り向く。そこには机の上にポツンと置かれた花瓶、に擬態したリボーンがいた。

 

「近いうちに山本にも声を掛けようと思ってたんだ。ちょうどいい」

「どうでもいいけど、俺の机の上で花瓶はやめてくれないかな。いじめられてるみたいじゃん」

「どうせ山本以外からは避けられてんじゃねーか」

「地味に気にしていることを……!」

 

それはさておき放課後。

部活はあるがちょっとだけなら、と言う武とそれに噛みつきたくて仕方ない隼人を連れて、綱吉はお馴染み校舎裏に向かう。

 

「さて」

 

待ち構えていたリボーンは、武に何かを放る。

 

「なんだこれは、って刀?」

「山本は剣士なんだろ?」

「剣士ってか、家に剣道場があるからそこで振ったりはするけどよ」

 

武はそう言いながらリボーンの出した刀を手に取る。

 

「へえ、よく出来てんな小僧。まるで真剣だ」

 

(絶対真剣だよなあ)

 

リボーンが刃引きがされた刀を用意するわけがない。ないのだが勘違いしていた方が面倒がないので綱吉は口を噤んだ。

 

「で、こいつで何をすりゃあいいんだ?」

「簡単なことだ」

 

言うや否やリボーンは銃を構える。

 

「おい、ちょっとま——」

 

綱吉が止める間も無く銃声、そして立て続けに金属音が鳴り響く。

 

「おお、びっくりした」

 

息を吐く武の周りには、両断された弾丸が4つ。

 

「まさか、斬ったのか。いきなり4発?」

「思ったよりやるじゃねーか」

「はは、銃弾もまるで本物みたいでびっくりしたぜ」

 

そう笑う武は、今確かにリボーンが一瞬で撃った銃弾を全て綺麗に両断してみせたのだ。しかも全て別の場所に飛んできたものを。

綱吉はかつて銃弾を避けてみせたことがあったが、斬るとなると難易度が跳ね上がる。それを“死ぬ気”無しにやってのけるとは、化け物じみた反射神経と動体視力だ。

 

「試験は合格か?」

「おう、文句なしだ。やったなツナ、二人目のファミリーだぞ」

「よっしゃ。これでツナが俺のボスか。よろしくな」

「ああ、うん。よろしく?」

 

ニカッ、と爽やかに笑う山本は、時計を見ると慌てて部活へと走っていった。

 

「あいつ、誰かに剣を教わったことはないんだろ?」

「ああ。親父さんの道場で一人で振ってるだけと聞いたけど」

「それであれだけの剣捌きだ。山本は天性の殺し屋かもな」

「きょうびの殺し屋は剣を使うのか」

「そういう奴もいる。ボンゴレが誇るプロの暗殺集団には、化け物みてえに強い剣士もいるんだぞ」

「いろんな奴がいるんだな」

 

間違いなくスクアーロのことだろう。綱吉は脳裏に己が知るヴァリアーの面々を思い浮かべ、「暗殺?」と首を傾げた。どいつもこいつも派手な攻撃ばかり持ち合わせている気がする。

 

(だから腕利きの術士がいるのかもな)

 

思わぬところでマーモンの苦労を知った気がする綱吉だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

そうして帰り道。隼人と談笑しながら歩いていた綱吉は、ふと大きく溜息を吐いた。

 

「十代目?」

「いや、うん。ちょっとね。荷物任せていいかい?」

「ええ、もちろ……重っ」

 

どうにか綱吉のリュックを持ち上げる隼人を他所に、綱吉は後ろを振り向いた。

 

「一週間に一度、という約束でしたよね?」

「——何のことかな。僕はたまたまここを通りかかっただけだけど」

 

答えながら姿を現したのは、「風紀」の腕章を掲げる並盛最強の男。雲雀恭弥だ。

その手にはすでにトンファーが握られており、鋭い殺気は臨戦態勢にあることを何より強く伝えてくる。

 

「そんなやる気満々で何を言ってるんですか」

「これは放課後のちょっとした運動だよ」

「ったく、負けたらこうして何度もかかってくるから嫌なんですよ」

 

図星を突かれた恭弥はムッとした顔をする。

 

「……咬み殺す」

「断ってもどうせ来るんでしょう」

 

綱吉も“(ハイパー)死ぬ気モード”に入る。

 

「ちょ、十代目!?そいつは一体なんなんですか!敵ですか!?」

「ああいや、ちょっと気の短い知り合いだよ。大丈夫だからちょっと待ってて」

 

隼人は突然の殺気に驚き、綱吉の敵を前にしているとも思えない態度に戸惑い、荷物を落とすわけにもいかないと狼狽えている。

しかし綱吉は既に全神経を目の前の猛獣に注いでいる。

 

「その減らず口を黙らせてあげる」

「そこそこに相手してあげますよ」

 

そうして二人は激突した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ただ取り残された隼人は、目の前で繰り広げられる激戦に目が釘付けだった。

 

「——どうだ、これがツナの本気だぞ」

「リボーンさん」

 

その隣に突然現れたのは、今日も黒いスーツを決めた赤ん坊。リボーンだ。

 

「正直驚きました。流石十代目、俺と戦った時は全然本気じゃなかったんすね」

 

称賛の言葉とは裏腹に、隼人の表情は浮かない。

 

「自分だけ劣っているように感じるのか?」

「それは!……そう、ですね」

 

耳に痛い、リボーンの言葉。

隼人は一瞬声を荒げ、しかし俯くように頷いた。

 

「俺、ずっと一匹狼で。庇われたのって初めてだったんです。だから、一生この人についていこうと思って。向こうではそれなりにマフィアとしてやってきましたから、お役に立てるつもりでした。でも」

 

綱吉の周りにいる人間は、皆中学生としては異常な程に強い。綱吉当人はもちろん、目の前でやり合っている恭弥はもちろん、武や昼休みに見た了平も自分より上だ。

 

「自信を失った、っていうか。お役に立ちたい思いはあるんですが、このままだと足手纏いのままだ。でも、十代目はきっと俺がピンチに陥ったら助けにきてしまう。迷惑をかけてしまう。だったらもう離れた方が、なんて今日はずっと堂々巡りです」

 

リボーンは腕を組み、隼人を見上げる。その視線は強く、優しかった。

 

「オレは、ツナの周りにいる人間のことを把握した上でお前を呼んだんだ。役に立てないなんてことはないぞ。自分の長所はなんだ?」

「俺の長所……近接攻撃以外の手段があること、ですか」

「賢いことだ」

「はあ」

 

唐突な言葉に、隼人は首を傾げる。

 

「山本や了平はもちろん、ツナだって勉強こそそこそこできるが地頭はそこまで良くはねェ。ちゃんと頭がいいのはお前だけだ。その頭脳は勉強にしか使えねーのか?」

 

その言葉が「考えろ」と言っているように感じて、隼人は黙り込んだ。

 

「もちろん、唯一の中距離支援っていう理由もある。だが、そんだけでお前を呼んだわけじゃねェんだ。自分に何ができるか。何がツナのためになるのか。その頭を使って考えろ」

 

その目に光が戻ったのを見てとって、リボーンは唇の端を上げた。

 

「頭を使えっていうのは、お前個人の戦い方に関してもだぞ。工夫と努力を重ねれば、お前はもっと強くなれる。自分の全部を使って戦え」

「はい!」

「いい返事だ」

 

リボーンはニッと笑うと今なお激戦を続ける二人の方をアゴでしゃくった。

 

「んじゃ、早速あいつらを止めてこい。そろそろ飯の時間だ。オレは腹が減った」

「ちょっ、リボーンさん!?……くそっ。獄寺隼人、参る!」

 

隼人はなんとか二人を止めたが、恭弥の不機嫌を買うという最悪の事象を引き起こした。儚い人生に合掌。




というわけで獄寺強化フラグでした。
おそらく次はかっ飛んで黒曜編です。多分。


以下作者の言い訳なので「そんなもん読んでられるか」って方はスルーでどうぞ。

正直、隼人はこうやって劣等感を感じたら無言でがむしゃらに修行するタイプな気がします。結構不器用。
しかしせっかくダイナマイトという戦略性の高い武器だし、本人の知力も高いので、もっと相手の動きを手玉にとってほしい。そんな願望からこんな展開になりました。
原作の良さをなるべく失わないまま、右腕らしい活躍もさせたい。未来の作者の腕に期待ですね。今の作者はとにかく前に進むのみ。
以上、「こんなの獄寺じゃない!」という批判が怖い作者の言い訳でした。


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戦う覚悟

誤字報告ありがとうございました。まさか「咬み殺す」の漢字を間違えていたとは。助かりました。以後気をつけます。

予告通り、諸々すっ飛ばして黒曜編に突入です。


綱吉のもとにリボーンが来てから、随分と時間が経った。

 

「へへん、このプリンはランボさんのものだもんね!」

「ランボだめ!それツナさんの!」

「リボーン、ママンがコーヒーを淹れてくれたわ」

「悪いなビアンキ」

「いっただっきまーす!……うんめえ!」

 

沢田家もかなり騒がしくなった、と綱吉は目の前の惨状を見ながら現実逃避的に思う。あらあら、と困ったように笑う奈々のメンタルを分けてほしい。

 

「母さん、行ってくるよ」

「いってらっしゃい、つー君」

 

そうしてこの賑やかさに慣れ始めている自分に、まだ気付かない綱吉だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

綱吉が家を出ると、そこにはいつもの光景が。

 

「おはよう、獄寺」

「おはようございます、十代目」

 

門の向こうから恐る恐る覗き込んでいる見覚えのある顔に、綱吉は声を掛ける。

 

「大丈夫、ビアンキはいないよ」

「そうみたいっすね」

 

隼人はほっと一息吐き、塀の影から出てくる。

隼人は毎朝綱吉を迎えに来るが、たまにビアンキが悪戯で見送りに出てくるものだから、それを恐れていつもこんな感じなのだ。

 

「もう9月か。早いね」

「2年になってもう半年近く経つんですね」

「色々あったからね……」

 

綱吉は「大体リボーンのせい」で片付けられそうな騒ぎの数々を思い浮かべる。家庭教師のはずが、現状はただのトラブルメーカーである。

 

「まあ、最近は何もないし。平和で良いことだよ」

「最近と言えば、アレっすね」

「ん?」

「この一週間くらい、他校の奴から喧嘩売られなくなりましたね。近くにもう一個中学があるじゃないですか。えっと、黒曜中、でしたっけ」

 

何気ない隼人の一言に、綱吉はぴくりと肩を震わせた。

 

「この髪色のせいでしょっちゅう喧嘩売られるのは知っての通りだと思いますけど、突っかかられるのが減るってのは平和で良いことですね」

「そう、だね」

 

綱吉は、原作における細かい時系列を覚えているわけではない。しかし、隼人の言葉でその兆しを悟った。

 

(始まるのか)

 

原作において、バトルパートの開幕だった黒曜編。超えなければならない最初の壁が迫ってきているのを、綱吉は強く感じた。

 

「十代目?」

「……いや、なんでもないよ。ただ、嵐の前の静けさみたいなものを感じてね」

「十代目がそう仰るんなら、何かが起こるんですかねえ」

 

並盛中の生徒が襲われた、というニュースが校内を駆け巡ったのは、その翌日のことだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

それから一週間で、並盛中の生徒が10人以上襲われた。未だ犯人が黒曜中の生徒ということまでしか分かっておらず、校内は不安に包まれていた。

 

「十代目の仰る通り、嵐が来ましたね」

「まさかここまで広がるとは思ってなかったけどね」

「怪我した奴ら、大丈夫かな」

「俺に襲いかかってきたら、返り討ちにして取っ捕まえてやるんですけどね」

 

どこか落ち着かない教室。隼人と武も、普段とは違う空気に当てられてか浮ついているようだった。

 

「ただ、風紀委員にも被害が出てるんですし、何より並中の生徒が襲われてるんだから、あの雲雀が黙っちゃいないですよ」

「——どうだろーな」

「うおっ、リボーンさん!?」

 

リボーンが隼人の横からニュッと顔を出した。

 

「お前、その花瓶スタイル気に入ってるだろ」

「なんのことか分かんねーな」

 

それはさておき。

 

「ツナ、今回の襲撃で何か気づいたことはねーか」

「何か規則性があると?」

「それを考えろって言ってんだ」

 

珍しく鋭いリボーンの視線。

目を伏せる綱吉は、その知識の中に答えを持っていた。

 

「……この前のランキング、だよな」

「まさか、『ランキング』フゥ太のですか!?」

 

先日の騒ぎの一因だった、マフィア界隈で有名な情報屋『ランキング』フゥ太。そのランキングを目にしており、何よりマフィアとしてその価値を知っている隼人は声を上げる。

 

「獄寺は知ってると思うが、フゥ太のランキングはマフィアにのみ知られる極秘情報だ。つまり今回の相手はマフィア——ツナ、お前の相手だぞ」

 

襲撃のニュースを聞いてから、じわりと感じていた緊張感。リボーンが言葉にして突きつけたことで、いよいよそれが差し迫ってきた。

 

最初から、今回の首謀者の狙いが自分であることは知っていた。そもそも、事件が起こる遥か前——綱吉が「沢田綱吉」を塗りつぶした時から。

 

(勝てるのか、俺に)

 

綱吉の心を埋め尽くすのは、常にそれだった。

出来ることはしてきたつもりだ。体技を磨き、“死ぬ気”での戦い方を鍛え、基礎体力を伸ばした。仲間の強化もした。

 

それでも感じる、心を押し潰しそうな暗い不安。自分は「ニセモノ」だという自覚。

 

その不安の一つに綱吉の目が向かう。リボーンの相棒であるレオンは、朝から形状を変化させ続けている。朝食の時に尻尾が切れてから、ずっとそうだ。羽化のための第一関門は突破したと言える。

しかし、いざという場面で羽化に至ってくれるのかどうか。それなしで、彼を相手にどこまでやれるのか。

 

際限のない不安の渦に飲み込まれている綱吉の額に、強烈な一撃が入った。

 

「うおッ!?痛っつ!」

「十代目(ツナ)!?」

 

完全に思考に沈んでいた綱吉は、机をいくつか巻き込んで盛大に倒れる。

下手人であるリボーンは、腰をついた綱吉を机の上から見下ろした

 

「迷って、いやビビってやがんな」

「——!」

「相手はマフィアだ。お前がボンゴレ十代目である以上、敵は全部倒さねェと全部を失うんだぞ。謝って、降参したら許してくれるとでも思ってんのか?敵が来た以上、お前は戦って勝つしかねーんだ」

 

そう、はじめから分かっていたことだ。

勝てる、勝てないの問題ではない。勝つしかないのだ。

負ければ身体を乗っ取られるし、殺されるし、世界が滅ぶ。それが、「沢田綱吉」に与えられた運命。そもそも、そうでなければ「沢田綱吉」が戦うものか。

 

「それに、お前一人で戦わなきゃいけねェわけじゃねーだろ。それとも自分のファミリーを信じらんねーか?」

 

そう言われた綱吉は、傍らの二人に目を向ける。どちらも綱吉の視線を受け止め、「任せろ」というように頷いた。

 

「……その言い方はずるいよ」

 

二人に助けを借りて、綱吉は立ち上がる。

その目は、覚悟を決めたように強い光を湛えていた。

 

「じゃあ行きましょうか十代目。誰だか知りませんけど、ぶっ飛ばしてやりましょう!」

「ああ。ただ、行く前にちょっと準備がある」

 

三人は足早に教室を出ていく。

 

「ようやく、らしい顔になったじゃねーか」

 

リボーンは小声で呟く。その唇はわずかに笑みの形を浮かべていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

とある、薄暗い一室。崩れた壁の隙間から差し込む光だけが光源のそこは、人の手から離れて久しいのだろう。

元はボウリング場だったと思しきその部屋のソファに、一人の少年が腰掛けていた。

個性的な髪型をしたその少年は、ふと部屋の入り口に目を向ける。

 

「——おや。千種、戻りましたか」

 

姿を現したのは、眼鏡にニット帽の華奢な少年。

 

「どうでしたか、彼の周辺は」

「思っていたよりも警備が厳重でした。突破は不可能ではないでしょうが」

「そうすると、イタリアの門外顧問に連絡が回りますか。流石にボンゴレ本部を相手にするには時期尚早ですね。せめてこの計画を完遂し、周りを完全に掌握してからでないと」

「いかがしますか」

「そうですねえ……」

 

少年は、瞑目して考えを巡らせた。

 

「やはり予定通り、ここにおびき寄せるのが一番ですか。犬はどうしました?」

「引き続き、生徒の襲撃を」

「そろそろ呼び戻してください。頃合いでしょう。こちらで準備を進めます」

「かしこまりました」

 

サッと身を翻した眼鏡の少年を見送り、彼は怪しい笑みを浮かべる。

 

相見(あいまみ)えるその時を楽しみにしていますよ、ボンゴレ十代目」

 

その右目には、「六」の数字が輝いていた。




戦闘シーンを書けるのか問題。
頑張ります。


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霧の中、開戦

ご都合主義的な展開を含みます。


三人が向かったのは応接室だった。

 

「これだけの事件だ。おそらく一番情報が集まってるのは風紀委員会だろう。俺たちがこれから情報を集めるよりよほど早い」

 

綱吉の予想通り、風紀委員会には犯人の根城の情報があった。

 

「じゃあ、もう雲雀さんは犯人の下に向かったんですね」

「ええ。我々はつい先ほどようやく居場所を特定したんですが、委員長は独自に突き止めていたようです。報告しようとした頃には、すでに姿は無く」

 

副委員長の草壁がそう答える。恭弥のことを誰より尊敬している草壁は、彼と唯一対等に戦える綱吉にも敬意を払っていた。綱吉が風紀委員に顔が利くのは、彼のおかげといってもいい。

 

「しかし、沢田さんも加勢を?委員長は喜ばないと思いますが」

「いえ、周りに不安がる声もあるので情報だけは集めておこうと。しかし雲雀さんが出たなら安心ですね」

「ええ。有事においてあの方ほど頼りになる方はいません」

 

その場では誤魔化した綱吉だったが、応接室を去るとすぐさま足を目的地——黒曜ランドに向けた。

 

こと単純な戦闘力において、雲雀恭弥の右に出る者はそうない。

しかし六道骸はその格闘スキルもさることながら、一番の武器は類い稀な幻術能力だ。リングを得て大量の実戦経験を積んだ十年後の恭弥は幻術にも対応できたが、今の恭弥はそうではない。負けてしまう可能性も十分にあるだろう。

 

原作でも確か、その幻術能力により——。

 

「完全に忘れていた」

 

綱吉はその足を止めた。

 

「十代目?」

「……いや、なんでもない。急ごう」

 

そう、原作で恭弥は桜クラ病という致命的な弱点を利用されて骸に完封されてしまったのだ。今の今まで忘れていたことが信じられない。

今すぐシャマルを問い詰めるか、と過ぎった思考を振り払い、綱吉は先を急ぐ。

恭弥は既に敵地にいるのだ。今ここで桜クラ病に罹患しているかどうかを調べることに意味はない。

 

原作では死んでいない、ということはなんの安心材料にもならない。

自分の間抜けさを呪いながら、せめて怪我が軽くあれと祈り綱吉は走った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

黒曜ランド、ボウリング場跡。

そこに二人の少年がいた。一人は床に転がり、もう一人は長柄の武器、三叉槍を握り笑みを浮かべている。

 

「ひとつ、君に謝らなければなりません。僕は少々君を見くびっていたようだ」

 

六道骸は倒れ伏し、それでも強い眼光で己を睨む雲雀恭弥に語りかける。

 

「僕ははじめ、君程度の男などいくらでも見てきたと、そう思っていました。しかし、まさか桜に囲まれながらなお僕の“修羅道”を引き出すとは思いもしませんでしたよ」

 

「四」の文字が浮かぶその右目には、藍色の炎が宿っている。

 

「もしあなたが桜クラ病に罹患していなかったら、本命の前に随分と力を消耗してしまったかもしれません。負けることはなかったと思いますがね」

 

ぐっ、と恭弥の身体にわずかに力が戻り、指が少し動く。

 

「おっと、そろそろでしたか」

 

しかしその動きも骸は見逃さなかった。

右目の文字が「一」に変わると、再び恭弥の身体から力が抜ける。

 

「では、続けましょうか。出来ることなら、壊れる前に諦めて欲しいものですがね」

 

鈍い音は、まだ鳴り止まない。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「霧……?」

「なんか、嫌な雰囲気っすね」

 

辿り着いた黒曜ランドは、一帯が霧に包まれていた。

 

「何が出てくるか分からない。気をつけて進もう」

 

綱吉は改めて注意を促し、前へ進む。

 

「リボーン、喉は乾かないかしら。お茶を持ってきたわ」

「ありがとな、ビアンキ」

 

ここにくる途中で、ビアンキも合流した。リボーンが戦場に赴くのに自分がのうのうとしてはいられない、という。

本人は補給担当と主張していたが……そこに頼ることはまずないだろう。綱吉は毒々しい煙を放つ包みから目を逸らした。“超直感”が「あれには手を出すな」と警告を発しているし、そんなものがなくても食べたいとは全く思わない。

 

リボーンはよく生きていられる、と逸れる思考を目の前の戦いに引き戻す。

 

黒曜組の面子は、お馴染み六道骸と城島犬、柿本千種の三人。加えてM・M、バーズとそれに従う殺人鬼二人、そしてランチアの計七人だ。

 

この中で強敵は、言わずもがな六道骸とランチアだろう。それ以外なら十分に対処できる自信がある。

 

ランチアは蛇鋼球という鉄球を武器にする怪力の猛者だ。あの鉄球を受け切れるか、というのが彼との戦いを左右する。

原作では“死ぬ気弾”を受けた「綱吉」は鉄球を受け止め、剰え投げ返してすらいたが。自力で“死ぬ気”を引き出している綱吉は、自分の身体能力が“死ぬ気弾”による“死ぬ気”のそれと同等のものなのかが分からない。

 

(最大まで防御力を上げれば一撃でダウンってこともないだろうから、実際に受けてみてだな)

 

受けられないとなると避けるしかないが、蛇鋼球は纏う乱気流のせいでかなり大きく避けないといけない。やりにくさは格段に変わってくるだろう。

 

(そして、六道骸)

 

いずれも厄介な六つのスキル、そして“憑依弾”。

骸というとどうしてもその優れた幻術能力に目が行きがちだが、三叉槍に傷を付けられた時点で詰み、という条件はかなり厳しい。

 

何年も恭弥を相手にしてきて余程の相手でなければ肉弾戦で引けを取ることはない、という自信のある綱吉だが、傷一つでアウトとなると難易度は格段に上がる。それこそ恭弥でも難しいだろう。

 

(それをひっくり返せる武器が“Xグローブ”なわけだが)

 

綱吉はレオンに目を向ける。繭になって輝きを放っているレオンだが、羽化のタイミングは全く読めない。

 

せめて死ぬ前に間に合ってくれ、と祈ったところで、綱吉はふと異変に気付いた。

 

「リボーン、ビアンキ。皆はどこだ?」

「あん?……こいつはやられたな」

 

たち込めた霧の中に、ビアンキとその肩に乗るリボーン以外の姿が見当たらない。

 

「はぐれてしまったのね。こんな敵地で」

「やべェな。各個撃破されちまったら問題だぞ」

 

リボーンもビアンキも、ここが既に戦場であると認識したのか視線に鋭さが増す。

 

(くそっ、油断した)

 

原作の知識に囚われすぎた。

初めは武が犬と戦い、続いてM・M、バーズ、そしてランチアという流れが当たり前に来るものだと考え、警戒の一切を怠ってしまった。

そもそも、ここに来るまでの過程が原作から外れているのに。

 

個々の実力に不安はない。原作で相手にした犬や千種はもちろんランチアですら打倒しうる。二人はそれだけの力は持っている。

しかしそれでも、骸が相手では分が悪い。

 

(みんな無事でいてくれ……!)

 

祈りながら、綱吉は先に進む。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「あれ、おっかしいな。さっきまで目の前にツナたちがいたんだけどな」

 

武は首をひねる、頭を掻く。

味方とはぐれ、一人になった今も武はまだ落ち着いていた。それは能天気か、それとも自信ゆえか。

 

不意に。

 

「っと、なんかいる」

 

武の纏う空気が一瞬で変わる。刀を抜き、眼光鋭く霧の向こうを睨む。

 

「出てこいよ。いるのは分かってんだぜ」

 

返答は言葉ではなかった。

霧の向こう、わずか見える人影が揺らめく。空気を裂き飛来する何かにすんでのところで気づいた武は、刀でそれを切り払う。

 

「うお、危ねえ。いきなり攻撃とは穏やかじゃねえな」

「随分いい反応だ。めんどいな……」

 

姿を現したのは、ニット帽に眼鏡の華奢な少年。

柿本千種だ。

 

「並盛中学二年A組、出席番号15番。山本武」

「よく知ってるな。お前のことは知らねえけど、その制服にさっきの攻撃。敵ってことでよさそうだな」

 

目を細める武。その殺気に当てられて一瞬気圧された千種は、舌打ちしてずり下がった眼鏡を戻す。

 

「ちょっと腕が立つだけのただの中学生だって聞いてたけど……何でもいいか。消すだけだ」

「悪りいけど、とっととツナのとこに戻んなきゃなんねえんだ。ちょっとの怪我は勘弁な」

 

刀とヨーヨー。相異なる武器を構え、二人は激突した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

そこから少し離れて。

 

「あれ?おかしいな。さっきまで十代目のすぐそばにいたんだが……皆迷ったか?」

 

隼人は首を傾げ、周囲を見渡す。

色濃く取り囲む霧は、その先を見通させない。

 

「——やっと来たか。待ちくたびれたびょん」

「あん?」

 

霧の中から聞こえた知らない声に、隼人は身構える。

 

「全く、なんれこんな奴らに警戒しなきゃなんれーのか分かんないびょん」

 

姿を現したのは——。

 

「人、なのか?」

 

四つ足で唸る、まるで獣のような……しかし風態は人間。

 

「人らよ、半分くらい。グルルル……」

 

カートリッジを切り換えることでそれぞれの動物の力を身に宿す、城島犬。牙を剥く彼が、隼人の相手だった。

 

「びっくり人間って感じだな。そういうUMAとか、普段は大歓迎なんだが……」

 

隼人は鋭い目でダイナマイトを構える。

 

「生憎ここは戦場で、お前は敵だ。とっとと片付けて、十代目のお側に行かなきゃなんねえ。飛ばしていくぜ」

「はっ!それはこっちの台詞らよ!」

 

中距離攻撃を得意とする隼人と、近接戦闘極振りの犬。

二人の戦闘が幕を開けた。




というわけで分断され、それぞれ戦いを始めました。お分かりのとおり骸の幻術によるものです。
リボーンがいて気付かないのか、と思うでしょうが、リボーンに直接作用する幻覚でなければ、周囲の変化を覆い隠すくらいはできる、という判断です。骸は能力全開のバイパーを上回る幻術能力を持ち合わせているわけですしね。


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それぞれの戦い、そして

「——奥義“千紫毒万紅”」

 

愛と金の戦い、と謳ったM・Mとビアンキの戦いは、ビアンキがM・Mの武器であるクラリネットを“ポイズンクッキング”に変えるという大技で勝利を収めた。

 

「お疲れ様、ビアンキ」

「いえ。リボーンの手を煩わせずに済んでよかったわ」

 

相変わらずのビアンキに綱吉は苦笑を漏らす。

 

続いて現れたバーズのことは、綱吉は一顧だにしなかった。

ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべるバーズに、拳を握りしめて近づいていく。

 

「ちょっと、いいんですか!?あなたのお仲間のお嬢さんたちがどうなってしまっても!?」

 

楽しそうにランボたちの世話を焼く京子とハル。その背後に迫る気味の悪い双子の殺人鬼をカメラ越しに見て、綱吉は溜息を吐いた。

 

「はあ……何のために俺がここに笹川のお兄さんを連れてこなかったと思ってるんだ」

「へ?」

 

直後、まさに彼女たちに手を掛けようとした双子の身体が勢いよく吹き飛ぶ。

 

『京子に手を出す奴は、極限に俺が許さん!』

『お兄ちゃん?』

『おっと京子、今は相撲の訓練中でな!』

『なんだ、びっくりした』

 

それでいいのか、と思わなくもないやりとりだが。とにかく二人が人質に取られることはないだろう。

 

「お前程度に時間を使ってやることはできない。とっととくたばれ」

「ちょっと待ってください!?私は骸さんに脅されて——」

 

見逃して何かを企まれるのも面倒くさい。そう考えた綱吉は命乞いにも耳を貸さず、一撃で地に沈めた。

 

「あとはメガネと金髪、そして——」

「——そう、俺だ」

 

ジャラ、と鎖の音と共に。

 

「お前は?」

「六道骸」

 

北イタリア最強を謳われた男が現れた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ヨーヨー使い千種を相手にしていた武は、思いの外苦戦していた。

 

「くそ、全然踏み込ませてくんねーのな」

 

武は額の汗を拭う。

 

千種の武器であるヨーヨー、ヘッジホッグ。猛毒を仕込んだ針を放つギミックに目が行きがちだが、ヨーヨー自体もそれなりの質量と刃を持つ立派な武器だ。更に糸自体も切れ味鋭いワイヤーであり、攻撃範囲は武の刀を大きく上回る。

武は先ほどからヨーヨーを掻い潜って懐に潜り込もうと試みていたが、千種の卓越したヨーヨー捌きにあと一歩のところで失敗していた。

 

「良い眼をしている」

 

一方の千種も、武に舌を巻いていた。

そもそも攻撃範囲、手数の二つにおいて相手に勝る上に、向こうは無理攻めを仕掛けてきているのだ。それでも仕留めきれていないのは、ひとえに武の刀捌き、反射神経の高さ、そして危険を察知する嗅覚のせいだった。

搦め手を得意とする千種は、攻防の中にいくつも罠を張っている。武はそれを敏感に嗅ぎ取り、あと一歩踏み込めば掛かるというところで下がってしまうのだ。

 

どちらも攻め手に欠ける状態。膠着に陥った中で、武はフッと息を吐いた。

 

「避けてるばっかじゃ勝てねーな」

 

開かれた眼差しは、さらに鋭さを増す。

 

「行くぜ」

 

選んだ手は、正面からの特攻。

 

あまりにも正面からの突撃に、千種は首を傾げながらも迎撃の手を動かす。針を飛ばし、防いだところに死角からヨーヨーで攻撃する定石。

 

ヨーヨーは武を包むように迫り、逃げ場を無くす。ここまで同じ状況になったら下がっていた武は、しかし今度は愚直に突っ込む。

 

(取った)

 

そう確信した、刹那。銀光が閃いた。

 

「は……?」

 

千種は思わず口をあんぐりと開ける。

 

無理もないだろう。武は今、二方向から迫るヨーヨーのワイヤーを斬ってみせたのだ。その難しさは語るまでもない、絶技である。

 

「避けて駄目なら斬ってみろ、ってな!」

 

今度こそ、目の前に遮るものは何もない。武は刀を持ち変え、峰打ちで千種の意識を刈り取らんと振り下ろした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

膠着状態に陥っていたのは、隼人と犬の戦いも同じだった。

 

放るダイナマイトは俊敏に動き回る犬を捉えることは出来ず、しかし犬が隼人に近づこうとするとその進路には必ずダイナマイトが置いてある。

 

どちらもダメージを与えられない状況。どちらかと言えばジリ貧なのは隼人の方だった。

ダイナマイトを大量に全身に仕込んでいる隼人だが、流石に無限というわけではない。犬の恵まれた体力より先に手玉が尽きるのは、おそらく隼人だ。

 

それが分かっているのだろう、犬は余裕の表情だった。

 

「はっ、そんな遅い攻撃当たらないびょん。こっちはまだスピード上げれんらよ」

 

カートリッジを取り替える。汎用性に優れ使い勝手の良い“モンキーチャンネル”から、選んだのはスピード特化。

 

「“チーターチャンネル”。一瞬で片付けてやるびょん」

 

四つ足で構える犬。しかし隼人に焦りはなく。むしろ勝利を確信したように笑みを浮かべた。

 

学習(ラーニング)完了だ。もうお前に勝ち目はねえ」

「あん?一発も当たってないくせに、何を言ってるんらよ!」

「まあ、見てりゃわかる。そして身体で感じな」

 

無造作に放られたダイナマイト。これまで同様に、放物線を描くそれらに当たる道理がない。

 

「はっ、欠伸が出る——あぐッ!?」

 

さらに増したスピードで華麗に避けた犬は、いよいよ隼人にその牙を剥こうと力を溜め、その上体を崩された。

 

「なんれ、全部避けたはず!」

「チビボムさ。通常のサイズのボムに紛れて高く舞うこいつに気付かなかったみたいだな。そして——」

 

体勢を崩した犬にすかさず放たれる追撃。慌てて地面を蹴りその場から離れる犬は、しかし避けた先で爆発に巻き込まれる。

 

「一度当たって余裕を失っちまったらおしまいだ。お前の行動パターンは、既に把握済みだからな」

 

そう。ここまでことごとく攻撃を避けられていた隼人は、ただ無為にダイナマイトを放っていたわけではなかった。全ては犬の動きの傾向を読み切るための準備だったのだ。

 

「いくら速くても、動く先が分かってりゃそこにボムを置いとくだけでいい。簡単なことだぜ」

 

リボーンに叱咤され、ダイナマイトでの戦い方を突き詰めた隼人。彼が選んだ戦い方がこれだった。

その優れた頭脳で相手の動きを把握し、一撃を与える。体勢を崩してしまえば、あとは怒涛の追撃で敵を沈める。

 

ボンゴレ十代目の右腕、嵐の守護者獄寺隼人。彼が目指す道の始まりが、そこにはあった。

 

「これで終わりだ。果てな」

 

“チーターチャンネル”はその圧倒的スピードと引き換えに耐久力はそこまで高くない。次々とダイナマイトを受け動きの鈍った犬に、隼人はトドメの一撃を放った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ツナ、気を引き締めていけ。こいつはさっきまでの奴らとは段違いにつえーぞ」

「分かってる」

 

リボーンの警告に応えるように、綱吉は額に炎を灯す。

 

「貴様がボンゴレ十代目か」

「ああ」

「ならばここで死ね」

 

「六道骸」は鉄球を振り回す。

 

「“千蛇烈破”!」

 

掌底により打ち出された蛇鋼球は乱気流を纏い、唸りを上げ綱吉に迫る。

 

「試してみるか」

 

綱吉はぼそり、と呟き腰を落とし構えた。

 

「まさか受け止めるつもりか?」

「ツナ、避けなさい!」

 

ビアンキの声にも反応せず、綱吉はじっと迫り来る蛇鋼球を見つめる。

 

——衝撃。

 

直撃すれば骨がバラバラに砕けそうな鋼球を全身で受けた綱吉は、その重量をがっしりと受け止めきっていた。

 

「チッ、さすがに痛ってえ。骨に響く」

 

顔を顰めて手を振る綱吉は、それでも大きなダメージは負っていないようだった。

 

「“蛇鋼球”を受け止めた、だと……?」

 

流石に「六道骸」も驚き目を見開く。それは、これまでこの“蛇鋼球”で幾人も葬ってきたからこその驚きだろう。

 

一方の綱吉も、顔を顰めていた。

 

(こいつを投げ返すのはさすがに無理だな)

 

それは、“死ぬ気弾”を受けた「綱吉」に比べ自力で“超死ぬ気モード”を引き出す綱吉のパワーが劣るということ。

 

(ただ、“死ぬ気弾”だとコントロールを失う可能性が高い。くそっ、試しておけばよかったな)

 

“超死ぬ気”の方が普通の“死ぬ気”に勝る、という思い込みゆえに“死ぬ気弾”のことなど考えもしなかったが、状況によっては“死ぬ気弾”の方が良いのかもしれない。

 

(まあ、今は目の前の敵だ)

 

片手とはいえ蛇鋼球を受けきれたのは大きい。それに、今ので蛇鋼球は見切った。

 

「一撃受け止めた程度で調子に乗らないことだ。“暴蛇烈破”!!」

 

今度は両手の掌底で打ち出された鋼球。威力は先ほどよりも上がっているが、一度見た攻撃を食らう綱吉ではなかった。

 

「真っ直ぐ飛んでくる攻撃を食らうか」

 

勢いよく地面を蹴り、鋼球を躱す。乱気流の範囲は一度見た。あとはそれに巻き込まれないように避けるだけだ。

“超死ぬ気”の綱吉の身体能力をもってすれば難しいことではなかった。

 

「くっ、ならば球遊びは終わりだ。俺は肉弾戦の方が強い!」

 

鎖を捨てて構えた「六道骸」は、空気を唸らせて拳を放つ。あの巨大な鋼球を振り回すほどの怪力だ。まともに喰らえば大ダメージは免れない。

しかし。

 

「——奇遇だな。俺もだ」

 

いくら速くて強くても、予備動作があり動きに流れがある肉弾戦は綱吉の十八番である。動きを完璧に見切り、腹に拳を叩き込んだ。

 

「うぐッ!?」

 

身体をくの字に曲げ、「六道骸」は吹き飛ぶ。漫画のように飛んでいったその身体は、何度かバウンドして止まる。

どうにか身体を起こす「六道骸」だったが、受けたダメージの大きさは明らかだった。

 

咳き込む「六道骸」を見下ろして、綱吉は口を開く。

 

「お前は本当に六道骸か?」

「なん…だと……?」

「見たところ、お前は戦い始めたときは傷を負っていなかった。お前程度があの雲雀さんを無傷で倒しただと?あり得ない。お前は誰だ」

 

戦ってみて分かったことだ。この男は、雲雀恭弥の牙を超える存在ではない。

あの孤高の浮き雲の強さは、誰よりも綱吉が知っている。だからこその断言だ。

 

もちろん綱吉は彼が影武者だと分かっている。しかし何もなしにそれを暴くことはできない。用意した問いがこれだった。

 

核心をつく綱吉の問い掛け。

 

「——クフフ」

 

それに応えたのは、不気味な笑みだった。人を食ったような、特徴的で、遠い記憶に聞き覚えのある笑い声。

 

「いい推理です、ボンゴレ十代目。六道骸は僕ですよ」

 

黒曜組の真打。

六道骸が、妖しい笑みを浮かべて霧の向こうから現れた。



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霧、笑う

感想、評価、誤字報告などありがとうございます。


霧の向こうから現れた六道骸。

綱吉はそれを見て目を細め、不意に身を沈めて後ろ蹴りを放った。

 

そこには三叉槍で蹴りを防ぐ骸の姿が。

 

「おっと、気付いていましたか」

「こちらを舐めすぎだ。あの程度の幻覚で俺を欺けるか」

「クフフ、良いですねぇ」

 

目の文様が「一」から「六」に戻る。

 

「改めて、六道骸です」

「ボンゴレ十代目、沢田綱吉」

 

名乗りをあげた骸は楽しそうに笑う。

 

「いや、ボンゴレの後継者が日本にいると聞いたときには『どんな素人が』と思ったものですが。中々どうして役に立ちそうだ」

「……何を企んでいる。雲雀さんはどうした」

「自信満々に乗り込んできた彼ですか?今はちょっと寝てもらっています。後々会えると思いますよ」

 

眉を顰めた綱吉は、ハッと地面を蹴り転がる。先ほどまで居た場所を、鋼球が唸りを上げて通過する。

 

「なるほど、油断していた。彼の無力化はまだだったな」

「彼は僕の先輩で、ランチアと言うのですがね」

「——北イタリア最強を謳われたマフィアの用心棒だな」

「おや」

 

骸は驚いたように声の主、リボーンの方へ顔を向ける。

 

「貴方も只者ではないと思っていましたが、やはりアルコバレーノですね?」

「お前のことは知らねーな。その若さでこれほどの幻術、マフィアなら名が知れてないわけがねェんだが」

「静かに暮らしていましたからね。それに」

 

リボーンから綱吉に移された視線。その瞳には再び「一」が浮かんでいた。

 

「あの程度の児戯を本気と思われては困りますよ」

 

瞬間、足元に熱を感じて綱吉は思わず跳び退いた。灼炎の柱がその場を貫く。

間違いなく幻覚だ。しかしその圧倒的なリアリティに綱吉は反応せざるをえなかった。

 

「おや、どうしました?ああ、そこには落とし穴があるから気をつけてくださいね」

 

感じる浮遊感。地面は崩れ落ち、どこまでも落ちていってしまうような恐怖感に——

 

「——落ち着け、ツナ」

 

鋭く響く声。ようやく幻術から抜け出せた綱吉は、慌ててその場から退がる。

 

「おっと、逃がしましたか」

 

槍を空振った骸は、しかし余裕の笑みだった。

一度幻術の世界に捕まえられたということは、以降もそうであるということ。

そしてそれは誰より綱吉が分かっていた。

 

「くそっ、呑まれかけた」

「気を付けろよツナ。こいつはやべーぞ」

「分かってる」

 

綱吉は額の汗を拭う。

 

(“超直感”でも見破れなかった……どういうことだ?)

 

(ハイパー)死ぬ気モード”の「沢田綱吉」に幻術は効かない。綱吉が骸と戦う上で立っていた足場が崩れる話だ。これが成り立たないとなると、骸に勝つことは格段に難しくなる。

 

笑う骸がひたすらに大きく見えた。

 

「——焦んじゃねェ」

「リボーン?」

 

ちらりと目を向ける。リボーンは、まっすぐに綱吉の目を覗き込んでいた。

 

「術士である骸を相手に自信も平静も失っちまったら、それこそ相手の思う壺だぞ」

「でも——」

「——それに。お前はこんなもんじゃねえはずだ」

 

何より強く背中を押す言葉。リボーンの強さを知っているから、そして嘘がないと分かるからこそ、その言葉は効く。

立ち上がる綱吉の口元には、笑みが浮かんでいた。

 

「ありがとな、リボーン」

「とっとと片付けてこい。オレは帰って寝てェ」

「はいよ」

 

骸は困ったように笑っていた。

 

「厄介ですね、アルコバレーノというものは。あと一押しで手折れそうだったというのに、完全に立ち直ってしまった」

「言葉の割に困ってはいないようだが」

「僕の幻術は、気の持ちようでどうにかなるものではありませんからね」

「それはどうかな」

「クフフ、試してみれば分かりますよ」

 

浮かび上がる「一」の文字。立ち上がる炎の柱に、しかし今度は綱吉はピクリともしない。

と思うと身を翻して走り出し、拳を振り抜く。

 

「うぐッ!?」

 

呻き声とともに吹き飛ばされたのは、死角から蛇鋼球を放ったランチアだった。

さらに振り向き、何かを掴むように右手を掲げる。

 

「言っただろう、見えていると」

「ええ、そのようですね。全くもって厄介だ」

 

現れたのは、三叉槍を振り下ろそうとする骸だ。その表情は、先ほどよりも少し苦い。

 

「どうやら、お仲間も到着したみたいですしね」

 

ちらりと骸が向けた視線の先から、人影が現れる。

 

「ツナ!」

「十代目!」

「山本、獄寺」

 

駆け寄る二人には怪我は見られない。

 

「っと、そいつが親玉ですか」

「ああ。本当の六道骸だ」

 

尻尾すら幻視されるような様子だった隼人は、骸の姿に気付いたのか警戒態勢に移る。武も同様に刀を抜いた。

骸は困ったように笑っていた。

 

「困りましたねえ。幻術は通用せず、援軍は到着し。これは今世はここまでですかね」

「てめえ、何を訳の分かんねえことを!」

「ただの敗北宣言ですよ。遺言とも言いますかね」

 

骸は笑顔のまま懐から拳銃を取り出し、頭を撃ち抜いた。

銃声とともに倒れ伏すその姿に、二人は唖然としていた。

 

「なっ……これで、終わり?」

「そんな、自分から命を……」

 

しかし綱吉は、彼だけは分かっていた。知っていた。第二段階が始まったことを。

そして。

 

(今までのは全部時間稼ぎかよ……!)

 

骸の戦略を理解した。

 

「くそっ、先に意識を——!?」

 

憑依される前に意識を刈り取ってしまおう。そう考えて振り返った瞬間、ゾクッと冷気が背筋を通り抜けた。

 

「おや、十代目。どうしました?」

「そんな怯えたような顔をして」

 

動揺する綱吉に首を傾げる隼人と武。その右の瞳には、「六」の文字が浮かんでいた。

 

「——やあ、沢田綱吉。わざわざこんなところまで来たのかい?」

 

弾かれるように振り返る。その先には、ゆらゆらと歩く恭弥の姿があった。

 

「ふふ、貴方は気付いてしまっているようですね」

「勘が良くて面倒なことだ」

 

更に左右から城島犬が、柿本千種が、歩み寄ってくる。

 

「おいツナ、どういうことだ」

「……こいつら、全部骸だ。全員に乗り移ってるんだ」

「なんだと?……おい、まさか」

 

あまりにも異様な光景に声を上げるリボーンは、綱吉の言葉でこの現象を引き起こしうるものに思い当たったようだった。

 

「クフフ、貴方はこれが何か知っているようですね。アルコバレーノ」

「てめえ、どこで手に入れやがった。“憑依弾”は禁弾のはずだぞ」

「どこでも何も、この弾は僕のものですからね。強いて言うならば初めから、でしょうか」

「なるほど、エストラーネオファミリーの残党か」

「物知りな赤ん坊だ」

 

綱吉は総勢五人、いや立ち上がったランチアも含めて六人に包囲される。

 

「形勢逆転、ですね」

 

六道骸は妖しく笑った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「思っていたより粘りますね」

 

骸はダイナマイトを両手に握り、首を傾げる。

その視線の先には、肩で息をする綱吉の姿があった。その姿はボロボロで、大きな傷はないながら小さな損傷をいくつも重ねている。

 

「さすがに六人を制御しきるのはお前でも厳しいらしいな。動きが単調で助かるぜ」

 

そう強がる綱吉は、しかしギリギリのところにいた。

 

確かに動きは単調かもしれないが、それでも六人を相手にするのは非常に厳しい。ダイナマイトは多少の損害を気にせずに飛んでくるから、足を止めた瞬間に爆発の餌食になる。蛇鋼球を放つランチア、毒針を放つ千種もいるのだ。前衛陣も武、恭弥、犬と手厚い。

逆にここまで耐えてきたのが奇跡と言える。

 

原作でも同様の状況はあった。しかしランチアも武もいなかったし、憑依されていた者たちも戦いの中で傷を負い思うように体が動いてなかったはずだ。

しかし目の前の彼らはほとんどが無傷のままここにいる。恭弥は流石に体が重そうだしランチアと犬も多少のダメージは負っているようだが、その程度は動かすには問題なさそうだった。

 

あとは、「契約」を果たせる三叉槍が一つしかないことが救いだろうか。複数あったら捌ききれなかったに違いない。

 

それでも、限界は目の前に迫っている。それは綱吉も、骸も分かっているはずだ。

 

「さて、どう詰めますかね」

 

骸は余裕の笑みを浮かべた。




作中で明記はしてませんが、獄寺と山本の二人が倒す直前に犬と千種は幻術とすり替わっていて、その隙に骸は二人と「契約」を済ませています。
M・Mもバーズもランチアすらも、その準備を整えるための時間稼ぎでしかありませんでした。
全ての準備が整い勝てる算段がたったので、骸は姿を現したわけです。


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覚醒

文中に骸が主語や目的語になる部分がありますが、“憑依弾”の使用中は骸が憑依している人のことと思って読んでください。

例)骸はダイナマイトを投げた。
とあったら、それは骸が憑依した隼人の動作です。


絶望的な状況で、綱吉はただ待っていた。この状況すらも引っ繰り返せる武器を。

戦いながら、何度も目を向ける。しかしレオンの様子に変化はなかった。

 

ピンチになれば羽化するものと信じていた。それが最後の支えだった。救いは現れない。

 

「ほら、そろそろつらくなってきたでしょう。いいんですよ、僕に身体を委ねて楽になっても」

 

いたぶるようにそう嗤いながら骸はダイナマイトを投げ、トンファーを振るい、鋼球を飛ばす。

その全てを避け、捌く綱吉の集中力は限界に来ていた。一つダイナマイトの爆発範囲を読み違え、爆風を食らって吹っ飛ぶ。

 

「うぐっ……!」

 

呻き、息を荒げる綱吉。希望はまだ来ない。

 

「——さっきから全然集中できてねーな、ツナ」

「リボーン?」

 

音もなく隣に現れたのは、超一流の殺し屋だった。彼が手を出してくれればどんなにいいか。そして。

綱吉は未だ繭のままのレオンを見つめる。

 

「お前は一体何を待ってんだ」

「それは……」

 

レオンから出てくるものを知っている、とは言えない。言葉を濁す綱吉を、リボーンは思い切り蹴飛ばした。

 

「痛っ!?おい、何するんだよ!」

「何してんだはこっちの台詞だぞ」

「は?——っ」

 

かつてないほどに鋭い視線に、綱吉は思わず息を呑む。

リボーンは怒っていた。

 

「さっきから見てりゃなんだ。逃げてばっかで、死にそうだってのに他人事の面しやがって」

「そんなことは——」

「ない、と言えるか?」

 

鋭い言葉に、綱吉は黙り込む。

 

「お前はずっとそうだった。どんなことでも他人事で、修行だってゲームのレベル上げみたいな顔で」

 

思い当たる節はあった。だからこそ、綱吉は日頃から厳しい修行もできたのだろう。

 

「結果として強くはなってるから、それでもいいとオレは思ってたんだ。急にマフィアの世界に入ったら、他人事になっちまうのも仕方ねェ。だがな、戦場でも同じように他人事で、ただ逃げ回ってんのはちげーだろ。今お前の敵は、仲間は、目の前にいるんだぞ」

 

ハッと綱吉は仲間たちに目を向ける。恭弥はもちろん、隼人も武も、骸の無茶な操作で傷つきつつあった。

 

「あいつらはお前を慕って、お前に命賭けてんだ。お前が他人事みたいに見てるここで、お前の仲間は命を懸けて戦うんだぞ」

「……でも、実際俺は勝てない——」

「——本当か?自分の命すら賭けて、死ぬ気で戦ったか?あるもん全部使ったか?外に救いを探すんじゃねェ。逃げんじゃねェ。仲間も敵もお前自身も、今ここにいるんだ。お前はあいつらのボスなんだぞ。持ってるもん全部使って、死ぬ気で戦え」

「死ぬ気……」

 

それはきっと、“死ぬ気弾”とか“超死ぬ気モード”とか、そういうのとは全く関係ない気持ちの問題だ。

綱吉はそっと胸に手を当てた。

 

「結局、決まってなかったんだな。覚悟が」

 

白蘭を倒して世界を救う。そんな覚悟を決めたつもりでいたが、所詮ただの大学生でしかなかった彼にとって、そんな現実味のないことで決まる覚悟なんてなかったということだ。

 

この世界で生きる覚悟。沢田綱吉になる覚悟。

 

「いや、もっと近く、目の前のことだ」

 

仲間を守るために死ぬ気で戦う覚悟。

 

「はは、やっぱり漫画の主人公なんてなるもんじゃないな。世界を救うなんて、俺はそんな器じゃねえや」

 

ただ、目の前の仲間を守りたい。それくらいの覚悟はできた。

 

「悪いな骸、待ってもらって」

「いえ、僕もお別れを言うくらいの時間を与える慈悲は持っていますからね。遺言は残せましたか?」

「お別れか……そうだな、確かにお別れだ。かつての、向こうでの自分とのな」

 

綱吉は周囲を睥睨する。

 

「お前を倒すぜ、六道骸。仲間の身体は返してもらう。——死ぬ気でな」

 

刹那。辺りを塗りつぶすほどの強い光が放たれた。

待ち望んでいたレオンの羽化。それがついに来たのだ。

 

「ぬっ……一体何が?」

「レオンの羽化が始まったな。ツナの言葉に、覚悟に応えたんだ」

 

リボーンがニッと笑う。

そして、毛糸の手袋が綱吉の手に舞い降りた。

 

「ツナ、何があった?」

「手袋と……弾だ」

「そいつだな。寄越せ」

「——させませんよ!」

 

特殊弾の強力さは誰より知っている骸だ。流石にまずいと感じたのか、ここで手駒を動かす。

先ほどまではなるべく少ない傷で綱吉の身体を奪おうと加減していたが、特殊弾で形勢が変わるくらいならば多少の損傷はやむを得ない。そう考えた骸による、六人の本気の総攻撃だ。

ダイナマイトと毒針、蛇鋼球で逃げ道を塞ぎ、武と恭弥、犬が三方向から迫る。きっと今までだったら防ぎきれなかっただろう。しかし。

 

「……はっ、死ぬ気を舐めんなよッ!」

 

少しの怪我すら恐れていた先ほどとは違う。

爆煙から飛び出す綱吉を見て、骸は感心したように笑う。

 

「なるほど、蛇鋼球を利用して離脱しましたか。しかしそのダメージを受けて立ち上がれるのですか?」

 

ダイナマイトでは離脱の距離が足りない。毒針を受けたら動けなくなる。近接の三人の攻撃を受けたらそのまま嬲られるだけだ。唯一大きく離脱できる可能性があるのが、蛇鋼球を受けるという手だった。

しかし無茶をした代償か、大きく飛んでいった綱吉は倒れたままピクリともしない。額に灯っていた炎すら消えてしまっていた。

 

「その様子だと、どうやら特殊弾も外れたようですね。望みも潰えたでしょう。では、その身体をいただきましょうか」

 

——その瞬間。眩いばかりの爆炎が放たれた。

 

「この熱気……まさか」

「フン、このオレが外すわけねーだろ」

 

顔を顰める骸、得意げに笑うリボーン。二人が見つめる中、綱吉が立ち上がった。

 

「——なるほど。今まで俺が使っていた“死ぬ気”は、真似っこでしかなかったんだな」

 

ゆらりと立ち上がり、骸をまっすぐに見つめるその瞳。骸は気圧されるのを感じた。

 

「っ、なるほど。どうやら風格は出てきたみたいだ。ですが、それで何かが変わったんですか!」

 

先ほどはすんでのところで逃れたが、ダメージが蓄積された身体で同じようには動けまい。そう考えた骸は先ほどのように総攻撃をかける。

 

——次の瞬間、綱吉が視界から消えた。

 

「……は?」

 

これまでも人としては十分に速かったが、今のはそれを上回っていた。思わず動揺する骸は、次の瞬間に手駒を三つ失ったのを感じた。

 

「……身体が軽い」

 

ぼそりと呟く綱吉の足元には犬が転がっている。そして両手には武と恭弥が、それぞれ気を失った状態で抱えられていた。

 

「二人とも、待たせてすまない」

 

抱きとめた二人を優しく地面に横たえると、綱吉は双眸を隼人に向けた。

 

「ばかな、今の一瞬で三人の意識を刈り取ったというのか!?」

「問答は後だ」

 

次の瞬間、骸の視界が全て閉ざされた。

 

「すまない隼人。遅くなった」

 

瞬く間だった。一瞬で残る三人の意識を落とした綱吉は、崩れ落ちる隼人を抱えてリボーンのもとに退がる。

 

「三人を頼む」

「急に威張んな」

 

リボーンは文句を言いつつ処置にかかる。

仲間たちを信頼する家庭教師に預けた綱吉は、視線を倒れている骸に向けた。

 

「早く起きろ。とっとと片を付けよう」

「……クフフ、随分と大きな態度になりましたね」

 

催促を受けて、六道骸は立ち上がる。

 

「だが、確かに今の君の戦闘力は脅威的だ。一体どういう仕掛けです?」

「……俺が今まで使っていた“死ぬ気”は、これに比べると浅瀬で遊んでいたようなものだったんだ。今とは深度が全然違う」

 

綱吉は自力で内側からリミッターを外し、“超死ぬ気モード”を再現していた。これまで、それは“小言弾”によるものと全く同じだと思っていて、事実“死ぬ気”に至る原理は同じなのだが、その深さが全然違ったのだ。単純に外すリミッターの数が多い、と考えてもらえばいい。

 

今の綱吉は、身体能力、炎の大きさ、“超直感”の鋭さ、全てにおいて先ほどまでの自分を上回る。

 

「……これは確かに今の僕では敵いませんね。仕方がない。これはあまり使いたくなかったのですが」

 

骸は右目を手で覆う。その手が離れたとき、瞳には「五」の文字が浮かんでいた。

 

「“人間道”。僕が最も忌み嫌うスキルであり、同時に最も強力なスキルだ」

 

骸の全身から、ドス黒い“闘気(オーラ)”が放たれる。

 

「先ほどまでとは、全てにおいて圧倒的に違う」

 

綱吉はようやく手に入れた“Xグローブ”に炎を灯し、ぐっと拳を握りしめる。

 

「終わらせるぞ」

「終わらせましょうか」




次回、決着。


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決着とその次

今回で黒曜編は決着です。実質前回で終わりと言えなくもないですが。


先に動いたのは骸だった。ドス黒い闘気を撒き散らし、三叉槍を綱吉に叩き込む。

驚いたのは、綱吉がそれに足を止めて応じたことだった。

 

先ほどの瞬間移動じみた高速機動を目の当たりにしていた骸は、それを誘発して手の内を暴くつもりだったのだが……打ち合ってくれるなら、それはそれでいい。

 

「クフフ、見えますかこの圧倒的なオーラの差が!ちっぽけな貴方のそれとは桁違いだ!」

 

切っ先がかするだけで勝負は決まる。そんな圧倒的に骸に有利な打ち合いを、しかし綱吉は何合も防ぐ。

避け、いなし、逸らし、その全てを捌く。現れているのは明らかな技量の差だ。

 

それも初めは槍を捌くのに細心の注意を払っていたのに、徐々に余裕を増していくのだ。

骸が焦りを覚えるのも当たり前だった。

 

「くっ、ちょこまかと!」

 

少し力を込め、その分雑に振り下ろした一撃。綱吉は見逃さなかった。

 

「悪いな。こう(・・)なったときの準備はずっと前からしてきたんだ」

 

“死ぬ気の炎”の推進力を利用した、超高速機動。目にも留まらぬ速度で骸の背後を取った綱吉は、隙を晒すその首筋に手刀を叩き込んだ。

 

「うッ……」

 

骸は意識を刈り取られ、崩れ落ちる。撒き散らされていたドス黒いオーラが消えていった。

 

「——さあ、帰ろうか」

 

綱吉の勝利だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

その後、意識を失った骸たちは復讐者(ヴィンディチェ)に連れていかれた。その後再び脱獄を試みることになるのだろうが、その先は綱吉の関わるところではない。

恐るべき敵であり、未来の霧の守護者である骸を、綱吉は複雑な気持ちで見送った。

 

同じく気を失った仲間たちは、徐々に目を覚ましていった。

最初に目覚めた恭弥は、身体を起こして状況を悟ると、綱吉の手を振り払いすぐさま黒曜ランドを去っていった。足取りはふらついていたが、それ以上無理に引き止めるのも恐ろしい。

 

隼人と武は、話を聞くと悔しそうに俯いていた。幻術にしてやられ、骸の憑依を許し、綱吉に矛先を向けたのだ。

それが避けようのないことだったとしても、己の未熟さを責めずにはいられない。二人はそういう人間だった。

 

ランチアは、骸から解放されて晴れやかな顔だった。この後はかつて殺めてしまった者の遺族を巡り贖罪の旅をするのだという。綱吉に感謝を述べ、足取り軽く去っていった。

 

黒曜の生徒による襲撃事件は解決され、並中にも徐々に平穏が戻っていった。被害にあった生徒たちも次々と復帰していき、やがて事件のことは語られなくなっていく。

 

そうして綱吉はというと。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「精が出るな」

「リボーン」

 

並盛町の郊外。人目のない場所で、綱吉は一人修行していた。

 

「あんまり根を詰めんなよ。怪我したら何の意味もねーぞ」

「分かってるよ。でも、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ」

 

綱吉は手をギュッと握りしめ、呟く。

 

今回の戦いで得た“Xグローブ”の習熟。空中機動の訓練。自力での“超死ぬ気モード”の深度の向上。

そして何より、“死ぬ気の零地点突破”の習得。

 

やることは山積みだった。

 

「身体は大丈夫なのか?」

「ああ、まだちょっと筋肉痛が残ってるけど」

 

原作では、初めて“超死ぬ気モード”になった後強烈な筋肉痛に襲われていた「綱吉」。

こちらの綱吉はその前から頻繁に擬似“超死ぬ気”になっていたし、身体も鍛えていたからそこまでの負担はなかった。

 

あの時に到達した境地。そこを目指して、だんだんと深度は増しているが……未だ同じ場所には辿り着けていない。

 

「今回のことで痛感したよ、リボーン。俺はボスの器じゃないってさ」

 

綱吉は呟く。

 

「俺はまだ、絶望的な相手に立ち向かっていけるほどの度胸はない。今回だって、リボーンに発破を掛けられなきゃ立ち上がれなかった場面がいくつもあった」

「……まーな」

「だから、俺は強くなることにした。どんな敵も圧倒できるくらいに。それできっと、仲間を守れる」

 

今後襲い来る敵。XANXUS、そして白蘭だ。

極論だが、白蘭すらパンチ一発で倒せるようになったら怖くはない。綱吉が目指すのはそういう場所だ。

 

リボーンは「そうか」と一言呟いた。

 

「お前がそれを目指すってんなら、オレはそこに導いてやる。それがオレの仕事だからな」

 

ふとリボーンの方を向いた綱吉は、彼の嗜虐的な笑みに身が凍った。

 

「厳しくやるぞ」

「……おう、頼む」

 

綱吉は己の決断を少しばかり後悔した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

イタリアの一角に、二人の男がいた。いや、片方は男というより赤ん坊という方が適切だろうか。

しかし赤ん坊を侮るものはいない。なぜなら、彼がマフィアで高名な“呪われた赤ん坊”、その一人なのだから。

 

「おい家光。本当にお前の息子にリングを託してよかったのか、コラ」

「あん?お前もリボーンからの報告書は読んでるだろ?コロネロ」

「だがよ、あっちは実戦経験がほとんどない中学生なんだろ?一方の敵は百戦錬磨の化け物ぞろいだぜ。勝ち目はあんのか、コラ」

「お、お前さては最新の報告書を読んでないな?」

 

家光はたばこの煙を吐き出し、嬉しそうに笑う。

 

「ツナのやつ、段違いに強くなったそうだ。跳ね馬の件は知ってるだろ?」

「同じことが起きたのか。となると強くなったってのは分かるが……それでも相手はあのヴァリアーだぞ、コラ」

「あのリボーンが太鼓判を押したんだ。そうでなきゃ俺も迷ったさ」

「なるほどな」

 

家光の自信の源を知って、コロネロも納得する。かの殺し屋の目に間違いはない。

 

「コロネロ、お前にも日本に飛んでもらうぞ」

「他ならぬボンゴレの非常事態だからな。オレも手を貸すぜ」

「ああ。俺はもう少し九代目からの返事を待ってみる」

 

神の采配と謳われた九代目の急変に、コロネロも顔を顰める。

 

「あの九代目がこんなことをするとはな」

「それ以上は言うな、コロネロ。きっと何か理由があるはずだ」

 

家光はそう呟く。それはまるで、自分に言い聞かせるように。

 

「お前もなるべく急げよ、家光」

「ああ、分かってる。頼んだぞ」

 

コロネロは手を挙げて応え、その場を去っていく。

それを見送って、家光は一服して大きく煙を吐いた。

 

(一体何が起こっているのか……何を企んでいる、XANXUS)

 

煙は闇に消える。家光の悩みは晴れない。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

そこは並盛町から少し離れた場所。一人の少年が、懸命に走っていた。

 

「何としても、これを、あの人のところへ……!」

 

追っ手は強く、少年はかろうじて逃げるので精一杯。しかしそれも限界が近かった。

それでも少年は走る。命を賭けても、これを彼に届けなければならないから。

 

——次の戦いは、近い。




というわけでリング争奪編に突入するわけですが、展開に悩み中なので遅くなると思います。
強化しすぎなんだよなあ。


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