獅子の炯眼 (奈篠 千花)
しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が知る。 その壱

この物語は、原作で言えば最終巻「死の秘宝」の始まるあたりから、ホグワーツ決戦が終わるあたりまで、小さな出来事をきっかけとして、ものごとがズレて行き、ネビルがスネイプ先生を助けようとする物語です。
今作は、死の秘宝の時間軸におけるネビル、ルーナ、ホグワーツに残った生徒たちの交流を描いて、あわよくばスネイプ先生を助けようという物語です。
ハリーの活躍はありません。スネイプ教授以外の原作死亡者の生存ルートもありません。
ハリーたち原作ゴールデン・トリオが死の秘宝探索の旅にでている間に、ホグワーツでネビルとスネイプ教授の間に何かが起こったことにして、スネイプ先生を助ける、かなり卑小で個人的な物語です。
本来のメイン・ストーリーは今回この物語では脇役であるハリー・ポッターの側で進んでおり、この物語の主役であるネビルは、ホグワーツを舞台に、原作にそもそも描かれていない要素によって、スネイプ先生を気にかけるようになり、助けたいと願うようになります。
そのほぼ一年間の出来事を、よろしければお付き合いください。



それから、この作品は、改校前のものをpixivに性描写なし腐向け作品として掲載していますが、今回、ハーメルンに掲載するにあたっては、改稿して、健全作品としての投稿となります。
pixivに行くと、描写はなくともスタンスとして腐向けとなるので、そういうものが苦手な方は遠征はなさらない方が無難です。
どちらの作品についても、セブルス・スネイプ教授ヘの敬愛は保持されるので、それが腐向けっぽいと言われるとどうしようもないのですが、できれば楽しんでくださることを願って。


ダンブルドアが、スネイプ教授に殺害された、と。

 

ホグワーツ魔法学校のグリフィンドール寮に所属しているネビル・ロングボトムが、そのニュースを聞いたのは6年次の終わり頃だった。

ネビルはその訃報を信じられないような気持ちで聞き、眠るように目を閉じるているダンブルドアの亡骸がホグワーツに埋葬されるのを見届けた。

ダンブルドアの葬儀の時、ネビルは地に足がつかないような気持ちで、ルーナに支えられてやっと葬儀に参列することができた。

様々な参列者がダンブルドアに哀悼の意を表する中、ネビルはと言えば、まるでダンブルドアの死によってホグワーツが滅びるかのような気持ちだった。

冷静に考えれば、ホグワーツは千年続き、ダンブルドアが校長だった時代は半世紀もないのだから、そういうことであるはずもないのだから、ダンブルドアという人物が偉大でいかにホグワーツそのものであったかという印象は強く、この学期をもって、ホグワーツが一旦閉鎖されるという報せとともに、なおさらそのように感じられた。

 

まともにものを考えられない時間が過ぎて、ネビルはホグワーツ特急で、祖母の待つ実家に帰った。

暗い顔をしていたのだろう。

祖母ー、オーガスタ・ロングボトムに厳しい顔で問い質される。

「それで、ネビル、どうするつもりだい?

尻尾を巻いておめおめと逃げ隠れするつもりかい?

それがお前がグリフィンドールで学んだやり方かい?

やれやれ、神秘部で勇ましかったお前はどこに行ったんだろうね?」

言われて、ネビルは頭を殴られたような気持ちになった。

「いいかい、私はお前のばあちゃんだが、私にも爺ちゃんも婆ちゃんもいた。

けど皆今はベールの向こう側だ。

多分、私だって順当に行けばお前より先に逝く。

ダンブルドアだって、順番で逝っただけさ、誰だっていつまでも生きちゃいない。

いつまでも誰かに引率してもらわなきゃ歩けないような腑抜けかい、違うだろ!」

ネビルの祖母は、いつだってかっこいい。

その祖母が死ぬ日など考えたくはなかったが、がん!と、はっきり言われて、その事実を直視しないことは不可能だった。

 

ダンブルドアが──、先達が倒れたから自分は諦めるのか?

ダンブルドア軍団、と、思った。

名を冠したのは頼り切るためだったろうか、ーー違う。

ポケットの中のコインを握りしめて考え続けるうちに、ホグワーツからひとつの報せが届く。

──セブルス・スネイプ校長名で届いたホグワーツ新学期開校の報せだ。

つまり、セブルス・スネイプ教授が、ホグワーツ魔法魔術学校の新校長に確定したということ。

それは衝撃的なニュースだった。

ダンブルドアを殺害した本人がホグワーツの校長だなんて!

 

ネビルの元には、7月のうちに、ハリー・ポッターがマグルの伯母の家から「隠れ穴」のウィーズリー家に移動したことは伝わって来ていなかったが、オーガスタ・ロングボトムの伝手で、8月1日のビル・ウィーズリーとフラー・デラクールの結婚式がデスイーターの襲撃で台無しになったことはルーナから手紙をもらって知っていた。

その後も、どうやら同級生のロン・ウィーズリーはたちの悪い病気に掛かって顔もわからないほど酷い状態だと言うことや、マグル生まれの登録が義務付けられるという報道に、ハーマイオニー・グレンジャーの心配をしたり、考える種は尽きなかったが、この情報ほどネビルを驚かしたものはなかった。

オーガスタ・ロングボトムは、ネビルの興奮した話を聞き、書類をじっくり読んで、きっぱりと言った。

「心配をおしでないよ。

ホグワーツの校長であるということは、城の魔法に認められる必要がある。

このスネイプっていう男は、どんな男だい。

本当にダンブルドアを殺したような裏切り者なら城が認めまいよ。」

ネビルは祖母の言に納得し、のちのち、ひどく重要な場面でそれを思い出すことになる。

 

ただ、ネビルはハリーからスネイプ教授がダンブルドアを殺害したことを聞いて、疑ってはいなかったものの、何ともいえないしこりを抱えてもいた。

確かに低学年の頃は、ボガートがスネイプ教授に化けるくらい恐れていたが、成長したネビルの得意科目は薬草学(ハーブロジー)だ。

魔法薬学(ポーション)とは切っても切れない関係にあり、植物系の材料を融通することも多い。

今のネビルは、態度は厳しくともスネイプ教授がいかに真剣に安全に配慮して魔法薬学を教えていたか理解でき、更に去年の闇の魔術に対する防衛術は、本気で防衛術として有用なものだった。

物言いに棘があるが、真面目な研究者かつ教育者というのが、ネビル本人が肌で感じていた印象だったので、その印象と突然のダンブルドア暗殺が不協和音に感じられてもいるのだが、今はハリーの目撃証言に違和感が塗り潰されていた。

その違和感も、人の言葉ではなく己の見たものを信じるべきだったのだと、手遅れにならぬといいと感じるのは、物語の枠外にある我々だからだが、ともかくもネビルは、この時点でセブルス・スネイプ教授に対し酷い失望感と冷えた憎悪を抱えていた。

 

 

 

その通知が届いてすぐネビルはルーナにフクロウ便を出した。

ルーナの父親はゼノフィリウス・ラブグッド、いかがわしく胡散臭い雑誌と言われるザ・クィブラーの編集長で、いかがわしいと言われていてもいやしくもマスコミの端くれである雑誌社の編集長がこれらののニュースを知らないわけはなかったのだが、一番はやはり、DA(ダンブルドア軍団)のことを相談したかったからだ。

それがロンでもハリーでもなかったのは、病気とされるロンはともかく、ハリーもハーマイオニーもおそらくビルの結婚式以来逃亡中で、この状況で彼らに連絡を取ろうとすることがむしろ彼らに危険を招くのではないかと思ったからだ。

ネビルとルーナは少なくとも純血で、現時点で学校に行っても直ちに危険はないはずだった。

ルーナからの返事はすぐに来た。

「DAを続けるべきだよ。」

ルーナの返事は、いつも通りの不思議魔法生物の話題も混じり、ある程度の長さがあったのだが、本題を要約するとそれに尽きた。

ルーナは不思議な子だ。

変わったことばかり言って、妙な動物の話をして、皆から馬鹿にされているが、ルーナの本質はそんなところにはないと思う。

ルーナのけぶるような大きな瞳を見ているとまま落ち着かない気分になるが、ルーナと話していると、彼女は全てが分かっているんじゃないかという気分にさせられるのだ。

まあ、させられるだけで、実のところ、ネビルもルーナから飛び出す謎の固有名詞はほとんど理解できていない。

 

ともかくも、ホグワーツは再開する。

そのときに、学校がどんな風になるのか、ネビルには想像もつかなかった。

ルーナの手紙では、銀色のオオヤマネコのパトローナスが『魔法省は陥落した。スクリムジョールは死んだ。』と伝えたのだと言う。

魔法省までが陥落して、魔法大臣が暗殺されるような事態になって、ホグワーツがどうなるのか全く分からなかったが、ネビルはハリーのことを思い出した。

ネビルの友達のハリーは、英雄のハリー・ポッターはどんな時でも諦めなかった。

いつも完全に正解だったとは言わないが、どんな絶望的な状況に置かれた時も、絶対に諦めたり、投げ出したりしなかった。

ここにハリー本人がいたら否定したかもしれないが、少なくともネビルにはそう見えていた。

「婆ちゃん、僕は学校に戻る。

他のみんなも心細い思いをしてるに違いない。

僕は僕のできることをする。

学校が僕の戦場だ。

もしマグル生まれや混血が迫害されたら助けるし、できれば、奴らの鼻を少しでも明かしてやりたい。

婆ちゃんには心配をかけるけどーー。」

ネビルの決意に、矍鑠たる様子の祖母はにやっと笑って

「それでこそうちの孫だよ、思い切りやっておいで。」

と、背中を押したのだった。

 

そして、9月1日、日刊予言者新聞に、ひとつの記事が載る。

──セブルス・スネイプ教授、ホグワーツ魔法魔術学校の新校長に確定。

それは前述した通り、衝撃的なニュースではあったが、ホグワーツの生徒と父兄はホグワーツ魔法魔術学校の新学期からのスネイプ校長名義の再開通知を受け取り、既に知っていたことでもあった。

ホグワーツ特急は、決して明るい雰囲気ではなかった。

混血だけでなく、純血の生徒も大半が暗い雰囲気だったが、ネビルは努めて明るい表情を保とうとした。

そして、ネビルの予想通り、この日のホグワーツ特急にハリー・ポッター、ゴールデン・グリフィンドール・ボーイとそのトリオ、ロナルド・ウィーズリー とハーマイオニー・グレンジャーの姿は無かった。

光の側の英雄であるハリーと、マグル生まれのハーマイオニーはともかく、ロナルド・ウィーズリー は聖28族に類されるほどの純血で、身を隠さなくても命は保障されるだろうに、彼らは信頼しあってこの困難を乗り越えるべく一緒に行ってしまったのだ、とネビルは思った。

自分だって、神秘部の危険を、DAの訓練を共にしたのに、そのトリオに入れなかったことに胸のどこかにつきりと痛みを覚えながらも、ネビルは自分の場所で動こうと決めていた。

 

実際、9月1日には、ハリーたちはグリモールド・プレイス12番地に潜んで、セブルス・スネイプ教授の校長就任を知り、ネビルたちがハリーたちを心配しているだろうとか、スネイプ校長の体制を弱体化させるために話し合っているだろうとか考えていたのだが、それをいま知る由もない。

ネビルはまず列車の中で、ルーナを探した。

ルーナは相変わらず、ザ・クィブラーを胸に抱いて、何かティアラっぽい頭飾りを身につけていたが、それは大ぶりで全く現代的ではなかったものの、以前掛けていたメラメラメガネよりはだいぶんマシだった。

ヒキガエルのトレバーは相変わらず脱走しようとしていたが、ネビルはヒキガエルをむんずと掴んで厳しい声で言い聞かせた。

「トレバー。

僕もお前ももう甘える子供時代は終わりだ。

お前も魔法使いの相棒の自覚があるんなら、勝手にうろついたらどんな危険があるか分かってるんだろう。

逃げ出して踏み潰されても仕方ないし、お前の主人じゃない大抵の魔法使いにとってはお前は高価な魔法薬の材料なんだ。

この意味分かるな?

それでも逃げ出すなら、自分の身は自分で守れ。

僕は今年は絶対にやらなくちゃいけないことがあるから、お前を探し回ってばかりはいられないんだ。」

掴み上げられてじたばたしていたトレバーは途中からすっかり大人しくなった。

トレバーも人の言葉くらいは分かっているのである。

トレバーはネビルがそっと座席に下ろすといつになく大人しく自分からケージに入って行った。

 

「ネビル、あなた、何だか感じが変わったね。

ううん、いい変化だよ。

すごく素敵になった。

ガルピング・プリンピーの成長よりよほど素敵だよ。」

相変わらずルーナの言っている生物のことは何一つさっぱり分からなかったが、とりあえず褒められていることだけは分かって、ネビルは苦笑しながら礼を言った。

「ありがとう、ルーナ。

ハリーたちはやっぱり来てないね。」

「そうだね、8月の結婚式の時に逃げてそのままだね。

捕まらないと良いね。

捕まったらハリーは酷い目に遭わされちゃうよ。」

ネビルはそれから、ルーナから、手紙だけでは書ききれなかった、ビル・ウィーズリー の結婚式の時の様子を聞いた。

 

ホグワーツ特急では、更にホグワーツに通っている最後のウィーズリー、ジネブラから更に詳しい話を聞くことができた。

聞くことができたと言ってもジニーは、トリオーー三人組の計画には無関係だったので、ビルの結婚式で三人が姿を眩ますまでの短い間の情報だったのだが。

それでも、マグルの伯母の家からの決死の移動や、結婚式からまんまと逃げおおせたハリーたちの機転と勇気は、何も知らないより、はるかにネビルの勇気になった。

 

ホグワーツ特急の中では、同室のシューマス・フィネガンは見掛けたが、彼といつも一緒にいるディーン・トーマスは見掛けなかった。

「危ないから、来るなって言っといた。

もう、マグル狩りが始まってる。

俺は親が片方魔法使いだからまだ良いけど、ディーンはそうじゃない。

学校に来たら危ないから、見つからないように隠れておいた方がいいって言ったんだ。」

シューマスは真面目な顔でそう言った。

ホグワーツの5人部屋は、ハリーとロン、シューマスとディーン、それにネビルだったから、2人しか残っていないことになる。

他にも、マグル生まれで生徒の姿が見えないようで、そう言った生徒はやはり逃亡中なのだろうと思われた。

 

 

 

ホグワーツの新学期がこんなに重苦しい雰囲気で始まったのは初めてのことだった。

大広間に何事もなかったように組分け帽子が置かれているのがいっそ奇妙だった。

組分け帽子は此の期に及んだ寮の団結を呼び掛ける歌を歌い、今それが可能なのかネビルには分からなかった。

新入生は恐る恐る組分け帽子を被り、いつもだったらグリフィンドールに組み分けられた生徒は歓声に迎えられるのに、今回は息を詰めたような緊張感の中に同情が混じっていた。

だからと言って、スリザリンに組分けされた生徒が喜んでいたかというと、こちらも単純にそうとは言いがたく、どこかホッとしたような雰囲気はあるものの、おずおずと寮の席に向かう生徒が多いのが印象的だった。

この事態にさぞ意気軒昂としているだろうと思われたドラコ・マルフォイは表情が硬く精彩を欠いていて、相変わらずクラッブとゴイルを脇に従えてはいたが、野次一つ飛ばすでもなく静かだった。

 

組分けが終わって、帽子が片付けられ、とうとう今まで影のように静かにしていたセブルス・スネイプが立ち上がった。

まるで、今までそこにいなかったかのようにその漆黒の姿は大広間の星空の背景に溶け込んでいたのに、立ち上がった途端に、全員がその存在感に注目せざるを得なかった。

「ホグワーツの新入生を歓迎する。」

スネイプ教授──、今ではスネイプ校長は重々しく発言したが、その様子には全く楽しげな様子も嬉しげな様子も見受けられなかったので、彼がそう思っていると信じることは難しかった。

マクゴナガル 教授は少し距離を取って座っていたが、その視線は厳しく、表情は硬く強張って、新しいセブルス・スネイプ校長を心から受け入れていないことは傍目にも明らかだった。

他の教授連も殆どが大差なく、フリットウィック教授などは明らかに不愉快そうな顔をしていたし、スプラウト教授も似たようなものだった。

スネイプ校長は常人であれば針のむしろだろうと思われるその状況に顔色一つ変えず、お世辞にもハンサムとも美人とも言えない男女を紹介した。

 

「食事の前に、ホグワーツの人事について、新たな教師を紹介しておく。

アミカス・カロー教授。闇の魔術に対する防衛術を担当する。」

不細工な男は、おそらくその後に美辞麗句が続くことを期待して気取った会釈をしたが、スネイプ校長はそれには全く頓着せず、何事も無かったかのように言葉を続けた。

「アレクト・カロー教授。マグル学を担当する。」

こちらにも美辞麗句はなかったので、2人は気を取り直して滔々と自己紹介を始めようとしたが、そんなものが必要とは思っていないらしいスネイプ校長が杖を一振りして(おそらくハウスエルフへの合図である)、食卓の器にご馳走が満ち、飲み物が行き渡ると(一言言い添えて置くなら酒ではない、ここは学校である)

「速やかに必要な食事をすませるように。」

という全く祝事らしくない断言に、カロー兄妹は挨拶のタイミングを失っていた。

 

ネビルは、最初スネイプ校長のことを憎すぎて、射殺すような視線で見ていたが、その遣り取りに関してだけは笑いを堪えられず小さく吹き出した。

小さな笑いは伝染し、グリフィンドールのテーブルは多少和んだ雰囲気が流れた。

ネビルは大広間での食事が終わって寮に戻ると、早速、シューマス・フィネガンやジニーと一緒に作戦を練り始めた。

と言ってもさすがに初日、立てられるほどの作戦はほぼなかった。

無茶はしないこと、まずは敵の出方を見ること、それから、アンブリッジ時代に結成したダンブルドア軍団を再結成して加入を呼び掛けること、まずはそれくらいだった。

 

翌9月2日には、ハリーたちは魔法省に潜入して大騒ぎを引き起こすのだが、ネビルたちには生憎その情報までは入って来ない。

ネビルたちは、自分たちの戦場を学校と決めて、間違っているとしか思えない純血主義に迎合しないために、できる限りのパフォーマンスもしていくことに決めたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その弐

 

スネイプ校長は、あらゆる場に現れて生徒の締め付けを行うだろうという大方の予想に反して、生徒の前にはあまり姿を現さなかった。

9月、学期が始まったばかりでは、カロー兄妹はまだなんの本を教科書に選定すれば良いかも決めておらず、さしたる授業はなかった。

アミカス・カローに言わせると、闇の魔術に対する防衛術の本は実践的ではなく、子供騙しの防御魔法もどきばかりが詰め込まれたくだらない本ということになった。

妹のアレクト・カローは、前任のチャリティ・バーベッジが選んだマグルに友好的で共存を謳っている教科書を、完全に間違っていて全くの誤謬に満ちた恐ろしい本、と評した。

ネビルは嵐の前の静けさのようなその平穏な時期に、以前、DAに参加していたことのある生徒、マイケル・コーナーやラベンダー・ブラウン、もちろんグリフィンドールだけではなく他の寮の生徒にも声を掛ける。

 

「それで、ネビル、一体どうする気だい?」

シェーマスが部屋でネビルに聞いた。

この部屋はハリーとロン、ディーンがいなくて、今はネビルとシューマスしか残っていないので、部屋の友人と話そうとするならシェーマスはネビルに話し掛けるしかなかった。

ネビルは、DAで使った仕掛けのある金貨を睨みながら、シェーマスの問いに答えた。

「うん、まず皆がデスイーターになるのが正しいとか唯一の道だとか思わないように、僕らが手本を示すべきだと思うんだ。

それに、孤独でいるのも良くない。

心細くなったら、何か強いものにすがりたくなると思うんだよね。

だから、DAを再開するのに、とにかくまず連絡手段を確保しなくちゃ。

シェーマス、君、呪文得意?

僕薬草学は得意だけど、呪文は普通程度なんだよね。

ハーマイオニーは凄かったなあ、こんなN.E.W.T.レベルの呪文を完璧に、何個もやって見せるんだもの。

このDAの連絡用コインを増やさないと。

卒業生は持って行っちゃったままだし、一、二年生にも配りたいし、このままじゃ数が足りないかもしれないしね。」

 

シェーマスは、ハーマイオニーが呪文を掛けて連絡用にした金貨を、自分も引き出しから取り出した。

「これか?

これ、N.E.W.T.レベルなんだよなあ。

ううん、頑張ってみる。

爆発呪文なら誰にも負けないんだけど。」

何故かシェーマスは普通の呪文で爆発を起こすことがあり、むしろ、ネビルにはそちらの方が不思議だった。

 

一年の時の、丸顔でちびで、おどおどとした態度のネビルは、ここ一年二年で急激に身長が伸びて、肉厚のがっしりとした体格になりつつあった。

肉厚と言っても肥満と言う訳ではなく、自然と筋肉がついているタイプの体型だ。

愛嬌のある丸顔は、瞳の愛嬌だけをそのままに彫りの深い男性らしい眉のはっきりした顔立ちに変貌した。

シリウスや、フェンリル・グレイバックに傷付けられる前のビル・ウィーズリー のような万人が認めるハンサムとまでは言えないかもしれないが、男性として魅力的に成長したことは間違いなくて、グリフィンドール寮をはじめとして、ホグワーツでは密かにネビルの人気が高まっていた。

 

一方、ルーナは不思議な少女で変わった格好をしているのは相変わらずだったが、妙ちきりんな変人少女から、不思議でミステリアスな美少女という風に見られるようになってきていた。

レイブンクローにはそれほど親しい友人はいないようだが、グリフィンドールの勝気美人のジネブラ・ウィーズリーが良くそばにいるので、ちょっかいを掛けて虐めようという輩もなりを潜めていたし、今はそもそもそんなことにかまけている情勢ではなかった。

10月に入るころ、

「グリフィンドールの剣を取り戻しましょう。

あれは、ダンブルドアがハリーに遺すよう遺言したものだわ。

ダンブルドアを弑したスネイプなんかが持っていていいものじゃない。

きっとハリーが『例のあの人』に勝つためにあの剣が必要なのよ。

ハリーはまだ連中に捕まってない。

ハリーが『例のあの人』と対決するとき、ちゃんと渡せるようにあの剣を手に入れておくべきだわ!』

そうジニーが言い出した。

 

ジニーが言い出したことに、当然、ネビルは驚いた。

だがよくよく聞くと、あの運命の日、ビルとフラーの結婚式の直前にルーファス・スクリムジョールが「隠れ穴」に来て、ダンブルドアの遺品をハリーやロン、ハーマイオニーに渡して行ったのだということを聞いた。

その話を聞いて、ネビルは再びあの三人がダンブルドアも認めた「ゴールデン・トリオ」だったと思い知って、どうしようもない胸の痛みを感じたが、ジニーの語った内容は非常に重要なものだった。

「ロンに聞いたのよ。

あの、結婚式の前に。

ダンブルドアは本当はグリフィンドールの剣をハリーに遺す予定だったんですって!

でも、あの、分からず屋のスクリムジョールが──、ちゃんとハリーに渡しておけば、今頃校長室に我が物顔に出入りしてるスネイプなんかに渡しはしなかったのに!」

ジニーがそう言った時、ネビルはまた説明できない違和感を感じた。

 

説明はできなかったが、確かにダンブルドアがハリーに遺そうとしたならそれは切り札だったのだろうし、何よりグリフィンドールの剣というホグワーツを象徴する宝をデスイーターにほしいままにさせておくのは相応しくないと思ったので、ジニーの意見に反論はなかった。

また、10月に入って授業の様相も変わって来ていた。

カロー兄妹は自分たちで選定した書籍を改めて教科書として指定し直し、購入を義務付けた上に、どちらの本も結構高価だった。

兄妹の授業は、マグルを見下し、魔法使いが世界の何よりも優れているという観点に立ったもので、ホグワーツの教育の方向性も怪しいと思った時点で、確かに切り札としてのグリフィンドールの剣を確保しておきたいという気分になった。

在処は分かっていた。

グリフィンドールの剣が校長室に保管されているというのは有名な話で、問題は、そこはデスイーターであるセブルス・スネイプが占拠しており、いない時にどうやってそこに入り、剣を持ち出すかは難しい問題だった。

 

「危険すぎるんじゃないか?」

「もっと慎重にすべきじゃないか?今はDAは君がリーダーみたいなものだ、もし君に何かあったらグッと士気が下がるーー。」

シューマスとマイケル・コナーの言うことももっともで、慎重にチャンスを狙うべき、と言う意見も強かったが、ジニーが持ち前の勝気さで強く主張した。

「慎重にってどんな風によ?

場所は校長室って分かってるんだから、とにかくまずは行って偵察してみないと始まらないわ!

誰も行かないんなら、いいわ、私が行く!」

ジニーの主張に、ルーナがいつもと変わらない平坦な調子で答えた。

「校長室行くの?

私も行く、ヘリオパスが守ってる訳でもないしね。」

ルーナが口走る不思議生物の名前は聞き流し、ネビルも覚悟を決めた。

「待って。

僕も行く。

君たち二人だけでなんて行かせられない。

約束して、絶対無茶はしないって。」

 

ジニーとルーナだけでは、どんな無茶でも突っ走ると思えた。

「ネビル、本気かよ。

僕も行こうかーー?」

マイケルが言い掛けたのに、ジニーが思いのほか強い調子で拒絶した。

「いいえ!

あんまり人数が増えても危険が増すばかりだわ、マイケル、私たちがもし捕まって退学にでもなったら、貴方たちがDAを背負って立たなきゃいけないんだわ、だから今回は私たちでやるわ。」

ネビルはむしろジニーの強い拒否に呆気に取られていたが、一瞬だけ、以前マイケルとジニーが付き合っていたことがあることを思い出し、まさかそんなはずはないと心中で打ち消した。

ジニーはモテるので、ある程度長続きしたのはディーン・トーマスくらいで、あとは軽く片手では足りない人数と付き合っているのだから、そんなことを気にしてはいないだろうと思ったのだった。

 

ネビルたちは、大食堂のグリフィンドールの席の端を陣取って話をしていた。

喧騒に紛れてかえって目立たないからだ。

レイブンクローのルーナが紛れているのを不思議そうに見てくる者もいたが、ルーナとネビルが友人なのは周知の事実なので(一部は付き合っているとさえ思っている)、深く追求されることはなく済んだ。

決行日は、翌日の平日日中、全クラスが授業で構内にいる時間帯に決めた。

グリフィンドールの剣を手に入れて、どうするのかというところまでは考えが及んでいなかった。

 

 

 

翌日、ネビルは初めて怪我や病気や事故以外の、自分の意思で授業をサボった。

校長室の近くの必要の部屋の前で、ジニーやルーナと待ち合わせた。

同じ寮なのだからジニーとは一緒に来ればいいと言われるかもしれないが、ジニーと一緒にいると目を引くので、別々に出て来て待ち合わせることにしたのだ。

「やあネビル。」

なんの気負いもなく、ごく普通に投げられた挨拶はどこまでもルーナらしい。

ルーナは動きやすさを意識したのか、おお振りの変わったイヤリングや髪飾りは身につけておらず、そうすると可愛らしさが前面に出て来ていた。

「二人とももう来ていたの?

私が最後ね、校長室側こっそり見てきたけど、今なら誰もいないわ!

行ってみましょう!」

ジニーは、ぱあっと場が華やぐような派手な雰囲気があり、隠密行動には逆に向いていないのではないかと考えるネビルは、最近急激に上がりつつある自分の人気には気がついていなかった。

 

「授業中だからね。

校長室の前のガーゴイル、合言葉が必要なんだっけ。

いくつか試してみよう。」

周囲に気を付けながら三人は校長室の前に移動した。

「レモンドロップ!」

「ターキッシュデライト!」

ジニーがロンから、ひいてはロンがハリーから聞いた話を元に、三人はいくつもマグル界のお菓子の名前を試してみたが、いずれも全部空振りだった。

もちろん三人は純血でマグル界のお菓子のことなど何も知らないので、図書館のマグル学のコーナーで下調べをした。

「駄目かーー、校長先生がもうダンブルドアじゃないからなあーー。」

その瞬間だった。

「ダンブルドア」という単語に呼応してガーゴイルがすすっと道を開けた。

 

「開いた?」

ネビルは、扉が「ダンブルドア」という単語に反応したと気付かなかったので、一瞬呆然とした。

「開いたわ、行くわよ!」

何故開いたのか疑問に思うよりジニーはさっさと行動に移ることにしたようだ。

迷いなく踏み込んでいく後ろ姿に

「行こう、ネビル。

置いてかれちゃう。」

気負いの無い声でルーナが促す。

その声に慌ててネビルは二人に続いて校長室に入った。

 

校長室の大きな執務机に、真ん中の応接セット、壁面には数多の肖像画、その光景を見て、ネビルは何か違和感を覚えた。

「グリフィンドールの剣!

このガラス、開かないかしら?

開けば簡単に取れるのに!」

壁面の一部に設置されたガラスケースをジニーが必死になってこじ開けようとしている。

中にはソードフックに掛けられたグリフィンドールの剣が見えた。

「ジニー、このガラスケース魔法で守られてる。

アロホモラも効くかどうか。」

ルーナの冷静な分析は彼女もレイブンクローなのだと思わせた。

 

「やれやれ、仕方がない子供たちじゃのう、校長室まで盗みに入って来るとは、なかなかに前代未聞じゃ。」

「この泥棒が!

それでも誇り高きホグワーツの生徒か!」

横から肖像画に声を掛けられて、ネビルはぎくりとしたし、先ほど感じた違和感の正体に気付いた。

声を掛けてきたのは、ダンブルドアとフィニアス・ナイジェラスの肖像画だったのだ。

ダンブルドアがセブルス・スネイプに殺されてから、ホグワーツの校長は不在だったはずなのだ。

それなのに、ダンブルドアの肖像画は歴代校長一の立派さで、執務机の後ろ、つまり、部屋の正面に飾られている。

 

その不自然さに気付くことなく、ジニーは毅然としてと言っていい気の強さでダンブルドアに言い返した。

「だってダンブルドア先生!

あなたがグリフィンドールの剣をハリーに遺したいって仰ったんでしょう!

私たちはそれを実行したいだけだわ。」

ルーナが剣をしげしげ眺めているが、こちらはダンブルドアとの争論に加わる気はないようだ。

 

「ダンブルドア先生。

あなたは今僕たちがグリフィンドールの剣を確保することには反対なんですか?」

ネビルは肖像画のダンブルドアに尋ねた。

肖像画はきらりと悪戯っぽい光を青い目に煌めかせたが、その光は一瞬にして押し隠された。

「ネビル、君は成長したのう。

君たちがグリフィンドールの剣を手にしても、ハリーに渡す機会はあるまい。

グリフィンドールの剣は運命に導かれ、行き着くべきところへ行くじゃろう。

それよりも君らは今差し迫る目の前の出来事に真摯になるべきじゃろう。」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、背後から低いなめらかな声が聞こえてきた。

「なるほど、これがグリフィンドール式の成長ですか。

校長室に忍び込み、学校の至宝を盗み出さんと試すことが?」

三人は、その声にばっと振り向いた。

果たして、そこには漆黒のローブに身を包んだ、この上もなく不機嫌そうなセブルス・スネイプ校長が杖を手にしたまま腕組みをして傲然と立っていた。

 

「スネイプ!

あなたいつからそこにいたの、この、裏切り者の卑怯者!」

ジニーは全く怯まずスネイプに噛みついたが、この状況下でその態度が得策とはとても言えなかった。

「先生、入れるんだねえ。」

のんびりとしたルーナの慨嘆に、ネビルに閃いた何かの考えが形になりかけたが、スネイプ校長が杖を一閃して、三人は校長室から放り出された。

「校長室への不法侵入に、窃盗未遂。

グリフィンドール各50点減点。

この件の罰則は追って言い渡す。

今日は絶対にきちんと寮へ帰るように、いいかね?」

スネイプ教授が陰鬱な調子で言い渡した言葉に、ネビルはいよいよ何か違和感を抱いたが、ジニーが横で抗議の言葉を大声で叫んでいたので、捕まえきる前に霧散する。

 

校長室の扉がぴしゃりと閉まってしまい、どれだけ叫んでも開かないと判ると、ジニーは頭から湯気を出しそうな様子で歩き出した。

「ジニー、どこに行くの?」

慌ててネビルが追いかけると、ジニーは額に皺を寄せたまま

「食堂よ!」

と答えた。

「絶対に、絶対に見返してやるんだからーー。

ただじゃおかないわ、空きっ腹じゃなんの考えも浮かばないでしょ、腹拵えよ!」

ジニーの気の強さにはいっそ敬服するが、ネビルはそれを聞いて足を止めた。

今のジニーと一緒に行けば、大食堂でジニーが大声で一部始終を言って回るのが目に見えていたし、まだ終業時間ですらなかったので、姿を表すことそのものが規則破りの証明になってしまうのだ。

 

「ジニー、あなた、ちょっとカッカし過ぎだわ。

頭冷やしなよ、そんな吹き零れたヤカンみたいに湯気出しながら歩いてもいいことないって。」

ルーナが非難する調子ではなくジニーに声を掛けるが、ジニーは気が収まらない様子で、肩をいからせながらそのまま歩いて行ってしまった。

取り残された二人は、少し落ち着きたいとそばの空き教室に入って前の方の席に腰掛ける。

その間もずっとネビルは何かの違和感についてずっと考えていた。

「ネビル?

ジニーは行っちゃったけど、大丈夫、あの子はまっすぐなだけだよ、ちゃんと話せばわかってくれる。

きっと無茶はしない、と思うよ、多分。」

ルーナさえ疑問形になったジニーの気の強さにはネビルも小さく吹き出した。

 

「ごめん、違うんだよ、いくつか気になることがあってさ。」

頓珍漢なことは言うことがあっても、ルーナはジニーのようにいきなり人の話を遮ったり自説だけを主張したりはしない。

纏まらない考えを話すにはうってつけの相手だった。

「うん?

どんなこと?

そういうこともあるとは思うよ、なんだろ?」

ルーナの言葉に力を得て、ネビルは自分の違和感を一つ一つ形にして行った。

「グリフィンドールの剣を見つけた時、ダンブルドアの肖像画があったよね。」

「うん。」

「スネイプにとっては、自分が殺した大嫌いな怨敵の肖像画のはずなんだ。

なんで掛けてあったんだろ?

ずたずたに引き裂くか、そうでなかったら外して見えないところに置いておくぐらいのことはしてもいいはずだよね。」

「うん、そうじゃなかったね。

一番いいところの真正面に掛けてあった。」

 

ルーナの言葉に、ネビルは二つ目の違和感を絞り出した。

「それに、スネイプは、僕らがグリフィンドールの剣を見つけた時、入口側から来て後ろに立ってた。

・・・彼は入口から来てた。」

「うん、そうだね。」

ルーナが率直に肯定するそれは、すなわち、スネイプはごく普通に校長室に入れるということを認めているということだ。

「スネイプは僕らに寮に帰れと言った。

その場で罰則を決めることも、カローを呼んで引き渡すこともできたろうに。」

「自分で罰則を決めたかったんじゃない?

スネイプ、カローに好き勝手されるの好きじゃないみたいだし。

この間、アミカス・カローが新入生に言い掛かり付けて罰則させようとしたの、スネイプが横取りしてたし。」

「・・・なんだって?」

 

初耳だった。

「時々あるよ。

カロー兄妹が廊下で魔法を使ってる生徒見かけて罰則にしようとしたら、スネイプがマグル式で大釜洗いを手伝わせるって連れて行ったりとか

見てない?

みんな、スネイプはよほど生徒に罰則を喰らわせるのが好きなんだなって言ってるけど。」

「そうなのかい?」

ネビルは、ルーナから聞いた話に頭がぐらぐらした。

聞いた情報が整理しきれない。

ネビルの混乱は、スネイプが翌日彼ら三人に言い渡した罰則を聞いて頂点に達した。

 

「禁じられた森で、森番ルビウス・ハグリッドの助手を一週間。」

スネイプが言い渡すのを挑戦的な視線で睨み付けていたジニーは、スネイプ校長が立ち去った後に、嘲るように声を出した。

「ハグリッドの助手ですって!

スネイプの奴、何にもわかっちゃいないんだわ!

でもまあ渡りに船よね!

ハグリッドは私たちの味方だわ!」

ジニーがそういうのをネビルは遠く聞いていた。

ハリーと違い、ネビル自身はハグリッドとそこまでの親交はなかったが、それでもトリオーー、ハリーたち三人組とハグリッドがいかに親しいかは伝え聞いたことがあったし、まさか、スネイプ校長がそれを知らないとは思えなかった。

 

ネビルはそれから一週間、禁じられた森でハグリッドの手伝いと言う名の、禁じられた森の野獣相手に狩りという名の実戦訓練をしたり、役に立ちそうな薬草を採取して回ったりしながら、夜はグリフィンドールの談話室でシェーマスたちと作戦会議をしたりしながら、その疑問について心の中でずっと考えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その参

 

ネビルとルーナがハグリッドとともに禁じられた森での罰則をこなしている間に、学校では徐々に変化が顕著になっていた。

アミカス・カローが担当する闇の魔術に対する防衛術の教科書に選定した本は、防衛術というより、闇の魔術そのものについて記載してあるのが大半だった。

アレクト・カローが選定したマグル学の教科書も似たり寄ったりで、その本は「低劣なるマグル、偉大なる魔法族」という表題から察せられるように、マグルを徹底的に劣等種族とみなし、貶めるような内容が書かれていた。

授業は純血尊重、それも過激な方向に偏るかと思われたが、全体的に言えば、アミカス・カローとアレクト・カロー兄妹以外の教師の授業内容は今まで通りだったので、その二科目だけが大きな問題だった。

 

ジニーはその二科目で挑発的な言動を繰り返すので、すっかり目を付けられて、週末のホグズミード行きの禁止を言い渡された。

実際の肉体的に損傷を与えるような罰則がなかったのは、ジニーが「血を裏切る者」の血族であったとしても、つまり、「聖28族」であることが大きく影響していたのだろうし、ジニーをかばってより挑発的な言動をしたネビルがある程度の傷で済んだのはやはり純血という理由で、皮肉なことと言えなくもなかった。

 

11月に入ると、小規模な学生の反乱が相次いだ。

まあ、大食堂や談話室、空き教室で何人かが寄り集まってこそこそ話し、現在の防衛術とマグル学の教授と授業をこき下ろすようなチラシやビラをあちこちに貼って回ったり、花吹雪のように大食堂の天井から降らせたりするレベルのことを反乱と言えるならだ。

当然、カロー兄妹は激怒し、犯人を追求せねば収まらぬと言い募ったが、スネイプ校長は

「一人一人調べるつもりですかな?

ホグワーツの生徒は千人もいるのだがね。」

と言い、個別の犯人探しにはさして興味を示さなかった。

代わりにスネイプ校長が取った手段は、ドローレス・アンブリッジが制定した「学生集会禁止令」を復活させることだった。

これは、三人以上の学生が集まって話し合うことを禁止するもので、実際に遵守されれば厳格な決まりだったろうが、実際には驚くほど穴のある取り決めだった。

大食堂で誰かと隣り合わせ、向かい合わせれば普通に三人以上になるし、寮の談話室で寛いでいるところに誰かが来ればすぐに人数を超える。

ジニーは

「こんな決まり、有名無実だわ!」

と、勝ち誇った様子で息巻いていたが、ネビルは、この穴だらけの校則の欠点にスネイプが気付いていないとは思えなかった。

 

スネイプ校長は校長なので、現場の授業を受け持つことはなくなっていたが、アミカス・カローの闇の魔術に対する防衛術の授業が進むにつれ、去年受けたセブルス・スネイプ教授の闇の魔法に対する防衛術の授業がいかにきちんと「防衛術」だったのか、実感することにもなったが、それをそう感じているのは少数派なようで、むしろ、アミカス・カローに指示して闇の魔術そのものを教えさせているのがスネイプに違いないという雰囲気が大勢にはあった。

そんなある日の授業で、アミカス・カローはこれ見よがしに、怯え切った何人かの生徒を教室の前に立たせ、意気揚々と宣言した。

「さて、私はいくつかの有用な呪文を君たちに教えてきたが、今日はそれを実践してもらう日が来た!

この生徒たちは不埒にも、昨晩「学生集会禁止令」に背いて、三人以上の集会を行っていた。

──いわゆる現行犯だ。」

アミカスが言い掛けたところで、立たされていた生徒の一人がたまりかねていたように声を上げた。

「先生、先生!

違います、僕らはたまたま廊下ですれ違って立ち話をしていただけでーー。」

そういった生徒たち皆が、純血ではなく、マグル生まれや混血のマグル育ちだった。

「黙れ、誰が話していいと言った?」

アミカス・カローは不機嫌に立たせた生徒たちを怒鳴りつけると、再び教室に向き直った。

 

「さて。

実践というのは、この生徒たちの罰則として『磔の呪文』をかけて練習することだ。

この子らも、規則を破ればどうなるか体感でき、授業としても、闇の魔術がどういったものか確認できる。

完璧だな。」

アミカスは悦にいった様子だったが、生徒たちはそれどころではなかった。

シェーマスが今にも飛びかかりそうなのを横目で見ながら、ネビルは堂々と立ち上がった。

「なんだ──?

ロングボトム、貴様からやるのか?」

意外だ、という声の調子をアミカスは隠さなかった。

グリフィンドールでハリーたちにも近く、もう一人の英雄候補であったネビルは、闇の勢力の人々にとっても、光の側にいるはず、と目されていたということだろう。

光栄だね、とネビルは皮肉に思いながら、アミカスを睨みつけて、堂々と言った。

「真っ平だね!

僕はそんなことはやらない。

僕が学んでいるのは『闇の魔術に対する防衛術』であって、『闇の魔術』そのものじゃないはずだ。

同級生に『磔の呪文』──、禁じられた呪文を使ったりなんて、──絶対にしない!」

教室のどこかから出所のわからない小さな拍手がいくつか聞こえた。

 

「黙れ!」

恥をかかされたアミカスが、ネビルと主の分からない拍手に向かって怒鳴った。

「ネビル・ロングボトム、前に出てこい!

ああもう貴様らは今回はいい、だがしかし、同じことがまたあれば次は貴様らだ!」

前に立たされていた生徒たちが解放され、ネビルは、出来るだけ悠然と見えるように、堂々と前に出た。

アミカスは後悔したかもしれない。

決意を顔に載せた身長の伸びた若い獅子のようなネビルと、どことなく矮小な印象を与えるアミカスでは、同じ目線に立つと、はっきりとアミカスが見劣りしたからだ。

「良かろう。

今日はまだ『磔の呪文』はなしだ。

貴様の希望通り、それ以外で呪文の実践の的として使ってやろう!

ヴィンセント・クラッブ!」

突然呼ばれたスリザリンは飛び上がった。

 

「はははは、はいっ?」

完全に自分は蚊帳の外で関係ないと思っていたことが分かる声音で、ヴィンセントが返事をした。

ガタガタと立ち上がる様子は鈍重で、体格が良いと言えば聞こえがいいが、どう見ても横幅が身長に見合っておらず太り過ぎだった。

「クラッブ、貴様は去年の闇の魔術に対する防衛術はさほどの成績ではなかったな?

挽回のチャンスをやろう!

授業だからな、殺すんじゃないぞ。

こいつに何か攻撃呪文で罰則を与えるんだ、できるか?」

言われたことをゆっくり理解して、クラッブの目に何か残忍な光がちらついた。

「は、はい、やります!」

「よろしい、では前へ出てくるように。

おっと場所も必要だな。」

アミカス・カローが黒板前のスペースを実戦用に広げるための、明るい調子で杖を振るのが妙に不似合いだった。

 

「さあ、行こうか。」

「反撃はしてもいいんですか?

防衛術ですからね?」

ネビルの言葉に、アミカスは唾を吐き散らすような勢いで否定した。

「なにを言っているんだ、これは罰則だ!

貴様は呪文の練習台になっていればいいんだ!」

その言葉に見ていた気の弱い生徒は真っ青になったが、ネビルは怯むことなく堂々としていた。

頭の片隅で、ジニーが違う学年でよかったと思いながら。

もしジニーがこの教室にいたら、既に止める間もなくアミカス・カローになんらかの痛烈な批判を浴びせていたのは間違いなかったからだ。

 

最初はクラッブも恐々と小さな呪いを掛けようとしていたが、その度にアミカスが

「なんだそのくらいか!遠慮せずにガンガン行け!敵は待っちゃくれんぞ!」

と怒鳴るので、しまいには、渾身の切り裂き呪文を繰り出し、それはネビルの顔を深く切り裂いて血を流した。

女の子たちが何人も悲鳴をあげ、男子も息を呑んでネビルを見つめた。

ネビルは全く動揺を顔に出さずアミカスの思惑のように逃げ惑うことはなかったので、その姿が何人もの生徒に感銘を与えたようだった。

クラッブは奇妙な高揚感に酔ったようで、

「やってやった──!

僕がやってやった!」

とぶつぶつ呟いて落ち着かなげにしていたが、アミカスがにやりと笑って、続けろと言ったその時だった。

 

「この教室は騒がしいが、何をしているのかね?」

軋むような音を立てて教室の扉が開いた。

「スネイプ──、いやスネイプ校長。

これは大したことではない、授業の実践と罰則を兼ね備えただけだ。」

スネイプ校長は、ゆったりとした動作で教室内を見回した。

興奮気味だったクラッブは今では正気を取り戻したように青ざめ、小さく「俺のせいじゃない俺のせいじゃない」と呟いていた。

スネイプ校長は、ネビルの顔の深い傷をたっぷり三秒ほど眺めた後、抑揚のない低い声でアミカス・カローに告げた。

「それで誰が純血の血を流せと言ったのかね?

そこに見えるのは聖28族のネビル・ロングボトムに見えるが。

心しておいて欲しい、『あの方』は純血の血を無闇に流すことを好まれない。」

純血の血を、と声を高めたわけでもないのに強調された言葉と、あの方、という単語にアミカス・カローは目に見えて色を失った。

 

スネイプ校長が黙って杖を振ると、まだぼたぼたと流れ落ちていたネビルの血が止まった。

「単なる応急処置だ。

ミスター・ロングボトム、君は医務室に行きたまえ。

全く、教室をこんなに血まみれにするなど、『あの方』は美しいホグワーツをお望みだというのに。」

ネビルを廊入口付近に動かして、スネイプ校長は再び呪文を唱えずに杖を一閃させた。

おそらくスコージファイが、みるみるうちに血まみれになった教室の床から赤い色が消えていく。

「ミスター・ロングボトム。

これで終わったと思わないことだな、君の罰則は私が担当する。

グリフィンドール、騒ぎを起こしたことで20点減点。

夕方、魔法薬学教室まで来るように。」

聞いていたアミカス・カローはにやりと笑ったし、グリフィンドールの他の生徒はこれ以上ないほど心配していたが、ネビル本人は平然としていた。

なぜだか、スネイプ校長の罰則がそんなに悪いはずがないという微かではあるが確信があった。

果たして、ネビルは魔法薬学教室に呼び出された後、N.E.W.T.でもやらないような傷薬と解毒薬を兼ね備えた調合の手伝いとして、おそらく水よりもはるかに沸騰温度が高い鍋の掻き回しをやらされたが、出来上がった薬は、スネイプ校長がいくらか瓶に詰めた後、ネビルに処分しておくよう言われたので、むしろネビルはそのあたりに突っ込まれていた古い瓶に上級傷薬兼解毒薬をありったけ詰め込んで、DAのための傷薬を確保したのだった。

 

 

 

妹のアレクト・カローが担当するマグル学でも、一悶着あった。

アレクト・カローは教科書の一節を、ゆっくりと朗読していた。

「マグルは獣であり、愚かで汚い。

あなた方は魔女狩りのことを聞いたことがあるだろう。

彼らは、魔法使いにひどい仕打ちをして世から追い立て、隠れさせた。」

ここでアレクトはもったいぶって生徒を見回した。

「自然の秩序がいま再構築されつつあるのです。

魔法使いはその権利を取り戻さねばなりません。」

アレクトはもったいぶって生徒を指名した。

母親がマグルだと知れている女生徒だ。

「確かアナタの母親はマグルね?」

生徒は指名されて、椅子から転げ落ちそうになった。

「は、はい、でも父さんは純血で──。」

「お黙り。」

女生徒が言い出しそうになったのを、アレクトはぴしゃりとはねつけた。

「アナタのマグルの母親はアナタに魔法のことを何て言ってた?」

自信ありげに聞くのはリサーチ済みだったのだろう。

女生徒はうつむいて、

「母さんは──、どこでも魔法とか使っちゃいけませんって。

見られたら引っ越ししなくちゃいけなくなるからって。

魔法使いとか普通じゃないって──。」

アレクトは勝ち誇った様子で顎を上げた。

「分かりましたか皆さん、マグルとはかくも狭量なものです。

我々とは相容れないものなのです!

母親ですらこうなら、他人はもっと酷い。

アナタは幸運にも純血のお父様がいるなら、理解のないマグルの母親など──。」

 

アレクトが全てを言い終わる前にネビルはこっそりと杖を振って、教壇に飾られていた花瓶を落とした。

花瓶はすごい音を立てて落ち、アレクトは全部を口にする前に飛び上がった。

「なに?

花瓶?

花を盛り過ぎたのね、忌々しい。」

アレクトが矛先を女生徒に戻す前に、ネビルは立ち上がって、彼女に質問した。

「先生に質問があるんですが、カンケンタラス・ノットが半世紀以上前に纏めた本はあの時代ですら誤謬が指摘されてましたよね。

カローが純血ってのも怪しいもんだ。

実際、あんたやアミカスには、どのくらいマグルの血が流れているんだい?」

言ってはならない質問だったらしい。

アレクト・カローがかっと目を見開いたところを見ると、隠されているだけで、意外と身内にマグルかスクイブがいるのかもしれない。

ともかくもその質問は彼女の逆鱗に触れたらしく、ほとんど魔力暴走と言っていい激しさで、落ちて割れた花瓶の破片がネビルの頬を裂いて後方に飛んで行った。

ばりん!がしゃん!と、教室のガラスも一斉に割れて四方八方に飛び散ろうとしたところで、廊下にいた誰かが杖を振るい、それらの破片は勢いを失って、ふあん、と、中空に浮いた後がしゃがしゃと床に落ちた。

 

「ミス・カロー。

割れたガラスの破片を、私が通るのに合わせてたたきつけようとするのは、攻撃の意思なのかね?」

授業を受け持っていないが故に校内の見回りをしていたと思われるスネイプ校長が、割れた窓の向こうの廊下に佇んでいた。

アレクト・カローは、自分よりも立場が上であるスネイプ校長に攻撃を仕掛けてしまった形になったということに慌てて、

「あらいえ、そんなはずはないでしょう、校長。

失礼な生徒にちょっとお仕置きをしていただけですわ。」

と言い訳をする方に夢中になっていた。

スネイプ校長は、ドアから教室に入ってきてあたりを見回し、生徒の中で一人だけ立ったまま頰から血を流しているネビルを見ると、やれやれというように首を振った。

「ミスター・ロングボトム、まず君はこの教室の惨状を修復したまえ。

7年生なのだからそのくらいのことはできるだろう。

それから私と一緒に来るように。

この騒ぎを起こしたことについて罰則を与える。」

 

この処断にはアレクトは微妙に不満そうだったが、スネイプ校長に怪我をさせていたかもしれないという引け目があってか、一応引き下がった。

ネビルは、アレクトに対しては1インチの敬意もなかったが、教室がめちゃくちゃになったのが自分のせいだという自覚はあったので、杖を出しレパロを掛けて窓ガラスや花瓶を元どおりにしていった。

スネイプ校長は、その間生徒の席の間を歩き回ってなにかを確認していたが、全員をチェックし終わると、再びアレクトの方を向いた。

「ミス・カロー。」

アレクトはなんのチェックを入れられるのか、警戒心を露わに

「なんですの?」

と問い返していたが、

「先ほどのガラスの破片で、他の生徒にも若干切り傷などがあるようだ。

我が君の仰せは覚えているだろう?

無闇に純血の血を流させることは控えるように、良いかね?」

と、憂鬱そうに言われて、

「分かっていますわ!

今回のことはたまたまです!」

と、腹を立てていた。

 

ネビルは、スネイプ校長について教室から外に出た。

スネイプ校長の見回りが、どういった意図を持ってなされているのかーー、むしろそれがアミカス・カローや、アレクト・カローの暴走を抑えるためではないのかというぼんやりとした疑念は、いまや確信となって彼を捉えていたが、口に出していいものかは分からなかった。

「ミスター・ネビル・ロングボトム。

授業中の暴言は控えるように。

君の態度は感心できたものとは言えぬ。

生徒たちを扇動して危険に巻き込むことも、決して褒められたことではない。

もっと慎重に行動したまえ。」

その上、そう言われて、ネビルはスネイプ校長が自分が水面下でDAの活動を続けていることを把握していることに驚きもし、おそらくスネイプ校長はその事実をカロー兄妹には伝えていないのだろうことにも確信があった。

 

「分かりました、先生。

行動はもっと慎重にします。」

どうとでも取れる物言いではあるが、ともかくネビルはそう答えた。

スネイプ校長が万が一味方ではなくとも、少なくとも敵ではない、そのように感じながら。

だが、ネビルは毅然とした態度を自分から崩すつもりはなかった。

ネビルは、今ここにいないハリーが、どんな絶望的な状況でも諦めなかったことを思い出していた。

希望を。

誰かが勇気と希望を示せば、自分一人では無理だと思っている人々にもそれが伝播する。

顔の傷くらいどうということはない、ネビルは慎重に活動を継続するつもりだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その肆

 

 

ネビルはそれから、気を付けてスネイプ校長の動向を探っていた。

そうすると、意外な事実が見えてくる。

スネイプ校長は、権力を振りかざしているように見せかけているが、単体では殆ど生徒に罰則を与えることがないと言う事実にだ。

ダンブルドアが校長で、スネイプが一教授であった時代のイメージが強く、殆どの人々はスネイプ校長が理不尽に生徒に無様な強制労働を強いているように感じているが、おそらくそうではない。

注意深く情報を集めていると、スネイプ校長が生徒に罰則を与えるのは、ネビルがそうであったように、カロー兄妹が生徒に理不尽に身体的損傷を与えるような罰則を実行しようとした時が多かった。

生徒を酷い目に合わせると言うお楽しみを横取り、と言う風にカロー兄妹は解釈しているようだが、その無様な強制労働の中身は大半が大鍋洗いか魔法薬調合の助手、あるいは城の管理人であるフィルチの手伝いである。

フィルチの手伝いが屈辱的であるということについては、これは純血の無意識のスクイブ(フィルチは隠していたが、ロンが黙っているわけもなく生徒間に噂は広まっていた)への差別意識と、使用人風情がという侮蔑意識によって構成されるものであったが、冷静に考えれば、スクイブやマグルを平等に見ようという観点からは、決して侮辱的な出来事ではないはずなのだ。

ネビルは、自分自身にも頑強に根付いている先入観を、特にホグワーツ入学以来恐ろしいものとしてしか見てこなかったスネイプ教授への先入観を取り払って物事を考えようと努力した。

 

そんなときの相手として、ルーナはうってつけだった。

シェーマスはかつてのネビルを知り過ぎて、スネイプ校長が敵ではないかもなどと言い出した日には、インペリオを掛けられたのではないだろうと心配するだろうし、ジニーは己の認めたもの以外をすぐに拒否する傾向があるので、ネビルが一言言い終わる前に「そんなことがあるはずはない」と全部を否定するだろう。

ルーナは変人なのは相変わらずだったが、その独特なペースにネビルもだいぶ慣れていたし、会話の時に、はっとさせられるような指摘を投げかけてくるのもルーナだった。

「スネイプ校長は、正当に校長室に入れるんだ。」

ネビルは空き教室で、ホグワーツの地図を独自に作りながら、手伝ってくれているルーナに話し掛けた。

本当はハリーの持っている忍びの地図があれば、そんなものを作らなくても良かったのだろうが、ネビルはロンたちと違って忍びの地図に関わったことはなかったので、ホグワーツの図書館に置いてあったホグワーツの古い見取り図を複製して、それに書き込む形でしか地図ができなかった。

「うん、そうだね。」

ルーナは否定するわけではなく、事実を素直に肯定する。

「つまり、それはスネイプがホグワーツにきちんと校長と認められてるってことだ。」

ネビルは呟きながら、カロー兄妹が躍起になって探しているホグワーツの七つの抜け道を書き込んで、さらにそれにバツ印を付けていた。

最近は、カロー兄妹が主にスリザリンに集中しているデスイーターの子弟を手駒にして、ホグワーツ側の出入口を巡回させているという話もあり、さらにホグズミード側にはデスイーターとディメンターを配置していると言うので、抜け道を使って外界と連絡を保つのも難しくなっていた。

 

「私はダンブルドア先生のことはよく知らないけど、ダンブルドア先生はスネイプ先生のこと信じてたんでしょ。

この前の校長室の肖像画のダンブルドア先生はまだスネイプ先生を信じてるんじゃないかな?」

ルーナは古い見取り図と自分たちが書き起こした見取り図に間違いがないか確かめながら答えた。

古い見取り図は長い年月の間に忘れられてしまった通路が記載されていることもあり、なかなかどうして侮れないのだが、また逆に長い年月の間に改築工事などで使えなくなったり取り壊された場所まで記載されているので油断がならないのであった。

ともかく、ネビルはルーナの言葉で再び校長室の様子を思い出した。

校長室の執務机の後ろの一番いい場所に掛けられたダンブルドアの肖像画は、現在のホグワーツのあり方を憂う様子でもなく、スネイプ校長に撤去される様子でもなかった。

ということは、おそらくスネイプが校長であることは、ダンブルドアの計算のうちなはずだ。

「ダンブルドアの肖像画は、スネイプ校長を非難する様子がなかった。」

言葉にしてみると、妙に空々しかったが、事実ではあった。

「うん。

それで、私たちに、剣は運命がハリーのとこに持ってくって言ったんだよ。」

 

またしばらく黙って作業をしながら、ネビルはずっと考えていた。

スネイプ校長の言動が、見せ掛けのものならばなぜそんなことをするのか?

ダンブルドアを殺したのは揺るがない真実なのだろうが、ダンブルドアはなぜそのセブルス・スネイプ校長を許容しているーー、或いは信頼しているのか?

それに、ダンブルドア最後の年に、大食堂でダンブルドアが挙げた片手が消炭のようになって、自分も含め生徒全員が動揺したことも考え併せる。

ダンブルドアの状態はおそらく決して良いものではなかった。

呪われていた、と結論づける程の材料をネビルは持たなかったが、ダンブルドアはすでに病気ではなかったのかと、推測するくらいのことはできた。

見たものを、偏見と先入観で曲げずに考えたらどうなるのか、その結論をネビルはまだ出しきれなかった。

だが、今までスネイプ校長に言い渡された罰則は、ネビルを懲らしめるどころか、むしろカロー兄妹に気付かせぬ形で彼の助けにすらなっている。

そしてスネイプ校長が、決して闇の側の人間ではないのなら、なぜそんなふりをする必要があるのか?

ダンブルドアは知っていたのか?

推測だけで決めつけるには重い事案だった。

また、もし、スネイプ校長が実はこちら側のために動いていることが真実だったとしても、それを明らかにすることが正しいのかどうかも判断できなかった。

 

ネビルはルーナが「この部屋も今使えるか確かめないと分からないね。」と言った図面上の隠し部屋をチェックしながら、自分がどうすべきかずっと考えていた。

 

 

 

カロー兄妹の授業が悪質化する中、ネビルは既に二人の授業には出ないことに決めていた。

ネビルが二人の「指導」をものともしないと気付いたカロー兄妹は矛先をネビルのクラスメートに変えて来たからだ。

ネビル自身もクラスメートを身代わりにしてまで立ち向かうことが得策ではないーー、むしろ人の感情は複雑なもので本来怒りを向けるべき対象であるカロー兄妹にではなく本末転倒にネビルに怨嗟を向ける学生が増える可能性を考えれば、接触を減らすのが最善の方法だった。

ルーナは、ネビルと違って表立って授業中敵対的な発言をしていないにもかかわらず、カロー兄妹からはやはり睨まれていて、それは彼女の実家、父親のゼノフィリウス・ラブグッドが発行しているザ・クィブラーがハリー・ポッター擁護の記事を掲載していたからだった。

もっとも、その二つの授業を受けないからと言って、ネビルが完全にホグワーツで自由行動をしているわけではなかった。

他の教授連は決してカロー兄妹を快く思っておらず、普通にネビルが授業に出席するのを受け入れ、窓から覗いただけでは分かりにくい席に座らせるよう配慮するなどして消極的協力というものをしてくれていたからだ。

勿論、ネビルも以前からの教授方に迷惑をかけるつもりはなかったので、それらの授業、特に薬草学は真面目に受けていた。

 

抵抗活動も諦めてはいなかった。

前回のDA軍団の失敗も踏まえ、友達の友達も安易に受け入れるというほど警戒を緩めるつもりはなかったが、それでも今回は歴然と純血以外、──両親がマグルは論外、片親や祖父母のどちらかにマグルがいれば槍玉に挙げられかねないのだから、密かな希望者は後を絶たなかった。

ネビルやシューマスは夜中に部屋を抜け出して、あちこちの壁に『ダンブルドア軍団、まだ募集中!』だの、『ホグワーツの伝統を守ろう!』だのあちこちに落書きをして回ったりもした。

それらの実効性はともかく、他の生徒に、まだ諦めていない生徒がいるということを知らせるのは無駄ではないと思えたし、シューマスとネビルで頑張って複製して増やしたハーマイオニー原案のコインも少しずつ水面下で欲しがる人間が増えていた。

ネビルは、以前からの、また新たに増えたDAのメンバーからも、実質ジニーやルーナと共にリーダーのような扱いを受けていたが、それらの生徒たちから、スネイプ校長とカロー兄妹への悪罵を聞くたびに、スネイプ校長を擁護すべきなのか迷っていた。

 

だが、ある晩に起こった出来事が、ネビルの態度を固めさせる。

すなわち、迂闊にスネイプ校長の配慮や立ち回りをネビルが明示すれば、生徒間で多少の名誉回復がなされたとしても、スネイプ校長が現在の立ち回りを行う基盤を失いかねず、下手をすればスネイプ本人にも危険が及ぶ。

ダンブルドアの殺害がどういった経緯だったのかはいまだにネビルには分からないが、ダンブルドア自身がそれを許しているのならば、それは許されるような事情があることだったのだろう。

薄氷を踏むような立場で、生徒の身の安全を図っているスネイプ校長を、近視眼的な視野でこれ以上の危険に晒すべきではないのだろうとネビルは思う。

 

そのある日の出来事だった。

夜半、ネビルは寮から抜け出して、ハッフルパフ寮の近くまで来ていた。

流石に寮には入れないが、ハッフルパフの寮の生徒が通行するときに必ず見る位置に『真のホグワーツを思い出せ』と書いておいてやろうと思ったのだ。

人の気配がないことは確認した、と思ったネビルだったが、魔法で大書して一息ついたときに、後ろから掛けられた声にギクリとした。

「これはこれは──?

グリフィンドールの英雄殿の代わりに、広報活動に勤しんでいるというわけかね?

だが、公共物を汚すのは感心しないな。」

怒りを露わにしたというには、冷徹な声でスネイプ校長が言った。

 

「公共物を汚すことが目的じゃない。

それは貴方には分かっているはずだ、校長。」

ネビルは、一瞬ぎくりとしたが気を持ち直して、スネイプ校長に向き直った。

スネイプ校長はほんのわずか、ほんの一瞬だけ、ネビルが身を翻して逃げ出す代わりに、自分に対峙したことを驚くような表情を見せたが、一瞬のその表情は暗がりに隠され、本当に注意して見つめていたネビルでさえ見落としてしまいそうな微かなものだった。

「ほほう?

公共物の汚損に、納得のいく説明ができるとでも?」

スネイプ校長の真実は、本当に注意して見ていてさえ分かりにくいーー、グリフィンドールとスリザリンの対立が当然になって、最初からスネイプ校長だって恐ろしくて嫌味なだけの人間ではないと見抜けなかった自分は未熟なのだと、ネビルは肝に銘じる。

スネイプ校長の表面的な挑発に乗れば、また校長の真実に気付きもしないまま守られる幼稚な子供に己がとどまる。

だが、人前でそれを明らかにしようとすれば、折角のスネイプ校長の努力を無駄にした挙句、闇の勢力側にまで真実を気づかせ、彼を危険に晒す。

だが、今なら。

教室でも大広間でもなく、余人のいないここなら。

 

「セブルス・スネイプ校長。

それならば、貴方は、僕達があちらこちらに書いて回っているこれらの文言を、カロー兄妹に見つかる前にできる限り消して回って、さらに彼らには伝えないでいる理由を、僕に説明できるのですか?」

ネビルの言葉に、スネイプ校長は今度こそ間違いなく衝撃を受けたようだった。

ネビルの言ったことは推測ではあったが、確信でもあった。

書いたはずの言葉が消されており、問題にならなかったことに最初気付いたとき、シューマスは「きっとフィルチが先に見つけて消したんだろ」と顔をしかめていたが、ネビルはそれに疑問があった。

フィルチが見つけたなら人知れず消すなどするわけがない、確かに業務としてそれを消さねばならない彼には申し訳無く思っているけれど、彼はいつも漏れなくカロー兄妹にご注進してから作業に取り掛かるはずなのだ。

それらを消した人物は、確かに彼らの活動の一部を無駄にはしたかもしれないが、彼らを捕まえようとも、捕まえさせようとも、告発しようともしていない。

──いったい、誰が、と思ったところで、ネビルの脳裏に一人の人物が浮かんだ。

 

セブルス・スネイプ。

 

それは誰に告げてもあり得ない名前だと言われただろう。

だが、ネビルは自分たちのアジテートが全て表沙汰になって、カロー兄妹とスネイプ校長が協力しあって自分たちを本気で狩り出しにかかった場合、もしかしたらシェーマスも自分も、或いはジニーやルーナも無事ではいられなかったのかも知れないと思わずにはいられなかった。

「──なんのことを言っているのか分からんな。

ネビル・ロングボトム。

君は一年の頃から続く粗忽癖がまだ直っておらんのかね?

全く、最近は少しはマシになってきたかと思っていたが──。」

平静を取り戻して、嫌味な口調で告げたスネイプ校長だったが、ネビルは余計に確信を持った。

口調ではなく内容で、カロー兄妹だったら「最近は少しはマシ」などと評するはずがなかったからだ。

 

「先生。

ダンブルドアは、先生が殺さなくても近いうちに死んでいたんですか?」

口をついて出たのは、口にのぼらせたその瞬間まで形としては固まりきれなかった疑念だった。

スネイプ校長は、一歩後ずさった。

顔には表情がなかったが、なぜ分かった、と、考えているのがネビルには察せられた。

ネビルは咄嗟に一歩踏み込んで、逃がさないようにスネイプの腕をぎゅっと掴んだ。

掴んだ腕の細さに一瞬ぎょっとするが、ネビルは離さなかった。

「やっぱりそうか──。

ダンブルドアはなんでか知らないが病気か何かでもう死人も同然だったんだ。

貴方とダンブルドアはそれを利用した、奴らを油断させるための手として。

貴方は校長として残り、学校を牛耳った振りをして、奴らに完全に好き勝手にはさせないようにする──。

貴方が校長でいる限り、カロー兄妹はともかく、余計な連中はホグワーツに立ち入らせないように牽制することができる──。」

 

言葉が勝手に口からこぼれ落ちていったが、口に出してみると、それが真実であると思えてきた。

スネイプ校長の表情はいまや無表情とは行かず、驚きに目を見開いていたが、ネビルがさらに言い募ろうとしたところで、ばっと腕を引き剥がした。

「世迷い言は大概にせよ、ミスター・ロングボトム!

頭に蛆でも湧いたのか!

そんな脳味噌では罰則どころではないだろう、今日はさっさと寮に帰りたまえ!

罰則については後日連絡する」

飛び退った間合いは、ネビルが再び容易には踏み込めない距離で、いつの間にかスネイプ校長は杖さえ構えていた。

歴然と動揺している、と思ってネビルは苦笑した。

「分かりました、今日は戻ります。

先生も無理をなさらず、お早めにお休みを。

──心配しないで下さい、僕は誰にも言いません。」

 

ネビルはそういうと、グリフィンドール寮の方向へ踵を返した。

スネイプ校長から、皮肉の一つも飛んでくるかと思ったが、それはなかった。

その学期中、それ以上の大きな動きはないものと思われたが、学期の終わり、クリスマス休暇に入る帰省のホグワーツ特急の中でそれは起きた。

 

ルーナが、父親のゼノフィリウスが発行しているザ・クィブラーが反体制的な記事を載せていることについて、事情を聴取するといって連行されていったのだ。

ネビルやジニーは当然それを止めようとしたが、ルーナ自身がそれを遮って連れていかれたのだ。

「みんな、無茶しちゃダメだよ。

正しいタイミングっていうのは必ずくるから。

ちょっと行ってくるね。」

怖気ないルーナの態度に散々怖がらせて連れて行こうとしていたらしい男らは毒気を抜かれた様子ではあったが、連れて行くのをやめるわけではなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その伍

 

 

クリスマス休暇に家に帰って、ネビルが真っ先にしたことは、友人のルーナが連中に連れていかれたことを婆ちゃんこと、オーガスタ・ロングボトムに話すことだった。

「婆ちゃん、奴らにルーナが連れていかれた。

ちくしょう、なんとかできればいいのになあ。」

ネビルの話を聞き終わって、詳しい事情を問い質したオーガスタは、孫を一喝した。

「心配おしでないよ。

ルーナっていうのは、あんたの手紙によく出てきたレイブンクローの子だろ。

大した子じゃないか、肝が据わってる。

並みの根性じゃ、そうはいかないよ。

その子はあんたたちを巻き込むまいと、自分からそいつらについて行ったんだろ?

わざわざ探して連れて行ったってことは、その子をすぐに殺すつもりじゃない。

その子はその子で、自力で逃げる算段を捜すか、冷静にチャンスを待つと思うね。

あんたがすべきは、ここでおたつくことじゃない、自分のできることをしっかりやることさ。

だいたい、列車の話ばかりして、学校の方はどうだったんだい。

顔にやけに大きな勲章をこさえて帰って来たみたいだけど。」

 

問われて、ネビルははっとなった。

両頬の傷は目に見える。

手紙には書いていたが、直接説明が聞きたいのは当たり前だった。

学期初めの、グリフィンドールの剣を入手しようとして失敗した事件から、順を追って、全てではないが、話して行く。

話さなかったことは、スネイプ校長が味方だと思う、ネビルのその推測と確信だ。

だが、オーガスタ・ロングボトムは、公平でそして聡い。

ネビルが言わなかったことがあることを恐らく承知の上で、カロー兄妹の授業での顛末を聞き、

「お前もやっと父親から受け継いだ良いところを発揮して、一人前の男になったみたいじゃないか、え?」

とにやりと笑った。

 

ネビルは休暇中も、ダイアゴン横丁に買い物に行ったりして無駄にはしなかった。

学校での防衛術の授業の教師はアミカス・カローなので、DAで学び教えられるよう高度な呪文の載っている書籍を探したり、隠密行動に役立つように、ウィーズリーの双子のやっている店を覗いたり、デスイーターらに察知されない範囲で行方不明のマグル生まれの生徒たちの行方が知れないか調査したりした。

中で、双子経由でポッターウォッチをやっているリー・ジョーダンと連絡が取れたことは、学外の動向を知る上で大きかったが、ハリーたちの行方はこの時点では知れなかった。

なお、ハリーたちは、このころクリスマスにゴドリック・ホロウに行った時、ナギニに遭遇してハリーの杖が折れ、ロン・ウィーズリー が復帰して本物のグリフィンドールの剣を手に入れ、スリザリンのロケットを破壊して、再び三人で彷徨を始めた頃合である。

ネビルはリーに、ホグワーツでの地道に抵抗活動を続けている勢力がいることを放送して欲しいとは依頼したものの、実名を出すのは危険すぎるので、休み中実家に帰っているホグワーツ生がそれを聞いて勇気を振り絞ってくれるのを期待するしかなかった。

ネビルはノクターン横丁にも足を運び、役に立つ品がないか探し回った。

ほんの先ごろまでのネビルだったら、「おいおい坊やが紛れ込んでるぜ」と言った風情で、あっと言う間に追い出されるか相手にされないか、あるいは完全にカモにされるかだったろうが、この数ヶ月の経験と傷は確実にネビルに風格と迫力を与えていた。

そのノクターン横丁でもネビルはいくつか興味深い品物を見つける。

暗闇をそれと知られずに照らす「輝きの手」も補充されていたし、敵を困らせるためのアイテムには事欠かなかったのだが、オーガスタから預かった軍資金ネビルには見合わなかったので、それらのものは買わなかった。

 

ネビルは格段に上達した呪文の腕前で、自分のトランクに検知不可能拡大呪文を掛け、更に抜き打ち検査の受けたときのために、二重底にして絶対に見つからないように細工して、買い込んだ品物を下の段に隠した。

オーガスタは、そんな孫を満足げに眺めていたが、荷物を確認して詰め終わったネビルがふと顔を上げて質問したのに目を細めた。

「ねえ、婆ちゃん。

もしね、もし助けたい、力になりたいっていう相手がいたとして、その相手が頑固っていうか、絶対に自分からは助けてくれって言ってこないだろう場合って、どうしたらいいと思う?」

具体的に相手を名指ししたわけではないが、ネビルの脳裏にあったのはスネイプ校長だ。

絶対に頑固なスネイプ校長は、今後生徒の活動とデスイーターとの狭間でどれだけ板挟みになっても誰にも助けを求めたりはしないだろう。

事態が万一デスイーター側に発覚したとしても、光の側に駆け込んで命乞いするスネイプなどネビルには想像もできなかった。

 

「なんだい?

学校にはそんな困った輩がいるのかい?

決まってるだろ、ネビル、あんたの行動を決めるのはあんただよ。

助けるべきなら助ける。

無理なら努力する。

助けてくださいなんてお願いされるのを待ってるんじゃないよ。

助けてよろしいですかなんてお伺いを立ててんじゃないよ。

好きなようにおし。

骨は拾ってやるよ。」

誰のことを言っているのか、オーガスタには分からなかったはずだが、年齢を感じさせない所作で、オーガスタは拳で孫の胸を軽く突いた。

常に揺るがない己の祖母を見て、ネビルは例え本人に嫌がられても、スネイプ校長のホグワーツ保全計画とでもいうべき行動をフォローしていこうと思ったのだった。

 

 

 

年が明けてホグワーツに戻る。

年明けの騒動は、早速、ホグワーツ特急から始まった。

見回りと称して、ディメンターが徘徊したのだ。

低学年の子らが恐慌に陥る中、DA軍団のメンバー、アーニー・マクミランやシェーマス・フィネガン、チョウ・チャンや、何人もが守護霊を出し、ディメンターを撃退して行く。

低学年の子らの賞賛の視線と、ディメンターがもたらした恐怖の中、ネビルはグリフィンドールのこの学年の両監督生(ロンとハーマイオニーだ!)不在につき、代わりに巡回を手伝って回ったのだった。

戻れば戻ったで、あっという間に、ジニーが問題を起こした。

もう一度、単独で校長室に忍び込んで、グリフィンドールの剣を盗もうとしたのだ。

今度は、壁に剣はなかったらしく、ジニーが躍起になって部屋中を探そうとしたところ、またしてもスネイプ校長に見つかったという話で、盗みに入ったということはジニー本人から聞いたが、大食堂ではスネイプ校長が、事務連絡として

「校長室に勝手に侵入しようとする生徒がいるが、重要な品物は然るべき場所へ保管したので、校長室への侵入を試みるのは無駄だ。

今後、そう言った生徒を発見した場合は、禁じられた森での採取作業を命じるので、そのつもりで。

禁じられた森には様々な生物がいる。

命が惜しくないものは試みてみるのもいいだろう。」

と言ったことで、グリフィンドールの剣が他所へと移されたことが分かった。

ジニーの罰則は再びハグリッドの預かり、ただし今度は1ヶ月で、授業への出席すら禁じていたが、ジニーの発言は純血という立場をもってすら過激だったので、ネビルとしては、むしろ、ジニーとカロー兄妹の接触が減って、ホッとしていた。

また、ジニーが罰則という名目で公然と禁じられた森に立ち入れるので、ネビルが欲しい役立ちそうな薬草や、薬学の材料を探してもらうのにうってつけで、ハグリッドではそういうことに、絶対的に不向きだった。

 

ネビルはまた、水面下で、今度こそ秘密裏に、DAの組織的訓練を再開した。

下級生だとて、ディメンターがそこいらに出没する可能性があるとホグワーツ特急で実感してから、防衛術の必要性を非常に感じているようだった。

ネビルは、相変わらずカロー兄妹の授業は無視しながらも、大食堂で鉢合わせないよう気をつけ、時には、シェーマスに部屋へ食事を運んでもらったりしながら、活動を続けていた。

夜中に抜け出して、壁に抵抗運動がまだ続いていることを書いたりする活動も続けていた。

それがおそらく半分以上はスネイプ校長によって消されたり、カロー兄妹に発覚しにくいものだけが残されていたりするのも相変わらずで、そのころにはさすがにシェーマスも異変に気付き、

「だれか怖じ気づいた生徒が奴らに見つからないように消して回ってるんじゃないのか。」

などと言っていたが、ネビルは相槌を打ちながらも、半ば確信している真実を教える気はなかった。

 

事態は徐々に悪化していた。

ホグズミードの外出は三年生以上保護者の許可が必要──、なだけではなく、カロー兄妹がその許可証を認可しなければ駄目、とされた。

ネビルは予想の範疇で、ダイアゴン横丁で色々買いあさっていたが、三年生以上でホグズミードで休日に学用品や日用品を買い足すつもりだった生徒は軒並み困った。

スリザリンで、デスイーターの子弟に当たる生徒は意気揚々と出掛けて行ったが、帰って来たときにはだいたい静かになっていた。

アイスクリーム屋も閉まって、村中をディメンターが徘徊しているなら気分も沈む。

出掛けることのできなかったグリフィンドールなどは沈む前に浮くこともなかった。

授業の方でも、ネビルが放り出したあたりから更にひどいことになっていると、他のグリフィンドール生が教えてくれた。

闇の魔法に対する防衛術では、闇の魔法そのものを使わせようとする方針は変わらず、大抵の者は弱い呪いか全く発動しないのに、スリザリンのクラッブとゴイルはやけに楽しそうにハマってしまって今や優等生だと伝えられた。

その話を聞いて一度ネビルがこっそり覗きに行ったら、本当にクラッブとゴイルが楽しそうにしていたのに驚き、去年まではあんなにクラッブとゴイルを従えてグリフィンドールに喧嘩を売ってきていたマルフォイがあまり楽しそうでもないのが意外だった。

 

 

 

さて、ここで、ホグワーツに戻れば必ず会えるだろうと、ネビルが思っていたのに、いっこうに会えないひとりの人物がいる。

セブルス・スネイプ校長である。

 

ネビルは、夜半に活動して回っていればスネイプ校長には必ず会えるだろうと、気楽に思っていたのだが、いっそ避けているのかという見事さで全く遭遇しなかった。

その上、もしかしたらカロー兄妹に見つかっていたかもという瀬戸際で、後から兄妹がスネイプ校長とはち合わせて違う道を行ったからネビルたちに会わなかったなどということが起きたことを、後日、他寮の生徒の話などから察する機会があれば、これはもう絶対にわざとだと確信も持つ。

カロー兄妹の罰則はそれと気付かれないレベルでスネイプ校長が抑えていても、それと気付かれないようにという点で限界があり、兄妹は反省部屋と称して、窓のない空き部屋のひとつを備品ひとつない状態にして生徒を閉じ込めるなどということもやり始めた。

ネビルやシェーマスは、それらの生徒を解放するまでいかなくとも、食べ物や気晴らしになるものや、一晩だけ膨らんで布団になるハンカチを差し入れたりして、生徒のダメージを軽減しようとしていた。

そんな風に精力的に活動しているのに、見回りをしているはずなのに姿が見えないスネイプ校長の姿を、いつしかネビルは逆に探して回るようになっていた。

 

話がしたい、と思っていた。

ネビルは、スネイプ校長が味方であることに既に疑いは持っていなかったが、スネイプ校長にしゃべらないと言ってしまった手前、触れ回るわけにはいかないと思ったし、今までのグリフィンドール生への冷たい態度や嫌みな物言い、ダンブルドアの殺害という厳然たる事実の前に、おそらく誰に話しても信じてもらえないと思った。

そしてネビルは、今度は逆に視界の端にスネイプ校長を探すようになったが、優秀すぎるスネイプ校長は、全くネビルの視界にも入らなかった。

だが、ネビルは諦めなかった。

夜中の校舎内で会わないならば、会いに行けばいいのではないか。

釘は刺されたが、校長室にジニーが侵入できたということは、スネイプ校長は合言葉をダンブルドアから変更していなかったはずだし、おそらく変更する気はないのだろうと思われた。

ネビルにとって不思議なことに、ジニーはスネイプ校長が合言葉をダンブルドアにしていることについて、特に疑問にも思っていない様子で、ネビルがジニーに

「校長室の合言葉変わってなかったの?

ダンブルドアのままだった?」

と聞いてみても、

「変わってなかったわよ!

あの最低なスネイプも、ダンブルドア校長には敬意を払うのね!」

というので、ネビルはジニーが何故単純にそう思えるのか首を傾げていた。

敵だと思い込むことと、ダンブルドアに敬意を払って当然という発想が同居できるのは、いっそ凄いと思いながらも、暴かれるのはスネイプ校長は好まないだろうから、ネビル はそれ以上の言及は避けた。

 

校長室。

ネビルは、生徒の動きが少ない授業の時間割のときを狙った。

全学年が何らかの時間割が入っている午前中、誰に咎められることもなく、ネビルは悠々と校長室に向かう。

今の時間帯は、カロー兄妹もそれぞれ授業を抱えて、ご高説を教室で展開しているはずだった。

今校長室に向かうネビルを咎め立てする者がいるとすれば、フィルチ、或いはスネイプ校長だろうが、前者ではネビルの行動を妨げるのは無理で、後者であればわざわざ校長室まで行かなくとも、ネビルの目的は達せられたことになるのだから、願っても無いことだった。

 

校長の前まで、遮られることもなく辿り着き、今度は一言「ダンブルドア。」と囁く。

音もなく動いてネビルを通したガーゴイルに、何故か逆に苦い思いを抱きながら校長室に入ると、そこには生きている人間はいなかった。

歴代の校長の肖像画が一斉にこちらを向く。

「侵入者か?

またか、スネイプ校長は何故合言葉を変更せんのだろうな?」

「待て、この青年は二度目だぞ、グリフィンドールの剣を盗みに来ていた──。」

肖像画が口々に好き勝手なことを言う中、ネビルの視線はやはり、真正面、校長室の執務机の後ろにひときわ大きく描かれているアルバス ・ダンブルドアの肖像画へと向いた。

きらきらと輝く空の色の青い瞳は、茶目っ気があるように見えて、どこまでも内心を覗かせなかった。

ネビルはふと、肖像画のダンブルドアは片腕が黒く干からびたりしていないことに気付いた。

病を肖像画に写すはずもなく、健康に見えるのは当たり前なのだが、ネビルはこの肖像画のダンブルドアは一体いつ描かれたダンブルドアなのだろうかとふと思った。

 

「ネビル。

君は勇敢な若者じゃと思っておったが、勇気の使い所を間違えておるようじゃな。

セブルスはまだ戻って来ておらぬ。

もしまたグリフィンドールの剣を探しに来たのであれば、その剣はもうここにはない。

セブルスに見つかる前に、早めに立ち去るのじゃな。」

ダンブルドアの肖像画はそう言ってネビルに語りかけた。

ネビルは、ダンブルドアならスネイプ校長の真実を知っているような気がして、質問しようかと思ったが、何故か直接的に聞くのはためらわれた。

代わりに別のことを聞いた。

「先生、先生はグリフィンドールの剣がどこに行ったのかご存じなのですか?

先生はハリーに剣を残したかったんですよね?

デスイーターの手に渡ったらまずいんじゃないですか?」

 

どういった答えが返って来るかと思ったら、ダンブルドアの返事は曖昧で濁すようなものだった。

「グリフィンドールの剣は、ここにはないが心配はいらぬ。

それは君には関わりのないことじゃ。

君は、学校内で色々活動しておるようじゃから、そのことは心配しなくとも良いじゃろう。」

その答え方で、ダンブルドアが何故自分の動きを把握しているのかと思ったが、肖像画は誰かの肖像画あるポイントであれば構内を自由に歩き回れるのだと思い当たった。

そして、その答え方で、ダンブルドアの肖像画にはスネイプ校長の真実を尋ねても、おそらくまともに答えてはもらえないだろうと思った。

ダンブルドアはネビルの祖母が絶対的に信じているように味方なのだろうが、ネビルはホグワーツにいる間のダンブルドアの行動で、ダンブルドアが正義という目的においては絶対でも、その手段において相手の望むような力になることは少ないと言うことを肌で感じていた。

スネイプ校長がおそらくダンブルドアの肖像画と相談しながら動いているに違いないことを、ネビルが察したことを、何故か知られないようにしたいと思った。

とすると、校長室で待っていれば確実にスネイプ校長を捕まえられるだろうが、ここで話はしたくない。

ネビルは、ダンブルドアの助言を受け入れた体裁で、そのまま校長室を立ち去った。

 

事態は膠着し、一進一退のままではあるが、着実にDAのメンバーも増やし、新入生にも密かに防衛術を教えながら3月までが過ぎた。

変化が起きたのは、まさに春、1998年4月12日の日曜日、ジニーが実家の急な用事と言って呼び戻されてから、帰って来なくなってからだった。

ウィーズリー 家は一家揃って行方を眩ましたとまことしやかに囁かれ、カロー兄妹の締め付けがそれまで以上に苛烈になった。

ネビルとルーナ、ジニーが実質リーダーで始めたDAは、もうリーダーとして動く者がネビルしか残っていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その陸

 

4月に入って一気に事態は動いた。

ネビルの呪文の腕はいよいよ上がっていて、夕食なども隠蔽呪文を掛けて、堂々と大食堂で取っていたのだが、ハリー・ポッターの生存がニュースになったのだ。

ニュースになったと言っても、日刊予言者新聞が大々的にそんなことを報道するわけもなく、年が変わってからこっち、ザ・クィブラーは発行そのものを停止していて、テリー・ブートはおそらく秘密のラジオ、ポッター・ウォッチへ寄せられた情報ニュースからそれを知ったのだろうと思われる。

大食堂で、がやがやとはしていたが、突然、レイブンクローの席で、マイケル・コーナーと何か話していたが、ほぼ全員が大食堂に揃ったというところを見すまして突然立ち上がったのだ。

 

「みんな、凄いニュースだ!

これ以上凄いニュースはない!

ハリー・ポッターは生きていた!

ハリー・ポッターは生きてて、仲間と一緒にグリンゴッツ銀行のレストレンジ家の金庫を襲撃して、あのドラゴンに乗って逃げ去ったんだ!

グリンゴッツの銀行破りなんて大したもんだぜ!

ハリー・ポッター万歳!」

ネビルは、夜中に動くこともあって、ポッター・ウォッチを聞き逃すこともあったから、その日はちょうど聞いていなかった。

椅子の上に立ち上がって、拳を突き上げるテリー・ブートに同調して、何人もが同調して拳を上げ、歓声を上げたが、そのテリー目掛けて激怒したカロー兄妹から磔の呪文が飛んだ。

「テリー!」

マイケルはテリーが呪文に当たらないように彼を椅子から引き摺り下ろしたが、カロー兄妹は大食堂にも関わらず、激怒して呪文を乱発した。

 

「貴様!

ハリー・ポッターはダンブルドアの殺害犯だぞ!

貴様も反乱分子だな!」

そう言って頻発された呪文はテリー以外の無関係の生徒にも当たり、あちこちから悲鳴が上がった。

マイケルと、近くにいた何人かがプロテゴを唱えるが下級生は逃げ惑って追いつかない。

ネビルは立ち上がって、カロー兄妹に向かって思い切りインペディメンタを唱え、視線がこちらに向く前に大食堂を飛び出した。

「ネビル・ロングボトム!?

貴様堂々と食堂に顔を出していたのか、くそう、レジスタンスを扇動していたのも、あんなニュースを大声で広めさせたのも貴様の差し金か!

捕まえろ!

そいつを捕まえろ!」

クラッブやゴイル、それにスリザリンでデスイーターの親を持つ何人かが動きはしたが、食堂の混乱にとてもネビルのところまではたどりつけず、ネビルは大食堂の出口で誰にも追いつかれず、くるりと振り向いた。

 

正確には、捕まえようとしていた生徒数人は、パニックに陥ったふりをした他の生徒に邪魔されて近づけなかったのだが、ネビルは出口でくるりと振り向き、

「ハリー・ポッターは生きていた!

僕らのハリーは生きていた!

グリフィンドール万歳!」

そう大声で叫んで、身を翻して姿を消した。

顔に傷のある精悍な風貌のネビルに、結構な数の女子がうっとりとしていたが、カロー兄妹はそんなことに構う暇もなく、ネビルを指名手配のようにして目の敵にし始めた。

なお、この大食堂での騒ぎにはスネイプ校長は関わっていない。

居心地だけの問題ではなく、ネビルがスネイプ校長の腕を掴んだあの日から、スネイプ校長は欠片でもネビルと遭遇する可能性のあるところには姿を現さず、その姿の隠し方はいっそ見事なまでに徹底していた。

 

そこから事態が動き始めた。

ネビルは、拉致されてから行方が知れなかったルーナから手紙を受け取った。

そこでネビルは、ルーナがマルフォイ邸の地下にオリバンダーとともに一緒に幽閉されていたが、ハリーやロン、ハーマイオニーが捕まって来たことを契機に脱出することができ、ハウスエルフのドビーの力を借りて、ウィーズリーの長子のビル・ウィーズリーの貝殻の家に避難することができたことを知った。

ルーナの手紙はルーナらしく、涙に暮れたりしてはいなかったが、ハウスエルフのドビーのことに触れている下りでは

『ドビーは命を懸けて私たちを助けてくれたので、ドビーの魂が安らかであるように、ネビルも祈ってくれたらドビーに届くと思います。』

と書いてあったため、ネビルは真摯な気持ちで、ドビーに黙祷を捧げた。

ルーナの手紙で分かる範囲でも、ハリーも、ハーマイオニーも、ロンも無事なのだと知ることができた。

それでもう一つ察することができたことがある。

公には、ロン・ウィーズリーは黒斑病に掛かって学校に来ることもできないとされていたが、ハリーたちと一緒だったのだ!

それで、ジニーがイースターに急に呼び戻されて一家ごと雲隠れしたのも説明がつく。

ロンがハリーと一旦一緒に捕まってマルフォイ邸に連れて行かれたなら、家族ぐるみでロンの足跡を隠蔽したこともばれただろう。

耳の早いというより、ウィーズリーは当事者で、ロンたちが貝殻の家に転がり込んで来た時点で、ジニーを呼び戻したのは、まさに間一髪の出来事だったのだ。

 

 

ネビルに対する追求は一層激しくなった。

カロー兄妹はネビルがいるはずだと、たびたびグリフィンドール塔まで踏み込んで来るようになった。

ネビルは寮の男子生徒の部屋を転々として、カロー兄妹の追求を躱したが、やはりそれにも限界があった。

そんなある日、夜、マイケル・コーナーが、カロー兄妹が、些細な理由で、つまりマグル学の去年の教科書を兄弟からのお古で所持していたというだけの一年生を、見せしめのように廊下に鎖で繋いでいたのを見掛けて、見かねて、外してやろうとしたところ、運悪く、とうのアレクト・カローに見つかった。

マイケル・コーナーは、磔の呪文と、切り裂き呪文とでもとの顔の形も服の色もわからなくなるような目に合わされ、皆が震えあがるような有り様になった。

 

ちょうどそのとき、レイブンクローに匿われていたネビルは、すぐに放置されていたマイケルのところへ駆け付けて、薬草と呪文で治療に努めた。

ネビルは各寮に表立った動きは危なすぎるので控えるように呼び掛け、何か行動を起こすときは、硬貨で連絡するので、危険でない範囲で陽動作戦に協力してくれるよう、頼み込んだ。

 

多角的に事件は起こった。

森番のハグリッドはハリー生存のニュースを目にしたからだろう、安易にホグワーツのあちこちに、禁じられた森の自分の小屋で

「ポッター応援パーティー」

を開くと掲示して回って、これもまたカロー兄妹の目に触れた。

ネビルはハグリッドがこぼした

「スネイプの奴は信じられん。

ハリーが生きとったなら、どんな形ででも応援してやるちゅうのが筋じゃろうが。

だのに、ポスターを見て、『こんな物を開いている場合かね。こんなパーティーはカロー兄妹が許すまい。思い直すなら今のうちだぞ。』とか言いおって、あいつはすっかり『例のあの人』に魂を売ったんじゃあ。」

というのを聞いて、ますます、スネイプ校長はわざとハグリッドに警告して逃がした確信を強めた。

なぜなら、ハグリッドはそのおかげでカロー兄妹が捕まえに来たとき、森の奥に逃げ去る余裕ができたからである。

 

更に、オーガスタ・ロングボトムからもフクロウ便が届いた。

ネビルはそのとき、禁じられた森で役に立ちそうな薬草類を採取しており、それでも見つけ出すフクロウは優秀だと思う。

内容は予想以上だった。

まず、家にホグワーツで被保護者(この場合ネビルのことだ)が非合法的な学生運動を行い、度が過ぎているため、家族からも事情聴取を行うことにしたので、同行願いたいと闇祓いのドーリッシュという男が来たこと。

正規の出頭要請でありながら、人質確保に来たとピンと来たオーガスタは、

「あらそんなうちの孫がまさかそんな、すぐに用意とか無理です、まずはあがってください。」

と、オロオロするか弱い老婆を装って、油断して不用心に背を向けたドーリッシュに一発かましたらしい。

ドーリッシュは昏倒し、オーガスタは「こんなこともあろうかと」検知不可能拡大呪文で広げて、必需品を詰め込んでいたバッグを持って、妙な言い方にはなるが堂々と逃亡の途についたらしい。

事情を簡潔に説明した後に、祖母は

「あんたもホグワーツでしっかりやってるらしいじゃないか。

悔いのないようにおやり。

私のことは心配いらない。

私はあんたを誇りに思うよ。」

と書いてあって、ネビルはたまらなく誇らしい気持ちになって、その手紙を大事に胸ポケットに仕舞い込んだのだった。

 

その日は、ネビルにとっては幸運な日だった。

醸造の手順の難しい幸運薬を落ち着いて作っている余裕はなかったが、禁じられた森で、効き目はそれに劣るが、その草の根を乾燥させて齧ると幸福薬によく似た感覚と経過が招き寄せられることが確認されている植物を探し当てることができたからだ。

しかも、その効き目が確認されているのはその植物の花が咲いている期間の根だけで、花が咲いていない時期の根で試しても効果はなかったらしい。

だが、いざという時にこれを使えば生存の確率が上がるのは間違いない。

白い百合に似た小さな花を見て、ネビルはそっとその花の植物の根を掘り上げ、花は感謝してから湖に流した。

 

 

 

日付にすれば、4月18日前後のことになると思う。

拷問を受けて口を割った下級生の密告で、ネビルはそのとき潜んでいたハッフルパフの寮のアーニー・マクミランの部屋から飛び出した。

寮が突然ざわついて、カロー兄妹が押し入って来たという声があちこちから聞こえたからだ。

ハッフルパフの寮は地下にあって、どこからでも気軽に出ていくわけにはいかない。

ネビルは間一髪で奥の部屋に調べに行くカロー兄妹をやり過ごし、その隙にハッフルパフ寮を抜け出した。

「ネビル、グリフィンドールに戻るのは危ない!

多分奴ら待ち伏せしてる!」

抜け出すのに協力してくれたアーニーが、最後に寮の出口で囁いて来たのにネビルは頷いた。

「分かってる!

どこか、──ホグワーツの校舎で隠れられるところを探すよ。」

後ろから足音がした。

「ネビル、あそこはどうだい、DAの訓練に使った部屋、──ああもう人が来ちまう、行って!」

押し出されるようにハッフルパフの寮を出て、カロー兄妹が校内に引き込んだディメンターを守護霊で交わしながら、ホグワーツ城を駆けた。

 

知らぬうちにカロー兄妹が引き込んでいたディメンターが数を増やし、ネビルががむしゃらに駆けて、彼は校長室の近くを通っていたが転がり込む余裕もなく、必要の部屋の前まで来た。

ただ、部屋に入るためには部屋の前で三往復する必要がある。

きゅっと足を止めたネビルにディメンターが追いつきそうになって、ネビルが再び走り出そうとしたとき、銀色の光が走ってディメンターがたじろいだ。

銀色の光は角のない牝鹿の形を取ってディメンターを蹴散らし、黒い影はどこにもいなくなった。

ネビルは守護霊の主を探したが、どこにも見あたらなかった。

銀色の牝鹿、一体だれなんだろう?

DAで守護霊を出す訓練をしたときも、ごく何人か出すことが出来たメンバーの中に牝鹿はいなかった。

また何かの気配が遠くに聞こえて、ネビルは慌てて、『カロー兄妹とその仲間に見つからない場所!』と念じながら、必要の部屋に飛び込んだ。

 

飛び込んだ部屋は、ネビルの想像力の限界なのかごく小さかった。

小さくてハンモックが一つと、グリフィンドールのタペストリーだけが壁に掛かっていた。

ぼんやりと、座るのに椅子が必要だ、と思った。

そうすると、ネビルが思い描いた通りの椅子が、ついそこに現れていた。

ここは必要の部屋だ──それを痛感して、ネビルはそこに籠城を始めたが、限界はあった。

ネビルが必要とする寝床──、ハンモック以外に机、テーブル、トイレ、洗面所、必要なものは全て揃う部屋だったが、生きていくために絶対に必要なものが足りなかった。

食糧だ。

 

必要の部屋は、必要なものがなんでも用意されたが、食料だけは用意されず、だが、カロー兄妹やカロー兄妹の配下がウロウロしている状況では、大食堂や厨房まで食糧を調達に行くのは危険すぎた。

ネビルは最初、『食糧が必要だ』と念じた。

何も出てこない。

腹が減り過ぎて動きが鈍くなってきた頃合い、多分1日半は経過していただろうが、ふと、ネビルは思った。

『食糧』そのものを出すのが無理なら、食糧を作り出す手段か、食糧を調達できる手段を出してくれ、と。

だが、今から育てて収穫する畑などでは間に合わないことは意識のどこかで分かっていたのだろう。

ネビルが食糧を調達できる手段、と思ったところで、グリフィンドールのタペストリーの横に、見たこともない絵が掛かっていた。

おそらくは誰かの肖像画だったのだろうが、そこには誰もいなかった。

開いていない扉が奥に見え、奥に通路があることが分かったが、ネビルはこれが食糧に繋がる手掛かりなのだろうかと唖然として扉を見ていた。

 

ふと、画面に少女が現れた。

ネビルは、ホグワーツだったら三年生から四年生くらいに見えるその少女に見覚えはなかったが、なぜかその明るい色の瞳をどこかでみたような気がした。

少女が手招きをして、絵の画面が突然、本当に開いた。

ネビルは吸い込まれるように、次の瞬間には画面の中にいた。

目の前に扉と通路がある。

「待って、君は──?」

その少女は答えず、ネビルの手の引いて、扉の奥の通路に誘った。

ネビルは覚悟を決めて、通路の奥へ一歩を踏み出した。

 

暗い、どこまで歩けばいいのかという通路を、少女が話さないので無言で通り過ぎて行く。

それでもやっと出口にたどり着き、用心も忘れて飛び出すと、そこはホッグズ・ヘッドだった。

ネビルは成人してこっち、ホッグズ・ヘッドに出入りするような機会がなかったので、そこが一瞬ホッグズ・ヘッドだと分からなかったが、ホグワーツではないことは確かだった。

客のいない時間帯であったことは幸運だった。

背の高い髭面の男の、少女と同じ明るい色の青い目に見覚えがあるような気がして、少女では分からなかった人物との類似性がネビルの記憶を刺激した。

「ダンブルドア──?」

そう呼んだ途端に、髭面が不機嫌そうに歪んだ。

「ダンブルドアには違いないが、そう呼ばれるのは好きじゃない。

アバーフォースだ。

お前は絵の中から出てきたように見えたが、ホグワーツから来たのかね。」

ネビルは、その名前に覚えがあった。

リータ・スキーターの著した『アルバス・ダンブルドアの人生と嘘』は、それを信じる信じないに関わらず、ホグワーツの生徒の中でも大評判になった本だった。

 

「ダンブルドア校長の弟さん──ですね。

僕はネビル・ロングボトム。

ホグワーツ魔法学校の7年生、グリフィンドールです。」

それで十分な自己紹介になるだろうと思った。

アバーフォースは、軽く眉を上げて、ふん、と鼻を鳴らした。

「お前も勇猛果敢なグリフィンドールかね、あのバカ兄貴の勇猛果敢なろくに考えもしない脳味噌空っぽの御一行様の先頭に立ってるって訳だ?

全く、アリアナはなんだってこんな奴を──。」

どこまでも崩れないアバーフォースの皮肉な物言いに、ネビルは苦笑した。

リータ・スキーターの本を丸ごと信じた訳ではなかったが、少なくともアルバス・ダンブルドアは兄弟に慕われる兄ではなかったことは確かなようだった。

 

「何にしてもお前さんが逃げてくるのに成功したのは奇跡だろうよ。

アリアナもお前さんを助けてもいいって思ったようだしな。

お前一人だったら、村から抜け出すのを手伝ってやれんこともないぞ。」

まるで試すようなアバーフォースの言葉に、ネビルはきっぱりと返した。

「僕は、確かにダンブルドア軍団を掲げて連中に抗戦してるけど、それは決してダンブルドア校長のためじゃない。

組織を結成した時はあの人が校長だったんでそう名付けたけど、僕が今戦ってるのは、ホグワーツにいる1000人近い生徒のためだ。

マグル生まれが逃げたり捕まったりしてだいぶ数が減ってしまってるけど、僕らは僕らの誇りのために戦うんだ。

ホグワーツに誰か一人でも残ってるうちは、僕は諦めないよ。

助けて欲しい、僕らには今食糧が必要なんだ。」

ネビルの言葉に、再びアバーフォースは眉を動かした。

 

「正気か?

あのお偉い兄貴のためじゃなくって、正気でそんな危ない橋を渡ろうってのか?

そりゃあここは酒場だからな、多少の食糧の蓄えはあるし、仕入れることも出来る。

だが物事には何でも元手ってものが掛かる、タダでは食べ物は沸いてこんのだぞ。」

ネビルは頷いた。

これでも純血家の中でも聖18族の一角を成すロングボトムの後継なのだ。

肌身離さず身につけていた、検知不可能拡大呪文を掛けた巾着からネビルは本物のガリオン金貨を一掴み取り出してカウンターの上に載せた。

アバーフォースがぎょっとした顔をする。

「本物だよ。

ホグワーツじゃ使うとこないって言ったんだけど、婆ちゃんが金だけはいつどんな時に役立つか分からないから持って行けって寄越したんだ。

これ、今、使うところだろ?

取引をしたい。

公正な取引だ。

保存の効く食糧と飲料を用意出来るだけ用立てて欲しい。

もちろん、そちらに危険の及ばない範囲でいいからさ。

一方的に助けてくれっていうつもりはないよ、取引だったら応じてくれるだろ?」

ネビルは、信頼を込めてアバーフォースを見た。

 

アルバス・ダンブルドアのように耳触りのいい事ばかり言うわけではなく、苦言を呈するアバーフォースは、一度了承すれば信用のおける人間だと思った。

ネビルはその日、アバーフォースとの取引を成立させ、ホグワーツで必要の部屋に籠城できる体制を整えた。

城に戻ってからネビルはシェーマスやアーニー、アンソニーなどの各寮のリーダー的な生徒に守護霊を飛ばし、事態が切迫したら、必要の部屋へ避難してくるように連絡したのだった。

そして、ネビルは、仲間たちの避難や籠城が驚くほどスムーズに運んだ影には、必要の部屋に近い校長室を使用しているはずの、ある誰かの消極的協力があってこそのことだと信じている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その漆

 

 

籠城の人数は、段々と増えていった。

必要の部屋に入ってからは安全でも、入るまでに三往復のところで捕まる生徒が出てもおかしくは無いのに、ほとんどの生徒が無事に駆け込めたのは、陰ながら助力してくれている教師がいるからだと、ネビルは思っていた。

ただ、それが誰かということについてネビルは名前を言わなかったので、シェーマスや他の皆は、おそらくマクゴナガル教授やフリットウィック教授が水面下で協力してくれているのだろうと考えていた。

最初に駆け込んで来たのは、意外なことにハッフルパフのアーニー・マクミランだった。

アーニーは、あの日、ネビルを匿ったことを疑われ、危うく見せしめにズタズタにされそうになったので、「闇の魔術に対する防衛術」と称した、最近では闇の魔術そのものの授業から飛び出して逃げ込んで来たのだ。

ネビルと同室のシェーマスは、出来る限り下級生の頼れる先輩でいたいと、ボコボコにされながらもぎりぎりまで逃げて来なかった。

その代わり、シェーマスは逃げ込んで来る時、持ち出す余裕のなかったネビルの私物も残らず縮小呪文と検知不可能拡大呪文の合わせ技で持って来てくれた。

 

人が増えるにつれ、部屋は快適に大きく広がっていった。

男子だけの時にはハンモックが増え、クローゼットが増えたが、女子が入って来ると、きちんとした間仕切りの有るシャワールームがいつのまにか設置されていた。

アーニーが逃げ込んで来た時、壁にはハッフルパフの穴熊のタペストリーが増え、アンソニー・ゴールドスタインやテリー・ブートが逃げ込んで来ると、レイブンクローの鷲のタペストリーが増えた。

唯一、スリザリンの蛇のタペストリーだけがなくて、本当はネビルはそれに心を痛めていたが、デスイーターの子弟が多く、スパイを潜り込ませられる可能性を考えたら、安易に受け入れてやれとは口には出せなかった。

ネビルは、避難して来た中で縮小呪文が得意で歩くのが苦でなさそうな面子を選んでホッグズ・ヘッドまで行き、約束の食糧と飲料を確保した。

ホグズミードでのホッグズ・ヘッドがいかがわしい場所だと認識を持っていた生徒も主に女生徒に何人かいたが、バーテンのアバーフォースがアルバス ・ダンブルドアの弟で不死鳥の騎士団員でもあるといえば大体は黙った。

それでもネビルはホッグズ・ヘッドに出向く人選には気を使い、リータ・スキーターの本を読むだけならまだしも好奇心を剥き出しにするようなタイプは連れて行かないように心掛けた。

 

閉じこもるだけでなく、数人で遊撃隊を作って、隙を見て外に出てホグワーツ内で我が物顔に徘徊しているディメンターを斥けたりもした──、もっともそちらの方は、決定的に滅ぼす手段が見つからないので一時しのぎではあったが、時には襲われかけている政党助けることもできた。

また、DAーー、ダンブルドア軍団は健在だ!などと、魔法で各所に大書する事で、カロー兄妹に地団駄を踏ませ、残された生徒を助けることもできた。

スネイプ校長はこれについて妙に静かだったし、カロー兄妹はおそらく自分たちがホグワーツを掌握しきれていないことをヴォルデモート卿に知られたくないがために、それ以上の手勢の投入を控えていた。

二週間、籠城が続く中、シェーマス・フィネガンがラジオを持って駆け込んで来て、ポッター・ウォッチでニュースをキャッチするのと、ネビルがアバーフォースから日刊予言者新聞や雑誌のニュースを渡されるのが情報源となっていた。

雑誌類は好き勝手書き立てて信用ならず、日刊予言者新聞はマグル弾圧政策を取る現魔法省の太鼓持ちのようになっており、ポッター・ウォッチのニュースが頼りではあったが、それも、黄金の少年(ハリー・ポッターのことだと思われる)は無事でイタチの巣穴に隠れ、ヴォルデモートには捕まっていないというようなあやふやな情報がせいぜいで、テリー・ブートが大食堂で発表したグリンゴッツ破りの情報が最新だった。

 

「ハリーは・・・、本当に戻って来るのか?」

ラジオをひねくり回して、ポッター・ウォッチのチャンネルを探していたシェーマスがボソリと呟いたのに、ネビルは揺るぎないいつもの答えを返した。

「ハリー・ポッターを信じろよ。

6年間、僕らはハリーと同室だったじゃないか、僕らの知ってるハリーを信じたらいい。

ハリーは自分たちだけ逃げ出すような人間じゃない、今動き回ってるのは、きっと『例のあの人』を倒すすべを探してるんだよ。

じゃなくちゃ、グリンゴッツ破りなんて話が流れてくるわけがない。

レストレンジの金庫だろ?

きっとなにか『例のあの人』を倒す重要な手掛かりや武器がそこにあったのさ!』

言いながら、ネビルはとっさにグリフィンドールの剣を思い出した。

スネイプ校長が、『どこか別の場所に移した』と言っていた、ダンブルドアがハリーに託そうとした伝説の剣。

結果としてその類推は間違っていたわけだが、ネビルはきっとハリーがなんらかの手段でその情報を知って(そしてきっとスネイプ校長がその情報をハリーに流したのだと思って)、グリンゴッツに盗みに入ったのだと認識した。

間違っているのに、スネイプ校長がハリーにグリフィンドールの剣を渡したというところだけ合っているのだから、直感は侮れない。

 

「シェーマス、時間の問題さ。

絶対、ハリーは戻って来る。

今までハリーがやり遂げなかったことなんかない。

僕らがやることは、ここで出来る限り多くの生徒を助けて持ちこたえることさ。」

傷だらけのネビルの顔と同じくらい、シェーマスの顔も腫れ上がっていたが(闇の呪文によって傷つけられると癒しの呪文が効きにくいのだ)、シェーマスはそうかねえというように、黙って肩を竦めた。

シェーマスは、ルーナが無事だと知らせて来た時に、ディーン・トーマスが無事だったと分かってあからさまにホッとしていたが、ハリーのことは信じていても、グリンゴッツ破りは半信半疑で聞いていたようだった。

 

日付けで言うと、5月2日。

後のホグワーツ決戦の日だ。

ネビルたちは、人数の増えた必要の部屋で、次にどう行動すべきか論議していた。

何人かは、このままホグワーツを捨てて、逃げ出した方がいいのではないかという議論を持ちかけてきた。

ネビルはそれにきっぱりと答える。

「ホグワーツに彼らに心から賛同しているのではない生徒が一人でもいるうちは、僕はここから逃げ出す気はない。

それに、ここからホッグズ・ヘッドまで逃げても、ホグズミードには夜鳴き呪文が張り巡らされ、姿くらましができなければ、無事に村からでることもできない。

君が、無事に姿くらましができて逃げおおせたとしても、それから先で『人攫い』にでも捕まって拷問されら、最後に残ったホッグズ・ヘッドからの通路を自白せずにいられるのかい?」

ネビルの意見は筋が通っていて、全員が納得せざるを得なかった。

 

そのとき、誰かがホッグズ・ヘッドへの通路のある、いつもは人のいない肖像画を見て声を上げた。

「見て、女の子が──。」

 

 

 

その声で、全員がいつもは人のいない、閉まった扉だけが描かれた絵を見た。

そこにいた少女は全員の視線にびくりとしたが、それでもネビルに向かって何かを訴えかけるように口を開けた。

「アリアナ?

どうしたの?」

何度も絵の中の通路を通って、おそらくこの中では一番アリアナと親しいだろうネビルもアリアナの声を聞いたことはなかった。

アリアナが、届けようとする声は画面の外へ届かない。

アリアナが一生懸命ひとつの単語を繰り返す口元を見て、突然、ネビルは理解した。

 

「ハリー?

アリアナ、ハリーが来ているのかい?

分かった、今、ホッグズ・ヘッドにいて、ホグワーツへ戻る道を探してる!」

ネビルがアリアナに確認すると、アリアナがぱあっと花が咲いたように笑って、大きく頷いた。

アリアナが手招きするのに、ネビルは弾かれたように立ち上がった。

他の生徒は顔を見合わせて、ざわついていた。

ネビルは絵の通路をくぐる前に、思い出したことがあって、かろうじて間に合ってシェーマスを振り返る。

「シェーマス!」

シェーマスも弾かれたように飛び上がった。

「なんだ?」

「ルーナとディーンに、君の守護霊飛ばしてくれる?

ハリーがホグワーツに戻ってくるって!

ええと、それでもしホグワーツに戻ってくる気があるなら、ホグズミードのホッグズ・ヘッドに直接姿くらましで来るように言ってくれる?

そうじゃないと危ないからさ。」

ネビルは他の皆の顔を見回した。

 

ぽかんとしている顔もあり、察しの良い顔もあったが、ネビルは構わず続けた。

「僕はホッグズ・ヘッドに迎えに行く。

大事な友達が来てるんだ。

今日、絶対、何かが動く。事態が動くよ。

最後にフクロウでも守護霊でも飛ばすなら今だよ。

でも誰か呼ぶなら、絶対ホッグズ・ヘッド経由にして。

逃げ出すのも最後の便だよ、それもホッグズ・ヘッド経由でね。

僕はハリーを迎えに行ったらここに戻ってくるけど、そうじゃなくて、逃げるために一緒に行きたい人いる?」

本当はもしかしたら、逃げ出したい者がいなかったわけではないのかもしれない。

だがそう聞かれて、名乗り出られるだけの者はいなかったしシェーマスは早速守護霊を飛ばしていた。

「行ってくる、そして希望を連れて戻ってくるよ!」

ネビルはにかっと笑って、アリアナと一緒に肖像画の中の扉を潜った。

 

 

 

暗い長い通路を歩きながら、ネビルは懐から以前禁じられた森で掘り出して乾かしておいた草の根を齧った。

幸福薬には劣るが、この草の根を噛んでおけば、本当にほんの少しの幸運が最悪の危機を回避してくれる筈だ。

乾かした草の根は既に生臭さはないが、強烈な苦味の中にほんのわずかだけ甘味が混じって、これが幸運の味かと我慢して噛み締めた。

ちなみにこの時、ヴォルデモート卿はグリンゴッツ銀行から自分の分霊箱であるハッフルパフのカップが盗み出されたことを知り、激怒して思索を巡らせ、それ故にハリーに、自分は海面下にある湖のロケットを確認しに行こうと思っていることと、ホグワーツに最後の分霊箱があるので侵入に用心するようスネイプ校長に警告しなければと考えたことと、それによってホグワーツに分霊箱があることを知らせてしまった頃合いであり、つまり、ハリーがホグワーツに戻るため、ホグズミードに来たという時だった。

すごいタイミングではあった。

これらがほんの少しずれても、ホッグズ・ヘッドのハリーは、ホグワーツから外への通路を探し出したネビルと連絡を取ることができず、ホグズミードで立ち往生して、捕らえられていたかもしれないのだから。

 

ホグワーツから、ホッグズ・ヘッドまでの薄暗い長い通路を歩いて、遠い灯りが見えてくる。

不思議なことに、肖像画の中から見ると、外界の光景がまるで絵のように見えるのだった。

ハリー・ポッター、そしてロンとハーマイオニー。

グリフィンドールのゴールデン・トリオ。

扉に近づいて、ネビルは思い切りその扉を押し開けた。

本当に、本当に本物だった。

ネビルは肖像画の下にあるマントルピースを、いつもよりだいぶ乱暴に飛び降りながら歓声を上げた。

「君が来ると信じていた!

僕は信じていた!

ハリー!」

彼の信頼は最高の形で証明されたのだ。

国外に逃げ去るわけでなく、立ち向かうために、五体満足でハリーは帰って来た!

そして彼は、ハリーが戻ってくるまで、ホグワーツを、ダンブルドア軍団を、損なうことなく保ち切った!

 

「ネビル──、一体、──どうしてここに?」

ハリーが呆然とした様子で、ネビルに聞いた時、ネビルはロンとハーマイオニーに遮二無二抱きついたところだった。

無事だった、全員が無事だった!

そのことの前には自分がトリオではないことなど嫉妬している場合じゃない。

ネビルは、ロンとハーマイオニーから離れると、達成感に満ちて言った。

「僕は君たちが来ることを信じてた!

時間の問題だって、シューマスにそう言い続けてきたんだ!」

「ネビル、一体どうしたんだ?」

ハリーが尋ねてきた。

「え、これ?」

ネビルは首を横に振った。

「こんなの何でもないよ。シェーマスのほうが酷い。会ったら分かるけど。」

実際にそうだった。やりあって、多少の負傷は日常茶飯事になっていて、ネビルは痛みも感じなくなっている気がしたからだ。

だが、今はそれよりも大事なことがある。

三人をホグワーツに連れもどらなければ!

 

「それじゃ、行こうか?あ、そうだ。」

ネビルはそう言ったが、思い出したことがあって、アバーフォースを見た。

「アブ、あと二人来るかもしれないよ。」

ここへ来る前に、シェーマスにルーナとディーンに守護霊を飛ばしてもらったことを思い出したのだ。

伝達がうまくいっていれば、ディーンはシェーマスを絶対に見捨てはしないだろうし、ルーナもDAの仲間を見捨てはしない自信があった。

「あと二人だと?」

アバーフォースは険悪な声を出した。

「何を言ってるんだ、ロングボトム、後二人だって?

夜間外出禁止令が出ていて、村中に『夜鳴き呪文』がかけられてるんだぞ!」

「分かってるよ。

だからその二人には、このパブに直接『姿現わし』してもらうよう伝えてる。」

そう言ったものの、アバーフォースに面倒を掛けているという気持ちが消えたわけではなかったので、

「ここに来たら、この通路から向こう側に寄越してくれる?

本当にありがとう。」

そう言って、礼だけは欠かさなかった。

 

ネビルはハーマイオニーがマントルピースを登るのに手を貸し、その後にロンが、そしてハリーが入るのを見届けた。

ハリーがきちんとアバーフォースに礼を言うのを見て、ネビルは、なぜか我がことのように誇らしかった。

全員が、絵の裏側の、磨り減った石の階段がある古いトンネルを辿っていった。

真鍮のランプが壁に掛かり(これは2回目ぐらいにネビルが掛けた、あまりに暗かったので)、地面は踏み固められて固かったが、こちらはネビルが立ち入る前からだった。

歩く四人の影が、壁に扇のように折れて映っていて、沈黙に耐えかねたのじゃ、歩き出してすぐにロンが尋ねた。

「この通路、どのくらい前からあるんだ?」

その質問は、いかにもロンらしかった。

ロンは、無意識にネビルを見下していて、自分の方がよく知っていると誇示したがるのだ。

「『忍びの地図』にはないぞ。ハリー、そうだろ?学校に出入りする通路は、七本しかないはずだよな?」

忍びの地図の詳細は分からなかったが、ネビルは答えた。

よく知られている──、概ね、ロンが言いふらしてよく知られている抜け道がどうなったか教えておく必要があった。

「あいつら、今学年の最初に、その通路を全部封鎖したよ。」

 

7つ、だっただろうか。ネビルは頭の中で数をチェックする。

「もう、どの道も絶対通れない。入口には呪いがかけられて、出口にはデスイーターとディメンターが待ち伏せしてるんだ。」

だが、重要なのはそこではない。

ネビルは、連中が把握していない抜け道で、安全に三人を案内することができている!

ネビルは、笑顔で後ろ向きに歩きながら、三人の姿をじっくり見ようとした。

そんなことができるくらいには、この通路に習熟していた。

「そんなことはどうでもいいよ──ね、本当?

グリンゴッツ破りをしたって?ドラゴンに乗って脱出したって?知れ渡ってる。

皆、その話で持ちきりだよ。テリー・ブートなんか、夕食の時にそのことを大広間で大声で言ったもんだから、カローにぶちのめされたんだ!」

話を聞きたくてうずうずした。

 

「うん、本当だよ。」

ハリーの返事はわくわくするようなものだった。

ネビルは笑って、どうしても気になっていたことを聞いた。

「ドラゴンは、どうなったの?」

「自然に帰した。」

ロンの言い方はいつになく気が利いていたが、

「ハーマイオニーなんか、ペットとして飼いたがったけどさ──。」

「大げさに言わないでよ、ロン──。」

余計なことを言って信憑性をぶち壊すのは相変わらずだった。

ひとしきり笑った後、ネビルは、改めて真面目にハリーに聞いた。

「でも、これまで何していたの?

皆は、君が逃げ回ってるって言ってるけど、ハリー、僕はそうは思わない 何か目的があってのことだと思う。」

それだけは確信があった。

ネビルが11歳以来知っているハリーは無為に逃げ回るだけの人間ではなかった。

「その通りだよ。」

ハリーの答えは期待通りではあったが質問で返された。

「だけど、ホグワーツのことを話してくれないかな、ネビル、僕たち何にも聞いてないんだ。」

聞いていないとはニュースの類だろうか。

 

ネビルの顔から笑顔が消える。

さして話したいほどの出来事はなかった。

「学校は──そうだな、もう以前のホグワーツじゃない。」

避けては通れない話題もあった。

「カロー兄妹のことは知ってる?」

「ここで教えている、『死喰い人』の兄妹のこと?」

教える、と表現できるなら穏便だった、とネビルは思う。

「教えるだけじゃない。規律係なんだ。体罰が好きなんだよ、あのカロー兄妹は。l

思い起こせるものが、一つしかなかったのだろう、帰ってきた単語は遠い昔に感じた。

「アンブリッジみたいに?」

ネビルは首を横に降る。

アンブリッジは、あれでも魔法省という大義の皮を被っていた。

「ううん、二人と比べたらアンブリッジなんて可愛いもんさ。

他の先生も、生徒が何か悪さをすると、全部カロー兄妹に引き渡すことになってるんだけど、渡さない。

できるだけ避けようとしてるんだよ。先生たちも僕らと同じくらい、カロー兄妹を嫌ってるのが分かるよ。」

本来なら、嫌う以上のことを期待したい、だけどそれを望めば他の教職員の安全も危ういのも分かっていた。

 

ネビルはあったことを思い起こした。

「アミカス、あの男、闇の魔法に対する防衛術を教えてるんだけど、今じゃ『闇の魔術』そのものだよ

僕たち、罰則を喰らった生徒たちに『磔の呪文』をかけて練習することになってる。」

「なんだって?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーの声が一緒になって、トンネルの端しから端しまで響きました。

「そういうことだ。」

磔の呪文を生徒にかけるなんて、最悪だと認識し直せる反応だった。

「それで、僕はこうなったのさ。」

ネビルは、頬の特に深い切り傷を指差した。

「僕が、そんなことはやらないって言ったから。

でも、ハマッてる奴もいる。クラッブとゴイルなんか、喜んでやってるよ。多分、あいつらが一番になったのは、これが初めてじゃないのかな。」

「妹のアレクトのほうは、マグル学を教えていて、これは必須科目。

僕たち全員が、あいつの講義を聞かないといけないんだ。 マグルは獣だ、愚かで汚い、魔法使いにひどい仕打ちをして追い立て、隠れさせたとか、自然の秩序がいま再構築されつつある、なんてさ。」

本当に全てが間違っているかいないかより、やり口が気に食わない、とネビルは顔の別の切り傷をさした。

「この傷は、アレクトに質問したらやられた。お前にもアミカスにも、どのくらいマグルの血が流れてるかって、質問してやったんだ。」

 

「驚いたなあ、ネビル。気の利いたセリフは、時と場所を選んで言うもんだ。」

ロンはおそらく、ネビルに忠告しているつもりだろうが、ネビルは、気の短いロンがそれを聞いていたら自分より先に爆発したのではないかと思っている。

「君は、あいつの言うことを聞いてないから。

君だって、きっと我慢できなかったよ。

それより、あいつらに抵抗して誰かが立ち上がるのは、いいことなんだ。

それが皆に希望を与える。僕はね、ハリー、君がそうするのを見ていて、そのことに気づいたんだ。」

断固としてネビルが言い切ったとき、丁度ランプの傍を通り、ネビルの傷痕が浮き彫りになった。

ロンはそれに気圧されながらもやっとこさ

「だけど、あいつらに包丁研ぎがわりに使われてしまったな。」

と言うことができた。

 

その後も道すがら、話すうちにルーナや、ネビルの祖母の消息を話すこともできた。

ネビルは、ハーマイオニーが最初に思いついた偽のガリオン金貨がどれだけ役立ったか感謝し、どんな風に抵抗運動をして、地下活動に変え、潜伏してきたかを話した。

「ただね、僕を押さえる手段がないと気づいたあとは、あいつら、ホグワーツには結局、僕なんか要らないと決めたみたいだ。

僕を殺そうとしているのか、アズカバン送りにするつもりなのかは知らないけど、どっちにしろ、僕は姿を消すときが来たって気づいたんだ。」

外で、ネビルよりもずっと荒事を潜って来たにしては、察しの悪い様子でロンが聞いてくる。

「あのさ──。

僕たちー、僕たち、真っ直ぐホグワーツに向かっているんじゃないのか?」

「もちろん。」

なぜ今更、と、つい思う。

「すぐに分かるよ。ほら、着いた。」

 

目的地はもうそこだった。

角を曲がり、短い階段があって、扉がある。

ネビルは迷いなくそこへ降りていく。

ハリーたちの足音が後ろに聞こえた。

「この人が誰だと思う!?

僕の言った通りだっただろ!」

おそらく、迎えに行くと言ってもまだ信じることのできないメンバーもいたのだ。

ネビルの後ろにハリーたちの姿が見えると歓声が上がり、悲鳴にしか聞こえない叫び声も上がった。

「ハリー!」

「ポッターだ、ポッターだよ!」

「ロン!」

「ハーマイオニー!」

その様は、まるで彼らがたった今クィディッチの決勝戦で優勝したかのようだった。

 

「オーケー、オーケー、落ち着いてくれ!」と、ネビルが呼び掛け、皆がやっと少し下がった。

ハリーたちがようやく一息ついて、辺りの様子を見回すのを眺めて、ネビルは柄にもなく感慨に浸っていた。

やっと、旗印が帰ってきたのだ、彼らを見捨てず、一緒に戦うために。

「ここはどこ?」

ハリーが尋ねた質問に少しだけ気が抜けた。

「必要の部屋に決まってるよ!

今までで最高だろ?」

だが確かにハリーに分かるはずもなかった。

ここはDAの訓練で使っていた時とさえ様相がだいぶん違う。

様々なハンモック、バルコニー、箒入れ、タペストリー。

ここを根城にして籠城を始めた時のことを話し始めながら、ネビルは、やっとここから反撃が始まるのだと思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その捌

 

必要の部屋を見回して、ハリーは不思議そうな顔をしていた。

「それで、カロー兄妹は入れないのかい?」

なにかを探すように見回したハリーに、顔の腫れ上がったシェーマスが答えた。

シェーマスも惨憺たる有様だったが、どこか誇らしげでもあった。

「ああ。

ここは、しっかりとした隠れ家だ。僕たちの誰かが中にいる限り、奴らは手を出せない。扉が開かないんだ。

全部ネビルのお陰さ。

ネビルは、本当にこの部屋を理解してる。

ここを使うなら、必要なことを正確に頼まなければならないのさ──例えば『カロー兄妹の味方は誰も入れないようにしたい。』ーーそうしたら、ここはそのようにしてくれるんだ!

ただ、抜け穴は必ず閉めておかなきゃならないけどね!

ネビルはすごい男だ!」

 

シェーマスが褒めすぎな気がして、

「大したことじゃないんだ、本当に。」

とネビルは謙遜した。

どうして必要の部屋に籠城することになったのか話し、ハリーにグリンゴッツ破りの話を尋ねる。

武勇伝を聞こうとしたところで、ハリーの様子が変わった。

グリフィンドールの寮にいた時に、こんなハリーは見たことがある。

突然顔色が変わって皆に背を向けて──。

だがそれと今が同じか分からず、ネビルは無難に声を掛けた。

「ハリー、大丈夫?

座る?

疲れてるんじゃ──?」

「違う。」

やけにきっぱりとした声でハリーが言った。

そして、ハリーがロンとハーマイオニーに視線を滑らせるのを見て、ネビルは灼けつくような気分になった。

 

この期に及んで、ハリーが頼りにするのはたった三人のトリオだけなのだ!

「僕たちは先に進まなくちゃならない。」

ハリーがそう言ったのでシェーマスが問い掛けた。

「それじゃ、ハリー、僕たちは何をすれば良い?

計画は?」

「計画?」

ハリーがどこか上の空で続けた言葉に誰も笑えなかった。

「ええと、僕らは──、ロンとハーマイオニーと僕だけど、やるべきことがあって、その後はここから出て行くつもりだ。」

ネビルは困惑せずにはいられなかった。

ハリーは、ここに戻っておきながら、三人だけで物事を為すつもりなのだ。

秘密主義──、これがアバーフォースに聞いたダンブルドアの秘密主義でなくてなんだろう!

「どういうことだい、『ここから出て行く』って。」

 

ネビルの問いに、ハリーは額を擦りながら答えた。一見して傷が痛むのだと分かった。

「ここに留まるために、戻って来たわけじゃない。

僕たちは大切なことをやり遂げなきゃならないんだ──。」

放っておいてはいけない、と思った。

ネビルはまだダンブルドアを尊敬してはいたが、ダンブルドア校長が後に残されたスネイプに負わせた事柄の重さや、アバーフォースから直接聞いたダンブルドアの人となりを知った後では、ハリーはダンブルドアに良いように動かされているのだと思った。

一人では無理でも確かに三人なら、そして三人が無理でも、人数がいればそれだけ有利になることもある。

「何なの?」

「僕──、僕、話せない」

押し問答になって、周囲が動揺し、ネビル自身は眉根を寄せた。

「どうして、僕たちに話すことができないの?『例のあの人』との戦いに関係したことだろう?」

「うんまあ、そうなんだけど──。」

煮え切らない態度のハリーを押し切るべく、ネビルは言い切った。

「それなら、僕たちが手伝う。」

賛成を示したのはネビルだけではなかったのに、ハリーは頑なだった。

「君たちには、分からないことなんだ。

僕たち──君たちには話せない。どうしても、やらなければならないんだ、僕たちだけで」

その言葉に、本当にネビルはハリーがダンブルドアにそう思い込まされていると感じた。

旗印として、ハリーはかけがえがないが、単独行動で失うことこと損失だとどうやって分からせられるだろう?

「どうして?」

「それは──。」

思い込んだだけのハリーが答えられるわけもない。

 

「ダンブルドアは僕たち三人にやることを遺した。

そして助けを求めちゃいけない──ええと、つまり三人だけにやって欲しいと思ってたんだ。」

何故そんな風に思うのか、ネビルには理解できなかったし、逆にダンブルドアがそのようにハリーの思考を誘導したのだろうということも分かったが、こんなとき正面からダンブルドアを攻撃してもおそらく意味はなかった。

むしろ、誠意で説得しようとして、ネビルは言葉を紡ぐ。

「僕たちはその軍団だ。

ダンブルドア軍団なんだ。僕たちは全員で団結してる。

君たちが三人だけで行動していた間も、僕たちは軍団として活動してた──。」

「おい、僕たちはピクニックに行ってたわけじゃないぜ。」

反射的にロンが言い返した。

だが、ネビルは怯まなかった。

伊達に、学校という逃げ場のない空間で抵抗運動を続けてきたわけではないのだ。

「そんなことは言ってないよ。でも、どうして僕たちを信用できないのか分からない。

この部屋にいる全員が戦い続けて、そして、カロー兄妹に狩り立てられて、ここに追い込まれてきたんだ。

ここにいる者は全員、ダンブルドアに忠実なことを証明してきたーーつまり、君に忠実なことを。」

それでもハリーは何か言おうとしていたが、ルーナとディーンが飛び込んできて、風向きが変わった。

 

フレッドとジョージ、ジニーにリー・ジョーダン。そしてチョウ・チャン。

ハリーは頑なだったが、ロンが突然流れを変えた。

ある意味、ハリーにとってはロンのいつもの裏切りだったと感じられるものだったろう。

「皆に手伝ってもらったら?」

突然意見を変えたロンをハリーはまじまじと見ていたが、ネビルにとってはありがたい話の流れだった。

三人がこそこそ話しているのをネビルは鷹揚な態度で待った。

ここのリーダーは誰がどう言おうと間違いなくネビルで、そのネビルがハリーの煮え切らない態度を宥めて、彼を立てているからこそ、全員がずっと行方不明で逃げたとさえ思われていたハリーの言葉をおとなしく待っているのだ。

ハリーは分かっているのかいないのか、

「オーケー。」

と、やっと部屋の全員に大声で呼び掛けた。

 

「僕たちはあるものを探している、──例のあの人を打倒するために必要となるものだ。

ただ、その形状が不明なんだ。

このホグワーツにあるということだけは確かだ。

おそらくは、レイブンクローのゆかりのあるものだということは分かってる。

誰か、そういったものの話を聞いたことはないか、彼女の鷲の紋章が付いたものをどこかで見たことがあるとか?」

レイブンクローゆかりの、例のあの人を打倒するのに、役に立ちそうなもの!

雲を掴むような話だった。

思い当たることが誰んもなさそうだった時に、ルーナが答えた。

「あのね、失われた髪飾りがあるわ。

その話をしたこと、ハリー、覚えてる?レイブンクローの失われた髪飾りのこと。

パパがそれを複製しようとしてたんだよね。」

 

それからレイブンクロー生を巻き込んで、ひとしきり、押し問答があった。

だが、いい。

ハリーがダンブルドアの秘密主義を受け継ぎ、味方にまでこそこそと動き回るよりはよほどましだった。

レイブンクロー寮にダイアデムの形状を確かめに行ってはと言ったのはチョウ・チャンだったが、なぜかジニーが口出しをしてハリーはルーナと行くことになった。

この緊急時に無駄な悋気は勘弁して欲しいと思ったが、正直ネビルはチョウよりもルーナの方を信頼していたので邪魔はしなかった。

「どうやって出るんだ?」

ハリーがネビルに尋ねて来たので、ネビルは出口を指し示す。

「こっちだよ。」

部屋の片隅にある小さな戸棚を開けると急な階段が続いていた。

「出るところが毎日変わるんだ、だからあいつらは絶対見つけられない。」

だが言い忘れてはならない注意事項があった。

「ただ問題は、出て行くのはいいけど、僕らにも行く先がどこになるのか、はっきり分からないんだ。

ハリー、気をつけて。あいつら、夜は必ず廊下を見廻っているから。」

ハリーが答える。

「大丈夫。すぐ戻るよ。」

ハリーを送り出して、ネビルは部屋の皆を振り返った。

 

 

 

ネビルはハリーがルーナとレイブンクロー棟へ向かい、カロー兄妹と遭遇している間、全員の士気を統制するのに忙しかった。

「さあ、みんな、ハリーが戻って来る前にできることをしよう!

皆、杖を確認してくれ!

それと、この部屋の広さが足りない!

全員、もっとこの部屋を広くするよう願ってくれ、多分まだ人数が増えるからだ!

それからディーンやルーナのように、戦える有志に声を掛けられる者は掛けてくれ、子供はだめだ、大人に声を掛けてくれ!

それから、戦闘になった時にフォローし合うのに、できれば三人以上の組を作っておいてくれ、個人行動は出来るだけ避けて、攻撃と防御が苦手な人間を両方入れてどちらも苦手な者がいたらフォローしあっていけるように。

間違って攻撃したりしないように出来るだけ顔見知り同士で!」

ざわついていた群衆にぴりりと筋が通る。

これからしばらくはネビルの描写を離れ、もうひとり、この物語に重要な人物、スネイプ教授の動向を追うことにする。

 

ほんの少しだけ時間を巻き戻す。

セブルス・スネイプ校長とカロー兄妹は、左腕に付けられた闇の印を通じて、ホグワーツにハリー・ポッターが舞い戻るかもしれないと言う警告を受け取った。

セブルス・スネイプは既にベッドに入っていたが、急ぎ飛び起きて、夜着からローブに着替えた。

着替えながら、警告の内容を吟味する。

ハリー・ポッターがホグワーツに戻るかもしれない。

彼はレイブンクローにゆかりのある物を探しているのでレイブンクロー寮に侵入するかもしれない。

──その警告の内容は不可解だった。

スネイプ校長は、闇の帝王に知られないうちに、秘密裏にグリフィンドールの剣をハリー・ポッターに渡していた。

正直、その剣を持ったままマルフォイ邸に囚われたと言う情報が入ってきた時には一体何をやっているのだと頭を抱え、怪しまれずにハリー・ポッター御一行様を解き放つためにはどうしたらいいのか頭を悩ませたものだが、一体どういう幸運が働いたのか、ハリーたちはスネイプ校長が手を回すまでもなく、なんとかグリフィンドールの剣も携えて、マルフォイ邸から脱出した。

不可解だったのはグリンゴッツ侵入事件で、ハリーたちはゴブリンと一緒だったのだから、わざわざ偽物のグリフィンドールの剣を盗みに入るとは思えない。

盗られたのが、小さな金のカップだと聞いて、スネイプ校長が確信したのは、これがあの全てを秘密にしておきたい髭の老人の重要な計画の一部だと悟った。

で、あるならば、この予想のつかないレイブンクロー寮への侵入劇も、ダンブルドアの描いた闇の帝王打倒計画の一部なのだろう。

 

スネイプ校長が杖を持ってレイブンクロー寮へ急ぐうち、突然、アレクト・カローが歓喜のうちに、レイブンクロー寮でハリー・ポッターを発見したという情報を闇の帝王に伝えようとしたのが、あまりに感情が強すぎたのか、それともホグワーツ内にいる兄にも一緒に伝えようとしたのが勢い余ったのか、スネイプ校長の闇の印にも伝わって来た。

スネイプ校長は顔を強張らせた。

本来なら、カロー兄妹よりも先にハリー・ポッターを見つけ出して、なんとかダンブルドアの伝言を伝えなければならなかった。

ハリー自身がヴォルデモートの分霊箱で、それをなんとかするべき必要がある。

ただ、ダンブルドアの計算と違って、ハリーはスネイプを信じないだろう。

信じる信じないに関わらず、ハリーはそれを知っておくべきだった。

リリーの息子が全てを知った後に、死なない道を選んでも構わないと思っていたことは、ダンブルドアには伝えていない。

 

レイブンクロー棟でハリーがアレクト・カローに遭遇し、ルーナが彼女を失神させ、ハリーが透明マントの下からアミカス・カローを不意打ちで失神させ、マクゴナガル教授をダンブルドアの指令という盲目の言葉で懐柔している時、スネイプ校長は一心にレイブンクロー塔に向かい、螺旋階段を登りかけていた。

途中で、カロー兄妹の闇の印が沈黙したことにも気付いた。

そしてスネイプ校長は、マクゴナガル教授が放った猫の守護霊が三体も傍を通り抜けて行くのを見送り、降りてくる彼女に気づいて足を止めた。

「そこにいるのは誰ですか?」

マクゴナガル教授に誰何されて、スネイプ校長は暗闇から姿を現した。

「私だ。」

確実にマクゴナガル以外の誰かの気配がする。

「カロー兄妹はどこだ?」

「貴方が指示した場所にいるんでしょう、セブルス」

と、マクゴナガル教授が硬い声で言った。

 

何かを隠している、と感じてスネイプ校長は油断なく周囲を見回した。

隠蔽呪文か透明化の呪文か、確実に隠されたものがいることを確信して、スネイプ校長はマクゴナガル教授に告げた。

「私の印象では、アレクトが侵入者を捕らえたようだったが。」

マクゴナガル教授の視線が疑いに満ちてこちらを見つめている。

「本当に?

どうやってそんな印象を得ると言うのです?」

別に誇示したいものではなかったが、スネイプ校長は軽く左腕を振った、それで分かるだろうと言わんばかりに。

不愉快そうなマクゴナガル教授の揶揄を聞き流し、スネイプ校長は警戒を緩めずに確認する。

「今夜、廊下の見回りは貴女ではなかったのでは?ミネルバ。」

「何か問題でも?」

「何が起きて、こんな時間にベッドから起き出してここまで来られたのか不思議に思っているのですが?」

「何か騒音を聞いたような気がしたのです。」

そう、間髪を入れずマクゴナガル教授が答えたことも不自然だった。

なぜなら、カロー兄妹がこの塔にきたなら、今の静穏そのものが不自然だったからだ。

 

「本当ですか?平穏そのものに見えますが。」

スネイプ校長はマクゴナガル教授の目を見た。開心術を使ってでも真実を知る必要があった。

「ハリー・ポッターに会ったのではないのか、ミネルバ?

もしそうであれば、私にはやらなければならないことが──。」

会わなければならない──とは、続けられなかった。

マクゴナガル教授からの突然の攻撃を、スネイプ校長は素早く盾の呪文で防いだ。

防戦しただけなのに、彼女が体勢を崩したのか彼のせいには帰せられないだろう。

マクゴナガル教授が振るった杖は壁の松明を吹き飛ばしたが、彼女はそのまま松明の炎をスネイプ校長に向けてきた。

スネイプ校長は炎を連想しやすかった蛇に変化させたが、変身術はマクゴナガル教授の十八番で、彼女はさらに蛇を煙に変え短剣に変えてこちらを攻撃してきた。

 

スネイプ校長はあくまで攻撃を避けた。

だが、甲冑を盾にして短剣を防いでいると、駆け付けたフリットウィック教授が、スネイプ校長が攻撃しているものと思い込んで、

「やめろ!

これ以上ホグワーツ で人殺しをしてはならん!」

と言って、甲冑そのものを動かしてスネイプ校長を捕えようとしてきたので、やむなく甲冑を弾き飛ばした。

誓って言うがスネイプ校長には、ハリーとルーナは見えていなかったので、甲冑が彼らを掠めたのは本当に事故である。

マクゴナガル教授、フリットウィック教授、そしてスラグホーン教授とスプラウト教授までが駆け付けたので、スネイプ校長は、窓から身を翻すことにした。

マクゴナガル教授が過熱していたら、グリフィンドール気質の思い込みに満ちた彼女は絶対に話を聞いてくれはしない。

いきなり攻撃を仕掛けてくるようでは、傷つけないためには、こちらが去るしかなかった。

窓を開ける暇も惜しく、無言呪文で破壊して、箒なしの飛行呪文を唱える。

「卑怯者!」

マクゴナガル教授が、塔から叫んでいるのが聞こえたが、スネイプ校長は彼らの身の安全のためにこそ、ローブを翻して夜の闇をよぎった。

 

 

 

さて、ネビルのことに話を戻そう。

ネビルが生徒たちでのまとまりについて話しているときにも、不死鳥の騎士団の成人した魔法使いが続々と応援に駆け付けていた。

これによって、成人の力を借りて戦略が立てられるようになり、すでに組織していた生徒での小隊がどの大人の指揮下に入るべきかなどの打ち合わせを行うことができて、既に知っているように夜間に始まる戦闘の際、分隊を決めきれず右往左往すると言うことが非常に減ったのだった。

ともかく、ハリーが戻ってくるまでの時間、ネビルは非常に忙しかった。

トリオの残り二人、ロンとハーマイオニーはいつの間にかいなくなっていたが、ある意味、ネビルはそういう意味では全くロンをあてにしていなかったので気にしなかった。

ハリーが愚直なまでに、自分たちだけでやらないといけないと言ったダンブルドアからの任務を「皆に手伝って貰えばいいじゃないか」と言いながら、自分はスタンドプレイで誰にも何も言わず勝手に姿を消すのは、まあ率直に言って、いつものロンとしか言いようがなかった。

 

ハリーが戻って来て、もたらしたニュースは劇的だった。

『例のあの人』が、ホグワーツに向かっており、ハリーは引き続き、あの人を打倒するためのレイブンクローに関わるアイテムを捜すが、他の者は『例のあの人』に対抗してホグワーツで抗戦する。

ばたばたと大広間に集まったとき、事態の説明に当たったのが、スネイプ校長でなかったことで、半ば予想していたこととはいえ、ネビルは密かに臍を噛んだ。

避難と抗戦の手順が説明され、スリザリンの生徒がスネイプ校長の行方を尋ねたとき、マクゴナガル教授が

「俗な言葉で言えば、ーーずらかりました。」

と、むしろ得意げに言ったとき、ネビルは人知れず悔しさに唇を噛みしめるしかなかった。

ルーナも不思議そうな顔をして首を傾げていたが、黙ってはいるようだった。

 

それでも時間は過ぎる。

大広間に『例のあの人』の警告は鳴り響き、真夜中、それをリミットに世紀に残る『ホグワーツ決戦』は始まったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その玖

 

乱戦かつ混戦だった。

ひとつひとつの戦いを追うことは、ここではしない。

ハリーが、必要の部屋でマルフォイたちと争いながら髪飾りを見つけ、結果、クラッブが死んだことも、ロンとハーマイオニーがスタンドプレーの結果、ハッフルパフのカップの破壊に成功したことも、ネビルが戦っていた場所からは分からないことだった。

ネビルは慎重かつ勇敢に戦い続け、乱戦の中を生き延びた。

隣で、ダンブルドア軍団として旗印を掲げた仲間が死んで行くのはつらいものだったが、愁嘆場を演じている暇はなかった。

 

ネビルはまた、こっそりと戦闘の中にスネイプ校長の姿を探していた。

勿論、戦闘を疎かにしたわけではないが、マクゴナガル教授やフリットウィック教授を傷つけないようにして逃げ去ったからには、スネイプ校長は無能な働きを見せたとしてヴォルデモート卿から容赦のない懲罰を──、虐待を受ける恐れがある──とネビルは思った。

実際そのころ、スネイプ校長は全く違う理由──杖の忠誠心を得るためというネビルには予想もつかない理由で攻撃を受けていたのだから、全く間違っているのに、「ホグワーツを攻略するのにスネイプ校長の重要性が薄れたと思われたら危ないのではないか。」という危惧は的中していると言ういわく言いがたい状況にはなっていた。

 

ただ、ここでほんの少しだけ、ひとつ、本来我々が知っていることと違う力が働いて、違うことが起きる。

ハリー・ポッターは、ヴォルデモート卿が叫びの屋敷にいることに気づいて、透明マントを被り、スネイプがヴォルデモート卿に杖の忠誠心を得るために大蛇に咬み殺させようとする一部始終を見て、死にそうなスネイプから記憶を受け取る。

ヴォルデモート卿はまるでハリー・ポッターに戦いの責任があるかのような物言いをするがネビルはもうそんなものには騙されない。

ハリーは校長室に戻り、スネイプの記憶を覗き全ての真実を知って、──死ぬ覚悟を決める。

 

午前4時ころ、校庭での出来事だった。

ネビルは疲れ果てていたが、まだ校庭で戦死者を覗き込んでは確かめていた。

今確かめていた遺体は、グリフィンドールのコリン・クリービーだった。

哀しくはあったが、ネビルは泣かなかった。

他にも多くの死者がおり、そんな暇はなかったし、少なくともコリンはネビルと同じく戦うことを自分で選んだのだ。

その辺りにいたオリバー・ウッドに声を掛けて、コリンの亡骸を大広間に運び入れるために持ち上げ、玄関ホールへ向かった。

玄関ホールまで来ると、オリバーは残りの道程を引き受けることを承知してくれて、ネビルは扉の枠にもたれて手の甲で汗を拭った。

まだ──、まだ他にも戦死者はいる。

そして少なくとも、セブルス・スネイプの死体は見ていない。

ネビルは、この緊迫した事態の最中、セブルス・スネイプの安否を頭から振り落とすことができない自分を不思議に思いながらも、どうしても気にせずにはいられなかった。

 

再び校庭に出て、死体を確認し始めた時、突然、呼ばれた。

「ネビル。」

突然呼び掛けられて、ネビルは飛び上がった。

「びっくりしたァ!

ハリー!心臓が止まるかと思った!」

冗談ではなかった、ネビルは油断していたわけではなかったが、透明マントで近づいてきたハリーは気配も感じさせなかったのだ。

「一人でどこへ行くんだい?」

ハリーの行動にどれほどの意味があるかも含めておそらくネビルの声は疑わしくなったろう。

「それは全て計画通りさ。

やらなくてはならないことがあってね、ネビル──、聞いてほしい。」

「ハリー!

まさか捕まりに行く気じゃないだろうな!」

「違う。

勿論違う──、別のことだけど、しばらくは姿を眩ますかもしれない。

ネビル、ヴォルデモートの蛇を知ってるかい?奴の飼ってる大きな蛇──、ナギニって呼んでる──。」

突然の話題の変換にネビルはついていけなかった。

「聞いたことはあるけど──、それがどうかしたの?」

「そいつを、殺さないといけないんだ。 ロンとハーマイオニーは知っていることだけど、でも、もしかして二人が──、二人ができそうにもなかったり、君に機会があったら蛇を殺して欲しい。」

ネビルは、突然、必要の部屋で二人が誰にも言わずに姿をくらましたことを思い出した。

二人は、秘密裏に蛇を叩き殺しに行ったのだろうか、でも、この期に及んでペットを?ネビルの考えは間違っているのだが、それを知るすべも今はない。

「蛇を殺すの?」

「蛇を殺すんだ。」

「分かったよ、ところで、ハリー。」

 

ハリーが繰り返したのに、ネビルは了承の返事をして、突然、今気になっていることをハリーに聞こうと思い立った。

ハリーはネビルと違う場所を移動していて、スネイプ校長に遭遇したかもしれないのだ。

「スネイプ校長を見なかった?

僕、ずっと探してるんだ。」

探している理由は言わなかった。

そう風に言えば、勝手に裏切り者の校長を探していると思って、勘違いしてくれるはずだった。

だが、ハリーは意外にもすぐには答えず、苦みとも悲しみともつかないひどく複雑な表情を浮かべた。

それは不吉なことだった。

生きている校長に会ったなら、そしてやり合ったなら、ハリーが浮かべる表情は憎しみに染められているはずだからだ。

「──会ったんだね?

ハリー、どこで?」

不思議なことに、ハリーはネビルがそれを聞いた時に、怯えたような表情を見せた。

「ネビル、スネイプはもう──、だからそっとしておいてやった方が──。

説明しにくいけど、彼は敵じゃなかったんだ、だからもう攻撃する必要はない──。」

ネビルは心臓に棘が刺さったような気持ちになった。

スネイプはもう──?もう、なんだと言うのか、ハリーがやっとスネイプ校長は敵ではないということを知ったということは敵にも知れたということではないのか、それでは彼はどうなったのか!

 

「スネイプ校長はどこ?ハリー!」

ネビルの強い語気に押されて、

「叫びの屋敷だよ。

蛇に襲われて──、倒れてる。

だけど、ネビル──。」

ハリーはそれ以上何か言葉を紡ごうとしたが、ネビルがそれ以上に強い調子で聞いたのに遮られた。

「叫びの屋敷?

ハリー、ホグズミードじゃないか、ホグズミードへの通路は婆ちゃんが封鎖したはずだ。

どうやって行ったんだい!」

ハリーは口籠ったがネビルは容赦しなかった。

彼はついに、トリオが暴れ柳からの抜け道を使って、叫びの屋敷に至った方法と、そこでスネイプ校長が蛇に咬まれて動かなくなったことを聞き出した。

 

ネビルは絶句した。

ハリーは、彼を叫びの屋敷に放置し、彼が無実だと知った後も戻る気すらないのだと。

ハリーは意図的にその後校長室で見知った記憶の中から、自分が死ぬ定めにあるということを黙っていたが、流石にスネイプ校長が実はダブルスパイで味方だったということは隠さなかったから、ネビルは、元から気づいていたその事実を再確認することになったのだ。

ネビルの絶句をどう思ったのか、ハリーは言い募った。

「だから、スネイプは敵じゃなかったんだ。

もう攻撃する必要もない、静かに眠らせてやる方がいいと思う──。」

ネビルは聞いている暇などないと思った。

「ハリー、僕らは全員戦い続けるよ、分かってるね?」

「あ、ああ。僕は──。」

気圧されたようにハリーは言葉を途切らせた。

それぞれの戦場で──、と、ネビルは心の中でだけ思い、ハリーの肩を軽く叩いて、その場を離れ再び校庭へ向かった。

 

 

 

ネビルが向かったのは、叫び屋敷に通じる秘密の通路がある暴れ柳だった。

暴れ柳は再び暴れ出していたが、ハリーからコツを聞き出していたネビルはたやすく樹を大人しくさせた。

ネビルはハリーとハーマイオニーたちが通った通路を出来るだけ急いで通って叫びの屋敷に急いだ。

ハリーの話が本当なら、そこにはもう誰もいるはずもなかった。

ヴォルデモートもナギニも、デスイーターも全員がホグワーツに向かい、既に戦闘が始まって多くの人間が──、敵も味方も多くの人間が死んだ。

今叫びの屋敷にいるのは、蛇に咬まれて倒れているセブルス・スネイプだけのはずだった。

ネビルは、ハリーが慎重に外した木板を遠慮なく押し破り、出来るだけの速さで叫びの屋敷に着いた。

 

不思議なことに、ネビルはスネイプ校長が死んでしまっているとは考えなかった。

それはネビルが幸運の草の根を噛んで、その日のうちにはネビルにとって本当に最悪なことが起こるはずはないという期待のためでもあったし、マグル育ちのハリーとハーマイオニーが思う以上に、魔法使いの生命力についてネビルが知っているからでもあった。

赤ん坊のネビルでさえ、二階から落とされようが橋から落とされようが死ななかったし、ハリーだって物心がついていなかっただけで、ダーズリー一家の物理的虐待に死なない程度の生命力はあったはずなのだ。

今ならまだ間に合うかもしれない──、一縷の望みを託して、ネビルは暗い部屋の床に倒れているセブルス・スネイプを見つけて、迷いなく駆け寄った。

呼吸は、ない。

 

だが、見開いた暗い色の瞳を見て、ネビルはその晩、何度も何度も見たものとそれが違うことをはっきりと理解した。

──開き切っていない!

瞳孔が開き切っておらず、魔法使いが非常な傷害と毒を受け、血を流して死に掛けた時、その瞬間、おそらくスネイプ校長は無意識に魔法を使い、己を仮死状態にしたのだろう。

だが、もちろん、このままなら、遠からず死ぬ。

仮死状態であれば死んでいないとはいえ、体温が低下し出血も止まらず、毒も消えるわけではないのだから。

だが、幸運の草の根はいい仕事をした、少なくとも、本当に手遅れになる前に、ハリーと会い、スネイプ校長が倒れていることを知ることができた。

「エネルベート!」

「リナベイト!」

「アナプニオ!」

「エピスキー!」

「ヴァルネラ・サネントゥール!」

ネビルは、懐から、以前スネイプ自身が罰則としてネビルに作らせた、上級魔法薬の解毒剤兼傷薬を取り出す間に、とにかく知る限りの癒しや蘇生の呪文を唱えた。

 

ネビルがやや乱暴にスネイプ校長の首の傷を露わにするために襟首のボタンを引きちぎる勢いで、黒い服の襟を開けると、勢いでぐらりと首が揺れ、「がふっ。」と、スネイプ校長が血を吐いた。

仮死状態が解けて、呼吸が戻ったのだ。

首を噛まれて、どこからか食道に血が入ったのだろうが、残り少ない傷薬を、使い尽くす勢いで、首元の傷に塗り込んだ。

蛇の毒が反応しているらしく、じゅうううう、と、灼けるような匂いと音をさせて、傷口が泡立つ。

だが、それが反応するということは、確実に効果が出ているということだ。

ネビルがホッとして力が抜けたところで、いきなり、後ろから声が掛かった。

 

「ネビル?

一体お前はここで何をしておいでだい?」

杖を構えて、隠し通路から出てきたのは、ネビルの非常に頼りになる祖母、オーガスタ・ロングボトムだった。

人の気配に、とっさに杖を向けたネビルだったが、相手が祖母だと知って、少しだけ力を抜いた。

が、杖は下ろさなかった、オーガスタが、倒れたままのセブルス・スネイプを警戒して杖を構えたままだったからだ。

「婆ちゃん、僕は死なせたら絶対後悔する人を助けてる。

この人が敵じゃないのはハリーも証言してくれるよ。

この人に危害を加えるなら、婆ちゃんだって容赦はしないよ。」

傷口の灼けるような音が止まり、スネイプ校長が命を取り留めたことに気付いたが、意識はまだ戻らない。

その間に、祖母にとどめを刺されでもしたらかなわない。

ネビルは背にスネイプ校長を構いながら、まっすぐに祖母を見据えた。

 

戦闘のさなか、校庭の暴れ柳から姿を消す孫を見掛けて、まさか戦闘中に逃げ出す気かと追いすがってきたオーガスタは、孫の思いがけない強い眼差しに、おや、と言う顔をした。

「ハリー・ポッターが保証するなら何よりだろうけどね。

ネビル、あんた自身は何を見てそう判断したんだい?」

祖母の問いに、ネビルは一瞬虚をつかれたような顔をしたが、次の瞬間には、はっきりと答えた。

「スネイプ校長は、きちんと校長室に入れるんだよ、婆ちゃん。」

他にも説明できることはあったが、祖母に伝えるなら、それが一番伝わるだろうと思った。

 

オーガスタは、今度こそ意外そうな顔を隠さなかったが、ネビルの後ろの男に向けた杖は逸らし、部屋の別の隅に向けて杖を振った。

見る見るうちに、そのあたりの古い棚が、寝心地の良さそうな素敵なベッドになるのを見て、唖然としたのはネビルだった。

「婆ちゃん?」

「愚図愚図してないで、さっさと校長先生を運びな。

お前の話を信じるなら、その先生は比類なき戦争の英雄だろ?

いつまで床に寝かしとく気だい?」

言われて、ネビルは慌てて、衝撃を与えないように注意して、セブルス・スネイプをベッドに運ぶ。

それが終わると、オーガスタはネビルにも手伝わせて、叫びの屋敷に守りの結界を張り始めた。

「万が一デスイーターの奴らが戻ってきたら厄介だからね。

この先生はしばらくは動かさない方がいいだろうから、私が見ていてやるよ。

ネビル、あんたは、分かってるね?」

ネビルは、決意を込めて頷いた。

セブルス・スネイプは命を取り留めた。

そして、彼が一人ならとてもネビルは彼を放置していくことなどできないが、彼が自分自身とスネイプ校長以外に、おそらくこの世で一番尊敬しているら祖母に後を預けて行けるなら、彼のやることは決まっている。

 

「分かってるよ。

僕は戻る、そして戦う。

───うん、勝つまで。」

死ぬまで、とは言わない。

そんなことのために、今までを持ち堪えてきたわけじゃない。

うっかり間違って死んでしまうことはあるかもしれないけど。

「婆ちゃん、先生をよろしく。

僕の、一番尊敬する人なんだ。」

オーガスタは不意を突かれたように目を丸くしたが、ネビルの真意をどう取ったにせよ、はっきりと頷いた。

ネビルは安心してホグワーツに戻った。

 

 

 

ネビルは、そんな風に叫びの屋敷に行っていたので、その間にハリーが禁じられた森で一度ヴォルデモート卿と対決してアバダケダブラを撃たれて仮死状態になり、遂に自分の中のヴォルデモート卿の魂のかけらを失ったことも、更にナルシッサ・マルフォイがハリーの死亡確認を偽って、ヴォルデモート卿がハリーが遂に死んだと思い込んだまま、ハグリッドにハリーを運ばせ、ホグワーツの禁じられた森から校庭に立ち入ろうとしていることも知らなかった。

だが、ネビルは暴れ柳の出口から校庭に吐き出され、ヴォルデモートが森の境界からホグワーツの皆に呼び掛けたところに間に合った。

ヴォルデモート卿の声は朗々と響き渡った。

 

「ハリー・ポッターは死んだ。お前たちが奴のために命を賭けているときに、奴は自分だけ助かろうとして、逃げ出すところを殺された。お前たちの英雄が死んだことの証しに、死骸を持って来てやったぞ。

我々の勝利だ。

お前たちは、戦士の半分を失った。

我々デスイーターの前に、お前たちは無力だ。『生き残った男の子』は死んだ。

これ以上、戦ってはならない。

抵抗を続ける者は、男女子どもを問わず殺される。その家族もな。

城から出て、今、私の前に跪け。そうすれば、許してやろう。

お前たちの両親、子ども兄弟姉妹も生きて赦され、お前たちは、我々が築き上げる新しい世界に参加するのだ。」

 

デスイーターたちは粛々と進み、城の前で対峙したマクゴナガル教授や、ロンやハーマイオニーが口々に悲嘆の声を上げた。

城から流れ出してきた人々が、口々にデスイーターを非難する叫びをあげるのに、ヴォルデモート卿が一喝した。

「黙れ!」

一喝とともに激しい閃光と、爆裂音が響き渡ったので、人々は黙った。

ネビルは校庭を回り込んで味方の方へ移動した。

「終わりだ!ハグリッド、そいつを私の足元に下ろせ。そこが、そいつにふさわしい場所だ!」

遠目に、ハリーの遺骸が芝生に降ろされるのが見えた。

ネビルは複雑な気持ちになった。

逃げ出そうとしたとは思わなかったが、結局、ハリーは一人で殺されに行ったのだろうか?

「分かったか?」

ヴォルデモート卿は気忙しく、ハリーのそばを行ったり来たりしていた。

 

「ハリー・ポッターは死んだ!今こそ分かっただろう?ハリー・ポッターは最初から何でもなかった。他の者たちの犠牲に頼った子供に過ぎなかったのだ!」

そんなことは知っている、とネビルは思った。

だが、グリフィンドールでずっとハリーのそばにいたネビルは、だからこそ、と思う。

ただの子供であったハリーが努力したことを、自分たちは引き継がなければいけない。

彼が生きるために今までずっと続けていた努力を無駄にしてはならない!

「ハリーは、お前を破った!」

ロンが叫んだ。

その叫びは今となっては説得力がなく、なぜ今そのセリフなのかと思わないでもなかったが、ともかく大声を出したことで、呪縛に掛かっていたように黙っていた群衆が再び騒ぎ出した。

 

再び、大きな爆発音が響く。

また皆が静かになった間に、ヴォルデモート卿が再び演説を始めた。

「こいつは校庭からこっそりと抜け出そうとして殺された。」

その響きは楽しそうですらあった。

「自分だけが助かろうとして殺された──。」

ヴォルデモート卿が話しているのに夢中になっている隙に、ネビルは杖を構えて皆の間から走り出した。

結果から言えば、攻撃呪文は失敗だった。

話しながらも、ヴォルデモート卿は警戒を解いていなかったのだ。

ネビルは武装解除され、地面に叩きつけられて痛みに呻いた。

 

「一体、誰だ?

勝ち目のない戦いを続ける者がどんな目に遭うか、見本を示そうと言うのは?」

ヴォルデモート卿は、細い息を吐きながら問い、ベラトリックスが笑い声を上げた。

「我が君、ネビル・ロングボトムです!カロー兄妹を散々梃子ずらせた小僧です!例の闇祓いの息子ですが、覚えておられますか?」

「おお、そうか。確かに覚えている。」

ネビルは痛みに耐えやっと立ち上がった。

ほんの少し足がふらついたがそんなことは大きな問題ではない。

出来るだけ堂々と、怯えを見せないように立つ。

誰かが率先して、勇気のある態度を見せるーー、それが他の誰かを勇気付ける。

だから、ネビルは敵の前に、味方からも一歩前に出て、武器がなかろうと、隠れる場所がなかろうとーー、いや、隠れる気こそなく、ただ一人、ヴォルデモート卿と真っ向から対峙した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その拾

 

ネビルが凛然と、ホグワーツの校庭の敵と味方の境界に立った時、ヴォルデモート卿はネビルをしげしげと見た。

「だが、お前は純血だな?勇敢な少年よ。」

ヴォルデモート卿に問われて、ネビルは昂然と頭を上げ、大声で問い返した。

「そうだったら、どうだというんだ?」

ヴォルデモート卿は、まるで慈悲を垂れるかのようにこれ見よがしに腕を伸ばした。

「お前は、意気地と勇気を見せた。そして、お前は高貴な血筋でもある。お前は非常に価値あるデスイーターになるだろう。我々はお前のような者を必要としている、ネビル・ロングボトム。」

ネビルはそれを鼻で笑った。

「地獄の炎が全て凍りつくような時が来たら、仲間になってやってもいいよ。」

実質的に、それは断固とした拒絶だった。

「ダンブルドア軍団!」

不愉快なことに、旗印にする叫び声として、甚だ発音しやすい、とネビルはこっそりと思った。

ネビルの叫びに呼応して、ホグワーツの城の群衆から、ヴォルデモート卿の沈黙呪文でも抑えきれないほどの声援が巻き起こった。

「よかろう。」

静かな怒りを秘めて、ヴォルデモート卿が言い捨てた。

「それがお前の選択なら、ロングボトム。我々は元々の計画を実行するだけだ。

──お前自身が招いたことだ。」

ヴォルデモート卿が杖を振るのに、ネビルは油断していたわけではなかった。

だがそれはネビルが警戒していた直接の死の呪文でも、磔の呪文でもなく、城へ向けられた呼び寄せ呪文だった。

組分け帽子。

薄汚いとすら言っていい様子の組分け帽子を呼び寄せて、今度こそヴォルデモート卿はネビルに杖を向けた。

「ホグワーツに組分けはいらない。

複数の寮もいらない。

我が高貴なるサラザール ・スリザリンの紋章、盾、そして色があれば誰にとっても十分だろう、ネビル・ロングボトム?」

 

ヴォルデモート卿がネビルに杖を向け、ネビルは自分の身体が動かなくなるのを感じた。

そして、ネビルの頭に、ヴォルデモート卿は無理やり帽子を被せて来た。

視界も効かなくなるほど目深に帽子を被せられたネビルの脳裏に聞こえて来たのは、組分けの時に聞いた組分け帽子の声だった。

『ネビル・ロングボトム。

真のグリフィンドールの勇気を得た者、組分けの結果を真に正しく体現した者。

ネビル、私を取りたまえ。

私の中には、真のグリフィンドールに与えられるグリフィンドールの剣への道がある。

君にはそれを取る資格がある。』

ネビルは驚いた。

ネビルが組分け帽子の声を聞いている時、ヴォルデモート卿は聴衆に

「ネビルがここで、愚かにも私に抵抗し続ける愚か者の末路を体現するだろう。」

と演説していた。

 

ネビルは、組分け帽子の言葉に驚いたが、その時、ヴォルデモート卿によって、組分け帽子に魔法の火が掛けられた。

『私は燃えない。

千年の魔法は、私を守る。

そして、私は私をかぶる者も守る──。』

燃えたように見えても、ネビルは帽子の魔法に守られて、熱くすらなかった。

かつて、マグルに魔女狩りで火にかけられた魔法使いを守った魔法がネビルを守っているに違いなかった。

そして、ネビルは、無言杖なしの気力を込めて、ヴォルデモートの呪縛を振り払った。

ハリーが生きていて、透明マントをかぶって跳ね起きたのを見る余裕はなかった。

ネビルが動いて帽子が落ちたが、彼はその帽子を掴み、言われた通り手を突っ込んで中で掴めた物を力強く引き出した。

輝くルビーが嵌め込まれた柄が、間違いなくグリフィンドールの剣であることを主張していた。

 

突然なだれ込んで来た巨人の群れや、ケンタウロスの大群の蹄の音、とにかく大混乱になっていたが、ネビルは自分のやるべきことを忘れてはいなかった。

ハリーは絶対に蛇を殺して欲しいと言っていた。

ネビルは剣を鞘から抜き放ち、自分の方に来ると身構えていたヴォルデモート卿をすり抜けて、傍にいた大蛇の首めがけて剣を振り下ろした。

ネビルは剣の心得もなく素人ではあったが、迷いのない一閃は紛れもなく蛇の首を斬り落とし、首は宙を舞い、胴体の方はどう、と大きな音を立ててヴォルデモート卿の足元に落ちた。

ヴォルデモート卿は怒りの叫びを上げ、ネビルに杖を向けようとしたが、誰かがネビルと卿の間にプロテゴを掛けた。

 

ネビルはヴォルデモート卿に対峙しようとしたが、巨人やケンタウルス、勢い付いた群衆がどっと押し寄せて混戦になったので、巨人に踏み潰されないために、一旦退避しなければならなかった。

 

 

 

校庭も、建物に続く通路や広間全てが大混乱になった。

先ほどあれほど目立ったネビルを狙って来るデスイーターも多く、混戦の中、ネビルは、ロンを襲おうとしていたフェンリル・グレイバックを吹き飛ばした。

フェンリルは吹き飛ばされただけでは持ち前の人狼の生命力でむくりと起き上がり今度はネビルに向かってきたが、ネビルはロンと連携してフェンリル・グレイバックを倒した。

誰もが大広間に走りこんで来て、大混乱だったが、強力な呪文を撃ちまくる二人、ヴォルデモート卿と副官のベラトリックスに対峙する組が暴れ回るので大勢が広間の端へ避難した。

ベラトリックスが倒れた後、ヴォルデモート卿はマクゴナガル教授、スラグホーン教授、そしてキングズリーをまとめて吹き飛ばしたが、そこへ突然ハリーが現れた。

 

「ハリー!」

群衆が歓声を上げ、ハリーがヴォルデモート卿と対峙した。

ハリーがヴォルデモート卿と話した内容の殆どはネビルの知らないことだったが、とにかくハリーはヴォルデモート卿を打ち倒した。

そして、ハリーの語ったことの中で、セブルス・スネイプに関するあることが、ネビルに衝撃を与えた。

「スネイプの守護霊は牝鹿だ。僕の母と同じだ。スネイプは子供の頃から殆ど全生涯、僕の母を愛したからだ。」

──牝鹿!

ハリーがスネイプ教授を死んだものとして語っているのは気に染まなかったが、今、スネイプ教授の生存を語っても興奮した人々には伝わりきれず危険なだけだとは予測できたので、ネビルはハリーの言葉を訂正しなかったが、守護霊が牝鹿であることは初耳だった。

 

勝利の喧騒の中で、ネビルは人垣をすり抜けて暴れ柳に走った。

牝鹿!

──牝鹿!

ネビルは、その牝鹿の守護霊にいやというほど心当たりがあった。

ホグワーツ城での籠城戦、彷徨くディメンターとの攻防戦、ネビルを、何人もの団員を救った銀色の牝鹿!

何故、誰の守護霊か気付かなかったのだろう!

表立って生徒の味方に立つわけにはいかないセブルス・スネイプが、露見する危険性を冒してでも、直接的に彼らを助けていた証拠を見つけて、ネビルは心が震えるようだった。

 

だが、それと同時に、僅かな痛みも感じた。

スネイプ先生は、己が助かるつもりなどなかったのだ。

だが、とも思う。

スネイプ先生がずっと守っていたハリーは無事に生き残った。

スネイプ先生が死すべき理由などどこにもない。

もしかしたら、生き延びることを望んではいなかったかもしれないスネイプ先生を、強引にこの地上に引き留めたのは自分だ。

だが、死者の国へなど旅立たせはしない。

その決意を新たにして、ネビルは叫び屋敷の部屋に出た。

 

オーガスタは、ホグワーツでの戦いの趨勢を既にどうやってか知ったのだろう。

「なんだい、ネビル。

思ったより遅かったね。

あんたが助けた先生は呼吸も安定して、ぐっすりおねんねしてるよ。

まあだいぶ血を失ってるから、きっちり休んだ方がいいとは思うけどね。」

既に寛ぎ切って、叫び屋敷のこの部屋は小綺麗な素敵な部屋になっており、ローブも何故か特徴的な帽子まで小綺麗になっていたオーガスタ・ロングボトムは、何か古い家具を変化させて作ったらしいロッキング・チェアに寛いでいた。

「婆ちゃん・・・?」

オーガスタは、よっこらせと言うように、椅子から身体を起こした。

「ホグワーツでの騒ぎは、馬鹿みたいにホグズミードにも中継されてたからねえ。

勝利を見せつけるつもりだったんだろうが、逆効果だったね。」

にやりと笑う祖母に、ネビルは苦笑するしかなかった。

 

「もう知ってたんだね。

勝ったよ、ヴォルデモートは死んだ。

ハリーが生き残った。

スネイプ先生の冤罪もこれから晴れる。

だけど、今はまだ勝利に沸いてて、みんな人の話を聞く状態じゃないから、まだ知れ渡ってはないけど。」

ネビルも、オーガスタが出してくれた椅子に腰を下ろす。

喉を潤すのに、出てきたただのミネラル・ウォーターがひどくありがたかった。

「そうだろうね、ホグワーツは今ごろ宴かい?

私はそんな馬鹿騒ぎに付き合う気はないよ。

一足先に、先生連れて家に戻っとくからね。」

オーガスタはきびきびと立ち上がると、その辺にあった空瓶を手に取って

「ポータス」

と唱えた。

 

「婆ちゃん、もう帰るの?」

その機敏な動きに、ネビルはあっけに取られる。

「帰るさ。

お前、先生ほったらかしてはいけないだろうが。

先生にはまだ養生が必要だよ。」

「待ってよ、それだったら僕も──。」

慌ててネビルは立ち上がったが、オーガスタに止められる。

「ネビル、そんなご大層な剣を持ったまま帰る気かい。

だいたい、お前はまだホグワーツの学生だろうが。

卒業はきちんとしなきゃ許さないよ。

先生に会いたきゃ、週末、家に顔を出すんだね。

──全く、それにあんたも戦争のご英雄様のひとりになっちまったんだから、宴会にはいなきゃ収まらないよ。

そのご大層な剣もちゃんと学校に返しておいで。」

 

言われてみれば、本当に、ネビルはグリフィンドールの剣を掴んだままだった。

確かにこれを持ち去る訳にはいかない。

この剣はスネイプ先生がハリー・ポッターの手に渡るように計らったのではなかったかという疑問もあったが、ネビルは確かに自分が当代のグリフィンドールの剣のあるじだと感じていた。

ただ、これは、有事の際に必要な手に渡されるべき剣で、私物化されるべきものでもないのだろう。

そして、先生を祖母が安全に引き受けてくれるなら、ダンブルドア軍団のリーダーとして、今まで共に戦ってきたシェーマスやルーナ、ホグワーツの皆を放置しておく訳にもいかなかった。

「分かったよ、婆ちゃん。

今週末には帰る。

先生をよろしくね。」

「私を誰だと思っておいでだい。

そんじょそこらの青二才よりはよほど大丈夫だよ。」

ネビルは、ポートキーが発動し、祖母と、祖母がしっかりと掴んでいたスネイプ先生が眠っているベッドが諸共に消え失せるのを見届け、叫びの屋敷から再びホグワーツへの道を辿った。

 

ホグワーツの大広間では乱痴気騒ぎが繰り広げられており、ネビルは眠くもあったが、並べられたご馳走を見ると、急激に食欲を思い出した。

「ネビル!

どこ行ってたんだ、こっちに来いよ!

すごいご馳走だぜ!」

シェーマスが、がっつりディーンと肩を組んで、バタービールで盛り上がっている。

ホグワーツのどこでバタービールが手に入ったのかと思ったが、ホグズミードからも人が大勢が来ていたから、誰かが持ち込んだのか、作ったのだろうと思った。

ネビルは軽くシェーマスに手を挙げると、適当に積まれた皿に料理を取って、空いた席に座った。

シェーマスのそばは物理的に空席がなかったからだ。

 

ネビルは、グリフィンドールの剣を近くに置くと、鳴り続ける腹の虫を収めるために猛然と食べ始めた。

戦いは終わって、空腹を我慢する理由はどこにもなかった。

ネビルの近くに、戦いを見ていたらしいグリフィンドールの下級生が、目を輝かせて座った。

「先輩、凄かったです!

あの『例のあの人』と真っ向から対決するなんて!」

ネビルは苦笑した。

一年生のころの自分に、最上級生のお前は、下級生から憧れの目で見られる存在になると言っても、誰も信じなかったろう。

 

「凄くはないよ。

僕はただ、自分がやるべきことをやっただけだ。

勇気を見せるーー、それが誰かに勇気を与える。

そうだろ?

自分自身に恥じない行動か、自分に問い掛ければ自ずから答えは分かるだろう?

僕らはもうすぐ卒業するから、今度は君らの番だ。」

周辺の後輩はいつの間にかその数を増やしていた。

その後輩たちは、きらきらした目で次々とご馳走と飲み物を運んでくれるので、ネビルははちきれそうになるまで食べた。

 

宴の喧騒はいつ果てるとなく続いたが、腹が満たされると、次に眠気が来た。

ネビルは立ったまま寝てしまう前に、グリフィンドールの剣だけは返さねばならないと思って、なんとか立ち上がって校長室に向かう。

その前に、ハリーが校長室でダンブルドアの肖像画と話し、これ見よがしな賞賛を受けたことなど当然彼は知らない。

だが、実際には彼は校長室には行き着かなかった。

彼の寮の寮監であるミネルバ・マクゴナガル 教授に行きあったからだ。

スネイプ先生が校長として戻って来られるか、或いは戻るのを希望するか定かではないが、現在では学校の最高責任者はマクゴナガル 教授だろう。

 

ネビルはもうくたくたで、校長室まで登りたくなかったので(その上、その後またグリフィンドール棟へ登ることを考えたら!)、マクゴナガル 教授にグリフィンドールの剣を託そうと考えた。

マクゴナガル 教授は一種畏敬の眼差しでグリフィンドールの剣とネビルを見比べて、恭しく剣を引き受けた。

「分かりました、この剣は私が責任を持って預かり、校長室に保管しておきましょう。

──今は、あの男もいないことですしね。」

後半の言葉は小さな声で呟かれたが、その言葉は思いのほかネビルの神経を逆撫でした。

「先生、先生は聞かなかったんですか、ハリーの言葉を。

スネイプ先生は裏切り者じゃない。

そういう言い方はやめてもらえませんか。」

意外なほど強いネビルの言葉に、マクゴナガル教授は目を瞬かせた。

ハリーが話していたとは言え、全貌を掴みきれていない、或いは事態を把握しきれていな人々はもっと多いことだろう。

事態の中心にいたマクゴナガル教授でさえ、このありさまなのだ。

この只中に連れ戻さなくて良かった、と密かに思った。

 

「そういえば、ミスター・ポッターがそんなことを言っていましたがーー、それは一体どういう意味ーー。」

いちいち説明したくなかったのと、本当に眠気が限界だったので、ネビルはマクゴナガル教授の言葉を遮った。

「それはハリーに聞いてください。

もう行っていいですか、僕も本当に休みたいんです。」

マクゴナガル教授も、どこか有無を言わせぬネビルの空気に気圧されて頷いた。

立ち去る寸前、ネビルは回らない頭で、あ、でもハリーに話を聞かれる前にこれだけは言っておかなくちゃ、と思って振り返る。

「あ、そうだ、先生。

ハリーに話を聞くとき、スネイプ先生は死んでないからって、伝えておいて下さい。」

 

「何ですって?

ミスター・ロングボトム!

それはどういう意味ーー。」

後ろからマクゴナガル教授が問い掛けてくるのにも構わず、ネビルはもう我慢できなくて、ホグワーツ内では姿くらましができないとされているのを無視して、グリフィンドール棟の自分のベッドまで姿くらましで移動した。

なぜか、今の自分ならできる、という確信があった。

何ヶ月も帰っていなかったはずのベッドはおそらくホグワーツのハウスエルフが日々綺麗にしておいてくれたのだろう。

埃一つなくふかふかだった。

 

ネビルは、ベッドにぼふんと落下すると、そのままことんと眠りに落ちた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の至誠を、獅子が識る。 その終(完結)

 

世に言う第二次魔法戦争は終結した。

その終幕を飾ったと言われるいわゆる「ホグワーツ決戦」で、ネビル・ロングボトムは、英雄の一人というプレミアを得た。

ネビル自身がそれを好んだわけではないが、それによって、ひとつ便利になったことがあった。 それは世論に対する発言権と影響力が増したということだ。

ネビルは、ホグワーツ決戦の翌日、自分も午後になってから起きて、隣のベッドで呑気に寝ていた(同室だから当たり前なのではあるが)ハリーを叩き起こした。

そこでネビルがしたことはセブルス・スネイプ教授についての情報共有で、ホグワーツでダンブルドアを殺害してからのセブルス・スネイプの行動が、概ねネビルの予想通りの動機に基づくものであったことが確かめられ、ハリーが既にスネイプ教授に悪意を抱いていないことを確認してから、ネビルはハリーに、スネイプ教授の生存と名誉回復の計画を伝えた。

 

正直、簡単な道のりではなかった。

ヴォルデモート卿本人が既に斃れている現在、魔法省は大々的にスケープゴートにできる大物を求めており、狙っていたマルフォイが、ナルシッサがハリーの死亡を偽って助けたという実績の前に、魔法省としては不完全な処分しか出来ず、他の大物デスイーターはほとんどが死亡していた。

ホグワーツを牛耳っていたデスイーターの大物として、セブルス・スネイプを槍玉にあげることができれば、魔法省としても失墜した権威を幾らか回復できると考えるのはむしろ自然な成り行きだった。

それを、ヴォルデモート卿を倒した戦争の一番の英雄であるハリーと、ホグワーツ徹底抗戦のリーダーであり、グリフィンドールの剣のあるじの資格を見せて大蛇を斬り捨てた英雄であるネビル・ロングボトムの二人が揃って声高にセブルス・スネイプの無実を叫んだのだとしても、断罪の流れを変えるのは簡単ではなかった。

 

いくらかは、セブルス・スネイプの記憶を提出して、無実を証明しなければならなかったし(本人はおそらくそんなことをするくらいなら有罪の方がマシだと言っただろう)、そのせいで、女性週刊誌が「真実の愛に生きた男!」「悲劇の英雄!」などと煽るように書きたてたせいで、かえって魔法省の心象を悪くしそうになったりもした。

ホグワーツは戦後すぐは授業どころでなく、そもそも戦闘で破壊された校舎や教室を建て直すところから始まったが、いずれにせよ、ネビルたち在校生はその年の6月に急遽実施されるN.E.W.T.を受けるか、そのまま卒業するか、マグル生まれの生徒のように学校に通うことすら困難だった生徒──例えばハーマイオニーやディーン・トーマスのために、特別措置として8年生を通うかということを選択することができるとされた。

ハリーとロン、そしてハーマイオニーのトリオのうち、ハーマイオニーだけが8年生を履修することを選択した。

ほとんどの人間がその三人のうち、そのままN.E.W.T.を受けてもいいのはハーマイオニーだろうと思っていたが、勉強が大好き、と認識されていたのもハーマイオニーだったので、だいたいが納得した。

ハリーとロンは卒業を選び、おそらくN.E.W.T.の制度が始まって以来、初めてN.E.W.T.を受けずに闇祓いになることが決まった。

ネビルはN.E.W.T.を受けることを選択し、後半の期間、座学ができなかったにしては相当に優秀な成績で卒業し、やはり闇祓いになることが決まった。

 

ネビルは両親が闇祓いだったので、その進路は選択肢にあったが、今回の就職はほとんどスカウトのようなものだった。

だが、彼らの進路については、今はここまでにしておこう。

物語は、それから三年後、闇祓いを勤めていたネビルが脚を負傷して療養していた際に、ホグワーツ魔法学校の薬草学の教授であったポモーナ・スプラウト教授が訪れ、ネビルに、自分はそろそろ引退を考えているから薬草学の教授の後任を勤めてくれないかと申し出たところまで移動する。

 

 

 

多少の怪我ならあっという間に魔法と魔法薬で治癒する世界ではあるが、闇の魔法で負傷した傷は治りが悪い。

闇の帝王が滅びても、首魁がいなくなっただけで、好き放題やっていたために捕まるしかない残党や、ヴォルデモート卿に属していなかった闇の魔法使いやカルトが後釜を狙って暴れ回ったり、すぐには世情も落ち着かなかった。

闇の残党の中でも纏まった集団の隠れ家に踏み込むという段になって、どこからか事前の情報が漏れていたらしく、激烈な抵抗に遭い、まだ拝命したばかりの新人の闇祓いを庇ってネビルが負傷した。

ただ、この集団を一網打尽にすることができたことで、特に悪辣な闇の魔法使いの勢力を駆逐することができたので、ネビルの休暇も難なく認められた。

 

自宅療養でおとなしく休んでいたネビルは、何故かホラス・スラグホーン教授と一緒に訪れたポモーナ・スプラウト教授の訪問を受けて、所用で出掛けている祖母の代わりにお茶を入れてくれたハウスエルフに礼を言い、四人で、応接間のテーブルを囲んで座った。

四人。

そうここにはもう一人いる。

読者諸氏にはもうお分かりだろう。

ロングボトム家において戦後の混乱を匿われる形で引き留められ、落ち着いたはずなのに何故かそのまま滞在しているーー、或いは滞在させられているセブルス・スネイプ元校長である。

もちろん、セブルス・スネイプが蛇の毒から回復した時、見知らぬ家の、見知らぬベッドで目が覚めたことに混乱した。

跳ね起きようとして──、体力的に機敏に跳ね起きるのは無理だったが、なんとか身を起こし、手負いの獣のように警戒心もあらわにしたが、手元に杖もなく、しかもきちんと自分が手当てされていることに気づいて、スネイプは非常に混乱した。

そこへひょいと顔を出したオーガスタ・ロングボトムとは、おそらく相当の舌戦があったものと思われるが、それについてはその週末家に顔を出したネビルが内容を聞いても、オーガスタはにやりと笑い、セブルス・スネイプは苦虫を噛み潰したような顔をしてどちらも教えてくれなかった。

 

スネイプ教授は、オーガスタに療養と身の安全のために、一旦はホグワーツから避難しておいた方がいいと説得されたのだったが、あの頑固で融通のきかないスネイプ教授を、どうやって説得したのか、ネビルには想像もつかなかったものの、ネビル自身はスネイプ教授に実家に滞在していてもらうのは安心なので、なんの反対もしなかった。

セブルス・スネイプの潔白を証明する過程で、闇の魔法使いを殲滅すると称した右派の過激派がロングボトム家を襲撃することもあったが、純血名家の護りと、オーガスタ・ロングボトムと、回復しつつあるセブルス・スネイプが揃っていれば、冷静さを欠いた襲撃者など物の数ではなかった。

 

ホグワーツでは、セブルス・スネイプがダンブルドアの指示でダブルスパイという大役をこなし、デスイーターすら欺いて生徒たちを守っていたことが浸透するにつれ、特にダンブルドア軍団の生徒は何人もセブルス・スネイプの守護霊とされる銀色の牝鹿に助けられた覚えのある生徒がいたために動揺が広がったが、セブルス・スネイプを再び学校に迎えようという動きには、本人が頑として了承しなかった。

「私がデスイーターであったことは事実であり、ダンブルドアを殺害したのも事実だ。」

そう言われると言葉もなかったが、実際には、直近で事情も気付かずセブルス・スネイプに直接的な攻撃を加えたマクゴナガル教授やフリットウィック教授に配慮したのだろうとネビルは思った。

実際のところ、セブルス・スネイプは十数年に渡る教員生活で貯蓄はそこそこあったし、ロングボトム家に滞在している間の食費を支払う程度であれば、しばらくは働かなくても困らなかった。

この三年の間に、スネイプは何度かロングボトム家を辞去しようとしたが、その度に、オーガスタに一喝されて終わっていた。

オーガスタは最初は普通にスネイプを療養させていたのだが、徐々に、息子と変わらない年代の男の(実際、スネイプの年齢はフランク・ロングボトムよりいくつか下である)食生活が純粋に心配になってきて、まともな食生活を送らせることに生き甲斐を見出してきていた。

そんなオーガスタは、スネイプに一人暮らしをさせた途端、ゴブリンよりもひどい食生活になるに違いないと確信しているようで、スネイプが「そろそろ…。」と言い出すたびに、「あんたまともなメニューを作るようになってからお言い!」と一喝して終わるのだ。

 

ともかく、ロングボトム家にセブルス・スネイプの姿があるのが日常になった今日この頃であったが、オーガスタも流石にこのままずっとスネイプを飼い殺しにしているつもりはなかった。

そこへ孫の負傷が起き、更にポモーナ・スプラウト教授からの打診がある。

ここで一つ思い出してもらいたいことがある。

オーガスタ・ロングボトムはミネルバ・マクゴナガル教授と知己なのである。

マクゴナガル教授は、スネイプ教授の真実を知った後、ダンブルドアの肖像画に詰め寄る程度には事態に動揺した。

そもそも、スネイプ校長を直接的に先に攻撃して学校から追い出したのは自分だったのである。

ダンブルドアは、「それも必要なことじゃったのだ…。」と苦悩の表情を見せていたが、立腹したマクゴナガル教授はしばらくダンブルドアの肖像画を思い切り裏返して壁面しか見えないようにしておいた。

戻したのは、ダンブルドアが他人の肖像画に邪魔しまくるので、他の肖像画から苦情が来たからである。

もっとも、校長の机の真後ろからは移動させた。

 

そして、マクゴナガル教授はいまや校長だ。

オーガスタは、ネビルに教授職の話が来た時、セブルス・スネイプの復職についてどう思っているのか、ホグワーツまで赴いて直截に聞いた。

マクゴナガルは苦渋の表情を浮かべ、戻って来てほしいと呟いた。

「あの時は──、内戦中でしたから、セブルスが私たちを欺いたのも仕方なかったのでしょう。

それもアルバスの指示だったのですし。

むしろ、見抜けなかった私は自分を不甲斐ないと思うべきなのでしょうが──、戻って来てもらえるものなら戻って来てもらいたいです。

セブルスが私たちを疎んでいるのでなければ。

ホラスも、最近は本当に後進に道を譲って引退したいと言っています──。」

 

オーガスタはそれを鼻で笑った。

「はん、青二才のうちの孫が見抜けたものを、歴戦のとか言いながら全員雁首揃えてあの若僧に騙されてたんだからねえ。

全くセブルスも大したもんだよ。

まあ、わかった。

説得したいんなら、あれはあれで情にもろい。

スラグホーンを直接寄越すんだね、学生時代、あれにまともに接してた数少ない教師なんだろう、泣き落としで行くのが効果的だと思うね、私は。

ホグワーツでうちの孫も行くんなら、あれの食生活もちょっとは安心だろうよ。」

 

オーガスタとセブルスの、微妙に母親と息子のような微妙な距離感を察して、

「オーガスタ…。」

と、マクゴナガルは目を丸くした。

ともあれ、そんな経緯で、ポモーナ・スプラウト教授とともに、ホラス・スラグホーン教授が姿を見せている。

「セブルス──!

元気そうで良かった、君がしたことは本当に立派だった──!」

スラグホーン教授は、愛すべき俗物で、それは素直に感動しやすいということでもある。

そして実は、セブルス・スネイプ校長が攻撃されたあの日、居合わせたのに彼に攻撃を加えなかった唯一の教授でもある。

涙ぐまれて、非常にわかりにくくはあるが、スネイプは内心非常に狼狽えていた。

 

「セブルス、戻って来てくれないか。

もう体調はだいぶいいと聞いた。

私もいい歳なんだ、魔法薬学という素晴らしい学問で、私の跡を十分に継げるのは君しかいない!」

そして、スラグホーン教授がいかに俗物でも、彼の魔法薬学に懸ける真摯な情熱は本物なのである。

閉心術、開心術に長けたスネイプはそれゆえにこそ、そして自分も魔法薬学を愛するがゆえに、本物の情熱を無下にできない。

ポモーナ・スプラウト教授とネビル・ロングボトムの話がその横で、ほとんど話し合うこともなく進んで行くが、スネイプが教授復職に口説き落とされるのは時間の問題だった。

 

 

 

教授二人が帰った後、セブルス・スネイプは眉間の皺を余計に深くして、ソファに深く座り込んだ。

ネビルはにこりと笑って、ハウスエルフを呼んでお茶のお代わりを頼んだ。

「次の学期からはホグワーツですね。

楽しみじゃないですか?」

3年経って、ネビルはますます精悍さを増し、大人の余裕すら漂わせるようになっていた。

「楽しみなものか──、ホグワーツには、まだ人間未満の子供らが大量にいるのだぞ。

それに分別を覚えさせるのがどれほどの労力か──、どうせ君もこれから知ることになる──。」

薬草学にネビル・ロングボトム教授、そして、魔法薬学にセブルス・スネイプ教授、ネビルは自分が一年生の頃、本当に簡単な手順のおできの薬を作るのに、盛大に大鍋を爆発させたことを思い出して、申し訳ない気持ちになった。

 

ネビルの転職については、既にホグワーツから魔法省に根回し済みだが、子供という存在は、そんなことはお構いなしに自由で破天荒で、道理を理解しない存在だ。

確かに苦労は多そうだが、彼らをまともな人間にすると思ったら遣り甲斐はあるだろう、そう、みそっかすのネビルがグリフィンドールの剣のあるじになったように──。

それに、とネビルは思う。

「大変そうではありますけど、面白そうですよ。

それに、僕としては、このタイミングであなたと一緒にホグワーツに戻れるのは嬉しいことかな。

僕は貴方にとって厄介な生徒だったかもしれないけど、厄介な同僚になるつもりはありませんよ?」

 

済ました顔でお茶に口をつけたネビルを、セブルス・スネイプはじとりと睨んだ。

一年生の自分なら恐ろしくて震え上がったろう。

だが、今の自分はそれすら微笑ましく感じるのだから、おそらく末期だ。

「ネビル・ロングボトム。

何度も言っているが、君の厄介さは同年代の中でも群を抜いていた。

それに匹敵するのは、いつも事件を連れてくるハリー・ポッターくらいのものだ。

同僚になったからと言ってそれが軽減されるとは思えんな。

せいぜい怪我をしないよう、危険な植物の取り扱いには注意することだ。」

ネビルは苦笑した。

スネイプの、この物言いもいつものことだ。

三年前、闇祓いになったときも似たようなことを言っていた。

 

だが、違うこともある。

ネビルは、気づかれぬよう、目の前の男を観察した。

血色の悪い、痩せぎすな、鷲鼻で、目つきの悪い男。

「何だ?」

セブルスが気づいて不機嫌に尋ねてくる。

反射的に「減点」と言われないだけましになった。

確実に変化した距離感もあるのだ。

そして、距離が遠い時期から、この男が杖をふるって牝鹿に隠し、自分たちを守ってくれたのだ。

 

「何でもないですよ。

新学期が楽しみだなと思って。」

ネビルは笑顔を浮かべた。

セブルスは居心地悪そうに、椅子の上で尻の位置をずらす。

すわりが悪いとはこのことか。

 

生徒の時代は終わった。

ネビルはこの秋から、かつての陰険教師と同僚になる。

 

それが楽しみで仕方がないのが、自分でもちょっとおかしかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。