レイちゃんは強いカードバトラーと戦いたい (OZo-2)
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ゲームシナリオ編
ターン1 過去でゲームの退屈な世界


バトルスピリッツ、通称バトスピ。

 

それはMTGや遊戯王と同じTCGの1つであり、先日10周年を迎えている。

ほとんどのゲームは10年も続けば新しいシステムが追加されたり、「より強いカードを」とカードパワーがインフレを起こしたりする。

 

そんなパワーインフレの1つ『リバイバル』

初期のカードをイラストそのままに環境に適応したカードにパワーアップさせる、というものだ。

 

ソウルコア1個で最高レベルの『龍皇ジークフリード』

ライフ回復、BP破壊にハンデスとやりたい放題の『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』etc

 

これは昔からバトスピをやっていた私にとっては、幼少期を共に過ごした懐かしいカード達と再び出会える機会でもあった。

 

さて、一度昔を思い出すとそのまま過去に思い馳せてしまうもので……

 

私はバトスピが大好きだ。

ブレイヴも、バーストも、アルティメットも、ソウルコアも、創界神(グランウォーカー)も、全て。

私はバトスピが好きだ。

 

でも、ほんの少しだけ、想ってしまった。

 

昔のようなバトスピがしたい。

もっとシンプルにバトルがしたい、と。

 

すると目の前が真っ白になって、気づいた頃には私は過去に囚われていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「『巨神機トール』でアタック。マジック『インビジブルクローク』これでトールはブロックされない」

「うーん、ライフで受ける」

「はい私の勝ち」

「えーん、()()()()()強すぎるよー!!!」

 

2010年、私のいた世界で『バトルスピリッツ デジタルスターター』というDS用ソフトが発売された。

 

内容は名前の通りDSでバトスピができるゲーム。

このゲームには『超星』までのカードしか実装されておらず、そこで時間が止まっている。

 

原因(どうして)過程(どうやって)は分からない。

けど結果(げんじつ)として、どうやら私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()を与えられたらしい。

 

氷田(ひた)(れい)

それが今の私の名前だ。

ゲームでは白属性中心のデッキを使う、主人公の友人且つライバルキャラ的な立ち位置のキャラだった、はず。

 

如何せん何年も前のゲームのことなので私の記憶と現在とで多少違いがあるけど、些細な事だ。

 

転生した直後は慌てたけど、元々あまり深くものを考えないタチなので「悩んでもどーしようもない」と現実を受け入れ(あきらめ)た。

 

「ね、もう1戦やろ?お願い!」

「ごめん、この後マドカと約束があるから。デッキ構築について教えてほしいんだって」

「えー!でも先約があるなら仕方ないか。じゃあまた今度やろうね」

「うん、またね」

 

水色の髪のイツキと別れ、友人のマドカを待つ。

 

この世界はゲームに関係ない場所は元の世界と変わりない。

だけどゲームが現実になった部分はどうにも違和感があった。

 

水色の髪とか元の世界ではあまり見なかったのに、ここでは当たり前のように沢山いる。

かくいう私も氷田零の白髪を受け継いでいるし、人のこと言えないが。

 

イツキと別れてからしばらくして、扉を開けるバンという大きな音と共に私の友人の(たに)(まどか)が教室に入ってきた。

 

「10分遅刻ね」

「ごっめーんレイちゃん、約束すっかり忘れてた(テヘッ)」

「別にいいけど、遅れるなら連絡くらいちょーだい。事故にでもあったんじゃないかって不安になるから」

「いやーほんとごめんなさい」

「今度から気をつけてね。て、レツ? どうしたのそんなところで」

 

開けっ放しにされた扉の奥から好奇の目を向けてくる赤いバンダナの少年。

彼がこのゲームの主人公、渡雷(とらい)(れつ)だ。

 

レツは主人公なのにバトスピをしていない。

オープニングでデッキを貰ってから始めるから仕方ないけど、対戦相手がほしい私としては複雑だ。

 

「え、いや、俺はその……マドカが急にどこか走っていくから、少し気になって」

「あ、ちょーどよかった! さぁさレツも一緒に」

「一緒に……て何を?」

「(あれ、この会話)もしかしてレツ、バトスピ始めたの?」

 

私の質問に、そうなの!とマドカが代わりに答える。

 

詳しく話を聞くと、それはゲームのオープニングで見た話だった。

要約すると「なんか懸賞でバトスピのデッキ貰ったし、夢でバトスピチャンピオンシップ決勝戦で負けたから現実では勝ってチャンピオンになってやるぜー!」とのこと。

 

「(そこら辺は変わらないんだね)じゃあレツ、私とバトルしようよ」

「いきなりだな!」

「考えてみてよ。私に勝てずにチャンピオンになるなんて、できると思う?」

「確かにそうだな。よし! やろうぜレイ!」

「オーケー、じゃあ」

「ちょっと待ったー!!!」

 

自然な流れでバトルをしようとしたところで、マドカが口を出てきた。

 

「なに?」

「レツは始めたばっかりであんまりカードも揃ってないんだから、経験者のレイちゃんといきなりバトルしても勝てないでしょ」

「いや、そうとは限らないんじゃ」

「だからレツ!」

(あ、これ話聞かないやつだ)

 

マドカはレツの言葉を遮りピシャリと言いはった。

 

「まずはカードを集めること!レイちゃんとのバトルはそれからよ!」

「お、おう。わかったよ」

 

その後は2人にデッキ構築の仕方について話しただけで、結局レツとバトルすることはなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「メインステップ、ネクサス『百識の谷』を配置。ターンエンド」

「私のターンね!スタートステップ」

 

デッキ構築の仕方を教えた後、レツは「カードを買ってくる」とカードショップに直行。

残った私はマドカと2人でバトルしていた。

 

「『ゴラドン』そして『リザドエッジ』を2体召喚!アタックステップ、『リザドエッジ』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

マドカはスピリットを3体召喚したのにアタックしたのは1体だけ。

私のフィールドにはネクサスのみ。

この頃にワンショットできるカードなんてあまり(大天使くらいしか)ないのだから全員アタックしてライフを削ればいいのに、慎重にブロッカーを残している。

 

「『機人アスク』をLv2で召喚。ターンエンド」

 

他人のプレイングにケチをつけるなんて、と思う人もいるかもしれないが、その前に私の話を聞いてほしい。

 

先にも言ったが『バトルスピリッツ デジタルスターター』は古いゲームだ。

十年一昔と言われるように10年も経てば世界は大きく変わる。

特にコンピューターの分野では。

 

今でこそ人工知能はチェスや将棋で人間を超える知能を持つけれど、10年前、しかも携帯用ゲーム機に使われていたプログラムなんて大したものじゃない。

つまり何が言いたいかと言うと、『バトルスピリッツ デジタルスターター』はNPCがくっそ弱いゲームだった。

 

「『神機ミョルニール』でアタック」

「ライフで受ける」

 

例えば、スピリットのアタックは残り2までライフで受け続けるのがセオリー。

そして残り2つまで減ったら逆にスピリットでブロックし続ける。

 

スピリットにのせたコアを外さない。

レベルが上がらないスピリットに無駄にコアをのせ続ける。

なんなら大量にコアをのせたまま転召する。

 

そういうプログラムなのだと言われたら仕方ないが、普通の人からしたら明らかにプレミと思う所が多かった。

 

「『暴双龍ディラノス』を召喚!うーん、ターンエンドかな」

 

そういったプレイングの差はターンを重ねる毎に大きくなる。

10ターンもすればまず負けないアド差がつく。

 

あのゲームでNPCに負けることは、一部のイベントを除いてまずない。

 

「メインステップ『巨神機トール』をLv3で召喚」

 

そして、今私がいるのは間違いなくあのゲームの世界だ。

普段は勝手に動くくせに、バトスピとなると皆同じ。

ゲームのCPUの動きしかしない。

 

この世界のカードバトラーははっきり言って弱い。

 

「『巨神機トール』でアタック。『インビジブルクローク』の効果でトールはブロックされない」

「ライフで受ける! わーん負けたー!!!(泣)」

「はい私の勝ち」

 

つまらない。

 

もっと強い人と戦いたい。

プログラムじゃない、意思ある人とバトスピがしたい。

 

この世界に来てからずっとそう思っていた。

 

そしてついに今日、レツがバトスピを始めた。

 

レツはNPCじゃない。

主人公、PCだ。

果たしてレツはどんなバトスピをするのか。

 

「キャー!またそれーーー!!!???」

 

マドカに2度目の『巨神機トール』『インビジブルクローク』のコンボを決めながら、私は未来のチャンピオンとの勝負を楽しみにしていた。

 



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ターン2 禁止カードは強い

「『原始鳥フェニキオス』でアタック!」

「ライフで受けるしかないよー!負けたー!!!」

 

レツがバトスピを始めて3日経った。

 

レツは広場や学校など人の集まる場所で色々なカードバトラーと戦って経験を積んでいるらしい。

イツキはレツと何度もバトルをしたみたいだけど、あまり勝率はよくないようだ。

 

しかし、

 

「ねえレツ。そろそろ私とバトルしようよ」

「あー……俺もできるならやりたいんだけど、マドカがまだ早いって聞かないんだよな。カードも揃ってきたし、もういいと思うんだけど」

 

そう。

3日も経っているのに私は未だレツとバトルが出来ていない。

 

というのも、私がレツとバトルしようとするとマドカが「初心者を虐めるのはよくない」と止めてくるのだ。

それを言ったら私はマドカを虐めてることになるし、むしろ私は相手をしない方が虐めだと思うんだけど、マドカは聞く耳を持たない。

 

そしてレツもレツで、素直にマドカの言うことを聞いてバトルを拒否してくる。

めっちゃ尻に敷かれてますねレツさん。

 

「なあマドカ、まだダメなのか?俺も大分強くなったと思うんだけど」

「ダーメ。レイちゃんはホント強いのよ?今のレツが戦っても絶ッ対勝てないわ」

「いや、それは分からないよ」

 

バトスピに絶対はない。

どんなに強い人も手札が事故れば負けることだってあるし、勝てる盤面からフラッシュの1枚で大逆転、なんてこともある。

まあ、それがあるから面白いんだけどね。

 

「分かるわよ。それはね、レツには決定的に足りないものがあるからよ!」

「「足りないもの?」」

 

なんだろう。

カードも揃ってきてるし、イツキ(モブ)くらいなら勝てる実力もある。

そんなレツに足りないもの……うーん、パッと思いつかない。

 

「それはね……『Xレア』よ!」

 

…………は?

 

「Xレアか。確かにまだ持ってないけど、そんなに違うものなのか?」

「もちろんよ!Xレアってホントに強力なカードなのよ!?これ1枚で勝負が決まるくらいにね!(ドヤァ)」

 

ドヤァじゃねえよ。

 

いやマドカの言うことも間違ってはいない。

それ1枚で勝負が決まるカードってのは確かにある。

だけどこの頃のXレアにそんな力はないよ?(ミカファールを除く)

 

「私だって『暴双龍ディラノス』があるから、弟やレイちゃんと渡り合えてるんだから。それがないレツに、敵うはずないじゃない」

 

渡り合えてない。

マドカとの戦績は私の全戦全勝だ。

 

「ディラノスは強かったな!前にマドカとのバトルした時はアイツにやられたし」

「そうでしょそうでしょ!」

 

え、あのディラノス(BP+1000)さんが仕事したの!?

驚きなんだけど。

 

「Xレアか。パックは買ってるんだけど全然当たらないんだよな」

「そうそう当たらないからXレアなのよ(フフン)」

「別にXレアがなくても強いデッキはあるでしょ」

「へぇ、例えば?」

 

うーん、Xレアがない強デッキって何があったっけな。

『2コスビート』『姫ループ』『ギ・ガッシャループ』……あと赤緑連鎖もXレアなくても何とかなる気がする。

といってもマドカ(この時代の人)に通じないから意味ないんだけどね。

 

「レツ、ちょっと持ってるカード全部貸して」

「え? いいけど……はい、何に使うんだ?」

 

まあとりあえず『ストームドロー』3枚、『ライフチェイン』は2枚でいいや。

あとは低コストとドローカードを多めにデッキを組んで、と。

 

「お待たせ。出来たよ、X()()()()()()()()()()()。さぁマドカ、カードはレアリティによらないってことを教えてあげる」

「わ、私???え、い、イツキとかじゃダメ???」

「いやXレアがどうこうって言い出したのはマドカだし、そこでイツキに投げるのは違うんじゃないか?」

「レ、レツ〜〜!!!(泣)」

 

レツからの援護射撃も入る。

逃げ道はない。

 

「デッキが違うし、手は抜かないよ。覚悟の準備をしておいてね」

「…………」

「て、あれ?マドカ?おーい」

「…………やるわ(ボソッ)」

「うん?」

「やってやろーじゃないの!!!いつもトールにやられてる恨み、返してあげる!!!」

 

うわっ、びっくりした。

急に大声を出すの、驚くからやめてほしい。

 

「やるわよ!Xレアの力、見せてあげる!」

 

へぇ、ならばこちらも見せてあげよう。

未来の制限・禁止カードの力を!

 

 

◇◆◇◆

 

 

マドカとのバトル。

じゃんけんに勝ち、先攻を選択した私は『ビートビートル』と『命の果実』を召喚・配置してターンエンドした。

 

2ターン目、マドカのターンだ。

 

「メインステップ!『リザドエッジ』『ドラグサウルス』を召喚!召喚時効果で『命の果実』を破壊よ!」

「はい、『命の果実』は破壊される」

 

『ドラグサウルス』は召喚時にネクサス1つを破壊する効果を持つ。

早々に軽減とドローソースを失ったのはかなり辛い。

 

「『ドラグサウルス』をLv2にしてターンエンド」

「おお、これはマドカの方が有利なんじゃないか?」

「まだ2ターン目だよ。マジック『ストームドロー』を使用」

 

『ストームドロー』は3枚ドローして2枚破棄する、強力なドロー効果を持つカードだ。

しかもそのコストは2ととても軽い。

さすが禁止カード、めっちゃ強いです。

 

「『ロクケラトプス』をLv2で召喚。アタックステップ『ロクケラトプス』でアタック」

「ライフで受ける」

「じゃ、ターンエンドで」

 

『ロクケラトプス』はコストの割にBPが高くて使いやすい。

Lv2維持コスト2でBP3000、Lv3維持コスト3でBP4000は初期の環境では破格だ。

 

「メインステップ『リザドエッジ』と『アイバーン』を召喚するわ!余ったコアは『ドラグサウルス』に置いとくわね。アタックステップ」

(『リザドエッジ』に置けばLv2に上がるのに)

 

さすが何世代も前のゲーム、NPCが狂ってる。

嘘みたいだけど、ホントにやるんだよこーゆーの。

 

「『アイバーン』でアタック!」

「フラッシュはないよ。ライフで受ける」

「『ドラグサウルス』もアタックするわ!」

「同じくライフで受ける」

「ターンエンド!」

 

さて、私のターン。

 

「メインステップ。2枚目の『ストームドロー』3枚ドローして2枚破棄」

 

これでデッキの1/3は掘った。

そして欲しかったカードもちゃんと来てくれた。

 

「『原始鳥フェニキオス』を召喚。不足コストは『ビートビートル』『ロクケラトプス』より確保」

「私がレツにあげたカードね。効果は知ってるわ。私のスピリットは全部破壊される」

 

『原始鳥フェニキオス』は召喚時、BP3000以下のスピリットすべてを破壊する。

マドカの『リザドエッジ』『アイバーン』『ドラグサウルス』は全て破壊対象だ。

 

「アタックステップ。『原始鳥フェニキオス』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これでマドカのライフは2。

ここからはCPUが防御に回って全然アタックをしてこなくなる。

相手がアタックしてこないならこちらも防御を考える必要がない。

後はイケイケどんどんで勝てる。

 

「メインステップ。『ドラグサウルス』を召喚するわ。そしてネクサス『燃えさかる戦場』を配置。『燃えさかる戦場』をLv2『ドラグサウルス』もLv2に上げてターンエンドよ」

 

『燃えさかる戦場』のLv2効果はターンの最初のアタックに相手は可能ならブロックしなければならないという擬似【激突】

どうせアタックしないなら『ドラグサウルス』をLv3にすればいいのに、CPUはそれをしない。

 

「メインステップ。マジック『ダブルドロー』を使用。デッキから2枚ドローする。さらにマジック『ライフチェイン』。フェニキオスを破壊することでボイドからコアを7個リザーブに置く」

「7個!?」

 

『ライフチェイン』は自分のスピリット1体を破壊し、そのコストの数だけコアブーストするカードだ。

『原始鳥フェニキオス』のコストは7、つまり7コアも増やすことができる。

もちろん今は禁止カードとなっている。

 

「『大鎌フール・ジョーカー』をLv2で召喚。アタックステップ、フール・ジョーカーでアタック。アタック時効果で『ドラグサウルス』を破壊する」

「くっ、ライフで受けるわよ!」

「ターンエンド」

 

『大鎌フール・ジョーカー』はアタック時にBP3000以下のスピリットを破壊できる。

コスト6のくせに効果はこれだけだが初期環境なら十分な強さだ。

 

「メインステップ。ふふっ、遂に来たわよ!まずは『ゴラドン』を召喚。そして!赤のXレア『暴双龍ディラノス』を召喚!!!」

(あ、勝った)

 

マドカはXレアを召喚して得意になってるが、実際はそれで勝敗が見えた。

 

マドカのライフは2。

フィールドには『ゴラドン』『暴双龍ディラノス』

そして手札は0。

 

私のフィールドには『大鎌フール・ジョーカー』がいて、手札には『ドラグノ偵察兵』が2枚。

フール・ジョーカーのアタック時も考えると十分打点が足りてる。

 

ドヤ顔でターンを返したマドカの顔が泣き顔に変わるのは、そのすぐ後だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「はい私の勝ち」

「うわーん!負けたぁぁぁ!!!(泣)」

「だ、大丈夫か!?」

「大丈夫じゃない!うわーん!(泣)」

「レツ、カード貸してくれてありがとう。はいこれ」

「うん?これって」

 

泣きわめくマドカを無視してレツにカードを返す。

それと同時に1枚のカードを渡した。

 

「『龍皇ジークフリード』赤のXレアだよ。私は使わないから、よかったらどうぞ」

「え!いいのかレイ!?」

「うん。『龍皇ジークフリード』は破壊時にライフを1つ回復する効果がある。さっき使った『ライフチェイン』と組み合わせても面白いかもね」

「そうか……ありがとな!レイ」

「どーいたしまして。それよりも……えい!」

「痛い!」

 

まだ泣いているマドカにチョップを食らわす。

 

「ちょっとー!何すんのよ!」

「まったく。レツに良い所見せたい気持ちも分かるけど、もうちょっと私達を信用してよ。そんなことしなくても見捨てたりしないから」

「ん?なんの話だ?」

「何って、マドカがレツの成長にビビってるって話だよ。どーせレツに私とバトルさせないのも、『レツがレイちゃんに勝っちゃったら、いつもレイちゃんに負ける(マドカ)の立場がない』とかそんなーー」

「わーわーわー!!!!!(叫)」

 

マドカに口を塞がれて言葉が切れる。

ドンピシャだったのか、耳まで真っ赤にして涙目で睨んでくる。

ごめんて。

 

「とにかく、これでマドカもレツに私とのバトルを禁止する理由なんてないでしょ。さあレツ、バトルしようか。バトスピの大先輩として、私は絶対に負けないよ」



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ターン3 関西弁の男

「さあレツ、バトルしようか。バトスピの大先輩として、絶対に負けないよ」

「あ、悪いレイ。ちょっとデッキを考えたいんだ。また後でいいか?」

 

断られました。

 

「ぷっ、くふふ……」

 

マドカに笑われました。

 

「うわあああぁぁぁあああ!!!」

「ああレイちゃん!?待ってーーー!!!」

 

こんな空気の部屋にいられるか!

私は家に帰るぞ!

 

 

◇◆◇◆

 

 

部屋を飛び出した私は、その後家に帰るーーことはなく、バトスピショップ近くの千樺(ちかば)神社に来ていた。

 

理由はまあ、家に帰るには早いし、お金もないしでテキトーに近くのカードバトラーとバトスピで荒稼ぎしようと思って。

あれ、完全に思考がポケモントレーナーのそれになってる?

 

(そういえばこの神社って、ゲームでは()()()が来てたよね。でもまだそんな時期じゃないか)

 

神社はゲームだと背景くらいしかないが、休み場としては普通にいい場所だ。

青々と茂った木々が陰を作って涼しいし、掃除されてるから居心地がいい。

それになんたって静かだしーー

 

「ここが攻め時!『シャ・ズー』でアタックや!」

 

静か、だしーー

 

「続けて『グリプ・ハンズ』でアタックすんで!フラッシュはあるか?」

 

静か、だしーー

 

「『幻龍シェイロン』もアタックや!マジック『イビルオーラ』を使うで」

 

う る せ え ぞ 関 西 弁 。

 

厳かな神社を何だと思ってんだ、誰だこの不届き者はと声のする方を見ると、

 

「あれ、ワタル。どーしたのこんな所で」

「あ、レイねーちゃん。こんにちは」

「こんにちはー。ちゃんと挨拶できて偉いね」

 

そこにはマドカの弟の(わたる)と、どこかで見た金髪のチャラ男がいた。

 

「おーなんやネーチャン、こんな所になんか用か?」

「そこで休んでたら喧しい声が聞こえてね。神様の前で騒ぐ不躾な蝉の姿が気になって」

「そりゃあすまんな。せやかて大きな声やないと神様にも声が届かんのとちゃうか?」

「そんなのどうでもいいから。あまり周りに迷惑かけるなって言ってるのよ」

「はは、すまんすまん。もうバトルも終わるし帰るわ。魔界七将デスペラードでアタック。これで終いや」

 

金髪の関西弁はそういうとカードを片付けて立ち上がった。

最後の盤面はかなり一方的で、関西弁のフィールドには『シャ・ズー』『グリプ・ハンズ』『幻龍シェイロン』『魔界七将デスペラード』

それに対してワタルのフィールドにはスピリットが1体もいなかった。

 

(シェイロンとデスペラードのコンボにやられたのかな)

 

『幻龍シェイロン』でスピリットのコアを1個だけにして『魔界七将デスペラード』で最後のコアを外す。

シンプルでわかりやすいコンボだ。

 

「ほなありがとなボウズ。楽しかったで」

「まぁ待ってよ」

 

立ち去ろうとする関西弁の行く手を遮って止める。

 

「なんやネーチャン、帰れ言うたと思ったら引き止めて。ツンデレか?」

「ごめんね。友人の弟が泣かされてるのを見て無視できるほど人がよくないもので」

「れ、レイねーちゃん……(泣)」

「てのは嘘で、噂の関西弁の凄腕バトラーさんにちょっとお願いがあってね」

「れ、レイねーちゃん……(呆)」

 

ワタルの表情が明るくなったと思ったら一瞬で元に戻った。

うん、なんかごめんね。

 

「なんやワイのこと噂になっとるんか。モテる男はツラいのー。で、お願いってなんぞや」

「この町にレツっていう赤いバンダナのカードバトラーがいるんだけどね。よかったら彼とバトルしてくれないかな?」

「レツ……赤いバンダナ……知らへんカードバトラーやな」

「ホントなら私がバトルしたいんだけどねー。やむを得ない事情があって」

 

流石にあの雰囲気で飛び出した所に戻りたくないです、はい。

完全に私情でサーセン。

 

「なんや知らんが、まぁええわ。どうせこの町のカードバトラーは全員倒すつもりや」

「あら、それならわざわざ頼む必要もなかったね」

「せやな。せやけど、この町のカードバトラーにはアンタも含まれてるでネーチャン」

「あらら」

 

レツの成長のために早い段階でこのメインキャラクターをぶつけようと思ってたら、まさかの展開になっちゃったよ。

 

ま、いっか。

 

「レイねーちゃん気をつけて!そいつ強いよ!」

「だいじょーぶ。でもその前に、このあとも長い付き合いになりそうだし自己紹介くらいはね。私は氷田零、よろしく」

「ワイは難波虎二郎(なんばこじろう)や。しかし不思議なやっちゃな。アンタとは面白いバトルが出来そうや」

「(私が面白いとは限らないんだけどね)まあやろうか、コジロー君」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ネクサス『百識の谷』を配置。ターンエンド」

「赤のカードか。っとワイのターンやな。『グリプ・ハンズ』を召喚するで。召喚時効果で1ドローっと。レベルを上げてターンエンドや」

 

『グリプ・ハンズ』は召喚時に1枚ドローするシキツルさんの仲間だ。

ただし3コストに軽減が1個しかないので、BPはシキツルさんより高いのに使われる所を見ない可哀想な子でもある。

 

「ドローステップ、『百識の谷』の効果で2枚ドローして1枚破棄。マジック『ストームドロー』3枚ドローして2枚破棄。続けて『ダブルドロー』で2枚ドローする。ターンエンド」

「おお、どえらいドローするやんけ。キーカードが引かれてそうやな。メインステップ『スケル・バイパー』を召喚、召喚時に1枚ドローや。ターンエンド」

「私は『鋼人スルト』を召喚。ターンエンド」

 

序盤はお互いドローやスピリットの召喚だけで動かない。NPCは大体スピリットが3体以上いないとアタックしてこないからね。

0コストや1コストの少ないコジローの紫デッキ相手なら序盤はゆっくりできる。

 

「『グリプ・ハンズ』を召喚するで。召喚時1ドロー。『グリプ・ハンズ』をLv2にしてターンエンドやな」

「ドローステップ、『百識の谷』で2枚ドロー、1枚破棄。マジック『ライフチェイン』を使用。『鋼人スルト』を破壊して5コアブースト」

「あんだけドローした上にコアまで増やすんか!ネーチャンかなりのやり手やな」

「続けて『デュアルキャノン・ベル』をLv2で召喚。ターンエンド」

「赤のネクサス、緑のマジック、白のスピリット。面白いデッキやな。メインステップ『シャ・ズー』を召喚。ターンエンドや」

 

コジローのフィールドには『グリプ・ハンズ』2体と『シャ・ズー』『スケル・バイパー』

4体もスピリットがいるが、私の『デュアルキャノン・ベル』のBP5000に届かないため攻撃できないでいる。

 

BPで敵わず数も足りてない内はアタックしてこない。

これもNPCの重要な特徴だ。

 

「メインステップ。『巨神機トール』をLv3で召喚。アタックステップ『デュアルキャノン・ベル』でアタック」

「おお、来るか!そのアタックはライフで受けるで」

「『巨神機トール』でアタック」

「そっちもライフや!もってけどろぼー」

「『巨神機トール』のアタック時効果、バトル終了時に「系統:武装」を持つ『デュアルキャノン・ベル』を破壊することで回復する。もう一度アタック」

「おいおいマジかいな。ライフや!」

「ターンエンド」

「白で堅固に守ると思ったら苛烈に攻めてくるなんてな。まったく、予測不能な動きやな」

 

こいつうるさいな。

 

あー、でもゲームでもそんなこと言ってた気がする。

マドカだったかが「関西弁に気を取られてて負けた」とかなんとか。

まあいいや、無視すればいいだけだし。

 

「さて、ほなワイも本気を出すか。『幻龍シェイロン』を召喚や!召喚時効果で全てのスピリットのコアを1個だけ残してリザーブ送りや!『グリプ・ハンズ』2体のレベルを2に戻して、残りのコアをシェイロンに置くで」

 

デスペラードには続かない、と。

まあコア数的にそうだよね。

 

「アタックステップ!『シャ・ズー』でアタックや!」

 

コジローのフィールドにはスピリットが5体、私のライフは5でスピリットは皆疲労状態。

一応打点は届いてるのか。

 

……ま、この手札だしさっさと使おうか。

 

「マジック『サイレントウォール』このバトル終了時にアタックステップを終了する。アタックはライフで受けるよ、これでアタックステップは終了」

「んー、止められたか。ターンエンドや」

「私のターン、諸々省いてメインステップ。『神機ミョルニール』2体と『機人アスク』を召喚。『巨人機トール』をLv3にアップ」

 

紫には強マジックの『デッドリィバランス』があるけど、これだけスピリットを召喚していれば問題ない。

 

「アタックステップ、『巨神機トール』でアタック。フラッシュで『インビジブルクローク』を使用、このターンの間トールはブロックされない」

「ほな、ライフで受けるしかないな」

「『巨神機トール』の効果、『神機ミョルニール』を破壊して回復。もう一度トールでアタック、ブロックされない」

「んー、こりゃしゃーないわ!ライフで受ける!ワイの負けや」

「はい私の勝ち」

 

返しのマジックはなく、そのままゲームエンド。

 

『百識の谷』や『ストームドロー』はデッキを多く掘ることができるけど、手札の総枚数は変わらないんだよね。

手札枯渇気味だったし、さっさと勝負が決まってよかった。

 

「対戦ありがとうな。えーと、レイやったか。また会ったらバトルしような、約束やで。次は負けへん」

「こちらこそ。レツに会ったらよろしくね。いい経験になるだろうし」

「赤いバンダナの男やったか、分かったで。にしてもそのレツって子、幸せ者やな」

「?どうして?」

「だってこんな可愛ええ子にそんなに想ってもらってるんやで?幸せ者やないかい」

「……そうだね」

 

レツを想ってる、か。

 

私はこの世界に来てからCPUとしかバトルできなかった。

一定の行動しかしない変わり映えしない相手。

 

レツはそんな退屈を壊してくれるかもしれない存在だ。

想わない訳がない、期待しない訳がない。

 

(今はまだ初心者だけど、いつか、きっとーー)



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ターン4 最強のカード

バトスピにおいて最強のカードとは何か。

 

ある人は「マグナマイザー強すぎ」と言い、またある人は「フェンリグやめろ」と言う。

「アマテラスやデスフェルミオンに色魔神つけて殴ればおk」と言う人もいる。

 

しかし、その脅威を知ってる人は皆、口を揃えてこういうはずだ。

 

「ミカファール、あとセイリュービは大罪」と。

 

 

◇◆◇◆

 

 

日曜日、私はバトスピの大会に出るために電車に乗ってオダイハマシティまで来ていた。

 

チカバ町にバトスピショップはあるものの、バトルできるほどのスペースはない。

だからチカバ町では大会は行われておらず、電車でここまで来ないと大会に出られない。

 

「大会参加します。名前は『レイ』で」

「はい、時間には着席しておいてください」

「分かりました」

 

まあオダイハマシティなんて名前からもわかる通り、ここもゲームの舞台の1つだ。

オダイハマシティは「市長がバトスピ好き」というふざけた理由でかなり広くバトスピが親しまれており、チカバ町よりもカードバトラーは多い。

ゲームの仕様のおかげなのか、チカバ町とオダイハマシティは電車賃がタダなのでたまに遊びにくるのだ。

 

少し待って、ようやく定員に達したので大会が開かれる。

初戦の相手は帽子をかぶっている少年だった。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

挨拶をしてバトルを始める。

今回はいつもの『インビジブルクローク』で殴るデッキではなく、趣向を変えてLO(デッキアウト)狙いのデッキだ。

 

「『大天使ミカファール』の効果で『タイムリープ』をノーコストで使用。『ストン・スタチュー』の召喚時効果を再発揮してデッキを1枚破棄。さらにもう1枚『タイムリープ』今度は『大天使ヴァリエル』の召喚時効果を発揮してトラッシュのタイムリープ2枚を回収する」

 

はい、要するに『ミカファールターボ』ですね。

 

いや、ミカファールターボがクソゲーだってのは知ってるよ。

でもたまには、ね?

使いたくなる時ってあるじゃん。

 

「スタートステップ、デッキアウトで負けです」

「はい私の勝ち」

 

結果は言わずもがな。

初戦の男の子から決勝戦の青年まで圧勝でした。

 

「優勝商品は『獅龍王レオン・ハウル』か、どうせ使わないしレツかマドカに譲ろうかな。ま、それは後で考えればいいか。……すいません、フリーお願いできますか?」

「あ、いいですよ」

 

大会が終わった後、まだショップ内に残っている人にフリーバトルを申し込む。

 

さすがにフリーでは普通に白使おう。

というか『ミカファールターボ』も久々に使うと楽しいけど1回やれば十分だ。

2回戦目以降はさすがに申し訳なさが勝った。

ソリティアだと相手がつまらないからね。

まあCPUだし気にする必要はないと思うけど。

 

「『鋼人スルト』でアタック。マジック『インビジブルクローク』を使用。ブロックされない」

「うぅ……ライフで受けます」

「はい私の勝ち」

 

と言ってもこっちもこっちで『インビジブルクローク』ゲーなんだけどね。

やっぱり禁止カードは強い。

 

もう十分遊んだしそろそろ帰ろうかな、と考えていると今度は別の人に声をかけられた。

 

「いきなりですまない。僕とバトルしてくれないか?」

 

ホントにいきなり声をかけられて、少しビクッと震えた。

声の主は全身真っ黒で何故かマントをつけた中高生くらいの子だった。

 

「(ああ、これくらいの子ってそういうの好きだよね)いいですよ」

「ありがとう」

 

ふむ、この子本格的に中二病を患ってるな。

まあ私の知ったこっちゃないし、程々にボコしてあげよう。

 

「おいおいマジかよ……(ヒソヒソ)」

「ああ、まさかアイツが……(ヒソヒソ)」

「こりゃ珍しい。彼がバトルを挑むなんて……(ヒソヒソ)」

 

おや、なんだかモブが騒ぎ出したぞ?

というかヒソヒソ話はもっと声を抑えてしなさい。

めっちゃ聞こえますよ。

 

「よろしくお願いします」

「……よろしく」

 

シャッフルを終えデッキから4枚ドローする。

さて初手は何かな、と手を開けると、

 

(あっミスった)

 

デッキからドローした4枚のカード達。

そしてそこには慈愛に充ちた微笑みを見せた大天使様の姿があった。

 

(『大天使ミカファール』……これって『ミカファールターボ』の方だよね、片付ける時に取り違えちゃったかな。え、どうしよう。デッキ間違えたって言ってやり直してもらおうか…………ま、いっか)

 

私はあまり深くものを考えない性格なので、そのままバトルすることした。

決してやり直すの面倒くさい、とか思ってたわけじゃない。

 

「1ターン目『ドラグサウルス』を召喚する。ターンエンド」

「えっと、その……先に謝っておくと、ごめんね?スタートステップ」

 

2ターン目にして既に私の手札はえげつないことになっていた。

『コリスタル』『大天使ミカファール』『マジックブック』『イビルオーラ』『ストームドロー』……4/5が禁止・制限だ。

 

「『コリスタル』を召喚。さらに『マジックブック』を使用。『イビルオーラ』『ストームドロー』をオープンして2枚ドロー。ターンエンド」

 

『マジックブック』は手札のマジックカードをオープンして、オープンした枚数だけドローできる優秀なカードだ。

未来でも制限カードと、禁止には至ってない良カード。

 

「『昇龍バルムンク』を召喚。……ターンエンド」

 

中二病君はシンプルに赤デッキかな。

遅そうだし、ゆっくりやろう。

 

「手元から『ストームドロー』を使用、3枚ドローして2枚破棄。『チャウー』を召喚、『コリスタル』をLv2にアップ。ターンエンド」

「……『昇龍バルムンク』を召喚。『ドラグサウルス』をLv2に上げる。ターンエンドだ」

 

『コリスタル』は0コストなのにコア2個でLv2BP5000と破格の強さを誇る。

BP5000の壁を越えられないNPCはこれで止まる。

 

まあもう相手にアタックステップはやってこないんだけどね。

 

「『ピヨン』を召喚。そして『大天使ミカファール』をLv1で召喚。不足コストはピヨンより確保」

 

『大天使ミカファール』は召喚時にフィールドの黄色のスピリット、ネクサスの数だけデッキからオープンしてその中のマジックカードを全て加えられる。

 

『ミカファール』『コリスタル』『チャウー』で3枚オープン。

『ストームドロー』『マジックブック』『タイムリープ』はい勝ち。

 

「『コリスタル』のコアを使って『大天使ミカファール』をLv2に上げるね。Lv2効果で、私はマジックをコストを支払わず使用できる」

 

まずは『マジックブック』で手札4枚全てオープンして4枚ドロー。

オープンした『タイムリープ』でミカファールの召喚時効果を再発揮、手札を増やす。

『ストームドロー』で欲しいカードを手札に呼び込む。

更に『イビルオーラ』2枚を『チャウー』に使用して計10コアブースト。

 

「増えたコアで『大天使ヴァリエル』を召喚。召喚時効果でトラッシュの『マジックブック』2枚と『タイムリープ』を回収する。そして回収した『マジックブック』を使用してドロー」

 

中二病君の顔がどんどん険しくなっていく。

いやホント申し訳ない。

 

「『ストン・スタチュー』を召喚。召喚時効果でデッキを1枚破棄。そして『タイムリープ』で『ストン・スタチュー』の召喚時効果を再発揮。そしてもう1枚の『タイムリープ』で『大天使ヴァリエル』の召喚時効果を発揮、トラッシュの黄色のマジックカード全てを回収する」

 

以下ループ。

7ターン目のスタートステップには中二病君のデッキはなく、バトル(しないスピリッツ)は私の勝利で終わった。

 

やっぱりミカファールは罪ありき(ギルティ)

 

 

◇◆◇◆

 

 

帰り道、私は電車の窓から、ぼんやりと外の景色を眺めていた。

 

『ミカファールターボ』でフルボッコにした後、申し訳なさから中二病君に「別のデッキでやらない?」と提案したが断られた。

去り際に「次は負けない」と如何にもな中二病セリフを残していったが、こちらとしては申し訳なさすぎて出来ればもう会いたくない。

 

(でもあの子……前にどこかで会ったような気が?)

 

欲しい記憶が、あと一歩のところで出てこない。

大切なことがあると思い出したが、その内容が思い出せないようなもどかしさ。

 

(ま、思い出せないものは仕方ない。次来る時はレツやマドカも誘おうかな?)

 

結局私は、考えることをやめた。



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ターン5 チカバ町大会

【レツ視点】

 

バトスピチャンピオンシップ決勝戦。

 

相対するは黒ずくめの謎の男。

俺は果敢に攻め続けるが、攻撃を上手く躱されて思うように攻められない。

 

「くっ……まだだ!まだ……」

「終わりだ」

 

黒ずくめの男がつまらなそうに呟く。

彼が提示したカードはーー

 

「そ、そのカードは!」

「キミの負けだ」

 

その言葉を告げられるのと同時に俺は目を覚ました。

 

この夢が、俺がバトスピを始める大きな契機だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「おーいレツー!早く早くー!」

「ちょ、マドカ落ち着けって!転んだら危ないぞ!?」

「急がないでいられますか!ついに始まるのよ、『チカバ町大会』が!」

 

バトスピを始めてからちょうど一週間。

 

チカバ町では普段大会は開かれないのだが、今日は珍しくチカバ町ホールで大会をやるのだという。

滅多にない機会に集まったカードバトラーは多い。

 

「あ、私ワタルにお弁当渡してこないといけないから、ちょっと探してくるね。レツはテキトーに待ってて」

「あれ、ワタルも参加するのか?」

「うん。昨日デッキを新しく組み直してたわ。大会で当たったら優しくしてあげてね。じゃあまた後で」

「手は抜かないぞ。また後でな」

 

マドカと別れて、特にやることもないので近くの椅子に座って待つ。

ここにはチカバ町のカードバトラー全員が集まっているのか、参加者はぱっと20人はいそうだ。

 

しかし、

 

「あれ、レイはどこだ?」

 

そんなに広くない会場を見渡しても、レイのあの綺麗な白髪は見当たらない。

 

レイは凄いカードバトラーだ。

まだ戦ったことはないが、多分この町で1番強いだろう。

俺はレイのバトルを隣で見ていくつも学ばせてもらった。

 

レイは「バトスピの大先輩」と自称していたがそんなもんじゃない。

俺からしたらレイは「バトスピの大師匠」だ。

 

今回チカバ町大会があると聞いて、レイとのバトルも楽しみにしてたんだが……。

 

(まあもうすぐ来るだろ)

 

戻ってきたマドカと一緒に大会の受付を済ませる。

これが俺にとって初めての大会だ、キンチョーするなぁ。

 

「おいニーチャン。あんま固くなってもエエことないで?飴ちゃん食うか?」

 

番号札で指定された席に座って待っていると、隣に座っていた金髪の男が早口な関西弁で話しかけてきた。

 

「き、気持ちだけ受け取るよ。ありがとな」

 

流石に見知らぬ人にほいと渡された飴を食べる気にはならない。

というかなんだこの飴、イカすスメルスルメ味とか聞いたことないぞ。

あと名前からしてマズそう。

 

「さよか。まーあんまウマいもんやないからな。ところで、アンタが『レツ』で合ってるか?」

「え?そ、そうだけど」

「そうか!いや人違いやったらどーしよとおもてん。あ、ワイは『難波虎二郎』言います。『コジロー』て呼んでくれてええで。よろしゅうな、レツ!」

「お、おう……」

 

コジローと名乗る男は饒舌に話しかけてくる。

なんていうか、初対面なのに距離が近くてどう反応していいか分からない。

 

「えっと、俺の名前知ってるってことは、前にどこかで会ってる、のか?」

「いや初めましてやな。そもそもワイみたいな濃いキャラ、忘れる奴おらへんおらへん」

 

カカカ、と笑いながらコジローは答えを返す。

 

「この町で会ったあるカードバトラーに、あんたのこと聞いたんや。ソイツめっちゃ強いネーチャンでな、そんな奴がホの字のカードバトラーなんてごっつ気になるやん」

「(めちゃくちゃ強いカードバトラー……?)なあ、もしかしてそのカードバトラーって」

「『氷田零』て名乗ってたな。知り合いか?」

(レイ!)

 

どうやらレイの差金だったらしい。

レイの知り合いってことは、多分バトスピもかなり強いんだろうな。

そういえばワタルが関西弁のすご腕バトラーがどうとか言ってたような……。

 

「そういやあのネーチャンはどこや?前回のリベンジもしたいし、まさか大会に来とらんてことはないわな?」

「レイなら俺も探してたんだけど、今日はまだ会ってないな……。でもさすがにいないってことはないだろ」

「そうか、ならええわ。お互い頑張ろな!」

「おう!相手になったら手加減はしないぞ」

「ハハ、その前に一回戦で負けんようにな。アンタえらい緊張してたみたいやしな。ほな」

 

コジローはポイと飴玉を投げてきた。

俺はありがとな、とお礼を言ってその飴を口に含む。

 

「不味っ!!!???」

 

催してきた吐き気の処理をしてトイレから戻ってくると、ちょうど大会が始まる時間だ。

 

俺にとって初めての大会が幕を開ける。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「『龍皇ジークフリード』でアタック」

「ああ、ブロックするスピリットがいない。ライフで受けます」

「ありがとうございました」

 

大会はトーナメント形式で、俺は何とか勝ち進むことができた。

そして次は決勝戦!

既に2位以上は確定だ。

このまま優勝もかっさらってやる!

 

「レツお疲れー。おにぎり食べる?」

「お、ありがとな。マドカはどうだった?」

「負けましたよーだ。あの関西弁に集中できなくて、ボロボロ」

「関西弁……コジローかな」

 

やっぱり凄いカードバトラーなんだ。

決勝で戦うのはレイか、コジローか。

コジローの話だとレイの方が強いらしいし、多分決勝戦は俺とレイのバトルになるだろう。

 

おにぎりを口に詰め込んで、レイのバトルを思い出す。

レイは白デッキ使いだが、赤や緑のカードも入れて予想外な動きをしてくる。

多くのカードバトラーはゆっくりと盤面を整えてから攻撃してくるが、レイは違う。

相手が準備できていないうちからガンガン攻撃してそのまま押し切る。

白よりも赤や緑デッキを使った方が似合うプレイングだ。

しかし白でそれをやっているからこそレイは強いのだと俺は思っている。

 

いつか俺もあんなふうに……

 

「……勝てるかな」

「ダイジョーブ!レツならあんな関西弁、ボコボコにできるわよ」

 

えっ。

 

「レイじゃないのか?決勝戦の相手は」

「違うわよ?私が負けたのは準決勝だし、レツの相手はあの関西弁のすご腕バトラーよ。『幻龍シェイロン』と『魔界七将デスペラード』のコンボは凄かったわ」

「ちょっと待て!じゃあレイは!?」

「レイちゃん?レイちゃんならさっき『オダイハマシティで遊んでる』て連絡があったわよ オダイハマのショップバトルで優勝したらしいわ。どうせ大会に出るなら、こっちに出ればよかったのに」

 

マドカの話を聞いて、思わず椅子から倒れそうになる。

レイはいるものだと思って肩透かしをくらった。

 

そっか、来てなかったのか……。

 

「レイはオダイハマの大会で優勝してるのか……じゃあ俺も頑張らないとな」

「おらへんおらへん思ったらホンマにおらへんのかいな。あのネーチャンにリベンジするの、楽しみやったんやけどな」

「!アンタは!」

 

後ろからいきなり声をかけてきたのは関西弁の男、もといコジローだ。

 

「決勝戦はレツとかいな、よろしゅうな。あと準決勝で戦ったネーチャン、アンタも強かったで。ワイほどやないけどな」

 

コジローはそう言いながら、マドカに飴を渡す。

やっぱり俺が貰ったのと同じやつだった。

 

「飯食い終わったなら、はよやろか。時は金なり、金と手札は多いほどええってな」

 

 

◇◆◇◆

 

 

決勝戦。

相手は難波虎二郎、マドカの話だと紫デッキを使うらしい。

 

「ほな、よろしゅう」

 

コジローは先攻『グリプ・ハンズ』を召喚。

効果で1枚ドローしてターンを終えた。

 

2ターン目、俺はネクサス『命の果実』を配置して『ストームドロー』でドローを進める。

 

3ターン目、コジローは2体目の『グリプ・ハンズ』を召喚。

スピリットのレベルを上げてアタックせずにターンエンドした。

 

そして俺の4ターン目。

 

「『ドラグノ大隊長』を召喚。アタックステップ、ドラグノ大隊長でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

コジローのライフを1つ削る。

残り4つ。

 

「んーせやなぁ。メインでマジック『ポイズンシュート』や。『ドラグノ大隊長』を消滅させる」

「紫のマジック!?」

 

『ポイズンシュート』は相手のスピリットのコア1個をリザーブに置くマジックカード。

この効果で『ドラグノ大隊長』がLv1コストを維持できなくなり消滅してしまった。

 

「『グリプ・ハンズ』のレベルを上げて、ターンエンドやな」

「……俺のターン、スタートステップ」

 

せっかく召喚した『ドラグノ大隊長』が消滅させられたのはかなり辛い。

シンボルがなくなったのに加えて、コジローがアタックしてこないのでコアもあまりない。

 

「ドローステップ」

 

引いたカードは『龍皇ジークフリード』

でもまたポイズンシュートを使われたら消滅してしまう。

 

「メインステップ『メタルバーン』をLv2で召喚。そのままアタック」

「ライフや」

「ターンエンド」

 

ライフの数は5対3と優位。

しかしコジローは『グリプ・ハンズ』の効果でドローしており、ライフを減らしてコアも確保している。

正直あまりいい予感はしない。

 

「ワイのターン、ドロー!お、ええヤツが来てくれたな。メインステップ『幻龍シェイロン』召喚や」

 

『幻龍シェイロン』の召喚時効果で全てのスピリットのコア1個を残して他はリザーブに置かれる。

これで『メタルバーン』のレベルは1に下がる。

 

「『幻龍シェイロン』をLv2にアップ。アタックステップ『グリプ・ハンズ』でアタックや!」

「ライフで受ける。『命の果実』の効果で1枚ドロー」

「ターンエンドや」

 

スタートステップ、コアステップ、ドローステップと宣言しながら次の手を考える。

 

『幻龍シェイロン』はBP8000。

今の手札のカードでは『龍皇ジークフリード』がLv3でないと勝てない。

 

「『龍皇ジークフリード』を召喚。『メタルバーン』と『龍皇ジークフリード』のレベルを2に上げる。ターンエンド」

「勢いが止まったな。じゃあこっちから攻めさせてもらうわ。『髑髏騎士ズ・ガイン』を召喚して『グリプ・ハンズ』をLv2にアップ。アタックステップ『幻龍シェイロン』でアタックや!」

「ライフで受ける」

 

Lv2の『幻龍シェイロン』はコアが1個のスピリットからブロックされない。

BPも高いし、このままだとまずい……!

 

「『命の果実』の効果でドロー」

 

縋る気持ちでカードを捲る。

引いたカードはーー

 

「ターンエンド。これでお互いライフ3やな」

「……さあ、どうかな」

 

俺が引いたカードは『ライフチェイン』。

そして俺のフィールドには『龍皇ジークフリード』がいる!

 

「メインステップ!『龍皇ジークフリード』をLv3に。そしてマジック『ライフチェイン』を使用!『龍皇ジークフリード』を破壊してコアを6個増やす」

「自分からXレアを破壊!?いや待て、『龍皇ジークフリード』は確か……!」

「『龍皇ジークフリード』の破壊時効果、ライフを1つ回復する!」

 

『龍皇ジークフリード』は破壊時にボイドからコアを1個ライフに置ける。

これでライフは4対3に戻る。

 

「『ドラグノ祈祷師』を召喚。召喚時効果でトラッシュの『龍皇ジークフリード』を回収。そして再召喚!」

「おいおいまじかいな……。1ターンでこんなにもやりたい放題やるんかい」

「『龍皇ジークフリード』Lv2でアタック」

「ライフや」

 

残り、2つ。

 

「『メタルバーン』でアタック」

「流石にそれはブロックさせてもらうわ。『グリプ・ハンズ』でブロック、破壊される」

「ターンエンド」

 

『龍皇ジークフリード』に『ライフチェイン』を使うコンボ。

これはレイから教わったモノだ。

おかげで一気に場を持ち直した。

 

これなら……

 

「『魔界七将デスペラード』を召喚。去ね『メタルバーン』『ドラグノ祈祷師』」

 

なんて思っていたら、突然絶望の門が開いた。

 

「『魔界七将デスペラード』の効果、全てのスピリットのコア1個ずつをリザーブへ送る。この効果で消滅したスピリット1体につき、コアを1個このスピリットに置く。『メタルバーン』『ドラグノ祈祷師』『髑髏騎士ズ・ガイン』で3コアや。『魔界七将デスペラード』はLv2に上がる」

「これが……紫のXレア……!」

 

前にマドカが言っていた。

「Xレアにはそれ1枚で状況をひっくり返せる力がある」と。

 

召喚しただけで俺のスピリットは『龍皇ジークフリード』1体だけになった。

さらに相手はコアを3個も増やしている。

 

「『グリプ・ハンズ』『幻龍シェイロン』をLv2にアップ。ターンエンドや」

 

でも。

 

でもレイは言っていた。

「カードの強さはレアリティによらない」って!

 

「メインステップ!マジック『ダブルドロー』!デッキから2枚ドローする。『ロクケラトプス』『大鎌フール・ジョーカー』をLv2で召喚。『龍皇ジークフリード』もLv2に上げる!」

「来るか!」

「アタックステップ!『大鎌フール・ジョーカー』でアタック、アタック時効果で『グリプ・ハンズ』を破壊」

 

『グリプ・ハンズ』のLv2BPは3000。

『大鎌フール・ジョーカー』の効果破壊の対象内だ。

 

「でもまだワイにはシェイロンとデスペラードがおる!『幻龍シェイロン』ブロックや!」

 

『大鎌フール・ジョーカー』はBP4000。

『幻龍シェイロン』のBPは8000。

 

「フール・ジョーカーは破壊される。続けて『ロクケラトプス』でアタック」

「特攻かい!そのアタックは『魔界七将デスペラード』でーー」

「フラッシュタイミングで『バインディングソーン』を使用する!効果で『魔界七将デスペラード』を疲労させる!」

「なんやて!」

 

『バインディングソーン』は緑のコスト2のコモンマジック。

その効果は相手のスピリット1体を疲労させるというシンプルだが強力なモノ。

 

コジローのスピリットは全て疲労状態、ライフは2。

俺のフィールドにはアタックできるスピリットが2体。

 

これで、届く!

 

「『ロクケラトプス』のアタックはどうする?」

「ライフで受けるしかないわ、ドアホ」

「『龍皇ジークフリード』でアタック!」

「しゃーないな。マジック『ポイズンシュート』。『龍皇ジークフリード』のコア1個を外す。……もう何もないわ、ライフで受ける」

 

コジローの最後のライフがリザーブに置かれる。

その瞬間、俺の中で張り詰めた糸がプツリと切れ、椅子に深くもたれかかった。

 

こうして俺は初心者ながら、チカバ町大会に優勝したのだった。



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ターン6 新弾発売!

 

新弾【龍帝】【皇騎】の発売が発表された。

 

カッコよくて強い『魔龍帝ジーク・フリード』

使い勝手のいい防御マジック『ミストカーテン』

デッキ破棄してネクサス配置、ついでにコアブーフト『栄光の表彰台』

召喚時最大15枚破棄の『機動要塞キャッスル・ゴレム』

強いカードが多数収録される。

 

私の狙いは低コスト武装スピリット『機人エムブラ』

あとは『栄光の表彰台』と『機動要塞キャッスル・ゴレム』も青デッキを作りたいから欲しいかな。

 

「レイちゃん今日ウキウキだね。何かいい事あった?」

「あったじゃない、あるんだよ。学校が終わったらバトスピの新弾買いにいくの」

「やばっ!発売今日だっけ?私も学校終わったら買いにいこっと」

「じゃあ一緒に行こうよ。どーせオダイハマまで行かないといけないんだし」

「オッケー!ならレツも誘ってくるわね」

「そうだね。そういえばレツ、チカバ町大会優勝したんだってね」

「そうなのよ。レイちゃんがオダイハマに行ってた日にね。もう完全に抜かされちゃったわ」

 

私がオダイハマのショップバトルでヒャッハーしてる内にチカバ町大会が終わっていたらしい。

私はそもそもチカバ町大会ってなんだっけレベルなんだけど、まあ多分ゲーム内のイベントなんだろうな。

 

決勝戦はレツVSコジローの熱いバトルがあったとかなかったとか。

レツがどんなバトルをするのか、見たかったなー。

 

「マドカ、レイ。おはよう」

「おはようレツ。優勝おめでとう」

「ありがとう。レイもおめでとうな、オダイハマのショップバトルで優勝したんだろ?」

「うん」

 

対戦相手のことを考えないゴミプでしたけどね。

まあ優勝は優勝なので、ありがたく賛辞の言葉は受け取ろう。

 

「そういえば決勝の相手はコジローっていう関西弁の男だったんだけど、レイの知り合いって言ってたんだ。一体どーいう関係なんだ?」

「なんてことあらへん。前に1回バトルしたくらいの関係や」

「うわっ!?コジロー!?なんでここに!」

 

背後から声をかけるコジローに驚くレツ。

レツに対面してた私は当然コジローの存在に気づいてたけど、面白そうだし黙っといた。

 

「先日親の都合でチカバ町に引っ越してきたんや。で、この町に学校はここしかないからな。今日からここの生徒っちゅーわけや」

「そうか。これからよろしくな!コジロー」

「こちらこそよろしゅうな!レツ」

 

コジローが仲間になった。

てのは冗談として、カードバトラーが増えたのは素直に嬉しい。

色んなデッキと戦えるからね。

 

「じゃあ放課後、バトスピの新弾買いにみんなでオダイハマシティに行こー!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

さて、昨日ぶりのオダイハマシティですよ。

レツはオダイハマにあるおじさんの家に寄ると言っていたので、私はコジローと2人で先にバトスピショップに来た。

 

おっ、新弾あった。

売り切れてなくてよかった、とりあえず1BOXずつでいいかな。

後は欲しいカードが揃うまでタワーを引こう。

 

「コジロー君は何か狙いのカードある?」

「ワイは『吸血鬼ダンピール』と『王蛇ケツァルカトル』やな。レイは?」

「んー、Xレアなら『機動要塞キャッスル・ゴレム』あとはコモンとかかな。MレアやRは特に狙いはないよ」

 

お、『機人エムブラ』が3枚揃った。

後で『神機ミョルニール』と差し替えよう。

 

『ミストカーテン』はどうしようかな。

『バインディングソーン』なら攻めにも使えるし見送りで。

 

タワーを1個占拠してカードを買っていると、コジローが急に険しい顔になった。

 

「おいレイ、お前何かしたか?」

「ん?どーしたの急に」

「アレや」

 

コジローの視線の先には、フードや帽子で顔を隠した男たちがいた。

チラチラとこちらの様子を伺っている。

 

「んー知らないかな。私の髪色が珍しいんじゃない?ほら、私 銀髪だし」

「アレがそんな視線かいな。レイ、ホントに何もしてないんか?」

「してないよ。……でももう出ようか」

 

買ったカード達を仕舞い、ショップから出ようとする。

が、

 

「おいなんやアンタら。邪魔や退け」

 

謎の男たちが扉の前に立ち私たちの邪魔をする。

さっきは気づかなかったけど、この男達の服には黒い山羊のマークがデザインされていた。

 

(なんだ、あの害悪集団か)

 

私は男たちの正体を理解した。

よーするにゲームの敵組織の下っ端なんだ、こいつらは。

 

「……お前、昨日あの加賀美緋色(かがみひいろ)とバトルしてたな。しかも圧勝している」

「人違いです。そこ、どいてください」

「っと、そういう訳にもいかねぇんだわ。……なあ、オレたちと『バトスピ』しないか?」

「はぁ?アンタらええ加減に……」

「いいよ」

「おいレイ!わざわざ挑発に乗ってやることはあらへん! 今からでも」

「どーせ断ったら断ったで変なこと言ってくるタイプだよ。粘着されるのが分かってる虫なら、早く振り払った方がいい」

 

コジローの忠告を無視して男たちの要求を飲む。

男たちはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「その前に、カードを買ったばっかりでデッキ構築をしてないのよ。ちょっと時間くれない?」

「いいぜ。好きにしな」

 

そうですか、じゃあ遠慮なく。

デッキに新弾のカードと共に『フレイムテンペスト』を3枚を組み込む。

普通に戦っても負ける気はしないけど、念の為。

 

「お待たせ。それじゃやろうか」

「やっとか。待たせやがって」

 

デッキをシャッフルしてプレイマットに置く。

じゃんけんの結果、私が先攻だ。

 

「始めようか。先攻は譲ってやるぜ」

「……スタートステップ、ドローステップ、メインステップ。『ガトリングスタンド』を召喚、ターンエンド」

 

上から目線のムカつく台詞を聞き流して淡々とターンを進める。

 

「俺のターンだな。『ゴラドン』『エッジホッグ』『リザドエッジ』『カプリホルン』を召喚するぜ。ターンエンドだ」

 

一気に4体もスピリットを召喚、01デッキかな。

 

「フードのニーチャンは低コストデッキか。BPは低いけど数が多い、厄介な相手やで」

 

それは元の世界での話、ここではどうせBPが負けてたらアタックしないんだから関係ない。

ここは数を並べて自分のライフを守るよりも、さっさと相手のライフを削って相手に攻撃させないのが正解だ。

 

「メインステップ『機人エムブラ』を2体召喚。アタックステップ『機人エムブラ』でアタック」

「ライフで受けるぜ」

「もう1体の『機人エムブラ』でアタック」

「それもライフで受ける」

「『ガトリングスタンド』でアタック」

「……ライフだ」

「ターンエンド」

 

01デッキは相手のフラッシュを気にせず殴れるから楽だ。

あって『バインディングソーン』くらいだし。

早々にライフを3つ削ることができた。

 

「『ビートビートル』『フライングミラージュ』を召喚。そして『カプリホルン』と『エッジホッグ』をLv2に上げるぜ。アタックステップ、『ビートビートル』でアタックだ!」

「フラッシュはない、ライフで受ける」

「『ゴラドン』でアタック」

「フラッシュはない、ライフ」

「『リザドエッジ』でアタック」

 

それはさすがに無防備に攻めすぎだよ。

ま、そういうものだから仕方ないけど。

 

「フラッシュタイミング『フレイムテンペスト』あなたのスピリットは全部破壊される」

「なっ……!」

 

バトルの前に組み込んだ『フレイムテンペスト』

このマジックはBP3000以下のスピリット全てを破壊する効果だ。

相手のスピリットは全て破壊対象、ご愁傷さま。

 

「くそっ!ターンエンドだ」

 

フードの男のフィールドには何も無く、手札も0。

2コスビートと違い、手札が枯渇する01デッキは一度フィールドを焼かれると立て直しが効かない。

もう詰んでるよ。

 

「私のターン。スタートステップ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……で、アイツら一体何者なんや」

「さあ?『機人エムブラ』でアタック」

「さあて、知らんてことはないやろ。そのアタックはライフで受ける。ワイはバトルの前に『フレイムテンペスト』をデッキに入れてたの見てたんやで」

「数で攻められるデッキの対策にいいかなって。たまたま刺さってよかったよ。『巨神機トール』でアタック、フラッシュタイミングで『インビジブルクローク』を使用、トールはブロックされない」

 

黒い山羊のマークの集団とのバトルに勝った私たちは、グランドセンターで新弾のカードを使ってバトルしていた。

 

「ライフで受ける。……で、『機人エムブラ』を破壊して回復かい。新しいカードが入っても変わらないんやな」

「まぁね、これが1番楽しいし。回復した『巨神機トール』でアタック」

「楽しい、か。ホンマにそうやったらええんやけどな。マジック『デッドリィバランス』を使用、ワイの『魔界七将デスペラード』を破壊して『巨神機トール』を道ずれにするわ」

「……ターンエンド」

 

しまった、勝負を焦ったかな。

紫はこの無条件破壊があるから気をつけないといけなかったのに。

 

「『マミーラ』を召喚。なぁ、ちょっとええか?」

「うん? なに?」

「ワイにはアンタが何で悩んでるのかは知らへん」

 

悩んでる?私が?

 

「アンタに相談する気がないなら、無理やり聞いたりもせん。でも、悩んでも悩んでもどーしよーもなくなった時は頼ってくれてええんやで」

 

そういうとコジローはターンエンドを宣言した。

 

私の悩み……悩みか。

あるにはあるけど、

 

「大丈夫だよ。私にはレツがいるから」

「カカッ、ここでもやっぱりレツか!」

 

私の返事にコジローは腹を抱えて笑い出した。

こうしてると、私は誰かとバトルをしているのだと感じる。

バトルの間に流れる声が、感情が、心地いい。

 

でも、実際は、みんな、ただのデータなんだ。

 

「…………」

「ん?どうかしたか?」

「いや、なんでもないよ。『デュアルキャノン・ベル』を召喚。アタック」

「『マミーラ』でブロックや。『サイレントウォール』を使うから、これでアタックステップは終了やで。まだ終わらせへんよ」

 

コジローの宣言通り、その日のバトルはいつもよりも長く続けられた。

 

 

 

 

まあ結局私の勝ちなんですけどね!



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ターン7 もう1人の転生者?

 

「レイちゃん! 遂に始まるのよ、『コアリーグ』が!」

「何その無駄な倒置法」

 

レツのおじさんの家で調べ物をしていると、帰ってきたマドカがものすごい勢いで入ってきた。

 

「で、なに? コアリーグ? CS(チャンピオンシップ)と何か違うの?」

「CSほど大きい大会じゃないんだけどね。オダイハマハイパードームを貸し切ってやるらしいのよ! 来月から予選も始まるんだって!」

 

コアリーグ……ゲームにそんなイベントあったっけな。

あったんだろうな、多分。

もう何年も前のゲームのことだから細かいこと忘れてて困る。

 

まぁ大会が開催されるというなら出ようかな。

 

「あれ、来月から予選?てことは」

「そう。予選を勝ち進んだ人だけが本戦に出れるの」

「予選って、どこでやってるの?」

「え? えーっと、確かね……あれ?」

 

あ、忘れたやつですねこれ。

えーと『コアリーグ』『予選』で検索検索……と。

 

「地域のショップバトルで優勝したら、本戦出場権が貰えるのね」

「そう! それよ!」

 

地区予選までのCSじゃんそれ。

 

「来月のショップバトルイベントだから、チャンスは4回だね。私とレツとコジローと……あとはマドカとワタルで泥沼かな?」

「うっ、そうよね……。私も頑張らないと」

「なんなら4回全部に出場しようかな」

「それは辞めて! 希望がなくなるから!」

「冗談だよ」

 

さすがにそんな無粋なことはしない。

そんなことしてもレツが強い人とバトルする機会を失うだけだ。

 

……あれ、そういえば私まだレツとバトルしたことなくない?

 

「マドカ! レツが今どこにいるか知らない!?」

「えっ! いきなりどうしたの」

 

私の目的はレツ(強いカードバトラー)とバトルすることだ。

そのためにレツにバトスピを教える、レツを強くするために強い人を宛てがう。

そしてレツは強い人と戦って、私とはまだバトルしていない。

 

いつの間にか手段が目的になっていた。

本来の目的は簡単に達成できたのだ。

 

「レツなら多分、オダイハマを見て回ってると思うけど……レツは電話持ってないし、どこにいるのかまではちょっと」

「そっか。じゃあ出かけてくるから、お留守番よろしく!」

「え、ちょっと、レイちゃーん!!!???」

 

マドカに部屋の鍵を押し付けて、私はレツを探しに飛び出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「レツ! 私とバトルして!」

「ん? うわっ、レイ? どうした急に!?」

 

レツはマンションの目の前の「勝利の記念公園」にいました。

すぐ見つかってよかった。

オダイハマ中を走り回るとかあんまりしたくなかったし。

 

「ほら、ポケモンだって目が合ったらバトルでしょ? だからレツと目が合った、はいバトルね!」

「落ち着けレイ! 言ってること無茶苦茶だぞ!?」

 

「ええい! うるさいぞ君たち!」

 

レツにバトルを申し込んでいると声が大きかったのか、金髪のお兄さんに注意されました。

ホントごめんなさい。

 

「ソウマ殿、気持ちは分からんでもないが少し落ち着いたらどうじゃ。せっかくの茶会じゃし、優雅にの」

「はっ……すいません()()()

(ヒメ様? て確か……)

「あれ、キミってさっきの……」

「また会ったの、レツ」

 

ヒメと呼ばれる着物をしっかりと着付けた蒼髪の女の子は楽しそうにコチラを見てくる。

三葉葵姫子(みつばあおいひめこ)ーーゲーム中盤に登場する、青デッキ使いの子だ。

確かゲーム内でもトップ3に入る強さじゃなかったかな?

 

「三葉葵家の風習で、妾達もバトスピに興じておるのじゃが……どうじゃレツ、よかったらそなたもやらぬか?」

「ヒメ様! そんな平民などと戯れずとも、御相手なら私が」

「なに、()()()()()()()が多くてな。妾としても少しは楽しみたいのじゃ」

 

おおー、辛辣だねこの姫様は。

思っても口に出しちゃいけないよそういうのは。

 

「様子見などと言っていつまで経っても攻めて来ない……そんな者に妾の相手が務まろうか。接待はいらないのじゃ」

(え?)

 

ヒメ様の発言に引っかかるものを感じる。

 

いつまで経っても攻めて来ない、それはCPUの仕様だ。

そしてそれを接待と言い切った。

それはつまり、ヒメ様はその動きが不自然だと感じている、てこと?

 

「……ねぇ、ヒメ様。よかったら私とバトルしてくれませんか?」

「レイ?」

 

気づいたら私はそう言っていた。

さっきまではレツとバトルする気だったが、これは事情が変わってくる。

 

「ふむ、別に構わんよ。どうやらかなり自信があるようじゃな、楽しみじゃ」

 

この世界に転生してきた時、考えたことがある。

 

果たして転生してきたのは私だけなのか、と。

私以外にもNPCに転生した人はいるんじゃないか。

 

もしかしたらヒメ様がそうなのかもしれない。

そう思ったら、バトルを挑まずにはいられなかった。

 

「……私は青デッキを使います。新弾のカードを使った、青デッキです。本気で勝ちにいきます」

「それは奇遇じゃな。妾も青デッキを使うぞ。同じく新しいカードを入れた青デッキをな」

 

ヒメ様も青デッキ。

私の予想が正しければ、多分ミラーマッチだ。

 

(負けられないな)

 

 

◇◆◇◆

 

 

新弾が発売された現在のカードプールにおいて「本気で勝つデッキ」と言ったら何か。

 

制限カードの『大天使ミカファール』それとも『2コスビート』の速攻か。

多分そのどちらでもない。

 

『栄光の表彰台』これを使ったコントロールデッキだ。

ノーコストでネクサスを配置し、シンボルとコアを増やす。

そして増えたコアで大型スピリットを速攻で出すデッキだ。

 

そもそも『バトルスピリッツ デジタルスターター』においてプレイヤーが使うデッキは限られてくる。

ライフを減らして『インビジブルクローク』でゴリ押して勝つデッキか、『機動要塞キャッスル・ゴレム』や『神造巨兵オリハルコン・ゴレム』と一度に大量に破棄できるスピリットでLOを狙うデッキだ。

 

スピリットを沢山召喚したり、一々アタックなんてしてたら処理が重くなってストレスがかかる、という悲しい理由からだけど、まあ最終的には大体の人がこのどちらかのデッキをに行き着く。

 

現在の環境ではシンボルを2つ以上持つスピリットが少ない。

だから『インビジブルクローク』を使うデッキよりも、青デッキの方を使うプレイヤーの方が多い、と思う。

 

「さて、では始めるかの。先攻は妾じゃ。ネクサス『栄光の表彰台』を配置、ターンエンドじゃ」

「……メインステップ、ネクサス『栄光の表彰台』。ターンエンド」

 

やられた。

 

やっぱりヒメ様もネクサスデッキか。

しかもお互いに初手『栄光の表彰台』それなら先攻のヒメ様の方が展開が早い。

 

このじゃんけんに勝てなかったのはプレミだ……!

 

「メインステップ、ネクサス『百識の谷』を配置じゃ。『栄光の表彰台』の効果で妾のデッキを4枚破棄することでコストを確保する」

 

あ、そんなことなかったわ。

ヒメ様もCPUだこれ。

 

「『調教師ライナ兄弟』を召喚、召喚時効果でボイドからコアを2個、『調教師ライナ兄弟』に置く。ターンエンドじゃ」

 

頭から熱が引いていくのが分かる。

サウナから水風呂に入ったみたいに、スゥーっと体が冷えていく。

 

「メインステップ、『栄光の表彰台』をLv2にアップ。『栄光の表彰台』をもう1枚、Lv2で配置。既に配置している『栄光の表彰台』の効果で3枚破棄してコスト確保」

 

さらに『栄光の表彰台』Lv2効果。

自分がネクサスを配置した時、ボイドからコアを1個リザーブに置く。

 

「『心臓破りの巨大坂』を配置。2枚の『栄光の表彰台』の効果で2コアブースト」

 

ヒメ様は『栄光の表彰台』をLv1のまま『百識の谷』を配置した。

Lv2ならコアを増やせたのに。

CPUがスピリット・ネクサスのレベルを上げるのは、手札から出せるカードがない時だけだからね。

あの動きだけで、ヒメ様がCPUだと断定できる。

 

「『機動要塞キャッスル・ゴレム』を召喚。召喚時効果でデッキを15枚破棄する」

 

『栄光の表彰台』のおかげで1コストも支払わずに3コアブースト、さらにシンボルを2つ稼いだ。

だからこそ4ターン目と早い段階からこんな大型スピリットを出せる。

 

「ターンエンド」

「ほほう、やるではないか。『百識の谷』の効果で2枚ドローするぞ。……メインステップ、『ドラグノ祈祷師』を召喚、効果で『機動要塞キャッスル・ゴレム』を手札に戻す。ターンエンドじゃ」

 

次のターン、私は引いてきたカードは2枚目の『機動要塞キャッスル・ゴレム』

ヒメ様のデッキは残り12枚。

 

それじゃあさっさと終わらせようか。

 

「『機動要塞キャッスル・ゴレム』を召喚。召喚時効果で15枚破棄。ターンエンド」

「スタートステップ、デッキ0で妾の負けじゃ」

「はい私の勝ち」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「おお! すげーなレイ!」

「まさかヒメ様が負けるとは……あなたのご友人は、とてもお強いカードバトラーなのですね」

 

そうだよ、よく考えたら『氷田零』が青デッキ使うって言っても無反応だったし、そもそも()を見て違和感を感じない時点で気づくべきだった。

 

「ふむ、お主はレイと言うのか……覚えたぞ。お主もコアリーグに出るのか?」

「コアリーグ?」

 

レツが首を傾げる。

まだ聞いてないのかな。

 

「今度オダイハマで開かれる結構大きな大会だってさ。もちろん私は出るよ」

「そうか。妾がバトスピで負けるなんて、いつぶりじゃろうの。妾もコアリーグに出場する、この借りはその時に返すぞ。そしてレツ、申し訳ないが今日はもう時間がない。レツもコアリーグに出るのなら、そこでバトルしようぞ」

 

ヒメ様達はそういうと、広げていた荷物を片付けて駅の方へ向かっていった。

そろそろいい時間なので私達も帰らないといけない。

私とレツは、レツのおじさんのマンションに向かって歩き始めた。

 

「レイって、白以外のデッキも使うんだな。……いや、思い出せばマドカとのバトルでは赤と緑の混色だったっけ」

「1個の色やデッキに固執する気はないからね。その方が楽しいし」

「そっか、そうだよな」

 

1つのデッキで頑張るのなんて、アニメの世界だけですよ。

普通の人は何個もデッキを持ってます。

私も『白デッキ』『ミカターボ改』『青コン』と3つ持っている。

 

「俺は、レイが白デッキを使ってる時が1番好きだな。なんていうか、イキイキしてて」

「それ以外は基本殴らないデッキだからね。バトルしないスピリッツになるし。趣味じゃないから」

 

バトスピに限らず、ゲームは楽しむことが大事だ。

自分と相手がいて双方が楽しめるバトスピ。

それが理想だ。

 

そう、理想。

現実はそうじゃない。

 

私はこの世界がゲームにしか見えない。

相手が人間ではなく、CPUとしか感じない。

バトルに、相手の感情を感じない。

そして(プレイヤー)も、CPUの動きに作業的に合わせるだけだ。

 

私はバトスピが好きだ。

でも、この世界に来てから、昔ほど楽しいと感じていない。

 

私は、どうしてこんな世界に来てしまったのだろう。

こんなつまらない世界に。

 

願わくは、この主人公君が退屈を壊してくれることを。



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ターン8 ゲームの裏ボス

【注意】この話には『バトルスピリッツ デジタルスターター』の重大なネタバレを含みます


 

「キミは別に強くない。むしろ弱い。こんな世界で強いって言っても、所詮井の中の蛙なんだよ」

「巫山戯るな! ボクは……ボクは強い! お前なんかに、負けない!

 

人気のない通路で、私は彼とバトルしていた。

 

彼の声から伝わってくる憎悪や怒りの感情。

彼は本気で私を倒しにきてる、本気で殺しにきてる。

 

でも、なんて虚しいことだろう。

 

彼の(スピリット)は、いつもと変わらず冷淡な顔をしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

ヒメ様と出会ってから1ヶ月。

コアリーグの予選が終わり、私とレツ、コジロー、マドカが本戦出場権を得た。

最終週は、やはりマドカとワタルが泥仕合をしたらしい。

その間にレツやコジローがあの黒い山羊のマークの男達と会ったり、そいつらを他の場所でチラホラ見かけた等の話を聞いたが、まあ些細な事だ。

 

そんなこんなあったが、無事コアリーグ当日を迎えた。

 

「セクシー!!!」

「「「ノー! ギャラクシー!!!」」」

 

バトスピ界のカリスマ、ギャラクシー渡辺の進行でコアリーグは進められる。

 

初戦は謎の洋館の美人メイドのイズミさんが相手だった。

ゲームやってた頃は、「仕事のできる女性」って感じがして好きだったんだよね。

イズミさん×カガミ君で妄想拗らせてた時期があったなあ(遠い目)。

 

ま、結果は言わずもがな。

憧れの人でもCPU相手に負けるわけがない。

 

コアリーグは昼前から始まり、一回戦が終わったら休憩が入る。

チカバ町組で勝ち残ったのは私とレツだけだ。

初戦がレツVSコジローで、コジローは敗退した。

マドカはまぁ……うん、頑張ったよ。

 

そして、事件が起こったのはまさにその昼休憩の時だった。

 

(うっわまたアイツらいるよ)

 

売店を見て回っていると、柱の陰にどこかで見たキャップとフードの男たちがいた。

 

(この大会で『品定め』ってことかな。まったくご苦労なことで)

 

前に会った黒い山羊のマークの集団。

彼らについて調べはついている。

 

違法賭博集団『ブラックゴート』

ゲームで何度も戦ったはずなのに何故か名前が思い出せなかった人達だ。

分かりやすく「○○団」とかにしろよ。

 

彼らはバトスピの試合をネットで中継、その勝敗を賭けの対象にして荒稼ぎしている。

彼らの面倒なところは、試合を盛り上げるために強いカードバトラーを勧誘。

それを断ると粘着して、バトスピを辞めさせられた人もいるとか。

 

しかも警察が動いても一向に逮捕の兆しがないという。

裏で大きなお金が動いているとかいないとか、色々な噂がある。

 

(しかもそこそこ大きい団体だから、末端を潰したところでトカゲのしっぽっぽいのがまた……さっさとボスに接触出来たら楽なんだけど、()は学校休んでるしなぁ)

 

まぁ彼らについては主人公(レツ)に任せておけば何とかなるだろう。

 

そう思って、下っ端ブラックゴートを無視して進もうとした私だが、その時聞こえた声に思わず彼らの方を二度見した。

 

「お前ら、引き上げるぞ」

「もう? まだ一回戦しかーー」

「いくぞ。ボスからの命令だ」

 

フードとキャップの男に指示を出していたのは蒼髪の少年。

 

七篠(ななしの)……正人(せいと)!)

 

彼は私やレツの同級生だ。

クラス内に1人はいるような、根暗で目立たない子。

しかしその正体はブラックゴートの裏ボスなのだから笑えない。

 

ゲームの記憶で彼のことを知ってる私は昔から彼にちょこちょこアプローチをかけていたのだが、あまり効果はなかった。

 

「ねぇ、七篠……いや、ここではナナシの方がいいか。こんな所で何やってるの?」

「! ……ビックリしたな。レイさんはこの後試合じゃなかったっけ? 行かなくていいの?」

 

私が話しかけると、彼はナナシではなく七篠正人として返事をした。

まったく、マスクを被るのが好きなようで……

 

「ねぇナナシ、私とバトルしない? ルールは貴方がライフ8、手札8、初期手札固定でいいよ」

「……!」

 

『ブラックゴート』の賭けバトスピには、特殊ルールがある。

明らかに実力差がある2人がバトルする時、片方にハンデをつけてバトルをすることで、オッズが偏らないようにするためらしい。

 

まぁゲームではただのハンデマッチに成り下がっているが。

ちなみにさっきの条件は『ラスボス:ナナシ戦』でのハンデ内容だ。

 

「おい、あんたコアリーグに出場してた氷田零だよな? なんだか知らねーがツレに手を出そうってんならただじゃおかねえぞ」

「そうだぜ。イチャモン付けようってんなら、それなりの覚悟はできてんだろーなー!?」

「黙ってろよお前ら」

 

絡んできたフードとキャップの男に、ナナシは静かに、はっきりとそう言った。

 

「お前らは戻ってろ。あとはボクが何とかする」

「いや、でもーー」

「いいから散れ。2度はない」

 

ナナシがそういうと、2人はしぶしぶ引き下がった。

んー、思ったより物分りがいいな。

話が早いのは大好きだよ。

 

「まったく……変則ルールのことまで知ってるなんてね。一体どこまで知ってるの?」

「キミがブラックゴートの裏ボスってことと、ブラックゴートを創った理由。それくらいかな」

「ははっ、そこまで……! ……で、どーするの? 警察に突き出す?」

「まさか、さっきから言ってるじゃん。バトルしよう、てさ」

「ボクとバトル、ねぇ」

「うん。だってナナシ、バトスピ()強いんでしょう?」

「……どういう意味だ?」

「あれ、君がバトスピだけは強かったから、それで優越感を得ようと仲間が欲しくて出来たんだよね?ブラックゴート結成の理由、そんなんじゃなかったっけ」

「……なんで、それを……!」

 

予想外に驚いた反応をされた。

確かゲームでそんな感じのことを言ってたと思うんだけど……あっ。

 

もしかして、知りすぎてた?

 

そうだよ、よく考えたらそんな理由で違法賭博集団結成なんてふざけてるし、きっとナナシは耳障りのいいことを仲間に言ってたはずだ。

 

「ふふ……本当に知ってるんだね。……いいよ、バトルしよう。それでキミは何を望む?」

「望み?」

 

望みなら、強い人とバトルすることかな。

その点、自称強者のナナシとバトルすることは望みを叶えてると言える。

 

「バトスピは賭けだ。賭けなら、勝者には賞品を与えないといけない。それでキミは何を望む?」

「あぁそういうこと。別に何もいらないよ。私が勝っても、ナナシたちはそのまま活動すればいい」

「? ならキミはどうしてーー」

「だからさっきから言ってるじゃん。私はナナシとバトルがしたいってさ」

「ふふっ、ハハハ! ……本気で言ってるの? それ」

「本気だよ。そのためだけに声をかけた」

 

だって、この機会を逃したら()()()()()()からーー

 

「そっか、分かったよ。じゃあこっちからも1つだけ。……ハンデはなしだ。賭けじゃないなら、ハンデをつける意味がない。ただの遊びだ」

「……へぇ。別にいいよ。ナナシとバトルできれば」

 

意外な提案だった。

まさかハンデをなしにするなんて。

ハンデ前提だったから元々『青コン』で戦うつもりだったけど、これは……

 

どうやらナナシにはナナシで譲れない信条があるらしい。

なら、私も私の信条を以て応えるのが礼儀だ。

 

「じゃあやろうか。楽しもうね、バトスピを」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻はボクだ。スタートステップ」

 

建前は『遊び』となっているが、実際は違う。

これはナナシの大切なものを賭けたゲームだ。

 

ナナシは『他はダメだがバトスピだけは強かった』男だ。

彼にとってバトスピで負けるとは、そのアイデンティティを失うことに等しい。

 

「『ヘルスコルピオ』をLv1で召喚。さらにネクサス『藍紫の虚空』を配置。ターンエンド」

 

対して私は失うものは特にない。

ナナシだけがベットをしている、もはや賭けとも言えない何かだ。

 

人は大事なものを賭けていると手が縮む。

普段のように平常心で戦うことはできない。

 

「『機人エムブラ』をLv2で召喚。アタックステップ、『機人エムブラ』でアタック」

「ライフで受ける」

 

でもナナシは私にハンデをつけなかった。

いや、つけられなかった。

 

何故なら『ハンデを付ければ自分の方が劣っていると認めることになる』から。

ブラックゴートのルールが、彼を縛った。

 

だからナナシはこの勝負に勝たないといけない。

ハンデなしで勝って初めて「心境的不利を覆せる強さがある」と誇示できる。

 

「ネクサス『緑眼の虚空』を配置。そしてマジック『ストームドロー』を使用。『ヘルスコルピオ』をLv2にして、ターンエンド」

「私のターン。『ウィンガル』を召喚。不足コストは『機人エムブラ』より確保。『ウィンガル』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ナナシもその事は分かってるはずだ。

だからこそ、あんなに真剣に、真っ直ぐに勝ちに来てる。

 

でもね、CPUの呪縛に囚われてる内は私に勝つことはないよ。

 

「メインステップ。『キングタウロス大公』を召喚。召喚時効果でボイドからコアを1個、『キングタウロス大公』に置く。ターンエンド」

「私のターン、スタートステップ」

 

ナナシはこのターン『藍紫の虚空』でアタックできない『ヘルスコルピオ』をブロッカーに残して『キングタウロス大公』だけでもアタックすべきだった。

 

さすがにこれだけカードを見ればナナシのデッキがどんなものか想像がつく。

あのデッキなら、ナナシもさっさと私のライフを削っておかないと対等に殴り合えないのに。

 

「マジック『ライフチェイン』を使用。『ウィンガル』を破壊して6コアブースト。『鋼人スルト』をLv2で召喚、アタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ライフの数は5対2。

私はナナシにチェックをかけているのに、ナナシは一向に駒を進める気がない。

 

「ナナシ、1ついい?」

「……なに」

「どうしてブラックゴートなんて作ったの? そんなの作ったって、強さを誇示することはできないのに」

「……ボクは強い。だからみんな、ボクに従ってーー」

「集団でいることで強くなったと勘違いするな」

「なっ!」

 

今の台詞はとあるゲームの博士のものだ。

害悪集団相手への煽りとして、十分に使える。

 

「ホントに強いなら、コアリーグでも何でも出ればいい。わざわざ影武者なんて用意する必要もない。と、喋りすぎたかな。バトルを続けよう」

「……そうだね。確かにボクに仲間が多いからって、それが強さと直接結びつく訳じゃない。ボクの強さを示す方法は1つ、キミに勝てばいいんだ! メインステップ『大甲帝デスタウロス』を召喚!」

 

ナナシは『大甲帝デスタウロス』の転召の対象に『キングタウロス大公』を指定し召喚し、召喚時効果でコアを1個増やした。

 

「『大甲帝デスタウロス』をLv2に上げる。ターンエンドだ」

 

どうやっても、変われないものだね。

 

「『巨神機トール』をLv3で召喚。アタックステップ、『巨神機トール』でアタック」

 

フラッシュタイミングでマジック『インビジブルクローク』を使用する。

これで『巨神機トール』はブロックされない。

 

「ライフで受ける」

 

ナナシのライフは、残り1つ。

 

「『巨神機トール』の効果、『鋼人スルト』を破壊することで回復する。もう一度アタック。『インビジブルクローク』の効果でブロックされない」

 

これで終わり。

 

「ナナシ……キミは別に強くない。むしろ弱い。こんな世界で強いって言っても、所詮井の中の蛙なのよ」

 

ナナシは囚われている。

ゲームの設定という呪縛に。

 

彼は自分にはバトスピしかないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っている。

 

「巫山戯るな! ボクは……ボクは強い! お前なんかに、負けない! フラッシュタイミング、マジック『デッドリィバランス』を使用! 消えろ『巨神機トール』!」

「ターンエンド」

 

ナナシは『デッドリィバランス』を使い『ヘルスコルピオ』と『巨神機トール』を破壊した。

それでも、ナナシの残りライフは1。

状況は変わらない、変えれない。

 

「『魔界七将デスペラード』を召喚。ターンエンド」

 

だって彼はCPUだから。

どれだけ怒り、追い詰められても結果が変わることはない。

 

「マジック『ストームドロー』を使用。もう1枚『ストームドロー』。……『巨神機トール』と『インビジブルクローク』を破棄する」

 

ナナシがどんな人生を送ってきたのかは知らない。

ナナシにとってバトスピがどれほど大事なのかも知らない。

 

でもそんなこと、私の知ったこっちゃない。

 

「『鋼人スルト』をLv2で召喚。そのままアタック、フラッシュタイミングで3枚目の『インビジブルクローク』を使うよ」

 

だってバトスピもこの世界も、結局はゲームなんだから。



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ターン9 リゾート地での戦い

ま た や ら か し た 。

 

コアリーグ2回戦、本来なら私とレツがバトルをする予定だった。

しかし私がナナシとバトルしていたせいで遅刻、そのまま棄権扱いになっていたらしい。

私が戻ってきた時には決勝戦でレツとヒメ様がバトルしていて、完全に手遅れだった。

 

そんな経緯もあり、コアリーグはレツの優勝という形で終わりを迎える。

そしてコアリーグ終了と共に、あの害悪集団が本格的に動き始めた。

 

「ブラックゴート?」

「それがあの黒い山羊のマークの奴らの名前ね。まぁそのままだけど。何か色々やってるよ」

 

ブラックゴートが私達に接触してきたのだ。

まぁ正確にはレツ達に、だけど。

 

私がナナシの心を折っても彼らは変わらず絡んでくるらしい。

レツは既にコレクターとパンクとかいう奴らにバトルを挑まれ、返り討ちにしたそうだ。

ヒメ様やコジローも絡まれてるのに私の方に一切来ないのは何故。

 

「我らとしても、あのような無法者は放っておけぬ。奴らを根絶やしにするため、策を講じようぞ」

 

と言うわけで今日は『ブラックゴートを何とかしようの会』として、私とレツ、マドカ、コジロー、ワタル、そしてヒメ様の6人が集まった。

谷姉弟は明らかに戦力不足だが、そこはまあご愛嬌。

 

「レイが集めた情報の中でも最も重要なことは、あ奴らは勧誘を断った凄腕カードバトラーに嫌がらせをする、というところじゃ。奴らが接触してくるその時であれば捕まえる機会もあろう」

「前置きからして、囮作戦ってことですね」

「うむ、そうじゃ。察しが良いの。と言うわけで我らはこれから合宿を行おうと思う」

「予算は?」

「三葉葵家がもつ」

「ホンットにありがとうございます」

 

合宿というワードに皆は「ん?」という顔になるが、ゲームで展開を知ってる私からすれば金銭面の方が重要だ。

寄生するようで申し訳ないけど、学生の私達にとって合宿費用は大金なので……。

 

「明日の朝、三葉葵家のもつ無人島に皆で行くとしよう。食事や寝床はこちらで用意するので、皆は着替えとカードさえ用意すれば良い」

「無人島やて!?」

「えぇ……ヒメの家って、ホントにお金持ちなんだな」

 

今更三葉葵家の財力に驚いてる男共。

というかレツはゲームのイベントで店ごと買い占めようとしたこと知ってるでしょ……。

 

「では、朝7時にリゾート海岸に集合じゃ。各々用意を整えるがよい」

 

 

◇◆◇◆

 

 

コアリーグが終了してから、新たに【爆神】【天醒】【戦嵐】のパックが発売された。

 

つまりグランウォーデン無双である。

あのゲームをプレイしていた人なら分かるだろうが、ここまで来れば勝ち確、ハンデマッチの変則ルール以外ではまず負けない。

 

コアリーグやナナシとのバトルで得たGを全て投じて大量買いしましたよ。

おかげさまで私のデッキにはグランウォーデンが3投です。

 

それにわざわざタワーで引いて、白ジークリも引きましたよ!

グランウォーデン集めるまでに5枚くらい余ったけど。

 

ちなみにヴァルハランスは不採用だし、そもそも爆神をあまり買ってない。

 

新デッキを携えて私は合宿に臨む。

合宿といっても結局はブラックゴートをおびき寄せる餌なので特に何かやるわけではない。

何もしなくてもどーせアイツら引っかかるし。

 

無人島といってもビーチはあるし、三葉葵家のおかげで遊ぶために様々なものが用意されている。

ビーチで遊んで、たまにバトスピしよーぜー、となると思ってた。

 

「では、これからあの連中が来るまで我らは切磋琢磨して腕を鍛えようではないか。100戦くらい出来たらいいの」

「俺も赤以外のデッキを作ってみたんだ。それも試してみたいな」

「えーホント? じゃあレツ、私とやろーよ」

 

ど ー し て そ ー な る 。

 

え、君たちホントに学生だよね?

いくらなんでもバトスピに魂売りすぎじゃない???

 

「ならばレイは妾とやるか。コアリーグでは戦えずじまいじゃったからの」

「いいですけど……せっかくの島ですし、少し遊びません?」

「何を言うておる。ブラックゴートなる輩がいつ来てもいいように気を引き締めておかねば」

「そうだね。じゃあ早速お邪魔するよ」

「! お前たちは!」

 

私たちが島に到着してからわずか1時間後、ブラックゴートの幹部の皆さんもご到着。

 

いやいくらなんでも早すぎるでしょ。

待ち伏せでもしてたのか。

 

「! ナナシ、お前……」

「レツくん、悪いけどボクはコチラ側だ。……ボクにも色々あってね」

 

お、ゲームの通りナナシもちゃんと来てるのか。

まあ逃げない根性は褒めてやろう。

 

そういえば、みんなにはナナシがブラックゴートの裏ボスであることは言ってない。

わざわざ教える必要もないと思うし。

 

「やあ、僕はハッカー。キミたちの代表と話がしたい」

「ならば、妾が話を聞こう。で、何用じゃハッカーとやら。懺悔でもしに来たのか?」

「ハハッ、まさか。僕たちはキミたちを潰しにきた」

「知っておる。それでこんな大勢連れて、どうするつもりじゃ?」

「僕たちはバトスピをしにきただけさ。といっても普通にやっても面白くない。キミたちは6人、こちらも6人だ。1対1で戦い、勝ち点が多いチームの勝ち、てことにしないか?」

 

どーしてそういう形式で偶数人チームを選ぶのか。

5人チームでいいでしょ。

 

「……よかろう」

「ヒメ! いいのか!?」

「仕方あるまい。こちらは学生のみ、あちらには1人体格のよい男がおる。バトスピで決着をつけれるだけマシじゃ」

 

え、なんでみんな護身用の道具持ってないんですか?

三葉葵家の人に頼んだら貰えますよ。

リアルファイトのために警棒くらいは持っておきましょうよ。

 

「じゃあ、各バトルの前に戦う人が1歩前に出る。1度戦った人は2回戦えない。このルールでいこう。順番決め等、好きに相談してくれ」

 

なるほど、つまり後半にバトルする人はある程度対戦相手が予測できるってことね。

 

「で、どーする?」

「ふむ。……まず一勝、確実に取りたい。レツ、頼めるか?」

「えー、私最初に行きたいんだけど」

 

ヒメ様はレツを指定するが、私はそれに反対する。

 

「レイか、お主でもよいと思うが……何か訳でもあるのか?」

「あるよ」

「そっか……なら任せたぜレイ」

 

だって初戦はハッカーが相手なんだもん!

 

私はゲームで、初戦の相手がハッカーになることを知っている。

いやホントなら全部の順番を知ってるはずなんだけど、昔のこと過ぎて忘れた。

 

ブラックゴート相手に、普通なら誰が相手でもいいんだけど、あっちには1人ヤバい奴がいる。

 

モヒカンの男、パンク。

アイツだけはダメだ、変則ルールが鬼畜すぎる。

 

パンクの変則ルールは「7ターン以内に勝利」が条件だ。

2コスビートならともかく、白デッキでこの条件はかなりブン回らないと無理。

 

つまり、いつ来るか分からない地雷に運ゲーをするくらいなら、絶対勝てる相手で勝とうということだ。

 

「じゃあ選手は1歩前に。せーの……」

 

…………

 

「へぇ、意外だな。初戦は確実に一勝して、流れを作りにくると思ったのに」

 

私の狙い通り、相手はハッカーだ。

どうやらハッカーは初戦にレツがくると思っていたようで、少し驚いた表情を見せた。

 

「私がわがままを言っただけだよ。それよりも、特殊ルールの説明どーぞ?」

「そうだね。ルールは『イッツァ・スモールライフ』。キミのライフは4から始まる、わかりやすいだろう?」

「3でいいよ」

「……は?」

「私のライフは3でいい。2だとさすがに事故した時にリカバリーできないから無理だけど」

「レイ! 何を言うておる! ライフが少ないとはどういうことか、分かっておるのか!」

 

私の提案にハッカーはもちろん、味方からも野次が来た。

まぁ普通そうだよね。

 

「だって6人チームでの1対1でしょ? なら3対3で決着、なんてこともある。だから提案なんだけどさ、この勝負、私のライフは3で、勝ち点を2にしない?」

「! ……そういうことか」

 

ハッカーはどうやら私の言いたいことを理解してくれたらしい。

()()()()()()()()()()()()()()()

それが私の要求だ。

 

「勝てば大きく勝利に近づき、負ければ一気に不利になる。そんな提案をまさかここでするなんてね」

「逆に初戦だからするんでしょ。私が負けても『後の人頑張ってね』で済むんだから」

「待て」

 

ハッカーが私の提案に乗ろうとした時、自チームの方から待ったがかかった。

声の主はもちろんヒメ様だ。

 

「いくらなんでも危険すぎる。勝ち星2つのバトルに、ライフを2つもハンデにするなど」

「黙ってなよ、世間知らずなお姫様は」

 

ヒメ様の台詞を遮ったのは私の対面にいる男。

さっきまでの胡散臭い笑みが消えてマジの顔になってる。

 

「これは賭けだ。賭けってのはね……死のギリギリに立ってないと意味がないんだよ」

「……!」

「さ、また邪魔者が騒ぎ出す前に始めようか」

「そうだね。やろう」

 

私たちとブラックゴートの6対6のチーム戦。

その初戦にして大一番、様々なものを賭けたバトルが始まる。

 

「私の先攻。ネクサス『超時空重力炉』を配置。ターンエンド」

「さて、僕のターン。……『封印獣マルコ』を召喚。ターンエンド」

 

超時空重力炉はコスト3以下のスピリットの召喚に軽減を使えなくなる。

軽減がなければスピリットの召喚にコアが余計に必要になって横に並べらることはできない。

スピリットを並べなきゃアタックしてこないCPUには、これが効くんだよ。

 

「メインステップ。『超時空重力炉』の効果で白のシンボルを3つに。4コスト3軽減で『デュラクダール』を召喚。更に『鍵鎚のヴァルグリンド』を召喚。召喚時効果で『封印獣マルコ』を手札に戻す。ターンエンド」

 

さらに頑張って召喚したスピリットも、白得意のバウンスで除去する。

さすがにライフ3だからアタックはできないし、無駄にコアを与える必要もない。

今はアドを重ねることが大事だ。

 

「『封印獣マルコ』を再召喚。さらにもう1体『封印獣マルコ』を召喚する。ターンエンドだ」

「メインステップ、『デュラクダール』をLv3に。『デュラクダール』のLv3効果で「系統:神将」を持つ『鍵鎚のヴァルグリンド』は最高レベルとして扱う。『鍵鎚のヴァルグリンド』でアタック」

「ライフで受ける」

「『デュラクダール』はアタックせず、ターンエンド」

 

本当ならアタックしたいが、ここは我慢だ。

ライフ3で無理する場面でもないし。

 

「メインステップ、こちらも『鍵鎚のヴァルグリンド』を召喚。召喚時効果でスピリット1体を手札に戻すんだが……『鍵鎚のヴァルグリンド』しか選べないな」

 

【装甲:白】を持つデュラクダールをブロッカーとして残したのは正解だった。

ヴァルグリンドだったらこのターンで負けてた。

 

「2体の『封印獣マルコ』をLv2に上げて、ターンエンド」

「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ」

 

引いたカードを見て思わず口元が緩む。

元の世界では入手難度に地域格差があったとされる強カード。

 

「『超時空重力炉』をLv2にして白シンボル3つとして扱う。『デュラクダール』を転召の対象に『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』を召喚。召喚時効果で2体の『封印獣マルコ』を破壊する」

 

『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』は召喚時にBP3000以下のスピリット全てを破壊し、その数だけコアブーストする効果を持つ。

未来ならともかく、今の環境ならBP3000以下は大体のLv1スピリットを焼ける。

こちらのスピリットも巻き込まれるとはいえ、コアが増えるから損にならないのもいい所だ。

 

「『鍵鎚のヴァルグリンド』をLv2で召喚。召喚時効果で『鍵鎚のヴァルグリンド』を戻す」

 

増えたコアを使ってさらにスピリットを召喚する。

これでハッカーのフィールドにスピリットはいない。

 

「『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』でアタック」

「フラッシュタイミング、マジック『ドリームチェスト』だ。『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』をデッキの上に戻す」

「なら『鍵鎚のヴァルグリンド』でアタック」

「そのアタックはライフで受けよう」

 

せっかくのダブルシンボルのアタックをマジックで躱された。

でも、しっかりとライフを1つ削って3対3。

これでもうハンデは消えた。

 

「『鍵鎚のヴァルグリンド』を再召喚だ。キミの『鍵鎚のヴァルグリンド』を戻す。Lv2にして、ターンエンド」

「私のターン、『鍵鎚のヴァルグリンド』を召喚。召喚時効果で『鍵鎚のヴァルグリンド』を手札に戻す」

 

お互いに『鍵鎚のヴァルグリンド』で『鍵鎚のヴァルグリンド』を戻す泥沼展開。

だけどそれなら『超時空重力炉』で軽減を稼げる私の方が有利だ。

 

「ネクサス『侵されざる聖域』を配置。さらに『機神獣インフェニット・ヴォルス』を召喚。『鍵鎚のヴァルグリンド』の効果でコスト6として召喚する。『鍵鎚のヴァルグリンド』をLv2にあげて、そのままアタック」

「フラッシュはない。ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これでハッカーのライフの数は2。

私もライフ3とはいえBP7000の『機神獣インフェニット・ヴォルス』をブロッカーに残してる。

もう負けないレベルの盤面だ。

 

「メインステップ。『機人エムブラ』『ガトリング・スタンド』『鍵鎚のヴァルグリンド』を召喚。『鍵鎚のヴァルグリンド』の効果で『鍵鎚のヴァルグリンド』を手札に戻す」

 

これはさっき配置したネクサス、『侵されざる聖域』のおかげだ。

コスト8以上の自分のスピリット全てに【装甲:紫/緑/白/黄/青】を与える。

コスト10の『機神獣インフェニット・ヴォルス』に白の効果は効かない。

流石未来の制限カード、ブレイヴない今は対象が限られるとはいえかなり強い。

 

そして『超時空重力炉』の効果もあって、ハッカーにはもうスピリットを召喚するコアがない。

 

私のライフは3、ブロッカーが1体。

ハッカーのフィールドにはスピリットが3体。

ハッカーはこのターン、攻めきれない。

 

「ターンエンドだ」

 

攻めきれないならアタックしてこないのがCPUの特徴。

もっと早い段階から粉砕覚悟でライフを減らしにきていたらもっと違ってただろうに。

 

「『鍵鎚のヴァルグリンド』を召喚。召喚時効果で『鍵鎚のヴァルグリンド』を手札に。さらに『鍵鎚のヴァルグリンド』を転召の対象に『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』を召喚」

 

『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』の召喚時効果でハッカーの『機人エムブラ』と『ガトリング・スタンド』は破壊される。

これでハッカーには、自分のライフを守るスピリットがいない。

 

「『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』でアタック。アタック時BP+5000。ダブルシンボル」

「……フラッシュはない」

「こちらもありません」

「2点、ライフで受けよう」

「はい私の勝ち」

 

終わってみれば、私の圧勝。

相手が1回もアタックしないなら、ライフ5もライフ3も同じなんだよなって。

 

とにかくこれで私達は勝ち点2。

チームとしては残り5試合の内、2勝すればいい。

 

結果ーー私、レツ、コジロー、ヒメ様が勝って勝ち点5。

わざわざ私が危険なことやらなくても4-2で勝ってた。

 

無駄骨でした。



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ターン10 チャンピオンシップ

 

 

気づいたらブラックゴート戦が終わっていた件について。

 

いや、よく考えたらそうだよね。

合宿の後はレツが1人で敵陣へ乗り込んでハイ終わりだもんね。

そりゃ私たちの知らないところで終わりますわ。

 

ブラックゴート編が終わると次はCSだ。

先日まで一切音沙汰がなかったのに、急に開催が告知された。

そして、ゲームの通り予選はないだろうと思っていた私は驚愕の事実を知ることになる。

 

「予選が免除されるのはレツだけやで? コアリーグ優勝者っちゅーことでそこんとこ優遇されてるんやわ。あとヒメさんも特別枠で予選免除って聞いたな。ワイらは朝からガンスリンガーで勝ち抜かなあかん」

 

マジですか。

 

ガンスリンガーというと、勝ち抜くには速攻で決着をつけないといけない。

私のデッキはネクサスで軽減を稼いで大型を召喚するデッキなので、速攻にはあまり向いてない。

ガンスリンガーは私に不利……と、そう思っていた時期が私にもありました。

 

「対戦ありがとうございました。すいませーん、スタンプください」

「はい……これで大丈夫です。おめでとうございます。あちらで受付をしてきてください」

 

よく考えたらCPU同士のバトルなんて、みんな展開遅いし長くなるよね。

私のデッキでも余裕でガンスリンガーを突破できた。

 

そんなこんなあってCS本戦、ゲームの終着点を迎える。

 

「あ、私シードじゃん。ラッキー」

「ワイもやな。多分ガンスリンガーの結果で決まっとるんちゃうか、知らんけど」

 

CS本戦の参加者は30人。

ガンスリンガー枠が20人と免除枠で10人。

5回バトルに勝利すれば優勝だ。

 

私とコジローはガンスリンガーを1番と2番で勝ち抜いたので、シード枠だった。

 

「この組み合わせやと、レツが初戦に勝てばワイと戦うことになるんやな」

「私は早くて準決勝にマドカかヒメ様の勝った方だけど……多分ヒメ様だね。コジローやレツとは決勝戦かな」

 

あれ、てことはこっちのブロックにはラスボス・カガミ君がいるのか。

ゲームではレツVSカガミ君の決勝戦のはずだから。

えーと、カガミカガミ……

 

「うわ」

「ん? 何かあったんか?」

 

トーナメント表を見ると、私の隣に「加賀美緋色」の文字があった。

つまり、私の初戦の相手である。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「久しぶりだね」

「あ、あの時の。貴方が加賀美緋色だったんだ」

「……知らなかったのか」

 

1回戦はシードなので2回戦、指定されたテーブルに着くと前にミカファールターボでボコボコにしちゃった厨二病君がいた。

 

おかしいな、カガミ君はイズミさん×カガミ君で色々妄想してたから知ってると思ったのに。

こんな厨二病チックな子だったっけ?

 

「同じ相手に2度も負けない。……あの時の借り、返させてもらう」

「もうしばらく貸しとくよ。私の先攻、ネクサス『超時空重力炉』を配置。ターンエンド」

 

カガミ君のデッキは『超神星龍ジークヴルム・ノヴァ』を軸とした赤デッキ。

さすがにBP10000破壊は強いからね、ノヴァが出てくる前にさっさと勝負を決めないといけない。

 

「『ドラグサウルス』を召喚。『超時空重力炉』を破壊、ターンエンドだ」

「あらら。なら私は『天弓の勇者ウル』を召喚。そしてアタック」

「ライフで受ける」

 

シンボルを消されたのはかなり辛い。

だけど前のターンにドラグサウルスしか召喚してこないってことは、カガミの手札に低コストのカードはないってことだ。

 

なら新しく召喚しても1体か2体、まだ負けないだろうしライフを減らしにいく。

 

「メインステップ。『天槍の勇者アーク』を召喚。ターンエンド」

 

はい予想通り。

そしてやっぱりアタックはしてこない。

 

ただ……相手の手札が重いってことは、ノヴァとか抱えられてそうだな。

さっさと勝負を決めないとヤバそうだ。

 

「『鍵鎚のヴァルグリンド』を召喚。召喚時効果で『天槍の勇者アーク』を手札に戻す。アタックステップ『天弓の勇者ウル』でアタック」

「ライフで受ける」

「『鍵鎚のヴァルグリンド』でアタック」

「それもライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これで相手のライフは2。

こうなれば相手が攻撃してこなくなるから後は楽だ。

 

「『レイニードル』を召喚。そしてマジック『ビッグバンエナジー』を使用。手札の「星竜」を持つスピリットカードのコストを2にする。『天槍の勇者アーク』『雷皇龍ジークヴルム』を召喚。さらに『雷皇龍ジークヴルム』を転召、『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』を召喚」

 

マジか。

 

『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』は『ジークヴルム』で転召した時に自分のライフを5にする。

これで振り出し、しかも相手のフィールドにノヴァがいるオマケ付きだ。

 

「『エクストラドロー』を使用。デッキから2枚ドローして1枚オープン。『レイニードル』なので手札に加える。アタックステップ、『ドラグサウルス』でアタック」

「ライフで受ける」

「『天槍の勇者アーク』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

せっかくダブルシンボルのノヴァを召喚したのにアタックしてこない。

まあCPUは相手にブロッカーがいないならBPの低い奴からアタックするからね。

アークやウルの効果でライフを減らせないレイニードルの次にBPの低いドラグサウルスとアークでアタックしてくるよね。

 

「ネクサス『侵されざる聖域』を配置。『天弓の勇者ウル』を転召して『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』を召喚」

 

『レイニードル』『ドラグサウルス』『天槍の勇者アーク』の破壊で3コアブースト。

これでジーク・クリムゾンはBP11000、ノヴァのアタック時で破壊されない。

 

「アタックステップ。『鍵鎚のヴァルグリンド』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

回復されたライフをもう一度減らしにかかる。

ライフ回復が無ければこのターンで勝ってたんだけど……愚痴を言っても仕方ない。

 

「『レイニードル』『黒皇龍ダークヴルム』を召喚。『レイニードル』をLv2、『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』をLv3にアップ。アタックステップ、『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』でアタック。アタック時効果で『鍵鎚のヴァルグリンド』を破壊、さらに【激突】」

「『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』でブロックするよ」

 

【激突】を持つスピリットのアタックは、相手は可能なら必ずブロックしなくてはならない。

このままならBPで負けている『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』は破壊される。

 

「フラッシュタイミング。マジック『ライフチェイン』を使用。『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』を破壊して6コアブースト」

 

なんてね。

どうせ破壊されるなら自分で破壊するよ。

そしてブロックしているスピリットが破壊されたから『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』のアタックはここで終了だ。

 

「ターンエンドだ」

「私のターン、『超時空重力炉』『鍵鎚のヴァルグリンド』を配置、召喚。召喚時効果で『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』を手札に戻す。そして『機神獣インフェニット・ヴォルス』をLv3で召喚」

 

『機神獣インフェニット・ヴォルス』のLv3コストは10。

普通ならコアが足りないが、『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』や『ライフチェイン』でコアを増やしている。

 

ただ……これで私のハンドは0。

こっからはトップゲーだね。

 

まあインフェニット・ヴォルスがいるならトップゲーにもならないと思うけど。

 

「アタックステップ。『鍵鎚のヴァルグリンド』でアタック」

「ライフで受ける」

「『機神獣インフェニット・ヴォルス』でアタック」

「.......ライフだ」

「ターンエンド」

 

次のターン、カガミは手札に戻された『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』を再び召喚した。

召喚時効果は発揮しないが、それでも強力なスピリットだ。

 

そしてノヴァの召喚でレイニードル、ノヴァで3点。

スピリットが全て疲労状態の私のライフが3。

打点は届く、見かけ上は。

 

「『レイニードル』でアタック」

「『機神獣インフェニット・ヴォルス』でブロック」

 

『機神獣インフェニット・ヴォルス』は相手スピリットのアタックに疲労状態でブロックできる。

こういった疲労ブロックを考慮しないのもCPUの弱い所だ。

 

「.......『レイニードル』は破壊される」

「さらに『機神獣インフェニット・ヴォルス』の効果。BPを比べ相手のスピリットだけを破壊した時、相手のライフのコア1個をトラッシュに置く」

 

これで相手のライフは残り1。

 

そして『レイニードル』のアタックが通らなかったことで、カガミは私のライフを削りきれない。

いや、もしもっとスピリットがいても『機神獣インフェニット・ヴォルス』のBP17000を突破できなければ無意味だ。

 

「……ターンエンドだ」

 

当然のターンエンド。

もうここまで来れば何をドローしても変わらない。

 

「『鍵鎚のヴァルグリンド』のレベルを上げて、アタックステップ。『機神獣インフェニット・ヴォルス』でアタック」

「『超新星龍ジークヴルム・ノヴァ』でブロック」

 

これでカガミのフィールドは空白、残りライフ1。

 

「『鍵鎚のヴァルグリンド』でアタック」

「ライフで受ける」

「はい私の勝ち」

 

ラスボスさんには悪いけど、私もレツと戦いたいんだ。

 

決勝戦、レツとのバトルまであと2回。



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ターン11 対人戦

1回戦シード、2回戦カガミ、3回戦名前も知らない人、4回戦ヒメ様と勝って決勝戦まで残った。

 

決勝戦の相手は言うまでもない。

この世界唯一のPC、レツとのバトルだ。

 

「さァ今年のバトスピチャンピオンシップも気づけば決勝戦を残すまでとなりました!コアリーグ優勝『渡雷烈』選手、VS!ガンスリンガー1位『氷田零』選手のバトルだァ!」

 

ギャラクシー渡辺の紹介に合わせて壇上に上がる。

レツもステージの向かいから出てきた。

 

「よろしく、レツ」

「ああ!お互い頑張ろうぜ!」

「それでは早速やっていこう!バトスピチャンピオンシップ決勝戦!ゲートオープン、界 放ーーー!!!」

 

レツとバトルをするのがこれが初めて。

前に合宿でコレクターとバトルしているのを見た事があるけど、動きは普通の人間の行動だった。

 

この世界に来て初めての対人戦。

柄にもなくテンションが上がっている。

 

「私が先攻。メインステップ『天弓の勇者ウル』を召喚。ターンエンド」

 

赤相手はとりあえずスピリットから。

もう『ドラグサウルス』は嫌です。

 

「ネクサス『灼熱の谷』を配置。『レイニードル』をLv2で召喚。ターンエンド」

 

『灼熱の谷』はドローステップにドロー枚数を+1して、その後手札を1枚捨てる効果を持つ未来の制限カードですね。

3コスのネクサスでそれはさすがにダメだったよ。

 

「メインステップ。マジック『ストームドロー』を使用。3枚ドローして2枚破棄。さらにネクサス『超時空重力炉』を配置」

 

向こうが制限ならこっちも制限。

さて、とりあえず1点取っておくか。

ダブルシンボルで削る前提で、5→4→2→0が理想。

 

「アタックステップ。『天弓の勇者ウル』でアタック」

「『レイニードル』でブロック」

 

ウルもレイニードルもどっちもBP3000、相討ちだ。

 

しまった、完全にCPU相手のつもりでいた。

レツは私が『インビジブルクローク』持ってること知ってるし、そりゃライフを守りにくるよね。

 

「ターンエンド」

「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ。『灼熱の谷』の効果で2枚ドローして1枚破棄。リフレッシュステップ、メインステップ。『天槍の勇者アーク』を召喚。アタックステップ、『天槍の勇者アーク』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

初手のミスがかなり痛い。

なんとかこのターンでカバーを……と思ってたら2枚目の『超時空重力炉』がきた。

あれ、2、4……出せるじゃん。

 

「メインステップ。ネクサス『超時空重力炉』をもう1枚配置。そして『機神獣インフェニット・ヴォルス』を召喚!」

「コスト10のスピリットがもうか!早いな!」

「アタックはせず、ターンエンド」

 

『超時空重力炉』はスピリットを召喚する時白のシンボル3つになる。

それが2枚でシンボル6つ。

10コスト6軽減4コスト、まさかこんな早くに出せるとは思わなかった。

 

「メインステップ。『煌星龍ジークヴルム・アルター』を召喚。ターンエンド」

「烈選手もキースピリット『煌星龍ジークヴルム・アルター』を召喚! お互いのキースピリットの対面だァ!」

 

ジークヴルム・アルターの召喚にギャラクシー渡辺が盛り上がる。

 

いや私のキースピリットはグランウォーデンですよ、今大会では殆ど活躍してないけど。

だってライフを削るのはジークリでアンブロ2点でいいし、インフェニット・ヴォルスはBP高い疲労ブロッカーで優秀なんだもん。

 

「マジック『ライフチェイン』。『機神獣インフェニット・ヴォルス』を破壊して10コアブースト」

「えっ、自分のキースピリットを破壊!?」

 

だからキースピリットじゃ(ry

 

「マジック『ダブルドロー』を使用、2枚ドロー。『空帝竜騎プラチナム』をLv3で召喚。アタックステップ、『空帝竜騎プラチナム』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これでお互いライフ4。

プラチナムの効果でBP5000以下のスピリットのアタックでは私のライフは減らないから、ちょっと前傾姿勢で攻めた。

 

「メインステップ、マジック『エクストラドロー』を使用。2枚ドローして1枚オープン。『メテオストーム』なのでデッキの上に戻す。『煌星龍ジークヴルム・アルター』をLv2『天槍の勇者アーク』をLv3にアップ。アタックステップ『煌星龍ジークヴルム・アルター』でアタック」

「ライフで受ける」

「『天槍の勇者アーク』もアタック」

「それもライフで受ける」

「ターンエンド」

 

連続攻撃をライフで受けて残り2つ。

私がライフ2まで追い込まれたのっていつぶりだろうな。

多分この世界に来てから初めてな気がする。

 

「メインステップ、まずは『ダブルドロー』で2枚ドロー……いいね。『空帝竜騎プラチナム』の効果発揮。ターンに1回、手札の【転召】を持つスピリットを【転召】させずに召喚できる。8コスト5軽減、3コストで『翼神機グラン・ウォーデン』を召喚。さらに『空帝竜騎プラチナム』を転召の対象にもう1体『翼神機グラン・ウォーデン』を召喚」

 

ライフチェインで潤沢に増えたコアを使って、私のキースピリット『翼神機グラン・ウォーデン』を2体召喚する。

『空帝竜騎プラチナム』を残して『煌星龍ジークヴルム・アルター』の効果でグランウォーデンを連れてかれたら嫌だからね。

ここは高BPを2体並べさせてもらおう。

 

「アタックステップ。『翼神機グラン・ウォーデン』でアタック」

「フラッシュタイミング、マジック『サイレントウォール』! このバトルが終了した時、アタックステップを終了する。そのアタックはライフで受ける」

「アタックステップは終了、エンドステップでターンエンド」

 

防御札を握ってたか、まあこれでレツのライフは2。

もう1回ダブルシンボルを叩き込めばそれで終わりだ。

 

まあ、その前にこのターンを耐えないといけないんだけど。

 

「メインステップ『サーべカウラス』をLv2で召喚。『煌星龍ジークヴルム・アルター』をLv3にアップ。アタックステップ、『煌星龍ジークヴルム・アルター』でアタック! アタック時効果【激突】!」

 

サーべカウラス、アーク、アルター。

打点は足りてるのに最初にアルターからアタックするのか。

 

サーべカウラスの効果でBPが上がったアルターはBP10000、グランウォーデンと同じだ。

相討ち前提のアタック?

うーん、何か嫌な予感もするけど……まぁいいか。

 

「『翼神機グラン・ウォーデン』でブロック」

「フラッシュタイミング、『エクストラドロー』を使用。『煌星龍ジークヴルム・アルター』をBP+2000する!」

 

あー、なるほど。

嫌な予感が当たったよ。

まあでもこのターンは耐えれそうだし、まだ何とかなる。

 

……あれ、そういえばさっきエクストラドローでオープンされたカードって。

 

「ごめん、ちょっと考える。……使うしかないか。マジック『ダイヤモンドストライク』を使用。ブロックしてない『翼神機グラン・ウォーデン』を回復させるよ」

 

本当なら自分のアタックステップでもう一押しに使いたいカードだったんだけど、この場合は仕方ない。

レツ相手なら、このタイミングで使うしかない。

 

「フラッシュタイミング、マジック『メテオストーム』を使用! 不足コストは『サーベカウラス』より確保、『サーベカウラス』はLv1にダウン」

 

さっきエクストラドローで捲られたカード『メテオストーム』

『メテオストーム』はカード名に「ヴルム」とつくスピリット1体に「BPを比べ相手のスピリットだけを破壊した時、このスピリットが持つシンボルと同じ数、相手のライフのコアをリザーブに置く」という効果を与える。

これでスピリットもライフもどっちも持っていこうということだ。

 

ホントよかった。

CPUならともかく、レツ(人間)なら必ず使ってくると思ってたーー

 

「【氷壁:赤】発揮。『翼神機グラン・ウォーデン』を疲労させることで『メテオストーム』の効果は発揮されない」

「なっ!」

 

【氷壁】は白の専用効果。

相手のターンに、相手が指定された色のマジックを使用した時、【氷壁】を持つスピリットを疲労させることでその効果を無効にする。

 

正直強いか弱いかでいったら弱い専用効果だし元の世界で使ってる人見たことないレベルだけど、上手いこと行ってよかった。

 

「……でも、『翼神機グラン・ウォーデン』は破壊だ。『煌星龍ジークヴルム・アルター』の効果でもう1体も破壊する」

「どーぞ」

 

『煌星龍ジークヴルム・アルター』はBPを比べて相手のスピリットだけを破壊した時、破壊したスピリットと同じ系統を持つスピリットを破壊する。

当然同じスピリットは同じ系統だから、グランウォーデン2体が同時に道ずれされた。

 

「『天槍の勇者アーク』でアタック」

「フラッシュタイミング。マジック『ブリザードウォール』を使用。このターン、ブロックされなかったスピリットのアタックでは、私のライフは1しか減らない。ライフで受けるよ」

「……ターンエンド」

 

【氷壁】を使って『メテオストーム』を無効にしたのはこの『ブリザードウォール』を使うためだ。

『ブリザードウォール』の効果でブロックされなかったスピリットのアタックではライフは1しか減らないが、スピリットの効果では減ってしまう。

だからわざわざ『ダイヤモンドストライク』で回復させてでも【氷壁】を使ったわけだ。

 

でも、防御に手札を多く使ってしまい、私の今の手札は『冥機グングニル』1枚。

このデッキの防御札は『ブリザードウォール』だし、ライフ1の今となってはもう引いても意味がない。

 

つまり、このターンで勝つしかない。

 

「ドローステップ

 

…………うん、ありがとう」

 

こういうことがあるからバトスピは止められない。

圧倒的不利な盤面を逆転する1枚を引いた瞬間のドキドキは、何者にも変え難い。

 

「メインステップ、『冥機グングニル』を3コスト支払って召喚。そして『冥機グングニル』を転召、『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』を召喚!」

「ここでジーク・クリムゾンか!」

「召喚時効果で『サーべカウラス』『天槍の勇者アーク』を破壊。アタックステップ、『極帝龍騎ジーク・クリムゾン』でアタック」

 

レツは2枚手札を持っている。

さて、果たしてその2枚にジークリを防ぐカードがあるのか?

 

「フラッシュはない!」

 

レツはハッキリと、大きな声でそう言った。

 

「こちらもありません」

「ライフで受ける。ありがとうございました!」

「はい私の勝ち。ありがとうございました」

 

 勝った。勝った、勝った!

 

『ーー決まったァァァ!!! 2010年バトスピチャンピオンシップ、優勝は「氷田零」選手だァァァ!!!』




そもそもエクストラドローを氷壁しろよってご指摘はNG


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世界大会編
ターン12 ゲームにないカード


CSが終わり、本来のゲームならこれでストーリーが終わる。

 

しかしゲームが終わっても、私は相変わらず過去に縛られているらしい。

ゲームクリアで元の世界に帰れる、なんて期待していたけど空虚な妄想だった。

結局ゲームが終わってもいつもと変わらぬ日常を過ごしている。

 

いや、そういえば変わったことが1つ。

 

「この度チカバ町に引っ越してきた、三葉葵姫子じゃ。皆の者、よろしく頼む」

 

ヒメ様が私たちの学校に転校してきた。

しかも同じクラスだ。

コジローに続いてなんで同じクラスに2人転校生入れてるんだよ。

 

あとヒメ様が着物以外着てるの初めて見たかも。

やっぱり可愛いなこの子。

 

ともかく、ゲームの主人公組全員(ワタルを除く)が1つのクラスに集まった。

 

そして、その記念(?)ということで、私たちは再び三葉葵家の所有する島に遊びにきている。

今度はブラックゴートを釣る目的はないので、バトスピ漬けではない。

 

代わりに私は別のものを釣ろうと思っている。

 

「どうじゃレイ。釣れておるかの?」

「うーん、全然アタリがない。人がいない場所なら入れ食いだろうとか、甘かったかなー」

 

つまり魚釣りである。

なお今のところの釣果は0。

 

「みんなは何してるの?」

「レツとコジローは中でバトスピ、マドカとワタルは浜で遊んでおる」

 

そういうとヒメ様は私の隣にちょこんと座ってきた。

 

「流石のチャンピオンも、魚との読み合いには勝てぬと見た。餌を取られておるぞ」

「え、うそ……ほんとだ、取られてた」

 

もう一度餌をつけ直して糸を垂らす。

重りが地面についたのを確認してから、軽く糸を巻き直した。

 

「……レイ、お主に話しておきたいことがある」

「ん? なーに?」

「ブラックゴートについてじゃ。確かにレツは奴らのアジトを破壊した。しかし肝心の裏サイトについてはそのままじゃ」

「管理人のいないサイトなんて、すぐ廃れるよ。ブラックゴートに代わる新しいサイトでも作られない限りは大丈夫大丈夫」

 

どうやらヒメ様はブラックゴートが復権しないか気にしてるらしい。

でもブラックゴートはナナシとハッカーがいて、ようやく運営できるものだからね。

凡人が手を出しても警察に見つかるのがオチだ。

 

「ふむ。まぁレイが問題ないというのなら大丈夫なのじゃろうな。しかし、裏でバトスピが悪用されていたのも事実。実は妾の父上はIBSAにも顔が利いての、少しわがままをきいてもらったのじゃ」

「IBSA?」

「International Battle Spirits Association……まあ簡単に説明すると、バトスピの運営機関じゃな」

 

え、そんなものあったの!?

てかバンダイじゃないの?バトスピを運営してるのって!?

 

「ブラックゴートについては元々IBSA内でも問題視する者はおったそうじゃが、その声は揉み消されていたらしい」

 

見て見ぬふりですか。

くそ運営ですね。

 

「しかし、今回父上が動いたことでIBSAも本格的に対処に移った。ブラックゴートを完璧に潰し、第2第3のブラックゴートが出現しないようにするためにの」

「なんだ、なら大丈夫じゃん」

「ここからが本題じゃ。バトスピを賭博に使われていることを知ったIBSAは、それを逆手にとった。つまりIBSAが主催となってバトスピ賭博を行うことで他の団体が生まれないようにする、という手段に出た」

「いや本末転倒それ」

 

なにそれ?

IBSAとかカッコイイ名前のくせに無能かよ。

もしかしてIBSA資金難なの?

そもそも運営が法律犯していいと思ってーーあ。

 

「あー、なるほどね。で、それはどこの国でやる大会なの?」

「流石じゃなレイ。相変わらず察しが良い」

 

だってどこかで聞いた話なんだもん。

賭博が禁止されているのは「日本内」の話。

法律で禁止されてないどこかの国で賭けバトスピを行えば問題はない。

 

そして、流石に運営がそんなことを毎日やる訳がない。

何年に1回くらいのペースで大会を開催すると考える方が自然だ。

 

「場所はオセアニアの小国『フェレンガル王国』。最近幾つも油田が見つかり、一気に発展した国じゃな。規模は世界大会。日本チームは妾とお主、そしてレツの3人じゃ」

 

え待って。ちょっと待って。

 

「世界大会って……マジ?」

 

そんなのあのゲームになかったけど。え、マジ?

 

「大マジじゃ。さて、」

 

ヒメ様はそういうと、携帯でどこかへ連絡を入れる。

数分後、私たちのいる島に一基のヘリコプターがやってきた。

 

「氷田零様ですね。どうぞお乗り下さい」

 

まァじですかァ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「お待ちしておりました。三葉葵姫子様、渡雷烈様、氷田零様でいらっしゃいますね。ようこそIBSA日本支部へ」

「うむ」

「へー、すごい広いな」

 

ど う し て こ う な っ た 。

 

ヘリコプターで連れてこられた先はIBSAの日本支部。

いやホントなにこのイベント。

というか日本は支部なのね、なら本部どこよ。バンダイ?

 

「私はIBSA日本支部代表の『天魔信秀』と申します。今回皆様をお呼びしたのは、違法賭博集団ブラックゴートの壊滅にご助力いただけたことへのお礼を申し上げるためです。本当にありがとうございました」

「いえいえ」

 

天魔信秀ってすごい名前だな。

いやそれ言ったらヒメ様もか。

私も別の意味でやばい名前だし、今更だったね。

 

「そして、今回のような事件を起こさないためにも、我々は新たな大会を開催することに決定致しました」

「大雑把な話はヒメから聞いたよ。よく分からないけど、南国で開催される大会に出られるんだろ?」

「ヒメ様、ホントに大雑把に話しすぎじゃないですか?(ヒソヒソ)」

「いや、妾はレイにした話と同じ話をしたのじゃが……(ヒソヒソ)」

 

なんだ、レツが理解しなかっただけか。

まぁこれが中学生のあるべき姿なんでしょう、うん。

 

「はい。御三方にはぜひ、日本代表として参加して頂けないかと」

「もちろん参加するぜ!」

「父上に頼んだ妾にも多少の責任はある。頼まれたならば出よう」

 

正直私がこれまでやってこれたのも、ゲームの知識があってこそだ。

この全く知らないストーリーで私は戦えるのか少し不安がある。

 

「(ま、いっか)私も出ます」

 

そんなこと考える私なら、この世界に来た時に必死に戻り方を探してますよ。

そこら辺はもう諦めてる。

なるがままになるといい。

 

「ありがとうございます。お礼といっては何ですが、こちらカードをどうぞ」

 

そうして信秀さんが取り出したカードは……

 

(嘘でしょ……)

 

「なんだこのカード?」

「妾も初めて見るの。最新のカードなのじゃろう」

 

レツとヒメ様には分からない。

でも、私はこれを知っている。

これに類するものを、過去にいくつも見た。

 

(……まさか、ブレイヴ環境とは)

 

赤のブレイヴ、『砲竜バル・ガンナー』。

私が失ったシステムの1つ、【ブレイヴ】が再び目の前に現れた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ネクサス『オリンスピア競技場』をLv2で配置。ターンエンド」

「俺のターン。ドロー! おお! 初めて見るカードばっかりだな!」

 

この世界ではまだ出回っていない新カード『ブレイヴ』

信秀さんからそれを使った試作デッキがあるので使ってみてほしいと頼まれた私とレツは、IBSA日本支部の一室でバトルしていた。

 

まぁ最初の4枚で構築済みデッキなんだなって気づきましたよ。

『ブレイドラ』『オリンスピア競技場』『牙皇ケルベロード』『星海獣シー・サーペンダー』

詳しい説明は省くがお前は死ぬ、てやつですね。

 

私は先攻で『オリンスピア競技場』を配置。

Lv2効果は相手の合体(ブレイヴ)していないスピリットがアタックする時にリザーブのコア1個をトラッシュに置く効果。

非常に強力なアタック抑制効果だね。

 

「よし。『ブレイドラ』『剣竜人ステゴラス』を召喚するぜ。『剣竜人ステゴラス』は自分のスピリットが2体以下の間、Lv3として扱う。『ブレイドラ』をLv2に上げてアタック。リザーブのコア1個をトラッシュに置く」

「ライフで受ける」

「ターンエンドだ」

 

いきなりアタックしてくるのか。

初めて使うデッキなんだからもうちょい慎重に動かないと。

だってこのデッキには、ヤバいカードが何枚もあるんだから。

 

「メインステップ。『ブレイドラ』を召喚。さらに『星海獣シー・サーペンダー』を召喚」

 

『星海獣シー・サーペンダー』は召喚時にコスト4以下のスピリットを破壊できる。

もちろん『剣竜人ステゴラス』を破壊だ。

 

「さらに『牙皇ケルベロード』を『星海獣シー・サーペンダー』に直接合体(ダイレクトブレイヴ)召喚。不足コストは『ブレイドラ』より確保、『ブレイドラ』は消滅」

 

もはや様式美だよね、ブレイドラの消滅は。

さて、

 

合体(ブレイヴ)アタック。シー・サーペンダーの【強襲】で『オリンスピア競技場』を疲労させて回復」

「ライフで受ける」

「ケルベロードはシンボル持ちのブレイヴだから、2点だよ」

「3ターン目でダブルシンボルって、マジかよ!?」

 

それだけじゃないんだ、ケルベロードは。

 

「もう一度合体(ブレイヴ)アタック。今度はケルベロードの効果、私のデッキを5枚破棄して回復」

「ライフで受ける」

「はい、3度目の合体(ブレイヴ)アタック」

「ライフで受ける。これが『ブレイヴ』の強さか……」

「はい私の勝ち」

 

はい、3ターンキルでしたね。

私にスピリットがいないからって序盤にコアを与えたのはミスだったね。

『太陽龍ジーク・アポロドラゴン』を使えなかったことは心残りだけど、レツにブレイヴの強さが伝わったからよしとしよう。

 

「さすがチャンピオン、初めて見るカードをこんなにも……世界大会でも、期待しているよ」

 

ブレイヴが追加され、これから環境は大きく変わる。

果たして世界大会ではどんな相手と戦うのか。

 

(1人くらい、私と同じ転生者がいないかなぁ)

 

微かな期待と共に、私達は世界大会に向けて準備を始めた。




はい、ということで世界大会編という名のブレイヴ編です。
カードプールは星座編第4弾「星空の王者」まで、禁止制限も第5回制限改訂のルールを適用します。

【禁止】
・大天使ミカファール ・ライフチェイン ・イビルオーラ ・栄光の表彰台
【制限1】
・大天使ヴァリエル ・魔法監視塔 ・ストームドロー ・インビジブルクローク ・マインドコントロール

なお、この作品はあくまで『バトルスピリッツ デジタルスターター』の二次創作であるため、原作を意識して主人公以外のプレミは健在です。よろしくお願いします。


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ターン13 ブレイヴ環境

「世界大会!? 南国でバカンス!? 何それ私も行きたい!(ワクワク)」

 

IBSAの信秀さんから聞いた話をするとマドカは予想通りというか、実にマドカらしい返事をした。

 

「別に来るのはいいけど、旅費はそっち持ちだよ。リゾート地だから物価やばいけど」

「えーっ!!!」

 

世界大会の開かれる「フェレンガル王国」は600年続く王家に主権がある独裁国家で、石油の輸出で力をつけて急激に発展した国だ。

政策により国全体が一級リゾート地として成り立っており、学生が旅行で行くには高すぎる。

 

「IBSAの本部もそこにあって、かなりバトスピも盛んに行われてるみたい。Gでも買い物ができるから、やろうと思えばバトスピで食べていけるよ。1日100勝くらいすれば」

「さすがにそんな自信ないわよ……素直にネット中継見て応援するわ。そういえば、新しいパックが出てたわね。買った?」

「もちろん。世界大会に出るんだし、十全に用意したよ」

 

先日公式から『ブレイヴ』の追加が発表され、ブレイヴが収録されているパックが4種類発売された。

つまり星座編、12宮Xレアが一気に発売である。

 

私が用意したデッキは『ラグナロック・コンサート』と『姫ループ』の2つ。

ホントは『颶風ガルード』も作りたかったけど、ガルードがどこ探しても見つからなかったので諦めた。

ショップバトルの景品だと思ってんだけど違った。

 

「じゃあレイちゃん、バトルしよーよ! 私も新しいカード試したいし!」

「いいよ。じゃあ用意するから待ってね……オーケー、準備できたよ」

 

プレイシートとコアを用意してバトルを始める。

何だかんだマドカとのバトルも久しぶりだね。

 

 

◇◆◇◆

 

 

バトルは私が先攻。

 

「『ノーザンベアード』を召喚。ターンエンド」

 

懐かしきかなノーザンベアード。

アニメでのモルゲザウルスとの相討ちはよく覚えてる。

 

「メインステップ。『戦竜エルギニアス』『オリンスピア競技場』を配置。『オリンスピア競技場』をLv2にしてターンエンド」

 

マドカはあれか、ガンディノスの赤青デッキだね。

元々強いガンディノスに、構築済みデッキで優秀な小型スピリットが追加されてさらに手がつけられない。

できればガンディノスが出てくる前に終わらせたいけど。

 

「『ダンデラビット』を召喚。召喚時効果で2コアブースト」

 

『ダンデラビット』は召喚時、リザーブに1個と「系統:星魂」を持つ他のスピリットに1個、ボイドからコアを置ける。

『ノーザンベアード』が星魂を持っているので今回は2コア増やせた。

 

「リザーブと『ノーザンベアード』のコアで『ダンデラビット』をLv2にアップ。ターンエンド」

 

前はガンガン攻めてたけど、ブレイヴ環境では一気にバトルが決着することは珍しくない。

「ライフを減らす」ことよりも「相手にコアを与えない」ことを重視するようになった。

 

「メインステップ、ネクサス『灼熱の谷』を配置するわ。さらにマジック『ブレイヴドロー』。2枚ドローして3枚オープン、『牙皇ケルベロード』を加える。ターンエンド」

 

おっとやばいぞこれ。

オープンしたカードに『凶龍爆神ガンディノス』があった。

『ブレイヴドロー』はデッキの上に戻す効果だから、次のターンにマドカはガンディノスを引く。

ガンディノスとケルベロードを出されたら、普通に死ぬな。

 

「『要塞蟲ラルバ』をLv2で召喚。召喚時効果で『ノーザンベアード』と『要塞蟲ラルバ』にコアを1個ずつ置く」

 

私は『要塞蟲ラルバ』でさらにコアブースト。

ラルバは白のスピリット2体にコアを1個ずつ置く効果、さらにLv2だと自身を白のスピリットとしても扱えるため簡単にコアを増やせる。

 

「『鉄騎皇イグドラシル』を召喚。召喚時効果でマドカの『戦竜エルギニアス』と、私の『ノーザンベアード』『ダンデラビット』『要塞蟲ラルバ』を手札に戻す」

 

『鉄騎皇イグドラシル』は召喚時にBP3000以下のスピリット全てを持ち主の手札に戻す。

この時相手だけでなく自分のスピリットも戻せるのが強い。

これでまた召喚時効果を使える。

 

「『鉄騎皇イグドラシル』をLv3にして、ターンエンド」

 

イグドラシルはLv2から【装甲:赤/白】を持つ。

ガンディノスの前では気休め程度にしかならないけどね。

 

「『灼熱の谷』の効果で2枚ドローして1枚破棄。メインステップ、『戦竜エルギニアス』を再召喚。そして『凶龍爆神ガンディノス』召喚! さらに『牙皇ケルベロード』を召喚、ガンディノスに合体(ブレイヴ)!」

 

これで4回アタックするBP11000のダブルシンボルが出来ましたとさ。

ツラい。

 

合体(ブレイヴ)アタック。アタック時【強襲】発揮、『オリンスピア競技場』を疲労させて回復」

「ライフで受けるよ」

「もう1度アタック。【強襲】で『灼熱の谷』を疲労」

「ライフで受ける」

「さらにガンディノスでアタック! 『牙皇ケルベロード』の効果、デッキを5枚破棄して回復!」

「フラッシュタイミング、マジック『デルタバリア』を使用。コスト4以上のスピリットのアタックでは私のライフは0にならない」

 

合体(ブレイヴ)スピリットのコストは12、そのアタックでは私の最後のライフを減らせない。

デルタバリアの強さは弾さんのお墨付きだからね。

 

「『戦竜エルギニアス』でアタック」

「イグドラシルでブロック。エルギニアスを破壊」

合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

「ライフで受ける。合体(ブレイヴ)スピリットはコスト4以上なので、私のライフは減らない」

「ターンエンド」

 

おおう『デルタバリア』を使ったのにアタックしてくるのね、久々にCPUのガバプレイを見た。

 

とにかくこのターンは耐えきった。

ライフは減ったけどコアは増えたし、次はこっちの番だ。

 

「『要塞蟲ラルバ』を召喚、2コアブースト。『ノーザンベアード』『ダンデラビット』を召喚。さらに2コアブースト。『鉄機皇イグドラシル』を転召して『終焉の騎神ラグナ・ロック』を召喚。召喚時効果、6コアブースト」

 

前のターンに手札に戻したスピリットを召喚し、効果でコアを増やす。

さらに軽減を稼いで『終焉の騎神ラグナ・ロック』を召喚した。

 

ラグナロックは『鉄騎皇イグドラシル』で転召した時、ボイドからコアを6個もラグナロックに置ける。

転召でコア1個ボイドに送っているとはいえ、やはり強い。

 

「ブレイヴ『オオヅツナナフシ』を召喚。召喚時効果で私の手札を全て破棄して、マドカの手札と同じ枚数になるようにドローする。4枚ドロー」

 

ドローしたカードの中に、あの黄色のネクサスがあった。

これで最後のパーツが揃う。

 

「『星空のコンサートホール』をLv2で配置。『終焉の騎神ラグナ・ロック』に『オオヅツナナフシ』を合体(ブレイヴ)。アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック。効果で合体(ブレイヴ)スピリットは回復」

 

『終焉の騎神ラグナ・ロック』はアタック/ブロック時にコスト8以下のスピリットを3体回復させる。

しかし合体(ブレイヴ)スピリットのコストは13。

 

ここで重要なのが、デッキ名にもなっている『星空のコンサートホール』

このネクサスがLv2の時、私の合体(ブレイヴ)スピリット全てはコスト2としても扱う。

これでラグナロックの効果で自身を対象にとれる。

 

前世ではルール改訂のせいで使えなくなった無限アタックですね。

 

「ライフで受ける」

「もう一度アタック。回復」

「ライフで受ける」

「アタック。回復」

「ライフで受ける!」

「はい私の勝ち」

 

マドカは防御カードを引けていなかったらしい。

ダブルシンボルのアタックが3回決まり、私の勝ちだ。

 

ウォール系じゃなくても『サジッタフレイム』で止まるから結構危なかった。

それでも他にスピリットが3体いるし、なんとかなったかもしれないけど。

しかしさすがブレイヴ環境、ライフ5でも油断できない。

 

「前にショップバトルで優勝したデッキだから大分自信あったのに〜(悔)」

「世界大会にもいるだろうしね、ガンディノスデッキの人は。いい練習になったよ」

「どーいたしまして。レツやヒメちゃんとは練習しないの?」

「レツとは何回かやってるよ。結構やばいコンボ使ってくるからスピード勝負って感じ。ヒメ様にはよっぽど負けないかな?」

 

レツが使うデッキは射手座の12宮Xレア『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』にベオウルフとスピニードハヤトをつけて殴るWブレイヴデッキ。

強いけどあまり早くないので対処できる。

 

ヒメ様は天秤座の12宮Xレア『天秤造神リブラ・ゴレム』でLO狙いのデッキだね。

『颶風ガルード』対策に入れてる『鳳翼の聖剣』のおかげでまず負けない。

 

「まぁサイキョーのガンディノス使いの私に勝ったんだし、世界大会もレイちゃんの優勝で間違いないでしょ! 私もお小遣いを賭けようかな?」

「それなら、外国の銀行に口座を作らないとね。あと賭け金の最小単位が1万ドルだから、どこかからお金借りないと」

 

そんな他愛もない話をマドカとしていると、ヒメ様から連絡が来た。

どうやら大会の日程が決まったらしい。

 

時期は夏休み。

早くパスポート取ってこないとね。

 

「あ、そうそう。知ってる? レイ」

「ん? なに?」

 

マドカが新しい話題を投げかける。

大会に思いを馳せる私に、マドカはその爆弾を投下した。

 

あくまで噂なんだけど、なんて頭にあったけど、マドカのその後の発言に私は色々な意味で衝撃を受けた。

 

どこかの研究チームが、スピリットを実体化させるバトルフィールドシステムの開発に成功したらしい、と。



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ターン14 フェレンガル王国

(すごい。ホントにスピリットが召喚されてるみたい)

 

フェレンガル王国に行くための飛行機の中で、私はマドカの言っていたバトルフィールドシステムの動画を信秀さんに頼んで見せてもらっていた。

 

BFS(Battle Field System)はアニメのように大きなフィールドでスピリットがバトルするのではなく、普通にテーブルでのバトルだった。

 

プレイヤーがスピリットを召喚すると、カードの上にスピリットのホログラムが出現し、生物のように動く。

アタックすれば相手のフィールドへ向かってバトルする。

バトルの迫力もアニメに負けず劣らずの素晴らしいものだった。

ライフダメージはないけど、その方が安全でいいのかもしれない。

 

「ライフで受ける!」に憧れてた私としては少し残念だけど。

 

「BFSは今大会のエキシビションマッチが初公開になります。大会の優勝者とギャラクシー渡辺さんがバトルする予定ですね」

「なるほど」

 

まだ本格的に実装できるほど完璧じゃないのか。

でもおかげで負けられなくなったね。

絶対優勝してBFSバトルをするぞ!

 

「そうじゃ信秀殿。ちょうど時間もあるし、此度の旅で注意しておくことがあれば教えてほしいの」

「分かりました。そうですね……では、皆さん学生ということで外国語については不安に思われてるのではないでしょうか?」

「「うっ……」」

「なんじゃ。レツはともかくレイもその反応とは」

 

いや、英語とか無理ですよ私。

テストみたいなリーディングとライティングはまだ何とかなるけど、リスニングとスピーキングは自信がない。

ボディーランゲージにも限りがあるし。

 

「フェレンガル王国ではバトスピの影響もあり、日本語を覚えた人も少なからずいるのですが……今回はこちらの翻訳機を用意させていただきました。試してみましょう、『◼◼◼◼◼◼』」

 

え今なんて? 全く何言ってるのか聞き取れなかったんだけど。

 

ピピッ

 

翻訳が終わり、信秀さんは機械の液晶を見せてくる。

液晶には『私とバトスピをしませんか?』と書いてあった。

 

「今のはフェレンガル王国で使われている言語です。かなりマイナーな言語なので私もこれくらいしか話せないのですが、この翻訳機があれば現地の方とも会話できますよ」

「スゲー! これがあればテスト満点取れるんじゃね!?」

「いやこれ会話用のやつだから。でもこれすごい便利だね」

 

この時代ってまだGoogle翻訳すらマトモにできてないでしょ、多分。

それでこの精度の翻訳機とか、この世界の技術の発展の仕方がすごい。

いつか異世界転生装置とかも作っちゃうんじゃない?

 

「その他の注意点としましては、フェレンガル王国では都市部以外での治安はあまりよくありません。大丈夫だとは思いますが、街の外には行かないようにしてください」

 

光があれば闇もある、と。

急激なリゾート改革を行った国だ、問題もあったのだろう。

 

「これくらいですかね。それ以外は普通にリゾートですので、お楽しみいただけるかと」

「ふむ、了解した。気をつけよう。……さて、そろそろ着陸じゃな」

「マジか! もうフェレンガル王国に着くのか」

「いやインドネシアだから。そこからもう一度飛行機で移動ね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「すっげぇ……」

 

インドネシアで飛行機を乗り換えて3時間、ようやくフェレンガル王国に着いた。

空港からタクシーでホテルに移動。

その間に見える景色からもこの国の繁栄ぶりが分かる。

 

ぶっちゃけ住む世界が違いすぎてもう帰りたい。

 

「では、大会の日までは自由にお過ごしください。このホテルは1階にバトスピショップもありますし、街に出ればいくらでも見つかるでしょう。では、私は仕事があるのでこれで失礼します」

「ありがとうございました」

 

信秀さんは私たちをホテルまで送ってくれると、どこかへ行ってしまった。

ホテルは一人一部屋あてがわれていて、かなり広い。

うわ、キッチンまでついてるじゃん。

一応ホテルのレストランはあるけど、庶民な私には敷居が高い。

あとで食材を買ってきて作ろっと。

 

荷物の整理をしていると、ピンポンと部屋のインターホンが鳴った。

誰かなと思って見ると、ヒメ様だった。

 

「どうしたのヒメ様。何かあった?」

「いや、問題はない。先ほど信秀殿が下にショップがあると言っておったじゃろう。よければ一緒に行かぬかと思ってな」

「いいね。ならレツも誘おうか」

「そう思ってレツの部屋に行ったが、どこかに出かけたようじゃ。恐らく先に行っておるのじゃろう。他に行くところもないしの」

「なるほど確かに。じゃあ行こうかヒメ様」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「うーん、やっぱりないか」

 

ホテルのショップに来た私たちは、カードが飾られているショーケースを見ていた。

外国で売られているカードなのに何故日本語?と思わなくもないが、まぁ気にしたら負けだ。

 

「何か探しておるのか?」

「うん。まあ目当てのカードはなかったんだけどね」

 

私のお目当てはもちろんガルード。

しかしここにも売ってなかった。

 

「大会の前に必要なカードは揃えておくのじゃぞ。始まってしまったらどうしようもないからの」

「あー、大丈夫大丈夫。大会用のデッキに必要なカードじゃないから。そういえばレツは?」

「あそこじゃ」

 

ヒメ様の視線の先にはフリースペースでバトスピしているレツの姿があった。

 

「『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』でアタック。『ナイト・ゴーン』を指定アタックだ」

「『ナイト・ゴーン』 で ブロック」

 

お、拙いけどホントに日本語だ。

信秀さんの話を聞いた時は半信半疑だったけど、少し安心した。

 

「『刃狼ベオ・ウルフ』の効果でライフを2つ、リザーブに置く。俺の勝ちだな」

「ライフ で 受けます。ありがとう ございました」

 

レツの対戦相手は金髪蒼眼の小学校くらい男の子だった。

あの歳でバイリンガルなんてすごいな。

 

「◼◼◼◼◼◼、◼◼◼◼◼◼◼◼」

「えーっと、『もう一度バトルしてくれませんか、あなたみたいな強い人に会ったのは初めてです』か。いいぜ、もう一度やろう!」

「はい。お願い します」

 

めっちゃ翻訳機使いこなしてる。

レツはもう一度あの子とバトルするようだ。

 

私も誰かフリーバトルに誘おうかな?

 

「◼◼◼◼◼、◼◼◼◼◼」

「ん?」

 

と、急に後ろから声をかけられた。

振り向くとそこには私たちより少し年上のお兄さんがいた。

 

「えーと、翻訳機翻訳機……『すいません、もう一度お願いします』」

「あー、キミたちここの言葉分からない? それはごめんね。いや、こんな所に可愛らしい女の子が2人もいるものだから、つい声をかけてしまったんだ。よかったら一緒にバトスピしないか?」

 

なんだ、バトスピのお誘いか。

まあ断る理由もないしいっか。

 

「『いいですよ。やりましょう。』……あ、ごめんヒメ様。フリー誘われたからやろうと思うんだけど、ヒメ様はどうする?」

「ならば妾は観戦させてもらおうかの。なにやら面白いことになっておるしの」

「そっか。『よろしくお願いします』」

「こちらこそ、よろしく」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻貰います。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ。メインステップ、『ダンデラビット』を召喚。ボイドからコアを1個リザーブに置く。ターンエンド」

「では、ボクのターンだね。そうだな、『ノーザンベアード』を召喚。ターンエンドだ」

 

『ノーザンベアード』はブロック時にコアを増やす効果を持つ。

これは迂闊に攻められないな、攻める気もないけど。

 

「メインステップ、『ダンデラビット』を召喚。召喚時効果でリザーブに1個ともう1体のダンデラビットにコアを置く。マジック『リバイヴドロー』を使用、デッキから2枚ドロー。ターンエンド」

「もうコアと手札の数にだいぶ差がついちゃったな。『ガドファント』を召喚。Lv2にしてターンエンド」

 

しかしこの翻訳機、ホント便利だね。

おかげで言葉が通じなくてもサクサクバトルが進む。

ボディ・ランゲージでも何とかならないことはないけど、正確じゃないからね。

 

「メインステップ。『鉄騎皇イグドラシル』を召喚。召喚時効果で『ガドファント』と2体の『ダンデラビット』を手札に戻す。イグドラシルをLv2にしてターンエンド」

「白のカードも使うのか! おっと、ボクのターン。『ガドファント』を再召喚、さらに『ワルキューレ・ミスト』を召喚するよ。ターンエンドだ」

(『ワルキューレ・ミスト』かぁ、Lv2になったらちょっと面倒だけど……まぁあとはブレイヴさえ引けばいいし、あんまり関係ないかな)

 

『ワルキューレ・ミスト』はLv2、3効果で相手のスピリットがアタックした時に、スピリット1体を疲労させる。

数を並べるデッキとは相性が悪いけど、私には関係ない。

 

「メインステップ。『鉄騎皇イグドラシル』を転召、『終焉の騎神ラグナ・ロック』を召喚。召喚時効果、相手のスピリット全てを疲労させて6コアブースト」

「『ワルキューレ・ミスト』は相手のスピリットの効果を受けない。他の2体は疲労だ」

「増えたコアでネクサス『星空のコンサートホール』を配置。ターンエンド」

「おや、アタックはしないのかい? ならボクのターンだ。スタートステップ」

 

ドローステップーーと対戦相手がカードをドローした時、その表情が変わった。

んー、これはこれは。

 

「メインステップ。いい子が来てくれたよ。『月光龍ストライク・ジークヴルム』を召喚!」

 

わが友さんか、しかもホロ仕様。

カッコイイんだけど、傷が目立つんだよねアレ。

これがお相手さんのキーカードかな?

 

「ターンエンドだ」

「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ」

 

『砲凰竜フェニック・キャノン』こっちもいいカードを引きましたよ、と。

 

「メインステップ。『砲凰竜フェニック・キャノン』を召喚。召喚時効果で『ガドファント』『ワルキューレ・ミスト』を破壊する」

「なんてことだ! ブレイヴの効果で破壊されてしまうなんて!」

「『砲凰竜フェニック・キャノン』を『終焉の騎神ラグナ・ロック』に合体(ブレイヴ)。さらに『星空のコンサートホール』をLv2に上げる」

 

まだコアが余ってるな。

『ダンデラビット』2体も召喚しておこう。

 

「アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック。アタック時に回復、そして【激突】」

「【激突】か! 仕方ない、『ノーザンベアード』でブロックしよう。ブロック時効果でボイドからコアを1個『ノーザンベアード』に置く」

「『ノーザンベアード』を破壊。もう一度アタック、回復と【激突】」

 

合体(ブレイヴ)スピリットのBPは18000。

相手にこれ以上のBPのスピリットはいない。

 

「『月光龍ストライク・ジークヴルム』でブロックするよ。フラッシュタイミング、マジック『ブリザードウォール』を使用。このターン、ブロックされなかったスピリットのアタックでは、ボクのライフは1しか減らない」

「でも、ストライクジークヴルムは破壊される。再びアタック、回復」

「すまない、ストライクジークヴルム……アタックはライフで受ける。『ブリザードウォール』の効果でボクのライフは1しか減らないよ」

「ターンエンド」

 

止まっちゃったか。

まぁマジック1枚使わせたからオーケーってことで。

 

「メインステップ。あぁストライクジークヴルム、キミはなんて健気なんだ……強くなって帰ってきてくれるなんて! 召喚、『月光神龍ルナティック・ストライクヴルム』!」

 

ルナ友さん!

これもホロ仕様か、意識高いなぁ。

 

「『月光神龍ルナティック・ストライクヴルム』をLv2にしてターンエンド」

「メインステップ。『リバイヴドロー』で2枚ドロー。『鉄騎皇イグドラシル』を召喚、召喚時効果で『ダンデラビット』を手札に戻す。もう一度『ダンデラビット』を2体召喚する。イグドラシルをLv3にして【装甲:赤/白】を配る」

 

ターンをもらっても、コンボが完成したらもうやることはアドをとるくらいしかないんだよね。

 

「アタックステップ、合体(ブレイヴ)アタック。効果で回復&【激突】」

「『月光神龍ルナティック・ストライクヴルム』は【重装甲:可変】で白のスピリットの効果を受けない。アタックはライフで受ける」

 

そういえばそんな効果あったね。

あんまり関係ないけど。

 

「もう一度、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

「『月光神龍ルナティック・ストライクヴルム』でブロック!」

 

BPの低い『月光神龍ルナティック・ストライクヴルム』は破壊される。

 

合体(ブレイヴ)アタック」

「フラッシュタイミング、マジック『ブリザードウォール』だ。アタックはライフで受ける」

 

持ってたかー。

2枚目の『ブリザードウォール』によって、相手のライフは1つ残る。

 

しかしルナ友が破壊される前に使えばいいのに。

まあCPUだし仕方ない。

 

「ターンエンド」

 

プレミだね、手札の『ウィッグバインド』を使ってればこのターンに決着がついたのに。

 

「来てくれ! ドローステップ! ……おぉ、神よ! メインステップ、『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』を召喚!」

 

うお、まさかレオ友まで来るとは。

でもこれはホロ仕様じゃないんだね。

 

あ、サッポロがホロ枠だから、レオ友のホロ仕様は存在しないのか。

 

「『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』をLv3にしてターンエンドだ」

「私のターン、メインステップはいいや。『終焉の騎神ラグナ・ロック』でアタック。効果で回復」

「『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』よ! ブロックしてくれ!」

 

レオ友のBPは12000、合体(ブレイヴ)スピリットには届かない。

仮に破壊したところで、2体の『ダンデラビット』と『鉄騎皇イグドラシル』がいる。

ライフは1だから、もう『ブリザードウォール』も使えない。

 

合体(ブレイヴ)アタック」

「……潔く、ライフで受けよう。ボクの負けだ」

「はい私の勝ち」

 

お前のどこに潔さがあったんだよ。

潔かったらレオ友でブロックせずにライフで受けてるよ。

 

「対戦、ありがとうございました」

「いやー、キミ強いね。ボクもバトスピにはかなり自信あったんだけどな……ねぇ、もしかしてキミ、どこかの代表選手だったりする?」

「そうですよ。日本代表の1人です」

「やっぱり! ボクも代表選手の1人なんだよ。いやー奇遇だなー」

 

へえ、この人も代表選手だったのか。

 

「フェレンガル王国の代表選手、イ・アバジャイ殿じゃな。一目見てもしやと思ったが、まさか本人じゃったとは」

「ヒメ様知ってたの?」

「うむ。ある程度の対戦相手の情報は仕入れとる」

「それは光栄だ。じゃあ改めて自己紹介を。ボクはこの国の代表選手に選ばれたイ・アバジャイだ、よろしく。キミたちは?」

「妾は三葉葵姫子、そしてこっちがレイじゃ。我らは日本代表としてこの国に来ておる」

「氷田零です。よろしく」

「レイ。今回は負けたけど、本番ではボクが勝つよ。じゃあボクはこれで」

 

アバジャイは席をたつと、早足で店を出ていった。

あれで代表選手か……世界大会といっても、やっぱりあのゲームの延長だね。

 

ま、その方がBFSバトルに近づくからいいか!



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ターン15 長期戦と短期戦

 

 

「セクシーーーッッッ!!!」

「「「NO! GALAXY!!!」」」

 

「さて始まったぜ、IBSA主催『バトルスピリッツ 世界大会ー十二宮杯ー』! 実況解説はもちろん! バトスピ界のカリスマァ、ギャラクシー渡辺だァ!」

 

ついに世界大会が始まった。

昨日ヒメ様から聞いたんだけど、どうやら世界大会も予選と本戦に分かれており、予選は国ごとのチーム戦で行うらしい。

 

「予選のルールを説明するぞ! 予選は各国ごとのチーム戦だ! 代表者3人が1チームとなって戦ってもらうぞ! バトルの形式はガンスリンガー形式、チームで合計20勝したチームから勝ち抜けだ! 上位10ヶ国が本戦に進めるぞ!」

 

「合計20勝か。一人あたり6、7勝すればいいんだな」

「そういうことじゃ。勝ち抜けじゃから、早く勝つためのスピードも必要じゃな」

 

と言っても、一応この場にいるのは各国の代表者。

NPCの中でも強いデッキが設定されてる人達だろう。

PCのレツや私ならともかく、同じ土俵で戦うヒメ様のことを考えるとなるべく早くノルマをクリアしたい。

 

「◼◼◼◼◼」

「ん?」

 

声をかけられてそちらを見ると、アバジャイがいた。

翻訳機を起動して、話しかける。

 

「やぁレイ、調子はどうだい?」

「ちょっと緊張してるかな。まぁバトルには影響しないくらい」

「そう、じゃあ予選の最初はボクとやらないか? この間のリベンジもしたいしね」

「いいね。やろうか」

 

初戦の相手はアバジャイに決まった。

レツとヒメ様も対戦相手が決まり、着席する。

しばらくして、ギャラクシー渡辺が予選の開始を宣言した。

 

「選手のみんなも準備はいいかァー!? 行くぜ! ゲートオープン、界・放!!!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「今度はボクが先攻か。『ノーザンベアード』を召喚。ターンエンド」

 

アバジャイは先攻1ターン目から『ノーザンベアード』

ブロック時コアブーストのBP5000はキツいなぁ。

ガンスリンガーだから速攻で決めたかったのに。

 

「メインステップ。私も『ノーザンベアード』をLv2で召喚。ターンエンド」

「ボクのターン。『ガドファント』と『ノーザンベアード』を召喚するよ。アタックはしない。ターンエンド」

 

並べてきたね。

でもノーザンベアードのBP5000の壁を越えられずアタックはしてこない。

とりあえず、ガンガン攻めるか。

 

「メインステップ。白の『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。不足コストはノーザンベアードから確保」

 

早々に星座編最強のプロモーションカード『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚する。

『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』は召喚時に手札のブレイヴカード1枚をコストを支払わずに召喚できる。

さらに召喚した時ドローのおまけ付きだ。

 

「『砲凰竜フェニック・キャノン』を直接合体(ブレイヴ)召喚。召喚時効果で2体の『ノーザンベアード』を破壊。1枚ドロー」

 

そして『砲凰竜フェニック・キャノン』の召喚時効果でBP4000以下の『ノーザンベアード』2体を破壊する。

 

「もうXレアを出してくるなんてね。ラグナロックだけじゃないってことか」

「アタックステップ、合体(ブレイヴ)アタック。アタック時効果【激突】。相手は可能なら必ずブロックする」

「『ガドファント』でブロック。ブロック時効果でBP+3000、合計BPは5000だ」

 

合体(ブレイヴ)スピリットはBP8000。スピリットのバトルは私の勝ちだ。

 

「ターンエンド」

 

『砲凰竜フェニック・キャノン』のおかげで相手のスピリット3体全て破壊できた。やっぱり破格の強さだね。

 

「『ワルキューレ・ミスト』を召喚する。ターンエンドだよ」

 

次のターン、アバジャイは『ワルキューレ・ミスト』を召喚した。

スピリットの効果を受けないので【激突】が通じない。

 

「『イグア・バギー』『ダンデラビット』を召喚。『ダンデラビット』の召喚時効果で2コアブースト。増えたコアで『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』をLv2に」

 

前のターン、『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』の召喚時効果のドローでようやくコアブーストができるカードを引いた。

9コストのラグナロックの召喚にはコアブーストが不可欠だからね。

 

「アタックステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』でアタック」

「ライフで受けるよ」

「『イグア・バギー』でアタック」

「『ワルキューレ・ミスト』でブロック」

 

『ノーザンベアード』は破壊される。

しかしこれでアバジャイにはブロックできるスピリットがいない。

 

「『ダンデラビット』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

アバジャイのライフを2つ削り、残り3つ。

わが友デッキならコアを与えても、レオ友を2体召喚されない程度ならまず届かない。

 

「『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』を召喚。ターンエンド」

 

まぁ1番困るのは2ターンかけて召喚されることですが。

何気に【重装甲:白/黄】があるのツラいんだよね。

『デルタバリア』でしか対処できないし。

 

「メインステップ。『要塞蟲ラルバ』を召喚、召喚時2コアブースト。ネクサス『侵されざる聖域』を配置。合体(ブレイヴ)スピリットをLv3に。ターンエンド」

「じゃあ、ボクは2体目の『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』を召喚。Lv2にしてターンエンド」

 

んー2体目か、こうなると仕方ないかな。

とりあえずBP高いスピリットを壁にしないと。

『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』のBP14000だと少し物足りないかな。

 

「メインステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を転召、『終焉の騎神ラグナ・ロック』を召喚。『砲凰竜フェニック・キャノン』をラグナロックに合体(ブレイヴ)。Lv3にしてターンエンド」

「来たね。『終焉の騎神ラグナ・ロック』」

 

これで合体(ブレイヴ)スピリットのBPは18000。

レオ友に何が合体(ブレイヴ)しても大丈夫。

 

「『ホーク・ブレイカー』を召喚。『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』に合体(ブレイヴ)。『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』2体をLv3にしてターンエンド」

 

『ホーク・ブレイカー』か……ちょっと面倒だなぁ。

『ホーク・ブレイカー』が合体(ブレイヴ)していると、ブロック時にアタックしているスピリットのシンボル1つにつきBP+5000する。

例えばラグナロックだと、シンボル2つだからBP+10000。

素のBPと合わせるとパワー負けする。

 

これ、コンサートホールが来ても攻めれないぞ。

無限アタックが完成ところで、大元が処理されたら意味がない。

 

でも、自分のターンでラグナロックを倒せないアバジャイも攻めてこない。

てことは持久戦かな。

 

私の読み通り、盤面はここで膠着した。

お互いに一切アタックはしない。ただターンを重ねるだけで、しばらく進展はなかった。

 

私は召喚時効果を使い回し、コアを増やす。

アバジャイもスピリットを並べるが、それ以上は特にない。

お互いのフィールドがスピリットでいっぱいになり、もうカードを置くスペースがない所まできた。

 

そして、31ターン目。残りデッキ枚数8枚、ようやく目的のカードが来る。

 

(『インビジブルクローク』! これで勝てる!)

「メインステップ。マジック『ウィッグバインド』を使用」

 

『ウィッグバインド』はコスト8の黄色のマジック。

その効果はこのターンの間、相手の効果の記述を持つスピリットはバトルできず、相手は手札の黄色以外のカードを使えないという恐るべきカードだ。

すぐに制限に入るけど。

 

これで今度は『ブリザードウォール』を警戒する必要がなくなった。

 

「アタックステップ。『終焉の騎神ラグナ・ロック』でアタック。ラグナロックは自身の効果で回復する」

「黄色以外のカードは使えないんだよね……フラッシュはないよ」

「マジック『インビジブルクローク』を使用。このターンの間『終焉の騎神ラグナ・ロック』はブロックされない」

「そのアタックはライフで受ける」

「もう一度アタック。効果で回復」

 

『インビジブルクローク』の効果でラグナロックはブロックされない。

『ウィッグバインド』の効果でアバジャイは黄以外のマジックを使えない。

 

「ライフで受ける。また負けちゃったかー」

「はい私の勝ち」

 

ようやく一勝、長かったー。

久々に拮抗状態になった。

CPU相手に膠着すると、時間をかければ勝てるんだけど、ガンスリンガーではあまり嬉しくない。

 

次の試合に行く前にモニターを見ると、日本チームは既に6勝。

レツとヒメ様が大分頑張ってくれたみたいだ、私も頑張らないとな。

 

次の対戦相手は……と相手を見ると、見覚えのある子だった。

確か前にホテルのショップでレツとバトルしていた子だ。

あの子も代表選手だったのか。

でもよく考えたらホテル内のショップにいた時点で、一般人じゃないか。

 

「対戦よろしくお願いします」

「あ お願い します」

 

先攻後攻を決めるじゃんけんは私の勝ち。

最初の手札は……うん、これなら先攻かな。

 

「先攻もらいます。スタートステップ、ドローステップ、メインステップ。『侵されざる聖域』を配置します。ターンエンドで」

「スタート ステップ。コア ステップ。ドロー ステップ」

 

男の子はゆっくりと各ステップを発声する。

 

「『ブレイドラ』を 召喚 します。『エリマキリザード』を 召喚 します。『ゴラドン』を 召喚 します。『レイニードル』を 召喚 します」

 

うおい! まさかの01!?

ヤバい、防御札なんて持ってないぞ!?

でも、最後の手札がスピリットじゃなければまだ希望はーー

 

「『ディノニクソー』を 召喚 します」

 

あ、負けた。



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ターン16 誘拐

 

 

世界大会予選、日本チームは10位中8位で突破した。

 

私が初戦を長引かせたり、2戦目で負けたりして迷惑をかけたけど、レツとヒメ様が頑張ってくれたおかげで無事予選突破。

ちなみに勝利数はレツが12で私とヒメ様が4ずつだった。

レツさん、まじありがとうございます。

 

予選が終わり、本戦は明後日からだ。

賭けの都合上、ある程度の日にちを空けなくてはならないらしく、2日おきにトーナメントを進めることになっている。

 

本戦は予選を突破した30人+IBSAの代表選手2人でのトーナメント形式。

既に選手にはトーナメント表も配られている。

私とヒメ様が同じブロック、レツは反対のブロックだった。

戦うなら決勝だね。

 

今日は予選突破祝いだー とレツ達とご飯を食べにいくと、やはり私が負けたことが話題に上がった。

まぁこの世界では初の敗北だったしね。

 

「0コストと1コストの小型スピリットを後攻1ターン目に5体召喚されての敗北、か。その者のチームも予選を突破しておる。アバジャイと同じ、フェレンガル王国の代表選手じゃ」

「へぇ。あの子も代表選手だったのか」

 

レツは前にその子とバトルしてたからね。

というかレツもあの子が代表ってこと知らなかったんだ。

 

「勝率は9勝6敗……負け越してるけどバトル回数が多いんだね。自分が負けてもチームで勝てばいい今回のルールなら、戦法としてはありか」

「それだけではない。選手が予選に使ったデッキは、賭博の要素にするために資料としてネットに上がっておる。おそらく彼の者は本戦は別のデッキを使うのじゃろう。情報戦という見地からも圧勝じゃ」

 

へー、あんな小さな子がそんなことまで考えて。

子供のうちから姑息なこと考えてると、大人になった時、信用得るのに苦労しますよ。

 

「そういえば、賭けの倍率はどうなってるの?」

「そうじゃな……優勝者予想じゃと、レツが2.113と大会最高じゃな。対してレイは350.572と大会最低じゃぞ。ほれ」

「えホントに?」

 

ヒメ様が差し出したタブレットPCを見ると、確かにレツがトップで、私はビリだった。

え、なぜ。

 

「レツは予選を12戦12勝。レイも5戦4勝と悪くはないが、対戦相手が悪かったの……。勝った相手は殆どが予選落ち、さらにあの者に負けた者は皆予選落ちしておるからな」

「あー、私も実力は予選落ちレベルと思われてると。ならあの子のオッズは?」

「20.850、まぁ普通じゃな。予選で情報を落とさない狡猾さに期待をする者は多いか」

「えぇ……なにそれ」

「それと、レイに対する有識者の見解は見てられぬほど酷い。『緑白を中心としたデッキなのに何故か黄のマジックとネクサスを計6枚も採用。予選では意表を突くことに成功したが、本戦では対策されて初戦落ちすることが予測される』とな」

「えぇぇ……何その有識者、アホなの?」

 

私のデッキに入ってる黄のマジックって『ウィッグバインド』だぞ。

対策出来るものならしてみろ、『ウィッグバインド』になるから。

『ウィッグバインド』の対策が『ウィッグバインド』しかない現状を知れ。

 

「普通に強いよな『ウィッグバインド』使われたら何も出来なくなるし」

「レツはもう何度もそれにやられてるもんね」

 

それでもレツは『ウィッグバインド』を入れてない。

やっぱりコストの重さで敬遠してるのかな。

しかしあのカードにおいてはコストの重さなぞ関係ないと早く気づくといい。

それくらいやばいカードだぞ。

 

「個人戦では、レイの初戦は15.352、レツは1.501じゃな。……レイ、自分に賭けておいたらどうじゃ?」

「そんなお金ないよ。それなら、ヒメ様が私にベットしておけばいい。損はさせないよ」

「ふふっ、もう賭けておるわ。30口ほどな」

 

さっすがヒメ様、抜け目ねぇぜ。

30口って言うと……3000万円ちょっとか。

私が勝ったら……4億5000万!!??

 

「すごい期待されてるね」

「なに、他に賭けるよりも益がありそうじゃったのでな」

 

初戦の相手はアメリカ代表の紫使い。

デッキレシピを見るとピスケガレオンさんの主張が激しい。

アニメでは全く出番なかったのに……。

 

「なに、本戦までまだ時間はある。せっかくじゃし、明日は皆で街に出ぬか? 信秀殿も街にバトスピショップが多くあると言っておったしの」

「いいな。行こうぜ!」

 

そんな流れで明日は異国の地でバトスピショップ巡りをすることになった。

いや、どうせなら観光しましょーよ……。

 

「さて、そろそろホテルに戻るか。リゾートとはいえ、あまり遅くなるとスリや強盗に狙われるからの」

「そうだね。といっても取られて困るものは持ち歩いてないんだけど」

 

まだ陽は昇っているがあと少ししたら一気に暗くなる。

私たちは食事を終え、ホテルに向かった。

 

その途中で、私たちは事件にあった。

 

「すいません。バトルスピリッツ世界大会、日本代表の皆様でいらっしゃいますね?」

「ん? なんじゃ貴様らは」

 

黒服サングラスの男たちが、私たちに流暢な日本語で話しかける。

 

「失礼しました。私たちはIBSA本部の者です。日本代表の皆様に急な用事があり、探しておりました。少しお時間よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。これからホテルに戻るところだったので」

「では、こちらにお乗り下さい」

 

黒服のお兄さんはそういうと、黒塗りの高級車の扉を開けた。

これから本部に連れて行ってくれるのだろうか。

私たちが乗ると、車はゆっくりと加速し大通りを走り出した。

 

「それで、一体何があったのじゃ。急に我らを呼び戻すなど」

「申し訳ございません。私共は皆様をお連れするよう仰せつかったまで。それ以上は存じあげません」

 

そーなのかー。

まぁとりあえず行って話を聞いてから考えればいいや。

 

10分ほど走ると、車はどこかのホテルの駐車場に入っていった。

外を見るともう陽は落ちて辺りは暗くなっている。

 

「IBSAの本部に行くわけじゃないんですね」

「はい。お部屋までご案内します」

 

黒服のお兄さんの後についていくと、ホテルの最上階に来た。

最上階はフロア全体が1つの部屋になっており、中はとても広い。

 

私たちは中に入り、部屋を見てまわる。

が、そこには誰もいない。

 

これ以上探しても仕方ないので、黒服のお兄さんに質問した。

 

「あの、すいません。私たちに用があったと聞いているんですけど……」

「申し訳ございません。日本代表の皆様には、大会が終わるまでの間、この部屋で軟禁させていただきます」

 

え?

 

 

◇◆◇◆

 

 

どうやら私たちは誘拐されたらしい。

 

「レイ、これからどうする?」

「とりあえずフロア中を詳しく見てきたけど、特に脱出出来そうなところはないねー。エレベーターの前にはあの黒服がいるし、隙をついてとかはできなさそう」

 

ホテルのベッドに座り、今後について話し合う。

さすがに誘拐と分かった直後は焦ったけど、今はみんな落ち着いている。

 

「我らを誘拐したのは身代金目的……という訳ではなさそうじゃな。大会が終わるまで監禁、ということはそちらに目的があると見た」

「んー、ありそうなのは、優勝しそうなカードバトラーを棄権させて、他の人を優勝させるってことかな。今回の大会はそれで賭けまで行われてるし」

 

ウチには優勝予想大本命のレツがいる。

今回攫われた理由としてはそれが1番しっくりくる。

 

でもそれだと最高倍率の私を優勝させるのが1番儲かると思うんだけどな。

 

「そんなの考えても仕方ない。とりあえず今はここを抜け出す方法を考えよう」

「そうじゃな。今我らが考えることはこの現状をどうするか、じゃ」

 

確かにレツの言う通りだ。

でもそう言われても割とどーしようもないんだよなぁ。

 

出入口のエレベーターは黒服の見張りがある。

ベランダからは外に出られるが、最上階から下に降りるのは大変だ。

途中で落ちたら死ぬ。

 

携帯も、私のは外国だから使用料的な観点から持ってきていない。

ヒメ様のタブレットPCは黒服に取られてしまった。

 

こういう時にゲームの知識があればよかったのに、と思う。

もう既に『バトルスピリッツ デジタルスターター』のストーリーは終わり、私の知らない歴史が進んでいる。

 

私はこの先、レツたちがどうなるのかを知らない。

大会に出場できるのかどうかも分からない。

もしかしたらここで死ぬのかもしれない。

 

死ーーそうだ、死だ。

この世界では、死んだらどうなるのか。元の世界に戻れるのか、それともそのまま死んでしまうのか。

 

分からない、分からない、分からない。

私はもう、何もーー

 

「おい」

 

声をかけられてハッとする。

すると目の前には、服装は黒服サングラスだが、昨日私たちを連れてきた人とは違う男がいた。

 

「朝食はここに置いておく。勝手に食え。大人しくしてれば死にやしねえよ」

 

外を見るともう夜は開けていた。

どうやら考え込んだまま眠ってしまっていたらしい。

 

「ーーッ!」

 

私は急いで自分の服装を確認する。

特に昨日と違うところはない。

よかった。

 

「ガキに手を出す趣味はねぇよ。着替えが欲しいならいいやがれ。テキトーに用意してやる」

 

男はそういうとさっさと部屋を出ていった。

朝食はトーストとサラダとゆで卵にコーヒー付き。

 

(ホントに監禁されてるだけなんだな)

 

ベッドから起き上がり、朝食をとる。

食べていて特に変なモノが入っている感じはない。

遅効性の毒とかなら分かんないけど。

 

隣のベッドではレツがヒメ様を抱き枕にする格好で、同じベッドに寝ていた。

うーん、これはヒメ様から起こした方が面白そうだなー。

 

「おーいヒメ様ー。朝ですよー」

「んっ……ーーーッッッ???」

「目は覚めました?」

「……うむ」

 

ヒメ様は俯いたまま、洗面台の方へ向かっていった。

顔は見えなかったけど、耳は真っ赤に染まっていた。

 

「レツも起きろー?」

「なんだよマドカ……てレイか。悪いな」

 

おおう、ここでいない女の名前を出すとはやるな。

ヒメ様が聞いてたら手を出されても文句言えないぞ。

 

2人が朝食を食べている間に、もう一度ベランダに出る。

昨日は夜だったからあまり景色は見れなかったが、今ならよく見える。

あそこにIBSAの本部、あっちに泊まっていたホテルだから、ここは空港の辺りか。

 

そしてその後は特に何もなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 

「ホントなら今日はバトスピショップまわる予定だったのになー。結局ホテルで過ごすことになったね」

 

出された夕食を食べながら、そんな話をする。

明日は本戦の1回戦。

このままだと棄権になってしまう。

 

「昨日以上の進展はなし。全く、非常階段もないとは……このホテルを設計した者の気が知れん」

「進展はあるよ。このホテルは多分空港の近く。9時くらいに出れば、まだ大会には間に合うかな」

「ホテルから出られんから困っとるんじゃろうが……」

 

まぁその通りなんですけどね。

でも、口にするかしないかは大切だよ。

 

「さて、今日はもう寝ようか。明日は早いしね」

「まったく肝が据わっておるの。何かアテがあるのかの?」

「あるよ。確証はないけど」

「ふむ、ならばよい。では妾はレイと同じ布団で寝る。レツは1人で使うが良い」

「え? なんだよアテって? おーい???」

 

さあ? 何があるかは私にも分からない。

もしかしたら何もないかもしれない。

でも、期待する何かのために立てておくものは立てておいた。

 

さて、果たしてこの世界はあのゲームの延長なのだろうか。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「レイ! ヒメ! 起きろ!」

 

レツに起こされ、私は目を覚ます。

何かあったと思ったら、私たちの前にあの人がいた。

 

「あれイズミさん。何故ここに?」

 

謎の洋館のメイド、イズミさんだ。

前にコアリーグでバトルをしているから面識はある。

 

「ご主人様に、レツくん達にもしものことがあったらいけないからって護衛を頼まれてたのよ。でもまさかあんな簡単に誘拐されると思ってなかったから、びっくりしちゃった。遅れてごめんね」

「大丈夫です。まだ間に合う」

 

時計を見ると、時間はジャスト9時。

()()()()()()()()()()()()()

 

(やっぱり分かりやすいフラグでも、しっかり立てておかなきゃね。ちゃんと回収してくれた)

 

ゲームの世界なら、撒いた伏線やフラグはしっかりと回収してくれる。

それが主人公周りなら尚更に。

 

さすがレツ、主人公補正盛々だね。

 

「そんなことよりイズミさん! 早く行こう!」

「そうね。見張りは気絶させておいたから、エレベーターから行けるわ。はいこれ、みんなのデッキケース。ちゃんと取り返しておいたわよ」

「感謝するぞ、イズミとやら」

 

イズミさんからデッキを受け取り、会場に向かう。

 

誰が私達を誘拐したのかは知らないけど、その目的くらいは破壊してやらなきゃ気が済まない。

そして多分、それは私達が優勝することで達成される。

 

私たち(PC)に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「遅かったじゃねえか嬢ちゃん。来ないのかと思ってヒヤヒヤしたぜ」

「いやぁすいません。ちょっと色々あったもので」

 

タクシーを飛ばし、1回戦の開始にギリギリ間に合った。

会場についてから全力ダッシュしたから息が切れてるけど、バトルには影響しない。

それくらいで頭が回らなくなるような私じゃない。

 

「よろしくお願いします」

 

初戦の相手はアメリカ代表の紫使い『双魚賊神ピスケガレオン』の人だ。

ピスケガレオン対策は、スピリットの上にコアを余分に置いておけばいい。

私のデッキはコアを増やすことに特化しているから相性がいい。

 

互いにシャッフルを終え、デッキから4枚ドローする。

しかし、引いたカードは私のデッキには存在しないはずのカード達だった。

 

(『タワー・ゴレム』『吟遊詩人のオルフェ』『リボル・アームズ』『オリンスピア競技場』……まさか!)

 

これらのカードには見覚えがある。

これはヒメ様のデッキに入っていたカードだ。

もしかしてさっき取り違えたのか。

 

だとしたら、ヒメ様は今私のデッキで戦っているのか。

あのデッキを、CPUが使うのか。

 

「俺は後攻だ。嬢ちゃんのターンからだぜ」

 

いや、ヒメ様の心配をしてる場合じゃない。

もうバトルは始まっている……やるしかない!

 

「メインステップ。ネクサス『オリンスピア競技場』をLv2で配置します。ターンエンド」

「ほお、青のネクサスか。予選とは違うデッキみてぇだな。俺のターン、『ジョー・サイス』を召喚だ。ターンエンド」

 

相手は変わらず紫デッキ。

ドローをするデッキなら、LOも狙いやすい。

 

「メインステップ。『リボル・アームズ』を召喚します。召喚時効果発揮、ボイドからコア2個を『オリンスピア競技場』に置く」

 

『リボル・アームズ』は召喚時にボイドからコアを2個、自分のネクサスに置ける。

3ターン目に2コアも増やせてるのは強い。

 

「『タワー・ゴレム』を召喚します。『リボル・アームズ』を『タワー・ゴレム』に合体(ブレイヴ)。余剰コアで『オリンスピア競技場』をLv2に戻す。ターンエンド」

「メインステップ。2体目の『ジョー・サイス』を召喚。1体をLv2に上げる。ターンエンドだ」

 

『ジョー・サイス』は【呪撃】を持つスピリット。なるべくアタックはさせたくない。

BPは低いから、壁を貼っておけば対処は容易だ。

 

「メインステップ。『吟遊詩人のオルフェ』を召喚します」

 

『吟遊詩人のオルフェ』の召喚時効果。自分の手札1枚を破棄することで、相手の手札を全て見て、その中のマジックカード1枚を破棄できる。

 

「『海賊ラッコルセア』を破棄。さぁ、手札を見せてください」

「ちっ……ほらよ」

「では、効果で『サイレントウォール』を破棄します」

 

見せてもらった手札には『双魚賊神ピスケガレオン』があった。

これはコアを余分に置いておかないといけないね。

 

「ネクサス『最後の優勝旗』を配置します。配置時効果、ボイドからコアを1つ、このネクサスに置く。そのコアとリザーブのコアを使い、『タワー・ゴレム』『吟遊詩人のオルフェ』をLv2にします。ターンエンド」

「『戦車皇ディルガン』を召喚。『ジョー・サイス』のレベルを上げる。ターンエンドだ」

 

私のフィールドにはBP8000の『タワー・ゴレム』とBP6000の『吟遊詩人のオルフェ』がいる。

BPで負けている相手はアタックしてこない。

 

そして、『戦車皇ディルガン』は前のターンに手札を見た時にはなかったカードだ。

つまりこのターンのドローで引いたカード、なら今相手の手札にマジックカードはない。

 

「『天秤造神リブラ・ゴレム』をLv3で召喚します。さらに『タワー・ゴレム』に合体(ブレイヴ)している『リボル・アームズ』を『天秤造神リブラ・ゴレム』に合体(ブレイヴ)

 

『リボル・アームズ』と『最後の優勝旗』のおかげで『天秤造神リブラ・ゴレム』を召喚するコアができた。

あとはスピリットが落ちることを願うだけだ。

 

「アタックステップ、『天秤造神リブラ・ゴレム』でアタック」

 

まずは『リボル・アームズ』の合体(ブレイヴ)アタック時効果から解決する。

コスト3/4のどちらかを指定し、このバトルの間、相手は指定されたコストのマジックを使えない。

どうせ相手にマジックはないけど、せっかくだから『サイレントウォール』のコスト4を指定しておこうか。

 

次に『天秤造神リブラ・ゴレム』の【粉砕】

【粉砕】は自身のLv1につき、相手のデッキを1枚破棄する。

リブラゴレムはLv3だから、3枚破棄。

 

そしてリブラゴレムのLv3効果、破棄された中にスピリットーー『ソードール』がいたので、回復する。

オマケに回復中はライフが減らない親切設計だ。

 

「ライフで受ける」

 

しかし、リブラゴレムの効果でライフは減らない。

 

合体(ブレイヴ)アタック。【粉砕】で3枚破棄、スピリットカードが破棄されたので回復する」

「ライフで受ける」

「アタック。3枚破棄、回復」

「ライフだ!」

 

ライフで受ける宣言をするが、リブラゴレムの効果で実際は減っていない。

ライフが減らない、ということはコアが増えない、ということだ。

 

「もう一度アタック。3枚破棄、スピリットがあるので回復」

「ライフで受ける」

 

しかし、ライフは減らないがデッキはしっかりと減っている。

結局、最後の3枚までスピリットが落ち続け、対戦相手のデッキは0になった。

 

「ターンエンド」

「スタートステップ。デッキ0で俺の負けだ。やるな嬢ちゃん」

「はい私の勝ち」

 

世界大会本戦。

私たちは誘拐やデッキを間違えるというハプニングがあったものの、無事初戦を突破できた。

 

ただ一人、彼女を除いて。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ヒメ様、ほんとゴメンなさい! デッキケース間違えてた!」

 

そう、自分のデッキを使えなかったヒメ様は、初戦の相手にボロボロに負けてしまった。

もし、自分のデッキが使えていればーーそう思うと、ミスをした私に責任がある。

 

「……いや、レイは悪くない。レイも他人のデッキで戦い、その上で勝ったのじゃ。ただ、妾にその力がなかっただけじゃ」

「でも……」

「それにの、レイ」

 

ヒメ様はそう言って、デッキケースを取り出す。

中を見てみると、それはレツのデッキだった。

 

「取り違えたのは、妾も一緒じゃ。たとえレイが取り違えてなかったとしても何も変わらんよ。そして、レツもレイのデッキを使い、勝っておる。……みんな同じ条件じゃ。主らにここまで地力の差を見せつけられれば、流石に諦めもつく」

 

そういうヒメ様の目には薄らと涙が浮かんでいた。

彼女が何を思っているのか、何となく察せられた。

 

「…………」

 

…………はぁ、私ってホントこういう時に気の利いた言葉が出てこないなぁ。

 

「ねぇヒメ様、私とバトルしよう」

 

そうだ、私にはこれ(バトスピ)しかない。

たとえ相手がキャラクター(CPU)だと分かっていても、私は彼女の想いと真っ直ぐ向き合える手段はこれしか知らない。

 

「一切手は抜かない。全力でバトルしよ(語らお)う」



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ターン17 NPCの苦悩

 

 

私とヒメ様のバトルは、私の先攻で始まった。

 

「『ブレイドラ』を召喚。マジック『リバイヴドロー』を使用。2枚ドローする。ターンエンド」

 

と、言っても私のデッキは取り違えたまま戻ってきていない。

ヒメ様にデッキは返したが、私のデッキはまだレツが持っている。

今私が使っているのはレツのデッキだ。

 

「レツのデッキか……。思えばレイと初めてバトルした時も、白でなく青のデッキを使っておったな。一体幾つのデッキを扱えるのやら。メインステップ、『最後の優勝旗』を配置じゃ。配置時効果でボイドからコアを1つ、このネクサスに置く。ターンエンドじゃ」

 

そういえばそうだったね。

あの時はヒメ様も転生者じゃないかって疑念があったから「ゲームキャラクターの氷田零」じゃなく「ゲームプレイヤー」として戦った。

 

「メインステップ。ネクサス『灼熱の谷』を配置。『ブレイドラ』をLv3にアップ。アタックステップ、『ブレイドラ』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

そして、今はそのどちらでもない。

 

私だ。

私はただの私としてバトルする。

 

余計な仮面を被ったまま戦っても、相手に何も届かない。

 

「『タワー・ゴレム』を召喚する。ブレイヴ『リボル・アームズ』を召喚。召喚時効果でボイドからコアを2個、『最後の優勝旗』へ。そして『タワー・ゴレム』に合体(ブレイヴ)じゃ」

 

ヒメ様はそれでターンエンド。

『最後の優勝旗』の余剰コアを外さないCPUの戦い方。

ヒメ様じゃない、CPUのバトルだ。

 

「『灼熱の谷』の効果で2枚ドローして1枚破棄。メインステップ。赤の『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。『ブレイドラ』はLv2にダウン」

 

でも、それについてはこの世界に来た時から知っている。

バトルで語り合うことはできないと分かってる。

 

「『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』の召喚時効果で『武槍鳥スピニード・ハヤト』を召喚、合体(ブレイヴ)。そして1枚ドロー」

 

なら私は、ただまっすぐ勝ちにいくだけだ。

勝って、彼女に道を示す。

 

それが今の私にできる唯一のことだ。

 

「アタックステップ。『武槍鳥スピニード・ハヤト』の効果。「青」を指定。このターン、合体(ブレイヴ)スピリットは青のスピリットにブロックされた時回復する。合体(ブレイヴ)アタック」

「ライフじゃ」

「ターンエンド」

 

合体(ブレイヴ)スピリットのBPは10000。

BPで勝てないヒメ様はライフで受けることを選択する。

これでヒメ様のライフは2。

もう一度合体(ブレイヴ)スピリットのアタックをライフで受けたら終わる数だ。

 

「……やはり、レイは強いの」

 

ヒメ様が零す。

 

「ヒメ様は違うの?」

「…………」

 

ヒメ様は無言でコアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップを処理する。

 

「正直、なんでヒメ様がそこまで悩んでるのか分からないんだよね」

「……レイには、関係あるまい」

 

悩んでることは否定しないんだね。

 

「関係ないってのは確かにね。でも友達が苦しんでたら、助けようとはするよ」

「苦しんでいる、か。そうかもしれんの」

 

ヒメ様は手札を伏せ、顔を隠すように俯いた。

そして小さな声で、過去を語り始める。

 

「……妾は昔からバトスピがーーいや、多くの札遊び、カードゲームにおいて、他の者より強かった。お主らと出会うまではな」

 

知っている。

それはゲーム内でも語られていたはずだ。

 

「初めは嬉しかった。妾でも勝てぬ者がいることに。そして憧れた。その者のようになりたいと。お主やレツが、妾の中で大きなモノになっておった」

 

いや私はともかくヒメ様のレツに対する視線は絶対恋愛的なアレだよ。

恋愛経験が希薄な私でも分かるよあんまの。

この子はそれを憧れの感情だと思ってるのか……。

 

「じゃが、何度も戦い、負ける内に気づいたのじゃ。……妾ではお主らのようにはなれん。根本的な、大きなところで妾とお主では違いがある」

 

それは、CPUかどうか。

私は転生者だし、レツには主人公(PC)としての役割がある。

 

ヒメ様はその違いに気づいた。

流石、賢いね。

 

「……それに気づいても、これまで妾は目を背けておった。追いつける、いつか妾もそうなれる、とな。じゃが、ダメじゃった」

 

無視してきた現実がヒメ様をいきなり襲った。

世界大会という舞台でデッキを間違えるというミス。

しかし私とレツはそれでも勝利し、ヒメ様は敗退した。

 

「最初のドローで、妾の頭は真っ白になった。そこからはどんなバトルをしたのかも覚えておらん。気がついた時には負けておった。しかしお主は、デッキを取り違えた上で勝利した」

 

なるほど、それが原因で爆発したのか。

ヒメ様は私たちにはなれないと。

私たちには勝てないと諦めた。

 

……でも、それだと大切なところがハッキリしていないよなあ。

 

「どっちなの?」

「……何がじゃ」

「どっちが原因なの。私たちに追いつけないことか、自分の弱さか」

「!」

 

なるほど、そこも分かってない感じか。

まあ爆発したのがさっきならまだ現実に絶望してるターンだよね。

なら私がこんなことしなくても時間が解決した気もするけど、まあいいや、乗りかかった船だ。

 

「別に普通だと思うけどね。勝てない誰かがいるなんて当たり前だし、何度戦ってもどーしようもない相手だっている」

「しかし! レイは、チャンピオンで……」

「私だって、ずっと勝ってる訳じゃないよ。過去を見れば数えきれないほど負けてる」

 

私はこの世界ではチャンピオンにまでなったが、元の世界では何者でもない。

ただの1カードバトラーだ。

 

「勝てないなんて普通だし、それに絶望することはないよ。逆にいつか勝つために、戦い続ける」

 

勝てずに悩むのはいい。

でもそこで立ち止まったら勿体ない。

ゲームに本気で向き合い、克服する。

そうして得た達成感は何物にも代えがたい。

 

「別にバトスピに負けたって死ぬわけじゃない。なら、気楽にやった方が楽しいよ」

 

そう、所詮ゲームだ。

苦悩も含め、全てを楽しんだ方がいい。

 

「……ふふ、死ぬわけではないから楽しめ、か。確かにその通りじゃな。遊びというものは、楽しめなければ意味がないからの」

 

ヒメ様の目は、相変わらず赤く、潤んでいる。

けれどその顔に憂いはなくなっていた。

 

「さて、遊びを続けるかの。メインステップ、『天秤造神リブラ・ゴレム』を召喚じゃ!」

 

ヒメ様は『天秤造神リブラ・ゴレム』を召喚し、ターンエンドした。

 

ヒメ様はもう大丈夫だ。

彼女は進み続ける。

目標に到達するまで、もう決して立ち止まらない。

 

そして、彼女の先に私がいる。

私は彼女の目標であり、壁となる。

 

「メインステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』をLv3、『灼熱の谷』をLv2にアップ。アタックステップ、『武槍鳥スピニード・ハヤト』の効果で青を指定する。合体(ブレイヴ)アタック」

「『タワー・ゴレム』でブロックじゃ!」

「『武槍鳥スピニード・ハヤト』の効果で合体(ブレイヴ)スピリットは回復する」

 

『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』のBPは17000『タワー・ゴレム』はBP6000。

このバトルは、私の『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』が勝つ。

 

「『『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』の合体(ブレイヴ)アタック時効果で『天秤造神リブラ・ゴレム』を破壊する」

 

『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』のLv3合体(ブレイヴ)アタック時効果。BPを比べ相手のスピリットだけを破壊した時、相手のスピリット1体を破壊する。

これでヒメ様にブロックできるスピリットはいない。

 

「回復した合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

 

合体(ブレイヴ)スピリットのシンボルは2つ。ヒメ様のライフも2つ。

 

「ライフで、受ける」

「はい私の勝ち」

 

ヒメ様の目から一筋の涙が零れる。

キラリと光を放つ大きな、一雫の涙。

けどそれ以上に、ヒメ様のこの笑顔は、私の記憶に深く刻まれた。



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ターン18 颶風ガルード

 

 

「妾は初戦で敗退したが、2人にはまだ先がある。故に、妾はお主らのサポートをすることにした」

 

夕食の時間、気持ちの整理がついたヒメ様が私たちにそんなことを言ってきた。

 

「サポートって……具体的に何をしてくれるんだ?」

「まずは我らを誘拐した犯人を捕まえる。そして二度と同じ目に遭わぬよう、家から使用人をつれてきた。何かあれば彼らに頼め。お主らは件の輩のことは気にせず、大会に集中すると良い」

 

誘拐犯か。

そういえば、初戦の他の試合で棄権した人はいなかった。

てことは、多分狙われたのは私たちだけだ。

私たちを狙うって、犯人の目的は一体……

 

ま、どーでもいいや。

ヒメ様が何とかしてくれるらしいし、任せましょーと。

 

「ボディーガードがいれば敵も襲ってこないだろうし、明日は街のショップにいかないか? 元々いく予定だったしさ」

 

そんな予定あったね、誘拐されて行けなかったけど。

護衛がつくならまた攫われることもないだろうし。

 

「いいね。行こうか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

街に出ると、前に信秀さんが言っていた通り、多くのバトスピショップがあった。

あまりに数が多いので、売られているシングルカードを一通り見たら次の店へと、どんどん消化していく。

ホントならフリー対戦とかもやりたいけど、そうなると時間がかかるからね、仕方ないね。

 

しかし、数が多いからといって、何でもあるわけではない。

実際、私が探していたカードはどこへ回っても見つからなかった。

 

私のお目当ては裏Xレア『鳥獣烈神ガルード』

颶風ガルードをやりたかったんだけど、そのキーカードが見つからない。

 

そういえばゲームでもガンディノスとか裏Xレアは入手しづらかったんだよねー。

なんだっけ、あのモヒカンとのトレードだった気がする。

 

別の店にも入るが、やはりという結果だった。

結局目に入った店全てを訪ねたが、1枚もない。

 

「珍しいカードか……街の外のあの店なら、もしかしたらあるかもしれないよ」

 

とはショップにいたお兄さんに聞いた話だ。

道を教えてもらい、そのお店を目指す。

 

しかし1歩街の外に出ると、そこは私たちには縁遠い世界だった。

 

「ここは……?」

 

背丈の低いボロボロの木造家屋が並んでいるお世辞にも清潔とは言えない街。

恐らく、貧民街だろう。

 

そういえばこの国って、急なリゾート改革で成り上がった国だっけ……そりゃこんな所もあるか。

もしかしたら政策のために追いやられた人達かもしれない。

 

住人と思しき人達は、こちらを見るとサッと視線を逸らす。

護衛の人達を恐れたのだろう。

いなかったら確実に襲われてたね。

 

「さっさと店に行って、戻ろう。あんまり長くいる所じゃないよ」

「お、おう……」

 

チラチラと見られながら、私たちは目的の場所へ向かう。

ガセを掴まされたかもーーそう思った時もあったが、聞いていた場所には小さな看板をかけたお店があった。

 

「(こんな所で客いるのかな)早速入ってみようか」

「え、大丈夫か? いきなり襲われたりしないよな……」

 

その時はボディーガードの人の仕事だよ。

私は店の扉を開け、中に入る。

店内はボロボロでショーケースなどはなく、ただカウンターにカードが山積みされていただけだった。

 

「……いらっしゃい」

 

カウンターの奥から隻眼の店主が声をかける。

うっわすごい迫力、あんまり関わりたくないなー。

 

私は椅子に座り、積まれたカードを見る。

そして噂の通り、珍しいカードだらけだった。

 

「(すごいな。プロモってこの世界では手に入りにくいのに)これ、幾らですか?」

『光ってるやつは1000G、光ってないやつは500Gだ』

 

マジか!すっごいお買い得じゃんそれ。

持っていないカードをいくつか見繕って購入する。

冬の大三角や春の大三角もあったので買っておいた。

 

「すいません。探してるカードがあるんですけど、この店にあるのってこれで全部ですか?」

「……いや、奥にまだある。どんなカードだ」

「『鳥獣烈神ガルード』ってカードです」

「……それならあるぞ。何枚欲しい」

「え、あるの!?」

 

やった! ついに颶風ガルードが組める!

店主さんにはガルードを3枚頼んだ。 少しして奥から戻ってくると、店主さんは『鳥獣烈神ガルード』を3枚、カウンターの上に置いた。

代金を払おうと財布を取り出すと、店主さんは私の手をガッと掴んだ。

すぐ護衛の人が反応し振り払うが、店主さんはその片方しかない目でずっとコチラを睨んでいる。

 

「……そのカードは、表に出回ってないーー裏のカードだ。お前みたいな小娘が、何故知っている?」

 

裏のカード?裏Xレアってことかな。

というか知識くらいはありますよ。

昔これに酷くやられたんだから。

 

「……代金はいらねぇ。そのカードを使って俺とバトルしろ。勝ったらそのカードはくれてやる」

「バトル?」

「そうだ。バトスピで決めようって言ってるんだ」

 

うーん、これもしかしてヤバい店に入店した?

まあバトスピに勝てばもらえるならそれでもいいか。

 

「10分ください。デッキ組むので」

「いいぜ。準備が出来たら声をかけろ」

「10分って……大丈夫か?」

「大まかに形になってればどーにでもなるよ」

 

『鳥獣烈神ガルード』『颶風高原』を3枚ずつ、あとは低コストのコアブ要員と青の手札交換。

あ、疲労マジックも入れないとね。

ならウォール系はいらないや。

 

「よし出来た」

「すげぇ……ホントに10分で作ってる」

「出来たみてぇだな。……やろうか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「『ダンデラビット』を召喚。召喚時効果でボイドからコアを1個、リザーブに置く。ターンエンド」

「俺は『機人アスク』を召喚する。ターンエンドだ」

 

ガルードを賭けて始まった店主さんとのバトル。

相手は白かな?

『機人アスク』なんて昨今見ないからなー。

 

「『バルカン・アームズ』を召喚。召喚時効果で3枚ドローして2枚破棄。『バルカン・アームズ』を『ダンデラビット』に合体(ブレイヴ)。ターンエンド」

 

『バルカン・アームズ』は召喚時に『ストロングドロー』を内包したブレイヴ。

未来では制限入りしているけど、それは逆に強さがお墨付きということだ。

 

「メインステップ。『共鳴する音叉の塔』を配置。『偵察機マグニ』を召喚。ターンエンド」

 

『共鳴する音叉の塔』はLv1、Lv2効果でお互いのコスト4以下のスピリットの召喚時効果は発揮しない。

Lv2になると相手がドローステップ以外でドローした時、自分も1枚ドローできる効果を持つ。

 

召喚時効果が使えないのは、かなり辛い。

 

「マジック『ストロングドロー』を使用。3枚ドローして2枚破棄する。ネクサス『颶風高原』『オリンスピア競技場』を配置してターンエンド」

 

『共鳴する音叉の塔』がLv1の内にドローカードは使っておこう。

 

「『獣機合神セイ・ドリガン』を召喚。転召の対象は『偵察機マグニ』だ。ターンエンド」

 

『獣機合神セイ・ドリガン』か。

Lv2、3だとバトル時に【転召】を持たないスピリット1体を手札に戻す。

 

鬱陶しいからLv1の今処理したい。

けどこの手札だと厳しいなー。

 

「『鳥獣烈神ガルード』を召喚。『颶風高原』の効果で5コアブースト」

 

『颶風高原』は自分が【暴風】を持つスピリットを召喚した時、その【暴風】で指定された数ボイドからコアをそのスピリットに置く。

『鳥獣烈神ガルード』は【暴風:5】を持つ。

つまり召喚するだけでコアを5個も増やせるコンボだ。

しかもこれは重複し、2枚あれば10個、3枚なら15個という恐ろしさ。

 

「2体目の『鳥獣烈神ガルード』を召喚。もう一度5コアブースト」

 

『颶風高原』を配置し、『鳥獣烈神ガルード』で大量のコアブースト。

増えたコアでさらに展開する。

これが「颶風ガルード」の力だ!

 

と、言ってもこれ以上続くカードはないんだけどね。

 

「アタックステップ」

「『獣機合神セイ・ドリガン』の効果発揮。『ダンデラビット』はステップの最初に必ずアタックしろ」

 

セイドリガンのアタック強制効果か。

まあ元々アタックする気だったし。

 

「『ダンデラビット』で合体(ブレイヴ)アタック」

「そのアタックはライフでーー」

「あ、フラッシュあります。マジック『ソーンプリズン』。相手は相手のスピリット2体を疲労させる」

「……『機人アスク』と『獣機合神セイ・ドリガン』を疲労させる」

 

これで店主さんのスピリットは全て疲労状態。

そしてさらにここでガルードの効果が発揮する!

 

「『鳥獣烈神ガルード』のアタックステップ中の効果発揮。相手のスピリットが疲労した時、そのスピリット1体につき相手のデッキを3枚破棄。2体疲労したので6枚、ガルードが2体いるので計12枚破棄する」

 

これがガルードのデッキ破棄。

でもまだ半分だ。

 

「ちっ……フラッシュはもうねぇな? 今度こそライフで受ける」

「『鳥獣烈神ガルード』でアタック」

「ライフで受ける」

「『鳥獣烈神ガルード』のアタック時効果、相手のライフを減らした時デッキを12枚破棄する」

 

『鳥獣烈神ガルード』のアタック時効果。

このスピリットのアタックで相手のライフを減らした時、相手のデッキを12枚破棄する。

 

ブロックしたら【暴風】で疲労してデッキ破棄、ライフで受けてもデッキ破棄。

この破棄の嵐からは逃れられない。

 

……てあれ、これLOいけるのでは?

 

「もう1体の『鳥獣烈神ガルード』でアタック」

「ライフで受けるしかねぇよ」

「じゃあ12枚破棄ね」

 

この破棄で、店主さんのデッキは0になる。

うん、セイドリガン処理する前に終わったや。

 

「ターンエンド」

「……俺の負けだ。そのカードはくれてやる」

 

即席のデッキでも何とかなったね。

やっぱ強いなー颶風ガルード。

 

でも思ってたより手札が減っちゃってたし、リバイヴドローでも入れようかな?

 

「ありがとうございました。じゃあレツ、帰ろっか」

「あ、ちょっと待ってくれ……すいません、このカードください」

「……全部で3000Gだ」

「はい。ありがとうございます」

 

レツも何かカードを買ったらしい。

あの山にあったカードだと……スピカかな、多分。

 

2人とも新たなカードを手に入れ、ホテルに戻る。

さあ、明日は2回戦だ。

どのデッキ、どのカードで戦おうか。

選択肢が多くて悩む。

 

部屋の灯りは消えぬまま、ただ夜は更けていく。



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ターン19 真っ白な世界

 

 

2回戦目の対戦相手はイギリス代表の紳士だった。

『白羊樹神セフィロ・アリエス』でスピリットを疲労させて『宝瓶神機アクア・エリシオン』で回復制限するコントロールデッキ。

しかし色の違うXレアを2枚揃えるのには時間がかかる。

しかもそれで得られるシナジーでもゲームを決定するほどの力はない。

 

要するに圧勝でした。

序盤は『月牙龍ストライクヴルム・シリウス』に『砲凰竜フェニック・キャノン』を合体(ブレイヴ)させてスピリットを破壊しつつライフを削り、後は『騎士王蛇ペンドラゴン』に持ち替えて大型スピリットを処理する。

それだけで普通に勝てた。

 

続いて3回戦目、準々決勝。

対戦相手はIBSAの代表者、使用デッキはWノヴァデッキ。

私のデッキには普通にブレイヴが入っているからダークヴルム・ノヴァの相手は面倒だった。

まぁ面倒なだけ。

 

『月華龍ストライクヴルム・プロキオン』と『シユウ』で自分のライフを増やしながら相手のライフを削り、最後は『ウィッグバインド』で封殺して勝利。

破壊されてもフィールドに残る効果は偉大なり。

 

ともかく、これでベスト4進出となる。

 

そして私のこの勝利が世界大会に波紋を呼んだ。

これから多くの人が、私の勝敗に一喜一憂することになる。

 

何せ私の優勝予想の倍率は300倍以上。

それが当たりそうとなったら、まあ慌てる慌てる。

 

主に、反対の意味で。

 

32人の出場者がおり、その最下位の人に大金を賭ける酔狂な人がいるだろうか? いる訳がない。

つまり私が優勝すると、賭けに負けて大損する人ばかりだということだ。

 

「レイ、お主はもうホテルから出るな。理由は分かるじゃろ」

 

そんな状況なので、ヒメ様からこう言われるのも仕方ないだろう。

 

準々決勝の後、用を足そうと御手洗にいくと、中で暴漢に襲われそうになった。

護衛の人たちがすぐ来てくれたから助かったけど、ここから先も同じようなことが起こるかもしれない。

外出を控えるよう言われるのも納得だ。

 

「前の敵の正体も分かっておらぬのに、次から次へと襲われてたら身がもたぬ。食事にも気をつけよ、毒くらい盛られておるかもしれん」

「なーんで世界大会のレートを1万ドルとかにしたかな。100万円くらいでしょ? 頭おかしい」

 

まじでIBSA、価格設定間違えてるって。

個人戦だけでも何十億と動いてる、優勝予測なんて何兆レベルの賭場だ。

そりゃあ命も狙われますわ。

 

「レイのチップを買った者の話なぞ聞かんからの……味方はおらず、ただただ敵だけが多い現状じゃ」

「あー、IBSAは? 私が勝てば、あそこが1番儲かるでしょ」

「仮にも運営じゃ。一個人に肩入れはできんときた。まったく、原因はそちらにあるというのに……」

 

ヒメ様と話しながら、デッキを調整する。

世界大会もベスト4が決まった。

次が準決勝、私を優勝させたくないって動いてる人も多いらしいし、そろそろアレを使ってド肝抜かしてやりますか。

 

「どうしたレイ、悪い顔になっておるぞ」

「売られた喧嘩を買ってあげるだけだよ。……そのための踏み台になる次の対戦相手は可哀想だけど」

「勝利宣言か。さすが、頼りになるの」

 

世界大会準決勝。

私はついに「姫ループ」に手を出すことにした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

運営の都合で準決勝からはバトルをする部屋が変わり、それもあって私はいつもより早く現場に来ていた。

初見の場所は迷うからね、ギリギリに行くのは怖い。

 

「おおー、いい設備の部屋だね」

 

準決勝ともなると、撮影機材やら何やらもグレードアップしており、いつもより広い部屋でないと入り切らないらしい。

精密機械が多いらしく、関係者以外立ち入り禁止と言われたので護衛の人には外で待っていてもらっている。

 

機材を壊さないように椅子に座って待っていると、今日の対戦相手がやってきた。

 

「まさか、またレイと戦うなんてね」

「これで3回目のバトルかな?」

 

準決勝の対戦相手はアバジャイ。

アバジャイには申し訳ないけど姫ループの餌食になってもらう。

そしてレツに勝って優勝して、私を狙ってきた奴らを全員破産させてやる。

 

「……レイ、ボクは負ける訳にはいかない。どんな手を使っても、勝たないといけない」

「私も負けないよ。そのために最強のデッキを持ってきたしね」

「レイは色々なデッキで戦ってたね。予選でラグナロックを使ったと思えば、初戦は青だし、その後も緑白、白黄と……正直レイがどんなカードバトラーなのか、未だに分からない」

 

あの店で色んなカードを手に入れたから、使ってみたかっただけなんだけどね。

そっか、外から見たら何をしてくるか分からない不思議な人に見えたのか……。

 

「別にそういう意図はないよ。あー、今日使うデッキは黄色デッキだよ。どんなデッキなのかは秘密だけどね」

「いや、もうどうでもいいかな、そのことは」

「え?」

 

アバジャイがおかしなことを口にする。

対戦相手のことを、どうでもいいだなんてーー

 

「レイはボクより強い。2回も負けたんだ、さすがに分かるさ。……やっぱり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

初戦? それってーーまずい! 今は護衛の人がいない!

 

「ごめんねレイ。ボクは何をしても勝たないといけない。たとえそれが、人道に反することでもね」

 

背後に気配を感じて抵抗しようとするが、時すでに遅し。

後ろから伸びてきた腕は私の首に絡みつき、一瞬の苦痛と共に私の意識は遠ざかっていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

(……ここは?)

 

 私は真っ白な空間に立っている。何もない、ただの無の空間。

 

(なんだここ。なんにもない。なんでこんな所に……?)

 

あ、思い出した。

アバジャイが私たちを誘拐して棄権させようとしたこと、そしてアバジャイが再び襲ってきたこと。

 

(そっか……死んだのかな、私)

 

人は死んだら天国にいくというが、もしかしてここが天国なのだろうか。

こんな何もない無が。

 

「まったく。見てられないね」

(……誰?)

 

いつからそこにいたのか、白い人影が私に話しかけてくる。

 

「ボクかい? ボクは君のように生きる力もない、ただのヘタレな亡霊だよ」

(私のように? ダメだよ、私はもう死んでるんだから)

「君はまだ生きている」

 

亡霊がそういうと、私の前にバトスピのカードが現れた。

亡霊も同じものを持っている。

 

「ボクとバトルをしてくれ」

(……バトルって、バトスピ?)

「そうだ」

 

カードをとり、確認する。

それは()()()()使()()()()()()()()だった。

 

(……どうして)

「このバトルに理由はいらない。やるのか、やらないのか。それだけだ」

 

やるか、やらないか。

ここにはカードがあって相手がいる。ならーー

 

(やるよ)

 

そういうと亡霊はコクリと頷き、さらにフィールドとコアが現れた。

 

「ボクはそちらのルールには詳しくない。その()()()()が何なのか分からない。だけど君は気にせず続けてくれ」

 

亡霊はデッキをフィールドに置き、カードを引く。

私もカードを4枚引き、バトルが始まる。

 

「ボクが先攻だ。スタートステップ。ドローステップ。メインステップ。『冥機グングニル』を召喚。ターンエンド」

 

次は私のターン。

 

亡霊が、相手が何を思っているのかは知らない。

私も、私が何を思っているのか分からない。

 

分からないことだらけだ。

けど、何をすべきかは私のカード達が教えてくれた。

 

(メインステップ。創界神(グランウォーカー)ネクサス『光導創神アポローン』を配置)

 

同名カードがないのでデッキから3枚トラッシュに。

その中の[界渡/化神/光導&コスト3以上]のスピリット1体につきコアを1個、創界神ネクサスに置く。

 

(アポローンにコアを3個追加)

創界神(グランウォーカー)ネクサス……興味深いね」

(『天星12宮 光星姫ヴァージニア』を召喚。神託(コアチャージ)、そして召喚時効果発揮)

 

『天星12宮 光星姫ヴァージニア』は召喚時、デッキから3枚オープンし、その中のヴァージニア以外の「光導」を持つカード1枚を手札に加える。

 

(『月紅龍ストライク・ジークヴルム・サジッタ』を加える。ターンエンド)

「もう1体『冥機グングニル』を召喚。2体のグングニルをLv2に上げる。アタックステップ、『冥機グングニル』でアタック」

 

グングニルはBP4000、ヴァージニアはBP3000。

 

(フラッシュタイミング。アポローンの神技(グランスキル)を発揮。アポローンのコア3個をボイドに置き、アタックしていない『冥機グングニル』を破壊。1枚ドロー)

「それが、創界神(グランウォーカー)の力か」

(アタックはライフで受ける)

 

『光導創神アポローン』の神技(グランスキル)はBP8000以下の相手のスピリット1体を破壊することで1枚ドローする効果。

BP4000の『冥機グングニル』が破壊対象だ。

 

(私のターン。『月紅龍ストライク・ジークヴルム・サジッタ』を召喚。神託(コアチャージ)

 

さらにヴァージニアのコアをストライクジークヴルム・サジッタに移動。

ヴァージニアは消滅するが、これでストライクジークヴルム・サジッタにはコアが2つ乗っている。

 

(アタックステップ。『月紅龍ストライク・ジークヴルム・サジッタ』でアタック。アタック時効果、【界放】。アポローンのコアを1個、ストライクジークヴルム・サジッタに置くことでBP12000以下の相手のスピリットを破壊する)

「『冥機グングニル』は破壊か」

(界放によりLv2となったストライクジークヴルム・サジッタの効果。このスピリットが相手のスピリットを破壊した時、相手のライフのコア1個をリザーブに置く)

「さらにライフまで……!」

 

このためにヴァージニアのコアを移動させた。

でも、まだ途中だ。

 

(ストライクジークヴルム・サジッタの効果。相手のライフが減った時、1枚ドロー)

「これでもまだアタック時効果を解決しただけか。ライフで受ける」

(効果で1枚ドロー。ターンエンド)

 

「メインステップ。『鎧神機ヴァルハランス』を召喚。【装甲:∞】で赤のスピリット、ネクサス、マジックの効果は受けない。ターンエンド」

 

【装甲:∞】。相手のフィールドにあるシンボルの色の効果を受けない、だっけ。

でも、そんなの関係ない。

 

(私のターン。『月紅龍ストライク・ジークヴルム・サジッタ』にコアを全てのせる。アタック)

「スピリットは召喚しないのか。ボクはフラッシュはないよ」

(フラッシュタイミング、煌臨。『光星神ゾディアック・レムリア』。ソウルコアをトラッシュに置き、ストライクジークヴルム・サジッタに重ねる)

「赤いコアはそうやって使うのか!」

(煌臨時効果発揮。1コスト支払い2体目の『光星神ゾディアック・レムリア』をLv2で召喚。効果でライフを1つ、リザーブへ)

 

『光星神ゾディアック・レムリア』は煌臨時に手札の「系統:光導」を持つスピリットを1コスト支払って召喚できる。

さらに自分のアタックステップなら、相手のライフのコア1個をリザーブに置く。

 

(さらに神託(コアチャージ)

「ボクの残りライフは2個……仕方ない、『鎧神機ヴァルハランス』でブロック。破壊される」

(『光星神ゾディアック・レムリア』、アタック。アタック時効果で『天星12宮 氷星獣レオザード』を召喚。ライフを1つリザーブへ。神託(コアチャージ)

「ブロックできるスピリットはいない。マジックもない。ライフは1……うん、ボクの負けだ。ライフで受ける」

 

(あっ……)

 

その宣言と共にフィールドとカードは消え、再び無の世界に戻る。

 

「これが、君の過去か」

 

(……過去)

 

「そして、未来でもある」

 

白い亡霊が、ゆっくりと色を取り戻していく。

白い髪で眼鏡の男の子。

 

私はこの人を知っている。

 

そうだ、よく考えればヒントはあった。

ヘタレな亡霊だとか、白のカードを使うとか、ソウルコアを知らないとか。

 

(ふふっ、ありがとね。()()()()

 

そういうと、自称ヘタレな亡霊さんの顔が少し緩んだ気がした。

 

「行くんだ氷田零!君には、未来を掴む力がある!」

 

うん、そうだ。

私はこんな所で止まれない。

ここで死んだら、貴方に申し訳ない。

 

「もう一度、あの世界に飛び込むんだ! 異世界の扉を開ける言葉はーー」

 

「「ゲートオープン、界放!!!」」



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ターン20 姫ループ

 

 

「なんで、どうしてーー」

「……何が?」

 

私は再びこの世界に戻ってきた。

このゲームの世界に。

 

「あぁ、レイ選手も来ましたね。もう時間ですので、すぐにバトルの用意してください」

「はい」

 

私はアバジャイの前に座り、バトルの用意をする。

アバジャイは鬼でも見ているような絶望した顔で、震えていた。

 

「何故だ! キミは、確実にーー」

「そんなことどういいから、早くやろうよ」

 

私はアバジャイに一度殺されている。

これからのバトルに、慈悲はない。

 

「先攻か後攻か。どうする?」

「……後攻だ」

「じゃあ私のターンから。ネクサス『星空の冠』を配置。ターンエンド」

「…………」

「早くターンを進めてよ」

「あ、す、スタートステップ」

 

弱いな。

バトルが始まったというのに、アバジャイはまだ現実が視れていない。

 

「『ノーザンベアード』を召喚。……ターンエンド」

 

カードを持つ手が細かく震えている。

目もずっと下を向いてこちらを見ようとしない。

 

「ネクサス『黄金の鐘楼』を配置。マジック『ハンドタイフーン』を使用。お互い手札を全て破棄して4枚ドロー。ターンエンド」

「……なぜ、キミがここにいる」

「貴方が勝ちたい理由を聞きたいから」

 

震えた声で、アバジャイは問いかける。

それに私は返事にならない答えをした。

 

「ボクが、勝ちたい理由……?」

「絶対に勝たないといけないんでしょ? ほら、貴方のターンだよ」

 

アバジャイが私を殺した理由は「自分が勝たないと行けないから」

それだと弱い。

そんな理由で、納得できるわけがない。

 

だから聞かせろ。

このバトルで、全てを打ち明けろ。

 

「メインステップ、『ドルフィング』を召喚。……ターンエンド」

「私のターン。『占いペンタン』を召喚。召喚時効果で『トリックプランク』をオープンして1枚ドロー。ネクサス『明星きらめく花園』を配置。ターンエンド」

 

パーツは揃った。

これでもう()()()()()()()

 

「『月光龍ストライク・ジークヴルム』を召喚。ターンエンドだ」

 

わが友さんを召喚したというのに、前みたいな元気はない。

 

多分、彼は根は善人なんだ。

だから今、罪悪感に押しつぶされている。

でもそんなことはどーでもいい。

 

「話す気はない、てことかな。ならいいや、そのまま負けなよ。メインステップ、『天使アルケー』をLv2で召喚」

 

『天使アルケー』Lv2は、手札の黄のスピリットカードと黄のマジックカード全てに黄色の軽減を2つ与える。

 

そしてネクサス『明星きらめく花園』の効果で、自分が黄のスピリットカードを召喚する時、トラッシュのシンボルでも軽減を満たせるようになる。

 

つまり、このカードがコスト0で召喚できる。

 

「『導化姫トリックスター』を召喚。不足コストは『占いペンタン』から確保、消滅。召喚時効果で1枚ドローして、トラッシュの『導化姫トリックスター』を手札に戻す」

 

あとはループだ。

フィールドのトリックスターを自壊して、2枚目のトリックスターで回収する。

このループを繰り返すことで、デッキ全てをドローできる。

 

面倒なのは、ゲーム故にループの省略が出来ないことか。まぁ作業だしいいけど。

 

「これで私のデッキは0……もし私がこのままターンエンドすれば、貴方が勝てるよ」

 

言外に、このままでは終わらないことを示す。

そして多分、アバジャイも何となく気づいてるはずだ。

 

既に首元にナイフがあることに。

このままだと負けるのは自分だということに。

 

「……すいません、撮影を一度止めてもらえますか? トイレに行きたいです」

「OKOK。行ってきて」

「……レイ、裏で話をしよう」

 

アバジャイはそういうと、部屋を出ていった。

私もその後に続く。

 

念の為、護衛を1人付けて。

 

「なぁレイ、キミはこの国をどう見ている?」

 

この国、か。そうだなーー

 

「観光客を誘拐したり殺害したりする治安の悪い国」

「それは悪かった。ボクが言いたいのはそういうことじゃない。この国は今、滅亡に向かってる」

 

滅亡?

 

「国中をリゾート化、なんて言っても、裏で困るのは一般市民だ。知ってるか? リゾート化政策のために土地を追いやられた人がいることを」

 

あぁ、あの貧民街のことか。

普通貧民街は地方の貧乏人が高給の仕事を求めて都会に集まり、金がないために街の周りで生活することで出来る。

こんな狭い島国で、本来貧民街なんてできるはずがない。

ビルやらホテルやらを建てるために、土地を奪われたのだろう。

 

「それで? 今の話と、貴方が勝たなければならない理由が繋がらないんだけど?」

「……国防はどうなってると思う? 徴兵もできないんだ、この国は。一般市民を追いやり、どこへ行ったかも分からない。戸籍なんてものも意味を成していない」

 

戦争か。

軍隊を持たない、リゾート地という観光資源がある国。

そんなもの、誰だって欲しい。

 

「国は兵士を雇ってはいるが、所詮外国人。この国のためにマトモに働くとは思えない」

「うん。それで? まだ話が繋がらないんだけど」

BFS(Battle Field System)は知ってるだろう?」

 

BFSーースピリットが実体化するバトルフィールド。

私の夢であり、この大会の優勝者はそこでバトルができる。

 

「BFSに使われている希少な金属は、この国付近の海溝でしか取れないんだ。それを口外したら確実に戦争が起こる。そうなったら、この国は……!」

「すいません。今聞いた事、忘れてもらえますか?」

 

ついてきてもらっていた護衛の人に、そう頼む。

護衛の人はクルリと背を向け、口笛を吹き始めた。

どうやら聞かなかったことにしてくれるらしい。

 

「ボクの目的はBFSを破壊することだ。そのためにボクは優勝しないといけない」

「別に破壊が目的なら優勝する必要はないんじゃ?」

「IBSAに忍び込めとでも? 無理だよ、あそこの警備は固すぎる。チャンスはこの大会中しかないんだ……!」

 

BFSが実用化されれば、その利益は幾らになるだろうか。

何億か、何兆か。

そしてそれを作るのに必要な材料が、この国でしか取れないと知れたら。

 

ただでさえ多くの観光資源を持つのに、さらに国の価値を上げる。

それが彼には、とても危険なことに見えているのだろう。

 

……まったく、この男は国連を何だと思っているのか。

 

「そんな馬鹿なことのために、犯罪に手を染めたの?」

「馬鹿!? ボクは、この国を想ってーー」

「この国に侵略を仕掛けるアホはいないよ。それは明確に国連安保理による集団的措置の発動要件だから」

「……え?」

「よーするに、侵略行為なんかしたら国連に加入してる全ての国から制裁をくらう、てこと。メリットよりデメリットの方が大きいし、余程の馬鹿か拒否権を発動できる常任理事国でもない限り誰もやらないよ」

「国連……制裁? 何を言ってるんだ……?」

 

あー、さすがリゾート地とはいえ発展途上国ですわ。

そういうのを勉強する機会がなかったんだね。

 

「でも! あの人が、戦争が起こるって!」

「ハメられたね。誰なの? その嘘の情報を流したのは」

「……あるショップのオーナーだ。元IBSAの人で、ボクにバトスピを教えてくれた人でもある」

「調べれますか?」

「はい。すぐにでも」

 

黒幕の捜索を頼むと、護衛の人はすぐに何処かに連絡を入れた。

多分ヒメ様だろう。

 

「さて、じゃあ戻って続きをやろうか。といっても、貴方がすることは何もないけどね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

姫ループは『ハンドタイフーン』を使ったL()O()を目的とするデッキだ。

これの強い所は「破棄」でなく「ドロー」でデッキを無くすことにある。

『鳳翼の神剣』などのカードに触れずにデッキを狙える、ということだ。

 

まずは『天使アルケー』で軽減を増やし、『導化姫トリックスター』を2枚使って自分のデッキを0にする。

次に『トリックプランク』を使ってトラッシュのトリックスター3枚と占いペンタン2枚をデッキに戻す。

そして『ハンドタイフーン』を使用。お互い手札を破棄して4枚ドロー。

トリックスターの召喚時効果で『トリックプランク』と『ハンドタイフーン』を回収し、『占いペンタン』の召喚時効果でマジックを手元に置く。

フィールドのトリックスターと占いペンタンを自壊し、『トリックプランク』で再びデッキに戻す。

そして手元から『ハンドタイフーン』を使い、4枚ドロー。

 

これをループする。

すると相手は『ハンドタイフーン』による4枚ドローを繰り返し、10回ループすれば40枚引いたことになる。

 

バトルスピリッツの敗北条件は「自分のライフが0になること」と「自分のスタートステップで自分のデッキが0である」こと。

姫ループは自分のデッキも0になるが、ルール上自分が負けるよりも先に相手が負ける。

 

ループが揃うまで時間がかかるが、そのために『巨人港』や『ルナティックシール』などの遅延カードを採用する。

これらが禁止カードとなったのは、ゲーム時間が長くかかりすぎることが原因だった。

 

まあとにかく、部屋に戻った私たちはゲームを続け、上で述べた通りのループを使い、アバジャイのデッキが0になり、私は勝負に勝った。

 

バトル後にアバジャイからは何度も謝られたが、その謝罪を受け取った上で普通に警察に突き出した。

誘拐と殺人未遂の現行犯で、数年は刑務所から出られないだろう。

 

そして、世界大会もあとは決勝戦だけ。

相手はもちろんレツだ。

 

けれどその前に、私たちには行かないといけないところがある。

アバジャイが言っていた「ショップのオーナー」は、やはりというか貧民街の隻眼の男だった。

 

決勝戦まであと1日。

 

さあ、ラスボス退治といきましょうか!



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ターン21 裏Xレアの力

 

 

【レツ視点】

 

バトルスピリッツ世界大会。

その初戦を前に、俺たちは一度誘拐された。

 

その主犯はフェレンガル王国の代表選手の1人、アバジャイ。

しかしレイ曰く、まだその裏に黒幕がいるらしい。

 

決勝戦の前にカタをつけようと、俺たちは3人でその黒幕の所へ乗り込むーーはずだった。

 

「レイは行くな! お主は敵が多すぎる!」

 

とはヒメの台詞だ。

世界大会で公式に行われているギャンブルの配当で、レイは多くの人の恨みを買ったらしい。

レイを外に出すのは危険だからと、俺とヒメの2人で行くことになった。

 

「せっかくカッコつけたのにそれはないよー!」とレイは嘆いていたが、ただでさえ危険な黒幕がいる所に乗り込むのに、他の奴らの相手はしてられない。

レイには悪いが、俺とヒメだけで解決した方が良いだろう。

 

4人のボディーガードを連れて、例の店へ向かう。

 

珍しいカードを多く扱っていたのは、オーナーが元IBSAの一員で、カードを横流ししてもらっていたかららしい。

ヒメが調べた情報だと、そいつがIBSAを辞める原因があのBFS(Battle Field System)にあり、騙されたアバジャイたちはBFSを破壊するために、これまでの幾つもの犯罪を行ったそうだ。

過去に何があったのかは知らないが、レイやヒメを危険な目に合わせたことは許せない。

 

「.......いらっしゃい」

「我らを歓迎してくれるとは、随分優しい悪党じゃな」

「その感じだと、諸々バレちまってるってことか」

 

店のオーナーである隻眼の男は変わらずそこにいた。

初めて会った時からヤバい雰囲気を感じていたが、まさかこの人が黒幕だったなんて。

 

「……渡雷烈。前に来た時は白髪の嬢ちゃんに隠れてて気づかなかったが、お前がやってくれたらしいじゃねぇか。あのブラックゴートを壊滅させたんだってな」

「ブラックゴート……じゃと!?」

「お前も、ブラックゴートの仲間なのか!?」

「取引相手みたいなもんだ」

 

ブラックゴートまで関係してたのか……!

ブラックゴートの本体は潰したが、末端はまだ残っている。

この国にまでその根が広がっていたなんて。

 

「結構いい金蔓だったんだぜ? そのおかげでこんなリゾートでいい暮らしが出来てたんだ」

「……なるほど。かつてIBSAがブラックゴートに対して何もしなかったのはお主が裏で手を回していたから、という訳じゃな」

「そういうことだ」

 

そういえば、ヒメはこの隻眼の男が元IBSAのメンバーだとも言っていた。

IBSAがブラックゴートを認知していながら何もしていなかったのは、この男の仕業だったのか。

 

「ブラックゴートの賭けバトスピをさらに面白いバトルにするために裏Xレアを作って売り捌いた! ……はぁ、あのBFSさえなければ、俺はまだまだ遊べただろうに」

「BFS……? なんでBFSが関係するんだ?」

 

その質問に答えたのは、隻眼の男ではなくヒメだった。

 

「こやつがIBSAを解雇された遠因じゃ。自分が作った裏Xレアカードのスピリットを召喚しようとして失敗した。まったく、データベースにないカードなぞ実体化するはずなかろうて……」

「うるせぇ! 自分のスピリットが実体化する! それがどういうことか、お前には分かんねぇだろうな!」

 

BFSはスピリットを実体化させる夢の装置。

そこで男のスピリットが実体しなかったために全てが露呈し、この男の夢は崩れてしまった。

 

「結局は逆恨みじゃろ。まともな人生を過ごしておれば、そうはならんかったじゃろうに」

「……逆恨みか、違いねぇ。俺は全てを恨んださ。バトスピも、IBSAも、BFSも! だけどな……カードだけは、スピリットたちだけは恨めなかった」

 

この男もナナシと同じく、バトスピを金儲けの手段としてしか見てこなかった、はずだ。

でも、そう言葉を綴った男の眼は、なんというか、悲しそうで、嬉しそうだった。

 

「さて、もういいじゃろう。観念してお縄につけ」

「……あぁ。今更どうのこうのする気はない」

「よし。じゃあお主ら、捕らえよーー」

「待ってくれ!」

 

ヒメが使用人に指示を出そうとしているのを止め、俺は隻眼の男の前に立つ。

 

「俺とバトルしてくれ」

「…………は?」

「あんたが恨めなかった、あんたのスピリット達を見せてくれ」

 

セントラルタワーでのバトルの後、ナナシは失意のまま建物の崩壊に巻き込まれた。

 

俺はナナシを救えなかった。

俺は、もう誰にもアイツのようになってほしくない。

救える人は、みんな救いたい。

 

「頼む。俺とバトルしてくれ」

 

この人も分かってるはずだ。

ホントはバトスピが大好きなんだって。ただ道を誤っただけだ。

ナナシと同じように。

 

俺はこの人に、もう一度バトスピの楽しさを思い出させる。

それが、今の俺がやるべきことだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……ホントにやるのか」

「ああ。俺のターンからだ。『ダンデラビット』を召喚。召喚時効果、ボイドからコアを1個リザーブに。ターンエンド」

「『戦竜エルギニアス』を召喚。ネクサス『オリンスピア競技場』を配置。ネクサスをLv2にしてターンエンドだ」

 

前にこの人がレイとバトルをしていた時は白デッキを使っていた。

しかし今使っているのは青のカードだ。

多分、デッキそのものが変わっているのだろう。

 

「メインステップ。『アクゥイラム』をLv2で召喚。ターンエンド」

 

『オリンスピア競技場』の効果で俺は合体(ブレイヴ)してないスピリットでアタックする時、リザーブのコアを1個トラッシュに置かなければならない。

序盤でコアが足りない今は、スピリットを召喚しても攻められない。

 

「ネクサス『灼熱の谷』を配置。マジック『サジッタフレイム』を使用。『ダンデラビット』『アクゥイラム』を破壊する。ターンエンド」

 

『サジッタフレイム』は合計BP5000まで相手のスピリットを破壊できる。

『ダンデラビット』はBP1000、『アクゥイラム』はBP3000。

合計BP4000で破壊できる。

 

これで俺のフィールドは更地になる。

マジック1枚で戦況をひっくり返された。

 

「メインステップ。『獅龍皇子レオグルス』を召喚。召喚時効果で『戦竜エルギニアス』を破壊して1枚ドロー」

 

『獅龍皇子レオグルス』は召喚時BP5000以下の相手のスピリットを破壊し、破壊した時デッキから1枚ドローする。

 

「ターンエンド」

「ドローステップ。『灼熱の谷』の効果で2枚ドロー……ほぅ」

 

男の顔付きが変わる。

キーカードを引いたか!?

 

「そうだったな……俺はお前と共に戦いたいがために破滅した。ならばこのバトルにお前が来るのは必然か。召喚『凶龍爆神ガンディノス』」

「凶龍爆神、ガンディノス……!」

「ターンエンドだ」

 

これが裏Xレアか!

一体どんな効果が……?

 

「メインステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。召喚時効果で『刃狼ベオ・ウルフ』を直接合体(ブレイヴ)召喚。さらに1枚ドロー」

 

『刃狼ベオ・ウルフ』は合体(ブレイヴ)アタック時にBPを比べ相手のスピリットだけを破壊した時、相手のライフのコア2個をリザーブに置く。

相手のライフを2まで削れば、ベオウルフの合体(ブレイヴ)アタックで勝てる!

 

「アタックステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これで残りライフは3。

あと2回、合体(ブレイヴ)アタックすれば勝てる。

 

だが、問題は相手の裏Xレアスピリットだ。

前のターンは召喚しただけ、まだその脅威は未知数。

 

「『戦竜エルギニアス』を召喚。さらにブレイヴ『牙皇ケルベロード』を召喚。『牙皇ケルベロード』を『凶龍爆神ガンディノス』に合体(ブレイヴ)。さらにガンディノスをLv3にアップ」

「BP17000……!」

「ガンディノス……アタック。アタック時効果【強襲】発揮! 自分のネクサス1つを疲労させることで回復する。『オリンスピア競技場』を疲労させることで回復!」

 

【強襲】!?

合体(ブレイヴ)しているガンディノスはダブルシンボル、ライフで受けたら2つも減る。

 

「ここは『獅龍皇子レオグルス』でーー」

「ガンディノスのアタック時効果はまだある! 『獅龍皇子レオグルス』を破壊して1枚ドローする!」

「えっ、」

 

ガンディノスはアタック時にBP5000以下のスピリットを破壊することで1枚ドローする。

まさか【強襲】の他にこんな効果もあるなんて。

 

「ライフで受ける!」

「もう一度アタックだガンディノス。【強襲】発揮、『灼熱の谷』を疲労させて回復」

「フラッシュタイミング、マジック『サイレントウォール』を使用! このバトルが終了した時、アタックステップを終了する。ライフで受ける」

「ターンエンドだ。どうだ? これが俺のガンディノスだ!」

 

俺のライフは残り1つ。

サイレントウォールがなければ、このままやられていた。

 

「……強いよ、ホントに強い。でも俺も、まだライフは残ってる」

 

諦めなければ未来は拓ける。

バトスピCS日本大会の決勝戦、レイが最後のドローでジーククリムゾンを引いたように!

 

「ドローステップ!」

 

引いたカードは『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』

ははっ、ここでお前か!

 

「メインステップ! 射手座の12宮Xレア『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』をLv2で召喚! 更にブレイヴ、『武槍鳥スピニード・ハヤト』を召喚」

「……Wブレイヴか!」

「『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』に、『刃狼ベオ・ウルフ』と『武槍鳥スピニード・ハヤト』をW合体(ダブルブレイヴ)!」

 

『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』はブレイヴ2つまでと合体(ブレイヴ)できる。

トリプルシンボル、BP18000のW合体(ダブルブレイヴ)スピリットだ!

 

「アタックステップ」

 

アタックステップ開始時、『武槍鳥スピニード・ハヤト』の合体(ブレイヴ)時効果が発揮。

「赤」を指定し、このターンの間W合体(ダブルブレイヴ)スピリットは赤のスピリットにブロックされた時回復する。

 

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットでアタック! 『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』の効果で『戦竜エルギニアス』を指定アタック!」

「ブロックだ! エルギニアス!」

「『戦竜エルギニアス』は赤のスピリットとしても扱う。よってW合体(ダブルブレイヴ)スピリットは回復する」

 

さらに『刃狼ベオ・ウルフ』の効果、BPバトルで相手のスピリットを破壊した時、相手のライフのコア2個をリザーブに置く。

 

W合体(ダブルブレイヴ)アタック! 今度はガンディノスを指定アタックだ!」

「ガンディノスでブロック!」

「効果でW合体(ダブルブレイヴ)スピリットは回復する」

 

ガンディノスはBP17000。

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットはBP18000!

 

「フラッシュタイミング、マジック『ストロングドロー』を使用! ガンディノスのBPを+3000! ガンディノスの勝ちだ!」

「2体のブレイヴはスピリット状態でフィールドに残す」

 

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットは破壊された。

でも俺のフィールドには、まだスピリットがいる!

 

「リザーブのコアをトラッシュに置き、『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』でアタック」

 

相手のライフは残り1つ。

 

「……ははっ、ハハハハハハハ! 楽しかったぜ、お前とのバトル! そのアタック、ライフで受ける」

 

男の最後のライフがリザーブに置かれる。

俺は、このバトルに勝ったんだ。

 

「……終わったかの」

 

隻眼の男は、これでまたバトスピの楽しさを思い出してくれただろうか。

俺がナナシに出来なかったことが、今度は出来ただろうか。

 

「さて店主よ。お主に1つ言っておくことがある」

「……なんだ?」

「お主の作った裏Xレアは、IBSAより公式のカードとして認められておる。現に妾の友人にも、ガンディノスを使う者はおるぞ」

「なんだと!?」

 

なんだって!?

ヒメの友人にガンディノス使いがいたのか!

 

「何故レツも驚いておる。『凶龍爆神ガンディノス』はマドカが使っておったじゃろうが」

「え……マジで?」

「……たまには身内でのバトルもするがよい」

 

知らなかった、マドカも裏Xレアを使ったのか。

帰ったら見せてもらおう。

 

「はは、そうか……俺の、カード達が……」

 

男の目から涙が伝う。

男はしばらく放心していたが、涙を拭い、俺に1枚のカードを差し出した。

 

「渡雷烈。お前にコイツを任す」

「ガンディノスーーいいのか?」

「あぁ。是非、BFSで使ってくれ」

 

BFS。

それは世界大会の優勝者だけが戦える、特別なフィールド。

 

「ああ。絶対、ガンディノスを召喚してみせるよ」

 

返事を聞いた隻眼の男は立ち上がり、待ってくれていた使用人達と外へ出ていった。

あの人も、これから罪を償うのだろう。

 

「さてレツ、約束してしまったな。守れるのか?」

 

明日は世界大会決勝戦、対戦相手はレイだ。

俺がまだ一度も勝ててない、俺の師匠。

 

「ああ。……俺は今度こそ、レイに勝って、世界一になってやる!」



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ターン22 決勝前夜

 

 

【ヒメ視点】

 

その2人のバトルは、あまりに一方的であった。

 

バトルスピリッツ世界大会、その優勝最有力候補のレツが予想最下位のレイに手も足も出ずに敗北する。

 

全ては、あのカードによって封殺された。

 

「スタート、ステップ」

 

重々しく宣言したレツのデッキは0。

その圧倒的な強さにレツはもちろん、妾まで、彼女に畏怖を感じていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

時は少し前に遡る。

 

誘拐事件の遠因となった男を捕らえホテルに戻ったレツは、明日のレイとのバトルに備えデッキの調整を行う。

 

しかしレイは大会中にも関わらず幾度とデッキを変え、対策しようにもどうすればいいのか皆目見当もつかない。

困ったレツは「もう本人に聞けばいいんじゃね?」と思い立ち、レイの部屋を訪れた。

 

レイと明日の護衛について相談をしておった妾はそれを聞き、「いっそここでバトルをしてはどうじゃ」と冗談混じりに提案したのじゃが、まさか2人がそれを了承。

決勝戦を前に、2人が戦うこととなった。

 

さて、2人がバトルすることとなり、レイはレツにある質問をする。

「どのデッキがいい?」と。

 

レイはデッキを幾つも持っており、そのいずれも桁違いに強い。

様々なデッキを扱えるレイの腕前には感服せざるを得ない。

 

そしてこれをさも当然のように思っておるのが、レイの恐ろしい所じゃ。

一体どんなバトスピをしてきたらこんな風になるのか。

 

その質問にレツは「1番強いデッキで」と答える。

するとレイの顔が一気に暗く変わった。

何かあるのかと心配したが、あまり気が乗らないだけで特に問題はないらしい。

 

思えばこの時、レイはこの未来を予測しておったのかもしれん。

 

2人のバトルはレイの先攻で始まった。

 

「ネクサス『明星きらめく花園』を配置。ターンエンド」

 

レイが準決勝で使っておったカードじゃ。

となるとレイの目的はデッキアウト。

レツは早めに勝負を決めなければならん。

 

「メインステップ。『アクゥイラム』をLv2で召喚。『アクゥイラム』でアタック」

「ライフで受けるよ」

「ターンエンド」

 

レツは2ターン目からアタックしてライフを減らしにかかる。

準決勝でレイはこのデッキを使い、8ターンで勝利した。

ゆっくりする時間はないと感じたのじゃろう。

 

「メインステップ。ネクサス『黄金の鐘楼』を配置。マジック『ハンドタイフーン』を使用、お互い手札を全て破棄して4枚ドロー」

 

レツの破棄した手札には『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』があった。

これを失ったのは辛いの。

 

「もう1枚『黄金の鐘楼』を配置。ターンエンド」

 

『黄金の鐘楼』の効果でレイのネクサスは破壊されぬ。

着々と準備を進めておる。

 

「メインステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。不足コストは『アクゥイラム』より確保、消滅する。そして『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』の召喚時効果で『刃狼ベオ・ウルフ』を召喚、合体(ブレイヴ)

 

レツは早々に合体(ブレイヴ)スピリットを用意する。

合体(ブレイヴ)スピリットはダブルシンボル、そのアタックは1度にライフを2つ減らす。

 

合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これでレイの残りライフは2。

もう一度合体(ブレイヴ)スピリットのアタックをライフで受ければ負け、ブロックしても『刃狼ベオ・ウルフ』の効果でBPで勝たねばライフを2つ減らされて負けじゃ。

 

これは勝負あったか。

 

「メインステップ。『冥土の魔女ヘレン』を召喚。召喚時効果で手札のマジックカードを3枚までオープンして、オープンしたカード1枚につき1枚ドロー」

 

レイは『リバイヴドロー』『ルナティックシール』をオープンし、2枚ドローする。

 

「手元から『ルナティックシール』を使用。デッキの横にコアを3つ置くよ。エンドステップ、デッキ横のコアを1個ボイドに置く。ターンエンド」

 

『ルナティックシール』初めて見るカードじゃな。

デッキの横にコアを置くとは珍しい。

 

しかしレイはこのターンで勝負を決めれんかった。

あとはレツの合体(ブレイヴ)スピリットのアタックで終いじゃ。

 

思えば、レイが負けるのはこれで何度目になるじゃろうか。

予選で一度負けておったが、それ以外で負けた話は聞いたことがない。

 

本人は数えきれないほど負けていると言っていたが、実際にそれを目にしたことはなかった。

 

合体(ブレイヴ)スピリットをLv3にアップ。アタックステップ」

「マジック『ルナティックシール』の効果」

 

ここでさっきのマジックの効果か。

果たしてこの状況を変える効果がーー

 

「お互いアタックステップは行えず、デッキは破棄されず、ボイド/リザーブからライフにコアを置けない。アタックステップはないから、次のステップを進めて」

「え?」

 

レイ、お主今なんと言った?

()()()()()()()()()()()()()

 

「だから、アタックステップはないんだって。メインステップの次は、エンドステップだよ」

「え、エンドステップ。ターンエンド」

 

アタックステップを行えない!?

なんて効果じゃ、これではレツはレイのライフを減らせない。

 

「メインステップ。マジック『ハンドタイフーン』を使用。手札破棄して4枚ドロー。『占いペンタン』を召喚。召喚時効果で『トリックプランク』をオープンして1枚ドロー。アタックステップはないからエンドステップ。デッキ横のコアを1個、ボイドに置く。このコアがある限り、『ルナティックシール』の効果は発揮し続けるよ」

「スタートステップ」

 

レイのデッキの横にはまだコアが1つ残っている。

このターンも、レツはアタックすることが出来ない。

 

「『天星龍アポロドラゴン・スピカ』を召喚。……ターンエンド」

 

せっかくスピリットを召喚しても、アタック出来なければ意味がない。

 

しかし次のターンには『ルナティックシール』の効果が消える。

その時までに大型スピリットを並べておけばーー

 

「メインステップ。手元の『リバイヴドロー』で2枚ドロー。そして『ルナティックシール』を使用。デッキ横にコアを3つ置く。エンドステップ、1枚目の『ルナティックシール』でコア1個と、2枚目の『ルナティックシール』でコアを1個ボイドに置く。ターンエンド」

 

開いた口が塞がらんとはこの事か。

まさか2枚目の『ルナティックシール』とは。

レイのデッキの横には、まだ2個もコアがある。

 

「射手座の12宮Xレア『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚。『刃狼ベオ・ウルフ』を『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』に合体(ブレイヴ)

 

レツのキースピリット『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』

しかし、それを召喚しても、

 

「ターンエンド」

 

アタックステップが行えぬなら何も変わらない。

何も出来ない。

 

ただレイがあのコンボが揃えないことを祈ることしか、レツに出来ることはない。

 

しかし、そんな願いも儚く散る。

 

「メインステップ。『天使アルケー』をLv2で召喚。そして『導化姫トリックスター』を0コスト支払って召喚」

 

そこからレイの長いメインステップが始まった。

 

レイは同じ手順を繰り返し、どんどん手札を増やす。

それが一段落すると今度はトラッシュのカードをデッキに戻し、ドローする。

そしてまたトラッシュのカードを戻し、ドローする。

 

そしてレツもドローし、手札を破棄しを繰り返す。

『ブレイドラ』『武槍鳥スピニード・ハヤト』『サイレントウォール』等々……様々なカードがトラッシュに送られていった。

 

レツにとってそれは長く、苦しいターンであった。

レツはレイを止める手段を持っておらぬ。

ただずっと同じことを繰り返す、永遠とも思える時間であった。

 

そしてようやく、レイがターンを終える。

 

「エンドステップ。デッキ横のコア1個をボイドに。ターンエンド」

 

レツのフィールドは『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』『天星龍アポロドラゴン・スピカ』とキーカード達が並んでいる。

しかし、それも無意味。全てはあの『ルナティックシール』に止められた。

ああ、お互いのデッキは破棄されない、との一文は何だったのか。

 

レツのデッキは、1枚もないというのにーー

 

「スタート、ステップ」

 

決勝前夜、レツとレイのバトルは、レイの勝利で終わる。



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ターン23 決勝戦

 

 

決勝前夜。

ヒメ様の思いつきで始まったバトルは、レツが「最強のデッキで」と言ったことが原因で、私の姫ループによるワンサイドゲームで終わった。

 

しかし困ったのはその後。

妙にレツとヒメ様がよそよそしい……。

 

また私なにかやっちゃいました?

いや分かってますよ、かなりえげつないバトルをしたことくらい。

うーん、罪悪感。

 

やっぱりバトルしないスピリッツはダメだね。

相手に何もさせないってのは、対人ゲームとして破綻してるよ。

 

バトスピは対話。

バトルしないスピリッツは対話する気がない時だけだね、うん。

またその気になる時まで封印しよう。

 

結局あの後、レツは部屋に戻ってまたデッキを組み直したらしい。

とりあえずヒメ様に、私が姫ループを使わないとレツに伝えてもらった。

 

決勝戦は、しっかりとバトスピしたいからね。

 

 

◇◆◇◆

 

 

バトルスピリッツ世界大会決勝戦。

対戦相手はこの世界(ゲーム)の主人公、渡雷レツ。

 

先攻後攻のじゃんけんに勝った私は後攻を選択する。

バトルはレツのターンからだ。

 

「ネクサス『灼熱の谷』を配置。ターンエンド」

「私のターン、ネクサス『侵食されゆく尖塔』を配置。ターンエンド」

 

お互いにネクサススタート。

赤デッキ相手にスピリットを召喚してもすぐに妬かれるのがオチだ。

まずは消えにくいシンボルから用意する。

 

「スタートステップ」

「ネクサス『侵食されゆく尖塔』の効果。私のトラッシュにあるコアをリザーブに」

 

ネクサス『侵食されゆく尖塔』は相手のスタートステップに自分のトラッシュのコアをリザーブに戻す。

これでフラッシュタイミングで使うコアを確保できる。

 

しかしレツもドローステップで『灼熱の谷』の効果を発揮。

ドローステップでドローする枚数を+1し、ドロー後に1枚破棄。

手札の合計枚数は変わらないがより多くのカードを見ることで、早くキーカードを引くことができる。

 

「メインステップ。『アクゥイラム』をLv2で召喚。ターンエンド」

 

『アクゥイラム』はアタック時にBPを+2000する効果と、赤のキーワード効果【激突】を持つスピリット。

 

私のフィールドにスピリットがいない今【激突】は効果を発揮しない。

ライフを減らすよりも私にコアを与えないことを選んだようだ。

 

「『イグア・バギー』を召喚。さらにネクサス『光り輝く大銀河』を配置。マジック『ブレイヴドロー』を使用、不足コスト確保のため『イグア・バギー』は消滅。効果で2枚ドローして、オープンされた『突機竜アーケランサー』を手札に加える。ターンエンド」

 

よし、これで1組揃った。

 

「ドローステップ、2枚ドローして1枚破棄。リフレッシュステップ、メインステップ。『天星龍アポロドラゴン・スピカ』を召喚。不足コストは『アクゥイラム』から確保。ターンエンド」

 

レツは『天星龍アポロドラゴン・スピカ』を召喚するが、やっぱり攻めてこない。

昨日とは打って変わってかなり慎重になっている。

 

「メインステップ。マジック『ブレイヴドロー』を使用。2枚ドローして3枚オープン。ブレイヴカードがないのでデッキの上に戻す」

 

ドローした2枚の方にブレイヴカードがあった。

こういう時、勿体ないと感じてしまう。

 

「『アクゥイラム』をLv2で召喚。アタック【激突】」

 

レツに続き、私も『アクゥイラム』を召喚しアタックする。

 

『アクゥイラム』はアタック時効果でBPが上がっている。

『天星龍アポロドラゴン・スピカ』と同じBP5000。

 

「『天星龍アポロドラゴン・スピカ』でブロック」

「フラッシュがないなら、お互いのスピリットが破壊。ターンエンド」

 

相討ちだけど、これでいい。

どうせレツは指定アタックと『刃狼ベオ・ウルフ』や『武槍鳥スピニード・ハヤト』のコンボをしてくる。

わざわざ的を作る必要はない。

 

「メインステップ。『ブレイドラ』を召喚。そして射手座の12宮Xレア『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚。不足コストは『ブレイドラ』から確保。アタックステップ、『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』でアタック」

 

今度は『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚。

でもアタックしてくるんだね。

前のターンのアクゥイラムが効いたかな。

 

さっきまではコアを与えないように動いてたけど、今は『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』が破壊されないために動いてる。

 

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

「私のターン。マジック『リバイヴドロー』を使用、2枚ドロー。『イグア・バギー』と『ダンデラビット』を召喚。『ダンデラビット』の召喚時効果でリザーブと『イグア・バギー』にコアを1個ずつ追加。さらにもう1枚『ダンデラビット』コアを追加する」

 

これで4コアブースト。

相手には『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』がいるけど、私の手札には防御札『デルタバリア』がある。

このターンは準備に費やす。

 

「『リバイヴドロー』を使用。デッキから2枚ドロー。さらにもう1枚『リバイヴドロー』、2枚ドロー。不足コストはフィールドのスピリット達から。ターンエンド」

「メインステップ。『武槍鳥スピニード・ハヤト』『刃狼ベオ・ウルフ』を召喚。『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』にW合体(ダブルブレイヴ)W合体(ダブルブレイヴ)スピリットをLv2にアップ」

 

きたかW合体(ダブルブレイヴ)

BP18000、トリプルシンボルのスピリット、そのアタックは1度にライフを3つ奪う。

 

「アタックステップ。W合体(ダブルブレイヴ)アタック!」

「ライフで受けるよ」

「ターンエンド」

 

確かに3点パンチは痛い。

でもここで決めきれなかったってことは、レツの手札はあまり良くないのかな。

 

さて、前のターン丸々準備に費やした甲斐があった。

このターンで、あのコンボが完成する。

 

「メインステップ。ネクサス『光り輝く大銀河』の効果発揮。手札の系統:「光導」を持つスピリットカードのコストを5にする。『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』をLv3で召喚。さらに『突機竜アーケランサー』を直接合体(ブレイヴ)召喚。召喚時効果で『灼熱の谷』を破壊、1枚ドロー」

 

まずは1組。

そして、

 

「『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』のLv3効果、系統:「光導/星魂」を持つスピリットに白のシンボルを1つ追加する。2体目、『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』をLv3で召喚。さらに『突機竜アーケランサー』を、召喚したストライクヴルム・レオに直接合体(ブレイヴ)召喚。効果で1枚ドロー」

 

これで2組目。

 

『突機竜アーケランサー』が合体(ブレイヴ)した『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』が2体。

さらに効果でシンボルが2つ追加、トリプルシンボルのスピリットになっている。

 

「アタックステップ。1体目のストライクヴルム・レオでアタック。トリプルシンボル」

「ライフで受ける」

 

レツの残りライフは2。

これが通ればそれで終わる。

 

「もう1体のストライクヴルム・レオでアタック。効果で疲労状態のストライクヴルム・レオは回復する」

 

『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』は自身以外の系統:「光導/星魂」を持つスピリットが疲労した時回復する。

ストライクヴルム・レオ自身も系統:「光導」を持つ。

2体いれば無限アタック/ブロックが可能だ。

 

「フラッシュタイミング、マジック『デルタバリア』を使用! ライフで受ける!」

「ターンエンド」

 

まあ持ってるよね。

でも使わせたからOKってことで。

 

「メインステップ。W合体(ダブルブレイヴ)スピリットをLv3にアップ。アタックステップ、『武槍鳥スピード・ハヤト』の効果で白を指定する。W合体(ダブルブレイヴ)スピリットでアタック!」

 

そっか。アタックしてくるのか。

このコンボはこの世界では未発見だからね、知らないのも無理はない。

 

でも、それは私のせいじゃない。

知らないのは、レツの責任。

 

「ストライクヴルム・レオでブロック」

「スピニードハヤトの効果でW合体(ダブルブレイヴ)スピリットは回復する」

「私も、もう1体のストライクヴルム・レオを回復させる」

 

これはレツのミスだ。

知らなかったとはいえ、カード効果を確認せず、何が起こるか理解しえなかったことによるミスだ。

 

「フラッシュタイミング。『突機竜アーケランサー』の合体(ブレイヴ)時効果。自分のスピリット1体を疲労させることで、このターンの間このスピリットをBP+3000する」

 

疲労の対象はブロックしていないストライクヴルム・レオ。

これでBPは18000。

 

そして系統:「光導」をもつスピリットが疲労したため、ブロックしているストライクヴルム・レオは回復する。

 

「さらにブロックしていない合体(ブレイヴ)スピリットの効果。ブロックしているストライクヴルム・レオを疲労させることでBP+3000。そして回復」

「ーーまさか!」

 

やっと気づいたね。

 

「ブロックしている合体(ブレイヴ)スピリットの効果。ブロックしていないストライクヴルム・レオを疲労させてBP+3000。さらに回復」

 

無限ループ。

 

アーケランサーが合体(ブレイヴ)したストライクヴルム・レオが2体いると、無限にBP+3000を繰り返すことができる。

つまり()()()()()()B()P()()()()()()()()()()()()()()()

 

元の世界では、このループはBP∞のスピリットとして扱われると特殊裁定が出来るほど注目を集めたループだ。

でも、CPUしかいないこの世界でこのループに気づけるのはレツと私だけ。

 

この無限ループを発見出来なかったこと、それがレツのミスだ。

 

「もう1度、ブロックしていない合体(ブレイヴ)スピリットの効果でブロックしているストライクヴルム・レオを疲労。BP+3000して回復。ブロックしている合体(ブレイヴ)スピリットの効果でブロックしていない合体(ブレイヴ)スピリットを疲労。BP+3000。これで合計BP24000だね」

「……2体のブレイヴはスピリット状態でフィールドに残す。ターンエンド」

 

私のターン……といっても、もうやることもないね。

 

「メインステップ。ネクサス2枚をLv2に上げる。アタックステップ、ストライクヴルム・レオでアタック」

「マジック、『デルタバリア』! ライフで受ける!」

「ターンエンド」

 

2枚目か。

でも、もうやることもないでしょ。

 

「メインステップ。ネクサス『灼熱の谷』を配置。ターンエンド」

「スタートステップ。『侵食されゆく尖塔』の効果で『武槍鳥スピニード・ハヤト』を手札に戻す。メインステップーーーーは、何もしない。アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

「フラッシュタイミング、マジック『デルタバリア』!」

「ターンエンド」

 

ここで3枚目の『デルタバリア』もう後がない。

そしてレツの手札は1枚『武槍鳥スピニード・ハヤト』ももう透けてる。

 

「ドローステップ。『灼熱の谷』の効果で2枚ドローするーーーーッ!『武槍鳥スピニード・ハヤト』を破棄!」

 

レツのドローステップ、レツは明らかに良いカードを引いた。

 

防御札?

いや、今更1ターン延命した所で変わらない。

 

レオを破壊するカード?

いや、破壊した所で私には『デルタバリア』がある。

このターンで決めきれるとは思ってないだろう。

 

「メインステップ。『ブレイドラ』をLv3で召喚! アタックステップ、『ブレイドラ』でアタック!」

 

レツが召喚したのはコスト0の『ブレイドラ』

これなら『デルタバリア』をすり抜けて最後のライフを減らせる。

 

となると、その最後の1枚は『インビジブルクローク』だろう。

「それしかない」という1枚を引き寄せる運命力。

さすが主人公だ。

 

ーーでもね、それをフラッシュで使おうとしたのは完全に間違いだよ。

 

「マジック『ウィッグバインド』を使用。相手は黄以外の手札のカードは使えない」

「なんだって!」

「さて、何かマジックはある? ないなら合体(ブレイヴ)スピリットでブロック。疲労状態のストライクヴルム・レオは回復する」

「……ターン、エンド」

「スタートステップ、『刃狼ベオ・ウルフ』を手札に戻す」

 

実は前のターン、私がメインステップで『ウィッグバインド』を使っていればそのまま勝っていた。

だけど、いざその時になったら酷い考えが頭をよぎったんだ。

 

()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()って。

 

「アタックステップ。『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』で合体(ブレイヴ)アタック」

 

今思えば酷い舐めプだ。

でも、だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思った。

また昨日のように、一方的なバトルのまま終わるって思ったんだ。

 

「ライフで受ける」

「はい私の勝ち」

 

普通にやってたら私の圧勝だった。

舐めプだったから負けかけた。

舐めプだったから負けなかった。

 

じゃあ一体私はいつ、勝ち負けの分からない全力のバトルが出来るのだろうか。



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ターン24 BFSバトル

 

 

「世界大会優勝、おめでとう!」

「ありがとうございます」

 

実況席にいたギャラクシー渡辺に優勝を祝われ、私は心にもない返事をする。

 

「優勝した氷田零さんはこの後、現在開発中のBattle Field System、つまりスピリットが実体化するフィールドで俺ギャラクシー渡辺と、エキシビションマッチをしてもらうぞ! それも世界に中継するから、スピリットの召喚を夢見ていた皆! 楽しみにしていてくれ!」

 

決勝戦の後、私はスタッフに連れられて、よく分からない機械のある部屋に来た。

多分これがBFSなんだろう。

 

「久しぶりだね。今日はよろしく!」

「……よろしくお願いします」

 

しばらくして部屋にギャラクシー渡辺が入ってくる。

気分が落ち込んでる時にこのテンションはキツいけど……まあどうでもいいか。

 

「BFS起動しました。いつでもいけますよ」

 

スタッフさんが声をかけ、BFSバトルの準備が終わる。

 

「世界チャンプの腕前、見せてもらうぜ! ゲートオープン、界放!」

「……界放」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ネクサス『光り輝く大銀河』を配置。ターンエンド」

 

この世界に氷田零として転生した直後、私は期待していた。

 

バトスピが主流の世界。

前世のように過疎っておらず、誰とでも、いつでも、バトスピができる世界なのだと喜んだ。

 

「『角獣ガルナール』を召喚! ターンエンドだ」

 

しかし、私はすぐに失望した。

この世界に。

この世界が()()()()()()()()()何も変わらないことに。

 

私はバトスピは好きだ。

だが、それとこれとは話が違う。

 

一定の動きしかしない対戦相手。

何度戦っても同じことの繰り返し。

バトスピがただの作業になっていた。

 

相手よりBPが高いスピリットを立てる。

自分のライフが0にならないようにフィールドのスピリットの数を調節する。

そんな作業。

 

「『イグア・バギー』『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』を召喚。不足コストは『イグア・バギー』から」

 

何度元の世界に戻ろうとしたか。

何度この世界から抜け出そうとしたか。

 

でも、結局どうしようもなかった。

どうしようもないからと、考えるのを辞めた。

 

「ストライクヴルム・レオでアタック」

「ライフで受ける!」

「ターンエンド」

 

そして私は彼の参戦を待っていた。

私は知っていた。

この世界には、私以外に思考する(CPUじゃない)人がいると。

 

それが渡雷烈。

私の、氷田零としての友人だった。

 

実際レツは主人公として、NPCとは違うバトルをした。

スピリットが1体でもアタックする。

スピリット上のコアを使う。

マジックの無駄撃ちもない。

 

レツは、私の希望だった。

私がこの世界で唯一、バトスピができる相手だと思っていた。

 

「『太陽龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。ターンエンド」

 

しかし、その希望も今や絶望に変わった。

 

世界大会の決勝戦。

その大舞台でレツと戦い、私は絶望した。

よく考えれば分かったはずなのに、何故気づけなかったのか。

 

私とレツには、決して埋まらない差がある。

 

「『砲凰竜フェニック・キャノン』を召喚、ガルナールを破壊。ストライクヴルム・レオに合体(ブレイヴ)、Lv2」

 

レツは、私と戦うには圧倒的に知識が、経験が、知恵が足りない。

 

合体(ブレイヴ)アタック、【激突】」

「『太陽龍ジーク・アポロドラゴン』でブロック!」

 

私は元の世界で10年以上バトスピをしてきた。

レツはこの世界でバトスピを始めたばかりだ。

単純な年月でも、私はかなり先にいる。

 

だが、それはまだいい。

時間が足りないだけなら、どうにでもなった。

 

どうにもならないのは、ここがゲームの世界という環境だ。

 

「俺のスピリット達が! くそぅ!」

「ターンエンド」

 

ゲーム(この世界)でのバトルなんて、現実でのバトルと比べようもない。

 

あの世界には、私ではできない凄いバトルをする人がいる。

「姫ループ」や「未ザギ」なんて、初めて見た時は感動した。

考えた人をホントに尊敬するくらいに。

でも、この世界に、開拓者はいない。

 

「『竜騎合神ソードランダー』を召喚。Lv2にして、ターンエンド」

 

NPC(この世界の人)は規定のデッキを使い、同じように動くだけ。

主人公のレツはこの世界のバトスピしか知らない。

CPUとのバトルしか知らない。

 

ゲームに生きるレツでは、私には勝てない。

 

「2体目の『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』を召喚。アタック」

 

それに気づいた時は、もうダメだった。

私にはこの世界が、ただのゲームにしか見えない。

目の前にあるのは現実(リアル)なはずなのに、全てが偽物に見える。

 

レツは人間だと、そう信じていた。

レツとなら、私はバトスピができると信じていた。

 

でも、違った。

 

結局レツも、ゲームの(この世界に生きる)キャラクターにすぎない。

 

CPUと違う動きをする?

だからなんだ。

発達したCPUとレツの間には、何の違いもない。

結局はただのゲームのキャラクターだ。

 

「ライフで受ける!」

「もう1体、アタック。激突」

 

世界1位。

本来なら喜ぶべきことだが、今はそれよりも虚しさの方が大きい。

 

この世界では、誰も私に勝てない。

誰も私を負かしてくれない。

 

勝敗の分かってるゲームなんて、それほどつまらないものがあるだろうか。

一生ソリティアをし続ける……それに満足する人もいるだろうが、私は勘弁だ。

 

「ストライクヴルム・レオの効果、系統:「光導」を持つスピリットが疲労したので回復」

 

なんで私は、こんな世界に来たのか。

こんな退屈でつまらない世界に。

 

なんで私は、戻ってきてしまったのか。

あのまま、真っ白な世界に逃げ続ければ良かったんだ。

 

「『竜騎合神ソードランダー』でブロック!」

 

なんで私は、こんな世界でバトスピを続けているのか。

戦う前から結果が、運命が分かっているというのに。

 

「レオでアタック、もう1体のレオは回復」

「ライフで受ける」

 

私は、()()()()()()()()()()()()()を、好きと言えるだろうか。

 

「レオでアタック」

「マジック『サジッタフレイム』! ネクサスを破壊する。そのアタックは……ライフで受ける」

 

……ああ、やっぱりダメだ。

考えれば考えるほど嫌になる。

ならいっそ、考えなければいい。

何も考えず、ただ無関心になればいい。

 

「レオ、アタック」

「ライフで……受ける! 俺の負けだ!」

「はい私の勝ち」

 

一人回しをするように、自分の中だけで完結すればいい。

それなら他人に期待することも、絶望することも、傷つくことはないのだから。



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ターン25 目

 

 

【レツ視点】

 

「フラッシュタイミング、マジック『デルタバリア』を使用。コスト4以上のスピリットのアタックでは、俺のライフは0にならない」

「ターンエンド」

 

バトルスピリッツ世界大会、その決勝戦。

対戦相手はレイ。

俺がまだ1度も勝ててない、バトスピの師匠だ。

 

レイのフィールドには『突機竜アーケランサー』が合体(ブレイヴ)した2体の『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』

BP(無限)のコンボで、俺の『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』が破壊された。

 

そして今、俺の手札は『武槍鳥スピニード・ハヤト』1枚だけ。

 

「ドローステップ。ネクサス『灼熱の谷』の効果で2枚ドローする」

 

何か、逆転のカードが来てくれ!

そう願って引いたカードは『ブレイドラ』と『インビジブルクローク』だった。

 

レイのライフは残り1つ。

しかしレイはいつも『デルタバリア』を使っている。

『刃狼ベオ・ウルフ』ではストライクヴルム・レオの壁を破っても、デルタバリアの壁は越えられない。

 

でも、『ブレイドラ』はコスト0のスピリット。

デルタバリアでは防げない!

 

「『ブレイドラ』でアタック!」

 

その時、俺は勝ちを確信していた。

絶対にこのアタックが通ると、そう思っていた。

 

「マジック『ウィッグバインド』を使用」

 

でも、届かなかった。

レイは俺の考えてることが分かっているかのように、そのカードを使ってきた。

 

「ストライクヴルム・レオでブロック」

「……ターンエンド」

 

もしメインステップで『インビジブルクローク』を使っていれば、俺の勝ちだった。

でも、俺はそうしなかった。

できなかった。

 

合体(ブレイヴ)アタック」

 

あと一歩のところで俺はレイに届かなかった。

 

「ライフで受ける」

 

最後のライフをリザーブに置く。

この瞬間、俺の負けが決まる。

 

「……やっぱり強いな、レイは」

「ありがとう」

 

元々はカガミに勝ってやると始めたバトスピだった。

でも今は違う。

 

俺はレイに勝ちたい。

こんなすごいバトスピをするレイに、いつか、必ずーー

 

「エキシビションマッチがあるから、また後でね」

「おう。頑張れよ」

 

優勝したレイはこの後、ギャラクシー渡辺さんとBFSでバトルをするらしい。

 

スピリットが実体化するフィールド、楽しみだ。

ヒメと合流して、特別席に座る。

観客席が満員だからと、スタッフの人が気にかけてくれた。

 

「おお! 本当に実体化しておる! 『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』……なんと美しい獣じゃ」

「『太陽龍ジーク・アポロドラゴン』もカッコイイな! カードのイラストもカッコイイけど、迫力が違う!」

 

レイのストライクヴルム・レオと、ギャラクシー渡辺のジーク・アポロドラゴンがバトルをする。

スピリット達が動き、バトルする様は本当に生きているようだった。

 

「すごいな……」

 

俺も、あのフィールドでバトルしてみたい。

きっとレイも、目を輝かせてーー

 

その時、俺は信じられないものを見た。

 

見間違いかと思った。

幻覚でも見ているんじゃないかと疑った。

 

レイの顔は、つまらない玩具で遊ぶ子供のような顔をしていた。

 

レイはなんであんな顔をしてるんだ?

スピリット達が、現実に動く。

バトルをする。

 

レイは、これを楽しみにしてたんじゃなかったのか。

飛行機の中で、キラキラした目で言ってたじゃないか。

「スピリットの召喚は、昔からの夢だった」って。

なのに、なんでそんな顔をしてるんだ?

 

『ストライクヴルム・レオでアタック』

 

レイはつまらなそうに、カードを横に倒す。

ギャラクシー渡辺のライフを削る。

流れ作業のように、淡々とそれを繰り返していく。

 

『レオ、アタックーーーーはい私の勝ち』

 

そしてそのまま、ゲームは終了した。

残りライフは5対0、レイの圧勝だった。

 

「一方的な試合じゃったな。いくらカリスマといえど、世界チャンピオンには敵わぬか」

「……ちょっと、行ってくる!」

「レツ!?」

 

俺は部屋を飛び出した。

 

嫌な予感がした。

レイが、どこか遠くへ行ってしまうような、そんな感じがした。

 

通路を走り、レイの元へ向かう。

階段を駆け上がると、ちょうどレイが部屋から出てくる所だった。

 

「レイ!!!」

「うわっ、どうしたの急に」

 

レイに駆け寄り、肩を掴む。

しっかりとその顔を見る。

 

間違いなくレイだ。

だけどその目は、俺を見ていない。

 

「…………」

「どうしたの? 何かあった? というか離してくれると嬉しいんだけど」

 

かける言葉が見つからない。

なんて言えばいいのか、分からない。

 

でも、手の力を抜くことはできなかった。

ここで離したら2度と戻ってこないような気がした。

 

「……レイ」

「なに?」

 

お前は今、何を見ている。

 

「レイ」

「……なに」

 

レイの視線の先に俺はいない。

レイの目に、もはや俺の姿は映っていない。

 

「レイ!」

「いやだからーー」

 

 

 

 

その()をきっかけに、俺の頭は真っ白になった。

何かが爆発したようなその音が、しばらく俺の耳に残っていた。

 

「ーーぇ」

 

レイがガクリと、俺の方に倒れ込む。

 

「レイ?」

「……ごめん、ちょっと、無理そうーー」

 

レイはそう言い残すと、静かに目を瞑る。

何が起こったのか、俺は理解できなかった。

 

「…………レイ?」

 

ガシャンという鉄の塊が落ちた音にハッとして、そちらを見る。

するとそこには拳銃と、ヒメの使用人達に組み伏せられた男の姿があった。

 

「……なんで」

 

レイの体がずるりと落ちそうになるのを腕で支える。

暖かいものが、手に触れる。

ベチャリと嫌な感覚で、手に纒わりつく。

 

「お前の、せいだ。お前の、お前さえいなければ!!!」

 

男の言葉が、通路に響く。

その言葉はレイに届いていない。

でも、俺はその言葉に、呪詛に縛られた。

 

分からない。

分かりたくもない。

何が起こったのか。

そしてどうなったのか。

 

本当は分かっている。

けど、俺の頭は、それを理解することを拒否した。

 

頭が真っ白なまま、ゆっくりと、ただ時間だけが流れていく。

 

俺が覚えていたのは、手についた紅い記憶と、いつまでも俺を見なかった、レイのあの目だけだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

あの後、レイは救急車で病院に運ばれた。

 

「…………」

「……犯人は、元ブラックゴートの一員。ブラックゴートが消え収入がなくなり、最後の金をこの世界大会に投じて破産した男じゃ」

 

ヒメが、今回の顛末を語る。

 

「……なんで、そんな奴がレイを」

「元々、レイが勝ち残った辺りから手を出してくる輩はいた。そやつらに誑かされたのじゃろう」

 

そうだ。

レイはこの大会で多くの敵を作った。

本人が関係しないところで。

 

「……レイは」

「銃弾を受けたものの、背中の骨で止まり命に別状はない。痛みで気を失っておるだけじゃ。今は病院で安静にしとる」

「……そうか」

 

よかった。

本当に、よかった。

 

「お主が気に病むことはない。全ては、犯人のせいじゃ」

「……もしも」

 

これは本当にもしもの話だ。

でも、あの時に限り、あと一歩でありえた未来。

 

「もしも、俺がレイに勝ってたら、レイはこんな目にあったと思うか?」

「……そのもしも、は辞めておけ。それはレイにも悪い」

 

分かっている。

でも、分かっていても、そう思わずにはいられないんだ。

 

「…………ええい! こんな所で燻っておっても埒が明かぬ! レツ、今から病院へ向かうぞ!」

「え? えええぇぇぇっ!!??」

 

ヒメの使用人に担がれて車に乗せられる。

通りを走る車の中で、ヒメが話しかけてくる。

 

「レイのことを不安に思うくらいじゃったら、さっさと会いにゆけばよかろう」

「……それは、そうだけど」

 

ヒメの言うことはもっともだ。

でも、何故か、()()()()()()()()()()()と、直感が言っている。

 

あの目を。

あの、俺を無視して遠くを見るあの目を、見たくないと思う自分がいる。

 

あの時、手を離してからーーもう、レイとは会えないような気がしていた。

 

「……着いたぞ」

 

車から降り、病室に向かう。

陽は傾き、院内も人がまばらだ。

ヒメの後ろをゆっくりついて行く。

病室に近づくにつれて、あの目を鮮明に思い出す。

 

「レツ、大丈夫か?」

「……大丈夫だ」

 

止まった足を、再び前へ進める。

コンコン、と軽くノックをして、病室に入る。

レイはベッドの上で、横たわっていた。

 

「……ふむ、息も正常じゃの。数日安静にしておれば問題なかろう」

「……そうか」

 

レイの無事を確認し、ひとまずホッとした。

 

ーーでも、もしまたあの目で見られたら。

 

「ーーっ」

「……大丈夫じゃ。お主には、妾もおる」

 

ヒメの冷たい手が、頬に触れる。

ヒメは、真っ直ぐに、俺を見ている。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして、じゃ」

 

手の震えが止まる。

首筋に、冷たい汗が流れたのを感じる。

さっきまでは気づかなかったが、かなり汗をかいていたらしい。

 

「さて、レイの無事も確認したことじゃし、そろそろ病院も閉まる。我らはホテルに戻るとしよう」

「……ああ」

 

今はヒメに助けられた。でもーー

 

()()()』の恐怖は、俺の中で、確実に大きくなっていた。



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風花編
ターン26 誰?


 

 

目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。

 

「ここは? 痛っ……!」

 

何故か知らないけど背中が痛い。

立ち上がろうとしたけど、痛みに負けてベッドに倒れ込んだ。

 

「お目覚めですか」

「誰! ……痛ぁ」

 

燕尾服の男に話しかけられつい声を上げると、また背中が痛んだ。

腰痛なんて歳じゃないのにな。筋肉痛?

 

「三葉葵家の者でございます。ご安心を」

「三葉葵家……?」

 

何その珍しい名字。

日本に100人いるかいないかみたいな名前だなー。

 

って、そんなことはどーでもいい。

 

「えっと、ここは?」

「病院です。レイ様はエキシビションマッチの後、暴漢に襲われ背中を拳銃で撃たれたのですよ」

「え!? っ痛、」

 

背中痛いのって、撃たれたの私!?

あ、やばい意識したらまた痛くなってきた。

 

そっか、私って怪我をして病院に運ばれたんだ。

 

「わざわざすいません」

「いえ、我々としましても、お護りすることが出来ず……申し訳ございません」

 

うん?ちょっと何言ってるのか分からない。

 

「えっと、なんでーー執事の方がここに?」

「ヒメ様より、レイ様がお目覚めになった際のお世話を任されております」

 

ヒメ様?レイ様?

ああなるほど、どーりで話が合わないと思った。

 

「私、レイなんて名前じゃないです。私の名前は水野風花(みずのふうか)、人違いです」

 

 

◇◆◇◆

 

 

あの後、お医者さんがやってきて、私の置かれている状況がやばいことが分かった。

 

まずここは日本じゃない。

お医者さんや看護師さんはみんな外国人だし、病院に来ている人もみんな日本人じゃなかった。

 

そういう人達の病院、と考えるよりは、ここが外国だと考える方が納得がいく。

 

(それが分かったところでどーしよーもないってのがまた……)

 

よく分からない機械の検査が終わり、再び部屋に戻る。

部屋でお医者さんから分からない言葉で質問をされたけど、私に外国語が分かる訳ない。

英語の成績、クラスで下から数えた方が早いんだぞ。

 

そして1番やばいのは……()()()()()()()()()、ということだ。

さっきトイレの鏡に写った自分を見て「誰!?」てなったもん。

私いつの間に長身白髪の綺麗なお姉さんになってるんですか!?

 

しかし、おかげである程度何が起こったかについては予測がついた。

 

多分、私は誘拐された。

そして整形手術を施され、()()として扱われてる。

 

私が外国におり、顔が変わり、知らない執事の人に人違いをされる。

それらから推測するに、嘘みたいな話だが、これが1番現実的だ。

 

(嘘みたいな話が1番現実的って、ほんと訳わかんない)

 

でも、私の立てた仮説が合っていたならば、私は家に帰れるかもしれない。

顔が同じ、別人だと分かってもらえば。

 

「すいません」

「はい」

 

さっきの執事の人を呼び、説明を試みる。

 

「えっと、私は水野風花って名前で、日本の〇〇って町に住んでるんです。なんか気がついたらここにいて、顔も変わっていて……」

「……失礼します。ドクター、もう一度検査をお願いします」

 

うっわ信用されてねぇ!

いや、よく考えたら私だって信用しないわそんな話。

そりゃ脳の異常を疑うよね。

 

「レイ! 大丈夫か!?」

「なにやら錯乱しておると聞いたが……」

 

執事の人がお医者さんと何か話をしていると、部屋に赤いバンダナをつけた同い年くらいの男の子と、蒼髪着物姿の私より3つ4つ下くらいの女の子が入ってきた。

 

「えっと、どちら様で?」

「……レイ、お主ホントに記憶が」

 

この子の話し方すごいな。

なんかのゲームのキャラみたい。

 

「えっとね、私はそのレイって子じゃないの。私は水野風花、風花って呼んで」

「……なんと。では風花、お主は我らのことを覚えておるかの?」

「いや、初めましてだよね?」

「そうか」

 

そう言うと着物の子は、手元から小さな箱を取り出した。

私がよく知る、あの箱。

 

「これに見覚えは?」

「バトスピのデッキケース……だよね?」

 

でも、ケースの色が白い。

私のは()()のはずだけど。

 

「それは覚えておるのか……よし、風花とやら。妾とバトルをしよう」

「バトルって、バトスピ?」

「そうじゃ」

 

うーん、話の繋がりが見えてこない……。

 

「えっと、バトルしたら話を聞いてくれる?」

「うむ。約束しよう」

 

お、やった。

バトルすれば勝たなくてもいい、てのは嬉しい。

 

「先に言っておくけど、私そこまで強くないよ?」

「そうか。気にするでない。妾も強くないからの」

 

いや絶対強いやつじゃないですかそれ。

着物の子は手に持っていた白いデッキケースを私に渡す。

 

「私はこれを使えばいい?」

「そうじゃ。お主のデッキじゃからな」

 

おっとこれは完全に誰かと勘違いされてますね。

 

ケースを開けて、デッキを見る。

お、ストライクヴルム・レオが入ってる。

無限アタックのデッキかな。

あれシンボル持ちのブレイヴないのか、うーん。

 

「さて、風花。手は抜くでない。本気で来るとよい」

 

それなら、自分のデッキで戦いたかったなー……なんて。

 

 

◇◆◇◆

 

 

うーん、手札のコストが重いし、後攻でコアを増やしてもいいんだけど……ここはドロー優先かな。

 

「じゃあ先攻で。スタート、ドロー、リフレッシュ、メイン。『ダンデラビット』を召喚。ボイドからコアを1個、リザーブに置く。ターンエンド」

 

ドローステップで運良く1ターン目に動けるカードが引けた。

これは幸先いいね。

 

「『タワー・ゴレム』を召喚する。ターンエンドじゃ」

 

『タワー・ゴレム』か。

青デッキ、多分リブラゴレムかな。

 

しかし色もバラバラだなーこのデッキ。

緑のスピリットに、赤のブレイヴ、黄色のマジック、白のネクサス。

何がしたいのか全くわかんない。

 

とりあえず、出せるカードを出そうか。

 

「『砲凰竜フェニック・キャノン』を召喚。コスト3の『ダンデラビット』に直接合体(ブレイヴ)。召喚時効果で、BP4000以下のスピリットを2体、『タワー・ゴレム』を破壊」

 

どうせリブラゴレムならライフは減らないし、ブロッカーを残す必要もないか。

 

「『ダンデラビット』でアタック」

「ライフで受けよう」

「ターンエンド」

 

まずはライフを1つ減らした。

あと4つだね。

シンボル持ちのブレイヴがいれば、あと2回のアタックでよかったんだけど……。

 

「メインステップ。『ヒノキ・ゴレム』『タワー・ゴレム』を召喚。『ヒノキ・ゴレム』をLv2に上げる。ターンエンドじゃ」

 

あれ、『タワー・ゴレム』って疲労ブロッカーだよね?

なら『タワー・ゴレム』をLv3で召喚して【粉砕】した方がよかったんじゃ。

 

いや、ライフを減らしてコアを与えたくないだけかな。

 

「『ダンデラビット』を召喚。召喚時効果でリザーブともう1体の『ダンデラビット』にコアを追加。ネクサス『侵食されゆく尖塔』を配置。合体(ブレイヴ)している『ダンデラビット』でアタック。【激突】」

「『ヒノキ・ゴレム』でブロックじゃ。破壊される」

「ターンエンド」

 

相手のスタートステップに『侵食されゆく尖塔』の効果でコアが戻る。

 

「メインステップ。『ケンタウロス・ゴレム』を召喚。召喚時効果発揮、【粉砕】を持つスピリット1体につき相手のデッキを3枚破棄する。2体いるので6枚破棄じゃ。ターンエンド」

 

6枚破棄かー、辛い。

アタックしてこないのを見ると、かなり慎重な子なのかな?

 

「『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』を召喚。『砲凰竜フェニック・キャノン』をレオにつけるよ。レオで合体(ブレイヴ)アタック」

「『タワー・ゴレム』でブロックじゃ」

「『ダンデラビット』でアタック」

 

系統:「星魂」を持つ『ダンデラビット』がアタックしたので、レオは回復。

 

「『ケンタウロス・ゴレム』でブロック」

「『ダンデラビット』は破壊。レオでアタック」

「ライフで受ける」

「『ダンデラビット』でアタック。レオは回復」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

残りライフは2つ。

まぁレオはブロッカーに残しとこうか。

 

「メインステップ。天秤座の12宮Xレア『天秤造神リブラ・ゴレム』を召喚。Lv2にして、ターンエンドじゃ」

 

え、アタックしないんだ。

『ケンタウロス・ゴレム』のコアを使えばLv3、スピリットを破棄し続ければ勝てるのに。

 

「『イグア・バギー』をLv2で召喚。『ダンデラビット』をLv2、『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』をLv3にアップ。レオでアタック、【激突】」

 

【激突】なんかなくても、レオのLv3効果でシンボルが1つ追加されてる。

ライフで受けるなんて選択肢はない。

 

「『ケンタウロス・ゴレム』でブロックじゃ。破壊される」

「『ダンデラビット』でアタック。レオは回復」

「『天秤造神リブラ・ゴレム』でブロックじゃ」

 

『ダンデラビット』もシンボルが追加されてダブルシンボル。

ライフが2個しかない着物の子はブロックするしかない。

 

「『ダンデラビット』は破壊。レオでアタック」

「ライフで受ける」

「ありがとうございましたー」

 

ふー、勝った。

リブラゴレムでアタックされてたらマズかったね。

 

「じゃあバトルも終わったし、話を聞いて。私はーー」

「いや、みなまで言うな。分かっておる」

 

おお!なんかカッコイイ台詞きた!

 

そう言えばアニメで言ってたな、『バトルは対話』だって。

もしかして、今バトルしただけで私が別人だって分かってもらえたのかも!

 

「もう一度、脳の精密検査じゃ! それとすぐ日本へ帰還する! プライベートジェットの用意をせよ!」

 

いやなんでそうなるの!



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ターン27 パラレルワールド

 

 

日本に戻った私は、三葉葵家のお世話になることとなった。

 

「風花が言っておった自宅を調べたところ、水野家はしっかりと存在し、そこに風花自身も確認した。記憶と現在が一致していることから、風花がレイではない、ということも一応は納得した」

「いやー、何から何まですみません。……え、()()()()()()()

「うむ。これがその写真じゃ」

 

姫子ちゃんはスっと1枚の写真を出す。

確かに私だ。

 

「どういうこと? 私が2人?」

「話し方や思考パターン、その他学力等も色々比較させてもらった。そして、その結果は完全に一致した訳ではない」

「と、いうと?」

「まず学力は全ての科目においてお主の方が秀でておる。また、バトスピについてもお主の方が腕が立つ」

 

えっ、なにそれこわい。

いや既に怖い状況が起きてるんだけども。

 

「結論は『水野風花』という子よりも、『氷田零』の姿であるお主の方が諸々優れておる、ということじゃ」

「えぇぇ……」

「じゃが、ヒントはある。お主が言っておった、『お台場』についてじゃな」

「そう! そうだよ!」

 

そういえば、日本に戻ってから不思議なことがいくつかあった。

 

例えば、お台場がオダイハマという名前に変わっていたり、私の周りではバトスピをやっていた人は少なかったのに、ものすごい流行ってたり。

 

私の記憶と違う点がいくつかあった。

 

「パラレルワールド、というのを知っておるか?」

「平行世界でしょ? もしも〜だったらー、てやつ?」

「うむ。パラレルワールドの『水野風花』が『氷田零』の意識を乗っ取った、と考えるのはどうじゃろうか」

「なるほど……」

 

姫子ちゃんの提示した答えは、如何にもといったものだった。

しかしパラレルワールドって、私これからどーすればいいの?

どーしようもなくない?

 

「なに、原因が分かればどうにでもなろう。まずお主、どうやってこちらの世界に来たか覚えておるか?」

「いや、気づいたら病院で寝てて……ごめんなさい覚えてないです」

「まぁそうじゃろうな」

 

どうやって来たか覚えてたら、同じことして帰ってるよ。

というかその()()()()()()に来た記憶がないから、混乱してたんじゃん。

 

「しかし困ったのう……原因が分かれば何とかなりそうなものじゃが、こうなると……」

「何か私にできること、ある?」

「そうじゃな……よし風花、今からオダイハマのショップへ行って、ショップのバトルに参加してこい」

「へ?」

「お主の世界との相違点は『オダイハマ』と『バトスピ』。その2つを同時に調査するには都合がよかろう」

 

なるほどら確かに。

 

「姫子ちゃんって、頭いいんだね」

「世辞はよい。早く行かねば、ショップバトルが始まるぞ?」

「分かった! いってきまーす」

 

直後、道が分からずまた三葉葵家に戻ってくるんだけど、それはまあご愛敬ってことで。

 

 

◇◆◇◆

 

 

なるほど。

姫子ちゃんの言いたいことがよく分かった。

 

「『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』でアタック」

「ライフで受けます」

 

私はバトスピを友達とか、小さなコミュニティでしかやっていない。

 

たまーに市外に出てバトスピの大会に参加するけど、その大体は初戦負け。

カードが揃わない子供は、大人買いしてカードを揃えている人達に勝てない。

 

だからバトスピは好きだけど、私は自分のことをあまり上手いとは思っていなかった。

そのせいもあると思うけど、オダイハマのショップバトルに出て、最初に感じたのは「あれ、周りの人あまり上手くない?」というものだった。

 

例えばアタックすればライフを減らせるのにアタックしないとか、コアの調整をしないとか。挙げればキリがない。

 

「ライフで受けます……ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

私は1度も接戦という接戦をしないまま、ショップバトルに優勝した。

 

「さすが世界チャンピオン、全く歯が立たなかった」

「ははは……」

 

そういえば、この体の人はバトスピの世界チャンピオンなんだっけ。

そんな人の体に入るくらいなら、この体の人とバトルしたかったなー、なんて。

 

さて、ショップバトルも終わったし、誰か対戦してくれる人はいないかな……と、周りを見ると、1人壁にもたれかかってこちらを見てる人がいた。

 

「すいません、対戦できますか?」

「……氷田零」

 

あれ、この体の人の知り合いだったかな。

ミスった、ボロが出ない内に退散しよー、と。

 

「えっと、無理そうならーー」

「……やろう。今度こそボクは、キミに勝つ」

 

うぅ、こっちから誘った手前、今更辞めようとは言いにくい……。

 

ま、まぁ姫子ちゃんの仮定通り、この世界のバトスピが元の世界と違い、()()()()()としたら、私でもこの体の人のように世界チャンピオンの実力があるのかもしれない。

 

なんとか、なんとかこのバトルだけでも誤魔化しきってみせる!

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……ボクが先攻だ。『ヴェロキ・ハルパー』を召喚。Lv2にしてターンエンド」

「スタート、コア、ドロー、リフレッシュ、メインステップ。『ブレイドラ』『角獣ガルナール』を召喚。『角獣ガルナール』でアタック」

 

『角獣ガルナール』はアタック時にデッキを3枚オープン、その中の系統:「星竜」を持つスピリットかブレイヴを手札に加える。

 

「『輝竜シャイン・ブレイザー』を手札に加えるね」

「アタックは、ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ガルナールでいきなりブレイヴを加えられた、ラッキー。

 

「『ヴェロキ・ハルパー』をもう1体召喚。ターンエンド」

 

やっぱりアタックはしてこない。

『ヴェロキ・ハルパー』はLv2、3のアタック時効果でライフを減らしたらドローできる。

 

今の私のフィールドには『ブレイドラ』のみ。

アタックしていたら私は、ライフで受けるか、BPで負けている『ブレイドラ』でブロックするしかない。

 

どちらにしても、相手の方が有利な結果だったはずだ。

 

「メインステップ。ネクサス『光り輝く大銀河』を配置。手札の系統:「光導」を持つスピリットのコストを5にする。『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚、不足コストは『ブレイドラ』から確保!」

 

今日はデッキが面白いくらいに回ってる。

これならボロを出す前に決められそうだ。

 

「アタックステップ、サジット・アポロドラゴンでアタック。アタック時、Lv2の『ヴェロキ・ハルパー』を指定アタック」

「……『ヴェロキ・ハルパー』でブロック」

「BPバトルはサジット・アポロドラゴンの勝ち! 続けて『角獣ガルナール』でアタック! 3枚オープン」

 

『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』がオープンされた。

いつもは全然決まらないのに、ありがとうガルナール!

 

「アタックはライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これで相手のライフは残り3つ。

W合体(ダブルブレイヴ)の射程圏内だ。

 

「メインステップ。『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』を召喚」

 

うお、相手もライジング!?

しまった、指定アタックされたらサジット・アポロドラゴンが……

 

「ターンエンド」

 

あ、はい。

そうですか、そうですよね。

 

さっきから、こんな事が多々ある。

やばいと思っても、相手が斜め下の行動をしてくる。

最初は相手が何を考えているのか分からなくて怖かったけど、実の所ただ何も考えてなかっただけ、みたいな感じで私も驚いた。

 

「メインステップ。『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』をLv3にアップ。ライジング・アポロドラゴンに指定アタック!」

「『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』でブロック」

「フラッシュタイミング『バーニングサン』を使用! 『輝竜シャイン・ブレイザー』をサジット・アポロドラゴンに直接合体(ダイレクトブレイヴ)! そして回復!」

「……『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』は破壊される」

合体(ブレイヴ)スピリットでアタック。ダブルシンボル」

「ライフで受ける」

 

残りライフは1!

 

「ガルナールでアタック!」

「ライフで受ける」

「ありがとうございました!」

 

ふーっ、なんか今のバトルは上手く回してた気がする!

これなら世界チャンピオンって言われても信じる……信じない?

 

「……氷田、零」

「は、はい」

 

なんだろう。

え、もしかしてバレた!?

上手く誤魔化せてると思ったのに!

 

「……キミにとって、バトスピとは何だ?」

「えっ」

 

あ、これやばい。

絶対ボロが出ちゃう。

 

だって私は氷田零さんじゃない。

私は水野風花、全く別の人だ。

別の人が何を考えているかなんて、分からない。

 

「えっと、対話? とか」

「……そうか」

 

やばい、絶対間違えた!

「バトスピは対話」とかいつも言ってるから、つい言っちゃった!

 

「……以前戦った時、キミはボクを全く見ていなかった。無意識に、目を背けていた」

「へ、へぇ(何してんの氷田零さん!)」

「……だが、先日の世界大会では、キミはもっと酷い顔をしていた。()()()()()()()()()()、そんな目だった。対話? そんなのする気のないバトルだった」

 

うっそ、世界チャンプがそれでいいのか。

歴代バトスピアニメ主人公達をリスペクトしろよおい。

 

「でも、今日のバトルは違う。キミは間違いなく、対話していた。……キミがどういう人間か、分かった気がする」

「あ、ありがとう……」

 

話を終えると、その人はショップから出ていった。

その後ろ姿は、彼がチャンピオンと言われても納得できるほど、カッコよかった。

 

「……私も帰ろうか」

 

ーーキミにとって、バトスピとは何だ?

 

私は勢いで対話と答えたけど、いざ落ち着いて考えてみると難しい。

姫子ちゃんはなんて答えるのか。

今はいない世界チャンピオンの氷田零だったら、なんて答えたのだろう。

 

そして、私にとってのバトスピとは。

 

……そういえばあの人、結局誰だったんだろう。



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ターン28 氷田零の友人

 

 

「レイちゃーん! あ、今は風花ちゃんなんだっけ」

「えっと、初めまして。水野風花です」

 

ショップバトルの翌日、私は姫子ちゃんに誘われて学校に来た。

『氷田零』という人物に私の存在が上書きされている以上、そこら辺もしっかりしないといけない。

 

学校の校長に事情を説明し、ほぼ転校生みたいな扱いでクラスに入る。

クラスの子にはほとんど納得してもらい(一部では姫子ちゃんの家で生体実験をされてその影響で、なんて噂がたったが)、何とか放課後までやりきった。

 

「風花ちゃんも、バトスピやってたの?」

「うん。サジット・アポロドラゴンの赤デッキ」

 

放課後になると、氷田零と仲の良かったらしい谷円さんが、声をかけてきた。

まさか学校で女の子とバトスピの話ができると思わなかった。

私の周りでは、バトスピしていた女子はいなかったし。

 

「ホント!? 私も赤を使うのよ! ねえねえ、よかったらバトルしない?」

「あんまり強くないですけど、お願いします!」

 

元いた世界だと、いつも同じ友達とばかりやってたからね.....。

バトスピやってた人が少なかったから、知らない人とバトルできる経験は貴重だ。

 

「うーん。レイちゃんの姿で強くないって言われると、なんか調子狂うなー」

「世界チャンピオンなんでしたっけ」

「うん。そうじゃなくても、誰にも負けたことがないくらい強かったんだから」

 

へぇー、やっぱり凄いんだ。

 

「じゃあやろっか。最初はグー」

「「じゃんけんポン!」」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「じゃあ後攻で」

「てことは私が先攻ね。スタートステップ」

 

じゃんけんに勝った私は後攻を選択。

マドカさんのターンからだ。

 

「『戦竜エルギニアス』を召喚。Lv2にして、ターンエンド」

 

え、赤デッキって言ってなかったっけ?

あ、赤と青の混色かな、ジーク・アポロドラゴンとかその辺りの。

 

「メインステップ、『ブレイドラ』『アクゥイラム』を召喚。『アクゥイラム』Lv2で、アタック」

 

『アクゥイラム』はアタック時にBP+2000する効果と【激突】を持つ。

後攻1ターン目に出せば、相手のほとんどのスピリットは破壊できる!

 

「『戦竜エルギニアス』でブロック。そのまま破壊ね」

「『ブレイドラ』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

よーし、早速1つライフを削った!

相手のスピリットも破壊してるし、順調順調。

 

「『星海獣シー・サーペンダー』を召喚。召喚時効果でコスト4以下の『アクゥイラム』を破壊。ターンエンド」

 

シーサーペンダー……やっぱり構築済みデッキを基盤にしたデッキだね。

今『砲竜バル・ガンナー』を出されたら、ちょっとキツいかも。

 

「『カメレオプス』をLv2で召喚。アタックステップ、『カメレオプス』でアタック」

「ライフで受けるよ」

「ターンエンド」

 

『カメレオプス』のLv2BPは5000。

『砲竜バル・ガンナー』でも破壊できないし、『太陽龍ジーク・アポロドラゴン』でも、疲労状態なら指定アタックできない。

 

私の手札的に、カメレオプスには次のターンまで、絶対生き残ってもらわないと。

 

「メインステップ。『凶龍爆神ガンディノス』を召喚」

「ガンディノス!? え、裏Xレア!」

 

実物初めて見た!

元いた世界では、近場でショップバトルがやってなかったからね……周りの子達も、裏Xレアとか持ってなかったし。公式サイトに載っている情報でしか見たことない。

 

「ターンエンド」

 

流石、町内にバトスピショップがある都会はすごい。

初めて戦う相手、初めて見るカードに心が踊る。

 

絶対に、負けない!

 

「メインステップ! 『カメレオプス』の効果発揮。自分がコスト7以上のスピリットを召喚する時、このスピリットに赤のシンボルを2つ追加する!」

 

これで私のフィールドには赤のシンボルが4つ。このスピリットが最大軽減で召喚できる!

 

「『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚!」

 

ガンディノスはBP6000。

サジット・アポロドラゴンもBP6000。

なら……

 

「『ブレイドラ』『カメレオプス』のコアで、『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』をLv2にアップ。サジット・アポロドラゴンの効果でガンディノスに指定アタック」

「『凶龍爆神ガンディノス』でブロック」

「ガンディノスを破壊。ターンエンド」

 

相手の裏Xレアスピリットを破壊できた!

サジット・アポロドラゴンもいるし、これは勝てる!

 

「うーん。メインステップ、『オリンスピア競技場』を配置。『牙皇ケルベロード』を召喚。そして『星海獣シー・サーペンダー』に合体(ブレイヴ)。スピリットとネクサスのレベルを上げて、ターンエンド」

「スタート、コア、ドロー」

 

引いたカードは『輝竜シャイン・ブレイザー』

よし、ナイスなブレイヴが来た!

 

「メインステップ、サジット・アポロドラゴンをLv3にアップ。アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットに指定アタック!」

「『オリンスピア競技場』の効果で、リザーブのコアを1つトラッシュにおいてね。アタックは合体(ブレイヴ)スピリットでブロック」

 

サジット・アポロドラゴンはLv3でBP13000。

既に相手のスピリットに勝ってるけど、

 

「マジック『バーニングサン』を使用。『輝竜シャイン・ブレイザー』を、サジット・アポロドラゴンに合体(ブレイヴ)! そして回復!」

「『星海獣シー・サーペンダー』は破壊される」

「『輝竜シャイン・ブレイザー』の効果発揮。BP8000以上のスピリットを破壊したので、相手のライフのコア1個をリザーブに置く」

 

これで残りライフは2!

 

合体(ブレイヴ)アタック! アタック時効果でBP10000以下の『牙皇ケルベロード』を破壊する」

「ライフで受ける〜っ!(泣)」

 

合体(ブレイヴ)スピリットはダブルシンボル。

そのアタックはライフを2つ減らす!

 

私の、勝ちだ!

 

「ありがとうございました!」

「えーん、負けたー!(泣)」

 

裏Xレア『凶龍爆神ガンディノス』

今回は効果を使われる前に運良く倒せたけど、次は勝てるか分からない。

いやー、ドキドキした!

 

「ほー、マドカに勝つんか。おいアンタ、ワイともやらへんか?」

「あ、ぜひーー」

 

声をかけられつい返事をするも、その声の主を見て固まった。

 

金髪ネックレス、不良じゃねぇか!

 

「ん? あぁワイは難波虎二郎、レイのクラスメイトやった男や」

「コジローくんまた授業サボったでしょ! 内申に響くよ?」

「響いたところで困る成績はしとらんわ。で、えーと、誰やったっけ?」

「風花! 水野風花ちゃんよ!」

「風花です、よろしくお願いします……」

 

ホントはあまりよろしくしてほしくないけど!

不良と関わりたくなんかないけど!

 

「ほな、やろうか。アンタとのバトル、楽しませてもらうで」

 

 

◇◆◇◆

 

 

続けて2戦目。

今度は私が先攻だ。

 

「『カメレオプス』を召喚します……ターンエンドで」

「ワイのターン、スタートステップ」

 

ただ正面に座ってるだけなのに、この人怖い!

なんかめっちゃ見てくる! 視線が怖い!

 

「『ジャイナガン』を召喚。ターンエンドや」

「す、スタートステップ……」

 

『ジャイナガン』、破壊時に相手のスピリットのコア1個をトラッシュに置く【不死】のスピリット。

破壊時効果を考えると、スピリットにコアを2つ乗せておきたい。

 

けど、先攻2ターン目でコアが……

 

「(仕方ない)『カメレオプス』をLv2にアップ。カメレオプスでアタック」

「ライフや」

「ターンエンド」

 

本当なら手札の『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』を召喚したかったけど、召喚してもコアが1個しか乗らない。

指定アタックしても破壊時効果でやられるだけだ。

 

でも、次のターンには召喚する!

 

「『闇騎士アグラヴェイン』を召喚。アグラヴェインをLv2に上げて、ターンエンドや」

「スタート、コア、ドロー、リフレッシュ、メイン! 『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』を召喚! 『カメレオプス』は効果で赤のシンボル3つになる! 7コスト3軽減、4コストで召喚」

 

『カメレオプス』を消滅させ、ライジング・アポロドラゴンのコアを2つにする。

 

「ライジング・アポロドラゴンでアタック! 『ジャイナガン』に指定アタック」

「『ジャイナガン』、ブロックや。BP2000のジャイナガンは破壊される。けど、破壊時効果で『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』のコア1個をトラッシュや」

「ターンエンド」

 

よし、これでOK。

次のターン、『砲竜バル・ガンナー』を合体(ブレイヴ)して……

 

「マジック『ダンスマカブル』を使うわ。ワイの手札を全部破棄して、ライジング・アポロドラゴンのコア全てをリザーブに置く。ターンエンドや」

「そんな!?」

 

そんな、ライジング・アポロドラゴンが……でも、相手は手札を破棄してる。

なんでわざわざ全部捨てたのかは分からないけど、今がチャンス!

 

「『ブレイドラ』『角獣ガルナール』を召喚。『砲竜バル・ガンナー』をガルナールに直接合体(ブレイヴ)召喚! 合体(ブレイヴ)アタック!」

 

まずは『角獣ガルナール』の効果でデッキから3枚オープン!

その中の系統:「星竜」を持つカードを加えられるんだけど、今回は不発。

 

続いて『砲竜バル・ガンナー』のアタック時効果で1枚ドロー!

 

「ライフで受けるわ」

「ターンエンド」

 

これで相手のライフは残り2つ。

あと1歩の所まできた。

 

相手の手札は1、このターンにドローしたカードだけだし、次のターンにもう1体ブレイヴを用意して……

 

「『滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ』を召喚。Lv3や」

「ここでダークヴルム・ノヴァ!?」

「ターンエンド」

 

なんて引きしてるの!

 

うーん、さっきから相手に上手く返されてる。

やろうとすることが、裏目に出る。

 

『滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ』は素のBP13000に加えて、合体(ブレイヴ)スピリットとバトルするとBP+10000、合計BP23000になる。

 

私のデッキだと、23000の壁は高すぎるぞ。

 

ーーて、あれ。

 

「『ブレイドラ』『アクゥイラム』を召喚」

 

相手のスピリットは2体、ライフは2。

これで私のフィールドには、スピリットが4体。

 

届くじゃん。

 

あとは【不死】さえ気をつければ……

 

「えっと、すいません。トラッシュ見せてもらえますか?」

「ん? ええで。ほれ」

 

えっと、『ジャイナガン』はコスト7/8、『闇騎士ガヘリス』はコスト3のスピリットの破壊が不死の発動条件。

 

相手のフィールドはコスト5のアグラヴェインと、コスト7のダークヴルム・ノヴァ。

ダークヴルム・ノヴァはBP比べで破壊できないから問題ない。

 

合体(ブレイヴ)アタック。ガルナールの効果でオープンはしない。バルガンナーの効果で1枚ドロー」

「『闇騎士アグラヴェイン』でブロックや」

 

『闇騎士アグラヴェイン』を破壊しても、【不死】は発揮しない。

スピリットの頭数は増えない。

 

「アグラヴェインを破壊。『ブレイドラ』でアタック」

「『滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ』でブロックや」

「『ブレイドラ』は破壊される。もう1体の『ブレイドラ』でアタック」

「ライフで受ける」

 

ブロックするスピリットはいない。

手札もないからマジックの心配もない。

 

「『アクゥイラム』でアタック!」

「ライフや。ワイの負けやな」

「ありがとうございました」

 

勝ったー!

ライジング・アポロドラゴンが破壊されたり、ダークヴルム・ノヴァが出てきた時はどーしようかと思ったけど、何とかなった。

 

「コジローくんにも勝っちゃった。風花ちゃん強いね!」

「まったくや。途中からレイと戦っとると錯覚したくらいや。といっても、レイの方がなんちゅーか、敵わないって感じはするけどな」

「わかる〜」

 

そんなに言われるとすっごい気になる。

氷田零さんって、どのくらい強かったんだろう。

 

「えっと、その零さんって、そんなに強かったんですか?」

「そうやで。ワイらが手も足も出ん! ちゅーくらいには強いで」

 

この人たちが、手も足も出ないくらい……すごい、やっぱり強かったんだ、零さん。

 

『キミはボクのことを全く見ていなかった。無意識に目を逸らしていた』

 

ーーなんでここで、あの人の言葉を思い出すんだろう。

零さんは強かった。

でも、対戦相手を敬う気はなかった。

 

(……バトスピは1人じゃできないのに)

 

周りでバトスピをやっている子がいなかった私にはよく分かる。

でも、こんな充実した世界にいたら、そんな大切なことも忘れちゃうのかな。



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ターン29 世界大会準優勝者

 

 

私は、その人に魅せられていた。

 

決して褒められたプレイングではない。

決して最善のプレイングではない。

 

しかし、それでも、綺麗だと感じた。

彼女の魅せるバトスピは、私の心を掴んだ。

 

「……すごい」

 

私が見ているのは、世界大会決勝戦の映像。

私の現在の体の持ち主である氷田零さんと、その友人である渡雷レツさんのバトル。

 

零さんは、レツさんの攻撃を()()()ギリギリで躱す。

手札を見れば、もっと上手く立ち回ることもできる。

けど、零さんはそれをしなかった。

 

例えば『ウィッグバインド』を自分のターンで使っていたら、レツさんのターンの前に勝っていた。

相手が逆転のカードを引く前に、勝っていた。

 

他にも『アクゥイラム』の特攻や自壊など、敢えて自分の手を下げて戦っていた。

 

凄いのは、レツさんが逆転のカードを引いてからも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()相手の手を封じるところだ。

相手に勝ち筋を与えた上で叩く。

神がわざわざ地上に降りて人と戦う、そんなバトルだった。

 

まるでアニメのバトルでも見ているかのような綺麗なバトル。

けど、それは零さんがそうなるように演出していただけだということも見れば分かる。

 

舐めプといわれても仕方ない。

けど、それができるのは彼女が絶対的な強者であるからに違いない。

 

「これが……世界チャンピオン」

 

このバトルを見ただけでも分かる。

零さんはレツさんよりも遥かに強い。

世界1位と2位の間には、その数字以上の差がある。

 

けど、このバトルで零さんは、何を感じたのだろう。

私は零さんじゃないけど、多分それはーー

 

「……だから零さんは、対話することを諦めた。隣に立つ人がいないから」

 

バトルが終わった後の彼女はつまらなそうで、そして寂しそうな顔をしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「レツさん、私とバトスピしてくれませんか?」

 

翌日の放課後、私は決勝戦で零さんと戦ったレツさんにバトルを挑んだ。

 

「レイ……いや、今は風花だっけ。急にどうした?」

「レツさんって、世界2位なんですよね? 1度バトルしてみたいなって」

 

『バトルスピリッツ ブレイヴ』

元いた世界でやっていたバトスピのアニメだ。

 

その登場キャラクターの一人、月光のバローネ。

彼は最初、バトルに飢えていた。自身が強すぎたために、より強い相手とのバトルを望み、その深みに落ちた。

最強であることを退屈に感じていた。

 

……多分、多分だけど、零さんも同じだったんだ。

バローネと同じ、強さの深みに嵌った。

 

でも、アニメでバローネは馬神弾と出会うことで救われた。

強者同士のバトルが、バローネの渇きを満たした。

 

なら、私が馬神弾になればいい。

多分、私がここに来たのはそのためだ。

私は、零さんに負けないくらい強くなる!

 

零さんがいない今、この世界で1番強いのはレツさんだ。

そんな人が隣にいるのなら、バトルしない理由がない。

 

私は強くなる。

そして、必ず元の世界に戻るんだ!

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻貰います。スタート、ドロー、リフレッシュ、メイン。『ブレイドラ』『カメレオプス』を召喚。ターンエンド」

 

『カメレオプス』は自分がコスト7以上のスピリットを召喚する時、自身に赤のシンボル2つを追加する。

つまり、コスト7以上のスピリットを召喚する時に限り、ブレイドラと合わせて私のフィールドには赤のシンボルが4つあることになる。

 

『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』はコスト8に赤の軽減を4つ持つスピリット。コアを全て使うけど、次のターンに召喚できる!

 

「メインステップ。『アクゥイラム』をLv2で召喚。『アクゥイラム』でアタック、【激突】!」

「『ブレイドラ』でブロック」

「ターンエンド」

 

さて、どーしようかな。

『ブレイドラ』が破壊されちゃったせいで、コアが足りないし……。

 

「メインステップ。『角獣ガルナール』を召喚。アタックステップ、ガルナールでアタック」

 

アタック時効果で『輝竜シャイン・ブレイザー』を手札に加える。

『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』もオープンされたけど、既に手札にあるからスルーした。

けど、そのせいで私がサジット・アポロドラゴンを持ってることがバレたかな?

 

「ライフで受ける」

「『カメレオプス』でアタック」

「それもライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ブロッカーを残しても『アクゥイラム』に破壊されるだけだし、ここはフルアタックをするしかない。

 

「『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。召喚時効果で『武槍鳥スピニード・ハヤト』を召喚。そして1枚ドロー」

 

キャンペーンカード!

再録されるまで地元ではまったく手に入らなかったカードだ。

そのくせブレイヴ踏み倒せるから普通に強いんだよね。

 

「『武槍鳥スピニード・ハヤト』を『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』に合体(ブレイヴ)。ターンエンド」

 

合体(ブレイヴ)した『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』はBP10000。

うーん、高い。

 

「『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚。不足コストは『カメレオプス』から確保。サジット・アポロドラゴンで『アクゥイラム』に指定アタック」

「『アクゥイラム』でブロック」

 

Lv1のサジット・アポロドラゴンはBP6000。

『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』には勝てないが、『アクゥイラム』には勝てる。

 

「ターンエンド」

「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』をLv3にアップ。ターンエンド」

 

これでさらにBPが上がって16000。

何がいやらしいって、コアがないから破壊できないんだよ!

 

「メインステップ。『輝竜シャイン・ブレイザー』を召喚。サジット・アポロドラゴンに合体(ブレイヴ)合体(ブレイヴ)スピリットをLv2にアップ。ターンエンド」

 

サジット・アポロドラゴンがLv3になれば相手の合体(ブレイヴ)スピリットを指定アタックして破壊できた。

でも、そのためにはコアが1つ足りない。

 

妖怪1足りないがここで出たか!

 

「メインステップ。『獅龍皇子レオグルス』を召喚。召喚時効果で『角獣ガルナール』を破壊して1枚ドロー。さらに『ダンデラビット』を召喚、召喚時効果でリザーブとレオグルスにコアを1個ずつ追加する。さらに『刃狼ベオ・ウルフ』をレオグルスに直接合体(ブレイヴ)召喚。『ダンデラビット』でアタック」

 

くっそう!

相手のフィールドにはダブルシンボルの合体(ブレイヴ)スピリットが2体とシンボルが1つの『ダンデラビット』

 

BPで勝っているからサジット・アポロドラゴンでブロックしてもいいけど、そしたら合体(ブレイヴ)スピリットのダブルシンボルでライフが一気に減らされる!

 

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

上手いことしてやられた。

でも、ここから逆転だ。

 

「メインステップ。サジット・アポロドラゴンをLv3にアップ。さらに『アクゥイラム』をLv2で召喚。アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック。サジット・アポロドラゴンのアタック時効果で『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を破壊!」

 

レベルの下がった『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』はBP10000。

サジット・アポロドラゴンの合体(ブレイヴ)アタック時効果で破壊できる。

 

さらにここで「輝竜シャイン・ブレイザー」の効果発揮。

BP8000以上のスピリットを破壊したので、相手のライフのコア1つをリザーブに置く。

 

これでレツさんの残りライフは2!

 

「さらに『獅龍皇子レオグルス』に指定アタック」

「『獅龍皇子レオグルス』でブロック!」

 

レオグルスは合体(ブレイヴ)してもBP7000。

破壊してもシャイン・グレイザーの効果は発揮しない。

 

「『アクゥイラム』でアタック」

「『武槍鳥スピニード・ハヤト』でブロック」

「どちらもBP5000だから、破壊。ターンエンド」

 

これで相手のフィールドには『ダンデラビット』と『刃狼ベオ・ウルフ』のみ。

残りライフも2つだし、次のターンで決める!

 

「メインステップ。射手座の十二宮Xレア『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚!」

 

レツさんもサジット・アポロドラゴンか。

前のターンに『武槍鳥スピニード・ハヤト』を破壊しておいてよかった。

ダブルブレイヴとか洒落にならない。

 

「フィールドの『刃狼ベオ・ウルフ』を『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』に合体(ブレイヴ)。さらにもう1体『刃狼ベオ・ウルフ』を召喚、合体(ブレイヴ)! そしてW合体(ダブルブレイヴ)スピリットをLv3にアップ」

 

ベオウルフが2体!?

 

「アタックステップ、W合体(ダブルブレイヴ)スピリットで、サジット・アポロドラゴンを指定アタック!」

「サジット・アポロドラゴンでブロック!」

 

相手のサジット・アポロドラゴンはBP19000。

私のサジット・アポロドラゴンのBPは18000。

 

「私のサジット・アポロドラゴンが破壊……」

「『刃狼ベオ・ウルフ』の効果。BPを比べ、相手のスピリットだけを破壊した時、相手のライフのコア2個をリザーブに置く。それが2回、合計4個だ」

 

私のライフは4。

2体のベオウルフの効果で、私のライフは0になる。

 

「ありがとうございました……」

「こっちこそ。ありがとうございました」

 

さすが世界2位、強い……!

 

でも、私の目標はこの上、世界1位の人と対等に戦うことだ。

こんな所で立ち止まる訳にはいかない!

 

「すいません! もう1戦できますか!?」

「もう1戦? いいぜ、やろう!」

 

その後、レツさんと3戦したけど、結局勝ったのは1回だけだった。

 

零さんまでの道は、まだまだ遠い。



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ターン30 黒山羊のマーク

 

 

「どーなの風花ちゃん。元の世界に戻る手がかりは見つかった?」

「実は全く……」

 

私がこの世界に来てからそろそろ一ヶ月が経つ。

しかし状況は一切好転せず、ただ時間だけが過ぎていた。

 

でも、一月もすればこの生活にも慣れてくる。

みんなはまだたまに零さんと呼び間違えるけど。

 

「なに、心配する必要はない。それよりも風花は、自分が元の世界に戻った時の『氷田零』ために、最低限のことをするべきじゃの」

「つまり点数落とすなってことですよね……はぁ」

 

零さんはまだ中学生、これから受験を控えている。

内申点は大事だ。

かくいう私も元の世界では……うん、それは戻ってから考えよう。

 

まあ、まだ分かる範囲だから大丈夫……なはず。

零さんの点数が良すぎて、私はそれに追いつくのがやっとだ。

 

「レイちゃん頭良かったからね〜。でも次のテストまではまだ時間あるし、それまでに戻る方法を見つければオーケーでしょ!」

「そうですよねー。それまでには何とかしないと……」

 

でも何とかするって言って、具体的に何をしようか。

うーん……

 

「とりあえずもう1回ショップバトルに行ってきます」

「ごめんヒメちゃん、私風花ちゃんが何考えてるのか分からない」

「……すまん、これは妾のせいじゃ」

 

だってそれしかやることないんだもん。

すごいよね、毎日どこかしらでショップバトルを開催してるって。

さすが都会。

 

零さんより強くなると決めた私だけど、バトスピの腕はまだまだあの域には達してない。

レツさんとは何とか五分五分のバトルができるようになったけど、正直零さんには勝てる気がしない。

 

「んー、なら私もついてこっかな。私もこの後予定ないし」

「すまんが、妾はこの後用がある。2人で楽しんでくるといい」

 

 

◇◆◇◆

 

 

姫子ちゃんは用事があるからと別れ、マドカさんと2人で駅前のショップに来た。

 

「レイちゃ……じゃなかった、風花ちゃんは変わらず赤デッキ?」

「はい。色々試してみたんですけど、やっぱり赤が1番使いやすいので」

「そっか。レイちゃんが色々なデッキ使ってたから、ついいつもの癖で聞いちゃった」

 

店内に入ると全く人がいない。

珍しい日もあるんだなー。

 

なんて思っていると、店の奥で座っていた2人の男達が、こちらを見ると立ち上がり、迫ってきた。

 

「アンタが世界チャンピオン、氷田零だな?」

 

唐突に声をかけてきた男たち。

フードやキャップで顔がよく見えないけど、まず話し方から関わらない方がいいタイプだと分かる。

 

「えっと、人違いです」

「はぁ? ふざけてんのかオイ」

 

ひっ、やっぱりガチの不良じゃん!

なんでこんなのに目をつけられなきゃいけないの、零さん一体何したの!?

 

「ちょっとあなた達、いきなり何? 風花ちゃん困ってるでしょ!」

()()……? 氷田零じゃないのか?」

「ちっ……ハズレか」

 

おっ、分かってもらえたのかな?

はぁびっくりした。

いきなりあんな態度取られると心臓に悪い。

 

「で、誰よアンタ。レイちゃんを探してるって、何か用でもあるの?」

「あ゛? お前には関係ないだろ」

「……いや、待て。お前、谷円(たにまどか)か。氷田零や渡雷烈の友人の」

「そうよ。だからなに?」

 

え、いや待って。

マドカさんは身バレしてることを驚こうよ。

というかこの人達、一体何者!?

 

「俺たちは『ネオ・ブラックゴート』」

「ブラックゴートを継ぐ者だ」

 

あ、犯罪者予備軍の方でしたか。

警察行ってどうぞ。

 

なんて場合じゃない!

今すぐ逃げたい、関わりたくない。

「逃げましょう」と、ちらりとマドカさんの方を見るとーーマドカさんは目を見開いて呆けていた。

 

「ブラックゴート!? あんた達まだ残ってたの!?」

 

あー、これは逃げられないかも。

……いや、むしろ外に出るくらいなら、店員のいるここの方が安全かな?

 

「えっと、まずブラックゴートって何なんですか?」

「バトスピを使ってお金儲けをしてた悪い奴らよ!」

 

バトスピを使ってお金儲け?

偽物のカードを刷ってるとかかな?

 

「具体的には?」

「バトスピの試合をネットに上げて、その勝敗を賭けにしてるのよ」

 

あ、犯罪者予備軍じゃなくてガチの犯罪者でしたか。

うん、絶対関わりたくない。

 

「知ってるなら話が早い。なあ、俺たちとバトスピしないか?」

「……ルールは」

「俺たちは手札6枚、コアは6個から始まる。それでどうだ?」

「うっ……結構キツいわね」

「どーした? 自信ないのか?」

「や、やってやろーじゃないの! それくらい余裕よ!!!」

 

えーっと、なんでバトルする流れになってるんですか?

普通に断ればいいのに。

よく分からない流れのまま、マドカさんとキャップの男がバトルをすることになった。

 

……いや、ほんとになんで?

 

「おい」

「は、はい?」

 

もう1人のフードの男が声をかけてくる。

やめろ、私に関わるんじゃあない!

 

「他人の空似ってことはないだろ。氷田零の親戚か何かか?」

「いや違いますけど」

 

体を借りてるだけです。

 

「……まあいい。おいお前、俺とバトルしようぜ。大丈夫、ハンデはつけねぇからよ」

 

マジで私に絡んでくるんじゃない!

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻は俺だ。『ノーザンベアード』を召喚。ターンエンドだ」

 

……いや、ホントにどうしてこうなった。

断れる訳ないじゃん!

私ってか弱い女子中学生ですよ!?

不良にガン飛ばせれて真顔でいられるほど心が強くないんです!!!

 

「メインステップ。『カメレオプス』『戦竜エルギニアス』を召喚します。ターンエンドで」

 

レツさんと戦う内に、自分のデッキの弱点が分かってきた。

 

まずキースピリット達が、みんなブレイヴに依存していること。

ライジング・アポロドラゴンもサジット・アポロドラゴンも合体(ブレイヴ)していないと最大限の力を引き出すことができない。

そのためにブレイヴに頼らない、新しいキースピリットを入れた。

 

そして、ブレイヴの赤以外の軽減を満たすカードが1枚も入っていないことにも気がついた。

デッキに入っている『輝竜シャイン・ブレイザー』『トレス・ベルーガ』が青の軽減を持っているので、赤としても扱えて邪魔になりにくい『戦竜エルギニアス』を採用した。

 

「メインステップ。『オオクチバ』『ヤミヤンマ』を召喚。『ヤミヤンマ』の召喚時効果でボイドからコアを1つ『ノーザンベアード』に置く」

 

相手は白緑デッキかな。

ラグナロックだろうし、防御マジックを引いておきたい。

 

「アタックステップ。『ノーザンベアード』でアタック」

「ライフで受けます」

「ターンエンド」

 

ラグナロックのことを考えても、最悪残りライフ3までは大丈夫。

ブレイヴでシンボルが増えることも考えて、できることなら4つ残しておきたい。

 

「メインステップ。『カメレオプス』の効果で、コスト7以上のスピリットを召喚する時、赤のシンボルを2つ追加する。7コスト4軽減、3コストで『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』を召喚。ターンエンド」

 

ブレイヴに頼らない、新たなキースピリット。

それが牡牛座の十二宮Xレア『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』

 

『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』が真価を発揮するのはLv3の時だ。

アタックするのは次のターンからでいい。

 

「メインステップ。『ヤミヤンマ』をLv2に上げる。ターンエンドだ」

 

相手はスピリットのレベルを上げただけ。

手札事故を起こしているのか、それともマジックでカウンターを狙っているのか、だ。

 

ま、カウンターはくらってから考えればいいや。

色々警戒して手が縮む方がいけない。

 

「『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』をLv3に。さらに『トレス・ベルーガ』を『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』に直接合体(ブレイヴ)召喚。不足コストは『戦竜エルギニアス』から確保」

 

『トレス・ベルーガ』は合体(ブレイヴ)条件が《系統:「光導」》のブレイヴ。

条件は厳しいけど、それに見合う効果はある。

 

「アタックステップ。『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』で合体(ブレイヴ)アタック。『トレス・ベルーガ』のアタック時効果、自分のデッキを6枚破棄することでBP+6000。さらに系統:「光導」を持つ『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』が破棄されたので回復する」

 

『トレス・ベルーガ』の合体(ブレイヴ)でBP+6000。

アタック時効果でさらにBP+6000。

今の合体(ブレイヴ)スピリットのBPは22000!

 

「『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』のアタック時効果【激突】、相手は可能ならば必ずブロックする」

「『オオクチバ』でブロック」

「『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』の効果、相手のライフを2つ、リザーブに置く」

 

『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』は相手のスピリットにブロックされた時、そのブロックしたスピリットより多い自身のシンボルの数だけ、相手のライフを減らす。

Lv3だと系統:「光導/神星」を持つスピリットの数だけ、自分にシンボルを追加する。

 

まず自身の持つシンボルが1つ、『トレス・ベルーガ』が合体(ブレイヴ)したことでシンボルが2つ。

『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』自身が系統:「光導」を持つのでシンボルを追加。

 

つまり『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』のシンボルは合計で3つ。『オオクチバ』はシンボルが1つ。

差し引き2つ、相手のライフを奪う!

 

「『オオクチバ』は破壊だ」

「回復した『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』でアタック。トレス・ベルーガの効果で破棄、対象のカードがあるので回復。【激突】」

「『ヤミヤンマ』でブロック」

「『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』の効果、相手のライフを2つ、リザーブに置く」

「『ヤミヤンマ』は破壊される」

「もう一度アタック! 【激突】」

「『ノーザンベルード』でブロック」

「効果でライフを2つ、リザーブに置く」

「ライフ0、俺の負けだな」

 

2×3で合計6点。

『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』と『トレス・ベルーガ』の回復効果のコンボは強い。

 

『牙皇ケルベ・ロード』?

あれはターンに1回しか回復できないから。

あとサジット・アポロドラゴンにシャイン・ブレイザーとトレス・ベルーガを合体(ブレイヴ)させたいだけ。

 

「『凶龍爆神ガンディノス』でアタック!」

「ライフで受ける……くそ!」

 

隣も終わったらしい。

マドカさんも手札6コア6のハンデマッチでよく勝てるなー。

 

「今日はこのくらいにしてやる! 覚えとけ!」

「一昨日来やがれってもんよバーカ!……はぁ、またアイツらが現れたなんて。レツにも相談しないと」

 

バトスピ賭博をする集団ブラックゴート、か。

黒い山羊……(カード)を食べる存在、とでも言いたいのかな。

 

「あれ、そういえばショップバトルはーー」

「すいません。あの人たちのせいで今日は人が集まらなくて……あ、よろしければ賞品をどうぞ」

「えぇ……」

 

その後、一応私とマドカさんで決勝戦を行い、勝った私が優勝賞品をもらった。



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ターン31 ブラックゴート

 

私がこの世界に来た時はちょうど夏休みだった。

そこから一ヶ月が経ち、今は10月の初め。

 

つまり文化祭だ。

学校によってはやらないところもあるけど、千樺中学校では毎年10月の第2木金で文化祭を行っているらしい。

 

そして文化祭と言えば出し物。

千樺中学校はクラス別で出し物をする。

 

私のクラスにはレツさんに姫子ちゃんと、バトスピ世界大会出場者がいるわけで、「文化祭でバトスピをやりましょう!」とのマドカさんの提案に反対する人は、まさにその世界大会出場者組以外いなかった。

 

「よく学校の許可通りましたよね。文化祭でバトスピって」

「うーん。オダイハマも市長がバトスピ好きってだけで色々やってるし、それに比べたらマシじゃないか?」

「えっ、それかなり酷い話じゃないですか。よくクビになりませんね……あとそれも買いましょうか」

 

文化祭の準備のため、私はレツさんと近くのスーパーに買い出しに来ていた。

結局、バトスピだけをするのは文化祭的にもつまらないから、という理由でバトスピカフェみたいなことをやることになった。

カードゲームと飲食を組み合わせるって、難易度高くない?

 

「それよりも俺たちは当日の心配をしないとな。酷いと一日中バトスピすることになるぞ」

「それはまだ妥協しますけど、他のクラスの展示に行けないのが残念ですよね」

 

そう、この企画で1番キツいのはレツさん達世界大会出場者組だ。

部屋の一角にフリースペースを設けて、そこで文化祭の間ずっとバトルするらしい。

私も、零さんが世界大会優勝しているせいでそれに巻き込まれた。

 

しかし所詮中学の文化祭。世界大会出場者がいるとはいえ、そんなに人は集まらないでしょう!

他のクラスの出し物に面白そうなのあったし、見に行けたらいいなぁ。

特に『ブレイドラーメン』なんか、すっごい気になる。

 

「あれ、頼まれたものが1つ売ってないな……どーするか」

「なら明日、私オダイハマに行くので、その時にデパートで買ってきますよ。何が足りないんです?」

「うーん。結構荷物になるから、俺も行こうかな。その方が面倒がなくていいし」

 

え!? それってデートってことですか!?

 

「いいんですか!?」

「気にするなって。おじさんの家に用があったし、ちょうどよかった」

「いや、そういう意味じゃ……」

 

マドカさんに怒られません? て意味だったんだけど……ま、いっか。

どーせレツさんからしたら、幼なじみの零さんと出かけるくらいの感覚でしょーし。

 

「じゃあ明日、駅前で」

 

 

◇◆◇◆

 

 

(ちょっと早く来すぎたかなぁ)

 

レツさんとの待ち合わせ時刻よりも早くに到着し、改札の前で待つ。

まだ10月とはいえ、外で待つには寒い。

 

「あの、ちょっといい?」

「? はい?」

 

壁にもたれていると、大人の女性から声をかけられた。

スタイル良くて美人、モデルさんかな?

 

「アンタ、渡雷烈のツレでしょ。アイツに伝えといてよ、『私達は関係ない』ってさ」

「は、はい?」

「チョーコか、アゲハって言えば伝わると思う。それじゃ」

「あ、あの!」

 

私はその人が帰ろうとするのを無意識に止めていた。

いきなりのことだし、戸惑ったけど、何とかその細い腕を掴んだ。

 

「この後、レツさんはすぐここに来ます。自分で伝えたらどうですか?」

「……ダメ。私達は私達のやるべき事をやる。じゃあね」

 

その人は腕を振り払って外へ向かった。

なんか意味深だったけど、深く知らない方がいいこともある。

 

「おーい、お待たせ」

「あ、レツさん。おはようございます」

 

レツさんと合流して、私達も別の電車に乗り込んだ。

 

「レツさん、さっきチョーコさんって方から、伝言を頼まれたんですけど……」

「チョーコ?」

「えっと、モデルみたいにスタイルのいい人でーーあ、アゲハとも言ってました」

「アゲハーーあぁ、あの人か」

 

アゲハさんの言伝を伝えると、レツさんは黙りこくった。

私が「知り合いの方ですか?」と聞くとレツさんは、ブラックゴートとの最後の戦いについて教えてくれた。

 

 

 

 

『ブラックゴート』と名乗る違法賭博集団は、裏サイトでバトスピの試合を放送し、その勝敗を賭けていた。

かなり大きな組織の割にセキュリティが固く、レツさん達もその実態を掴むのに苦労したという。

 

しかしブラックゴートには残念な特性があった。

賭けバトルを盛り上げるために強いカードバトラーを勧誘し、粘着するという特性だ。

断られたら諦めればいいのに、彼らは金と人脈を使って、断ったカードバトラーを廃人に追いこんだ。

 

レツさんや姫子ちゃんも狙われたらしい。

けど、レツさん達はそれを逆手に取った。

相手が接触してくる時なら、逆に捕まえることができると。

 

レツさん達は姫子ちゃんの別荘に集まり、ブラックゴートの幹部達を誘い込んだ。

その幹部の一人が、さっきの『アゲハ』さんだ。

 

レツさん達はそこでブラックゴートのルールに則り、『破滅』と『情報』を賭けたバトルを行った。

それに勝利したレツさん達はブラックゴートの本拠地の情報を得る。

 

彼らが『ダークトピア』と呼ぶそこは、廃遊園地を改造したもので、レツさんはそこに1人で(実際には裏で工作員の人も入っていたらしいけど)乗り込み、ブラックゴートの幹部の人達と戦った。

 

最初は『アフロ』と呼ばれていた赤デッキ使い。

変則ルールで相手のライフが8から始まる、というふざけたものだった。

 

次に『アゲハ』さん。

相手はコア8個から始まる、というルールだ。

最序盤から中型スピリットを並べられて大変だったと、苦笑いで教えてくれた。

 

3人目『パンク』

ルールは7ターン以内に勝利というルールで、レツさんは速攻で決めなければならないバトルを強いられた。

 

4人目は『コレクター』

ルールで相手の手札は8枚から始まる。

これもかなりのハンデだけど、レツさんは勝ち進んだ。

 

そして最後の幹部『ハッカー』

自分のライフが3でスタートするバトルは、うかつに攻めることも出来ずで苦戦したらしい。

 

5人の幹部に勝ち、ついにブラックゴートのボスとのバトル。

しかしその場にいたのは、レツさんのクラスメイトだった七篠正人、通称『ナナシ』だった。

 

『ナナシ』とのバトルは相手のライフは8、手札も8枚、しかも最初の手札が決まっているという無茶苦茶なものだった。

レツさんはそのブラックゴートの消滅を賭けたバトルに勝利し、事件は幕を閉じた。

 

 

 

 

……この話で大事なのは、ブラックゴートの幹部もボスも、実力行使に出ることなく、正々堂々とバトスピで勝負していたことだ。

彼らはその事に誇りを持っていた。賭けで決まったことが全てだった。

 

「……多分、アゲハが言いたかったことは、幹部の皆はネオ・ブラックゴートに関わってない、てことだ。今でもあのバトルの結果を大事にしている」

「……すごいですね」

 

まるでアニメやゲームのような話だ。

でも、ほんとにすごいのは今のレツさんの発言。

 

「よく、そんなに信用できますね。元ブラックゴートの幹部と分かっていて」

「分かるさ。そうじゃなかったら、あんなに本気でバトルをしない」

 

レツさんは彼らと本気で戦ったから、そう言いきれるんだ。

バトスピで相手を知れたから、こんなにもーー

 

「あっ」

「ん? どうかしたか?」

「レツさんって、零さんのバトルをどう思いますか?」

 

そこで私が思い出したのは、世界大会での零さんの寂しそうな表情だった。

レツさんは零さんと何度もバトルしている。

もしかしたら、レツさんなら当時の零さんの思いを理解しているのかもしれない。

 

「ーーごめん、俺もレイのバトスピについてはよく分からない」

「そう、ですか」

「分かるのはレイのバトルには魅力があるって事と、多分レイもそういう()()()()好きってことくらいかな」

「なるほど」

 

レツさんの発言に若干の違和感を覚えながら、私達はデパートに向かった。

デパートは駅から少し歩いた所にあり、その間にも零さんについて質問してみた。

レツさんは快く答えてくれたけど、その違和感は最後まで晴れなかった。

 

デパートに到着し、目的のものは上の階だからと私達はエレベーターに乗り込んだ。

 

「ん?」

「? 何かありました?」

「いや、気のせいかな……このエレベーター、()()()()()ないか?」

 

ピンポーン、と到着の合図が鳴る。

エレベーターの扉が開くと、そこは地下倉庫だった。

 

「キミ達が世界チャンピオンの氷田零と、世界2位の渡雷烈だね? ようこそボクの秘密基地へ」

 

薄暗い明かりの下で私達を歓迎したのは怪しい眼鏡の男。

その胸には、黒い双頭の山羊のマークがあった。

 

「ボクはネオ・ブラックゴートの幹部の一人、『ネオ・コレクター』だ。さあ、文字通り(ライフ)を賭けてバトルしよう!」



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ターン32 ネオ・ブラックゴート

 

 

「ボクはネオ・ブラックゴートの幹部の一人、『ネオ・コレクター』だ。さあ、文字通り(ライフ)を賭けてバトルしよう!」

 

ネオ・ブラックゴート。

幹部やボスがいなくなり、壊滅状態のブラックゴートのシステムを利用して再興した違法賭博集団。

 

そんな名乗られても正直関わりたくないので、何とか逃げられないかと辺りを探る。

けどエレベーターのスイッチは反応しないし、あまり露骨にやると周りにいるアイツらの仲間に手を出されそうだ。

 

「ネオ・ブラックゴート! お前達の目的はなんだ!」

「そんなの決まってるじゃないか! お金だよ!」

 

レツさんの問いに、ネオ・コレクターを名乗る男は堂々とそう言った。

 

「結局世の中お金が全て。こんな大きなデパートの地下にボク達が居を構えられるのも、全てお金の力だ!」

 

いっそ清々しいクズっぷり。

間違ったことは言ってないけど、その手段は間違っている。

 

「……お金が目的なら、なんでわざわざ私達をこんな所に連れてきたんですか?」

「もちろん、お金儲けのためだよ」

 

ネオ・コレクターは続ける。

 

「キミ達にブラックゴートを潰されてから、ボク達は何とかブラックゴートを再興した! あんなに簡単に、たくさんのお金が手に入るシステムを捨てたくなかった!」

「バトスピは金儲けの手段じゃない!」

「それはキミの価値観だ。IBSAだってやっていただろ? そのためにキミ達も大変な目にあったはずだ」

 

ネオ・コレクターの返事に、レツさんの言葉が詰まる。

それは多分、私がこの世界にくる前の話なんだろうなと悟った。

 

「それで、なんで私達をここに連れてきたんですか? 私達はそんな大金なんて、持ってませんよ」

「おっと、そういう質問だったか。それはもちろん、()()をするためだよ……バトスピでね」

 

パチン! と指を鳴らすと倉庫の奥で灯りが付いた。

そこにはテーブルと撮影機材。

 

「もちろん、少しネット放送をさせてもらうけど、まあ些細なことだね」

「ふざけるな!」

 

良くも悪くもレツさんは世界2位の実力者だ。

私も零さんと思われてるから、そう認識されているはず。

 

ネオ・ブラックゴートの目的は、私達にバトルをさせて賭けを盛り上げること……!

 

「キミ達が勝てば『自由』を保証しよう。無事にここから出られるとね」

 

つまり、ここに来た時点で、バトルしないという選択肢はないと。

話で聞いた以上の極悪集団だね、これは。

 

「分かった、やろう。それでルールは何だ!?」

「よし。ルールはボクの手札は8枚から始まる。それだけ」

「……コレクターと同じか」

「そして形式は『リアルライフバトル』だ」

 

リアルライフ……現実の命? まさか!

 

「……狂ってる」

「あれ、もしかして分かっちゃった? お察しの通り、カードバトラーの命を賭けたバトル、ということだよ」

「なに!?」

「ボクが勝ったらキミ達の命を貰う。中世、ギロチンによる公開処刑は()()()()()()()()()()()、ということを知ってるかい?」

「そんなのはどうでもいい! これまでに一体何人を殺した!」

「さぁ? これまでに稼いだお金なら覚えているんだけどなー」

 

つまり数え切れないほど殺してきた、と。

 

……ホント、狂ってる。

これが、ネオ・ブラックゴート……!

 

「いやー、いいものだよ! 人の死ぬ姿を見たいと、世界中の金持ちがお金を落としてくれるんだから! これほど簡単に儲けられる仕組みはない……。さて、バトスピ世界チャンピオン氷田零。キミの命は、一体いくらなんだろうね?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

バトルの前に、左の手首に謎の機械を取り付けられる。

腕時計のような形だけど、もちろん時計の針はついてない。

 

「これは?」

「それはキミを殺す装置だ。中には強力なバッテリーが内臓されていて、ライフが1つ減る、もしくはデッキが10枚破棄される毎に電流が強くなる。ライフが0か、デッキが0になったら死ぬ、分かりやすくていいよね」

 

相変わらずネオ・コレクターは飄々としている。

機械を付けているのは私だけ、相手はこのバトルで失うものはないってことね。

 

「先攻はボクからいこう。『ソウルホース』『盾騎士ガードナー』を召喚。ターンエンド」

 

『ソウルホース』は効果で赤のスピリットとしても扱う紫のスピリット。

『盾騎士ガードナー』は相手のアタックステップ中に自分の赤のスピリットが破壊された時、相手のスピリットのコア1つをリザーブに置く。

 

「メインステップ、『ブレイドラ』を召喚。そしてマジック『ブレイヴドロー』を使用。2枚ドローして3枚オープン、その中のブレイヴ『輝竜シャイン・ブレイザー』を手札に加える。ターンエンド」

 

引いたカードは『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』と『バーニングサン』

シャイン・ブレイザーも手札に加わったし、ハンデがあってもこれなら勝てる!

 

「『暗殺者ドラゴナーガ』を召喚。『ソウルホース』をLv2にアップ。アタックステップ、『ソウルホース』でアタック」

「ライフで受けるーー痛、痛い痛いたいイタタタタッッッ!」

 

ライフで受けた瞬間、左手につけた機械から電気が流れた。

 

電流が止まっても、指先が震える。冷や汗もすごい。

心臓がドクンドクン脈打っているのが分かる。

 

「痛い……」

「ターンエンド。まだ1つ目だよ、それでこの先大丈夫?」

 

涙を拭い、相手を見る。

 

ーーなるほど、これが、命を賭けたバトルってことね。

確かにこんな電流を何度も喰らったら危ないし、さらに威力が上がるのだったら尚更死ぬ。

 

「スタートステップ」

 

もうこれ以上、私のライフは減らさせない。

 

「メインステップ。『戦竜エルギニアス』を召喚。ネクサス『光り輝く大銀河』を配置」

 

『光り輝く大銀河』の効果でコストが下がっている今なら『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を召喚できる。

けど、

 

「『カメレオプス』を召喚。ターンエンド」

 

ここはスピリットを横に並べてブロッカーを作る。相手は手札が多く、沢山スピリットを召喚できる。

一気に数で攻められると辛い。

 

「ボクのターン、『闇騎士ボールス』を召喚。ターンエンド」

 

次のターン、ネオ・コレクターはスピリットを1体召喚してターンエンド。

そっか、ネオ・コレクターはスピリットの維持にコアを使うから、コアの少ない今は数が並ばないのか。

 

このままお互いにスピリットを展開し続けても、最終的には初期手札の多い相手の方が有利。

チャンスがあるなら、相手のコアが少ない今だ。

でも、ライフを減らすと相手のコアが増える。

 

それなら、

 

「『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』をLv3で召喚! 不足コストは『ブレイドラ』から確保。アタックステップ、サジット・アポロドラゴンで『盾騎士ガードナー』に指定アタック!」

「『盾騎士ガードナー』でブロック」

 

相手のライフは減らさず、相手のスピリットを減らす。

それなら相手はスピリットの大量展開はできないままだ。

 

「フラッシュタイミング、マジック『バーニングサン』を使用。コストは『戦竜エルギニアス』から確保。『輝竜シャイン・ブレイザー』をサジット・アポロドラゴンに直接合体(ダイレクトブレイヴ)! そして回復」

「ボクのフラッシュはない。『盾騎士ガードナー』は破壊だ」

合体(ブレイヴ)スピリットでアタック! サジット・アポロドラゴンのLv3アタック時効果で『暗殺者ドラゴナーガ』を破壊! さらに『闇騎士ボールス』を指定アタック!」

「『闇騎士ボールス』でブロック」

「破壊。さらに『カメレオプス』で『ソウルホース』に指定アタック!」

「『ソウルホース』でブロック」

「破壊!」

 

これでネオ・コレクターのスピリットは全て破壊した。

けど、私のスピリットも全て疲労状態。

相手が7コアでスピリットを4体召喚したら、そのまま負ける。

 

「『ソウルホース』『盾騎士ガードナー』『闇騎士ボールス』を召喚」

 

よし、何とか耐えた。

相手にはもう自由に使えるコアはない。

全スピリットでアタックしてきても、私のライフは1残る。

 

「『ソウルホース』でアタック」

 

とはいえ、相手はライフ5で余裕がある。

さすがにアタックはしてくるよね。

 

「ライフで受けるーーッッッ! 痛っ!」

 

手の平を机に付けて電気を逃がすことでダメージを軽減したけど、それでもやっぱり痛い。

 

「ちょっとー、そんなのされたら盛り下がるじゃん。視聴者はキミの苦しんでる様子が見たいんだよ?」

「知らないよそんなこと。それにバトル中のライフダメージについては、特に決めてなかったよ」

「……確かに。命を賭けろとは言ったけど、そこまで詳しくは話してなかったね。あー、これはボクのミスか。ターンエンド。……まぁ、ボクが勝てばみんな満足するか」

 

その話しぶりに、私はゾッとした。

 

負けたら殺される。

この人たちは、本当に娯楽として殺そうとしている。

 

「ホント狂ってるね」

「いやー、それほどでも。さて、キミのターンだよね? 早く進めてよ」

「……メインステップ。『輝竜シャイン・ブレイザー』を召喚。サジット・アポロドラゴンに合体(ブレイヴ)。アタックステップ、W合体(ダブルブレイヴ)スピリットでアタック。アタック時効果で『盾騎士ガードナー』『闇騎士ボールス』を破壊。『ソウルホース』に指定アタック」

「『ソウルホース』でブロック。破壊される」

「ターンエンド」

 

絶対に負けられない、と思った。

負けたら死ぬとか関係なく、ただこんな人に負けたくないと思った。

 

「『闇騎士モルドレッド』を召喚。ターンエンドかなー」

 

痛いし、ライフで受けるのは正直嫌だ。

でも、だからといって守ってばかりでも勝てない。

相手のライフを減らさないと、勝てない。

 

相手の手が止まった、このターンで決める!

 

「私のターン! マジック『ブレイヴドロー』を使用!」

 

ここで使うのは『ブレイヴドロー』のメイン効果じゃなく、フラッシュ効果。

その効果は「スピリット1体をBP+2000する」これが勝負の決め手になる!

 

「『闇騎士モルドレッド』のBPを+2000する。これで『闇騎士モルドレッド』はBP9000!」

「ボクのスピリットのBPを上げた?何を企んでいるんだい?」

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットでアタック! アタック時効果で『闇騎士モルドレッド』を破壊!」

 

そしてこれが、私がモルドレッドのBPを上げた理由!

 

「『輝竜シャイン・ブレイザー』の効果発揮! BP8000以上の相手のスピリットを破壊した時、相手のライフのコア1個をリザーブに置く! 2体合体(ブレイヴ)しているから、相手のライフを2つ奪う!」

「なるほどね……フラッシュタイミング、『サイレントウォール』!」

 

無駄だよ。

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットはトリプルシンボル。

このアタックで、決着がつく!

 

「ライフで受ける」

「私の勝ち!」

 

やった、勝った! 勝った!

 

「ふー」

 

腕の機械を外して捨てる。

うっわ痕残ってる。

後で病院行こ。

 

ところで……

 

「レツさん。この殺人犯どうします?」

「どうするって言われてもな……抵抗されたら何も出来ないし、ここは引き下がるしかないかな」

 

まぁそうですよね。

ネオ・コレクターは今は負けて呆けてるけど、逆上されたらマズい。

 

ここはさっさと立ち去るのが正解だね。

 

「え、最期まで見ていかないんですか? せっかくのリアルライフバトルなのに」

 

ネオ・ブラックゴートの連中を無視してエレベーターに乗ろうとすると、ちょうどその扉が開いた。

 

そして、乗っていた女の子は、手に物騒なものを持っていた。

 

私が()()を現実で見るのは初めてで、声も出せなかった。

ただの偽物かもしれないけど、何となくそれが本物だって分かった。

 

「こんにちはコレクターさん。バトル見てましたよ」

「……なんだ、アゲハかよ。ボクはせっかくのマネーチャンスを逃して傷心中なんだよ? 少しは気を使ってくれてもいいんじゃない?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと視聴者さんのニーズには応えますから」

 

その人は持っていた銃をネオ・コレクターの頭に当て、躊躇いなくその引き金を引いた。

 

 

 

 

倉庫の中で銃声が反響する。

鉄と火薬の匂いが鼻につく。

そして、床に溜まる紅色の流体。

 

猛烈な吐き気に襲われてしゃがみこむ。

それでも、音と、匂いと、さっきまで見ていた光景が頭から離れない。

 

「はい、という訳で今回のリアルライフバトルは、バトルスピリッツ世界1位の氷田零さんの勝利でした。それでは次回の放送でお会いしましょう。さようなら〜」



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ターン33 氷田零という人物

 

 

「ネオ・ブラックゴート……! まさかそれほどまでに下衆な集団じゃったとは」

 

デパートでの事件の翌日。

私は姫子ちゃんに連れられて、レツさん、マドカさん、コジローさんとIBSAというよく分からない会社に来た。

対応してくれたのは姫子ちゃんと知り合いらしい天魔信秀さんという方だった。

すごい名前してるなー。

 

「レツ達は目の前で殺人現場を見ちゃった訳だしね……大丈夫?」

「俺は……うん、大丈夫だ。それよりもレイ、じゃなかった風花は?」

「なんとか……出来ればもう見たくないですけど」

 

なんなら、思い出したくもない。

警察に話を根掘り葉掘り聞かれた時も、かなり気分が悪くなった。

 

「とにかく、今回の敵ネオ・ブラックゴートは今までと違い残忍で凶悪な犯罪者じゃ。各々に三葉葵家の護衛をつけても良いが……相手が拳銃まで使うとなると、焼け石に水じゃな」

「警察がネオ・ブラックゴートを潰すまでワイらが逃げるっちゅーのもありやが」

「いや、無意味じゃ」

 

ダメなの?

もう犯罪者集団なんかに関わりたくないから引きこもろうと思ってたのに。

 

「ブラックゴートならば、勧誘を断ったカードバトラーを追い詰めるだけで満足した。しかしネオ・ブラックゴートは、強いカードバトラーに命を賭けたバトルをしてギャンブルに……あまりこのような言い方はしたくないが、()()()()()()()()()()としての側面を強くすることが目的じゃ」

「まったく! アイツら人の命をなんだと思ってるのよ!」

 

姫子ちゃんの話だと、強いカードバトラーに無差別で襲ってくるクッッソ迷惑な殺人集団ってことですか。

逃げるなら国外逃亡くらいしないと、てことね。

 

「えっと、てことは根本的に解決する方法は?」

「一刻でも早く奴らの裏サイトと拠点を潰すことじゃな」

「……結局そうなるのか」

 

つまり警察の働き次第かー。

あれ、そういえばレツさん達が前にブラックゴートの拠点を潰した時って……いや、言わない方がいい。

もうあんなバトルはしたくないし、もうあんな奴らと関わりたくない。

 

「あ奴らの目的から、確実な防衛方法はバトスピで勝つことじゃな。レツ達が襲われた時も、レイが勝って事なきを得たのじゃろ?」

「風花です……」

「おっとすまん。ともかくバトスピが強くて困ることはない、ということじゃ」

 

バトスピが強ければ……か。

 

もしここに私じゃなく、零さんがいたままだったらどうなっただろう。

あの全てを見通す様なバトルで、ネオ・ブラックゴートなんか簡単に蹴散らすんだろうか。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「なぁ風花、ちょっとエエか?」

 

話し合いの後すぐ、コジローさんに絡まれた。

最初に会った時は不良かと思ってドキドキしたけど、話してみると普通に面白い人だった。

今ではもう嫌悪感はない。

 

「いいですけど、何かあったんですか?」

「ちょっとな。アッチに休憩室あるらしいし、そこで話そか」

 

コジローさんも、レツさんや姫子ちゃんみたいな世界大会出場者ではないけど、チャンピオンシップに出場するくらいの実力者だ。

当然ネオ・ブラックゴートに狙われることになるだろう。

 

「ワイはバトスピに関しては強い自信があってな。地元では負けなしやったんやで?」

「確か大阪から引っ越してきたんでしたっけ」

「せや」

 

まぁそれだけコテコテの関西弁で話されたら分かる。

むしろそれで大阪じゃなかったら耳を疑う。

 

「チカバ町に引越してきてからも、結構暴れてたんやけどな。たまたま出会ったレイに、ボッコボコにやられてもーて」

「零さんに?」

「これまで多くのカードバトラーと戦ってきたが、レイは別格やった。正直今でも、レイには勝てる気がせん」

「……なんかすいません」

 

私のせいで零さんがいないことに対する罪悪感か、それとも私が零さんの代わりになれないことに対する無力感か。

今の謝罪の意味は、自分でも分からない。

 

「風花、アンタは自分のことどー思ってる?」

「……と、いうと?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って聞いてるんや。いうとくけど、簡単に出来ることやないで?」

「それはーー」

 

 

『この世界がゲームだから。相手がCPUだから』

 

 

何か、聞こえてはいけないものが聞こえた気がした。

聞いたら全てを否定してしまいそうな、嫌な声だった。

 

「……多分、私も強くなってるんだと思います。レツさんとのバトルも、五分五分になってきてますし」

「そうや。風花、アンタは強い。ほな、ワイとバトルしてくれへんか?」

「……いいですよ、やりましょう」

 

そうだ、私は強くなってきている。

決して、決してさっきの声は関係ない。

 

私が強くなっただけだーー

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻貰います。『カメレオプス』を召喚します。ターンエンドで」

「ほな、ワイのターンやな。ネクサス『旅団の摩天楼』を配置。配置時効果で1枚ドローや。おっと、さらに『旅団の摩天楼』を配置してドロー。ターンエンド」

 

コジローさんは『旅団の摩天楼』を2枚配置。

シンボルを稼ぎつつ、しっかりとカードを引いている。

 

私のデッキでネクサスを破壊できるのは『砲凰竜フェニック・キャノン』だけだからかなりキツい。

 

「マジック『リバイヴドロー』を使用。デッキから2枚ドローする。ターンエンド」

「ほー、ネクサス『闇の聖剣』を配置。『冥王神獣インフェルド・ハデス』を召喚や。ターンエンド」

 

『闇の聖剣』と『冥王神獣インフェルド・ハデス』

アニメで冥府魔道のラーゼが使っていたコンボだ。

 

「……さっきの話、続けようか。ワイはレイに負けた後、更にバトスピにハマった。レイに絶対勝ってやる、てな。まぁ勝てへんねんかったんやけど」

「それは、零さんが強かったという話ですか?」

 

リフレッシュステップまでの処理を終え、メインステップに入る。

コジローさんの話がイマイチ掴めないけど、多分大事な話なんだろう。

 

「それもあるけどな。レイに負けてなんでやなんでや考えとったら、いつやったか『レイが何を考えとるか』が分かるよーになってな」

「……なるほど」

 

言葉というのは、話し手の意図と聞き手の解釈は異なる。

「バトスピは対話」と言っても、聞く人によってその内容は違ってくる。

 

「それで、コジローさんは零さんの声は聞こえたんですか?」

「レイは確かにバトスピが強い。けど、その中によーわからん何かを隠しとった。せやないと、あんなバトルは出来ひん」

「…………」

 

あの人は、零さんは対話をする気がないと言い、レツさんは、零さんのバトルは魅力があるという。

コジローさんは何か隠していると言っているけど、零さんは一体何を隠していた?

それがあの表情(寂しそうな顔)の理由なんだろうか。

 

「メインステップ。『戦竜エルギニアス』を召喚。さらに『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』を召喚。効果で『カメレオプス』は赤のシンボル3つとして扱うので、7コスト4軽減、3コスト支払って召喚。不足コストは『戦竜エルギニアス』から」

 

私は零さんのあの表情を見た時、何を考えてたっけ。

あの表情から、どんな声が聞こえたっけ。

 

「アタックステップ、『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』でアタック、【激突】」

「『冥王神獣インフェフド・ハデス』でブロックや」

「ターンエンド」

「さっきの話は、あくまでバトスピをやってる時の話や。バトスピをしてない時のレイは、普通やったな。ちょっとませてた気もするけど」

 

分からない。

考えても、思考がまとまらない。

 

「メインステップ、『ソードール』『滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ』を召喚。ダークヴルム・ノヴァはLv2に上げる。ターンエンドや」

「コジローさんは、バトスピ好きですか?」

 

気づけば、そんな質問が出てきた。

そうだ、まず零さんはバトスピを愛していたんだろうか。

 

「ワイは好きやで。嫌いならやっとらんやろ」

「ーーそう、ですよね。私のターン、『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』をLv3に上げます。アタックステップ、ドラゴニック・タウラスでアタック! 【激突】」

「『ソードール』でブロックや」

「ドラゴニック・タウラスの効果。ドラゴニック・タウラス自身とカメレオプス、対象のスピリットが2体いるのでシンボルを2つ追加する。『ソードール』のシンボル数は1なので、相手のライフのコア2つをリザーブに置く」

「『ソードール』は破壊や。インフェルド・ハデスの【不死】は使わへん」

「ターンエンド」

 

零さんはバトスピが嫌いじゃない。

なら、余計に分からない。

何か大事なピースが足りない。

 

「……なぁ、1つ聞いてええか?」

「はい、なんですか?」

「風花が前におった世界のカードバトラーは、この世界よりも強いんか?」

「ーーッ!」

 

どっちのカードバトラーが強いか。

それは間違いなくーー

 

「……さよか、その反応でだいたい分かったわ。メインステップ。『磨羯邪神シュタイン・ボルグ』を召喚、召喚時効果でインフェルド・ハデスを手札に戻す。ダークヴルム・ノヴァをLv3に上げて、ターンエンドや」

「……メインステップ、ネクサス『光り輝く大銀河』を配置します。ターンエンド」

 

零さんは世界大会で優勝した。

間違いなくこの世界で最強の存在、決勝戦の様子を見てもそれが分かる。

 

もしも、零さんがその強さに飽いていたとしたらーー

 

「ワイのターンやな。『冥王神獣インフェルド・ハデス』を召喚や。ダークヴルム・ノヴァでアタック」

「ライフで受けます」

「……ターンエンド。なぁ、アンタ今何を考えとる?」

「私、はーー零さんが、()()()()()()()()()んじゃないかって、私と入れ替わりで、向こうにーー」

 

零さんは強いカードバトラーだ。

多分零さんは世界1位になったことで、この世界では満足のいくバトスピが出来ないと感じた。

それが、バトスピが好きな零さんに我慢出来なかった。

 

コジローさんの質問でハッとした。

私はこの世界に来てから強くなった自信はある。

でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

チャンピオンシップ出場者の、コジローさんに。

 

よく考えたら、おかしな話だ。

 

多分、私がこの世界に来たんじゃない。

零さんが私の世界に行ったんだ。

 

私はただ、その代わりで追い出されただけ。

零さんが向こうにいる限り、一生戻れないーー

 

「風花!」

「は、はい!」

 

目から涙がこぼれる。

けど、滲んだ私の視界でも、コジローさんのその顔はハッキリと映っていた。

 

「多分、風花の考えとることとワイが今たどり着いたことは同じや。せやけどな、()()()()()

「……でも、」

()()()()()()()()()()()()()()()()()。これがどういう意味か分かるか?」

 

えっ……? 零さんが、負けてるーー

 

「この世界にも勝ててへん奴がおるのに、他所の世界へなんて行くかいな。それはない、アンタは決して追い出された訳やない」

 

コジローさんのそのハッキリと断定する口調は、零さんとずっと一緒にいたから出来るんだろう。

なら、一度も会ってない私よりも、コジローさんの考察の方が、多分正しい!

 

指で涙を拭い、私のターンを進める。

ドローステップ、引いたカードは『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』

 

「メインステップ! 『光竜シャイン・ブレイザー』を召喚、ドラゴニック・タウラスに合体(ブレイヴ)! そしてネクサス『光り輝く大銀河』をLv2に! アタックステップ、『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』でアタック!」

「ワイはフラッシュはないで」

「ネクサス『光り輝く大銀河』Lv2効果! 手札の『太陽神龍ライジング・アポロドラゴン』を破棄することで、『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』をBP+6000し、赤のシンボルを1つ追加!」

「『磨羯邪神シュタイン・ボルグ』でブロックや」

 

『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』は自身とブロックされたスピリットのシンボルの数を比べ、多いシンボル1つにつき相手のライフ1つを奪う。

 

『光り輝く大銀河』の効果で1つ、ドラゴニック・タウラス自身の効果でシンボルが1つ追加。

合体(ブレイヴ)しているドラゴニック・タウラスのシンボルは合計4つ。

対してシュタイン・ボルグのシンボルは1つ!

 

「『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』のアタック時効果。相手のライフのコア3つを、リザーブに置く」

「これでワイのライフは0、ワイの負けやな」

「ありがとうございました。……本当に、ありがとうございました……!」

 

さっき拭ったはずの涙が、またこぼれた。

今度はいくら拭っても、それが止まることはなかった。



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ターン34 過去の自分と未来の自分

 

 

「え、今? なんでこんなタイミングで?」

「ボクに聞かれても……何かきっかけがあったんじゃないか?」

 

コジローさんとのバトルの後、泣き疲れた私はIBSAの一室を借りて仮眠を取っていた。

瞼を閉じて休んでいると、どこからかそんな声が聞こえてくる。

 

人が寝てるのに、と薄ら目を開けると、そこにはーー

 

「えっと、なんですか? ここ」

「あ、起きた」

 

何もない真っ白な空間に、白い人影。

そして零さんがいた。

 

「零……さん?」

「うん。今は私が()()()。ごめんね、面倒な役押し付けちゃって」

 

私は零さんのことを、話や動画でしか見たことがない。

実際の零さんに会ったのは、これが初めてだ。

 

「とりあえず、自分の体を確認してみたら? ()()()()()()

 

零さんに促され自分の体を動かす。

それはずっと失っていた、私の元の身体だった。

 

「戻ったの?」

「半分だけね。まあ話をしよう。その前に」

 

零さんがパン! と手を叩くと、私の前にバトスピのカードと、フィールドが現れる。

 

「ここはあなたが元いた世界でも、さっきまでいた世界でもない。その境としての世界、それ以外の定義が決まってない世界だよ」

「だからこんな非科学的なことも起こる、と?」

「うーん、そこは気にしたら負けでいいんじゃない?」

 

零さんとは初めて話すけど、イメージと全く違う。

世界大会での、あのバトルの零さんとはまるで別人だった。

 

「これまでに何があったか、なんであなたがいるのか。その答え合わせといこーか。バトスピでもしながらね」

「……はい!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻どーぞ」

「私のターン。ネクサス『光り輝く大銀河』を配置。ターンエンド」

 

何故私があの世界に行ったのか。

何故私が、『氷田零』として呼ばれたのか。

 

その答えを、零さんは知っている。

 

「うーん、どこから話そうかなー。まず、私とアナタが同一人物って話からでいい?」

「はい?」

 

零さんは、初っ端から爆弾を投下した。

 

「私の人格って、10年くらい後のアナタがベースなんだよね」

「え、ちょっと待ってください。10年後の私って、それはいくらなんでもーー」

「逆かな。()()1()0()()()()()()()

 

私には、零さんが何を言っているのかまるで分からなかった。

ただ信じられないような出来事が起こっていることしか、分からなかった。

 

「私のターン。創界神(グランウォーカー)ネクサス『創界神ダン』を配置」

「……なんですか? そのカード」

「だから、1()0()()()()()()()だよ。配置した時、神託(コアチャージ)発揮。デッキから3枚トラッシュに置いて、その中の系統:「神星/光導」を持つコスト3以上のスピリットカード1枚につき、ボイドからコアを1個このネクサスに置く。全部対象だから、3つコアを置く」

「一気に3コアブースト!?」

「このコアは創界神(グランウォーカー)ネクサス対象の効果でしか取り外せないから、コアブーストとは違うかな。『創界神ダン』はこの効果でトラッシュに置かれた系統:「光導」を持つカード全てを手札に加える」

「2コストで3枚ドローって、えぇ……」

 

これが未来のバトスピ?

なんかすごい変わっててよく分からない。

 

でも、何故かこのカードを知っている。

どこか遠くで、使っていたような気がする。

 

「最初にあの世界に来たのはアナタじゃない。私が先だった」

「えっと、その……私が10年前の零さんだったとして、なんでこんな事に?」

「えー、そこは『未来の私って、世界1位なの!?』くらい驚いてほしかったなー」

「それはーーはい、確かに言われたら驚きましたけど」

()()()()()()()()()()。ゲームが元となった世界。多分覚えてないよね、『バトルスピリッツ デジタルスターター』ってゲーム」

 

あの世界が、ゲーム?

 

「……いや、それはないです。だってレツさんも姫子ちゃんも、みんな人間でした」

「信じる信じないは勝手だから。『天星12宮 樹星獣セフィロ・シープ』を召喚。神託(コアチャージ)と召喚時効果でボイドからコアを1個、セフィロ・シープに。ターンエンド」

 

……怖い。

零さんの話を聞くのが、怖い。

 

そして何より()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

私が零さんの過去だってことも、あの世界がゲームだってことも。

 

全て本当だと直観してる。

だけど、受け入れるのが怖い。

 

「で、ゲームのキャラに転生した私はあの世界でもバトスピをしてた。だってバトスピが好きだから。辞めれなかった。……ところで、()()()()()()()()()()()C()P()U()()()()()()()()って、どう思う?」

「……だから零さんは、対話を辞めたんですよね?」

 

世界大会決勝でのあの顔は、多分そういうことなんだろう。

 

そしてコジローさんがそれを否定した要素「1度負けている」。

でも、負けたとしても、その人がゲームのキャラにしか見えなかったとしたら。

人と戦っている感覚がなかったのだとしたら。

 

「正解。1ヶ月もて気づかなかった? 対戦相手の動きが一定だって。全部プログラミングされた動きなんだよ、あれ」

「……違和感くらいは」

 

対戦相手の明らかなミス。

それが何度も続けば、さすがに何かおかしいと感じる。

 

「でも、みんな人間です! ちゃんと生きていて、決してCPUなんかじゃない!」

「私もそう思いたかったんだけどねー。結局、思考停止した人間なんて機械と変わらないよ」

 

零さんはハッキリとそういった。

その時、零さんは興味ないものを見る子供のように、わかりやすく失望した目をしていた。

 

「世界大会で優勝して、私は絶望した。その後、背中を撃たれたのがアナタがいるきっかけかな」

「それ、はーー」

()()()()()()()。『退行』っていう心理的な防衛機能の結果産まれたのが、10年前の私ーーつまりアナタのことだね」

「つまり、私はただの、零さんが生み出した幻想ーーてことですか?」

「違うよ? というかよく自分のことをそんな酷く言えるね」

「……別に、取り繕わなくていいですよ」

「アナタは『水野風花』私は『氷田零』その差が分かる? 同じ私なのにさ」

 

……分からない。

私は零さんの幻影だ。

なのに名前の違いなんて、わざわざ指摘する意味も分からない。

 

「千と呼ばれた千尋は、自分の名前を忘れる。ハクという名前をもらった少年は、自分の存在を忘れる。異世界っていうのは、そういうモノなんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……つまり?」

「『氷田零』と『水野風花』は同じ人だけど別人、てこと。千と千尋の関係だよ」

 

10年後の水野風花は、異世界で「氷田零」となった。

氷田零として生きていく内に、水野風花ではなくなっていた。

 

「そして『氷田零』はこの世界から出れないけど、『水野風花』なら元の世界に戻れる」

 

零さんが話しているのは、異世界間のルール。

元の世界に帰るには私が必要だった、ということ。

 

「……メインステップ。『アクゥイラム』をLv2、『ブレイドラ』をLv1で召喚。『アクゥイラム』でアタック」

「セフィロ・シープでブロック。破壊される」

「『ブレイドラ』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド。……つまり零さんは、自分が元の世界に戻るために私を利用したい、てことですか?」

「いや、だから違うって」

「じゃあ! 私は何なんですか!?」

 

私は、私が何者か分からない。

零さんが戻るためでもないなら、私はなんのために生まれてきたのか分からない。

 

「きっかけは現実逃避だったとしても、今そこにいるのは私とは別の人間、水野風花だよ」

「でも……!」

「大事なのは、風花が何をしたいのかだけだよ。風花は元の世界に戻りたい?」

 

戻りたいか戻りたくないかで言えば、戻りたい。

でも私は零さんの幻影でしかない。

もし元の世界に戻ったら、私はどうなるんだろうか。

 

「……私のターンだったね。『天星12宮 氷星獣レオザード』をLv3で召喚、神託(コアチャージ)。アタックステップ。レオザードでアタック、【星読】。デッキから1枚オープン、『超神光龍サジットヴルム・ノヴァ』は系統:「光導」を持つカードなので手札に加え、レオザードは回復する」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

考えが纏まらないまま、ターンを進める。

私はマジック『ブレイヴドロー』を使ってデッキから2枚ドロー、オープンした『トレス・ベルーガ』を手札に加えた。

 

「『アクゥイラム』をLv3にして、ターンエンド」

「さっきも言ったけど、私と風花は同じ人間だけど別の存在なんだよ。それなら私は風花の意志を尊重したいし、そうしないといけない。たとえ後でそれを踏みにじることになろうとも、ね」

「……戻ったら、私はどうなりますか?」

「さあ? そんなの、戻ってみないと分からないよ。メインステップ、『銀河星剣グランシャリオ』をレオザードに直接合体(ブレイヴ)召喚。そしてリザーブのコア全てをレオザードに追加」

 

零さんは、私に何をしたいのかと聞いた。

零さんの過去としての私じゃなく、水野風花として、私が何をしたいのか。

 

「レオザードでアタック。【星読】『天星12宮 炎星竜サジタリアス・ドラゴン』を手札に加えて回復する」

「フラッシュはないです」

「じゃあフラッシュタイミングで『天星12宮 炎星竜サジタリアス・ドラゴン』をレオザードに【煌臨】。神託(コアチャージ)と、煌臨時効果でトラッシュのコア全てを回収」

「……私は」

 

そうだ、私のやりたい事。

 

元いた世界では漠然としか考えてなかった。

けど、この世界に来て本気でそうしたいと思ったこと!

 

「私は、バトスピがしたい。バトスピが強くなりたい。()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……それが風花の願い。じゃあ、私にも負けないでね 。フラッシュタイミング、『超神光龍サジットヴルム・ノヴァ』をサジタリアス・ドラゴンに【煌臨】。神託(コアチャージ)と、煌臨時効果で『アクゥイラム』を破壊する」

 

合体(ブレイヴ)したサジットヴルム・ノヴァはBP34000のトリプルシンボル。

 

私のフィールドにはまだ『ブレイドラ』がいる。だけど、

 

「まだ、フラッシュがあるんですよね?」

「『創界神ダン』の神技(グランスキル)を発揮。BP10000以下のスピリット、即ち『ブレイドラ』を破壊して、さらに相手は効果でアタックステップを終了できない」

 

やっぱり『ブレイドラ』を破壊してきた。

このアタックを受ければ残りライフ1、そしてサジットヴルム・ノヴァはーー

 

「先に言っておくけど、サジットヴルム・ノヴァはアタック時に効果で相手のライフを減らせる。これが最後のフラッシュタイミングだよ」

「知ってます! マジック『デルタバリア』! このターンの間、相手の効果とコスト4以上のスピリットのアタックでは、私のライフは0にならない! アタックはライフで受けます!」

「ターンエンド。さあ、これが最後のターンだよ」

 

次のターン、零さんはサジットヴルム・ノヴァでアタックするだけで勝利が確定している。

今度は『デルタバリア』を使うタイミングもない。

 

「ドローステップーーーー」

 

引いたカードに思わず笑みを浮かべる。

『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』私のキースピリットだ。

 

「ははっ、やっぱり私だ。その顔を見れば、だいたい分かるよ。運命が応えてくれた時って、1番嬉しいよね」

「はい! メインステップ、『ブレイドラ』『戦竜エルギニアス』を召喚します! さらにブレイヴ『トレス・ベルーガ』『輝竜シャイン・ブレイザー』を召喚!」

 

『光り輝く大銀河』の効果で手札の『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』はコストは5になる。

 

「召喚! 『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』! 5コスト4軽減、1コストで召喚!」

「ブレイヴが2体。しかも『輝竜シャイン・ブレイザー』と『トレス・ベルーガ』なんて、ホント好かれてるよ」

「『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』に『輝竜シャイン・ブレイザー』と『トレス・ベルーガ』を合体(ブレイヴ)! さらに『ブレイドラ』『戦竜エルギニアス』のコアで『光り輝く大銀河』をLv2にアップ!」

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットはBP24000……なるほど、最後の手札はそれってことね」

 

私が勝つ条件はあと1つ、大きな壁を越えないといけない。

それでも、私は零さんに、未来の自分にも勝ってみせる!

 

「アタックステップ! 合体(ブレイヴ)スピリットでアタック! アタック時『トレス・ベルーガ』の効果発揮!デッキから6枚破棄することでBP+6000、さらにその中に系統:「光導」を持つカードがある時、回復する!」

 

1枚目、『砲凰竜フェニック・キャノン』

 

2枚目、『カメレオプス』

 

3枚目、『サイレントロック』

 

4枚目、『リバイヴドロー』

 

5枚目、『バーニングサン』

 

残り1枚ーー!

 

「大丈夫だよ。勇者ってのは、必ず運命を掴むものだから」

 

6枚目、『金牛龍神ドラゴニック・タウラス』

系統:「光導」を持つカードだ!

 

W合体(ダブルブレイヴ)スピリットは回復する! さらに『超神光龍サジットヴルム・ノヴァ』を指定アタック!」

「『超神光龍サジットヴルム・ノヴァ』でブロック。一応だけど、BPは34000だよ」

「フラッシュタイミング、『光り輝く大銀河』のLv2効果を発揮! 手札の『光龍騎神サジット・アポロドラゴン』を破棄することでW合体(ダブルブレイヴ)スピリットをBP+6000! 合計BP36000!」

「2枚目を引いてた、てことね」

 

これは最後のドローで引いたサジット・アポロドラゴン。

あのドローで、私のW合体(ダブルブレイヴ)スピリットは、『超神光龍サジットヴルム・ノヴァ』を超えた!

 

「『超神光龍サジットヴルム・ノヴァ』は破壊される」

「『輝竜シャイン・ブレイザー』の効果、BP8000以上のスピリットを破壊したのでライフを1つリザーブに置く」

「これで私のライフは残り3。綺麗に決まったね」

 

零さんはそう言うと手札を伏せた。

私は、最後のアタックを宣言する。

 

W合体(ダブルブレイヴ)アタック! アタック時効果で『銀河星剣グランシャリオ』を破壊する!」

「そのアタックは、ライフで受ける」

 

零さんのライフが全てリザーブに置かれる。

と同時にフィールドが消え、また真っ白な空間に戻った。

 

「水野風花。これが私の知ってる、これまでの経緯。それを聞いてアナタは、どっちを選ぶ?」

 

バトルの後、零さんは私にそんなことを聞いてきた。

 

「どっちって?」

「元の世界に戻るか、戻らないか。一応言っておくと、『名』というものは戻るための十分条件でしかない。それがある限りはいつでも戻れる。(ここ)を越えればね」

「なんで、そんなことを言うんですか?」

「別にー? 私は風花に、知ってる情報を教えただけだよ?」

 

意地悪な人だ。

私が悩んでるのを知ってて、答えはくれないんだから。

 

「別に私はどっちでもいいんだけどね。自分の知らないところで死ぬ人のことなんて」

「いいんですか? 私のせいで死ぬことになっても」

「風花こそ考えなよ。『ライフで受ける』なんて言ってる私達だよ? カードバトラーってのは総じてマゾヒストなもんだよ」

「すいません、謎理論に巻き込まないでもらえます?」

 

相変わらずこの人の思考が分からない。

レツさん達をCPUと断じるくせに、過去の自分である私には、普通の人間として接している。

 

「零さんからしたら機械でも、私からしたら大事な友達なんです。……結局、バトスピで勝てばいい。それなら私は、誰かが殺される前に戦います」

「……はは、私にもこんな頃があったんだなー。嬉しいような、悲しいような」

 

私の進む道は決まった。

もう悩まない。

私は私の意思で戦う!

 

「私はあの世界に戻る。そしてネオ・ブラックゴートをぶっ潰す!」



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ネオ・ブラックゴート編
ターン35 帰還


 

 

私はまた戻ってきた。

このふざけた世界に。

 

「よし、しっかり戻ってる」

 

手をグーパーしたり、腕を曲げたり伸ばしたりして、身体の感覚を思い出す。

あの世界だと何も動かなくても良かったからねー、実体があるのは久しぶりだ。

 

「さて、まずはーー」

(ちょっと()()()! これどういう事なんですか!!!???)

「あれ?」

 

頭の中で()()の声が響く。

 

「消えてなかったの?」

(いや、どういうことですかこれ! なんで私が零さんの中に!?)

「そりゃ私の身体なんだし、2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

(なっ……!)

 

そう、私は水野風花じゃない。

彼女の10年後『氷田零』の方だ。

 

バトルの後、風花がこの世界に戻る時に私も一緒に戻ってきた。

 

ずっとあの白い世界にいて帰り道も分からなくて困ってたけど、風花の精神を経由することで私もこの身体に戻ることができた。

 

そして2つの精神の内、よりこの身体に近い存在なのはもちろん私。

 

(騙したんですか!)

「騙してないよー。私もどうなるか知らなかったし。まあ正直、この時点で風花の精神が私に取り込まれると思ってたから、今私の中に風花がいるのがちょっと予想外っていうか」

(それ以外は予想通りだったってことですよね!?)

 

私は元々、風花はあの(真っ白な)世界で私と出会った時点でどうやっても消えるしかないと思っていた。

 

元の世界に戻るにしても、私の10年前の精神である風花はその身体に馴染まない。

私と風花の2つの精神が同じ所にある以上、どうやっても風花は消える。

 

だから「後で風花の思いを踏みにじることになっても」なんて言ってたんだけどね。

 

「だから遺言として、風花の意思を尊重したかったんだけど……なんでまだいるの?」

(酷くないですか!? ……ああもう、私だけど死ねばいいのに)

「むしろ私なのに私を信用するのがおかしいと思う」

(自分で言いますか!)

 

とにかく、私は完全に風花の要素を取り込むまではまだこの世界にいることになるのかな。

それならカッコつけずに無理やり元の世界に戻るんだった。

後悔後悔。

 

「まあ安心してよ風花」

(……この状況の何を安心しろと? 未来の自分がこんなのなんて、不安しかないんですけど)

「うわー酷い言い様。じゃなくて、ちゃんと風花の意思は受け取ったから」

(というと?)

 

決まってるじゃん。

さっき風花が言ってた、あのカッコいい台詞を復唱する。

 

「ネオ・ブラックゴートをぶっ潰す!」

(やめて! 思い出しても恥ずかしいからホントやめて!)

 

 

◇◆◇◆

 

 

(ホント私って、性格悪いですよね)

「もう治らないから諦めた方がいいよ。それよりもこれだよこれ」

 

時間も時間だったので家に帰ろうとした私は、その道中もずっと風花から嫌味を言われていた。

でも本気で怒っている口調じゃないし、本気だったとしても何も出来ないから特に問題はない。

 

そんなことよりも、私が取り出した1枚のカード。

これは私の知る限り最も多くのデッキに採用され、最も多くのバトスピカードバトラーに使われたカードだ。

 

(『絶甲氷盾』……バースト?)

「忘れてても、何となくで覚えてるでしょ」

 

遂にこの世界にもバーストが登場した。

つまりヤマトとセイリュービの時代である。

 

「家に帰る前にショップ寄ってカードは揃えとこうか。どうせ世界大会での賞金が有り余ってるし」

(Gとか最初何言ってるのって思ったもん……あのカサカサしてる奴かと思った)

「ゲーム内通貨だから、アレは」

 

まあ逆にゲーム内通貨だからありがたいってのはある。

リアルマネーだったら、中学生の私にはそんなに多くのカードは買えない。

 

(……私はまだ、この世界がゲームだなんて信じられませんけどね)

「バトスピ周り以外は普通だからねー。マドカ達だって、バトスピが関わってなかったら普通の中学生だもん」

 

千樺町に戻り、駅前のショップでタワーを回す。

明らかにタワーの物理的上限を超えてカードが出てくるけど、これもゲームの名残だ。

 

「ホント物理法則超えるのだけはやめてほしい」

(この世界に来てる時点でそれを言うのはちょっと……)

「そうだった」

 

持っているGの殆どを使い、覇王編のカードを回収する。

まあ正直構築済みデッキのカードが強すぎて、それがデッキの大半を占めそうな気はするけど。

 

「とりあえず一旦家に帰ってーーあっ」

(? どうかしました?)

「そういえば風花、ヒメ様の家で寝泊まりしてたよね。まだ挨拶してなかったや」

(……行きましょうか)

 

ヒメ様達はまだ私が戻ったことを知らない。

このまま私が自宅に帰ったら、心配したヒメ様が何をするか分からない。

 

「……というか、どうせ誰もいないんだから好きに使えばよかったのに」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「すいません。ヒメ様ってどちらにいらっしゃいます?」

「お嬢様なら自室にいらっしゃるかと」

「ありがとうございます」

 

三葉葵邸に来た私は事情を説明するためにヒメ様の所へ向かう。

まあ事情を説明すると言っても、殆ど口からでまかせで誤魔化すんだけど。

 

部屋の扉を叩き、声をかける。

 

「ヒメ様ー、ちょっといい?」

「なんじゃ。妾は新しいデッキの調整に忙しいのじゃが」

 

ヒメ様は扉を開けて迎え入れてくれた。

今は覇王編に入ってすぐ出し、環境が大きく変わるからねー。

そりゃあ調整に時間もかかりますわ。

 

……さて、なんて切り出そうか。

 

「ただいま()()()

「む? どうしたいきなりーー待て、まさかお主」

 

さすがヒメ様、理解が早い。

 

「レイ! 戻ったのか!」

「戻りましたよっと。……ごめんね、時間かかって」

(私は姫子ちゃんって呼んでたからね。というかなんでヒメ様呼び?)

 

私のことに気がついたヒメ様は涙で飛びついてきた。

身長差のせいでヒメ様が私の胸に顔を埋める格好になってる。

私も抱き返そうと思ったけど、このままだとヒメ様が窒息することになるな……まあいいか。

 

ヒメ様呼びの理由?

悪ふざけで呼んでたら定着した。

ゲームでもレイはヒメ様呼びだったし。

 

「一体いつから戻っておったのじゃ?」

「IBSAでみんなと別れてから。色々あって知らせるの遅れちゃったけど、ごめんね」

「……よい。お主が戻ってきてくれたのじゃからな」

(最新弾のカード買ってたことを、色々で誤魔化すのはどうかと思いますよ。普通それより先に知らせるでしょ)

 

はい風花は黙ってて。

せっかくのいい感じになりそうなんだから。

 

「お主がこれまで何をしておったかは敢えて聞かん。それで、風花はどうした。あ奴は元の世界に帰ったのか?」

「私が戻ってきただけで、風花はまだ私の中にいるよ。自分の中にもう1つ意識があるって大変だけど」

(あ、それは正直に言うんですね)

 

別にこれは誤魔化す必要ないし。

嘘をつくなら幾らか本当のことを混ぜないと。

 

(やばいこの人、嘘つき慣れてる)

「(まだ嘘なんて1個もついてないでしょーが)」

 

今の自分が過去の自分に誇れる自信なんてないけど、それでもその言い様は酷くない?

 

「……レイよ。戻ってきてすぐで悪いが、妾とバトルをしてほしい。あの後、妾がどれだけ成長したのかを確かめたいのじゃ」

 

あの後……多分世界大会のことかな。

確かあの時何か相談を受けた気がする。

なんて答えたか忘れたけど。

 

「いいよ。やろーか」

 

バーストが追加されて、相手(CPU)がどう動くのかも確認しておきたいし、そうじゃなくても私がこのカード達と戦いたい。

かつての戦友とまた会えるのはやっぱり嬉しい。

 

(未来の私も、相変わらずなんですね)

「(知ってたでしょ。私はバトスピが好きなんだよ)」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「うーん、先攻かな。スタートステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。ネクサス『英雄皇の神剣』を配置。そしてバーストをセット。ネクサスの効果でドローしてターンエンド」

 

『英雄皇の神剣』はターンに1回、自分がバーストをセットした時にデッキから1枚ドローできる。

重複はしないけど、バーストをセットするだけでドローできるのは強い。

 

「レイもバーストを使うか。ならば妾のターン、『ランマー・ゴレム』『ツンドッグ・ゴレム』を召喚する。『ツンドッグ・ゴレム』の召喚時効果により、このターン【粉砕】か【大粉砕】を持つ妾のスピリットがBPを比べ破壊された時、疲労状態でフィールドに残る」

「あ、召喚時効果発揮でバースト発動。『双翼乱舞』、デッキから2枚ドロー」

「……いきなりじゃな。『ツンドッグ・ゴレム』をLv2にしてターンエンドじゃ」

 

正直このバースト環境で召喚時効果を使うなんて思っていなかった。

『英雄皇の神剣』のドロー目的、破棄前提で貼ったバーストだったんだけどな。

さすがCPU。

 

「メインステップ。バーストをセット、ネクサスの効果で1枚ドロー。『キジ・トリア』をLv2で召喚、そのままアタック」

「ライフで受けよう」

「ターンエンド」

 

『キジ・トリア』は相手のターンに自分がバーストをセットしていたら合体(ブレイヴ)していない自分のスピリット全てをBP+2000できる。

バーストをセットしている今『キジ・トリア』はBP7000の優秀な壁になるんだけど、ブロックできない疲労状態なのであまり関係ない。

 

「『リペアリング・セーラス』を召喚し、Lv2に上げる。そして妾もバーストをセットじゃ。アタックステップ、『ランマー・ゴレム』でアタック」

「ライフで受ける。そしてバースト発動、『サンク・シャイン』を召喚して、このターンスピリット全てをBP+3000する」

「ターンエンドじゃ」

 

うん、大体分かった。

CPUはバーストの有無に関わらず、いつもの動きをするみたいだね。

 

(あの、姫子ちゃんをCPUに見る言い方やめてくれませんか?)

「(気に触れたなら謝るよ。でも本当なんだから仕方ない)メインステップ、バーストをセットして1枚ドロー。『獣装甲メガバイソン』を召喚。『サンク・シャイン』に合体(ブレイヴ)。そしてLv3に上げる」

 

『獣装甲メガバイソン』は【装甲:赤/緑/白】を持つブレイヴ。

この環境なら、かなり多くのカードの効果を防いでくれる。

 

「アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

「相手のアタックによりバースト発動。『コジロンド・ゴレム』。妾のフィールドに【粉砕】を持つ『ツンドッグ・ゴレム』がいるので召喚する」

 

で、相手もバーストを発動すると。

しかし『コジロンド・ゴレム』か。

てことはあのカードも入ってるよね……。

 

「アタックはライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ヒメ様のライフは残り2つ。

追い詰めたけど、相手も使えるコアが増えた。

 

さて、ヒメ様はどうするかな?

 

「メインステップ。まずはバーストをセットじゃ。そして『グレネード・ゴレム』を召喚する。『ツンドッグ・ゴレム』と『コジロンド・ゴレム』はLv2じゃ。アタックステップ、『ランマー・ゴレム』でアタックじゃ」

「疲労状態の『サンク・シャイン』でブロック」

 

『サンク・シャイン』は効果で自身のコスト以下のスピリットを疲労状態でブロックできる。

合体(ブレイヴ)している『サンク・シャイン』はコスト11。

今のヒメ様のスピリットなら、全部疲労状態でブロックできる。

 

「『サンク・シャイン』のブロック時効果。ボイドからコアを1個、このスピリットに置く」

「『ランマー・ゴレム』は破壊じゃ。ターンエンド」

 

単純に回復状態のスピリットの数だけを考えると、ヒメ様はこのターンで私のライフを0に出来た。

でもそれはスピリットの効果やバーストを無視した単純な思考。

 

「(ねぇ、もし風花がヒメ様だったら、ここはどう動いた?)」

(どう、と言われても……他にどんなカードを持ってるのか知りませんし。ただ、どう頑張っても逆転するのは難しいと思います)

「(そっか)」

 

私の予想だと、あのバーストはヒメ様のキースピリット。

もしその予想が当たっているのなら、ヒメ様には逆転の手があった。

 

「メインステップ、『キジ・トリア』をLv2にアップ。アタックステップ、『サンク・シャイン』でアタック」

「『リペアリング・セーラス』でブロックじゃ」

 

バーストは『コジロンド・ゴレム』じゃない。

てことは本当に予想が当たってたかも。

 

「フラッシュタイミング、マジック『爆覇炎神剣』を使用。このターン、系統:「覇皇」を持つ『サンク・シャイン』がBPを比べ相手のスピリットだけを破壊した時、そのシンボルの数だけ相手のライフのコアをリザーブに置く」

 

つまり「覇皇」版の『メテオストーム』だね。

『サンク・シャイン』は合体(ブレイヴ)していてダブルシンボル。

『爆覇炎神剣』によりライフを2つ減らす。

 

「『リペアリング・セーラス』は破壊じゃ」

「『爆覇炎神剣』の効果でヒメ様のライフを2つリザーブに置く。はい私の勝ち、バーストは『絶甲氷盾』だったよ」

 

ヒメ様のライフは0になり、ゲームエンド。

私はバーストをオープンする。

 

「妾は『鉄の覇王サイゴード・ゴレム』じゃ。召喚出来ず終いじゃったの」

 

やっぱり予想通りだった。

『鉄の覇王サイゴード・ゴレム』をセットせずに召喚していたら、【大粉砕】の効果で『サンク・シャイン』を破壊出来ていたかもしれない。

私のデッキは特にバーストが多いから、5枚破棄しただけでも1枚くらいは落ちそうだ。

 

まあバースト召喚したい気持ちも分かるけどね。

私のデッキには召喚効果を持つスピリットはいないけど。

 

「やはり、妾はまだレイには追いつけぬか」

「追いつけるものなら追いついてみなよ」

「言うではないか。よかろう、いつか妾はお主に追いつくぞ」

「ははは……」

 

その日、私はヒメ様の家に泊まることになった。

夜も遅いし、ネオ・ブラックゴートのこともあるからだろう。

日にちを跨ぐまで、私とヒメ様は久しぶりの出会いに花を咲かせた。



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ターン36 バースト環境

 

 

「ご迷惑おかけしました」

 

私がこの世界に戻ってからかなり忙しかった。

まずはヒメ様の家にお礼を言って退散、続けてレツ達へ報告。

そして最後に学校に事情を説明してとかなり面倒だった。

 

「何があったのは今度詳しく教えてね。まあ世の中には摩訶不思議なことばっかりだから、レイさんにも分からないと思うけど……」

「ありがとうございます」

 

嬉しかったのは校長や担任からそこまで深く追求がなかったことだ。

転生者云々とか隠したいことがある私にとって、それだけで終わらせてくれたことは感謝しかない。

あまり騙るとボロが出るからね。

 

そして学校では文化祭準備のために午後の授業が休講になる。

文化祭でバトスピできるなんて、いい時代になったもんだね。

いや、よく考えたら過去か。

じゃあやっぱりこの世界はバトスピが絡むと頭おかしい。

 

いっそバトスピ部でも作ってみる? と思ったけど私はネオ・ブラックゴートを潰したら元の世界に戻るし、別にいいか。

 

(ホントそういう約束は守るんですね)

「風花の遺言だからね」

(まだ生きてます!)

 

しかし元の世界に戻れるかは微妙なところ。

『千と千尋の神隠し』基準だと、名を取り戻して境を越えれば元の世界に戻れるはずなんだけど、よく考えたら基準が創作物だった。

 

ネオ・ブラックゴートに殺されそうになった時の保険として元の世界への帰還を考えてたけど、それを実験できないのは素直に怖い。

 

職員室から教室に戻り、文化祭の準備を手伝う。

喫茶店をやるにしても出すものは市販だし、そこまで用意に手間はかからない。

 

でも中学生にしてはしっかりとやってるね。

元の世界の文化祭なんてただのお遊びだったのに。

 

「あ、レイちゃん。暇ならちょっと手伝ってくれない?」

「いや何してるの」

 

手伝ってくれと言ったマドカは働いてるみんなの邪魔にならないよう端でカードを広げていた。

何遊んでるんだ。

 

「ちゃんと文化祭の活動だよ。ほら、私達の出し物って一応バトルスペースも兼ねてる訳でしょ? だからバトスピの方もそれなりじゃないといけないのよ」

「それで?」

「バトスピの大会をやるでしょ? そこで発案者の私が1回戦で負けましたー、とかにならないようにね?」

 

やっぱり遊んでるだけじゃん。

チラリとマドカのデッキを見る。

『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』『焔竜魔皇マ・グー』……

 

「大丈夫、普通に戦ったら優勝できる」

「もー、ふざけてないで本気で考えてよ〜」

(……零さん、マドカさんに対する扱い酷くないですか?)

 

いや、普通に強いんだって。

「古竜」中心に組んでブレイヴやマ・グーでシンボルを増やして、4点5点パンチすることで最小限しかライフ減少時バーストを踏まずに勝つデッキだ。

 

私は構築済みデッキを中心に組んだ速攻寄りのデッキだけど、こっちは高コストの強力なカードを出して殴るパワーデッキ。

まだ色々残念な所はあるけどそこを組み替えれば一気に強くなる。

 

「あれは? ジーク・メテオヴルムとかは?」

「ごめん、持ってないかな」

「そっか。残念」

 

プロモカードだし、この世界では手に入りにくいもんね。

仕方ない。

スサノヲは入ってるし、条件は厳しいけどそれで代用できるかな?

 

(ジーク・スサノ・フリードの効果でシンボルが+1、合体(ブレイヴ)して+1、マ・グーで+1……クアトロシンボルってことですね。マ・グーがもう1体いれば一気にライフを減らせますし)

「(最初から古竜のダブルシンボルを用意した方が早いけどね。とにかくそういうデッキだよ)」

 

さすが怪獣大決戦なマドカだ。

ゴジラコラボとかが来たらもうそれしか使わなそう。

 

「うーん、悩んでも仕方ないや! レイちゃん、ちょっと付き合ってくれる?」

「私? いいけど」

 

文化祭の準備はいいのかなぁ。

まあ私が手伝うことはなさそうだしいいや。

 

私もサーボろっと。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻どうぞー」

「私のターン、バーストをセット! ターンエンドよ」

 

さすがにみんなが働いている教室内でやる気は起きなかったから、私とマドカは空き教室に来てバトルを始めた。

 

「メインステップ。『ドス・モンキ』を召喚。バーストをセットして、アタックステップ。『ドス・モンキ』でアタック」

 

『ドス・モンキ』は自分がバーストをセットしている時、合体(ブレイヴ)していない自分のスピリット全てをBP+3000する。

そして私は何故かドス・モンキはハジメ君よりも烈火魂(バーニングソウル)の1話でモブ君が使ってた印象の方が強い。

 

「ライフで受けるわ! そしてバースト発動、『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』!」

 

……ねぇマドカ、それは確かにライフ減少時のバーストだけど、今発動しても無意味なんだよ。

 

『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』はライフ減少時のバーストで、()()()()()()()3()()()()()BP15000以下のスピリットを破壊し、召喚する。

でも今のマドカのライフは4、その効果は発揮しない。

 

「ターンエンド」

 

確かにこれまでにもCPUが意味のない時にカードを使うことはあった。

でもそれをバーストで、ヤマトでやってほしくはなかったなー。

 

「メインステップ、『リュザード』『カグツチドラグーン』を召喚。ターンエンド」

 

NPCのシステム的に、マドカにアタックさせるにはあと1体スピリットが必要。

それも私のスピリットのBPを相手のスピリットより低くして。

 

……うん、普通に殴った方が早いね。

 

「『ワン・ケンゴー』を召喚。『ワン・ケンゴー』の効果で自分がバーストをセットしている間、最高レベルとして扱う。『ドス・モンキ』をLv2にして、アタックステップ」

 

『ドス・モンキ』の効果で私のスピリット全てのBPが上がる。

 

「『ワン・ケンゴー』でアタック。アタック時効果【激突】」

「『リュザード』でブロック」

「BPの高い『ワン・ケンゴー』の勝ちだね」

 

3コストの維持コア1でBP6000の【激突】って最強では?

しかも今はドス・モンキの効果でBP9000まで上がっている。

 

「『ドス・モンキ』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

前のターン、マドカがバーストを発動していなければジーク・ヤマト・フリードを召喚出来てた。

うーん、これはひどい。

 

「私のターン、『焔竜魔皇マ・グー』を召喚するわ。アタックステップ、『焔竜魔皇マ・グー』の効果でトラッシュのコア全てをこのスピリットに置く。ターンエンド」

「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ」

 

コアを回収してLv3になったマ・グーのBPは10000。

私のワン・ケンゴーだとまだ足りない。

 

「マジック『双翼乱舞』。デッキから2枚ドロー」

 

『獣装甲メガバイソン』……【装甲:赤】を持つブレイヴが来てくれたのはいいけど、合体(ブレイヴ)条件を満たしてないからなー。

 

「もう1枚『双翼乱舞』。デッキから2枚ドロー。ターンエンド」

「私のターン、『カグツチドラグーン』にコアを1個追加してターンエンド」

 

マ・グーのコアを取り外さない、安定のNPCプレイですね。

カードパワーが強くても、プレイヤーが残念なせいでどうにもならない。

 

「メインステップ。『キジ・トリア』を召喚。さらに『ドス・モンキ』2体目を召喚。アタックステップ」

 

2体のドス・モンキの効果で合わせてBP+6000。

これでワン・ケンゴーは相手のマ・グーのBPを超える。

 

「『ワン・ケンゴー』でアタック」

「『カグツチドラグーン』でブロック。そのまま破壊される」

「『キジ・トリア』でアタック。BP9000」

「『焔竜魔皇マ・グー』でブロック」

「『キジ・トリア』は破壊。『ドス・モンキ』でアタック」

「ライフで受ける」

「もう1体もアタック」

「ライフで受けるしかないよー」

「ターンエンド」

 

これでマドカのライフは残り1。

そして私のフィールドにはスピリットが3体。

 

CPUのマドカはマ・グーに乗っているコアは使わないから、使うコアの数は5。

召喚は多くて2体と見た。

 

「『リュザード』『カグツチドラグーン』を召喚。そしてバーストをセット。アタックステップにトラッシュのコアを『焔竜魔皇マ・グー』に置いて、ターンエンド」

 

ホント、なんでスピリット上のコアは使わないプログラムを書いたんだろう。

コストやマナを使うゲームなんだから、そこは手を抜かないでほしかった。

 

「メインステップ。『アルマジトカゲ』をLv2で召喚。2体の『ドス・モンキ』をLv2に上げてアタックステップ。『ワン・ケンゴー』でアタック。【激突】」

「『リュザード』でブロック」

「『ドス・モンキ』でアタック」

「『カグツチドラグーン』でブロック」

「『ドス・モンキ』2体目アタック」

「『焔竜魔皇マ・グー』でブロック!」

 

2体の『ドス・モンキ』による圧倒的なBP上昇で相手のスピリットは全て破壊した。

結局マドカのバーストは召喚時かライフ減少時か。

 

「『アルマジトカゲ』でアタック」

「フラッシュタイミング、マジック『天翔龍神覇』! BP6000以下のスピリットを破壊できる! でも……」

「『ドス・モンキ』の効果があるから対象がいないよ。あ、私はフラッシュないよ」

「私もない。ライフで受ける」

「はい私の勝ち」

 

マドカはバーストを開ける。

『天剣の覇王ジーク・スサノ・フリード』ライフ減少時のバーストだ。

残りライフ1でそれは……

 

そして私のバーストは『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』

ライフ3以下どころか1つも減らされていない。

ほんとに『ドス・モンキ』や『ワン・ケンゴー』のためだけに張ったバーストだった。

 

「BP+6000もするのは強すぎるって」

「BP+3000してシンボル1つ追加するマ・グーの方が強いって。まぁ2ターン目にバースト発動したのが全てだね」

 

あれがなかったらどうなってたかな。

ヤマトとマ・グーに轢き殺される?

いや多分それでも負けなかったと思う。

 

そう、結局この世界ではーー

 

「……さっさとネオ・ブラックゴートを潰さないとね」

 

それは風花との約束だ。

私はあの集団を潰すか死ぬまでは帰らない。

 

でも、こんな世界に長くいたらきっとまたーー

 

(その時はまた、私が助けてあげますよ)

「(……そんなこと言うくらいなら、あの時さっさと元の世界に戻って欲しかったなー……なんて)」



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ターン37 文化祭

 

 

「『焔竜魔皇マ・グー』でアタック」

「ライフで受ける……」

「はい私の勝ち」

 

普段なら授業の時間にも関わらず、私は学校の教室でバトスピをしていた。

 

そう、今日は千樺中学の文化祭だ。

教室をバトスピのデュエルスペースにしている私達のクラスは私とレツ、ヒメ様への対戦依頼が多くてその対応に追われていた。

 

「お疲れ様。思ったより人が多いけど頑張ってね」

「客寄せパンダになったからには頑張りますよっと。あ、お茶ありがと」

 

私達のことを知っていたけど声をかけられなかった下級生や文化祭を楽しみに来た親御さん、果てには教師までこの機会にと並んでいる。

 

……大丈夫かこの世界の教育界。

 

(ここまで10人抜きですね。これ、文化祭中に100人とかいけるんじゃないですか? かなり早いペースで戦ってますし)

「(人が多いから1戦あたりの時間短くしようと頑張ってるんだよ。100戦とか無理)」

 

赤白デッキだと相手がバーストを踏んでくれないと大型スピリットを召喚できないから、今はマグーや蜂さんデッキを使って積極的にライフを減らしに行っている。

 

とにかく今は数をこなすのが先だ。

 

「では対戦よろしくお願いします」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「あー……疲れた」

(午前だけで25戦ですか。結構やりましたね)

 

昼になり、私はようやく休憩がもらえた。

まだ4時間くらいしかバトスピしていないのにハイペースで回したせいで凄い疲れた。

このペースだとマジで100戦いくぞ。

 

「とりあえず他のクラスの出し物もテキトーに見て回ろうか」

(それならブレイドラーメンってのが気になってます!)

「いいね、行こうか」

 

学生の作るラーメンなんて期待はできないけど、名前が気になるから行ってみようという気持ちになる。

ブレイドラの可愛いラーメンかな? と思ったけど、スパイス大量にぶち込みましたみたいなことがパンフに書いてあったから多分激辛ラーメンなんだろう。

 

「あ、すいません」

「いえいえこちらこそ」

 

目的のクラスへ移動中に、何度も外部の方とぶつかった。人が多いから仕方ないけど、目的地までの道が封鎖気味になっているのは困る。

 

「なんとか入れた……」

(お昼時ですからね……すごい混み具合でした)

 

なんやかんやして、ようやく席につくことができた。

注文はブレイドラーメンしかない。

激辛と言われてあまり食べられる自信はないので、小盛にしてもらった。

 

(……やばくないですかこれ)

「まぁ文化祭で出すようなものだし、味はマトモなはず……ゴホッ!ゲホッゴホッゴホッ...」

 

届いたラーメンは紙皿の白に対してスープの赤さがより際立って見える。

とりあえず1口、とスープを口に運ぶが、口を開けた時点で喉の奥に刺激を感じてむせてしまった。

 

「これ予想よりはるかにやばい」

(バラエティーで芸人が食べるレベルじゃないですかやだー)

 

やばいと分かっても、お金を払った以上食べるしかない。

1口食べては水を飲み、1口食べては……と何とか完食した。

麺がまだマトモなのが救いだった。

 

「なんか休憩しに来たのに余計疲れた気がする……」

(途中から泣いてましたよ)

 

知ってるよ。

辛さで口の中が死んでるもん。

購買で買ったポカリがもう無いもん。

 

「もう1本買ってこよ……」

(てか未来の私ってポカリ派なんですね。アクエリの方が飲んでた気がしますけど)

「色々ねー」

 

2本目のポカリの蓋を開ける。

あー甘い。

 

「何がふざけてるって、これで休憩が終わってる事だよ」

(もう時間ですか。戻らないといけませんね)

 

こっからまた4~5時間くらいバトルするのか……もういっそ100戦目指してやろうか。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ん、何かあったのかな」

 

私が昼休憩を終えて教室に戻ると、中から騒がしい声が聞こえてくる。

クレーマーでも来たかな?

 

「おーいイツキ。何かあったの?」

「あ、ちょうど良かった。さっき来た客がチャンピオンを出せー、てうるさいのよ。レツ君もやけにその客に突っかかっちゃって」

 

あー、それで騒ぎになってたのね。

でも私がいなかったからって騒ぐなよ……非常識だな。

 

「はーい戻りましたよー。で、誰がクレーマー?」

「レイ!」

 

教室内ではレツとフードを被った客が対面していた。

多分あの人達かな。

 

「お前が氷田零か!」

「はい私がレイですよ。それで何用?」

「お前がコレクターさんを殺したんだな!!!」

 

……はい?

 

「ごめんちょっと何言ってるか分からない」

「ふざけるな! お前のせいでコレクターさんは!!!」

「レイ、こいつはネオ・ブラックゴートの仲間だ!」

 

ネオ・ブラックゴート……ああなるほど。

 

「(私に殺されたコレクターの敵討ちってことかな?)」

(でも、殺したのはアゲハって呼ばれてた人です! 私達は関係ありませんよ!)

 

私がコレクターに勝った後、ネオ・アゲハによってコレクターは殺された。

私はバトルしただけ、しかも賭けの条件にはコレクターの命は賭けられていなかった。

 

アゲハとやらが勝手に負けたコレクターを殺しただけで私は悪くない。

 

んー、風花の言い分にも一理ある。

けどそんなの彼らが知ったこっちゃない。

 

短絡的で前が見えてない人ってのは、理屈で説得出来ないんだよ。

 

「で、どーしたいの?」

「なに!?」

(ちょ、大丈夫ですか!?)

 

相手が殺人集団のネオ何とかと言っても結局はその下っ端。

相手が直接暴力に訴える手段は素手しかないはず。

相手が手を出てきたらこの場の人間で止められる。

 

安全が確保されてるなら強気に出るのは、現実もゲームも同じだよね。

 

(うわぁ、かっこいいのかかっこ悪いのかよく分からない思考してる)

「(ちょっと黙ってて)私がコレクターを殺して? それであなたは何しにきたの? 警察に突き出す? 出来ないよね、それはあなた達の組織にも不利益だし」

「てめぇ……!」

 

おっと、そろそろやばい。

殺されはしないとはいえ殴られるのは痛いから嫌。

 

「だから、バトスピをしよう」

「はぁ?」

「ネオなんちゃらのルールに則って、賭けで決める。私が勝ったら帰って。あなたが勝ったら、()()()()()()()()()()()()()()

「……ほぉ、言ったな?」

 

ただし、と条件を付け加える。

 

「賭けの賞品に差がありすぎる。だから好きな方でいい。ハンデなしで戦うか、ハンデ有であなたもリスクを背負うか」

 

私は負けたら命の危機、それに対して相手は負けても何もない。

その上ハンデなんて付けられたら私だけが不利なバトルだ。

 

相手だけ安全なところでバトルなんてさせない。

ハンデを付けて勝率を五分五分にしたいのなら、それに見合う対価が必要だ。

 

「リスク……だと?」

「そう。ハンデなしなら私は100%勝てる。でもハンデ有なら分からない。景品に明らかな差がある以上、あなたにも同等のリスクを追ってもらう」

(要するに難題ふっかけてハンデなしで安全にバトルしたいってことですよね? バーストがある今なら事故しても致命傷にならないから)

「(言い方ァ)」

 

世の中結局自分の命が大切だからね。

それを賭けられる人なんて福本漫画にしか出てこない。

 

「(とにかく、この提案に相手が悩んでいる時点で、相手は本気で私達をどうこうする気はないね)」

(……前も思ったんですけど、私ってこんな口だけ達者な人間でしたっけ? さすがに性格悪くなりすぎてません?)

「(いや元々こんなんだよ)」

 

それにこの提案だって相手を陥れるためにしてるんじゃない。

私が安全でいるためにしてるんだよ。

誰も自分の命が大切なんだから。

それは私も例外じゃない。

 

「(1番やばいのはリスクなんて度外視して突っ込んでくる人なんだけどね……)」

 

 

◇◆◇◆

 

 

結局相手はハンデなしでのバトルを選んだ。

 

悩んでたのも多分、私にそうなる様に誘導されたのが嫌だっただけ。

けど、誘導には逆らえなかった。

 

バトルは私の先攻から。

 

「ネクサス『英雄皇の神剣』を配置。バーストをセットしてネクサスの効果で1枚ドロー。ターンエンド」

「俺のターン。『ブフモット』を2体召喚。バーストをセットしてターンエンドだ」

 

『ブフモット』は破壊時にBP4000以下のスピリット2体を疲労させる。

でも、あんまり関係ないかな。

 

「『ワン・ケンゴー』を召喚。マジック『双翼乱舞』を使用して2枚ドロー。『ワン・ケンゴー』でアタック、【激突】」

「『ブフモット』でブロックだ。破壊時にBP4000以下のスピリットを疲労させる」

「対象はいないよ」

 

『ワン・ケンゴー』は疲労状態だし、そもそもBP6000だ。

『ブフモット』の破壊時効果は不発だね。

 

「相手による自分のスピリット破壊によりバースト発動! 『ターザニア・グレート』を召喚する」

「ターンエンド」

 

『ターザニア・グレート』を調査員以外で見るのってすごい新鮮だね。

アタック時効果は面倒だけど、運ゲーだしなんとかなる……よね?

 

「『大首長ジャムカ』を召喚。アタックステップ、『ブフモット』でアタックだ」

「フラッシュはない、ライフで受ける」

「ターンエンドだ」

 

ふー、よかった。

『ターザニア・グレート』で連鎖されたらかなりやばかったからね。

 

相手がCPUだと分かっていても、さすがに自分の命を賭けたバトルは怖い。

できるならライフを1つも減らしたくなかったし、なんならアタックもさせたくない。

 

剣獣ならブレイヴによるシンボル増加を考えてもライフが3つあれば大丈夫だと思うけど……その予測にもあまり確信はない。

 

「『焔竜魔皇マ・グー』を召喚。アタックステップ、トラッシュのコア全てをマ・グーに置く。『ワン・ケンゴー』でアタック、【激突】」

「『ターザニア・グレート』でブロックだ」

「『焔竜魔皇マ・グー』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

『焔竜魔皇マ・グー』は自身の効果でシンボルが1つ追加されていてダブルシンボル。

これでライフの数は4対3と逆転した。

 

「『ジャドバルジャー』を召喚。効果で疲労状態で召喚される。『ブフモット』『大首長ジャムカ』をLv2にしてターンエンドだ」

 

『ジャドバルジャー』はコスト5軽減5でLv1BP7000とBPは高いけど、代わりに疲労状態で召喚されるデメリットを持つスピリット。

動けるのは次の相手のターンからだね。

 

「『獣装甲メガバイソン』を召喚、マ・グーに合体(ブレイヴ)。そして2体目の『ワン・ケンゴー』を召喚。アタックステップ、トラッシュのコア全てをマ・グーに置く」

 

私のフィールドには【激突】もちのワン・ケンゴーが2体いる。

そして相手のスピリットは2体。

 

ここはバーストに『絶甲氷盾』がある今のうちに攻める。

 

「『ワン・ケンゴー』でアタック、【激突】」

「『ブフモット』でブロックだ。破壊時効果は発揮しない」

「もう1体の『ワン・ケンゴー』でアタック」

「『大首長ジャムカ』でブロック」

「『ワン・ケンゴー』は破壊される。マ・グーで合体(ブレイヴ)アタック」

 

マ・グー自身の効果でシンボルが+1。

メガバイソンが合体(ブレイヴ)して+1。

トリプルシンボルのアタックだ、フラッシュがないならこのままゲームエンド。

 

「ライフで受ける」

 

ふー、何もなかったや。

良かった良かった。

 

(100%負けないと思ってても、内心結構ビビってましたね)

「(この世界に100%なんてないから。私が負ける確率が1%でも0.001%でもあるなら、そりゃビビるよ)」

 

さて……

 

「私の勝ち。それじゃあ約束通り、さっさと出てって」

 

私がそう言うと、ネオなんちゃらの男は顔を伏せたまま教室を出ていった。

逆上して襲いかかってくる可能性もあったから、しっかりと約束を守って帰ってくれたのは助かった。

 

「ふー、疲れた」

「大丈夫か? レイ」

 

バトルの間ずっと背負っていた精神的な疲労がやばい。

私はイツキに頼んで、裏方で休ませてもらうことにした。

 

「……あれが、命を賭けたバトルね」

 

私はこれだけ保険をかけても内心ビクビクしていたのに、風花は何もない状態であんなりマトモに戦ってたのか。

 

 

『なんでお前が平気な顔してるんだ』

『お前のせいでアイツの人生がおかしくなった』

『アイツじゃなく、お前がああなれば良かったのに』

 

 

……ああ、嫌なものを思い出した。

 

(? どうかしたんですか?)

「(いや、大丈夫だよ)」

 

そうだ、私はまだ『氷田零』だ。

だから『水野風花』の最悪の記憶を忘れてたんだ。

 

あのクソッタレ共との繋がりを。



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ターン38 秘めた過去

 

 

文化祭の2日目。

私は学校を休んで彼と会っていた。

 

風花の願いを叶えるため。

そしてーー()()()()を抱えた私の意地を通すため。

 

そのために私は彼に依頼をした。

 

「僕は君をあの場に送る訳にはいかない」

「嫌なら勝てばいい。勝負の結果にどうこういうつもりはないよ」

 

彼なら、私の望む場を提供してくれる。

ネオ・ブラックゴートの賭場について知っている。

 

「そもそもネオ・ブラックゴートについては僕達の責任だ。君が命を賭ける理由はない」

 

私の命?

そんなもの、どうでもいい。

 

「私はね。そんなものよりも、もうこれ以上バトスピで人を殺した人間を作りたくないんだよ」

 

 

◇◆◇◆

 

【ハッカー目線】

 

氷田零に負け、渡雷烈にも負けた僕は自分のいた世界の狭さに気付かされた。

 

僕は自分が強いと思っていた。

周りは取るに足らない人間だと見下していた。

 

僕は自尊心に囚われて、いつの間にか自分を見失っていた。

 

僕は弱い。

だからもっと強くなりたいと願った。

 

僕達が負けて、ブラックゴートは潰れた。

それで決着がついたはずだった。

 

ネオ・ブラックゴート。

彼らはブラックゴートの後釜で、しかも殺人まで犯している連中だという。

 

そんな連中を放置して置くわけにはいかない。

僕達の作ったブラックゴートだ、その責任は取らないといけない。

そして遂に今日、あいつらを潰す機会ができた。

 

しかしそんな時に、彼女はやってきた。

 

「ハッカー、力を貸してほしい」

 

あの戦いの後チャンピオンとなり、更には世界1位まで昇りつめたカードバトラー氷田零。

 

よりによってこんな日に、と思ったが彼女もネオ・ブラックゴートと戦っている。

邪険にはできない。

 

「僕に何の用だ。……力を貸せ、だけでは分からない」

「ネオ・ブラックゴートについて。どーせ裏サイトへのアクセスには成功したんでしょ?」

 

彼女の指摘にドキリとする。

 

確かに僕はネオ・ブラックゴートの裏サイトへ加入している。

しかしそれは彼らを潰すためだ。

 

ネット上のサイトなんて、潰しても潰してもまた新しいのができるだけだ。

大元を倒さないと終わらない。

 

だから僕はネオ・ブラックゴートの()()()としてのアカウントを作った。

 

「……君の言う通りだ。君なら気づいてるかもしれないが、万が一にも誤解はしてほしくない。これは」

「ファイトマネーで獲られる金なんて、あいつらを潰すのに足りないでしょ」

 

やっぱり分かっていたか。

だが、この感じだと信用はされていない。

僕はあんな奴らの仲間だと思われたくない。

 

「リアルライフバトルは知ってるだろ。君が彼らに吹っかけられたバトルだ」

「知ってる」

「あれのファイトマネーは普通の賭けの何万倍だ。あれなら奴らを潰せる」

 

元々リアルライフバトルは金に困って何も賭ける物の無い者が挑む最期の賭博だ。

その対戦相手、つまりネオ・ブラックゴートの幹部には巨額のファイトマネーを出す必要がある。

 

「ネオ・ブラックゴートの幹部は5人。つまり5回バトスピに勝てば、奴らは賭けなんて出来なくなる。元手がないからな」

「ふーん。頭悪い計算してるね」

 

実際はそのバトルでの賭けで相手がさらに金を得ることになる。

ファイトマネーを奪っても、相手が更に金を得るのでは追いつくまでには5回じゃ足らない。

 

だが、それをさせない手はある。

 

「……僕達幹部がブラックゴート時代に稼いだ金がある。それを僕達にベットする」

 

ブラックゴート時代に稼いだ、今となっては誇れない金だが、これを元手にすれば更に相手から金を毟れる。

これで大元に入る金を少なくする。

 

「計算上、これで奴らを潰せる」

「まあいいや、じゃあ本題。()()()()()()()()()()()()()()()

「……は?」

 

コイツは何を言ってるんだ?

自分の命がかかってるんだぞ?

 

「悪いがそれは出来ない。これは僕達ブラックゴートの責任だ。君達を巻き込む訳には」

「ジョーシキ的に考えて、バトルで強い方が行った方が勝率は高くなるでしょ。だからさ、私が勝ったら私が行く、ハッカーが勝ったらそのまま行ってらっしゃい、でどう?」

「どう? じゃない!今回は保険もないんだ! そんな危険なことさせられるか!」

「それはこっちの台詞にもなるね。どうせないなら、初めから勝算のある私がやった方がいい」

 

なんだ?

彼女の言い分はもっともだ。

だけど何か、その裏に大きなものを感じてしまう。

 

「はい! じゃあ早速やろうか」

 

これ以上先は探らせまいというように、彼女はそこで無理やり話を断ち切った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「僕のターンからだ。スタートステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ」

 

前に彼女とバトルした時はブラックゴートの変則ルールだった。

何のハンデもないバトルはこれが初だ。

 

「『ラクーンガード』を召喚。Lv2にする。ターンエンドだ」

 

そもそも何故彼女はいきなりこんなことを言い出した?

僕の知る氷田零は、危機に対して上手く立ち回り、なんとか回避しようとする奴だった。

()()()()()()()()、というのが適当か。

 

「メインステップ。『ドス・モンキ』を召喚。バーストをセットしてアタックステップ、『ドス・モンキ』の効果でBP+3000。アタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

まさか今回も何か秘策があるのか?

いや、ありえない。

負けたらその場で殺されて終わりだ、保険なんてかけようもない。

 

「メインステップ。『ミブロック・ソルジャー』を召喚。召喚時効果で『ドス・モンキ』を手札に戻す。ターンエンド。……なあ氷田零。何故急にこんなことを?」

「私のため」

 

今までの氷田零ではありえない行動に疑問を投げかける。

しかし返ってきた言葉はなんとも理解出来ないものだった。

 

「『アルマジトカゲ』『ドス・モンキ』を召喚。アタックステップ、BP+3000。『アルマジトカゲ』でアタック」

「ライフで受ける」

「『ドス・モンキ』でアタック」

「……ライフだ」

「ターンエンド」

 

第4ターンで早くも残りライフ2まで削られる。

 

「質問を変えよう。命をかけるなんて馬鹿げたことに、なんで自分から首を突っ込む」

「だから、私のため」

 

ダメだ。

会話が成り立っていない。

 

「……僕が勝ったら、詳しく話せ」

「いいよ別に、そんな条件なくても。私は彼女の願いを叶えたい。そして私以外の人にバトスピで人殺しをしてほしくない」

「人殺し?……ネオ・コレクターのことを言ってるのか?アイツの死はお前の責任じゃ……」

「違うよ。私が殺した人の話は、それよりもっと前のことだから」

 

氷田零の告白に思考が止まる。

 

「人を殺したって……キミは一体何をしたんだ?」

「あれ、バトスピ賭博なんてやってた犯罪者がよく言えるね。何人ものカードバトラーの人生を潰して言える台詞かな?」

「それは……」

「あなた達と同じだよ。私も昔に1人のカードバトラーの人生を潰した。あなたが私に手を汚してほしくないと思ってるのと同様に、私も私以外の人に手を汚してほしくないんだよ」

 

彼女の言葉は真実だ。

ブラックゴート時代、何人ものバトスピ人生を潰してきた。

ただ僕達を拒否した奴らがムカついたからと、様々な嫌がらせをした。

その結果バトスピを辞めたカードバトラーは多い。

 

「いや、だからこそ僕がネオ・ブラックゴートと戦わないといけない。これ以上関係ない人を巻き込まないためにも! メインステップ、バーストをセット。『ミブロック・パトロール』『ミブロック・ザ・ワン』を召喚。ターンエンド」

「ハッカーのいうそれって、結局は自己満足でしょ?」

 

自己満足。

ああそうだ。

実際に奴らを潰すだけなら僕よりも氷田零の方がいい。

 

だけど僕はそれを認めない。

これ以上、僕達の黒歴史に誰かを巻き込まない。

 

「それと同じ。私は自己満足のために、ネオ・ブラックゴートと戦いたい。理由はそれだけで十分なんだよ」

「……訳が分からない」

「分からなくていいよ。メインステップ『時統べる幻龍神アマテラス』を召喚。召喚時効果で『ミブロック・ザ・ワン』を破壊する」

 

氷田零の過去に何があったのか、僕は知らない。

でも、彼女の過去に「何か」があったのは間違いない。

彼女はその「何か」のために、ネオ・ブラックゴートと戦いたいんだ。

 

でも、それは僕らと同じ。

同じだからこそ、絶対に負けられない!

 

「相手による自分のスピリット破壊によりバースト発動! 『魁の覇王ミブロック・ブレイヴァー』! このバースト発動時に白のスピリットが破壊されていたため、召喚する!」

「あらら。じゃあこれでターンエンドかな」

「『魁の覇王ミブロック・ブレイヴァー』の効果。相手が1度もアタックしてこなかった時、相手のライフのコア1つをリザーブに置く」

 

『魁の覇王ミブロック・ブレイヴァー』は効果で相手のライフを減らす。

さらに次は僕のターン。

 

「メインステップ。『コテツ・ティーガー』を召喚。『魁の覇王ミブロック・ブレイヴァー』に合体(ブレイヴ)。そしてミブロック・ブレイヴァーとミブロック・パトロールをLv2に上げる。バーストをセットしてターンエンドだ」

「私のターン。メインステップ『獣装甲メガバイソン』を召喚。『時統べる幻龍神アマテラス』に合体(ブレイヴ)、そしてLv3にアップ。アタックステップ、合体(ブレイヴ)アタック」

「『ミブロック・ソルジャー』でブロック。破壊される」

 

これで彼女のスピリットは全て疲労状態。

このターンはこれ以上のアタックはない。

 

「ターンエンド。ここで『時統べる幻龍神アマテラス』の効果発揮」

「ターンエンドしてから?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『時統べる幻龍神アマテラス』は回復」

 

ターン終了時にもう一度アタックステップを行う? それになんの意味が……まさか!

 

自分がセットしたバーストを思い出す。『絶甲氷盾』、効果は「アタックステップを終了する」。

アタックステップを終了させても、またアタックステップがくる?

 

「『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「『ラクーンガード』でブロック」

「ターンエンド。『時統べる幻龍神アマテラス』の効果はターンに1回だから、これで本当におしまい」

 

セットしていたバーストも、一気にその安全性が失われた。『絶甲氷盾』を超えるアタック性能。

正直どうすればいいのかも分からない。

 

でも、

 

「僕は、どうしても君をあの場に送る訳にはいかない」

「そう。嫌なら勝てばいい。勝負の結果にどうこういうつもりはないよ」

 

そうだ、勝てばいい。

僕が勝てば全てが収まる。

 

「メインステップ。『氷の覇王ミブロック・バラガン』を召喚! ターンエンド」

 

『氷の覇王ミブロック・バラガン』『魁の覇王ミブロック・ブレイヴァー』の2体の覇王(ヒーロー)スピリットが並んだ。

相手が2回アタックステップを繰り返しても、これなら……

 

「メインステップ。『ワン・ケンゴー』を召喚。アタックステップ、『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「『ラクーンガード』でブロック。破壊される」

「この時点で追加のアタックステップは確定ね。『ワン・ケンゴー』でアタック。【激突】」

「『氷の覇王ミブロック・バラガン』でブロック」

「あー、そう言えばそうだったっけ。まあいいや、お互いに破壊で。これでアタックステップは終了、ターンエンド」

 

ここで『時統べる幻龍神アマテラス』の効果が発揮する。

 

「で、もう一度アタックステップだろ?」

「うん。でもアタックはせずに終了!」

「『魁の覇王ミブロック・ブレイヴァー』の効果でライフを1つリザーブに置く」

「いいよ。ライフ減少によりバースト発動。『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』の効果でミブロック・ブレイヴァーを破壊する。そしてLv2で召喚」

 

まさかミブロック・ブレイヴァーの効果でバーストが発動するとは。

しかも『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』

これで僕のフィールドに残ったのは『コテツ・ティーガー』のみ。

 

「ワン・ケンゴーのアタックを合体(ブレイヴ)スピリットで受けてくれれば、『コテツ・ティーガー』の効果でアタックステップ中にヤマトを召喚できたのに。惜しかったなー」

 

『コテツ・ティーガー』の合体(ブレイヴ)時、バトルで相手のスピリットだけを破壊した時、相手のライフのコア1個をリザーブにおく。

 

あの時ミブロック・ブレイヴァーでブロックしていたら、そのまま追加のアタックステップで負けていた。

僕は九死に一生を得た。

 

だけど、

 

「メインステップ。『ラクーンガード』『ミブロック・パトロール』を召喚。どちらもLv2に上げてターンエンド」

 

ミブロック・バラガンとミブロック・ブレイヴァーが破壊された時点で、僕に勝ち目はなかった。

 

「メインステップ。バーストをセット、ヤマトをLv3にアップ。アタックステップ、『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「『ラクーンガード』でブロック」

「『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』でアタック。アタック時効果で『コテツ・ティーガー』を破壊、『ミブロック・パトロール』を指定アタック」

「『ミブロック・パトロール』でブロック」

「ターンエンド」

 

そして彼女の、3度目の追加のアタックステップ。

 

「『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「……その先が破滅だとしても、進む覚悟はあるのかい?」

「今いる地獄と未来の破滅、どっちにしても同じだよ」

「ライフで受ける。……僕の、負けだ」

「はい私の勝ち」

 

何が彼女の背中を押すのか。

過去に対する罪悪感と狂気的な破滅願望。

 

僕には彼女は救えない。

同じことをやろうとしていた僕には、彼女を救えない。

 

もし彼女を救える人がいるとしたら、それはーー

 

(渡雷烈。彼なら、きっと)

 

立ち去る彼女を救うため、僕はその希望の元へ走り出した。



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ターン39 賭け金

 

 

「……ここが会場、ね」

 

ハッカーから聞いたネオ・ブラックゴートの賭場はオダイハマにある無人ビル。

遠目に中を見てもチラホラと人影が確認できる。

 

フードを深く被り直し、私も中に入る。

ハッカーからもらったネオ・ブラックゴートの会員証を見せると、控え室に連れていかれた。

 

「(黙ってればバレないもんだね。まあハッカーの素顔を知ってる人は少ないらしいし、それもあるのかな)」

 

まあバレたところでって感じはするけど。

次回以降成りすませなくなるが、どうせ相手からしても私も存在は魅力的なはず。

次のバトルを勝手に用意してくれるだろう。

 

さてここからは修羅の道だ。

私も、私の過去に向き合わないといけない。

 

思い出したくもない、あの過去に。

 

 

◇◆◇◆

 

 

時間になり、私は控え室から会場へ移動する。

会場に入るとガラの悪い男が待っていた。

 

「よおハッカーさんよ。初めましてだな。ブラックゴートでやり手の幹部ってことで気負ってたが、まさか女だったとはな」

「……どーも」

 

絡み方がウザイ。

てか誰だよこいつ。

 

「おっと、自己紹介がまだだったか。俺はネオ・ハッカーだ。つまり今日は新旧ハッカー対決ってことだな! ハハハ!」

「……あなたが新しいハッカー、ね」

 

どちらかというとパンクに近い格好してるくせに。

まあどーでもいい。

 

「で、ルールは」

「ハンデなしのバトルだ。あんたが勝てば300億。負ければ死だ」

「いらない」

 

300億……すごい額だね。

けど、どうせコイツらからしたら端金だ。

 

ネオ・ブラックゴートを潰すには、もっとふっかけないと。

 

「私はネオ・ブラックゴートを潰すために戦いに来た。あなた達が今まで戦ってきた賭け金もない、命を賭けるしかなかった貧乏人とは違う」

「……ほぉ、じゃあお前も金を賭けるってことか?」

「逆だよ。あなたも命を賭けろ、て言ってるの」

「はっ、悪ぃが、そいつはできねぇなあ。これは俺たち強者が安全な場所から弱者をいたぶるゲームだ。お前ごときにわざわざ危険な場所に行くつもりはねぇよ」

 

まあ知ってる、私でも同じことするだろうしね。

 

さて、ここからが私の腕の見せ所だ。

ここからネオ・ハッカーに命の代わりに全財産を賭けさせる。

流石に全財産をさらえば、ネオ・ブラックゴートにも大打撃を与えられるはず。

 

まあ賭け金を上げさせるわけだし、かなりのハンデは覚悟しないといけないけど……まあ何とかなるでしょ。

 

「いいですよ! じゃあハッカーさんが勝ったら、ネオ・ハッカーさんには死んでもらいましょう!」

 

なんて考えていたら、会場の奥からネオ・ハッカーの代わりに了承する声が聞こえた。

 

声の主は、前にネオ・コレクターを殺した女だ。

確か名前はーー

 

「てめぇ、アゲハ! 何の用だ!」

「暇だったから遊びに来ただけじゃないですか。えっと、なんて呼んだらいいかな……()()()()()()()。あなたが勝ったらこの人を殺します。ネオ・アゲハの名にかけて約束しますよ」

 

ネオ・アゲハは拳銃に指をかけ、銃口をネオ・ハッカーに向ける。

仲間を躊躇なく殺せる人だ、間違いなく殺すだろう。

 

「おい、アゲハ……冗談だよな? 俺たち仲間だろ?」

「知りませんよ。それに前任者に勝てないような人はいりません。()()()()()()()()。大丈夫、勝てばいいんですよ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……後攻だ」

「じゃあ私から。スタートステップ」

 

予想外の展開になった。

 

ドア・イン・ザ・フェイス。

最初に大きな要求をして後に用意した小さな要求を通す技術を使って全財産を賭けさせるつもりが、まさかその大きな要求が通るなんて。

 

しかも自分から要求しただけに今更撤回しにくい。

 

「『ワン・ケンゴー』を召喚。バーストをセットしてターンエンド」

「……俺のターン、スタートステップ」

 

相手も声が震えている。

目はチラチラとアゲハの方を見て、顔には冷や汗が浮かんでいる。

格好の割に心が弱い。

なんでこんなのが幹部なんでやってるんだ。

 

「『ストリーム・カリブー』を召喚。ネクサス『凍えるフィヨルド』を配置。……ターンエンドだ」

 

まあ私も予想外の展開にちょっと驚いてるわけだけど。

私が勝ったらこの人が死ぬ、なんて心情的に勝ちづらい。

 

「ネクサス『彷徨う天空寺院』を配置。『ワン・ケンゴー』でアタック、【激突】」

「『ストリーム・カリブー』でブロック」

「破壊。ターンエンド」

 

まあ負けたら私が死ぬんだから勝つしかないんだけど。

どうせ1人やってるんだ、2人も3人も変わらないでしょ。

 

「メインステップ。『ワイルド・ホーン』を召喚。Lv2に上げる。そしてバーストをセット。ターンエンドだ」

「私のターン、マジック『双翼乱舞』、デッキから2枚ドロー。さらに『ドス・モンキ』を召喚。アタックステップ」

 

『ドス・モンキ』の効果で私のスピリットは全てBP+3000される。

 

「『ワン・ケンゴー』でアタック。【激突】」

「『ワイルド・ホーン』でブロック。ブロック時効果でボイドからコアを1個、ワイルド・ホーンに置く」

「BPはワン・ケンゴーの方が上だよ」

「『ワイルド・ホーン』は破壊だ。そして相手による自分のスピリット破壊によりバーストが発動する! 『シェリフ・イーグル』を召喚!」

 

バースト発動時に自分の系統:「機獣」を持つスピリットが破壊されている事が条件で召喚できるバーストスピリット。

でも、BPはたったの4000。

 

「『ドス・モンキ』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

自身の効果でBP+されたドス・モンキはBP6000。

ブロックされても勝てる。

 

「メインステップ。『ワイルド・ホーン』『アウトロー・キッド』を召喚り『シェリフ・イーグル』をLv2にするぜ。アタックステップ、『ワイルド・ホーン』でアタック」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

死にたくないと防御に寄ることもない、ただのCPUの動き。

うん、私がコレに負けることはないね。

 

「『時統べる幻龍神アマテラス』をLv2で召喚。『彷徨う天空寺院』の効果、本来のコストが8以上のスピリットを召喚する時、このネクサスを疲労させることで2コスト支払ったものとして扱う」

 

8コスト3軽減5コスト、天空寺院によって2コスト支払っているので残り3コストを支払い召喚する。

そしてアマテラスの召喚時効果。

 

「『シェリフ・イーグル』を破壊する。アタックステップ、『ワン・ケンゴー』でアタック」

「『アウトロー・キッド』でブロック。『アウトロー・キッド』は破壊だ」

「『ドス・モンキ』でアタック」

「ライフで受ける」

「『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「それもライフだ!」

「ターンエンド」

 

これで相手のライフは残り2。

次のターンで決まるね。

 

「いいの? このままだと私が勝つけど」

「まだだ! まだ、終わってない!」

「そういう意味じゃないんだけどね。アゲハに勝手に命を賭けられて、()()()()()()()()()()()()ってことだよ」

 

私の言葉に相手はピクリと反応する。

けどそこまで、それ以上は何も言わなかった。

 

「メインステップ。バーストをセット。『虚械帝インフェニット・ヴォルス』を召喚だ。これでターンエンド」

「あなた達の組織で、アゲハってどんな立ち位置にいるの?」

「……なんでもねぇよ」

 

なんでもないはずがない。

勝手に賭けの内容を変えたり、勝手なことをしたからと仲間を撃ち殺す人だ。

組織内でもそれなりと立場にいることくらい分かる。

 

「話す気がないならいい。メインステップ、『ドス・モンキ』をLv2、『時統べる幻龍神アマテラス』をLv3にアップ。アタックステップ、『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「『ワイルド・ホーン』でブロック! ブロック時効果で『虚械帝インフェニット・ヴォルス』にコアを置く」

「BPはアマテラスの勝ちだよ。続けて『ワン・ケンゴー』でアタック。【激突】」

「『虚械帝インフェニット・ヴォルス』でブロック。破壊される」

「『ドス・モンキ』でアタック」

「ライフで受ける! そしてバースト発動『絶甲氷盾』だ! ライフを1つ回復し、コストを支払うことでアタックステップを終了する!」

「ターンエンド」

 

そしてここで『時統べる幻龍神アマテラス』の効果が発揮する。

 

「自分の赤のスピリット全てを回復。そしてアタックステップを行う。『ドス・モンキ』でアタック」

「追加のアタックステップ!? くっ、ライフだ!」

「『ワン・ケンゴー』でアタック」

 

相手はフィールドにスピリットも、バーストも、マジックを使えるだけのコアもない。

完全に詰みだ。

 

「ライフで、受ける……!」

「私の勝ち」

 

勝利にホッとする。まず負けないといっても、100%じゃない。

負ける可能性も僅かだけどあった。

 

さて、これでこのネオ・ハッカーさんは殺されるわけだけど。

 

「いやー、新旧ハッカー対決は元ハッカーさんの勝ちですね! では約束通りーー」

「うおおおおぉ!!!」

 

アゲハが銃口をハッカーへと向ける。

が、ハッカーはそれよりも早く、アゲハに襲いかかった!

 

 

 

 

 

 

 

「あんまり舐めないでもらえます?」

 

次の瞬間には、ハッカーは仰向けに倒れていた。

 

「まったく、私に逆らおうなんてとんだ駄犬ですね。もういいや、死んでください」

「ま、待て! 俺はーー」

 

弁解するハッカーの眉間に弾丸が撃ち込まれる。

パシュっと血が吹き出した後、傷口からどくどくと紅い血が垂れてくる。

その感覚もどんどんゆっくりになって、遂にそれ以上、血が吹き出すことはなかった。

 

「さて、約束は守りましたよ! これでいいですか、()()()さん?」

 

まったく予想外が過ぎる。

 

近距離なら銃なんてあまり使い物にならない。

圧倒的に体格に優れているハッカーがアゲハを組み付して何とか生き延びるーーなんて思ってたけど、そう上手くはいかなかったか。

 

「あれ、思ったより取り乱しませんね?もしかしてビックリしすぎて声も出なくなっちゃいました?」

「黙ってよ」

 

取り乱してないわけないだろ、こんな場面で。

2回目だからまだ何とか自我を保ってんだよ。

 

「おおっとー?ちょっと何言ってるか分かりませんが、まあとにかく今日はお疲れ様でした。それではまた次回の配信をーー」

「アゲハ」

「……なんですか?」

 

とりあえず、ハッカーとアゲハの会話から分かったことがある。

それはネオ・ブラックゴートは幹部内にも序列があること、そしてアゲハはその中でかなり高い地位にいるだろう、ということだ。

 

「もう、一体何ですか? 終わりの挨拶くらいさせてくださいよ」

()()1()()()()()。ほら、早くその席に座りなよ」

 

なら、さっさと頭を潰す。

これ以上死体を増やさないためにも。

 

ここで彼女を倒す!



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ターン40 衝突

 

 

「私とバトル……ですか。うーん、どうしましょうねぇ。今日の放送は終わってますし、やる意味がないんですよね〜」

 

ネオ・ハッカーに勝利した私はネオ・アゲハにも勝負を挑む。

ハッカーの敵討ち、というわけではないけど目の前で人を殺したアゲハに思う所が無いわけではない。

 

私の精神衛生のためにも、早々に潰してやる。

 

「あなた達の都合はどうでもいい。やるかやらないかだけ」

「それならやりません」

「逃げるの?」

「ええ。逃げますよ」

 

随分とはっきり言うな。

 

「大丈夫、すぐに新しい舞台は用意してあげます。あなたのバトルはやけに人気があるんですよ〜」

「一応聞かせて。あなた何者?」

 

ネオ・アゲハの名前から、ネオコレクターやネオハッカーと同じネオ・ブラックゴートの幹部であることは察しがつく。

でも、それだけじゃないはずだ。

それだけならネオ・ハッカーがあんなにもビクビクするわけがない。

 

「私はネオ・ブラックゴートの一幹部ですよ。ただし人事と経営を握ってるので、実質ここのトップですけどね!」

 

ネオ・ハッカーのアゲハに対する態度にようやく合点がいく。

人事を握ってるアゲハに逆らったらクビにされるから。

賭けバトスピで金儲け出来なくなるから。

 

「納得。で、あなたとバトルできるのはいつ?」

「私以外の幹部を全員倒したら相手してあげますよ。ま、そういうわけで。さっさと撤退した方がいいですよ。()()、気分よくないでしょう?」

 

アゲハの視線の先にある赤黒い塊。

さっきまで綺麗な紅だったのに。

この色はあんまり好きじゃない。

 

「確かに、あまりよくないかな。じゃあまたね。ネオ・ブラックゴートは必ず潰すから」

「はい。私もあなたを殺せる日を愉しみにしてますよ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「レイ!」

「あ、やっほー」

 

家に帰る途中で偶然、レツと出会った。

汗がだらだらと流れ息も上がっている。

まるで町中走り回ってたみたいに。

 

しまった、文化祭をテキトーな仮病で休んだから怒られるかもしれない。

 

「レイ! なんでこんなことをしたんだ!」

「うわ、落ち着いて落ち着いて」

「落ち着いてられるか! なんで言わなかった! なんで相談してくれなかった!」

「なにが!?」

 

一切中身の分からない怒りを向けられて困惑する。

 

相談?

一体なんの話だ?

 

「なんで1人でネオ・ブラックゴートの基地に乗り込んだんだ!危ないだろ!」

 

なるほど、そっちか。

まあ確かに1人で敵基地に突っ込むのは怒られても仕方ない。

 

でもみんなには秘密にしたはず……ああハッカーのせいだな。

口止めするの忘れてたし。

 

「……なんで、こんなことをしたんだ」

「ネオ・ブラックゴートを潰すためだよ」

「だからって! わざわざレイが戦うなんて、そんな危険な真似させるわけないだろ!」

「レツだって1人でダークトピアに乗り込んだでしょ。それと一緒よ」

「それは!」

 

うーん、心配してくれていることは伝わったけど正直面倒くさい。

こうなるからこっそりハッカーに頼んだのに、まったくあの陰キャめ……。

 

「とりあえず場所を変えようか。どこかで腰掛けてゆっくり話そう」

「待て、話はまだーー」

「いいから行くよ。こんな往来で話すことじゃないでしょ」

「……おう」

 

 

◇◆◇◆

 

 

レツに説明するために公園に移動する。

後ろから刺さるレツの視線が痛い。

 

「……風花って、まだお前の中にいるのか?」

「風花?」

 

あれ、そういえばいないな。

文化祭の時はいたと思うんだけどーーそういえば()()()()を思い出してからはいなかった気がする。

 

水野風花の大事な記憶ーーそれを思い出したから消えたのかな。

 

「声が聞こえないから、多分消えたんだと思う」

「じゃあ今のレイは、レイなんだな?」

 

レツの質問に上手い返事が出てこない。

 

今の私はレイであり、レイでない。

風花であり、風花でない。

レイでも風花でもあり、そのどちらでもない。

 

自分でもそのあたりは分からないし、どーでもいい。

 

「うーん、確実なのは私は私ってことだけだね。この答えで満足?」

「……そうか」

 

レツとの会話はここで1度止まった。

結局レツが何を聞きたかったのか分からない。

まあ納得してるみたいだし、別にいいかな。

 

そして、会話が再び始まるのは、私達が勝利の記念公園に着いた時だった。

 

「レイ。俺とバトルしてくれ」

「唐突だね」

 

別に私はレツと戦う必要なんてないんだけど……ま、いいや。

 

それでレツが満足するなら。

一々私の過去を説明するのも面倒だからね。

 

 

 

公園の椅子に座り、机にフィールドを広げる。

秋の夕方、少し寒いがまあ風情があって面白い。

 

「じゃあ先攻。『タマムッシュ』を召喚。召喚時効果、ボイドからこのスピリットのレベルの数だけコアを置く。Lv1なので1個。バーストをセットしてターンエンド」

 

Lv1なら1個、Lv2なら2個コアを増やせる『タマムッシュ』は未来の制限カードだ。

やっぱり3コストで単体2コアブーストなのがダメなのかな。

 

「メインステップ。『オードラン』『アルマジドラゴン』を召喚。バーストをセットしてターンエンド」

 

オードランにアルマジドラゴンか。

赤白デッキ、ロードドラゴン・セイバーが鬱陶しいくらいかな。

まあバースト転召なんてよっぽど決まらないでしょ。

 

「ネクサス『彷徨う天空寺院』を配置。ターンエンド」

「……レイは、レイが風花になった時、何をしてたんだ?」

 

はあ、またその話か。

あんまり詳しく話すこともないし、元に戻った時に色々と事情がある(説明するのが面倒くさい)から聞かないでくれって言ったのに。

 

「風花が私だった時は、私の精神は真っ白な所にいたよ。何も無い真っ白な世界」

「じゃあレイが戻ってから、風花はその真っ白な世界に行っちまったのか?」

「違うよ。コーヒーに入れた一粒のミルクみたいな感じかな。溶けて無くなったけど、確実にここにある」

「……そうか。俺のターン『ドス・モンキ』を召喚。『アルマジドラゴン』をLv2にアップ。アタックステップ、『オードラン』でアタック」

「ライフで受けるよ、バーストもない」

「ターンエンド」

 

ドローステップ。

おお、来たねアマテラス。

でもまだ召喚する必要はないかな。

 

まずは相手のスピリットを破壊する。

 

「マジック『双翼乱舞』を使用、デッキから2枚ドロー。『ワン・ケンゴー』を召喚、さらに『砲凰竜フェニック・キャノン』を直接合体(ブレイヴ)召喚。召喚時効果で『ドス・モンキ』『アルマジドラゴン』を破壊」

 

召喚時、破壊時ともにバーストなしっと。

もうアタック後かライフ減少後だけだね。

 

……ま、何でもいいや。

バーストなんて発動してから考えればいい。

どうせそれ1枚で盤面崩壊するフェンリグみたいなのはない訳だし。

 

「『タマムッシュ』でアタック」

「ライフで受ける」

「『ワン・ケンゴー』でアタック」

「ライフで受ける。そしてライフ減少によりバースト発動、『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』を召喚」

「ターンエンド」

 

『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』か。

能動的に召喚時バーストを発動できる赤の覇王(ヒーロー)Xレア。

あのカードを発動されるとちょっと辛いなー。

 

「メインステップ。マジック『双翼乱舞』を使用。デッキから2枚ドローする。『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』をLv3にアップ。バーストをセット。アタックステップ、『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』でアタック。アタック時効果でバーストをオープン!」

 

オープンしたバーストは『爆覇炎神剣』

 

「『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』の効果。オープンしたカードのバースト発動条件が[相手の『このスピリット/ブレイヴの召喚時効果発揮後』]なので、バーストを発動する! デッキから1枚ドローし、BP6000以下の『タマムッシュ』を破壊する。さらに自分がバースト発動した時、ロードドラゴン・バゼルは回復する!」

 

ふー、良かった。

『爆裂十紋刃』だったら泣いてた。

ネクサスもブレイヴも焼かれてたからね。

 

「相手による自分のスピリット破壊によりバースト発動。『双光気弾』、デッキから2枚ドローする。アタックはライフで受けるよ」

「ターンエンド」

 

相手のライフは残り3。

よし、このターンで決まるかな。

 

「『アルマジトカゲ』を召喚。そして『時統べる幻龍神アマテラス』を召喚。『彷徨う天空寺院』を疲労させることで3コストで召喚する。召喚時効果、ロードドラゴン・バゼルを破壊」

「俺のバゼルが!」

 

強いでしょ。

まあXXレアのアマテラスになるともっとやばくなるけど。

 

『砲凰竜フェニック・キャノン』をアマテラスに合体(ブレイヴ)させる。

 

「アタックステップ、アマテラスでアタック。【激突】」

「『オードラン』でブロック。フラッシュタイミング、マジック『絶甲氷盾』を使用。このバトルが終了した時、アタックステップを終了する」

「『オードラン』は破壊する。ターンエンド、そしてアマテラスの効果発揮」

 

防御札1枚ではアマテラスの攻撃から避けられない。

そのために入れたカードなんだから。

 

「BPを比べ相手のスピリットだけを破壊した時、自分のターン終了時に赤のスピリット全てを回復させ、もう一度アタックステップとエンドステップを行う」

 

さて、絶甲氷盾はもう1枚あるかな?

 

「『アルマジトカゲ』でアタック」

「ライフで受ける」

「『ワン・ケンゴー』でアタック」

「ライフで受ける」

「『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック」

「……ライフで受ける」

 

これでレツのライフは0、はい私の勝ち。

 

「……なあレイ」

「ん? なに?」

 

カードを片付けながら、レツが話しかける。

 

「レイは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて思ってるのか?」

「……それは聞かないで」

 

それは私が世界大会で感じたこと。

絶対に勝てるバトルなんて、一々やる必要もない。

 

「レイ……」

「帰る。レツはおじさんの家に泊まってくの?」

「……ああ。じゃあまた月曜日、学校で」

 

レツと別れ、電車に乗る。

ケータイがぶるぶると震え、画面を見るとあの黒山羊の双頭があった。

 

次のバトルは明後日。

相手はネオ・パンクだ。



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ターン41 ちぐはぐなデッキ

 

 

「……ネオ・パンクだ。……今日は、よろしく頼む」

「どーも。私は一切手を抜きませんけど」

「……俺もだ」

 

日曜日、ネオ・ブラックゴート幹部とのバトルの日だ。

アゲハが指定した場所は山奥の山荘。

バスで3時間もかかる所に呼び出してきた。

 

「……ハンデとしてバトルにターン制限を設ける。……7ターン以内に勝てなければ俺の勝利となる」

 

やっぱりか。

ネオ・ハッカーの時は私が名前を隠して戦ったからハンデなしだったけど、今はもう世界チャンピオン氷田零とバレてハンデを付けられている。

 

普通ならふざけるなってハンデだけど、CPU相手なら何とでもなる。

 

「……俺のターンからだ。……『炎蜥蜴クトゥグマ』を召喚。……ターンエンド」

 

じゃんけんの結果、私の後攻。

このルールだと先攻の方が1ターン多く行える分勝ち目があるように見えるけど、実際そんなことはない。

相手が『絶甲氷盾』を何枚引くかのゲームだ。

 

先攻なら2枚、後攻なら1枚でも引かれたら命取りになる。

 

「メインステップ。バーストをセット。そして『彷徨う天空寺院』を配置。ターンエンド」

 

3回のターンの内1回をネクサスを配置しただけで終わる。

でも、『彷徨う天空寺院』は配置すれば1枚で4コスト分の働きをする。

1ターン捨ててでも配置しないと、余計勝ち目はない。

 

「……『ナイト・ゴーン』『炎蜥蜴クトゥグマ』を召喚。……アタックステップ、『ナイト・ゴーン』でアタック」

「ライフで受ける。そしてバースト発動、『サイゴード・アームズ』をバースト召喚する」

「……ターンエンド」

 

『サイゴード・アームズ』はバースト召喚できるブレイヴ。

 

普通こんなハンデがあれば相手はアタックなんてしてこないけど、ここはゲームの世界だ。

CPUなら条件さえ満たせばどんな状況でもアタックしてくる。

 

「メインステップ。『ブレイドラ』を召喚。そして『天地神龍ガイ・アスラ』を召喚。『彷徨う天空寺院』を疲労させることで残り3コスト支払い召喚する」

 

『天地神龍ガイ・アスラ』はあの異界王のキースピリット『幻羅星龍ガイ・アスラ』をモチーフにしたカード。

元いた世界ではあまり使われていなかったカードだけど、この世界(ゲーム)なら十分フィニッシャー足り得る。

 

「『サイゴード・アームズ』を『天地神龍ガイ・アスラ』に合体(ブレイヴ)。そして『ブレイドラ』をLv3にアップ」

 

『天地神龍ガイ・アスラ』は合体(ブレイヴ)時、【超覚醒】を発揮できる。

その効果は、他の自分のスピリットからコアを1個以上置くことができれば回復する。

『ブレイドラ』にコアが3つのっている今、少なくとも3回は回復できる。

 

「アタックステップ。『天地神龍ガイ・アスラ』で合体(ブレイヴ)アタック。『サイゴード・アームズ』の効果発揮、相手のデッキを2枚破棄する」

 

『シャンターグ』『退魔絶刀角』

さらに『サイゴード・アームズ』はこの効果でバースト効果を持つカードを破棄した時、追加効果を発揮する。

 

「バースト効果を持つ『退魔絶刀角』が破棄されたので自分のスピリットにボイドからコアを1つ置く。『ブレイドラ』にコアを置く」

「……フラッシュはない」

「『天地神龍ガイ・アスラ』の【超覚醒】。ブレイドラからコアを1個ガイアスラに置くことで、ガイアスラは回復する」

「そのアタック、ライフで受けよう」

 

ネオ・パンクのライフを1つ削り残り4つ。

バースト効果を持つカードを破棄し続ければ、無限アタックが可能だ。

 

「ガイアスラでアタック。アタック時効果で2枚破棄する」

 

『海底に眠りし古代都市』『ランテゴス』

バースト効果を持つカードはない。

まあそう上手くはいかないよね。

 

「【超覚醒】発揮。ブレイドラからコアを1つガイアスラに置いて回復」

「……ライフだ」

「もう1度、ガイアスラでアタック。2枚破棄」

 

『千貌の魔神ニャルラ・トラップ』『絶甲氷盾』

ここで防御マジックの絶甲氷盾が落ちたのは大きい。

 

「ブレイドラにコアを追加。さらにガイアスラの【超覚醒】で回復」

「……ライフで受けよう」

「ガイアスラ、アタック」

 

『異神獣クトゥルフ』『ボクルガー』

対象のカードはなし。

 

「【超覚醒】でブレイドラからコアを置いて回復する」

「……『炎蜥蜴クトゥグマ』でブロック。……破壊だ」

「アタック。2枚破棄」

 

『ボクルガー』『深海大帝ノーグ・デンス』

ハズレ。

 

「【超覚醒】。ブレイドラからコアを外し、ブレイドラは消滅する」

「……『炎蜥蜴クトゥグマ』でブロック」

「ガイアスラでアタック」

 

『ナイト・ゴーン』『退魔絶刀角』

バーストカードが破棄された。

でも、ガイアスラ以外にスピリットがいない今、もう【超覚醒】はできない。

 

「ガイアスラにコアをのせる」

「……ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これでネオ・パンクのライフは1。

次のターン、このまま【超覚醒】で押し切れば勝てる。

 

「……深淵を覗く者よ」

「……それって私のこと?」

「……そうだ。……深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているのだ」

 

どこかの哲学者の言葉だよねそれ。

ニーチェだっけ、たしか。

 

でも、いきなりどうした?

 

「……メインステップ。……我が神『混沌魔皇アザートゥース』を召喚。……召喚時効果、ガイアスラを破壊する」

「破棄したカードを見て薄々感じてたけど、やっぱりクトゥルフデッキか」

 

『混沌魔皇アザートゥース』は召喚時、自分のシンボル2つのスピリット1体につき、相手のシンボル1つのスピリット1体を破壊する。

アザートゥース自身がシンボルを2つ持つので、私のガイアスラを破壊してきた。

 

「『サイゴード・アームズ』は残すよ」

「……ターンエンド。……次がお前の最後のターンだ」

 

第6ターン。

ハンデで7ターンの制限があるから、これが最後のターンだ。

 

相手はアザートゥースを召喚してコアはスピリットにのっている2コアしかない。

ライフも1。

『絶甲氷盾』を使うコアはない。

 

「メインステップ。『時統べる幻龍神アマテラス』をLv3で召喚。『彷徨う天空寺院』を疲労させることで残り4コストを支払い召喚する」

 

『天地神龍ガイ・アスラ』の連続アタックと、『時統べる幻龍神アマテラス』の追加ステップによる強力な防御カード封じ。

 

ターン制限があっても、それが分かっていればデッキ構築の時点でどうとでもできる。

相手も、使用デッキが定められているCPUじゃなければ絶対に負けることはなかっただろう。

ルールに全く合ってない、ちぐはぐなデッキを握らされていなければ。

 

「『時統べる幻龍神アマテラス』の召喚時効果。アザートゥースを破壊する。そして『サイゴード・アームズ』をアマテラスに合体(ブレイヴ)

 

相手のフィールドにはナイトゴーン1体のみ。

バーストも、フラッシュを使うコアもない。

 

「『時統べる幻龍神アマテラス』でアタック。デッキを2枚破棄する」

 

『海底に眠りし古代都市』『混沌魔皇アザートゥース』

バーストカードなし。

 

「……『ナイト・ゴーン』でブロック」

「『ナイト・ゴーン』を破壊する。ターンエンド。そしてアマテラスの効果、もう一度アタックステップを行う。アマテラスでアタック」

 

『シャッガイ・バグ』『ショゴルス』

バーストカードはないけど関係ない。

 

「……フラッシュはない」

「私もないよ」

「……ライフで受けよう。……んぐ、んがががァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」

 

ネオ・パンクの最後のライフがリザーブに置かれる。

それと同時に、何故かネオ・パンクが発狂し始めた。

 

(毒か!)

 

目を見開き、顔や胸を掻きむしり、涎を垂らし、失禁までしている。

爪で引っ掻いて肌は赤くボロボロになっているのに、彼の顔色は対象的に青く気だるそうだった。

彼から出る様々な体液が、辺りに異様な匂いを撒き散らし、思わず手で鼻を覆ったほどだ。

 

そんな奇行、奇声の終わりはとても静かだった。

彼はバタリと頭から倒れ、そのまま息を引き取った。

 

「……アゲハ。本当に趣味が悪いね」



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ターン42 アゲハとのバトル

 

 

「まったくもー。まさかこんなに早く幹部が倒されるなんて、思ってもいませんでしたよ。よくもやってくれましたね」

 

ネオ・アゲハに呼び出されたのは海岸沿いにある倉庫。

次はネオ・アフロとのバトルだと思っていたけど、そこにはアゲハと下っ端が数人いるだけだった。

 

「今日のバトルはアフロとじゃないの?」

「アフロさんはお金を持ってどこかへ逃亡しましたー。つまり敵前逃亡です、死罪です。と言うわけで今日はアゲハちゃんが直々に成敗しますよー、と」

 

敵前逃亡、死罪。

アゲハは軽く言ってるけど、実際は酷いことになってるんだろう。

 

「アナタは逃げないんだ」

「逃げませんよ。私はあなたを殺すことを楽しみにしてたんですから」

 

アゲハは手に持っていた銃を机の上に置き、用意された椅子に座った。

私も同様に腰掛ける。

 

「先に言っておきます。もし私がこのバトルに負けて死んだら、ネオ・ブラックゴートは確実に終わりです。私という屋台骨を失った組織は崩壊します」

 

ネオ・ブラックゴートを潰す。

風花の遺言を成し遂げるまで、あと一勝。

もしかしたらまた新しい幹部が擁立されてるのではーーと考えてたけど、そんなことはなかった。

 

「ハンデとして、私は最初コア8個から始めます。わかりやすいですよね?」

「いいよ。さあやろうか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「先攻はアゲハちゃんから〜。ネクサス『英雄王の神剣』を配置します。そしてバーストセット! ネクサスの効果で1枚ドローします。ターンエンド」

「ネクサス『彷徨う天空寺院』を配置。バーストをセットして、ターンエンド」

 

お互い最初のターンはネクサスを配置してターンエンド。

アゲハはハンデでコアを多くもらっている。

それでスピリットを並べてくると思っていたけど、あてが外れた。

 

「んー、そうですねえ。『古の獣王ギルガメッシュ』を召喚します。召喚時効果で系統:「覇王」を持つ相手のスピリットを破壊できるのですが、対象がいないので効果は発揮しませんね。ターンエンドです」

 

『古の獣王ギルガメッシュ』はLv2、3になるとリザーブのコア2つをトラッシュに置かないとブロックできなくなる。

面倒なことになる前に破壊したいカードだ。

 

「(この手札なら仕方ないか)『時統べる幻龍神アマテラス』を召喚。召喚時効果でギルガメッシュを破壊する」

「あら、破壊されちゃいましたか。それじゃあバースト、『風の覇王ドルクス・ウシワカ』。アマテラスには疲労してもらいます。そして召喚〜」

「……ターンエンド」

 

『風の覇王ドルクス・ウシワカ』は自分のコアが8個以上ないとバースト召喚できない。

本来なら4ターン目なんて、相手はコア5つしかない。

 

けど、アゲハはハンデでコアを多くもらっているからゲーム開始時点から召喚できる。

 

「『鉄の覇王サイゴード・ゴレム』を召喚します。そしてバーストをセット、1枚ドロー! ターンエンドです」

 

ドルクス・ウシワカはともかく、サイゴード・ゴレムは厄介だな。

Lv3の【大粉砕】を2回使われればそれだけで致命傷になる。

 

「『砲凰竜フェニック・キャノン』を直接合体(ブレイヴ)召喚。召喚時効果で『英雄王の神剣』を破壊する」

「あらら」

「アマテラスをLv3にアップ。アタックステップ、アマテラスでアタック。【激突】」

「では、相手のスピリットのアタックによりバースト発動。ドルクス・ウシワカのコアを使って『刀の覇王ムサシード・アシュライガー』を召喚、このターンの間BP+3000します。『鉄の覇王サイゴード・ゴレム』でブロック」

 

サイゴード・ゴレムを破壊する。

これでアマテラスの条件を満たす。

 

「ターンエンド。ここでアマテラスの効果発揮、赤のスピリットを回復させて、もう一度アタックステップを行う。アマテラスでアタック、【激突】」

「ムサシード・アシュライガーでブロックします」

「ターンエンド」

「今度こそ、私のターンですね! ネクサス『英雄王の神剣』『神焔の高天ヶ原』を配置します。『神焔の高天ヶ原』をLv2にアップ。そしてバーストをセットして1枚ドロー。ターンエンドです」

(あー、グランシャリオが欲しい)

 

アゲハのデッキはバーストコン。

しかも見た限りだと覇王(ヒーロー)Xレアが殆どだ。

 

バースト召喚ならノーコストだし、コアが多く使えるハンデも考えると大型スピリットが多くても問題ないってのは分かるけど、相手にすると結構鬱陶しい。

 

「(ま、()()()()()()()、だけどね)『アルマジトカゲ』をLv3で召喚。『アルマジトカゲ』でアタック」

「ライフで受けます。バースト発動、『氷の覇王ミブロック・バラガン』を召喚します」

 

よし、釣れた。

 

「アマテラスでアタック。【激突】」

「ミブロック・バラガンでブロックします」

「ターンエンド。そしてアマテラスの効果でもう一度アタックステップを行う。『アルマジトカゲ』でアタック」

「ライフで受けます」

「アマテラスでアタック」

「それもライフで受けます」

「ターンエンド」

 

バーストコンなんて、NPCが使ってもマトモに機能するはずがない。

実際さっきのターンだって、バーストを発動するのはアマテラスがアタックしてからだ。

普通のプレイヤーならアルマジトカゲのアタックで発動はしない。

 

「これで私のライフは2……うーん、結構まずいですね」

「? 何をーー」

 

 

 

 

 

 火薬が破裂する音が耳を奪い、紅い血が視界を占領した。

 

「え、は、え?」

 

その行動に、私は驚きを隠せない。

 

アゲハは手札を伏せ、机の上に置いた拳銃を取り、()()()()()()()()()()発砲した。

 

「いったーい。あ、誰か包帯持ってきてー」

「は、はい! すぐに!」

「あー痛い。さ、私のターン、ドロー!」

「……飛沫でマーキングとか、してませんよね?」

「大丈夫ですよ。カードにかからないように注意して撃ちましたから」

 

下っ端が包帯を持ってきて、応急処置を施す。

 

「それにしても、やっぱり変わってますねアナタ」

「……何が?」

「普通は『なんでそんなことをしたんだー』とか聞くところですよ? いきなりイカサマかと聞いてきた人は初めてです」

「……何回も自分を撃ってるなら、アナタの方が変わってるよ」

「ふふ、すいません。でもこうし(追い込まれ)ないと私、本気になれないので。ーーメインステップ。『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』『天剣の覇王ジーク・スサノ・フリード』を召喚! バーストをセットして1枚ドロー。ターンエンドです」

 

……本気になれない、ね。

CPUのくせに、何を言っているのやら。

 

「メインステップ、『ワン・ケンゴー』を召喚。アタックステップ、アマテラスでアタック。【激突】」

「『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』でブロックします! BP勝負では破壊されますが、『神焔の高天ヶ原』の効果で私のライフを1つボイドに置くことでフィールドに残します」

 

ただでさえ2つしかないライフを、ここで削るのね。

追い込まれないと本気になれないーーさて、アゲハの残りライフは1。

ここからどうする?

 

「ライフ減少によりバースト発動! 【バースト転召】『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』! ジーク・ヤマト・フリードのコアをボイドに置いて召喚します! トラッシュのコアでライフを5まで回復」

救世主(セイバー)、ね」

「これで振り出しです。さあ、もっとバトルしましょう!」

 

残り1まで減らしたのに一気に5まで元通り。

しかもダブルシンボルのスピリット付、と。

 

「ターンエンド。そしてもう一度アタックステップ、アマテラスでアタック」

「ジーク・スサノ・フリードでブロックします。破壊されますが、ライフのコアを1つボイドに置くことでフィールドに残ります」

「ターンエンド」

 

ボイドにコアを置く効果もハンデでコアを多くもらってるから気にならない、か。

ここまで変則ルールと噛み合ってるデッキを使う相手は初めてだね。

 

「あぁ……イイ……イイですね。やっぱりバトスピも人生も、こうあるべきだと思いませんか?」

 

目を見開き、頬を赤く染め、口角は上がり、呼吸を忘れたように早口に、そんな非常に興奮した状態でアゲハは問いを発した。

 

「こう、とは?」

(ライフ)なんてぞんざいに扱うくらいでいい、てことですよ。それだけでこんなに楽しくなれるんですから! メインステップ、『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』を召喚します。そしてバーストをセット、1枚ドロー」

 

アゲハは再び、今度は自分の二の腕に銃口を付けて発砲した。

床は紅く染められ、再び下っ端達が騒ぎ出す。

 

「負けたら死ぬ、そんなバトルを恐がるだけだなんて勿体ない! ホンッッットに、楽しいですね!」

「止血くらいはしなよ。貧血で倒れられたら中途半端が過ぎる」

「大丈夫ですよ、今度は重要な血管は外しました。こんな楽しいバトルをそんなつまらない終わりで迎えるつもりはありません。……アタックステップ、ロード・ドラゴン・セイバーでアタックします!」

 

大丈夫なわけがない。

手の甲に向かって撃った1発よりも出血が少ないとはいえ、アゲハの顔から血の気が引いてきている。

一種の興奮状態によって意識を保っているだけだ。

 

「楽しい……ね」

 

ふと、口元を手で覆う。

この表情を隠すために。

 

(なんで前の私は諦めたのか)

 

かつての私はこの世界がゲームだと、NPCしかいないと諦めた。

全ての人がプログラミングされた動きを行い、私はそれに合わせて動くだけで絶対に勝てるゲーム。

『やる前から結果が見えるゲーム』なんてやる意味がないと切り捨てた。

 

なら、昔のーーもっと前、元の世界の私は『結果』を求めてバトスピをしていた?

 

違う。

 

確かに、ギリギリのバトルでたった1枚のカードに運命を左右されるあのドキドキ感は堪らない。

どうしようもない場面を運命に任せるあの瞬間は好きだ。

負けることがないこの世界でなら決して味わうことのない喜びだ。

 

でもそれだけじゃない。

 

私が好きなバトスピは、もっと根幹にある。

 

()()()()()()()()()()()()()

この世界はゲームでも、NPCの動きしかしなくても、この世界に生きる人達はれっきとした人間なんだ。

 

「……私はバトスピが好きなんだよ」

「? なんですかぁ、藪から棒に」

「こうやって誰かと対峙してると、その人の感情が真っ直ぐに向かってくるから。他人のことなんてどーでもいいと思ってるけど、私は、バトスピで会話してるこの瞬間が大好きなんだよ」

 

相手は銃で自分を撃つような変人。

(ライフ)を尊重しない、むしろ捨てることに悦びを見出す変態。

 

それでもいい。

それでも彼女は楽しんでいる。

それに私も。

 

(ライフ)を投げて楽しんでいる彼女とバトスピしていることに、ものすごい悦びを感じている!

 

()()()()()()()()()()()()()! もっと楽しもう、アゲハ!」

 

たしかに強い相手と戦いたいという想いはある。

NPCじゃない、普通の相手と戦いたいと思う時もある。

 

けど、それは私がバトスピをする真の目的じゃない。

私は()()()()()()()()()()()()()()()んだ!

 

「ーーーーはい! 『神焔の高天ヶ原』の効果発揮、『アルマジトカゲ』を指定してアタックします!」

 

『神焔の高天ヶ原』はターンの最初に系統:「覇皇」を持つスピリットがアタックした時、相手のスピリットを指定してアタックできる。

Lv1のロード・ドラゴン・セイバーはBP10000。

アマテラスやワン・ケンゴーには届かないが、アルマジトカゲには勝てる。

 

「『アルマジトカゲ』でブロック、破壊される」

「これでターンエンドです」

 

さあ、次は私の番だ!

 

「スタートステップ、コアステップ、ドローステップーーッ!」

 

何かを引く予感はあった。

 

自分も、相手(アゲハ)も、フィールドも、この場全てを視ているような感覚があった。

アゲハとのバトルを楽しんでいる今なら「何かある」という直感があった。

そして、その()()に手が届く確信があった。

 

覇王(ヒーロー)は必ず、運命を掴むものだから。

 

「メインステップ!」

 

それは元の世界ではカードとしては使用できないカード。

 

それは元の世界に4枚しか存在しないとされたカード。

 

それはこの世界で初めて生を得たカード。

 

「『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』を召喚」

 



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ターン43 奇跡

私がバトスピを始めたのは小学生の時だった。

 

きっかけは兄がバトスピのカードを買い始めたことだった。

兄も友人に誘われて始めたらしいけど、当時兄と仲がよかった私もそれでバトスピに興味をもった。

多くないお小遣いでカードを買い、何とか形になったデッキで兄と遊んでいた。

 

私はどんどんとバトスピにハマっていった。

 

結局兄は1年足らず辞めてしまったが、小学校にもバトスピをやっていた子がいたのが幸いだった。

放課後に同級生の子達とバトスピをする、そんな小学校生活だった。

 

でも()()()()で全てが変わった。

 

きっかけは1回のバトル。

あの子は強かった。

私も何度か負けそうと思ったくらいには。

 

でも、だから私は全力で戦った。

全力で相手のライフを奪おうとした。

 

(ライフ)を奪うーーそれこそ文字通り、殺すつもりで。

 

結果は私の勝利。

だけど、バトルの後のその子はひどく怯えた表情で、私はその子に何の言葉をかけてあげればいいのか分からなかった。

 

その子とはそれきり。

そのバトル以降、その子は学校に来なくなった。

なんでも精神崩壊を起こしてまともに生活できなくなったとか。

 

私が、あの子を殺した。

 

その事を聞いたクラスの子はみんな私を避け始めた。

当然だ、人一人を廃人化させた奴に誰が関わりたいと思うか。

 

私が小学校を卒業する時にはほとんどの子達に無視されるようになっていた。

 

でも、私はそれでさらにバトスピに熱中するようになる。

バトルをしている時、相手は必ず私を見るから。

たとえ現実で無視されても、フィールド上では相手は必ず私に目を向けるから。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』を召喚! 『彷徨う天空寺院』を疲労させることで、2コスト支払ったものとして扱う」

 

『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』は一切の効果を受けない。

けど『彷徨う天空寺院』はコスト8以上のスピリットの召喚コストの支払いに対する効果。

問題なく使用できる。

 

「アマテラス・ドラゴン……初めて見るカードですね。一体どんな効果があるんですか!?」

「アナタをもう一度死地に追い詰めるカードだよ。アマテラス・ドラゴンの召喚時効果、このスピリット以外のすべてのスピリットを破壊する!」

 

私の『時統べる幻龍神アマテラス』『ワン・ケンゴー』、アゲハの『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』『爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル』『天剣の覇王ジーク・スサノ・フリード』は破壊される。

だけど、

 

「『神焔の高天ヶ原』の効果、私のライフのコア1つをボイドに置くことで『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』は残ります! そしてライフ減少によりバースト発動! 『妖華吸血爪』の効果でデッキから2枚ドローします」

 

知ってたよ。

でも、ここはそれでいい。

 

「アタックステップ、『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』でアタック」

 

『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』にはコアが3個のっている。

今のアマテラス・ドラゴンはBP30000、そして合体(ブレイヴ)せずにトリプルシンボルのスピリットだ。

 

アゲハは残り3つのライフを守るために、ブロックするしかない。

 

「『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』でブロックします! 破壊されますが、ライフのコアをボイドに置くことでフィールドに残します」

「ターンエンド」

 

バトスピを「楽しい」と感じたのはいつぶりだろう。

 

対戦相手はCPUで、対戦相手の感情とカードの動きがちぐはぐで。

全くバトスピをしている気にならなかった。

 

でも、今のアゲハは感情とカードの動きが合っている。

アゲハの気持ちが、カードを通じて伝わってくる。

 

「『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』をLv3に、そしてバーストをセットします! 『英雄王の神剣』の効果で1枚ドローします。ターンエンド」

 

分かってる。

それがただの偶然だってことも。

 

アゲハの動きはCPUと変わらない。

だけど、アゲハの手札に来るカードとCPUの動きが奇跡的にマッチしてるいつものちぐはぐさが無くなっている。

普通の人間と戦ってるように錯覚させる。

 

「ドローステップーーよし」

 

最高の感覚だ。

 

楽しんでいるのは相手のデッキだけじゃない。

私のデッキももっと楽しませろと主張してくる!

 

「メインステップ! 天空寺院を疲労させて『天地神龍ガイ・アスラ』を召喚。そしてブレイヴ、『獣装甲メガバイソン』!」

 

アマテラス・ドラゴンにコアを2つ追加してBP50000にアップ。

アゲハの残りライフは2、アマテラス・ドラゴンでも合体(ブレイヴ)したガイ・アスラでも、どちらかのアタックが通れば終わる。

 

「アタックステップ、アマテラス・ドラゴンでアタック」

「ロード・ドラゴン・セイバーでブロックします! 『神焔の高天ヶ原』の効果、ライフのコア1つをボイドに置いて残します。そしてバースト、『絶甲氷盾』! ライフを回復して、コストを支払ってアタックステップを終了させます」

「ターンエンド」

 

そうだよね、このバトルがそんなにあっさりと終わる訳がない!

もっと楽しませて。

もっと昂らせて。

もっとスピリットの声を聞かせて。

もっと、もっと長くバトルさせて!

 

「メインステップ、バーストをセットします。ネクサスの効果で1枚ドロー。うーん、そうですねーーーーターンエンドで」

 

ほんの小さな変化も見逃さない。

 

今、アゲハは左手の傷跡を庇った。

さっきまでの病的な集中力がなくなってきている。

痛みがアゲハの集中力を奪いにきている。

 

「もう1発くらい撃っといた方がいいんじゃない?」

「ーーはは、そうですね。いけないいけない、変に考えすぎました」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私達はただ、カードの声に応えるだけだよ」

「ひゅー、ものすごい世界に生きてますね。とにかく、1度宣言したものを覆すつもりはありません。ターンエンドです。それに、」

 

すごい世界?

どうせCPUの動きしかできないんだから、来るカードに全て任せろって言ってるだけでしょ。

 

「バーストは相手の動きによって動き出すもの。アナタの攻撃を受け続け、かわし続け、何とか耐えきる。それもスッッッゴい楽しいんですよ!」

 

カードに全て任せてるだけあって、盤面がよく見える。

 

伏せてあるバーストカードがすごい自己主張してくる。

フィールドのスピリットよりも、アゲハの手札よりも、セットしてあるあのバーストに視線が向く。

 

それはアゲハが前進するためのカードだ。

防戦から攻撃に転じるための1枚だ。

 

そんな強いカードだと、カード自身が語っている!

 

「私も最ッッッ高だよ! メインステップ、アマテラス・ドラゴンに全てのコアを追加、BP120000! アタックステップ」

 

本来なら、あのバーストを発動させないように動くのが正解なんだろう。

デッキに1枚の『インビジブルクローク』を引くまで待って、ガイ・アスラでアタックすれば終わり。

アタック後バースト以外は何もない。

それが安牌。

 

でもそうするべきじゃないと私のカード達が言っている。

正面からぶつかって勝てと言っている!

 

「『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』でアタック!」

「『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』でブロックします! フラッシュタイミング、マジック『絶甲氷盾』!」

 

私のアマテラス・ドラゴンはBP120000。

アゲハのロード・ドラゴン・セイバーとは文字通り桁が違う。

 

けど、絶対にこの破壊はアゲハの次の一手に繋がる。

 

「『神焔の高天ヶ原』の効果、ライフのコアを1つボイドに置くことでロード・ドラゴン・セイバーをフィールドに残します! そしてバースト発動!」

「ーーーーなるほど、その子だったのね」

 

アゲハのライフは残り1。私のライフは残り5つ。普通に考えたら、ここから私が負けることはない。

だけど、バトスピに絶対はない。

どんな状況でも、逆転の目がデッキに入ってさえいれば可能性は0じゃない。

 

「『黄金の覇王ロード・ドラゴン・インティ』をバースト召喚!」

 

ーーまた、予感があった。

その予感は、私にとっては悪い予感なはずだ。

だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(難儀な性格してるな、私も)

 

「『黄金の覇王ロード・ドラゴン・インティ』の召喚時効果発揮! 私のデッキを5枚オープンし、カード名に『ロード・ドラゴン』と入っているスピリットを好きなだけ、コストを支払わずに召喚します!」

 

1枚目、『烈の覇王セイリュービ』。

 

2枚目、『英雄皇ロード・ドラゴン・ドミニオン』。

 

3枚目、『爆氷の覇王ロード・ドラゴン・グレイザー』。

 

4枚目、『呪の覇王カオティック・セイメイ』。

 

5枚目、『覇王ロード・ドラゴン・ザ・ワールド』。

 

「『英雄皇ロード・ドラゴン・ドミニオン』『爆氷の覇王ロード・ドラゴン・グレイザー』『覇王ロード・ドラゴン・ザ・ワールド』を召喚します!」

 

5枚中3枚が「ロード・ドラゴン」

デッキに何枚入ってるのかは知らないけど、()()()()こんなに上手くいかない。

 

「さすがだね」

 

覇王(ヒーロー)は必ず運命を掴む。

 

その言葉を私は、心の中で繰り返す。

 

「『覇王ロード・ドラゴン・ザ・ワールド』の召喚時効果で1枚ドロー。そして『英雄皇ロード・ドラゴン・ドミニオン』の召喚時効果、バーストをセットして1枚ドロー! さらに『英雄王の神剣』の効果でドローします!」

「効果処理は終わったかな。『絶甲氷盾』の効果でアタックステップは終了。ターンエンド」

 

アゲハのフィールドに並ぶ5体のロード・ドラゴン。

ロード・ドラゴン・セイバーはダブルシンボル、この時点でもう打点は足りてる。

 

けど、まだ途中だ。

まだ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どうせいるんでしょう? あの子も」

「『あの子』が誰か分かりませんがーーいや、分かりました。なるほど、これがアナタ見てる世界なんですね」

 

アゲハの手札の1枚。

この場に、このフィールドに相応しい1枚が、「早く出せ」と叫んでいる。

アゲハのリザーブにはコアが4つ。

たとえCPUでもそのカードは召喚できる。

 

「メインステップ! 『英雄龍ロード・ドラゴン』を召喚します!」

 

それは最初のロード・ドラゴン。

 

『英雄龍ロード・ドラゴン』『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』『爆氷の覇王ロード・ドラゴン・グレイザー』『英雄皇ロード・ドラゴン・ドミニオン』『黄金の覇王ロード・ドラゴン・インティ』『覇王ロード・ドラゴン・ザ・ワールド』

 

数多のロード・ドラゴンが並び立ち、呼応し合っている。

アゲハのスピリット達は今、最高に奮えている!

 

「アタックステップ! 『英雄龍ロード・ドラゴン』でアタックします!」

「『天地神龍ガイ・アスラ』でブロック!」

 

ガイ・アスラには【超覚醒】がある。その回復効果を使えば、相手が何体いようと対処できる。

ただ問題は、アマテラス・ドラゴンは「このスピリット以外の一切の効果を受けない」

 

「(【超覚醒】は使えない)ガイ・アスラの方がBPは上だよ」

 

どくん、と心臓が鳴る音が聞こえた。

その音はどんどん大きく、早くなって、ただアゲハが次の宣言をするまでの短い間なのに、私には、とても長く感じられた。

 

「相手による自分のスピリット破壊により、バースト発動します!」

 

どうせいつかは踏まないといけないバーストだ。

だったら今やるのも後でやるのも、なんの違いもない。

 

なのに、何故か()()()()気がする。

私はロード・ドラゴンに注目しすぎて、バーストに無関心すぎた。

死角から飛んできた弾丸は、私の盾を吹き飛ばした。

 

「『太骨望』! バースト効果は()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 対象は『天地神龍ガイ・アスラ』です!」

 

(しまった!)

 

2ターン目に私がセットしたバーストは『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』。

アマテラス・ドラゴンからは【超覚醒】でコアを外せないが、ジーク・ヤマト・フリードからは外せる。

 

どうせバースト効果でスピリットを破壊するからと、気にせずブロックしたのが間違いだった。

それだったらガイ・アスラは疲労しておらず、破壊されていない。

 

「ーーはは」

 

ほんの少しのミスで、一気に状況がひっくり返る。

たった1枚のカードで、一気に勝利に近づく。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「さあ! 次はどの子!?」

「『英雄皇ロード・ドラゴン・ドミニオン』でアタックします!」

「ライフで受ける!」

「『黄金の覇王ロード・ドラゴン・インティ』でアタックします!」

「ライフで受ける! ここでバースト、『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』! 『超覇王ロード・ドラゴン・セイバー』を破壊して召喚、Lv4!」

「……! ターンエンドです」

 

ーー楽しかった。

 

お互いにネクサスを配置し合ったことも。

 

アマテラスでギルガメッシュを破壊したことも。

 

ドルクス・ウシワカで返されたことも。

 

アゲハのライフを1まで減らしたことも。

 

ロード・ドラゴン・セイバーでライフが回復したことも。

 

アマテラス・ドラゴンを召喚したことも。

 

何体ものロード・ドラゴンが召喚されたことも。

 

ガイ・アスラが破壊されたことも。

 

このバトルの、全てが楽しかった!

 

「メインステップ、バーストをセット。アタックステップ、『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』でアタック。アタック時効果で『覇王ロード・ドラゴン・ザ・ワールド』を破壊する」

「『爆氷の覇王ロード・ドラゴン・グレイザー』でブロックします!」

 

Lv1のロード・ドラゴン・グレイザーはBP6000。

Lv4のジーク・ヤマト・フリードはBP20000。

 

「ロード・ドラゴン・グレイザーは破壊されます」

 

これでブロックできるスピリットはいなくなった。

そして、今度は読み間違えない。

今、アゲハにこのアタックをしのげるカードはない!

 

「『絶対なる幻龍神アマテラス・ドラゴン』でアタック!」

 

ーー楽しかった刻も、遂に終わりを迎える。

 

お互いにフラッシュがないことを確認して。

アゲハは最後の宣言を行った。

 

「ライフで受けます」

「……ありがとうございました。いいバトルでした」

 

バトルが終わり気を失った彼女に、私は私が知る限り最高の賛辞の言葉を送った。



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ターン44 逃げ道

 

 

【ヒメ目線】

 

「ハッカー。進捗の程はどうじゃ」

「30%って所かな。このまま何も無ければ成功率は100%……! ネオ・ブラックゴートは壊滅する」

「うむ」

 

レイがネオ・ブラックゴートの幹部と戦っている間、我らは別の手段で奴らを潰そうと動いておった。

 

「ネオ・ブラックゴートの厄介な所はネット上で完結していることじゃ。ブラックゴートは現実でも暴れておったが、奴らは表に出てこない」

「完全裏の話だからね。彼らが接触してこなかったら僕らはその存在にも気づかなかった」

 

デパートでレツとレイが襲われた、ネオ・コレクターとの一件。

あれがあるまで我らはネオ・ブラックゴートの存在すら知らんかった。

 

奴らの裏サイトを見つけ出し、それを白日のもとに晒す。

そうしなければこの事件は解決とは言えまい。

そのために妾はハッカーと協力し、奴らの裏サイトにクラッキングを仕掛けた。

 

「普段ならもっと苦労するんだけどね。これも氷田零のおかげさ。彼女が幹部達と戦い、いい囮役になっている」

「妾はあんな危険なことはすぐにでも辞めてほしいのじゃが……」

 

奴らにとってもレイの存在は大きい。

レイが動けば奴らはそちらに注目し、こちらがクラッキングを仕掛けていることに気づかない。

 

しかし、レイが矢面に立っていることは間違いない。

ただバトスピをするだけならばレイが負けることはない。

妾がレイの敗戦を見たのは1度だけ、世界大会で01デッキを相手にした時だけじゃ。

 

「バトスピで勝ったとしても、逆上した奴らに暴力で訴えられたら仕方あるまい。バトスピでは最強のレイも、結局は普通の中学生なのじゃからな」

「……ブラックゴートだったら、そんなことは絶対にないと断言できる。僕達は良くも悪くもバトスピ至上主義だったからね。ただネオ・ブラックゴートは金稼ぎを目的にしすぎているきらいがある。安全を確約はできない」

「……やはり、そうよな」

 

相手は拳銃や毒物を持っている極悪集団。

対してレイは何もない、普通の女子中学生。

相手が紳士に対応している内はいいが、反故にされればすぐに殺される。

 

「だから僕達は一刻も早く奴らを潰さないといけない。彼女を守る為に」

「うむ」

 

レイはレイの方法でネオ・ブラックゴートを潰す。

ならば我らは我らの方法でネオ・ブラックゴートを潰し、レイを救う。

 

「では、ハッカーはそのままクラッキングに努めよ。何かあればまた呼ぶとよい」

「……じゃあ早速いいかな」

「ほう、なんじゃ?」

「今日になってネオ・ブラックゴートのセキュリティプログラムの精度が一気に低下した。裏サイトの管理なんて、組織の中核を担う人物がやるものだ。つまり……」

「レイはもうそこまで進んでいる、ということか!」

「しかもそんな人物が倒されたら、奴らが逆上する確率は高い。90%以上の確率で、逆恨みされる」

「急げハッカー! 1分1秒も無駄にするでない!」

「勿論だよ。1時間以内にケリを付ける」

「30分じゃ」

「分かった。15分でやろう」

 

きっかり15分後、ハッカーはネオ・ブラックゴートの裏サイトのクラッキングに成功した。

そしてレイが奴らの親玉であるアゲハと戦っていることを知り現地へ急行した我らが発見したのは、左腕に怪我をした1人の女だけで、レイの姿はどこにもなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

【ネオ・アゲハ目線】

 

目が覚めると、そこは知らない部屋でした。

 

白い壁に白いベッド。

左の腕と手に痛みを感じて確認してみると、私が自分で撃った箇所に丁寧に包帯が巻かれていました。

 

その時に初めて、ここがどこかの病室なのだと気づきました。

 

どうして私がここにいるのか。

その経緯を思い出そうとすると、あの人の顔が浮かんできました。

 

氷田零。

 

そうでした、私は彼女とバトルをしたんでした。

彼女とのバトルはとても楽しかった。

お互い魂を燃やしたような熱い戦いでした。

命懸けのバトルだったというのに、それを忘れるほどにーーあれ?

 

(なんで私は生きてるんですか?)

 

彼女とのバトルに、私は負けました。

あと1歩どころの話ではありません。

彼女は私のずっと先を生き、ずっと広い世界を見ていました。

 

完敗でした。

 

そして賭けのルールは『負けたら死ぬ』。

バトルに負けた私がなんでこんな所にいるのでしょうか。

 

(自殺しようにも銃もありませんし……)

 

途方に暮れていると病室の扉がトントンと叩かれました。

私がはいと返事をすると、扉の向こうからスーツ姿のおじさん2人が入ってきました。

 

「どちら様ですか」

「警察の者です」

 

警察ーーああ、思い当たる節は沢山ありますね。

賭博、銃刀法違反、殺人。

パッと思いつくだけでもこれだけでしょうか。

 

「なるほど、私を逮捕しにきたわけですね」

「ええと、私達はあなたを逮捕しに来たわけではありません。その腕の銃痕について、お話を聞いてもよろしいですか?」

 

私を逮捕する訳ではない?

どういうことでしょうか。

私がネオ・ブラックゴートの幹部だと聞いてないのでしょうか。

 

いやそもそもネオ・ブラックゴートなんて知らない、という風なのでしょうね。

 

「これは私が自分で撃ったんですよ」

「自分で!?」

 

警察の方は信じられないといった顔で私をマジマジと見つめています。

まあ、これが普通の反応ですよね。

 

「えっと、自分で撃ったって……どうしてそんなことを?」

「それで私が生を実感できるからです」

 

警察の方は、さらに困惑の表情を見せてくれます。

困惑の表情で、私を見ています。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん、私は他の人も撃っていますよ」

「なっ……!」

 

私が自分を撃てば、みんな私を困惑した顔で見て。

私が誰かを撃てば、みんな私を恐怖の顔で見ます。

 

私が発砲するだけで、みんな私に注目する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……でも、私がもう誰かを撃つことはないと思います」

「……それは?」

「だって、もっと楽しいことを見つけたんですから」

 

2人のカードバトラーが創るバトルフィールドという世界。

この世界では75億いる人間も、その世界ではたった2人。

 

自分1人でもダメ、相手だけでもダメ。

それは2人で創り、高め合う最高の芸術作品。

 

みんなの世界に私を刻むのではなく、私達の世界に自分を刻み続ける。

その鼓動は他人の世界にいつまでも響き渡る。

 

今の私のように。

 

(レイ()。いつか私も、あなたのようにーー)

 

 

◇◆◇◆

 

【レイ視点】

 

眼前に広がる真っ白な世界。

私はまた「境の世界」に帰ってきた。

 

「お疲れ様」

「うん」

 

前に来た時にはいた風花の姿も今はない。

いるのは私とヘタレ君だけだ。

 

「それにしてもまた死にかけてこっちに来るなんて……大変だったね」

「ま、ボスを倒したらそーなるかもとは思ってたからね。金の成る木を無くした奴らから恨まれるって」

 

ネオ・アゲハとのバトルの後、私は下っ端達に殴られ蹴られの酷い目にあった。

やばいと思ってすぐにこの世界に逃げてきたけど、向こうにある私の体がどうなってるかは知らない。

想像したくもない。

 

「まあいいけど……この先へいけば、元の世界に帰ることができる。本当に行くんだね?」

「うん」

 

私があの世界でやるべき事はもう終わった。

風花との最期の願い、ネオ・ブラックゴートの壊滅。

ネオ・アゲハとのバトルが決着した以上、私があの世界にいる理由はなくなった。

 

「そういえば、なんで君はそんなにも彼女の願いを重視してたんだい?」

「別にどうでもよくない?」

「いや、気になっただけさ」

「……ま、いっか。私は今の自分は否定しても、過去の自分は否定したくないんだよ」

「え、普通逆じゃないか? 過去よりも今って、ねえ?」

()()()()()()()。変えれるならもっといい選択肢があるかもしれない」

「……なるほど」

「逆に過去は変えられない。過去の自分を否定することになんの意味もない。なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

「それで、その選択は正解だったかい?」

「うん」

 

最後にあの世界で楽しいバトルが出来た。

元の世界でも久しく感じていなかったスピリットと一緒に戦っているあの感覚。

カードが主体となって動くあの感覚。

 

それだけで、風花の選択が間違いじゃなかったと断言できる。

 

「……なんで君は、僕に転生したんだろうね」

「根底にあるものが同じだからじゃない?」

「根が同じでも、花は全く違うさ」

「同じだよ、結局は」

 

そこにあるものは変わらない。

転生してもその部分だけは、変わらない。

 

「何に対しても逃げ癖があるのが私だからね」

 

人の本質は危機と相対した時に出る。

戦うか、逃げるか。

私はいつも逃げてきた。

 

「小学校の時も、中学校の時も、高校の時も、大学に入ってからも、就職してからも、何かあった時はずっと逃げてきた」

「僕も本番だと緊張で腹痛になるからね。僕が『腹痛だから仕方ない』と逃げ道を作るように、君は『自分のせいじゃない』と逃げてきた、てことかな?」

「んー、大体はあってる。正確には『自分で何もしない』ことで逃げてきたんだけどね」

 

小学校の時も、私は自分から何かしようとはしなかった。

中傷を受け入れてみんなから無視されても、何もしなかった。

 

この世界に来てからも、私は何もしていない。

ただ適当にその日を過ごし、たまたま手に入れた機会を掴んだだけだ。

 

「結局ヘタレ君と同じだよ。私はただ逃げてただけ」

「1人でネオ・ブラックゴートを倒したのに、かい?」

「……あれも逃げだよ。この瞬間から逃げるためのね」

 

この先に向かえば、私は元の世界に帰れる。

そうは分かっていても、「境を越える」という行為は「非常に怖いもの」なんだ。

 

何があるか分からない、不安が私の足を止める。

 

「……なら、帰らないのかい?」

「帰るよ。帰る、けど……」

 

足が前に進まない。

足が石になったみたいに、先に進むことを拒んでくる。

 

「あ、そうだ。1ついいかな?」

「……なに?」

「いやね、勇気の1歩を踏み出せない()()()君にいい案を思いついたんだけど、どうかな?」

 

やけに強調した「同類」だった。

そしてその提案は、多分、私に「逃げ道」を作るものだ。

 

「……聞かないとダメ?」

「聞きたくないのかい?」

 

それを聞いたら私はそれに逃げてしまいそうな気がする。

もう帰るのだ、聞いてはいけないと言っている自分と、ヘタレ君の提案に期待している自分がいる。

 

()()をすればいい。元の世界に戻るのにレツ達には何も言ってないんだろ? 十何年も一緒に過ごした友達にそれは酷いんじゃないか?」

「……終活、ね」

 

正直そこまでいい提案には聞こえなかった。

でも、今の私にはそれで十分だった。

 

「ま、確かに最後くらいはね」

 

私は踵を返すと、また来た道を戻っていく。

元の世界じゃない、ゲームの世界に。

 

「次こそは『やめるやめる詐欺』にならないようにするよ」

「ふふ、そうなることを願っているよ。それじゃ、また会おう」

「うん。それじゃ、また」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『死』なんて逃げ道には、絶対逃げてくれるなよ」

 

帰り際、ヘタレ君のそんな声が聞こえた気がした。



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終活編
ターン45 かぐや姫の難題


 

終活。

それは2010年くらいから広く使われるようになった言葉で「人生の終わりのための活動」の略称、らしい。

 

「婚活」が「結婚活動」の略称なのに対して元が長い。

「結婚のための活動」にしてバランスとろーよ。

 

えっと、話を戻す。

終活ってのは、例えば生きている内に葬式の手順や墓場を用意するだとか、まあそんな感じ。

やったことないから雑な知識程度にしか知らない。

 

ともかく終活は自分のためでもあり、そして後に残る人達のためのものでもある。

私の場合は後者がメインの終活になる。

 

もし私がこの世界から元の世界に戻った時、「水野風花としての私」は元の世界で生きていても、この世界の「氷田零としての私」は死んだことになる。

そうなるとレツやマドカ、コジローやヒメ様に心配をかける。

今回はそれをしないための終活だ。

 

とはいえ、それにも問題はあるわけで……

 

(どーやって説明するかよね)

 

今の状況を説明するとなるとかなり面倒なことになる。

 

まず私が転生していること。

元の世界より10年以上前のこの世界にはいわゆる「なろう系」の作品が少なく、一から説明するのがかーなーり面倒だということ。

 

次にここがゲームの世界だと証明すること。

私からすればバトルの流れがおかしいと分かるけど、この世界の人達はそれが普通だと思っている。

「常識とは偏見のコレクションのことをいう」なんて名言があるくらいだし、それを指摘するのは不可能に近い。

 

(んー、未来の知識はある訳だしいっそ『未来人です。過去に遊びに来てましたが未来に帰ることになりました』って感じで誤魔化そうかな。青い猫型ロボットみたいに)

 

あれそれはまた戻ってくるんだっけ。

まあいいか。

 

と、ようやくお客さんが来たね。

 

「おーレイ、話は聞いたで。お疲れや」

 

「ごめんね、急に呼び出して」

 

私がこの世界に来てから関わった人は大勢いる。

ゲームの主要キャラはもちろん脇役まで広く交友がある。

その全員に説明するなんて無理だ。

特に友好の深い人にだけ伝えればいい、と結論づけた。

 

その1人目に私が選んだのがコジローだ。

 

「にしても呼び出す場所がこの神社て。懐かしいなー、確かワイとレイが初めて会った場所やろ?」

「あー、確かそうだったね。うんうん」

 

覚えてないなんて言えない。

コジローと初めて会うのってチカバ町大会じゃなかったっけ?

あ、それは主人公(レツ)か。

 

「あれからまだ1年も経ってないんやな。色々あったわ、ブラックゴート事件にチャンピオンシップ、ワイは行かへんかったがレイは世界大会にも行ったやろ? ほんま濃すぎやで」

「あー、まあね」

 

そりゃ普通の人生でゲームのような展開なんて起こりえませんし。

ゲームの世界とはいえ、そこの住人がみんな劇的な経験をしているとは限らない。

むしろ主要キャラクター達が特殊なだけ。

 

「でも、これ以上はないと思うよ」

 

ゲームのシナリオは終わってるしね。

幕が閉じればもう何もーーあれ。

 

(世界大会やネオ・ブラックゴートは?)

 

あれらはゲームシナリオにはない。

完全にオリジナルだった。

でも()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(いいや、深く考えるのはよそう)神社は神の領域とされているし、他人に聞かれずに話をするのにちょーどいいんだよ」

「さよか」

「……コジローと出会ってすぐだったかな。コジローが私に言ったこと、覚えてる?」

「ちゃんと覚えとるで。安心しや」

 

『言いたくないなら追求はしないが、言いたくなったら話は聞く』

確かそんな感じの内容だったはず。

出会って間もない頃に言われたからかなり印象に残ってる。

 

つまりこれから話すのは「話したくなったから話す」大事な話。

 

「かぐや姫って知ってる? あの月のお姫様の」

「なんやいきなり。『竹取物語』やろ、それくらい知っとるわ」

「私、今度月に帰ります」

「ーーーーーー」

 

 

コジローは豆鉄砲を食らったような顔でーー真面目な顔に変わりーー最後は哀れみの表情になった。

 

「いやなんか言ってよ」

「え、あ、いや、いきなり何言うてるんやコイツって思てな。つい」

「……まあ何言ってるのか分からないとは思うけどさ」

「いや、分かるで。言いたいことは」

 

具体的な説明し(異世界転生しましたーって言っ)ても理解できないだろうしとかなり婉曲な言い回しをした自覚はある。

でも意図は伝わっている……はず。

 

「(数学以外は私より頭いいからね、コジローは)一応言っておくと冗談ではないよ。私は月に帰ります」

「……ま、色々聞きたいことはあるけども、1つだけ教えてくれや。月の使者はいつ来る?」

「あれ、結構あっさりだね」

「色々聞きたいは聞きたいけどやな、それ聞いても何も変わらんやろ。少なくともワイはそれを聞かんくても戦える」

 

てっきりもっと追求されると思ってたから、少し拍子抜けした。

まあその方が楽でいいんだけど。

 

「で、それでいつ来るねんその使者は」

「えーと、使者はいないかな。私が自力で帰るだけ」

「はあ? ほんならなんで帰るねん」

 

なんで、か。

うーんそうだなー。

 

「かぐや姫には不死の霊薬を送るほど愛した人がいた。私にはいなかった、その違いかな」

「……ほんなら、レイの難題は何や?」

 

難題……んー、と。

 

「『私にバトスピで勝つこと』かな」

「ここに帝はおらんかもしれんが、貴公子はおるんやで。それもとびきりの奴がな」

 

コジローはドンと自分の胸を叩き笑ってみせた。

目が笑ってないのがなんともいえない。

ふざけてるようでふざけてない。

 

なるほど、貴公子ね。

 

 

というかさっきから返答のセンスよすぎでは?

なんとなくかぐや姫を引き合いに出したけど、それに喩えて返事するのはイケメンすぎるでしょ。

 

「で早速やる?」

「もちろんや! 龍に向かって矢を射らな、首の珠は取れへん」

 

……ほんと頭はいいんだよなあ。

真面目に授業やテスト受けてれば学年一位も余裕だろーに。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「じゃあ後攻で」

「ワイのターンからやな。スタートステップ」

 

実はこの世界で1番バトスピをしている相手はコジローだったりする。

 

レツはいつもどこにいるのか分からないし、マドカは補習や課題で誘ってはいけない雰囲気があるし、ヒメ様は家の都合で忙しかったりと色々な理由がある。

 

でもやっぱり、最大の理由はコジローの性格にあると思う。

バトルをしていて気持ちがいい、不快にならない点。

 

「『闇楯の守護者ナーガン』を召喚や。ターンエンド」

 

そういえば、ネオ・ブラックゴートとのバトルが決着した辺りからまたバトスピに新弾が追加された。

『龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード』や『烈の覇王セイリュービ』を生み出した覇王編は終了し、次の剣刃編に入る。

 

『森羅龍樹リーフ・シードラ』『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』『白蛇帝アルデウス・ヴァイパー』などのスピリットに加え、『黒蟲の妖刀ウスバカゲロウ』『深淵の巨剣アビス・アポカリプス』など強力なカードが収録。

 

そんな剣刃編、紫の守護者シリーズナーガン。

コスト3以下のスピリットが効果で破壊された時、疲労状態でフィールドに残すことができる効果を持つ。

破壊の赤デッキ使いとしてはかなり鬱陶しい。

 

「メインステップ、『彷徨う天空寺院』を配置。ターンエンド」

 

……といっても対象方法はいくらでもあるんだけど。

残りライフ2まで削れば勝手にブロックしてくれるし、BPの高い多シンボルのスピリットで殴り続ければ崩壊する。

 

「『アメジスネーク』を召喚や。召喚時効果で1枚ドローする。ナーガンにコアを1つ追加してターンエンドや」

「私のターンだね。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。『プロフェット・ドラゴン』を召喚」

 

『プロフェット・ドラゴン』は召喚時に手札のコスト8以上のスピリットカードを好きなだけオープンして置くことで、その枚数分ドローできる。

私は『十剣聖スターブレード・ドラゴン』をオープンして1枚ドローした。

 

(本当ならアマテラス・ドラゴンもオープンしたいんだけど……一切の効果を受けない、だからなー)

 

アマテラス・ドラゴンは強いんだけど融通が効かなさすぎる。

まあこの完全耐性も未来ではリュキオースやトリヴィ・クラマにやられるんだけど……あれ、インフレがやばいな。

 

「8コスト3軽減、『彷徨う天空寺院』を疲労させることで2コスト支払ったものとして扱って残り3コスト。『十剣聖スターブレード・ドラゴン』を召喚」

 

『彷徨う天空寺院』の優秀な所は手元からスピリットを召喚する時にもその効果を使えるところだと思う。

似た効果の『十二神皇の社』は手札のカードだけだからね。

 

「アタックステップ。『十剣聖スターブレード・ドラゴン』でアタック。アタック時効果、最もBPの高い『闇楯の守護者ナーガン』を破壊する」

「ナーガン自身の効果で疲労状態でフィールドに残すわ。アタックはライフで受ける」

「ターンエンド」

 

紫相手にコア1個だけってのはかなり怖いけど……まあ大丈夫でしょ。

どーせCPUだし。

 

「メインステップ。『双頭の龍王バイ・ジャオウ』を召喚や。効果で系統:「妖蛇」を持つスピリットに【呪撃】を与える。アタックステップ、『闇楯の守護者ナーガン』でアタック」

「【呪撃】かー、ライフで受けるよ」

「ターンエンドや」

 

これでお互いライフ4。

バイ・ジャオウはLv2以上だと指定アタックまでしてくるから、このターンになんとかしたい。

ただ面倒なことに、バイ・ジャオウは破壊すると手札に戻る効果を持っている。

 

「(何か来ないかなー)ドローステップーーお。メインステップ、ネクサス『侵されざる聖域』を配置」

 

最強ネクサス『侵されざる聖域』

これでスターブレード・ドラゴンに【装甲:紫】が与えられる。

 

「『暗黒の魔剣ダーク・ブレード』をスターブレード・ドラゴンに直接合体(ブレイヴ)召喚。召喚時効果で1枚ドローする」

 

あ、これ先ドロー警察だ。プレミプレミ。

 

「アタックステップ、スターブレード・ドラゴンでアタック。アタック時効果でバイ・ジャオウを破壊する」

「バイ・ジャオウは破壊時効果で手札に戻る」

「ダーク・ブレードの合体(ブレイヴ)アタック時効果、ナーガンを指定アタック」

「ナーガンでブロック、そのまま破壊やな」

「ターンエンド」

 

次のターン、コジローは手札に戻したバイ・ジャガンを召喚して終わる。

 

手札に戻してもCPUの処理上、次のターンに召喚することが多いからね。

まあこっちはその分ゆっくりできるからいいけど。

 

私のターン、私はスターブレード・ドラゴンをLv4にしてアタック。

 

アタック時効果でバイ・ジャオウとアメジスネークを破壊し、ダブルシンボルでコジローのライフを減らした。

 

「『プロフェット・ドラゴン』もアタック」

「それもライフや」

 

これでコジローのライフは1。

多分次のターンもバイ・ジャオウ+αを召喚して終わりでしょ。

 

そして予想通り、コジローはバイ・ジャオウとウィングワインダーを召喚する。

続く私のターン、メインステップは何もせずにスターブレード・ドラゴンでアタック。

効果でコジローのスピリットを破壊して、残り1つのライフを取った。

 

「はい私の勝ち」

 

5人の貴公子にも、結局目当ての品を手に入れた人は1人もいなかったしね。

 

 

◇◆◇◆

 

【コジロー視点】

 

ネオ・ブラックゴート事件が落ち着いた頃、ワイはレイに呼び出されて千樺の神社に来た。

 

そこでワイは竹取物語に喩えた告白をされた。

つまりレイが(異世界)の住人であることと、もうすぐ(異世界)に帰るということや。

 

レイのその告白に、ワイの中で何か腑に落ちるものがあった。

レイとバトスピをしているといつも感じていた。

レイはワイと見ている世界が違う、と。

 

違いっちゅーもんは、それ1つだけ知っとったら生まれへん。

比べて、差異があって初めて分かるモンや。

つまりレイは()()()()()()()()()んや。

 

思い当たる節はある。

別の世界から来たという水野風花のことや。

水野風花の精神があった時、レイの精神はどこにあったか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

風花もレイに負けず劣らずで強かった。

しかし本人はそんなことないという始末。

もしもレイが、そんな世界の住人だったとしたら?

 

ワイらはレイが強いと思っとったが、それは逆や。

()()()()()()()()()()()()()()

 

その事に気づいた時、ワイはレイに対する罪悪感と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かぐや姫には想い人がいたけど私にはいない」

 

その言葉を聞いて、レイが昔言っとったことを思い出した。

 

「レツがいれば大丈夫だから」

 

レイは多分、レツに期待してたんちゃうか?

レツなら自分と同等に戦えると。

レツなら(異世界)と同レベルのバトスピができると。

 

実際レツは強い。

レイに次いで世界大会準優勝者やし、レイがおらへんかったら世界一や。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

せやからレイは、月に帰る言うたんや。

 

(そんなん納得できるかいな!)

 

レイがこれまで抱えていた悩みは伝わった。

理解できた。

せやかてそれでワイが納得できるかどうかは別や!

 

「レイの難題は何や」

 

竹取物語に倣って問いかける。

レイの答えは『バトスピで勝つこと』やった。

その返答で、ワイは自分の考察に丸を付けた。

やけども、それとバトルで勝つかは別の問題や。

 

結果は残りライフ5-0の大負け。

絶対に勝つと意気込んだのにこれや。

 

ワイは目当ての品を取ることが出来ひんかった。

 

「……なあ、具体的にいつになったら戻る、とかあるんか?」

「んー、ここでやることが全て終わったら、かな」

「さよか」

 

つまりまだ機会はあるっちゅーことや。

諦めるのは簡単。

やけど、ここで諦めたら男が廃る。

 

「ほんなら今度は糞やのうて、しっかりと貝殻を掴んだるわ」

 

一度失敗したからてなんや!

かぐや姫を手に入れるまで、立ち止まることなんてできるかいな!



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ターン46 所詮ゲーム

 

 

「ごめん、この後用事があるから帰るね」

「ん? また別のやつと会う約束してるんか?」

「そゆこと」

 

あの後コジローと3、4回バトスピをした。

結果は言わずもがな。

だけどコジローだけにいつまでも時間を使える訳じゃない。

 

「……ほんなら、次はマドカ……いや、ヒメさんか?」

「正解。ネオブラックゴートの後処理で忙しいところを無理やり空けてもらった」

 

なんでもあの犯罪集団に関わった奴らを全員裁いてやるとかなんとか……まあヒメ様に任せとけば悪いことにはならないと思うし、うん。

ネオネオブラックゴートとかができないことを祈る。

 

「ほーん。ならレイ、ワイも一緒じゃダメか?」

「え、私は別にいいけど……どうして?」

「ヒメさん相手なら一から十まで説明せなかんやろ。ワイはそこまで気にせーへんけども、詳しく聞けるならそれに越したことはないわ」

「あー、なるほど」

 

確かにヒメ様はかぐや姫とか言っても通じないね……というかそれを考えるとコジローもよくあの説明で納得したよね。

 

「じゃあ行こうか。場所はヒメ様の家、三葉葵邸だよ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「よく来たなレイ、コジロー。大したもてなしはできんが、寛いでくれ」

「お気づかいなく」

 

三葉葵邸についた私達はヒメ様に迎えられ、値段の想像がつかないソファに腰掛けた。

 

「それで今日はなんの用じゃ」

「(んー、何から話そうかな)えーっとね」

「レイは別の世界から来た人間らしいねん。それで今度帰るんやと」

 

どう切り出そうかと言葉を選んでいると、隣に座ったコジローがど真ん中ストレートを放り投げた。

 

「……コジロー、いい医者を紹介しよう」

「いやなんでワイやねん」

 

ヒメ様の哀れみの目はよく分かる。

さっき私もコジローにその目をされた。

 

ま、勢いに乗ったくらいの方が話しやすいか。

 

「コジローの言ってることは事実だよ」

「なんじゃと?」

 

ヒメ様の視線がこちらに向く。

そしてコジローは窓の外に目を向けた。

 

「(わざとか)ちゃんと話すよ。えっと、まず私が異世界から来た人間ってことについて」

 

私が異世界人であることを示すいい材料が風花だ。

ヒメ様は風花がいた時、ずっと傍にいて話を聞いている。

信じる信じないは置いておいて、風花が異世界の人物だったという話は聞いたはず。

 

「私の本来の年齢は……向こうの世界だと22だったかな。名前は『水野風花』」

「なるほど、そういうことかいな。にしても年齢については初めてやな」

「コジロー、お主は黙っておれ」

「はっはっは、お断りや」

「……続けるよ」

 

コジローはこれだけで理解したらしい。

そしてヒメ様は多分……なんとなく理解したけど、詳しくはって感じかな。

 

「仏教用語に『輪廻転生』ってあるでしょ。死んだ魂が別の世界で新しい魂として生まれ変わる……みたいな」

「ん? 待てやレイ。死んだんやろ? それやったら帰れないんとちゃうんか?」

「話の腰を折らないで。今は私が異世界人だってことを話してるの」

 

コジローはなまじ頭が回る分、会話が飛ぶことがよくある。

今回はヒメ様に対して話す内容なんだから、そこは留意してほしい。

 

「『別の世界の水野風花』がなんらかの理由で『この世界の氷田零』に転生した。それが私」

「…………ふむ、荒唐無稽な話じゃの」

「冗談と流してくれないだけで充分だよ。一応、私の発言の裏が取れる結果が残ってたはずだけど」

「む? 結果とな?」

「この世界でも私が水野風花だった時期があったでしょ。その時の調査結果だよ」

 

私はその時いなかったけど、風花の記憶として残っている。

たしかこの世界にも水野風花はいて、彼女は私よりも知能レベルが低かったはずだ。

 

「元の世界では22歳の私と、この世界では13の私。ある程度は納得してもらえない?」

「…………しかし、それは」

()()1()0()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉にヒメ様はカッと目を見開き、コジローは帽子を深く被り直した。

眉唾な話だけど、2人とも本気で聞いてくれている。

 

「2011年3月11日東日本大震災」

 

それは太平洋沖を震源とし、津波により死者、行方不明者が無数に出た未曾有の大災害。

 

この世界でも起こるかどうかは分からない。

でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この世界では、実際に起こる可能性の方が高い。

 

「……3ヶ月後か」

 

どうせそれが起こる時に私はいない。

つまり私は未来を担保に今を信じろと言っている。

「将来出世するから金を貸してくれ」と言ってるようなものだ。

 

「……分かった、とりあえず今はお主の話を真実と仮定して話をしよう」

「ん、ありがとう」

「その上で問う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

ーーなるほど。

ヒメ様も少し察してたみたいだね。

 

ヒメ様の性格から、私がこんなことを言ってもふざけるなと話を聞いてもらえない可能性もあった。

だけど今のヒメ様は、半信半疑とはいえ話を聞いてくれる。

 

それはやっぱり風花のおかげなのかもしれない。

 

(風花……か)

 

この世界で現れた風花という精神の誕生はかなり特殊だ。

 

22歳の水野風花が転生し氷田零となり、氷田零が記憶喪失となって13歳の水野風花が生まれた。

 

「私はこの世界に生まれる前は水野風花だったし、この世界に生まれてからは氷田零だった。ヒメ様達の前に現れた風花は、私の記憶が錯乱して出てきたものだよ」

「えーっと、まず前の世界で大人やった風花が生まれ変わって子供になった。それがレイで、レイはレイとして生きてきたが背中を撃たれたショックで記憶がポーンと抜けた。自分が風花だった頃までな。そういうことやろ?」

「うん。それであってるよ」

「つまり、ワイらと初めて会った時から実はレイは風花やったっちゅーことや」

 

さすがコジロー。

あの説明でよく分かったなー、私なら半分以上何言ってるか分からなかったと思う。

正直自分の身に起こった事じゃなかったらここまで考えなかったろうし。

 

「で、ほかに質問は?」

「……いや、レイの言ってることは理解できる。しかし、なんというか、話が現実から離れすぎて飲み込めんだけじゃ」

「ワイもこれまでの所に質問はないな。しかし風花が別の世界の人間っちゅーことは聞いとったし、そこからレイも別の世界の人間っちゅーのもまあ受け入れたけども、そこが同一人物やったっちゅーのは初耳やで」

「別の世界……転生……記憶喪失……まるで小説のような話じゃな」

「やけど、レイが別の世界の人間っちゅー話を聞いて少しは納得できることもあるんちゃうか?」

「……まあ、の」

 

うーん、よく分からないけど納得してもらえたのかな?

ならここで話は一段落、次はコジローに指摘された点だ。

 

「で、私はその元いた世界に帰ろうと思ってるの」

「それは……どうやってじゃ?」

「世界を越える方法なんてどこも一緒だよ。境界を越えるだけ」

「???」

 

あれ、伝わらない。

えーと、なんて言おうか……境の世界とか言っても分からないだろーし……うーん。

 

「とにかく、帰る手段はもう見つけとる訳やな?」

「あ、うん」

 

コジローからのパスが入る。返答に困ってたから助かる。

 

「で、ワイが気になっとるのは戻っても大丈夫なんか、てことや。さっきの話やとレイは元の世界で死んだんとちゃうか?」

「死んでない。輪廻転生は説明のため、実際は魂だけがこの世界に飛ばされたイメージね」

 

大事なことだけど、私は元の世界で異世界トラックに轢かれただとかビルから飛び降りただとかは一切してない。

気づいたら飛ばされていた。

原因は不明だけど、元の世界に戻れる可能性は高い。

 

「しかし、それが全て本当じゃったとして、わざわざ帰る理由があるのか? ここではいかぬ理由があるのか?」

「……それは」

 

それは私がこの世界がゲームだと知っているから。

 

でも、これは言っちゃいけない。

これをいうと私はこの世界の人達を人間と見れなくなる。

 

「ヒメさん気ぃ使わせんなや。ワイらは1度もレイにバトスピで勝ったことがない。それがどーゆーことか考えてみぃや」

「なっ……まさか、そのために!? ありえぬ、レイも言っておったであろう! バトスピなんて()()()()()じゃ! ゲームのためにそんな……」

 

確かにそれは私がいった言葉だ。

 

バトスピは所詮ゲームでしかない。

そんなのに悩む方が無駄だとも言った。

 

ヒメ様にすれば、それを言った私がゲームのために元の世界に帰ろうとするのが不思議でしかないんだろう。

 

でも、ヒメ様は勘違いをしてる。

その言葉は、現実を大事にしろって意味じゃない。

 

「所詮ゲーム、て言葉はね。失敗してもいいから突っ込めって意味なんだよ。立ち止まったり下がったりしないための言葉なんだよ」

 

ゲームには残機がある。

ゲームにはリセットボタンがある。

ゲームは現実に影響しない。

 

だから止まるな、引き返すな、進め。

 

それはそんな意味の言葉だ。

ゲームだから蔑ろにしていいという意味じゃない。

 

「所詮ゲームというなら、人生だってゲームみたいなもんだよ。負け(失敗し)てもいいからトゥルーエンドを目指す。私のトゥルーエンドはこの世界の全ての問題を解決して、元の世界に戻ることだ」

「現実と……現実とゲームを一緒にするでない! 現実では失敗したら死ぬんじゃぞ!」

「生きがいをなくしても人は死ぬよ」

 

この世界にいても私は死ぬ。

元の世界に戻る途中でも死ぬかもしれない。

 

でもその死は同じようで全くの別物なんだ。

 

人間としての死か、生命としての死か。

その2つの選択肢なら悩むまでもない。

 

「実を言うと、私も怖かったんだよ。ほんとに元の世界に戻れるのか、死ぬんじゃないかってね。でも、ヒメ様のおかげで決心がついた」

 

私が自分の命惜しさに逃げるような人間なら、私はネオ・ブラックゴートとなんか戦ってない。

私が私でなくなるなら、私がその選択をとるはずがない。

 

私が死ぬのはどうでもいい。

それよりも私が私でなくなることの方が嫌だ。

 

怖くても、不安でも、生きるためには前に進まないといけない。

無鉄砲に進まなきゃ勝ち取れない。

 

『勇者は必ず運命を掴む』

 

私は運命を掴むために、勇者にならないといけない。



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ターン47 CPUの自覚

 

 

ヒメ様と話す内に私は決意を新たにした。

 

必ず元の世界に帰る、あの境界を勇気を出して超えることを。

元の世界に帰らなければ私はここで腐るだけだと。

 

「レイ、少し外してくれや」

「ん? まだ話途中なんだけど」

「ええから。レイはちょっとこの屋敷の中でも見てこればええ」

「んー……分かった」

 

私は立ち上がり、部屋の外に出る。

コジローがヒメ様になんて説得するかは気になるけど……まあ悪いことにはならないでしょ。

 

「さて」

 

出てきたはいいけどこのあとどうしようか。

人の家を物色する趣味はないんだけど……ま、他にやることもないし、テキトーに散歩しますか。

 

三葉葵家については風花だった時に泊まっていたからある程度の間取りは頭に入ってる。

それでも全容が把握出来ていないのがここの恐ろしいところだ。

 

「どうして君がここにいるんだ」

「あれ」

 

三葉葵邸をテキトーに見て回っていると、途中の廊下でハッカーに声をかけられた。

なんでハッカーがここにーーと思ったけど、よく考えたらネオ・ブラックゴートの裏サイトのクラッキングに協力してもらったってヒメ様が言ってたな。

 

「どう? ネオブラックゴートの調子は」

「99%終了、あと数日もすれば完全にーーじゃない。なんだ? 三葉葵姫子から目付けの指示でもあったのか?」

「いや? ただの興味」

 

ハッカーが味方してくれるなら、ネオネオブラックゴートが誕生することはなさそうだ。

何故か犯罪集団に加担してたハッカーだけど、日本をしょって立つ数学の天才なんだよね。

情報処理能力に関してはハッカーの右に出るものはいない。

 

「まったく、用がないならさっさと帰ってくれ。僕は寝不足で疲れてるんだ」

「あ、それはごめん。でも寝る前に1個だけいい?」

「? なんだ」

「ハッカーがブラックゴートに入った理由、なにかなって」

 

ゲームではナナシがブラックゴートを作った理由はあっても、幹部達がブラックゴートに入った理由はほとんど聞かなかった。

 

たしかアフロだけじゃなかったっけ?

ほかはなんか有耶無耶だった気がする。

 

「……ブラックゴートに入った理由ね。それは僕が天才だったからさ」

「天才だから世間に疎まれると思った? それとも天才だから人生がつまらなかった?」

「まさか。僕は天才だ。だから僕は自分がどこまでやれるのか知りたかっただけさ。だからボスに協力してブラックゴートの幹部になった。ボスと僕がいればどんなこともできると本気で信じていたからね」

「なるほど。じゃあバトスピしてる時って、どんなことを考えながらやってる?」

「1個じゃなかったのか。まあいい。バトスピか……事前に集めた情報から相手の動きを読み、どんなカードが来ても確実に勝つようにデッキを回す」

「具体的には?」

「事前の情報があるとはいえ、相手が常に同じ動きをする訳じゃない。まずは様子見、無難にターンを重ねつつ、隙を見て相手のライフを奪う」

「なるほど」

 

私がハッカーにこんなことを聞いたのも、ゲームの影響がどこまであるのかが気になったからだ。

 

ハッカーは馬鹿ではない。

私は、ハッカーはブラックゴートに加入して悪事を働くような小物ではないと思ってる。

「ハッカーがブラックゴートに加入した理由」を聞いたのはそれがゲームの影響なのか確かめるためだ。

 

ハッカーは社会的にも順応しており、知能も低くない。

本来ならあまり犯罪など起こさないタイプの人間だ。

 

今回聞いたハッカーの理由なんて要約すれば「自分の限界を知りたい」だ、それならブラックゴートである必要はない。

 

そしてバトスピをしている時に何を考えているのか、という質問もそれに連なる。

今回は大雑把な質問のせいで詳しく詰めれなかったけど、だいたい分かった。

 

彼らは私が思っていたよりも自然に、本当の自分の考えであるように動いていたことは理解した。

この世界にはゲームの流れがあり、それに沿うように彼らの思考が流れる。

 

()()()()()()()なんだ、ここは。

 

「さて、もういいか? 僕は眠いんだ」

「あ、ありがとね。おやすみなさい」

 

ハッカーのおかげで私もやるべきことが分かった。

今まで避けてきた禁忌に、私もそろそろ触れないといけない。

 

私はほとんどのものについてどーでもいいと思ってる。

だけどどーでもいいと言ってる割に、私はこの世界の人を貶すことはしたくなかった。

 

この世界がゲームであることをこの世界の人間に伝える。

 

彼らがNPCであることを伝える。

私がこの世界で負けない理由、コジローやヒメ様が私やレツに勝てない理由を明らかにする。

 

彼らは人間じゃない、NPCだ。

私と彼らの間に決して越えられない壁があると分かれば、私が別の世界の人間であることを認識させれば、月の使者を見た兵士のように無気力になるはずだ。

 

ーーと、そこまで考えたところであることに気づいた私はついふふふと笑ってしまった。

 

「ああ、これだから人間は面白い」

 

私の思考は破綻している。

 

彼らを人と見ないなら、彼らに関わる理由はない。

さっさと元の世界に帰っていい。

なのに私はまた彼らと会って、話をしようとしている。

 

何故か?

()()()()()()()()だ。

彼らは人間なんじゃないかと。

私は普段の生活で笑い、悲しみ、怒っている彼らを見ている。

 

理屈で彼らは機械だと認識する自分もいれば、彼らは人間なんじゃないかと考える自分もいる。

 

私の中で理性と感情の衝突が起きる。

こういう時、人の心は本当に複雑だと実感する。

 

でもその瞬間が、1番面白い。

理由はないけど、何となく笑いたくなるほどに楽しくなる。

 

「ーーさて、そろそろ話も終わってるでしょ」

 

理性と感情の喧嘩を終わらせるのは簡単だ。

感情を納得させればいい。

ただ私が満足するまでやって、ダメだったらダメだったで終わるだけだ。

 

「逆に理屈が壊れたらーーいや、流石にないか」

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

応接室に戻った私はコンコン、とノックをする。

中から扉が開けられ、入るとさっきと人の配置が違うことに気づいた。

 

コジローがヒメ様の隣に移動している。

 

「レイ、妾とバトルをしてくれ」

 

いきなりだなー。

 

「コジローの入れ知恵?」

「せやで。ヒメさんに『レイはバトスピで負け知らずやから元の世界に帰って本気のバトルがしたい』って教えてな。ついでに『レイがこの世界で負けることがあったら、その前提が崩れてまうなあ』て言ったんや」

 

うっわ、なんて回りくどい言い方。

つまり「私にバトスピで勝てばいい」と教えた訳ね。

自分の与えられた難題を人に投げるなよ。

 

「……分かったよ、やるよ。ただ、私の要求も聞いてくれる?」

「なんじゃ。言うてみよ」

「バトルのルールについて。まず()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

このルールはPC(人間)NPC(CPU)で大きく差が出る。

 

まず同一デッキだから、単純にデッキ相性みたいなものはない。

単純にプレイングの差が出るバトルだ。

ただ勝つだけなら、これだけでいい。

でもそれじゃ足りない。

 

「レイ。同一デッキは分かるが、手札をオープンしてバトルをするとはどういうことじゃ。相手の手の内が見えれば駆け引きも何もなかろう」

「そもそも駆け引きするようなレベルじゃないんだよ」

 

CPUは特定のルールに従って一定の動きしかしない。

その特性を持ってるヒメ様が駆け引きっていったって、結局いつも通りの動きをするだけだ。

 

今回手札を公開してバトルをすることには別の目的がある。

 

「むしろお互いの手札が見えることでバトル中に感想戦ができる。私はヒメ様の見てきた世界が見えるし、私はヒメ様に私の見てる世界を教えることもできる」

 

それはお互いの情報が共有されることで()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

いきなり「この世界はゲームであなた達はNPCです」といったって受け入れられるはずがない。

 

さっきハッカーと話して分かったのは、あのCPUの訳の分からない行動を、この世界の人達は「しっかり考えた結果そうした」行動をとっている。

つまり彼らはその動きが最善だと思ってる。

なら、それよりもいい手があることを指摘すればいい。

 

そして最後に、彼らが私の思考に辿り着かない理由を説明する。

この世界がゲームで、彼らがゲームのCPUに縛られてることを明かす。

 

「ま、やってみれば分かるよ」

 

どーせ私がこの世界にいるのなんてあと僅かだ。

 

最後に、このゲーム世界にものすごい大きな爪痕を残してやろうじゃないか。



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ターン48 暴露

 

 

同一デッキ対決ということで使うのは構築済みデッキだ。

一重に構築済みデッキと言っても、この頃は属性開眼デッキというのも発売されて、6色全ての構築済みデッキがある。

ヒメ様が青中心デッキしか使えないことは世界大会で知ってる。

よって私達は青の属性開眼デッキ【サファイア】を使うことになった。

 

「じゃ、さっそくやろーか。デッキから4枚オープン」

「うむ」

 

お互いにデッキから4枚オープンして手元に置く。

手元に置く、といってもバトスピの記述的なそれではなくただ手札の内容を公開してるだけで、扱いは手札と同じにしてある。

 

まあどうせこのデッキには手札参照とか手元参照とかするカードがないから気にしなくてもいいんだけど。

 

「私のターンから。ネクサス『鉄壁なる巨人要塞』を配置。ターンエンド」

 

先攻1ターン目、私はネクサスを配置して終わる。

『豪拳のロジャー』や『重槍巨人ランス』も召喚できたけど、ヒメ様の手札を見るにそこまで早そうな感じはしない。

それならまずはネクサスでシンボルを確保する。

 

「手札が見えるバトルっちゅーのも面白いな。相手の次の手が読みやすくなるし、こっちもそれを考えて動かなあかん」

「まあね」

 

私の手札に『双首竜使いのバーンハード』があるのは見えてるし、あまりスピリットは並べたくないはず。

ヒメ様の手札なら『柱岩の海上都市』を配置してから『ストロングドロー』で手札交換するかな、私なら。

 

「『豪拳のロジャー』を召喚する。さらにネクサス『柱岩の海上都市』を配置じゃ。ターンエンド」

 

……まあいいか。

バーンハードはコスト3以下の相手のスピリット2体を破壊して、破壊したスピリット1体につき3枚破棄するカード。

スピリットを1体だけならまだダメージは少ない。

 

「(じゃ、【強化】しよっと)『重槍巨人ランス』をLv2で召喚。これで私のネクサスは破壊されない」

 

ランス自体は効果で簡単に死ぬけど、これでヒメ様は私のネクサスに触るのにワンステップ挟まないといけなくなった。

 

「さらに『鉄壁なる巨人要塞』をLv2にアップ。これで系統:「闘神」を持つスピリットに【粉砕】を与える」

 

私も『豪拳のロジャー』を召喚できるコアはあるけど、ここで召喚する意味を感じない。

このデッキに入っているドロソは『ストロングドロー』くらいなんだし、無為に手札を減らす必要もない。

 

「アタックステップ、『重槍巨人ランス』でアタック。【粉砕】にワンチャージ加えて3枚破棄」

「ライフで受けよう」

「ターンエンド」

 

ヒメ様のデッキを3枚とライフを1つ減らす。

まだ序盤だしLOかライフかは決めてなかったけど、並べて一気にライフを減らしてもよかったかなと後悔する。

 

いや、構築済みデッキで防御カードが少ないし、下手に攻めすぎるのも危険か。

でも防御カードがないのはヒメ様も一緒。うーん。

 

「『巨人小隊』を召喚する。さらにマジック『ストロングドロー』を使う。3枚ドローして2枚破棄じゃ。ネクサス『鉄壁なる巨人要塞』を配置する」

 

『巨人小隊』は自分の系統:「闘神」を持つスピリットが破壊された時、相手のデッキを2枚破棄する。

『豪拳のロジャー』の【強化】も踏まえると、本当に面倒くさい。

 

「『鉄壁なる巨人要塞』『豪拳のロジャー』をLv2に上げる。ターンエンドじゃ」

「? なんでヒメさんは『巨人小隊』を召喚してアタックせんかったんや?」

「コジローこそ何を言うか。何故ここでアタックする意味がある」

 

コジローの指摘はもっともだ。

私は『双首竜使いのバーンハード』を見せている。

私にターンを返したら、バーンハードを召喚して破壊されるだけだろーに。

 

ちなみに私なら、ドローステップで引いていた『大巨人エウリュトス』を召喚して次のターンからその高いBPで殴ってたかな。

 

「メインステップ。まずは『豪拳のロジャー』を召喚。そして『双首竜使いのバーンハード』を召喚。召喚時効果でヒメ様のロジャーと巨人小隊を破壊する。1体につき3枚、2体破壊したので6枚破棄。さらにツーチャージで+2枚、計8枚破棄だね」

「『巨人小隊』の効果でお主のデッキも2枚破棄じゃ。【強化】により+1枚、3枚破棄する。そして『豪拳のロジャー』の破壊時効果で『重槍巨人ランス』を破壊する」

 

これでヒメ様のフィールドにスピリットはいなくなった。

破壊時効果を受けたけど、それでもヒメ様の方が全体として打撃を受けている。

 

「やっぱこうなるわな。どうせコスト3以下を2体並べた時点でレイがバーンハードを召喚するのは見えてたやろ」

「む、むう……」

 

ヒメ様は見えているのにゲームに縛られてる。

でも外から見てるコジローは、ヒメ様の動きがおかしいことを指摘した。

 

これが続けば、コジローなら何かあると気づいてくれる、はず。

 

「アタックステップ、『豪拳のロジャー』でアタック。ネクサスの効果で【粉砕】が与えられてるから効果で1枚、ワンチャージ加えて2枚破棄する。フラッシュはないよね?」

「ない。ライフで受ける」

「『双首竜使いのバーンハード』でアタック。同2枚破棄」

「それもライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ヒメ様の残りライフは2。

いつも通りなら、CPUの動きはここからさらに酷くなる。

 

「コジロー、ここからは私のプレイングは気にせず、ヒメ様だけを見てて。そうすれば私が何が言いたいか気づくと思うよ」

「ん、分かったわ。ヒメ様やな」

「メインステップ。『槍兵のジェフリー』を召喚じゃ。『柱岩の海上都市』の効果で2枚破棄する。さらに『大巨人エウリュトス』を召喚じゃ。召喚時効果でコスト3以下のスピリット全てを破壊する」

「……なあヒメさん、エウリュトスから召喚したらあかんかったのか?」

「なぜそんなことを問う? 妾がこの方がよいと感じたまでじゃが」

 

ヒメ様の返答を聞いたコジローがちらりとこちらを見る。

私は頷くことで返事をした。

 

『大巨人エウリュトス』の召喚効果は召喚したプレイヤーも巻き込む。

今回の場合、私の『豪拳のロジャー』、そしてヒメ様がついさっき召喚したばかりの『槍兵のジェフリー』が破壊された。

コジローが指摘した通り、召喚の順番が逆なら、ジェフリーは破壊されなかった。

 

「そして『柱岩の海上都市』の効果で2枚破棄じゃ。『大巨人エウリュトス』をLv2に上げてターンエンドじゃ」

 

ヒメ様の最後の手札は『デルタクラッシュ』。

「闘神」がスピリット3体いないと効果を発揮しない、残念なマジックだ。

当然エウリュトスしかいないヒメ様はあのカードは使えない。

 

さて、私のターンか。

 

「マジック『ストロングドロー』で3枚ドローして2枚破棄。『槍兵のジェフリー』『二刀流のアムブローズ』を破棄」

「え、それを破棄するんか?」

「確かにこれはミスだよ。だってこの子達を召喚すれば数で勝てるんだから。でも今回はそれが目的じゃないし。ヒメ様に次のターンを回したいの」

 

今回の目的は勝つことじゃない。

 

私の目的は彼らの常識がおかしいと気づかせることだ。

バトスピをしている時だけCPUに寄る、ということは外からバトスピを見ていたらその違和感に気づける可能性がある、ということになる。

 

大会とか、観客がいる場でのバトルもあったけど、あれは不正防止のためプレイヤーの手札は観客に伏せられている。

つまり外から見ても「そうする手札なんだろう」で思考停止されるわけだ。

そのためにこの超変則ルールを設けた。

 

「『柱岩の海上都市』を配置。そして『巨人小隊』を召喚。『鉄壁なる巨人要塞』の効果で「闘神」を持つスピリットに【粉砕】が与えられて、【粉砕】を持つスピリットが召喚されたので『柱岩の海上都市』の効果で2枚破棄する」

 

コジローの中ではまだ違和感程度。

おかしいと思っても突っ込むにはあまり確証がない、といった感じだろう。

だから私もあえて手を下げて、ヒメ様にもっとバトルをさせる。

CPUの、あの理解不能なバトルを。

 

「アタックステップ、『双首竜使いのバーンハード』でアタック。【粉砕】で1枚破棄」

 

「エウリュトスでブロックじゃ。BPはこちらの方が高いぞ」

「バーンハードは破壊される。「闘神」が破壊されたので『巨人小隊』の効果で2枚破棄。『巨人小隊』でアタック、【粉砕】」

「ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

ヒメ様のライフは残り1。デッキも10枚を切った。

対して私はライフはまだ5つ全て残っているし、デッキも20枚以上残ってる。

キャッスル・ゴレムが入ってるデッキならともかく、構築済みデッキならこの差は覆らない。

 

「マジック『ストロングドロー』じゃ。3枚ドローして2枚破棄する」

 

ヒメ様はやっと『デルタクラッシュ』を捨てることができた。

引いてきたカードは『魔剣使いのクローヴィス』『巨人帝王アレクサンダー13世』。

どちらもデッキに1枚しかない強力なカードだ。

 

「『魔剣使いのクローヴィス』を召喚する。召喚時効果でお主の『鉄壁なる巨人要塞』を破壊することでお主のデッキを7枚破棄じゃ。さらに『柱岩の海上都市』で2枚破棄する。クローヴィスをLv2に上げてターンエンドじゃ」

「ヒメさん、『巨人帝王アレクサンダー13世』は召喚せんでええのか?」

「召喚しようにも、もうリザーブにコアがない。コアがなければ召喚もできんわ」

 

コアがないから。

そう言えばそうなんだけど、それはあくまでリザーブの話。

 

フィールドではエウリュトスの上にコアが4つも乗っている。

 

「(意地でもスピリット上のコアを外さないからね、CPUは)ドローステップ」

 

お、私もアレクサンダーを引いた。

ヒメ様の残りデッキは5枚。アタック時効果でジャスト0だ。

 

「『巨人帝王アレクサンダー13世』を召喚。召喚時効果でクローヴィスを破壊する。アタックステップ、アレクサンダー13世でアタック。デッキを5枚破棄」

「『大巨人エウリュトス』でブロックじゃ」

「アレクサンダーは破壊、巨人小隊の効果は発揮しない。『巨人小隊』でアタック」

「フラッシュはない。ライフで受けよう」

「はい私の勝ち」

 

デッキ0かつライフ0。

あと手札も0だったらゼロ勝ちだったね。

 

「……ふふ、普段青デッキを使わぬレイに同じ条件で負けるか」

「そりゃ負けるやろ、あれだけ変な動きすれば」

「む、何を言うかコジロー。妾は全力でバトルをした。それを貶すようならば友人とて容赦せんぞ」

「いやエウリュトスの召喚は間違いなく悪手やったやろ! その前もバーンハードが見えとるのにスピリットを並べるわ、何考えとるねん!?」

「さて、じゃあ今のバトルを踏まえて話を続けようか」

 

私は喧嘩になりそうな2人を止めて話し始める。

コジローもヒメ様も腰を下ろすが、互いに顔を見ようとしない。

 

「ヒメ様、風花から私の元の世界がどんな所だったか、こことの差は何か、とか聞いたよね?」

「うむ。バトスピがあまり盛んでないことと、オダイハマが存在せぬことじゃったか」

「うん。あと多分千樺町もないと思うよ。そんな有名所じゃない町の名前なんて覚えないだろーし」

「それが今までの話となんの関係があるっちゅーねん。2つの世界の差を説明されても、何もピンと来んぞ」

 

コジローは語気が強いまま私に質問をしてくる。

2つの世界の差、それは全て()()()()()()()()によって説明がつく。

 

「……千樺町という小さな町に、1人の少年がいました。彼の名は渡雷レツ。彼はバトスピチャンピオンシップで黒マントの男に負けた夢をきっかけにチャンピオンとなることを目指します」

「それはレツの話やろ。昔聞いたわ。それが今までの話となんのーー」

「バトスピを始めたレツはグングンと成長し、ついにはコアリーグで優勝するまでになりました。しかしコアリーグで優勝した彼に、ブラックゴートという謎の集団が目をつけたのです」

「……確かにコアリーグはレツの優勝じゃった。ブラックゴートも、優勝したレツを仲間にしようとしておった」

「レツは襲ってくるブラックゴートの連中を返り討ちにし、ついには彼らのアジトに乗り込み壊滅させました。そしてその後に行われたチャンピオンシップ決勝戦、夢に出てきた黒マントの男、加賀美緋色に勝利しチャンピオンとなったのです」

「待てや! チャンピオンシップで優勝したのはレイ、お前やないかい!」

「決勝戦はレツ対レイ、加賀美緋色は初戦にレイに負け……て」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。千樺町も、オダイハマも、全てそのゲーム内で登場した地名」

 

まだ直接的に「ここはゲームの世界だ」とは言ってないが、頭のいいコジローはもちろん、ヒメ様も察しがついたらしい。

 

「……そのゲームには、ワイらも出てくるんか」

「うん。だから私はコジローやヒメ様のことを、会う前から知っていた」

 

ここで私の話を冗談だと笑ってくれたらどれだけ楽だったか。

そんなのは嘘だ、ありえないと断じて笑い飛ばしてくれたらどれだけ辛い思いをせずに済んだか。

 

でも、それは逆に彼らが私を信じてくれているということなんだ。

なら私も全てを打ち明けよう。

 

「それはつまりーーナナシやハッカーのことも知っておったわけじゃな?」

「うん。ブラックゴートの首魁がナナシだってことも知ってたし、ヒメ様の別荘に篭ったら襲ってくることも知ってた」

「……なら、ワイとレイが初めて会った時に、ワイをレツにぶつけようとしたのも、そのゲームと帳尻合わせるためやったんか?」

「あ、それは違う」

 

それはただレツに経験値を積ませて私と戦えるレベルまで引き上げようとしただけ。

ゲームとはなんの関係もない。

 

「この世界で私は何度もゲームの流れに逆らってるし、ゲームの流れに関係なく動いてる。私が無理やりゲームのシナリオに誘導したことはないよ。……というか、今話すことはそれじゃないでしょ」

「なんや、言うてみい」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あ、なんで私が勝ち続けるのか、その理由について説明するってことね」

 

コジローはそれにハッとしたけど、ヒメ様は何を言っているのかわからない、という風だった。

わざわざ後に説明を付け足すくらいには、バトルをした本人は気づかないらしい。

 

「コジローもゲームはよくやるでしょ? ゲームのコンピューター対戦ってあるじゃん、それでコンピュータに負けたことある?」

「……よっぽどない。初めてやるゲームならともかくやが、慣れたゲームならまず負けることはないわ」

「待て、それはつまりーー」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

彼らが私に勝てない理由と、その要素を提示する。

 

「……すまぬ、妾は少し頭冷やしてくる。情報量が多すぎる……」

 

ヒメ様は立ち上がり、ゆっくりとした動きで外に出ていった。

「この世界がゲームであなたはNPCです」なんて急に言われたら、混乱するのも当然だ。

 

「…………」

「…………」

 

広い部屋に私とコジローの2人だけ。

なんていうか、かなり気まづい。

 

「……なあ」

「ん? なに?」

 

沈黙を破ったのはコジローだった。

蚊が鳴くような声だった。

私は聞き漏らすまいと、聴覚に神経を集中させた。

 

「……いや、やっぱええわ」

 

どれだけ注意していも、それ以降私の耳にコジローの声は届いてこなかった。



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ターン49 箱の中身

 

 

私が私の知る事実を告げた時から、コジローとヒメ様は妙によそよそしくなった。

あのまま三葉葵邸にいられるほどメンタルは強くないので、2人とはそこで軽く挨拶をして別れた。

 

まあ私の言ってることを真実として受け入れるのが難しいのも分かる。

私が転生者であることも、自分達がいる世界がゲームだってことも。

 

コジロー達はこれから自分の経験と照らし合わせて私の言葉を信じるか信じないか判断するんだろう。

私を信じて絶望するのか、私を信じないで気楽に生活するか。

 

でも、そのどっちに転がるとしても、私は最後になんて言って別れればいいんだろう。

 

言わなければよかった。

そのまま伝えずに、もっと婉曲に伝えて逃げればよかったと後悔する。

 

だけど、1度放たれた矢は指を離れたらもう2度と戻らない。

祟り神に向かって一矢放ったなら、2本3本射ても同じことだ。

その呪は既に私を蝕んでる。

 

「ごめーんお待たせ。補習が長引いちゃって」

「いや、いいよ別に」

 

私が元の世界に帰る話をしたコジローとヒメ様。

そして次はマドカだ。

 

マドカは転生した当時からの付き合いだし、私が元の世界に帰ると言ったらめちゃくちゃ引き止められそうな気がしたから順番を後に回した。

 

ホントならレツ→マドカの順番がよかったけど、レツはどこにいるか分からないから……あの主人公、決まった場所に居着かないから探すのも大変なんだよ。

 

「あ、レイちゃんがネオ・ブラックゴートを壊滅させたって話聞いたよ! さっすがレイちゃん! あんな奴らには負けないよね」

「私よりもヒメ様達の功績の方が大きいけどね。幹部を倒すだけだとブラックゴートの二の舞になっちゃうし」

「でも、レイちゃんが頑張ってくれたから裏サイトも見つかったんでしょ? もっと自慢していいよ」

「んー、まあその話はいいや。で、今日話したいことなんだけどね」

「えー、どんな感じで倒したとか聞きたいのに〜」

 

本題を切り出すタイミングは1度逃すと中々辛いからね。

もうさっさと伝えることにしよう。

 

「私は別の世界で生まれ育って、その記憶を持ってこの世界に転生してきたの。前世は水野風花って名前だった」

「……レイちゃん? え、待って。風花って、あの風花ちゃん???」

「そうだよ」

「ごめん、説明してくれる?」

 

まあこんな反応になるのは分かってた。

そのあとヒメ様達にした説明をそのままマドカに伝えた。

私が転生者であることも、元の世界に帰るということも。

ただしこの世界がゲームで、人がNPCであることは言ってない。

 

「ほへー、異世界ねー。ホントにあったんだ」

 

けど、その話を聞いたマドカの反応はとても軽かった。

一応話は信じてもらえたみたいだけど、軽すぎて理解出来てないんじゃないかと不安になる。

 

「コジロー達もそうなんだけど、よく信じるよね。普通嘘乙で終わらない?」

「? エイプリルフールでもないのに、レイちゃんがこんな嘘吐かないでしょ。え、もしかして嘘だった!?」

「いや、本当の話だよ。でも私がこんな話聞いても信じないよなー、て思っただけ」

 

マドカから謎の信頼をされてる。

確かに私はあまり嘘吐かないけど、それでもここまで信用されるとかえって不安になるよね。

 

「そもそもレイちゃんが私に話をするって時点で、私が聞いていいレベルのどーでもいい話か、私に相談しないといけないほど追い込まれてどーしよーもなくなった話って分かるもん。わざわざ呼び出して嘘はつかないでしょ」

「……確かに。私がマドカに話してる時点でホントにどーでもいいことかホントにどーしよーもないことだね」

「でしょ? で、そういう時の話は私が何言っても聞かないでしょ」

「うん」

「だから止めないよ。レイちゃんが決めたんなら、もう殺すくらいじゃないと止まらないしね」

 

さすがマドカ、私の事よく分かってる。

もう私の中で元の世界に戻ることは確定してるし、今は別れの挨拶をしてるだけ。

この後何を言われても、元の世界に帰ることを中止する気はない。

 

「昔からレイちゃんって大人びてるなーとは思ってたけど、ホントに大人だったなんてね。あ、ちゃん付けして大丈夫?」

「大丈夫だよ。マドカのは気にならないから」

「そっか。ならレイちゃんのままで!」

「うん」

 

そんな感じで、1番面倒くさくなると思ったマドカとの会話は1番あっさりと終わった。

思えばマドカとはこの世界に来てからずっとの付き合いだ。

私の予想以上に、マドカは私のことをよく理解してくれた。

 

「よーし、じゃあレイちゃん! オダイハマに新しくオープンしたカフェに行こ!」

「え、あ、うん」

 

マドカに手を引かれて歩き出す。

掴まれた手は、振りほどけそうにないほど固かった。

 

本当、いい友達をもったよ。

 

13年か……結構長いこといたんだね。

この世界に来て良かったことといえば、マドカと友達になれたことだと思う。

 

「ありがとね」

 

無意識に口から出たその言葉はマドカに届かなかったけど、それでも私は妙に満たされた気分だった。

 

 

◇◆◇◆

 

【ヒメ目線】

 

「ふむ、異世界ですか。確かに存在しますとも」

「それは真であるかゲンジ殿。何か証拠となるものでもあれば、妾も信じるに足るのじゃが」

 

レイから話を聞いた妾は『超未来技術研究所』を訪ねた。

『超未来技術研究所』はその名の通り、未来を創る革新的な技術を研究する場所じゃ。

前にこの研究所の式典に参加した際に平行世界(パラレルワールド)の存在について話を聞いた事を思い出し、レイのことを尋ねにきた。

 

「『シュレディンガーの猫』という話をご存知ですかな?」

「知っておる。箱の中の猫が生きておるかどうかは開けてみないと分からない、という話じゃろ」

 

実際はもっと複雑な思考実験じゃが、ここで話に挙げるということはその程度の認識があれば問題ないじゃろう。

中学生相手に理解出来ぬような話をするような人ではない。

 

「つまり実際に異世界があるかは箱を開けるまで分からんと。妾が聞きたいのはそんな話ではないのじゃが」

「ええ。ですから()()()()()()()()()()()()()()()()と申したのです」

「ーーなに」

 

その後のゲンジ殿の話は眉唾物じゃった。

 

超未来技術研究所では既に異世界への移動実験を成功させたのだという。

ドローンを数秒ほど転移させただけの実験じゃが、そのカメラが撮った動画はこの世界のどこにも存在しない風景だったという。

 

「そこに映っていたのは巨大なロボットの姿でした。偶然にも周りに人の姿もあり、そこから大きさを推測するに20メートル近くある人型のロボットです。そんなものこの世界のどこにも存在しておりません」

 

ゲンジ殿に無理を言って動画を見せてもらったが、それはゲンジ殿の言葉が真実だと分かるだけじゃった。

建物と肩を並べる人型の機械。

なんのために作られたものなのかは分からぬが、この映像がでまかせでなければ確かに異世界の存在の証明になる。

 

「この世界が、風花のいた世界かもしれんのか」

「おや、何か言いましたかな?」

「……いや、なんでもない。ところでこの世界に行くことは可能か?」

「それは『人間が』ということですかな?」

「うむ」

 

妾の質問にゲンジ殿はしばらく沈黙してから答えを出す。

 

「……結論から言えば、可能でしょう」

「本当か?」

「ええ。異世界へ行ける技術がここにあり、そしてそれはまだ法で禁止されていません。しかし私達がこの技術を公表すれば、すぐに規制されるでしょうね」

 

可能か不可能かで言えば可能。

しかし暗にゲンジ殿は「行ってはいけない」と答えた。

それは技術の不足ではなく、倫理観からであろう。

 

「あと数十年もすれば地球の資源がなくなる、とまで言われているのです。そんな時に異世界の存在など公表してごらんなさい。資源を求めて世界間で戦争が起こりますよ」

「……うむ」

「異世界はあるかないか、現実的にはあります。しかし私達は『異世界はない』としなければならない。それが科学者の辛いところですね」

「……では、異世界とこの世界、ゲンジ殿はどちらがオリジナルだと考える?」

「オリジナル? どういうことですかな?」

「どちらの世界の方が『真の世界』に近いと思うか、ということじゃ」

 

レイはこの世界をゲームと言った。

異世界(レイの世界)は存在する。

そしてもしレイの言葉が真実ならば、この世界がゲームだということになる。

 

「真の世界ですか。私はそんなものあると思いませんけどね」

「と、いうと?」

「世界というのは私達の中にあるのです。私達が見て、感じて、認知できる範囲のことを世界というのです。実際、古代ギリシアの言う世界とはヨーロッパの南とアフリカの北と、今の世界よりもずっと狭い世界だったのですよ。それと同じです。外の世界を知ることで、自分の世界が広くなるものです」

「なるほど……」

 

自分達が知覚できる範囲を世界という、か。

なるほど、面白い考え方じゃ。

 

「ならばその異世界に行けば、妾の世界も広がるかの」

 

レイの世界では、この世界はゲームなのじゃろう。

レイは前世でどんなものを見て、感じてきたのか。

それを知ることができれば、妾もレイの世界に近づけるじゃろう。

 

「ええ、私もそう思いますよ。ですが私の良心が異世界転移の許可を出すことは絶対にありませんけどね」

「……ここまで話してそれはなかろう」



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ターン50 剣刃環境

 

 

「レイ!」

「あれ、レツじゃん。偶然だね」

 

オダイハマのカフェからの帰り、千樺町の駅でマドカと別れてすぐ、私はレツに声をかけられた。

レツは基本ここにいる、みたいな場所がないから会えたのは本当に偶然だ。

 

レツは鬼気迫る表情でぐんぐんと近づいてくる。

私達の距離が1メートルを切ったくらいで、こんな近くでそんな声出すなよと言いたくなるような大声で話しかけてきた。

 

「本当なのか!?」

「え、なにいきなり。落ち着いてよ」

「コジローから話は聞いた! レイが別の世界から来たって本当なのか!?」

 

あれ、コジロー話しちゃったのか。

 

まあ私が「この世界(ゲーム)の主人公はレツ」って教えちゃったしね。

それならレツに話を聞きに行くのも分かるか。

 

「本当だよ。だから昔から未来予知みたいなこともしてたでしょ。コジローのこととか、ブラックゴートのこととか」

「? 別の世界から来たことと、それって何か関係あるのか?」

「え」

 

あれ? え、コジローから話聞いたんじゃないの?

私がゲームとしてこの世界を知っていた、て話を聞いたのなら今ので分かるはず……あ、さてはコジローそのことは黙ってたな。

 

「えっと、コジローから聞いたのって、私が別の世界の人間で、今度元の世界に帰るって話だけ?」

「そうだな。ってそんな確認はいいんだよ! どーゆーことなんだレイ!」

 

よし裏がとれた。

どうせ話すなら全部話せよコジロー……そういうとこだぞあのサボり魔め。

 

「コジローの言ってた通りだよ。私はこの世界では満たされない。私は私のために元の世界に帰る」

「満たされない? 何言ってるか分かんないけど、俺はレイと離れ離れになるなんて嫌だぞ!」

「落ち着け。話をしよう」

「お、おう……」

 

荒ぶるレツの肩を抑えて無理やり落ち着かせる。

感情だけで動いてる相手にまともに話をするのも無駄なだけだ。

まずは落ち着くところから。

 

「この世界じゃ私はバトスピを楽しむことが出来ない。アゲハとのバトルで思い出したんだよ。私はバトスピを楽しみたいってね」

「そんな……今まで楽しんでなかったのか?」

「ない。足りなかった。この世界のバトスピはバトスピじゃない。バトスピのような何かだよ」

「バトスピみたいな何かってなんだよ! 何が足りないっていうんだよ!」

「カードバトラーの多様性と環境の理解」

 

前者にレツは関係ない。

みんな同じ動きをしてくる相手なんて、そんなの同じ人とデッキを変えて遊んでいるに等しい。

同じ人相手なら、経験的に「この人はここでアタックしてくる」「ここではアタックしない」と()()()()()()できる戦術をとってしまう。

つまり慣れ、マンネリが発生する。

 

まあこの世界の場合、それ以前の問題なんだけど。

 

そしてレツのことを言ってるのは後者だ。

レツはこの世界で唯一CPUじゃない貴重な人間だ。

でも、レツはこの世界しか知らない。

井の中で生きていたために、海を知らない。

 

「レツに足りないのは知識、経験、知恵。いい種があっても土が貧しかったり水や日光が不足してたら育たないんだよ」

「そんなの分からないだろ!」

「分かるんだよ。世界大会の時に分かった。()()()()()()()()()()。それは私のやりたいことじゃない」

 

勝つ勝たないは割とどーでもいい。

大事なのは楽しいか楽しくないかだけだ。

 

Lv100のポケモンで、最初の草むらでバトルしていて楽しいか、というようなもの。

私はレート戦がしたいんだよ。

 

「でも、それは……」

「ま、やってみれば分かるよ。カードに対する理解がどれだけ重要なことなのか、てね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さてやろーか。私は後攻でいいかな」

 

剣刃編はカードパワーがおかしくなり始めた時期だ。

【白紫】【青緑】と言った【連鎖】により強力な効果を発揮するデッキがある。

 

今回私が使うのはその【白紫】。

頭のおかしいグリフォンとザンデで殴るデッキだ。

 

「『ダーク・ディノニクソー』をLv2で召喚! ターンエンド」

「私のターン。『ボーン・ダイル』を召喚。ボーン・ダイルはメインステップに白のシンボルを2つ追加する。4コスト3軽減、1コストで『ジャコウ・キャット』を召喚。召喚時効果でダーク・ディノニクソーを手札に戻す。【連鎖】効果で1枚ドロー」

 

やっぱり強いな『ボーン・ダイル』と『ジャコウ・キャット』。

これが後攻1ターン目にできるってのがもうやばい。

 

「アタックステップ、『ボーン・ダイル』でアタック」

「ライフで受ける」

「『ジャコウ・キャット』もアタック」

「それもライフだ」

「ターンエンド」

 

レツのライフを2つ減らして、残り3つ。

手札にダブルシンボルの『冥府三巨頭ザンデ・ミリオン』とシンボル持ブレイヴ『スカル・ガルダ』があるから、これで3点取って終わり。

 

「『ダーク・ディノニクソー』を再召喚。そしてネクサス『黄昏の暗黒銀河』を配置。ターンエンド」

 

レツのデッキは赤連鎖かな。

いや、今までのレツのデッキからして、ツルギ君みたいな光と闇の混合な気がする。

 

「(ま、どっちでもいいや)『スカル・ガルダ』を召喚。召喚時効果、1枚ドロー。『ジャコウ・キャット』に合体(ブレイヴ)、Lv2にアップ。『旅団の摩天楼』を配置、1枚ドロー。ターンエンド」

「俺のターンだな! 『輝龍シャイニング・ドラゴン』を召喚! 召喚時効果で『暗黒の魔剣ダーク・ブレード』を召喚する! 召喚時効果で『旅団の摩天楼』を破壊して1枚ドロー。さらにシャイニング・ドラゴンに合体(ブレイヴ)! Lv3にアップだ!」

 

やっぱりツルギデッキか。

「剣使」で固めたデッキ、というよりは構築済みデッキを組み合わせて作った感じだよね。

 

「アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック! アタック時効果で『ボーン・ダイル』を破壊、さらに『ジャコウ・キャット』を指定アタックだ!」

「『ジャコウ・キャット』でブロック。破壊される」

「ターンエンド」

 

シャイニング・ドラゴンとダーク・ブレードの2枚で私のフィールドは焼き尽くされた。

……ま、ブレイヴの『スカル・ガルダ』が残ったからいいや。

 

「メインステップ。『ソードール』を2体召喚。そして『冥府三巨頭ザンデ・ミリオン』を召喚する。不足コストはソードールより確保」

「ダブルシンボル……いや、トリプルシンボルか」

「『スカル・ガルダ』を『冥府三巨頭ザンデ・ミリオン』に合体(ブレイヴ)。アタックステップ、合体(ブレイヴ)スピリットでアタック」

「そのアタックは『ダーク・ディノニクソー』でーー」

「フラッシュタイミング、マジック『ヴァニシングコア』。相手のスピリットのコアを1つリザーブへ置く。さらに相手の緑スピリットがいるなら、そのコアはリザーブではなくボイドに置く。対象はもちろん『ダーク・ディノニクソー』だよ」

 

『ヴァニシングコア』は【連鎖】でコアを増やせるんだけど、白シンボルがないため不発。

まあそれがなくてもこのトリプルシンボルのアタックで終わる。

 

「……ライフで受ける」

「はい私の勝ち」

 

6ターン、かなり速攻で決まったね。

 

「これが白紫。そして次に使うのは青緑ね。やれる?」

「……いいさ! やってやるよ!」

 

デッキを持ち替えて再びレツとバトルをする。

白紫が全部強いとしたら、青緑はキーカードが強い。

序盤にしっかり盤面を固めれば、ウスバシードラで終わる。

 

「『黒蟲の妖刀ウスバカゲロウ』が合体(ブレイヴ)した『森羅龍樹リーフ・シードラ』でアタック。マジック、バーストは使えなくてバトルで勝ったら3点貫通ね」

「……フラッシュはない」

「あ、じゃあ『ストームアタック』で回復」

 

そして実際その通りに終わった。

途中経過? いらないでしょ。

ウスバシードラは頭おかしい、それだけでいいです。

 

「はい私の勝ち」

「リーフ・シードラでマジックバースト制限、しかも緑連鎖でバトルに勝ったらライフ2個。ウスバカゲロウでBP+5000してシンボル1つ追加、しかもバトル勝利で1個トラッシュ。BP18000以上のスピリットがいなきゃ1回のアタックでライフ3個確定って……」

「強いでしょ。私がいた世界はこれが普通だったの」

 

落ち込んでいたレツが、「私のいた世界」と言った途端に真剣な目で真っ直ぐこちらを見てきた。

 

「私は元の世界の知識で白紫や青緑が強いことを知ってる。でもこの世界で白紫とか青緑とか使ってる人見ないでしょ?」

「……ああ」

「だから帰る。ここにいてもただの知識チートなだけだし」

 

なんなら知識チートなしでも負けないし。

私とレツは経験値の差だけど、他の人とはそれ以前の問題だからねー。

 

「……レイの言い分はわかった」

「でしょ? なら」

「でも!」

 

レツは私の言葉を遮って話を続ける。

それは私が昔諦めた話だった。

 

「3日だ、3日待ってくれ! それまでに()()()()()()()()()()()()()()()()()! マドカも、コジローも、ヒメも、みんなレイに勝てるくらい強くなってやる!」

 

みんなを強くする?

 

「……できるの?」

「やるさ。俺はレイと別れたくない」

 

世界を成長させる。

それは私が考えたけど無理だと諦めた方法だった。

 

「……本気で言ってる?」

「ああ」

 

ーーさすが主人公。

夢を魅せるのが上手い。

 

私はその夢は諦めた。

だけど「この世界で」「レツが言うと」なんとも不思議にそうなりそうな気がした。

 

「いいよ、それで」

 

レツによって魅せられた希望。

私は「この世界に希望がない」として元の世界に帰ることを決めた。

 

なら私のやることは、その希望を完全に否定して堂々と帰還することだ。

 

「私も本気でいくよ。この世界の氷田零じゃなく、異世界の水野風花として。異邦人として、私は本気でこの世界を否定する」



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ターン51 毒親

 

 

「3日でレイの世界に追いついてみせる」

 

レツにそう言われた私は、駄目元でレツの提案に乗ることにした。

まあ別にレツと話をした直後に帰ろうとしてた訳じゃないし、他の人にも話をしないとと思ってたから問題はない。

 

"あの人"と話なんてしたくないけど……ま、仕方ない。

あれでも一応お世話になったんだし……

 

「あれ」

 

家に着き、玄関の鍵を開けようとした所で違和感を感じた。

()()()()()()()()

 

(……まさかね)

 

恐る恐る戸を開き、中の様子を伺う。

玄関には私の知らない女物の靴が一足、乱雑に脱ぎ捨てられていた。

 

「あ、おかえり〜。もうどこ行ってたのよ〜。2時間くらい待ってたわよ〜」

 

リビングに入ると、ソファーに寝転がった女性が話しかけてくる。

顔が赤い。

床にはビールの缶。

 

何飲んでるねん。

 

「……なんでいるの、()()()

 

そう、このダメ人間は私の母親である。

いや「私の」というか、「氷田零の」だが。

 

「いやね〜彼の所に泊まってたんだけど追い出されちゃって〜。しばらくここにいるからよろしく〜」

 

氷田零の母親に関してはゲーム内で一切言及されてなかったが、転生した今この人の存在を知ってかなり苛ついてる。

 

正直な話、私はこの人が嫌いだ。

 

私がこの世界に転生した直後のことを話そう。

最初は普通に赤子として転生した私だったが、その頃からこの母親はふざけていた。

 

まず私が幼く、父が仕事でいないのをいい事に堂々と不倫。

まだ1歳にも満たない私を家に置いて浮気相手と会っていたり、なんなら私の横で知らない男とヤッてたほどだ。

偶に1人で家にいると思ったら酒かたばこ。

私が漏らしてもおしめを変えることもない。

 

1日1食なんてこともザラだった。

不倫や育児放棄で訴えていれば勝てたと思う。

 

さらにこの人は浪費癖もすごかった。

明らかに父の収入を超えるレベルのブランド物を大量に買い込み、部屋の一角に山のように積まれていた。

しかも買って使っているところは見たことがない。

ただ買って満足感を得たいだけの人だった。

 

そんな訳だから我が家はいつも火の車だった。

赤ちゃんに家計を心配されるってよっぽどだぞ。

 

父が母のブランド物をこっそり質に入れていたのは知ってたが、それでも差分でどんどんお金を失ってた。

 

結局私が小学生になった辺りで父と離婚。

私は父親の方に着いていこうか悩んだが、ここがゲームの世界であることを知っていたのでわざわざこの町に残った。

 

逆にそのことがなければこんな屑の所にいない。

 

その後、母親は男を取っかえ引っかえで家に帰ってくることは滅多になくなった。

経済力のない私は母が別の男の家に居着くとご飯も食べることが出来ないため、わざわざ父に別の口座を作ってもらい、そこに生活費を入れてもらった。

 

そんなことがあるのだから、私がこの人を嫌いになるのも当然だと分かってほしい。

 

「(ま、いいや。ご飯食べよっと)……あれ、もしかして冷蔵庫にあったやつ食べた?」

「あ〜、美味しかったわよ〜」

(*ね)

 

もうこの人に事情は説明しなくてもいいんじゃないかと思う。

私がいなくなってもこの人何も思わないでしょ。

 

「あれ〜どこいくの〜?」

「……友人の家に泊まってくる。しばらくここにいるんでしょ、勝手にして」

 

この人と一緒に生活するなんて、ほんと無理。

私は家を出ると、とりあえず広場に向かって歩き始めた。

 

さて、どこに行こうか。

ヒメ様の所に厄介になるか……でも急で悪いしなー。

 

あ、そうだ。レツのおじさんの家に行こう。

 

レツのおじさんは基本仕事で家にいないし、オダイハマで遊ぶ時は勝手に使っていいと許可ももらってる。

観光よりは家出に近い形だけど、まあそこら辺はおじさんも大目に見てくれるでしょ。

 

そうと決まれば即行動。

私は千樺駅に向かい、オダイハマ行きの電車に乗った。

 

また戻るならマドカとカフェに行った時、そのままレツのおじさんの家に行けばよかったな。

時間と手間の無駄じゃん。

 

「お邪魔します」

「おや、久しぶりだね」

「あ、こんばんは」

 

レツのおじさんの家に入ると、まさにその家主がいた。

レツのおじさんとは前に会ったことがあるから面識はある。

部屋を勝手に使っていいと許可を取ったのもその時だ。

 

「こんな時間にどうしたんだい? あ、さては電車に乗り遅れたーーにしては終電まで時間があるな。あれ、ほんとにどうしたの?」

「えっとかくかくしかじかで……」

「なるほど……それは大変だね。いいよ、今日は泊まりなさい」

 

私はさっきまでの出来事をおじさんに伝える。

するとおじさんは気前よく泊めてくれた。

 

「だけど、明日には帰りなさい。どれだけ君が母親を嫌っていても、そこに強い繋がりがある以上はいつか立ち向かわなきゃいけない」

「……はい」

 

正直あんなのとは一切関わりたくもないんだけど……ま、いつかは立ち向かわなきゃいけないってのは分かる。

あんなのから逃げ続けるのも癪だ。

どうせ3日あるんだし、全ての縁は切っておこう。

 

 

◇◆◇◆

 

 

プルルルル、プルルルル

 

翌日、電話の音に気づいて目を覚ました。

電話が鳴ってるぞー、と隣の部屋に入るが、おじさんはもう仕事に出かけたみたいでいなかった。

 

「(……仕方ないか)はいもしもし」

「あ、よかった! まだいたんだね」

「あれ、どうしたんですか? 電話なんてかけて」

 

電話の相手はおじさんだった。

なんでも昨日帰った時に書類を忘れたから暇なら届けてくれという。

一宿一飯の恩があるし、時間に余裕もある。

断る理由がない。

 

そんな訳で私は超未来技術研究所に来た。

 

「すいません。渡雷さんにこれ渡してもらえますか?」

「渡雷……異世界研究室の渡雷さんですね。分かりました」

「……今なんて?」

 

聞き間違いかな。なんかすごい単語が聞こえたぞ。

 

「えっと、異世界研究室の渡雷さんに、この書類をお渡しすればよろしいのですよね?」

「……すいません、その研究室ってちょっと見学とかできます?」

「? えっと、確認してみますね……」

 

異世界研究室って、異世界の研究してるってことだよね?

異世界転生経験者としてはぜひ話を聞きたい。

もしかしたら、私がなんで転生したのか、どうやって転生したのかとかが分かるかもしれない。

 

「はい。見学の許可がおりました。異世界研究室は3階の315室です」

 

受付のお姉さんから部屋を聞いて、地図を見ながら315室に向かう。

あ、ここか。

 

「失礼します」

 

研究室の呼び鈴を鳴らし、扉を開けてもらう。

おじさんが出迎えてくれたのでまず書類を渡し、異世界研究室の話を聞くことにした。

 

「異世界研究室って、何を研究してるんですか?」

「名前の通り、異世界の存在を研究してるんだよ。あるなら発見できるよう頑張るし、ないならないことを証明しないといけない。それでだ、これを見てほしい」

 

おじさんが見せてくれたのは1本の動画だった。

画像がブレていて見づらいと思ったら、解像度を上げた写真にして見せてくれた。

 

「えっと、これがなんですか?」

 

その写真は紛れもなくお台場のガンダムベース前にあるユニコーンガンダムの写真だった。

こんなもの見せて一体何になるんだろうーーと思ったらおじさんが解説をしてくれた。

 

「これはウチの研究室が撮影に成功した異世界の写真だ。こんなロボット、この世界のどこを探してもないだろう? これが本物だと証明できれば、異世界が存在すると証明できるんだよ」

 

ドヤ顔で話をするおじさん。

私はその話を聞いて理解した。

 

(お台場の代わりにオダイハマとなってるこの世界には、等身大ユニコーンがないんだ!)

 

完全に失念してた。

お台場のユニコーンを知ってる私からしたらこの写真に何も感じない。

 

だけどこの世界にはお台場がない。

それならこのユニコーンの写真は正しく私が元いた世界を撮影している。

 

「……どうやって撮影したんですか?」

「異世界物体移送装置にカメラ付のドローンを乗せてね。そのドローンが撮影したんだ」

「その装置、見ることはできますか?」

「え? 一応重要実験装置だけど……ま、多分大丈夫だと思うよ。待っててね」

 

もちろん私の元いた世界には異世界と繋がる装置なんてない。

だけどこの世界に異世界転生の装置があるなら、それが原因で私が転生したということも考えられる。

 

とにかく、情報が欲しい。

 

「おい。誰だお前」

「あ、見学の者です」

 

おじさんを待っていると、白衣の男の人から声をかけられた。

確かに中学生がこんな所にいたら不思議に思うよね。

 

「見学……その歳でか。面白いやつだな、撮ってやろうか?」

「お断りします」

「それは残念」

 

男の人は首から下げたカメラのレンズをこちらに向けるが、私が断ると窓の外の写真を撮った。

こんな所に見学に来てる私もだけど、この人も何か変わってる。

 

「お待たせー、装置の見学許可取ってきたよ。それでついでなら再実験しようってことになってね。見てくよね?」

「はい」

 

実際に動いてる所を見せてもらえるならその方がいいに決まってる。

おじさんに連れられて私は実験室に入った。

さっき話してた男の人もついてきてるけど、ずっとカメラばかり弄ってる。

というかこういう所って撮影OKなの?

 

「あれが異世界物体移送装置『ハーメルンの笛』だよ」

「あれが……」

 

異世界物体移送装置と大層な名前だけど、あるのは小さなガラスの箱にチューブがついてるだけ。

正直仰々しい門とかを想像してたんだけど、期待外れでガッカリしてる。

 

「これが転送装置か。どーゆーものなんだ?」

「ああ、こっちは付属品、本体はまた別にあるんだ。まずあのガラスの箱に転送するものを入れる。するとあのチューブから特殊な液体が注がれ、周りの機械が物体を原子レベルにまで記憶、それを異世界に投影する、というものなんだ」

 

ほへー、よくわかんね。

というかこの白衣の人、研究者じゃないの?

なんで装置のこと分かってないのよ。

 

「異世界に物体を投影、か。それならどうやってその記録を持ってきたんだ? 撮った写真に落書きしても、フィルムに落書きは映らないだろ」

「それは注入する液体の力だね。異世界からの投影を終える際にその異世界の状態に変化させるんだ。あの液体には……」

 

んー、つまり異世界にいくのは残像で、本体はこの世界にあるまま。

そして戻ってくる時に残像の方に本体を寄せる、と。

 

……その技術があるならどこでもドア作れるのでは?

あれ確か移動前の体をコピーして移動後の場所に再生成する機械でしょ。

やってること同じじゃん。

 

「というかキミここの研究員だよね? なんで知らないの?」

「今日からここで働くことになったんだ。まあでも大体分かった」

 

新人かよ!

話し方が偉そうだったから勝手にそれなりの地位にある人だと思ってた……。

 

まあとにかく、これは私が転生したこととなんの関係もなさそうだね。

異世界に触れられる機械っていっても、私の転生事情には関係なさそう。

 

「異世界への投影ってどうやってーー」

「物質的なものというよりは概念的なものを転送してるからーー」

 

とはいえ異世界転送装置についてはかなり気になったので、おじさんから根掘り葉掘り聞き出した。

話はかなり分かりやすく、専門用語は私が理解できるよう噛み砕いて説明してくれる。

 

おじさんの話を夢中で聞いていたら夜になっていた。

結局家には帰らず、またおじさんの家に泊まることになる(おじさんは研究室に泊まり込むらしい。今日ずっと私と話してて仕事してないからね、仕方ないね)。

 

レツとの約束の日まであと2日ーー



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ターン52 主人公の力

 

 

おじさんの家にもう一晩泊まり、私は実家に戻ることにした。

元々おじさんに早く会って解決しろと言われてたこともあるし、私もあんな屑のことを引っ張ったまま帰るのはなんか癪だ。

 

明日はレツと約束した3日目。

今日くらいしかあの人との関係にケリをつけられる日はない。

 

「お前も大変だな」

「!」

 

急に後ろから声をかけられてびっくりした。

声の主は昨日研究所であった新人さん。

研究所の外でも白衣なんてやばいな。

 

「えっと、なんの用ですか?」

「渡雷のおっさんから聞いたぜ。酷い親だな」

「同情するならお金ください」

 

そんなボケをかましていると、新人さんがまた昨日のようにカメラを向けてきたので手でレンズを隠した。

「つれないな」なんて言われたけど、私は写真が嫌いなんだよ。

 

「お前を追ってきたのは1つ聞きたいことがあるからだ。お前、この世界で1番輝いている人間に心当たりはないか?」

「輝いている人間?」

「そうだ。芸能でも運動でもなんでもいい。知らないか?」

「知りませんけど」

 

変な質問する人だな。

いつもカメラ撮ってたり、よく分からないこと聞いてきたり。

研究者ってやっぱりどこかネジ飛んでる人多いのかな。

 

「……そうか。それならいい」

「えっと、なんで私にそんなことを?」

「そうすべきだと俺が判断したからだ」

「は、はぁ」

 

昨日から思ってたけどこの人の自信はどこから湧いてるんだろう。

新人なのに偉そうだったり、今もよく分からない理屈で私に絡んできたり。

 

悪い人じゃないんだろうけど、あまり関わりたいとも思わない人だ。

 

「まあいい、大体分かった。じゃあな、母親のこと頑張れよ。あ、それと俺からのアドバイスだ。他人じゃなく、自分が納得するように話をしろ。他人の顔を見て我慢するよりよっぽどいい」

「は、はぁ」

 

新人さんはそれだけ話すとどこかへ行ってしまった。

 

……結局なんだったんだあの人。

まあ他人じゃなくて自分が納得するようにって言葉は確かにそうだと思うけど……。

 

「あ、というかあの人が探してるのってレツなんじゃ……ゲーム(この世界)の主人公だし」

 

しまったな、テキトーに聞き流さずにしっかり考えればよかった。

あれ、でもそれならなんでわざわざあんな言い方をしたんだろうか。

 

まるでこの世界に主人公がいると認識しているような言い方を。

 

(いや、さすがに考えすぎか)

 

ま、いいや。

考えても仕方ない。

今度会うことがあればレツのことを話そう。

 

それより今はあの問題児と対面することだけ考えないと。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ただいま」

 

玄関のドアを開けて家に入る。

鍵は開いたまま、不用心だな。

あの人の靴はあるが、反応はない。

リビングに入ると案の定母は酔いつぶれていた。

 

「あ〜おかえり〜。ちょうどよかった、ビール買ってきて〜」

「未成年です、買えない」

 

何を言ってるんだこの人は。

しかし1日空けただけで部屋がものすごい汚いことになってる。

床はビールの空き缶だらけで、部屋中酒精の匂いが強い。

1番やばいのは台所。

何に使ったのか知らないけど皿や調理器具が乱雑に捨て置かれていた。

 

まじこの人今までどうやって生きてきたんだ。

 

「……ねえ母さん」

「ん? な〜に〜?」

 

目は虚ろ、顔は赤く思考力も低下してる。

どうせこの人は酒に酔っててまともに話もできそうにない。

せっかく私が覚悟を決めても相手がこれでは……ほんと最後までダメな人だったね。

 

……他人じゃなく私が納得するように、か。

 

「ねえ、もし私が死んだらどうする?」

「え〜、そうだったらあの人と結婚出来たかもね〜。やっぱり子持ちバツイチってダメよね〜」

「そっか」

 

その言葉を聞いて、私の中でこの問題は完結した。

 

せめて少しでも悲しんでくれれば、私も多少は救われただろうに。

13年。

長い間あなたの子供として生きてきたけど、私は最後まであなたを母親として見れなかったよ。

 

私は自分の部屋に戻ると、携帯である人に電話をかけた。

 

「あ、もしもし? 私。……うん。ちょっとお願いがあって。……あ、うん。来月以降のお金、振り込まなくていいから。……え? ああ、一応弁護士通して話すべきだったね、ごめん。……大丈夫だよ、それで訴えるとかしないから。……うん。じゃあね、ばいばい」

 

さて、これで全部終わり。

あの人達はどうか知らないけど、私はこの結果に納得している。

 

 ……………………

 

「ただいま」

「おや、まだ全部終わらせてないのにここに来たのかい?」

「別にいいでしょ」

 

親との関係を終わらせた私は境界に来た。

元の世界に帰るつもりはないが、1人でいても気分が鬱ぐだけなのでヘタレ君に愚痴でも聞いてもらおう、という訳だ。

 

「明日、レツ達とのバトルもあるし、その前に調整もしたいから。遊びながら話聞いてよ」

「いいよ。あの人も世界が違えば僕の母親だったかもしれないんだからね。僕に君を重ねてる訳じゃないが、僕にもその気持ちは分かるよ」

「……ごめんね」

 

お互いに4枚ドローしてバトルを開始する。

 

先攻、私は『プロフェット・ドラゴン』を召喚した。

『プロフェット・ドラゴン』は召喚時にコスト8以上のスピリットカードをオープンして手元に置くことで、オープンした枚数分ドローできる。

私は『時統べる幻龍神アマテラス』をオープンして1枚ドローした。

 

「私がいなかったら、ヘタレ君があそこにいたんだよね。……私が勝手に居場所を奪っちゃったから」

「いや、いいんだ。僕だったらこんなに上手くいかなかっただろうしね。大事な場面で腹痛さ」

 

2ターン目。

ヘタレ君は『ボーン・ダイル』を召喚した。

『ボーン・ダイル』はメインステップ中、白のシンボル2つが追加される。

 

「4コスト3軽減、1コストで『ジャコウ・キャット』を召喚。召喚時効果で『プロフェット・ドラゴン』を手札に戻し、【連鎖】で1枚ドローする。ターンエンドだ」

「それでも、あったかもしれない未来を奪ったのは本当のことでしょ。だからって私に何ができる訳じゃないけど。贖罪の気持ちはあるよ」

「それこそ同情するなら金をくれ、だよ。君だって意図して転生した訳じゃない」

「……そうだね。なら、私は謝らないし悪びれもしない。さて、ここからは普通にやろうか」

 

私はネクサス『彷徨う天空寺院』を配置してターンを返す。

『彷徨う天空寺院』はコスト8以上のスピリットを召喚する時に疲労させることで2コスト支払ったものとして扱う。

この効果のおかげで次のターン、手元のコスト8のスピリット達を召喚できる。

 

「ネクサス『水銀海に浮かぶ工場島』を配置。ブレイヴ『スカル・ガルダ』を召喚。召喚時効果で1枚ドロー。そして『ジャコウ・キャット』に合体(ブレイヴ)する。レベルを上げてターンエンドかな」

「えっと、手札増えたら破棄だっけ?」

「そうだよ」

 

『水銀海に浮かぶ工場島』は相手のターンに効果によって手札が増えたらその枚数1枚につき1枚手札を破棄しないといけない。

相手が手札を破棄するんじゃなく、自分がドローするネクサスもあるせいで偶にどっちがどっちか分からなくなるんだよね。

 

「メインステップ、手元から『時統べる幻龍神アマテラス』を召喚。『彷徨う天空寺院』を疲労させることで2コスト支払ったものとして扱う。召喚時効果で『ジャコウ・キャット』を破壊」

「『スカル・ガルダ』はスピリット状態で残す」

「ターンエンド」

 

今アタックしてもあんまり美味しくないし、次のターンかな。

『暗黒の魔剣ダーク・ブレード』を引けば確定でエクストラステップもつくし、下手に攻める理由もない。

 

「メインステップ。『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』を召喚。不足コストは『ボーン・ダイル』より確保、消滅する」

「ありゃ」

 

と思ったらそれかい。

『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』は召喚時に相手のスピリット2体までを手札に戻すことができる。

せっかく召喚したアマテラスを手札に戻されるーーと思ったけど、ヘタレ君は敢えて戻さない選択をした。

 

「【連鎖】効果で2枚ドロー。さらに『スカル・ガルダ』を合体(ブレイヴ)、Lv2にアップ。バーストをセットしてアタックステップ。『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』でアタック。アタック時効果、ターンに1回回復して【連鎖】効果でアマテラスのコア2個をトラッシュに置く」

 

召喚時効果で手札に戻さなかったのは、どうせ消滅させられるからってことね。

 

「アタックはライフで受けるよ」

「これでターンエンドだ」

 

ダブルシンボルのアタックを受けて残りライフ3。

さっさとダークネス・グリフォンは処理したい。

 

「メインステップ。『真・裁きの神剣トゥルース・エデン』を召喚。召喚時効果、手札の「剣使」スピリットと「剣刃」ブレイヴをコストを支払わずに好きなだけ召喚する。『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』と『深淵の巨剣アビス・アポカリプス』を召喚」

 

『深淵の巨剣アビス・アポカリプス』には召喚時効果があるけど、『真・裁きの聖剣トゥルース・エデン』の効果で召喚したカードは召喚時効果が発揮されない。

そして相手は召喚時バーストじゃなかったみたいだね。

 

「『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』は自身の効果でブレイヴ2つまでと合体(ブレイヴ)できる。『真・裁きの聖剣トゥルース・エデン』と『深淵の巨剣アビス・アポカリプス』をW合体(ダブルブレイヴ)。そしてLv3にアップ」

 

ついでにバーストをセット。

そしてアタックステップに入る。

 

「『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』でアタック。まずは『真・裁きの聖剣トゥルース・エデン』の効果でバーストを破棄する」

 

破棄したバーストは『絶甲氷盾』。

 

「バーストを破棄したので相手のスピリット1体を破壊する。もちろん対象はダークネス・グリフォンだよ」

「うっ、バースト破棄した上にスピリットを破壊か。これはピンチかも……」

「さらにシャイニング・ドラゴン・オーバーレイのアタック時効果、BP10000以下の『スカル・ガルダ』を破壊する。【強化】もあるけど関係ないからいいや」

「トリプルシンボルか……ライフで受ける」

「ターンエンド」

 

これでライフの数は3対2、そこだけ見れば逆転した。

でも白紫相手ならこれだけで安心できないんだよなあ。

 

「うーん、このターンで決めないとな。『旅団の摩天楼』を配置。配置時効果で1枚ドロー。『スカル・ガルダ』を召喚、効果で1枚ドロー。『冥府三巨頭ザンデ・ミリオン』を召喚」

 

おっとまじか。

『冥府三巨頭ザンデ・ミリオン』はダブルシンボルのスピリット。

『スカル・ガルダ』が合体(ブレイヴ)したらトリプルシンボルになる。

 

しかもそれだとバーストの『絶甲氷盾』で耐えられない。

ほんとギリギリだった。

 

「アタックステップ、『冥府三巨頭ザンデ・ミリオン』でアタック」

「いやー、一手間違えてたら負けてたね。マジック『双光気弾』。『スカル・ガルダ』を破壊する。アタックはライフで受けて、バースト『絶甲氷盾』を発動ね」

 

『双光気弾』をセットしてたら負けルートだったね、危ない危ない。

使えるコアが4つしかなかったからバーストに『絶甲氷盾』を選んだけど(アタック後のフラッシュタイミングに手札から使用するとオーバーレイを消滅させる必要がある。ライフ減少時バーストで使用すると減ったライフのコアの分、オーバーレイは消滅しなくて済む)、もう1個コアが多ければどっちをセットしてたか分からない。

 

「ターンエンド。先に言っておくと何も無いから、アタック宣言だけでいいよ」

「そう? じゃあメインステップは何もせず、アタックステップで『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』でアタック」

「ライフで受ける」

「はい私の勝ち」

 

ヘタレ君のライフは0。

これでゲームエンドだ。

 

「あー、やっぱりこういうバトルはあの世界では出来なかったからねー。久々にやるとかなり新鮮だよ」

「それはよかった。まあゲームの世界だからね。……ところでさ」

「ん? なに?」

「君の記憶だと僕もゲームのキャラクターだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「!」

 

ヘタレ君の言ってることはもっともだ。

それはC()P()U()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん、で……?」

「僕にも分からないけど……ふふ。とにかく、明日のレツとのバトルが楽しみだね」

 

予感はあった。

レツが主人公のこの世界で、レツが望めばどんな事だって起こりうると、そんな気はしていた。

 

でも、まさか、本当に、レツには世界を変えてしまう力があるの?

 

「ーーははっ」

 

これまでのことが走馬灯のように思い出される。

 

レツがバトスピを始めた日のこと。

レツとチャンピオンシップで戦った。

レツやヒメ様と一緒に攫われたこともあった。

そしてレツと世界大会で戦い、諦めた。

風花に戻り、レツと何度も戦った。

レツを無視してネオ・ブラックゴートと戦い続けた。

 

「最後の最後、レツは輝夜姫を守る帝になれるのか。今から楽しみだね」



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ターン53 肩透かし

 

ついに約束の日だ。

 

「私の世界に追いつく」

レツのその言葉は有言実行された。

 

レツ達と会う前にテキトーな人にバトルを挑んで確認したけど、CPUの動きでは無くなっていた。

でもまだ通りすがりの人にバトル挑んでOKされる辺り、ゲームの要素は残ってるね。

 

ともかく、これでこの世界のバグが直り私はバトスピライフを満喫できるーーはずだった。

 

(レツは世界を変えた。けど)

 

けど、世界の変化はむしろ私の心に大きな揺らぎをつくった。

 

レツは世界を変えた。

それと比較して私はーー私は風花だった頃から何も変わっていない。

 

(今日のバトルで私も何か変わるといいんだけど)

 

私はレツに呼び出されて学校に来ていた。

なんで休日に学校来ないといけないんだよと思ったけど、逆に休日の学校とか人全然いないからいいかと考え直す。

 

「あ、レイちゃん! こっちこっち!」

「「「…………」」」

「えっと、はい」

 

教室に入るといつも通りのマドカと、いつも通りじゃない御三方に迎えられる。

レツ、コジロー、ヒメ様はヤケに険しい顔つきで睨んでくる。

特にコジローはかなり殺気だってる。

ただでさえ不良っぽい格好なのに、これはもう言い逃れできないほどヤンキーだね。

 

「あ、目の下にクマができてる。えっと、みんな大分疲れてるみたいだけど大丈夫?」

「もう大変だったんだよー! この3日で何百回もバトルすることになって! 私も実は眠くて眠くて……」

「マドカはまだいいだろ。俺たちはほとんど寝てないんだから」

「え、馬鹿じゃん」

 

なにやってんの?

徹夜でバトスピ?

なにやってんの?(2回目)

 

「保健室って空いてたっけ?」

「職員室に行けば開けてもらえるんじゃない?」

「大丈夫だって! バトル1回くらいなら余裕でーー」

「寝なさい」

 

寝不足の3人を無理やり保健室に連れていってベッドに寝かせる。

最初はぐだぐだ言ってたけど、布団に入るとすぐ寝息を立て始めた。

 

さすがに寝不足でやばい人とバトスピする趣味はない。

3日という期限を定めた以上、死ぬ気で頑張ったのは伝わるけどそれで体を壊したら元も子もないしね。

 

「マドカは大丈夫?」

「私も少し寝たいなー。6時間くらいしか寝てないし」

「十分です」

 

レツ達はとりあえず少し寝かせておいて……4、5時間くらい。

昼すぎまで寝かせておけばいいかな。

 

「で、何やってたの? ここ数日」

 

唯一の生存者であるマドカに、この3日の特訓の内容を聞く。

 

まず私が提案したお互いに手札を見せてバトルする、ということを徹底してやったらしい。

戦っている本人だけでなく、外から見てる人が「こうした方がいいのでは」と助言することで今まで見えなかったものが見えてくる。

岡目八目というように外から見た方がよく分かることも多い。

 

そしてあとはひたすら数をこなす。

最初は成果が薄かったらしいけど、昨日の夜に急にみんな戦い方が変わって、コジローやヒメ様がレツに勝つこともしばしばあったとか。

それで「打倒レイ」と調子に乗って、気づいたら夜が明けてたという。

 

「昨日の夜から……その時、レツって何かしてなかった?」

「うーん、何もしてないと思うけど。ずっとバトスピしてただけだし」

 

ずっとバトスピしてただけ、か。

なんか分かりやすい覚醒イベントがあった訳じゃないのね。 あれ、でも昨日の夜なのか。

確か私が気づいたのも昨日の夜……それまで1回もバトスピしてなかったから分からないけど、結構ぎりぎりのタイミングだったのかな。

 

ま、どーでもいっか。

 

「起きるのを待ってても暇だし、バトスピやらない? なんなら駅前のショップにいく?」

「そんな時間はないでしょ。いいよ、ここでやろう」

 

マドカに誘われて、私達は誰もいない教室でゲームの準備を始めた。

 

CPUとしてのマドカでなく、人間としてのマドカとバトルするのはこれが初めてだ。

なんか無性に嬉しい気分になる。

ようやくマドカとバトスピができる。

 

「そういえば覚えてる? マドカがバトスピを始めたばかりの頃、『Xレアが最強だ、Xレアがあれば勝てる』って言ってたの」

「やめて! 覚えてるからやめて! 今思うと本当恥ずかしいから!」

「今から使うデッキ、XレアどころかMレアも入ってないよ」

「えっ!」

 

あの時はCPU戦前提だったし、赤緑と速攻で決めるデッキだったけど、今回はその前提から違う。

まともに組んだ結果、本当にMレア以上がなくなったデッキだ。

 

剣刃編の強デッキというと、白紫とか青緑とか、だいたい組むと高くなる。

この世界ではカードはレアリティで値段が統一されてるけど、元の世界ではデッキ1つ組むのにウン万とかザラだ。

そんな剣刃編にも、安く組める強デッキはある。

XレアもMレアもいらないデッキ。

 

「じゃ、先攻は私ね。ネクサス『鉄壁なる巨人要塞』をLv2で配置。ターンエンド」

「青デッキ?」

 

それは青強化を軸にしたデッキだ。

青の【強化】は「自分の『相手のデッキ破棄効果』の枚数を+1する」

 

たかが1枚、されど1枚。

このデッキは一気に十何枚も破棄するデッキじゃない。【強化】でちまちま破棄していくデッキだ。

 

「私のターンね! メインステップ、私もネクサス『黄昏の暗黒銀河』を配置! ターンエンド」

 

マドカは赤連鎖かな。

相変わらず地竜が好きらしい。

『闇龍ダーク・ティラノザウラー』はライフ貫通効果があるからある程度の余裕をもって戦いたい。

 

「ネクサス『柱岩の海上都市』を配置」

 

『柱岩の海上都市』は【粉砕】をもつスピリットが召喚された時、相手のデッキを2枚破棄するネクサス。

そして『鉄壁なる巨人要塞』はLv2だと、自分の闘神スピリットに【粉砕】を与える。

 

「『光の衛士アドリアン』を召喚。ネクサスの効果で【粉砕】が与えられているので2枚破棄、【強化】込で3枚破棄する」

 

『光の衛士アドリアン』は1コストで【強化】をもつ青のスピリット。

系統が「闘神」なので召喚した時点で【粉砕】が与えられ、【粉砕】を持つスピリットが召喚されたで2枚破棄。

自身の【強化】でさらに追加で1枚破棄できる。

 

「続けて『巨人小隊』を召喚。同じくネクサスの効果、強化込で3枚破棄する」

 

これで6枚破棄。

ただスピリットを召喚しただけでこれなんだから、本当青の【強化】は強いね。

 

「バーストをセットしてアタックステップ、『巨人小隊』でアタック。【粉砕】と【強化】で2枚破棄」

「ライフで受けるわ」

「『光の衛士アドリアン』でアタック、2枚破棄」

「それもライフで受ける」

「ターンエンド」

 

先攻2ターン目、既にマドカのライフは3だし、デッキも10枚破棄した。

なんなら低コストのスピリットで特攻してるウチにライフ0なんてこともあるくらいだ。

 

「『ダーク・ディノニクソー』を召喚するわ。そしてマジック『ジュラシックフレイム』を使用。BP3000以下の相手のスピリットを破壊する! 対象は『巨人小隊』!」

「『巨人小隊』の効果、闘神が破壊された時2枚破棄する。『光の衛士アドリアン』の【強化】で3枚破棄」

「くっ……でも大元を破壊したんだし、これ以上はないわよね!」

「バースト、『双光気弾』。2枚ドローしてフラッシュ効果で『黄昏の暗黒銀河』を破壊。不足コストは『光の衛士アドリアン』と『鉄壁なる巨人要塞』から確保」

「嘘!?」

 

低コスト低BPのスピリットで殴るデッキなんですし、当然破壊後バーストくらいありますよ。

 

『双光気弾』はバースト効果で2枚ドロー、フラッシュ効果でネクサスかブレイヴを破壊できる。

元いた世界では解除されてるけど、こっちでは制限真っ只中だ。

 

「んー、ならマジック『ラッシュドロー』を使用。効果で2枚ドローして、2枚オープン。【連鎖】をもつ『闇龍ダーク・ティラノザウラー』を加えるわ。残った『ピナコチャザウルス』はデッキの上に戻す。ターンエンド」

「私のターン、『鉄壁なる巨人要塞』をLv2に上げて『豪拳のロジャー』を召喚。『豪拳のロジャー』は【強化】持ちの闘神だから、3枚破棄。さらに『重槍巨人ランス』、これも【強化】持ちだから+2して4枚破棄ね。『ストロングドロー』で3枚ドローして2枚破棄する、と」

 

さて、マドカのデッキは残り11枚。

3、2、2、2、2。ちょうどか。

 

「『怪力巨人アドルファス』を召喚。不足コストは『豪拳のロジャー』から確保。闘神だから3枚破棄ね。アタックステップ、『怪力巨人アドルファス』の効果、闘神がアタックした時そのスピリットをBP+2000してデッキを1枚破棄する」

「1枚? まあ2コストのスピリットだし、それくらいよね……って待って! それって【強化】も入れると……!」

「『重槍巨人ランス』でアタック。【強化】込の【粉砕】で2枚、アドルファスの効果で2枚破棄。さらにBP+2000されてBP5000だね」

「『ダーク・ディノニクソー』はBP4000だし、フラッシュにもコアが……ライフで受けるわよ!」

「『怪力巨人アドルファス』でアタック。【粉砕】で2枚、アドルファス自身の効果でさらに2枚破棄」

「ライフで受けるー!」

 

この破棄でマドカのデッキは0。

私はターンエンドを宣言し、マドカのスタートステップにデッキが0で、私の勝ちだ。

 

「はい私の勝ち」

「あー! 負けたー!」

「6ターン、多分最速レベルじゃないかなこれ。初手にあのネクサスが2枚来たのがよかったよ」

 

『鉄壁なる巨人要塞』と『柱岩の海上都市』のコンボは前にヒメ様ともやったね。

闘神を召喚するだけで2枚破棄できるのはやっぱり強い。

……あれ、もしかしてわざわざ青強化に拘らなくてもギ・ガッシャループでよかったんじゃ?

 

「もう1回! もう1回やらせて!」

「あ、じゃあ今度は別の破棄デッキ使うね。今度はさっきほど早くないと思うから」

「今度は負けないわよ!」

 

マドカとそのまま2回戦目に突入する。

白紫や青緑がトラウマレベルに酷かっただけで、赤連鎖も決して弱くはない。

さっきは私のデッキが上手く機能してたから難なく勝てたけど、今度はかなり悪戦苦闘することになった。

 

「ねえ、さっきから同じカードぐるぐるしてるけど、いつになったら止まるの? それとどんどんデッキが薄くなっていってるんだけど」

「理論上ずっと続くよ。マドカのデッキが0になったら終わりかな」

「それ私の負けじゃん!」

 

悪戦苦闘した(ただし負けたとは言ってない)。



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ターン54 前に進むために

 

マドカとバトスピをしてるうちにお昼になった。

10回近くバトルしたけど、負けは1度もなし。

まあプレイングがまともになってもレツに並んだだけだし、環境に対する知識がある分で勝った感じだね。

 

で、昼になったしどこか食べに行こうかと思ったけど、そういえば保健室にレツ達を置いたままだった。

勝手に出かけると何かあった時面倒だし……仕方ないか。

 

「じゃん! けん! ポン!」

「はい私の勝ち」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!(叫)」

 

マドカと相談した結果、片方がコンビニまで昼食を買いに行き、もう1人は教室で待機することになった。

レツ達が目を覚ましても、どちらか片方が残ってれば説明できるしね。

……という名目のただのパシリだよねこれ。

 

「メロンパンでよろしく」

「はーい、いってきまーす……」

「いってらっしゃい」

 

マドカが昼食を買いに外に出ると、教室に残ったのは私だけ。

 

「暇だねー……」

 

何もやることがない。

元の世界に帰るのに勉強なんてする気もおきないし、休日だから図書館も空いてない。

運動場や体育館は部活が使用中。

 

うん、暇。

あ、そうだ、境界に行こっと。

ヘタレ君と1回バトルするくらいの時間でマドカも戻ってくるでしょ。

 

私は目を閉じて境界へと移動しようとしたーー

 

「レイ」

「ん? ああ起きたんだ」

 

と、タイミングで教室の扉が開いた。

どうやらレツが目を覚ましたらしい。

ほかの2人はまだ寝てるのかな?

 

仮眠から覚めたレツは、まだ少しクマは残ってるけど大分マシな顔に戻っていた。

 

「大丈夫? 体調悪いなら帰って寝たら?」

「大丈夫! ぐっすり寝てタイチョーもバンゼン!」

「そっか」

 

寝不足という不測の事態はあったけど、元々今日はレツが宣言した私の進退を賭けたバトルの日だ。

 

レツは世界を変えた。

今までCPUだったカードバトラーが人になった。

それはかぐや姫の難題どころじゃない。

もっと難しい問題だったはず。

 

それをレツは突破した。

あとはこのバトルで決まる。

レツが私に勝つのかどうか。

 

マドカの話によると、変化があったのは昨日の夜の話。

こんな短時間で環境の知識が十分になるとは思えないし、今はその差で私が優勢なはず。

 

でも、私は震えている。

 

逃げ道のないバトルをするのは久しぶりだ。

今まで私は致命的に負けないように動いていた。

いつも保険を張って、試合に負けても勝負には負けないようにしていた。

 

でも今回は、負けたら何もない。

負けた時の逃げ道はない。

 

「じゃあ約束通り、バトルしようか。これが私の、この世界で最後のバトルになると思う。後悔させないでね」

「……おう!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「私のターンから。スタートステップ」

 

レツとのバトル、私の先攻からだ。

私が使うのは白紫。

この環境で1位2位を争うデッキだ。

 

「『旅団の摩天楼』を配置。配置時効果で1枚ドローする。ターンエンドかな」

 

第1ターンはネクサスを配置してターンエンド。

『旅団の摩天楼』は最低1コストで1枚ドローできる紫シンボル持ちネクサス。

 

「『ライト・ブレイドラ』を召喚。マジック『チャージドロー』を使う。2枚ドローして2枚オープン。よし! 『ブロンズ・ヴルム』と『輝きの聖剣シャイニング・ソード』を手札に加える。ターンエンド」

 

『チャージドロー』はデッキから2枚ドローして、さらにオープンした2枚の【強化】を持つスピリットとブレイヴを手札に加えられる。

今回オープンされた『ブロンズ・ヴルム』も『輝きの聖剣シャイニング・ソード』も【強化】持なので手札に加え、計4枚手札を増やした。

 

「『ジャコウ・キャット』をLv2で召喚。召喚時効果で『ライト・ブレイドラ』を手札に戻す。紫シンボルがあるので【連鎖】で1枚ドロー。ターンエンド」

 

序盤は静かにゲームが進んだ。

盤面はイーブン。

 

ドローした枚数はレツの方が多いけど、レツはフィールドにシンボルがない。

バトスピにはコアという制限がある以上、手札だけ多くてもそれは優位ではない。

 

「『ライト・ブレイドラ』を再召喚。『ブロンズ・ヴルム』をLv2で召喚! ターンエンド」

「『旅団の摩天楼』を配置。効果で1枚ドロー。『スカル・ガルダ』を召喚。召喚時効果で1枚ドロー。『スカル・ガルダ』を『ジャコウ・キャット』に合体(ブレイヴ)してターンエンド」

 

お互いにスピリットを並べるがアタックはしない。

私もレツも、ドローは出来てもコアを増やすことは難しいデッキだ。

相手になるべくコアを与えたくないのが本心だろう。

 

「2体目の『ブロンズ・ヴルム』を召喚。そしてネクサス『聖剣連山』を配置するぜ。バーストをセットしてターンエンド」

「それかー」

 

『聖剣連山』はアタックステップに剣刃と合体(ブレイヴ)しているスピリットをBP+3000する効果を持つ。

しかし面倒なのはLv2効果。

コスト13以上の合体(ブレイヴ)スピリットが私のスピリット/マジックの効果の対象になった時、手札を1枚破棄することでその効果を無効にする。

 

この耐性付与は鬱陶しい。

 

「メインステップ、『ボーン・ダイル』を召喚。効果でメインステップ中は白シンボルが2つ追加される。そして『ネガ・テュポーン』を召喚。召喚時効果で『聖剣連山』を手札に戻し、1枚ドロー」

 

『ネガ・テュポーン』は召喚時に相手のネクサス3つを手札に戻す。

対象はもちろん『聖剣連山』。

そして紫の【連鎖】効果で1枚ドローする。

 

「『スカル・ガルダ』を『ネガ・テュポーン』に合体(ブレイヴ)させる。ターンエンド」

「俺はもう1回『聖剣連山』を配置する。そして『光輝龍皇シャイニング・ドラゴン・アーク』を召喚だ! 不足コストは『ライト・ブレイドラ』から確保する。ターンエンド」

 

『光輝龍皇シャイニング・ドラゴン・アーク』か。

アタックステップ中に【強化】スピリットに赤シンボルを1つ追加し、アタック時にはBP10000以下のスピリットを破壊できる。

今はレベルが低いからアタックしてこなかったけど、次のターンは確実にアタックしてくる。

 

なら、その前に叩く!

 

「メインステップ。『ボーン・ダイル』は効果で白シンボルを2つ得る。8コスト4軽減、4コストで『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』を召喚。『ブロンズ・ヴルム』1体を手札に戻す」

 

『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』の召喚時効果は相手のスピリット2体までを手札に戻す。

この記載なら対象は1体でも問題ない。

 

アタック時効果も考えると、戻すのは1体で十分だ。

 

「紫のシンボルがあるので【連鎖】の効果で2枚ドローする。そして『スカル・ガルダ』を『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』に合体(ブレイヴ)。『ボーン・ダイル』を消滅させてLv2に上げる」

 

そして『絶甲氷盾』をバーストにセット。

 

「アタックステップ、『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』でアタック。アタック時効果でターンに1回回復する。そして紫の【連鎖】で『ブロンズ・ヴルム』と『光輝龍皇シャイニング・ドラゴン・アーク』のコア1つずつをトラッシュに置く」

「くっ……」

 

この効果で『ブロンズ・ヴルム』と『光輝龍皇シャイニング・ドラゴン・アーク』は消滅する。

これでレツのフィールドにスピリットはいない。

 

「ライフで受ける!」

 

レツのバーストは発動しない。

召喚時でもライフ減少時でもない。

となると破壊後バースト?『双光気弾』とか?

 

(いや、違うな)

 

あのバーストは十中八九『絶甲氷盾』だ。

『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』でライフを2つ減らしたとはいえ、レツには使えるコアが3つしかない。

ここでバーストを発動しても、コスト4の『絶甲氷盾』のフラッシュ効果は使えない。

 

「もう一度『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』でアタック」

「ライフで受ける! そしてバースト『絶甲氷盾』だ! ライフを1つ回復して、コストを支払ってアタックステップを終了する!」

 

読みが当たった。

 

これでレツのライフは残り2つ。

合体(ブレイヴ)スピリットのアタックが通れば勝ちだ。

 

もしシンボルが1つの『ジャコウ・キャット』や『ネガ・テュポーン』でアタックしていたら残り3つ。

2回アタックを通す必要があった。

 

「ターンエンド」

 

状況は私の圧倒的有利だ。

ブロッカーが2体にバーストには『絶甲氷盾』もある。

まず次のレツのターンに負けることはない。

そして私のターンになれば『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』で連続攻撃ができる。

 

さあ、この状況でレツはどうする?

 

「『ライト・ブレイドラ』を召喚。そして『シャイニング・ブレイドラ』を召喚だ! 『シャイニング・ブレイドラ』の召喚時効果で手札の『シャイニング・ドラゴン』のコストを自分のライフと同じにする!」

「ーーマジかあ」

「2コスト2軽減、ノーコストで『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』を召喚する! そして『輝きの聖剣シャイニング・ソード』を召喚!」

 

『輝きの聖剣シャイニング・ソード』は召喚時BP3000以下の相手スピリット全てを破壊し、破壊したスピリット1体につき1枚ドローする。

そしてレツのフィールドには赤の【強化】が4枚。

 

4強化(フォーチャージ)追加してBP7000以下のスピリット、『ジャコウ・キャット』と『ネガ・テュポーン』を破壊! そして2枚ドローだ!」

「バーストはないよ。続けて」

「『暗黒の魔剣ダーク・ブレイド』を召喚! 『旅団の摩天楼』を破壊して1枚ドロー!」

 

さらにソードブレイヴを召喚したかー。

『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』の効果で剣使はブレイヴ2つまでと合体(ブレイヴ)できる。

『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』はもちろん系統:「剣使」を持つ。

つまりーー

 

「『輝きの聖剣シャイニング・ソード』『暗黒の魔剣ダーク・ブレイド』を『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』にW合体(ダブルブレイヴ)!」

 

W合体(ダブルブレイヴ)した『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』はLv1でBP16000。

私の『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』はBP14000。

『暗黒の魔剣ダーク・ブレイド』の効果で指定アタックされたらバトルに負けて破壊される。

 

「『ライト・ブレイドラ』と『シャイニング・ブレイドラ』を消滅させて『聖剣連山』と『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』をLv2にアップ! アタックステップ」

 

ここで『聖剣連山』の効果で剣刃と合体(ブレイヴ)している『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』はBP+3000されて、コスト13以上なのでスピリット/マジックの効果の対象になった時、手札を1枚破棄することでその効果を受けない。

『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』のバトル時効果と手札の『ヴァニシングコア』を使えば返り討ちにできたけど、これでそれも不可能になった。

 

(……仕方ない。グリフォンは大人しく破壊されるか)

 

「『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』でW合体(ダブルブレイヴ)アタック! 『暗黒の魔剣ダーク・ブレイド』の指定アタック効果は発揮しない!」

「は?」

 

思わず間の抜けた声が出た。

 

指定アタックを使わない?

なぜ?

 

私のライフは残り5つ。

W合体(ダブルブレイヴ)している『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』はトリプルシンボル。

 

このアタックを通しても、私のライフは0にならない。

 

(回復マジックーーにしても『絶甲氷盾』があるからいいか。え、ホントになんで?)

 

「フラッシュはあるか?」

「え? ああ、ないよ」

 

指定アタックしないレツの行動に困惑しながらもレツにフラッシュを譲る。

まあ何が来ても耐えられるでしょーー

 

「マジック『ソードディスティニー』を使用! 手札から『裁きの神剣リ・ジェネシス』を『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』に直接合体(ダイレクトブレイヴ)召喚!」

「ーーーー!」

 

絶句した。

まさかそんなカードを使うなんて。

 

『ソードディスティニー』はバトルしている剣使スピリットの合体(ブレイヴ)可能数を+1する。

『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』は剣使を持っているので合体(ブレイヴ)可能数が2から3になった。

そして手札からブレイヴカード1枚を直接合体(ブレイヴ)するようにノーコスト召喚できる。

この効果で召喚された『裁きの神剣リ・ジェネシス』は()()()()()()()()()()()()

 

「『裁きの神剣リ・ジェネシス』は手札のスピリットカード1枚を破棄しないと召喚できない。『ブロンズ・ヴルム』を破棄する」

「……さっき戻したやつかー」

 

『龍輝神シャイニング・ドラゴン・オーバーレイ』のシンボルは1つ。

『輝きの聖剣シャイニング・ソード』『暗黒の魔剣ダーク・ブレイド』もそれぞれシンボルが1つ。

そして『裁きの神剣リ・ジェネシス』のシンボルが2つ。

つまりトリプル合体(ブレイヴ)スピリットのシンボルは1+1+1+2=5。

 

(しかも『聖剣連山』がLv2だから、耐性は持ったままね)

 

『ヴァニシングコア』や『双光気弾』を使っても手札を破棄されて躱される。

バーストの『絶甲氷盾』も、この5点アタックでは意味がない。

 

「フラッシュはないよ」

「俺もフラッシュはない」

 

フラッシュタイミングが終わり、ブロック宣言。

でも私のフィールドにブロックできるスピリットはいない。

 

「5点。ライフで受けるよ」

 

私は手札を机に置いて、自分のライフのコア全てをリザーブに移動させる。

まさか一度にライフを5個減らされるとは思わなかった。

 

あそこで『黒皇機獣ダークネス・グリフォン』でアタックしていなければ、ブロッカーが残っていた。

いやそれ以前にコアが1つ足りなくてこの戦術は成り立たない。

 

たった1つのプレイが勝敗に影響してくる。

それも含めて完敗だ。

 

「勝った……のか?」

 

勝ったレツでさえ放心している。

レツが私に勝ったのは初だし、現実を受け入れるのに戸惑っている様子だった。

 

「レツ」

 

負けたはずなのにどこか満足している。

バトルに負けたことよりも、この世界の、レツの成長に喜んでいる。

 

今までこの世界はゲームだった。

それで私はこの世界と向き合うことを避けていた。

 

ゲームだと認識したら、もうそうとしか見えないから。

この世界に生きる人を人間だと認識できなくなるから。

 

私はそれが嫌だった。

対話は相手が人でないと成り立たない。

ずっと相手を非人間と認識するのを避けていた。

相手が人に見えない時もあった。

絶望した時もあった。

 

でも、そんな世界ももう終わりだ。

 

現実を直視したくないと、全てをどうでもいいと無視する(誤魔化す)ことしかできなかった私が、これでようやく前を向くことができる。

 

「ありがとうございました。いいバトルでした」

 

私は立ち上がって、レツに右手を差し出した。

レツは私の顔をまじまじと見つめると、ぽろぽろと涙を零しながら私の手を掴んだ。

 

「ありがとうございました……! 本当に、俺が、レイに……!」

 

世界は変わった。

レツは宣言通り、輝夜姫の難題を叶えてみせた。

 

これで私も元の世界に戻る理由は無くなった。

ゲームが現実に追いついたんだから。

 

()()()()()()()()()()()

 

「……ごめんレツ。レツが勝ったけど、私の選択は変わらないよ」

「……本当に帰るのか?」

「うん」

 

私は元の世界に帰らないといけない。

ゲームの世界に逃げ続けてはいけない。

私が前に進むために。

 

「元の世界もね。色々と問題はあったのよ。仕事のこととか、職場の人間関係とか。結構めんどくさくてね」

 

昔から私はそんな感じだった。

小学校は例の事件でボッチ、中高もそれを引きずって1人でいた。

大人になってもそれは変わらずだった。

 

「私はそんな現実から逃げてきた。『すべてどうでもいい、自分には関係ないことだ』って言って、現実から目を背けてきた」

 

私の本質は逃避だ。

そして、それは全てに無関心であろうとすることに矛盾する。

 

全てに無関心なのに、何から逃げるというのか。

 

そんな矛盾も、私を苦しめていた。

 

「私はずっと逃げ続けてきた。だから私は元の世界に戻る。戻って、私は今まで逃げてきた現実と向き合わないといけない」

 

逃げることも立派な選択肢の1つだ。

だけど、今ここで逃げたら私はもう2度と前に進めない。

これから先、ほんとにもう逃げることしかできなくなる。

 

「だから私は帰る。自分の過去を精算するために」

「でも、俺はレイと別れたくない! もっとレイと一緒にバトスピしたい!」

「レツ……」

 

レツの気持ちも分かる。

でも、それはできない。

 

「ごめんね。……最後に1つだけ。私は前に進む。だからレツも前に進んでほしい。レツには私みたいに逃げず、前に進んでほしい」

 

言いたいことは全て言った。

もうこの世界に未練はない。

いや、あったとしても受け入れて前に進むだけだ。

 

「……レイ」

 

レツの目からまた涙が零れる。

それにつられて私も泣きそうになるが堪えた。

 

別れに涙はいらない。

最後は笑って終わろうと決めていた。

 

「ばいばい」

 

頑張って出したその声は自分でも分かるくらい震えていて、でも、その言葉は私が前進することの証明でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

これが私の異世界での物語。

 

現在から逃げて過去に囚われた私が、今を生きるようになるまでの物語。

元の世界に戻った私がどうなったかは語る必要もないだろう。

 

だって、進み続ける勇者は必ず運命を掴むものだから。



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