vs,SJK (凰太郎)
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vs, モスマン
vs,モスマン Round.1


 

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 とある日曜日、深夜──(ある)いは月曜日の早朝とも言う。

 その日、ボクは(はがね)になった。

 精神的に打たれ強くなったという意味じゃない。

 そんな比喩(ひゆ)表現じゃなく、文字通り〈鋼鉄(・・)〉となったのだ。左腕だけ。

「むう~~?」

 寝ぼけ(まなこ)で、まじまじと左腕に見入る。

 鏡面(きょうめん)(ぜん)と反射する鋼の腕に、快活少女の弛緩(しかん)した顔が映り込んでいた──つまり〝ボク〟こと〝日向(ひなた)マドカ〟だ。

「……夢?」

 んなワケない。

 自己発言だけど、んなワケない。

 とりあえず指で弾いてみる。

「……硬い」

 次第に覚醒してきた意識が、徐々に理不尽な現実を脳髄(のうずい)へと叩き込んできた。

「……え? え? ええぇぇぇ~~~~?」

 ようやく事の重大さを認識!

 すぐさまベッドから跳ね起き、ドタドタと姿見(すがたみ)の前へと駆け寄ったよ!

 そこに映り出されるのは、当然、見るからに快活そうな少女──くどいようだけど、つまり〝ボク(・・)〟だ。

 クリッとした瞳は曇り無く、真正直な気質を宿している。それにふっくらとした桃のような頬肉が相俟(あいま)って、若干の子供っぽさも(にじ)み出ていた。腰丈まで伸びるロングヘア──いまは就寝時(ゆえ)(ほど)いているけど、普段は襟足(えりあし)から一条の()()げに(まと)めている。ボクのチャームポイントだ。

 タンクトップブラにショートパンツという(あられ)もない格好は、ラフな解放感を好むボクの寝間着。()える四肢は運動能力に(ひい)でながらも筋肉質に(あら)ず、猫科のようなしなやかさを帯びて健康的だ。

 慎ましくも貧しい双丘(むね)は……まあ、()いておく。相変わらずのコンプレックスだし。

 って、自賛的な自己描写している場合じゃないな。

 うん、腕だよ! 腕!

 肩口から指先まで見事なまでにメタリック!

「まるでサイバーアームじゃん!」

 無論、ボクは改造手術を受けた覚えなんか無い。

 十六歳という青春真っ直中の身空で、生身の身体を手放した覚えなんか無い。

「どゆ事? これって、どゆ事さ?」

 狼狽(ろうばい)ながらに、グッパッと握り具合を確かめた。

 感触はある。正常だ。

 そうは実感しつつも、ますます混乱は(つの)るばかり。

「けど、何か違うぞコレ? サイバーアームにしては、細部の違和感というか相違点というか?」

 SF作品を参考にするなら、サイバーアームの各部位は主に筋肉や関節に沿()ってパーツ分割されているのが定石(セオリー)。それに関節部なんかはモーターギアを始めとして、諸々の機械部品が露出しているはずだ。

 だけど、この銀腕(ぎんわん)には、それらが見当たらない。

 機械特有のロボット然とした武骨さが無い。

 要するに一体成形で、しなやか過ぎるのだ。

 どちらかと言えば、銀メッキを施したマネキンとか彫像を彷彿(ほうふつ)させた。

「え……っと、これらの情報を統括するに?」

 イヤな予感しかしないし、あまり再認識したくない。

 けれど、そうとしか考えられない。

「コレ、ボクの腕ーーっ? ボクの生身が、そのまま鋼へと変質したのーーっ?」

 驚愕の絶叫。

 導き出された可能性は、ホント無情。

「ってか、何で関節曲がるかな? どんな材質構造?」

 考えても解るはずがない。

 だって〝ボク〟だもの。

 勉強、大キライだもの。

「心当りは……あるな」

 うん、ある。

 ひとつだけ、思いっきり因果関係がありそうなのが。

 どちらにせよ進展は学校へ行ってからだけど。

 と、部屋の外に人の気配を感じた。

「……ん~、お姉ちゃ~ん! うるさいよ~?」

 妹の〝ヒメカ〟だ。一歳年下。

「へ? ああ、ゴメンゴメン」

 チラリと時計を見ると、まだ時刻は午前四時。

 いくら月曜日の早朝とはいえ、登校時間にも起床時間にも早過ぎる。

「こんな朝方に何を騒いでるの~……?」

「あ……えっと、ね? ん……と」

 適当な言い訳を探す。

 とりあえずは入って来て欲しくない。

「徹ゲー! 徹ゲーしてた!」

「ゲーム? 徹夜で?」

「そうそう! クソゲーサイトでダウンロードしたんだけど、これが激ムズでさ? うるさかった? 起こして、ゴメンね?」

「そんなに難しいの?」

「うん、そうそう」

 明るい抑揚を出すために笑顔を(つくろ)っているものの、ぎこちなく強張(こわば)ってるのが自覚できた。頬を伝うのも、イヤな脂汗だし。

「ジャンルは? 何?」

「あ、ジャンル? ジャンルね? えっと……」

 変に喰いつくなよ。そこは。

「シミュレーション! うん、戦略シミュレーション!」

 もう(こころ)此処(ここ)()らずで(つな)ぐ。

 自分が何を口走ってるかも(さだ)かになく(つな)ぐ。

 ってか、さっさと寝ろ!

 お姉ちゃんが許すから、安らかに二度寝しろ!

「じゃあ──」

 ふぇ? じゃあ……って?

「──ヒメカもやる」

 しまったぁぁぁーーーーッ!

 逆効果だったかーーーーッ!

 何を眠気も吹っ飛んだ爽やかな宣誓してんのさ!

 次なる展開を予見して、ボクはドタバタと扉をバリケードする! 自身の体を張ってバリケる!

「ねえ、開けて! ヒメカもやるってば!」

 背中越しに伝わるドンドンと叩く振動の強い事。

 ホラー映画の異常殺人鬼(サイコパス)か。

「いや、自力でクリアしたいから!」

「無理だよ」

 ……引っ掛かる()(ぐさ)だな。

「お姉ちゃん、そういうゲーム苦手じゃん」

 何で、このジャンル言っちゃったかな。ボク。

「数字とか数式とか苦手じゃん。細かい思考とかもキライじゃん。頭使うの全般的にダメじゃん。だから、この間の小テストも二十四て……コホンコホン」

「いつ見たーーっ?」

 隠してたのに!

 誰の目にも触れないように天袋(てんぶくろ)へ隠してあったのに!

 ってか、ボクの部屋を()(さが)ししたって事だろうが! それ!

「ま、それは()いといて」

 ()くな! しれっと!

「ヒメカの方が全然得意だよ? ねえ?」

「大丈夫! 苦手、克服した!」

「じゃあ、二人でやればイージークリアだね」

 どうして〝仲良し協力プレイ〟が大前提だ。この子。

「寝なよ! 学校に響くよ?」

「お姉ちゃんは?」

「ボクは平気! 大丈夫! 体力には自信があるから!」

「じゃあ、ヒメカも大丈夫」

 ああ言えば、こう言う。

 古今東西、妹ってのはこういうモンなのか?

 まあ、人一倍好いてくれている点は、時として可愛いくもあるけど──今回ばかりは完全に裏目ってるし!

「寝なよ! いい子は速やかに寝なよ!」

「いや」

 屈託なく「いや」じゃないだろ。

「寝なよ!」

「やだ」

「寝ろってば!」

「やだってば」

「寝ろってば寝ろ!」

「寝ないったら寝ない」

「寝ーーろーーーー!」

「寝ーーなーーいーーーー!」

「寝ぇぇぇろぉぉぉぉぉーーーーッ!」

 (さなが)ら『フラ ● ダースの犬』の最終話ばりに絶叫した直後──。

「うるさーーーーい!」

 寝室から、お母さんの怒声!

「アンタ達、いま何時だと思ってるのーーッ!」

 ボクとヒメカの不毛な口防戦は、お母さんからの一喝で強制休戦となった。

 ついでに言えば、ご近所界隈(かいわい)も叩き起こしちゃったようで……後日、お母さんは大変だったみたいだよ。

 うん、ボクのせいじゃない。

 全ては聞き分けないシスコンと──この鉄腕のせいだ。



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vs, モスマン Round.2

 

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 閑静な住宅が建ち並ぶ舗道は、ボク達〝女子高生〟が醸す青春的若々しさで賑わっていた。

 登校に賑わう制服姿の少女達。制服文化の主流が〝ブレザー〟となって久しいが、我が校は〝ボレロ〟──つまり〝綴じボタンが無い前開き仕様の上着〟だ。かつてのJKマスト〝セーラー服〟ですら珍しい御時世だってのに、(さら)に輪を掛けてガラパゴスぶりがハンパない。

 まあ、可愛いからいいけど。

 ライトブルーのは清楚で品がいいし。

 爽やかな薫風(くんぷう)が吹き抜け、腰丈まで伸びる長い()()げを泳がせた。

 憂鬱(ゆううつ)()(いき)に仰ぐ空は桜が舞い、腹立たしいほどの幻想美。暗く沈む気持ちには対照的だ。

「ハァ……まだ春で良かったよ。時期がずれて、夏服だったらと思うとゾッとする。隠しようがないし」

 左腕は包帯グルグルの完全密封。制服を着ている分には見えないけど、露出した手首だけはどうしようもない。火傷(ヤケド)とか言って誤魔化(ごまか)すとしよう。

 (おもむろ)に足を休めると、ボクはスマホを取り出した。ネット上の情報をググるためだ。

「……やっぱ〈鋼質化〉なんて項目は無いか」

 いっそヤケクソで『左腕が鋼鉄になる奇病にかかっちゃったスレ』でも立ててみようかな。前例が無いなら、反応を見てみたい気もするし。

「マドカ、おはよう」

「あ、ジュン。ハロす」

 仲のいい級友──ってか、大好きな親友と遭遇。

 ボクとは対象的な清楚系美少女〝星河(ほしかわ)ジュン〟だ。

 ちなみに、学年成績上位の常連。つまり模範的優等生。

 フワリと伸びた豊かなロングヘアは、左右側頭部で一握(ひとにぎ)りの(ふさ)にしていた。ツインテールと形容するよりも、まるで愛玩犬の耳のようで可愛らしいアクセントだ。

 顔立ちは美少女フィギュア然と整っているけれど、ほわっとマシュマロのような肉感が現実的(リアル)な存在感を再認識させた。小鼻の下には薄い唇が薄桃色に実り、穏やかで(つぶら)らな眼は澄んだ湖面(こめん)と潤っている。

 やや色白な肌が相俟(あいま)って、むっちりした脚線美が(かも)すフェロモンは強い。躍動的なボクの肢体(したい)とは対照的な美観だ。

 そして何より、Fカップと(みの)った胸は(うらや)ましい。

 二人して、しばらく無言で並び歩く。

 ややあって、ようやくボクは切り出す決心を固めた。

「ねぇ、ジュン?」

「何よ?」

「鉄分増えなかった?」

「は?」

 頓狂(とんきょう)な顔を返されたよ。

「いや……昨日の放課後、屋上でUFO呼んだじゃん?」

「呼んでない」

 素っ気なく否定された。

 あれ? 心無しか、急にテンション冷やか?

「呼んだじゃん! 二人で輪になって『ベントラーベントラースペースピープル』って回ったじゃん!」

「そうね。休日だって言うのに呼び出された挙げ句、校内に無断侵入──その後、一時間も付き合わされたわね。あのアホくさい儀式。ついでに言えば、その後、あなた一人で『ユ~ンユンユン』って呼び掛けるのを、(さら)に三〇分も傍観させられたわね」

「ま、結局来なかったけどね?」

「だから、呼んでない。来なかったから、呼び掛けた(・・・・・)だけ」

「結果論じゃん!」

「結果論よ? 結果論ですけど何か?」

 またもや声音は冷たい。

 何故だろう? 何故かしら?

「もう! さっきから何さ? ツンケンツンケンタムケンと!」

「自分の胸に()いてみたら!」

 怒気(どき)られたので、素直に従ってみた。

「……小さい」

「……誰もAカップを()めとは言っていない」

 ──フニン。

「大きい」

「誰が私の胸を()めと言ったァァァーーッ!」

 通学鞄がボクの後頭部をスパーン!

 ジュンの怒気(どき)はリミッター解除。

「イテテ……あれ? もしかして体育の時間に着替えを盗撮したのバレてた……とか?」

 間髪入れずに通学鞄がリターンスパーン!

「そんな事してたの? あなた!」

「うう……配布目的じゃないよぅ? あくまでもボクの趣味用だよぅ?」

「消せ! いますぐ! 消されたくなかったら消せ!」

 命の危険を感じたので、悄々(しおしお)とお宝フォルダを削除した……シクシク。

「っていうか! あなた、嫌がる私に無理強(むりじ)いさせたわよね? 俗っぽい好奇心だけで!」

「だってさ? 見たいじゃん、UFO?」

「見たくない! わたしは小さい頃から頻繁に見てるから辟易(へきえき)してるの!」

 そう……彼女は小さい頃から、よくUFOを目撃するという。話を聞くだけでも遭遇率は半端なく、それはもう偶然の域を越えていた。

 だから、ボクは思った──「ジュンってば〈コンダクター〉じゃね?」と。

 この〈コンダクター〉っていうのは、UFOと精神的に繋がっていて意志疎通ができる人の事。結構ベタなオカルト超能力。

「でさ? あの後、鉄分増えなかった?」

「だから、それ何っ?」

 癇癪(かんしゃく)気味なツッコミ。

 相変わらず、ボクに対しては沸点(ふってん)低いし。

「まどろっこしいな! もう! コレだよ! コレ!」

 痺れを切らせて、包帯グルグルの左手を見せつけた。

「……マドカ?」

「うん」

「中二病の高校デビュー?」

「誰がさ! ってか、何だ! そのややこしい病名は?」

「頼むから『この封印が解けた時、秘められし恐るべきパワーが云々(うんぬん)』とか言わないでよね? メンドクサいから」

「言わないよ!」

 いや、あながち『秘められしパワー云々(うんぬん)』ってのは的外れじゃないけどさ。

 どうしてこうも伝わらないかな?

 ジュンにだけは早く打ち明けたいのに。

 むしろ泣きついて相談したいぐらいなのに。クスン。

 ってか、周囲の人混み邪魔ァァァーーッ!

 話すにしても邪魔ァァァーーッ!

 そうは思いつつも仕方がないので、今回は見送る事とした。納得はしてないけど。

 ま、その内に機会もあるだろう……今日中には。

 と、前方の雑踏から、こちらの様子をジッと(うかが)う少女がいた。

 小柄な少女だった。

 銀髪のシャギーボブで、幼さが残る顔立ちながらも構成するパーツはシャープ。ガラス細工を想起させる繊細な美少女っぷりだ。

 着ているボレロ制服から、ボク達と同じ〝私立(きらめき)女学園〟──通称〝煌女(きらじょ)〟の生徒には間違いない。

 受ける心象は、ひたすらクール。とりわけ、こちらを淡々と観察視するような眼差(まなざ)しは印象強い。

 俗に言う〝クールビューティー〟ってのは、きっとこの子みたいなのを指すんだろう。

 いや、これは〝クールロリータ〟だな。

 これだけ優良物件な美少女は、ちょっと見た事がない。

 きっと一部のマニアから推し人気が高いと思われる。ストーカー紛いの非公認ファンサイトとかもあるだろう……アングラで。そして、彼等が掲げるテーマソングは『がんばれ! ロリコン』に違いない。いや、待てよ……それとも──。

「マドカ、どうしたの? 急に黙り込んで……」

 脱線黙想中のボクへと、ジュンが怪訝そうに訊ねてくる。

「──『()えろ! ロリコン』?」

「いきなり何をカミングアウトしてんの、あなた」

「いや、ボクの性癖(せいへき)じゃなくって……あれ?」

 説明しようとした矢先、クルロリは消えていた。

 注視を外した覚えはない。

 けれど、人影が重なった一瞬に、いなくなっていた。

(……で、誰さ?)

 いやまあ、初面識なんだから〝()〟もクソもない。

 それでも何か気になる子だったんだよね。

 直感的に──ってか、本能的に。



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vs, モスマン Round.3

 

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 休み時間──。

「うわぁぁぁああ!」

 絶叫を(とどろ)かせながら、ボクは学校の廊下を走る!

 爆走する!

 え? 校内で廊下は走らない?

 知った事じゃないよ! この非常事態に!

 勢い任せに教室後ろの扉を蹴破った!

 目標補足──ジュンだ。

 貴重な休み時間だってのに、さっきの授業を(まと)めてたりする。相変わらずの模範生徒っぷりだな。

「え? な……何?」

 振り向き姿勢のまま面食らっていた。

 さすがに血相変えたボクの気迫を察知したようだ。

 そんな事にもお構いなく、ボクは勢い任せに彼女をかっさらう。ラリアート紛いに。

「けはっ?」

 息が詰まったらしく、変な声を上げていた。

 けど、そんな事は知らないよ!

「うわぁぁぁああ!」

 そのまま教室を走り抜ける!

 暴走闘牛の如く廊下を駆け抜けるボク!

 暴走自動車を避けるが如く道を開ける女生徒達!

 そして、暴風に(さら)された鯉幟(こいのぼり)の如く暴れ泳ぐジュン!

「ぐっ……ぐるじ……マド……」

 聞こえない。

 聞こえたけど、聞こえない。

 何故なら、いまは爆走に全身全霊を傾けてるから。

「うわぁぁぁああ!」

 廊下を走り抜け!

 階段を駆け登り!

 屋上への昇降口を蹴破る!

 テロ破壊かと思える勢いで開いた景色には、清々しいまでの青空が広がっ──「苦しいっての! このおバカ者ーーッ!」──復活したジュンに後頭部を殴られ、そのまま顔面から滑り倒れたよ。

「痛いな! 何すんだよ!」

「私の台詞! いきなり絶叫して現れたかと思えば、人の首をフックして連れ回して! オチる寸前だったわよ!」

 食って掛かるも、逆に怒気(どき)で呑まれたし。

「仕方ないじゃん! 一大事(いちだいじ)なんだもん!」

「ヒ・ト・ノ・ク・ビ・ヲ・シ・メ・テ・オ・イ・テ・シ・カ・タ・ナ・イ・ト・ハ・ナ・ン・ダ」

「イタタタタ……」

 お仕置きアイアンクローが、ボクのこめかみをギリギリと絞めあげた。

「まったく……何よ? 一大事って?」

「コレを見てよ!」

 ボクは堂々たる仁王立ちにスカートを(まく)り広げ、中身をジュンへと(さら)け出す!

「この痴女(ちじよ)ーーッ!」

「おぶんっ?」

 間髪入れずにアッパーカットが、ボクの(チン)へと決まった。廬山(ろざん)大瀑布(だいばくふ)さえも逆流させそうなヤツが。

「いいいきなり、ななな何をトチ狂ったのよ! 人気(ひとけ)の無い屋上に連れ込んで!」

「何を誤解してんのさ! コレだよ!」

「…………え?」ようやく事態を把握したようだな。「ちょっ……何コレ? え? 鉄?」

 うん、例の〈鋼質化〉が下腹部から腰に掛けて発現していたのだ。

 正直、トイレに入ってビビった。

 (さいわ)い脚部には至らなかったから、まだスカートは履けるけれど。あ、ちなみに下着は着用してるから。妙な妄想しないように。

「打ち明けづらいから黙っていたけど、実は昨晩からなんだ」

「コレって貞操帯(ていそうたい)……」

()くかーーッ!」

 どういう意味だ! それは!

「コレは生身(・・)だよ! つまり、肉体! 身体(からだ)! この左腕も、そうだよ!」

「あ、中二病じゃないんだ?」

「え? いままで本気で言ってた?」

 (いささ)か意気消沈。

 そんなボクを捨て措いて、ジュンは包帯巻きの左腕を軽く指で弾いた。

「……硬」続けて同様に下腹部を確認。「何で? こんな生体現象、見た事ないわよ」

「ボクの方が訊きたいよ」

「まさか、昨日ので?」

「う~ん……断定はできないけど、そうかな~……って。アブられたかな~……って」

「ア……アブ?」

 ジュンは頓狂(とんきょう)な顔で戸惑った。

 彼女はサブカルに明るくない。(こと)にオカルトとかは。

「アブダクションだよ。UFOに拉致(らち)られて色々と生体実験されて、最後は拉致(らち)られた時の記憶が忘却処置されんの」

「実験? どんな?」

「多くは謎の金属片を埋め込まれたり、異種交配させられたり……」

「怖ッ!」

「だよね。身元不明の不認知妊娠だもんね。誰の子かぐらいはハッキリしないと、養育費の請求とか困るよね」

「争点、そこじゃない」

 ふぇ? じゃあ、ドコさ?

 ま、いいや。

 それよりも、現状(いま)はコッチ。

「でね? もしかしたら、あの時にアブられて生体改造されたかな……って」

「だから()めようって言ったじゃない! まあ、異種交配させられなかったのは(さいわ)いだったけど」

 (さいわ)いか? コレ?

「感触とかはあるの? 触覚とか痛覚とか」

「あるよ。一応、以前と遜色(そんしょく)なく」

「トイレは?」

「できた」

「ふむ?」

「ひとりでできるもん!」

()いてない」

 腰の鋼質化現象をまじまじと観察し、ジュンが黙考に(ふけ)る。

「おそらく関節等の要軟質部位は、イオン結合じゃなくてペプチド結合ってトコでしょうね」

「何さ? それ?」

「メンドクサいから()(つま)んで説明するけれど、どちらも分子結合の在り方よ。まず〈ペプチド結合〉は主に炭素等に見られる結合方式で、簡単に言えば〝軟質〟になる。対して〈イオン結合〉は金属や珪素等に見られる結合方式で、こちらは〝硬質〟になる」

「ああ、だから金属質でも関節曲がるんだ」

「そんな単純な解釈じゃ済まされないわよ。ペプチド結合の金属なんて、まず有り得ないんだから」

「もしかして細胞から変質したって点は大きい?」

「かもね。どんなプロセスで成立しているかは知らないけれど」

 そして、彼女は胸ポケットからスマホを取り出した。

 デフォ画がラッセンの癒し系イラストなのがジュンらしい。俗物趣味のボクとは対極。だって、ウル ● ラ怪獣の〝ゼッ ● ン〟だもん。

 で、ネット上の情報をググりだす。

「関連情報は……無いか」

「あったら苦労してないよ」

「やっぱり前例が無い現象だから……あ、一件ヒット!」

「マジ? やった!」

「えっと『左腕が鋼質化しちゃった件』だって」

「あ、それボクがアップしたヤツだ」

「アンタかーーッ!」

 スパーンと、ボクの後頭部を叩き過ぎるビンタ!

 景気いい破裂音が青空に木霊した!

「何やってるかな! しかも、当事者本人が!」

「最近『いいね』が停滞気味なんだよぅ」

「自身の奇病を〝客寄せパンダ〟にするな」

「ま、それは()いといて──」

()くな、しれっと」

「──ぶっちゃけコレ、どうなるのかな?」

「あくまでも推測だけど、同様に拡大していく可能性は高いわね」

「え? 全身に?」

「うん、全身に」

 あれ?

 いま、とんでもない分析論を口走った気がするけど?

「……え? 全身に?」

「うん、全身に」

 改めて示唆された予想を脳内に描いてみる。

「てぇぇぇつろぉぉぉくーーーーん!」

「うわ? ビックリした!」

 思わず意味不明な絶叫を上げたよ!

 絶望的な未来日記だもの!

 むしろ、恐怖新聞だもの!

 アンドロメダ行きの肉体交換ツアーもしてないのに!

「どうやらサイバネスティック技術じゃなくて細胞レベルのバイオ技術みたいだし、それが腕から脚に拡大したとなれば……ねぇ?」

 他人事(ひとごと)だと構えて柔和に「ねぇ?」じゃないだろ。

「どどどどうしよう、ジュン! どうしたらいいのさ?」

「私に()かれても」

「無責任な事を言うな! 恐ろしい予言しておいて! 怯えさせるだけ怯えさせて放置プレイって、世紀末予言のジャムおじさんか!」

「……誰? それ?」

「ノストラダムス。実はジャム作り名人」

「……どうしてあなたといると、要らない雑学吸収しちゃうかな」

「ふわ~ん! このまま〈全身鋼質化〉なんかしたら──」

「まあ、私も何かしら解決策を探ってはみるけれど……」

「──それこそ名実共に〝鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)〟だね!」

「まだ余裕あるわね」

 サムズアップでかました即興ボケに、ジュンが冷ややかな反応をしていた。

 いや、確かにやってる場合じゃないな。

「言っておくけど、これでも真剣(マジ)に悩んでるからね?」

「知ってる」鋼鉄の腰をまじまじと観察しながら、ジュンは簡潔に返答する。「あなたはノリ(・・)で行動するから、そこに()したる意味は無い。けれど、それとは別に問題と正面から向き合う真摯な姿勢も分かってるわよ」

 嬉しいな。

 やっぱりジュンは、しっかりとボクの事を見てくれていたんだね。

「思考と感情と行動理念が全部リンクしてないだけで……」

「うん……え?」

「要するに〝サイコロ的バカ〟っていうか」

「サイコロ的バカって何だーーッ!」

「とりあえず撮るわよ? 考察するにしても資料は欲しいし」

 ──カシャ!

 軽薄なシャッター音を鳴らすジュンのスマホ。

「ってか、何処の世界に股座(またぐら)をオープンに撮らせるバカがいるのさ!」

「此処にいるけど」

 淡白に指摘。

 現物と画像を見比べつつ、彼女は細かい観察を続けた。

 と、退屈に視線を泳がせたボクは、とんでもないミステイクに気付く!

 屋上には誰もいないと踏んで、この場所を選んだワケだけど……一人だけ部外者がいた!

 例の銀髪クールロリータだ!

「あわわ」

 顔面から血の気が引く。

 頭が真っ白になる。

 解析に集中するジュンは、まだ気付いていない。

 そりゃそうだ。

 だって、クルロリが立っているのは、ボクの正面視界。

 昇降口の脇。

 つまり、ジュンの真後ろだもの。

 クルロリは相変わらずの眼差(まなざ)しで、ボク達の行動をジッと見ている。

 スカートを仁王立ちに捲くし上げているボクと、その内側に興味津々と見入るジュンを。

「あわわわわ」

 見てるよ!

 メッチャ見てるよ!

 無表情に見つめてるよ!

「あわわわわわわ」

「皮膚触感とかあるのかしら?」

「ひゃうん!」

 妙に艶めかしい声が漏れちゃったよ。

 ジュンがヘソ下をなぞるもんだから。

 ってか、変な誤解に拍車を掛けるような真似をすな!

「違うから! そういうんじゃないから!」

 過剰な動揺に言い訳する。

 クルロリ、無表情。

「さっきからウルサイ! 一人で何を騒い……で……」

 ようやくスカートから頭を出した。

 そのままボクの視線を追って、気まずく絶句。

「「…………」」

「…………」

 暫し重い沈黙が続いた。

 ボク達とクルロリが無言で視線を交える。

「…………」

 やがてクルロリは昇降口へと踵を返した。無言無表情のまま。

「「ち……違……」」

 ボクとジュンの弁解がユニゾる。

 けれど、金属製のドアは無情にも閉じた。

 まるで何も見なかった事にするかのように。

「「そういうのじゃないからーーーーッ!」」

 悲しい絶叫が、眩しい青空に響き渡ったとさ。



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vs, モスマン Round.4

 

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 下校の道縋(みちすが)ら、ダベり場への寄り道は日課。

 とりわけジャンクフードはデフォ。成長期の空腹を安価で満たせるし、メニューレパートリーも豊富だもん。

 早い話、女子()高生()の下校実態は依然(いぜん)進歩していない。本質的に。

 ってワケで、現在は〝マッドナルド〟へと入店。さすがに外食チェーン店ランキングで上位常連だけあって、今日も今日とて大盛況だ。

 さっさと注文終えると二階へと昇り、窓際のテーブル席を確保。

「はぁ……不覚だったわ」

 正面相席のジュンが、テーブルへと突っ伏しながら消沈を零す。

 これは、もはや〝()()し〟というよりも〝()()()〟だな。

 午後の授業から、ずっとこんな感じ。

 うん? って事は──「どさくさ紛れに()み放題?」

「何を?」

 ようやくガバッと頭を上げたよ。

「いや、(ちち)を」

「言わなくても判ってるからッ!」

 二日酔い(よろ)しくこめかみを押さえて、彼女は姿勢を正した。

「まったく……あなた、私の胸に何を?」

育乳(いくにゅく)大明神の御利益を」

(ひと)の胸を怪しげな御神体扱いするな!」

「きっと世界中の貧乳娘達が(すが)りたがってるよ?」

「怖い怖い怖い!」

 両腕でFカップを抱き(かば)う。

 その寄せ乳が(うらや)ましいんだってば。

「にしても、まさか見られてたとはね」

 ボクはバーガーを頬張りながら話題を繋いだ。

 けれども、実際はジュンほど深刻に捕らえていなかったりする。見られたものは仕方ないし。

「あなた、また深く考えてないでしょ」

 心中を見透かしたようにジロリと睨んできた。

「そそそんな事ないよ!」

 慌てて取り(つくろ)う。

 疑りの眼差(まなざ)しで(とが)めると、彼女は深い嘆息(たんそく)に沈んだ。

「このまま誤解されて、私達の百合(ゆり)疑惑なんかが広まったら……」

「モグモグ……式場、何処にする?」

「何で結婚上等かーーッ!」

 気がつけば周囲の視線を独占。

 ジュンは「コホン」と気まずい咳払いに、話題の方向修正を(はか)る。

「とりあえず本題に戻すけど ──あなたの鋼質化、どう考えても自然現象とは思えないのよね」

「やっぱアブられたって事?」

「……スルメか、あなた」呆れつつミルクティーを一口含む。「断言はできないし確証も無い。けれど、その可能性は極めて有力よ。細胞が〈金属〉に変質するなんて前代未聞だし。あなたにしても、他に心当りはないんでしょう?」

「ふぉうふぁふぇ、ふぉふぁふぃふぁふぁふぃふぇ」

「何語か、それは」

 だって、バーガーを頬張った瞬間に話し掛けるから。

 ボクは租借(そしゃく)(おろそ)かに、咥内(こうない)のモッチャラモッチャラ感を飲み込んだ。

「う~ん。ボク、思うんだけどさ」

「何? 何か感じるところあった?」

「今回の〝シメサバマンゴーバーガー〟はチト奇をてらい過ぎたっていうか」

「誰が限定バーガーの話をしてるか!」

「ぶっちゃけハズレ。先々月の〝スッポン豚足バーガー〟を下回るハズレ」

「知らないわよ! っていうか、頼むな! そんなの!」

「……あげる」

「苦虫顔で差し出されても、思いっきり迷惑なんだけど」

 長嘆息(ちょうたんそく)がてらにアイスティーを飲み、彼女は強引に気持ちを切り替える。

「一応確認しておくけど、この事を知っている人は?」

「徹底的に隠蔽(いんぺい)してるよ。だから、まだ誰にも知られていない。もちろん、ヒメカにもね」

「あ、ヒメカちゃんも知らないんだ?」

「知られたら大変だよ。あの子、何でもかんでも大騒ぎにするもん。お祭りフェスにするもん」

「そういうトコは姉妹なのね」

「……どゆ意味?」

「いえ……あなたと違って、常識派だと思っていたんだけれど」

「それこそ、どゆ意味ッ!」

 ボクは食事の片手間で、スマホの着信履歴をチェックしてみた。

 ライン八件──全部、ヒメカから。

 メンドいので流し見だけで既読を付けておく。

 

『お姉ちゃん、いま学校終わったよ~?』

『お姉ちゃん、いま何してるの~?』

『お姉ちゃん、もう学校終わる?』

『お姉ちゃん、一緒に帰ろ?』

『お姉ちゃんが好きそうなレトゲー発見!』

『お姉ちゃん、街角ロケやってたよ!』

『……お姉ちゃん、返信ないし』

『お姉ちゃ~~~~ん!』

 

「ウザいわぁぁぁああーーーーッ!」

 スマホを床へ叩きつけたよ!

 喧嘩メンコの如く鳴り響くし!

「可愛いじゃない。お姉ちゃんっ子で」

「ジュンは他人事(ひとごと)だから言えるんだよ! 身内がカマチョってのは、もうウザくてウザくて!」

「そういう割には、さっきテイクアウトを注文してたじゃない?」

「うっ?」鋭い指摘に固まる。油断ならない観察眼だな。「ちちち違うもん! コレは帰ってから食べる分なんだもん! ヒメカのじゃないもん!」

「そう?」

 悪戯っぽい微笑(ほほえ)みを向けていた。まるで聖母ような包容力で。

 何だか()えきれないな、コレ。

 ボクは思わず半泣きで(うったえ)(すが)る。

「違うんだよ~~! ボクが好きなのは、ジュンだけだよ~~! 結婚して~~!」

「……何をカミングアウトしてるの、あなた」

 一転して冷ややかな対応。

 (さなが)らダメ亭主と化したボクを放置し、ジュンはバーガーを頬張った──瞬間、表情が曇り青冷める!

「ん! んん! んんんんんんんん?」

 口を押さえて悶絶。

 咥内(こうない)逆流(ぎゃくりゅう)と格闘しているな。

 いまジュンが食べたのは、ボクの〝シメサバマンゴーバーガー〟の残り。

 さっき、彼女の〝ノーマルバーガー〟と交換した。

 別に悪戯とかの、みみっちい理由じゃないよ?

 単にビフパテの方が食べたくなっただけ。

 で、気がついたら自然に交換していた。

 うん、それだけの事。

「この無作為的バカーーッ!」

 店内に響き渡るジュンの怒声。

 それにしても(うま)いな、このノーマルバーガー。

 某大御所グルメマンガ家の表現なら、(よだれ)租借屑(そしゃくくず)を飛ばしながら「うんめぇぇぇえええ!」だ。

 ようやく満足な食感を堪能していると、ボクのスマホがバイブる。

 たぶん、おそらく、十中八九、ヒメカだ。

 鬱陶(うっとお)しいけど一応確認してみた。

『お姉ちゃん、いま人質になってます』

「ぶっ?」

 思わず吹き出したよ!

(きたな)ッ!」

 危うくジュンの顔に咥内散弾ヒット──卓上メニューを盾に()けてたけど。

 信じ(がた)い件名に、ボクはフルフルと憤る!

「ヒ……ヒメカのヤツ、何を考えてんだ!」

「マドカ、落ち着いて! こういう時は、まず冷静に──」

「ここは『姉さん、事件です』だろーーッ!」

「──あなたこそ何を考えているか」

「だって、こんなベタにハマるシチュエーション滅多にないじゃんか! もったいない!」

「アホかーーッ!」

 卓上メニューでツッコミビンタ!

「ヒメカちゃんが一大事(いちだいじ)なの! あなたの妹が大ピンチなの! 分かってるわよね?」

「わ……分かってるよ?」

 胸ぐらをガクガクと掴み揺らして凄んでくる。

 ()めつけ、怖ッ!

「いったい誰が? 何故、ヒメカちゃんを? ううん、それは後! とにかく早く救けないと! ああん、でも居場所が……」

「あ、ジュン!」

「何? 心当たりでも?」

「いまの『ああん』って、もう一回やって! 録音するから!」

 メニューハリセン、スパーーン!

「コレ、最後だからね? あなたの妹がピンチなの……分かってるわよね?」

「は……はい」

 威圧的な怒気(どき)に凄まれた……クスン。

「場所を特定しようにも分析情報が少な過ぎる……どうしたら……」

 ジュンが狼狽(ろうばい)する最中(さなか)、ボクのスマホに新たな着信が入る。

「誰? ヒメカちゃん?」

「違うね。あの子なら絶対ファンシー系スタンプ使うもん。コレ、シュール系スタンプだし」

「じゃあ、誰から?」

「名前は〝助言者〟だって。知らないヤツだよ」

「どうやってグループへ侵入したのかしら?」

「モグモグ……知らね」

「……あなたって個人情報を平然と流出するタイプよね」

「内容は……と、居場所?」

 ボクはジュンと一緒に内容を確認した。

日向(ひなた)ヒメカは、ゴドウィンビルにいる』

「ゴドウィンビルって、あのテナントが一向に入らない廃ビル?」

「案外近くだね。此処から二〇分ぐらいか」

「相手の罠って事は?」

「とりあえず行ってみりゃ判るっしょ。他に手掛かりも無いし──『おケツに()()(こじ)らせる』ってヤツだよ」

「……マドカ? それ、多分『虎穴(こけつ)()らずんば虎児(こじ)()ず』だからね?」

 緊迫感を削がれつつ、ジュンが訂正した。



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vs, モスマン Round.5

 

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 すぐ近くだけど、そこには商業区画として開発されている土地がある。

 そこに(そび)えるゴドウィンビルは、数年前に建設オープンした鳴り物だ。だけど、テナントが次々と撤退。現在ではビルそのものがゴースト化していた。外観が荘厳なだけに、相対的な荒廃感も否応なく際立っている。早い話『逃 ● 中』には格好のロケ地。

 ビル内では無数の店舗シャッターが閑寂と閉じられ、カラータイルの床が迷宮回廊のように入り組んでいる。中央ロビーは吹き抜け状態で、一階広場の巨大ツリーが御神木(ごしんぼく)のような存在感をアピールしていた。

 それを()け囲う形で重なる各階フロア。通路幅は大凡(おおよそ)三人分程度しかない。落下防止に半透明のアクリル板が(さく)と設けられているものの、各階の高さに対して心許(こころもと)なく感じもする。

 ともかくボク達は目的地へと到着した。

 指定にあった六階フロアだ。

 他のフロア同様に空き店舗のシャッターが並び、人の気配すら無い。オカルトマニアなら霊気すら感じるであろう寂寥(せきりょう)が漂い篭もっていた。白い月明かりを光源とした仄暗(ほのぐら)さが、それに拍車を掛ける。

「此処ね」

 スマホナビと店舗プレートの合致を確認して、ジュンが緊張を噛み締める。

 指定場所の店舗だけはシャッターが開放されていた。

 無論、営業しているワケでもない。

 入口の脇へと隠れながら店内を(うかが)う。

 奥行きは意外と深い。内装からしてファンシーショップだろうか。処分待ちの在庫でも入っているのか、ダンボール箱が雑多に積み重なっている。

「やはり現れたな、日向(ひなた)マドカ」

 店内からの声!

 ボク達は反射的に()退()き、警戒を身構える!

如何(いか)にして自力で此処を探り当てたかは知らんが……まあ、いい。呼び出す手間は(はぶ)けた」

 女性の声だった。

 落ち着いた凛声(りんせい)だけど、同時に鋭利な抑揚も(はら)んでいる。

 店内の闇に呑まれた月の光が深い影を許して、(いま)だ容姿は視認できない。

 やがて、敵は月光の庇護(ひご)()へと進み出て来た。

 コツリコツリと木霊(こだま)する硬い靴音。

 おかげで、徐々に相手の姿を拝めた。

 歩幅を刻む度に揺れ(なび)く黒髪ロングポニー。

 (かも)す雰囲気は妙に大人っぽい。スマートな長身と、理知的な顔立ちのせいだろう。

 細い顎線に、薄く通った鼻筋。切れ長な眼差しには、気丈な意志力を宿す灼瞳(しゃくどう)が否応なく印象強い。

 そうした要素が統合されて、クールで知的な心象を演出していた。

 で、肝心の胸は……Gあるな、チクショー。

 完全に光源で照らされた所で、彼女は立ち止まる──が、その容姿を認識した直後、あまりの驚愕にボク達は固まった!

「な……何さ? アイツ?」

 額には〝シダの葉〟を彷彿させる触覚が伸び、背中からは巨大な羽根が長い外套(マント)と生えている。蝙蝠(こうもり)を想起させる翼ながらも〝()の羽根〟を連想させるのは、黒色をベースに金色の模様が毒々しく彩っているせいだろう。

 つまり、招待人は〈異形少女〉だったのだ!

「驚いたようだな。我が名は──」

「──イナ子さん?」

「何だ? それは?」

「いや、その触覚とか〝イナ ● マン〟みたいだし」

「知らん」

「ちなみに原作版の方」

「知らんと言っている」

 平静を装ってるけれど、しっかり怒気(どき)っているな。

「ヒメカちゃんは何処よ!」

 強気で(たず)ねるジュンへ、彼女は冷静然と答える。

「安心しろ。無事だ。眠らせてはあるがな。そもそも、あの()は、日向(ひなた)マドカを呼び出す(ため)の〝()〟に過ぎん」

「あ、そうなん? じゃあ、とりあえず後でいいや。あの子のメンタル、けっこうタフだし」

「淡白ッ?」と、ジュンのガビーン顔。

 うん、ウチら姉妹はファジーなもんだよ?

「私は〝胡蝶宮シノブ〟……私立最朱蘭(もすらん)高等女学校、二年C組! 胡蝶流忍者の次期頭領だ!」

 ……予想外の自己紹介をされたよ。

 キャラ設定、大渋滞じゃんか。

 

 

 

 電光石火の如き異形少女の攻撃!

 店舗前通路で、ボクは格闘戦を展開していた!

 だって、問答無用に襲ってきたんだもん。

 両手に苦無(くない)を持って。

「ねえ、胡蝶宮先輩?」

「誰が先輩だ!」

「だって、一個上じゃん」

「学校が違うだろうが!」

「じゃあ〝シノブン〟でいいや」

「シシシシノブンッ?」

 何だよぅ? そんな動揺する事?

 カナブンって命名したなら、ともかく。

「でさ、シノブン? まさかボクの異能化に一枚噛んでる?」

「貴様の異能化に、私の意志など介在していない!」

 格闘戦なら、またボクにも()がある──と、正直自負していた。実際、毎度のように運動系部活の助っ人を頼まれるぐらいだし、その中には〝空手〟や〝柔道〟等の実践的格闘技も含まれるからだ。

 しかしながら〈忍者〉の肩書は伊達じゃない。

 理知的な印象に反して、彼女の体術は鋭いものだった。

 繰り出す鉄拳を的確に(さば)き、時には反撃を織り交ぜる。その技量に(すき)は無い。

 だけど、ボクには頼もしい武器がある──即ち、鋼質化した左腕だ。

 それを盾として弾きつつ、ノーダメージで(さば)き続ける!

「じゃあ、シノブンの目的は、いったい何なのさ?」

「おとなしく()が軍門に下れ! 日向(ひなた)マドカ!」

「……え? 一緒に水銀灯で群れろって? シノブンと?」

「私を〝()〟扱いするな! というか〝シノブン〟やめィ!」

「うわっと!」

 上半身を狙った横凪ぎの苦無(くない)を、咄嗟の仰け反りで避わした!

 けれど、これはフェイク!

 至近距離からの蹴り飛ばしが、ボクの腹を突き跳ねる!

「おっとっと?」

 傍目に滑稽なステップを刻み、チープなアクリル(さく)へと(すが)り止まった。

 敵は、その不安定さを見逃さない!

 解放された吹き抜けへと浅く飛翔すると、旋回突進の勢いにフライングキック!

「あわわッ!」

 見事、脚槍(きゃくそう)がヒット!

 直撃を受けたボクは、アクリル(さく)を乗り越えて転落してしまった!

 ってか、ヤバイヤバイヤバイ!

 此処は六階じゃん!

 このままじゃ(つぶ)れアンパンスプラッタだ!

 どうにかしようと、もがく!

 ワタワタと、もがく!

 されど、状況が好転するはずもない! 

 だって空中だもん!

 ボク、飛行能力なんて無いもん!

 仰向けに落下するボクの視野に、更なる不幸が飛び込んでくる!

 急降下に追い打ちを仕掛ける巨大蛾のシルエットが!

 無防備な落下状態に、再度足蹴りの駄目押し!

「かはッ!」

 息が詰まり苦悶を吐いた!

 一瞬、眼界(がんかい)が時を止め、思考が白く染まる!

 そして、ボクは一階ロビーへと沈んだ!

 濛々と飛び散る粉塵と瓦礫!

「マドカッ!」

 ボクの身を案じるジュンが上階から覗き込んでいた。

「うう……」

 背中を蝕む鈍痛が鎖枷(くさりかせ)の如く、ボクを地面へと縫いつける。

 意識はある。

 何故か死んではいない……が、正直身体が重い。

 爆塵に霞んで、悠々と歩み来る敵影が見えた。

 言うまでもなく、シノブンだ。

「このままじゃ為すがまま……か」

 根性に(すが)り、のろのろと()い起きる。

「ほう? 全身鋼質化を発現したか」

「クッ……だから、さっきから全身が重いのか──って、ふぇ?」

 いま、何て言った?

 イヤな響きを聞いたぞ?

 自分の両手を見た。

 両腕だったっけ? 鋼質化って?

 いや、左腕だけだったはずだよ?

 続けて、顔をペンペンと確認に叩く。

 うん、ペンペンだ。

 ペチペチじゃなくペンペンだ。

 肉打音じゃなくて、フライパンを叩いたような金属音。

 とりあえず周囲に鏡面反射を求める。

 お(あつら)え向きに、テナント案内の看板保護アクリルがあった。

 そこに写し出されたのは、何処か見慣れた初面識のメタリックマネキン!

「うわぁぁぁ~~いッ?」

 否定したい確信を悲痛な叫びに乗せた!

 鋼質化してたよ! 顔が!

 いや、全身そのものが!

「ミ ● ロマンだ! 等身大のミ ● ロマンがいるぅぅぅ~~ッ!」

 道理で見覚えのある長い編み下げなワケだよ!

 だって、ボク自身だもの!

 その髪も、見事に質感が変わっていた。触ってみると極細の鋼糸みたいだし。

「何で全身が鋼質化してるのさ!」

「過剰ダメージによって、鋼質化細胞〈エムセル〉が防衛機能を受動的に覚醒させたのだ!」

 追撃の突進がてらに、シノブンが教示。

 苦無(くない)の連撃を避わしつつ、ボクは訊ね返す。

「エム……何て?」

「鋼質化細胞〈エムセル〉──炭素情報と珪素情報を両存内包した〈第三種四価元素〉を核とする特殊細胞。それこそが、貴様の異能源泉だ!」

 うん、ボクに解るワケがない。

 だって、小難しい単語のオンパレードだもの。

「その〈エムセル〉の性質(ゆえ)に、貴様は太陽系屈指の硬度を誇る!」

 ボクの困惑を余所(よそ)に、シノブンは至近攻撃の手数を刻む!

 乱発する苦無(くない)と蹴りが、次々と鋭い弧を生んだ!

「うわっとと?」

 ボクは全てを紙一重で避ける。完全に硬度と運動神経任せの力技だけど。

 ってか、意外と面倒見いいのな……シノブン。

 頼んでもいないのに、全部教えてくれてるし。理解できないけど。

「でりゃあ!」

 反撃のストレートを繰り出すも、視界からシノブンの姿が消える!

「ふぇ?」

「此処だ!」

 体勢低く屈み、(ふところ)へと潜り込んでいた!

 視認した次の瞬間、苦無(くない)柄尻(つかじり)がボクの(あご)を鋭く突き上げる!

「アレ? 痛く……ない?」

 うん、まんじりとも痛くない。ノーダメージっぽい。甲高い金属音が鳴り響いだけ。

「さすがに〈アートルベガ〉だな……厄介な硬度だ」

 ってか〈アートルベガ〉って、何さ?

 明らかに、ボクを指して言ってるよね?



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vs, モスマン Round.6

 

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「んにゃろ!」

 再度、踏み込みストレートで反撃を試みた!

 実戦経験の差か──シノブンは逸早(いちはや)く察知して、浅い飛翔に間合いを取る!

 大振りにスカッた鉄拳が、先のフロア案内板を木端微塵(こっぱみじん)に粉砕した!

「うへぇ? 何て威力さ!」

 我ながら驚嘆。

 気分は、(さなが)ら〈スーパーロボット〉だよ。

「手こずらせてくれる」

 半人半蟲(はんじんはんちゅう)の美貌が、微かに苛立ちの色が(はら)む。

 次なる一手を反目に探り合うも、互いに警戒して動けない。

 と、不意に手近なエレベーターが開いた。

「マドカ! 無事?」

 ジュンだ。

 どうやらボクの身を案じて駆けつけたらしい。

 まぁ、それは嬉しいけれども……タイミング悪ッ!

 そして、ボクの危惧は的中!

「チィ! 気は進まぬが……ッ!」

 巨大な羽根が目敏(めざと)くも獲物へと襲い飛んだ!

「キャアァァァーーッ!」

「ジュン!」

 即座に後追いダッシュするが、低空飛行のスピードに及ぶはずもない!

 結果、まんまと人質に取られてしまった!

 背後から首を絞め上げられ、首筋に苦無(くない)が突き付けられる!

「いやあ! やめてーーッ! マ……マドカァ!」

 恐怖を叫ぶジュン!

 すかさず、ボクはスマホ起動!

「何で録音してるの! あなたはーーッ!」

「一生モンのお宝ファイルにするから!」

「絶交する?」

 あ、本気だ。声音が冷たい。

 悄々(しおしお)とファイル削除したよ……クスン。

「ってか、速やかに解放しろ! ボクの〝育乳大明神〟なんだぞ!」

「誰が〝育乳大明神〟か!」

 人質から怒気(どき)られた。この緊迫した状況下で。サラリと織り込んだつもりなのに。

 絶対的な優位性を確信したシノブンが、微々と力を込めて脅しを()いる!

「悪く思うな。(らち)もないのでな。さて、どうする? おとなしく我が軍門に下るか……それとも、この〝育乳大明神〟とやらを見殺しにするか!」

「それ、違うから!」

 置かれた立場も忘れて、ジュンからのマジ抗議。きっと染みついたツッコミ体質による条件反射だろう。

「どうするもこうするも……取り返すだけだよ!」

 ボクは憤慨(ふんがい)を吼えて突撃を仕掛ける!

 こうなりゃ強攻策だ!

「無策に向かってくるとは……愚かな」

 虚しさに酔うかのように、シノブンは(まぶた)()じた。

 そして、見開いた目が真っ赤に発光!

 途端、ボクの頭を〝何か(・・)〟が締め付けた!

「ぎゃぁぁぁーーす! こめかみ割れるぅぅぅ!」

 頭を振って大苦悶!

 まるで透明万力(まんりき)による拷問だ!

「透明な〝ルー ● ーズ〟がいるぅぅぅ! 伝説のアイアンクローがぁぁぁ!」

「これって……まさか?」

 自身が人質とされながらも、ジュンが観察に神経を集中した。

如何(いか)に〈アートルベガ〉とはいえ動けまい? 我が〈電磁眼〉の拘束からはな!」

「やっぱり、そういう事だったのね!」

 異能力を誇示するシノブンの言葉に、ジュンが確信を(いだ)く。

「どゆ事さ? 痛たたッ!」

「おそらく、彼女は強力な超電磁波を視線照射できるんだわ。それによって、対象の生体機能を狂わせる。言うなれば、魔眼の(たぐい)なのよ」

「痛ててて! まるで〝現代版メドューサ〟だな! じゃあ、この頭痛も〝ルー ● ーズ大先生〟じゃなくて?」

「いない! 何処の誰かは知らないけれども!」

 伝説の〝鉄人プロレスラー〟に失敬な。

「少しは分析力があるようだな。如何(いか)にも、我が〈電磁眼〉は超電磁波を帯びた眼力(がんりき)だ」と、仮説を肯定するシノブン。うん、本人公認設定になった。

「それにしても……痛たたッ! いつまで浴びせてくれてるんだ!」

「この! マドカを解放しなさい!」

 非力な人質が形振(なりふ)り構わず腕へと噛みついた!

 ボクの事を想ったが(ゆえ)の必死な抵抗だ!

「クッ?」

「きゃあ!」

 咄嗟にジュンを突き放すシノブン!

 床へと転げ倒れたジュンを忌々しそうに睨みつける。

窮鼠(きゅうそ)(ねこ)を噛むとは、この事か──邪魔立てするというなら、それ相応の覚悟は出来ているのだろうな?」

「そんなもの無いわよ! だけど、マドカを見殺しにするのは絶対にイヤ!」

 床にへたり込みながらも、ジュンは気丈に吼え返した。

 けれど、それが精一杯のようだ。

 身体を蝕む痛みか──あるいは恐怖からか──地べたに(うずく)まり動けないでいる。擦り剥いた(ひざ)に血を滲ませて……。

「もういい。どのみち、貴様に主用は無い。私の目的は〝日向(ひなた)マドカ〟だ。障害となるのならば……」

「ひッ!」

 ゆっくりと歩み迫る異形!

 毒牙が迫るも、ジュンに為す術は無い。

 だから──ボクは激情任せに飛び込んだ!

「ジュンをいじめるのは誰だァァァ!」

 なまはげ(よろ)しくに吼えて、鉄拳ストレート!

「チィ?」

 即座に後方回避するシノブン!

 ほとほと勘がいいな。

 結果として、ジュンから引き離す事には成功したけど。

「しまった! 電磁波拘束が?」

「そうよ!」先程とは一転して、ジュンが毅然と真意を明かす。「一瞬でも視線照射を()らせば、すぐにでもマドカは、私を救けてくれるもの! 絶対に!」

「ブフウゥゥーーーーーーーーッ!」

「きゃあ? ママママドカ──ッ?」

 鼻血噴いた。愛の力で。

「だ……だが、あれだけ超電磁波を浴びた直後に、後遺症も無く動けるだと?」

「電磁波がどうしたーーッ! ジュンのピンチに寝ていられるか! 動けなきゃ動くだけだぁぁぁーーッ!」

「鼻に詰め物して意味不明な事を言わないッ!」

 ジュン、ドン引き。

 何だよぅ?

 ボクの背後に(かば)われておきながら。

「ともかく! ボクの〝育乳大明神〟に手を出すな!」

「私、やっぱり御神体扱い?」

「ならば、いま一度、電磁眼の餌食とするまで! 今度は〝育乳大明神〟諸共な!」

「……マドカ、後で話がある」

 育乳大明神が怒気(どき)っていた。

 またもや邪眼が赤を帯び始めた直後──「そこまで」──不意に第三者の声が制止に割って入った。

 聞き覚えの無い声だ。感情の機微が窺えない無抑揚だった。

 声の主は、いつの間にかシノブンの背後へと回り込んで……って、クルロリ?

「なっ? 私の背後を他易く? 何者だ!」

(すで)に〝日向(ひなた)ヒメカ〟は、私が保護した。無関係な人間を巻き込むのは関心しない。これ以上続けるなら──」

 静かな威圧を以て、クルロリが警告。

 その手にはカード(・・・)らしき物を持っている。

 それを拳銃(よろ)しく背筋に押し当てていた。

「クッ!」

 脅しが効いたのか、巨大な蛾は頭上へと飛翔!

 そのまま天窓を突き破って飛び去った!

「今回は引き下がるが、私は諦めたわけではないぞ!」

 戦闘の余韻が滞るロビーに、捨て台詞が反響する。

「えい」

「きゃあああああっ?」

 戦闘の余韻が滞るロビーに、悲鳴が反響した。

 クルロリがシノブンへカードを向けた途端、放電攻撃が発射されたから。

 あ、屋上でポテンと落ちた──そして、ヨロヨロと起きた──満身創痍で飛び去った。

 アレ、泣きたいの我慢してるな……キャラ的に。

「多少放電しておきたかった。過剰蓄電は機器に悪い」と、クルロリ。

 この娘、怖ッ!

 ともあれ、理不尽な戦いは一先(ひとま)ず幕を下ろした。

「マドカ」

 静かに歩み寄るジュンが、神妙な口調でボクの名を呼ぶ。

「もう大丈夫だよ、ジュ──おぶぶぶぶぶぶっ?」

「変な呼び名を定着させるなーーッ!」

 往復ビンタを叩き込まれたよ!

 (さなが)ら〝ビビビの人〟みたいなのを!

 やっぱり根に持ってたか……さっきの〝育乳大明神〟事変!

 ってか〈完全鋼質化〉してるのに痛い(・・)って、どういう事さ?

 ボクは内心白目を()いて思った──ジュン、恐ろしい子!

日向(ひなた)マドカ、とりあえず無事な様子」

 事態収束の立役者が近付いて来た。

 ボクはジンジンする(ほほ)(さす)りながら訴える。

「これが無事に見えるのか! クルロリ!」

「……誰?」

 思いきり怪訝そうな顔をされたよ。

 あ、そっか。

 ボクが便宜上付けた呼び名だっけ。

「って、マドカ? 鋼質化が解けているじゃない」

「アレ? ホントだ? 何で?」

 ジュンから指摘されて、ようやく気付いたよ。

「さっき多量の鼻血を噴いたから鉄分が減少した」と、クルロリが淡白に解答。

 どーいう理由だ! それ!

「でも、部分的に生じてたのは何故? そのせいで、どれだけ気苦労をしたか……」と、ジュン。

 アレ? 鼻血説は受け入れるの?

「それは本格的覚醒の兆候に過ぎない。今回の戦闘事態に対する因果率を本能的に察知して、エムセルが受動的活性化を始めたのが原因と思われる」

 う~ん? よく解らん。

「まあ、いずれにせよ良かったよ。生理の鉄分も当社比増量じゃシャレにならないもんね」

「当社比って、何処のよ……」

 冷ややかなツッコミを無関心に一瞥(いちべつ)し、クルロリは事後報告を進行する。

(すで)日向(ひなた)ヒメカは自宅へと送り届けてある。特に外傷も精神的傷害も負ってはいない」

「よ……よかったぁ」

 安堵にへたり込んだ。

 ボクじゃなくて、ジュンが。

「ただし、今回の一件は記憶消去させてもらった」

「え? あ……でも、そうよね。こんな怖い思い、記憶に残っていたらトラウマが──」

「ってか、ジュン! どうしてヒメカには過保護なのさ! ボクには甘えさせてくれないのに!」

「だって、ヒメカちゃんは無力だもの。あなたは自力で何でも解決しちゃうけど」

贔屓(ひいき)だ! ()くぞ! ()いちゃうぞ!」

「はいはい」

「Fか! そのFカップから母性が(にじ)み出るのか!」

「胸、関係ない」

「母性ドーーン!」

 ──ふにん!

「ひわわわ~~っ?」

 乳を抱き庇って悲鳴をあげた。

 勢い任せに()んだから。

「唐突に何をするかーーッ!」

「おぶぶぶぶぶッ!」

 ビビビ炸裂!

「次やったら隅田川に流すわよ!」

「うう……じゃあ、しばらく感触の余韻だけで我慢する」

「手をワキワキさせて反芻(はんすう)するな!」

 ボク達の(かしま)しさをスルーして、クルロリが平静に切り出した。

「今回の件、アナタ達に説明しておきたい」



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vs, モスマン Round.7

 

【挿絵表示】

 

 閑散とした一階ロビーで、休憩用ベンチへと腰掛ける少女達──言うまでもなく、ボクとジュンとクルロリだ。

 遙か上方の天窓には、シノブンが突き破った逃亡の(あと)が生々しい。

 そこからダイレクトに射し込む白い月明かりが、中央に(そび)える巨大ツリーをライトアップする。

 けれども、生憎(あいにく)、叙情的心象は皆無。周囲の雰囲気は不気味だ。心霊ビデオ(さなが)らの青暗さと静けさが、得体知れない不安感を助長していた。

「あ、そだ。さっきは、ありがとね」

 ふと思い起こして、ボクはクルロリに礼を言う。

(さき)の件は済んだ。改めて礼を言う必要は無い」

「じゃなくて、ライン。この場所を教えてくれたのは、キミでしょ?」

 クルロリはコクンと肯いた。

 略して、クルコク。

 何気(なにげ)に可愛いな、コレ。

 きっと小柄な容姿の相乗効果もあるだろうけど。

「それでも、礼は不要。私は義務を果たしただけ」

「義務?」

 ジュンが耳聡(みみざと)く怪訝を浮かべる。

 クルロリは、それ以上語らなかった。

 代わりに前置きも無く説明を始める。

「アナタ達が交戦した胡蝶宮(こちょうみや)シノブは〈モスマンベガ〉という異能存在」

 ヒメカ用のテイクアウトを(つま)みつつ、ボクは好奇心のままに聞き入った。

「モグモグ……ああ、なるほど〈モスマン〉か」

「何よ、その〈モスマン〉って?」

 オカルトに明るくないジュンが、ボクへと解説を求める。

「アメリカのウェストバージニア州で頻繁に目撃されている未確認生物だよ。全身毛むくじゃらで巨大な翼を持ち、赤く爛々(らんらん)とした丸い目で、暗闇から獲物を急襲する。直接的な遭遇例や被害談も多い……モグモグ」

「……蛾要素ゼロじゃない」

「モグモグ……ごもっとも」

「で、被害談っていうのは?」

「色々あるけど『慢性的な健康被害を発症した』とか『精神がおかしくなった』とか『遭遇後、ポルターガイスト現象に襲われるようになった』とか『半年以内に死んだ』とか」

「それって怨霊妖怪の(たぐい)じゃないの?」

「これまた、ごもっとも……モグモグ」

「まあ、おそらく原因は〝高圧電磁波〟でしょうけどね。たぶん〈モスマン〉は強力な高圧電磁波を視線照射できるのよ──派生であるシノブン……コホン……胡蝶宮(こちょうみや)さんが立証したように。それによって、対象の生体機能が過剰な障害を生じる」

 何故言い直したん?

 ボクのナイスネーミング?

「モグモグ……あれ? そういえば電磁波弊害って、都市伝説じゃないの? 納豆ダイエットやマイナスイオン神話と同レベルの?」

「大衆が盲信的に翻弄されている大部分はね。その辺を誤認している人も多いけれど、生活レベルでは安全規定内よ──携帯電話や家電とか。そもそも電気が流れれば、大なり小なり電磁波(・・・)は出ているワケだし。だけど〝メノウ通りの災厄〟のように、深刻な実害を及ぼすケースは確かにあるの」

「何さ? その〝メロン通りは最悪〟って?」

「メノウ通りの災厄! ロシアのメノウ通りで近隣住民が体調不良を(わずら)ったり、次々と怪死した大惨事よ。その原因を調査したら、工場から住宅街頭上を通る送電線が発する高圧電磁波だったの。ただし、このケースでは工場レベルの大出力電磁波というのが重要ポイントで、しかも送電線配置に()ける安全面の考慮が足りなかったのが直接的原因だったんだけど」

「ふ~ん? じゃあ、やっぱ〝ルー ● ーズ大先生〟じゃないんだ?」

「だから、それこそ誰なのよ?」

「伝説の鉄人」

「はぁ?」

「ま、それはさて()き──現在〈モスマン〉は〝村おこしシンボル〟として崇められているんだよね。ヒーローチックな彫像とか建てられて」

「本末転倒というか……商魂(たくま)しいわね、人間って」

 呆れ顔を浮かべていた。

 軽くウンチク披露(ひろう)を終えたボクは、キョトンとクルロリに訊ねる。

「ってか〈ベガ〉って何さ?」

 さすがに、これは初耳用語だった。

 真っ先に連想されるのは〝ペクン(あご)の超能力おじさん〟ぐらいだし。

「正式には〈ベムガール〉の略。近年、頻繁に出現している〝宇宙怪物少女〟の総称。統計データから鑑みるに、既に数多くの〈ベガ〉が地球上へ潜伏しているものと思われる」

 ……いっそ〝ジョーンズおじさん〟呼べよ。缶コーヒー片手に捜し出してくれるよ。

「問答中悪いけど、そもそも〈ベム〉って何なのよ?」

 またもやジュンが眉根を曇らせる。

「語源になった〈ベム〉っていうのは、古典SFに登場する〝異形の宇宙怪物〟の事だよ。現在では〝異星人〟も〝宇宙怪物〟も、総じて〈エイリアン〉とか〈UMA〉って呼ばれるようになっているから、完全に死語化しているけどね」

「そんなものが実在しているっていうの? 科学常識を根底から覆す異説よ、それ」

「実在してたじゃん。さっきまで」

「それは、そうだけれども……」

 ()に落ちない顔を浮かべていた。

 不毛な〝あるない論争〟を置いて、彼女は(しば)し黙考を巡らせる。

 そして、心中に涌いた疑問をクルロリへと投げた。

「その異能進化は自然発生なのかしら? それとも何者かが人為的に?」

「宇宙生物進化論的に〈ベガ〉は、極稀(ごくまれ)ながら突然変異発生しても不思議ではない。ただし、今回の件に関しては〈ベガ〉を増産している者が背後にいる。その名は〝ジャイーヴァ〟……」

「ジャイーヴァ?」

 明らかになったボスキャラの情報に、ボクとジュンは顔を見合わせた。

 クルロリは続ける。

「ただし、それ以外は詳細不明──その目的も。現在調査中」

「じゃあ、ボクの異能化も……」

「……その〝ジャイーヴァ〟ってヤツの仕業かもね」

 緊迫感に覚えた渇きをコーヒーで潤す。

日向(ひなた)マドカ、それは違う」

「ゴクゴク……ふぇ?」

「アナタを生体改造したのは、私」

「ブフウゥゥーーーーーーッ?」

 派手に噴いたよ!

 アブり職人、此処にいたよ!

 (けが)(がた)い愛らしさで何を独白してんだ! この()

「な……なななななななな?」

「七千七百七十七が、何?」

 言ってないよ! 朴念仁(ぼくねんじん)

「どういう事さ!」

「アナタには、これから先〈ベガ〉と戦ってもらうから」

 いや「もらうから」ぢゃないよ。

 その理不尽な理由が知りたいって言ってんだよ。コッチは。

「宇宙怪物少女である〈ベガ〉の防波堤に成り得るのは、一騎当千の〈ベガ〉を()いて他にない」

「だから、何でボクなのさ!」

「呼ばれたから」

「は?」「ふぇ?」

「あの時、私は悩んでいた──自己犠牲覚悟で〈ベガ〉となってくれる候補者を捜すべきか否か。それは、アンモラル的で酷な選択だから……。そんな折、アナタ達が呼び掛けた──『ベントラーベントラースペースピープル』と」

 アレかーーッ!

「更に日向(ひなた)マドカに至っては、快諾の意思表示をしてくれた──『ユ~ンユンユン』と」

 アレもかーーッ!

「じゃあ、何か! 話を整理すると……えっと……つまり……ジュンのせいか!」

「何で、私ッ?」

 唐突な責任転嫁に、ジュン、ガビーン顔。

「だって、ジュンのコンダクト能力じゃん! それで来たんじゃん! モグモグ……」

 チキナゲ、うめーー!

「呼んだのは、あなた! 私は()めようって言った!」

「モグモグ……ああ、そう言われれば、そうだったような……モグモグ」

 フラポテ、うめーー!

「自業自得よ! 好奇心は猫を殺す!」

「モグモグ……そだねー」

「……とりあえず北海道県民に謝れ」

 もぐもぐタイムに弛緩(しかん)したら、正論で怒気(どき)られた。



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vs, モスマン Round.8

 

【挿絵表示】

 

「モグモグ……ゴクン……ってか、ボクは快諾した覚えはないぞ! そもそも、こんなパンピーJKに地球防衛を一任して、どうする気さ!」

「アナタは普通じゃない」

 ……ヤな誤解を生む()(ぐさ)だな。

「現実として、もはやアナタは生物学分類的見地から〈ベガ〉以外の何者でもない。従って、アナタの主張や意向は無意味」

「さらりと残酷な定義をすな! そんな〝悪魔〟か〝人間〟か〝悪魔人間〟か──みたいな!」

日向(ひなた)マドカ、そもそも〝悪魔〟は実在しない空想産物であり、無制限に拡張設定が可能。従って〈ベガ〉との比較対象としては不適切」

 細かッ! この()、細かッ!

「ともかく、これからも種々様々な〈ベガ〉が、アナタを襲撃してくるものと思われる」

「モグモグ……ふぇ? 何でさ?」

「アナタ名義でジャイーヴァへの宣戦布告を送付しておいたから」

 ……え?

 何してくれてんの? この()

「これで、一般人が巻き込まれる可能性は激減した。準備万全」

 ボクは巻き込まれてますけど?

 それも、渦中のド真ん中に……。

日向(ひなた)マドカ、人々の平穏はアナタに委ねられた」

飛蝗(バッタ)改造人間(サイボーグ)かーーッ! ボクはーーッ!」

 思わず頭抱えてオーマイガッ!

 閑寂が支配するゴーストビルに、ボクの憤慨が虚しく木霊したよ!

 どうやらボクが何に(・・)怒気(どき)ってるのか理解できず、天然SF娘は「ふむ?」と小首を傾げる。

 あ~、もう!

 一挙一動がロリくてカワイイな! もう!

 怒気(どき)()がれるな! もう!

 と、ややあって彼女はポンと手堤(てつづみ)を打って独り合点した。

「心配無用。今後、戦闘に必要となる有益情報や凡庸装備は、こちらから提供する。あなたは戦闘にだけ集中してくれればいい」

「そういう事じゃないよ!」

「まずは、とりあえずコレを譲渡しておく」

 そう言って取り出したのは、シノブンに放電攻撃したカード──の、色違い。赤色のヤツ。

 それをボクへと手渡してきた。

「何? コレ? TCGみたいだけど……イラストスペース真っ黒けじゃん」

「TCG? 何?」

 初見アイテムを怪訝そうに覗くジュン。

 一方で、ボクにしてみれば馴染み深い玩具(ホビー)だ。ヒメカとやってるし。

「ジュンってばTCGも知らないの? つまり『トレーディングカードゲーム』の略だよ。集めたカードでデッキ作って対戦するんだよ」

「え? え? 甲板(デッキ)を作……え? 船を作るの? え?」

 混乱に拍車が掛かった。

 どんだけ俗物趣味に興味無いんだか。

日向(ひなた)マドカ、それは誤認。コレは〈パモカ〉──つまり〈パーソナル・モバイルカード〉と呼ばれる超薄型多機能電子端末」

「いや、どう見てもトレカじゃん。ミスプリ試作版じゃん」

「見た目は酷似していても、実質は超科学の結晶。アナタがイラストスペースと勘違いしているのは、ディスプレイ画面。ディスプレイフレーム四隅のアイコンをタッチすると、様々な多機能アプリが立ち上がる仕様。もちろんディスプレイ自体もタッチパネル」

「……言い張るか」

「使用アプリによっては、簡易的ながらも自衛手段になる──先程、胡蝶宮シノブへと放電攻撃したように。(さら)に、パモカ間の通信・通話に()いては〈ネオニュートリノ・ブロードバンド〉を採用。太陽系圏内ならばタイムラグ皆無で連絡が取れる」

「言い張るか!」

「百聞は一見にしかず」

 宣言に沿()い、アイコンを長押しするクルロリ。

 と、イラストスペースが「ヴォン」と電子音を鳴いて(とも)った!

「おおっ? マヂか!」

 未知のハイテクツールを前に、一転してテンションがアガる!

日向(ひなた)マドカ、コレをアナタに譲渡する」

「ホント? イエス!」

 ボクは嬉々としてイジリまくった。

 先程までの憤りは何処へやら……だ。

 だって、目新しいアイテムってワクワクするじゃん?

「にへへ~♪  ボクのパモカか~♪ 」

日向(ひなた)マドカ、気に入った?」

「うん! 寸分違わずトレカなのに、スマホやタブレット以上の性能なんて……これでアガらないワケないじゃん!」

「良かった。これで交渉成立」

「うん♪  ……って、え? 交渉?」

 不吉なワードに、警戒心が硬直を(うなが)す。

 強張(こわば)った満喫顔で一応確認。

「あの? 交渉成立って何の?」

「今後、アナタには〈ベガ〉と戦ってもらう事になる」

 やっぱりだーーッ!

 ボクは血相変えて訴えた!

「返すよ! クーリングオフで!」

日向(ひなた)マドカ、私は営利目的の企業団体ではない。よって、その制度は受け付けていない」

「トんだブラック企業だったーーッ!」

 と、それまで傾聴していたジュンは熟考を噛み締め、クルロリを露骨に警戒視する。

「これほどの超常的情報に精通している──あなた、いったい何者なの?」

「それに関する情報開示許可は得ていない。現段階では伏せておく」

「納得に足らない返答ね。それで信用できると思う?」

「極論として、事態収束へと事が運べれば〝信頼関係〟は必要無い」

 ()めた一瞥(いちべつ)を返すクルロリ。

 そして、その(かたわ)らで絶叫するボク!

「カムバーーック! ボクのJKライフゥゥゥーーッ!」

 再度、閑寂に木霊する悲嘆!

日向(ひなた)マドカ、頑張れ! 私も頑張る!」

「コンパクトに小脇締めて『頑張る』ぢゃないよ! アブダクション娘!」ガクリと膝を着き、ボクは途方に暮れる。「ううっ……昨日までの平穏な日常はドコへ?」

 ボクの様子を見つめるクルロリが、コクンと小首を傾げた。

「困った……何が不服?」

「逆に訊く……何処に役得(メリット)が?」

「ふむ?」と、一考。「では、任務遂行(ごと)に星河ジュンの胸を()んでいい」

「乗った!」「乗るなーーッ!」

 間髪入れずに後頭部ビンタがスパーーン!

「星河ジュン、世界秩序防衛の(ため)……協力を願う」

「私の秩序が乱れるわよ!」

 ややあって興奮を鎮めると、ジュンはクルロリへと手を差し出した。

「まったく……ハイ!」

「星河ジュン、何?」

「その〈パモカ〉ってヤツ、私にも頂戴!」

「ふぇ?」

「星河ジュン、意図が解らない」

「私もやるって言ってるの!」そして、彼女はボクへと苦笑(にがわら)う。「どうせあなたの事だから、私と一緒ならやるんでしょ?」

「やるーー♪ 」

「理解不能。星河ジュン、どういう風の吹き回し?」

「別に深い意味はないわよ。この押し問答も、そろそろ不毛に思えてきたし。それに──」照れ臭そうに顔を()らした。「──マドカ一人に重荷を負わせるのは、もうイヤだもの」

「ジュンーーーーッ♪ 」

「ひわわ? 抱きつくなーーッ!」

 ──ずごし!

 顔面から崩れ倒れた。

 ジュンが後頭部へ渾身のフックを叩き込んだから。

「何にせよ事態は好転した。星河ジュン、英断を感謝する」

「どう致しまして」

 クルロリの謝辞(しゃじ)を、ジュンは社交辞令然と返した。その態度は冷ややかに距離を置いている。

 あ……コレ、まだ気を許してないな?

「では、現時点を(もっ)て、アナタ逹をコードネーム〈SJK〉と命名する」

「えすじぇーけー? いや、ボク達〝高一(こういち)〟だけど?」

「何の略よ?」と、俗語に(うと)いジュンがキョトン。

「もう! そのぐらい知ってなよ? つまり〝セカンド女子高生〟の略──〝(こう)()〟って事だよ」

「ふぅん?」

「違う」

「ふぇ?」「うん?」

「これは〝宇宙(スペース)女子高生(じょしこうせい)〟の略」

「「ダサッ!」」

 素直な感想がユニゾったとさ。

 

 

 クルロリは帰った。

 何処へ帰ったかは知らないけど。

 一足先に席を立ったのを後追いしたけど、(すで)にいなかった。柱の角を曲がっただけなのに……う~ん、神出鬼没だ。

 ともあれ眉唾(マユツバ)臭い情報開示は終わり、ボクとジュンはゴドウィンビルを後にした。

 黙々と帰路を刻む。

 明日からは、前代未聞の青春が幕を開けるだろう。

 モヤモヤした思いが募る。

 けれど、それは〈ベガ〉と戦う事ではない。

 そうなっちゃったものは仕方ないし、もう割りきった。

 ま、なるようになるっしょ。

 ボクの胸中を占めているのは、もっと別な事柄。

 何回考えても()に落ちない。不自然だ。

 見慣れた公園に差し掛かった。

 草木の薫りを運ぶ夜風が爽やかに撫で去る。

 もうすぐ別れ道だ。

 ジュンとは此処でサヨナラとなる。

 だから、ボクの方から沈黙を破った。

「あのさ、ジュン?」

「何よ? 珍しく神妙な顔して?」

「……うん」

 ボクの表情を汲んだか、彼女は慈しむ(うれ)いで優しく言った。

「大丈夫……一人じゃないから」

「ふぇ?」

「私も一緒よ。だから、大丈夫。私達二人なら、何とかなるわよ」

「いや、そうじゃなくてさ」

「……うん?」

 胸につかえる疑問を投げ掛ける。

「〝胡蝶宮(こちょうみや)〟なのに〈()〉とは、コレ如何(いか)に?」

「知らないわよッ!」



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vs, ブロブ
vs, ブロブ Round.1


 

【挿絵表示】

 

 夕焼けが(あかね)に染める下校道。

 すっかり遅くなったボク以外に往来(おうらい)の姿は無い。

 その帰路で、彼女は待っていた。

 粛々(しゅくしゅく)とした(たたず)まいで。

 メイド少女だ。

 髪を(うなじ)で一房に(まと)め、もみあげだけ長髪のように伸ばしている。柔らかな頬線の顔立ちには、クリッとした目とチョコンとした小鼻が愛らしい。

 しかしながら、同時に貞淑(ていしゅく)そうな品格も内包していた。

 チラ見に(うかが)う胸は……Eカップあるな。チクショー。

 スカートを軽く()まみ上げ、彼女は微笑(ほほえ)(たず)ねてくる。

御初(おはつ)御目(おめ)に掛かります。貴女(あなた)が〝日向(ひなた)マドカ〟様ですわよね?」

「違います」

 簡潔に答えて横を素通り。

 直感で悟ったけれど、たぶん〈ベガ〉だ。

 夕飯支度の誘惑が香り漂う住宅街で〝メイドさん〟がボクを待っているなんて不自然すぎる。そもそも、この辺にメイドカフェなんて無いし。

 メイド少女は(しば)し黙考に(たたず)んで……足早にボクの隣へと並び歩く。

「あのう? 日向(ひなた)マドカ様ですわよね?」

「いいえ、違います」

 ツカツカと歩くスピードを上げた。

 引き離されないように横歩きするメイドさん。

日向(ひなた)マドカ様ですわよね?」

 思ったより頑張り屋さんだった。

 う~ん、ダメだな。

 この流れ、エンドレスだ。

 あ、そだ!

「ボクは〝ソノム・ネクレー〟言いマ~ス! ウーソン王国から来た留学生デ~ス!」

「え? 人違い……でしたか?」

 (あご)に人差し指を()え、釈然としない様子で小首を(かし)げていた。

 こうしてボクは無事に帰路へとついたとさ。

 

 

「──ってな事が、さっきあってね? ゲラゲラゲラ♪ 」

「アホかーーッ!」

 ジュンの卓上メニューハリセンが脳天に炸裂した!

 店内に響く軽薄な破裂音!

「何で〈ベガ〉を無視して、マドナ来てるのよ!」

「だって、ボクにメリットないじゃんさ? ようやく解放された放課後(エンジョイ)タイムだっていうのに」

「……あなた、使命感とか無いの?」

 苦虫顔で詰め寄るジュン。

「だって、シノブンの襲撃以降、頻繁(ひんぱん)に〈ベガ〉が襲ってくるじゃん! そのせいで平穏な日常を奪われてさ! 正直、ウンザリだよ!」

「まあ、気持ちは分からなくもないけど」

 軽い同情を浮かべつつ、ジュンが座り直す。

 そう。

 例の一件以降、コンスタンスに〈ベガ〉が襲撃してくるようになった。(おも)にボクのフリータイムを狙って。

 さっきの〈メイドベガ〉も、その一端(いったん)

 (さいわ)い撃退には成功している。現状、戦績は無敗だ。

 ボク自身が能力慣れしてきた事もあるけれど、ジュンやクルロリのサポート指示が得られている点も勝因には大きい。

「おかげで勉強にも身が入らないし、この間の小テストも散々……モグモグ」

「それ、本当に〈ベガ〉のせい?」

「だって、勉強する気が起きないのも〈ベガ〉のせいだもん!」

責任転嫁(せきにんてんか)(はなは)だしい!」

 あ、同情が失せた。

 アイスミルクティーで気持ちを鎮め、彼女は話題を変える。

「で、クルロリは? 相変わらずコンタクト無い?」

「モグモグ……無いよ。ジュンだって無いでしょ?」

「うん」

 クルロリが現れるのは、決まって〈ベガ〉との戦闘時だけ。それ以外では雲隠(くもがく)れだ。

 同じ〝煌女(きらじょ)生徒〟だから日常的に会えるかと思いきや、どうやらアレは潜入カモフラだったらしい。つまり、そんな生徒は存在すらしていない。

「結局、たいした情報も明かされていないのよね。口が固いというか、秘事(ひじ)が多いというか」

「モグモグ……そだねー」

「もぐもぐタイムは、もういい!」

 これまでに提示された情報は、実に最低限程度のものだけだ。

 後日に詳細説明があると思っていただけに、期待は空回りで終わった。

 だって、会えてないもん。

 サポート兼現場指揮にだけ現れて、それが済むとドロンしちゃうし。

 (ゆえ)に、そのまま現状へと至る。

「何か()があるのかしらね。私達に知られたくない〝何か(・・)〟が……」

「モグモグ……情報を整理すると、ボクは〈アートル〉とかいう種族の〈ベガ〉なんだよね?」

「ええ、遠い昔に絶滅したらしいけれど。金星の超高温環境に適応すべく、珪素(けいそ)進化に特化した金属生命体らしいわね。金星の表面温度は約四七〇度だから、到底、炭素生命体では生存不可能。そのため、珪素(けいそ)進化を選択した種族みたい。ただし、あなたの〈エムセル〉は、人為的(じんいてき)に造られた新種細胞みたいだけど」

「ふぇ? どゆ事?」

「そもそも金星環境に生存特化した〈アートル〉は〝炭素生命体〟へと変身する必要が無いもの」

「じゃあ……クルロリ製?」

「おそらくね」

「それってば超レア?」

「まあ、そうも言えるわね」

「いまだけ(もら)える!」

「……何でソーシャルゲームのCMか」冷ややかに流された。「で、クルロリの説明によると、鋼質化現象のプロセス根源は〈エムセル〉の細胞核〈第三種四価元素(だいさんしゅよんかげんそ)〉にある……と」

「ああ、そういやシノブンも、そんな事言ってたっけ。で、その〈第三種四価元素(だいさんしゅよんかげんそ)〉って?」

「現行科学常識で〝四価元素(よんかげんそ)〟は〈炭素〉と〈珪素(けいそ)〉の二種類のみ。けれど〈第三種四価元素(だいさんしゅよんかげんそ)〉は、どちらの情報も内包している。どちらでもあり、どちらでもない。炭素と珪素(けいそ)に続く四価元素だから〝第三種(だいさんしゅ)〟と呼ばれる。これがmRNA複写情報を疑似(ぎじ)炭素から疑似(ぎじ)珪素(けいそ)へと推移させる事で、細胞の鋼質化プロセスが生じるみたい」

 ……(すで)にギブアップ。

 字面(じづら)だけで小難しい。

「その〝mRNA〟ってのは、何さ? そもそもRNA自体が解らないけど」

「RNAとはDNAと酷似した構造を持つ分子。その内、DNAから遺伝コードをネガ複写して、別細胞へと正転写複製するRNAがmRNA──正式には〝メッセンジャーRNA〟と呼ばれる物よ。生物の細胞増殖は、これによって成立しているの。で、あなたの〝オペロン〟は、DNAに秘匿(ひとく)されている珪素核(けいそかく)情報を阻害制御(そがいせいぎょ)する〝シフトリプレッサー〟が結合する事で、普段は炭素核(たんそかく)情報の方が表層化している」

「オベロンって?」

「リプレッサー領域を所有する細胞の呼称」

「リプレッサーって?」

「DNAに付着する事で情報複写を制御するスイッチ的な蛋白質(たんぱくしつ)。これが一時的に薄利(はくり)すると、DNAはmRNAへと情報複写が可能となる。ただし〈エムセル〉の場合は、表層化情報を〝炭素情報〟と〝珪素(けいそ)情報〟とで入れ替える特殊性質だから〝シフトリプレッサー〟と呼ばれるのよ」

「炭素と珪素(けいそ)って?」

「少しは勉強しろーーッ!」

 メニューハリセン再び!

「うぅ……勉強する(ひま)なんて無いよぅ。ご飯食べて、テレビ観て、お風呂入って、深夜バラエティ観て、ゲームして、寝るだけで、いっぱいいっぱいなんだよぅ」

「ご飯食べて、テレビ観て、お風呂入って、深夜バラエティ観て、ゲームして、寝るからそうなる!」

「こんな難しい理論、高校生には不要だよ。理系大学じゃあるまいし」

「炭素と珪素(けいそ)ぐらいは把握(はあく)しろって言ってるの! 小学生レベル!」

 ガチ説教を喰らう最中(さなか)、不意に二人の胸ポケットがバイブる。

 ボク逹は発振源を取り出した。

 つまり、パモカだ。ボクは赤で、ジュンのは青。

 一応、着信履歴を見ると──やはりクルロリからだった。

 (うわさ)をすれば何とやら。

「はい、ハロす!」

 とりあえずボクが出た。

 チャットリンク仕様だから、どちらが出ても問題ないんだけどね。

日向(ひなた)マドカ、緊急連絡』モニターディスプレイにクルロリが映し出された。『(およ)そ三〇分前、巡回警察官が〈ベガ〉に遭遇したという報告を傍受(ぼうじゅ)

 え? 警察無線を盗聴したってか?

 それって犯罪じゃん!

 まあ〝宇宙人〟に、地球の法律が適用されるかは知らないけれど。

『証言によると、住宅街で物見(ものみ)家屋(かおく)(さぐ)(うかが)う挙動不審な〝メイド少女〟を発見。空き巣の疑いで職務質問したところ、液状化して逃亡したとの事』

液状化(・・・)……ねぇ?」

 ボクは関心薄く六層チーズバーガーを頬張った。

 そんな奇々怪々なメイド、あの()しかいない。

 ってか、さすがに六層だと臭いキツいな。

「それで逃亡先は?」

 緊迫を(はら)みながらジュンが()う。

『先程、広範囲索敵(さくてき)は終了。現在〈ベガ〉は、とある家宅に潜伏中。滞在時間からして籠城の可能性が高い』

「へー?」

 ボクは他人事(ひとごと)テンションで返した。

 正直、関わりたくないし。

 が、口直しのコーラを含んだ直後、クルロリからトンデモ情報がもたらされた。

『ちなみに籠城先は、日向(ひなた)マドカの自宅』

「ブフゥーーーーッ!」

 噴き出したよ!

 何してくれてんだ! アイツ!

 ってか、クルロリも早く言え!

「わわわかった! とにかく、すぐに合流す……る……って、アレ?」

日向(ひなた)マドカ、どうかした?』

「いや、ジュンがね?」

 頭からビショビショだった。コーラで。

 あ、ヒクヒクと頬がひきつっている。

「いきなり何すんのよーーッ!」

 怒気爆発で必殺の卓袱台(ちゃぶだい)返しを喰らい、ボクは見事にひっくり返った!

 周囲からの注目を一身に浴びて……。



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vs, ブロブ Round.2

 

【挿絵表示】

 

 我が家から少し離れた場所のモデルハウス──クルロリは、そこを合流場所と指定した。

 到着したのは午後七時頃。(すで)に開錠されていた。完全に不法侵入だ。

 ()が暮れた事もあって、屋内は閑寂とした暗さに支配されている。当然ながら住人はいない。

 で、リビングでの作戦準備。

「その後、状況は?」

 ジュンが確認した。

「特に進展は無い。警察は(おろ)か、近隣住人も状況を察知していない模様」

 相変わらず事務的にクルロリが答える。

「そう、一安心ね」

「ってか、何を順応してるのさーーッ! こんな小恥(こっぱ)ずかしい恰好させられてーーッ!」

「……それは言わないで」

 現在、ボク達はクルロリからの支給品を着用していた。

 つまり〝セーラー服〟──しかも、超ミニスカ仕様の夏服。

 何故っ?

「これは〈ポータブルハビタブルウェア〉──通称〈PHW〉と呼ばれる多機能型環境適応活動服」

 ボクの不平不満を拾い、クルロリが淡々と説明する。

「いや、どこからどう見ても〝セーラー服〟だよ! 全宇宙の野郎(ヤロー)共が(あが)めるマストアイテムだよ!」

「見た目はそうでも、実際は諸々の特殊機能を備えている超科学産物。例えば超耐熱・超耐寒・超耐圧を基礎性能の設計思想とし、素材には高い衝撃分散吸収力を誇る特殊合金(ヴィシウム)繊維生地。オプションのバイザーメットを(かぶ)れば、約二~三時間は宇宙空間でも活動可能」

 言い張るか!

「思いっきり露出してるだろ! 素肌!」

「大丈夫、クォンタムバリアコーティングを(ほどこ)してある」

「く……くおんた?」

「クォンタムバリアコーティング──特殊加工素粒子による有害物質遮蔽(しゃへい)コーティングの事。簡潔に言えば、透明皮膜型粒子バリア。(したが)って素肌に見えても、実質は素肌ではない。気密性も完璧」

 ……『ダーペ』かよ。

 とりあえず高 ● 穂先生に謝れ。

「素直に宇宙服でも着せればいいだろ!」

「ネット情報で学習した──セーラー服女子高生は、普遍的に最強だ……と」

 ドコのアダルトサイトだ!

 無垢な朴念仁(ぼくねんじん)に、妙な誤認を植え付けたのは!

「ヤダヤダヤダッ! こんな肌露出の高い萌え衣装着て、スーパーヒロインごっこなんてイヤだ!」

「なら、別仕様もある」

「おお! あるんじゃん! なら、そっちで……」

「はい」

 手渡された現物を見て、絶句に固まる。

「クルロリ? コレは?」

「別仕様の〈PHW〉。防御面は落ちる反面、運動性能は向上している」

「ブルマ体操着だろ! コレ! スパッツ世代には、もはや化石だよ!」

「ネット情報には、こうもあった──ブルマ女子高生も甲乙付け難い……と」

 摘発(てきはつ)してやる!

 そのアダルトサイト!

「まあ、私も抵抗があるのは事実だけどね。二択ならコッチの方がマシかなぁ……って」

 頬を赤らめつつ、ジュンが視線を()らす。

「ってか、何でジュンまで? キミ、そもそも戦闘能力無いじゃん! 前線立たないじゃん!」

「うん、そうなんだけど……って、脚に頬摩りすなーーッ!」足蹴(あしげ)怒気(どき)られた。「まあ、乗り掛かった船よね。あなたと一緒じゃないと、なんか気分的にイヤだし」

「はぅぅぅ……」至福に鼻血噴いたよ。「そそそそれって、(コク)りだよね? マジラブだよね?」

「違う! 罪悪感的な問題!」

 何だ、違うのか。

 ジュンと一緒なら、それでもいいけどさ。

「で、どっち?」

 クルロリが現実へと引き戻し、コクンと小首を(かしげ)げる。

「……スイマセン、コッチで」

 悄々(しおしお)と〝セーラー服〟を選択した。

 どんな『どっ ● の料理ショー』だよ! コレ!

「では、現在までに把握(はあく)した情報を伝える。まず、日向(ひなた)マドカの母親は外出中」

「あ、お母さん出掛けてんだ? ラッキー!」

「けれど、家宅内には人質が一名──アナタの妹」

 どんなサプライズかましてくれてんだ。あの愚妹(ぐまい)

 毎回毎回〝人質〟って。

「マドカ、気持ちは分かるけど軽率な行動は厳禁よ」

「言われなくても分かってるよぅ」

「今回は日向(ひなた)マドカによる単独潜入が、(もっと)も効率が良いと判断」

「ちょ……ちょっと待って! マドカ一人(ひとり)で行かせるっていうの?」

 無謀とも思えるクルロリの(さく)に、ジュンが抗議する。

 一方で、ボクは「ああ、なるほどね」と楽観的に納得。

「マドカ? あなた、まさか?」

「平気平気。むしろ今回は自分家(じぶんち)だから、確かに勝手知ったるナントヤラだもん。ボクの全身鋼質化なら、正体が気付かれる心配も低いしね。そういう事でしょ?」

 ボクの確認にクルコク。

「じゃあ、せめて可能な限りサポートするから。遠隔位置だから心許(こころもと)ないけど」

「うん」

「方向性は(まと)まった。これより作戦実行へと移行する」

 クルロリが事務的に(うなが)す。

 こうして『愚妹(ぐまい)救出作戦第二号』が決行される運びとなった。

 

 

 

 屋根裏を匍匐前進(ほふくぜんしん)する。

 さすがに蜘蛛の巣やらネズミの死骸やらは無いけれど、気分的には(よろ)しくない。(ほこり)(まみ)れになるし。

 鋼質化をしていなかったら抵抗感がスゴいだろう。

 とりあえず〝ル ● バ〟の気持ちが分かった気もする。

 やがて目的位置に着いた。

 ヒメカの部屋の真上だ。

 クルロリからの事前情報はドンピシャリ。

 (はり)から(のぞ)き込むと、見覚えのあるロングボブ(っこ)がいた。

「あ、ヒメカだ」

『状況は?』

 ボクの呟きを拾ったジュンが確認する。

 胸ポケットに忍ばせたパモカは、ハンズフリーモードの脳波通信(テレパス)仕様にしてある。(ゆえ)に彼女の声が聞き取られる心配はない。

「う~ん、それがねぇ?」

『何よ? 歯切れの悪い』

「ティータイムしてる」

『は?』

「だから、ヒメカと〈ベガ〉で、お茶してるんだって。お菓子を()まんで」

『友達との女子会か!』

「ボクに言うなよぅ」

 (はり)から(のぞ)き見る眼下では、ステンレス盆へ盛り付けられたケーキをヒメカが()まんでいた。

「このシフォンケーキ、おいし~い♪ 」

御褒(おほ)めに預かり光栄です。勝手にキッチンや材料を拝借(はいしゃく)した事については申し訳ありませんけれど」

「そんなの別にいいよぉ?」

 いや、よくないだろ。

 知らない人を易々(やすやす)と家へ上げるな。

 そして、警戒心も無く不審物を食うな。

 こちらの困惑も知らず、(なご)やかムードに語らう人質(ひとじち)籠城犯(ろうじょうはん)

 にしても、何考えてんだ?

 いや、あの〈ベガ〉もだけど……むしろ愚妹(ぐまい)の方!

 すっかりティートモと化したメイドベガは、やがて丁重(ていちょう)に頭を下げた。

「ヒメカ様、申し訳ありません。とりあえず手近な庭先(にわさき)へと逃げ込んだだけなのですが、まさかタイミング良く御帰宅(ごきたく)されるとは……」

 あ、ボクの家とは知らずに飛び込んだんだ?

 表札も見ずに?

 だとしたら、神様は性根(しょうね)腐っとる。コレってば、かなり低確率の偶然だぞ。

「別にいいよぉ?」

 シフォンにパクつきながら、屈託無く笑うヒメカ。

 いや、よかねーよ!

 どんだけ迷惑掛けてんだ!

「それに、シャワーまで貸して頂いて……」

 貸したんかぃ!

 大丈夫だろうな? (ウチ)の風呂場?

 粘液でドロドロになってないだろうな?

 ヤダぞ? 今晩はローション風呂なんて!

「だって、小枝(こえだ)土埃(つちぼこり)(まみ)れで可哀想(かわいそう)だったんだもん」

「申し訳ありません。執拗に追われて、庭先や路地裏を逃げ惑っていましたから……」

 随分とバイタリティー(みなぎ)るお巡りさんに目を付けられたモンだな。ご愁傷様(しゅうしょうさま)

「だから、別にいいよぉ。そのお(れい)として、このお菓子作ってくれたんでしょ?」

「え……ええ、それはまあ」

「ヒメカ、これ好き」

「え?」

「あなたが作ったお菓子、とってもおいしいの。フワッと優しい甘さなの」

「そう……ですか」小さく含羞(はにか)むメイドベガ。「初めてですわね──誰かに『おいしい』と()めて頂けたのは……」

「ふぇ? 誰にも食べさせてないの? こんなにおいしいのに?」

「ええ」

「家族や、お友達にも?」

 ヒメカの率直な質問に、メイドベガは(うれ)いを落とす。

「……いませんもの。そうした人は」

 (はかな)(かげ)り。

 正直〝何〟があるのか知らないけれど、この()にはこの()なりの〝何か〟があるんだろう。

「ふぅん?」

 キョトンとパクつく愚妹(ぐまい)

 ってか、オマエは他人の機微(きび)も嗅ぎ取れないのか!

 姉ちゃん、情けなくって涙出てくらぁ!

「じゃあ、ヒメカが〝最初のお友達〟だね?」

「……え?」

 戸惑っている。

 無理もないけど。

 ()が妹ながら突拍子(とっぴょうし)も無いな。

「友達……ですか」

 淡く微笑(ほほえ)みを(たずさ)えていた。

 嬉しそうな微笑(びしょう)を……。

 心温まる友情の萌芽(ほうが)

 ってか、キミ達〝籠城犯(・・・)〟と〝人質(・・)〟だよね?

 何でハートウォーミングな展開?

「でも、何で逃げ回ってたの?」

(わたくし)、ある方を探しておりますの。その矢先、警察から不審者扱いされまして……」

「へぇ? ヒドいね?」

 警察、一方的に悪者(ヒール)扱い。

 ってかコイツは、絶対に何も実感してない。

 シフォンの味覚脱線ながらに、テキトーな相槌(あいづち)をしてるだけだ。

 ……だって、ボクの妹(・・・・)だもん。

「ところで、ヒメカ様?」

「もう〝ヒメカ〟でいいよぉ」

 どうして籠城犯相手にフレンドリーだ。オマエは。

「では、その……ヒメカ? この辺りの住人で〝日向(ひなた)マドカ〟という方を御存知ないでしょうか? (わたくし)、その方を探しておりまして──」

「胸ペッタン?」

「はい?」

 うぉい!

 いきなり何を口走ってんだ! この愚妹(ぐまい)

「だから〝日向(ひなた)マドカ〟は、ヒメカのお姉ちゃんで、胸ペッタンなの」

「胸、関係ない」

『私のを取るな』

 屋根裏で呟いたら、専売特許者(パモカ)からツッコまれた。

 それはさて()き、どんな識別法を教えてくれてんだ! アイツ!



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vs, ブロブ Round.3

 

【挿絵表示】

 

貴女(あなた)、妹さんでしたの?」

「そだよ?」

「では、御名前(おなまえ)は〝日向(ひなた)ヒメカ〟と?」

「うん」

「……そう、妹さんでしたか。運命の悪戯(いたずら)ですわね──いえ、結果として幸運と考えるべきなのでしょうか」

 ()せた眼差(まなざ)しが寂しそうにも映ったのは、(つか)()の友情が幻想と砕けたせいだろうか。

「どしたの?」

「残念ですわ、ヒメカ……こんな巡り合わせでなければ、素敵な友達になれたでしょうに」

 眼前で徐々(じょじょ)液状(ゲル)化を始めるメイドベガ!

 変質部位の体色が碧桂石色(エメラルドグリーン)に染まり、もはや下半身はメロンゼリーの(かたまり)だった。

「心の底から嬉しかったですわ。一時(いっとき)でも素敵な夢を見られて」

「ひっ?」

 異形の正体を()の当たりにして、ようやくヒメカも身の危険を実感したようだ。

「おとなしくして下さいませ。誓って、手荒な真似は致しませんから」

「いや……いやあ!」

 だから、知らない人を家へ上げるなって!

 幼稚園で習ったろ!

 えぇい、もう!

 世話が焼ける!

「毎度ーーッ! 来々軒(らいらいけん)アルよォォォーーッ!」

 ボクは天井を突き破り、ミサイルキックを喰らわせた!

 上半身にクリーンヒット!

 まだ人間形態を維持していたせいか手応(てごた)えあり!

「あうッ!」

 床板(ゆかいた)をブチ破って、怪物メイドが階下へと墜落!

『ちょ……っ? マドカ、何やってるの!』

「アハハ、ゴメン。ボク的に限界だった」

 空々しく謝っておく。

「さてと、言いたい事は山程(やまほど)あるけど……」

 愚妹(ぐまい)へ説教せんと振り返った瞬間──「アッチ行けぇ! オバケーーッ!」──ベチィィィンッ!

 顔面に叩きつけてきたよ。教科書が詰まった通学(かばん)を。

「いきなり何すんだーーッ!」

「ふぇ……ふぇぇん! お姉ちゃ~~ん! うわ~ん!」

 今度は琴線(きんせん)切れて泣き出したし。

「情緒不安定か! オマエは!」

「うるさいオバケ! 変な事したら、お姉ちゃんに言いつけるんだから! ヒメカのお姉ちゃん、胸ペッタンだけど強いんだからね!」

 お姉ちゃん、目の前にいるからな?

 後で覚えとけよ?

 場違いな姉妹喧嘩が展開する最中(さなか)、ボクの背後で床が()(はじ)けた!

 濛々(もうもう)たる爆塵(ばくじん)の中で、粘液(ゲル)質の(つる)が樹林と絡み伸びる!

「コイツ、やっぱり〈ブロブベガ〉か?」

 粘液質(ゲル)(つた)(したた)り混じり、再び〝メイド少女〟の姿を形成した!

「ようやく御会(おあ)いできましたわね。(わたくし)の名は〝ラムス〟と申し──」

「ああ、そういうのは別にいいよ。悪いけど〈ベガ〉の自己紹介とか興味ないもん」

 無関心ながらに(さえぎ)り、怪物との反目を交わす。背後に妹を庇いつつ。

 とりあえず、ボクは裏拳(うらけん)一発で壁に大穴を開通。

 そこを(あご)で指して、自分の部屋へと(ベガ)(さそ)った。

「どういうつもりですの?」

「この子は関係ないからね」

 そう告げて、ボクはヒメカを一瞥(いちべつ)

「……なるほど」

 淡い苦笑を含むと、怪物少女は素直に(したが)う。

「ごめんなさいね、ヒメカ」

 怯える瞳と()(ちが)う瞬間、彼女は小さく(つぶや)いていた。

 静かに優しく──そして、(さび)しく。

 

 

 

 大口(おおぐち)(ひら)いたボクの部屋は、闘技場へと役割を変えた。

 臨戦体勢で警戒するボクに反して、対峙するラムスは貞淑な物腰に(たたず)むだけ。まるで〝萌える草原で微風と(たわむ)れる文学ヒロイン〟だ。はたして自信に裏打ちされた余裕なんだろうか。

「正直、厄介な相手だなぁ」

 ボクの懸念を拾い、ジュンが訊ねる。

『その〈ブロブ〉って、どんなヤツなの?』

「古典的なベムで、平たく言えば〝宇宙アメーバ〟だよ」

『要するに〈スライム〉みたいな?』

「それ、逆。ファンタジーの定番モンスター〈スライム〉は、実はSFモンスターの〈ブロブ〉をモデルにしているんだ。つまり、コッチの方が元祖」

『ふぅん? さすがに、その手の雑学は詳しいわね』

「趣味だもん。怪獣とかロボットは」

『……あなたって、つくづく男の子(・・・)よね』

「どゆ意味さ! 全国のAカップに謝れ!」

『ああ、ゴメンゴメン! そういう意味じゃない。胸じゃなくて、趣味の事』

「そなの? じゃあ、いいや ♪ 」

『……男の子呼ばわりは拒否しないんだ』

「だって、好きなモンは好きだし♪ 」

『うん……まあ……あなたが良ければ、それでもいいけど……』

「ちなみに〝マックィーンさん()のスティーブンくん〟も戦ったよ?」

『その蛇足情報、()らない』

 ごもっとも。

「それはさて()き──この()は〈ブロブベガ〉だから、本家(ゆず)りの変幻自在性と、本家には皆無だった高度知性を()(そな)えている」

『そう考えると、確かに厄介ね』

 ジュンとの思念会話を、不意にラムスが邪魔立てた。

「先程から仕掛けてきませんわね? ならば、こちらから行かせて頂きますわ!」

 次の瞬間、彼女の右腕がスケルトングリーンの大槍(おおやり)へと変化!

 凶暴な大蛇と化して突き迫った!

「うわっと?」

 真正面から両腕で掴むと、根性任せに後退(あとずさ)りを()(とど)まる!

「ぐっ……まるで軽トラみたいな衝突力だな! んにゃろ!」

 渾身の力で一本釣り!

 本体を引き寄せる!

「きゃあ?」

 可憐な華奢さが示す通り、パワーバトルに()いては非力のようだ。

 ()すが(まま)に体勢を崩して、ボクの間合いへと飛び込んで来る!

 そこを(うし)()りで応戦──するはずが、(むな)しく空振り!

 命中予定の腹部がグニャリと液状(ゲル)変質したからだ。

 どてっ(ぱら)に風穴を開けた状態で、ラムスは冷たい柔和を微笑(ほほえ)む。

「先程のような不意打ちならともかく、攻撃が予見できていれば造作もないですわ」

「この〝ミス・ブラックホール〟め!」

 (つづ)(ざま)に鉄拳を繰り出すも、同プロセスで()わされてしまう。()りも同様。

 ありとあらゆる連撃がエクササイズでしかない。

「はい、ワンツー♪  ワンツー♪  ラララライ♪ 」

「って、何だーーッ! この『ビ ● ーズ・ブート・キャンプ』はーーッ!」

 もはや化石のソロダンス……もとい攻防の刹那(せつな)、ボクの赤眼(せきがん)へ向けて細い突尖(とっせん)が襲い来た!

 長いもみあげ(・・・・)が変質した(きり)だ!

「危なッ!」

 鎌首(もたげ)げる刺突(しとつ)の奇襲を、間一髪(かんいっぱつ)()()り回避!

 そのままバック転に距離を取ると、硬度依存(いぞん)に屋根をブチ抜いて上空回避した!

 スカートに仕込まれたヘリウムバーニア機能だ。

 裾縁(すそふち)には布厚(ぬのあつ)極薄(ごくうす)噴出口が(もう)けられていて、そこから超圧縮ヘリウムを揚力(ようりょく)と噴出している。超圧縮ヘリウムボンベは背面の腰部スロットへと装填(そうてん)。ハンディスプレー程度の大きさだから、ガサばる心配もない。

 これらのテクノロジーは、有無を言わさず〈PHW〉が〝超科学の結晶〟たる証明だった。

 ちなみにスカートは形状記憶繊維製らしく、バーニア噴出時には木地(きじ)が硬く変質する仕様。だから、逆さバルーン状態に(おちい)る事もない。男性読者には、お気の毒だけど。

 そうでもなければ、ボクだって使わないよ。単なる露出狂だもの。 

「飛行能力を御持ちでしたか……少々面倒ですわね」

 滞空するボクを仰ぎ、ラムスは物臭(ものぐさ)そうに表情を曇らせている。

 夜空から彼女を見定(みさだ)めると、眼下(がんか)の情景がミニチュア化して自然と視野へ(すべ)り込んだ。

 あまりの精巧さに(はか)らずも気を取られる──直後、今度はメイドベガの左腕が巨大な対空(たいくう)(やり)と繰り出された!

「うわっと!」

 これも紙一重(かみひとえ)で回避!

 顔脇(かおわき)(かす)めて(とが)り伸びる弦蔦(つるつた)巨束(きょたば)

(わずら)わしく回避なさらないで頂けます?」

 鈴音(すずね)のような声にゾッとした。

 すぐ耳元で聞こえたからだ!

 いましがた()わした触手(しょくしゅ)(やり)から、ラムス本体(・・)()えていた!

 いや、触手と本体の位置関係が入れ替わった……と言うべきか。

 彼女の上半身がボクの(かたわ)らに具現化し、下半身は巨幹(きょかん)と変化して部屋から支えていた。

 ヌッとボクの顔を覗き込んだ愛らしい美少女が、小悪魔的に加虐心(かぎゃくしん)微笑(ほほえ)む。

(わたくし)、部位境界の概念がありませんの」

「……え? 無いの?」

「ええ、基本的に液状生命体(・・・・・)ですので」

 思考停止に戸惑(とまど)うボクを、今度は巨大ハンマーで叩き落とす! 両手組みに融合変身させた代物(シロモノ)だ!

「うひぃいい~~ッ!」

 屋根を突き抜け!

 二階部屋を貫通して!

 一階キッチンの床にクレーターを刻んだ!

「グ……ウゥ!」

 体内から軋む痛み!

 あまりの衝撃に意識が(かす)む!

 虚脱の視界に入るのは天井の破壊穴と、そこから覗ける夜空の瞬き。

「しっかりして!」

 姿無き声援が聞こえた。

 ポッカリと開いた天井の大穴からだ。

(ああ、ヒメカの眼前をブチ抜いたのか……)

 朦朧(もうろう)とする意識で状況を把握する。

(あの子、無事だよね? (とばっち)りで怪我(ケガ)してないよね?)

 この状況でも、こんな事を考えてしまう……自分が笑える。

 やっぱり、ボクは〝お姉ちゃん〟なんだな。

 普段は鬱陶(うっとう)しい愚妹(ぐまい)なのに。



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vs, ブロブ Round.4

 

【挿絵表示】

 

「さっきはオバケ扱いしてゴメン! メタルオバケ!」

 いや、いまも言ってるけど?

「見てて判った……ヒメカを守ろうとしてくれているんだよね?」

 ようやく判ったか、愚妹(ぐまい)──そう思ったと同時に、不思議と心にパワーが涌き上がる!

 それが心身を(むしば)倦怠感(けんたいかん)を薄めていった!

「大丈夫! メタルオバケなら立てるよ!」

「ク……ッ!」

 ダメージを(こら)えて()()きようと(こころ)みる!

「だって、胸ペッタンだもん! 重くないよ!」

「ぅだらぁぁぁああッ!」

 憤慨(ふんがい)奇声(きせい)に立ち上がった!

 どんな声援を向けてくれてんだ! この愚妹(ぐまい)

 ともあれ、アホらしくも復活できた。

 吹き抜けを(あお)(にら)むと、下半身を蛇身と化したメイドが(しだ)(せま)っている!

「貰いましたわ!」

 躊躇(ちゅうちょ)無くボクへと特攻!

 玉砕(ぎょくさい)覚悟の体当たりかと思いきや──どぷん──そのまま全身ゲル化してボクを呑み込んだ!

 結果、頭だけ出した水饅頭(みずまんじゅう)状態。

「懐かしの〝風船おじさん〟かーーッ!」

 足掻(あが)く!

 必死コいて足掻(あが)く!

 だけど、鉄拳も蹴りも内壁に沈むだけ!

 ノーダメージに吸収されちゃう!

「クソッ! まったく効いてる様子がないじゃんか! まるっきり『暖簾(のれん)(くぎ)』だぞ!」

『マドカ、それを言うなら〝暖簾(のれん)腕押(うでお)し〟か〝(ぬか)(くぎ)〟だからね? 奇跡的に意味は通るけど……』

 パモカからのツッコミ。

 と、ボクは違和感を覚えた。

 じわじわと身体(からだ)痛熱(いたあつ)い。まるで全身灸みたいな熱さだ。

 ふと視線を落とすと、(わず)かに〈PHW〉が(ほころ)びを生じている!

「しまった! そういえば〈ブロブ〉って、溶解捕食するんだっけ!」

「クスッ、その通りですわ」ボクの(かたわ)らにラムスの胸像が生まれる。「これは死の抱擁(ほうよう)……()わば、獲物の犠牲へ哀悼を捧げたハグですの」

 冷酷さを(はら)んだ柔和が耳元で死刑宣告。情欲めいた吐息が妖しい戦慄を感受させる。

「SFの鉄板設定まで踏襲(とうしゅう)すんな! ボクを抱きしめていいのはジュンだけだぞ! ……ってか、むしろジュンなら抱きたい……抱かせて!」

『何を口走(くちばし)ってるかーーッ! あなたはーーッ!』

「ふぎゃぺれぽーーッ!」「きゃあああーーッ?」

 怒気を具現化したかのような電撃が、ボクとラムスを直撃した!

 ってか、何だ! このプチ天罰は?

「ジュン! いつの間に放電能力なんかを?」

『んなワケないでしょ。これはパモカのリンクリモートコントロール機能──つまり私のパモカで、あなたのパモカを遠隔操作してバッテリー放電させたのよ』

「ふぇ? んな機能あったの?」

『私のは……ね。アプリを自作したから』

 宇宙科学アイテムのアプリを自作って……さらりと言うけど、どんだけ秀才?

「ってか、何故そんな機能を?」

『あなたの脱線暴走を抑制(よくせい)するため』

「それって、おしおきをチラつかせた使役(しえき)じゃん! 三蔵法師と孫悟空のシステムじゃん!」

『仕方ないでしょ。本当は私が直接目を光らせていたいけれど、一緒に前線へ立てないんですもの』

「ジュンの言う事なら、ボクは素直に聞くっての! 軽めのご褒美(ほうび)で!」

『軽いご褒美(ほうび)って……例えば「マドナ(おご)れ」とか?』

「ううん、()ませて」

()けぇぇぇーーーーッ!』

「ふぎゃぺれぽーーッ!」「ひあぁぁうん!」

 二人(ふたり)(そろ)って意識がトびかけた。

『あ、なるほど。彼女は〝液状生命体〟だから、電導率が高いんだわ。これって有効策かも』

「ちょっと待って? 現形態(いま)のボクも電導率メッチャ高いんですけど? 全身金属なんですけど?」

『うん、知ってる』

 いや、屈託なく明るい抑揚で「知ってる」って……そこはかとなく日頃の恨みを感じて、怖いんですけど?

日向(ひなた)マドカ、危惧するには及ばない。パモカバッテリーの電圧では、死ぬほどの威力は無い。せいぜい、改造スタンガン程度」と、クルロリ。

「充分、絶対、頑として、イヤだよ!」

『星河ジュン、追加攻撃を要望する』

「ちょっと待て、クルロリリャレルラララレレリロパアーーーーッ!」「いやぁぁぁあああああッ!」

 (むしば)む感電ダメージに、()まらずメロンゼリーが()退()いた!

 そして、充分な間合いにメイド姿を再形成。

 脂汗(あぶらあせ)(まみ)れに荒息(あらいき)(あえ)いでいる。

 まあ、それはボクも同じだけど……。

「ゼェハァ……ねえ、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「フ……フフ……どうやら貴女(あなた)奸計(かんけい)だったようですね。()()覚悟で起死回生(きしかいせい)を狙うとは、敵ながら見上げた覚悟ですわ」

「やりたくてやったわけじゃないよ!」

 (ぬぐ)えぬ苦悶によろめきつつも、メイドベガは戦闘継続の意向に立ち上がった。

「正直、(わたくし)の限界も近いようですわ……次で決着をつけましょうか」

「うん、そだね。ボクも限界だし」

 双方思った以上に電撃ダメージは大きい。

 だから、ボクも身構えた。

 彼女の根性に応えるべく。

 半身を(しゃ)に乗り出して重心を低く落とすと、脇腹に据えた右拳に力を溜める。空手部の助っ人経験が()きた。

 ラムスの右肘先(みぎひじさき)半月刀(はんげつとう)形状へと変形。

「知っています? 高水圧の切断力は、ダイヤモンドすら切れますのよ」

「ああ……それ、そーいうのか」

 よく見りゃ細かい刃が無音に高速回転している。

 ウォーターカッターを応用したチェーンソー構造だ。

 張り詰める緊迫!

 そして、互いに間合いへと駆け出した!

「うりゃあぁぁーーッ!」「たぁぁぁーーッ!」

 この一撃で雌雄(しゆう)が決する!

 そう確信した刹那(せつな)──「ダメェェェーーッ!」──不意に叫ばれた制止に、二人して突進を止めた。

 声の主は、ヒメカだった。

「んしょんしょ……ラムスちゃんもメタルオバケも、もうヤメてよ! んしょんしょ……」

 二階から降りて来ようと、天井からの大穴にへばりついている。その不格好な(さま)は、まるで岩肌を(くだ)子蟹(こがに)

「ヒメカ? あ……危ないですわよ!」

「そうだよ! 運痴(うんち)なんだから来るな!」

「やだ!」

 聞き分けなく「やだ!」じゃないだろ。この万年反抗期。

 もともと激戦被害で無造作に破壊された(あと)だ。その断面は(もろ)(くず)(やす)い。

 それでも何とか安定した足掛(あしが)かりを得ようと、悪戦苦闘していた。

 ってか、そもそも二階の高さから飛び降りれるのか?

 運痴(うんち)のクセに?

「んしょんしょ……ヒメカは、どっちが倒されてもイヤなの! メタルオバケはヒメカを救けようとしてくれたし、ラムスちゃんは〝ヒメカのお友達〟だもん! だったら仲直りして! んしょんしょ……」

 ヲイ、仲直りって何だ。

 ボクとコイツは〝ティートモ〟じゃないぞ。

「甘ちゃんですわね」乾いた蔑笑(べっしょう)でラムスが(あざけ)る。「(わたくし)は〈ベガ〉──〝宇宙怪物〟の(たぐい)ですのよ? それを〝友達〟などと……()(ごと)もいいところですわ」

「そんなの知らないもん! 友達だもん!」

「先程、(わたくし)に襲われかけたのを御忘(おわす)れ?」

「襲わないもん!」

「……え?」

「さっきは確かに怖かったけど、ラムスちゃんはヒメカを襲ったりしないもん! 絶対絶対絶ッッッ対に!」

 ヒメカの主張に根拠なんか無い。

 それは重々承知。

 この子の性格は、よく分か……っていないかもだけど、性根はよく分かっているつもりだ。姉だし。

 だから──「……ヒメカ」──ラムスからは戦闘意欲が完全に()()せていた。向けられた想いを噛み締め、感傷的に(たたず)んでいる。

「んしょんしょ……二人共、ヒメカはね……んしょ……ヒャア?」

 崩れた!

 言わんこっちゃない!

 あのバカ、頭から落ちているじゃないか!

「ヒメカッ!」

 条件反射で駆け出した!

 その瞬間、ボクの顔脇を(かす)めて飛び込む物体!

 視界の隅から追い越したのは、緑色の鉄砲水(てっぽうみず)──ラムスだ!

 全身液状(ゲル)化した彼女は落下地点へと溜まり、そのままウォータークッションと化す!

 そして、見事にヒメカをキャッチ!

「ナイス! ラムス!」

 早急に駆け寄って(のぞ)き込む。

 メロンゼリーの表面に浅く沈んだヒメカは、目を回して気絶していた。

「ふみぃぃぃ~~?」

「ったく、この愚妹(ぐまい)は!」(あき)れながらも、内心ホッとする。「ありがとね、ラムス」

「…………」

「ラムス?」

「……あ」

 ボクの呼び掛けに、ようやく気が付いたようだ。

「まったく、つくづくお人好しですのね……貴女(あなた)(がた)、姉妹は」

 ()(つくろ)ったような悪態(あくたい)

 しかし、これは〝敵意(・・)〟ではなかった。

 うん、(すで)に〝敵意(・・)〟は無い。

 何処(どこ)かへと投げ捨てられていた。

 だから、ボク達が戦う理由も無くなっていた。



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vs, ブロブ Round.5

 

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 寂然(せきぜん)とした空気が(とどこお)るダイニング──神妙な会談(よろ)しく、重い沈黙でボク達はテーブルを囲っていた。

 ボクの自宅ではない。

 例のモデルハウスだ。

 当然、ジュンとクルロリも同席している。

 ラムスの横にボクが座り、正面にはジュンとクルロリが相席。卓上に置かれているパモカは、ボイスレコーダー代わりだ。

「それでは質問を開始する」

 相変わらずの無感情でクルロリが法廷開幕を宣言する。

「その前に(よろ)しいでしょうか?」と、ラムスから流れを(さえぎ)った。「あの、彼女の……ヒメカの容態は?」

「特に心傷も外傷も無い。単に気を失っただけ」

「……そうですか」

 呟き漏らした声音(こわね)安堵(あんど)を含んでいた。

「そもそも、あなたのせいじゃない! 無関係なヒメカちゃんを巻き込んでおきながら、何をいまさら!」

 感情任せに()め立てるジュン。

 ラムスは(うつむ)いたまま無言を返すだけ。

 (あま)んじて(そし)りを受けるつもりのようだ。

 その(さま)傍目(はため)で見ていても痛々しい。

「もう、少しは落ち着きなよ? ジュン?」

 ──ふにん!

「ひにゃあ!」

 珍妙な悲鳴を上げて固まった。

 ボクが()んだから。胸を。

 で、ビビビビンタ!

「おぶぶぶぶッ!」

「流す! 荒川に流す!」

「うう……()めば、少しは落ち着くかと」

「余計に憤慨(ふんがい)するわーーッ!」

 矛先がボクへと推移した。

 唐突な展開に、ラムスが面食らっている。

 ボクにしてみれば、いつも通りのやりとりなんだけどね。

 ともあれ、場の雰囲気は一変。

 未経験の(かしま)しさに戸惑(とまど)うラムスへ、ボクはあっけらかんと明言(めいげん)する。

「ま、ヒメカなら心配いらないっしょ」

「マドカ?」

 ジュンが目を丸くしていた。

 予想外の(かば)()てだったようだ。

「あれでもボクの妹だからね。わがままで屁理屈屋(へりくつや)運痴(うんち)だけど、悪運だけは筋金入りに強いよ」

 ラムスは(はと)が豆鉄砲食らったような顔で、(しば)らくボクを見つめ──「プッ」──やがて軽く吹き出した。

 うん、それでいい。

 とりあえず笑っておけば元気が(うるお)う。

 空元気(からげんき)でも、それは前向きな力になる。

 きっかけは何だって構やしない。

 もっとも、クルロリだけは平静なまま。(じょう)()まれるでもなく、淡々と尋問(じんもん)を再開した。

「まず、最初の質問は──」

「何故〝メイド〟なのか……だよね?」

「──違う」

 割り込んで主導権を(さら)うボクへ、物申(ものもう)したそうな視線を向ける。

「初めて地球に来た際、捨ててあった雑誌を見て擬態(ぎたい)参考にしましたの。なかなか可愛らしいお()し物でしたので」

 素直に回答するラムス。

 と、ジュンが驚愕ながらに問答を(さえぎ)った!

「って、ちょっと待って!」

「何さ? ジュン? 急に血相変えて?」

「地球に……来た?」

「はい」と、温顔ニッコリ。

 ……うん?

 言われてみれば、ちょっとした違和感。

 (しば)し、脳内整理──「ええぇぇぇ~~っ?」──ようやく気付いた!

「ラムスってば、元々〈宇宙怪物(ベム)〉なのッ? 地球人じゃなくッ?」

「ええ」と、涼しく返してくる。「(わたくし)は、惑星ジェルダに生息する原生生物(ブロブ)でしたの」

 衝撃的な真実に、ボクとジュンは追求せずにいられなかった!

「どういう事さ! クルロリ!」

「そうよ! 〈ベガ〉は『地球人(にんげん)宇宙怪物(ベム)の特性を遺伝子融合させた改造生命体』じゃなかったの? これじゃ逆じゃない! 何故、宇宙怪物が……!」

「そうだよ! 何で宇宙怪物が〝Eカップ〟なのに、ボクは〝Aカップ〟のままなのさ!」

そっち(・・・)違うわァァァーーッ!」

 スパーーンと顔面ハリセンで怒気(どき)られる。

「イテテテ……ってか、何さ? そのハリセン? どっから出した?」

 ()もおしおきとばかりに、ジュンはハリセンをスパーンスパーンと両手で(もてあそ)ぶ。殺気(さっき)(まが)いに怒気(どき)りながら。

「コレも自作アプリよ。周辺空気を超圧縮形成して、その領域に立体映像を投影。質量も音量も任意に変更自在な(すぐ)れ物」

 秀才通り越して天才か。

「何の役に立つのさ! そんな酔狂アプリ!」

「いま! 此処で! 役に立った!」

「……ああ、そっか。ツッコミ役の必需品か」

(ひと)を〝お笑い芸人〟みたいに言うな!」

「漫才、もういい?」

 クルロリが無関心に流れを戻した。

「定義として〈宇宙怪物少女(ベガ)〉とは〈ベムゲノム〉と〈ヒトゲノム〉の相互浸食融合によって新生成立している少女の事。(したが)って、素体(そたい)が〈地球人〉であっても〈宇宙怪物(ベム)〉であっても関係ない。結果として成立している形態(・・・・・・・・)(すべ)て」

「何さ? その〈ヒトデノム〉って?」

「ヒトデを飲んで、どうするのよ。そうじゃなくって〈ヒトゲノム〉よ。要するに〝人間の全染色体配列情報を解析した膨大なDNA構築式〟とでも言うか」と、ジュン先生。

「日本語で言って?」

「……日本語だ」苦虫顔で(あき)れながらも、噛んで砕いた表現に(まと)めてくれる。「まあ、大雑把に解釈するなら〝人間の設計図〟みたいなものね」

「つまり『この商品にパイロットは付いていません』みたいな?」

「……それは知らない」

 知っとけよぅ。

 昭和世代が感涙するフレーズだぞ?

「じゃあ〈ベムゲノム〉って?」

「つまりは〈ベム〉の生体設計図(・・・・・)でしょうね」

 ジュンの解釈を肯定するかのように、クルロリが続ける。

「基本的に〈ヒトゲノム〉は〈ベムゲノム〉より劣性(れっせい)であり〈ベムゲノム〉と情報重複(じょうほうちょうふく)する〈ヒトゲノム〉の生体特性は()まれ消える。そのため〈ベム〉の生体要素が大きく残り〝人間〟としての要素は最低限の特性──最も顕著(けんちょ)なのは〝人型フォルム〟──だけが踏襲(とうしゅう)される。彼女達〈ベガ〉が人型容姿に再誕しながらも生来(せいらい)の異形性を保持するのは、そうしたゲノム性質に()るもの」

 と、ここまで淡々と羅列していたクルロリは、ボクの食傷(しょくしょう)気味(ぎみ)機微(きび)を嗅ぎとった。

日向(ひなた)マドカ、ここまでは理解できている?」

「うん、小難(こむずか)しいって事だけは分かった」

「よかった。説明を続ける」

 ボケが通じない。

 生真面目(きまじめ)なのか、徹底的に朴念仁(ぼくねんじん)なのか。

「けれど、根本的な疑問は残る。そもそも〈ベム〉に(そな)わっていない〈ヒトゲノム〉を、どうして内包させるに(いた)ったか。そして、どうやって地球へと来訪したか」

 クルロリの示唆(しさ)に、ボクとジュンは以心伝心(いしんでんしん)のアイコンタクトを()わす。

 十中八九(じゅっちゅうはっく)、背後で暗躍しているのは〝ジャイーヴァ〟……か。

「〈ブロブベガ〉のラムス──アナタが、どういう経緯で〈ベガ〉へと再誕したのか詳細を知りたい」

「正直、(わたくし)が知りたいですわね。ある日、突然、こうなっていたのですから」

「ある日、突然?」

 ジュンの疑問符(ぎもんふ)を受け、ラムスは回顧(かいこ)を語り出した。

「もう半年ぐらい前に(さかのぼ)るでしょうか。(わたくし)一介(いっかい)の〈ブロブ〉として存在していましたわ。その日も原生生物を捕食して、思考無き眠りに就きました。そして、目が覚めたら地球(・・)にいましたの。それも〈ベガ〉へと進化して」

「つまり、その瞬間(・・・・)までは〈ベム〉だったのよね?」

「ええ。それに(ともな)い、高度な知性や人格も(そな)わっていましたわ。それまでは本当に原始的な本能のみ。いま思い返せば、(われ)ながら下等で恥ずかしいのですけれど」

「じゃあ、キミもアブられた(・・・・・)クチ……って、ハッ!」

 ボクは重大な見落としに気付く!

「何ですの?」

擬態(ぎたい)って事は、実質()()? 看破されたら大変だ! 自然体(ナチュラル)公然猥褻罪(こうぜんわいせつざい)じゃん! 存在自体が大変な変態じゃん!」

「どうでもいいわーーッ!」

「おぶぅ!」

 顔面ハリセン、二度目の炸裂!

「あなたって()は! (すき)あれば、すぐに(くだ)らない脱線を!」

「うう……せめて『()()Go!Go!Go!』までボケさせて……」

(ひと)を変態みたいに言わないで頂けます?」

 柔らかに怒気(どき)っていた。ラムス当人が。

「で?」と、ジュンが仕切り直す。「あなた逹〈ベガ〉の……というか〝ジャイーヴァ〟の目的は?」

「さて?」と、(あご)に人差し指を()えて他人事(ひとごと)テンションを返すラムス。

 あ、これってばジュンが嫌いな茶化し方だ。

「ふざけないで!」

 ほら、キレた。

 けれども、ラムスは閑雅(かんが)な物腰で続ける。

「別にふざけてなどおりませんわ。(わたくし)とジャイーヴァ様は、単なる契約関係(・・・・)……その背景にある意図までは、生憎(あいにく)存知(ぞんじ)あげません」

「ふぇ? 契約?」

「ええ。日向(ひなた)マドカを捕獲せよ──と」

「それってば、やっぱクルロリの宣戦布告のせいじゃないだろうな!」

「……にしては妙ね」ジュンが噛み締めるように思索(しさく)(つむ)ぎ出す。「これが『日向(ひなた)マドカを打倒せよ』なら辻褄(つじつま)が合うけれど……何故『捕獲』なのかしら?」

 あ、言われてみればそうか。

「まさか宇宙動物園で飼うつもりじゃないだろうな? 『ウル ● ラマン80』に登場したバ ● タン星人みたいに?」

「知らない知らない」

 全員連帯で手をブンブン振っていた。

 知っとけよぅ?

 国民的スーパーヒーローの沽券(こけん)に関わる『どエライこっちゃ事変』だったんだぞぅ?



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vs, ブロブ Round.6

 

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 とりあえず尋問(じんもん)は終わった。

 まだまだ知りたい事はあるけれど、これ以上はラムス自身も引き出しを持っていないようだ。

 つまり聞き出せる情報は、(おおむ)ね聞き出したという事。

「で、これからどうすんの?」

 誰に言うとでもなく、ボクは今後の指針を求める。

「しばらくは相手の出方(でかた)(うかが)うしかない。つまり、これまで通り」と、クルロリ。

「みたいね。受け身一点張りっていうのは(しゃく)だけど」と、ジュン。

「じゃなくて、ラムスだよ」

 ボクの指摘に全員が直面した課題を気付く。ラムス本人も含めて。

「どうもこうも、人間に危害を加える〈ベガ〉を放置しておけないわよ」と、ジュン。

「心配無用。(しか)るべき処置で拘留(こうりゅう)しておく」と、同意クルコクによる事務的提案。

(すで)に覚悟は出来ていますわ。煮るなり焼くなり、どうぞ御自由に……」

 涼しい態度でラムスは(うそぶ)いた。

 どうやら素直に(じゅん)ずる覚悟のようだ。

 観念したかのような乾いた(うれ)いが、彼女の心理を物語っている。

(しか)るべき処置……ねぇ?」ボクは背凭(せもた)れへと()()りつつ、釈然(しゃくぜん)としない気持ちを整理してみた。「ねえ? キミの対価(・・)は何さ?」

「え?」

 意表を突かれたといった具合に驚いていたよ。

 ラムスも……だけど、(こと)にジュンとクルロリが。

「そうか、失念(しつねん)していたわ。契約関係なら相互的にメリットがあるはず……」

「でしょ? だから、この()のメリットは何かなぁ……って」

「あなたって、時として鋭いのよね。普段は考えなしの無計画(ランダム)バカなのに」

 それ、()めてるんだよね?

「で、何さ?」

 ボクは興味津々(きょうみしんしん)で、ラムスの顔を覗き込む。

「それは、その……か……家族を──」

「え? 明るい家族計画?」

「違いますけどッ?」

 ガチで怒気(どき)られた。地球外生命体から。

 興奮を(しず)めると、彼女は物憂(ものう)いに吐露(とろ)を始める。

「誰でもよかったんです。(わたくし)の孤独を(いや)してくれるのならば……」

「ふぇ? 孤独って……友達とかいないの?」

「友人は(おろ)か、家族すら存在しませんわ。私は〈地球外生命体(・・・・・・)〉ですもの」

「なるほど、合点がいった」クルロリが分析論を(はさ)んだ。「正体が〈ベガ〉である以上、彼女は人間社会に()いて忌避(きひ)される怪物。素性(すじょう)を隠して潜伏するしかない。かといって、源泉(げんせん)種族(しゅぞく)たる〈ブロブ〉からも許容されない非共感的存在(・・・・・・)になってしまった。どちらに()いても〝異端(・・)〟でしかない」

 (さび)しげな眼差(まなざ)しを落とし、ラムスは述懐(じゅっかい)(つづ)り続ける。

「来る日も来る日も孤独──地球人を(よそお)って人間社会へ溶け込もうと(つと)め続け、自分自身を(いつわ)(かく)して平穏な日常を()(つくろ)う。誰一人(だれひとり)として〝本当の私(・・・・)〟を知らない──だから、自然と他人から距離を置くようにもなった」

 ボクの心に(しこ)っていた違和感が、ようやく氷解した。

 それで、あの〝まったり女子会〟だったワケか。

 嬉しそうだったもんね。この()

「そうした日々に虚無感が(つの)り、心のコップが(あふ)れるかもしれないと思えた。そんな(あや)うさの中で〝()〟が姿を現したのですわ」

「ジャイーヴァ……か」

 噛み締めるように呟くジュン。

 その声音は一転して〝ひとりぼっちの異邦人〟への同情を(はら)んでいる。

「じゃあ、ジャイーヴァと子作りを?」

「ですから! 直接的に子供を設けたいわけではありませんわよ!」

 また怒気(どき)られた。今度は喰い気味に。

「あなたの心情は判ったとしても、肝心の〝家族(・・)〟は、どうするつもりだったのよ? まさか一般人を誘拐洗脳するつもりだったんじゃないでしょうね?」

 ジュンからの強い追求。

「正直、(わたくし)存知(ぞんじ)ません。報酬の手筈(てはず)は、ジャイーヴァ様に御任(おまか)せしていたので……」

「ええ? そんなの絶対ダメだよ! 平穏な家族を引き裂いてまで、アブるなんて!」

 ボクの率直(そっちょく)な道徳観に、孤独な〈ベガ〉は「(おっしゃ)る通りですわね」と懺悔(ざんげ)のように零す。

「もしも、そのような事態になっていたら、後悔しきれませんでしたわ」

 そして、彼女はボクを正視した。

(あやま)ちを犯す前に、負けてよかったのかもしれません……貴女(あなた)になら」

 (うる)むような(はかな)微笑(ほほえ)み。

 う~ん……何か納得できない。

 これじゃラムスの気持ち、投げっぱじゃん。

 だから、ボクは提案した。

「もう、さ? ユー、ボクん()に住んじゃいなよ?」

「……え?」「……は?」

「そうだ、家族になろう!」

「「ええぇぇぇ?」」

 室内反響するほど驚愕(きょうがく)されたよ。

 ラムスとジュン、双方から。

「あっけらかんと『そうだ、京都へ行こう』みたいに言うな!」

「正気ですの? そんな重大な決断を即興(そっきょう)的に?」

「もう、二人してウルサイなぁ」

 あまりに興奮した抗議のウザさに、ボクは耳の穴をほじくって流す。

「この()ベガ(・・)〉なのよ?」

「そうですわよ! (わたくし)が言うのも何ですけど!」

 ボクは(さわ)やかサムズアップで明答。

「そこは無問題(モーマンタイ)! 愚妹(ぐまい)も喜んでウェルカムだろうし!」

「理由になっていませんけれどッ?」

 メイドベガ本人からツッコまれた。

 ってか、キミのために提案したんですけど?

日向(ひなた)マドカ、その案は実現不可能。(すで)日向(ひなた)ヒメカの記憶は消去してある」

「あ……」

 ラムスが(さび)しさを零した。

 けれど、これまたヘラヘラと無問題(モーマンタイ)

「へーきへーき。またボクがイチから教えるもん」

「……不合理」

 クルロリは理解不能といった表情を浮かべていた。

 間髪入れずに、ジュンが(せき)を切って問い詰める。

「だいたい、あなたのお母様はどうする気なの!」

「だから〈ベガ(・・)〉って事は隠してもらう。それから、一般人に危害は加えない(・・・・・・・・・・・)──それが最低限な約束。それさえ守ってもらえれば、あとは何とか説得するよ」

「何とか……って、具体的にはどう説明する気なのよ?」

 不安げに確認するジュン。

「う~ん?」──(しば)し、腕組みに考え──「橋架下(きょうかした)河川敷(かせんじき)衰弱(すいじゃく)していたところを拾ってきた……って、シチュでよくない?」

「「まさかの捨て猫扱いッ?」」



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vs, ブロブ Round.7

 

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「カ・レ・ー・だ ♪  カ・レ・ー ♪ 」

「カ・レ・ー・だ ♪  カ・レ・ー ♪ 」

 姉妹(しまい)(そろ)ってルンルン気分。

 ボクとヒメカは夕飯メニューを連呼しながら、商店街をスキップしていた。

御二人(おふたり)(とも)、少しはおとなしくして下さいませ。周囲の方々に迷惑ですわよ?」

 軽く羞恥心(しゅうちしん)をはにかみながら、同伴(どうはん)保護者(ほごしゃ)──ラムスが(たしな)める。

「だってボク、カレー大好物だもん」

「ヒメカも、ラムスちゃんのカレー楽しみなんだもん」

「もう」

 夕飯材料買い出しの一幕だ。

 ラムスが家に来て、(すで)に一週間。

 こうした微笑(ほほえ)ましい光景は、もはや日常になっている。

 商店街の人達にしても、ラムスは顔見知り客だ。

 無論〈ベガ(・・)〉って事は知らないけど。

 それはさて()き──やがて見えたるは、スーパーマーケット『ラブライフ』!

「ヒメカ、アレが我々の目的地だ!」

「らじゃ!」

 秘境探検隊の如く志気と敬礼!

「よっしゃ! いざ乗り込むぞ!」

「その前に!」意気揚々(いきようよう)(いさ)み出すボク達を、ラムスが襟首(えりくび)(つか)んで制止した。「(よろ)しいですか? この間みたいに、余計な物をカートへ忍ばせない事!」

「「ええ~?」」

「特にマドカ様? 何百円もするお菓子を、まとめ買いしませんように」

「だって、全部買わないとロボットに合体できないんだもん」

「し・ま・せ・ん・よ・う・に!」

「は~い」

 渋々了承する。

 仕方ない。

 今日のところは我慢しよう。合体(・・)を。

「二個ならいいというわけではありませんからね?」

 見透(みす)かされていた。

「ヒメカは『魔法戦士(セラキュア)チョコ』欲しかったな……」

「コホン、に……二個だけですよ?」

「うん♪ 」

 贔屓(ひいき)だ!

 (みな)の者、此処に贔屓(ひいき)がおるぞーーッ!

 

 

 この店舗は結構デカい。

 食料日用品から雑貨まで何でもござれだ。

 エスカレーター完備の二階建てだし。

 ってワケで、ヒメカとラムスが仲良く買い物する最中(さなか)、ボクは一人でブラブラと物色(ぶっしょく)がてらに彷徨(うろつ)く。

 若干(じゃっかん)、フテながら。

 別に()いているワケじゃない。

 理由は、もっとシンプルだ。

「ちぇっ、残り五体だけで合体できるのに……『十二神将合体ゴッドブッダ』の完成形態」

 と、前方に見知った顔を発見。

「あ」「あ」

 互いに視認して声を漏らす。

 次の瞬間、ボクの甘えん坊スイッチがオン!

「うわ~~ん! ジュ~~ン! 合体したいよ~ぅ!」

公衆(こうしゅう)面前(めんぜん)で、いきなり何を口走(くちばし)ってるかーーッ!」

 泣きついた途端(とたん)激昂(げっこう)ながらに拒否(きょひ)られたよ。

 (よこ)(ツラ)へのハリセンアプリで。



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vs, ブロブ Round.8

 

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 イートインコーナーの一卓(いったく)で、ボクは(なぐさ)められていた。

 ジュンが(おご)ってくれたソフトクリーム……おいし ♪

「でも、それはラムスが正しいわ。目的は夕飯の買い物なんだし、彼女だって預かった予算で計算している。そんな中でオモチャなんて買っていられないわよ」

「オモチャじゃないよ! お菓子のオマケだよ!」

「主体は〝オモチャ〟なのに、申し訳程度のお菓子を付属させて便宜上(べんぎじょう)〝菓子〟として分類販売させる──食玩(しょくがん)商法っていうのよ、そういうの」

「でもさ? ヒメカの『魔法戦士(セラキュア)チョコ』はオッケーなんだよ?」

「それってオマケは?」

「シール」

「値段は?」

「八十円」

「あなたのは?」

「六百円」

「高ッ!」

「プラモデルとシールを(はかり)に掛けるな!」

「プラモデルを買おうとするな」

 冷徹な正論で撃沈された。

 ボクはテーブルへと()()す──いや、()伏死(ぷし)すると涙声ながらに(うった)える。

「合体したいよ~ぅ……ジュン、どんな感じになるのか合体してみたいんだよ~ぅ」

「分かったから! 分かったから、(ひと)の名前を織り込まないで!」

 周囲の目を気にしてアワアワしていた。何故かは知らないけど。

 とりあえずアイスミルクティーを(たしな)み、彼女は強引気味に平静を取り戻す。

「でも、安心した。ラムス、うまくやっているみたいね。ヒメカちゃんは、すぐ受け入れたの?」

「意外と早く思い出したよー……教えてから一分(いっぷん)で」

 ボクは()伏死(ぷし)フテ寝で対応した。

 いくらヒメカでも信じるまでは時間が掛かるかと思いきや、信じる信じない以前に記憶(・・)が戻った。

 たぶん心の底に、こびりついていたんだろう。

 それだけヒメカにとっても〝大事な友達(・・・・・)〟だったってワケだ。

 人間の〝大切な記憶〟が、機械なんかで完全操作できるわけがない。

 そう、できてたまるか!

 だから、ボクの〝胸ペッタン〟という心象も()()えられないんだよ……シクシク。

「ラムスが〈ベガ〉って事も思い出したの?」

「出したよー」

 覇気無く()伏死(ぷし)たまま返す。

 ボクの気力が()れている事を感じ取ったか、彼女は無難な話題へと推移(すいい)した。

「にしても……あなたのお母様も、あんな同居理由をよく通したわね」

「ウチのお母さんは〝()る時は()る女〟だもん」

「それ……たぶん賞賛の字、間違ってる」

 口頭(こうとう)で、よく分かったな?

 でも──「間違ってないよぅ」

「はい?」

「実際、今回の件を承諾(しょうだく)させる過程(かてい)で、ボクは〝ウェスタンラリアートのちタイガードライバー経由(けいゆ)ドラゴンスリーパーホールド〟を喰らったし」

「……技の名前は解らないけど、何かエラい目に遭ったのは分かった」ドン引きしながら、気マズそうに氷をストロー突っつき。「まあ、あんな嘘じゃあね」

「別にボクを疑ったわけでもなければ、新家族提案への拒否でもないよ。ボクのお母さんは、基本的に(じょう)(あつ)い人だもん。むしろ『彼女には身寄(みよ)りがいなくて天涯孤独(てんがいこどく)』って(うった)えたら、深い同情を寄せていたぐらいだし」

「じゃあ、何で?」

「帰宅したら、ボクの部屋が半壊していたからだよぅ……ボクの顔を見るなり、問答無用で『今度は何やったぁぁぁーーッ!』って……シクシク」

「……ああ~~~~」

「何さ? その妙に納得した『ああ~~~~』は?」

「いえ……日頃(ひごろ)(ほど)(うかが)えるなぁ……って。あなたの信用具合」

「失敬だな!」

「失敬かなぁ?」

 本気のクエスチョンでやんの。

半殺(はんごろ)されるボクを()の当たりにして、さすがのラムスも戦慄(せんりつ)に凍りついてたっけ……」

「宇宙怪物が引く日向(ひなた)()って、いったい……」

「ま、ヒメカが直訴(じきそ)して怒りを(しず)めたんだけどね」

 手頃な会話も尽き、二人して微妙な沈黙にたゆとう──。

 やがて、ジュンが眼差(まなざ)しを落として(つぶや)いた。

「ねえ? 今回の件で改めて思ったんだけど……〈ベガ〉って何なの(・・・)かしら?」

「少女型ベム」

 ()伏死(ぷし)継続(けいぞく)で無気力()簡潔(かんけつ)に答える。

 投げやりな感情に(さいな)まされて、もう全部がどーでもいいし。

「それは判っている。でも何故、総じて少女型に?」

萌娘(もえっこ)の方がいいんじゃないのー? 読者的にもー?」

「何だ〝読者的に〟って」

 ジュンはアイスティーで気持ちをリセット。

「ヒメカちゃん、毎日楽しいでしょうね。新しい姉妹ができたみたいで」

「何だよぉ……ジュンまでヒメカヒメカって」

 思いっきり()ねた。

「何? ()いてるの?」

「うん」

 肩を(すく)めて苦笑すると、ジュンは優しい抑揚(よくよう)(なぐさ)める。まるで駄々(だだ)()(さと)すように。

「大丈夫よ。ヒメカちゃんにとって、ラムスはあくまでも親友。何だかんだ言っても〝大好きなお姉ちゃん(・・・・・・・・・)〟は、あなただけよ」

「じゃなくて……ジュンってば、ヒメカには優しい」

「え?」

「ボクだって、ジュンにアマえたいのに……イジイジ」

「え……えっとぉ?」

 何故か(ほほ)を紅潮させてドギマギしていた。

 ボクは素直な心境を答えただけなんですけど?

「ハァ……本当、世話が焼ける()なんだから」

「ふぇ?」

 (いつく)しむような困惑に、ボクはようやく顔を向けた。(ほう)けて締まりない顔を。

 顎線(あごせん)に指を添えて、何やらジュンは思案する。

「う~ん、そうねえ……一個だけならいいかな?」

「何が?」

「そのプラモデル、一個だけなら買ってあげる」

「ええッ! いいの?」

 思わず興奮して、ガバッと起立!

 ボクの現金な態度を見て、彼女は微笑(ほほえ)んだ。

「人知れず頑張ってるから、私からの御褒美(ごほうび)。私も臨時(りんじ)収入(おこづかい)があったしね……この間の模試(もし)、成績良かったから」

「じゃあ、三号と七号と九号と──!」

「一個だけ!」



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vs, フラモン
vs, フラモン Round.1


 

【挿絵表示】

 

 昼休み──ボクはジュンと共に屋上へと直行。

 昼飯がてらに、指針会議という名目の雑談を始めた。

「モグモグ……クルロリと接触してから、もう一ヶ月近くだね」

 唐揚げ弁当を頬張りながらボクは言う。

「そうね」

 サンドウィッチを一口(ひとくち)(つま)んでジュンが返す。

 何やら言いたそうな(ふく)みを()んでいた。

 微妙な沈黙が続く。

 やがて物思いに沈みつつ、彼女は切り出した。

「ねえ、マドカ? クルロリの事、どう思う?」

「胸に親近感」

「じゃなくって!」気持ちを静めるべく、缶紅茶を(すす)る。「正直、まだ信用しきれてないのよね。あまりにも秘事(ひじ)が多過ぎるし」

「モグモグ……信用していいと思うけど?」

「どうして?」

「嘘を言うような()じゃないだろうし」

「根拠は?」

「直感」

「はあ?」気負(きお)いを()がれ、ジュンは淡い苦笑に肩を(すく)める。「まったく……大雑把(おおざっぱ)と言うか、動物的と言うか」

 その直後、校舎内から尋常(じんじょう)じゃない喧噪(けんそう)(しょう)じた。

 全校生徒が窓から空を見上げ、驚愕に固まっている。

「モグモグ……まったく騒がしいなぁ! 昼飯ぐらい、ゆっくり食べようよ! いったい何だっていう……の……さ」

 釣られて大空を仰ぐなり、さすがのボクも思考停止(フリーズ)

 青空が(かげ)っていた!

 曇天(どんてん)ってワケじゃない!

 校舎上空に居座(いすわ)る巨大な飛行物体で!

 とはいえ、形状は円盤(・・)ではない。便宜上(べんぎじょう)〝空飛ぶ円盤〟って(くく)りにはなるけれども。

 例えるなら〝アサガオの葉〟というか〝突部を前方に向けたハート型〟というか……。

 直径は二〇メートル(ほど)

 漆黒の機体には、マイケルがベイっていた。インデペンデイスっていた。ゴチャゴチャした複雑なメカニックディテールに、チカチカと螢灯(けいとう)の羅列が明滅している。如何(いか)にもな地球侵略(インベーション)感が満載。

「な……何さ? コレ!」

「とにかく、クルロリに連絡を!」

 ジュンのパモカが()いて連絡する。呼出(よびだし)の間が、もどかしい。

 警戒に仰ぎ睨む最中(さなか)、元凶たる脅威がガコンガコンと変形を開始した!

「え? とらんすほーむ?」

 外翼が垂直に折れ──中軸の一部が後方へと伸び──腕が生え──キャノピーらしき部分が頭部へと小変形していく。

 折り紙工作のように細やかな変形プロセスは、まるで男児向けの変形ロボット玩具を彷彿(ほうふつ)させた。

 ()くして完成したのは、異様な人型。

 大きな玉葱(たまねぎ)形状の頭部に埋もれた簡素な丸顔。口も鼻も無い饅頭(まんじゅう)(あたま)には大きな丸い目だけが煌々(こうこう)(とも)り、まるで幼稚園児の落書きを連想させる愛嬌(あいきょう)があった。そして、脚を(おお)(かく)すほど(たけ)の長いスカートに、ヒョロリと長い貧弱な腕。

 ズンッと振動を刻み、(いびつ)な巨人がグラウンドへと降り立った!

 その際に発生した風圧が、周囲一帯に猛威を()く!

「あぁん! ボクの唐揚げ弁当ーーッ!」

「どうでもいい!」

 嗚呼(ああ)彼方(かなた)昇天(しょうてん)なされた。

 まだ食べ掛けなのに……シクシク。

「何よ? この巨大ロボットは!」

「正体が〝ロボット〟かどうかは解らないけどね」

「マドカ、知っているの?」

「うん、オカルト本とかで見た事ある。コイツは〝フラットウッズ・モンスター〟っていう〈UMA〉だよ」

「フラットウッズ──確か、アメリカのウェストバージニア州に在る小さな町じゃなかった?」

「そうらしいね。その昔──確か一九五二年だったか──そこで初目撃されたから〝フラットウッズ・モンスター〟と名付けられたんだ」

「……何の(ひね)りも無いわね」

「けれど、ここまで巨大じゃないよ。目撃談によれば、だいたい約三メートル程度」

「コレ、どう見ても約八メートル級あるわよ」

「……縮んでるじゃんか。円盤の時より」

「おそらく(もと)が平たいからよ。ボディの厚みを増す(ため)には、パーツを折り重ねるしかないもの」

「あ、そっか」

「それでも充分な巨躯(きょく)だけどね」

「にしても、厄介だな。いくらボクでも〈巨大ロボ〉相手に生身(・・)で渡り合う自信はないぞ?」

「それ以前に、この巨体で暴れられたら校舎なんてひとたまりもないわよ。生徒達の身にも、いつ危険が(およ)ぶか判らない」

「つまり全校生徒が人質みたいなもんか……愚昧(ヒメカ)じゃあるまいし、メンドクサッ!」

 愛嬌ある円眼(えんがん)(とも)り、鋼の巨体が鈍重に向きを変えた。

 どうやら屋上から観察するボク達を見つけたようだ。

「目標発見」

 ズンズンと眼前まで近付いて来ると、巨大な(てのひら)蠅叩(はえたた)きに振り下ろす!

「うわっと?」

 咄嗟(とっさ)にジュンをお姫様抱っこすると、瞬発的に後方跳躍!

 さっきまで立っていた場所が、陥没(かんぼつ)瓦解(がかい)していた!

 破壊被害の大穴から階下を確認すると、真下は図書室の書籍倉庫。(さいわ)い生徒や先生はいなかったようだ。

「むちゃくちゃするなぁ、コイツ……」

 ひとまず安全な間合いでジュンを()ろし、ボクは全身鋼質化を発現!

 警戒を身構えた!

「ジュン、クルロリからの連絡は?」

「まだ無いわ」

肝心(かんじん)な時に連絡つかないんじゃ、パモカの意味無いじゃん」

「……そうね」

 ジュンの表情が(かげ)りを(はら)む。

 どうやらクルロリへの不信感が、また(つの)ったようだ。

「う~ん、仕方ない。ここはボク達だけで切り抜けるか」

「切り抜けるって、どうやって?」

「バトる」

「戦う気なの? あんな巨大ロボと?」

「うん」

生身(・・)で?」

「うん」

「この身長差なのに?」

「そりゃボクだってメンドイけどさ……やるしかないじゃん? 煌女(きらじょ)生徒がいるんだし」

 あっけらかんと返答しつつ、ボクは「じょーちゃく!」とパモカアプリを起動。

 一瞬にして〈PHW〉が転送装着される。

 こういう緊急事態を想定して、クルロリがヴァージョンアップしてくれていたのが早速役立った。

 ジュンは困惑にボクを見つめていたが、やがて「クスッ」と微笑(びしょう)を飾る。

「そういうところなのよね……あなたの好きなところって」

「ブフゥーーーーッ!」

 鼻血吹いた。高揚して。

「きゃあ? マママママドカ?」

「あかん! 戦闘前に貴重な鉄分が!」

「……一生懸命()(あつ)めて、どうする気なのよ?」

「また体内に戻す!」

(きたな)ッ! っていうか、無理だからやめなさい!」

「だってぇ、いきなり(こく)るからぁ……にへへ~♪ 」

「この非常事態にニヤけない! 別に(こく)ってないし! そういう意味じゃないし!」

「イヤよイヤよも好きの内?」

「……セクハラ中年親父か、あなたは」

 毎度ながらのジャレ合いが展開する中で、フラモンの目がヴォンと再発光。

 あ、まごついてたら二発目くるな……コレ。

「確かに、やってる場合じゃないや。じゃあ、ジュンはパモカで指示をお願い! ボクはアイツを()き付けるから!」

「けれど、本当に一人で大丈夫?」

「ひとりでできるもん!」

「……大丈夫そうね」

「何だよぅ? その(あき)れ顔は?」

 ともあれ、ボクは校庭へと飛び降りた。

 足下(あしもと)を駆け抜ける獲物(・・)を追って、フラモンも向きを変える。

 とりあえずの誘導は成功。

 このままグラウンドで立ち回れば、校舎に(およ)ぶ被害も少ないはずだ。

 だって、狙いはボク(・・)だもん。



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vs, フラモン Round.2

 

【挿絵表示】

 

大男(おおおとこ)総身(そうみ)シャンタン、(まわ)りカレー』──か、どうかは知らないけれど、やはり動きは愚鈍だった。

 ボクは持ち前の運動神経を()かして、()(そそ)巨拳(きょけん)()け続ける。どんな威力でも当たらなければ意味は無い──と、シャ ● 少佐も言ってたし。

 とはいえ、二次被害は甚大(じんだい)

 グラウンドにはボコボコと鉄拳の(あと)が増産され、植え込みへと身を隠せば空振(からぶ)る鉄腕に植樹(しょくじゅ)()()られる始末(しまつ)

「ガンバレー!」「負けるなー!」「行けー!」

 身の安全を確信したからか、各教室から他人事(ひとごと)テンションな声援が向けられてきた。

 事の成り行きから、どうやらボクを〝味方〟と判別したらしい。

 ホント、現金なヤツラだよ。

 全身鋼質化に加えて〈PHW(セーラー)〉を着込んでいるから、正体がバレる心配は無いだろうけどさ。

「ちゃんと勝ってよね? 今月、ポケマガチヤバなんだから」

 ネイルケアがてらにギャル系がゴネた。

「オマエらーーッ! 小遣(こづか)(かせ)ぎのトトカルチョ開催(かいさい)してるだろーーッ!」

『マドカ、集中して』

 胸ポケットのパモカが(いさ)める。

「ジュン? いま、何処さ? おっと危な!」

 頭上からの鉄拳を回避しつつ、現在地を確かめた。

『二階の電算室。此処なら滅多に誰も来ないし、対策に熟考(じゅっこう)できるもの』

「で、策は?」

『現状、圧倒的に情報不足なのよね……一応、此処のコンピュータをパモカ補佐に使って模索(もさく)してるんだけど』

「まさかの策無し?」

『う~ん? 大概(たいがい)〈人型ロボット〉っていうのは〝人間〟を()してるせいか、御丁寧(ごていねい)に頭部へ重要回路を集中搭載(とうさい)しているのよね……AIとか各種センサーとか。そこ(・・)を破壊できれば、(ある)いは勝算も──』「ラジャっす!」『──って、マドカッ? いまの、単に考察だからッ! 作戦じゃないからッ! マドカ、聞いてるッ?』

 泡食って制止するも……ゴメン、もう後の祭り。

 (すで)にボクはフラモン頭部の高度まで急上昇していた!

「んにゃろ!」

 渾身(こんしん)の鉄拳を鉄面(てつめん)へと(たた)()む!

 効かない。

 むしろボクの方が鏡返しを喰らった。

「シビビビビビ……ッ!」

 鋼質化ボディの内側を衝撃の振動が駆け抜ける。

「なら、これで!」

 玉葱(たまねぎ)(あたま)を踏み台に、真上へと跳躍!

 そのまま落下の勢いに乗せ、空中前転を加味した(かかと)()としを繰り出す!

 (つづ)(ざま)延髄(えんずい)()り!

 ローリングソバット!

 ミドル! ハイ! ミドル! ロー! ミドル!

 ()りのラッシュを、がむしゃらに顔面へと打ち込む!

 にも(かか)わらず、フラモンは無表情に涼しい顔……腹立つ!

「クソッ! 効かないや!」

『じゃなくて、心配かけない! どうして考えなしに即決(そっけつ)するの!』

「考えるな、感じろ」

『……香港(ホンコン)の大スターに謝れ』

「ブゥブゥ! だって、もう行動に入ってたんだもん!」

『まったく……でも、あなたの〈エムセル〉よりも硬いって、どんな宇宙金属なのよ?』

「うん、宇宙は広いよね……って、ふぇ?」

 眼界(がんかい)が薄暗く染まった。まるで日陰のように。

 イヤな予感に頭上を(うかが)い見ると、高々と振り上げられている平手があった!

「どわわわわ~ッ? 待て待て待て!」

 と、不意にボクの腰へと何か(・・)が巻き付く!

 弾力性に()んだ極太ロープみたいなヤツ。緑色のタイヤチューブみたいな代物(しろもの)

「ん? 何さ、コレ?」

 ロープの出所(でどころ)を目で手繰(たぐ)り追うと、それ(・・)は屋上から伸びていて──「でぇぇぇええーーッ?」──そのまま平行バンジーを()いられたよ!

 瞬発的なGがエグッ!

「何だ何だ何だ! コレは!」

「どうやら絶妙なタイミングだったようですわね」

 バンジーロープが(しゃべ)った!

 聞き覚えのある声で!

「って、ラムスーーッ?」

 離陸数秒後には屋上へと投げ捨てられていた!

 鋼の尻餅(しりもち)が、床アスファルトを軽微に破砕!

「痛~い! おしり割れたぁ!」

元々(もともと)割れていますから御心配なく」

 人型を再形成しつつ、メイドベガが()めて流す。

「ラムス? (たす)けに来てくれたの?」

「勘違いしないで頂けます? 単に買い物帰りですわ。それに貴女(あなた)に何かありましたら、ヒメカが悲しみますから」

「相変わらずのヒメカ(ラブ)だな……ってか、ボクは愚妹(ぐまい)のオマケか!」

 釈然としない心境を押し殺す中、フラモンがボク達へと振り向いた。

「データ照合──〈ブロブベガ〉ノ〝ラムス〟ト認識。障害トシテ排除スル」

 巨体がズンズンと迫り来る!

 ──ツルーン!

 転んだ。すってんころりんと。

 起きあがろうとして──ツルーン!

 再度、()い起きようとして──ツルーン!

「不確定障害発生──トラップ確認」

 七転八倒(しちてんばっとう)を繰り返し、フラモンはようやく転倒要因に気付く。

 手で(すく)い拾ったのは、緑色の粘液。

 それがヤツの足下周辺に()いてあったのだ。

(わたくし)自身から生成された特製ローションですわ」

「いつの間に仕掛けたのさ?」

先程(さきほど)、マドカ様と交戦していた時ですわよ。液状化して足下を()り抜ける(さい)()いて去りましたの」

 閑雅(かんが)種明(たねあ)かしをしながら、1リットルペトルのミネラルウォーターをゴキュゴキュ。

 あ、ホントだ。

 身長、ちょっと縮んでる。

 ってか……体積(たいせき)補填(ほてん)それ(・・)じゃないだろうな?

 足下(あしもと)のレジ袋に、いっぱい買い込んであるし。

「歩行ニヨル離脱可能確率十六パーセント──飛行シークエンス実行」

 脱出を(はか)るフラモンが、スカート部からバーニアを噴射!

 飛翔離脱を(こころ)みる(さま)は、(さなが)らヘリウムバーニアの巨大版だ!

「ヤバッ! そういえば、アイツって飛行能力があるんだっけ!」

「その点も御心配なく」

 涼しい態度で長いもみあげ(・・・・)(もてあそ)ぶラムス。

 彼女の自信を立証するかのように、粘液がフラモンのスカートを掴んで放さない。まるでとりもち(・・・・)のように張力(ちょうりょく)を発生していた。

(わたくし)自身の粘液(ローション)ですから、糸一本(・・・)分でも(つな)がっていれば性質自在。現在は粘着(ねんちゃく)張力性(ちょうりょくせい)に特化させましたわ」

 そう言って小指をヒラヒラ。

 よく見りゃ、指先に納豆糸みたいなのが泳いでいる。

「張力均衡値想定外──出力上昇」

 フラモンは、(さら)にバーニア噴出を上げた!

 地表から数メートルは浮上できたが……そこまでだ。

 ラムスローションは、しつこく食い下がる。

 反発に引き合う二つのベクトル。

 そして──どんがらがっしゃん──(こん)()けしたフラモンは、とうとう地面へと()いつけられた。後頭部を打ちつける墜落ぶりが、遠目で見ていても痛々しい。

「あらあら、無様ですわね……クスクス♪ 」

 優位性に酔って、ほくそ笑んでいるし……。

 怖ッ! コイツ怖ッ!



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vs, フラモン Round.3

 

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 屋上にて数時間経過──。

 鉄柵(てっさく)()しから眺める情景は、すっかり夕焼け空に染まっていた。

 フラモンは飽きずに、すってんころりんを続けている。

「で、どうしますの? このまま籠城(ろうじょう)していては(らち)もありませんわよ? それに一般生徒達の恐怖とストレスは計り知れませんし」

「ラムス、食べちゃえば?」

 サラリと提案したら、恨めしそうな視線が返ってきた。

(ひと)を〝大食い女王(フードファイター)〟みたいに言わないで頂けます? そもそも、あれだけの鉄塊(てっかい)を何故食べなければいけませんの。美味(おい)しくもなければ栄養価も無いのに」

「鉄分豊富」

「……その白銀顔(プラチナがお)で言われると、妙な説得力がありますわね」

「でもさ、ボクの事は食べようとしたじゃんか?」

「食べようとしたのではなく、単に溶かそうとした(・・・・・・・)だけですわ。ある程度戦闘不能になれば、廃棄物として吐き出すつもりでしたし」

「ああ、ガムみたいに」

「ええ、ガムみたいに」

他人(ひと)(さま)をガム扱いすんなーーッ!」

「御自分で比喩なされたんじゃありませんか」

「んじゃ、それでいいよ! ラムス、や~~っておしまい!」

「どうしましたの? 急に奇妙な口調で? 何か悪い物でも拾い食いされました?」

「もう! そこは『アラホラサッサ!』と敬礼しなきゃ!」

「……知りませんわよ、バカ」

 辟易(へきえき)と顔を()らすし。

 ってか最後、何か言わなかったかしら?

「ああッ? 冷たい! ジュンと違って冷たい! ツッコミすら無い!」

 すると、空々(そらぞら)しい温顔を(つくろ)って、こう返してきた。

「まあ、星河様はスゴイですわねえ? こんなバカバカ(・・・・)しい事にもめげずに、いちいちツッコんでバカ(・・)りいらして? (わたくし)には到底真似できない事ですわ。恐縮はバカ(・・)ります。このおバカさん♪ 」

 ……ラムス、それツッコミ(・・・・)じゃなくて毒舌(・・)だ。

 何回『バカ』って織り混ぜたか知らないけど、とりあえず、これだけは指摘しておこう。

「最後、何て言ったーーッ!」

「さて?」

 オイ、ペロッと舌出してしてそっぽ向くな。

 この性悪(しょうわる)Eカップ。

「もう! とにかく、さっさと食べちゃってよ!」

「で・す・か・ら! 無理ですわよ!」

「何でさ?」

貴女(あなた)は〝タワー盛りのレバ刺し〟を二〇皿(・・・)も食べられまして?」

「食べるに決まってるじゃん」

「……はい?」

「超お得だよ? それ?」

「ハァ……(さと)そうとした(わたくし)が馬鹿でしたわ」

「何だよぅ? その()(いき)は?」

 進展の見えない押し問答が続く中、フラモンがすってんころりんをやめた。

 内股に座り込んでジッとする様は、途方に暮れて(ほう)けているようにも見える。

 そして──!

「ふ……ふぇぇぇ~~ん!」

 泣き出したし。

 デッカイ図体して、子供みたいに泣き出したし。

 ってか、大音量でウルサッ!

「ふぇぇぇええん! ふぇぇぇええん! えぐっえぐっ……ふぇぇぇええん! ふぇぇ……げほっげほっ!」

 泣き過ぎて()せてやんの。

 ってか、さっきまでカタコト電子ヴォイスだったろ! オマエ!

 まったく、何なんだコイツは?

「あらあら、泣かせてしまいましたわね?」

「う……うん……泣かせちゃったね」

「どうしますの? マドカ様?」

「いや、どうするって言われても……どうしよう?」

 心底困惑した。

 そりゃそうだ。

 こんな展開、誰も予想してないよ?

「マドカちゃんがイジメるぅ~~! うわ~~ん!」

 あのバカッ!

 何をおおっぴらに名指ししてんのさ!

「マドカ? 誰?」「もしかして、あのセーラー服アンドロイドの名前かな?」「確かに、ちょっとやりすぎかもな」「限度が分かってないんだよなぁ~限度が……」

 ほら見ろ!

 校内中が騒然となったじゃんか!

 ってか〝正義の味方(プリ ● ュア)〟扱いから〝ガキ大将(ジャイ ● ン)〟扱いに評価転落ッ?

「あれ? そう言えば、ウチのクラスのマドカっち、いなくね?」「え? 巻き込まれた?」

 一部が気付きだした。

「ウチらのグループは、あんま交流無かったけどさ? 憎めないヤツだったよな……」「うん、騒がしかったけどね……」「マドカっち、成仏してよね……南無南無」

 死亡説まで出始めたしッ?

 ってか、オマエら! 諦めんの早過ぎッ!

「えぐっえぐっ……マドカちゃんが……マドカちゃんが……うわ~~ん!」

マッド母ちゃん(・・・・・・・)が、どしたってーーーーッ?」

 ボクはわざと絶叫し、強引な方向修正を(はか)る!

「え? マッド母ちゃん?」「お母さんに怒られたって事?」「ってかさ? 母ちゃんがマッドって事は、DVって事じゃね?」「あの子、可哀想かも……」「マドカっち、成仏してよね……南無南無」

 うしっ! 作戦成功!

 そして、最後のヤツ! 後日、絶対に探し出す!

「ひっく……ひっく……」

 フラモン、ゲンコツで涙(ぬぐ)ってるし……。

「ったく! しょうがないなあ!」

 頭をボリボリ()きつつ、ボクは腹を決める。

「あら? 行きますの?」

 動向を察したラムスが、分かっていながら声を掛けてきた。

「だって、ほっとくワケにもいかないじゃん。泣いてるんだし」

 その返答を聞いて、ラムスは「クスッ」と微笑(びしょう)を含む。

「どこまでも……ですわね」

「ふぇ? 何がさ? どっかの線路? それとも『スー ● ー戦隊』のシリーズ数?」

「さて?」

 またはぐらかしたな、性悪(しょうわる)Eカップメイド。

 ともかくボクは、鉄柵(てっさく)を乗り越えてグラウンドへと飛び降りた!

 もちろん、向かうのはフラモンのトコ。

 ツカツカと歩む中で──ずごしっ──後頭部に投擲攻撃が命中して撃沈……。

「誰だーーッ! ボクにゴミ箱投げつけたのはーーッ!」

 ガバッと復活して校舎陣営に猛抗議!

 すると、雨霰(あめあられ)とばかりに物品が投げられてきた!

「これ以上イジメるなーーッ!」「可哀想じゃないッ!」「少しは反省しろーーッ!」

「アブねッ! アブねッ!」

 目についた物を片っ端から投げてくる!

 ゴミ箱──黒板消し──掃除バケツ──机──イス──鉄アレイ──────鉄アレイッッッ?

「おぶんッ!」

 顔面直撃!

 完全鋼質化(ボク)じゃなかったら死んでるだろッ! コレッ!

「オマエらーーッ! どういう了見だーーッ!」

「いい加減、許してやれよ!」「そうよ! 泣いてるじゃない!」「オマエには血も涙も無いのか!」「鬼! 悪魔! セーラーウ ● トラマン!」

 ……ブーイングの嵐だし。

 完全にアウェイ化してるし。

 掌返しだし。

 ってか最後のヤツ、武内 ● 子先生と円 ● プロに謝れ!

「別に取って食うワケじゃないよッ! 話を聞くだけだよッ!」

「あ、そうなん?」「何だ? じゃあ、いいよ」「さっさと帰ってもらってよね」

 ……やっぱ現金なのな、オマエら(JK)

 ともかく、ボクは気を取り直してフラモンの前まで歩き進んだ。



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vs, フラモン Round.4

 

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「ふぇ……ふぇぇ……」

 泣き疲れて惰性(だせい)でグズってるし。

 オモチャ売場で、よく聞く声だな。

 ボクは腰に両手を当て、強い語気で(たしな)めた。

「デッカイ図体して、ビービー泣くな! 少しは〝グレート・マジ ● ガー〟見倣(みなら)え! 涙も流さなきゃ言葉も喋らないぞ!」

「えぐっえぐっ……ふぐぅ……」

 なんとか泣くのを(こら)えるフラモン。

 まったく、幼稚園時代のヒメカか!

「で?」と、ボクは叱るように切り出す。「どうして無差別強襲(こんなコト)したのさ?」

「グスッ……だってぇ……」

「やっぱ命令されたのか?」

「……うん」

 シュンと(うなず)いた。

「ジャイーヴァに?」

「うん……マドカちゃんを捕まえろって言われたから……」

「で?」

「え?」

「……みんなに悪いと思わないのか?」

「はぇ?」

「無差別強襲なんかして、学校のみんなに悪いと思わないのかって言ってるの!」

「ふぇぇ……だって、命令で……」

(まわ)りを見ろ!」

 饅頭顔(まんじゅうがお)が、半ベソで周囲を見渡した。

 ボコボコ(えぐ)れたグラウンドに、()ぎ折られた植樹(しょくじゅ)。校舎だって一部破損している。

 あまりに荒れた惨状を認識し、ようやくフラモンは自分が大変な事を仕出(しで)かしたと実感したようだ。

「ふぇぇ……だって……だって、ジャイーヴァ様が『手段は選ばん』って言ったから──」

「言い訳の前に、まずはみんなに『ゴメンナサイ』でしょーがッ!」

 (しつけ)にキレた!

 ラーメン屋での五 ● さんのように!

「ふぇぇぇん! ごめんなさい! ごめんなさい! うわ~~ん!」

 大泣きながらに校舎へと玉葱頭(たまねぎあたま)を下げる。

 まったく! どんな教育してんだか!

 ジャイーヴァのヤツ!

「ホントにゴメンナサイッ!」

 気合いを入れて深々と頭を下げた──ボクが!

「マ……マドカちゃん?」

「……みんなが許してくれるまで頭上げんな」

 戸惑(とまど)いに凝視(ぎょうし)するフラモンへと小声で注意。

 謝罪は誠意が大事だ。

 (しばら)く、気まずい沈黙が漂い──。

「ま……まぁ、いいんじゃねーか?」「う……うん、別にウチらに被害無かったしね」「とりま校舎とか壊れたけど……それって校長とかの案件だし?」「ってかコレって休校のパターンぢゃね?」「マジ? ヤタッ!」

 口々(くちぐち)に脱線しだす女子高生(JK)軍団。

 そのテンションは、侵略被害に()ったとは思えないほど明るい。

 ホント現金なのな、オマエら。

 だけど、それは無敵な強さだよ。

 寛容(かんよう)に脱線した空気を(さっ)し、ボクとフラモンは静かに頭を上げた。

 校舎内には普段通りの(かしま)しさが(にぎ)わっている。

 うん、普段通り(・・・・)だ。

 何故だか誇らしさを覚え、ボクはフラモンへと軽くサムズアップ。

「あ、そうだ!」女子生徒の一人が、何かを思い出したようだ。「みんな、一緒に……せーの!」

 てっきり〝正義の味方(ボク)〟への謝辞でも言うのかと思いきや──ッ!

「「「「「日向(ひなた)マドカさん、成仏して下さい! 南無南無南無…………」」」」」

「全校生徒で合掌すんなやァァァーーッッッ!」

 女子高生(JK)軍団は『御仏壇のは ● がわ』と()したとさ……。

 と、今度は予期せぬ質問が飛んできた。

「ねえ? アンタ、何者なの?」

「ふぇ? ボク? えっと……えっとね?」

 ホント()らない質問だ。

 こっちは正体悟られたくないのに。

そいつ(・・・)の仲間?」

 隣の巨体を()して(のたま)った。

「違うよ! コイツは〈ベム〉っていう宇宙怪物!」

「じゃあ、アンタは? 何が違うの?」

「え……っと」

 改めて突き付けられると困るな。

「ねぇねぇ? 何が違うの?」

 ボクの複雑な心境を余所(よそ)に、好奇の質問は()まない。

「もう! しつこいな! ボクは〈SJK〉だよ!」

「「「「「(こう)()なん?」」」」」

「違うわッ!」

 全員息ピッタリに首傾(くびかし)げボケすんな!

 いや、まぁ……無理もないけど。

「じゃあさ? それって何の略?」

 追及されたボクは、気まずい躊躇(ちゅうちょ)にボソッと呟く。

「……宇宙(スペース)女子高生(JK)

「「「「「ダサッ!」」」」」

 各教室が一斉にユニゾった。

 ……クルロリ、やっぱ不評です。

「ねえねえ? マドカちゃん?」

 隣の鋼鉄巨人が、人差し指でボクの頭をチョンチョン。

「何さ?」

「わたし〈ベム〉じゃないよ?」と、指(くわ)えポーズで饅頭(まんじゅう)(がお)をコクン。

「ふぇ?」

「わたし〈ベム〉じゃなくて〈ベガ〉なんだよ?」

「…………わあ、そりゃ驚いた」

 そうきたか。

 このデッカイ『山を砕く(しろがね)の城』みたいな図体して、ヌケヌケと〈ベガ〉ときたもんだ。

「ホントだよ?」

 疑りシラケるボクの心境を察して、(さら)に指(くわ)えコクン。

「……言い張るか」

「だって、ホントだもん」

「言い張るか!」

「じゃあ、証拠見せるね?」と、フラモンはボクを正視したままガキョンガキョンと(いぬ)()いになった。

 結果、深々とした土下座スタイルに(まと)まる。

 愛嬌満載の饅頭(まんじゅう)(づら)は上げたまま。

 ってか、怖いよ! むしろ!

 ボクの身長よりもある巨顔が、ドデンと眼前に据えられてるんだから!

 で、ガションと顔面が開いた。

 プシュウと(あふ)れ出た気圧差が白い(もや)()れ流され……その中に彼女(・・)はいた。

 お姫さまみたいな清楚系美少女!

 ピンクのロングヘアがサラリと流れ、潤む瞳は母性本能を(くすぐ)る。頼りなくも愛玩的な表情が、語らずとも「ちょっとドジっ子なの♪  てへ♪ 」なキャラクター性を現していた。

 その肢体を覆うのは〝純白ロイヤルドレス〟ならぬ〝純白ムチムチボディスーツ〟──SFアニメでよく見るような肉感圧迫してるヤツ。

 エロッ! こいつ、エロッ!

 野郎イチコロ属性てんこ盛りじゃんか!

「ななななッ?」

 驚愕するボクへ〈フラモンベガ〉は「てへ♪ 」と舌を出して頭をコッツンコ。

 いらないよ!

 そういう天然ブリッコな野郎イチコロモードは!

「ななななななッ?」

貴女(あなた)(がた)が〈フラットウッズ・モンスター〉と呼んでいるUMAは、正式名〈半自律型外殻実装仕様コスモローダー〉──宇宙では種族間を問わずに普及している凡庸(ぼんよう)機体ですわ。とはいえ、ここまでの巨躯仕様や変形機能搭載は、(わたくし)も初めて見ましたけれど」

 驚愕収まらぬボクの背後から、ラムスが平然と解説する。

 うん、いつの間にか背後にいた。

 気配すら感じさせずに。

 大方、地面からでも涌いて出たんだろう。

 清水の如く。

 まぁ〈液状生命体(ブロブベガ)〉だから不思議でもないけど。

 ってか、そんな事はどうでもいい!

 ボクの驚愕は、意識を()がれる事無く継続中!

「ななななななななななッ?」

「マドカ様に理解し易く言うならば、別に〝搭乗型ロボット〟という解釈でも構いませんわよ? コンセプト概念は、それほど変わりませんし」

「何でロボットの中からGカップが出て来るのさァァァーーッ?」

「…………争点、そこじゃありませんわよね?」

 ラムスの冷ややかなツッコミと同時に〈フラモンベガ〉は「いやん♪ 」と寄せ乳で恥じらった。

 何故か、まんざらでもない照れ顔で。

 おにょれ! このEとGめ!

 オセロみたいに、(ボク)を前後から挟みおって!

 ……ん? 待てよ?

 オセロみたいに(・・・・・・・)

 って事は!

「ひっくり返して! いっそ、ひっくり返して!」

 ラムスの脚に(すが)りつこうと飛びつき──ズシャアァァァ──擦り抜けて顔面スライディング!

 寸前で部分液状化しやがったな。

「……次、()りますわよ? (わたくし)に抱き着くのは禁止です……ヒメカ以外は」

 氷のような殺意満々で(さげす)んでくるし。

「ってか、愚妹(ヒメカ)ならいいのかよぅ!」

「ママさんもOKです」

「ボクだけ仲間外れッ?」

「あら? 当然でしょう?」と、悪意ある温顔でにっこり。

 何コレ? 新しいイヂメッ?

 ボクは口元(くちもと)を押さえ「よよよ」と泣き崩れる。

「うう、(ヒド)いよぅ……ジュンなら〝おさわりし放題〟なのに……」

(ひと)を風俗嬢みたいに言うなーーッ!』

「ふぎゃぺれぽーーーーッ!」

 パモカ放電のおしおき!

 ああ、忘れてた……ジュンとパモカリンクしてたっけ。

「で? いきなり何ですの? 今回は、どんな思考に(いた)ったか知りませんけれど……」

 腰に両手を据えた嘆息(たんそく)で、ラムスが(たず)ねる。

「ひっくり返してくれたら、ボクも胸デカくなるじゃん!」

「……は?」

「デカくなりたい!」

「なりませんわよ」

 ……何気に傷つく()(ぐさ)だな。

 うん、でも、まぁ……さすがに『オセロ法則』が現実に適用されるはずもないか。

 とか思いきや!

貴女(あなた)の胸は絶望的。それ以上の成長は見込めませんわ」

 ぅおいッ!

「荒野」

「グサッ!」

「絶壁」

「グササッ!」

「草木も生えなければ憩い(オアシス)も無い死の砂漠」

「ぶるぉあぁぁーーっ?」

 容赦ない毒舌攻撃にボクは死んだ……。

 若 ● ボイスの悲鳴を吐いて……。

 チーン ♪



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vs, フラモン Round.5

 

【挿絵表示】

 

 ぞろぞろと女子高生(JK)逹が帰路へ着く。

 最初の内は物珍しさにフォト撮りとかしてたけど、どうやら見慣れて飽きたらしい。遠巻きにパシャパシャ撮るだけじゃなく、ボクとフラモンにスリーショットを頼むヤツまでいたのに……つくづく現金だな!

「じゃね」「バイバ~イ♪ 」

「うん、バイバイ……」

 ボクへと手を振って、次々と校門を過ぎて行く。

 メタリック少女を目の前にして、何でそんなに警戒心無いん?

「じゃあ、またなー?」

「うん、また……またッ?」

 また(・・)こんなトラブルに()っていいんかぃ?

 空手部の〝赤木一実(あかぎひとみ)〟さん?

 きっと、みんなこれから『マドナ』や『グラウンド・ワン』とか行くんだろうなァ……。

 ボクだって行きたいッ!

 行きたいけど……今日は無理だろうな。

 コイツ(・・・)がいるし。

 羨望(せんぼう)()(いき)に沈むと、ボクは〈フラモンベガ(人間形態)〉へと恨めしく向き直る。

 視線に気付き、フラモンベガは「てへ♪ 」と頭コッツンコ。

 いや、視線じゃなくてボクの心中に気付けよ。

 仕方なく放課後エンジョイタイムは諦めて、戦闘処理の尋問を開始。

「まず、キミの名前は?」

「わたしは〈半自律型外殻実装仕様コスモローダー・タイプA3-2006〉──気軽に〝モエルちゃん〟って呼んでね?」

 どう略したら、そうなった?

 ま……まあ、いいや。

「で? キミのドコが〈ベガ〉なのさ? ただの〈ロボットパイロット〉じゃん?」

「そう言えば、そうですわね」と、ラムス。「先程も申し上げた通り、この機体は〈半自律型外殻実装仕様コスモローダー〉──つまり状況に応じて『遠隔操作モード』『搭乗操縦モード』そして『自律AIモード』の3モードに切り換えられますの」

「うわあ? アニメロボットの発展史を単機で体現してるね?」

「……はい?」

「だって『鉄人 ● 号』にも『マジ ● ガーZ』にも『トラン ● フォーマー』にもなるんでしょ?」

「黙らっしゃい、このおバカさん♪ 」

 ニッコリと毒吐きやがった。

 何事も無かったかのように、ラムスは続ける。

 ボクの発言は黙殺されたらしい……シクシク。

「ですから『搭乗操縦モード』ならば、当然〈パイロット〉という事になりますけれど……」

「だって、本体(・・)はアッチだもん」背後の鋼鉄巨人をツンツン指差すモエル。「この姿は〈有機体仕様プリテンドフォーム〉なんだよ?」

 立ち上がって豊満な胸を……いや、視点違った……全身をボクへと見せつける。

「……プリ ● ンダー?」

「プリテンドフォームだってば!」

 小脇締めてプンプン!

 そのキャラ、数年もするとキツくなるからな?

 ()の〝さとう ● 緒大先生〟が、身を(もっ)て立証して下さっているからな?

 それを(さっ)したから〝コリ ● 星〟は〝フ ● ーザ様〟に破壊されたんだよ……おそらく。

「なるほど、そういう事でしたか」

 ラムスが納得を示した。

「どゆ事?」

「彼女は〈有機体仕様プリテンドフォーム〉と名乗った……そして『プリテンド』とは『成り済ます』とか『真似をする』という意味ですわ。そこから推察するに、おそらく現形態の彼女(・・)は、人間を()した(うつわ)──生体(バイオ)生成されたボディに、本体であるAIの人格や知性を複写した存在なのでしょう」

「……アバター?」

「マドカ様が理解し(やす)いのならば、その解釈でも(よろ)しいかと」

「……逆転イッ ● ツマン?」

「知りませんわよ」

 今度は冷徹蔑視(べっし)モードが発動したよ。

「んじゃ、さっきカタコトから流暢(りゅうちょう)になったのも……」

「うん、コッチ(・・・)主導権(ストレージ)を切り替えたの」

 モエルは、種明かしをしてテヘペロ。

 安いトリックだな? 三流作者?

 いや、メタフィクションなツッコミはいいや。

 それよりも、ボクにはずっと気になっていた点があったし。

「ねえ?」

「なあに? マドカちゃん?」

それ(・・)ッ!」

「はぇ?」

「ずっと〝マドカちゃん〟って馴れ馴れしいけどさ? ボク逹、どっかで会った?」

「ええ? ヒドイよ! マドカちゃん! わたしの事、忘れちゃったの?」

「え? あ……うん、ゴメン」

 ズイッと詰め寄るウルウル(まなこ)に呑まれ、思わず謝った。

「もう! しょうがないんだから!」

 プンプンしてるし。

 ほっぺたプゥっと膨らませてるし。

「じゃあ、教えてあげるね? ウフフ♪ 」

 今度は恍惚ながらにアッチの世界(・・・・・・)へ浸り始めたし。

 そこはかとなく怖くなってきたよ。この()

 帰っていいかな?

 もう、出会いとかどうでもいいんで……。

「あれはねえ? もう半年以上前になるんだよぉ?」

 嗚呼(ああ)、語りだしちゃった。

 脳内お花畑で語りだしちゃった。

「わたしね? ジャイーヴァ様からの出撃待機命令を()けてから、衛星軌道上に潜伏して『どうやったら効率よく地球人を制圧できるか』を考えてたの。毎日毎日、お月さまやお星さまに相談してたの」

 イヤなメルヘンワールドがキターーーーッ!

 お月さま! お星さま!

 何つーか……ホントにサーセンしたッ!

「でもね? お月さまもお星さまも、何も答えてくれないの……グスン」

 いや、そりゃそうだろ。

 お月さまもお星さまも着信拒否(ブロック)するだろ。

「でねでね? わたし(ひらめ)いちゃったの! 地球人を制圧する方法は〈地球人〉に()くのが一番だ……って」

 自慢げに「にへへ♪ 」と砕けるモエル。

 ドコに着地してんだ。オマエ。

 何だ、その「おたくの店目障(めざわ)りなんで、どうやったらたたんでくれますか?」と老舗店主に面と向かって()くようなイタイ発想は?

「だから『Facebook』始めたんだ♪ 」

 文明の利器ィィィーーーーッ!

 正しく使おう文明の利器ィィィーーーーッ!

「そしたらね? そこに『発育終わった……爆乳死ね!』って破滅オーラプンプンのスレッドがあって、それがマドカちゃんだったの」

 ……うん、アップした気がする。

 たぶん、何かしらの育乳運動が無駄に終わった時に。

 みんなもネットでの発言には気を付けようね?

「それからマドカちゃんの事が、気になって気になって……♪ 」

会ってない(・・・・・)だろ! それは! そっちが勝手にネット閲覧しただけじゃん!」

「ええ~? 毎日、会ってるよぅ? モニターの中でぇ……想像の中でぇ……そして、夢の中でぇ……いやん ♪ 」

 頬染めて恥じらうな。

 ってか、不思議な事を言い出したぞ? この天然ブリッコ?

 やっぱ電波系?

「だって、半年前から衛星軌道上で実生活を監視してるもん♪ 」

「ふぇ?」

 いまトンデモワード言わなかった?

「ずっと毎日、監視してたんだぁ ♪  毎日毎日……毎日……ウフフ♪  毎日欠かさずだよぉ ♪ 」

「おぉぉまわぁぁぁりさぁぁぁーーんッ!」

 怖くなって絶叫ッ!

 (たす)けて! パトレン ● ャー!

 もう『2045年問題』なんてモンじゃないよ!

 AIが自我覚醒する時代どころか、(すで)にストーカーする時代来ちゃってるよ!

「やがて、マドカちゃんが〈アートルベガ〉になったのを知って……嬉しかったなぁ♪  これで、わたしとマドカちゃんは〝似た者同士〟だもんね? 種族の壁なんて無いに等しいもんね?」

 知らない間に、変な親近感(いだ)かれていた。

 鋼鉄だから?

 それって〈ロボット〉と〈アートル〉だから?

 こっちは〈鋼質化細胞(エムセル)〉なんですけど?

 あくまでも生体(バイオ)的な種族なんですけど?

「ね? だから、これはもう『運命的な出会い』なんだよ? ウフフ ♪ 」

 いや「だよ?」じゃないよ。

 妄想飛躍すんな。

 そして、ボクを巻き込むな。

「……ねえ? 幸せにしてね?」

 誘惑に(うる)む瞳で(のたま)った。

 ハッ!

 まさかコイツ、妄想で一線越えたッ?

 んで(もっ)て、勝手に貞操責任(ていそうせきにん)()わされたッ?

「すてえーーぶんきぃぃぃーーんぐッ!」

 アワアワと腰砕けに怯えるボク!

 と、突然、救いの凛声が!

「ちょっと御待ちなさい!」

 ラムスだ!

 静かなる怒気(どき)(はら)み、フラモンベガと対峙する!



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vs, フラモン Round.6

 

【挿絵表示】

 

「マドカ様を監視……ですって? 聞き捨てなりませんわね!」

「はぇ?」と、モエルは小首コクン。

「それは(すなわ)ち『日向(ひなた)()』を監視していたという事! つまり、(わたくし)のヒメカをも監視していたという事ではありませんの!」

 いま、さりげなく「(わたくし)の~」とか言わなかった?

 うん、まあ……この際いいや。

 頑張れ! ラムス!

「うん、ヒメカちゃんも一応見てたよ? だって、マドカちゃんと常に一緒だったし」

 キョトンと罪悪感も無しに肯定。

 クックックッ……おバカ者め。

 ラムスの怖さを知らないな?

 ()が〝日向(ひなた)()〟では、お母さんに次ぐナンバー2なんだぞ!

 そして、ヒエラルキー最下位がボク(・・)……シクシク。

「あ、そうだ! ヒメカちゃんの画像もあるよ? 見る?」

 人懐(ひとなつ)こい笑顔で、モエルはパモカを取り出した。ピンク色のヤツ。

 ってか、何故この()も持ってるん?

 もしかして、宇宙共通アイテム?

「な……何て事を! (わたくし)のヒメカを盗撮するなんて! 没収! 没収ですわ! ヒメカのプライバシーを侵害するものは没収です!」

 憤慨(ふんがい)ながらにツカツカと歩み寄る。

 そして、二人して画像閲覧に見入り始めた。

「……あら、コレは……まあ……こんなショットまで……え、ウソ……ええ?」

 興味津々じゃないかよぅ。

「あ、スゴ……ああん、こんなのダメですわ……はぅん……」

 オイ、Eカップ?

 傍目(はため)には、スゴくいかがわしいぞ?

 特に字面(じづら)だと。

 ってか、チト嫌な予感。

「あ、待って下さいまし? いまの画像……そうそう……あらまあ、ヒメカったら可愛い……ウフフ ♪ 」

 (ひと)(しき)堪能(たんのう)した後、ラムスはボクへと振り返った。

「マドカ様、この(かた)と〝御友達〟におなりなさい! 是非!」

「絶対ヤだよ!」

 丸め込まれた! あのラムス(・・・・・)が!

 恐るべし、モエル!

「ってか! ボクの周りは、こんな変態ばかりか!」

「失礼ですわね、変態筆頭」

 イヤな肩書が付いたよ。

 だったら、女ながらにして『男 ● 一号生筆頭』の方がいいよ。

(わたくし)は変態ではございません。ヒメカを溺愛(できあい)しているだけですわ」

「ボクだって、ジュンだけだよ!」

「そして、わたしはマドカちゃん……ウフフ♪ 」

 あ、ダメだコレ。

 自覚無き〈変態(ストーカー)三銃士〉揃い踏みだ。

 出口の見えないカオス展開が続く──その最中(さなか)、突如として黒い影による奇襲が!

 頭上からだ!

「危なッ!」

 ボク逹は咄嗟(とっさ)の跳躍で、その場から離れる!

 発散される鋭利な気迫は強烈過ぎて、無防備でも感知するに他易(たやす)かった!

 何よりも、全員〈ベガ〉だ!

 潜在戦闘能力は高い!

 着地に片膝を着く影!

 ボク逹は距離を取って警戒視する!

 ユラリと立ち上がった姿は、見覚えのある〈モスマンベガ〉だった!

「ああっ! キミは──」

「久しぶりだな……日向(ひなた)マドカ!」

「──イナ子さん!」

「シノブンだ! いや〝シノブン〟でもなァァァーーい!」

 一人(ひとり)ボケツッコミで、勝手に荒れてるし。

 腕を上げたなぁ、シノブン!

 それはさて()き、今回の彼女はマイナーチェンジをしていた。

 肩当てに胸パッド、篭手(こて)臑当(すねあ)て──要所要所に軽装防具を(まと)っている。

 何よりも気になるのは、片手にした物騒な武器。

「ねぇ? シノブン?」

「シノブンやめろ」

「何さ? その日本刀?」

「コレこそは、我が愛刀〝我蛾(がが)(まる)〟!」

「…… ● ッコロ?」

「そして、 ● ロリ……って〝じゃ ● ゃ丸〟ではないッ!」

 さては観てたクチだな?

 シノブンのカワイイ趣味、見~っけ ♪

「前回、持ってなかったじゃんかよぅ?」

「正直、前回は(あなど)っていたのでな。だが、(たび)(かさ)なる戦績を(かんが)みれば、貴様の戦闘ポテンシャルは認めざる得ない。(ゆえ)に、今回は私も本気という事だ」

 本気になったら刃物(はもの)沙汰(ざた)って……ただのアブねーヤツじゃん。

 夕方のニュースで速報扱いされるヤツじゃん。

 シノブンはジロリと冷蔑(れいべつ)を向けた──モエルに。

「……しくじったな〈半自律型外殻実装仕様コスモローダー・タイプA3-2006〉」

「はぇぇ……モ……モエルって呼ん──」

「──呼ばん」

 だよねー ♪

「失望したぞ。満を持して出撃命令が下されたというのに、ジャイーヴァ様直々の期待を裏切るとは」

「ふ……ふぐぅ……だっ……だってぇ……」

 半ベソ顔で縮こまるモエル。

 怯えているのか、小動物のように震えている。

 だから──ボクは両者の間へと割って入った。

 敵意の眼差(まなざ)しが、矛先をボクへと推移させる。

「あ……マドカちゃん?」

 背後に(かば)われたモエルは、戸惑いにボクの横顔を見つめていた。

 ホントはイヤだよ?

 こんなストーカー娘、これ以上関わりたくないし……。

 でも、仕方ないじゃん。

 ボクの目の前で怯えてるんだもん。

 そういうのは放っておけない。

「ねぇ、シノブン?」

「シノブンやめろ」

「どうして今回は、こんな大掛かりなのさ? 大勢に目撃されるのに、こんな巨大ロボまで出してきて?」

「これはジャイーヴァ様の御判断。おそらく、持てる最大戦力で望んだだけだ。次々と刺客(しかく)が返り討ちに遭う現状で、暗躍だ何だと(こだわ)ってもいられないからな」

「では、わざと無差別に襲った……と?」

 (あご)に指を添えて小首を(かし)げるメイドベガへ、シノブンは()めた蔑視(べっし)を返す。

「確か〈ブロブベガ〉の〝ラムス〟だったか。如何(いか)にも。足手まといが多ければ多い(ほど)、貴様達の(かせ)も増すのだろう? 何せコイツは『赤の他人を見捨てられない独善者』だ」

「にゃんだとーーッ!」

「あら? それは少々違いますわよ? この(かた)は『底抜けに考え無しの御人好しバカ、ついでに未来永劫のAカップ』ですわ♪ 」

「ゴフッ!」

 精神的ダメージに、仮想(ヴァーチャル)吐血した。

 まさかの味方に刺されたよッ!

「理には叶っていますけれど、フェアとは()(がた)いですわね?」

「私は〈(しのび)〉……目的を叶えるためならば、手段を(いと)わん」

 ああ、そう言えばそうか。

 初めて戦った時も、ヒメカを人質(エサ)にしていたもんね。

 任務優先の非情さは忍者のモットーだし……うん、妙に納得。

「ラムスとやらよ……貴様には、私からも質問がある。聞けば、貴様は〈宇宙怪物(ベム)〉だったらしいが……その〈宇宙怪物(ベム)〉が、何故、日向(ひなた)マドカを(かば)い立てする?」

 射抜くような冷たい眼差(まなざ)しに、ラムスは柔和な微笑(ほほえ)みで答えた。

「確かに、(わたくし)は〈ベガ〉ですわ。けれど、貴女(あなた)(がた)に対する仲間意識など微塵(みじん)もありませんから」

「何?」

「それに、そもそも貴女(あなた)(がた)のような〝凡百(ぼんひゃく)烏合(うごう)(しゅう)〟が、眉目秀麗(びもくしゅうれい)()才色兼備(さいしょくけんび)(わたくし)と同等とでも御考えで? それこそ厚顔無恥(こうがんむち)(はなは)だしい……失笑(しっしょう)ものですわよ? クスクス♪ 」

「…………」「…………」

 絶対無敵な自尊心に、ボクもシノブンも閉口。

 よく曖気(おくび)も無く平然と()って()けたな、コイツ。

 ま、それはいいとして──。

「だから、その〝目的〟ってのは何なのさ?」

 ボクが素直な疑問を向けた途端、シノブンはキッと睨み返してきた!

「知りたくば、私と戦え! 日向(ひなた)マドカ!」

 ……またかよ。

 ……何でだよ。

 執念深いよ! シノブン!



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vs, フラモン Round.7

 

【挿絵表示】

 

 グラウンドは、再び異能バトルの戦場と化した。

 得意の空中戦能力を(ふる)うシノブン!

 だが、この前とは戦況が違う!

 (ひと)り舞台にはさせない!

 何故なら、今回は〈PHW〉を着ているから!

 ボクはヘリウムバーニアの機動性を活かし、四方八方からヒット&アウェイ!

「チィ! 小賢(こざか)しい!」

 忌々(いまいま)しそうに舌打ちするシノブン。

 ()(はら)いに(やいば)を振るも、一向に(かす)る気配すら無かった。

 けれども、それはボクの攻撃にしても同じか。

 手数を出せども、(いま)だ有効な一撃は入っていない。繰り出す鉄拳も、全て微々(びび)たる体捌(たいさば)きで紙一重(かみひとえ)に回避されてしまう。相変わらず、実戦的な戦闘技量の差がある。

「シノブン! どうして、そんなにボクへと固執(こしゅう)するのさ!」

「貴様には分かるまい! 自分が如何(いか)に〝特別〟かを自覚していない貴様にはな!」

 意味分からん。

 何だ? ボクが〝特別〟って?

「ラムスとかいう〈ブロブベガ〉といい〈A3-2006〉といい!」

 ああ、やっぱ〝モエル〟とは呼ばないんだ?

「とりわけ腹立たしいのは、貴様だ! ()も当然のように!」

 憤慨(ふんがい)(まか)せの(よこ)()一閃(いっせん)

 本能的に察知したボクは、緊急離脱で距離を取った!

 安全確保も(つか)()呪怨(じゅおん)宿(やど)すシノブンの瞳力(どうりょく)爛々(らんらん)赤色(せきしょく)発光(はっこう)

 それは、つまり〝ルー ● ーズ大先生〟の御登場って事!

「ぎゃーーす!」

 降臨なされた! 

 ナイスガイなサムズアップで!

 超電磁眼の直視を喰らい、ボクは無様に墜落!

 濛々(もうもう)たる土煙(つちけむり)を噴き上げて地表へと沈んだ!

「マドカちゃん!」

 安否を案じたモエルが遠巻きに呼び掛ける。

 その声を活性力に、ボクはダメージから()い起きた。

「ぐ……う……ッ!」

 地表へと降り立ったシノブンに、再び身構える。

 かと言って、間合いに飛び込むのは躊躇(ちゅうちょ)した。

 だって、ピリピリと殺気立ってるんだもん。まるで凄腕の浪人みたいだ。

「警告しておくが、貴様の硬度は解析済みだ」

「ふぇ? 解析?」

アレ(・・)の外装に使用されている〈金星産金属ヴィシウム〉の前では、()しもの〈エムセル〉も歯が立たなかったようだな」

 流す視線でフラモンを()す。

「なるほど……その情報収集も()ねて〈フラットウッズ・モンスター〉を投入したのですわね?」

「分析観は鋭いな、ラムスとやら。その通りだ。戦闘データを即時解析して、刀身素材を同金属へと差し替えた。我が居合(いあ)いを()ねれば、最早(もはや)〈エムセル〉とて斬り捨てられるぞ」

「そんなの文字通り〝付け焼き刃〟じゃんか!」

 ボクは虚勢を()えつつも、内心では(あせ)りを(いだ)いた。

 何だかんだ言っても、ボクが無茶をできるのは無敵の硬度を誇る〈エムセル〉有りきだからだ。

 それを切断される危険性が確定してしまっては、さすがに後込(しりご)みをしてしまう。

迂闊(うかつ)には仕掛けられない……か)

 叶わぬ反撃に()れる。何も出来ない。

 と、不意に美声が割り込んだ。

「では、(わたくし)が御相手致しますわ」

「ラムス? キミはダメだよ!」

「仕方ありませんわよ。見ていられませんもの」

 対峙する慧眼(けいがん)が敵意を向ける。

「〈ブロブベガ〉の〝ラムス〟……敵に(ほだ)されるとは、()(もの)が」

「別に(ほだ)された覚えはありませんわよ? そもそも、この〝胸ペッタン〟に肩入れする義理はありませんし」

 ヲイ、この豊乳メイド。

「けれど──」一呼吸(ひとこきゅう)の間を置いて、彼女は清々しく言い放った。「──この地球には、(わたくし)のスウィーツファンがいらっしゃるものですから」

「……よくも(うそぶ)く」

 興醒(きょうざ)めとばかりに吐き捨てるシノブン。

 ま、彼女には分からないだろうな……この〝ひとりぼっちの異邦人〟が(こた)えたいものは。

 さりげなくボクを背後に(かば)い立つと、ラムスは相手に気取(けど)られない小声で(ささや)いた。

「マドカ様、(わたくし)が仕掛けた後で間髪入れずに攻撃を……」

「何か策あんの?」

「いいですか? これから何が起ころうとも、決して動揺せずに……」

 イヤな予感が過ぎる。

 まるで死亡フラグみたいな台詞(せりふ)だ。

「ちょ……ちょっと待ってよ?」

 戸惑うボクへ、彼女は淡く微笑(ほほえ)むだけ。

 (はかな)さを(はら)んだ(うれ)いで……。

 静かに(やいば)を収めたシノブンが、腰を落として(つか)へと手を掛けた!

 典型的な居合(いあ)()りの構えだ!

「参る!」

 瞬発!

 巨大な()の羽根が地表を(すべ)()ぶ!

「受けて立ちますわ!」

 右腕を小斧(アックス)と変質させたメイドベガが、それを正面から(むか)()った!

「ちょっと待てってば! ラムス!」

 斬撃を()わして走り抜ける両者!

 

 ──静寂が吹き抜けた。

 

「ふぅぅ……」

「ぅぁぁあああぁぁぁーーっ!」

 呼気(こき)(ととの)える剣客(けんきゃく)の背後で、メイド少女の身体(からだ)が真っ二つに斬り崩れる!

「ラ……ラムスゥゥゥーーーーッ!」

 悲痛な絶叫を上げ、ボクは駆け出していた!

 彼女の意向を実行するためじゃない!

 (あふ)(たぎ)る激情のままに!

 (かり)何人(なんぴと)であっても、いまのボクを止める事は出来ない!

「よくもラムスをーーッ!」

 繰り出す拳に怒りを乗せる!

 無慈悲なる刺客は、それさえも涼しく達観した。

「逆上任せとは……あの雑魚(ざこ)も無駄死にだったな」

雑魚(ざこ)なんかじゃない! ボクの家族(・・)だぁぁぁーーッ!」

 大振りな軌道を微々(びび)たる動きで()わすモスマンベガ!

 けれど、ボクは形振(なりふ)り構わず繰り出し続けた!

 繰り出す!

 繰り出すッ!

 繰り出すッッッ!

 当たる気配がしない。

 全て紙一重(かみひとえ)で回避されている。

 まるで駄々(だだ)()とプロボクサーだ。

 それでも、ボクは繰り出す!

(すき)だらけだ」

 眼界(がんかい)から敵の姿が消えた!

 本能的な直感が視線を落とす──巨大蛾は腰を低く落とし、ボクの(ふところ)(もぐ)り込んでいた!

「あぐっ!」

 (あご)に強い衝撃を受け、ボクの足が地面から浮く!

如何(いか)に〈鋼質化細胞(エムセル)〉が外的ダメージに対して無敵といえど、内部浸透ダメージはそうでもあるまい」

 氷の眼差(まなざ)しが(あざけ)る。

 脳味噌が鈍く苦悶した!

 (はじ)き上げた刀の柄尻(つかじり)を突き上げ攻撃と転じたようだ!

 それだけで、この威力!

 以前、同様の攻撃を受けた事があったけれど、その時は苦無(くない)だった……今回は得物(・・)が違う!

 日本刀のガッチリした造りのせいか、重いダメージが浸透した!

 意識が白くなり掛けた刹那(せつな)──「マドカちゃん! しっかりして!」──モエルの声援がボクを()()ます!

「んにゃろ!」

 根性で体勢を押し戻した!

 空中ヘディング(さなが)らに上半身を折った瞬間、冷酷な殺気と目が合う!

「終わりだ」

 間髪入れずに(きら)めく抜刀(ばっとう)

「終わらない!」

 横凪(よこな)ぎの刀身(とうしん)を、条件反射任せに鉄拳で迎え打った!

「ダメだよ! マドカちゃん!」

 モエルの戦慄を受けて、先刻の警告を思い起こす──「我が居合(いあ)いを()ねれば、最早(もはや)〈エムセル〉とて斬り捨てられるぞ」

(しまった!)

 だけど、刹那(せつな)的な攻防に体勢を立て直す(ひま)など無い!

 鋭利な凶刃(きょうじん)餓獣(がじゅう)の爪と斬り掛かる!

(クソッ! (まま)よ!)

 ──パキン!

 あ、折れた。

 ボクの腕、無傷なのに……。

「何? 我が宇宙刀が!」

「もらったぁぁぁああーーっ!」

 動揺を突いて拳を振り抜いた!

 渾身(こんしん)の鉄拳制裁がクリーンヒット!

「グアッ!」

 殴り倒されたシノブンは、そのまま地面に沈黙した。

 息はある。

 意識が果てただけだ。

 例え相手が誰だろうと殺すのはイヤだ。

 誰かが死ぬなんてイヤだ。

 なのに──「何だよ、この勝ち方は……」──(いきどお)りを(なげ)(こぼ)す。

 とことん後味が悪かった。

 虚脱のままに折れた刃身を(つま)み拾う。

 よくよく観察してみれば、腐食に()こぼれしていた。

 原因はブロブの付着滓(ふちゃくかす)だ。

「この(ため)先鋒(せんぽう)を買って出たっていうのか……」込み上げる感情をグッと(こら)え、悲嘆(ひたん)を吐き捨てた。「ラムスのバカ……ヒメカに何て言えばいいんだよ」

「バカのくせに『バカ』とは失礼ですわね。勝因に貢献(こうけん)して差し上げたというのに」

「だって、こんな勝ち方なんて望んで……うん?」

 聞き慣れた声に、ハッと顔を上げる。

 ラムスがいた。たおやかに(てのひら)を振って。

 両断されたメロンゼリーが結合して、メイドさんを再生している。

「生きてたんかーーっ!」

 悲喜交々(ひきこもごも)が混然となった感情が噴き出したよ!

「ゲル体質ですもの。斬られたぐらいでは死にませんわ」

 完全再生を終え、しゃあしゃあと(のたま)う。

(だま)したんか! 敵のみならずボクまで!」

「人聞きの悪い事を言わないで頂けます? 別に『犠牲になって死ぬ』とは言ってませんけれど?」

 しれっと微笑(ほほえ)む小悪魔。

 冗談じゃないぞ!

 絶ッッッ対、納得できない!

 だから──「生きててくれて、ありがとう」──ボクは小憎らしさを(いと)しく抱き締めていた。



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vs, フラモン Round.8

 

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(もと)より覚悟は出来ている。如何様(いかよう)にもすればいい」

 気高さに凄んだ慧眼(けいがん)(にら)み返すシノブン。

 ロープに変質させたラムスの左腕でグルグル巻きの()()、地面へと転がされた芋虫(いもむし)状態で。

 うん〝()〟から〝芋虫(いもむし)〟へ『逆モス ● 』状態。

気丈(きじょう)(よそお)うのも結構ですけれど、御自分の立場を理解しておいた方が(よろ)しいかと」

 ラムスが冷厳(れいげん)に敵意を(にお)わせた。

「もう! 二人共、喧嘩腰にならない!」

 ボクは辟易(へきえき)と不仲を(なだ)めつつ、ゴソゴソとポケットを(あさ)る。

 あ、あったあった ♪

 購買で買った焼きそばパン ♪

「ねえ? コレ食べる?」

 シノブンを(のぞ)き込んで、明るく(うなが)す。

「な……何?」

「お腹に何か入れりゃ、少しは冷静になるって」

「ふ……ふざけるな!」

「はい、あ~んして?」

 開封して口元へと差し出した。

「あ……あ~ん ♪ 」

 (まぶた)()じて、頬を赤らめた顔を近付ける。モエルが。

 いや、キミじゃないよ? ストーカーベガ?

「て……敵の(ほどこ)しなど受けん!」

 頑として抵抗するシノブン。

「いいから、あ~ん ♪ 」

()らんと言っている!」

「はい、あ~ん ♪ 」

「ぅぅ……あ……あ~ん」

 優しい無理強(むりじ)いに躊躇(とまど)っていたが、ややあって素直に従った。

 視線を()らして恥じる表情が、意外とギャップ萌えで可愛い。

「はむ……ムグムグ」

「ふむ? 消費期限を過ぎても、一週間程度ならまだいける……と」

「ぶふぅーーーーッ!」

 派手に()いたよ。

 あ、これがホントの『噴飯(ふんぱん)もの』か。

「……何をやってますの」

 ラムスのジト目が(とが)める。

「いや、まだ食えるかなぁ~って……モグモグ」

「……臆せず食べますのね」

 何だよぅ?

 食べ物粗末にしちゃいけないんだぞぉ?

 でも、よいこのみんなはマネすんな?

 ボクは日頃から鍛えてるから大丈夫。マドナで。

「いいなぁ……マドカちゃんと間接キスいいなぁ……」  

 モエルは身悶(みもだ)えモジモジ。

 いまのところ、この作品きっての変態だからな? キミ?

「うう……殺せぇ……いっそ一思(ひとおも)いにぃ……」

 ぐったりと項垂(うなだ)れ、弱音を吐くシノブン。

「あら? 効果的な拷問だったみたいですわね」と、ラムスが感心。

「失敬だな! 善意だよ!」

 その時、唐突に「ピーピー」と微音が聞こえた。

 腹を壊したワケじゃない。

 安っぽいアラームみたいな電子音。

 出所を探って辿り着いたのは──シノブンだった。

「クックックッ……」グロッキー状態から静かに(ふく)み笑いを浮かべる。「礼を言うぞ、日向(ひなた)マドカ──いや、改めて〈SJK〉と呼んでやるべきか」

「ああ、さっきの焼きそばパン?」

「言うかッ!」

 何だよぅ?

 おいしいって言ったじゃんかよぅ?

 噴き出す前まで。

「貴様達と(たわむ)れている(すき)に、もうひとつの目的(・・・・・・・・)は達成された」

「ふぇ? もうひとつの目的?」

 まだあったのか。

 意外と欲張り屋さんだなぁ、シノブン。

「さあ、心してアレを見るがいい!」

「ヤダよ! ド変態!」

「……は?」

「いきなり『アレ(・・)を見ろ』なんて……はしたない! 縛られて興奮してきたのか知らないけど、もっと貞操(ていそう)は大事にしなよ! 他人(ひと)性癖(せいへき)に、とやかく言う気は無いけどさ?」

「はしたないのは貴様だッ! どんな飛躍をしているのだッ! 貴様はッッッ!」

 真っ赤になって怒気(どき)られた。何故か。

「……マドカ様、発言には責任を持って下さいませ? レーティングに影響します」

 ラムスからも(たしな)められたよ。意味不明に。

「私が()しているのは……アレだ!」

 キッと顔を上げ、空を見上げる。

 ボク達は、その視線を追った。

 遥か高空に浮遊する黒い人影──遠目過ぎて明確な視認は難しいけど、おそらく二対(につい)だ。

「ああ、アレってば〈フライング・ヒューマノイド〉か」

「何ですの? それは?」

 ラムスが怪訝(けげん)そうに眉間を曇らせる。

「珍しいね? ジュンならいざ知らず、キミが〈UMA〉を知らないなんて?」

「別に網羅しているわけではありませんから。(こと)に近年現れた〈UMA〉ならば、さすがの私も知りませんわ」

「ああ、なるほどね。要は『世代差(ジェネレーション・ギャップ)』ってヤツか。ブロブ(キミ)ってば、激動の時代を生き抜いた〈バナナ世代ベム〉だもんね」

「……団塊(だんかい)高齢者みたいに言わないで頂けます?」ジロリと不服そうな目。「で? どういった〈UMA〉ですの?」

「うん。アレは〈フライング・ヒューマノイド〉って呼ばれるヤツでね、近年になって頻繁に目撃されるようになった〈UMA〉だよ。ま、平たく言えば『空飛ぶ人型物体』だね」

「特徴は?」

「飛ぶだけ」

「……飛ぶだけ?」

「うん、飛ぶだけ」

「それだけですの?」

「うん、それだけ」

「たいした事ありませんわね」

 興醒(きょうざ)めとばかりに、(あき)れた嘆息(たんそく)()(くく)った。

 うん、そだね。

 此処に集結している〈ベガ〉に比べたら(かす)むよね。

 だって〈アートル〉に〈ブロブ〉に〈モスマン〉──終いには〈フラットウッズ・モンスター〉だもんね。

 花形UMA勢揃いだもんね。

「ねえねえ、マドカちゃん? あの人達、何か運んでない?」

 モエルが気づいて指摘。

「よく見えるなぁ、此処から」

「えへへ♪  本体の〈マルチセンサーアイ〉だよ♪ 」

 得意気に鋼鉄巨人を指差す。

 ああ、ホントだ。

 饅頭面(まんじゅうづら)が天空を凝視(ぎょうし)している……犬這(いぬば)い姿勢のまま。

 画面(えづら)、怖ッ!

「何運んでるだろ?」

「え……っとね? あ、ジュンちゃんだよ?」

「……ふぇ?」

 一瞬、思考が情報(ワード)を拒否る。

「だからぁ、ジュンちゃんだってば」

「何ィィィーーーーッ!」

 パニくった!

 この上無いほどパニくった!

「見せろ! ボクにも見せろ!」

「ええ~? 見せろって言われてもぉ~……」

「信じないぞ! この目で見るまでは信じない!」

「パモカの望遠カメラアプリで御覧になれば(よろ)しいじゃありませんか」と、平静然にラムス。

「ふぇ? んな機能あるの?」

「ありますわよ? ちょっと拝借(はいしゃく)しますわね」差し出したボクのパモカを、アレコレと操作し始めた。「はい、どうぞ」

 夕焼け空へと(かざ)して、スマホVR(よろ)しく覗き込む。

 ボリューミーなショートツインテールに、ムチムチ肉感の肢体……うん、間違いない。ジュンだ。

「あぁあぁぁあ! どうしよう!」

 頭抱えて大悶絶!

「ジュンだよ! (まご)う事無きジュンだよ!  Fカップだもの! 魅惑のFカップだもの! ボクが、あのFカップを見間違うはずがないもの! だって、何度も()んだFカップだもの!」

 スカーーンと、鋼質化顔面を何かが直撃!

「ぎゃおす!」

 あ、コレってばジュンの上履(うわば)きだ。

 あの高空からツッコミを入れてくるとは……ジュン、おそろしい()(白目)!

「どういうつもりさ! シノブンブンブブブン!」

「増えたぞッ?」

 あ、ゴメン。

 興奮して間違えちった。

「クックックッ……今回は、最初から両面作戦だったのだ。(すなわ)ち『日向(ひなた)マドカの捕獲』か『星河ジュンの拉致』か……な」

「星河様を拉致して、どうするつもりですの?」

 ()に落ちないといった様子で、ラムスが追究する。

()む気かッ!」

()むかッ!」

「何だ、()ないのか……もったいない。ボクなら()みまくるのに──って、ぎゃおす!」

 スカーーンと上履(うわば)きミサイル二発目!

 ってか、聞こえてんの?

 あの高空で?

 てんやわんやで収拾が着かないまま、どんどんジュンが小さくなる!

「どうしよう! どうすれば! どうするとき! どうするぞなもし!」

「追えば(よろ)しいのではありませんこと? いまなら、まだ間に合うかと……」

「そっか! ヘリウムバーニアで……!」

 ──ぷすすん。

「ガァァァス欠だァァァーーッ?」

 大慟哭(だいどうこく)

 巨体(フラモン)相手に使い過ぎた!

 おまけに、その後シノブンとの空中戦だったし!

「任せて! マドカちゃん!」

 凛としてモエルが名乗り出た!

「モエル? 協力してくれんの?」

「大好きなマドカちゃんのためだもん ♪ 」

 ニッコリと優しい笑み。

 うう、ありがたい!

 この際、(わら)でも変態(ストーカー)にでも(すが)りたい気分だよ!

「よし!」

 シリアスモードに気持ちを切り替え、モエルは前腕部アームレットへとパモカをセットした。

 それを口元(くちもと)に近づけて命令を下す!

「動け! ジャイアントわたし!」

 ……いや〈ジャイアントわたし〉って何なん?

 とか思った直後、スフィンクス体勢だった鋼鉄巨人(フラッドウッズ・モンスター)が鈍重に巨躯(きょく)を起こした!

 そして、両腕を大きく右へ振り──続けて、大きく左へ振り──うん、垂直に(ひじ)を立てて──『マ「それ以上言うなァァァーーッ!」ッ!』

 慌てて(さえぎ)ったよ!

「どうしたの? マドカちゃん?」

「いろいろと、ややこしい事になるだろ! 『 ● 映』とか『光プ ● 』とか!」

「はぇ?」

 無垢に小首コクン。

 知らんでやってたんか、この天然ストーカー娘。

 恐るべしモエル──(いな)、宇宙にまで浸透していた『ジャイ ● ントロボ』の影響力!

「何かよく分からないけど……とりあえず、やるね ♪ 」

 明るくモエルが宣言すると、大きな手がボクを掴み上げ──何する気?

「いっけえーーっ!」

「だぁぁぁいリィィィグボォォォーール?」

 ブン投げやがった!

 江 ● 卓の豪腕(さなが)らに!

 グングンと高度を追い上げて行く!

 風どころか雲まで裂いた!

「うひぃぃぃーーッ!」

 寒い! 重い! 痛い!

 完全鋼質化じゃなかったら、間違いなく死んでるぞ! コレ!

 だけど、その甲斐あって追いついた!

 予想外の追撃に動揺する〈フライング・ヒューマノイド〉達!

 その間に意識を失ったジュンが吊るされていた!

 おそらく抵抗はしたんだろう──〈PHW〉を着込んでいるし。

 ただ無力だっただけだ。

 けれど、これは不幸中の幸いかもしれない!

 クルロリの説明によれば〈PHW〉とは〈パーソナル・ハブビタル・ウェア〉の略──身も(ふた)もなく言うなら〝スーパー宇宙服〟とでも呼ぶべき代物(しろもの)

 だからこそ、生身にも(かか)わらす、ジュンは高空の過酷環境でも無事でいられる!

「ジューーーーンッッッ!」

 絶対に救い出す!

 その決意のままに手を差し伸べた!

 追い越した!

 飛んでいった!

「あ~~~~れ~~~~~~…………」

 ()くして、ボクは流星と化した。

 ジュン救出作戦、失敗。

 彼女が何処へ連れ去られたのか──それは判らない。

 ついでに、ボクが何処へ投げ飛ばされたのか──それも判らなかった……シクシク。



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vs, ……え?
vs, ……え? Round.1


 

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「うう、(ちち)()みたい……」

「新章開幕早々、主人公の第一声がそれ(・・)ですか」

 ラムスが冷ややかにツッコんだ。メタ表現で。

 夜の公園入口に(たむろ)するのは、ボクとラムスとモエル。

 例の『ジュン救出作戦』が、マヌケにも失敗した三日後になる。

 あの直後、ようやくにしてクルロリから連絡があった。

 何故、応答が無かったのか──それは説明されていない。

 ただ、事態の顛末(てんまつ)は把握していたらしい。

 後の祭だけれども。

 合流したクルロリはシノブンを拘束すると「後日、星河ジュンを救出に向かう」とだけ言い残して去って行った。

 うん、拘束して行った。

 例のパモカスタンガンで、いとも簡単に。

 そして、現在に至る。

 彼女が合流に指定した日時と場所が此処だ。

 時刻は夜九時を過ぎた。

 彼女は、まだ来ない。

 ボクはプルプル震える右腕を左手で押さえ、苦しい自制を()いる。

「ああ! き……禁断症状が……ッ!」

「中毒物ですか。貴女(あなた)にとって、星河様の胸は」

 見据える道路にクルロリの到着を待ちながら、ラムスが平静然とツッコんだ。

 通学時間にはJKの往来に(いろど)られるこの道も、現時刻では静かに(とばり)へと呑まれている。街路灯の白い明かりが、羽虫達の踊り場と照らしていた。

「だって、もう三日だよ? 三日も()めてないんだよ? 一日一回は、ジュン乳()まないと!」

「普通は一日たりとも()みません」

 視線すら動かさず、冷たくあしらってくれたし。

 だけど、ボクの禁断症状は限界値寸前!

「うきぃぃぃ~~ッ! ()みたい()みたい()みたいいいッ!」

「黙りやがれですわ、このド変態」

 丁寧な暴言吐きやがった。

 この豊乳メイド。

「ああ、もう! こうなったら、とりあえず誰でもいいや! ラムス! ()ませて!」

 ──ズゴン!

「おぶうッ?」

 顔面に叩き込まれたよ。

 長もみあげを変質させた投擲槌(ハンマー)を!

「百億回死んで、ブラックホールの藻屑(もくず)になって頂けます? 宇宙規模ド馬鹿の貧乳マドカ様 ♡ 」

 ニッコリ微笑(ほほえ)みを向けて、愛らしく猛毒吐きやがった。

「ケチンボ! ラムスのケチンボ!」

(みずか)らの貞操を守って、何故〝ケチ〟呼ばわりされなければなりませんの……」

 無関心な応対で、再び道路へと注視を戻す。

「キミには分からないんだよ! あの〝乳風(ちちかぜ)〟の(むな)しさは!」

「……そんないがわしい単語は初耳ですわ」

「憧れて買ったCカップブラがスルーンと抜け落ちる感覚……ブラの隙間を撫で過ぎる空気の流動……分かるか! ビル風よりも心に()みる寒さが!」

「ハイハイ、可哀想ですわね」

「同情するなら胸おくれ!」

「……何を『同情するなら金をくれ!』みたいに(おっしゃ)ってますの」

「うわ~ん! 意地悪だぁ~~あ! どうせヒメカには()ませるクセにィ~~!」

「ひひひ人聞きの悪い事を(おっしゃ)らないで頂けますッ? (わたくし)とヒメカは、そのような卑猥(ひわい)間柄(あいだがら)ではございません!」

 真っ赤になって抗議してきた……寄せ乳を抱き庇いながら。

 と、ボクの肩を背後からチョンチョンと突っつく指──モエルだ。

「マ~ドカちゃん ♪  ハイ ♡ 」

 胸張って差し出してきた。デッカイのを。

「いや『ハイ ♡ 』じゃないよ? キミのは絶対()まないよ?」

「はぇ? 何で?」

「変態ストーカーの胸なんか()めるワケないだろ」

 

 

「シクシク……()んで欲しかったのに……」

「シクシク……早く()みたいのに……」

「御二人揃って泣き崩れないで頂けますッ? 鬱陶(うっとう)しい!」

 常識人の〈宇宙怪物(ベム)〉が怒気(どき)った。

「まったく……これは早いところ、星河様を救出致しませんと。こんなおバカさん、(わたくし)の手には余りますわ」

 こめかみ押さえて嘆息(たんそく)

「でも、どうやってジュンを追うのさ? おそらく敵は宇宙だよね?」

「それは間違いなく」

 道路奥の吸い込む闇を見据える。

 ボクも脇へ並び、その視線に(なら)った。

「やっぱ〈宇宙船〉で行くのかね?」

「それしかありませんわよ」

「そういや、ラムスは〈宇宙船〉持ってないの?」

「所有しておりませんわね。生憎(あいにく)、地球へと運ばれた(・・・・)クチですから」

「ねえねえ、マドカちゃん?」

「ふぇ? 何さ? モエル?」

「わたしなら飛べるよ? だって〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉へ変形できるもん♪ 」

「一人乗り仕様じゃん? キミ?」

「うふふ ♪  だからぁ、(ひざ)抱っこだよぉ?」恍惚気味にトンデモ妄想を口走(くちばし)り始めた。「わたしの(ひざ)に、マドカちゃんが乗ってぇ……わたしが、マドカちゃんのシートになってぇ……イヤン♡ 」

 ……ホントに「イヤン♡ 」な人間椅子だな。

 赤面(おお)って何を提案してくれてんだ。

 とりあえず乱歩大先生に謝れ。 

「絶対ッ! 頑としてッ! 全力で拒否するッ!」

「ええ~? フカフカで気持ちいいよ~?」

 小脇締めて哀願するも、そのせいで寄った胸が豊満にパユンパユン……コノヤロー!

「そんな窮屈なコックピットはゴメンだよ! 息苦しい! 操縦だって(まま)ならないじゃんか?」

「あ! じゃあ、主導権(ストレージ)本体(・・)へ戻すね? そうすれば、わたし自身(・・・・・)が操縦できるもん ♪  マドカちゃんは、ただ乗っているだけ(・・・・・・・・・)でいいんだよ?」

 どうして、そこまでして『あいのり希望』だ? コイツ?

「そしたら〈プリテンドフォーム〉のキミは、どうなんのさ?」

「抜け殻になって、グッタリしてまーす ♪ 」

 ちょっと想像してみた。

 広大な宇宙空間で敵攻撃を()(くぐ)る〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉──雄々しく反撃を吼えるボク──そして、背中に密着状態で(しかばね)(ぜん)とグデングデンになっている生温かいモエルの身体────。

「完全却下ァァァーーーーッ!」

 全力絶叫で拒んだよ!

 シュールで猟奇的な画面(えづら)に!

 

 

「シクシク……乗って欲しかったのに……」

「シクシク……絶対乗りたくないもの……」

「ですからッ! 御二人揃って泣き崩れないで頂けますッ?」

 またも保護者(ラムス)から怒気(どき)られたよ。

 状況が進展を見せたのは、その時だった。

 外灯が照らし漏らした闇に、二つの光る目が浮かびあがる。

 それなりのスピードで近付く様子から、それ(・・)が何かは察しがつく。

 車のヘッドライトだ。

 うん、いわゆる〝軽バン〟って呼ばれるヤツ。

 それは迷い無き安全運転で進み、ボク達の前で停車する。

「お待たせ」と、運転席のクルロリ。

 いや、平然とした無表情で「お待たせ」じゃないだろ。

「免許は! 運転免許は、どしたッ?」

「別に必要無い」

 ()も当然みたいに、トンデモ発言するな。

 よいこが鵜呑(うの)みにしたら、どうする。

「無免許かッ! もしかして無免許かッ!」

「そう」

 肯定しやがったよ。躊躇(ちゅうちょ)無く。

「ってか、宇宙行くんじゃないのかッ!」

日向(ひなた)マドカ、心拍数及びアドレナリン分泌量が微々と上昇している……何故?」

 不思議そうに小首コクン。

 クルコクならぬクルコクン。

「何故も尾瀬もあるかーーッ!」

 夜の住宅街に、ボクのツッコミが響いたよ

 これじゃ夜中に大声で(たむろ)するバカヤロチーマー共と同じだよ!

 ボクの嫌いな人種だよ!

 御近所迷惑も(はなは)だしい!

「ってか、宇宙船は! 宇宙船どしたッ!」

 クルロリは「ふむ?」とクルコクンした後、ポンと納得の手堤(てつづみ)を打った。

日向(ひなた)マドカ、どうやら誤認しているようなので訂正しておく。この機体は〝自動車〟ではない。地球の廃棄産物を再利用して、私が〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉として新生させた代物(しろもの)

「……言い張るか」

「従って、地球の法律は適用されないし、運転免許証も必要無い」

「言い張るかッ!」

「論より証拠……いま見せる」

 そう言うと、カーラジオのスイッチをポチっとな。

 すると車体が地表から浮き、ガキョガキョと変形を開始した!

 側面ドアが水平に開き、そのまま主翼と化す!

 だけど、本体が剥き出しになったわけではない。どうやら二層構造装甲だったようで、翼と化したのは外部装甲のみ。内側装甲は、そのまま従来のドア構造による密室性を維持していた。

 車体底部から(ヒンジ)回転で現れたのは、鋭角的な台形パーツ──それはフロントバンパーへと結合すると機首部分になる!

 そして、車輪は底部へと水平折りに収納され、そのまま回転を続けていた。フィンフィンと静かな奇音を帯びている事から推察するに、おそらく〈反重力発生ホイール〉とかなんだろう。

 こうして、ボクの眼前で〝軽バン〟は姿を変えた。

 うん、これには〝も ● クロ〟も〝(あん)ちゃん〟もビックリだ。



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vs, ……え? Round.2

 

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「乗って?」と、クルコクン。

「いや『乗って?』じゃないよ! 懐アニの『タン ● ー(ファイブ)』か!」

「なるほど。なかなか連絡が取れなかった理由は、コレ(・・)の建造に時間を費やしていたから……ですか」

 平然と受け入れるラムスへ「そう」とクルコク肯定。

日向(ひなた)マドカ、時間が惜しい。早く乗って」

「……え? 乗るの? コレに?」

日向(ひなた)マドカ、何を躊躇(ちゅうちょ)している?」

「渋るよ! そりゃ渋るよ! だって信頼度0%だもの、この機体! まだ〝時空を越えるデ ● リアン〟の方が説得力あるもの!」

「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない──SF小説家〝アーサー・C・クラーク〟の言葉ですわ」

 ラムスはボクの脇をしれっと通り過ぎ、迷い無く後部座席へと乗り込んだ。そのまま広々空間で(くつろ)ぐ。

「じゃあ、わたしは本体(・・)で追うね ♪ 」と、モエルは何処(いずこ)かへと去った。

 ポツンと取り残されたのは、決断を()いられたボクだけ……。

 あれ?

 これってば、ボクが乗車承諾する事を前提に進んでない?

 ヤバくない?

日向(ひなた)マドカ、アナタも早く」

 ボクの懸念(けねん)を無視した再強要。

 うん……ヤバイッ!

「う~ん……でも……ねぇ?」

 無駄な時間稼ぎに()らす。

 何とかして回避策を見出さねば!

「仕方ない。このままでは(らち)もないので、強行手段に出る」

「ふぇ? 強行手段?」

 そこはかとなくイヤな予感。

 戸惑っている間に、車体底部から左右二対のデッカいアームが出現した。

 その先端には、これまたデカいラジオペンチ形状のハサミ。

 フラミンゴの(クチバシ)みたいなヤツ。

 タカアシガニの(ハサミ)彷彿(ほうふつ)させる代物(しろもの)

 ソイツが月夜へと音も無く吠えた!

「え……っと?」

日向(ひなた)マドカ、乗って」

「あ……あは……あははははは……」

 強張(こわば)った愛想笑いを浮かべ──一目散(いちもくさん)脱兎(だっと)

 陸上部助っ人で鍛えた脚力で脱兎(だっと)

「おとなしく乗って」

「アダダダダダッ!」

 背後から捕まれた!

 抵抗(むな)しく!

 ハサミの滑り止め蛇腹が、ギリギリと腹に食い込む!

 そして、高々と持ち上げーの──後部座席へ放り投げーの──ドア閉まりーの──空飛んだ!

 無音で急上昇しやがった!

 住み慣れた街並みが、どんどんミニチュア化して離れていく!

 小さくなっていく!

 大通りで(にぎ)わうネオンは漆黒の凹凸(おうとつ)に配列されたLED電球と(とも)り、(あたか)もボクを微笑(ほほえ)ましく見送ってるようにも映った。

 ボクの脳内に奏でられるのは『ウル ● ラQのテーマ』と、淡々とした〝石坂 ● 二〟のナレーション。

「開けてくれーーーーッ!」

 絶望的な叫び声は完全遮音構造に呑まれ、誰にも届く事は無かった……。

 軽く〈アブダクション〉じゃねーか!

 コレも!

 

 

 

 どの位の時間が経過したのかは分からない。

 窓ガラス越しに映っているのは、視線すら吸い込むような漆黒の空間。そこに息吹く無数の光点が、慣性に委ねられて白線と流れ過ぎていく。とりわけフロントガラスに放射状と広がる流星群は、圧巻ながらも美しい。

 並走飛行する巨大円盤は〈ジャイアントわたし〉の航行形態。

「ってか、車窓から見る景色じゃないだろッ! コレッ!」

 荒れた!

 とりあえず荒れた!

「このミニバン、宇宙(そら)飛んでるよね? 現在(いま)走ってるの、宇宙空間だよね?」

日向(ひなた)マドカ、まだ誤認しているようなので再度訂正しておく。この機体は〝自動車〟ではない。地球の廃棄産物を再利用して、私が〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉として新生させた物」

「単なる〝空飛ぶ中古車〟じゃんかッ!」

「マドカ様、運転席を御覧下さいませ」

 文庫本の読書に(ひま)を潰しながら、ラムスが示唆した。

「運転席ィ~?」

 怪訝(けげん)な心境ながらも、言われるがままに(のぞ)き込む。

 すると、なるほど──確かにコンソール部には、自動車に不釣り合いなハイテク機材が組み込まれている。病院の集中治療室で見るようなグリーングリッドのモニターやら、明らかにボタン数の多い操作パネルやら。クルロリが握るハンドルだって左右分割に開かれ、ジャンボジェットの操縦幹みたいな形状へと変型していた。

「これだけの証拠を見せつけられたら、さすがに貴女(あなた)でも〝現実〟として受け入れるしかないのでは?」

「う……うん。ってか、ラムス? さっきから何読んでるのさ?」

「コレは『おかずをクッキング』ですわ。今後の献立参考に」

「……この非日常空間で、平然とそれ(・・)読むか」

「毎日の献立、結構大変ですのよ? 栄養バランスを考え、尚且(なおか)つ飽きられないようにレパートリーを増やさなければならない……。ヒメカやママさんに、粗末な物を御出しするわけには参りませんから」

「……あれ? ボクは?」

貴女(あなた)だけなら『雑草のマヨネーズ()え』で充分です」

「差別だッ!」

「差別ですけど何か?」

 当然とばかりに言い切るし。

「う~ん……まあ、それでもいいや」

「はい?」

「美味しい食卓作ってくれるなら。キミの料理、毎日楽しみだし」

「それはどうも」

 淡く微笑(びしょう)を含んで(ページ)(めく)る。

 ボクは本題へと戻り、クルロリを問い詰める。

「で? こんなモン作るって、何処の工場でさ? それに材料だって……」

「大規模な工場は必要ないし、材料はいくらでもある。スクラップと呼ばれる廃棄物は、各部品単位で摘出すれば有益材料の宝庫。それを組み立てるにも今回程度の機体ならば、個人レベルの工房が在れば充分」

「個人的な工房? 何処さ?」

「アナタ達の街に、ひっそりと運営している〝(たちばな)モーターズ〟──顧客率が低迷して如何(いか)にも潰れそうながらも、何とか虫の息を(つな)いでいる摩可不思議な個人経営店。そこを閉店後に拝借し、地下へと工房を増設した」

「ぅおい!」

 失礼なヤツだな!

 店の設備借りといて!

「あそこなら電気供給設備もある上、工具の(たぐい)も事欠かさない」

「そりゃそうだけど、よく〝(たちばな)のオヤッサン〟も協力してくれたね? それに、こんな突飛な話を理解してくれるなんて……」

「別に協力してもらってはいないし、理解してもらってもいない」

「ふぇ?」

「店の地下を次元拡張し、人知れず私単身で建造を続けていた」

「ぅおおぉぉぉーーいッ!」

 知らぬ間に、他人(ひと)の家へ住み着いていやがった!

 イヤな座敷童子(ざしきわらし)だな!

「しゃあしゃあと電気泥棒を自供すな! ってか、バレたら、どうするのさ!」

「心配無用。地下工房は次元拡張によって増築した空間──(すなわ)ち、同座標軸の異次元。そこに()りながらも、そこには存在しない(・・・・・)。通常の人間には、立ち入るどころか発見する事も叶わない。加えて、保険を懸けておいた」

「保険?」

(たちばな)モーターズ店主〝(たちばな)昭二郎〟には記憶操作を(ほどこ)し、私を〝娘〟と認識させてある」

 アブりやがった!

 またアブりやがった!

 このスルメ職人!

 何かいろいろゴメン!

 (たちばな)のオヤッサン!

「ところで──」と、献立模索継続のまま、ラムスが(くち)(はさ)む。「──胡蝶宮(こちょうみや)様の目的は? 何か分かりまして?」

「あ、そうだよ! 結局、シノブンってば何も明かしてないんだけど?」

(いま)だ、何も。(がん)として(くち)を割らなかった」

「ああ、その辺は強情そうだもんね……目的の絶対秘匿は、忍者の鉄則だし」

「なので、改めて()いてみる。そろそろ目覚めたと思うから」

「ふぇ? そろそろ目覚めた……って?」

 クルロリがハイテクコンソールのスイッチを入れると、カーナビだと思っていた小型モニターにとんでもない光景が映し出された!

 アングル的に、このミニバン──じゃなくて〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の後方部だ。

 バンパーにワイヤーで繋がれた蛾の巨翼が、暴風に(さら)されたゲイラカイト(よろ)しく宇宙空間をバタフラっている。

「地球圏離脱の(さい)、彼女も捕虜として転送しておいた」

「入れてあげてーーッ!」

 見るに居たたまれない状況に、ボクは懇願(こんがん)を絶叫!

「心配ない。一応〈PHW〉は着せてある」

 あ、ホントだ。

 ボク達が拒否った〝ブルマ体操着型〟を着せられてる。

 巨大な蛾の羽根を生やしたグラマラス美女が、ブルマ姿で宇宙空間を引きずり回される──シュールな画面(えづら)だ。

 じゃなくて!

「早く入れてあげてぇぇぇーーッ!」

 再度、懇願(こんがん)絶叫!

 どんなプレイだよ! コレ!



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vs, ……え? Round.3

 

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「ハァハァ……ししし死ぬかと思った」

 後部座席へと回収された途端、涙目で(あえ)ぎ怯えるシノブン。

 ブルマ姿での内股ヘタリ込みが妙にエロいな。肢体の発育がいいだけに。

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ、改めて質問する。アナタが日向(ひなた)マドカへ固執するのは何故?」

「貴様! しゃあしゃあと何事も無かったように進展させるな!」

 憤慨(ふんがい)に喰って掛かる。

 若干(じゃっかん)、キャラが壊れ掛けてるけど無理もない。あんな目に遭わされたら、誰だってそうなる。

(なお)、回答を拒否すれば、再び宇宙遊泳へと戻す」

「おおお教えてやろう!」

 一転して恐々と承諾した。

 うわぁ、拷問のプロフェッショナルだぁ……クルロリ、恐ろしい()

「で、シノブン?」

「……シノブンやめい」

 フレンドリーに努めるも、無下に応対される。

「ボクを捕らえて、キミは何がしたかったのさ?」

「貴様の〈ベガゲノム〉を解明する(ため)だ」

「〈ベガゲノム〉なら、貴女(あなた)にも備わっているはずでしょう? わざわざマドカ様に固執する理由が解りませんわね?」

「やはり認識していないようだな、ラムスとやら。日向(ひなた)マドカの〈ベガゲノム〉は特殊なのだ。〈ヒトゲノム〉と〈ベムゲノム〉の両性質を同等に共存内包する事など不可能。前例が無い」

 ああ、そっか。

 確かクルロリが、そんな事を言ってたっけ。

「つまり、目的は〈エムセル〉そのもの──それを解析するために、日向(ひなた)マドカの拉致を画策していた」と、クルロリが要約。

「ですが解析して、どうしますの? 第三種四価元素が備わっていない以上〈エムセル〉の再現は不可能。どう足掻(あが)いても、私達では〈金属生命体〉にはなれませんわよ?」

 (あご)(せん)へと指を添えて、ラムスが小首を(かし)げる。

()が目的は、そこ(・・)ではない!」

「じゃあ、人間社会へと潜伏して、地球侵略の足掛かりにしようと目論(もくろ)んでいた──そんなところ?」

「そんな些事(さじ)など、どうでもいい!」ボクなりの推測を(くち)にした途端、癇癪(かんしゃく)的に吼えた。「ジャイーヴァ殿の目的は知らぬが、私の目的はそこ(・・)ではない! 斯様(かよう)画策(かくさく)をせずとも、我々〈ベガ〉が本気を出せば制圧など他易(たやす)い事だ!」

 ああ、そりゃそうか。

 現行科学常識を(くつがえ)す超常生命体の集団だもんね。

「じゃあ、キミの目的は地球侵略じゃないの?」

「誰が! いつ! 侵略目的だと言った!」

 記憶を掘り返してみる──確かに、これまで『侵略』なんて一言も言ってないや。

 シノブンに限っては……だけど。

「ってか、紛らわしいんだよ! キミの言動は! あんなに悪役然とされたら誤解するだろ!」

「勝手に誤解をしたのは貴様達だ!」

「じゃあ、目的は何さ!」

「私とて歩いてみたいのだ……渋谷とやらを」

「はい?」「ふぇ?」

 予想外の独白を受け、間抜けた声をユニゾった。クルロリを除く二名が。

「ほほほ他にも〝ジェラート〟とやらを食してみたいし〝マルキュー〟とやらにも行ってみたい。それから〝スクィーズ〟とやらも欲しいし……それから……」

 真っ赤になって吐露し続ける。鬱積(うっせき)した願望が止まらない。

「勝手に行けばいいだろ! 渋谷でも秋葉でも!」

「私は、人間形態になれんのだ!」

 ……うん?

「なれないの?」

「そ……そうだ」

「人間形態に?」

「そうだと言っている!」

 ボク達のやりとりを傾聴(けいちょう)していたラムスが、軽く困惑を浮かべる。

「確かに、総ての〈ベガ〉が〝人間形態〟になれるわけではありませんけれど……」

「元々、変幻自在な〈ブロブ〉には分かるまい……この歯痒(はがゆ)さは……」

「シノブンってば、(もと)は〝地球人〟じゃなかったっけ?」

「……地球人だ」

「じゃあ、何で〝人間形態〟へ戻れないのさ?」

「だから、腹立たしいと言うのだ! 貴様は! 自分が如何(いか)に特別か……如何(いか)に恵まれているかを自覚していない! 私が……私が、こんな体質になって苦しんでいるというのに、()も当然とばかりに変身変身と!」

「他に『蒸 ● 』もあるでよ? 生憎(あいにく)『バ ● ムクロス』とか『ゴーカ ● チェンジ』とかは無いけど」

「知らんわッ!」

 サムズアップでボケたら、烈火の(ごと)怒気(どき)られた。

「幼少の頃から〈胡蝶(こちょう)流忍軍〉の次期頭領として育てられ、来る日も来る日も厳しい修行の毎日──比較的自由となった高校生活で、ようやく日常デビューした矢先に、この体質だ!」

 うっすらと(にじ)む目に唇を噛んだ。

「つまり、こういう事? 普通の女子みたいに日常を楽しみたいけれど〈ベガ〉の異形性がネックで叶わない。だから、ボクの〈エムセル〉を解析して、その変身性質を手に入れたかった──って?」

「そ……そうだ」気まずそうに視線を()らし、彼女は真相を紡ぎだす。「ジャイーヴァ殿は約束して下さったのだ。日向(ひなた)マドカを捕獲すれば、その変身プロセスを解明して授けて下さる──と」

(ふた)を開けてみれば、何というか……結構、矮小(わいしょう)な理由でしたわね」

「わ……笑いたくば笑え!」

「別に笑わないよ?」

「何?」

 意表を突かれ、シノブンは驚きを見せた。

 呆気(あっけ)とした表情で、ボクを凝視している。

「流行やプレイスポットって、やっぱ気になるもんね?」

日向(ひなた)マドカ、相手は〈宇宙怪物少女(ベガ)〉……そのような一般的日常価値観とは無縁の世界に生きる異形存在」と、バックミラー越しの一瞥(いちべつ)にクルロリが否定。

「仮に〈ベガ〉だって同じだよ。楽しいものはやってみたいし、話題のスウィーツなら食べてみたい。可愛いものには萌えたいし、下らない雑談をするダベり場だって欲しい」

 そう断言して〝メイドベガ〟を見た。

 視線に気付いて、彼女は軽い苦笑(にがわら)いに肩を(すく)める。

 それは無言の肯定だ。

「結局〝地球人〟だ〈ベガ〉だ言っても、ガールズライフは宇宙共通マストって事だね♪ 」

 満面の楽観笑顔で「てやっ ♪ 」とばかりにサムズアップ!

「理解不能」

 クルロリは無表情ながらも、腑に落ちない様子だった。

「ねえ、クルロリ? キミなら〝エムセル解析〟って出来るんじゃない? 作り主なんだし?」

「確かに〈エムセル〉は、私が改造生成した特殊細胞ではある。けれど、解析応用の可能性は未知数」

「ふぇ? 何故さ?」

「大前提として〈アートル〉と〈モスマン〉では〈ベムゲノム〉が異なるから。(こと)に〈第三種四価元素〉は〝炭素情報〟と〝珪素(けいそ)情報〟の推移変質に特化している。〝炭素〟から〝炭素〟への変質は、また異なるプロセス。従って、適応は(おろ)か応用すら可能か不確定」

「……簡単に言って?」

「出来ないかもしれない」

 うん、シンプル・イズ・ベスト!

 小難しい理論武装(テクスチャー)()げば、物事の真理なんてこんなモンだ。

「ただしジャイーヴァが(おこな)おうとしていた程度の解析は、多少の時間を費やせば充分に可能」

「って事は?」

「擬似技術での代用なら容易と思える」

「うん、それでいいよ」

 ボク達のやりとりを聞いていたシノブンが、怪訝(けげん)そうに訊ねてくる。

「貴様、何を言っている?」

「いや、だから協力するよ」

「何?」

「だって、そうすりゃシノブンも渋ブラできるんでしょ?」

「貴様、正気か? 私は〝敵〟だぞ!」

「敵じゃないよ?」

 あっけらかんとした返答に、一瞬、シノブンは言葉を呑んだ。

 そして、ややあって含み笑いを飾る。

「クックックッ……いいのか? これをきっかけに──私が〈エムセル解析情報〉を得た事によって、変身能力を得た〈ベガ〉が人間社会へと(まぎ)れるかもしれんのだぞ? そうなれば侵略の危険性が増し、結局は貴様が戦う事に──」

「またまたぁ~? 照れ隠しに悪ぶってぇ~ ♪ 」

「うううるさい! どうして貴様は……そうやって毒気を削ぐ……」

 (しお)って(くち)(ごも)った。

 何て言ったかは聞き取れんけど。

「それに平気だよぉ? 地球侵略しようって(やから)が、JKライフに興味抱くワケないじゃん。平和あっての日常なんだし ♪ 」カラカラと笑い流すボク。「それとも、シノブンはするの?」

「う……それは……」さすがに、()()を詰まらせる。「……しない」

「あ! でもさぁ、シノブン?」

「……シノブンやめろ」

 そこは頑として譲らないんだな。

 でも、いつもより語気が柔らかい。

 何故だろう?

 何故かしら?

 ま、いいや。

「一応、ひとつだけ約束してよ? エムセルの解析データはキミだけの秘密にして、他の〈ベガ〉には流通させない……って。ボクだって、戦闘頻度上がってJKライフ阻害されるのヤダもん」

「う……うむ」

 戸惑いながらも瞳は真っ直ぐだ。

 だから、そこに嘘はない。

「マドカ様らしいと言えば、それまでですけれど」献立(こんだて)レシピを閉じ、ラムスが平静に感想を述べる。「如何(いかが)ですか? こういう考え無しで、楽観主義で、底抜けのお人好しは?」

 意味深含んだ眼差(まなざ)しを、シノブンへと送った。

 その示唆(しさ)を受け、彼女は想いを噛み締める。

「ああ、前代未聞の馬鹿だな……コイツは」

「ええ。この前代未聞のおバカ者が〝(わたくし)の家族〟ですのよ?」

「いま何つったーーッ! この豊乳メイドーーッ!」

「さて?」

 ペロッと舌出し。

 毎度ながらの(かしま)しさを前に、シノブンは小さく呟いた。

「幸せ者だよ……オマエは」



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vs, ……え? Round.4

 

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 とりあえず、シノブンの件は解決した。

 話題は再び大局的な問題へと戻る。

 つまり〈ジャイーヴァ〉の事だ。

 クーラーボックスから魚肉ソーセージを頂戴し、ボクはクルロリへと訊ねた。

「モグモグ……で、結局〈ジャイーヴァ〉の目的は、何なのさ?」

「組織結成の意図は依然不明」

 クルロリが簡潔に答える。

「ベガ軍団を結成して宇宙侵略……でもなさそうだよね? シノブンの話を聞く限り。本格的な全面攻撃も仕掛けてこないし」不得意な憶測を巡らせた後、ボクは改めて貴重な情報源へと訊いてみる事とした。「ねえ、シノブン?」

「……シノブンやめろ」

 忙々とブルマ体操着から忍装束(しのびしょうぞく)へと着替えつつも、そこはやっぱり譲らない。

「キミは何も聞いてないの?」

「生憎、私も聞いてはいない。各自の目的が異なっていても、相互的メリットがあれば()しとする関係性だったからな」

「ラムスも……だよね?」

「ええ。以前、御話した通りに」

「う~ん? 八方塞がりか……。それに何故、ジュンを拉致(らち)ったんだろ?」

「確かに、その辺は()せませんわね。一般人の星河様を(さら)ったところで、何のメリットもございませんもの」

「だよねー?」

 ボクは御手上げとばかりにシートに深く背凭(せもた)れ、シノブンへと視線を送る。

 気付いた彼女は(まと)った忍装束(しのびしょうぞく)を整えつつ、暗黙の否定に首を振った。

「まったく……ジュンを(さら)っても育乳大明神の御利益だけじゃん? 後は、せいぜい〈コンダクター能力〉だけだし……」

「……はい?」「……何?」

 急にラムスとシノブンの顔色が変わった。

「マドカ様? いま、何と(おっしゃ)いました?」

「育乳大明神の御利益」

「……その後です」

「うん? コンダクター能力?」

「それですわよ!」

 どれですわよ?

「そういえば最初に会った時、口論(こうろん)の中でそんな事を言っていた。あまりにも自然に織り込んでいたので、すっかり失念していた」と、運転席からクルロリが感情(とぼ)しく自己反省。

 もう、このうっかりさん ♪

「そんな重大な事、何故スルーなさっていたのです!」

 ラムスにしては珍しく血相変えていた。

「重大……って、UFO呼べるだけじゃん?」

「ですから、それが重大なのですわ!」

「ふぇ? 何で?」

 理解出来ないでいるボクへ、シノブンが助け船を出す。

「確かに局地的戦闘に()いては実戦的ではない。だが、大局的な見地では、どうだ? もしも、他星系銀河からUFOを呼べるとしたら……」

「宇宙中の育乳信者が集まる」

「違うわッ!」

「つまり星河様のパワーレベル如何(いかん)では、労せずして大軍勢を結成出来るという事ですわよ!」

「なるほど、合点がいった」と、クルロリの(ひと)り納得。「どうして私に、アナタ達二人(ふたり)接触意思(コンダクション)だけが強力に届いたのか──他の人間による呼び掛けは微弱な感知だったのに。それは(ひとえ)に、星河ジュンの〈コンダクター能力〉に起因している。おそらく彼女の潜在パワーレベルは〈コンダクター〉の中でも驚異的に高い」

 ああ、だから幼少期からUFOと頻繁に遭遇してたのか。

「じゃあ、ジュンを(さら)った目的って──」

「おそらく」

「──いよいよ〝育乳教〟発足?」

「違う」

 クルロリ、淡々と否定して下さった。

 そして、彼女は今後の指針を決定着ける。

「もっとも、これは演繹(えんえき)に過ぎない。依然(いぜん)として真相は不明。圧倒的に情報が不足している。直接、ジャイーヴァ本人に問い正すしかない」

「直接って、敵の本拠地? ってか、この〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉は何処へ向かってるのさ?」

「月の裏側だ」と、シノブン。「そこにジャイーヴァ殿の拠点──つまり〝母艦〟が待機している」

「ふ~ん?」軽く納得すると同時に、ボクは彼女の行動に違和感を気付く。「あれ? シノブン、どしたの? 武装なんか確かめて?」

「実行前に万全の状態か確かめる……突入作戦の鉄則だ」

「って、もしかして一緒に戦ってくれるの?」

「フッ……何を今更(いまさら)

 クールに(たずさ)えた微笑(びしょう)が、彼女の返答だった。

 と、運転席から振り向きもせずに、クルロリが警鐘を告げる。

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ……そして、ラムス。その装備では(まん)(いち)真空状態での交戦となった場合、要酸素生態のアナタ達は死亡確率が高い。よって、アナタ達にも〈PHW〉の着用を義務付ける」

「ちょ……ちょっと待て! また、あの〝ブルマ体操着〟を着ろと言うのかッ?」

(わたくし)も……ですの?」

「嫌ならば別仕様もある」

「う……うむ、それならば……」

「ふぅ……宇宙空間での活動では仕方ありませんか」

 そして、運転シートの背面に据えられたボックス台が開いた。ウィィィンと電動で。

 そこには、きちんと()(たた)まれた〈PHW〉が二着(にちゃく)

 一着(いっちゃく)は、お馴染みの〝セーラー服仕様〟。

 もう一着(いっちゃく)は……。

「こちらにしますわッ!」

 ろくすっぽ見ない内に、ラムスが〝セーラー服仕様〟を奪い取った!

 音速かと思える(ほど)、シュババっと素早く!

 必然的に、残ったのはシノブンの物。

「ちょっと待てッ! 何だコレ(・・)はッ?」

 広げたと同時に激昂(げっこう)

 動揺と憤慨(ふんがい)が等しく混じっていた。

 無理もない。

 だって、まさかの〝バニーガール仕様〟だもの。

「ネット検索で書いてあった……『バニーガール最強!』と」

 だから、ドコのアダルトサイトを参照?

「ここここんな格好で戦えるか! 破廉恥(ハレンチ)な!」

 某〝小 ● 川さん〟みたいな事言い出した。

 うん、でも拒否るわな?

「嫌ならば、先程の〈PHW〉になる」

「アレはアレで〝ブルマ体操着〟だろうがッ!」

「どっち?」と、無垢にクルコクン。

 軽いデジャヴの『どっ ● の料理ショー』が向けられる。

「う……うう……」

 究極の選択にテンパるシノブン。

 ってか、どっち選んでもエロッ!

 

 

 

「……やっぱ、そっち(・・・)選んだか」

「見るなぁぁぁーーーーッ!」

 シノブンは涙目&超絶赤面で、車内の(すみ)へと丸まる。

 うん、選択は〝ブルマ体操着〟だ。

 それを例の忍装束(しのびしょうぞく)(かさ)()している。

 しなやかに生える四肢には、薄く白肌が()ける暖色の鎖帷子(くさりかたびら)。そして、忍装束(しのびしょうぞく)の上から、豊かな(バスト)をふっくらと浮かばせる白い体操着とムチムチブルマを着用。ところどころにはみ出した忍装束(しのびしょうぞく)木地(きじ)が、なまじい乱れを感受させて悩ましい。

 エロッ!

 シノブン、エロッ!

「うう……何故〝胡蝶(こちょう)流忍軍次期党首〟の私が、こんな(はずか)しめを……」

「大丈夫! これで、一部マニアック層の人気は〝シノブン()し〟に集中!」

「どんな励ましを向けているのだッ! 貴様はッ?」

 怒気(どき)られた。

 楽観的なサムズアップでフォローしただけなのに。

 コミュニケーションを取れるようになって、ボクは漠然と悟った──この人の立ち位置〝クールビューティー〟じゃなくて〝イジられ役〟だ。



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vs, ……え? Round.5

 

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 そこに目標は居た。

 月の裏側高空に浮遊鎮座する超巨大人工物体──敵母艦だ。

 てっきり定番の〈葉巻型UFO〉かと思いきや、その形状は黒い巨大宮殿。

 視認目算だけど、高さは約四〇メートル前後。全幅は約六〇メートル(ほど)か。

 地盤に相当する部分が円盆型台座となっていて、(さなが)ら〝浮遊都市〟を連想させた。

 底面部には巨大半球体が五つ据えられている。中央にひとつと、それを囲う形で各四方に一回(ひとまわ)り小型なのがひとつずつ。表情を変えるプリズム光彩が、神秘的に息吹(いぶ)いていた。

「アレが敵母艦」

 クルロリの視認報告に、ラムスが驚嘆を添える。

「まるで〝漆黒のパルテノン宮殿〟ですわね」

「賛美は有り難いが、当然ながら石造りではないぞ。実際には、超科学建造物による集合体──(すなわ)ち〝宇宙合金製〟だ」

 シノブンからの老婆心。

 なるほど。

 よくよく観察すれば、所々でマイケルがベイった蛍灯が明滅している。それはつまりハイテクディテールって事だ。

「軽くスペースコロニー化していますのね」と、ラムスは納得。

「あの半球体は何さ? 〈アダムスキー型UFO〉のと同じような?」

「アレは〈光速推進力発生コンバータ〉──アクティブジャイロ機構によって、固定座標で距離を(かせ)いで光速移動エネルギーを得れらるのだ」

 シノブンから説明されるも、難解でよく解らない。

日向(ひなた)マドカ、アナタにも理解し易いように解説する」

「おお? ヤタッ♪ 」

「要するに、この〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉底部に有る〈反重力ジャイロ〉の上位版」

「あー、なるへそ」

「光速エネルギーを発生させるには、必然的に膨大な航行距離と時間を(つい)やさなくてはならない。しかし、それでは〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉──日本語で言う〈ウラシマ効果〉の呪縛から逃れる事は叶わず、結果として〈双子パラドックス〉によるデメリットの方がメリットを上回ってしまう。それでは実用性が(とぼ)しい」

 ……あれ?

 理解し易いように解説してくれるんじゃなかったの?

「そこでアレのジャイロ回転運動によって擬似的な航行距離を無限発生させ、その場に停滞しながらも光速エネルギーを得る事を可能としたシステム。つまり〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉の影響下に存在するのは、あのユニットパーツだけであり、本体は通常空間に滞在しながらも光速エネルギーを抽出供給する事が出来る」

「………………」

(すなわ)ち、これによって本体は滞在空間の時間軸に存在しながらも、光速時空軸の影響を受けずに航行が可能となる。光速時間軸の経過影響に干渉されるのは、独立ユニットである〈光速推進力発生コンバータ〉のみ」

「………………………………」

「ちなみに、あのタイプは、(およ)そ2C程度は発揮出来ると思われる。それが四基搭載されているという事は、約8C。加えて、中央メインの〈光速推進力発生コンバータ〉は、おそらく三倍~五倍の出力と推測するのが妥当。最低値計算でも、総出力は8C+6Cで光速14C──一二光年彼方のイプシロン星系銀河まで約一年弱で到達可能。九光年彼方のシリウス星系銀河ならば、約九ヶ月強」

「………………………………………………………………」

「ただし〈特殊相対論の法則〉から完全除外されるわけではないので、幾分(いくぶん)か光速干渉の影響は受ける。(すなわ)ち、機体質量は増加するので、実際の出力は荷重低下する。具体的には──」

「ちょ……ちょっと御待ちになって下さい!」

「──1C(ごと)に1G× X乗の増加となるので……ラムス、どうかした?」

「マドカ様がひきつけ(・・・・)起こして倒れていますわ! キャパシティーオーバーです!」

 うん、ラムスの指摘通り。

 ボクは知恵熱でブッ倒れていたとさ。

 煌女(きらじょ)の赤点常連に、何をカマしてくれてんのさ!

 この朴念仁(ぼくねんじん)

 

 

 

「うぅうぅぅ……まだ頭ジンジンするぅ……」保冷剤で知恵熱を冷ましながら、ボクは後部シートでグロッキー状態。「で、まだ相手には発見されてないの?」

 若干の心配を(はら)んで、ボクは身を乗り出した。

「問題ない。この機体周辺には、(すで)に〈ニュートリノ拡散型ステルスジャマー〉を散布してある」

 運転席のクルロリが淡々と解説。

 ってか、またもや小難しい単語出てきた。

 知恵熱が()(かえ)すだろ!

「名称から推察するに、ニュートリノの不可観測性質によってレーダー波の(たぐい)を緩和拡散する代物(しろもの)ですの?」

「ラムス、理解が早くて助かる」

 どうして口頭(こうとう)で聞いただけで理解できるのさ。

 この万能メイド。

「従って、約八〇パーセントの確率で、視認可能距離までは発見されな……あ!」

 何かイヤな感じの「あ!」だな?

「どしたのさ?」

「発見された」

「なぬーーッ?」

 動揺に突き動かされて、フロントガラスへと身を乗り出す!

 漆黒(しっこく)の宮殿から出てくるわ出てくるわ……空飛ぶ円盤の(むれ)

 大きさは、この車体と同程度の小型円盤……って事は、おそらく凡庸戦闘機ってトコだろう。

 ディテールも何も無い簡素な円盤が白色蛍光に発光しているから、そりゃもう未知なる深海生物の(ごと)く神秘的だったりする。

 いや、冷静に分析描写している場合じゃないな。

「どうしてさ! 約八〇パーセントの確率で発見されないんじゃなかったのか!」

「そのはず。視認されない限りは……」

 と、言い掛けて、クルロリはハッと気が付く。

 そして、彼女の視線を追って、全員で横を眺めた。

 窓越しにゴウンゴウンと並走するのは、直径二〇メートル(ほど)の巨大円盤──つまりは〈ジャイアントわたし〉の飛行形態。

「コイツかーーッ! コイツのせいかーーッ!」

「すっかり失念していた。この巨体では発見されても無理はない」

「何を平然としてるのさ! クルロリ! どうすんだよ、この状況!」

「仕方ない。作戦変更。迎撃に移る」

「迎撃? って、ちょっと待て! クルロリ! キミってば、もしかして大決戦やらかす気かッ? この軽バンでッ?」

「問題ない。この機体は充分に応戦可能な能力を付随(ふずい)してある」

 簡潔に自信を示したクルロリは、手際よくコンソール操作を始めた。

 カーラジのボタンを押すと車内灰皿だと思っていた部分が回転収納されて、コンパクトキーパネルが現れる。それに何やらパスワードを入力すると、シフトレバーを小刻みに入れた。

 そして、機体が変形を開始!

 機首部分が真っ二つに分かれて、外側へと一八〇度反転。そのままパタンと寝かせると、フロント部には凹型の(くぼ)みが形成された。

 そして、エアインテークが開くと巨大ドリルが生え伸び、その凹型箇所へと固定されて武骨な()(さき)と化す。

 本体底部から軸回転で現れた武骨なパーツは、見るからに大出力を感受させる大型推進用ブースター。これが車体後部へと固定されると、折り畳み収納されていた尾翼を開く。

 ()くして完成したフォルムは、(さなが)ら〝ドリルジェット機〟だった。

轟天(ごうてん)フォーム、完成」

 変形完了を宣言するクルロリ。

 頼もしい名前だな。ドリル付いてるだけに。

「ホントに大丈夫なんだろうなッ?」

「問題ない。このドリルは〈宇宙合金コズミウム〉製。生半可(なまはんか)な装甲なら易々と貫通できる」

「じゃなくて、信用できるのかッ?」

「問題ない。この小型性(ゆえ)に高機動力。敵機には引けを取らない」

「いや、じゃなくて! ボク達の生存率は?」

「問題ない。事前シミュレートでは五十八パーセント」

「いますぐ引き返せぇぇぇーーッ!」

 普通、九〇パーセント弱以上から決行するだろ!

 こんな捨て身作戦!

「これより作戦実行へと移る」

「イヤァァァーーーーッ!」

 ボクの絶叫は、矢の如き突進力によって呑まれ消された。



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vs, ……え? Round.6

 

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 凄まじい加速度が機体をイジメる!

 空飛ぶドリル軽バンは、一条の白き尾を(なび)かせながら宇宙(あま)駆ける矢と化した!

「ぎゃん!」

 あまりにも荒れ狂うGに、ボクはシートへと沈められる!

 上下左右から重圧が掛かり、とてもじゃないけど中腰すら無理!

 四方八方からの攻撃を()けているせいだ!

 その暴れ馬ぶりは、(さなが)らドリフト走行のカースタント!

 宇宙空間でのドッグファイトは、息つく(ひま)も無いぐらい目まぐるしかった!

 敵円盤が機体前面部から照射する電撃状の光線を、クルロリは(たく)みな操縦技能で紙一重に回避し続ける!

 時に滑るような横推移で機体脇へと流し、時には上昇で車体の下へと通過させた!

 無論、ただ回避しているだけではない!

 その直後には、反撃で確実に撃墜していた!

 ドリルが回転するとエネルギー奔流(ほんりゅう)(まと)わり踊り、それは先端に集束されて青白い電撃型光線と敵機を(つらぬ)いた!

 (ある)いは即事性が求められると、追加速にドリル特攻でブチ抜く!

 彼女自身が示したように、この軽バンは一騎当千(いっきとうせん)(ごと)き高い戦闘能力を発揮した。

「そだ! モエルは?」

 ふと思い出して、その安否を追い求めると……ああ、大暴れしてんな〈ジャイアントわたし〉!

『マドカちゃんの邪魔はさせない!』

「さすがの円盤軍団も翻弄されていますわね。どうやら、人型特有の殴る蹴る攻撃がトリッキーに機能しているようですわ」

「……だね。おまけに〈エムセル〉を(しの)ぐ硬度だもん。多少の攻撃じゃビクともしないよ。あの鋼鉄巨人(フラモン)の前には、小型円盤なんて蚊蜻蛉(かとんぼ)だわ」

 単身でも平気そうなので、コチラはコチラの応戦状況に集中する事とした。

 星々の瞬きが散りばめられた宇宙空間に、(いく)つもの爆発が咲き乱れる!

「敵さん、大丈夫かね? ちゃんと脱出してる?」

「この()(およ)んでもアマいな、貴様は。古来より戦場では〝()る〟か〝()られる〟か……だ。下手な情けは、命取りになるぞ」

 戦闘慣れしたシノブンから(たしな)められた。

「だって、誰かが死ぬなんてイヤだもん」

 ボクの懸念(けねん)を聞き拾い、クルロリが補足する。

日向(ひなた)マドカ、心配無用。相手はAI搭載の無人機。よって、死亡者は出ない」

「あ、そうなん? んじゃ、いいや! クルロリ、や~~っておしまい!」

「……日向(ひなた)マドカ、どうした? 何か悪い物を拾い食いした?」

 ラムスと同じリアクションで天丼(・・)するなよぅ。

 いい加減『アラホラサッサ!』と返せよぅ。

 それはそうと、このドリル軽バンは意外と善戦。

 クルロリの自負も納得のハイスペックが立証されていた。

 けれども、一向に進展は見えない。

 何せ敵宮殿から兵隊蟻のように涌いて出るから、その敵機数は減る様子が(うかが)えなかったのだ。

「このままでは進展が望み薄。よって、強行策に打って出る」

「ふぇ? 強行策?」

 またもや、そこはかとなくイヤな予感。

 こうした宣言時のクルロリは、大概(たいがい)トンデモ行動を起こしてくれる。

「このまま最速で、敵母艦へと特攻する。敵艦内突入後、その勢いのまま〈ベガ〉を攪乱(かくらん)。アナタ達は別行動で〈ジャイーヴァ〉を探し出して欲しい」

 やっぱりだ!

(みずか)(おとり)となる揚動作戦(ようどうさくせん)というワケか」

 戦士然と、シノブンが受け入れる。

 が、ボクにはそんな心構えは無い!

 当然、狼狽(ろうばい)ながらに抗議した!

「ちょっと待て、クルロリ! そんな危険な急造策を?」

「善は急げ」

 ……イヤな活用するな。

「あそこってば〈ジャイーヴァ〉の拠点だろ! って事は〈ベガ〉もウジャウジャいるんだろ! この少人数で勝算はあるのか?」

「少数精鋭」

 ……だから、イヤな活用するな。

「最悪時は、死なば諸共」

「引き返してぇぇぇーーーーッ!」

 

 

 

「責任者出て来ぉぉぉーーい!」

 全身鋼質化の脚線美で、重厚なオートドアを蹴破(けやぶ)ってやった!

 敵母艦内──中枢ブロックでの暴挙だ!

 死に掛けた腹立ちも、もちろん込み!

 モロコミならぬモチコミ!

「な……何事だ?」

 予想外の乱入者に、部屋の(あるじ)狼狽(うろた)える。

 立体的な黒い吊り目。銀一色(いっしょく)の風貌には体毛が一切無い。

 いわゆる〈グレイ〉と呼ばれるタイプの宇宙人だ。

 ただし、相違点も多い。

 まず体格は中肉中背。つまり、この時点で〈リトル(・・・)グレイ〉ではない。

 本来ならアーモンド型の立体眼は、目元と目尻が鋭角的に(とが)っていた。耳先も(とが)っていて悪魔的印象。そして、襟首(えりくび)が立った漆黒のロングマントを羽織(はお)っている。

 こうした禍々(まがまが)しい要素が相互的に助長しあって〝悪の首領感〟は倍増。

 シノブンからの事前情報と合致する容姿的特徴を(かんが)みて、ボクは確信する──コイツがボスキャラだと!

「オマエが〈ジャイーヴァ〉だな!」

「ききき君達は!」

「毎度ォォォーーッ! 来々軒アルよぉぉぉーーッ!」

「いえ、来々軒じゃありませんから」

 鼻息荒くボケるも、ラムスが冷静にツッコんだ。

「じゃあ、珍々亭でいいよ」

「もっとイヤです。実際、結構ありますけれど……その店名」

 室内には彼一人。

 ドーム状の壁面には、幾多の液晶モニターやらコンピュータコンソールやらが組み込まれている。

 要するに、此処は司令室だ。

 そして同時に、この組織がワンマン体制の一枚岩である事実も立証していた。でなきゃ、司令室が個室仕様って事はないもん。

「君達、どうやって此処へ? 我が〈衛兵ベガ〉は、どうした?」

「無駄ですわ。出会い(がしら)に片っ端から叩きのめしましたもの──マドカ様が。そして、貴方(あなた)も同じ運命を辿る事になりますのよ──マドカ様によって」と、ラムス。

 キミ、敵の矛先をボクへと集中させる気だろ?

 自分は安全圏内に構える気だろ?

 それも、ナチュラルに。

「し……しかし、この指令室の位置をどうやって的確に? それも、突入から短時間で! 全幅六〇メートルはある艦内だぞ?」

「ああ、道案内させたんだ」

「道案内だと?」

「こちらの方ですわ」

 ラムスに(うな)され、ボク達の背後からモスマンベガが進み出る。

「ジャイーヴァ殿、もう()めましょう」

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ? キサマ……」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「エロッ!」

「見るなぁぁぁーーーーッ!」

 涙目で恥じらい、ラムスの背後に(うずくま)るブルマ体操着。

 そんなに恥ずかしいなら、忍装束(しのびしょうぞく)のアンダーウェアにしちゃえばいいんじゃん? ──とは、教えない。面白いから(笑)。

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ? キサマ、裏切ったのか!」

 あ、仕切り直した。

 黒幕なりに展開を気遣(きづか)った。

「これ以上は不毛。かつては協力関係に在ったが(ゆえ)(たもと)(わか)つ最後の忠言(ちゅうげん)です」

 ラムスの肩越しから、毅然(きぜん)たる眼差(まなざ)しを返すシノブン。

 シマらない。

 いくらカッコつけていてもシマらない。

 敵からのアングルでは、凛とした表情しか見えないだろう。

 けれど、横に立つボクからは、モジモジと内股で身を(よじ)(さま)がハッキリと。

「ど……どういう事だ! 変身体質を手に入れなくても良いというのか!」

日向(ひなた)マドカは約束してくれた──私に〝変身能力〟を授けてくれる……と。悲しい事ですが、もはや貴方(あなた)との関係に固執(こしゅう)する必要も無くなった」

 心境の変化を告げつつ、ボクを一瞥(いちべつ)

 だが、悪魔面(あくまヅラ)のグレイは聞き分けなく(あらが)った。

()めろだと? 我が悲願を諦めろと言うのか! ようやく実行へと()ぎだした矢先だぞ! 今回の計画に、どれほどの労力を(つい)やしたかるか? どれだけの情熱を(そそ)いでいたか判るか? 総ては、地球を〈ベガ〉による理想郷へと再構築するためだ! その(ため)にも、私は幾多(いくた)の〈ベガ〉を傘下に集めねばならんのだ!」

「それが貴公(きこう)の目的……。地球を〈ベガ帝国〉へと作り変える事が……」敵の真意を自責にも受け取りながら、シノブンは愁訴(しゅうそ)を続ける。「確かに〈ベガ〉は、人間社会に()いて忌避(きひ)される異端者──そうした日陰者に救済を与えんとする貴公(きこう)の崇高な理念には賛同を覚える。だが、日向(ひなた)マドカは可能性を示してくれたのだ──我々(われわれ)は分かり合えると。どうか平和的解決を模索し、これ以上の独断的蛮行は()めて頂きたい」

「救済? 崇高な理念? 先程から何を言っているのだ? オマエは?」

「……え?」

 豹変した冷ややかさに、シノブンの表情が違和感を()びた。

「私は〝ベガによる帝国(・・・・・・・)〟とは言ったが〝ベガのための帝国(・・・・・・・・)〟とは一言(ひとこと)も言っていないぞ?」

「で……では、何の(ため)だと?」

「教えてやろう! 我が悲願は、全銀河の〈ベガ〉をはべらかす(・・・・・)事だ!」

「「「変態だったぁぁぁーーッ!」」」

 異口同音(いくどうおん)に慄然!

 これまで味わった事もない恐怖だ!

 ってか、変態しかいないのか!

 この小説!



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vs, ……え? Round.7

 

【挿絵表示】

 

「クックックッ……全宇宙の美少女を〈ベガ〉へと変え、その〈ベガ〉をはべらかす──それこそが、我が悲願!」

 捨てちまえ!

 そんな気色悪い悲願!

「その野望を易々(やすやす)と諦めろなどと……何様のつもりだ!」

 常識人だよ。

 少なくとも、オマエに比べたら。

「この艦とて、そうだ! 元来は一人乗り仕様だった飛行円盤を、ここまで拡張改造したのは何故だと思っている! それも(ひと)りでコツコツと! 総ては〈ベガ〉を(かこ)(ため)だ!」

 いや、知らないよ。

 妄想モデラーの魔改造製作後記なんか知りたくもないよ。

「男子禁制女人歓迎! この艦こそは、()が聖域! 宇宙漂う花園なのだ!」

 うら若き乙女には生き地獄だよ。

 セクハラ監獄だよ、それ。

「そ……そのような理由で? そんな低俗な性癖(せいへき)に利用されるとは……!」

 唇を噛むシノブン。

 が、このド変態グレイは、(さら)なる追い打ちを勝ち誇った!

「ギブ&テイクだ! わざわざキサマに花形ベム〈モスマン〉のベムゲノムを与えたのは、我が片腕とする(ため)だったのだからな!」

「な……何ッ? では、私が〈ベガ〉へと新生した元凶も……ッ?」

「私だよ!」

 何を懐かしの〝にしおかす ● こ〟みたいなフレーズ言い出してんだ。この変態グレイ。

「では、自分自身で、私の〈ベガゲノム〉を生み出しておきながら、その改修を(エサ)にしていたというのか!」

「その通りなのだ!」

 ……某〝天才バカの親父〟か、オマエは。

「自作自演ではないか!」

「そうですけど? 自作自演ですけど何か?」

 悪びれる様子もなく、挑発的に首を傾げる。

 グレイがコクン──略して〝グレコクン〟……って、言わないよ!

 クルコクンみたいに可愛くもないし!

「その恩を忘れて裏切るとは……恥を知れ!」

 オマエだよ、変態。

 ってか、価値観相違も(はなは)だしいな。

 だけどコレってば、クルロリみたいに『宇宙人だから地球常識が判らない』ってヤツじゃない。

 コイツが〝自己中な変態〟だからだ。根本的に。

「……胡蝶(こちょう)忍軍次期党首〝胡蝶宮(こちょうみや)シノブ〟ともあろう者が、何という愚かしい道化だ!」

 悄然(しょうぜん)(ひざ)を着くシノブン。

 戦士としてのプライドを知っているだけに、その(さま)が痛々しい。

 ……うん、決めたぞ!

「さて、物は相談だが──君達、()が片腕になる気はないかね? 今回の件に()ける君達の能力を、私は高く評価する。容貌(ルックス)的にも申し分ない。()が側近になるというなら、今回の無礼は水に流そうじゃないか」

「冗談は存在だけにして頂けます?」

「クックックッ……ラムス嬢、いいのかね? ()が勢力が本気を出せば、こんな辺境の惑星などひとたまりもないぞなもしぃぃぃーーッ?」

 問答無用に踏み込み、ボクは渾身(こんしん)(まか)せの鉄拳一発(いっぱつ)

 顔面を殴り抜かれたジャイーヴァは、そのまま後方の機械壁へと吹っ飛んだ!

 そして、ガラガラと崩れ落ちる機材類に呑まれ沈む!

「他の〈ベム〉ならともかく、やっぱ〈グレイ〉はステゴロ(・・・・)に非力だね」

「相変わらず、躊躇(ちゅうちょ)ありませんわね」

 (あき)れた脱力にツッコむラムス。

「だって、コイツってばムカつくんだもん」

「まあ、御気持ちは分からなくもないですけれど。地球を盾に取られて脅されたのでは……」

「ああ、そっちじゃないそっちじゃない」

「はい?」

「これはシノブンの分だよ」

 快活サムズアップを、当人へと向ける。

 シノブンは、(しば)し戸惑いの表情を返し──やがて困惑に瞳を()らした。

 と、その直後!

「クックックッ……それでこそ、日向(ひなた)マドカ嬢だな」

 不意に聞こえるジャイーヴァの(ふく)み笑い。

 当然、瓦礫の山からだ。

「元気があってヨロしーーい!」

 機材の重石(おもし)()退()け、爆噴(ばくふん)復活しやがった。

 校長先生みたいな賛辞を雄叫(おたけ)んで。

「前言撤回。案外タフだったね」

「クックックッ……残念だったな? ()が体質の秘密を解き明かさぬ限り、キミ達に勝機は無いのだよ!」

 今度は〝南斗の聖帝〟みたいな事を言い出した。

「さて、本当は不本意だが……こちらも切り札を出させてもらおうか」

「ふぇ? 切り札?」

(まん)(いち)、このような事態に(おちい)った事を想定して、日向(ひなた)嬢への対策を準備させてもらったのだよ」

 自信満々に誇示して、細長い指をパチンと鳴らす。

 それを合図と感知したか、部屋の奥から硬い足音が木霊(こだま)して来た。

「ふぅん? ボクに(あて)がう用心棒……ってトコ?」

如何(いか)にも」

 余裕ぶって構えながらも、ボクの内心はドキドキバクバク。

 また面倒なのが増えそうだ。

 こういう〝対 ● ● 用として生まれた悪の戦士(ライバル)〟って、粘着気質なヤツが多いモン。

 ()の〝ハカ ● ダー〟といい〝バイオハンター・シ ● バ〟といい〝シャドー ● ーン〟といい。

 ってか、もしくは〈ブラックマドカ〉とかじゃないだろうな?

 ボクを黒塗りしたようなヤツ。

 玩具メーカーが『限定モデル』とかそれらしい希少価値感を銘打って、ただの色替え商法で楽に稼ぐヤツ。

 そんな黙想に脱線していると、やがて暗がりから刺客の容貌が浮かび上がってきた。

 その姿を視認して、ボクは驚愕に固まる!

「……え? ジュン!」

 

 

 

「ジュ……ジュン? どうしたってのさ!」

 攻撃を(さば)きながら、ボクは必死に呼び掛ける!

 手刀! 回し蹴り! 裏拳!

 流れるかのような矢継(やつ)(ばや)に繰り出される攻撃!

 拮抗した攻防は、はたして両者〝PHW着用〟のせいだろうか?

 一撃一撃のキレが鋭い!

 普段は文芸派のクセに!

 おまけに各攻撃がレーザーコーティングを帯びている!

「危なッ! 危ないって!」

 こんな仕様〈PHW〉には無かったはずだぞ!

 少なくとも、ボクが聞いている範囲では!

 そんなもんだから、完全鋼質化を発現していても油断はできない!

 仮に〈エムセル〉が硬度勝ちしても、打ち付けたジュンの四肢が砕骨してしまう怖れもある。

 従って、回避の一点張りだ!

「クックックッ……さすがの日向(ひなた)嬢も、相手が星河嬢では手が出せんか?」

 姦計(かんけい)の立役者が、腹立たしく含み笑う。

「この卑怯者! ボクのジュンに、いったい何したのさ!」

「君達も、よく知ってるはずだが? 我々(われわれ)宇宙人(エイリアン)〉と呼ばれる種が、拉致した地球人を記憶操作する事象を……」

「スルメ!」

「うん?」

「いや、違った……アブったのか!」

「アブ?」

 通じない。

 そりゃそうか。

「つまり、星河様をアブダクションによって洗脳した……と?」

 平然と傍観に徹しているラムスが、解り易い要約で会話を進展させる。

「ハーッハッハッ! その通りだ、ラムス嬢! 彼女を(さら)ったのは、まさにこのため(・・・・)! 如何(いか)日向(ひなた)嬢が予測不能の無鉄砲とはいえ、相手が星河嬢では手も足も出せまい! これ(ほど)うってつけの狩人(ハンター)はいないからな!」

 ああ、何だ。

 コイツってば〈コンダクター能力〉の事は知らないんだ?

 うん、じゃあ黙っていよう。

 メンドだし。

「このレーザーコーディングもオマエの仕業か! うわっと?」

 青光りの手刀を()ける!

「いいや? それは星河嬢のパモカアプリだ」

「こんなモン、パモカに無いよ! うひゃう?」

 今度はハイキックを()けた!

 ()()り体勢の(あご)(さき)を、電光の(ごと)き軌跡が()ぎ過ぎる!

「どうやら自作アプリのようだね。いつかは君の隣に並び立って戦うつもりだったのかもしれないが……クックックッ……皮肉なもの──」

「ブフゥゥゥーーーーッ♡ 」

「──日向(ひなた)嬢ォォォーーーーッ?」

 鼻血噴いた!

 あまりの健気さに悩殺された!

 やっぱ大好きだ! ジュン!

「なるほど……確かに合理的なやり方ですわね。品性的には下劣極まりありませんが。けれども、少々〝我が家のバカ大将(・・・・)〟を(あなど)っていますわね?」

「何?」

 不敵なまでのラムスの平然さに、ジャイーヴァが怪訝(けげん)の色を返す。

 ってか、オイ? 毒舌メイド?

 キミ、いま何つった?

「確かに星河様相手では不利である事は必至──ですが、足は出さなくとも手は出しますわよ? あの(かた)は……」

 しれっと余裕をカマす。

「クックックッ……何をバカな。私は、過去の戦闘データから日向(ひなた)嬢の弱点を割り出したのだ。彼女は絶対に星河嬢を攻撃出来ない!」

「ええ、でしょうね」

「それとも、何かね? 私の動揺を誘う心理戦のつもりかね?」

「いいえ? ですが、あの(かた)必ず手を出します(・・・・・・・・)わ。それが確実(・・)と解っていますから、(わたくし)、加勢致しませんの」

 いや、しれっと「致しませんの」じゃないよ。

 加勢しろよ。そこは。

 ボクは回避の一呼吸(ひとこきゅう)に、ジャイーヴァへと叫び()う!

「じゃあ、現状(いま)のジュンは!」

「クックックッ……察しの通りだよ、日向(ひなた)嬢。完全に、私の〝操り人形(マリオネット)〟だ。もはや君の事(・・・)すら認識していないだろう」

「ありがとぉぉぉーーう ♡ 」

 背後から回り込んで、思いっきり両手()みした!

 憧れの()を!

「ぎゃん!」

 迅速のフランケンシュタイナーで吹っ飛ばされたよ……。

 ってか、いまの対応早くないかッ?

「……何を考えているのだね? 君は?」

 (あき)れたかのような困惑を持て余すジャイーヴァ。

 ボクはガバッと復活して熱弁!

「だって、それなら記憶に残らないじゃん! ()み放題じゃん!」

「……いや、それは違うんじゃないかな? うん、違うなぁ?」

 何だよぅ? ド変態グレイ?

 オマエの性癖(せいへき)だって、コッチ側(・・・・)だろ!

「ですから、言った通りでございましょう? 必ず手は出す(・・・・)……と」

 (みずか)らの的中を優越するラムス。

 行動パターンを熟知されていた家族(ボク)にしてみれば、何だか誇らしくもあり腹立たしくもあり……。



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vs, ……え? Round.8

 

【挿絵表示】

 

「翔べ! 日向(ひなた)マドカ!」

「ふぇ?」

 シノブンの警告で、意識が戦況へと返る。

 ヘリウムバーニアを噴射したジュンが、床スレスレを(すべ)るかのように突撃を仕掛けて来た!

「危なッ!」

 間一髪の急上昇が間に合う!

 さっきまで居た場所に、レーザー手刀の青い弧が刻まれた!

「クックックッ……いいぞ。もっと戦い合え! 互いに持てる死力を尽くせ!」

 皮肉な対決を(あざ)(わら)うジャイーヴァ!

「こ……このヤロウ!」

 ボクは呪詛に唇を噛んだ!

「セーラー服美少女が宙を舞い、アツき異能バトルを展開する……クックックッ……萌える! 最ッッッ高に萌える!」

「こぉぉぉんのヤロォォォーーッ?」

 呪詛が別な意味合いになったよ……。

 サブイボ混じりに……。

 獲物を仕止め損なったジュンが、自我損失の瞳で滞空するボクを見定めた!

 軽く(ひざ)を折った屈伸体制で、ブリッツスカートの(すそ)(ほの)かな青を(とも)す!

「また来る!」

 そう身構えた瞬間、不意を突いた奇襲が彼女の行動を阻害した!

 空を裂くかのように鋭く投げ放たれた苦無(くない)

 戦闘マシンと化したジュンは油断無く察知し、レーザー手刀で(はじ)くと同時に跳躍で襲撃者との距離を取る。

 シノブンだ!

 彼女は両手持ちの苦無(くない)を眼前に構え、牽制(けんせい)にジュンを(にら)()える!

日向(ひなた)マドカ、加勢する!」

「シノブン? ダメだよ!」

「……貴様には借りがあるからな」

 乾いた微笑(びしょう)口元(くちもと)(たずさ)えた。

 (あたか)も〈戦士〉としての非情を覚悟したかのように。

 ……え? あれ?

 ()る気じゃないだろうな?

胡蝶(こちょう)奥義(おうぎ)幻影(げんえい)乱舞(らんぶ)

 凄みすら感受させる低い抑揚!

 そして、シノブンの体がプリズム的な光彩を帯びて分身する!

 一人(ひとり)二人(ふたり)──二人(ふたり)四人(よにん)────最終的に八人(はちにん)のシノブンが出現した!

 ようやく〝忍者〟の肩書(かたがき)面目躍如(めんもくやくじょ)

「参る!」

 息つく暇も与えずに、次々と一撃離脱を繰り出すシノブン軍団!

 文字通り、四方八方( しほうはっぽう)から!

 故意か偶然か〈モスマン〉の飛行能力とは相性がいい戦法ではある。

 しかし、現状(いま)のジュンも、対等の戦闘技能で対応できた!

 ヘリウムバーニアの小出し噴射で軌道から(はず)れ、回避しきれない攻撃はレーザー手刀(しゅとう)(はじ)()らす!

 宇宙忍者vs戦闘マシンの戦いは、まさに別次元!

 迂闊(うかつ)に常人が介入できない(ほど)の高速展開だ!

 うん、じゃなくて──!

「はい、そこまで!」

「うひゃああーーーーッ?」

 背後からGを鷲掴(わしづか)みにした。

 うん、シノブンの。

「苦も無く本体(・・)見破(みやぶ)るなーーッ!」

「こっぽおッ?」

 腰の入った掌底(しょうてい)でブッ飛ばされたよ。

 ってか怒気(どき)る理由、そっち(・・・)

「うう、痛ててて!」

「どどどどういうつもりだッ! 日向(ひなた)マドカッ?」

「シノブン、手出し無用」

「何?」

「ジュンの相手は、ボク(・・)がするよ」

「し……しかし?」

「いいから! 借りを返すっていうなら御願い!」

 必死な懇願(こんがん)に拒否する!

 と、その時──「(よろ)しいじゃありませんか? 本人がやりたいようにやらせて差し上げれば」──穏やかな口調でラムスが引き取ってくれた。

「ラムス? 解っているのか? 日向(ひなた)マドカは、防戦一方(いっぽう)なのだぞ! それでは、やられるのも時間の問題──」

「やられませんわよ?」

「え?」

「あの(かた)が、やられるわけがあるはずないじゃありませんか……絶対に」

 毅然とした瞳で、ボクを見据える。

「……ラムス」

 交わす視線に確かめ合う信頼。

 家族として……友達として、(はぐく)んできた(きずな)

 感傷的な(ぬく)もりが込み上げて来る──とか思った直後!

「例えブラックホールのド真ん中へ叩き落とそうとも、光速ロケットエンジンに(くく)り付けて外宇宙銀河へ投棄しようとも、あの(かた)は死にませんわよ。(ことわざ)に『馬鹿は死ななきゃ治らない』とございますが、マドカ様は『死んでも絶対に治らない馬鹿』──逆説的に解釈するならば〝絶対死なないおバカ者〟という事ですもの」

「どういう強引な解釈だァァァーーーーッ!」

 ボクは絶叫で猛抗議!

 まさかの猛毒吐きやがった!

 この局面で!

 だけど、まぁ……正直、助かったのは事実だ。

 そりゃシノブンが加勢してくれりゃ、戦力的には頼もしいよ?

 だけど……そうしたらジュンかシノブン、どっちかが傷付くじゃん?

 そんなん、ボクはイヤだもん。

 ダメージから復活したジュンが、無感情に起き上がる。

 段々〈殺人アンドロイド〉にも見えてきたな……。

 そして、再び繰り広げられる近接戦!

 ボクにとっては命懸けの組手だ!

「ねえ! ジュン! ホントに忘れちゃったの? ボクの事!」

 寂しくなる心情をグッと(こら)え、いまだけは強さ(・・)に転化する!

 泣いている場合じゃない!

 そんなん後だ!

 やるだけやってからだ!

 ナメんなよ! ジャイーヴァ!

 いまどきの女子は、泣いて終わるほどヤワ(・・)じゃないからな!

「思い出せよ! いろいろ楽しかったじゃん! 学校とか! マドナとか!」

 一瞬──ほんの一瞬だけ、ピクリと反応した。

 (わず)かな時間差(ラグ)を置いて連撃再開したけれども。

 (たた)み込むなら、いまだ!

 直感が、そう告げる!

「初めて出会った時、()んだろ! それからは毎日のように()んだ仲じゃん! 登校した時に()んだ! 昼休みに()んだ! 帰り道でも()んだし、休日一緒に街ブラした時だって()ん──うわっと!」

 攻撃の鋭さが増した!

 何故だろう?

 何故かしら?

「まったく、いい加減……思い出せーーッ!」

 痺れを切らせて、思いっきり()んだ!

 ってか、(むし)ろ握った!

「痛たたたたたーーーーッ?」

 さすがのジュンも、(たま)らず悲鳴を上げ──って、あれ?

「痛いわーーッ! このおバカ者ーーーーッ!」

「おぶんッ!」

 久々にパモカハリセンが、ボクの顔面へとフルスイング!

 場外ホームランとばかりに、ジャイーヴァの足下まで吹っ飛び転がる!

「かた……かた……形が崩れたら、どうしてくれるのよ! このおバカ!」

 身を(よじ)った寄せ乳で、大事を(かば)っていた。

 その紅潮が〝恥じらい〟か〝怒気(どき)〟かは知らんけど。

「バ……バカな!」

 驚愕隠せぬジャイーヴァ!

 わなわなと震えて現実を拒否する!

「こ……こんな事で……こんなバカな展開で、()が洗脳が解けるだとーーッ?」

「当たり前だろ」と、ボクは起き上がり、この愚か者へと敗因を告げた。「まさか洗脳刺客って事で『戦え! イ ● サー1』みたいな感涙的展開でも期待したか?」

「ひ……日向(ひなた)嬢ッ?」

「なるワケないだろーーッ! この作品は無責任小説『vs, SJK』だぞーーーーッッッ!」

「そんなアホな理由でーーーーッ?」

 驚愕(しき)りの悪魔面(あくまヅラ)へと、怒り心頭の鉄拳を叩き込む!

 叩き込む! 叩き込むッ! 叩き込むッッ!

 叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む叩き込むッ!

「ムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネムネェェェーーーーッ!」

「にッ! らッ! さッ! わッ! さッ! んッ?」

 血飛沫(ちしぶき)を噴いて、吹っ飛び沈む下衆(ゲス)宇宙人(グレイ)

 ボクは二指(にし)敬礼(けいれい)を払って、感慨(かんがい)無き哀悼(あいとう)手向(たむ)ける。

「ムネヲークレ(さよならだ)」

「……何処の国の言葉ですか」

 ラムスが(あき)れてツッコんだ。

「うっさいなぁ? ウーソン王国だよぅ?」

「ずいぶんと懐かしい伏線ですわね……ソノム・ネクレー様?」

 冷ややかさが二割増し。

 うん、その(せつ)はゴメン。



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vs, ボクらのファイナルバトル
vs, ボクらのファイナルバトル Round.1


 

【挿絵表示】

 

 災厄の種は縛り上げた。ラムスが。

 例の如く下半身を極太ロープに変化させ、グルグル巻きにしてある。

「ラムス、まるでギリシア神話の〝ラミア〟だね」

(ひと)を怪物扱いしないで頂けます?」

 いや〈ベガ〉って〝宇宙怪物少女〟の事じゃん──とか思いつつも、彼女を尊重して別な比喩を模索した。

「う~ん……じゃあ〝妖怪磯女〟で!」

「もっと失礼になりましたけどッ?」

 全員揃って、床へと転がる変態グレイを冷蔑(れいべつ)見下(みくだ)す。

「さて、どうするかね? コイツ?」

「とりあえず情報を聞き出すのが優先ね」

「そうですわね。推測依存では辿り着けない不明要素も多々ありますし」

「ハァ……ハァ……」

 急にジャイーヴァの呼吸が荒くなった。

 おかしいな?

 そこまでキツく縛り上げてないとは思うけど?

「メ……メイドと密着……」

「ひぃ!」

 生理的嫌悪も(あらわ)に、ラムスが自発的に()けた!

 拘束から解放された途端(とたん)、ジャイーヴァは大きく後方跳躍!

 ボク達との距離を置いて高笑う!

「フハハハッ! (あなど)ってもらっては困る! 先程も言っただろう! ()が体質によって、君達は私に勝てないのだ! 決して!」

「随分な自信だね? 隠し弾があるっての?」

「いいや、美少女にイヂめられると萌えるからだ!」

「「「「ひぃ!」」」」

 一瞬にして場の空気が凍り付く!

「萌えれば萌えるほど、我がテンションはアガる!」

「「「「ひぃぃぃ~~ッ!」」」」

 もはや『凍り付く』を通り越して楳図(うめず)る!

 ボク達は見くびっていた!

 コイツの真のヤバさ(・・・)を!

 とんでもない変態だ! コイツ!

「さて、今度は私の番だね。どう可愛がってやろうか? クックックハラァァァーーッ?」

 あ、無様に跳ねられた。

 床を突き破って乗り込んできたドリル軽バンに。

「ナイス、クルロリ!」

 ボクは思わずサムズアップ。

 運転席が開くと、キュートな操縦者が降り立った。

日向(ひなた)マドカ、(おおむ)ね片が付いたので援軍に来た」

 簡潔に報告したクルロリは、ヒクヒクと床に沈んだジャイーヴァへと臆せず近付く。

「気をつけて! ソイツ、とんでもない変態よ!」

 貞操を危惧したジュンが声を掛けた。

「問題ない」

「気色悪かったら無理するなよ!」と、今度はボクからの忠告。

「問題ない。私はアナタ達のような性的忌避感を萌芽(ほうが)していない。従って対象が如何(いか)なる性癖(せいへき)であっても、私には意味を()さない」

「性的忌避感を(いだ)いていないだと!」言葉の端を拾い、ガバッと復活する変態宇宙人。「それは理想的な──えぶらッ!」

 またも吐血を描いて宙を舞った。

 クルロリが無感情なコークスクリューアッパーを炸裂させたから。

「性的忌避感を萌芽(ほうが)していないとは言ったけれど、許容する(・・・・)とは言っていない」

 顔色ひとつ変えず淡々と告げる。

 地面へと降下する最中(さなか)、突進してきた軽バンが人身事故の追い打ち。

 そのまま機械壁へ「あべしッ!」と激突。

 どうやら〈ジャイアントわたし〉同様の遠隔操作のようだ──ってか、怖ッ!

 この子、敵に回すと怖ッ!

「異性密着が活力源となるなら、密着させずに(たた)み込めばいい」

 いや、そうかもだけど……躊躇(ちゅうちょ)無いな、この()

 満身創痍でボロボロながらも、ジャイーヴァはしぶとく身を起こした。

「グゥ……よもや乗物(ビークル)で間接攻撃とは……機械相手では萌えんではないか!」

 悔しさを呪詛に乗せ、(なげ)きながらに床ヘッドバット。

「意外と有効だったわね。心身共に」

「うむ、宣言通り欲望に忠実なヤツだったな」

「そこはブレないんですのね」

「とことんド変態グレイだな……コイツ」

 ()めて傍観しながら、ボク達は口々(くちぐち)に呆れていた。

 

 

 

 そして、変態は再び縛り上げられた。

 ラムスが(がん)拒否(きょひ)るので、今度は車内搭載された極太ワイヤーロープで。

 ひとまず戦闘は終息したので、ボクも全身鋼質化を解除。

「ジャイーヴァ、アナタには()きたい事がある」

 淡々とした口調で、クルロリが尋問を開始する。

「……いいだろう。特別に教えてやる」敵意に()めつけながらも、(みずか)(くち)を開くジャイーヴァ。「()しメンは〝夏菜子〟だが、付き合うなら〝しおりん〟だ」

()いてないよ! 変態グレイ!」

 ツッコむボクに反して、クルロリは動ぜずスルー。

「まず『どうやって〈ベガ〉を増産した』か」

「クックックッ……簡単な事だ。私自身が〈ベム〉の生息惑星へと(おもむ)き、アブダクションによって捕獲。その後〈ヒトゲノム〉移植の生体手術を(ほどこ)したのだ」

「なるほど。どうりで、(わたくし)に転生時の記憶が無いはずですわ」と、ラムス

「だね。納得」と、同調するボク。「ってか、各個体づつ改造って……どんだけ手間だよ? 昭和特撮の〝悪の秘密結社〟じゃあるまいし」

「夢を実現するためなら、努力も労力も惜しまん!」

「しれっと〝夢〟とかに(くく)るな! それも高校球児然と! オマエのそれ(・・)は〝煩悩(ぼんのう)〟だ!」

「夢と煩悩(ぼんのう)表裏一体(ひょうりいったい)! 紙一重(かみひとえ)!」

 ダメだ、この変態グレイ。

 妙な(さと)りの(いき)へと(たっ)している。

「ですが、そもそも何故〈ベガ〉でしたの? 単にハーレムを築きたいのならば、特に生体改造を(ほどこ)す必要は無かったのでは?」

「逆に問おう、ラムス嬢。君は〝異能力美少女〟という存在について、どう思うかね?」

「はい?」

「可憐ながらも凛々しい姿……そして、男性にはグッとくる〝バトル〟というコンセプト! 最ッッッ高に萌えシチュではないか!」

「マニア向け深夜アニメの観過ぎだぁぁぁーーッ! オマエはぁぁぁーーッ!」

 顔面を踏みつけてやったよ!

「くふぅぅぅうう!」

足蹴(あしげ)にされて『くふぅぅぅうう!』じゃないだろ! ド変態!」

 長嘆息(ちょうたんそく)を零したジュンが、げんなりと追及を続ける。

「じゃあ、どうして地球へ? それもラムスのような地球外生命体を、わざわざ連れて来てまで……」

「理由はふたつ──まず『私が(もち)いる〈ヒトゲノム〉は、そもそも〝地球人(・・・)の物(・・)である』という事がひとつ」

「地球人の? 何故よ?」

「君達〝地球人〟の〈ヒトゲノム〉は、他惑星の同型種族のそれ(・・)よりも凡庸(ぼんよう)適応性(てきおうせい)(すぐ)れているからだ。これは試験済みだが……他惑星の人型種族の場合〈ベムゲノム〉の優性に負けてしまい、完全に呑まれてしまう。ところが、君達〝地球人〟の〈ヒトゲノム〉は(かろう)うじて──それも、私が望んでいたフォルム性質のみが──残り、ゲノム融合によって〈ベガゲノム〉へと新生した。理想的な異形美少女になるのだよ」

「なるほど、合点がいった」と、クルロリ。「個体的能力が脆弱な分、アナタ達〝地球人〟は潜在生命力に特化している種族なのかもしれない。一部の異星人が〝異種交配目的〟でアブダクションするのも、そこに起因していると思われる」

 この異説には、ボクも納得できた。

 確かに地球人は〝科学準拠のガジェット〟が無ければ無力だ。自身で空が飛べるワケでもないし、鉄砲が無ければ野生化した家畜すら駆除できないもん。

 その反面、繁殖力はハンパない。

 人口増加率は深刻化の一途だし。

「つまり、前以(まえもっ)て捕獲した〈ベム〉を地球の衛星軌道上で改造したって事?」

如何(いか)にも、星河嬢。そして、もうひとつは『地球そのものを〈ベガ(・・)の惑星(・・・)へと改造する(ため)』だ。君達は自覚が無いようだが、地球は雑多な〈異形怪物〉の宝庫なのだよ。宇宙より来訪する〈ベム〉を始め〈UMA〉と称している未確認生命体も含めてな」

「素体とする〈異形怪物〉に、適合素材の〝地球人〟──材料には事欠かさないというわけですわね」

「まさか、地球を〈ベガ生産工場(プラント)〉にする気だったの?」

「その言い方は色気が無いな、星河嬢。こう言ってもらおう……ようこそ〈ベガリパーク〉へ!」

 ──げしッ!

 また顔面を踏みつける!

「バケモノはいても()(もの)はいないってか! いるよ! オマエだ! このド変態グレイ!」

「くふぅぅぅうう ♪ 」

 ……ヲイ、それ()めろ。

 さりげなく語尾を「くふぅぅぅうう!」から「くふぅぅぅうう ♪ 」に推移するな。サブイボ立つから。



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.2

 

【挿絵表示】

 

「では、何故〝日向(ひなた)マドカ〟へと固執していた?」

 クルロリが(さら)に問い詰める。

「それは、彼女が〝特別(・・)〟だからだ。私が生体改造を(ほどこ)したわけではない、見知らぬ(・・・・)ベガ(・・)〉だからだよ。おまけに、絶滅種族〈アートル〉だ! そんな稀少な〈ベムゲノム〉は、私とて入手できん!」

「その情報は承知している。日向(ひなた)マドカを生体改造したのは、(ほか)ならぬ()だから。我々が知りたいのは、その先」

「コレクターなら押さえておきたいだろう! 限定品(レアモデル)は!」

「誰が〝イルクジG ● ョック〟かぁぁぁーーッ!」

 間髪入れずに顔面への鉄拳をブチ込んだ!

 うん、右腕のみ部分鋼質化を発現したので、文字通り鉄拳(・・)だ!

 今度ばかりは(もだ)える間もなく、変態グレイは「きゅう」とオチる。

「このまま宇宙空間へ放り出してやろうか! コイツ!」

 ジュンに背後から羽交(はが)()めにされながら、ジタバタジタバタと憤慨(ふんがい)に荒れ狂い続けた!

「ちょ……マドカ! 落ち着きなさい! 一応、貴重な情報源なんだから!」

「情報を所持していなかったら、ただの〝ド変態ゲスグレイ〟だよ!」

「情報を持っていても、その通りですけれどね」と、他人(ひと)(ごと)で構えるラムス。

 と、(おもむろ)にクルロリが、ボクの正面へとやって来た。

 そして、ボクの顔と自分の(てのひら)を交互に眺める。

「な……何さ?」──ふにん──「ひゃあああぅ!」

 いきなり()まれた!

 ()むほど無い胸を!

「落ち着いた?」

 コクンと小首を(かし)げるクルロリ。

「落ち着くかッ!」

「おかしい? 過去の経験データに(もと)づくならば、この方法で興奮が(しず)まるという話だった」

「何処のどいつだ! んなガセネタ吹聴(ふいちょう)したのは!」

 無垢な瞳が、不可思議そうにボクを(ゆび)さす。

 ……あ、そっか。ボクか。

「事実、星河ジュンが興奮状態へと(おちい)った(さい)日向(ひなた)マドカはこうしていた。でも、効果が無い……おかしい?」

 ワキワキする手をジッと観察し、熟考に(ふけ)っていた。

 この()、やっぱ朴念仁(ぼくねんじん)

「どう? 自分がされた気分は? 少しは反省した?」

 勝ち誇ったかのような口調(くちょう)で、ジュンが(たしな)める。

「うん、こんな感じだった」

 ──ふにょん!

「ひゃあぁぁん!」

 よし! いい反応!

 やっぱ()むなら、ボクのAよりもジュンのFだよね。

「舌の根も乾かない内から、どういう了見だーーッ!」

「おぶぅ!」

 ビンタ炸裂!

「流す! 天の川に流す!」

「星河様、落ち着いて下さい! 一応、貴重な戦力(せんりょく)ですから!」

戦力(せんりょく)を所持していなかったら、ただの〝セクハラオヤジJK〟よ!」

 ラムスから羽交(はが)()めにされ、今度はジュンがジタバタジタバタ。

 朦朧(もうろう)とする意識の中でボクは至福(しふく)反芻(はんすう)

「うう……有り難やぁ、育乳大明神様ぁ」

「まだ言うか!」

 収集つかない(かしま)しさで(いろど)られた直後、機体がズンッと振動!

 一瞬(いっしゅん)感じる浮遊感──それは一息(ひといき)遅れで顕現(けんげん)した!

 ボク達の身体(からだ)が、床から浮いた!

 いや、ボク達だけではない!

 その場に在る固定されていない全ての物体が、宙に浮いていた!

 つまり、無重力の体現だ!

 反して、周囲の環境は轟音を上げて振動している!

 この異常事態に、ボク達は状況を察した。

 機体が……降下している!

「ななな何さ? コレ?」

「おそらく反重力制御システムが機能停止した。このままでは月の重力に引かれて落ちる」

 プカプカと(ただよ)いながら示唆(しさ)するクルロリ。

 うん、カワイイ。

 ってか、アレ?

 いま、トンデモ発言しなかった?

 逆襲のシャ ● 大佐みたいな事言わなかった?

「まさか……我々(われわれ)が強攻的に突入した事が原因で、システムが破損したのでは?」

 シノブンの指摘に、プカプカクルロリが見解を述べる。

(ある)いは考えられる可能性が、もうひとつ。タイミング的に、ジャイーヴァの意識が途絶えたと同時に機能停止に(おちい)った。そこから推測するに、この母艦のコントロールシステムは、彼の思念とダイレクトリンクしていたのかもしれない」

「あなたのせいかーーッ!」

「おぶぅーーッ!」

 渾身(こんしん)の逆恨みビンタが炸裂!

「確かに〝彼個人の支配王国(ハーレム)〟ならば、理に叶った防衛策(プロテクト)ですけれどね」と、他人事(ひとごと)のラムス。

「クッ……」歯噛みを零しつつ、シノブンは手近なコントロールパネルへと取り付く。「マズイな……制御不能だ! このままでは月面へと墜落するぞ!」

「早くジャイーヴァを目覚めさせないと!」

 ジュンの的確な指摘に、ボクは取るべき行動を起こす。

「そそそうだね! オイ、起きろ! 変態グレイ!」

 黒マントの胸鞍(むなぐら)(つか)んで激しく揺らした!

「う……う~ん……」

「オイッてば!」

長濱(ながはま) ● るねるねってるか~い……」

 幸せそう寝言で何を口走(くちばし)ってんだ? コイツ?

「起~き~ろぉぉぉ~~ッ!」

 (さら)に激しく揺らした。

「う~ん……あ……」おお、いよいよ目覚める(きざ)し──と、思いきや。「ハムうどん、一丁! へい、お待ち! 萌えーーッ!」

「何だーーッ! オマエはーーッ!」

 大外(おおそと)()りで投げ捨ててやった!

「きゅうぅぅ……」

 あ、しまった。

「ジャイーヴァの脳波がアルファ波からデルタ波へと推移。(さら)に深い意識消失へ(おちい)ったと思われる」

 クルロリの分析を受けるや(いな)や、今度はジュンがボクの胸鞍(むなぐら)をガクガクガクガク!

「何やってるのーーッ! あなたはーーッ!」

「だってだってだってコイツがぁ~~!」

 ツッコミどころ満載なんだもん──とは言えなかった。

 さすがに今回の鬼気迫る叱責(しっせき)は、そんな事を(うった)えられる雰囲気じゃない。

「どうすんの! このままじゃ、わたし達全員お陀仏(だぶつ)よ! この艦に搭乗している〈ベガ〉諸共(もろとも)!」

「星河ジュン、それは正しくない。日向(ひなた)マドカは〈全身鋼質化〉すれば、ある程度の衝撃でも生存が可能。彼女だけは生き残る可能性が高い」

「この薄情者ぉぉぉーーッ!」

「クマムシッ?」

 ハリセンビンタが横っ面へと炸裂!

 理不尽だ!

「クッ、やはりダメだ! どうしてもプロテクト突破できない! ジャイーヴァ殿の意識回復が必要だ!」

 操縦制御に悪戦苦闘するシノブンが、焦燥と悲観を(くち)にする。

『任せて! マドカちゃん!』

 パモカから聞こえる救いの声!

 モエルだ!

 キャノピーガラス越しに宇宙空間を見ると、この母艦に取り付く〈ジャイアントわたし〉の勇姿が!

『フルパワーで押し戻す!』

 パモカディスプレイに映し出されたコックピットで、凛とした表情のGカップが決意表明!

「できんのかッ? んな事ッ?」

『……分からないけど、やってみる!』

「ア ● シズの落下は始まっているのだぞ!」

『はぇ? ア ● シズ?』

「もう! 観てないの? 『逆襲の ● ャア』ぐらい!」

『う……うん』

「観とけよぅ? 『ガ ● ダム』シリーズの名作だぞ? あ、今度みんなで『ロボアニ鑑賞会』でもやる? オールナイトで?」

「どうでもいいわーーッ! この局面でーーッ!」

「アストナァァァーージッ!」

 ジュンからの後頭部ハリセン!

 しかも、質量設定高出力!

 勢いよく慣性に吹っ飛ぶボク!

 そして、無重力空間を溺死(できし)(ぜん)と浮遊した……チーン♪

 到底、絶体絶命な局面とは思えない(にぎ)やかさに、モエルは軽く「クス ♪ 」と微笑(びしょう)を含む。

『やっぱり大好き ♡  マドカちゃん ♡ 』

 どんなタイミングで(こく)ってんだ。

 このストーカー娘。

『……ねえ、マドカちゃん?』

「痛ててて……ふぇ? 何さ?」

『その女子会──』

「うん?」

『──行けたら行くね?』

 明るく向けた微笑(ほほえ)みが、通信シャットアウトでディスプレイから消えた。

 ってか、絶対来い!

 片っ端からヲタ趣味に洗脳してやるから!



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.3

 

【挿絵表示】

 

『グ……ウゥゥ……お……重いよぅ……!』

 漆黒の巨大宮殿を押し戻そうと試みるモエル!

 底面中央の巨大球体〈光速推進力発生メインコンバータ〉へと取り付き、スカートバーニアを最大出力!

 だけど、如何(いかん)せん体積が違い過ぎる。

 単純に見ても〈ジャイアントわたし〉の(およ)そ八倍弱だ。

 この比率は、素人目にも絶望的!

『グゥゥ……ガンバレわたし! ジャイアントわたし!』

 自分への鼓舞(こぶ)(よりどころ)として、モエルは(さら)に気力を振り絞る!

 少しだけ──それは微々たる域だけど、確実な体感として──落下速度が弱まった。

 けれど落下防止には、まだ遠い。

「やっぱり無理よ! モエル一人(ひとり)じゃ!」

 刻一刻(こくいっこく)と迫るタイムリミットに、()えきれない焦燥を吐くジュン。

「ですわね」と、相変わらずラムスは沈着冷静に同感。「せめて彼女が数機いれば、話は別ですけれど」

「それだ!」

 ボクは起死回生を閃いた!

「シノブン! コントロール不能なのは、この艦の制御系統だけ?」

「どういう意味だ?」

「だから、通信系統とか格納庫(ドッグ)系統とかは?」

「う……うむ、それは生きているが?」

「上等 ♪ 」

 作戦遂行可能を知ったボクは「にひひ ♪ 」と笑った。

 

 

 

『ガンバレわたし! 負けるなわたし!』

 孤軍奮闘で押し返し続けるモエル。

 けれど、さすがにセルフ鼓舞(こぶ)だけでは、現実は(くつがえ)らない。

『ふぐぅ……もう……ガンバれないかも……しれない……マドカちゃん……ゴメンね』

「お待っとさんでしたァァァーーッ!」

 矢のようなスピードで飛来する〝初代宣伝部長〟の勇姿……じゃなくて、赤い〈フラットウッズ・モンスター〉の勇姿!

 そのまま〈ジャイアントわたし〉の隣で、共に巨大宮殿へと取り付く!

 約半分弱の体躯で一緒に支える姿は、(さなが)ら〝親子フラモン〟にも映るだろう。

『え? その声……マドカちゃん?』

「うん、ボク(・・)だよ? 私が来た!」

 某〝平和の象徴〟の如く、根拠なき自負を誇示!

 ちなみに万一(まんいち)に備え、全身鋼質化は発現済み。言うまでもなく〈PHW〉も着用。

 ビバ! 宇宙服()らず!

『どうして? ダメだよ! マドカちゃんも死んじゃうよ!』

「おい、コラ! 『死ぬ』って何だ!」

『え?』

「んじゃ、キミは死ぬ前提(・・・・)でやってたのか! 最初から、そのつもりで名乗り出たのか! このバカチンが!」

『だ……だって、そうしないとマドカちゃん達が死んじゃうもん! わたし、マドカちゃんには生還して欲しかったの! 大好きなマドカちゃんには!』

 秘めたる想いを独白(どくはく)した事で、彼女の本音が(せき)を切った。

『マドカちゃんがいたから、いまのわたし(・・・・・・)がいるんだもん! 侵略兵器〈A3-2006〉じゃなくて〝モエル〟としてのわたし(・・・)萌芽(ほうが)したんだもん!」

 ……オイ、人聞きの悪い事を言うな。

 それじゃ、ボクが〝ストーカープログラムの元凶〟みたいじゃないかよぅ?

「それにマドカちゃん達は〝人間(・・)〟みたいに接してくれた! 処罰され掛かった時だって、(かば)ってくれた!』

 うん? 庇った(・・・)

 (かば)ったけ? ボク?

 (しば)し記憶を手繰(たぐ)り……ああ、アレ(・・)か?

 シノブンとの再戦時か?

 いや、アレはキミじゃなくても(かば)っていたよ。

 仮に〝野良イノシシ〟でも(かば)っていた。

 何故なら、そういう性格だから。

 後先考えず貧乏クジ引く性分だから。

 でも……それがボク(・・)だ。

 そんなヤンチャな自分が可愛い ♪  てへ ♪

(わず)かな時間だったけど、みんなでジャレ合えた! バカバカしい事も楽しかった! 侵略兵器のままだったら、きっと体験できなかった! 感謝しても、しきれないよ!』

 ……スイマソン。

 その〝バカバカしい事〟っての、ボクにとっては日常茶飯事です。

 ってか、もはや日常そのものです。

『お願いだよ、マドカちゃん! 引き返して! ううん、その機体に乗ってるなら戦線離脱だって出来る! そうだ! ジュンちゃんやみんなも一緒に脱出すればいいんだよ! そしたら、マドカちゃんの大事な人も、全員無事だよ? ね?』

 (つと)めて明るい声色を(つくろ)って、何を必死にブッコいてんだ? コイツは?

 うん、却下します!

「そしたら、この艦に乗ってる〈ベガ〉は、どうなるのさ! あのド変態グレイは!」

『マドカちゃんが犠牲になる事ないよ! みんな〝敵〟だよ? 関係ないじゃん!』

「明日には〝友達〟かもしんないだろ!」

『マドカ……ちゃん?』

「ああ、いや……あのド変態グレイは除くけどね?」

 さすがに機体が悲鳴を軋ませてきた。

『マドカちゃん! その機体は限界だよ! 通常機だから、わたし(・・・)より(もろ)いの! お願い、早く離脱して!』

「友達見捨てて生還なんかできるか! そんなんしたら……今度はお母さんに、どんな殺人技で折檻(せっかん)されるか……ガタガタブルブル」

『お願いだから! このままじゃ、マドカちゃんまで死んじゃう!』

「死ィィィぬかァァァーーーーッ!」

 悲観を叱責(しっせき)するかの(ごと)く、ボクは自信満々に雄叫(おたけ)んだ!

 バーニア出力が上がる!

「勝手に殺すな! ボクの可能性(・・・)まで! やってみなけりゃ分からないだろ!」

 そう、だから〝マドナの激マズバーガー〟だって食う!

 食ってみけりゃ分からない!

『無茶だよ!』

「やるだけやったら、どうにかなる!」

 全エネルギー供給回路(バイパス)を、アームとバーニアのみに優先した!

 先の『逆 ● ャア』で、今回と同じシチュになった〝ア ● ロ・レイ〟は言っていた──「たかが隕石(いしコロ)ひとつ、ガ ● ダムで押し返してやる──人類に絶望なんかしていない!」と。

 ボクだって、絶望なんかしちゃいない!

 そんな(ひま)なんか無い!

 さっさと帰って、深夜バラエティ観たいから!

「モエル、いい事教えてやる! こういうシチュでこそ、人型(ひとがた)ロボットは奇跡を起こせるもんなんだ! キミの先輩達は、どんな逆境でも(くつがえ)してきた! 不屈の魂で!」

『せ……先輩? モエルの?』

「そうだよ! キミの先輩! 正義の味方だ!」

『モ……モエル、正義の味方(・・・・・)なの? 地球制圧の(ため)に造られたのに?』

どうして生まれたか(・・・・・・・・・)なんて関係ないよ! 何かを守ろうとする者が〈正義の味方(ヒーロー)〉って呼ばれるんだ!」

 二体共々、一部外装が剥がれ落ちる!

『マ……ドカちゃん? どんな先輩がい……るの? クゥッ! 教……えて?』

 とてつもない重圧を踏ん張りながら、モエルはボクを頼った。

 うん、ようやく〝友達(・・)〟を頼ってくれた。

 だから、ボクは……深呼吸の一間(ひとま)に気合を溜める!

「いいよ、教えてやる!」

 普段(つちか)った趣味が──周囲(まわり)から白い目で見られても続けていたヲタ趣味が、誰か(・・)(ため)に役立つなら『はい、喜んで』だ!

 いくぞ! ヲタ趣味全開でッ!

「鉄人 ● 号! ジャ ● アントロボ! マ ● ンガーZ! ゲッ ● ーロボ! ラ ● ディーン! コン・ ● トラー(ブイ)! ボル ● ス(ファイブ)! ラ ● ジンオー! エクス ● イザー! ガオガ ● ガー!」

『グウ……ゥゥゥ……ほ……他には?』

 (あらが)う苦悶にねだられて、ピー音の大出血サービス!

「ガイキ ● グ! 鋼鉄 ● ーグ! ザン ● ット(スリー)! ダ ● ターン(スリー)! ゴッド ● ーズ! ゴーショー ● ン! ブ ● イガー! ダン ● ーガ! ゴールドラ ● タン! ダル ● ニアス! ゴラ ● オン! ビクトリー ● イバー! バイカ ● フー! GERA(ギア)戦士(ファイター) ● 童! ゴーダ ● ナー! イ ● サーロボ! レイ ● ース! エリ ● ル! 龍 ● 丸! グ ● ディオン! シン ● リオン! そして、コ ● ボイ司令官ことオプティ ● ス・プライム!」

『ホント……だ……モエルの先輩、いっぱい……いっぱいだね?』

 パモカ越しの声音が、(ほの)かな涙声になっていた。

 きっといま、彼女は生まれ変わった事を実感したのだと思う。

 侵略兵器から〝自分自身(・・・・)〟へと!

「まだまだいるよ! もっと教えてやる! だから、ガンバレ! そして、一緒に帰るぞ!」

『うん……うん!』

 奮起の決意!

 ダブルフラモンのバーニアが、(さら)に出力を上げた!

『まったく……こんな時でも男の子趣味全開なのね、あなたは』

「ジュン?」

 青い〈フラットウッズ・モンスター〉が飛来した!

 いや、青だけじゃない!

 緑も! 紫も!

日向(ひなた)マドカ、ヒョイヒョイと死地へと(おもむ)いてくれるな! 貴様に死なれたら、私が〈エムセル〉のプロセス情報を得れなくなる!』

 紫の機体が辟易(へきえき)と釘を刺す。

「シノブン!」

『相変わらず無策無鉄砲で恣意(しい)的ですこと……マドカ様らしいと言えば、それまでですけれど』と、緑の機体。

「ラムス!」

日向(ひなた)マドカ、遅くなった』

 パモカからは作戦指揮官──クルロリの声が!

「もう! 遅いよ、みんな!」

『仕方ないでしょ! 私、こんなの初めて操縦するんだから! これでも最小限の技能講習(レクチャー)だけで出撃したんだからね!』

(わたくし)の美観に叶う機体が、なかなか見つかりませんでしたので……』

『そ……その……羽根がな? 羽根がコックピットへ収まらなくて……だな?』

 口々(くちぐち)に言い訳を並べる。

 ってか、最後の二人(ふたり)

 後で正座な!



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.4

 

【挿絵表示】

 

『マ……マドカちゃん? コレって?』

 戸惑うモエルへ、ボクは朗々と告げる。

「だから『死ぬ気無い』って言ってんじゃん? 一人(ひとり)で無理なら二人(ふたり)! 二人(ふたり)で足りなきゃ三人(さんにん)! 個人個人が〝可能性〟を秘めてるなら、それが集まれば〝無限の可能性〟になる! それが〝友達〟のスゴさだ!」

『クサいですわね?』

『うむ、聞いてて恥ずかしいな……』

『っていうか、マドカがマトモな教示とかして大丈夫でしょうね? とてつもなく不吉なんだけど?』

 パモカから流れてくる揶揄(やゆ)

 そこ、ウルサイよ!

日向(ひなた)マドカ……アナタの作戦を実行するに当たり、今回は私が全体指揮を取る──それでいい?』

「よかよかダンス ♪ 」

『では、各機、フォーメーションへと移って』

『『『「了解(ラジャ)!」』』』

 クルロリからの指揮を受け、四色のフラモンが分散飛行!

 各機が取り付くべきは、底面四方に据えられた球体ユニット──(すなわ)ち〈光速推進力発生コンバータ〉だ!

「モエル! キミは中央のデッカイ球体(ヤツ)を!」

『……え? あ、うん!』

 フォーメーションは済んだ!

 ここから第二段階だ!

『各機、バーニアのエネルギー供給回路(バイパス)を〈光速推進力発生コンバータ〉へと外部接続(コネクト)して』

 指揮官(クルロリ)の指示に従い、各フラモンが腰部から動力パイプを引っ張り出した。

 そして、ウィンウィンと奇音を鳴く発光球体の一部パネルを開き、緊急差し込み(ぐち)を露出させる。

「こんな御都合的な接続口(せつぞくこう)、よく有ったなぁ?」

 ボクの素直な感嘆に、クルロリが補足説明を添えた。

『本来はエネルギー出力値低下の(さい)に、他ユニットから供給フォローしてもらう(ため)の応急処置用』

『此処に差し込めば、いいわけね?』

 ジュンの確認を『そう』と肯定。

『エネルギー流動方向(ベクトル)を逆転させ、この膨大なエネルギーをアナタ達のバーニア出力へと転化する。その大出力なら、落下質量を双殺可能』

『しかし、大丈夫だろうな? 光速エネルギーだぞ? (まん)(いち)、暴発されたらシャレにならんぞ』

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ、その(ため)()が此処にいる。客観的観測から全体の数値データを逐一(ちくいち)算出把握し、各機の出力限界値まで的確に光速エネルギー供給値を調節する』

貴女(あなた)の技量、信頼して(よろ)しいのですね?』

『いい』

 クルロリに断言されると、何故だか不思議と自信が(あふ)れる。

 作戦実行前なのに、もう成功確定したみたいな安心感だ。

 みなぎってくる可能性に任せて、ボクは気合を叫んだ!

「よぉぉぉし、いくよ! みんな!」

『ええ!』『はいはい』『……フッ』

「死なば諸共ォォォーーーーッ!」

『『『不吉な号令するなぁぁぁーーーーッ!』』』

 怒気(どき)られた。

 ここぞとばかりに一斉に……。

 何だよぅ?

 士気アゲようとしただけじゃんかよぅ?

 ()くして、作戦実行!

 五機のフラモンが、スカートバーニアから白い大花を噴き咲かせる!

 その白く(まばゆ)くも長い尾は、まるでウェディングドレスの(ごと)く!

『ク……ウッ! 信じる……信じているもの……クルロリを……マドカを!』

『ま……まだ死ねませんわよ! (わたくし)の手料理で……ヒメカを笑顔にして差し上げなければいけませんの!』

『と……止まれ! (いな)、止めて……みせる! 猫カフェにも行けないまま終われるか!』

『マ……ドカちゃん……みん……な!』

「グ……ウッ! ナ……ナメンな! ボクの……ボクたち(・・・・)の青春は──」

 闇から振り下ろされる暴圧の拳を、宇宙の花嫁達が希望に押し返す!

「──いつだって全力全開(フルパワー)だぁぁぁぁぁーーーーッ!」

 そして────。

 

 

 

 

 

 

 五機のフラモンを(いしずえ)として、巨大宮殿は鎮座(ちんざ)した。

 規格外の重石(おもし)満身創痍(まんしんそうい)に背負い耐える鋼鉄乙女達は、神罰を下されながらも尊厳を守り抜いたかのように誇り高い。

 灰色の荒野へと降り立った四人のセーラー服少女達は、その亡骸(なきがら)を感無量に見つめる。

 あ、訂正。

 一名(シノブン)だけブルマ体操着だったっけ。

「……付き合ってくれて、ありがとね」

 宇宙光に輝く白銀(かお)を朽ちた巨体へ向けて、ボクは素直な感謝を(つぶや)き漏らした。

「それにしても、よく止まったわね」

 不意にジュンが、いつもの抑揚で事後感想。

 うん、きっとわざと(・・・)だ。

 沈んだ空気を打ち消すために。

「うむ、流石(さすが)の私も、正直生きた心地がしなかったが……」

 シノブンは()ちた巨影を眺め続けた。

 その武勇に哀悼(あいとう)を捧げるかのように……。

 如何(いか)にも〝戦士気質〟の彼女らしい。

「ま、クルロリ様がバックアップに付いていらしたから、()して心配はありませんでしたけど……」近場の岩へと腰掛け、ラムスは『おかずをクッキング』を読み始めた。「……もっともマドカ様の発案だけでしたら、絶対に乗りませんでしたけどね。地獄逝きの片道切符ですもの」

「どういう意味だーーッ! この性悪豊乳メイドーーッ!」

「さて?」

 ペロッと小舌を出して、小悪魔的にはぐらかす。

 このヤロー、帰ったら覚えてろよ?

 出されたおかず、全部食っちゃるからな!

 ヒメカに回す前に!

 と、巨大フラモンのハッチがプシュウと白い呼気を吐いた。

 開いたコックピットから飛び出して来たのは、Gカップのプリテンドフォーム!

「マドカちゃ~~ん!」

「うわっと?」

 勢い任せに抱き着かれ、そのまま押し倒される。

 ──ガンッ!

「ぎゃおす!」

 慣性を加味したタックルで、後頭部を打ったよ!

 灰色の岩盤に!

「いッッッたいな! モエル!」

「……生きてる……」

「うん?」

 抱擁に寄り添う頭が、か細く漏らした。

「……生きてるよぉ……わたしも……マドカちゃんも……みんなも……生きてる……生きてるよぉ……」

「だから、最初から言ってんじゃん! 死ぬつもりなんか無いって!」

「ふぇ……ふぇぇぇぇぇん! ふぇぇぇぇ…………」

 子供みたいに泣きじゃくる。

 ったく、仕方ないなぁ?

 ボクはあやすように撫でてあげた。

 彼女の気持ちが落ち着くまで……。

「えぐっ……えぐっ……マドカちゃん……」

「……何さ?」

「ふぐぅ……お(れい)に……好きなだけ()ませてあげるね?」

「絶対ヤダよ?」

 

 

 

「シクシク……感謝のつもりだったのに……」

「シクシク……丁重(ていちょう)に辞退します……」

「二人揃って泣き崩れるなーーッ! 鬱陶(うっとう)しいーーッ!」

 ジュンのツッコミ怒声!

 パモカハリセンが後頭部を叩き抜けた!

 うん、ボクの後頭部だけ……何故ッ?

 モエルはッ?

 モエルは御咎(おとが)め無しッ?

「ああ、やっと面倒な役目から解放されましたわ ♪ 」

 本家ツッコミ役の健在ぶりに、ラムスがホッとした様子で(つぶや)いた。



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.5

 

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 月面大決戦から一時間(いちじかん)後──。

 ボク達を乗せた宮殿母艦は、地球への帰路に着いていた。

 操縦制御(コントロール)機能は、クルロリがハッキング処理によって解放してある。もはや〝ジャイーヴァの脳波干渉〟とは完全に切り離された。

 超耐圧ガラス()りのキャノピー越しに地球が迫ってくる。成層圏が(モヤ)渦巻(うずま)き、青い海原には深緑にくすんだ紋様──テレビ映像なんかでお馴染みの情景だけど、実際に間近で見ると圧巻だった。

 ボク達は横並びに、その美しさへと見入(みい)る。

「地球は青かった……か」

 ジュンが感傷的に(つぶや)いた。

 どっかの誰かが言っていた──地球は、宇宙のエメラルド……と。

 その形容は間違っていると思う。

 地球はサファイアだ。

 エメラルドはグリーンで、青くない。

 この若々しい青さを、もっと強調するべきだ。

 だって、この青さは〝生命力(いのち)の青〟だもん。

 ワクワクとウキウキが詰まった青だもん。

 ボクは思う──青春の〝青〟も、こういう素敵な輝きでいたい。

『あと三分後には大気圏へ突入する』

 室内にクルロリの声が響いた。

 現在、彼女は『メインコントロールルーム』へと()(こも)って、この艦の操縦に専念している。

 ハッキング解放したとはいえ応急処置だから、現状ではそうした仕様で運用するしかないらしい。

「けれど、大丈夫かしら?」

「何がさ? ジュン?」

「これほど巨大な〝浮遊宮殿〟が出現したら、地球上が大パニックにならない?」

 ジュンが漏らす懸念(けねん)へ、ボクは気楽に無問題(モーマンタイ)回答。

「心配しなくても平気だよ。きっとみんな『 ● ルス!』って、自己完結するから」

「……地球人類、みんながみんな〝ジ ● リファン〟じゃないからね?」

『星河ジュン、心配無用。この艦には、(すで)に〈グリフィンシステム〉を発動させてある』

「グリフィンシステム? 何よ、それ?」

『周辺空間を湾曲させる事によって光子屈折率を人為的に操作し、視認不可能とするテクノロジー。ある種のステルスシステム』

「要は疑似透明化ってわけ?」

 半信半疑なジュンを納得させるべく、ラムスが次世代テクノロジーを引き合いに出した。

「地球科学でも軍事目的で光学迷彩技術〈プレデターシステム〉というものが研究開発されていますわ。それの上位版と考えれば(よろ)しいかと』

 その興味深い超科学に、ボクのオカルト好奇心が頭を(もた)げる。

「あ! もしかしてUFOが消えたり現れたりするのは、それのせいなのかな?」

『座標固定滞空の場合は、そう。飛行中に消えるのは、光速移動による二次的効果』と、クルロリ。

「ハイパーゼッ ● ンの場合は?」

『それは知らない』

 無下に流されたよ。

 いつものクルロリツッコミだけど、何故だか(なつ)かしかったりする。

 何故だろう?

 本人が目の前にいないせいかな?

 (ある)いは、大仕事をやり終えた終息感からだろうか?

日向(ひなた)マドカ、星河ジュン……もうすぐ、お別れ』

「は?」「ふぇ?」

 唐突な重大発表に、間抜けた声がユニゾる。

『アナタ達を地球へ送り届けたら、そのまま私は旅立つ』

 ああ、このせいか。

 おそらく『虫の知らせ』ってヤツだわ。

「旅立つ? 何故さ?」

『この艦には、ラムスやモエル同様の〈外来型ベガ〉が(およ)そ六〇体も搭乗している。彼女達を地球へ降ろすのは、さすがにリスクが多過ぎる。かといって、見捨てる事もできない。ならば、この母艦を人工居住地として機能させるのが最善策。そのまま無害な新天地を探す』

「箱舟ね……(さなが)ら」

 感慨を(いだ)いて(つぶや)くジュン。

『そして、ジャイーヴァ──彼は精神的成長が(おさな)()ぎる。言うなれば〝大人の知識と肉体を得た子供〟のような状態。今回の件は、そうした幼児性がもたらした騒動。彼には正しい成長を導き見守る〝保護者〟が必要』

「だから、キミが、この艦を導くって事?」

『そう』

「で、ボク達とは、お別れ……と?」

『そうなる』

 性急だな。

 もしかして、思い立ったら即行動派?

 さっきの特攻劇の一幕といい。

『そうは言っても、地球上には、まだまだ〈ベガ〉が潜伏している。日向(ひなた)マドカ、これからもアナタは〈ベガ〉と交戦する可能性が高い。よって、私が(さず)けた〈パモカ〉や〈PHW〉は、そのまま使用して構わない。多少の助力(じょりょく)にはなる』

「あ、いいんだ? ってか、返却の事は完全に失念していたけどさ」

「だけど、使えるの? あなたがいなくても?」

『星河ジュン、問題ない。〈パモカ〉は軍事通信衛星等も利用できる』

 怖ッ!

 軍事衛星ハッキングって、バレたら国際指名手配モンだよ!

 もはや女子高生(JK)が持ってていい代物(しろもの)じゃないよ!

「けれど〈PHW〉は? いずれ、ヘリウムカートリッジだって底を突く。そうしたら、ヘリウムバーニアも使えなくなるんじゃないの?」と、ジュンから鋭い指摘。

「パーティーグッズのじゃダメなのかな?」

 ボクの安直な提案に、彼女は「声を変えるヤツ? アレじゃ圧が弱いわよ」と首を振った。

 その懸念(けねん)を聞いたクルロリが、事後対策(アフターケア)を提示。

『ヘリウム自体は地球上にもある。それを採集圧縮すればいい』

「え~? じゃあ、定期的に採集へ行かなきゃいけないの? メンドクサッ!」

『問題ない。胡蝶宮(こちょうみや)シノブがいる』

「……は?」

 唐突に適任者として名指(なざ)しされ、当人は豆鉄砲状態。

 (しば)()を置いて──「はぁぁぁ~~~~ッ?」──全員の注視に気付き、ようやく我へと返る。

「ちょっと待て! 私に〝ヘリウム採集係〟をやらせようというのか!」

『この中で最も活動範囲が広いのは、単独飛行能力を有するアナタ』

「……うっ」

 あ、絶句に固まった。

「ココココイツは! 何もしないのか!」

 露骨な動揺に、ラムスを(ゆび)さした。

 さては巻き込もうとしてるな。

 けれど、アマいよ。シノブン。

「協力したいのは山々ですけれど、生憎(あいにく)(わたくし)は忙しい身でして」

「貴様、自分だけ逃げる気か!」

「いいえ、滅相もない。ただ、そんな暇があったら、料理の腕前を追究しなければなりませんので……ヒメカの(ため)に」

「そんな理由が通るか!」

「あら? でしたら、貴女(あなた)がやって下さいますの? 毎朝毎昼毎晩の炊事洗濯を?」

「……うぐっ」

 にっこり温顔を飾って黙らせた。

 ホラね?

 ラムスの(したた)かさは、超一級だもん。

『にへへ ♪  大丈夫だよぉ?』と、並び飛ぶ〈ジャイアントわたし〉からホワホワ通信。『わたしなら、木星からでも採取できるもん ♪ 』

「そ……そうか……うむ、そうだな。確かに〈A3……いや〝モエル〟の方が適任だな。うむ、彼女なら(・・・・)安心だ」

 大役免除の流れにシノブンが安堵(あんど)した直後──。

『一緒に頑張ろうね ♪ 』

「私も行くのかッ?」

 免除ならず(笑)!

 惜しかったね、シノブン?

「仮に採集できたとしても、超圧縮の方は? あのサイズにまで圧縮できるって〝宇宙科学〟でしょう? 私達〝地球人〟では無理よ?」

 ジュンの杞憂(きゆう)に、クルロリは答える。

『それも心配ない。私が〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉建造に使った工房がある。ラムスやモエルなら、そこの設備で生産可能』

「そこって、まさか?」

 ボクの不安を易々と肯定する朴念仁(ぼくねんじん)

『そう、(たちばな)モーターズ──顧客率が低迷して如何(いか)にも潰れそうながらも、何とか虫の息を(つな)いでいる摩可不思議な個人経営店』

 ……重々(かさねがさね)ゴメン、(たちばな)のオヤッサン。



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.6

 

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「勝手に話を進めるな! 私は、まだ『やる』とは言ってないぞ!」

「頑張って下さいませ ♪ 」

「貴様ァァァーーッ?」

 (したた)かなメイドベガは、しれっと何処吹く風で流していた。

 この勝負、ラムスの勝ち。

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ、タダでとは言わない。取引には対価(・・)が必用。ちゃんとアナタへの報酬は用意してある』

「ふざけるな! 取って付けた安っぽい懐柔(かいじゅう)で、この胡蝶(こちょう)流忍軍次期党首・胡蝶宮(こちょうみや)シノブが()けると思うか!」

『アナタへの報酬として『人間形態への変身プログラム』を完成させておいた』

(つつし)んで御請(おうけ)します!」

 あ、折れた。

 いとも簡単に。

 こんなチョロさで大丈夫か?

 胡蝶(こちょう)流忍軍?

『では、胡蝶宮(こちょうみや)シノブ……そして、ラムス。アナタ達にコレを譲渡しておく』

 何処からともなくロボットが現れた。

 とは言っても〈アンドロイド〉とか〈人型ロボット〉みたいな高等な物じゃない。

 よく博物館とかイベント会場とかで見掛ける〈案内ロボット〉みたいなヤツ。

 ボク達の腰辺りまでの身長で、プラスチック的な素材……ってか、スベスベとした光沢からしてセラミックだな。コイツ。

 角柱ボディのみで頭も手足も無いけれど、ボディ前部には黒色のクリア板が一体成型にテカっている。おそらくココにカメラアイやら各種センサー類等が内蔵されているのだろう。その形状から連想される通り、移動は底部内蔵の車輪による走行。

 そいつは滑るようにして、シノブンとラムスの前へとやって来た。

 すると、背面収納されていたマジックアームを伸ばし、二人へとアイテムを手渡す。

 パモカだ。緑色と紫色の。

 暗黙のイメージカラーってワケじゃないだろうけど、ラムスは緑を、シノブンは紫を受け取った。

胡蝶宮(こちょうみや)シノブ、そのパモカには〈疑似変身アプリ〉をインストールしておいた。日向(ひなた)マドカのように自身のみで変身できるワケではないけれど、そのアプリを起動する事で〈ベムゲノム〉を沈静化させる事が可能」

「これで……私も猫カフェデビューが!」

 どんだけ行きたかったんだよ、猫カフェ?

 あんなん、そんなにいいもんじゃないぞ?

 うるさいし、臭いし、落ち着かないし。

 行くなら『怪獣酒場』か『妖怪茶屋』の方がいいぞ?

 一方、ラムスはラムスで舞い上がっていた。

「ああ、念願のパモカ ♪  (わたくし)のパモカ ♪ 」

 大切そうに抱き締めたり、頭上に(かざ)してクルクルと小躍りしたり……感情が忙しいヤツだな?

 ってか、こんなラムス初めて見たよ。

「うん? まさか持ってなかったの?」

「持っているワケあるはずがないじゃありませんか」

 ややこしい日本語だな? どっちだよ?

(わたくし)の故郷・ジェルダは、文明レベルの低い原始的な惑星。パモカは(おろ)か、銀邦(ぎんぽう)通貨すら流通しておりませんわ」

銀邦(ぎんぽう)?」

『銀河連邦の事』クルロリの声が解説を(はさ)む。『地球は宇宙基準意識レベルが低い(ため)、まだまだ〝二次選抜候補〟だけど、この宇宙には高度知性体種族による協同治安機構〈銀河連邦〉が発足されている』

「ああ〝ウルト ● マンA〟が遥かに越えて来たり、宇 ● 刑事の本部〝バー ● 星〟が所属してたりするヤツ?」

『それは知らない』

 はい、淡白スルー頂きました!

 と、ボクはラムスへの矛盾を(いだ)く。

「あれ? キミってば、パモカ機能熟知してたじゃん? カメラアプリとか?」

「それは垂涎(すいぜん)の想いで、日々『月刊パモカ』の情報をチェックしていたからですわ。いつか入手する日を夢見て ♪ 」

 何だ『月刊パモカ』って……。

 ってか、やっぱ宇宙共通のマストアイテムだったんか!

 売ってたんか! コレ!

「そんなに欲しいなら、さっさと買えば良かったじゃんか?」

「こんな高価な物、そうそう買えませんわよ!」

 何だ、高いのか。

 じゃあ、これからは大事にしよう。

 もう『遊 ● 王ごっこ』をするのは、やめよう。

 シール剥がしのスクレーバー扱いにするのも、やめよう。

「地球基準の価値観で換算すれば、コレ一枚(いちまい)で都庁ぐらいは買えますのよ?」

「何ィィィーーーーッ!」

 (めん)()らった!

 ビックラこいた!

 (てのひら)(がえ)しに、マイパモカを磨く!

 ハァーハァーと息を吐き掛け、ディスプレイを(そで)でキュッキュッと(みが)──え、ジュン? キミも?

 

 次第に、青い惑星は大きくなってきていた。

 別離(わかれ)は近い。

 

 

 

 ボク達は草木萌える丘へと降ろされた。

 街から離れた雑木林の中だ。

 歩いて四〇分程度の場所になる。

 ちなみに、モエル本体は衛星軌道上で待機中。

 お馴染みの〈プリテンドフォーム〉だけが、ボク達と共に降り立った。

 涼しく澄んだ星空が示すように、すっかり深夜だ。

 当然、周囲に人の気配は無い。

 民家ですら、遠目に(まば)ら。

 (むし)ろ、田畑の方が多い。農作物が地平と広がっている。

 それを確認した上でだろうけど、着陸した母艦は〈グリフィンシステム〉を解除した。

「改めて見るとデカいね」

「そうね。なまじい樹々とかの比較対照があるだけに、余計そう感じるのかもしれないけれど」

 プリズム明滅を息吹(いぶ)く宮殿を仰ぎ、ボクとジュンは軽い感嘆を交わす。

日向(ひなた)マドカ、星河ジュン……此処で、お別れとなる』

 宮殿が別離(わかれ)を告げた。

 その荘厳な巨体に反して、奏でる声量は至って普通。

 まるで彼女(クルロリ)(そば)にいるようだった──いつもみたいに。

「ねえ? その前に、ひとついいかな?」

『何? 日向(ひなた)マドカ?』

「キミの名前(・・)は?」

『別に〝クルロリ〟でいい』

「それってば、ボクが勝手に付けた呼び名じゃん。本名じゃないじゃん」

『これはこれで気に入っている』

「そっか」

 ちょっと嬉しくも誇らしい。名付け親として。

 そして、ボクは前向きな結論へと辿り着く。

「じゃあ、また会おうね?」

「マドカ?」

「マドカ様?」

日向(ひなた)マドカ?」

「マドカちゃん?」

 怪訝(けげん)そうな顔を向けるみんなへ、ボクは明るい笑顔で応える。

「大丈夫。すぐに会えるよ」

「どうして断言できるのよ?」

「だって、まだ一緒にマドナ行ってないもん」

 ボクの主張を聞いて、宮殿が『クスッ』と笑った。

 あ、クルロリが感情見せたの初めてじゃん。

 見れないのが()しい。

 きっとカワイイんだろうなぁ……この()の笑顔って。

日向(ひなた)マドカ』

「ん? 何さ?」

『……また』

「うん、またね ♪ 」

 

 

 

 三〇分ぐらいだろうか……。

 (ある)いは、一〇分も()っていないもしれない…………。

 ボク達は満天の星空を見上げ続ける。

 巨大宮殿(クルロリ)は旅立った。

 けれども、その姿を見送る事は叶わなかった。

 〈グリフィンシステム〉の透明化によって、人知れず去ったからだ。

 不用意に目撃されない(ため)の配慮らしい。

 けれど、気配で分かる。

 此処には、もういない。

 爽やかな薫風(くんぷう)が桜を運び、()()でられた草花が足下で踊る。

 それが心のスイッチを入れ、ボクは(つぶや)いた。

「……行っちゃったね」

 寂しくないと言えば嘘になるけど、それよりも誇らしさの方が勝っていた。

 うん、誇らしい。

 何が(・・)……かは知らないけど。

「あ!」と、ジュンが唐突に思い出す。

「どしたのさ?」

「あの()正体(・・)……()くの忘れちゃった」

「確かに……何者だったのでしょうね?」

「うむ……あれほどの情報に精通していた以上、只者(ただもの)ではないはずだが」

「はぇ? クルロリちゃんって〈ベガ〉じゃなかったの?」

「もう……そんな事?」ボクは腰に両手を当て、明るい笑顔で断言した。「友達(・・)だよ? それ以外ないじゃん?」

 みんなは(しばら)戸惑(とまど)っていたけれど──やがて微笑(ほほえ)みが重なる。

 それがボク達の真実(こたえ)だった。



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.7

 

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 意思が息吹(いぶ)く。

 惑星が胎動(たいどう)する。

 星々は畏怖(いふ)忌避(きひ)し、太陽は威厳を競い合う。

 

 それ(・・)は膨大なるエネルギーの(かたまり)

 宇宙に浮かぶ不定形な光球。

 落ち着きのない表層変化を浮かばせる異物。

 幾多(いくた)もの白き龍が絡み合い、噛み殺し、無に(かえ)り、生まれる。

 (ある)いは、それ(・・)自体が(まばゆ)い心臓とばかりに鼓動を刻み、宇宙から(エナジー)を吸収する。

 

 人知及ばぬ存在──。

 かつては肉体を(かせ)と持っていた種族──。

 進化の果て統合された精神集合体──。

 そして、宇宙の真理(ことわり)を監視し、調和と進化を()いる者──。

 それ(・・)は〈高次元生命体(エルリヴ)〉と称される者────。

 

 小柄な銀髪少女の意識は、それ(・・)と対面していた。

 物質的な対面ではない。

 距離と時間の束縛も、そこには無い。

 純然たる〝意識(・・)意識(・・)の対峙〟だ。

 この感覚を前時代的な生態系の観念で把握させる事は難しいが、精神世界での魂同士の邂逅と言えば近いだろうか。

「地球のデータ収集は予定通り完了した」

 少女が報告すると、光の(かたまり)は歓喜の(ごと)く膨張と伸縮を見せた。

「今回の査察に当たり不確定要素(イレギュラー)として〈ベガ〉の介入があったものの、(おおむ)ね〝地球人類の素養〟を見極めるには障害とならなかった」

 白光が不安そうに脈打つ。

「心配無用。今回保護した〈ベガ〉には、私が責任を(もっ)て新天地を探し与える。尚、不確定要素(イレギュラー)の主犯格は〝ジャイーヴァ〟──(すなわ)ち〈リトルグレイ〉へと退化する前の種族〈レトログレイ〉の生き残り。無論、彼にも意識成長の再教育を(ほどこ)すつもり」

 本題を()いて膨張を見せた。

「問題ない。〈ベガ〉同士の対決図式に(おちい)ったものの、それはいずれ(おとず)れる宇宙進化論に()ける誤差範囲内。むしろ、結果として〝地球人の本質と可能性〟を見極める好材料となった」

 結論を求めて膨張と伸縮を繰り返す。

「これは、私的見解。やはり地球人類の連帯向上意識は、まだまだ未成熟と言わざる得ない。もしも、このまま宇宙進出すれば、地球のみならず近域銀河まで実害を及ぼす(おそ)れは(いな)めない」

 納得したかのように鎮まると、続けて英断を吠えるかの(ごと)く荒ぶった。

「違う。それは早計。滅ぼすと判断するには、まだ未知数……」

 胎動(たいどう)に示された懸念(けねん)を、彼女は確固たる意志に否定する。

「不要。例え、私の観察介入が無くとも、彼女達(・・・)には生産的な共存未来を築ける可能性が眠る」

 数多(あまた)の銀河──幾多(いくた)の惑星が〈高次元生命体(エルリヴ)〉によって試されてきた。

 宇宙全体の調和を(たも)(ため)に……。

 その使徒として現場観察を(つかさど)るのが〝彼女(・・)〟のような存在である。

 彼等〈高次元生命体(エルリヴ)〉に、私情は無い。

 超進化に()いて種族的統合を果たした際に〈個〉としての肉体を破棄すると同時に、人間的な感情も失われた。

 厳粛(げんしゅく)()つ公正な判断には、統べて不要な障害だ。

 (ふるい)に残らぬ生態系は、滅ぼさねばならないのだから。

 それは強者の(おご)りと紙一重な独断にも映るが、宇宙全体の摂理からすれば至極正統性を帯びた(おこな)いでもある。

 この宇宙は──世界は、地球人類の(ため)だけに在るわけではない。

 統てが『パワー・オブ・バランス』だ。

 しかし、それでも──。

彼女達(・・・)には、無限の可能性が眠っている。それは時として、因果率や確定結果未来軸(ラプラス・コンプレックス)でさえも(くつがえ)す。よって、いま(しばら)くは観察継続の余地が必要。以上が、今回の一件で私が学んだ事実」

 学んだ?

 誰から?

 その問いには、彼女も淡い苦笑を浮かべるしかなかった。

「たぶん〝宇宙一(うちゅういち)不確定要素(バカ)〟──そして、私の…………」

 

 

 現時空軸へと意識を戻した少女は、小休止として宇宙船のコントロールシートから離れた。

 制御室内を低重力任せに浮遊し、一面(いちめん)耐圧ガラス張りのキャノピーへと泳ぎ着く。

 流れ過ぎる星々を眺めるも、そこに地球は無い。

 遥か光年の彼方だ。

 だが、そこには確実に存在している。

 あの青い惑星(ほし)も……。

 あの騒がしい未来(ともだち)も…………。

日向(ひなた)マドカ、アナタは結果として地球(ともだち)を救った……自覚は無いと思うけれど」

 幼き容姿をした〈高次元使徒(オーバーロード)〉は、敬愛と祝福を込めて微笑(ほほえ)んだ。

「……育乳、頑張れ」

 そして、この時、薄く反射する自分を見て、初めて変化に気が付いたのだ。

「あ……私、微笑(わら)えた?」



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vs, ボクらのファイナルバトル Round.8

 

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 中学校生活に推移したとしても、星河ジュンの有様(スタンス)は何ら変わるものではないだろう。

 受験も苦戦した覚えは無い。

 コツコツと日々続けている勤勉さを維持していれば、周りのように一夜漬けだ塾だのといった(わずら)わしさに振り回される事など無いのだ。

 (むし)ろ、逆に思う──「何故、普段から(いそ)しまないの?」と。

 学生の本分は〝学業〟だ。

 それに他ならない。

 小学生とて同じだ──()してや、高学年ともなれば。

 その事を失念して遊び(ほう)けるなど、彼女の目には愚の骨頂にしか映らなかった。

 アニメ──ゲーム──アイドル──お笑い────総てが低俗だ。

 興味すら()かない。

 だから、クラスメイトとの会話は無い。

 (いな)、会話すらする気が無い。

 それでいい。

 古典的な教訓だが『アリとキリギリス』という童話がある。

 好例だ。

 児童向けながらも、人生の真髄を突いている。

 皆が人生を無駄に浪費している間に、自分はしっかりと地盤を固めればいい。

 それだけの事だ。

 そして、その正当性の片鱗は、今回の受験成績が立証したではないか。

 俗物無関心の代価として、他人から距離を置かれるようになったが、もう()れた。

 そんな当然の価値観を、あの娘(・・・)は易々とブチ壊した……。

 

「星河さぁぁぁーーん!」

 いきなり背後から騒がしく呼び掛けられた。

 入学式を終え、帰路に着こうと下駄箱へ差し掛かった時の事だ。

 何事かと思って振り向くと、血相を変えた女子生徒が猛ダッシュで駆けて来る。

「キミってば〝(かしこ)さん〟なんでしょーー? ちょっと()きたい事がぁぁぁーーーーッ?」

 そのままスケート(まが)いに通り過ぎた。

 どうやら床のワックスで(すべ)ったらしい。

 数秒後には派手なクラッシュ音。

 どうやら掃除用具のロッカーに激突したらしい。

「あの……大丈夫?」

 ()()ずと声を掛ける。

 正直(かか)わりたくはないが、眼前の惨状を見れば仕方ない。

 バケツやら雑巾やら(ほうき)やら……頭から(かぶ)っている。(かなめ)のロッカーですら、彼女の封印とばかりに押し潰していた。

「……あの?」

「きょだいもんがぁぁぁーーッ!」

「うわッ?」

 (たくま)しく憤怒(ふんぬ)で復活した。

(すべ)るわッ! (すべ)り過ぎるわッ! ってか、どんだけワックス掛けが好きだッ? この学校ッ!」

 何やら(ひと)りクレームに荒れている。

「あの?」

「うん? 待てよ? って事は、屋内スライディングOKじゃん? ベストスポット見~っけ ♪  うん、こりゃ『災い転じて福助』ってヤツだね ♪  とりあえずボール(・・・)バット(・・・)もあるし……あ、後はベースか」

 丸まった雑巾と(ほうき)を両手に、何やら珍妙な事をブツクサ思案し始めた。

「あの!」

 強い語気で呼び掛ける!

「ふぇ?」

 ようやく気付いた様子だ。

 振り返ってこちらをジッと見つめた(のち)、彼女は(つぶ)らな正視にこう返してきた。

「何さ?」

「こっちの台詞ですけどッ?」

 

 

「一兆度って、どのぐらい?」

 これが彼女の質問だった。

 とりあえず「太陽の表面温度を超えている」とだけ教えてあげた。

 すると、彼女は瞳を輝かせて感嘆した──「ゼッ ● ン、スゲーッ!」と。

 正直、意味が分からない。

 そもそも〈ゼッ ● ン〉なる単語も初めて聞いた。何を指すのかも知らない。

「ねえねえ? キミは、どんな怪獣が好き?」

 屈託なく意味不明な質問をしてくる。

「興味ない」

 素っ気なく本音を返して、ツカツカと歩くスピードを上げた。

 帰り道、ずっと付いてくる。

 付き(まと)ってくる。

「ねえねえ? じゃあ、どのロボットが好き?」

 背後からそそくさと追って来ると、顔を(のぞ)き込んできた。

「興味ない」

 ペースを上げる。

 追い付かれた。

「んじゃさ? んじゃさ? いま、どのゲームやってるの?」

「ゲームなんかしない」

 足早に引き離す。

 追い付く。

「ハマってる音楽は? バズッた芸人は? 好きな番組は? あ、インスタとかやってる?」

 矢継ぎ早な質問の嵐!

 しかし、どれもこれも彼女には無縁な物だ。

 意味不明にして理解不能な状況に置かれ、何故だか苛立(いらだ)ってくる。

 それを自覚すると、珍しく憤慨(ふんがい)を吠えていた。

「ああん! もう(うるさ)い!」

「ふぇ?」

 キョトンとしている。

 何を怒られているのか──(ある)いは、そもそも()が原因なのか──まったく理解していない態度だった。

 その無責任さが、ますます感情の暴発に(つな)がる。

「いったい何なの? アナタ! 何故、私に付き(まと)ってくるのよ!」

「何故って……何故だろう? 何故かしら?」

 本気で首を(かし)げていた。

 まるで〈宇宙人〉と会話している気分だ。

「う~ん、そだなー……何かね? ちょっと話したら、キミの事もっと知りたくなった ♪ 」

 明るく「にひっ ♪ 」と笑う。

 一瞬、息を呑んだ。

 どうしてだろう?

 ただし、その戸惑いは、すぐに癇癪(かんしゃく)へと転化されたが。

「ゲームしない! 怪獣もロボットもアイドルも芸人も興味無い! テレビは教養番組しか観ない! これが()の全部! 分かった? 満足でしょ!」

「ねぇねぇ? キミってば〝ウル ● ラマン〟派? それとも〝仮面ラ ● ダー〟派?」

「話聞いてたッ?」

「ええ~? コレも興味無いの~?」

 普通は興味無いと思う……()してや、女の子なら。

 そのぐらいは、俗物娯楽に(うと)い自分でも判る。

「じゃあ、趣味は何さ?」

 突然掘り下げられて、言葉を詰まらせた。

 その時になって初めて気付かされる──自分の個性として示せる物(・・・・)が何も無い事に……。

 ばつ(・・)悪く視線を落とし、(かろ)うじて紡ぐ。

「……勉強」

「他には?」

「無い」

「……うわぁ」

「ちょっと待ちなさいよ! 何で(あわ)れんだ顔をされなきゃいけないわけッ?」

「それだけ? 他には無いの?」

「必要無いもの! 学生は勉強が本分でしょ!」

「んじゃ、もしも学校が無くなったら?」

「え?」

 ドキリとする指摘だった。

 そんな事は考えた事も無かったから……。

「仮に明日〈キングギ ● ラ〉が学校を破壊したら、勉強どころじゃないじゃん」

 ……それは無い。

 てっきり「社会人になったら?」と来るかと思っていたが、予想外に斜め上へと飛んで行った。

 この()の脳内、どうなっているのだろう?

「勉強が趣味なのは、いいけどさ? 他にも色々やってみようよ? きっと楽しいよ ♪ 」

 また明るく「にひっ ♪ 」と笑う。

 二度目の破顔一笑を見て、自分が苛立(いらだ)つ原因が分かった気がした。

 この()の〝人懐っこさ〟や〝壁の無さ〟を見て思い当たった。

 あまりにも自分(・・)と対極過ぎるのだ。

 だから、自分に無いもの(・・・・・・・)を、まざまざと突き付けられる──ともすれば、これまでの己の在り方を否定されたかのような気持ちになる──そこに腹が立ったのだろう。

 それを『嫉妬』とも言うが……。

「け……けど……」

 戸惑いに(くち)を開く。

「うん?」

「……やり方……分からない」

 恥ずかしさにモジモジと吐露する。

 どうして、さっきまでの負けん気で突っぱねなかったのだろうか?

 自分でも意外であった。

 何よりも、こんな〝素直な自分〟を(さら)け出せる事が……。

「平気だよぉ? みんな最初は初心者だし ♪  それに、友達に()けば、意外とサクッと進められ──」

「……いない」

「──ふぇ?」

「……友達なんて、いない」

 何故だか泣きたくなった。

 何故だか哀しくなった。

 改めて自分(・・)を見つめ直してみれば、意外と〝空っぽ〟であった事を思い知ったから……。

 その事実を直視してしまったから…………。

「友達、いないの?」

 コクリと(うなず)く。

「どうして?」

 悪意無き真っ直ぐな瞳。

「どうして……って……」

「小学校で作んなかったの?」

「……う」

 言葉に詰まる。

 これ以上は勘弁して欲しかった。

 持ち前の気丈で(こら)えているものの、涙腺が熱っぽくなっている事が自覚できる。

 恥ずかしい──。

 (みじ)めだ──。

 逃げ出したい──。

 そんな感情に(さいな)まされた直後、唐突に彼女(・・)が勝利を叫んだ!

「よっしゃーーッ! んじゃ、ボク(・・)が、友達第一号もらいーーッ!」

「え?」

 戸惑いを物ともせず、彼女は嬉しそうに詰め寄る。

「んじゃさ? これからボクが、たくさん『楽しい事』を教えてあげるよ! 一緒に、いろいろやろう? きっと楽しいよ?」

「な……何で?」

「友達と遊ぶのに『何で?』なんか無い!」

 迷いなく断言した。

「で……でも『友達』って……私達、会ったばかりで……」

「友達になるのに『時間』なんか関係ない!」

 根拠不明な自信で断言した。

 本当に、この()の頭は、どうなっているのだろう?

 そして、何故……何故、こうも胸が温かくなるのだろう?

「楽しみだね? 明日からボクとキミとの女子中学生(JC)ライフの始まりか ♪  まず何しようか? カラオケ? マドナ? あ、そだ! この間オープンした〝グラウンド・ワン〟なら、短時間で娯楽制覇できるかも!」

「で……でも」

「ふぇ?」

「私……何も返せない」

「要らないもん」

「え?」

「見返りなんか期待するワケないじゃん? 友達なんだし」

「でも、それじゃ……」

「んもぉ、堅苦しいなぁ? 一緒に楽しめればいいじゃんさ? その瞬間が『ギブ&テイク』の『ウィンウィン』だよ?」

 自分には理解不能な表現が返ってきた。

 それと同時に不思議と嬉しく思うのだ──「これからも、この()は知らない世界を教えてくれるのかな」と。

 そう思った時、ようやく恩返しの糸口が見えた気がした。

 彼女と自分は、総てに()いて両極端。

 そして、彼女は〝自分の知らない分野〟を教示してくれると言う。

 ならば、自分も〝彼女の不得意分野〟を補佐してあげれば良いのではないだろうか?

「そうだわ! じゃあ、お礼に、私はアナタの勉強を見てあげ──」

「ええ~? 勉強キライ~……」

「──…………」

 露骨にイヤな顔で脚下された。

 いや、先程(さきほど)「色々やってみた方が楽しいよ」とか何とか言っていなかっただろうか?

「あ! お礼だったら、コレ(・・)がいいや ♪ 」

 ──ふにん!

「ひぁう!」

 いきなり胸を()まれた──この頃は、まだ〝Cカップ〟だったが。

 思い返せば、この直後に放った顔面ストレートが人生初ツッコミであった。

 

 

 

「……ああ~……長い夢見た…………」

 カーテンから差し込む日射しと小鳥のさえずりをモーニングコール代わりに、星河ジュンは目を覚ました。

「何で今更、夢見るかな……初めて会った頃を…………」

 起床の気だるさながらにベッドから決別すると、制服へと着替えるべくパジャマを脱ぎ捨てる。

 白い朝陽が柔肌の白さを強調し、健康的な(なまめ)かしさを演出した。

 心なしか、またブラがキツく感じた。

 何だか親友に申し訳なくもあり……。

 ふと机の上に飾っているフォトスタンドに目が留まった。

「……友達……か」

 思わず回顧の続きに浸りたくなり、そっと手に取る。

「……ホント、馬鹿なんだから」

 そこに写る笑顔は、現在(いま)と何も変わっていない。

「底抜けの馬鹿で、考えなしで、お人好しで……いつも明るくて…………」

 込み上げる親愛のままに、軽く優しいキスをする。

 初めて一緒に撮ったプリクラは、ずっと彼女の宝物だ。



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To ハッピーエンド?
To ハッピーエンド?


 

【挿絵表示】

 

 毎度おなじみのマドナ雑談──クルロリが旅立ってから数週間後の一幕(ひとまく)だ。

 珍しく今日はラムスも同席。

「結局、何も変わらないのよね。地球へ潜伏している〈ベガ〉との戦闘も継続してるし」

 アイスミルクティーを一口飲んで、ジュンが呟く。

「……だね。ボクの異能力が無くなったワケでもないし」

 ボクは〝レバニラアナゴバーガー〟を頬張りつつ、平静に応対した。

「組織化していない分、遭遇率自体は低下したようですけれど……結局は〝受動的防衛〟から〝能動的防衛〟へと推移しただけですわね。以前はマドカ様個人を狙って襲撃してきましたけれど、現在は〈ベガ〉各自が個人的暗躍をしている状況ですから」

 メロンソーダの氷をストローでつつきながら、ラムスが概要を纏める。

「だから、私達の方から探し出す羽目になる……か。新聞やワイドショーにネット──世間に流布(るふ)する怪情報を足掛かりにしてね」

「いっそビジネスにする? アメリカじゃ、実際に〝ゴーストバスターズ〟とかいるじゃん」

「ちょっと! お金を取る気なの?」

「小遣い稼ぎ程度だよぅ」

「却下!」

「だって、このままじゃ不本意な過酷ボランティアじゃんか。労働基準法に違反するよ」

「……マドカ様から、そんな用語が出るとは思ってもいませんでしたわ」

 仕切越しの隣卓で、他校のJK達がキャイキャイとアゲていた。曇りガラスで遮られて見えないけど、話題はネット動画らしい。

「ねぇねぇ、この動画マジヤバなんだけど」

「ああ、それ〈SJK〉ってヤツだよ」

「え? コイツ、(こう)()なん?」

「いや、違くて──」「違うわッ!」

「「?」」

 条件反射で仕切り越しにツッコんだ。

 そそくさと工作兵(よろ)しく隠れるボクとジュン。

 他校JKは不可思議にキョロキョロ──で、話題再開。

「最近『UMA特集』とかで、よく出てるんよね」

「マジ? アタシ知らなかった」

 どうやらボクの動画がアップされていたらしい。

 こうした〈ベガ〉戦を続けていれば、必然的にボクの存在も捕らえられる。新ネタのオカルトゴシップとして。

 ()くして〈ベガ〉vs〈SJK〉は、実在不明の眉唾娯楽(まゆつばごらく)として日々取り上げられていた。

 不本意な有名税だけど、仕方ないといえば仕方ない。

「たぶんフェイクだけどね。こんなロボットいるわけないじゃん」

「セーラー服だもんね。どっかのヲタが趣味丸だしで作ったネタって感じ?」

流行(バズ)らそうとしてんじゃないの? 昔の〈口裂け女〉や〈人面犬〉みたいに」

「アハハ♪ 新しい都市伝説ってヤツ?」

「ジワるからいいけどね。話のネタにはなるし」

「ね」

 ボクは無言でガタンと席を立った。

「……張り倒してきていい?」

「待った!」

 喰い気味に制止するジュン。

 消化不良な憤慨を押し殺して、再び着席。

 彼女からの(たしな)めじゃなかったら、目の前まで行って〈全身鋼質化〉を見せつけてやるところだったよ。

「それにしても、随分と(おおやけ)に知れ渡ったわよね……あなた──じゃなくって〈SJK〉の存在。もちろん、正体が〝あなた(・・・)〟だとバレたわけではないけれど」

「絶対に煌女(きらじょ)生徒で、ネタ売ったヤツがいるよ。ポケマ稼ぎに」

「確かに〈SJK〉というネーミングは、あそこでしか名乗っていませんでしたからね」

 ラムスが他人(ひと)(ごと)ながらに同感。

 ややあってジュンは、憂鬱(ゆううつ)眼差(まなざ)しを落としつつ懸念(けねん)()らした。

「これからも〈ベガ〉と遭遇する可能性は高いんでしょうね……そして、戦闘も」

「新しい友達が増える確率って考えりゃいいじゃん」

「増えてないじゃない。これまでの交戦で」

「そのうち増えるよ……モグモグ」

「楽観的ね」「マドカ様らしいですけれど」

 優しい苦笑に二人(ふたり)は肩を(すく)める。

 と、不意に背後から頭を小突(こづ)かれた。

 軽い挨拶代わりだ。

「相変わらずのゲテモノ食いだな」

 落ち着き払った声音(こわね)に振り向いたボクは「ハロす★」と、ひらひら(てのひら)を振る。

 細い鼻筋に、理知的な慧眼(けいがん)。黒髪のロングポニーが、サラサラと(あで)やかだ。

 意表を突かれたのは服装で──もっとハードロックみたいな攻撃的ファッションを好むかと思っていたけれど──白ブラウスに紺色カーディガンの(かた)羽織(はお)りとシックに(まと)まっている。スリムジーンズが細身の美脚を強調している事も相俟(あいま)って〝スレンダーなお姉さま〟って感じ。

 うん、シノブンだ。

 触覚と羽根が無くなっただけで、遜色(そんしょく)無く〝人間〟となっている。それも(もと)が美形なだけに上玉。

 自然体で相席すると、彼女は数本の携帯ボンベをテーブルへ転がした。

「ヘリウムカートリッジだ。これだけあれば、とりあえず数ヶ月は()つだろう」

「ああ、アンガトね」

「大事に使えよ。採集に圧縮作業……結構、手間なんだからな」

「りょ!」と、敬礼。

「マッドカちゃ~~ん ♡ 」

「ふぐぉうッ?」

 いきなりGカップに顔面沈められた!

 フリフリロリファション仕様のモエルだ!

 どうやらシノブンの背後に隠れていたらしい。

「会いたかった! 会いたかったよぅ!」

「ふぐぉあ! ふぁがへほぉ!」

「一週間ぶり? 一週間半? ううん、もう一年ぶり?」

 そんな経ってないよ!

 どういう体内時計してんだ!

 ってか、離れろ!

 解放しろ!

 苦しいわ!

「でもね? ちゃ~んと毎日、マドカちゃんの事は見てるんだよぉ? 本体の盗撮で衛星軌道上から……毎日毎日……ウフフ ♪  毎日だよぉ?」

 何を恍惚顔(こうこつがお)でストーカー犯罪のカミングアウトしてんだ!

 しかも、しれっと〝盗撮(・・)〟とか言わなかった? コイツ?

 (たす)けて! 特警ウィンス ● クター!

 ってか、いい加減に離れろっての!

 苦しいって!

 息できないって!

 さっきからタップしてんだろ!

「ああん ♪  マドカちゃんも、こんなに喜んでる ♪ 」

 そういうタップじゃないよ!

 感極まって背中叩いてるワケじゃないよ!

「うん ♪  もっとギュウってしてあげるね?」

 すんな!

 牛乳(うしちち)だからって、ギュウ(・・・)ってすんな!

 あ……ヤバいわ、コレ。

 

 ──チーン ♪

 

「ちょちょちょっとマドカッ?」

「はぇぇ! マドカちゃん?」

「……()ったか」

「……()きましたわね」

 巨乳に圧迫されて窒息した。

 うん、またスレにアップしておこう──『爆乳死ね!』

 

 

 

「で、どうなの? 念願だった〝人間形態〟に戻れて?」

 ジュンの質問に、シノブンはフラポテを(つま)みながら答える。

「まだまだ制覇したとは言えないが、(おおむ)ねやりたかった事はやってみている。ただ──」

「ただ?」

「──正直、マンネリズムに飽きも出てきたな」

「贅沢な悩みですわね。そんなものですのよ? 日常というものは……」

 悟ったかのような持論を示すラムス。

 けれど、シノブンの主張も分からんでもない。

 なので、ボクなりの退屈打開策を提案してみる。

「それってば、一人で遊んでるからだよ。今度、一緒に〝グラウンド・ワン〟でも行く?」

「はい ♪  マドカちゃん、あ~ん ♡ 」

 頬染めて差し出してきたモエルのフラポテ(くわ)え顔を、むんずと掴んで脇へと()らした。

「はぇぇん? 何でぇ?」

「ストーカーとポッキーゲームなんかやるかッ!」

「シクシク……やってほしかった……」

「シクシク……絶対やりません……」

二人(ふたり)(そろ)ってテーブルへ泣き伏せるなッ! 脱線の流れを作っておきながらッ!」

 ジュンから怒気(どき)られたよ。

「一緒に遊びに行く……だと? 貴様とか?」

 怪訝(けげん)そうに返すシノブン。

「うん、ボクとジュンとラムスとモエルと……」

「は~い ♪ マドカちゃんとなら、何処でも行きま~す♡ 」

 満面笑顔の挙手でモエルは乗った。

 うん、間髪入れずに。

「申し訳ありませんが、(わたくし)は辞退させて頂きますわ。日々の家事で、何かと忙しい身ですから」と、無関心にメロンソーダを(くち)にするラムス。

「あ、ヒメカもいいかな? こういうのハブると、あの子拗ねるし」

「行きますわッ!」

 露骨な興奮で即座に(てのひら)(がえ)し。

 相変わらずヒメカが絡むと現金だな。

 シノブンは(しば)し考え「フッ、悪くはない……か」と、淡く苦笑(にがわら)った。

「それはそうと──」ボクは一同を招集した本題を切り出す。「──みんな、今夜付き合ってもらっていいかな?」

「そろそろ言うと思ったわよ」

「ですわね」

「右に同じく」

「は~い ♪ 」

 

 

 

 夜の煌女(きらじょ)校舎屋上。

 ボク達は互いに手を(つな)ぎ、輪となっていた。

「ベントラーベントラースペースピープル……ベントラーベントラースペースピープル……」

 心をひとつにして呼び掛け続ける。

 三〇分──(いち)時間(じかん)──(いち)時間(じかん)半────。

 集中力が途切れる事も無ければ、(だれ)一人(ひとり)としてブータレる者もいない。

 想いは、ひとつだから。

 と、突然、星空が白夜へと変貌した!

 何事かと仰ぎ見て……うん、納得。

 街の上空にデッカイ異形物が滞空していた。

 (ぞく)に〈葉巻型UFO〉と呼ばれるヤツ。

 その周りに(まだら)と浮かぶ編隊は、見覚えのある〝逆ハート型円盤〟……って、アレってば〈フラモン〉じゃんか。

「あ~あ、ジュン~?」

「私が呼んだわけじゃないしッ?」

 ボクのジト目抗議を慌てて否定。

 ま、キミの過失じゃないのは百も承知だけどね?

 呼び寄せる対象まで指定できるワケじゃないし。

「っていうか、何なのよ? まさか新しい敵?」

 久々に動揺(どうよう)を見せるジュン。

 ああ、やっぱ落ち着くわ。

 この狼狽(ろうばい)から入るパターン。

「ねぇ、シノブン? 心当たりある?」

「生憎無いな」

「同じく……ですわ」

 ボクから(たず)ねられる前に、ラムスが温顔で同調。

「うん、わたしのデータベースにも無いよ?」と、モエル。

「ま、相手が何者だろうと関係ないけどね。それが日常を脅かす〝害敵〟である以上〈SJK(ボクたち)〉の選択肢は決まってるから」

 ボクの宣言に、みんなが決意(あふ)れる(うなず)きで同意する。

 シノブンも──。

 ラムスも──。

 モエルも──。

 そして、ジュンも────。

 根拠要らず無敵パワーが、ボク達を祝福してくれた。

『地球人類ニ告グ──』葉巻型円盤から電子音声的な宣戦布告が響く。『──我々ハ宇宙怪物少女〈ベガ〉ニヨル新興組織〈イガルス〉デアル。我々ハ、コノ惑星ニ対スル武力制圧ヲ決定シタ。尚、抵抗ハ無意味。諸君達ノ科学力(カガクリョク)デハ我々ニ一矢(イッシ)(ムク)イル事スラ不可能。繰リ返ス、我々〈イガルスカラヴァァァァーーッ?』

 非情な強迫の途中で、突如、巨大葉巻が煙を()いた!

 別に神様が喫煙したワケじゃない!

 何者かの特攻奇襲によって……だ!

 敵艦を貫通して勇姿を見せたのは、ドリル機首の空飛ぶ軽バン!

 視認と同時にパモカが鳴った。

 ボクの第一声は決まっている。

「おかえり♪ 」

 

 

 

[終]



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