【完結】異世界転生したら合法ロリの師匠に拾われた俺の勝ち組ライフ (ネイムレス)
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本編
第零話


前略。
何も考えずにしたい事をしたいという思いをぶつけました。
とりあえずの導入編です。


 彼は生前ロリコンであった。

 ソコソコの人生を送りつつ、ソコソコの収入を得て、大好きなサブカルチャーに没頭する。大好物はもちろん幼げな容姿の少女や幼女が愛らしく活躍するアニメや漫画であった。

 ただ、一般のロリコンと少し違う所があるとすればそれは、三次元のホモサピエンスに発情できないと言う事だろう。生まれてこの方彼女は無し。画面の向こうに嫁がいる。触れ合えなくても幸せさ。ごめんねパパママ、孫には会えない、会わせない。

 そんな彼だが、まあごく一般的に暴走したトラックにより無事異世界転生を果たした。享年二七歳。童貞を守り通しての華々しい最後であったそうな。

 まあ、そんな事はどうでも良い。

 

 そんなこんなで、ほぎゃあほぎゃあと生まれ堕ちたは夜の闇。籠に入れられ布に包まれ身動き取れず。ここは何処だと見上げてみれば、空にはでっかい二つのお月さま。あ、ここ地球じゃねぇや。やったぜ異世界、こんにちわ。

 そして周囲は森の中。周囲に人気はありゃしない。パパママ一体どこでしょう。もしかして、捨て子って奴でしょうか。彼の第二の人生、すでにハードモードでございます。

 すると聞こえて来る、藪を掻き分けるがさがさと言う音。すわ、獣か魔物か外敵か。逃げようにも何もできない泣くしかない。神様、次の人生はベリイージーでお願いします。

 

「……ふむ、赤子の声が聞こえたが、こんな森の中に本当に居るとはな……」

 

 二つの月の煌々としたきらめきに照らされて現れたのは、白いローブを目深に被った小柄な人物。月光を遮って覗き込んで来れば、赤子の目にはばっちりその人物の顔が見えました。

 美しいと言うよりはあどけないと言える幼げな容貌と、緑がかった銀髪と言う異世界ならではな髪の色。深い碧色の瞳に見詰められ、赤子は泣くのも忘れて頭の中にピキーンと何かが走ります。

 

「うん? どうした、もう泣かなくていいのか? 私の顔をじっと見て、まさか親とでも思っているのか? 存外、頭はそんなに良くないのだな」

 

 一度見たら目が離せない。これはまさしく一目惚れと言う奴でした。だがしかし、手を伸ばそうとも赤子の体は満足に動かず、声を掛けようにもあうあうばぶーと言葉にならない。生まれて間もない自分の姿が恨めしい限り。

 そんな必死な赤子の姿に、白ローブの人物は何を思ったのか。籠の中から赤子をそっと抱き上げて、高い高いとばかりに天に向かって差し上げる。しげしげとその全身を見つめて、何やら思案顔を浮かべます。

 

「ふむ……、まだ小さいが使えない事も無いか……。なにより、無駄に泣き叫ばないところが気に入った。ここで会ったのも何かの縁だ、こいつは私が持ってかえることにしよう」

 

 このままお持ち帰りなんですか? やったー! 赤子さん、心の中で盛大にガッツポーズ。だってそうでしょう。なんたって、この白ローブの人物は、とんでもなくドストライクな幼い女の子だったのですから。

 再び籠の中に戻されて、今度はその籠ごと持ち上げられて運ばれる赤子さん。もう頭の中は、これからの生活がどうなるかの妄想でいっぱいです。さようなら前世、初めまして虹色の夢が詰まった異世界。神様どうもありがとう。

 

 素敵な女の子に拾われた赤子さんの第二の人生は、一体全体どんな人生になるのか。それは、本人すらも全く知り得ません。でも一つだけわかっている事は、彼はこの出会いを泣くほど喜んでいると言う事だけでありました。

 そんなこんなで、物語は数年後へと続きます。




今はこれだけでございます。短くてすみません。
こんな感じでほのぼのとした日常物を書いて行きたい所存です。


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第一話

零話だけだと短すぎて良く話が分からないんじゃないかと思って頑張って書き上げてみました。
拙い出来ですがどうか読んでやってください。


 端的に言えば、それは地獄のような日々でした。

 

 月夜の晩に拾われて、好みの女子に育てられると言うドキドキ異世界生活。森の中にポツンと建てられた木製の一軒家に連れて来られ、今日から私とお前の二人暮らしだなと言葉を掛けられます。ご両親不在なんですか? それって常時二人っきりなんですか? やったー! 

 だと言うのに手も足も、声すら出せないと言う生殺しなんですか? やだー! 赤子さんの、長く苦しい試練の日々の始まりです。

 

 女の子の家に連れて来られて、最初に貰った食事はミルクでは無くお薬でした。なんと赤子さんを拾った女の子は、自分の家で調剤を営む薬剤師だったのです。謎の葉っぱとか乾燥したよく分からない虫とかを粉にして煮込んだ怪しい色のお薬を、美味しいぞと魅力的な笑顔と共に差し出してくる女の子。

 もちろん赤子さんは出されたものを全て頂きました。だって、凄く可愛い笑顔だったから。

 

 次に判明した事ですが、白ローブの女の子は子育ての経験が皆無だと言う事が分かりました。むしろ、家事と言う物に才能が無いのではないかと思われます。料理を作れば必ず焦がし、おしめを取り換えるのにもひと騒動。洗濯は溜まってからでないとやらないし、掃除をする気は初めから無い。

 そんな女の子が一人暮らしをして行けているのは、たまに知人らしき年配の女性がハウスキーパーとして訪ねて来てくれているからでした。年上は好みではない赤子さんでしたが、こればかりは背に腹は代えられません。

 

「先生、森の中で子供を拾って来るなんて、生活力無いのに無茶と言うか無謀ですよ。それにしても、この子ぜんぜん泣かない良い子ですね」

「そうだろう、私もそこが気に入っているんだ。あと、赤ちゃんの育て方教えてくださいお願いします……」

 

 どうやら、年配の女性のおかげで待遇が良くなりそうです。これには思わず赤子さんもニッコリ。ただし、黒焦げの料理と毎日のお薬は途切れる事はありませんでした。差し出す女の子も変わらずニッコリ。

 もちろん、両方とも赤子さんが美味しくいただきました。だって、凄く素敵な笑顔だったから。

 

 そんな生活を数年間続けて、赤子さんはすくすくと育って行きました。幼年期を終えて、少年時代の始まりです。

 

 

「師匠ー? 朝ですよ師匠ー! おきてくださーい!」

 

 少年の朝は早い。何故ならば、己の保護者が一切の家事をしないからだ。

 朝起きて直ぐに水汲みと朝食の下ごしらえを終わらせて、自らの恩師を起こすべく個室の扉をノックする。コンコン、ゴンゴン、ドンドンドン! そんな具合に次第に乱暴にして行っても、起きてくる気配は全くありませんでした。

 

「師匠、起きないとベッドにもぐりこみますよ。はい、起きませんね入りますよ。入りました、お邪魔します」

 

 起きて来ないならしょうがない。少年は慣れた手つきで個室のドアのカギを細い棒と針金でガチャリとピッキング解錠、音も立てずに室内へと侵入を果たす。

 乱雑に本が詰まれ、少し埃臭い室内。カーテンが閉じられて薄暗い部屋の中を慎重に歩んで、まずは窓を開けて陽の光と新鮮な空気を取り入れる。

 

「……ううん…………、まぶしい……」

「シショー、まだ起きないんですかー? 本当にベッドにもぐりこみますよー?」

 

 途端にベッドから聞こえて来る悩ましげな声と衣擦れの音。それに対して声を掛けるが、やはり起き出してくる気配は無かった。

 だったらもうしょうがないよね? 少年は流れる様な動作で女の子の眠るベッドに、まずはその縁へと慎重に腰かける。それから暫し、薄く上下する胸元と、目を閉じて寝息を立てる様子をジーッと観察。

 

「ふぅ、今日も師匠は小さいなぁ(意味深)」

 

 そう、女の子は赤子さんが少年になっても女の子のままだった。少年だけがすくすく成長して、女の子は昔の姿のまままったく変わっていない。そう、彼女はなんと種族的に年を取らないと言う、いわゆる合法ロリと言う奴だったのである。やったね!

 

「では、行きますね師匠……」

 

 どこに行くのか。それはきっとエルドラド。誰もが求める理想の黄金郷。ベッドのシーツに手を掛けて、いざっと意気込み跳ね退けようとして――少年は雷に打たれて跳ね飛んだ。もうバチィ、ドカーンって感じに。

 少年の体が殴られたように壁際まで吹っ飛ばされて、積んであった本の山に激突しもうもうと埃を巻き上げる。何を隠そう、女の子のベッドには邪な者が近づくと発動する魔法の罠が仕掛けてあったのだ。

 

「んあ……? ふあああああああっ……、もう朝か……。おはよう馬鹿弟子、今日も良い天気ね」

 

 ここまで騒いだ所で、ようやくベッドから女の子が起き出した。薄手のシャツ以外に何も付けない無防備な姿に、普段は編んで結い上げる髪も解けた艶姿。惜しむらくは、それをまともに見られる者が、今は本の山に埋もれて黒焦げだと言う事だろう。

 

「また勝手に私の部屋に入ったわね。まあいいわ、さっさと朝食にしましょう? 今日はどんなご飯を作ってくれたのか楽しみだわ」

 

 そう言い放ち、女の子は着替えを持ってすたすたと部屋を退出して行く。彼女は寝起きは何時も、朝食が出来上がるまでシャワーを浴びて身支度を整えるのが日課なのである。

 そして、彼女は最後に頭だけを扉の隙間から見せて、漸く本の山から這い出して来た少年に声をかけた。

 

「ああ、その本を片付けるついでに今日は部屋の掃除もお願い。埃っぽくなって来ちゃったから、ちょうどいいでしょう?」

 

 それっきり、扉をパタンと閉めて、少女は鼻歌を歌いながら立ち去ってしまう。その衝撃で、少年の頭に本の山からまた一冊、分厚い本が落っこちてきてガツンと当たる。結局ベッドには潜り込めないし、家事も掃除も押し付けられるしなんと言う理不尽か。

 

「……そりゃぁないっすよ、シッショー!!」

 

 嘆く少年に応える者無し。惚れた弱みと言うのは、かくも厳しく辛い物なのである。

 これが大体、今の少年と師匠の日課であった。

 




シッショー!!って言わせたくて書き始めただけの小説だった。
今は割と満足している。


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第二話

本当はよるに投稿しようと思ったのですが書けてしまったので投下。


 外見こそ黒焦げにはされたが、少年には肉体的損傷はほぼなかった。だから大急ぎで部屋を片付けて、とりあえずまずは朝食の用意を優先する。部屋の大掃除などしていたら、せっかくの師匠のシャワーシーンが終わってしまうではないか。

 

「シッショーのシャワー時間は大体二十分。今日は埃っぽいって言ってたからまず間違いなく時間いっぱい入る筈。急げ、急ぐんだ俺!! チャンスを掴み取れ!!」

 

 ちなみに、剣と魔法の世界なのに魔法で作った道具のおかげで、この家にはシャワーや湯沸かし器などが完備されている。だからこそ毎日のお楽しみとして生きる活力にしたいと言うのに、掃除などでチャンスを逃すなんてもったいなさ過ぎだ。

 急いでパンを温め直して、昨日の夕餉のスープの残りに火を入れる。その間にフライパンに油を引いて、鶏卵っぽい何かを二つ割り入れた。師匠の好みは片面焼きで、尚且つ黄身は固めなので火加減が難しいのだ。

 

「よし、出来た! 後は皿に盛り付けて……、良し! 良いぞ、これなら間に合う!!」

「あら、もう用意してくれたの? 何時もより早く上がったのに、頑張ってくれて嬉しいわ。本当、間に合ったわね」

 

 !? 少年の動きが一瞬止まる。だが、不屈の精神で硬直をレジスト、すぐさまにこやかに微笑んで愛しの師匠を迎え入れた。対する師匠はタオルで濡れた長い髪を拭っている最中だ。これは全く下心無く完全な善意で、お手伝いを申し出るしかないだろう。

 

「早かったですね師匠。あ、髪乾かすの手伝いますよ」

「あら、良いのよ。後は魔具を使うから、アナタは朝食を並べていてちょうだい?」

 

 さりげなく髪に触れようとする。が、駄目! さりげなく師匠に断られ、彼女がドライヤーっぽい物で髪を乾かしている間にせっせと給仕を続ける。泣いてない。ロリコンは泣かない。

 

「ふう……。さて、頂きましょうか。アナタも早く席に着きなさい?」

「はいはい、今スープをよそってますから、これが終わったら直ぐに……」

 

 ふぅ、とか言いたいのはこっちの方ですよエロイため息つきやがってこのロリ。そんな考えを微塵にも表情に出さず、二人分のスープの皿をテーブルに乗せて自分も対面に座る。

 いただきますと二人で一緒に言い合って、漸くその日の朝食が始まった。この数年で身に付いた、二人の習慣である。

 

 そう、拾われてからまだ数年。正確には三年ほどしか経っていない。だと言うのに、拾われた赤子は既に少年の体へと成長していた。すくすくと育つにも程があると言う物だ。

 これは正しく、赤子の頃から毎日飲まされていた師匠特製の薬の効果であった。複雑な調合と製薬に長け、更には魔法を使った道具――魔具の作成もこなしてしまう少年の師匠。彼女は愛らしい姿をしては居ても、名うての錬金術師と呼ばれる存在だったのだ。キャーステキー、主に容姿が。少年は素直なロリコンだった。

 

「うん、今日も私の好きな焼き加減だね。優秀な弟子を取って正解だったよ。うん、ウマしウマし!」

「どうせなら錬金術の成果で誉めてくださいよシッショー。家政婦として誉められたって、あ割とうれしい!(ビクンビクン)」

 

 薬のお陰で一年ほどで三歳児になってしまい、ほぼ三倍の速度で成長し今は八歳ほどか。このままだとあっと言う間に、前世の年齢を追い越してしまいそうだ。

 ちなみに師匠の年齢は知らない。知りたくも無い。なにより、女性に年齢など訊ねてはいけないのだ。

 

「ん、ごちそうさま。今日もおいしかったよ。それじゃあ午前中の内に、お互いの仕事を済ませてしまおうか」

「おそまつ様でした。わかりました。師匠がアトリエにこもっている間に、他の場所の掃除をしてしまいますね」

 

 食事を終えて直ぐ、師匠はイソイソと仕事部屋に引っ込んで行ってしまった。愛しい師匠と暫し離れ離れで少年は気落ち、しませんよ? だってほら、今日は合法的に師匠の私室に入れる約束をしたじゃないですか。

 かーっ、命令なら仕方ないよなー。命令ならなー、かーっ! 少年は流れる様な手さばきで皿を片付け、水の出る魔具を使いながらテキパキ皿洗いを済ませた。

 

 そしていざ出陣の時。鍵が開いたままの師匠の部屋にカサカサと忍び込み、ごくごく自然な流れで衣装ダンスに忍び寄る。この中には、プラチナの様な師匠のあの愛らしい身体に最も近い布地――ラーンジェリーが収められているのだ。その価値、値千金である。

 無心だ。無心になれ。邪念が無ければ罠は作動しない筈。そう、少年は無我の境地でその手を差し出し、黄金郷への扉に触れた瞬間吹っ飛んだ。

 

「な、なぜだああああああっ!? ぐへぇっ!?」

 

 ばーん、どかーん、とギャグみたいな勢いで部屋の壁に激突しズルズルとゆっくり床に落ちる。畜生今日もダメだった。それも当然、ここに仕掛けられた突風の罠は、持ち主以外が触れると発動するように設定されていたのだから。流石師匠だ隙が無い。

 

「…………よし、仕事しよ」

 

 少しの間だけ天井を眺めて大の字になっていた少年だが、何事も無かったように立ち上がり自身が散らかした部屋の後片付けを始める。ボールの様に弾け飛んだと言うのに、毛ほどにも痛痒を感じてはいなかった。

 これもまた幼少からの投薬の結果で、師匠の薬は彼を実に強靭な肉体へと変貌させていたのだ。だから多少の罠など恐れるに値しない。でも、罠自体を壊すと怒られるので深追いは致しません。怒られること自体はご褒美だが、拗ねて口を利いてもらえなくなるのは困るのです。

 

 ところ変わって師匠のアトリエ。試験管やビーカー等の調合道具や、魔女の巨釜みたいな鍋やら竈やらが併設された独特な趣の仕事場である。この部屋には日光を嫌って窓が作られていない。代わりに壁の殆どが棚で埋め尽くされ、薬品やら素材やらが無造作に突っ込まれていた。

 

「ふむ……、今日も順調に罠に引っかかったか。突風の罠程度では足止めにしかならないようだな。行幸行幸」

 

 独り言をつぶやきながら、巻き癖のついた用紙にカリカリと羽ペンを走らせる。そこにはびっしりと、弟子の発動させた罠についての詳細が書き記されていた。

 

「電撃の護身具は良好だったな。やはり一度弾き飛ばす効果は有用だ。これからの罠の魔具にも、随時付与させて行った方が良いだろうな」

 

 それは彼女の仕事に関してのメモ書きでもあった。自身の作った魔具や薬品の効果効能。そして、人体に及ぼす影響についてを子細に記録しているのだ。

 

「ふふっ……。本当に、使える弟子を拾えて助かっているよ。次は何を試してもらおうか、迷ってしまうな……」

 

 白のローブを普段着として着用する師匠は、自身の育てた馬鹿弟子を思い起こしてにっこりと微笑む。それはそれは、愛らしくも邪悪に満ちた人でなしの表情でありました。彼女は、とても自分本位な性格をしていたのです。るんるんしながら人体改造に思いをはせるのがこのお方の真骨頂。でもそこが良い!

 

 そしてお話は、午後の二人っきりの錬金術のお勉強へと続きます。

 




師匠邪悪カワイイ。可愛くない?


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第三話

また書いてしまいました。
どうか読んでやってくださいませ。


 それは、午後の昼下がりに起きた一幕。

 

「し、師匠……、くっ……はぁ……。これ以上は駄目ですよ……」

「どうした……、こんな物ではないだろう? もっと頑張れるはずだ……、ほら……」

 

 まだ声変わりを迎えていない少年のくぐもった苦悶の声と、興奮を押し殺した師匠の艶めく声音が室内に響く。時はまだ日も明るい内だと言うのに、アトリエの室内には常には無い異質な空気が漂っていた。

 

「ああっ! だめ……、ダメです……。本当にもう、やめ……、ぐぅっ!」

「ふふっ、良いぞ……。凄く素直に反応して……、良い子だな。ほら、ここはどうだ……?」

 

 あどけない容姿の少女が大きく手を動かせば、刺激に反応してビクリと少年の体が跳ねる。その様子を見て少女は喜色で頬を歪ませ、うっすらと上気した顔で更に愛し気に指を滑らせていく。少年が声を漏らすたびに、少女もまたうっとりとした溜息を零すのだ。

 

「ああっ! もう我慢できん! 電力アップだ!!」

「あへええええええっ!! そんなにしたら神経焼き切れちゃうのほおおおおおおおっ!! オッ! ホオォッ!?」

 

 そして少年は、今日も元気に実験台として大活躍するのであった。これには師匠も大満足でニッコリ。やられた方の少年は、黒焦げにはなってはいないがグッタリ。

 

「うむ、やはり電撃の出力を上げる事で生物は自ずと、自らの反射で飛び跳ねるのだな。筋肉に作用する効果なのだろうか……。では逆に弱い電流ならば肉体をある程度操作できるのでは……」

 

 ブツブツブツブツと、師匠は片手でメモを取りながら手の中の雷の魔具について思案する。今は師匠と弟子の日課である錬金術のお勉強の時間の筈なのだが、どういう訳か午前中の掃除の時間に少年が衣装ダンスに手を出した事がバレてお仕置きされる事となったのだ。

 それがこの、人体に電流を流した際の反応観測実験なのである。我々の業界でも拷問です。本当にありがとうございました。

 

「よし、と。それではお仕置きはこのぐらいにして、そろそろ授業を始めようか。どうせダメージはもう回復しているのだろう?」

「はい、よろしくお願いします、シッショー!!」

 

 お仕置きの後はご褒美の時間。愛しのお師匠様との二人きりで行われる、昼下がりのハチミツ授業の時間でございます。ドストライクな女の子との急接近。よだれズビッ、ってなもんですよ。

 

「さて、では今回は今まで教えた事の復習をしようか。基礎的な錬金術の概念は教えた筈だな? 正確に覚えられているかどうか確認するから、言ってみなさい」

「えーっと、錬金術師は道具や薬を作る際に、原材料に魔力を編み込んで品質を向上させることが出来ます。だからこそ錬金術で出来上がる製品には錬金術師ごとの個性が生まれます。それこそ作り方から魔力の込め方まで、千差万別で正解が無いのが錬金術……でしたよね?」

 

 たどたどしくも、自身の中の知識を自分の言葉で形にしていく少年。それを師匠である少女は、うんうんと頷きながら見守る。

 ただ習った事を丸暗記するのでは意味がない。習った事を自分の中で噛み砕き、自分自身のニュアンスとして理解する事が大切なのだと言うのが師匠の教えでした。

 

「そうだ、間口は広く、道筋もまた無限にありて、しかし真理はただ一つ。千差万別なのが錬金術だ。……よく覚えていたわね、偉いわよ」

 

 少年の答えに満足した師匠は、彼の頭を優しく撫でながら微笑んでくれる。あまりの幸せな衝撃に、少年の魂はもう一度天に行きかけたが何とか踏みとどまった。こんな幸せな世界を手放して死んでしまうような奴がいるだろうか? いや、居ない(反語)。

 年相応の少年の様にはにかんで照れながら、少年は耐える為に血がにじむほど奥歯を食いしばっていた。たとえ死んだとしても、死んでもこの世にへばり付いてやる!! その覚悟、正に不退転。

 

「世の中には本当に色々な錬金術師がいる。中には錬金釜をぐーるぐるっとしただけで、賢者の石からアップルパイまで作るような奴も居る。まあ、そんなのは本当に稀な存在ではあるが……。私の場合は知っての通り製薬を基礎としている」

 

 言いながらアトリエの中をテクテクと歩み、アトリエの壁際にある薬品棚から粉末の入った小瓶をひょいと拾い上げる師匠。それを手に机に着いた少年の元へ戻り、彼の目の前にその小瓶を置いて再び語りを続ける。

 

「今日は実際にこの薬を作ってもらおう。今から必要な道具と材料を言うので、何時もの様にメモは取らずに覚えろ。メモを取るのは夜に自分の部屋に戻ってからだ」

 

 これもまた師匠の教育方針の一つ。夜眠る前に習った事を書き出すと言う、日記ならぬ錬金日誌の作成を命じられているのだ。その方が必死に覚えるだろうし、復習も出来るので脳が鍛えられると言うのが師匠の言である。

 

 それから、必死に覚えた素材を部屋のあちこちの棚から探し出し、師匠の使う錬金台を使わせてもらって少年の調合作業が始まった。大事なのは、正確な手順と分量、そして何よりも魔力を込める際の集中だ。

 

「そうだ、よーく集中しろ。お前には生まれついての高い魔力がある。大丈夫、アナタなら出来るわ……」

 

 師匠が作業台を挟んで正面に立ち、ゴリゴリ素材を削る少年を見守りながら応援してくれている。優しく、甘い囁き。慈愛に満ちた目が、声音が、少年に一身に向けられていた。何これ幸せすぎて死にそう。いや、死にたくない。

 いかんいかん、集中集中。集中しなければ。一点に集中しなければ――あ、この位置だと覗き込んで来る師匠の胸元から中身が見え……。

 少年はかつてない程に集中した。見えそうで見えない師匠の肌着に。

 

 結果。

 

「失敗しちゃった!!」

「…………」

 

 テヘペロっと舌を出して誤魔化してみる少年と、無表情からニコッと愛らしい笑みを浮かべるお師匠様。バチィと、雷の魔具から再び雷撃が放たれて、アヒィと少年の甲高い悲鳴が響き渡る。

 そんなこんなで、本日の授業はしめやかに終了。この続きは、また翌日へと続くのであった。

 

 




錬金術については、もっと深く設定を練りたいと思っています。
今回はとりあえずの触りだけ。


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第四話

今日の師匠は通常モード。


 本日の夕食は、ミルクタップリのゴロゴロ野菜のシチューと焼きたての種なしパン。ミルクから作った発酵バターがどちらにもふんだんに使われて、香ばしさで食べる前から思わずにっこりしてしまいます。

 

「ああ、良い匂い……。今日もずいぶん手の込んだ物を作ったのね。アナタが料理番になってから、毎日の食事が楽しみになってしまったわ」

「光栄です師匠。結婚し――いえ、何でもありません」

 

 勢いでプロポーズしようとしてやっぱりできなかった元童貞(現童貞)。ゲーム位でしか女を口説いた事の無い奴が、いきなり女性に求婚とか出来るわけないだろいい加減にしろ! 少年は心の中で血涙を流した。

 

「さ、早く食べましょう。アナタも早く、座って座って」

「はいはい、後はパンを置くだけですから少々お待ちを」

 

 仕事の時は少々固い言葉遣いをする師匠だが、今はもう目の前の湯気を立てるシチューに夢中で完全にオフモード。口調も柔らかく、表情も外見相応でキラキラ輝いている様だ。油断すると少年は、胸中の思いが漏れ出してしまいそうになる。思いと書いてパトスと読む。

 

「可愛い。結婚しよ」

「うん?」

「いえ、何でもありません! さ、食べましょう食べましょう、そうしましょう師匠ねぇ!」

「ふふっ、おかしな子ね。まあいいわ、いただきましょう?」

 

 いただきますと二人で声を合わせて、そして淑やかに夕餉の団欒が始まった。基本的に二人とも食事中は言葉を発しないのだが、きちんと良く噛み飲み込んでから料理の味についての意見を交換したりはする。不満がある時はきちんと言ってくれるし、美味しい時は手放しに誉めてくれるのだ。だからこそ作り甲斐があると言う物で、少年は誉められたいが為に一層張り切り師匠を喜ばせている。つまりカワイイは正義。間違いないね。

 

「うん、今日もおいしい……。アナタの作るシチューは、毎回色が変わって目にも楽しいわね」

「ありがとうございます。これからも師匠の為に頑張りますね」

 

 ちなみに師匠が作ると何時でも真っ黒になります。焦げるのもあるのだが、師匠は独特な素材も平気で入れてしまうので厄介極まりない。料理もまた錬金術の筈なのだが、人には得手不得手と言う物があるのだろう。

 少年としても黒焼きになったトカゲが丸のまま入ったシチューとかはご遠慮したいので、料理を任されるのはそれはもう大本望であった。むしろもう、べた惚れの女の子の生活を支えられるとかお金払いたいぐらいですね。

 

 料理をしっかりと食べ終えて、使った食器を流し台でぬるま湯に浸ければ、その後はまったりとした食後のティータイム。師匠の家に通ってくれているハウスキーパーのおばちゃんから分けて頂いた茶葉を使い、鍋で砂糖とミルクと一緒に煮出して琥珀色の濃厚なお茶を作る。チャイに似ているが生姜は入れないのでまた違う物の様だ。

 

「師匠? なんだか嬉しそうですけど、どうかしましたか?」

「ふふふ、大した事ではないのだけれどね。ええ、少し昔を思い出していたの。アナタを拾って、色々としてあげたなぁって……」

 

 湯気を立てる琥珀啜り、ほうっと艶のある溜息を一つ。そんな師匠に見とれていたら、少年は彼女が遠い目をしながら微笑みを浮かべている事に気が付いた。今は仕事中と違ってローブのフードを被っていないので、その愛らしい表情がとてもよく分かるのだ。

 そして、その事を素直に訊ねてみれば、ああなる程と少年は納得の感情を浮かべる。確かに、色々と『してもらった』記憶が彼にはあるからだ。

 

「数年前は小毬のようだったのに、今ではこんなに大きくなってくれて……。それだけでもとっても嬉しいの。やっぱり世界樹の種のエキスから作った栄養剤を毎日飲ませたからかしらね」

 

 おかげさまで通常の三倍の速度で成長しました。というか、流石は師匠。乳幼児にミルクよりも早くそんな物を飲ませていたとは、驚きを通り越して妙に納得させられます。本当に生活力無いんだなぁ、って。

 

「病気もしない様にエリキシルも飲ませたし、粉末にした龍の心臓とか一角獣の角とかも飲ませたし……。うん、やっぱりあれは間違っていなかったのね」

 

 少年の体が異常に頑丈になったのは、きっとそのせいで間違いないでしょうね。オートリジェネとかも付いていると思います。包丁で指切ったと思ったら、軽く出血しただけで何処が傷口か解らなくなると言う珍妙な現象も起きました。

 

「血中に今も効能が残っていると言う事か……。いや、しかし排出もされているだろうから常在効果と言うのも……」

 

 それまでにこやかにしていた師匠が何やら思案を始め、ブツブツと呟きながら少しずつ口調が変わっていく。あ、これは半分仕事モードに入ってますね。こうなると長いんですこの師匠。

 ほっとくと朝方まで研究を続けてしまうので、程々で止めて差し上げるのが内助の功。少年はお茶のお代わりを進め、返事を聞く前に空になったティーカップにお茶を注いで差し上げた。

 

「ん……。ああ、ごめんなさい。ついつい物思いに耽ってしまったわね。アナタと話していたのに、私の悪い癖ね」

「いえいえ、仕事に熱中する師匠を見るのも好きですから。でも、あまり夜更かしもして欲しくないですし、程々にしておいてくださいね」

 

 少年の指摘に師匠は両手でカップを抱えて、少し恥ずかし気に頬を染める。可愛い。可愛くない? 少年は素直に可愛いと思ったので、じーっとその表情を見つめてしまった。

 

「んっ! お風呂、お風呂にしましょう。何だか今日はお風呂に入りたい気分だから、ちょっと入って来るわね」

「はい、行ってらっしゃいませ師匠」

 

 気恥ずかしさを誤魔化す為か、師匠が突然入浴すると言い始める。少年は素直にそれを見送るが、師匠は何を思ったのか一旦部屋の外に出てからひょいと顔だけ見せて少年を見つめて来た。

 

「……覗いちゃだめよ?」

 

 師匠それは前振りなんですか。前振りなんですね。解りました。畜生可愛いからって調子に乗りやがってこのロリ。大好き愛してる。一瞬で少年の中に無数の感情が生まれ、それをおくびにも出さずに解ってますよと手を振って送り出す。

 それに対して師匠は何を思ったのやら。無言のままで頭を引っ込め、スタスタと足音軽く浴室へと向かって行った。

 

 どうやら、今夜は長い夜になりそうだ。




スキルにするなら〈自己再生〉〈状態異常無効〉〈防御力Up大〉とかがついていそう。


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第五話

師匠はとっても優しくて慈悲の心がある人です!


 はぁ、はぁ、はぁ。浅い呼気が何度も繰り返されて、胸中の熱さを夜の闇へと溶かして行く。焦りは禁物だとは解っているが、どうしたって緊張と期待で興奮は高まってしまうものだ。何故ならば、目指す先には約束されたユートピアが待っているのだから。

 だからこそ少年は今、師匠の家の屋根にへばりついているのだ。

 

「落ち着け、クールになれ。罠の位置は師匠に説明されて解っている。だからこそ、今必要なのは慎重な動きだ。焦らず急いで正確に……、焦らず急いで正確に……」

 

 言うは易しとは言うが、実際それを行うのは困難に等しい。錬金術師の工房は、言うなれば企業秘密の塊である。だからこそ、師匠もその例に漏れず、無数の魔具でアトリエを要塞の如く守護していた。それが今、浴室の窓へ近づこうとする少年を苛んでいるのだ。

 

 既に夜の帳も落ち切って、星灯り月明りでは足元も覚束ない。おまけに傾斜があるので足も滑りやすいし、とっかかりになる様なでっぱりも少ないと来た。これに更に罠があると言うのだから、ユートピアへの道はまさに艱難辛苦。へっ、面白くなって来やがった!

 

 少年の今の格好は何時もの普段着の上から、黒色のフード付きローブを纏っている。これは宵の闇に紛れるにも好都合ではあるが、師匠のお手製なので幾つかの機能が組み込まれているのだ。なにより、師匠と色違いでお揃いだし!

 その機能の一つ、消音の機能を発動させた。効果は、自身とその周囲の音をある程度まで押さえてくれると言う物。軽い魔力をローブに通すだけで発動できるので、これで万が一にも罠が発動しても音でバレる事はないだろう。

 

「さて、確かこの辺りにはカマイタチの罠が――」

 

 言いつつも慎重に踏み出した所で、少年の頬が浅くピッと斬られた。どうやら罠の効果圏ギリギリを踏んでしまったらしい。傷自体はもう治癒したが、傷口からこぼれた赤い一滴がまるで冷や汗の様に顎に伝った。あと一歩でもずれていれば、今頃は首無し死体の出来上がりだっただろう。流石師匠だ、殺意満点だね。

 

 覗くなら、除かれる覚悟をしろと言う事か。いや、違う! 間違っているぞ!

 

「覗いていいのは、除かれる覚悟のある奴だけだ! いくぞおおおおっ!!(小声)」

 

 そして始まる、緊張と静寂の攻防戦。時に慎重に、時に大胆に足を踏み出し罠の効果範囲を掻い潜る。思いの他どの罠も効果範囲が広く、そして一つ一つに個性があるかの様にその射程範囲に差異がある。有る時は潜る様に、ある時は身を反らして二つの罠の間を潜り抜けたりと、少年は気持ちの悪い動作で少しずつ進んで行った。

 

「くっ!? これは……」

 

 だが、少年は気が付く事が出来なかった。ギリギリに避けられる罠の範囲と、その罠の配置に作為があると言う事に。少年は知らず知らずの内に誘導させられていたのだ。

 そう、今目の前に無数に罠を配置された、ユートピアへの道を完璧に塞ぐ最終防衛ラインへと!

 

「これは罠だ!!(小声)」

 

 はい、最初から罠です。むしろこれは、覗き撃退の為の包囲陣に他ならない。

 すかさず、階下から聞こえて来る水音。ちゃぷんっと程々の体積の物が着水した音が、確かに少年の耳に聞こえて来た。この下に、居る!! だったら、する事は一つだろう? ロリコン的に考えて!

 

「へっ、罠が何だ。こんなもんにびびっちゃいねぇ。男には、負けると分かっていてもやらねばならない時がある!!(小声)」

 

 少年は飛んだ。一直線へと罠へ向かって行き、その頭上を高跳びの要領で飛び越える。限界まで速く! 高く! 例え罠が発動しても、その攻撃で自身の体が一歩でも前に進む様に祈って。

 果たして少年の体は、発動した爆発の罠で木の葉の様に吹き飛ばされた。爆音自体はローブの効果で軽減されたが、その勢いまでは流石にどうにもできない。あわや屋根から弾き出されて地面へと真っ逆さまかと思われた時、少年の必死に伸ばした手が辛うじて屋根の縁を掴んだ。掴んだ腕に尋常では無い衝撃と、反動勢いその他もろもろが一気に襲い掛かる。

 

「おごおおおおっ!? なんとぉおおおおおっ!!(小声)」

 

 勢いがなくなれば、次いで体は重力に引かれて落ち始める。縁を掴んだ腕を始点に、少年の体がグリンと弧を描きそのまま家の壁にビターンと打ち付けられた。それでも、それでも掴んだ腕は離さない。むしろ好都合ではないか。だってホラ、浴室の窓が今はこんなに近く目の前にあるのだから。

 

 ところで、入浴中に突然浴室の壁に何かがぶつかってきたら、中の人物は一体どんな行動をとるだろうか。その時の師匠は、風呂桶からバッと飛び出して、すぐに窓を開け周囲に視線を走らせました。

 

 自然、師弟の視線ががっちりと交わる。師匠は長い髪を邪魔にならない様にタオルで纏め、何時もは中々見れないうなじを晒していた。そして、それよりも更に珍しい物が首から下に有るので、少年の視線は自然にゆっくりと下に移動して行く。

 

「ていっ!」

「ぎゃあああああっ! 目が、目があああああっ!!」

 

 可愛らしい掛け声で師匠が弟子の両目に目突きをかまし、弟子は何処かで聞いた様な悲鳴を残して地面に墜落した。幸いこの家は一階平屋建てなので、墜落自体は大した事はない。だが、両手で顔を押さえていた少年は受け身も取れず、目が痛いやら頭が痛いやらでもんどりうって地面でのた打ち回る。如何に傷が再生しようとも、痛い物は痛いのでございます。

 注意、この小説には一部危険な描写がありますのでご注意ください。

 

「まったく、馬鹿弟子が。あれだけ派手に罠を発動させるから、どこぞの間者かと思って手が出てしまったではないか」

「嘘だ。絶対こっちの顔を確認してから手を出してたよ。目が合ったし。湯上り艶やか師匠カワイイヤッター……」

 

 弟子の上げる苦悶の声を聞き流し、師匠はふうと溜息を吐いて気持ちを切り替える。フードが無いけど仕事モードになりかけていたので、勤めて落ち着くための儀式であった。

 そんな間に少年の両目は回復し、急いで地面から再び浴室の窓を見上げるがその頃には師匠は体にバスタオルを巻いて防御態勢だ。チイッと心の中で少年は舌打ちする。

 

「もう、また罠を突破して覗きに来るなんて、危ないから止めなさいと何度も言ったでしょう? それに、お風呂を覗く様な悪い子に育てた覚えはありませんよ?」

 

 すいません、ドストライクな人がいたのでつい。そんな風に言えればどんなに心が楽だろうか。でも、艶やかな姿でお説教されるのもそれはそれで嬉しいので、少年は地面に正座して師匠の言葉に耳を傾けていた。

 

「今日は罰として、暫くそこで反省していなさい。そこの罠は、屋根の上と違って『仕留める用』だから命の保証はしないわよ?」

 

 わーい、地雷原で正座だ嬉しいな。少年は結局深夜近くまで、指一本動かせない極限状態の正座できっちり反省させられたのであった。深夜になったら『もう家に入りなさい』と言ってくれる辺り、師匠は優しい人だと思います。

 

 これがおおむね、師匠と弟子の騒がしい一日の終わり方であった。




この話まで一日をじっくりと書きましたが、次からは一話完結型にしたいと思います。
出来たらいいな!(願望) 出来ると良いな!(諦念)


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第六話

ネタが無くなって来た。
誰かタスケテ。


 それは唐突に表れた。日常に忍び寄る、驚異の刺客として。

 

「じーっ……」

「うっわ超気になる。しかも今時じーっとか口で言っちゃってるよ」

 

 ある晴れた日に家の外で洗濯物を干していた少年の事を、気が付けば一人の少女が木陰から見張っているのに気が付いた。そこまでは良い。問題はこれから、師匠の服をじっくりと干そうとしていた時だと言う事だろう。こんなに見られて居たら、せっかくのお楽しみなのに気が散って仕方がないじゃないか。くそっ、何て時代だ!

 

「えーっと、確かハウスキーパーの人の所の娘さんだったっけ……。おーい、そんな所に居ないでこっちに来たらどうだい?」

「びくっ! き、気付かれていたとはなかなかヤルですね……」

 

 顔というか上半身ほとんど見えていたし声まで出していたというのに、なんと本人は完璧に隠れていたつもりだったらしい。少年が声を掛けるとしぶしぶと言った様子で、隠れていた木陰から出てきて傍に歩み寄って来る。

 

 身長は師匠よりも少し大きめで、少年とあまり変わらないぐらい。亜麻色の癖の無い髪を背中まで届かせて、その上には日除けの為か白い飾り布が乗せられている。服装はこの辺りの女児には一般的な丈夫に作られたエプロンドレスで、そのくたびれ具合からは彼女がすでに家の手伝いなどを良くやっている事が窺えた。確か彼女の家は農家だったはずだから、子供とは言え貴重な労働力なのだろう。

 

 では、そんな少女がなぜここに居るのだろうか。思い浮かんだ疑問は素直にぶつけてみる事にした。

 

「それで、今日は一体どのようなご用件でしょうかお嬢さん?」

「おねーちゃん……。前はそう呼んでたのに……。それに、前の時は私の方がおっきかったのに、何でしばらく見ないうちにこんなにでっかくなってるんですか!?」

 

 それはもう通常の三倍ですから。

 言われてみれば確かに、こうして会って話すのは久方ぶりだった。確か彼女の家が繁忙期に入るので、暫くハウスキーパーの仕事は休ませてもらうと母に連れられて断りに来たのが最後だったか。彼女の住む村と師匠の家はそれなりに離れているので、暇が出来ても簡単には来られないのも事情の一つだったのだろう。

 それなら確かに、見違えてしまうのも当然だろう。男子三日合わざればなどと言うが、少年の場合は一日で三日分である。

 

「そう言えば一年ぶりくらいだっけ。そっか、覚えててくれたんだ、おねーちゃんてばやっさしー」

「ばっ! 馬鹿言ってんじゃないですよ! 弟分の面倒を見るのは、年上として当然の事ってだけですよ!」

 

 年上。そう言えば彼女の歳は少年の今の年齢的には大分年上だったな、と少年は思い出していた。年上かぁ、年上なんだよなぁ。今の見た目は客観的に見れば少年と同い年ぐらいに見えるのだろうけれど、年上と言う言葉の重みが少年の心にずんと伸し掛かる。

 

「ごめん、俺ロリコンなんだ」

「は? ロリコン……?」

「いやなんでも無い、間違えた。身体が大きくなってるのはほら、俺って今絶賛成長期だから。毎日一センチぐらい背が伸びる時期なんだよ、きっと」

 

 危ない危ない、ついつい少年の口から素直な気持ちが冒険に出てしまった。少年は何時だって冒険者。心の求めるままに旅に出るのさ。いや、今はやめておけ。師匠と離れたくない。

 

 適当に考えた適当な言い訳だったが、少女の方はむむむっと考え込んで何やらこのまま誤魔化せそうである。何がむむむだ、成長期だからって一年で三年分も成長する訳がないだろう。このおねーちゃん、ちょっと残念形なのではなかろうか。

 

「だからさ、もしかしたらこれから背とか追い越しちゃうかもしれないけど、それでもおねーちゃんが年上なのは絶対変わらないから! 安心していいと思うよ」

「そう……ですかね? お前がそこまで言うなら納得しておいてやるです」

 

 どうやら納得してもらえた様で、少年としては無駄に話がこじれなくて何よりです。

 

 それから少女はやや強引に家事を手伝うと言い始め、少年はぐいぐいと押してくる勢いに負けて二人で仕事をする事になってしまった。強引ではあったが、少女は実に仕事馴れしていてテキパキとした行動には実際助けられる。普段は手の届かない様な家の隅々まで掃除する事が出来て、これでまた師匠の役に立てた少年はホッコリだ。

 

 その後はお礼もかねてお茶に招待して、色々と互いの近況などを語り合った。師匠と二人暮らしだと、こういう友達との時間は味わえないのでありがたくもある。年上だけど、友達としてなら彼女は貴重な存在になってくれそうだ。年上だけど。

 

 やがて、日が傾きそうな頃になって彼女は家のある村まで帰って行った。途中まで送ろうかと申し出たが、弟分が気を利かせすぎて生意気だと言われ見送るにとどまる。彼女は何処までも、おねーさんで在りたかったのだろう。

 少年は思う。友人との時間は得難い物だと。また、年上でもやっぱり見た目可愛いならありじゃないかな、と。

 

 そしてその夜。

 

「どうしたの、昼間はずいぶんと楽しそうに遊んでいたから腹が減っているでしょう? 遠慮せずにたっぷり食べていいのよ。今日の夕ご飯は全部私の手作りだから」

「わ、ワーイ、ウレシイナー……。あれ、そうすると俺の作った料理はどうするんですか?」

「私はアナタが用意した物を食べるけど、アナタは遠慮せずに私の特製料理を味わって頂戴ね。全部、残さずに」

「そりゃぁないっすよシッショー!!」

 

 何故だか師匠はニコニコしながらちょっと怒っていた。そして御飯は全部黒かった。嫉妬? 嫉妬なんですかぁ!? それだと嬉しいけど、この料理の量はちょっと殺人級じゃないですかね。でも逆らえないので全部食べます。

 少年は頑丈な体になってから、久々に死と言う物を強く意識させられたのであった。

 




何時も物凄い速さで誤字修正をしてくれる方がいらっしゃって、とても助かっております。
この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう、あなたは神だ。


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第七話

クールな僕っ娘は好きですか?
うん、大好きさ!


 それは唐突に現れた。現れたパート弐。

 何だかごく最近、似たような状況になった気がするが、とにかくそれは平穏な日常に軽やかに現れたのだ。せっかく庭を掃き掃除していたというのに、これでは師匠にがんばったねって誉めてもらえないではないか。

 

「やあ、君が錬金術師さんのお弟子さんだね」

「いかにも俺はお弟子さんですが、アナタはどこの誰さんで何用でございますでしょうか?」

 

 それは、少々奇異な格好をした人物だった。背はあまり高くは無く、少年よりもやや小さいぐらいだろうか。短く整えた亜麻色の髪の上に小さい丸い鍔の帽子を乗せて、だと言うのにその体はパンツルックの上から皮の胸当てなどで部分的に守られている。そして、両の腰から下げられた二振りの剣が、その細身の体とは不釣り合いで更に異彩を放っていた。

 

「なに、僕の姉がずいぶん可愛がられたと聞いてね。僕も一度挨拶しておこうかと思ったのさ」

「姉……。ああ、ハウスキーパーさんの所のおねーちゃんの事か。まだほかにも家族が居るなんて知らなかったな」

 

 そう言えば顔立ちがどことなく似ていると思い、少年は納得がいってうんうんと何度も頷く。たしかに近況を語り合ったりはしたが、家族構成などはまるで聞いていなかった。仲良くなったと言うのに、少し勿体ない事をしたかと少年は思う。だがまあ、後で語り合うネタが増えたとも思えるので、今はとりあえず目の前の対処をしよう。

 

「そっかそっか、おねーちゃんも言ってくれればいいのにな。意外と水臭い所があるんだなぁ」

「ふふっ、そのおかげでこうして僕が直接会いに来る口実が出来たんだ、姉のそそっかしさは水に流してあげて欲しいな」

「はははっ、それもそうだな。いやそれにしても驚いたよ、まさかこんなに立派な『弟』さんがいるなんてさ」

 

 ピシリと、空気が凍り付いた。

 少年は不意に黙り込んで俯いてしまった相対者の様子に、『えっ? えっ? なに、急にお腹痛くなったの?』と的外れな事を考える。しかし、ぷるぷると全身を震えさせながらきっと睨み付けられると、相手が何を考えているかは一瞬で理解できた。

 あ、これ、食べたかったおやつをカラスに奪われた時の師匠と同じ顔だ。つまりは、目の前の人物は、今とても怒っていると言う事なのだろう。

 ちなみにカラスは魔具の力でおやつごと灰に。師匠は泣き崩れ、弟子はその姿に大いにハアハアしました。

 

「弟……。君は僕が男に見えたって事か……。そっかぁ、ふーん……」

「えっ!? 僕とか言ってたからてっきり……。普通にズボン履いてたし、鎧越しだとしても全然胸が目立ってなかったし……。え、本当に女の子……?」

 

 ブチィと、大気が怒りに震えた。

 男に間違われた少女が、無言のままスラリと腰の剣を静かに引き抜く。鞘から引き抜かれた二振りの刃は、陽光の元でギラリと鈍く輝く。少女が持つにはあまりにも武骨で、不釣り合いな存在であった。

 

「……ブッコロ」

「まて、時に落ち着け! 話し合おうじゃないか、貧乳はステータスだし希少価値なんだぞ! っていうか、俺はむしろチッパイの方が興奮する!!」

「ゼッコロおおおおおおお!!!」

 

 火に油を注ぐと言う表現が生易しくなる様な怒涛の挑発。少年の発言は清々しい程に屑だった。だが、争いを望んでいる訳では無い。ただただ、どこまでも自分の欲望に正直なだけなのだ。だって生前は、死ぬほど抑圧されていたから!

 

「ふっ、はっ! よっ、ほっ!」

「このっ、避けるな! 死ね!」

 

 両の剣が縦横に振るわれ、当たったらタダでは済まないだろう速度で迫って来る。だがこの少年とて、伊達に何度も師匠の罠を潜り抜けてはいない。剣自体ではなく、剣を振るう腕の動きを見て大きく飛び退いて躱す。素人に音速を超える切っ先など捕らえられるはずが無い。だから堅実に、間合いを離して回避するのだ。

 

 それに、彼女の剣には問題がある。そしてそれは、すぐさま彼女の体に変異として現れ出した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ! くっ……、はぁぁ……」

 

 息切れである。そう、彼女の小柄で華奢な体格に対して、両手の剣は武骨であり重すぎるのだ。これが細身のレイピアであったなら幾らでも振るえたのだろうが、いかんせん彼女が振るっているのは肉厚の両刃剣である。それが二本ともなれば、振るうのに必要な体力は更に多く必要になってくるだろう。

 

「おーい、そろそろ両手動かなくなってきてるだろう。あんまり無理するなよー?」

「馬鹿に、するなっ!!」

 

 それでも暫くは意地で剣を振るい続けたが、額からの汗が顎から滴る頃には、彼女は息も絶え絶えになって両手をだらんと垂れ下げさせてしまった。もはや腕を上げる事も敵わないようだが、それでも立ったままで剣も手放さないと言うのは見上げた根性である。

 

「なんでまた、二刀流なんて酔狂な真似をしてるんだか。重すぎて攻撃自体も単調になってたし、その剣じゃ身体に合ってないだろう。せめて、一本を両手で持った方が良いんじゃない?」

「っ、駄目っ! 二本じゃないと駄目なの! 両手で自在に振り回せないと双剣使いになれないの!」

 

 なんだ急に口調を変えて来た、この少女剣士。疲れすぎた事で心の鎧まで剥がれ落ちたのか、いきなり涙目になって必死に訴えかけて来る。その姿は、先程まで見せていた凛々しさはどこへやら、まるでわがままを言う子供のよう。少年は初めて、目の前の少女が年相応に見え、やっぱり幼さは正義だなと強く思った。

 

「あー……、でもほら、体に合わない武器使ってるとまともに戦えないだろう? それとも、その剣じゃないと駄目な理由でもあるのか? 」

「うー……、細い剣じゃハサミみたいにガシャーンって出来ないんだもん。丈夫じゃないと、ガシャーン出来ないんだもん……」

 

 ハサミみたいに交差させると言う事だろうか、なるほど彼女はそう言う必殺技にあこがれていると言う事か。成る程と、少年は全てを理解した。この子あれだ、ちょっと早めの厨二病なんだ!

 

「ああ、剣を交差させて敵の首筋とか狙う感じの技か。それなら確かに細身の剣だと折れるかもしれないな」

「うん……」

「あれだろ、両手の剣で舞う様に敵を斬り裂いて、トドメの一撃でガシャーンだろ?」

「ん、そう。ガシャーンってするの!」

 

 何だこの少女可愛いな畜生。

 どうやら、この少女こっちの話し方の方が素の状態らしい。最初の頃のあの気取った話し方は、いわゆる理想の剣士像と言う奴なのだろう。そう思ったら、何だかもう真剣で斬りかかられた事も、全て許してしまえそうな気になって来た。だってほら、小さな女の子がする事ですから。可愛い小さな女の子がっ!

 

「やっぱ両手って所がポイントだよな。盾も良いけど、時代は攻めだよな。攻撃こそが最大の防御って言うしな」

「っっ!? ……ふっ、よく分かっている様じゃないか。どうやら君はよく分かっている側の人のようだね。であれば、先程の無礼は不問にしよう。あと……、いきなり斬りかかってごめんなさい……」

 

 もう超許した。殺人未遂? なんだっけソレ、刹那で忘れちゃった!

 そして、その後滅茶苦茶仲良くなった。姉の時と同じ様に日が暮れるまで、カッコイイ剣術や魔法について語り合いたまに実演し合う。ここまで来ればもう二人はマブダチさ。

 その日は村への帰り道を途中まで見送って、少年と少女剣士は笑顔でさよならを言い合った。

 

 そしてその夜。案の定、晩御飯は真っ黒に。師匠のにこにこ笑顔の圧力を感じながら、少年も笑顔でボリボリゴリゴリと夕餉を胃に流し込む。結局掃除出来なかったからね、仕方ないよね。でも、友達と遊ぶぐらいは許してくださいよシッショー!!

 少年は、複雑な女心と言う物を身をもって学ぶのであった。そこに正解は無い。

 




次は師匠がいっぱい出る話を書くんだ。書かせてくださいお願いします。


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第八話

時間指定投稿に初チャレンジ。
ちゃんと投下されますように。


 その日、少年は怒っていました。何故ならば……。

 

「ふんっ、こんな土臭い所にまで来たと言うのに、ずいぶんと粗末な部屋に案内してくれたものだな。流石、田舎者は貴族に対する礼節と言う物を知らんらしい」

 

 豪奢な服を更に装飾品でゴテゴテと飾った、成金でございと言った感じの品の無い男が来訪していたからである。その言動、大変不遜であり不愉快千万。要するに激おこでございますよ。

 

 この男、護衛らしき甲冑姿の配下を引き連れて唐突に馬車で乗り付けてきて、今は師匠の家の居間にあるソファーでふんぞり返っている。何しに来たのか知らんが、お茶漬けでも出してやりたい気分の少年であった。

 そんな来訪者に対して、師匠はテーブル越しに向かい合って座り、にこにこと張り付けた笑顔で丁寧に対応している。顔は笑っているが、あれは絶対に怒っている顔だ。空気で分かる。

 

「生憎と突然のご来訪でしたので、充分なおもてなしも出来ずに申し訳ございません」

「ふふっ、下賤な者に期待など初めから持ってはおらんよ。それにしてもまあ……」

 

 下手に出られたのが気に入ったのか、来訪者の成金貴族はぐふふと汚い笑みを浮かべる。そして、途中で言葉を切ったかと思えば、じろじろと無遠慮に師匠の肢体を上から下まで視線で舐め回す。おいコラ、それは俺んだと少年は心の中で主張した。

 

「噂に聞いた錬金術師が、こんな小娘だとは思わなかったがな。その成りでは端女と変わらんではないか」

 

 少年はごくりと唾を飲んだ。激怒した師匠が、この貴族の首を魔具で跳ね飛ばすのではないかと瞬間的に思ったからだ。師匠の細くしなやかな指に幾つか填められている指輪は、その全てが護身用の魔具なのである。無手に見えてもフル装備。これぞ錬金術師の真骨頂なのだ。

 

 だが、予想に反して成金貴族の首は無事。それ処か、師匠は涼しい顔で言葉を受け流して、更に花が咲くような笑みを浮かべて見せた。正直そんな奴に微笑みかけないで欲しいのだが。少年は師匠の斜め後ろに控えながらやきもきしてしまう。

 

「この姿は錬金術師の業の様な物でございます。貴方様程の方が気に掛けるには値しない些末事でしょう」

「はっ、まあ良い。それよりも貴様に一つ献上してほしい物があってな。こんな片田舎までわざわざワシが出向いたのだ」

 

 自分で話題振っといてまあ良いとか頭沸いてんのかこの金髪ハゲ。それはともかく、ようやく嫌味を言うのに飽きたのか本題に入るようだ。正直もうさっさと帰って欲しいので、話が進むのはやぶさかでは無い。これの依頼を聞くのは嫌だけど。

 

「貴様は王室に不老長寿の薬を献上したと聞いている。それに相違は無いな? ならば、このワシにもそれと同じ薬を融通してもらいたいのだ」

 

 見た目も俗物だが、その中身もだいぶ俗物らしい。不老長寿の薬とか、金持ってる奴はそう言うの大好きだな。こういう奴が詐欺健康グッズとか買っちゃうんだよ。何故か無駄に自信満々でな。

 金持ちの戯言を聞かされた師匠は、一瞬だけ目を閉じて何かを思案し、直ぐにまた笑顔になって対応を続ける。

 

「…………確かに、国宝等級のエリクシルを私は作った事があります。そしてそれを王家に献上したのも本当です。その薬と同じ物をお求めと言う事でよろしいですか?」

「何度も言わすでない。ああ、金の事は心配するな、ほれ……」

 

 あくまでも丁寧に対応する師匠に対して、成金はふてぶてしさを崩さない。それどころか背後に控えていた部下の一人に顎で指示して、持っていた幾つかの鞄をどかどかとテーブルの上に置かせた。

 少年が興味深げに鞄を見ている目の前で、甲冑姿の部下が全ての鞄を開けて見せて来る。その中にはパンパンに詰め込まれた金色の硬貨の山であった。

 

「これだけあれば足りるであろう。貴様等の様な下賤の者どもが、見た事も無い様な大金だ。ほれ、さっさと薬を持ってこんか」

 

 相変わらず偉そうに言い放ち、商談は終わったと言いたげに少年が入れてやったお茶を不味そうに啜る。あれでは飲まれる茶の方が可哀想。雑巾の絞り汁とか入れてやればよかったと少年はちょっと後悔するけど、やっぱり食べ物を粗末にしちゃいけないよねと思い直す。

 

 一方の師匠はと言うと、真贋を確かめるように金貨の一枚を手に取って軽く一瞥してから、ふっと薄く笑ってそれを直ぐに元に戻す。そうしてから、真っ直ぐに成金を見つめ返してとても良い笑顔で返答を口にした。

 

「大変申し訳ありませんが、その依頼はお断りいたします」

「そうか、では――今なんと言った?」

 

 自分の言葉が、よもや拒絶されるとは思っていなかったと言った様子の成金様。顔を真っ赤にしてわなわなと震えていらっしゃいます。ざまあ。

 そんな赤く熟した成金に、師匠は指を三本立てながら断る理由を説明し始める。

 

「まず第一に、現在私はその薬を所蔵しておりません。今直ぐ受け渡すと言うのは不可能です。第二に、私はその薬を一人の力で作ったわけではありません。あの時は、素材の採集や調合にも力を貸してくれた協力者の友人が居ましたので」

「な、ならばすぐにその者に協力を取りつけよ! このワシの依頼を断るなど、無礼千万であるぞ!」

 

 無礼の塊のような男がよくぞ言う。成金は相当頭に来たのだろう、顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら叫び声を上げている。口角泡を飛ばすとはこの事か。

 対する師匠は涼しい顔で、冷静に説明を続けて行く。

 

「第三に、依頼料が全く足りません。国宝等級の薬品であれば、せめてこの十倍は必要になります。以上の三点を理由として、私はこの依頼をお断りさせていただきます」

「きっきさ、きさまっ、貴様と言う奴は……っっっ!!!」

 

 成金に対して金が足りないと言うのは相当に効いたらしい。調子ぶっこき過ぎてた結果がこれとは実に痛快である。流石師匠だ、口撃でもまったく容赦がない。

 あわや一触即発かと思われ、少年も護衛の甲冑たちも身構えた所で、成金はハッと何かに気が付いたように声を張り上げた。

 

「そうか、解ったぞ!! 嘘なのだな! 国宝等級の薬を作り上げたなどと言う話は出鱈目だったのだな! だからこのワシの依頼をつっはねたのであろう!」

「…………まあ、私一人で作ったわけではないので、そうとも言えるかもしれませんね」

 

 口調は丁寧なままだが、師匠の表情が明らかに変わった。あれは少年が師匠の下着を狙ってタンスに手を掛けたのを見られた時と同じ表情だ。塵を見る様な眼、ありがとうございます。

 師匠の返答を聞いた成金は、勝利を得たとばかりに汚い顔に喜悦を浮かべる。涎をたらさんばかりのいやらしい笑顔であった。やっべ、目が汚れるから師匠の横顔を見て中和しなくちゃ。

 

「認めたな!? 認めおったな!? ようし、今直ぐ斬り捨ててやろうと思ったが、貴様が金輪際依頼など出来ない様にしてやるからな! 覚悟しておれよ!!」

「そうですか。それでは、お体にはお気を付けて……」

 

 そうして、成金御貴族さまは高笑いしながら、部下たちをぞろぞろひきつれて帰って行った。

 少年が塩でも撒いておきましょうかと提案したが、師匠は疲れた笑みを浮かべながら止めておきなさいと静止する。その代りにちょっとだけ動くなと言われ、少年は師匠に背中から抱きしめられた。

 額を背中に当てられて、ぎゅーっと強くひっつかれる。正直、堪りません。その役得は、十分ほど少年を悩ませることとなった。

 

 それから一週間ほど経ったころ、師匠当てに一通の手紙が届いた。

 何やら仰々しい封蝋で閉じられたその手紙を師匠に渡すと、少しだけ驚いた表情を浮かべてその中身をイソイソと取り出す。なんだなんだ恋文かと少年が訝しむが、師匠は内容に目を通すとふふっと可愛らしく微笑んだ。

 ちょっとだけジェラシーを感じてしまった少年が手紙の内容を尋ねると、師匠は嬉しそうな、それでいて困った様な複雑な表情で内容を要約してくれた。

 

「懐かしい友人からの手紙だったわ。一週間前に来たあの貴族が、流行病で亡くなったそうよ」

「え、あの成金病気だったんですか? だから不老長寿の薬とか求めたんですかね。そう言う事なら素直に言えば良かったのになぁ」

「ふふっ、アナタはそれでいいと思うわ。本当に、馬鹿な人だったわね……」

 

 嫌な奴だったが死んでしまったと聞いて残念がる少年に、師匠は薄く微笑みながらその頭を撫でる。いや、撫でようとしたが手が届かないので、少年の肩を掴んで無理矢理引きずりおろさせた。弟子の頭を胸に抱きながら改めて撫で撫で。二重の意味でご褒美です!

 

 そして師匠は、弟子が俯いてる隙にフードを被って顔を隠し、誰にも自分にしか聞こえない声で囁いた。

 

「どうやら私は、友人に恵まれているらしい……」

 

 手紙に使われた封蝋の刻印が、この国の王家の物だと言う事を少年が知るのはもっとずっと後の話である。

 




いやー、病気(意味深)は怖いなー。
皆さんも風邪などひかれませぬよう、お体にはお気をつけて。


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第九話

お気に入りが突然倍以上に。とてもうれしいです。
そして評価までつけていただきまして、大変ありがとうございます。


 友情っていいよね。特にこの世界娯楽が少なくって、お話してくれるお友だちとか超貴重。そんな訳で、本日は最近仲良くなった例の姉妹と一緒に、森の中の散策に来ている少年であった。

 

「いいですかー? 迷子にならない様に、おねーちゃんにしっかりついて来るんですよ?」

「ふっ、姉さんあんまり張り切ってると危ないよ。ここら辺だって、弱いモンスター位は居るかもしれないんだから。でも君は安心していて良いよ、例え襲われたとしても僕が蹴散らしてあげるからね」

 

 ふんすふんすと勢い込んで先頭を行く姉と、その後ろをやれやれってな感じで着いて行く妹。少年はその後に続きながら、ちらりと肩越しに背後を振り仰ぐ。

 果たしてそこには、フードを目深に被りゴゴゴゴゴっと黒いオーラを発する師匠の姿が。こっわ、師匠こっわ。なんかのゲームのラスボスみたい。闇の衣纏ってませんか!?

 

「どうかしたのかい? 後ろばかり気にして、何か……居た?」

「二人とも遅いです! ほらほら、日が暮れる前に目的地に急ぐんですよ!」

 

 背後ばかり気にしていたら、いつの間にか姉妹が両側に来てサンドイッチ。その瞬間、背後からの闇のオーラがその圧力を増した様な気がする。

 右手に農民少女、左手に剣士少女、そして背後には三人を見守るラスボス少女と来たもんだ。

 

 お察しの通り、姉妹には背後の師匠は見えていない。ただ、魔具を使って存在を希薄にして居るので、最初から居ると知っている少年以外には発見されにくい状態になっているのだ。盗人の指輪? もしくは霧の指輪なんですか師匠。

 

 なぜこんな胃痛ハイキング状態になっているかと言えば、そもそもの発端は師匠に森での採集を命じられた事がきっかけであった。

 何でも錬金術師は採取の際には、知り合いに護衛を依頼して野山に赴くのが常識との事。それなら丁度知り合いも出来た事だしと、このちぐはぐな姉妹に話を持ち掛けたのである。姉は野良作業の経験から植物に詳しいらしく、妹はこの年齢で狩りの手伝いもした事があると言うので適任だろう、とそう思っていたのだが……。

 

 姉妹を誘った事を報告したら、師匠も付いて来ると言い始めた。村の周辺は子供でも勝てる様なモンスターしか生息していないとはいえ、絶対の安全などこの世界にはありえない。平凡な採取だと思ったら、『おおっと!?』なんて突然襲撃されるかもしれない。

 つまり、保護者同伴じゃないと先生許しません、という事らしいです。過保護かな?

 

 その事を知っているのは少年だけで、先程から無言の圧力で胃が痛い。どうしてこうなったと悩んでいるうちに、そうして三人とラスボスは採取エリアに到着していた。

 

「さあて、張り切って探すですよ! 錬金術師のお師匠さんに依頼されてるのは、確か怪我に効く薬草でしたよね?」

「姉さん張り切り過ぎだって。転んで怪我しても知らないからね」

 

 何だかんだで仲の良い姉妹が先行し、少年はその後をテクテクついて行く。気になる後ろはと言えば……。どうやら、師匠は黒のオーラを収めてくれたようだ。というか姿自体が見えない。流石に、作業中ずっと威圧し続けるような真似はしないようですね。

 ならば、今は期待された働きをこなすのに集中した方が良いだろう。少年は小走りに姉妹二人の後を追った。

 

「ふう、思ったよりも順調に集まったです。モンスターも全然出て来なかったし、らくしょーらくしょーですよ!」

「姉さん調子に乗り過ぎ。まあ、普通は何回か雑魚に絡まれると思うんだけど、今日は運が良かったみたいだね」

 

 小一時間ほど薬草の群生地を練り歩いてみた結果、目当ての薬草の他にも解毒や熱冷ましに調合できる薬草などもたっぷり集める事が出来た。普段から採り慣れているのか姉の方は薬草の生えやすい場所の知識を持っていたし、妹の方は姉と少年が集中できるように周囲の警戒を担当してくれている。短時間で採り終えたのは、二人が共に優秀だったお陰だ。

 これは、これからもたびたび同伴してもらった方が仕事が楽になるかもしれない。そう思った少年は、とりあえず今日の分の日当は弾もうと決定した。

 

 さて、ここまで順調だと、やはり気になるのは付いて来た筈の師匠の事である。あの後も全く見かけなかったが、一体全体どこに行ったと言うのだろうか。ここまで静かだと、逆に心配になってくる。

 だとすれば、この周囲をもう少し探索したい所なのだが、姉妹二人にはどう切り出した物だろう。

 

「なるほど、途中まで気配を感じていたのに、ここに来て急に気配を感じなくなったのが気になる、と。それは確かに、このままだと気持ち悪いね」

「それで後ろを気にして遅れてたんですね。そうならそうと言ってくれたらよかったのに。気になるなら探してみれば良いんですよ」

 

 少なくとも嘘は言っていない。ただ、その気配の正体が師匠と言う事を言っていないだけだ。心苦しくはあるが、今は師匠の安否を確認するのが最優先なのである。

 

 さて、この薬草の天国とも言える群生地は、森の木々の中に出来たちょっとした広場に存在していた。少し深入りすればすぐに深い森の中。それゆえに、獣や魔物の類も潜みやすい環境でもある。流石に森の中まで、運よく接敵しないなどと言う事はないだろう。

 剣技を習う剣士少女を先頭として、戦闘力皆無の姉を真ん中に、護身用の魔具を持たされた少年が殿を務めて森の中を進む。

 

「……ん、獣臭い。この先に何か……、居る」

 

 先頭を進む剣士少女が確信した様子で呟き、腰の剣を一本だけ引き抜く。障害物の多い森の中では、二刀流は自殺行為だと知っての行動だろう。つまりは、戦闘が起こると言う事だ。

 少年は自ずと農民少女の前に庇い立ち、そこからはさらに慎重になって先を進む事になる。最悪の場合は、頑丈な自分が盾になってでも姉妹を逃がそうと強く決意した。

 

 はたして、そこは倒木が無数に苔むした、木漏れ日の落ちる薄暗い空間であった。採取場と違って日が当たっていないので、菌糸類などが良く採れそうだが今はそんな場合では無い。

 その空間の中心には土が小山になった様な場所があって、側面が掘られてちょっとしたひさしの様になった部分がある。雨露をしのげるようになったその場所に、その生き物は悠々と横たわっていた。

 

 それは白い――いや、銀の毛並みを持った狼だ。ただし、その大きさは下手な小屋より大きい。何某かの理由で力を得た魔獣の類だろう。悠然と横たわりながらも、頭だけは高く上げてこちらをじっと見つめてきている。近寄れば容赦はしないと言う強い意志を、知性あるその瞳からこちらに投げかけてきているのが分かった。

 だが、三人が気になったのはそれよりも、その巨大な狼の傍らにモコモコと積み重なっている物。傍らの存在に安心しきったように腹に頭を突っ込んで眠る、ころころとした幾匹もの魔獣の子供達だ。子供なのに下手な犬よりデカいと来ている。流石、親がデカいだけはあるようだ。

 

 そして何よりも、そんな小狼達を布団にしてうつ伏せになって乗っている、何だかとても見覚えがある様な白いローブの人物が居るのが一番目についた。

 

「師匠……。何でこんな所に居るんですか」

「はっ!? しまった、眠っちゃった!!」

 

 少年の呆れた様な声を聞いて、白いローブの人物――居なくなったと思っていた師匠はがばりと跳ね起きた。何やってるんだよ師匠!! 眠るんじゃねぇぞ……。少年はとりあえず心の中でそう思っておいた。大声出したら狼に襲われそうだし。

 

「……こほん。どうやら、無事に採取を終えられたようだな。魔獣の調査をしながら待っていたが、中々の早さで感心したぞ」

 

 絶対嘘だ。もうちょっと時間掛かると思って子狼と戯れたら、もこもこにやられて一緒に寝ちゃったんだろう。ローブのフードを被って仕事モード口調になっても、赤くなった顔を誤魔化そうとしているのはバレバレですよ。でも、少年は慈悲の心を持って、思い至った真実は口にしなかった。だって赤面した顔が可愛かったから。

 

 その後に師匠の口から語られた言い訳は、要約するとこんな感じだった。

 まず到着してからすぐに周囲に魔物の気配が全くない事に気が付いた師匠は、監視を止めて周囲の調査を実行し程なく巨大な狼を発見。どうやら周囲の魔物はこの狼が子育ての為に排除したのだと結論付ける。討伐も検討したが子供が小さすぎたので、魔具の力で交渉する事でこうして懐柔したのだそうだ。

 フフフ、と不敵に笑う師匠に、狩人の経験のある剣士少女は若干引き気味の様だ。

 

「よく、野生の魔獣がここまで懐きましたね……。僕は怖くてとても近寄る気にはなりませんよ」

「なに、この子は賢いのさ。敵意を向けなければ、相応の実力者にはむやみに仕掛けないだけの知恵がある」

 

 つまりそれって、師匠は少なくともこの巨大な狼より強いって事ですよね。何だか母狼が師匠を見る目に敬意みたいのが宿っている気がするし。一体全体、どんな『交渉』をしたのやら。気にはなった少年だが、自ら藪を突くのはやめておいた。

 

 その後、恐る恐ると言った様子で二人の姉妹も小狼に触らせてもらい、そのあまりのモコモコ具合と暖かさに二人とも即堕ち。暫し女子三人がきゃっきゃっうふふと動物たちと戯れて過ごす事になる。動物と触れ合い笑う少女達。ここは天国かな?

 少年はと言うと、そんな少女達の様子を離れた所で見ながら、摘んだ薬草を種類ごとに選別して束ねる作業に勤しんだ。そして、しみじみと思う。

 

「最高だよな……。この世界に生まれて本当によかった……」

 

 やっぱりロリは最高だぜ!! そんな邪な思いを浮かべる少年を、小狼の一匹が小首を傾げて不思議そうに見ているのであった。

 




動物と戯れる師匠。
さる方に依頼されたお話ですがこんな形になりました。


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第十話

また評価が増えました。過大な評価を受け恐縮でありつつも、嬉しさがあふれて止まりません。
お気に入り登録も励みになります。ありがとうございます。


 長時間馬車に揺られた経験はありますか?

 少年は今、王都へと向かう長距離の乗合馬車に乗り、そのあまりの乗り心地の悪さに辟易としていた。道が悪ければガタガタと跳ねあがり、サスペンションなど無いので振動が直接尻に突き刺さる。怪我は直ぐ治る少年だが、断続的な痛みとなると話は別だ。最初の内は周囲の風景などに目を輝かせていたが、今はもう痛いやら疲れたやらでぐったりとしていた。

 

「ししょー……、王都まだぁー……?」

「ふふっ、情けない声を出すな。最初ぐらい、馬車の辛さを味わっておくのも旅の醍醐味と言う物だぞ」

 

 弟子が情けない声を上げるのを、涼しげな顔で窘めるのは白いローブを纏ったお師匠様。フードを目深に被りながら、今日はお仕事モードで話している。まるで顔を弟子以外に見られたくないかのように。恥ずかしがり屋さんかな?

 

 ちなみに最近気が付いた事だが、師匠は家に居る時以外は大体フードを被って仕事モードになっていた。何でも、家の外に居る時は自分は常に錬金術師であるから、対外的にそれを示す為にフードを被っているらしい。ケジメと言う奴だろう。

 ならば今度こっそりフードに猫耳でも付けてみようか、と少年はわりと命懸けの計画を思いついていた。どんな反応をするのか楽しみでしょうがない。その後のお仕置きは多分、ギリギリ致命傷で済むはずだ。死ななきゃ安い!

 

 と、そんな所で少年は唐突に、師匠の座る座席に違和感がある事に気が付いた。師匠が座席に敷いたピンク色のクッション。それから微弱な魔力を感じ取ったのだ。錬金術師として魔力を扱う事を叩きこまれた少年は確信する。あれは魔具だ。

 

「師匠。もしかして自分だけ馬車旅が楽になるグッズを使用してませんかね。ズルいですよ、俺にもくださいよ!」

「ああ、使用しているよ。私はもう嫌と言う程、馬車の辛さは知っているからな。そして答えは拒否だ。錬金術師たるもの、求めるならば自身の知恵と力で手に入れなければならない」

 

 つまり、欲しければ自分で錬金しろと。畜生、可愛い顔して言ってくれるじゃないかこのロリ。絶対に、気づかない内に猫耳フードにしてやるからな。少年は固く固く心に誓うのであった。

 

 そんなこんなをしている内に、乗合馬車は王都の城門を潜り停留所へたどり着く。王都に近づいた時には、ぐったりしていたはずの少年も再びに窓に張り付いて目を輝かせていた。今はもう、早く馬車から降りたくて堪らない様子だ。

 

「師匠、師匠、師匠! 王都、王都、王都!!」

「くすっ、解った解った。私は御者に帰りの日程を確認して来るから、アナタは先に降りて待っていなさい」

 

 はい、よろこんでー! 元気よく返事をして、少年は馬車の扉を誰よりも早く飛び開けて外に踊り出した。なんと言ってもこの世界は娯楽が少ない。野山で駆け回って友人たちと遊ぶのも良いが、現代日本の娯楽を知っている身としてはとにかく刺激に餓えていると言っても良い。だからこそ、少年はその欲求を知的好奇心に転換していた。その被害は主に、師匠が被っている。好きな娘の秘密の場所とか、めっちゃ知りたくなっちゃうからね!

 

 馬車から降りて直ぐは、停留所と言う事もあり周囲に見えるのは馬車と馬ばかり。だからそこから人の流れが進む先、王都のメインストリートへ視線を走らせる。はたして、初めて見やる異世界の王国と言う物は、少年の心にワッと走り抜ける風の様に広がった。

 

「……おう、いっつぁふぁんたじー……」

 

 街並み自体は奇抜という訳では無い。レンガや漆喰、木造などの多様な建築物が立ち並び、そこを縦横に人々が行き交っている。人並みの規模だけなら、日本の都市部の方が余程ごみごみしているだろう。

 ただ、行き交う人々の中にはエルフが居る。ドワーフが居る。小人はホビットだろうか。動物その物と言った頭部をした獣人だっている。多種多様な種族が集まって、アニメやゲームでしか見た事の無かった世界を形作っているのだ。

 

 そして、少年の視線は自然とさらに遠く、果てにそびえる王城へと向かう。西洋風の城ならばネットなどで目にした事は幾らでもあった。だが、今は目の前にそのどれとも違う本物の光景がこうして存在している。その事を思うだけで、少年の胸から心臓が飛び出しそうになった。色々な感情が溢れ出して来た為に。

 今彼は、異世界に居るのだ。そう、強く思わされた。

 

「こら、ダメだろう一人で勝手に動いたら。ここは田舎の村と違って人も多い。逸れて迷子にでもなったらどうするつもりだ。って、どうしたのその顔……! はしゃぎ過ぎて転んだりしたの?」

 

 背後から師匠が追いかけてきて、少年を見つけるとお説教を始めた。だが、その言葉は少年の横顔を見た所で、少年の良く知る優しい声色に変わる。師匠は街中だと言うのにフードを外して、心配げな表情で少年に気づかいの言葉をかけ続けた。

 少年は、自分でも気が付かない内に涙を零していたのだ。

 

「いやぁ、ちょっと街並みを見たら感動しちゃって。怪我とかは全然してないですよ。大丈夫大丈夫、こんなのすぐに収まりますから。ほんと心配とか、無用ご無用問答無用ですよ。あはははははっ……」

 

 自分がまるで世界に独りぼっちになった様な気がしたから、とは素直には言えなかった。師匠にはそもそも転生の事は話していないし、異世界に居る事なんて今更じゃないか。それで泣いてるなんて恥ずかしくて、少年は服の袖でぐしぐしと強引に涙を拭う。こんなの格好悪くてしょうがない。特に、師匠に見られるのは情けなくて死にたくなるじゃないか。

 

「…………、んっ!」

 

 強がる少年に対して、師匠は暫し黙考してから勢いよく腕を突き出した。少年に差し向けられる師匠の小さな掌。魔具である指輪のハメられたその可憐な指先を、少年は困惑して様子で眺め師匠の顔と何度も視線を行き交わせる。この手は何ですかホワーイ?

 その答えは、師匠が直ぐに答えてくれた。

 

「迷子になりそうだから、そうならないように手を繋ぎましょう? ……どんな時でも、私はアナタを一人になんてしないわ」

 

 やだなぁ師匠、そんな告白みたいなこと言われたら嬉し過ぎて泣いちゃいますよ。実際に少年の目からは、また涙がいっぱいに溢れて来ていた。このタイミングでそれはヤバいわ。うん、結婚しよ。

 少年は再びグシグシと目元を拭ってから、差し出された手に手を重ねる。握った手が暖かくて、もう涙は溢れて来なくなった。師匠もそれを見て、にっこりと満足そうに微笑む。

 

「さあて馬鹿弟子よ、せっかく王都に来た以上はたっぷりと買い物に付き合ってもらうぞ。目的の期日までは、まだ日があるからな」

「もう、どこまでもお供しますよ、シッショー!! ……あれ、目的ってなんでしたっけ?」

「おいおい、馬車の中でもしっかり説明しただろう。今回王都に来たのは、この間の手紙の友人に――」

 

 フードを被り直して仕事モードに戻った師匠に手を引かれ、少年はとっても嬉しそうにしながらぐいぐいと引っ張られて行く。口調は固いままではあるが、師匠もしっかりと口元を笑みに歪めている。やっぱり恥ずかしがり屋かな?

 結局その日は大量の素材を買いあさったが、その間も二人の手はしっかりと繋がれたままであった。

 




ネタのストックは細かくメモに取った方が良いですね。
とりあえずは11個ほどは書き続けられそうです。


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第十一話

ちょっと長めになってしまいましたが、王都でのお話の続きです。
師匠の過去がちょっとだけ明らかに。


 そのクイズは唐突に始まった。師匠は何時だって、勉学には手を抜かないのである。

 

「民草は国に対して税を払うが、国が民に対して払う対価とは何だと思う?」

「そりゃあ、庇護下なんて言葉もあるぐらいですし、安全じゃないですかね。民草は労働に勤しみ、国は警備隊を組織して国民を守るのがお仕事でしょう」

 

 少年の出した答えに師匠はうんうんと頷いて見せた。この反応は満足行く答えを返せたようだ。少年はご褒美とかあるなら是非脱ぎたてのアレが良いですな、とか考えてにっこりと良い笑顔を浮かべる。

 

「三十点だな。国の仕事は主に三つ。民草を他国や魔物から守る事、象徴として国家の威信を守る事、そして貨幣価値を守る事だ」

 

 つまりは、軍事・外交・経済を民の代わりに行い、その見返りとして税を徴収する権利を得る。正確に言えば、それらを貴族たちに代行させて、自身はその管理と方向性を決めると言うのがより正解に近いだろう。

 残念、少年はご褒美どころかお小言を頂いてしまいました。

 

「所で師匠、一つ良いですか?」

「どうかしたか? 授業に関係する事ならば何でも聞くと良い」

「関係は一応ありますね。授業をするのは全く構わないんですが、何で今この状況でやろうと思ったんですか?」

 

 唐突に始まった師匠との授業。しいて問題点があるとすれば、それは今現在居る場所が貴族の屋敷の応接室と言う事だろうか。豪奢な調度品に囲まれて、光沢のあるテーブルを皮張りのソファーが取り囲んでいる。正に貴族の威厳を見せ付けるかの様な、格式高いお部屋で何故授業が始まったのか。

 その答えを師匠に求めた少年は、チラリと並んで座る自分達の真向かいに視線を差し向ける。果たしてそこには、ソーサーを手に持ち優雅に紅茶を燻らせる人物がいた。高価で上質な生地をたっぷりと使った服を身に纏い、貫禄のある体躯で口元には立派な顎鬚まで蓄えた初老の男性だ。うーん、いぶし銀だね。

 その人物は一見余裕そうに振る舞ってはいるが、その頬に冷や汗が流れているのを少年は見逃さなかった。

 

「理由なんてないさ。ただの嫌がらせだよ」

「よし分かった、遅くなったのは余が悪かった。だからそろそろ機嫌を直してくれないだろうか。なあ、鈴蘭の錬金術師殿」

 

 フードの下でも解る程にっこりと微笑みながら、師匠は整然ととんでもない事を言ってのける。それに対して、流石に顎鬚の人物は余裕をかなぐり捨てて状況の打開を図る。いやあ、見た目通りに声まで渋いっすね。

 対する師匠はと言うと、相変わらずの不敵な可愛い笑顔。あ、これぜんぜん許してませんね。良く怒られているから、少年にはそれが空気で分かります。

 

 そもそも、なぜこんな事になったのか。それは師匠とその弟子が王都にやって来て二日目の日の事。

 王都の一角にある旅人用の宿で一泊した二人は、その宿を出て街を散策しようした矢先に黒塗りの馬車に拉致された。宿を一歩出た所で待ち構えていた黒尽くめのマント集団に囲まれ、あれよあれよと言う内に少年が馬車の中に詰め込まれてしまったのだ。

 少年が確保された時点で師匠は三人ほど黒尽くめを昏倒させていたが、馬車の中に少年と相対して座る執事服の人物を見て抵抗を止め、自分の足で馬車に乗り込んだ。ただし、両手の指輪型魔具からバリバリ雷光を迸らせて、怒っている事をしっかりとアピールしながら。

 

 それから走り出した馬車で運ばれ、辿り着いた先が如何にも高貴な人が住んでますよと言わんばかりに豪奢な御屋敷。その応接間にご案内されて、しばらく放置された。幸い定期的にメイドさんが巡回に来てお茶や菓子を差し入れてくれたが、感覚的にだが半日は待たされただろうか。無理矢理拉致しておいてこの対応はいかがなものだろうか。

 これが師匠が怒っている理由の大部分だった。

 

 そんな空気の中で、ドスドスと足音を響かせて入って来たのが件の顎鬚の貴族の方だった。喜色満面で扉を開けて入って来た顎鬚さんは、最初こそ久方ぶりの再会を喜ぶ言葉を投げかけて来ていたのだが、まさか師匠がこんなに怒っているとは思わなかった様で直ぐに室内の空気を察して言葉を無くしてしまう。小っちゃい師匠に恐縮して大の大人が更に小さく縮こまると言うのは、それはそれで中々の見物であった。

 

「ふふっ、問答無用で下屋敷に招待してくれた上に半日も待たせてくれた友人に怒りをぶつけるなんて、私はそんなに狭量な人物に見えるのか? 心外だな、ああとても心外だ」

「あー、確かに城を抜け出すのに時間を掛けたが……。解るだろう鈴蘭の、余が外出するには手間がかかるのだ。すまん、わるかった、許せ。なっ? なっ?」

 

 うわぁ、師匠ったら何だか凄い偉い人ととっても仲良しだぞぉ。思わず嫉妬しそうな位の距離感だが、師匠のご友人は一体何者なのやら。余とか言ってるんだけど、どれだけ上の身分の方なんだろうか。

 いい加減、どういう事なのか師匠に説明を求めたい少年である。とりあえず、ジーッと見つめて訴えてみた。

 

「ん? ああ、すまないな。つい昔馴染みの前ではしゃいでしまったよ。察しているだろうが、これは私の友人の一人だ。手紙を寄越して来たので、わざわざ会いに来てやった本人でもある」

「おう、お前さんが噂の弟子か。密偵から聞いておるぞ、物凄いエロガキだとな。がっはっはっはっはっ!!」

 

 いきなりエロガキ呼ばわりして呵々大笑。顎鬚さんは豪快はつらつに笑って、ばしばしと少年の背中を叩いて来る。正直痛い。

 しかし、ナチュラルに密偵とか言ったな、どんだけ権力持ってるんだこのおっさん。などと言う考えはおくびにも出さずに、少年は師匠の恥とならぬようにきっちりと挨拶を返しておいた。

 

「どうも初めまして、師匠の弟子として錬金術を学んでいる者です。どうぞお見知りおきを」

「よいよい、そう固くなるでない。こやつの弟子ならば、余の身内の様な物だ。なあ鈴蘭の?」

 

 身内ってなんだ理由によっては殺すぞ。少年の内に、ほの暗い殺意の波動が宿る。このロリ僕の!! もう嫉妬で気が狂いそうでございます。表には勤めて出さないようにするけれども。

 

「……気持ちの悪い事を言うな。私の身内はこの子だけだ。それに、王族がみだりに身内を増やすんじゃない」

「昔の冒険仲間を、身内と呼んで何が悪い。それに、面倒な王位など弟に押し付けたからな。余は今も昔も自由気ままよ。ぜったい恋愛結婚して見せるからな」

 

 え、王族? 王位? 弟? なんかとんでもないワードが並んでませんか。誰か説明してくれよ! とりあえずまた、師匠の顔を窺ってしまう。今のマジっすか?

 弟子の困惑した視線を受け止めて、師匠はハァと深く溜息を吐いてから疑問に答えてくれた。

 

「これの身分は王兄だ。この国の現国王の兄だよ。そして、私に協力して国宝級の薬を作らせた張本人さ」

 

 おうけい、よく分かった。つまり、この国で二番目に偉い人だな。その人に師匠はぽんぽんと暴言みたいな言葉を投げかけている、と。うんうん、全部理解したわ。

 

「師匠何してくれちゃってんのおおおおお!? 不敬罪だよ不敬罪、首チョンパされちゃいますよ!!」

「がっはっはっ! こやつの口の悪さは今更よ。素材集めの冒険をしておった頃は、毎日朝から晩まで口喧嘩したものだ。なつかしいのう、あの頃に戻ったようだわい」

 

 えー……、それでいいんですかね王族さん。ともあれ、二人の距離の近さの理由は理解できた。昔馴染みであり、冒険を共にした仲間であれば気心ぐらいは知れている物だろう。まあ、それでもジェラシーは感じちゃうんですけどね。

 フードを被った仕事モードの筈なのに、何だか嬉しそうに見える師匠。それを見て少年は、胸の奥がうずうずするのを止められないでいた。まるで、自分の知らない師匠を見せつけられている様な気がしたから。

 

 その後、師匠とその弟子は顎鬚の王兄さんに食事の席に招待された。よく考えてみれば、半日程を菓子とお茶で過ごしていたのだから空腹だ。少年は即座に快諾し、師匠も弟子の手前否とは言わなかった。

 豪奢なダイニングでの少々格式ばったお食事ではあったが、幸いマナー云々は口煩くは言われなかった。食器を外側から使って行く辺りは、元の世界のフレンチのマナーに似ている様だ。味に関しては大変美味しく、少年も大満足でございます。流石王族、良いもん食ってんな。

 

 腹が満たされた後は、一行は広々としたリビングに通されて食後の休息を取っていた。ソファーの柔らかさと満腹感にやられて少年がうつらうつらとしていると、師匠がそんな少年をそっと自身に引き寄せて寝かしつける。程良い高さと柔らかさの膝枕で、少年の意識は一瞬にして狩り取られてしまった。無理無理、これに逆らうとかありえませんわ。

 

 それを見ていた王兄殿は酒杯を傾けながら、弟子の頭を撫でる師匠に歓談を持ちかける。話題にしたのは、先程の食事の際の少年についてだ。

 

「ふむ、余としては手掴みで食い散らかすのも好みだが、存外お前さんの弟子は作法を知っておるようだな。やはり愛弟子には相応の教育を施しているのか」

「いいや、私は何もしてはいないよ。先程の作法は私も知らない物さ」

「なに? ではあれは独学で? それならばそれで、良き才ではないか。お前さんが弟子を取ったと知った時は驚いたが、良い拾い物をしたものだな。がっはっはっはっ!」

 

 呵々と笑う王兄殿の様子に、ややうんざりとした様子で師匠は溜息を吐く。この余程王族らしくない粗野な男は、若い頃からこんな調子で師匠のペースを乱してくれていた。それが気に入らなくて、だからいつも喧嘩になってしまうのだ。

 そう、この男に乞われて薬を作っていた頃から、どちらの本質も何も変わらない。

 

「あの薬は、お前の役に立ったか……?」

「おう、お前さんのお陰でアイツの病もすっかり癒えたわい。弟の奴がはよう祝言を上げろと煩くてかなわん。国王ならば先に妃を娶れば良い物を、何を遠慮しておるのだか」

「そう、か……。ふふっ、本当に言った通り、貴族の癖に恋愛結婚を果たすのだな。贅沢な奴だ」

 

 やや険の取れた声色で、何処か安心した様に師匠がフードを深く被り直す。彼女としては、これで肩の荷が下りたという気分だったのだ。遠い過去に置いて来た、忘れ物が一つ片付いた様な。強い酒でも煽りたい気分だ。

 そうなれば、次に思い浮かぶのは、幸せそうに膝で眠る馬鹿弟子の事になる。グヘヘヘとだらしなく口元を緩めて眠る、赤子から育てて来た自身の身内。

 知らず、心の内に沸いた言葉が唇から滑り出す。

 

「当たり前の事を知らず、かと言うのに教えていない事を知っている。本当に、この子はどこから来たんだろうな……」

「うん? 何か言ったか? お前さんの声は昔から、か細くていかん。もっと肉を食えと言っておるだろうに」

「強い酒が飲みたいと言ったのだ。私にも一杯寄越せ、この放蕩貴族が。そもそもお前は昔から――」

 

 誤魔化すついでに語気が荒くなり、在りし日の様に喧々轟々としたやり合いが始まる。ずっと姿が変わらない者と、老いを滲ませ始めた者。それでもその関係は、何時までも変わらないという証の様に。

 その夜はついつい、深酒をし過ぎてしまう師匠であった。

 




一体全体何が起こったのか、お気に入りも評価も突然たくさんいただけてびっくりしております。
もう嬉しいやら驚いたやら嬉しいやらで、読んでいただける皆様には感謝の極み。
これからも頑張らせていただきますね。


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第十二話

今回はほのぼの。


 師匠の家には通称『開かずの間』と言われる、厳重に封印された部屋が存在している。そこは師匠ですらも立ち入る事を諦め、その記憶から抹消したと言ういわくつきの場所だ。

 その部屋に今、少年が挑もうとしている!

 

「ねぇ……、本当にこの部屋の掃除をするの? この部屋には重要な物とかは全く無いし、私開けるのはお勧めしないなぁなんて思うのだけど……」

「ダメです。良いですか師匠、これは必要な事なんですよ。掃除してない部屋を放置してると、中で思わぬ生物とかが生まれたりするんです。だから今日はこの部屋を徹底的に掃除して分別して、あわよくば師匠の秘密を曝け出させるんですよヒャッホー!!」

「いやいや、そんなのはその部屋には無いから。ああもう、どうしてこうなったの……」

 

 それはきっと、開かずの間なんて響きがイケナイのでしょう。

 元々師匠は家事と言う物が苦手である。料理をすれば独創的なアレンジで真っ黒に変色させ、掃除をすれば整頓する前よりも乱雑にモノが散らかる始末。以前は一週間に一度のペースで雇われたホームヘルパーさんが家事を代行してくれていたが、今はその役割は少年が担っており師匠のズボラさは更に進んでいる。人とはここまで堕落する物なのだろうか。

 そんな師匠が開けるのを戸惑う程の部屋だと言うのだ、中がどんな魔境になっているのか想像もつかない。未だ人の手に収まる内に、この開かずの部屋を攻略しようと言うのが少年の建前である。本音は先程自分で語った通りだ。

 

「それに、この部屋の鍵なんて、それこそ何処に仕舞ったか忘れてしまったわ。だから、この部屋の存在は忘れ――」

「はい、開きました。魔具が発達しているせいか、錠前は原始的なのが多いんですよね。このぐらいの鍵なら、まあ俺の技術でもこんなもんですわ」

 

 師匠が何か言っていたが、その間に少年はピッキングを済ませて部屋の扉に手を掛けた。相変わらず教えても居ない事を淡々とこなす弟子に絶句する師匠であったが、その弟子は特に気にする様子も無くさっさと扉を開けてしまう。

 果たしてその中は、一言で言えば腐海であった。

 

「汚ッ!?」

「うわぁ……」

 

 要らないと思った物や必要のなくなった物をとにかく詰め込んで、そこに一時的に入れておくつもりだった忘れ物とかをブレンドする。後は何年もじっくり熟成させ、埃やら何やらが積み重なった結果がこれ。かび臭い、薬品臭い、なんか臭い、はんか臭い。肺が腐りそうな悪臭と、やる気を根こそぎ奪い取る様な物品の物量が目の前に広がっていた。

 少年はとりあえず、腐海から肺を守る為に扉をそっと閉じ。それから、ギギギギっと音を立てながら、傍らで硬直しているお師匠様に顔を向けた。

 

「…………覚悟は良いか。俺は、出来ている」

「…………うん。これは、覚悟を決めるしかないみたいね」

 

 覚悟が決まれば後の行動は速かった。二人そろって身に纏うローブのフードを目深に被り、呼吸器を守る為に口元を布で覆ってマスクにする。掌を守る為に分厚い皮の手袋も付けて、靴も室内履きの物からしっかりと踏みしめられる野外用の物へと変えた。

 全身これフル装備。これより我ら修羅道に入る。

 

 二人はまず、開かずの間から玄関までの最短ルートの床に、大きな布を敷き詰め通路を保護した。更には家中の窓を開け放って臭気への対策を講じ、いざという時の為にアトリエから毒物の中和剤や殺虫剤を引っ張り出して来る。

 そこまで準備してから、師弟二人の腐海への挑戦が始まった。

 

「うおおおおおおっ!! 死なば諸共ぉぉぉぉぉ!!!」

「うっ、感触が……。でも、負けるもんかぁ!」

 

 まず二人は室内の物をとにかく、全て屋外に運び出す事に決めていた。大きくて重い物は少年が運び、比較的小さい物は師匠が運ぶ。少年が必死になって運搬を繰り返す間に、余裕のある師匠は汚染された物品に薬品をぶっかけ強制的に消毒する作業も並行する。分担した役割をこなす内に、白かった床の保護材は瞬く間に黒く薄汚れて行った。

 

「そろそろ筋力増強のポーションが切れる頃合いね。運搬の途中で切れない様に、今の内に次の分を飲んでおきなさい」

「流石師匠、バフ管理もお手の物ですね。うん、不味い!!」

 

 師匠は薬品に関して特に造詣が深い。味はともかく、その効能と効果時間への理解度は他の追随を許さないのだ。味はともかく。味だけは本当にともかくとして。

 一口飲むだけで直ぐに効果が表れ、全て飲み干せば全身に活力がみなぎり筋肉がギチギチと軋む音がする。

 

「力がみなぎるぅ……。溢れるぅ!!」

「アナタの場合は心配はいらないでしょうけど、他の人に投薬する場合は連続投与は避けるのよ。肉体への負荷が強いし、何よりも中毒症状が出る場合もあるから」

 

 大掃除をしている筈なのにきちんとお勉強も忘れない。流石です師匠、でも掃除は途中で止めませんからね。そんな訳で、ドーピングを挟みつつ、二人は徹底的な清掃を続けるのであった。

 

 ポーションの効果もあって、昼前には中に入っていた塵と廃棄物の中間の様な物は全て屋外に引っ張り出された。力こそパワー。ようやく締め切りだった窓を開けられ、室内の変色した床板は久々に日を浴びる事が出来た。そして分かった事だが、やはり薬品染みやこびり付いたカビや汚れが酷すぎる。天井までもう、触りたくないような状況がびっしりだ。

 ならば、次はこの室内を徹底的にやってやろうではないか。

 

 霧吹き型の道具を使い、師匠特製の洗剤を吹き付けモップを使ってガシガシと少年が汚れを落として行く。師匠はその間に、外に出した棚などの家具類を薬品で除染してゆく。ここでもまた分業である。

 だって、師匠だと高い所に手が届かないからね。仕方ないね。小っちゃいもんね!

 

 ドーピングのお陰もあって、室内清掃は昼過ぎには終了した。汚染処理された家具類は使えそうな物とゴミとで分別し、薬品を落とす為に散水用の魔具で水をぶっ掛けて丸洗いに。その後は暫し、天日干しにして乾燥させる。塵の方は後日、焼却してから地面に埋める事になるだろう。汚物は消毒だ。

 

 時は既に昼を過ぎ、お腹の虫も騒ぐのを諦めてぐったりした頃合いだ。要するに、二人は休憩がてら遅い昼食を取る事にした。埃塗れの防具類を一度はずして、手早く食べられるサンドイッチをパパッと作って頂きます。

 ごちそうさまのその後は、テーブルに突っ伏して暫しの寛ぎタイムである。

 

「ああああああ……、身体痛ーい……」

「薬が切れたから、筋肉が悲鳴を上げているのね。アナタでもそうなのだから、普通の人なら丸一日は動けなくなるでしょう。副作用はしっかりと自分の体で把握しておきなさい」

 

 休憩に入って暫し、少年は師匠の対面でビクンビクンと苦悶に悶える。酷使された筋肉が再生される痛み、つまりは筋肉痛が少年の全身を苛んでいた。傷口が解りやすい切り傷や打撲などとは違い、疲労やこう言う痛みは流石に癒えるまでには時間が掛かってしまうのだ。

 そんな様子の少年を見て、師匠は再び装備を整えてムンっと胸を張った。胸? うん、壁じゃなくて胸だ。胸だと思う。

 

「その調子だと、重い物を持ち運ぶのは辛いでしょう。今度は私が頑張るから、アナタは少し休憩していなさいな」

「え、絶対無理ですよ師匠。何て言うか、オチが見えてるって言うか。ゼロに何をかけてもゼロなんですよ?」

「失礼しちゃうわね。これでも私は一人暮らしの時は、自分の事は自分でやっていたんだから。まあ、見て居なさい!」

 

 実際にやってみた。

 師匠、果敢にも自分と同じぐらいの高さの棚に挑戦する。まずは意気込んで棚を持ちあげようと力を籠め、おーっとここで息切れ。まさかの息切れです。持ち上げる前に力尽きてしまったー。持ち上げる以前の問題です師匠。悔しそうな顔もまた愛らしい!

 続いて師匠が目を付けたのは、細々とした雑貨の入った木箱ですね。これを師匠は、おおっといきなり持ち上げたぁ。誇らしげです、誇らしげな顔をしております師匠。可愛い! しかし、これは危ないですよ。ずいぶんとよろけています。バランスを取り戻したい師匠。顔を真っ赤にして踏ん張りますが、あーっと転びそうだ! 堪える! 師匠堪えるが苦しそうだ! 苦しい苦しい、ああバランスを完全に崩したー!!

 

「はい、お疲れ様でした」

「くはっ! はぁっ! はぁっ! ぜはぁぁぁぁぁ……」

 

 脳内でサスケェ風に実況していた少年が、見かねて師匠からひょいっと荷物を取り上げる。荷物を奪われた師匠はそのまま地面に四つん這いになって荒い息を吐き、息を整え終えるとあからさまにむぅぅぅっと唸り始めた。そんなに睨んだって可愛いことには変わりないですよ師匠。

 

「……弟子のくせに生意気。こうなったら私も筋力アップのポーションを……」

「すいません、土下座するんでそれだけは勘弁してください」

 

 ムキムキになった師匠とか見たら、多分少年の体中から血涙出るわ。殺す気か!

 結局、重い物の運搬は筋肉痛が治った少年が、再びドーピングしてやる事になりました。これはまさしく愛だ。愛する者を守る為の、致し方ない犠牲という奴なのである。心が痛いよりは体が痛い方が絶対に良いと、この時の少年は割と必死になっていた。

 

 今回の教訓はただ一つ。もう二度と、掃除を怠って開かずの間など作ってはいけない。面倒臭がりな師匠も、師匠に力仕事をさせたくない少年も、二人同時にそう強く強く思う。

 そんな訳で、師匠の家に空き部屋が一つ出来ました。

 




お気に入りが200を超え、幾つもの評価を頂いております。
日刊ランキングもオリジナルで第二位に入る事が出来ました。
これもひとえに、読んでくださっている皆さんのおかげ。
この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございます。

でも、ちょっと突然すぎて怖いと思ってしまう小心者でございます。
もっと頑張らなくちゃ。頑張ります。


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第十三話

ちょっと何時もと毛色の違うお話。
ほのぼのは次回まで少々お待ちください。


 気持ち悪い。

 

 緑がかった銀髪が気持ち悪い。父親にも母親にも無い色を持って生まれた気持ち悪い子供。

 歳を経ても変わらない姿が気持ち悪い。他の子供が大きく育っているのに一人だけ幼いままの気持ち悪い子供。

 尖っていない耳が気持ち悪い。高貴な種族の血を引く癖に人間の様な耳を持つ気持ち悪い子供。

 禁忌に踏み入る考え方が気持ち悪い。教会の教えに逆らって得体のしれない薬を作る気持ち悪い子供。

 混ざり物の血が気持ち悪い。どちらの種族にも受け入れられる事の無い半端な血を持つ気持ち悪い子供。

 

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。口々に言われる否定の言葉。生まれもった姿だと言うのに、誰もかれもが彼女を拒み侮蔑する。気持ちの悪い子供だと、何年経っても言い続ける。

 

 どちらでもない混じり物。気持ちの悪い化け物。信仰に反する俗物。種の狭間に産み落とされた不純物。

 気持ち悪い貴様に居場所など在る物か。ここから立ち去れ、居なくなれ。輪唱して聞こえて来る、隣人たちの無慈悲な言葉。耳を塞いでも、脳裏に焼き付き離れない。

 

 お願い誰か、助けて欲しい。願えどそれは叶わない。彼女の家族は、もうこの世にはいないのだから。この広い異世界で独りぼっち。手を伸ばしても、誰も助けてなんてくれやしない。

 

 暗く暗く意識が沈んで行く。もう二度と、浮かび上がらない程に深く。彼女の傍にはもう、誰一人だって近寄りはしない。あの子だって、何時かはきっと――

 

「……違う!! あの子はもう!! はっ!?」

 

 そこで彼女は目を覚ました。

 

 しんと静まり返った部屋に、彼女の荒い息遣いだけが残響する。全身は汗びっしょりで、寝巻にしているシャツはべったり肌に張り付いていた。

 眠っていたはずなのに、まったく疲れが癒えた気がしない。当然だろう、跳ね起きるほどに凶悪な悪夢を見ていたのだから。息が整えばその倦怠感もいくらかは薄れてくれたが、その代り熱くなっていた体が冷え始めてぞくりと背筋が震えてしまう。

 今夜はもう、眠る気にはとてもならなかった。とりあえず着替えようと思い、ベッドからもぞもぞと這い出してクローゼットへ向かう。眠気覚ましにシャワーでも浴びようと、着替えをひっつかむとそのまま彼女は部屋を出た。

 

 流したいのは汗では無く、未だに纏い付いて来る様な嫌悪感だ。真夜中に浴びる熱い湯は、彼女の気持ちをそれなりには晴らしてくれた。あくまでもそれなりに。

 濡髪に構う余裕はなく、服だけを何時もの服装に変えるだけで気力が尽きた。

 

「……水でも飲むか」

 

 独り言を吐き出して、ふらふらとキッチンを目指して歩き出す。お茶を淹れる気にもならない。今はただ、渇きを癒せればそれでいいとしか思えなかった。

 そこでふと、彼女はアトリエの方向から魔力の流れを感じ取る。その魔力には覚えがあるが、まだ起きているなんて信じられない。今はもう、真夜中だと言うのに。

 

「あれ、師匠? こんな夜中にどうしたんで――はうわっ、湯上り!? くそっ、こんな時間にとは盲点だった! 何で俺は水音に気が付かなかったんだ、せっかくのチャンスがあああ!!」

 

 様子を見に行ったアトリエには、やはり弟子である少年の姿があった。薬の素材を挽いて粉にする薬研と呼ばれる道具を使い、ごりごりと一心不乱に何かを粉にしていたらしい。良く見ればそれは、今日の授業で教えた調薬の材料だった。

 

「こんな時間まで練習しているなんて、あまり感心しないわね。それから、誤魔化そうとしてるのは分かってるから、大声は出さなくていいわ」

「うぐ……。いや、別に誤魔化そうなんてしてないっすよ。俺、師匠の裸とか超見たいだけですから。うん見たい。すげえ見たい。セクハラだこれぇ! ごめんなさい!」

 

 それも解っている。この弟子は不可解な事に、子供の様にしか見えない彼女の肢体に興味を持っている様だ。人間の雄と言う物が、何時でも発情期であるという知識は持っている。この少年の場合はきっと、一番身近に居る彼女にそれを向けているだけなのだ。であれば、そこは育ての親としてしっかりと普通の異性に興味を持つ様、正さねばならないだろう。

 

 それはともかく、今はこの夜更かしについてだ。

 

「夜更かしは良い仕事の敵なのよ。錬金術に集中力が大事なのは、もう理解しているわね。その様子だと、上手く行かなかったんでしょう?」

「……はい。段々上手く行かなくなって、ついつい次こそは次こそはと……。いや、やれると思ったんですよ。まあ結果は散々だったんですけど……」

 

 少年の作業が散々なのは、作業台の上の惨状を見れば予想はつく。少年はがっくりとうなだれ、師匠は両手を腰に当ててフンスと胸を張る。それ見た事か、と。少年と話していたら、何だか少しだけ元気になって来たようだ。

 

「とにかく、夜更かしは止めて子供はさっさと寝なさい。片付けは私がしておいてあげるから。ねっ?」

「え、それって惨状が余計惨状に――いえ、なんでもありません。っていうか、師匠こそこんな時間に珍しいじゃないですか。錬金術師は早寝遅起きが基本だーって言ってたくせに」

 

 弟子のささやかな反抗。しかし、普段ならば生意気だと一喝して終る様なやり取りだが、今夜はそれをするのには夢見が悪すぎた。削り取られ弱くなった精神力が、説教モードだった彼女の心に少しだけ隙間を作ってしまったのだ。

 

「私は……、ちょっと寝付けなかっただけよ。怖い、夢を見たから……」

「うわ、可愛い……、じゃなかった。それなら師匠、俺ホットミルク作ってあげますよ。体が温まると良く眠れますよ、うんそれが良いそうしよう。ねっ?」

 

 師としてでは無く、彼女自身の弱さを吐露してしまった。まるで童女の様な事を言ってしまってから、その事に気が付いて恥ずかしそうにもじもじしてしまう。

 少年は思わず口から本音を漏らしつつ、唐突な提案をしてそそくさとアトリエから抜け出して行った。ここが説教を抜け出す好機だと思ったのだろう。実際、彼女の師としての仮面は剥がれてしまっていたのでその通りだ。

 

「……もう、しょうのない子だ。私は、何をしているのだろうな……」

 

 こんな体たらくでよくも、一人にしないなどとのたまった物だ。独りぼっちなのは一体どちらなのやら、解りはしないではないか。これではいけないと、弟子の姿を確認して改めて彼女は思う。今までも、がむしゃらに強くあろうとして生きて来たのだ。せめて弟子の前ではそれを貫き通さねば、自身の安い矜持が満たされない。

 

 それでも、今は誤魔化されておいてやろう。あの子が差し出してくれた手を、振り払えるほど彼女は強くなかったから。深く沈み込む自分を救い上げてくれるような、そんな気がしたあの子の手を。

 彼女はパタパタと足音を立てて、雛鳥の様に弟子の後を追いかけるのであった。

 




師匠を可愛く書けていますかね?
師匠を見て和んでいただければ幸いです。


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第十四話

ほのぼの回です。


 その日は、クッソ眠かった。

 前日に夜更かしをしたせいか、麗らかな日差しのせいかは分からないが、とにかく眠くて眠くて仕方がない。なんとかかんとか午前中に家事を終らせて、這う這うの体で昼食を取ったらもう限界だ。

 だから少年は、午睡をする事にした。眠い時、昼寝する。これ人類の知恵。

 

「せっかく良い天気だし、部屋で寝るのはもったいないよな……」

 

 師匠の家は森に囲まれた自然豊かな環境である。都会では決して味わえない様な、美味しい空気と目に優しいクソ緑。せっかくだからと、少年は手ごろな大木の陰に入りどっかりと背を預ける。木漏れ日を浴びながら深く息を吐けば、その意識はあっと言う間に微睡みの中に溶けて行った。

 

「むにゃむにゃ……、もう食べられないよ……。師匠のごはん食べられないよ……」

 

 若干悪夢を見ている様な、そうでもない様な。それでも師匠の夢を見て幸せそうな少年に、ひっそりと忍び寄る二つの影が。こっそりと近寄って来て、眠る少年の顔を左右から挟んで見下ろす。

 

「ふひひひ、寝てるです寝てるです。へぇ……、こんな顔して眠るんですね。こうしていれば、可愛い顔しているのに……」

「姉さん、あんまり騒ぐと起きちゃうよ。まあ、珍しい物を見たのは同意するけどね」

 

 それは、農民少女と剣士少女の姉妹であった。二人そろってと言うのは珍しいが、午後の予定が空いたので少年を遊びに誘いに来たのである。

 だが、そんな少年はのんびりと夢の中。二人は物珍しさからきゃいきゃいと眺めていたが、少年は騒いでも突いても起きやしない。そんな様子に次第に飽きが来て、眠気も出てきて……。

 気が付けば、大の字になる少年の左右で姉妹も仲良く眠り込んでしまっていた。やったね、両手に花だよ。

 

「…………、何をしているんだこいつ等は……」

 

 そんな寄り添って眠る三人を、今度は通りがかりに師匠が発見した。別に退屈だからって弟子を探しに来たわけじゃない。ただちょっと、お茶でも淹れてもらおうかなと思って探していただけである。

 そうして発見した弟子だが、なんと女子を二人も侍らせてお昼寝とは。呆れるやら何やらで、心中複雑なお師匠様。ちなみに女子と書いてギャルと読む。

 

「ふむ、子供は子供らしくか……。羨ましい物だな……」

 

 自分が一番小っちゃいくせに何言ってんだこのロリ。と、少年が起きていたらそう突っ込むだろう。しかし、少年は未だに夢の中。蹴り飛ばしても起きないのではないかと思えるほど、だるーんとだらしない顔で寝コケている。

 両側に少女を二人も侍らせて、そんなに幸せですかそうですか。見てるとモヤモヤして来る師匠。フードを目深に被って、足音をイラつかせながら家に向かって踵を返す。

 

「師匠……」

 

 弟子に呼ばれて、その師はがばっと勢いよく振り向いた。起こしてしまったのだろうか。まさか最初から起きていた? 慌てて顔をじっと見るが、弟子は相変わらず幸せそうに涎を垂らして眠っている。

 

「なんだ、寝言か……」

「むにゃ……。ししょー……、いっしょに……。ぬへへへへへへ……」

 

 一体どんな夢を見ているのだろうか。またぞろ、性欲の強いこの子の事だ、いやらしい事で頭がいっぱいになっているのかも知れない。いやらしい事を、左右の姉妹にしない保証もないだろう。監視は必要、そう必要かもしれない。

 そもそもどうして、師匠である自分が逃げるように退散せねばならないのか。小娘共が幸せそうに引っ付いて、羨ま――もとい、忌々しいにも程がある。思うが早いか、師匠はテクテクと来た道を戻って、呑気に眠る弟子と姉妹を見下ろした。

 

「……私の弟子だぞ。返せ……」

 

 不機嫌そうな顔のまま、ズイズイと少年の上に乗って師匠もまた昼寝に加わる。誰におもんぱかる事があろうか、これは師匠として当然の権利なのだと主張する様に。

 弟子の胸板に顔を伏せながら、師匠は目を閉じ堂々と眠りについて行った。

 

「……目を開けるとそこは天国だった」

 

 それから数時間程後。息苦しさを感じた少年が、呻きつつ目を覚ました。まるで何かに胸を押さえつけられている様だ。一体自分の体には何が起きているのだろうと確認してみれば、身体の上に師匠が乗って眠っていた。天使かな?

 

「なんだこれ、据え膳かな。こんな状況で我慢なんか無理ですよね解ります。生前から大事に温めてきた童貞ですが、今こそ捨てる時が来たようです。では、まずは熱い抱擁から!」

 

 が、両手が動かなかった。右を見れば農民少女が、左を見れば剣士少女が、少年の腕をそれぞれ抱えて浅い寝息を立てている。なんだこれ、ハーレムかな? だが、今はそのおかげで目の前の天使に手が出せない。出しにくい!

 

「んぅ……、もっと構えです……」

「ふふっ……、新しい剣技覚えたの見て……」

 

 くっそ、こっちもこっちで可愛いのが腹が立つ。こんなに可愛い寝顔を曇らせるなんて、ロリコンには出来やしない。力任せに振り払う事が出来ない以上、少年は目の前の師匠に手も足も出せないのだ。ちなみに足は、師匠が乗っているので動かせません。

 なんたる苦悩。なんたる苦痛。あと数センチ先に、師匠の愛しの唇があると言うのに!

 

「ま、仕方ないよね……」

 

 動けないならしょうがない。諦めたならば、後はこの環境を全力で楽しむべきだろう。右も左も上にすら女子が密着しているなんて、そんな状況はきっと一生に一度あるかないかだ。少なくとも前世にはなかった。

 柔らかさと暖かさと甘い香りに包まれて、後はもうせいぜいのんびりしてやろうじゃないか。

 

「これはこれで、幸せだなぁ……」

 

 ロリコンは、何時も心に、YESロリータNOタッチ(字余り)。変態という名の紳士にとっては、忘れてはならない初心である。え、もう十分触ってるだろって? 知らんな。自分から触っていないのでセーフです。少年的にはセーフなんです。

 結局、少年は日暮れになって肌寒くなるまで起きなかった三人を、生殺しの生き地獄のまま見守り続けたのであった。

 




セーフですよね?
皆さんもロリには紳士的にね。


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第十五話

このお話はちょっと設定が煮詰め切れていないのでおかしな点があるかもしれません。
気になった場合は容赦なく突っ込んで下さるとうれしいです。


 基本的に、師匠は少年のお願いを無碍にした事はない。事がセクハラや性的な事に絡まない限りは、ある程度の融通はしてくれる度量のある人なのだ。ちなみにお願いにエロが絡むと、容赦ない制裁が加えられたのは言うまでもない。

 しかし、今回ばかりは事情が違った。

 

「駄目だ。私の薬は軽々しく渡す事は出来ない」

 

 普段は二人きりの時は優しい口調で話す師匠だが、今ばかりは口調を固くして冷たく突き放す。なんとなく予想はしていた事だが、実際に面と向かって言われればやはり面白くはない。

 

「そりゃないっすよ師匠。別に知らない奴に渡すわけじゃないんですよ?」

「あの姉妹に渡すのだろう? 珍しく、二人そろって風邪を引いたらしいな。確かに知らない顔ではないが、それでも駄目だ。あの子たちの家には、私の薬に金を出せるほど生活に余裕はないだろうからな」

 

 師匠は何もあの二人に恨みがあって拒否している訳では無い。無償で提供する事がいけないのだと、ぐずる弟子に対して丁寧に説明してくれた。錬金術師の薬は非常に高価であり、それを無償で渡す事により贔屓が生まれる事が問題なのだと。

 

「あの姉妹に渡したのなら、自分達にも薬を寄越せ。あの村の連中がそう言い出さないと言えるだろうか。私は、実際に言われた事があるぞ。タダで配れるほど有るのなら、自分達にも融通してほしいとな」

 

 ちなみに言って来たのは山賊紛いのごろつき共で、全員今頃は来世に生まれる準備でもしているのだろう。

 それはともかく、村の一人物を贔屓すれば、それは村での孤立を招く恐れすらある。村八分にされて虐められる彼女らなど、少年だって見たくも無い。そこまで言われれば、少年は薬を貰うのを諦めるしかなかった。

 

「良いか馬鹿弟子。前にも言ったが、錬金術師ならば欲する物は己の知恵と力で手に入れて見せろ。私の薬は高すぎても、お前の作る薬なら等級次第で譲るぐらいは出来るだろう」

 

 無いものは作ればいい。それが錬金術師の在り方だ。ただ突き離すだけでなく、教えを示して解決策をアドバイスしてくれるとは。流石です師匠! ハネムーンに行こう!

 

「わっかりました師匠!! やって見せます、作ります! 俺の力で、あの姉妹の風邪を治して見せますよ!」

「監修位はしてやる。素材もまあ、融通してやろう。やって見せろ、馬鹿弟子」

 

 ちなみにすっかりお仕事モードになっている師匠だが、そのフードにはこっそり縫い付けられた猫耳が付いている。少年の不法侵入――日々の努力の賜物ではあるが、師匠は基本的に出不精なので未だにバレていない。うん、ニャンコ師匠可愛い。

 バレたらバレたで、色々と美味しいと言う物だ。

 

「そうと決まれば時間はないぞ。小娘共が自力で治す前に、意地でも間に合わせて見せろ」

「どんだけ時間かかる予定なんですか。俺は師匠の弟子なんですよ? ぱーっとやっちまいますから、見ててくださいよ!」

 

 事前にフラグを立てた通り、少年の薬作りは難航した。

 薬を調合しそこに魔力を込める。それ自体は難しくも無く、成功率自体は高かった。だが、問題なのは微調整だったのだ。

 

「駄目だな、薬効が強すぎる。計量の見極めが甘いし、何より魔力の込め過ぎだ。あの小娘たちの家を破産させる気か?」

 

 力を入れすぎれば採算の合わない高額な薬を作ってしまい、師匠にダメ出しされて再び材料選びからやり直しになる。とはいえ、逆に力を抜き過ぎれば――

 

「こんな粗悪品で一体どんな病を治すと言うのだ。小さじ一杯分も粉末を減らせばこうなるのは当然だ。この馬鹿弟子が!」

 

 師匠のおっしゃる通り、風邪も治せない様な粗悪品が生まれ出てしまう始末。こればかりはもう経験と、何より魔力を込める際の集中力の問題だろう。たった一つの結果を求め、失敗作が一つ二つと積み重なっていく。

 少年の中に、焦りとも苦痛とも付かない苦い物が広がる。正直、甘く見ていた。自分ならもっと簡単に出来るんじゃないかと言う、根拠のない勝手な自信があったのは間違いない。だが、こんなにも望んだ物を作るのが難しいなんて……。

 

「…………」

 

 師匠は何も言わない。ただじっと、己の弟子が作業をこなすのを見守っている。それは成功すると信じる信頼なのか、はたまた叱責なのかは少年にはわからない。でも、その瞳の前では、諦めると言う選択肢は取れなかった。

 

 不屈の闘志を誓ったのは良いが、実際問題少年は思い悩んでいる。ドツボにはまっていると言ってもいいだろう。どうしても、合格ラインの上か下かという極端な結果しか出ない。このまま数をこなしていれば何時かは完成するかもしれないが、それでは姉妹は自力で風邪を克服してしまうだろう。

 何か、発想の転換が必要なのかもしれない。

 

「うぐぐぐぐ、単純に作るだけじゃダメだ。頭を使え。発想を、発想を繰り広げろ俺っ!」

 

 そこでふと、少年の視界に積み重なった失敗作たちが目に入った。師匠に渡して鑑定してもらってから、その師匠の手で一つずつ作業台の傍らに並べられている。廃棄するでもなく邪魔にならない場所に置くでも無く、何故わざわざそんな所に置いておくのだろう。

 師匠ならば無駄な事はしない筈だ。とくに錬金術の作業に関しては妥協が無い。その意図に思いをはせ、更に自分の両極端な失敗作を見た時、少年の中で一つの考えが浮かび上がった。

 

「師匠! 希釈をしてみます!」

「ほう……、希釈か……。構わない、やってみろ」

 

 少年はこの時気が付かなかった。師匠の瞳が動揺で揺れた事に。フードを被っていたこともあるし、何よりも新しい発想を試したくてそれ処では無かったのもある。

 師匠の瞳はこう言っていた。『やはり知っていたか』と。

 

 大見得切って宣言はしたが、少年に希釈についての知識がある訳では無い。せいぜい麺つゆやジュースを、二倍三倍に水で薄めた程度だ。だが、このアイデアは自信があった。師匠に認められるかどうかなんだ、やってみる価値ありますぜ!

 

 使用するのは一番濃度が薄く魔力も込められなかった粗悪品と、その真逆に価値を高め過ぎてしまった高品質品。この二つを混ぜ合わせてちょうど中間の濃度を出せば、後は魔力を使っての微調整だけで遥かに簡単に錬金が出来る……、筈! やってやれファンタジー、当たって砕けてとりあえず挑戦だ!

 

「そして完成品がこちらとなります」

「お前は、何を言っているんだ。……うん、濃度も魔力量も良し。品質も及第点、見事に通常等級の薬品になっている。これならば、町規模の商店でも購入可能な程度の金額に抑えられるだろう。合格だな」

 

 師匠が簡易鑑定の出来る指輪型の魔具で、少年の作り上げた薬を合格品だと判断してくれた。やっと許しが出たか! 狙って『特徴の無いのが特徴』みたいな効果を出すのは大変でございました。

 ならば後は、この薬を姉妹に飲ませるだけである。村外れにあるとは言え、全力で走ればあっと言う間に着く距離だ。少年は完成したばかりの水薬を引っ掴んで、どたどたと大慌てでアトリエから飛び出して行った。

 

「行ってきます師匠ー!! 夕飯までには戻りますからぁー!!」

「ああ、行って来い。ちゃんとお前なりの対価を考えておくんだぞ」

 

 そうして一人残った師匠は、弟子が使った後の道具達を手に取り一人呟く。道具を放置して行ったのは後で説教するが、それよりも気になるのは弟子の言葉だ。少年に錬金術を教え始めてまだ半年も経っていない。だと言うのに、あの子は知っている事が多すぎるのだ。まるで、生まれる前から知識があるかの様に。

 

「あの子を拾って数年か……。数年前あの子を拾った私は、こんな事で頭を悩まされるとは思っていなかっただろうな」

 

 最初はただ、薬の効果を試す実験台に使えるかと思って拾った。成長してからは、頑丈に育った体を魔具の性能調査に利用もする。おおよそ、利己的な目的の為に使って来たのだ。

 だが、気紛れで教えた錬金術は、少年の隠された何かを引きずり出している。

 

「錬金術を習って数か月で私は何が出来た。師に言われるままに、ひたすら同じ事を繰り返すだけだったではないか」

 

 だからこそ、あの少年は面白い。育て甲斐がある。錬金術師の師匠として、これほどに喜ばしい事があるだろうか。いや、無い(反語)。

 あの子を同じ高みまで引き上げたら、一体どんな光景を自分に見せてくれるのだろうか。師匠はそれが楽しみであり、そして同時に恐ろしくも感じるのであった。

 

 ちなみにその後、弟子は確かに夕食の時間までには帰って来た。が。

 

「あの薬を飲んでひと眠りしたら、すっかり元気になったです! だからこそ、その礼はたっぷり受け取らせないと気が済まないんですよ! だから大人しく嫁に迎え入れるです!!」

「ふっ、あんなに効き目がある薬なら、きっと物凄く高価なんだろうね。これはもう、体で返すしか方法はないよね。お金とかうちはぜんぜんないもんね。しょうがないよね、ふふっ……」

「あっ、師匠たすけて! こいつ等、『お礼はお前達に出来る事で良いよ』って言ったら、『じゃあ二人一緒に嫁になる』とか言い出して聞かないんですよ!!」

 

 なんかコブが二つくっ付いて来た。それを見た師匠、両手からバリバリっと魔具の雷を発生させます。何て言うかもう、理不尽な苛立ちがクライマックスでございますよ。シリアスなんて、どっかに置き忘れた。むしろ初めから無かったんだ!

 

「よし、お前ら全員こっちに来て正座しろ」

 

 文字通り、雷が落ちましたとさ。めでたしめでたし。ちゃんちゃん。

 




お気に入り登録や評価もようやく落ち着きましたかね。
しみじみ細々とやって行きたいと思います。
そして感想沢山で、やる気が出ますね。ありがとうございます。


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第十六話

壁じゃないぞ。
壁じゃないからね!


 少年は今、師匠の腕の中に居た。

 淑やかな両手に頭を包まれ、胸いっぱいに師匠の香りが吸い込まれる。ただ密着しているだけなのに、頭がチリチリとして来て首の後ろが痺れる様だ。自分の心臓の音が大きすぎて、まるで頭の中でガンガン響いている様に聞こえてしまう。目と鼻の先に師匠の心臓があり、服越しでもその脈動が聞こえてきそうな気さえした。

 正直、堪りません。これはあれか、試されているのか。悶々とする少年であった。

 

 どうしてこうなったのか、それはほんの少しだけ遡る。

 

「今日の授業は、錬金術の特性について教える。錬金術が得意な事と苦手な事を知れば、更に見識が広まり出来上がる作品にも影響するからな」

 

 今日も今日とて師匠との愛の授業。フードを被って仕事モードのお師匠様は、今日も今日とて猫耳には気が付いていない。その愛らしい姿には、思わず少年もニッコリだ。

 

「やけに嬉しそうだな。確かにいつもニコニコして授業を聞いてはいるが、ここ最近は特に嬉しそうにしていないか?」

「はい、いいえ師匠! 自分は何時も通りであります! 今日も愛らしい師匠の姿を見られて、嬉しいだけであります!」

 

 訝しむ師匠に対して、少年はやはり満面の笑顔。内面の喜びが思わず、返事を軍隊式にしてしまう程である。怪しむが、その原因がさっぱりわからない師匠は、気を取り直して授業の続きを行う事にした。

 

「ふむ、まあ良い。では、錬金術の特性についてだが、まず錬金術に出来る事をおさらいしよう」

 

 錬金術とは、二つないし複数の物質を掛け合わせ、望みの成果へと作り替える技術である。そしてそれを執り行うのは、魔力を物質に繊細に行き渡らせ調整する技能を求められる。要するに、センスが必要になると言う事だ。

 幸いにして、少年は必要な魔力量や集中力、それらを支える体力には恵まれていた。集中力にだけはムラがあるが、一部の事柄に対しては非常に高いのでまあ及第点だろう。

 つまりは、錬金術師の数はそう多くない。一級を名乗れるような者になれば、なおさらその総数は少なくなるのだ。

 

「錬金術は力のある術師が一つ一つの物品を作り上げると言う特性上、大量生産には向いてはいない。集中して心血を注ぐなら、安い量産品よりも効果の高い一点物を作った方が効率が良い」

 

 もちろん例外はある。大釜で大量に作って小分けするだけでも良い水薬は、作るだけならば簡単だ。それを入れる為の容器を別個に生産するか、購入して用意する必要があるのでやはり非効率だが。商会に所属する錬金術師はその様な使われ方をすることもあるらしいが、殆どの錬金術師はアクが強く束縛を嫌う傾向があるのでそれもまた稀である。

 

「この特性は、錬金術師が目指すべき道、真理への探求が関係していると言えるだろう」

 

 錬金術師は数あれど、目指すべき道はただ一つ。道を目指す為の方法は錬金術によって様々ではあるが、何時しか到達しようとする真理はたった一つしかない。

 

「これは魔法使いどもとはまったく逆の性質でもあるが、まあそれは蛇足だな」

 

 魔法使いとはそのものずばり、魔法を使う者達の総称である。魔法と言うたった一つの手段を使い、それを多岐にわたる様々な可能性へと昇華させて行く。魔力と言う同じエネルギーを使う間柄ではあるが、その手段と目的が真逆の性質を持っている。お互いに相いれない存在と言う物だ。

 ちなみに、基本的に魔法使いと錬金術師は仲が悪い。ドワーフとエルフ並みに。

 

 さて、ここまで長々とお堅い文章を読んでくださってありがとうございます。本題に入りましょう。

 

 ここまで流暢に解説をしていた師匠であるが、ふと弟子の視線が奇妙な所に向いている事に気が付いた。この弟子は普段から人の顔を良く見て授業を聞く傾向があるが、それが今日に限っては顔では無くその少し上を見ている。試しに一歩だけ横に移動してみれば、弟子の視線はそれをついーっと追いかけた。やはり頭の上を見ている。

 頭の上に何かあるのだろうか、手を翳してみても空ばかり掴む。特に何かある様子はないのだが。

 

「あ……、やば……」

 

 馬鹿弟子が声を上げた。赤子の頃からの付き合いで、師匠の中でピキーンと勘づく物がある。絶対に何か、弟子にとって見つかると都合の悪い物があるに違いない。となれば、原因を特定して制裁を加えなければならないだろう。

 師匠として。なにより、悪戯を見つけてしまった育て親として。

 

 一番簡単な解決方法は鏡か何かで自分の姿を客観的に見る事だが、師匠個人の意向でこの家に姿見は無い。であれば、自分の姿を客観的に見られる様にしてしまえば良い。魔具を使って。

 

「馬鹿弟子、視覚を借りるぞ」

「わーい、問答無用だぁ。いや師匠、その魔具は結構頭に負担があるから――アヒンッ!!」

 

 師匠が少年の頭に掌を差し向けると、指にはめられた指輪型魔具の一つがバチンと紫電を走らせる。すると、師匠の視界が切り替わり、白いフードの人物が見えて来きた。そう、この魔具は生物の視界をジャックして、自分でも見られるようにする為の物なのだ。

 

「俺の視界を盗みやがったなぁ!?」

「やかましい、動くと視界がぶれるから大人しく……、ッ!?」

 

 はたして、師匠が少年の瞳を使って見た自分の姿は、猫耳フードを被った少女であった。自分が見たくも無い忌々しい姿を包み隠す白いローブの、そのフードの上にひょこんと飛び出す二つお耳。

 

「ふふふ、ついに見つけてしまいましたね……。そう、苦心して師匠のローブに縫い付けた猫耳に! ばれない様にと細心の注意を払い、フードを脱いだ時は内側に引っ込むと言う完璧な偽装! まさしくこれは、俺の創り出した最高傑作にほかなりません!! 原理はどうなっているのかって? 魔力の力だよ!」

「…………言いたい事はそれだけか……?」

 

 いつぞやの王都で見せた様な、両手の指輪からの大放電状態の師匠。フードの奥からでも解る程の冷徹な視線に、全身から沸き上がる殺意の波動と目で見えるほどの魔力の迸り。ほう、師匠マジギレですか。おいおい、死んだわ少年。

 

「最後に一言だけ言わせてください! 猫耳フードの師匠は最高に可愛いィィ、あばぁぁああああああああっ!!!」

 

 少年の長いお仕置き歴で、最大級の電撃がぶっ放された。つま先から頭頂部にかけて、舐め尽す様に電流で蹂躙される。そして体中から白煙を上げながら、ガクッと膝から崩れ落ちて白目を剥く。少年の意識は今頃、転生の神様に挨拶しているだろう。また来たよ神様。少年、まだ早いよ。

 

 何時もなら数秒から数分で再生する少年だが、今回ばかりは流石にダメージが深刻の様だ。意識も戻る事の無いまま、そのままぐらりと前に向けて体が倒れて行く。

 このままではあわや顔面強打と言った所で、咄嗟に師匠が手を出し少年の頭を受け止めた。師匠本人も、自分の行動が信じられないと言った表情を浮かべている。やはり心根では、少年に対して冷酷に成り切れなかったのだろう。

 

「うっ、わっ!?」

 

 しかし、大人の猫を抱えてもプルプルしそうな腕力の師匠では、少年を支えきれずにもつれあって一緒に転倒。そのまま少年の頭を抱く様にして、二人で床に横倒しになってしまった。

 

「くっ……、ふぅ……。やってくれたな馬鹿弟子……。おい、いい加減に復活している筈だろう。何時まで伸びているつもりだ?」

 

 半ば少年に押し倒される形になった師匠が、恨みがましい目で後ろ頭にポコポコ両手の握り拳を打ち付ける。普段ならご褒美であり羨ましい光景だが、そんな状況でも少年は無反応。むしろ体から力を抜いて、未だに神様の所から意識が戻らない様相だ。きっとお茶でも出されているのだろう。出涸らしはやめてね。濃いーの好きなのよ。

 

「おい、どうした? お、おい……、そう言う冗談は好きじゃないぞ? ……っ!」

 

 一瞬だけ動揺した師匠だが、直ぐに冷静さを取り戻してローブの下の衣服のポケットを漁る。そうして取り出したガラスの小瓶の蓋を開け、少年の鼻先に突きつけて軽く揺する。気付け薬だ。少年の意識が神の領域から急速に引き戻された。また来るよ神様。元気でね少年。おそらく、もう出番はない。

 

「あぐ……、うっ……」

「ああ……、良かった……」

 

 少年は意識が戻って来たのか、目は閉じたままだがうめき声を上げて体を揺らし始めた。それを見てホッと息を吐き、思わず少年の頭を胸に抱きしめる。すりすりと頬を擦りつけながら、むぎゅーっと顔を壁――もとい胸に押し付けるのだ。

 ここまでが、冒頭までにあった状況である。

 

 意識が覚醒した少年は、何が何だかわからない内に師匠の胸が目の前にあって大混乱。嬉しいやら恥ずかしいやらで、思考は停止しせっかくの据え膳ですが動けません。ヘタレだって? ああ、その通りさ!

 

「……師匠? あの、この状態はちょっと、三歳児には刺激が強いかなーって思うんですけど。ねぇ、聞いてますか? ししょー? しっしょー?」

 

 師匠からの返事は無い。返事の代わりに更に強く頭が抱き寄せられて、少年は更に期待と興奮の世界へと引きずり込まれる。かと思えば、なにやら首筋にぽたぽたと雫が垂れてきて、少年は更なる混乱のるつぼへと叩き落とされるのだ。

 

「一体何が!? 師匠!? 師匠さん!? 何が起こってるのホワーイ!?」

「うるさい、こっちむくなばかぁ!! 大人しくしてなさい! ひっく……、心配かけるんじゃないわよ……」

 

 聞こえてきた嗚咽の声に、少年は素直に動きを止める。どうやら今回の悪戯は、結果的に師匠を大変悲しませてしまったらしい。これは猛省せねばならないだろう。その為には、一時の感情に惑わされて理性を失ってはならない。だからこれは、別にヘタレている訳では無いのだ。……無いのだ!

 

「そうか……、猫耳は駄目か……」

 

 ならば次は兎耳にしよう。少年は師匠に抱きすくめられながら、次の動物耳シリーズの構想を練って現実逃避するのであった。

 




だったら電撃とか撃つなよ。
そう思っても、受け止めなければならない時があるのでございます。


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第十七話

何故か書いていてすごく楽しかったお話です。
皆さんも楽しんでもらえると嬉しい限り。
あと、先に謝っておきます。ごめんなさい!


 今日は厄日なんじゃないかと、少年は真剣にそう思った。

 それはある晴れた日の事。師匠に頼まれたお使いの帰り道を歩いていた時に、少年が後方から声を掛けられた事で始まる。

 

「そこの貴方! ちょっとこちらに、お向きなさいな!」

 

 如何にも高慢ちきそうな物言いの言葉だが、少年は素直に従い振りむく事にした。無視したらきっと、更に面倒な事になると思ったので。そして、その事を直ぐに後悔する事になる。

 

「やっぱり、その黒いローブに貧相な顔立ち……、貴方があの鈴蘭の錬金術師の弟子ですわね!」

「はいその弟子ですよ。俺に何か御用ですか、……ウツクシーお嬢さん」

 

 女はとりあえず誉めろと言う師匠のありがたーい教えを実行しつつ、社交辞令を吐き出した少年は改めて相手を観察した。

 癖のない金の髪を腰まで伸ばし、額にはサークレットを付けて中心に翠玉を光らせる。背は少年よりも高く顔立ちは大人びていて、実年齢はもちろん肉体的な年齢も上だろう。身に纏うのは露出の多いまるで羞恥心をどこかに置いてきたような水着の様な衣装。その上に漆黒のマントを靡かせ、更に刺々しい肩当てに皮の長手袋と来て、まるで悪の組織の女幹部と言う有り様だ。手にした金属の杖は身長よりも高く、背格好と合わさって更に強い威圧感を放っている。

 あと、少年には非常にどうでも良い事だったが、彼女のその胸は容姿に見合う程度に豊満であった。走るときっと、上下に跳ね暴れる事だろう。チッ……。少年は心の中で舌打ちした。

 

 親が見たら泣くか怒るか呆れるか。いずれにしても、この辺りでは見かけない人物には間違いない。それが少年にいかなる要件なのか、聞きたくはないがとりあえず訊ねてみた。それに対しての反応は、頭の痛い形で帰って来る事となる。

 

「オーッホッホッホッ! オオーッホッホッホッホッ!! よくぞ聞いてくれましたわね! この(わたくし)、黒百合の魔法使いの一番弟子が、わざわざこんな辺鄙な所にまで来た理由はただ一つ! わが師の永遠のライバルにして仇敵である鈴蘭の錬金術師の弟子、貴方と一対一の勝負をする為にやって来たのですわ!!」

「あっそっすかー、たいへんっすねー、じゃーがんばってー」

 

 巨乳、年上、高慢ちき、痴女、この時点で少年は彼女に対して完全に興味を失っていた。むしろ関わりたいと思うロリコンが居るであろうか、いや無い(反語)。

 踵を返してすたすたと歩き始めると、少年の黒いローブのフードをむんずと掴まれグエッとなる。地味にきつい事をしてくれるのは、もちろんさっきの高慢ちきな痴女である。

 

「敵前逃亡とは、かの大錬金術師の弟子ともあろう者が情けないですわね。それとも、大錬金術師様の名声なんて、所詮はその程度だったと言う事なのでしょうか? いやですわ、ライバルを名乗る私の師の名声まで堕ちてしまうではありませんか」

「ああっ……? なんだぁ、おめぇ……」

 

 どうやら、この痴女は少年の安全装置を外しちまったようでございますねぇ。少年本人はともかく、お師匠様を侮辱するとは無礼千万。こいつはめちゃ許せんよなぁ! と、少年は静かに激昂していた。

 

「取り消せよ、今の言葉ぁ! 俺の師匠はなぁ、可愛い上に凄く強くて立派で賢くて凄い可愛いんだぞ! それが解らねぇってのかよオラァ!」

「あらあら、それが本性なんですの? 粗野で凶暴で下品で、まったく野蛮ですわね。言われるのが嫌なら、最初から逃げずに話を聞いていれば良かったのではなくて? オーッホッホッホッ!」

 

 強い自信の表れなのか無駄に堂々と無駄な胸を張って来るが、少年は端正な顔の方を正面から睨み付けて抗議を開始。それを正面から受け止めつつ、高慢な巨乳は余裕の表情で皮肉を浴びせて来た。

 

「上等だ! 勝負でも何でもやってやろーじゃねぇかよ! 無駄な肉ぶら下げながら、無駄な争い吹っかけて来やがって! 自分がどんだけ恥ずかしい言動と格好してんのか解ってんのか? だから暴力的な争いが無くならないんだよ! 解らないなら、ぶって解らせてやる!」

「まあ! 珍しく人の顔を見て話せる殿方かと思えば、やっぱり見る所は見ているのですわね汚らわしい。殿方は私を見れば胸胸胸とうっとおしい事! こんな邪魔な物体のどこが良いんだかさっぱり理解できませんわ! その小さな頭には卑猥な事しか詰まっていないのかしらね! 上等なのはこちらの台詞です。正面から叩き潰して差し上げますわ!」

 

 売り言葉に買い言葉とはまさにこれ。お互いの言動でお互いがどんどんとヒートアップして行き、事態は既に臨戦態勢を超えた一触即発。じりじりとすり足で位置を調整しながら、お互いに何時でも飛び掛かれる様に間合いを測り出す。

 少年が懐に手を入れて魔具を取り出そうとし、それを見て高慢な魔法使いが杖の先を突き付ける。

 

「こんな道のど真ん中で、何をやっているんだお前らは……」

 

 すわ決戦かと言った時、横合いから声が掛かった。その鈴が転がる様な愛らしい声の持ち主は、誰あろう少年の師匠その人である。ここには偶然通りがかっただけで、別に弟子の帰りが遅いから迎えに来たとかではない。あと猫耳も無い。残念でしたね。

 師匠はフードを目深に被ったままで、テクテクと少年の傍に歩み寄って来る。その弟子は、前に出ようとする師を腕で遮って、止めてくれるなと訴えた。

 

「シッショー!! 後生ですから、止めないでください! この女には、ぶって解らさなきゃいけない道理と言う物があるんです!」

「何を言っとるんだお前は。心配しなくても喧嘩をするなとは言わん。だが、決闘するなら審判位用意しろ。お前達は殺し合いでもする気か?」

 

 流石に命まで取るつもりはない少年は、師匠にこうまで言われると二の足を踏んでしまう。振り上げた拳の下ろし所に困っていると、代わりという訳では無いだろうが相対者が口を開く。言うまでも無く、先程まで言い合っていた高慢な魔法使いである。

 

「お初にお目にかかります、鈴蘭の錬金術師様。そのご活躍はわが師から聞かされております。私は黒百合の魔法使いを師と仰ぐ者ですわ。どうぞお見知りおきを」

「ふん、道理で見覚えのある格好だと思った。まさか弟子にまで同じ格好をさせるとは、流石に思っていなかったな」

 

 フードの下でクツクツと師匠が笑う。いや、嗤っているのか。彼女の思い出の中では、一体どんな光景が思い起こされているのだろう。隣で困惑する少年にはわかりえない。

 

(わたし)の弟子が無礼をしたようですまない。だが、あの女の弟子ならわざわざ挨拶に来たという訳でもあるまい。私に何か用件があるのだろう?」

「いいえ、鈴蘭の錬金術師様には本当にご挨拶のみを……。私の目的は、貴女様のお弟子さんとの一対一の決闘。近年になり弟子を取った鈴蘭様の様子を窺うついでに、その弟子をぶっ飛ばして来いとのわが師からの命令ですの」

 

 そりゃあ大した挨拶だ。鈴蘭師弟は同時に思った。要するに、弟子を使って喧嘩を売りに来たのだろう。今の会話の流れだけで、鈴蘭と黒百合の二人の険悪さを察すると言う物だ。

 

「そう言う事なんですよ師匠。じゃ、これからあの女をぶっ飛ばす系の仕事が今からあるんで、これで……」

「馬鹿弟子。御使い帰りで護身用の魔具程度しか持ってないお前が、旅慣れた完全装備の魔法使い相手に何ができると言うんだ」

 

 少年が腕まくりせん勢いで前に進むが、すかさず師匠がフードを引っ掴んで引き留める。確かに師匠の言う通り、少年の持っている魔具は総動員しても、正面からならこけ脅しがせいぜいだろう。出来るならば、一度準備する時間が欲しいとは少年も思う。

 だが、そんな事を相手が認めるだろうか。

 

「構いませんわよ? わが師からも言われております。互いの持ち得る物全てを使って、対等の勝負で撃ち負かせ、と」

「うん? 奴がそんな事を言ったのか、本当に? ルール等には言及していなかったのか?」

 

 師匠が高慢な魔法使いの言葉に反応し、魔法使いは師匠の質問に頷いて答えて見せる。それを見た師匠はフムと小さく呟き短く思案すると、何を思ったのか高慢な魔法使いに手を差し出し握手を求めた。

 

「そちらの寛大な心遣いに敬意を表しよう。お互いに、良き戦いが出来るよう健闘を祈る」

「まあ、稀代の英雄にそう言ってもらえるのならば光栄ですわ」

 

 女性二人が握手を交わし、にいっと唇を歪めた好戦的な笑みを浮かべ合う。まるで二人が決闘するかのようだが、実際戦のうのは少年である。なんだかこれでは置いてけぼりにされている様ではないか。

 

「さて、では万全の準備をした錬金術師の戦い方と言う物を、幼いお嬢さんにご教授して進ぜようか」

 

 師匠は彼女と握手した方の手を見てほくそ笑みながら、テトテトと先を行って自らの家に戻って行く。少年も一度高慢な巨乳女を一瞥してから、慌てて師匠の後について行った。目を合わせた魔法使いは、フフンっと少年を嘲笑う。もう勝ちを確信しているかのような、やはり高慢ちきな態度である。

 

「あったまくんなあの女……。絶対泣かせちゃるけんのう」

「落ち着け馬鹿弟子。わざわざ色々と贈り物をくれた相手に、そんな事を言っては失礼だろう。なんせ、これから勝ち星も譲ってもらうのだからな」

 

 少年の怨嗟の籠った呟きに対して、師匠は涼しい顔でフフッと軽く笑みを零した。そして、少年に対して見せ付ける様に、ひらひらと手を振って見せる。何時も通りに、指輪型の魔具が幾つも填められた手を。

 少年は此処で確信した。あ、これもう勝負始まってるわ、と。

 




前後編にしようかとも思いましたが、まあいいかとそのままぶつ切りにしました。
果たして勝負の行く末はいかに。続きはまた次回でございます。

しかし、ロリでお客を呼んでいたのに巨乳キャラを出してよかったのだろうか。
生粋のロリコンの皆さま、どうかお許しください。


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第十八話

意外とキャラのモチーフ先がばれますね。
評価も賛否が分かれているようで何より。
是非悪い所も指摘していただけるとありがたいです。


 全ての準備は整った。お互いに装備も見直し、師匠を見届け人とした公正な決闘。二人の強大なる師匠を持つ弟子達だけの尋常なタイマンである。突如現れた高慢ちきな金髪巨乳魔法使いになんて絶対負けない! プライドをかけた壮絶な対決が今始まる。

 

 と、思いましたが!

 

「納得いきませんわ!! 絶対に、納得いきませんわ! 卑怯ですわよ! 卑怯! 卑怯者!」

 

 既に弟子同士の決着はついて、今は師匠の家のリビングで敗北者の金髪が喚き散らしていた。きちんと椅子に腰かけたまま、テーブルにバンバンと両手を叩きつけて猛抗議している。あまりの衝撃で、魔法使いが先程飲み干した薬の小瓶がぱたりと倒れ、そのまま対面に向かって転がって行ってしまった。

 

「だからあれ程、事前にルールを確認しただろう。そして、互いの持てる全てを使い、尋常の勝負をすると決まった。あくまでも、その上での結果だろうに」

「だからって、開始早々に状態異常のポーションを投げつけて来るだなんて! こんなの魔法使いの決闘ではありませんわ!」

 

 目の前に転がって来た小瓶を受け止めて、指先で弄びながら少年の師匠が不敵に笑っている。その小瓶の中身は沈黙の状態異常を回復する薬品だった。そう、彼女は決闘の開始早々で、沈黙の状態異常を掛けられ無力化されてしまったのだ。

 それに対して、魔法使いの娘は無効試合だと宣っていた。先程まで声を出したくても出せなかったので、相当にうっぷんが溜まっているようで物凄い剣幕である。

 

「魔法使いの癖に沈黙に対応しておかないとは、事前の準備が杜撰だったな。この程度の事は基本だと思うのだが、まさか魔物以外が状態異常を扱って来るとは思っていなかったのか?」

「そ、それは……」

 

 師匠の煽りつつも言い含める様な問いかけに、魔法使いの娘は二の句が継げなくなった。そう、基本を疎かにしたのは確かに自分なのだ。それだけ自分の実力に自信を持ち、尚且つ少年を侮っていた事に他ならない。慢心と言う奴だ。

 

「で、でも、こんなの私の思い描いていた決闘では……」

「例えどんな方法であろうと、一度ついてしまった決着は覆りはしない。この世界は結果が全てだ。泣き喚いたとしても、魔物や敵が仕切り直させてくれるとは限らんぞ」

 

 慢心した結果、それで敗北していればそれはただの凡愚。何を言おうと、所詮は負け犬の遠吠えなのだ。

 彼女の中では、魔法や魔具を射ち合って華々しく決着をつける積もりであったのだろう。その上で勝って見せて、自身の師匠に認めてもらおうと思ったに違いない。少年だってそうだ。師匠にカッコいい所を見せて、喜んでもらいたかったさ。

 それが、こんな地味な決着になるとは夢にも思わなかった。どうせなら、真正面から勝ちたかったと強く思う。勢いでご褒美とか貰えたかもしれなかったと言うのに、実に口惜しい。

 でも、魔法を使えなくなって弱気になった魔法使いの娘を見た時、正直物凄く嗜虐心というかほの暗い喜びがありました。これが愉悦か。まあ、少年的に彼女は好みではないんですけどね。

 

「事前に出来る備えは、策謀だろうがなんだろうが全てする。用意できるものは全て用意し、使える物は全て使う。それが錬金術師の戦い方だ。これでまた一つ、自分に無い物を学べたな」

 

 事前の備えの一つには、あの時の握手も含まれていた。師匠の指にはまる鑑定の指輪を使い、彼女の装備に状態異常耐性の物が無いのを自然に確認したのだ。言うなれば、勝負はあの時に既についていたと言っても過言ではない。少年が使える全ての物には、師匠の助力すら含まれているのだから。

 

「さてと、ではそろそろ事の真相を、ご本人の口から説明してもらうとするか」

 

 ぐぅの根も出ない程に魔法使いの娘をやり込めた師匠は、おもむろに立ち上がって部屋の隅から何やら小箱の様な物を引っ張り出して来る。金属でできたそれには蓋が付いており、開けると中には映写機の様な物が入っていた。蓋を開けると仕掛けで底上げされて、映写機部分が競り上がって来る様になっている。

 師匠はその映写機をテーブルに乗せて、パチパチと幾つかのツマミやスイッチを操作した。

 

「これは昔に私が作った遠距離通信用の魔具でな、暫く使っていなかったが……ああ、動いた。そら、弟子を陥れた悪い魔法使いのご登場だぞ」

 

 映写機から光が投射され、そしてその光は中空に一人の人物像を浮かび上げる。それは艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、淑やかに微笑む淑女であった。服装はセーターにフレアスカートと言った実に大人しめの服装で、荒事は無縁の品の良い若妻と言った雰囲気を纏っている。そして、その胸はセーターに包まれながらもしっかりと存在を主張していた。……チッ。師匠が聞こえるように舌打ちする。

 どうしてこんな人物が通信相手として呼び出されたのか、少年にはとんと理解が及ばなかった。

 

「あらまあ、こうして通信が来ると言う事は、予定通り私の弟子は負けてしまったようね。流石は鈴蘭の。期待通りに悪辣さを発揮してくれた様で嬉しいわ。その子は下手に実力があるだけに、長くなってしまった鼻っ柱を一度折った方が良いと思ったのよ」

「何があらまあだ、白々しい。こうして即座に通信に応じたと言う事は、元から待機していたんだろう? 性格の悪さは健在のようだな、黒百合の。まったく、面の皮がまた一段と厚くなったな」

 

 なんと、この一見して若妻と言った風体の淑女が、師匠のライバルと言われる黒百合の魔法使いその人であるそうな。聞いた話では、性格が悪いと言う事であったが本当だろうか。なんと言うか、師匠が語っていた人物像とはかけ離れている気がする少年であった。

 

「騙されるなよ。こいつは今でこそ貞淑に擬態する術を持ったが、昔はあっちの小娘と同じ格好をして練り歩いていたんだからな。それにその若々しさ、一体いくら薬につぎ込んだんだ? 私の見立てだと、エリキシルの他にも色々と手を出していそうだな」

「貴女も変わらない様で安心したわ。ええ、最後に会ってから寸分も姿が変わっていないなんて、女として生まれたならなんとも羨ましい事。まあ、その小さい成りだと色々と不都合もあるでしょうけれど……。あらやだわたくしったら、おほほほほ」

 

 これぞ火花散る女の戦いとでも言うのだろうか。機械越しの会話だと言うの、互いの視線がぶつかり合って雷光を発している様に見えてしまう。どちらも魅力的な笑顔なのに、とんでもないどす黒さを放っている。少年ですが、部屋の中の空気が最悪です。

 思わず、弟子二人はこそこそと寄り集まって内緒話を始めてしまう始末だ。

 

「なんか師匠が、俺が見た事ないぐらい邪悪に笑ってるんだけど。昔の知り合いでライバル関係って、そんなに仲が悪いのか?」

「私もそんなに詳しくはないのですわ。両親や周囲の者にまた聞きで話を聞いていたぐらいですの。あんなに毒を吐くお婆様初めて見ましたわ……」

 

 ちょっと待てお婆様って言ったか。あの若妻にしか見えない人が、熟女通り越してご老体だと言ったかこの巨乳。少年は心の中で戦慄した。ファンタジー怖い。女って怖い。

 弟子二人が集まって震えているのを脇に捨て、二人の師匠はどんどんとヒートアップして行った。

 

「はっ、種族的に年を取りにくくて悪かったな! 老人の若作りよりは何倍もマシだろうさ! そんな事より、自分の弟子の矯正に人の弟子を使おうとは、どういう了見なんだとわざわざ連絡してやったんだ。何か言う事があるんじゃないか!?」

「心外ねぇ。貴女がどういう心境の変化か弟子を取ったと風の噂に聞いて、心配して様子を見に行かせただけじゃない。ついでに、世界の広さと錬金術師の陰険さを学ばせるには、貴女ほどの適任者はいないと思っただけよ。おーっほほほ!」

「何が風の噂だ。私が弟子を取ったからって、対抗して孫娘を弟子に取ったのは知ってるんだぞ。アレに前にあった時に聞いたからな! 相変わらず無駄に対抗意識ばっかり燃やしおって、陰険なのはどっちだうっとおしい!」

「うっさいわね! こほん……、私は貴女と違って馬鹿みたいに暇な時間がある訳じゃないの。次世代を育てるのだって大事な事だと、きちんと考えての行動なのよ。行き当たりばったりのあんたと一緒にして欲しくないわ。それから、また王兄様に迷惑をかけたんじゃないでしょうね。いい加減年相応に、化石みたいに落ち着きを持ったらどうかしら。おーっほっほっほっほ!!」

 

 師匠がどうして、あの通信機を使わなくなったのかが良く分かる。この二人の罵り合いは全く終わらないのだ。お互いに全く引かない性格で、しかもどちらも相手を罵るのが楽しくて仕方ないと来ている。きっと、この二人はどちらかが――いや、両方が疲れ果てるまでこのやり取りを止めないのだろう。

 つまりは、これに付き合うのは限りなく不毛だと言う事だ。

 

「へー、普段は王都で魔法の訓練しながら貴族学校に通ってるのか。俺は何時も、師匠につきっきりで個人授業してもらってるだけだな。貴族学校なんてあるんだな、なんとなく面白そうだ」

「まあ、そうなのですか? 正直それは羨ましいですわ。私もお婆様――師の元でじっくりと修練を積みたいですのに。学校なんて、貴族同士の無用なしがらみがうっとおしくて堪りませんの。あまりいい所ではありませんのよ?」

 

 師匠たちの無益な争いに巻き込まれた哀れな弟子二人は、いつの間にかちょっとだけ仲良くなって茶飲み話に花を咲かせていましたとさ。そのうちまた対戦して、腕を磨き合おうと言う約束もしました。やったね、友達が増えるよ! あくまでも、友達。

 ちなみに、師匠同士の口喧嘩はそれから日が暮れるまでエキサイトし続けました。




師匠のまた別の一面はいかがでしたか?
これもまた師匠。何時もの師匠もまた師匠なのです。


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第十九話

師匠の可愛いカワイイ話を見たい人ごめんなさい。
師匠単独回は次回なんだ。ほんとうにもうしわけない。


 それは、本当にただの、なんとなく思いついた疑問であった。何時もと変わらない日常の、食後のティータイムでの出来事である。

 

「師匠って武勇伝とかあるんですか?」

 

 師匠にだってもちろん過去がある。ここ暫くの王兄や黒百合と言った師匠の旧友との再会を見て、少年はそれを強く意識するようになっていた。だが同時に、少年は師匠の事をあまり知らない自分に気が付く。

 だからこそ、師匠が過去にどんな事をしていたのかが知りたくなったのだ。

 

「どうしたの、藪から棒に。私は錬金術師なのだから、別段武勇に優れるなんて事は無いわ。せいぜいが、アナタも前に聞いた通り、王国に国宝等級の薬を収めた位なものよ」

「いや、だっておかしいじゃないですか。もし師匠が本当にそんな薬を作ってて、他にもいろいろな便利な魔具を作っているんだとしたらですよ? こんな田舎の片隅で、のほほんと平和に暮らせるもんなんですかね」

 

 師匠は基本的に過去の話をしたがらない。だからこそ、少年は今まで師匠の過去に触れる事は無かった。しかし今回に限っては、知的好奇心を押さえられずについつい食い下がってしまう。どうしても知りたいと視線で訴えかけると、師匠はわざとらしく大きく溜息を吐いて手の中のカップをソーサーに置き直した。

 そして、フードを被って気持ちを切り替え、じーっと見つめて来る少年に改めて向き直る。どうやら食後のティータイムは、授業の時間になったらしい。

 

「しょうの無い奴だ……。と言ってもな、大して面白い話でもないぞ?」

「そんな事は無いですよ! お師匠さんのお話なら、絶対に面白くなるに決まってるです!」

 

 気が付いたら、少年の隣に農民少女が生えていた。そのあまりの唐突さに少年は固まるが、師匠には全く動揺は無い。もしかしたら師匠は、彼女の存在を検知してフードを被ったのでは? 少年は訝しんだ。

 そして師匠は何事も無く話を続ける。え、この状況はスルーなんですか? どうやらその様でございます。

 

「ふむ、私が何故色々と危険な物を作り出しているのに、こうしてのほほんと田舎暮らしが出来ているか。それは、私が王国に保護されているからだ。いや、同盟関係と言った方が適切か」

「同盟? 一個人が国と同盟結ぶって、やっぱり師匠って地上最強の生物かなんかなんじゃないですか?」

 

 同盟とは本来、強い者が弱い者を傘下にする建前か、もしくは同等の力を持った者同士の間に成立する不戦協定の様な物だ。それを圧倒的弱者であるはずの個人が、絶対強者たる国と同盟を結ぶなどありえない。つまり師匠には、それだけの何かがあると言う事だろう。国で保護されるほどの可愛さかな?

 

「国家錬金術師という訳でもないがな。ただ、私の創り出した物はまず国に預ける事になっている。国と言うか、王兄のアイツにだが。そこで秘匿するか世に出すかを判断して居るそうだぞ。代わりに私は、安穏とした日々を送っているという訳だ」

 

 だが、それだとこの国は良いとしても、よその国が黙っていないのではないだろうか。もしかしてこの家がトラップ塗れなのはその為の備えだったり? そのせいで風呂が覗きにくいのか、おのれ近隣諸国め許さん。少年は自分の所業も忘れて、他国の間者に恨み節を吐き出した。

 

「フッ、それだけではありませんよね。僕達の祖母が良く話してくれましたよ、お師匠さんのドラゴン退治のお話」

「ああ、その事か……。薬に必要な素材を取りに行っただけなのだがな。ずいぶんと誇張されている様だ」

 

 待って。またなんか生えたんですけど。室内なのに帽子を取らない剣士少女が、やはりいつの間にか少年の隣に座っている。気が付いたら姉妹に挟まれているとか、これはちょっとした恐怖ですよ。

 そして、師匠はやはり気にも留めずに話を続けた。

 

「別に、ドラゴンなんぞ薬で弱らせて、こっちを強化してればでっかいトカゲみたいな物だ。たまに凄く強くて喋る奴も居るが、そう言うのは私一人では無く複数人で挑んで倒したからな。私一人の武勇ではないよ」

「そんな事ないです! ドラゴンを単身で倒せるなんて、それだけで僕尊敬してしまいます! すごいなー、憧れちゃうなー!」

 

 少女剣士は元々厨二っぽい所があり、カッコよく英雄が活躍する武勇伝に目が無い。そのおかげでテンションの上がった彼女は、何だか話し方が姉にそっくりだった。やはり姉妹か。

 ちなみに姉の方は話を聞きながら、一心不乱に勝手に取り出して来た茶菓子を貪っている。ちょっ、零すんじゃありません! 少年はかいがいしく世話を焼いていた。

 

「そしてそのドラゴンの倒し方が非常に悪辣で、それを恐れて他国も滅多に手を出してこないのですわ。ね? そうですわよね?」

「悪辣とは言ってくれるな、黒百合の弟子。別に、私は錬金術師として出来る事をしているだけだぞ」

 

 やはり現れたか金髪巨乳魔法使い! 少年はもう達観の域に達していた。もうテーブルに椅子が無いので、アトリエの方から椅子を持って来るぐらいの余裕を見せ付ける。しょうがないからお茶も出してやろう。少年の気配りスキルは、師匠との生活で鍛えられているのだ。

 

「皮膚を軟化させる薬や、行動を鈍化させる薬。睡眠や麻痺等の状態異常に加え、何よりも複数の症状が出る猛毒の数々……。これらを同時に叩き込まれるトカゲが、魔物ながら不憫でなりませんわ。きっと、何処の国もそんな物を味わいたくはないでしょうね」

「前にも言ったが、状態異常に備えていない方が悪い。まあ、備えていればまた別のやり口で責めるだけだがね。完全無欠な存在なんて、この世には存在しないさ」

 

 ああ、師匠も家事は全滅ですもんね。確かに確かにと、少年は妙に納得してしまう。したり顔で頷いていたら、師匠の指輪から電撃が飛んで来た。今日も愛が痛い。

 魔法使いの娘は師匠の話を聞きながら、それを細かくメモしている。どうやら次の少年との対戦の為に、錬金術師の戦略を探っているようだ。なんとも抜け目の無い奴。少年が呆れた目で見ていると視線が合い、魔法使いの娘はフッと嘲るように笑って来る。次の対戦でも絶対負かしてやろうと、少年は固く固く決意した。

 

「むぐむぐ。ズズー……。ぷはぁ! つまりお師匠さんは、ドラゴンより強いからここで暮らしていられるって訳ですね! そこに痺れる憧れるぅ、です!」

「国を潰すのは疲れるからな。放っておいてくれるのなら、こちらからわざわざ動きたくもないさ」

 

 確かに敵に回したら国ごと滅ぼされかねないのであれば、めったやたらに触らない方が賢明なのだろう。今、まるで実行した事があるかのような言い回しをしていたが、きっと気のせいだと言う事にしよう。それこそ、触らぬ神に祟りなしだ。

 それからも、師匠と少女達のお話は、わいのわいのと続いて行った。

 

 それにしても、室内の女性率がずいぶんと高くなったものだ。まるでハーレムみたいだって? ハハッ……。少年の境遇は、その真逆であった。

 

「ほらほら、ぼさっとしてないでもっとお茶菓子を持って来るですよ! こんなんじゃぜんぜん足りないです!」

「ん、僕にはお茶のお替わりを貰えるかな。家だとちゃんとしたお茶なんて滅多に飲めないから、ついつい飲み過ぎちゃうよ」

 

 姉妹には執事の如くこき使われ、せっせと追加の菓子やお茶の用意をさせられたり。ここは喫茶店じゃないんですよお嬢さんがた。もちろん、少年の恨み言はニッコリ笑顔で受け流される。

 

「まあ、黒百合の二つ名は貴女様がお婆様に送ってくださったのですね。ライバルがお互いに送り合う称号なんて、素敵ですわね」

「ふん。この私に鈴蘭なんて二つ名を付けてくれたのは奴だからな。こちらからも相応の物を送り返すのが礼儀だろう?」

 

 自分の師匠が別の所の弟子と談笑するのを、むざむざと見せ付けられたり。魔法使いの娘は忙しく動いている少年に向けて、ハッと鼻で笑っているのでワザとだろう。ガッデム。

 師匠と二人きりのマッタリタイムが、一体どうしてこんな事になったのだろうか。ちょっとした知的好奇心の暴走が、少年にハーレムと言う地獄をもたらした形となった。これぞ正に、好奇心は猫を殺すと言う奴であろう。

 

「あーもう、お前ら全員覚えとけよ! 師匠以外!!」

 

 少年の精一杯の慟哭は、やはり少女達の笑顔で簡単に塗りつぶされる。ああ、この世は正に無常なり。でも、少女達にこき使われるのならそれはそれでアリかな。そんな風に思ってしまう少年でもある。ただし魔法使い、テメーはダメだ。

 結局女子会が終わるまで、少年は嫌がらせを受けつつこき使われ続けるのであった。

 




Q.結局師匠の強さが分かりにくいから他の師匠で例えてください。

A.東西南北中央不敗スーパーアジア位。


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第二十話

セクハラは犯罪ですよ。


 最近セクハラしてますか? 少年は全くしていません。

 それと言うのも、最近の師匠はガードが固くなり、仕掛けられる罠の量も増えたからだ。しかも、罠の効果も侵入を防いで追い返す物から、獲物を逃がさない物へと変更されつつある。

 殺しはしないが五体満足では返さないと言う、強い害意が窺える罠のラインナップに、流石の少年も直接の侵入を断念せざるを得ない。だが、それで諦めてしまうような少年ではなかった。

 

「欲するならば作り出せ。使える物は何でも使え。師匠の裸を欲するならば、俺はどんな事でもやってのけて見せる!!」

 

 およそ人として最低な言葉を吐きながら、少年は決意も高らかに一つの魔具を作り出す。それは、いつぞやに師匠に使われた視覚を盗む魔具を、見よう見まねで作り出した物であった。師匠は基本的にレシピ等を本に残したりはしない。滅茶苦茶記憶力が良い上に、面倒臭がりだからである。だからこそ、家にある書物を読み漁り、それっぽい素材を集めてコツコツと作り上げたのだ。

 

 もちろん、師匠のアトリエでそのまま作業をすれば、何を作っているのかは丸解りになる。今少年が作業しているのは、例の開かずの間の跡地に作られた少年専用の小規模なアトリエだ。また物置にされる前に、機材は最低限だが自分だけの城を作る許可を勝ち取ったのである。

 

「視覚を盗む指輪……。これがあれば、鳥や獣の視覚を借りて合法的に覗きが出来るじゃないですか!」

 

 覗きに無法も合法も無い、犯罪だ。だが、生憎とここには少年の熱いリビドーを止める者は居ない。あるとすれば、少年の中の良心が天使と悪魔となってせめぎ合う程度だろう。

 なんだっていい、とにかく裸を見るチャンスだと悪魔。冷静になってよく考えなさい、あの師匠の隙を突かねば成功はしませんよと天使。それぞれが囁く。もうどうにも止まらない。

 

「問題は何処に動物を配置するかだが……。いや、決行する場所を厳選する方が先か。考えろ、考えるんだ俺!」

 

 まず第一に、風呂場は罠が多すぎて却下である。元より罠を回避するための作戦ではあるが、最初から一番警戒の強い場所で失敗でもしたら意味がない。ここは、比較的敷居の低い場所から始めて様子を見るのが上策であろう。そう、例えば普段から少年が立ち入る事を半ば黙認されている場所などだ。

 

「ウェヒヒヒヒ。決行は明日だ! 俺の知的好奇心を満たす為に、せいぜい役に立ってもらうぜ指輪ちゃんよぉ!!」

 

 少年は頭の中で即座に計画を練り、何度も脳内シュミレートして万全の策を思いついた。その為にも、他に必要な物を用意しなくては。少年は希望の明日に向かって、せわしなく走り出す。

 

 そして翌朝!!

 

 少年は何時も通りに起床して、身支度を整えまずは朝食の下ごしらえを始める。後は火を通すだけと言う所まで進めたら、一旦包丁を置いて師匠の自室へと向かった。

 師匠の部屋へたどり着くと、まずはコンコンコンと強めに扉をノック。中からの返答がないのを確認し、何時もの様にピッキングで鍵を開けて室内に侵入する。そして、何時もとは違いバーンと勢い良く部屋の窓をカーテンごと跳ね開けた。

 

「ほーら師匠、朝ですよ朝。起きる時間ですよー! もうすぐ御飯出来るんですから、さっさと着替えてください」

 

 薄暗い部屋にさっと朝日が差し込んで、ベッドで猫の様に丸くなって眠る師匠を直撃する。可愛い寝姿だが今日はこれが目的ではない。少年はこっそりと窓枠にサラリと粟に似た穀類の粒を一掴み撒いておく。これで仕込みは終了だ。

 

「じゃあ俺は出てますんで、ちゃんと起きて着替えてから来るんですよ」

 

 第一段階を終らせた少年は、そのまま表情を務めて平静にしながら師匠の部屋を後にした。

 扉をゆっくりと閉め、閉め切ると同時に音も立てずに家の外に向かってダッシュ。師匠の部屋の窓を外から確認すれば、そこには果たして餌に釣られた小鳥が窓枠に集まって止まっている。だがまだだ、まだ道具を使うべき時ではない。

 

 当然部屋の窓に鳥が集まってくれば、師匠は訝しんで追い払おうとするだろう。案の定、部屋の中からしっしっと追い払う手が見えて、窓がパタンと閉められてしまった。

 だが、一度餌がある事を認識した動物と言うのは諦めが悪い物だ。窓が閉まっていようがまた直ぐに窓枠に降り立って、残った餌をついばみ始める者が数羽いる。

 

「勝った!(小声)」

 

 少年は勝利を確信し、窓枠に残る小鳥の一羽に向けて魔具の紫電を迸らせた。小鳥は紫電に撃たれたショックで全身を硬直させて、しかしその円らな瞳はなんと言う行幸か丁度室内の方を向く。やったぜ神様愛してる!

 程なくして、少年の視界が切り替わり、師匠の部屋の様子が少年の脳裏に投影され始めた。

 

「おお……、おおお……(小声)」

 

 流石はズボラな師匠、窓は閉めたがカーテンまでは閉めなかった様で室内は丸見えだった。小鳥の視界の中で、師匠は衣装タンスを開けて普段着をぽいぽいとベッドの上に放って行く。

 

「おおぅ……。おっ、おっ、おっ……おおおお……っ!(小声)」

 

 そして、師匠の手が寝間着代わりのシャツに伸びてそれを少しずつたくし上げ始めた。次第に腿が、腰が、お腹があらわになって――そこで、ぷつんと映像が切れた。

 

「はっ!? えっ? あれ? 故障か?」

 

 せっかく良い所だったのに邪魔された少年は、慌てて窓枠の小鳥と自分の指にはまる指輪を何度も交互に見詰める。そして、慌てる少年の耳に聞き慣れた涼やかな声が聞こえて来た。

 

「おやおや、どこの間者が覗き見しているのかと思ったら、なるほど私の指輪型魔具を複製したのか。だが、もう少し放出する魔力は抑えるべきだったな。使った瞬間に感じ取れるほど杜撰な作りで助かったよ」

 

 師匠だ。師匠が窓を開けて、聞こえよがしに声をかけているのだ。それを聞いた途端、少年はまだ自分が犯人ではないとばれていないと確信した。どういう原理かは知らないが、師匠はこちらの視界を逆に奪い返して指輪の所在を探ったのだ。つまり顔は見られてはいない。ならば今は、ここを全力で離れて逃げるべきだろう。

 思い悩むよりも早く、本能的に少年はその場から走り出した。

 

「まあ当然逃げるだろうが、……無駄だ!」

 

 逃げ出そうとした少年の体を、感じ慣れた電撃がズバンと直撃して走り抜ける。少年には知る由もない事だが、師匠は小鳥から自分に魔具の効果を移しつつ、更に少年の視界を奪い返すと言う方法で反撃に出たのだ。そしてこの電撃は、その魔力の流れを誘導線として使い放たれた。目と目で通じ合う。少年の頭は正に電子レンジに入れられたダイナマイトだ。

 

「馬鹿弟子……、お前の仕業だったのか……」

 

 普段着に着替えて白いローブのフードを被った師匠が、黒焦げになった少年の隣に立って呆れ気味に呟く。少年は電撃に撃たれたショックで全身が痺れ、走り出した姿勢のまま硬直し動けなくなっていた。いと哀れなり。

 

 こうして、少年の盛大に無駄な計画は、大参事と言う結果だけを残し終了。せっかく作った指輪は没収されてしまう。流石に師匠の持ち物を外に出すには、少年では責任能力が足りないと判断されたのだ。せめて師匠と同じぐらい強くなければ、少年には許可は出ないだろう。

 

 その日少年は、魔具を無断で複製した事を六時間ほどぶっ続けで説教された。だが、一人で難しい魔具を作り出した事を、最後の最後で誉められもする。なんとも複雑な一日となってしまったのだった。

 今日の教訓はただ一つ。心せよ。あなたが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。

 




絶対に弟子君の真似はしない様にしてください。
命の保障はありませんよ。


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第二十一話

注意、この世界の宗教はこの世界特有の宗教でありこちらの宗教とは全く関係ないとは言い切れないかもしれませんがフィクションです。


 少年はこの世界の宗教が苦手だった。師匠からあまり良い話を聞かなかったからだ。

 

 この世界の教会の役割は冠婚葬祭を取り仕切る他に、回復魔法による幅広い医療奉仕も執り行っていた。幾つかの宗派に分かれてはいるが、概ねやっている事は共通している。そして、それぞれが抱える教義が、時として不利益を振りまくこともあるのだ。

 要するに、人間至上主義の様な物を抱えている宗教が割とあるのだと言う。せっかくのファンタジー要素を排斥するとか、頭おかしいんじゃねーかと少年は思ったものだ。それを捨てるなんてとんでもない!

 

「私ははっきり言って宗教が嫌いだ。この国の国教ですら多聞に漏れず、他よりマシとは言え亜人には抑圧的だしな。なにより、錬金術師への圧力には反吐が出る。だがまあ、この村の教会ならば問題は無いだろう。小娘の助力にぐらい、行って来てもよろしい」

「やっと許しが出たですか! 封印がとけられたです! さあさあ、そうと決まったら早速教会に行くですよ!」

 

 非常に意外な事に宗教嫌いのお師匠様が許可を出したので、少年は朝っぱらから農民少女に引っ張られて行く事になった。一体どんな膂力をしているのか、ほぼ水平になびかされながら運ばれる少年。

 

 運ばれながら、それにしてもと思案に耽る。考えるのはこれから行く教会の事だ。

 農民少女の暮らす村にある唯一の教会は、この国の国教が管理するこじんまりとしたものだ。村の規模からすればこれでも立派な部類なのだろうが、配属されているのが司祭一人と言う時点で力の入れ具合が窺える。

 そんな事情もあってか人手不足に悩まされる事が多く、村人が行事に手を貸す事も多いのだと言う。そして、今回少年が駆り出されたのもまさにそれだ。

 

 そんな事を考えている内に、木の葉の様に弄ばれていた少年は教会へとたどり着いた。ここまで爆走していた農民少女は汗一つなく、屈託のない笑顔でそのまま教会に向かって声を張り上げる。

 

「おはよーござーいまーす!! 神父様、約束通り手伝いに来たですよー!!」

「来たですよー。相変わらずスゲー体力だね、おねーちゃん」

 

 おねーちゃんですから! と、少年少女がやり取りしていると、教会の正面の扉が開かれ中から大柄な人物が現れた。大柄というか、これはもう巨体だ。少年からしてみれば殆ど小山の様な体格差の人物が、窮屈そうにカソックを着てゆっくりと歩み寄って来る。

 だが、その巨体よりもなお明確な差異に、少年はその目を奪われていた。その人物には、腕が六本あったのだ。

 

「やあやあ、ずいぶんと早くお越しいただきまして、ありがとうございます」

 

 それは野太い重く響くような声で語り掛けて来る。顔や性別は――解らない。その人物の顔には、子供が描いた様な笑顔のお面が張り付けられていたからだ。仮面は二種類あるらしく、今はまだ見えないが頭の後ろの方にももう一枚付けられている。そして、その仮面からはみ出る様にして、羊みたいな立派な巻いた角が生えている。その六本腕の内の二本は胸元で祈りを捧げる様に組まれ、また別の二本は身体の後ろで手を重ねて腰に当てられていた。残りの二本は少年達を歓迎する様に大きく左右に広げられている。

 何処かで見た事があると思ったが阿修羅だこれ、と少年は前世の記憶を思い出していた。正体不明の六本腕の巨体の角が生えてる仮面司祭。怪しいなんて言葉を通り越して、存在がもう不審者ではないか。

 

「ああ、君が今日お手伝いをしてくれると言う、錬金術師さんの所のお弟子さんだね。こんなに朝早くから来てくれてありがとう。今日はよろしくお願いします」

「あ、はい。……よろしくお願いします」

 

 でも凄く礼儀正しい。発せられる仮面越しの声は野太いけど、出来るだけ優しく話そうとしているのが伝わって来る。少年は罪悪感が込み上げてきて、心に四ポイントのダメージ。しかし、まだまだ油断する訳にはいかない。

 

「それで、今日は裏庭に花壇を作るお手伝いをするんですよね? もしかして、今度の収穫祭への準備ですか?」

「ええ、今から育てれば丁度お祭りの時期には花をつけてくれるでしょうからね。子供達の髪飾りや、お祝いの花束なんかに使ってもらいたいと思って。どうせなら良い思い出として、華々しく彩ってあげたいですから」

 

 あかん、めっちゃ良い人やん。農民少女の言葉にうんうんと頷いて見せる仮面司祭は、その時の情景を思ってか言葉の端々から喜色と優しさを滲ませている。またもや膨れ上がる罪悪感で、少年の心に八ポイントのダメージ。少年を倒した。

 

「すいませんでしたー!! 見た目で判断して警戒しちゃってすみませんでしたー!!」

「わっ、わっ、大丈夫ですから! 僕、怖がられたり怪しまれたりするの慣れてますんで、とりあえず頭を上げてください!」

「さらっと追撃するなです。まったく、何やってるんだか呆れ果てるですよ」

 

 突然土下座し始めた少年に、仮面司祭はおろおろして更に少年に罪悪感を植え付ける様な暴露を始め、農民少女はヤレヤレですっと呆れ顔で溜息を吐いた。とりあえず、第一印象は直ぐに覆る結果となったようだ。

 

 そして、時は吹っ飛び花壇が完成したという結果だけが残る!

 

 正午に一度休憩を取り、食後すぐに作業を進めたおかげで夕方には大分早い頃に花壇は完成した。今は労働で疲れた体を癒す為に、三人は午後のティータイムと洒落込んでいる。わざわざ引っ張り出して来た真っ白で大きなシーツを、シートの代わりにした上で少年を囲む様にして三人横並び。各々がソーサーを手に手に、ズズズーっと煮出した紅茶をのんびり啜る。

 

「ん、これ砂糖じゃなくてハチミツか。師匠と飲むやつより風味が良いな」

「あ、お解りになりますか? 僕の前の赴任地ではこのお茶が流行っていたんで、せっかくだから作ってみたんです。ハチミツは村の方から、先日御裾分けしていただきました」

 

 少年と仮面司祭は共同作業のお陰か、ずいぶんと馴染んで会話が弾んでいた。元々面識のあった農民少女の方は最初から友好的に接しており、話を聞く限りでは他の村人にも慕われている様だ。

 それもその筈で、見た目が怖いだけで司祭の性格は非常に温厚。花々を慈しみ、子供達の為にとせっせと焼き菓子を村人に振る舞うなど、普段の生活態度もまた慈愛に満ちていた。

 

「正直、下手な人間よりもずっと人間らしい……。それが悪魔族だからって、たった一人で地の果てに赴任させられるとか、やっぱり教会は好きになれそうにないな」

「あくまでも司祭ですからね。教会の上層部が決めた事でしたら、僕は喜んで拝命いたしますよ。それに、こうして司祭職を与えてもくれていますから、そんなに悪く言わないで上げてください」

 

 なんだこいつ天使か? いいえ、悪魔です。そこまで言われてしまったのならば、少年としてはこれ以上追及は出来ない。納得してこの地に赴いているのなら、それをわざわざ指摘しても彼を困らせてしまうだけだろうから。それがたとえ、師匠の居る村に赴任するのを嫌った他の聖職者達に、半ば無理やり押し付けられた事柄だとしてもだ。

 

「確かに私達の職は、その仕事の一部を錬金術師と被らせてしまっています。その事を理由に、錬金術師を毛嫌いしている人達が居るのも事実です。ですけど、私はどうせなら皆で仲良くしたいんですよ。私の腕が沢山あるのは、大勢の人達と手を繋げるから、なんて……そう思いたいんです」

 

 なんかこの悪魔、凄く聖職者っぽいこと言ってる。あ、聖職者だったわ。なぜだろう、少年は急に目頭が熱くなった。これならば確かに、師匠がこの教会ならばと許可を出すはずだ。この人は絶対に、師匠の味方になってくれる人だろう。悪魔だけど。

 

「それだったら自分の顔にも、少しは自信を持てばいいですのに。私はそんなに嫌いじゃないですよ? 確かに、夜道で急に見たらビックリするかも知れないですけど」

「え、素顔見たことあんの? 俺も見たい。超見たい!」

「ええっ!? そんな、見ても面白くなんて無いですよ。むしろ、怖がらせてしまったら悪いですし……」

 

 農民少女が発した言葉によって、少年の中にむくむくと知的好奇心が沸き上がって来る。こうなるともう少年は一直線で、困惑する仮面司祭に見せてくれと迫った。それはもう外見通りの子供の様に纏わり付いて。途中で興味が乗った農民少女も参加して、二人で巨漢の仮面司祭の手を取って交互に引っ張ったりもした。

 お子様二人のねーねー攻撃に、最初は及び腰だった仮面司祭もついには根負けした様だ。

 

「わかっ、解りました。解りましたから。そんなに引っ張ったら危ないですよ。もう……、怖くなったら直ぐに言ってくださいね?」

「やったぜ!! ありがとうございます」

「やったです!! ありがとうですよ!」

 

 そんなこんながあってから、恐る恐る外された簡素な仮面。その下の素顔は瞳が赤かったり牙が生えていたりして確かに強面だったが、おどおどと眉を下げて縋る様な眼で見て来る表情をしていて怖さなどはだいぶん和らいでいた。少なくとも、少年と少女がそれを見て、思わず笑顔になってしまう程度には。でっかい体の強面さんは、小動物みたいな態度で可愛らしい人でした。

 

 それから三人は、また近いうちに集まって花の世話を手伝う事を約束し合った。そしてそれは、次第に少年の生活に組み込まれて行く事となる。必然的に農民少女との絡みも増えるが、まあそれは副次的な物だろう。

 異世界に来て初めて、少年に悪魔の――亜人の友達が出来ました。悪魔でも友情はあるんだ!

 




司祭は元モンク僧ですが、性格が優し過ぎて司祭になった転向組です。
悪魔○騎士とかじゃないよ。本当だよ。


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第二十二話

全三十回ぐらいかな。そろそろネタが少なくなってまいりました。
特に師匠の話がなかなか思いつかない。
このままではタイトル詐欺になってしまいますね。


 ここの所、少年は戦闘について考える事が増えた。言うまでも無く、数日に一度挑んで来る黒百合の魔法使の弟子、金髪巨乳のあの恥ずかしい格好をさせられた少女のせいである。

 

「あの女、この間やり合った時に魔法使えない様にしてやったら、鉄の杖でぶん殴って来やがった。それが思いのほか痛くて、顎砕かれたわ。魔法使いじゃなくてアマゾネスだろ、アイツ」

「なるほど、それで僕に接近戦の訓練をして欲しい、と。フフッ、君って意外と負けず嫌いだったんだね」

 

 そりゃもう男の子ですから。殴られるのは別に構わないが、負けてばかりではいられない。そんな訳で、身近に居る接近戦の使い手、剣士少女の手を借りようと思い付いたのである。

 提案された彼女は暫しウーンと軽く唸り、やがて決意と共に強く頷いた。

 

「うん、わかったよ。僕で出来る事なら協力する。お仕事が早く終わった後とかなら付き合えるから、訓練したくなったらあらかじめ予定を決めておこうね」

「おう、助かる助かる。あんがとな。本格的に剣を習ってる知り合いって、他に思いつかなくてさ」

 

 そんな事だろうと思ったよ、と剣士少女は呆れたように笑う。それでも彼女は、それから直ぐに最初の訓練を開始してくれた。何だかんだで付き合いの良い彼女には、今度何か埋め合わせをしようと少年は思う。最近は錬金術で道具を色々と作れるようになってきたので、それらをプレゼントするのも良いかもしれない。

 

 そして、最初だと言う事なのでお互いの実力を測る為に模擬戦をして見たのだが、少年は実にあっさりと負けてしまった。剣士少女がフェイントやステップを使いあっと言う間に距離を詰め、対応する事が出来なかった少年をあっさり追い詰めてしまったのだ。

 もちろん少年も無策では無く、近距離用の衝撃波を放つ魔具で応戦しようとしたのだが、一瞬で懐に入り込まれてはどうしようもなかった。こればかりはもう、レベルが違うと言う奴であろう。

 

「うん、成る程、よく分かったよ。君はまず、戦闘経験が少なすぎるんだね。フェイントに良く引っかかるし、足捌きにも目がついていけてない。これは接近戦だとカモにされるのは仕方ないよ」

 

 口調は優しいのに割と容赦ない。だがここまで一方的にやられたのなら、逆に清々しいと言う物だ。これだけ実力差があるのなら、得られるものも大きくなるに違いない。

 

 その後も少年は徹底的に、剣士少女の攻撃に対処すると言う特訓を繰り返した。自分よりも素早い相手に追従し、反応速度を高めて的確に反撃する思考力を磨く。回避しながら反撃するなんて上等な真似が出来るとは思わない。狙うのはひたすらに、一撃で相手を沈黙させられるカウンターだ。

 

 もちろん、たった一日でどうにかなるような話ではない。幾日も幾日も、少年の頑丈さを活かしたボコボコに打ちのめされる様な特訓が続く。最も称賛すべきは、何度も何度も食い下がって行く少年を、何度も何度も打ち倒した剣士少女の精神力であろう。

 彼女は本当に容赦も手加減もしなかった。本当に一桁年齢なのか疑わしい程に。もしくは、剣を振ると言うのは、この程度の覚悟も無ければ続けられないと言う証左なのかもしれない。少年を打ち据えるのが嬉しいとかは……、無いよね? ね?

 

 そして、一月ほどそんな生活を続けた所で、その成果が漸く実を結んだ。

 

「おおーい! やってやったぞー! あの金髪巨乳に目に物見せてやったぜ!!」

「ああ、おめでとう! これでもう、接近戦でボコボコにされる事は無くなりそうだね」

 

 一月開けて油断しきった所に魔法封じの魔具を使って見せ、案の定接近戦を仕掛けて来た所にカウンターを叩き込み勝利した。その間も色々と戦法を変えて対決はしていたが、カウンターを見せたのはこの会心の勝利の時だけだ。魔法使いの娘の悔しがる顔が、少年に最高の笑顔を浮かべさせてくれる。

 

「あー! やってやったぜ! でも、アイツの事だから次は対策してくるだろうしな。油断せずにこっちも作戦練らねぇと」

「フフッ、それならこの特訓もまだまだ続けた方が良いかな?」

 

 その問いかけには、もちろんイエスと答える。彼女との訓練は、実力の底上げには充分役立つ。それに、まだ勝てていないのは、魔法使いの娘だけではないから。少年は意外と、負けず嫌いなのだ。

 

 それから程なくして、少年は剣士少女に二振りの剣を贈った。細身の剣に頑強の属性を付与しただけの、商用的に価値の低い剣ではあったが。少年が錬金術で初めて作った、誰かの為の専用の武器だった。

 

「前に言ってただろ? 普通の細身の剣だとすぐ壊れるって。だから壊れない様に頑丈にしてやっただけだけどさ、とりあえずその……特訓に付き合ってくれた礼だ。これからもっともっと腕を上げてすげえ武器作ってやるから、今はそれで我慢してくれよな」

 

 少年としては、現時点の精一杯ではあるが、納得の行く作品ではない。だからこそ、腕を上げてもっともっと良い武器をお礼にしたかった。だからこれは手付程度のつもりだったのだ。

 でも、その剣を受け取った剣士少女は、俯いた状態から瞬間的に少年の懐に飛び込んで来た。トレードマークの帽子が脱げても構いもせず、訓練の時よりも早い動きで一直線に。殆どタックル同然に少年に飛び付いて来て、少年を押し倒しながら彼女は言うのだ。

 

「ありがとう!! すっっっっごく、うれしいよ!!」

 

 花が咲く笑顔とはきっと、この事を言うのであろう。

 




たまにはこういうあざとさはいかがでしょうか。
楽しんでいただけたのなら幸いです。


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第二十三話

沢山の評価とお気に入り登録ありがとうございます。
まさか1000を超えるとは思っていなかったので大変うれしいです。


 少年はその日決意した。この気持ちを師匠に伝えようと。

 

「師匠!! 結婚してください!!」

「……断る!」

 

 少年の決意、粉砕! 第一部、完!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二部開始。

 少年は失意のズンドコに叩き落とされた。この悲しみはしばらく収まる事を知らない。思わず両膝と両手を床に突いて、がっくりと項垂れる。何故、何故こんな事に。失意……、圧倒的失意!

 

「何で私がそんな面倒な事を……。そう言うのは若者同士でやって居ればいいの。私はアナタのお世話で精一杯だもの、結婚なんてしたいとも思わないわね」

 

 あ、これ告白とすら思われてない奴だ。少年の心に追い打ちが入った。

 しかし、挫けるばかりではいられない。こうなったら怪我の功名として事態を受け入れ、まずは師匠の認識から変えて行かなければならないだろう。結婚してもらうには、結婚をしても良いと思える意識改革が必要なのだ。

 後の事は置いておいて、少年は反証に乗り出した。

 

「異議あり! お世話してるのってどう考えても俺の方ですよね。炊事洗濯飯の世話まで、完全介護状態じゃないですか。よって、俺の世話で精一杯と言うのは、師匠が結婚しない理由には成りえません!」

「ううっ!? そ、それは……、そうだけど……。れ、錬金術の授業があるじゃない! 別に何にもしてないわけじゃないんだから、そんな言い方しなくても……」

 

 普段と違って凄く弱気な師匠。結婚したい。その為にも少年は、更に師匠の心の檻を責めて行く。

 

「師匠の昔の知り合いも皆、結婚したり結婚してたりするんでしょう? 師匠だって結婚しておいた方が良いんじゃないですか? ほら、黒百合さんとか特に……、色々と言われたんでしょう?」

「うぐっ!? あ、あのクソ女……。自分の方が先に結婚したからって、ネチネチネチネチ嫌味をぉぉぉぉ……。ハッ!? イケナイイケナイ……」

 

 チッ……。中々しぶといな。少年は最早、畏敬も糞も無かった。

 次は何をしてやろうかと考えていると、師匠はフードを被って気持ちを切り替え仕事モードに。師匠としての威厳で押し通す気か、なかなかする事が狡いな師匠!

 だが、少年は不敵に笑って見せた。甘い、その程度では甘いぞ師匠!

 

「こほん……。私は今までもこれからも自由で居たいんだ。結婚なんて物はな、孤高の錬金術師には――」

「仕事モードの口調で押し切ろうたって、そうはいきませんよ師匠。俺は今回、真剣に話しているんですからね」

「あ、あれ? ぐぬぬ……、弟子が生意気すぎる……」

 

 師匠の威厳ある声にも少年には全く動揺は無い。何故ならば、今師匠の頭には兎耳が生えているからだ。そう、少年がまたまたやらせていただきましたァンってな具合に、部屋に侵入し師匠のローブに細工したのである。

 この姿を見て畏敬を感じろとか、そっちの方が難易度が高い。最早少年に、精神的動揺による言論ミスは決してない! と思っていただこう。

 

「だ、大体だな。アレだぞ、結婚とかほら……あ、相手がいないとできないだろう……?」

 

 ここにいるぞ!! とは言えなかった。ヘタレた訳では無い。今の台詞を師匠が、顔を赤らめてもじもじしながら言うもんだから死にそうになったのだ。しかも兎耳フード姿で。殺す気か!!

 精神的動揺は無いと言ったばかりだが、スマンありゃウソだった。でもまあ、師匠の可愛さなら仕方ないとするって事でさ。こらえてくれ。

 

「と、とにかく、結婚なんてしないから! 私は今はアナタの世話だけしていたいの! しないったらしないのっ! のっ!」

「畜生可愛い言い方しやがって! そんなんじゃ本当に行き遅れちまいますからね! 嫁の貰い手とか、居なくなって手遅れになっちまうんですからねっ! ねっ!」

 

 何言い合ってんだこの師弟。お互いがもう子供のダダの様に、ひたすら勢いに任せて言葉を紡ぐ。意地と意地の張り合いは、しかして弟子の放った行き遅れると言う言葉で師匠が言葉を失った事で途切れる。

 しまった、言い過ぎたか? 少年がびくっと体をすくませて、恐る恐ると沈黙する師匠を見ていると果たしてその師匠が必殺の一撃を放って来た。

 

「その時は……、アナタに貰ってもらうから良いもん……」

 

 ハイヨロコンデー!! 少年の精神はこの一言で再起不能。ぶん殴られたダイヤモンドの様に粉々に砕け散ってしまった。少年の顔が熟れたトマトの様に真っ赤になって、二の句が継げなくなりわたわたしてしまう。

 そして師匠は、そんな少年を見てフフンっと勝ち誇って見せた。はい、全て計算づくです。魔性の笑みを浮かべながら、勝ち誇った師匠は椅子の上でこれ見よがしに足を組み直して見せる。兎耳フードのままで。

 

「よし、これにてこの話はお終い! さあ、午後からの授業は素材の収集だ。指定された物を森で取って来るように。はい、駆け足! 急げー!」

 

 完全に打ち負かされた少年は、もはや命令に従うだけのマリオネットだ。ゆでだこの様赤くなった顔のまま、逃げるようにして一目散に部屋を飛び出して行った。クールダウンするまでは、暫く戻っては来ないだろう。

 少年が居なくなった部屋の中で、師匠はホゥっと深く息を吐き出す。まるで、胸の内の熱を外に逃がすかの様に。

 

「…………私の初恋は始まった瞬間に、とっくに終わっているんだ。結婚なんて今更だよ……。ま、本当に誰も居なくなったら、馬鹿弟子に貰われるのも一興かな……」

 

 その声には自嘲と諦観、更には何時か見た夢の残滓が混じり合い、混沌とした色合いを見せていた。そして、ほんの少しだけの淡い期待も。

 残念ながら少年は、今の言葉を聞けずに森に飛び出して行ってしまった。本当に、残念極まりない事に。




師匠ったら魔性の幼女。
次は犬耳かな。狐耳も良いな。鼠とかもアリかな、ハハッ。
次回も楽しんでいただければ幸いです。


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第二十四話

今回のヒロインはおねーちゃん。
可愛く書けていると良いなぁ。


 その日の少年は午前中の家事仕事を終えると、農民少女に連れられてまた村の教会におもむいていた。教会の裏庭に作られた花壇の世話をする為だ。傍にはもちろん、六本腕の司祭も一緒に作業をしている。今日のお面も何時もの笑顔の奴だ。もう一つは説法用の真摯な表情らしい。閑話休題。

 

「いつもありがとうございます。おかげさまで、ここもだいぶ立派になりました」

「水臭いこと言いっこなしです! お祭りで使う為なら私達にも関係あるんですから、手伝うのは当然の事ですよ!」

 

 今日もおねーちゃんは元気溌剌です。発言が男前すぎて、おねーちゃんと言うよりもうアネキって感じですが。それでも顔立ちが可愛いとか、ズルいなぁと思う少年であった。思わず雑草をブチブチ引っこ抜いて八つ当たりする。

 そして少年はおもむろに懐から小瓶を取り出して、蓋を開けたそれをサクサクと花壇に逆さまにして差し込んで行った。

 

「それは、栄養剤ですか? そんな高価なものまで使っていただかなくても、それにお支払いが……」

「これは俺が作った奴だから、お値段はリーズナブル。それが何と、お茶の時間にお茶菓子が付いて来るとなんと脅威の十割引きになると来た。これはお買得!」

「それは素敵ですね! 買うっきゃないです!」

 

 司祭はともかくとして、少年少女はもうノリノリだ。遊びつつも手を動かして、土いじりを目いっぱい楽しんで行く。額に汗して共同作業をこなして行く喜びは、少年にとって何とも居心地が良い物だった。前世ではそもそも、そんな経験をした記憶はない。

 だからという訳では無いが、少年はこの作業に引っ張って来てくれた農民少女に感謝していた。知らない事を経験できるのは、今の少年にとっては何物にも勝る喜びなのだから。いや、師匠の事を知るよりは劣るかもしれない。嘘つきました!

 

「よし、草むしりと剪定もしたし、後は水やりすれば今日は終わりだな」

「それではその水は僕が汲んで来ましょう。お二人はその間、少し休んでいてください」

 

 力仕事は得意ですからと、有無を言わせず労働を買って出る巌の様な仮面司祭。司祭はにっこりと微笑みながら、ドスドスと重い足音を響かせて井戸のある水場へ向かってく。

 必然的に二人残った少年少女は、なんとなく手持無沙汰になり教会の壁に背を預けながら座る事にした。

 

 ふぅ、なんて年寄り臭い声を出しながら座り込むと、少女が自分の方をジーッて見ている事に気が付く少年。はて、何かしただろうか。セクハラは師匠以外にはしていない筈なのだが。少年は心当たりが全く無いので、素直におねーちゃんに何かあるのかと尋ねてみた。

 

「また背が高くなってるですね。どんどん成長して、まるで植物みたいです」

「俺は大根か何かか。まあ、再会してからそれなりに経ったし、もうすぐ誕生日だしな。なんせ通常の三倍だし、俺」

 

 少年の身体は今もなおメキメキと成長していた。少年の体にとっては四か月で一年ほどの成長率なのだから当然だろう。今は八歳ぐらいだろうか。すぐに衣服もきつくなるだろうし、また手直しをしなければならないだろう。

 そして少年は、農民少女が何だか不安げな表情をしている事に気が付く。もしかしたら、大きくなる少年に対して思う所があるのだろうか。早く大きくなりたいと思う子供にとっては、その体質は羨ましく思えるのかも知れない。

 

「おねーちゃんだって、すぐ大きくなるだろ。そんなに気にする事じゃないさ」

「そうかもしれないですけど……。でも、何だかモヤモヤするんです。よく分からないけど、背が高くなって行くのを見てると……」

 

 つまり追い抜かれるのが嫌だと言う事だろうか。少年は深く考えずにそう判断した。そもそも、比較対象が悪いのだ。だからその事も素直に告げてしまう事にする。

 

「しょうがないさ、俺は体質で体がデカくなりやすいってだけなんだし。背を追い抜いたって、おねーちゃはおねーちゃんだろ。俺を色んな所にぐいぐい引っ張っていく、パワフルなおねーちゃんは何も変わらないさ」

「ん……。ま、まあ、おねーちゃんだから当然です。これからもどんどん、任せておくが良いですよ!」

 

 やはり、沈んでいるよりも元気でいる方がこの少女らしい。可愛さ余って、思わず頭でも撫でてやろうかと思ったがやめておく。そんな事をしたら、おねーちゃん扱いをしない事にプンスカされてしまうだろう。

 だから少年は代わりに、懐をごそごそとまさぐって有る物を取り出した。ちなみにこれも少年のローブの機能の一つ、錬金術師必須の四次元道具袋である。師匠作なので、重さの軽減も収容能力もとんでもない代物でございます。

 

「それは……、手袋です?」

「そうです。渡すの忘れてたけど、思い出したからやるよ。薄手だけど滅茶苦茶頑丈になるよう作ってあるから、野良作業してもそうそう破れたりはしない……、筈だ。ダメだったらまた作り直すから、とりあえず使い心地を聞かせてくれ」

 

 少年の取り出した一組の手袋に視線を奪われる少女と、それについて説明しながらホイと無造作に手渡す少年。その手袋は純白で汚れがあえて目立つように作ってあり、細かな意匠も特にない無骨な物であった。こんな物、女性にプレゼントする様な物ではないだろう。実際、少年も作業に役に立てばと思って渡しただけに過ぎない。

 

 でも、彼女は……。

 

「っ……! そ、そうですか! この私に貢物とは良い心構えです! ありがたく受け取って置いてやりますよ!」

「はあ、まあ使ってくれるなら良いけどさ。あー、空が青いですねぇ、っと」

 

 そんな風に言って、顔を少年から見えない様にぷいっと反らしてしまう。そんな様子を見て、少年は肩を竦めて空を見上げてしまった。何時ものおねーちゃんぶった物言いで、弟分の行動を生意気だと思ったのだろうと呆れてしまったから。

 それ故に気が付かなかったのだ。少女の頬が、首筋までがまっかっかになっていた事に。

 

 そして、少年がボーっと空を見ていると、突然服の袖をくっと引っ張られた。引っ張られた方を見てみれば、未だに顔を背けながら、それでも少年の服の袖を抓む農民少女の姿が。何この可愛い生き物。

 抓んで来る指をジーッと観察して黙していれば、少女は手袋を胸元に抱きしめたままクイクイと袖を引いて来る。なんだろう、なんか言えって事なのだろうか。このお嬢さんは、童貞ボーイになかな過酷な事を要求するものである。

 

「あー……、何て言えばいいかよく分からないんだけどさ。気に入ってくれたなら、俺凄く嬉しいから」

「ん……」

 

 少年の視線の先で、言葉は無いが少女はしっかりと頷いて見せた。それは了承なのか、返答なのかは分かりかねたが、少年はしおらしくする少女の様子に自然と笑みを零すのであった。

 

「ど、どうしよう。戻りにくい……。というか、邪魔したくないですね……」

 

 ちなみに仮面司祭は結構前に戻って来ていたが、空気を読んで教会の壁の陰からこっそりと見守っていたりする。あの甘酸っぱい空間に踏み込むには、気弱な仮面司祭には気が重すぎた。むしろ、このままずっと見守って居たい気すらする。

 はわわわと困惑していた司祭たが、ふと名案を思いついたのでもう一度踵を返して今度は教会内部へ。水を汲むついでに、お茶とお茶菓子も用意して持って行こうと思い付いたのだ。

 

「せっかくですし、オーブンの様子も見ましょう。焦げていないと良いのですが……」

 

 そうと決めたら、水の満載されたバケツを軽々と持ちながら、ルンルンと弾む様に歩いて教会の厨房へと向かう。ついでに仮面も笑顔の物から、平静顔に変えておく。せめて、見かけだけでも冷静にならなくてはと思って。

 あくまでも気遣いであって、これは戦略的撤退では無い。そう言う事にしておく。悪魔でも恥ずかしいから!

 

 その日出されたお茶菓子は焼きたてのスコーンで、なぜか杏っぽい果物のジャムがたっぷりと添えられていた。甘酸っぱさを、たっぷりと。




この小説、女の子より野郎の方が料理してばっかりだな。
あ、司祭の性別は『性別:悪魔』です。


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第二十五話

ネタを貰ったので早速書いています。
ストックが幾つかあるのでもう少し先になりそうですけどね。


 その日も少年は勝っていた。もちろん金髪巨乳魔法使いとの対決での話である。

 

「ずるいですわ! ズルすぎますわ! 汚いですわ! 汚いな、流石錬金術師汚い、ですわ!」

「良いかよく覚えとけ、汚いは誉め言葉だ! 錬金術師って物は、何でもするし何でも使うんだよ!」

 

 そして、戦いの後にやっているこのやり取りも、もはやここ最近では恒例の物となっている。最初の内こそ戦いになれていなかった少年は連敗を喫していたが、剣士少女との特訓を始めてからは次第に勝ち星を重ねて行った。そして今では、師匠直伝の卑怯な戦術やら道具やらで勝ち星を独占しているのだ。

 無論道具は自分で作り出した物だけではあるが。広域散布型の無色無臭の毒ガスとかは、流石にドン引きします師匠。

 

「だからって限度と言う物があるでしょう!? それを貴方と来たら、握手の時に痺れ薬を仕込むわ、戦場に事前に罠を仕掛けるわ……。やりたい放題し放題ではないですか! プライドって物が無いんですの!?」

「師匠の言う事は絶対だ。例え汚い卑怯と言われようが、最終的に勝てばよかろうなのだァ!! プライドだって錬金術の材料にしてやんよ!」

 

 対する魔法使いの娘の戦い方は実に直情的。脳筋とも言えるほど真正面からの、魔法での一撃必殺を狙った物ばかりだった。無理を通せば道理が引っ込むと言うが、魔法耐性のある防具やレジストポーションで身を固めた相手には分が悪い。だが、彼女の性格ゆえか、その師の教えの為なのか、彼女は戦法を変える事は無かった。

 それがこの連敗を招いているのだから、頭が固いにも程があると言う物である。

 

「ぐっ、ぎぎぎ……、恥も矜持も無い男なんて最低ですわ! 誇りある決闘をなんだと思っていますの!? さいってぇ、最悪、言語道断の下賤男!!」

「戦闘に卑怯もお経もあるか! 俺は戦うのが好きなんじゃねぇんだ……、勝つのが好きなんだよォ!! 悔しかったら連敗記録を塗り替えてみやがれってんだ、ヴァァァァァッカ! ヴァッカ! ヴァァァッカ!!」

 

 段々語彙が尽きてきて、子供の喧嘩じみて来た。実際二人とも子供ではあるのだが、高名な師の元で学ぶ弟子達とは思えぬ醜態である。何が楽しいのか、このやり取りはその後小一時間ほど続いた。

 そして精根尽き果てた二人は一時休戦、手ごろな木陰に避難してぐったりと休息をとる事になる。

 

「はぁ……はぁ……。おら、レモネード入ってるから……、あと傷薬も……」

「ふぅ……ふぅ……。あ、ありがとうと言っておきますわ……、一応……」

 

 魔法使いの少女は木に寄り添う様に座り、少年はその辺で大の字になって倒れ込む。その状態で、少年が金属製の水筒と幾つかの小瓶を取り出して投げ渡し、受け取った魔法使いの娘は憮然そうな面持ちで礼を言う。蓋がコップにならないタイプなので、蓋を外してそのまま口をつけコクコク喉を鳴らす。疲れた体に酸味と甘みが心地よかった。

 

 その後は互いに体力回復の為に黙り込むのだが、これがまた気まずい空間を作り出してしまった。それに耐えきれなくなって、魔法使いの娘はとりあえずと言った様子で話しを切り出す。

 

「そ、そういえば、貴方は私の目をしっかりと見て話をしますわよね。下賤で愚かで最低な男の癖に」

「んだぁ……? 二回戦がしたいなら木にでも喋ってろよ……。つーか、お前の顔を見て話すのは当たり前だろうが。なに言ってんだオメー。むしろ他に何処を見て話せってんだよ」

 

 だって、顔をガン見していないと絶対に、視界に巨大な脂肪の塊が入ってしまうから。目だってしょうがないブツを回避する為に、少年としてはごくごく当たり前の行動なのだ。

 そんな事を知る由もない魔法使いの娘は、少年の言葉に何を思ったのかほんのり頬を赤くする。

 

「意外と紳士的ですわよね……。口は悪くて、粗野で乱暴でドクズですのに……」

「だから、木にでも喋ってろって……、ああもういい。それより、水筒のレモネード俺にもくれよ」

 

 赤くなったままモジモジしてぶつくさ言っている魔法使いの娘。少年はもう本当に疲れていて、相手もしたくないと顔すら向けていない。その代り、水筒を寄越せと倒れたまま手を差し伸ばした。

 

「あ、はい……。って、あの、これをそのまま返すんですの?」

「ああ? なんか問題でもあんのか? 良いから返してくれ、喉乾いてんのよ。腰に手を当てて、ゴキュゴキュしたい気分なの」

 

 これに対して、なぜか更に顔を赤くする魔法使いの娘。その間も少年は、ほれほれと手招きして水筒寄越せと催促し続ける。何が気に入らないってそりゃあ、飲み口が一つしかないからでございます。お年頃のお嬢様にはなかなかどうして、思わず葛藤してしまう重要な懸案ですね。

 少年には、そんな葛藤は全く関係ないが。

 

「ほ、他の物とかは無いんですの? その、これは私が口をつけてしまいましたし……」

「有ったら言ってねぇよ。ええい、良いから返さんかい! お前はどんだけ傍若無人なんだよ!」

 

 しびれを切らした少年がついに起き上がり、水筒を奪うべく行動を開始する。そして、それに対して魔法使いの娘が取った行動は、妨害であった。水筒を思わず背中に隠して、差し伸ばされた少年の手を掴んで邪魔をする。

 第二ラウンド、ファイッ!

 

「ったくよぉ! お前なんなん!? マジなんなん!? なんなんなん!? そもそも貰い物にそんなに固執するとか、何時からそんなに卑しい根性になりやがったの!? 金持ち貴族が固執するなら、もっと立派な物にしてくださいませんかねぇ!!」

「ち、違いますわよ! 別に固執しているから拒んでいる訳では無くて、そ、その一度口をつけてしまったから……。ああああっ! もう面倒くさいですわ! そんなに欲しかったら、力づくで奪ってごらんなさい!!」

 

 最早売り言葉に買い言葉。喧嘩売ります買わせます。押し売り上等値引き無し。やってやんよと構え合い、お互いの魔具と魔法が至近距離で炸裂した。情け無用の残虐ファイト、泥仕合とはまさにこれ。

 その勝負の行方は、突然始まった近距離戦と言う事もあり少年が優勢であった。元より魔法使いの娘は水筒を庇う為に防戦になりがちで、自由に攻められる少年は遠慮の欠片も無く攻撃を繰り返す。両の手を魔具で保護させて、剣士少女の動きを真似た徒手空拳の速度重視の連撃。詠唱する暇を与えられない魔法使いの娘は、片手も塞がって居る為に鉄の杖でいなすしかない。

 そして、とうとう魔法使いの娘は態勢を崩し、攻撃の勢いに負けて尻もちをついてしまう。その隙を見逃さずに、少年は奇声を上げながらピョイーンとジャンプして襲い掛かった。

 

「ヒィィィィィハァァァァァァァッ!! 貰ったぁ!!」

「クッ! このおっ!」

 

 そこで悲劇が起こった。

 一撃で斬り殺されそうな雑魚っぽく飛び掛かった少年に、ヤケクソで突き出した魔法使いの娘の杖の先が見事にぶち当たったのだ。飛び上がった事で無防備になった、少年の足と足の間の宝物に。

 

「あ、あれ……? 一体何が……? ヒッ!?」

 

 何時までも襲い掛かってこない少年を訝しみ、思わず閉じてしまっていた目を開けた魔法使いの娘の目前で、少年は潰れたヒキガエルの様に地面に倒れ込んでいた。流石にその絵面にビクッとしてしまう。

 顔面を蒼白にしてパクパクと口を何度も開閉させて、瞳孔が完全に開いた両の目からはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。全身を小刻みにブルブル震わせて、お腹を抱えてそのまま無様に地に伏せるしかない。先程まで優勢だった少年は、完全に無力化されていた。

 幾ら傷が直ぐに治ろうが、その痛みまでは消す事は出来ない。そしてこの痛みは、味わった者にしか解らない、生温く絡み付く様な鈍痛だ。その辛苦は、暫くの間少年を苛み続けた。

 

「あ……。ヒッヒッ……。あっ……。ヒッ……。おあ……、あうあああ……」

「あ、あの……。大丈夫……、では無いですわよね……。あの、ごめんなさい……。ごめんなさいね? 本当に、ごめん……、ね? 痛いよね? ごめん、ごめんね?」

 

 今までにまったく見た事の無いシリアスな表情で苦しむ少年を前に、魔法使いの娘の中には勝利した実感など微塵も無かった。思わず自らの口調を忘れる位に心配して、恐る恐ると言った様子で腰のあたりをポンポンしてあげた。脂汗を浮かべる少年の額を、ハンカチで甲斐甲斐しく拭ってあげたりもする。終いには、あれほど嫌がっていた水筒も気遣いながら飲ませたりしてくれた。普段からは想像がつかない、至れり尽くせりな献身ぶりである。

 そんな調子で、少年が復帰するまで魔法使いの娘は優しくしてくれたのだった。

 

 その後、急所への危険な攻撃は禁止しようと言う、紳士協定が二人の間で結ばれる事となる。やはり、戦争にもルールと言う物は必要なのだと、歴史の教訓と言う物を改めて実感させられる出来事であった。




ヒュンってなった?
宝物は大事に守って大切にしましょうね。


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第二十六話

今回は師匠回ですよ。
紳士の皆さま、全裸待機し過ぎて風邪を引かないでくださいね。


 少年は自身の身体に宿る、魔力と言う物について思い悩んでいた。魔力とはいったい何だろう、と。

 

「そう言えば、貴方はずいぶんと保有する魔力が高いようですね。貴方のお師匠様もずいぶんと保有魔力が高いですが、貴方もそれに劣らない立派な力を秘めているようです。素晴らしい才能ですよ、これは」

「えっ、そんなん見ただけで解るの? デビルアイはやっぱり透視の力とか備わってるのん?」

 

 それと言うのも、何時もの教会の庭いじりの手伝いをしている時に、仮面司祭に魔力保持量を指摘された事が発端であった。くるくると踊りながらジョウロで水を撒く農民少女を背景にして、二人の話は更に詳しい物へと進んで行く。

 

「悪魔でも司祭ですから、職業的に人に宿る力を見るのは得意なんですよ。貴方の保有している魔力はとても大きいので、見ただけでも凄いのは簡単に分かりますね」

「へー、魔力、魔力ねぇ……。錬金術や魔法に必要な物って言うのは知ってるけど、魔力が何なのかはいまいちよく分からんな。保有してるって言ったって、体のどこにあるのかとか知らないし」

 

 ゲームやアニメでは良く聞く単語ではあるが、実際に自分の中にあると言われてもピンとは来ない。数値化されて目に見えるわけではないし、何より少年は魔法使いでは無く錬金術師。爆発的な魔力の消費よりも、繊細な魔力操作の方が要求されるので実感も無い。少年は要するに、魔力とは根本的に何なのかを知らないのだ。

 

「魔法使いや教会の見解としては、魔力とは魂から沸き上がる物だと言われていますね。魂から沸き出した魔力は、目には見えずとも全身を巡って行く。そうして循環した魔力の流れこそが、魔法や錬金術に必要となる力となるのです」

「んー、師匠とかはたまに全身からオーラみたいの出してるけど、あれも魔力なんだよな? 錬金術の時はなんとなーく注ぎ込むイメージして使ってるけど、やっぱ普通は見えないのが当たり前なんだな」

 

 この目に見えないと言うのが実に厄介だった。魔力が必要だと言う魔具は特に意識もせずに扱えるし、錬金術だって直観的なイメージだけでも扱える様になって来ている。だが、それではダメなのだ。それでは、少年の知りたいという欲求は満たされてはくれない。もっと理解を、もっともっと学習をして好奇心を満たしたい。

 少年の内側では、知的好奇心がとぐろを巻いて鎌首をもたげているのだ。

 

「でもまあ、魂から沸き出てきてまた魂に巡るなら、魔力が溜まっているのは魂なのかね。ってか、そんなに俺の魔力量って多いの? ただ多いって言われても、正直よく分かんないな」

「そうですねぇ、貴方の魔力量を例えるとすれば、長年純潔を保って魔力を高め続けた巫女のようですね。人族でも亜人種でも、純潔を保って魂を鍛え魔力の質を上げると言うのは良くある方法なのですよ」

 

 ここまで来て言うのもあれだが、話が固い固すぎる。ロリを見に来たのに、野郎とデカいのがつらつら話す場面とか詐欺じゃないのかコレ。こんなの普通じゃ考えられない!

 そんな訳で、そろそろ痺れを切らしたあの方の登場です。満を持して登場し、農民少女ががっちりと背中から少年に抱き付いて来た。貰った白手袋を装着した手で、がっちり両手を少年の腰に回す。このままぶっこ抜きジャーマンでも出来そうな、実に見事な組み付きである。

 

「お前等、人にばっかり働かせておいて、さっきから何話してるんですか!! 私も構えです! 仲間に入れるです! 除け者にするなです!」

「おわっ! わかった、悪かったって! だから抱き付いてくんな! おい、笑ってないで助けてくれよ!」

「カッカッカッ! すみません、でも微笑ましくて。いやぁ、お二人は仲良しですねぇ。カーッカッカッカ!」

 

 笑い方おかしくね? これが悪魔的サムシングなのかもしれないが、少年にはさっぱりだ。 でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。

 重要なのはそう、今の話を総合して浮かび上がって来る師匠の事である。是非とも確認せねばならない事が出来てしまったのだ。

 

 とりあえず少年は、引っ付き虫になった農民少女をなだめすかし、作業の続きをきっちり終わらせることにした。知的好奇心を満たす為ならば、その過程に全力を注ぐのは当然。別に、農民少女に構えなかった分、しっかりと仕事をこなして機嫌を取る為ではない。無いよ? ぜんぜん無いよ?

 

 そうして、きっちり仕事を終えて、アフタヌーンティーなどをしばいてから帰って来た師匠の家。少年は帰って来るなり師匠の姿を求め、一番居る確率の高いアトリエに突入する。はたして目的の人物、師匠が居た。今日も兎耳だ。

 

「ただいま師匠! 聞きたい事があるんです師匠! 師匠の魔力が滅茶苦茶高いのって、その歳まで処――」

「ふんっ!!」

 

 おかえりなさいの代わりに、顔面に鉄拳が叩き込まれた。その拳は小っちゃいけれど、魔具で強化された錬金術師の最終兵器。少年の顔面は漫画みたいに陥没して、前が見えねぇ状態だ。今日も師匠の愛が痛い。

 何故師匠が少年の迎撃に間に合ったのかは、もちろんひとえに女の勘である。ちっこくたって、レディはレディ。例外は無い。

 

「おかえり馬鹿弟子。まずそこに跪け」

「ふぁい……」

 

 椅子に座ったまま机に頬杖を突いて見下して来る師匠。そして、その目前で床に正座する弟子。室内にはコポコポと薬品が泡立つ音が響くが、二人の間の空気は鉛の様に重く最悪です。

 

「で? 今回は何処で何を吹きこまれてきたのか、簡潔に分かりやすく一から説明しなさい」

「んんー! はぁ、戻った……。えっとですね、教会に言った時に聞いたんですよ。俺の魔力は師匠並みに高いって。そんで、まるで純潔を守って来た巫女みたいだって言われたから、じゃあ師匠もそうなんじゃないかなと思って聞いてみようかと」

 

 引っ込んでいた顔を力んで戻し、少年は努めて自分の動機を語る。この男、師匠に対してだけは全く遠慮せずにモノを言う。何故ならば、セクハラした時の反応が見たいから! げに最低な犯行動機である。

 それを聞いた師匠は深く溜息を吐き、勤めて冷静を装って弟子の不躾な質問に答えてくれた。でも、頬がほんのり赤くなっているのはバレバレですよ。

 

「はあ……。またくだらない事を思いついた物だな。……お前と同じ様に、私は生まれつき魔力が高いだけだ。それ以上言う事は何もないな」

「……あ、否定も肯定もしないって事はやっぱ処――アヒンッ!」

 

 師匠、無言の電撃放射。少年は土下座する様に前のめりに倒れ、その頭を師匠のスラリとした足がムギュッと踏みつけた。ありがとうございます!

 

「お前と言う奴は……、魔力の話が聞きたかったんじゃないのか。このっ、このっ!」

「ありがとうございます、ありがとうございます! あ、師匠師匠、この態勢だと下着がチラチラ見えて――アフンッ!!」

 

 師匠、弟子の顔面を床に埋める。これも加速の魔具のちょっとした応用だ。速度を一点に集中させて突破すれば、どんな分厚い塊だろうと砕け散る。この弟子はどうせすぐに復活するので、加減の必要も無いゆえに。

 弟子の口を物理的に塞いだ師匠は、もう一度溜息を吐いて思考を巡らせた。そう言えばと、思い当たる事があったのだ。

 

「お前に……――アナタに出会えたのはその魔力のおかげなのに、ほんとうにしょうの無い子ね……」

 

 弟子への仕置きを終え、フードを脱いだ師匠は口調を優しい物に変えていた。そうして思い出すのは、足の下に居る弟子と初めて出会った時の事。

 あの、二つの月が煌々と夜を照らしていた日。師匠は強い魔力が突然現れたのを感じて、その源を調査する為に森に入った。そうして聞こえて来た赤子の声に誘われてみれば、師匠はお包みの中で泣き喚く赤ん坊を見つけたのであった。もしあの時、師匠が森の中に入らなけば、少年の運命はまた違う形になっていただろう。

 だからこそ、そんな重要な魔力をセクハラに使うのは、さすがの師匠もご立腹である。

 

「この子が復活したら、二度と言う気が起きなくなるまで小物の作成をさせましょうか。体内の魔力が尽きるまでひたすら同じ作業を繰り返すのは、きっと楽しいわよ……」

 

 口調は優しいけど、師匠はどこまでも師匠であった。可愛い成りして、やる事は案外鬼畜。だがそれが良い!

 

 一方、床下に顔を押し込まれた少年は、実は早々に復帰していた。けれども、心の中に引っ掛かりを覚えて、頭を引っこ抜こうとはしなかった。決して、師匠の考えた新しいお仕置きが怖かった訳では無い。

 

 貞淑さにはちょっとした定評のある少年。前世では二十七年も清い体であったのだ。もしも魂に魔力が蓄積されると言うのであれば、ちょっとした物になっていたのかも知れない。三十歳童貞は魔法使いになるなんて言葉もあるし。

 だが、それも前世での話だ。今世での少年は三歳弱にしか過ぎない。童貞ではあるが、長年魔力を蓄積したとは言い難いだろう。むしろ、そうであってくれなければ困る。困るのだ。

 もし、純潔を保てなくなった時に、魔力の最大値が下がる様な事になったとしたら……。大丈夫じゃない、大問題だ!

 

「それってつまり、師匠とエッツィーな事したら魔力が消えちゃう可能性があるって事じゃないですか!? ヤダー!!」

「ちょっ!? 復活早々アナタは何を――わあああっ!? 足の間から頭を出すなぁ!!」

 

 床板に埋まった頭を勢い良く跳ね上げて、少年は師匠の足元から跳ね起きる。その拍子に椅子に座ったままだった師匠の足の間に潜り込んでしまい、慌てた師匠が思わず両手で抑え込んだからさあ大変。弟子の頭を太ももできゅっとしてしまいました。

 師匠は何とか退かせようと頑張りますが、弟子は自分に何が起きているのかさえ理解が出ていません。そう、こんな頭の悪いエロ漫画みたいな状況なのに!

 

「え、何これ。どうなってんのこれ。師匠灯り消したんですか、ちょっと前が見えないんですけど。電気代滞納しちゃったのかな?」

「やめっ、そこで喋るな! 良いから早くどいて――んあっ!? ……くぅぅぅっ、いい加減にしろぉっ!!」

 

 なんか師匠がエロい声出したな。そう思った次の瞬間、少年の首は挟みこまれた太ももでゴキリと捻られるのであった。限り無く天国に近い地獄。少年はその一端を味わったのである。

 

 え、これの続きですか? 必要な分は見せたということだ。これ以上は見せぬ。悪しからず。

 




師匠の格好は白いローブの下に作業着風のジャケットとキュロットスカートなイメージなのですが、もし普通のスカートを想像している方が居ましたら申し訳ございません。
パンチラは控えめです。


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第二十七話

今回は剣士少女回。
微エロ注意。


 その日、少年は自身のアトリエで驚異の発明を完成させた。それはまだお昼にもなっていない、朝っぱらの事である。

 

「でけた! ついにでけたぞ、頑張って作ったぞ! 驚天動地の新薬品、モンスター変身薬を!」

 

 これはまた頭の悪そうな薬ですね。そんな物を作りだした理由などただ一つ。少年が夢中になる程の動機とは、当たり前の様に師匠へのセクハラだ!

 

「師匠からこの薬の存在を聞いて幾星霜。ついに、ついに作る事が出来たぞヒャッホーイ! これで師匠にいろいろとアブノーマルな事を……、フヒェヘヘヘヘッ!」

 

 少年はこの薬で師匠に巻き起こるハプニングの数々を想像するだけで、頭の中の八割は幸せいっぱいだった。だが、残りの二割の冷静な部分が少年に警告する。『お前、それでいいのか?』と。

 

「はっ!? 気分的には今直ぐ師匠の所に突撃したいが、性能テストもせずにぶっつけ本番はリスクが高い。でーも、一体どうやって試すべきか……」

 

 性能テスト。そう、言わば本番に備えての練習。実践を上手く行かせる為の特訓に他ならない。特訓? はっ、ひらめいた! 少年の中に、青天の霹靂が如く一つの考えが迸る。

 

「師匠に試せないなら他の人に試せばいいじゃん。俺ってあったまいーい!」

 

 およそ知性とはかけ離れた最低な言動だが、少年は上機嫌になって指をパチンと鳴らす。幸いにして今日の午後には、おあつらえ向きなイベントが予定されていた。イケル。これは行けるで工藤! 工藤って誰だ。

 そうと決まればまずは昼食の用意だ。師匠の家の家事担当は、ほくほく笑顔で仕事に取り掛かるのであった。

 

 

 

「モンスター変身薬を使っての戦闘特訓? ふぅん、それを僕と一緒にやりたいという訳だね」

 

 所変わって時も過ぎ、現在は気だるく高い青空の下。村外れの人気のない何時もの場所で、少年は約束相手の剣士少女に本日の趣旨を説明していた。

 話を聞いた少女は軽く思案した後に、フッと口元を笑みに変えて返事をする。

 

「構わないよ。僕としては、君が勝てるようにする為なら、なるべく積極的に付き合うつもりだからね。所でその薬はどっちが飲むんだい?」

「ほんとか!? ありがとう、サンキュー、ございます! どんな副作用があるかもまだわからないから、飲むのは当然俺だな。では失礼して……」

 

 剣士少女の快諾に、満面の笑みで薬を飲み干す少年。小瓶に入った緑色の液体が体内に流し込まれれば、その効果はあっと言う間に表れた。

 少年の体がポンっと軽い音を立てて煙に包まれ、一時少女からは姿が見えなくなる。そしてその煙が収まれば、そこには少年の姿は無い。代わりに、少年の体積と同じぐらいの何かが鎮座していた。

 

「おお、なんと、成功してしまったぞ! あの、所でどんな姿になってるか分かる? なんか体が、すんごい動かしづらいんだけど……」

「うわ、声は同じままなんだ……。ええっと……、これは多分、スライムじゃないかな?」

 

 それには目玉が二つある。それの体はゼリー状でプルプルしていた。それの体色は半透明の水色になっている。つまりは、少年はゲル状物質生命体になってしまっていたのだ。

 

「わぁお、エキゾチックな魅惑のボディになってるぅ。あ、手を動かそうとすると触手みたいのが生えるんだな。感覚的に何かしようとすれば、ある程度はその通りに動くのか。面白いなコレ」

「わー……、本当にスライムになってるんだね。凄いじゃないか、よく分からないけど高等な錬金術に成功したって事だろう?」

 

 少年が割と冷静に自分の体を把握しようとしている脇で、剣士少女はまるで自分の事の様に成功を喜んだ。なんて無邪気な顔で笑いやがるんだこのロリ。あざといな、流石ロリあざとい。

 さて、一通り体の状態を把握すれば、後は実際にどの程度まで動けるかを試したくなるのが人情である。というかむしろ、スライムプレイとか正直、堪りません。思わず少年の口から、欲望が迸るってもんですよ。

 

「プルプル、僕悪いスライムだよ。今から君の全身を、ネッチョリグチョグチョに粘液塗れにするよ」

「クスッ、何だいソレ。君は相変わらず変な事を言うね。それにしてもスライムか、僕の剣技だとちょっと相手にしたくない相手だな。相性が悪すぎるよ」

 

 スライムが弱いモンスターだと思っているのは、某ゲームをやった日本人だけと言うのはもう有名な話。海外のスライムは物理攻撃が効かず、武器や防具を腐食させるという厄介な生物である。その認識は、この世界でも同じ様だ。

 剣士少女もまた、スライムと戦うのはあまり気乗りがしないらしい。なので、少年は一計を案じる事にした。

 

「どうした姫騎士よ。貴様の村を守ると言う覚悟はその程度だったのか? 拍子抜けだなぁ、ぐわっはっはっはっ!」

「え、姫騎士って急にどうし――ハッ!?」

 

 少年が突然声を出来るだけ低くしながら演じた台詞を聞いて、少女は最初こそ驚いたものの瞬時にその意味を理解した。そして、両の腰からスラリと二本の剣を引き抜き、いつも以上に見栄えを意識した構えを取って見せる。彼女の顔は、それはもうキリッとしておいでです。

 

「フッ、僕を甘く見てもらっては困るな。掛かって来い、異形の化け物め! お前の思い通りになんて、この僕が絶対にさせないぞ!」

 

 ごっこ遊び。今の少年は悪の不定形生物であり、少女は村を守るために立ち上がった姫騎士なのだ。英雄譚が大好きな厨二入ってる彼女にとって、このシチュエーションはもう、滾るね! ってなもんである。

 

「ふはははは、良い度胸だ姫騎士よ。お前の力をこの俺に見せてみろー!」

「行くぞ悪い奴! 正義の剣で斬り裂いてくれる!」

 

 なんだかんだで少年もこういうのは嫌いではない。覚えたばかりの体の操作を最大限に利用して、全身から無数の触手を生やして踊りかからせた。そしてそれを少女は容易く切り落とし、何時もの様に足捌きとフェイントを駆使して距離を詰めて来る。

 だが、このスライムは、少年の特性も兼ね備えているのだ。

 

「かかったな、アホが!」

「くっ、斬り落とした触手が!? うわあああっ!」

 

 スパスパとトコロテンの様に斬り裂かれた触手たちは、少年がその身に宿す再生力そのままににょきにょきと瞬時にその姿を取り戻す。再生能力のついた物理の効き難い難敵として、この少年スライムは生まれてしまっていたのだ。

 瞬時に再生した触手は不用意に接近した剣士少女を包囲し、その全身にあっと言う間に絡み付く。一本や二本斬り落とそうとも、数の暴力の前には彼女の実力では追い付けなかった。ギリギリと、音だけはそれっぽく、少女の体が締め付けられる。

 

「あぐっ、うあっ! あっ……まっ、そこは……」

「どうしたぁ、もう終わりなのか姫騎士よぉ。ぬふははははは!」

 

 手に足に、そして身体にもシュルリと粘液で出来た触手が絡み少女の体は宙に釣り上げられる。少女の顔が苦悶にも似た表情に歪み、ほんのりと頬を染めて苦し気に喘ぐ。わー、痛そうだなー。理由はそれ以外に何も考えられないなー。

 少年はもうノリノリ。完全に役にはまり切って、勢いに任せてとんでもないことを口走り始める。

 

「ぬははは、どうだぁ降参するかぁ? 早く降参しないと、じっくりと衣服だけを溶かして晒し者にしちゃうぞぉ、良いのかぁ?」

「くっ……んっ! ……けない。絶対にお前になんて、負けない!」

「へっ、言うじゃねぇか。そこまで村を守りたいのか……。実に感動的だな。だが無意味だ」

 

 ぐぱぁっと本体の方がまるで大口を開ける様に広がり、拘束された少女はゆっくりと引き寄せられて行く。丸呑み。飲み込まれた先でどうなるのか、それは少年にすらわからない未知の世界。

 ここに来てチラリと少年は少女の顔色を窺った。本気で嫌がるなら今のうちだぞ、と視線で訴える。それに対して少女の方は、瞳に涙を浮かべつつも何も言わず。ただ、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 喉を鳴らした? え、覚悟完了って事? オッケーって事なんですか? 少年スライムは混乱した。でも、動き自体は止めずに、少女の体を引き寄せ続ける。このままいけば、パックンチョからのネットヌトだ。

 そして、そしてついには――

 

「魔力の乱れを感知してきてみれば……、何をしているんだお前達は……」

 

 底冷えのするような声色で、フードを目深に被った師匠が二人の間に降り立った。師匠の事だ、文字通り飛んで来たのだろう。BGMは雑魚戦からラスボス戦へと変更だ。見なくても分かるが、全身からどす黒いオーラを放って師匠は大変ご立腹でございます。

 

「……………………。ええい、新手か! だが、しゃらくさい、纏めて一飲みにしてくれるわ!!」

 

 言い訳とか絶対に無理だろうと瞬時に悟った少年は、己の役割を全うするべく師匠に向けて全身で踊りかかる。剣士少女は拘束を解いて、巻き込まれない様にそっちの地面に下ろしておいた。後は、逝くのみ!

 

「そんなに飲みたければ、これでも飲んでいろ」

 

 ヤケクソになって飛び込んで来たスライムに対して、師匠の取った行動はただ一つだった。手の中にザラリと錠剤を取り出し、無造作にそれを己が馬鹿弟子に向かって放って寄越す。ゼリー状の少年の体は、その錠剤を簡単に受け入れてしまった。

 それを受けて、飛び掛かっていた不定形は、ボトンと重い音を立てて地面に落ちる。勢いをそがれたのではなく、少年自らが驚いて動きを止めたのだ。

 

「がぼっ!? え、師匠何これ? ラムネ? 塩素剤?」

「乾燥剤だ。特別製のな」

 

 次の瞬間、少年の全身から水分が消えた。ボキュっと音を立てて液状の体が手毬の様な大きさに縮み、ボテリと地面に落ちころころと転がる。そして少年は、そんな状態でも普通に生きていた。もはやカートゥンのギャグである。

 

「お前の体質とモンスターの体なら、その状態でも死にはしないだろう。後で池にでも放り込んでやるから、暫くそこで反省していろ」

「そりゃぁないっすよシッショー……」

 

 少年の嘆きの声は無視されました。少年を無視した師匠は剣士少女の方に歩み寄り、その体に怪我が無いかを簡単に観察する。しかる後に手を取って立ち上がらせて、弟子の不始末を謝罪しだした。

 

「うちの馬鹿弟子が調子に乗って済まなかったな。もし体に異常が出たら言いなさい。今回ばかりは流石に私が治療に当たらせてもらおう」

「え、あ、はい……。僕は全然大丈夫です。あの! せっかく助けてもらっておいていうのもアレなんですが、今のはごっこ遊びの延長と言うかその――」

「解っているよ。でも、ほどほどにしておきたまえよ?」

 

 少年の事を弁護しようとした少女だったが、それを遮って師匠は忠告めいた事を残してその場を後にした。ボールにされた弟子を引っ掴んで、近くの池にでも向かうのだろう。

 それを見送った剣士少女は、手首に付いた締め付け痕に視線を移してぼんやりと思った。ちょっとだけ惜しかったかな、と。




おかげさまで評価がとんでもない事になっております。
そ、そんなにロリが好きなんてみんな変態紳士だな!
凄く嬉しいです、応援ありがとうございます!


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第二十八話

お気に入り登録数が二千を超え、日刊総合ランキング三位に滑り込むとか、一体何がどうなったんでしょうね。
沢山の評価と感想、お気に入り登録ありがとうございます。
今回は残念ながら微エロはありません。残念でした。


 少年はこの世界の遊戯にはあまり馴染みが無かった。暇を潰すには師匠の家の本を読めばいいし、身体を動かしたい時はいつもの姉妹が連れだしてくれたからだ。ここ最近では、特訓だの勝負だの錬金術だので遊んでいる暇もないのが現状である。

 だからこそ、金髪巨乳の魔法使いの娘にカードでの勝負を挑まれた時には、この世界にもトランプがあるのかと大変驚いた物だ。

 

「へぇ、これがカードかぁ……。初めて見たわ。ちゃんと五十三枚あるんだな」

「ええ、そうですわ。って、初見にしてはカードの扱いが手慣れていませんこと? ああっ、そんなに乱暴に切ったらカードに傷がついてしまいますわ!」

 

 この世界では、確かに初めて見た。慣れた手つきでカードをシャッフルし、何種類かの方法で丁寧に丁寧に混ぜてやる。魔法使いの娘の反応からして、カードを痛める様な切り方は歓迎されないようだ。

 後は最後に、肝心な事を確認せねばなるまい。少年の知識の中では、カードでの遊戯は無数にあるのだから。

 

「じゃあ、ルールを教えてくれ。出来れば役と禁止事項の方も詳しく」

 

 この世界のカードは貴族の暇つぶしとして流行った物。庶民や片田舎にはあまり伝わっていない娯楽である。それ故に初心者をカモにしようと思っていた魔法使いの娘は、少年にカード勝負を持ちかけた事を非常に後悔する。

 そもそも彼女自身がカードが得意という訳でも無く、性格的に正々堂々を好む為に向いていないのだ。そんな人間が、手先が器用で勝つためなら何でもする錬金術師をこの手の勝負に誘うと言う愚を、この後これでもかと彼女は味わう羽目になったのであった。

 

 そして、その日の夕食後。金髪巨乳娘をコテンパンにした少年は、その勢いに乗って自らの敬愛する師匠にカードをしないかと持ち掛けた。ちなみにカードは魔法使いの娘から巻き上げた戦利品である。後日返却する予定です。その方が絶対悔しがるからね!

 そして、唐突にカードに誘われた師匠はと言うと、そのカードを手に取って何処か懐かし気に目を細めていた。

 

「まあ、懐かしいわね……。昔、黒百合や王兄達に教えられて良くやったわ。初めの方はぜんぜん勝てなくて悔しかったな……」

「師匠もやった事あったんですね。俺も今日教えてもらったばっかりで、良かったら一緒にやりませんか?」

 

 嘘である。少年は生前の経験も合わせれば、カードゲームは一通り経験していた。戦績はそれなりに重ねており、伊達に平凡な人生は送ってはいない。先程の魔法使いの娘に圧勝した経験も、少年の自信に繋がっていた。

 そんな少年の誘いを受けた師匠は、直ぐには返答せずに手にしたカードを徐にシャッフルし始める。大雑把に山を二つに分けて重ねるのを繰り返したり、山同士を擦り合わせて一枚ずつ隙間に挟ませるようにしてまた一つに戻したり。二つに分けた山をベベベベっと音を立て、やや乱暴に交互に重なる様にさせたり。成りは小っちゃいがやけに熟練した一連の動作は、彼女の事をまるで一流のディーラーの様に見せていた。

 このロリ、相当にやり込んでいる! 絶対に初心者では無い!

 

「そうね……、久し振りに一勝負しましょうか。それで、我が弟子君は一体何を賭けるのかしら?」

「っ……。そうですね、具体的には思いつきませんし、まずはこのコインをお互い同じだけ賭けませんか?」

 

 師匠が自分から賭けについて言及してきた。思わず目の色を変えそうになったが、少年は必死になって自分を押さえつけた。見えすいた揺さぶりだ、飛び付けばむざむざ食い破られるだけだろう。ここは自らをクールに律する場面だ。

 師匠は弟子の渡して来たコインを受け取ると、グッドと親指を立てて見せた。なんと言う余裕だろうか。何時も通りの表情で、とっても可愛らしい。

 

「それなら、このままカードを配ってしまうわね。これでもカード捌きには、ちょっとは自信があるのよ」

「はい、それじゃあしっかり見させてもらいますね。師匠の得意な事とか、凄い興味ありますから」

 

 何でも無い会話だが、師匠は自然と主導権を握って来た。それに対して少年は暗に、不正は見逃さないと言ってのける。ほんわかとした雰囲気を装って入るが、もう既に二人は鍔迫り合いに入っていた。

 本当に慣れた様子で師匠は良く切った山札から、無造作に五枚ずつの手札をそれぞれに配った。そして、その手際の中に不審な物が無いのもしっかりと少年は確信する。この時点ではまだ師匠は何も仕掛けてはいない。

 

「じゃあ、俺は二枚交換をしますね」

「ええ、解ったわ。そう言えば、交換も私がやっても良いのかしら?」

「はい、それで大丈夫ですよ。師匠にお任せします」

 

 この世界のカードのルールはスタンダードなポーカーであった。山札からカードを交互に引いて、手札で役を揃えその配点が高い方が勝つ。役さえ覚えてしまえば、実にシンプルなゲームと言ってもいいだろう。

 だからこそ、必要になってくるのはその後の駆け引きだ。

 

「そうですね、それじゃあ俺はまずは半分賭けます」

「あら、ずいぶんと強気なのね。そんなに良い手札が揃ったのかしら」

「ふふっ、それは内緒ですよ」

 

 少年は不敵に笑って見せた。強気で自分を鼓舞させて、如何にも大きな手が出たかのようにして見せる。ワザとらしいぐらいに見せ付ける事で、強い手札が手に入ったかの様に振る舞う振りをしている、と思わせるべく振るまった。実際の手札は、同じカードが三枚と二枚それぞれ揃ったなかなか強い物。その上で、まずは半分と言う保険をかけて少年は師匠の反応を見る事にしたのだ。

 それに対して師匠は、にっこりと微笑んでから答えて来る。

 

「なら、私は全部賭けるわ」

「なっ、に……!?」

 

 強気どころか勝負を賭けに来た。そんなに自分の役に自信があるのか、はたまたそう見せかけたブラフなのか。たった一言で少年は窮地に立たされてしまった。師匠の顔色を窺っても、にっこりとしかしていないので何も分からない。可愛いことしかわからない!

 

「どうしたの? 汗が酷いみたいだけれど……」

「い、いや、いきなり全部賭けるなんて師匠が言うもんでビックリして……。っっっ!?」

 

 そこで少年は気が付いてしまった。師匠が手札を手に取っていない事と、交換の宣言をしていない事に。それどころか、むしろ最初に配った位置から微動だにもしていないでは無いか。それで師匠は今の宣言をしたのだ。これはまさか、いかさまを仕掛けられていた!? 馬鹿な、最初から最後までカードを配る様子は見ていたがそんな隙は微塵も無かったはずだ! 少年は沈黙したままで葛藤し続ける。目の前のちっこい人が、何を企んでいるのかがさっぱりわからない。

 

「し、師匠。アナタまさか……」

「それから、この家の権利を上乗せして賭けるわ」

「はぁっ!?!?」

 

 ここに来て上乗せ。しかも家の権利と来た。幾らなんでもベット料が高すぎる。そんなに高い物を賭けられても、少年には出せる物がないではないか。少年は自分の目に自信がある。絶対にイカサマはしていない。むしろしているのは自分の方だ。事前に服用しておいた、幸運のステータスを上げる薬品。それこそが事前に仕掛けておいた少年の罠に他ならない。

 後はイカサマを封じておけば、絶対に負けは無いと少年は確信していたのだ。だが、師匠のこの自信はなんだ。何故触りもしていない手札に家まで賭けられる!?

 

「更に、私は私自身の体を賭ける」

「はっ!? あ……、ええええ……。っ!?」

 

 状況からも、自身で仕掛けた罠から言っても、これはブラフに過ぎない。ここで少年がコールと、受けて立つと言えばそれこそ全てが手に入るではないか。だが、師匠の自信に溢れた表情が、少年の喉をカラカラにさせ張り付かせる。全身から冷や汗が噴き出て、ガクガクと笑う膝が止められない。

 追い詰められた少年は、少年は――

 

「……コール。受けて立ちますよ師匠」

「あら……、いっぱい虐めてあげたのに、かかって来るのね。素敵よ……」

 

 自身の勝ちを確信して勝負を受けて立った。何よりも、師匠の全てが手に入るのに止まれるわけがないではないか! 欲望の為だったら、目でも心臓でもくれてやる!

 そして、運命の、手札公開!

 

「こちらの手は、あら五枚ぞろえだったのね。……残念だったわね、私の勝ちよ」

 

 少年は目の前が真っ暗になった。何故、何故、ありえない、こんな、こんなはずは……。ぐにゃぁっと世界が歪み、そのまま椅子から滑り落ちてばたりと床に倒れ伏してしまった。完全なる戦意喪失、再起不能のリタイアだ。

 それを見守っていた師匠は、ずっとテーブルの下に隠していた物を取り出す。それは、中に僅かに薬品を残した小さな注射器であった。ぴゅっと残りの薬品を噴出させ、それを見て師匠はクスクスと笑う。否、嗤う。

 

「幸運を上げる薬を使っているのが自分だけとは限らない……。そして、同じ薬でも等級の高い方が、より幸運を呼び込むのよ。テーブルの上だけを警戒している様じゃ、私の相手をするのは十年は早かったわね。まあ、賭けの負け分はツケにしておいて上げるから、せいぜい頑張って返済しなさいな」

 

 錬金術師は勝つためなら何でもする。それを少年に教えたのは、他でもないこの師匠なのだ。少年は、勝負を仕掛けた時点で既に、負けていたと言う事。げに恐ろしきは、合法ロリの老獪さよ。

 師匠は使い終わった注射器を処分する為に立ち上がり、無様な敗者となった少年を放置して立ち去って行く。でも、後で毛布を掛けには戻って来てくれる。師匠の優しみが染みる少年であった。

 




今回のお題は「師匠とのカード勝負」ですね。
頂いたネタをちょっとアレンジしたものがこれから続いて行きます。
まだまだ沢山ありますが、ある程度消化出来たらそれからやっと最終回かな。
どうぞ最後までじっくりとお付き合いくださいませ。


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第二十九話

初めて評価のバーが青色に行きました。
多大なる評価をありがとうございました!


 弟子の様子がおかしい。きっかけは些細な事だが、半日を過ごした時点で師匠はそう判断した。今日は何時もと何かが違う。それも、少年がらみの事柄に違和感があると。

 

 朝、何時もは声を掛けに来るはずの少年がやってこなかった。そのおかげでたっぷりと眠る事が出来た師匠は、昼に差し掛かりそうな時間にもぞもぞと起き出す。その時点では特に違和感は感じなかった。

 

「んー……? ふぁぁぁぁ……」

 

 生あくびを噛み殺しながら、とりあえず目を覚ます為にシャワーを浴びに行く。何時もであれば、この時点で弟子である少年があらゆる手段を用いて覗きに来るはずだ。でも、今日はその気配が無い。

 何も考えずにぼんやりと湯を浴びるのは久しぶりだった。魔具で温められたお湯で身を清めるうちに、次第に覚醒して行く意識がとうとう違和感を感じ始める。

 

「居ない……、のか?」

 

 温風の出る魔具を使って髪を乾かし、何時も通りの格好に戻った師匠は、弟子の姿を探してとりあえずリビングに向かう。何時もならシャワー上がりに合わせて朝食が用意されているのだが、今日に限ってはその様子が無い。念のために台所も覗いて見たが、人の姿どころか料理をしていた気配すらなかった。

 

「おーい、居ないのかー?」

 

 フードを被りつつ、慎重に家の中を探して行く師匠。ここまで少年の姿を見ないと言うのは、ここ数年ではありえない事態であった。もしかしたら、何かあったのではないか。そんな可能性を考え付き、自然と気持ちが逸って行く。

 

「探さなければ……」

 

 元開かずの間だった少年のアトリエも、念のために自分のアトリエも調べたが少年はいなかった。それ処か、家の中のどの部屋にも居ない。それならば外に出掛けたのだろうか。

 師匠は村の方にも足を延ばしてみる事にした。焦燥感でその足取りはやや早くなっている。

 

 基本的に師匠が自ら村に赴く事は少なかった。元々人付き合いを好む方ではないし、用事でもない限りは滅多に出掛ける事すらない。弟子が出来てからは、それすらもほとんど任せきりになっていた程だ。

 久方ぶりに会う村の人々はまず師匠の姿を見て驚き、それでも再会を喜び歓迎してくれた。だが、肝心の弟子の行方については、誰も知っている様子が無い。

 

「そう……、でしたか。ありがとうございます、後は自分で探してみます」

 

 丁寧に礼を言っては村人達と別れ、別の村人に訊ねて行くのを繰り返す。それ程の規模でも無い村なので、あっと言う間に全ての住人に聞き終えてしまった。でも、誰一人として弟子の行方を知るものはなかった。

 六腕の悪魔の司祭も、弟子と仲のいい姉妹二人も、今日は弟子の事を見ていないと言う。ここまで来れば、もう少年は村の外に居るとしか思えなかった。

 

「一人で素材集めにでも行ったのか……? それとも……」

 

 最悪の場合は、少年が自らの意思に反して外に連れ出された可能性がある事だ。もし、そうであるならば、考えれば考えるほどにザワザワと胸の内が騒ぎ始める。酷い苦しさで、思わず服の上から手で抑え込みたくなる程に。

 もしも本当にそんな事になっていたとしたら、その時自分はどんな行動に出るだろうか。師匠自身も、それが分からなかった。国一つで済めばいいのだが。切に思う。

 

 とぼとぼと肩を落として、自身の家にまで戻って来る。最悪の場合を想定して、家にある通信機で昔馴染みに連絡を取らねばならないと思い立ったからだ。まだ、もしかしたら王都に出掛けている可能性だってある。黒百合に連絡を取るのは不服だが、この際背に腹は代えられない。

 

 そこでふと、視界に入って来た自身の家に違和感を覚えた。村中を歩いたので、時刻は既に夕刻に差し掛かろうとしている。そのおかげで、家の中に明かりが灯っている事に気が付いたのだ。

 少年が家に戻っている? それとも、他の何物かが侵入したのだろうか。様々な考えを巡らせるが、その思考は家の中から響いてきた叫び声で中断させられた。

 

「んおおおおおおっ! 離せ、離してくれぇ!!」

「ちょっ、大人しくなさい! そんなに暴れたら――」

 

 確かに、少年の声が聞こえた。声だけではわからないが、どうやら拘束されているらしい。それが判明した時点で、師匠は靴に仕込まれた加速の魔具を作動させていた。

 風景を瞬間的に無数の線にしながら駆け抜けて、一直線に目指すは開け放たれたままのリビングの窓。ここから声が聞こえて来た。ならば、後は突撃してから考える。

 小柄な師匠の体が窓をあっさりと潜り抜け、着地と同時に両手を周囲に向けて構える。五指に嵌められた複数の魔具が、その気になれば部屋一つぐらい幾らでも制圧できるだろう。

 

「待ったです! お師匠さん止まってくださいですっ!!」

 

 今まさに、部屋の中に嵐が吹き荒れそうになったその時、それを必死で静止する声が部屋に響き渡る。それは、先程村で会った筈の馴染みの姉妹の姉の方であった。それ処か、周囲を見れば妹の方も黒薔薇の魔法使いの弟子も居る。

 最後に、何故か椅子に縛りつけられた弟子の姿も見付ける事が出来た。

 

「……説明」

「はっ! 了解であります!」

 

 低く短く命令され、縛られたままの少年がすくみ上りながら声を張り上げる。少年が朗々と始めた説明によれば、今日一日の出来事はつまりこう言う事だった。

 

「サプライズパーティ……?」

「そうですそうです。少し前から今日の為に、じっくりと用意をしていたんですよ!」

「フフッ、村の皆にも手伝ってもらったんだ。そのおかげで、お師匠さんをこの家から離せていただろう?」

 

 オウム返しする師匠の言葉に、姉妹がそれぞれ補足を加えて行く。要するに、村ぐるみで欺かれたと言う事か。少年が事の発起人であると言う話だが、それならばなぜその張本人は椅子に縛り付けられているのだろう。

 その理由は魔法使いの娘が説明してくれた。

 

「途中までは上手く行ってましたのよ? でも、この男が急にもう我慢できないとか言い始めて……」

「半日も師匠に触れてなかったんだぞ! それに、やっぱり師匠を少しでも悲しませるとかぜってー無理だから! 無理過ぎて死ぬから! 殺す気か!」

 

 つまり少年は、発起人であり裏切り者でもあったのだ。せっかく用意したサプライズを、自分一人の都合で台無しにしようとすれば、それはまあ縛られても仕方ないのかも知れない。

 今日一日の顛末を聞かされた師匠は、ハァっと深く溜息を吐いた。なんとも、隣国に攻め入る事まで考えていたと言うのに、なんと言う馬鹿馬鹿しいこの始末。

 

「まったく……、この馬鹿弟子が……」

「えっ、ちょっ、師匠? 嬉しいけど他の人がいる所だと恥ずかしいから! ここじゃイヤー!!」

 

 呆れ果てた師匠は人目もはばからずに、拘束された弟子の頭を胸に抱く。少年の方は嬉恥ずかし大慌て。周囲の少女達もその光景に、クスクスと笑って呆れ気味です。私刑かな?

 

 その日の夜は、集まった面子で囁かな夕食会と洒落込んだ。その席での料理がおいしかったのは、きっと半日何も食べなかったからだけではない筈だ。

 師匠はその宴の間中、弟子の隣の席に座って彼を独占していた。師匠特権と言う奴である。




今回のお題は『師匠へのサプライズ』と『いつもとは違うアプローチ』の二つを足してみました。
この弟子君は絶対に師匠を悲しませることは出来ないだろうなと思ったのでこんな形に。
お気に召していただけましたら何よりです。


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第三十話

今回は、師匠対弟子の避けられぬ争い。


 その日、少年と師匠は対立した。全面戦争の勃発である。その戦争は、師匠のアトリエで巻き起こっていた。

 

「ダメダメダメダメダメダメ! 師匠をおっきくする薬とかありえないから! 師匠の可愛らしさを全否定とか許されないから! それを捨てるなんてとんでもない! 幾ら師匠の考えだからって、俺絶対に許しませんからね!」

「何を言ってるんだ馬鹿弟子! この薬を完成させれば、私の長年の夢が叶うのだぞ! これでもう黒百合のアバズレに、まったく成長しなくて服を手直ししないから服代が安くすんで羨ましいわね、とか言われずに済むんだ! いいから邪魔をするんじゃない!」

 

 がっちりと、両手と両手を繋ぎ合いぎりぎりと全力で押し合う師弟の二人。手を繋いでいると言っても浪漫の欠片も無い。やっている事は単純に、お互いの目論見への妨害なのだから。

 どうしてこうなったかと言えば、その理由は単純至極。黒百合の魔法使いに馬鹿にされた師匠が、滅茶苦茶に憤慨し今更になって体を成長させる薬の開発に着手したからだ。正に少年にとっては、この世が滅びるよりも尚恐ろしい事態である。

 

「土下座でも何でもしますから、本当にやめてくださいお願いします師匠! 僕はこんなに恐ろしい出来事を経験したくありません! ごめんなさい! ゆるしてください! やだやだやだやだ、師匠はそのままが一番良いのー!!」

「お前に成長しない苦しみが分かるか!? 酒場に行けばママのミルクでも吸ってろと言われ、街を歩けば警備兵に保護されかけ、挙句の果てには買い物してるとママのお手伝いできて偉いねとか言われるんだぞ!? 古今最高の錬金術師と言われ、国宝等級の薬を作り上げたこの私がだぞ!? 侮辱極まる惨状だ!!」

 

 弟子が床に寝転んで子供の様に駄々をこねても、師匠はまるで取り合わず一顧だにしない。それ処か、その口から溢れ出すのは、過去の苦々しい経験への怨嗟である。

 だがちょっと待ってほしい。少年は師匠の言葉に疑問を持ち、その事を直接問い質す。

 

「でも師匠、王都からの帰りの馬車の料金、子供料金にまけてもらってましたよね?」

「うっ……」

「屋台とかでも、おまけしてもらって、ありがとうおじちゃん、とか言ってましたよね?」

「うぐぅっ……!」

 

 弟子の反論は師匠にめっちゃ突き刺さった。使える物は何でも使うと言う錬金術師の教えが、今師匠自身に深々と抉り込まれているのだ。ここは勝機か、一気に畳み掛けるべく少年は更に口撃を加速させる。

 

「いいですか師匠、身体が大きくなったりしたら、服とかも全部手直ししなきゃいけなくなるんですよ。一体誰がそれらを縫うと思ってるんですか? 俺に任せたらロリロリロリータなふりふりドレスとか作りまくってやりますからね。恥ずかしくて表歩けない様にしてやりますよ! それでも良いんですか!?」

「ええい、うるさいうるさい! 私はもう決めたんだ! 絶対作ってあのアバズレと同じぐらい、すらっと高身長でボインボインに大きくなってやるんだからな!」

「ヤメテ! やだやだやだやだぁ、止めてください師匠! そんな事になったら俺本当に死んじゃいますから! 体中から血噴き出して死にますよ! 良いんですか!? 師匠を生かして、俺は死ぬぅ!!」

 

 想像もしたくない未来予想図に、少年が師匠の足にすがり付き子供の様にしがみ付く。師匠の力では振りほどく事も動く事も出来ない、これぞ少年の取れる最後の手段だ。太もも柔らかいヤッター!

 力では勝てない師匠は、弟子の頭にポコポコと拳を振り下ろすが、その程度では引っ付き虫は離れない。そっちがその気なら、と師匠は全身からどす黒い魔力を放ち弟子の頭を両手で挟む。そして、指輪型の魔具から何時もの電撃が迸った。師匠コレダーだ!

 

「だったら、これでどうだ!!」

「ギャヒィ! あばばばばばば! ヤダー! 絶対やだー! 師匠師匠師匠ーっ!!」

 

 少年はもう、泣きながらしがみ付くしかなかった。頭から流れ込む電撃にも負けず、必死になって食い下がる。放電されながら、全身をプスプスと焦がされながらも、小さい子供の様に己が師匠に縋りつく。その姿を見て、師匠は目深に被ったフードの下で、そっと目を閉じ溜息を吐いた。

 

「はぁ……、お前は良いのか? 師匠である私に箔が付けば、お前だって誇らしくなるのではないのか?」

「俺は、俺は今の師匠が良い。生まれて初めて見た師匠が、今までずっと過ごしてきた師匠が良いんですよ。俺の中の師匠は、今の姿しかない。どうか、ありのままの師匠で居てください」

 

 ロリコン的に考えて。だが、空気をよんで本音は口には出さなかった。

 少年の真剣な表情と共に放たれた言葉を聞いた師匠は、ごそごそと懐をまさぐって何やら薬の瓶を取り出す。そしてそれを、少年の頭からザパァっとぶちまけた。

 流石に薬品を浴びせ掛けられた少年はしがみ付く力を緩めてしまい、その隙に師匠は足を引っこ抜いて少年から距離を取る。追いすがろうとしたが、その次の瞬間には薬の効果が少年の体に現れていた。思わず驚いて少年の動きが止まる。

 

「わぷっ、目潰しは卑怯ですよ師匠! ……って、これは……?」

「ただの回復薬だ。お前には負けたよ。私も大暴れして頭が冷えた。薬は作らないでおいてやる」

 

 散々に電撃で苛まれた少年の肉体は、いつも以上の回復力で瞬時に癒えてしまっていた。師匠特製の回復薬は、即効性で副作用も無い一級品なのだ。

 そして師匠は、もう言うべきことも無いと踵を返し、無言でその場を立ち去って行く。向かうのは自室の様なので、言うだけ言ってこっそり薬作りを始めると言う事は無さそうだ。普段の師匠なら絶対やるだろうが、今回はその様子も無い。

 そう、少年は師匠の心変わりを誘発する事に成功した。少年は勝利したのだ!

 

 勝利に浮かれまくっていた少年は、最後まで気づく事が出来なかった。背を向けて立ち去る師匠の顔が、耳まで真っ赤だった事に。

 

 

 余談だが、後日にこの出来事を幼馴染姉妹に話したら厄介な事になった。

 

「今直ぐお師匠さんの所に行って、その薬を作ってもらうように説得するですよ!」

「急ごう姉さん! 僕達の身長を伸ばすチャンスだよ! あと、胸とかももうちょっと……」

「姉妹共、おまえらもか! お願いだからやめてくれぇ!!!!!」

 

 タイトル詐欺になるような事態は、少年の懸命な努力で回避されたのでご安心ください。




今回のお題は『今更大きくなる薬を作ろうとする師匠とそれを全身全霊で止める弟子のタイトル詐欺防衛戦』でした。
今回はお題通りに出来た筈です!

追記

弟子「師匠、自分のロリボディを都合よく利用しましたか?」
師匠「してない」
弟子「そうですか、お子様割引凄いですね」
師匠「……それほどでもない」
弟子「やはり利用していた! しかも利用していたのに、それ程でもないと言った!」

って言うネタを入れようとしましたが、テンポが悪くなるので諦めました。


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第三十一話

時系列的には十話の直後になりますね。


 これは師匠とその弟子が王都に訪れていた時のお話。

 せっかく王都に来たのだからと、二人は着いて早々観光旅行を楽しむ事に。そうしてお手て繋いで駆け出して、やって来たのは人でごった返す露店広場であった。円形の噴水を中心として、それを取り囲む様にして露店が立ち並び、ひっきりなしに客引きの声が響いている。

 

「おー、エキゾチックな魅力あふれる異国情緒って奴ですねぇ。良く分かんないけど、とりあえずワクワクしますね師匠!」

「そう逸るな。もし迷子になったら、そう簡単には再会出来なくなるぞ。手は離さないようにしろよ」

 

 もうワクワクが止まらない少年を諌める為か、師匠が小っちゃいお手てでぎゅっとして来る。言われなくても絶対離さないし、例え離しても直ぐに繋ぎ直しますから大丈夫。少年の心臓は色んな意味でバクバクしていた。

 ついでに長旅で疲弊した身体が、栄養を求めて腹の虫を騒がせ始める。くぅくぅお腹がなりました。

 

「ふふっ、しょうのない奴だ。よし、まずは軽く食事をとろう。せっかくの露店市なんだ、王都の品揃えの良さを見せて貰おうじゃないか」

「了解です師匠! 食べ歩きですね! 行きましょう行きましょう、すぐ行きましょう! あ、あそこからいい匂いがしますよ師匠! 行ってみましょう!」

 

 繋いだ手をブンブンと、まるで犬の尻尾の様に振り先導して行く少年。無理に引っ張られているわけでも無く、歩調も合わせてくれているので師匠の方はヤレヤレと苦笑する程度で着いて行く。妙に大人びている様子の少年が、珍しく子供に戻った様なはしゃぎぶりを見せて、師匠としては安心したやら呆れるやらで複雑な思いだ。

 

 適当な露店で少年が所望した品物を購入し、少々行儀悪いが少し離れた所で立ったまま食べる事にした。二人が今手にしているのは、焼きたてで湯気を立てる細長い形をした腸詰めである。要するにソーセージの様な物だ。渡されたばかりのそれは、こんがりと良く炙られて木の串に刺されていた。顔を近づけるとふわっと香草と肉の薫香が漂って来て、もう見ているだけでは辛抱堪りません。

 

「わー、何の肉使ってるか分からないけどめっちゃおいしそうな匂いですね師匠。た、食べても良いですか? 食べますよ、食べ――もごもご」

「あーもう、解ったから大人しく食べなさい。どれ、私も……」

 

 少年の方は許可を取る前に既に口に放り込んでおり、それに続いて師匠も小さなお口で先端にカプリ。外側のパリッとした皮を破れば、途端に口の中に熱々の肉汁が流れ込んで来て、二人してハフハフと冷まそうと喘いでしまう。熱さを乗り越えれば次にやって来るのは、濃厚な肉の味と少々強い塩気が舌の上で踊るのだ。

 

「ンマァイ! 焼き立てだからか、香りも強いし。ちょっとしょっぱいけど、それがまた後引く感じで良いですね」

「んむ……、こう言った露店は肉体労働者が良く利用するからな。塩分補給もかねて味付けを濃くしているんだ。はふ、んむ……。こういう味付けには、エールやミードが良く合うんだ」

 

 酒。そう言うのもあるのか! 師匠の家で暮らして数年、酒など口にした事は無い少年だったがこれは確かに飲みたくなってしまう味付けだった。しかし、この世界の飲酒には年齢制限はないのだろうか。疑問に思ったら質問だ。

 

「師匠、お酒って師匠や俺でも飲んでも良い物なんですか? 俺達の見た目だと、大人にならないと飲んじゃいけないとか言われそうなんですけど」

「明確な年齢指定などは無いが、子供が大っぴらに飲酒をすると言う事は無いな。一番は金銭的な理由だ。子供に飲ませる金があるなら、普通は親が飲んでしまう物だからな」

 

 少年の素朴な疑問に返って来たのは、何とも世知辛い庶民の懐事情であった。だがまあ、つまりは金があればどうとでも出来ると言う事でもあるのだろう。

 

「貴族の子供ならば、食事時にワインを嗜む位はしているだろう。もっとも、素直に果実の搾り汁でも飲んでいた方が、子供の舌には優しいだろうがな。ちなみに街中での飲酒はお勧めしないぞ。金を持っている子供なんていうのは、一部の人間からすればご馳走に見えるだろうからな」

 

 確かに。酒を飲めるような子供が居れば、そいつから奪ってやろうと考える奴も居ると言う事か。治安が悪そうには見えないが、絶対にそんな輩はいないという保証もないだろう。君子危うきに近づかず。ロリコンも危うきには近づかない。NOタッチ。

 

「む、もう食べ終わったのか。暫し待て……」

 

 ぼんやりと考え事をしていた為に、少年はいつの間にか腸詰めを完食してしまっていた。それを見た師匠が食べるペースを上げるが、いかんせん一口が小さいのであまり捗らない。かぷり、もくもく、かぷり、もくもく。本人は必至なのだろうけど、申し訳ないが可愛くて仕方ない。子リスかな? 少年は別の意味でドキドキしてきて、思わず鼻を押さえてしまった。

 

「ん、待たせたな。……どうした?」

「いえ、リビドーが鼻から溢れそうになっただけです。何とか耐えたから心配は無用ですよ」

 

 もう少しで、せっかく食事で増えた血が噴出する所であった。危ない危ない。危ない師匠。そんな師匠は口元をハンカチで拭って、女子力の高さを見せつけて居る。そして何を思ったのか、少年の方にも手を伸ばして無造作に口元を拭って来た。安心してください、ちゃんとハンカチは折り畳んで綺麗な所で拭いてくれています。

 

「むぐ……、師匠……」

「ほら、大人しくしていろ。ふふっ、まったくしょうの無い奴だ。成りは大きくなっても、やはりまだまだ子供だな」

 

 何この嬉しい恥ずかしい桃色展開。やっべ、良い匂いする。せっかく収まったけど、また鼻の奥からリビドーが飛び出しそうになっちゃうじゃないですか。少年は空を仰ぎながら、首筋を手刀でトントンした。

 

「ふう……、お待たせしました師匠。貴方の弟子は今日も絶好調です。……師匠?」

「ん……。いや、少し視界の端に鼠が映ったものでな。気にするな、もう居なくなった」

 

 少年が大量出血の危機を乗り越えると、師匠は雑踏に鋭い視線を向けていた。少年が訝しんで声を掛けると、師匠はフッっと笑って少年の方に顔を戻す。

 ああ、これだけ大規模な街だとやはり鼠とか出るんだ。少年は素直に言葉を受け取り、衛生状況とか大丈夫かなとか考えていた。

 

「さて、王都はまだまだ広いぞ。次は何処に行こうか」

「じゃあじゃあ師匠! 次はアレ、あれが食べてみたいです! ほら、あの赤くて丸い小さな……」

 

 そんな風に、二人は暫しの王都観光をまだまだ楽しむのであった。

 

 

 所変わって、王都のとある場所にて。後に少年達が合う事になる王兄殿が、直属の執事から報告を受け取っていた。それは、久方ぶりに王都に姿を現した鈴蘭の錬金術師を発見したという報告であり、しかもその詳細は――

 

「鈴蘭の錬金術師が、幼い男と手を繋いで花咲く様な笑顔で逢引していた? よし、明日にでも余の下屋敷に招待しておけ。くれぐれも怒らせるような真似はするなよ。街が滅びかねんからな」

 

 あの人嫌いで不愛想で引き籠りな鈴蘭の錬金術師が逢引とか、そんな事を言われたら是非とも自分の目で見たくなってしまうのが人のサガと言う物。直接会ってからかうのを楽しみにしつつ、王兄殿はサクサクと残りの政務をこなして行くのであった。

 自分自身が盛大に遅刻して、師匠を激怒させるとはつゆほども思わずに。

 




お題は『王都でのデート』ですね。一応メシテロ注意です。
王都はせっかくなのでもう一度ぐらい書きたいと思っております。


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第三十二話

新しいゲームを買ったのですが、まったく手付けずに小説を書いている日々。
でも、楽しくて仕方がないのです。
読者さんにも楽しんでもらえると良いですね。


 その日も少年は自身のアトリエで高笑いをしていた。そう、またもや錬金術を悪用し禁断のアイテムを作りだしてしまったのである。自分の才能が怖くて、思わず笑ってしまう少年であった。

 

「でけた! でけたぞ! ピコピコピーン! 動物変身薬~! てーって、れーって、てれれれー! てってん!」

 

 ちなみに徹夜明けなので、少年は相当にテンションが高くなっている。何時もの二倍ほどだ。ただでさえうるせーテンションが、倍増してもう騒音となっていた。

 

「前回は発動時の魔力を感知されてばれたが、飲み薬なら発動魔力も何もないだろう!! どうやって作ったかも覚えてないが、こんな素晴らしい物は一つあれば十分! 後は実際に効果を試すだけだヒャッハァ!!」

 

 こんなに騒いだら師匠に筒抜けなんじゃないかって? 大丈夫、少年が騒がしいのは何時もの事だし。朝の師匠の寝起きの悪さは、冬眠した熊よりも酷いのだから。一度眠ったら、少年がセクハラしない限りは起きやしない。

 そんな訳で、少年は早速人体実験する事にした。自分自身で。

 

「ん……、ごくっ、ごっ、ごっ、ごっ……ぷはぁ! まずーい、もう飲みたくない!」

 

 腰に手を当てながら、風呂上がりの牛乳もかくやと一気に飲み干す。紫色のやばい匂いのする飲み物など、徹夜テンションでも無ければとてもじゃないが口には出来なかっただろう。

 そして、変化は直ぐに起こり始めた。ポンッと全身を包み込む煙が唐突に表れ、その煙が腫れた頃には既に変態は終了している。少年の姿は、一匹の子犬へと完全変態を遂げていたのだ。

 

「『ふっふっふっ、どうやら成功しちまったようだなぁ! 自分の才能が怖い! 怖すぎるぜ!』」

 

 なお少年は普通に喋っているつもりだが、犬の口からはヒャンヒャンと犬語しか流れてはいない。今後の少年の台詞は全て、犬語同時通訳でお送りいたします。

 外見は柴犬の様なハスキーの様なコロコロとした子犬が、尻尾をブンブンさせながら小さなアトリエを走り回る。実験成功と徹夜テンションの相乗効果で、現在の少年はもう枷から解き放たれた子犬状態だ。主に物理的に。

 

「『うわはははは! さあ、実験を続けるぞー!!!』」

 

 そうして、一匹の獣がアトリエどころか家を飛び出し世に放たれたのだった。当初の目的は既に忘却の彼方である。

 

 少年が住む師匠の家はとある小さな村の外れにある。森に囲まれたその村は村人達によって開墾され、それなりの広さの畑や牧場を作って生業としていた。家々は各農家ごとにこじんまりとした物が点在しており、大きい建物と言えば宗教の資金力で建てられた教会か、集会場代わりにされる村長の家ぐらいな物だろう。牧歌的な片田舎。形容するならば正にその言葉がふさわしいだろう。

 そして、そんな村の舗装もされていないあぜ道を、一匹の獣となった少年が爆走していた。

 

「『ヒィィィィィハァァァァァァァァッ! きっもちいー! なんと言う爽快感! えくすたすぅぃぃぃぃぃっ!!』」

 

 外から見れば子犬がヒャンヒャン鳴きながら駆けているだけだが、当の本人は四足歩行の快速に酔いしれている。もうどうにも、自分自身ですら彼を止める事は出来ないだろう。

 と、そんな爆走をしていた矢先、少年は視界の端に見慣れた人物の姿がある事に気が付く。

 

「うおおおおおおおっ! 野菜よ、美味しくなりやがれです!!」

 

 訂正、見慣れてる人物の見慣れない姿があった。口調から御察しの通り、農民少女でございます。

 それはまるで、人の姿をした重機の如し。彼女は鍬を手にして、畑の一角を滅茶苦茶な速度で耕していた。畑には他にもちらほらと人の姿はあるが、農民少女ほどの異彩を放っている者は他には居ない。これがNOUMINと言う物か!

 

「ふいー、この手袋のおかげで、どんなに力を入れても手が荒れなくて快適です! このまま今日は種蒔きまで終わらせてやるですよー!!」

 

 おねーちゃんは今日も元気です。独り言だって青空に響き渡るってもんですよ。

 元より豪胆で活発な性格だとは思っていたが、まさか重機顔負けで土を掘り返すとは思っていなかった。こうして働いている所を見るのは初めてなので、やっぱりこの世界はファンタジーなのだなぁと少年は改めて思う。普段から腕力すげえと思ってはいたが、きっと彼女の筋力のステータスは大人顔負けなのだろう。おねーちゃんパワー、実際凄い。

 

「『…………、邪魔したら悪いし別の所も見に行ってみるか』」

 

 実際は少年と遊ぶ時間を作る為に必死になっているだけなのだが、そんな事を知らない少年は友人の知らない姿にちょっとだけ疎外感を覚えてその場を立ち去るのであった。

 

 続いて少年が辿り着いたのは、炭焼き小屋や動物の解体小屋のある林業エリア。辺りには既に濃密の木々の香りと、長年の作業で染みついた獣臭が漂って来ている。そして、ここでも少年は見知った顔を見かけるのであった。

 いや、見かけたと言うのは語弊があるかもしれない。だって、その人物――剣士少女は森の中から少年の目の前へ、唐突に飛び出して来たのだから。正に、脱兎が如く。

 

「……っ!? はっ! とぅっ!!」

 

 森の木々を縫う様にして跳び出して来た少女は、少年(子犬)に気が付くとぶつかる寸前で高く跳躍する。そして、中空でくるりと向きを変えると腰に差した二本の剣を引き抜き、その片方をもと来た森の方へと勢い良く投げつけた。

 高速で回転し円盤状になった剣が少年の目前へと迫り、そしてあっさりと通り過ぎて森との境目の地面へと突き立つ。そして、森の中からもう一体、少年の方に向かって来ていた巨大な獣がそれに驚きその足を止めた。

 それは、立派な牙と体躯を持つ大猪で、どうやら剣士少女はこれから退却する為に森を突っ切って来ていた様だ。大猪は足を止めた勢いを殺す為なのか、後ろ足で立ち上がり大きく鳴き声を上げる。それは、自らの腹部を敵前に曝け出すと言う大きな隙に他ならなかった。

 

「つええぇぇりゃああぁぁっ!!」

 

 その一瞬の隙を見逃さず、地に降り立った少女が一足飛びに接近し大猪の懐に飛び込み、残ったもうひと振りの細身の剣をその胸に突き立てる。彼女の闘い方を何時も良く見ている少年は改めて思う、このロリ絶対そこら辺の大人より強いだろうと。あの姉にしてこの妹在りと言った光景であった。うわ幼女強い。

 肋骨の隙間を縫って心臓を一突き。硬直する猪の下から抜け出しつつ、剣を引き抜いてヒュッと血を払いつつ剣を鞘に納める。そこで硬直していた大猪が倒れ伏して、数度痙攣するとそのまま動かなくなった。文句の付けようも無い一撃必殺だ。

 

「ふう、君……、大丈夫だったかい?」 

「『あ、はい。色々垂れ流しになりそうでしたが、自分は大丈夫であります』」

 

 一仕事終えた少女が、もう片方の剣を拾い鞘に納めながら声を掛けて来る。語り掛けられた少年は直立不動で返答するが、悲しきかないまは四足歩行の獣でありワフワフとしか聞こえない。そんなケダモノを見下ろして、少女はクスっと静かに微笑む。

 

「っと、すまない。あまり時間を置かない内に、この猪を血抜きしておかないと……」

 

 微笑んだ顔のまま、少女が抜打ちで猪の首をスパンと斬り付ける。そして、そのまま返す刃で、お腹や四肢の付け根にも切れ込みを入れて行く。そりゃあもう、幼女とは思えない様な手際の良さです。色々溢れてきます。十八禁です。

 友人の巻き起こしたすぷらったぁな光景とその臭気に、少年は再び上からも下からも垂れ流しそうになって一目散に逃げだした。犬になっているので嗅覚も鋭敏だし、なによりもグロ耐性がありませんので仕方なし。

 

「あっ、ビックリさせちゃったかな、悪いことしちゃった……。それにしても残念、何処かで見た様な子だったのにな……」

 

 剣士少女は少しだけ残念そうにすると、ずるずると猪引き摺って解体小屋へと向かうのであった。

 

 そうして、少年は全力で帰路の道を走って行く。なんと言うか、普段見ない村の様子と言うのは、新鮮味はあるが何とも言えない感触だった。仲のいい姉妹の仕事姿が独特過ぎて頭から離れない。特に妹の方。色んな意味であの妹はヤバいって本当。属性盛り過ぎだろう、誰がやったんだ。起訴も辞さないよまったく。

 

 いまはもう、只管に師匠の顔が見たくて仕方がない。あの薄い胸に飛び込んで、何もかも忘れて癒されたくて仕方ないのだ。

 時間的に師匠はそろそろ起き出してくる頃だろう。起きた後の師匠は、必ずあの場所へ向かう。ならば、後はこの体の成果を達成するのみよ。

 

 住み慣れた師匠の家が見えて来ると、少年は玄関では無く一路浴室への窓へと向かう。その周囲にある罠に関しては心配いらない。魔物や人間には反応するが、小動物には一々発動しない様に設定してある故に。

 だからこそ、少年は浴室の窓に向け飛んだ。換気の為に少しだけ開けてある隙間に前足をねじ込み、押し広げながら身体をねじ込む。無理矢理入り込むと、そこには湯を浴びながら驚いて目を丸くする師匠が居た。背中を向けてはいるが、確かに全裸で。

 やった! 勝った! 仕留めた! そう確信した瞬間に、少年は窓と師匠の間にある湯船に墜落し盛大に水柱を立てる。ごぼごぼと口から泡が漏れるが、溺れてる場合じゃねぇと全身に力をみなぎらせて二本足で立ちあがった。

 

 そう、師匠と同じ目線の高さまで立ち上がったのだ。見事にギリギリの所で薬が切れて、元の姿に戻ってしまいました。暫し、無言で見つめあう二人。シャワーの流れるザーッと言う音だけが、沈黙に支配された室内を彩り続ける。

 

「……おかえり」

「ただいま……」

 

 先に驚愕から復帰した師匠が少年に向けて言葉をかけ、少年もまたそれに応えてなんとなく全開になった窓を閉める。そして、そのままざぶざぶと湯船を抜け出すと、師匠の方に視線を向ける気になれずにそのまま浴室から飛び出してしまった。そのあっさりとした逃走は、とても勝利者とは言えない態度であっただろう。

 

「変身薬で罠を潜り抜けて来る……、か。錬金術師としてずいぶんと成長した様だが、誉めるべきか叱るべきか……」

 

 それを見送った師匠は、背中とは言え裸を見られた事に少しだけ頬を上気させ、動揺を誤魔化す様に独り言を呟くのであった。

 

「ああああああああああっ!! ああっ! あっ!! うああああああっ!! わあああああああっ!!!」

 

 そして、ずぶ濡れの格好で廊下まで退散した少年は、そのままガツンガツン壁に頭をぶつけて、感情のおもむくままに叫び始める。そこに秘められていたのは、じっくり見なかった事への後悔と情けない自分への怒りと後悔、そして何よりも只管な羞恥心であった。とめどなく溢れる感情が、少年の熱情を叫びにして発散を求めるのだ。ある意味、自罰的な行為である。

 

 結局、少年は寝不足と頭の痛みと疲労とかもろもろで、頭を打ち付ける格好で気を失うのであった。

 




少年は恥ずかしくなると、つい自分で自分をヤっちゃうんだ。
という訳で、初浴室侵入成功話でした。
苦労して得た物は、師匠の後ろ姿ぐらいの物でしたね。
お題では『指輪の時のリトライ。村の中の様子と姉妹の普段の様子』でした。


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第三十三話

ここに来て新キャラを投入すると言う、狂気!


 少年はその日、庭の土いじりをしていた。最近、教会の花壇と言い、土ばっかり弄っている気がする。だが、これは師匠命令なので仕方がないのだ。

 

「錬金術の素材に使うマンドラゴラを、家の庭に花壇を作って育てて欲しいの。大変だろうけど、お願いできないかしら?」

「はい、解りましたー! 誠心誠意、心を込めて作らせていただきます!!」

 

 あんなお願いのされ方をしたら、そりゃあもう断るなんて選択肢はありません。少年は張り切って鍬やら鎌やらを持ち、庭の日当たりのいい場所にてまずは草むしりから始めた。

 師匠の為ならえんやこら。丁寧に丁寧に草を毟っては、根っこまで掘り起こして駆逐する。この時、絶対に雑草などと言う単語は使ってはいけません。雑草などという草は無い! って、おねーちゃんが言ってました。

 

 ある程度の範囲の草を取り切ったら、次は地面に適当な線を引いて花壇の大まかな形を描く。描いたらそこからは鍬の出番で、ザックザックと土を深めに掘り返して行った。

 箱状に掘り返した土を適当に鍬の先で弄って、上から用意しておいた腐葉土をかけて混ぜ合わせる。この世界に生まれてから娯楽と言えばもっぱら本だった少年は、意外と土いじりが楽しいと言う事に気が付き夢中でコネコネし続けた。農民少女には、全く良い娯楽を教えてもらった物である。おねーちゃん感謝。

 

「ふう、一人だと小さい範囲でも結構疲れるな……。でも、こんな小さい花壇の為に、おねーちゃんをわざわざ呼び付けるのも悪いしなぁ。一人で、なんとか頑張らないとね」

 

 少年のささやかな思いやりで、一人の少女の出番が減りました。悔しいでしょうねぇ。

 

 植物のベッドたるふかふかの土が用意出来たら、後はその土の周りに区切りとしてレンガを敷いて囲いを作る。そこまでして漸く、花壇らしくなって来た。後は種を撒くだけだ。

 

「ふんふーん、師匠の為に種を撒く~。師匠……種……はっ、ひらめいた!」

 

 言わせねぇよ!? そんな調子で等間隔に土に指で穴を空けて行き、そこへぱらりぱらりと種を落として行く。後は上からそっと土を掛けて、ぽんぽんと優しく均してやる。あまり強く固めてしまうと、芽が出ずに土の中で腐ってしまうのだ。これもおねーちゃんからの教えである。

 これにて種蒔き終了。あとはジョウロで優しく水を撒いてあげましょう。

 

「伸びやかに、健やかに育ちなさいねー。そして、大トリはこれ!」

 

 水を土が軽く吸う程度に振りまきおわると、少年はローブの中から手の平大の小瓶を取り出し蓋を開けた。その中身は栄養剤。錬金術師にとっては、無くてはならない必須アイテムである。

 

「あー、師匠が可愛い声で『えいようざい~』とか言ってくれねぇかなぁ……。心のおしべがニョキニョキしちまうのになぁ……」

 

 残念、好感度が足りない。少しだけ足りない。

 そんなこんなで、植物が快適に育つ環境は整った。後はじっくりと毎日水をやって観察を続けよう。きっと汚い絶叫を上げるマンドラゴラが沢山育つに違いない。メルヒェンな事じゃないですか。

 そんな事を思いつつ、少年は使った道具を洗う為に水場に向かうのであった。その背後で花壇の土が、モコモコと盛り上がるのに気が付かずに。

 

 そして次の日の朝。少年は植物の強さと言う物を、文字通り肌で感じていた。

 

「ハハッ、確かに触手とか大好きだけどさ。男に絡み付いてる絵面とか誰得って感じだよね」

 

 そう、少年は今細長い植物の蔓でがんじがらめにされている。両手両足はもちろんの事、胴体にもまるで包み込む様に優しく巻き付いていた。そして、蔓は細いわりに意外な力強さで、少年の事を宙吊りにしているのだ。

 その原因は、少年の目の前で元気にウネウネしていた。

 

「あのー、熱烈な求愛は凄く嬉しいんだけど、自分心に決めた人がいるって言うかなんと言うか――うぷっ!?」

 

 少年は唐突に引き寄せられて、何か柔らかい二つの物体に顔を挟まれる。それは色こそ植物らしい緑色ではあるが、まごう事無き女性の乳房。つまりは、おっぱいだ。そして、それは豊満であった。

 羨ましいって? 確かに世の男性の大半には、大きいおっぱいは神の賜物だろう。だが、少年にとっては地獄の宴以外の何物でもないのだ。

 

「あいえええええええええっ!! 離せ離して離してください!! 師匠! 助けて師匠ー!! はやくきてー! はやくきてー!」

 

 思わず助けを叫ぶ少年をその胸に抱き寄せていたのは、花壇から生え出した女性であった。豊満な肢体を惜しげも無く晒し、身体の各所に申し訳程度の樹皮の様な物を張り付け秘部を隠している。長い髪の様に見えるのは葉や蔦の集まりで、その両足は先日少年の作った花壇に大きく花開く花弁に埋もれさせている。そして全身の色は艶やかな萌葱色をして、その両目だけが例外的に真紅に染まっていた。

 そう、彼女は人間では無く、人間そっくりの姿をした植物なのだ。

 

「朝っぱらから騒がしいと思えば……、アルラウネとは珍しい魔物が居た物だな。マンドラゴラの種の中に混じっていたのか」

「来た! 師匠来た! メインロリ師匠来た! これで勝つる!!」

 

 やかまし過ぎる位に少年が騒いだために、その場に白いローブ姿の師匠が姿を現す。少年は待ち望んでいた師匠の姿に、喜色満面の大歓迎状態だった。

 それとは対照的に、師匠は物凄く不機嫌そうな顔である。フードを目深に被っていても分かる、全身から発せられる不機嫌オーラに少年はもうタジタジだ。

 

「あ、あの師匠。なんでそんなに怒っているんでしょうか? あの、割と真剣に助けて欲しいんですけど。できれば可及的速やかに……」

「ふーん……。そーなんだ、すごいね」

 

 いかん、師匠が完全に不貞腐れている。全部、全部巨乳が悪いんだ。この巨乳が少年の顔を挟んでいるから! 畜生!

 そうこうしている間にも、少年の体は地面から生えてきている触手によってギチギチと締め付けられ、ますます植物女人に引き寄せられる。必然的に押し付けられる乳。うずまる少年の顔。引き攣る師匠の口元。

 植物女人は師匠の方をジーッとみると、フフンと言った様子で邪悪に笑んで見せる。自分と師匠のプロポーションを比較して、絶対的な勝利を確信したのだ。ブチっと師匠のこめかみの辺りで、とても危険な音がした。

 

「……おい、菜っ葉風情があまり調子に乗るなよ。そいつは私の弟子だぞ。菜っ葉にくれてやれるほど、安い存在じゃない」

「し、師匠……。俺の事をそんな風に――うひいいい!? 待って待って、入っちゃいけない所に入ってきてるから! そこは入り口じゃないよ出口だよ! 早く助けてシッショー!!」

 

 服の裾から触手が入り込んでいるだけですよ? それでも、少年にとっては一大事には変わりない。そして無視された形になった師匠はついに実力行使へと移った。少年ごと、叩き潰す方向で。

 師匠のしなやかな指にはまる指輪の一つが煌めいて、少年と植物女人に向け特大の風の刃を打ち放つ。

 

「避けろ! 菜っ葉ぁ!!」

 

 拘束されたままの少年が全力で叫び、それに反応して植物女人はユラリと柳の様に揺れて風の刃をやり過ごす。胸に挟まれたままの少年が、師匠に向けて半泣きになりながら声を張り上げた。

 

「師匠師匠! 顔、顔狙ってた! おっぱい狙ってたのかも知れませんが、今はここに俺の頭があります! はい、ありますね! 輪切りは不味いですよ!! っていうか、躊躇なく殺しに行くとか容赦なさ過ぎぃ! でも好きぃ!」

「チッ……。ではどうする? そのまま苗床にでもなるつもりか? このままだと、体中の穴から侵入されて魔力を吸い取られるぞ」

「それもイヤー!! 初めては全部師匠が良いのー!! 師匠何とかしてぇー!!」

 

 助けられたいのか助けられたくないのか、弟子の言動に師匠は深い溜息を吐く。我儘ばかりを言う弟子だが、助けない訳にも行くまいと師匠は再び指輪型魔具を発動させた。

 今度の攻撃は大きな刃では無く、小さなカマイタチを無数に飛ばす物。小さくても効果は十分で、蔓を的確に斬り裂き少年の拘束を解いて行く。

 そして、そのまま一気に本体を倒すのかと思われたが、師匠はそのまま踵を返して家の中へ向かってしまった。束縛を逃れて地面に降り立った少年は、縋る思いで立ち去る背中に問い掛ける。

 

「おわ、っと。師匠、いずこへ?」

「殺したくないなら自分で何とかしろ。拘束されてないお前なら、十分対処できる相手だろう」

 

 言うだけ言って、師匠は本当に家の中に戻ってしまう。取り残された少年は師匠の言葉に、反射的に反応して懐に手を入れる。再び引き抜いた時には、その手の中には一つの薬瓶が握られていた。

 蔦を斬り裂かれた植物女人は特に痛みを感じていない様で、少年に向けてにっこりと笑みを見せている。でも、斬り裂かれた触手は再び少年を捕らえようとして、少しずつだが少年を取り囲み始めていた。やはり、どんなに人に似ていようとも、彼女は魔物だと言う事なのだろう。

 植物女人は両手を広げて、触手と共にいよいよ包囲を狭めて来た。まるで、少年を求める様に。

 

「ごめん、俺ロリコンなんだ。あと、貧乳派。だから、俺は君の物にはなれないんだよ」

 

 およそ最低な事を口にしながら、少年は手にした薬を植物女人にぶちまける。さよならは、言わなかった。

 

 

 さらに次の日。

 花壇にはマンドラゴラの紫色の花がいくつも咲いていた。この調子なら直ぐにでも、人間に酷似した不気味な根っこも大きく育つ事だろう。

 そして、そのすぐ隣には一つの植木鉢が置いてあり、そこには土から直接大輪の花弁が花開いている。更にその中央には、緑色の肌をした人間そっくりの植物の女の子がニコニコとした笑顔で存在しております。なお、その胸は平坦であった。

 おめでとう、植物女人は植物少女へと退化した!

 

「……説明」

「いえすまむ!」

 

 昨日に引き続き庭の花壇前に居る師弟。師匠はとりあえず弟子に解説を求め、弟子である少年が最敬礼で返答する。

 とは言え、何も難しい理屈がある訳では無い。少年の使用した薬は、なんと言う事も無い若返りの薬であったと言うだけだ。少年が作れる程度の物なので人間にはほとんど効果は無いが、植物を一日前の姿に戻す程度には役に立った。

 そして、後はその種を鉢植えに移して、薄めた栄養剤を軽く振りかけておいただけである。それが少年のした事の全てだ。

 

「いやー、思った通り一度に吸収する栄養が少なければ、あんなに大きく育ったりはしないみたいですね。土の面積を減らした分、実に理想的な姿になってくれました。ガーデニングって奴ですよ師匠」

「はあ……。お前のその執念は一体どこから沸いて来るんだ、まったく……」

 

 魔物をまさか飼い慣らしてしまうだけでなく、品種改良までしてしまうとは師匠もびっくりである。身体が小さくなったのでその分力も弱くなったのか、もう少年が蔦で一方的に拘束される様な事も無い様だ。相変わらず、少年が近づくと触手や腕でベタベタと触れ、猫の様に体や頬を擦り付けている様だが。

 と、それまでニコニコしていた植物少女が、師匠にだけ見える様に視線を送って来る。そして、ハッと鼻で笑うかの様に邪悪に笑って見せた。間違いなく同じ個体の様だ。

 

「……燃やすか」

「まってー!? 何で突然殺意マックス!? お願いちゃんと育てるから! 毎日お世話するから! 燃やさないでー!!」

 

 そんなこんなで、師匠の家に新しくペットが仲間入りしました。

 




はい、ショタ触手でした。これもとある方からのリクエストです。
え、こんな触手は望んでいなかった?
すみません、投石は甘んじて受け入れますので許してください。


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第三十四話

忙しくて書き溜めをする時間が無い。
せっかく新サクラ大戦を買ったのにやる時間も無い!

今回はちょっと長めです。


 ある日の気だるい昼下がり。その悲しい事件は起こった。相も変わらず少年用のアトリエでの出来事である。

 

「でけた! でけたぞ! ふはははは、この薬はなんと――」

「じゃまするですよー! こんにちはです! お、美味しそうなジュースですね、一口貰うですよ!」

 

 悲報、完成した新薬、突如乱入してきた農民少女に飲まれる。腰に手を当ててごっくごくです。

 

「おおおおお!? ま、まあ一口位なら効果は発揮しきらないだろうし別に――」

「ぷっはー! 美味しいけど色と味が合って無いです! 紫色なのに牛乳の味がするって、何ですかこのジュースは! ビックリして思わず、全部飲んじゃったじゃないですか!」

 

 一口どころか全部飲まれました。そもそも紫色した液体をよく美味しそうとか言ったな。そんなつっこみもしきらぬ内から、展開は更に進んでしまう。

 

「ぬあああああ! だがまだだ、薬を飲み干しただけならまだ何ともない! キーワードを口にさえしなければ――」

「もっと甘いのは無いんですか! チェンジです、チェンジ! チェーーーーンジ!!」

 

 キーワード言っちゃったぁ! 途端に農民少女の口から光線が放たれる。アレに当たれば薬の効果が発揮されてしまう、なーんてこったぁ! 光線が少年の口めがけて飛んで来るー! 

 

「こんにちは、入らせてもらうよ。ここに姉さんが――危ない! 避けて! うわあああああっ!!」

「そして唐突に現れる妹の方! お前等ノックぐらいしろよホントにもう、いらっしゃい!!」

 

 挨拶は実際大事。そんな訳で唐突に表れた剣士少女が、光線に当たりそうな少年を突き飛ばして代わりに光線に当たってしまった。そして、いよいよ薬の効果が表れる。

 

「お前等落ち着いて良く聞けよ、その薬の効果は――」

「ううん、あれ? 目の前に私にそっくりな、超絶美少女が居るです」

「ううっ、おや? 目の前に僕にそっくりな、カッコイイ人が居るね」

「お前等、話を聞けぇええええええ!!」

 

 薬の名は身体入れ替え特選薬(牛乳味)。その効果によって、姦しい姉妹はその肉体と精神が入れ替わってしまったのだった。少年はもう、辛すぎる現実に耐えきれず膝から崩れ落ちて慟哭したが、話がトントン拍子に進んだのでまあ良しとしよう。

 この後、少年の叫び声を聞いて駆け付けた師匠に、事情を説明させられた挙句に滅茶苦茶説教された。

 

 それから師匠命令で、少年は二人の姉妹の世話をする事となった。姉妹の親には師匠が事情を説明しに行ってくれたので、少年と姉妹達は今現在師匠の家で待機中である。

 薬の効果自体は夜にでもなれば切れるだろうが、どうせなら早い方が良いだろうと少年は薬の調合を進めていた。

 

「むーん、この服窮屈ですねぇ。良く毎日、こんな服装で走り回れるものですね。首筋も髪が短くてスースーするし、何だか背中が寂しい感じがするです」

「僕は足元がスースーして落ち着かないよ。髪が長いせいで頭も重いしさ。姉さんこそ、良くこんなヒラヒラで過ごせるものだね」

 

 そして、姉妹達も少年のアトリエの中に椅子を持ち込み、彼の背後できゃいのきゃいのとお互いについて語り合っている。これがまたうるせーのなんのって、集中できずにイライラしてしまう。だが、嫁入り前の娘さん方にとんでもない事をしでかしたので、少年は我慢して作業に没頭しようと努めた。

 

「せめて服だけでも交換したいな。ねえ、今からでも着替えちゃおうよ」

「ええ? ここでですか? 別に構わないですけど、そっちの体にこの服が入るか解らないですよ?」

「一歳位しか差がないのに何言ってるのさ。僕の体より、姉さんの方が太いって言うなら分かるけど」

「姉に対して良い度胸ですねぇ。姉より優れた妹は居ねぇんですよ!」

 

 努めて、努めていたのだが……。ちょっと会話が生々しいというか、ここで着替えるとか正気の沙汰なんだろうか。男だと思われていないのか、ワザとやっているのか。どちらにせよ、少年の集中力は限界寸前だ。

 

「むむ、なんですかこの下着は。いくら動きやすいからって、こんなのばっかり付けてたら形が崩れてしまうですよ。今度街の方まで行って、しっかりしたのを選ばないといけないですね」

「やめてよ姉さん、恥ずかしいなぁもう。それに、僕は姉さんみたいに付け心地の悪いのは遠慮したいかな。確かにデザインは可愛いとは思うけど、剣を振るならそう言うシンプルな奴の方が楽なんだよ」

 

 もう既に脱ぎ始めている……、だと……!? 彼女達の羞恥心って奴は何処に行っちまったんだ。異世界転生して、別の世界にでも行っちまったんじゃなかろうか。何よりも、衣擦れの音が耳に響いてまったく集中できない少年である。

 

「む、姉さんちょっとこれは……。見えない所もしっかり処理しないと、いざという時困ると思うんだけど」

「か、勝手に見るなですよ!? 自分だってほら、こことか結構処理が甘いくせに! ひとの事言う前に、自分がしっかりする事ですねー」

 

 声がデカい! 何言ってんだこいつら、何やってんだこいつら。とにかく後ろを振り向きたくてしょーがない! 少年はもう、薬作りとかしていられる様な精神状態では無かった。

 

「ふふん、やっぱり胸は私の方が大きいですね。これでも成長期って奴ですからねー」

「……それは喜んで良い事かな。あんまり浮かれてると、足元を掬われる事になるよ」

 

 いやいや、膨らみ掛け位ならぜんぜん許容範囲ですよ。もう少年は薬作りを止めて、腕組みしながら姉妹二人の話にうんうんと相槌を打っていた。巨乳と普通の境目がまた難しい。そんな拘りを脳内展開しているのだ。やはり安パイは貧だろう。

 というか、そんな事が話題に出ると言う事は、もしかして少年の背後は既にユートピアなのではなかろうか。思わず、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。もう振り向いちゃっても良いんじゃないかな。少年の心の中で、天使と悪魔が肩組んでサムズアップしていた。

 とりあえずは、ちらっとだけでも背後の様子を確認しようと、少年はそーっとそーっと肩越しに後ろに視線を送る。

 

「あ、やっと振り向いたね。思ったより粘ったけど、やっぱり気にはしてくれるんだ。ちょっと嬉しいな」

「あーああー、乙女の柔肌を覗こうなんてふてえ野郎ですね。そんなに私達の裸が気になったんですかー?」

 

 ちらっと後ろを見た瞬間、こちらを凝視していた双子と目が合った。無論二人とも裸などでは無く、服を交換などもしていない。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、振り向いてしまった少年の事を弄ってくる始末である。恐らく最初から、謀られていたのだ。

 これだから師匠以外の女は……。少年は血涙流しそうな勢いで、痛烈に数分前の自分を呪っていた。

 

 結局、姉妹の肉体交換は日が暮れる頃には元に戻る。からかわれて不貞腐れまくった少年の代わりに、師匠があっと言う間に同じ薬を作り上げてくれたからだ。チェーーーーンジと再び叫んで口から口へと光線を発射する姿は、やはりシュールな光景であった。

 そして今は、遅くなった村への帰り道。少年と師匠が、姉妹二人を送って行っている最中である。

 

「もー、まだ拗ねてるんですか? ちょっとしたお茶目心なんですから、いい加減機嫌を直してほしいですよ」

「ふふっ、本当にごめんね。でも、あまりにも僕達の方を向いてくれなかったからさ。ついつい、意地悪したくなっちゃったんだ」

 

 少年を真ん中にして、右に姉左に妹が引っ付いて各々が少年の腕を掴んでいる。先程から話しかけられているのだが、少年は無言ですたすた歩くばかりだ。

 

「今回は大事にならなかったが、そもそもあんな危険な薬を勝手に作ったのが原因なんだからな。不貞腐れる前に、しっかりと反省をしないとな」

「うぐっ……、はい……」

 

 三人の後ろからしずしずと付いて来る師匠にまで言われてしまい、少年はもう滅多撃ちである。自然と気落ちして、がっくり項垂れてしまう。

 

「そうだね、どうせなら少しは責任を取ってもらおうかな」

「ああ、それは良い考えですね。ツケの支払いはしてもらわないとです」

 

 既に村の中に幾分か入り込み、二人の家が見えてきた頃合いに、姉妹が口をそろえてそんな事を言い始めた。またぞろ嫁に貰えとでも言うのだろうか。正直、勘弁してもらいたいと言うのが本音なのだが。だって少年には、もう心に決めた師匠が居るのだから。

 少年が何を言われるのかとげんなりしていると、不意に姉妹は歩みを止めて更に体を擦り寄せて来た。腕を掴まれている少年も動きを止めて、その間に姉妹の顔がゆっくりと少年の顔に近づく。

 チュッと軽く吸い付く様な音と共に、少年の両頬に柔らかく暖かな感触が同時に訪れた。

 

「よし、今日はこれぐらいで勘弁してやるです! 寛大な処置に、感謝してむせび泣くと良いですよ!」

「ん……。次に何かされたら、もっと凄い事するからね……」

 

 そうして、二人の姉妹は同時に離れて、たたたたーっと残りの家路を一緒に駆けて戻って行く。それを見送った少年はしばらく動く事が出来ず、それでもなんとかゆっくりと背後に居る筈の師匠へ視線を向けた。

 

「…………、良かったな。可愛い姉妹二人に好かれてるみたいだぞ」

 

 師匠は怒ってはいなかった。でも、少年には解る。これは結構拗ねてる時の師匠であると。あの姉妹は最後に、とんでも無い物を残して行きました。師匠との気まずい空気です。

 少年は泣きたい気分になりながら、とりあえず流れるような動作で師匠に向けて土下座するのであった。まあ、自業自得じゃないかな。

 




ネタが古すぎてないか心配ですが、伝わっていると良いなぁ。
あと拗ねてる師匠の可愛さも伝わってると良いなぁ。
師匠の可愛さを伝える為に、ゲームなんかやってる場合じゃねぇですね!

今回のお題は『姉妹の入れ替わりと師匠の嫉妬』でした。


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第三十五話

今回は久々にお題では無いオリジナルのお話です。
お題は大体クリアしたはずなので、残すネタもあと少しですね。


 その日は日差しが暖かな午後だった。空も高くなって肌寒さを感じる毎日であったのに、珍しく陽気が活発でぽかぽかと体も心も浮かれてしまうような天気だったのだ。

 

 そんな日でも少年のする事はあまり変わっていない。朝に起き出して師匠を起こし、朝食を摂ってから炊事洗濯に勤しむ。それが終われば今度はまた昼食の用意をして、食べ終わって洗い物を澄ませば漸く自由な時間となる。

 普段であれば、午後には幼馴染の姉妹や黒百合の弟子などが来訪するのだが、この日はまた珍しい事に一人の来客もなかった。

 

 なんとなくアトリエに籠っている気にもなれないので、庭にある花壇の片隅で日向ぼっこをする事に。植木鉢から手を伸ばして来る植物少女を片手で構いながら、花壇から顔を覗かせるようになったマンドラゴラ達と一緒にぼーっと青空を眺める。

 なんと言う穏やかな一日だろう。普段の激動の日々が、嘘のように静かである。ああ、平和と言うのはこう言う物なんだなぁと、少年は悟った様な心境で日差しの温かさに目を細めていた。悟りの錬金術師、爆誕。

 

「あー……、このまま寝たら起きた時には、こいつに全身穢されてそうだなー……」

 

 片手であやしている植物少女は、先程から少年の手に顔を擦り付けて猫の様に甘えている。だが、こんな成りでも魔物は魔物。少年の高い魔力をもっともっとと求めて、触手でまた拘束されてしまうかもしれないので油断は出来ない。穴と言う穴に突っ込まれるのは、せめて師匠の後にして欲しいと思う少年である。

 だから、やられる前にやるの精神で手の平に魔力を込め、少年は植物少女の首筋や顎を丁寧に撫でて満足させることにした。頭も天辺から緑の髪の先まで指で梳いて手入れをしてやる。植物少女はもう気持ちよさそうに瞳を潤ませ、ゴロゴロと喉を鳴らす様な勢いでうっとりしていた。

 なお絵面的にはアレですが、ペットとのほのぼのとした触れ合いなので合法です。

 

「そう言えば、師匠は今日は何をしてるのかな……」

 

 ぼんやりしながら撫でくり回して、ふと思い浮かべたのは師匠の事であった。そして、一度思い浮かべてしまうと気になる事がやめられない。

 ちなみに、植物少女は上気した顔でくったりしている。魔力をたっぷり注ぎ込まれて、確かな満足ご満悦の様だ。

 

「とりあえず、探してみますかね。んじゃなー」

 

 少年は唐突に立ち上がり、手を振りながら家の中に戻る事にする。植物少女は名残惜し気な目をしていたが、畑の中のマンドラゴラ達は皆で手を振り返してくれていた。邪悪な顔のピク○ンかな。

 なおマンドラゴラ達は、後に薬の材料になる予定です。諸行無常。

 

「さーて、師匠は何処かなー。この時間だと、師匠の方のアトリエかなー」

 

 独り言を零しながら室内に入った少年は、とりあえずと言う事でアトリエへと向かう。その途中でリビングや台所なども覗いてみたが、やはり師匠の姿は見付けられなかった。アトリエに居なければ後は自室に居る位だろう。出不精な師匠なら、この陽気でわざわざ外出しようなんて露ほども思わないだろうから。

 

「ノックしてもしもーし。師匠居ますかー? 居ないなら語尾にニャンを付けてくださーい」

 

 コンコンと申し訳程度にノックをして、扉をゆっくりと空けて室内に頭を差し込む。果たしてそこには、探し求めた師匠の姿が居た。残念、語尾にニャンは付かないようです。

 

「って、寝てはるわ。おはよーございまーす……、ししょー……寝てますかー……?(小声)」

 

 少年が発見した師匠は、椅子の背もたれに寄りかかりながら、すうすうと気持ちよさそうに夢の中。窓から差し込んで来る日差しを浴びて、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。フードをしたままなので、それが木陰になって程良く温められたためだろう。何よりも、昨夜も就寝が遅かったようなので、寝不足が一番の理由か。寝る子は育つと言うが、少年にとってはこれほどおぞましい言葉も他にはあるまい。

 

「まさに眠り姫だ……、なんちゃって。師匠は寝ていても可愛いですねぇ……」

 

 少年は扉をそっと閉めると、足音を極力抑えながら師匠の傍へと近寄る。そして、ほぼ無意識に手を伸ばして、師匠のフードからこぼれ出ている横髪を掬い上げた。もっとよく顔が見たいと思っての行動だったが、少年自身も自分の行動にびっくりだ。まさか、いざという時にヘタレる自分に、こんな事をする度胸があるだなんて。

 

 何時も朝に起こす時に触れようとすれば、少年は何かしらの罠によって吹っ飛ばされていただろう。だが、今は陽気に誘われて唐突に訪れたうたた寝だ。罠の類は何もない。こんなに無防備な姿の師匠は、少年の短い今世でも珍しいだろう。

 何よりも、警戒心の強い師匠がこんなに近づいても目を覚まさないその事実が、とてつもなく少年の胸を高鳴らせた。

 

「…………。何してんだろうね、俺は。風呂にまで突撃したのに、逃げ出したくせにさ……」

 

 掬い上げた師匠の長く艶やかな髪を、少年はそっと唇に寄せる。髪への口づけは思慕だったか。まさに、その通りの意味で少年は胸中を焦がしていた。相手が眠っていないとこんな事も出来ない。その事に、自分で自分に腹が立つ。

 だからこそ、師匠にはあの時手を出してほしかった。何時もの様に、拳でも電撃でも良いから叩きつけて欲しかったのだ。それが一番、安心できる自分達の関係だと思っていたから。

 

「師匠が悪いんですよ。俺に隙を見せるから。俺に、罰を与えないから……」

 

 少年は眠る師匠の顔を覗き込む様にして、自身の顔を師匠のそれに近づける。そして――

 カクンと師匠の頭が片側に落ちて、その体が椅子からずり落ちそうになった。慌てて少年が肩を掴んで体を支え、その細さと柔らかさにフオオオオってなる。そしてそこで、ぱちっと師匠の瞳が開かれた。お目覚めである。

 

 目と目が合う師弟。少年の額から顎までを、つぅっと緊張の冷や汗が流れ落ちる。暫しの無言の時が流れたが、その沈黙を破って師匠の両手がそっと弟子の両頬を包む様に触れた。まるで、先程までの続きを乞うかのように。

 

「師匠……、これはそのアレですよ、師匠が椅子から落ちそうになったから、その――アヒィッ! シビレルゥ!!」

 

 無論、少年の体には何時もの様に電撃が流された。図らずも望みが叶ってしまった少年は、プスプスと煙を上げながら床に崩れ落ちて行く。だが、その顔は非常に満足気であった。

 

「…………。部屋で寝る……」

 

 少年を馴染みの如く撃退した師匠は、それだけ言ってすたすたとアトリエを出て行ってしまう。その顔色は赤くもなっておらず、ただ只管に眠たげなもので、やはり師匠は完全に寝入っていたのだろうと少年は判断し、そのまま安らかな眠りについた。

 はい、気絶です。

 

 だが師匠は、扉を締め切るまでの間に、何時もはしない横髪を指にくるくると巻き付けるような仕草を繰り返していた。師匠が指先で弄んでいたのは、ちょうど少年が口づけた場所である。

 それが意図的な物か無意識なのかは、師匠しか知らない事であった。

 




横髪。もみさげ。師匠の髪型は一本三つ編みですが、細かい設定とかはしていないのでわりかしフリーダムです。
フードをしてる時は、多分フードの脇から海老の尻尾がはみ出している感じかな。首に巻くとマフラーの代わりになりそうですね。


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第三十六話

水着回です。


 その日は朝から暑かった。じりじりと日差しが照り付けてきて、容赦なく肌と目を焼いて来る。庭の植物たちも思わず花壇から抜け出して、自主的に木陰に退避する始末だ。残暑ってレベルじゃねーぞ!

 

「おーい、お邪魔するですよー! 生きてるですかー!?」

「お邪魔します。これ、母からのお土産です。夕食にでも召し上がってください」

 

 邪魔するなら帰ってー。と返す元気もない少年の所に、いつもの幼馴染姉妹が訪ねて来た。姉の方は何時も通り豪放磊落だが、妹の方は手土産持参の様なので許してやろう。そんな事を思いつつ来客の対応を師匠に任せ、少年はまたリビングのテーブルに突っ伏す仕事に戻る。

 本来なら接客など弟子の仕事ではあるのだが、今は師匠の方が元気なのでやむを得ないのだ。少年のローブが黒いから余計暑いと言うのもあるが、師匠は絶対に一人だけ魔具で温度調節しているに違いない。狡い、可愛い、ズルカワイイ!

 

「この暑さなのに、相変わらず元気だなお前らは。生憎とお目当てのうちの馬鹿弟子は、そこで茹で過ぎたパスタみたいになっているぞ。水風呂にでも突っ込まんと、このままじゃ来客の相手も出来んな」

「そりゃーないですよしっしょー……。ヴェぇぇぇ……、あぢぃぃぃぃ……」

 

 何時もの抗議の声も、途中から潰れたヒキガエルの鳴き声よりも酷い事になる。今日の少年は暑さのせいで、本当に使い物にならなくなっていた。

 そんな少年の醜態を見て、二人の姉妹は呆れるどころかそろってニヤリと不敵に笑う。師匠が思わず首をかしげると、姉妹は口をそろえて宣言するのだ。

 

「「近くの湖に、涼みに行こう!」ですよ!」

「「はい?」」

 

 師弟はその言葉に、思わず互いに顔を見合わせるのであった。

 

 

 師匠たちが暮らす小さな村の程近くには、山間からの湧水が溜まる湖が存在する。村での活用方法は主に淡水魚目当ての釣りや漁などで、魔物の害もあるのでそうそう遊び場などには使われない。

 だが、今回ばかりは話が違って来る。なんと言っても、同行者に師匠が居るからだ。

 

「ししょー! 魔物避けの御香設置し終りましたー!」

「ん……。次は日傘を立ててくれ。なるべく早く頼む」

 

 この辺りの魔物なら師匠特製の魔物避けグッズで滅多に近づいて来ないし、もし襲って来たとしても師匠であれば指を鳴らすような気軽さで華麗に瞬殺できるだろう。正に素晴らしき師匠である。

 そんな訳で、師匠を含めた四人は思い切り湖を避暑地にする事が出来るのだ。

 

「いーっやっほーう!! ですー!!」

「うおおい、おいおいおい!? 準備運動位させてぇ!! がぼぼぼぼぼっ!?」

 

 農民少女が少年の腕を掴んだまま駆け出して、勢い良く湖に飛び込んで行く。風に揺れる旗の如く弄ばれる少年は、碌に抵抗できずに頭から着水する羽目になった。相も変わらず、力任せなおねーちゃんだ。

 ちなみに彼女は、緑のフリルを沢山あしらったビキニタイプの水着を身に付けている。控えめなロリボディでも幾層にも重ねたフリルでボリュームアップ。胸元を黒い小さなリボンでワンポイントに飾って上品さも引き出していた。

 湖に涼みに行くと聞いて、少年が秒で作り上げた渾身の一作だ。

 

「ふふっ、大丈夫かい? 姉さんも、嬉しいからってはしゃぎ過ぎだよ」

「ごほっ、がほっ! あー、窒息は流石に俺の体でもどうしようもないんだな……。ありがとう、助かったよ」

 

 姉の不始末フォローするのは何時だって妹の方。今日は帯剣して居ない剣士少女が、溺れかけた少年の手を取って助けてくれた。少年が水を滴らせながら礼を言えば、にっこりと太陽みたいな笑顔を返してくれる。

 そんな彼女が身に纏うのは、スポーティーな動きやすさ重視の青い水着であった。露出控えめではあるがちゃんと上下に分かれているし、何よりもピッチリと体に張り付いているのでボディラインが強調されている。色気を押さえている筈なのに、下手な水着よりもなんというかエロイ。

 これもまた、少年が目視でサイズを的中させて作った会心の一作である。

 

「はあ、まさかまたこの湖に放り込まれる事があるとは思わなかったな」

「ん? ああ、この間の薬の……、あっ!?」

 

 少年は以前に不定形生物になった時にも、この湖に投げ込まれて世話になっていた。その時の事を思い出してか、剣士少女の顔がボッと赤く染まる。彼女にも大変お世話になりました。

 

「あー……、前みたいな事はもう無いと思うから、そんなに心配しなくていいぞ?」

「えっ、もうしてくれないの? っ!? いや、ちがくて……。その……」

 

 何言ってんだこのロリ。言ってから自分の言動に気が付いて、顔を更に真っ赤にしてモジモジし始める。少年は無言のままススーッとゆっくり肩まで水の中に沈んで、水の冷たさに身を任せる事にした。心頭滅却。

 

「ほぉら! 二人ともなにぐずぐずしてるんですか! せっかく泳ぎに来たんだから、もっと深い所まで行くですよ!!」

「ちょっ、まっ! 今は、今はダメだから! お願いまってえええええ!?」

 

 そして、微妙な空気を全力で破壊して行く姉。いつも助かっています。ちょっと歩くのが大変な事情のある少年と、恥ずかしがって赤くなっている妹の手を引いて、農民少女はザバザバと豪快に水の中を突き進むのであった。

 

「あいつらは元気だな……」

 

 そんな涸れた老人のような言葉を呟くのは、誰であろう我らの師匠である。師匠も無論の事、少年の作った最高の水着を着用しているのだ。が、しかし! 何時もの白いローブをその上から羽織っているので、その中に隠された至高の水着はまったく見えません。紳士諸君、残念でした。

 

「というか、あいつらの水着、私のとかなり違うな……。馬鹿弟子め、一体私にだけ何を着せたんだ」

 

 師匠だけは水場に近づかずに、大きなパラソルの下でデッキチェアに横たわって寛いでいた。直ぐ近くに置いたテーブルの上には、氷の浮ぶ飲み物のグラスも完備だ。格好はともかくとして、一人だけ完全にバカンスモードである。

 元より弟子のたっての頼みで付き添いに応じただけなのだから、水に入るつもりは毛頭ない師匠であった。水着に着替えたのだって、弟子が泣いて縋って来たからしょうがなくである。別に、一人だけ弟子の手製の水着が着れないのは寂しい、などと思ったからでは無い。無いったらないのである。

 

「こんな……、こんな水着を……。悩ましい……」

 

 悩ましいのは水着を見せてくれない貴女です。この場にそれを言える人物は、残念ながら居なかった。

 もう弟子の事で一々と悩むのも馬鹿らしい。せっかく涼し気な所にまで来ているのだから、せめて順当にリラックスの一つでもしなければ損と言う物だ。師匠はそう考えて、改めてデッキチェアに身を任せた。

 湖面を撫でて来た風が涼しくて、パラソルの影の下は非常に快適だ。目を閉じているだけで直ぐに睡魔が迫って来る。幸いな事に、睡眠を邪魔する様な騒音は何もしない。これならのんびりと午睡を楽しむ事も――

 

 と、師匠は唐突に目を開けて、がばりと上体を起こした。静かすぎる。騒音が無いのは構わないが、先程まで騒いでいた弟子達の騒ぎ声まで聞こえないとはどういう事か。

 師匠は湖面に視線を走らせ、弟子と姉妹達の姿を探す。だが、水上にはその姿を確認できなかった。であれば、居るとすれば水中になる。

 そこまで認識してから、師匠は纏っていたローブを脱ぎ捨てた。

 

 途端にあらわになるのは、純白に輝くスクール水着(旧型)。胸の部分には、師匠には読めないがひらがなで『ししょう』と書かれたゼッケンが張り付けられている。もちろん水抜き用の穴も完備してあります。師匠の体系にぴったり当てはまるかのような造形は、正に彼女の為にあつらえられた至高の逸品である。少年は、その魂を込めてこの水着を錬成したのだ。

 どう控えめに見ても犯罪です。本当にありがとうございました!

 

 そして師匠は、一足飛びに湖に向かって飛び出した。水面を一歩、二歩と蹴り進んで距離を取り、最後に弟子たちを見かけた場所まで飛んでから、華麗なフォームで頭から水中へとダイブする。一気に身長の何倍も水中に潜り込むと、周囲に視線を彷徨わせ弟子達を探す。はたして、水底に程近い場所にそれ等は居た。

 

 形は無数に生えた触手をわさわさと蠢かす不気味な軟体生物。この触手は……、間違いなくイカだ。本来は海に生息する大きな魔物、クラーケンに相違ない。そして、無数の触手の内の二本に、見知った二人の姉妹が捕らわれている姿も確認できた。

 淡水の湖の中に何故イカが居るのかは知らないが、現実として存在しているのならば対処するしかないだろう。

 

 師匠は両手の五指に嵌る指輪の一つを発動させて、両掌から水流を断続的に発生させる。そして、その水流を後方に向けて推進力とし、水中にも拘らず高速で移動し始めた。水の抵抗を全く受けない体型を利用して、ウォータージェットで突き進む。さながら、今の師匠は一発の魚雷に他ならない。

 

 驚異的な速度で接近して改めて見れば、そのクラーケンはそれ程大きな個体では無かった。だが、人二人を水中に引きずり込めるというのはやはり驚異的だ。手加減は無用。せっかくの高速移動の勢いを利用して、師匠は頭からイカのどてっぱらに突っ込んだ。

 ちょっとした魚雷の様な体当たり受けた巨大なイカは、碌な抵抗も見せずに怯んで距離を取ろうとする。その隙を見流す師匠では無く、追いすがる様にしての二発目の体当たり。効果はバツグンだ!

 そして、さらなる推力アップで巨大なイカを道連れに、師匠はそのまま水面へと向かって急速浮上して行く。

 

 水面に到達しても師匠の突撃は止まらない。そのまま水中からイカを跳ね上げさせて、自らも中空へと躍り出る。そして、大気中であれば、風の刃で触手を斬り裂いて姉妹二人を救出するのは簡単だった。何よりも水中でなければ、何の気兼ねも無く何時もの電撃が使えると言う物だ。

 触手から姉妹が解き放たれたのを確認すると、師匠は間髪入れずに大放電を解き放つ。行け師匠、十万ボルトだ!

 

「師匠!? ちょっと、待って! 俺ですよオレオレ、オレオッ――んぎゃあああああああっ!!」

 

 電撃が当たる寸前のクラーケンから弟子の声が発せられるのを聞いた師匠は、その瞬間に全てを悟り取り合えずもう一発電撃を放っておいた。それはきっと、八つ当たりと言うのが妥当であろう。

 

 

 そして、場所を陸地に移して、師匠による事情聴取が執り行われた。

 

「魔物に変身する薬と水中で呼吸が出来るようになる飴を使って、水中探索をしていただけ、か」

「ハイ! やましい感情はこれっポッチしかありませんでした!! あと弱点属性だったせいか、何時もより電撃が強力に感じて新鮮でした!! アヒィッ!! なんか気持ちよくなってきたぁ!」

 

 そうかそうか、じゃあもう一発くれてやろう。師匠、無慈悲な三発目の電撃。きゅうしょにあたった! 効果はいまひとつの様だ。最近はますます、弟子の人間離れが進んでいる気がする師匠であった。

 

「水中散歩も楽しかったけど、いきなりお空まで飛びあがったのも面白かったです!」

「……僕は、もうちょっと締め――いや、水中散歩でもよかったかな」

 

 姉も妹も相変わらずですね。正座させられている少年とは違い、二人の姉妹は少年を挟む形で左右で体育座りしている。片や元気いっぱいにニコニコして状況を能天気に楽しみ、片や水底でのことを思い出して指先を触手の痕に滑らせ頬をほんのり染めていた。

 もうやだこの姉妹。でも可愛いから許したい。

 

「というか師匠! 大変な事に気が付きました! 白いスク水は、水に濡れると透けるみたいです! おうふ……、鼻血が……」

「…………、ッッッッ!?!?」

 

 裏の生地がしっかりしている胸元やクロッチ部分はともかくとして、お腹周りはそれはもうヌレスケであった。興奮のあまり鼻からリビドーを溢れさせた少年は、顔を真っ赤にしながら両手に電撃を纏わせる師匠を見ながら思った。

 クソッ! ビデオカメラがねぇ!!

 




誰か異世界までスマホを届けてくれる方はいらっしゃいませんかああああああ!!


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第三十七話

王都編その四くらい。
師匠の出番はほぼありません。


 今日の少年はすこぶる不機嫌であった。それは何故かと言えば、すぐ隣に黒百合の魔法使いの弟子が居るせいだろう。せっかくの王都の観光だと言うのに、どうしてこんなのと二人きりなのか。少年の表情には、そんな不満がありありと浮かび上がっていた。

 

「すまないが、私はこのBA……この女とじっくり話し合いをする必要が出来た。お前はその間、彼女に王都を案内してもらって来ると良い」

 

 そんな言葉と共に、師匠は黒百合の魔法使いのお屋敷に残った。今頃は久々の直接対決で、壮絶な舌戦を繰り広げているに違いない。師匠にとって、その戦いは何よりも譲れない宿命なのだろうから。そこまでは良い。

 だが、その街を案内すると言うのが、金髪巨乳の黒百合の弟子と言うのはいかがなものだろうか。

 

 確かに、今回少年と師匠が短時間で楽に王都に来られたのは、黒百合の弟子が普段使っている転送の魔具を使わせてもらったのが大きな要因だろう。そして、その流れで自然に魔法使いの娘にも、師匠が観光を持ちかけたのも分かる。でも、二人きりにさせられるなんて聞いてませんよシッショー!! 招待した張本人がゲストをほっぽり出すなんて、こんなの普通じゃ考えられない!

 幾ら内心で嘆いたところで、少年の苦悩を察してくれる人は此処には居なかった。

 

 はてさて、嘆いてばかりでは状況は変わらない。今はこの現状を打破するべく、情報の再確認をしておくべきであろう。

 今現在二人が歩いているのは王都の北部にある富裕層の多く住む地域、いわゆる貴族街と呼ばれる区画であった。街並み一つとっても、以前に観光した人でごった返すメインストリートとは空気が違う。小型の馬車が時折通る以外には、人影もまばらな静かな時間が流れている。

 周囲に立ち並ぶ建物も芸術性の高い建築様式で統一されており、まるで北欧の古都を思わせる名所旧跡な景色であった。目的も無く散策するだけでも、価値のある街並みと言って間違いはないだろう。

 こんな趣のある場所を、師匠と共に巡れないのがひたすらに悔やまれる。

 

「不本意なのが自分だけとは、ゆめゆめ思わないでいただきたいですわね。まったく、どうして私が貴方なんかと一緒に……」

 

 今の状況を憂いているのは少年だけではない。不満げな言葉と表情で訴えかけてくるのは、当然魔法使いの娘であった。

 彼女は今、普段の様な痴女ギリギリアウトな衣裳では無く、仕立ての良い白地に赤のラインで飾られた学校指定の制服を身に着けていた。胸元はリボンタイで飾って優美さがあり、膝までのスカート丈と清楚さも忘れてはいない。今日は何時ものティアラの代わりに青いカチューシャを付けていて、なるほどこの姿ならばしっかりとしたお嬢様にしか見えないだろう。

 

「はー? 不本意な事は不本意なんですぅー。何を言われようと、師匠が隣に居ないならやる気が出て来ないってだけなんですわ。はー、やってられませんわまったくぅ」

「くぬぅっ! 相も変わらずこまっしゃくれた事ばかりを……っ! せっかくこの私が街を案内して差し上げていると言うのに、少しは素直に感謝して年相応に可愛げの一つでも見せたらいかがですの!?」

 

 少年のふてぶてしい態度に対して、瞬間的に沸騰した魔法使いの娘が噛み付いてく何時もの構図。しかして、今居る場所は荘厳な街並みの静寂な街である。直ぐに我に返って、気恥ずかしさを誤魔化す為にコホンと咳を一つ。

 そんな魔法使いの娘の失態を、プゲラっと嘲笑う少年。街中で騒ぐ訳にはいかないので、キィーッと歯噛みする魔法使いの娘。

 

「そんなに……、そんなに私の事が嫌いなら無理して付き合わなくても結構ですのに……」

 

 悔しいやら疲れるやらでいつしか眦には涙が浮かび、殆ど泣く寸前の表情で魔法使いの娘は悪態をついてしまう。尊敬する恩師と一緒に来られなかったのが残念なのは分かるが、だからと言ってそんなにも不機嫌にならなくてもいいではないか。せっかく普段とは違う格好もしていると言うのに、この少年は何処まで自分が気に入らないと言うのだろう。魔法使いの娘は理由の分からない寂寥感に苛まれてしまっていた。

 

「ああ? なに言ってんだオメー。誰もお前の事を嫌いだなんて一言も言ってないだろうが。俺は純粋に、師匠が居ない事が不満なだけなんだっつーの。勘違いして泣きそうになってんじゃねぇよ、せっかく可愛い制服着て着飾ってんだからよぉ」

 

 それに対しての少年の反応は、実に淡白な物であった。まったくいつもと変わらない態度で、魔法使いの娘の顔を真正面から見ながらぶっきらぼうに言い放つ。そう、少年は魔法使いの娘と話す時は、絶対に顔以外を見ようとはしないのだ。

 

 魔法使いの娘――黒百合の魔法使いの孫であり弟子である所の彼女は、自身の胸が他の同年代よりも豊かな事を自覚していた。だからこそ、世の男性がその年齢に問わず自身の胸に視線を向ける事を、否応無しに意識させられて生きてきたのだ。まるで、自分の価値はそこにしか無いかのように。それが彼女には、堪らなく度し難い物に思えていた。

 

 そんな自身のコンプレックスの塊を、少年は頑ななまでに眼中に入れようとはしない。話す時も戦う時も、馬鹿にする時すらも、真正面から彼女自身にぶつかって来る。それは、彼女にとって、初めて自分を見てもらえた様な救いに感じられたのだった。

 

「なっ、なっ、何を……。恥ずかしい事をこんな公衆の面前で……」

「はっきり言って俺は、お前みたいな女は好きだぞ。妙に正義感ぶって正面からぶつかって来るし、何回やり込められても喰らい付いて来る根性もあるしな。勝負してるとこっちもいろいろ得る物があるし、何よりお嬢様だからって甘えたりしない所も良い。ああ、ライバルとしては最高だよ、お前」

 

 少年の口撃は止まらない。それは少年の胸の内の、素直な吐露に他ならなかった。そう、好きの反対は嫌いではなく無関心。少年にとっては、ごく一部を除けば魔法使いの娘は互いに高め合える存在なのだ。巨乳以外は!

 そんな気持ちを言葉で伝えられた魔法使いの娘は、もう首筋から耳の先まで真っ赤っか。その無駄に大きな胸の奥では、乙女なハートがドッキドキで張り裂けそうです。チョロすぎやしませんかこの子。

 

「にゃ、にゃにを言って……。そんな、そんな事言われても困りますわ……。それに私たちは歳だって離れて……」

「あん? 歳とかは別に関係ないだろ。こう言うのは、相手をどう思っているかが大事なんだよ。気持ちの問題だ、気持ちの」

 

 少年の追撃で魔法使いの娘の頭からは湯気が出そうだ。そして、少年は今の発言を全くの素で言っている。心の底から、友人としては気に入っている事を真摯に伝えているのだ。金髪の子可哀想。

 何が悪いかと言えば、少年がロリコンで貧乳派なのがすべて悪い。あと巨乳。少年的にはB以上はギルティライン。ここは譲れません。

 

「つーか、そろそろ行こうぜ。何時までも天下の往来で、ぐだぐだ言い合ってても不毛だしな。しょーがねーから、今日はおめーに付き合ってやらぁ。確か美術館に連れて行ってくれるんだろう? この世界の芸術とかめっちゃ興味あるから、抉り込むような解説付きでよろしく頼むわ」

 

 勝手な事を言いつつも、エスコートのつもりか手を差し出して来る少年。色々言い合ってスッキリしたのか、その顔にはニッカリと挑戦的な笑みが浮かんでいた。そこだけは、確かに年相応な無邪気な笑顔である。

 それに対して、魔法使いの娘がささやかな抵抗は、手を取りつつも一言言い返しやるのが精一杯だった。

 

「あれだけ不貞腐れていたくせに、今度はさっさと案内しろだなんて身勝手すぎますわ」

「ハッ! 初対面でいきなりタイマンし掛けに来た、オメーにだけは言われとうないわ」

 

 お互いに憎まれ口を言い合って、結局その日は一日美術鑑賞で過ごす事となった。この二人は何だかんだと言っても、性格の相性はいいのかも知れない。喧嘩する程なんとやらである。

 あと、師匠同士の口喧嘩は結局、屋敷を半壊させるだけで何とか収まりました。平和って素晴らしいね!

 




魔法使いの娘との個別エピソードはこれで最後の予定です。
次回の話はちょっと自分でもニッチだと思う内容なので、あまり期待はしないでください。


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第三十八話

最初に謝っておきます。ごめんなさい。
今回の話は今までのイメージを破壊し尽くす可能性があります。
そして誰得な展開てんこ盛りです。


 その日、少年は果てしなく不幸であった。どのくらい不幸であるかと言えば、師匠に仕掛けた悪戯が即行でバレてめっちゃ説教された位不幸だ。

 せっかく隙を突いて、こっそりとローブのフードをラッコさんにしたと言うのに。つぶらな瞳で髭も付けている力作だよ。

 

「お前と言う奴はああああああああああああああ!! お前ー! おまえなー! 弟子がなー! 師匠をなー! げぇほっ! げほっ! ごほっ! カヒューッ! コヒューッ!」

「ああっ!? お師匠さんが怒りのあまり過呼吸になったですよ!? このひとでなしー! 謝れ、謝れ、早く謝って、です!」

 

 問題が大きくなったのは、ラッコさんフードを何時もの姉妹が目撃してしまった為だろう。恥ずかしいやら何やらで、師匠の怒りが有頂天。涙目になりながら、正座させた弟子の前で盛大にむせてしまう。

 多分こんなに取り乱した師匠を見るのは、少年を含めても初めての事だろう。それだけラッコフードの破壊力は凄まじかったと言う事だ。今も師匠の頭の上に、キュートなラッコの顔が鎮座しております。

 

「だが俺は謝らない。師匠のフードを弄って師匠を可愛くすることに対しては、絶対に引きません! 媚びへつらいません! 反省しません! だって、その為に今生きてますから!!」

「いや、流石に反省位はしようよ。お師匠さん、怒ってるんだか泣いてるんだか分からないような顔してるし。僕、こんなに感情をむき出しにしてるお師匠さん見るの初めてだよ」

 

 そんな師匠を前にして、少年は一欠けらも懲りた様子を見せなかった。怒られるのが怖くて、師匠に悪戯が出来るものか! ロリコンに後退は無いのだ。でも警察だけは勘弁な。

 そんな少年を嗜めるのは、姉妹のボーイッシュな妹の方。流石に、顔を真っ赤化にして泣きながら怒っている師匠を見ては、懲りていない少年を窘めずにはいられなかった。どうせ悪戯するならこっちにして欲しいとかは、少ししか思っておりません。

 

 はてさて、そんなふてぶてしい弟子を前にして、師匠はローブの袖でぐしぐし涙を拭ってそのまま少年に指を突き付ける。すわ何時もの電撃かバッチこいと構える少年と妹だったが、師匠は指を突き付けるだけで何もしない。その代わりとして、ニヤリと邪悪に微笑んで見せた。

 

「お前にも、同じ思いを味わわせてやる……」

 

 師匠がパチリと指を鳴らすと少年が真っ二つに――は成らずに、背後に居た筈の剣士少女が少年の事を羽交い絞めにした。そして、姉の方の農民少女がロープを手ににじり寄って来る。何時の間に結託したんだ師匠と姉妹。まさか、最初から!?

 そこからが、少年の苦難の始まりであったのだ。

 

 少年は抵抗もむなしくあっさりと拘束され、いつぞやの様に椅子に縛り付けられ身動きが取れなくなっていた。そしてそれを取り囲むのは、右に妹、左に姉。そして正面には、両手を組んで仁王立ちするお師匠様。彼女達の手にはそれぞれ、無数の衣服が握られていた。女物も男物も色々とあります。

 一体何が始まるんです? 大惨事大変だ!

 

「ヤメロー! シニタクナーイ! シニタクナーイ! シニタクナーイ!」

「物騒な事を言うな、何も取って食おうという訳では無い。ただ、お前にも辱められる側の気持ちを理解させてやるだけだ」

 

 同じ気持ちを味わわせるとはつまり、少年にも恥ずかしい格好をさせてやろうと言う事に他ならない。日頃のセクハラや悪戯へのうっぷんが、師匠の手についつい半ズボンを握らせてしまうのだ。怖くないよー。怖いのは師匠の趣味だよー。

 

「話は聞かせてもらいましたわ! そこの小生意気なのに、一発恥を掻かせられると聞いて来ましたの!」

「まためんどくさい奴が来たぁーっ!!」

 

 そして、唐突に現れる黒百合の魔法使いの弟子。師匠の家にズカズカと入り込んで来て、不敵な笑みを浮かべながら少年の包囲陣に加わる。その手にもった鞄を開け放ちながら、彼女は何時も通りに高笑いするのだ。

 

「オーッホッホッホ! こちらをご覧くださいませ! 王都で流行の高級化粧品の数々を、何故か、偶然、持参してまいりましたのよ! これを使って、私自らの手でキレイキレイにしてあげますわ!」

「何なんだこの手際の良さは! さては全員グルか!? そうなんだろう!? 特に姉妹二人ぃ!!」

 

 少年はあまりにも都合の良い展開に声を荒げるが、それに応える様な者はこの場には居なかった。孤立無援。せめて、せめて理由だけでも教えてくれ! どうしてお前らは裏切ったのだ姉妹達よ! 少年はぶるうたすに裏切られた人みたいに訴えた。

 

「こんな面白そうなこと、誘われなくても参加したいに決まってるじゃないですか! 今は悪魔が微笑む時代なんです!」

「ごめんね、僕って責められるのも責めるのも好きなんだ。何だったら次の訓練の時に報復してくれてもその……、いいよ?」

 

 ああ、お前等ってそういう奴だったよね! 特に妹の方!

 全てを諦めて項垂れた少年に、四人が一斉に飛び掛かって行った。少年の纏っていた衣服が剥ぎ取られ、そして無理やり着せ替えられると言う恥辱の宴が始まったのである。

 

 ケース壱。農民少女コーディネートの白いワンピース。

 

「季節感は初夏をイメージして、純白のワンピースに白い靴下を合わせてみましたです。シンプル故に素材を活かし、お化粧はせずに髪型だけを整えて清楚さを醸し出すのですよ!」

「あははっ、凄い凄い。姉さんの麦わら帽子も良く似合ってるね。すっごく可愛いよ」

「納得いきませんわ。どうしてこんなに体のラインが細いんですの……」

「ふむ、悪くは無いが、私の趣味ではないな」

 

 ケース弐。剣士少女コーディネイトの甘ロリフリフリ衣裳。

 

「こう言うのは僕には似合わないからね。でも、せっかくだから誰かに着てみて欲しくってさ。思ったよりも似合ってて、僕もびっくりしているよ。君って化粧で化けるタイプだったんだね」

「今度は金髪のウイッグをつけて、大きなリボンも装着です! かわいいかわいいお嬢様になりましたですね!」

「納得いきませんわ。どうしてこんなにファンデの乗りが良いんですの……」

「ふむ、これも悪くはないな。もっとも、手を加えすぎるのは趣味ではないが」

 

 ケース参。魔法使いの娘コーディネイトのクラシックメイド服。

 

「私の屋敷から持ってきた物ですが、存外に似合うのが悔しいですわね。ですが、その格好で給仕する姿はさぞや様になる事でしょうね。オーッホッホッホッ!」

「エプロンもしっかりした生地で凄くお高そうですね。頭のモブキャップがとってもキュートです!」

「姉さんのワンピースと違って長袖だけど、カフスも意匠が凝ってて何て言うか気品を感じるね。この服には長めのウイッグが良いかな。色は元の黒のままで良いか……」

「普段から家事を任せているが、この格好の方が捗りそうだな。まあ、私の趣味とはまた違うが」

 

 ケース四。師匠コーディネイトのフォーマルシャツとサスペンダー付き半ズボン。

 

「……………………うむ」

「うわっ、お師匠さん鼻血! 鼻血でてるから! 姉さん、笑ってないで布かなんか持って来てよ!」

「何て言うか、場違いに正装されたお坊ちゃんて感じですね。ぶふうっ! 蝶ネクタイがすっごく笑かしてくれるです!」

「ぷっ、くく……。ええ、正に少年っと言った感じですわねぇ。素晴らしくお似合いですわぁ、オーッホッホッホッ!」

 

 いっそ殺せ。少年は凌辱の限りを尽くされた女騎士の様に、全てに絶望した表情で囁いた。でも、死にたいと思っても殺してもらえるわけでも無く、例え舌を噛んだとしても直ぐ治るだろう。その後も、娘らの着せ替え人形として弄ばれる時間は続く。

 着ぐるみパジャマ、執事服、貴族学校の女子制服、タキシード、イブニングドレス、はてはマイクロビキニまで。男としての尊厳など、木っ端微塵に吹き飛ばされて神の世界に遊びに行ってしまった。今頃は神と肩を組んでラインダンスでもしている事だろう。

 

 少年は、暫くの間解放される事は無かった。男装と女装の中間の存在となり、延々と師匠たちに弄ばれるのだ。そして、逃げたいと思っても師匠に捕まえられるので、そのうち少年は考えるのを止めた。

 




最終話を書くのに耐える為に滅茶苦茶なギャグ回として書きました。
最終話は現在砂糖を吐きそうになりながら書いております。

って言うのは建前で、師匠に鼻血を出させたかっただけなんです。
ほんとうに、申し訳ありませんでした。


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最終話

これにて一応の完結です。
最終話なんで書きたい事をめっちゃ詰め込んでみました。
どうぞ最後までごゆるりとお楽しみください。


 ああ、これは死ぬわ。少年は長い間の研究の結果として、自身の避け得ない死を悟った。

 

 錬金術とは発想さえあれば大体の物を作り出せる非常にご都合主義的な技術である。その分魔力や素材を求められるのではあるが、工面できるのであれば相応の物は作れると言う事だ。

 そして少年は、知的好奇心の導くままに前世の記憶にある道具や、前世にも無かったような奇抜な物を作るのに夢中になって行った。そして、その興味は自らの不可思議な体にも当然向けられる事となる。

 

「なんとまあ、興味本位で調べてみたけど、ファンタジー世界でもそうそうご都合主義は無いって事か」

 

 少年は自らの体を調べ、回復薬や栄養剤と言った物の作用を調べる事に成功したのだ。電子顕微鏡や遠心分離機のもどきを作りだして、前世で聞きかじった程度の知識を活用して導き出した答え。それは、錬金術師の薬は万能の霊薬などでは決してないと言う事だった。

 

「回復薬や回復魔法は要するに、治癒能力の前借りみたいなもんなんですね。無から有は作れない。無いならある所から持って来る。ま、少し考えれば当たり前の事だったんですけどね」

 

 傷を一瞬で治療すると言う事は、その分肉体のリソースを消耗すると言う事。そして少年は、生まれた時から異常なほどの回復力と成長速度を持っていた。正確には、師匠に拾われてから、だ。

 師匠は少年に様々な薬品を与えて来た。霊薬と言われる様な物から、毒としか思えないものまで様々に。そして、それは今も続いている。

 

「最近は毒の方が多いのかな。まるで、俺の体質を打ち消そうとするかのような、そんな薬ばっかり飲まされていますよね。ねえ、師匠」

「気が付いていたのか……。いや、気が付いてしかるべきか。お前もまた、錬金術師なのだからな」

 

 そして、少年は調べた結果を全て己が師に話していた。師匠のアトリエで、何時もする授業の如く向かい合い、椅子に座る小さな師匠向けて少年は真剣なまなざしを向けている。対する師匠は、フードを目深に被り目元を隠しながら唇をヘラリと歪ませた。

 

「そうだ、私の与えた薬によってお前には異常な体質が身に付いた。その体質は私が思っていたよりも優秀でな、毒薬や電撃で効果を尽くさせようとしても無駄に終わったよ。どうも、お前の体自体が薬を生み出す様に変化しているようだな。ははっ、実に優秀な臨床実験が出来たと言う物だ」

 

 そう、師匠は笑っていた。薬の優秀さを熱弁し、自身がしでかした事だと言うのを自慢げに語る。それではまるで、少年を実験動物の様に扱っていたと言わんばかりではないか。

 

「私を恨むか? 当然だろうな、私はそれだけの事をしたのだからな。知っているか? 私はな、お前を拾った時に使えそうだと思ったんだ。親も居ない、何れから来たとも知れない孤児を、ていの良い実験材料に使えるとな。はははっ! どうした、少しは怒って見せろ。自分の体をいじくり回されたんだぞ?」

「師匠……」

 

 少年が立ち上がり、己が師に向けて手を差し伸べる。師匠は一瞬だけビクッと身を竦ませ、しかしすぐにまた牙を剥く様な笑みを口元に浮かべた。少年を挑発するかのように、小さな体で不敵に哂うのだ。

 そんな嘲りの笑みに向けて手を伸ばし、少年は震える師匠の頬にそっと手を添えた。

 

「師匠って、嘘が超下手ですよね。なに悪役ぶってんですか、可愛いだけなんで逆効果ですよ」

「なっ!? う、嘘じゃない。私は本当にお前を使って実験をしてたんだ! あっ、こら、フードを脱がすな! やめ、顔を見るな! ……見る、な。おねがい、見ないで……」

 

 抵抗する師匠に逆らって、少年は白いローブのフードを脱がせてしまう。そして、師匠の両肩を掴みながら、真正面から視線を合わせその顔を覗き込んだ。

 師匠は顔を反らしてはいたが、眦から大粒の涙が零れ落ちているのが良く見えた。

 

「私の……、私のせいなんだよ? 私のせいでアナタの体は、特異体質になってしまったの。それなのに、どうして何も言わないの……? 私が憎くならないの? どうして? ねえっ!?」

「そうですね。この成長速度……、というか加齢速度と細胞の増殖限界から言えば、三十まで生きられるかどうかって感じですかね。確かに、死ぬのは怖いし、嫌だと思いますよ。だって、師匠の傍に居られなくなっちゃうじゃないですか」

 

 少年の指が師匠の頬に伝う涙を掬い上げる。そして、少年は自然と微笑みを浮かべていた。憎しみも怒りも無い、ただ喜びを伝える為だけの微笑みを。

 

「確かに、勝手に寿命を減らして行くような能力ですけど。でも、師匠がくれた物ですから。たとえそれが死に至る病でも、俺は受け入れるし嬉しいと思います」

 

 きっとそれは、狂気と言う名前の感情だろう。己が命を苛まれて喜ぶなど狂気の沙汰だ。だが、少年は確かに恋に狂っていた。狂気に突き動かされて、少年は隠し事という枷を解き放って行く。

 

「実はですね師匠、俺って前世の記憶がそっくりそのまま残っているんですよ。前世の二十七年間の思い出と、この世界での師匠との生活の思い出が俺の中にはあるんです。実質、俺はもう三十歳超えてるみたいなもんなんですよ」

「なっ!? 前世って、いきなり何を……」

 

 本当に唐突だ。常であれば正気を疑われる言動だろう。だが、今の少年は最初から狂っている。狂っているからこそ、狂った事が正常な反応として表に出るのだ。

 なによりも、本題はそんな所にはない。

 

「まあ、そんなどうでも良い事は置いといてですね」

「ど、どうでも良い事!? アナタにとって前世ってどうでも良い事なの!?」

 

 はい、まったくもって端折るぐらいにはどうでも良い事です。前世からの転生云々なんてのは、少年にとっては何の価値も無く重要な事ではない。大事なのは、転生先で師匠に出会ったと言う事実だけだ。

 

「前世の時間も含めて、俺は師匠に出会った数年間が一番幸せなんですよ。貴女に出会った事が、俺の幸せの全てなんです。それは絶対に絶対です。断言しますよ、俺は貴女に会う為に生まれて来たんです。だから……」

 

 そこで少年は一度言葉を区切り、そっと師匠の体を抱き寄せた。頬と頬が触れ合う距離で、少年は本当に幸せそうに眼を閉じて言葉を紡ぐ。

 

「だから俺は、今とっても幸せです。貴女に会えて良かった。貴女だからこそ、俺は良かったって思えるんですよ。俺を拾ってくれて、本当にありがとうございます。その恩に比べたら、寿命が減ったぐらいじゃ何とも思いませんよ」

「そんな……、悟ったみたいなことを言うなぁ……。馬鹿だよ、馬鹿、ばかぁ……」

 

 師匠は少年の言葉を聞くと、更にぽろぽろと涙を零して縋り付いて来た。背中に手を回してぎゅっと抱き留めて、しゃくりあげる背中を優しく擦る。まるで幼子をあやす様に。愛しさを込めて。

 

「ごめん……。ごめんね……。ごめんなさい……。うあ……、うあああ……」

「うん……。うん……。解ってます……。解ってますよ、師匠……」

 

 椅子に座ったままの師匠が縋り付いて来るので、自然のとその頭は少年の胸元に押し付けられる事になる。少年は師匠の緑がかった銀髪に頬を寄せながら、彼女が落ち着くまで辛抱強く待ち続けた。

 そして、落ち付いて来た頃を見計らって、再び少年は掌を師匠の頬に添える。ビクッとまた体を震わせた師匠が少年の顔を見つめ、二人の視線が絡み合った。

 

「師匠……、俺の残りの人生、全部師匠にあげます。だから、ずっとそばに居させてください」

「あ…………、それって……」

 

 少年の言葉に、涙に濡れていた師匠の瞳が大きく開かれ、ボッと頬が首筋まで朱に染まる。両頬に添えた手で硬直する師匠を軽く上向かせると、少年はそのままゆっくりと顔を近づけて行く。

 ぎゅっと師匠が目を閉じて、そして二人の距離が限り無く零へと近づいて――

 

「やっぱりだめえええええええええええ!!」

「うぎゃああああああああああああああ!!」

 

 紫電一閃。少年の体にズドンと慣れた電撃が走り抜けた。毎度おなじみの雷の魔具の両手同時の大放電、名付けて師匠コレダーである。少年を黒焦げにした挙句、思いっきり突き飛ばした師匠は、顔を真っ赤にしながら両手をブンブン振り回して訴えた。

 

「そ、そう言うのは駄目よ! そう言うのはちゃんと、ちゃんとしてからじゃないと! こここ、婚前交渉とかは駄目なの!」

「おごごごご……、もうちょっとだったのに……。そりゃあないっすよ、シッショー!!」

 

 悲しきかな長い喪女人生が、師匠をとことんまで奥手に、初心にさせてしまったという悲劇。この分厚い障壁は、ちょっとやそっとの事では突き崩せない鉄壁の牙城なのである。そう、正に師匠の胸の絶壁の様に!

 

「うおー、もう我慢できんです! 告白なんておねーちゃんの目の黒いうちはさせないですよ! 例えお師匠さん相手だとしても、乙女には引くに引けない時というのがあるんです!」

「ああもう、姉さんったら……。僕は別に二号さんでも三号さんでも良いんだけどな。でもまあ、どうせなら強気に攻めてみるのも面白そうだよね?」

 

 そして、唐突に乱入して来る違法ロリ幼馴染姉妹。お前ら何時から侵入していたんだ、もうプライバシーとかこの家には存在しないのか嘆かわしい。というか、ここまで隠れて聞いていたなら、もうちょっと見逃しておいてほしいと少年は切に思った。

 

「オーッホッホッホッ! 我がライバルながら実に情けない姿ですわねぇ! それに、まだ治らないと決まったわけでも無いのに、諦めると言うのは早計に過ぎますわよ!」

 

 お前も来たのか金髪巨乳魔法使い! 相変わらずの奇抜なファッションで、無駄な胸を無駄に放り出しやがって。少年は露骨に顔を顰めて、チッと舌打ちして見せる。

 しかし、今の発言はどういう意味なのだろうか。少年が訝しんでいると、更に部屋の中に来客がありました。

 

「おーう、今度はこっちから来てやったぞ、鈴蘭の! おいおい、何だ泣いておるのか? 虚勢ばっかり張ってる所は変わらんようだなぁ、がっはっはっは!」

「あらあら、これは面白い所に出くわしたようですわね。珍しい生き物の捕獲の依頼を持って来たのですが、それ以上に珍しい物を見る事が出来ましたわ。おーっほほほほ!」

 

 王兄殿と黒百合の魔法使いさんもご登場。部屋の中の貴族度がうなぎのぼりだ、なんだこれ。っていうか、王族が気軽に遊びに来ていいのだろうか。そんな少年の疑問は、もちろんの事黙殺されました。

 

「っ!? そうか、不死鳥の素材があれば……。それならば目途はつくかもしれんな」

「おう、お前さんが以前から悩んでいたからな。今一度、余たちのパーティの復活と行こうではないか!」

「不本意ですが、貴女には借りもありますからね。その代り、作った薬は私の方にも少し融通してもらいますから、そのつもりで」

 

 なんと師匠が乙女モードから、フードを被り直して仕事モードになっていらっしゃる。立ち直りがはやーい! せっかくの愛の告白の場面が、あーもう滅茶苦茶だよ!

 そんな感じで、てんやわんやの少年と師匠の日常は、まだまだ続いて行くようです。

 

 その後。師匠の暮らす国には、とあるおとぎ話が流行った。その内容はこうである。

 

 昔々ある国に、鈴蘭の錬金術師と言う高名な賢者が暮らしておりました。

 彼女は長い寿命と幼い容姿をもって生まれ、その為に迫害されてずっと一人ぼっちで孤独に暮らしていました。完全な人嫌いになった彼女は、様々な功績を立てたと言うのに小さな村に引き籠って自堕落な隠遁生活です。

 

 そんなある日、彼女は一人の子供を拾います。その子はあっと言う間にすくすくと成長し、鈴蘭の錬金術師の弟子となりました。そして、それはそれは幸せそうに、大好きな師匠と一緒に面白おかしい日常を過ごします。

 その弟子は妙に聡い子供であり、あらかじめ理を悟っている様な言動をする奇妙な性格をしていました。それゆえか、彼は悟りの錬金術師と呼ばれ、めきめきと錬金術の腕を上げて行きます。

 弟子の作り出した数々の薬品や魔具は、師匠や周囲の人間を時に助け時に大いに困らせました。でも、師匠も弟子もそんな生活が楽しくて嬉しくて幸せだったのです。

 

 ですが、ある時その弟子が長く生きられない事が分かると、師匠は弟子と仲間を連れて伝説の素材を求めて旅に出てしまいました。全ては、大事な弟子を生きながらえさせる為の、不老長寿の薬を作り出す為に。

 伝説の素材を持つ不死鳥を探す旅は、偉大な師匠をしても困難を極めました。師匠や弟子やその仲間達は、あまりの困難な道行きに疲弊して行きます。そしてある時からぷっつりと、歴史の舞台から姿を消してしまうのでした。

 

 人々は噂しました。不死鳥を見付ける前に力尽きてしまったのではないか。はたまた、不老長寿の薬を作り出した為に国家レベルで隠匿されたのではないか。その当時の世論は、様々なゴシップや陰謀論で加熱したそうです。

 

 はたして師匠は、その薬を完成させる事ができたのか。そして、弟子は生きながらえる事が出来たのか。それは、本人達しか知らない昔々の出来事なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……。

 

「師匠、師匠? 起きてくださいよ師匠!」

「……ん。なんだ、お前か……」

 

 自らの弟子に揺り起こされて、師匠は微睡みの世界から帰って来た。声の方に視線を向ければ、すぐ目の前に黒いローブを纏う黒髪の少女が見える。師匠は机に突っ伏していた状態から体を起こし、伸びをしながら大きく欠伸を一つ零した。

 

「ふわぁ……。ずいぶん懐かしい夢を見たよ……。お前が生まれる前の夢だ。アトリエで眠ったせいかもしれんな」

「もう、夢の話は良いですよ。それよりも早く起きてくれないと、せっかくの朝食が冷めてしまいます」

 

 昔を懐かしんで目を細める師匠は、その弟子にぐいぐいと無遠慮に引っ張られる。まるで孫に催促される様な光景だが、引っ張られているのは引っ張る方とそう変わらないぐらいの少女であった。

 

「おいおい、そんなに急がなくても朝食は逃げんだろう。髪位は整えさせてほしいんだが……」

「そうじゃありません、急がないとお兄様が起こしに来てしまうじゃないですか。……あっ!?」

 

 椅子から無理やり立たされた師匠がぐずるが、弟子の少女は更に焦って急かそうとして来る。だが、そんな少女の焦りも虚しく、危惧していた人物がアトリエに入ってきてしまった。

 

「ひゃっほーう! 師匠、今日も相変わらず可愛らしーい! 朝食の用意はとっくにできてますんで、まずはお目覚めのキッスを……――アバァッ! アババババババッ!! 愛が痺れるぅ!!」

「ああ、遅かった……。もう、二人ともいい加減にしてください!!」

 

 飛び掛かる兄弟子、飛び散る紫電、呆れ返るは妹弟子。

 今日も、弟子君と師匠は元気です。

 

 

 おわりじゃないけどおわり。




はい、一応の最終話でございました。
一応と言うのは、この作品は日常物なのでやろうと思えばサザエさんみたいに続けられるからですね。
またネタが浮かんだらちまちまと話数を増やすかもしれません。
ですが、とりあえず毎日投稿するのはこれまでと言う事で、一応の完結と相成りました。

ここまで感想や評価で応援して下さった皆様、感謝してもし足りない程感謝感激しております。
凄く励まされましたし、凄く嬉しかったです。誤字の指摘も大変助かっておりました。

私の書いた師匠や弟子君達は可愛かったでしょうか?
この話も気に入って頂ければ幸いです。

では最後に一言。
こんな小説にホイホイされちゃって、このロリコンどもめ!!
ありがとうございました!!


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番外編
番外編その壱(第三十九話)


最終回の後に話数を増やしてはいけないというルールは無い!
気がする。もしあったとしたら、その時は潔く開き直る所存です。


 これは、まだ少年が赤子だったころの話。森の中で拾って来た赤子を、生活力皆無の師匠がどうやって育てられたのか、その秘密を公開しようと思う。

 

「子供なんて、餌をやってれば勝手に育つんじゃなかったのか……」

「犬猫じゃあるまいし、そんな認識で子育てしようなんて十年早いわよ」

 

 開幕とんでもない事を言うのは我らの師匠。ベビーベッドを錬成して、その中に拾った赤子を寝かせて覗き込んでおります。ベッドの高さは師匠の身長に合わせてあり、とんでもなく低くなっているのでご安心を。

 

「くっ、こんなに面倒臭いと分かっていたら拾ってこなかったのに……」

「はっはっはっ、何事も経験さね。まあ、あたしは二人も育ててるんだ。三人目だって似たようなもんさ」

 

 止めてください、話が終わってしまいます。面倒臭そうに顔を顰める師匠の肩をバシバシしばいているのは、週に一度家の清掃を任されているハウスキーパーの女性であった。後に少年が振り回される事になる、姦し姉妹の母親である。師匠と並ぶと縦も横も幅広で、まさに肝っ玉かーちゃんと言うべき貫禄があった。師匠が小さすぎるとも言う。

 

「私には子育ての経験など皆無だから、今回ばかりは非常に頼りにしている。その分、給金は弾む」

「ははっ、もらえるもんはありがたく貰っておこうかね。うちにも育ち盛りが二人居るからねぇ」

 

 豪快に笑う女性に対して、師匠の方はフードを目深に被って終始押され気味。頼ってはいるが、彼女は師匠にとって苦手な部類の人間であった。ぐいぐい来るタイプは扱いに困ってしまう。

 

「先生でもヤギの乳を温めるぐらいは出来るだろう? さあさ、覚える事はまだまだたくさんあるんだ、シャキシャキ行くからねぇ!」

「あ、ああ……、お手柔らかに頼む……。必要な道具があるなら幾らでも錬金で作り出せるから、その点は任せておいてくれ」

 

 と、まあ、張り切って挑んだ二人ではあったが、ご存知の通り二人が世話をしているのは中身が二十七歳の乳幼児なのだ。生まれた時から拾ってくれた師匠に一目ぼれしている程度には知能があるこの赤子は、他の乳幼児とは一味も二味も違うのだった。

 

「ずいぶんとまあ、手間のかからない赤ん坊だねぇこの子は。ちっとも泣かないし、おしめの取り換えも教えてくれるし。とんでも無い子だねぇ、こりゃあ」

「こ、これで手間がかからない方なのか? 普通はこれ以上の労力が掛かる物なのか……。恐ろしい生き物だな、赤子と言う物は」

 

 何よりこの赤子はまず、むやみに泣かない。腹が減ったら口元を指差す。オムツ交換はオムツを指差すと言った、至れり尽くせりの協力体制だ。子育てに苦労していたかーちゃんには、まるで拍子抜けと言う物である。

 最も、師匠にとってはそれでも今までした事の無い、ミルクの準備やオムツ交換などの作業はかなりの苦難であったようだが。

 

「ふう……、悪臭や汚物にはそれなりに耐性があると思っていたのだが……。生々しさというか……、これは一段ときつい物だな」

「何言ってるんだい、この子が生きている証なんだよ。生きて元気にしていれば、汚れものが出るのは当り前さね」

 

 流石の貫禄。おかーちゃんは師匠相手でも、ズイズイと自分の意見を押し込んで来る。だが、師匠の方はそれに押されながらも、声を掛けられるのには満更でもない様子だ。自分自身を否定せずに受け入れてくれる人間は、師匠にとってはありがたい物だから。

 

「生きている証……、か。確かにな。生きていてくれないと、困るさ」

 

 元より、生きていてこそ使い道があると言う物。フードの奥で口元だけを歪めているお師匠様は、くっくっくっと邪悪に笑う。昔もこの先も変わらない、師匠の悪役ムーブである。

 しかし、そんなものは肝っ玉かーちゃんには通用しない。

 

「あー、そうそう。そんな風に顔を隠してるのもダメだよ。赤ん坊ってのは、親の顔を見て安心するもんなんだからね。ちゃんと顔も出して、話しかける時はちゃんと優しい言葉で。何時もみたいに偉ぶってたら、赤ん坊が懐いちゃくれないよ!」

「ちょっ、まっ!? 勝手にフードを取るな! わ、私のアイデンティティーだぞ!」

 

 無理矢理フードを下ろさせると、その中からは緑がかった銀髪が現れる。一本の太い三つ編みに結われて、後ろから見るとまるで海老の尻尾の様だ。

 唐突に顕わになった師匠の美しい髪に、将来の少年たる赤子は大喜び。キャッキャッと笑って、無邪気に海老に向かって手を伸ばす。幼女を寄越せと、無邪気な顔の裏にどす黒い欲望を滾らせている。

 

「ほらほら、やっぱりこの子も先生の素顔が好きなんだよ。せっかくなんだから、しっかり抱いて話しかけてあげなきゃ。ほらほら! ほらほらほら!」

「ちょっ、ちょっ、おおっ!? 投げるな!? い、意外とおもっ!? は、話しかけるって言ったって、一体何を言えばいいのか分からんぞ!?」

「何だって良いんだよ、そんなもんは! いいかい、優しくだよ! せいいっぱい優しくしてあげな!」

 

 段々テンションが上がって、かーちゃんはどこぞの暴走娘みたいになってきた。やはり、血は争えないと言う事なのだろう。そんな彼女に背中を押されて、師匠も流石に引けなくなったようだ。

 すーっと一度大きく息を吸ってから、はーっと長く吐き出して心を切り替える。

 

「ん……、こほん。あー……、坊や……。いい子ね、沢山眠って早く大きくなるのよ……」

 

 口調を変えながら出来るだけ優しい声色で語り掛け、抱き上げる赤子を腕の中でそっと撫でる。それは、自らがされたかった事の投影なのかもしれない。親の愛と言う物に餓えていた、師匠自身のあこがれの姿。

 腕の中の赤子は、なんて言うかもう尊死寸前になっていた。満ち足りた笑顔で、ふわぁっと逝ってしまいそうだ。

 

「お、おい。なんかうっとりした顔でふにゃふにゃになったぞ。く、薬か? 薬飲ませた方が良いのか!?」

「おんやまあ、こんな坊やまで骨抜きしちまうとは、先生も罪なお人だねぇ」

「そ、そう言う話なのか!? いやまて、おかしくないか? 乳幼児だぞ!?」

 

 あながち間違っていないから厄介でございます。かーちゃんは冗談で言ったのかも知れないが、赤子の方はもう師匠の魅力で第二の人生が終わりそうです。

 そんなこんなで、ドタバタした子育てはまだまだ始まったばかり。師匠の奮闘はこれからも続いて行きます。

 

 ちなみに、この後赤子に対して実際に様々な薬品が使用されたのだが、これは言うまでも無い既定の事項である。

 




次の話に詰まったのでむしゃくしゃして投下した。
今は反芻している。

日付間違えて夜中に投下しちゃったヤッベ。
まあいいか。


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番外編その弐(第四十話)

性懲りもなく投下。
最終話に出番の無かった二人のお話です。


 突然だが、少年は縛られていた。師匠の家の花壇のある庭の程中で、植物の蔦の様な物に絡まれて立ち往生しているのだ。

 

「い、痛い。どうして俺こんな事になっているんですか? SMプレイはちょっと、事務所的にNGなんですけど? あ、痛い痛いイタタタタタ!」

 

 少年は地面から生えて来た蔦に縫い止められて、身動きどころか鼻の頭を掻く事すらできない。雁字搦めになった体に、みっちりと蔦が食い込んで痛いのなんのって泣く程です。えーんえーん。

 そして、そんな事をしでかしているのは、少年が品種改良して作り上げたアルラウネの植物少女である。キシャーってなばかりに、敵意をむき出しにして何だか怒っている様子でございました。

 

「どうしてだ!? 僕達が争い合う必要性なんて皆無じゃないか! それがまるで出番を忘れられた事に激怒するかのようなこの仕打ち、いかがなものかと思いますね! アウチ! まって、蔓の鞭はやめて! アヒィ、何かに目覚めちゃうからぁ!!」

 

 ヨツンヴァイではりつけにされた少年のケツ目がけて、バッチンバッチン蔓がしなって少年に襲い掛かる。ああ、だが鋭い痛みの後にやってくる、この不思議な感覚は何だろうか。じんわりと広がる甘い感覚に、ポッと少年の頬が桜色に染まるのであった。

 このままじゃ、幼馴染姉妹の妹の方みたいになっちゃう! なお、妹の方はこの所の風評被害につきましては、大変遺憾であるとの意志を示しております。

 

「一体何をしていらっしゃるんですか……。こんな日も高いうちから……」

「『復讐のアルラウネ <忘れ去られた植物少女の大逆襲>』ゴッコ」

「何て言うかもう、突飛過ぎてツッコミが追い付きませんね……」

 

 不意に掛けられた声に反応して、少年は顔を真顔に戻してあっさりと白状する。先程まで鞭を振るっていた植物少女も、少年の言葉に賛同するかのようにコクコクと頷いていた。それと同時に拘束していた体もあっさりと解放して、絡み付いていた蔦はシュルシュルと植物少女の体に収まってしまう。なんと言う事は無い、要するに暇つぶしをしていたのである。

 

 さて、そんな爛れた遊びをしていた少年と植物少女に声を掛けて来たのは、だれあろう普段は教会から離れない仮面司祭であった。今日も特徴的な六椀が、逞しくカソックを盛り上げている。今はまだ貧弱一般人なボーヤに過ぎない少年にとっては、その逞しさは憧れてしまう物があった。筋肉、筋肉~!

 

 はてさて、そんな仮面司祭が一体全体、どうして師匠の家まで来たと言うのだろうか。解らない事は聞いてみるのが吉であろう。

 

「実はですね、祭りに使う予定の花達の収穫を無事に終える事が出来まして。その報告をと思い、こちらに足を運んだ次第です。幾日もの間のご協力、本当にありがとうございました」

 

 そう言ってぺこりと仮面を被った頭を下げて来る司祭。でっかい体なのに、とても丁寧で落ち着きのあるこの仮面司祭は、その性格ゆえかとても遠慮がちなのである。収獲も言ってくれれば手伝ったのにと、少年はいささか水臭く感じたのであった。

 一つ補足すると、収穫された花達は収納用の魔具に入れられて祭りの当日まで保存されるらしい。魔法のある世界は、えてして前世の世界よりも便利だったりするのが面白い所だ。

 

「礼は俺よりも、おねーちゃんに言ってやってほしいな。一から十まで、あの花壇の作成と世話に尽力したのはあっちの方なんだからさ。俺は手伝っただけじゃんよ」

「ええ、彼女にはもう既に、お礼は言って来てあるんですよ。彼女もまた、貴方の方こそ礼を言われるべきだとおっしゃっていました。お二人はどうやら、色々な意味で仲良しなのですね。いやー、お熱いことで! カーッカッカッカッ!」

 

 少年が、自分は大した事はしていないと言えば、例の奇妙な笑い方で仮面司祭は豪快に笑う。幼馴染同士で似たようなことを言っているとは、何とも面はゆい物だ。

 

「おっと、愉快になって忘れてしまう所でした。実は報告のほかに、折り入ってご相談したい事がありまして……」

 

 そして漸く話は本題に入る。ここまで長い回り道をしたものだ。いつも苦労をおかけしています。

 仮面司祭の相談事と言うのは、他でもない収獲が終わった後の花壇についての事であった。せっかく立派に作り上げた花壇を再利用すべく、新たに家庭菜園として活用しようとしたところまでは良かったのだが。そこで一つ問題が起きてしまったのだと言う。

 

「はあ、害鳥被害ねぇ。それを何とかする道具か薬が欲しいわけだ」

「はい、植えたばかりの苗木だと言うのに狙われてしまって。とは言え、あくまでも聖職の身で無益な殺生をする訳にも行かず、何とかお知恵を拝借したい所なのですが……」

 

 頼られるのは嬉しいのだが、少年は思わずうーんと唸ってしまった。確かに飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している少年ではあるが、ハイわかりましたと太鼓判を押せるような実力はまだまだ実ってはいないのが現状だ。そんな、青い狸型ロボットでもあるまいし、ポンポンと都合の良い道具が出る訳では無いのである。

 

 と、そんな二人の相談事を他所に、植物少女は我関せずと空を眺めていた。そして、頭上を通りかかった小鳥目がけて、蔓の鞭をシュパっと伸ばして捕まえてしまう。後に残るのは数枚の散った羽毛と、笑顔でモグモグと口を動かす植物少女ばかりなり。

 それを見た少年と仮面の司祭は、顔を見合わせてうんと同時に頷き合う。

 

「道具は無いけど、良い用心棒なら知ってるよ。知り立てほやほやのお得情報さ。多分、下手な魔具に頼るよりも効果的だと思われます。お買い得ですよ?」

「確かに無益な殺生ではないようですね。しかし、彼女を村の中で雇うと言うのは、色々と問題がありそうなのですが」

 

 植物少女を花壇の守り手として雇うには、現状で無視できない問題が三つある。

 

 一つは魔物が村の中を自由に行動しても良いのかと言う事だが、これに関しては少年がその安全性を保障すると言う事で保留となった。品種改良の結果、今の彼女は少年にしか興味が無い特異生物と化している。その少年が言い聞かせる事により、襲って良いのは少年だけと言う奇妙な約束が交わされているのだ。

 

 ちなみにこれを破ると、少年による師匠仕込みの凄まじいお仕置きがあると言い含めてあるので、植物少女は義理堅く守っていた。それだからこそ、少年は心から彼女の事を送り出す事が出来ると考えていた。

 だって、幼女に合法的にお仕置きできるんですよ! ヤッター!! でも、未だに破られていないのでまったくお仕置きは出来ていません! ヤダー!!

 

 第二の問題として、彼女は鉢植えに生えているので自律移動が出来ない。師匠の家から教会までを、毎日送り迎えするのは中々に手間である。

 

「という訳で、こんなこともあろうかと、作っておいたのがこちらです」

「悪魔で司祭である私が言うのもなんですが、錬金術って本当に何でもありなんですね」

 

 『あると便利』が実現するのが錬金術。都合の良い道具がポンポン出る訳が無いと言ったな。あれは嘘だ。

 

 そんな訳で少年が取り出したのは、赤い紐で括られた白い色のホイッスルであった。一見何の変哲もないそれは、ピピーっと一つ吹き鳴らせばたちまち効果が表れる。

 音に導かれ姿を現したのはマンドラゴラ達。ボコボコボコっと花壇の土を跳ね上げて、植えられていた邪悪な顔の人型人参が飛び出してくる。そして、第二の笛の音で彼らは一斉に動きだし、植物少女の植わる鉢植えをエイヤエイヤと担ぎ上げた。

 これこそがこの笛の力。笛の音でマンドラゴラを操ると言う、まったく新しいオリジナリティあふれる機能なのである。何処かで見た事があるだって? キノセイジャナイカナー、シラナイナー。

 

「この邪悪な顔のピク――ごほんごほん、マンドラゴラ達が植木鉢を運搬してくれるのでございます。という訳で、これはお前のな。ちょっと使ってみてくれよ」

 

 少年はそう言うと、植物少女の正面から手を回して笛を括る紐を首から掛けさせてやる。少女の方は最初こそその赤い目をぱちくりさせていたが、恐る恐る笛に触れるとそれが少年からのプレゼントだと気が付いてキャッキャッとはしゃぎ始めた。

 ピッピピーっと早速口に咥えて吹き鳴らせば、笛の音に合わせてマンドラゴラ達が植木鉢ごと植物少女を運ぶ。それだけでは無く、音の強弱や音色によって整列や運搬場所の指定までこなしていた。この幼女、すでに使いこなしている。

 

「でまあ、後は肝心の本人のやる気なんだけど。どうかな、お前も村に馴染む為の第一歩として、教会の畑を守ってみないか?」

 

 最後の三つ目の問題点は、植物少女自身の意思の確認であった。しかし、少年としては自分で推薦しておいてなんだが、強制する様な事はしたくは無いと思っている。だからこその確認。だからこその、しゃがみ込んで視線を合わせながらの対話であった。

 

 それに対して、植物少女は手に持った笛と少年を交互に見つめ、暫し逡巡した後にコクリと頷いて見せる。それは、少年が育てた魔物の少女の、自分の意思での人類との歩み寄りの第一歩……。

 おお、なんと言う麗しき感動の物語――などと言う事は全く無く、少年はこの後植物少女にみっちりと対価を求められた。

 

「激しい交渉の末にこの子の報酬は、魔力を込めながらの撫で撫でスキンシップ等を増量するって事で手打ちとなりました」

「あ、あの……教会からももちろん、日当としてお手当を出しますからね? 作物が実ったら御裾分けもしますから、その……あまり自分を安売りする様な事は……。いえ、ありがとうございますと言うべきですね。重ね重ねのご温情、非常に助かります」

 

 ちなみに交渉は全て、言葉を介さぬボディランゲージで行われました。言葉なんてなくったって、解り合えるって素敵ですね!

 

 結局は話を持ち掛けた仮面司祭が罪悪感で恐縮する羽目になったが、最終的には悪くない結果になったので良しとしよう。少年はそう思いつつ、手付代わりにと齧られて歯型のついた頬を擦っていた。幼女に甘噛みされるとかご褒美かな?

 

 そんなこんなで、植物少女は畑の護衛の為に定期的に教会へ通う事となった。師匠の家の庭しか知らない彼女の世界が、これによって広がる事を少年は非常に良い事だと思う。見識が広がれば、それだけ成長の度合いが広がると言う物である。知識欲に貪欲な少年にとっては、羨ましくも思える境遇なのだ。

 未知なる世界が既知になる。ああ、それは素晴らしい事に違いない。

 

 なお、行動範囲が広がった植物少女が村の中で様々な悪戯をするようになって、その責任が全て少年に向かって来る事になるのだが、それはまた別のお話である。

 今はただ、自分の育てた娘を見守る父の様な心づもりで、少年はうんうんと感慨深く頷くのであった。

 




実は最終話に二人が出て来なかったのは教会に行っていたからなんですよ!!
って言う事になりました!!

ちょっと書くのに時間を掛けたために中身が不安定になりましたが、楽しんでいただければ幸いです。


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番外編その参(第四十一話)

思いついたのを即興で書きました。


 とある日。師匠の家に一通の手紙が届いた。そしてそれを手にして、黒ローブ姿の少年がどたどたと家の中を駆ける。そしてアトリエの中に飛び込むと、開口一番に元気に報告を開始するのだ。

 

「シッショー! 手紙が届いてますよー。なんかめっちゃ高級そうな高級紙で、封蝋がしてあるから大事そうな用件なんじゃないですかー?」

「手紙だと……? 差出人は誰になっている?」

 

 それに対応するのは幼い容姿の白フード。ご存知の方もそうでない方も、知って居て欲しい師匠その人である。

 

「差出人は……、ああ黒百合の魔法使いさんですね。師匠のライバルの若奥様」

「あれは若作りと言うのだ、覚えておけ。そうか奴からの手紙か……」

 

 物憂げな表情になった師匠にハイと手紙を受け渡す少年。受け取った師匠は中身を取り出すのかと思えば、次の瞬間には指輪型の魔具を発動させて手紙に火を放っていた。

 

「ほぎゃああああああああっ!!!??? なんばしよっとね、シッショー!!」

「何って、読まずに焼いただけだが? どうせつまらん内容だろう、読む価値もありゃぁしないさ」

 

 黒百合さんからお手紙着いたら、鈴蘭さんたら読まずに焼いたという訳である。少年が驚いている間にも、手紙は師匠の指先でメラメラと燃えて行く。最後には師匠がペイっと投げ捨て、手紙は空中で燃え尽きてしまった。

 

「あーあー、なんて事を……。師匠、幾ら可愛いからって、やって良い事と悪い事があるんですよ?」

「か、可愛いとか言うな! とにかく、アイツの手紙は別に焼いてしまっていい物なんだ。お前も、もう気にする必要は無いからな」

 

 ええーっとげんなりする少年だが、師匠の方はもうプイっと顔を背けて先程までしていた錬金作業に戻ってしまう。こうなった師匠は、何を言っても話を聞いてはくれないだろうと少年は判断した。

 仕方がないので、その後の少年の行動は一つだ。便箋と万年筆を用意して、自分の部屋に戻る。手紙の内容は、時節の挨拶やら何やらを書いてはいたが、要約すれば一言に尽きた。

 さっきの手紙の、ご用事は何でしょうか。

 

 

 それから暫くして、王都にある黒百合の魔法使いの住むお屋敷に一通の手紙が届けられた。それを彼女の私室に運んで来たのは、家令の者では無く孫娘でもあり弟子でもある魔法使いの娘である。

 

「お婆様。鈴蘭の錬金術師様からお婆様に当てて、お手紙が届いていますわ」

「あらまあ、珍しい事もある物ですね。あの偏屈がわざわざ手紙の返事を書いて寄越すなんて……」

 

 若奥様風の要望を持つ豊満な胸の落ち着いた美人が黒百合の師匠であり、その弟子もまた金糸の様な髪を長くのばしその胸は豊満であった。二人とも今は、屋敷の風貌にふさわしいシックなドレスを部屋着として着こなしている。

 

「あら、この宛名の字は……。なるほど、そう言う事ですか……」

「お婆様、宛名がどうかしましたの?」

 

 疑問符を浮かべて手紙に興味を示す孫娘を手で制して、黒百合の魔法使いはその手の中の手紙をピンっと弾いて飛ばす。そして、次の瞬間には宙を舞う手紙は、彼女の指先から放たれた炎の魔法で瞬時に燃え尽きてしまった。

 

「まあ!? お婆様、せっかくのお手紙を焼いてしまうなんて!?」

「良いのですよ。元々返事が来るはずの無い手紙なのですから、たまには仕返しをしてやるのも良い事なのです」

 

 師匠の方はニコニコと笑顔で納得していたが、弟子の方はどういう事なのかさっぱりである。尊敬する祖母であり師匠でもある彼女の事なので、まったく意味の無い行動などしない筈ではあるが納得出来るかと言えばいなであった。

 仕方がないので、魔法使いの娘は便箋と羽根ペンを用意して、こっそりと返信の手紙を用意する。少年以上に丁寧な時節の挨拶と近況の報告を認めつつ、最終的には手紙の内容はこの一言に尽きるのだ。

 さっきの手紙の、ご用事は何だったのでございましょう。

 

 

 この歪な手紙のやり取りはその後しばらく続き、何通もの手紙が読まれる事なく焼かれる事となった。それが解消されたのは、弟子同士が対決の為に直接会った時に、お互いが罪悪感に苛まれて謝り合った時だ。

 その後、弟子君と魔法使いの娘は時折手紙を出し合うペンフレンドになりました。

 




二時間ほどで書いたので、誤字があったら申し訳ありません。
こっちは本当に書きやすい作品だったんだなぁと痛感しますね。


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