恐るべきトレーナー計画 (水混汁)
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覚醒

新作の発売もあり、創作意欲が湧いたので投稿いたしました。
話数はそこまでありません。

また作者のポケモン歴は狭いです。
ゲーム:“ファイアレッド”“エメラルド”“パール”“プラチナ”
アニメ:“AG”から“DP”の途中まで
書籍類:“穴久保作品『D・P編』”のみ

故にキャラの性格や発言が違う場合がございます。
教えて頂ければ可能な限り修正いたします。


 そこは海。

 生命を育む大海原は今、夜の帳が下りていた。

 輝く星々が照らす中、一隻の中型クルーザーが明かりも点けずに海を駆けていた。

 その中、操舵室では1つの人影が操舵席に座っていた。

 それは年端も行かぬ少年だ。

 そんな少年の姿は一般的という言葉から程遠い。

 黒のトップスとパンツを身に纏い、手と足は灰色のグローブとブーツが覆う。

 頭にはこれまた黒のキャップを被り、その下から覗く赤い瞳には強い意志が秘められていた。

 そして胸にはトレードマークなのか真っ赤な“R”という文字が星の光に煌めいていた。

「そろそろ定時連絡の時間か」

 そう、少年が呟くと見計らったかのように固定電話が音を立てる。

 少年は慌てることなく受話器を取る。

『もうすぐ作戦領域へと侵入する。準備はいいな?』

「はい、問題ありませんハンパ博士。いつでも行けます」

『“ナンバ”である! ……まぁ良い。今作戦の貢献度によって、今後の貴様等の立場を決定づける事、努々忘れるなよ』

 最後に脅すような一言を放つと、プツ、と音を立てて電話が切られる。

「いつにも増してしつこいヤツだ。……だが前例がある分、慎重にはなるか」

 以前、資料庫で過去の作戦を調べた時に知った。

 本来ならば厳重に管理されるべき機密資料ではある。

 が、他に収容されている資料も似たり寄ったりな内容なので、あの資料庫は特殊な場所であったようだ。

「だが、俺達は同じ轍は踏まんぞ。必ず成り上がって自由を掴んでみせる」

 気合を入れる少年の後ろから新たな人影が現れる。

「リーダー、今から力んでいたら本番でバテちゃうわよ?」

 それは少年と変わらない年齢の少女だ。

 少年と同様の黒尽くめの格好をしていた。

「……ブルー、俺は作戦開始まで船室で休むように言った筈だが?」

 少女、ブルーは名前の通りの青い瞳を少年に向ける。

「えぇ、そのつもりだったわ。けれど、私達のリーダーは緊張しいだからね。イエローも心配していたし作戦前に緊張を解してあげようかと思って」

 どこかおどけた様に話すブルーに少年は眉を顰める。

 指示を無視した事ではなく、彼女の言う通り多少の緊張があったのだから。

 だからといって、リーダーという立場上、公言はできないが。

「緊張などしていない。それに俺よりも後輩に気を掛けてやれ。ツルギやシールは俺達と違って今回が初任務になるんだぞ」

「そっちはグリーンとリーフに任せてあるし、他の子たちも居るから大丈夫よ」

 呆気らかんと言い放つブルーに彼女がここを離れる気が無い事を察した。

「そんな調子で大丈夫か? 作戦はしっかりと頭に入っているんだろうな?」

「もぅ、心配性なんだから。大丈夫よ、今回の作戦はサント・アンヌ号に集まった博士達の誘拐でしょ。研究成果の発表とフィールドワークを兼ねた世界一周イベントだかなんだか知らないけれど、お偉いさん達が一箇所に集まる又と無い機会よね」

「そうだ。そして俺達は本隊の行動を有利にするための奇襲と陽動を任されているんだ。作戦の明暗を別ける重要な部隊と言っても過言ではない」

 作戦を再確認し、その重要性について語るが、ブルーは半目でため息を吐く。

「その結果がこんなオンボロ船での単騎突撃なんでしょうが。それに私達以外にも分隊が居るみたいだしね。……ホントのトコロ、私達は陽動用の捨て駒じゃないの。我らが組織に弱者は不要。私達の価値はその血肉だけだもんね」

「そんな事は無い!」

 ブルーの言葉を否定するように声を荒げる。

「俺達は俺達だ。オリジナルは関係ない。俺達の価値はそこに無い事を証明するんだ。そうじゃなければ俺達は――」

「ああ、もう! 落ち着きなさいっての!」

 言葉が遮られる。

 続く言葉は柔らかいものに遮られて形にならない。

 離れようにも後頭部に抑えられた両手のおかげで身動きがとれない。

「アンタがそうやって私達のために頑張っているのは皆知ってる。だけど、アンタが追い詰められるのは誰一人として望んじゃいないのよ。私達はこの世界で唯一の仲間でしょ。全部抱えずに私達にも分けなさいよ」

 ブルーの胸に抱かれた少年は落ち着いたのかその身動きを止める。

「だからね、そんな強がらなくてもいいのよ……レッド」

 それは少年の名。

 仲間の誰よりも矢面に立って傷付く少年の名前だ。

「苦しい時は苦しいって言いなさいよ。ねぇ、レッド。あれ、聞いてる? ……あ」

 返事が無い事に確認すれば、彼は自身の胸の中で白目を剥いていた。

 やっべ、と内心焦っていると、自然と息を吹き返した。

「――ぷはぁ! 死ぬかと思ったぞ! 苦しいってタップしてるんだから気づけや!」

「いやぁ、ゴメーンね?」

 てへぺろ、と可愛さをアピールするが、窒息した身として勘弁してくれとしか思えない。

「……でもまぁ、ありがとな」

 酸欠で多少クラクラするが、緊張は欠片も無くなっていた。

 それに苦しくはあったが聞こえなかったわけではない。

 一連の流れから素直に礼を言うのは癪だったので、礼は小声で返すが。

「んふふふ、どーいたしまして」

 バッチリ聞かれていた。

「さて、そろそろ作戦領域に入る。ブルー、お前は皆に出撃の準備を。俺は襲撃待機地点まで船を動かす」

「了解よ、リーダー。……あれ?」

「ん?」

 自分の指示でブルーが操舵室を出ようとして2人は異変に気付く。

「なんだ? 空が明るく……っ」

 見上げて言葉を失くす。

 それは光だった。

 それは雨だった。

 一瞬、真昼と勘違いする程の光が雨の如く、船へと降り注ぐ光景。

「な、何かに捕まれ!」

 船が揺れていたのは僅かだったのだろうが、体感としてはとても長く感じた。

 少なくとも攪拌機の中はこういう感じなのだろう。

 計器類のどこかに腰を打ったようだ、若くして腰痛持ちにはなりたくないんだが。

 近くの椅子を掴んで立ち上がる。

 固定されていて良かった。

「痛たたた。なんで【さばきのつぶて】が降って来るんだよチクショウ。アルセウスに何かした覚えは無いんだが……ん、アルセウス(・・・・・)?」

 そんなポケモンなんて知らない。

 いや、それ以前にそれはポケモンなのか。

「3値? めざパ調整? 廃人ロード? 何だコレ、俺はこんなの知らない……っ」

 頭の中に次々と浮かぶ単語やポケモンの姿。

 聞いた事も見たことも無いそれらを何故か理解できてしまう。

「そ、それよりも、ブルーは大丈夫なのか……?」

 見渡せば蹲るブルーが見える。

 だがそれは痛みによるものではなさそうだ。

「色違い性格一致6V……わ、割る……卵を……」

 悪夢を見ているようだ。

 色違いの6Vで性格一致など兆を超える試行回数になるぞ。

「ってそうじゃない! この知識は一体――っ」

 そして目が覚めた。




次話は朝8時頃投稿予定です。

ポケモン新作、楽しみです。


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仲間

ルビーの髪色が間違っていたので修正しています。


「参ったなこれは」

 一体どれだけ呆けていたのだろう。

 気付けば荒れた波は凪ぎ、外は静けさを取り戻していた。

「憑依……いや、転生になるのかこれは」

 頭に浮かぶ数々の知識、それは元から頭の中にあったものだった。

 種族値、個体値、努力値の3値に基礎ポイントの上限。

 まるでゲームというか、ゲームから仕入れた情報なのだから仕方ない。

 そんな知識が封じられていた理由は簡単だ。

「おのれロケット団! 薬物と【さいみんじゅつ】による洗脳とかガッチガチで草も枯れるわ。組織への反抗心を封じて忠誠心を植えつけるとか、なんたる外道」

 レッドは激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐のロケット団を除かなければならぬと決意した。

「というか転生先がサートシくんのクローンでゲーム版レッドになったのに赤目って……なんだかんだで結局パチモンじゃねぇか」

「ポケモンだけに?」

「あんまり上手くないぞ。てか大丈夫なのか?」

 声の方に顔を向ければブルーが立っていた。

 顔色はまだ少し悪いが、しっかりと2本の足で立っていた。

「……うん、なんとかね。けれど転生なんて創作の中だけかと思っていたわ」

「そこは同意する。しかしなんとまぁ……」

 前世の記憶。

 何十年もの積み重ねがあるそれは、今の自分に大した影響を与えるものではなかった。

 どちらかと言えば、原因不明だったもどかしさが解消されてスッキリした。

「前世を思い出したというより、洗脳のせいで封じられていたってことか。ま、何の因果かこうして正気に戻った今、洗脳も解けたわけだが……解けたのは俺とブルーだけ、とは考えられんな」

「そうね。船室は今頃大騒ぎじゃない?」

 根拠は無いが確信はあった。

 船室の仲間達も今頃大騒ぎだろう。

「うーん。どうしよう、行きたくないんだが」

 彼らの性格を知る身としては面倒臭い事になっているのが想像できる。

「諦めなさい。仲間を纏めるのはリーダーとしての役割よ。私はここで周囲の警戒をしているから安心して行ってらっしゃいな」

「おう、なんか良い感じな事を言って自分だけ難を逃れようたぁ良い度胸だ。それに免じて同行の権利をくれてやる」

 そ知らぬ顔をして操舵席に向かおうとしたので襟首を掴んで引き摺る。

「巻き込まれるのは嫌ぁー! 私は対岸の火事を見て笑っていたいタイプなのぉー!」

「へへっ、俺達はこの世界で唯一の仲間なんだ。苦楽は共にしようぜ?」

 船室は操舵席の直ぐ後ろの扉で繋がっている。

 だが、扉一つ隔てた向こう側から異様な雰囲気が漂う。

 とはいえ、放って置くわけにはいかない。

 意を決して扉を開ける。

「お前達! だいじょう、ぶ、か……」

 大して広くも無い船内の中、一人の少年が祀り上げられていた。

 キャップの下から飛び出た一房の前髪と目に掛けたゴーグルが目立つ少年だ。

 その周りに平伏す少年少女達。

 そして彼らから一歩離れた場所で、冷めた目をしている数名の少年少女が居た。

「一体全体どういう状況なんだこれは」

「ああ、やっと来たかレッド」

 その声の持ち主は緑の瞳を持つ少年だ。

 彼は扉の傍で腕を組んで立っていた。

「グリーン、こうなった経緯を教えてくれ。俺には新興カルトの集会にしか見えないんだ」

 気が付けばどこかから太鼓を持ってきてドコドコ始める始末。

 そんなのこの船のどこにあったんだ。

「簡単だ。アイツの特異な能力によるものだ」

「ゴールドの? 何か超能力でも使えるのか?」

 驚いた、今までそんな素振りはまったく無かったからだ。

「超能力といえば超能力だな」

「もったいぶらずに教えてくれ」

 時間に余裕は有れど、有限なのには違いないのだから。

「簡単だ。アイツが卵から孵したポケモンは必ず個体値が6Vになる」

「ちょっと入信してくるわ」

「幾ら寄付すれば御利益が貰えるのかしら?」

「お前らまで壊れたら収集が付かなくなるから止めろ」

 割と冗談抜きのガチトーンだったので仕方なく場を収めに掛る。

「ハイハイ。盛り上がるのは結構だが、緊急会議を始めるぞ廃人共」

 手を叩いて注目を集める。

 柄ではないが、いつの間にかそういう役目になっていた。

「とりあえず、状況の再確認といこうか」

 

          ○

 

「はぁ、ポケモン世界なのはともかく、アニメを主軸にゲームが混ざった世界かぁ」

 仲間達からの情報を整理するとそういう事になる。

 ロケット団の資料庫に見慣れた名前を何度も見かけたのは間違いじゃなかった。

 そしてやっぱりと言うべきか、全員転生者であった。

 頭が痛くなってきた。

「まぁまぁ、穴久保世界やポケダン世界よりはマシじゃない」

 ブルーが慰めてくれるが、状況はどう考えても悪い。

「それはそうだが、現状で抱えてる問題が面倒過ぎる」

 まずは自分達の存在だ。

 自分達に親兄弟というものは居ない。

 元から存在していないのだ。

「“恐るべきトレーナー計画”だったか? 優秀な配下を量産する為に全地方各地の優秀なトレーナーをクローニングする計画。まさかサートシ君を始め、各シリーズの主人公とライバルをクローニングするとはなぁ」

 自身たるレッドとグリーンなんてその最たるものだ。

 アニメ『ポケットモンスター』の主人公とライバルはゲームボーイ用ソフト、初代『ポケットモンスター赤・緑』の主人公とライバルがモチーフなのだから。

 『レッド』と『グリーン』、そしてアニメ主人公たる『サトシ』とそのライバル『シゲル』。

 それらはゲームでの主人公とライバルのデフォルトネームの一つなのだ。

「つまりは世界を救った主人公(オリジナル)達が今この時も生きているって事。そして私達は彼らのクローンで悪の秘密組織ロケット団の配下。物書きからすれば勧善懲悪の相手に丁度いいわよね」

 遠い目をするブルー。

 確かに、オリジナルとの差異による葛藤、クローン故の悲劇は創作に使うには格好のネタだ。

「私……いや、一人称は“ボク”の方が良いかな? ボク達には悪事を働く気は無いけれど、向こうからすれば自分と同じ顔をした人間が居るってだけで気になるよね」

 新たに声を上げたのはロングの金髪をポニーテールに纏めた少女だ。

「それにボク達って、ただのクローンじゃなくて『ポケットモンスター☆SPECIAL』の登場人物の姿と能力を持っているのも問題だよね。ボクの“癒す者”の特殊能力が実際に使える以上、ゴールドの“孵す者”も実際に効果があると思うし、この事が世間に知られたら大事になっちゃうよ」

「確かに性格は固定されるとはいえ、個体値最大の6Vを確定で孵せるっていうのは現実になった今だとヤバイなんてものじゃないな」

 この世界では、ポケモン同士を戦わせる“ポケモンバトル”が一般的コミュニケーションレベルで生活に浸透している。

 老若男女のほぼ全員がポケモンを持ち、遊びのレベルから金銭や地位が絡むレベルで“ポケモンバトル”が行われている。

 そして“バトル”と言うからには誰もが勝利を求める。

 なら勝利するために必要な要素は?

 鍛え上げた技、積み重ねた経験、そしてポケモン自身の“性能”だ。

 個体値最大の6Vというのはその種族が持つ全ての才覚と才能を十全に振るえるという事。

 勝利を求める以上、戦う者は才に溢れている方が良い。

 しかし、そんな理想の体現者はそうそう現れない。

 前世ではそんな彼らを求める者が“廃人”と呼ばれる程に低い確率であったのだ。

「そしてなんだけど、この中で『ポケットモンスター☆SPECIAL』を読んだ人間は何人居る? 二次創作やまとめサイトは勘定に入れないで」

 金の少女が問い掛ける。

 が、手を上げるものは少女を含め誰も居なかった。

「……そうなんだよね。ボクだって『イエロー』はボクっ子で回復能力(ヒーリング・ファクター)持ちって事ぐらいしか知らないよ。その点『サファイア』なんて特に悲惨だよね」

 金の少女、イエローは蒼の瞳を持つ少女に視線を向ける。

 見ればサファイアと呼ばれた少女はその整った顔立ちを両手で覆っていた。

「博多弁……博多弁って何、何なの? 確かに生まれは九州だけど育ちは完全に標準語圏よ……。方言って……訛りって何なのよぉ」

 悲嘆に暮れる少女の背を隣の黒髪の少年が優しく擦る。

「日本だったら『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』って漫画があったんだけどな……」

「待ってルビー、博多弁なら『波打際のむろみさん』も参考になるよ!」

 ルビー少年に待ったを掛けたのはエメラルドのネックレスを首に下げた幼い少年だ。

「ふ、ふふふ。2人共、モヤシってね、コスパ最強で調味料があれば飽きないのよ……」

『あっ』

 暗黒微笑を浮かべるサファイアに少年2人は察した。

「そこのイロモノ3人組、話が脱線してるぞー。つまり『ポケットモンスター☆SPECIAL』の人物はゲームシリーズの主人公やライバルをモチーフにしているわけで、俺達はクローンでありながら別人な訳だ。……言ってて混乱してきたな」

 見渡せば何人か目を回してる者も居る。

「とはいえ、クローニングされた以上、別人ですって話は通らない。敵対を避けるならば、なるべく穏便に関係性を結ぶ方向に舵を切る必要があるわけだが……それにはこの立場っていうのは邪魔だよな?」

 レッドは胸の“R”を指して言う。

「そこで、一つ提案があるんだが皆良いか?」

「構わないわ。元々洗脳でもされてなきゃ未練も何も無いわけだし。むしろ敵対するし」

「指針にするにしろ代案を考えるにしろ、原案が無ければ始まらんしな。さっさと話せ」

「うーん、何となく予想はついたかな?」

 半ば思いつきの提案は修正と肉付けが施される。

 会議は紛糾し、一つの作戦が立てられた。

 

          ○

 

「……ギリギリ間に合ったか」

 作戦計画の立案だけでなく諸々の準備に時間が掛ってしまい、目標は既に作戦領域内だ。

「よし、皆準備は良いな?」

 目の前に控えるは豪華客船サント・アンヌ号。

 最も海面に近い後部デッキには黒ずくめの少年少女の集団が居た。

 先程まで乗っていたクルーザーは後部デッキに沿うようにして泊められていた。

「さぁ、クローンとして偉大な先人に習うとしようか」

 誰もが羨む世界を巡る白亜の船はたった今、賊の襲撃を受けていた。

「それじゃ、全員作戦通りに!」

 リーダーであるレッドの宣言と共にそれぞれのメンバーが駆け出す。

 破砕音と悲鳴が響く中、レッドは一人歩き出す。

「よし、俺達も行こうか」

 腰から取り出すのは赤と白の半球を合わせたボール。

 その境目を渡るように配置された白のボタンを押す。

 するとボールが開かれ、白い光が飛び出す。

「行くぞ相棒。一緒にいままでの鬱憤を晴らそうぜ」

 白い光は一つの生き物へと変化する。

 それは抱えるほどの大きさの黄色の体。

 四足歩行で突き出た耳と稲妻形の尻尾をもつ生物。

 “ねずみ”の代名詞を持つポケモンだ。

 それはレッドに対して意気込みを伝えるかのように嘶いた。

「これからは“逆襲”の時間だ」

 この世界で最も信頼する相棒と共に混乱する船の中へと消えていった。



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平穏

原作の登場人物の台詞はアニメや漫画を元に描いています。
一応、調べてから書きましたが、口調が違う場合は教えてくだされば可能な限り修正します。


 年に一度。

 いや、数十年に一度あるかないかの機会。

 それが今だった。

 全国各地の博士達の研究が熟し、その発表の機会と実地調査を兼ねた船の旅。

 一月を掛けて世界を回るその発表会は堅苦しい場であると同時に、羽を伸ばす懇親会の場でもあった。

 事実、他地方の博士との交流は良い刺激になり、新たな視点を得られた。

 そんな船旅は後半を過ぎ、あと僅かとなっていた。

 この旅での新たな発見をレポートに纏めていたが、煮詰まってしまったので息抜きにデッキから海を眺める。

 真昼の海は遠くのキャモメが見える程に広く青い。

 たが、景色の感想よりも海に生きるポケモン達に考えが向いてしまうあたり、すっかり研究者気質に染まったと思う。

「あ、オーキド博士! こんにちは」

 ふと、声を掛けられた。

 声に振り向けば白いロコンを抱える一人の少女が居た。

 その娘はとある博士夫婦の助手である。

 そして血の繋がりは無いが、孫同然の少年であるサトシと共に旅をした経験を持つ。

「おお、リーリエ君、こんにちは」

 ポケモンに対するトラウマを抱えるも、強い意思を持って乗り越えトレーナーの道を歩み出した少女。

 そしてアローラ地方に根付く“Zワザ”を習得する稀有な者でもある。

 博士としても先達のトレーナーとしても、今後を応援したくなる少女だ。

 今の姿は初対面の時ワンピースに白のつば広帽子ではない。

 長い髪を後ろに纏め、可愛らしくも動きやすい服装に身を包んでいた。

「これからトレーニングかい?」

「そうなんです! 今日はシロナさんが見てくれるそうで楽しみなんです」

「ほぅほぅ、現役チャンピオン直々の指導を受ける機会はそうは無いからのぉ。存分に励んで来るといい」

「はい! あ、そろそろ約束の時間なので失礼します!」

 駆け足で走り去る姿はすぐに見えなくなる。

 行き先は船内のアリーナだろう。

 あそこはポケモンバトルを前提とした造りになっているため、多少の技ではビクともしない。

 練習するにも打ってつけである。

「あら、オーキド博士。こんにちは」

 リーリエを見送っていると新たに人が現れる。

 長い金髪、水色を基調としたノースリーブに黒のパンツ姿の女性だ。

「ああ、シロナ君。こんにちは。先程リーリエ君から聞いたが、これから一緒にトレーニングをするんじゃと」

「はい。羽を伸ばしてばかりでは鈍ってしまいますから。それに将来が楽しみな後輩に手を貸してあげたくなっちゃいましたし」

 シンオウ地方のポケモンリーグチャンピオンである女性。

 若くしてチャンピオンに成り、それから今まで公式の防衛戦を勝ち続ける女傑だ。

 その美しく整った美貌から“美しき戦いの女神”という2つ名を持つ。

 驚くべきはそれだけなく、考古学者の権威でもある。

 二足のワラジを履きながら、これ程の成果を残せる彼女は天才と言えよう。

 それに、彼女の強さは才覚だけではなく、努力と知識の積み重ねによるものが大きい。

 手持ちのポケモンはどれもが大器晩成型であり、相応の愛情が無ければ育成は難しいものばかり。

 努力をする天才であり、チャンピオンとなってからの彼女を打倒できた者は非公式戦で僅か3人。

 その3人も防衛戦では返り討ちにしているのだから驚きだ。

「うむ、船旅を楽しんでいるようで何より。建前はあるが、この船旅はお主達の息抜きでもあるからのう」

 現在の手持ちは居ない。

 彼らは今頃ポケリゾートで楽しんでいる。

 しかし、集まるのはその道の権威である博士達であり、その身を守る手段は必要だ。

 故に船旅の護衛として全地方のチャンピオン、そして週代わりで四天王が乗船している。

「存分に堪能させて頂いてます。バカンスは時折、カトレア――知り合いの別荘を借りる事がありますが、それ以外の地方への機会は中々ありませんでしたので凄く新鮮でした」

 彼らはその立場故にしがらみも多く、行動をある程度制限される。

 長期休暇はあるには有るが、有事の際には取り消しになってしまうのがよくあるのだ。

 この船旅は、博士達の意見も有り、護衛という建前で彼らの気晴らしを兼ねたツアーでもある。

「では、待ち合わせをしていますのでこれにて失礼します」

「うむ、それではの」

 リーリエと同じ方向へ消える姿に一句浮かぶ。

「『ポケモンが、繋ぐ絆は、未来へと』……うぅーむ、イマイチじゃのう。――おや?」

 海原を眺めながら趣味の川柳に興じていると、水平線の雲海に何かが見えた。

「気のせいかの? 今、雲の合間に何かが居たような?」

 それは気のせいではなかった。

 雲の中を飛び回り、合間から姿を見せる物体。

 ギャロップのような四足歩行体型であり、胴体を一周する輪の様な装飾をもつ姿。

 それは以前、サトシが言っていた――。

 その名を思い出した時には既に姿は見えなかった。

「ほっほ、これは良いものが見れたのう」

 今夜の夜会にいい土産話ができた。

 いい気分転換にもなり、今ならレポートをすらすらと纏められそうだ。

 

          ○

 

「これも御利益なのかもしれんの」

 結果としてレポートは満足のいく仕上がりを見せた。

 気付けば夕食時であり、腹の音に従うまま食堂に向かえば他の博士達も集っていた。

「どうやらワシが最後のようじゃな」

「オーキド君が時間に遅れるとはな。時間を忘れるほどレポートに集中しておったか?」

「ええ、ナナカマド先輩。中々良い刺激がありまして」

 夕食を摂りながら、話の種に昼間見たポケモンについて話をする。

 その話は他の博士達の好奇心を中々に擽ったようだ。

「なるほど、伝説のポケモン。それもあの時空の神々を生み出した創造神(アルセウス)ですか。ミュウと同じくポケモンの起源に関わる存在としては物凄く気になります!」

 真っ先に話に喰い付いたのは年若い女性。

 博士の中で一回りも二回りも若い彼女は自身の研究に深く関わるからか興奮している。

「いやいや、アララギ博士。そのアルセウスはサトシ君やコウキ君達の尽力によって眠りに就いた筈では? それなのに、この海域に現れたというのは気になりますね」

 疑問を投げ掛けたのはメガネを掛けた細身の男性だ。

「確かにウツギ博士の言う通りだ。わざわざ眠りから覚める程の何かがあるのかもしれんな」

 先程ナナカマドと呼ばれた博士はその強面の顔を引き締め思案する。

「アルセウス自身が態々動き出す事態ね。……悪い知らせで無ければ良いのだけど」

「うーむ、案外ただの散歩だったりするかもしれないぜ? 実際に見たオーキド博士としてはどう感じましたか?」

 日に焼けた肌を持つ2人の男女。

 彼らは夫婦であり、それぞれ違う研究分野の権威を持つ博士だ。

「一見してそこまで鬼気迫ったものは感じなかったのう。むしろ何かを確かめにきたような、そんな気さえする様子じゃった」

「なるほど、ではそこまでの危機は無いと見てよいかもしれません。となると彼が興味抱いた対象が気になりますね」

 面白そうだ、と笑みを浮かべるのは紺色のYシャツを着た男性。

「ふむ、この付近に遺跡か何かは在りましたっけ?」

「いえ、以前のフィールドワークではこの付近は小さな無人島が幾つかある程度で、遺跡の様な物も無かった筈ですよプラターヌ博士。海中に関しては装備の関係であまり調べられていませんが、この付近で活動するダイバー達からはそういった証言は得られていません」

 顎鬚を生やす小太りの男性だ。

 彼は手帳に記録した研究内容を確認しながら答えた。

「地上はオダマキ博士が確認済み、すると――ッ」

「どうしたんじゃ、ヒナギク博士?」

 言葉の途中で息を呑むその姿はただ事ではない。

 すわ病気か何かかと思えば、彼女はこちらを指差す。

 いや、違う、彼女の瞳はこちらを向いているが自分を見ていない。

 他の博士達も彼女がどこを指し示しているのか気付いたようで、そちらに視線を向ける。

 自分の背後に何があるのかと振り向き、

「な――っ!?」

 余りにも非現実的なもの。

 遠く離れた海の上、そこに光が雨となって降り注ぐ光景であった。

 おそらくポケモンの技であろうが、規模が違う。

 直後、船が揺れる。

 揺れ自体は軽いものでは有るが、この船は豪華客船と銘打たれる程に巨大なクルーズ船だ。

 多少の波では揺れない巨体が揺らされる程の余波。

 その光景はサトシから伝え聞いた技と一致する。

「アルセウスの【さばきのつぶて】か!? なんという規模じゃ……」

 僅か数分にも満たない光景ではあったが、船内が騒然となるには十分であった。

「ウィロー博士、あの技が放たれた精確な位置はわかりますかの?」

「はい。目測になりますがマーカーを記録しました。しかし、あの位置ですと付近には無人島一つありませんし、海中に向けて放ったと考えられますね」

 ロマンスグレーの髪にメガネを乗せた男性は携帯端末を操作し記録を残す。

「これはたまげタマンタ、マンタイン。中々貴重な光()ーシィ」

 奇跡のような光景に皆がテンションが上がるが、直後に冷やされた。

「ア、ハハハ……今日も絶好調ですねナリヤ校長。ですが映像記録を撮れなかったのは痛いですね」

 微妙な空気をなんとかフォローしようと頑張るのはメガネを掛けるおっとりとした女性だ。

「もしかしたら大丈夫かもしれませんよマコモ博士。セント・アンヌ号には防犯や周囲監視用のカメラが設置されていますから、そこに映っているかもしれません」

「そうですね。サクラギ博士の言う通り、確認する価値はあると思います。早速船員の方に確認してみましょう」

 サクラギ博士の意見に追従するのは垂れ目がちの瞳を眠そうに半目に開く女性。

 彼女はそう言うと近くの船員へ話しかけに離れる。

 始めは渋い顔をされていたが、何とか了承を貰えたようだ。

「でしたら私はウチキド博士のお手伝いをしましょう。フィールドワークは若い博士や助手の方が大勢居りますし、孫娘のソニアをお願いしますね」

 立ち上がったのは杖を突く初老の女性。

 この中でナナカマド博士と同じ年長者である。

「おっと、マグノリア博士にはバレバレでしたかの」

 あれだけの光景を見て血が騒がないのは研究者ではない。

 とはいえ、乗船するサント・アンヌ号の航路は事前に決まっており、変更は不可能。

 乗客も、博士だけではなく一般客も大勢乗船しているのだ。

 しかし、そんな理由で諦めるのは惜しい。

 幸か不幸か、実地調査目的で探査船がこの船に持ち込まれている。

 夜の海という事で危険はあるが、チャンピオンと四天王が居る。

 建前ではあったが護衛としてこれ以上ない人材が揃っている。

「えぇ、私が言えた事じゃありませんが、皆さんの瞳がキラキラと輝いてますもの。それに先程の【さばきのつぶて】に対して反撃も追撃も無かった事から戦闘が発生したとは考え辛いですしね。技の範囲もかなり広範囲に広がっていましたから、当てるというよりは反応を確かめるような意図を感じられましたし」

 彼女が述べた事は博士達の総意であった。

「はっはっは、参りました。では、まず船長に許可を貰わねばなりませんが、なぁにこのオーキド、必ず許可を貰いますので皆さんは準備をお願いします。少なくとも2時間は掛りますまい」

 伝説のポケモンの貴重な痕跡が得られるかもしれない。

 そう考えると胸が高まる。

 だが、この時は自分達を狙う存在が居るとは露程も考えていなかったのだ。



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暗躍

誤字の修正とちょっとした描写の追加を行っています。


「カメちゃん、【みずでっぽう】」

 指示に従い、カメールの放つ高圧水流がポケモンを吹き飛ばす。

 そのまま壁に叩きつけられたポケモンは目を回してダウンする。

「わ、私のニドランが……」

 手持ちの戦力が全滅した事でめのまえがまっくらになったのか、膝を着くジェントルマン。

「はい、ゴメンなさい。大人しく捕まってくださいね。ボク達は怪我をさせたい訳じゃありませんから」

 先程見つけた非常用のロープを利用して体を縛る。

 ダウンしたポケモンはボールに戻し、拾った大袋の中に放り込む。

 既に中身は半分程溜まり、少々重くなってきた。

「さて、悪人のフリはこんなものでいいかしら」

「フリにしては大分容赦無いと思うんだけれど?」

 ジェントルマンを空いている船室に放り込む。

 通信機の類はジャミングで防いでいるため、ポケモンが居なければ現状は何もできまい。

 ロープを使い、扉を開かないようにする。

 そんな事を繰り返し、目的の場所に辿り着く。

「あ、この部屋が爆弾の設置場所よね?」

「うん、そうだね」

 とある船室に入れば部屋の隅にボストンバッグが置かれていた。

 チャックを開ければ、映画やドラマでよく見るようなコード付きの時限爆弾が置かれていた。

 大きさとしては片手で持てるサイズだ。

「それじゃあお願いねイエロー」

「うん、任せて。さ、やるよチュチュ」

 声を掛ければねずみポケモンのピカチュウは“任せて”と嘶く。

「無力化パターンは……」

 その爆弾の構造は知っている。

 誰でも簡単に扱える簡素な機構はロケット団で愛用される物。

 その設置方法や無力化しての回収方法は既に叩き込まれている。

「ここを外して……チュチュ、この端子に【でんきショック】」

 バチバチと音を立てて電流が流し込まれる。

 残り時間を示すタイマーは一瞬点滅するとそのまま消えた。

「よしっ、まずは1個!」

「ふぅ、解除できるって分かってても緊張するわね。変な汗掻いちゃったわ」

 人一人簡単に殺傷できる爆弾を目の前に緊張しないというのは難しい。

「……んー、しっかし意外と着心地いいのよねコレ」

「ゲームやアニメで着込んでいる理由が分かるよね」

 自分が着るロケット団の制服を指で摘む。

 季節に合わせた夏用の制服なのだが、通気性は意外と良く多少の汗は気にならない。

 反対に冬用の制服は見た目の薄さと裏腹に体の熱を保つ優れものであった。

「変な所で凝ってるわね」

「うーん、どこで作ってるんだろうね。この技術で服を作ったら儲かると思うんだけどな」

 信管はそのままに爆薬部分だけ回収する。

 この後の交渉(おはなし)で使うために。

「おっと、見た目は直さないとね」

 他の団員が気付き、中身が消えたと上に報告されるのは不味い。

 船室の小物を適当に詰め込んでチャックを閉めれば、外見からは分からない。

「さ、次の場所に行きましょう? 皆が気を引いてる今の内にね」

「ボクとしては皆怪我しないで欲しいんだけれどね」

 そのまま2人は自身のポケモンを引きつれ部屋を出て行った。

 

          ○

 

「リザード、【はじけるほのお】」

 かえんポケモン、リザードから吐き出された火球が飛び出す。

 狙うは団員と戦う船乗り達のポケモンだ。

 彼らの意識の外から打ち込まれた火球はポケモンの一体を吹き飛ばす。

 それだけでなくぶつかり弾けた火の粉が周囲のポケモンにもダメージを与える。

「くっ、何だ!? 新手か!?」

 目立つ攻撃だ。

 直ぐに居場所を知られてしまう。

 しかし、そんなの事は関係ない。

「1体多数、それもタイプが不利なバトルが俺達の初陣だが……行けるな?」

 蜥蜴を模したポケモンは主の問いに“応”と言わんばかりに咆えた。

「相手は炎タイプだ! 水タイプを主体に攻めるんだ!」

 直後【みずでっぽう】を始めとした技が次々と飛び込んでくる。

 炎タイプのポケモンからすれば絶望とも言える光景である。

 しかし、彼らは臆さない。

「【えんまく】」

 技が降り注ぐ瞬間、白い煙に姿を隠す。

 煙はリザードの姿を隠すだけではなく、船乗り達まで煙に巻く。

「ゲホッ……仕留めたか?」

 真っ白な視界の中、誰ともなしに問い掛ける。

 あれだけの技に襲われたのだ、最後の悪あがきだろうと考える。

「ゴホッゲホッ――くそっロケット団の連中の姿が見えない!」

 このままでは煙に乗じて船の中に侵入される恐れがある。

 一度この煙の中から脱するために自分のポケモンに呼びかける。

「ニョロゾ! 一度この煙から出るぞ! こっちだ!」

 煙の中への声掛けに聞き慣れた声が返ってくる。

 相棒の無事な声に安心した。

 それも束の間の事だった。

「【エアカッター】」

 直後幾つもの悲鳴が木霊する。

 その中には相棒の声も含まれていた。

「ニョ、ニョロゾ!?」

 海風に黒煙は吹き飛ばされる。

 そこには船乗り達のポケモンが目を回して倒れ臥していた。

 その向こうには無傷リザードとトレーナーの少年が居た。

「さて、手持ちはこれで全部か? ……居ない様だな。これではウォーミングアップにもならん。リーフ」

 少年の声掛けに新たな人影が現れる。

 それは少年と変わらない年頃の少女だった。

 彼女はフシギソウを連れていた。

「はい、では皆さんを拘束させていただきます。抵抗は無意味です」

 その場に居た船乗りはフシギソウの【つるのムチ】で拘束される。

「さて、我々にとって貴方達は障害足りえる存在ですので、少々お休みくださいませ」

 フシギソウが緑の粉を振りかけてくる。

 直後に抗い難い眠気が襲ってくる。

 ……【ねむりごな】か!

 事ここに至ってはどうする事もできない。

 眠気に引きずられる用に意識は闇に落ちた。

 そうして倒れていく船乗り達を彼らは捕縛していく。

「ゲームと違い、この世界だとタイプの不利は技術や戦術で補えるので面白いですよね」

 リーフは船乗り達を改めてロープで縛るグリーンに話しかける。

「まぁ、こういった遭遇戦だと事前に積み技を行えたりと、色々できるな」

「だからといって事前に【りゅうのまい】を最大まで積むのは容赦無さ過ぎて少し笑ってしまったのですが」

 自身も手近な船乗り達をロープで再度縛り上げる。

 フシギソウのつるは切り離しても痛みは無い。

 しかし、【つるのムチ】の射程がその分短くなってしまうのだ。

 時間を掛ければ再生するとはいえ、この状況で戦力を低下させる必要もない。

「ま、さっきは人前だから見栄を張ったが、俺もこいつも正気で戦うのは初めてなんだ。打てる手は打っておかなければ足元を掬われるのはこちらだ」

 体を張ったリザードを労わる様に頭を撫でる。

 されるがままのリザードは気持ち良さそうに瞳を細めていた。

「心を閉ざされ、戦闘マシンと化したダークポケモン。私達に支給されたポケモンは卵の時点でダーク化の処理が済んだものばかり。上層部は以前の事件が余程印象に残っているようですね。私達を微塵も信用していないのがよく分かります」

 縛り終え、自身もフシギソウを労わる。

「私達も洗脳で疑問に思わなかったのもありますが、酷い扱いをしたにも関わらずこうしてトレーナーとして認めてもらえたのですから優しい子達ですよね」

 気持ち良さそうに身を任せるフシギソウに思わず笑みが零れる。

「ああ、だからこそ。コイツらに報いるために、俺達が自由を手に入れるために、今やらなきゃならないんだ」

 休憩時間は終わりだ。

「幹部やエリートはチャンピオンや四天王が率先して対応している筈だ。俺達はそれ以外の雑魚を処理する必要がある」

「はい、少しでも心象を良くするためですものね」

 船乗り達と反対の場所。

 そこにはロケット団員達が縛られながら眠りこけていた。

 

          ○

 

 そこは傷病人が訪れる医務室。

 中に居るのは黒尽くめの3人組。

 彼らは設置された爆弾の回収を行っていた。

「お前、さっきから妙に静かだな」

 解除を済ませた赤毛の少年が訝しげに振り返る。

 そこには一房の前髪とゴーグルが特徴的な少年、ゴールドが居た。

 彼は戦闘を行う時以外、その口を噤んでいた。

「確かに。いつも黙って欲しいぐらいなのに」

 同意するのは青がかった黒髪をツインテールにした少女だ。

 普段と全く違う様子に心配する。

「あ、ああ。いや、少し考え事をしてたんだけどさ」

 流石に仲間に心配を掛ける事が申し訳なかったのか、彼は口を開く。

「俺の“孵す者”の力なんだけどさ」

「あ……」

 少女はゴールドが静かな理由に気付く。

 彼の力はそれこそ強力だ。

 この世界ではポケモンの意思と弛まぬ修練で格上を打倒できる。

 しかし、その基となる才能はどうしようもない。

 少年の力は普通は干渉できない才能というものを完全に開花させる。

 それを欲するものはロケット団以外にも限りないだろう。

 見知らぬ誰かから狙われるというのは大きなプレッシャーになるはずだ。

「そっか、そうだよね。私達は転生だなんだって騒いでたけれどアンタの力は――」

「いやさ、性格が固定されるって言っても、リーダー含めた全員のポケモンって俺が担当して孵したわけじゃん? でも性格は皆違って十人十色。資料や同種のポケモンと比べた限り、個体値に関しては6Vなのは間違いなさそう。んで、思ったんだ」

 少女の言葉に気付かなかったのかゴールドは言葉を紡ぐ。

「性格が固定化されなかったのは洗脳状態のせいで意思が卵に伝わらなかったから。……つまり! 鏡のように波紋一つ無い完全平面な水面の精神、“明鏡止水の境地”に至ることで孵したポケモンの性格への影響を失くす事が可能ではないかと!」

 言いたい事は分かる、が。

「……アンタまさか、その明鏡止水とやらに至る為に静かになっていたワケ?」

「ああ! でもやっぱり難しいな。次から次へと欲が湧き出て仕方ないわ」

 先程とうってかわって騒々しくなる。

 そんな様子に赤毛の少年は息を一つ吐く。

「全くお前ってヤツは……天才かよ」

「だろ? 水の一滴が見えたら完璧だな」

「そしたら名実共にゴールドだな」

『アッハッハッハ』

 男2人で笑いあう。

 そんな光景に少女は震える。

「ゴールドもシルバーも……心配して損したわ」

 それは怒り。

「2人とも、話はいいけどやることは済んだわね?」

「ク、クリスタルさんや……何か怒ってません、か?」

 長い付き合いだから分かる。

 微笑を浮かべてはいるが、これは完全にキレてますわ。

「怒ってませんが……何か?」

「わ、分かりました! 何でもないです!」

「ヒェッ」

 濁りに濁った瞳に男2人は恐怖する。

「……さぁ次、行きましょうか」

『イエス、マム!』

 男2人は完全に従うのであった。

 

          ○

 

 そこは船の心臓部である機関室。

 動力を生み出す音が響く場所。

「あたし思ったの。オリジナルの様にアイデンティティは方言だけじゃないんだって」

「何? オリジナルの“かもかも”系みたいに語尾で攻めるつもりなの?」

「いやぁ、それは外すと痛いぞ? かといって意味不明なキャラ語尾は自分を追い詰めるだけザウルス」

 そこで話に花を咲かす3人が居た。

「そうじゃない! ホラ、あたし達第3世代での新システムといえば?」

「“ダブルバトル”?」

「“とくせい”?」

「“ポケモンコンテスト”よ!」

 理解していない男2人に突きつける。

「アニメやリメイクではポケモンだけじゃなくてトレーナー自身も着飾っていたでしょ。つまり……あたし、アイドルになります!」

「いやいや、どこぞの“M@STER”なゲームじゃないんだから……」

「はっ、確かに! やり込み過ぎて当たり前の存在だと思っていた!」

「ルビーまでそっち行っちゃうの!? てかリボンガチ勢だったんかい!」

 2人より一回り幼い少年は今、自身がツッコミに回った事に気付いた。

「なるほどな。サファイア、お前もまたリボンガチ勢であったか」

「えぇ。そしてルビー、貴方もそうなのね」

 見詰め合う2人。

 そして無言で握手を交わす。

「目指すは全国制覇」

「貴方との決着はグランドフェスティバルでね」

「なんで創作(フィクション)でよくある大会前のお約束みたいになってるの……」

 長い付き合いでも知らなかった2人の新たな面に少年は慄く。

「そしてエメラルドお前もな」

「貴方の協力が必要だわ」

「何? なんなの? オレはリボンガチ勢じゃないよ? どっちかといえばきのみ勢だぞ?」

 にじり寄る2人の威圧感に後ずさる。

「それはそれは好都合、なぁに簡単な事さ」

「そうよ。必要なのは貴方のサポート力。つまりは――」

『よろしく! プロデューサー!』

「過労死枠じゃないですか、やだー!」

 逃げようにも肩に掴まれた2人の手は微動だにしない。

 冗談の様な話だが目がマジだ。

「さぁ、夢の舞台のために」

「最高のコーディネータになるために」

『まずはこの船の制圧から始めよう』

 気合十分といった2人は歩を進める、その背後に気絶するホウエン地方のチャンピオンを引き摺りながら。

「オレはヤバイ2人と組んでしまったようだ。……助けてリーダーぁ」

 少年はボールの入った袋を背負って2人の後を追う。

 

          ○

 

「オイラ達の担当区域の爆弾はこれで全部だね」

 解除した爆弾を袋に入れる。

 少々雑な扱いだが、信管も取り外したので火気にさえ気をつければ問題ない。

「そうですね。しかし、最後の最後でバレてしまうとは」

「見つかったのが下っ端で良かったぜ。今のオレ達の実力じゃエリート以上は手こずるからな」

 船室の隅に転がるのは縄で縛られガムテープで口を塞がれた団員達。

「んー! んー!」

「ごめんね。オイラ達の手持ちには【ねむりごな】を使えるポケモンが居ないんだ」

「流石に人間相手に【すいとる】はちょっと不味いですものね」

「とりあえず、1時間もすれば事は終るから、それまでゆっくりしていってな」

 身動きが取れないようソファーや机で固定し、船室を後にする。

「ふぅ。これで作戦の一段階は達成しましたね」

「やっぱり、お嬢様のプラチナにはキツかったか?」

 戦利品である大袋を担ぎ彼らは歩く。

「そんな事はありません。むしろスパイ映画のようでドキドキしていますの」

 瞳を輝かせるその姿は普通の少女にしかみえない。

「ある意味、オレ達はスパイそのものだけどな。ダイヤ、そっちはどうだ?」

 金髪の少年は廊下の先を確認する黒髪の少年、ダイヤモンドに声を掛ける。

「んー、大丈夫。トレーナーもロケット団もあの人も居ないよ。あと食堂があったよ」

 ダイヤモンドの報告に2人は安心したように息を吐く。

「途中でやり過ごした事が上手くいきましたわね」

「全くだ。チャンピオン……よりにもよってシロナさんと鉢合わせるとかツイてないぜ」

 こちらからすれば初対面ではあるが、彼女からすれば話が違う。

 自分達はシンオウ地方を舞台としたポケモン。

 第4世代と呼ばれるダイヤモンド・パール・プラチナの主人公とライバルのクローン体だ。

 シンオウ地方のチャンピオンである彼女は共に事件を解決した主人公(オリジナル)との親交があるだろう。

 そしてこの非常時、同じ顔をした人間が悪の組織に所属しているというのは彼女からすれば大問題だ。

「ねぇねぇ、料理が並んだままのビュッフェを見ていたら小腹がすいちゃった。少し食堂に寄ってもいい?」

「お前さんホントよく食べるよな。それなのにその体型とか……」

 ダイアモンドの提案にげんなりする。

 一応作戦行動中であり、一刻を争う事態なんだが。

 残念だが、と否定しようとしたら予想外からの支援が入る。

「待ちなさいパール。順調に進んだお蔭で、作戦の第二段階まではまだ時間があります。シロナさんとの攻防もあったことですし、少し休憩するのも手だと思います」

 自分達の身を慮った言動であるが、パールと呼ばれた少年は理解する。

 豪華客船の料理に興味があるのが理由の大半という事に。

「……はぁ、仕方ねぇな。基地の飯は量が少ねぇ上に美味くもなかったからな。久々に美食といくのも悪くは無い、か」

 渋々と同意すると2人は喜びの声を上げて食堂に突撃して行く。

「いや、行動が早すぎるだろ」

 後を追って中に入ると2人は既に寛いでいた。

「冷めちゃってるけど美味しい! ほら、ルーも食べてごらん」

 手持ちのポケモンであるナエトルを呼び出して食事に入る。

「あら、初めて見る銘柄ですが中々に良い香りですね」

 プラチナも同様に手持ちのポッチャマと共に優雅なティータイムを始めていた。

「コイツら……完全に満喫してやがる」

 色々とツッコミたい気持ちはあるが、久々に人間らしい食事をする機会にありつけたのだ。

「出て来いサルヒコ、オレらも食おうぜ」

 手持ちのヒコザルを呼び出し、積み重なるプレート皿の一枚を手渡す。

「せっかくだし好きなモン食べてこい。ただ、動けなくなるまで食うなよ?」

 ヒコザルは押した念に頷きを返すとポケモンフードのコーナーへ駆けて行った。

「さて、オレも少し貰うかな。……種類がハンパねぇな」

 並ぶ料理は豪華客船というだけあって豪華なものから身近な料理と幅広く揃っている。

「ヨワシ料理って……図鑑説明には美味しいって書いてあったけど、こうして目にすると驚きだな」

「油が乗ってて結構美味しかったよ。あ! ラッキーの卵焼きがある!」

「既に食べたんかい! って、もういねぇし!?」

 仲間の中で、最も親しい友は今日も変わらずマイペースだった。

「味はまぁまぁですね。まぁ、大衆向けの料理としては十分に美味しいレベルですか」

「出たな、そのお嬢様基準」

 記憶を思い出す前から、何かと付けては厳しい評価を下していた。

 が、それは前世の時点で箱入り娘であった事が原因であった。

 そう考えれば庶民の自分達ですら美味しくないと感じる基地の飯は彼女にとってかなりのストレスであっただろう。

「こちらに簡単に食べられる軽食がありますよ」

「あ、ホントだ」

 プラチナの示す先にはパンを主とした軽食が並ぶ。

 適当に一つ取って口にすれば、新鮮な野菜と穀物のハーモニーが口いっぱいに広がる。

 その余りの美味しさに頬張るように食べる。

 しかしそんな風に食べれば喉に詰まってしまう。

「――んぐ!?」

「はい、お茶」

 ピンチに的確なサポートをしてくれる辺り、自分の性格が把握されている事がよく分かる。

「……プハァ! すまねぇなダイヤ、って山になるほどガッツリ採ってんじゃねーか! 小腹うんぬんはどこ行った!?」

 漫画の表現の如くプレートに盛られた食材に目を剥く。

「え? これでも大分遠慮したんだけれど? あ、ヤドンのしっぽ料理もあるんだ」

「……ウッソだろお前」

 新たな獲物に向かうその後ろ姿に戦慄を抱く。

 前から食事に対して不満を抱えている事は知っていたが、この食欲を見る限り大分我慢していたようだ。

「うん、まぁこれも個性だよな」

 親友の新たな面を受け入れ、パンを食べる。

 2個、3個と続けて食べていると食堂の扉が開く。

 誰が入ってきたのかと視線を向けると、

「んーさっきの3人組はどこに行ったのかしら。ヒカルちゃん達そっくりにも程があるし、話を聞きたいのだけれども」

 ルカリオを連れる彼女はシンオウ地方のチャンピオン。

 シロナその人であった。

「動き回って喉も渇いちゃったし、少し水分補給するぐらいならいいかし、ら……」

 目が合った、合ってしまった。

「ちょっと貴方達……!」

「皆、逃げるぞ!」

 振り返ればダイヤもプラチナも既に別の扉に手を掛けるところだった。

「だからお前ら行動が早すぎるって!? 置いてくな――!」

「待ちなさい! ルカリオ捕まえて!」

「サルヒコ! 【ねこだまし】で怯ませろ!」

 彼らの逃走劇はまだまだ続く。




次話の投稿はヒバニーと旅に出るので少し遅れます。


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急転

明けましておめでとうございます。
遅くなって申し訳ありません。


「この船はロケット団が占拠した! 乗客は一箇所に集まれ!」

 なんという事だ。

 船長からの了承を得て、各々の準備も終え、いざ出発という段階になってこの襲撃。

 不運というには理不尽ではないか。

「一体何の目的でこの船を襲うんじゃ!」

 聞かなくても分かる、ヤツ等の組織理念を考えればこの船を襲う理由は少ない。

「はっはぁ! 分かってんだろ? あんた達博士の身柄と研究資料に決まっている!」

 やはり、それが目的か。

 旅の半ばを過ぎても動きが無かったので油断していた。

 逃げようにもコラッタがこちらを威嚇していて難しい。

「そんな事はさせない! エモンガ、【スパーク】!」

 突如、背後からの電撃がコラッタを襲う。

 不意の電撃には耐え切れなかったようで目を回してダウンする。

「なっ!? くそ、トレーナーか!」

「オーキド博士、大丈夫ですか!?」

「おお、アイリス君。助かったわい」

 駆け寄ってきたのは小柄で褐色の肌を持つ少女。

 しかし、その実体はシロナに続く女性チャンピオンでもある。

 普段は無邪気で快活な少女も、非常時の今はチャンピオンとしての顔を見せる。

「こんな時にロケット団が襲ってくるなんて……」

 正しく間が悪いといえるが、彼らにとってはそんなことは関係ない。

「くっ、こちらヘルガー3、5Aエリアにて捕獲対象を発見! トレーナーの護衛あり、応援を求む!」

 実力差から分が悪いと判断したのか無線で応援を呼ばれてしまう。

「このままだと数で押されちゃう……船の中じゃなければ数なんてものともしないのに!」

 チャンピオンとしての本来の彼女はドラゴンタイプのポケモンを愛用する。

 しかし、ドラゴンタイプはそのほとんどが強大な力と恵まれた体格を持つ。

 こと、船内という環境では巨体の身動きが取れないし、強力な技一つで船が沈みかねない。

「博士、こちらへ!」

「うむ、わかった」

 手を引かれ、その場から逃げ出す。

「逃がすか! 行け、ズバット! 【かみつく】だ!」

 敵はコラッタと入れ替えて新手のポケモンを繰り出す。

「【エレキボール】で迎撃!」

 アイリスも然る者で、逃げながらも的確に指示を繰り出して対応する。

「いたぞ! こっちだ!」

 しかし、敵の数は多い。

 別の通路から新たな敵が現れてしまう。

「新手!? しかたない、お願いアーケオス! 【いわおとし】で道を塞いで!」

 新たに投げたボールから翼竜のような姿を持つポケモン。

 彼は主からの命令を遂行すべく、どこかから岩を持ち出し通路を塞いだ。

 順路を完全に塞ぐ岩石はポケモンの力を持ってしても除去に時間が掛るだろう。

「一時的なものですけど、これで時間は稼げます」

「何とか急場は凌げたようじゃが、他の皆が気掛かりじゃの」

「あ、それなら大丈夫です。殆んどの方はロビーに集まっていたので四天王の人達で護衛しています。ただオーキド博士含む何名かが不在でしたので、あたし達チャンピオンが迎撃も兼ねて探していたんです」

「なるほど、それなら安心じゃな」

 チャンピオンというのは各地方における最強のトレーナーの代名詞だ。

 単独での行動には適任であろう。

「はい、では今から案内しますので着いて来てくださ――」

 言葉を遮るように彼女のライブキャスターに通信が入る。

「ワタルさんから? はい、何かありましたか? ……っ」

 それは信じ難いものであった。

「まさか、そんな……」

「どうしたのじゃ?」

 彼女のただならぬ様子に嫌な予感を感じる。

「ダイゴさんとシロナさんとの連絡が途切れたそうです……シロナさんは分かりませんが、ダイゴさんは気絶させられてロケット団の手に落ちたと……」

「なんということじゃ……」

 この船における最高戦力であるポケモンリーグチャンピオン達は総勢4人。

 カントーとジョウト、二つの地方の挑戦者が集うセキエイ高原に存在するリーグ本部。

 無数の挑戦者が集う二つの地方の頂点に立つドラゴン使いの男、ワタル。

 人とポケモンの縁と自然が豊かで温暖なホウエン地方。

 リーグ頂点に立つはメガシンカの使い手にして意志が固い人、ダイゴ。

 ホウエンと同じく自然豊かであるが、反対に寒冷気候のシンオウ地方。

 リーグの頂点に立つは考古学者の二足の草鞋を成立させる女、シロナ。

 豊かな自然に囲まれた中に在りながら、近代的な大都会を築く自然と人とが共存するイッシュ地方。

 先代チャンピオンが引退し、その後任として立つのは自身を護衛する少女。

 竜の心を知る娘、アイリス。

 “ポケモンリーグチャンピオン”の肩書きを持つ者ならまだ他にも存在する。

 しかし、カロス地方のカルネは兼業する女優の仕事で多忙なため、半月程の滞在で帰ってしまった。

 アローラ地方やガラル地方のチャンピオンは旅に出たり、神出鬼没であったりと都合と連絡が合わず断念したのだった。

「それに……」

「それに?」

「いえ、なんでもないです。きっと勘違いでしょうから」

 彼女は喉まで出掛かった言葉を飲み込んでしまう。

 勘違いというには彼女の態度が気にはなる。

 が、今は問い詰める暇は無い。

「悔しいですが博士だけでもこの船を脱出しましょう」

「何を……!?」

「今、この船にはチャンピオンを無力化できる戦力が乗り込んでいます。狙いがあたしならともかく、博士を庇ながらでは守りきれる保障が無いんです」

 自信もかつては名を馳せたトレーナーであったが、今では研究に勤しんでブランクも長い。

 更には手持ちは全てボックスへ預けてしまっていた。

 現状ではどうしようにも彼女の足を引っ張るだけだ。

「仕方ないかの……」

「では、行きましょう。行き先はデッキです! そこからならあたしのポケモンで脱出できます!」

 彼女の先導で走り出す。

 

          ○

 

 幾人ものロケット団員を躱しながらついたのはサイドデッキ。

 奇しくもオーキド博士がアルセウスを見つけた場所だった。

 見下ろせば小型船と水ポケモンの戦闘が見える。

 どうやら水ポケモンはレンジャーがキャプチャしたポケモンのようだ。

 ギャラドスやホエルコ、果てはヨワシの魚群が小型船を襲う。

 小型船に乗るのはロケット団の追加人員だろう。

 船の上から遠距離技を繰り出すが、海という戦場では水ポケモンに分が有る。

「アーケオス! 【いわおとし】!」

 岩石が自分達へ続く通路を塞ぐ。

 迂回路はあるが、時間を稼げる。

「ここからなら――キャッ!?」

 モンスターボールを振りかぶろうとすると【ハイドロポンプ】が目の前に立ち昇る。

 何事かと上を見上げればズバットの群れが散開していた。

 その統制のとれた動きから、野生ではなくロケット団のポケモンだろう。

「このまま飛んだらバトルに巻き込まれちゃう。博士、もう少し先へ――」

 突如、背後の岩石が弾けた。

 粉塵が立ち込める通路から一匹のポケモンが飛び出してきた。

 それは小さく、黄色が目立つ体色のポケモンは、

「ピカチュウ……」

 見間違う筈がない。

 かつて一緒に旅をした少年の相棒であったのだから。

 懐かしさを覚えると共に警戒心を抱く。

 近頃、ロケット団に腕の立つトレーナーが現れたという話が出回っていた。

 主な被害はポケモンポリスやレンジャーだ。

 逮捕まであと少しという所で妨害を受け、彼のせいで取り逃がした犯罪者は数え切れない。

 ハンチング帽を目深に被り、必要最低限しか喋らず、逃走も鮮やかに行う。

 おかげで手持ちがピカチュウである事と性別が男性であるぐらいしか情報が無い。

「最重要目標を発見。直ちに拘束する」

 通路から現れたのは自身と同い年だろう少年だ。

 窺えるその特徴は伝え聞いたものと一致していた。

 彼が噂のトレーナーなのだろう。

 そして現状で厄介な敵である。

「させない! アーケオス!」

 彼は呼びかけに応えてピカチュウへと突撃する。

 タイプの相性は不利ではあるが、やりようはある。

「構うな。【でんこうせっか】で博士の拘束」

「ッ! 【ファストガード】で防御!」

 消えたと錯覚する程の超加速。

 博士の一歩手前で防げたのは偶然に近い。

「そのまま【つばさでうつ】よ!」

「衝撃に逆らわずに戻って来い」

 アーケオスがピカチュウを打ち払い、互いに距離を取って仕切り直る。

「そうか。その顔と手持ち……イッシュ地方のチャンピオンか」

 帽子の下からは赤い瞳が覗いていた。

 船の明かりはあるが、夜であり、また海に近いサイドデッキでは輪郭の殆んどが影に沈んでいた。

「ええ、そうよ。あたしが居る限り博士に手を出せるとは思わないことね!」

「確かに、チャンピオンが相手なら尻尾巻いて逃げたい……が、残念ながらこっちも仕事なんでな」

 引く気は無いようだ。

「纏めて捕まえればいいだけだ」

「あたしも舐められたものね」

 2人の覇気に呼応してポケモン達もその闘争本能を高める。

「……オーキド博士、あたしから離れないでください」

「うむ、わかった」

 先程の攻防で理解できた。

 あのピカチュウは強い。

 育成(レベル)はまだまだ未熟だが、アーケオスの打ち払いを本気ではないとはいえほぼ完全に受け流した。

 過去の挑戦者と比べても遜色のない技量だ。

「貴方とはこんな状況じゃなく、ポケモンリーグで戦いたかったわ」

「そりゃどうも。けれど食っていくにはこうするしかないんでね」

 お互いに軽口を叩くが、眼差しは真剣そのもの。

 僅かな隙が命取りだと分かるからだ。

「【かげぶんしん】で撹乱しながら【こうそくいどう】で近づけ!」

 2つ4つと倍々に姿が増える。

 気が付けばサイドデッキを埋め尽くす数になる。

 そして黄色い津波となって雪崩れ込んで来た。

「【がんせきふうじ】でルートを狭めて!」

 幾つもの岩石が防波堤として津波を止める。

 増えた分身は岩石の壁に衝突し掻き消える。

 それでも岩石の隙間からは幾つもの影が飛び出してくる。

 それは読み通りだ。

「そのルートはわざと開けたのよ。【いわなだれ】で一網打尽」

 飛び出した最後の分身達も岩の濁流に飲まれて消えた。

 残るは本体のみであるが、姿が見えない。

「【アイアンテール】で弾き飛ばせ」

「海へ【はたきおとす】!」

 弾丸の如く飛び出した岩石をアーケオスは海に向かって弾いた。

 岩石はそのままロケット団の小型船に直撃し、エンジンを損傷させた。

 動きの鈍くなった小型船にレンジャー達の勢いが増す。

「利用されたか。だが、距離は詰めたぞ」

 気が付けばピカチュウはアーケオスよりも高い天井付近に飛び上がっていた。

 自身が飛ばした岩石の後ろに隠れていたのだ。

「【アイアンテール】で叩きつけろ」

「させない! 【アイアンテール】で迎撃!」

 鋼鉄と化した尾が交差する。

 体の芯に響くような音と衝撃が辺りに広がる。

「ぬおぅ!?」

「キャッ!」

「クッ!」

 衝撃は空気を穿ち風を起こす。

 瞬間的に吹き荒れる烈風に両者は身構える。

「なっ! 帽子が!?」

 巻き起こる風に帽子が連れ去られる。

 手を伸ばすが、指先に触れることなく黒い海へと消えていった。

「ああクソ! 備品の申請は面倒臭いのに!」

 帽子が無くなり、その素顔が晒される。

 各地方で噂になる犯罪組織の一員。

 少女と博士はその顔に酷く見覚えがあった。

「な、なんじゃと!?」

 驚愕に目を見開く2人。

 何故なら少年のその顔は。

「……サ、トシ?」

 共に旅した少年と瓜二つであったのだから。

「――【でんじは】!」

「ッ、しまっ――」

 驚きに一手遅れてしまう。

 それが致命的だった。

 いくら優秀なポケモンであろうとトレーナーの指示の有無は大きい。

 何人ものトレーナーを返り討ちにしたアーケオスは流れる電流に一瞬硬直する。

 それは数秒の硬直。

 ピカチュウという素早いポケモンにとっては十分だった。

 アーケオスを無視し、トレーナーであるアイリスとオーキドに飛び掛る。

「【でんじは】で麻痺させろ」

 目の前に迫るピカチュウが電撃を放つ。

 人に対して威力を弱めてはいるようだが、行動不能にさせるのには十分な威力であった。

 アーケオスはまだ戦えるものの、主人を人質に取られては抵抗はできなかった。

 モンスターボールに戻し、ポケットに入れる。

「……目標、護衛共に無力化。これより連行します」

 通信機を上司に繋げて報告する。

 心底愉快そうな声色で次の指示が送られる。

「――わかりました。通信を終ります。さてと……」

 一度、通信を止めると再度通信を繋ぐ。

 相手は上司でもロケット団の同僚でもない。

 信頼できる仲間へだ。

「そろそろ“逆襲”の時間だ。準備は良いか?」

 返事はどれも頼もしいものばかりだった。

 

          ○

 

 そこは天井のライトに照らされる広い空間。

 他の場所と比べ、一際強固に設計されたそこは船内アリーナ。

 ポケモンバトルを目的とした施設であった。

 バトルのために広く作られたフィールドは今や人の山に埋まっていた。

 ロケット団員に睨まれ、身動きすらままならない。

 その中には既に捕らえた博士や助手連中が居る。

 そこに新しく、目的の老人と邪魔な少女が加わった。

 あれだけ忌々しかった連中があっさりと我が手中に落ちるとは。

 フジの研究は役に立ったという事か。

 思えばアヤツは甘い男だった。

 非道になりきれなかったからこそ、あの悲劇を招いたのだ。

「バンパー博士。博士全員の捕縛とチャンピオンの無力化は済ませました」

「“ナンバ”である! ……存外優秀な働きをしてくれたな、レッドよ」

「ハッ、光栄であります」

 クローンとはいえ、今まで散々邪魔してくれた姿が跪く光景は胸がすく思いだ。

「ナンバ博士……お主、何てことを仕出かしたのじゃ!?」

 温厚な男であったが怒りに声を震わせる。

「あぁ、オーキド博士。いつぞやの学会以来ですな」

「質問に答えよ!」

 久々の出会いに親交を深める気はオーキド含め全員無いようだ。

「ああ、コヤツについてだったか。何、お主らが気付いておる通りクローンじゃよ。フジが残したクローンの培養技術、それらを流用し、遂には人間すらも模倣する事に成功したのだよ」

 元々、化石の遺伝子からポケモンを蘇生する技術もある種のクローニングだ。

「まぁ、人間をクローニングするには素材も時間も掛ってな。想定よりも人数は減ったがな」

「その口ぶり、まさかお主他にも!?」

 オーキド博士の疑問に答えるかのように新たなクローンがアリーナへと入る。

 その顔ぶれに博士連中の顔が驚愕の色に染まる。

 この瞬間ばかりは何度見ても飽きないものだ。

「シ、シゲルまでも……」

「…鏡以外で自分の姿を見ることになるとは思わなかったぜ」

 クローンの大半は博士連中と何かしら関係を持つ。

 腕の立つトレーナーを選定しただけであり、意図したものではなかった。

 むしろ、優秀なトレーナーが博士達に集まる方が疑問である。

 IDくじで特賞を連日当てるなんてレベルではない。

 豪運にも程がある。

「と、まぁこれがクローン計画の産物よ。それにクローンはコヤツらだけでない、他の面々は今もこの船の制圧に動いているぞ」

 チャンピオンの無力化は予想の斜め上であったが。

「ナンバよ、お主のポケモンに対する思想は知っておった。しかし、ポケモンではなく人間を道具扱いするとは思えん」

「おぉ、ポケモン学会の権威にそこまで理解されておるとは光栄じゃな」

「はぐらかすでない!」

「動くな!」

 大声を上げるオーキドにピカチュウが威嚇する。

 それを手で制す。

「よい、構わん。……確かに、この計画はワシが主導したものではない。むしろワシが稀少なミュウの細胞移植を提案せねばコヤツ等はこうして生きてはなかっただろう。事実他のプロジェクトは失敗に終っておるしのう」

「はい、博士は我々の恩人です」

 他の計画は悲惨の一言だった。

 どれだけ金と技術を注ぎ込もうと、まず人の形すら保てないのだから。

 まるで何者かの作為すら感じられるほどにだ。

 ……ポケモンがこの世界の根幹を担う、か。いつだかフジが呟いていた時は戯言だと切り捨てたが……気に入らんな。

 自分にとってポケモンとは単なる道具であり、それ以上でも以下でもない。

 人間の生活を豊かにするだけの存在だ。

 万が一、フジの話が本当であればポケモンに人間が生かされているという事になる。

 それを認める事は到底できない。

「さて、まだ仕事があるのでな。ここで失礼させてもらうとしよう」

 博士達に背を向け扉へと向かう。

 本部への報告や増援の要求もある。

 現場仕事というのは中々大変ではあるが、事務仕事では見えないものも見えてくるのだから侮れない。

 そう、たとえば――

「お主らの叛意はお見通しじゃよ」

「……ッ!」

 硬質な物体を弾くような音が背後から響く。

 それは想定の内にあったもの。

 振り返れば、カポエラーにピカチュウが弾き飛ばされていた。




ムゲンダイナ:ひかえめ、HBCSの4V個体ゲットだぜ。
かと思っていたら実はCがUってどういうことなの……。
これは小説を放って厳選していた罰なのか。


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反攻

 ナンバ博士を守るように陣取るカポエラー。

 その主であろう2人の男女が天井より現れる。

「まったく、油断も隙もあったもんじゃないな」

「チィッ……コサンジとヤマトか」

「だから俺の名前はコサブロウだっての!! 皆間違えるけどそんな覚え難い名前じゃないだろ!? ……やっぱり改名した方がいいのか?」

「はいはい、そんな事はどうでもいいから。曲がりなりにも上司に手を出すなんて穏やかじゃないわね?」

 彼らについては前世でもアニメに出演していたから分かる。

 主人公のサトシ達一行の旅を邪魔しては勧善懲悪に則って退治されるキャラクター。

 ナンバ博士の直属の部下であり、その実力は数多くの下っ端と一線を画す程に高い。

 ジュンサーに逮捕された時、ボスのサカキが保釈金を支払う程度には目に掛けられている存在だ。

「あんたらについてはサンバ博士の「ナンバである!」……ナンバ博士からの資料で把握している。正直、境遇には同情するが、オイタをしたからにはオシオキしなきゃならないぞ」

「それだけじゃないわ。他のメンバーについても作戦の遂行に見せかけてロケット団に結構な被害を出してるじゃない。こんな大規模作戦でそんな事されたら流石に見逃せないわよ?」

「……完全に隠せるとは思っていなかったけど、こんなにあっさりバレるとはな」

 初めから簡単に行くとは思っていなかった。

 博士クラスとなれば護衛が付く。

 しかし、今回の護衛は下っ端の一個小隊。

 懐刀であるこの2人は別の任務で離れているからこその強襲であった。

 実際はここに居る以上、初めから疑われていたようだ。

「確信があったわけではない。ただ、貴様らはポケモンに対して甘い。バトルの腕は立つが、野性ポケモンの捕獲となると途端に動きが悪くなる。それも兵器転用や転売を目的にするとな」

「オレ達の事をよく見てらっしゃるようで」

 確かにそれが以前からの問題であった。

 バトルの腕は立てども、戦力の補充である捕獲となると途端に指示が鈍る。

 それどころか、他の団員の邪魔をしてしまうほどだ。

 ロケット団の目的は“稀少なポケモンを収集し、世界を征服する”というもの。

 そしてクローン計画はバトルはもとより、捕獲に長けたトレーナーを量産してポケモンの補充を円滑に行うのを目的としている。

 その肝心の捕獲が下手では計画の意味が無い。

「お主らが薬物投与などで人格を矯正されているのは知っておった。しかし、その上でポケモンを優遇するような行動を取り始められてはな。研究員達の腕が悪いのか、お主らの精神力が強靭なのかは知らんが、近頃はその気が強くなっておった。故にヤマトとコサブロウを控えていたが、正解だったようじゃな」

「そうそう上手くは行かないか」

 ピカチュウを傍に戻す。

 他の下っ端も状況を把握したのかポケモンを出して徐々に包囲の形を作り始めた。

「再度確認するが、お主らの目的は何じゃ?」

 それは最後通牒。

 この答え如何によってこの後の処遇が決まる。

 けれども、もうここまで来たのだ、答えは一つしかない。

「“自由”のためだ」

 何の因果かこの世界に産まれ落ちたのだ。

 ならばやることは決まっている。

「バトルもコンテストも育成も! リボンもポロックもポフィンも! リーグもパレスもタワーも! 楽しみつくすための自由だ!」

 叛意が知られた今、もはや隠す必要は無い。

「思うが侭に旅をして人生を楽しむ! そのためにオレは! オレ達は! 今ここにロケット団からの離反を宣言する!」

 それはこの世界に対する意思表明だ。

「そうか、それは残念だが叶わんよ。お主らは連れて帰って再度矯正されるのだからな。ワシはやるべきことがある。お前ら、そいつらを捕まえろ」

 ナンバ博士の言葉と共に下っ端たちがポケモンに指示を出す。

 流石に、四方八方から襲われては手も足も出ない。

 だが、仲間が居る。

「肝が据わっているのか、それとも単なる馬鹿なのか分からんな」

 直後、吹き荒れる【ねっぷう】によって周囲のポケモンは吹き飛ばされた。

「うぉおお! 熱っちぃいいいいい!!??」

 当然、中心部に居る者にはダイレクトに熱が当たる訳で。

 熱さはドライヤーの熱風が近いが、一瞬とはいえ吹き付けられればそれはそれは熱い。

 一応、100℃以上の熱が出てるんだよアレで。

「火傷したらどうする!?」

 振り返って犯人に叫ぶ。

 そこにはリザードンを連れるマント姿の男。

「【はかいこうせん】じゃないだけマシだと思え。今のところ犯罪者扱いなんだぞお前らは」

 カントー地方とジョウト地方を統べるチャンピオン。

 ドラゴン使いの男、ワタルが立っていた。

「そこのシゲルそっくりのグリーン、だったか? から話を聞いたときは信じられなかったが、お前のような男がリーダーなら納得だな」

 腕を組み納得したかのように頷く。

「すいませんね。幹部を捕まえるチャンスを逃しちゃいまして」

 見ればナンバ博士とヤマトとコサブロウの姿は無い。

 既に外に出て行ったのだろう。

「それは仕方ない。相手の方が一枚上手だっただけの話だ。さて、乗客の安全を守らなくちゃならないし、ダイゴが起きるまでオレはここで護衛をするとしよう」

 ワタルが指差した先、乗客の集団の中に一人、スーツ姿の男が横たわっていた。

 遠目からでも判別できるたんこぶが彼の状態を主張する。

「いや、ホントにウチのメンバーがスイマセン」

 真っ向から制圧したわけじゃなく、事故なのが救えない。

「いやいや、この男は見知った顔が荷物の下敷きになりそうになったら体張ってでも助けるだろうよ。今回はそれが瓜二つの別人だったって話なだけだ。お前はここに居るより外の制圧に向かうといい。他の連中にはオレから連絡を入れておく」

「ありがとうございます」

 このままここに居ても出来る事は無い。

 乗客の護衛をするにしても、離反したとはいえ元ロケット団の人間では信用できないだろう。

「よし、行くぞピカ! グリーン!」

 仲間と共に扉に向かう。

 自由を掴むために。

 

          ○

 

 そこは船の中に併設されたシアター前のロビー。

 近くの小型モニターには上映作品のPV(プロモーションビデオ)が流れている。

 本来ならば上映を心待ちにする客賓をもてなす場所は、今や死屍累々の惨状が広がっていた。

 受付傍のラックには上映予定作品のパンフレットが数多く並ぶ。

 その中から1部、手に取って眺める者が居た。

 それはふんわりとした茶色の長髪をポニーテールに纏めた少女だ。

「どうした?」

 声を掛けるのは眠りこけたロケット団の最後の一人を縛り上げる少年だ。

 頭上にはピンクの体に花柄の模様を持つポケモン、ムンナを乗せていた。

 ムンナは少年の頭にしっかり捕まり、ピンク色の煙を吐き出していた。

「……ううん、なんでもない」

 何かを誤魔化すかのようにパンフレットを元の場所に戻す。

 見れば彼女が手にするのはポケウッドの大作映画のパンフレットだ。

「そんな事より、その子の煙なんだけれど。火の匂いって事は今は戦争モノ?」

 ピンクの煙が空気に溶け、そこに残る微かな匂い。

 それは思わずむせてしまいそうな香りを連想するものだった。

「ああ、ボトムズが再生されてるからな」

「染み付いた炎の匂いだったのね……」

 疲れたように語る少年の姿に少女は同情する。

「白昼夢レベルで没入するし寝ても覚めてもどころか、下手すりゃ夢の中でもお構いなしだからな。コイツが居なけりゃ、今頃発狂してたかもな」

 手を伸ばしてムンナを撫でる。

 触れた手からは生き物が持つ熱を感じる。

「今まで閲覧した物語が媒体を問わずに回想される病気、ね……」

「イエローさんが言うには、この体の元ネタである『ブラック』君の頭の中は“ポケモンリーグ優勝”という“夢”で満ちているそうだ。イエローさんやゴールドの代名詞みたいに、“夢見る者”としての辻褄合わせとしての症状じゃないかって話だ。……しっかし、こんな形で過去の夢が牙を剥いてくるとは普通思わないよなぁ」

「“夢”……か」

「その様子からして、前世は“夢”で後悔したタイプ?」

「その通り、取り返しのつかなくなるまで勘違いしていたタイプよ」

 会話を始める2人の邪魔をするものは居ない。

 邪魔者であるロケット団達は少年のムンナによって眠らされたので暫くは目を覚まさない。

「夢の残骸って言っていたし、貴方もそうなの?」

「そうさ。夢の為に古今東西、ジャンルも媒体も文化も問わず色んな作品を勉強した。……それで行き着いた先は夢破れた評論家モドキ。そんなヤツに“夢見る者”なんて随分な皮肉だよな」

 過去を思い出したのか、遠い目で自嘲気味に呟く。

「さっきパンフレットを真剣に見ていたけれどさ。それがホワイトの“夢”?」

 確かめるような問い掛けに、ホワイトと呼ばれた少女は間を置いて答える。

「……そうね。私の夢だった(・・・)わ」

 そう前置きすると静かに語りだした。

「映画やドラマ、果ては劇場で、世界中の人々を沸き立たせる存在。誰もが知り、誰もが愛する。そんな超一流の存在なんて夢があると思わない?」

「トップアイドルみたいなものか? ま、確かに夢があるな」

 国境問わず誰からも愛される、そんな存在は前世にも居た。

 病気寿命に関わらず、彼らが世を去った時、その嘆きは社会現象にまで発展した。

 それだけ、愛されていたという事だろう。

「そんな“夢”を追って……そしてアタシは間違えたの」

 その声に後悔の音色が滲む。

「才能はあったみたいでね。タレントには比較的スムーズに成れたし、地方に留まらず全国区の仕事を幾つもこなしたわ」

「けれど、それは間違いだった。ということか」

 先程の発言がその通りだとすれば、それは本位ではない。

「ええ、本当はアタシが超一流に成る事じゃなかった。そこまでの器もなかったしね。超一流を育てて夢の舞台に送り出す、それがアタシの本心からの“夢”だったのにね……結局、その事に気付いたのは取り返しがつかなくなってから。お世話になった人も仕事仲間も関係者も、みーんなに迷惑を掛けた後だったの」

 苦笑しながら語るホワイト。

「そうだったのか」

 ブラックにはその姿が酷く痛ましく見えた。

「それで挫折して、気が付いたらクローンの『ホワイト』ちゃんに転生よ。事実は小説より奇なりとは言うけれど、人生どうなるか分かったもんじゃないよね」

 そう言って笑い飛ばす彼女にブラックは言う。

「……それで諦めたのか?」

 単刀直入の一言。

 それは彼女の深い部分へと切り込んだ。

「……何のこと?」

 問いに聞き返すが、分かっているのだろう。

 その声は震えていた。

「さっきのパンフレットを見つめる目は真剣だった。まだ、夢を諦めてはいないんじゃないか?」

「無理だよ……私は失敗したもの。色んな人に迷惑掛けて、期待を裏切って、間違っていたとはいえ夢から逃げ出した人間だよ? 今更誰かを育てる資格なんて――」

「ある。それだけは間違いない」

 彼女の弱気を否定する。

 何故なら彼女は違うから。

 完全に夢を切り捨てた自分と違い、まだ未練とはいえ夢を持つのだ。

 それが例え縋るだけの程度だとしても、夢に挑戦する力はあるのだ。

「幸か不幸か、この世界に前世の知り合いなんて居ない。名声も無いが汚名も無い。良くも悪くもゼロからのスタートで始められるんだぞ? そのタレント経験は武器になる」

「だ、だけどアタシは失敗して――」

「俺が居る」

 今、彼女の心は折れてしまっている。

 このまま放っておけば、また別の道を見つけるのかもしれない。

 しかし、放置するには夢を語る彼女が眩しかったのだ。

「とはいえ、知識は変に偏っているから雑用ぐらいしか役に立たないだろうけどさ。夢を手伝う事は出来ると思うんだ」

「……どうして貴方はそんな事を言うの?」

 それは簡単な事だ。

「夢を切り捨てたオレからすれば、貴女の夢が眩しいからだ」

 当時の夢が今はもう思い出せない。

 夢への熱も衝動も全てが色褪せてしまった。

「ある種の代償行動なんだろうが、夢を叶える姿を見たいと思った。ただそれだけだ」

「それがアタシにとってどういう意味を持つのか分かってる?」

 それは確かめるかのような問い掛け。

 当たり前だろう、ある意味彼女の古傷を抉る行為そのものなのだから。

「ああ、そうだ。そして決めるのは貴女自身だ。オレは後押しはできるが、導くことはできないから」

 お互い真っ直ぐに見つめ合う。

「……分かったわ。ただ、一つ約束して。アタシが夢を叶えるまでずっと傍に居る事。アタシ一人だけじゃ、また失敗するかもしれない。それが怖いの」

「言いだしっぺなんだから当たり前だ。雑用でも何でも出来る事はやるさ」

 それは嘘偽りのない本心だ。

「そう、ならよろしくね。ブラックくん」

「ああ、よろしくなホワイト社長」

 契約の握手を交わす。

「何で社長?」

「だって、新しくプロダクションを立ち上げて、そこの最高責任者になるんだろ? だから社長」

「そうしたら貴方は我が社の社員第一号って事?」

「そうなるな。給料は弾んでくれよ?」

「零細企業の内は歩合制になるわね。貴方の頑張りがそのまま給料に直結します」

「折角のポケモン世界なのに世知辛いなぁ」

 そんなやり取りをしている内にどちらともなく笑い出す。

「うん、ブラックくんとなら叶えられそうな気がする」

「全力でサポートさせて頂きますよ社長」

 繋いだ手をそのままに2人は立ち上がる。

「そうと決まればこんな悪の下っ端なんてさっさと足を洗いましょう! 正直、企業前の時点で付いた汚点が酷すぎて、涙が出る前に何だか笑えてきたわ」

「まぁ、元犯罪組織の一員が立ち上げた企業って時点で前途多難にも程があるわなぁ。兎にも角にも何としてでも作戦は成就しないと話が始まらない訳だし、頑張りますか」

 そして2人はその場を後にする。

「とりあえず企業名を決めましょう! アタシ達の元ネタの『ホワイト』ちゃんも起業していたみたいだし! 企業名は教えてもらえなかったけれど!」

「イエローさんは人物像と代名詞以外のポケモンのニックネームとか細かい設定は教えてくれなかったよな。あなた達の感性に任せますってさ」

「アタシ達はアタシ達だからね。変に元ネタを意識しないようにって配慮なのかもね」

 楽しげな声は遠ざかる。

「そうしたら、オレ達の出典作品の『ポケットモンスターブラック・ホワイト』から取って“PBW”とか?」

「それだと違う意味に取られかねないわ。けれど、アタシ達の頭文字である“BW”は残して――」

 後に残るのは小型モニターから流れるPVの音だけだった。

 

          ○

 

 そこは煌びやかな装飾に彩られる場所。

 人々の欲と欲が鬩ぎ合う賭博場(カジノ)

「お前で28人目……」

「どこの死神部隊?」

 無力化したロケット団は瞬く間に拘束されて床に転がる。

「流石“逮捕(とらえ)る者”ね。代名詞の効力はポケモンの捕獲だけじゃないのね」

 次々にロケット団を襲うボサボサ髪の少年を横目に、頭部の左右で長髪を纏めた少女は自身の仕事を行う。

「はい、貴方はこっち。貴女はこっちね」

 ロケット団に捕らわれていた乗船客を解放していた。

 自分だけではない、ロケット団に奪われていたモンスターボールからポケモンを解放し、自身の主を助け出させていた。

「“解放(はな)す者”の本領発揮か。もう、半数以上解放してるな。――っと、フタチマル!」

 横目でパートナーの活躍を確認しながら、自身のポケモンに指示を出す。

 始めは圧倒的な人数差であったが、解放された中にはエリートトレーナーやレンジャーも居たようだ。

 復帰して迎撃する者はどんどん増え、戦力差はあっという間に逆転した。

 そして最後の一人が拘束され、賭博場からロケット団の脅威は取り除かれたのだ。

 歓声が沸く中、一人のコートを着た壮年の男性が2人に近づく。

「忙しいところすまない。私はこう言う者なんだが」

 そう言ってコートから取り出したのは手帳。

 そこにはとあるマークが記されていた。

 後ろ暗い者ならば一度は目にするであろうそれは。

「国際警察のマーク? ということは……」

 世界的に有名な組織のマークが刻まれていた。

「ああ、コードネームになるが私はハンサム。察しの通り、国際警察の者だ」

「アンタがあの……」

「凄い……キャミソマさんの声そのままだ」

 2人は彼の事を良く知っていた。

 ゲーム“ポケットモンスター プラチナ”から初登場してからその後も新作、リメイク共に出演を重ねるキャラクター。

 アニメにも登場し、サトシ一行を手助けしていた。

「つい先程、ポケモンGメンでもあるワタルさんから連絡があってね、君達の事情は把握している。故にロケット団幹部の捕縛に協力をお願いしたい」

「それは何故だ?」

 少年はその提案に訝しげな表情を浮かべた。

「なに、簡単な事だ。このロケット団幹部の捕縛機会に私と相棒だけでは戦力が心許ないのさ。そして君達のバトルのセンスと技能は並のトレーナーをも上回るからね。それに、タダで手伝って貰う訳じゃない。報酬として君達の司法取引を有利に運べるよう国際警察からも口を出す。それでどうだい?」

 男、ハンサムの提案は外部とのコネクションの無い自分達にとって喉から手が出る程に欲しい物だ。

 ハンサムという男の人間性はゲームやアニメを見る限り、信頼しても良いだろう。

 だが、この世界においては彼の性格がゲームやアニメと同じと言い切る事はできない。

 考え難いが、治安組織として自分達を使い捨ての駒として利用することもありえる。

「提案はありがたいが、リーダーの断りも無く決める事は――」

「そのリーダーから受けて良いって」

 振り返れば少女が通信機を片手に答える。

「チャンピオンのワタルや博士達が後ろ盾になってくれるそうよ」

 これで簡単には裏切れない。

 そんな思いを視線に乗せて少女はハンサムを見つめる。

「安心したまえ。例え上層部がそう命令したとしても、私は自分の言葉を翻したりはしない」

「そうだと良いんだがな」

 信用はしても信頼はできない。

 それはこれからの行動次第なのだから。

 だから手を伸ばす。

「ボクはラクツ。ポケモンだろうが人間だろうが逮捕(とらえ)る事に関しては誰にも負けないと自負している」

「あたしはファイツ。どんな堅牢な檻や鎖に囚われていようとそこから解放(はな)す事が得意。目下の目標はロケット団に捕獲されたポケモンの解放よ」

 握手を交わし、契約を結ぶ。

 それは自由への一歩だ。

「君達みたいな心強い協力者ができて嬉しいよ。では、早速だが一仕事と行こうか」



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