無意識な魔法少女になる計画 (砂霧)
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無意識少女のお友達
新感覚の魔法少女ゲームへようこそ!


06/24
初め部分の削除と中を少し変えました。


「――なぜ我々が貴方に命令されなければいけないのですか」

 

 暗く陰湿な地底の奥に存在する覚り妖怪の住む地霊殿。そこの一階あるお客さんをもてなすための部屋――客間に、ここ地霊殿の主であり怨霊の管理者、古明地さとりと、この地底を含む妖怪の国、幻想郷を統べる妖怪の内の境界を管理する妖怪の賢者、八雲紫が豪華な机を挟む形で座っていた。

 

「理由は先ほど述べたはずよ。地底に住まう貴方達の方が、幻想郷の勢力の中で一番適任であると」

 

 紫は扇子で口元を隠し、私の考えが分かる貴方には断る理由なんてないはずでしょと不気味に顔を歪ませくすくすと笑う。

 

 たしかに紫の言う通り、この様な場所に来ないはずの彼女が訪ねてきた時、さとりは能力を使い、彼女の目的を全て把握した。

 紫が言う妖怪であるさとりが断れない理由もその中に含まれ、彼女は思わず顔を歪ませた。

 

「別に私たちじゃなくても、地上に住まうレミリアに頼めばいいじゃないですか」

 

 レミリアは、元々外来からきた西洋妖怪である。それに、純粋な力や数では、地霊殿と比べ、全てが上。それなら、あちらの方がこちらより適任だ。

 

「人に命令されるのが嫌い、面白いことなら訊くが暴走してしまう彼女らが作戦通りに動くと思うかしら。たまに、二人でお茶をするあなたなら分かるはずよ」

 

 八雲紫は呆れたようにため息を吐く。確かにあの人では心配ではある。

 

「……はあぁ。分かりました。こちらは全面的に協力しましょう」

 

 さとりは紫が出したものより深いため息を出し、肩の力が抜け背もたれに寄り掛かる。

 

「そう。それを聞いて安心したわ」

 

 紫はさとりの言葉に声を弾ませると、扇子を閉じ、横へ水平に動かす。すると、紫が使う隙間が現れ、中から一冊の分厚い書類と二個の薄い機械が机に落ちる。

 

「作戦の詳しい内容とその機械、スマホの使い方をその書類に載せてあるわ。今から一週間後、迎えに来るわ」

 

 それまでご機嫌ようと紫は立ち上がると、自身が入れるほどの大きさのスキマを出し、足早にこの場を立ち去る。

 さとりは、紫が置いていったその書類とスマホを持つと、紫と同様に客間を立ち去った。

 

♰♰♰♰

 

 八雲紫の話からちょうど一週間後。昼にもかかわらず暗い地底を照らす西洋のランプが灯るホールには古明地さとりとその妹の古明地こいしは、八雲紫の迎えを待っていた。

 待っている間さとりは、エントランスホール中央の階段に腰かけて、紫から渡されたスマホを見ていた。何日か捜査してスマホに慣れたさとりは、先ほどからずっとスマホをいじる。スマホからは小さいが音楽が流れ、さとりの膝にはそれを子守唄にこいしが寝ていた。

 いったいさきほどから何をしているかと言うと、それはスマホの中に既に入っていたゲームアプリで遊んでいたのだ。あの日、スマホをもらったさとりは、書類を見ながらスマホの操作確認をしていると、たまたま入っていたゲームアプリを開き、あれから一週間さとりは、ずっとゲームをしていたのだった。幻想郷にないこの娯楽は、既にさとりの趣味の一つになっていた。

 

 耳鳴りに似た音が聞こえる。さとりはゲームをポーズ画面にして、音が聞こえた方へ顔を上げると、空間に一筋の線が引かれていた。横に引かれた線は、上下に開き、中に見える目が私たちを見つめる。

 

「こちらの準備が整ったわ。さぁ早く入ってきなさい」

 

 開かれたスキマから紫の声が聞こえる。どうやらスキマの向かうで待っているようだった。

 

「こいし。迎えが来たから起きなさい」

「ん? あぁ、おはよう、お姉ちゃん」

 

 妹は体を起こすと腕を前に伸ばしほぐしていく。さとりもこいしと同じく、ゲームをしていて腕を固定して固まった筋肉をほぐしていく。

 階段から立ち上がって、スマホをしまい、書類を右腕に抱えるとスキマへと歩みを進めると、後ろからこいしが飛び出して、私より先にスキマに入ってしまった。そんな妹を可愛く思うと、私もスキマの先――外の世界へ向かった。

 

♰♰♰♰♰

 

 スキマを潜り抜けた先は、木造の壁や家具が見える。ここが、今日から作戦が終わるまでの家のようだ。さて、こいしは何処へ行ったのやら。取り合えず、一階の奥の部屋へと向かった。

 

 扉を開けると、どうやらこの部屋はリビングのようで、豆電球のライトが天井に備え付けられ、それに照らさている長方形の机にソファ二個が置かれ、紫と既に入っていたこいしが両サイドに座っていた。

 

「あら。やっと来たのね。貴方の妹は既にこちらについていたのに」

「私が遅いわけではありません。こいしが早いのですよ」

 

 勘違いしないで下さいと私はこいしが座っているソファに座る。このソファは紫が選んだにしては柔らかく、なかなかの上質のものと余計な事を考えてしまう。

 

「そんなこと別にどうでもいいわ。それより大事なのは今後の事よ」

 

 そっちから仕掛けてきたのに、こんな仕打ちを受けることに少し苛立つ。隣に座っているこいしは、そもそも紫の話すら聞いていないようで、窓から見える明るい景色を見ていた。

 紫は、あの書類を出しなさいと言う。私は持っていた書類を机の上に出した。

 

「既にその書類に書かれている通り、今の幻想郷は、大きな異変が起きているわ。これは何か月か前から確認され、起きている異変の内容は、初めは夜が無くなり、その次にあちこちで妖怪が消える現象。このことについては、妖怪であるあなたたちも気づいているわね」

「えぇ。ここ最近、旧都にいる何人かの鬼や土蜘蛛も消えたと報告がありましたから。幸い、こちらはお燐もお空も無事でよかったですよ」

 

 資料に書かれていた内容だと、原因は全く不明と記されていたが、長くから幻想郷に住んでいる私でも驚くべき言葉が至る所に出てきた。

 

「資料の初めにも載せましたが、今回の原因は外の世界、正確には、外の世界とは別の世界からの干渉だという事が分かりました」

 

 八雲紫の言葉で、多くの女性の顔写真が資料の最初の頁に載っていたのを思い出す。

 

「……その彼らを私たちは――」

 

 

「――魔法少女と呼びます」

 

 

「彼女たちの体の生態は、魔法少女になる際、体に必要以上の魔力を取り込むことで我々と同じように化け物じみた力を使うことができます」

 

 今も外の世界でそんな幻想の存在が生きていることにさとりは驚く。が、八雲紫の言う様に、それが別世界に存在するものなら、さとりたち妖怪とは違い、誰にも忘れられずに済んだのだろう。そんな風に考えると、少し嫉妬してしまう。

 常識に追い詰めらてた妖怪たちと、常識に順応している魔法少女、何故か、昔から知っているような気がした。

 

「彼らは、人間に必要以上の魔力を与える事で、勢力を拡大しているらしいわ。流石の私でも、侵入するだけで精一杯よ」

 

 あの八雲紫が弱音を言うなんてと驚く。あのうさん臭い事で有名で、人からの信頼は皆無で、それなのに好き勝手しているあの八雲紫が弱音を言うなんて、それほど追い詰められているのだろう。

 

「どうやって彼らが人間を魔法少女にしているかについては調べがついているわ。それについては、今回の事と脱線するからこれで教えておきたいことは終わりね」

「分かりました。それで、私たちは何をすればいいのですか?」

 

 紫は私の言葉に口角を上げ三日月の形になる。ほんと、こういうところが、周りから胡散臭いと言われると彼女は気づかないのだろうか。

 

「貴方達には、魔法少女となり、彼らの世界との接触、交渉をしてもらうわ。それが、貴方達の幻想郷への帰還を許す最終目的よ」

 

 既に分かっていることとはいえ、実際に本人の言葉から聞かされると、現実味が増し、少し頭がくらくらした。

 

♰♰♰♰

 

「ふぅ。疲れたぁ」

 

 八雲紫との対面を終え、私は二階に用意された自室のベッドにダイブする。時刻は既に7時を回り、本格的に作戦が始まるのは明日だ。ベッドからはお日様の匂いがして、私を眠くさせるのに十分だった。

 このまま寝てしまおうかしらと考えるが、直後にお腹の鳴る音が部屋に響く。

 

「……そっか。もうこの体は人間の体なのよね」

 

 天井へ腕を伸ばし、両手を開いたり閉めたりする。

 

 あの時、そろそろ帰ろうとする八雲紫は、最後とんでもない爆弾を置いていったのだ。

 それは、私達の体はこちらに来た瞬間、妖怪の体から人間の体へと意識を瞬時に移したと、紫は悪びれる様子もなく言い切ると、私の制止を無視し、さっさと退場してしまった。

 そういうことは事前に言って欲しいものだ。こんな話聞かされていない事に私は、紫への評価をもう一度改めて、信用ならないと判断した。

 

 深いため息を吐き、体を起こし部屋を見渡す。その部屋は、女の子らしいピンク色や大人っぽい紫色をベースに彩られたランプや熊の人形などの家具が置かれ、端の方には勉強机が置かれており、その横には私が纏めた荷物類が入っている旅行ケースが立てかけられていた。

 

「こいしはどうしているかしら」

 

 我が妹とは思えないほどに明るいこいしは、紫が話している最中も新しい家の中を探索し、話が終わている頃には既に自分の部屋で休んでいた。紫の話を掻い摘んで説明しようとしたが、疲れていたこいしはすっかり熟睡をしていたため、明日に回したのだ。

 カーテンが左右に掛けてある窓を見ると、既に月が昇っていた。

 

「そろそろ起きてくる時間だし、晩御飯を用意しなきゃ」

 

 部屋を出ようとベッドから立ち上がる。すると机の上に何かが置いてあるのが見えた。何だろうと思い、近づき、それを拾い上げた。それは縦長の茶封筒であり、表に資金と書かれ、中を覗くと外の世界で使われていると思わしき紙が数枚入っていた。

 

「これが……お金? 外の世界では硬貨は使わないのかしら」

 

 取り合えず、封筒をポケットに入れ、部屋を出て行った。

 

♰♰♰♰

 

「よし。久しぶりに作ったけれど、なかなかの出来ね」

 

 ディナーを作りにリビングに降りた私は、地霊殿から持ってきたパンを二切れ、それと奥のキッチンに備えられている冷蔵庫の材料でポトフを作った。ポトフを器に盛りつけ、ワインと共にリビングに持っていくと、こいしはソファに座り、備えられていた黒い機材から見える映像を見ていた。

 

「こいし、もう起きてたの?」

 

 私の声にこいしは振り向き、おはようと言い笑いかける。私もおはようと返し、机に器を並べた。こいしはディナーと察したのか、すぐに椅子に座る。

 

「今日のディナーはお姉ちゃんが作ったのね。お姉ちゃんの料理って久しぶりだわ」

 

 声を弾ませながらこいしは持ってきたワインを二つ分のグラスに注いだ。ことことと音を出しながら血液のように赤いワインが明るい照明に反射して光り輝く。

 

「ポトフには赤ワインがぴったりなのよ。だから、お姉ちゃんが持ってきたこれで正解ね」

 

 ポトフを分け、こいしの前に置く。鍋は後で洗うので、取り合えずキッチンに置いて来る。

 

「はやくいただきましょう」

「そうね」

 

 そして、私たちは生き物に感謝してディナーにした。

 

♰♰♰♰

 

「久しぶりに作ったけれど、なかなかのものだっだでしょ」

「結構おいしかったよ。これなら、料理人になれるんじゃない?」

「冗談でしょ。私はそんな大層な事はできないわよ」

 

 食事を終え、こいしと一緒に皿を洗う。自分でも今回料理はできていたと思う。これなら、明日も私が作ろうと考えるが、こいしに伝えることがある事を思い出す。

 

「こいし。伝えたい事があるの」

 

 今回の件についてはこいしは何も知らない。まぁ、説明しても無意識で動く妹なので伝えたのは今日までの流れだけだ。しかし、流石に伝えないのはまずいので、きちんと八雲紫の話を伝えよう。

 

「そういえば、私からも言わなきゃいけない事があるの」

 

 こいしから要件があるのは珍しい。普段は無意識で動くこいしなのだが、こちらに来て精神も元に戻ったのかしら。

 

「これ、もらったの!」

 

 こいしは懐から取り出した白い機械のようなものを見せつける。――ん?

 あれ? 確か書類に張り付けられていた写真に写っていたような。

 

「ね、ねぇ。それ、誰に」

 

 まさかとは思うが、あれではないと思いたい。だってそれは――

 

「これね、ゲームをしてたらね、ファヴっていう妖精からくれたの。それでね、私――」

 

 私の疑惑がファヴと言う名前で確信を持つ。それは、本来なら私が持つはずだった物。

 

「――魔法少女になったのよ!」

 

♰♰♰♰

 

 遡ること6時間前の事。

 

 こいしは先程から構ってくれないさとりから離れ、新しい家を探検していると、疲れたのか眠くなり、自分の名前のプレートが張ってある扉を見つけた。

 

「ここが、私の部屋ね」

 

 躊躇なく扉を開けると、そこには薄緑色の家具が敷き詰められた部屋だった。私のイメージカラーにぴったり。

 広々とした部屋を歩くと、壁際に、ほかの家具と同じ色のベットを見つけた。

 それに思いっきりダイブをして、トランポリンのように弾力があるベッドの上をはねる。流石に地霊殿にある私のベッドとは少し硬いが、なかなか楽しい。

 

「あははっ! これっおもしろい!」

 

 しかし、しばらくしているとつまんなくなってきた。眠気も吹っ飛び、寝る気も無くなってしまった。つまり、暇である。

 

「……あっ! そうだっ!」

 

 ポケットに手を突っ込み、目的の物を取り出す。それは、お姉ちゃんからもらったスマホだ。前に、董子お姉ちゃんから見せてもらったが、これで遊べるって言ってたのを思い出す。

 董子お姉ちゃんが使っているのをこっそり見ていた私は、董子お姉ちゃんのように片手で操作ができず、仕方なく両手でタッチパネルを操作する。

 

「えぇっと、確かこれを押せばゲームが始まるんだっけ?」

 

 出てくるアイコンを押すが、電卓やら電話帳など全然関係ないものが出てくる。

 

「……これじゃない。……これでもない。……これはゲームじゃないわ」

 

 しばらくすると、画面が暗くなり、小さな文字がいくつか浮かび上がり、董子お姉ちゃんのスマホで見たのにそっくりだった。

 

「これこれ。でも、董子お姉ちゃんのとはちょっと違うような……まあいっか」

 

 少しの疑問をよそに、暗くなった画面は徐々に色づき、大きなタイトル画面と共に愉快な音楽が流れる。

 

「あれ? こんなタイトルだっけ?」

 

 この前見たゲームには『パチモンGO』と出たが、今画面に出てきたのは『魔法少女育成計画』と書かれ、左右に可愛い女の子の絵が出てくる。

 しかし、これも些細な事と考えると、画面を触りゲームを始めた。その瞬間――

 

「こんにちは!僕と契約して魔法少女になってぽん!」

「……誰?」

 

 やっとゲームができると思ったのだが、画面に映るのは、あの魔法使いのような白と黒の大きな餅ときりたんぽがくっついたような生き物らしき生き物が出てきた。外の世界の技術ってやっぱりすごいなぁと思いながらそれを突っつく。

 

「ちょっと、やめるぽん! くすぐったいぽん!」

「あ、やっぱり生きてるんだ。てっきり映像だと」

 

 失礼なとさっきからぽんぽんとちょこっと苛つかせる語尾が特徴の生き物が画面内で飛び跳ねる。ちょっと猫かぶりかもしれないが、マスコットみたいで可愛いと思う。

 けれど、それはそれ、これはこれ。ゲームを邪魔されて不機嫌になる。

 

「で、ゲームの邪魔をしてまで私に何か用? それとも、あなたがゲームのチュートリアルをしてくれるのかしら?」

「それはごめんだぽん。別に悪気はなかったぽん。その代わり、あなたは本物の魔法少女に選ばれたぽん!」

 

 魔法少女? それって前に地霊殿を攻め込んできたあいつのようになれるってことかしら。そんなんだったらお断りだ。誰が好んであんな泥棒になりたがるんだか。

 

「悪いけど、やめておくわ」

「えっ!? なんでぽん! 普通はみんな自分からなりたいって言うんだぽんよ!」

「そもそも、なんで魔法少女にならなきゃいけないのよ」

 

 別に魔法少女になっても楽しいわけではないし。何より彼女のような泥棒になるぐらいなら断ったほうがましです。 

 

「魔法少女になれば、身体能力が上がるのはもちろん、固有の魔法も使えて、人助けだってできるのだぽん」

 

 こいつの人助けができるという言葉に、お姉ちゃんの事を思い出す。最近、頭を抱え私とも遊べる時間が減るほど忙しいお姉ちゃん。

 ――もし、魔法少女になればまたお姉ちゃんと遊べるのかな。

 

「……いいわ。その魔法少女って奴になってあげるわ」

「ほんとだぽん!?」

 

 暇つぶしにちょうどいいかもしれないし、何より――お姉ちゃんに褒められる。

 

「それなら、早速契約と言いたいところだけど、その前に、僕の名前はファブ。このゲームのマスコットキャラのファブだぽん。次はあなたのお名前教えて欲しいぽん」

 

 なんか悪徳勧誘みたいなのりで淡々と話を進めているが、ファブだなんて変な名前。

 

「私の名前は古明地こいしよ。古く明るい地下と書いて古明地で、名前はひらがなよ」

「別にそこまで教えて欲しいとは言ってないぽんけど、まぁ取り合えずこれで魔法少女になれるぽんよ」

 

 長ったらしい説明が終わると、画面に映っていたファブの姿が消え、ご丁寧にタップと書かれた魔法陣が現れる。

 

「さて、ここから私の魔法少女ライフが始まるのね。いったいどんな事が始まるか、楽しみだわ」

 

 古明地こいしは、その思いを胸に、人差し指で魔法陣に触れた。

 

 

 

 二次元では興奮を実際に魔法少女になって味わえる新感覚の魔法少女ゲーム。一度やったら抜け出せない感覚で病みつきです。

 あなたも魔法少女になりませんか?

 



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実績『チーム結成!』が解除されました

 魔法少女限定チャット

 

 

 森の音楽家クラムベリーさんが魔法の国に入国しました。

 ルーラさんが魔法の国に入国しました。

 たまさんが入国しました。

 スイムスイムさんが魔法の国に入国しました。

 

 森の音楽家クラムベリー:こんばんは。今日はファヴが言っていた、新しい魔法少女がここに来るらしいですね。

 ルーラ:ふんっ。また馬鹿を増やすなんて、ファヴは何考えてるやら。

 

 ユナエルさんが魔法の国に入国しました。

 ミナエルさんが魔法の国に入国しました。

 

 スイムスイム:うん

 ユナエル:それで、そいつの教育係は誰になるのかな~

 ミナエル:どうせだったら私たちがなってやろうよ!

 

 ファヴさんが魔法の国に入国しました。

 

 ユナエル:いいねぇ!お姉ちゃんマジクールじゃん!

 ファヴ:それには及ばないぽん。既にあの子のレクチャー役は決まってるぽん。

 

 トップスピードさんが魔法の国に入国しました。

 

 たま:優しい子だったらいいな~

 トップスピード:おっす! 今さっき過去ログを見てきたけど、次のレクチャー役はリップルにしてくれって言ったが、採用してくれたのか?

 ファヴ:違うぽん。あの子にはリップルより前に頼まれていた彼女に頼んだんだぽん。

 

♰♰♰♰

 

 静寂が私以外居ない夜の公園を支配する。私はファヴに言われ、ここで待つように言われたのだ。

 何でも、私を教育してくれる人が来てくれるとか。どうせだったら友達になれるといいなぁと思いベンチに座りながら足を動かす。

 すると、ざくざくと砂を踏む音が徐々に私に近づいてくる。

 

「……あんたがあいつの言ってた新しい魔法少女かい?」

 

 外国人のような大人の声が聞こえ、そちらを方を見ると、銃をこちらに向けている魔法少女らしい女の人がいた。

 その姿は、この前テレビで見た西部劇のような服装にカウボーイハットを被り、どこかかっこいいと思ってしまう。

 

「そうだけど、貴方がファヴの言っていた――」

 

 私が話そうとした瞬間、彼女は向けていた銃の引き金を引き発砲した。放たれた弾丸はオーラみたいなものを纏わり、その威力を格段に上げていた。

 けれど、毎日弾幕ごっこをしていた私にとって、それは小さな自機狙い弾に近い。

 瞬時に立ち、弾丸の軌道から外れるよう横に移動する。弾丸は右腕を掠るか掠らないかぎりぎりの距離で横を通り過ぎて行った。

 命中すると思っていた彼女は、驚いた顔をするが、またトカレフを今度は顔に向けて笑う。

 

「まさか、私の弾丸を素人が避けるなんて、正直驚いたよ」

 

 けれどと、トカレフを向けたままゆっくりと私に近づく。そんな様子に、私はいまだに状況を理解できなかった。

 

「カラミティ・メアリに逆らうな。煩わせるな。そして……ムカつかせるな!」

 

 瞬間トカレフから弾丸が連続で3発放たれるが、一直線の軌道のそれをジグザクに避けながらカラミティ・メアリの目の前に近づく。

 彼女は、私の動きに驚き隙を見せてしまう。私はその隙を見逃さず、ポケットから銀のナイフを取り出し首元に振るう。

 しかし、カラミティ・メアリは自らに死が近づいていると気づき、間一髪トカレフでナイフを防ぐ。

 

「あれぇ? よく防げたね。私的には殺せたと思ったのに」

「ふん。馬鹿言うんじゃないよ。私は泣く子も黙るカラミティ・メアリ様だぞ。こんなんで殺せると思うなよ!」

 

 トカレフとナイフが交差する中、徐々にナイフが押され始まる。そして、そのまま押し返されるがバックステップで下がりナイフを構える。

 再びカラミティ・メアリはトカレフを構えるが、そんなので私を殺すなんて無理な話だ。

 私は能力を使う。私の能力は一見弱そうに見えるが、本来これは戦闘用ではないのだ。けれど、この様に敵を錯乱させるにはぴったりなのが私の能力。

 

「っ!? どこだ! 隠れてないで出てこい!」

 

 カラミティ・メアリは急に混乱し始めて、あちこちに弾丸を放つ。そんな彼女に、私はゆっくりと近づき、後ろに張り付いて、ささやく。

 

「――もしもし、私メリー。今、――貴方の後ろにいるの!」

 

 声に気づいた彼女は振り向くが、時すでに遅し。持っていたナイフの柄を彼女の後頭部に勢いよく振り下ろす。

 がんっと大きな音が響き、強い衝撃を受けたカラミティ・メアリは何歩か下がる。

 

「うぅ。……ここまで、私をコケにしたのはあんたが初めてだよ。殺さずに、ただ怪我をさせるだけだなんてね」

 

 出血した後頭部を押させ、私を強く睨みつける。そんな彼女に対し、私は笑い返した。

 

「別に殺してもいいけど、今日はそんな気分でもないし、それに――いつでも殺せるからね」

「このっ! 殺す! ブラッディ・メリー!お前は私が絶対殺してやる!」

 

 声を荒げ、歯を噛み締めながら、カラミティ・メアリはこの場を去っていった。

 その場に残ったのは、夜の静寂だけが残っていた。

 

「――おい。そこの貴様、私の配下になれ!」

 

 その静寂を破るかのように、大きな声が響く。

 その声に反応し、後ろを振り向くと、お姫様のような姿をした女の子は、手に持った王冠がついた杖を私に向けていた。

 

♰♰♰♰

 

 夜にここを通る人は少ないだろう。最近、ここらで幽霊騒ぎが起き、みんな気味悪がって夜は外出しないようにしていたのだ。

 そんな幽霊騒ぎの犯人であるが当の本人はそれに気づいておらず、この町で大きい部類に入り、町の人から見捨てられたボロボロの寺――王結寺の中で行燈の光の中それぞれ過ごしていた。

 

「お姉ちゃんこれかな。『胸に目がついた魔法少女』って言うのが」

「これがファヴが言ってた新しい魔法少女か……今頃どんな酷い目に合ってんやら」

 

 中には魔法少女が四人いて、そのうちの二人は天使のような姿をし、それぞれ右翼と左翼が一つしかない魔法少女がスマホを見え合い、それを見ながら不気味に笑い、もう一人の犬のフードを着た魔法少女は、あまりの遅い時間からか柱に背を預け、頭を上下に動かしながらこくこくと寝て、最後に白いスクール水着に蝙蝠の羽が生えた魔法少女は、奥にある台の上でじっと正座をしていた。

 しばらくの間、こんな時間が続いていると、外へとつながる襖が勢いよく開かれる。その音に天使の魔法少女――ユナエルとミナエルは肩をビクッとさせ、フードの魔法少女――たまは、急な音に驚いてしまい立ってしまい、スクミズの魔法少女――スイムスイムはただ帰ってきた人物を見ていた。。

 そんな状況を生み出して帰ってきたお姫様姿の魔法少女――ルーラは、後ろに連れた魔法少女と共に、奥の台へ立ち上がる。

 

「馬鹿ども! 今週入ってきた魔法少女については知っているな」

 

 彼女の言葉に、魔法少女たちは頷く。

 

「その魔法少女――ブラッディ・メリーが、我が配下に加わった。ブラッディ・メリー。我が下僕達に自己紹介をしろ」

 

 黒い大きな帽子を被り、薔薇の刺繍がある薄緑のワンピースを着て、ワンピースに似合わない水色の閉じた瞳が胸に付き、ブラッディ・メリーと呼ばれた少女は、両手でワンピースの裾を持ち上げ、腰を軽く下げる。

 

「初めまして。私はブラッディ・メリー。ルーラちゃんに言われて、今日からみんなと一緒に協力することになりました」

「おい! 私をちゃん付けで呼ぶな!」

「あら、いいじゃない。ルーラちゃんの方が可愛いわ」

 

 そんなメリーにルーラは怒鳴るが、メリーは悪びれる様子もなくユナエル達に近づく。

 

「なっ何、私に何か用」

 

 ユナエル達は警戒するが、メリーは二人の片手を手に取り、一方的に握手をする。

 

「初めまして! ここに来る途中、ルーラちゃんから聞いたけど、ミナエルちゃんとユナエルちゃんだよね。私とお友達になりましょう」

「……えっ。いきなり何なのこいつ」

「別にいいじゃないそんな事。ルーラちゃんの友達なら私の友達でしょ」

 

 ミナエルはメリーの言葉にはぁっ!? と驚き、ユナエルに至ってはだらしなく口が開きっぱなしになっていた。

 そんな事に気にする様子は無く、次はたまの所へ瞬時に動き手を握る。

 

「初めまして! あなたがたまちゃんね!お友達になりましょう!」

「えぇっ!? ……えっと、私でよければ……喜んで!」

 

 たまは、メリーの勢いに飲まれ、つい返事してしまった。たまが友達になってくれると聞き、メリーは嬉しくなり、喜びのあまり寺の中を踊る。

 

「やったぁっ! 友達が三人も増えたっ! 今日は実に素晴らしい日だわ!」

「ちょっと! 寺の中で暴れるんじゃないわよっ!」

 

 踊るメリーに寺は軋み天井からほこりが落ち、それに対しルーラも怒鳴り散らすが、その言葉にメリーは振り向くが、その視線はルーラの隣で正座しているスイムスイムへ向いていた。

 

「あっ! あなたがスイムスイムね!」

 

 メリーとスイムスイムとの間にユナエル達がいたため、メリーは魔法少女の中でも異常なほどの脚力でスイムスイムの前まで飛び越える。幸い天井にぶつからなかったが、着地した反動で寺を支える柱が倒れかける。それに気づいたミナエル達は、急いで柱を支える。

 

「うっ! お、重いぃ」

「お姉ちゃん、しっかりぃ」

「おっ重いよぉ」

 

 何とか魔法少女三人により柱は元に戻るが、柱が倒れかける原因になった本人は無邪気にスイムスイムと握手をする。

 

「っ!? メリーッ! その場で正座しなさい!」

 

 堪忍袋の緒が切れたルーラは魔法を使いハイテンションのメリーを正座させたのだった。

 

♰♰♰♰

 

 メリーの自己紹介が終え、これからルーラはメリーの魔法少女としての教訓を教えようとするが、メリーのとばっちりを受けた三人もなぜか正座させられていた。

 

「さて、お前にはこれから魔法少女としての教訓を私が直々に教えてやろう」

「わぁ! これからみんなでお勉強会をするのね!」

「黙ってろこの馬鹿っ!今、私がしゃべっている途中だろうが!」

 

 はぁいとメリーは反省してないと分かる声を出し、流石にルーラも頭を抱える。

 そんな様子に隣で座っているミナエル達の二人はメリーを睨んでいた。

 

「なんで私まで正座しなきゃいけないさ。これも全てあの新人のせいだ」

「ホントだよねぇ」

 

 しかし、そんな二人に気づかずいまだにルーラと言い争いをしていた。

 

「あ、あのぉ。ちょっといいかな?」

 

 ピーキーエンジェルズの隣で正座をしていたたまが手を上げる。すると、言い争いをしていた直後だったため、鬼のような形相したまま振り向き、たまは小さな悲鳴をあげる。

 

「んっ、何? 言いたいことがあるなら早く言いなさいよ」

「えっえぇっと、……もし、よかったら私がメリーちゃんの教育係に――」

「馬鹿が教えても馬鹿になるだけでしょっ! それぐらい考えときなさいよっ!」

 

 寺にルーラの怒声が響く、それにたまは縮こまってしまった。すると、さっきまで正座していたメリーが二人の間に入る。

 

「ケンカしちゃだめだよ! それならみんなで勉強しよ! そうすれば丸く収まるはず!」

「丸く収まるわけないでしょ! 私はっ! あんたら馬鹿共の頂点なのよ! 私があんたらと一緒に出来るわけないじゃない!」

 

 今日のルーラはとてもイライラしていた。カラミティ・メアリに勝った新人魔法少女を新しい部下として迎えられると思った矢先、実際に話してみると私を苛つかせる言葉を並べるとんでもない馬鹿だったからだ。本来なら、私がこいつに魔法少女としての教訓を教え、私の忠実な部下になるはずなのだが、たまが余計なことを言ったせいでわざわざ作った書類も無駄になり、何よりメリーのさっきの戦っている時と今の時の落差が激しく、精神体と共に疲れ切っていた。

 そんなルーラは、メリーに次々と怒鳴るが徐々に勢いが無くなり、最後には膝をついて息切れをしていた。

 すると、メリーは座り込んだルーラの後ろに立ち、腕を首に回した。疲れ切ったルーラには驚くことさえできなくなり、ただただ呼吸を整えようと酸素を取りこんでいたが、そんなルーラにメリーは微笑んだ。

 

「……別に、そんなの関係ないと私は思うなぁ。私たちは、みんな友達なんだし、友達同士で勉強することなんて恥ずかしいことじゃないんだよ」

 

 その声は、とても柔らかく疲れ切っていた私によく響いた。まるで、――駄目な私を慰めてくれるお母さんのように。

 私がそんな事を感じている間、メリーはピーキーエンジェルズにそうでしょと問いかけ、そんなピーキーエンジェルズもしぶしぶ一緒に勉強することになった。

 

♰♰♰♰

 

 古明地さとりは、スマホのデジタル時計を見ながら八雲紫の到着を待っていた。

 現在の時刻は午後十時五分前。八雲紫が提示した時間は十時と定められていた。さとりは、スマホを見ているとあるアイコンに目が行く。それは、本来私が魔法少女になるために起動させるはずだったソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』だ。私は、自然とそのアイコンにタップしようと指を近づける。

 本来ならこいしが魔法少女になるのではなく、私が危険な役目をするはずだったのだ。しかし、運命のいたずらか、果ては悪魔の罠か、その役目をこいしが請け負うことになってしまった。今回の失敗は、私の責任だ。だから、私も――

 

「何をしているのかしら?」

「っ!?」

 

 ふいに声が聞こえ、スマホから顔をあげる。すると、いつここに来たのか、向かい側のソファに八雲紫が座っていた。紫は、私の今までの行動を見ていたようで、深いため息を吐くと、持っていた扇子を私のスマホに向けると、スキマが現れそこから伸びる紫の手がスマホを取り上げてしまった。

 

「あっ! なっ何をするんですか!」

「それはこっちのセリフよ。いったい何をしようとしていたのかしら」

 

 スキマからスマホを取り出し、画面を見せびらかすようにして私を睨み上げた。すぐさま反論しようとしたが、私がやろうとしていた事は紫にするなとくぎを刺されていたため言い訳できなかった。

 

「あなたにはあなたの役目があると前にお伝えしたはずよ。なのになぜ私の命令を無視するのかしら」

「……私がいけないから。こいしがあんな危険な役目になったのは私の不注意だから」

 

 手に自然と力が入る。爪が食い込み、とても痛いがそれも私への罰だと感じると痛みはあまり感じられなかった。

 紫はさとりの様子を見ながら、先ほどよりも深いため息を吐くと、スマホを操作する。

 

「貴方が勝手に責任を感じるのなら別にどうでもいいわ。けれど――」

 

 操作し終えたスマホをスキマ経由で私の膝の上に落ちる。そこから見えるのは、デスクトップで、特に変化はなかった。

 

「貴方は幻想郷のために動いているのよ。勝手な理由で動かないでもらいたいわ」

「けれどっ!」

 

 すると、紫は口元を歪める。その意味不明な行動に私は背筋が寒くなるのを感じた。

 なんだ。いったいなんなんだ。彼女は、八雲紫は何を考えているんだ。

 紫は、歪めた口を開き、ささやきかけた。

 

「――そもそも、私的にはどちらが魔法少女になっても構わない。そのために、二つのスマホにわざわざある程度進めておいた『魔法少女育成計画』を入れたのだから」

「……えっ」

 

 どういう事。つまり、私は彼女に嵌められたのか。そう考えると、自責の念は消え、代わりに彼女に対する怒りがふつふつとあらわになる。

 

「このっ! 私は、こいしたちに危険が及ばない条件であなたに協力したんですよ! なのにっ! これじゃぁ意味ないじゃないですか!」

「別に騙したりはしてないわよ。本来のあなたたちの体は、河童が厳重に管理しているし、例え今の体が機能しなくなっても、意識が元の体に移るだけよ」

 

 だからと、紫はソファから立ち上がり、私の後ろに回り込むと、耳元にささやいた。

 

「これも小さな犠牲と思いなさい。悪いのは、私の裏を読めなかった貴方達なのだから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は立ち上がり、ポケットからダガーを取り出して、後ろの不届きものに向かって振り下ろす。ダガーは私の狙い通り、彼女の首に刺さる。

 ――はずだった。

 ひゅっと風を切る音が聞こえたと思うと、赤い液体が私の目に、むせ返るような匂いが私の鼻に、そして――ソファの上で今も絶えずどくどくと赤い液体を流す私の手だったものが転がっていた。

 ――いったい何が起きたの。

 そう思考する間に、右手を失った腕から血が噴き出し、私の体にかかり強烈な痛みが襲ってきた。

 

 

「っううっぁ!?」

 

 あまりの痛さに甲高い悲鳴を出してしまうが、それに構うことなく、紫を睨もうとするが、既に彼女はいなかった。

 

「ちなみに貴方達の体は、ただの人間の体ではなく手はちゃんと再生するから安心しなさい」

 

 風に乗って来るこの声は、ただただ私の恐怖心をあおるだけだった。

 



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依頼を解決しましょう

 太陽が顔を出す早朝。今日は平日であり、朝早く起きる人なら既に起きている時間だろう。あと数時間経ったらほとんどの人が仕事や学校へ行くための準備をするはずだ。

 そんな早くの時間、住宅街の路地裏から出てくる小学生くらいの女の子が出てくる。彼女は、周りに人がいるかを確認すると、彼女は何かを呟くと同時に体が発光し始める。その光が収まるころには、そこに小学生のぐらいの少女は消え、代わりにその少女が少し大人びたかのような姿をした中学生ぐらいの少女が立っていた。その姿は、巷で噂になっている魔法少女の一人『胸に目がついた魔法少女』こと『ブラッディ・メリー』がいた。

 彼女――古明地こいしは、ここN市の住民ではない。では、他の市の人か、それとも県外に住んでいるか、まさか外国に住んでいるかと言えば全てノーと彼女は答えるだろう。彼女は、日本出身だが、少し環境が違う場所、詳しく言えば政府ですら存在が確認されていない土地――幻想郷の住民である。そんな彼女は、もちろん他の魔法少女のように学校や仕事に行かなくてもよく、彼女はそれを利用し早朝から魔法少女としての仕事をしているのだ。

 メリーは助走をつけて家の屋根から屋根へと飛び移り、上空から困っている人を探していた。本来の彼女なら空を飛んで探そうとしているが、なぜかこちらに来てから空が飛べなくなっていた。幸い弾幕を組むことは出来るが、幻想郷にいた頃に比べ、力が出せなかったのだ。しかし、メリー本人は、外の世界ではこんなものか片付け、地道にキャンディー集めに精を入れていた。

 住宅街を離れしばらく飛んで十字路の方へ向かうと、奥から居眠り運転のトラックが走っていた。早速見つけたと喜ぶと今までより高く飛び上がりトラックの荷台に着地する。そこから落ちないように運転席側の窓を叩くと運転手が飛び起きる。前方を指さし、注意を促すと運転手の意識は覚醒しハンドルを握った。

 それを確認すると同時に荷台から降り、ビルの屋上へ一気に飛ぶ。

 

「さて、どのくらい溜まったかな……たった20個か。まぁ、そのぐらいが妥当だよね」

 

 魔法の端末(マジカルフォン)で今回のキャンディーを確認していると、端末からファヴが出てきた。

 

「やっほぉだぽん。相変わらず早起きだぽんねぇ」

「私は他の魔法少女とは別にやることないからね。これも暇つぶしみたいなもんだし」

「キャンディー集めを暇つぶしだなんて強者の油断だぽん。いつか寝首を狩かれても知らないぽんよ」

 

 ファヴの言葉に笑いながら、魔法の端末を閉じようとするとファヴに止められる。そうだ、確かファブの方からこっちに来たのだからファヴの方に用事があるのだ。

 

「何かな。早くキャンディー集めを再開したいのだけど」

「まぁまぁ、妖精の話は最後まで聞くぽんよ」

 

 と言っても信用ならない。前にもこのような話で公園で待っていたら何故か攻撃されたし。

 だからと言って無理やり通信を切ろうとすると泣かれるし、なので閉じかけた魔法の端末をもう一度開く。

 

「こほん。昨日から魔法少女が増えたぽんよ」

「そうなの?」

「まぁ教えられなかったぽんからね。昨日のメリーは早く寝てしまったからぽん」

 

 そういえば、昨日は帰った矢先に部屋に入りそのまま寝てしまったことを思い出す。けれどしょうがない。いくら妖怪だからって眠らなくてもいいってわけではない。それに、こっちに来てからは一日寝ないだけでも倒れてしまったのだから。 

 

「言いたいことはそれだけぽん。それと、今日はチャットの日だから来れるなら来るぽんよ。それまでの間キャンディー集め頑張るぽん」

 

 言いたいことを言ってファヴは端末から消えていった。

 私は魔法の端末をしまうと、新しい魔法少女と友達になれるといいなと思いながら再び人助けへと足を動かした。

 

♰♰♰♰

 

 古臭い王結寺の中。行燈の光だけが周りを照らし、そこにはメリーを抜いたルーラ率いる魔法少女がいた。

 ルーラは奥の台に座りながら、メリーが来るのをいまかいまかとイライラしながら外へ通じる襖を見ていた。

 しばらくするとぎしぎしと音が聞こえ、ルーラは立ち上がると襖が開かれた。

 

「ごめぇん。待たせちゃった?」

「遅い! 集合時間を5分過ぎてるわよ! 時間を守れこの鈍間!」

 

 ルーラの怒声が寺に響き、ルーラの前で正座していたたま達が耳を塞ぐ。けれど、メリーは悪びれる様子もなくたまの隣へ座る。

 

「まったく。時間すら守れないなんて魔法少女としての自覚無いんじゃないの」

「心配ないよ。次はちゃんと間に合うように来るから」

 

 こいしの通算27回目に言い訳を聞き流しながらルーラはメリーを呼び寄せ、仕事の詳細を聞く。

 最近の仕事探しはメリーがやっている。前までは私がこいつらの仕事を探していたが、メリーが入ってきてから何処から持ってきたか分からない仕事をするようになった。前は騙し盗まれたお金を依頼主に返したり、自殺する女性の説得など、時には危険な仕事もした。当然、初めは反対したが取得キャンディーの多さから私は仕事探しをメリーに頼んだのだ。

 メリーが私に耳打ちする。聞かされた仕事内容に歪むが、後で手に入るキャンディーの数を考えるとなかなかおいしい依頼だった。

 私は立ち上がり、王笏をたま達へ向けて今日の仕事内容を言った。

 ピーキーエンジェルズは内容に驚き、たまは体を震わせ、スイムスイムはいつものように正座をしたままだった。

 言い終えたメリーは襖へと走り、思い切り開け放す。

 強い風がルーラの髪を撫で、風に乗って聞こえて来る虫の音が私たちの包むようにうるさかった。

 

♰♰♰♰

 

 薄暗い畳の部屋に小学生らしき子供が縄で縛られた状態で放り出されていた。子供は動く様子は無く、薬で眠らされていると分かるだろう。

 部屋の奥では壁に寄り掛かりながらスマホを耳に当て笑っている中年男性がいた。彼のスマホからは女性の叫び声が聞こえ、だれが見てもこれは誘拐と判断するだろう。

 スマホを切り、懐へしまうと彼は気づいた。縛っていた子供がいないのだ。

 

「なっ!? どこだ! 勝手に逃げるな!」

 

 怒鳴り散らすが、後に残ったのは静寂と彼の怒りだけだった。

 瞬間、玄関のチャイムが鳴る。急な来訪者の出現でどきっとするが、冷静になり覗き穴から確認すると段ボールと配送業者の服を着た青年が立っていた。

 宅配便だと思い安堵する。そのまま扉を開けると、目の前にどこかの童謡のお姫様のようなコスプレを着た女の子が持っている王笏(おうしゃく)を自分に向けていた。

 

「ルーラの名のもとに命じる。そこを動くな」

 

 

「ここがメリーの言っていた誘拐犯の家ね。ど屑にぴったりな家じゃない」

 

 ぼろいアパートを見ながらルーラはメリーから伝えられた情報を元に作った作戦通り二階手前の扉の前に立つ。暫くすると、ミナエル達が戻ってくる。

 

「メリーの方は侵入成功だよ」

「よし。では、作戦開始!」

 

 私の宣言を合図にミナエル達の姿が変わる。色が変わり、捻じ曲がり、その姿は次第に大きくなり、ミナエルの方は段ボールに、ユナエルの方は配送業者の服を着た青年へと変わった。

 変身したユナエルは段ボールのミナエルを持つと、扉の横に備え付けられている呼び鈴を鳴らす。

 しばらくすると、扉の奥で物音が聞こえ、逃げる王笏をユナエルの後ろに構える。

 扉が開く瞬間、ユナエルたちは元の姿に戻り横に逃げる。扉の奥から出てきた中年男性に向けて魔法を放つ。

 

「ルーラの名のもとに命じる。そこを動くな」

 

 魔法が掛かった男性は石のように動かなくなる。

 

「うまくいったね」「これで依頼は成功だよ」

「こら。最後まで油断するな。さっさと中のメリー達と合流しろ」

 

 叱られたミナエル達は急いで中に入っていった。このポーズ疲れるんだから早くしなさいと悪態付きながら動けないでいる男性を睨んだ。

 

 

 中に入ると、そこはキッチンやら冷蔵庫やらが置かれ最低限生活できる部屋になっており、食べた後に放置されたカップ麺にハエがたかり悪臭を放っていた。

 

「うわっ。変な臭い。鼻が曲がるよぉ」

 

 鼻を摘まみながらここにいるはずのメリーを探していると、空いているタンスの奥に1mほどの穴が見えた。これは、たまが開けた穴だと考え周囲を見回す。

 

「おぉい。メリーやぁい。さっさと魔法解除してよ」

 

 適当にそこら辺に呼び掛けると、誰も居なかったと認識していた場所に、いつの間にかメリーが誘拐された男の子を抱いていた。

 情報によると寝ていると聞いていたが、メリーが起こしたらしい。

 

「見っけ。どぉ? その子大丈夫?」

「何とか大丈夫だよ。強くロープで縛られていたから後が残っているけど、しばらく経ったら消えるから問題ないわ」

 

 メリーが男の子を連れ、部屋を出て行く。そこで、私は思い出した。

 

「あれ? そういえばたまは?」

「たまなら、穴をあけたらせっせと外に出ちゃったわ」

 

 たまの安否を聞き、メリーに続きてユナエルと共に部屋を出る。

 まだ魔法をかけらている男性は動いておらず、ルーラの隣で魔法の端末で警察に電話をしているスイムスイムがいた。

 

「子供は助けたな。なら、魔法を解くわよ」

 

 ルーラは向けていた王笏を下ろすと同時に、動いていなかった男性は急に動いた反動で尻餅をついた。

 

「いっいったい何なんだお前ら!?」

 

 急に現れて子供を助けた私たちを指差し、後ずさるながら半狂乱に叫ぶ。

 そんな男性にルーラは近づき、冷ややかな視線で微笑する。

 

「お前のような屑に名乗るのも馬鹿馬鹿しいが、まぁ特別に教えてやろう」

 

 王笏を男の眼前に向け、お姫様のような無邪気な笑顔で言い放った。

 

「私たちは魔法少女! 腐った世の中を正す者だ!」

 

 ルーラは決まったかのようにどや顔をするが、スイムスイムに袖を引っ張られて表情を元に戻す。

 

「警察には言った」

「よし。後はこいつと子供を警察に引き渡すことか。メリー、手筈通り頼んだわよ」

「りょうかぁい!」

 

 ルーラ達はメリーに後の事を任すと、アパートを出て寺へと帰っていった。

 メリーは子供を抱きしめ、背中を摩る。

 

「よしよし。怖かったよね。でも大丈夫だよ。もうすぐで警察が来るからね」

 

 摩っていると、後ろから何かを引きずる音が聞こえ、後ろを振り向くとさっきまで腰が抜けていた男が部屋から持ってきたと思われる金属バットを振り被っていた。

 そのまま金属バットはメリーに向かって振り下ろされるが、普通に人とは違う魔法少女にとっては、一般人からの攻撃はスローモーションのように見える。

 メリーは振り下ろされる金属バットを片手で止める。その光景に男は怯むが、金属バットを動かそうと力を加える。

 しかし、それでも動かない金属バットをメリーは押し出すと、急に加えられた力にバランスを崩し、壁へとぶつかってしまった。

 

「あぁあ。大人しくしてればいいのに。大人しくさせるには――やっぱりただの肉塊にしたらいいのかな?」

 

 ポケットからナイフをちらつかせて少し低い声を出すと、男の恐怖が頂点に達したのか男は横へ倒れ気絶してしまった。

 パトカーのサイレンが近づいてくるのが聞こえ、メリーは子供を軽くなでる。心なしか子供の頬が赤くなるのを見ると、いじめたい衝動に駆られるがルーラに怒られるのが嫌なので、メリーも足早にその場を去っていった。

 

♰♰♰♰

 

 N市内で二番目に高い山、船賀山。そこの南側の奥に小さな山小屋がある。本来、この様に荒れ果てた土地に人は近づかないが、元から住んでいる森の住人たちは山小屋の屋根を上り、中から聞こえているピアノの音を子守唄にうとうとと寝ていた。警戒心の強い小動物達さえも虜にするピアノを弾いているのは、一人の女性だった。

 彼女の姿は、童話で見るエルフのような耳、おもに白と緑が主流の服に蔓が絡まり、彼女のさらさらな金色の髪には青と赤でグラデーションされている薔薇を付け、見るからに異様な姿だが、本物のエルフを思わせるほどの美しさと怪しさを(さら)し出していた。

 彼女が森の住人を虜にさせる音楽を生み出している魔法少女――森の音楽家クラムベリー。クラムベリーは、白いピアノを一心不乱に弾き、二つ名の通り森の音楽家と名乗るのに十分だった。

 ピアノの上には黄金色に輝くコンパクト型の魔法の端末が開かれ、立体映像であるファヴがある新聞を出していた。

 

「マスター。また、ルーラ達がとんでもないことやらかしたぽん」

「またですか。これで計29回目ですよ」

 

 クラムベリーはピアノを弾きながらもファヴが出している新聞を見る。そこには、『誘拐犯逮捕。犯人の身に何が起きたか』と大きな見出しが載せられていた。詳しく読むと、犯人は魔法少女にやられたと供述した後に狂ったかのように笑い出して、警察は犯人を精神病院に送ると書かれていた。

 深いため息を吐いて再びピアノに集中する。

 

「やっぱり、あの魔法少女が原因だぽん。前にちょっと忠告はしてみたぽんけど、てんで相手にならなかったぽんよ」

 

 ファヴの言葉に新しく入った魔法少女の事が思い浮かぶ。と言っても、その後にまた魔法少女が増えたため新しいとは言えないけれど。

 彼女、メリーが魔法少女になりルーラ率いるチームに入った時に全てが大きく変わった。

 まず、メリーがルーラの元へ持ってくる仕事は、他の魔法少女が行っているものとは違い、過激で刺激があるものだ。

 それについては目をつむるが、問題は、その時に手に入るキャンディーの量が異常であり、現在の順位では一位二位と共にスノーホワイトとラ・ピュセルが入り、三位にカラミティ・メアリ、それに続いて四位から九位の全てがメリー達が入っているのだ。つまり、近い将来に行われる選抜試験に支障が出るかもしれない。弱い者が生き残り、強い者が負けるなんて、クラムベリーにとっては面白くなかった。

 

「そもそもメリーは、初めから異質だったぽん。魔法少女にする時、何故か初めてもいないのに既にアバターが決められていたぽんし、何よりファヴはあんな魔法知らないぽん」

「なに? そんなの聞いていませんよ」

「伝え忘れたぽん。まぁ、こんな情報は今必要ないぽん。問題は、どうすればメリーをゲーム開始前に始末できるかだぽん」

 

 ファヴのいい加減さにため息を出したくなるが、ぐっと堪える。

 クランベリーは別にメリーを始末しなくてもいいのではないかと考え始める。だって、彼女がいれば、もっとゲームが面白くなりそうだからだ。

 演奏を止め、いまだにべらべらと喋る魔法の端末ををしまう。座っている椅子に寄り掛かり、ふと窓を見る。今日は満月なようで、クラムベリーの三日月に歪む口元を照らしていた。

 

♰♰♰♰

 

 女の子らしい勉強机には、その机に似合わないような書類やファイルが重なり、古明地さとりは今週に送る報告書をまとめていた。けれど、報告する内容が私たちがここにきて一か月の間まだ見つかっていない。本来なら、私が魔法少女になり、様々な情報を得るのが目的であり、こいしが魔法少女になった以上、私が情報を得るためには全て足で稼がなくてはいけないのだ。こいしから情報を聞き出すこともできるが、出来るだけ関わって欲しくない。でも魔法少女になった時点で既に深く関わってしまったが。

 さとりは、持っていた羽ペンをインク瓶に入れて、右手を摩りながら開いたり閉じたりする。

 あの時の感触は今でも覚えてる。一瞬にして手首が動かせなくなる感覚。切り口から吹き上がる血飛沫。嗅いだ瞬間に胃から何かが込み上げてくる感覚。

 そんなの忘れられるわけない。

 ――幻想郷にいた時は、血の匂いも気にしていなかったのに。

 再び自分が人間だと再確認する。……そもそも、この体は人間だろうか。

 本来の人間の体は、腕を切られてもすぐに再生されない。ポケットから取り出したダガーを右手に切りつける。血が辺りに飛び散るが、幸い書類にはかからなかった。出来た一文字の太い傷は、一分も掛からずに傷は徐々に薄れ、最後には何もなかったかのように肌になっていた。

 妖怪でもなく、人間でもない私たちはいったい何だろうかと疑問に思うが、考えてもその先に疑問が増えるだけで、その疑問を一つ一つ組解いていくと、最終的に分からないという結論になった。

 考えるだけ無駄かと考え、ふと壁に掛けられている時計を見る。短針はちょうど九時を指していた。

 そろそろこいしが帰る時間だ。椅子から立ち上がり、部屋を出て、階段を下る。

 リビングに着き、ソファがあるはず場所を見ると何もなかった。

 あの時ソファを私の血で汚してしまい、配送業者に持ってってもらったのだ。そのこいしが帰宅すると、こいしは真っ先にソファについて尋ねたので咄嗟に嘘をでっちあげたのを昨日のように感じる。

 リジングを通り、キッチンへ向かおうとすると、玄関が開く音が聞こえた。こいしが帰ってきたのだ。

 キッチンへ向かう足を玄関へ向け、こいしを出迎える。

 こいしは私に気づくと笑顔を見せてただいまと言う。

 すかさず私もおかえりと返す。

 こいしの笑顔があるから私は頑張れるのだ。

 たとえ、理不尽な態度を取られても私は――。

 



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緊急クエストが発生しました

 黄金に光輝く三日月からの月光が空を飛ぶ二人の天使を照らし、空にシルエットを浮かばせていた。二人の天使は、いつもの様な散歩でもするかのようなスピードで飛んでいるのではなく、凄い速さで王結寺へ向かっていた。

 ルーラ達には毎週集会というものがある。それは決まってチャットの日に集まり、その日は共同で依頼をこなすというものだ。キャンディーの数が多いと思われる依頼、しかし一人の力、魔法では不可能というものがある。それを毎週ルーラとメリーが探し出し、共に依頼を解決するのだ。

 だが、今日の集会は一味違った。何でもファヴが今日のチャットは重大発表があるとか言い、その後ルーラからは今日の集会は遅れるなというご命令を残していった。

 ミナエルは、遅れる心配はないと思い、今日も大学が終わった後、妹のユナエルと共に人助けをするが――

 

「――なんで今日に限ってこんな目に合うんだか」

 

 隣で飛行しているユナエルがため息を吐く。心なしか一つしか付いていない天使の翼も元気がなかった。

 

「そういえば今日、テレビのニュースの星座占い、私たちビリらしいよ」

「マジで」

 

 苦笑いを浮かべる我が妹に言い返し、今日の出来事を思い出す。

 そうだ。今日は大学が終わった後、二人で上空から困った人を探していると、重そうな鞄を持ったおばさんがいたので今日の人助けをそのおばさんにしたのだ。

 おばさんの話では、この荷物を三丁目の田中さんが住んでいる家に届けてほしいそうだ。そうして、その貰ったバスケットを送れば無事終了のはずだった。

 しかし、田中さんの家に送り届けるバスケットを運んでいると、何処から来たのかカラスがバスケットを狙ってきたのだ。大方、バスケットの中にあるらしいサンドイッチの匂いを嗅ぎつけて来たと思うが、何とか追い払ったものの、カラスが離れていくのと同時にバスケットは重力に従って落ちて行った。

 幸い、バスケットは木の上に落ち、中のバスケットは無事だったが、木の上にあるとは思わず妹と共に下ばかりを探したのだった。

 木の上のバスケットに気が付いたのは、人助けを邪魔したカラスが鳴いた後で、日はもうすっかり隠れてしまっていた。

 その後、無事送り届けた後、妹と共にいつもの拠点へ急いで向かおうとしたが、体も精神もくたくたの天使二人は飛ぶだけでも精一杯だった。

 

 王結寺へ向かって飛んでいく。聞こえるのは、天使二人の羽音だけで、あとは何にも聞こえなかった。

 しばらく飛んでいると、隣を飛んでいた妹が急停止する。急に止まったことで、後から止まったミナエルとユナエルとの差が1m開いてしまった。

 すぐさま後方へ飛んで、ユナエルに訊く

 

「どうしたの? いきなり止まって」

「ねぇお姉ちゃん。あれってメリーじゃない?」

 

 ユナエルがおもむろに指を差す。その方向を見ると、確かにメリーらしき人影が電灯の下でうずくまっていた。

 メリーの遅刻は別に珍しくは無かった。珍しくは無かったのだが、少々妙に思えた。遅れることはたたあるメリーだが、無断欠席は今までしてこなかった。

 何かを抱いているらしいメリーは、抱いているものを撫でる。

 

「――よしよし。痛くないよぉ。……ん? あ! ミナちゃんにユナちゃんだ。こんばんは!」

 

 羽音に気づいたのか、メリーは空を見上げ天使二人に挨拶をする。

 急な挨拶に反射的に返そうとするが堪え、ユナエルも苦笑いを浮かべていた。

 とりあえず様子を見るためにメリーに近づき話しかける。

 

「メリー。早く行かないと集会遅れるよ?」

「でもねミナちゃん。この子の事、放っておけないよ」

 

 メリーはさっきまで撫でていた膝の上にあるものを見せた。どうやら抱いていたのは子猫のようだ。茶色の短めな毛が生え、ぴょこんと耳を動かしてこちらを見る可愛らしい瞳は天使二人をメロメロにさせるには十分だった。

 

「わぁ可愛い! お姉ちゃんお姉ちゃん! この猫すっごい可愛いよ!」

「ほんとだちょぉ可愛い! どうしたのその子猫?」

 

 メリーとの距離を徐々に近づくと、メリーは引きつった笑みを浮かべながら退く。

 落ち着いてとメリーに言われハッと気づいて、近寄るのを止める。それにホッとしたメリーは子猫について説明する。

 

「この子ね、ここで一人ぼっちで泣いてたから来てみたらね。見て、これ」

 

 メリーは子猫の右後ろ脚を慎重に動かしてミナエル達に見せた。足の毛は血で赤く染まり、見るからに怪我していることは明白だった。

 

「うわっ! この子怪我してんじゃん。早く動物病院に連れてかなきゃ!」

「いやこんな深夜に開いてる病院何てあるわけないじゃん。取り合えず怪我な手当てをしないと」

「でもミナちゃん達って手当出来るの?」

 

 メリーの言葉にユナエルと顔を見合わせ、出来ない意思表示として首を横に振る。

 メリーはそっかと言うと立ち上がり、少し考えるかのように手を顎に当てていると、あっと言い立ち上がった。

 

「どしたの?」

「ルーラちゃんなら助けてくれるかもしれないわ。ルーラちゃん、優しいからね」

 

 メリーのルーラに頼むと言う宣言を訊いてうげっと声を出す。確かにあの完璧姫なら手当の仕方も知っているかもしれないが、集会に遅れたのに対し傲慢姫が助けてくれるかどうかだ。それに、借りを作るのも不満なのも合わさり、メリーを止めようと、既に王結寺へと向かっていたメリーに付いて行った。

 

 

 廃れた寺に合った廃れた門を通り境内をメリーは歩く。王結寺へ続く道は石で敷かれ、メリーの履いている水色のパンプスのたったっとした音が響く。

 結局メリーを止めることは叶わず、メリーの後ろを妹と共に飛行する。寺から出ている妙な威圧感が外の境内にいる私たちにもぴりぴりと伝わり、飛んでいるにも足取りが重かった。

 そんな中をずんずんと進むメリーは寺の障子の前へ着くと、勢いよく開け放つ。メリーに隠れながら中を覗くと、中には既に遅れた私達以外が集まっていて、壊れた大仏の前には片手で王笏を持ったルーラが、残った片手にリズムよく王笏を打ち付けていた。

 

「……随分と遅かったじゃない。メリー。ミナエル。ユナエル」

 

 ルーラの顔は笑いながらも青筋が浮かび上がっていて、今まででに無かった一番の怒りだと考えなくて分かる。

 境内に外で感じた以上の緊張が走る。一触即発、誰かが動けばすぐにでも怒鳴りそうなルーラに、状況が読めていないのかメリーはいつもの様に挨拶をする。

 

「ルーラちゃん! 訊きたいことがあるの!」

「訊きたいこと……ねぇ。鈍間には時間を把握することも出来ないのかしら」

 

 ルーラの額に浮かび上がる青筋が徐々に大きくなるのが見え、だんだんと空気が重くなるのを感じる。

 メリーに思いっきり空気を読め魔法少女と叫びたくなるほど、メリーの悪びれる様子のない姿にたまのように頭を抱えたくなると思っていると、メリーがルーラとの距離を縮めたため、後ろに隠れていた私たちの姿が丸見えになった。

 慌てて妹と共に近くの柱へと隠れる。隠れた柱にはたまも隠れていたらしく、耳を押さえうずくまっていた。メリーはぎしぎしと鳴る木の足場を歩き、ルーラとの距離を縮めた。

 いったい何をするか。見ているだけでもひやひやしてきた。

 急に近づいてきたメリーに対し、ルーラの目つきは鋭くなり、メリーは口を開いた。

「ルーラちゃんって、足を怪我したときの手当ってしたことある?」

「……は?」

 

 予想とは斜め上をいったメリーの問い掛けに境内の緊張は消え失せ、はぁと言ってしまいそうだった。

 謝罪するわけでもなく、反省するわけでもなく、いきなり疑問を投げられた、今まで見てきたルーラからは考えられない間抜けな声を出す。

 何秒間か時間が経つと、何処かへ行っていたルーラの意識は現実へ引き戻されたのか、再び威圧的な態度へ戻る。

 

「いきなり何? 馬鹿には謝ることもできないのかしら。まず私に言うことは無いのかしら」

 

 ルーラの言葉に流石のメリーも苦虫を嚙み潰したよう顔をする。

 

「ご、ごめん。今日はこの子の事しか考えてなかった。で、でも、早くしないと!」

 

 メリーの切羽詰まった声にルーラの表情がちょっと崩れた。

 そんなルーラに対し、こっちは別の意味で驚いた。あのルーラが動揺したことに驚いたのだ。普段は、私たちを罵倒し、我儘なお姫様は今までそんな事はなかった。今までも無く、これからも無かったと思っていたことが、こんな所で自分の取り繕っていたキャラを崩壊させたことが何よりも珍しかった。

 ルーラは、メリーの言葉の意図を探ろうとメリーをじっと観察する。すると、ルーラはメリーの抱いている猫に気づいたのかそちらに目線を向けた。

 

「ん? メリー、ちょっとその猫こちらに渡しなさい」

「う、うん」

 

 ルーラに言われた通りにメリーは子猫を渡した。ルーラは猫を下に置くと怪我している足を見た。ちょっと刺激するたびに痛がって暴れる猫を片手で押さえながら傷を見る。

 

「何かで切れたような傷ね。大方、小枝にでも引っかかったのでしょ」

 

 よく傷を見ただけで分かるなと思っていると、傷の様子を見ていたルーラの目が私たちを射貫く。

 安心しきっていたユナエル達の体を再び硬直させるに十分だ。

 

「そういえばあんたたちへの罰、まだ決まっていなかったわな」

 

 ルーラのこれから罰を与えるという意味合いも持った言葉を聞き、たぶん今の私の顔は歪んでいるのだろう。

 そろりそろりとゆっくりと後ろへ下がるが、いつの間にか後ろにいたスイムスイムによって防がれてしまった。

 

「あんたたちの罰は、私の手伝いをしなさい」

 

 予想の斜め上の答えにデジャブを覚えながらも、早く救急箱と清潔なタオルを取りに行きなさいと怒鳴られ、急いでユナエルと共に言われたものを取りに行った。

 

 

 それからは事はたんたんと進んだ。ルーラが手際よく手当をしている横で見ていたユナエルは、てきぱきと処置されている足を見てすごいと、ただそれだけを思っていた。

 たまにルーラから必要なものを言われ、救急箱から取り出し渡しているが、それでもルーラの手は止まらず、猫も暴れることはなかった。

 

「よし、これでもう安心よ」

 

 手当が終わったのかルーラは一息つくと猫を抱え、メリーに返した。メリーは返された猫を抱きながらありがとうと繰り返し感謝する。

 

「明日病院で見てもらいなさい。私がやったのは応急処置だから」

 

 ルーラはメリーの頭を撫でながら優しく微笑む。

 それに再び驚いていると、全員の魔法の端末の着メロが鳴った。計六人の魔法の端末が鳴ったことにより、驚いた猫がメリーの腕の中で暴れるが、すぐに魔法の端末を開いて着メロを止める。

 

「みんな何やってるぽん! 大遅刻だぽん! みんなもうチャットに参加してるぽん! 早く入るぽん!」

 

 魔法の端末から飛び出した立体映像が言ったことで、ここにいる皆があっと口を開く。

 そういえばここに集まったのはチャットに行くためだったと誰かが言った。

 

♰♰♰♰

 

 とても広い空間に、たくさんの目が合った。それぞれの目は、ぎょろぎょろと休むことなく動き続け、次第にすべての目はある少女へと向けられた。

 その少女は見た目は十代後半、とても若く見える少女からは狐の尻尾らしきものが九本生え、服装も何処か西洋らしい和服といった奇抜な見た目がこの場所とマッチしていた。

 少女は、目が自分を見ていることも構わず果てが見えない空間を歩く。

 やがて、目的地についてたのか、一つの目玉の前で止まる。その目が九本の尻尾が生えた少女をじっと見ると、目玉が薄っすらと消え、目玉が消えた先には和室が見えた。

 目玉があった場所を潜り和室へと少女は降り立つ。

 少女は、奥にある襖を開け、その先にもある襖も開ける。その行為を続けていると、今まで開けた襖とは色が違う襖が出てきた。

 躊躇なくそれを解き放つ。中は、今までのような襖だけの空間ではなく、タンスやら机やら、人が生活していると思われる空間だ。

 少女は奥の壁にぴったりくっついている机に近づく。机の上には書類やファイルやらが積まれ、分かりやすいように付箋を種類ごとに分けられていた。

 その中でも一番新しい書類を少女は取り、次々とページを捲る。

 

「これでもない。……これも違う」

 

 誰にいうわけでもない独り言を呟きながら、休むことなくページを捲っていると、あるページで手を止めた。

 そこからのページは、八雲紫が調べた魔法少女の記録のようであり、計16枚のページを引き抜くと、少女は八雲紫の部屋を出て行った。

 

♰♰♰♰

 

 三条合歓は魔法の端末を持ちながらベッドに横になる。手慣れた手付きで魔法の端末を操作して、チャット画面を開いた。今日は、ファヴの言っていた結果発表の日、もとい、三条合歓が魔法少女たちと交流できる最後のチャットだ。

 

 なぜそうなったのか。それは一週間前に遡る。

 あの日のチャットはいつもと違っていた。最近のチャットには特定の魔法少女しか集まっていたが、その日のチャット画面にはN市で活動している魔法少女を小さくしたアバターがぎゅうぎゅうに詰められていた。こんなに魔法少女が集まるのを見ると、とても爽快だった。みんなもファヴに集められたらしい。

 しばらくスノーホワイトと喋っているとファヴがチャットに入ってきた。

 ファヴは魔法少女の数を数える。一、二、三と数えている内にファヴはあれ? という。

 魔法少女の数が足りないのだ。本来、この場にいるはずの魔法少女の数は17人のはずだ。しかし、ファヴが最後に言った数は11人。6人足りないのだ。

 ファヴは呼びにいってくると言い、チャットを抜ける。それからしばらく経つと、再びファヴが入ってきて、その後来たのは、魔法少女の中では珍しくチームで行動をしているルーラ達だった。

 さりげなく遅れた理由を聞くが、誰も教えてくれなかった。おおかた、あっちでルーラが止めているのだろう。

 今度こそ全員集まった。魔法少女のアバターがぎゅうぎゅうに詰まったチャットでファヴが説明をする。

 ファヴが言うには、魔法少女が多くなってしまった事により、この土地に依存する魔力が枯渇したから、魔法少女の数を半分にするという話だ。

 ファヴの言葉に疑問符を浮かべる。半分にするといったが、魔法少女の人数17人を二で割れないのだ。

 先に気づいたのかルーラはファヴに訊いてくれた。ファヴは、言葉足らずだといい、正確には8人にするとのこと。

 その後、チャットは終わり、次々と消えるアバターと一緒に、ねむりんのアバターが消えた。

 

 あれから、一週間。一週間ごとに開かれるチャットで一番マジカルキャンディーが少ないのを脱落者として発表するというファヴを思い出す。

 それなら、今週の脱落者は私かなと考えていると、ファヴが入ってきた。

 

ファヴ:やっほーだぽん。今日は遂に脱落者が出る日だぽん。さて、今週の脱落者は――

 

 たんたんと進めるファヴに、ちょっと寂しさを覚える。ファヴは知っているはずだ。私が最下位なのを。

 ファヴは私が魔法少女じゃなくてもいいのだろうか。そう思っていると、チャットが更新された。

 

ファヴ:ねむりん

 

 何の音もなしに告げられた魔法少女の名前に、一瞬背中に悪寒が走るが、気のせいと割り切る。

 チャットには、私を励ますスノーホワイトとラピュセルのチャットが次々と流れていた。

 

 チャットを終え、寝ながら背伸びをする。

 あっけなかった。別に、この魔法少女を減らすと言われてからも、ねむりんは急いでキャンディーを集めるわけでもなく、この一週間、朝と昼はキャンディー集めを頑張る魔法少女の記事を眺め、夜は、夢の中で魔法少女になって人を助けるだけだった。

 別に魔法少女を辞めてもよかったのだ。そろそろ、ずっと家にいないで仕事を探そうと思っていたし。

 でも、いざ魔法少女を辞めると言われても実感はなかった。

 

「……もう魔法少女になれないのか」

「そんなことはないぽん」

 

 不意に声が聞こえた。何度も聞いたことのある声だ。

 声がした方へ首を向けると、魔法の端末からファヴが飛び出していた。

 

「魔法少女の権利は今日が終わるまで有効だぽん。だから、まだ魔法少女になれるぽんよ」

「えっ。そうなの?」

 

 てっきり、もう魔法少女になれないのかと思っていたが、どうやら違っていたようだ。

 

「最後に魔法少女になったらどうぽん?」

「……そうだね。もうなれないんだしね」

 

 

 寝ていると、白い雲や虹色の空等、まるで御伽の国を彷彿させるような場所に立っていた。

 ここが夢の中だと認識する。体を見ると、既に魔法少女の姿になっており、現実の自分では絶対着ない可愛いパジャマに、薄い紫色の前髪以外は明るい黄色という現実離れした髪の端に何個かの顔が付いた雲が笑っていた。

 

「さぁて。最後はどんな夢に入ろうかなぁ」

 

 自分の思い描くねむりんのキャラで独り言を言うと、髪に付いている雲――ねむりんアンテナの頭が尖る。どうやら夢を見つけたようだ。

 

「この夢がいい!」

 

 ねむりんはふわぁと浮かんで、アンテナが指し示す夢の中へと入っていった。

 

 

 ――ものすごい形相でねむりんを覗いていた妖怪を残して。

 



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アカウントが乗っ取られました

 何年か経って錆びだらけになった鉄柵に手を乗せて、空を見上げる。

 いつもなら、こんなに暗い屋上を月光で照らしているはずだが、今日は夜空の何処を探しても月は見つからず、煌めく星たちが瞬いているだけだった。

 暫く探していると思い出した。今日は新月だったのだ。それなら見当たらないはずだと一人で納得していると、こつこつと階段を上がる音が聞こえる。

 どんどん近づいてくる音を無視して、空を見続ける。

 次に、聞こえたのはドアが開いて、ドアが閉まる音だ。その音が聞こえてもメリーは夜空の星を数え続ける。

 

「おいおい。せっかくの再開なのに、無視だなんていい度胸してんじゃない」

 

 聞こえてきた声に聞き覚えがある。弱いくせにメリーに戦いを挑んできた魔法少女の声だ。確か名前は――

 

「久しぶりだね。カラミティ・メアリ」

 

 名前を思い出してから、挨拶してきたので、こっちも挨拶を返す。相手は、ふんと鼻で笑うとウエスタンブーツを鳴らしながらメリーへと歩み寄る。

 彼女は、屋上の真ん中で足を止めると、ホルスターに入ったトカレフを私に向ける。明かりが無かったせいか、魔法少女を殺す鉄砲がより黒く見えた。

 

「こんなところへ呼び出して、私に何か用かな?」

「白々しいねぇ。私があんたを呼ぶ理由なんて分かってるくせに」

 

 ふふっと笑って挑発する。確かに彼女の言う通りだ。理由ぐらい想像つく。

 

「でも、私を殺すこと出来るかな? 私の魔法、把握できてないのに」

 

 そう。いくら挑んできても私に勝つことは不可能に近い。私の魔法の絡繰りさえ知らなければ殺せないのだ。

 だが、私の自信に満ちた顔を打ち砕くように、彼女の顔も口角を上げてほくそ笑んだ。

 

「魔法なんて関係ないさ。あんたみたいな隠れてばっかの奴は、たいてい序盤で死ぬのがセオリーだからな」

 

 彼女の発言にいらっとする。誰が隠れてばっかの奴だ。挑発だと分かっていても反応してしまう。

 一呼吸おいて、敵を見据える。動きを観察して、どの動きでも反応できるように意識する。

 足、腕、顔の表情、少しの動きも見逃さない。戦いの基本だ。

 敵のトカレフに掛けた指が動く。瞬間、弾丸が一直線で私に向かって飛ばされた。

 メリーは。敵を中心に円状に動き、放たれた弾丸を避ける。再び、弾丸が放たれるが、瞬時に反応し避ける。再び先程の行動を繰り返す。

 ――おかしい。何をしているの。

 魔法少女であるなら、敵の周りを同じ速度で動くメリーの動きを読んで弾丸を打つはずだ。しかし、先程から放たれている弾丸の矛先は、確かにメリーを追っているが、どう見ても当てる攻撃ではない。

 徐々に焦りを感じる。もし、このまま走り続ければいくら魔法少女とはいえ限界が来る。先に敵の弾丸が無くなれば、勝機はあるかもしれないが、次々と出てくる空薬莢の数からして先が見えない。

 しばらく様子を伺っていると、いきなり敵は出口に向かって走り出した。メリーがいる場所は、敵を挟んで向かい側に出口がある位置にいるため、敵はメリーに背中を向けている状態になった。一瞬、理解できなかったが、理解するよりも先に敵を殺すのが最優先だ。

 またと無いチャンスだ。懐から幅一㎝、長さ十㎝のナイフを取り出し、全速力で敵に走った。

 

「これでジ・エンドさ。カラミティ・メアリに背いた罰さ。受け取りな!」

 

 敵は扉を開けると同時にトカレフをこちらに向け、中に込めている全ての弾丸を弾き出した。

 一瞬の出来事に、反応が遅れるが、素早く後方に下がり弾丸を避けるが、何発か放たれた弾丸の内の一発が右足の太腿に風穴を開けた。

 

「あぁぅっ!?」

 

 ぽっかり空いた穴からどくどくと血が流れ、激痛が走る。思わず、その場に座り込み、両手で傷口を抑える。

 迂闊だった。まさかこんな罠に引っかかるなんて。とにかく傷口を塞がなければ。

 すると、冷静になったおかげで、ある事に気づいた。

 臭いがした。鼻につくような強烈な臭いが、辺りに立ち込めていたのだ。

 急に出現した臭いに不信感を抱いていると、出口の方から何かが投げ込まれた。

 投げ込まれたのは丸い鉄の塊で、それは円を描きながらメリーの近くを転がる。

 瞬間、理解した。臭いの正体も。投げ込まれた物も。そして、これから起こる出来事も。

 痛みをこらえて立ち上がって、無我夢中にその場を離れるために走った。しかし、それよりも早く鉄の塊――手榴弾が大きな音を立てながら爆発したと同時に、ビルの屋上を地獄へと変えた。

 辺り一面に火が立ち、高温の熱がメリーの服や皮膚、髪の毛、肉、全てを焼き尽くした。同時に、火が酸素を奪い、二酸化炭素を生み出すため、呼吸もままならなかった。

 全身を火が覆い、痛みと苦しみがメリーの脳を支配し、メリーはそのまま、悲鳴をあげることも叶わず息絶えた。

 

 

 目を開くと、辺りにあった火は消え、それどころかそこは屋上とは全くの別の場所だった。

 暗闇が支配する世界では、自分の姿だけが浮き彫りに出て、目の前には、私がいた。

 

「こんにちは。こいし」

 

 もう一人の私が挨拶をする。それに返そうと口を開くが、声は出なかった。

 

「こうやって直接会うのは初めてかしら」

 

 再び喉から声を絞り出そうとするが、やっぱり声は出なかった。

 

「声を出そうとしても無駄だよ。現実の体は、喉すらも焼き尽くしてしまったからね」

 

 私の言葉に、さっきの地獄の光景が目の前にフラッシュバックする。

 思わず、しゃがみこもうとするが、体も動けなかった。

 

「さて、こいし」

 

 私が近づいてくる。こつこつと音を立てながら近づいてくる姿は、どこからどう見ても私だった。

 

「こいしは、もうおしまい。これからは、私が貴方の代わりになってあげるね」

 

 言っている意味が分からなかった。それはどういう意味かと問い詰めようかとすると、一瞬にして私の目の前に私が近づき、顔に触れた。

 

「こいしはずっと何も見ないで、人の心にも耳を聞かず、ただただ無意識に動き続けた。それは何故? それは、裏切られるのが怖かったから」

 

 目、鼻、口の順に手を動かして撫でまわす。不思議と怖いという感情は湧いてこなかった。

 

「でも、大丈夫。もうそんな事しなくていいんだよ。だから――」

 

 私の手は、私の目蓋を閉じるように上から下へ手を動かす。

 

「その体、人生、私に頂戴」

 

 滑らかでしっとりとした声を最後に、私は再び瞳を閉ざした。

 

 

♰♰♰♰

 

 

「――作戦成功だね」「お姉ちゃんマジクールだったよ」

 

 寺の中では、今日の作戦が成功したため、天使二人が騒いでいた。

 

 この様な事になった発端は、ねむりんが脱落した次の日に起こった。

 その日、本来チャットを開かれるはずは無かったのだが、どうしてもみんなでファヴを問い詰めなくてはいけなかったからだ。

 それは、昨日のチャットの最後のログに森の音楽家クラムベリーとファヴが喋っていた内容が残されていた。

 脱落した魔法少女はどうなる。音楽家が問う。

 死んでしまう。マスコットが答えた。

 それは魔法少女としての死ぬという比喩か。再び音楽家が問う。

 生命の息の音が止まる意味だ。ファヴが再び答えた。

 そのログが見つかると、ある者は嘆き悲しみ、ある者は怒り、またある者はただただ音楽を奏でていた。

 だが、ルーラはそうではなかった。

 ルーラが考えていたことは、どうすれば生き残るか。また、どうすれば手下を生き残らせるかだ。

 泣いて事態が収まるか。怒ったところでいい方向へ傾くか。そんなことあるわけない。

 全ては行動で示さなければいけないのだ。

 

 生き残るために助かる方法を模索していると、手下の一人が端末のバージョンアップについて聞いた。

 どうやらキャンディーの受け渡しが可能となったようだ。

 その情報を聞いた途端、考えついた。

 バージョンアップの意図も。どうすれば生き残ることができるかも。

 ルーラは、キャンディー強奪作戦を立てた。狙うは、キャンディーを一番多く所持しているスノーホワイト。周りにいる竜騎士は、天使二人と犬が囮としてで注意を引き、一人になったスノーホワイトをルーラが魔法で動きを止め、スイムスイムがキャンディーを奪う。メリーは万が一の時を想定してルーラの付近を見張る。そのはずだった。

 

 だが、当日になってメリーは来なかった。

 喜んでいる天使を他所に壊れた大仏の前で立っているルーラは、作戦決行前にメリーに送ったメールの返信が届いていないかと魔法の端末を確認する。しかし、前に確認した時と同様、やはり来ていなかった。

 何処で何をしているのやらと軽く心の中で毒づくと、天使たちの声が聞こえる。

 

「じゃぁ、キャンディー分けちゃおうか」

「手に入れたキャンディーの数は二千八十八だからぁ」

「それを六で割ると三百四十八。お! ちょうどピッタリじゃん」

「いいや、その計算式は間違っている」

 

 天使の間違った計算にルーラは訂正を加える。

 

「どうして六等分しなくてはいけない。二千八十八を二で割った千四十四が私の取り分。残った千四十四を二で割った五百二十二がスイムスイムの分。五百二十二を三で割った百七十四がユナエル、ミナエル、たまの取り分。これが正しい計算法よ」

 

 寺の中に静寂が包む。緊張感がルーラを除いた魔法少女たちを縛り付ける。

 

「……ねぇ、ルーラ。メリーの……分は?」

 

 その静寂を破ったのはたまだった。たまは、恐る恐るルーラに聞く。ルーラは、キッとした目つきでたまを見ると、当然じゃないと言い鼻で笑う。

 

「働かざるもの食うべからず。今回の作戦にメリーは参加しなかったおろか、奴は未だに来ない。そんな愚者に与えるキャンディーは無いわ」

 

 ルーラのきびきびとした態度にたまは再び縮こまる。

 当たり前な事を聞くたまに少しイライラしながら、魔法の端末からチャットを開いた。

 

♰♰♰♰

 

 

ファヴ:今日も脱落者を発表しちゃうぽん

ファヴ:でも、今回は悪い報告が一個、良い報告が二個あるぽん

ファヴ:まず悪い報告から

ファヴ:メリーがとある事故で死んじゃったぽん。すごく悲しいぽん

ファヴ:でも、そのおかげで今週の脱落者は無しぽん

ファヴ:いや~よかったぽんね

ファヴ:だからちょっと落ち着くぽんよ。ファヴに聞かれても困るぽん

ファヴ:次にいい報告ぽん

ファヴ:魔法の端末がまたバージョンアップしたぽん

ファヴ:今回のバージョンアップでは、五つの便利なアイテムをダウンロードできるぽん

ファヴ:どれも先着一名様だけぽん。早い者勝ちぽん。

ファヴ:それじゃ、今週のチャットはここまで。来週も頑張るぽん

 

 

♰♰♰♰

 

「――メリー、死んでしまったんですか?」

「だからそう言ってるぽん。メリーは、あの爆発に巻き込まれて、あっさり死んじまったぽん」

 

 まぁその程度で死んじまうだから本物の魔法少女には相応しくなかったというわけぽんとファヴは合成音声を低くして、死んだメリーを嘲笑う。

 はぁと溜息を吐き、止めてしまった演奏をもう一度弾きなおす。

 メリーには少し期待していた。あのカラミティ・メアリと渡り合い、一つも傷づかずにカラミティ・メアリに一発当てたと聞いた時は、クラムベリーの強者と戦いたいという欲求を満たしてくれると考えていたが、あっさりと死んでしまい少々味気なかった。

 

「ちなみに、誰に殺されたんですか?」

「カラミティ・メアリにあっさり殺されたぽん。まぁ、誰だってカラミティ・メアリが事前に爆発性のガスを屋上に敷き詰めていたなんてファヴだって想像できなかったぽんよ」

 

 そうですかと言い、演奏の邪魔になるため管理者用端末を閉じた。

 ふと窓を覗くと、星たちが煌めき、月は出ていなかった。

 

♰♰♰♰

 

 木造のテーブルの上には、湯気が立ち込めて美味しそうなカレーライスが二人分並べられていた。

 さとりは、椅子に座りながら、こいしの帰りを待っていた。

 たまにコップに注いだ水を飲みながら、時計を見る事を繰り返す。

 時刻は九時半を過ぎていた。本来なら夕飯の時間までに帰ってくるこいしは、まだ帰ってこない。

 ――なにしてるんだろう

 そう考えていると、ピンポーンとチャイムの音が鳴る。

 こいしが帰ってきた。そう思ったが、すぐにその考えは霧散した。

 そもそも、こいしはチャイムを押さないで玄関を開けるはずだ。こいしが帰ってくる時間には玄関の扉を開けている事はこいしも知っている。

 では、チャイムを押したのは誰か。八雲紫の可能性が浮上するが、彼女はスキマで直接家に入ってくるため、わざわざチャイムなんか押したりしない。

 再びチャイムの音が鳴る、取り合えず確認しなくては。

 椅子から降りて玄関に近づく。念のためチェーンロックをしてから、扉を開けずに相手を確認する。

 

「誰ですか?」

「私です。八雲藍です」

 

 予想外の来訪者に驚く。

 ――八雲の式がいったい何の用だ

 より警戒心を高め、扉を開けて外を覗く。そこには、さっき確認したように八雲藍が立っていた。

 藍は開いた扉に気づくと、顔の半分で覗いているさとりに視線を移す。

 

「初めまして。八雲藍と申します。今回は、さとりさんに伝えたいことがあるため、ここに来た所存です。どうか中に入らせてもらえないでしょうか」

 

 丁寧な言葉を使う九尾の狐に不信感を抱きながらも、中には入れてあげようとチェーンロックを外し、扉を更に開けた。

 

「……どうぞ。入ってください」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる藍を見ながら、手招きをして奥の客間に案内した。

 

 

「……お茶をどうぞ」

 

 ソファに座る藍にお茶を渡す。お茶の湯気がもくもくと立ち込める。

 藍はありがとうと言うと、懐から束になった書類を取り出して、机に置いた。

 

「今日はこれをあなたに渡そうと考え、ここに来ました」

 

 藍とは向かい側に位置するソファに座り、藍が提示した書類を流し読みする。

 

「これ、どうしたんですか」

「……紫様の部屋から無断で持ち出しました」

 

 えっと口から驚きの声が飛び出し、顔をしかめる。

 

「そんなことをして大丈夫んですか」

 

 別に心配はしていない。藍が罰を受けるとしても知ったことではないからだ。しかし、それで私やこいしに飛び火する事態は避けたいところだ。ただでさえ、八雲紫とは険悪な関係になっているため、これ以上悪化したら、何が起こるか予想不可能だ。

 そんな私の考えを知らずが藍は大丈夫ですよと答える。

 

「今の私は、紫様とは別に行動しています。そもそも、今回の計画では私はあまり重要ではありませんので」

 

 藍に言葉を聞き、目を丸くする。

 どういうことだ。藍は、八雲の名でこの書類を渡したのではないか。

 

「どういうことですか? あなたは紫の部下なのですよね。なのに、書類を盗んだり、八雲紫と別に行動したりと、あなたの行動はまるで……」

 

 そこまで言うと、自然と気づいた。藍がどういう思いでここにきたのか。

 

「あなた……まさか」

「はい。そのまさかです」

 

 藍の肯定の言葉に、さっきまで警戒していた自分が馬鹿らしかった。

 肩の力が抜け、背もたれに寄り掛かる。

 

「私は今回の紫様のやり方には……ちょっと同調しかねます」

「なるほど。あなたも私と一緒ということですか」

 

 藍は出したお茶を一口飲むと、さとりに向き直る。さとりも、改めて藍への態度を変えることを決め、藍に向き直る。

 

「それで、折り入って頼みたいことがあるのですが――」

 

 

 藍との対談を終え、さとりはリビングへ戻る。時計を見ると、時刻は十時になろうとしており、作ったカレーライスからは湯気が消えていた。

 



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騙して殺して暗躍して
サブクエストが発生しました


 私にとって魔法少女とは、金を集める道具と同じだ。

 あの日、友人に頼まれ魔法少女育成計画なるゲームのレベル上げを頼まれ、何の因果か魔法少女に選ばれたとファヴに言われたその時は、人助けなどめんどくさい等と思ったが、私の魔法を使ったその日は、普通なら一日で千円も集める事も難しいはずが、出てきた道具をそれを必要とする者に高額で与えるだけで一日に一万というとんでもない金額が懐に舞い込んだのだ。

 それから、私――マジかロイド44は、困ってる金鶴を探しながら、マジカルキャンディーを集めるようになった。

 こんな事ならバイトしなくても生きていけるし、食事代なんかもいらなくなり、出費する金が減ったことにより、金が湯水のように溜まっていった。

 そう。ここまではいいのだ。なのに――

 

「どうしてこんなことになったデスかね」

 

 はぁとロボットとは思えない溜息を吐きながら、目の前に建っている大きなビルを値踏みするように上から下へと眺めた。

 城南地区の中ではとても大きい部類に入るビル。確かメールでは裏口から入れと言っていたはずだ。

 素直にビル近くの路地裏を通り、裏の出入り口へと向かう。

 鼠の鳴き声を聞きながら、途中に置いてある昔から見る水色の円柱型のごみ箱を避けて先へ進む。

 すると、目的の扉へ着いた。表の自動扉と違い、ボロボロの鉄の扉が辛気臭い路地裏とマッチしていた。

 鉄の扉に手をかけて押す。ぎぎっと不愉快な音が辺りに響く。

 中を見ると、店員と思わしき人間がモップで廊下を磨いていた。

 

「ちょっとそこの人間。聞きたいことがあるのデス」

「はい。なんでしょう……か……」

 

 マジかロイド44の呼び掛けに店員が気づき、こちらに振り向く。その顔は、異様なものを見る目だった。

 確かにマジかロイド44の見た目ロボットだ。これを魔法少女と呼ぶにはあまりにも科学的すぎる。けれど、私だって人間だ。その反応は傷つく。

 店員の反応にむっと顔を歪ませるが、そもそもロボットには筋肉は無いため、店員にはマジかロイド44が不機嫌だなんて知らない。

 

「えっと……。ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけれど」

「おや? おかしいデスね」

 

 事前に私がここに来ることは店員は知らない事に違和感を覚える。あの殺人狂(カラミティ・メアリ)は私が来ることを店員に知らせてなかったのか。

 

「カラミティ・メアリに聞いていないデスか? 今日は客人が来るとかなんとか」

 

 不思議に思い、質問する。すると、さっきまでマジかロイド44を異様を見るかのような怯えた目は、マジかロイド44の「カラミティ・メアリ」という言葉によって別の意味での怯えた目に変化した。いったい殺人狂に何をされたかと疑問が頭に思い浮かぶが、首を横に振って疑問を消した。

 店員は数歩か後ろに下がると、後ろに転んだ。どんと埃が宙を舞うが、それに構わず店員は後ろに下がろうと虫ケラのように手と足を動かした。

 

「なっ生意気な態度を取ってすみませんでした! どうか、命だけは助けてください!」

 

 店員の哀れな姿に鼻で笑う。さっきまで人を蔑むかのような目で見ていたのに、今の立場の逆転に笑えてしまうのを押さえて、転んだ店員に近づく。

 

「まぁ、許してやるのデス。別にカラミティ・メアリに告げ口もしませんし」

 

 店員を立ち上がらせるため右手を店員に向けて出す。店員は私の意図に気づいたのか、躊躇しながらも、手を掴んで立ち上がった。マジかロイド44は店員が立ち上がったのを確認してから横を通って奥へ歩き出す。

 

「何をしてるのデス。早く道案内をするのデス」

 

 後ろを振り返らずに店員に呼び掛ける。慌てた店員は、マジかロイド44の前に進み、こっちですと前をずんずんと進むのを付いて行った、

 

 

 あの店員とはエレベーターの所で別れ、マジかロイド44はエレベーターに乗った。

 エレベーターの階数ボタンをある順番で押す。ここのホテルにあるVIPルームは表向きには公表されていないと前にカラミティ・メアリに言われた言葉を思い出す。マジかロイド44が押したのは、VIPのみにしか伝えられていない、VIPルームへ行くための一つの手段だ。

 順番に階数ボタンを押してから、非常ボタンを押す。これでVIPルームに行けるはずだ。

 すると、成功したのかエレベーターからがくんと音がして、VIPルームへ向かった。

 2階、3階と変わりゆくモニターを見ていると、VIPとモニターに表示された。

 エレベーターを降りて、お洒落な金色の花瓶やランプなどの輝かしくて長ったらしい廊下を歩く。

 突き当りまで歩くと、金で装飾された悪趣味な大きな扉が立ちはだかる。この奥に、あの殺人狂がいるのだ。

 マジかロイド44は扉に両手を当てると、躊躇いもなく押した。聞こえてくるのは、さっき開けた裏口の鉄扉のような情けないぎぎっとした音ではなく、ごごっと重いものを引きずるかのような騒々しい音と、VIPルームの奥にある黒革張りの豪華なソファで殺人狂が琥珀色の液体をグラスに注いでいる音だった。

 扉の開く音にカラミティ・メアリは液体を注ぐのを止めてこちらに目を向ける。その目は、前見た時よりもきらきらとして、前よりも荒々しいと思えた。

 

「やっと来たか。待ちくたびれたよ」

「その割には随分と機嫌が良さそうデスね」

 

 そうか? とカラミティ・メアリは口にグラスを付け、ゆっくりと上に傾けた。ぐびぐびと動く喉を見ながら、マジかロイド44はカラミティ・メアリの横に移動すると、机の上には、黄色い袋が見えた。

 

「先輩はそれを買ったんデスね」

「ん? あぁこれか。これ結構便利だよ。どんなに重くても手で持てるなら何でも入るからね。あんたは何買った?」

「私はべつに何も買ってませんデス。寿命を払うなんて勘弁デスよ」

 

 先週の脱落者の発表と共に発表された魔法のアイテム。寿命を払うことによって買うことが出来て、買ったアイテムを駆使すればこのゲームを生き残る可能性を大幅に上がることが出来る。しかし、わざわざ寿命を払ってまで欲しい物は無い。別に死にたくはない。でも、寿命を払うのも御免だ。この矛盾にマジかロイド44は自分のやりたい方を選択する。それがマジかロイド44の生きる道だ。

 

「それはともかく。ここに来る前に送ったメール、読んでくれたデスか?」

「あぁ。確かあたしとコンビを組ませてくれだっけ。どうしてあたしと組みたいだなんて思ったのさ」

「先輩と組んだ方が、このゲームに勝てると思いましたデスから。弱者が生きるには強者に縋るのは昔からの決まり事デス」

 

 マジかロイド44の強さは毎日変わる。魔法で取り出せる未来の道具は日によって違うのだ。「昆虫雌雄鑑定機」といったどのように使えばいいのか見当がつかない道具や「マジカルパワー増幅ピアス」のような人一人を魔法少女へと変えてしまうほどの道具でさえ取り出せてしまうのだ。しかし、自らの魔法を制御しきれない時点で弱者も当然。だから、マジかロイド44はこうしてカラミティ・メアリに協力を求めたのだ。

 

「別に構わないさ。手下としてあんたをこき使うのも悪くない」

「それでは――」

「ただし、あんたが私の手下の相応しいか試験してあげるよ」

 

 カラミティ・メアリの言葉に、心の中で嘲笑う。こんなことは想定済みだ。あの殺人狂がただで協力してくれるなんて考えもしていない。

 

「その試験とは、いったい何でショウ?」

「一人殺ってこい」

 

 ほらやっぱり。想像したとおりだ。殺人狂らしいテストだなと思わず苦笑いを浮かべる。

 

「安心しな。もしあんたが返り討ちにあったら敵を討ってやるさ」

「それはありがたいデスね」

 

 殺人狂(カラミティ・メアリ)からの試験(サブクエスト)合格(クリア)してやるとマジかロイド44は思いながら二人で妖しく(わら)った。

 

♰♰♰♰

 

「また明日ね。おやすみなさい。ラ・ピュセル。」

「えぇ。おやすみなさい。スノーホワイト」

 

 手を振るスノーホワイトを見ながら、小さくなっていくスノーホワイトの後ろ姿を最後まで見届けると、後ろにいる魔法少女に声を掛ける。

 

「姿を現したらどうだ」

「気づいていましたか」

 

 返ってきた言葉を聞きながら、後ろを振り向く。ラ・ピュセルに気づかれ隠れる必要が無いと考えた魔法少女は、瞬時にラ・ピュセルの後ろへと移動する。

 尖った耳に、緑を主流をした服装に巻き付かれる青と赤のグラデーションの薔薇が月明かりに照らされ、普通でも周りを魅了する奇抜な格好が、より美しく、より生々しく感じた。

 

「いったい何の用だ」

「勘のいい貴方なら、すぐに察する事ができるはずですよ」

 

 クラムベリーの言葉に、剣を自然と握っていた手をよりいっそう強く握りしめ、相手から見ても分かるように警戒を示す。

 そんな様子を見ているクラムベリーは、口の端を上げ、三日月のように歪める。その姿に、思わず身震いをする。

 

「ラ・ピュセル。貴方は前に三対一で戦い勝利したと聞きました」

「あんなのは勝利ではない」

 

 あの時の出来事が脳裏に浮かぶ。天使二人に襲われ、後を追った結果、スノーホワイトが危険に晒されてしまった。守ると約束しておいて、いざ危険な目に合った時、守ることが出来なかった事に、下唇を強く噛み締める。

 クラムベリーは、一歩一歩とラ・ピュセルに近づく。ラ・ピュセルは敵の接近に気づいているが、後ろへは下がらず、いつでも剣を横へ薙ぎ払えるよう、手に力を込める。

 

「そんなことはどうでもいのです。必要なのは、複数の魔法少女を相手に勝利したという事実だけ。貴方が強い魔法少女だからこそ、私が貴方に挑戦する意味があるのです」

 

 「挑戦」という言葉に、曖昧な形で感じていたものが、一気に確信へと変わる。この魔法少女は、元からキャンディーを狙いに来たのではない。ラ・ピュセルと戦うために来たのだ。

 手をかけていた剣を引き抜き、クラムベリーに向ける。そんな物騒な物を向けられているにも関わらず、クラムベリーは涼しげな表情をしていた。

 こんな状況だが、今ラ・ピュセルは内心、かなり興奮していた。ラ・ピュセルにとって、今のシチュエーションは、まさに悪と戦く女騎士そのもの。一度は戦ってみたい。より強くなりたい。そんな欲望がラ・ピュセルの脳裏にちらちらしていた。

 

「我が名はラ・ピュセル。森の音楽家クラムベリーよ。相手になろう」

「挑戦受けていただき、ありがとうございます」

 

 クラムベリーは頭を下げ、上げる。その立ち振る舞いからも、ラ・ピュセルは目を離せないでいた。

 

「私は森の音楽家クラムベリー。それでは、早速――」

 

 挨拶が終わると同時に、剣と拳が大きな音を立て交じり合う。そこから再び襲ってくる片方の拳も剣で防ぐ。その一撃、一つ一つが拳とは思えないほど重い。剣から伝わる振動が、拳の威力を物語っていた。

 けれど、一つ一つの攻撃に適切な対処をして攻撃を防ぐ。中学男子に何故この様な攻撃を防ぐ方法を知っているのかラ・ピュセル自身、疑問に思っていたが、そんな事は関係ないと頭を振るい、目の前の強敵に集中する。

 一度体制を整えるため、別の屋根へと飛び移る。すると、周りの家の窓から次々と明るい光が漏れだした。さっきの音で寝ていた町の人たちが起きたのだ。

 魔法少女は一般人に正体を知られてはいけない。知られたら最後、魔法少女を辞めさせられるとファヴが言っていたのを思い出す。魔法少女を辞める、それは死ぬ事に繋がる。

 戦って死んでしまうのは、ラ・ピュセルはとても嫌だったが、魔法少女を辞めさせられて死んでしまうのは、もっと許せなかった。

 咄嗟(とっさ)にラ・ピュセルは体の向きを変え、走り出した。後ろからは、クラムベリーのものと思われる足音が響く。

 住宅街では危険すぎる。市民に被害が出るかもしれないし、正体がばれる可能性もある。そのため、ラ・ピュセルは船着場へ戦場を変えるのだ。

 

 

 クラムベリーは、ひどく興奮していた。それは怒りか悲しみのせいか、いや違う。クラムベリーの興奮のは、己の欲望が最大限に引き出され、そしてその欲望が満たされようとしているからだ。

 想像通り――いや、想像以上、ラ・ピュセルは強敵であった。強敵であれば強敵であるほど、クラムベリーのその強い者をこの手で殺す欲望は満たされる。

 ラ・ピュセルは、クラムベリーの拳を剣で受け止めた。続いて放つ拳も受け止めた剣を少しずらして防ぐ。クラムベリーの拳を防ぐほどの力を持つ魔法少女は、今まで行った試験の中では数少なかった。そのため、クラムベリーは弱者をなぶり殺す事で欲望を押さえていたが、そろそろ欲望は頂点に(たっ)そうとしていた。そこで現れた期待以上の魔法少女。ラ・ピュセルは、クラムベリーにとって、とても可愛い玩具みたいなものかもしれない。

 クラムベリーは、背を向けたラ・ピュセルの後を追う。スピード的にはクラムベリーが(まさ)っているが、ラ・ピュセルは、ある場所の屋根の上で動きを止め、再びこちらに向き直った。

 鼻に着くのは潮の香。ざざんと波の音が耳に届くことから、辺りを確認せずともここが船着場と想像つくのは容易だ。

 

「ここならお互い全力を出せる」

「お気遣い感謝します」

 

 ラ・ピュセルはクラムベリーに剣を向けると、その剣はより大きく、より長くなりクラムベリーへと近づいていく。それに対しクラムベリーは後ろの倉庫の屋根へと飛び移る。

 巨大化した剣は、クラムベリーのいた屋根を(えぐ)り、暫くあけられていないのか開いた穴から辛気臭い臭いが鼻に着く。

 剣の攻撃を避けられたラ・ピュセルは、剣を握ったまま縮小させて、一気にクラムベリーへと近づくと、その勢いを使い蹴りを入れる。

 瞬時に手をクロスさせ蹴りを止める。その後に、止めた足を片手で握ると、勢いを殺さないように下へ思い切り放り投げた。

 

「がはっ!?」

 

 地面にクレーターが出来るほどの力で叩きつけられたラ・ピュセルは、何度か席をすると、口から赤黒い血の塊を吐き出た。

 確かにラ・ピュセルは強かった。もしこれがただの戦いなら、クラムベリーと互角かもしれない。だが、彼女の攻撃は、クラムベリーのような魔法少女を殺す攻撃ではなく、相手を無力化させるものばかり。それでは足りない。

 クラムベリーは下に降りると、未だに咳を続けるラ・ピュセルに歩み寄る。足音に気づいたラピュセルはクラムベリーへと顔を向ける。その顔は、血と恐怖で彩られていた。その恐怖は、死ぬことへの恐怖か、クラムベリーに対しての恐怖かは知らないが、そんな事は関係ない。必要なのは、いかにして相手を殺す、ただそれだけだ。

 

「もう終わりですか。意外と弱いのですね」

 

 ちょっと煽ってみる。こうする事により、より強い力を引き出すことが出来るのは、今までの試験で実証済みだ。それに、ラピュセルのような戦いたいと思う魔法少女なら尚更(なおさら)だ。

 案の定、ラピュセルの顔は、恐怖から怒りに近い顔に変化する。やはりまだ子供だとクラムベリーは内心笑う。

 

「そんな……ことは……ない! 私は! 絶対に負けない!」

 

 そのかっこいい台詞にクラムベリーは鳥肌が立つ。まだ楽しめそうだ。

 いつの間にか剣を手に創造させたラピュセルは、再びクラムベリーに全力疾走で近づく。そこから、剣を横へ薙ぎ払うが、しゃがんで避ける。その後、瞬時にラ・ピュセルの懐に忍び込むと、事前に力をためていた右拳をストレートで腹に打ち込む。が、読まれていたのか、剣の幅を瞬時に巨大化させ、クラムベリーとラ・ピュセルの間を(へだ)てる壁へと変化させ、拳は剣に打ち込まれた。剣は、びくともせず、左右にある倉庫に刺さり、上を通らないとラ・ピュセルに会えない障害物となっていた。

 

「なるほど。自由自在に変化させる剣は、この様な使い道もあるのですね」

 

 しかし、これだけでクラムベリーの猛攻を止められるはずがない。クラムベリーは、壁に変化した剣を、魔法少女の脚力で悠々と飛び越える。壁に遮られたラ・ピュセルの姿が見えた。ラ・ピュセルは、その手には何も持たず、ただただ跳んでいるクラムベリーを見て、その姿は罠かとも思えてしまうほど隙があった。

 罠の可能性を頭に残すが、罠が牙をむいても、防いでしまえば意味がない。予定通りにラ・ピュセルに馬乗りになる形で飛び掛かる。

 そのまま、拳を顔に向けて振り下ろす。鼻の骨が砕ける音が聞こえる。

 もう一度、顔に向けて拳を振り下ろす。血が飛び散り、クラムベリーの顔にかかる。

 あと少しだ。あと少しでラ・ピュセルを殺すことが出来る。そう頭によぎったクラムベリーは、無我夢中で拳を振り下ろした。振り下ろし、振り下ろし、振り下ろす。まるで、玩具を手に入れた子供のように。

 だから気づかなかったのだろう。ラ・ピュセルが何かを握りながら手をへその辺りに移動させていたことを。

 

「っ! ぐぅ!?」

 

 何が起きたのか分からなかった。いつの間にか、空中に浮かされたかと思うと、大きな何かがクラムベリーに叩きつけられた。それは、とても大きく、とても細長く、月明かりでそれの正体を見ると、目を見開いた。

 その鈍器――剣の(さや)はクラムベリーを吹き飛ばすと、それはさっきまで倒れていたラ・ピュセルの手中に収まる。

 ラ・ピュセルの魔法『剣の大きさを自由に変えられる』は、何も剣だけではない。それを収める鞘さえ効果範囲内だ。その事に気づかなかったクラムベリーは、頭から血を流しながら地に伏す。

 曖昧な意識の中、ラ・ピュセルの近づいていく足音が聞こえる。第三者がみれば、どう見てもラ・ピュセルが勝ち、クラムベリーが負けたかのように見えた。

 

 だが、クラムベリーも魔法少女だ。魔法少女が魔法を持っていない訳がない。

 

「ラ・ピュセル!」

 

 ここにいないはずのスノーホワイトの声が聞こえる。それと同時に、近づいてくる足音が止まった。今のうちに起き上がらなければ。

 だんだんと痛みが強くなる体の痛みに耐えながら、起き上がる。まだラ・ピュセルは、クラムベリーが起きた事に気づかず、後ろを向きながら頭を動かしていた。

 やはり戦いに慣れていないなと思う。敵に背中を見せることは、死を意味するのは常識だ。だが、背中を向けたおかげで、怪我を負いながらも致命傷を与えられそうだ。

 右拳に力をためる。狙うは頭部。いくら魔法少女とは言え、頭蓋骨を潰せば生命は絶命する。これも今までの試験で覚えた知識だ。

 足音を消してラ・ピュセルの背後に近づく。残り二十三歩。

 脚が折れているのか、歩くたびに痛みがする。だが、それを耐えながら脚を動かす。残り十五歩。

 急いではならない。相手は勘が鋭いため、気付かれる可能性がある。確実に仕留めなければ。残り九歩。

 あと少しだ。あと少しで殺せる。だが、湧き上がる感情を抑える。また、あのような失態は許されないからだ。

 

 だから気付く事が出来たのだ。小さいながらも、この場には似つかない音が聞こえることに。

 

 変な音が聞こえる事にクラムベリーは足を止める。その音は、とても小さく、クラムベリーのような異常な聴覚でなければ気づけないだろう。

 誰もが聞いたことある公衆電話の音。プルルと聞こえる電話音にクラムベリーは違和感を覚える。

 ――この辺りには、公衆電話はないはずでは。

 ただクラムベリーが把握していないだけかもしれない。ここには本当に公衆電話があるかもしれない。だが、クラムベリーはその可能性を頭の中から消し去った。

 公衆電話の音が近づいてくるのだ。音が大きくなるのではなく、音源がすぐ後ろに迫ってくる。

 

 背筋に悪寒が走る。この様な感覚を最後に感じたのは、魔王塾で本当に死を覚悟した時が最後だ。

 

 頭が危険信号を出す。振り向いてはいけない。

 冷汗が顔から噴き出る。振り向いたら最後――

 

 クラムベリーは、後ろを振り向かずにラ・ピュセルを挟んで向こうにある倉庫の屋根へ一気に飛び移る。ラ・ピュセルは気づいていない。

 ここは、一時撤退した方がいいかもしれないと判断したクラムベリーは、暗い船着場の真夜中から姿を消した。

 

 

 ラ・ピュセルは、何が起きたのか理解できていなかった。

 スノーホワイトの声が聞こえたと思ったら。実際にはスノーホワイトは居なくて、クラムベリーに目を向けると、そこには何もなかった。

 

「……何処に行ったんだ」

 

 ラ・ピュセルは、そこら中に目を向けた。屋根の上、倉庫の中。最後に倉庫の影に目を向けると、何かがあった。倉庫の影でよく見えないが、何か光るものだ。

 落ちているそれに近づき、拾い上げた。それは、幅一㎝、長さ十㎝のナイフだった。

 ラ・ピュセルは、不審に思いながらも、それを懐に仕舞うと、空を見上げた。

 今日は、半月だった。

 



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コマンド:PK

※オリ魔法少女が登場します


 雲が一つも見つからない真っ青な空。季節が秋なので、少し風が吹くだけで体が震えてしまう。そのため、今日の服装は、手袋を二重に付け、ウィンドブレーカーにマフラーを装着し、極めつけに耳当てといった、冬にはまだ早い完全防寒装備で今日は出た。それでも風が吹くと、対策をしていない顔に当たって冷えて、体をぶるぶると震えてしまう。

 ポケットに突っ込んでいた右腕を引き抜き、最近始めた貯金で買った高級ブランドの腕時計を見る。ちょうどお昼時のだったため、人通りが多く、肩をたびたびぶつけてしまう。

 集合時間まであと十分程度。ここからの距離とだいぶ離れていないため、このペースで歩いていけば間に合うだろう。

 腕時計から目を離し、周りのお店を見てみる。ここら辺は飲食店が多いらしく、中にはお昼を食べている人が窓越しで見えた。

 あちこちを見ていると、どこからかカレーの匂いが漂ってきた。そちらへ振り向くと、そこにはカレー専門店『カリーファイヤー』と書かれた、見るだけで物凄く辛いと分かるほどの真っ赤なハバネロの絵の看板に目を奪われる。

 生唾を飲みながら、自然と笑みが浮かぶ。辛いのは大好物だ。

 

 

 目的の裏路地に着いた。ご丁寧に座標までしてくださったので、探すのに苦労した。

 ポケットから煙草の箱を取り出し、一本取り出す。それをくわえた後、次はジッポーを取り出すため、もう片方のポケットをまさぐる。

 

「ちっ。持ってくるの忘れちまった」

 

 はぁと溜息を吐きだしながら、腕時計を見る。約束の時間より五分を遅れてしまった。

 しかし、実際に来てみれば肝心の依頼人の姿は見えない。

 再び舌打ちをしながら、ヤンキー座りで座る。こうすると、高校で後輩をぱしらせていたのを思い出す。

 

「――こちらの火を使ってください」

「うおっ!?」

 

 急に聞こえた声と横からくる熱気に思わず横へ倒れる。くわえていた煙草も落としてしまい、その声を発していた方向を睨みつける。

 そこにいたのは、白いローブに何も着飾っていない白いフードを被り、その手にはジッポーから火を出しながらこちらに向け、何処からどう見ても普通の人とは違う妖しい人が正座していた。

 その妖しい人は、落とした煙草を拾い上げると、器用に片手で煙草に火をつけ、持ち手をこちらに向けながら差し出してきた。まるでこれが普通のように流れに、思わず煙草を受け取ってしまい、気付いて時には既に吸っていた。

 

「って! お、お前は誰なんだよ!」

「そうかっかなさらないでください。ミス・レイコ。……いえ、ミス・レディーバットと言った方がよろしいのでしょうか?」

 

 不意に投げられた魔法少女ネームに一瞬心臓が飛び上がるが、魔法少女ネームで呼んだということは、こいつが依頼人だと瞬時に理解する。

 

「……お前が、依頼人か」

「はい。私が、貴方に依頼をしたい魔法少女でございます。ミス・レディーバット」

 

 相手も魔法少女だと分かり、ほっとする。魔法少女は一般人に正体を知られてはいけないのだ。

 煙草を一度吸ってから口を尖らせて吐く。依頼人に迷惑かもしれないが、その依頼人は気にしていなかった。

 

「それでは、仕事の話をしましょうか。……その前に変身してもらえませんか?」

「おぉそうだな」

 

 煙草を下に落とすと、靴で踏んでぐりぐりと潰す。靴を上げて火が消えていることを確認すると、依頼人からちょっと離れる。

 変身をする。体が軽くなるのを感じ、服装を見て確認する。

 変身したレディーバットの姿は、タキシードを着て、胸の部分は少しはだけさせて胸がちらちらと見えるような淫乱さが滲み出される。それに加え、蝙蝠の翼をより大きくしたものを背中に生えさせ、この姿は魔法少女と言うより吸血鬼に近いのではないかと初めて変身したときに考えた事を思い出す。

 改めて確認してから、依頼人に向き直る。

 

「どうよ。意外と可愛くない?」

「そうですね。取り合えず、貴方は正真正銘のミス・レディーバットということが分かりました」

 

 依頼人は、フードの内側に手を入れると、紙が何枚か挟まったクリアファイルを取り出した。

 

「私の依頼、受けてくれますか?」

「ちょっと待て。まずは報酬だろお?」

「えぇ。もちろん報酬は払います。そうですねぇ……前金で五十万払い、そして無事成功すればその倍、百万を払い、合計百五十万を報酬として払いましょう」

 

 ――へぇ。……成功すれば百五十万か。

 予想より大きな金額に心躍るが、その前に確認したいことがある。

 

「ちなみに、誰を殺すことになるんだ?」

「詳しくはこのファイルに入ってますが、まぁ簡単に言うと魔法少女候補生を一人殺してもらいたいのです」

「何?」

 

 依頼人の言葉に少し疑問が浮かぶ。

 ただの魔法少女候補生に何故こんな大金を払えるのか。何故、正式の魔法少女にすらなっていない、いわば試験に落ちてしまえば魔法少女を辞めさせられる魔法少女を殺さなければいけないのかと。

 今まで東条麗子――レディーバットは、何かと大きな問題になりそうな依頼は避けてきた。魔法少女を暗殺するという点で、かなり大きな問題になるが、大きな力――例えば魔法の国本国にある情報局等――が関わってくる依頼は受けてこなかった。臆病とは違い、ただただ慎重なレディーバットは、内容と報酬が釣り合わないと言う問題が気になっていたのだ。

 

「……ちょっと聞きたいが、なんでただの魔法少女候補生をこんな大金で依頼するんだ?」

「あまり詳しくは教えられませんが、まぁ教えられることは……目標が邪魔になったというからですかね」

「へぇ。それはつまり、目標が何らかの重役とかで、なにかあんたに都合が悪いことが起きたから口封じのために殺すとかじゃねえよな」

「あなたは想像力は豊かなんですね。……安心してください。目標は、別にそんなお偉いさんとかではありません」

「そう言ってもらえて安心したよ。あたいは今まで面倒事に関わることは受けないことにしてたんだよ」

 

 そうですかと依頼人は納得すると、手に持っていたファイルをこちらに渡そうと腕を伸ばしてきた。

 

「それでは、正式に依頼させてもらいます。ミス・レディーバット」

 

 ファイルを受け取ろうとして腕を伸ばす。

 ファイルを掴んだ瞬間――目が合った。

 

 

 白い服装とは対照的にその目はレディーバットと同じ黒曜石のような漆黒の瞳で、けれど死んだ魚の目のように濁っていて、まるで――生きていないかのようだった。

 

♰♰♰♰

 

 自然と意識が覚醒する。まだ昼頃のなのか外からはたくさんの人の声が聞こえてくる。

 ブラッディ・メリーが今いる場所は、河川敷にある橋の下だ。ここは誰の担当地域かはメリー自身知らないが、休む際こいしの能力を使うため、消費した体力を回復させるにはぴったりだった。

 ――……そろそろ移動しないと。

 長時間の休憩により固まった足の筋肉を軽くもみほぐす。これで暫くは動けそうだ。

 移動しようと立ち上がると、ふと川の向こう、メリーがいる河川敷とは対に位置する河川敷にいる二人の人間に目が向いた。

 片方は、至る所に穴が開いた継ぎはぎの服を着て、穴が開いたニット帽から出てくるくしゃくしゃの髪が気になる、ぼろぼろな体をしたおじさんだ。そのおじさんは、もう片方の女の子からお弁当をもらっていた。

 ショートヘアの女の子の方は、ぼろぼろのおじさんとは違い、おじさんとは色が違うが穴とかは開いていない綺麗なニット帽を被っていて、おじさんに渡したお弁当を持っていた。

 二人はお弁当を開けると、中に入っている卵焼きを食べながら、たまに喋りながら、笑っていた。

 

 

 そんな幸せそうな二人を見ていると――殺意が湧いた。

 

 

 二人を見れば見るほど、メリーの中から湧き出る殺意が徐々に大きくなり、思わず手を出しそうになるが、お弁当を食べ終えた少女は、おじさんを残して河川敷から出て行くのを見ると、急に胸がすっと軽くなった。

 自分でも何故、今このタイミングでこの様な感情が出てきたのか知らないが、当初の目的通り、別の場所へ移ろうとメリーは重い腰を上げて河川敷を立ち去った。

 

♰♰♰♰

 

 とても暗い闇に包まれた王結寺。暗闇の中から何回かぎいぎいと今にも抜けそうな床が(きし)む音がすると、暗闇に設置された二つの行燈に灯された明かりが天使二人を照らし出した。

 二人の天使は行燈に火が付いたのを確認した後、先程使ったマッチをゴミ箱に捨てると、奥の方で鎮座しているルーラに近づいた。

 ルーラは、一人一人見ているか確認する。こんな事をするようになったのは、……メリーが死んでからだ。

 

「よし。全員いるわね。……これより! カラミティ・メアリのキャンディー奪取作戦会議を開始する!」

 

 ルーラの声が寺中に反響し、たまが声の大きさにびっくりする。こんな光景を見るのは今日で三回目。

 メリーがいなくなったとチャットに打ち込まれた後、ルーラが魔法の端末――ファヴに怒鳴るの見た。どういう事だとか、ふざけるのもいい加減にしろとか、ルーラの口から次々と出てくる暴言、その暴言を受けているファヴがルーラを小馬鹿にしたような言葉を言うと、ルーラの怒りは頂点に達した。

 その後は、何とか落ち着いたルーラにファヴがルーラの罵倒に混じって言った質問に答えた。

 メリーは確かに死んだ。カラミティ・メアリに爆殺されたと。

 寺にいる魔法少女の顔が歪む。

 たまはためていた涙を流し、ユナエルとミナエルは泣きはしないが心なしか背中の羽はぐったりとしていた。

 そしてルーラは、歯をギリッと音がするほど噛み締め、王笏を握っている手をぎゅっと握り震わせ、いつものルーラではなかった。

 試しに己の顔を触ってみる。すると、濡れていた。それの正体はすぐに分かった。

 それは涙だった。スイムスイムは無意識に泣いていたのだ。

 

 その日から二日間が経過した。あの日から全てが変わった。

 いつも騒がしかった天使二人からは笑顔が消えた。

 いつもおどおどしていたたまからも笑顔が消えた。

 ルーラからは――何が消えたか分からなかった。

 でも、代わりに手に入れたものがあった。それは――カラミティ・メアリに対しての報復。

 みんながみんな、カラミティ・メアリに復讐したいと思っているかは分からなかったが、ルーラは復讐したがっていた。

 そのため、今日の今日までカラミティ・メアリの動向を探り、そして、今日――カラミティ・メアリがルーラによって死んでしまう日が来た。

 

「各自、自分のする事に命を懸けて成功させなさい! 相手はカラミティ・メアリ! あのメリーを殺した魔法少女だ! 今こそ、私たちの恐ろしさをあいつに見せつけろ!」

 

 ルーラの言葉に、みんなが頷く。みんなの顔を見てみると、天使二人は前よりかは元気になったようだ。時間経過によって改善したのか、それとも敵討ちが出来るから元気になったのかは分からないが、天使の姉の方のミナエルの手には、前回発表された五つのアイテムの内の一つ『元気が出る薬』を握りしめていた。その様子に取り合えず元気になってよかったと思い心の中でホッとする。

 たまの方を見てみると、前よりも泣きそうになっていたが、目にためている涙をこらえ、『透明外套』を握りながらルーラの言葉に耳を傾けていた。

 みんなの方を見るのを止め、再びルーラへと目を向ける。

 ルーラを見ていると、いつもと変わらないかのように思えた。お姫様のように気高く、上品で、そして強い。そこには、スイムスイムの望むお姫様が、ルーラが王笏(おうしゃく)を掲げながら、カラミティ・メアリ打倒のためにみんなに指示をしていた。スイムスイムも、作戦に失敗しないよう、アイテム追加で手に入った『武器』――幾つかの武器のタイプの内、薙刀の刃の部分だけを大きくしたタイプ――を握りながら聞いていた。

 そうして、着々とルーラの作戦を聞いていると、その時、後ろからぎいぎいと床を踏み抜く音が聞こえた。

 

♰♰♰♰

 

 カラミティ・メアリからのテストを言われたマジかロイド44は考えた。

 誰が()りやすいか。誰が殺した後に復讐とかというくだらないもので歯向かうか。誰がマジかロイド44に抵抗して反撃するか、と。

 考える中、真っ先に頭に浮かんだのはスノーホワイトだ。彼女の魔法は『困った人の心の声を聴く』といったもので、はっきり言って戦闘においてはすぐに殺されてしまうだろう。殺す事も容易だと思いつくが、途中で浮かんだ魔法少女によって、その甘い考えはどっかへ行ってしまった。

 スノーホワイトを殺す事は容易だが、問題は、その周りにいる自称スノーホワイトの騎士(ラピュセル)様だ。彼女の魔法は『剣の大きさを自由自在に変化させる』もので、スノーホワイトとは真逆に戦闘にしか役に立たない魔法だ。下手にスノーホワイトを殺せば、ラピュセルの怒りを買うかもしれない――そもそも殺す事もできないのではと考え、取り合えず、この二人はターゲットから除外にした。

 ほかの候補からも、戦闘が得意なリップルを除外、捕まえることも困難なトップスピードも除外、カラミティ・メアリが除外なのはもちろん。カラミティ・メアリと同等の強さのヴェス・ウィンタープリズンも除外。金鶴であるシスターナナも殺すのは惜しい。新しく入った十六人目の魔法少女も魔法も把握していないことから返り討ちに会う可能性も考え、残った候補は、情報が全くなくて、N市で一番に魔法少女になり、あのカラミティ・メアリのレクチャー役だった、森の音楽家クラムベリーと、弱い奴らが集まって出来ているルーラ率いる魔法少女だ。

 クラムベリーについてファヴに聞いたが、(ろく)な返事しか返ってこない事に使えないやつと心の中でファヴに毒づいておいた。最終的に残ったのはルーラ、スイムスイム、たま、ユナエル、ミナエルの五人だ。だが、こいつらを狙うのもリスクが高い。下手に動いて一人やれば残った魔法少女にリンチにされる。けれど、この一週間の内に一人でも殺せなければカラミティ・メアリに殺されて、どっちみち死ぬのは変わらない。この八方塞がりな状況で考えて考えて考えた結果、《ある作戦》が思いつき、口元を歪ませる。

 そうして、作戦決行のためにルーラ達が拠点として利用している王結寺に向かったのはいいが――

 

 ――どうしてこんな事になったんデスかね……

 

 今現在マジかロイド44はルーラの目の前で正座をしていた。その周りには他の魔法少女がルーラの喋っている言葉に耳を傾けていた。

 マジかロイド44の作戦は、簡単に言うと奇襲作戦だ。

 一時的にルーラの配下になり、隙を見せた瞬間にすぐに殺せそうなやつを殺してから逃げる。ただそれだけだ。

 そんな危険な作戦、一歩間違えばすぐに殺されてしまうだろう。しかし、マジかロイド44がそれを成功できる自信が持てる理由は、マジかロイド44の魔法で()()()()()()のおかげだ。これさえあれば失敗しても逃げられる。そう考えていたが、ただただ運が悪かったと思う。

 もう少しよく考えていれば気づけたかもしれない。それほど追い詰められていたのかもしれない。だが気づいた頃にはもう遅い。

 境内に入った瞬間、ルーラの配下にある魔法少女達に押えられ、その後はルーラの魔法により下僕になっていた。

 ここまでなら作戦通りに進んでいるが、その時にルーラ達は、前に退場してしまったブラッディ・メリーの復讐としてカラミティ・メアリのキャンディーを全て奪おうとしていたのだ。

 もちろん、下僕になったマジかロイド44もカラミティ・メアリのキャンディーを奪う作戦に組み込まれ、今現在ルーラから作戦を聞いているのだ。

 ――さて、どうしたものデスか。

 こうなった以上、作戦を大幅変更しなくてはいけなくなった。ルーラの作戦を聞きながらどうやって殺すかは大方出来上がっている。だが、問題は作戦成功率が格段に上がったことだ。最悪、()()()()を持ってしても殺されるかもしれない。それはもちろん、ルーラの配下に加え、裏切ったと思われたカラミティ・メアリからにだ。

 

「――と、まぁこんな感じだ。理解できたか?」

「……えぇまぁ。大体は理解できました」

 

 「そう」とルーラは口元を歪ませると、マジかロイド44の横を通って後ろの襖を開け放つ。そこから吹き込む風は、冬には早すぎるほどに肌寒かった。

 



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サブクエスト失敗のお知らせ

 モニターの明かりだけが照らすビルのモニター室。そこは、ある不自然な二点を除いたら、いつもと変わらずに黒服たちが警備をしていたはずだった。

 一つは、いつも警備をしていた黒服たちがそれぞれモニターの機械に寄り掛かっていたり、床に(うずくま)るようにして倒れていたりなどにして、黒服全員が気絶しているといるといった状況だ。

 そして、この部屋には似合わないもう一つの正体は――

 

「――こっち、モニター室は完全に制圧したよ。お姉ちゃんの方はどう?」

『こっちはもう配置に着いて準備オッケー! ルーラから指示きた?』

 

 モニターの前には二つの影が立っていた事だ。白いスクール水着に悪魔を彷彿とさせる羽を付けた一人の少女はモニターの機械をかちかちを操作をしていた。そして、もう一人は悪魔とは逆の印象を与える白い翼を付けたゴスロリの少女がスクール水着の子の隣でふよふよと浮かびながら、魔法の端末(マジカルフォン)を耳に押し付けながら電話をしていた。

 

「いんや。まだ来てないよ。でも、ただ待ってるのも暇なんだけど。……そうだ」

 

 天使の翼を付けた少女は浮かぶのを止めて、機械に腰かけるように座る。

 

「ルーラで思い出したんだけど、最近のルーラって、なんか変と思わない?」

『何それ? ルーラが可笑しいって、何が変なの?』

「いやぁ変っていうかなんていうか……ちょっと優しくなった、のかな?」

 

 ちょっと照れ気味に――自分でもわからないが――いった言葉の後に「はぁ!?」と言う言葉で返された。

 

『は? いやいやいやいや。……えっ!? なに、ルーラが優しいって!? 大丈夫ユナ!?』

「いや大丈夫だけど。そこまでいう?」

 

 ユナはゴスロリについているリボンの端を弄りながらスイムスイムの方に視線を向ける。いまだにスイムスイムは機械とにらめっこしながら腕を動かしていた。

 

「とにかく、なんかルーラが変わったような気がするの。ただそれだけ」

『……まぁユナが言うんならそうじゃないの? 私は分かんないけど』

「――ユナ、設定できた」

 

 スイムスイムの声で振り向く。どうやら放送の設定が終わったらしい。

 

「放送の準備もできた事だし、後はルーラから電話がかかるのを待つだけ。もうそろそろで来ると思うし、電話切るね」

『りょかい。そっち、頑張ってよ』

 

 電話を切ると、さっきのミナエルとの会話が頭の中に反響する。

 

「……気のせいじゃないと思うけどなぁ」

 

 誰に聞かせるのでもないように呟くと、隣のスイムスイムと入れ替え、機械についているマイクを握りしめながらルーラからの連絡を待った。

 

♰♰♰♰

 

 歩くたびに埃が舞う通路にちゃんと掃除しているのかしらと内心唾を吐きながら、ルーラはマジかロイド44を先頭に、後ろにたまを引き連れて従業員の連絡通路を歩いていた。

 連絡通路には従業員たちの姿は無く、ロボットの機械らしい歩く音と、ルーラのこつこつと歩く音、たまの足の肉球が床に着くたびにぷにぷにとふざけたような足音だけがここを支配していた。

 

「それで、目的のエレベーターはこの先かしら?」

「ハイ。もうそろそろでVIPルームに続くエレベーターに着きマス」

 

 そうと言い、この先にあるらしい暗い通路の奥を細目で見る。先程から天井の電灯が不自然に点滅を繰り返し、明るくなったり暗くなったりと、とても鬱陶しかった。

 

「……ねぇルーラ。……ルーラってばぁ」

 

 後ろからたまが呼び掛ける声が聞こえるが、それに構わずに歩みを進める。しかし、それでも呼んでくる声にも鬱陶しいと思いながらも、背中越しに「何かしら」と不機嫌に聞き返す。

 

「どうしてルーラは、こんなことするの?」

「は?」

 

 たまの予想外の言葉に進ませていた足を止まり、思わず後ろへ振り返る。急に止まったことで、たまはルーラにぶつかってしまうが、それに構わず頭を押さえているたまに聞き返す。

 

「どういう意味かしら? その言葉」

 

 自分でも知らずに顔が強張って睨みつけてたからか、たまの口からひっと小さな悲鳴が出る。けれどもたまは(すく)む足を押さえて踏ん張りながら、お腹から絞り出すように声を出す。

 

「ど、どういうって……なんで、人助けをしないで、カラミティ・メアリのキャンディーを狙わなきゃいけないのかなって」

 

 たまの的外れた質問に「はっ?」と言いそうになるのを唇を強く結ぶことで抑え、改めてたまの言葉の意味を考えてたどり着いた答えに頭を痛くなる。そんなルーラの心情を察していないたまの純粋無垢で穢れを知らない顔を見ていると余計にイライラする。

 

「……馬鹿もここまでくると本当にどうしようもないわね。そこらの犬よりも知能が低すぎて本当に呆れる」

「えっ……」

 

 急に襲い掛かった罵倒に一時放心状態に(おちい)った後に、我に返ったたまは「えぇ!?」と連絡通路に響くほどの大きな声を出す。そんな様子を見ていると余計に頭が痛くなってきた。

 はぁと呆れてため息が出るが、この状況でもそんな事を考えられるたまが羨ましく思えてきた。けれど、今この状況でその考えでは、目の前に死ぬ危険があったとしても、反撃すらできずに死んでしまうのだ。

 

「この状況で人助けだなんて、そんな甘い考えだと真っ先に死ぬわよ」

 

 自分の考えを何とかかみ砕いて伝える。死ぬという言葉で今の危険な状況を気づいてもらおうとするが、ルーラのその努力も(むな)しく空回り、たまはいまだに反論しようとその口を開く。

 

「で、でも! この状況だからこそ! みんなで力を合わせて――」

「だったら、あんたが死になさい」

 

 「えっ」とさっきから飼い主に噛みつこうとしていた飼い犬の口からぽつりと漏れた。

 自分でも流石にきつすぎる言葉だと自覚はしている。だが、今のこの状況の危うさを知ってもらわなければ、この先の作戦に支障が出てしまう。作戦の失敗はチームの全滅。だから、これはしょうがないことなのだ。

 

「うっ! そ、そんあ、こと……言わない、でよ」

「だったら、そんな甘い考えを捨てなさい。さもなければ、いずれメリーの二の舞に……」

 

 その後の言葉は続かなかった。先程まで痛かった頭が急にずきんと強く痛くなり、壁に寄り掛かる程の痛みに変わっていった。何とかして壁に手を付くようにして倒れるのを防ぐが、今でも続く強烈な痛みに立つことさえ難しかった。

 この様な状況になったのは、今が初めてではない。自分の口から出た「メリー」という単語。前はそれを聞いても何も起こらなかったのに、今ではそれを言うたびに、聞くたびに、強い痛みが頭に響き、それと同時に心臓が鷲掴みされているかと錯覚するほどに胸が締め付けられた。

 メリーが死んでしまったのはリーダーであるルーラのせい。その考えが頭にちらちらと浮かぶ。確かに、そうなのかもしれないと思った事もあるが、あれは事故だ。ルーラの知らないところで死んだのだから関係ない。そう思いたかった。

 この状態になった時には、あれは自分のせいだというのをを否定する事で頭痛が引いていった。今回もそうやって考えると、頭痛は収まり、早い心臓の鼓動も徐々に正常に戻るのを感じ、急の心拍の向上で早まった呼吸も整える。

 息苦しさも消えて顔を上げると、たまが心配した顔でこちらを覗いていた。

 

「だ、大丈夫?」

「……これぐらい、何ともないわ」

 

 立たせようと手を差し伸べるたまの好意を受け通ると思わず浮かぶ手を押さえる。安易に部下に頼るのはリーダーとしてあるまじき行為だ。悪いと思いながらもたまの手を払いのけて、代わりに王笏(おうしゃく)を床に着くことで立ち上がる。

 

「とにかく、いつまでもそんな事を言っている暇があるなら、その小さな脳みそで己の役目を果たそうとしなさい。分かった?」

「……うん」

 

 たまの勢いの無い小さな返事にしっかり返事をしろと言いたくなるが、これ以上の時間のロスは作成に響くため、先に行ってしまったマジかロイド44の後を追う様にルーラは先程からちかちかと点滅する蛍光灯のせいで半ば暗い廊下を再び歩きだした。

 

♰♰♰♰

 

「着きまシタ。ここのエレベーターが、表玄関のエレベーター以外でVIPルームへ行けるエレベーターデス」

 

 エレベータに向かって手を添えながら、後ろにいるルーラ、たまの順で眺める。ここまで行くまでの間に何かあったのか、ビルに入る前よりもルーラは不機嫌に、たまは泣きそうに――泣いているにも等しいが――なっていた。

 確か作戦では、この後はルーラがモニター室にいるどっちかの天使に連絡して、放送するはずだ。そう頭の中で作戦を確認していると、視界の端ではルーラが魔法の端末を耳に当てていた。大方、天使に命令しているのだろう。

 予想は的中したらしく、近くのスピーカーからとても(やかま)しいほどの音が連続で鳴り始めた。

 

「……厨房で火災が発生しました。近くの係員の指示に従ってください。厨房で火災が発生しました。近くの係員の指示に従ってください」

 

 恐らくは声の主は天使の一人が変身しているのだろう。この放送により、中にいる客人と係員は外に出て、このビルは魔法少女以外は居なくなるはずだ。

 

「よし。じゃぁさっさとカラミティ・メアリの元へ向かうわよ」

「了解デス」

 

 エレベータ横のボタンを押すと、エレベータの扉は開いた。そこへマジかロイド44、ルーラ、たまが乗り込む。そして、マジかロイド44はVIPルームへ続くボタン――では無く、一つ下の階のボタンを見られないように押した。

 何故VIPルームへ行かないか。それは、彼女らを罠に嵌めるためだ。ビルに来る前に事前にカラミティ・メアリにメールを送っといた。その後に届いたカラミティ・メアリの作戦での私の役割は、カラミティ・メアリが待ち構えている部屋におびき出すことだ。そうすればカラミティ・メアリが瞬時にルーラとたまを殺して、残った天使は片方をカラミティ・メアリが、残った天使は私が殺せば、カラミティ・メアリとの約束も破ってはいないし、一気に魔法少女をいなくなるため生き残る可能性が格段と上がる。これこそが、私の生き残るための最善策なのだ。

 エレベータの扉が閉じる。かと思えば、間に何かがあるのか扉はもう一度全開する。

 

「おや? おかしいデスネ。……まぁ、気のせいですか」

 

 今この状況だ。少し神経質になっているのかもしれない。如何(いかん)せん、いつばれて殺されてもおかしくないのだから。

 その後は、さっきとは違い扉は普通に閉じた。

 上に上がっていくエレベーターに乗っていると自分が空を浮いているかのようなおかしな感覚になる。マジかロイド44のアバターは、空を飛べるランドセル型のブースターを背負っているため、この様な表現はおかしいかもしれないが。

 目を少し横へ向けて二人の顔を伺う。こういう状況こそ冷静にならなければ。

 ルーラの表情は、さっきまでの不機嫌よりかは明るくなり、例えるなら勝ちを確信した子供の表情だ。対してたまの方は余計に暗くなり、目には涙をためていた。

 ――これなら今回も余裕そうデスネ。

 そう心の中で笑みを浮かべる。勝利を確信して余裕に浸ってしまえば周りへの注意も狭くなる。主人が隣に居ながらも恐怖で涙を流す犬なんて論外だ。私の仕事は誘導だけだ。それさえ済めば勝てるのだ。

 「ちんっ」とエレベータが目的の階に着く音が耳に入るのと同時に、エレベーターが揺れた。

 

「さて、後はエレベーターを出て、一番奥の部屋に行けばカラミティ・メアリがいマス。案内しまショウ」

 

 そう言ってルーラ達の先頭に立ち、誘導する。ここは、VIPルームよりかは質は落ちるが、かなりの上物の客人が使う部屋だと聞く。左右の幾つかの部屋を過ぎながら奥へと向かう。

 あと少しだ。あと少しで勝てる! そういう心の高ぶりは、奥から聞こえた銃声によってかき消された。

 ――……は? いったい何が起きたんだ。

 こんなのは作戦に組み込まれていないはずだ。それに、カラミティ・メアリが意味も無く銃を発砲するとは考えられない。

 ……何かがおかしい。なにが起こっているのだ。それを一刻も早く確かめたかったが――

 

「さっきの銃声はいったい何?」

 

 まずはこの二人を何とかしなくてはいけない。下手に動いたり喋ったりして感づかれたら一巻の終わりだ。それだけは避けたかった。

 

「あぁ、えぇっと。……たぶん、あっちで何か起きたんだと思いマスはい。取り合えず、一緒に様子を見に行きまショウ」

 

 ますは様子を見て、その後何事もなければ作戦通りに二人を殺す。しかし、もし何かあれば……。

 ポシェット越しに今日の秘密道具を触る。使用回数は3回。これさえ打てば、あのカラミティ・メアリでさえ恐れることもない。その場で全員皆殺しにすればいいだけだ。

 

♰♰♰♰

 

「……これは、いったいどういう事なんでショウネ」

「……そんなの、私に訊かれても困るわよ」

 

 予想では、死体の一つでも転がっているとでも思っていた。カラミティ・メアリの怒りに触れた人間が殺されるのはよくある事だからだ。だけど、これは予想出来るはずが無かった。とても上質なソファを彩る赤い鮮血。その死体は損傷が激しく、まるでナイフで何度も何度も刺されてかのよな刺し傷。足元には、死体から今もなおにじみ出てくる血液を絨毯が吸いこもうとするが量が多く、絨毯からはみ出てしまった。そんな状況にさせた死体の正体は――

 

 

 

――体中に穴が開き、そこから止めどない血が飛び出ている女性だったからだ

 



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SE:開戦のファンファーレ

 昔から、()()()()()()が大嫌いだった。妖怪ともあろうものが、人間と仲良くなろうとして、その人間に裏切られ、それで最後は人間、妖怪すら信じられなくなり、遂には己すらも信じなくなった。正直自業自得だ。

 けれど、私が彼女の中に生まれたのは、彼女が現実から目を逸らし、目を閉じたからだ。おかげで今はとても楽しい。

 私は元々彼女の一部だ。だから、こうして彼女の体を使うのも、能力を使うのも私には権限がある。私は今まで好き勝手やって来た彼女とは違う。誰が死のうとどうでもいい。家族何て真っ平。友達何て必要ない。全ては私が決めればいい。

 魔法少女になると精神が強くなる。それはつまり、今まで眠っていた私を呼び覚ますには十分だとはこいしは気づかない。そもそも私の存在すら知らないかもしれないが。

 体を取り返すことが出来たが、まだ油断はできない。他の魔法少女どもを潰さなければ、本当の意味での自由何て手に入らない。

 一人は殺したが、こいしの記憶をたどるとまだ魔法少女がたくさんいる。早くそいつらも潰さなければ。

 

 

 

 

 もし、密室で人が殺されていたら、みんなは誰を疑うだろうか。その人の家族か、友人か、はたまた仕事上の知人など、多くの容疑者が上がるだろう。事件と言うのは、容疑者があってこそ事件と言えるのだ。

 だが、この状況は事件と言うにはあまりにも異様であった。

 

 誰しもが嗅いだことのある血の臭い。だが、多くの普通の人は、少量の血の臭いを嗅いだだけである。けれども、今この部屋に漂っている血の臭いの量はあまりにも異常なほど強く、思わず咽返(むせかえ)ってしまいそうなのをぐっと抑え、後ろにいるたまに見えないように体を動かす。

 

「たま。暫くの間、廊下に出てくれるかしら?」

「う、うん……」

 

 たまは、この臭いの正体には気づいているのだろうか。けれど、ずっとこの部屋に居させるのは流石に良くない。部屋を出ようとするたまに付いて行き、半ばドアの隙間から押し込むように廊下へ出し、そそくさとドアを閉めた。

 

「……どうやら、他の魔法少女がこのビルの中にいるそうデスね」

 

 ルーラがたまを廊下へ出す間に先に調べていたマジカロイド44は問いかけるかのように言いながら絨毯の血に手を触れていた。

改めて部屋を見渡すと、金色のシャンデリアやランプ、いま死体がいるソファも黒皮で、とてつもなくお金がつぎ込まれているのが見て分かる。

 絨毯を超えて床にも付着した血を避けながら、死体へ近づく。恐らく、カラミティ・メアリだと思われる死体を上から下へと流れるように眺めてから、左ポケットを探る。

 人生初めての死体を見ていても、少し不快感があるだけで、吐いたりめまいがしたりなどはしなかった。ファブの話では体のほかに精神が強くなると言っていたが、恐らくそのおかげだろう。

 暫く漁っていると、中からは、コンパクトミラーや口紅、(くし)といった女性らしい小道具などが飛び出し、あのカラミティ・メアリでも身嗜みを整えるのかと考えるが、探しているのはそんな物ではない。次に右ポケットに手を入れると、指先にこつんと硬いものが当たった。それを引き出してみると、カラミティ・メアリの魔法の端末が出てきた。そして魔法の端末を慣れたかのような操作してキャンディーの数が表示される画面を出した。

 ――かなりの量ね、普段、何したらこんなに集まるのかしら。

 そう想像を巡らせるが、急にかけられた声により現実に引き戻される。

 

「おや? あの袋がありまセンね」

「あの袋?」

 

 マジカロイド44の言葉に疑問を持つと、床の方を調べていたマジカロイド44はこちらに近づき、ルーラが調べていたポケットと、それ以外の部分を、徹底的に調べ上げた。ゆすったり、服を破いたり、まるで死体漁りだと呟きそうになるが、さっきまでの自分もこいつと同じだったと思うと嫌気が差す。

 

「袋って、何の袋を探してるの?」

「四次元袋デスよ。この前ダウンロードできるようになったあれデス」

 

 マジカロイド44は死体を漁る手を止めないで答える。

 四次元袋。手で持てる物なら大きさや重さも関係なく入れることが出来る袋だ。まさかカラミティ・メアリが購入していたとは思っていなかったが、あの女なら自分の寿命も惜しくないのだろう。既にカラミティ・メアリが使っていることから、あいつの魔法で魔法の武器になった道具がたくさん入っているはずの袋は、この先、生き残るための戦力アップには申し分ない力を発揮する。

 しかし、マジかロイド44の言葉が真実なら、もう既に殺人犯が盗んでいった可能性が高い。

 死体を漁ることを止めたマジカロイド44は、机の上にあった血が付着していない清潔なタオルで手を拭き、拭き終わったらタオルを血だまりの中に放り投げた。清潔だったタオルも一瞬にして深紅に染まる。

 

「やっぱりありまセンね。あれさえ手に入れば、この先かなり楽になれたのデスけどねぇ」

「無いものはしょうがない。けれど、まだ犯人がビル内にいるなら、ビルを出るまでの間、交戦するかもしれないわ。袋を盗んだのも犯人だろうし、いつでも戦う準備はしときなさい」

「了解デス」

 

 ロボット特有の無機質な音声で帰ってきた声を聴き、取り合えず魔法の端末をポケットにしまい、先にドアの方へ向かっていったマジカロイド44と同じように廊下へ出た。すると、廊下で待っていたたまが急にこっちにしがみ付いてきた。

 

「うわっ!? 何、どうしたの?」

「……やだやだ、やだだよぉ。死にたくない……」

 

 そう抱き着くたまをひっぺ剥がそうとするが、たまから聞こえる少しながらもすすり泣きと、それに加えて聞こえてくる死にたくないという懇願を聞いていると、そんな気も失せてしまった。はぁと小さくため息を吐きだし、幼子を慰めるように頭を撫でてあげた。たまから女の子特有のほんのりと鼻をくすぐる香りが、さっきの部屋で嗅いだ血の臭いよりかは断然ましだった。

 

 

 

 とても不愉快だった。何もかもパーになってしまった。

 こうなってしまった以上、誰がカラミティ・メアリを殺したのかはこの際どうでもいい。問題は、計画の根本(ねもと)でカラミティ・メアリが死んでしまったせいで、この先マジカロイド44を助けてくれる魔法少女がいなくなったのが問題なのだ。これは非常にまずい状況だ。

 どうしたものかを腕を組んで考えるポースをしながら目の先の扉の前にいる目障りな魔法少女達を眺める。

 ――こんな時に抱き合ってんじゃなえよ。

 そう毒づいてしまえばどれだけ気が楽か。とにかく、作戦を大幅に変更しなくては。幸い、彼女らには殺そうとしていたとは気づかれていない。利用できるものなら利用しなければ。

 まずは、この目の毒な光景を何とかしなければと、二人に近づく。

 

「いつまでここで止まっていないで、ひとまずは天使二人と合流しまセンか?」

 

 マジかロイド44の言葉に気づいたのはルーラだけで、ルーラはやさしくたまと離れる。

 

「そうね。取り合えず、みんなに連絡して、外に出てもらうわ」

 

 ルーラは、懐から自身の魔法の端末を取り出して耳に当てながら、片手でいまだに泣き続けるたまの手を引いて、マジかロイド44を追い越して先にエレベーターへと向かう。

 まだだ。殺すなら相手が一人の時が一番いい。取り合えず、外に出てチャンスを伺いながら殺そう。そう考えながら歩きだす。が――

 

 ――……誰かに見られている?

 

 いつから自分はこんなに周りを気にするようになったのだろうか。こういうのを自意識過剰と呼ぶのだと自分で分かる。

 どこからか視線を感じ、首を回して周りを見通すが、周りには黄金に輝く悪趣味の壺や壁しかいなかった。

 

「……気のせい……デスかね?」

 

 そう思いたかった。

 エレベーターで感じた違和感、それに加え、先程感じた視線、どれもとても薄気味悪い。魔法少女でありロボットであるのに関わらず、背筋に悪寒を感じる。

 誰かが自分の後ろにいる。そんな気さえしてしまう。けれど、振り向きはしない。触らぬ神に祟りなしだ。

 

♰♰♰♰

 

 来た道を戻り、外に出る。既にほかの連中は出ていたらしく、開いた扉に気が付いたのか、天使、犬、水着の順に全員がこちらを振り向いた。

 

「あっ。ルーラ。もう既に消防車やら救急車とか結構来てるよ。どうやって逃げるの?」

 

 天使の片割れがルーラに近づき聞いてきた。ここはマジカロイド44はカラミティ・メアリと会う際に使った路地裏だ。小声で話し合っているルーラ達から目を逸らして道路の方を覗いた。

 野次馬らしき人間が警察に取り合さえられていた。空を眺めると、雲に当たっている赤い光が動き続け、聞こえてくるのはパトカー特有のピーポーピーポーとした音だ。

 確かに天使の言う通り、この状況で逃げれるのは飛べるマジカロイド44と天使だけだ。犬と水着とお姫様は、既に警察が包囲網を張った場所から逃げれるか。

 

「心配ないわ。私は変身を解いて人ごみに紛れて戻るから。スイムスイムはたまを連れて先に寺に行きなさい。……事前のメールで言った通り、帰りに襲われる可能性があるから、一人で行動するんじゃないわよ。分かったわね?」

 

 そう言うとルーラは足早に別の路地裏へと姿を消した。残った魔法少女達は、ルーラの消えた路地裏から視線を離し、またルーラを抜きにした話し合いが始まった。

 

「どうする? ルーラさっさと行っちゃったし、うちらもさっさと帰ろ」

「そうだねお姉ちゃん」

 

 天使二人は、翼をはためかせると、徐々に上へと上がっていき、寺の方へと飛んで行った。

 

「……たまはどうする? 私に付いて行く?」

「えっ! えっと……うん」

 

 水着の方も犬を連れて、別の路地裏から出て行った。残ったのは、マジカロイド44だけだった。

 数秒間が経過してから周囲を見回してから、すぐさま手をウェポンラックに突っ込み、魔法の道具を取り出した。

 ――今が最後のチャンスだ。

 取り出したその道具の形は、一言でいうなら昔家で見たSFに出てくる光線銃のようだ。光線銃の先は、カラミティ・メアリの使うトカレフのような不格好な形ではなく、丸い玉のようなついていた。

 ――今ルーラを追えば、ルーラは一人だ。誰にも気づかれずに殺せることが出来る。

 ――ただ当てるだけだ。当ててしまえばあとはどうとでもなる。幸い、ルーラは他の魔法少女と比べて身体能力は出来る。殺した後は私がルーラに成り代わってあいつらを利用してやろう。大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。そうでもしなければ、今に悲鳴を上げてしまいそうだ。

 耳元を誰かが囁く。その言葉の数々は、どれもネガティブな者ばかりで、魔法少女なのに鬱になってしまいそうだった。

 怖い。そんな感情を抱くのはいつぶりだろうか。しかし、そんな事を気にしている場合ではない。今すぐにでもルーラを殺さなければ。

 

 

 

 あの子たちを置いて路地裏から出ると、あちこちを消防車やパトカーが動いていた。野次馬たちを取り押さえている警察官は急いで立ち入り禁止テープを引いて野次馬たちを止めていた。

 ――まずいわね。予想以上に大きくなってるわ。

 警察や消防車が出動してくるのは予想していたが、野次馬が騒ぎを大きくしたのだろう。警察官が多く出動して野次馬たちを先導しているのが視界の端に見える。

 急いでこの場を立ち去ろうとする。しかし途中で野次馬たちを抑え込んでいた警察官の一人と目が合った。警察官は、逃げようとする早苗を怪しんでいるのか、目を細める。瞬間、下手に動いて警察に怪しまれでもしたら元も子も無いと考え、走り出そうとした足を止めた。

 なら、どうすればいいか。下手に逃げるのが駄目と考え、そして考えついたのは、この野次馬たちに混ざる事だ。木を隠すなら森の中。なら人に混ざって動いた方がちょうどよかった。ついでに、今のこの状況についての情報もなるべく集めてしまおう。そう考え、左から右へ流れる野次馬の波に乗っかった。

 

 瓶にでも積まれたかのようにぎゅうぎゅう詰めにされてながらも早苗は何とか波から這い出た。

 途中、おしりを触る中年男性に会ったが、強く足を踏みつけた後、蛙がつぶれたような声を出して、あっという間に退散していった。

 野次馬たちから出てきた情報は、「あの火災警報は嘘」だということと、「誰かが中で惨殺された」という話だ。

 ルーラ達が死体を発見してから、まだ十五分ほどしか経っていないはずだが、あの後、ルーラ達が部屋を離れた後、すぐに警察が突入したらしく、あと少しで警察に見つかっていたかと思うと、身震いしてしまう。

 深呼吸をして体も心も落ち着かせる。

 すると、何者かに肩を叩かれ再びビクッと体を震わせてしまった。

 

「だ、誰!?」

 

 ビビったわけではない。ただ驚いただけだ。プライドの高い早苗がこんなことで怖気づくわけが無かった。

 逆に肩に乗った手を握り返し後ろを振り返る。正体を確かめるまで絶対に逃がさない、そういう意気込みで振り返るが――

 

「こんばんは」

 

 そこにいたのは中学生ほどの身長に、ニット帽を頭に被った少女だった。少女は口元を三日月に歪めて、にっこりと笑っていた。

 張りつめていた空気が解放される。なんだと思いホッとするが、次に来たのは少女への疑念だった。

 早苗は社会人になってから、子供と接触する機会なんて一度もなかった。それは、魔法少女になってからも同じで子供と喋るどころか話しかけられることもなかった。それなのに、何故この少女は知っているのか。いくら子供でも、魔法少女の可能性なら最悪――

 自分の死んでいる姿が思い浮かぶが、首を左右に振る。とにかく、目の前の少女について何か知らなければ。

 

「……こんばんは。……私、何処かであなたと会ったことあるかしら?」

 

 すると、少女は「あっ」と口からこぼれ出た後、手を顎を当てて、「そっか」等とぶつくさ言う姿は、とても中学生とは思えず、より疑念が高まった。

 そんな様子の早苗を知らずか少女は今もなお、ぶつくさと喋るが、急にそれを止めて顔を上げ、一歩近づいて早苗の瞳を覗く形で背を伸ばした。

 

「マジカロイド44……これだけ言えば、分かりますよね?」

 

 おそらく今の早苗の顔は驚愕の顔になっているだろう。しかし、ここで中学生相手にこんな顔を見せるのをためらい何とか抑える。

 それと同時に彼女に対しての不信感も霧散した。

 

「あなた……マジカロイド44なのね?」

「はい。私が正真正銘、マジカロイド44です。なんなら、貴方が誰かも言いましょうか?」

「大丈夫よ。……それより、なんで貴方がいるのかしら? 先に戻ってろと言ったはずよ」

「はい。確かに私は一度帰ろうとしましたが、それではルーラが一人になってしまいます。今、一人になれば他の魔法少女に襲われるのは必然。なので、私は戻ってきたのです」

 

 そう演説するマジカロイド44をどうしても信用できなかった。

 まず何故、自分の正体を明かしたのか。何故、早苗がルーラだと知っているのか。聞きたいことが山ほどある。

 それに加えてその言い回しが信用ならないし、そのしぐさが信用できない。未だ演説するマジカロイド44らしい少女は早苗の手を取ると人を避けながら走り出した。

 

「まぁ、取り合えず、私の言う様にここから離れましょう。早く行動するのに越したことはありません」

「ちょ!? ちょっと!」

 

 戸惑う早苗を構わずに、マジカロイド44らしき少女は早苗の手を引いてそのまま住宅街へと入っていった。

 

♰♰♰♰

 

 徐々に小さくなるサイレンと、徐々に少なくなる人々を感じ取り、走るのを止める。

 周りを見ると、住宅街なのだから家がたくさんあった。しかし、どこの家にも明かりが無く、皆しぃんと静まり返っていた。

 当然だ。ここらの住人は皆野次馬に混ざっているのだから。

 安藤真琴は長年、この町に居続けたおかげで、この町の住人の性格なども分かっていた。その中でも、ここいらの住人は噂が大好きなお喋りおばさんやおじさんの多くが住んでいたのも確認(リサーチ)済みだ。

 

「ちょっと! いきなり何するのよ!」

 

 手を強く握りしめていたのか、ルーラは手を押さえながらこちらに近寄ってきた。後少しでこいつが死んでしまうと思うと、こんな傲慢な態度でも可愛く思ってしまう。でも、早めに殺さなければ、いつ住人が戻ってくるかは流石に分からない。

 

「こっちの方が寺への近道なんですよ。取り合えず、今後の方針は寺に戻ってから考えましょう」

 

 ルーラの目からは怪しんでいると語っていた。少し、焦りすぎてしまったのかもしれない。

 

「……」

「……」

 

 静かな沈黙が何秒か続くが、ルーラがそれを破った。ため息を吐くと、こちらに歩き出し、横を通り過ぎた。

 

「……帰るわよ。早くしなさい」

 

 振り返らずに呼び掛けるルーラの後ろ姿は、まさに油断だった。

 今なら殺せる。

 変身すると同時に、ウェポンラックに手を突っ込む。そしてそのまま銃を取り出し――

 

「あっ。そうそう、あんたに聞きたいことがある……ん?」

 

 急に振り向いたルーラに思わず銃を落としてしまった。かきんっと金属音が静かな住宅街に響く。

 ――やってしまったやってしまったやってしまった!

 最悪だ。今まで失敗してしまった作戦から立て直して、ここで殺せばマジカロイド44の勝ちだったのに、やってしまった。

 ルーラは、落としてしまった銃、マジカロイド44の順番で目を動かし、先程より大きな溜息を吐いた後、銃を片手で拾い上げた。

 

「……こんな事だろうと思っていたわ」

「……気づいていたのデスか」

「まさかあれで隠してるつもりなの? だとしたらあんた、暗殺とかは向いてないわよ」

 

 ふっと鼻で笑い、ルーラに一歩近づく。予定は変更するが、ここで絞め殺してしまえば万事解決だ。幸い、相手は魔法少女に変身していない。奪われた銃を撃つにしても魔法少女の方が早いに決まっている。

 もはや、ルーラに勝てる要素はない……はずだ。

 なのに、何故ルーラはそんなに上機嫌な顔をしているの?

 

「……いまなら、あんたが私を殺そうとしたことを許してあげるわ」

「は? 何をいってるのデス? 今の状況なら、確実に私が優位デス。なのに何故、そのように……」

 

 その言葉の先は続かなかった。

 突如としてルーラがこっちに向かって走り出したのだ。喋っている途中に襲ってくるとは流石に卑怯すぎるのではないかと思うが、そんな事はどうでもいい。早く殺さなければ。

 しかし、遅かった。

 バリーンとガラスの割れる音が頭上からしたと思うと、すぐに来たのは前からのルーラの突進だった。

 

 気づいた時には、目の前に血だまりが出来ていた。周りには月に乱反射して輝き続けるガラス片と、中央にはルーラが倒れていた。

 ――いったい、何が起きたんだ?

 頭上から電話の音(開戦のファンファーレ)が鳴り響いた。

 



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自由のために 前

 視界が紅い。赤く赤く、そして赤い。

 わたしはどうなってしまったんだ。今は妙に頭が冴える。

 そうだ。私はあの時、上から降ってくるガラスからマジカロイド44を助けて……。

 そこまで考えてから、私は実に馬鹿だったと思う。魔法少女なのだからガラスごときで死ぬわけが無かったのに。

 あぁ。体がだんだんと冷たくなってくる感覚が次第に支配してくるのに、内側から何かマグマのような、熱い何かが湧き上がってくるのは何故だろう。

 赤だけが支配していた視界に色が戻った。これは、走馬灯と言う奴だろうか。

 魔法少女になって。カラミティ・メアリにプライドを踏みつけられ。肉壁としてたま達を支配下に置いて。

 一緒に人助けして。笑って。泣いて。そして、メリーが友達と称して仲間に入って。

 また人助けして。笑って。笑って。そして、メリーが死んで。

 悔しかったのだと思う。メリーが死んで、何も知らずに勝手に死んでいって。悔しかったんだ。

 だから、もう仲間を失いたくないと願ったんだ。だから、私はマジカロイド44の身代わりになったんだ。

 

 友達はね、お互いがお互いの事を思いやるのが友達なんだよ。

 

 この言葉は、昔メリーが言ってくれたのか。妙にリアルに聞こえた。

 そうだ。まだ、助けたい。彼女を、マジカロイド44を助けたい。

 私は最後の力を振り絞って、魔法の端末を拾い上げた。視界の端には、白い毛の――

 

 

 

 背中のランドセル型ブースターからごぉぉと音を立てながらマジカロイド44は地面ギリギリの高度で最高速で飛んでいた。

 今自分がどこを飛んでいるかさえ分からない。どこへ向かおうともしていない。とにかく今は逃げることに必死なのだ。

 今までマジカロイド44が横を通る窓は全て割れてしまっていた。それは、マジカロイド44の仕業じゃない。誰かが――おそらく魔法少女――私を殺そうとしている、そう考える他なかった。

 さっきまでは自分が殺そうとしている側だというのに、今は殺される側に回ってしまうなんてと思わず微笑してしまう。

 周りのビルの窓をちらっと覗く。中には人がいたが、それらは皆眠っていながらも、窓を割っていたのだ。魔法少女の仕業としか思えない。

 取り合えずこのビル群を抜けなければと思うと、西門前町と書かれた標識が見えた。

 ――よし!

 確か西門前町には結構広い公園があったはずだ。ひとまずはそこへ逃げ込もう。そう考え、ビルより高度を上げる。

 すると、上空から何かが聞こえると思った瞬間、光る何かがマジカロイド44の頬をかすめた。

 

「ひゅい!?」

 

 いきなりの出来事に思わず体制が崩れるが、飛んだまま体を百八十度回転させることで何とか持ち直した。

 移動するのを止めてホバリングしながら地面を見てみると、何かを中心に放射線状に、コンクリートにひびが入っていた。その何かはマジカロイド44の頬をかすめたと思わしきもので、徐々に光は収束して、最後には光の粒子となって消えてった。

 

「……いったい、何なのこれ!?」

 

 マジカロイド44のキャラすらも忘れて怒鳴りこむ。これは天罰なのか、神様が私を殺そうとしているのか。今わかることは、真琴の体と心は当に疲れていた。

 安藤真琴は、昔からやりたくないことは絶対にしなかった。高校受験の時も、周りはせっせと勉強に励んでいたが、それを遠くで眺めていたのが安藤真琴だ。

 それは中学校を卒業してからも、魔法少女になってからでも変わらない。全ては自分が決めることだと、それが安藤真琴の絶対的なルールなのだ。

 

 そこで、マジカロイド44の思考は停止した。

 

 自分は何故逃げているのだと。今までやりたくないことはしたくなかったはずなのに。そう、今私がやっていること、()()()に感じていることは、もう逃げたくないということだった。

 

 はっと気づいた時には時既にに遅かった。

 

「表象! 夢枕にご先祖総立ち!」

 

 声がした方を振り向くとそれは居た。

 後ろにある満月の月光によりシルエットとして浮かび上がった。大きな帽子。ワンピースのような服装。それに何より気になったのは、右手に紙らしき物を持ち上げ、何かを叫んでいる。

 彼女は誰? そんな疑問が頭によぎるが、次に襲い掛かったのは、強烈な光だ。

 思わず目を瞑ってしまうが、その後は何かが体に当たった。

 

「い!? たぁぁぁぁ!」

 

 熱が私の体を支配する。そして熱が収まると同時に襲い掛かったのは、まるで砲弾でも掠めてかのような強烈な痛みだ。

 すぐさま方向転換して、ビルとビルの間に入っていった。幸い光の玉の方を向いていたためブースターは無事だ。

 月光すらも届かない暗闇だが、魔法少女は夜目のためなんとか障害物には当たらずに、ぐんぐんと路地裏を突き進むが、後ろからピリピリと肌に伝わってくる殺気との距離は、最高速で飛ばしているはずなのに離れる気配がない。

 しかし、この路地裏は他と比べて迷路のように曲がりくねっているため、頑張ればまけれる。そう思っていた。

 

 そんな思いは、一瞬にして崩れ去った。

 

 突如後ろから殺気が消えたと思ったら、次は前から何かが見えた。それは、大きな帽子の魔法少女だ。

 ――なんで!?

 ここは路地裏のため、通路がとても狭い。ここで後ろを振り向いてからブースターを起動させるにはラグがある。

 なら、上空へ逃げてしまえばいい。そう考え、一気に空へ抜ける。

 雲一つない綺麗な夜空に浮かぶ月光がマジカロイド44を照らす。それと同時に、上空へ上がった大きな帽子の魔法少女の顔も照らし明かされた。

 一番の特徴の大きな帽子は北風になびかれ、それと一緒になびかれるのは蒼いバラの刺繍がされた水色のワンピース。少女はワンピースを前で押さえながら、とても純粋無垢な笑顔をこちらに向けた。

 対するマジカロイド44は、まるで幽霊でも見たかのような顔をする。

 それはそのはずだ。だって、彼女はカラミティ・メアリによって――殺されたはずなのだから。

 

「こんばんは。魔法少女ちゃん」

 

 喉がカラカラに渇いているのを感じる。上手く声が出せない。

 目も瞬きすることも許されない。目を離したらどうなるか分からない。

 その少女の笑顔が恐ろしい。ただ笑っているだけなのに、その笑顔は、まるでおもちゃを手に入れたかのような残酷な子供のする笑顔だ。

 少女は、床もない空を踏みしめるかのように一歩一歩近づいてきた。

 

「ねぇ、ちょっとお願い聞いてくれる?」

 

 少女は歩みを止めない。マジカロイド44も少女を見ることを止めれない。

 電話の鳴る音が聞こえてきた。あぁ。これはあの時も聞いたことがるなと、この状況で場違いな事をよく考えていられるなと自分で自分を笑う。

 

「私ね。ずっと昔から、『自由』が欲しかったの」

 

 聞いてもいない事を喋る少女の姿は、背景の満月と重なって、とても戯画化的だった。

 カナリアのように美しい声が、まるで麻薬のように耳に届いた瞬間に頭がくらくらしてきた。

 

「でもね、それを手にするには魔法少女が邪魔でしょうがないの」

 

 少女とマジカロイド44との距離が残り五、六歩ほどの距離まで狭まってきた。

 少女の髪、服、体から香ってくるフローラルの香りが鼻をくすぐる。

 女の子としては完璧だった。そう、完璧なはずなのに――その笑顔が怖い。

 

「だからね」

 

 少女は顔を私の耳にまで近づけると、こう囁いた。

 

「ねぇ、死んでくれる?」

 

 そう囁いた彼女は、ゆっくりと手を私の首に当てて、ぎゅっと締め付けた。いつもの私だったら、これは嫌で嫌で仕方がない事だった。

 でも彼女に殺されるなら、別にいいかなとも思える。

 喉が圧迫されて、息が出来ない。酸素が取り込めず、それを脳に送ることも体に送ることもできない。

 そうして、私は彼女に喜んで殺され――

 

 

 

 気づいた時には私の体は解放された。ホバリングもいつの間にか止めていたため、私の体はビルの屋上に叩きつけられる。思わず目を瞑り、後はそのまま落ちていくはずだった。

 しかし、いつまで経っても背中に感じるはずの痛みが感じられない。それどころか、誰かに抱えられている浮遊感さえ感じられた。

 ゆっくりと目を開けると、スイムスイムが私を抱えている状態で走っていた。

 

「えっ!? なんで……」

「ルーラからメールが来た。今マジカロイド44が危ないから助けろって」

 

 思わず耳を疑った。ルーラが生きていた? そんなはずがない。私はこの目でルーラが死んでいるのを見てのだから。

 しかし、何より今自分が助かっているというのが証拠であり、否定できない事実だった。

 

「今はたま達がルーラを病院に連れてってるから、私はルーラの代わり……ルーラのように助ける」

 

♰♰♰♰

 

 スイムスイムが来た時には、既にルーラは虫の息だった。私たちより既に着いていたユナエル達は肉が裂かれてたくさんの血が出ているルーラを見て顔を歪め、たまは膝をついて俯いていた。

 スイムスイムだって泣きたかった。でも泣かない。みんなの前で泣いてしまうのはお姫様じゃないからだ。

 いつ死んでもおかしくないルーラは、まだ生きていたが、いつ死んでもおかしくない。そこで、スイムスイムはルーラのようにたま達に命令を下した。命令を聞いたユナエル達は、車になってルーラを乗せると、そのまま暗い道を走らせた。次はルーラのメールの通り、助けないと。

 

 マジカロイド44を見つけた。どうやら誰かに首を絞められ殺されかけていた。殺されたら助けることが出来なくなってしまうから、より早く走る。

 まず、武器(ルーラ)をマジカロイド44と少女の間に投げる。そのまま武器は少女の腕を切断することはなく、早めに気づいた少女は手を離して下の路地裏へと消えていった。

 より早く走り、何とかマジカロイド44を空中でキャッチした。武器は近くの壁に刺さっていたから、後はこのまま逃げるだけだ。

 

 走りながら目を閉じていたはずのマジカロイド44の質問に答えながら走り続ける。けれど、少女はそれを許すほど優しくなかった。

 すぐさま後ろからスイムスイムと同じ速さで走る音が聞こえる。まずはまかないと。

 

「人の邪魔して、ただで帰らせないわ!」

 

 思わず足を止めそうになった。聞き覚えのある声、けれどもうこの声は聞くことが出来ない声。でも、なんで聞こえるの? 確かめなければ。

 

「ここから先は真っ直ぐ王結寺まで走って」

「え?」

 

 抱えているマジカロイド44を上空へ投げつける。急な事で一瞬マジカロイド44は動けなかったが、その後はすぐに後ろのランドセルから火が出て寺へと向かっていった。

 武器を構えて後ろを振り向く。少女の姿は月光によってシルエットになってよく見えないが、見間違えるはずがない。

 

「……なんで、メリーがいるの?」

 

 彼女は昔はスイムスイムの仲間だった。ルーラが連れてきたメリーの第一印象は、なんかおかしな魔法少女という認識だった。そして、一緒に過ごすしてたくさん見てきた。メリーの楽しい顔、悲しい顔、ルーラへのいたずらが成功した顔。たくさん見てきた。

 そして、いつしか友達と言える関係になった。なのに、どうして戦ってるのだろう。

 

 メリーは、きょとんとした顔をする。

 

「なんで、私が死んだって思ってるの? 私の死に際なんて見てないくせに」

 

 メリーの言葉に私の中で何かが詰まる。確かにそうだ。実際に見たわけではない。ファヴから聞いただけだ。ならファヴが嘘をついていたのか。それも何か可笑しいと思う。

 メリーは懐から何かを取り出した。それはトランプのような小さな紙だった。

 

「まぁ、ここで殺せばいいだけだよね」

 

 メリーは満面の笑みを私に見せてくれた。

 身震いした。口から見える八重歯が月明かりに反射する。

 ここまでの恐怖は坂凪綾名が生まれて今まで感じた事は無かった。目の前にいるのは、死そのもの。逃げるか、抗わなければ死ぬ。

 冷汗が顔から落ちて右手の甲に受ける。気合か、もしくは恐怖を押さえるために武器を強く握りしめる。

 メリーは紙を上に上げると、呟いた。

 

「嫌われ者のフィロソフィ」

 

 最後に見えたのは、黒い影が私を包んでいるところだった。

 



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自由のために 中

 上るたびにぎしぎしと軋む階段。何年も放置されたのか手すりを触れば触った部分からぱらぱらと崩れてゆく。今にも床が抜けそうで、そのため私は少し足を浮かせてみる。

 そのままスムーズに上を見上げながら階段を上がっていく。錆の臭いもかなりきつかったが、流石にそれはどうしようもないため、我慢しながら上がっていると、屋上への扉が見えた。本来ならこういう仕事は部下に任せるのがいいのだが、今回の仕事は自らが出た方が効率がいい。

 屋上の扉に着いた。ドアノブを捻ると、少し重いが回った。かぎは掛かっていないようだ。

 

「うっ」

 

 扉を開けた瞬間、急な突風がグロウアップを襲う。

 強い突風に白衣を押さえながら耐え凌ぐ。魔法少女なので寒くはなかったが、この仕事服だけは手放せない。この状況を、まるで北風と太陽みたいだと思い微笑する。

 突風が収まると、乱れた白衣を軽く払って整える。

 改めて屋上を見渡す。特段変わったものは無く、鉄柵の前にはもともと緑色のペンキで塗られていたと思われる9割が赤褐色になったベンチに、壁側にはだいぶ昔に廃止された珍しいジュースが買えていたところどころが凹んでいる自動販売機だけがあり、ここだけ時代に取り残されたかのように残っていた。

 それらに目もくれず、そのまま真っ直ぐ歩き、自殺防止用の鉄柵に前で止まった。ここの鉄柵は比較的新しくつけられたらしく、触っただけで崩れるようなほど劣化はしていない。

 鉄柵に右手の指を絡まらせてそこから町を見渡す。あちこちでは、車の音、機械の音、人のがやがやとした声が嫌でも耳に届いてくる。人工的な光が嫌でも目の届く。自然も根こそぎなくなっていて、見るに堪えない。

 

「……無事魔力が枯渇していますね。流石の大きさのため、枯らすのに苦労しましたよ」

 

 生命の源である魔力を枯渇すれば自然も弱ってしまうのは分かってたが、目的のため、しょうがないことと片付ける。

 グロウアップの魔法は応用すれば、妹の魔法の代わりに土地に依存する魔力を枯らすくらいなら出来る。取り合えず第一段階はクリアした。次は第二段階だ。

 グロウアップは、白衣の内ポケットに手を入れると、そこから何かを取り出した。

 それは注射器だ。針の部分にはグリップがついてあり、針の先は返しになっていて、医療用ではなく投擲用として使うものだ。これはグロウアップの武器でもあり、仕事道具でもあり、相棒でもある。

 手慣れたように片手で注射器のグリップを取る。針が月光によって爛々と煌めく。試しに人差し指で針の先を押し当てると、人差し指からは血が珠になって出てきた。鋭さも抜群だ。

 傷ついた指を白衣の裾で拭う。これぐらいなら魔法少女の再生能力で数秒で傷は消え去る。

 ピリッとした痛みに顔を歪ませるが、そんな事で構っていられる時間はない。

 グロウアップは、何歩か後ろに後退すると、右足を上げて、右足を床にひびが入るほどに踏み抜き、右腕を鞭の様に振るい、注射器をプロ野球選手の如く綺麗なフォームで思い切り投げた。

 空気を切る音を出して注射器は鉄柵の間を抜け、そのまま速度を落とすことなく、グロウアップが見ていた点――上空に浮かぶ()()()()にぶすりと音を立てて刺さった。無事に刺さったことに内心ガッツポーズを取りながら注射器を見ていたが、その後すぐに落胆する羽目になった。

 注射器は「黒い球体」には刺さったが、注射器は()()()()から何か液体を吸い上げることもなく、注射器ごと()()()()に飲み込まれた。その後、球体からグロウアップに向かって何かが高速で飛び出す。

 注射器を投げた時と同じスピードで飛んでくるそれを右手を前に掲げることで、右手の人差し指と中指との間でキャッチする。高速で飛んできたそれの正体は、さっき投げた注射器だった。

 

「今少しばかり待ちましょう。まだ魔力は回収しきれていません。おそらく……あと何週間程度でしょう」

 

 昔の人間は果報は寝て待てなどと言っていた。ここは素直に待った方がいい。下手に殺してしまえば回収できるものもできなくなってしまう。妖怪のサンプルなんてめったに取れないのだから慎重に越したことは無い。

 注射器にグリップを再び付け内ポケットにしまうと同時に外ポケットが震えた。次いで外ポケットに手を入れ、ハート形のではなく、ダイヤ型の魔法の端末を取り出した。

 この魔法の端末は、「魔法の国」とは別の所でグロウアップが所属している技術部門が作ったものだ。「魔法の国」製作の管理者用魔法の端末をベースにグロウアップが様々な機能を付けたもので、かなりの高性能に出来上がり、これは上位職専用のタイプで、色ごとで役職が分かる。グロウアップが持っている魔法の端末は赤く、技術部門を示す色だ。

 魔法の端末を振ると反時計回りに上の部分がスライドする。下画面には非通知と出ていた。

 

「……もしもし。グロウアップです」

『おうおうおう! やっと出たよ! おいおいどうなってんだよ! どこにもいな「少し黙ってくれませんか。……ゆっくりと要件を言ってください」

 

 聞くだけで麻薬を摂取したかのような甘く、美しく、愛おしいと思わせるような女性の声。それには少し前に聞き覚えがあった。そう、彼女は確か、グロウアップが()()()暗殺を依頼したフリーランスの魔法少女、レディーバットだ。

 

「ん? 待ってください。何故あなたが私の電話番号を知ってるのですか?」

『ふっふーん。私ぐらいになれば、電話番号ぐらい容易い容易い』

 

 ちっと心の中で舌打ちをする。

 ――いつ情報が漏れた。余計なことを。もし彼女があれを知っていたらまた()()()が増えてしまう。今の状況では一分一秒も無駄にしたくはない。……取り合えず、尋問を始めよう。

 

「……ちなみに、どこでそれを?」

『それは言えないなー。だけど、私が知っているのはそれだけだから安心しな』

「……そうですか。察しが良くて助かります」

 

 尋問とは思えないほどの尋問は、あっさりと幕を閉じてしまった。彼女の声を聞くと、納得してしまうというか、何故か気が狂う。まぁ、知らないなら別によかった。知らない方が幸せなこともあると言う。彼女が依頼人(クライアント)の秘密を探るような愚か者ではないことは既に調査済みだ。たぶん信用に値する、と思う。

 

「それで、何の用ですか? 早く言ってください」

『あんたが中断したくせによく言うよ「何か言いましたか?」いや、何でもないさ』

 

 彼女のボソッと言った愚痴については取り合えず不問にする。いちいち反応するのは面倒だ。こういうのは適当にあしらうに限る。

 魔法の端末を耳に当てながら右足を少し引くと、視界の端に()()()()が目に入る。それは依然として光をも吸い込む黒さでひっそりとした街の上空に浮いていた。

 

『でだな、あんたが渡した写真の魔法少女をこの一週間探してみたんだがよぉ、何処にもいねえよ。どういう事だ?』

「……見つからないはずですよ。片方は認識疎外の魔法を持ってるのですから。姉の方も、()()()()のおかげで目立たないように動いているみたいですよ」

『なんだって! 聞いてねえぞ! おいごらぁ!』

 

 魔法の端末から飛び出る怒号を聞くと、人を魅了する美しい声でもまるで猿のようだと思えてしまう。私の魔法少女像と大きくかけ離れている彼女とはどうも馬が合わない。

 ――性格と言葉遣いさえよければ、きっと素晴らしい魔法少女になれたのに、残念です。

 彼女に対して勝手に心の中で落胆する。別に失礼とは思っていない。心の中で思う分には別にいい。

 一旦魔法の端末を耳から離し髪をかき上げて、一度心を落ち着かせる。こういう時こそ落ち着け。落ち着くと(おの)ずと答えが出てくると、昔誰かに言われたのを思い出した。

 すると、昔の記憶の通り、良いことを一つ思いついた。左足を前に出して、古明地こいしの出した()()()()を下から上へ舐めまわすように眺め、自然と口の端が上がった。

 

「そうだ。今こちらに来てもらえませんか? 今私の近くに、()()がいますので」

 

 ここで彼女を使おう。彼女なら、大いに役に立ってくれるはずだ。彼女はもともと捨て駒として用意したのだから、これぐらいどうってことない。もちろん、こんな事彼女には話せないが。

 良いことを考え気分がいい私の前を風に乗って漂ってくる塩の香りが通り、私の白く柔らかい髪がなびかれ続けた。そういえばN市は、海に近いせいか城南地区という歓楽街にいるはずなのに、ここにまで潮の香りが届いた。こういうのは悪くない。

 

「ふふっ。あとであの子たちにお土産でも買ってあげましょうか」

『なんか言ったか?』

「いえ。別に」

 

♰♰♰♰

 

 暗い。寒い。寂しい。頭に浮かんだのは、そんなマイナスな感情ばかり。

 浮いているのか沈んでいるのか分からない。ぷかぷかと感情の海に漂い続ける。

 暗闇が目を支配する。次に冷たさが体を支配する。最後に寂しさが頭を支配する。

 出して。ここから私を出して。しかし、誰も助けてくれなかった。

 ずっと一人ぼっちの私。いつまでもいつまでも、私もこの世界も変化しない。

 だけど、そんなのは昔のこと。ここは、前までは私がずっと一人で漂っていた世界。今も()はこの世界で寝ていた。

 体を器用にくねらせて百八十度回転させると、視界に移るものが、私から白い水着の少女へと変わる。少女は、あちこちから飛んでくる茨の蔦を体を曲げ、折り、時には広げながら避けていた。

 こんなに心が躍るのは久しぶりかもしれない。これが弾幕ごっこというものだろうか。あのこいしが楽しそうにするのも納得だ。

 もっともっと、もっと早く。濃密に。曲げて、捻じ曲げて、徐々に追い詰めて、最後には死んでいるスイムスイムを想像し、胸を弾ませた。

 

 

「くっ!」

 

 四方から飛んでくる蔦を足を広げることで避け、上から飛んでくる蔦は腰を後ろに思いっきり曲げることで首すれすれに蔦を避ける。しかし、まだあちこちから流れ飛んでくる蔦は多くあり、全てが今にも飛び掛かってきそうなほど威圧感が出ていた。

 メリーが何か言った後に飛ばされたこの空間で、スイムスイムは驚きの連続だった。

 急に足場がおぼつかないと思ったら、そこは光をも包み込むような黒一色で、足場も存在しない事にも関わらず、まるで水中にでもいるように体がふよふよと浮いていた事が一つ。

 今の状況に混乱しているスイムスイムに語り掛けてくるメリーの声。あちこちに首を回してみるがメリーの姿は見つからず、その声もまるで頭の中から響いているような不気味な現象にもう一つ。

 そして、最後は今飛んで来ている――おそらくメリーの攻撃だと思わしき蔦に一番驚いた。

 突如として襲ってきた蔦に、反射的に魔法を発動して回避を試みるが、蔦は体を通り抜けることもなく、そのままぐるぐると左腕に巻き付いた。

 締め付けるたびに蔦に着いた棘が皮を破り、肉に食い込み、骨にまで到達しているかのような激痛に思わず泣いてしまいそうになる。

 瞬時に片方の手で持っている武器(ルーラ)で蔦を切ると、締め付けていた蔦はきらきらとした粒の光に分解され、腕は解放されたが、解放された腕はだらんとぶら下がる事しかできなくなり、棘によって空いた穴が赤い液体を垂らしながら無数に存在して、もう使い物にはなれない。

 もうルーラに握ってもらえない。もうルーラの役に立てない。そんな考えが次から次へと頭に浮かんでは消えていった。

 そんな悲しみに暮れる暇もなく、また次の蔦が飛んできた。

 

 小学校でやった身体能力テストで、かなりの好成績を残した。正直言って、体が柔らかいと何かいいことがあるのかなと思いながらやったのだが、まさかここで役に立つとは夢にも思わなかった。

 右足を上げることで一本の蔦を避け、次に前から来る蔦を体を前に垂直に折る事で事なきを得て、瞬間に右手で持った武器を器用に指でペン回しのように回して蔦を切り裂いた。この武器は壊れることもなければ、とても鋭くて、家にある包丁でさえここまで綺麗に切れない。だから、力を入れずに振るだけで切れてしまう。非常に便利だ。

 次いで武器を後ろに構えると、飛んできた蔦は体ではなく武器に巻き付いた。武器を力強く引っ張ると、蔦は一気に伸びて武器の刃が届く位置までに伸びた。すかさず振り下ろす。すぱっと綺麗に輪にように切れて、光となって霧散した。

 安堵していると、右足から強烈な痛みを感じた。そちらを向くと、足がパンパンに張れ、蔦が絡みついていた。急いで蔦を切るが、傷つけられた足は当然元には戻らず、どくどくと赤い血が流れていた。とても痛い。泣きたくなるほどだ。だけど、泣いてはいられない。私の中で、痛み、悲しみは、生きる活力となって、ルーラに会いたいと願う力になって、スイムスイムを動かしていた。

 ――絶対に、生きて帰る。

 そう自分で思い続けるだけでも少し痛みが和らいだような気がした。病は気からって先生が言っていたが、たぶんこの事だろう。

 

♰♰♰♰

 

 白い廊下がそんなに明るくもない照明によって暗い色に変わる。病院特有の消毒液に臭いが鼻に届く。

 右隣には中学生の自分とは違う、整った顔、すらっとした長い脚、香水と思われる香りを漂わせる女性――ユナエルが足を組みながら時々溜息を吐いていた。

 

「……ねぇ、いつになったら帰れるの?」

 

 その言葉は自分に向かって言われたのではなかった。たまを挟み込む位置で座り、ユナエルと同じ風に足を組んでいる大人の女性――ミナエルに話しかけたと思う。

 ミナエルは、魔法の端末に向けていた顔を上げて、ユナエルの方に向けた。たまが一番背が低いため、見上げる形で顔を覗き込んだ。

 くりっとした可愛い目。白い肌にしわなんて一つもない。魔法少女は変身してから可愛くなるはずが、ユナエルとミナエルの場合は、変身する前からとても美形だった。

 

「しょうがないじゃん。勝手に帰ったら絶対ルーラに何か言われるし」

「つーか、そもそも意識不明なんでしょ? だったら私らに出来る事なんもなくね?」

「でもさぁ、スイムちゃん病院に来るんだよ。その時私らいなかったらヤバいって」

「そもそもスイムちゃん何やってんの?」

「それがさぁ、さっきからメールやら電話やらしてんだけど、全然反応なし。メールも読んでないみたいだし」

「何それ? 音信不通ってやつ? ……たくっ。なにやってんだか」

 

 さっきから聞こえる声も、とても綺麗で、でも何故か好きにはなれなかった。

 ――ルーラの事、心配じゃないの。

 そう聞いてしまえばよかったのだが、言えない。

 いつもそうだ。小さいころから何をやっても駄目で、長所という長所は全く無く、根が真っ直ぐだとか特別に優しいとかそんなこともなく、いまだってそう。ちょっと言葉を挟んで言い返せば、もう少しルーラの事を心配してくれると思うのに、相手が大人だからか、ただただ空回りするばかり。さっきから黙ってばっかだ。

 別にユナエルとミナエルが優しくないわけではなく、本当は心の中でルーラを心配しているって、そう思いたかった。

 ――もう、やだよ。

 全て投げ出したかった。何がいけなかった。何が悪かった。誰が悪かった。ルーラの事よりそういうネガティブなことばかりを考える自分がまた嫌になる。

 

「そういえば、あいつはどしたの?」

「あいつって?」

「マジカロイドだよ」

「あぁ、忘れてた。ついでに電話……いいや、メールで」

「まぁ、あんな奴がいたところでなんにもなんないよね」

「でも肉壁、じゃなくて鉄壁にはなるんじゃない? ロボットだし」

「お姉ちゃんマジクリエイティブ……どうしたのたま?」

 

 たまが気付いた時には既に椅子から立ち上がっていた。何をするわけでもなく、いつの間にか立っていたのだ。

 

「……ちょっと、外の空気、吸ってくるね」

「あっうん。分かった」

「早めに戻れよ」

「……うん」

 

 二人の言葉に適当に反応した後は、その場からを逃げるように入口へと早歩きで進んでいった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 病院入り口の自動ドアを潜り抜け、たまは乱れた呼吸を整えようと膝の上に手を置き、支える形で深呼吸をした。

 思わず飛び出してしまったが、特に外ですることもなかった。それでも、また病院の中に入ることも嫌だった。

 取り合えず、少し歩こうか。そんな軽い気持ちで病院から離れようとすると、上空で何か音がした。こんな夜更けに鳥かなと不思議に思い、上を見上げると。

 ――……何、あれ……。

 明らかに鳥とは違っていた。

 ()()はまるで魔法少女の様だった。

 とても大きな翼をはためかせるたびに大きな風を切る音がここにまで聞こえてくる。それの周りには小さな小動物のような生き物が一緒に飛んでいた。

 目を離さなかった。いや、目が離せなかったのかもしれない。

 月光によってシルエットにも関わらず、見る者に美しいと思わせるほどの肉付きの体と美貌。自分が魔法少女でなく、遠すぎてよく見えなかったとしても釘付けにさせるだろう。

 そうして、飛び続ける魔法少女らしき人を見ていると、飛んでいた魔法少女の目が、たまの目と合った。

 

「……ぁっ」

 

 目を合わせただけだ。それだけだ。なのに、何かが胸の奥から湧き上がってきた。

 その何かが湧き上がってくるたびに、背中に悪寒が走る。

 そうして、蹲って震えあがっていると――意思とは関係なしに体が動いた。

 

♰♰♰♰

 

 外ポケットからキャンディーの包み紙を取り出し、中に入っていた桃味の飴を口に入れる。

 ころころと転がるキャンディーを舌で包み、撫で、なぞり、また転がし、そうしているうちにぴちゃぴちゃと音がしたため、普通に右頬に入れることにした。

 レディーバットから電話が来てから十五分が経過した。いまだにレディーバットが来ることもなく、連絡もなく、空にはまだ黒い球体が浮かび続けていた。

 

「……いったいいつになったら来るのでしょう」

 

 そう誰に伝えるわけでもない声が虚空に消える。

 すると、遠くから何かが聞こえてきた。

 魔法少女の身体能力は、一般人をはるかに凌駕する力を持ち、それは視力聴力などの五感も例外ではない。

 魔法少女の強化された聴力で右耳から次に左耳に聞こえてくる音は、風を切る音だ。

 座っていたベンチからひょいと降りると、そこから左へ一二歩移動すると、右から大きな衝撃波と共に瓦礫の雨が降り注いだ。その降り注ぐ瓦礫を丁寧に一つ二つと両手で受け止めて足元へ落とす。やがて、衝撃波によって生まれた土煙は薄れ、一つのシルエットが浮かび上がった。

 

「よお。久しぶりだな」

「……久しぶりって、まだ一週間しか経っていないじゃないですか」

「あれ? そうか? まぁいいや」

 

 シルエットが持つ片翼を再び広げ、それを思い切りはためかせることで一気に土煙が払われた。

 黒い蝙蝠を彷彿とさせるしなやかで美しい片翼。すらっと伸びた闇よりも黒いロングの髪型。そして何よりも目立つのは、月の光によって爛々と光り輝き続けている八重歯。間違いない。彼女だ。

 急の土煙によって汚された白衣をパンパンと叩き落し、あれでも力加減をしていたらしくいつ崩壊寸前のビルの屋上から浮き上がる。

 案の定ビルはがらがらと崩れ、隣のビルにぶつかるという二次被害を生み出した。幸い、ここら一体は人払いしていたため、ビル倒壊に真実を知るものは、グロウアップと張本人しか知らないという点だろうか。

 けほけほと数回咳をした後、ビルの倒壊で再び出現した土煙に向かってわざとらしく怒鳴ろうとするが、突如として目前に迫ってくる拳を反射的に右腕で受け流し、次いで来るハイを屈むことで避け、それによって生み出された風圧を白衣で防ぎ、また上から来る踵落としを両手でつかむと、それを思いっきり引いた。

 攻撃の張本人の顔が見えた。すかさず腹に膝蹴りを加える。げほっと聞こえるが無視。それから後ろに回り込み、思い切り回し蹴りを食らわせる。彼女は、蹴りの勢いのまま別のビルの屋上に飛ばされる。

 彼女を中心に放射線状のひびが入る。そこに追い打ちをかけるように、亜空間を使い瞬時に移動。彼女に馬乗りをして、首を絞めて引き上げる。

 

「ちょ! ちょちょ! タンマタンマ!」

「先に仕掛けてきたのはそちらでしょう! いったい何の真似ですか!」

 

 骨の折れる鈍い音が下で聞こえる。おそらく肋骨が折れたのだろう。もちろん、この怪我は私に非はない。

 流石に追い詰めすぎたか、かひゅうと口から音が聞こえた。すぐさま解放してやると、彼女はごほごほっと咳き込んだ後に何回か深呼吸をした。

 

「はぁ、はぁ……こりゃ……まずいな」

「でしょうね。本気とはいかずとも私にケンカを吹っかけたんですから、ただでは返しませんよ」

「そっか。そりゃそうか。ははっ」

 

 彼女――レディーバットは壊れかけた床に手をついて立ち上がると、無事だったベンチに座り込んだ。かなり痛めつけたはずだが痛くはないのだろうか。

 

「それで、何故襲い掛かってきたんですか?」

「いやぁ、ちょっとね。久しぶりに勢いつけすぎたんで、昔の事思い出しちゃってね、途端に戦いたくなったんだよ」

「……まさか、それだけだとでもいうのですか?」

「あぁそうだよ。それだけの理由さ」

 

 頭を痛くなってきた。

 そうだ。確か彼女は元魔王塾生だと思い出した。別に依頼するには問題ないとスルーしていたが、もしかしなくても大きなミスだ。

 鉄柵に背中を預けて、思い切り溜息を吐き出す。その後にいつの間にかレディーバットがグロウアップの水筒を勝手に飲んでいるもんだから本当に頭が痛くなってきた。

 

「……それ、私の水筒ですよね。何で勝手に飲んでるんですか?」

「まぁまぁいいじゃん。あんたと私の仲だろ」

 

 ただの依頼人と仕事人の仲じゃないですかと反論したかったが、そんな気力はもう無い。

 

「なんだなんだぁ? 元気ねぇじゃねえか。そんなあんたに良い手土産を持ってきたんたが、どうする? 欲しいか?」

「……で、どんな土産ですか」

「これだよこれ。ほらよ」

 

 レディーバットの翼が190度広がると同時に、()()()から何かが落ちた。

 しなやかな腕が二本。肉付きのいい足が二本。豪華とも言えないが貧乏ともいえない服を着た胴体が一個。そして最後に落ちたのは、赤黒い血に染まったニット帽と、子供の頭だった。

 

「準目標のマジカロイド44の死体さ。あんま順調じゃないこの作戦が一歩前進したという証拠が、あんたにとってのご褒美じゃない?」

「……そうですね」

 

 取り合えずこのバラバラ死体を見て思うことは、特になかった。

 

「これでも見て、ちょっとクールダウンでも……ん?」

 

 ベンチに座っていたレディーバットが急に立ち上がると、道路側の鉄柵の方に向かって歩き出した。何だろうと思っていると、どうやら下を見下ろしているようだった。

 

「何かあったんですか?」

「ふふっ。いやなに。これから面白い事になりそうだなって」

 

 下から目を離しこちらに向けるレディーバットの顔があまりに子供っぽく、明らかに嫌な予感しかしない。グロウアップも鉄柵に背中を預けるのを止め、下を見ると、どっからどうみても見た事のある犬が見えた。

 

「……ちょっとすみません。……えっ。何で彼女らが来てるのですか?」

「さぁ。何故だろうね」

 

 明らかにこの魔法少女(おんな)の仕業だ。本当に頭が痛くなる。

 ――……しょうがない。ここで一気に仕留めますか。

 口の中で舐めていた飴を奥歯で嚙み砕く。がりがりと噛み砕いて、磨り潰して、それを一気に嚥下する。よし、もう吹っ切れた。

 

「ミス・レディーバット! 今すぐに魔法を使い、彼女らをこちらに引っ張り出しなさい!」

「え、いいの? こっちに来させて?」

「口答えをする暇があるなら早くする!」

「はいはいっと」

 

 レディーバットが両手を真横に広げると、彼女が出した死体から出た血が天高く上がり、レディーバットの頭上で球体となって収まった。

 もうやけくそだ。順番がなんだ。こういう作戦は作戦通りに進まないことがほとんどなんだから問題ない。グロウアップはそう考えることにした。

 



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自由のために 後 (挿絵あり)

前回の最後を少し編集したため、たまだけが来る話になりました。
また、最後に挿絵を入れます。


「……あ、あのぉ「誰が喋っていいと言いましたか?」ひぅっ!」

 

 喋ったことによって発生した脅し文句にたまは小さな悲鳴を上げた。それに対し目の前の白衣をまとった魔法少女? は、こつこつとビルの屋上を響かし、赤いロープみたいなもので縛られたたまの足の上にシューズの踵を乗せた。

 相手の顔を見ないように顔を俯かせ、泣きたくなる状況にたまはどうしてこんなことになったのかを思いふける。そうだ。あの時、病院で空を飛ぶ魔法少女を見てからおかしくなったのだ。

 たまは空の魔法少女を見てからの記憶はあまり覚えていない。覚えているのは、急に飛んできたロープが首にかかり、それが引っ張られてぐえっと蛙がつぶれたような声をたまが出している内に、そのロープはぐにゃりと曲がったり千切れたりして変形し、たまの腕を、足を、体を綺麗にぎゅっと荒々しく縛り、そこから今までの事しか覚えていなかった。

 たまはどうして捕まったのかなんて全く見当がつかなかった。

 ――う、腕が、いたい。

 少しでも動くだけでも赤い縄はたまの肌に食い込む。動きたくても動けなかった。

 顔を上げると、顔の前にはさっきまで足を踏んでいた魔法少女がこちらを覗いていた。なんで覗いているか聞きたかったが痛いのは嫌なのでこの言葉は飲み込んだ。

 

「ミス・レディーバット。そろそろ移動しましょう。ここからではよく()()が見えません」

 

 目の前の少女は、こちらに顔を向けていたがその言葉はたまにではなく、少女の後ろの壁に寄り掛かっていた魔法少女へと言ったと思う。

 壁に寄り掛かる少女――とても恐ろしげな翼を生やした魔法少女はこちらに歩み寄ると思ったら、白衣の少女の右斜め後ろに立った。歩くたびにかつんかつんと彼女の履いているヒールの音が響く。

 

「それはいいけど、コイツ。どうする? あんたの袋に入れたらあたいの魔法が聞かなくなっちゃけど」

「そこは貴方が担けば万事解決でしょう」

「ええぇ。何であたいがしなきゃなんないんだよ。あたいは繊細なんだよ。重たい物なんてとてもとても――」

 

 こちらに向いていた顔が離れ、白衣の少女は翼の魔法少女の胸倉を掴んで引き寄せ、顔へぐっと近づけた。視線、注意がたまから離れる。

 

「戦闘狂のくせに何を言うのです。いいですか。貴方は私に依頼される身なんですよ。そんな貴方に断る権限なんてありません」

 

 しばらく縛られて、この縄についてはちょっと気付いた事が合った。この縄はたぶん魔法で作られたのだと思う。そして、これを作った魔法少女は目の前で白衣の魔法少女に言い寄られている魔法少女だ。この縄は、彼女が何かしらに気を取られている時に緩まっていた。しかし、再びたまに視線を向けたり気を取られているとまた強まった。

 間違いない。今縄が緩まっているこの時に、たまの魔法を使って縄に穴を開ければ、両手が自由にさえなれれば、ここから逃げられることも出来るはずだ。そのはずだ。なのに、

 ――怖い

 もし、バレればどうなるのだろうか。もし、逃げられなかったらどうなるのだろうか。もし、逃げられなかったら――

 たまの瞳の端に移る女の子の死体。普段見慣れないもの。次にそれになるのは自分かもしれない。それでも、

 ――このままここに居るよりかは!

 こんな時にルーラの事が思い出した。

 ルーラは完璧だった。いつも厳しくたま達を叱り、それにちょっと優しさが見えて、そんなルーラならどうする。ルーラの弟子ならどうする。たまなら、—―やれる。

 たまは思い切って体を横へ倒す。後ろのフェンスが音を立てる。そしてそのまま後ろに縛られた腕を足を通して前に持って行った。そして、手をひねって爪がロープに、

 

「駄目じゃないですか。勝手に移動されては困ります」

「……ぁっ」

 

 いつの間にか頬を蹴られたかと思えば、その蹴りを入れた白衣の少女の足がたまのお腹の上に乗る。そして、白衣の少女は足を思い切り上げて、

 

♰♰♰♰

 

 グロウアップはダメな魔法少女が嫌いだ。

 今まで見てきた魔法少女は、魔法少女なのに魔法を使わなかったり、魔法少女なのに人の役に立とうとしなかったり等、とにかくそのような魔法少女をうんざりするほど見てきて、うんざりするほど生理的に嫌いだった。

 そんな中では、レディーバットはグレーに近いぐらいだろうか。

 確かに見た目は一般の魔法少女よりも美しく、声も綺麗で、本当にフリーランスで生かすにはもったいない人材なのだが、性格と言葉遣いさえよかったら殺さず部下にでもしたかった。

 そんな彼女を使役して――捕らえた犬の魔法少女を担がせた――、先程のビルより見通しがいいビルに移動した。このビルは確か元は大きな会社の事務所だったはずだが、社長とその部下が夜逃げしたおかげで、今はただのゴーストビルになった。

 そこの屋上に足を着き、鉄柵に走って()()()()に近づいた。

 

「……さぁ、貴方を呼んだ他でもありません。あなたにこれを壊してもらいたいからです」

「あぁ? あんだこれ?」

 

 グロウアップに小言を一つ、二つ三つほど言われた挙句、無理矢理頼みごとをしたからか、かなり不機嫌になっていたレディーバットは、グロウアップに言われたそれを見た。

 

「まぁ簡単に言いますと、これ自体が貴方に頼んだ目標、ブラッディ・メリー本人なんですよ」

「はい? これが? 冗談言わないでよ」

「冗談なんかではありません」

「……それ、マジで言ってんの?」

「えぇそうですよ」

「本気と書いてマジ?」

「だからそうだって言っているでしょう」

 

 レディーバットに近づき、彼女の肩を叩いた。ここからは彼女の仕事だ。

 やれやれと言いながらもレディーバットはいつのまにか魔法少女から戻っていた女の子を屋上の床へ放り投げた。女の子はそのまま鉄柵にまで転がって、頭を打つが、レディーバットはそれに構わず、今までよりも真剣な顔つきになった。あのおちゃらけたレディーバットは何処にもなかった。

 レディーバットは片腕を横へ上げると、それに比例して翼はより大きく開いた。

 

「離れた方がいいわ。巻き込まれるのは御免でしょ?」

「えぇそうですね」

 

 血の縄で縛られた、あちこち痣だらけの女の子の首根っこを片手で引っ張り上げる。ぐえっと蛙がつぶれたような声がしたが気のせいではないだろう。

 珠を引っ張ったままビルの屋上から飛び上がり、レディーバットと『黒い球体』の両方が見える場所を陣取った。

 さぁ、彼女の、レディーバットのお手並み拝見といたしましょう。グロウアップは、誰に言うのでもなく呟いた。

 

♰♰♰♰

 

 全身に力を込める。感じる。体全体の魔力の流れが速くなるのが分かる。

 この感じ。懐かしかった。暖かった。苦しかった。

 右手を横へ広げて、次に前に構えた。より魔力が右手に集中された。

 広げた翼から今まで殺して吸い取ってきた被害者の血が次々と滴り落ち、それが上空で球状に密集され始める。

 着々と集まる血を眺めている時、ある事を思い出した。

 たしか昔所属していた『魔王塾』では、技の名前を言わなければいけなかったはずだ。もちろんその頃はレディーバットも技の名前を言っていた。

 口を舌で軽く湿らせる。そして、一言技の名前を誰にも聞かれないように小さく、けれどはっきりと呟いた。

 

血液圧迫(ブラッドボール)

 

 そう呟くと、これからすることが鮮明に頭の中でシュミレートされた。

 レディーバットの師匠である魔王パムがよく言っていた。技を言うことはより確実にイメージ出来て、より己の戦術を使いこなせると。あの時はよく分からなくて言っていたが、魔王塾を卒業して、フリーランスの暗殺業をしている内にその意味が分かってきた。

 目の先にある黒い球体より肥大化した血球は、そのまま黒い球体に近づいて、飲み込んだ。そして、レディーバットは両手でボールを掴んだような形をぎゅっと小さくすると、血球も徐々に縮小されていった。

 

♰♰♰♰

 

 見るからに痛そうだった。

 体のあちこちには穴が出来て、血がさらさらと止めどなく出ていた。それを見るたびに興奮してしまう。

 もっと。もっと。あの白い肌を。白い水着を。白いピュアな心を。紅く染め上げたい! そして、後少しで――

 手を振ると、それに連動してメリーの後ろからスイムスイムに向かって弾幕で構成された茨が多数向かっていった。

 スイムスイムの方はもう避けることもできず、武器を振るうこともできない。かといって、この空間からも逃げることもできない。もう積みだ。()れる。そう思ったのもつかの間、突如として上からなにか黒い破片がパラパラと落ちてきた。

 

「何……ひび?」

 

 上を見上げると空中にひびらしきものが入っていた。

 今までこんなことは無かった。こんなひびが入る事なんて。いままで一度も。

 はっと気づき、スイムスイムの方を見ると、さっきまで向かっていた弾幕の茨は全て消えてしまっていた。何かがおかしかった。

 次に、空間を響かせるほどの大きな音が聞こえてきた。それと共にひびもどんどん大きくなり、最後には空間そのものが大きく揺れ始めた。

 本能が囁いた。命の危機を。

 ――何か、来る。

 

♰♰♰♰

 

 黒い球体が血球に吸い込まれてはや10分ほどが経過した。

 あれから何も起こらず、暇なグロウアップは怪我させた女の子の応急処置をしていた。

 いくら何でもやりすぎたのは自覚している。体の至る所には切り傷が無数にあり、傷が無いところには痣があったりなど、無事なところは顔だけな状態だった。

 ここまで痛めつけられて気絶で済んだのは奇跡だと思う。最も、この怪我の原因はグロウアップにあるのだが。

 それでも、目的は殺す事ではない。逆に殺しては駄目だ。特に近くに古明地こいしがいる以上、魔法少女に死なれたら困ってしまう。

 とはいえ、何もない状況で応急処置は出来なかったため、こうするしかなかった。

 懐から緑の液体がたっぷりと入った医療用注射器を女の子を腕にぷすりと刺し、少しずつ中の液体を押し出して女の子の脈に注入した。

 すると、傷やら痣やらがあった足の怪我が緑の光を放った後、まるで傷なんて無かったかのように消え失せた。確認はしていないが、服の下の怪我も消えているだろう。

 張りつめた息を吐きだし、安心するが、後ろから聞こえる声の内容にまた気を引き締めた。

 

「来るよ!」

 

 来る、何が来るのかは想像できた。

 女の子を背負い、血球から目を離さず高く飛び上がる。瞬間、血球がはじけた。

 瞬間、グロウアップは驚いた。だが、すぐに目の前の状況に対して適切な判断を脳に浮かべる。

 

「目標に集中しなさい! スク水の方には手を出さないように!」

 

 飛び出てきたのは、古明地こいしだけではなかった。なんと、N市で行われている魔法少女候補生のスイムスイムだ。

 スイムスイムの状態は、遠くにいるが魔法少女の視力なら細かな部分でさえ見えてしまう。あちこちには傷が多く見え、白い水着は切り裂かれ、非常に危険な状況だ。ここで死なれたら不味い。だが。唯一古明地こいしの体を殺せる方法を知っているのはグロウアップただ一人だ。

 この板挟みで、最善の策は――

 

「しょうがありません! レディーバット! 早く仕留めますよ!」

 

♰♰♰♰

 

 異常に気付いたメリーは急いでスペルカードを解除し、赤い液体の海を泳ぎ切って外に出る事で難を逃れるが、外に出た瞬間いきなり攻撃された。

 出た瞬間に襲ってきたたくさんの紅いナイフにとっさに弾幕をばら撒く事で、ナイフは弾幕に当たりナイフは落ちてメリーの体を傷つける事にはならなかったが、今もなお襲ってくるナイフにメリーは悪戦苦闘を(しいた)げられていた。

 一度、ナイフの海を潜り抜けた後、高密度の弾幕をばら撒いて攻撃をしてみたが、その弾幕は紅いナイフで攻撃してくる翼の魔法少女に当たる前に、少女自身が拳で、蹴りで弾幕を粉々に壊して全て防がれてしまった。

 もはやこの状態で勝つことは無理だ。そう考え、逃げようとするが、

 

「いったぁ!?」

 

 翼の魔法少女とは別の方から、ナイフが飛び出してきてメリーのアキレス腱を切った。もはや、逃げる事さえ許されなかった。

 ――こうなったら、体術戦に持ち込むしか……!

 アキレス腱を切られたことで足はもう駄目だったが、まだ腕があった。まだ対抗できる力は残っている。

 再び始まったナイフの雨にメリーはその流れに抗いながら、吸血少女に全速力で近づく。ナイフがメリーの服を、体を傷つけるが、驚異の再生能力で傷が付くより早く再生することで問題ない。ナイフの雨を潜り抜けて、吸血少女に手を伸ばせば届く距離になった。そして、そのまま右手を伸ばし――

 

大悪魔の翼(サタナウィング)

 

 吸血少女が何かを呟いた瞬間、いつの間にか彼女はメリーの視界から姿を消していた。そう思っていたら、急に右腕の感覚が消えた。不思議に思い、右腕に視線を合わせる。

 

「えっ……」

 

 肩から手までにかけての右腕が無くなっていた。肩のあった部分は、何かに引きちぎられたかのように肉が裂かれ、血がどぼどぼと噴き出した。

 不思議と痛みは感じなかった。それより感じた事は、「殺したい」。

 異常だとは自分がよくわかる。なにせ自分の利益のために人を殺しているのだから。でもそれは妖怪だからだと思えば納得できる。それでも、妖怪は己の体が傷つけば、痛いと思い、命乞いか逃げるかをするかもしれない。果ては、こんな目に合わせた相手を「殺したい」と思うかもしれない。

 だけど、メリーの思う「殺したい」は、憎しみから生まれたのではなく、ただただ「殺したい」と思ったからだ。

 そもそも、どうして魔法少女を殺せば自由になれると言う思考をしてしまったのか見当がつかなかった。まるで、元から目的が定められていたかのようだ。

 それなら、殺し尽くした先に何があるのだろうか。好奇心がふつふつと湧いてきた。だったら、自分の心の思う様に生きてみよう。正直、この生き方はこいしを彷彿させて嫌だったが、目標が無いまま殺すよりかはましだ。

 殺すべき相手を見据える。距離的には10mほどだろうか。それでも、魔法少女の視力ならこのぐらいの距離、相手の姿は見える。

 まず目に入ったのは、急に増えた翼の数だろうか。初めて見た時は、翼は左に一つしか見えなかった。隠していたのか。それもなんか違うような気がする。翼の魔法少女は、右手にメリーの右腕を大事そうに持っていると、それを翼の中へ押し込めた。押し込まれた腕は、翼の中に消えてなくなり、正直トリックは分からない。ともかく、警戒はしておこう。

 体を横に傾けて、敵に向けて高速飛行を始める。敵は近づいてくるメリーに一定の距離を保ちづつ後退しながら紅いナイフを投げてきた。

 そのナイフを避けずに突っ切ろうとすると、ナイフはメリーに届く寸前、姿を変えた。それは、特徴的な翼をした生き物――蝙蝠をを(かたど)ったものらしく、メリーを過ぎ去ったナイフは蝙蝠に姿が変わって、アクロバットして再びメリーを追跡し始めた。

 そんなものいちいち構っている必要は無いのだが、これもまた無限に出てくるナイフ以上に厄介だった。

 一匹の蝙蝠は、メリーの視界を塞ごうと顔の前で羽ばたき、また一匹の蝙蝠は、メリーの首元を噛み切ろうとして、首周りに纏わりつかれた。

 

「あぁもう! 邪魔! どいて!」

 

 弾幕で追い払おうとも、蝙蝠たちは退く気配はなく、弾幕に当たって潰された蝙蝠たちも瞬き一つもしないうちにすぐに元に戻ってしまった。ジリ貧だ。

 いくら傷を付けられても再生はされるが、体力に関しては元には戻らない。それに加え、失った四肢の再生や傷の回復にも体力を使う。ここで体力が無くなれば、再生もできずに死んでしまうのは、自分が一番よくわかっていた。

 少し粗いが、無理にでも抜けるしかない。

 蝙蝠を払っている内に強制的に失った右腕を再生させ、アキレス腱も復活させる。下界を蝙蝠に注意しながら見回し、ある一つのルートを導き出した。

 

 ――これなら、

「いける!」

 

 蝙蝠を回し蹴りで一度蝙蝠を引きはがした後、メリーは俊敏にビルの壁に張り付き、走った。

 窓の上を走るたびに、床が抜けそうになる恐怖感に駆られるが、それを我慢して走り続けた。

 ビルの端に着くと、そこから飛び上がり、再び別のビルの壁を走る。

 飛ぶよりかは走った方が早い。そう結論付いて走ったのはいいが、すぐ後ろから小さな殺気がたくさん追ってきた。けれど、飛んで追いかける蝙蝠より、走って翼の魔法少女へ向かうメリーの方が早い。

 翼の魔法少女は、メリーの狙いに気付いたらしく、すぐさまその場から離れようとするが、もう遅い。

 最後の一歩を強く踏ん張って、そして思い切り飛び上がった。

 メリーの右手が魔法少女の左足を掴んだ。やっと捕まえた。

 

「こ、この! 放せ!」

「や、やだ! 貴方を殺すまで、離さないんだから!」

 

 魔法少女は、バランスを崩さないように翼をより早くはためかせるが、それでも、メリーは離れない。ふと、メリーはみょうに背中に熱い事に気づいた。それと同時に足を掴んでいた手が離れてしまった。

 離してしまった手を再び魔法少女へ伸ばして、もう届かないところまで落ちてしまった。

 どうして離してしまったか。その理由も分からないまま、メリーはもっと下へと落ちて行った。

 

♰♰♰♰

 

 グロウアップによって墜落されたこいしが落ちていった路地裏の中は月明かりしか届かないほど暗く、生ごみの臭いが鼻に着く。魔法少女は嗅覚までもが強くなってしまうため、この臭いも凄く酷かった。その臭いを嗅いでしまうたびにグロウアップは鼻を押さえたくなる衝動に駆られるが、そんな事よりもこいしを優先して探さなければいけない。グロウアップは鼻に着く嫌な激臭を押さえてゴミ箱の中やゴミ袋の山を漁る。だが、お目当てのものが見つからない。証拠や移動した後すらも見つからない。

 

「……何処に落ちたのですかね」

 

 しばらく下に目を向けながら歩き回るグロウアップはこいしは落ちた後、近くの隠れるところへ隠れたものだと思いゴミ箱を漁っていたが、漁って移動させたゴミ袋の下に何かがあるのを見つけた。

 月光に反射して光るそれを親指と人差し指で取ると、それは毛のようだった。

 それを月明かりで晒すことで、これは髪の毛とかではなかったことが分かった。

 

「金の、毛? ……あぁ」

 

 おそらくはグロウアップがこいしを襲っていたところを見たのだろう。金の毛で思いつくのはグロウアップの知る人で一人しかいない。

 彼女はグロウアップの事を怪しがって独自で調べ上げていたのは知っていたが、こちらに手を出すのは予想していなかった。予想していなかったことをされたことに悔しさがグロウアップの中でグラグラと煮えるが、わざと口の中を噛み切って痛みを感じることでなんとか抑えた。

 口の端から流れる血を白衣の裾で拭い、もう一度その毛を見て想像を膨らませた。

 といっても考えられることは、墜落させたこいしを彼女たちが回収した。それしか考えられなかった。この際、たまたま通ったから毛が抜けたとかという細かな事は無視だ。。

 となれば、今の状況は非常に不味いことになった。こいしを殺すどころか捕まえることも難しくなった。なんなら、この町を滅ぼしてまで探し出しても構わないが、そう大事にはしたくない。そもそも大事にすれば十中八九上にばれる。そんなことになれば面倒くさいことになるのは明白だ。

 とりあえず、金の毛を懐にしまうと、グロウアップは早く路地裏から出たいがため、早足気味で路地裏を後にした。

 

 針葉樹が並ばれている歩道のベンチには、あれだけ大騒ぎしたのに起きる気配がない女の子と、それを眺めながらグロウアップの水筒を逆さまにして一滴も残さずに飲み干したレディーバットだけがいた。

 その様子に苛立ちを覚えるが、それを心に閉じ込め、レディーバットに呼び掛けた。

 

「ミス・レディーバット。残念ながら取り逃がしてしまいました」

「……そうか。それなら仕方がないな」

 

 レディーバットは空っぽになった水筒をこちらに投げる。グロウアップは投げられた水筒を右手で鷲掴みで取り、レディーバットの方を見据えた。

 全く持って今の状況にグロウアップは不満でしかない。

 

「取り合えず、お疲れ様でした。貴方が壊したビルに関してはこちらで証拠隠滅しときますので、今日のところは帰ってください」

「だったら、素直に帰らせてもらうよ」

 

 グロウアップは自分が出てきたのとは違う路地裏に向かってあんなに動いてダメージも負ったはずなのにモデルのように歩くレディーバットの後ろ姿を恨めしい目で眺めるが、ふと気が付いたかのようにレディーバットはこちらに上半身だけをこちらに向けた。

 

「そうだ。そいつ、どうすんだ?」

 

 そいつとは誰の事かを考えて、最終的に魔法少女のたまの事だと思い出した。

 確かにこのままレディーバットが帰れば、魔法の効果範囲内から抜けた血の縄はすぐに溶けてたまを汚すだろう。

 正直彼女に預けるのは気が進まない。また勝手なことをされてたまるものか。

 

「私が預かっておきます。縄についてはもともとカラミティ・メアリから盗んだ四次元袋の中に入ってましたのでそれを使います」

「なら魔法を解いとくから、ちゃっちゃと縛っときなよ」

「分かってますって。……おやすみなさい。ミス・レディーバット」

「おう。あんたこそいい夢見なよ。グロウアップ」

 

♰♰♰♰

 

 どうして自分が生きているか分からなかった。

 急に体が軽くなったと思ったら、スイムスイムの体が落ちて行ったのは覚えていた。そのまま落ちていれば、地面に叩きつけられ、小さな命の灯は消え去っていただろう。幸いな事に魔法を使う気力だけは残っていたため、地面をすり抜けることは出来た。

 痛い脚と痛い腕を無理に動かして地面の中を泳ぐ。時々顔を地上に出して息継ぎする。そしてもう一回痛い脚と痛い腕で前に進む。

 どこを泳いでいるかなんて分からなかった。どこへ向かえばいいのかも分からなかった。でも、スイムスイムには会いたい人はいた。ルーラだ。

 ルーラ。ルーラ! ルーラは何処にいるか。それ考えて足を動かした。

 そして思い出した。あのまま天使二人が病院にルーラを連れ行ったのなら、そこにルーラがいる。

 それならと、スイムスイムは地中から顔を出し、周りを見渡した。この場所には見覚えがあった。確かここはスイムスイムが通っている小学校の通学路を通るときにいつも美味しい匂いが漂ってきているパン屋さんの前だだ。

 一度完全に地上に出て、肩で呼吸をしながら進むべき場所を見定める。見えた。大きな赤い十字マークが立てかけれている白くて大きな建物が他の建物と比べて光って見えるのは錯覚だろうか。

 

「はぁ。……はぁ。……ルーラぁ。」

 

 あそこに向かえばルーラに会える。その思いもままスイムスイムは再び地中に潜った。

 




画像サイズが大きすぎてすみません。

【挿絵表示】


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白雪には黒より紅が似合う
2Pキャラを操作しましょう


 暗くどんよりとした雲が空を敷き詰め、窓に移された校庭を薄暗くしていた。校庭では、一年が先生の指導の下、秋の寒さを耐えてサッカーボールを蹴りながら楽しく授業をしていた。

 スノーホワイト――姫河小雪は机に肘をつきながら、先生の授業を聞き流して、ただただ校庭を眺めていた。

 

 あの日から、ラピュセルとさよならをした夜から、ラピュセルがスノーホワイトの前から姿を消した。メールを送っても読まれている気はなく、人助けをしながらも、他の魔法少女の担当地域にも行って――勿論ばれないようにこっそりと――、それでもラピュセルの捜索は空回りしてしまった。

 昨日、ファヴから発表があった。カラミティ・メアリとマジカロイド44が死んでしまったと。そのチャットを見た時、スノーホワイトは、人が死んだことよりもそこの並ばれた名前の中にラピュセルがいなかったことに安堵し、その後は、人が死んだのに安堵をしている自分に嫌気が差してしまった。

 こんな時には、いつもはラピュセルが慰めてくれた。君の事を守ると言ってくれた。だけど、いなくなってしまった。スノーホワイトに一言も言わずに。

 

「こら! 小雪! ぼーっとしてると放課後呼び出すぞ!」

「す、すみません!」

 

 急に怒鳴られた小雪は、窓の外から机の上で開かれている教科書に視線を移し、そこに書かれている文を辿っていくが、集中できなかった。

 頭の片隅にはラピュセルの姿。少しでも気を許せばそっちに意識が行ってしまう。

 まだ探していない所とすれば、カラミティ・メアリが担当してい()城南区と、――リップルが担当地区の中宿。いるならどちらかだろう。

 黒板に古文をチョークで書いている先生に気付かれないようにポケットから魔法の端末を取り出し、しかし、やっぱり戻してしまった。

 メールをしようとしていた。リップルとトップスピードに助けを求めようとしていた。だけど、こんな状況だ。断られるかもしれない。それどころか――またキャンディーを奪われるかもしれない。

 あの時の事を思い出すと、息が苦しくなってきた。あの時はラピュセルが助けてくれた。結果的にキャンディーは奪われてしまったが、死ななかったし、それにラピュセルが助けてくれたことが嬉しかった。でも、今は助けてくれない。襲われたら、戦えないスノーホワイトは何もかも終わりだ。

 ――今日もこっそり行こう。

 見つかってしまうかもしれない。トップスピードに見つかれば、いくら逃げてもあの箒からは逃げられない。それにリップルに関しては魔法すら知らないけれど、戦えと言われればスノーホワイトとは違い戦えるだろう。

 今日の放課後の予定を決めて、先生に放課後呼ばれないように小雪は、今も頭の隅に浮かぶ女騎士を気にしないように、集中して先生が黒板に書いた古文と解説をノートに書き写した。

 

 まだ太陽が沈まない夕焼け空にマンションや家の屋根の上を通って走り飛んだ。後少しで中宿だ。

 何件もの家の屋根を軋ませて進んだスノーホワイトは、あるビルの屋上で止まった。ここから先を進めば中宿だ。

 スノーホワイトは屋上にある鉄柵を乗り越えて路地裏に降り立った後、変身を解除した。

 いくら敵対していても一般人は襲わないはずだ。それなら、スノーホワイトの変身前を知らないリップル達には、この姿で活動して方が都合がよかった。

 路地裏から顔だけを出して辺りを見回してから出てくる。女子中学生がこんな路地裏から出てくれば人の目を多少は引き付けるだろう。けれども、ここらを歩いている人の大半はサラリーマンで、皆早歩きで歩いていた。これから仕事か帰宅するどころなのだろう。そのため、小雪の存在すら気づいていないのかと人々は入れ替わり歩道を歩いていた。

 沢山の人の流れに小雪は混ざり、ラピュセルのため、ラピュセルを探すために中宿へ入っていった。

 

 日が完全に沈み、魔法少女が思う存分動ける時間帯になった。本当だったら、日が沈むラピュセルを見つけたかったが、あちこちを探し、気付いた時には既に暗闇だけが辺りを支配するだけだった。

 暗いぐらいならどうってこと無かった。魔法少女は夜目が聞くのだ。問題はそこではない。

 スノーホワイトに変身した小雪は時々空を見上げて、飛んでいる物体がいないか確かめながら歩いていた。見つかったら大変だ。

 

 何時間が経ったのだろう。魔法の端末には時間を確認する機能がついていないため、小雪には時間を確かめる(すべ)は無かった。

 何時間探したか分からなかったが、スノーホワイトが疲れるだけの時間は経ったのだろう。

 魔法少女は疲れることは無いのだが、精神的に疲れることについては知らなかった。足取りが重い。

 どこかで休めればよかった。五分程度休んだ後、もう一回探そう。そう考えていると、一つの公園がスノーホワイトの頭に浮かんだ。さっき調べた小さい公園だ。確かあそこなら座れる場所があったはずだ。

 

 公園の中に入った。前見た時は、まだ人がちらほらと多くは無いがまだいた。でも、今の公園には完全に人が消え失せ、息をひそめていた静寂が現れた。

 公園の端にベンチへと近づいた。ベンチの位置は、近くに滑り台やブランコなどがあり、子供を見るお母さんのための配置だ。自分が生まれた所だからというのもあるが、こういう小さな考慮が出来るから、小雪はこの町が好きだった。

 ベンチに座ろうとすると、思いのほかすとっとベンチに体を預けてしまった。随分と疲れがたまっていたようだ。それもそのはず。この一週間、ラピュセルを探すために走り回ったのだから。家で寝る時でさえ、夢にラピュセルが出てきて、浅く寝る事しか出来なかったのだから。

 五分だけ、五分だけと自分に言い聞かせていると、ふと、視界に自動販売機が見えた。

 ――ちょっと飲も。

 魔法少女は飲食ともに必要ないとファヴが言っていたが、少し喉を潤いたかった。

 ベンチから立ち上がり、自動販売機に近づく。今の今まで気付かなかったが、随分古い自動販売機のようだ。見たことないジュースがあり、興味がそそられた。

 財布を取り出そうと、ポケットに手を入れるが、財布が見つからなかった。

 

「あっ。そっか」

 

 魔法少女に変身すれば、元々持っていたものは消えてしまう。財布を取り出したいなら一度変身を解かなければいけない。

 変身を解いて、財布を取り出す。百円とか十円玉などの硬貨が入っているチャックを開けて、百円を自動販売機に――

 

「よっ! こんばんは! スノーホワイト!」

 

 急にかけられた声に思わず百円玉が手から滑り落ちる。下が地面のため、大きな音は出さなかった。慌てて落としたそれを拾い上げようとしゃがんだところで、小雪はある事に気が付いた。

 ――い、今。スノーホワイトって……

 今は変身を解除して、人間の、姫河小雪の姿になっているはずだ。それなのに、なんで小雪がスノーホワイトだって分かったのか、理解が追い付いてなかった。

 

「おいおい。大丈夫か?」

「あ。はい。平気です」

 

 自然な受け答えに自然と後ろを振り向いてしまった。そこには――

 しゃがんで小雪と同じ目線で明るい笑顔で小雪に話しかける魔法少女より魔女を彷彿とさせる魔法少女トップスピードと、トップスピードの後ろで腕を組んで、さも不機嫌ですと隠す様子が微塵も感じられない、魔法少女だと言われなければ忍者なんだと相手に思わせる魔法少女リップルがこちらを――小雪からは見上げる形になる――睨んでいた。

 

「……あっ。……えっと」

「ん? どうしたんだよ?」

「い、嫌。別にぃ」

「本当に大丈夫か? さっきから顔が青いけど。気分悪いならあれに座りな」

 

 トップスピードは崩れそうになった小雪を片腕で抱え、開いている手で親指でベンチを差した。一番危惧していた事が起きてしまった事に小雪はめまいを軽く感じた。

 

 

「ほら。ソーダでよかった?」

「あ、ありがとうございます」

 

 あまり気分がすぐれなくて、ベンチに座らされた小雪にトップスピードは、さっき小雪が買おうとしてジュースを渡すと、小雪の隣にどかっと遠慮なく座った。

 座った瞬間にトップスピードからはフローラルの香りが放たれた。それに思わす小雪は、やっぱり魔法少女なんだなぁと考えさせられた。

 

「……なんで、分かったのですか?」

「うん? 何が?」

「だって、私今変身してないのに、その、スノーホワイトって言いましたので」

「あぁ。あれはたまたまだよ。たまたま」

「たまたま?」

「そっ。たまたまここを通った時に、あんたが変身を解除してるのを見てたんでね」

「な、なるほど……」

 

 そういわれると納得してしまう。別に嘘を言っている感じでもないし、そもそもこんな事で嘘を言う必要が無い。

 ほっと安心してると、急に強張った声が小雪の耳に届いた。

 

「それで、なんでここにいるの?」

 

 正体はリップルだ。リップルは公園にある街灯に腕を組んで寄り掛かり、いかにも不機嫌、いやそれよりも怒っていると言わんばかりに声に、態度で示されていた。

 確かにリップルの言う通りだ。担当地域が違う魔法少女が自分の担当地域に入られたら、誰だって嫌な顔をする。

 

「えっ。いやっ。あのぉ」

 

 急に言われ、言葉が出なかった。それ以前に、ラピュセルの事を話していいのか分からなかった。だからか、何か言おうとしても、言うことが決まってない以上、何も出なかった。

 対してリップルの方は、だんだんと不機嫌になっていると思う。たまに舌打ちが聞こえるのは小雪が答えないからだろう。それによって発するプレッシャーが、小雪をより惑わせた。

 

「何で答えないの? ……言えないの?」

「そ、そんなこと」

「だったら早く――」

「まぁまぁ! お二人さん! いったん冷静になって。なっ!」

 

 途中でトップスピードが割り込んだことによって、リップルはこれ以上質問を言わなかった。その代わりに放たれた舌打ちはどっちに向けての態度だろうか。

 小雪は早くここから離れたいと思った。たぶん、話せない。話したら、絶対リップルが噛みつく。そう未来の想像が小雪に説明した。

 

「まっ。誰だって言えない秘密は一つや二つはあるさ。あんまリップルの話を気にすんなよ」

「……ごめんなさい」

「おいおい。何謝ってんだよ。こっちこそごめんな。リップルが迷惑かけて。でもな、あんまり一人で悩みこむなよ。そんなんじゃ、ラピュセルが悲しむぞ」

 

 ラピュセルと言う単語が出てきて、驚いて顔を上げると、トップスピードは、脱いだ帽子を再び被り、ベンチに立てかけてあった魔法の箒(ラピッドスワロー)を手に取ると、立ち上がった。

 

「それじゃな。ラピュセルにこんな状況だけどよろしくって伝えといて。リップル行くぞ!」

 

 トップスピードは箒にまたがり、トップスピードに呼ばれたリップルはトップスピードの後ろに横を向いたまま足を閉じて箒に乗った。

 トップスピードなら、あるいは。小雪は素早くベンチから小雪よりも上がった箒にジャンプして手を伸ばすが届かない。着地している間にも箒はぐんぐんと高度を上げて、今にもいなくなってしまいそうだった。

 トップスピードは、このゲームに乗り気じゃない。それどころか、正々堂々頑張って生き残ろうとしている。そんな魔法少女を自分が疑っていたと思うと、胸が痛かった。

 でも確信できる。トップスピードなら、トップスピードと一緒なら、ラピュセルを見つけ出せそうだと。

 着地する瞬間、小雪はスノーホワイトに変身し、より高く飛び上がった。手を伸ばせば届きそうなのに、箒はスノーホワイトの意思に反してまだ高く上がった。でも、諦めたくなった。

 落ちる時間が勿体ない。箒さえ止まれば、届くのだ。すると、気付いた。どうすれば、届くのか。

 

「っ! トップスピード!」

「なっなんだ!?」

 

 箒は上昇するのを止めて、その柄には、白雪のような白い指がしっかりと箒を逃がさないようにと、握られていた。

 

♰♰♰♰

 

 中学生で遺書を書くのは、そんなにおかしな事だろうか。そう目の前の魔法少女にたずたかった。

 人間例え不幸のどん底に落とされれば、少なくとも一回は死にたいと思う。ハードゴア・アリスはその考えで生きてきた。

 だから毎年、自殺者の数が絶えない。みんな、死ぬより生きている方が怖いのだから。

 その点、目の前の魔法少女はアリスの言葉に腹を抱えて笑い、思わず殴ってしまいそうなほどムカついた。

 

「ひぃ……ひぃ……。やっば、久しぶりに笑ったかも」

 

 目の前の魔法少女は、少しずつ笑うことを押さえながら、笑い泣きで出てきた涙を人差し指で拭った後、椅子にしていたドラム缶から降りて、アリスに近づく。

 

「それで、何だっけ? 白い魔法少女の居場所を教えて欲しいんだっけ?」

「……はい」

「ならあいつだ。その白い魔法少女っていうのは、スノーホワイトの事さ」

 

 スノーホワイト。確かに魔法少女はアリスにそう言った。

 彼女は私を助けてくれた。死へと沈むだけの底なし沼からスノーホワイトが引き上げてくれたのだ。ありがとうも言わずに消えてしまった彼女に、アリスはもう一度会いたい、その思いで魔法少女になったのだ。

 

「まぁ、教えてやらないことも無いんだけどさぁ、ちょっと協力してくれない?」

「……協力」

「そう。協力」

 

 何をすればいいのか。アリスはそう考えを巡らせるが、最終的には、スノーホワイトにさえ会えれば何でもやれる気がした。たとえそれが人殺しでも。

 

「はい。分かりました」

「うんうん。賢い選択だ」

 

 魔法少女は腕を組んで頭を上下に動かした。その様は、まるで昔絵本を読んで出てきた悪い王様のようだった。

 魔法少女はここ、海沿いのコンテナから出ようと出口に向かって歩き始めた。慌ててアリスも彼女の後ろを付いて行った。

 

「そういやあんた、なんて言うのさ?」

「……」

「名前だよ。な、ま、え」

 

 魔法少女の質問に、思わず人間時の名前を言いそうになったが、今の自分はハードゴア・アリスだと思い出した。魔法少女になって一週間も経ったのに、こういうミスをしそうになるのは、魔法少女としてたぶん駄目だと思った。

 

「ハードゴア・アリス」

「随分物騒な名前だね。魔法少女なのに。ここの魔法少女は自分で名前を決められるのになんでそんな名前にしたんだか」

 

 魔法少女の発言にまたもやイラっとした。こういう人は、たいてい信じられない人だ。それに、目があの人に似ていたのだから、好感を持てるはずもなく、好感を持とうともしなかった。

 

「じゃ、あたいの名前言うね」

 

 潮の香りが鼻に届く。コンテナの出口から光が漏れ出ていた。もうすぐ外に出る。

 魔法少女は、コンテナ入口で右足を軸にひっくり返り、アリスに顔を向けた。

 

「初めまして。あたいはレディーバット。これからはあんたの師匠さ。よろしく」

 

 吸血鬼モチーフの魔法少女、レディーバット。バックには月が光輝き、それ共に聞こえてくる波の音が、レディーバットを彩っていた。

 



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次の戦いのための準備をしましょう

 さとりは、ピンク色の可愛らしい花柄カーテンを開けた。開けた事によって見える景色の先は、夜の暗さを文明の光によって町は明るく、華やかだ。……昔の夜の怖さに怯える人間の姿なんか、もう何処にもなかった。

 この街の明かりを見ると、よく思い出す。旧地獄のあちらこちらから漂う酒の匂いに鬼たちの怒号や歓声、いつも喧嘩が絶えず、みんな最後には笑って盃を交えていた。

 その忌み嫌われた妖怪の宴会の中には、無理やり連れてこられたが満更悪い気もしなかったさとりもいた。お燐もいた。お空もいたし、それに――

 

「貴方も、いました」

 

 暗く窓から染み出る光しか部屋を照らす物が無いさとりの部屋で、さとり以外にこの部屋にいる人物、あの時から今もなお眠り続けている最愛の者、古明地こいし。さとりの唯一血のつながった家族であり、かけがえのない家族だと。――さとりはそう思っている。

 こいしは、さとりのベッドで、静かに寝息を立てながら眠りについていた。――こいしを見つけてから今日までの三日間、起きる事もなく。

 もし、さとりの体とこいしの体を入れ替えることが出来るのなら、さとりはこの身を投げ売ってまで支えるだろう。もっとも、そんな事は願っても出来ないのだが。

 これ以上外の明かりに当たりたくないとカーテンを閉めると、部屋から光が奪われた。それなのに、部屋の隅々までしっかり見えてしまう。この体は夜目も利くと知ったのは、体の資料を見てからだった。

 起きることは無いと知ってながらも、音を立てないようにベッドに忍び寄り、近くの椅子を引っ張って座った。

 手をこいしの髪に伸ばし、撫でる。何回も何回も。こいしを感じるために、さとりはこいしの髪を、頬を、頭をゆっくりと撫でた。

 もう妹には危険なことはさせない。いくらこの体が壊れることが無くても、心に傷を付けられれば、もう治すことは出来ないのだから。

 しばらく撫でて幸福のひと時を過ごしていると、廊下から足音が聞こえた。足音の正体は知っていた。

 足音がさとりの部屋の前に止まった。

 

「そろそろ部屋から出て来てはどうでしょうか? このままでは、何も解決は――」

「放っといて下さい」

「……ですが、ここは紫様が用意した家ですよ。監視されているかもしれません。それなら、外に出て情報を集めた方が」

「いいからほっといて!」

 

 肩で息をして、喉が枯れてしまった。随分声を荒げたようだった。

 外からの声の主、八雲藍との間に暫くの沈黙が流れる。一秒か二秒ぐらいが経ったと思うが、それが長く感じる。

 諦めたのか、足音が再び聞こえ、それは徐々に遠ざかると、最後にはいなくなった。

 自分でもおかしいと分かっていた。このまま部屋を出ずに、ただただこいしと共に過ごすのは、状況は変わらない、いや、悪化するかもしれない。それでも、

 

「……こいし」

 

 古明地さとりは、古明地こいしから、さとりの最後の光であり、最後の拠り所から離れるのは考えられなかった。

 

♰♰♰♰

 

「やはり、連れて帰るべきではなかった、か」

 

 藍は、リビングのテーブルに広げた資料の数々に目を通し、この状況からの打開策を思案している中、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 三日前、事前にN市全体に飛ばした藍の式神の知らせで古明地こいしを発見した。それと同時に、白衣の魔法少女も確認できた。やはり、これのどこが医療行為だと、ここにはいない白衣の魔法少女――グロウアップに向けて怒鳴りたかった。

 だいたい、紫様も紫様だ。何故彼女をそこまで信用するのか、全く理解できなかった。

 八雲藍の主である八雲紫は、とても恐ろしい大妖怪だ。その力には誰も抗えず、戦いを挑んだ時には、瞬きをする暇もなく、空間を弄られ首が中に飛ぶか、外の世界の廃棄された電車が八雲紫によって己の体にぶつかるだろう。その力に唯一抗えるのは、魔の全て払う事が出来る、幻想郷の巫女、博麗の者しかいないと、藍は自負していた。

 そんな八雲紫の考えることを理解しようとするものなら、そこまでのスペックを与えられていない八雲藍には神になったとしても絶対に無理だ。藍はそうプログラムされているのだから。

 

「はぁ、やっぱりこの事言った方がいいのですかね?」

 

 悩みの種は尽きない。それどころは古明地こいしを見つけた事により増えてしまった。

 今の古明地さとりの状態は、どこからどう見ても、廃人、狂人、ノイローゼだろう。

 急に失った最後の血のつながった家族が、再び自分の所に戻ってきたのだから、この様な事態になるのは必然なのかもしれなかった。それでも、古明地こいしを見つけた以上、持ち帰る以外の方法は無かった。

 本当だったら、そろそろ記憶についての事を教えるはずだったのだが、そうすれば、確実に壊れてしまうのは火を見るよりも明らかだ。本当に、藍もさとりも運が無い。

 

「本当に間が悪い。疫病神にでも憑りつかれてるのか?」

 

 言ってみて、そっちの方がましだと気付いた。

 もしここまでの事を、紫様が考えていたらと思うと、この九尾の狐でも恐怖を覚える自信はあった。

 とにかく、ひとまず自分が出来る事をしよう。彼女の不正を握って告発するもよし。本来の狙いである古明地の二人を守る事も忘れてはいけない。

 ソファから立ち上がろうとすると、足元に違和感を感じた。その違和感の方に目を向けると、

 

「橙。帰ってたのか」

 

 茶色の短い毛が生えた猫が藍の股を潜り、嗅ぎ、そしてニャーと鳴いた。唯一普通の猫と違うのは、二本の尻尾と妖力を扱えることだ。

 藍は猫を膝に抱えると、猫は再びニャーと鳴くと、黒い影が猫を覆ったと思ったら、次の瞬間には猫は人間の女の子の姿に変わり、藍に膝の上に座っていた。

 

「藍さまただいまぁ」

「おかえり。橙」

 

 二本の尻尾を下から上へと股の間に潜らせて、藍の顔を見上げる形で橙は笑みを浮かべた。あぁ、尊いとはこの事だろう。

 

「それで、何か手掛かりは見つけたか」

「……それが」

 

 遊んでいた橙の尻尾はがくんと下がる。橙は、何かと後ろめたいことがあると無意識に下がってしまう。本人は気付いていないと思うが、尻尾で橙の報告が悪いものだと分かってしまう藍にとっては気持ちいいものではない。

 

「……何かあったのか」

 

 橙は今度は耳を閉じた。これも、橙の感情を表す無意識の仕草だ。もちろんそれは良い物でない。何か嫌な予感が藍を襲い、息が詰まった。

 

♰♰♰♰

 

 正直いって、レディーバットに言われた仕事の内容は、今すぐにでも投げだしたいほどの内容だった。

 仕事を手伝って四日目。今日もアリスはレディーバットに言われた通りに、町を、山を、裏路地を走り回っていた。

 そこでお目当てのものを見つけると、アリスは問答無用で手を振り下ろし、足で蹴り、この町に住む生き物を殺していた。

 最初こそは抵抗を覚えたものの、三日目に入ってからはもうそんな感情は無くなり、四日目、今日にいたってはもはや虚無だ。

 動かなくなった肉塊たちを抱えるだけ抱え、そこから北に向かって走った。

 レディーバットとアリスが初めて会った場所、海沿いの古いコンテナの中。そこでレディーバットが待っていた。

 

 中に入ると、咽てしまいそうなほどの強烈なにおいがコンテナの中に充満していた。当然、臭いの正体は知っているし、その原因も自分にあるのだから心は沈むばかりだ。

 

「おっ! 次の持ってきたか?」

「……はい」

 

 コンテナの奥にあるドラム缶に腰かけ、何やら魔法の端末を弄っていたレディーバットは、一度魔法の端末をしまった。

 アリスは、レディーバットに近づくと、抱えていた肉塊を床に落とした。ぐちゃと耳障りな音が嫌でも聞こえてくる。

 

「そんじゃ。もらってくね」

 

 そう言うとレディーバットは、片翼の翼を己の体より大きくさせると、その翼でアリスが落とした肉塊を包み込んだ。

 翼の中からは紅い光が漏れ出て、それに加え血の臭いがより一層きつくなる。それでも、もう何十回もアリスはこの光景を見てきたため、もう何も感じなかった。

 しばらくして光は収束し、肉塊を包んでいた翼は再び広がり、そこにあった肉塊は全て消えてしまった。

 

「さて。次もよろしくな」

「……」

 

 レディーバットの言葉に、アリスは返事をすることもなく、かといって動くこともなかった。

 異常に気付いたレディーバットは、アリスの目前まで近づくと、腰を下ろしてアリスと同じ目線になった。

 

「どうした? 何で次をやろうとしないんだよ?」

「……」

「……黙ってちゃぁ、何にも分からないだけどなぁ」

 

 そろそろ聞きたかった。いつになったらスノーホワイトに会わせてもらえるのか。

 口を開こうとするが、少し開いただけでまた口は閉じてしまった。どうも魔法少女になると、アリスは口下手になってしまう。それが難点だった。

 しばらくして、レディーバットは何かを察したのか、おもむろに懐から魔法の端末を手に取ると、それをもう片方の手で指差した。

 

「喋るのが苦手なら、魔法の端末で文にして伝えなよ。あんたも魔法少女なんだから魔法の端末は持ってるはずだろ。あたいは心を読めるんじゃないんだからさ、そんな仏頂面じゃ分かんないって」

 

 レディーバットの言葉にまた少しイラっとした。魔法の端末を取り出し、文を打てるアプリに誰が仏頂面ですかと半分まで打った後、全て消した。

 確かに彼女の言う通り、これなら口下手でも簡単に相手に自分の思いを伝える事が出来る。早速、スノーホワイトにいつ会えるかを打つと、

 

「やっと電源入ったぽん! 勝手に電源消さないで欲しいぽん!」

 

 魔法の端末から白と黒の半球体の体を持ったマスコットキャラクター、ファヴの姿がいつもより大きな映像で飛び出してきた。思わず魔法の端末を落としそうになるが、何とか持ち直した。

 ファヴは、映像の自分をいつもの大きさにぎゅっと小さくすると、改めてアリスの顔を覗いた。

 

「今後一切! 魔法の端末の電源を許可なく消す事を禁止するぽん! またこんな事をしたら問答無用で魔法少女止めてもらうぽんよ! 返事はぽん!?」

「……はい」

「それならいいぽん。いや、電源切られてたからアリスにレクチャー役の事について教えるの出来なかったぽん。今レクチャー役のシスターナナにメール送るぽんから、それまで待ってるぽんよ!」

 

 一通り言うとファヴの映像は消えた。余程怒っていたのか焦っていたのか分からないファヴの剣幕にアリスは何を言われたかもわからずに返事をしていた。まぁ、そこはどうでもいいだろうと一度レディーバットに聞こうと顔を上げると、

 

「……いない」

 

 ――そこにいたはずの魔法少女の姿は、跡形もなくこの場から消え去っていた。

 

♰♰♰♰

 

「――それで、アリスには魔法の端末の電源を切るなって言っといたから多分もう大丈夫ぽん。魔法の端末の電源が切れてると、こっちから魔法少女の権利を剥奪するのは難しいぽんからね。こういうのは早めに手を打った方がいいぽん」

「そうですね」

 

 ファヴの話に話半分聞きながら、クラムベリーはベッドに横たわっていた。前回のラピュセルから受けた傷は既に治り、もう元のクラムベリーに戻っていた。

 クラムベリーは横に置いた枕の上にある管理者用端末から出ているファヴを見ながら、考え事をしていた。

 ――あの時、ラピュセルを逃がしてしまいましたのだから、私が危険人物だともう既に彼女らは気付いているはず。それなのに、私に対して何かアプローチをしてくる様子は無い。シスターナナ辺りなら、説得とか言ってメールか、チャットかで私に対して何か言っているはず。それなのに何故……

 まだ、死んだ魔法少女は四人、メリー、メアリ、マシカロイド、ねむりん。まだ多くの魔法少女が残っている。シスターナナに限った話でもなく、スノーホワイトやトップスピードなんかもチャットで書き込んでいそうだ。

 

「ファヴ。前回のチャットルームでの参加者は誰ですか?」

「え? 何でそんなどうでもいい事なんか聞くぽん?」

「質問を質問で答えないでください。いいから早く」

 

 ファヴは一回転して背中の羽から鱗粉をまき散らす。それと同時に、チャットルームのログが現れ、ファヴは邪魔にならないよう、右端の隅に移動した。

 

「えっと、スノーホワイト、トップスピード、リップルだけぽん」

「たったそれだけですか? ルーラとか来ていないのですか?」

「あれ? マスター。言ってなかったぽん?」

「何がですか?」

「ルーラ、今入院してるぽんよ。何か人間の時に大怪我したらしくて、意識不明だとか」

 

 聞いてない……とは言えない。今までのファヴの話も空返事で聞いていたため、その時に言っていたかもしれない。まぁ、これぐらい問題ない。

 ベットに寝転がる姿勢から変えて、ベッドに座る形になる。管理者用端末を持ち、枕を元の場所へと戻しておく。

 

「そうですか。それなら仕方がありませんね」

「なんかこの話、マスターに言ったはずだぽんけど」

「そんな事どうでもいいじゃないですか。ところで、報告はそれだけですか?」

「あぁ……あっ、そうそう。それともう一つ報告する事があるぽんけど」

「なんですか?」

 

 ファヴは、もう一度一回転して鱗粉をまき散らすが、心なしか合成音声が低くなった。本当にAIとは思えない仕草に、常々疑問に思っていた。

 

「なんか、たまの魔法の端末に入れないぽん」

「壊れたのではないですか」

「壊れたなら壊れたで、その時の魔法の端末のバックアップがこっちに来るようになってるぽん。でも、こっちにバックアップは来てないぽんし」

「なら電源を切ったとか」

「それでも位置情報は把握できるぽん。そうじゃなくて、まるで神隠しにでもあったかのように消えたぽんよ」

「神隠しなんて、AIの貴方の口から出るなんて、それ結構レアボイスなのでしょうか?」

「笑うなぽん。だってそうとしか言いようがないだぽん」

 

 魔法少女、たま。魔法は傷を付けた所から瞬時に穴を開けることが出来ると聞いているが、性格は臆病だとも聞いていた。そんな彼女がこんなゲームの中で、ビクビクと怯えている姿を想像できてしまう。そんな彼女が急に消えた。そんな事実に、クラムベリーは、酷く興味が無かった。

 

「どこかで野垂れ死んでいるのでは。それなら、もう放っといても大丈夫でしょう。それより、そろそろ減らさなきゃ不味いのでは? カラミティ・メアリも死んでしまった事ですし」

「いい加減ぽん。もし、たまが魔法の国に拾われて、クラムベリーの悪事をばれたらどうするぽんよ」

「それはそれで、後を追ってくる監査を(なぶ)り殺して逃げながら、貴方と一緒にいるのも、面白いですね」

 

 ベッドから腰を上げて、小屋の出口へ向かう。床が古い木製だからか、歩くたびに軋む音が鳴るのはクラムベリーにとって少し気に入らなかった。

 

「ほんと勘弁してぽんよ。クラムベリーが捕まったら、ファヴがどうなるか」

「おや、ファヴは私が捕まると思ってるのですか? もしそうでしたら、それは間違い」

 

 小屋の扉のノブに手を回し、思い切り開け放った。秋の強い風がクラムベリーを飾る薔薇の一つの花弁がはらりと抜けて、その花弁は空へと舞い上がった。

 

「だって、捕まる前に、私が殺してしまうのですから」

 

 秋の風のせいか、それとも別の仕業か、クラムベリーの住む森が揺れてないた。

 



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HP、MPは大丈夫ですか?

 昔に買った木の棚の奥から未開封のインスタントコーヒーの豆の瓶を取り出した。

 それと、そこから一段下に置かれた雫専用のマグカップを取り出し、それらを持って台所に向かった。台所のカウンターにマグカップを置いて、瓶を斜めに向けてマグカップ内に豆を適量出した。

 その後、横に置かれた給湯器にマグカップをセットして、給湯器のボタンを押した。

 給湯器からお湯が出て、マグカップの豆と混ざり合い、豆を溶かす。

 コーヒー特有の香しい匂いが雫の心を落ち着かせる。それと同時に、心を落ち着かせることで周りにも目が行くほどの余裕が生まれる。

 雫から見て左にあるシンクは、傷はついていたものの、油などの汚れは一つも見つからず、同居人の奈々の几帳面さが見えた。

 次に左の方を見ると、前に掃除したはずのコンロは再び焦げが見え始め、後で掃除しようと心に残す。

 そうして周りを見ていると、いつの間にかコーヒーの温度は雫の最も飲みやすい、熱すぎずぬるすきずの水温にまで下がっていた。そろそろ飲もう。

 マグカップを持って、リビングのテーブルに座ってコーヒーを一口、口に含む。

 ミルクと砂糖が入っていないブラックのカフェインが雫の頭に回る。悩んでいる時に飲むといつもより良く頭が冴えた。

 

「し~ずくっ!」

 

 不意に後ろから声がかけられ、振り向こうとすると頬にある冷たさを感じた。うわっと驚いて声を出してしまうが、それの正体がさっきのコーヒー豆の瓶だと気付くと溜まらず恥ずかしくなった。

 

「な、奈々……いったいどうしたんだい?」

「こーれ、コーヒー瓶、出しっぱなしでしたよ」

「あ。いや、すまない」

「別にいいんですけどね。私がしまえばいいんですし」

「いや、本当にすまない」

 

 雫の後ろに立っていた奈々は、コーヒー瓶を持って台所に向かった。本当にどうしたものかとまた頭を悩ませた。

 奈々は瓶をしまおうと棚に近づくと、瓶はしまわず、棚からは奈々専用のマグカップを取り出し、それを台所でインスタントコーヒーを作ると、雫とは違い、砂糖瓶から角砂糖を一つ取り出し、マグカップに入れた。どうやらコーヒーを飲むようだと気付くと、一つ不思議に思った。

 奈々は、ちゃんとコーヒー瓶をしまうと、コーヒーの入ったマグカップを持って、雫の座っているソファに近づき、雫の隣に腰を下ろした。

 

「珍しいね。奈々がコーヒーを飲むなんて」

「私だってコーヒーを飲みますよ。ただいつも飲むメーカーのコーヒーじゃなかったので飲まなかっただけで」

「それなのにこのコーヒーを飲むのかい?」

 

 そう質問すると、手の上に何かが乗る感覚がした。ふとマグカップを置いたテーブルを見ると、奈々の手が雫の手に重なっているのが見えた。

 

「雫が飲むなら、きっと美味しいと思うから」

「……奈々」

 

 雫の手の上に置かれた奈々の手を挟むように、もう片方の手で奈々の手に重ね、下にある手を裏返し、手を包み込んだ。

 

「……暖かい。まるで奈々の心ようだ」

「それなら雫は冷たいですね」

「えっ。それは、何故だい?」

「だって、雫はいつも一人抱え込むから」

 

 奈々の言葉に言葉が詰まる。

 気付いていたのだ。奈々は雫の様子が、おかしい事に。

 

「……私は雫の苦しむ姿は見たくありません」

「……奈々」

「なので」

 

 奈々はマグカップを机の上に置くと、雫の顔を引き寄せて奈々の方へ向かせられた。

 ソファという閉鎖空間によって奈々の顔が目の前にある。くりんと可愛らしい目が雫の目を見つめる。爽やかな香りの香水がコーヒーの香りに勝ち、雫の体を包み込んだ。

 

「私に、相談してください」

 

 奈々の言葉から暫くの沈黙が流れ、急に雫は一人で悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。

 

「……奈々には敵わないな。分かったよ」

「ありがとうございます」

 

 目の前に会った奈々の顔が離れる。そんな事に名残惜しいという感覚が雫を襲うが、そんな事を気にする様子もなく、奈々はテーブルに置いたコーヒーを両手で持ち、一口で飲み干した。そんな姿でさえ愛おしい。

 

「それでは、聞きます」

 

 奈々は、飲み干したマグカップをテーブルに置き、再び雫の手を握ると、その指を雫の指の間に入れた。所謂恋人繋ぎと言うものだ。思わず頬を紅潮させた。だが、いつまでもこういうわけにはいかない。

 奈々の方へ向き直り、少し手を握り返した。

 

「昨日、新人魔法少女のレクチャーをするために、ハードゴア・アリスに会った時、少しおかしな感覚がしたんだ」

「……あの時、ですか?」

「あぁ。あの時は、奈々がハードゴア・アリスに話をしていたから気付いていなかったかもしれないが」

 

 

 昨日、ファヴから連絡が入り、16人目の魔法少女のレクチャーを頼まれた。あの日は、シスターナナの恩人であるマジカロイド44が亡くなって、心の沈んだシスターナナがやっと少し元気が出てきたから、もうこんな悲劇を起こさないという事で協力者を探そうと部屋を出た先にファヴから連絡が来たのだ。

 場所は、シスターナナとヴェス・ウィンタープリズンの溜まり場としている寂れた廃スーパーだ。ファヴに言われた通りに廃スーパーに行くと、既に16人目の新人魔法少女、ハードゴア・アリスが腕にうさぎ? の人形を抱いて、入ってきたシスターナナとウィンタープリズンを見ていた。

 ウィンタープリズンのアリスに対する第一印象は、「血生臭い仏頂面の不思議の国のアリス」だった。

 魔法少女なのに、血の臭いが微量だがウィンタープリズンの鼻に着く。念のため、いつでもシスターナナを守れるために、必要以上にシスターナナに寄り添った。

 

「初めまして。貴方がハードゴア・アリス……ですね?」

「……はい。そうです」

 

 相手がこちらが求めていた魔法少女だと知ったシスターナナは、警戒する事もなくアリスに近づき、人形を抱いている手とは逆の手を握って上下に揺らした。こんな時だからこそ、明るく振舞おうとするシスターナナの姿に少し胸が苦しく感じた。

 

 次の瞬間、スーパー内から殺気を感じた。

 

 どこから殺気が出ているかは分からない。それでも、これほど明確の殺気を感じれば、命の危機かもしれない。

 シスターナナを見ると、アリスに対して自分の考えを説いていたようで、この殺気に気付く気配もない。

 アリスの方は、シスターナナの話は聞いていたものの、何処かそわそわしているように感じている。

 ――こいつとこの殺気、何か関係が?……

 シスターナナに近づき、より一層警戒する。それに加え、アリスに対してお前を怪しんでいるぞと体で警告するが、気付いているかいないか、アリスはまたそわそわする。

 

「――このように、魔法少女が死んでしまうこの状況に、私は悲しいのです!」

 

 ついにはシスターナナの話を聞く気配も無くなった。

 アリスの態度に少し憤るが、その込み上げる感情を抑え、少しアリスに叱責しようとするが、

 

「……あの」

「はい?」

 

 シスターナナの話は、アリスの唐突の声によって途絶えた。

 アリスは、抱きしめていた人形をぎゅっと握ると、急に頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「……え?」

 

 急の出来事に理解が追い付いていないシスターナナに、アリスは頭を上げると、右足を一歩下げた。

 

「用事が出来ました。……ごめんなさい」

 

 再びアリスが謝ると同時に、後ろに下げた右足を軸に回転し、シスターナナとは逆の方向へ向かって走り出した。

 

「ま、待ってください!?」

 

 走り出したアリスを追おうとシスターナナは走ろうとするが、ウィンタープリズンは反射的にシスターナナの二の腕を掴んでいた。

 

「ウィ、ウィンタープリズン?」

「……行かない方がいい」

 

 いつの間にかスーパーに充満していた殺気が消えていた。これでアリスがあの殺気に関わっている事が確定した。

 これ以上、シスターナナを傷つけるわけにはいかない。肉体的にも、精神的にも。それは、シスターナナの王子としての使命だからかもしれない。

 そう思いながら、シスターナナを片腕で抱きしめ、アリスの消えた先を見据えた。

 

♰♰♰♰

 

 雲一つない月が浮かぶ夜空。月からあふれ出る月光は、とても明るいが、その光が届かない場所もある。

 路地裏のとある飲食店裏で、ラピュセルはふらふらとする足に耐えかね、背を壁にしてその場に座り込んだ。

 呼吸がうまくできない。恐らく肺をやられたんだろう。いつでも隣に死がいるという恐怖にラピュセルは意識が飛びかけた。

 このまま意識を飛ばせたらどれだけ楽かと思えてしまう。そんな自分に嫌気が差す。けれど、痛みから逃れたいと思う反面、死にたくないとも考える。悪循環だ。

 思考を巡らせないと今にも意識が飛びそうだ。そうして脳裏に浮かぶのは、ラピュセルにとって大切な人の姿、白い制服に頭のカチューシャには白い蕾が付き、付属品の白い花が何とも可愛らしい。性格もとても優しくて、困っている人を見捨てられない性分で、ラピュセルは、そんな彼女が好きだ。それは、友達としてだろうか。それとも――

 

 足音が聞こえた。慌てて歩道の方を見ると、歩道への道を塞ぐように黒い魔法少女が立っていた。

 ラピュセルは背中にある大剣を抜き、黒い魔法少女へと向けた。威嚇のつもりだった。

 距離的には、5m弱。魔法少女の脚力があれば一瞬にして近づいて、この大剣で切り裂く事も可能だ。だが、ラピュセルは黒い魔法少女に近づこうともせず、ただただ目の前の死に抗おうと、大剣を握る手から緊張によって生じた汗から滑らないようにしっかり握るしかできなかった。

 逃げないのはプライドからだろうか。それが、今にも逃げ出してしまいそうなこの状況からラピュセルを縛り続ける枷となっていた。

 

 黒い魔法少女が動いた。

 黒い魔法少女は抱いていた人形の手を片手で持つと、ラピュセルに向かって全速力で走ってきた。

 ラピュセルは全力疾走で近づいてくる彼女に合わせて大剣を薙ぎ払うが、当たる瞬間に黒い魔法少女は飛び上がり、ラピュセルの真上に飛ぶと、両手を――人形を持ったまま――ラピュセルの首に回そうと伸ばすが、瞬時にラピュセルは大剣を下に向け、一気に剣の長さを伸ばした。

 剣は地面に深々と突き刺さり、ラピュセルの体を浮かした。それに加え、対応が遅れた黒い魔法少女はラピュセルの鎧にごんと音を立ててラピュセルよりも上空へと飛ばされた。

 ラピュセルは、剣を一度消滅させ、再びさっきよりも重い剣を創造する。

 ずしりと重い感触が手に加わり、地面へと落ちる時間が短くなった。ラピュセルは両足で地面に着地し、上を見上げた。まだ黒い魔法少女は上空であがいていた。

 今が攻撃の時だ。大剣をそれへ浮かぶ黒い魔法少女へ向け、より鋭利な剣を創造し、それは何処までも伸びた。

 ざくりと音が聞こえてきた時には、もう全てが終わっていた。空に浮かび上がったことにより月光がそれに届き、シルエットとなるが、その正体は明白だ。

 

 空から落ちてくるのは、あの魔法少女の上半身と下半身だった。

 

 ラピュセルの大剣によって両断された体は地面へたどり着く。飛び出た骨が地面へぶつかり、鈍い音を出す。誰もがもう絶命していると考えるのは当然だ。それでも、ラピュセルはもう一度大剣を手中に収め、切っ先を分断された魔法少女の上半身へと向けた。

 上半身だけの魔法少女の指がピクリと動いた。そのホラー展開にラピュセルは背筋が凍るほどの感覚に陥るが、このおかしな出来事を見るのは初めてではなかった。

 殺せない魔法少女。それが彼女の特性だ。

 こういう魔法なのかどうかは知らないが、ラピュセルは切っ先を向けたままじりじりと後ろへ下がり、ある程度下がると、体を真逆へ向けて走り出した。

 先程の再び行われた終わり無い戦闘の続きにより、ラピュセルにより沢山の恐怖が植えられた。クラムベリーという難から逃れたと思ったら、昼も夜も終わらない戦闘でラピュセルはとうに疲れ果ててしまったのだ。

 ――どうして、どうして、どうして!

 ラピュセルは走り続けた。己の生きたいという本能のまま、走り続けた。後ろから再び足音が聞こえたが、ラピュセルはもう振り返れなかった。

 



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手分けして敵を倒しましょう

もうちょっと長く仕上げたかったけれど、あまり長すぎるのもどうかと思ったので、次でこの章は終わりにしたいですね。


 ナイフが肉に突き刺さり、それをスライドさせて肉を割いた。中に凝縮された肉汁が傷が開くことによってあふれ出て、より食をそそられる。

 ナイフを上手に操り、切った肉を小さなサイコロ状へと変える。昔、師匠に何故そんなに小さくするのですかと言われたのを思い出した。

 フォークでサイコロ肉を差し、別皿に入れてあるたれの中へと入れる。肉に特製たれが絡み、たれの香りがまた自分の食を進ませた。

 フォークに突き刺したたれ付き肉を口元へ運び、口を少しだけ開いて中へ入れた。たれが舌に乗り、魔法少女の五感強化のおかげで、よりたれの甘さが自分を旨味の天国へと導いた。

 噛めば噛むほどたれと肉汁が混ざり、もっと噛みたいと思えてしまうが、口の中の肉はいつの間にかグロウアップの喉を通り過ぎて行った。

 一度一息ついて、用意したコップの水へと手を伸ばすと、違和感が目に入った。

 

「……食べないのですか」

 

 グロウアップの言葉に、犬の魔法少女は肩を震わせた。犬の魔法少女は目に肉を映すだけで、グロウアップが用意した食器には手を付けようともしない。

――警戒しているのだろうか……

 警戒される理由は知っている。なにせ、昨日はさんざん彼女を殺すつもりで教育したのだから、無理もない。

 しかし、これからの事を考えるなら食べてもらえなければ、こちらが困る。

 

「一口だけでもいいですよ。せめて一口だけ。それさえ食べてくれれば、後はこちらが処理します」

 

 グロウアップの言葉に犬の魔法少女は、少し頭を上げるが、目を合わせようとはしない。それでも、食器に手を掛けれくれたのは地味にうれしかった。

 犬の魔法少女は、持ったナイフで肉を切り、切った肉をフォークで突き刺して食べようとするが、寸前にたれの事を言うと、それを付けて食べてくれた。せっかく用意したのだから使ってくれた方がいい。

 

「ぁっ……おいしい」

 

 今までの強張った顔から一転して、子供ように顔を(ほころ)ばせた。

 

「おいしいですか?」

「ぇ……はい」

「それはよかったです」

 

 グロウアップは、もう既に食べ終わった食器を横へ置いたお盆へ乗せ、椅子を引いて立ち上がる。急に立ち上がったことに驚いた犬の魔法少女を無視して、食器をリビングに備え付けられている台所の桶に張った水へと食器を入れた。

――ま、帰った時にでも洗えばいいですか。

 食べ終えて残った食器は、水にさえつけていれば汚れなんてすぐに落ちる。それなら、仕事の時間が迫っている今洗うより、一通り仕事を終えた時に洗えばよかった。

 お盆を横に置いてある食器棚に入れてから戻ると、机に置いてある犬の魔法少女の朝食はもうきれいさっぱり消えていた。犬の魔法少女は今もなお幸せそうな顔で天井へと視線を向けていた。

 グロウアップは犬の魔法少女の横へ近づき、幸せそうな彼女へと口を動かした。

 

「私はこれから仕事に行きますが、食器は流し台にある水桶の中に入れてくれればいいですから」

 

 それだけ言ってから、自室へ行って、『四次元袋』と白衣を羽織り、そのまま玄関へと向かう。

 すると、既に食器を片した犬の魔法少女が玄関で待っていた。お出迎えだ。

 靴を履いてから、玄関で待っている彼女へと向いた。

 

「それでは行ってきますが、お留守番の約束、覚えてますか?」

 

 それを言うと犬の魔法少女は首を縦へうんと動かした。それなら一安心だ。

 玄関の取っ手に手を伸ばし、それを引いた。最初に目に入るのは、何の変哲もないただのレンガ調の壁だ。

 扉を閉めてから、懐から鍵を取り出し、扉に鍵をかけると、扉にはペンタゴン式の魔法人が浮かび上がり、そして薄くなってすぐには消えてしまった。

 簡易タイプ結界魔法。グロウアップが開発した魔法の国の技術を少し加えた魔法の鍵にグロウアップの魔法を使うことで編み出された新型の魔法結界だ。簡易タイプとはいえ、魔法の国でも見た事のない魔法結界のため、例え押し破ろうとも丸一日はかかる。更に中から外への干渉も完璧にできなくなり、名前を変えるなら、これは()()()()()()()()()()()()とでも言うだろう。

 念のために内側からの干渉を無くしたが、今の彼女の様子を見る限り、どうやら杞憂の様だった。

 あの日に彼女を連れ込んでからは、初めは殺そうと考えたが、結局は殺してはいない。使い道なんて沢山あるのにそれを潰すのはもったいなかったからだ。

 だから、グロウアップは殺す事はやめて、代わりにグロウアップ好みの、『何事にも動揺せず、万能で従順な魔法少女育成計画』を開始した。

 開始してから今日で五日が経ち、()()()()()()()には飴と鞭を使い分ける事で出来た。後は()()()()()()()にすれば完璧だ。それに関しては、帰ってきてからグロウアップの魔法を応用させてやれば、早くて一日足らずで()()()()は飛躍的に高めることが出来る。問題は()()だった。

――時間さえかければ……

 しかし、この仕事が終わるまでに教え込む時間は無いに等しかった。

 

♰♰♰♰

 

「……遅い、ですね」

 

 外ポケットに手を突っ込み、白銀色の腕時計を取り出す。時間は()()午後九時三十分だ。

 約束の時間十分前に目的地に着くのは常識だ。それに今回は時間が重要だ。こうしている間にも時間が過ぎ去っている。

 シューズをとんとんと足元に押し付け、音を鳴らす。もちろん、そんなことして何にもならないが、苛つきぐらいは抑えることは出来るだろう。

 ――耳に風切り音が届く。

 注意を足元から目の前へと移した時には、既に赤黒い羽がグロウアップの周囲を飛び、目の前にはその羽の元である不安感を掻き立てるような大きな翼が渦を巻いて彼女を包んでいた。

 翼はゆっくりと動き、中の少女の姿をさらす。正体はもちろん、吸血鬼型魔法少女レディーバットだ。

 

「よぉ。数日ぶりかな」

 

 遅刻してきて悪びれる様子もないその姿に、レディーバットは血管内の血液の流れが早まった感じがした。

 遅刻してきた少女に見せつけるように溜息を付き、レディーバットの前まで歩み寄った。

 レディーバットとグロウアップの身長差のせいで、こちらが見上げる立場になるのも血流の流れがよくなる原因になった。

 

「それでは、こちらを」

 

 ぶらんと下げてあった腕を取って、あらかじめ用意していた()()()二つをしっかりと指一本一本握らせてから、先程と同じ距離まで下がった。

 

「なんだこれ?」

「事前にメールで作戦の詳細を送りました。作戦の指示通り、お願いします」

 

 そう伝えられたレディーバットはポケットから無造作に取り出した魔法の端末(マジカルフォン)を手慣れた手付きで操作して、やがて送ったメールを開いたのか、動きを止めてじっと光が漏れ出る画面を見ていた。

 

「……なるほどなぁ。ようするにあれか。陽動作戦? みたいな感じか」

「ちょっと違いますが、まぁそう考えていただいて結構です」

 

 体を百八十度回転させ、ビル内部へと続く扉に歩を進めた。すると、うしろから――レディーバットがいる方から呼び掛けられた。

 

「ちなみに、もう奴らはこのビルに居るのか? 用もないのにこんな所なんて来ないだろ」

 

 後ろを振り返らずに返した。

 

「大丈夫です。……もう既に手は打ってありますから」

 

 さっき感じた血の流れとは違う、別な意味で流れる血は、グロウアップの頬を高揚させた。

 

♰♰♰♰

 

「おっそいなぁ~。いつになったら来るんだ?」

 

 後ろの柱に背中を預けて魔法の端末を操作するトップスピードをドラム缶に座りながらリップルは眺めていた。何故こんなことになったのかと手を頭上に仰ぎ、面倒事を持ってきたトップスピードを睨むために再びトップスピードを見た。

 事の発端はトップスピードの持ってきた手紙からだった。

 話では自宅のポストに入っていたトップスピードを魔法少女名で書かれている真っ白な封筒。これだけで怪しさ満点だが、おまけに住所も書いていない事から直接ポストに入れられた事が分かる。

 手紙の差出人はスノーホワイトらしく、この場所で落ち合いたいといった内容が書いてあるらしい。手紙自体は見てないが、おそらく内容は間違っていないだろう。

 

「今何時?」

「今は九時四十分。約束の時間から十分オーバー」

「そう」

 

 トップスピードから視線を外し、自分もトップスピードと同じように魔法の端末を取り出そうとするが、

 

「……誰」

 

 魔法の端末がしまってある場所から手を外し、今度は左手にクナイを二、三本(たずさ)え、右手には背中に居座る刀の柄をいつでも抜けるように握る。

 気配はまだ消えない。いつまでもビルの柱に隠れ、けれどもそれから放たれる殺気に近い念にリップルはより一層身を引き締めた。

 

「お? どうしたあぁ!?」

 

 間一髪だった。トップスピードに目掛けて投げられた剛速球の何かはトップスピードの顔面にぶち当たる前にリップルがトップスピード目掛けて走って体をぶつけた事により事なきを得た。それと同時に装備していたクナイを間髪入れずに投げた相手のいるだろう柱に全て投擲する。

 リップルの魔法を受けたクナイは柱に隠れた敵へと軌道を曲げて、柱の後ろへと到着した。が、瞬間リップルの視界は突如として現れた白煙によって遮られた。

 

「くっ!」

「な、なんだ!?」

「トップスピード! 早く箒を!」

 

 リップルの声に気付いただろうトップスピードらしき足音はビルの唯一開いている窓の方へと向かって聞こえ、リップルはこの事態を呼び起こした敵に向かって今度は刀を口にくわえ、両手でがむしゃらにクナイを投げた。

 視界の全てが白一色のため、現状の判断材料は、この聴覚しかなかった。

 クナイは風切り音を鳴らして白煙を切り、それに続いて後ろのクナイが前のクナイとは別の方向へ向かって進んでいく。

 一発でも当たれば良い。トップスピードが箒を用意するまでの時間さえ稼げれば。リップルはいまだにクナイを取ってあちらこちらへと投げる両手のスピードを上げた。

 ざっと五十本近くのクナイを投げたであろう。しかし、聞こえてくる音はクナイの風切り音とトップスピードの足音だけだ。

――当たってるの?

 そんな疑問が出るほどに今の状況はあまりにも歪だった。

 ここ一室の大きさは、それほどのものでもない。隅には木箱が多く積まれ、よりこの一室の体積を減らしていた。更に隠れる場所と言える所は真ん中に置かれた柱一本だけだ。もちろん、見えていなくて視覚を使うリップルの魔法は使えないが、問答無用で魔法少女が投げた魔法のクナイの串刺しになっているのだから、既に崩れているかもしれない。

――まさか……逃げたか?

 

「リップル! 何してる! 早くここから逃げるぞ!」

「……ちっ。分かった。今行く」

 

 取り合えず一難は去った。ひとまずは此処から離れる事が敵を倒すよりも最優先かもしれない。

 今リップルの聴覚に訴えているものは、自身の足音とトップスピードの魔法の箒(ラピッドスワロー)のエンジン音だけだ。

 

 

 ビルから飛び立ち、いつもとは違う違和感に居づいたのはリップルの方だった。

 

「……トップスピード。後ろいる。もっと早く」

 

 小声でトップスピードに話しかけると、それに了承して乗っている魔法の箒のスピードが上がった。それでも後ろから聞こえてくる音は止まない。

 

「……まだいる。……こっちでタイミング言うから、それに合わせて」

「……あぁ」

 

 再び懐からクナイを、出来るだけ持てる数だけ手に収める。冷たい鉄の硬い感触がより手のひらに着く。

 後ろからの風切り音からして、あちらから一定の距離を保っているのは分かってる。それなら――

――(いち)、二の!

 

「三!」

 

 自分の掛け声と共に後ろに持っていたクナイを己の持てる力を使って投擲した。上空でこちらは箒に乗せてもらっている身。座りながら体をひねって投げるのも一苦労だが、投げてしまえば、それは問題ない。

 クナイを投げるために体をひねって後ろを見た時に見えた敵の姿は、空想上の化け物、吸血鬼と表現したするしかなかった。その姿を見た瞬間、リップルの背に冷汗が流れ伝う感覚を感じるが、その姿が見える事で先程とは状況が違って魔法が使えるのは大きなメリットだ。

 上に、右に、下に向かう、敵を狙う暗器とは思えないものは、まるで糸で操っているか、または磁石によって引き寄せられているかを錯覚させてしまうほどに急に方向転換し、本来狙うべき相手の頭に、胸に、首にへと急所に向いた。

 そのまま串刺しになってしまえばよかったが、そう事は運ばれなかった。

 敵はおもむろに右人差し指を口に運んだ。その時、魔法少女のリップルは、敵が何をしているか気付き、先程とは比べほどにならないほどに背筋がぞっとした。

 クナイが届く前に事を終えたのか、次にそれをこちらに向かって薙ぎ払うと、リップルは反発的に叫んだ。

 

「今!」

 

 その合図と共に魔法の箒はごぉぉとスピードを上げて、空高くへと上昇した。

 

「っ!」

 

 まるで針が刺さったかのような鋭い痛みを右太腿に感じた。おもむろにその方向へ首を動かすと――

 

「ナ、ナイフ……」

 

 先程敵から飛んできたナイフに気付いてトップスピードに上昇してもらったが、全ては避け切れなかった。じんじんと太腿の痛みが増し、どくどくと白い足を流れ伝う赤い液体に口から叫びが木霊しそうになるが、痛みを耐えるために噛み締めて飲み込んだ。

 

「お、おい! リップル!」

「い、いいから早く! あいつがすぐそこまで――!」

「誰がすぐそこまでだって?」

 

 声が聞こえて反応する間もなく脇に鈍い痛みと衝撃が襲ってきたと思ったら、続いて背中を強く打ち付け肺の中の空気が全て逃げ出した。

 

「かはっ!? ……はぁ……はぁ……」

 

 何が起きたか理解出来る前に生物としての本能が急いで空気を取り入れようと肺を動かす、が瞬時に肺は寝そべっているリップルの胸に当たる違和感によって押し戻され、ばきっとまるで肋骨でも砕くかのような音と共に空気を吸い込もうとしていた口からは大量の血が噴き出した。

 

「あぁ!? ……がぁ……がはっ、がはっ」

 

 今まで生きてきた日常生活の中でこれほどの痛みを感じたのは今が初めてだ。

 徐々に霞む視界の中、首が横に動いて見えたのは、たくさんの石が積まれていた石の墓だった。

 

♰♰♰♰

 

 始まったばかりの秋の冷風がビルの壁に寄り掛かっているスノーホワイトの髪をなびかせて乱れてしまう。それをスノーホワイトは暇な右手で元通りに戻し、再び壁に背を預けた。

 

「……遅いなぁ。トップスピード」

 

 ここに来た理由は、トップスピードからの手紙からだった。

 姫河家のポストに直接投函させたそれは、ただシンプルにスノーホワイトへと書かれ、内容はここへの呼び出しだった。

 差出人はトップスピードと書いてあったことから、素直にここに来てみたが、当の本人はまだ来ていない。

 

「……メールしてみようかな」

「その必要はありません」

 

 スノーホワイトがトップスピードのメールを送るためにポケットから魔法の端末を取り出そうとして刹那、ふとビル入口から聞こえた声にスノーホワイトは驚き、声がした方を見てみると、そこには、

 

「だって、あの手紙は私が貴方に宛てた手紙ですから」

 

 一見すると普通の女の子に見えた。白衣を身にまとった白色の髪を下げた女の子。顔立ちはそこらの女生とは比べ物にならないほどに整っていて、しかしその手には、そんな女の子には似合わないような、丸いフラスコ瓶に収められている赤い液体に驚きの感情は次第に恐怖と困惑の感情へと変化した。

 

――なに、あれ……

「ボーっとしている暇はありませんよ」

 

 そういった少女は、手に持っていたフラスコ瓶をスノーホワイト目掛けて投げてきた。

 間一髪で思考の世界から戻ってきたスノーホワイトは、反射的に右へ退いた。

 瞬間、地面へと到達したフラスコ瓶が爆発した。

 

「あつっ!?」

 

 爆発によって引き出された熱風とフラスコの破片がスノーホワイトへ牙をむいて襲い掛かるが、その前に逃げ出したスノーホワイトにまで届かなかった。

 

――なんで……どうして!

 

 そんな疑問と理不尽な目にあった怒りと、もう嫌だと思う悲しみがこもった思いが、自分の声へと変わり、暗い夜道を逃げ続けるスノーホワイトの脳に反響した。

 

 

「逃げられませんよ」

 

 背中を見せたスノーホワイトを見てから数十秒が経った。もうスノーホワイトの背中が見えなくなる頃に上を見てみると、ちょうどグロウアップが立っている真上がレディーバットが事を起こした部屋らしく、グロウアップが渡した物の一つ、カラミティ・メアリ作の魔法の煙幕弾は無事爆破し、白い煙が窓からもうもうと上がっていた。

 

「ちょうど出発。ありがたいですね。これで心置きなくしてこれを使えます」

 

 こしにぶら下げていた四次元袋に手を入れながら呟くと、目的の物を掴むことが出来、それを袋から引っ張り出した。

 それは白いカバーに前には液晶画面がついていて、頂点には月光の光によって輝くアンテナが、そこにあるのが当たり前にようにして立っていた。それを手慣れた手付きで電源を入れると、液晶画面には緑の背景が浮かび、次に中央を十字に浮かんだ。今度はそれを、スノーホワイトが逃げた先へ少し傾けると、さっきまでなかった白い点が現在進行形であった。

 

「あっちに逃げましたか。たしかあっちは住宅街方面だったはず。たまたまなのか、あるいは……」

 

 両手でその探知機をもって、グロウアップは暗い夜道を恐れを知らないたんたんとした足取りで、目標(スノーホワイト)を捕まえて追い詰めるために、歩いて行った。

 かつてないほどの怪しい笑みが今まで無表情を徹していた少女の顔に浮かんだ。

 




魔法の探知機
グロウアップが代表の魔法の国技術部門が極秘に作った複数個の魔法グッズの一つ。
魔法生物なら、魔法少女だろうと、ホムンクルスだろうと、魔法使いだろうと、マスコットキャラクターだろうと、現身だろう探知してしまう優れもの。
おまけに、グロウアップの魔法により、探知した生物の詳細なデータも取れてしまうという、人事部門に居るあの子が泣いてしまいそうだ。


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乱入者が出現しました

 暗い夜道を照らすのは、暗雲立ち込める空に浮かぶまん丸の月から生まれる月光のみ。その月光の光は、それによって明るく照らし出された住宅街道路の黒いコンクリートをより輝かしく照らし出すには十分なほどの光を持つが、何も月光が生み出すものは、闇をも晴らす光だけとは限らない。

 大昔から月光の光というものは、人外なるものにとっては太陽みたいに崇められ、それに対して月はその月光の力で人外なるものたちに『妖力』を与え続けた。

 では人外なるものとは、何を指し示すか。例を挙げるならば、最も代表的なものは、幾年前から存在し続けている人間によって恐れられる化け物、妖怪がその一例だろう。

 満月までにはまだ幾日もの時間が必要だが、三日月、半月などから生まれる月光からも多少の妖力が放たれる。

 その昔、悪さばかりをして、那須野――現在の栃木県那須郡――で息絶えて殺生石へと姿を変えたとされたと伝説に残る、幻想に消えた大妖怪、九尾の狐、八雲藍は、今現在、古明地姉妹が住まうとされる家の芝生が敷かれた敷地で、その腕を真横に動かして、月光欲をしていた。

 月の光が我ら妖怪を更なる高みへ導いてくれる。その事実は、力を失った妖怪にも適用される。

 

「……ようやく、全盛期までとはいかないですが、力は使えますね」

 

 横に動かした腕を下ろして、固くなった筋肉を揉み解す。

 藍がここに来てからの夜の日課、それは夜の間だけ外に出るというもの。

 妖怪が弱体化している今、もう外の世界でしか存在していない月光は、妖力を取り戻すための万能薬となる。外の世界へ再び来る前は、夜に外を歩くことが不可能になっていたため、久しぶりの月光欲は途轍もない気持ちがよく、気分も良かった。

 

「今日もまた少し留守にしますが、警護を頼みます」

 

 和服の裾に手を入れると、そこから取り出すは、人の形に切り取った紙の束。それに藍が息を吹き込むと、それは次第に動き出し、次から次へと人型は藍の後ろへと飛んで行った。

 どんな妖怪よりも式を扱うことを得意とする藍。主である八雲紫の次に上手だと自負しているつもりだが、如何せん力の弱体化により、式を操るのも簡単ではない。

 それでも、多少の警護や探索ぐらいは可能だろう。これだから、式というものが好きで仕方がない。

 飛んで行った式は、一つは家の屋根に、一つは家のあちらこちらにある窓に張り付き、後は全て家の中へと消えていった。

 

「さて、それじゃぁ。さっそく……」

 

 これから飛んで一、二時間程散歩しようとした矢先に、藍の視界に白い姿の少女が目に入る。

 その姿を見た瞬間、藍は一瞬理性を失いかけた。

 

「……魔法少女か。……本当に、嫌いだ」

 

 この世で一番嫌いなもの、それは魔法少女。藍の表情は徐々に苦虫を噛み潰したかのような顔に変わる。

 せっかくの散歩が台無しになってしまうほどに嫌いな魔法少女。それが目の前に居るとしたら、妖怪としてやることは一つのみ。

 

「紫様に任された私の役目は、古明地の護衛のみ。それ以外は任されていない。……それでも、こんな目に合わせた奴らだけは、絶対に――」

 

♰♰♰♰

 

 小気味いい足音が次第に近づいてくる音に胸躍らせるグロウアップ。その手に持つ探知機に浮かぶ点が中央部分に近づいてきた。

 確かに魔法少女の速さは人とは比べ物にならないほどに速いが、それが相手も魔法少女なら、それは再び平行線となる。

 足の速さはこちらの方が速い。あちらはおそらく全力で走っているのだろうが、人間同士でも、普段の鍛錬を怠らない人間の方が勝つのは明白。それが魔法少女に置き換わったところで変わりはなかった。

 やがて、あと数センチで点が中央部分に到達すると思ったところで、グロウアップは足を止めた。

――後ろに、誰かいる。

 探知機の南に位置している部分の端、そこにも黄色い点がこちらに向かって走っていた。

 それは全力で走っているらしく、先程まで端だと思っていたら今度はもう半分も切った。

――彼女、か……。

 頭に浮かぶは、先程ビルの屋上で会って話した、吸血鬼タイプの魔法少女。

 もうこちらが頼んだことは終わったのかと考えたが、それはグロウアップの視界で見えるはるか遠くの、誰が住んでるかも分からない家の塀から現れた黒いゴスロリ服を着た魔法少女によって掻き消された。

 

♰♰♰♰

 

 目が覚めた時に真っ先に感じたものは、全身の痛みだった。リップルが目を覚ました理由は、この全身の痛みらしかった。

 

「……うっ……いっぅ」

 

 無理に体を起こしたことで、おそらく破壊された肋骨が動いたのだろう。動いただけで先程の痛みが数倍にまで引き上げられた。

 それでも体を動かして、リップルの視界に最初に入ったそれは、高く積まれた石の山。その奥には、先が見えない森の暗闇だけが見えるだけ。そんな光景にリップルは何処か見た事があるようなデジャヴに襲われた。

――ここ……採石場、か?

 一度だけトップスピードと行った事のある採石場。だが、ここが採石場だと考えると、ますますリップルの脳は処理できなくなる。

――採石場って確か高波山にある……採石場!?

 高波山。ここN市で一番の高さを誇る、秋になると何十人もの人たちがキャンプや山菜取りなどに出かけたりもする人の管理が入った山。けれど、その山はN市の何処に位置するかと言うと、リップルが担当している地区、中宿とはかなりの遠方に位置する。とてもじゃないが、魔法少女でも数分も経たずにこれだけの処理を移動するのは不可能だ。

――魔法か? ……まさか飛ばされたんじゃ……そういえば、トップスピードは。

 首を左右に動かして、辺りを見渡す。トップスピードの姿は無かった。

 

「いったい何処に……」

 

 まだそんなに体力は回復していなかった。けれど、無理やりにして体を動かして、何とか前かがみにはなった。

 しかし、それによって中の砕かれた骨が動き、痛みを叫んだ。けれど、リップルには思うところがあった。

 

「うぅ! あぁ。はぁ……」

 

 背中に携えた刀を引き抜き、それを支えにして立ち上がるが、さっきまで痛くなかったからか、右太ももを怪我している事を忘れていた。

 

「……時間、かかるなぁ」

 

 

 なんとか刀で右足を支える事で動けるようにはなった。それでも、痛い事には変わりないが。

 怪我しているため、今までとは尋常にならないほどの遅さで歩く事十分。どれほど進んだのかリップルは分からなかった。

 ただ延々と石だけが積まれた採石場を歩く事だけしかできない。それでも、動かないよりかはマシなのかもしれなかった。けれど、いくら魔法少女の体でも耐えきれないものも存在する。

――……ちょっと休もうかな。

 さっきから、今まで感じてきた痛みはより強く、より重くなってきていた。流石にこれ以上耐える事は出来ない。

 少し休んだらまた動こう。そう思って、すぐ近くにある石段に手を滑らせて、力を抜いてどさっと座り込んだ。

 体を動かして消費された酸素を口いっぱい吸い込もうとするが、骨が肺に刺さっているのか、肺に激痛が走り、余計に酸素を血と共に咳き込んでしまった。

 

「ちっ。まずいなぁ」

 

 取り合えず息は息は少しずつ吸い込むことで、痛みは軽減できた。

 

「……トップスピード……」

 

 弱気になっていたのか、つい口に相棒の名前を出してしまっていたが、そんなことにも気にする気力もリップルにはなかった。

――いつも勝手に近くにいたお節介焼の魔法少女。いつも舌打ちをするとツンデレとか言って余計に舌打ちをさせてくるムカつく魔法少女。いつも時間になると、持ってきているお弁当を食べさせてくれる魔法少女。

 いつもいつもいつもいつも、いつもリップルの隣にはトップスピードが笑っていてくれた。

 そんな彼女は今はいない。

 いつものリップルだったら、こんな事には考えなかったはずだった。それほどまでに、精神にガタがきていた。

 

 

――ごとんっ

 

 

「っ! 誰!」

 

 擦り切れていた精神に追い打ちをかけるように。急に聞こえた音。リップルは動かない体に鞭打って動かし、右手で杖代わりにしていた刀を逆手にして持った。

 音が発生した方向は魔法少女の聴力で分かっていた。それは、リップルの後ろ。背中を預けていた石段の後ろ。距離は近い。……真後ろに誰かがいる。そういう事実だけが、より精神を切らすが、同時に安心をもたらした。

 トップスピードかもしれない。それなら、早く見つけてここから早く抜け出したかった。

――音を出さずに、忍び足で、石段に手を当てて背にかべを当てて。ゆっくりとゆっくりと。

 もしかたら、トップスピードなのかもしれない。もしくは、敵かもしれない。もしそれだったら……刀を握る右手をより握りしめた。

 

 やがて、見えるは、御意見無用のマント。トップスピードがいつも身に着けているマント。それはしっかりと何かを包んでいるようにふっくらと盛り上がっていた。

 

♰♰♰♰

 

 黒い魔法少女の右フックを後ろに右足を下げる事で避け、続いて襲ってくる流れに任せた回し蹴りを探知機を片手で持って受け止めた。

――データにない魔法少女――

 その事実がさっきまで余裕で鬼ごっこをしていたグロウアップを追い詰めていた。

 やっぱりデータ収集はグロウアップがするべきだったと嘆いたところで事態が良くなるわけがない。ともかく、この場を凌がなけらば行けない。グロウアップは、基本は支援に回る事を戦いの主流にしている。味方を支援し、敵を屠る。グロウアップは武闘派魔法少女と違い、もし相手が武闘派魔法少女ならすぐにやられてしまう。

 右側に転がり、手に持つ探知機を手に目掛けて投げる。なるべく手は空いていた方が良い。探知機は魔法少女の右手で払われ、そしてきつく握られた左拳が振るわれる。すぐに立ち上がりながらバックステップで大きく下がって避ける。それと同時に袂に手を入れて、魔法の掛かった医療用メスを取り出した。首を掻っ切る。それだけを求めて地を蹴って急接近する。魔法少女は動きに付いてこれていない。

 ひゅんと風切り音が聞こえ、グロウアップの整った顔と白衣が真っ赤な紅色に染まる。次にどちゃっと水溜りに大きなものが落ちたような音が聞こえた時にはもう終わっていた。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 乱れた呼吸をゆっくりと整え、後ろの赤い水溜りに浮かぶ物体を眺める。余計な手間を掛けさせると共に、スノーホワイトが逃げる時間を稼がせた魔法少女らしきものに「クズめ」と毒づく。一刻も早く追いかけなけらば。もはや手段を選ぶ余裕はない。赤く彩られたメスを再び収納して、そういえばと投げた探知機を首を左右に動かして探す。するとそれは電柱の傍にポツンと置かれていた。早く回収しなけらば。

 そそくさと電柱の下にある探知機を腰を曲げて拾う。傷は無し。画面も先程と同じくこの場を中心に二つの反応が示されていた。そう、二つだ。

 すぐさま、体を転がして、後ろから来る拳を避ける。拳は電柱を真っ二つに折ってしまった。電線が光の線を至る所に走らせてぶちぶちと引きちぎれる。原因は、今グロウアップがいた場所と入れ替わるように立っている魔法少女。

 

「……これは、厄介」

 

 グロウアップの顔に歪みが生じると共に、周りの家々からは光が灯る。ここは一時退散と判断する。すぐさまグロウアップは赤い白衣を翻して、その場から逃走した。

 

♰♰♰♰

 

 魔法少女というモノは、極めて自分勝手な奴が多い。それは自分と他二人も含めて同じことだ。それが新人魔法少女ならばより多い。そこに自分は含まれない。もちろんそれは、自分が他の新人魔法少女――正確には魔法少女候補生――とは違うからだ。だから聞きたくもない己の魔法少女の理想を喋り続ける。

 高波山の採石場。そこには三人の魔法少女が集っていた。一人は教会などでよく見る神に仕えるシスターをモチーフにした魔法少女、シスターナナ。神に仕えるシスターの割に露出度が高い。べらべらと魔法少女とは何たるべきかという事を今も絶えずに話しているが、彼女の本心が見えないクラムベリーではない。 シスターナナの後ろ斜めで石が積まれている石壁を背に腕と足を組んでいる魔法少女がヴェス・ウィンタープリズン。黒いマフラーと黒いコスチュームといった、シスターナナとは対照的に露出度が全くない。そして物静かだ。しかし、いつでも動けるように、時折クラムベリーをちらちらと見ていた。その目にはあからさまな「警戒」の文字が浮かんでいるように見える。クラムベリーは、シスターナナの論説よりもウィンタープリズンの方に興味があった。

 ヴェス・ウィンタープリズンは、魔法少女候補生にしては高い戦闘能力を持つ。その場の状況の把握能力、魔法の使い方、戦闘を乗り切るための高い知能、何もかもが一般の魔法少女よりも勝っていた。事実、それを裏付ける今回の魔法少女試験に潜む狂犬、カラミティ・メアリからの逃亡を成し遂げたと聞いている。

 頬に熱を持つ。考えるだけで、この胸の内から湧き上がる欲求を抑えきれない。あぁ、早く命を懸けた殺し合いがしたい。そもそもここに呼び出したのもそれが目的だ。なら、何の躊躇いもない。シスターナナに目を移す。今もまだその口から飛び出る偽りの言葉がどんどんと出ていた。クラムベリーが声を掛ければ、それもすぐに止む。だが、

――なんだ、この音は

 ここから遠く離れていない、しかし魔法少女でも聞こえないほど遠くの採石場で音が鳴った。クラムベリーが聞くことが出来るのは、クラムベリーが音を操る固有魔法を持っているからだ。魔法少女というものは、固有魔法によって五感が強化されるのはそう珍しくない。料理を作れる魔法を持った魔法少女は嗅覚が優れているという事もあった。遠くの音は、まるで何かが落ちてきたような音。それが魔法少女によって起こされたとしたら、非常に厄介だ。殺し合いの最中に水を差されるなどあってはならない。

 どうしたものかと思案して、すぐに後ろへ下がった。ウィンタープリズンはシスターナナを片手で抱くと、すぐさま魔法を発動させて四方に壁を展開させる。様々なものが混ざったような噎せ返る臭いがする。クラムベリーがいた場所には、先が鋭く曲がった赤黒い苦無が三つ刺さっていた。

 

「まさかこんな所で会うなんてなぁ! 音楽家ぁ!」

 

 甲高い女性の声が上空から響く。甘く、透き通った声。上空を見上げると、それはそこにいた。

 蝙蝠のような、蝙蝠が持つ翼の何倍も大きい漆黒の翼。首に掛けられた月光によって光り輝く金色のロザリオ。そして何より目立つのは、最大限に歪められた口元から見える二本の八重歯がきらりと輝き、見開かれた赤い瞳は、クラムベリーを射貫いていた。これは楽しい夜になりそうだ。笑い続けている彼女と同様に、こちらも精一杯口を歪めた。これ以上はもう我慢ならない。

 



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バグが発生しました

 周りに点在するヴェス・ウィンタープリズンがシスターナナを連れて逃げる際に作った魔法の石壁を避けるように飛んできたホーミング性の赤いナイフを手で弾く。クラムベリーの血飛沫が石畳を染める。

 次に飛んでくる赤いナイフは壁に隠れているクラムベリーに向かい、それを蹴りで吹き飛ばす。ナイフは下に落ちると同時に元の液体に戻り、棘となって足に突き刺さろうとするところを靴底でぐしゃりと踏みつぶす。

 突如として現れる吸血鬼の姿をした魔法少女。彼女の事は存在だけは知っていた。

 魔王塾を首席で卒業し、あの『大量破壊が可能な魔法少女』と呼ばれた外交部門の魔王パムに攻撃を当てるのは不可能だが、魔王に膝をつかせたとして有名だった。クラムベリーも彼女の噂を時々耳にし、ファヴの作った『対魔王攻略手順』のモデルにもされたらしい。

 魔法についても、単純ゆえに恐ろしいほどの熟練者であり、彼女を倒せることは魔王の次に狙っている者を多いという。

 そんな彼女が何故ここに居るのかという疑問はあるが、クラムベリーにとっても、彼女は超えるべき壁だった。

 

「クラムベリー! 一度逃げるぽん!」

 

 右ポケットからファヴの叫び声が聞こえる。確かに、今の状態では明らかにこちらが不利だった。現在の状況は、相手はこちらに向かって無尽蔵なナイフを投擲し、こちらがそれを捌いているところだ。奇襲にも近い攻撃にクラムベリーは身動きが取れず、かといって魔法の範囲外にいる彼女に攻撃することも不可能だ。

 しばらくナイフを捌く中、壁に身を当て眺める遠くの彼女はナイフの投擲を一瞬辞めた。弾切れか。瞬時に背中の翼から赤黒い血を滴らせてナイフを形成する。そうしている間はこちらに飛んでくるナイフの数に限りが生じた。

 クラムベリーは右足を上げ、それを思い切り石畳に振り下ろした。音がクラムベリーの周りに生まれ、周りの魔法の壁は全て崩れ去って元の景色に戻り、音が連鎖的に飛んでくるナイフを全て弾けさせた。同時に下に敷かれていた大なり小なりの石の数々が浮かび上がる。クラムベリーはそれらを次々と蹴り上げる。

 石はいまだナイフを生成している魔法少女の元へ向かう。突如として襲ってきた石の弾丸に彼女は対応を間に合わず、石は次々と彼女の腹、腕、足などにぶつかり砕けた。

 とはいえ、ぶつかっているのは魔法の掛かっていないただの石。魔法少女に傷を付けるには不十分であるが、クラムベリーの目論見はそこではない。

 突如、魔法少女は下に向かって落下した。彼女の翼は折れたり破れたりとボロボロであり、飛ぶことが出来なくなっていたのだ。

 クラムベリーは足に力を入れて、沢山の石を巻き上げて落ちて行った魔法少女の元へ飛び上がった。彼我の距離は徐々に縮まり、クラムベリーの右拳は真っ逆さまに落ちてきた彼女の鼻柱を殴った。

 魔法少女はエネルギーに抗うことなく後方へ吹き飛び、木にぶつかりもまだ止まらず五本折ったところで土煙を立ててピタリと止まった。

 雲一つもない暗い夜、さっきまでの騒がしさがまるで嘘のように静まり返る。魔法少女は指をピクリと数回動かす。

 

「……魔王に膝をつかせたと噂を耳にしましたが、この程度ですか」

 

 呼吸を整えながら倒れ伏す彼女に歩み寄る。彼女は先ほどと同じように指を動かすだけだが、頻度は減っていた。

 止めを刺すべく右拳に力を込める、瞬間、

 

「下がってクラムベリー!」

 

 ファヴの警告に反射してバックステップをする。さっきまでクラムベリーがいた場所には深紅の柱が突き刺さっていた。

 

「これは――」

 

 なにかと問おうとした瞬間、四肢に違和感を感じ、視線を移すと全ての手首、足首に赤い紐が縛られていた。

 

「……硬いですね」

 

 クラムベリーは、動揺するもすぐに冷静になり、無理に引っ張って引きちぎろうとする。そのたびに赤い紐は一回り太くなり抵抗した。鼻につんと血の香りが漂う。

 

「そりゃ、あたいの魔法は魔王も退けるほどのもんだからな」

 

 聞こえた声は、先程の戦闘前に一度聞いた声だった。顔を前に向けると、口を三日月のように歪めて頬を高揚させた、先程までぐったりしていた魔法少女が立っていた。頬は青い痣が出来、それだけしか傷を付けることが出来なかった。

 突如、視界が真っ白になったと思えば、クラムベリーの意識はそこで途切れた。

 

♰♰♰♰

 

「気絶してもなお、変身は解かない、か」

 

 目の前で下を向く音楽家。音楽家の四肢はレディーバットの魔法によって作られた縄によって拘束されていた。

 レディーバットは上げた右膝を下ろした後、気絶する彼女に懐をまさぐる。先程聞こえた声は確か、右ポケットからのはず。右ポケットに手を入れると、固く冷たい感触が指先に伝わる。それを引き出し前に持ってくると、口を歪めた。

 

「さっきの声は、あんたか? 電脳妖精さんよぉ」

 

 コンパクトの形をした魔法の国から支給された管理者用の魔法の端末。それはレディーバットの呼び掛けにうんともすんとも言わない。

 

「返事しないなら電源落とすけど」

「分かった、分かったぽん。だからそれだけはやめて欲しいぽん」

 

 魔法の端末が開き、中からは丸い球体に右が黒で左が白で構成された緑の鱗粉を撒く羽を持った、魔法の国が作り上げた電脳タイプの妖精が飛び出してきた。

 電脳妖精というのは、肉体が無い代わりに他のタイプの妖精とは違いデスクワークを得意としている。他にも様々な機能を持っており、その分多くの魔法少女が運用している。これは良い手土産が出来た。

 

「確か、レディーバットぽんよね」

「ん? あぁ、そうだけど。なんだ?」

「クラムベリー、殺すぽん?」

 

 あまりに予想外な言葉に不意を突かれた。先程までテンポを付いていた電脳妖精の声は淡々としている。電脳だからでは無いと思う。心配しているような声でもない。

 そういえば、電脳妖精にはたまにバグを持ったものが紛れていると聞いたことがある。そういう場合は魔法の国が出したパッチを当てるよう言われているが、コイツがそのバグ持ち(欠陥品)だろうか。電脳妖精の目がレディーバットの目を射貫く。

 

「……そうだな。音楽家はあたいの後輩みたいなものだからな」

 

 電脳妖精の目から視線を外し、未だに拘束されている音楽家の頬をゆっくりと撫でると、

 

「でも、あんた。その感じ、別に命乞いをしてるわけじゃないよな」

 

 音楽家の首を手で軽く閉める。首は、生きているとは思えないほどに冷たかった。

 

♰♰♰♰

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 どこまで走ったか分からない。周りはスノーホワイトの知らない町の景色。揺れる体を支えるために塀に手を付く。魔法少女になると、身体能力は向上するらしいが、疲れないわけではない。もともと姫河小雪は体力が多い方ではない。途切れ途切れの息を整える。後ろを振り向くと、あの白衣の魔法少女は既にいなくなっていた。

 

「……もう、やだぁ」

 

 塀に背を向けると、膝が崩れて地べたに座ってしまった。足に力が入らない。もう肉体的にも精神的にも当に疲れ切ってしまっていたのだ。

 どうしてこんな事になってしまったのか。思えば魔法少女になってからだった。

 魔法少女になって、人を助けて、ファヴから魔法少女を減らすと言われ、ねむりんが死んで、ラ・ピュセルが居なくなり、そしてスノーホワイトが知らない魔法少女に殺されかけた。

 頬に涙が伝う。両手が制服の裾を握りしめる。目から止めどない涙が溢れ出す。

 

「……そう、ちゃん」

「小雪!」

 

――えっ……

 

 聞こえた。今一番聞きたい声が。

 聞こえた。あの優しくていつも小雪を励ましてくれる声が。

 聞こえた。強くて、かっこよくて、誰よりも魔法少女が好きな魔法少女の声が。

 

 顔を上げ、目の前にいたのは、何度も見たあの顔。所々黒く汚れ、傷を沢山つけているけど、その凛々しい目、その背中に担ぐ巨大な剣、あの日からスノーホワイトの目の前から消えた魔法少女、ラ・ピュセルその人だった。

 

「そう、ちゃん……!」

「ははっ。そうちゃんは止めろよ」

 

 思わずラ・ピュセルの胸元に飛びつく。涙がラ・ピュセルを汚してしまうが、それよりも今まで会えなかった寂しさの方が勝っている。

 

「こ、小雪! だ、抱き着くなよ……」

「だって、だって……!」

 

 顔を上げると、ラ・ピュセルは顔を赤らめていた。そうしてから今の自分に気付き、慌ててラ・ピュセルから離れようとすると、ラ・ピュセルに頬を触られた。

 

「小雪。どうしたんだ、この火傷」

「えっ……火傷?」

 

 そう言われて頬に触ると、確かに火傷のような跡がついていた。白い魔法少女が投げた赤い液体を思い出した。

 あの時の恐怖が蘇り、肩を震わせた。それにラ・ピュセルはスノーホワイトの肩を暖かい腕で抱いてくれた。

 

「……もう、一人にしない。だから、笑ってよ。スノーホワイト」

 

 ラ・ピュセルの優しい笑顔が、とても眩しかった。スノーホワイトの知っている優しくて可憐な魔法少女の笑顔だった。

 

「魔法少女が二人もいるなんて、実に不愉快だ」

 

 空から声が聞こえた。スノーホワイトはラ・ピュセルに隠されるように腕を回される。腕と体の間から空を見上げると、そこには東洋風の着物を着た、狐のような尻尾を九つ生やした女性の姿があった。

 

♰♰♰♰

 

 魔法少女が死ぬのを初めて見た。人が死ぬのを初めて見た。身近に居た人が死ぬのを初めて見た。

 気付いた時には、背中にマントで包まれたトップスピードの遺体を抱えて山に下りた後だった。

 目からは涙が流れ、それでもなお歩くのを止めなかった。

 着いた場所は以前来た事があるトップスピードが住んでいるアパートだった。

 トップスピードが住んでいた部屋のベランダに飛び移り、そこにトップスピードの遺体をゆっくりと下ろした。

 マントを剥がして、気付いた。マタニティドレスを着たトップスピードのお腹はとても膨らんでいた。そして、同時にポケットからは『母子手帳』と書かれたモノがベランダの冷たい床に転がる。

 激しい吐き気を感じ、耐えることが出来ずに吐いた。胃液しか出す物がなく、喉がヒリヒリした。

 

「……ごめんなさい」

 

 そう呟いて、窓を優しく数回ノックしてから、マントを持ち去り、この場から姿を消した。

 

♰♰♰♰

 

 目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。

 青い壁紙に、このふかふか具合のベット。近くの机には青いバラが入れられた花瓶が置かれていた。

 長く眠っていたような感覚だった。最後に意識を失ったところまで何とか思い出し、ふと自分の布団の上に誰かが寝ているのに気付いた。

 

「……」

 

 桃色の髪にカチューシャを付けた女の子が自分のベットの上に上半身を置く形で眠っていた。

 起こさないようにベットから抜け出し、部屋から出る。短い廊下が、ずっと長く感じられた。

 歩くたびに板が軋む音が聞こえ、少し浮遊して一階に降りる。すると、

 

「紙?」

 

 紙が至る所に浮いていた。台所、リピング、玄関に続く廊下、本当に至る所に、全体でおよそ十匹程度の人の形に切り抜かれた紙が空中で浮遊していた。

 リビングのソファーの上には、茶色の短めな毛を生やした猫が蹲っていた。その子猫を見ていると、何故か頭が痛くなるのを感じ、すぐさま視線を外す。

――取り合えず、外に出てみよう

 玄関に続く廊下を歩く。何か違和感を感じる。

 玄関の扉を開けた。外の風が暖かい頬を覚ます。まだ違和感を感じる。

 外に出てみた。家には『古明地さとり』『古明地こいし』と書かれた立札がかけられていた。知らない名前だ。

 

 



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