忘却の奇想曲 (津梨つな)
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始まり

 

 

 俺達幼馴染はずっと一緒で、ずっと一つだった。隠し事も無く、気兼ねもしない居心地の良い場所。

 …少なくとも、俺はそう思っていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「……ねえってば!聞いてるの?タカくんっ!」

 

「…えっ?」

 

「またボーっとしちゃってさ、何か考え事??」

 

「あぁ、わりぃなひまり。」

 

 

 

 俺の名前は菊池(きくち)高志(たかし)。特に特徴もない平凡なただの男子高校生ってやつさ。今は大学受験に向けて、真面目に勉学に勤しんでいたって訳だ。

 そんで、話しかけてきたこのピンク髪はひまり…上原(うえはら)ひまり。…中学の頃から付き合っている間柄でありながら、親同士が親しい幼馴染の関係でもある。…で、実はその幼馴染、俺を含めて五人も居るんだ。本当は六人居たんだけど、色々あって今は五人だ。

 ま、ひまり以外の幼馴染については追々語っていこうと思う。

 

 

 

「で、何の話してたっけ?」

 

「だーかーらっ!(ともえ)と遊びに行く場所、何処にするかって話!!」

 

「あぁ…そうだったな。」

 

 

 

 両手をばたばたしつつ声を荒げるひまり。…こんな風に少々感情やリアクションがオーバー過ぎるというか子供っぽい一面がある奴だけど、何だかんだで可愛らしいと思えてしまう。そんな奴だから、ここまで付き合ってこれたんだと思う。

 

 

 

「よしよし、悪かったな。んじゃ、ちゃっちゃと決めちまおうぜ。」

 

「んぅ。……そーやって撫でれば大人しくなると思ってるでしょ?」

 

「違うのか?」

 

「………んーもっとやって!!」

 

「ははっ、よーしよしよしよし」

 

 

 

 ムツゴ〇ウさんばりにその髪を撫でまわしてやる。サラサラの髪の隙間から覗くルビーのような()()()()()()()()()()も、ムッとしたような口元も全てが愛おしい。

 俺達は、こうして毎日を一緒に過ごしてきたんだ。

 

 

 

「…まぁこんなもんでいいだろ。遊びに行くったって、ひまりの方で候補とかあるのか?」

 

「うーん…あ、私は、タカくんと一緒だったら別にどこでもいーんだけどさー。」

 

「そりゃ嬉しいけど、巴にそのまま伝える気か?」

 

「…だめかな。」

 

「ダメじゃねえけど…」

 

 

 

 あいつの苦笑する顔が浮かぶわな。

 巴―――宇田川(うだがわ)(ともえ)は、俺達幼馴染衆の中で「頼れる姐さん」ポジションに就いている奴だ。正直なところ、本当に同い年なのか怪しいくらい落ち着いているし、面倒見が良すぎる。俺とひまり…あと一人、困った奴が居るんだが、その三人を纏めて世話しちまうほどだ。

 背も高いし赤い髪はクールだし、イケメンを体現してるんだよなぁ…。

 

 

 

「ま、そのまま笑われるのも癪だしある程度は決めとこう。」

 

「そうだね。……………あ!」

 

「ん。」

 

 

 

 スマホをタタタッと弄るひまりが声を上げる。覗いた画面には、"生け花 展覧会"の文字が。

 

 

 

「…あいつが生け花ってガラかよ。」

 

「えぇー?でもでも、絶対面白いと思うなー。…ほら、体験もできるみたいだよ?」

 

「そりゃお前がやりたいだけだろ…。」

 

 

 

 巴は大人しい割に"趣"だの"詫び錆び"ってのはホント駄目だからな…。あいつ曰く「アタシはロックに生きてんだよ!」らしいし、そんなロックンロール主義者を純和風の空間に連れて行くのもなぁ。巴の事だから嫌がりはしないだろうけど、幼馴染程気心の知れた仲でそれをやらかすのは少々申し訳ない。

 逆にひまりは、"華道"だ"茶道"だと和の世界を愛しすぎてるからな。普段の服装は矢鱈とパンクな癖に、ホント何なんだろう。

 

 

 

「じゃあもうタカくんが決めて!!」

 

「えぇ……?…なんだろうな、ゲーセンとか?」

 

「それだけを目的に出歩きたくないよ…。もっとこう、休みじゃないと行けないとこ!みたいなさぁ。」

 

「そんなこと言われても……ああもう。じゃあ巴も交えて話そうぜ?結局行くのは三人なんだから。」

 

「…それもそうだね。じゃあ、あたしの方から連絡しとくね??」

 

「………()たし?」

 

「え?……私、何か変な事言った??」

 

「……いや。まぁ、連絡は任せた。もうスマホ触るのもめんどい。」

 

「もー……。」

 

 

 

 おかしいな。確かに「あたし」って聞こえた気がしたんだが。…まぁ、「わ」も「あ」も近い音だし、聞き間違いだろうな。

 この幼馴染連中、ややこしいことに一人称が少しずつ違う。ひまりは「私」で巴は「アタシ」。一文字の違いではあるけど、それが四人分集まると……個性が出てていいっちゃいいんだけどさ。

 俺は、何やらポチポチとメッセージを作り始めるひまりを尻目に、俺なりの遊び場所を連想することで時間を潰すことにした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

ポーン……

 

「お、きたな。」

 

 

 

 来客を告げるチャイムの音にパチパチとインターホンのモニターを操作する…と映し出される、深紅の髪を肩のあたりで切り揃えた見慣れた顔。相変わらずカメラの位置が分からないのか、目線がやや上を向いていて面白いことになっている。

 

 

 

『タカー、いるかー?』

 

「おーう、そのまま上がっちゃってくれぃ。」

 

『おう。』

 

 

 

 短い会話の後、ガチャンと玄関が開かれる音…数秒の間を置いて、トトトッと軽い足取りがフローリングを叩く音が近づいてきた。

 …どうしてあいつはいつも小走りなんだ。

 

 

 

カチャァ

 

「おっすー。」

 

「よっすー巴ー。」

 

「いらっしゃい!とーもえっ!…きゃっ!?」

 

 

 

ボフッ

 

 まるで自分の部屋であるかのようにベッドに倒れ込む巴。道連れにされたのはひまりだ。

 暫くそのままモゾモゾと蠢いているあたり、つくづく大型犬を連想させる女よ…。…うわ、めっちゃ耳舐めてる…。

 

 

 

「おい巴、人の彼女寝取んなよ?」

 

「…ぷはぁ!…アタシ女だぞ?心配の仕方がおかしーだろ。」

 

「人ん家来ていきなり女の子押し倒すような奴に何の心配もしない方がおかしーだろ。」

 

 

 

 近づき、ベッドの上で息も絶え絶えになっているひまりを抱き起こす。顔は赤く、服もかなり乱れているあたり、見ようによっては情事を連想しなくもない。

 抱き寄せると荒い息のままどこか遠くを見るような顔で…

 

 

 

「一体何をどうしたらこうなるんだ…?」

 

「それはな、右手は背中で左手が胸だろ?それで耳元で」

 

「言わんでいい。」

 

「へへっ、態々言わなくてもタカなら分かってることだもんなぁ。」

 

 

 

 正直感覚としては、クラスの男友達とライトな下ネタトークを繰り広げている雰囲気に近い。それが俺と巴の、いつも通りの関係だった。…だったのだが、

 

 

 

「どうしてくれんだ、巴。」

 

「仕方が無かったんだ…ひまりが可愛くてつい。」

 

「そこは……まあ否定しないが。」

 

 

 

 それでも、ひまりをダウンさせるのは流石にやり過ぎだ。体もピクピク痙攣してんじゃねえか。…ほんとに、どうしたら一瞬で此処までになるのか後で訊いてみたいもんだ。

 

 

 

「…んで?遊びに行くとこ、決まらないんだって?」

 

「それな。」

 

 

 

 どこから取り出したのか紙パックの黒酢をストローでチューチューと吸い上げながら胡坐をかく巴。オッサンか。

 

 

 

「急に遊びに行くっつったって難しいんだぜ?…ひまりはともかく、俺はそもそも外出が好きじゃねえんだから。」

 

「だからだろーが。タカ、お前もう少し日光浴びなきゃもやしになっちゃうぞ。」

 

「ならねえわ。…だから、さっきもゲーセンとか提案したんだけど、コイツは却下だって。」

 

「ゲーセンは無いわ。」

 

「うっせえ。」

 

 

 

 未だ腕の中でぐったりしている恋人にキツイ視線を送るも、それが気にならないほどには惚けているようだった。

 

 

 

「…どのみち、ひまりがこんな状態じゃ決めるもんも決まんねえよな。」

 

「……やり過ぎたかぁ。」

 

「お前、もうスキンシップ禁止な。」

 

「えぇー。」

 

 

 

 えーじゃない。

 …結局それから巴としょーもない話をして待つこと数分、突然「ふぁっ」という奇妙な鳴き声と共に正気に戻ったひまりだった。

 

 

 

「うっし、じゃあ仕切り直しな。…巴的には、どういうトコ考えてた?」

 

「んー…。タカは屋外嫌がるし、ひまりはやたらと和に拘るし…映画館とか?」

 

 

 

 映画館って…。ただ暗い中デカい画面で映像を見るだけじゃないかと、率直に時間の無駄だと思った。

 代わりの利くものは、楽な方に代用していけばいい。家で出来ることは家で済ませばいいのだ。

 

 

 

「家で見りゃいいだろ。」

 

「バッカだな、映画館で見るからいいんじゃんかぁ!」

 

「ッ!!」

 

 

 

 何だ今の感覚は。何気なく巴が放った言葉に、一瞬頭の中で何かが弾ける様な錯覚を覚えた。続いて脳の前の方にズキリと鈍い感覚。

 まるでスクリーンに上映される風景を見せられるように、靄が掛かった視界に何かが映し出される――

 

 

 

* ** *

 

「何言ってるの?映画っていうのはね、映画館でみるからこそいいんだよっ!」

 

* ** *

 

 

 

「……ぁ…あ…。」

 

「…どうした?タカ。」

 

「タカくん?顔色悪いよ??大丈夫??」

 

 

 

 心配して覗き込んでくるひまりと巴。今のは何だったんだろうか。今の光景は…ひまりの…。

 

 

 

「あぁいや、ごめんな。…巴、今のってひまりが前に言ってた言葉の受け売りだろ??」

 

「……あ?ひまりの?」

 

「あ、私…そんなこと言ったっけ??」

 

「…あれは確か……いや、気のせいかもな。」

 

 

 

 確かに俺はこの会話をひまりとしたことがある。記憶に関してはある事情のせいで不鮮明ではあるが、それでも感覚として、その言葉をひまりの口から聞いた気がしたんだ。

 …じゃあ何故ひまりは覚えていない?本当に俺の気のせいなのか?

 

 

 

「…お前、本当にどうしたんだよ…。遊びに行くのやめようか?」

 

「いや、大丈夫。ちょっと変な事を()()()()()だけだ。」

 

「……タカくん、何を思い出したの?」

 

「いや、まぁどうでもいいじゃんか…」

 

「どうもでよくなんかない!!」

 

 

 

 …びっくりした。未だ且つてひまりがここまで激昂することがあったろうか。ずっとふわふわと笑っている印象しか無かった彼女だが、今はその()()()()()()()瞳を見開き真剣な表情で見つめてくる。

 射貫くような視線に思わず体を委縮させてしまいそうになったが、そんなことよりも一つ気になったことがある。

 

 

 

「……今までどうして気付かなかったんだ。」

 

「…何?」

 

「……お前のその目。」

 

「………っ!!」

 

 

 

 おかしいな。俺は今まで何を見ていた?何を聴いて、何に触れてきたんだ?だって俺はこんなにもひまりを愛しているし、幼馴染の連中だって皆……死んだアイツを除けば今でも一緒に仲良くつるんで…。

 …いや、でもこんな事ってあるか。ずっと見つめていた愛しい双眸の変化に、今になって気付くなんて。

 

 

 

 

 

「ひまり。お前の瞳……ずっとその色だったか?」

 

 

 

 

 




短めのお話になりますがどうぞ宜しくお願い致します。
衝動に任せて書く為、更新は不定期になります。

ややこしい設定と遠回しな演出が続きますが、お付き合いいただけますと幸いです。


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