Angel Beats!-Atonement for you- (柑橘類さん)
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EPISODE1 Encounter

遊佐さんをメインにしたお話を書いてみました。拙い文章ですが、よろしくお願いします。


目が覚める。最初に感じたのは、

 

「ここはどこだ?」

 

だった。それはそのはずだ。何故なら、俺はこんな所を見た記憶もなく、来た記憶もない。いや、まてよ?俺は誰なんだ?........あぁ、そうだった。俺の名は佐野龍也(さのたつや)だ。よし、とりあえず自分の名前は思い出せたな。しかし、それだけしかわからない。どこ出身でいつ生まれたのか等名前以外の記憶は1つも思い出せない。これは、記憶喪失なのか?自分のことを考えていたら1人の女に声をかけられた。

 

「貴方は人間ですか?」

 

俺は声のする方に身体を向けた。そこには、まるでキラキラと輝く黄金の財宝を見つけたかのように金色の長い髪をツインテールにして左耳に妙な機械をつけており、絶対感情を表さないと言いそうなほど無表情な女がいた。俺はそいつのあまりにも違う何かを感じ取り、しばらく見つめていた。それは向こうも同じだった。一言発してから何も言わない。............どれくらい沈黙が続いたのか分からない。このままでは拉致が開かないと思い、俺は返答した。

 

「あぁ、人間だ」

「そうですか。では、生前の記憶はありますか?」

「生前の記憶?悪いが俺は名前以外の記憶は一切分からん」

「なるほど。では、よく聞いてください。貴方は死んでしまったのですよ」

「........は?」

 

ちょっと待て。見知らぬ女にいきなり死んでるなんて言われて納得できる奴がいるのか!?ましてや俺は記憶喪失だぞ!というか、今こうしていること自体生きている証拠じゃないか!

 

「何言ってんだ?こうして生きてるじゃないか」

「ここは死後の世界です。貴方が死んだことでこの世界に来たのです」

 

あぁ、なるほど。そういうことか。なら、本当に死んでるなら不老不死なのではないか?よし、やってみるか。

 

「おい、お前はナイフみたいなのを持っているか?」

「いえ、持っていません」

「そうか、しゃーない。ちょっとこの建物の屋上への行き方を教えてくれよ」

 

そうして、俺は金髪女に屋上を案内してもらった。屋上に着くと、思いの外風が強くそして高かった。

 

「本当に俺は死んでいるんだな?」

「はい」

「じゃあ、その証明をするからお前は見てくれ」

「はい」

「.......じゃあな」

 

そして、俺は飛び降りた。落下する時、全身に風が当たり何だかよく分からない感覚になっていた。そのまま、地面に激突した。

 

 

************

 

「.......は.....ど...だ!」

「........だと、.......ない」

「じゃあ................とかは?」

「それもう、..........ないじゃない」

「やっぱフジツボ戦線だって!」

「気持ち悪いだろ!」

「グハッ!」

「やっぱ元に戻す!死んだ世界戦線よ!」

 

徐々に意識がはっきりとしてきた。目を開ける。そこは最初と同じように上を見ていた。しかし、最初と違ってここは建物の中みたいだ。そして、さっき出会った女もいた。何故か俺の真上にある。この状況、膝枕してくれているのか。膝枕なんて初めてだ。すごく安心するような優しい感じがする。とりあえず、身体を起こした。

 

「う、くぁ〜」

「あ、その人起きたみたいだよ」

「お目覚めね。貴方、自分が何したか覚えてる?」

「あぁ、この女に死んでいるなんて言われたからそれを証明しようと屋上から飛び降りた」

「マジか!普通は驚いたりするんじゃないのか!?」

「こいつは、変わったやつだな〜」

「アホなのかもしれないな」

「貴方たちも言えないでしょ?」

 

目を覚まして周りを見てみるといろんな奴がいた。紫っぽい髪色の女。チャラそうな青髪男。赤髪の男等個性豊かな奴が沢山いた。

 

「ここはどこだ?俺はサーカスにでも出るのか?」

「何言ってるのよ?ここは死後の世界よって遊佐さんから聞いたから飛び降りたのよね」

「あぁ、納得した。俺は確かに飛び降りて死んだはずだ。ここが死後の世界なら死という存在すらないと思っていたからな」

「なるほど。貴方あたしと同じ勘が鋭いわね」

「喜んでいいのかよく分からないな」

「まぁ、そんなことは置いといて。貴方、名前は?」

「佐野龍也」

「佐野くんね。生前の記憶は?」

「名前以外はサッパリだ」

「なるほど、記憶喪失か。安心して、そのうち思い出してくるから」

「どういう意味だ?」

「この世界で記憶喪失になってる人は時間が経てば思い出すし、きっかけがあったりしても思い出したりするのよ」

「ふーん」

「さぁ、こっちの質問は終わり。佐野くんはある?」

「俺か?そうだな」

 

俺はもう一度周りを見た。そこであることに気がつく。

 

「なぁ、お前たちは一体何なんだ?戦線とか言ってたが何かと戦っているのか?」

「あたしたちは、死んだ世界戦線よ。この世界を作った神を滅ぼし、支配することよ」

「神?支配?」

 

益々混乱してきた。何なんだここは死後の世界なんだよな?ということは、一種の天国みたいなそういうものではないのか?それに、神がいる?どういうことだ?頭の整理が追いつかない。

 

「ここはね、生前過酷な人生を過ごし、ありふれた学園生活さえ送れなかった若者の魂が行き着く場所なの。人の死は無差別に起きるものだった。だがら抗いようがなかった。でもここは違うわ。抗えばいつまでも存在し続けられるのよ」

「抗う?何に対してなんだ?」

「さっきも言った神と天使よ」

 

紫髪の女が淡々とこの世界のシステム等を話してくれた。要は、ここは理不尽な人生を送った奴が来て新たな人生を歩む場という感じか。

 

「なるほど。ここは天国みたいなやつではないんだな」

「さぁ?それは人それぞれね」

「ある程度はわかった。他にも質問をしていいか?」

「知っている範囲なら」

 

その後も質問した。何故抗っているのか。それは、何もしなければ神の使いである天使に消されるらしい。消されるくらいならこの世界を支配していきたいらしい。他にも、死ぬことはできないが、死ぬ痛みを味わうことができるや怪我等をしても次の日には必ず治っている。精神病等もならないらしい。自分にとってマイナスなことは起こらない。歳も取らない。記憶があるものなら土塊から作り出すことはできる。確かに歪な世界ではあると思う。しかし、これは捉え方によっては自由な暮らしが出来るのではないか?俺はひたすら考えた。

 

「さて、佐野くん。ここからはよく聞きなさい」

「あ、あぁ」

「あたしたちは神に抗っている。天使に消されないために戦線を立ち上げた。だから、入隊してくれない?」

 

俺は、とんでもない場所に来たんだな。確かに何もせずに天使に消されるのは嫌だな。なら、必然的にこっちの方がいいか。

 

「あぁ、入隊するよ」

「賢明な判断ね。あ、そうそうまだ名前を言ってなかったわね。あたしはゆり」

 

そうして、ゆりは手を出し、俺も手を出して握手した。

 

「他のメンバーも紹介しましょうか。まず、このチャラそうな見た目の人が日向くん。やる時はたまにやってくれるわ」

「よろしくな.....て!音無のときと同じ紹介じゃねーか!」

「でもその通りじゃない」

「違いますから〜!!」

 

何だかよく分からないが日向はテンションが高い奴ということにする。

 

「はいはい。で、こっちの特徴がないのが特徴の大山くん」

「ようこそ戦線へ」

 

中性的な顔をした男が大山。というか、特徴がないのが特徴て日向と同じくらい酷い紹介だな。

 

「この目が鋭い人が藤巻くん」

「藤巻だ........よろしくな」

「あれ?お前音無のときはもっと強気じゃなかったか?」

「い、いや、何かコイツには逆らっちゃいけねぇような気がしてよ」

 

何だか逆に俺は藤巻に悪い印象を与えてしまったみたいだ。

 

「すまない」

「え、いや!お前が謝ることじゃねぇ!とにかく!仲良くしてくれ!」

「あ、あぁ」

「次いくぞー。あのハルバートを持ってる人が野田くん」

「フン!」

 

この大きな武器を振り回しているのが野田か。一番覚えやすいかも。

 

「で、この図体が大きい人が松下くん。みんな、柔道五段だから『松下五段』って呼んでいるわ」

「よろしくな」

 

確かに松下五段、相当でかいな。俺も一般的な身長だと思ってたが、それを遥かに凌ぐ大きさだ。

 

「Come on! let's dance!! ho---!!!」

「うぉ、あ〜えっと、踊らないけど.....」

「この人なりの挨拶よ。彼はTKよ」

「TK?イニシャルか何かか?それともあだ名か?」

「いいえ、とにかく狂ってるからTKよ」

 

何て可哀想な名前なんだ。まぁ、それはいいとして、こいつ海外出身なのか?かなりネイティブな発音だな。にしても、こいつもでかいな。

 

「あそこの眼鏡をかけているのが高松くん。知的そうに見えて実はバカよ」

「よろしくお願いします」

 

眼鏡をクイっとしていていかにもガリ勉キャラに見えるが、俺には分かる。こいつ、着痩せするタイプなんだと。

 

「で、影であさはかなりと言っているのが椎名さん」

「あさはかなり」

 

この椎名って奴、ものすごく戦闘に向いた感じがするな。敵になって欲しくないタイプだな。

 

「彼女は岩沢さん。見ての通り、バンドのリーダーよ」

「よろしく」

「バンド?ここにはそんなものまであるのか」

「えぇそうよ。彼女の活躍は後で分かると思うわ」

 

薔薇に近い色の髪の女が岩沢。見た目はすごく男勝りな感じがしてクールに見える。

 

「あと、日向くんの隣にいるのが音無くん。彼も記憶がないから同じね」

「音無だ。記憶がない同士仲良くしてくれ」

「こちらこそ、よろしく」

 

音無か。すごい名前だな。

 

「で、貴方が初めて会った人が遊佐さん。あたしたちの通信使よ」

「遊佐です。よろしくお願いします」

 

そういえば、こいつの名前を聞いていなかったな。遊佐は頭を少しだけ下げていた。俺は思う。こいつも普通の人とは違う何かを持っている。いや、変な雰囲気という方が正しいか。まるで幽霊か何かそんな気もする。よく分からない。俺はただ遊佐を見つめていた。

 

「............」

「............」

「貴方たち、いつまで見つめ合ってるつもり?」

「あぁ、すまない」

「もしかして、遊佐さんに気があるの?それとも、タイプとか?」

「さぁな。そう言った感情は全く分からん。だが、不思議と嫌な気分にはならなかった」

「へぇ〜」

 

その後、ここのルール等も教えてもらい、ある程度終わるとゆりがこう言った。

 

「佐野くんの力量を測りたいわ。だから、椎名さんと戦ってみて」

「おいおいゆりっぺ!いくらなんでも椎名はダメだろ!」

「大丈夫よ。あたしの勘がそう言ってるから」

「ったく、どうなってもしらねぇぞ?いいのか、佐野?」

「え、あぁそういうことなら別に構わない。」

 

突然椎名と戦うことになった。ということで戦線メンバー全員がグラウンドに集まった。

 

「勝敗は相手を降参させるか、トドメをさせる状況になった時と戦闘続行不可能とみなした場合ね。武器はこの中から選んで」

 

武器の中には刀、拳銃、ナイフなど多種多様だった。俺は、拳銃とナイフを選んだ。

 

「あら?それだけ?」

「武器が多いと迷いが生じやすくなる。それに、動きづらくなるしな」

「ふーん、貴方、戦闘経験がありそうね」

 

確かに、なぜ俺はこんなことが分かるんだ?もしかすると、そういった記憶があるのかもしれない。そして、そのままグラウンドで椎名と対峙する。

 

「では、初め!」

 

ゆりの合図で始まった。

俺は椎名の様子を伺った。椎名は先手必勝と思い正面に来た。そのスピードは速い。尋常じゃない速さだ。普通なら恐ろしいと感じたりするが俺は何も思わない。なぜなら、戦闘で一番大事なのは平常心だ。平常心は瞬時にその場の適切な判断ができる。そのまま俺は椎名を見た。そして、俺のそばに近づいた時、下に何かを投げた。

 

パンッ!

それは、瞬く間に視界が悪くなった。

 

「(煙玉か!)」

「(なるほど。すげー身体能力を生かした方法だが、あまりにも単純すぎる。この場合、狙うとしたら)」

カキィィン!!

「!?」

「やっぱりな。死角である後ろからか」

「クッ!」

 

椎名はすぐに距離を取った。そうして、煙が晴れた。俺たちはただ立っていた。

 

「お前、なぜ私の動きが読めた?」

「簡単なことだ」

「まず、お前の動きが単純だったこと。これは戦闘経験が豊富な奴ならできる。そして、一番は俺の直感だ」

 

椎名は首を傾げた。まぁ、そうだよな。直感なんて分からないもんだよな。けど、これはすごく便利なことなんだぞ。そして、椎名はクナイを持ち出して動き出した。単純な身体能力なら椎名の方が圧倒的に有利だ。さぁ、どう出る?

 

「ッ!ふっ!」

 

椎名は左右に動いてクナイを投げた。俺はそれを避けたがその隙に椎名がそばに来ていた。そして、もう一本のクナイを持っていた。これはまずいが、仕方ない。俺は覚悟を決めた。そして、

 

ザシュッ!

「くっ!うっ!!」

 

左腕にクナイが刺さった。だが、これは好奇だ。今椎名はクナイに集中している。油断している証拠だ!そのまま俺は椎名を押し倒すようにした。椎名は驚いていたが、俺は馬乗りになってナイフを首に当てた。

 

「チェックメイトだ」

 

こうして、戦闘が終わった。

 

*********

 

あの後、みんなから騒がれた。椎名に勝てる奴がいるとは思わなかったらしい。そんな中、ゆりが質問に来た。

 

「貴方、記憶がないのによくあんなことができたわね」

「あー何だろうな。お前が最初に言ってたきっかけかもしれないな」

 

確かに、俺は戦闘に慣れているようだった。これが記憶が戻るという感覚なのか。不思議な感じだな。

 

それからは、みんな自由に行動していた。俺も今日は疲れていたから自分の部屋と思われる場所で寝ることにした。しかし.......

 

「何でお前がいるんだよ」

「ゆりっぺさんからの命令なので」

「何の命令なんだよ?」

「記憶がない方は常に戦線メンバーと行動を共にしなければなりません。現在、男性陣は誰も空いていませんので、私になりました」

「なるほど。そういことなら分かる。が、ここは男子寮なんだ。女の子が入っちゃいけませんよ」

「別に、私は気にしていませんので」

「いや、お前が気にならなくても周りの男子たちが気になるだろ?」

「戦線メンバー以外は私の存在に気づかせないのでご安心ください」

「はぁ、もういいか。あくまで命令だからか。なら仕方ない」

 

ゆりの命令には絶対的な感じなのだろうか?何を言っても無駄だった。とりあえず、寝ることにしよう。そして、俺は二段ベッドの上の方に寝ようとした。しかし......

 

「お前さ、下で寝ようと思ってないのか?」

「私は上の方が落ち着きますので」

「俺も上がいいんだけど.........一緒に寝るか?」

「嫌です」

「即答かよ」

「はい」

「.................」

「...........わかったわかった。下で寝るよ」

 

遊佐の威圧感に耐えられなくなり、下で寝ることにした。

 

「じゃ、お休み」

「はい。お休みなさい」

 

そして、一日が終わる。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はキャラ紹介的な感じになりました。また、戦闘描写はとても難しかったです。色々とよく分からない点が多いかもしれませんが、次回もお楽しみにしてください!
また、感想等をくださると嬉しいです。


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EPISODE2 Peaceful daily life

今回は、戦線での日常をイメージして作成しました。また、遊佐さんの特技みたいなのを独自で取り入れてみました。原作のイメージが崩壊しているかもしれませんが、それでも良いという方は、読んでみてください。


朝の5時、俺は目が覚めた。なぜ目が覚めたのかは、分からない。もしかすると、生前の記憶による動作か何かなのか?自分らしくないこの感覚、非常に不気味だな。早く記憶を戻したいと思う。

 

「おはようございます」

 

遊佐が起きた。その服装はジャージだった。何だかよく分からないがショックを受けている自分がいる。何故だ?異性の寝起きの服装には何か惹かれるところがあるのか?確かに、遊佐自身、かなりの美人であるはずだ。綺麗な黄金の髪、冷たい雪女のように艶やかさがある白い肌、キリッとした目と俺が思う中で1番だと思う。あ、見かけによらず胸もデカいよな。

 

「佐野さん?何故私を凝視しているのですか?」

「ん?あぁ、悪い悪い。何か見ててたわ。そうだ、おはよう」

「はい、おはようございます。今朝のご気分は如何ですか?」

「ん〜?どうだろうな、俺自身、すっげ〜気持ち悪いんだが」

「ご病気になったのですか?」

「いや、そういうのじゃないんだ。単純に、記憶がないのに自然とこの時間に起きれるのは何だか俺らしくないと思って不気味と感じるんだ」

「なるほど。では、早く記憶を戻してください」

「戻す方法があるのか?」

「自然と戻るのが方法です」

「っだよ!それって運任せみたいなやつじゃねーか!」

 

あまりのバッサリとした答えに怒ってしまったが、以前にゆりも同じようなことを言ってたのを思い出した。自然に戻るねぇ〜、考えても仕方ねーな。腹減ったし、何か食ってくるか。

 

「なぁ、ここって飯を食える場所みたいなのはあるか?」

「ありますよ。この寮を出て直ぐそばに大きな食堂がありますので。基本的には、そこで食事を取っています」

「食堂か。ここが死後の世界なのか疑いたくなるな」

「私たちは死にませんし、病みません。しかし、お腹が空いたり睡眠を取りたくなったりと普通の人間らしいところもあります。なので、ある意味では、この世界を天国と呼ぶこともできます」

「なるほどな。都合の悪いことだけは起きず、かといって人間味がないのは可笑しいからある程度は、ということか」

 

確かに、腹が減っていることは何の不思議にも思わなかったが、俺は死んでいるんだった。死人と聞くと、飲まず食わずで生きていける不老不死に近いものだと思っていた。だが、怪我はする。しかし、昨日椎名にやられた左手は完治している。そこはすごく変と感じた。多少は生前の人間らしいところを表しているからなのか?本当にこの世界は歪だな。

 

「よし、とりあえず腹減ったからその食堂に案内してくれよ」

「食堂は6時半からなので今は閉まっていますよ」

 

は?マジか。てことは、後1時間以上待たないといけないのか。

 

「24時間営業みたいなやつじゃないのか?」

「NPCは私たちと違って生前の記憶がないのが大きいですが、その他は同じような生活をしているのですよ?24時間営業なんて寝不足で倒れるのが目に見えませんか?」

「まぁ、確かにそうだな。作られた世界のなのに現実らしいところがあったりなかったりで益々気味が悪いな」

「なので、この時間は基本的に誰も起きていませんよ。精々6時くらいですね」

 

といっても、何もしないのは嫌だな。何かするとしてもどうするか......。

 

ズキッ!!

「うっ!頭が!いってー!お、おい!これは何なんだ!?」

「それは、記憶が戻る前兆です。我慢してください」

「っち!ぐぁぁ〜!いって〜〜なぁぁぁ〜!!」

 

突如俺の頭に来た痛み。それはもう、鋼鉄のハンマーで叩かれたようなとにかく痛かった。しばらくその状態が続き、そこでぼんやりとだが何かが見えた。

 

「(何だ?あれは??)」

「(俺だ。走ってる?)」

 

**********

 

『おぉ、よく帰ってきたね』

『あぁ』

『少しは感情を表してみてはどうだい?』

『悪いが、どんなときにどんな感情を出せばいいか知らないんだ。だから無でいる』

『なるほどね。お前は本当に僕にそっくりだ.......』

『何のことだがな』

『お前は..............』

 

**********

 

そこで、見えなくなった。あれは、もしかして俺の記憶なのか?だとしたら、ゆりの言った通りきっかけ等で戻るんだな。いつの間にか、激しい頭痛も無くなっていた。

 

「何か思い出しましたか?」

「あぁ、俺は生前朝早くからランニングをしていたらしい」

「他に思い出したことはありますか?」

「いや、それ以外はサッパリだ」

「なるほど。では、そのランニングをしてみては如何でしょう?」

「あぁ、とりあえず食堂が開くまでは走っとくわ」

「私も行きます」

「お前は関係ねーから寝てろ」

「いえ、貴方の監視もゆりっぺさんから言われていますので」

「そうだった......はぁ、分かった。それじゃ、着替えるからあっち向いてくれ」

「嫌です」

「何故?」

「それでは監視が出来ませんので」

「いや、昨日寝る前と同じことだが、男の裸を見るのは嫌だろ?」

「ご心配無用です」

「はぁ、もういいや。着替えるわ」

 

どんだけゆりの命令に忠実なんだよ。これはもう、機械みたいだな。

 

「お前、機械みたいだな」

「........どういう意味ですか?」

 

おっと、つい声に出たみたいだ。仕方ない、素直に言うか。

 

「そのまんまだよ。ゆりの命令に忠実で、無表情だし、感情を持たない機械女みたいだと思ったんだよ」

「........佐野さん」

「何だ?」

「私も歴とした人間です。機械女というのはあまりにも失礼ではないかと思いませんか?」

「...........」

 

何だかよく分からないが、遊佐の雰囲気が変わった。こいつは表情等には出してないが、俺の直感が告げてる。本気で怒ってると。まぁ、誰だって人間を否定されるようなことを言われるのは嫌だよな。これは撤回しないとな。

 

「すまん、軽率だった。確かにお前はこうしてここにいるもんな。立派な人間だ」

「........はい、気をつけてください」

「あぁ。じゃ、グラウンドに行くぞ」

「はい」

 

そして、俺たちは外に出て俺はランニングを始め、遊佐はその観察をしていた。

 

「ハッ!ハァーッ!ハッ!」

 

自分の持久力が分からないからひたすら感覚で走る。さっきの生前の記憶が戻るみたいな変化は起きなかった。ただ走り続ける。そして、食堂が開く時間まで走り続けた。終えてから俺は意外と持久力があるんだと気づいた。やはり、俺は生前に何か武術に長けていたのかもしれない。昨日の椎名との戦闘、あれは自然と動けた。もしかして、暗殺者とかそういうのか?だとしたら、理解できるな。いや、俺の知らない何かの可能性もある。まぁ、まだ自分の生前が何だったかはもっと思い出してからだな。

 

************

 

ランニングを終え、シャワーを浴びたりしてから遊佐と一緒に食堂へ行った。そこは、ものすごい広さだった。

 

「何だこの広さは」

「この学校は寮で暮らす生徒が殆どを占めていますので、全生徒が入れるくらいの広さになっています」

「ここの生徒は何人くらいなんだ?」

「それは私にも分かりません。少なくとも千は超えているでしょう」

「だろうな。下手したらそこら辺のフードコートより広いな」

 

俺はとにかく驚いていた。私立の高校でもここまで広いのは見たことない。正にマンモス校という名に相応しいと感じた。

 

「〜〜なので.......佐野さん?」

「.....ん?あぁ、悪い。何だ?」

「先程私が申し上げたことを聞いていましたか?」

「いや、あまりにここが凄かったから馬耳東風だったわ」

「......仕方ありませんね。もう一度申し上げますよ。ここの食堂は基本的にそこの券売機で自分の食べたい料理を選び、発券します。発券の際には、お金が必要です」

「ん?待てよ。戦線のルールじゃ、金を使うのは禁止じゃなかったのか?」

「それをこれから申します。戦線のメンバーは夜にトルネードというオペレーションを行います」

 

トルネード、オペレーション、名前だけだと天使を吹き飛ばす方法か何かなのかと思う。しかし、今までの話だと、食事に関する内容にそのトルネードとやらは関わっているらしい。

 

「このトルネードというのは、簡単に申しますと『生徒から食券を巻き上げる』です」

「なんだそりゃ。ただの嫌がらせじゃねーか」

「この伝え方だとそう感じます。しかし、私たちは食券を貰う代わりにライブを行っています」

「ライブ?もしかして、あの赤髪の岩沢とかいう奴がやってるライブのことか?」

「はい。岩沢さんはバンドを結成しています。その名も『Girls Dead Monster』通称ガルデモです」

「Girls Dead Monsterか。カッコいい名前だな」

「ガルデモの魅力と活躍はここで説明しても良いのですが、説明よりも直接見てもらった方が分かりやすいので、敢えて教えません」

「まぁ、別にいいけど」

「はい。ご自分の目で見てください」

「分かったよ.....ていうか、話が逸れているな」

「そうですね。ここの説明でしたね」

「あぁ、待てよ?おれはトルネードの時に食券を手に入れていない。ということは、次のトルネードまでは何も食べれないということか?ここって餓死はするのか?」

「します。ご心配いりません。貴方はここに来たばかりなので次のトルネードまでは私の食券を譲ります」

「助かる。自給自足でも良かったが、あれは色々と準備しないといけないよな」

「生前にその経験があるのですか?」

「ん?あーそうだな。まだ俺が小学生の頃だったな。あの頃は............待て、これ、記憶が戻ってるな」

 

いつの間にか、新しい生前の記憶が戻っていた。今度は、戻る前兆みたいなのは無かった。寧ろ、元から知っていたようであった。何だこの違和感。俺は、何故ここに来たのか自問自答したくなる。しかし、それは記憶が戻ってからでないと意味がない。なので、忘れることにする。

 

「遊佐、記憶の戻り方はこんな感じなのか?」

「私は最初から記憶があったので戻るというのがどんな感じなのか分かりません」

 

そうだった。記憶がないのって、俺と音無だったな。あいつも何か思い出したかどうか訊いてみるか。それよりも、

 

「腹が減ったな。というわけで、何かくれないか?」

「普通に渡しても面白くないので、ゲーム感覚にしてみませんか?」

「いいだろう。具体的にはどうするんだ?」

 

そう言って遊佐は4枚の食券を裏返して机の上に置いた。

 

「この中には、朝食セットA、カツ丼、卵かけご飯、ミックスグリルの4種類の食券があります。それを裏返して選んでもらいます」

「つまり、当たり外れのあるゲームか。朝食セットAと卵かけご飯は朝にピッタリだが、カツ丼とミックスグリルは胃がもたれるな」

「因みに、私はこのブレックファーストAにしますので」

「お前は参加自体しないのね」

「さぁ、選んでください」

「しゃーない、これにするか」

 

そうして、俺が選んだ食券を名前を見るとミックスグリルと書いてあった。やっちまった。

 

「はいよ。朝からこんなもの食べるなんて凄いわね。やっぱり若いからなのかしら。羨ましいわ〜。これは、おばちゃんからのサービスね。たくさん食べて今日も頑張りなさい」

 

食堂のおばちゃんがミックスグリルのライスを大盛りとソーセージを2本追加してくれた。これが、昼もしくは夜なら最高だと思ったが、朝だとここまで嫌になるとは。

 

「(これ、胃がもたれるの間違いなしだな)」

「お!佐野と遊佐じゃねーか!こっち空いてるから一緒に食べようぜ!」

 

元気な声が聞こえた。誰なのか振り返ると日向と音無が一緒に食べていた。偶々席が空いていたからか、俺たちにも声をかけてくれた。特に断る理由もなかった為、一緒に食べることにした。勿論、遊佐もついてきている。

 

「お前、朝からミックスグリルなのかよ。しかもやたらと量が多いな」

「あぁ、俺は食券が無かったから遊佐のを貰ったんだ。そしたら、遊佐がゲームを提案してまんまと外れたというわけさ」

「何か意外だな。遊佐がゆりっぺ以外のやつに自分から何かしたりするのは」

「そうなのか?」

「おー遊佐はマジで謎が多いぞ。伝達の時にはいつの間にか俺たちの部屋にいたりするし、感情が表情に出てこないとキリがないくらい謎だ。だから、珍しいなぁと思ってんだ」

「それは、喜んでいいことなのか?」

「いいんじゃねーの?遊佐がお前のどこかに惹かれるようなところがあったんだろ。自惚れてもいいぞ〜」

「........そうなのか。だが、俺も感情を上手く表せないんだ。だから、自惚れるというのが正直言ってよく分からん」

「ヘぇー何だかお前ら似たもの同士だな」

「そう見えるのか?」

「あぁ、お互い辛い生前だったんだな........」

「遊佐はその気持ちが分かるだろうが、俺は記憶がないから分からんぞ?」

「そうだったな。お前と音無は記憶がない同士だもんな」

「そうだ。音無に訊きたいことがあったんだ」

「何だ?」

 

俺は、今朝の内容を音無に伝えた。すると音無は

 

「俺はトルネードの時に名字だけを思い出したことならあるな。それ以降は何もない」

「そうか。記憶が戻るのには、何らかの仕組みがあるわけじゃないんだな」

「すまない。力になれず.....」

「気にしないでくれ。これからも、記憶無し同士、よろしくな」

「あ、あぁ」

 

俺と音無は握手をした。そこから、何故か日向が俺たちに向かって嫉妬?なのかどうかは分からなかったが、ものすごく熱く語ってきた。もしかすると、日向はこれなのだろうか?だとすると、今後は気をつけないとな。この後も4人で朝食を食べていた。どうでもいいことだが、朝からミックスグリル(ライス大盛りとソーセージ2本サービス付き)は味が絶品で割と簡単に完食できだが、食後の凄まじい胃もたれが辛かった。

 

****************

 

朝食を終え、俺がこの後は何をするか遊佐に訊くと

 

「17時にある定例会議まではご自由にお過ごし下さい。私は日頃の偵察がありますので屋上に行きます」

「了解。俺はのんびりとこの学校を観光してくるわ」

「何を言っているのですか?貴方は私の側にいなければならないのですよ?」

「.........は?お前、さっき言ったことと矛盾してるぞ。好きにしていいんだよな?何で俺はお前と一緒じゃなければならないんだよ」

「ゆりっぺさんからの命令です。詳しくは、こちらの資料をご覧ください」

 

遊佐は1枚の紙を渡してくれた。そこには、ゆりが直筆で書いたであろう内容が書いてあった。

 

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遊佐さんへ

貴方には佐野くんのパートナー兼監視をお願いするわね。

期限は、彼の記憶が全て戻るまでの間。パートナーということだから、彼にこの世界のことを教えてあげて。あと、四六時中彼の側にいること。

監視の方は、彼の行動、言動などあらゆる情報全てを1日の終わりにあたしに報告すること。どんな些細なことでもいいから彼の特徴を事細かく報告して。以上!

 

そうだ。佐野くんにこの紙を見せて最後の文を読ませてあげてね。あと、名前を書かせてあげてね。

 

 

佐野龍也は今後戦線リーダーの命令に従うことを誓う。

 

※ゆりからの約束(ここすっごく大事だからね!)

1.戦線メンバーとの喧嘩等は禁止!

2.NPCに危害を加えないこと!

3.遊佐さんの側にいること!

4.戦線メンバーとの喧嘩等は禁止!

5.日々鍛錬をして自分を磨くこと!

6.戦線メンバーと仲良くなること!

7.戦線メンバーとの喧嘩等は禁止!

 

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こんなものがあったのか。というか、1と4と7の約束は全く同じじゃないか。そんなに喧嘩等はダメなのか?なんだ?この戦線は喧嘩に何か強い恨みみたいなのがあるのか?まぁ、特に断る理由もないからさっさと書くか。

俺は、そのまま名前を書いた。そして、屋上に行くことになった。そして、俺は思った。何かやることないかと。暇だから戦線メンバーの顔と名前を覚えるようにするか。屋上に行く前に、本部へ寄った。

 

「カミモホトケモテンシモナシ」

 

扉が開き、中にはゆりがいた。

 

「あら佐野くん?何のようかしら?」

「ここに戦線メンバーの名簿みたいなのはあるか?」

「名簿?あるにはあるけど、何でそんなものがいるのよ?」

「この紙に誓ったからだ」

「あぁ、あたしが書いたやつね。もうサインしてくれたんだ」

「で、遊佐と一緒にいることになるんだが、暇になるからこうして何かやることがないか探してたんだ」

「なるほど。それで名簿ね。いいわ、ちょっと待っててね」

 

ゆりが校長席の引き出しから探してくれている。しばらくして分厚いファイルが来た。

 

「はい、これが名簿よ。名前と顔写真に所属をつけてるから覚えやすいわよ」

「助かる。しっかしかなりの量だな」

「当然よ。今じゃ戦線は大規模な組織なんだから」

「ははは、お前のリーダーシップに皆、期待と信頼しているんだな」

「.........あなた、普通にいい人ね」

「ひでーな。普通にいい人はねーだろ」

「それもそうね。じゃ、遊佐さんをよろしくね」

「??何故俺に任せるんだ?」

「勘よ勘。あたしの勘、結構当たるんだから」

「そうか。よく分からんが、任された」

「えぇ」

 

こうして、俺は本部を出て遊佐と一緒に屋上へと行った。屋上までの間、遊佐は何を話していたのかだけ聞いて俺は「お前を任された」と答えると「そうですか」と無表情のまま返答された。やっぱ、機械みたいだな。

 

「誰が機械女なのですか?」

「うぉ、お前、俺の心を読んだのか?」

「私は日々偵察をしていますので大抵の感情を読み取ることなら出来ます」

「なるほど。読心術か。便利なもんだ」

「話を逸らさないでください。誰が機械女なのですか?」

 

この後、俺はしばらくの間遊佐に説教された。感情は出ていなかったが、どこか怒っているような雰囲気があった。俺は初めて知った。女は怒ると怖い。今後は気をつけよう。

 

****************

 

遊佐と一緒に屋上に行き、偵察を始めて時間が過ぎていく。俺は、ゆりから借りた名簿を見て顔と名前を覚えようと努めていた。想像以上に人数がいて驚きもあるが、それよりも所属がかなりあることで裏方にいるやつと事細かく記載されていた。

 

「(もはや、ゲームみたいに遊び感覚じゃなくて本物の軍隊だな)」

「その通りです。戦線は、ゆりっぺさんから初め、日向さん、大山さん、チャーさん、野田さん、椎名さんの6名から現在の大きさになったのです」

「勝手に心を読むな。だが、なるほど。戦線メンバーがゆりを頼っている理由が何となく分かった気がする」

 

始めにゆりが抗ったことでそれに感化された連中がゆりの言動や行動を見て信頼に足ると判断したんだろう。あいつ、とんでもないカリスマを持ってやがるな。あいつに逆らうということは必然的にこの戦線全員が敵になるようなものだ。それも、武器や武芸に長けているやつが揃っていると思うと勝ち目がない。しかし、それでも天使を倒すことは出来ないんだよな。まだ見たことはないがこの組織が全員でかかっても勝てた試しがないんだった。俺も、1度は手合わせを願いたい。

 

「自ら天使に挑むのは危険すぎます。やるならもっと下衆で卑劣な悪役のようにするといいです」

「そうだな。精神攻撃が効くのかどうかも分からんしな。あらゆる手を使って陥れるのもありだな」

「または、天使の懐に入り込んで隙を見せるようにさせるというのもいいですね」

「それもいいな.......て、お前また読心術使ったな?」

「私はただ独り言を喋っていただけですが?」

「いやいや、明らかに俺と会話ができていたじゃねーか」

「貴方が勝手に私の独り言に関わっただけでは?」

「はぁ、もういい。全くお前、俺を翻弄するのを楽しんでるだろ」

「いい暇つぶしにはなりますね」

「嬉しくねーな」

「では、『しりとり』でもしましょう」

「あ?しりとり?別にいいが、ルールは?」

「ルールは有名ではない言葉と最後に『ん』で終えてしまえば負けということで」

「いいだろう」

「では、私から始めます。最初は好きな言葉からで、レソト」

「いきなりすごい変化球だ。トリニダード・トバゴ」

「強談威迫」

「倶会一処」

「揚威耀武」

「お前ら、何してんだ?」

「見りゃ分かんだろ。しりとりだ。ブルキナファソ」

「いやいや!何でそんな分かりにくい言葉ばっかなんだ!」

「そういうルールだからです。ソマリア」

「おい、ソマリアは割と有名じゃないか?」

「音無さんと日向さんに訊いてみましょう」

「ソマリア?何だそりゃ??」

「日向さんには訊いていません」

「はぁ!?さっき『音無さんと日向さんに訊いてみましょう』と言ったじゃねーか!何で俺だけそんな扱いが酷いんだよ!ワッツ!?ホワーイ!?」

「それ流行らせたいのか?ぜんっぜん面白くないぞ」

「佐野もひでぇなー!てか、単なる口癖ですからー!」

「で、音無はどうだ?」

「え?あぁ、ソマリアか?えーっと、まぁ、知ってる人がいてもおかしくないと思うぞ?」

「だってよ。お前の負けだな」

「全て、日向さんが来たからですね」

「何で俺が悪いんだよ!ワッツ!?ホワーイ!?」

 

しりとりをしていたはずが音無と日向の来訪により、遊佐の負けとなった。2人は俺に戦線の幹部たちの様子を見に行こうと誘ってくれた。俺は遊佐に目線で許可を貰おうとすると、自分もついていくと言った。ほんと、ゆりの命令に忠実だな。

 

「それが、私の任務ですから」

「だから勝手に心を読むな」

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は遊佐さんと一緒に過ごしていくのをメインにしていました。そして、佐野くんの記憶が少しだけ戻るということで彼の生前が分かるようにもしました。これから、どう変化していくか次回もお楽しみにしてください。
あと、感想等を書いてくださると嬉しいです。


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EPISODE3 Silly fellows

今回は、仲間と交流会編という題名にしています。しかし、ここで大きな展開になります。果たしてそれは何でしょうか?(笑笑)
では、お楽しみください。


日向たちと出会い、戦線メンバーの紹介に行くのかと思えば、俺の腹から気持ちの良い音が鳴ったことで、昼飯を取ることになった。

 

「昼飯もゲームで決めるのか?」

「いえ、今回は、こちらからお選びください」

 

遊佐が見せてきたのは、きつねうどん、肉うどん、天ぷらそば、カツ丼、親子丼、牛丼だった。

 

「昼は丼物なんだな」

「はい。朝のことを考えるとを昼は軽めの方が良いかと」

「俺のことを心配してくれるのか?」

「..........はい」

「なんだその間は。どっちなんだ」

「正直、分かりません。何故こんなことを考えたのか......」

「なんだそりゃ。ま、いいか。じゃあ、これ」

 

そう言って俺は肉うどんの食券を貰った。

 

おばちゃんから肉うどんを貰うとその香ばしい匂いとかなりの量が入っている肉を見て思わず俺は「美味しそうだな」と呟いてしまった。すると、

 

「おぉ!佐野も分かるか!この肉うどんの素晴らしさを!」

 

と、どでかい声を俺の側で言った松下五段。

 

「何だ、耳元で大きな声を上げるな」

「あぁ、これはすまんな。つい嬉しくてな」

「で、何でそんな嬉しいんだ?」

「肉うどんは俺の身体の一部と言っても過言だ」

「は?それだけか??」

「あぁ、それだけだ」

「だが、ここの飯は基本的に美味いもんばかりだろ?」

「松下五段は、肉うどんに対する思入れがスゲーんだよ」

 

そう言ってきたのは日向だった。

 

「こいつ、目覚めた時に高松と仲を深めて、大山と3人でここの肉うどんを再現しようとしてたんだぜ?」

「へぇーそれは変わってるな」

「けど、それって青春みたいだな」

「あぁ、高松と大山には何度感謝を述べても足りないからな」

「そんなに思入れがあるのか.........」

 

俺は、生前に『思入れ』があったのだろうか?暫く考えていた俺を遊佐はじっと見ていた。

 

* * * * * * * * *

 

私は未だに何故彼のことを考えいるのか分からない。初めて会った時、ただならぬ深い闇を持っている感じがした。だが、同時に何も知らない無垢な少年にも感じた。彼は、屋上に行き、この世界を証明しようと飛び降りた。何の躊躇もなく。私はそれをただ見つめていた。やがて、彼の身体が一つに戻った時、他の人に頼んで彼を本部に運んだ。そして、ソファーで穏やかに眠っている彼を私はまた見つめた。その時、私の中の何かが反応した。私は彼の頭を少しだけ上げ、そのまま自分の膝を枕がわりにして優しく頭を撫でてあげた。その時、ゆりっぺさんが私に向かってこんなことを告げた。

 

「珍しいわね。貴方が男の人に触れるなんて」

 

私も何故か分からなかった。ただ、彼を見てるとこうしなければと身体が勝手に動いた。不思議、、、けど、どこが心地いい。初めての感覚ばかりだ。私はゆりっぺさんに

 

「私を、彼の側に置いてください」

 

と、提案した。彼は私にとって一体何なのか知りたい。そんな気持ちが芽生えていた。そして、彼の全ても知りたい。こんなに素直になるのはいつ以来だろう。あの私を水の底に沈めたことで二度と感情を露わにすることなどないと思っていた。しかし、彼との出会いによって私は変わり始めているのだろうか...........。

 

* * * * * * * * *

 

俺はひたすら自分の生前の記憶を探ってみたが、やはり思い当たらない。

 

「(まぁ、その内思い出すだろ)」

「ん?佐野?どこ見てんだ?」

 

俺が物思いに耽っていたのを日向と音無が尋ねてきた。

 

「あぁ、すまん。ちょっと考え事を」

「何考えてたんだ?教えてくれよ」

「まぁ、隠すことじゃないしいいか。俺の生前に『思入れ』があるか探してたんだ」

「思入れ?どういう事だ?」

「さっきの松下五段のように、何か熱中していた事とかそういうのって俺にあったのか考えていたんだ」

「なるほどねぇ〜。思入れ、か.......悪いな、過去のことを訊いちまって」

「いや、気にしないでくれ。まだ俺は殆ど思い出せていないからな」

「そっか、そう言ってくれると助かるぜ」

「あぁ」

 

この時の俺は、早く自分の生前を知りたいという気持ちが昂っていた。焦らなくてもこの世界の時間は永遠に近いぐらい長い。しかし、生前の記憶を思い出すのは過酷だと皆が口を揃えて言う。だが、このまま自分が何故この世界に来たのか知らないのは気持ち悪い。楽しい、面白い、笑い合えるだけの人生なんて存在する筈がない。辛い、苦しい、逃げたいなどの経験があるようにプラスとマイナスの関係こそ『人生』は成り立っていると俺は思う。とりあえず、今の目標は自分を知ることだな。その後は.........何を目標にすればいいんだ?神を倒すこと?あれはゆりの目標ではなく、野望という言葉がしっくりくるか。正直、俺は神とかそんなことはどうでもいいと考えている。自分が何なのか知りたい。知ったことでどうなるんだ?.............まぁ、今は今だよな。次のことなんて後で決めればいいか。

 

「佐野さん、早くしてください」

「うぉ、何だ遊佐かって、俺だけか」

「はい、貴方だけです」

「わかった、先に行っててくれ」

「待ちます」

「あーそうかお前はそうだったな。日向、音無、悪いが先に行っててくれないか?」

「あぁ、いいぜ。じゃ、準備しておくからゆっくりグラウンドに来てくれ」

「了解」

「日向、俺も一緒に行っていいか?」

 

松下五段が一緒に行きたいと言ってきた。日向は特に断る理由もなかったためそのまま3人でグラウンドへ歩き出した。俺と遊佐は向かい合いながら黙々と食事をしていた。

 

「モグモグ」

「..............」

「ングング」

「......可愛い咀嚼音ですね」

「ング?........何だ急に」

「いえ、ただの感想です」

「お前、俺の前だと何でそんな積極的なんだ?」

「さて、何故でしょう?」

「質問を質問で返すな」

「本当に分かりませんので」

「何だその強引な理由は」

「いけませんか?私が思ったことを貴方に発言しただけですよ?」

「そう言われると返せなくなるな」

「では、そういうことにしましょう」

「〜〜〜??.....まぁ、いいだろう」

「はい」

 

何だかよく分からないが遊佐の言葉で収まってしまった。俺、男としてのプライドというのか分からないが、将来的に尻に敷かれるのが想像できた。何だかなぁ〜〜〜。

 

そして、食事を終え、食器を直したら遊佐と一緒にグラウンドに行った。そこでは既に何か始まっていた。

 

「っしゃ〜〜!!いくぞー!!」

「こーーーい!!!」

「何でこんなことになってんだ?」

「音無!周りのことなんか気にすんな!とにかく今は投げることに集中しろ!」

「藤林くん!頑張れー!」

「何!?肉うどん1ヶ月分もくれるのか!」

「はい。こちらの戦力になる代わりにこれを差し上げましょう。どうです?悪い取引ではないと思いますが」

「あさはかなり.....」

「私の筋肉では、ダメでしたか........」

「Ho-----!!! crazy baby shot!!!」

 

何がどうなっているのかサッパリであった。とりあえず、戦線メンバーの殆どが集まって野球をしていたのは分かった。隣にいる遊佐を見ると、いつもの無表情で驚いているのかさえ分からなかった。

 

「こんなことで表情が変わってしまうと、いざ敵に捕まったときに簡単に見破られてしまいますからね。それに、戦線ではよくあることなので慣れてます。」

「また読心術か。俺にも教えてくれよ」

「いやです。貴方に教えると報告するのが難しくなりそうですので」

「私的な理由かよ。まぁ、いいや」

 

とりあえず、日向を呼ぶと一旦試合が止まり、俺の前に来てくれた。

 

「お、来てくれたか。見ての通りだが、野球をしてる」

「知ってる」

「で、お前も参加する」

「だと思った」

「よし!決まりだな!お前、ショート行けるか?」

「重要なポジションだな。まぁ、行ける」

「じゃあ、頼んだぞ!」

「待て、遊佐はどうするんだ?」

「あぁ、遊佐は入らねーだろ?」

「はい。私は皆さんの試合を観察します」

「いいのかよ、そんなので」

「では、何か形でも参加することにしましょうか」

「具体的には?」

「佐野さん、こちらを左右どちらかの耳に付けてください」

 

そう遊佐が渡してきたのはインカムだった。

 

「付けてどうするんだ?」

「私が何か指令を出しますので、それに応えてください」

「なんだそりゃ?俺が不利になるじゃねーか」

「ちゃんとそこは配慮します。もし、私の指令を全てクリア出来た暁には、私の生前の一部を語りましょう」

「なるほど。で?逆の場合は?」

「出来なければ、貴方の一週間のご飯を白米だけにします」

「それはやばいな。OK、そのゲーム乗った!」

 

こうして、俺の野球が始まった。と、思いきや、まずは選手紹介であった。日向チームは日向、音無、野田、椎名、松下五段、俺の幹部と何人かの戦線メンバーであった。

一方、もう一つのチーム名を見て、俺は疑問を抱いた。

 

「チームクライスト?なんだあの名前は??誰がリーダーなんだ?」

「あぁ、あいつだよ」

 

そう教えられた人物を見ると、音無と似たような髪色をした眼鏡をかけた小柄な男だった。

 

「あいつは誰なんだ?幹部の中にあんな奴、紹介されてなかったぞ?」

「あいつは竹山だよ」

「竹山?聞いたことないな」

「そういえばそうだな」

「竹山は何をしているんだ?」

「竹山はな.....」

「僕のことを呼びましたか?」

 

その時、当人がこっちに来て話してくれることになった。

 

「初めまして、佐野さん」

「あぁ、初めましてって、何で俺の名前を知ってるんだ?」

「僕は戦線一の天才ハッカーなので貴方の名前を知ることなど簡単ですよ」

「なるほど。この学校には全生徒の個人情報が記録されてるデータみたいのがあるんだな」

「なぜそれを知っているのですか!?」

「簡単だ。お前が天才ハッカーと名乗り、俺の名前を知ってる。ハッカーということは、パソコンを使って何か細工を施して情報を手に入れたんだと考えれる。んで、名前の所から名簿という推察が出来たってわけだ。ちょっと分かりにくかったか?」

「いえ、まさか僕以上に頭の良い人がいたことに驚きました。このグループ、かなりのアホしかいなくて困ってたのですよ」

「んだとお前!アホはアホなりに天使と戦ったりして頑張ってんだよ!!」

「では、一度でもその天使に勝てたことはありましたか?」

「それはだな..............無いな」

「ふっ」

「お前!笑ったな!いいぜ!今日の試合(野球試合)は本気で行くからな!覚悟してろ!!」

「望む所です!後で吠えずらかいても知りませんからね!」

「おぉ!やってやろーじゃねぇーか!」

 

何故か分からないが日向と竹山がものすごく燃えていた。最初は自己紹介みたいなことしてたのに何でこうなったんだ?

 

「考えても無駄ですよ。ここにいる皆さん、理解不能なので」

「お、遊佐か。いつからいたんだ?気づかなかった」

「私はずっと貴方の側にいましたよ?」

「マジか。全く何の気配も感じなかった.......」

「佐野さんでもそういう所があるのですね」

「??まるで俺は隙がない奴みたいな言い方だな」

「はい、その通りです。貴方は類稀なる力をお持ちだと私は思います。なので、あらゆることが出来るかと。しかし、貴方はどこかで何かを探しているようにも見えます」

「探している?何をだ?」

「それは私にも分かりません。ただ、それは、貴方にとって一番のものであると確信は持てます」

「その根拠は?」

「女の勘です」

 

この時、俺は初めて遊佐が少しだけ顔を柔らかく微笑んだように見えた。それは、外の眩しい太陽よりも輝いて、暖かさもあり、彼女の本当の姿を垣間見たように思えた。その結果、身体中の血が騒ぎ立てて心臓がバクバクと早くなっていた。

 

「(何だ?遊佐の顔を見ただけですごく緊張し出した。それに、だんだんと呼吸が乱れて意識が.....マズいな、どうにかし....な、、い.........)」

 

バタッ!‼︎

 

「!?!?おい佐野!」

「どうした!?」

「佐野が急に倒れたんだ!」

「何があったんだ!?」

「分からん!とりあえず運ぶぞ!手伝ってくれ!!」

「任せろ!」

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回は佐野くんの過去にしようと思います。彼の過去を知って、何か分かっていただきますと幸いです。次回もお楽しみにください。
また、感想を書いていただくと嬉しすぎます。


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EPISOUDE4 Little boy

今回は、暗いシーン(個人的にですが)が入っています。もしかすると嫌な気持ちになるかもしれませんので、それでも大丈夫という方はどうぞ、お楽しみください。


その日は、雨が降っていた。その雨は濡れた地面を踏む音をかき消してしまうほど勢いが強かった。普通なら傘を差して歩いていくはずだが、そんな中を傘も差さずゆっくりと下を向きながら歩く少年がいた。少年の服は雨でずぶ濡れになり、水を吸収しすぎて重く下に弛んでいた。しかし、少年は何も考えずただひたすら歩いていた。ゆっくりと重い足を上げ、一歩一歩進んでいた。そんなことを続けていた時、突然少年の身体に雨が当たらなくなった。少年は不思議に思い、顔を上げると一人の男が傘を差しながら少年を見下ろしていた。そして、こんな事を告げた。

 

「お前は、一人か?」

「............」

 

少年は無言であった。そして、また下を向いて歩き出そうとしたその時、

 

「可哀想に、僕と同じなんだな」

「!!」

 

と言った。少年は驚き振り返った。そして男は少年に優しい笑顔を見せた。

 

「僕と一緒に来ないか?お前と同じ仲間が沢山いる。そこで自分を強くしてみないか?」

「............」

 

少年は警戒していた。だが、心なしかこの男のことを信頼している自分がいた。少年は少し考え、

 

「分かった」

 

冷たい雨の中で小さな声であったがそう返事した。

 

****************

 

目的地まで一緒に歩いている中、男は少年に話しかけていた。

 

「名前は?」

「なまえ、、、、龍也しかない」

「そういえばそうだな。答えにくかっただろう」

「別に。もう済んだことだし」

「ふっ、強いな」

「そうなのか?」

「あぁ、大抵の奴は悲しんだりするものだ」

「悲しみ........」

「どうした?」

「いや、よく分からないと思っただけだ」

「その内分かるさ。さて、次だ。歳は幾つだ?」

「......6から9の中のどれかだ」

「ふむふむ。では...........」

 

男の質問に対して少年が答える。そんなことを繰り返しながら二人は歩き続けた。そして、目的地にたどり着いた。

 

「さぁ、ここが新しい家さ」

「でかい、、な」

 

それは、森の中にある大きな洋館であった。見た目は少し黒く、昔ながらの洋館という感じであった。男が扉を開くと少年を誘った。

 

「入りたまえ」

 

おずおずと少年は洋館に近づき、中に入った。

 

「お邪魔する」

「何を言っているんだ。お前の家でもあるのだから『ただいま』だろ?」

「別に何でもいいだろ」

「はは、恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」

「............」

 

中に入ると、そこには一人初老が少年と同じくらいの子どもたちが多くいた。そして、男は初老に向かって少年を前に出した。

 

「今日からここで暮らすことになった子だ。ほら、自己紹介を」

「.....龍也だ」

「たつや?それがフルネームか?」

「いや、あの.....」

「何どもってんだ......って、あぁそういうことか。OK、入りな」

 

初老は瞬時に少年の状況を理解した。少年はここにいる人はすごいと感じた。そこが憧れたのか、少し親近感を抱いていた。

 

****************

 

それからというもの、少年はそこで男に様々な知識や経験を積んできた。家事や勉学、護身術といったあらゆる自身への研鑽に力を注いだ。少年は他の子たちと違い、覚えるのが早く、何でも出来ていた。男はそんな少年を特別に扱っていた。やがて時は流れ、少年は青年へと成長していった。そして、それは突然の出来事であった。

 

「お前にはこの仕事をやってもらいたい」

「何だこれは?」

「人殺しの依頼だ。まぁ、端的にいうと裏の仕事だな」

「裏の仕事?俺を危険人物にでもしたいのか?」

「お前は..............だろう?なら、誰も味わえない人生を謳歌するのも良いと思うのだが?」

「......いいだろう、引き受けてやる。どうせすぐに途絶える命だ。して、貴様は何故俺にそこまで尽くしてくれる?」

「簡単なことだよ。お前は僕と同じ.................だ。だから、復讐を果たすんだ。そうすれば、お前は幸せになれる」

「........そう言えばそうだったな。俺の最大の目標だ」

「その為には、こう言った仕事もこなしてみないとね。大丈夫、お前ならきっと上手く出来る」

 

そして、彼は裏の仕事を始めた。

 

****************

 

ある時は暗殺の依頼。またある時はターゲットに罪を着せる依頼など見つかれば一発で警察に捕まる内容ばかりであった。しかし、彼は一度も失敗をしなかった。彼が裏の仕事を初めて数ヶ月が経つ頃、その依頼が彼の心を大きく動かした。

 

「はい、今日の依頼書」

「あぁ」

 

いつものように依頼書の内容を見ていると、

 

「ん?今回は強盗のくせに、俺の内容は『でかい家を探すこと』だけなのか?」

「どうした?何か不満か?」

「いや、いつもと違ってショボく感じる」

「そんな時もあるさ。まぁ何にせよ、報酬はもらうことだ」

「......任せろ」

 

彼はその依頼主に会い、様々な情報を訊いた。その依頼主は1人ではなく、複数であった。彼はとりあえず、家の情報を教え、いつ強盗するか決めた。そして決行日、強盗が始まった。

 

「おいっ!どこにも金目の物がねぇーぞ!」

「お前!俺たちに嘘の情報を教えたのか!?」

「いや?俺はあんたたちの依頼をこなしただけだが?『でかい家を探してくれ』と。金目のある家とか記載していないあんたたちにも責任があるのでは?」

「チッ!このクソガキが!!」

「まぁまぁ、そんなに怒るな。これでも食べて冷静になれ。甘いものは脳を落ち着かせる効果があるからな」

 

そう言って彼は強盗犯たちに1つずつチョコレートを渡した。それからいくら探しても見つからないと判断した強盗犯たちは、1人の少女にこんな事を告げた。

 

「お嬢ちゃん、あんたはこの家で一番賢い。お父さんお母さんが困ったときに使える物とかあるだろ?それを知ってるはずだ。さぁ、持ってくるんだ」

「知らない!あたしは本当にそんなの知らない!!」

「とぼけても無駄だ。早くしないと君の弟と妹が大変なことになるよ?」

「!?!?」

「10分に一人、これでやるからな?」

 

強盗犯はナイフを見せて脅した。

 

「ほ、本当に知らないの!!」

「もし、持って来れなければ君が悪いんだぞ?」

「そんな........知らないのに...........」

 

消え入りそうな声で少女は告げた。

 

「うるせぇ〜なぁ〜!!さっさと探さねぇ〜と殺すぞ!!」

「!!?!?くっ!!」

 

ダッ!!

 

少女は走り、家の中を探りまくった。その頃、青年はただその様子を見ていた。

 

「(この強盗犯、手練れではないな。ひたすら引き出しを漁ったり、タンスを蹴ったりとは、初心者か)」

「(あまつさえ小さい子を人質にし、脅迫とは。証拠を残しすぎだな。早々に撤退しないと)」

「くそッ!おい!」

「何だ?」

「テメェも共犯だからな」

「俺はあんたたちと同じことにはならない」

「ハッ!例え俺たちだけが捕まったとしても後でお前のことを話せば一発だろーが!」

「ふっ」

「な、何がおかしい!?」

「まぁまぁ、さっきあげたチョコでも食べてな?」

「チッ!」

 

強盗犯たちはチョコを食べた。それからというもの、少女は30分経っても金目の物を見つけることが出来なかった。また、強盗犯たちは、子どもを殺した後、急激な眠りによりしばらくの間、静かにしていた。

 

「バカな連中だな。まんまと俺の罠にハマるとは」

 

彼があげたチョコには秘密があった。それは、強烈な睡眠剤が入っていたのであった。彼は予めチョコに仕込んでいたのだ。それを強盗犯は何の疑いもなく食べていた。

 

「例え協力者であろうとも人から貰ったものを疑わないとは嘆かわしい」

「いや、こいつらに感情を出すのも可笑しなものだ。信頼に足るというのはな、自分のことをよく分かってる人しかいなんだよ......」

 

この時の青年の表情は、どこか哀愁を感じるところがあった。そして、青年は背中を向けて

 

「じゃあな」

 

静かに去った。後に、警察が来たことで強盗犯たちは逮捕された。彼らは捕まった後すぐに青年のことを何度も話していたが、その証拠が一つも見つからなかったため、迷宮入りとされた。この事件を機に彼は人に対してよく考えるようになった。

 

****************

 

新しい依頼が来た。その内容は、とある高校に在学している女生徒を依頼主の彼女にしたいであった。彼は高校に潜入しようと考えたが、一つ問題があった。

 

「苗字がない」

 

そこで、彼は男に相談した。

 

「そうだな、僕の母親だった奴の旧姓から『佐野』はどうだい?」

「何か繋がりがあるのならそれでいい」

「よし、お前は今日から佐野龍也(さのたつや)だ」

 

こうして、天才の男、佐野龍也が誕生した。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は死んだ世界戦線に戻り、佐野くんが目覚めるシーンから始まります。そして、そこで遊佐さんの過去を自分なりに書いてみようと考えています。恐らく、相容れない内容かと思われますので、ご理解の程、宜しくお願い致します。
では、次回もお楽しみにしてください。
後、感想を書いていただくと嬉しいです。


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EPISOUD5 Partner

大変お待たせ致しました。ここ最近、コロナウイルスの影響で毎日が忙しい日々でした。そのため、長い間執筆ができず、更新もできていませんでした。今後、どうなるかは未定ですが、恐らく遅い更新になってしまうかと思います。ですが、そこは温かい目で見守っていただきますと幸いです。
因みにですが、今回のお話は遊佐さんの生前を私なりにイメージして作成しました。合わないと思う方は、見ないことを推奨します。それでも良いという方はどうぞ、お楽しみください。また、今回のお話で佐野くんと遊佐さんの距離感がグッと縮まります。


目が覚めた。そこは見覚えがない天井だった。眠っていた間、かなりの生前を思い出した。

 

「(そうか、俺は人殺しとかやってたから戦闘の経験もあったんだな。だが、俺は一体何のために復讐を果たそうとしていたんだ?)」

 

そこはモヤがかかって何も分からなかった。とりあえず、身体を起こそうとすると、

 

「お目覚めですか」

 

誰かが喋った。それは、遊佐だった。

 

「あぁ、たった今な」

「なぜここにいるかご存知ですか?」

「知らん」

「では、簡潔にお話しします。貴方は突然倒れたのですよ」

「倒れた?どこでだ?」

「グラウンドです」

「何故だ?」

「そこまでは分かりません」

「........どんな風に倒れたんだ?」

「ご自身の胸を抑えて苦しんでいたようでした」

「胸を抑えて........あぁ、思い出した」

「理由をお聞きしても?」

「お前の顔を見たとき、心臓の鼓動が早くなって呼吸困難になって倒れた」

「何故早くなったのですか?」

「分からん」

「そうですか」

「............」

「............」

 

暫く沈黙が続いた。俺は意を決して話すことにした。

 

「遊佐、大事な話がある」

「何ですか?」

「俺の生前についてだ」

「全て思い出したのですか?」

「いや、かなり思い出したというのが正しいかもな」

「聞きましょう」

「あぁ」

 

俺は話した。自分の名前、男との関わり、裏の仕事等包み隠さず全部話した。遊佐は話し終えるまで何も訊かなかった。

 

「というわけだ。佐野という苗字は俺の本当の苗字じゃない」

「では、龍也だけが本名なのですね」

「あぁ......」

「なるほど.....。貴重なお話をありがとうございます」

「いや、ただお前には知ってもらいたいと思っただけだ。お前は俺の相棒?みたいな関係だろ?」

「そうですね。では、折角お話してくれたので私の生前もお教えします」

「いいのか?」

「はい。貴方には教えても良いと思っています」

「言いふらすかもしれないぞ?」

「貴方がそんなことをしないと私は知っています」

「ずいぶん買いかぶるんだな」

「正直、私も貴方にここまで信頼している理由は分かりません。恐らく、相棒だからでしょうか?」

 

この時、遊佐は悪戯っ子のような雰囲気を纏っていた。何か弄ばれてる気がする。

 

「いけませんか?」

「また心を読んだか....。いや、まぁいい、話してくれ」

「はい。実は、私は男性が大の苦手です」

「なに?じゃあ、こうして俺のそばにいるのもダメなのか?」

「最後まで聞いてください」

「あ、あぁ悪い」

 

こうして、遊佐の生前が始まった。

 

****************

 

私の暮らしは普通だった。どこにでもある普通の家庭で生まれ、すくすくと成長していった。しかし、ある日から私の人生は地獄と変わった。それは、高校に転校してきた男の子の存在であった。彼がこの高校に来てから私の生活は変わった。それまでは、いつもの様に授業を受け、放課後には友達と一緒に帰っていくのが日常だった。しかし、彼が来てからは、友達と帰ることが出来なくなり、一人でいることが多くなった。暫くの間、一人の私に彼が積極的にお話をするようになった。私は人恋しかったのか、彼に気を許すようにった。しかしある日、彼が突然私の身体を求めるようになった。私は嫌になり、そして逃げ出した。彼は追いかけてくる。私は恐怖を感じた。そんな時、一人の男性が彼を殴って私を助けてくれた。私は心からこの男性に惹かれた。やがて、私は男性と恋に落ち、幸せになれると思った。だが、その後にとんでもないことを聞いてしまった。それは、男性と彼が繋がっていたこと。話を聞くと、男性は私を手に入れるために彼を金で雇い、一芝居を打ったということだ。私は疑問を抱き続けていた。

 

何故?何故?分からない。彼が今まで接してくれたあの態度は全て演技だということ?わざと男性に殴られたということ?どうして?全て彼の計画通りということ?彼は一体何者?

 

その日から私は男を嫌うようになった。男性はそれを許さなかったからか、無理矢理私を犯した。そして、それを私の弱みとして男性は従わそうとした。私は何もできなかった。それからというもの、私の日常には必ず男性が関わっていた。ある時は知らない男たちに身体を輪姦(まわ)されたり、私を逃さないように家族に教えると脅したりと、私は存在が無くなり、何もかも失った。自分がもう分からない。ただ、もう生きていくのが辛い。

 

『全ては彼との出会いが原因だ。あいつは必ず殺す。いや、死ぬよりも苦しくしてやりたい。そして男は滅びろ!私の前から消えろ!消えろ!消えろ!』

 

私の中には、男に対する憎しみしか残っていなかった。それから私は男性をハサミで刺した。

 

「死ね!死ね!お前たち男のせいで私は全てを失った!あぁぁぁぁぁ!!!」

 

何度も何度も刺した。男性が息絶えても刺し続けていた。

 

「消えろ!消えろ!全て消えろ!!」

 

その時、私の叫び声で慌てて駆け込んだ男性の仲間が死んだ男性の姿を見て、私に拳銃を向けて撃った。私は被弾したが、まだ生きていた。

 

「き、、え、ろ......き...え、、、ろ............」

 

最後まで男を憎んだ。そして、二発目を受けて私は死んだ。

 

****************

 

「というわけで、私はここに来ました」

「なるほど。想像を絶するほどだった」

「今でも男性に触れるのはダメですが、貴方だけは許せます」

「その理由は.....って、分からないか」

「はい」

 

遊佐の生前を聞いて俺は驚きを隠せていなかった。男嫌いな上に通信士とは大変だな。

 

「別にそんなことはありません」

「そうなのか?」

「ここでは、あんなことは二度と起きませんので」

「.........そっか」

「はい」

 

強いな。

 

「弱いですよ」

「そうか?俺からしたらその記憶を持っておきながらよく生活できるなと思った」

「いえ、私は弱いです」

「??何故だ?」

「私は、私ではないので」

「んん?意味が分からないぞ?」

「分からなくてもいいです。貴方は早くご自身の記憶を全て取り戻すことに専念してください」

「あ、あぁ分かった」

「はい」

「............これだけは言わせてくれ」

「何ですか?」

「何のことかは分からないが、お前はお前だ。それ以外に何があろうが今ここに存在しているのは遊佐、お前だ。例えそれが偽りだとしても今は今なんだ。だから、自分を否定するのはやめてくれ」

「...........」

「って、何で俺はこんなことを言いたくなったんだ?」

「ふふっ」

「笑うなよ」

「すみません。貴方らしくないセリフだったので」

「くっそ〜〜。あぁ、後もう一つ、お前の笑顔は綺麗だ」

「そう、でしょうか.....」

「俺がここ(心臓)を抑えて倒れるほどだ」

「何を根拠にしているのですか」

「さぁな?だが、今日から俺たちは秘密を共有し合う仲だろ?」

「そうですね」

「なら、宜しくな。相棒」

「....はい、宜しくお願いします。相棒」

「あぁ」

 

俺は手を差し出した。遊佐は一瞬考えていたのだろうか、おずおずと手を出した。俺たちは握手した。力は込めていないが、その繋がりの硬さは決して崩せないものだと思う。

 

「お前の手は冷たいな」

「........はい」

 

遊佐の手は氷のように冷たかった。まるで、生きてはいないような気がしたが、すぐに掻き消した。

 

「ありがとうございます」

「いや、こっちこそ勝手な考えをして悪いな」

 

何とも気まずい空気。さっさと動くか。

 

「遊佐、本部に行こう」

「分かりました」

 

こうして、俺たちは本部に歩き出した。

 

****************

 

本部に入ると殆どのメンバーが揃っていた。

 

「おっ!佐野〜!大丈夫か!?」

「あぁ、無事だ」

「いきなり倒れたから心配したよ〜!」

「すまない」

「私の筋肉のように強くなりましょう!」

「あ、ありがとう。今度教えてくれ」

「あさはかなり.....」

「それは労ってくれているのか?」

「You are crazy!!! ho--------!!!!」

「お前も椎名と一緒で褒めてくれているのか?」

「はは、まぁ無事でよかったよ」

「音無が一番普通で良かった」

 

何故か分からないが、俺が倒れたことで皆が心配してくれていた。そりゃそうか、同じ戦線のメンバーだもんな。なんか、こういう仲間がいるのって慣れないなぁ〜。

 

「はいはい!そこまでにして。佐野くんには訊きたいことが山ほどあるんだから、みんな出ていく!」

 

ゆりが皆を纏めようとしていた。しかし、皆からは『えぇ〜!!』や『ゆりっぺには人情がないのかぁ〜〜!!』など三者三様あった。しかし、これほど心配されると言うのは何だがくすぐったい。

 

「貴方の生前を聞けば、その感情は同意できますね」

「さらっと心を読むな。だが、そうだな」

 

初めての感覚だと思う。あの時は、一人でこなしていたのが大半だったよな。けど、何で俺はあの男にそこまで信頼していたのだろうか?確か、何か『同じところ』があったんだよな。同じところか。分からんな。考えても仕方ない、今に集中しよう。

 

「うるっさいわね!!貴方たちだってあまり人に聞かれたくない話とかあるでしょ!それを今からするの!はい!解散解散!」

 

ゆりがキレて理由を説明して皆を納得させた。

 

「ほら!飯でも食べてこーい!」

 

ゲシッ!ゲシッ!

 

そして、乱暴に蹴りながら外に追い出した。何て強引な、あんな方法ありなのか?

 

「ありです」

「お前には聞いてない」

「さて、話を始めましょう」

「あぁ、概ね何のことか分かるが」

「あら?そうなの?」

「俺が倒れたことだろ」

「ご名答。何があったか教えてくれないかしら」

「一言でなら『記憶がかなり戻った』だ」

「かなり戻った?全てじゃなくて?」

「あぁ、所々モヤがかかってたり、中途半端な所で目が覚めちまったから全部ではないと判断した」

「なるほど。あ、そうそう記憶の内容は訊かないから」

「なに?話してもらうために皆を追い出したんじゃないのか?」

「あたしが貴方の生前を聞いた所で何のメリットがあるのよ?逆にデメリットしかないわ」

「........確かにそうだな。で?何で俺たちだけなんだ?」

「そうね、これはまだ誰にも教えていないことだから貴方たちとあたしの三人だけよ」

「何のことだ?」

「そう言えば、佐野くんは定例会議にいなかったから聞いてないわよね。明日の放課後、ギルド降下作戦を実施するのよ」

「何だそれは?」

「簡単に言うと、あたしたちの武器を製造しているところに行って、新しいのを貯蔵することよ」

「なるほど。そんなのがあるのか.....。で?何のために行くんだ?」

「あたしたちの武器が底を尽きてきたの。だから取りに行くのよ」

「それだけか。皆に教えていない情報はこれのことか?」

「いいえ、違うわ。これは皆に話したわ。ここからがまだ誰にも話していないのよ。で、ギルド降下作戦を無事に終えた後、新たなオペレーションとして、今度は天使の正体を突き詰めようと思うの」

「なるほど。俺たちに教える理由は?」

「貴方たちは当日は作戦メンバーじゃなくて、陽動の援護に回って欲しいの」

「??それじゃあ、俺たちに教える意味がないんじゃないか?」

「貴方たちには、予め作戦内容を事細かく伝えておくわ。そして、あたしと違う視点から考えて欲しいの。天使が何故この世界に存在しているのかを。ほら、佐野くんは頭脳明晰じゃない」

「いや、俺はそう、なのか?」

「だって、戦線メンバーの名簿に載ってる人全員覚えたんでしょ?」

「確かに、竹山以外は全員覚えたなって、何でお前が俺のことを知ってるんだよ?」

「遊佐さんから定期的に報告を貰ってたもの」

「なるほど。お前に隠し事は無理だというのがよく分かった」

「けど安心して、生前の記憶は聞いてないから」

「OK、分かった。して、俺は一度も天使に会ってないんだが?」

「大丈夫よ。貴方はギルド降下作戦で、天使と会うはずよ」

「その根拠は?」

「勘よ」

「ゆり特有の勘ね。こりゃ、当たるな」

「ありがとう。遊佐さんも分かった?」

「はい。佐野さんの支援をすれば良いのですね」

「えぇ、お願いね」

「了解だ。..........一つ聞きたい」

「何かしら?」

「何故俺たちをそこまでしてくれるんだ?」

「貴方たち、パートナーよね?」

「!?何故知ってる?」

「ふふっ、図星みたいね」

「くっ!やられたか」

「まぁ、さっき来た時に倒れた後から何かあったのは間違いないと思って、貴方たちを信頼したのよ。その絆、絶対に切らないでね」

「あぁ、当然だ」

 

やはり、ゆりには敵わないな。俺の考えの先の先を見ているようで改めてすげーリーダーだと思った。

 

「頑張ってください」

「ん?何だ?応援してくれてるのか?」

「はい」

「そんじゃ、応えないとな。そうだ、読心術教えてくれよ」

「嫌です」

「即答かよ」




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
佐野くんと遊佐さんで相棒。2人の絆は誰よりも深いものです。お互いの生前を知ったもの同士、親密な関係にしていきたいですね。次回は、いよいよギルド降下作戦です。そこで佐野くんと天使が初対面します。一体どうなるのやら。(笑笑)
感想を書いてくださいますと嬉しいです。
では、また次のお話でお会いしましょう。


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EPISOUDE6 Meeting

大変長らくお待たせしました。漸く続きが書けました。所々違和感を抱いてしまうかもしれませんがそこはご了承ください。では、どうぞ。


ゆりの話を聞き終えてから、夕飯を食べに行った。食堂では沢山の人で溢れていた。特に、戦線が集まっている場所では常にどんちゃん騒ぎであった。

 

「おいっ!それは俺の肉だぞ!」

「いいじゃねぇーか。代わりにこの卵焼きをやるからよ」

「卵焼きと肉じゃ釣り合わねーだろ!」

「日向くん!それは卵焼きに失礼だよ!」

「大山の言う通りだ!卵焼きは肉と同じくらいタンパク質が入っているんだぞ!」

「そうです!卵は筋肉にも最高なのですよ!」

「なんで俺が悪いみたいになってるんだ!?そもそも!藤林が俺の肉を取らなければ済んだ話だ!」

「けっ、ちゃんと卵焼きと交換したじゃねーか」

「まぁまぁ、日向も貰えたんだし、許してやれよ」

「けどなぁ〜」

「だが、卵は栄養素が沢山含まれているんだぞ?ある意味、お前の方が恵まれてるんだ」

「.......そう言われると、まぁ許してやるか!」

「優しい日向、かっこいいぞ!」

「いよっ!微妙なイケメンさん!」

「そうだね!これから日向くんのことは微妙なイケメンさんと呼ぶね!」

「やっぱお前ら喧嘩売ってるだろ!?」

 

相変わらず賑やかな連中だ。あそこまで騒げるのが正直羨ましい。しかし、ここにいる奴は理不尽な生前だったんだよな?俺はまだ完全に戻ったわけではないが、あまり明るく振る舞おうとは思わない。それに、遊佐の生前を聞いちまったしな......。

 

「私のことは気にしないでください」

 

俺が座っている席の前に遊佐が定食セットを持ってきた。

 

「でもなぁ〜、気にするなというのは難しいんだが」

「では、話題を変えましょう」

「どうやって?」

「こちらをご覧ください」

 

そういって、遊佐が渡してきたのは一つのビデオカメラだった。何が映っているのか確認すると、

 

ドドドドドドド!!!

キィン!キィン!

 

「うぉ、これって皆が戦っているのか?しかも、相手はたったの一人の女?」

「彼女が天使です」

 

それは、戦線メンバーが天使に何発も撃って戦っていた。しかし、天使には当たっていなかった。

 

「確かに人っぽくない感じもするな」

「これだけではありません」

「しっかし、こんだけ撃つのは勿体ないな」

「これはあくまで時間稼ぎです。彼女を倒すわけではないので」

「なるほど。それにしても、このバリアみたいなのは何だ?」

「それは、ディストーションと呼ばれる空間を歪めて自分に当たらないようにしています」

「ディストーション、そのまんまだな」

「他にもハンドソニックというのもあります」

「はんどそにっく?手から剣が生えたりするとか?」

「その通りです。こちらの映像をご覧ください」

 

先ほどのビデオカメラから違う映像が流れた。それは、天使の右手から研いだばかりの包丁のように切れ味抜群という感じに見えた。

 

「これは何で出来てるんだ?」

「不明です」

「壊すことは可能か?」

「今のところ、誰もあの天使に歯が立っていませんので分かりません」

「そうか......」

「何か策があるのですか?」

「策ではないが、敵の武器を壊すことができれば一気に戦力が落ちる。また、壊されたことで動揺もしやすくなる。そういった相手に隙を作らせようと考えたが、情報がこれといったものがないから難しいな」

「なるほど」

「こればっかりは、経験だからなぁ〜」

 

それから、俺は遊佐と一緒に戦線と天使が戦っているシーンを何度も見直し、あれやこれやと話し合った。

 

そして............

 

「なるほど。天使は一度口で言ってから発動してるんだな」

「そうですね」

「重要なポイントは如何に天使の技を発動させないようにしないといけないことだな」

「それは可能ですか?」

「正直言って無理に近い」

「近いということは何か方法があるのですか?」

「かなり限定されてるが、まず俺と天使に戦える奴の2人が必要だ。そして、両者共に拳銃とナイフを持っている。この時、ナイフの存在は天使に気付かれていない状況だ。もう分かるか?」

「はい。不意打ちですね」

「そうだ。天使の攻撃を躱すことはある程度できそうだ。避け続けることでどちらかに集中させて死角ができた隙にナイフで刺す」

「これはかなり厳しいですね」

「だな、これができるのは椎名と組んだときだけだろうなぁ〜」

「ゆりっぺさんでも可能かと」

「何?ゆりはそんなに強いのか?」

「ゆりっぺさんは戦線で初めて神に抗った方です。私なんかよりずっとこの世界に残っています」

「そうか、そりゃあ経験が豊富だもんな。一度手合わせ願いたいものだ」

「それは不可能ですね」

「だな」

 

キーンコーンカーンコーン♪

 

「そろそろ部屋に戻りましょう」

「もうそんな時間なのか」

 

俺たちは寮に戻った。

 

「お先にお風呂行きますね」

「あぁ、お前が帰ってきたら行くわ」

「はい。それでは失礼します」

「あぁ」

 

ガチャッ!

 

「...................」

「...................」

「.............はぁ」

 

何だか急に寂しさを感じた。遊佐がいないだけでこんなに静かなんだな。けど、俺は元々1人だったんだよな。この空間が普通だったんだよな。むしろ、これがいつもなんだよな。ていうか、さっきから『だよな』ばっか言ってんな。この気持ちは何だ?あれか。恋ってやつか?特定の異性を異常に考えたりするんだっけ?そもそも俺は生前に恋をしたことがあるのか?いや、ないな。恋の存在を知るには一度経験しているはずだ。俺の記憶にそんな経験はない。じゃあ、心不全とかか?いや、この世界で病気になることはない。あぁー!もうやめだやめ!何か嫌な気分だ!

 

「................」

「.........遊佐、まだかな......」

 

****************

 

大浴場にて

 

チャポーーン

 

「.........ふぅ」

 

私はこの時間が好きだ。今までの疲れや嫌なことを一時だけだが忘れることができるからだ。しかし、今日は色々とありすぎた。佐野さんの生前、私の生前、相棒となったこと、ゆりっぺさんから聞いた作戦の内容。明日はギルド降下作戦、これは戦線にとって重要なことだ。私がしっかりと情報を伝えなければならない。

 

「となり、いいかしら?」

「...........どうぞ」

 

****************

 

遊佐が風呂に行ってからどれくらい経ったか分からないが物凄く長い気がする。チラッと時計を見ると部屋に戻ってきてから30分くらいだった。

 

「女は風呂が長いとは言うが俺の気が短いだけかもしれないな」

 

ガチャッ!

 

「ただいま戻りました」

「お帰り」

「佐野さんもどうぞ」

「あぁ、行ってくるわ」

「はい」

 

遊佐は髪を結っていなかった。普段と違って妙に色っぽい。

 

「(......なんか、エロいな......)」

「馬鹿なことを考えてる暇があるのでしたらさっさと行ってください」

「うぉ、すまん」

「....................」

 

ガチャッ!

 

今の遊佐、スッゲー怒ってたよな。俺が邪なことを考えたからか?そりゃそうか、誰だって嫌な視線の一つや二つあるよな。あいつの読心術は厄介すぎるから今度から変なことは考えないようにしよう。

 

大浴場にて

 

「はぁ〜〜〜」

「今日は色々とありすぎた」

「変な疲れが溜まったなぁ〜」

「それにしても、あいつ、男嫌いだったんだな」

「いや、単なる嫌いだけじゃないな。もっと深い言葉じゃ表せないような感じかもしれん」

「ここにいるやつはそんな生前ばかりかと思うと、やっぱ強いよな」

「俺も、自分に負けないようにしないとな」

 

数十分後

 

ガチャッ!

 

「ふぅ、サッパリした」

 

シーーーーン

 

「ん?遊佐?もう寝たのか?」

「...................」

「おーい?」

 

俺はそっと遊佐のベットに近づいた。そこには、やっとの思いで見つけた世界一の輝きを放つ宝石のような寝顔があった。

 

「すぅー.....すぅー」

「.............やっぱ、綺麗だな」

 

こうして、今日も一日が過ぎていった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。今回は、二人の対天使に対する作戦会議みたいなものにしてみました。敵を倒すときは人道など関係なく倒すためには手段を選ばない。そういった雰囲気を意識しました。また、次のお話が遅くなってしまうかもしれませんが、今後とも、宜しくお願いいたします。


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EPSOUDE7 Traps

お待たせしました。いよいよギルド降下作戦編です。自分のオリジナルも含めていますので多少おかしいかもしれませんが、そこは、ご了承ください。では、どうぞ。


朝、目が覚めた。時刻は5時だ。生前の記憶により、俺はこの時間に起きるのが日常であるのが漸く理解した。というわけで、昨日と同じようにランニングへと行くことにした。

 

「おはようございます」

 

ジャージ姿の遊佐が起きた。その顔は既に眠気が飛んでいるようだった。

 

「悪い、起こしたな。まだ寝てていいぞ」

「いえ、私は貴方の監視役なのでついて行きます」

「そっか、じゃあ行くぞ」

「では、制服に着替えるので後ろを向いてください」

「は?それなら先に行ったほうがいいだろ?」

「私が着替えている間の目が届いていない中、何かするかもしれませんのでここにいてください」

「んなことしねーよ。ていうか、お前、羞恥心とかないの?」

「ありますよ。ですから後ろを向いてくださいと申しました」

「いや、こう、布擦れの音とかさ、一緒の空間にいること自体が嫌なものじゃないか?」

「別に構いません。それに、仮に貴方に見られたとしても慣れていますので......」

「.............」

 

そうか、こいつは生前で男に何もかも奪われたんだったな。それはどうしようもない運命。誰か一人との出会いだけでこうも日常が激変してしまうとは、すごいな。

 

「人との出会いは幸せの始まりでもあり不幸の始まりでもあります」

 

制服に着替え終えた遊佐が読心術で返事した。

 

「そうだな。幸せだけならこの世界は存在しないもんな」

 

この世界は理不尽な人生を送ったやつが集まる。何のためにあるのかは未だに不明だ。もしや、ここは第二の人生なのか?俺は、そんなことを考えながら朝のランニングを始めた。

 

それからというもの、朝食を食べ、遊佐の見回りに付き合ったりと昨日と同じ時間を過ごした。そして、

 

夜、体育館にて....

 

 

「皆揃ったわね」

「ゆりっぺ、何をするんだ?」

「あんたたち、昨日の会議で教えたわよね?」

「???何をだ?いつもと同じでみんながトレーニングとかに励んだだけだろ?」

「ギルド降下作戦のことよ!!」

「ぎるど?そんなのあったっけ?」

「アホかー!!お前らが持ってるその銃とかは誰が作ったと思ってんだ!?」

「???.........自分で作ったのか?」

「何で疑問形なんだよ!そこは自信持って言えよ!って、違うわ!お前らアホが作れるわけないだろ!」

「うわ、ここまでアホアホ言われると流石にショックだな」

 

相変わらず、ここのメンバーはどんな時でも賑やかだった。

 

「その銃とかナイフとか色んな武器を作っている場所がギルドのことだろ。何で新参者の俺の方が知ってんだよ」

「本当よ。はぁ、これじゃ先が思いやられるわね.......」

 

ゆりは静かにため息をついた。その後、少し気合を入れて改めて説明をした。

 

「よし!じゃあ、行くわよ」

「「「おぉ!」」」

 

ギルドへの入り口は、体育館の舞台の下にあるパイプ椅子が沢山入っている場所に隠されていた。戦線メンバーでパイプ椅子を出していくと、とある床の一部だけ色が違っていた。そこをゆりがナイフを通してテコの原理で持ち上げると蓋が開き、下に続く梯子が見つかった。

 

「じゃあ、一人一人ゆっくりと降りてきてね」

 

ゆりが下に降りて行き、それに続くよう他の戦線メンバーも降りて行った。そして、俺も降りようと思った時、ふと気になることを告げた。

 

「なぁ、遊佐は降りないのか?」

「あいつは天使が来たときの連絡係だからここに残ることになってんだよ」

「そうか。じゃあ、一時的だが監視の目がないんどな」

「いえ、佐野さんにはこれをつけていただきます」

 

突然、遊佐が俺たちの前に現れた。

 

「うぉっ、ビックリしたって、何だこれ?」

「発信器みたいなものです。それを身につけていればどこで何をしたのかある程度は分かりますので」

「えぇ、結局監視されるのかよ」

「そういう契約ですので」

「はいはい、付けますよ」

 

俺は遊佐からもらったよく分からんスパイグッズ?みたいのを制服の左胸に付けた。

 

「ほら、これでいいか?」

「はい、大丈夫です」

「ったく、GPSをつけられた子どもみたいで嫌だな」

「まぁそう言うなよ。ゆりの命令なら仕方ない」

「はぁ.....」

「.........ぷぷっ」

「...........クッ、くく」

「...............だっはっはっは!」

「日向くん!堪えてよ!」

「いや〜無理だって!なんか姉弟みたいですっげーおもしれぇーもん!」

「は、腹いてぇ〜!!」

「.....................」

 

どうもいい気分にはなれない。それより、恥ずかしいの方が上回ってきた。俺って、そんなに弟みたいなのか?いやいや、どちらかというとお兄さんらしいと思う。

 

「いえ、弟です」

「なんでだよ」

「そういうところが弟らしいです」

「は?答えになってなくね?」

「この謎が解ければお兄さんになれるかもしれませんね」

「クッソ、益々嫌になってきた」

「おーい!次は誰が行くんだ!?」

「おっと、そろそろ行かないとな」

「佐野さん」

「ん?何だ?」

「気をつけてくださいね」

「........あぁ」

 

それから、俺はギルドへ入っていった。

 

 

 

 

ギルドにて

 

「ここがギルドか」

「えぇそうよ。かなり広いからあたしについてきてね。あと、ここは対天使用のトラップが沢山あるのよ」

「対天使用のトラップ?どんなものなんだ?」

「さぁ?多すぎて覚えてないわ。ただし、対天使だから落とし穴みたいな優しいもんじゃないわよ。死に直結するトラップばかりなのは覚えてる」

「そんな物騒なものがあって無事に辿り着けるのか?」

「大丈夫よ。事前にトラップを解除してもらうよう伝えといたから」

 

ギルドの中は、暗いが所々電気が通っており、歩けないわけではなかった。しっかし、この道にさっきの物騒な罠がゴロゴロあるのか。一回どんな罠か見てみたいな、とか言ったら俺が実験台にされそう。それは嫌なのでここは諦めて目的地に行くことだけ考えるか。それにしても、とてつもなく道が長いな。この先に武器を製造する所があると思うと運ぶのに苦労しそうだ。

 

 

 

しばらく歩いていると、前方から人影が見えた。あれは誰だ?よく見ると、後ろで大きな武器を構えて立っている姿だと認識できた。野田だった。なぜ俺たちよりも先にここにいるんだ?というか、先に行ってたなら一番に目的地に行けよ。

 

「あれは野田か?何してんだ?」

 

皆が野田の存在に気づいた時、野田はハルバートを切っ先を音無に向けて喋った。

 

「ふん、音無とかいったな。俺はまだお前を認めてないからな!」

 

なぜここでそんなことを今ここで言う?この先は一人じゃいけない何かがあるのか?

 

「態々こんな所で待ち構えている意味がわかんないよな?」

「野田くんはシュチュエーションを重要視するみたいだよ」

「意味不明ね」

「別に認められたくもない」

 

マジかよ。お前、そんな性格してんのかよ。ちょっとめんどーだわ。

 

「貴様、今度は千回死なせてやゴファッ!!」

 

野田が殺害予告と一緒に前に出た瞬間、何とどでかいハンマーで飛ばされた。そして、壁に打ち付けられて、再び叩かれ岩がゴロゴロと落ちて下敷きになってしまった。

 

「!?!?どうなってんだ!?トラップは解除してくれてたんじゃないのか!?」

「そのはずよ!とりあえず、構えて!」

 

ゆりの命令で全員武器を構えるようになった。

 

「なぁ、これって向こうの解除し忘れってわけか?」

「いいえ、そんなはずないわ。これは天使がここに来てるってことね」

「「えぇ!?」」

「ど、どうしようゆりっぺ!?これってピンチだよね!」

「ヤバイぜこりゃ〜二度とお日様を拝めねぇかもな」

「オイ!不吉なこと言うんじゃねぇーよ!」

「落ち着いて!こうなった以上仕方ないわ!皆で協力してトラップを乗り越えるわよ!」

「んな無茶なぁ〜!!」

「なぁ、ここで解除してくれるのを待つってのはどうだ?」

「ダメよ。ここで待ってても意味がないわ」

「わざわざ危険を冒すよりは良くないか!?」

「そうだそうだ!!」

 

確かに状況は最悪だな。俺もここの罠がどんなものか知っていれば簡単に向こうに行くことはできるはずだ。が、今回は全く知らないことだらけだ。おまけに敵も来ている。だったら、あっちに賭けるしかないよな。

 

「俺はゆりに賛成だ。ここで待ってても天使にやられるのがオチだ。それならここのトラップを乗り越えて道は開けた方がいいだろ?かなり危ない賭けだが、まぁ、0%じゃねぇからまだマシだ」

「佐野くん......」

「ゆり、俺はお前の勘を頼りにしてるぜ」

「.....えぇ!任せて頂戴!」

「............何かここは行くしか選択肢がねーな!わかったわかった!行ってやる!死ぬのは嫌だけどな!」

「既に死んでいます。ですが、皆さんとなら何とかなりそうですね!行きましょう!」

 

それから、皆が一つになって行くことに決まった。

 

****************

 

作戦メンバーが行ってきてから約1時間が経過した。私は体育館の入り口付近で監視をしていた。そこで小型のモニターを取り出し、電源をつけて画面を映し出した。そこには、作戦メンバーが映っていた。ただ一人除いて。それは、彼の制服の左胸につけた特殊カメラである。これは私もどのようにできているのかは知らない。つければカメラはもちろん、音声も聞き取ることができ、録画等もできる。また、これはGPS機能もある。ただし、こちらから向こうに連絡をすることはできない。現在位置は地下一階にいるようだ。私はただ画面を見ていた。しばらくすると、画面で何かが大きく動いた。それは、ギルドの罠に引っかかっていた。それは、野田さんが巨大ハンマーで吹き飛ばされ、再びハンマーで叩かれていた。どうやら解除をしていないようであった。私はもしやと思い、画面から離れて一度ギルドの入り口付近に戻ってきた。そこには、誰もいなかった。ということは、天使が他の入り口から侵入したと考える。こうなってしまった以上、私にはどうすることもできない。無事に皆が戻ってこれることを祈るくらいだ。私はもう一度画面を見ることにした。

 

****************

 

地下を進んでいくこと数十分、各々の集中力が切れたせいか何かと喋るようになった。

 

「これから大丈夫かな?」

「さぁ?何とかするしかないだろ」

「僕、痛い思いしたくないな〜」

「んなもん、みんなそうだって」

 

やはりまだ不安を募っているのが多い。が、こういうときはどうしようもない。だから俺も音無に話しかけた。

 

「音無、記憶は戻ったか?」

「いや、さっぱりだ」

「そうか」

「佐野はどうだ?」

「俺はある程度は思い出せたが、肝心なことが分からん」

「なるほど」

 

そんな他愛無い話を続けていたら、

 

「静かに!何か聞こえる」

「え?何も聞こえないぜ?」

「この音、何かが転がっているような感じだ」

「!?後ろだ!走れ!!」

 

椎名はその一言を発した直後、凄まじいスピードで駆け抜けた。一同は何だ何だと疑問だらけだったが、俺もすぐに分かった。

 

「何か転がってくるみたいだぞ!早く椎名の所についていけ!」

「そうね!全員、全速力!」

 

それからメンバー全員一斉に走った。そして、後ろからこれまたハンマーと同じようにどでかい鉄球が転がっていた。こんな狭い道で転がってちゃ一瞬で潰されるな。

 

「こっちだ!」

 

椎名が呼んでいる。とにかく全速力で行く。ある程度は間に合ったが、後ろの方が微妙であったため、

 

「グワァァァァァァーーー!!!」

 

高松の雄叫びがよく聞こえた。

 

「くっ!やられたか!」

「ちっ!行くわよ!」

 

一同はそのまま突き進む。ゴールは目前というわけでは無い。まだまだありそうだった。

 

そろそろ次のフロアかと思った矢先に、やたらと洞窟に不釣り合いな扉があった。そこに入ると狭いが奥に扉があった。皆でそこを目指すと、いきなり扉が閉まった。

 

「「!?!?」」

「何だよこれ!?」

「しまった!ここは閉じ込められる罠だったのを忘れてたよ!」

「何でそんな大事なことを忘れてんだ!」

 

何やら大山と音無がいい感じにボケとツッコミをしていた。とまあ、そんなことはどうでも良いが、ここのトラップ、閉じ込めるだけなら不自然だ。何かあるに違いない。と、考えていると、何やら奥から赤い線が出てきた。

 

「お、おいあれってまさか例の切れ味抜群じゃないだろうな?」

「その通りだよ!あれはヤバイやつだよ!」

 

どうやらレーザーカッターのようなものらしい。これはまずい。避けないといけない。そして、レーザーはこっちに向かってきた。

 

「きたよ!」

「皆んな、タイミングよくジャンプよ!」

 

レーザーが来てから順番にジャンプをしていった。

 

「第二射くるぞ!」

「形は!?」

「上だ!頭を下げろ!」

 

今度は頭上に来るタイプだった。これも避けるのは簡単だろう。

 

「第三射くるぞ!」

「第三射って何だっけ!?」

「エックスだ!」

「「エックスーー!?」」

「どう避けるんだ!?」

「それぞれなんとかして!」

 

エックス、これは壁を使って避けた方が良さそうだな。俺は右の壁に向かって飛んでその反動を使って反射するように飛んだ。こりゃあ、誰かやられるんじゃね?

 

「まだ開かないの!?」

「待て!すぐ開ける!!」

 

一番前のやつがロックを解除して漸く抜け出せた。しかし、少し遅かったため、

 

「ウォォォォォーーーー!!!」

 

松下五段の絶叫が響いた。そして、大山と俺はその光景を直で見てしまった。うわぁーすげー切れてるところ見えてる。初めてだわ。

 

「ウゥッッ!!!」

 

大山はあまりの光景で吐いてしまった。まあ、無理もないな。うん。

 

「五段がやられたか」

「ちったぁー痩せろよな」

「行くわよ」

 

その後も歩き続けて次の罠にかかった。それは天井が落ちてくる罠だった。

 

「しまった!ここは天井が落ちてくるのを忘れてたよ!」

「だからそんな大事なこと忘れるなよ!」

 

こんな時でも大山と音無はボケとツッコミをしてくれるのか。

絶体絶命と思われたが、突然天井が止まった。何と、TKが一人で抑えていた。

 

「Hurry up!! イマナラマニアウ!Oh....トンデイッテダキシメテヤレー!!」

「ありがとう」

「じゃあな」

「達者でな」

「.....sorry」

「.....thank you」

 

TKに対する言葉があまりにも軽い。やはり、死なない世界だからか?一応、俺と音無は心を込めて言ったつもりだ。そして、天井が下についた。

 

「くっ!TKまで犠牲に....」

「したんだろ。お前らが」

「いや、大丈夫だって!そのうち元に戻るから!」

「いや、少しは思いやりを持てと音無は言ったんだろ」

 

何だこの漫才をしているような感覚は。俺、ここに入って良かったのか?

 

それからまた歩く。そして罠に引っかかる。

 

「しまった!ここは床が抜ける場所だったのを忘れてたよぉぉぉぉ〜〜〜!!」

「だからそんな大事なことを忘れるなってば!!」

 

ここでは、床が抜けて落ちるようになっていた。幸い、椎名と藤巻、俺は落ちなかったが、ゆりと日向、音無がかろうじてつながっていた。

 

「どうする!?このまま俺と音無も落ちるか!?」

「冗談じゃねぇ!俺は落ちたくねぇーぞ!」

「ここで戦力を大幅に失ってはダメだ!何とかしないと!」

「お、重いぃぃぃー!」

「仕方ない。ここは頑張ってのぼってもらうしかない」

「音無!お前からのぼれ!」

「無茶言うな!できるか!」

「んなこと言ってる暇はない!何とかしてのぼれ!」

「くそ!ええい!行くぞ!!」

 

 

音無が慎重に日向の身体を使って登っていく。そして、ゆりのところに来て少し止まった。どうやら彼は紳士のようだ。女性の身体に触れるのはちょっと躊躇うのか。今はそんなこと考えてる暇はないんだがな。とまあ、紆余曲折あったが何とか音無がゆりの身体を伝って登ってきた。俺は手を出してそのまま引っ張り上げた。次に日向が来る番だが、

 

「キャァァーー!そんなとこ持てるわけないでしょ!」

ゲシッ!

 

「って!ばかぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」

日向がゆりの胸を触って蹴られて落ちた。いや、ゆりが落としただな。そして、残るはゆりだけなので難なく引っ張れた。

 

「あれ?日向は?」

「尊い犠牲だったわ」

「え?そうなのか?」

「聞くな。そして知ろうとするな」

「あ、あぁ」

 

そして、次に向けて歩こうとしたら、藤巻が挑発をしてきた。

 

「けっ、よくもまぁ新入り二人が生き残れたもんだ」

「何とかな」

「思いの外、簡単な気がしてきた」

 

何か、こういうのってあれだよな。フラグとかいうやつだよな。案の定、次のトラップは、

 

「水攻めか」

「こいつ、金槌だったのか」

 

藤巻がプカプカと浮いていた。思いっきり水を吸って呼吸が出来なくなり、窒息死といったところか。

 

「浮いてるから失行方不明にはならず、墓に入れてくれそうだ。良かったな」

「お前、結構怖いこと言うな」

「ゆり!こっちに出口がある!」

 

椎名が泳いで出口を探してくれていた。そして、俺たちはその後に続いた。外に出ると、そこは先ほどより暗かったが、中は広くなっていた。何だか本物の滝の洞窟のようだ。

 

そのまま歩き続けていると、今度は何かが流れてきた。あれは一体何なのか目を凝らすとダンボールに子犬が乗っていた。オモチャのだが。

 

「あぁ!子犬がさらわれてる!助けなくてはー!!」

「椎名さん!それは罠よ!行っちゃダメ!」

 

ゆりの言葉は一足遅かった。椎名はオモチャの子犬を大事そうに抱えて、

 

「不覚!偽物だったぁぁぁぁぁ〜〜〜」

「椎名さーーん!!」

「なぁ、あれも対天使用なのか?」

「さあな。俺から見ると対椎名用にしか感じなかった」

 

ギルドは漫才をするために生まれたのかもしれないな。うん、キットソウダロウ。俺は考えるのをやめた。

 

暫くして、ゆりが一度休憩を取ると提案をして、休んでいたが、その表情は暗かった。

 

「笑っちゃうわね。たった3人しかいないなんて」

「まあ、俺は運が良かっただけだけど、佐野はさすがだな」

「正直、ここの仕掛けは凄かったが、何か抜けてると思った」

 

なるべく明るくしようとしたが、ゆりの顔は晴れない。そこで、音無がゆりのことを訊いた。

 

なぜ神に抗う?

なぜここにきた?

どうやってこれほどの人を集めたのか?

 

様々なことを訊いた。そんな中、ゆりは俺たちに生前を話してくれた。

 

****************

 

あたしには、3人の妹弟がいた。みんな可愛かった。いつもは家族と一緒に出かけたりみんなと遊んだりと毎日が幸せだった。でも、その幸せは突如無くなった。両親が留守の間に強盗が入ってきた。全部で4人いた。4人のうち3人はものすごい剣幕であたしたちに言い寄ったの。

 

「お前ら!動くなよ!もし、一歩でも動けばこれで殺すからな!」

 

脅しだった。強盗は部屋中を探していた。あたしたちはただ怯えていた。やがて痺れを切らした強盗たちがあたしに近づいてこんなことを言った。

 

「お嬢ちゃん、あんたはこの家で一番だ。もし、パパやママに困ったときに何かを渡せとかそういうものがあるだろ?それを見つけてくれないかい?」

「し、知らない!あたしそんなもの知らない!!」

「嘘をつくな。もし、持って来なかったら10分おきにお前の妹たちをこいつで殺す!」

 

あたしは無我夢中に探した。そこで見つけたのは、大きな壺だった。これなら高く売れると思って持っていった。しかし、壺は重かったため、途中で壊してしまい、そのまま気絶してしまった。目が覚めたときは、既に30分が過ぎていた。そこには、血だらけの弟や妹がいた。あたしは絶句した。罪悪感を抱いた。あたしのせいだ、あたしのせいだ、あたしのせいだ、何度も同じことを考えた。しかし、ここで違和感を感じた。それは、強盗たちが寝ているのだ。大きなイビキをかいてぐっすりと眠っていた。また、強盗は3人しかいなくて、1人がどこかへ行った。その顔等は見てないから全く分からなかった。そして、暫くすると、警察が来て、強盗たちを捕まえてくれた。

 

****************

 

「というわけよ」

「そんなことがあったのか」

「................」

 

ゆりの話、どう考えても俺の生前と合致する。恐らく、何も分からなかった強盗というのは俺のことだろう。何しろ、奴らに睡眠薬入りチョコをあげたのを覚えている。ということは、俺はゆりに理不尽な人生にさせた張本人というわけか。何ということだ。俺が原因だった。

 

「(何て最低な人間なんだ、俺は。)」




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。今回はギルドへ行くまでの道のりを書いてみました。自分の記憶を辿って書いたため、セリフ等は違うかもしれませんが、基本的な所は一緒と思います。次回は、VS天使です。佐野君が初めて天使と対面します。次回にて、ギルド降下作戦は終わる予定です。では、また次回でお会いしましょう。

もし、よろしければご感想を書いてくださいますと幸いです。


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EPISOUDE8 Angel

大変長らくお待たせしました。続きになります。
世間話になりますが、最近夜になって漸く部屋の室温が28~26℃くらいになってきましたね。こう涼しいと秋がきたなぁ~と感じます。(笑)
では、どうぞ。
感想をいただけますと幸いです。


暫く休憩をして、再び歩き出したゆり、音無、俺の三人。

 

「何か音がするな」

「ギルド本部が近いんじゃねーか?」

「えぇ、その通りよ。これは武器を作ってる音ね」

 

本部が近いということで、音だけでなく鼻に鉄の匂いがしてきた。相当大きい工場になってそうだ。やがて、広場に出た。そこは、見渡す限り機械だらけであった。

 

「すげーな、これ全部武器を作るためなのか?」

「そうよ、彼らの記憶にあるものをそのまま作ったのよ」

「どうやってだ?まさか全て鉄やら何やらを集めて作ったのか?」

「いいえ、土塊からよ。この世界ではね、土塊なら自分の記憶にあるものなら何でも作り出せるようになってるのよ。あたしのこれもそうよ」

 

そういってゆりは俺たちにハンドガンを見せてきた。これも土塊からできたのか。なら、俺のこのナイフも土塊なのか?触ってみても特に土の感触はない。それよりもナイフの刃もステレンス鋼のようなツルツルしたものの感触だ。

 

「ゆりっぺだ!」

「無事だったんだ!」

「あの罠だらけの中を抜けてきたのか!」

「おい!仲間もいるぞ!」

「おぉー!あんたらも無事だったのか!」

 

何やらすごい歓迎された。それにしても、すげー人の数だな。地上にいる戦線メンバーも多かったが、地下にもこれだけの人がいるとは、ゆりのカリスマは改めてすごいな。

 

「ゆりっぺ!他のみんなはどうしたんだ!?」

「........他はやられたわ......」

「何だって!やっぱ解除しとくべきだったかな」

「いや!それだとすぐに天使が来るだけだ!」

「じゃあ!どうするんだよ!」

「俺に言われても分かんねーよ!」

 

おいおい、喧嘩が始まったぞ。このままだとただ天使を待つだけだぞ。

 

「どうすんだよ、リーダー?」

「そうね........ここを爆破するわ」

「「えぇ!!?」」

「正気かゆりっぺ!?」

「せっかく効率よく武器が作れるのに!」

「それより天使を倒そうぜ!」

「いいえ!ここは爆破するわ!」

「何故だ!ゆりっぺ!!?」

 

今度はゆりと言い合いになったか。こいつは早くしねーとマズイぞ。その時、一人のおっさんが来た。

 

「お前ら!そこまでにしな!」

「「!!?隊長!」」

「チャー........」

 

そのおっさんはチャーと呼ばれていた。ここは青春を送れなかった若者が来るはずだが、まさか教員として呼ばれたのか?

 

「久しぶりだな。ゆり」

「えぇ、久々ね」

「さて、ここを爆破する理由は何だ?」

「ここにいても天使にやられるのが見えてる。だから、オールドギルドに行ってもう一度始めるのよ」

「オールドギルドか、あそこは土塊しかなかったな」

「えぇ、あたしたちは最初あそこで武器を作ってたでしょ?」

「そうだな。また一からか。よし!爆破の準備をするぞ!」

「「えぇぇぇぇ!!!!??」」

「な、なぜですか!?隊長!」

「お前ら!いつから効率重視になったんだ!この世界は永遠に長い!だったらまた一から作り出す時間もある!大切なのは、効率じゃなくて記憶だ!!」

「「!!!」」

「記憶があれば何度も作れる!それが俺たちギルドだ!!」

「...........おれ、爆破に賛成だ!」

「お、俺もだ!」

 

チャーの言葉で次々とギルドのメンバーが爆破に賛成してくれた。そして、全員の心が一つになったとき、ゆりとチャーは握手をした。何か古い仲という感じだな。その時、頭上から大きな音がした。

 

「ヤバイ!最後のトラップが発動した!」

「これはすぐそこだぞ!」

「お前ら!急いで爆薬を出せ!」

「あたしは天使を食い止めるわ!」

「頼んだ!」

「お、おいゆり!ったく佐野、俺たちも行こうぜ!」

「そうだな。.........チャーさんよ」

「なんだ?」

「あんた、高校生なのか?」

「佐野!この非常時に何を訊いてるんだ!?」

「どうも気になって仕方ないんだ。すぐ済む。教えてくれよ」

「フッ、お前は面白いな。以下にも、俺は高校生だ」

「マジか。どう見ても30代のおっさんにしか見えねぇ〜」

「ハハハハッ!正直だな!気に入った!お前には無事にここを脱出できれば俺たちの昔話をしてやる」

「ありゃ、俺の考えが読まれてたか」

「俺もゆりと同じくらい長くいるからな。それくらいは分かる」

「じゃ、頑張らないとな」

「佐野ー!早くしろ!」

「へいへい!行きますか」

「..........頼んだぞ」

「おう」

 

俺は天使に足止めに向かった。そこは、すぐそこまで煙が立っていた。かなり爆発したようだな。その煙の中、何かが見えた。白く長い髪に小柄な体型をした女の子が歩いていた。あれは見たことがある。動画で遊佐と一緒に見た天使だ。ついにご対面だ。

 

「あれが天使か。ただの小さな女の子だな」

「えぇそうよ。でも、見た目で判断してはダメよ。ああ見えて力とかはエグいんだから」

「分かってる。やるからには全力だ」

 

先手必勝といってゆりが拳銃を天使に撃った。天使の足にあたり、天使は膝を折った。今がチャンスと言わんばかりにゆりはナイフを持ち出し、一直線に駆けていった。俺はとりあえず少しでも情報が欲しいからゆりに任せていた。その時だ。天使はどんな力を使ったか分からないが、足から銃弾が抜けてみるみる傷が塞がっていった。

 

「(回復が早いな。だからすぐに息の根を止めようとしたのか。)」

 

ゆりがナイフで首を落とそうとしたが、その攻撃は、天使の手から出た謎の刃物が止めていた。ゆりは止められたがこのまま押し切ろうと体重をかけた。だが、天使はそれを物ともせずゆりの体制を崩してきた。

 

「(マズイ、これだとゆりがやられる。なら、もう一度足を狙う)」

 

俺は天使の足に撃った。すると、天使はまた膝を折って倒れかけた。

 

「ゆり!やれ!」

「クッ!!」

 

ゆりがナイフを刺そうとした。だが、

 

「ガードスキル、ディレイ」

 

天使がそう呟いた瞬間、ゆりの背後に回ってきた。それは、瞬間移動と考えるのが正しいのかもしれない。そして、ゆりの背中を刺そうとしたが、

 

「オラァー!!」

ドスッ!

 

音無が天使に体当たりをした。天使はゴロゴロと転がり、止まってからまた立ち始めた。その隙を逃さないと言わんばかりに俺は接近した。そして、ナイフを持ち、攻撃をした。

 

「ガードスキル、ディレイ」

「それは読んだ!」

 

天使が瞬間移動した背後を読んで、俺は攻撃を後ろにした。すると、天使の足にナイフが刺さった。天使は表情を変えていなかったが、ナイフが上手く足に刺さったことで膝を折っていた。

 

「ゆり!足止め成功だ!ここを去るぞ!」

「えぇ!音無くん、行くわよ」

「あぁ!」

 

その時、後ろから大きな声が聞こえた。

 

「三人とも!そこを離れな!」

 

誰かが俺たちを避難させるよう誘導してきた。何事か振り向くと後ろからギルドの連中が大きな赤い大砲を持ってきて、構えていた。

 

「こいつで天使を倒してやる!」

「音無くん!佐野くん!こっちよ」

 

ゆりに促されて小さなシェルターらしき場所に避難した。そして、

 

「ファイヤァァーーー!!!!」

ドゴォーーーンッ!!!

「「ぐわぁぁぁぁぁー!!」」

 

凄まじい爆音が聞こえた。だが、そこに彼らの悲鳴に近い声も聞こえた。

 

「..........やったか!?」

「いや、ダメだろ」

 

見ると、そこは大砲が爆破したようだった。その周りには、ギルドの連中がいた。

 

「へへっ、やっぱ記憶にないものを適当に作っちゃダメだな.....」

「適当に作るな!!」

「グヘッッ!!」

 

爆風で飛ばされたギルドの一人がそう呟いた後、ゆりがそれはもう華麗でものすごく痛そうなエルボードロップを決めていた。あれは下手をすると骨折、内臓が破壊されたかもしれない。それにしても、こんな緊急事態でもしっかりとボケとツッコミができるとは、緊張感がない奴らだな。だが、神妙な面をしてやるよりも、こうして楽しくやるのもいいのかもしれない。生前の俺にはなかったことだ。

 

「ゆり!準備出来たぞ!」

「分かった!音無くん!佐野くん!次はこっちよ!」

 

ゆりの指示に従って今度はチャーたちがいるシェルターまで走った。そこでは、すでに何かのスイッチを持っているチャーが立っていた。やがて、俺たちがたどり着くと、

 

「本当にいいんだな?」

「いいわ、派手にやってちょーだい!」

「よし!爆破だ!!」

 

そして、スイッチを押した。俺たちは、シェルターの扉を閉めていたため、爆風に巻き込まれることはなかったが、あの場所に置き去りにされた天使は今ごろ瓦礫が落下してたり、あちこち燃えているギルドで様々な傷を負っているはずだ。いや、もしかすると天使だから死にはしないのかもしれない。なにか特別な力を使ってあそこも抜け出せるかもしれない。まぁ、今回はギルドで武器の調達が目的だ。だから、天使は足止めにするのが良い。まだ始まったばかりだ。この世界は、永遠に続く。だったらゆっくりと天使の攻略を考えるとしよう。今回で気が付いたことは、天使の能力の発動を防ぐのはほぼ不可能ということと、奴が使う『ディレイ』は、本当に危機が迫った時にしか使わないということだ。ここから考えると、天使は遠距離攻撃、近距離攻撃に対する術を持っている。一番有効と考えていたふいうちでもディレイによって避けられてしまうのが目に浮かぶ。結局、天使を倒す手掛かりは得られなかった。銃とナイフで攻撃した時、確かに天使はダメージを負っていた。だが、そこからの傷の治りが凄まじいほど早かった。ということは、心臓を潰せば殺れるのではないかと考えたが、そこまで接近するのがまず不可能にまた戻った。俺は、小さくため息をついた。この件はもう考えないようにした。

 

 

しばらく歩いていると、広い場所に出た。そこは、古くなっており、ボロボロであった。

 

「ここも変わっていねぇーな」

「また一つよろしくね」

「あぁ、任せときな。お前ら!まずはここを綺麗にするぞ!」

「「おぉーー!!」」

「頼もしい連中だ」

「ふぅ、それじゃあ、アホどもを起こすとしますか」

 

そう言ってゆりはポケットからトランシーバーを取り出した。そして、大きな声で叫びながらやられた戦線メンバーをおこしていった。ある程度終えると、今度はギルドの指示に回っていた。

 

「戦線にギルド、全員がゆりを信頼してるんだな」

「あぁ、あいつはひどいリーダーと言ってたが、こんなに明るく作業をこなせるのも普通じゃできない。だから、立派なリーダーだよ」

「そうだな」

 

 

*******************

 

無事にギルドにたどり着くことができていることを確認した。先ほど、ここではない場所から大きな音が聞こえた。恐らく、天使が地下に侵入したことで罠が作動したのだろう。映像を見ると、ゆりっぺさん、音無さん、佐野さんの三人しか生き残っていなかった。それほどギルドの罠が恐ろしいと改めて分かった。ギルド本部では、まだ天使は訪れていない。そこで、ゆりっぺさんが爆破することを告げていた。ギルドで作業をしていた方は反対をしていたが、佐野さんがゆりっぺさんの提案に賛成をした。そこから、他の方も賛成することになった。彼がいなければ手遅れになっていたのかもしれない。ギルドは爆破の準備に入り、ゆりっぺさんたちは天使の足止めに向かった。その途中、佐野さんがチャーさんに話しかけていた。さすがに映像での表情だけでは相手の思考を読み取ることはできない。自分の目で直接見ることで、声のトーンや表情の微妙な変化などを見ることで、ある程度の考えが読み取れる。その中でも私は人の変化に敏感だ。だから、佐野さんの考えが全て読み取れる。だが、今回は映像での声しか聞こえないため、全くというほど読み取れない。何だか釈然としない。というより、腹が立つというのが正しい気がする。急に心を閉ざされて拒絶されたようだった。佐野さんにはとんだ理不尽だが、無事に帰ってきたときはこの腑に落ちない気持ちをぶつけてやろうと私は一瞬考えた。

 

*******************

 

オールドギルドに来てから、数時間が経過したころ、休憩に入っていたチャーが話しかけてきた。それは、約束をしていた昔ばなしをしてくれることだ。

 

「まずは何が聞きたい?」

「そうだな、あんたの生前を訊いてもいいか?」

「俺の生前か......。俺は結婚してたんだ」

「高校生でか?」

「あぁ、といっても俺は高校生らしいことをしてなかった。酒も普通に飲んでたしな」

「ただのおっさんじゃねぇーか。本当に高校生なのか?」

「年は一応な。だが、俺の人生は唐突に終わった。そして、この世界に来たってわけだ」

「なるほど。じゃあ、次はゆりとの関係についてだ」

「ゆりとは、この世界に来て薄気味悪いと感じて校長を襲ったときに出会った。初めて見たあいつは俺の奥さんに似ていた。その姿を見たら何だが従わずにいられなくてな。気が付けば、俺はゆりに協力するようになった」

「そうなのか。ゆりが奥さんに似てるということは、ゆりが好きなのか?」

「いや、そういう気持ちは一切ない。俺が好きなは、生前結婚していたあの人だけだ」

「一途だな」

「羨ましいか?」

「いや、何と言うか、俺はそういった気持ちが良く分からない。多分、生前で恋とか愛情?とか、そんな気持ちを経験してないからだと思う.......」

「記憶は全て思い出したのか?」

「いや、まだ一部だ」

「そうか、ならそのうち見つかるだろ」

「..............なぁ」

「なんだ?」

「誰かを想う気持ちってどうなんだ?」

「それは自分で感じな」

「.....................そう、だな」

「一つ助言だ。誰かを想う気持ちは複雑だ。幸福であったり、不幸であったりと忙しい。だが、時期に分かる時が来る。その人に最高の笑顔を見せたいとな」

「何だか良く分からないな」

「はっはっはっは!!若造よ、これから知ってこい!」

「あんた、俺と高校生なんだろ?何で若造なんだよ。やっぱおっさんか?」

「それも自分で探しな!」

「...................なんかあんたはゆりたちと違って謎が多すぎる」

 




最後までお読みいただきありがとうございました。今回は天使との対面になります。が、もしかするとちょっとサブタイトル詐欺かもしれないと思っていました。(苦笑)
次回も、頑張って書いていきたいと思います。後、評価と感想をいただきますとものすごく嬉しい気持ちになるのでそちらの方も宜しくお願いいたします。
では、また次回お会いしましょう。


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EPISOUDE9 Making

お待たせしました。今回はオリジナル回になっています。あまりどうでも良いかもしれませんが、個人的にあの世界の気になったところを書いてみたかったのでご了承ください。
また、感想や評価をいただきますと凄く嬉しいです。是非、よろしくお願いいたします。
では、どうぞ。


 オールドギルドで新たなギルドの武器製造場を作り、ある程度手伝いをした俺たち戦線メンバーは、新しい武器や弾を手に入れてそれを持っていくことにした。地上に出るとすでに太陽は昇っており、眩しいくらいの青空であった。

 

「な〜んかっ!久々に太陽を拝んだ気分だな!」

「今の時刻はもう昼か。そんなにたってたんだな」

「かなり濃い時間だったしな」

「とりあえず、休みたいね」

「だな」

「ゆりっぺ!しばらく休みをくれよ!」

「はぁ、音無くんと佐野くんなら分かるけど、あんたたちは死んだだけじゃない」

「いやいや!!俺たちだってすぐにオールドギルドに行って手伝ったじゃねーか!」

「まぁ落ち着けよ日向。確かに、俺も多少は休みが欲しいな。佐野はどうだ?」

「そうだな、俺も新しい武器の調子を見たいし、自分で何か作ってみたいこととかやりたいことが沢山あるから時間が欲しい」

「仕方ないわね。じゃあ、今日から一週間は自由に行動して頂戴。あっ、でも定例会議には出席よ」

「よっしゃ!!」

「何する〜?」

 

 ワイワイと喜んでいるが、それっていつも通りじゃないか。コイツら、そんなことも考えれないほどアホだったのか。まぁ、せっかく休みをくれたんだ。俺はやりたいことをするとしよう。

 

「何をするのですか?」

「うぉっ、お前いつからいたんだ?」

「つい先ほどです。休みを欲しいというところから聞いていました」

「ほぼ最初からじゃねーか。まぁいいか」

「で、何をするのですか?」

「ん?それはな、土塊だ」

「土塊.......ということは何か作るのですね」

「さすがだな。今の俺に何が作れるのかやってみたいんだ」

「では、私もご一緒します」

「あーそういえばそうだったな。そういう契約なんだよなぁ.....」

「何かご不満でも?」

「いや、まぁいいや。じゃ、行くぞ」

「はい」

 

 俺は遊佐と一緒に行動をすることになった。

 

「とりあえず、土塊が沢山ある場所ってある?」

「それでしたら、オールドギルドがよろしいかと」

「あそこは今ギルドの本拠地だからあんま出入りしたくないから却下だな」

「では、校舎裏にある丘はいかがですか?」

「そんな所があるのか。よし、そこに行くとしよう」

 

 遊佐が言う丘は正門の反対側にある大きな山に囲まれた丘のことである。そこは基本的に人が通らないため、自然のものが沢山あるらしい。だから、土塊もあるという。俺たちは、その丘へ歩いて行った。そこには思った以上に土塊があった。

 

「こんだけありゃ何でも作れそうだ」

「そうですね。で、何を作るのですか?」

「あぁ、まずは防弾チョッキだ」

「防弾チョッキ?それをつけてしまうと動きが遅くなり、天使にやられやすくなると思いますが」

「いやいや、防弾チョッキは捨て身に使うためだ」

「捨て身、とは?」

「簡単に言えば、天使に接近して攻撃しようとするだろ?そん時はまずハンドソニックで刺されて終わりだ。だが、チョッキがあれば刺さっても多少は動けるから強引に攻めることができるって俺は考えてる」

「なるほど」

「まぁ無意味だとも思ってる」

「??何故ですか?」

「まだ俺は天使の力量を知らない。チョッキ如きじゃ簡単に貫ける威力を持っていれば意味がないから」

「では、どうして作るのですか?」

「別にチョッキは作っても損はないから。それに、どれくらいの時間で作れるのかも簡単なチョッキで試したいからもある」

「分かりました。では私はここで皆さんを見ていますので、始めてください」

「あぁ」

 

 それから、俺は土塊から色々と作った。最初は防弾チョッキをそのまま作ってみようかと考えてみたが、案外上手くいかなかった。これはもっと細かい所まで考えて作らないといけないのかもしれない。ということで、まずは防弾チョッキによくあるアラミド繊維の布をイメージしながら土塊をいじってみた。すると、どんどん土塊から他のものへと変化していった。なるほど、完成品じゃなくて部品をイメージして作らなければならないんだな。時間的には、1分弱といった所か。作る物の大きさによって変化していくのだろうか?よし、チョッキができたら他のも試してみるか。俺は、夢中で作り続けていた。

 

〜一時間後〜

 

「よし、これでいいな」

「もう出来たのですか?」

「あぁ、とりあえず確かめてみたいからナイフでも刺してみるか」

 

 俺はナイフを取り出し、思い切り刺してみた。すると、完成したそれはちゃんと防弾チョッキとして機能を果たしていた。また、ナイフだけでなく銃弾も試してみた。これもちゃんと貫通していなかった。

 

「とりあえず、問題はないな」

「おめでとうございます」

「さてと、他のも作ってみるか」

「今度は何をですか?」

「何も考えてない」

「では、いつまでここにいるのですか?」

「会議までには終えるつもり」

「分かりました」

 

 それから、俺は土塊とにらめっこをし、ぶつぶつ呟きながらガラクタを作っていた。一方、遊佐は少し高台になっているところから双眼鏡で周りを見渡して何かあればインカムで報告をするということを繰り返した。お互い、話し合うことはなかった。

 

~夕暮れ~

 

「佐野さん、定例会議のお時間です」

「んぁ?もうそんな時間か。気が付かんかった」

 

遊佐に言われて俺は思いきり大きなあくびをした。よほど集中していたのだろう。確かに、作業していた間は時間のことなど一切気にしていなかった。周りを見ると、良く分からんものが散らばっていた。刀や拳銃といった武器や、釘やネジといった工具などと様々なモノが存在していた。中でも一番すごいと感じたのが、マイクやテレビなどの機械類であった。土塊は本当に自分の記憶にある物なら何でも作り出すことができるんだなと改めて感じた。とりあえず、作ったものはいらないからそのまま丘に置いてきた。まぁ、また来ると思うからそん時に何とかするとしよう。そして、俺たちは校長室へ向かった。

 

「カミモホトケモテンシモナシ」

 

 中は既に全員そろっていた。俺たちが最後尾だった。

 

「悪い、遅れた」

「いいわよ、物作りに夢中だったそうね」

「なんだ、遊佐から聞いたのか」

「えぇ、あなたはまだ記憶が完全じゃないから監視も兼ねてね」

「まぁいい、早く始めようぜ」

「じゃあ高松くん、本日の報告を」

「はい、先日はギルド降下作戦にて多くの命を失ってしまいましたが、何とか切り抜けることができました」

「いやいや、俺たちは既に死んでるから失わねぇーよ!」

「日向くん、ナイスツッコミだよ!」

「フッ」

「お前、ツッコミすぎだろ」

「hoooo!!!」

「しまった!嵌められたのか!」

「はい、日向これでマイナス10点な」

「うむ、さしずめ日向はツッコミキングだな」

 

「............何してんだ?」

「あれは日向さん、大山さん、藤巻さん、高松さん、TKさん、松下さん、音無さんの皆さんでツッコミ禁止勝負です」

「なんだそれ」

「簡単に言いますと、一日で一番ツッコミをした人が食券をあげるというゲームです」

「なるほど、アホだな」

「はい、アホです」

 

 まぁ、そんなことは置いといて。そろそろ我らがリーダー様の怒りが頂点に達しそうだ。

 

「あ、アンタたち、会議中に良い度胸してるわね・・・・・・」

「やっべ!ゆりっぺが怒るぞ!死よりも恐ろしい命令が来るぞ!」

「ここは一時退散だ!」

「「「おぉ!」」」

 

メンバーが逃げようと校長室のドアノブに手をかけた瞬間、銃声が聞こえた。それは、ゆりが持っていたものからだった。ゆりは静かに息を一つ吐いて、

 

「アンタたちは今日から一週間死よりも恐ろしい罰ゲームよ!!」

 

と一つ命令を下した。案の定、音無を除いたメンバーはムンクの叫びみたいな絶望した表情とポーズをしていた。ここにきてもボケを入れるとはもしやこいつらMなのか?

 

「彼らはただ楽しんでるだけですよ。アホなりのですね」

「最後の一言がなければいいこと言うなと思ったがその一言も正しいから何も言えねー」

 

 それから、ゆりの怒りが収まってからは普通に報告となって、解散になった。ここで俺は一つ話したいことがあった。

 

「ゆり、この後聞きたいからいいか?」

「あら何かしら?」

「お前の生前についてだ」

「............」

「お前の妹弟を殺したのは俺だ」

「.....................どういう意味かしら?」

 

 俺は、ゆりに自分の生前を話してその辻褄が合う理由も話した。その間、ゆりはずっと真顔で俺を見ていた。

 

「.........というわけだ」

「なるほど、確かにあたしのと似てるわね」

「あぁ、俺はお前にとんでもないことをした。だから、償いをさせてくれ」

「償い?何であなたがするの?」

「それは、お前の家が狙い目だと強盗達に教えた俺は元凶だからだ。あれがなければお前はここにいないはずだ。だから、償わさせてくれ」

 

 俺は深く頭を下げた。こんなことで解決するかと言えばしないと思う。自分の家族が失った悲しみはそれほど重い。悪いことをすれば謝って償いをすればその恨みなどが晴れることはある。だが、この世界に来ている人間は全員理不尽だった。償いでどうにかすることはできないかもしれない。しかし、今の俺にできることはこれしか考えれなかった。

 

「顔を上げなさい、佐野龍也くん」

「............」

「あなたのしたことは確かに許せないことだわ。あのときのあたしなら確実にあなたを殺すことが償いだと思った」

「あぁ、覚悟は出来てる。俺にできることなら何でも言ってくれ」

「じゃあ、あなたガルデモの護衛につきなさい」

「任せろ、俺がガルデモを守って.........て、なんだそれは?」

「なにって、あなたは今日から陽動班に移ってもらうわ」

「は?いや、それはお前の償いにならないだろ?」

「なに言ってるの!陽動が上手くいかないと今度天使の正体を暴く作戦が上手くいかないじゃない!」

「それって、前に話してくれた......」

「そうよ、もともとあなたのポジションは陽動の方に決めてたけど、償いとか言われたからいっそ陽動班にいてもらった方がいいと思ったの」

「だが、それはお前の償いにならないだろ?」

「なるわよ」

「なぜだ?」

「あたしはこの世界を支配したいの。だから今できることを佐野くんはあたしが支配するまでは手伝ってもらうのよ。それがいつまでとかは分からない。はら、償いになるでしょ?」

「いや、そう聞くと確かにそうかもしれないが、本当にお前はそれでいいのか?」

「もちろん」

「ふっ、お前は本当スゲーな」

「当たり前よ。あたしは死んだ世界戦線のリーダー様なんだから」

「あぁ、さすがだ」

 

 最初はお互い神妙な面で見ていたが、いつの間にか頬が緩んで笑い合っていた。償いは、相手の負の気を自分が受けることだと思っていたが、相手の気持ち次第ではただ傍にいるだけでもよし、今まで通りに接したりするのもよしと何でもあるんだなと思った。

 

*******************

 彼は、今日ずっと土塊で何かを作っていた。それは、本当にガラクタばかりだった。彼自身も今日は必要なものを作るのが目的ではなく、物を作ることが重要だったらしい。私は彼が作業をしている間、見渡しのできる場所に行き、双眼鏡を使って他のメンバーを観察していた。

 最初に発見したのは、日向さんたちだ。彼らは、皆で集まって何か会話をしている。私はお得意の読心術で彼らの会話を考察した。彼らは、一日で誰が一番ツッコミをするのかを競っているようだ。いや、逆にツッコミをしてはいけない方であった。そして、始まってすぐに日向さんがツッコミをしていた。本当にアホである。

 次に見つけたのは野田さんだ。野田さんはいつものように河原でハルバードを振り回して特訓をしていた。因みに、野田さんが音無さんを何度もKOにできたのは単に身体能力の差である。なので、あの特訓は武器の扱いに長けるようになっているのではなく、身体を鍛えているだけである。また、彼は時々何かポーズみたいなことを決めて独り言を呟いていた。その内容は、今日も俺はカッコいい、待っててくれゆりっぺ!である。本当にアホである。

 次に発見したのは椎名さんだ。彼女は体育倉庫によく籠る。中で何をしているのかというと、綿がはみ出ている犬のぬいぐるみなどをものすごいスピードで直しているのだ。そして、直し終えた後は、少し周りを気にして誰もいないと思えば思いきりぬいぐるみを抱きしめてキュート!と一番の笑顔をする。彼女も普段は私と同じように無表情であることが多い。しかし、可愛いものの前だとコロコロと表情を変える。本当にキュートである。

 そんなこんなでいつも通りにしている戦線メンバーを観察していたが、ふと彼のことが気になって少しだけ顔を向けた。すると、彼は私の視線のことなど気にせずぶつぶつと呟きながら物を作り続けていた。それは、正に夢中になっている男の子のようであった。私は貴重な彼の素が垣間見えた気がしたと思った。やがて、定例会議の時間になったので、私は呼びかけた。すると、彼は時間のことなど忘れていたらしい。読心術を使うと少しは照れがあった。素直に可愛いと感じた。

 定例会議ではまだゲームを続けていた日向さんたちにゆりっぺさんが死よりも恐ろしい罰ゲームの命令が下した。そして、佐野さんはゆりっぺさんに何か訊こうとしていた。それは、自分の生前とゆりっぺさんの生前が関わっていたことだ。初めは主ぐるしい空気に感じたが、徐々に明るくなり、二人の表情は笑顔になっていた。何はともあれ、無事に解決した。その結果、これから佐野さんは、私と同じ陽動班に加わるようになった。私は未だにゆりっぺさんの考えを読むことができない。ゆりっぺさんほど不思議な人は初めてだ。改めて、ゆりっぺさんには逆らえないと感じた。そして、私はもう一つ感じたことがある。それは、彼がどんな人だったのかも。

*******************

 ゆりと話を終えてから俺と遊佐は食堂に行き、晩飯を食って一度部屋に戻ってから風呂に行った。

「ふぅ~」

「あれ、佐野じゃん」

「あぁ~?日向と音無か」

「お前、今日は何か疲れてないか?」

「それ、そっくりそのままお返しするぜ」

「ん?あぁ日向の事か」

「なにがあったんだ?」

「いやな、罰ゲームが決まってから俺たちはゆりにゲームの内容を教えて日向が一番ツッコミをしたことを伝えたら日向だけが罰ゲームをすることになったんだ」

「そりゃ災難だな」

「まぁ、さすがに放っておくのは可哀そうだから応援してたらこんな時間になった。といっても俺と大山くらいしか応援してなかったけどな」

「後の連中は何してたんだ?」

「麻雀」

「悲しいなー」

「そんなわけで身体を休めに来たってわけだ」

「なるほど、じゃあ俺上がるからゆっくりしてこい」

「あぁ、ありがとう」

 

 風呂から出て部屋に戻るといつもと同じように髪をストレートにした遊佐が部屋についている鏡を見て髪を拭いていた。髪が濡れているのはとても扇情的だ。これは普段は可愛い女の子が状況によっては美しい女性に変貌したようなものだ。俺は静かに目を閉じて腕を組み、うんうんと頭を振ると、

 

「またバカなことを考えていますね」

「お前、読心術で俺の顔を見ずにわかるなんてエスパーか何か?」

「あなたから邪なオーラを感じ取っただけです」

「マジか、今度から気をつけよ」

「そうしてください」

「........そういえばさ、女は男に風呂上りは見られたくないと良く聞くけどお前はどうなんだ?」

「それ、遠回しに私が女らしくないと言っているのですか?」

「いや別に他意はない。純粋な疑問だ」

「そうですね、一言でしたら気にしないからですね」

「そういうものか」

「そういうものです」

 

 それから、俺たちは当り障りのない会話を続けてそろそろ寝ようかと思ったときに終わった。明日から俺は陽動班に行くことになる。そういえば、ガルデモのことは岩沢の事しか知らない。まずは自己紹介とかしてお互いの関係性を知っておかないとな。

そんなことを考えていたらいつの間にか夢の世界へ行っていた

ちゃんと貫通していなかった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。今回は、遊佐さんの心情を少し意識してみました。私なりなので合う合わないはあると思います。ですが、そこはかる〜い気持ちで捉えていただきますと読みやすくなると思います。次回は、ガルデモが登場します。いつも不定期で遅い更新で本当に申し訳ございません。まだコロナの影響があり、中々仕事がキツくて。
これからも頑張りますので宜しくお願いいたします。後、前書きと同じことですが、感想と評価をいただきますとすごく嬉しいです。
では、また次回でお会いしましょう。


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EPISOUDE10 Introduction

 

 朝、目が覚めていつものように起き上がると、そこにはこれまたいつものように遊佐が制服に着替えている途中だった。

 

「あれま‥‥」

 

「‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥」

 

 両者ともに無言。俺は誰でもわかると思うが、まぁエロいことを考えていた。しかも上下共に白だ。さらに、白といっても純白で柄とかもないシンプルなやつだ。俺的に遊佐はちょっと大人びた色気がある黒とか紫とかの下着だと思っていたが、これはこれでものすごく眼福だ。さて、これ以上見てたら怒られるので目を離すとするか。

 一方、遊佐はしばらくは俺を見ていたが、やがてどうでもよくなったか、普通に着替えを再開した。

 

〜食堂にて〜

 

食堂に行くと既に人が沢山いて各々の朝食を取っていた。そして、俺も遊佐から食券を貰おうとしたが、

 

「今日はこちらです」

 

「サンキュって、これ納豆だけじゃん」

 

「何かご不満でも?」

 

「いや、せめてご飯欲しいなぁ〜と」

 

「すみません、ご飯はもう切らしてます」

 

「えぇ、じゃあパンとかはある?」

 

「それでしたらこちらをどうぞ」

 

 そう言って遊佐が渡してきたのは‥‥

 

「‥‥まさかのナン」

 

「納豆を乗せて食べると美味しいかもしれませんね」

 

「あ、あぁそうかもな‥‥」

 

「では、行きましょう」

 

「‥‥‥やっぱ見たこと怒ってるな」

 

 うん、今後は遊佐が着替え終えてから起きるようにしよう。そうしないとこの、何とも嫌がらせとは断言できないことをされるのは嫌だな。

 

 やがて、朝食を終えた後は昨日ゆりに陽動班に移ることになったため、改めてガルデモに会いに行こうと決めた。

 

「うぇっ、流石に納豆をそのままナンに乗せて食うのはマズかった」

 

「災難でしたね」

 

「お前から貰った食券なんだけど‥‥」

 

「私は貴方がナンに納豆をかけて食べたそうだと思ったのでその意思を尊重したまでです。寧ろ、私は優しいことをしました。」

 

「いや、お前さっきの俺を見て災難とか言ってだろうが」

 

「何のことでしょう?」

 

「ナンだけか?」

 

「全く笑えません。余程つまらない人生を送った芸人みたいです」

 

「お前、今日はいつもより辛辣だな」

 

「なぜでしょう?」

 

「悪かったよ。勝手に着替えを見て」

 

「それだけではありません。貴方は私を下卑た目で下衆な輩が考えそうなことを想像してましたよね。私はそういった所が男性で1番嫌いです」

 

 ここまで怒っている遊佐は久々に見た。確かにあいつの生前を聞いたくせにこんなことをするのは最低だ。本当に遊佐は男が憎いんだと改めて実感した、すまない。

 

「でしたら、今後はそういったことをしないと誓えますか?」

 

「あぁ、いいだろ。誓ってやる」

 

「では、少し待ってください」

 

 そう言って遊佐はポケットから小さな手帳を取り出し、ペンで書いてこちらに見せてきた。それは、誓約書だった。内容はさっき言われたことで、右下に印と書かれたところに遊佐は

 

「こちらに拇印でお願いします」

 

「朱肉は俺の血でいいか?」

 

「構いません」

 

「よし、任せろ」

 

 俺は自分の右手の親指をたまたま近くに落ちていた針で刺して少し血を出した。そして、遊佐の手帳に強く押し込んだ。

 

「これでいいか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「いや、俺こそありがとう」

 

「では、ガルデモの所に行きましょう」

 

「あぁ」

 

 俺たちは再び歩き始めた。

 

〜とある空き教室〜

 

 ガルデモが練習しているという空き教室が見えてくると徐々にギターやドラムといった音が聴こえてきた。

 

「思った以上に音漏れしてないんだな」

 

「ここの教室は特別仕様になっています。なので、彼女たちは自由に練習ができるようになっています」

 

「へぇそいつはすげーな」

 

 どこか遊佐は誇らしげに語っているように感じる。

 

ガラガラッ!

 

「おーっす、入るぞー」

 

「失礼します」

 

「お?誰だお前?」

 

「あぁ、こいつは確か‥‥えっと‥‥‥そうだ!記憶無し男2だ!!」

 

「何だそのグループ分けした人のあだ名みたいなのは。俺は佐野だ。佐野龍也」

 

「佐野?聞いたことないな」

 

「マジか。ちょっとショックかも」

 

「貴方は岩沢さん以外の方とは面識がありません。なのであの反応は普通かと」

 

「そうだ佐野だ!佐野!」

 

「おい岩沢、ちゃんとあたしたちにも教えとけよ」

 

「悪い悪い、忘れてた」

 

「まぁ、いいけど。あたしはひさ子だ。よろしく」

 

「よろしく」

 

「ほら、お前たちも挨拶しな」

 

「はいはーい!あたしは関根しおりです!こっちの引っ込み思案ですが儚くプリティーな女の子がみゆきちこと入江みゆきです!よろしくお願いします!」

 

「しおり〜ん、変なこと言わないでよ〜!あ、入江みゆきです。ど、どうぞよろしくお願いします」

 

「あぁ、よろしく」

 

 それぞれの印象だが、ひさ子はまんま姉御肌といった感じだ。また、ゆりとは違ったカリスマ性がありそうだ。

 関根は元気溌剌な女の子だな。色々と面倒な気がするけど、まぁ気にしなければいいか。

 入江は漫画とかでよく見られる可愛い女の子といった感じだな。守ってあげたい!この笑顔!といった台詞を言われるヒロインとかに当てはまりそうだ。

 

「佐野さんと言えば、前の作戦ですごい活躍された人ですよね!いやぁ〜そんなすごい人がこんなところに何のようですか?」

 

「佐野さんは本日から作戦メンバーから陽動班に移動が決まり、ガルデモの護衛を勤めていただくことになりました。なので、本日はこうしてご挨拶をです」

 

「へぇ、あんた護衛なのか。じゃあ、雑用とかにも使っていいのか?」

 

「内容によるが、まぁいいだろう。その前に、俺はあんたたちの実力を知らない。だから一曲だけでいいから聴かせてくれよ。ガルデモの凄さをさ」

 

 俺がそう言うと、メンバー全員顔を見合わせて頷き、こっちを向いて笑顔で

 

「いいぜ!あたしたちの音楽を知ってくれ!!」

 

 岩沢がそう告げて曲が始まった。

 

****************

 

 曲が終わり、再び教室が静かになった。

 

「どうだ?あたしたちの曲は」

 

「‥‥‥‥」

 

「ん?おーい?聞いてるかー?」

 

「.........んぁ、悪い。あまりの凄さで思わず呆けてたわ」

 

「なるほど、それほど良かったんだな」

 

「あぁそうだな、言葉に表すことができないな」

 

「そりゃ良かった。あんたもあたしたちと同じ魂を持った人間の証拠だ」

 

「どいうわけだ?」

 

「あたしたちの曲は、自分自身を目覚めさせる力があるんだ」

 

「???」

 

 訳が分からない、という感想しか出てこない。もっと、魂そのものを呼び起こすとかそういったスピリチュアルなことだと思ったが、これには何と反応すれば良いか全く分からない。

 

 

「人間は、感動した時は無になることがあるだろ?それをNPCは一切ない。奴らはすぐに面に出すんだよ。何でもかんでもすげーときゃーとか騒ぐだけしかないのはあたしは嫌いだ。本当の感動は、自分にしか分からないもんだから」

 

岩沢の話を聞いて理解ができたかと言えばできてない。だが、何となくだがさっき俺が感じたことがそういうことなんだなと思うと薄らと理解できた気もする。俺自身も意味分からんな。

 

暫く自己紹介等をして、ある程時間が過ぎた頃、時刻はお昼に回っていた。

 

「そうだ、お前たち昼飯一緒に食べないか?」

 

「ん?あぁ、別に構わないぞ」

 

「私も大丈夫です」

 

「じゃ、行くとするか」

 

俺たちはガルデモメンバーと一緒に食堂に向かった。

 

食堂で自分の料理を持ってきて大きな机に6人が座った。俺が先に座るとその隣に遊佐がすぐに座った。そして、もう一つの隣では、関根が座ってきた。

 

「それで、旦那ぁ〜?どの子が好みなんだい?」

 

「あ?いきなりなんだ。キャバクラごっこか何かか?」

 

「ちっげーよ!恋バナだよ!こ・い・ば・な!あたしたち戦線は、常に血みどろ臭い日々を過ごしています!ですから、そのストレスを解消するために色恋の一つや二つあってもいいじゃねぇーかと考えているんです!佐野さんはそういったことに興味はないんですか!?」

 

恋バナ、ねぇ。考えたこともないな。自分の生前の中にそんな経験は一切ないとは言い切れないか。まだ全部思い出せているわけじゃないしな。恋愛とかそういったことはマジで分からん。誰かを好きになるってどんな気分になるんだろうか。

 

「そういうことは一切ないな」

 

「えぇーマジかよ〜。つまんない人ですねぇ〜」

 

「だが、興味はある」

 

「おっ!ですよね!じゃあ、あえてひさ子先輩に聞きますね!ずばり!この戦線の中で好きな人はいますか!?」

 

「何であたしなんだよ。まぁ、いいか。いねぇーよ」

 

「えぇー!?嘘ですよね!だってその姉御感に戦線一の巨乳をお持ちなのに!あたし、ひさ子先輩に好意を抱いている男ならめっちゃ知ってますよ!ほら!あそこ見てください!!」

 

関根が指した方に顔を向けると、そこには制服のボタンもきちっと止めている男たちがいた。彼らは俺たちが見る前からずっとこっちを見ており、ひさ子と目が合うと途端に顔をニヤつかせボソボソと話し合い始めた。俺は、聞き耳を立てた。

 

 

「えへへ、ひさ子様が俺のことを見てくれた」

 

「違うよ。僕を見ていたんだよ」

 

「何を言う!ひさ子たんは我のものだぞ!」

 

俺はすぐに聞くのをやめた。その光景は想像してはならないと感じた。と言うか、逃げ出したくなった。

 

「何て言ってたんだ?」

 

「聞かなくていいことはある。それだけは分かった」

 

「??意味が分からないぞ?」

 

「知るな。そして知ろうとするな」

 

その後も、俺たちは談笑していった。

 



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EPISOUDE11 Transaction

 

 

 ガルデモメンバーと自己紹介等をしてから数日が過ぎた。いよいよゆりが言っていた天使の秘密を暴く作戦が決行しようとしていた。その方法は、今までゲリラライブを繰り返していたガルデモが告知ライブをすることで生徒だけでなく教師も止めに来ることが予想される。そして、そこには当然天使も止めに来ることも考えられる。その囮となっている間、ゆり率いる秘密を暴くメンバーが行動を起こす手筈になっている。そして、俺はガルデモの護衛ということで、何とかしなければならない。ゆりからも期待されてるし、プレッシャーで胃がどうにかなりそうだ。

 

 

「はぁ、肝心のゆりたちがちゃんとやらないと意味がないからな?」

 

 

 俺は、舞台袖で一つ愚痴を零した。そこに誰かの足音が聞こえ、俺の愚痴に返答した。

 

 

「ゆりっぺさんたちは大丈夫ですよ。それより、自分の心配をなさってはいかがでしょう」

 

 

「あぁ遊佐か。ライブの阻止を阻止しろ、だろ?意味が分かんねぇわ。まぁ、なんとかするわ」

 

 

「期待していますよ」

 

 

「おう」

 

 

 少し会話をしてから俺たちは持ち場に向かった。遊佐は全体が見える場所に移動。俺は舞台袖の階段近くで門番みたいなことをしていた。

 そして、ライブが始まった。そういえば、俺はガルデモのライブを見たことが無かった。練習で聴いた曲は思わず無我夢中となっていた。あれとどう違うのか楽しみでもある。

 

 

*****

 

 

 暫く歌が続いた頃、遊佐から通信が来た。

 

 

「どうした?」

 

 

「告知ライブにしては少なすぎます」

 

 

「そうなのか?俺はいつものゲリラを見てないから分かんねーぞ」

 

 

「これではゆりっぺさんたちの時間稼ぎになりません。一度、ゆりっぺさんに報告します。何かあればその時は貴方が時間稼ぎしてください」

 

 

「了解」

 

 

 遊佐が通信を切ってから俺は立ち上がった。その時、突如舞台の入り口の扉が勢いよく開いた。そこから天使とガタイのいい教師三人が現れた。見るからに指導係的な奴だろう。

 

 

「お前らぁ〜!もう消灯は過ぎてるぞ!早く自分の寮に戻りなさい!」

 

 

「えぇ〜!今いいとこなんだ!今回は見逃してくれよ!」

 

 

「そうだそうだ〜!!」

 

 

「お願い先生!!」

 

 

 教師の怒号に対してNPCは反抗していた。しかし、人数が少なく教師と生徒という立場の影響かいとも簡単に岩沢たちの前に来ていた。そして、舞台袖に教師と天使が現れた。そのまま俺を睨みつけて先程と同じような怒号を浴びせた。

 

 

「おいお前!この音楽を止めろ!」

 

 

「まぁまぁ先生方、いい曲なので一緒に聴きましょ?彼女たちの将来に繋がることですから」

 

 

「ふざけるな!やってもいいことと悪いことぐらい判断できないといけないだろ!第一、お前たちはいつも秩序を乱す行為ばかりして、恥ずかしくないのか!」

 

 

 予想通り、教師たちは俺たちのことを問題児と見ており、今回は度が過ぎたことだと捉えているようであった。まぁ、確かに学園の場所を勝手にライブ会場にしてるし、ましてやゲリラライブじゃなくて告知ライブだもんな。そりゃあ、黙ってられないのが普通だ。とりあえず、問題は起きているとしても、暴力事件にはならないよう気をつけないといけない。上手く俺の話に乗っかってくれるようにしないと。その鍵を握っているのはお前だ、天使。

 

 

「じゃあ、取引しましょうよ」

 

 

「取引だぁ〜?ふざけるのも大概にしろ!」

 

 

「じゃあ、ライブを止めることはできませんね。俺なら簡単に止めることができるけどなぁ〜」

 

 

 こんなアホみたいな演技で引っ掛かってくれたらいいなと俺はひたすら祈っていた。すると、天使が口を開いた。

 

 

「貴方ならこの行為を止めれるの?」

 

 

 ビンゴだ。

 

 

「あぁ、しかも平和的にだ。どうだ?」

 

 

「じゃあ、取引に応じるわ。何かしら?」

 

 

「簡単だ。お前の大事なものを俺にくれ」

 

 

 天使の大事なもの。つまりは神に通じる何かに違いない。俺はそう睨んでいた。それを聞いた天使は学生服のポケットを漁って数枚の食券を渡してきた。

 

 

「これが私の大事なものよ」

 

 

「‥‥‥この食券がか?」

 

 

「そうよ」

 

 

「しかも全部麻婆豆腐かよ‥‥‥」

 

 

「ここの麻婆豆腐はとても美味しいわ」

 

 

「何か期待してたのと違ってた」

 

 

「??何を期待してたの?」

 

 

「もっとこう、天使なんだから神に通じる道具的な物かと思ってたわ」

 

 

「あたしは天使なんかじゃないわ。ただの生徒会長よ。SSS(すりーえす)の人たちが勝手にあたしをそう呼んでいるだけよ」

 

 

 何だ?こいつが言ってることが嘘とは思えず信じる俺がいる。それに、こいつの話し方は特徴的だが、別に人間とはかけ離れた話し方でもない。たまに見る珍しいタイプだ。天使じゃない、仮にそうだとしてもあの力は間違いなく人間を遥かに凌駕するものであるのは確かだ。何だか疑心暗鬼になってきた。

 

 

「分かった。今回はこれで手を打とう。次、同じような機会があればまたよろしく」

 

 

「分かったわ。そういうことだから先生、ここは任せましょ」

 

 

「立華!それでいいのか!?お前は生徒会長なんだぞ!」

 

 

「彼なら暴力等の問題を起こさずこの騒ぎを止めれると言ってるから大丈夫よ」

 

 

 そう言って天使もとい立華は会場を去った。その後ろ姿を見ていた教師たちも驚いていたが、やがて渋々去っていった。

 

 

「想像以上の反応だな。まぁ、やってやりますか」

 

 

 その時、俺の前に遊佐が現れた。

 

 

「待ってください。佐野さんは裏切るのですか?」

 

 

「んなことしねぇって。お、丁度いいや、ゆりに通信してくれよ」

 

 

「‥‥‥分かりました。ゆりっぺさん、遊佐です。佐野さんがゆりっぺさんにお話があるそうです。‥‥‥どうぞ」

 

 

 遊佐からインカムを借りて、そのまま耳に付けた。

 

 

「おぉゆりか。ちょっと聞いてくれよ」

 

 

『なに?こっちも暇じゃないから手短にお願い』

 

 

「じゃあ、簡単に言うぞ。後5分あれば作戦は成功するか?」

 

 

 俺が言ったことにゆりは少し間を空けてからOKと答えた。じゃあ、始めるとするか。

 

 

 ライブは未だに盛り上がっていた。そこに俺は舞台に上がっていく。遊佐は止めようと袖を掴んだ。しかし、俺が遊佐の方を見てゆっくり頷くと信じてくれたのか離した。それから、俺はそのまま舞台に上がった。そして、歌い続けている岩沢の前に来てマイクを取り上げた。その瞬間、岩沢の歌声が聴こえなくなり、次第にひさ子や関根、入江たちも楽器を奏でるのを止めた。すると、岩沢がものすごい形相で俺を睨んだ。

 

 

「おい!そのマイクを返せ!」

 

 

「てめぇ、あたしらの邪魔をする気か!」

 

 

「あああ、あの人何やってんだよ!殺されるぞ!みゆきち!止めてきて!」

 

 

「ええええ!!?無理だよぉ〜!私が殺されちゃうよ〜!!」

 

 

 各々が混乱して先ほどのライブの騒がしさとは違ってざわざわと一人一人が騒ぐようになってきた。まぁ、当然のことだな。

 

 

「まぁまぁ落ち着けって。今から重大な発表をするから」

 

 

「重大な発表だと?何のことだ」

 

 

 俺がそれを言おうとした時に、観客であるNPCが怒りを露わにしていた。

 

 

「おいおい!せっかくいい雰囲気だったのに止めるなよ!」

 

 

「そうよそうよ!先生たちも帰ってくれたんだから最後まで聴かせてよ!」

 

 

 この瞬間を待ってた。俺だって岩沢たちの曲を最後まで聴きたかった。けど、あのままじゃ天使たちは退けてもゆりたちが作戦を成功させるかどうかは微妙だった。だからこそ、これはただの時間稼ぎ。そして、今後の戦線のためにもなる方法を考えた。それが‥‥‥‥

 

 

「お前ら、最後まで聴きたいよな?そうだよな。これほど最高の曲をいつまでも聴きたいよな?そんな時、どうすればいいと思う?」

 

 

「「「????」」」

 

 

 周囲は何言ってんだあいつ?というような視線を向けている。ここからが面白いんだよ。

 

 

「この曲の続きが聴きたければ、食券5枚でガルデモのCDを交換してくれ」

 

 

「はぁ?CDなんかあるわけないじゃん」

 

 

「何言ってんだよ。これからCDを作るんだよ。俺がな」

 

 

「「「え?」」」

 

 

 周りが戸惑っている中、一人だけ反応が違った。

 

 

「ホントか!?佐野!」

 

 

「うぉっ、びっくりしたわ」

 

 

「本当にCDを作ってくれるのか!?」

 

 

「あぁ、こんだけの前で宣言したんだ。やるに決まってんだろ」

 

 

 岩沢は、俺の発言に一喜一憂していた。そんなにCDになるのが嬉しいのか。マジで音楽キチなんだな。関根は嘘ついてなかったのか‥‥。

 

 

「というわけで、近いうちにガルデモのCDを発売しま〜す。どうぞよろしくです」

 

 

 俺がペコリとお辞儀すると一瞬の静寂の間から一気に喧騒へと変わった。あるNPCは近くのNPCに手を繋いではしゃいでいたり、またあるNPCは雄叫びをあげたりと様々であった。

 

 

「はい、じゃあ本日のライブは終了します。さっ、自分の部屋に帰りましょう」

 

 

 この宣言から多くのNPCが会場から出て行った。残っているのはガルデモと遊佐、俺の陽動班だけだった。

 

 

「ひさ子!あたしたちの曲がCDになるぞ!なんかもう本物のバンドみたいだな!」

 

 

「本物のバンドというか現にあたしらは本物のバンドだぜ?」

 

 

「みゆきち!あたしらも有名人だぞ!その内スキャンダルみたいなのも来るかもしれない!!」

 

 

「しおりん、そこまでのことはないと思うよ。でも、今まで練習とライブの時しか聴けなかったんだよね。いつでも聴くことができるのはすごく嬉しいね!」

 

 

 ガルデモメンバーは各々の喜びを表していた。スゲー期待されてんな。

 

 

「当たり前ですよ。貴方はこの世界で前代未聞なことを宣言したのですから」

 

 

「俺は音楽といえばいつでも聴くことができる、つまりCDの存在を考えて、ここには無いから作ろうと思っただけだがなぁ〜」

 

 

「‥‥‥もしかすると、佐野さんは何かを変える力を持っているかもしれませんね」

 

 

「何だそのラノベにありそうな物は」

 

 

「ふふっ、物の例えですよ」

 

 

 この時、俺は初めて遊佐が笑っているのを目撃した。こいつ、笑顔も可愛いじゃねぇーか。



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EPISOUDE12 Recording

 

 

 CDを作ると宣言してから俺はすぐに土塊の山に向かった。そこに行ってまずは録音機を作り始めた。これがだるくて、小さな部品を色々と用意してからその部品を組み合わせてテレビとかで見たことがある録音機の完成だ。まぁ、いわゆる音響監督が使うようなものだと分かりやすいか。これが完成するのは既に深夜を迎えていた。そんな中、俺は黙々と作業をしている横で遊佐は静かに見ていた。それを見かねて俺は部屋に帰るよう告げた。すると、

 

 

「貴方を監視するのが私の役目ですので」

 

 

 それしか答えない。お前はRPGに登場する村人か!と思った。けど、ただ監視するだけだと暇だから眠くなると思うがそんな仕草は一切見せていない。俺はもう何度目か分からない欠伸をしてるっていうのに。

 土塊からガラクタを作っては完成して、また新しいガラクタを作っては完成して、そんなことを続けていた。やがて、日が昇ってきた。

 

 

「やっべ、もう朝か。ふわぁ〜〜」

 

 

「おはようございます。今ので279回目の欠伸です。そろそろお休みになられてはいかがでしょう?」

 

 

「そうだなって、よく俺の欠伸した回数を覚えてるな」

 

 

「ただ監視するのも暇なので数えていました」

 

 

「まぁ、一通りやりたいことはやったから一度休むか」

 

 

「はい、そうしましょう。本日の定例会議には欠席することをお伝えしますね」

 

 

「あぁ、頼んだ‥‥‥‥ん?」

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「いや、お前も寝るんだよな?」

 

 

「いえ、私はこれから通信士としての仕事があるので寝ません」

 

 

「いやいやいや、そりゃおかしいだろ。一睡もしてねぇんだからお前も寝ろって」

 

 

「大丈夫です。私は普通の人間とは違いますので」

 

 

「あ〜もうそういうのいいから。お前はお前だろ。普通の人間って何だよ?全人類の行動全てが同じ時間で同じ場所で同じ見た目で同じやりとりしているのか?100%人類が同じことをしてるのか?そうじゃねーだろ。朝起きるのだって7時の奴がいりゃ9時の奴だっている。朝食も目玉焼きの奴や焼き魚の奴だっている。全員が全員同じなわけない。だからお前だけが普通の人間じゃなくて全部が普通の人間だ。だから今日はもう休もうぜ」

 

 

「‥‥‥‥‥‥分かりました。では、ゆりっぺさんに伝えておきます」

 

 

 それから俺たちは部屋に戻って一眠りすることにした。布団に入るとき、一瞬だけ真っ白に見えた。不思議に思ったが、再び来ることはなく俺は目を閉じた。

 

 

*****

 

 

「‥‥して、だ‥‥て‥‥?」

 

 

「俺は、‥‥‥だから」

 

 

「(何だ?生前の記憶か?もっと集中して聞いてみよう)」

 

 

 俺は、集中するイメージをした。すると、徐々に薄らとだが背景が状況が見えてきた。どうやら二人の人物が会話をしているようであった。一人は男。もう一人は女。恐らく、男は俺のことだろう。だが、女は全く分からない。誰だ?この女は?

 

 

「なら、この‥‥‥はどうして私にくれたの?ご両親の大切な物なんでしょ?」

 

 

「それは‥‥、」

 

 

「前に言ってたよね。『お前は俺と同じよう孤独にならないでほしい』て。あれも嘘なの?」

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

「何か言ってよ!本当なら違うって言ってよ!ねぇ!!」

 

 

「俺はただ、自分の‥‥‥‥を満たすためにお前に近づいただけだ。勘違いするな」

 

 

「!!?‥‥‥‥‥そう、それが貴方の本性なのね。貴方は私の身体が目当てだったのね。最低ね。さっさと私の前から消えて!!」

 

 

 それは、口喧嘩だった。俺が女に何か裏切るような行為をしたのはよく分かった。女の方は終始俺に怒りを露わにしている。一体、生前の俺は何をしたのだろうか?もっと見たいと思ったが、どうやらここは自由自在に操れないようでいつの間にか世界が白に染まっていた。これじゃあ、埒が開かないから俺は目を閉じて考えないことにした。

 

 

*****

 

 

 目が覚めるとまだ朝であった。まぁ、仮眠みたいな感じだから短くても2〜3時間は寝てただろ。さて、寝る前は6時だったから今は何時だ?

 俺は部屋にある時計を確認すると違和感を感じた。

 

 

「は?5時?ついに時を操る力に目覚めたのか?」

 

 

「いえ、今は朝の5時です。もっとも、翌日の朝5時です」

 

 

「‥‥‥何だって?」

 

 

「貴方はあれから丸一日寝ていたんですよ」

 

 

 マジか。予想以上に疲れてたのかもしれん。丸一日何も食ってないよな。よく眠れたな俺。と思った瞬間、フラグが立ったみたいに俺の腹から凄まじい音が鳴った。うん、素直でよろしい。

 

 

「つっても、食堂は開いてない。後2時間は待たないといけない。それは絶対嫌だ。故に俺は空腹を忘れるためにCD作りに行ってくるわ」

 

 

「それは構いませんが、お時間になれば私が呼びましょうか?」

 

 

「いや、その必要はない。なぜなら、食堂がダメなら購買を使えばいい。というわけで、買ってきてくれ」

 

 

「これは‥‥」

 

 

 俺は遊佐にあるものを渡した。それはポケットの中に入れるとジャラジャラと音が鳴ったり野○英夫さんが描かれた紙切れ、即ち金である。

 

 

「それで適当な物を頼む」

 

 

「私はパシリということですか?」

 

 

「そうだな、パシリだ」

 

 

「しかし、戦線でお金を使うことは禁止ですよ」

 

 

「いいんだよ。俺の物はいいと思ったら使っていいんだよ」

 

 

「ジャ○アンみたいですね」

 

 

「おぉ!心の友よー!!」

 

 

「気持ち悪いので近づかないでください。それと、後でゆりっぺさんに報告します」

 

 

「釣れねぇな〜」

 

 

 まぁ、別に言われてもいいか。こっちは腹減りすぎて頭がおかしい。だが、今はやるべきことがある。レコード用の準備。前の徹夜で7割は終えたから後はチョチョイのちょいとやるだけだ。次の問題としては、この完成した道具をガルデモの部屋まで持っていくのが非常にだるい。何往復しないといけないのかが分からない。それに、俺一人じゃあそこまで運べるとは思えないから誰か助けが欲しい。誰かいないかなぁ〜?

 その時、俺の耳にギターの音が聴こえた。

 

 

「〜〜♪」

 

 

「これは‥‥‥ガルデモの曲か。こんな朝っぱらから誰がやってんだ?」

 

 

 俺は音の鳴る方へ向かった。しばらく歩いていると、アスファルトの多い場所に着いた。そこにギターを弾いている少女を見つけた。それは、ピンクの長い髪をして、胡座をかきながらギターを弾き語りをしていた。よく見ると、制服はSSSのものであった。時々ギターを弾きながら止めて気に食わなかったのかもう一度やり直しては止めを繰り返していた。俺はままならないと感じ、思わず話しかけた。

 

 

「おい、そう同じとこを何度もやり直すな。最後までやれよ」

 

 

「ひぇっ!?誰かいた〜!!あぁ、もしかしてユイにゃんのファンですか〜?ごめんね〜、まだライブ時間じゃないからサインとかは後にしてね」

 

 

「いやユイにゃんとか知らねーよ。お前の曲を最後まで聴かせろって言ってんだ」

 

 

「えぇ!?ユイにゃんを知らない!?こんな可愛くてキュートでガルデモの大ファンで岩沢さんのモノマネをしてちょっぴり有名なあたし、ユイにゃんをですか!?」

 

 

「可愛いとキュートとは一緒じゃねーか。ていうか、お前も戦線のメンバーだろ。幹部ではなさそうだな」

 

 

「ん?戦線を知ってるってことは‥‥ていうか!お前はガルデモの護衛である佐野先輩じゃないですか〜!」

 

 

 始めてあった人に対してお前は中々や奴だな。いや、俺も言えねーな。

 

 

「ねぇねぇ!ガルデモのCD作るってマジですか!?」

 

 

「お?おぉ、今絶賛制作中だ」

 

 

「うわぁ〜!ヤバイヤバイ!!ガルデモの曲をいつでも聴けるとかヤバすぎっしょ!先輩は神ですね!あっ!でも、神ということはあたしたちの敵ということですよね。神にCDを作ってもらうのって、違反なのかな‥‥」

 

 

 何やら興奮していきなり騒ぎ出した。しかも、俺のことを神とか何とか言ってきたし。俺が神だったらゆりが許さねーよな。こいつも戦線メンバーと同じ、アホなんだな。

 

 

「なぁ、お前の名前は何だ?教えてくれよ」

 

 

「おぉっとそう言えばそうでしたね!あたしはユイって言います!」

 

 

「ユイか。俺は知ってそうだが一応紹介しておく。佐野龍也だ」

 

 

「さっちゃん先輩と呼んでいいですか!?」

 

 

 何でちゃんがついてるのに先輩をつけるんだよ。ということがあってから俺とユイは知り合いになった。お互いの紹介が終えてからは本題であるユイの音楽を聴くことになった。ユイはまだ完璧じゃないと嫌がっていたが、他人の感想を聞く事も完璧に必要なことと告げるとあっさりやってくれた。

 

 

「〜〜♪」

 

 

「‥‥‥‥」

 

 

「〜〜♪‥‥‥っと、どうでしたか!?」

 

 

「あぁ、基本はしっかりとできてるな。が、岩沢には足元にも及ばん」

 

 

「ぐっ、それは分かってますよ〜。具体的には〜?」

 

 

「一言ならお前は岩沢の真似しかしてない。自分らしさが無さすぎる。もっと自分らしく岩沢の曲を歌え。そうすればお前はもっと磨けるはずだ」

 

「なるほど〜、自分らしくですね、メモメモっと‥‥」

 

 

 ユイに俺はアドバイスをしていた。まぁ、音楽に精通していたわけじゃないが。本人が何も言わないならいっか。それからは、少しの間ユイと一緒に歌の練習?に付き合っていた。

 

 

*****

 

 

 ユイと別れてからは作業場に戻り、部品作りを始めていた。あれから時間は経ち、日は既に昇りきっていた。時刻は恐らく7時くらいだろう。NPCが食堂に向かっているのが何度か見えた。そろそろ遊佐が戻ってくるかもしれん。

 

 

「よく気が付きましたね」

 

 

「マジで来たし。狙ってた?」

 

 

「いいえ、偶然です」

 

 

「そうか、飯にしようか」

 

 

「はい」

 

 

 俺は、作業を一旦終えて、遊佐に買ってもらった食い物をもらった。全部で2000円くらいだったはず。昨日は何も食べてないから終始腹の虫は鳴っていた。今日の食欲はヤバそうだ。

 遊佐が買ってきたのは、主にパンが多かった。普通のチョコレートやメイプルが付いている菓子パンや王道のサンドイッチやホットドッグ。それに蒸しケーキやカステラとか、想像以上に水分が持ってかれるのが目に見える。ここで野菜ジュースとか牛乳、もしくはお茶とか飲み物も有れば完璧だがそこはどうだ?

 

 

「‥‥‥‥遊佐さん」

 

 

「何でしょう?」

 

 

「お飲み物はあるのでしょうか?」

 

 

「私の独断でお飲み物はこれだけです」

 

 

 それは、青汁であった。野菜ジュースとかの200mlほどのパックの物が一つ。そう、たった一つだ。菓子パンやサンドイッチなどのパン系は基本的に水分を取るため、非常に喉が渇く。その比率はできれば5:5の半々であると嬉しい。が、今はどう見てもパンが9で飲み物が1というアンバランスな組み合わせとなっている。仮に比率が傾けば、そこは自分が堪えて極力飲む量を減らして食べる量を増やすしかない。しかし、これはキツすぎる。

 

 

「俺に何か恨みでもあります?」

 

 

「ありますよ。私をパシリにしたことです」

 

 

「そこまで気にすること?」

 

 

「パシリというのはすごく不名誉なことですから」

 

 

 ‥‥‥‥今後からは、自分で買いに行くとしよう、俺は誓った。

 朝食を終えた後、残りの部品作りを再開し、ついに完成した。後は持っていくだけだ。しかし、この量を運ぶのは苦労するから誰か呼ぼう。近くに誰かいるかなぁ〜?ていうか、同じこと言ってるな。おっ、あそこに日向たちがいるぞ。丁度いい、手伝ってもらおう。

 

 

「おーい日向ぁー!」

 

 

 俺が日向たちを呼ぶと驚いているようであった。

 

 

「んぉ?誰か呼んだか?」

 

 

「あっちから聞こえたぞ」

 

 

 お、気づいたみたいだ。俺は腕を大きく振り回してどこかを教えた。そして、日向たちがこちらに来て土塊から作った道具を運ぶ手伝いを頼んだ。すると、日向はもちろんと答え、一緒にいた音無と大山も続けて快く返事してくれた。

 

 

「助かった。一人じゃ何往復しないといけないか分かんないからな。とりあえず、こいつから運んでくれよ」

 

 

「任せろ!ところで、何作ってたんだ?」

 

 

「CD」

 

 

「マジか!?佐野ってCD作れるのか!?」

 

 

「つっても道具だけだ」

 

 

「いやいや!それでもスゲーよ!な!音無!?」

 

 

「あぁ、物を作れるのはそれ相応の才能といってもいいだろう」

 

 

「そうだよ!僕なんか、NPCと同じくらい普通で特徴がないんだよ?」

 

 

 普通か、それは俺が最も望んでいたものかもしれない。けど、今の俺が悪いわけじゃない。ただ、そう思っただけだった。そんな俺の気持ちはつい口に出ていた。

 

 

「寧ろ俺は大山が羨ましい。普通が良かった。生まれて天才とか言われてたけど、両親からは化け物扱い。暗い人生ばっかりだった」

 

 

「‥‥‥‥」

 

 

「‥‥あーっと、悪いな変な空気にして」

 

 

 そこからは何も話さず黙々と作業をすることにした。日向たちもあまり深く尋ねることはしなかった。いい奴らだ。そして、最後にこう告げてきた。

 

 

「まぁ、辛かった生前だったろ。俺もバカして生きるのが辛くなって悪に手を染めたこともある。けど、その人生が全てクソというわけでは無かった。時には嬉しかったこともあった。佐野はまだ全部思い出していないだけだ。大丈夫、いつか全部思い出した時、それを受け入れるようになるぜ」

 

 

「ありがとな」

 

 

「おう!んじゃっ、運ぶぜ」

 

 

「頼んだ」

 

 

 男三人による運搬は楽であった。そして、俺の心もどこか変化しているようでもあった。

 

 

*****

 

 

 機材をガルデモの練習部屋に持って行くと、ガルデモメンバーは驚いていた。

 

 

「うぉー!何ですかこれ!?」

 

 

「録音の機械とか色々だ」

 

 

「適当だけどスゲー!!」

 

 

「しかも本格的なタイプだよ!しおりん!」

 

 

「みゆきち!あたしたちもCDデビューだな!」

 

 

「前と同じこと言ってるけどそうだね!」

 

 

 関根と入江が漫才を始めても俺は無視し、岩沢たちに録音の仕方などの説明をした。

 

 

「まず、このパソコンにあるこのギターのアイコンをダブルクリックすれば起動する。そしたら───」

 

 

 俺は岩沢とひさ子に録音の仕方を教えた。途中、漫才を終えた関根と入江も来たため、再び初めから教えておいた。そして、とりあえずテストをするため、一曲やってもらうことにした。

 

 

「よーし、カウントするぞ」

 

 

「あぁ、いいぜ」

 

 

「それじゃ、3…2…1…」

 

 

 そこからガルデモの曲が始まった。タイトルは『Crow Song』。名前だけならカラスの歌と思うが歌詞を聴くとそんなことはなかった。

 場所は閉店して閉まったお店の前でひたすらギターを弾いたことで指から弦の匂いがするほど。しかし、誰も止まって聴き入ってくれない中でもそいつは歌い続けた。そんな日々を過ごすうちに徐々に人が集まって自分の歌を聴いてもらえるようになる。そこは、シャッターを背に向けた寂れた会場じゃなく、キラキラと星が輝き、歓声が聞こえる、まるでライブ会場にいるようであった。しかし、そんな最高の会場に一匹のカラスが鳴き出し、そいつの歌と張り合った。そいつとカラスはお互いを主張を強めた。どちらかが中断すれば最高の会場に戻れると思っていたが、いつの間にかそいつの歌とカラスの鳴く声が合わさり、一緒に歌っていた。そいつとカラスは互いを認め合い、歌い続けた。まるで、この瞬間こそ最高のライブ会場であるかのように。

 俺はそんな風に想像した。

 

 

「(誰かの人生そのものを見ている気分だ。)」

 

 

 やがて、曲が終わり、録音を終えた。そして、今度は編集方法を教えた。

 

 

「例えば、岩沢の声が聴きたかったからこのボタンを押すと───」

 

 

 暫くこういったことを繰り返し全てが終わると、日向たちに礼を言い、帰り際に竹山(クライスト)を呼ぶよう頼んだ。それから数分後に竹山がやってきた。

 

 

「僕に何の用があるんですか?」

 

 

「お前には、ガルデモの録音を手伝って欲しいんだ」

 

 

「それは佐野さんがやればいいじゃないですか」

 

 

「いやな?俺はこれから新しい武器やら作戦やらをゆりといっしょに考えなきゃならないんだ。つまり忙しくなるってわけだ。そこでだ、機械に詳しいお前がこれをやってくれたら助かるってことだ」

 

 

「僕に得がないですよね?」

 

 

「何言ってんだよ。お前がこれを手伝ってくれたらCDを大量に販売できる。するとそれを買おうとするNPCから食券を交換条件にすりゃもうトルネードみたいな天使と死闘を繰り広げることはなくなる。さらには、食事問題も解決ってわけだ。極め付けは、SSSのメンバーはお前のことを見直すはずだ。クライスト竹山最高ー!とか女子にも人気間違いなしだ。な?やってくれよ。クライスト竹山」

 

 

 俺は竹山に適当なことを告げた。すると、竹山は少し目を閉じ、考えていた。そして、決心したのか了承してくれた。フッ、チョロいな。



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EPISOUDE13 Impersonator

 ガルデモの録音関係を終えた俺は、いつものように定例会議に参加した。そして、今回の会議はいつもとは違っていた。

 

 

「さて、いよいよあの日が来るわね」

 

 

 ゆりの重苦しい雰囲気のある話し方で戦線メンバーはごクリと固唾を飲むような仕草を見せた。

 

 

「ま、まさかあれが来るのか?」

 

 

「そうよ。ついにあれの日が来たわ」

 

 

「うわぁぁぁぁ〜!!まさかこの日が来たなんて!」

 

 

 大山がオーバーすぎるだろと言いたくなるリアクションをしたが無視を決め込む。こういう時は大抵どうでも良いことのはず。

 

 

「そう、球技大会よ!!」

 

 

 ゆりの一際強く出た言葉はこの状況になるのが似つかわしいことであるのは明白だと俺は思った。

 

 

「ついに来たか‥‥。で?今回は何に参加するんだ?」

 

 

「今回もゲリラ参加の野球よ!もし、優勝できず負けたら死より恐ろしい罰ゲームを課すから頑張ってねぇ〜」

 

 

「おいおい!あれはマジで地獄だから勘弁してくれよ!今回はゆりっぺも参加してくれよ!!」

 

 

「何言ってるのよ!あたしが参加したら誰が天使を見張るのよ!」

 

 

「そんなの遊佐でいいじゃねーか!何のための通信士なんだよ!」

 

 

「遊佐さんは佐野くんの監視があるから無理よ。そうなったらあたしが適任じゃない」

 

 

「いやいや!だったら俺にやらせてくれ!」

 

 

「あ!ずるいぞ日向!じゃあ、俺も志願する!」

 

 

 何かよく分からんがこの球技大会の罰ゲームというのはとてもヤバイことなのは分かった。だが、そんなに慌てることはないはずだ。

 

 

「なぁ、優勝すれば罰ゲームはないんだよな?」

 

 

「えぇそうよ」

 

 

「だったらさっさとチーム作って作戦練って準備しとこうぜ。備えあれば憂いなしとは言うしな」

 

 

「佐野くんの言う通りよ。あんたたちはいつも考えなさすぎなのよ。あたしが作戦練ってなかったら今頃天使に消されてたのよ?」

 

 

「それは、まぁ‥‥‥」

 

 

 なんだかんだ言ってこの組織はリーダーであるゆりがいなければ簡単に崩壊することが目に見える。この作戦だってゆりなりのなんか目的があるはずだ。もし、仮にゆりが俺たちが苦しんでいる姿を眺めたいだけでやっているのなら、既に何人かは戦線を離脱し、天使に消されているはずだ。だが、この組織の人数を見るにそれは長いことなさそうであるのは分かる。ゆりは信頼できるいいリーダーだ。

 数分後、各々のチームを組んで参加し、天使のチームに勝てという条件に変わり、仮に初戦で当たったチームが勝てば、罰ゲームは無しになることに収まった。これから各チームのドラフト会議が始まるということか。恐らく、幹部のメンバーの殆どは戦力になるから取り合いになるのは間違いない。どう決めるかは分からないが、行動は先に起こすべきだな。その時、俺がどうしようか考えていると日向がいきなり肩を回して囁いてきた。

 

 

「佐野、そして音無、俺にはお前たちが必要だ」

 

 

「日向、やっぱこっちなのか?」

 

 

「ちげーよ!まだそのネタ引っ張るのかよ!俺はそっちじゃねぇ!女が好きだ!」

 

 

「つまり日向は女たらしというわけか」

 

 

「あぁもう!あっちこっち行ってややこしいわ!もういい!簡潔に言うぞ!!俺とチームを組んでくれ!」

 

 

「あぁ、それはいいぞ。音無は?」

 

 

「俺もいいぞ」

 

 

「やったぜ!とりあえず三人だな。後は、どうすっかな」

 

 

 日向が誰をチームに誘うかを考え、最初は松下五段に決めた。確かに、松下五段の身体能力は想像より動けているのは驚いた。妥当な戦力だろう。

 

 

「五段とはマブダチだからな。きっと俺の誘いを断るはずない」

 

 

 どうやら日向は五段との絆は深いらしい。が、いざ誘ってみると五段はあっけらかんと断った。それも、竹山による肉うどんの食券を大量に貰える賄賂で日向との絆を切った。日向との絆<肉うどんか。

 

 

「こいつ、さっきマブダチとか言ってたぞ」

 

 

 音無、お前は日向のライフを0からマイナスにしないであげろ。唯一のマブダチなのはお前だけだ。大切にしろよ。

 今度はTKを誘うことにしたらしい。日向によると、TKも日向との絆が深いから断られないと思っているらしい。あれ?何かデジャブ?

 早速誘おうとしていたが、TKは既に高松と握手を交わしていた。既に交渉は済んでいるようだ。このドラフト会議、早い者勝ちもしくは賄賂が飛び交う実力行使の何でもありだな。

 

 

「くっそ〜、想像以上に集まらないな」

 

 

「まだ三人だが当てはあるのか?」

 

 

「ないわけじゃないが、そいつらを入れると天使のチームに勝てるかどうかになると勝てないと言ってもいいほど弱くなるのは明白だ。どうすっかなぁ〜」

 

 

「ふっふっふ、お困りのようですな〜!先輩方!」

 

 

 頭を抱えている日向の前に誰かが現れた。

 

 

「メンバーがいなかったら意味ないぞ?早く決めろよ」

 

 

「わーってるよ。つっても罰ゲームは嫌だしなぁ〜」

 

 

「無視すんなコォぉラァぁぁ!!」

 

 

「グホッッ!!!」

 

 

 俺たちはそいつを無視しようとしたがそいつは日向の後頭部に回し蹴りをお見舞いした。案の定、日向は痛そうに抑えていた。

 

 

「おーユイか。偶然だな」

 

 

「やや!さっちゃん先輩じゃないですか!あれからCDの方はどうですか!?バッチリですか!?」

 

 

 日向との態度とは打って変わってキラキラと目を輝かして迫ってきた。マジでガルデモが好きなんだな。

 

 

「順調だ。もうちょいでCDを発売するからその時のポスターの貼り付け、よろしくな」

 

 

「まっかせてください!学園中に貼りまくりますよ!」

 

 

「頼もしいぞ」

 

 

「なぁ〜に勝手に盛り上がってんだぁぁぁぁーーー!!!」

 

 

「いだだだだだだぁぁぁぁ〜〜!!!」

 

 

 突如、ユイが悶え始めた。それは、日向がユイを卍固めしているからであった。これはアン○ニオ猪木も頷くほど綺麗に決まっていた。

 

 

「てぇんめぇ〜!勝手に先輩を蹴って謝罪もないのか!謝れ!謝れ!」

 

 

「ぎゃぁぁぁ〜!!ごべんなざぃぃぃ!!」

 

 

 暫くは二人のプロレスごっこ?を見ていた。やがて、お互い疲れたのか、ぜーぜーと息を荒くして膝をついていた。

 

 

「でぇ?こいつは誰なんだ?佐野」

 

 

「こいつはユイだ。俺と同じ陽動班の一員で、前に路上ライブしていた時に知り合ったんだ」

 

 

「へぇ、お前ミュージシャンなんだな」

 

 

「そうですよ!そして先輩方は今人数が足りてないんですよね?あたし、戦力になるよぉ〜?」

 

 

 ユイが日向の脇腹を肘で突いておちょくっていた。それに対して日向は口元に指を近づけて考え始めた。

 

 

「見るからにこいつは役に立たなさそうだなぁ〜。いや、待てよ?わざと相手の投手の球を顔面に当たって、危険球扱いにすれば退場させることができる!つまり当たり屋ってことか!よし!採用!!」

 

 

「お前の脳みそ!とろけて鼻からこぼれ落ちてんじゃねぇのかぁー!」

 

 

 ユイは日向の発言にキレて、再び頭を蹴った。

 

 

「グオッ!ってて、お前、俺先輩だからなっ!」

 

「おぉっと、先輩のお脳みそ、おとろけになってお鼻からおこぼれになっておいででは〜?」

 

 

 ユイがまたもや日向をおちょくり始めた。そして日向はそれに対してキレ出した。

 

 

「なるかぁぁ〜!!」

 

 

「グヘッ!‥‥‥先輩、痛いですぅ〜」

 

 

「俺だって痛ぇーよ!」

 

 

「運動神経は悪くなさそうだな」

 

 

「おいおい!音無も何言ってんだよ!こんなアホ入れたら勝てるかどうか分かんねーぞ!」

 

 

「でも、もう頼れる奴がいないんだろ?」

 

 

「見てましたよ!ですからこのユイにゃんが加勢しに来たのです!」

 

 

「あぁ?もういっぺん言ってみろ‥‥‥」

 

 

「ユイにゃん♪♪」

 

 

「そういうのが一番ムカつくんだよ!!」

 

 

「あいだだだだ!ギブギブ!!タップタップ!!」

 

 

 今度は日向がユイを卍固めし出した。そのユイのあざとさがうざかったのか、今まで以上にキツく絞めていた。紆余曲折あったが、ユイもチームに加わることになった。

 

 

*****

 

 

 メンバーに悪戦苦闘を強いられている日向は悩んだ末、ある人物に交渉をすることにした。そこは、グラウンドにある体育倉庫みたいな場所で薄暗く、およそ長居はしたくないと思う場所であるのは明確だ。そんな中、日向はそこの住人の名前を呼んだ。

 

 

「椎名っち、いるんだろ?出てこいよ」

 

 

 日向の呼びかけで椎名は登場した。彼女は忍の経験があるのか知らないが、戦線一の身体能力を保持している。だが、欠点として頭の回転は悪いことでその身体能力を生かした戦闘の手数が少ない。さらに、可愛いものには目がなく、犬の人形が激流の川に流されていても助けようとするほどだ。正しく、長所と短所が分かりやすい奴だ。

 

 

「何用だ」

 

 

「今度ゆりっぺの命令で野球やるからチーム組んでくれよ」

 

 

「‥‥‥‥私はその二人に不覚を取られて負けた」

 

 

 突然椎名が何か言ってきた。そして、指をこちらに向けて何か覚悟を決めたような言葉を発していた。

 

 

「何言ってんだよ。ミスは誰だってあるんだからそんな重く考えんなよ」

 

 

「いや、私が足りなかったのは集中力だ。だから、私はあれからこの竹箒を指先一つで支えている。この集中力を手に入れた今の私ならお前たちでも倒せるはずだ。いつでも来い」

 

 

「‥‥‥‥‥」

 

 

 暫く沈黙が続いた。そして、そこからユイが小さく俺たちに呟いた。

 

 

「先輩、もしかしてこの人はアホなんですか?」

 

 

「アホだが戦力にはなるぞ?」

 

 

 言ってることはかっこいいかもしれないが、椎名は指の上に竹箒を立てて乗せていた。まぁ、そう言われるのも無理はない。ハッキリ言ってアホだ。例えば、漫画で覚悟を決めた人が

『俺は、このために命をかけたんだ!だから、必ず見つけてやる!』

みたいな描写があったとする。こういうシーンというのは、大抵何か大切な物を探しているという雰囲気を感じると思うが、実際は

『自販機の下に落ちているお金を拾うためにプライドを捨てた男』

というオチだとすれば、かっこいいことを言ってるけど、やってることはダサいということになる。正に椎名はそれを体現している。

 とまぁ、竹箒を立てて維持するのってかなり神経使うよな。それをいとも簡単にできているのはやはり使い方によってはこいつは最強の戦士になれるだろう。アホなのが痛すぎる弱点だが。

 

 

「なぁ、椎名っち。そういう拳のぶつけ合うのはまた個人的にやってくれ。今は協力して欲しいんだ。野球で勝負しようぜ!例えば‥‥‥そうだ!ホームランが多い方が強いってことにしようぜ!それでどうだ?」

 

 

「‥‥‥いいだろう、私の集中力の凄さをお前たちに見せてやる」

 

 

「もう俺は負けでいいよ」

 

 

「おいおい音無、そんなこと言うと椎名っちが協力してくれないんだから頼む!」

 

 

「はぁ、分かったよ。佐野は?」

 

 

「ホームランが多かった方が好きな食券を貰えるという条件を加えてもいいか?もちろん、これは俺と椎名だけだ。音無には関係ないことにする」

 

 

「いいだろう」

 

 

「決まりだな」

 

 

「アホが増えましたね!」

 

 

「お前は余計なこと言うな!」

 

 

 なんやかんやで椎名がチームに加わった。これで5人、後4人もいるのか。俺が知ってる戦線幹部は全員各チームに所属していると思う。下っ端のメンバーじゃ、実力も分からないから戦力かどうかは難しい。ここは古参である日向に任せておくとしよう。

 次に俺たちが向かったのは学園から少し離れた橋の下にある川に来ていた。そこで日向はもう一人重要な戦力がいると告げていたのが、俺には誰か分からなかった。一瞬、ギルドにいるチャーのことかと思ったが、あいつが地上に来たことは一回も見ていない。恐らく、ギルドの頭だから現場を離れることができないんだろう。とすると、日向にしか知らない戦線メンバーの可能性が高い気がする。が、そこにいたのは今ままで忘れていた人物であった。

 

 

「ハイ!とぉりゃ!ハィぃぃ〜〜!!」

 

 

 長い獲物を豪快に振りまわし、時々汗か川の水が付着してそれが飛び散っているのかどうかは知らないが、野田は武者修行中であった。ずん、すっかり忘れてたわ。

 

 

「フッ、何のようだ?」

 

 

「今度の球技大会で野球をやるのは知ってるだろ?俺たちのチームに加わってくれよ。野田」

 

 

「断る。貴様のチームにはそこの音無がいるんだろ?俺はそいつが嫌いだ。新人のくせにゆりっぺに気に入れられているのが不愉快だ。さっさとここを去れ」

 

 

「ちょっと先輩、断られてますよ?どうするんですか?」

 

 

「マジか、ここまで嫌われてるとは思わなかった。お前、何したんだ?」

 

 

「いや、何もしてないけど」

 

 

「くっそー、あいつは脳筋だから簡単に引き受けてくれると思ってたが、ここまで嫌われているとは誤算だったぜ」

 

 

 日向が頭を悩ませている中、俺はある策を思いついた。そして、それを野田以外の全員に伝えた。それを聞いたユイは不満を抱き、無理だと思ったが、日向は名案だと思い、早速実行していた。

 

 

「おい野田!今度の球技大会で結果を多く残してくれたら金輪際、音無がゆりっぺに近づかせないようにする!これならどうだ?」

 

 

「‥‥‥フンっ!」

 

 

「そういえば、ゆりは野球で一番活躍した奴にご褒美をあけまるそうだぜ?何だろうな〜?もしかして、一日デート的なやつかもしれないな。音無、お前はどうだ?」

 

 

「え?あ、あぁそうだな。ソレハウレシイナー。ユリトデートトカガンバレルゾー」

 

 

 あからさまな棒読みな音無。しかし、野田はそのことを聞いて時が止まったように動かなくなった。そして、少しワナワナと震え出し、日向の方を見て告げた。

 

 

「フッ!いいだろう!貴様のチームに加わってやる!ただし!ゆりっぺとデートするのはこの俺様だぁぁぁ〜〜!!」

 

 

 野田は歓喜のあまり、空に向かって叫んだ。そして、最後まで見ていたユイがこの状況を一言で表した。

 

 

「アホだ」

 

 

 こうして、野田もチームに加わった。

 

 

*****

 

 

 野田も加わった後、残りのメンバー探しに歩いたが、人数は6人と変わらなかった。すると、ユイが任せろと言い、暫く任せていると、俺たちのもとに3人の女の子がやってきた。

 

 

「この子たちはあたしのファンです!どう?凄いでしょっ!」

 

 

「えっと、私たち、ユイにゃんさんが困ってると聞いたから助けにきましたけど‥‥正直言うと運動は苦手の方です。それでも、いいですか?」

 

 

「う〜ん、NPCかー。これだと戦力がなぁ〜」

 

 

「日向、この際戦力は俺たちがどうにかするとしよう。今は、人数の方が優先だ。人数足りません=試合に出れませんはマジでゆりの怒りが収まらないと思う。な?」

 

 

「俺もそれがいいと思う。幸い、こっちには強力な選手が勢揃いなんだからな」

 

 

 俺が後ろにいる椎名と野田のことを指すと二人は当然だなと言わんばかりドヤ顔をしていた。こいつら、単純だなぁ〜。

 

 

「分かった分かった!とりあえずこのメンバーで行くか!」

 

 

 日向も覚悟を決めてユイのファン(NPC)をメンバーに加えた。その後、ひたすら球技大会前日まで練習をし、最後の練習が終わってからは解散となり、俺は遊佐と一緒に屋上に来ていた。

 

 

「お前、これまでどこ行ってたんだ?」

 

 

「私はずっと皆さんの後ろにいましたよ」

 

 

「マジ?気配も何も感じなかったから気がつかなかった。で?何で皆んなの前に現れなかったんだ?」

 

 

「私はあまり人と群れるのが好きではないので」

 

 

「いやいや、俺と一緒にいるのも群れているもんだろ」

 

 

「佐野さんは監視対象ですので。問題ありません」

 

 

「お前の判断基準は謎だな」

 

 

「そうですね。それと、あなただけにゆりっぺさんから命令が届いています。こちらをどうぞ」

 

 

 遊佐は、制服の内ポケットに入れていた紙を取り出し、俺に渡した。

 

 

「なになに?球技大会では、遊佐さんの指示をこなしなさい。もし、命令に従わなかったから、あんたの食券を全部あたしが貰って、金輪際、食事を取ることを禁ずることとするわ。じゃっ、遊佐さんよろしく!‥‥‥だってよ」

 

 

「はい、ですから当日はこのインカムをつけてください」

 

 

 遊佐が渡してきたインカムは本人が付けているやつと全く同じタイプであった。

 

 

「ちなみに、何で俺だけ?」

 

 

「私は当日参加しませんので、その暇つぶしにゆりっぺさんに提案しただけです」

 

 

「俺はお前のオモチャじゃねぇーよ!」

 

 

「いいじゃないですか。佐野さんもただ野球をするだけではつまらないですよね?私はいいことをしたと思います」

 

 

「あーはいはいそうですね。俺のためにありがとな」

 

 

 暫く会話を続けていた俺たち。やがて、夕食の時間になると食堂に行き、飯を食べ、今度は風呂に入ることにした。風呂に入るとそこには日向と音無と大山がいた。

 

 

「おぉ!佐野か!お疲れ様だぜ」

 

 

「あぁ、最近はお前たちと練習ばかりだったから良く会うな」

 

 

「だな、まぁ同じチーム同士、頑張ろうぜ!」

 

 

「あぁ」

 

 

「佐野くんは日向くんのチームに入ってたんだね」

 

 

「あぁ、大山はどこなんだ?」

 

 

「僕は高松くんのチームだよ」

 

 

「高松の方か。そういえば、前に日向がTKを誘おうとしてたんだがな‥‥‥」

 

 

「おいおい佐野!そのことは言うなって!やめてくれよ!」

 

 

 暫くは裸で最近の出来事を語り合っていた。

 やがて、風呂から出て部屋に戻ると遊佐が読書していた。しかも眼鏡をかけていた。

 

 

「何読んでんだ?」

 

 

「生前に好きだった恋愛小説です」

 

 

「へぇ、タイトルは?」

 

 

「『君に恋した』です」

 

 

「ほぉ、分かりやすいタイトルだな。で?どう面白いんだ?」

 

 

「そうですね、ヒロインの女性が私と似ていてどこか共感してしまう所があるからでしょうか」

 

 

「なるほど。俺も読んでみようかな」

 

 

「明日には読み終わりますのでその後ならお貸ししますよ」

 

 

「頼む」

 

 

 俺は本を借りる約束をしてベッドに寝転んで、眠りについた。一方、遊佐は部屋の電気は消してスタンドライトをつけて読書を続けていた。そして、俺と話す時は外していた眼鏡を再びつけた。読書の邪魔をするのは良くないと思い、俺は目を閉じた。

 翌朝、今日は球技大会当日。俺は日向たちと合流し、グラウンドに集まっていた。既に野球は始まっており、俺たちはゲリラ参加をしようとしている。試合中にも構わず、両チームの代表を呼び、勝った方が俺たちと試合することにした。

 試合が始まる前、遊佐が現れ喋り出した。

 

 

「皆さん、ゆりっぺさんから伝言です」

 

 

「うぉっ、びっくりした〜」

 

 

「いつの間に来てたんだよ」

 

 

「そんなことより、伝言って何だよ?」

 

 

「それでは、コホン‥‥‥、ルールは変えるわ。負けたら罰ゲーム。死んでも勝ちなさい!あら、既に死んでたわねぇ!そりゃ滑稽ね!あーっはっはっは!‥‥‥とのことです」

 

 

「なんのこっちゃ‥‥」

 

 

「うぇぇぇ〜!負けたら罰ゲームなの!?前まで天使に負けたらだったのに〜!!」

 

 

「とにかく!全力でやるしかない!皆んな!頑張ろうぜ!!」

 

 

「「「オォーー!!!」」」

 

 

 ゆりの無茶振りにも冷静になれるのは長年の経験によるものだろう。すごい奴らだ。それにしても、

 

 

「お前、ゆりの真似上手いな」

 

 

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

 

「特に煽るところとか瓜二つだったわ」

 

 

「声真似は役に立つと思いますので教えましょうか?」

 

 

「あぁ、役に立つ時がくればな」

 

 

「はい」

 

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

 

「お気をつけて」

 

 

「おう」

 

 

 俺は、グラウンドに向かった。

 



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EPISOUDE14 Command Baseball

 

 試合当日、俺たちはそれぞれのポジションに入った。因みに俺はファーストだ。ピッチャー音無、キャッチー野田、セカンド日向、ショート椎名、サードユイ、外野はNPCとなっていた。日向はピッチャーの腕で全部内野フライ等を打たせるようにして、なるべく失点を抑えようという作戦を立てた。

 

 

「とりあえず、お前は練習の時中々いい球筋だから落ち着いていつも通り投げとけばいい。野田、お前は音無の球をちゃんと受け止めろよ?じゃないと音無が活躍したことになるからな」

 

 

「フッ、容易いことだ!!」

 

 

「よーし、後は椎名っちだな。いいか、お前はここに立って来たボールをそのグローブに収めろ。その後は俺が指示して行くつもりだ。お前が自分でする行動はボールを取ること。それだけだ」

 

 

「日向、ボールを取るときでもこの竹箒を落とさずにしても良いか?」

 

 

「えっ?あ、あぁ別に構わないが、俺としてはさっさとそれを片付けて欲しいぜ」

 

 

「それはダメだ。私の集中力の高さを証明できなくなってしまうではないか」

 

 

「いや、‥‥もう何でもいいや。やることは分かったな?」

 

 

「うむ、承知した」

 

 

「佐野は言わなくても分かるよな?」

 

 

「ファーストは重要なポジションだしな、エラーしないよう頑張るよ」

 

 

「うっし!んじゃ、いっちょ行きますか!!」

 

 

「コォーラァー!!あたしの説明を省くなぁ〜〜!!」

 

 

 ユイが日向にドロップキックをお見舞いした。

 

 

「イッテー!!何しやがる!このゴリラ女!!」

 

 

「あたしのポジションの説明は無いのか聞いてんだよ!このアホ日向!!」

 

 

「てんめぇ!それが先輩に向かっての口の聞き方かぁ〜!!」

 

 

「イダダダダ〜〜!!ギブギブ!!タップタップ!!」

 

 

 またもや日向とユイが漫才を始めた。が、俺たちは既に何度か経験しているためそのまま無視した。そして、それぞれのポジションについてから審判係の人の合図で試合が始まった。

 音無はアンダースローで第一球投げた。その軌道は見事なもので、ほぼど真ん中のコースであった。しかも中々に速い。当然、素人同然のNPCは驚き、思わずボールから離れていた。この試合、俺たちの出番あるのかどうか微妙だな。そんなことを考えているうちに1人目を三振した。2番打者が来る前に日向が音無を褒めていた。こういうことを言われたら、ピッチャーの調子は益々上がるようになるのが普通だ。日向は生前、野球部に所属していたのだろう。やたらと野球に詳しいところもあるし、その可能性はかなり高い。その時、俺のインカムから通信が入った。

 

 

「遊佐です。聞こえますか?返事はその場で一回転してワンと言ってください」

 

 

「‥‥‥‥普通に声でじゃダメなのか?」

 

 

「どうやら聞こえてないようですね。後でゆりっぺさんに報告しなければ、ゆりっぺさ〜ん」

 

 

 俺は急いで一回転し、ワンと吠えた。それを聞いた遊佐は口を止めた。

 

 

「良かったです。聞こえていなかったら早急に罰を実施しなければならなかったので」

 

 

「それで?要件は何だ」

 

 

「単刀直入に言います。次の打席、ホームランをお願いします」

 

 

「はいよ」

 

 

 この命令自体、罰ゲームな気がする。

 

 

「罰ゲームではなく私の暇つぶしです」

 

 

「俺にとっちゃ罰ゲームだろ」

 

 

 そんなやりとりをしている間に音無が三者連続三球三振を初っ端から見せてくれた。プロ行けんじゃね?

 さて、今度は攻撃。一番はまさかのピッチャー音無。とりあえず、ヒットをしてくれと日向からの指示を受け入れ、打席に立った。あいつはヒョロく見えるが想像以上に身体能力が高い。まぁ、素人の球なぞ簡単に打ってくれるだろうとか思ってる間にツーベースヒットになっていた。次は俺だったな。

 

 

「日向、ホームラン打ってもいいか?」

 

 

「別にいいぞー。コールド勝ちを狙ってるから寧ろありがたいな」

 

 

「オッケー」

 

 

 俺は打席に立つとバットを構え、いつでも打てるようにした。まずは一球目。これは素人にしては中々に綺麗なストレートであった。恐らく、チームの中で1番投げるのが上手い人がピッチャーとかなのだろう。ボールをコントロールすることはかなり難しい。ストライクゾーンに入れることができているだけでも凄い方だ。ということは、最初の3球はほぼストライク狙いに来ることが予想できる。ここは、ど真ん中が来るのを狙おう。

 

 

「(‥‥来た!)」

 

 

 金属バットの甲高い音が響いた。これは上手くいったな。とりあえず、ファーストには走って、その後を見てみよう。球はグングン伸びていき、そのボールは軽くフェンスを越えていた。綺麗に決まったツーランホームランだ。

 

 

「ナイスだ佐野!まさかあそこまで綺麗に決まるとは思わなかったぜ!」

 

 

「まぁ、誰かさんの指示でホームランにしたからな」

 

 

「ん?誰の指示なんだ?ゆりっぺか?」

 

 

「貴様ぁ〜!!俺の方がもっとすごいホームランを見せてやる!!」

 

 

「あーハイハイ、後でお前がカッコよかったぞと伝えとくから」

 

 

「たっちゃん先輩!すごいっすね!」

 

 

「ありがとな、ユイ」

 

 

「おっしゃー!!あたしもホームラン打ってやるぞー!!」

 

 

「お前の打席はまだだろうが!」

 

 

「ハニャッ!!痛いですよ〜!」

 

 

 

 その後も、椎名と日向がヒット。野田がホームランで一気に5点手に入れることができた。その後の打順はNPCとユイのため、一瞬で終わってしまった。

 それからというもの、音無か安定したピッチングで三振であったり打ち損ないを俺たちがキャッチでアウトにしたりで1点も与えず、また音無の打順で5点得て10点となって見事コールド勝ちにできた。とりあえず、初戦突破だな。

 次の第二試合。これまた先ほどと同じようなチームであったため、同じような結果になった。次の第三試合もコールド勝ち。そして、ついに決勝まで勝ち上がった。決勝は少し時間が立ってから始めると教師が言い待ってる間に音無が既に負けていた竹山のチームにいた松下五段を食券で買収していた。決勝は天使率いる生徒会チームで間違いない。俺たちをボコボコにするのが目的なのかもしれないな。そして、決勝戦が始まった。

 相手のチームは野球部の一軍だと副会長の直井というNPCが話していた。

 

 

「ハハッ、勝てる気がしねぇー」

 

 

「どうするんだ日向。俺の球じゃ打たれまくるぞ?」

 

 

「内野ゴロとかなら対処できるが、ウチは外野がザルだもんなぁ〜って!?」

 

 

 日向が驚いたことは分かる。誘ったはずの五段がセンターにいたのだ。しかもうどんを食いながら。どうやって球を取るんだろうか?

 

 

「あぁ、食券が余ってたから出たらあげるって条件で」

 

 

「お前がやってくれたのか!でかした!!あいつがいれば外野も安心だ!」

 

 

「それで?守備は大丈夫として攻撃はどうするんだ?」

 

 

「まぁ、力だけなら俺たちの方が上だろ。椎名に野田に佐野がいるからな」

 

 

「おいおい、俺はそこまで強くないぞ?」

 

 

「よく言うぜ。何回もホームラン打ってる奴が」

 

 

 日向は悪戯を思いついたようにニヤつきながら俺に肩を回した。

 

 

「ま、やれるだけやるよ」

 

 

 そして、お互いのチームが揃い、挨拶を交わした。初めに日向が挑発を仕掛けたが天使は一切気にせずそのままベンチに戻った。反応がなかった日向はユイにも指示したが

 

 

「ハッ!あったま洗ってきな!!」

 

 

「何言ってんだよっ!頭じゃなくて顔を洗ってこいだろ!!頭だと衛生管理に繋がるだろうがぁぁぁ!」

 

 

「あいだだだだだだっ!」

 

 

 まぁ、ユイのアホっぷりはどうでもいいとして、相手はこれまでの素人とは比べ物にはならない野球部だ。当然、音無のボールなんかもすぐに対応してくる筈だ。さらには、音無はアンダースローでも変化球は一つもない。ストレート一本だけだと簡単に打たれるな。どうすっかなぁ〜。

 

 

「この試合、ピンチだと思いましたら、貴方がピッチャーをしてください」

 

 

「ということは、別にピンチじゃないと思えば投げなくてもいいってことか?」

 

 

「はい、投げるかどうかは佐野さんにかかってます。但し、明らかにピンチな状況と私が判断しましたら強制的にピッチャーをしていただきます」

 

 

「了解」

 

 

「必ず優勝してください」

 

 

「分かってるよ」

 

 

 遊佐との通信を切り、俺はポジションに着いた。まずは相手の力量を測るとしよう。因みに俺たちは後攻だ。

 音無がこれまでの試合と同じように綺麗なストレートを投げた。そのボールは綺麗に野田のミットに挟まり、パンっ!といい音が鳴った。審判は全身を使ってストライクと叫んだ。うむ、調子は良さそうだな。

 第二球、今度はコースがずれてボール球になってしまった。まぁ、相手は当然これも見ている。すると、バッターはニヤリとした。まずいな、たった二球投で音無のストレートの見極めたのかもしれない。だが、確証は持てない。とりあえず、もう一回投げてもらうか。

 

 

「音無!何も考えず投げろ!変に違うことをすると返ってチャンスボールになりやすくなる!お前は自分が信じれるボールを投げ続けろ!打たれても俺たちが取ってやるから!」

 

 

「そうだぜ!俺たちを信じろよ!」

 

 

「あ、あぁ分かった」

 

 

 これで相手の情報を得ることができる。

 音無は先程と同じようにストレートを投げた。すると、相手はそれを待ってたかのように豪快にバットを振った。そして、カーン!と金属音のいい音が鳴り、ボールはどんどん遠くまで飛んでいった。それは、フェンスを超えるかと思えたが、ギリギリのラインで松下五段がキャッチしていた。

 

 

「ナイスキャッチ!さっすが五段だぜ!」

 

 

 予想通り、相手は音無のストレートを狙っていたのが分かる。恐らく、変化球は投げれないと判断し、仮に投げたとしてもストライクゾーンに入るのは少ないから基本的には見逃し、ストレートが来たら全力で打つとかそんな感じだろう。そうと分かればそこまで心配はないのかもしれない。ホームランさえ打たれないようちょっと狙うコースをずらすだけで十分だ。後は俺たち守備の実力が鍵を握っている。その結果、この回は何とか失点もなく終えることができた。次は俺たちの攻撃だ。

 

 

「まず、一番はお前だユイ」

 

 

「えっ!?あたし一番っすか!?マジで!?」

 

 

「あぁ、お前はまだ相手にその実力を見せてない。チャンスだ、お前の底力を天使に見せてやれ」

 

 

「がってん承知!あたしにかかりゃ一瞬でホームランっすよ!!」

 

 

 ユイは元気よくバッターボックスに向かった。アホで良かった。これで、相手のピッチャーの実力を少しは知ることができるだろう。その後はその攻略方法を考え教えていくことでいいか。その時、俺の耳から通信が入った。

 

 

「遊佐です」

 

 

「あぁ、聞こえてるぞ」

 

 

「では指令です。この回で6点手に入れてください」

 

 

「おいおい、仮に俺が満塁ホームランしても足りねぇーじゃん」

 

 

「その心配はありません。音無さん、日向さん、椎名さん、野田さん、松下さん、佐野さんの6名が点を取れば済む話ですから」

 

 

「なるほど、俺の力量にかかってるってわけだな」

 

 

「その通りです。ただ打たせるだけでなく、必ずこの回で5点手に入れてください」

 

 

「無茶苦茶な指令だな」

 

 

「期待してます」

 

 

「へいへい」

 

 

 遊佐との通信を終え、俺はすぐに打順を変えることにした。まずは各々の自信を伺おう。

 

 

「野田、お前はあの野球部の球をホームランできるか?」

 

 

「ハッ!愚問だな!!あの程度のボール、余裕でホームランだ!!」

 

 

「オーケー、椎名はどうだ?」

 

 

「私は力はないからホームランは無理だが、確実にヒットならできるぞ」

 

 

「よし、日向と音無はどうだ?」

 

 

「うーん、俺は正直言って微妙だな。相手の弱点とかあれば何とかなると思う」

 

 

「俺は大丈夫だぜ!生前は野球部だったからな!ただ、ホームランは無理だな。ヒットはできる」

 

 

「松下五段は?」

 

 

「うむ、チャンスボールが来ればホームランできるだろう」

 

 

「ホームランは3本ってことだな」

 

 

「佐野はどうなんだよ?」

 

 

「俺か?あの球を見る限り、ホームランは楽勝だな」

 

 

「マジでお前何者だよ。頭いいし、運動もできると来たら完璧超人じゃねーか」

 

 

「まぁ、そういう話は後にしてくれ。時間がないから打順の話をるぞ。次は───」

 

 

 俺の作戦を聞いた主要メンバーは頷き、ユイの番が終われば続いてNPCの女子を二番バッターにし、予想通り三振で三番バッターに回った。三番は椎名。同じ女子と見て先程の二人を相手にした後なら油断すると判断し、立たせた。案の定、ピッチャーはニヤリとして余裕と思っている。見せてやれ、お前の集中力の凄さを。

 第一球、そのボールはふざけるのも大概にしろよと思わせるほど緩やかなボールであった。そのチャンスを椎名が逃すはずない。椎名は思い切りバットを振り、ショートとサードの間を綺麗に抜ける打球を見せた。あれ、狙ったんだろうなぁ。

 続いて四番の松下五段。あいつのガタイを見れば流石にホームランを打たれるかもしれないと思い、少しは緊張するだろう。だが、人間一度気を緩めたらそんな一瞬でコンディションが良くなるわけない。さらには、緊張のあまり、ミスが出やすくなるのものだ。これも読み通り相手のピッチャーの球がすっぽ抜けチャンスボールとなった。五段はそれを全力でバットを振り、これまた綺麗にフェンスを超えていた。ツーランホームランだ。

 ツーアウトからのツーロンホームラン。ここからの打順はやばいと気づいただろうが、既に遅い。相手は俺たちの情報を知らなさすぎだ。次のバッターがどういう奴か未知数のため、全力でやるだろう。しかし、次の五番はさっきよりも強打者だ。その名は、野田。

 

 

「さぁーこい!!目にモノ見せてやる!!」

 

 

 自信満々な野田なら安心だな。相手は四番が終わればこれ以上の強打者はいないと思うはず。落ち着いて打ち上げさせる程度の安定したボールを投げてくるはずだ。しかし、うちの最強打者にそんなものは通じない。野田は着々と努力を続けていたため、身体能力全般だと椎名には程遠いが力だけなら勝っているだろう。

 ピッチャーが投げたその球を捉えた野田は先程のフェンス越えを遥かに凌ぐほど飛んでいた。連続ホームランで現在は3点。あと半分だ。ここからがかなり運ゲーになるが何とかなるだろう。

 

 

「よし、これで相手のメンタルは潰れただろ。あとはしっかりとヒットになれる球を二人は狙って打ってくれ。最後に俺がホームランで締めるから」

 

 

「おう!頼んだぜ!大将!」

 

 

「何とかするしかないか」

 

 

 その後、音無と日向は難なくヒットをしてくれた。さてと、決めてきますか。

 

 

「これまでより特大のホームランを見せてください」

 

 

「うぉっ、急に話しかけてくんなよ」

 

 

「佐野さん、貴方の本気を見せてください」

 

 

「‥‥‥‥分かったよ」

 

 

 俺はバッターボックスに立ち、構えた。相手は完全にビビっている。次は何をしてくるのだろうかと怯え続けている。そして、投げた。そのボールは五段と同じようにすっぽ抜けたボールだった。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。そして、俺は全力でバットを振った。バットから気持ちのいい金属の音が響き、ボールが飛んでいった。

 そのボールを見ていた日向は自分の頭を超えてからもただ青空を眺めていた。

 

 

*****

 

 

 この回は俺のスリーランホームランで6点という結果で終わった。しっかりと指示を全うしたからいいだろう。

 

 

「よーし!このまま押さえて勝ちにしようぜ!」

 

 

「「オー!」」

 

 

 先程の6点を取れてからチームの団結力はかなり上がったと見ていいだろう。まぁ、何かやらかさなければ勝てるだろ。

 そう考えていた俺は甘かった。野球部は本気を出すことで、その攻撃は凄まじくなった。音無のボールは完全に見切られており、少しでも甘ければ簡単に打たれていた。しかも、打つコースも的確に守備が甘いところを狙わっていた。そして、気がつけば両チーム6対6と同点となりこの後からの戦略で勝敗が決まるだろうと俺は思った。

 

 

「タイムを頼む」

 

 

 俺は審判にタイムをもらい、主要メンバーだけをマウンドに集めた。

 

 

「このままじゃ野球部に押されて負ける可能性が高い。そこで、ピッチャー交代だ」

 

 

「誰にするんだ?」

 

 

「もちろん、俺だ」

 

 

「マジか!佐野はピッチャー経験あるのか?」

 

 

「任せろ。ただそうなるとキャッチャーが難しいかもしれん」

 

 

「どう言う意味だ?」

 

 

「俺は音無と違って球種が多いからその対応が難しいってことだ。どうだ野田、いけるか?」

 

 

「ハッ!何を言う!貴様のボールなどこの俺様がけちょんけちょんに取って見せよう!!」

 

 

「その使い方は違うが、まぁこの際無視しよう。ここまで自信あるなら大丈夫だろ?」

 

 

「そうだな。頼んだぞ」

 

 

「あぁ!!」

 

 

 ということで、ピッチャーは俺となり、音無はファーストに立つことにした。マウンドに立つと様々な所から視線を感じるようになった。変に緊張しそうだ。

 さて、とりあえず投球練習だ。まずは肩を慣らす程度にストレートを投げよう。球速はそこそこにすれば相手も気を引き締めるだろう。練習が終わり、本番に入った。一球目は先ほどより速いストレート。これは見送り続いて二球目は一球目より速いストレート、これも見送る。三球目はものすごくゆっくり投げた。すると、相手はストライクゾーンに来る前に振ってしまい、空振りした。この程度なら余裕だな。

 次のバッターはストレートを一切投げずカーブやシュートなど変化球をひたすら投げまくった。今度は打たれたが、打ち損じたため、簡単な内野フライでキッチリとってツーアウト。次のバッターには適当に投げた。すると、バッターは三球連続バットを振り、全て空振りした。スリーアウトチェンジだ。

 

 

「スゲーな佐野!余裕で決めてたな!」

 

 

「別に特別なことはしてない。相手に俺の情報を上げただけだ。それも大量にな」

 

 

「どう言うことなんだ?」

 

 

「普通、スポーツの戦略は相手の力量を確認し、何が得意で何が不得意なのかを見極めることが多い。が、それを活かして俺は相手に大量の情報を送った。すると、相手は俺の得意が多すぎて整えるのが難しくなる。結果、曖昧なコンディションでマウンドに立たないといけない。普段ならあまりないミスとかもするようになった、てわけだ」

 

 

「よくわかんねぇけど取り敢えず佐野がすごい奴だとは理解した!」

 

 

「まぁそれでいい。お前たちに頼むことは俺が投げたボールが打たれた時のフライとかの処理をしっかりして欲しいだけだ」

 

 

「まぁ、あれならいけるな」

 

 

「さ、ここからは何とかして点を取ろうぜ」

 

 

 次のこっちの攻撃、流石にさっきの戦略は厳しいため、各々ホームランを狙うことだけにした。とにかく点を取ることが重要だ。塁に出ようではなくホームランただ一つだけ。野田と俺は問題ないとして、他のメンバーがキツイな。松下五段が打てたらいいが難しいか。甘い球はそう来ないだろう。

 その後も少しずつ点を取るが相手も時間が経つにつれ俺の戦略に慣れてきていた。ここまで来れば後は守備に任せるしかないと考えたが、流石は野球部。上手く外野のNPCの方へ狙ってやがる。そして、気がつけば最終回の守備、ツーアウトで後一本アウトを取れば俺たちの勝ちだが、相手は二、三塁におり、しかも点差は一点。何とか抑えたいがそろそろネタ切れだ。ここは一か八かかけてストレートを投げた。すると、相手は打ち損じたため、セカンドフライだった。その時、セカンドに立っていた日向がボールを見上げながら穏やかな笑みを浮かべた。それを見た音無は日向にボールを取るなと叫ぶがあと少しでグローブにボールが収まる瞬間に、日向が横に飛んだ。

 

 

「こんのやろう!!よくもあたしに散々技を決めやがって!死ね!死ね!死ねーー!!!」

 

 

 

 まさかのユイが日向に技をかけていた。その理由は日向が何度もユイに卍固めなどの技をしていたからか。その結果、ボールはこぼれて転がっていき、いつの間にか二塁と三塁のランナーはホームを踏んでいた。逆転となり最悪だ。何とかアウトを取り、チェンジとなったが次の打順は俺の後にいたNPC、ユイ、NPCと完璧に負けであった。

 

 

*****

 

 

 球技大会が終わり、俺たちは罰ゲームを受けていた。その内容はあまりの疲れでよく覚えていない。最後らへんはもう無意識で取り組んでいた。罰ゲームを終え、疲れからかその場で大の字に倒れ、激しく呼吸を繰り返す。その俺を誰かが近づく。その正体はすぐに分かり、遊佐が俺を見下ろしていた。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

「あぁ、久々にしんどいと感じたわ」

 

 

「惜しくも負けてしまいましたね」

 

 

「流石にユイの行動まで読めなかった」

 

 

「天才である貴方もその程度なのですね」

 

 

「お前、あいつのことも読めてたらそれこそ神だぞ?」

 

 

「佐野さんは神ではないのですか?」

 

 

「どこがだよ、普通の人間だっての」

 

 

「ユイさんの情報によると『さっちゃん先輩はガルデモの神っすよ!!CD作れるとかヤバすぎますよね!!』と仰っていました」

 

 

「お前‥‥ユイのマネ上手いな」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 その時、少し強い風が吹き、遊佐のスカートが少しだけ捲れ、白い布を肉眼で確認できた。

 

 

「‥‥‥白か」

 

 

 この時、遊佐はゴミを見るような目をしていた。



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EPISOUDE 15 Cigarette

 

 

 球技大会から数日が経ち、俺と遊佐はガルデモの練習部屋に訪れていた。それは、CD作りがどうなったかを確認しにきたからだ。部屋に入るとそこは沢山のCDが積まれており、ざっと見た所500枚ぐらいはあると思った。

 

 

「出来上がったのか?」

 

 

「ん?何だ佐野か。丁度いい、この後のことを聞きたかったんだよ」

 

 

「CDをどう売るかか?」

 

 

「そうそう、で?どう売るんだよ?」

 

 

「食堂に売店があるだろ?その隣に新しく出店すればいいだろ。確か、チャーに頼んでリアカーを作ってれたのを運んだと思うが」

 

 

 俺は見つけたリアカーに大量のCDを傷つけないよう慎重に載せていった。そして、竹山と偶然出会った高松と一緒に食堂に向かい、着いてからは宣伝をした。

 

 

「はい、こちらガルデモのCDでーす。今なら3種類の食券でCD 1枚交換でーす。ただし、同じ食券しかない場合は、6枚で交換できまーす。さぁ、買った買ったー」

 

 

「今まで聴いてきたCrow Songはもちろん!他にも新曲も追加していますよ!!これを逃すと一生後悔しますので!是非!!交換しましょう!!」

 

 

「その調子でどんどん宣伝してくれ」

 

 

 販売を開始してからすぐに大勢の人の波が来て、騒がしくなっていた。ある程度交換している中、俺は唐突にある記憶が脳裏をよぎった。

 それは、俺がどこかの屋上みたいな場所でタバコを吸っていた。記憶はそれだけだった。

 

 

「(タバコ?なんか関係あるのかもしれないな。ちょっと探してくるか)」

 

 

「わりぃ、ちょっと売るの二人で頼むわ」

 

 

「佐野さん?どこに行くのですか?」

 

 

「ちょっと小腹が空いたから購買に」

 

 

「戦線でお金を使うことは違反ですよ!」

 

 

「じゃあ、内緒にしてくれよ」

 

 

「あ、ちょっと!」

 

 

 

 俺は一旦離れて購買の方へ向かった。そこで、おばちゃんに話しかけて正直に言った。

 

 

「おばちゃん、タバコってある?」

 

 

「タバコ?あんた、まさか吸ってんのかい?」

 

 

「いや、それは分かんねーけど、実は俺、今記憶喪失でさ、よく夢でタバコ吸ってる姿を見るんだよ。だからさ、実際に吸ってみたら何か分かるかもしれねーなと思って聞いてんだ」

 

 

「そうかい‥‥‥‥‥、やってもいいけど、一つあたしのお願いを聞いてくれんか?」

 

 

「俺にできることならいいぞ」

 

 

「なら、放課後グラウンド近くの大階段に来てくれ。そこであたしの話し相手になっておくれ」

 

 

「オーケー、放課後の大階段だな。じゃ、よろしく」

 

 

「あぁ、ついでにパンとか買ってくかい?」

 

 

「それもそうか、じゃあサンドイッチ頂戴」

 

 

「はいよ」

 

 

 俺は購買のおばちゃんにサンドイッチ代を払い、その場を去った。それからは再びCD売りに戻り、手伝った。そして、全てのCDが売れたことで撤収し、竹山と高松に集めた食券をゆりに報告と一緒に渡して貰うよう頼んだ。

 そして、時は流れ放課後。俺はおばちゃんに言われた通り大階段の前に待っていた。暫くするとおばちゃんがやってきて俺に手を振ってくれた。

 

 

「ちゃんと来てくれたんだね」

 

 

「お願いだもんな。それに、俺の頼みでもあるし、すっぽかすことに利点はない」

 

 

「ふふっ、それじゃあ、これをやろう」

 

 

 おばちゃんはポケットからタバコケースを取り出し、一本俺に渡した。

 

 

「火はこれだよ」

 

 

 俺は渡されたマッチを受け取り、シュッと擦って火を点け、咥えているタバコの先に点火させた。その動作はどこか手慣れている感じだった。

 

 

「俺が言うのも何だが、普通高校生がタバコを吸うことにとやかく言われると思ってたわ」

 

 

「‥‥ふぅ〜、あたしは別に子どものしたいことを止める真似はしないだけでね。例えば、自殺をしようとする子がいたとしよう。その子が止めるなと言えば本当に止めないし、やっぱり死にたくないから止めてほしいと言えば本気で止めるよ。あたしは子どもの意思に沿って動いているんだ。昔話になるだがね───」

 

 

 おばちゃんは自分の昔を話し始めた。

 自分には旦那と二人の息子がいたらしい。ある日、おばちゃんがまだこの学園に来ていなかった頃、おばちゃんは近所の奥さん達とお茶会をするため家族と離れていた。本当ならそのお茶会に家族全員で参加しようとしていたが、旦那が『たまには一人でゆっくりしてこい。子ども達は俺と一緒にどこかに出かけてくるよ』と言ってくれたことでおばちゃんは同意した。そして、お茶会を楽しんでから数時間後に電話が来た。それは病院からであった。何事か聞くと旦那と息子二人が交通事故に遭ったとの連絡だった。おばちゃんは急いで病院に向かったが時は既に遅く、三人は亡くなっていた。その時、おばちゃんは酷く後悔した。自分が一人になったからだと。やはり皆んな一緒にいれば良かったと何度思ったが分からなかった。それから暫く泣き続けた。

 どれほど時間が経ったのかは分からないがおばちゃんは生きる気力が無くなりかけていた。その時、自分が死ねば旦那と息子二人に会えるではないかと思った。そして、ビルの屋上に行き、柵を越え、あと一歩出せばその場に踏めるところはなく、大きく下の方に地面があるのであった。いざ、踏み出そうとした時、不意に声が聞こえた。

 

 

『おかあさん、まだぼくたちのところにくるのははやいよ』

 

 

『ぼくたちはおかあさんのえがおがみたいんだ』

 

 

『お前の笑顔はいつも元気になる。だから、もっと沢山の人にお前の笑顔を見てほしい。今は死なないでくれ』

 

 

 それは、旦那と子どもたちの声だった。初めは幻聴かと思っていたが、いつの間にか涙が溢れていた。おばちゃんは彼らの想いを無碍にしてはいけないと誓った。それからおばちゃんは、この学園に来て、沢山の子どもたちに笑顔を見せている。

 

 

「なるほど、あんたも大変な人生を送ってるんだな」

 

 

「そんなことないさ。あたしは沢山の人、まぁここで言うと子どもたちだけどね。あの子たちに笑顔を見せているだけだよ。ただね、何人もあんたみたいに変わった子がいたよ。初めはあたしも説教したりしたけど、その子たちは家庭での暴力であったり、周りからの嫌がらせとか結構精神的にやられている子が多くてね。もう、楽になりたいって感じるんだ。だから、タバコを吸おうが薬物に手を出すことには反対はしない。けど、あたしはこれだけ言ってるよ。『最後まで生き抜くことを誓いなさいっ』てね。だからあんたも、死ぬことが全て解決と思わないことさ」

 

 

「‥‥‥あぁ、肝に銘じとくよ」

 

 

 おばちゃんは話し終えたのか、タバコの箱を置いて学園を去った。いつの間にか、俺が吸っていたタバコは短くなり吸えそうになかった。俺は置いていった箱を取り一本口に咥え、マッチを擦って再び火をつけた。目の前は雲ひとつない空に夕日が輝いていた。

 

 

「‥‥‥ふぅ〜、綺麗な夕日だな」

 

 

「お味はいかがですか?」

 

 

 誰かが声をかけた。その声は知っている。これまで何度も共に行動をし、相棒的な存在である人物だ。彼女は俺の横に立ち伺った。

 

 

「ん〜?可もなく不可もなくただ煙が出る葉っぱを吸ってる気分」

 

 

「それは、どういうものでしょうか?」

 

 

「さぁ?生前の俺はこれを吸って何を考えてたんだろうな」

 

 

「タバコには気分を和らげる効果があると聞きます。それではないでしょうか?」

 

 

「かもな」

 

 

 それからは何も発さずただ時間が流れ、二人揃って次第に落ちていく夕日を眺め続けた。俺のタバコは徐々に燃えて灰になり、支えることができなくなるほど大きくなると静かに地面に落ちていく。そして口に咥え、それを吸う。

 

 

*****

 

 

 日は完全に沈み、当たりは月明かりのみで暗くなっていた。俺は立ち上がり、ずっとそばにいた遊佐と一緒にここから去った。

 

 

「お前、待たなくても良かったぞ?」

 

 

「いえ、夕日が沈む姿がとても素敵だったのでつい見入っていました。決して佐野さんを待っていたわけではありません」

 

 

「あっそ」

 

 

「それより、お腹が空きませんか?」

 

 

「そうだな、飯にしよう」

 

 

「はい」

 

 

 今日はたらふく食べたい気分だ。



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