物理で解決してみよう (時守 暦)
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物理で解決してみよう

 

 とある一室。高級ながらもどこか無機質な雰囲気を漂わせるその部屋で、一人の少年がディスプレイに向かっていた。

 彼の名は明智吾郎。

 世間で『探偵王子』と持て囃される、よくよく聞いてみるとダサい上に米○町近辺で体は子供頭脳は大人な少年に踏み台役にされそうな渾名を持った少年だ。死神(ニュクスではない)になるのとどっちがマシかは微妙なところ。

 そんな彼の正体は、正義感溢れる探偵どころか、自分の目的の為なら何でも利用し、利用価値があるかだけで人を選び、必要とあれば犯人の人から借りた真っ黒タイツ姿で闊歩して、人が死ぬと分かった上で躊躇いなく引き金をパーン!しちゃう、ちょっと自己中心的でアヴェンジャーチックな思春期の青少年である。

 

 何となく誰かに罵倒されたような気がした明智少年は、コーヒーなんぞ啜りつつも気にしない事にした。きっと今まで利用してきた誰かが、謂れのない恨み事とか言ったんだろう。その程度の事を気にしていては、探偵王子なアヴェンジャーなどやっていられないのである。

 彼はいつになく、自分が興奮している事を自覚していた。

 目的を果たす為にあらゆるものを偽り、利用してきたが、それがようやく実ろうとしている。望みがもうすぐ叶うと思うと、人知れず興奮して、ちょっとだけオッキしてしまうのも仕方ないだろう。あのハゲにそんな性的興奮を覚えるなんて絶対嫌だが。

 とは言え、目的の為には大嫌いな奴とお近づきになる必要もある。そいつの役に立ってやっていると思うと、少なくないストレスが溜まるのも事実だ。そろそろ発散してスッキリしておきたい。体調管理は大事だ。探偵王子が円形脱毛症とか、笑い者にしかならない。

 

 

 彼がディスプレイに向かっているのは、AV鑑賞でスッキリ…じゃなかった、情報収集である。探偵王子たるもの、世間の流れに敏感でなければならない。ちょっとだけ自己中心的な彼は、それ以上に努力家だった。ただ、他の犠牲を全く気にしてないだけで。

 そんな彼は、SNSの利用だって朝飯前。色々なところから情報を集めていると、ふと気になる呟きが見つかった。

 「拡散希望」と書かれた、何の変哲もない呟きだ。写真が幾つかと、動画が一つ。

 普段であれば、全く気にしなかっただろう。どうせ何処かのレベルが低い馬鹿が、自己顕示欲に駆られて自撮りでもしたんだろう。そこからバカッターとして炎上するまでワンセットだ。

 しかし、繰り返すが彼はちょっとだけ興奮、もとい昂揚して浮かれていた。カフェインが効き過ぎたのかもしれない。ちょっとー、このコーヒー濃すぎるんだけど。誰が淹れたの? あ、僕か。なんて考えがよぎるくらいに。

 

 特に深い意味はなかった。またもコーヒーを啜りつつ、「バカを嘲笑ってやろう」くらいの軽い気持ちで、その画像を開いた。

 

 

 

 ディスプレイが真っ黒になるくらい噴いた。爆笑した。

 次いで挙げられてきたコメントで笑い死にするところだった。気管にコーヒーが入って死にそう。

 ちょっとこれは目的達成の邪魔になっちゃうかもしれないなーと思いながらも、浮かれた上にストレスが溜まっていた事もあり、その場の衝動に任せて彼は自分の持てる伝手を全て使って拡散しまくった。

 

 

 

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 時はちょっと戻り、場所は変わって。

 

 夜が更け真っ暗になった道を、一人の少年が歩いている。一見どこにでもいる少年で、わかめのようにモジャモジャ頭だが、どこぞの踏み台野郎ではない。むしろ、弱気を助ける為に鉄火場に真正面から飛び込んでいく主人公の風格を持っている。

 そんな彼の本性は、本人は知ってか知らずか100を超える人格を内包し、それを状況に応じて自由自在に変化させられる…素質を持つトリックスター、ユニバースに至る者、集合的無意識の接続者…。の卵である。恐らく本人それを言えば、なんのこっちゃいの一言でしかないが。あと片手じゃ数えられないくらいの女性と同時に付き合う気がする。……なんだ、筆者のSSにしちゃ少ないな。

 

 そして、彼は今正に人生の岐路に立っていた。 家に帰ろうと歩いていたところ、道端で言い争う声が聞こえてくる。

 道を覗いてみると、酔っぱらったスキンヘッドの、人相の悪い男が、強引に女性を車に連れ込もうとしていたのだ。車は暗がりでも高級車と分かる。これはどう考えても面倒事。

 

 さぁ、どうするか。行くべきか、行かざるべきか。

 行かなければ自分は安全だが、あの女性がどうなるか分からない。自分は後味の悪い選択をしたとして、暫く心にニキビのよーなしこりが残るだろう。

 行けば自分は危険だが、女性は助かるかもしれない。だがあの男の様子はまともではないし、ひょっとしたらナイフとか振り回されて刺されるかもしれない。

 さぁ、どうする?

 

 

 義を見てせざるは勇無きなり。

 あれこれ考えるより先に、『獅子のごとき勇気』を持ち、『神と称えられる優しさ』湛え、ちょっと『魔法を疑うような器用さ』でスマホを警察を呼べるよう密かに操作しながら、『道を歩けば一目惚れさせるニコポな主人公』のようにカッコよく、女性の前に飛び出した。ははーん、さてはお前2周目、いや3周目だな?

 

 勢い余ってハゲに激突し、ちょっと頭に怪我をさせてしまったけど仕方ない。髪の毛は頭を保護する役割もあるのだ。剃ってっているのが悪い。いや坊さんを悪く言うつもりはないのだが。マタカミノハナシシテル.そもそも女性を拉致監強姦しようとする変質者が相手なのだ。遠慮も容赦も油断も要らない。変質者を相手に必要なのは人権ではない、正当防衛だ。

 ハゲは生意気にも怒ったらしく、自分の行為を棚上げして何やら喚き散らしている。

 ケーサツがどーの、自分を誰だと思っているだの。こりゃ本当に精神的にアカン人種のようだ。きっと社会に揉まれ過ぎて、勘違いしちゃったのだろう。高級車使える程偉くなったのに、勘違いしちゃった上にこの有様とは可哀そうに。田舎のおっかさんより心が広い彼としては、さっさとこの窮屈な世界から色んな意味で解放して終わらせてあげるのが慈悲だと判断した。

 

 思い立ったら即行動。

 ミーミルの泉に目ン玉投げ込んだ王様を神様のように頭がよく……いややっぱ訂正、そんなペルソナも内面にあるけど、神の知恵何てろくでもねーわ…ともかく機転が利く彼は、瞬時に頭を巡らせ、取るべき手段を模索する。

 

 

 ここで問題だ!

 女性は助かり、自分は無事で感謝され、目の前のハゲは社会的重圧から解き放たれて、ストレスで絶滅した毛根が復活してくるような、そんなステキアイデアは?

 3択。一つだけ選びなさい。

 

①人間ステータス激高の彼は突如素晴らしいアイデアをひらめく。

②警察がきて有耶無耶になる

③このまま放り出して帰る。

 

 

 

 答え ①

 

 

 誰かが脳裏に囁いたかのように、ピキーーーz___ン!とニュータイプ張りに閃いた。

 ちょっとドメスティックでバイオレンスな手段だったが、彼はいざ事あらば人型をした相手にも躊躇いなく刃物や呪詛を叩きつけ、自分の数倍はあるバケモノも平然と殴りつける、怪盗っつーよりガンギマリした薩摩隼人かスタンド使いみたいな人種だった。ははーん、さてはお前産まれる世界を間違えたな? …そうでもないか。

 そして、彼の認識ではこれから行う行為は慈悲である。サイコパスかな?

 

 

 彼は思いっきり息を吸い込み、未だ喚き続けるハゲに向かって大声をあげながら踏み込んだ。

 

 

 

「こっち来るな変質者ーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 振り上げた右足に、なんとも言えない感触。響き渡る断末魔。男として終わらせた事を実感する。やっている自分も辛いが、これも君の為なのだ。

 痙攣して泡を吹き、どこからとは言わないが血が流れている変質者を見下ろした。

 

 

 そしてドン引きしている横の彼女を放置して、ズボンを脱がす。パンツも脱がす。血はどうでもいいが、女の子の体に触れた事もないのに何が悲しくてこんな変態ハゲを剥かなきゃならんのか。

 くっさい匂いを、彼を解き放ってやらねばならないという義務感から押し殺し、ズボンもパンツも処分。どこにどうやったかは聞くな。

 

 そして写メ。流れるようにうp。拡散希望。コメントに『自称偉い人が下半身丸出しで路上で襲ってきたから蹴り潰した』『精神イッちゃってる人だと思う。裁判になったら証拠に使うからばら蒔きプリーズ』。

 これで良し。バカッター扱いされようが色々規約違反扱いされようが、証拠は消えない。炎上歓迎。騒げ騒げ。

 あっという間に集まるリツィート。批判的な内容も沢山あったが気にしない。幾ら何でも反応が早すぎで、誰かが何か仕掛けたんじゃないかと思えてきた。

 『こいつ議員の〇〇じゃね?』なんて呟きまで出る始末。ちなみに隣の被害者の女性も、しっかり呟きで『確かに〇〇です。私は秘書をやっているのですが、この人に無理矢理車に連れ込まれそうになりました』などと書き込んでいる。いいぞ、煽れ煽れ。

 

 

 その後警察のお世話になったが、正当防衛を主張した。認められた。

 近所の人からも、女性と男性が揉めるような声が聞こえたと証言を得られたようだ。

 背後関係がどうなっているのかは未だによく分からないが、女性の証言もあったし、何より目の前に実際に転がっていたのは、路上で下半身裸になってるハゲの怪しすぎるおっさんだ。これが偉くて凄い人だとしても、まずタイーホするよ。警察病院に担ぎ込まれたと聞いたが。

 

 裁判沙汰にもなり、騒ぎが大きくなりすぎて転校する羽目にもなったが、とりあえず後悔はない。助けた女性はお礼を言ってくれたし。ハゲはまだ目を覚ましていないそうだが、なんか今までの悪行が色々噴出して、お偉いさん達がお祭り騒ぎ(ただし自宅を比叡山キャンプファイアー)しているとか。ていうか、酔っぱらって夜道で女性を連れ込もうとした挙句、抵抗されてるハゲが本当にお偉いさんだったことにビックリだ。最初からそういう商売の人を相手に、頼んだうえですれば問題も起こらなかったらなかったろうに。…そもそもスキンヘッドって、議員になれるのか? 髪型に規制はないと言われればそれまでだけど。

 きっと、今までやってきた事に良心が耐え兼ね、ヤケになってあんな事に走ってしまったんだろう。或いは、誰かが止めてくれるのを期待したか。

 

 

 

 目を覚ました時には、きっと社会的色々な物から解き放たれているに違いない。何も残っていないとも言うが。

 どうもタマが二つとも潰れてるらしいし、男性ホルモン的なのも減って、闘争心とか野心とかも無くなるだろう。悪行と猥褻物陳列罪をしっかりと塀の中で償ってから、その後は何処かの僻地で静かな暮らしを送ってほしい。

 

 

 

 ところで、転校が迫って来た時期、なんか※な人が『君のおかげで僕の計画が台無しになったよ。反響が大きすぎて、炎上どころか大噴火だった』って笑いながら話しかけてきたんだけど、何なんだろうか。何のことだって聞いても説明してくれないし。

 気にする程の事でもないけど、ちょくちょく刺々しい感じがする。一体何をしてしまったんだろう。

 

 …いやそれよりも、転校先の学校はどんな所だろうか。

 どんな所に行っても、結局自分は自分のままで生きるしかないのだけども。

 激しいトラブルがあるかもしれない。その代わり凄い喜びがあるかもしれない。それでも平穏な、植物のようにいられる学校がいい。

 尤も、『お前は植物は植物でもムービーに出てくる植物怪獣の類だ」とよく言われるのだけど。解せぬ。

 

 

 



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情報で解決してみよう

読む前にこれをどうぞ。
当SSを読む為に、原作知識以上に重要なものです。


つ『重箱の隅も本筋も投げ捨てて行く精神』。


 一人の女性が、ヒールの音を響かせて通路を歩いている。廊下は清掃が行き届いており、そこかしこに気品のある置物が見えた。

 彼女としては予算の無駄としか感じられないが、見栄を張る必要も分からないではないし、何より既にあるのだから文句をつけても意味が無い。

 

 彼女の名は新島冴。

 

 新進気鋭の女性検察官で、父親が亡くなって以来女手一つで妹の面倒を見て来た苦労人。

 そんな彼女は伸し上がる為にありとあらゆる手段を駆使してきた。とは言え、まだ違法な行為には手を染めていないが。

 過剰に合理的な手段を用いる彼女は段々と心が荒んできており、眉間に出来た深い皺のおかげで実際以上に老けて見え、ついでに心の中には清純の象徴とされる割には処女しか載せないというエロオヤジみたいなシャドウ・ユニコーンを飼っていたりする。やっぱどうなのオバサンはイカンな。

 

 

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 に、新島さんは妹に不自由させない為に一生懸命で、侮辱されたとあらば第三の壁を越えてでも得意のキックボクシングでボコるくらい行動力に溢れたオトナの女性です。

 しかしながら、最近の激務のおかげでちょっと心に余裕が無いのです。

 やっぱこの年になってユニコーンを心の中に飼ってる奴はイカ(ry

 

 

 

 

 

 

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 セクハラ罪により、法廷で負けてきました。法廷の割にはイカサマカジノみたいな場所でしたが。あと聴衆の皆さんにユニコーン飼ってる事を聞かれたけどそれはいいのか。更にイカサマを操作している制御室まで公開された。

 ともかく、彼女は悩んでいた。己の目の前に転がって来たチャンスに対して悩んでいた。

 

 つい先日、ネットから拡散した議員のスキャンダル。これに関して物凄い勢いでマスゴミ連中が食いついて、あれやこれやの大騒ぎ。多分、捏造したネタも使われているだろう。尤も、下手な捏造よりもエグい事実もあったので、同情の余地は無いが。

 やらかした当人が未だ昏睡から目覚めない為に対策も反撃も成されず、ついでに秘書がむしろ積極的に悪事をバラす方に加担している為、その有罪は免れないだろう。それはいい。バラされた悪事の裏を取る事で、自分もそれなり以上にポイントを稼がせてもらった。ありがとう蹴り潰した人。いつか出会えたら、得意のキックを伝授してあげたい。

 

 ともあれ、彼女も肉に群がるハゲタカよろしく、ハゲ議員を生贄としてポイント稼ぎしていた訳だが、その中で不自然な事に気が付いた。自分の上長である地検特捜部の部長が、妙に歯切れが悪いのだ。

 宮仕えとは言え、いやだからこそ出世と言う名の椅子取り合戦は厳しい。そもそもこれは拡散炎上煽りの三段コンボを喰らって、日本中のご家庭が一度はテレビで見ているような大騒ぎだ。ここで動かなければ、例え部署違い・管轄違いだろうと後々叩かれるのは目に見えている。そのくらいの保身、いつもだったらすぐに行っている筈なのだ。

 それどころか、幾つかの事実を隠蔽しようとしている節さえある。

 内容によっては知るだけでも危険な程厳重に封じ込められるケースは何度かあったが、この件は明らかに違う。大騒ぎになっていても、所詮は議員一人のスキャンダル。国家の機密に繋がるような、とてつもない秘密が出てくる筈もない。

 

 

 ならば、何故あの部長は事実を隠蔽しようとしているのか? ここで彼女は一つの疑惑を持った。

 すなわち、部長とあのハゲは何らかの不正な繋がりがあり、それを隠そうとしているのではないか? と言う事だ。

 

 

 彼女は悩んだ。

 これが事実で、もしもそれを白日の下に曝け出す事ができれば、また一騒動ある。

 あの部長は柔らかい椅子から引きずりおろされ、冷たく硬い独房のベッドに横たわる事だろう。結構な年齢だし、気落ちして永久に横たわってしまうかもしれないが、その時は悪事の報いが返って来たのだと思うしかない。自分で自分の首を絞めて天井に縄を吊るしてダイブしたのだ。つまり自殺。だから私は殺人者ではない。Q.E.D。

 そしてその手柄を元に、自分は新たな部長に抜擢…はスピード出世すぎるので無いとしても、相当な脚光を浴びるだろう。検察庁も相当叩かれるだろうが、自分は例外だ。上官からのプレッシャーにも屈せず、真実を暴き、罪を突き付ける。美人検察が、不正に塗れた老いぼれ悪党を介錯する。まるでドラマのようではないか。

 美談は三日もすれば忘れられ、やらかしは一生ついて回る世の中と言えども、これで出世に大きくリードできるのは間違いない。

 

 だが、もしも間違いだった場合、或いは腹の内を探っている事に気付かれた場合は?

 考えるまでもない。

 出世コースから脱落するくらいならまだいい方で、でっち上げの罪状を擦り付けられる可能性さえある。

 実際にやりやがったのを見た事があるから間違いない。全く検察庁は地獄だぜ。法を守らせる場所なのに、法も倫理もありゃしない。

 

 

 彼女は悩んだ。正にハイリスク・ハイリターン。延々と悩んだ。髪の毛の質がちょっと悪くなるくらい悩んだ。眉間の皺が深くなり、お肌がちょっとザラついて、苛立ちのあまりに自宅で妹の味噌汁を呑んでホッコリした後、自室で意味も無く裸でキックボクシングの練習してるのを目撃されてそっと扉を閉められるくらい悩んだ。

 そして決める。

 

 

 もうちょっと調べてから決めよう。

 

 

 

 本人は合理的な考えのつもりだが、どう見ても引き際を見誤ってジリジリと崖に近付く人の行動そのものである。賭けるなら小出しではなく、限度いっぱいまで行く…! ……どっちにしろ破滅するタイプやな。

 

 

 

 さて、調べるとは決めたものの、何処からどうやって調べるべきか。

 部長の近辺を直接探るのは危険すぎる。検察庁自体、あのジジイの庭のようなものだ。あそこまで上り詰めたのは伊達ではない。保身や粘着質なトラップには定評がある。

 下手な事をすれば、あっという間に気付かれるだろう。

 

 つまり、検察庁内での調査は不可能と考えた方がいい。となると…。

 

 

 

 

 

 あのハゲを潰した少年はどうか。冷静に考えてみれば、ちょっと暴力沙汰(正当防衛)で有名になったとは言え、一高校生と検察庁の部長に関わりなんぞある筈がない。

 が、ハゲは潰される前に何か色々喚いていたらしいし、案外掘り出し物の情報が出てくるかもしれない。

 最近、ジジイに目を付けられているような気がするし、少しばかり離れて目を逸らすのもありかもしれない。

 有給休暇…はこの時期に取ると怪しまれるので、別の気になる事件を見つけた、としておこう。

 

 

 

 そうして彼女は、「ハゲのタマを蹴り潰した漢」とネット上で畏怖される高校生に会いに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新島冴さん…ですか。よろしくお願いします」

 

 

 そう軽く頭を下げる少年を前に、彼女は鉄面皮で「よろしく」と返す。

 しかし彼女の内心は、それはもうテンパっていた。心の中のユニコーンがバイコーンと化して主導権を握っちゃいそうなくらいにテンパっていた。

 何故かって?

 

 目の前の少年が、事前情報と違い過ぎるからだよ!

 資料で見た時は、率直に言えば地味な少年にしか見えなかった。

 名前は来栖 暁(変更可能)。成績優秀で、広い人間関係を持っているらしいが、所詮は学生。大人の何でもありの世界で通用する程ではない、というのが彼女の判断だった。変更可能、と言うのはよく分からないが、触れると危険な気がしたので見なかった事にした。

 

 しかし、今目の前にいる少年はどうだ。

 確かに一見すると地味だが、容姿端麗、秀麗眉目、どこか危い気品が漂う、正に『魔性の男』。じっと見つめられると、それだけで腰の奥に甘い痺れを感じてしまいそうになる。危うく『セクハラよっ!』と叫んでしまいそうになった。

 一言二言話せば、耳の奥まで忍び込んで脳を絡めとるような美声。いや、声自体はありふれたものの筈。と言う事は、堂々とした口調、優し気な印象を与える声色、引き込まれるようなリズム…そういった、何気ない要素が幾つも絡まり合っているのだろう。これを意識せずに行っているのであれば、自覚も無いままいつかとんでもない女誑しになるかもしれない。

 

 ドッキンコドッキンコとヤバい薬でもキメたかのように騒ぎ立てる心臓を必死で隠し立てしながら、話を続けようとする。引っ越し寸前で忙しい所に、こうして話をする機会を捻じ込んだのだ。余計な事を考えてはいられない。

 ふと気が付けば少年は手を差し出していた。握手を求めているようだ。

 

 不自然にならないよう、手を伸ばす。

 

 

 

 指先がチョンと触れた。 ユニコーンとバイコーンが大乱闘を始めた。ちなみに、ユニコーンが清純の象徴と言われているのに対し、バイコーンは多淫の象徴である。つまり処女厨とビッチ。

 思わず手を引っ込めそうになったが、当然手を掴まれた。軽い握手。

 

 

 

(やだ……これが、運命……!?)

 

 

 

 自覚のない恋愛クソ雑魚喪女だった彼女は、あっという間に夢の世界へ旅立った。夢は夢でも夢小説の類だが。

 それでも、仕事と出世に対する情熱と、こんな美少年に、握手一つでアヘ顔晒すなんて耐えられないという見栄で何とか取り繕い、ハゲを蹴り潰した時の事を聞かせてほしいと伝える。

 

 彼は素直に頷いてくれたものの、同時にどういう事が知りたいのかと聞き返してきた。確かにちょっと婉曲過ぎた、と反省し(反省と言うか、篭絡されつつある)本題に入る。

 君が…その、潰して写真をばら蒔いたのはとある議員だったのは知っていると思う。

 彼が隠してきた悪行が幾つも世に晒されて大騒ぎになっているが、その一部が自分の上司に関わりがあり、それを隠蔽しようとしている疑いがあるのだ。

 本人の近くで下手に動くと、目を付けられて調べにくくなる。

 その為、藁にもすがる覚悟で君に話を聞きに来たの。

 

 (……まさかその先で、こんな運命の出会いがあるなんて)と、年甲斐もなく初心な少女のように………イエナンデモアリマセン、オンナザカリハイマカラデスネ

 

 

 彼は暫く悩み、思い返そうとしていた。その思案顔を心の中で大きな額縁に飾りながら、返答を待つ。

 

 

 酔っぱらいの戯言だと思ってあまり真剣に聞いていなかったが、と前置きして彼は告げる。

 自分は何やら大人物で、警察とか弁護士とかにも強い影響力を持っており、それらに命じれば幾らでも証拠を作る事が出来る…のような事を聞かされた、と答えた。

 だが流石に個人名までは分からない。

 

 

 やっぱりね、と落胆する。超絶美少年と運命の出会いを果たしたものの、そう簡単に話は運ばないか。

 であれば、ここは個人的に友誼を結び、ゆくゆくはハーレクィンやお耽美小説に描かれるような、素敵な関係を目指すべきか。妹よ、私はようやく女としてステップアップしようとしているぞ。

 

 電話番号は既に調べてあるので、彼がどこに引っ越すのか、どうやって次に会う理由を作ろうか虎視眈々としていると、彼から逆に質問が飛んできた。

 あなたが調べようとしている上司と言うのは、一体どんな人物なのか。

 

 常識的に考えれば、とても漏らせるような話ではない。いつどこで誰に聞かれているか分からないし、疑惑があると言っても確定ではないのだ。

 が、勝手にハニトラに自分からかかってしまった恋愛クソ雑魚喪女は、丁度テレビに上司が写された事もあり、ついつい答えてしまった。

 

 

 この人よ。

 

 

 

 

 

 ああ、この人なら知ってます。

 

 

 

 

 

 

 

     はい?

 

 

 

 思わず絶句。詳しく聞いた。やはり彼との出会いは、色々な意味で運命だったようだ。既に彼女の中では、青年になった少年と共にバージンロードを歩いた後にバージンでなくなる未来までシミュレートされていた。

 

 

 

 

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 探偵王子・明智吾郎は悩んでいた。己の行為に対して悩んでいた。

 今まで行ってきた行為の良心の呵責の為……ではない。ちょっとだけエゴイストで利用価値第一主義な彼にとっては、今までパーンしてきた人々の事なんかケツ拭いた後のチリ紙くらいの価値しかないのだ。破棄したところで全く心は痛まない。ははーん、お前やっぱり異常者だな。

 

 彼にはとある不思議な力がある。それが一体何なのか、何故自分がそんな事を出来るようになっているのか、どういう原理なのか、根っこの辺りは把握していない。予想はしても、確認する事ができないのだ。

 しかし『使えるか否か』で全てを判断する彼にしてみれば、とりあえず使える道具である以上はどうでもいい事だった。後の事なんかシラネ。頭いいのに、随分と頭の悪い生き方をしている男である。

 

 彼はその能力を使い、目的の為に邁進してきた。能力に溺れる事なく、それを十全に扱い、それ以外の事も人並み以上にこなせるよう陰でありとあらゆる努力を惜しまなかった。それも全ては目的の為。

 その目的とは、自分と母親を捨てたとある男に復讐する事である。

 その為に男に取り入り、自らの価値を認めさせ、無くてはならない存在となる。そして男が正に頂点に立ち、人生の絶頂を得ようとする瞬間に、己の正体を明かすのだ。

 

 

 

 

 明かす…つもりだったのだが。

 

 

 

 なんだか冷めてしまったのだ。

 

 

 

 

 復讐がどうでもよくなったのでは、断じてない。あの男に対する、ドロドロとした悪感情が煮詰まった感覚は、今も胸の奥で自分を突き動かしている。

 大体、復讐を辞めてしまったら、今までの自分の努力はどうなるのだ。踏み台にしてきた人達の事はどうでもいい。

 

 人生の絶頂から、自分の生殺与奪を握られている立場に叩き落す…その計画を思いついた時は、思わず授業中にも関わらず「これだッ!」と叫んで立ち上がるという奇行を晒してしまった。水が入ったバケツを持って廊下に立たされたのを覚えている。えらく時代錯誤だな、という感想を持つ前に、計画に興奮が止まらなかった。授業中で誰にも見られなかったからよかったものの、もしもトイレに行こうとする誰かが通りかかっていたら、バケツを持って興奮している名状しがたい性癖だと誤解されてしまっただろう。

 しかし、しかしだ。

 

 よくよく考えると、何であいつの役に立ってやらなきゃならんの?

 

 最終的には叩き落すと言っても、それまであいつを喜ばせてやっていると思うと、それだけでゲンナリしてしまう。ついでに言えば、生殺与奪の権利を握ったとしても、その頃にはあいつは日本政治家の大物、或いはそれ以上の立場についている。そこに至るまでに吸える甘い蜜の分だってある。トータルで言えば、奴にとっては黒字となるのではないか?

 黒字赤字の二択で決められるようなものではないが、自分のやり方に少々疑問を持ったのだ。遠い世界から、万雷の声で『今更かよ』とツッコミが聞こえるが、仮面を纏う内なる彼はそれを聞かなかった事にした。この仮面を扱える者は、大抵面の皮が厚いのだ。

 

 そもそも、当人は既にスキャンダルを起こして大炎上している上、未だに病院のベッドで昏睡状態。数々の悪事(その幾つかには明智も関わったが、特殊な力を使った中での事なので証拠は残らない)が噴出して社会的信用から個人的財産まで、殆どガッツリ持っていかれてしまっている。むしろ借金まで作られていた。本来なら意識の無い状態の人間に対して、短時間でここまで強権が振るわれる事は無いのだが…世に悪党は多いらしく、彼の持っていた権力をイナゴのように食い尽くしていった。悪党が倒れれば、他の悪党に喰い潰されるものなんだなぁ。

 そんな男がこの瞬間に目を覚まし、巻き返しを図ったとしても、元の立場…議員はおろか、一般人としての生活水準を維持する事すら難しいだろう。無論、明智の特殊な力によるバックアップがあったとしてもだ。

 そうである以上、元々の計画…大きく飛び上がらせるだけ飛び上がらせて、ゴールと同時に叩き落すという計画は達成できなくなってしまっている。

 

 尤も、そうなってしまった最大の原因は、唐突な衝動に任せて例の一件を拡散しまくった自分にあるので、誰かに文句を言う事もできないのだけど。

 

 

 

 悩みとなっているのは、それだけではない。あの男と繋がりがあった、検察庁の部長。ハゲの協力者(のつもりのようだが、ハゲは最初から切り捨てるつもりだった)であるジジイが、最近何かと接触してくるのだ。

 ホモォな意味ではない。もしもジジイのシワシワの手がケツ撫でようとしてきたり、異様な目の輝きと共に手を握ろうとしてきたら、その瞬間に特殊な能力を使って廃人化させてぶっ殺す所存である。

 あのジジイは、明智の特殊な力の事を知っている。協力者(のつもりのようだが、ハゲはキショいジジイとしか思っていなかった)であるあの男が倒れた事で、自分に繋がりのある不祥事の証拠を隠蔽させ、そして明智を今度は自分が抱き込もうとしているのだろう。キショクワリ

 自分につけ、悪いようにはしない、このような利点がある…と、会うたびに語られてウンザリしていた。

 

 そもそも明智の目的は復讐であり、栄達ではない。ジジイが挙げた利点も、ちょっと時間はかかるが自力で得る事ができる。つまりメリットは無いに等しかった。

 どーせこいつも、暴露されるとまずい情報を握っているし、面倒な手段を取られる前に、能力使ってパーンとやっちゃうか? 

 いやでも、それをやると本当にマズい情報が何処に隠されているか分からなくなるし。

 …うん、ならばまずは特殊な能力を遣い、『あっちの世界』でその手の情報の在処を…。

 

 

 そこまで考えた時、電話が鳴った。交友関係(と言うか利用する相手)が広い明智だが、仲にはプライベートで付き合いがある相手もある。

 電話の主もその一人だ。

 あの男のゴールデンボールを蹴り潰し、ついでに自分の計画を無自覚に蹴っ飛ばしてくれたあの男。予期せぬ展開の元になってくれた男でもあるので、こいつも殺っちゃおっかな☆と当初は思ったものの、実際に会ってみてその考えは変わった。

 

 彼には利用価値がある。自覚があるのか無いのか、自分に匹敵しかねないハイスペックに加え、奇妙な程に興味を惹くのだ。

 彼以上の知識を持つ者は多い。

 彼以上の頭脳を持つ者の一人は自分だ。

 彼以上に弁が立つ者など珍しくもない。

 彼以上の美貌を持つ者もいる。

 彼以上の立場を持っている者はごまんと居る。

 彼以上の資産を持っている者は数知れない。お小遣いは月1,000円だそうだ。金が欲しけりゃバイトしろと言われているそうだが、振込先は両親の口座にされて、入金されたバイトだが即消えるらしい。この前、『い』と『ゐ』の区別がつかないような顔をしていたらしいので、自分の資金も含めて溶かしたのだろう。ザマァと笑っていた彼だが、自分の学費はどうするつもりだろうか。トイチでなら貸してやらなくもない。

 

 様々な長所を持つ彼だが、それも精々が高校級。利用できる道具と言うにはほど遠い。

 だが、不思議と興味深い。彼の一挙手一投足に注目している自分が居る。まるで、運命で結ばれているかのように。

 

 

 …最初、自分の性癖を疑って気の迷いだと言い聞かせ、高校生が利用できない施設でスッキリしてきたのは秘密である。

 

 

 ともかく、ちょっと自分の中のナニかを揺らがしかねない男だとしても、もう少し深く付き合ってみたいのは確か。明智は電話を取り、要件を聞き………満面のオリジナル笑顔を浮かべた。我ながら、放映されていたらクレーム確実の笑顔だったと、彼は後に述懐している。

 

 

 

 

 

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 ここは新宿、大人の街。色んな意味で異次元なこの街で、3人は合流した。

 ちょっとトウが立っているが、出来るオンナの雰囲気バリバリの冴。

 一見地味だが、魔性の男の呼び名を欲しいままにする『変更可能』。

 そして涼やかかつ整った見た目の有名人、明智吾郎。

 この3人で人目を引かない筈がない。

 

 とは言え、流石に夜の新宿に探偵王子がやってきていると知られればイメージダウンは免れないので、適当に変装しているが。

 

 

「…あの…新島さん、本当にここで?」

 

「え、ええ。評判のいいバーなのよ」

 

 

 バーとか言われても、未成年な『変更可能』にとってはそこらの牛丼屋と何が違うのか分からなかったりする。

 R-18な行為も慣れっこのイリーガル探偵王子はそれなりに経験があったが、流石にこれは予想外。

 

 

 目の前には、BARエスカルゴと書かれたネオンの文字。…何でカタツムリ?

 

 何でこんなトコで落ち合おうとしたかと言うと、我らが恋愛クソ雑魚ユニコーンが見栄を張ろうとした結果だったりする。

 今まで仕事仕事出世出世と、遊ぶ事なんぞ放り出していた彼女である。

 酒だって日頃のうっぷん晴らしに呑む事はあっても、美味いと思った事は殆ど無い。当然、落ち着いたBARでグラスを傾けながらアンニュイな雰囲気を漂わせるなんて、愁いを帯びた女みたいな演出が出来る筈もない。

 筈も無いのに、『変更可能』の魔性にコロッとやられてしまった彼女は、止せばいいのにハリウッドムービー染みたオトナを演じようとし、とにかく未成年だとそうそう入れない場所を選ぼうとした。

 一応、個室があって、まず人に聞かれない、覗こうともしない信頼のある店、という条件も満たしているのだが。

 

 ちなみに決め手となったのは、場所選びでいい塩梅に頭が茹って来た頃に名前と評判が目に入り、『エスカルゴ』『おフランス料理』『ワイン』『ユウガァ!』『アダルトォ!』 という連想だったりする。

 尤も、入ってみた結果、優雅どころか背後からアゾられたような顔になったが。ちなみにアゾしたのも自分自身である。

 

 とにかく入店してみて目に入ったのは、ドカンとただならぬ風格と体格を漂わせた、見た目ちょっとアレな人。

 ビビッて一歩後退りしてしまったが、「何よ、ここじゃ珍しくなんてないでしょ」と追撃されてしまった。ダウンは辛うじて免れた。

 背後から二人に押されて店に入ってしまったが、どうしようもない。

 

 どうにかできないかと顔を振り向かせたが、魔性の男と美形少年が揃って店外に指を向けるので、何事かと扉の隙間から覗き見る。

 ……明らかに獲物を狙う表情の、目の前の女傑(?)とは悪い意味で一線を画する二人組が店の前でペチャクチャやっていた。

 

 もはや我らに逃げ場無し。とにかく個室はあるのだから、そっちに逃げ込もうとする。

 キャリアウーマン1人に、美少年二人という色んな意味で怪しい3人組を見た女傑(ララちゃん)は目を細めていたものの、探偵王子の口八丁と、魔性の男の広すぎるほど広い心に絆されてくれたらしい。

 何かあったら大声だすのよ、とはどっちに向けた言葉だったのか。

 隣で面白そうな顔をしているブン屋がちょっと気になる。

 

 色々と台無しにしてしまった事を棚上げしつつ、本題に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ジジイとハゲの繋がりを調査する為の人脈として、『変更可能』から紹介されたのは、まさかまさかの探偵王子。

 直接の関わりは今まで無かったが、ニュースでちょくちょく見た事があるので知っている。

 検察である自分達の仕事に首を突っ込まれるのは不快ではあったが、自分とは縁がない相手だし、出世には影響無さそうなので、正直どうでもよかった、と言うのが彼女の印象だ。

 

 しかし、今は違う。あのジジイが、この探偵王子に繰り返し会いに来ている、と言うのは一体どういう事なのか。

 

 

「それでは、改めて…。明智です。よろしくお願いします、新島さん」

 

「新島冴よ。こちらこそよろしく。早速で悪いけど、本題に入らせてもらうわ。…あなたが、この男と何度もあっている、と言うのは本当なの?」

 

 

 懐から取り出した、ジジイの写真を見せる。

 正直な話、素直に答えてくれるとは思っていなかった…のだが。

 

 

「ええ、本当です。週に2、3度くらいでしょうか。アポを求めてくる事もありますし、帰り道で直接待たれた事もあります。一度は、彼と話しているところに割り込まれた事もありましたね」

 

 

 彼は極めてあっさりと肯定した。と言うか、そんなに何度も会いに来ているのか。

 今はハゲのやらかしで仕事が忙しい筈なのだが。ジジイだって功績を挙げられる絶好のチャンスの筈。それを放り出してまで探偵王子に会いに来るとは、相当な要件の筈だ。

 

 ちなみに、探偵王子の発言を聞いた『変更可能』は。

 

 

「……ストーカーだったのか?」

 

「ははは、もうちょっとエスカレートしたら、訴えれば勝てそうだね」

 

 

 実にシンプルな感想だった。これだけでハゲのスキャンダルを一個掴んだようなものだ。

 しかし、彼女の目的はジジイを変質者として破滅させる事ではない。あくまで隠れた悪事をスッパ抜いて、出世の足掛かりとする事なのだ。

 

 では、ジジイは一体何の為に彼に会いに来ていたのだろうか。

 

 

「…心当たりは大いにあります。実は一度、獅童議員から調査の依頼を受けた事があるんです。守秘義務があるのでお話する事はできませんが…今思うと、僕が集めた情報も、彼の悪行に利用されたのでしょう。それを想うと、慚愧に耐えません。あの時に彼の目的に気付いて、告発していれば…」

 

 

 くっ、と俯く彼に、何故か魔性の男は『何だか違和感がある』とか『しらじらしい』みたいな顔を向けていたが、冴は気付かなかった。彼女は目的が出来ると、周囲の事をお構いなしに一直線に突っ走るタイプなのだ。でなければ、迷走しまくってこんなバーでお話なんかしてる筈もない。

 

 

「…彼の依頼は私利私欲に基づくものだったのでしょう。恐らくは犯罪行為の元となった。それでも話す事ができない? …どうなの!?」

 

「ええ、できません。これは探偵としての最低限のルールです」

 

 

 どうなのおばさんの問いかけは一蹴されてしまった。と言うか、彼は正式な探偵なんだろうか?

 隣の魔性の男は、既にジュースを飲み干して二杯目を頼むかメニューに目を走らせている。今のところ関わる気はないようだ。

 

 

「ですが、僕も悪事の為に利用されっぱなしと言うのは腹の虫が治まりません。話せる所まで話しましょう。…それに、正直な話、僕にとっても今の状況はよろしくない。検察の部長が自分の利益の為に手段を択ばない人種だとしたら、近い内に強引な手段を取られるかもしれない」

 

 

 何か隣の少年が非常にシラけた目で見ていたが、当人も何故そんな目を向けているのか分からなかったりする。三つ目の壁の向こうの誰かさんから電波でも受信してるんだろうか。

 

 ともあれ、探偵王子が話したのは、いかにもハゲとジジイがやりそうな事だった。

 一見すると行方不明者の調査。だが真の狙いは、彼が持ち逃げした証拠の確保、そして隠滅。

 依頼を受けた当時は背景まで聞いていなかったそうだが、事件の証拠確保と、遺族に形見を渡す為だと言われていた。

 証拠探しにしては、その後立件もされなかったようなので、おかしいと思ってはいたらしい。

 

 

 

 なお、言うまでもないが4割くらい明智のでっち上げである。

 行方不明者の調査をした事は、何度かある。それがハゲからの依頼というか指示だったのも事実だ。

 事件の証拠を持ち帰り、ハゲに渡した。その後どうなったかは確認してないが、さっさと始末したのだろう。

 その中には、ハゲのみならずジジイの不利になるような情報も多くあった。二人の黒い繋がりを示唆する、持ち込むところに持ち込めば更なるスキャンダルを巻き起こす一品が幾つもあった。

 そういった品を探し出して確保し、偽りの情報が書かれたれた偽物の遺物を遺族に渡す。都合の悪い事は、それを使って濡れ衣を着せて死人に押し付ける事さえあった。

 つくづく外道であるが、それをいちいち気にしているようではアヴェンジャーなんぞやってられんのである。

 

 さて、ここからは事実と言うか現在の話。

 

 

「僕が持っている情報の中に、恐らく彼にとって都合の悪いものがあるんでしょう。心当たりは幾つかあります。それに気付いて騒ぎ出される前に、抱きこんで懐柔するなり、僕が気付かない内に誘導してその証拠を消し去ってしまえ…と言う訳です」

 

「その為に、何度も会いに来ていた…と言う事ね。それで、その情報とやらは?」

 

「確証がある訳ではないので、まずは調べる必要がありますが…」

 

 

 明智の口八丁が唸る唸る。おい検事、お前本当に出世できる程仕事できんの? 魔性の男の前だからって、脳味噌茹りすぎてへん? ってくらいに、彼女はあっさりと話を信じ込む。

 実際、ハゲとジジイを失脚させるには充分な話を仄めかす。これくらいならすぐに辿り着いて、更に自分が関わった事には気付かないでいてくれるだろう。もしも気付いちゃうようなら、特殊な能力使ってパーン☆も考えている腹黒探偵だった。

 

 とは言え、名目上は「どれが当たりか分からない」から、幾つか可能性を並べ立てて、どれを調べるべきなのか悩むふりをする。

 

 と、ここでジュースからアイスに移っていた魔性の男が話に加わった。

 

 

「…少しいいだろうか。そういう話なら、ハゲの周囲に記録が残っていたりしないか?」

 

「…いや、ないだろうね。あの男は狡猾で用心深い。…僕も直接会った事は数えるほどだけど、彼が今まで行ってきた数々の行動…あれが、君がやらかすまで全く日の目を浴びていなかったんだ。証拠隠滅は徹底している」

 

「でしょうね。悪党と言うのはそういうものよ。保身を徹底しなければ、上り詰める間もなく足元を掬われるもの」

 

「うん、それは分かる。多分、俺の頭じゃ追いつかないくらいに狡猾なやり口だったんだろう。でも、それは自分自身についての話だ。ハゲの情報は徹底して抹消しても、自分以外の情報だったらどうだろう」

 

「……どういう意味だい?」

 

「まず前提として確かめたいんだが、ハゲとジジイが協力者だとして、どっちが上だと思う?」

 

「…議員の方かな。議員と検察庁の部長じゃ管轄が違い過ぎてどっちが上とか無いけど、利益を生む、甘い汁を吸いやすいのはどちらかと言われるとね」

 

「なら、間違いなくハゲの傍にジジイの悪行の記録がある! ハゲの傍にハゲのやった事の記録がなくてもジジイの記録ならきっとある。逆に、ジジイの傍にジジイの記録がなくてもハゲの記録はある」

 

「そう断言されても…根拠は?」

 

「ハゲはジジイを利用しているからだ」

 

 

 これは個人的な見解なんだが、と前置きして『変更可能』は語った。

 

 

「人が最も無防備になるのは、『自分が仕掛ける側』だと思った時だ。

 『騙し合い』なら警戒を緩めない。何故なら、相手も自分を騙そうとしているからだ。だが自分から一方的に仕掛ける立場だと確信した瞬間、カウンター…こちらの罠を想定して、更に大きな罠で待ち受けている可能性を簡単に忘れてしまう。

 ゲームでも、詐欺でも、喧嘩でも、相手を利用するのも。

 自分がそうしている間、自分がそうされる事は無い。一方的に騙している間、自分は騙される事は無いと思い込む。相手の領地に侵入した時、誘い込まれていると気付かない。利用している間、利用されているのは自分ではないかと疑問に思わない。切り捨てる側に立ったら、自分が切り捨てられる可能性に気付かなくなる。

 何故なら自分は『やる側』だからだ。

 逆も然り。歪んだ世の中や不条理を正そうとしている間、自分が不条理を行っていると思わない。

 

 勿論、実際にそんな事は無い。

 利用し合っている関係は、利用価値が無くなれば終わりだ。どっちが早く相手を見限って、隠し持ったナイフを向けるかのチキンレースでしかない。

 もしそうなれば、自分は切り捨てる側だ錯覚して、切り捨てられる筈がないと思っている奴は格好の餌食だ。

 

 そして切り落とした後は?」

 

「…騙している間…………利用している間………」

 

「成程。切り落とした後、自分に繋がるような痕跡を含めて一切合切を抹殺する。その為の材料を、利用相手にも気取られずに絶対に隠し持っているという事ね。…? ……明智君? どうかしたの?」

 

 

 何やら呆然としているのか、珍しく惚けた顔の探偵王子。具体的には、別の世界線で半年以上先、TV出演中にふとした切っ掛けで閃いた時と同じような表情だ。

 隣の『変更可能』に揺さぶられ、頬にグラスを押し付けられてようやく我に返った。ここで正気に戻らなければ、今度は人様に見せられない所に氷を捻じ込まれる気がした。もしそうなったら、叫び声に反応して女傑(ラララちゃん)が華麗にドアをぶち壊して乱入してくれるだろう。そして請求書は恋愛クソ雑魚バイコーンに向かう。

 

 

「い、いや何でも…。やっぱり君は面白いね。普段は無いイメージが湧いてくるよ」

 

「…よく分からないが、珍しく本心が籠った言葉のような気がする…」

 

「そんなに胡散臭いかな」

 

「割と」

 

 

 …何で気付くんだろうなぁ、と内心で警戒レベルを一つ上げた。それでも、利用価値という点では否定できないのだけども。

 そして、今しがた浮かび上がった疑念を優先すべく、この件はさっさと終わらせる事にした。

 何処に何のネタがあるかなんて、メモも取らずに暗唱できる。そうでなければ、ジジイだって何度もしつこく抱き込もうとしない。

 

 

「ともかく、そういう事なら場所の見当はつくよ。どれが彼の弱みになるのかから探るより、そっちの場所を探した方が速そうだ」

 

「それを見つけて、どういう方法で曝け出すか…」

 

「そこは検事さんの仕事だけど…僕なら、第三者を巻き込みますね。他の検事さんも彼の息がかかっているかもしれないと考えると、迂闊に身内には頼れないでしょう」

 

「強引なやり方でのし上がったなら、敵には事欠きそうにない。適当に餌を誑せば、あっちこっちから食い付いてきそうだ」

 

 

 それだと、自分の出世の踏み台になってくれそうにないのだが…。

 しかし、流石に全てを自分の手柄とするのも難しい。

 何より、目の前でかき氷食べている魔性の少年に、失望した目を向けられて、ようやく巡って来たバージンロード一直線の未来(幻視)を逃すのも御免被る。

 ただでさえ、こっそり一杯飲ませて酔い潰して既成事実を作る計画が無茶苦茶になっているというのに! …女傑(ララララちゃん)、今すぐ扉ブチ破ってきてどうぞ。

 

 ここが落としどころか。欲を掻き過ぎて破滅した同僚を、何度も見ている。引き際は嫌でも弁える。

 カジノで全財産をかけた勝負をしていいのは、決してばれないイカサマで100%勝てる時だけだ。その為だったら何でもやるが、負けの公算が高いなら、勝負を降りるのが鉄則である。

 

 

 

 

 

 帰りがけ、別れる前に魔性の少年にコナかけようとしたら、女傑(ららら螺旋ちゃん)にぶっとばされた。内臓が勝手にタップダンスするかと思うくらい苦しかった。背負ってもらえたので役得、収支黒字。アドレナリンがドバドバだった。

 

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

 視点はアヴェンジャーエゴイストな探偵王子に移る。

 彼はハゲが使っていたPCを無断拝借していた。検察も見逃した、ハゲが隠していた私物だ。

 パスワード? 目の前で打ち込まれているのを何度か見ているので、再現余裕だ。

 

 

「…………」

 

 

 データを探し出し、読み進める度に、顔が険しくなる。

 それも当然だろう。自分の計画が、最初から破綻していた事の証明だったのだから。

 

 

「…まいったな……僕は最初から、道化者もいいところだったんじゃないか…」

 

 

 コーヒーのカップを握力だけで握り潰しそうになる。プライドが邪魔しなければ、盛大に声を荒げ、目につくもの全てに当たり散らしていた事だろう。

 昨晩の、出来る女に見えてポンコツ臭が漂う女との会合。…ポンコツ臭については、今となっては自分も他人の事は言えないが…そこで『変更可能』から飛び出した発言により、彼はある疑問を持ったのだ。

 

 『一方的に騙している間、自分は騙される事は無いと思い込む』

 

 自分は騙す側だ。ハゲに協力しているように見せかけ、最後の最後で全てを自分に握られている事実を突きつけてやるつもりだったのだ。

 だが、本当に自分は気付かれていなかったのか?

 ハゲは偏執狂と言っても差し支えないくらいに用心深かった。伸し上がるのに必須な能力を見せ付け、協力してやっていたとは言え、信用信頼はまた別問題。

 あのハゲは協力者の身元を調査しなかったのか?

 

 

 

「…こんな簡単な見落とし、どうして今まで気付かなかったんだ…」

 

 

 気付かれていた。自分が、ハゲが捨てた女の息子である事。復讐の為に近付いてきた事。

 それらの文章をPCに保存されていた訳ではない。だが、自分が協力するようになった時期に、捨てた女…明智の母親のその後に関して調査するよう命じた記録が残っている。

 

 ハゲは切り捨てた道具の末路を気にするような男ではない。むしろ自分から末路を用意して始末するタイプだ。

 ピンポイントでそれを調査する理由は?

 

 

 気付かれていた。それも、恐らくは一目見られた時から。

 自分の計画は、最初の一歩から破綻していた。

 

 例えようもない、黒く惨めな感情をぶつける為、PCに保管されていたジジイの特殊性癖を暴露する事にした。…ハゲは何を思ってこんな情報を保管していたのだろうか。切り捨てた後に始末するにしても、もうちょっと別の情報があっただろうに…。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 数日後。

 

 ジジイはあれやこれや…悪行も性癖も…が暴露されて、見事につるし上げを喰らっていた。検察庁自体も大騒ぎだ。

 連日連夜ニュースで大騒ぎ。 

 ちなみに、あの夜バーにいたブン屋が何かしらスッパ抜いたようなのだが、偶然だろうか?

 

 まぁそれはそれとして、とにかく検察庁は今非常に大変な時期だという事だ。

 ハゲから連なるジジイの悪事。議員と検察庁の癒着。二人の間で黒くお耽美なジジ専ハゲ専お腐れ様大喜びの蜜月が報道されている。

 

 それをぼんやりと見ながら、恋愛クソ雑魚ナメクジユニコーンは自宅のソファーに腰かけていた。

 もう30分以上もそうやって、何年か前に某所で流行った無気力症の患者よろしく、焦点の合わない目で虚空を見続けていた。

 

 それを見つけたのは、学校から帰って来たばかりの妹、真である。

 品行方正、質実剛健、教師からの信頼(と言っていいのか)も厚い彼女は、こう見えて……いや、今は何も言うまい。ただ伝えておく事がるとすれば、もしもこの世界観がFGOあたりだったら、彼女はきっと鉄拳聖女のデミサーヴァントになっていただろうと言う事くらいである。

 

 とにもかくにも、帰って来た妹さんは驚いた。ここ数年、姉がこんな無気力な表情を晒している事なんて、一度もなかった。

 それこそ眠っている時でさえ、何か苦悩するような表情が多く、年齢にそぐわない皺ができてしまうのではないかと常々心配していたのだ。それを見て妹さんは、皺防止グッズを沢山買い込んでいたりする。姉に使わせた事は無いが。

 

 

「…お姉ちゃん? 何かあったの?」

 

 

 心配して声をかけるも、「相手にされないんだろうな」という諦観があった。眉間に川の字を寄生させているこの姉ときたら、話を振ってもこっちの心境も知らず勉強しろ、いい大学にいけの一点張り。

 自分の為を想って言ってくれているのは分かるのだが、もうちょっと会話くらいしてもいいではないか。内心で苛立ちが溜まっている。

 それでも声をかける辺り、姉想いないい子なのだ。別の世界だと、怪盗になって世紀なノリで大暴れする世紀末覇者パイセンでもあるが。核はヤバいよ核は。地が割れ海が干上がってしまう。

 

 ただ、今回はいつもの塩対応とは違っていた。

 

 

「ちょっとね…仕事と言うか、今後の事を考えてて…。……真、今まで何度もあなたに、勉強していい大学に行け、この世界で男に負けないように伸し上がるのは大変だって、何度も言ったじゃない。私も、その為だったら何だってやってきた。それが間違っているとは思わないんだけど………」

 

 

 テレビに目を向ける。その先では、ジジイがお縄になったニュースが盛んに報道されている。

 一日毎に新しい悪事が発覚し、検察庁は上から下まで偉い騒ぎになっていると聞いた。

 

 

「…この人、確かお姉ちゃんの上司…なんだよね? …それが逮捕されてるのに、こんな所に居ていいの? ひょっとして、不祥事に巻き込まれて社会的に危ないとか…」

 

「いえ、そういう訳じゃないわ。詳しい事は言えないけど、この騒動はむしろ私にとって大きなプラスになるものよ」

 

 

 それを聞いた真の脳内では、なんかこうドロドロした権力争い的な物がイメージされていた。あまり間違っていない。

 

 実際の所、この騒動で彼女へのダメージは無いに等しかった。

 何せ、ジジイを告発したのは彼女なのだから。圧力に負けず、上司が行った不正を暴いた若き検察。ダメージを受けるところか、株があがったくらいだ。

 

 

「負けない為なら何でもやるとは言っても、強引な方法を取ると敵が増えるものね…。それをまじまじと目にして、本当にこれでいいのかって考えちゃって…」

 

 

 ジジイを告発する為に、明智が言う情報を集めた。

 ハゲは『変更可能』が言うように、その内ジジイを斬り捨てるつもりだったらしく、致命的な情報と証拠がわらわら出てくる。ご丁寧に、ハゲに影響が及ばないような情報を厳選されていた。

 次に、ジジイの『敵』になっていそうな人物に幾人か渡りをつけた。

 タフな交渉が必要になると思っていたが…逆だ。拍子抜けするどころか、マジかよと思うくらい話がトントン拍子に進んでしまった。

 

 考えてみればそれも当然。

 ジジイは後ろ盾となる議員を失い、彼女の手元にはジジイを破滅させるだけの情報がずらりと揃っており、更にジジイの『敵』は…筋が通っているかはともかくとして…ジジイに強い怨みや敵愾心を持っている。

 ジジイを破滅させれば、当然ポストが空く。昇進のチャンスが増える。恨みがなくたって、失脚させられるならやってやればいい。

 

 彼女が思っていた以上に、ジジイの立場は崖っぷちだった。それを突き崩した彼女は、相当な評価を得る事になった。

 ジジイに恨みを持っていた敵達は、それなり以上に地位を持っている事が多かった。それらに恩を売る事ができたのだ。このコネクションは今後を考えればすさまじく大きな武器となるだろう。

 

 

「高転び、の一言で済む話かもしれないけど…出世すればするほど敵が増える。恨みを買う事もあるし、邪魔者扱いされる事もある。隙を見せれば、そいつらが一斉に集ってきて、あっという間に喰い殺される。それを間近で見ちゃってね…」

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 自分がまだ社会経験のない若い人(姉と違って)である事を自覚している真は、何を言えばいいか分からず口を噤む。

 この、自分にも他人にも非常に厳しい姉が、こうまで弱弱しい姿を見せるなんて。

 ここは、晩御飯の味噌汁の具を茄子に変えてあげるべきだろうか。延々と勉強しろと言われるのが腹立たしくて、わざと好物を出してなかったのだが。

 

 

 恋愛クソ雑魚ナメクジユニコーンは、テレビを見ながら考え込む。自分の行った告発、つまり自分の成果と言えるが、それを眺めても昂揚は感じなかった。

 

 男に負けないくらいに出世する。だがどこまで?

 引きずりおろされないくらいの権力と立場を得る。それはどれくらい出世すればいい? 出世すればするほど、自分を狙う人間は増えるというのに!

 いつまでも強者ではいられない。どれだけ強くても、疲弊する時は来る。

 

 本当に自分は、成功の道を歩んでいたのか? この先にあるのは、心安らぐ事もない、足の引っ張り合いが延々続くだけの修羅の道ではないのか?

 無理に高く飛んで転げ落ちるくらいなら、適度なところで足を止め、安定した生活を送るべきではないか?

 

 

 

 

 つまり…。

 

 

 

 

「…うん、決めたわ」

 

「何を?」

 

「運命の出会いもあったし、これからは仕事より愛に生きる! 真、年下の義兄ができるけど仲良くしてね!」

 

 

「おねえちゃんがこわれた」

 

 

 

 

 

 

 




続いてしまいました。
ハゲの時と違って、ジジイを貶めたところで特にカタルシスも、実も蓋も無い感が出なかったので苦労しました。
結局、オチを恋愛クソ雑魚ナメクジユニコーンに持ってくる始末。

正直、ここから続くかどうかはモチベーションよりもネタ次第です。
次の話のネタは大体思いついてるんですが、どう繋いだものかなぁ…。
協力者達関係も書きたいんですが…。


最後に、「明智と冴って前から顔見知りじゃないの?」「検察庁の階級ってそういうのじゃないんだけど」「何で上京前なのに新宿で落ち合うん?」などの、矛盾と誤字を見つけた方にはコレ。

つ『重箱の隅も本筋も投げ捨てて行く精神』。


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