新約 とある魔術の禁書目録 12.5 (N-SUGAR)
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序章 箒に乗った魔女が二人 Witches_On_The_Broom.

お楽しみください。


 冬。

 

 雲一つなく透き通った、金属のような冷たさを感じる早朝の空の上でのことだ。目のいい人ならば、この瞬間に上空を見上げればもしかすると、一筋の小さな飛行機雲を目視することができたかもしれない。

 

「だだだだ大丈夫なのかしらこれ! いろんな人から見られてたりしない!?」

 

「隠蔽術式は貼ってあるから大丈夫なはずさね! そうでなくともおれたちゃ富士より遥かに高い空の上さ! こんな平野からいくら見上げたってそれだけじゃ誰も気付きゃしないんじゃないかね!」

 

 魔術によって空気に溶け込み、その姿を目で確認することは出来ない。しかし、箒にまたがり音速一歩手前の速度で飛行する二つの影が、確かにそこにはあった。

 

 片方は、鮮やかな和装で身を包み、艶やかな黒髪を複数の花の髪飾りで纏めた日本人女性だ。大人の女性らしい、落ち着きつつも華やかな衣装に似合う整った顔立ちをしているが、大きなつり目は、何処か少年らしさを見た人に思わせる。

 

 片方は、黒髪の和服美人とは打って変わって、金髪碧眼の西洋風少女だった。リボンをふんだんにあしらった黒のプリーツスカートが子供っぽい印象を際立たせるが、よく見るとその風貌は12歳という年齢の割には大人びている。

 

 そんな異色の二人が、何故か関東地方の地上10000メートル上空を、まるで何かから逃げるかのように大慌てで飛行していた。

 

「こ……こんな状態で撃墜術式なんて浴びたら、私達どうなってしまうのかしら……」

 

「そりゃおまえ、仲良く地面に落っこちてからUターンしてそのまま天に召されちまうだろうさ」

 

「………………きゅう」

 

「おおおい!!? こんなところで気を失ったら危ねえよ! しっかりしろぃ!」

 

 近代西洋魔術において飛行術式はとても脆い。術式は確立されているが、撃墜術式も確立され過ぎていて高高度の飛行が自殺行為になってしまうためだ。現代で飛行魔術を行使するには、それなりの対策と度胸を必要とすることになる。

 

「逆に言えば、「そんな馬鹿なことをまさかするはず無いだろう」って敵さんに思ってもらえれば御の字ってわけだ。()()()に入っちまえば、いくらでも逆転のしようはあるからな! それで、あそこまで、あとどれくらいだ!?」

 

「ああああ、あと、3マイルとちょっとくらいだわ!」

 

「ならもう着いたも同然! 着陸準備に入らぁ!」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 日本人女性が箒の柄を下に向けようとしたその瞬間、二人が最も聞きたくなかった声が、二人の脳内に直接響いた。

 

「しま…………っ!」

 

「そんな……!」

 

 二人が何かを言う前に、空飛ぶ箒は突如として制御を失い、重力加速度と慣性に任せて墜落し始める。

 

「きゃああああああああ! し……死んじゃう! 私の人生は今日ここまでなのね!? ああ……。今まで有り難うお栄さん……。こんな私に付き合ってくれて……。できることなら天国でまた会いましょう」

 

「滅多なこと言うもんじゃねえ()()()! こりゃあれだ! 最も古典的な類いの撃墜術式だ! ()()()でも()()()でもかまわねえがこれならまだ立て直せる! 何でもいいから加速術式組み立てろ! ()()()()()()()()()()()!」

 

「墜落しながら!? 着地はどうするの!?」

 

「そんなもん、墜落しながら考えてるんでぇ! 行くぞあびぃ!」

 

「ひえええええええ! イグナ! イグナ トゥフルトゥ クンガ!」

 

「そんな物騒な()()()()かけねぇでもなんとかなるだろ!? そら! 『八方睨み鳳凰図』!」

 

 日本人女性は、大きな筆の形をした魔術霊装を取り出すと、空中に筆を走らせる。走らせた筆はみるみるうちに絵画として宙に描き出され、巨大な鳳凰の形で実体化した。

 

「わあ! 鮮やかな鳥さん! これで飛んでいくのね!」

 

「期待させて悪いけど撃墜術式食らっちまった以上飛行はもう無理だ。これは墜落を滑空に変えただけ。制御は最低限しかできないのさ。だからあびぃ、着陸までの道は何とかしてくれ」

 

「わかったわ! まかせて! イグナ…(ygnaiih…) イグナ…(ygnaiih… )トゥフルトゥ クンガ(thflthkh'ngha)……我が父なる神よ、我に安息の道行きを示したまえ」

 

「いや、だからそんな物騒な……。まァ、いいか! そのまま行っちまえあびぃ! 今はもう邪神でも何でも頼める神サマには何でも頼んじまえ!」

 

 騒がしい二人の問答を直接目で捉えられる者はいない。日本人女性があらかじめ貼っていた隠蔽術式は人や機械の認識を狂わせまともに視認出来ないようにするものだ。魔術の素養のない一般人にはどんなに目を凝らしても二人の姿も声も認識できない。

 

 そのまま、二人は誰にも認識されないまま空を滑空し、人知れず地上へと不時着する。

 

 不時着先は、────―学園都市。

 

 科学と機械の街に、今日も異物が紛れ込む。

 

 それも、とびきり異質で、とびきり悪質な異物が。

 

 それは偶然か、はたまた必然か。

 

 何れにせよ、混沌と狂気が、激動する学園都市を飲み込もうとしていた。

 




現状報告

???? :学園都市に潜入。

?????:学園都市に潜入。

???:学園都市に潜入。


あとがき

とあるシリーズにクトゥルー系魔術結社が既に存在するどころかルルイエが一度浮上してるってマ?


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第一章 招かれた招かれざる者 Alien_Visitors .
1


オティヌスは必須(鋼の意思)。


 

 

 怒り狂った神ほど人間にとって理不尽なものは存在しない。

 

 科学全盛の現代日本でそれを肌身に感じることができる人間はまずいないだろう。

 

 だが、何かにつけて例外と言うものは常に存在するもので、例えばそれは、とある学生寮の一室なんかで観測することができたりする。

 

「納得が! できん!」

 

 手のひらサイズの神様がまだ太陽も昇っていないような早朝から、取れない疲れを少しでも癒さんとする平凡な高校生の安眠を妨げる光景が、そこにはあった。

 

「昨日の夜から数えて三回だ! なんの数か分かるか!?」

 

 不幸な高校生、上条当麻が寝床とするバスタブの、中途半端に掛けられた蓋の上に立つ神様が震える声で問いかける。

 

「さぁ……。スフィンクスに追いかけられた回数か?」

 

 ふぁ……と、漏れでるあくびを手で押さえながら、蓋の空いてるところから首の上だけ覗かせている上条は、目の前の神様に答える。

 

 その答えに対し、北欧の最高神こと小人妖精☆オティヌスたんは、妖精が浮かべちゃいけない顔を浮かべながら、

 

「違う! これはあの進撃の巨獣に咀嚼された回数だ! 貴様も理解者ならばそれくらい理解しろ馬鹿!」

 

 と、金切り声を上げた。

 

「そんなとこまで理解しろったって無理に決まってますですよ……。ていうか、もうマジで本気にすごく眠い。まだ外も暗いしあと一時間待ってくれませんかねオティヌスさん……」

 

「待たない。そして貴様なら絶対に分かった筈だ。見ろ、このお腹を! あの怪物の歯形がくっきりと残っているだろう!」

 

 薄暗い浴室。オティヌスが指をさした箇所を目を薄めてよく見ると、うすらぼんやりと跡のようなものが見える。

 

「いや、まあ、うん。歯形って言うか、跡は見えなくもないけど……。甘噛みじゃん。遊んでるだけだって」

 

「例えそうだとしてもこちらの精神は常に生と死の狭間をオートパイロットだ! それもいつ気まぐれを起こすかわかったものじゃない欠陥品ときた!」

 

「わかったわかった! それだけ力説されればもう完全に理解してますとも! オティヌスはスフィンクスに追われない安息の住処が欲しい。だろ? だから昨日だってダイヤノイドまで赴いてオーダーメイドのドールハウスを注文しに行ったじゃないか。だから風呂場で大声出さないで! すごく響く!」

 

 反響する音に頭を揺さぶられて若干グロッキーになりつつある上条は何とかオティヌスを宥めようとする。

 

「注文できてないからこうして文句をつけてるんだろうが。しかも例の騒ぎでダイヤノイドが無期限営業停止になったおかげで今後注文できる見込みもない」

 

 しかし、オティヌスの機嫌が直る気配はない。

 

 どうにかいい言い訳を見つけなければと、上条は口を開く。

 

「……だから代わりに厚紙でできた箱をくり貫いて、テープで固定したやつを」

 

「ああ、あの案の定猫まっしぐらでバラバラにされたやつか。秒で忘れてたぞこの私ともあろう者が」

 

 沈黙。

 

 上条にはもはやオティヌスに掛ける言葉が見つからなかった。というか、言い訳が尽きた。

 

「えっと……。頑張れ?」

 

「頑張ってどうにかなる問題だったらこんなことになってな────い!!!」

 

 怒れる神の理不尽な八つ当たりを何とか逃れたい眠気MAXの上条だったが、この類いの怒りを沈める方法なんてものは、対三毛猫対策に建設的な意見を出すのと同じレベルで存在しない。というか、この二つは同じことなので、つまりは現状存在しない。

 

「……適当なオモチャ屋に行ってシルバニア的なお家を購入するというのは……」

 

「サイズが合ってないわたわけ!」

 

 自分でもそれは分かっていたし、その上で苦し紛れに絞り出した提案は案の定却下される。

 

 スフィンクスの件はわりとオティヌスに悪い事をしているとそれなりに思っている上条だったし、だからこそこまめに対策も色々考えてみているのだが、しかしこうもすげなく却下され続けると流石に嫌気がさしてくる。

 

 というか、オティヌスはオティヌスでちょっと贅沢すぎるんじゃないか? 

 

 目標のグレードを幾分落とせば、少なくとも「三毛猫に捕まらない」という目的だけなら達成することは不可能ではないのだ。その上で自分の居心地やその他住環境について色々と注文を付け足すから、方法が無くなっていく。

 

 そう考えると、上条は急にスフィンクス問題について考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 

 いずれ解決しなくてはならないとはいえ、それは別に今この場で睡眠時間を削ってまで考えることじゃない。

 

 くどくどと文句を垂れ続けるオティヌスを尻目に、上条は重たい瞼を閉じた。

 

「…………ぐう」

 

「……おい? 人間? お前まさかこのタイミングで寝落ちとかそんなことがあるのか? お前が日々不幸に巻き込まれ過ぎて慢性的に疲れているのは分かるがだからって人が、というか、神が怒りを顕にしている目の前でレムレムできるとかそこまでか? それはもはや寝落ちというよりは失神に近いぞ?」

 

 オティヌスがあまりのことに少し心配そうにペチペチと上条の頬を叩くが、当の上条は全く目を覚まさない。

 

「むにゃ……、親方……空から金髪碧眼の女の子が……」

 

「しかもこの一瞬でどんな夢を見てやがるんだこいつは!? とうとう管理人のお姉さんですらなくなったぞ!」

 

 しかもなんだか天空の城みたいなことになってるし……、この前やってた金ローはとなりの義妹メイドの、『兄貴がちょっと怪しいメイド喫茶で妹系猫耳ゴスロリミニスカサンタメイド相手にうつつを抜かしてやがった死刑裁判』に巻き込まれて見逃してただろうに……。

 

 と、謎の夢を見る上条に呆れていたとき、オティヌスははたとある可能性に思い至った。

 

「……ん? いや、待てよ? 金髪碧眼ということは……もしかして……私か? 私の夢を見ているのか?」

 

 突っ込みが追い付かずに息切れしながらも、衝撃の可能性にオティヌスは少し口許を緩ませる。

 

「ふ……ふん。まだ怒りは止まないが……というか、根本的解決が成されない限り永遠に続くと思うが、夢にまで見るくらい私のことを意識しているというのなら、ひとまず矛を納めてやらないことも……」

 

 腕を組んで頬を染めながら、何かぶつぶつ言っている神様に構わず、眠りこける上条は更に寝言を放つ。

 

「むにゃ……。触手まみれ……」

 

「どんな夢を見ていやがるんだ貴様はあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 オティヌスが上条の顔面に拳を振り抜く。しかし、ちょうどその瞬間に上条が寝返りをうち、拳がすっぽ抜けてつるりと滑る。反動で空中に放り投げられたオティヌスは、そのまま欠伸をした上条の大きく開いた口の中へと吸い込まれていくのだった。

 

 一時間後、窓から差し込む朝日で目を覚ました上条の目の前には、どう見ても人間の歯形と思われるものを肩の周りにくっきりと残し、ぐったりと力尽きている神様の姿があった。




現状報告

????:学園都市潜入。

?????:学園都市潜入。

???:学園都市潜入。

上条当麻:二度寝。

オティヌス:気絶。


あとがき

スフィンクスとオティヌスのコンビが好きだったり。


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2

ややこしくなってきた。


 12月に入って二日目。大分日の出も遅くなってきたが流石に八時を回れば太陽もそこそこの高さまで昇ってくる。学園都市の大半の学生が通学路を歩くこの時間、その大半の学生と同じく高校に通うべき身分であるはずの土御門元春は、しかし自分の通学学区から大きく外れた場所で携帯の時計を確認していた。

 

「……そろそろ来てもいいはずなんだがな」

 

 科学サイドと魔術サイド、二つの世界を双方に相手取る多重スパイである土御門は、しばしば統括理事会からの命令で動かなければならないことがある。学園都市の暗部が解体されようと、彼のやることは変わらない。この日、統括理事会のエージェントとしての仕事で彼はそこにいた。それも、命令を下したのは統括理事長アレイスター=クロウリー本人である。

 

「魔術結社『カルデアスの灯』……か」

 

『カルデアスの灯』。それが、土御門がこの場で落ち合う予定の魔術結社だった。

 

 魔術結社『カルデアスの灯』は、本拠地不明、構成人数不明という秘密主義の側面を持ちながら、それなりに大きな知名度と勢力を保有している組織である。

 

 この魔術結社には特定の宗派による偏りがない。目的も独自路線を走っていて、他のどの魔術結社とも対立しない。唯一対立する要素があるとすれば、特定の宗派が無い故に、どの宗派の魔術師でも頓着なく引き入れているということくらいか。ただ性質上、基本的に、この魔術結社が通常他の組織に積極的に介入してくることはない。

 

 その『カルデアスの灯』が、今回わざわざイギリス清教を通じて学園都市にコンタクトを取ってきた。理由は、「学園都市内部に発生した聖杯級の魔力反応の調査・回収をするため」。

 

 魔術結社『カルデアスの灯』の主な活動は『聖杯探索』だ。さらに言えば、「聖杯」と呼ばれる魔術霊装を用いて、100年先の人類の未来、彼らの言うところの「人理」を保障することが、『カルデアスの灯』の目的であるとされている。

 

 人類の平和を守る、という話ではない。『カルデアスの灯』は戦争に介入しない。彼らはもっと大きな規模で、『人類史の存続』にのみ注力している。だから、どこで誰が何をしようと、それが人類の営みである限りはこの魔術結社はそれに介入しない。

 

 彼らは自身の目的達成の手段として「聖杯」を製造、使用する。そして、『カルデアスの灯』が勢力として有名かつ巨大たらしめたのも、この「聖杯」であった。

 

 十字教における聖杯は主に聖体拝領の儀式に使用する霊装であり、レプリカを使うとは言え使用される機会の多い魔術霊装だ。魔術用に限らず広く一般レベルで知れ渡っているため、聖杯の形をとった霊装は全世界に無数に存在する。

 

 しかし、『カルデアスの灯』が探索する「聖杯」とは十字教における聖杯ではなく、「聖杯伝説」に基づく聖杯だ。こちらの聖杯は十字教上の聖杯として登場するものの、十字教の聖杯とは明確に区別される。少なくとも十字教宗派の大半には同一のものとは認められていない。

 

『カルデアスの灯』の魔術師達はそこを逆手に取った。

 

 聖杯伝説の伝承に基づいた聖遺物としての聖杯を、彼らは「十字教と関係の無い独自の聖遺物である」という解釈に当て嵌め直すことで、ある意味、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らは伝説上の聖杯と比類するレベルの魔力リソースを持った、オリジナルに近しいレプリカを各地から取り寄せ、彼ら独自の「聖杯製造法」を確立した。

 

『カルデアスの灯』が所持・製造している「聖杯」は、要するに魔力リソースの塊である。その役割は簡潔に言ってしまえば「魔力タンク」という一点でしかない。そして、単純な魔力タンクとして定義されている以上、この聖杯は新しい定義付けをしない限りどこの位相にも関係を持たない状態にある。

 

 この聖杯の特異性は、本来大規模の儀式場と人数を用意しなければ得られない魔力リソースを位相に左右されていない状態の純粋なエネルギーとして溜め込めるという点にある。魔術とは、基本的には特定の位相からこの世ならざる概念を取り込み発動するものであり、そのための魔力の性質は個々の位相、つまり宗派によって異なる。本来魔術を発動するためには、個人の生命力(マナ)からその魔術のためだけの魔力を精製し、使用しなければならない。そこをこの聖杯は、数が少ない上に使い捨てではあるものの、新しい定義付けをすることで宗派、位相、霊脈に関係なく、あらゆる魔術の発動リソースとして使用できるのだ。その効果はつまり「儀式の極小化」であり、『カルデアスの灯』の聖杯はその一点において、魔術師ならば誰もが無視できない万能の杯と成り得ていた。

 

 十字教からすれば「聖杯」とは主がその血肉の容れ物とした聖遺物ただ1つであり、それ以外の紛い物を聖杯とは認めていない。仮に『カルデアスの灯』が本物の聖杯を収集などしようものならば、十字教圏との全面戦争は不可避であろう。そこら辺を、『カルデアスの灯』は、「十字教の聖杯ではない」という事実そのものをブランドとし、その上で入手した魔力リソースとしてのレプリカの一部を、パイプを作った各十字教系勢力に分配することで賄賂とする等、政治的にも上手い立ち回りを見せている。

 

 故に、例えイギリス清教と言えども『カルデアスの灯』からの要請を完全に無視することはできなかったのだ。無視するには、聖杯という餌はあまりにも大きすぎる。『カルデアスの灯』は、その製造法の独占だけで魔術サイドの不干渉地帯を作り上げた近代西洋魔術界屈指の霊装製造結社なのだ。

 

 だからこそ、土御門にまで仕事が回って来る羽目になった。

 

 イギリス清教と学園都市のパイプ役として、『カルデアスの灯』から派遣されてくる魔術師を案内、監視するのが、今回の土御門の仕事内容だ。

 

『カルデアスの灯』が動いたという公式の記録は驚くほど少ない。それこそ、『聖杯探索』と称した魔力リソース集めが何件か確認されたくらいで、彼らが至上目的とする「人理の保障」のための活動が成されたという記録がどこにも存在しないのだ。

 

 そのため、「特に何をしでかすわけでもないから何をする組織なのかがいまいちわからない」というのが外から見た『カルデアスの灯』の印象であり、それ故今回のような特定の領分に踏み込んで来るような案件の場合、念のため監視が不可欠になるわけだ。

 

 イギリス清教側の思惑としては、世にも珍しい『カルデアスの灯』の活動内容を観察し、あわよくば聖杯製造の手掛かりを掴みたいという下心もあるだろう。

 

 面倒だが楽な仕事だ。と、思う。

 

 相手は今まで一度も自発的な荒事を起こしたことの無い魔術結社である。平穏無事であることに対する信頼度は高い。

 

 少なくとも、上手く運べば殺し合いには発展しない。

 

 土御門は、送られてきた魔術師のデータを改めて確認する。

 

 

 葛飾応為(かつしか おうい)

 

 

 アビゲイル=ウィリアムズ

 

 

 以上二名。

 

 

 前者は見たことも聞いたこともない魔術師だった。つまり、単純に無名なのか、それとも隠れた実力者なのか。いずれかを見極めるのは土御門の役割ということだ。要観察対象である。

 

 後者は『必要悪の教会(ネセサリウス)』の所蔵資料から身元を確認することができた。彼女は、いまから約三ヶ月ほど前に『必要悪の教会(ネセサリウス)』が壊滅させた魔術結社『目覚め待つ宵闇』の構成員だったのだ。正確には、『目覚め待つ宵闇』が壊滅する少し前に結社から逃亡し、以来行方不明になっていた構成員である。

 

 だから、今回の『カルデアスの灯』からの資料提供で始めて彼女の行方が掴めた形になる。

 

 資料では特に注目もされておらず、早々に調査が打ち切られていた人物だが、しかし彼女はどうもきな臭かった。

 

 そもそもとして、彼女の周囲の状況が怪しい。

 

 両親は3年前に死亡。叔父であり、元『目覚め待つ宵闇』の構成員であるランドルフ=カーターは一年前から行方不明。以降アビゲイルの身元引受人だったラウム=アーカムハウスも結社壊滅時に行方不明。結社内で唯一彼女と同年代だったラヴィニア=ウェイトリーもラウム=アーカムハウスと共に行方が分からなくなっている。結社の残党自体は他にも存在するが、完全に行方が分からなくなっているのは先程挙げた人間を除くと一人二人しかいない。残りの人間については全員死亡確認が取れていた。

 

 その上で、現在は全く別の魔術結社に所属している? 

 

 どういう経緯で? 

 

 何か思惑が絡んでいるのか? 

 

 わからない。

 

『目覚め待つ宵闇』がイギリスで起こした『分類不能(ブランクペーパー)』という霊装をめぐる事件は軽く世界規模の危険度を秘めていた。しかし、世界規模の危険度を誇る魔術事件なんてものは魔術世界では日常茶飯事だ。その事件そのものに関係なさそうな不審点にまで一々メスを突っ込んでいく人手は『必要悪の教会(ネセサリウス)』にはない。『目覚め待つ宵闇』は既にボスも主力部隊も全滅し完全崩壊しているため、調査が打ち切られるのも仕方がないとは言える。

 

 疑問に対する答えは、実際に見て判断するしかないか。土御門はそう結論付けて、ひとまず資料を閉じた。

 

 少なくとも初めから敵対するわけでもない。穏便に、平和裏に進めればいい。殺しの命令が入ってるわけでもないし、相手の目的もはっきりしている。その目的の正体も……こちらで完全に掌握している。自分の任務はこの魔術師達をアレイスターと繋げるまでだ。それ以降には関わりがない。だから最悪、疑問を解消する必要もない。

 

 どうなろうとも、知ったことではない。

 

 自分の周囲に、関わらなければ。

 

「しかし……遅いな。何かあったのか?」

 

 土御門が携帯の時計に目を戻すと、既に指定の時刻から30分近く経っている。いい加減姿を現してくれても良さそうなものだ。

 

 こんな仕事はさっさと終わらせたいというのに……。

 

 トラブルか、事故か不幸か。

 

 不幸……。

 

「いや、まさかな……」

 

 不幸という言葉に反応してつい思い浮かべてしまったが、あり得ない、とは言い切れないのが、彼の級友の悲しい性だった。何かしらのトラブルが有ったとき、まるで吸い寄せられるかのようにそこに居てしまうのが、土御門のクラスメイトにして親友の、ツンツン頭の高校生なのである。

 

「上やんはこの時間ならもう登校してる筈だし、いくらなんでもそんな突拍子もないことは……」

 

 ぶつぶつ呟いていると、ポケットに入れていた私用の携帯が震えた。

 

 嫌な予感と共に着信元を見ると、案の定な名前が表示されている。

 

 ごくり。と、唾をのみこんだ土御門が恐る恐る通話ボタンを押して耳に当てると、何やら騒がしい破砕音をBGMに聞きなれたクラスメイトの声が飛び込んでくる。

 

『助けて土御門! お前に用があるっていう魔術師がうちの窓を割っておじやにタコが────!』

 

 ブツッ……、と、音が切れる。プロを標榜する多重スパイが衝動で通話終了ボタンを押してしまった。

 

 なんでこうなる。

 

 上条当麻が関わる事件は円満に終わることが多いが、その代わり楽に終わった試しは一度もない。

 

 ただの案内と監視の筈だったのに……。普段通りなら比較的楽な仕事の筈だったのに……。

 

「不幸だぜい……」

 

 親友の口癖が、ついこぼれ出た。




現状報告

葛飾応為:学園都市潜入。

アビゲイル=ウィリアムズ:学園都市潜入。

???:学園都市潜入。

上条当麻:不幸。

オティヌス:???

土御門元春:不幸。



あとがき

つっちーこの時期何してるのかよくわかんないんだよね。次の日防犯オリエンテーションに参加してるのは分かるんだけど、裏ではもう『書庫(バンク)』とか探してるのかな?


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3

とあるの魔術は本格的すぎてちょっとしたものでも一から作るのが大変で大変で…。参考資料が欲しい…。


 

 時間を少し戻そう。

 

 土御門にヘルプを掛けるまでの間に、ツンツン頭の高校生は一体何をしでかしてやがったのか。

 

 時は一時間ほど遡る。

 

 早朝に二度寝を決め込み、スッキリと目を覚ました上条がそのスッキリとした気分を持続させることができたのは起床五分後までだった。顔を水ですすいで歯を磨き、冷蔵庫を開けて漬け物だの梅干しだのしか入っていないことに気付き、仕方無いから朝は米をかっ込むスタイルで行くかと炊飯器を開けたら米が一人分も残ってなかった時点で、目覚めの爽快さは消え失せた。

 

「くっ……! 昨日外食するつもりで家を出たのに結局外食できなかったという悲劇がこんなところに響くとは……!!」

 

 己の計算違いを嘆くが、食材が無いという事実とインデックスの機嫌が直結しても上条の嘆きが考慮されることはない。

 

「んー……。おはようなんだよー。とうまー」

 

 そうこうしているうちに寝ぼけまなこの暴食シスターが目元を擦りながら起きてきた! 上条当麻に悩んでいる暇などない! 

 

「よし。めんつゆが余ってる。おじやにしよう」

 

「えー。またなのとうまー? 最近水っぽいごはんばっかで飽きてきたんだよ」

 

「贅沢言わないでインデックスさん! 大体のものは水分でふやかせば取り敢えず量が増えるんですよ!」

 

 鍋にめんつゆと水をぶちこんで火にかけながら、上条が言う。

 

「たまには味も楽しみたいかも!」

 

「味も!? 今、もしかしてインデックスさんたら量を妥協せずに味を上乗せで求めようとしていらっしゃいます!?」

 

「量を妥協したら意味がないんだよ?」

 

 日々食料事情に困窮する貧乏学生からしたらどうにもならないことを平然と口走るインデックスに、上条は肩を落とす。

 

 ただそうは言っても、まともな飯を食べたいのは上条とて同じだ。

 

 考えてみれば、1つだけ方法はあった。

 

「まあ、そうだな。オティヌスのドールハウスを買うはずだったお金が余ったから、夕飯はちょっと豪勢にしてみるか……」

 

「ほんと? やったー!」

 

「待て待て待て! 私はまだそいつを諦めてる訳じゃないぞ!?」

 

 会話がいきなり自分にとって良からぬ方向に転び始めているオティヌスが、上条の肩の上から待ったをかける。

 

「そんなこと言ったって、あのドールハウスはもう手に入らないんだよ? お金は使うためにあるんだから、別の使い道を探さないと」

 

「いいや! まだ買える筈だ! あちらも商売なのだから商品を売らない筈がない! 直売店が使えなくとも何かしらの……そうだ! ネットだ! ネット注文がある筈だ!」

 

「あー。なるほどネット注文か。普段使わないからそれは忘れてたな」

 

 天啓を得たオティヌスの発言に納得し始めた上条を見て、インデックスは慌てる。

 

「ねっと!? ねっとってなに!? そんな網で引いて引っ張りあげるみたいなので手に入れるつもりなの!?」

 

「ふはははははは! 勝ったな恒常空腹シスター! 文明音痴の情報弱者め! 今時10万3000冊なんて完全記憶能力無しでも幾らでも保存できるわ! 一ヶ所からしか出力できない情報端末など全人類共有情報化社会の波に溺れているがいい! そのお金は私の城に使わせてもらう!」

 

「あ、なんかもう売り切れてるっぽい」

 

 騒ぐ二人を尻目に携帯をポチポチしていた上条の呟きで、勝ち誇って胸を仰け反らせていたオティヌスは上条の肩から転げ落ちた。

 

「む! 何かわからないけど、勝った!」

 

「ぐああああ! これだからオーダーメイドを売りにした期間限定商品はああああ!」

 

 よく理解しないまま拳を挙げるシスターと、仰向けのままじたばた暴れる露出度の高い小人。そして沸騰した鍋に少ない米を放り込む高校生。

 

 それが、上条家における本日の夕飯が少し豪華になった瞬間の光景だった。

 

 とは言え、そんなこんなで出来上がった朝飯が貧相であることに変わりはない。薄めためんつゆでふやかして、梅干しと漬け物を添えただけのおじやともお粥とも似つかない、薄味なのに塩分だけは高そうな朝食は概ね不評なようだった。

 

「お米がふやけすぎてスッカスカなんだよ」

 

「猫の餌の方がまだ栄養価高いんじゃないか?」

 

「夕飯はちょっと豪勢にオードブル的なの買ってくるから今は勘弁してくださいお願いします!」

 

 二人からの辛辣かつ真っ当な評価を背負いながら、上条はほとんど汁しか入っていないおじやを啜る。

 

 その時だった。

 

「「うわああああああああああああああああ!!!」」

 

 バギャアアアアン!!! という、ガラスが割れる音とともに、目の前の食卓が吹き飛んだ。

 

 どんがらがっしゃ──ーん!!! と轟音をたてて部屋が一瞬にして滅茶苦茶になる。

 

 その瞬間に起こった全てが災厄でしかなかったが、それでもあえて幸いなことを見つけるなら、上条とインデックスはその時茶碗を持ち上げていたために、ただでさえ少ない朝飯を吹き飛ばされることがなかったことだろうか。

 

 不幸だったのはオティヌスだ。テーブルの上に乗って食べていたせいでそのテーブルと一緒に自分ごと全てが吹っ飛んだ。結果的に死ななかった事くらいしか幸運がないというのは実に哀れである。

 

 上条とインデックスの二人はあまりの事態に座って茶碗と箸を持った状態のまま硬直。オティヌスは瓦礫の山で完全に伸びてしまっていた。

 

「いててて……。くっそう! 後もうちょっとで着陸って所で攻撃してきやがって! 危うく死にかけるところだったじゃねえか畜生め! あびぃ! 生きてるか!?」

 

「ああ……お星さまが見える……。そう……そうなのね。宇宙とは……アルトリウムとは……」

 

「おおおおい! なんか変な悟り開きかけちゃってねえか!? それは良いことなのか悪いことなのか!?」

 

 呆然とする家主を他所に、ベランダから部屋に墜落してきた張本人達は動き出す。

 

 それだけではない。

 

「袋小路だな。そろそろ諦めてはどうかね。ミス・カツシカ」

 

 木っ端微塵に吹き飛ばされた窓の外、ベランダの柵の上に、今度は正体不明の三人目が降り立った。

 

「くっ……! そう簡単にはいそうですかって諦められるかってんだ! おいあびぃ早く目を覚ませ! こうなりゃ徹底抗戦だ!」

 

「ううん……。いあ、いあ、よぐそとーす……」

 

 着物姿の日本人女性葛飾応為が、西洋風少女アビゲイル=ウィリアムズの頬を叩くが、アビゲイルは呻き声をあげるばかりで目を覚ます様子はない。

 

 アビゲイルを起こすことを諦めた葛飾は、ベランダの男に向き直り自身の身長ほどもある大きな筆を構える。

 

 まずい。と、葛飾は自分の現状を確認して呟いた。狭い室内に誘導されたこともそうだが、よりによって関係の無い一般人を巻き込んでしまった。葛飾の使用する術式は広い範囲に効果を及ぼすものばかりだ。このまま戦闘を始めてしまえば確実に一般市民を傷つけてしまう。

 

 それは、『カルデアスの灯』の信条に反することだ。

 

「そこの兄ちゃん達! 頼むから逃げてくれ! ここは危ない!」

 

 だから葛飾はそう言って、上条達を逃がそうとする。それが、致命的な隙になると分かっていても。

 

 男が動く。

 

「鉄のカラスよ。守護惑星たる火星の導きに従い、都市に破壊を齎せ」

 

 男がカラスの姿を模した柄の、鉄製の杖を葛飾に向けると、その瞬間赤い閃光が放たれる。

 

「────―っ!!!」

 

 葛飾は咄嗟に筆を盾にするが、そんなもので防げる魔術でないことは明らかだった。

 

 葛飾は己の死を覚悟し、咄嗟に目を瞑ってしまう。

 

 一秒、二秒、三秒……。

 

「…………あり?」

 

 しかし、何時まで経っても閃光が葛飾を襲うことはなかった。

 

 恐る恐る薄目を開けると、自分の目の前に誰かの右手が、遮るように差し出されていた。

 

 先程避難を促した、ツンツン頭の一般人少年の右手だ。

 

「貴様……何者だ……」

 

 男が少年の方に向き直る。葛飾も、目の前の少年の起こした行動に呆気に取られる。

 

「何者だはこっちの台詞だよ。あんたらこそなんなんだ? 人の一家団欒をぶち壊しやがって」

 

 ツンツン頭の少年──―上条当麻は、そう言いながら右手に握り拳を作る。

 

 ただそれだけの行為の筈なのに、まるでナイフを首筋に突き付けられたかのような悪寒を葛飾は覚えた。

 

「貴様……舐めているのか。私の術式に何をしたのか知らんが、偶然で調子に乗るなよ。我が目標はそこのウルム・アト=タウィルのみだ。邪魔する者は皆死ね! 鉄のカラスよ! 敵対者の宝を簒奪せよ!」

 

 鉄カラスの杖の男は再び杖を振りかぶり、赤い閃光を放つ。しかし、その閃光は上条が前に突き出した右手によって打ち消された。

 

「何故だ!? その右手は一体何だというのだ!!」

 

 男が一歩後ずさる。その躊躇は、上条の前では致命的だ。上条はその隙を逃さず大きく踏み込み、一瞬にして男の懐へと飛び込む。

 

「とうま! 杖のカラスを狙って!」

 

「わかってる!」

 

 横合いから飛ぶ少女の言葉に応えると、上条はそのまま拳を振り抜き、鉄カラスの杖ごと男の顔面を右手で殴り付けた。

 

 バギコバメリベシャッ!! と、嫌な音をたてながら、杖はバラバラに砕け散り、男はベランダから投げ出される。

 

「ぐっ…………! ぬうううううう!!! 照応する鉄よ! 守護惑星たる火星の導きと土の属性を持って、我が身に簒奪の為の黒翼を!」

 

 自由落下する男がローブから鉄片と土を撒き散らすと、鉄片が宙を舞い、そこに土がより集まって一つ一つが鴉の羽へと変化する。そして、漆黒の羽は男の背に集まって翼を形作った。

 

 男はそのまま漆黒の翼を広げ、宙を滑空しながらビルの狭間へと消えていく。

 

「逃げた……のか?」

 

「そうみたい。今のままじゃとうまに勝てないと思ったのかも」

 

 少年と少女がベランダで会話する後ろ姿を見ながら、葛飾はあまりの驚愕に茫然自失していた。

 

「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』……。あらゆる魔術を打ち消す異能が学園都市にあるって話は……本当のことだったのかい……」

 

 腰が抜けてへたりこんだ葛飾に、少年と少女が歩み寄る。

 

「で? あんたらは一体何なんだ?」

 

 上条当麻は、茫然自失の葛飾応為に右手を差し伸べた。

 

 何時ものように。




現状報告

葛飾応為:『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と接触。

アビゲイル=ウィリアムズ:気絶。

???:一時撤退。

上条当麻:敵性魔術師を撃退。『カルデアスの灯』の魔術師と接触。

オティヌス:気絶。

インデックス:上条当麻と協力し、敵性魔術師を撃退。『カルデアスの灯』の魔術師と接触。

土御門元春:待機。



あとがき

上条当麻が今さら何の対策もしてこないそこら辺の魔術師に苦戦するはずがないんだよなあ。


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