2人のフォトフレーム (プロッター)
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カメラマンとの出会い

 ちょっと、モミジが見たくなった。

 

 10月上旬の昼下がり、アズミが大学の遊歩道を目指しているのはそんな理由だ。

 今日は至って普通の日で、別に感傷的になったわけでも、逆に嬉しいことがあったわけでもない。普段通り、信頼する仲間と一緒に戦車に乗り、敬愛する隊長に打ちのめされて、気の置けない親友と昼食を摂って、実に代わり映えのない半日を過ごしたところだ。

 そんな『いつも通り』の日常に、アズミはちょっとした変化が欲しくなったのだ。その結果、もう秋だしモミジを見てみたいなぁ、と不意に思ったのである。

 

「風が気持ちいい・・・」

 

 穏やかな風がアズミの肩を撫でていき、独り言つ。

 季節は秋になり、酷暑が続いた夏とは気候も大きく変わった。ぎらついていた太陽の光は落ち着き、生ぬるかった風は程よい涼しさを含んでいる。もう少ししたら、秋服や冬服の出番になるだろう。

 

(静かね・・・)

 

 目指している遊歩道は、大学の校舎の西側、少し離れた場所にある。そのため、平日のこの時間帯は、その遊歩道近くはあまり人気が無い。そのおかげで、穏やかな気候と自然を静かに楽しむことができる環境が出来上がっていた。

 

「ここ、かしら」

 

 やがてアズミは、校舎から数分ほどのところにある遊歩道の入り口に辿り着いた。

 この遊歩道は全長200メートルほどで、季節によって彩りを見せる木と、鮮やかな花を植えてある花壇が人気という触れ込みだ。管理しているのは大学と、園芸サークルらしい。

 そんな場所に、アズミは早速一歩足を踏み入れる。

 

「―――っ」

 

 その瞬間、空気が変わった。

 校舎から聞こえる喧騒や、道路を走る車の音。それらが、まるでフィルターの向こう側にあるように静かになる。

 そして、風に揺られる草木のざわめき、鳥の鳴き声が鮮明に聞こえるようになる。自然が身近にあるこの場所が、他の場所とは違う性質を持っているのだと、アズミは感じ取った。

 そんな他とは違う場所である遊歩道を、アズミはゆっくりと歩き出す。

 

(・・・いい香り)

 

 草木に囲まれていると、緑の香りと言うべきか、独特な香りが漂ってくる。雨上がりのアスファルトの匂いのように、どこか心地よさを覚えるようなその香りを、アズミは静かに楽しむ。

 アズミが歩いている遊歩道は、ウッドチップでできた道が敷かれている。だが、園芸サークルが丁寧に手入れをしている賜物か、雑草など生えていないし、落ち葉やゴミも見当たらない。とても清潔に保たれていた。

 

「?」

 

 だから、アズミは気付くことができた。

 道端に落ちている『それ』に。

 

(カメラのキャップ・・・かしら)

 

 黒くて薄く、丸いものをアズミは拾う。手に取ってみると、とても軽く、プラスチック製なのが分かった。

 戦車道の試合会場や、働いているモデル系のアルバイトの現場でも似たようなものを見かけたことがあるから、アズミはそれが何なのかが大体分かった。アズミ自身はカメラを持ってはいないが。

 ともあれ、このキャップは傷もなく、放置されて大分時間が経っているようには見えない。まだ近くに持ち主がいるかもしれないので、一応拾っておくことにした。そのままにしておけば、持ち主が気付いて取りに戻るかもしれないが、一度落とし物を見るとどうしても放っておけない。もし、持ち主が見つからなかったら、警備の人に預ければいいだろう。

 差し当たり、アズミはそのキャップをポケットにしまって散策を再開する。

 今日は雲もそんなに広がっていない晴天のため、木の葉の隙間から木洩れ日が差し込んでいる。その光景は、気持ちを穏やかにさせてくれるような謎の力があるような気がした。

 

「あら、素敵・・・」

 

 ほどなくして、アズミは色とりどりの花が咲く花壇を見つける。園芸サークルが手塩に掛けているその花はどれも瑞々しく、萎れているものなど1つもない。花の根元には、親切に『コスモス』や『パンジー』など花の名前と学名が表記されたプレートも挿してある。

 

(撮っておこうかしら)

 

 そう思ったことに深い意味はない。綺麗なもの、滅多に見ないものを見ると写真に収めたくなるような、そういう簡単な心理が働いただけだ。

 スマートフォンを取り出して、その咲き誇る鮮やかな花たちを撮る。小気味良い電子音が響き、撮った写真を確認してみると、花壇が少しだけ見切れていたが花はほぼ全て写っていた。細かい点は気にせず、『まあいいか』と気持ちを区切って再び歩き出す。

 アズミのそもそもの目的であるモミジは、遊歩道の少し奥の方にある。そこまでの間に、桜や梅の樹も見かけたが、オフシーズンだったために緑の葉だけだったり枝だけだったりと、寂しげな感じだった。ちゃんとした季節に入れば、もっと見栄えも良くなるだろう。

 そうして自然を堪能しつつ歩いていると、紅い葉が混じる木が見えてくる。あれこそ、本来の目的だったモミジだ。

 しかし、そのモミジの近くに来ると、先客がいるのに気付く。

 

「・・・・・・」

 

 その人は、アズミよりも少しだけ背が高く、オレンジのジャンパーにジーンズという装いの男だった。髪は黒で短めだが、前髪が若干跳ねている。

 そんな彼は、黒くてごついカメラをモミジに向けて、シャッターを切っている。時折、カメラや自分の身体の向きを変えて、色々な角度からモミジを撮影していた。

 アズミは、その男の手にあるカメラを見て、さっき拾ったキャップは彼のものではないかと予想する。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが、アズミは声をかけることができない。

 アズミの目が、真剣にモミジを撮る彼の姿に集中していたから。

 アズミの心が、彼の邪魔をしてはならないと静止していたから。

 

(・・・こんなにじっと見たことなんてないかも)

 

 モデル系のアルバイトで、カメラを向けられていることは意識していても、カメラを撮っている人をじっと見たことはなかった。そして、ただ写真を見ることはあっても、撮っている人のことまで深く考えたことは全くなかった。

 だから今、こうして名前も知らないカメラマンが熱心にモミジを撮っているのが、新鮮に思えた。先ほど軽い気持ちで花を撮っていた自分など比べ物にならないほど、1枚1枚を丁寧に撮っているその姿が、強い印象を残す。

 

「・・・よし、よし」

 

 やがて男は、納得いく写真が撮れたのか、カメラをモミジから外して小さく頷く。

 そしてモミジを見上げて、小さく笑った。彼も、モミジが好きなのだろうか。

 そこでアズミは、ポケットの中のキャップの存在を思い出して、声をかける。

 

「あの、すみません」

「ん、はい?」

 

 いきなり声を掛けられて驚いたのか、男は少し上ずった声を出す。

 そんな男にアズミは、ポケットからキャップを取り出してそれを差し出して見せた。

 

「これ、さっき拾ったんですけど、もしかして落とされましたか?」

「え?えーっと・・・」

 

 問われて男は、自分のジャンパーのポケットを叩いたり、中を探る。さらに、足元に置いてあったカメラのケースの中も確かめる。

 やがて、男の表情は疑問から焦り、そして安堵へと変わった。

 

「あー、すみません!ありがとうございますー!」

 

 丁寧にアズミからキャップを受け取り、ペコペコと頭を下げながらキャップをカメラのレンズに嵌める。

 

「助かりました。これが無いとレンズが傷ついちゃうので・・・何とお礼を言えばいいか」

「いえいえ、お礼なんて」

 

 アズミとしては本当にお礼を言われるほどのことでもないので、手を横に振る。

 男は『すみませんでした』とお礼を言いながら、ケースにカメラを戻す。そこでアズミは、その男が着ているオレンジのジャンパーに縫い込まれている文字に気付いた。

 

「写真サークルの方、でしたか」

「あ、はい」

 

 アズミは詳細は知らないが、写真を撮ることを主な活動としているサークル。カメラにも詳しいであろうそのサークルのメンバーなら、先ほどの素人とは思えない姿勢にも納得がいく。さらに、見るからにこの男はアズミと同年代。

 何かの縁というのもあって、少しだけ話してみたくなった。

 

「随分熱心に撮られていましたけど、モミジがお好きなんですか?」

「ええ、まあ。今日は、今度の展示会で出展する写真を撮ってたんですけどね」

「展示会?」

「はい、サークルの展示会です。たまーに、大学の会議室で」

 

 そう言えばそんな話を聞いたことがあるような、ないような。

 首を傾げていると、男は『まー、大々的に告知しているわけでもないですしねー・・・』と苦笑する。何とも気の抜けたような話し方が特徴的だ。

 

「しかし・・・モミジはあまり赤くなくて」

 

 そして男は、さっきまで撮っていたモミジを見上げる。

 アズミも同じようにモミジを見ると、確かに葉は完全な赤ではなく、うっすらと緑が混じっているような半端な状態だった。

 

「自分は『良い』と思ったから撮ったんですけど、これが果たしてウケるかどうか・・・」

 

 自分の感性と技術で満足いく写真は撮れたが、それが周りの人にどう見えるかはまた別の問題だ。男はそこを気にしている。

 しかし、アズミはその男の『良い』と思う気持ちは分かるような気がした。

 

「でも私も・・・このモミジも悪くないと思います」

「本当ですか?」

 

 同意を得られるとは思っていなかったのか、男は嬉しそうに声を弾ませる。表情も明るくなる。

 

「あっと、失礼・・・」

 

 だが、そこで男はポケットに手を突っ込みスマートフォンを取り出す。どうやらメールが届いたらしく、画面を見て『ありゃ』と声を洩らした。

 

「すみません、ちょっと呼び出されちゃいまして。これで失礼します」

「ああ、はい。お気になさらず」

 

 アズミに向かって、もう一度お辞儀をする男。アズミから勝手に話しかけたので、謝られることもなかったのだが、律儀なものだと思う。

 最後に男は、『キャップ、ありがとうございました~!』と言いながら、ケースを肩に提げて遊歩道を戻っていった。

 

「・・・さて」

 

 アズミは、男が遊歩道を去っていくのを少し見送ってから、改めてモミジを見上げる。

 その中途半端な色のモミジは、真っ赤なモミジを想像していたアズミからすれば、少し肩透かしな感じがした。

 しかし、これはこれで逆に『良い』と思う。赤いモミジも確かに綺麗だが、緑から赤へと変わりつつあるその様は、季節が移り変わる様子を表現している様にも見える。だから、さっきの写真サークルの男に『悪くないと思う』と言ったのは嘘ではない。

 アズミは、自分が美的センスはそれなりにある方だという自負はある。人前に出る機会がそこそこ多いために見た目には気を使っているし、自分の出身校が芸術関係に力を入れている所でもあったからだろう。

 そのせいか、アズミはこうした一見何の変哲もないものに、小さな美点を見出すことができるのだ。

 だから、先ほどの写真サークルの男が、この色が変わりつつあるモミジをわざわざ写真に収めたくなる気持ちも分かる気がした。

 

「・・・・・・」

 

 そんなモミジを見上げながら、アズミはまたポケットからスマートフォンを取り出す。

 カメラを起動させるが、今度はさっきの花壇の時のように適当な感じで撮ろうとはせず、ちゃんと画面に収まるようにカメラを引いて、色合いが良い感じになるように調整する。あの写真サークルの男ほどではないが、向きを考えて、いい位置で撮れるように。

 そして、シャッターを切る。変に見切れたりはせず、先ほどの花壇とは違った感じの出来栄えになった。

 

「ん、いいわね」

 

 画面の中のモミジを見て、アズミは小さく笑う。普段は被写体になることが多い自分にしては珍しく、自分で撮る写真に拘った。

 スマートフォンをポケットに戻し、どうせならさっき撮った花壇ももう一度撮り直そうかな、などと考えつつ色が変わりゆくモミジを眺める。

 

 これだけなら、まだ日常の一コマに過ぎなかっただろう。

 

 

□ □ □

 

 その数日後の昼休み。

 食休みにアズミが校内を当てもなく散歩していると、入り口に立て看板が置かれている会議室を目にした。その看板には、『写真サークル展示会』と書かれている。

 

「ここって・・・」

 

 思い出すのは、先日モミジの木の下で出会った写真サークルの男。確か、展示会を行うと言っていたが、それがこれだろうか。

 入り口から少し中を覗いてみると、パーテーションボードがいくつも置かれ、大人の目線ほどの高さにいくつも写真が飾られている。ここからでも、多くの写真が展示されているのが分かった。

 

(ちょっと、見て行こうかしら)

 

 予定があるわけでもなかったので、アズミは見学してみることにした。

 中に入ってみると、見学している人は他に何人かいたが、『静かにするべき雰囲気』なのを感じ取っているのか皆静かに写真を見ている。

 さて、そんな場所に飾られている写真は、アズミからすればどれも『見事』と言うべき出来栄えのものばかりだ。

 テーマが定められているわけではないらしく、写っているものに統一性はない。青空の下に咲くひまわりや、真夜中の高層ビル群。アーチ橋の上を走る列車や、雪原を駆けるキツネの写真まであった。

 

「へぇ・・・」

 

 感嘆の息を吐く。

 こうして人前に出せるほどの写真を撮ることは、決して簡単ではないのは分かる。この写真を撮った人たちも、裏では挑戦と努力を繰り返していたのだろう。それこそ、あの日出会った青年も同じなのかもしれない。

 戦車乗りとして日々研鑽を惜しまないアズミからすれば、そんな努力を続けるカメラマンたちのことは素直に尊敬するし、応援したくもなる。そして、親近感さえも抱ける。努力を欠かさない点は、戦車乗りもカメラマンも同じだ。

 

(モミジの写真は・・・ないわね・・・)

 

 ざっと見回しても、モミジらしき写真は無い。あの日出会った青年が撮っていた写真があるものと思っていたが、この様子ではどうやら採用されなかったらしい。あの撮っていた現場に居合わせていただけに、少し残念な気分だ。

 だが、そんな気持ちもほどほどに、アズミは他の写真を楽しむことにする。

 本当に色々な写真が展示されていて、飽きることが全くない。色とりどりの花畑の写真は見ているだけで癒されるし、猫が日向ぼっこをしている写真は心が和む。綺麗な星空の写真は吸い込まれそうになるほどの魅力があり、木洩れ日が綺麗な森林の写真は幻想的だ。

 そして、1枚の写真を見て。

 

「―――」

 

 アズミの足が止まる。

 瞬きを忘れそうになる。

 ただその写真にだけ意識が向く。

 それは、1輌の戦車を写した写真だった。砲塔を横に向け、砲口から火が噴き、硝煙と土煙、そして青草が巻き上がっている様子を捉えている。

 その写真に写るダークグレーの戦車は、アズミにとっても馴染みが深い重戦車・M26パーシング。しかもその車体には、砲弾を模した水色のマークが描かれており、それは紛れもなくアズミの所属する大学選抜チームのものだ。

 いや、それだけではない。

 

「・・・これって」

 

 目を凝らしてそのパーシングを見ると、履帯周りの装甲に黄色いひし形のマークも描かれているのに気付いた。

 そんな車輌は、大学選抜チームにおいてはアズミの搭乗するパーシング以外に存在しない。

 つまりこの写真は、アズミのパーシングの写真だ。

 

「・・・すごい」

 

 口ではそうとしか言えなかったが、胸の奥の気持ちはそれ以上に掻き立てられている。

 砲撃の音や硝煙の香り、戦場に吹く風さえも感じられそうなほど、この写真は躍動感がある。『生きているようだ』と表現したくもなる。自分の乗っている戦車が、戦っている最中の戦車が、こんなにもカッコよく表現できるなんて。

 まるで、宝物を見つけた船乗りのように、今のアズミの心は舞い上がっていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 眺めているだけで、実際に戦場でよく聞く履帯が地面と擦れる音、砲塔が動く機械的な音、砲弾が装甲を掠める音までも感じられそうになる。それは自分の記憶が呼び起こされているからだが、まるでアズミが今まさに戦場にいるかのように錯覚してしまう。

 

『撮影者:笠守聡』

 

 昂る気持ちが落ち着いたところで、この写真を撮った人の名前を確認する。

 ほうほう、とアズミはその名前を見て頷く。この人が誰なのかは知らないが、初見のアズミの心をあんなにも揺るがした写真を撮ったこの人物はすごいなと感心する。

 そして、この人の撮った写真は他にもあるのかな、と歩き出そうとして。

 

「あっと・・・」

 

 誰かとぶつかってしまった。

 視界がオレンジに染まり、聞き覚えのあるような声がしたが、反射的にアズミは謝る。

 

「あ、ごめんなさい・・・」

「いえ、こちらこそ・・・」

 

 目線を上げると、ぶつかった相手とも視線がぶつかり合い、その顔を認識する。

 その相手は、アズミにとっては赤の他人ではなかった。

 

「あ、この間の・・・」

「あー、先日はどうも・・・!」

 

 朗らかに挨拶をする向こうも、アズミのことは覚えていたらしい。

 その相手は、少し跳ねた前髪が特徴的な、あのモミジの木の下で出会った写真サークルの青年だった。彼は今日もオレンジのジャンパーを着ているが、その手にあるのはあの日見たごついカメラではなく小さなデジカメ。どうやら、サークルの部員として展示会の撮影に来たらしい。

 意外な再会に、アズミだけでなく青年の方も驚いたようだが、周りの迷惑にならない程度の声量で話しかける。

 

「展示会、来てくれてありがとうございます」

「ええ、まあ・・・たまたま近くを通りがかって。それで、何だか良さそうだなって思ったんです」

 

 ここを明確な目的地とはせず、ただ偶然通りがかっただけなのが、何だか申し訳ない。だが、男は首を横に振って『それでも嬉しいですよー』と笑ってくれた。その心遣いにはアズミも助かる。

 挨拶を終えたところで、改めてアズミは部屋の中を見回す。

 

「それにしても、どれも綺麗な写真ばかりですね・・・」

「恐縮です・・・ウチのサークルのみんなが聞いたら喜びます」

 

 その男もまた嬉しいのか、頭の後ろを照れ臭そうに掻く。

 アズミはそんな男を横目に見ながら、先ほど魅了された戦車の写真の方を向く。

 

「どの写真も違った魅力があるんですけど、私はこの戦車の写真が一番気に入りました」

「本当ですか?」

 

 アズミの言葉に、男は心底嬉しそうな反応を見せる。

 さらに。

 

「いやー、万人受けするかどうか不安だったんですけど、頑張って撮った甲斐がありました」

 

 最初アズミは、その言葉を軽い気持ちで聞いていたが、数秒も経たぬうちに『ん?』と引っかかりを覚えて、怪訝な顔を男に向けていた。

 その口ぶりでは、まるでこの男がこの写真を撮ったようではないかと。

 

「・・・もしかして、これを撮ったのって」

「あー、はい。自分です」

 

 訊ねると、男はうそぶく様子もなくあっさりと明かす。

 アズミがぽかんとしているのも知らず、男は『あ』と何かに気付いたように声を洩らしてお辞儀をした。

 

「すみません、自己紹介がまだでしたね。写真サークルの、笠守聡(かさもりそう)と言います。どうぞよろしく」

 

 

 

 あの時出会った男が、アズミの心を大きく動かした写真を撮った人だなんて、意外過ぎた。

 そして、あの写真を撮った人が目の前にいるのだから色々と話がしたくなったが、展示室は立ち話をするような場でもなかったので、すぐ近くのカフェスペースに場所を移す。

 

「改めまして、アズミです。先日はどうも・・・」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 アズミの方からも自己紹介をしたことで、お互いに他人ではなくなる。

 そして名前を知ったことで、以前は感じていた遠慮や僅かな警戒心も薄くなった。

 

「驚きました・・・。まさか、あの時のあなたがあの写真を・・・」

「いやー、自分も驚いてます。偶然にも、自分の写真を気に入ってくれるなんて」

 

 本当に驚くべきことだ。あの時の出来事を、アズミは単なる日常の一コマとしか思っていなかったのに、今こうして思いがけない形であの時の男・・・笠守と再会できたのだから。

 

「えっと、自分の写真を気に入ったって言ってくれましたけど・・・アズミさんは戦車がお好きなんですか?」

 

 自分の写真を気に入ったと知った時から気になっていたであろうことを、笠守が訊く。アズミは、一も二もなく頷いた。

 

「好きって言うのもあるんですけど・・・私、戦車道をやってるんです」

「戦車道を?」

「はい」

 

 笠守は、『へぇ~、戦車道を・・・』と感心するように呟く。戦車の写真を撮るような人物なので、もしかしたら戦車道に詳しいのかもしれないし、逆にからきしなのかもしれない。

 だが、アズミは知っている体で話を進めることにする。

 

「さっきの写真を最初に見た時、とても心に響きました。だって、花とか星とかの写真の中に、戦車の写真がドンって構えてたものですから」

「あー、あの配置はみんなで相談した結果なんです。ああした方がインパクトがあるって」

 

 その相談の結果、こうしてアズミの興味を引くことができたのだから、写真サークルの思惑通りに行ったと言っていいだろう。

 そしてここからは、『ただの興味』の話ではない。

 

「それで、実はですね・・・」

「?」

「あの写真の戦車、私が普段乗ってる戦車なんです」

「はぃ?」

 

 アズミの言葉は、確かに笠守には聞こえただろう。

 だが、あまりにも衝撃的すぎるカミングアウトに、笠守の口からは空気が漏れたような声しか出ない。それは、アズミと笠守の出会いの経緯を考えれば仕方ないだろう。

 

「ええと・・・何か、ごめんなさい」

「あ、責めてるわけじゃないんです」

 

 切羽詰まった時は謝っちゃうものよね、とアズミは共感を覚えつつ否定する。その事実を伝えたのは、何も意地悪をするためではない。

 

「私の戦車が写っていたから驚きましたし、何よりも嬉しかったんです」

「?」

「私の乗ってる戦車を、こんなにカッコよく撮ってくれるなんてって」

 

 あの写真を一目見た時、アズミはそう思わずにはいられなかった。

 

「正直、あなたの写真には、一目惚れしたんです」

 

 伝えると、笠守はハッとしたような顔でアズミのことを見る。少し図々しすぎたかな、とアズミは思ったが、それでもその気持ちは伝えておきたかった。それに、あんなにも一目見ただけで心を動かされて、克明に脳裏に焼き付いて離れない。一目惚れでなければ何なのだ。

 

「・・・ありがとうございます。そう言ってもらえたのは、初めてなもので」

 

 照れ臭そうに笑い、頭を下げる笠守。あんなにいい写真が撮れるのに、褒められたことがないとは意外だと、アズミはほんの少しだけ思う。やはり写真の世界も、甘くはないらしい。

 そこで、アズミはふと思い出した。

 

「そう言えば・・・あの日撮ってたモミジの写真、ありませんでしたね・・・」

「あー、あれは部長から『色合いが悪い』ってダメ出し受けちゃって」

「あら・・・」

 

 写真は撮った本人だけが『良い』と思うだけではなく、その写真を見た人にも刺さらなければ駄作になってしまう。

 残念ながら、アズミも良いと思っていたあのモミジの写真はボツ、そして選ばれたのがあの展示されている数々と言うことか。とはいえ、そのおかげでアズミは自分の心を動かす1枚を見つけ、笠守とこうして知り合えたのだから結果オーライだろう。

 

「あのモミジ、私は良いと思ったんですけどね・・・」

「本当ですか?それならきっと、センスありますよ」

「え、そうですか・・・?」

 

 アズミはその笠守の言葉がどういう意味かを訊こうとしたが、それを遮るようにアズミのスマートフォンが電話を知らせる。相手は同じパーシングに乗るメンバーで、アズミは一言断ってから電話に出る。

 

「もしもし?」

『あー、アズミ?ゴメンね、今大丈夫?』

「ええ、まあ・・・大丈夫だけど」

 

 本当は今は少しお取込み中だったのだが、もしかしたら何か緊急の用事でもあるのかもしれない。

 

『実は愛里寿隊長から、今日の模擬戦でちょっと聞きたいことがあるって言われて。悪いんだけど食堂に戻ってきてくれる?』

「分かったわ、すぐ行く」

 

 敬愛する隊長の招集とあらば、行かないわけにはいかない。申し訳ないが最優先事項だ。

 電話を切ると、アズミは笠守に頭を下げる。

 

「ごめんなさい、ちょっと戦車道のことで呼び出されて・・・」

「ああ、大丈夫ですよー。自分のことお気になさらず」

 

 笠守は笑ってアズミを見送る。

 そんな彼にアズミは、踵を返しながら。

 

「それでは、笠守さん。()()

 

 そう言って、アズミは笠守に背を向けて食堂へと早歩きで急ぐ。

 また、と言ったのは、なぜか笠守とはまた会うかもしれないという予感が働いたからだ。それに、笠守の写真を好きになり、こうして名前も知ったのだから、出会いがこれっきりなのも少し寂しく感じる。

 だからアズミは、次の再会をほんのわずかに願っての『また』を告げたのだ。

 そして今は、笠守のことも気になるが愛里寿の呼び出しもある。だから、一体何の話なんだろうなと考えながら、アズミは食堂に向かった。

 

 

 アズミと別れた後、廊下を歩く笠守は、周りに誰もいないのを確認するとガッツポーズをとる。頭の中では『よっしゃあよっしゃあ』と連呼していてお祭り状態だ。

 これだけ喜んでいるのは、もちろん先ほどのアズミと言う女性との再会が原因である。

 あの時、モミジの木の下でキャップを拾ってもらったことは覚えているが、あの時のことはせいぜい『優しい人が落とし物を拾ってくれた』としか認識していなかった。

 しかし、今日になってまた再会できたことは驚いたし、何より自分の写真を気に入ってくれたことがよりびっくりだ。

 

―――正直、あなたの写真には、一目惚れしたんです。

 

 あんなことを言われて、カメラマンとして嬉しくないはずはない。

 写真とは、『じっくり眺めて分かるような魅力』よりも、『一目見ただけで惹きつける魅力』の方が重要視されやすい。だから、アズミの『一目惚れした』という言葉は、文字通りアズミの興味をすぐに惹くことができたということ。カメラマンとして、誇らしいことだ。

 笠守自身、そう言われたことは親しい人以外無かったし、どうしたものかと悩んでいることはあった。だから、ああして自分の写真の魅力が伝わったことがとても嬉しい。

 そしてそれを差し置いても、異性から自分の写真に興味を持ってもらい、あまつさえ褒められるなんてことは男としては悪い気がしない。そんな経験もなかったものだから、ことさら笠守は舞い上がっている。

 

「よし、よし・・・」

 

 笠守は張り切って、サークルへと戻っていく。

 この後は部室で、サークルのブログ用に掲載する写真の編集だが、褒められたから腕が鳴ると、気合が十分入っていた。




どうもこんばんは。
初めましての方は、初めまして。
続けて読んでくださっている方は、どうもありがとうございます。

今回のお話は、アズミの恋物語です。
大学選抜チームの2人目の作品となりますが、最後までごゆっくりと楽しんでいただければ幸いです。

感想・ご指摘等がございましたらお気軽にどうぞ。
それでは、今作でもどうぞよろしくお願いいたします。


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アングル調整

 笠守は普段、外を出歩く時は常に周囲に気を配っている。

 それは自分の身を守るだけでなく、変わったことや面白いものに気付けるようにするためだ。

 

(何かないもんかね・・・)

 

 カメラマンという性質上、観察眼や注意力は自然と鍛えられる。加えて好奇心まで養われているので、常日頃から周りの目新しいものや新鮮なものを探すようになった。笠守がカメラにハマった原因である父も、『見慣れた風景でも必ず何か面白いものはある』と言っていたので、今や通い慣れた通学路でも探索は欠かさない。

 

「大分、色がついてきたな~」

 

 街路樹のイチョウを見上げる。夏場は鮮やかな緑色だったが、秋が深まる今は黄色が混じり黄緑色へと姿を変えている。これを見ると、秋が来たんだなぁと思えるまさに風物詩だ。

 そんなイチョウの葉の隙間から降り注ぐ陽の光は綺麗だが、カメラに収めるのはやめておく。先日、ツートンカラーのモミジの写真にダメ出しを喰らったのを覚えていて、このイチョウもあまり色が良くないと感じたからだ。

 

「・・・モミジか」

 

 思い出すのは、その微妙な色のモミジの写真のことだ。

 あの緑から赤に変わりつつあるモミジの写真は、『色合いが良くない』と部長からダメ出しを受けたが、『着眼点はいい』とも評価された。

 その時笠守は、ちゃんとしたモミジの写真を撮り直そうと、心に決めた。失敗したままでは後味が悪いので、ぜひとも色鮮やかなモミジをカメラに収めたいと思う。

 

―――私は良いと思ったんですけどね・・・

 

 そして、あのモミジの下で出会ったアズミという女性の言葉が脳裏をよぎる。

 笠守だけが良いと思っていたあのモミジを、アズミもまた同じように良く思ってくれていた。それだけで、自分と同じ感性を持っているだけで親近感を覚えるものだし、同時に嬉しくもなる。

 そのことを思い出して、笠守の口が自然とにやけてしまうが、傍から見ると不審者な感じがしてならない。もう一度イチョウを見上げて、気持ちを切り替えさせる。

 

「・・・お?」

 

 そうして観察を続けつつ歩いていると、信号の傍に1人の女性を見つけた。それだけならまだしも、その女性の後ろ姿にはどこか見覚えがある。ウェーブがかった明るい茶髪のミディアムヘアーは、つい最近見た記憶があった。

 

(・・・アズミさん?)

 

 自分の記憶を掘り当てる。まさに昨日再会し、写真を褒めてくれたアズミの姿と酷似していた。

 しかし、確証はない。いきなり話しかけて実は赤の他人なんてことになれば、恥ずかしいにもほどがある。それにまだ、多少意気投合しただけでそこまで親しい関係とも言えないので、どこかおこがましくもある。

 だから、笠守は少しだけ距離を保ったまま、信号が変わるのを待つ。

 

「あれ、笠守さん・・・?」

 

 だが、そこで声を掛けられた。その出所は、ちょうど自分の右。その明るい茶髪の女性からだ。

 笠守が、そちらに目をやると。

 

「・・・アズミさん」

「はい、おはようございます」

 

 今度ばかりは、間違えようがなかった。

 

 

 

「アズミさん、大学の近くにお住まいだったんですかー」

「ええ。もしかしたら、どこかで知らないうちに会っていたかもしれないですね」

 

 折角こうして顔を合わせたので、アズミとは一緒に大学へ向かうことになった。

 顔と口調は平然としていても、内心では焦りっぱなしである。何せ、写真サークル以外の女性、それもまだまだ親しいとは言い切れない人と一緒に歩くなど初めてだったから、緊張するなという方が難しい。

 とはいえ、お互いに住んでいる場所が近かったというのは少し驚きだ。アズミの言う通り、面識がなかっただけで以前も見かけたことがあったかもしれない。具体的な住所を訊く度胸は無かった。

 

「「・・・・・・」」

 

 そこで会話が途切れる。こんな時、笠守は『何とかしないと』と余計に焦るタイプだった。

 

(何を話すべきか・・・)

 

 一緒に歩いているのが写真サークル、あるいはカメラに興味がある人であれば話題には事欠かない。だが、アズミは昨日の話をした限りではどちらでもないように感じるので、迂闊に話せない。

 どうしたものかと悩んでいると、笠守の頭にはらりと何かが落ちてくる。摘まみ上げたそれは、落ちてきたイチョウの葉だった。

 

「もう、すっかり秋らしくなりましたね」

「・・・そうですね~」

 

 そのイチョウの葉を見て、アズミが感慨深そうにつぶやく。話の種が思わぬところにあった。

 まだ黄色ではないが、こうして色付く葉とは秋らしさを強く感じることができる。ニュースなどでも、度々秋の深さを表現するのに紅葉などは引き出されるし、季節の移り変わりを表現する代表格のようなものだ。

 そんな季節が変わっていく様子を見るのが、笠守は好きだった。

 

「アズミさんは、イチョウとかお好きですか?」

「え?」

 

 折角話題になりそうな話になったのだ。そのチャンスを生かそうとアズミに訊いてみると、話を振られたのが意外だったのか少し驚く。しかし、少しだけ考えるとふわりと笑った。

 

「そうですね・・・割と好きです。こう、秋っぽさを感じられますし、色鮮やかなのも綺麗ですから」

「本当ですか?自分も同じ感じですー」

「あら、そうなんですか?」

 

 同じと笠守が言うと、アズミは少し嬉しそうに声を弾ませる。

 共感や親近感とは、自分の価値観・考えが誰かに理解してもらえることから嬉しくなったり、安心したりする。だから今、笠守もアズミも、それぞれ相手に心を開いて安心感を抱いていた。そして、2人の間にある見えない空気が緩んで緊張感がなくなる。

 

「だからこの間も、モミジの写真を?」

「はい。結果はアレでしたが」

 

 イチョウのみならず色付く葉が笠守は好きだ。

 だからこそ、先日のようにモミジを撮りに行ったが、OKは出ず。笠守はもう苦笑することぐらいしかできない。

 

「あ、そうだ」

「?」

 

 すると、アズミが何かを思い出したように声を上げて、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「昨日、笠守さんの写真を見て・・・私もちょっと、写真に興味ができたんです」

「え?」

 

 スマートフォンを操作しながらのアズミの言葉に、笠守の心が強く反応する。

 自分なんかの写真で興味を持ってもらえたのなら、それ以上に嬉しいことは無い。加えて、アズミは笠守の写真に『一目惚れ』したと言っていたのだから、まさに身に余る光栄と幸せだ。

 

「それで昨日の帰りに、大学にいた野良猫を撮ってみたんですけど・・・」

 

 スマートフォンの画面を、アズミが見せてくる。

 その画面には確かに写真が表示されていたが、写っているのはブレている茶色っぽい何かだ。そのシルエットからかろうじて猫と判別できる程度で、恐らくはシャッターを切った瞬間に動いたのだろう。おまけに、植え込みの中らしいのか若干周りが暗い。

 

「どうも上手くいかなくって。写真を撮るのにそこまでこだわったことが無いから・・・」

 

 しょんぼりと笑うアズミ。笠守の写真に触発されたはいいが、あまり出来が良くなくて残念なのは分かった。

 そんなアズミを見て笠守は、力になりたいと切に思う。

 不器用なりにもアズミが写真の世界に足を踏み出そうとしていて、しかもそのきっかけは笠守の写真だ。だからこそ笠守は、アズミが写真に挑戦しようとしているのを見て、その手助けがしたいと考えた。

 

「えっと、アズミさんは写真を撮ることってそんなに無かったり?」

「ええ、まあ・・・。もう、『ちょっといいかも』って思ったものをサッと撮るぐらいしか」

「あー・・・。それだったら、最初は動かないもの・・・例えば建物とか花とかを撮って慣れるのがいいかもしれませんね。正直、猫だけじゃなくて動物を撮るのは意外と難しいんです」

 

 一部を除いて動物は動き回るものが多く、中でも猫は割と上級者向けだと笠守は思っている。家猫のようにのんびりとしているのならいいが、野生に近い活発な猫は警戒心が強いため動きが俊敏だ。だから動きを読めなくて、シャッターを切るタイミングも掴みにくい。

 この大学にいたという猫も恐らくは野良猫なので、警戒心が強い方だろう。人慣れしていないようではなお難しい。

 だから、まずは静物を撮って感覚を掴むのが練習になるのだ。

 そんな笠守の説明を聞いて、アズミは『なるほど』と感心したように息を吐く。

 

「じゃあ、笠守さんも動物を撮るのは得意だったり?」

「いやー・・・自分もそんなに得意じゃないです。サークルにそう言うのが得意な奴はいますけど」

 

 所属する写真サークルに、動物が好きでそれを専門にする部員が1人いた。そいつにかかれば、全力疾走する猫を撮るのも朝飯前らしい。

 

「得意不得意があるんですか。サークルの中でも」

「まー、それぞれの性に合ったタイプってのがありますから。不得意分野はホント、そんな大したものは撮れないって感じです」

「へぇ~・・・なら笠守さんにも、得意な分野とかが?」

 

 言われて笠守は、考える。自分が苦手とする写真はさっき言ったように動物だが、得意な分野を訊かれると少し悩む。動物を除けば、割と色々撮ってきた気がした。

 歩きながら、自分がこれまでどんな写真を撮って来たかを思い出す。

 その中で、『思い出したくないこと』にも触れかけるが、それについては考えないで答える。

 

「基本的に雑食ですけど・・・樹とか花とかの自然物が多めですかね。あとは戦車か」

「なるほど・・・」

 

 そうこうしているうちに、校門を通って大学の敷地に入る。会った当初は焦ったものだが、気付けば自然とアズミと会話することができていたし、あっという間だった。

 

「アズミさん、戦車道やってるって言ってましたけど、今日もやるんですか?」

「はい、基本毎日。週に1日休みがある程度です」

「うわー、大変そうですね・・・」

「でも、もういつものことですから」

 

 全く疲れも感じさせない笑みを浮かべるアズミ。

 戦車道については、笠守はどの戦車を見てどの機体かが分かるほどには詳しくない。とはいえ、たまに写真に撮るのでそこそこ戦車道については知っているつもりだ。だから、戦車に乗るのは大変だし疲れることも分かる。

 そんな戦車に乗ることを、アズミは『いつものこと』と笑って流す。それを笠守はすごいと素直に思った。

 

「それじゃ・・・私はこのまま戦車道なので」

「分かりました。頑張ってくださいね」

 

 朝から戦車に乗るアズミは、通常の校舎とは別にある戦車のガレージへ向かうらしい。笠守はそれとは別方向の校舎へと向かい、講義に臨む。

 だから、そこでお別れになるのだが。

 

「あ、そうだ笠守さん」

「?」

 

 アズミに呼び止められて、笠守は足を止めて振り返る。

 

「笠守さんって、歳はおいくつなんですか?」

「?21ですけど・・・」

 

 笠守が答えると、『あら』とアズミがふわっと笑う。

そこで、何を言わんとしているのかに気付いた。

 

「私と同じですね。それなら、次会った時はお堅い感じは無しにしませんか?」

 

 案の上の申し出だ。

 お堅い感じではないということは、敬語は無し、そこそこに仲のいい感じでということだろう。

 つまりアズミは、それだけ笠守のことを信用しているということ。そして、これまでのように一歩引いた形ではなく、対等な関係でありたいということでもある。

 

「・・・分かりました」

 

 そんな提案を、笠守は無下にはしなかった。

 

「それじゃ、また」

 

 頷くと、アズミは安心したように微笑み、ガレージのある方へと向かっていった。

 その後ろ姿を、笠守はしばしの間見守る。

 

「・・・はー」

 

 妙な息が口からついて出る。

 昨日の今日で、こんなにも早くアズミとまた会うことができるとは思わなかった。ましてや、先ほどのような申し出を受けるなんて頭を掠めたことさえない。

 何より嬉しかったのは、笠守の写真に影響を受けて、アズミがカメラに挑戦したということだ。その写真の出来がどうであれ、自分の写真がきっかけとなって誰かが写真に挑戦してくれるのは、とても心が満たされるような感覚だ。

 

「いいね、この気持ち」

 

 朝から実に爽快な気分だ。

 笠守は鼻歌を歌いながら、ガレージとは反対の方向にある校舎へと向かう。

 

 

 穏やかな草原に、重い金属音が響き渡る。時には腹の底に響くような衝撃を交えた砲撃の轟音が空気を揺らす。

 アズミの乗るパーシングは、そんな草原を疾走する。足元に敵チームの砲撃が着弾しようとも、速度を落とすことは無く前進し続ける。

 

「撃て!」

 

 アズミが鋭い指示を放つと、砲手の真庭(まにわ)がトリガーを引く。戦車の中が激しく揺れ、砲撃の音が車内を支配する。アズミはその音も振動も気にせず、ペリスコープで相手の戦車が撃破されるのを確認した。

 

「次、装填急いで」

「はい!」

 

 装填手の美作(みまさか)が返事をすると、砲弾を持ち上げる。敵戦車の撃破は確認できたが、まだ相手チームの車輌は残っている。気を緩める場合ではないのだ。

 そして、アズミのパーシングの右隣に、2輌のパーシングが並ぶように走る。その車体には、それぞれ赤い四角形と青い三角形のパーソナルマークが描かれていた。

 

『アズミ、無事?』

「ええ、大丈夫よ」

 

 無線から聞こえてきたのは、この大学選抜チームの副官を務めているメグミの声だ。

 

『こちらルミ、今1輌撃破したわ。これで多分、向こうは隊長だけね』

 

 続けて滑り込んできたのは、同じく副官のルミの報告。

 彼女たちが属する大学選抜チームは、メグミとルミ、そしてアズミの3人の副官がいる。3人はそれぞれ中隊を率いており、隊長のサポートも務めている。それは全国から選りすぐりの戦車乗りを集めた大学選抜チームでも、並大抵の者にはできないことであり、アズミたちの実力が高いことを証明していた。

 

『よし、バミューダアタック・パターンCを仕掛けるわよ!』

「『了解!』」

 

 そんな3人は、メグミの言う『バミューダアタック』という連携攻撃を仕掛けることから、しばしば『バミューダ三姉妹』と並び称されることがある(なお、3人の間に血縁関係は存在しない)。

 その連携攻撃のパターンは多く、戦闘する場所や陣形などの状況に応じて使い分ける。今から仕掛ける『パターンC』は、3方向から回り込んで囲み一点を攻撃するパターンで、3輌でタイミングを合わせて方向転換できるかどうかがミソだ。

 ペリスコープを覗くと、既に標的の姿が視認できる。

 漆黒に染まるその戦車は、巡航戦車・A41センチュリオン。敵チームの隊長車であり、この大学選抜チームの隊長車でもある。

 

早島(はやしま)、手筈通りにね」

「了解!」

「装填完了、いつでも大丈夫です!」

 

 アズミの言葉に、操縦手の早島は前を向いて操縦桿を握ったまま答える。さらに、美作が報告をすると、アズミは頷いた。

 試合前の打ち合わせでアズミのパーシングは、バミューダ三姉妹のリーダー格であるメグミの合図で増速し、左から標的に回り込む役割を負っている。その合図がいつ来てもいいように、早島は操縦桿を握り、美作は装填を終わらせた。

 だが、展開した後の発砲するタイミングは各車輌の車長、つまりアズミに委ねられている。アズミもまた気を引き締めるべき場面だ。

 

『増速!』

 

 メグミの指示が車内に響く。

 直後、早島がクラッチとアクセルを踏んでシフトチェンジ、加速する。車内が揺れるが、アズミたちは気にも留めない。

 スピードが上がって行き、ペリスコープから見えるセンチュリオンへと近づいていく。

 

『今!』

 

 メグミの合図。

 瞬間、早島が操縦桿を倒して、進路を右に変える。右を走るメグミとルミのパーシングは反対に左へと向きを変えるが、アズミのパーシングにはぶつかりもせず華麗に交差。センチュリオンを囲みにかかる。

 

「砲撃用意」

 

 アズミが静かに告げると、真庭は照準器を覗き込み、トリガーに指をかける。

 あのセンチュリオンに乗っているのは、大学選抜チームの隊長・島田愛里寿。天才少女と謳われる島田流の後継者、エリート集団の大学選抜を束ねる絶対的なカリスマを持つ隊長。一言でいえば、『すごい人』だ。

 さらに、彼女の手足たるセンチュリオンを動かす乗員は、エリート集団の大学選抜でもトップクラスの技量を誇る。そんなチームを相手に気を抜けば、いつの間にか撃破されるなんてこともあり得る。

 

「砲撃準備よし!」

 

 真庭が報告する。

 パーシングは、センチュリオンの左側に回り込むようにドリフトをしており、身体が横に押されるかのよう傾く。そのセンチュリオンは、メグミとルミのパーシングが回り込んだ右方向に砲塔を旋回している。

 だが、メグミたちの心配をしている暇はない。今は気を抜いたら撃破される、やるかやられるかの状況だ。

 

「撃て!」

 

 アズミが指示を飛ばし、迅速に真庭がトリガーを引き、発砲する。

 衝撃で車内が揺さぶられると同時に空の薬莢が吐き出され、放たれた砲弾はセンチュリオンめがけて突っ込む。

 だが、センチュリオンはまるで車体に目がついているように、突然超信地旋回をして車体の向きを変え、砲弾の軌道から外れた。

 

「躱された!」

 

 見た真庭が焦る。

 大学選抜チームが今の体制になり、愛里寿のセンチュリオンと戦ったことはこれまで何度もあったが、あのセンチュリオンを相手に無駄撃ちは大きな痛手だと分かっている。

 冗談のような話だが、愛里寿とそのセンチュリオンの乗員は、弾を躱すと同時にその軌道から砲撃した車輌の位置を計算し、次弾装填が終わるまでの間に回頭して反撃し確実に撃破してくる。神業と言ってもいいほどだ。

 しかし、そんなセンチュリオンを相手に、アズミたちも無謀な戦いを挑んだわけではない。

 バミューダアタックは本来、アズミたち3人のパーシングで協力して敵を翻弄しつつ撃破する戦法だ。それはもちろんセンチュリオンに対しても有効であり、いつもこの連携攻撃を仕掛けている。

 今の状況もまた、大方狙い通りだ。

 

「メグミ、ルミ!お願い!」

 

 アズミが声を張り上げる。

 一瞬でもいい、アズミの方へ注意を引き付けて、反対から回り込むメグミとルミが撃破しやすくするのも狙っていた。もちろん、最初から撃破できればなお良いのだが、それができない今は二の段に賭けるしかない。

 一方センチュリオンは、ロックオンしたように砲身をアズミのパーシングに向けて、発砲。命中し、1発で白旗判定になった。

 

「お願い・・・」

 

 擱座したパーシングの中から、アズミは試合の行方を見守る。

 だが、センチュリオンは異常な速さで回頭し、今度はルミのパーシングを狙いにかかる。その直後にルミのパーシングが発砲するが、センチュリオンは砲塔の向きを固定したまま車体だけ超信地旋回し砲弾を避けて砲撃。ルミのパーシングも撃破した。

 

「後はメグミさんだけです・・・」

 

 傍で同じように戦いを見ている装填手の美作が呟く。アズミは、固唾を飲んで見守る。

 だが、メグミのパーシングはここ最近でも大分力が伸びてきている。彼女たちならできると、アズミたちは信じていた。

 そんな彼女のパーシングは、アズミとルミの稼いだ時間を無駄にしまいとセンチュリオンに接近し、確実に撃破を狙おうとしている。

 やがてセンチュリオンがメグミのパーシングに狙いを定めようとしたところで、メグミのパーシングが発砲する。その軌道は、間違いなくセンチュリオンを捉えていたように見えた。

 だが、センチュリオンはわずかに前進して砲弾を避ける。

 そしてセンチュリオンの砲もまたメグミのパーシングを捉えており、躊躇なく砲撃して命中。白旗が揚がった。

 

『Bチーム、全車輌走行不能!Aチームの勝利!』

 

 審判係の通信が入り、アズミたちの敗北が知らされる。

 それを聞くと、ずっと張りつめていた戦車の中の空気が緩んだ気がした。負けたのが嬉しいわけではないが、試合中はずっと緊張感を持っていたので無意識に疲れが溜まっていたのだ。

 

「惜しかったですね・・・」

「やっぱり隊長も一筋縄じゃいかないなぁ」

 

 砲手の真庭、通信手の鴨方(かもがた)が肩を回しながらぼやく。分かっていたが、やはり愛里寿は強い。島田流の後継者、天才少女の名は伊達ではないのだ。

 

「でも、最近はもっと磨きがかかってるって言うか・・・」

「そりゃ、やっぱり高校生に負けたからだろうね」

 

 美作と早島の言葉に、アズミは頷く。

 今年の8月31日。大学選抜チームは大洗女子学園・・・と言うより高校戦車道連合と試合を行い、僅差で敗北を喫した。

 その試合が行われた経緯には未だ蟠りが残るが、大学生のアズミたちが高校生に負けてしまったことは変わらない。そして、その敗北は少なからず彼女たちのプライドに障った。

 大学選抜に所属するメンバーは皆、長く戦車道を続けてきて、戦車乗りとしての腕を見込まれスカウトされた精鋭だ。それでも彼女たちは驕ることなく『選ばれた者』という自負を胸に、練習を重ねてきた。その結果、社会人チームにも勝利できるほどの実力を持っている。

 だからこそ、その練習と努力の積み重ねの末に、高校生に負けたことを看過できていない。

 その敗北に対する悔しさが、大学選抜チーム全体の意欲を高め、練習の激しさを増している。今では全体的に、大学選抜の練度は上昇傾向にあった。

 

「それに、あの西住流にしてやられたんだもの。なおさら悔しいわ」

 

 ただでさえべらぼうに強い愛里寿がより高みを目指している理由を、アズミを含め大学選抜の全員は分かっているつもりだ。

 あの大洗連合との戦いで、愛里寿は島田流と双璧を成す流派・西住流の姉妹と戦い、そして負けた。

 それは島田流として、(飛び級とは言え)大学生として、何より戦車乗りとして、当然ながら無視できない敗北だ。だから愛里寿も、その敗北を成長の糧として、強くなろうと練習にも真剣に励んでいる。

 そのような背景があるから、今のセンチュリオンはほとんど誰にも手出しができないほど強くなっていた。

 

「さて、そろそろ反省会に行きましょうか」

『はーい』

 

 話はそれくらいにして、とアズミが仕切る。

 他の乗員が降りる準備をしている間、アズミはキューポラから身を乗り出して戦車の様子を確かめる。

 

「結構やられちゃったわね・・・」

 

 車体には土ぼこりや掠り傷ついていて、さらにはセンチュリオンの砲弾がめり込んでいる。痛々しい有様だが、同時に誇らしくも思う。それだけこのパーシングが奮戦した証だし、いわば勲章のようなものだ。

 そして視線を戦車から上げると、練習場外の林が見えた。その近くには、敷地を区切るフェンスもある。

 

(・・・彼は、今日も撮っていたのかしら?)

 

 奇妙な出会いを果たした、写真サークルの笠守という男。

 アズミが一目惚れした、あのパーシングの写真をきっかけに交流を始めた男だが、戦車の写真を撮るらしい彼は今日も来ているのだろうか。

 試合中は考えなかったが、落ち着いた今そのことを思うと、妙に穏やかな気分になる。

 

「アズミさん、どうかしましたか?」

「あ、ううん。何でもないわ」

 

 早島たちは既に戦車を降り、アズミを見上げていた。物思いに耽っていたのを隠しつつ返事をすると、安心したのか早島たちは反省会をする会議室へと向かう。

 アズミも戦車を降りて、彼女たちの後を追おうとしたが、そこでふと足を止めた。

 

「・・・・・・」

 

 改めて、パーシングを見上げる。

 掠り傷や土ぼこり、めり込んだ砲弾は、痛々しくも試合の激しさを物語り、無機質な鉄の車体は近づいてみると威圧感を醸し出していた。

 そんなパーシングを見てアズミは、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出す。

 そして、カメラ機能を立ち上げた。

 

「こんな・・・感じ、かしら・・・」

 

 ただ真横から撮るのではなく、下から見上げるようなアングルで撮ると良いかもしれない。アズミはそう思い、身体を少し屈めてカメラの向きを調整する。

 

―――最初は動かないもの・・・例えば建物とか花とかを撮って慣れるのがいいかもしれませんね。

 

 頭をよぎるのは、今朝の笠守の言葉。

 あの時アズミが写真を見せたのは、別に何かを狙ったわけでもない、単なる雑談のつもりだった。笠守の写真に興味を持って、それから自分も撮ってみようかなと、軽い気持ちであの猫の写真を撮っただけ。それ以上の気持ちなんてなかった。

 だが、それでも笠守は助言をしてくれた。そこにどんな理由があったのかは知らないが、それを聞いたまま活かさないのは、アドバイスを受けた身としてアズミも失礼だと思う。

 

「・・・っ」

 

 画面をタップし、小気味よいシャッター音が響く。

 体を起こして、撮った写真を確認する。空は丁度晴れていて、戦車を見上げる感じのアングルが重厚感を表現できているし、傷やほこりもパーシングが果敢に戦ったことを表していると思う。

 

「・・・初めてね、こんなの」

 

 こうしてアングルや被写体のイメージを意識して、写真を撮ること。それは、アズミの記憶している限りでは無いと思う。スマートフォンのアルバムを見ても、やはりこういう『こだわり抜いた1枚』的な写真は無い。

 今、パーシングの写真を撮ったのは、笠守のアドバイスもそうだが、アズミがこのパーシングを『良い』と思ったからだ。

 もしも展覧会などに出展するなら、自分の観点だけで撮るのはダメだと笠守のモミジの写真で理解している。しかし、これはあくまで自分の趣味で撮っただけのものだ。自分の気持ちを優先していいだろう。

 

「アズミさん?」

 

 その時、声を掛けられた。

 慌ててスマートフォンを仕舞って振り返ると、真庭がキョトンとした顔で立っていた。

 

「真庭、どうしたの?」

「いえ、戦車の中に帽子を忘れてしまって・・・アズミさんはどうしたんですか?カメラなんて・・・」

「私?私は・・・ちょっと写真を撮ってたの」

 

 別にそれ自体は隠すことでもないので素直に明かす。

 だが、真庭の疑問は晴れないらしい。

 

「写真ですか・・・何だか珍しいですね」

「・・・そうね。でも、何か『良い』って思ったのよ」

「はぁ・・・」

 

 正直、アズミはこのパーシングを撮った理由は、それを『良い』と思ったからでしかない。それに、これまでこうして戦車の写真を撮ったこともない。だから、真庭の反応は至極当然だ。

 

「・・・SNSにアップとかはやめてくださいね」

「分かってるわよ、それぐらいは」

 

 真庭は深く考えるのを止めたのか、忠告だけをする。アズミだって、その辺についてはもちろん考えているし、そのために写真を撮ったわけではないのだ。

 

(・・・そう言えば)

 

 納得したらしい真庭は、『反省会、遅れちゃいますよ~』と言いながら戦車の中を覗き込む。

 その姿を見上げながら、アズミは思う。

 

(彼は・・・いつも何を考えて写真を撮ってるんだろう)

 

 どうして笠守は、写真という趣味に目覚めたのだろう。

 どうして笠守は、戦車を撮ろうと思ったのだろう。

 そして笠守は、何を思って写真を撮っているのだろう。

 それが気になったアズミは、次に会った時に訊いてみようかなと、少しだけ考えた。



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 1度言葉を交わし、素性を明かし合えば、次に会う時は気負わず話しかけられる。

 

「おはよう、アズミ」

「ええ、おはよう」

 

 そんなわけで笠守は、今朝も昨日と同じ交差点でアズミと出会う。ただし、昨日の別れ際に言った『お堅い感じは無し』という言葉を忘れずに、本来の砕けた口調で話しかけた。

 それもあってか、2人の間に緊張した空気はほとんどなく、そして自然と大学へ向けて並んで歩き出す。

 

「笠守は、いつもこの時間なの?」

「ああ。アズミも?」

「そうね。だから多分、知らないうちに会ってたのかも」

「あー、確かにそうかも」

 

 普段見かける人も、面識が無ければ赤の他人で興味の対象外。しかし、親しい人となればその姿を自然と探すようになるものだ。だから昨日も、笠守がアズミのことをすぐに見つけられたのかもしれない。

 

「あ、そうそう」

 

 そこで何かを思い出すように、アズミがスマートフォンを取り出す。

 

「昨日、笠守が言ってくれたじゃない?最初は動かないものを撮って慣れた方が良いって」

「・・・ああ、言ったな」

「でね、昨日試しに戦車を撮ってみたのよ。試合の後で」

 

 アズミはスマホを操作しながら何でもないように言うが、笠守は意表を突かれた。

 昨日のアドバイスは、写真好きとして放っておけない、いわば親切心のようなものの表れだ。

 しかし、まさか本当に実践してくれるとは思わなかった。

 そして、自分の言葉を真摯に受け止めてくれたことを同時に嬉しく思う。

 

「こんな感じなの」

「どれどれ・・・」

 

 笠守の気持ちも知らず、アズミはスマートフォンを見せてくる。

 嬉しい気持ちはほどほどにその写真を見ると、写っていたのは戦車の写真。

 だが、ただ横から撮ったのではなく、下から見上げるアングル。高く聳える壁のような威圧感、そして鉄の車輌特有の重量感を出している。無傷ではなく、傷跡や土埃がついているところが逆に味があった。

 

「・・・すごいな」

「え?」

 

 その写真を見て、自然とそんな感想が口から洩れた。

 

「アズミ、本当にカメラ初心者?全然そんな感じがしないなー・・・」

 

 そう言われるとは思っていなかったのか、アズミはキョトンとした顔になる。

 

「本当?お世辞とかじゃなくて?」

「ああ、本気も本気。構図は悪くないし、戦車の迫力も伝わってくる。うん、すごく上手い」

 

 笠守は、感心するように、そして興味深く頷く。一方でアズミは照れ臭いのか、はにかんで頬を掻いていた。

 

「けど、強いて言うなら、逆光かな」

「え?」

「これ、太陽の光がちょっと入り込んでて、戦車が若干見にくくなってるだろ?それがちょっと、気になるかなーって」

 

 この写真を撮ったのはお昼前。丁度太陽が戦車の真上辺りにあって、戦車を下から見上げる形で撮ってしまったから、陽の光で若干戦車が見えづらい。そこが、笠守は気になった。

 

「まあ、モノによっては逆光があればむしろ絵になるってのもあるけど。うん、やっぱり上手いと思う、この写真」

 

 スマートフォンを返しながら、笠守は笑う。それをアズミは、評価されて嬉しいのか小さく笑って受け取った。

 

「あのモミジを良いって言ったのもそうだけど、やっぱりセンスあると思うな。アズミは」

「そうかしら・・・?」

「ああ。モミジもだけど、王道や普通とは少し違うものに注目するってのは、結構重要だからな」

「へぇ~・・・本当にそうなら、嬉しいわね」

 

 街路樹のイチョウの葉が落ちるが、色はまだ中途半端に緑。とはいえ黄色に近づきつつあるので、秋の風物詩たる黄色のイチョウになるのももうすぐだろう。

 

「良かった、プロの笠守に褒めて貰えて」

「プロだなんて。俺はただ、写真を撮るのが好きなだけだし」

 

 それは決して謙遜などではない。自分よりもカメラの腕がいい人なんてこの世にごまんといる。そんな人物と比べれば自分などペーペーだ。

 

「でも、あんなにいい写真が撮れるんだもの。私からすれば十分プロよ、プロ」

「それは褒めすぎだなー・・・」

 

 その写真とは、間違いなくあの展示会のパーシングの写真を指しているだろう。

 笠守としては、べた褒めされるのは慣れていないのでこそばゆいが、アズミの称賛の気持ちだけは受け取っておく。

 

「でも、そう言ってもらえると嬉しい。ずっとカメラを続けてきてよかった」

「ずっとって・・・どれぐらい?」

「小学校2~3年ぐらいからだから、大体12年ってとこか」

「へー、すごい・・・」

 

 アズミの反応も、予想はできた。周りからも『よくそこまで続けられるな』とは何度も言われてきたし、笠守も『違いない』と肩を竦めて苦笑するまである。自分でも、ここまで長続きしているのが驚きだ。

 

「どうしてカメラを始めようと思ったの?」

「元々父さんが趣味でカメラやってて。それ見て『俺もやってみようかなー』って」

「結構軽いノリなのね・・・親の影響ってことかしら?」

「まー、そんなところだな」

 

 道路を車が行き交う。珍しいものを常日頃から探そうとしている笠守だが、たとえ珍しい車が走っていても、今撮るのは時間的に厳しい。それに今はアズミと歩いている最中だから、不用意にカメラを構えるのも失礼に当たるだろう。

 

「そう言えば笠守」

「ん?」

「あのパーシングの写真を見て思ったんだけど、昨日とかも戦車の写真を撮ってたりしたの?」

 

 アズミが見た笠守の写真は、件のパーシングの写真1枚だ。そして笠守自身でも、『よく戦車を撮る』と言っていたのでそれを信じるのも当然だろう。

 

「いや、戦車はここ最近あまり撮ってないなー・・・時間が合わなくて」

「そうなの?」

「ああ。スケジュールとかが合えば戦車の写真は撮りに行くんだけど。だから昨日も撮ってないし、今日もちょっとな・・・」

「あら、そうだったのね・・・でも、そういう事情があるなら仕方ないわ」

 

 アズミが少し肩を落とす。もしかしたら、写真を撮ってくれるのを期待していたのかもしれない。自分の予定を調整して、近い内にまた撮りに行こうかなと頭の中でスケジュール帳を開く。

 やがて、アズミと2人で大学の門を通り抜ける。昨日もそうだったが、アズミと歩いていると、なぜか大学まであっという間に感じる。

 

「アズミは今日も戦車道?」

「ええ、もちろん」

「ホント、大変そうだな・・・」

「もう慣れちゃったわ」

 

 苦笑するアズミだが、やはり笠守はすごいと思う。戦車に乗るのが大変なのは、戦車を撮っている身の笠守には理解できる。無論、それだけで全て分かったつもりではないが。

 

「それじゃあ、私はこっちだから」

 

 そして昨日と同じ場所で、アズミは笠守と別れようとする。

 しかし笠守は、そのアズミの戦車道に臨もうとする凛とした表情を見て、妙な『寂しさ』を覚える。だが、それもアズミと別れることを名残惜しく思っているからだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

「・・・アズミ」

「何?」

「アズミって、いつも昼ご飯とかどうしてる?」

 

 意外な質問だったのか、アズミは目をぱちくりとさせる。が、すぐに立ち直って『いつも食堂よ』と答えた。

 

「ならさ・・・俺も食堂だし、よかったら今日一緒にどう?」

「え?」

 

 その申し出は、アズミにとってはさらなる不意打ちだったらしく、今度ばかりは声を上げずにはいられなかったようだ。

 その反応に、笠守の中で『しまった』と後悔が湧いて出てくる。アズミとは砕けた調子で話せているが、知り合ってから時間はまだそこまで経っていない。なのにいきなり昼食に誘うのは踏み込みすぎたか。

 頭が冷静になって、口から言い訳がましく言葉が出てくる。

 

「あ、いや・・・誰かと約束してたんならいいんだ。気にしなくても―――」

 

 ところがアズミは、その言葉の途中でふっと笑い。

 

「・・・いいわよ、一緒に食べましょう?」

 

 言おうとした笠守の謝罪の言葉が喉に落ちる。

 そして聞き間違いじゃないかと、恐る恐るアズミに再確認した。

 

「いいのか?」

「ええ、もちろん」

 

 柔らかい笑みと共にその言葉を聞いて、笠守は内心で胸をなでおろす。突飛な提案かと不安だったが、こうして受け入れてもらえたことが一安心だ。

 そして待ち合わせの時間と場所を決めてから、笠守はアズミと別れる。

 教室へ向かうまでの間に笠守は、自分の言動を反省した。

 

(ちょっと踏み込みすぎだったな・・・)

 

 いきなり昼食に誘ったのを、冷静になった今ではそう思う。下手をすれば、一気に関係が他人に逆戻りの可能性だってあった。

 だが、アズミと別れてしまうのを名残惜しく思ったのも事実だ。

 今朝のように、アズミと登校して色々と話をするのは楽しかったし、自分のカメラの腕を褒めてくれたこと、アズミが自分に感化されて写真の世界に踏み入れようとしていることは嬉しい。

 だからと言うわけでもなく、アズミには自然と惹かれるような魅力を感じたのだ。

 その理由は、笠守自身でも上手く説明ができない。

 自分の写真を褒めてくれたからか、それともアズミが自分の撮った写真に乗っていたなんて奇異なつながりだからか。

 自分の気持ちが自分で分からないまま、笠守は教室へと向かう。

 ただ、昼に会ったら突然誘ったことをもう一度謝ろうと決めた。

 

 

 

「ふぅ・・・疲れましたねぇ・・・」

 

 戦車道の訓練が終わり、真庭が髪を梳かしながら息を吐く。季節が変わって涼しくなっても、戦車の中はまだ少し蒸し暑い。試合中は服の中が蒸れるし、そのままなのは乙女的にも見過ごせない。なので自然と、訓練の後は自然とシャワーを浴びるのが習慣づけられたし、それは試合の後の心安らぐひと時でもあった。

 

「隊長も容赦ないよねぇ」

「でも、手を抜かれるのもナメられてる感じがして嫌ですよ」

 

 真庭の隣で、額に浮かんだ汗を拭いているのは鴨方。

 模擬戦の件だが、今日もアズミのパーシングは愛里寿のセンチュリオンにしてやられた。負け戦を挑んだわけでは決してないが、何をどうやっても勝算が見えない。ますます、あの夏の試合で(2輌がかりとは言え)愛里寿を撃破した西住姉妹が恐ろしい。

 

「一体どうしたら、隊長に勝てるのやら・・・」

「それが簡単にわかったら苦労はしませんって・・・」

 

 完全無欠と言わんばかりの愛里寿を前に、凡人の思いつく策など通用しない。それでも真庭や鴨方たちは、自分たちの研鑽を考えつつも愛里寿をぎゃふんと言わせる作戦を考えていた。

 

「鴨方、真庭、お疲れ」

 

 そこへ後ろから、彼女たちの戦車長・アズミが姿を見せる。

 同じ模擬戦の後なはずなのに、服装と言い髪と言い、アズミの雰囲気はそれを感じさせないほどお洒落だ。いつも思うが、アズミほど身だしなみに気を遣っている人物はこの大学選抜にはいないだろうと、鴨方も真庭も思う。

 

「あ、そうだアズミ。ごはん一緒に食べない?」

「あー、ごめん・・・今日はちょっと別の人と食べるから・・・」

「そっか、それじゃあ仕方ないわね」

 

 同じ戦車のメンバーとして、鴨方や真庭はアズミと昼食を食べることが多い。だから鴨方は誘ったわけだが、今日は先客がいるらしい。

 鴨方はそれを引きずらず、控室を去るアズミの後ろ姿を見ながら何を食べようかを考える。だが、真庭はどうにも腑に落ちないようだ。

 

「どうかした?」

「アズミさん・・・『別の人』って言ってましたよね」

 

 櫛を脇に置いた真庭は、鏡に写る自分を見ながら考える。隣では鴨方がドライヤーで髪を乾かし始めた。

 

「メグミさんかルミさんと食べるんじゃないの?」

「それならそう言えばいいのに、『別の人』って・・・」

 

 鴨方は大して深刻に思ってはいないらしい。

 そこで、鏡に別の誰かが写った。

 

「あら、呼んだかしら?」

 

 ひょこっと姿を見せたのは、同じ大学選抜チームの副官・メグミ。隣には同じく副官のルミもいる。

 

「名前呼ばれた気がしたんだけど・・・」

「ああ、いえ。アズミが先に行っちゃって、もしかしてお二方と食べるんじゃないかって」

 

 ルミが訊ねると、鴨方はドライヤーの風量を弱めて答える。

 だが、メグミとルミはその答えには首を傾げた。

 

「今日は約束してないわね・・・」

「誘ったら、『先客がいる』って言われたのよね。てっきり、あなたたちのことだと思ったんだけど・・・」

 

 メグミとルミの言葉に、鴨方が振り返る。

 バミューダ姉妹ではなく、アズミの戦車メンバーでもない。とすれば、戦車道絡みではない友人と食べると考えるのが筋だろう。

 だが、この場にいる4人は、簡単にそうと処理できない。

 

「・・・何か匂うわね」

「そうね・・・」

 

 メグミとルミが、あごに指をやる。しかしその表情は、愉快そうに。

 真庭も、表情こそ変えずとも同じように『何か面白そうなことが起きてる気がする』と考えている。

 一方で鴨方は、『え、匂う?洗ったんだけど・・・』と自分の身体の匂いを嗅いで場違いなことを呟いていた。

 

 

 アズミが待ち合わせの場所に着くと、既にその相手―――笠守は待っていた。

 

「お待たせ」

「いいや、全然待ってない」

 

 壁に背を預けていた笠守は、軽く手を挙げてアズミの声に応える。

 姿を認めてアズミが少し歩調を速めて歩み寄ると、笠守も背を離して向き直るが、そこで少し申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「悪いな、急に誘ったりして」

「気にしなくて平気よ。私も嬉しかったし」

 

 本心を伝えると、笠守は『・・・そうかー』とはにかむ。

 昼食に誘われたのは確かに唐突で驚いたが、アズミはそれで気を悪くはしていないし、むしろ言った通り嬉しかった。

 アズミは、笠守とは少しずつ仲良くなれてきているし、一緒に話すのを楽しいとも思っている。話す時間は大学に行くまでの道中しかないが、写真について話す笠守は、どこか生き生きとしていた。それに、アズミの写真に対してアドバイス、そして今日は写真を評価してくれた。

 自分を評価してくれたから気に入ったわけではない。笠守と話すことが、アズミは純粋に楽しいのだ。だから、こうして昼食に誘い、話をする時間を作ってくれたことを嬉しく思っている。

 

「あぁ、お腹空いた・・・」

「やっぱり戦車に乗ってると、体力も使うっぽいな」

「そうね・・・自然と身体が鍛えられるのはいいけど、ね」

 

 食券を買う列に並びながら、アズミが首を回す。

 戦車は試合中、動くわ揺れるわ時に跳ねるわで、中にいる人間の身体が休まる暇などほとんどない。その中で身体のバランスを保とうとする結果、自然と体幹が鍛えられるし、程よく運動をしているような状態なのでエネルギーも消費しやすい。

 そんなことをアズミが話すと、笠守は『へー』『ほー』『なるほど・・・』と相槌を打つ。実に興味深そうに、頷きもした。

 

「だからまぁ、戦車道の後はいつもお腹ペコペコよ」

 

 アズミが注文したのは唐揚げ定食。割と大き目な唐揚げと付け合わせのキャベツが美味しそうだ。一方で笠守が注文したのはカレーライスだった。

 2人は、空いている適当な席に向かい合わせで座り、手を合わせて『いただきます』をしてから食事を始めた。

 

「でも、朝は驚いたわ。まさか、笠守の方から誘ってくれるなんて思わなかったし」

 

 食事を進める中でアズミが言うと、笠守はばつが悪そうにスプーンを置く。

 

「大丈夫、責めてるわけじゃないの。さっきも言ったけど嬉しかったのよ。こうしてお誘いを受けたことなんてなかったし」

「え?」

 

 意外そうな反応をする笠守。

 

「ないの?こう、誰かと一緒にご飯とか」

「あ、それはあるわよ。でも、笠守みたいに同い年の男の人とってのはこれが初めてだわ」

 

 笑って伝えると、照れ臭いのか笠守は水を飲んで視線を逸らす。

 しかし、飲み終えるとその表情も普通になっていた。

 

「それは、ちょっと意外だ。アズミって、モテそうな雰囲気がしたから」

「あら、お上手。けど、そう言う男の人からのお誘いは全くなかったのよね・・・」

 

 『モテそう』と言われてアズミは満更でもない。身なりには気を遣ってきていたので、その他人には見えない『磨き』が笠守にも伝わったということだから。

 しかし言った通り、アズミには浮いた話の『う』の字もない。

 

「戦車道のせいにするつもりじゃないけど、戦車乗りはどうも男から敬遠されがちなのよね・・・それもあるのかしら」

「・・・あー」

 

 その言葉に、笠守は思い当たる節があるような声を洩らした。

 アズミが表情で興味を示すと、笠守は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

 

「ウチのサークルも、そんな印象なんだよなー・・・。戦車の写真撮ってるって言うと、『ありゃ女の乗るものだろ』って。戦車の写真を撮ってるのだって、サークルだと俺ぐらいしかいないし」

 

 その光景は、残念ながらアズミにもありありと目に浮かんでしまう。そういう意見も随所で聞いたことが多々あった。

 とはいえ、アズミの知っている戦車乗りの先輩でも既婚者はいるし、()()()()()()にも彼氏持ちはいるから、やはり例外もあるのだ。

 

「それじゃあ、どうして笠守は戦車の写真を?」

 

 次に笠守と会う時、訊こうと思っていた。戦車道が男からはそこまで人気がないにもかかわらず、どうして笠守はその戦車を撮ろうとするのか。

 笠守は、逡巡するようにカレーを一口食べて、やがて口を開く。

 

「・・・面白いんだよ。戦車を撮るのって」

「面白い?」

 

 乗るのはまだしも、撮るのは何が面白いのか。未だ写真に関しては初心者のアズミには、理解ができない。

 水を一杯飲んで、笠守は続ける。

 

「戦車はさ、試合中は動き回ってるし、激しい撃ち合いもするしで結構アクロバティックなところがあるんだよ」

「・・・そうね。確かにそういうところはあるかも」

 

 実際に戦車に乗るアズミとしては、その意見には賛成だ。今日の模擬戦もそうだし、これまでだって、戦車は試合中ほとんど動き回って敵を倒そうと躍起になっていた。その動きは激しいし、だからこそ乗員もエネルギーを消費する。

 

「その戦車の動きは、撮ってる人には全く読めない。だけどその試合の中で、力強かったり、躍動感あふれる戦車を撮る瞬間は必ずある」

「・・・」

「どうやってその瞬間を撮るのか、その時を見極めるのが、楽しいんだよ」

 

 笠守の言う『その瞬間』こそ、アズミが前に見たあのパーシングの写真だろう。

 だが、笠守の言う通りで、戦車の動きとは試合に参加しているアズミたちでさえ完全には読めない。敬愛する愛里寿だって、その動きを完全に予測するのは難しいかもしれない。

 そんな、試合に参加する人にさえ分からない戦車の動きを読んで、しかもそのわずかな瞬間を1枚の写真に収めることがどれだけ難しいか。アズミは、そのシャッターチャンスをじっと待ち続ける様子を思い浮かべて細く息を吐く。

 

「大変そうね・・・」

「まー、神経は使う。けど楽しいもんだよ。多分、試合会場で写真を撮ってる他の人も、同じなんじゃないかな」

 

 言われてアズミは、戦車道の試合会場を思い出す。笠守のような若者はあまりいないが、確かにカメラを構えている人の中には男の人もいる。女の世界とされている戦車道にカメラを向ける彼らも、もしかしたら笠守の言うような魅力を感じ取ったのかもしれない。

 

「・・・じゃあ、笠守も戦車を撮る時は、『楽しい』って思う?」

「もちろん」

 

 アズミの問いに、笠守は迷わず頷く。

 

「戦車だけじゃなくて、写真を撮る時はいつも『楽しい』って思うよ」

「そうなんだ?」

 

 もう1つ気になっていた、笠守は写真を撮る時何を思っているんだろうと。

 その答えは、純粋な気持ちだった。

 

「何が楽しいのって訊かれるとちょっと悩むけど・・・」

 

 言葉を探すように、笠守は腕を組んで考える。アズミは、急かすことなくその言葉を待つ。

 

「・・・例えばさ、すごい綺麗な景色とかを見た時とかに、『この景色ずっと見てたいな』って思うこと、ある?」

「まあ・・・あるわね」

 

 それはアズミだけでなく、大多数の人が思うことだろう。テレビの旅番組でも、よくリポーターがそんな感じの感想を言ってる気がするし、アズミ自身も何度か遠出して綺麗な景色を見たらそう思ったこともある。

 

「そういう時に写真を撮れば、その景色がいつでも見られるようになる。それがまー、写真を撮る一番の理由かもしれない。それは俺も思う」

「?」

「でもさ、写真を撮ってる俺たちからすればそれだけじゃないんだよ」

 

 言って笠守は、スマートフォンを取り出して、アズミに画面を見せる。

 そこにあったのは、建物や植物、生き物や景色など、雑多な写真が詰まったアルバムだ。種類に一貫性が無い辺り、恐らく笠守が衝動的に『撮りたい』と思った写真なのだろう。

 そしてどの写真も、丁寧に撮られているのが分かる。アズミが今日見せたような、逆光で見にくかったり、被写体がブレていたりもしていない。

 しかし、いきなりこのアルバムを見せたのはどうしてだろう。

 

「自分が良いと思った『瞬間』って、また来るかどうかも分からないようなことが多い。って言うか、基本2度と無い」

「・・・・・・」

「その『2度と無い瞬間』を形として残したいから、写真を撮ってる。そして、それを追いかけるのが楽しいんだ」

 

 ただ『ずっと見ていたい』と思う景色を撮るだけではない。

 自分が『良い』と思うほんのわずかな、たった一度きりの瞬間を、『形として残したい』。似ているようで違うこの2つの気持ちを併せた上で、それを追い求めることが楽しい。

 そして、そう語る笠守の表情は、自分の好きなものを信じて疑わないような、わずかな笑みを交えた真剣な表情を浮かべていた。

 

「・・・って、何かクサかったな。ごめん」

「ううん、そんなことなかったわ。むしろ、笠守が写真がどれだけ好きかって伝わったから」

「そうか・・・」

 

 笠守は、気持ちが伝わって嬉しいのか、カレーをまた一口食べる。

 

「今日、誘ってくれて本当に良かったと思ってる」

「え?」

 

 改まってアズミが言ったので、笠守はカレーを口に運ぼうとするのを止めた。

 

「この前の展示会の写真もだけど、今日笠守の話を聞いて、改めて写真に興味が湧いてきたわ」

 

 ブレてしまった猫の写真、逆光が邪魔してしまった戦車の写真。それらを撮ったのは、あの展示会で笠守の撮ったパーシングの写真を見て、興味が湧いたからだ。

 だが、ここで笠守の話を聞いて、その興味はより固いものへと変わった。

 

「だから・・・笠守」

「?」

 

 なぜなら、写真を撮る楽しさを語る笠守の表情が、とても生き生きとしていたから。

 

「笠守さえよければ、何だけどね?」

 

 そんな表情を見たら、心が動かないはずはない。

 

「写真のこと、もっと色々教えてもらえると嬉しいかな、って」

 

 笠守の表情が、今度こそ明確な驚きになる。

 

「え、俺なんかでいいの?俺よりもっと写真が上手い奴はいくらでもいるし・・・」

「でも、笠守のアドバイスって昨日も思ったけど丁寧で分かりやすいし・・・もしかして、迷惑だった?」

「いやいや、そんなことは無いよ。俺なんかでも、頼ってくれるのは嬉しいから」

 

 笠守は、襟足を掻いて小さく笑う。

 

「・・・分かった。俺でよければ、教えられることは教えるよ」

 

 快諾してくれた笠守に、アズミはホッとする。

 

「・・・これから、よろしくね。笠守」

 

 アズミと笠守、2人の間に柔らかい空気が流れる。それは決して目には見えないが、それでもお互いに剣呑な雰囲気でないことは分かった。むしろ今、アズミは笠守に安心感を抱いているのだ。

 アズミも笠守も、お互いに新しい親交を始めることを嬉しく思いながら、食事を再開する。

 

「でも、アズミはモミジと言い戦車の写真と言い、センスがいいから写真もイケるんじゃないかと思う」

「そう言ってくれると嬉しいわ。多分、母校の影響かもしれないけど・・・」

「母校?」

 

 そう言えば母校の話はしてなかったっけ、とアズミは頭で思い出しながら苦笑する。

 

「BC自由学園出身なのよ」

「BC自由って・・・()()?」

「そう、『あの』ね・・・」

 

 BC自由学園は、岡山県に本籍地を置くフランスかぶれの高校だ。スイーツのメッカとか、ブドウが有名だとかで話題に上りやすい。

 だがそこは、タイプの異なる2校が合併して発足した学校であり、その影響で内部抗争が絶えないという実態なのもそこそこ知られている。そこを踏まえての、笠守の『あの』だった。

 

「知ってるかは分からないけど、BC自由って意外と芸術とか料理、ファッションに力を入れてるのよ。有名なパティシエやアーティスト、デザイナーとかが卒業生にもいるし」

「なるほどなー・・・だから、アズミのセンスもいいのかね」

「そうかもしれないわね・・・自然と身に着いたのかも」

 

 お互いに、少し温度が下がってしまった唐揚げ定食とカレーライスを食べながら、雑談を続ける。

 

「そうか・・・なら、モミジとか、あの写真のセンスも納得だ。アズミには、十分伸びしろがあるよ」

 

 自然と褒められて、少し照れ臭くなるアズミ。

 

「今朝見せてもらった写真もだけど、アングルや被写体のチョイスとかは悪くない。後は細かいところに注意すれば、上達も早くなると思う」

「本当?」

「ああ」

 

 アズミの問いにも、笠守は自信を持って頷き返す。

 

「そう思うと、アズミってすごいな。戦車道だけじゃなくてこういうセンスまで持ってるんだから」

「・・・そうかしら?」

「ああ、カメラしかない俺からすれば十分。羨ましいなー」

 

 アズミは『ありがとね』と返しつつ、内心では言葉以上に嬉しさを抱いていた。

 戦車道を歩み始めてからそこそこの年月が経ち、新米だった頃から順調に力を伸ばし、今では精鋭が集う大学選抜チームの副官の一角だ。

 戦車道を始めたころは、先輩から『センスがある』とか『上手い』と褒められることが何度もあったが、今となってはそれもめっきり減った。それは、自分が副官と言う人を率いる立場になったからだろう。

 だから、笠守から言われるような、褒められるのは随分と久しかった。

 今朝の写真を褒められたのだって、予想外だったうえに嬉しかったのだ。てっきり『あー、悪くないんだけどなー・・・。うーん・・・』と微妙な反応をされるとばかり思っていたから、評価されたのが意外だった。

 そして今、またしても笠守に褒められて、アズミの心は何か温かい気持ちで満たされるのが分かる。

 

(なんだろう・・・これ・・・)

 

 笠守のその言葉はどういうわけか、心の奥、深い場所にまで響いた。

 どんな言葉よりも、胸に響くのは何故なのだろう。

 どうして笠守の言葉が、こんなにも印象に残るのだろう。

 

「アズミ、どうかした?」

「え?ああ、いや、何でもないわ」

 

 どうやら、笠守が気にする程度には長い時間考えていたらしい。笑顔で取り繕って首を横に振る。

 その言葉が響いた理由は分からないが、『多分男の人に褒められるのが初めてだからかな』と自分で完結させて食事を再開する。

 そして食べ終えたら、アドレスを交換し合った。

アズミにとっては、これも初めてとなる同年代の男との連絡先交換だ。

 

 

 

「やー、昼飯昼飯・・・」

 

 食券を買い、ラーメンを確保して安堵の息を吐くのは、アズミのパーシングの操縦手・早島。隣には同戦車の装填手の美作も、かけうどんを持って並んでいる。

 

「やっぱり出遅れちゃったから、席は埋まってるね・・・」

「美作が手入れに時間かけすぎたからだよ」

「あんただってシャワーが長かったでしょうに・・・」

 

 どちらもやはり年頃の女性、身だしなみにはそれなりに気を遣う方なのだ。

 そんなお互いさまな言い訳を交わしつつ、2人は席を探す。お昼時なせいでどの席も埋まっており、これはラーメンが伸びてしまうだろうかと早島が不安になると。

 

「あれ、アズミ?」

 

 美作が、ある1点を見ながら立ち止まる。早島も、その美作が見つめる場所を見てみると、確かにアズミが食事を摂っていた。

 

「向かいの男は・・・誰よ?」

 

 そしてアズミの姿が見えれば、自然とその向かいに座っている男の姿も目に入る。偶然の相席ではなさそうで、アズミはその男と何かを話しながら食事をしていた。

 それにしても。

 

「・・・アズミ、楽しそうだね」

 

 唐揚げ定食を食べながら談笑するアズミの表情は、戦車道でも見られないような感じの、楽しそうな表情だった。隊長の愛里寿の可愛さを語る時ともまた違う、純粋に話が楽しいと感じさせるような、そんな表情。

 

「・・・誰なんだろう、あの男」

「誰ってそりゃ、ねぇ?」

 

 それは、考えるまでもないだろうとばかりに、美作の問いに早島がにやっと笑う。

 

 

 そしてここにも、笠守とアズミの食事を見ていた人が1人。

 

「よーう、笠守」

 

 講義を終えて、写真サークルの部室に来た笠守を待ち構えていたのは、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべる部長の矢掛(やかげ)

 あ、これは面倒なことになる、と笠守は察した。

 

「・・・なんすか、部長」

「お前~、昼のアレは何だ一体?んん?」

 

 面倒と思っても無視できないので返事をしたら、早速それを訊いてくる。

 

「アレ、とは」

「食堂で女の子とランチしてただろうが!それ以外ねぇよ!」

 

 ですよねー、と笠守は内心で溜息を吐く。

 写真サークルの男女比率は6:4と、そこそこバランスはいい方だと思う。趣味が合うという理由で、サークル内で付き合っているカップルもいるぐらいには、人間関係も悪くはない。

 しかしながらこの矢掛、彼女いない歴=年齢を更新中で、それを結構気にしている。そして自分に親しい男で彼女持ち、あるいはそれらしい『匂い』がする男にはこうしてちょっかいを掛けてくるまでに拗らせた。

 撮る写真は上手いのに、この嫉妬深い性格が玉に瑕なんだよな、とはこのサークルの共通認識だ。

 

「別に彼女とかじゃないっすよ。最近知り合った人です」

「仲が良いのは否定しないんだなぁ」

 

 矢掛はなおも逃がさない。辟易しつつも、今日の昼食の時間を思い出しながら、口を開く。

 

「・・・まー、そこそこ仲はいいんじゃないですかね」

「かーっ!チクショウ!」

 

 ぼかして答えたら、逆に矢掛はそれを余裕の表れと取ったらしく勝手に悔しがっていた。

 それを尻目に笠守は席に着く。隣にはすでに、大学入学からの友人・灘崎(なださき)がいた。ちなみにこの男、最近はドローン撮影にも興味を持ち始めていて、カメラ付きの小型ドローンを買ったまである。

 

「で、笠守。さっきの話は本当か?」

「お前もか・・・ああ、本当だよ」

 

 灘崎は灘崎で、純粋に興味があるらしい。ウチのサークルはこんなのばっかりか、と笠守は溜息を吐く。

 

「しかし、お前が女の子とね。どこで知り合った?」

「んー・・・」

 

 灘崎に問われて、笠守はまず真っ先に色合いが中途半端だったモミジを思い出す。

 だが、ここで笠守は1つだけのある思いが働いた。

 

「・・・写真を撮ってる時にな。知らない間に落としてたカメラのキャップを届けてくれた」

「へぇ~・・・そんなことってあるんだな」

 

 アズミと出会った場所を、はぐらかした。別にそれは隠さなくてもいい情報のはずだったのに、敢えてそれをしなかった。

 その理由は、笠守自身でもはっきりとは分かっていない。ただ1つ言えるのは、自分とアズミの思い出を他人においそれと口にしたくなかった、と言うことだ。

 

「いや、実はな笠守。俺も見てたんだよ、その現場。部長とはまた別のトコから」

「パパラッチめ」

「その言い方はやめろ。まあでも、お前とその女の子、結構お似合いに見えたぞ」

 

 不服そうな表情を引っ込めて、灘崎を見る。灘崎は、冗談や皮肉を言っているようでもなく、見たままの感想を言っているようだ。

 だが、笠守はそれは色眼鏡だと分かっていた。

 今ぐらいの歳になると、男女の関係にはより敏感になってくる。華の20代前半、子供から大人に名実ともに成長するこの期間は、そういう思い込みをしやすくなる。灘崎のそれも、恐らくはこれに起因するものだろう。

 

「それはどうも」

 

 とはいえ、そう言われて嬉しくないしむしろ迷惑、と言うわけでもなかったので、言葉だけは素直に受け取っておく。

 

「おい、笠守」

 

 そこで後ろから突然声を掛けられた。突然すぎて肩を震わすと、後ろには癇癪を終えて落ち着いたらしい矢掛。

 

「女の子と遊ぶのは構わんが、ちゃんと次のコンクール用の写真考えとけよ。それと、ホームページの案も」

「・・・了解です」

 

 矢掛も、嫉妬深い点を除けばいい人なのだ。メンバーのことは気にかけているし、大事な情報はちゃんと共有してくれる。加えてムードメーカー気質なのもあって、なるべくして部長になったと言うべきだ。

 それはさておき、矢掛からの連絡を聞いて、笠守は小さく悩む。

 コンクールも、ホームページの案も、どちらも重要な案件だ。

 

「灘崎はもう決めたか?写真」

「ああ。もう撮ってある」

「何の写真?」

「日の入りの海。学園艦がベストな位置にあって良いと思った」

 

 カメラを受け取りその写真を見せてもらうと、水平線に沈む太陽を背景に、学園艦が小さく写っている。小さく、と言ってもゴマ粒程度の大きさなどではなく、ちゃんと目に見える程度の大きさかつ太陽を隠さないような程よい大きさだ。

 

「へー、いいな確かに」

「俺のよりも、お前も何か考えとかないとヤバイぞ」

「分かってるよ」

 

 灘崎の言葉を聞きながら、カメラを返す。

 そして、笠守はサークル共用のノートパソコンを立ち上げて、あるサイトを開く。

 

「・・・どうするかなー」

 

 表示されたのは、『ネイチャーフォトコンテスト』と目立つように書かれているページ。これが矢掛の言っていた、今度写真サークルで参加するコンテストだ。

 何らかのコンテストが開催されると、自主的に参加するのが写真サークルの活動の1つである。笠守はもちろん、部長の矢掛や灘崎なども何度もこの手のコンテストには参加している。

 そして、こういうコンテストには大体決まって『テーマ』が存在し、今回はその名の通り『自然』がテーマだった。参加者は、このテーマに沿った写真を撮って応募するので、割と公平な条件で参加できる。

 何より、今回のテーマである『自然』は、笠守の得意なジャンルの1つであり、腕の見せ所でもあった。

 

(迷うなー・・・)

 

 それなのに部長や灘崎からせっつかれるのは、まだ写真を決めていないからだ。

 笠守は、自分が『自然』を撮るのが好きだし得意と思っているが、だからと言ってコンテストで入選常連というわけでもない。どころか、入選したことが一度もなかった。

 その理由は、どうやら『パンチが足りない』らしく、要するに見る人の心に刺さるような写真があまりないかららしい。

 モミジの写真の時もそうだったが、撮る人と見る人の間にある認識の差は、大きな溝でもある。その溝のせいで、笠守がパンチがあると思っていても、見る人にはあまり響かないということが続いている。

 

(だから、嬉しかったのか・・・)

 

 それで思い出すのは、自分の写真に一目惚れしてくれたアズミ。

 自分と見る人との間にギャップを覚えていて、そこがもどかしくて伸び悩んでいた笠守の心に差し込んだ、優しい言葉。

 だから笠守は、アズミに対してより親しみを抱いたし、今朝もつながりを断ちたくないと思った。

 あのパーシングのような写真が『自然』をテーマにもう一度撮れれば、結果を出せるかもしれない。

 

「・・・よしっと」

 

 そのことを考えると、自然と前向きに考えられるようになった。

 コンテストの応募期限は11月中旬で、まだ時間がある。

 そしてこの時期の『自然』と言えば、やはり紅葉だ。だから、手近な紅葉が見られるスポットを探そうと検索サイトを開く。

 今度こそ、良い写真を撮って念願の入選を果たしたい。

 キーボードを打つ指が自然と速くなってきた。



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 朝の冷気を感じると、いよいよ秋も深まって来たと感じる。

 いそいそと戸棚からコートを取り出した笠守は、袖を通してまた季節が変わったんだなと実感する。秋の名物と言えば紅葉と月だが、『涼しい』を通り越して『寒い』と感じるのもまた醍醐味だろう。

 そして鞄を肩に掛けて部屋を出ると、じわりと寒さが体に染み込んでくる。

 

「・・・さむっ」

 

 そう言わずにはいられない。空は曇って陽の光は届かず、いい感じの風も吹いていて冷え込んでいる。天気予報では『珍しく12月下旬並みの寒さ』と言っていたし、おまけについこの間まで暑かったものだから、寒暖差でどうにかなってしまいそうだ。

 だが、この程度で足踏みしては越冬できないので、ポケットにカイロと手を突っ込んで歩き出す。

 

「おはよう、笠守」

「おはよー・・・寒いな・・・」

 

 そして、すっかり待ち合わせ場所と化した信号に来れば、アズミが待っていてくれた。

 そんな彼女は、全く寒そうにしていない。それは着ている服のおかげでもあるのだろうか。上は白のタートルドロップショルダーニットに、下は薄桃色の丈が長いフレアスカート。薄い紫のストールがより暖かさを際立たせている。

 

「アズミ、暖かそうだな・・・」

「そういう笠守はちょっと薄着じゃないかしら・・・?」

「ここまで寒いとは思わなかったんだよ・・・それに、服にはそこまで拘らないしな・・・」

 

 笠守はファッションに強いこだわりを持ってはいない。人前に出られる程度の、自分の好みに合った服を着るスタンスで、見せつけようと思ったことは無い。

 

「もったいないわね・・・もっと着飾れば見栄えが良くなると思うのに・・・」

「俺はファッションとかはてんで分からないからな・・・アズミは結構決まってるように見えるけど」

「ありがとう。洋服には結構気を遣ってるし、ファッション系のバイトもしてるから自信はあるのよ?」

「へー・・・」

 

 誇らしげなアズミの表情に、笠守も具体的にどんなアルバイトか少し気になった。

 

「ファッション系のってどんな?」

「モデル」

「え、モデル?」

 

 聞き慣れないバイトに、思わず訊き返さざるを得ない。アズミはその反応を見て、嘘じゃないとでも言うように頷く。

 

「雑誌でコーディネートの見本として写真に載ったり、エキストラとして参加したりね」

「はー・・・すごいな・・・」

「それと、『婦人公輪』って言う戦車道の雑誌でも、1回だけ表紙になったことがあるわ」

「もうバイトの域超えてないか?」

 

 表紙を飾った時のことを思い出したのか、アズミは小さく笑った。

 対して笠守は、納得したかのように腕を組む。

 

「だったら、アズミが写真のセンスあるのも納得だ。そーいうところで知らないうちに感覚を掴んでたのかもしれない」

「そうかしら・・・?」

 

 ただ写真を撮られるだけでは、写真を撮る技術は向上しないだろうとアズミは思う。

 だが、笠守は『いや』と可能性を示した。

 

「写真を撮られるってことは、自然とカメラの方を意識するだろ?」

「それはもちろんよ。むしろガンガン意識するよう言われてるし」

「そーいう現場で写真を撮る人は大体プロだ。だから、そうやってカメラを意識しているうちに、プロの構え方とかを見て学んでいたんじゃないかって俺は思うな」

「んー・・・なるほど・・・」

 

 カメラにとどまらず、その人やものの動作を見ているうちに感覚を無意識に掴んでいく、とはよくある話だった。戦車道でも、操縦手の足さばきを傍で見ていた砲手が操縦手に転向して力を開花させた、と言う話も聞いたことがある。だから、アズミもその話をすんなりと受け入れられた。

 

「じゃあ、お父さんを見てきたって言う笠守も、腕は親譲りなのかしら?」

「いやー・・・父さんと比べたら俺なんて」

 

 笠守の父は、雑誌の写真投稿懸賞で何度か入選しているし、コンテストにも佳作として選ばれたことが何度かある程度には写真が上手い。対して、笠守は入選・入賞経験ゼロ。譲られたのは写真への興味で、腕は別だったようだ。

 それを話すと、アズミは肩を落としてくれる。

 

「あんなに上手いのに・・・その腕が羨ましいわ」

 

 その言葉に、笠守は心を針でつつかれたような感じがした。

 

「・・・ホント、上手くなんてないよ。どうしようもない失敗だってしたし」

「え?」

 

 『失敗』という言葉に、アズミの食指が動く。

 だが、深く訊ねてくる直前で冷たい北風が2人の身体を掠める。それは流石に冷たかったのか、アズミも開きかけた口を閉じた。

 

「・・・しっかし、寒いな・・・」

「一気に秋らしくなった感じね・・・。今日だけなのが幸いだけど・・・」

 

 話題が風にさらわれるが、笠守もアズミも固執はしない。

 さて、それなりに着込んでいるアズミでも、やはりこの寒さは堪えるらしい。とはいえ、明日にはまた穏やかな気候に戻るらしいので、それがせめてもの救いだ。まだ秋も半ばなのに一気に寒くなるようでは、この冬を乗り切れるかが不安だから。

 

「戦車の中って、冬は寒いのか?」

「そうね・・・結構冷えるかな。夏は熱が籠るけど、秋冬は少し寒くなる感じ」

 

 エンジンが温まると多少マシになるが、本当にその程度でしかない。じっと待機する時間なんて、まさに冬の田んぼに立つカカシの気分だ。

 

「それならさ・・・」

 

 アズミの言葉を聞くと、笠守は自分の鞄から未使用のカイロを1つ取り出して、それを差し出した。

 

「これ、良かったら使ってくれ」

「え?」

「少しでも温かくした方がいいから」

 

 差し出されたカイロを、アズミはおずおずと受け取る。

 だが、それをすぐには仕舞わずに笠守の方を見てきたので、首を横に振った。

 

「あー、気にしなくて大丈夫。自分の分もあるから」

「それじゃ・・・ありがたく貰うわね」

 

 安心したように、アズミはポケットにカイロを仕舞う。

 笠守がカイロを渡したのに、下心は無い。あるのは、寒い戦車に乗るアズミが気がかりと言う気持ちだけだ。

 しかしながら、アズミの微笑みに、笠守の心が今度は少し温まったような気がする。

 

「・・・それじゃあ、戦車道頑張ってな」

「あ、うん」

 

 気がつけば、昨日と同じ別れる場所だった。

 その心の温かい気持ちが照れ臭くて、それから逃げるように笠守は背を向けようとする。

 

「また今日も、良ければ一緒にお昼でいい?」

「ああ、いいよ」

 

 そこへ、今度はアズミの方から昼食を誘ってきてくれた。それを笠守はありがたく思いつつ、手を振って別れる。

 だが、その心はどこか得体の知れない感情から逃げるような感覚だった。

 

 

 服装とは、自分の気持ちを切り替えるスイッチのようだとアズミは思う。

 身に着ける服が変わることで、そこから先は気持ちを改めなければならないと自分に言い聞かせるようだからだ。特に制服や格式ばったスーツはそれが強く、否が応でも気持ちを正さなければならなくなる。

 だから今、控室で大学選抜チームのユニフォームに着替えたアズミは、鏡に映る自分を見て頷いた。

 

「・・・さて、今日も頑張りましょうか」

 

 独り言つと、後ろから真庭が近寄って来た。

 

「張り切ってますね、アズミさん」

「え、そう?」

「はい。何だか、普段よりも力が入ってるっていうか・・・」

 

 言われてアズミは、自分の顔に手をやる。さっき鏡を見た時は普通だったはずなのに、他人の目にはそう映ってしまうのか。

 

「彼氏さんからパワーでも貰ったのかしら?」

「あははっ、まさか」

 

 傍にいた鴨方がからかうように言うと、アズミは軽く笑い飛ばす。

 

「・・・・・・って、ちょっと待ちなさい。彼氏って何よ」

 

 思わず流してしまいそうになったが、およそ今のアズミとは無縁の言葉を今さら思い出す。言った本人たる鴨方は『しらばっくれちゃって』とニヤニヤ笑いながら、指をくるくると振る。

 

「昨日、男と仲良さそ~に昼ご飯食べてたじゃない」

「あ、鴨方たちも見てたんだ。私も見た」

 

 早島が会話に加わり、さらには美作も『私も~』と加わり多勢に無勢。

 とにかくまずは、誤解を解くのが先だとアズミは判断して首を横に振る。

 

「最初に言っておくけど、彼氏じゃないわよ。最近仲良くなった人」

「ほー・・・きっかけは?」

 

 促す早島。それぐらいなら答えるか、とアズミは嘆息して口を開く。

 

「大学の遊歩道、あるじゃない?あそこをちょっと散歩してたら偶然ね」

「ふむ、それで?」

 

 なお問いかける鴨方。彼女だけでなく、4人ともきっかけを聞くだけでは満足しないらしい。こういうところはどこも同じかと、アズミは内心で呆れを通り越して安心する。

 

「まあ・・・落とし物を拾ったのよ。その人のヤツをね」

「ほほう」

「なるほどなるほど・・・」

 

 何に納得しているのか、真庭と美作がゆっくりと頷いている。

 それはともかく、これで満足だろうとアズミはさらに念押しで伝えておく。

 

「とにかく、仲のいい友達だから。あなたたちの期待するようなことは何もないからね」

「・・・そうやって頑なに否定する辺り逆に怪しいわね・・・」

 

 早島が微笑ましそうに笑うと、アズミは肩を竦める。ああ言えばこう言うような性格なのよね、と咎めるのも諦めた。

 

「はいそこー、そろそろ打ち合わせ始めるわよー」

 

 そこで、軽く手を叩きながらルミと、片手にクリップボードを持つメグミがやって来た。2人とも話が聞こえていたのだろうか、妙ににんまり顔だった。

 それはともかく、打ち合わせが始まるのを好機と睨んだアズミは、早島たちに『行くわよ』とミーティングルームに移動するよう促す。

 今アズミたちがいるのは、戦車道に関する施設をひとまとめにしたような棟だ。地下1階、地上2階建ての構造で、1階部分は戦車のガレージ、2階部分にはミーティングルームや控室などがある。地下には、戦車のパーツや整備器具などが保管されている。

 一大学にこのような施設と設備が整っているのは、この大学が大学選抜チームの本拠地扱いであり、その大学選抜の母体である戦車道の名家・島田流が後援としてバックについているからだ。大学選抜の皆もその恩恵にはしっかりとあずかっている。

 

「まず、今日の模擬戦だけど・・・」

 

 そして今、今回の模擬戦に参加するメグミたちバミューダ三姉妹のチームのメンバーは、ミーティングルームで作戦会議を始めたところだ。

 模擬戦はほぼ毎日の訓練後半で行われ、10~15輌のチーム同士で戦う。その片方がバミューダ三姉妹の率いるチームで、もう一方は隊長の愛里寿が率いるチームだ。

 もちろん、それぞれのチームの作戦会議は別々のミーティングルームで行われ、相手がどんな作戦で出るのかは分からないようになっている。

 

「知っての通り、愛里寿隊長はここ最近で随分力をつけてる。模擬戦だけとはいえ、向こうのチームも強力よ」

 

 夏の終わりの大洗連合との試合、そしてその敗北は誰もが覚えているし、忘れるなどできない。それを糧に、愛里寿を含め大学選抜は研鑽を重ねていたのだから。

 

「愛里寿隊長以外の車輌は、各中隊で分担して撃破しましょう」

『了解』

「勝負の肝は、後半。愛里寿隊長をどうするかよ」

 

 メグミの言葉に、メンバー全員が小さく頷く。

 相手チームは皆強力だが、とりわけ厄介なのが愛里寿のセンチュリオン。あれは、まさに難攻不落の黒鉄の砦のようだ。

 

「これまでも、愛里寿隊長だけにまで追い詰めたことはできたけど、それでもまだ届かない」

 

 そう語るメグミのパーシングは、以前の模擬戦でたった一度だけ、センチュリオンに命中弾を浴びせたことがある。それは当時の大学選抜でも初めてだったから、誰もが覚えていた。そんな彼女の言葉だからこそ、説得力がある。

 

「最終局面、愛里寿隊長とサシでやり合うのは無謀、バミューダアタックで攻めるのが大前提よ」

「けど、メグミはそれだけじゃだめって言いたいの?」

「ええ、そうよ」

 

 ルミが問うと、メグミは頷く。

 あのセンチュリオンに単騎で挑むのはまさに負け戦。件の大洗連合との試合でも、名門・西住流の姉妹であっても、2輌がかりでようやく愛里寿に勝てたのだから。その強さは半端ではない。

 

「愛里寿隊長を相手にする時は、アズミとルミで先制攻撃を仕掛けて、私が仕留めてきた。でもそれは、もう向こうも分かっている。だからこの手はもう通じないと思っていいわ」

 

 大洗に負けて躍起になっていると思ったが、それだけではない。

 メグミたちの攻撃の順序がパターン化してしまったのだ。それを愛里寿は見切り、隙を突くのも難しいどころかほぼ不可能に陥っている。

 

「だから、私がラストはもうできないわね」

「なら、どうするの?」

 

 今度はアズミが訊ねると、メグミは指を差し返して。

 

「アズミ、あなたが締めよ」

「・・・・・・」

 

 アズミは真剣にメグミを見る。なぜ自分なのか、と無言で問うていたのは、メグミはもちろんその場にいた全員が分かった。

 

「アズミとルミで先制攻撃って言ったけど、割合的にはアズミが一番最初に仕掛けることが多い。その裏をかいて、アズミにとどめを任せるわ。ルミは初段でお願い。私が次に攻めるから」

「OK」

 

 ルミがサムズアップをする。メグミが一番最初に攻撃を仕掛けないのは、ギリギリまで愛里寿をできるだけ欺くつもりだからだ。

 

「・・・で、あとはアズミがこの提案を飲むかで決まるけど」

 

 笑いかけるメグミ。今言った作戦は、アズミが承諾しない限りは成立しない。それでもメグミは、愛里寿に勝ちたいという気持ちはアズミも同じだから、アズミがこの役を受けると確信していた。

 そんなアズミは今一度、自分のパーシングに乗る4人の仲間を見る。

 

『・・・・・・・・・』

 

 覚悟が決まっている顔をしていた。そんな彼女たちを見れば、自然とアズミの出す答えは1つになる。

 

「・・・分かったわ」

 

 作戦は決まった。

 あとはそれまで、何事もなく戦いを切り抜けるだけだ。

 

 

 

「とは言ったものの・・・どうなるかね」

 

 戦場を走るパーシングの中でそう呟くのはルミ。その口調は、試合の行く末を案じているようだ。

 

「心配なの?」

「まあ、ちょっとね。信頼してないわけじゃないけど」

 

 砲手・野々市(ののいち)の問いかけには、苦笑して答える。

 仲間を信じなければチームでの勝利など到底不可能だ。これまでだって、ルミは一度たりともチームメイトの力を疑ったことなどない。

 だが、心配と疑念はまた違う。

 

「メグミの案は良いと思うし、パターンが読まれてるってのもその通りだと思う。けど、愛里寿隊長にそれが読まれてたらってね」

「あり得ますね・・・何せ、あの愛里寿隊長ですし」

 

 砲弾を装填しつつ同調するのは、装填手の小松(こまつ)

 愛里寿の実力は、最早言うに及ばず。そんな彼女相手に、連携攻撃の順序を変える程度の作戦が通用するかが分からない。そこが心配なのだ。

 

『こちらアズミ、敵戦車撃破。向こうはあと愛里寿隊長だけね』

「了解」

 

 通信を受けて、外を見る。少し離れた場所で黒煙が上がっており、さらにその近くからアズミのパーシングが姿を現した。

 

「・・・アズミも躍起になってるみたいだし、今は心配している暇は無いか」

「そうですね・・・私たちも、頑張らなきゃです」

 

 小松の言う『頑張る』には、この模擬戦を頑張るのと、大学選抜全体の中で頑張る、の二通りがある。

 あの大洗連合との戦いで、ルミのパーシングは最終盤まで残ったものの、バミューダ三姉妹の中で一番最初に落伍した。大洗のポルシェティーガーの型破りな強化にしてやられたとはいえ、バミューダ三姉妹の一角が削れたのは大きな損失だった。結果、西住姉妹との決戦でバミューダアタックを仕掛けられず、愛里寿まで撃破されて、ルミたちは少なからず責任を感じているのだ。

 だから自分たちは、とりわけ頑張らなければならないのだと言い聞かせている。大学選抜チームの中隊長車・副官と言う責務を背負っているのだから、半端な実力なんて自分で許せない。

 

「そろそろ仕掛ける頃合いだ。準備して」

『はい!』

 

 ルミが声をかけると、4人が力強く返事をする。

 

 

 同じころ、アズミのパーシングの中は不安などには満ちておらず、むしろ冷静なものだった。

 

「初めてのフィニッシャーだから、気を引き締めていきましょう」

『了解!』

 

 センチュリオンを見据えながら、アズミが告げる。全員がそれぞれの役目を果たそうと砲弾を携え、照準器を見据え、通信機に手を掛け、操縦桿を握る。

 だが、操縦する早島だけは、アズミの方を振り向く。

 

「白星挙げて、彼氏候補生に自慢できると良いねぇ」

「試合に集中なさい。あと、ミーティングでは覚えときなさいよ」

 

 声が1トーン下がるのにも怯まず、早島は『はいはい』と前を見る。曲がりなりにも中隊長車の操縦手、ちゃんと状況は分かったうえで茶化したのだ。

 まったく、と呟きつつアズミは正面に待ち受けるセンチュリオンを見据える。計算が間違っていなければ、相手チームの残りは愛里寿のセンチュリオンのみだ。とは言え、アズミたちのチームもバミューダ三姉妹しか残っていないので戦力比はさほど変わらない。最終盤がこうなってしまうのも、いつものことだ。誰もが全力で戦っているし、腕が立つのも分かっているが実力が拮抗するとこうなってしまう。

 

『バミューダアタック、パターンAで行くわよ!』

「『了解!』」

 

 メグミの合図に、アズミはルミと共に溌溂と応じる。

 今、3輌のパーシングは横並びに走っており、左からアズミ、メグミ、ルミの順。

 そして、これから仕掛ける『パターンA』は3輌がメグミの合図で進路を右前方と左前方、変わらず直進と交わるように進路を変えて敵に肉薄し、撃破を狙うパターンだ。

 左を走るアズミのパーシングは、合図で右前方に進路を変える。ルミのパーシングが直進、メグミのパーシングが左前方に進路変更をする予定だ。

 そこでさらに、メグミのパーシングがセンチュリオンへと近づいて注意を引き付け、アズミが仕留める。そういう手筈だった。

 

「・・・・・・」

 

 アズミはポケットに手を入れる。その中は、とても温かい。

 それは今朝、笠守からもらったカイロが入っているからだ。おかげで元々肌寒い戦車の中でも、体はぽかぽかと暖かかった。

 

―――彼氏候補生に自慢できると良いねぇ

 

 不意に、先の早島の言葉が頭をよぎる。

 アズミの口が、自然と引き締められる。その言葉を噛みしめるかのように、ではなく。

 

(・・・今は試合中よ。余計なことは考えないようにしないと)

 

 気を逸らしてはならない。なぜ今になって笠守のこと、早島の言葉が一緒に頭に浮かんでしまうのかは後回しだ。

 

『今!』

 

 メグミの合図が緊張を裂く。

 早島が操縦桿を倒し、パーシングが右に転進する。その前をメグミのパーシングが交差するが、ぶつかるなんて初歩的なミスはしない。さらにルミのパーシングが横切り、センチュリオンに向けて突進する。

 そしてセンチュリオンが砲塔を回し始めた。

 

「・・・」

 

 誰を狙うのかが重要な、緊張の一瞬。

 まずセンチュリオンが狙いを定めたのは、ルミのパーシングだ。直線的に突っ込んでくるのは良くも悪くも危険なので、まずはそれを止めるつもりらしい。だが、とどめの役を負うアズミを狙わなかったのは良しとする。

 ルミのパーシングが発砲するが、センチュリオンは砲塔旋回を一瞬止めてタイミングをずらし、砲撃を躱す。そして、一旦体勢を立て直そうと離脱を狙うルミのパーシングを返り討ちにした。

 

「お願い、メグミ・・・」

 

 様子を窺いながらアズミは呟く。

 メグミのパーシングは打ち合わせ通り愛里寿のセンチュリオンに向かって接近する。センチュリオンは狙い通りに、接近するメグミを脅威と踏んで砲身をメグミのパーシングに向けた。

 

「これは・・・マズいですね・・・」

 

 だが、真庭が照準器を覗き込みながらこぼす。

 センチュリオンは、砲身をメグミのパーシングに向けつつも、アズミのパーシングに近づこうと前進を始めていた。つまり愛里寿は、メグミを狙いつつアズミも見逃しはせずに倒すということ。

 そうこうしているうちに、メグミのパーシングが発砲する。だが、移動しているせいで照準が上手く定まらなかったのか砲弾は空を裂いてしまい、逆にやられてしまった。

 

「早島、敵戦車に接近して!早く!」

 

 アズミが指示を飛ばすと、早島はパーシングを左に向きを変えて正対するようにする。もう少し回り込んでから狙うつもりだったが、近づいてきている今ではそれもできるか分からない。ならば、少しでもチャンスを狙うべきだと踏んだのだ。

 

「用意!」

 

 装填は美作が済ませている。後は真庭が照準を定め引き金を引けば砲撃できる。

 

「撃て!」

 

 向かい合うセンチュリオンの砲口から、光が発する。

それと同時にアズミが指示を出し、砲弾が放たれた。

 

 

 

「・・・で、負けちゃったのか」

「ええ・・・惜しくもね」

 

 昼休みに笠守は、食堂でアズミから今日の模擬戦の顛末を聞いた。

 

「せっかくフィニッシャーを任されたのに、これじゃあね・・・」

「いや、でも勝負は時の運って言うし」

 

 笠守は自分で戦車の写真を撮っているし好きとも言うが、戦車道に関する知識は戦車の型が違うのが分かる程度で、素人レベルで浅い。それでもアズミは、その点を踏まえて笠守にも分かりやすく噛み砕いて説明してくれたので、状況は把握できた。今度戦車道のことを勉強し直そうかと、笠守は思う。

 それはともかく、顛末を大まかにだが分かったからこそ、素人なりにもアズミを励ますことはできる。

 

「大トリに抜擢されたってことは、アズミの戦車もそこそこ強いってことだろ?」

「どうかしら・・・メグミは、いつも私が最初に仕掛けるからその裏をかく、ってつもりだったけど」

「それもあるだろうけど・・・やっぱり力がないと大役は任せられない、と俺は素人目線で思う」

 

 無策に戦っても勝ち目は薄いから、作戦は当然重要だ。しかし、それを実行するにも実力が伴っていなければ成立しないと笠守は思う。実際、アズミはエリート集団の大学選抜チームで副官を務めているぐらいだから、アズミも十分に強いはずだと言ったのだ。

 

「・・・そうなのかしら」

「そうだと思うなー、少なくとも俺は」

 

 励ましが効いたのか、アズミは少しだけ笑ってカツを一切れ口に含む。サクッと軽い音が鳴ると、笠守も自然と笑って唐揚げを口に放り込む。美味い。

 

「しかし、戦車道もやっぱり大変そうだよなー・・・どんなに強くても負けることがあるってんだから」

「それは戦車道だけじゃないわ。武芸ならどこも同じよ」

 

 武芸の世界で、勝利と敗北は表裏一体。強いから勝ち続けられるという理屈が存在するかも微妙なところだ。

 アズミだって、副官の今に至るまで何度敗北してきたかなど数えきれない。それに、チームで勝利できても自分の戦車が負けてしまったこともある。この世界で敗北とは、嫌でもついて回るものだ。

 

「でも、それが悔しいのは俺も分かるよ」

 

 みそ汁を飲んでいたアズミが視線を上げる。笠守の声に、無念の情が含まれているのに気付いたのだ。

 笠守は、特段スポーツなどに身を入れてはいない。せいぜいが学校の体育の授業で取り組んだぐらいで、部活でも文化部一筋だったから勝負の世界とは縁遠い。それでも、負けることの悔しさは分かる。

 

「写真の世界だと、試合の代わりにコンテストってのがある。それは勝ち負けじゃなくて、入選と落選って形に分かれる。それで、選ばれなかった時はやっぱり悔しいよ」

「じゃあ、笠守もコンテストに出たことがあるの?」

「ああ。まー、鳴かず飛ばずだけど」

 

 それと、と笠守はみそ汁を啜って付け加える。

 

「良いと思う『瞬間』を撮るのが楽しいって言ったの、覚えてる?」

「うん」

「その瞬間を撮り逃した時も、結構悔しいんだ。だって、自分で良いって思った瞬間はもう二度と来ないんだから」

 

 写真を撮る魅力を語った時、笠守はその『良いと思う瞬間』を追うのが好きだと言っていたし、それを見極めるのもまた面白いと告げた。だからこそ、それを逃してしまった時の悔しさは筆舌に尽くしがたい。

 そして、それが原因で、誰かに責められることだってあるのだ。

 

「・・・・・・」

 

 その時のことを思い出して、笠守の視線が少し下がってしまう。その仕草に気付いたのか、アズミの表情が『おや』と変わる。

 

「どうかしたの?」

「・・・ちょっと、昔を思い出してな」

「・・・聞いてもいい?」

 

 懐古の情を抱く笠守に何があったのか、アズミは興味があるようだ。

 笠守としては口に出すのも憚られるほどの出来事でもないので、箸を置いて話すことにする。

 

「・・・言ったかと思うけど、カメラを始めたのって小学校低学年ぐらいだったんだよな」

「確か、お父さんの影響、だったわよね?」

「ああ。でも最初の頃は、今みたいな一眼レフなんて持たせてもらえなくて、使い捨てカメラしか持たせてもらえなかった」

 

 その時の親の気持ちが、アズミには何となく分かる。カメラの市場価値は詳しくないが、本格的なカメラが二束三文では買えないのは想像できた。そんな高価なものを、まだ年端も行かない息子に持たせるのが不安だったのだろう。

 

「けど、一眼レフがカッコよくて、俺はどーしても欲しかったから、小遣い貯めて絶対買うんだって意気込んでた」

 

 腕を組んで、昔に想いを馳せる笠守の表情が面白く見えたらしい。アズミがくすっと笑う。

 

「使い捨てのヤツでも、遠出する時とかはいつも持ち歩いてた。写真を撮って、それを写真屋さんで現像して出来上がりを見るのが、すっごく楽しみだった」

 

 使い捨てカメラは、デジカメのように撮った写真がその場で見れない。だから現像するまで、写真の出来上がりは分からないのだ。それが笠守は、不安でもあり同時に楽しみでもあった。

 しかし、笠守は自分の表情に陰りを帯びたのが分かる。アズミもその表情の変化を読み取ったらしく、嬉しそうな表情が引っ込み真剣なものへと変わる。

 

「・・・で、中学3年の時の修学旅行でも、自分用に使い捨てカメラを持って行ってた。その修学旅行は2泊3日だったんだけど、中日はクラスのチームごとに自由行動の日だったんだよ」

 

 そう言えば修学旅行はそんな日があったなと、アズミは妙な親近感をちらっと抱く。

 

「まあ、俺は自己紹介で『カメラが好き』って言ったぐらいだったし、クラスでも結構カメラを頼まれることが多かった。実際、修学旅行でもよく言われたよ。別にお金を取ってたわけじゃないし、タダで写真を渡してたから重宝されてた」

 

 学校行事にはプロのカメラマンが同行することが多く、修学旅行の後で写真が小銭2~3枚程度の値段で売られることも多い。だが、笠守は無償提供だったので、知っている人には割と人気でもあった。

 それを思い出した笠守の手に、自然と力が籠ってくる。誰かに頼まれることを嬉しく思い、同時にその時の出来事を思い出して辛い気持ちが噴出し始めていたから。

 

「・・・それで、その自由行動中に、チームメイトの女の子が『写真を撮ってほしい』って言ってきたんだ。場所はどこだったかうろ覚えだけど、綺麗な景色のところで」

「・・・」

「でも、俺や他のみんなは、乗る予定の電車がもうすぐ出るって分かってた。それを逃したら後の予定もどんどんズレてくから、なるべく電車には乗り遅れたくない」

 

 話の雲行きが怪しくなってきたのを、アズミは敏感に感じ取ったらしい。形のいい眉が垂れてきている。

 

「だからあまり乗り気じゃなかったけど、その子はどうしてもって言うから急いで撮ろうってことになって、もう1分足らずで撮ったと思う。俺も少し、急いでた」

 

 あ、とアズミの口が小さく開かれる。何が起きたか、おおよその見当がついたようだ。

 

「で、修学旅行から帰って、写真を現像したら・・・その女の子だけ、目を閉じてた」

 

 溜息を吐く笠守。

 カメラは、シャッターを押したらコンマ一秒のズレもなく写真が撮れるわけではない。シャッターを押して、ほんのわずかな若干のタイムラグを挟んでから、写真になるのだ。それを笠守は、あの時焦ったせいで考えていなかった。

 写真を撮る最良のタイミングは、人生でそう二度とは来ない。そのタイミングを笠守は逃してしまい、撮れたのは最悪のタイミングだった。

 

「それでも『現像したのは渡す』って言ったから隠せなくて。で、それで謝ったうえで渡したら・・・もんのすごいキレられた」

「・・・」

「・・・『信じられない、役立たず』って言われた」

 

 アズミの眉が、わずかに顰められる。心無い言葉に、怒ってくれているのだろうか。

 

「その子の気持ちは俺でも分かる。だって『修学旅行』って行事はもう二度と来ないんだから。大切な思い出を写すはずの写真が、そんなのだったんだから」

「・・・」

「俺は、ただ謝ることしかできなかった。周りのみんなも『あの時は急いでたから仕方ない』って言ってくれて、事なきを得た感じだけど・・・」

 

 それで一件落着、と言うわけではない。

 

「・・・それからしばらくの間、カメラを持とうとすると、あの子から言われた言葉、怒られたのを思い出して。気付いたら、もう数か月もカメラに触れなかった」

「・・・じゃあ、今も写真を撮ってるのは・・・?」

 

 それで笠守のカメラマンとしての人生が幕を閉じてはいない。今もまだ、笠守はカメラを握り、写真を撮り続けている。そして、アズミの心を動かすほどの写真まで撮れるに至ったのだ。

 ならば、今までの間に何があったのかを、アズミは知りたいのだろう。

 

「・・・カメラに触らなくなってからは、友達と遊んだり、受験勉強を頑張ったりで、カメラ以外は別に何も変えなかったんだ」

「・・・」

「けど、それから少しして、何かどーにも・・・毎日がつまんないって思うようになった」

 

 何もすることが無くてつまらないのではない。普段通りに過ごす日々の中で、物足りないと思い始めるようになった。

 

「それがカメラを辞めたからだってことにはすぐ気づけた。だけど、それでもカメラを握るとあの時のことを思い出して、やっぱり無理ってことが多かった」

 

 笠守は、自分の手を見る。

ここにはないが、その目にはあの時握っていた使い捨てカメラ、そして今使っている一眼レフカメラが克明に映っている。

 

「でもさ、雨上がりのある日に虹を見かけたんだよ。それも、ものすごくはっきりと浮かび上がってたやつ」

「・・・」

「それを見て、『撮りたい』ってカメラ好きとして血が騒いだ」

 

 アズミが微笑んだのを、笠守は見逃さない。その時の気持ちが何となく伝わったのか、それとも笠守の語調に嬉しさが含まれているのに気付いたのか。

 それでも、話を続ける。

 

「その時は、もうあの時の怖さとか、辛いこととか頭になかった。ただ撮りたいってものを前にして、考えるより先にカメラを持ち出して、シャッターを切ってた」

 

 自分の表情が明るくなっているのが分かる。その時の昂りを、心地よさを昨日のことのように思い出せる。

 

「出来上がった写真に綺麗な虹が写ってて・・・ああ、俺はやっぱり『これ』が好きなんだって思い出した」

 

 力が入っていた手を下ろして、テーブルに置く。

 

「・・・結局、俺はカメラが好きだった。だから、心を動かされるようなものを見れば写真に撮りたくなる。それぐらい、熱中してるんだ」

「・・・へぇ」

 

 肩を竦めて、笠守は水を飲む。既に氷は解けて、ぬるくなっていた。

 

「つまり、もうカメラは俺の人生のパーツの1つだな。だからきっと、この先やめることは無いだろうよ」

 

 最後の1個の唐揚げを食べる笠守。

 

「・・・と言っても、やっぱり人を撮るのは苦手だ。あの修学旅行のことを吹っ切れたわけでもないし、難しいよ」

「・・・・・・でも」

 

 アズミが口を挟む。

 

「その時のことを忘れないで、カメラが好きって気持ちもずっと忘れないで、失敗しても続けてるのはすごいと思う」

 

 真っすぐに褒められて、笠守は照れ臭くなって視線を逸らす。水を一気に呷るが何にもならない。

 

「あなたは・・・素敵なカメラマンだわ」

 

 そういうアズミの顔は、まさしく笠守にとっては優しい笑みだった。

 そして、その顔を見て、言葉を聞いて、顔がじんわりと熱くなってくる。『・・・どうも』と視線を逸らして答えるのが精いっぱいだ。

 

(なんだこれ・・・)

 

 今までも、似たような言葉は言われてきたはずなのに、アズミから聞いた言葉はどうしてか、鐘の音のように強く長く響くものだった。それがどうしてなのかさえ、笠守には掴めない。

 

「・・・長話して悪かったな。食べちゃおう」

「そうね、でもいい話だったわ」

 

 食事に意識を戻させる。そこでもアズミは一言付け加えてきて、全く油断も隙も無い。

 

「ああ、ところで笠守」

「?」

「今朝くれたカイロ、ありがとね。おかげで試合中も暖かかったわ」

「礼なんてそんな。大したことはしてないし」

 

 謙遜ではなく、本当に礼を言われるほどのことでもない。

 あれくらいでこうしてお礼が言われるならお安い御用だ。

 

「土日どこか行くの?」

「んー・・・猫カフェかなぁ」

 

 近くの席でそんな会話が聞こえてくる。明日から土曜日曜で、カレンダー上では休みだ。

 

「・・・アズミって、土日は何か予定ある?」

「んー・・・残念ながら。明日はまた戦車道だし、日曜はショッピングよ」

「休日も戦車道かー・・・大変だな」

 

 そう訊いたのに、深い意味はない。近くの席の会話を聞いてふと思って訊いただけだ。

 

「そしてショッピングか・・・」

「私たちの隊長、もうすぐ誕生日だからみんなで何か買おうってことになったのよ」

「へー・・・」

 

 隊員たちからプレゼントを贈られるということは、それだけ慕われているのだろう。指導者としても、部下にそれだけ慕われるのは嬉しいのかもしれない。

 

「笠守は?」

「あー、両日ともに予定があるな。どっちもカメラ繋がりで」

「あら・・・そう」

 

 そこで、会話が途切れる。

 だがこの時、笠守は心の中に別の気持ち・・・『残念』という感情が宿っていた。

 

(なんだ、何が残念なんだ・・・?)

 

 自分の気持ちに答えが見出せない。

 自分は何に対して残念と思い、そしてどのような答えを望んでいたのか。

 奇妙な感覚に陥ったまま、2人の昼食の時間は過ぎていく。

 



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遠近法

『うお~!やってやるぜ~!!』

 

 腕を吊ったり絆創膏を貼ったりと痛々しい姿のクマが、血気盛んな声を上げて駆け出す。

 そんなクマ―――ボコられグマのボコは、目つきの悪いペンギンたちの群れへと勇んで突き進み、ものの見事に返り討ちに遭ってしまった。

 

『くっ、このっ・・・みんな、おいらに力をくれ~!!』

 

 いや先に喧嘩を吹っかけたのはあなたでしょ、とアズミは冷静に心の中でツッコむ。蛮勇とはまさにこのことだろう。

 なすすべもなくボコボコにされるボコは結局ペンギンたちの気が済むまで足蹴にされて、最後に『次は頑張るぞ!』と意気込んだところで映像は終わった。

 

「・・・好きだねぇ、隊長も」

 

 そんな映像を見上げながら、隣にいた早島が苦笑する。アズミもそれには同感だ。

 彼女たちがいるのは、市内のショッピングモールの一角。その中の『ファンシーボコ』という、このボコられグマのボコのグッズを扱うショップだ。店内には軽快なメロディとは裏腹に物騒な歌詞のテーマソングが流れていて、陳列されているボコグッズは割と種類が豊富だ。

 

「みんな、どれにするか決まった?」

「このボールペンとかいいんじゃない?ノックの部分がボコの頭だし」

「誕生日プレゼントにしては安っぽいと思いますけど・・・」

 

 鴨方が持つボールペンを前に、真庭が首を傾げる。

 たまの休日、アズミとそのパーシングの乗員4人でここまで来た理由は、彼女たちを率いる隊長・愛里寿への誕生日プレゼントを買うためだ。愛里寿がボコの大ファンなのは、大学選抜内では一般教養レベル。誕生日プレゼントはやっぱりこれ、と満場一致で決まったためこうして来ているわけである。

 

「しかし何か・・・こういうお店って恥ずかしいね・・・」

 

 鴨方が、店内を見渡しながらぼやく。

 ずっと幼い時分だったら、こういうファンシーショップには喜んで出向いていただろうに、今となってはどうにも気恥ずかしい。アズミたちが心身共に大人になり、幼い子供たち向けのテンションについていけなくなったからだろう。

 それでも、(ボコはともかく)こうした作品が一部の大人に人気があるのも事実だ。その人たちが成長できていないとは思わないが、アズミたちは少なくともこの手の作品はもう卒業した段階だ。故にこのようなお店にいるのが恥ずかしい。

 

「アズミさんはどれにします?」

「そうねぇ・・・このベレー帽なんて良いと思うけど」

 

 美作に訊かれて見せたのは、ボコの耳がついたベレー帽だ。愛里寿の外見に合うような可愛らしい色合いだし、人形のように華奢な愛里寿には似合うだろう。

 

「愛里寿隊長が既に持っていたら、ちょっとあれですけどね・・・」

「それもあり得るけど・・・何も用意しないよりはましだと思うわ」

 

 愛里寿のボコへの入れ込み具合は、『コア』と評しても過言ではない。新商品の情報は細大漏らさず把握し、購入できる範囲で可能な限りグッズを買い揃えている。アズミが選んだそれも持っている可能性が高い。とは言え、本当に何もプレゼントを渡さないよりはいいだろう。

 やがて、各々メモ帳やらクッションやらアップリケやらを持って会計を済ます。実用性がありつつ愛里寿の好みにも合っているので、嫌な顔はされないだろう。

 

「隊長、喜んでくれると良いですね」

「喜ぶわよ、きっと」

 

 真庭が、自分の手にあるボコのアップリケの入った袋を見る。自分の買ったプレゼントを気に入ってくれるか、という当然の不安を抱いている彼女の肩を、アズミはそっと撫でた。

 

「あー、お腹空いた・・・」

「じゃあごはんにする?」

 

 鴨方がお腹に手をやると、アズミは時計を見る。時刻は正午を回っており、いい具合にお昼時だった。それを意識すると、自然とお腹も空いてくる。

 どこで食べるか5人で相談した結果ファミレスになったが、お昼時に加えて今日が休日なのもあって大分並んでいた。仕方なく、大人しく順番待ちをしながらどれを頼むかを考える。

 

「この後どうする?」

「そうね・・・もう当初の目的は果たしたし・・・」

 

 早島が訊くと、アズミは首を傾げる。

 今日最大の目的は、愛里寿への誕生日プレゼントを買うこと。午前中でそれは成し遂げられたので、後の時間は自由だ。かといって、せっかく休日にこうして集まったのに即刻解散と言うのも面白くない。

 

「あ・・・ちょっと電器屋さんに寄ってもいいですか?イヤホンが壊れちゃって・・・」

「OK、じゃあ後でそこへ行きましょうか」

 

 美作が控えめに手を挙げると、アズミは頷く。

 この後の予定が決まったところで順番が回ってくるが、席の都合で二組に分かれなければならなくなった。適当に分かれ結果、アズミと美作、鴨方と真庭と早島のグループに分かれる。

 

「はぁ、落ち着いた・・・」

 

 席に着きあらかじめ決めた注文をしたところで、アズミは軽く腕を伸ばす。先の『ボコファンシー』にそこそこ長い時間滞在していて、無意識に体が凝ってしまっていた。

 自分だけだろうか、とアズミが向かいに座る美作を見ると、逆に彼女は膝の上の『ボコファンシー』の袋に視線を落としている。

 

「アズミさん」

「?」

「こんな時に訊くのは何ですけど・・・」

 

 その普段とは少し違う様子を訝しんでいると、美作の方から話しかけてきた。鴨方たち3人のテーブルは既にそれぞれの話題で盛り上がっていたが、どう見ても美作の表情は底抜けに楽しい話題を切り出すものだ。

 

「この先・・・私たちで愛里寿隊長に勝てるでしょうか」

 

 そして案の定、和やかな昼食の席に落とされたのは深刻な話題だ。アズミも否応なしに表情が引き締まる。

 

「・・・それ、どういう意味?」

「最近になって、愛里寿隊長と戦う時、私たちがフィニッシャーになったじゃないですか・・・」

 

 先日の模擬戦で、メグミからバミューダアタックのトリを任されて以来、アズミたちのパーシングは最後の対センチュリオンの場面でフィニッシャーになるようになった。

 初日から動きを読まれたのでそれっきりかと思ったが、メグミはバミューダ三姉妹でもそれぞれが柔軟に対応できなければならないと方針を掲げ、フィニッシャーの位置は変わっていない。

 だが、あれ以来アズミのパーシングはセンチュリオンを撃破どころか弾が掠りもしないのが現状だ。

 

「改めて戦ってみて分かりました・・・。隊長は、別次元の強さです」

 

 膝の上に置かれている、『ボコファンシー』の袋を強く握る美作。

 その意見にはアズミも賛成だ。何せ初めて彼女に会った時、彼女の強さを見た時、彼女は果たして自分たちと同じ人なのかどうかさえ分からなくなったのだから。

 

「だから今のことを考えて、この先隊長に勝つなんて、できるのかって思ったんです」

 

 カラン、とコップの水に浮かぶ氷が音を立てる。

 

「・・・結論から言うと、勝てるかどうかは『分からない』わ」

 

 負け続ける、とは言わない。

 絶対勝てる、とも言わない。

 どちらとも言えないアズミの答えに、美作が視線を上げる。

 

「覚えてるかしら?メグミのパーシングが、センチュリオンに命中弾をお見舞いしたの」

 

 美作はもちろん、それを覚えている。あの時のメグミの命中弾は、恐らく愛里寿を含め、あの場所にいた全員の予想をはるかに上回る出来事だった。

 

「ああなるまでのメグミも、今の私たちと同じだったわ。コテンパンにやられて、勝負の後は悩みに悩んで、勝てるのかって悩んでた」

「・・・」

「でも彼女たちは、何かがきっかけで変わった」

 

 その『何か』の正体について、一部の人間は気付いている。アズミもその1人で、美作だって多分知っているはずだ。

 

「つまり、勝負の世界では何が起きるか分からない。全てを予想するなんてことは不可能よ。そして可能性の話を断言して、その結果を悪い方向に裏切られたら、それこそ戦う意欲なんてなくなる」

 

 だからアズミは、考えなしに『勝てる』とは断言しないし、『勝てない』とも決めつけない。自分の発言で、自分の仲間を裏切ってしまうことを良しとはしないから。

 

「けど、そうなりたいって目標は捨てちゃダメよ。そこに向かって進もうとしている限り、私たちは強くなり続ける。愛里寿隊長に勝てるかは分からないけど、成長することはできるから」

 

 美作は、袋を握っていた手の力を緩める。

 アズミに諭されて、自分の中の不安な黒い影が薄れたような、負担が少し軽くなったような感じだ。

 

「・・・ありがとう、ございます」

 

 そこで、店員が料理を持ってきてくれた。アズミのはパエリア、美作はドリアだ。

 難しい話はそこまで、と言わんばかりにアズミがスプーンを手に取る。美作もつられてスプーンを取り出した。

 

「今日は折角のお休みなんだし、少し戦車道から離れてみた方がいいかもね」

「はあ・・・」

「私はよく、そうしてる。思い悩んだりしたら、一度それから離れる。そうしていると気持ちが落ち着いて、ぽろっとアイデアが降ってきたりするわ」

 

 アズミが『いただきます』とパエリアを食べ始めると、美作も納得したようにドリアを食べ始める。

 ふと視線を感じると、隣のテーブルの鴨方たちがいつの間にか話を中断して、アズミたちの方を見て頷いていた。どうやら、先ほどの美作との話が聞こえていたらしく、また表情も穏やかだったので、彼女たちも美作と同じように思うところがあったようだ。

 

(なんか恥ずかしいわね・・・)

 

 個人に聞かれるだけならまだしも、意図せずとはいえ他の人に聞かれたのはどうも恥ずかしい。何も間違ったことは言っていないと思うが、気まずく感じてしまいパエリアに視線を落として食べることに集中する。

 だが、その脇を食事を終えたと思しき男女2人が歩いて行く。大胆にも手まで繋いでいるし、おまけに楽しそうに次はどこへ行こうなどと話している。恐らくはデートだろう。

 

―――結局、俺はカメラが好きだった。だから、心を動かされるようなものを見れば写真に撮りたくなる。それぐらい、熱中してるんだ。

 

 ふと、アズミの脳裏に笠守の顔がよぎる。

 先ほど美作に『思い悩んだらそこから一度離れて、気持ちを落ち着かせる』と言ったが、それは今のアズミにも当てはまることだ。

 そしてそれは戦車道に関してもそうだが、笠守のことについても同じである。

 先日の昼食の場で、笠守のカメラマンとしての失敗と、そこから立ち直った時の話を聞いた。その時の笠守の話と表情からは、彼がどれほどカメラに心血を注ぎ、そして好きでいるのかがひしひしと伝わってきた。そして、笠守の話を聞いたアズミは、自然と嬉しくなった。何かに熱中していることや、それを本当に楽しんでいること、立ち直れたことを聞くと自分も不思議と嬉しくなる。

 だが、ただアズミは嬉しいだけではない。それとは別の、何か違った笠守に対する気持ちを自覚し始めていた。

 そして、そのことを思い浮かべると、どうにも顔がじわりと熱くなってくる。

 

「アズミさん?」

「・・・え?」

「どうしたんです?スプーン持ったまま固まって」

 

 美作に指摘されて気付けば、パエリアを食べる手と口が止まってしまっていた。こちらの異変に気付いたのか、鴨方たちもアズミの方を見ている。

 

「・・・何でもないわ。ちょっと考え事をね」

「そうですか・・・何か悩んでいるようだだったら、言ってくださいね。私は相談に乗ってもらった身ですから」

 

 美作の微笑みに、アズミは『ありがとう』と答えてパエリアを一口食べる。

 しかし、男のことで悩んでいる、なんて素直に言ったらどうなるかは茶化され始めた最近を考えれば目に見える。今は言うべきではないとアズミは思い、パエリアを口に運ぶ。

 美作の純粋な心配の視線が、地味に痛かった。

 

 

 昼食の後は、希望通り家電量販店にやって来た。

 電器屋とは明るいイメージで、機械製品を主に販売しているにもかかわらず、ごてごてとし感じがあまりしない。不思議な場所だとアズミは思う。

 

「イヤホンだっけ?どこだろうなー」

「こういうお店は広くて困りますね~・・・」

 

 店内図を見ながら早島と真庭がぼやく。この大手家電量販店はモール内にあるので、独立した店舗と比べればまだ規模は小さい方だが、それでも十分広い。やがて見取り図でイヤホン―――オーディオ製品売り場を見つけてそこへ向かって歩き出す。

 しかしその途中で、アズミはあるコーナーを目にした。

 

「ね、ちょっと私も見てきていい?」

「大丈夫ですよ。それじゃあ、店の入り口で待ち合わせにしましょうか」

 

 各々自由行動になると、皆それぞれが興味のあるコーナーへと歩き出す。

 そんな中でアズミが向かったのは、デジタルカメラが並ぶコーナーだった。

 

「色々、あるのねぇ・・・」

 

 思わずそう呟く程度には、多くのデジカメがそこにあった。どれだけズームしても高画質を保つもの、手ブレ補正を自動でするもの、暗がりでも鮮明な写真を撮れるものなど高性能なものがほとんどだ。

 アズミはこういったデジカメの類を持っていない。スマートフォンのカメラで事足りると思っているし、機械オンチとまではいかないがデジタル系が少し苦手なのもあって興味もそこまでなかった。

 だが、ここ最近はカメラに情熱を注ぐ笠守と出会ってから、こういったものに次第に興味を持ち始めていた。笠守の人生のピースの1つであるカメラとはどんなものなのか、と。

 

「・・・でも、お高いのよねぇ」

 

 そこでネックになるのは、やはり値段だ。ピンからキリまであるが、どれも気軽に買えるような値段ではなく、長考を要する。

 アズミは自分でもショッピングが好きだと思っているが、衝動買いまではしない。じっくりと考えてから財布を取り出すタイプである。

 だが今、アズミの心はぐらついていた。

 カメラを手にすれば、写真を撮ることを愛している笠守の気持ちが、少しでも分かるのではないかと。

 カメラを手にすれば、写真を撮ることを愛している笠守に少しでも近づけるのではないかと。

 

「アズミ~」

 

 横合いから声を掛けられて、自然と伸びそうになった手をアズミは止める。

 アズミは、平静を装ってその声のした方を向くと、鴨方がいた。

 

「・・・どうかした?」

「いやー、デジカメコーナーで何してるのかなって」

 

 家電量販店で気になったのがデジカメなのが、不思議に見えたらしい。普段アズミも、こういうものに興味を示すことがほとんどなかったから、尚更だろう。

 先ほどの美作の時と同様、素直に言えば角が立つのは想像に難くないので、これも隠すことにした。

 

「家電量販店にカメラって、何か珍しいって思ったのよ。で、鴨方は?」

「え?私は・・・おばーちゃんがデジカメほしいって言うから、軽く見繕っておこうと思って。何せ機械オンチでさっぱりだって言うから」

 

 鴨方は深く疑いもせず、並んでいるカメラを物色しだす。

 アズミは安心する一方で、カメラに手を伸ばそうとした自分の気持ちを見直す。

 笠守のことは親しい人だと思っているし、カメラを好いている彼のことを悪く思ってはいない。

 しかし、今のアズミにとっての笠守の認識は、ただの仲の良い人ではないように自分で思う。

 

「・・・一体どうしちゃったのかしらね」

 

 口でそうぽつりとアズミだが、表情はどこか嬉しそうだったのは自分でも分かる。

 鴨方は最終的に面倒くさくなったのか、無料のカタログを持ち帰ることにしたようだ。

 

 

 家電量販店を後にして、次はどうしようかと言う段階で。

 

「近くにイチョウの並木道があるみたいですよ。今が見ごろだとか」

「へ~、それならせっかくだし行ってみよっか」

 

 真庭が提案すると、アズミを含め全員が頷いた。いつ調べたのかと思ったが、どうやら先ほどの昼食の時間に、料理を待っている間に調べていたようだ。何の話をしていたのかと思ったが、それのことかとアズミは納得する。

 モールから出て、爽やかな秋晴れの空の下、5人で目的の場所へと目指す。先導するのはその場所を見つけた真庭だ。

 イチョウ並木とはどんなものなのか。アズミも気になりつつ足を進める。

 

(イチョウか・・・)

 

 そして思い出すのは、自分が大学の日に通う道の並木。あそこにも、イチョウの樹が植えられていた。昨日あたりにやっと黄色く染まってきた頃合いだったが、これから行くところはどうなのだろう。

 そして、いつも見るイチョウを思い出すと、笠守のことを同時に思い出す。最近になって、あのイチョウを見るのは笠守と一緒の時が多くなったから。大学へ行く時だけだが、それでも十分な時間だ。

 

「・・・・・・」

 

 まただ。

 気づけば、笠守のことを考えるようになってしまっている。

 しかもそれが嫌になっているわけではない。どころか、考えるたびに自分の心の中が温まっていくような感じになる。それはとても心地よくて、この気持ちをずっと抱いたままでいたいとさえ思えた。

 

「アズミ、おーい?」

「・・・え、あ、何?」

「いや、近くにケーキバイキングのお店があるから、後で行こうって話」

「あー・・・そうね、うん。行きましょうか」

 

 考え事の途中で鴨方に話しかけられて、反応が鈍くなる。

 取り繕うアズミだが、それでも猜疑の念を抱かずにはいられなかったらしい。

 

「何か今日、アズミって考え事してるの多くない?」

「そう?」

「確かにですね・・・。もしかして、色々抱え込んでます?」

 

 アズミが大学選抜の中隊長・副官と言う立場は、鴨方や真庭たちも理解している。中隊長車の乗員というだけの自分たちとは、背負うものの大きさが違うことも分かっているつもりだ。

 だが、今のアズミから感じられるのは、そう言った責任だとか重圧だとか、暗澹としたものではない。むしろ、それを考えているのを楽しそうにしている風に見える。だから尚更、鴨方たちはそれが不思議に思えてならない。

 

「大丈夫よ、うん。そんなに深刻なことじゃないから」

「一体何に悩んでるんだか・・・」

 

 笑って振舞うアズミ。あくまでアズミ個人の問題であり、早島たちに迷惑が掛かるものではないので、本当に深刻でもない。

 しかし早島は、『ああ』と何かに気付いたように声を上げる。

 

「もしかして、アズミ。あれなの?あの、最近仲良くなった男のこと?」

 

 言い当てられた。しかし慌てふためくなんてヘマはしない。

 

「まさか、違うわよ」

 

 笑って否定するアズミ。

 だが、早島たち4人は『あ、図星だこれ』と察する。伊達に何年も同じ戦車に乗ってコンビネーションを組んではいないから、些細な変化―――特に色恋関連なら―――にも敏感になる。

 かといって、アズミがそれについて悩んでいるのであれば、あまりとやかく茶化すのも得策とは言えないので、敢えてスルーすることにする。

 

「あっ、あれじゃない?」

 

 鴨方が先を指差すと、確かにそこにはイチョウの樹がちらっと見えた。さらに目を凝らすと、そちらの方へ人が流れて行っている気がする。どうやら人気のスポットに違いはないらしい。

 さらに歩くと、目的のイチョウ並木に到着した。ショッピングモールから、およそ10分程度だった。

 

「わ・・・綺麗・・・!」

 

 その並木を目にした瞬間、真庭が感嘆の声を洩らす。

 そこには、山吹色に染まった枝葉を広げるイチョウの並木道があった。樹の枝は空を覆うほど広がっており、太陽の光が当たった木の葉は色濃く染まっている。

 並木道はまっすぐ伸びており、その先には大学のレトロな校舎が建っていて、それがアクセントとなってより良い雰囲気を作っている。

 極めつけには、枝から落ちたイチョウの葉が地面に積もり、まるで絨毯のように道を淡い黄色に染めていた。

 

「これは・・・まさに絶景だね・・・」

「そうね・・・」

 

 鴨方が感心したように呟くと、アズミも頷く。確かにこの景色は、まさに絶景、まさに圧巻。秋らしさをこれでもかと言うほど見せつけてくる。

 真庭や美作は、スマートフォンを取り出してこの光景を写真に撮っている。鴨方と早島もそれを見て、同じようにスマートフォンでこの景色を写真に収めた。

 

「私も撮ろうかしら」

 

 アズミも、やはりこの景色は1枚写真に収めたいと思ってカメラ機能を立ち上げる。

 だが、美作たちがサッと撮るのとは反対に、アズミはまず構図から拘り始める。左右対称では面白くない、だから斜めから撮ってみようかと道の真ん中から少し脇へと移動する。町もこの綺麗な景色を多くの人に見せたいのか、歩行者天国になっているのが幸いだった。

 

(こんな感じ・・・?)

 

 真正面からではなく、少し斜めから撮る。

 次に、やや空を見上げるようにカメラを向けることで、広がる枝のイチョウの葉が陽の光に照らされて色が変わる様子を撮ることができる。

 そして、アズミの思うちょうどいいタイミングでシャッターを切った。

 

「・・・イイ感じじゃない」

 

 撮れた写真を見て、自分で評価する。逆光もなく、広く見渡している感じで撮れている。ぼやけたりせず、イチョウの鮮やかな山吹色を写しているので悪くない出来だ。

 自分で撮った写真に頷いていると、美作たちが自分に向けて奇異の視線を向けているのに気付いた。

 

「なに?」

「いや、アズミってそんな写真撮る時こだわってたっけ・・・?」

 

 鴨方に訊かれて、アズミは内心『しまった』と焦る。笠守に色々教わって、無意識にその辺りを注意するようになってしまっていた。いや、それは何も悪くはないが、彼女たちの前でそれを悟らされてしまったのは色々と厄介だ。

 

「本当にアズミさん・・・最近少し変わりましたよね・・・」

「ええ、それもいい方向に・・・なんででしょう?」

 

 焦るアズミをよそに、美作と真庭で話し始める。

 そして、早島が。

 

「いや、これはもうアレしかないでしょ」

 

 すべてを理解したかのように腕を組んで、笑みをアズミに向けてくる。

 その目は、何かを確信したかのような、自信に満ちているものだとアズミは感じた。

 

「この前見た、あの男の人でしょ」

 

 どうだこの名推理、とばかりにドヤ顔を見せる早島。参ったことにビンゴだ。

 だがアズミは、的中しているからこそ素直に答えるのが憚られた。かといって、何か他の言い訳を考えてもしらを切り通せる気がしない。

 そんなことを悶々と考えているうちに、『沈黙は肯定』と捉えられてしまったのか、美作たちも同調しだす。

 

「やっぱりそうですよね・・・様子が変わったのって、あの謎の男の人と一緒にいるの見かけた時からかも」

「そう言えば、前にアズミさん、模擬戦の後で戦車を撮ってましたね」

「ははーん、さっきカメラ見ていたのはそういう・・・」

 

 4人から安心と羨望の入り混じった視線を向けられて、アズミもぐぬぬと口を閉ざす。推測から一気に信憑性のある話へと変わってしまい、退路は断たれたも同然だ。

 

「で、アズミ。実際のところどうなのよ?」

「素直に話した方が楽になると思いますよ?」

 

 鴨方と美作に問い詰められる。早島と真庭も興味深そうな視線を向けていて、まさに孤立無援。

 もはやこれまでか、とアズミは嘆息して口を開いた。

 

「・・・そうよ。カメラにちょっとこだわりだしたのは、その仲良くなった人がカメラ好きだから」

「はー、なるほどねぇ・・・」

 

 白状すると、早島が納得したように頷く。

 立ち止まって話をするのも何だったので、5人は歩きながら話すことにした。歩行者天国の恩恵に与り、イチョウ並木の下を悠々と歩く。

 

「では、アズミさんはその人のことが気になっていると?」

「そんなこと・・・」

 

 無いとは言い切れない。現に今日、アズミの頭を笠守のことが何度掠めたことか。

 つまりは真庭の言う通りで、アズミは笠守のことが気になっていたのだ。

 

「悪い意味で気になってるの?ムカつくとか、気に食わないとか」

「それは無いわ」

 

 鴨方の質問には淀みなく答える。笠守のことを思うほどにアズミの心は穏やかになっていくし、一度だって笠守のことを悪く思ったことはない。

 では、アズミは根本的に笠守のことをどう思っているのか?

 

「なるほどなるほど、アズミさんはその人のことを悪く思ってはいないと・・・」

「それってさぁ、ねえ~・・・?」

 

 美作と早島の言いたいことは分かる。アズミもそうだが、ここにいる全員二十歳を過ぎて人生の酸いも甘いもある程度分かってきたものだから、この気持ちが何なのか皆目見当がつかないわけでもない。

 だが、だからこそアズミはすぐに結論を下せなかった。

 アズミは今、確かに笠守のことを悪く思ってはいないし、彼のことを思い浮かべて気持ちが穏やかになるのも否定しない。

 しかし、それが果たして純粋に()()()()()()()なのかは分からない。もしかしたら、ただ尊敬の情を抱いているだけなのかもしれない。あるいは普通よりも強い友情なだけかもしれない。自分でも分からないからこそ、簡単には結論が出せなかった。

 

「分からないわ、正直。自分の気持ちが」

「そうですか・・・でも、焦って結論を急がないようにした方が良いですね」

「ええ、そうね」

 

 自分の気持ちにかかわる大きな問題だ。真庭の言う通り、ここは慎重に考えるべきだろう。

 

「しかし、大学で写真つながりってことは・・・写真サークル?」

「知ってるの?」

「うん。ウチの大学のホームページの写真、あれもあそこが撮ってるって話だよ」

「え、そうなの?」

 

 鴨方がもたらした意外な情報に、アズミは目を丸くする。ホームページなんて看板のようなものだから、まさに責任重大ではないか。

 

「知らなかったの?」

「ええ・・・そういう話もしなかったし・・・」

「へえ~、意外にその人シャイなのかもね」

 

 鴨方がにっと笑う。

 笠守もシャイな方なのかな、と思いつつアズミはイチョウ並木を改めて眺める。

 イチョウはどこを見ても色褪せていないが、並木道を歩き進んでいるとだんだんと青く澄んだ空が見えてくる。やがて太陽の光は直接道に降り注がれ、木の葉のシルエットで縁取られた日向を作り出していた。

 そして、やはりここは有名な紅葉スポットだからか、多くの手段でこの光景を形に残そうとする人が多い。スケッチしたり、スマホで動画を撮影したり、そしてカメラで写真に収めようとしている。

 

「案外、アズミのその気になる人もいたりして」

「それはあるかも・・・でもそんな偶然・・・」

 

 カメラを構えている人を見て早島が冗談っぽく告げると、アズミも苦笑する。

 笠守は自然物を撮るのが好きと言っていたし、こうした景色も気に入りそうだ。とは言え、こんな場所で偶然出会う可能性など相当低いだろう。

 そんなことを思いながら、1本のイチョウの樹の傍を通り過ぎようとすると。

 

「あれ、アズミ?」

 

 横合いから突然声を掛けられて、光のような速さで振り向くと、そこにいたのはまさかの笠守だった。その特徴である少し跳ねた前髪は間違えようもないし、声だって本人のものだ。さらにその手に持っているカメラは、前に見たものと同じ。紛うことなき本人だ。

 

「笠守・・・」

「奇遇だな、こんなトコで」

「ええ、そうね・・・」

 

 まさか、笠守のことを口にしたところで、いきなり出くわすなど夢にも思わなかった。

 そして今、後ろにいる鴨方たちはどんな顔をしているのだろうか。『おお、偶然だね~』とか『こんなことってあるんですねぇ・・・』と言っているうえにその口調が嬉しそうなので、見るまでもないが。

 

「えっと・・・」

 

 そんな彼女たちが見えただろう笠守が、遠慮がちに表情を窺う。アズミは突然の遭遇に驚きながらも紹介すべきだと思い至る。

 

「ああ、4人とも私と同じパーシングに乗ってる仲間よ」

『こんにちは~』

 

 鴨方たちは愛想よく挨拶をする。本当は笠守にアズミとの関係やら何やらを根掘り葉掘り聞きたいだろうに、とアズミは内心で苦笑する。

 と、思いきや。

 

「それじゃあアズミ、また後でね」

「え、え?」

 

 何を思ったのか、早島が一旦別れようと宣った。それには流石にアズミも驚くが、鴨方たち4人は最初からそのつもりだったように自然な流れでその場を離れようとする。

 その間際、真庭が右手の人差し指と小指を立てて自分の耳元で手を揺らした。それが『後で連絡を寄こせ』というジェスチャーなのは分かったし、彼女たちはアズミと笠守を2人きりにしようと画策したのだとようやく気づいた。

 

「えーと、お邪魔だったのか・・・?」

「いや、そんなことは無いわよ、うん・・・」

 

 違和感のある別行動に、笠守も疑念を抱かずにはいられない。先ほどまで共に行動していただろうアズミでさえ状況が把握できていなさそうだからなおさらだ。

 しかしながら、このギクシャクした雰囲気のままなのは気まずいので、笠守はアズミの手にあるファンシーショップのものと思しき袋に注目した。

 

「・・・アズミは、あれか。隊長への誕生日プレゼントを買いに行ったんだっけか」

「あ、ええ・・・そうよ。隊長、この『ボコられグマのボコ』って言うキャラクターが大好きでね」

「ボコねぇ・・・」

 

 訊かれてアズミは袋を掲げる。笠守の反応からして、ボコのことを知らないのはその反応から分かった。アズミでさえ、愛里寿に会うまでボコの存在自体知らなかったぐらいには、ボコと言うキャラはマイナーなものだ。

 さて、早島たちに置いてけぼりにされたのは予想外だが、こうして笠守に出会い、話が進みだしたのは僥倖でもあった。それに笠守から話しかけてきたおかげで、少し気まずさも薄れているので、アズミも気になったことを訊ねてみる。

 

「笠守は、やっぱりこの並木道を?」

「ああ。コンテストが近いし、いいかなって」

「そういえば前に言ってたわね。笠守も参加するのかしら?」

「ああ、そのつもりだ」

 

 笠守はカメラを携え、自信を持って頷く。

 何かに挑戦しようとする姿勢は、見ているだけで自然と応援したくなる。アズミだって、笠守のことを応援したい。そんな気持ちだ。

 

「それで、どんな写真が撮れたの?」

「ああ、えっと・・・」

 

 アズミは、そのコンテストに向けた写真がどんなものかが気になって問いかける。それに応えて笠守も、カメラのメモリーを見返す。

 

「こんな感じのやつだけど・・・」

「見てもいい?」

「ああ、もちろん」

 

 笠守がアズミにも見やすいように画面を向けると、それをアズミが覗き込む。

 

(・・・迂闊だった)

 

 笠守がそう思ったのは、アズミが覗き込んだ途端にその距離が一気に詰まったからだ。おかげで甘い香りとか柔らかい雰囲気とか、目に見えないものさえも近くに感じられてしまう。

 それに、アズミが近くにいると、笠守の鼓動が早鐘を打つ。その音がアズミに聞こえやしないかと不安になる。

 そして笠守は、自分の身体のことのはずなのに、どうしてそうなるのかが自分で分からない。

 

「やっぱり綺麗ね~」

 

 そんな笠守の状態など知る由もないアズミは、その画面の中の写真を見て感心する。

 アズミが撮ったこのイチョウ並木を、道の端から通りの奥まで見えるような構図で撮っている。突き当りにある大学の古風な校舎も入るように写しているので、この並木道の長さを上手く表現できている、とアズミは思った。

 

「私のなんか比べ物にならないわ・・・」

「アズミも撮ったんだ?」

「ええ、まあ」

「へー、ちょっと見せてもらっても?」

「いいけど・・・」

 

 これ幸いと、笠守はアズミの写真を見せてもらうことにした。妙に気まずい雰囲気から少し離れたかったし、筋が良いと思うアズミがどんな写真を撮ったのかも気になった。

 アズミはスマートフォンを操作して、画面を笠守に見せる。笠守は先ほどの失敗を基に、スマートフォンを慎重に受け取ってその写真を見ることにした。

 

「どれどれ・・・」

 

 そして自然と、笠守は写真を見るときはそれに没頭できる。頭の中から余計な気持ちが抜けて、その写真だけに集中しようと自分で意識を切り替えられる。

 だから今、笠守は先ほどのアズミとのやり取りで感じた気恥ずかしさなど、頭の片隅にもない。

 そして、写真を見る笠守をアズミがじっと見つめていることにも気付けない。

 

(・・・・・・)

 

 アズミが笠守を見つめている理由は、ただ『目を逸らせられないから』だ。

 笠守は今、アズミが見せた写真を食い入るように眺めている。値踏みするようではなく、純粋に写真を楽しんでいるかのように。何より真剣に。

 そんな笠守の今の様子は、他人から見れば何の変哲もない。

 だがアズミには、今の笠守の様子に見惚れていた。それも、最初に笠守の写真―――パーシングの写真に見惚れた時とは違う気持ちを今は抱いている。

 その気持ちは、一体何だろう?

 アズミが自分の中の気持ちに触れようとしたその瞬間。

 

「うん・・・すごく、いい写真だ」

 

 笠守の声で、現実に引き戻される。

 そこには、スマートフォンを差し出す笠守の姿があった。

 

「構図はいいし、アングルもイチョウの葉を見上げる感じで悪くない。前言ったみたいな逆光も入ってないし・・・本当、いい写真だ」

「それは・・・褒めすぎじゃない?」

「いやいや、上手いよ」

 

 あまり褒めちぎられることもないのでアズミは照れ臭い。だが、笠守が嘘やおべんちゃらを並べたりしている風には見えない。恐らくは本心から、アズミのことを褒めてくれている。

 ただ、そうして真っ当な言葉と視線を向けられたままでいると、胸の鼓動が早まってくる。

 そして笠守に対して意識が強く激しく注がれている。

 

「同じような構図なのに、どうして違うのかしらね・・・」

 

 しかし気になるのは、やはり写真だ。

 自分みたいな駆け出しが笠守のような経験者と比べるのもおこがましいが、どうしてこうも違うのかは気になる。同じような向きで、同じような構図なのに、何かが違う。

 

「んー、何って言われると悩むけど・・・俺は遠近感には気をつけてるかな」

「遠近感?」

「ああ、これって結構重要でさ・・・」

 

 言って笠守は、再びカメラを取り出して、先ほどアズミにも見せた写真を表示させる。

 

「この写真、向こうの通りの交差点の方から撮ったんだ。で、突き当りの大学まで見えるように角度を調節して、イチョウ並木がどれだけ長いかって言うのを表現できるようにしたんだよ」

 

 確かに言われてみれば、確かにアズミの写真は並木道のごく一部を切り取ったような写真だ。だから、どれだけこのイチョウ並木が続いているかが分からず、ただそこら中にある街路樹を撮っているような感じになっていた。つまり、この場所特有の景色を撮れていなかったのだ。

 

「そっか・・・それじゃ・・・」

 

 アズミは『ちょっとごめんね』と断りを入れてから再びカメラを起動して、再び並木道を撮ろうとする。ただし、今度は歩いて来た道が写るように角度を変え、さらに気を付けるべき点に留意してシャッターを切る。

 

「こんな感じってこと・・・?」

「お?」

 

 アズミが撮った写真を見せてくる。

 並木道が奥の方まで写っていて、先ほど指摘した遠近感をちゃんと取り入れている。奥に写っているのはごく普通の交差点と、古風な大学の校舎と比べればインパクトに欠けるが、それでも十分上手い。

 

「へー、もうちゃんと写真に組み込むなんて。アズミ、ホントにすごいなー・・・」

「それほどでも」

 

 笠守が褒めると、アズミは満更でもなさそうに画面を閉じて笠守に向き直る。

 

「で、さっきコンテストがあるって言ってたけど、笠守はさっきの写真を?」

「いや、出さないよ」

「え?」

 

 首を横に振った笠守に、思わず聞き返す。あれだけ綺麗に撮れたのに、出さないのかと。

 

「俺の写真って、よく『パンチが足りない』って言われるんだよ。基本はいいけど、あと何か1つアクセントが欲しいって感じ。そんなわけで入選したことが一度もない」

 

 そして笠守はもう一度、先ほど撮った並木道の写真を見せる。

 

「この写真も、確かに自分でもよく撮れてると思う。けど、やっぱり何か後1つほしいって自分でも思ってるんだ」

 

 アクセント、とは時と場合によって異なる。例えばこのイチョウ並木も、空に群れなす鳥が飛んでいたり、あるいは空が夕焼けであれば違った印象を付けられる。今の快晴の空は確かに映えるが、それだけでは足りないのだ。

 

「それに、こういう有名な場所は大体他の人が目星をつけて撮りに来てるからなー。ダブったりすると写真の腕で優劣が決まるし、そうなるとちょっと厳しくなるし」

 

 まだ笠守は、誰にも負けないほどの写真の腕を持っているとは思えない。被写体がダブってしまったら、決め手になるのは写真の出来栄えだ。それで自分の写真が生き残る自信が無いから、こうした場所で撮った写真をコンテストに出すのが笠守はできなかった。

 

「じゃあ、この前見たような戦車の写真はどう?笠守、ああいうのも好きって言ってたじゃない」

「いや、今回のコンテストのテーマは『自然』でなー・・・戦車みたいな人工物をメインにはできないんだ」

 

 写真の条件には、人工物は写真の中で数パーセントと決められているので、戦車をメインにするのは当然不可能だ。

 では戦車をアクセントにすればどうかと言う話になるが、それも好ましくないと笠守は思う。戦車とは、その武骨な見た目や質感を間近で見てこそ力強さが伝わってくるものだ。それを遠巻きに写すだけではその魅力も損なわれてしまうだろうから、あまり得策とは言えなかった。

 

「こりゃもう、山にでも登るしかないか・・・」

「山って・・・」

「いや、割と本気で結構登ることが多いんだ。やっぱり山は自然の宝庫だし、リラックスすることもできるから。サークルのみんなで行くことも多い」

「へー・・・」

 

 アズミは山と言う風景を思い浮かべる。確かに緑あふれる場所だし、多くの自然に癒されることもあるだろう。運が良ければ、動物だって見られるかもしれない。まさに、自然を撮ることが好きな笠守にとっては最良の環境と言えるだろう。

 そして、そんな山を登りつつカメラを構える笠守を想像すると、中々絵になる。

 

「・・・なんて言うか、私もまだまだよね」

「?」

「笠守、そうやって好きな写真のことならすごく真剣に打ち込んで・・・。駆け出しの私のこと、笠守は褒めてくれるけど、私なんてまだまだド素人だから」

 

 アズミは、落ち込んでいるわけではない。笠守が写真にどれだけ情熱を注いでいるのか、それを楽しんでいるのかを、改めて思い知らされたのだ。だからこそ、笠守に対して()()を持てる。

 

「アズミだって、十分頑張ってるよ。カメラも、戦車道も」

 

 アズミが笠守の顔を見る。笠守は、カメラを下ろしてアズミのことを見据える。

 

「ほとんど毎日戦車に愚痴も言わず乗って戦って、大学選抜チームの副隊長なんだろ?それだけだってアズミは思っていても、俺からすれば立派だと思う」

 

 それと、と笠守はカメラを掲げる。

 

「写真もそうだ。俺と出会ってまだあんまり日にちは経ってないけど、アズミは飲み込みが早い。もっと誇ってもいいぐらいだ」

「・・・」

「そして俺の写真を気に入ってくれたのも、俺にとっては一番うれしいことだ」

 

 え、とアズミの口から声が洩れる。

 

「俺はコンテストで入選したことも無くて、伸び悩んでるところもあった。けど、アズミがこの前俺の写真を褒めて『一目惚れした』って言ってくれたのは、すっごく嬉しかった」

 

 だから、と言って、続ける。

 

「俺はアズミと出会えて、本当に良かったと思ってるよ」

 

 

 

 笠守と別れた後、アズミはイチョウ並木を引き返してスマートフォンを取り出す。

 別れ際の真庭のジェスチャー通りに連絡をすると、ケーキバイキングの店の前で落ち合うことになった。

 そして案の定『どうだった?』と訊かれた。何に対する質問なのかは聞くに及ばなかったし、話しても話さなくてもこの後ケーキを傍らに色々聞かれるのは目に見えたので、今同行しても無駄だと判断したからだ。

 電話を切ると、丁度交差点の赤信号に引っかかって足を止める。

 少し考えてから、スマートフォンの画面をスライドしてアルバムを開く。そこにあるのは、ここ最近で増えてきたいろいろな写真だ。

 

「・・・・・・」

 

 その写真を見て、先ほどの・・・これまでの笠守との思い出が頭をよぎる。

 彼から言われた言葉、撮った写真、見せてもらった写真は全てがアズミの記憶に鮮明に残っている。これまでも、笠守との思い出は思い出すほどに温かくなれるようなものばかりだったが、今日できた思い出は違う。より克明に残るものだ。

 そうなる理由には、気付きかけていた。だが、積み重ねた年齢と経験によってそうと軽率に決めるのを避けていた。

 しかし、笠守と話をして自分の気持ちがはっきりした今は、それを認めざるを得ない。

 いや、違う。認めたい。

 この気持ちは、認めたいと願いたいほどに大きく強く自分の中で静かに育っていた。

 信号が変わり、人々が道路を渡り始める。

 アズミもまた、踏み出す。自分の中の新しい気持ちに向き合うように。

 

 笠守のことが好きだという気持ちに。

 



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ピント

遅れてしまい大変申し訳ございません。
また今回より、少し書き方が変わっております。予めご了承ください。


 週明けの戦車道の時間。

 休日で体を休めた履修生たちは、気が緩みがちな休み明けこそ気を付けねばと、自らの襟を正して戦車道に臨む。

 大学選抜の訓練の流れと言えば、まず最初に全体ミーティングで連絡事項や今日の訓練の通達。その後は各車輌の点検、統率訓練、最後に模擬戦といった具合だ。

 しかし今日は、ミーティングからして普段通りではなかった。

 

「先日から話に上がっていた、社会人チームとの試合についてだが・・・」

 

 皆の前に立つ愛里寿がその話題を出すと、会議室の空気がみしっと音を立てた気がした。

 社会人チームとの試合、と聞いて思いつくのは初夏のくろがね工業との試合だ。あの試合は結果だけを見れば、社会人チームに勝利し、大学選抜の力を世間にはある程度知らしめることができた。しかしその内容は、序盤から躓いた上に味方から離反者が出たものだから、大学選抜からすれば最悪そのものだ。

 それを抜いても、社会人との試合は彼女たちにとっても腕の見せ所だ。これまでの模擬戦など生ぬるいほどの緊張感を持つし、将来のプロ育成を目的とした大学選抜からすれば相手にとって不足はない。

 

「来月の中旬、ことぶき工業との試合が決定した」

 

 愛里寿がその相手の名を告げると、一層空気が引き締まり、緊張感が場を支配する。

 ここにいる全員、自分たちが選ばれし優秀な戦車乗りの自覚があるし、それが有名無実とならないよう鍛錬と研究、情報収集も怠っていない。だからこそ、ことぶき工業が社会人戦車道でも指折りの実力なのも知っていた。

 

「試合の詳細は追って連絡をする。通達を待つように」

 

 まだ試合をする日時が決まっただけで、試合をする会場や形式等細かいところは適宜話を進める感じだ

 だが、試合が決まっただけで、チームを緊張させるには十分だった。

 もちろん、愛里寿の下につき、チームを率いるバミューダ三姉妹も表情にこそ出しはしないが、心を引き絞るように表情を硬くしていた。

 

 

 その日のアズミの昼食は、メグミとルミ、そして愛里寿と一緒だ。

 最近は彼女たちと食べる機会もざらだったが、今日は色々と事情が重なったためにこのような形になった。

 

「しかし、ことぶき工業とはまた随分と強力な相手ですね・・・」

 

 ルミが、焼き魚の骨を箸で丁寧に取りながら話を切り出す。

 それは他でもない、正面に座っている愛里寿に向かって投げた言葉だ。だが、その愛里寿の背丈はここにいる全員よりも低いし、飛び級して同じ大学生とは言え13歳と年下。見た目年下の少女でしかない愛里寿に対し、大人な風貌のルミが子供に敬語を使うのも些か妙な感じだ。

 

「お母様が掛け合ってくれたの。『前途ある戦車乗りにチャンスを』って」

 

 フォークを置いて、愛里寿がルミを見る。

 その話し方は戦車道の訓練とは違う、やや舌足らずで柔らかい年相応な感じがする。先ほどの鋭い話し方は、大学選抜チームの隊長として意識を切り替えていたからだ。

 

「ありがたいですね・・・やっぱり、実戦が一番力をつけられますから」

 

 メグミがそう言うと、とんかつを一切れ口に含む。

 現在の大学選抜チームの世間の評価は、正直そこまで高くない。くろがね工業戦後は多少高い評価を得たものの、件の大洗女子との試合に負けたことでその評価も改めさせられてしまった。

 世の中とは、良いイメージよりも悪いイメージの方がずっと強く長く尾を引きがちになってしまう。敗北、それも年下にとなれば、否が応でもマイナスな印象を植え付ける。

 そんな中で強力な社会人との試合とは、まさに地獄で仏のようだ。

 

「詳しい話が決まったら、メグミたちもお母さまから呼び出されて話が行く思うから」

「はい、わかりました」

 

 愛里寿の隣に座るアズミが頷く。

 そこで愛里寿のポケットのスマートフォンが音楽を奏でたので、一旦離席した。恐らく電話だろう。

 それを見送ってから、アズミ、メグミ、ルミの3人は顔を突き合わせて話し出す。

 

「あんたたち・・・プレゼントは買った?」

「ええ」

「当の然」

 

 アズミの問いに、メグミとルミは大きく頷く。親愛する愛里寿の誕生を前に、プレゼントを忘れるなどのヘマはしないだろうと思っていたので、安心した。

 

「2人は何買ったの?被ったりしたらあれだし・・・」

「私はボコモチーフのメモ帳。メグミは?」

「えっと・・・猫のぬいぐるみ。可愛い系の」

 

 ルミの答えはおおむね予想通り、メグミのチョイスは最近の趣味の変遷からしてごく自然かもしれない。アズミは当然、先日モールで買ったボコモチーフのベレー帽だ。

 

「・・・後何か1つほしいわね・・・」

「何かって?」

 

 ルミが腕を組んで唸る。

 プレゼントは大学選抜チームのメンバー100余人分となると流石に多すぎるので、バミューダ三姉妹のパーシングメンバー+センチュリオンの乗員だけだが、それでもかなりの数があるだろう。それに加えて何が必要と言うか。

 

「何か、私たちと愛里寿隊長だけの思い出、的なもの欲しくない?」

「・・・・・・ああ、分かる」

 

 ルミの意見に賛同したのはメグミだ。アズミも、言わんとすることは少し分かる。

 今年は、アズミたちが愛里寿と初めて出会った年であり、大学選抜チームが躍進を始めた年でもある。そんな中での愛里寿の誕生日とくれば、プレゼントだけではどうにも物足りない。

 

「じゃあ、一緒にご飯とかどう?今とか反省会みたいのじゃなくて」

「あーそれもいいわね・・・」

 

 この日常の一コマと化している昼食や反省会のどんちゃん騒ぎなどではなく、もっとちゃんとした食事。それも確かにいいだろう。

 だが、アズミはまた別の案があった。

 

「それなら、一緒に写真を撮るなんてどう?」

 

 色々と写真には思うところあるが、思い出を残すにはもってこいだろう。

 それをアズミが伝えると、メグミとルミは『おっ』と顔を明るくする。どうやら、食いついてくれたらしい。

 

「写真かぁ、確かにいいかも」

「そうね。形として残るのも良いと思う」

 

 ルミとメグミも頷く。

 そこで誕生日の記念として、愛里寿と食事、そして記念撮影と話が丸く収まるかと思ったら、メグミとルミはまだアズミに視線を向けたままだ。アズミは、カレーライスを掬おうとしたスプーンを止める。

 

「で、もしかしてだけどアズミ?」

「何?」

 

 視線が合ったメグミが訊いてくるが、アズミはその時にメグミの表情が試すように笑っていたのに気付くべきだった。

 

「そのアイデアは、最近知り合ったって言う男の影響かしら?」

 

 指摘される。

 途端、アズミの身体がつま先から頭のてっぺんに、まるで温度計のように熱が伝わっていく。

 口では何とでも否定することができたが、照れ臭さが上回ったせいで言葉もろくに紡げない。

 二の句が継げないままでいると、それを肯定と受け取ってしまったのかルミが唇を緩める。

 

「隠そうとしても無駄よ。あんたが何度か男とお昼一緒にしてるの、見たんだから」

「昨日だって一緒にいたらしいじゃない」

 

 メグミもルミに加勢する。昨日の話をなぜ知っているのかと思ったが、恐らく鴨方か早島辺りから漏れてしまったのだろう。

 となると、最早誤魔化しは効かない。だからアズミは、ただ頷くほかなかった。

 

「・・・ええ、そうよ」

「ほう・・・とうとうアズミにも春が来たってわけね」

 

 メグミが微笑ましいものを見る目でアズミを見てくる。ルミは『いいねぇ、青春してるねぇ』と達観したかのような口ぶりだ。

 2人に囃し立てられて、アズミもついつい視線が下に向いてしまう。

 そうなるのも無理はない。何しろアズミは、既に笠守のことを単なる仲の良い男友達とは見れなくなっている・・・すなわち、明確に恋をしていると自覚したのだ。

 その気持ちを実感してからそれほど経ってない上に、アズミは生まれて初めてその感情を宿したのだ。だからまだ、気持ちの整理ができていないし、ちょっと茶化されるだけで気持ちが何倍にも膨れ上がってしまう。

 要するにアズミは、まだ恋心をコントロールできていないのだ。

 

(・・・急に、どうしたのかしら・・・)

 

 そして、そのアズミを見るメグミとルミも、流石にその異変には気づいた。

 最初はちょっとからかって様子見のつもりだったが、意外にもアズミの反応が芳しくない、と言うかむしろ真剣そうな反応をしたので反応に困っているところだ。

 だからと言って、この上さらにああだこうだと言うと、アズミが処理落ちしかねないので、茶化すのもほどほどにする。特にメグミは、こういう時は身を引いた方が無難と分かっていた。

 

「で、その彼は今日一緒じゃないのね?」

「え、ええ・・・今日はサークルでちょっと集まりがあるらしくて」

「ふーん・・・それってやっぱり写真系の?」

「ん、そうよ」

 

 ルミにもメグミの意図が伝わったのか、下手に踏み込もうとはしなかった。

 アズミは、ふうっと小さく息を吐く。自分の態度の変化には自分で気づけていたし、メグミとルミがそれを察して上手いところで話を引いてくれたのはありがたい。

 そして、自分の中のこの大きな気持ちは、ゆっくりと自分の中で折り合いをつけて育てたいと、そう思った。

 

 

 アズミが言った、『笠守はサークル』云々の話は嘘ではなく、その言葉通り笠守は写真サークルの部室にいた。

 

「えーっと、それじゃあみんな食べながらでいいから。始めるぞー」

『はーい』

 

 部長の矢掛が仕切ると、笠守をはじめとした男女混合10名に満たないサークル部員は遠慮もなくテーブルの上に各々昼食を置いて食べ始める。しかし身体は矢掛の方を向けていて、ちゃんと話を聞く姿勢はとっている。進行役の矢掛も、片手にサンドイッチを持っていた。

 

「今日話すことは他でもない、ウチの大学のホームページの写真についてだ」

 

 前々から話していた、大学のホームページに掲載する写真。それも、サークルの紹介の為ではなく、この大学そのものを紹介する写真だ。

 この大学は、年に1度ホームページの写真を更新する。その中で使われる写真は全部で5枚だが、それらをスライドショーのように代わる代わる映し出す。

 その写真を撮っているのは、学生の自主独立精神を育むということで写真サークルの部員が担当していた。もちろん、ホームページは大学の顔でもあるので、写真は何でもいいわけではない。ちゃんと大学の敷地内にあるもの、大学の行事など、大学に関係するものでなければならないのだ。

 そして今回は、事情が少し違うらしい。

 

「今回大学側は・・・なんかこう、斬新な写真が欲しいらしい。だから、これまでとは少し違った感じの写真を多少取り入れることになったんだが・・・」

 

 仕切る矢掛の口調が尻すぼみになっている。自分でも難しい注文なのが分かっている証拠だ。

 ホームページに載せる写真の鉄則は、『真面目過ぎずふざけ過ぎず、大学生活が楽しいと思えてそれでいて成長を促せそうなもの』と、正直厳しい。その上に『斬新』なんて抽象的な指示まで来たものだから、撮る側にとってはたまったものではない。

 それでも、誰も文句を言わない。面倒な注文には確かに辟易するが、写真好きとしてそんな無理難題さえも『挑戦したい』とプラス思考でいられてしまう。その性質を利用されている気がしないでもないが、この場にいる皆は挑戦心を優先していた。

 

「『斬新』って言っても、具体的にどんな感じですかね?そこらをもーちょっと詳しくしないと・・・」

 

 おにぎりを食べるのを止め、手を挙げて笠守が質問をする。ざっくばらんに『斬新』と方針を決められても、それだけではまだ何とも意見が出し辛い。

 それは矢掛も考えていたらしく、頷いてホワイトボードを軽く叩く。

 

「確認したところ、希望したいのは『これまであまりなかった写真』らしい。まあ斬新って言葉通りなんだけど・・・要は今まで大学のホームページになかったようなのなら良いわけだ」

 

 まあそんなものだろう、と笠守はある程度想定していた。他の部員も同じ考えだったのか、肩を竦めたり首を横に振ったりする。

 

「最初に配った資料に、これまでのホームページに使われた写真があるから。何か気付いたことがあったら何でも言ってほしい」

 

 言われて笠守たちは、机に置かれていたホチキスで綴られているA4プリントを手に取る。こういう気配りができるところとリーダーシップが取れる点は、本当に笠守も尊敬できる。ただ一点、嫉妬深いのが玉に瑕だが。

 それはともかく、笠守もリストで写真を確認する。大学の校舎はもちろん、普段講義をする教室、食堂で団欒を楽しむ学生などオーソドックスな点は押えられていた。これらに加えて、何か目新しい写真が欲しいというわけなので、中々に厄介である。

 

『・・・・・・』

 

 だが、誰もがこれに文句も愚痴も言わない。抗議など選択肢にもない。

 写真を撮ることを好いている者の性か、こうした課題にも真剣に取り組もうという姿勢は揺るがない。

 

「1つ提案、いいすか?」

 

 まず最初に手を挙げたのは、笠守の隣に座っていた灘崎。矢掛は『おう』と発言を許可する。

 

「校舎から街を眺める学生、的な写真はどうっすかね?」

 

 笠守は、ふむと思う。リストを見る限り、街を撮った写真は無いので『これまでにない』という条件には当てはまる。

 他の部員も悪くないと思ったらしく頷いているし、矢掛もホワイトボードに『校舎からの風景』と書きながら『良い案だな』と呟く。

 

「確かに悪くないな。だとしたら、街の風景はどうする?昼よりも夕方や夜の方が映えると思うけどな・・・」

「同感っす。そう言おうと思ってました」

 

 矢掛の付け足しには、灘崎だけでなく、笠守や他の部員も同意見だ。ホームページなど、目につく場所に載せる際は真昼よりも夕暮れ時の方が印象に残りやすい。

 

「ほかに何か意見はあるか?灘崎みたいにちょっとした意見でいいんだ」

 

 矢掛が促すと、灘崎の発言で少し空気が緩んだのか、他の部員も意見を出し始める。ボランティア活動の様子とか、壇上に立つ学生の後ろから撮る講堂とか、この大学特有の活動、あるいは最後に写真に使われてから時間が経った構図なども挙げられていく。

 矢掛はそれらを、否定せず1つ1つホワイトボードに書いていく。こういう時にまず必要なのは、意見を否定するのではなく肯定してまずはアウトプットすることだと、矢掛は分かっているからだ。こういうところはリーダーに向いていると部員誰もがつくづく思う。

 

「笠守はどうだ?何か意見あるか?」

 

 そして、こうして口を開かない者のこともよく見ていて、意見しやすいように話しかけたりもする。

話を振られた当の笠守は、紙パックの牛乳から口を離して机に置いた。

 実を言うと笠守は、案が全くないわけではない。むしろ、この会議が始まる前からずっと考えていた構図が1つあった。ただ笠守は、その案が多少攻めていると思っていたし、それをいきなり提案して場の空気を微妙にしてしまうのを懸念して、敢えて今まで沈黙を貫いてきた。普段の話し合いの時は割と積極的に意見を出す方である。

 

「そうですねー・・・1つ考えてるのがあるんですけど」

「お、何だ?」

 

 矢掛が身を乗り出してくる。他の部員たちも、どんなものかと注目してきた。

 それを受けてもひるまず、笠守は口を開いた。

 

「戦車の写真なんてどうですかね?」

 

 言った瞬間、部室が妙な感じに静かになった。それは笠守の想定の範囲内だ。

ただ1人、矢掛は『ふむ』と顎に指をやっている。

 

「して、その理由は?」

「ウチの大学、『大学選抜チーム』って言うそこそこ名が知れてる戦車道チームの本拠地なんですよ。それを前面に出すのはどうかと思いまして」

 

 それは少し前から知っていた知識だ。大学の敷地で戦車を撮ることは何度もあったし、この大学が大学選抜チームの本拠地なのも上辺だけは元々知っていた。

 だが、その大学選抜チームに属するアズミと知り合ってからは、チームの調べられるところはなるべく仔細に調べるようになり、こうしてプッシュしたいと思うようになった。

 しかしながら他の部員は、『全面的に賛成』的な顔をしない。戦車道が女性と一部男性に人気があり、ここ最近で人気を吹き返しているのは確かだが、それでもまだ世間一般に浸透しきったと認識されていないからだ。それをホームページに載せるのはいかがなのものかと考えているのだろう。

 

「・・・まあ、笠守は戦車を撮ることは得意だから技術面では問題ないかもしれない」

 

 そんな部員の空気を感じ取ったのか、初めて矢掛が渋るような話し方になった。やはり矢掛としても、懸念すべき点があるのだろう。

 

「けど、その大学選抜チームの戦車を撮るとなると、ちゃんとした許可が必要になる。それについては考えてあるのか?」

 

 宣伝目的となると、大学の敷地や行事を撮影するにも許可が必要になるが、事情を知られていればそこまで厳しくはない。

 だが、大学の敷地内にありながらも『大学戦車道連盟』の枠組みにある『大学選抜チーム』という1組織の所有物を撮るとなると話は別だ。大学のホームページに写真を載せたいと言うだけで、これまで戦車道となんらつながりのなかった笠守が許可を貰えるかが疑問だろう。それは笠守自身も分かっている。

 

「・・・大学選抜に知り合いがいますので・・・そこから頼んでみます」

 

 だから、自分の中にある人脈を使うことにした。

 しかし笠守は、これまで一度も『戦車道で知り合いがいる』とは言ってなかった。だからその発言は部員の誰にとっても寝耳に水で、中には『え?』と口から声を洩らす者までいた。

 

「知り合いって、いつ・・・・・・」

 

 矢掛も訊こうしたが、途中で思い当たる節があったのか『ああ、なるほどなるほど』と1人納得したように頷いた。

 

「分かった、分かった。みなまで言うな、うん」

 

 その思い当たる節が矢掛にとっても地味に傷つくものだったのか、それ以上は深く探らないでおこうと予防線を張ってきた。

 笠守は小さく笑ってから、付け加える。

 

「とはいえ・・・実際に撮らせてもらえるかは微妙なところです。なので、あくまで候補として考えて貰えればそれで大丈夫です」

 

 笠守だって、絶対に許可がもらえるなんて思っていないし、そんな楽観的になれない。だから、自分の意見はあくまでも候補の1つでいいと自分から言っておいた。

 矢掛は頷き、部員たちも何も意見をしない。だが、笠守の意見を排斥しようと無言の圧力をかけているわけではないのは、分かった。

 

「・・・よし、やってみろ」

「はい」

 

 矢掛がゴーサインを出す。笠守は頭を下げて、座り直した。隣に座る灘崎は『やるじゃん』みたいな顔で見てきていたが。

 その後の話し合いは、矢掛が意見をまとめ、最後に部員全員の異論を聞いて―――反対意見のようなものは無かった―――代表して矢掛が教師に報告するということでその日は解散になった。

 矢掛が締めると、各々部室を出てそれぞれ次の講義に向けて散開する。

 その中で笠守は、ポケットからスマートフォンを取り出してある番号を引っ張り出し、躊躇なく電話を掛ける。

 相手は、2コールと待たず電話に応えた。

 

「もしもし、アズミ?」

 

 

 

 約束の時間は夕方の4時。場所は大学のカフェスペース。

 2人掛けのテーブル席でアズミが座っていると、笠守が缶コーヒーを2つ持って姿を現した。

 

「悪いな、急に呼び出したりして・・・」

「ううん、問題ないわ」

 

 そして当たり前のように、笠守は缶コーヒーを1つアズミの前に置く。すかさずアズミは財布を取り出そうとしたが、笠守はそれを手で制した。話を持ちかけたのは自分なのだから、と言わんばかりに。

 

「それで、相談事って?」

 

 昼休みが終わる間際、アズミは笠守から電話を貰った。その内容は実にシンプルで、『相談したいことがあるから、話す時間が欲しい』と。

 その連絡を受けた時、考えるより先にアズミの口から『いいわよ』と了承の返事が出てきた。アズミ自身、親しい人からの相談事は放っておけないと思っているし、その相手は初めて恋をした笠守だからなおさら断るはずもない。

 だが、詳細についてはまだアズミは何も知らない。できる限り力になりたいと思っているが、内容によってはそれも難しいだろう。

 

「実はな、今日の昼にサークルで会議をして、次の大学のホームページ更新で新しく載せる写真はどうするって話をしたんだ」

「ホームページ・・・あ、うん」

 

 アズミは昨日、出掛けている最中に鴨方が似たような話をしていたのを思い出した。当事者の口から聞いて、改めてそれが本当だったのかと胸の中で頷く。

 

「で、今回は大学側が何か『斬新な写真』が欲しいらしくて、俺たちも色々考えて・・・俺は『戦車』を提案した」

「あら、本当?でも・・・どうして戦車を?」

「ウチの大学って、大学選抜の本拠地扱いだろ?それはもちろんこの大学だけのものだし、過去に戦車の写真がホームページに載ったこともあまりなかったからいいかなって思って」

 

 リストの中で戦車の写真は、かなり前に一度ホームページに載ったことがあった。だが、それも『かなり前』と表現するに値するほど昔なので許容範囲だろう。

 

「今はまだあくまで候補だけど、実際にそれが通れば正式に戦車の写真がホームページになる。けど、それにはまず大学選抜チームの許可が必要なんだ」

 

 そこまで来てアズミは、ようやく自分を呼び出した理由が分かった。

 

「だから・・・アズミ」

「うん」

「大学選抜チームの写真を撮る、許可が欲しい」

 

 アズミは、椅子に深く座り直す。

 笠守の頼みは無下にしたくないし、できる限り叶えてあげたい。そして今のアズミは、それを絶対に叶えるまではいかずとも、力を貸してやれるぐらいの立場にはいる。

 だが、力になりたいからこそ、まずは不明瞭な点を明らかにしなければならない。

 

「まあ・・・私は大学選抜の副官だし、そういう話は通しやすいかもしれない。けど、その前に詳しく訊いてもいいかしら?」

「それはもちろん」

 

 無論、笠守だって何の障害もなく話が通るとは思っていない。アズミに問われるのも予想できたので、笠守は自信を持って頷く。

 アズミは、笠守が買ってくれた缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲む。程よく苦いそれを口の中で少し楽しんでから、飲み下して口を開く。

 

「前に、私のパーシングの写真を撮ったことがあったじゃない?あの時は許可はとったの?」

「あー、その時とはちょっと事情が違ってな」

 

 テーブルの上で、笠守が自分の両手を組む。

 

「俺があの時撮ったのは、あくまでもサークル活動・・・というか自分の趣味の一環で撮っただけなんだ。そういう時には許可がいらない。けど、宣伝とかを目的にする時は、どうしても許可は必要になるんだよ」

 

 大学の敷地内の要所要所に、『宣伝・営利を目的とする無許可の撮影及びその画像・映像の掲載は禁ずる』と書かれた看板がある。そんな感じのものを、アズミも見た記憶があった。

 要するに個人で楽しむ分には問題ないが、それを売ったり宣伝のために勝手に使うのはダメ、と言うわけだ。今回笠守の言う『ホームページに載せる』は、間違いなく『宣伝』に当たるだろう。

 

「そうね・・・その辺りは問題ないと」

「ああ」

「それじゃ次に・・・ちょっと厳しいことを言うようだけど」

「?」

 

 友人として、ではない。アルバイトとは言えモデルとして写真を撮られて、雑誌の一角に載ることもある身として、言わせてほしいことがあった。

 

「私たちの戦車を写真に撮って、大学のホームページに載せたいって話だけど・・・それはつまり、私たちの戦車だけじゃなくて、大学選抜全体の看板を背負うと言うことよ」

「・・・」

「それだけ責任は重大になるわけだけど、その覚悟はあるのかしら?」

 

 今だけは、アズミは笠守に対する想いを胸に仕舞って、笠守の目を、表情を、顔をじっと強く見つめる。

 何かの写真を撮って公に示すのならば、それは撮られたものの価値、そして責任を負う覚悟を要する。笠守と出会う前から写真に撮られることが多かったアズミは、その面についての理解があった。

 笠守は写真を愛し、ひたむきに撮り続けている真っ当な男だ。今回のような目的の写真を撮った経験があるかは不明だが、その辺りを何も考えていないはずはない。だからこれは、確認の意図を込めての質問でもあった。

 

「もちろん」

「・・・・・・」

 

 笠守は、自信をもって頷き、答える。

 アズミは笠守から視線を逸らさない。笠守も、アズミから目を離さない。2人が出会って以来ここまで見つめ合ったことはないが、今ここにあるのはロマンスではない。両者が持つ意思だ。

 

「・・・よかった」

 

 互いの視線がぶつかり合ってしばらく経ち、ふっとアズミは表情を和らげた。漂っていた緊迫感が、風に流され消えていく。

 

「私の方から隊長に、話を通しておくわ。すぐに返事がもらえるかは分からないけど・・・でも、できる限りOKしてもらえるように頑張る」

 

 戦車道履修生用の棟も演習場も、確かに大学の敷地内にある。しかし戦車道は女性の世界かつ荒っぽい武芸のため、不慮の事故も考慮して関係者以外立ち入り禁止だ。

 その区画を管理しているのは大学だが、戦車道に関する取材や撮影などは大学選抜の責任者が許可しなければならない。その責任者が、大学選抜の現隊長・愛里寿だ。

 

「面目ない」

 

 簡単に話が通るかどうかはまだ分からないが、苦労を掛けさせてしまうアズミに対して笠守は頭を下げる。

 アズミは首を横に振って『いいのよ』と優しく話しかける。

 

「戦車道をもっと知ってもらうチャンスになるかもしれないし、笠守の力にはなりたいから」

「え?」

 

 最後の一言に、笠守も思わず視線を上げる。

 その視線の先にいるのは、柔らかい笑みを浮かべるアズミだ。

 

「私たちの戦車を撮りたいって言ってくれるのは本当に嬉しいし、笠守にはちゃんと強い意思があるのも伝わった。だから、その気持ちにはしっかりと報いたいと思っているから」

 

 机の上で手を組んで、アズミはそう言ってくれる。

 途端、笠守の気持ちは火がついたかのように温かくなってきた。

 

「・・・ただ、交換条件・・・とでもいうべきかしら」

「?」

 

 そこでアズミが新しい話を持ち出してくる。

 

「その、ウチの隊長がもうすぐ誕生日って言う話をしたの、覚えてるかしら?」

「ああ、昨日もそのプレゼントを買いに行ったんだろ?」

「ええ、そうなんだけどね・・・」

 

 そして昼休みに、思い出が欲しいということで同僚と写真でもどうかと話をした流れをざっくりと説明する。

 笠守も、こと写真に関しては人一倍敏感でいるつもりである。だから、話に『写真』と出てきた時点で今から自分が何を言われるのかもおおよそ見当がついた。

 

「その誕生日にね・・・笠守に写真を撮ってほしいの。私たちの写真を」

 

 そしてその見当は見事的中した。

 

「・・・いいのか?昔大失敗した俺で」

 

 だが、素直に『うん』と答えられない。

 自分が昔どんな失敗をしたかは忘れられないし、時間が経ち、アズミが聞いてもなお受け入れてくれたとは言え、その傷が完全に癒えているわけではない。

 同じ失敗を繰り返さない、とも断言できない。だから笠守は、念のために確認をした。

 しかしアズミは、それに対しても迷わず首を縦に振る。

 

「そうやって昔失敗して、今もそれを覚えているのなら、間違えるはずはないって信じてるから」

 

 言われて、肩の荷が下りたような気がした。

 そこまで言われては、信じてもらっては、断ることなどできない。それ以前に、先に頼み事をしたのは笠守の方だ。尚更受け入れるしかないだろう。

 

「・・・分かった。俺で良ければ引き受ける」

「ありがとね」

 

 むしろ礼を言わなければならないのは笠守の方だ。無茶な頼みをしているのだから、コーヒーや写真の頼みを聞く程度では恩を返せていないと思っている。今度食事でも奢るべきか。

 

「でも、知らなかったわ。大学のホームページまで手掛けてるなんて」

 

 アズミが頬杖をついて笠守を見る。言外に『なんで言ってくれなかったのか』と問われた気がしたので、笠守はコーヒーを一口飲んでから話す。

 

「確かに・・・ウチのサークルは前からホームページの写真を撮ってたけど、一度も選ばれたことが無い俺が自慢するのも何かカッコ悪いと思ってな」

 

 笠守は今日の話し合いで意見を出したが、それは何も今回始まった話ではない。これまでの更新案会議でも、遊歩道の花壇や中央棟の大きな時計の写真を提案してきたが、どれも却下された。却下、と言ってもそれ以上の良い案が多かったために埋もれてしまった感じだが、笠守の案が採用されなかったのに変わりはない。

 それなのに『俺たちホームページの写真撮ってるんだぜ!』と誇らしげに語るのが、自分でどうにも良しとできなかった。

 

「真面目ね」

「自信が無いだけだよ」

 

 自嘲気味に笑う笠守。

 まだ笠守の写真の腕は、アズミのように『誰か』に刺さることはあっても『誰にでも』は良さが伝わらない。

 それを自分で分かっているから、笠守は写真の腕を磨くことを怠らない。

 そして、自分の写真を褒めてくれているアズミの存在が、支えになっている。

 

「・・・・・・どうかした?」

「いや・・・」

 

 少しだけ、アズミを見つめているのに感付かれてしまい、首を横に振る。

 アズミも深くは問わないで、笑いながら話しかける。

 

「でも笠守、タイミングがいいかもしれないわね」

「?どーいうことだ?」

「私たちね・・・社会人チームとの試合が決まったのよ」

 

 あっけらかんと告げられた事実に、笠守の目が丸くなる。

 大学生が社会人と試合をする、とはなかなかない経験のはずだ。それが叶うのは、もしかしたら大学選抜の実力が認められているからなのかもしれない。

 ただアズミは、まあ中々に結構強そうなんだけどね、とおどけるように笑って続ける。

 

「だから明日から、練習は結構厳しくなるはずなのよ。だからもし、写真を撮る許可が下りたら、笠守もいい写真を撮れるチャンスが増えるかもね」

 

 言われて笠守は、はっとした。

 ただ大学選抜の力を見せるチャンスが来ただけでなく、(許可の是非はさておき)自分の腕の見せ所が来たと気づかされたのだ。

 

「笠守、戦車を撮るのが好きって言ってたから、いい写真が撮れるといいわね」

 

 にこっと、アズミは笑ってくれる。

 笠守の顔に、熱が籠りだす。

 アズミと出会ってそれなりに時間は経っているが、こうしてアズミを意識することが増えてきている。きっかけは何だったか、過去に思考を巡らせると、展示会で自分の写真に一目ぼれしたと言ってくれた時まで遡る。

 それ以来、笠守にとってアズミとのやり取りには、何一つとして無駄と思うものが無い。すべてが実りあるやり取りだった。

 コーヒーを飲んで、思考を正そうとする。

 だが、目の前で嬉しそうなアズミが、笠守の思考を、心を揺るがしているのに変わりはなかった。

 

□ □ □

 

 翌朝、笠守は1人で大学へと向かっていた。

 ここ最近はアズミと一緒に登校していたが、昨日言った通り社会人チームとの試合が決まって、それに向けて練習時間が伸びたと、昨日アズミは教えてくれた。まだ学生の身分で社会人と試合なんて大変だろうし、その上朝早くからあの戦車に乗って鍛錬とは、まさに称賛と尊敬に値する。

 

「はぁ・・・」

 

 大分気温も下がっているのか、息を吐くと白くなり、空気と溶け合って消える。

 戦車の中もそこそこ寒いと言っていたし、寒くないだろうか。カイロでも渡したかった。

 見上げると、山吹色に染まったイチョウの樹が並んでいる。あの並木道ほどではないが、こちらもなかなか風情を感じる様相だ。この間までは、まだ半端な黄緑色で、その下をアズミと共に歩いていたものだと言うのに。

 

「・・・・・・」

 

 一度、自分の心を見直す。

 こうして1人の女性のことを考えることが、今まであっただろうか。

 昨日までは普通に接していた人がいないのだから、多少は意識しても仕方がないだろう。だが、ここまで暇もなく考えることは、果たして今まであったか?

 

「おう、笠守」

 

 悶々とした気分を連れて歩いていると、不意に横から肩を叩かれた。誰かと思えば灘崎だ。

 

「どうした、朝っぱらからそんな辛気臭い顔して」

「・・・そう見えるか」

「ああ。少なくとも、普段の調子じゃないな」

 

 早々に、今の笠守の異変を灘崎は見抜いた。

 灘崎も、笠守と同じく写真サークルに属しており、撮る写真の傾向は違えど同じように観察力は優れている。だから、良き友人である笠守の変化にも気付けた。

 

「で、何があったよ?」

「・・・いや、大したことじゃない」

 

 矢掛ほどではないが、灘崎もそういう話題には敏感な気質だ。素直に言ったらあれやこれやと言われるに決まっていたので、黙秘権を行使する。

 灘崎もデリケートな問題と感じ取ったのか、『そっか』と追及してこなかった。

 

「ところで昨日話した戦車の写真のヤツ、どうやって話進めるんだ?まだ候補だけど」

「とりあえず昨日、写真を撮る許可が下りるかどうかをその『知り合い』に訊いた。で、一先ずトップに話を通して、最後に話を詰めるときは俺が直接話すって感じ」

「へえ、とりあえず出だしはいい感じだな」

「まーな」

 

 大学の門をくぐる。ここ数日笠守は、アズミと並んでここを通ることが多かったから、灘崎と通るのは案外久々だったりする。

 そして、遠くの方から腹に響くような砲撃の音が聞こえた。

 

「珍しいな、こんな朝から戦車動かしてるなんて」

「社会人との試合が決まって、練習時間が早まったらしい」

「なんでそんなこと・・・って、そうか。『知り合い』か」

「・・・ああ」

 

 心底、戦車を撮るのが好きなだけの笠守が、戦車に乗る人との交流を知らないうちに始めたのが驚きらしい。灘崎は目を丸く開いていた。

 

「まあ、頑張れ。写真も、その人とも」

 

 肩をポンと叩いて、『そんじゃーなー』と別の棟へと灘崎は歩いて行った。

 しばしの間、笠守は立ち止まって考える。

 灘崎の言った『その人とも頑張れ』という言葉は、恐らくはその知り合い―――アズミとの交流を頑張れと言うわけだろう。無論、ただただ平行なだけの関係ではなく、もっと親密になれと、そう言っているのだろう。

 それを理解して、笠守の口から息が洩れた。

 言われなくても分かってる、と。

 

□ □ □

 

 大学選抜で実車を使って行う訓練は、射撃練習や様々な戦況を想定した統率訓練、そして模擬戦。

 その基本スタンスは訓練時間が早まっても変わらないが、厳しさは増している。だから、精神的・肉体的な疲れも割り増しだ。

 普通の隊員はそれだけでいいだろうが、中隊長・隊長クラスとなるとさらにそれ以上のプレッシャーが加わるのでなお厳しい。

 だがそもそも、その程度のプレッシャーに苦しむようでは上に立つ者など務まらない。

 

「ことぶき工業・・・ドイツ戦車を起用する社会人チームで、堅実な戦い方を見せてくるかなりの強者・・・ですって」

 

 昼食の席で、ルミがスマートフォンをスワイプしながら呟く。メグミから『行儀が悪いわよ』と言われると、大人しくスマートフォンを置いてシチューを口に含んだ。

 

「くろがね工業とも戦ったことがあるらしいですが、その際は僅差で勝ったって話ね」

「自動車系の企業で動力部に精通してるエンジニアが多いから、ドイツ戦車の課題の1つでもある足回りの弱さを十分カバーするほどのクルーもいるみたい」

 

 メグミとアズミが補足すると、3人ともにはぁ、と息を吐く。厄介な敵だ。

 このように、気が滅入りはしているものの、肩肘張らず昼食に興じている。緊張感も全く無いわけではないが、ちゃんと戦車道の時間内外で意識を切り替えることができているから、隊長格が務まっているのだ。

 

「でも、チームの皆も頑張ってくれてるし、練習を続けて行けば大丈夫だと思う」

 

 愛里寿が告げて、アズミたちは小さく笑う。

 社会人との試合が決まった、と聞いて大学選抜は全体的にやる気に満ちている。元々、高校生に負けて以来躍起になっていたから、この試合が自分たちの実力を見極め、努力の成果を見せる良い機会と踏んだのだ。

 

「でも、忘れちゃならないのはアズミね」

「え?」

 

 メグミに名前を出されると、アズミは視線を移す。

 

「今日の模擬戦、中々よかったじゃない」

 

 ルミと愛里寿も思うところがあったのか、頷いている。

 メグミの言葉の通り、今日の模擬戦でアズミのパーシングは相手チームの戦車を立て続けに撃破していた。最終局面のバミューダアタックで命中は叶わなかったが、それでも全体の戦果は上々と言っていいだろう。

 

「急にどうしたのかしらね?」

「まあ、ちょっと良いことが、ね」

 

 良いこと、とは笠守からの頼まれ事だ。

 ああして頼りにされるのはそれほど悪い気はしないし、何よりまた笠守が自分の戦車を撮ってくれるかもしれないのだ。

 もし写真を撮ることができるようになったら、自分の戦車を撮ってほしい。

 試合のため、そしてその時のためにアズミは自分たちの力をつけようと努力した。アズミのパーシングのメンバーも、その気持ちを知ってか知らずか張り切って、好戦果を挙げるのにつながったのだ。

 

(・・・でも、ちょっと寂しい)

 

 そんな笠守とは、朝の練習が早まったから、一緒に大学に向かえない。昼食も社会人との試合に向けて話を詰める必要があるから、一緒にはなれない。

 総じて、笠守と一緒にいる時間は減った。

 つい最近は一緒にいることが多かったから、その人がいなくなるのを寂しく思うのは当然だ。相手が想い人ならなおのことだ。

 

(だけど、やらなくちゃ)

 

 しかし、笠守からのお願い事も忘れてはいない。自分の努力だって、それが叶わなければ意味がなくなる。

 たとえ自分が寂しくても、その頼みだけは通さなければ。

 

「あの、隊長」

「?」

「折り入ってご相談があるのですが・・・」

 

 意志を持って、話しかける。愛里寿は、これから持ち出される突拍子もない話題にも気付かないような無垢な表情を浮かべていた。

 可愛い、なんて正直な気持ちは置いておき話を続ける。

 

「私の()()が、写真サークルに所属しておりまして」

 

 そこでメグミとルミは、その友人こそ、話していた男だと察する。しかし今は茶化す場合ではないと分かっていたので話を黙って聞く。

 

「それで、そのサークルでは大学のホームページの写真も撮ってるんです」

「・・・うん」

「そして今回、大学選抜の戦車を撮らせてはもらえないかと相談を受けました。私としては賛成ではあるのですが、ここはまず隊長の意見を尊重するべきと思いまして・・・」

 

 愛里寿の視線が少し下がり、真剣に考える風になる。

 メグミとルミは、アズミ同様に大学選抜の副官であり、それなりに高い地位にある。とは言え、そこまで悪い話でもないので一応その話は受けようと思っている。

 ただし、最終決定権は愛里寿にあるので今は傍で静観に徹しようと決め込んだ。

 

「もちろん、本人はちゃんと話をしたいと言ってます。なのでまずは、話だけでも聞いてもらえないかと・・・」

「・・・うん、分かった」

 

 だんまりだった愛里寿を見て危機感を覚えたアズミが付け加えると、愛里寿は頷いた。その『分かった』の後に続く言葉を聞くのが怖い。

 

「話を聞く分には問題ないし、私もその依頼は受けてもいいかなって思ってる。けど・・・」

「けど?」

 

 言葉を詰まらせる愛里寿。アズミが促すと、愛里寿は少し視線を逸らしながら。

 

「・・・最終的には、お母様の許可もいるんじゃないかなって」

 

 お母様、すなわち愛里寿の母である島田千代。大学戦車道連盟の理事長。そして島田流の家元。

 そこまで話が行くのか、とは思わなくもない。大学戦車道連盟は大学選抜の母体だし、愛里寿は確かに大学生で隊長でもやはり13歳。宣伝等を目的とする事態に絡むとすれば保護者の千代にも話を通すべきなのだろう。

 アズミは、笠守のことを思い浮かべつつ。

 

「・・・分かりました。本人にはそう伝えておきます」

 

 愛里寿としては賛成だが、千代にも話を通すということで条件を飲んだ。

 本人のあずかり知らぬ場所で話が少し肥大化したので、アズミは心の中で笠守に謝った。

 

 

 その日は、笠守の大学の講義は少し早めに終わった。

 帰りしな買い物を済ませて自宅に足を踏み入れると、ポケットの中でスマートフォンが震える。

 その瞬間、笠守は西部劇のガンマンもかくやと言った動きと速さでそれを引っ張り出し、画面を点けると『着信:アズミ』の文字がくっきりと写っているのを確認。それを認識したのと、『応答』をタップしたのは同時だと思う。

 

「もしもしアズミ?」

『もしもし?ゴメンね、今大丈夫?』

「ああ、大丈夫だ」

 

 買い物袋はとっくに下ろしていた。スマートフォンの充電も問題ない。

 

『笠守が大学選抜の戦車を撮りたいって話、隊長に通しておいたわ』

 

 スマートフォンを持つ手に力が籠る。

 先ほど素早くスマートフォンを取り出せたのも、それを考えない日が無かったからだ。いつ電話が来てもいいように、常に臨戦態勢でスマートフォンを身近に置いていた。

 

「・・・どうだった?」

『ん、隊長は詳しく話を聞かせてほしいって。それでまあ、受けても良いって言ってる』

「そうかー・・・」

 

 電話越しに良い報告を聞けて、ほっとする笠守。

 だが、『ただね・・・』とアズミが電話の向こうで残念な報告の前ぶりをしたのを聞いて、また肩に重石がのしかかるような気分になる。

 

「・・・ただ、何?」

「・・・その、大学選抜の責任者・・・島田流の家元にも話をするべきじゃないかって」

 

 笠守の目が、細くなる。

 最近では笠守も、少しでも戦車道を学ばないとと本格的に足を踏み入れ始めたので、島田流の家元が大学戦車道連盟の理事長であることは知っていたし、家元と言うからにはどんな大物なのかも想像がつく。

 だが、それほどの人と話すことになってしまったのは驚きだし、今聞いただけでも胃は悲鳴を上げ始めていた。

 

「・・・分かった」

 

 しかし、そこまで来てはもう後には引けない。引くつもりもない。

 だから笠守は、頷いた。返事をした。

 

「それで、話をする日程とかは、決まったりした?」

『ああ、うん。10月の24日ってことになったわ』

「24・・・」

 

 壁に掛けてあるカレンダーを見る。丁度4日後だ。

 

『でね、笠守の話を隊長に通す交換条件、覚えてる?』

「あー・・・誕生日の写真を撮るってやつだろ?」

『うん。その誕生日が24日だから。写真を撮ってそれで話もしてって感じでいい?』

「OK、それで大丈夫だ」

 

 笠守は頷くと、電話の向こうでアズミが一息吐いたように感じた。

 戦車道の訓練で疲れてるのだろう、と思って笠守は言葉をかける。

 

「・・・色々と悪かったな、アズミ。ただでさえ戦車道で忙しいのに、迷惑かけて」

『謝らないでいいわよ。私だって笠守の力になりたかったし』

 

 力になりたい、と告げられて笠守の心臓が跳ねる。その音が向こうに聞こえやしないかと不安になる。

 

「・・・本当に、ありがとう」

 

 謝らないでいいのなら、感謝の気持ちを伝えたい。

 笠守は電話越しで、たとえその仕草が見えなくても頭を下げた。

 

『・・・頑張ってね、笠守。いい写真が撮れるように、私も応援してるから』

 

 それじゃあね、とアズミは電話を切った。

 しばしの間、笠守は手の中のスマートフォンを見つめる。

 笠守は灘崎に、『辛気臭い顔』と言われるぐらいには、落ち込んでいたのだろう。そう指摘されるまで笠守は、1人で登校することに寂しさを抱いていた。

 しかし今はどうだ。

 最近になって交流を深めるようになったアズミと電話越しとは言え話をして、純粋に応援をされた、今の自分の気持ちはどうだ?

 それはもう、昂っている。心に火でも点いたんじゃないかと思うぐらい、胸の中心が熱い。

 薄々ではあるが、自分の気持ちが変わりつつあるのには気づいていた。

 そのきっかけや理由を自分なりに考えてみても、アズミの顔はちらついてくるし、その言葉も一緒になって思い出す。

 最初はただ、自分の写真を気に入ってくれたから、親しくありたかっただけかと思った。

 しかし今は違うと、心から断言できる。

 

□ □ □

 

 それから4日間、笠守は大学の講義の合間に写真を撮り続けた。

 イチョウの樹や自動車、風景、さらには大学の門を行き交う人を遠景にも撮った。経験上、人を撮るのには及び腰だったが、特定の誰かを意識して撮るのに比べれば気持ちも楽だ。それに、こうして人を撮ることで少しでも当日に対する緊張を薄れさせることもできる。

 明確に人を撮るのを目的としたのは、本当にあの失敗した時以来だ。しかし、あの時の使い捨てカメラとは違い、今使っているのは一眼レフカメラで、撮ったその場でプレビューを見られるから失敗の確率も減る。それでも、手放しに安心できないから、こうして撮り続けているわけである。

 肝心のホームページの写真だが、全部で5枚のうち3枚はこれまで通りの無難なものとし、残りの2枚が『斬新』なものとなった。1枚は既に灘崎の『夕景を望む学生たち』に決まり、2枚目は笠守の話が通れば戦車の写真で行くと矢掛から連絡を受けた。ちなみに、もしも笠守の話が失敗した場合は矢掛の方で予備の写真を用意しておくらしい。

 そしてその4日間、笠守はアズミと顔を合わせなかった。

 喧嘩したわけではない。お互いにサークル、戦車道、バイトなど要因がいくつも重なって顔を合わせる時間もないだけだ。

 今の時期、アズミは昼食も同じ大学選抜の隊長格であるメグミ、ルミ、愛里寿の3人と一緒になることが多く、部外者の笠守はお呼びじゃない。そして笠守も、ホームページの写真企画が始まってからサポートとして駆り出される事が多くなっている。

 だが、その会えない時間は、笠守の中の気持ちをはっきりさせるには十分な時間だった。

 

□ □ □

 

 迎えた10月24日、午後2時前。

 

「笠守、こっちよ」

 

 戦車道棟の入り口で、アズミが手を振っていた。自らの愛機が入ったバッグを肩に提げた笠守は、アズミの下へと寄ると頭を下げる。

 アズミはシックな色合いの大学選抜のユニフォームに身を包んでおり、一層大人らしさを感じられる。なぜかジャケットの下が素肌で胸の谷間が見えるのが気になったが、それを気にしすぎるのはマズいと思ったので思考を切り捨てる。

 

「待たせて悪い」

「大丈夫よ。まだ時間前だし」

 

 約束の時刻は2時丁度なのでまだ少し時間はあるが、多少無茶な話を持ち掛けた笠守としては些細なことであっても申し訳なく思う。

 

「早速で悪いけど、今日の写真はどこで?」

「そうね・・・部屋の中ってのも面白くないし、天気もいいから外で撮ろうかなって」

「お、いいな」

 

 写真を撮るにあたり、アズミは事前にどこで撮るかをメグミたちと話し合っていた。その結果、天気が良ければ外で、悪ければガレージでとなり、今日は晴天なので外だ。

 話ながらアズミは、笠守に『入場許可証』と書かれた名札を渡す。これが無ければ関係者以外はこの棟に立ち入ることができない。

 ここにいるのは皆血気盛んな戦車乗りとは言え、うら若き年頃の女性ばかりな。忍び入って不埒な真似をする輩も無きにしも非ずだし、情報を盗み取ろうとする狡い者もいるので警備も厳しい。

 

「ところで、それは?」

 

 アズミが指差すのは、笠守のカメラケースを提げる肩とは反対側の手にある小さな袋。中にはさらに小さな袋が入っている。

 

「ああ、今日ってその隊長の誕生日なんだろ?だからせめてと思って、クッキーを買ってきてた」

「へぇ・・・律儀ねぇ」

「律儀も何も、元々写真を撮らせてほしいって頼むのはこっちだから。これぐらいはしないと」

 

 そして戦車道棟へ足を踏み入れる。警備の女性に頭を下げてエントランスに入り、通路を抜けて、いくつか角を曲がる。時には大学選抜の選手と思しき女性とすれ違ったが、アズミには頭を下げ、笠守に対しては疑惑の目を向けていた。それは果たして、ここに男がいることが不思議なのか、それとも別の何かを汲み取っているのか。

 とはいえ笠守も、正式に許可証を持っているので、認められてここにいるのだから臆することも無い。妙な関係性を疑われても、別に問題はなかった。

 やがてアズミが1つの扉を開けると、棟の外へと出てきた。

 

「・・・おぉ」

 

 まず目に入ったのは、漆黒の機体の巡航戦車・A41センチュリオン。

 大学選抜のサイトでも見たが、実物はそのカラーリングもあって威圧感が半端ではない。そして戦車をこうして間近に見るのも初めてだから、圧倒されてしまいそうだ。

 

「お、来たわね」

「いらっしゃい」

 

 そのセンチュリオンの傍には、同じく大学選抜のユニフォーム姿の―――ちゃんとシャツを着ている―――2人の女性がいた。事前にアズミから聞いた話では、ロングヘアの女性がメグミ、ショートヘアで眼鏡の女性がルミとのことだ。

 そして。

 

「・・・」

 

 よく見ると、そこにはもう1人いた。

 メグミの後ろに隠れるように立っているのは、背丈が他の3人よりもさらに低い少女。

 彼女が件の隊長・愛里寿とは、大学選抜を調べる中で知った。まさかこんな年端も行かないような、何て感じの子だが、その頭脳は飛び級し、大学選抜の隊長を務められるほどには切れている。20数年平凡に生きた笠守と比べれば、愛里寿の人生など熾烈そのものだろう。

 だが、見知らぬ男を前にして不安を抱いているのは、年頃の子はそういうものだと笠守にも分かる。

 

「初めまして、写真サークルの笠守です」

 

 その緊張を取り払う意味も込めて、笠守は自己紹介をお辞儀と共にする。

 初対面のメグミとルミは律儀に頭を下げてくれたし、愛里寿もメグミの陰に隠れてはいるものの小さく会釈する。

 少し疑問に思ったのは、愛里寿の服装だ。彼女は他の3人とは違い、白と黒を基調としたロリータファッションの洋服を着ている。4人とも大学選抜の服かと思ったが、当てが外れた。

 

「実は隊長、ユニフォームを着てると神経が試合中みたいに鋭くなっちゃうから・・・私服に着替えて貰って、少しでも緊張しないでほしいと思ったの」

 

 アズミが耳打ちしてくる。普段のユニフォームを着ていたら、初対面の男を前にしてもあそこまで怖がりはしないらしい。要は、ユニフォームが意識のスイッチのようなものか。

 するとそこで、ルミが『へぇ~』と興味深そうな息を吐く。

 

「大分仲良さそうじゃない」

「まあ、そうね・・・もう何度も会ってるし、気の置けない友達って感じだから」

 

 この時アズミは嘘を吐いた。自分にとって笠守とは、友達程度の存在ではないのに。

 この時笠守は内心凹んだ。アズミにとって自分とは、友達程度の存在かと思ったから。

 

「ああ、ごめんなさいね。責めてるわけじゃないのよ」

「はあ・・・そうですか」

 

 メグミがフォローするのだが、笠守は自分が責められているとは思ってもいなかったので大して響かない。

 だが、笠守が敬語で返すと、メグミは首を横に振った。

 

「アズミとタメってことは、同い年なんでしょ?私もそうだし、敬語は大丈夫」

「私もー」

 

 ルミも便乗してきたので、笠守は『じゃー、遠慮なく』と厚意に甘えさせてもらった。

 さて、顔合わせもその程度にして早速写真を撮ることにした。

 

「どんな構図で撮る?」

「そーだなぁ・・・」

 

 アズミに訊かれて、笠守は少し考える。

 空は雲が多少あるが晴れていて、天候は問題ない。

 今この場にいるのはバミューダ三姉妹と今日の主役の愛里寿、そして彼女の愛機のセンチュリオン。

 周囲と空を見渡し、太陽の向きを考えて、笠守は口を開いた。

 

「陽の光も明るいし、東側のセンチュリオンがちょうどいいからそれをバックにして撮るか」

「うん、分かった」

「で、並び順なんだけど・・・」

 

 愛里寿だけでなく、アズミたち3人も写真に入るらしいので、撮られるのは4人だ。

 そして4人とは、写真を撮るうえでは少し頭を使う人数でもある。

 

「どうする?アズミたちが3人並んで、真ん中の人の前に島田さんが立つってのが一番ベストだと思うけど」

 

 4人が横一列に並ぶとバランスが悪いし、愛里寿の背の低さも際立つので、写真としては不格好になる。また、横並びだと堅苦しく感じるので、誕生日というめでたい日にはふさわしくない。

 だから3人と1人、と提案したのだが。

 

「・・・あんたら、分かってるわよね?」

「ええ」

「もちろんよ」

 

 瞬間、アズミとメグミ、ルミの間の空気に緊張が走る。

 笠守は一瞬だけ頭に疑問符を浮かべたが、次の瞬間。

 

『じゃん、けん、ぽん!』

 

 応援団長みたいな声の大きさでじゃんけんを始めた。

 びくっと笠守が震えるが、お構いなしに3人はじゃんけんを続ける。

 そして。

 

「いよっし!」

 

 アズミがガッツポーズを取って、

 

「くぁ・・・」

 

 メグミが猫の欠伸みたいな変な声を洩らして、

 

「なあああああ・・・」

 

 ルミが頭を抱えた。

 

「・・・気にしないで、いつものことだから」

「いつも?」

 

 そして、いつの間にか笠守の傍にいた―――逃げたと言うべきか―――愛里寿が達観したように呟く。これがいつもなのか。

 何だか知らないアズミの一面を見た気がするが、並び順は向かって左手からルミ、アズミ、メグミの順。そしてアズミの前に愛里寿と言う形に決まった。

 

「さて、それじゃあ撮りましょうか」

 

 真ん中にして愛里寿の真後ろと言うベストポジションを確保して大満足なのか、アズミがウキウキしながら促す。

 そして打ち合わせ通りセンチュリオンをバックに並ぶ。太陽の光も丁度いい向きで当たっているので、写真全体が暗すぎず明るずのベストなタイミングだ。

 

「・・・・・・」

 

 集中する。

 今日のために、過去のトラウマを吹っ切ろうと気持ちを整える訓練はしてきた。あの時言われた心無い言葉が胸に突き刺さっているが、フィルターの向こうの4人は写真を撮られるのを静かに待っている。

 緊張で手が少し震えているが、持っているカメラはあの時とは違う。もし違和感を抱いたらその場で見直して、撮り直せばいい。今日は愛里寿の誕生日だ。天候、日付共にベストなタイミング。適当な写真を撮るなど許されない。

 自分に落ち着けと何度も言い聞かせる。

 笠守はカメラを構えるが、1つ問題が生じた。

 

「島田さーん、もう少しにこやかに・・・」

 

 主役たる愛里寿の表情が硬い。正確には、少し不安そうな顔だった。

 無理もないとは思う。周りは普段信頼している副官とはいえ、カメラを向けているのは今日初めて知り合った見ず知らずの男。緊張し、不安になるのは責められない。それを差し引いても、愛里寿は恐らくこうしてカメラを向けられるのがあまり好きではないのかもしれない。

 かといって、硬い表情のまま撮っては折角の記念撮影が台無しだ。

 どうしたものだろう、と笠守が頭をひねっていると。

 

「笠守」

 

 前に立っていたアズミから声を掛けられた。

 フィルターから視線を上に上げると、丁度アズミがスローイングのポーズを取っているところだった。そして、綺麗な放物線を描く何かが笠守の下へと向かってきている。

 それを笠守がカメラを落とさないよう気を付けながら受け取ると、手の中には手のひらに収まるほどの大きさのボコのぬいぐるみがあった。

 改めてアズミを見ると、ばちーんとウィンクをかましてくる。

 

(ははーん・・・そういうことか)

 

 笠守はまずカメラを右手で持ち、左手でボコを落ちないようにカメラの上にちょこんと座らせる。丁度、レンズの真上の部分に座らせた。

 

「ボコだ・・・!」

 

 その瞬間、愛里寿の表情が目に見えてキラキラと輝いた。なるほど、アズミの言った通り愛里寿のボコ好きは本物らしい。

 撮られる人の明るい表情を引き出すために、ぬいぐるみや別の写真を見せるのは、写真屋などプロも同じ手法を取り入れている。

 さて、それよりも愛里寿の表情が輝いているうちに写真を撮ろうと、笠守はフィルターを覗き込む。

 

「・・・・・・」

 

 カメラのピントはまだ合っておらず、写真全体が少しぼやけている。笠守は、ピントを合わせようとその手に力を籠める。

 だが、もう緊張はしていない。呼吸が乱れたりもしていない。

 改めて、レンズの向こうにいる4人のことを意識する。

 今は、主役の愛里寿を綺麗に撮れるように集中しなければならない。

 だと言うのに、今の笠守はアズミのことが気になって仕方がなかった。

 

(・・・・・・)

 

 今日会った時もそうだ。アズミの姿を目にした途端に、自分の表情が明るくなっていくのを押さえつけるのに苦労した。そうなってしまうのも、数日ぶりにアズミと顔を合わせたことを嬉しく思ったからに尽きる。

 今生の別れでもなかったのに、数日程度直接会わなかっただけなのに、ここまで嬉しくなれたのは、それだけアズミに会いたいと笠守が焦がれていたからに他ならない。

 では、なぜそこまで胸が焦がれる思いでいたのだろうか。

 

「・・・撮りますよー」

 

 やがてピントが合う。4人の姿がくっきりと表れる。

 その中でも今、笠守が意識しなければならないのは愛里寿だ。

 だが、視界の半分ではアズミの方へと意識を向けていた。

 

「3・・・2・・・1・・・」

 

 カウントダウンをして、シャッターを切る。

 かしゃっ、と乾いた音が響いた。

 

「・・・・・・」

 

 撮れた写真を見直す。

 誰の目も瞑られてはいない。顔が隠れたり、逆光で見えなくなったりもしていない。

 完璧だ。

 

「撮れた」

「見せて見せて~」

 

 アズミが覗き込んでくる。メグミとルミも同じように撮れた写真のプレビューを見る。『良い写真だね~』とか『隊長可愛い!』とか好き勝手に言っているが、笠守の意識はアズミの横顔にしか向いていない。

 ピントが合って、アズミの姿がはっきり写った瞬間、自分の中のゆらゆらと揺れていた気持ちがはっきりとしたような感覚になった。

 

(・・・・・・そうか・・・俺・・・)

 

 それは自分の気持ちに、はっきり気付いたということ。

 

(アズミのこと・・・・・・好きなんだ)

 

 

 

 



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手ブレ補正

 愛里寿の誕生日の記念撮影はつつがなく終了した。

 しかし、笠守にとってはここからが正念場。これから愛里寿に撮影交渉を行うのだ。

 愛里寿と、一緒に写真に写って大満足なメグミとルミ、アズミの3人には、写真を現像したら渡すと約束をし、アズミを介して前もって決めていた通り愛里寿と話をする段階に入る。

 その際、アズミも自分から同席を希望した。その真意は笠守には掴めなかったが、恐らく笠守と愛里寿の間を取り持っていたから自分もいた方が良いと思ったのだろう。何にせよ、笠守も親しい人がいると緊張が解れるのでありがたかった。

 

「・・・・・・」

 

 笠守が通されたのは、戦車道棟内にある応接室。と言っても、2人掛けのソファが2つとその間にローテーブル置いてあるだけの簡素な造りだ。

 笠守の斜向かいに座る愛里寿は、先のロリータファッションから大学選抜のユニフォームに着替えていた。戦車道が絡む話をする時は意識を切り替えるためにユニフォームを着るのかもしれない。

 さて、笠守は愛里寿と話をすると聞いていたので、心の準備もそれなりに整えてきたつもりだ。こういった撮影交渉は、サークルの先輩について行くことはあったが、自分一人で行うのは今回が初めてだ。

 だからこそ、そのために自分の気持ちを落ち着かせるように努めて、イメージトレーニングも何度もしてきた。

 

「改めまして・・・愛里寿の母で、大学戦車道連盟理事長の島田千代です」

 

 だが、今ここに大学戦車道の重鎮・千代までいるのは想定外だった。

 千代と話をすることになるかも、と言う話は笠守も聞いていた。だが、こんなに早くその機会が来るとは思わなかったし、何より今日千代が来るなんて聞いていない。気持ちの準備なんてできているはずもない。

 どうやらアズミもこれは予期していなかったらしく、冷や汗が額から頬を伝って落ちているのが横眼に見えた。

 

「愛里寿からは、写真サークルから大学選抜の戦車の撮影依頼が来た、伺っていますけれど・・・」

 

 笠守を見ながら千代が話しかける。改めて自分から説明しろと言う口ぶりだ。

 その顔には、ゆったりとした笑みが貼り付いているが一瞬も油断できない。不用意な発言1つで、話し合いまでこぎつけたこの話もおじゃんになってしまうかもしれないから。

 心臓に悪いサプライズなど後回しにして、笠守は言葉を紡ぎ出す。

 

「・・・はい、この大学の写真サークルに所属しております、笠守と申します」

 

 まずは自己紹介、座ったままで頭を下げる。名刺の類は持っていなかったので、情報は笠守の口から齎されるものが全てだ。故に、発言は1つ1つ気を遣い、慎重でなければならない。

 千代は笑顔を保ったまま、軽く頭を下げる。

 

「今回、撮影を依頼させていただいたのは、この大学のホームページを更新するにあたり、大学側から目新しい写真を掲載したいと方針を示されまして」

「・・・」

 

 千代は笑みを崩さない。

 

「大学選抜チームはこの大学が本拠地であり、また過去の更新履歴にも戦車の写真はほとんどなかったので・・・今回起用したいと考えた次第です」

「・・・」

 

 千代は笑みを崩さない。

 怖い。何が怖いって笑顔を保ったまま、何も言わないのがだ。感情が読めない笑みを向けられたままで、崖っぷちに追い込まれたような感覚になる。

 愛里寿は、千代と笠守を交互に見て、話の行く末を見守っている。

 アズミは、笠守をそっと見守り、話が上手く通るように心の中で祈っている。

 

「昨今、戦車道は注目を集めつつありますので、大学選抜の活動を広める機会にもなると思います」

 

 でまかせではない。実際の話、戦車道のニュースや話題は最近になってネットやテレビで見る機会は増えた。笠守も独自で調べて行く中で、『戦車道の競技人口が上昇傾向』という記事も見かけた。

 

「・・・ほう」

 

 そこで初めて、笑っていた千代が片目を開けた。これまでと違うリアクションに笠守は一層怖くなる。間違ったことは言っていないはずなのに、何か禁忌に触れてしまったのだろうか。

 

(家元・・・どうするかしら・・・)

 

 アズミは心配になる。

 笠守の言う通りで、昨今戦車道が注目されつつあるのは確かだが、その原因の一端となっているのは恐らく、今年の高校戦車道全国大会でどんでん返しを見せた大洗女子学園にあるだろう。そして大学選抜チームは、その大洗(もはや連合軍だったが)相手に敗北を喫している。そこに関して、千代が何か気に障らないかと心配なのだ。

 

「・・・ただ考えもなく、意外性だけで私たちの戦車に注目したわけではないようですね」

 

 皮肉にも聞こえる言葉に、笠守の身体が硬くなる。

 笠守が戦車を選んだ理由は、大学が示したテーマの『斬新』もだが、『大学選抜の活動を広める』という言葉も嘘ではない。戦車を撮るのが好きなのに加えて、戦車に乗って戦うアズミたちのことをもっと知ってもらいたいという意思は、確かに存在する

 ふぅ、と千代は小さく息を吐く。

 

「彼の写真の腕、どうなのかしら?」

 

 今度の言葉はアズミに向けられた。

 どれだけ本人が素晴らしい言葉を並べても、写真の腕がポンコツだと自分たちの戦車など撮らせられない。こういう時は、本人よりも第三者に確認した方が一番だ。

 

「信用に十分値するかと」

 

 アズミは逡巡も、遠慮も、建前も放り捨てて、本音を返した。

 笠守はちらっとアズミを見る。その顔には、アズミ自身の言葉と、笠守の写真を疑わないような、強い意思が籠っているようだった。

 

「笠守、さっき撮った写真を見せたらどうかしら?」

「あ、ああ・・・」

 

 急にアズミに水を向けられ驚くが、笠守は傍らに置いていたケースからカメラを取り出して、プレビューを確認する。そこにはさっき撮った愛里寿とバミューダ三姉妹の写真が確かにあった。

 

「・・・あら、いいじゃない」

 

 写真を見せると、千代は楽しそうに告げる。少なくとも、悪く思ってはいないらしい。

 その後も保存されていた写真を何枚か見せる。このカメラに保存されているのは、スマートフォンで撮った気軽な写真とは違い、より自分が集中して撮った写真ばかりだ。中にはこの間の休日に撮りに行ったイチョウ並木の写真もある。

 

「・・・・・・まあ、腕に関しては問題無さそうですね」

 

 一通り写真を見ると、カメラを返しながら千代が笠守を見る。

 気のせいかもしれないが、千代の雰囲気が先ほどよりもほんの少し軟化したように感じた。言葉だけでは信用に足らず、実績である写真を見せたことでどうにか信用を得られたのかもしれない。

 とりあえず第一印象はクリアできたので、心の中でガッツポーズを取る。

 

「さて、それでは・・・最後に」

 

 しかし、それで話が丸く収まったりなどはせず、今一度千代は笠守を見る。

また、千代の纏う雰囲気が整えられた感じがした。笠守は背筋を伸ばして、千代の顔を臆さず見る。

 

「私たち大学選抜チームの戦車を撮り、写真を広報目的で使うということは、確かに私たちの活動を広めることになるでしょう」

「・・・はい」

「ですが、それはつまり・・・写真を撮るあなたもまた『大学選抜チーム』の看板を背負うことと同じですが・・・」

 

 そこで初めて、千代が笑みを引っ込めた。

 今度は目を開けるだけではない。表情そのものが変わり、真剣な表情で笠守を見つめる。その目の動き、呼吸、細かな仕草から嘘や意思のブレを見逃すまいとする表情だ。

 

「あなたに、その覚悟はあるのですか?

「はい、もちろんです」

 

 それでもなお、笠守は力強く答える。

 

「・・・以前、同じ質問を別の方から受けました」

 

 その人は他でもない、アズミだ。本人もそれを覚えているが、今は反応を示さない。

 

「だからと言うわけではありませんが・・・他の誰かを、何かを撮ることは、それだけ自分の背負う責任や覚悟も大きくなっていくものだと、理解しています」

 

 カメラを握って、情熱を注いできた中で培われた認識。それは決して、頭の片隅で留意する程度であってはならないことだ。

 

「自分は、その覚悟を決めた上で、お話をさせていただいた所存です。何卒・・・よろしくお願いいたします」

 

 深く頭を下げる。

 アズミは、愛里寿は、千代は頭を下げる笠守を静かに見守る。

 笠守はもう、何も言わない。呼吸さえも忘れそうになり、固く目を瞑ったまま頭を下げ続ける。

 自分の言葉は全て伝えた。後は、千代の采配を待つのみだ。

 

「愛里寿は、どう思う?今回の件」

「引き受けても問題ないかと思います」

 

 隣に座る愛里寿に訊ねる千代。

 当初の段取りでは、最初に愛里寿に話をし、それから千代と直接話し合うはずだった。だが、いきなり千代がこの場に現れたことで、愛里寿に話をする段階が省かれたことになる。

 大学選抜チームの隊長である愛里寿の決定は、千代にとっては参考程度かもしれない。それでも、愛里寿の口から『問題ない』と聞けたのは助かる。

 

「・・・分かりました。それでしたら、撮影は許可します」

 

 そして千代が告げると、笠守、そしてアズミは肩の荷が下りたような気がした

千代の表情が、今度は艦上が読み取れない者とは違い、普通の楽しそうな笑みに変わった、ように笠守に見える。

 

「あなたが良いと思った写真が撮れましたら、アズミなり愛里寿なりを通して一報をお願いします。使っていいかどうかは、こちらで判断しますので」

「はい」

 

 笠守はまた、頭を下げる。後でアズミに話をしておこうと心の中で決めた。

 

「それと・・・これは個人的なお願いですが」

「?」

 

 今度こそ話は終わり、かと思ったが、千代に言われて笠守は腰を浮かそうとするのを止める。

 千代は、愛里寿の方をちらっと見て、ふっと笑って。

 

「私と愛里寿の写真も撮ってくれますか?」

 

 

 

 千代の頼みにはお安い御用と了承し、手早く、しかし丁寧に写真を撮った。今回の写真もまた、現像でき次第千代に渡すことになる。

 そして話が今度こそ終わると、笠守はアズミに連れられて戦車道棟の屋上へと案内された。しかし、ベンチが2つと雨除けの屋根が設えており、風も強く吹かないような配置になっているそこは屋上と言うよりテラスだ。

 

「戦車を撮るのなら、多分この場所が良いと思うわ。ここなら演習場が見えやすいし」

 

 確かにここからは、演習場は眼下に見えずとも見下ろす形になっている。アズミの言う通り、ここは撮りやすい場所だ。

 

「ありがたい。演習場外の柵から撮るのは、結構苦労するからなぁ」

 

 アズミのパーシングを捉えた笠守のあの写真は、演習場の柵から望遠レンズを使って撮影したものだ。だが、肉眼では非常に見にくい位置から撮ったものだから、大分苦労した記憶がある。

 それに比べてこのテラスは、戦車が肉眼で捉えられそうな距離にあったので写真はまだ撮りやすい。

 そこで笠守は、ベンチに腰掛けると大きく息を吐く。

 

「あー・・・緊張した・・・」

 

 緊張を全部吐き出すような息と共に出た一言に、アズミはふっと笑いながら隣に座る。

 千代のアポなし訪問は、流石にアズミも心臓にも悪かった。これまで何度も話し合いをメグミたちと一緒にしたこともあったので初対面ではないし、人となりもそれなりに知っているが、サシで話し合うのはまた一段と効く。

 

「お疲れさま。でもよかったわね、家元がOKしてくれて」

「ああ・・・何とかこれで一安心だ。後は写真を撮る俺次第だけど・・・」

 

 確かに話はついたが、今はまだスタート地点に立ったに過ぎない。これで全ては、写真を撮る笠守に委ねられた。家元の許可をすぐに取れたのはいいが、プレッシャーはいよいよもって山積みになっている。

 

「・・・ありがとな。アズミ」

 

 しかし今は、そのプレッシャーをひとまず横に置いて、隣に座るアズミを見る。

 

「ここまで来られたのも、アズミが話を通してくれたおかげだ。俺一人じゃ、絶対何もできなかった」

「そんなこと・・・」

「いや、俺はそうだと思ってる。それにさっき、あの話し合いの場所で傍にいてくれたから、少し安心もしてた」

 

 あの場にアズミがいたのは、自分が橋渡しの役目だと自負していたからだ。何も、個人的な理由・・・笠守に対する自分の想いだけで行動したのではない。それでも『ありがとう』と感謝されるのは嬉しかった。

 そして笠守ももちろん、アズミが何のためにあの場にいたのかは理解しているつもりだ。それでも、ああいった緊張する場において親しい人の存在とは大きくて、心強い。

 

「だからさ、アズミ」

「?」

「何か、お礼をさせてほしい」

 

 アズミは、キョトンとした顔になる。

 笠守の言葉には、裏も打算も、何もない。ただアズミに対して、話の場を設けてくれたこと、そしてあの場にいてくれたことへの恩を返したいという気持ちの表れだ。

 しかしながらアズミは、臆面もなく『じゃあこれやって』とか『これほしい』とか言える性質ではない。

 

「そんな・・・気にしなくてもいいのよ?私が力を貸したいって思ってやっただけだし・・・」

「それでもアズミは、俺の頼みを聞いてくれたじゃない。それでここまで連れてきてくれて・・・ホントに感謝してる。だからさ・・・」

「いや、でも・・・」

 

 アズミは見返りを求めてここまでやったのではない。笠守が写真に真摯な姿勢で挑んでいるから、力を貸したいと切に願いこうしたわけだ。

 ただそれだけの気持ち、アズミの自分を衝き動かす気持ちに従ったまでだから、本当に見返りなどは初めから考えていない。

 

「・・・」

 

 しかしアズミは、笠守のその顔を見た。

 それは、ついさっき千代と相対していた時と同じ顔。それは、退かない、譲れないという強い意思が籠っている顔だ。

 それに気付くと、このまま『いやいや』と断るのも何だか申し訳なくなってくる。

 

「・・・そうね、じゃあ・・・いいかしら?」

 

 聞き入れる姿勢を取ると、笠守は少し安心する。拒絶されるのは当然嫌だったし、遠慮されると逆に自分の中に申し訳なさしか残らないから。

 だが、アズミが提示したその話には、少し首を傾げることになったが。

 

 

 再び笠守とアズミが落ち合ったのは、話し合いから3時間ほど後だった。

 

「かんぱーい」

 

 笠守は半ば釈然としないままアズミとジョッキをぶつけ合う。

 2人がいるのは、お洒落なお店でも何でもない、駅前の居酒屋。ここにいるのも、アズミが『お礼』として一緒に食事を提案したからで、この場所を選んだのもまた目の前でジョッキを傾けているアズミだ。

 

「どうかした?」

「いや、意外だと思って。アズミがこういう店を選ぶのって」

 

 アズミと接する中で、笠守はアズミに『お洒落な人』というイメージを抱いていた。ビジュアルしかり趣味しかりで、食事もイタリアンとかが似合いそうな感じがしたが、このような大衆居酒屋を提案されて少々驚いている。

 

「こういうお店も結構好きよ?いろいろなものがちょこっとずつ食べられるし」

「まあ、それは分かるけど・・・」

 

 言ったそばからアズミは唐揚げを食べて『おいしー』と目を細める。まあ、人は見かけに寄らないよな、と笠守は唐揚げを自分の取り皿に確保してからレモン汁を垂らす。

 それに、アズミがこれでお礼は十分であれば、とやかく言うべきでもないだろう。お礼の内容まで指図する権利は誰にもないし、こうしてアズミと2人で食事と言うのも笠守としては悪くない。

 そこで、唐揚げを齧ってからふと思った。

 

「・・・にしても、久々だ。アズミと飯ってのも」

「あ・・・そう言えばそうね」

 

 サークル、戦車道と理由が重なり、最近は昼食どころか顔を合わせての話すらなかった。それに、愛里寿の記念撮影やら千代との対談やらで気持ちも落ち着いていなかったので、今になってそれを思い出したのだ。

 

「時間を作ろうにも、戦車道が忙しくてね・・・」

「や、それは分かってるよ。大事な試合前なんだろ?」

「ええ、まあ・・・」

 

 笠守が野菜サラダを取り分けながら、アズミは頷く。取り皿を差し出すと、アズミは小さく笑って『ありがと』と言ってくれる。

 

「なら平気だ。アズミだって頑張ってるんだし、俺なんかのことは気にしないでいいからさ。こっちも忙しいから人のこと言えないし」

 

 笠守が失笑してサラダを食べる。

 気にしなくていいと言ってくれるが、アズミとしては逆に申し訳ないし、寂しくもある。今の自分の気持ちを考えれば、こうして一緒にいられるのはとても貴重だし、このまま会えないと流れで関係が途絶える可能性だってあるのだ。

 このつながりを消さないためにも、時間はやはりほしかった。

 

「笠守も忙しいって・・・やっぱり例のホームページの件?」

「ああ、先に決まった写真を撮る手伝いとか、コンテストに出す写真とかの話し合いもするし・・・」

 

 しかし、今のアズミにできるのは、話を広げて笠守と話す時間を繋ぐぐらい。

 それでも笠守は丁寧に話してくれる。まるで、アズミとの会話を楽しんでいるかのように。

 

「そう言えば笠守、コンテストの写真ってもう決まったの?」

「いやー・・・それが全く」

「それ大丈夫なの・・・?」

 

 ははは、と苦笑する笠守をアズミは心配する。そこで店員が、頼んでいた焼き鳥を持ってきてくれた。

 

「正直な・・・まだいい構図ってのが思い浮かばない。ピンとこないんだ」

「テーマは確か、『自然』なんでしょ?得意分野なのに、そう言うこともあるのね・・・」

「得意だからってポンポンアイデアが浮かんでくるってわけでもないんだなー、これが」

 

 得意だから、好きだからという理由だけで困難を容易く乗り越えられるわけでもない。もちろんそういう人間もいるだろうが、少なくとも今の笠守はそれには当てはまらなかった。

 

「でもまー、まだ少し猶予はあるし、もうちょっと考えてから撮るよ。考えなしに撮って応募すると入選なんて絶対できないし」

 

 今まで慎重に写真を選んでも入選しなかったのだから、そんな笠守が軽率に撮った写真で入選できるはずもない。今はまだ、慎重な判断が必要だ。

 

「それと、こうして気分転換をしてると、自然とぽろっとアイデアが落ちてくることだってあるからな」

「・・・そうね、それは分かるかも」

 

 以前の休日に、パーシング乗員と出掛けてアズミも思ったことだった。同じ考えを持っていたことに、嬉しくならざるを得ない。

 笠守がビールジョッキを傾けると、釣られてアズミもビールを飲むと、喉を苦み交じりの発泡水が通っていく感覚と味が染み渡る。まだ二十歳に満たない頃は何が美味しいんだろうと思っていたが、この味は成長しなければ分からないものだ。

 そんなアズミの表情がとても気持ちよさそうに見えて、笠守は問いかける。

 

「アズミって、意外とお酒に強い方?」

「そうねぇ、お酒は好きよ?個人的にはワインが一番好きかな」

「ほー・・・。次の機会があったら、ワインの美味しい店を選ぶか」

「いいわねぇ」

 

 アズミの出身校はBC自由学園。フランスかぶれの学校だったため、ソウルドリンクはワインのような色のぶどうジュース。だからかもしれないが、アズミはワインが好みだ。

 笠守も、酒は多少嗜む程度で、1杯でへばるほどの下戸でもない。だが、今日はまだ週の中日なので飲みすぎると明日が辛くなる。そして万が一、アズミがべろんべろんに寄って自力で帰れなくなった時のために備えて、酒の量はセーブしておく。

 

「・・・・・・ぷはっ」

 

 ビールを飲み干すアズミは、実にいい表情をしている。見ている方まで気持ちよくなる飲みっぷりだ。ついつい笠守もつられて唐揚げに箸を伸ばす。

 

「あ・・・」

「え?」

 

 そこでアズミが惜しそうな声を洩らしたので、笠守は箸で唐揚げを掴んだままアズミを見る。

 だがすぐに、笠守は気付いた。今自分の箸が掴んでいる唐揚げはラストの1個だと。

 

「すまん・・・」

「ううん・・・いいの、食べちゃって」

 

 流石に男の笠守が箸をつけたものは食べたくないだろうと、笠守は仕方なく自分の取り皿に置く。アズミは気持ちを切り替えたのか、砂肝串を味わっている。

 

―――信用に十分値するかと

 

 その言葉を、ふと思い出す。

 千代との話で、アズミは笠守の写真の腕を評した。その声は自信に満ちていて、疑っていなかったのを覚えている。

 アズミの言葉のおかげで、千代との話し合いは上手くいっただろう。笠守の写真の腕ありきではなかったのは事実だ。

 そして、あの言葉を聞いて、アズミは笠守を信頼してくれていると思うと胸が熱くなる。

 こうして誰かから写真で信頼を寄せられたのなんて、随分と久しいから。

 

「・・・もう1度頼むか」

「え、気にしなくても大丈夫よ・・・?」

「いいっていいって」

 

 メニューを開く。アズミは笑って首を横に振っているが、これぐらいはさせてほしい。

 

「ほかに何か食べたいのあるか?頼んでいいぞ」

「えー、でも・・・」

 

 アズミは少しだけ迷うが、それでも笠守がなぜか嬉しそうにしているから無下にもできず、一緒になってメニューを覗き込む。

 だが、元々笠守のお礼という形でここに来たのだし、笠守と一緒の食事の時間はそれだけで楽しいのでしっかりと恩恵に与らせてもらうことにした。

 

「デザートもいいぞ」

「流石にそれはまだ早いって」

 

 

 

 それからおよそ数時間ほど滞在し、お互いに腹八分ぐらいで満足すると居酒屋を後にする。もちろん代金は全て笠守持ちだ。正直な話、一学生の財布には痛手だが、アズミへのお礼と考えれば安いものだ。

 

「それじゃあ、またね」

「待った」

 

 そして居酒屋を出て別れようとしたところで、笠守がアズミを呼び止める。

 

「送ってくよ。もう夜遅いし」

「あら・・・いいの?」

「だってアズミ、そこそこ飲んだだろ?」

 

 明日は戦車道でセーブしていたのだが、アズミもビールジョッキを3つほど空けている。笠守はアズミが妙にほんわかしている感じがし、もう夜遅いのもあって不安だった。

 

「送ってくよ」

 

 もう一度、念を押して言うとアズミも観念したようにふっと笑った。

 

「・・・それじゃ、エスコートはお任せするわね」

「ただ送るだけだぞ?」

 

 アズミの軽口を笠守は笑って聞き流す。

 夜空を見上げると。ところどころに星が見える。街中なので星の灯りも鈍いが、それでもこうして夜空を見るとどこか寂静感がするのは何故だろうか。

 

「風が涼しいわね~・・・」

「つくづく秋らしいって思うな」

 

 アズミも笠守と同じように上を見ていると、涼やかな風が流れる。この時期は夜風も大分身に染みるようになってくるが、食後な上に酒も少し入っていたので体は少し暖かい。とは言え、笠守は思わずポケットに入れている手を強く握る。

 隣を歩くアズミも、手を後ろに回して温めるように握っている。ポケットに手を突っ込むのを、あまり良しとしないのだろうか。

 その手を握って温める、なんて勇気は笠守にはまだない。今日だって食事に誘ったのは本当にアズミに対する感謝の気持ちが強かったからだし、自分の気持ちが判明した今はアズミに対して距離の取り方を慎重に見ている段階だ。

 

「明日も戦車道だろーけど、酒は大丈夫か?」

「ええ、あれぐらいなら大丈夫よ~」

 

 しかし、それでもアズミを案ずる気持ちは変わらない。ぽやんとしているアズミの足取りは千鳥足でもないが、万一の場合も踏まえて気を配っておく。

 やがて駅前を抜けて、住宅街へと差し掛かる。

 

「笠守ってさ」

「?」

「ホント、いい人よね」

「はっ?」

 

 唐突に宣った言葉に、バカみたいな声が出る。思わずアズミの顔を見るが、アルコールのせいで多少赤くなっているのが暗くても分かった。

 そこで、酔った人は大体突拍子もない発言をするんだった、と笠守は思い出して、今の発言もそれの影響かと本気で受け取らないようにした。

 

「家元と話した時もさ、笠守は一歩も引かなかったじゃない?」

「一歩もって・・・言い争いをしてたわけじゃないし」

「けど、どうしても撮りたいって気持ちはあったんじゃないかしら?」

 

 口を閉ざす。アズミの言う通りで、あの時は口にしなかったがその気持ちは本当にあった。

 彼女は本当に酔っているのだろうか。妙に発言に切れがある。

 

「私はあの場所では、ただ笠守の隣に座ってただけだけど、それでも笠守が写真を撮りたいって目的のために、どれだけ強く自分を保っているのか分かった気がする」

 

 視線をアズミから逸らす。その言葉を真正面から受け付けるには、笠守はまだ青い。

 

「・・・それに、今日は誘ってくれて嬉しかったわ」

「?」

 

アズミがおもむろに話し出す。

 その横顔を窺うと、ゆったりと笑っているように見えた。

 

「仲良くなった人との時間が無くなるって言うのは、なかなか寂しいものなのよね」

「まあ・・・それは分かる」

 

 笠守も、サークルと個人の予定の都合で親しい灘崎や矢掛と会えない時間が続くと、少し物足りなかったり寂しいと思ったりする。その意見には賛成だ。

 

「笠守も、最近仲良くなってきたし、写真とかで意気投合できたのも嬉しかったから・・・少しの間会えないのはちょっと・・・ね」

 

 今、アズミの本音を少し垣間見た気がする。

 だが、笠守は素直に喜べない。今は、普通とはシチュエーションが少し違う。

 だから、『そうか』と力なく答えるしかない。

 

「そんな時に、こうして一緒にご飯って機会ができたじゃない?それが嬉しかったのよ」

 

 笠守は、頷くしかない。

 

「だからね、笠守」

 

 すいっと、アズミが距離を少し詰めてきた。ほんのりと甘い香りが、酒の匂いに混じって笠守の鼻腔に漂う。

 そして、笠守の上着の袖を、そっと小さく掴んで。

 

「また、こうして一緒にご飯を食べれたらいいなって」

 

 風の冷たさなんて感じない。酒の匂いなんて響かない。酒が入ってるからなんて理屈が消し飛ぶ。

 今笠守の中にあるのは、愛しいという気持ちだけ。

 

「・・・・・・そうだな」

 

 だけど、今の笠守は酒の味を知っている『大人』だ。今よりさらに青かった中学・高校生ではないから、衝動任せに抱き締めたり、手を握ったりするのにブレーキがかかる。

 だから笠守は、言葉だけに留める。

 

「・・・時間が作れたら、また一緒に食べるか。大学の食堂でもいいし」

「そうねぇ。それがいいかも」

 

 夜空を見上げるふりをして、冷静を装って答えると、アズミはなおも嬉しそうにする。

 自分の表情が緩んでいないかと、それがアズミに見えていないかと、笠守は一抹の不安を抱いた。

 

 

 熱が冷めないまま、笠守はアズミを無事に送り届けた。通学路が被っていた時点で察しがついていたが、アズミの住むアパートは笠守の住むアパートに割と近かった。

 

「それじゃ、また大学で」

「うん、じゃあね」

 

 アズミは、アパートの部屋を覚えていないなんてことも、鍵をどこに仕舞ったのか忘れたなんてこともなく、あとは無事に帰れるとのことだ。安心したように笠守は手を振って、アズミと別れる。その心には、少しばかりの嬉しさを抱いて。

 反対にアズミも、笠守の姿を見送ってから階段を上って、自分の部屋へと無事に到着する。

 

「・・・・・・」

 

 自分の家とは不思議なもので、慣れ親しんだ空気が自分を安心させ、気持ちをほんの少し落ち着かせてくれる。

 だからアズミは。

 

(なんか私・・・とんでもないことを言ったような)

 

 酔いだろうと何だろうと、意識が徐々にはっきりし始めて、陽炎のようにブレていたアズミの記憶がくっきりと蘇ってくる。元々酒は少し(本人比)しか入っていなかったし、涼しい外を歩いたおかげで酔いも少し醒めていたのだから、自分の安心する家に戻ったことで思考が冷静になった。

 

「!」

 

 そして、同時に思い出す。酒の勢いに乗ってどんな感じのことを言ってどんなことをしたのか。

 嘘っぱちの言葉ではない。本音を全て吐露したのだから自責の念に駆られるわけでもないが、それでもいきなりあんな言葉を投げてしまったのが小恥ずかしい。

 もし次会った時は、どんな顔をすればいいのか。

 笠守はアズミの言葉を聞いて、どう思ったのか。それを知りたいが、どう聞けばいいんだろう。

 頭の中で疑念と恥ずかしさがない交ぜになってしまったまま、アズミの夜は更けていった。



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フレーミング

投稿間隔が開いてしまい、大変申し訳ありません…


 緑の草花が生い茂る演習場を、黄色いひし形のパーソナルマークが刻まれたパーシングが駆け抜ける。

 演習場は決して平坦な土地ではない。ある程度自然のままだから、地面は少なからず起伏があり、そんな中を戦車は素早く移動するから車内は縦横に揺れる。

 そして今、パーシングのすぐ脇で砲弾が炸裂し、土煙と衝撃がパーシングへ横から襲い掛かる。斜めの衝撃がパーシングに伝わって、中にいるアズミたちの身体が変な方向に傾く。

 

「装填、完了!」

 

 そんな戦車の中で、美作が砲弾を勢いよく装填し、その言葉に真庭が頷いてグリップを強く握る。

 アズミは、ペリスコープで周囲の状況を確認する。先の至近弾を撃ったらしき車輌は少し離れた林の中に潜んでいた。待ち伏せだろうか。

 その間にも真庭は砲塔を回してそちらへと照準を合わせている。ただし動きながらなので、狙いを定めるのは難しい。

 

「行けます」

「よし、撃て!」

 

 アズミの指示で、真庭がトリガーを引く。

 真庭とて、伊達に大学選抜中隊長車の砲手を任されてはいない。動きながらでも、揺れていても、砲弾を高確率で命中させる腕は持っていた。

 だから、真庭の放った砲弾も、潜んでいたパーシングを撃ち抜いて白旗を揚げさせた。

 

「撃破確認!」

 

 鴨方が嬉しそうに報告すると、真庭はニコッと笑って頭を下げる。美作は次の砲弾を装填しながらにかっと笑った。

 アズミも、露骨に喜ばずとも唇の端を緩めて通信用マイクを手に取る。

 

「メグミ、ルミ、状況報告!」

『こちらメグミ、合流地点まであと2分ってトコかしら。ちなみに中隊はやられちゃったわ』

 

 応じたのは信頼するメグミとルミ。まず最初にメグミから報告を受けると、中隊全滅の報にアズミの眉が下がる。

 

『こちらルミ。あと3分程度で合流できるかしらね。私の中隊はあと1輌―――』

 

 続くルミの報告だが、途中で鈍いノイズが走ってアズミも少し目を瞑る。

 

『・・・訂正。今最後の1輌がやられちゃったわ。ちょっと待って』

 

 そこで一度、ルミとの通信が途絶える。

 その数秒後、遠くの方から砲撃の音が聞こえた。

 

『ゴメン。今1輌相手を撃破したところよ』

「了解、私のところも中隊はみんなやられたから、残りはあと私たち3輌だけね」

 

 結局いつも通りのバミューダアタックか、とアズミは内心苦笑する。

 さて、敵の大将・センチュリオンの姿はまだ見えない。倒されたアズミ中隊の戦車長・佐倉(さくら)の報告では、今いる場所から北へおよそ700メートルの場所にセンチュリオンはいるらしい。メグミたちと合流するのはその手前だ。

 

「早島、速度を落として。あまり出しすぎると回転数で気づかれるし、私らだけが隊長とかち合っちゃう」

「了解」

 

 アズミが指示を出すと、早島がゆったりと速度を落とす。

 

「この後は合流して、パターンXだっけ」

「ええ。今回は難しい操縦をさせちゃうけど、頑張ってね」

「バミューダアタックなんて連携攻撃毎回やらせておいて何を今さら」

 

 確かにね、とアズミはふっと笑う。戦車での連携攻撃で肝になるのは砲手もだが、操縦手の腕もある。そんな早島にとって、難しい操縦などいつものことだ。

 アズミは再び外の様子を確かめる。白旗を揚げている戦車がぽつぽつと見えるが、まだセンチュリオンの姿は見えない。間もなく合流地点なので、早島に停止するように指示を出そうとすると。

 

「あれは・・・?」

 

 鴨方が何かに気付いた。

 小高い丘を越えようとしている車輌が見える。色と車体の形からパーシングではない。となれば必然的に、相手チームの生き残りである愛里寿センチュリオンだろう。

 アズミもそれを確認し、首を傾げる。

 センチュリオンは模擬戦では、必要以上には動かず最低限の動きだけで相手を撃破する傾向にある。だから、まだ十分近づいてもいないのに自分からああして動き出すのは稀だ。

 

「こっち向こうとしてるけど、どうする?」

 

 鴨方がアズミに訊ねる。センチュリオンの砲は、確かにこちらを狙おうとしていた。

 アズミはほんのわずかな間だけ考える。

 

「いったん距離置く?」

「・・・いえ、ここは攻めましょう」

 

 操縦桿を握る手に力を込めながら早島が訊くと、アズミは首を横に振った。その答えには、車内の誰もが目を見開く。それでもなお、アズミはマイクを手に取る。

 

「ごめんなさいメグミ、ルミ。私たち、気付かれたわ」

『え、じゃあどうするの』

「距離をとっても多分撒けないし、ここで戦うしかないわね・・・」

 

 メグミの心配にも淡々と答えるアズミ。

 今度はルミが横やりを入れてきた。

 

『ちょっとちょっと、本気?隊長相手に真っ向勝負って。ここは少しでも距離取って、私らと合流するのを待った方が・・・』

「悪いけど、ルミ」

 

 ルミの忠告は尤もだ。しかし状況は待ってはくれず、アズミは言葉を遮る。

 

「隊長は、待ってくれないみたい」

 

 センチュリオンが速度を上げ始めていた。

 なぜ愛里寿たちがこんなに早い状況から動き出したかは分からないが、とにかくこのままでいるといい的になる。

 

「早島、速度上げて。ノロノロしてたら逆にやられやすいわ」

「了解」

 

 無線は既に切っている。

 瞬間、パーシングが増速し、後ろに身体が置いて行かれそうになる。

 

「・・・・・・」

 

 アズミは、向かってくるセンチュリオンをじっと見る。

 両者の距離は徐々に縮まってきている。このまま進路を変えなければ正面衝突は避けられず、そうなればこちらに勝ち目はない。かといって、右か左に避けるのも愛里寿は想定しているだろうから、どのみち倒される。

 それをおよそ数秒で考えたアズミは。

 

「早島、私の合図で左にフェイントいれてから右に避けることってできる?」

「また難しい指示を・・・失敗しても怒らないでよ?」

 

 早島は『イヤだ』とは言わずに操縦桿を強く握る。

 美作が装填をし、真庭がグリップを握る。

 恐怖心や緊張などとは無縁のセンチュリオンは、決して速度を落とさない。その砲口は、真っすぐにアズミのパーシングへと狙いを定めている。絶対に撃破する、と言う意思も見えそうだ。

 両者の距離は500メートルを切っているが、センチュリオンはまだ発砲しない。そしてアズミも、砲撃指示を出さない。

 次第に距離は詰まっていき、アズミはそれにつれて目を細める。

 

「早島!」

 

 そのタイミングを見極めてアズミが指示を飛ばすと、一瞬パーシングが左に揺れた後に右へと向きを変える。

 その間も、アズミはセンチュリオンから目を離さない。

 そして、左にフェイントを入れてから若干遅れてセンチュリオンが発砲し、それはパーシングには掠らなかった。

 

「避けられた・・・」

 

 鴨方が、呆けたように言葉を洩らす。

 あのセンチュリオンの砲弾は、ほぼ間違いなく避けられないことに定評があった。だから、たった今その砲撃を回避したことに実感が持てない。

 だが、状況は止まらない。アズミは初めてセンチュリオンの攻撃を避けたことに対する嬉しさも感じないまま指示を下す。

 

「撃て!」

 

 指示と同時に、発砲する。

 真庭は元々、フェイントをかけると聞いてからパーシングの砲塔をセンチュリオンに向けるようにしていた。進路が若干逸れた今は、ほんの少し砲塔を回すだけで十分にセンチュリオンを狙える程度にあった。

 だが、センチュリオンもただでは避けられない。フェイントをかけられても、砲撃した瞬間から砲塔を回していたセンチュリオンは既に次弾装填を済ませ、アズミのパーシングとほぼ同時に発砲する。

 2つの砲声が周囲に轟き、甲高い金属音と、鈍い音が響く。

 しぱっ、と白旗の揚がる軽い音が聞こえたのは、アズミのパーシング。すなわち、やられたのはアズミのパーシングだ。

 

「・・・やられちゃいましたね」

 

 真庭が姿勢を少し崩して、アズミを振り返りながら呟く。

 アズミは、真庭の砲撃がセンチュリオンの砲塔を掠めたのを見届けていた。あの愛里寿が駆るセンチュリオンに掠らせたのはもちろん、フェイントで上を行ったのは快挙と言ってもいい。負けてしまっては、その嬉しさも少し薄くなるが。

 

「・・・やっぱり、メグミたちを待った方が良かったかもね。ごめんなさい」

 

 後悔の念が湧いてきて、アズミは頭を下げる。

 だが、車内の誰も、アズミを責めはしなかった。

 

「仕方ないよ、あの状況じゃああするしかなかった」

「隊長があんなにも早く動いたのだって、初めてですから」

 

 早島と美作がフォローし、真庭と鴨方も頷く。

 それで少し気が楽になって、アズミが肩を落とすと外からズドンと衝撃音が聞こえてきた。見ると、メグミのパーシングがセンチュリオンに撃破されたところだった。まさにクリーンヒット、一撃だ。

 そこを狙ってルミのパーシングが反対側から回り込み砲撃するが、センチュリオンは踊るように砲塔と車体を旋回させて避ける。そして、ひょいっと砲撃してルミのパーシングを真正面から撃ち抜いて模擬戦が終了した。

 

「あら・・・」

 

 アズミの表情が陰ったところで。

 

『ハロー、アズミ?』

 

 メグミからの通信が入った。アズミはゆっくりと通信機を手に取って答える。

 

「メグミね・・・どうかした?」

『どうもこうも無いわよ。一体どうしたの、あれ』

 

 『あれ』と言われても心当たりは・・・多すぎる。

 

「・・・あれって、どれ?」

『1人で先行したのは、まあ状況的には仕方なかったからいいとして、あのフェイントよ。どこで思いついたのあんなの』

「ん、そうね・・・」

 

 あの動きは試合が始まった時からやろうと思ってはいなかった。何せ、センチュリオンはバミューダアタックの段階まで動かないだろうと思っていたから。

 それでもあの動きを思いついたのは、動物的な勘が働いたとも言える。

 

「・・・何か、できるかなって思ったのよ」

『へぇ~・・・まあ、いいか』

 

 メグミは、一応納得してくれたようだ。言葉で説明しにくいこともあると、理解しているらしい。

 すると今度は、ルミから通信が入る。

 

『アズミたち、やったじゃない。隊長の戦車に掠らせるなんて』

「そうね・・・私もびっくりしたわ」

 

 言いながら、アズミは真庭を見る。視線を受けた真庭は、気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

『けど、次からはもう少し連携を考え直さなきゃね・・・アズミが真っ先に狙われるとは』

『ええ・・・その前に、まずはミーティングだけど』

 

 メグミたちとの交信はそこで切れ、アズミは無線機を置くと全員に降りる準備をするよう促す。そこで、鴨方が話しかけてきた。

 

「でも今日、アズミの指示もキレッキレだったわね」

「あら、そうだった?」

「ええ。いつもより、声に張りがあったというか」

 

 美作も鴨方に賛成する。思い返してみると、確かに自分でも今日は思考が少し澄んでいたような気がした。あの局面でフェイントを思いついたのも、そのおかげかもしれない。

 

「終盤なんて、メグミさんとルミさんを引っ張るぐらいですし」

 

 真庭が乗っかる。バミューダ三姉妹のリーダー格はメグミだが、正式に誰がリーダーとは決まっていない。だが、今日のようにアズミが率先して動いたのは珍しくもあった。

 そうなる要因は何か―――

 

「ああ、そう言えば今日からだっけ?撮影の人が来るのって」

 

 早島が狙っていたのか、それを引き合いに出す。

 今朝のミーティングで、愛里寿からただの事務連絡として『撮影』が来ていると話がされていた。その人物が誰なのかは具体的には明かされていないが、愛里寿とアズミはもちろん、その話を聞いていたメグミとルミも知っている。

 そして、その『撮影係』であろう人と会っている早島たちも、その人物には察しがついていた。

 

「ああ、そういう・・・」

 

 真庭が納得したようにアズミを見る。

 要は、アズミにとって気になる人が来ているから、自然とやる気も出たのだろうという結論に至った。

 視線の先にいるアズミの唇は、少し緩んでいた。

 

 

 笠守は、アズミに案内されたテラスでカメラを構えていた。

 しかし今日は、カメラに三脚と望遠レンズを追加で装備し、中々ごつい仕様になっている。そうなっているのも、ここから遠い場所にいる戦車を集中して撮影するためだ。

 まず第一に、カメラにもズーム機能があるがそれには限界があり、今のように少し離れた演習場を撮影すると画質が粗くなる。故に望遠レンズは必須だ。

 そして、戦車の映える写真を撮るタイミングは読みにくく、長時間カメラを構え続けなければならない。その間、自分の腕だけでカメラを持っているのは体力的に厳しいため、こうして三脚に固定していた。それに固定していれば、シャッターを切る時にカメラがブレる心配もない。

 

「うーん・・・」

 

 だが、笠守は唸っていた。

 既に模擬戦は終了しており、現在は撮った写真を確認しているところである。

 しかし、やはり戦車を、それも一番魅力が際立つ砲撃の瞬間を捉えるのはすこぶる難しい。

 何しろ、観ている側からはいつ砲撃するかなんてタイミングが分からないからだ。

 加えて、今回求められているのは広報目的の写真として見栄えが良い写真だ。自分の趣味の範疇に収まるレベルでは当然ダメで、誰に見せても恥ずかしくない、素晴らしい出来を求められている。

 笠守もこれまで戦車を撮ってきたが、砲撃の瞬間を捉え、かつ多くの人を引き込める写真を撮ったことはない。あのアズミのパーシングの写真も、奇跡に近いレベルで撮れたようなものだ。

 だから今、笠守は自力で戦車の砲撃の瞬間を見極め、撮影している。

 

(お、これとかいいか・・・?)

 

 確認する中で、笠守は自分で良いと思う写真をピックアップしていく。

 確かに砲撃の瞬間をピンポイントで撮るのは難しいが、今は『連写』という便利な機能もあるから少しは気が楽だ。だからと言って気を緩めはしないが。

 そして、写真を撮れる日は今日だけでもない。写真を撮る明確な期限は設けられてはいないが、少なくとも来月末までには撮りたい。それまでの間、笠守には入館証が貸し与えられているため、いちいち面倒な手続きを踏む必要もない。

 

「・・・・・・」

 

 それでも笠守は、申し訳なく思ってしまう。

 アズミが自分のことを考えて話を愛里寿たちにしてくれたのは、もちろん嬉しい。だからこそ、そのアズミの気持ちに報いようと良い写真を撮れるように意気込んでいた。

 しかし現実は甘くなく、今日撮れた写真も自信を持って『これ』と言えるものは無かった。

 予想していた現実に打ちのめされて、笠守も少し心が萎むよう感覚になる。

 

(ごめん、アズミ・・・)

 

 心の中で謝ってもアズミに届かないことなど知っているが、それでも謝らずにはいられない。

 

 

□ □ □

 

 メグミは、戦車乗りとして強くありたいと常日頃から考えている。

 自分を強く保つこと、自分に自信を持ち続けることこそが強さの秘訣だと思っているし、体力面・頭脳面でも研鑽は欠かさない。もし折れそうになっても、今のメグミには()()()()()()()がいるから、今日まで戦車道を歩んでいられた。

 そして、自分がバミューダ三姉妹の中でも他の2人を引っ張る存在である自覚もある。自分の出身校が理由か、メグミは元々リーダーシップをとることに抵抗があまりないから、実力も相まって大学選抜の中隊長として力を発揮し、ルミとアズミもまとめている。

 しかしながら、ここ最近は少し変わってきた。

 

「うわっ、派手ね~・・・」

 

 メグミがパーシングの中からセンチュリオンと真っ向勝負を仕掛けるアズミのパーシングを見る。

 果敢にも、センチュリオンの砲撃を浴びても怯まず、退かず、立ち向かうアズミのパーシングからは、闘気のようなものまで感じられるほど力強い。

 

「あっ、やられた・・・」

 

 同じく状況を見ていた通信手の生月(いきつき)が嘆く。

 側面から回り込もうとしていたアズミのパーシングが、センチュリオンに撃ち抜かれて白旗を揚げさせられたのだ。審判役の隊員からも試合終了が告げられ、メグミたちは小さく息を洩らす。

 今日もまた愛里寿のチームに勝てなかったが、収穫もあった。

 

「隊長相手にあそこまで粘るとは、やるね」

 

 操縦手の深江(ふかえ)が背を伸ばしながら言うと、メグミも頷く。

 3輌でバミューダアタックを仕掛けたのは予定通りだったが、トリを務めるアズミがセンチュリオンの砲撃を数度回避して撃ち合いを見せたのだ。少し前までは避ける前に撃破されるのが普通だったから、今日のように何度も避けたのは驚異的だった。

 

「最近、アズミさんのパーシング、強くなってますもんね」

 

 砲手の平戸(ひらど)は、顔についた汚れをハンカチで拭き取る。

 少し前までは、アズミのパーシングも中隊長車として確かに強かったが、やはり愛里寿相手には一歩及ばなかった。それがここ最近で力を伸ばしているのは、誰の目にも明らかだ。

 

「何か、アズミたちに良いことでもあったのかね?」

「んー・・・あったんじゃないかしら」

 

 装填手の対馬(つしま)に訊かれて、メグミは少しばかり視線を逸らす。

 アズミが・・・アズミたちが変わった理由の1つは、恐らく先日会ったカメラマンだろう。しかし、それをおいそれと吹聴するのはアズミの親友として憚られる。いくら面識がある対馬たちでも、今は教えないでおこうとメグミは思った。

 そして今、メグミはアズミに対して親近感すら覚えている。

 メグミもまた以前、あるきっかけを経て愛里寿相手にタイマンを張れるほどには強くなった過去があった。それはメグミの力だけではなく、対馬や深江たちの力もあってのことだが、チームワークの塊たる戦車は1人の好調が他者に影響されやすい。

 だから、アズミのパーシングもかつてのメグミたちのような状態なのだろうと推測して、安心できた。

 そんなメグミは、首に掛けている猫の模様が入ったペンダントをそっと握った。

 

 

 写真を撮り始めて数日が経ち、笠守も『戦車が砲撃する瞬間』をだんだんと見極められるようになってきた。

 今までは神経を張り詰めてその瞬間をただ待つだけだったが、試合をフィルター越しに観ているにつれて、戦車がどういったタイミングで撃つか、どのような状況でどう動くのかが、少しずつ分かってきたのだ。元々写真を撮っていく中で観察眼を鍛えていたし、戦車の写真を撮り慣れてもいたので、試行錯誤の精神でどうにか撮れるようになってきた。

 ただ、砲撃するタイミングを撮れるようになっても、中々完璧な瞬間を撮るのは難しい。脳からの指令は手足に届くまで若干のタイムラグが発生する。脳でそのタイミングを理解しても、指がそれに追いつかずタイミングがズレることがしばしばあった。

 やがて模擬戦が終わると、写真をその場で何枚かピックアップして機材を撤収して、その場を去る。三脚や望遠レンズは重いので持ち運ぶ時にかさばるが、サークルの部室のロッカーに置けるので、大学の行き帰りで苦労することもない。

 

「こんにちは」

「こんにちは~」

 

 戦車道棟の中を歩いていると、大学選抜の人から挨拶をされるのも割と増えた。最初は奇異の視線を浴びていたが、何度か出入りをしていると警戒心も薄れてきたらしい。それに、戦車道を歩む人は皆礼儀礼節を重んじるようなので、挨拶をされるのはとても心地よかった。

 やがて戦車道棟を出ると、ポケットの中のスマートフォンが震える。バイブレーションの感覚からしてメールだったので、立ち止まって確認する。

 

「・・・んー」

 

 メールの差出人は矢掛。内容は戦車の写真の進捗確認と、コンテスト用写真の催促だった。

 戦車の写真はようやく形になり始めたが、まだまだ改善の余地は多い。

 コンテストの写真は、まだ決められていない。戦車の写真で手一杯なのもあるが、どうしてもコンセプトさえ決まらないのだ。申込期限は11月の上旬で、その話が出たころはまだ余裕だと思ったが気付けば期日も目前だった。

 

「何とかしなくちゃな・・・」

 

 呟きながら、笠守はメールの返信を書いていく。

 

□ □ □

 

 砲撃と同時に衝撃が車内に伝わり、ルミは片目を瞑ってそれに耐える。

 それでも状況は見逃さず、ペリスコープ越しにパーシングが1輌撃破されるのを確認した。

 

「よし、次弾準備!」

「「はい!」」

 

 装填手の小松(こまつ)、砲手の野々市(ののいち)が応え、砲弾を装填して再びグリップを握る。

 だが、ルミの下に通信が入った。

 

『ルミ、3時の方向!』

「え?」

 

 その主はアズミで、反射的に言われた方角を見ると確かに別のパーシングの姿があった。

 敵を撃破したことでの昂揚が一気に冷め、焦りが取って代わる。

 しかしながら、ルミが砲塔旋回を野々市に指示する前に、そのパーシングは何者かに撃破されてしまった。

 

「・・・アズミか」

 

 視線を巡らせて、撃破したのもまた警告を飛ばしたアズミのパーシングだと分かった。

 だが、いつまでもそれに拘ってはならない。ルミは操縦手の珠洲(すず)に移動するよう指示を出した。

 

「野々市、さっきの砲撃はナイスだったわ。次もこの調子でお願い」

「ありがとう、メグミやアズミたちに負けるわけにもいかないからね」

 

 大学選抜全体に言えることだが、ルミのパーシングも先の大洗女子学園戦を機に研鑽を重ねている。それぞれが、自分にできるトレーニングや勉強をして、力を伸ばそうとあがき、今もまた戦っている。

 しかし今は、別の気がかりなこともあった。

 

「ホント、ここ最近のアズミはすごいわね・・・」

「ですねぇ・・・」

 

 外を見ながらルミがつぶやくと、通信手の七塚(ななつか)が笑って頷く。

 近頃、めきめきと力を伸ばしているアズミのパーシング。先ほどの砲撃も、アズミの注意が無ければ命中は避けられなかっただろうが、アズミはそれに先に気付いた。それはつまり、アズミが自分たちだけでなく仲間の周囲にも気を配っていたということだ。

 それだけアズミは自分たちに余裕を持っており、視野も広がっている。無論その余裕とは慢心や驕りではなく、心が張り詰めていないからこそ生まれる余裕だ。

 

「・・・後れを取るわけにはいかないわ。私たちも頑張りましょ」

「はい!」

 

 珠洲が返事をして、パーシングを増速させる。

 もうすぐバミューダアタックの合流地点だ。アズミが今日はどんな戦いを見せてくれるのか、楽しみにしようと思う。

 

 

 昼食を摂り終えた笠守は、大学の遊歩道を歩いていた。

 だが、その表情は景色や草木を見て楽しんでいるようではない。悩みを抱えているような難しい感じだ。

 そんな表情の理由は、目下最大の課題である戦車の写真、コンテスト用の写真だ。

 まず前者だが、戦車の砲撃するタイミングが掴めてきた今、写真は撮りやすくなっている。砲撃する瞬間を捉えられる回数も増えてきた。まだ完成には程遠いが。

 そして後者は、応募期限が近い上にいいアイデアが降ってこない。このままでは参加もお流れになってしまうが、それは避けたかった。自分の腕を発揮する機会を自分から棒に振るのは、愚かな真似だと笠守自身は思っていたからだ。

 

「どうしたもんかねー・・・」

 

 ウッドチップが敷かれた道を歩きながらぼやく。視線を横に向けても、あるのは物言わぬサクラや梅の樹だけ。秋が深くなった今では葉も落ちて寂しいものだ。

 視線を少し下に向ければ、花壇でちゃんと手入れがされて力強く咲く花が咲いている。園芸サークルの手で、秋の花が植えられているのでこれを撮るのもよさそうだが、笠守はいまいち惹かれなかったのでパスする。

 そのまま当てもなく遊歩道を進んでいく。他の木々も鮮やかな秋の色合いに染まっていて、見ていてとても楽しい。

 この先には、モミジの樹もある。以前訪れた時は色も中途半端だったが、今はどうだろうか。

 そのモミジを思い出すと、釣られてあの日の記憶も蘇ってくる。

 

―――あの、すみません

―――これ、さっき拾ったんですけど、もしかして落とされましたか?

 

 アズミと初めて出会った日。自分の不注意でカメラのレンズカバーを落としたのがきっかけで、アズミと知り合った。今となっては、アズミという自分にとって素敵な人と巡り会えたからこそ、あの時カバーを落とした自分のミスを逆に褒めてやりたい。

 そんなあの日、笠守が撮っていたモミジは、今はどうだろうか。

 

「おー・・・!」

 

 そのモミジと対面して、思わず声を上げる。

 あったのは、真っ赤に染まったモミジだ。以前見た時とは比べられないほど鮮やかな赤一色で、かつけばけばしくない心地よい色に染まっている。

 

「いいなー・・・これ」

 

 心が疼く。この綺麗なモミジを1枚写真に収めたいと、笠守の精神が昂る。つくづく自分はこういった自然物も好きなんだと、改めて実感させられた。

 早速笠守は、肩に提げているバッグからカメラを取り出して、後ろに数歩引く。モミジの近くにはベンチもあって、もしかしたらこれも一緒に撮ると雰囲気が出るのでは、と思ってのことだった。

 フィルターを覗き込みながら、カメラを構える。自分にとって最良の構図となるまで、カメラ、自分の身体の向きを調整する。何だか近くで足音が聞こえた気がしたが、今だけは集中させてほしい。道を塞いでいるわけではないので責められはしないだろう。

 そして、最良のタイミングを見極めてシャッターを切る。小気味よい音が響き、笠守はカメラを下ろして写真を確認する。

 

「っし」

 

 口の中で嬉しさを表す。晴天に紅いモミジが映え、その下にあるベンチの程よい距離感が良い構図を作りだし、雰囲気を醸している。

 何よりいいのは、太陽の向きのおかげでモミジの葉の合間から陽の光が洩れていて、優しい雰囲気を出せていることだ。これが、いいアクセントになっている。

 ただせめて、このベンチに誰かが座っていたり、何かが置かれていたらもっと雰囲気は出ていたかもしれない、と思ったが。

 そこで笠守は、ふと先ほど聞こえた足音の正体が何か気になって周囲に視線を巡らす。

 

「こんにちは、笠守」

「・・・おー、アズミ」

 

 程なくして笠守の視線は、アズミとかち合った。彼女は、カメラを持つ笠守を見て少し嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「随分集中してたみたいね。真剣そうだった」

「ああ・・・あのモミジが良い感じに撮れそうって思って」

 

 集中していると、他の人の存在に気付かなくなるのはよくある話だが、笠守はせめてアズミには気づきたかったと思う。

 そんなアズミは、大学選抜のユニフォームとは違う私服だが、その姿を見るのも久々な感じがする。

 

「なんか・・・笠守とこうして会うのも久しぶりな気がするわね・・・。家元と話した日以来、かしら?」

「あー、そういやそうか」

 

 そう思っていたのはアズミも同じだ。あの島田流家元・島田千代と話を付けた日以来、2人はメールでやり取りをするぐらいで顔を合わせたことが無い。

 そこで笠守は、その日の別れ際の、自分の言葉を思い出した。

 

「・・・そういや、自分で言ったのにまだ一緒にご飯とかできてないな」

「あ・・・気にしなくて大丈夫よ。私も忙しいし、笠守だって今は大変なんでしょ?だから、気にしなくていいから・・・」

 

 アズミがそう言ってくれても、笠守はしこりが取れない。自分から口にした約束で、アズミとの食事は楽しかったから次を楽しみにしていた。けれど現実はそう上手くいかない。

 そしてアズミも、告げたのは社交辞令みたいなもので、本音はまた一緒に笠守とご飯を食べたい。だが、戦車道という決して小さくはない要素にして責任が自分の素直な気持ちを押さえつけてくる。

 最近、自分で言うのも何だがアズミは力が思考がクリアになっている自覚があるし、力も伸びている。それは決して自己評価ではなく、メグミやルミからもその点は評価されており、愛里寿からもお褒めの言葉をいただいたほどだ。

 だからこそ、大事な試合が近い今のアズミは、一存で別行動を取るのが難しい。戦車道の話はできるうちにしておきたいから、結果として笠守と過ごす時間は減っている。

 それがどうにも切ないが、そんなことは口が裂けても言えないので本音は呑み込む。

 

「ふぅ」

 

 そんな中で、ここで偶然にも笠守と会えたのは僥倖だ。

 不意の安心感に包まれて、アズミは近くのベンチに座る。それに倣って笠守も、一休みと隣に座った。

 

「笠守は、モミジを撮りに?」

「いやー、実はちょっと行き詰っててな・・・戦車のもコンテストのも」

「あら・・・」

 

 ははは、と笠守が苦笑して笑うとアズミの表情が曇る。多少なりとも心配してくれているらしい。戦車の写真に関してはアズミも無関係ではないので仕方ないが、心配を共有させるわけにはいかない。

 

「ただ、戦車の写真は大分コツが掴めてきたからいいんだ」

「でも、コンテストの写真はまだ上手くいってないんでしょ?」

「ああ・・・いまいち惹かれるものがあまりなくて。で、ちょっと気持ちを整理するためにここに来たってわけ」

「ふーん・・・」

 

 笠守はカメラに保存されている写真を見返す。今日まで、色々と写真は撮ってきたがどれも心惹かれるようなものが無い。

 

「でも、さっきは何か久々にいい写真が撮れた気がする」

「それって、来た時に撮ってたの?」

「そう、これだ」

 

 アズミが気になる風で訊いてきたので、笠守はその写真をアズミに見せる。

 

「わ・・・何か綺麗な写真・・・」

「そう思う?そりゃ嬉しいなー」

 

 モミジの写真を見せると、アズミは表情を明るくする。こうして自分の写真で誰かを笑顔にできることは、カメラマン冥利に尽きる。自分が大切に想う人が相手ならなおさらだ。

 そして、この写真を『良い』と言ってくれたことで笠守もほんの少し自信が湧く。

 気分が良くなってきて、笠守はアズミに話しかける。

 

「アズミは?今日ここに来たのは・・・」

「気分転換ね・・・試合に向けて訓練も厳しくなってきて、ちょっと心が疲れちゃったから」

「そうか・・・」

 

 つまり今、アズミとここで会ったのは偶然なわけだ。

 太陽が雲に隠れたのか周囲がほんの少し暗くなる。笠守はそこでモミジを見上げると、暗いところだとあまり綺麗には見えないな、などと考えた。

 

「何か、最初に会った時みたいね。ここで、偶然会ったのが」

 

 アズミの言葉に、笠守は思わず視線を移す。

 アズミは同じように、モミジを見上げていた。しかしその表情は、昔を思い出すかのように遠い感じがして、なぜか惹かれるような魅力がある。

 そこで笠守の頭の中で、何か糸が繋がるような感覚になる。

 その時、静かな風が吹いて、草木の葉がさわさわと優しい音を奏でた。

 

「あら」

 

 そして、アズミの目の前にモミジの紅い葉がひらひらと舞い落ちてくる。

 雲に隠れていた太陽が再び顔を出して、陽の光が再びモミジの葉の合間から洩れ出る。

 その瞬間。

 

「―――っ」

 

 笠守の目が、見開いた。

 自分の頭の中で、電流が走ったかのような感覚に襲われた。

 心の中で、『これだ』と叫んだ。

 

「・・・なあ、アズミ」

「?」

 

 モミジの葉を拾い上げて、指先でくるくると弄ぶアズミに笠守は声をかける。

 

「・・・今、すごいいい構図が思い浮かんだ」

「え?コンテストの写真?」

「ああ。けど、ちょっと・・・」

 

 笠守は断りを入れて、スマートフォンを取り出すと恐ろしい速さで画面をタップしてネットに接続する。調べるのは、ネイチャーフォトコンテストの参加要領。具体的にはその応募できる写真の条件。

 アズミは、笠守の突然の発言と行動に戸惑う。だが、笠守の表情がふざけているように見えなくて、声をかけるのを躊躇う。

 

「・・・・・・よし、大丈夫だ」

 

 調べた結果を見て、笠守は頷く。

 いまいち状況が掴めないアズミはキョトンとする。だが、そんな彼女を置いたまま笠守は話しかけてきた。

 

「あのさ、アズミ」

「?」

「差し出がましいようだけど・・・また1つ、お願いがあるんだけど、いいか?」

「え?」

 

 笠守はベンチから立ち上がり、アズミの前に立つ。

 そこでアズミは、大学選抜副官特有の頭脳を持ってして、今このタイミングで、笠守が何を思いついたのか、気付いた。

 

「アズミを写真に入れて、応募したい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 だが、改めて言われるとアズミは疑問の言葉をそのまま口にする。

 頭から心臓に掛けて徐々にその意味を理解し始めて、それが心に届いたころに『え?』とはっきり声を上げた。

 

「ちょっと・・・どうして急に?」

「今さ・・・・・モミジの葉っぱがアズミのそばに落ちてきて、それで『これだ』って閃いたんだ」

「えっと、それは嬉しいんだけど・・・いや、待って」

 

 笠守も無理な話と分かっているのか、表情が固まっている。対するアズミも、しどろもどろ。その反応は当然のことだし、自分の言ってることは無茶ぶり同然と笠守も分かっている。それを承知で、笠守はアズミのことを撮りたかった。

 

「え、だってテーマは『自然』でしょ?私を撮るって・・・」

「ああ、メインはこのモミジだ。それでアズミも、その写真に入ってほしい」

「人が入るのはいいの?」

「ああ。さっき条件を確認したら、人は入っていても大丈夫らしい。ただし、写真の数パーセント程度じゃなきゃいけないけど」

 

 スマートフォンを見せると、そこにあったのは先ほど笠守が呼んでいたコンテストの写真の条件。確かに、人物は写真全体の10パーセント以内の割合であれば入っていて問題ないと記載されていた。

 

「もちろん、アズミが嫌なら無理強いはしない。俺個人でこういう写真を撮りたい、って思ってるに過ぎないから」

 

 望まない相手の写真を撮るのは笠守だけでなく、カメラマンの理念に反する。写真を撮る相手が嫌がるようであれば、絶対にシャッターを切らない。自分の中に浮かんだ最良のアイデアだって、水に流して全て忘れて無かったことにもする。

 それを受けて、アズミは。

 

「・・・どうして、私を?」

 

 一番気になるのは、なぜ自分が選ばれたのか。

 もちろん、笠守だって誰でもいいわけではない。

 

「アズミは、俺の主観だけど、ふわふわした柔らかい、優しい印象がするんだ。それがモミジと併せると、良い雰囲気になると思った」

 

 人の纏う雰囲気とは十人十色だ。ピリピリした雰囲気のする人、ほんわかとした雰囲気の人、きっちりしている人、色々だ。

 中でもアズミは、言ったように柔らかく優しい雰囲気を笠守は感じた。それが起用しようと思う理由の()()だ。

 

「それに・・・」

「それに?」

 

 アズミを選んだ理由はそれだけではない。そのもう1つ理由を言い淀む笠守だが、アズミはその言葉を飲み込ませるわけにはいかなかった。不明瞭なままでいるのは、気が済まないから。

 アズミが笠守の目をじっと覗き込むと、笠守は視線を逸らした。そこまで後ろめたい理由があるのか、アズミは無言で問う。

 一方で笠守は、観念したのか目を閉じて口を開く。

 

「・・・アズミは、その・・・・・・すごく、俺からすれば綺麗な人だから。撮りたいと、素直に思った」

 

 視線を合わせないまま言葉を紡ぐと、笠守は下唇を噛んで俯いてしまった。自分で言うのも恥ずかしい言葉だろうと、アズミも気持ちが汲める。

 そして、そんなことを言われたアズミ自身、自分の心と血と身体が熱くなってくるのが分かって来た。

 見た目には気を遣っているアズミとしては、『綺麗』と言われること自体嬉しい。自分を磨いてきた成果がちゃんと表れていると実感できるから。

 だが、笠守に言われるとそれ以上の感情が湧き上がってくる。そうなる理由なんて、わざわざ言葉にするまでもない。

 

「・・・そう、分かった」

 

 笠守は、アズミを見る。

 笑みを浮かべていた。

 

「・・・1つだけ、約束して」

 

 そう言ってアズミは、自分の右手を笠守に向ける。小指を立てて。

 

「・・・絶対、入賞してね」

 

 約束の証と、アズミの願い。

 笠守はこれまで、コンテストの類で賞に選ばれたことが無い。だからアズミからの約束は絶対に果たせられるかと言われると言葉に詰まる。

 しかし、笠守は弱気になってる場合ではないと自分で分かっている。

 そして、アズミのその約束は絶対に守らなければと、強く固く心で思う。

 

「・・・約束する」

 

 笠守も、自分の右手の小指を出す。

そしてアズミの小指と絡めて、指切りをした。

 

 

 夕方、笠守はサークルの部室へと出向いた。

 慣れ親しんだ部室のドアを開けると、窓にはブラインドが掛けられていて、夕日は遮られている。その窓の前の机で、部長の矢掛が椅子に座ってパソコンで何かを調べていた。

 

「部長」

「んー。どうした?」

 

 声をかけると、矢掛はパソコンから目を離して笠守の方を見る。

 だが、笠守がずんずんと自信に満ちた、迷いのない足取りで自分へと向かってくるのに、少しだけ『おや』と疑問を抱く。

 そして笠守は机の前で立ち止まると、懐からSDカードを取り出した。

 

「・・・コンテストに出展する写真を確認してもらいたいのですが」

 

 切り出された話題に、矢掛は意識を正して笠守を見る。差し出されたSDカードを受け取りながら、矢掛は話しかける。

 

「撮れたか。自信作が」

「はい」

「よし、確認しよう」

 

 サークル活動の一環でコンテストに出る場合、写真は全て部長が確認する決まりになっている。下手な写真を出してサークルのイメージを下げるのを避けるためだ。その点でも、この矢掛は信頼を置かれていると分かる。

 SDカードをPCに読み込ませると、1枚の写真が表示される。SDカードは笠守個人のものだが、コンテストに出す用の写真しか入れないので、写真もそれ関連しか入っていない。

 

「・・・・・・これは」

 

 そして、表示された写真を見た瞬間、矢掛は目を見張った。

 笠守の写真にありがちな、刺さる人にしか刺さらないであろう写真、ではない。

 純粋な興味を惹かれるような、良い雰囲気のする穏やかで優しい写真。

 矢掛は素直に、この写真を『とてもいい』と心の中で評価した。

 

「・・・お前、この人は・・・」

「大学選抜の、知り合いです」

 

 写真に写っている人を指差すと、笠守は隠さず明かす。元々、矢掛が『アズミ』という人を知らないとはいえ、大学選抜に知り合いがいることはサークルで既に知られている。今更隠す必要もない。

 

「・・・お前はこれを、良いと思ったんだな?」

「はい。部長はどう思いますか・・・この写真」

 

 笠守の覚悟はここに来るまでに決まっていた。いや、この写真を撮ろうと思った時点で、アズミを撮ろうと思った時点で固まっていた。

 矢掛は、もう一度写真を見て、頷く。

 

「・・・良いと思う」

「・・・」

「今までで、一番」

 

 写真の応募が、決まった瞬間だった。



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アオリ

 笠守にとっても、アズミにとっても長く感じた10月だが、世間は何事も無かったように回り、秋の深まりがいよいよ色濃くなる11月になった。

 この月は、それぞれにとって大事な行事があるひと月だ。

 笠守にとっては、コンテストの結果発表が行われる月。アズミにとっては、社会人チームとの試合が行われる月。

 笠守が参加するコンテストは、初の入選を狙って最良の写真を応募した。それも、その写真はアズミを撮ったものだから、なおのこと栄光を飾りたい。

 アズミが挑む試合も、自分たちのこれまでの成果を発揮する場であるから、気が引き締まる。特に、それなりの事情があったとはいえ、高校生に負けてしまっているから、敗北を取り戻したいと切に思う。

 そしてこの日は、アズミにとってはその緊張が一段階上がる出来事があった。

 

「来ることぶき工業との試合について、正式な内容が確定した」

 

 普段通りの時刻に始まった、大学選抜チームの連絡事項通達。そこで、壇上に立つ隊長の愛里寿がそう告げると、会議室全体の空気が緊張で染まった。

 先月の半ば過ぎ辺りに話題に上がったその話は、詳細が決まり次第追って連絡となっていた。それ以降は試合の場所、日にちとちょくちょく情報が更新されつつあり、今日になってその詳細は決定となった。

 

「まず試合の日時は、通達した通り11月15日。場所は松代演習場」

 

 愛里寿の発言に合わせて、傍に控えるメグミがタブレットを操作する。前面に張られたスクリーンに詳細が投影される。

 

「この演習場は、市街地エリアをメインとし、その周囲に田園、森が広がっている。大半は市街地なので、今回の試合では市街戦がメインとなるだろう」

 

 続いてスクリーンに映し出されるのは、石が敷かれた道と、同じく石やレンガで建てられた家屋が建ち並ぶ西洋風の町並みだ。周囲には広めの畑が広がっている。

 ちなみにこの演習場、元は西洋の町を再現した居住地を開発して移住者を呼び込もうとしていたらしい。ところが、利便性がやや乏しい故に数年で廃れてしまった悲しい背景を持っている。戦車道連盟が有している市街地系の演習場は、こうした背景のある場所を有効活用しているのだ。

 

「この市街地は入り組んだ細道や交差点、噴水など地形が複雑で、かつ広い道があまりない。戦闘するには難易度の高い場所だ」

 

 市街地の俯瞰図が表示される。建屋は高くて2、3階程度の高さなのだが、道が狭いとどうしても戦い方は限られてくる。机に座ってスライドを見る隊員たちの表情に、軽い苦みが混じった。

 

「参加車輌は両チーム25輌ずつ。昨日、相手チームの参戦車輌のデータが送られてきた」

 

 メグミが画面をスワイプさせ、ことぶき工業の戦車を表示する。

 

「隊長車はV号戦車パンター。配下にはティーガーⅡが2輌、パンター18輌、Ⅲ号戦車J型が1輌、N型が2輌、ヤークトティーガーが1輌」

 

 ことぶき工業がドイツの戦車を重用しているのは周知の事実なので、それには誰も驚かない。

 今回相手が起用するのは、市街戦を考慮してか比較的足回りの良いパンターとⅢ号戦車。後は火力・装甲が優れているヤークトティーガーと、火力・装甲共に大学選抜を少し上回っていた。

 

「私たちはパーシング21輌、チャーフィー2輌、T28重戦車1輌、そして私のセンチュリオンが参戦する」

 

 一方で大学選抜は、まず主力戦車のパーシングは確定。今回のような入り組んだ地形では重宝される、軽快な足回りのチャーフィー。そして強固なT28に、愛里寿の愛機であるセンチュリオン。ある意味、お決まりだ。

 さて、かの大洗戦で文部科学省のお達しで無理矢理使わされたカール自走臼砲だが、今回は使用しない。と言うのも、カールの火力は確かにすさまじいものの、装甲が薄い上に護衛に数量割かねばならず運用性が悪いので、満場一致で留守番が決まっていた。恐らく今後、使う機会は全くと言っていいほどないだろう。

 

「そして、今回の試合で参加する車輌を、今から伝える」

 

 続けて愛里寿は、この試合に参加させる車輌・・・誰の戦車かを発表する。これが、隊員たちにとって一番気がかりなことだった。

 大学選抜チームは、プロ入りを想定して編成された特別なチームであり、所属する隊員は皆プロリーグ参加を目的として切磋琢磨しているのだ。その力を発揮する公式戦でお呼びでないとなると、実力不足を嫌でも感じざるを得ない。

 愛里寿に名前を呼ばれないことは、戦力外通知も同然だから、誰もが恐れている。

 そして、愛里寿が参加する車輌を告げると、会議室には安堵と失意のため息がそこかしこから聞こえてきた。

 

 

 

「試合、松代なのか」

「知ってるの?」

「まあ、演習場があるって話は聞いてたから」

 

 昼休みになって、笠守は久々にアズミと昼食を一緒に摂っていた。

 誘ったのは笠守の方で、先日アズミをモデルに写真を撮らせてもらったため、そのお礼としてささやかながら奢りたいと申し出たのだ。

 アズミも、これが普段だったり相手が別の誰かだったら丁重にお断りを入れていたが、笠守相手となるとどうも強気に出れず、『お言葉に甘えて』と素直に話を聞き入れる。笠守が言っても引かないのは目に見えていたし、せっかく一緒に食事を楽しめるのだから断るに断れない。惚れた弱み、と言うやつか。

 

「それで、試合にはアズミも?」

「ええ。これでも副官、中隊長だしね」

「・・・それもそうか」

 

 アズミは、少し誇らしげに微笑みながら蕎麦を啜る。

 だが、選ばれたことだけに満足してはならない。

 よくある話らしいが、プロ入りの登竜門である大学選抜に入隊してから、プロ入りではなく大学選抜で公式戦に参加することを最終目的にしてしまう人はいる。つまり、大学選抜に入隊した目的をはき違える人が多かれ少なかれいるのだ。

 アズミも数人そんな知り合いがいたようで、そうならないためにアズミは副官に選ばれ、公式戦にも参加できるだけで喜ぶのはまだ早いと思っている。

 

「私はもちろん、プロを目指している。だから今はまだ、喜ぶ時じゃないのよ」

「・・・なるほどなー」

 

 笠守は、カレーを食べる手を止めて、アズミの話を相槌を打ちながら聞く。

 戦車道もシビアな世界だと、笠守はつくづく思う。いつ何時たりとも、自己の研鑽を怠ればその時点で底が見えたようなもの。それに戦車は1人では動かせないから、個人の怠慢が他の誰かの足を引っ張る。

 それをアズミの言葉を聞いて、改めて思った。

 

「で、笠守はどうする?今度の試合」

「ん、観に行こうと思う。写真も撮らなきゃだし、個人的に興味もある。それに応援もしたいからなー」

「そっか・・・それじゃ、頑張らないとね」

 

 アズミがにこりと柔らかい笑みを浮かべると、笠守も少し笑ってカレーを食べる。

 その瞬間、強烈な3つの視線を感じ取ってスプーンが止まった。

 

「・・・あら、どうかした?」

 

 視線の下を辿れば、妙に嬉しそうなメグミが笠守の斜向かいに。笠守は『いや・・・』と視線を戻して逃げるようにもう一口カレーを食す。

 

「気にしなくて大丈夫よ?2人は遠慮なく会話を続けて?さあさあ」

「ルミ、あんまりからかわないで頂戴」

 

 笠守の隣のルミが『どうぞどうぞ』と手を差し出すと、アズミは鬱陶しそうに手を払う。愛里寿は、からかったりはしない―――大人しい性格だからだろうが―――ものの、笠守とアズミのやり取りを丹念にチェックしていた。

 メグミとルミ、そしてメグミの隣の愛里寿は、最初から同席していた。笠守が昼食に誘った時点で、アズミが元々メグミたちと一緒に食事を摂ることになっていた。それを知った笠守は取りやめようとしたが、メグミたち3人は笠守も一応は大学選抜の関係者、と言うわけで遠慮はしなくていいとなってこうして同席している。

 ただ、笠守はメグミやルミとは既に顔を合わせているし、敬語もないので別段畏まった関係でもない。だから彼女たちは遠慮ない姿勢でいられるし、アズミとのやり取りも楽しく見届けられるのだろう。

 しかしながら、笠守もこうして第三者から意識されると恥ずかしいので、一度『おほん』と咳払いをしてから話をする。

 

「相手、結構強いんだっけ」

 

 そして今度は、メグミたちにも確認するように話しかける。頷いたのはルミだ。

 

「関東地区で第二位を飾るぐらいにはね」

「うわー・・・強そうだな・・・」

 

 表情が曇る。スマートフォンで手早くことぶき工業とその戦車道チームを調べるが、確かに手強そうな印象があった。

 

「でも大学選抜は、俺の目からは問題ないように見えたけど・・・実際のところどうなんだ?」

「そうねぇ・・・全体的に力はついてきてるけど・・・まだまだ安心はできないかな」

 

 アズミがうーんと少し唸るが、横合いから『でも』とメグミがメンチカツを飲み込んで告げる。

 

「アズミたち、最近伸びてきてるじゃない」

「そうそう。こないだなんて隊長の攻撃避けたし」

 

 ルミもメグミと同意見らしい。目玉焼きの載ったハンバーグを食べながら、静かに話を聞いている愛里寿も、アズミを見て頷く。

 

「ああ、あのフェイントな。確かにすごかったなー・・・」

 

 笠守も、その様子はフィルター越しとは言え見ていた。あの時の動きは、笠守も惚れ惚れしそうなほど華麗だったのを覚えている。もちろん、あれも写真に撮ってある。

 

「隊長としては、いかがですか?最近のチームは・・・」

 

 アズミが愛里寿に意見を求める。

すると、ハンバーグを食べ終えた愛里寿はフォークを置き、少し考える。

 口を開く瞬間のその表情は、やはり戦車道が絡む話だからか、きりっとしているように見えた。

 

「・・・元々、大洗との試合の後からみんな練習に力が入っていたし・・・基礎的な部分は大分成長していると思う」

「ですよね・・・隊員たちも、あの試合がカンフル剤になったみたいです」

 

 大洗女子学園との試合は、結果含めて笠守も知っている。だが、実際は様々な内情が絡んだ真っ黒な試合だったらしい。それでも敗北したことは変わらないから、それを糧として隊員たちは己を磨いてきた。

 

「それにアズミだけじゃなくて、メグミもルミも力をつけてきているから・・・大丈夫だと思うよ」

「ありがとうございます、隊長」

 

 愛里寿の総括に、アズミたちは頭を下げる。彼女たちにとっては、自身より目上の立場にある愛里寿に頭を下げるのは当然のことだろうが、笠守は未だにそれが少し変に思える。何せ、明らかに年上のアズミたちが愛里寿に敬語を使い、頭を下げているのだから。

 だがそれは、戦車道の世界が実力主義であることを表しているし、同時にアズミたちが礼儀正しいのを示している。

 

「で、笠守は写真、どうなの?」

 

 そう考えていると、メグミに話しかけられた。

 コツは掴んできて、狙った一瞬を狙うのも大分慣れてきたが、それでもまだ完璧な写真とは言えない。

 

「まあ、ぼちぼち・・・」

「へー、ちょっと見せてもらっても?」

 

 ルミに訊かれると、笠守は頷いてカメラを取り出す。

 アズミを昼食に誘った時、『一応カメラは持ってくるように』と念押しを受けた。愛里寿たちも同席すると聞いていたから、恐らくは進捗を確認するためだ、と笠守は思っていたのだがどうやら的中らしい。

 

「へ~、よく撮れてるわね・・・」

「うん、いい感じじゃない」

 

 ルミがテーブルの上で写真を眺め、メグミもそれを覗き込む。

 

「隊長も見てみます?」

「うん」

 

 ルミが訊ねると、愛里寿は素直に頷いてカメラを受け取る。笠守としても、愛里寿へ進捗の報告も兼ねて持ってきたので特に問題はない。

 

「・・・すごい」

 

 表示される戦車の写真を見て、愛里寿はぽつりと呟く。

 シンプルな言葉だが、それはカメラマンにとっても大切な栄養剤。笠守は『どういたしまして』とお礼を告げてカレーを一口食べる。

 

「でも、納得いく写真は撮れてるの?」

「それはなー・・・。けど、苦戦した最初と比べれば大分慣れてきた感じだ」

 

 アズミは最後の蕎麦を食べ終えて、ごちそうさまと手を合わせる。笠守は一度、水を飲んで喉を潤した。

 

「だから、そのことぶき工業との試合で写真が撮れればと思う」

「そうね・・・撮影用の観戦席はあるから、そこなら撮りやすいかも」

「ああ。助かる」

 

 戦車道の試合では、写真を撮る人のために通常の観戦席とは別の区画が用意されることが多い。事前に試合の詳細を調べていたアズミは、それを笠守に教えた。

 笠守もその場で調べてみたが、その区画を使用するには通常の観戦料とは別途料金がかかるらしい。それでも、必要経費と割り切ってそこへ行くと決めた。

 

「でも、今回は市街地戦だし、写真を撮るのは難しいかも」

 

 大学選抜の演習場は草原がメインのため、視界が開けて写真も撮りやすい。だが、ことぶき工業との試合は市街地が中心で、町中での試合は建物が遮蔽物になって逆に撮りにくい。それはアズミでも分かった。

 

「それでもシャッターチャンスは来ると思うから、それを狙うしかない」

「もし・・・撮れなかったら?」

 

 考えられる可能性を示すと、笠守は笑って肩を竦める。

 

「もう少し、大学選抜の演習にお世話になるかもしれん」

「やっぱりそうなるわよね・・・」

 

 主目的が大学選抜の写真を撮ってホームページに載せることである以上、他の戦車を撮ればいい話でもない。ならば、撮れるまで挑み続けるしかない。しかし時間をかけすぎても迷惑になる。

 何にせよ、松代での試合が腕の見せ所だ。

 

「隊長は何か、気になった写真はありますか?」

「え?」

 

 熱心に写真を見ていた愛里寿に、アズミが声をかける。愛里寿は少し面食らったようだが、やがて1枚の写真を見せた。

 

「この写真とか・・・良いかなって」

 

 愛里寿が見せたのは、アズミのパーシングが愛里寿のセンチュリオンの攻撃を避けた瞬間を捉えた写真。砲撃の瞬間よりも少しずれてしまったので、笠守としてはあまり良いとは思わなかった写真だが、愛里寿には刺さったらしい。

 

「それは・・・でもどうして?」

「何だか・・・動きが伝わってくるような感じがして」

「なるほど・・・」

 

 愛里寿の意見を聞いて、笠守も新しい発見があった気がした。

 自分の視点だけで写真を撮って選んでいたが、第三者からこうした意見を聞くと、選択肢もまた増えてくるのではないかと、笠守は思う。

 

「・・・じゃあ、それも候補にしておこうかな」

「うん・・・あと」

 

 そして愛里寿は、今度は別の写真を見せたいらしい。他にも候補があるのかな、と悠長なことを笠守は考える。

 

「この写真に写ってるのって、アズミ?」

 

 だが、愛里寿がその写真を見せた瞬間、心の中で『しまった』と叫んだ。

 その写真とは、笠守がコンテストに応募するために撮影した、モミジの写真だ。もちろん、アズミだってばっちりくっきり写っている。

 

「え?」

「あらま」

 

 そして必然的に、興味を惹かれたルミとメグミも写真を見て、次に笠守を見るときの表情ときたら面白いおもちゃを見つけた子供みたいな無邪気な笑みだった。

 アズミは、頬を少し赤らめながら驚いた顔を笠守に向けるが、笠守は『ごめん』とハンドジェスチャーを送ることしかできない。

 

「・・・ちょっと笠守?」

「・・・何?」

 

 今からあなたをからかいます、なんて顔に書いてあるような笑みのままメグミは訊いてくる。

 

「アズミとあなたって、具体的にどういう関係なの?」

「あ、訊いちゃった」

 

 踏み込む質問に、ルミが平和そうにツッコむ。

 その質問を受けて、笠守の喉が引っ付いたように言葉が出なくなる。一方アズミは、まだダメージが少なかったのか、困った笑みを浮かべながらもメグミを向く。

 

「ちょっとちょっと、笠守に何訊いてるのよ・・・」

「いやー、最初に顔合わせた時は2人とも仲良さそうだなとは思ってたけど、実際どうなのかしらって」

「どうって言われても・・・」

 

 男女2人に『どういう関係?』と訊くのは、暗に『2人は付き合ってるの?』と訊いてるのとほぼ同義。

 それとメグミは、割かし物怖じしない性格で、結構スパッと物を言ってくる。ルミも似たようなものだが、先に訊くか後に訊くかの違いだった。その点をアズミは理解しているので、まだ対処もしやすい。

 

「何でもないわよ。言ったでしょ?友達同士だって」

「ああ、そうそう」

 

 アズミも、()()笠守とはお互い友達同士のつもりだから、そう正直に答える。笠守も平静を装って、その通りだと頷いた。

 

「へぇ・・・でもさ、笠守が家元に撮影交渉するのをアズミが手伝ったって聞いたけど」

「それは当然のことでしょ。私が隊長に話を通してそこから家元に話が伝わったんだから、橋渡し役の私がいなきゃお話にならないし」

 

 ルミの質問にアズミは毅然と答え、それは正論だとルミだけでなくメグミも頷く。

 

「それに、笠守だって真剣に『戦車を撮りたい』って言ってたんだもの。その力になりたいって、私は素直に思ったから」

 

 笠守は、アズミの言葉を聞きながら、最後の一口を食べて完食する。

 写真サークルに所属しているのは趣味の延長に近い。だが、写真とは笠守と言う人間・人生を形作っている重要な要素であり、それは趣味ではない。

 そして、今回の戦車の撮影に関しては、趣味でも遊びでもなく広報目的だ。笠守はその目的のために、真剣でいたつもりだった。だから、アズミのフォローは自分のことを分かっていて、力になりたいという気持ちを持って笠守に協力してくれたのを聞けて嬉しい。

 

「笠守は、今のアズミの話を聞いてどうよ?」

「そりゃー、素直に嬉しいよ。俺の写真の腕を認めてくれてるから、力になってくれてるんだと思うとさ」

 

 ルミから訊かれて、率直な気持ちを言葉にする。

 そこで愛里寿が、珍しく積極的に話しかけてきた。

 

「じゃあ、この写真は・・・?」

 

 話題は燃料タンクにマッチを投げ込むようなものだったが。

 

「そうだ、この写真はいったい何なのよ」

 

 ルミが、愛里寿が見せた写真を指差しながら笠守に問う。アズミは、隠れて『チッ』と舌打ちをした。

 

「いや、それは・・・・・・」

 

 笠守は、ちらっとアズミを見る。だが、ついっと目を逸らされて援護が遮断された。

 腹が捩れるほど悩み抜いて、仕方なく答える。

 

「・・・サークルで、コンテストに参加するんでな。それで、アズミを撮ろうと思ったんだ」

「ほー」

「へー」

「・・・」

 

 にまにま、な笑みをメグミとルミが浮かべる。愛里寿は実に興味深いのか、真剣に笠守を見ている。

 

「・・・直感で、絵になると思ったんだよ。だから頼み込んで、撮らせてもらった」

「なるほど」

 

 ルミが一応は納得の姿勢を見せたが、話が終わる気配が見えない。

 どころか、アズミに向かってにやにやと笑いかけている。

 

「まぁ、アズミは私らの中でも結構外見に気を遣ってるし、絵になるってのは間違って無いかもねぇ」

「いやいや、あなたたちだって磨けば光るのよ。まあ、メグミは最近アレだけど・・・」

 

 たはは、とメグミは笑う。

 

「で、要するに笠守はアズミが魅力的に見えたんだ?」

 

 メグミにストレートな質問、そして意見を求められて笠守は死にそうになる。時間の流れを限りなく遅く感じ始めて、汗が止まらない。

 

「はいはい」

 

 沈黙を破ったのはアズミだ。手を叩きながら、言い聞かせるようにメグミとルミを見る。

 

「あまり笠守を困らせないでちょうだいな。カメラマンも繊細なんだから」

 

 カメラマン云々はさておき、笠守は割と繊細な性格をしているのでその助言はありがたい。メグミとルミは、それで『仕方ないか』と定位置に戻った。

 

「それにしても、2人っていつから知り合ってたの?」

「先月ぐらいかな。丁度、笠守のサークルで展示会があって、そこで知り合ったの」

 

 メグミの質問にはアズミが応える正式には、あの遊歩道でカメラのキャップを拾ったのがきっかけだが、あの時は自己紹介もしていなかったからその方がいい。

 

「その展示会って、写真サークル?」

「ああ、そうだよ」

「笠守は、何の写真を?」

 

 ルミに訊かれて、笠守は『戦車』と素直に答える。

 今度は愛里寿が、カメラを笠守に返しながら訊ねる。

 

「笠守は、普段どんな写真を撮ってるの?」

「基本は植物とか自然の風景。戦車も、元々撮ってた」

 

 アズミは、愛里寿がこうして自分から話しかけるのを不思議に思う。

 戦車に関しては天才的なセンスを持っている愛里寿だが、それ以外のことに関しては興味津々だ。『写真』というある種独特なジャンルの趣味を持つ笠守に、愛里寿も少し興味があるのかもしれない。

 

「でも、アズミがそう言うトコに行くって珍しいわね。どういう風の吹き回し?」

「まあ・・・個人的に立ち寄ったのよ」

 

 メグミの質問にアズミは答えるが、メグミは『ふーん・・・』と虚空を見上げる。

 

「偶然立ち寄った展示会で出会って、それで今まで付き合うか・・・」

 

 羨ましそうに、懐かしそうに、嬉しそうに告げるその言葉に、アズミも笠守も妙な気分になる。ルミはメグミと同様に、うんうんと笑って頷いていた。

 すっと、笠守が愛里寿に視線を移すと。

 

「・・・がんばって」

 

 何に対してか。

 写真か。それともアズミか。

 

 

 気が気でない昼食を終えてから、笠守はアズミたちと一度解散した後、もう一度アズミと合流して遊歩道へ出向いていた。解散を挟んだのは、メグミたちから曲解されるのを避けるためである。

 

「あの2人って、あーいう感じなんだな」

「あはは、まあ悪い人じゃないのよ」

 

 モミジの樹の下にあるベンチに座って、先の昼食のやり取りを思い出す。

 メグミたちとの付き合いは、アズミの方が長いから人となりを理解している。だから、こうした色恋の話には全力で乗っかってくるのは読めていた。その話題を不慮とは言え持ち出したのが愛里寿だったのは意外だが。

 

「ごめんな・・・変な話題になったのは、俺の責任だ」

 

 笠守が、コンテストに出展したあの写真を保存したままにしていたのは痛手だ。無論、あの写真は笠守にとっても大切な写真なので、SDカードに加えてUSBメモリにも保存している。万一のために生データを保存したままだったのが仇となった。

 アズミだって、自分とそういう関係を示唆されたのは嫌だっただろうに、と思って謝る。

 だが、アズミは首を横に振った。

 

「いいのよ。あの2人がああいう感じなのは知ってたし」

 

 笠守には言わないが、以前は自分がメグミやルミと同じポジションにいた記憶がある。だから、囃し立てて煽る彼女たちの気持ちも分かるのだ。

 笠守はもう一度、『ごめん』と頭を下げて話題を変える。

 

「・・・今度の試合、やっぱり厳しそうか」

「そうね・・・悔しいけど相手は格上だし、実績もあるから」

 

 足元に敷かれたウッドチップを踏む足を、アズミは特に意味もなく上下に動かす。

 その足の動きを横目に、笠守は口を開いた。

 

「・・・俺は写真を撮らなきゃだけど、応援はさせてもらうよ」

「ありがと、笠守」

 

 冷ややかな風が吹いて、モミジの葉がまた1枚落ちる。

 舞い落ちる落ち葉で、アズミは思い出した。

 

「あの写真、もう応募したのよね?」

「ああ、撮ったその日にな。ウチの部長に見てもらったら『一番の出来だ』って言ってくれた」

「へぇ・・・じゃあ、お墨付きってことね」

 

 笠守は頷く。矢掛も写真を見る目は確かだし、サークルの部長が務まるぐらいには写真に造詣がある。そんな彼が言うのであればと、笠守も信頼していた。

 

「結果って、いつどうやって発表されるとかあるの?」

「場合にもよるけど、今回は郵送で結果が家に来る。封筒に入れられて、もしも優秀な作品だったらフォトフレームに収めた状態で、それと賞状も一緒に入ってるらしい」

 

 笠守は、スマートフォンでコンテストの詳細を確認しながらアズミに話す。過去に電話で結果が知らされることもあったが、電話を待つ間は胃に穴が開くほど緊張した記憶があった。

 

「丁度、私たちの試合の日と被ったりして」

「それはー・・・ありそうだ」

 

 アズミが苦笑して言うが、笠守は笑えない。試合が行われるのは日曜日で、11月の丁度真ん中あたりだから、アズミの言葉も考えられるのだ。

 

「けど、写真が決まって、応募できたのもアズミのおかげだから・・・またお礼がしたいと思う」

「・・・前から思ってたけど、笠守って律儀よね」

 

 以前もまた、同じようなことを笠守は言っていた。その時アズミが提示したのは『一緒に食事』だったが、アズミは笠守が一度自分が決めたことには絶対の自信と強い意思を持っているのを知っている。断るのも無駄な抵抗だと分かっていた。

 そしてアズミは、同じ答えを言うつもりは無かった。

 

「笠守」

「?」

 

 改まってアズミが話しかけてきて、笠守は視線をアズミの目と合わせる。

 アズミは、かすかに視線を彷徨わせながら、言葉を投げてくる。

 

「最近の戦車道の練習って、大分厳しいのよね」

「ああ、それは・・・写真を撮ってるだけの俺でも分かる」

 

 模擬戦は苛烈だし、その前の統率訓練も神経を尖らせているだろうことは伝わってくる。戦車に乗っている人がどれだけ大変かなど、写真を撮ってるだけの笠守の予想を軽く超える物だろう。

 

「試合もきっと・・・いえ、間違いなく激しい戦いになると思うわ」

「そうだな・・・」

「でね?」

 

 アズミがそこで、座ったまま笠守と距離を少し詰める。

 

「試合に勝ったら、英気を養うために休日を作るって隊長は言ってたの」

「へぇ」

「だから笠守」

 

 笠守は、『だから』で自分の名前がつながることに引っかかりを覚えるが、考えようとする前にアズミがニコッと笑った。

 

「その休みの日に・・・良ければ一緒に出掛けない?」

「・・・?」

 

 何を言っているのか、分からない。

 笠守が思わず首を傾げそうになるが、アズミが自分をデート(かどうかは疑わしいが)に誘っていると気づいた。

 

「・・・いいのか、俺なんかと一緒で」

「なんか、はナシよ。笠守だからいいの」

 

 風が吹いて、モミジの葉が2人の間を舞い落ちる。

 笠守は、そのお誘いを断るわけにはいかなかった。写真を撮らせてもらったこと、これまで世話になったこと、そして何よりも、アズミに対して想いを抱いているから『NO』とは言えない。

 

「・・・いいよ、行こう」

 

 できる限りの笑みを浮かべて笠守が応えると、アズミは『やった』と小さく呟く。

 そして笠守を見る。

 

「これで、試合も頑張れそうよ」

 

 




次回は戦車戦メインのため、投稿時期は少し開きそうですので予めご了承くださいませ。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。


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ハイアングル

大変お待たせいたしました!
何分、戦車の試合を一からすべて自分で考えたもので恐縮ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。


 目蓋に強い光を感じ、笠守の目が開く。

 視界が整うと、外に広がる景色が素早く後ろへと流れていくのが見えた。一定間隔で伝わる振動と音が、おぼろげな笠守の意識を覚醒させようとする。

 

『間もなく長野、長野です。お乗り換えのご案内です・・・』

 

 耳に入ってくる、電子的な音声で意識が完全に覚醒する。

 降りる駅が間近なのに気付いて思わず勢いよく体を起こす。隣の座席に座っていた同い年ぐらいの男性が、首から提げた猫のペンダントを揺らしてびくっとする。笠守は、『失礼・・・』と謝りながら立ち上がって、愛用のカメラが入ったケース、三脚、そして望遠レンズを荷棚から下ろして降りる準備を始めた。

 新幹線は、駅に停車するために減速し始めている。気の早い乗客は既にデッキまで歩き始めていた。

 窓から駅のホームが見えてきたところで笠守も降りる準備が終わる。隣に座っていた青年も、ここで降りるようだ。

 やがて静かに駅に停車すると、乗客はいそいそと新幹線から降りていく。笠守もそれに倣って降りて、ホームから空を見る。

 陽が昇り明るくなった快晴の空は、大学選抜の大切な試合の日に相応しい天気だ。

 

 

 今日は、大学選抜チーム対ことぶき工業の試合当日だ。

 松代演習場の観戦会場には、試合開始1時間前から多くの観客が詰めかけている。少し前までは、全国大会の決勝でもない限り空席がまばらだったが、満員状態の今をとても嬉しく思う。しかも、会場近くには食べ物や記念品の出店が多くあるから、事情を知らない人の目も引きやすい。なるほど、上手い具合に考えられているようだ。

 

「向こうは賑わってるなー・・・」

 

 だが笠守が用があるのは、メイン会場より少し離れた場所にある撮影用席だ。『席』とは言っているが、撮影の為だけに用意されたも同然な場所なので、通常の観客席のように席が並んでいるわけではない。申し訳程度に数個椅子が置いてあるだけだ。そして、そこは高い場所に位置し、風も容赦なく吹き付けてくるので耐久力がものを言う。

 笠守がそこに着いた時には、既に何人かのカメラマンがそれぞれ準備を済ませており、試合会場にカメラを向けている。

 そのほぼ全員が笠守よりもずっと年上で、若者は皆無だ。しかし臆することは無い。今この場では、誰もが戦車に魅了されている同じカメラマン。雄々しく戦う戦車を捉えようと情熱を注ぐ人たちだ。

 笠守も同じように三脚を立て、カメラを取り付けて撮影の準備を整える。

 辺りを見回すと、特別に設置されているモニターがあった。撮影しているのは日本戦車道連盟だろうか、開会宣言を行うメイン会場の前方が映っている。そこには既に両チームの選手が並んでおり、開会宣言の時を静かに待っている。

 笠守がその映像を観ていると、準備を終えた他のカメラマンも同様にモニターを眺めていた。

 

「・・・頑張れ」

 

 カメラの位置からははっきりとは見えないが、笠守も十分知っている愛里寿たち。

 そして自分にとってかけがえのない人であるアズミ。

 彼女たちの健闘と幸運を、祈らずにはいられない。

 

 

「両チーム隊長・副隊長、前へ!」

 

 審判長が宣言すると、大学選抜チームからは愛里寿とアズミ、メグミ、ルミの3人が。ことぶき工業からは、3人の女性が前へ歩み出る。ことぶき工業のユニフォームは、紺色のコートに黒のタイトスカート。大学選抜よりもさらに暗めの色を使っていて、シックな印象を与える。

 

「これより、大学選抜チーム対ことぶき工業の試合を行います」

 

 審判を挟んで並ぶ両陣営のメンバーの表情が、ぐっと引き締まる。

 

「礼!」

『よろしくお願いします!!』

 

 両チーム百名余りの選手が、一斉に頭を下げ、声を張って挨拶をする。戦車乗りにとっては当たり前のことだが、この戦車道が礼儀正しい武芸であることを観衆に示すには十分なことだった。

 両チームともに頭を上げると、愛里寿たちの前にいた、ことぶき工業の1人の女性が愛里寿の下へ歩み寄る。黒のベリーショートヘアーの彼女は、隊長の出雲(いずも)だ。

 

「今日はどうぞよろしく。噂に聞く島田流と試合を行うことができて、とても嬉しいわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 身長差があるから仕方ないが、出雲は少しかがんで愛里寿と握手をする。

 だが、出雲のその言葉こそ、表情こそ柔らかいが、愛里寿とその後ろに控えるバミューダ三姉妹は気付いている。

 ことぶき工業は、一欠けらも大学選抜のことを侮ってはいない。年上だろうと、経験で上回っていようと、決して油断をせずに試合に挑もうとしている。武芸に通ずる者にとってそれは当たり前かもしれないが、それを徹頭徹尾貫ける者はなかなかいない。だからこそ、愛里寿たちは彼女たちをただ者ではないと悟った。

 

「お互い、悔いのない試合ができるように頑張りましょう」

「はい」

 

 その悟りを面に出さず、愛里寿は握手を交わす。

 それが終われば、両陣営とも戦車に乗り込みそれぞれのスタート地点へと移動する。

 両チームとも前日に長野入りをして整備まで済んでいるため、隊員も戦車もコンディションは最良にある。

 アズミがパーシングに乗り込むと、既に他のメンバーは各々のポジションについて準備を進めていた。

 

「みんな、準備は大丈夫?」

「オッケー」

 

 アズミが訊くと、皆の気持ちを代弁するように、鴨方がぐっと親指を立てる。その通りとばかりに、他のメンバーも頷く。

 

「いよいよですね・・・なんだかもう、緊張なんてしなくなっちゃいました」

「確かに・・・もうなるようになれって感じです」

 

 真庭と美作が苦笑し合う。確かにアズミも、昨日の夜なんて緊張のあまり寝られるかどうか不安だったが、実際はぐっすりで睡眠不足とは無縁だ。

 

「アズミ」

「何?」

()は、もう来てるの?」

 

 早島に問われて、アズミはくすっと笑う。

 

「ええ。さっきメールを貰ったわ」

「そっか」

 

 早島は前を向きながら、操縦桿を軽く動かして具合を確かめる。

 

「それじゃ、胸張れるような戦いを見せなきゃね」

「そうですね」

 

 真庭も砲弾の数を確認しつつ頷く。

 まったく、とアズミは口の中で呟きつつも静かに笑っていた。

 

 

 くろがね工業の隊長・出雲は、パンターのキューポラから上半身を出して戦場を見据えていた。目の前には田園地帯が広がっており、少し離れた場所に市街地が見える。その向こうに、今回戦う相手である大学選抜チームがいるのだ。

 隊員たちの準備ができた頃合いを見て、出雲は咽頭マイクに指をかけて全体通信を始める。

 

「皆、聞いてほしい」

 

 隊員たちの顔は窺い知れないが、アイドリング音以外の雑音が聞こえない現状で話に耳を傾けているのが分かる。

 

「相手はかの島田流の天才少女率いる強力なチームだ。これまで戦ったどことも違う、未知数の実力を持っている」

 

 ことぶき工業側は大学選抜チームを徹底的に調べたつもりだが、それでも実力を全ては見通せていない。関西地区2位のくろがね工業に勝ったこと、大洗女子学園に敗北したことも知っているが、彼女たちは戦績だけに気持ちを流されはしない。

 

「だが、恐れることは無い。私たちは事実、これまで何度も厳しい戦いを越え、勝利を手にしてきた」

 

 その結果が、関東地区2位の実績。時には敗北も味わったが、それも糧として今日まで鍛錬と実践を繰り返している。

 

「だからこそ、私たちは強い」

 

 その言葉は決して妄信ではない。そして、絶対の自信を持ってそう言える。

 

「だが、心しておけ。自信と油断は紙一重だ」

 

 その言葉の直後、ことぶき工業の戦車25輌がエンジンをふかす。今の言葉は、試合に臨む際に出雲が言う決まり文句みたいなものだった。

 

「まずは迅速に陣地を確保し、迎え撃つ体勢を取るぞ」

 

 

 試合開始を告げる号砲が、打ち上げられた。

 笠守は、モニターで両チームの戦車が動き出したのを確認すると、すぐにカメラの下へ戻り戦車を捉えにかかる。他のカメラマンも同様にカメラを構え始めた。

 

「・・・」

 

 笠守は、カメラで前進し始める大学選抜の戦車を捉える。自分にとって第一の目的は、大学選抜の戦車の活躍を写真に収めることだ。応援と優先順位はイーブンだが、こちらを先決とみなす。

 大学選抜の戦車は、スタート地点の田園地帯から市街地エリアへとゆっくりと向かっている。周りに遮蔽物がほとんど無いため戦車を撮りやすく、他のカメラマンはここで熱心にシャッターを切っている。

 笠守も何枚か撮影するが、進軍している戦車は威厳こそ感じるものの、どこか迫力に欠ける。やはり戦っている時が一番のシャッターチャンスだろう。

 しかし、以前の愛里寿の話のように、笠守自身が納得できなくとも別の誰かに刺さることはあるので、それでも撮影はする。

 また、市街地戦では写真を撮るのが難しくなるので、撮れるうちに撮っておきたかった。

 

 

加賀(かが)は北側に回って敵部隊の偵察。接敵しても発砲はするな」

『了解!』

 

 市街地が近づいてくると、愛里寿は指示を出す。センチュリオンの傍に控えていた1輌のチャーフィーが、隊列を離れて脇道に逸れ北へと向かって行く。大学選抜は東から、ことぶき工業は西からスタートしているので正面からの衝突を避けるために、偵察に向かわせたのだ。

 市街地エリアは周囲に城のような濠があり、東西南北4方向に石橋が架けられている。その4つの橋は特徴が異なり、大学選抜が近い東側の橋は一番長い。

 

「市街地は遭遇戦が起きやすい。各車、周囲への警戒を怠るな」

『了解!』

 

 市街地戦で思い出すのは、やはりあの大洗との試合。普通では考えつかないような作戦にしてやられ、精鋭揃いの大学選抜が追い詰められたあの試合は学ぶところも多かった。

 その試合で市街地戦の危険さを知ってるからこそ、愛里寿はそれを隊員に伝え再認識させる。

 やがて先頭を行くメグミ中隊が橋の手前に差し掛かると、愛里寿は全車輌に停止するよう指示した。

 

『こちら加賀。敵チームはまとまって田園地帯を東へ前進中。市街地到達まで推定7分』

「偵察を続けろ」

 

 加賀からの通信が入り、愛里寿は小さく頷いて無線用のマイクを手に取る。

 

「メグミ中隊、市街地へ進入後は北側、ルミ中隊は南側に展開。アズミ中隊は中央の大通りを見張り、メグミかルミの中隊が交戦状態になったら援護しろ」

『『『了解!』』』

 

 指示を出すと、戦車隊が前進を始める。

 だが、愛里寿のセンチュリオンだけは橋を渡らず、近くにある丘へと向かう。と言うのも、センチュリオンは全体的に性能が優れているものの、燃費が悪いため序盤からいきなり動き回ると後半で動けなくなる可能性があるからだ。だから、序盤はあまり動かずまずは状況を見る。ここからは、愛里寿が後方で指揮を執り、前線での細かい指揮は中隊長であるアズミたちが下すのだ。

 

 

 偵察を出したのはことぶき工業側も同様だった。戦いに優先するべきはまず状況を知ることだから、敵の動きをある程度でも把握しなければ何もできない。

 

『こちら諏訪(すわ)。敵チームは東側より市街地へまとまって進入。隊長車は進路を変更し、市街地には入りません』

 

 先行させて偵察に向かわせたⅢ号戦車N型から報告を受けて、出雲は少し考える。

 

「よし、退路を確保しつつ市街地へ進入して、引き続き状況を確認。万一会敵しても応戦せず速やかに撤退しろ」

『了解!』

 

 諏訪との通信が切れると、出雲は地図を取り出す。

 

「恐らくは、市街地の東側に広く展開して戦闘を有利に運びやすくしようとしているかと」

 

 隣を走るティーガーⅡの車長にして副隊長の伊勢(いせ)が具申する。

 市街地の周囲の濠に架かる東西南北の橋からは、大通りが町を4つに分けるように伸びている。また、複雑に道が張り巡らされているこの町は遭遇戦が起きやすい。だが、大通りはまっすぐ伸びているため、正面から相手を捉えやすい。

 出雲はマイクを手に取って通信を飛ばす。

 

鶴岡(つるがおか)は西の入り口から市街地へ進入。展開するまで時間を稼げ」

『了解』

 

 返事の後、先頭を行くヤークトティーガーが増速する。と言っても、ヤークトティーガーは速度がそこまで上がらないため、どうしても進軍はゆっくりだが。

 一方で、先の方を進むⅢ号戦車J型の車長・鹿島(かしま)は、周囲を双眼鏡で見渡していると、北側の斜面に不自然な盛り上がりを発見した。よく目を凝らすと、双眼鏡を構える誰かがいて、しかも擬態させられた戦車がいた。

そこを見ながら咽頭マイクのスイッチを入れる。

 

『こちら鹿島、敵戦車発見。方位10時、距離およそ900メートル』

「車種と数は?」

『大きさからしてチャーフィー、視認できる限りでは1輌。恐らくは偵察です』

 

 その報告を受けた出雲は、頭の中で敵の動きを予想しもう一度指示を出す。

 

恵比寿(えびす)、パンターを1輌北へ向かわせてチャーフィーを追撃せよ」

『了解。6号車を向かわせます』

「恵比寿中隊と鶴岡、弁財(べんざい)中隊の8から10号車は西側。それ以外は南側から市街地へ進入する」

『了解!』

 

 濠手前の十字路で、それぞれ指示通りの方向へ進み始める。

 

 

「敵中隊、西側の入口へと向かっています。恐らくは南からも向かっている模様」

 

 加賀は視認できる限りでの情報を愛里寿たちへと伝えるが、同時に1輌のパンターがこちらへ向かってきているのにも気付く。

 

「北に転進、撤退!」

 

 操縦手に指示を出し、チャーフィーは動き出す。

 

「こちら加賀、敵パンター1輌に捕捉されました。北側へ撤退します」

『北側の橋から市街地へ入って敵の動きを撹乱しろ』

「了解!」

 

 愛里寿から市街地に逃げ込むように指示を受ける。

 幸いにも、北側の橋の入り口には丁度差し掛かったところだったので迷わず橋を渡る。

 その後ろからは1輌のパンターが追ってくるが、チャーフィーの整地での最高速度は時速56キロ。パンターよりもわずかに勝っているので勝ち目はある。

 そして、北側のこの橋はカーブを描いて市街地に伸びているのでパンター側からすれば狙いを定めにくかったから生存率も希望が持てる。

 だが、パンターは石橋が見える位置で停車して、砲塔を旋回させ始めた。加賀はそんなパンターの様子を見て首を傾げる。偏差撃ちでも狙っているのだろうか。

 

「まさか」

 

 だが、加賀がある予感を抱くと同時にパンターが発砲する。

 その砲弾はチャーフィーではなく橋に命中し、着弾して少し経ってから橋が突如爆発して崩落し、チャーフィーの目の前に大きな穴が開く。

 

「榴弾・・・」

 

 カーブで狙いにくいチャーフィーではなく、橋そのものを落として足を止められた。こんな状態では町にも入れない。

 パンターは石橋を渡って近づいてきて、最早撃破は避けられない。

 

「隊長、すみません。逃げきれませんでした」

 

 マイクを取って報告したところで、パンターが発砲した。

 

 

『大学選抜、チャーフィー1輌行動不能』

 

 アナウンスが告げると、双眼鏡で笠守は状況を確かめる。市街地の北側で撃破されたようで、ここからは見にくい。それでも一部のカメラマンはその場所を狙ってシャッターを切っているが、鮮明に撮れているかどうかは疑わしい。

 

「・・・まずいなぁ」

 

 そして笠守は、不安になる。

 大学選抜の練習を遠巻きでも見ていたからこそ、こんなに早い段階で1輌撃破されるのが先行き不安でならない。ことぶき工業の強さもどのぐらいかは知っていたので、苦戦を強いられるのも予想はしたが、ここまでとは。

 

 

「加賀がやられた?」

 

 状況を確認したアズミは、苦い表情になる。偵察もそれなりに腕が立たなければできないものだし、事実加賀は偵察として優秀だった。だからこそ痛い。

 

「アズミ、前!」

 

 操縦手の早島が叫び、アズミは双眼鏡で前方を確認する。

 前方・・・町の西側から戦車の列が向かってきた。最前列にヤークトティーガーが控えていて、その後ろにどれだけの戦車がいるかはまだ確認できない。

 

「こちらアズミ。敵戦車、西側より市街地へ進入。先頭にヤークトティーガー、規模は現在確認中」

 

 アズミが報告すると、中隊の中で狙える位置にいる戦車が砲塔を西側に向ける。市街地で道が狭いため、全ての車輌で狙うことが難しいのだ。

 その時、ヤークトティーガーが発砲した。腹に響くような重い砲撃音が響き、誰もが身構える。しかし、まだ距離が開いているせいか狙いは外れて、近くの建物の外壁に直撃して瓦礫が落ちてくる。

 

 一方で、町の西側に展開していたルミは、アズミの報告と砲撃音を聞いて少し悩む。

 

「どうします?アズミさんたちと合流しますか?」

「いやー・・・数が分からないってのが悩ましいんだよ。確かにヤークトティーガーは厄介だけど、囮ってこともあるし」

 

 同時に通信を聞いていた小松が話しかけるが、ルミは承服できない。

 悩む理由は、敵の数が分からないにもかかわらず、無視できない戦力だからだ。判別するのがどうも難しい。

 

『こちらメグミ。西側の敵部隊は私達が狙うわ』

 

 北側に展開したメグミが名乗り出て、ルミもそれが良いと思った。

 北側から伸びる橋は、加賀が撃破された際にことぶき工業が落としたらしいので攻め入られる確率はほとんどない。

 そう考えてルミは、引き続き南側の警戒を続けようとしたところで。

 

『前方より敵!パンター2輌!』

 

 同じ中隊で前方に控えていた末広(すえひろ)が、矢のように鋭い報告をしたので、ルミはキューポラから半身を乗り出しその方向を見る。

 確かにパンターが2輌こちらに向けて砲を向けていた。いや、2輌だけではなくもっと多くの戦車が入ってきている。どう見てもこっちが本隊だ。

 

「アズミ、メグミ!南から敵戦車多数進入!多分こっちが本隊だ!中隊各車発砲!」

 

 アズミたちに報告しつつ、自分たちの中隊でできる限り応戦する。

 だが、相手チームはものともせずに進路を変えてルミたちの方へと向かってきた。車種はパンターとⅢ号戦車N型、そしてティーガーⅡと中々手強い。

 そんな敵車輌はじりじりと進み、その間も砲撃を続けているためルミの中隊は押されるように後退し、足元に至近弾が何度も落ちる。

 

『9号車播磨(はりま)行動不能!』

 

 先頭で迎撃していた仲間からの悲痛な報告に、ルミは歯ぎしりする。

 だが、その報告と同時に野々市が戦車の合間を縫うように発砲し、相手チームのパンターのターレットリングを撃ち抜いて白旗を揚げさせた。

 

「野々市ナイス!」

 

 ルミが反射的に野々市を褒めるが、それでも敵の猛攻は止まらず、ルミ中隊は後退しかできない。それでも迎撃は止めず、さらにもう1輌のパンターの撃破に成功した。

 

 一方でメグミは、残ったチャーフィー1輌を偵察に出し、西から進入してきた敵中隊の動きを見極めていた。

 

『敵中隊、総数10輌。市街地中央へ向かっています。時速約12キロ』

「北側に来る戦車は?」

『今のところは、確認できません』

 

 足利(あしかが)からの報告に、メグミは少し考えてからマイクを手に取った。

 

「ルミ、アズミ、北側に向かってくる敵戦車はいないわ。一度そこから退いて、北側に展開しましょう」

『了解』

『了解・・・』

「中隊各車、北側に展開!」

 

 南から侵攻を受けたルミと、西のヤークトティーガーたちを警戒していたアズミは疲弊しつつも答えて中隊を移動させる。メグミも自分の中隊に指示を出して、北側に広く展開を始めた。

 

「足利、西側の中隊に隊長車はいる?」

『・・・いえ、確認できません』

 

 相手チームの隊長車・パンターは、配下の車輌と異なり暗めのカラーリングになっている。だから他のパンターに紛れて判別できないことは無いが、いないのならば仕方がない。

 

 

 大学選抜が北側へ後退したのを確認すると、出雲は咽頭マイクのスイッチを入れる。

 

「各中隊、状況報告」

『こちら恵比寿、西側入口より進入に成功。敵戦車の姿は見えません。なお、偵察のチャーフィーを1輌撃破しました』

『弁財中隊、11号車の損失。相手チームのパーシングを1輌撃破しました』

布袋(ほてい)中隊、18号車が落伍。それ以外は健在です』

 

 報告を聞いて、出雲は満足げに頷く。

 

「2輌損失は痛いが、まずまずの滑り出しだ。敵チームは北側に?」

「はい。こちらでも移動したのを確認しました」

 

 隣に控えるティーガーⅡの車長にして、もう1人の副隊長・伏見(ふしみ)が隊員の情報を総括して報告する。

 

「よし。私と伊勢、伏見は予定通りSW地点に向かう。恵比寿中隊は西、弁財中隊は中央、布袋中隊は東に展開しろ」

『了解!』

 

 出雲の指示で各車輌が展開していく。その様子を見つつ、出雲は自分の戦車の動きに身を委ねて小さく頷いた。

 

 

『大学選抜とことぶき工業、共に順調な滑り出しと言ったところでしょうかねー』

『撃破された車輌の数は両チームとも同じですが、どうも大学選抜がやや押され気味だったような感じもしました』

 

 笠守は、ラジオで実況と解説を聞きながら双眼鏡で戦場を改めて見る。

 解説の言った通り、確かに最初の戦闘は少し大学選抜が押され気味に見えた。両チームともに2輌失っているが、撃破数だけで全てが決まるわけでもない。

 周りにいるカメラマンたちは、その撃ち合いの時にシャッターを切りまくっていた。笠守ももちろん撮っていたが、見返すと砲煙が濃くスモークがかっている。

 持ち込んだ缶コーヒーを開けて一口飲み、溜息を1つ吐く。今は写真と、試合の行く末が心配だから心の負担も倍増だ。

 

 

 大学選抜が北側、ことぶき工業が南側に広がって態勢を整えたところで仕切り直しだ。

 この市街地は建物で視界があまり利かず、道も複雑なため大通り以外は先まで見通しがきかない。このため、敵と遭遇する確率が極めて高く、迂闊に進軍すると返り討ちもあり得た。

 だからこの場では偵察が重要だが、大学選抜は既に偵察向きのチャーフィーが1輌撃破されている。残り1輌だけのチャーフィーでこの広い市街地の偵察を行うのはリスクが伴うため、少々不向きでもパーシングも偵察に出すことにした。

 

『こちら中条(なかじょう)。E15地点にパンター2輌視認。察知された気配なし』

「了解」

 

 偵察からの報告を聞いて、アズミは地図に印をつけていく。メグミとルミも同様に、それぞれの中隊から出した偵察の情報を基に、チームで共有して、敵の位置を少しずつ確かめていく。

 

「メグミ、どう見る?」

『そうねぇ・・・まあ、南側に陣取ってるのは確定だけど、どんな感じで展開してるのかいまいちつかめないのよね・・・』

 

 アズミが訊くが、メグミは悩んでいる。偵察である程度敵の位置は見えてきたが、全体像は掴めない。攻めあぐねている状態だ。

 

『とにかく、このままでいるのもジリ貧よ。試合の流れは若干向こうが握ってる感じだし』

 

 ルミの言い分も尤もである。序盤のぶつかり合い、相手チームに分があったのはアズミとメグミも分かっていた。

 ここは先に動かなければ、戦況が悪化の一途をたどる。それを認知したアズミは頷く。

 

『アズミ、ルミ、聞いて』

 

 そしてメグミも、踏ん切りがついたか指示を出すに至った。

 

 

 僅かに優位でも、ことぶき工業も相手の詳細が把握できておらず、迂闊に手出しができないのは同じだった。

 だからこそ情報収集が重要であり、積極的に偵察を出している。

 

『こちら香取(かとり)。中央交差点付近からは敵影確認できません。エンジン音もないです』

「了解、引き続き偵察を続けろ」

『はい!』

 

 弁財中隊から出しているⅢ号戦車N型の車長からの報告を聞いて、出雲は頷く。

 Ⅲ号戦車は速度がパンターに劣るが、比較的小柄で見つかりにくく、不安な足回りも腕のいい整備士のおかげで問題なく偵察に使える。仮にも撃ち合いになった場合は75ミリ砲で応戦することも可能だ。

 

「動きませんね・・・相手」

「向こうもこちらの状況が掴めないのだろう」

 

 伊勢がぼやくと、出雲は苦笑する。

 

「だが、恐らくはあちらから仕掛けてくるはずだ」

「?」

「序盤の撃ち合いは損耗こそ同数だが、流れはこちらにあると言っていいし、それは向こうも理解しているはずだ。ならば膠着状態にある今、向こうから動かなければ試合の流れはこの先掴めないと思っているだろう」

「ならば私たちは、大学選抜が動くのを待つと」

「ああ」

 

 もちろん、出雲は完全に大学選抜の思考を読んでいるわけではなく、推測で話しているだけだ。だから、狙い通りに動くとは言えないし、狙い通りに行かなければその時のこともまた考えている。

 その時、通信が入る。

 

『ES19地点、龍尾(たつお)より報告!敵戦車、東側2番路を南下中。その数3輌以上!』

『こちらWS17地点常盤(ときわ)、敵車輌が西側3番路を南へ向かっています。推定4輌』

 

 立て続けに2輌から報告を受け、出雲は『ほらな』と小さく呟く。伊勢もふっと笑った。

 

「各中隊、応戦しろ」

 

 

 メグミ中隊は西側、ルミ中隊は東側の道を1列縦隊で進軍する。

 両チームとも細い路地を通っているため、2列縦隊にはなれない。先頭の車輌がやられると後続が詰まってしまうが、パーシングの前面装甲は101ミリと決して薄くない。真正面に敵が現れても、ゼロ距離で撃ち抜かれない限りは問題ないだろう。その車輌数は、メグミ中隊、ルミ中隊ともくろがね工業が見た通り4輌ずつだ。

 

『中隊各車、前方及び側面からの強襲に注意して』

「了解」

 

 メグミからの指示に、西側の路地で先頭を行く新発田(しばた)は、頷きつつも周囲を警戒する。建物で周囲の状況は分かりにくいが、枝分かれする路地も多い。横合いから不意打ちを取られる可能性もあった。

 

「・・・」

 

 やがて脇道を見つけると、新発田の身体が緊張で強張る。

 今いる場所は、ことぶき工業が展開している南から離れているが、既にこちらまで侵攻している可能性も捨て切れない。その脇道に敵戦車が待ち伏せているかもしれなかった。

 そこへ近づくにつれて、緊張と不安が募っていく。

 操縦手にゆっくりと進むように指示し、警戒を強める。

 やがて脇道の前に来るが、そこに戦車の姿はなかった。

 

「ふぅ・・・」

 

 たまらず、安堵の息を吐く。

 しかしその直後、新発田のパーシングが衝撃と共に停車してしまった。周囲を見るが戦車の影は無いし、白旗も揚がっていない。すぐさま乗員に訊く。

 

「何があった!?」

「履帯を切られた模様です・・・前方をパンターが通り抜けて行ったのがちらっと見えて、だから恐らく・・・」

「流し撃ちか・・・」

 

 新発田たちがいる道は、戦車1輌は余裕で通れるもののそれでも狭い。そんな道の、幅数十センチ程度しかない履帯を、走りながら流し撃ちできるとは全く持って驚かされる。

 それよりも、先頭の新発田が動けなくなったことで後続の戦車が進めない。まずはメグミに報告するしかなかった。

 

「メグミ隊長、こちら新発田。履帯破損、後続戦車を後退させ―――」

 

 その通信の途中で、パーシングとは違うエンジン音が聞こえてきて、思わず通信を止めてしまうも周囲に目を配る。

 そして、先ほど見た路地の向こう側にパンターがいるのに気付いた時にはもう遅かった。

 

 

『アズミ、西の2番路に敵戦車がいるわ』

「了解」

 

 小隊規模の戦車で進軍しているのはメグミとルミの中隊で、アズミ中隊はそのバックアップを務めている。要は、どちらかの中隊の戦車が敵に倒されたら、その敵を討つ役割だ。

 メグミ中隊の新発田がやられたのは痛いが、逆に相手の戦車が尻尾を見せた。早速アズミは、自分の中隊から2輌をメグミの言う西側の道に向かわせる。

 

「ルミ、そっちはどう?」

『今のところはまだ敵が見えないらしいけど、逆に怖いわね・・・』

 

 ルミ中隊から出張った小隊はまだ会敵していないらしい。撃破されないのは嬉しいが、何もないと逆に色々と勘ぐってしまうのは、悲しい慣れだと思う。

 

『14号車佐倉(さくら)、敵パンター1輌撃破!』

『同じく16号車安中(あんなか)、パンター1輌撃破しました』

 

 仲間からの嬉々とした報告に、アズミは『お手柄よ』と小さく笑って頷く。

 これで大学選抜が数的有利に立った。このペースを維持できれば、勝機も見えてくるはずだ。

 

「佐倉、安中、敵の隊長車は見える?」

『いえ、こちらからは確認できません』

『私も・・・まだ・・・』

 

 

「恵比寿中隊の4号車と5号車が撃破された模様です」

「ふむ・・・なかなかやるな」

 

 恵比寿を通しての山科からの報告に、出雲の表情が若干曇る。

 

「どうします?中隊を再編成して、迎撃しますか」

「いや、その必要はない」

 

 伊勢の意見具申に、出雲ははっきりとNOと告げる。きっぱりとした返事に、伊勢も意表を突かれたようだ。

 

「龍尾や常盤の報告では、侵攻を試みているのは東西とも3~4輌。我々の場所と陣形を正確に把握できているのなら、最初からそれ以上の大多数で攻めるだろう。だが、そうしないのはまだ完全に私たちの位置が把握できていないからであり、同時に戦力を無駄に使いたくないということでもある」

「要は・・・向こうは及び腰になっていると?」

「そういうことだな」

 

 出雲は地図を取り出し、仲間の偵察の報告とその情報を書き記していき、次の段階の作戦を考える。

 

「ここで私たちが動くと、逆に向こうに動きを悟られるかもしれない。今は、向こうが試合の流れを掴もうとしているからこそ、大きな動きは見せたくはない」

 

 諭すように出雲が言うと、伊勢はその言い分を理解して頷く。同じくその場にいた山科も笑って頷いた。

 そして出雲は作戦を決定し、仲間との通信を始める。

 

「布袋中隊、ヤークトティーガー。榴弾装填、遅延信管準備」

『はい!』

「私の合図で、北東区域に向けて発砲しろ」

 

 

 突然、腹に響くような低く野太い砲撃音が何重にも響いた。

 アズミが辺りを見回すが、建物ばかりで変わったものは特にない。

 今の音は戦車の砲撃音以外あり得ないだろうが、砲撃音が数種類入り混じっている様にも感じだ。

 

「・・・何のつもり?」

 

 直後、北東側の市街地で大きな爆発音が鳴り響く。そしてさらに、何かが崩れるような音までもが聞こえてきた。

 

「榴弾・・・?」

 

 通常の徹甲弾では、建物に命中しても柱を折らない限り倒壊はしない。そうなると考えられるのは榴弾の炸裂によるもので、しかもあそこまで大きな崩落音がしたとなれば、複数の戦車が同時に榴弾砲を撃ったことになる。

 ここで1つ疑問に思う。

東側に展開させていた小隊はどうなったか、と。

 

橿原(かしはら)湯梨浜(ゆりはま)中条(なかじょう)、大丈夫?」

 

 東の道へバックアップに向かわせた3輌のパーシングの車長を呼ぶ。応答したのは橿原だった。

 

『大丈夫です、湯梨浜と中条も撃破されていません。ただ、来た道は塞がれてしまいました』

「・・・分かった。そこから先は、十分に気を付けて」

 

 胸が痛む。

 相手チームの榴弾攻撃の狙いは、北東側の地区を破壊し、大学選抜側の行動を大きく制限させることだった。それでアズミ中隊の3輌が本隊と分断されたのは、相手にとっても予想外だろう。どちらにせよアズミたちにとっては大きな代償だ。

 

「ルミ、あなたのところの戦車はどうだった?」

『どうにか生き埋めは避けられたみたいだから、本隊と合流するようにしたわ』

 

 ルミ中隊は被害を免れたらしく、退路も塞がれていないために戻れるらしい。それは不幸中の幸いだ。

 これでアズミ中隊の3輌も無事ならいいが、そう上手くいかないのが戦車道、勝負の世界だ。

 

『こちら橿原、敵中隊視認!パンター5輌、Ⅲ号戦車N型1輌の計6輌!』

 

 通信が入り、アズミの身が硬くなる。

 橿原たちは3輌に対し、相手チームは6輌。加えて性能は向こうがやや勝っている。数も質も向こうが上ならば迂闊な攻撃は避けて撤退した方がいいだろうが、今はその撤退する道も無い。

 

「・・・今の場所は?」

『現在、SE3地点。東西大通りのすぐ近くです』

 

 南側近くと言うことは、敵陣のすぐ近くまで来ているということ。一地域とはいえ敵の編成を暴いたのは大手柄だ。ここで戦力不足を理由に撤退しても、文句などない。

 だが、橿原達は退路が塞がれたからこそ戦うつもりでいる。

 

『アズミ、ルミ。聞いてちょうだい』

 

 判断を決めあぐねていると、今度はメグミからの無線が入る。やむなくアズミは、それに耳を傾けた。

 

『私たちは隊を二分して、中央通りと西側の道から攻め込むわよ』

 

 メグミが示したその方針を聞いて、アズミも決心がつく。

 

「橿原。私たち本隊は別方向から攻めるから、あなたたちは敵中隊を引き付けて時間稼ぎをして」

『了解!』

「けど、無茶はしないように」

 

 最後の言葉は聞こえたかどうかは分からないが、橿原達は躍起になっているようだ。

 橿原たちには、戦力が劣っているところで申し訳ないが敵中隊の足止めをしてもらう。無茶な話なのは重々承知しているが、申し訳ないとアズミは心の中で謝りつつ、早島に指示を出す。

 

 

 市街地の一角に榴弾が叩き込まれ、町が瓦礫の山と化した瞬間、笠守の近くのカメラマンたちは舞い上がるようにその瞬間を連写で捉えていた。

 笠守も何枚かその瞬間を押さえており、インパクトは相当なものだったが、それでも広報目的では使えない。そもそも戦車が豆粒ぐらいの大きさにしか写っていないので、使えるはずも無かった。

 

「どうなるかな・・・」

 

 カメラから目を離し、双眼鏡で戦場をより詳しく見る。

 今のところ試合は一進一退の様相を見せており、実況と解説も『五分五分』と評している。先ほど大学選抜がパンターを2輌撃破したはいいが、一区域を潰したことでまたことぶき工業が試合の流れを掴みかけている。

 そして、相手はあまり混乱している様子が無い。むしろ焦っているように見えるのは大学選抜の方だ。

 

 

 愛里寿のセンチュリオンは、丘の上から状況を確認していた。

 性能面で序盤は戦闘には参加しにくいが、かと言ってただ呆けて試合を観ているわけではない。ちゃんと試合を―――見える範囲でだが―――見届けて冷静に分析しつつ、バミューダ三姉妹からも情報をこまめに受け取り、総括して戦況を把握している。

 

「・・・大分、苦戦しているようですね」

「相手も強いからな」

 

 通信手の信濃(しなの)が状況をまとめつつ呟くと、操縦手の霧島(きりしま)も頷く。

 そこで、愛里寿が信濃に話しかけた。

 

「こちらの状況は?」

「現在は、市街地の西側と中央の通りから南側へ侵攻を始めています。東側は敵の榴弾攻撃で塞がれており、アズミ中隊の3輌が分断されつつも東側の中隊と交戦しています」

「残りの車輌数は?」

「総数22輌。私たちを除いてメグミ中隊とアズミ中隊が7輌ずつ、ルミ中隊が6輌、チャーフィーが1輌です」

 

 試合が始まって、間もなく2時間が経過する。ことぶき工業という強力なチームを相手に、あれだけ派手に何度もぶつかって損耗が3輌だけなら、上々と言っていい。

 

「相手チームの残りは?」

「21輌です。報告では、撃破されたのは4輌ともパンターとのことです」

「メグミたちから具体的にどう侵攻するか報告は?」

 

 愛里寿が訊いてくると、信濃は冷静に答える。

 

「西側からは、メグミ中隊とアズミ中隊がT-28を前列に据えてゆっくり進軍。中央からはルミ中隊とチャーフィーが安全な距離を保ちつつ進行中です」

 

 西側の道よりも中央通りの車輌が少ないのも、撃破を極力避けるためだ。

 東西を貫く中央通りは、市街地エリアでも一番道幅が広く、パーシングが3輌はゆうに並ぶ。だが、広いからこそ逆に狙われやすいから、狭くても西側から攻める方が安全なのだ。

 それは良いとして、愛里寿には1つ疑問があった。

 

「・・・隊長車の姿が見えない」

 

 今までの戦闘で、大学選抜は1度もことぶき工業の隊長車であるパンターを目視で来ていない。カラーリングも他と違うから見間違うこともないだろうに、なぜか見つからない。。

 

「私たちと同様に、別の場所で俯瞰しているのでは?」

「その可能性は低い。過去の試合で向こうの隊長車は、必ず本隊に近い位置で指揮を執っていた。とすれば、今もまた市街地エリアのどこかにいるに違いない」

 

 砲手の大和(やまと)が訊ねるが、愛里寿は首を横に振る。

 だが、具体的にどこにいるのかまでは愛里寿にもまだ分からず、地図を広げた。

 

 

 T-28を前方に据えたメグミ・アズミ合同中隊は、市街地西側の橋付近にある交差点手前で一度停止する。東西に伸びる大通りと交差しており、側面から攻撃されるとひとたまりもないので、用心に用心を重ねてのことだ。

 そして、交差点の向こう側にはことぶき工業の戦車が何輌かこちらの様子を窺っている。

 

『砲撃開始!』

 

 メグミが指示を出すと、T-28とその後ろに控える2輌のパーシングが発砲する。先頭に速度の遅いT-28を据えているのは、盾の役割を任せているからだ。速度は落ちるが、正面の安全は確保できたと言っていい。後ろに続く戦車が攻撃しにくくなるが、それは仕方がない。

 

『こちらルミ中隊、敵中隊と交戦開始!』

『よし、そのまま中央通りの戦車を引き付けておいて』

 

 ルミからの通信が入ると、大通りの方から砲撃音がいくつも聞こえてくる。これで、中央通川に展開している相手中隊からの攻撃は、多少軽減できるだろう。

 

『中隊、微速前進!』

 

 ルミからの合図を機に、メグミは中隊全体に進むよう指示を下す。

 そして、今度はアズミの下へ通信が届いた。

 

『中条からアズミ中隊長へ!東側の敵中隊、パンター2輌撃破!こちらは、湯梨浜が落伍しました』

「了解。西側は本隊が進軍を始めているから、引き続き相手の引付をよろしく」

『了解!』

 

 これで東側の小隊は橿原と中条の2輌。相手中隊も残りは4輌と、粘ってくれている。

 しかし、ルミ中隊もやはり広い場所で戦っているせいか狙われやすく、相手のパンターを1輌撃破したもののパーシングも1輌撃破されたとのことだ。

 

『こちら真鶴、1輌撃破』

矢巾(やはば)、1輌撃破しました!』

 

 他方、メグミ中隊のパーシングとT-28がそれぞれ1輌ずつ敵のパーシングを撃破し、これで20対16。だんだんと優位になっている。

 劣勢になりつつあることぶき工業側は、曲がり角や物陰まで後退して様子を窺いつつ発砲している。滅多矢鱈に撃つのではなく、的確に大学選抜の戦車の弱点を狙ってきている。それでも狙いにくいようで、せいぜいが掠る程度だ。

 メグミとアズミの中隊は、怯まず前進を続け、交差点を抜ける。

 だが、それを境に突然相手チームの砲撃が激しくなった。

 

「何?」

 

 アズミが周囲を見ると、どうやら脇道に隠れていた戦車が一斉に砲撃を始めたらしい。

 幸いにもT-28の側面装甲は抜かれないが、パーシングの側面装甲に若干の不安がある。事実、前を行くメグミ中隊のパーシングも1輌やられてしまっていた。

 

『こちらルミ、現在中央通りS12地点を進撃中。敵中隊の抵抗も激しくなってきてるわ』

「丁度、私達と同じぐらいの場所を進んでいるわね」

 

 ルミからの通信には、砲撃音からくるノイズが入り混じっている。

 

『でも、これだけ抵抗が強いってことは・・・』

「向こうも追い詰められてるってことかしらね」

 

 通信の最中もルミのパーシングは砲撃を止めていないらしく、さらにザリザリとノイズが混じる。

 だが、ルミとの通信が切れると別の通信がアズミの下へ来た。

 

『こちら橿原!東側の敵中隊、撤退を開始!』

 

 そこで、アズミは『ん?』と疑問を抱く。

 敵中隊の規模の方が若干勝っているはずなのに、自分から撤退するとはどういうことだろうと。

 

「彼我の車輌数は?」

『こちらは中条が撃破されて、私だけですが・・・向こうはまだ4輌残ってます』

「それなら・・・敵中隊をできる限りでいいから追跡して。どこへ向かっているか分かればそれで充分だから、むやみな発砲は控えるように」

『了解!』

 

 橿原との通信が切れると、アズミのパーシングもY字路で機を窺っていたパンターに向かって発砲する。正面装甲を徹甲弾が砕き、炎上させた。

 

 

「ここだ」

 

 愛里寿は、タブレット端末で戦場の地図を確認し、ある一点をタップする。

 

「この南側にある噴水広場に、相手の隊長車はいる」

 

 愛里寿が告げた、隊長車の位置という重大な情報に、センチュリオンの乗員が一斉に愛里寿の方を向く。

 装填手の三笠(みかさ)が手を挙げて訊ねた。

 

「根拠は?」

「根拠は3つ。まず1つに、この噴水広場付近に近づくにつれて敵の攻撃が激しくなり、私達の撃破された戦車の数も増えている。それだけこの近くに近づけないためだろう」

「・・・」

「そして、東側の中隊が数的有利を保っていたはずなのに、メグミたちがこの近くに来た途端に撤退した。やはり、こちらの守りを固めるためだと考えられる」

 

 前線から伝わる情報を総括した信濃は、情報を集めている間はそれに気付かなかったが、愛里寿に改めて指摘されると確かにと思う。他の乗員も頷いていた。

 

「第2に、この噴水広場に通じる道は3本ある。有事の際にここへ戦力を集めたり、周囲の状況を確認するには効果的な場所だ。そして、高い建物に囲まれているから発見されにくいという利点もある」

 

 愛里寿の言う通り、噴水広場には東、西、南の3方向から道が通じている。また、周囲には時計塔や教会など比較的高い建物があり、3つの道が狭いのもあって、確かにちょっとやそっとでは見つかりにくい。

 

「第3に、この噴水広場は南側の橋にほど近い場所にある。万が一攻め込まれても、ここから逃亡して体勢を立て直すことができる」

 

 その噴水広場と、ことぶき工業が入ってきた南側の入り口は直線距離で2~300メートル程度だ。そこまでの道も入り組んでいないため、迅速に撤退できる。

 根拠を欲した笠間を含め、乗員全員が感心したように頷く。理に適っている答えだし、同じ隊長であるからこそ分かるであろうその理由を、疑う余地はない。

 そして、地形と戦車の動きだけでそこまでの推測を立てたのには感服した。

 

「そこに攻め入れば、私達もより有利になれると」

「隊長車を倒せば、向こうの指揮系統をある程度乱すことができ、有利に事が運びやすくなる」

 

 大和と霧島の言葉に、信濃は少し顔を明るくしたが、すぐに陰りが差す。

 

「でも、どうやってそこへ?」

 

 現状、敵の攻撃は激しさを増しており、簡単には近づけない。

 となれば、逆に相手を誘い出すしか方法が無いのだが、具体的にどうやってそれをするかまでは、信濃達も考えがつかない。

 

「・・・」

 

 愛里寿はもう一度地図に目を落とす。

 一番いいのは、3つの道から一気に攻め込んで蜂の巣にするのだが、敵の抵抗が激しい現状を鑑みるとそれは難しい。

 そこで愛里寿は、噴水広場の周りにある建物を確認し、1つの作戦を思いついた。

 

 

「了解」

 

 愛里寿から作戦を伝えられて、メグミは頷く。聞いていたであろう他の隊員たちも頷いているに違いない。

 作戦は二段階。まず第一段階は理解できたが、第二段階は少々厄介だった。

 考えながら、メグミは通信を入れる。

 

「アズミ、ルミ」

『誰が行くかってヤツ?』

 

 開口一番にルミが反応した。メグミが何の目的があって通信を入れたのか、察しがついていたらしい。

 

「結構リスクは高いし、技術もいる。そして失敗すれば次のチャンスはないから、それなりの覚悟もいる」

 

 愛里寿から伝えられた作戦の二段階目は、やり直しのきかない責任重大な係が1輌要る。当然の帰結と言うべきか、バミューダ3姉妹から1人出すつもりだった。

 

『私が行く』

 

 そして真っ先に告げたのは、アズミだった。

 

『ルミは大通りで交戦中だから無理だし、メグミはその後の戦況で重要になる。私は中隊の後ろ側にいるから、すぐに()()へ行けるわ』

 

 アズミが理路整然と告げると、メグミは少し顔を上げて、ふっと笑う。

 

「任せていいのかしら?」

『ええ。私たちは覚悟ができているし、議論してる時間は無いでしょう?』

 

 確かに今も敵チームの砲撃は止まないし、このままでは味方がどんどん撃破されて作戦が成功する確率が指数関数的に低くなる。

 

『分かったアズミ、任せた』

『任されたわ』

 

 ルミも背中を押して、アズミに託すことにする。

 第二段階まで決まり、これで作戦を実行に移せる。メグミはマイクを手に取った。

 

「真鶴、WS4番路から進入」

『佐倉、安中、深浦(ふかうら)は私と一緒に西側の橋に出るわよ』

 

 

「N通路からT-28が侵入してきてます」

 

 伏見が報告すると、出雲はその道の方を見る。

 T-28は、300ミリの装甲を持つ鋼鉄の砦。殲滅戦では大学選抜チームを倒すうえでの大きな障害となる車輌だ。

 しかし出雲は、全く慌てること無くマイクのスイッチを入れる。

 

「伏見、やれ」

『了解』

 

 指示を受けた伏見も、動じずに戦車を動かしてT-28と向き合うようにする。

射線上に出た直後T-28が発砲するが、ティーガーⅡはそれをすいっと左に避けて躱す。

 そして、T-28が進む路面に照準を合わせるように砲手に伝えた。

 

「遅延信管よし、装填完了!」

「撃て」

 

 装填手が告げると、伏見は即座に砲撃指示を下し、ティーガーⅡが発砲する。

 すると、砲弾はまず路面に斜めに当たり、砲弾の先端の傾きで反射して上に向きが変わり、T-28の底面25ミリの装甲を撃ち抜く。

 そしてT-28のエンジンルームが炎上し、白旗が揚がった。

撃破を確認して満足げな出雲に、伏見は訊ねる。

 

「どうします?ここを離れますか?」

「・・・いや、残り2つの通路に警戒し、頃合いを見て私たちも前線に出る」

 

 すると、西側で交戦中の中隊から報告が来た。

 

『こちら恵比寿、小隊規模の敵戦車が西側の橋へ出ました。目的は不明』

「了解」

 

 恵比寿から報告を受けて、別の中隊長・弁財とヤークトティーガーの車長・鶴岡に通信を飛ばす。

 

「弁財。3輌を市街地の外、西側へ向かわせろ。鶴岡も西へ向かえ」

『『了解』』

 

 

『第一段階、クリアよ』

「了解」

 

 市街地西側にある丘の上で、メグミからの報告を聞いたアズミは頷いた。

 作戦の一段階目は、T-28で退路を1つ塞ぐこと。撃破されずに進入できれば御の字だったが、やはり向こうも侮れない。

 そして、鍵となるのはアズミが担う第二段階。

 砲手の真庭が、狙う場所へ照準を合わせる。

 一度失敗したら、やり直しは効かない。もし失敗したら、大学選抜が勝利する確率だって大きく下がり、敵に察知されれば自分たちも恐らくは撃破されてしまう。

 責任重大な役割だが、真庭は不思議と緊張していなかった。

 

「大丈夫、落ち着いて。真庭ならできるわ」

 

 それは、真庭の肩にそっと手を置いているアズミがいたからだ。

 不安を解きほぐすような、子供をあやすような優しい言葉に、真庭も自然と気持ちが落ち着く。失敗した時を考えて気持ちが暗くなるのを押さえてくれていた。

 

「・・・行きます」

 

 トリガーに指をかければ、あとは一瞬で決まった。

 砲撃音が周囲に響き渡り、草木が揺れる。

 そして放たれた砲弾は、一直線に市街地の時計塔、その頂点にある鐘の上を撃ち抜いた。

 

 

 何かが撃たれた音が聞こえた。

 

「何だ?」

「どこから・・・」

 

 しかし、周囲には何もない。伊勢や伏見もそれに気付いたのか、周囲を見回す。

 その時、ふと出雲が上を見上げると。

 

「なっ・・・!?」

 

 表情が驚愕に染まった。

 なぜならば、すぐそばに聳える時計塔の巨大な鐘が、落ちてきたからだ。

 しかもその落下地点には。

 

「伏見!」

「?」

 

 慌てて大声で叫ぶと、ようやく伏見も状況を理解したのか、戦車の中に引っ込んでティーガーⅡを後退させようとする。

 しかし間に合わず、鐘はティーガーⅡの砲身を押し潰し、白旗が揚がった。

 そして、耳をつんざく鈍く低い音が周囲に響き渡り、たまらず出雲と伊勢は耳を塞ぐ。

 

 

「当たった!」

「すごい!」

 

 アズミのパーシングの中は大喜びだ。

 何しろあんな一点を狙い澄まして撃つなどどれほど難しいことか。それをやってのけた真庭は胴上げされそうな勢いだった。

 この南西地区にある時計塔の鐘を撃ち抜くのは、センチュリオンがいる東側の丘より、西側にある丘の方が高いから、戦場の誰かが行かなければならなかったのだ。

 それはとてつもない重荷で、正確さを求められる役割だったから、喜びもひとしおだ。

 しかし忘れてはならないが、今はまだ試合中。

 

『南から敵小隊、パンター2輌、Ⅲ号N型1輌!』

 

 丘のふもとに控えていた深浦から報告が来ると、アズミのパーシングも丘を下る。

 下りたところで、敵小隊も射程に入ったらしく発砲を始めた。

 アズミたちは急いで西側に架かる橋へ向かおうとしたが、敵のパンターが榴弾砲で橋を崩落させてしまい、市街地に戻る術が無くなった。

 

「メグミ、ルミ、どうだった?」

『大成功よ、さっきの鐘の音で、敵の動きが少し鈍ったわ』

「それは良かったけど、私達は少し戻れそうにないわ・・・後はあなたたちでお願い」

『了解!』

 

 作戦が成功し、メグミとルミは活気づいている。相手の残りはどれぐらいか分からないが、アズミは今はこちらに向かってきている3輌の戦車を迎え撃つことだけを考える。数的に有利なのはアズミたちの方だ。無駄に怯えることは無い。

 パンターがこちらに向かいつつ発砲し、アズミたち4輌のパーシングはそれを避けて接近する。他のパンターとⅢ号戦車も同様に発砲し、パンターの攻撃は外れるが、Ⅲ号戦車の砲撃は1輌のパーシングの履帯を切断し、動きが止まってしまう。

 それを気にせず、アズミのパーシングはすれ違いざまにパンターを1輌側面から撃ち抜いて撃破する。

 しかし、履帯が切れて止まってしまったパーシングもまたパンターに撃ち抜かれて撃破されてしまう。

 

「焦らないで、落ち着いて」

「はい!」

 

 真庭が応えると、早島がバミューダアタックの時のようにドリフト気味に反転させ、パンターとⅢ号戦車を狙う。向こう側も同様に向きを変えるが、先にⅢ号戦車が砲塔を回して発砲、別のパーシング1輌を撃ち抜いて白旗を揚げさせられた。

 しかしながら、さらに別のパーシングがⅢ号戦車を狙い撃ち、撃破する。

 

「よし!」

 

 これで残りは、アズミともう1輌―――深浦のパーシング、そして相手のパンター。

 まず深浦のパーシングが前に出て、アズミのパーシングがその後ろに続く。パンターは正面から突進してきた。

 距離が詰まっていくが、両車ともに向きを変えようとせず、正面衝突する勢いだ。

 しかし、アズミと深浦のパーシングは同時に左右に展開し、パンターを避けるように広がる。

 パンターもある程度読んでいたのか、急いで砲塔旋回とドリフトを併用して深浦のパーシング目がけて発砲し、徹甲弾が側面装甲を貫いて撃破させる。

 そして、そこでできたパンターの隙を狙い、アズミのパーシングが発砲する。

 

「今!」

 

 アズミの指示で砲撃し、パンターの側面を撃ち抜き、撃破させた。

 これで、アズミ以外の戦車は全て撃破された。味方まで全滅してしまったのはもの悲しいが、まだ試合中なので主戦場へ戻るのが最優先だ。

 

「よし、本隊に戻るわよ」

「了解」

 

 アズミが指示すると、早島がパーシングの向きを変えようとする。

 だが、アズミが南の方角へ視線を向けると、ぽかんと口が開いた。

 

「・・・あ」

 

 道の先に、ヤークトティーガーがいるのに気付いたからだ。しかも、確実にこちらを狙っていて。

 

「・・・ごめん、メグミ、ルミ。戻れないわ」

 

 肩を落としたところで、ヤークトティーガーの鈍い音が響き、アズミのパーシングから白旗が揚がった。

 

 

「・・・・・・」

 

 撮影用の観戦席で、笠守は唇を噛む。

 アズミのパーシングが市街地の西側へ向かい、時計塔の鐘を撃ち抜いたのはばっちりと捉えていた。

 そして、アズミのパーシングが撃破されてしまったところも、くっきりと見えた。

 だからこそ、笠守は悔しい。

 アズミが、自分が好きでいる人の戦車が撃破されたのを見るのは、とても胸が痛む。怪我をしていないだろうか、特殊カーボンで守られているだろうが、心配だ。

 悔しがっていないか、不安だ。

 

『大学選抜、奇策でことぶき工業の副隊長車を撃破しましたが、中隊長の車輌が撃破されてしまいましたねー・・・』

『ですが、試合の流れは大学選抜が掴み始めてますからね。ここからが見所です』

 

 だが、試合はまだ終わっていない。解説の言う通り、ことぶき工業の副隊長車を1輌撃破したことで、流れが変わり始めた。

 今は大学選抜チームが13輌、ことぶき工業が11輌とわずかにリードしている。

 それにまだ、笠守は納得がいく写真が撮れていない。だからこの試合は、最後までしっかりと見届けなければならないのだ。

 

 

『こちら弁財、西側の別動隊全滅!』

『鶴岡、敵中隊車1輌撃破。これより南側へ帰還します』

「・・・」

 

 弁財の報告を聞いて、出雲は渋い表情になる。

 これで弁財中隊は、中隊長車以外が撃破。ヤークトティーガーが残っているのが幸いだが、戻るまで時間がかかる。

 

「隊長・・・」

 

 副隊長の伊勢が、行動不能となった伏見のティーガーⅡから視線を出雲へ移す。

 視線を受けた出雲は、伊勢を見て頷く。

 

「行くぞ」

「はい!」

 

 出雲のパーシングと伊勢のティーガーⅡが転進し、大通りへと出る。

 出雲は一度南の通路を経由して西側の道へ、伊勢は東側通路を抜けて中央通りに向かう。

 

『こちら布袋、敵パーシング1輌撃破しました』

「よし、中隊を二分してそれぞれ中央通りと西側の援護に迎え」

『了解!』

 

 東側から撤退していた中隊の布袋が、追尾してきたパーシングを撃破して合流を図っている。幸いにも、布袋中隊は4輌残っているから戦力の立て直しは十分利く。

 

 

『おいでなすったわね、敵の大将』

 

 メグミが意気揚々と告げると、ルミの唇が自然と緩む。

 愛里寿が発令した作戦は、敵の隊長車を噴水広場からいぶり出すこと。まず最初にT-28で退路を1つ塞いで焦り、疑念を生みつつ、時計塔の鐘を落としてそこが安全でないことを教え、外へと出させる。

 結果として隊長車ともう1輌の中隊長車は分かれて出てきたが、それでも噴水広場から出すことは成功した。

 ただ大学選抜も、アズミのパーシングが撃破されてしまっているので、ようやく互角の状況に持ち込めたところか。

 そしてアズミがいないせいで、バミューダアタックはもうできない。元々道が入り組んでいるせいでできるか不安だったが、そもそも1人欠けてしまうとあの連携攻撃は最早できないのだ。

 よって、メグミとルミの中隊で対処するしかなくなる。

 

「よし、中隊前進!」

 

 ルミは自分の中隊を前進させて、敵部隊に追い打ちをかける。ここにはルミを除けば、中隊のパーシング4輌とチャーフィーが1輌。今交戦しているのはパンターが2輌とⅢ号戦車N型1輌。両方とも火力が高いために侮れない。それでもこの勝機を逃すまいと、果敢に前進と砲撃を続ける。

 

『愛里寿隊長を呼ぶ?』

「隊長の出番は、最後にしよう。私達でもできるって示さなきゃ」

 

 試合は最終局面で、センチュリオンを投入しても何の問題もない。だが、ルミは愛里寿ありきで勝利するのではなく、自分達でも十分戦えるということを証明したかった。

 あの大洗との試合、最終盤で参戦したセンチュリオンが大量に戦車を仕留めたのは確かにすごかった。だが、実際あそこで愛里寿が出なければ自分たちで最後の決戦まで持ち込めたかさえも分からない。

 その時の未練とも言える気持ちと決別すべく、今回は極力愛里寿の力に頼らないでいようと、ルミは言ったのだ。

 

『確かにそうね、分かった』

 

 メグミもその意見に思うところがあるのか、同意する。

 そして通信が切れると、手始めにまずはルミのパーシングが発砲すると、相手のパンターの足元に着弾して動きを止める。そこを別のパーシングが狙い、正面装甲を砕いて撃破させる。

 すると、その後ろからティーガーⅡが姿を現した。

 

「中隊長車か」

 

 ことぶき工業に2輌しかいないその戦車に中隊長が乗っているのは既に知っている。

 ティーガーⅡは大通りに躍り出た勢いのままに発砲すると、別のパーシングを一撃で行動不能に追いやる。前々から思っていたが、やはり砲撃の精度もなかなか高かった。

 

「やってくれるわね」

 

 ルミが忌々し気に呟くと、呼応するように野々市が発砲する。狙いはティーガーⅡではなく、その傍にいるⅢ号戦車。その前面装甲はパンターと比べれば薄いし垂直なので貫通しやすかったので、砲撃は命中すると文句なしの白旗判定となった。

 

「よし、いいわよ!」

「まだまだいけます!」

 

 喜びにルミが野々市の肩を叩く。

 だが、それも束の間、パンターが反撃してきて別のパーシングがやられてしまった。

 

 

 西側の道で、メグミ中隊はことぶき工業のもう1つの中隊と戦っていた。

 メグミ中隊の残りはメグミを含めて5輌。対して、交戦している敵集団の車輌数は4輌。内訳はパンターが3輌とⅢ号戦車J型が1輌。対処できない質と量ではない。

 

「撃て!」

 

 対馬が装填を終えるやいなや、すぐさまメグミは発砲指示を出す。正面からの撃ち合いが激しい今は1秒が惜しい。平戸の砲撃は一直線に敵パンターの装甲を直撃、粉砕して炎上させた。

 

「よし、あと3輌!」

 

 通信手・生月がぐっと手を握るが、喜ぶ間もなく相手のⅢ号戦車が発砲し、別のパーシングを撃破する。

 

『すみません、メグミさん!』

「大丈夫、あとは私たちに任せて」

 

 撃破されたパーシングの車長・川棚(かわたな)が悲痛な声を上げるが、メグミはそれに自信を持って答える。

 そしてその言葉を証明するように、メグミのパーシングがそのⅢ号戦車を返り討ちにして撃破した。さらには別のパーシングもパンターを撃破し、これで相手の中隊車輌は残り1輌だ。

 

「行ける!」

 

 メグミが意気込むと、深江が道の向こう側に何かを見つける。

 

「メグミ!12時の方向にパンター1輌、多分隊長車!」

 

 メグミが弾かれるように前方を見ると、確かにそこには他とカラーリングが違うパンターがいた。

パーシングの中の全員に緊張が走る。

 そしてメグミが、何かを言おうとする前にその隊長車が発砲する。まだ少し距離が開いているのに、その砲弾は一直線に別のパーシングに直撃し、撃破させた。

 

「やるわね・・・」

 

 メグミは苦笑しつつ、平戸に発砲するよう指示する。

 その狙いは隊長車ではなく、その前にいる別のパンター。隊長車が来たことで気が緩んでいたのか、側面を晒したところを狙うと命中し、撃破に成功した。

 それを目の前にしても隊長車は怯まずゆっくり前進しつつ、発砲する。その砲撃は、的確にメグミ中隊のパーシングを狙撃し、白旗が揚がった。

 それを確認すると、メグミはマイクを取ってルミに連絡をする。

 

「ルミ、そっちはどう?」

『こっちは副隊長車相手にだいぶ苦戦してるわ・・・こっちの残りは私含めて4輌ね』

「そっちに余裕があるんならこっちに1輌回してほしいところね・・・今隊長車と戦ってるの」

『マジで?』

 

 なんて通信をしている間にも、メグミの隣にいたパーシングが撃破されてしまう。やむなくメグミは、北に向かって後退するように深江に指示する。

 

「マジよ。私の中隊はみんなやられたわ。多分、あの隊長車絶対強いし、私ひとりじゃ太刀打ちできないわ」

 

 後退すると、メグミは適当な脇道に入り迂回してルミたちと合流することにした。

 後方を確認すると、隊長車のパンターが追ってきているのが見える。

 

『なら、私達と合流した方が良いと思うわ』

「確かにね・・・それじゃ、私らは迂回して行くわ」

 

 そう言った直後、無線から大きなノイズが響き渡る。

 

『・・・今チャーフィーがやられたわ。これで、私らはあと3輌よ。ちなみに、パンターも2輌いるから難しいわね』

 

 ルミとの通信が切れる。

 そこで、周囲の状況を見ていた対馬が『あれ』と声を上げる。

 

「隊長車、いなくなりました」

「え?」

 

 メグミも思わず後ろを見るが、確かに後ろにいたパンターがいない。

 一体どこに行ったのか、視線を巡らせていると、

 

「メグミさん、前!」

 

 平戸が声を上げる。そちらを見ると、脇道から躍り出てきた隊長車が確かにそこにいた。道を変えて最短ルートを通って来たのか。

 

「撃て!」

 

 メグミが反射的に発砲指示を飛ばすが、平戸も突然すぎて照準が上手く定まらず、パンターの側面装甲を掠る形になってしまう。

 そして、無駄弾を弾いて好機と睨んだパンターが、メグミのパーシングめがけて発砲する。

 

 

「メグミまでやられたか・・・」

 

 一切メグミから連絡が無くなったことで、ルミは確信してしまう。

 だが、今は散った仲間を気に掛けるより目の前の敵に集中することが先決だ。

 目の前にいるのはパンター2輌と敵の副隊長車のティーガーⅡ1輌。まだまだ気を抜くことなどできない。

 だが、相手も激しい撃ち合いで疲弊してきているのか動きが鈍くなっており、ルミのパーシングが発砲するとまずはパーシングを1輌撃破する。

 

「みんな、まだやれる?」

「行けます!」

「モチのロン!」

 

 ルミが乗員に訊ねるが、みんな気丈な返事をしてくれる。それにルミが笑うが、その隙にティーガーⅡが発砲し、味方のパーシングが1輌撃破された。

 

「フォイア!」

 

 すると、ルミのパーシングの隣にいる、最後に残った宇城(うき)のパーシングが発砲し、最後のパンターを撃破する。

 これで残りは、副隊長車のティーガーⅡ1輌のみ。乗員の疲労も限界が近いが、ここが正念場だ。

 

『私が足止めをして、ルミ隊長にとどめをお願いします』

「分かったわ」

 

 宇城の意見具申に、ルミは頷く。

 そして2輌は同時に発進し、先にティーガーⅡは宇城の方を狙って発砲する。宇城のパーシングの方が、若干ティーガーⅡに近かったからだ。

 その砲撃を宇城は側面装甲に砲弾を流す形で避け、側面に大きな掠り傷が刻まれる。

 だが、それをものともせず宇城のパーシングはティーガーⅡに真正面から突っ込む。砲身が交わる形になってしまい、ティーガーⅡには攻撃できない。

 だが、ティーガーⅡの砲身が宇城のパーシングぶつかったおかげ向きが変わり、ルミのパーシングは側面からティーガーⅡの装甲を超至近距離で撃ち抜き、白旗をもぎ取った。

 

「よし!あとは・・・」

 

 これで脅威である副隊長車を撃破した。後は隊長車だけのはずだ。

だが、宇城のパーシングがティーガーⅡから離れ、大通りを南下しようとすると鈍い砲撃音が響き渡り、一瞬で宇城のパーシングが撃破された。

 何事かとルミが視線を巡らせると、南側の橋をヤークトティーガーが渡っているのが見えた。

 

「しまった、まだあいつが残ってた!」

 

 西側にいたアズミ中隊を撃破した帰りのヤークトティーガー。あれを相手にするのは愛里寿でもきついはずだ。隊長車までいるし、相討ちになってでもこのヤークトティーガーは倒さなければならない。

 

「榴弾装填!急いで!」

 

 装填手の小松が指示を受けると即座に装填する。

 

「野々市、あの橋の盛り上がってる部分を狙って!」

 

 そして装填完了の合図のランプが灯ると、ヤークトティーガーに狙われている問恐怖と戦いながらも、野々市はルミの指示通りの場所を狙い、トリガーを引く。

 西側に架かる橋は波のように中央が盛り上がっており、ルミはその山の部分を狙うように言ったのだ。

 野々市の砲撃は見事に橋に直撃して炸裂。崩落を始め、ヤークトティーガーも鼬の最後っ屁のように発砲するが、明後日の方向へと砲弾は飛んでいく。

 そして、ヤークトティーガーは濠の下へと落ちていき、数秒経って大きな轟音と黒煙が上がる。撃破は必至だ。

 

「アズミの仇!」

 

 ルミがガッツポーズと共に叫ぶと、後ろから砲撃を喰らう。

 そこにいたのは、色違いのパンター、隊長車だった。

 

 

「行くぞ」

 

 愛里寿が指示すると、センチュリオンは前進して丘を下り始める。

 両チームとも残っているのは隊長車のみ。愛里寿の予想では、今よりも少し前に戦線に参加するつもりでいたが、ルミたちが思っていた以上に奮戦していたので、彼女たちの成果を見極めるために敢えて参戦はしなかった。

 結果として、チームは愛里寿の力に頼らず相手チームをほぼ全滅にまで追いやったのだ。強豪相手にそこまで戦えたのは、それだけ自分のチームが強くなっていることに他ならない。くろがね工業戦での醜態、大洗女子学園戦での雪辱を帳消しにするほどだ。

 やがてセンチュリオンが東側の橋の前に辿り着くと、ちょうど反対側に色違いのパンターがいた。市街地の北、南、西の橋は全て落ちているので、残っているのはこの東側の橋だけだから、ここに来たのは必然だ。

 

「砲撃用意、私の合図で発砲しろ」

 

 長い石橋の手前でセンチュリオンが停止する。パンターも同様に市街地側で向かい合うように停車する。

 普段、大和の砲撃は任意のタイミングに任せているが、愛里寿がそのタイミングを指示するのは、絶対に外してはならない最良のタイミングは自分が判断するということだ。

 橋の上に風が吹き、明かりの消えたガス灯が揺れる。

 

「・・・」

 

 ことぶき工業の出雲が、キューポラから身体を乗り出す。その目は、愛里寿を一直線に見据えているようだった。

 愛里寿もまた、出雲を真っすぐに見据える。

 ここが、最後の戦いの場所だ。

 

 

 何台ものカメラが、橋を挟んで対峙する2輌の戦車を捕捉している。カメラを構えるカメラマンは、固唾を呑んでその様子を注視している。

 無論、笠守も同様に、三脚からカメラを外して最良のポジションと角度でカメラの準備を整えている。

あの2輌が握る試合の行く末を、試合の結末を証明する一騎打ちの瞬間を写真に収めたいと、笠守は・・・その場にいる誰もが渇望している。

 瞬きさえも忘れそうになるほど、フィルター越しの光景に集中する。

 

 

 合図もきっかけも無く、センチュリオンとパンターが同時に発進する。

 砂利道から石橋へと入り、走行音が鮮明に変わる。

 両者の距離は詰まって行き、愛里寿も出雲も、橋の中央で勝敗が決まると確信した。

 

「・・・・・・」

 

 すれ違うまで最早数秒と、距離が詰まっていく。

 砲手の大和がグリップを強く握り、装填手の三笠は拳を強く握る。通信手の信濃は唇を噛み、操縦手の霧島は瞳孔が開きそうになるほど目を見開く。

 だが、今のセンチュリオンの中には恐怖や緊張はなかった。

 絶対に勝つ、と言う自信だけがその場を支配している。

 そして、両者がすれ違う目前。

 

「撃て」

 

 センチュリオンとパンターが、ほぼ同時に発砲する。

 2つの砲声と、1つの金属音がその場に響き渡った。

 

「・・・・・・」

 

 センチュリオンとパンターは、すれ違ってから少し進んだところで停車する。

 1輌には掠り傷が刻まれ、もう1輌からは黒煙が上がっている。

 やがて、『しぱっ』と白旗の揚がる軽い音が1つ、その場で響いた。

 それは、パンターの車体から揚がったものだ。

 

 

『ことぶき工業、全車輌行動不能!』

 

 シャッターを切り終えた笠守の耳に、アナウンスが入り込んでくる。

 勝敗が決した瞬間を捉えた笠守は、浅く呼吸を繰り返して自分の中の緊張と興奮を抑えようとする。

 

『よって、大学選抜チームの勝利!!』

 

 アナウンスが告げた現実に、高揚感を抑えきれず、一周回って身体から力が抜けて柵に寄り掛かってしまう。周りのカメラマンは、激闘の結末に感動したのか両腕を上げたり喜びの声を上げたりしている。通常の観客席からは歓声まで聞こえてきた。

そしてひとしきり喜びを表現し終えたカメラマンたちは、健闘した両チームのメンバーに対して拍手を贈っている。

 笠守は、緊張の糸が切れたことで崩れ落ちそうになるのを必死に耐え、拍手を贈る。

 そして閉会式は間近で見たいと思い、力の抜けた体に鞭を打って機材を撤収し、撮影用席を後にする。

 

 

「一同、礼!」

『ありがとうございましたっ!!』

 

 観客席前で、開会式と同様に両チームがお互いに頭を下げると、観客たちから盛大な拍手が贈られる。

 その拍手を全身で受け止める中、出雲は愛里寿たちの下へと歩みより、最初と同じく右手を差し出す。

 

「おめでとう。とてもいい試合だった」

 

 愛里寿は微笑を浮かべて、出雲と握手をする。

 

「しかし、まさか鐘を落としてくるとは思わなかった。あれにはうちの隊員も度肝を抜かれたよ」

 

 はっはっは、と爽やかに笑う出雲。その後ろに控える隊員―――出雲のパンター乗員やティーガーⅡの乗員はぐったりしていたが。

 

「私たちが勝利するためには、あの方法が一番だと思い賭けてみました」

 

 そして愛里寿は、後ろに控える自分のチームの隊員を振り返る。

 

「チームのみんなのおかげで、勝利できたんです」

 

 その言葉に、控えているバミューダ三姉妹を筆頭とした大学選抜は、涙ぐみそうになる。緊張感が常に張り詰めていた激闘の後で心身とも疲れ、ぐらついている今になって敬愛する愛里寿からそんなことを言われては、平静を保てそうにない。事実、何人か声を押し殺して泣いていた。

 

「・・・君たちも、十分に強いのだな」

 

 最後に、握手する手に力をぐっと込めて、『ありがとう』と告げた出雲は手を解く。そして、ことぶき工業の仲間を連れてその場を去っていった。

 握手の瞬間、観客席から再び盛大な拍手が贈られ、一般客もデジカメやスマートフォンで写真を撮り、フラッシュが光る。

 そんな中で笠守もまた、カメラを構えてその様子を撮っていた。



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コントラスト

 イチョウの樹は未だ色鮮やかな黄色の葉で彩られており、見ていて心地良い。

 だが、11月も半ばを過ぎたので間もなく散り始めるだろう。それもまた自然の摂理だから曲げられないし、そんな季節の移ろいも味わい深い。

 笠守は、イチョウの樹を見上げながら、そう考えていた。

 

「もうすぐ冬だなー・・・」

 

 微かな風でも冷たく感じる今日この頃、笠守はコートのポケットの中でぐっと手を握る。

 そんな冷たい風に打たれながらも、この数年で見慣れた信号機の手前に佇んでいるのは、人と待ち合わせをしているからだ。それも、自分にとっては大切な人と。

 今日のことを考えるあまり、昨日の夜は寝付くのが随分と遅かった。起き上がった時は目蓋に糊でもついたように開きにくかったが、自分にとって一世一代の日だろと鼓舞してここにいる。

 

「笠守」

 

 そして、待っていた人の声が耳に流れ込む。

 振り返ってみれば、クリーム色のセーターにカーキ色のミモレ丈スカート。そして、グレーのチェスターコートと季節感ある装いのアズミがいた。

 その姿に密かに心躍った笠守は、気さくに手を挙げて挨拶を返す。

 

「おはよう、アズミ」

「早いわねぇ、まだ時間前じゃない」

 

 腕時計を横目にアズミは感心する。約束の時間まではまだ10分以上もあり、アズミは知らないが笠守はさらにその10分前に来ている。普段から5分前行動を心掛ける笠守でも、確かに早い。

 

「いやー、今日がどうにも楽しみでな。つい」

「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって」

 

 気軽に言葉を掛け合って、2人は並んで歩き出す。

 だが、足が向くのは大学とは別の方向だ。

 

「晴れてよかったな・・・雨なんて嫌だし、曇りでもちょっとアレだから」

 

 空にはまばらに雲が浮かぶだけで、太陽はどこにも隠れず地上に光を浴びせている。アズミも心地よいのか、少しだけ背伸びをして日光を身に受け止めていた。

 

「天気に恵まれたことだし、今日は楽しみましょう?」

「・・・ああ、そうだな」

 

 アズミは、ほんの少しだけ隣を歩く笠守に近づく。

 それに気付いていても、笠守は何も言わずに少しだけ笑うにとどめておいた。

 

 

 こうして2人がデート・・・もとい出掛けているのは、ことぶき工業との試合前に約束したからだ。

 元々は大学選抜で、試合に勝てば英気を養うために休日を設ける方針だった。もし試合で負けていれば、くろがね工業の時と同様、またどこかの演習場で集中練習になっていたかもしれない。

 そうなってしまえば、こうして一緒に出掛けるのもお流れになっていたし、2人とも悔やみきれない。アズミは試合に、笠守は撮影にそれぞれ没頭して忘れかけていたが、大事な試合が終わってこの約束を思い出すと、無性に嬉しさと緊張が込み上げてきたのはお互いにとっての秘密だ。

 

 そんな2人が訪れたのは、少しの間電車に乗って移動したところにある港町だ。この町が擁する港は学園艦が停泊できるほど規模が大きいため、それに比例して町も大きい。

 

「へぇー・・・こんなになってるんだ」

 

 電車を降りて駅を出ると、まず目に入るのはバスターミナル。そこから真っすぐに伸びる道の先には海が見えた。今日はいい感じに風も吹いているので、サーフィン目当てで訪れたらしき人もちらほらいる。

 だが、アズミと笠守の目的は海ではない。

 

「お、丁度バス来てる」

「急ぎましょ?」

 

 小走りに2人で停留所にいるバスへと向かう。ちゃんと自分たちの目的の場所へ向かうのを確認してから乗り込み、空いている2人掛けの席に座った。

 程なくしてバスはゆっくりと発車し、海ではなく港町に沿うように走る。

 

「結構、賑わってる町ね」

 

 車窓から町を眺めて、アズミの表情がわずかに輝く。見える限りでも、店舗の数も種類も豊富で、ショッピングが好きなアズミにはまさに心躍る場所だろう。笠守としても、ああして多くのお店を見ると、興味が湧いてくる。

 だが、最初の目的の場所はここではない。ここに寄るのは帰りの予定なので、今はお預けだ。

 

「ちょっと意外だな、アズミが自然公園行きたいって」

「そう?」

 

 最初に向かうその公園は、アズミが行きたいと希望した場所だ。こうして近くに買い物が楽しめるエリアがあるからと、一応は納得していたが、その辺りをメインにすると思っていた。

 

「まあ、私もちょっとやってみたいことがあってね。それを最優先にしたかったから」

「やりたいこと?」

「とにかく、お楽しみにしてなさいね」

 

 上手い具合に煙に巻かれて、笠守もまあいいかと深く考えるのを止める。

 そこでアズミは、『ふぅ~』と深く長く息を吐きながら椅子に体を預けた。

 

「何かバスに乗るのも久しぶり・・・って言うか、最近はずっと戦車ずくめだったから普通の自動車が久々だわ」

「やっぱり変な感じか?戦車の後にバスだと」

 

 笠守もまた、背もたれにゆったりと寄り掛かってアズミを見る。

 その問いにアズミは、苦笑した。

 

「そうね。自分が移動してるのにあんまり揺れなくて、音もしないし・・・何かすごい新鮮な気分」

「果たしてそれは現代人の言葉なのかね・・・」

 

 妙にズレたアズミの所感に、笠守も微妙な笑みになるのを禁じ得ない。

 

「まあ、戦車道で疲れてるだろうし、今日はゆっくり楽しもう」

 

 松代で行われた激戦など微塵も感じさせないほど、世間はいつも通りの日常が流れている。その戦いの過激さは、あの時あの場所にいて、戦車に乗っていた者にしか分からないだろう。

 笠守は状況を俯瞰していたに過ぎないが、様相は分かっていた。だから、アズミに対して気休め程度でもそう言える。

 

「・・・そうね」

 

 ゆったりとアズミは笑って、静かに目を閉じる。久々のバスの乗り心地を楽しんでいるようだ。

 笠守は流れる景色を横目に見つつ、アズミに意識を向けた。

 

 

 最寄のバス停は、駅から15分ほどのところにあった。

 坂道の途中にあり、開けた眼前の景色からは海が見える。2人で『いい眺めだな~』と揃って口にしつつ、その公園に向けて歩き出した。

 バス停からさらに数分ほど歩き、お目当ての自然公園に辿り着く。中心には大きな池があり、その周囲を囲むように遊歩道が敷かれている。ちょっとした林もあり、『森林公園』の方が合致する。

 

「草木の匂いって何だか独特よね」

「ああ、それは分かる」

 

 公園に一歩足を踏み入れれば、早速木々や草花が出迎えてくれる。季節的な要因もあって少し寂しげだが、贅沢は言ってられない。

 さて、最初にここをアズミが希望したのは『やりたいこと』があるかららしいが、それはまだ教えてもらっていない。相応の理由があるだろうことは分かるが、笠守は気になった。

 そこでアズミは、嬉々としてバッグから何かを取り出そうとする。笠守は、アズミの表情と不意の行動に疑問を抱きつつ、その様子を見守る。

 すると。

 

「じゃじゃーん」

 

 取り出して見せたのは、デジタルカメラだった。

 まだ手に入れてから間もない真新しい感じがするそれを見て、笠守は『おっ』と思わず嬉しそうに声をこぼす。

 

「買ったんだ?」

「そ。ちょっと趣味の服とかを我慢してね」

 

 まだ不慣れな感じでカメラを起動させているのを見て、その言葉を聞いて、笠守は少し申し訳ない気がした。

 

「いいのか?買い物だってアズミ、好きだったんだろ?それを我慢して・・・」

「いいのよ、これで」

 

 笠守の言葉に、アズミは後悔もないと首を横に振った。

 

「笠守があれだけ熱中してるカメラがどんななのかなって気になっていたし、挑戦してみたいって思ったから」

「・・・それは、よかった」

 

 自分の行動が、何かを成し遂げた結果が、他の誰かに良い影響を与えるのはとても嬉しいことだ。

 笠守が初めてアズミと出会った時も同じだ。自分の写真にアズミは『一目惚れした』と言ってくれて、自分の写真で誰かの心を動かせたことをとても嬉しく思った。

 だから今、笠守の心では言葉以上の大きさに嬉しさが膨れ上がっている。

 

「でも、まだまだカメラは素人だし、笠守からご教授いただければなって」

「いやいや、素質は十分だし、俺から教えられることなんてもう何も」

 

 実際の話、アズミがスマートフォンで撮った写真は徐々に精度と技術が高まっている。写真を撮る時のコツも自分で吸収しているので、改めて教えられることはほとんど無い。

 

「そうか、今日ここを選んだのはそのカメラか」

「ええ。笠守も自然を撮るのが好きって言ってたし、私も色々撮ってみようかなって思ったから」

「そうかー・・・じゃあ、今日は色々撮ってみるか」

「うん」

 

 そうして2人は、池の周りの遊歩道を時計回りに歩き出す。

 その道中で、道端に咲く花や、風が吹いて波打つ池など色々なものを写真に収めていく。細かいところを笠守が教えながら撮っていく形だったが、静物ばかりなのでアズミでも撮りやすいらしく積極的にシャッターを切っていた。

 ただ、写真を撮ってる時以外は会話が無いわけではない。お互いに普段は話せていない、戦車道、サークル活動での取り留めのない話をした。戦車道のメンバーの彼氏持ちが弁当作りに集中してるとか、写真サークルで遠征を企てているとか、気の置けない会話を交わす。

 話題に挙げるのは、楽しい話はもちろん、時間が経った今となっては笑いの種になる話だ。今日の目的は戦車道の試合を頑張ったアズミを労うことだから、暗い話題を持ち出して変に落ち込ませたくは無い。笠守はそこをちゃんと理解していた。

 それから少しして、池を眺めながら歩いているとアズミが気付く。

 

「鳥がいる」

 

 池を見るアズミと同様に笠守も見れば、確かに水鳥の群れが池にいた。

 

「何だろう・・・カモかな」

「ちょっと撮ってみる」

 

 早速アズミは、池の柵に体を近づけてその水鳥の群れにデジカメを向ける。

 笠守もその隣で、カメラを構えて水鳥を捉えにかかる。

 

「・・・カモだな」

 

 レンズ越しに、独特の色合いから正体を確信した笠守は呟く。

 そして、お互いにタイミングを見計らい、アズミと笠守がシャッターを切ったのはほぼ同時だった。

 

「あ・・・ちょっと逆光が・・・」

 

 自分の撮った写真を見ながらアズミが告げると、笠守はそれを隣から覗き込む。ちょうど水面に太陽の光が反射していて、カモが少し暗めに写っていた。これをアズミは失敗だと思っているようだが、笠守はそうは思わなかった。

 

「でもこれ、太陽の光が逆に強調されてるだろ?」

「そうだけど・・・」

「それにカモだって、完全に真っ暗ってわけじゃないし、姿は見える。こういう手法は割とあるからこれも良いと思うぞ」

 

 狙ってこう撮ったわけではないが、それでも笠守から褒められた点は良しとしようとアズミは思う。

 すると、何かの拍子でカモの群れが飛び立ち、水面を舐めるように飛んできた。

 

「!」

 

 その瞬間を見た笠守は、脊髄反射でカメラを構え、カモの飛ぶ動きに合わせるようにカメラの向きを変えてシャッターを切る。連写する音がその場に響き、アズミはわずかにたじろぐが、写真を撮る笠守から目は逸らさない。

 やがて、カモの群れが高く羽ばたいて行くと、笠守もカメラを下ろした。

 

「よし、いい感じ」

 

 撮れた写真を眺めつつ、笠守は満足げにうなずく。

 アズミもそれを横から見せてもらうが、水面スレスレを羽ばたくカモは見ていて迫力があるし、躍動感も伝わってくる。

 

「すごいわね・・・ホント」

「いや、こんなのはまだまだだよ。プロなんて連写しなくてもこういうカッコいい一瞬を平気で撮れる人が多いから」

 

 笠守の写真サークルでも、動物を撮るのが上手な人は大抵1回シャッターを切るだけで出来の良い写真が撮れる。対して、植物など自然を撮るのが好きな笠守からすれば、動きが読みにくい動物を撮るのは少々苦手だ。動きが読みにくいのは戦車もそうだが、そこは方向性の違いがある。

 

「・・・?」

 

 そうして少し歩いていると、池のほとりでカメラを池に向けている人が何人もいた。三脚で固定しているのは当たり前で、中には太いパイプのような望遠レンズを接続している本格仕様のカメラもある。装いからして皆カメラマンだろうが、あれだけ大人数が一点に向けてカメラを向けているのは少し異様だ。

 

「何してるのかしら・・・」

 

 アズミも疑問に思ったらしいが、笠守はそれより先にカメラが向いている先を見る。

 そして目を凝らしてみると、彼らの狙いに気付いた。

 

「アズミ、静かに」

「え?」

 

 口元で人差し指を立てると、アズミも口をつぐむ。

 さらに笠守が無言で池のある一点を指差し、その指差す場所をアズミも注視する。

 

「あれって・・・?」

 

 あるのは、水面から突き出る木の枝。

 そしてその先端に留まっている、鮮やかな青色の鳥。その鳥はアズミも見たことが無い。だが、一目見ただけで美しいと思えるような、繊細な雰囲気のする鳥だ。

 

「・・・カワセミだ。綺麗な水辺でしか見られない、滅多に会えない鳥」

 

 笠守は声を潜めて、アズミにそう告げる。滅多に見ることができないからこそ、カメラマンたちは真剣にそれを撮ろうとし、下手に音や声を立てて飛んでいかないように細心の注意を払っている。

 笠守は、ゆっくりとカメラを構えて撮影する態勢に入る。アズミも同様に、デジカメを音を立てないようそーっと構える。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 そして2人は、ほぼ同時のタイミングでシャッターを切った。

 それぞれ写真の出来が問題ないことを確かめると、カワセミとそれを撮る人たちの邪魔をしないようにそそくさとその場を離れる。

 やがて、すぐ近くの東屋で腰を下ろして休憩することにした。

 

「あぁ緊張した・・・」

「はは・・・極力音をたてたりしないほうがいいからさ・・・」

 

 そう言うアズミと笠守の表情は楽しそうだった。貴重な鳥に計らずも出会えたこと、妙な緊迫感から解放されたことで、少し気持ちが高揚している。

 

「それにしても、あんなにたくさんの人が撮るぐらい、カワセミって有名なのね?」

「そうなんだよなー。ウチのサークルのやつも、『撮りたい撮りたい』って躍起になってるし。何より綺麗で、それでいて滅多に見られないから人気になるのも当然ってとこだ」

 

 カワセミは言った通り貴重で、休日になれば清流などでカワセミを撮ろうとカメラマンが集まるほどだ。この公園も、もしかしたら絶好の撮影スポットとして有名なのかもしれない。それに関する情報は集めきれていなかった。

 

「それで、そういう時は静かにするってことね」

「ああ・・・大体野生の動物って人の気配とか音でいなくなっちゃうからさ。撮ってる人の迷惑にならないように、最大限注意する」

 

 感心する。同じカメラマンとはいえ、そうした気配りを自然とできるのはなかなかできないことだと、アズミはそう強く思う。

 

「でも確かに、綺麗・・・」

 

 そしてアズミは、撮った写真を見る。

ズーム機能を限界まで使ってもカワセミを大写しで撮ることはできなかった。しかし、このカメラは拡大しても高画素数を保つ機能があるため、カワセミの姿も少々粗くはあれど正確に捉えている。

 

「うん、よく撮れてる」

 

 笠守も、自分の写真を見て満足している。

 そこでアズミは動物を撮り、そしてこの自然公園で色々と撮って重要なことを思い出した。

 

「・・・ねえ、笠守。気になってたんだけど・・・」

 

 カメラを一度仕舞って笠守を見る。アズミの方を見たところで、訊ねた。

 

「コンテストの結果って、出たの?」

 

 笠守の談では、参加した写真のコンテストの結果が発表されるのは11月の中旬。今日は22日だから既に中旬に達したと言える。

 既に結果が出てもおかしくない頃合いだが、笠守はそれについてまだ何も言っていない。

 

「・・・ああ、もう出てる」

「・・・どうだったの?」

 

 同じようにカメラを仕舞う笠守は、視線を合わせようとしない。

 結果が出ているのなら教えてくれてもいいのではと思い、アズミがさらに訊ねる。笠守はアズミの方を向いて、小さく笑った。

 

「・・・大丈夫。悪い結果じゃなかった」

「ホント?」

「ああ。後で見せるよ」

 

 そう言って笠守は、持ってきていた別の鞄をポンポンと叩く。

 なぜ今教えてくれないのだろう、とアズミは疑問に思った。しかし、あとで教えてくれるのであれば今執拗に聞くこともないと思い、今はこの話題を切っておく。結局言わない、と薄情なことはしないとアズミは笠守を信じている。

 

(大丈夫だ、大丈夫・・・)

 

 言った通りで、笠守はその『結果』を鞄に入れているし、それは決して悪いものではない。

 だが、この結果を教えるのは自分にとって最良のタイミングで、勇気をもって教えたい。今はまだその時ではなかった。

 だから今は、この公園で写真を撮ることを楽しもうと思う。。

 

 

 正午に差し掛かるほどまで2人でこの自然公園を見て回り、自由に写真を撮る。

 やがて自然公園を1周して最初の入り口に辿り着くと、公園を出ることにして例の港町まで下りることにした。

 学園艦が停泊できる港町は規模が大きく、かつ一般の観光客向けに商店が充実していることが多い。この港町も、確かに色々と店舗が揃っていた。

 

「結構、色々ありそうだな」

「そうね」

 

 通りの入り口から笠守がざっと眺めるが、早速アズミは気になるお店を見つけたようで視線があちこちに向けられている。やはりショッピング、あるいはこういった場所が好きなのだろう。

 その様を見て、笠守は笑った

 

「まずは、どこかで昼飯にするか?お店はその後にしよう」

「・・・うん、そうね」

 

 年甲斐もなく浮ついていたのが恥ずかしかったか、笠守の言葉にアズミは赤面する。

 冷静になったアズミの様子が可笑しくて、笠守は思わず吹き出してしまうが、アズミは軽く笠守の肩を小突くだけに済んだ。

 

 

 大衆向けのカフェで昼食(割り勘だった)の後、今日の第2のイベントであるショッピングが始まる。

 やはりアズミは『好き』と言うぐらいなので、力の入り具合は相当なものだ。先ほどの公園のカメラとどっこいどっこいぐらいだと笠守は心の中で評す。特に服飾関係の店舗をアズミは重点的に見ていて、目の色からして真剣なのが分かった。

 

「やっぱり、アルバイトのこともあるからか?服が気になるのって」

「んー・・・そうじゃなくても元々気になっていたわね。それこそ、BCに入る前からずっと」

 

 服装が気になり始めるのは性別・年齢ともに人それぞれで、アズミは早い段階から目覚めたらしい。ちなみに笠守は、そこまで服にこだわりがない。

 

「でも確かに、今日のアズミの服も決まってるし、コーディネートとかすごい上手そう」

「ありがと。でもそう、よく『服を見てほしい』ってチームメイトから頼まれることもあるわ」

「それだけ信用されてるってことだろ?すごいじゃん」

 

 他人にコーディネートを頼むのはハードルが高いと、男の笠守でも分かる。頼む相手の美的センスに絶対の信頼が無ければ、難しいからだ。その点アズミは、写真の面でもすごいと思っていたので、誰かから頼まれるのも納得できる。

 さて、いかにショッピングが好きと言っても、アズミは決して浪費家ではない。資金が無限にあるわけでもなく、手持ちの衣服にも限界があるため不用意に増やすことはできなかった。

 だからアズミが買うのは、自分が『これ』と一番強く思ったものだけだ。だから今日も、何軒か店を回っているが財布からお金を出すことはほとんど無かった。

 そして、アズミは自分の服に関しては、自分の感覚を重視している。誰かのコーディネートを任されるぐらいにはセンスがあると自負しているし、これまでの自分の経験で養った自分の感覚は決してズレてはいない自覚もあった。

 他人から服を勧められることもあるし、それはアズミもありがたい。とはいえ、やはり大切にするのは自分の感覚だ。

 

「ね、笠守」

「ん?」

「この2つなら、どっちが似合うと思う?」

 

 だから、アズミがこんなことをするのは、普段を鑑みればあり得ないことだった。もちろんこの行動に出たのに理由はあるが、笠守にはその理由など分かるはずもない。

 そして今、その質問を受けた笠守の身体は緊張で強張った。

 

(これは、俺のセンスが試されているんだな・・・)

 

 笠守はファッションに疎い。流行はおろか、女性のファッションの何たるかなど知らないし、どちらが似合うかなんて質問は素人に対しては愚問でしかない。

 それでも、笠守は『よくわからん』とあしらったり、お茶を濁そうとはしない。

 それはアズミが、少なからず笠守の人となりを信じた上で訊いてきたことに気づいたからだ。服という己を飾る重要なパーツについて訊ねて、笠守が意地悪な答えをしないと思っているからアズミは質問をしたのだと。

 そのアズミの真意が分からないにせよ、笠守は真剣に2つの選択肢を見る。

 

「・・・」

 

 選択肢は、白いデニムのパンツか、黒を基調としたフレアスカート。

 差し出された2つの服と、アズミを見比べる。両極端な2つだが、どちらもアズミが着ると問題なく着こなせそうな感じがしてならない。

 それもアズミのスタイルや顔立ちが整っているからだろう。戦車道の賜物か、それとも彼女のアルバイトによる研鑽の結果か、雰囲気からして似合わない服なんて無いのではと錯覚する。

 

 思考が少しズレはじめたので、頭を振って修正する。

 

 今考えるべきは、どちらが似合いそうかということ。

 ファッションに疎いなりに頭を回転させて、笠守は改めて考える。

 そしてその末に、指差したのはデニムのほうだ。

 

「こっち?」

「まあ・・・正直どっちも着こなせるとは思ってたけど、季節とか、アズミのイメージとかを考えるとそっちがいいと思った」

「私のイメージ?」

 

 アズミが黒のスカートを戻しながら訊ねると、笠守はうなずく。

 

「なんかこう、アズミって少し明るめの雰囲気がするんだ。それも、鮮やかな赤とかそういうのじゃなくて、透き通った感じの色が似合う雰囲気。だからそっちが良いかなって」

 

 言うと、アズミは自分の格好を確かめる。具体的には、カーキのスカートとグレーのコートを。

 

「そういう色ももちろん似合ってるし、今の時期は暖かく感じる。それでも、俺はその白のほうがアズミのイメージに一番合ってると思ったんだ」

 

 自分の発言を気にしていると察した笠守は、フォローしようとさらに言葉を続ける。

 それが効いたのか、アズミも安心したように笑ってデニムを腕の中で畳む。

 

「それじゃ、これを買おうかしら」

「え?」

「え?」

 

 そしてそのまま会計に進もうとしたので、笠守も思わず声を上げてしまった。むしろなぜ買わないと思ったのか、と言わんばかりにアズミも振り返る。

 

「そんな、いいのか?俺なんかの当てにならない意見で決めちゃって」

「いやいや、とっても貴重な意見だったわ。自分のイメージってのはなかなか分からないものだし」

 

 自分のセンスやコーディネートに自信はあるが、自分のイメージは客観的な意見の方が的を射ていて、信憑性がある。相手が強烈なリップサービスを言っていなければだが。

 だがアズミも、笠守が真剣に悩んでいるのは見て分かったし、その上で冗談を言うとは考えにくかった。だから、その言葉を信じたのだ。

 

「笠守が考えて選んでくれたんだから、買わないわけないでしょう?」

 

 そんな言葉を笑って言われては、笠守も反論はできずただアズミが会計を進めるのを眺めることしかできない。

 

「それじゃあ、()()これを着て来るわね」

 

 店を出てから、アズミは袋を掲げて笑いかける。

 その『次』が何を指すのかは笠守にも分からない。次に大学へ行く時か、あるいはまたこうして2人で出かける時か。

 理性は大学だろと言っているが、本心は後者であってほしいと願う。

 

「さあ、行きましょ?」

 

 そしてアズミは進みだして、笠守もそれに続く。

 アズミが先の二択を迫ったのは、次にこうして2人で出掛ける時に、笠守の好みの方である服を着てこようと思ったからだ。あの2着にしたのは、自分で自分に合いそうな服を選んだ結果で、最後の決定権を笠守に委ねた。

 その末に、笠守は真剣に考えてくれていたことを、アズミは嬉しく思う。

 

 

 レディース服店での一幕の後は、すぐ近くに『せんしゃ倶楽部』なる戦車道グッズ専門店があったので立ち寄ってみた。

 戦車道関連グッズに加えてミリタリー系の商品も取り扱っており、中には戦車の転輪まで陳列されている。対戦型戦車シミュレーションゲームの筐体も置かれていて、楽しめるような雰囲気だった。

 

『先週行われた大学選抜チーム対ことぶき工業の試合について、専門家が見解を示しており―――』

 

 店内のテレビではスポーツ関連のニュースが放映されており、ちょうど件の試合が報じられていた。映像には、あの市街地エリアで砲撃戦を繰り広げている様子が映っている。

 

「いやー、ホント・・・すごい試合だったな」

 

 足を止めて呟くと、アズミも隣でニュースに目を向ける。

 

「戦っていた身で言わせてもらうと、厳しい戦いだったわね・・・」

 

 序盤・中盤・終盤と、ことぶき工業には終始苦戦させられた。一進一退の攻防を繰り返し、愛里寿の力に頼らず戦えることを証明しようとしたが、隊長車だけは倒せなかった。

 それでも愛里寿は、試合後に『十分戦ってくれた』と賞賛してくれた。それだけでアズミたちの戦いと意思は無駄ではなかったと伝わったし、実力を改めて認められたと実感できた。涙もろい子は泣き出すぐらいに。

 アズミだってその時は、感極まって思わず涙ぐんでしまったが、仲間を率いる中隊長としてその場で泣き崩れはしなかった。試合後の打ち上げの時は、酒の勢いもあって誰もが大号泣だったらしいが。

 

「でも、勝ってよかった。少しでも、大学選抜の強さを知らしめることはできたかもしれないし」

 

 大洗に負けて、大学選抜の評価は下方修正されたなんて話は聞いたことがある。今回の試合はそれを挽回する目的もあったから、試合の結果が良い方向に作用したと信じたい。

 

『大学選抜チームも高校生に敗北して世間からは低い評価を当てられていましたが、今回の試合に勝ったことでその評価も改めざる得ないでしょう』

 

 テレビの中の専門家が、キャスターに向かってそう発言する。あの試合の後で発行された戦車道新聞でも『大学選抜、金星を挙げる』と報じられていたので、恐らくは大丈夫だろう。

 

「確かにな。俺も遠巻きに練習を見ていたから、報われてよかったと思うよ」

 

 笠守は戦車の写真を撮ると言う理由があり、大学選抜の練習を撮影しながらだが見てきた。練習だけでも十分厳しいのは見て取れたし、その時の努力が勝利と言う形で実を結んだのは、安心もした。

 

「戦車の写真、良いの撮れた?」

「ああ、ばっちり。家元さんにも自信を持って渡せる」

「それはよかったわ」

 

 決定的瞬間を、自信を持って『良い』と思える瞬間は捉えることができた。その写真が受けるか受けないかは定かではないが、少なくとも今は自信を持って渡すことができる。

 

『大学選抜の戦力は下馬評を覆すほどであり、プロリーグでも戦力として通じるのではないかと―――』

 

 テレビの中の有識者がそう発言すると、笠守は少し気になってアズミに訊ねる。

 

「アズミは将来、プロとか目指してるのか?」

「ええ。大学選抜自体、将来プロ入りする選手を育成するのが目的だしね。それに、ずっと前から戦車道でプロになりたいとは思ってたから」

 

 大学選抜の存在意義は笠守も知っている。プロ入りを目指して己を高める集団には、実力不足を痛感して辞める人や、後にプロになりきれない人もいると言う。

 大学選抜に入っても、必ずしもプロになれるわけではない。

 辛い現実を分かっていてもなお、アズミは強い意志を持ってプロになると宣言する。その現実と戦う道を、アズミは迷わず選ぶのだ。

 

「笠守は、どうするの?」

「俺?俺は・・・」

 

 アズミに改まって聞かれると、笠守は少し迷う。

 だが、その迷う様にアズミは少し拍子抜けした。写真に心血を注いでいる笠守なら、即座に『プロのカメラマンになる』と言うと思っていたから。

 

「まあ、普通に働いて、カメラは趣味にしようかなって」

「あら意外。てっきり、それで食べて行くのかと思った」

「それも考えたことはあるけど・・・でもこれは趣味にとどめておきたいなって」

 

 遠い目を浮かべる笠守。それなりの理由があるのだと、アズミはそれで悟った。

 

「前にも『何かの拍子に撮れなくなる』ってことを経験したから、カメラを仕事にしてまたそうなったら・・・って思うとな」

「・・・そっか」

 

 心無い言葉が刺さって、カメラを握れなくなった時期を経験している笠守。

 この先、同じようなことが無いと言い切れないし、カメラを仕事にしてそうなってしまえば、取り返しのつかないことになるだろう。

 挫折した現実を経験したからこそ、その時を考えてそこから身を引く。それが笠守の出した答えだ。

 アズミには、誰かの夢を決めつけることはできないし、笠守も考えた上の将来だからとやかく言うこともできない。

 

「ただ、趣味の写真でも、誰かが傍で見てくれればいいなとは思ってるけど」

 

 そして、将来とは少し違うささやかな夢。

 その誰かとはどんな人か、どんな存在なのか。

 横目にアズミが見ても、それは知れない。

 そして聞く勇気も、今のアズミにはなかった。

 

 

 それからは、また少しの間ウィンドウショッピングを楽しみ、最後には何となく海を見に港までやって来た。

 船舶が泊まる港ではなく、その近くにある埠頭を利用した公園には、釣り人や家族連れで遊びに来る人がいたらしい。夕暮れ時の今はあまり人気もなかった。

 

「あれはどこの学園艦かしらね?」

「分からないな・・・」

 

 どこかの学園艦がゆっくりと入港するのを、笠守とアズミは埠頭のベンチに座りながら見守る。

 港町のお店を色々と回ったが、ウィンドウショッピングがメインだったので荷物はそこまで増えていない。

 

「色々見て回ったけど、あんまり買わなくてよかったのか?」

「良いのよ、買い物だけが楽しみじゃなかったし」

 

 アズミが微笑む。午前のことを思い出して、今日はアズミにとって写真を撮るのが一番だったのかもしれないと考える。

 そこで笠守は、港の学園艦を見ながら口を開いた。

 

「・・・俺さ、こうして誰か女の人と一緒に出掛けるのって、初めてだったんだよな」

「デートが?」

 

 男女2人だけで出掛けることを、アズミはあっさりとデートと言い切った。

 笠守としてはこれが本当にそうなのかは直前まで分からなかったが、アズミとしては元々そのつもりでいたらしい。

 しかし、それが分かったところで言うことは変わらない。

 

「だから・・・これで良かったのかって思うことはある。一緒に写真を撮れたのは楽しかったし、色々見て回れたのも・・・」

「・・・?」

「アズミは、楽しかったか?」

 

 不安になって、直接笠守はアズミに訊く。

 何を言っているのやら、とアズミは首を傾げて呆れたように笑う。

 

「楽しかったわよ、もちろん」

 

 嘘も建前も混じっていない、澄んだ笑みをアズミは笠守に向けてくれる。

 

「一緒に写真を撮れたのも楽しかったし、色々見て回れたのも・・・楽しくないなんて私が思ったことは、今日1度も無いわ」

 

 それは笠守も同じだ。

 今日1日アズミと一緒に行動をして、楽しくない、不快だと思ったことは一瞬たりともない。それがアズミも同じだったのは、嬉しかった。

 

「私も同じで、男と2人で出掛けたのは初めてだったから、まあ緊張もしたけどね」

「・・・」

「でも、ありがとう。笠守と一緒に出掛けられて、良かった」

 

 その言葉で、安心した。

 決心がついた。

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

 そして笠守は、おもむろに鞄から封筒を取り出す。

 

「それは?」

「コンテストの結果。中に入ってる」

 

 笠守が告げると、アズミの目の色が変わる。

 この中に、笠守の写真の成果が眠っている。

 既に封が切られた形跡があり、それは笠守が結果を見た時のものだろう。

 

「・・・見ても、いい?」

「もちろん」

 

 平然と封筒を渡す笠守。

 その表情の裏にはどんな気持ちが宿っているのか分からない。笠守は『良い結果』と入っていたが、実際どうだろう。

 アズミはゆっくりと、封筒の中に手を入れる。

 指先の感触で、中には1枚の紙と、写真が入っているのが分かる。

 

「・・・・・・」

 

 慎重に、繊細な氷細工を取り出すように、中にあるその2つを取り出す。

 まず目に入ったのは、写真だ。

 

「・・・これ、あの時撮った写真?」

「ああ」

「へぇ・・・写真だとまた違った感じに見える・・・」

 

 大学の昼下がりの遊歩道。

 赤く染まったモミジと、それを見上げるように木の下に立つ1人の女性。雲の合間から洩れる陽の光が、舞い散るモミジの葉と交差して地面に注がれていて、女性はその光を身に受けている。

 その女性が、アズミ自身であることは知っていた。何しろ、笠守が自分を撮りたいと言ったのだから。

 しかし、写真の出来上がりを見ると、やはりその腕が素晴らしいものだと分かる。そこらの素人とは比べ物にならないほどのカメラの腕を、笠守は有しているのだと視覚に訴えかけられる。

 またアズミの言った通り、撮ったばかりの写真を見せてもらったが、それとはまた違う感じがする。時間が経って、写真の受け取り方、見方も変わっているのだ。

 

「・・・・・・」

 

 そして手の中には、もう1枚の紙がある。恐らくはここに、結果が記されているのだろう。

 その紙を開こうとするアズミの手は、少し震えていた。

 

「・・・見るわね」

「ああ」

 

 笠守は優しそうな笑みで、アズミの言葉に応える。

 そして意を決して、紙を開いた。

 

「・・・あっ」

 

 見ると、お堅い印象の文がつらつらと並んでいる。それをアズミは最初から順に、1文字も見逃すまいと読み進める。

 そして、結果を目にした。

 

『貴殿の作品が優秀賞に選ばれたことをここに認めます』

 

 

「優秀、賞・・・」

「一番上、は無理だった。けど、上から2番目の賞が取れた」

 

 アズミは、まるで自分のことのように湧き上がる喜びを抑えきれず、表情が明るくなるのが自分でも分かる。

 写真と通知書を封筒に仕舞って返すと、笠守は静かに受け取る。

 

「・・・ありがとう、アズミ」

 

 アズミが自分の結果を見たことで、笠守は全てを打ち明けようと決めた。

 

「アズミのおかげで、やっと・・・目指してたところに辿り着いた」

 

 選ばれたのは、笠守の写真が認められたということ。誰かに、多くの人に認められて、感情を動かせたことに値する。

 それが笠守の望んでいたことであり、そこまで導いてくれたのはアズミだ。

 

「アズミと出会わなかったら、多分俺はここまで来れなかった。自分だけじゃ、どうにもできなかっただろうと思う」

 

 アズミは、笠守の方を見る。

 

「色々話をして、すごく力になってくれて・・・意識するようになって」

「・・・」

「俺は、アズミに惹かれていったんだ」

 

 ベンチに置かれたアズミの手を、笠守はそっと握る。

 

 

「好きだよ、アズミ」

 

 

 どうしようもなく真っ直ぐで、純粋で、温かい言葉を受け取って。

 その瞬間だけ、アズミは呼吸も忘れそうになった。

 

「・・・」

 

 その言葉を、心のどこかで待ち望んでいたはずなのに、いざそれを聞いても実感が持てなくて、言葉が出てこない。

 笠守に握られている手を、力なく握り返すのが精一杯だ。

 

「・・・」

 

 笠守は、何も言わない。アズミの返事を待っているようだ。

 太陽は水平線に交わろうかとしており、空を朱色に染め、2人にも夕暮れの光が注がれている。

 そんな自然の光など目もくれずに、アズミは笠守を見つめる。

 

「・・・ありがとう、笠守」

 

 夕日を背にする笠守は、アズミの返事を聞いて緊張が混じったように引き締まる。()()()()()()()()言葉に、少しの不安を抱いたのかもしれない。

 それを払拭させるために自分の正直な気持ちを伝えようと、アズミはさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「私も好きよ、笠守」

 

 

 今度は力強く、手を握り返す。

 笠守は、安堵したように口を小さく開けて、息を洩らした。

 

「・・・よかった」

 

 心の底からの、安心した言葉。

 自分の想いが届いて、無下にされず、またアズミも同じだったから、ただただ安心する。そして、もちろん嬉しい。

 

「アズミ」

「うん」

 

 顔を上げる。

 今度は、しっかりとした自信を持ってアズミを見据えて、告げる。

 

「これからも、よろしく」

「・・・ええ」

 

 アズミも、少し目元を赤くして頷き返してくれる。

 ほんの少しの間視線を合わせていると、夕陽に当てられてアズミが少し目を細めた。笠守も振り返ってみると、太陽は水平線に重なっていて、日の入りまで残りの時間も少なそうだ。

 だが、この埠頭は遮蔽物が周りに無いため、そんな太陽の様が綺麗に見える。

 そこで笠守とアズミは、お互いに同じことを思ったのか、それぞれがカメラを取り出して立ち上がる。

 

「撮ろうか」

「ええ」

 

 そして2人で、水平線に沈み行く太陽とその海を写真に収めようと構える。

 海を入れて撮りやすいポジションとなると、必然的に公園の柵近くから撮ることになる。笠守が柵に体を預け、アズミはその隣でカメラを向ける。

 ちょうど海から飛んでくるカモメの姿が、太陽に重なって影を作ってアクセントになっている。まさに今がシャッターチャンスだった。

 そして2人は、ほぼ同時にシャッターを切る。お互いに撮れた写真を見返して、良い出来であることを確認するとうなずく。

 

「ねえ、笠守」

「?」

「よければ、撮ってもらっても良い?」

 

 言いながら、アズミはデジカメを笠守に差し出す。この綺麗な景色に自分も入りたいと思ったのだろう。

 お安い御用と受け取って、笠守はカメラを構える。

 アズミは、夕陽を背景に立ち、手を後ろに組んで少しだけ小首をかしげている。可愛い、と率直に笠守は思ったが、モデルとして撮られ慣れているであろうアズミはそんな仕草を把握しているんだろうなと思いつつ、ピントを合わせる。

 構図はばっちりで、背景も申し分ない。幸いまだカモメは飛んでいるので、これも入れば立派な写真になる。

 

「よし、撮るぞー」

「ええ、お願い」

 

 一声掛けてから、笠守はシャッターを切る。

 そして視線をカメラに落し、撮れた写真を確かめる。ちょうど空にもグラデーションが懸かっていて、背景の太陽と海がコントラストを表している。

 

「うん、いい感じで―――」

 

 それを確認して、アズミに声を掛けようとしたが、それは遮られた。

 

 顔を上げた直後に、アズミに唇を塞がれたから。

 

 

「―――」

 

 不意打ちに、目を開く。

 だが、なぜか温かく、心地よい感覚が体の芯まで伝わり、自然とアズミの背中に手を回した。

 やがて、太陽が完全に沈み、辺りが暗くなっていくと、どちらからともなく唇を離す。

 

「・・・」

 

 笠守もアズミも、口が利けない。

 仕掛けたのはアズミで、受け入れたのは笠守だ。どちらにも拒否感は無く、お互いそうしたかったからこその結果だが、上手く言葉にできない。

 沈黙を挟みつつお互いの顔色をチラチラと窺っているうちに。

 

「・・・ふふっ」

 

 思わず、アズミは吹き出してしまった。お互いに初心な反応をしてしまったばかりに、可笑しかった。笠守もまた釣られて、肩を竦めて笑ってしまう。

 

「・・・そろそろ、帰ろうか」

「ええ、そうね」

 

 そして2人は、駅に向かって歩き出す。

 行きと違って、2人の手は繋がれていた。



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フォトフレーム

 休み明けに、笠守は大学の戦車道棟に呼び出されていた。

 呼び出した人物をアズミから聞いた瞬間に笠守の脳を緊張が占め、午前の講義は半分も身に入ったか定かではない。

 そしていざ約束の時間に戦車道棟へ来れば、アズミが大学選抜のユニフォームのままで待ってくれていた。その姿を見るだけで、ほんの少し気が楽になる。

 

「緊張する・・・胃が痛い・・・」

「まあまあ、リラックスよ」

 

 これからのことに緊張するあまり胃がきりきりと悲鳴を上げるが、アズミはそんな笠守の背中を優しく撫でてくれる。それだけで少し胃の痛みも引いてきた。

 案内されたのは、戦車の撮影許可をもらう時に来た応接室。

 そして中にいたのは、その時と同じメンツ・・・島田愛里寿と島田千代と忘れるはずのない人物が2人。

 

「ごきげんよう」

「・・・お久しぶりです」

 

 先んじて千代が頭を下げてきて、笠守もまた頭を下げる。最後に顔を合わせたのは10月半ば過ぎぐらいだったから、1か月以上経っていることになる。

 そんな折に呼び出された理由など、決まりきったことだ。

 

「さて、いきなりで申し訳ないけれど・・・」

「はい」

「約束の写真は、どうかしら?」

 

 それ以外の用件など、考えられなかった。

 千代は以前会った時と同様に笑みを携えているが、変わらず笠守の緊張は晴れない。感情の読めない笑顔なんて、恐怖と緊張以外感じられないからだ。

 だが、笠守がこの笑みを見たのはこれで2度目。変に怖気づいてしまうこともなく、最初と比べればまだ気持ちは落ち着いている方だった。

 

「こちらで数枚候補を挙げまして、愛里寿さんも1枚気に入っている写真が」

「ほう・・・」

 

 ここで愛里寿の名を出したのは、どうやら正解に近いらしい。千代の笑みに、わずかに興味の色が入った。

 それを見逃さず、笠守は前もって現像していたその候補写真をテーブルに並べる。

 候補は全部で3枚。まず1枚目は、訓練中に撮影した縦一列に並んで一点を砲撃する訓練の様子。2枚目は、愛里寿が気に入っていた、センチュリオンの砲撃をアズミのパーシングが避けた瞬間。そして3枚目が、ことぶき工業との試合の最終局面で、愛里寿のセンチュリオンと相手の隊長車のパンターが橋の上ですれ違い砲撃したシーンだ。

 

「・・・どれも、悪くない写真ね」

 

 千代は、それを笠守に言ったつもりは無いのだろうが、笠守にはばっちりと聞こえていた。島田流家元からそんな言葉を引っ張り出せただけでも十分な功績だろう。だが、本題はこの中から選ばれるかどうかだ。喜ぶにはまだ早い。

 

「・・・」

 

 品定めをする千代の瞳は、まさに真剣。笠守がこれまで会ってきた人の中でも、とりわけ鋭くて、穴が開くほど写真を見つめている。

 

(・・・あの2枚か)

 

 笠守は、千代の表情をよく窺っている。その視線の動きで、千代が2枚の写真に候補を絞っているのは分かった。

 その2枚は、愛里寿が気に入った写真と、ことぶき工業との試合で撮った写真。笠守自身で選んだ写真には興味が無いようで残念だが、あの2点に興味を示してくれたのであれば、あとは千代の選択を待つばかりだ。

 

「・・・愛里寿が良いって言ったのは、こっちの写真かしら?」

「はい」

 

 そこで千代が、愛里寿に確認をする。手に取ったのは、演習中の様子を捉えた写真で、愛里寿が気になっていたもの。どうやら娘の意見も尊重したいらしい。

 時間が経つにつれて緊張感が増していく。それは笠守はもちろん、隣に座るアズミも同じだった。同じ空間にいるだけではなく、今となってはより深い仲となれた笠守の努力の成果がここで試されているのだから、不安で仕方がないのだ。

 

「・・・それでは、これを」

 

 そしてついに、千代が1枚を笠守に差し出してきた。

 これこそが、広報として掲載することを許可する写真であり、大学選抜の戦車を魅せる最良の1枚。

 橋の上で撃ち合う、センチュリオンとパンターの写真だ。

 

「・・・こちらでよろしいのですか?」

 

 確認の意図を籠めて、笠守は問いかける。

 千代は、『ええ』ところころと笑いながら話し始める。

 

「あの試合、私も観ていましたが実に見応えのあるものでした」

 

 千代は手の中で、パチパチと扇子を鳴らす。これはどうやら癖みたいなものらしく、隣に座るアズミの雰囲気が少し和らぐのを笠守は感じ取った。

 

「知っているかもしれませんが、少し前まで大学選抜の評価は・・・正直な話落ち気味でした。恥ずかしながら」

 

 その話は笠守も以前聞いたことがある。

 敗北とはいやでも悪い印象を植え付けるし、それが尾を引きずりやすい。そのうえ負けた相手は年下の高校生だから、避けられない悪印象を植え付けられて、それをどうにかしたかったのが、ことぶき工業との試合だ。

 

「ですが、あの試合を経て評価は見直され、『プロでも匹敵する』とも評されました」

 

 思い出すのは、『せんしゃ倶楽部』で見た専門家のコメント。あのニュースは、千代も見ていたのか。

 

「私自身も、そう思っていますし」

 

 それは、アズミも初めて聞いた千代の言葉だ。心の中で、アズミは家元に称賛された事実に舞い踊る。

 

「大学選抜の力を知らしめたこの瞬間を捉えた写真ならば、私は問題ないと判断したのです」

「・・・分かりました」

 

 広報とするならば、大学選抜の実力の高さを一番表現しているこの写真が十分。千代はそう考えてその写真を選んだのだ。笠守も当然反対などせずに頭を下げて、了承し、これを掲載することに決める。

 

「・・・それにしても、なかなか写真の腕はいいみたいね」

 

 写真を下げようとしたところで、千代からの言葉を浴びて動きが止まる。アズミもその意外な言葉に目を丸くした。

 

「・・・ええ、私もそう思います」

 

 だが、まさかのアズミが千代側に移ったことで笠守が窮地に立たされる。

 『やってくれやがったな』と笠守はアズミに向かって念を飛ばすが、黙っているわけにもいかない。

 

「・・・恐縮です」

 

 笠守は、何とか言葉を捻り出す。

 顔を上げた時、扇子を手にしている千代の笑みが、さっきと違う風に見えたのは気のせいだろうか。

 

 

「へぇ。それじゃ、めでたく採用されたんだ」

「ああ、どうにか」

 

 その日の昼食は、バミューダ三姉妹と一緒だった。

 事の顛末を簡単に話すと、ルミが嬉しそうに言ってシチューを食べる。知人の嬉しい出来事は、自分にとっても嬉しいことなのかもしれない。

 

「どれぐらいでホームページに載るの?」

「んー・・・そんなすぐってわけにもいかなくてなー・・・早くても1~2週間はかかりそう」

 

 メグミもとんかつを傍らに、興味ありげに聞いてくる。

 そんな中、笠守の正面に座るアズミは心底安心したように息を吐いた。

 

「でも良かった・・・」

「?」

「笠守があれだけ頑張って撮ったんだから、認められなかったらどうしようって思ったから・・・」

 

 アズミはこれまで、笠守が実際に大学選抜の戦車を撮っていた場所に居合わせていない。その撮られる戦車に乗っていたからだ。だから、どれだけ失敗を重ねたかは分からないし、どれだけ真剣な姿勢でいたのかも、全ては分からない。

 だが、こと写真に関しては人一倍真面目に挑んでいるのだけはアズミも分かる。加えて―――自分で言うのも何だが―――アズミが力を貸して撮影の機会と場を笠守は得たのだから、生半可な気持ちで臨んだりはしなかったはずだ。

 だからこそアズミは、笠守が写真を真剣に撮っていたと信じているし、絶対にそうだと確信している。

 

「・・・アズミのおかげだ。家元さんに話をしてくれたんだから。おかげで、自信が取り戻せた・・・ありがとう」

 

 アズミの気持ちを慮り、笠守も感謝の念を言葉で返す。

 少しの間良い感じの雰囲気になるが、忘れてはならない。

 この場にいるのは、笠守とアズミだけではないのだ。

 

「あら、あらら?お2人とも随分仲がよろしいようね?」

 

 メグミが口元に手を当てて、面白そうなものを見る目で2人を見ていた。

 笠守とアズミは、慌てて味噌汁と水を手にとって口に流し込み、逃げる。

 

「確かに何か・・・前よりちょっと仲良くなってるって言うか、ねぇ?」

 

 ルミも目敏く2人の変化に気づいていたらしい。

 これに関して2人は、コメントしたくない。このメンバーで昼食をともにしたのは、ことぶき工業との試合前以来だ。アズミと笠守がデートをして、晴れて恋人同士になれたことなど2人は知る由も無い。

 しかし、メグミとルミは薄々勘付いている。以前と比べて、笠守たちの雰囲気が変わっていて、それでいて親しげな様子。2人は元々仲が良かったのも当然知っているので、()()()()関係に進展したのかもしれない、と。

 

「・・・何だか2人とも、前と比べて少し変わった?」

 

 そして、その疑念を当然のごとくそのまま言葉にする愛里寿。その言葉は笠守とアズミのことなかれ精神を粉砕し、メグミとルミの興味に発破を掛ける十分な威力があった。

 

「隊長もそう思いますか?」

「うん・・・前に一緒にお昼を食べた時より、何か2人の距離感が近くなったって言うか・・・」

「ですよね、でしたりしますよね?」

 

 笠守は心の中で舌打ちする。流石は戦車道の申し子、天才少女。洞察力も人一倍で、それは人間関係にも反映できるらしい。

 チラッと笠守はアズミを見るが、これから起こることを予想してるような達観の感情が見えた。

 

「・・・だそうだけど実際どうなの?」

 

 メグミがダメ押しと、改めて訊ねる。

 今回は前と違う答えを期待しているぞ、と言わんばかりに目を輝かせるルミ。

 アズミは今、言うか言うまいかを思い切り悩んでいた。笠守も、アズミが言ってほしい風に見えないので迂闊に口が開けない。

 アズミが言うのを躊躇うのは、それを明かしてメグミたちがあれやこれやと深追いして、つつかれるのがちょっと怖いから。ただ、身内で同じようなことが起きた際は自分も囃し立てていたので、一概に拒否も難しい。

 だからアズミは、自分の中で『ある言葉』を言われたら正直に答えよう、と決めていた。

 

「回りくどいのが性に合わないから聞いちゃうけど、あなたたちってもしかして、付き合い始めたの?」

 

 そしてその言葉を、メグミは言ってのけた。

 こうなってしまえば、アズミはもう逃げず、迷わない。視線で笠守に許可を求めると、その意図を汲んだ笠守は頷く。

 

「・・・ええ、付き合い始めた」

「この間の休みに、な」

 

 観念して告げると、ルミとメグミは『ほーう』と背もたれに体を預けて、面白いものを見たと体現する。愛里寿も、両手で口元を隠しながらも、目は潤っていた。

 

「いやー・・・まあ、おめでとう。2人とも」

 

 ルミがパチパチと小さく拍手をする。メグミも感慨深そうに頷いている。

 

「これはゴールインも間近かしらねぇ」

 

 メグミが色々すっ飛ばした発言をしたので、アズミと笠守は俯く。顔が熱くなってきた。

 愛里寿はなおも興味津々で、2人に視線を向けている。手元のハンバーグなどに目もくれない。

 

「さて、それじゃあどこから聞こうかしらねぇ?」

 

 そして、獲物を捉えた獣のような目つき。これは逃げられそうにない。

 観念して笠守とアズミは、質問の雨に浴びせられることを潔く認めた。

 

 

 ルミとメグミ、そして愛里寿の新生バミューダ三姉妹(?)の質問攻撃をどうにかやり過ごしたアズミと笠守は、何の気なしに遊歩道を訪れていた。先ほどまで色々訊かれて気疲れしたので、心を少し落ち着かせたいと思ったのもある。

 

「まったくあの2人は・・・」

「まあまあ・・・」

 

 遊歩道を歩きながら、アズミは呆れたように息を吐く。先ほどの食事の席でのメグミとルミの質問は、アズミにも相当堪えたようだ。笠守にも影響は及んだが、なまじメグミたちと付き合いが長い故にアズミの方が色々聞かれた。

 そんなアズミを労うように笠守は笑うが、アズミの表情はまだ晴れない。

 

「まあ、私もちょっと前はあっち側にいたから何とも言えないけど・・・」

「?」

「・・・いえ、何でもないわ。それより、ごめんね?あんなに色々聞かれたり言われたりして・・・」

 

 笠守に向かって手を合わせるが、あんなのは自分に比べれば可愛いほうだ。

 

「大丈夫だ。うちのサークルもこの前まであんな感じ・・・いや、あれ以上だったし」

「え?」

「大学選抜って女所帯だろ?そこへ行って写真撮ってるってんで、色々大変だったから」

 

 おかげで小突かれたりパシらされたりと大変だったので、質問攻めなんて本当に蚊に刺された程度でしかない。ちなみに一番辺りがきつかったのが矢掛部長であることは言うまでもない。

 

「まー・・・付き合ってるなんて知れた日にはどうなるかわからんけど」

 

 苦笑したところで、モミジの樹の前に辿り着く。

 2人にとってこの場所は、このモミジの樹は、2人が出逢い、笠守が自分の夢を1つ叶えた、特別な意味が籠もった場所だ。自然と足が向いてしまうのも、仕方ないと思う。

 

「・・・何か、現実味が湧かない。ただカメラしか取り柄の無い俺が、アズミみたいな人と付き合えてるのが」

 

 紅いモミジを見上げながら口を開けば、自嘲気味に笑ってしまう。

 要するに、笠守は自信が無いのだ。

 

「夢なら醒めないでほしいぐらいだ」

「夢じゃないわよ」

 

 その自信を支えるように、アズミは笠守の空いた手を握る。

 

「あなたはカメラしかって言うけど、1つのことに真剣に取り組んで、その腕が誰かに認められるっていうのは、誰にでもできることじゃない。胸を張って誇れることよ」

 

 アズミもまた、戦車道という武芸に打ち込んでいる。笠守と同じように、ある1つのことに熱中して取り組んでいるから、その気持ちも分かるのだ。

 

「そして私は、カメラを手にして、瞬間を捉えようとひたむきなあなたが好き・・・」

 

 握る手の力が強くなる。夢ではない、現実だと言い聞かせるように。

 

「・・・悪い、何か不安なこと言って」

「ううん、気持ちは分かる。私も正直、まだ実感が持てないし」

 

 アズミが苦笑する。お互い似たようなものらしくて、笠守も表情が緩んだ。

 

「ねぇ、笠守」

「何?」

「前に言ったでしょ?私は戦車道のプロを目指してるって」

「ああ、覚えてる」

 

 デートをして、『せんしゃ倶楽部』で話していたことだ。誰かの夢を聞いたら、それが誰であっても、どんな夢であっても笠守は忘れない。アズミのことならなおさら。

 

「ことぶき工業に勝って、周りからも実力を評価されて、私は自分の夢に一歩近づけたと思う」

 

 大洗に負けて、周りからの評価も下がってから、アズミは心のどこかで自分に自信が持てなかったのかもしれない。それを上塗りしたのが、あの試合での勝利だ。

 霞みかけていた夢が、今一度はっきりと見えた。

 

「その夢は失くさないで、この先歩いていきたい」

 

 アズミは、横に立つ笠守のことを見る。

 笠守は、今からアズミが告げる言葉など分からないだろう。

 だけど、アズミはその気持ちを絶やさないために、答えを求めて、口にする。

 

「私はそれを、すぐそばで、あなたに見ていてほしい」

「・・・」

「その先もずっと、私のそばにいてほしい」

 

 その意味は、笠守にも分かるつもりだった。

 ふと、メグミの『ゴールインも間近』の言葉を唐突に思い出して、それはこういうことだろうなと思う。

 しかし笠守も、()()は考えていたことだ。

 

「・・・ああ」

 

 アズミのほうを見る。顔だけでなく、体を向けてアズミの正面に立つ。

 アズミは、その笠守の行動から全てを察したのか、何も言わないでその顔を見つめる。

 

「・・・もちろん。そばで見続ける、そばにいる」

 

 男として、重大な決断をしたと思う。

 軽い気持ちで言えない言葉を口にして、自分だけでない人の人生をも左右させる発言をした。

 だけど、その言葉はきまぐれではないし、後悔も無い。

 笠守だってそのつもりでいたのだ。

 

「・・・ありがとう」

 

 アズミは、静かに涙を流す。

 それに重なるように、紅いモミジの葉がひらりと舞い落ちた。

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 アルバムとは、どうしてついつい開いてしまいがちなのだろう。

 そう思いながらも、私はページをめくる手を止められず、飾られている写真から目を離せない。1枚1枚に思い出が詰まっているから、写真を見て思いを馳せて、そして次の写真でまたかつてを思い出す。これを繰り返しているから、抜け出せないのかもしれない。

 時には笑い、時には泣いて。その瞬間を1枚1枚が捉えている。笑っていたり、楽しんでいる時の写真がほとんどなのは、あの人がそういう時を撮るのが好きだから。泣いているのだって、嬉し涙を流している時しかない。人が悲しんでいるところを、あの人は撮らない。

 

「・・・全然上手いじゃない」

 

 昔のことがあるからと、『人を撮るのが苦手』なんて言っていたのに、見返してみれば下手なんてことはない。以前、()()との誕生日の写真を撮った時も、メグミたちからは評価されていたから分かっていた。

 あの時は結局、自分に自信が無かっただけなんだ。

 自信をつけた今は、私だけじゃなくて色んな人の写真を撮ってる。その腕は、()()も一目置いているほどだ。

 

「・・・」

 

 写真を見ていると、目頭が熱くなってくる。

 まだ自分が学生だった頃はこんなことが無かったのに、今はしょっちゅうだ。

 大人になっちゃったなぁ、と何度も思う。

 

「おかーさん?」

 

 不意に、すぐ近くから声を掛けられた。

 アルバムから目を上げると、私と同じようにふわっとしたミディアムヘアーが可愛らしい女の子が立っていた。

 この子もまた、私が大人になった証みたいなものだ。

 

「どうしたの?」

「なんでかなしそうな顔してるの?」

 

 言われて、自分の目を少し擦る。ちょっとだけ涙ぐんでいたみたいだ。

 笑顔を浮かべて、我が子の頭を撫でる。

 

「大丈夫、ちょっと昔を思い出して」

「どうしてむかしを思い出すと泣いちゃうの?」

 

 素朴な疑問に、ぐっと詰まる。

 時に子供は真理を突くようなことを訊いてくると、育てている中で嫌と言うほど味わった。この質問も、その1つでしかない。

 だのに、やっぱり答えにくいものは答えにくい。

 

「うーん・・・大人になったら、分かると思うわよ」

 

 結局、お茶を濁すことにした。

 

「ふーん・・・それはなに?」

 

 興味は、私が開いていたアルバムに移ったようだ。これは良かった、と気持ちが楽になる。

 

「アルバムよ。思い出の写真がたくさんあるの」

「へぇ~」

 

 横から覗き込んでくる。

 そう言えば、この子にはまだこれは見せたことが無かったっけ。何しろ、この子が生まれる前の写真ばかりを飾っているから。

 

「・・・おとーさんかおかーさんのどっちかしか写ってないね」

 

 なるほど、観察眼はこの歳にして大分優れているらしい。

 その通りで、このアルバムのほぼ全ての写真は、私かあの人のどっちかしか写っていない。

 

「そうね。私とお父さん、どっちかがカメラで写真を撮って、どっちかが写ってるからね」

「それじゃあさ」

 

 言って、娘はとてとてと戸棚に向かって歩いて行くと、飾られている戦車道のトロフィーや盾の手前に置かれているあるものを手にして戻って来た。

 

「これはだれがとったの?おとーさんとおかーさんが2人とも写ってるけど」

 

 それは、鳥を模した木のレリーフでできたフォトフレームに収められた写真。

 白がベースのタキシードのお父さんと、ウェディングドレス姿の私を写したその写真は、他でもない結婚式で撮ってもらった写真だ。

 

「・・・それはね、お父さんのお友達が撮ってくれたのよ。その人も、カメラマン」

「カメラマンってたくさんいるんだね~」

 

 その写真を撮ってもらう時、元写真サークルの部長だった彼は、『おめでとうこんちくしょう!』と、喜んでるんだか怒ってるんだか、泣きながらカメラを構えていたっけ。

 その時を思い出して、また涙腺が緩みそうになったところで、玄関のドアが開いた気配がした。

 それは娘も感じ取ったみたいで、真っ先に玄関へと小走りに駆けていった。

 

「ただいまー・・・お」

「おかえりー!」

「はい、ただいま~」

 

 先に娘にただいまの挨拶を取られてしまった。ちょっと残念。

 洗面所で手を洗ってから、ようやく姿を見せてくれた。

 

「ただいま」

 

 今となっては、私にとってかけがえのない人。

 プロの戦車道選手として生きる私を支えてくれる、大切な人。

 彼は今日も、私に笑顔を向けてくれた。

 

「おかえりなさい。写真、どうだった?」

「ああ、問題ないって。使ってくれるらしいよ」

「それは良かったわ」

 

 写真を生業にはしていないけれど、ボランティアとして、戦車の写真を撮ることは多い。特に、師範の目に留まってからは、島田流の鍛錬の様子を写真に撮ることになっていて、今日も撮って来たのだ。

 

「母さんはゆっくり休めた?」

「ええ、もう十分」

 

 普通なら、私も一緒に行っていた。だけど、昨日は世界大会に向けてのイギリス代表との練習試合があったから、身体を休めた方がいいとのことで娘と2人で家でのんびりしていた。

 

「そうだ、手紙届いてたよ。メグミから」

「ん、ありがとね」

 

 お父さんが手渡した、猫のイラスト入りの手紙の宛先には『笠守アズミ様』と―――意外にも―――繊細な字。イラストを見て、娘は『かわいー』と無邪気なコメントをしてくれる。

 裏返して読んでみると、嬉しい便りがあった。

 

「メグミのトコで、今度一緒にご飯でもって。うちの子も一緒に」

「おっ、いいね」

「ルミん家の家族も誘ってるみたい」

 

 内容は、一緒に食事でもどうかとのことだ。プロになって、それぞれが家庭を持ってから顔を合わせる機会も少し減ってしまったから、積もる話もあるし賛成だ。

 

「でも手紙なんて珍しいな」

「メグミって、あれで結構マメだからね」

 

 お父さんは、手紙をテーブルの上に置いて、私の方を見ると『?』な顔をする。

 

「アルバムなんて持ち出して、どーしたの」

「ああ、これ?掃除してたらちょっと気になっちゃって」

 

 アルバムを見せると、お父さんは恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。

 

「いやー、何かな・・・。昔撮った写真って、撮った側はすごい恥ずかしいな・・・」

「ううん、どれも今みたいに上手よ」

 

 そこでふと、妙に痛い視線を感じた。

 横を見れば、仲間外れにされて悔しいのか、ふくれっ面の娘がいた。

 

「ああ、ごめんな」

 

 それをいち早く察したお父さんは、そっと屈んで頭を撫でた。

 

「アルバム見るか?お母さんの知らないところも見れるかもしれないぞー?」

「あっ、こら」

「ほんと?見てみたい!」

「よーし」

 

 私をダシにされてしまった。止める間もなく、娘を抱きかかえて隣にお父さんが座る。

 だが、娘の表情が明るくなったものだから、『まったく』と怒る気にも慣れない。

 

「さて、じゃあ最初から見ようか」

「・・・ええ、そうね」

「楽しみ~」

 

 こうして家族3人で、昔の写真を見るのは、中々できそうでできない。

 写真に撮られるのが嫌いな人もいる。メグミやルミの家族でも、あまり写真は撮らないらしい。

 この子も最初は嫌がっていたけれど、今はむしろ逆に撮ってほしいとせがむぐらいだ。

 

「・・・・・・」

 

 まだ結婚する前、お父さんは言っていた。

 写真を撮る一番『良い』瞬間は、1度しか来ない。その瞬間を捉えたい、って。

 今こうして膝の上で写真を楽しみにしている我が子も、時間が経てば大人になって、私達と同じように誰かと結婚するのかもしれない。

 そうなったら、今のこの愛らしい姿は見られない。その姿をずっと忘れないために、写真を撮って形として残す。

 

「・・・おかーさん、また泣きそう」

「え?」

 

 私の方を見上げた娘が言うと、お父さんも心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

「大丈夫?イヤならやめようか?」

「・・・いいの、大丈夫。ちょっと、嬉しくて」

 

 どうして昔の写真を見ると泣きたくなるのか。我が子の問いの答えに、今気づいた。

 それはきっと、『良い』と思う瞬間が来ることは、人生ではもうないから。

 この写真を撮った時には、戻れないから。

 

「ね、お父さん」

「ん?」

 

 だけど、昔にしか価値がないわけではない。

 今も私は、こうして家族で過ごせることが幸せだし、何より私が一番愛している人と添い遂げられたのだから。

 この先も、幸せな思い出、楽しい思い出は増えていくに決まっている。

 その思い出を、また撮っていこう。

 

「・・・写真の大切さ、教えてくれてありがとうね」

「・・・」

「これからも、たくさん写真を撮っていきましょ?」

 

 言葉にして、伝える。

 それが伝わったようで、お父さんも優しく笑ってくれた。

 

「・・・どういたしまして」

 

 そっと私の髪を撫でてくれる。

 そしてお父さんは、アルバムに手を掛ける。

 

「さてそれじゃ、見ていこうか」

「わ~」

 

 娘も大げさに喜んでくれる。

 私もつられて笑ってしまうけれど、この時間が今は幸せだ。

 そして、私たち家族3人でアルバムの最初の1ページを開いた。




これにて、アズミと笠守の物語は完結です。
長い間ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

今回のテーマは、『カメラ』『写真』でした。
Varianteでアズミがモデルのアルバイトをしていると知って今回のテーマが浮かび上がり、彼女のお話を書こうと筆を執った次第です。
他にも過去作とのつながりを見せたり、戦車の試合を描いたり、そして2人の恋路を描いたりと書きたいものを書けたと思っております。
1人でも多くの方が楽しんでいただければ、筆者としてこれ以上嬉しいことはありません。

次回作を投稿する時期は未定ですが、
ガルパンの話であればBC自由学園の誰かになるかなと思います。
また、ガルパン以外の作品を題材にお話を1つ書こうかと思っておりますので、もしよろしければそちらも応援してくださると幸いです。

最後になりますが、
ここまで読んでくださった方、感想を書いてくださった方、評価を付けてくださった方、本当にありがとうございました。
また、次の機会にお会いしましょう。


ガルパンはいいぞ。


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