先輩と怪奇部。 (三連符P/tripletP)
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プロローグ:入部
「佐々木くーん、あなた、今日日直でしょ? これ、よろしくね」
「あ、はい」
先生がそう言うと、黒板を消していた僕のそばに立派な文字で〝|久望ヶ暮(くぼがくれ)高校1年1組〟と書かれた出席簿が置かれた。
適当に返事をして中を見ると、入学して早々欠席ばかりのやつや、寝坊してばかりのだらしないやつもいる。僕の名前、佐々木勇也も一片の曇りなく刻まれていた。
西日が入り、どこか斜陽な雰囲気漂う教室はもうほとんど人がおらず、日中の活気とは対照的だ。
僕は少し周りを一瞥すると、職員室に向かうことにした。
(えっと、確か職員室って二個目の校舎の……)
生徒手帳の地図を見ながら、僕は職員室の有る第二棟へと向かった。
第一棟と第二棟をつなぐ渡り廊下は誰もおらず、遠くで行われている部活の音が耳をすませば聞こえるだけの静かな空間で、足音が妙に反響していた。
渡り廊下には、〝久望ヶ暮市における民間信仰〟〝沖縄の自然分布〟〝六面体構造〟等という生徒の研究発表資料から、〝薬、駄目、絶対!〟〝自転車のライトを付けよう〟というポスターまで、様々なものが所狭しと貼られていた。
その中の一つに〝野球部部員募集中!〟というものがあって、僕は思いがけず立ち止まる。
高校に入って一ヶ月半は経っただろうか。大体の人はそれぞれの入った部活に馴染み始め、周囲の人との関係もある程度固まってくる。そんな時期。
僕は、未だ部活を決められないでいた。
それ程運動神経がいいわけでもないので、文化系の部活にしようとはしていたんだけど、何しろ電子工作とかゲームにはそれ程関心がないから〝電子遊戯工作部〟はちょっと違うし、〝科学実験部〟なんてもっと興味がない。軽音楽部は少し惹かれたけど、僕にリズム感や音感はない。
それなら文芸とか漫画、美術ならどうかって話だけど、文芸部や漫画部、美術部は覗いた感じだと女子ばっかり。僕にそこに突っ込む勇気はなかった。
勿論入らないって選択肢もあるけど、どうせ家でやることと言えば本を読むか、音楽を聞くか。
周囲とのつながりも希薄になるし、事実、帰宅部だった中学では親友と呼べる友達はついぞ作ることが出来なかった。それなら一度しか無い高校生活、何か部活に入ってもいいだろう。
「少なくとも、野球部はないな、うん」
野球と言えば、丸坊主。最近は変わり始めているとは言うけれど、この学校の野球部は全員見事な丸刈りだ。僕にはそういうの、多分絶望的に似合わない。そう考えると僕は職員室へと歩みを進めた。
そして、しばらく歩き、途中で1階に降りると職員室の前につく。
職員室の横には進路室があり、三年だろうか、この時期だというのにそこそこ人が集まっていた。
人ごみを避けて出席簿を置くと僕は来た道を振り返り、ふと、近くにある渡り廊下に目が行く。
別に、綺麗なわけじゃないし、むしろ手入れが行き届いておらず、汚いと言える。けど、西陽が照らすその廊下は何処か、こちらに手招きをしている風に感じられた。
旧校舎方面の廊下。来た道とは方向が違うが、確か、職員室から教室までならあっちからも帰れるはずだ。
「――あっちから戻ろう」
そういって、僕は来た道とは違う方向に歩き出した。
この学校、久望ヶ暮高校は全校生徒3000人越えのマンモス高時代の名残で、無駄に校舎がいくつもあるのだ。
僕のクラスがある第一校舎は渡り廊下でつながっている第二校舎と、木造の第三校舎――通称旧校舎、それに体育館へとつながっている。
吹きさらしの少し長めの渡り廊下を通って旧校舎へと赴き、軽く口笛を吹きながら廊下を歩く。旧校舎は、ここ一カ月半で見つけた僕のお気に入りの場所の一つだ。何とも言えない寂れた感じは、どこか郷愁を感じさせ、いつまでもここにいたいという気分を起こさせた。
特に、今の時間帯のような西日が寂れた木造校舎に差し込む様子は、僕に、根源的な優しさのようなもの、たとえるならば子供のころのぬくもりのような感覚を思い出させる。
けど、そこで僕は見慣れないものを見つけた。
「怪奇……部?」
数ある教室のうち一つだけ、室名札の所にそう書いてあり、明かりが灯っている。昨日まではなかったはずだ。その札は、名前に似合わず新品の紙にピシッと書かれており、旧校舎の中でも一際異彩を放っていた。
怪奇部。部活歓迎会と同時に配られた冊子にその名前があったのを覚えている。しかし、紹介画像は文字だけでPRもなし。
都市伝説だなんだと言いながら毎日ぐうたら遊ぶだけの部活だろうと考え、真っ先に候補から除外していた。
「絶対まともな部活じゃないだろ……」
そういってみたものの、その札に対する好奇心は僕の中でますます強くなっていった。
なんで、昨日までなかったんだ? なんで、辺鄙な旧校舎に部室があるんだ? そもそもそんな部活、所詮愛好会や同好会どまり、部活として成立しないんじゃないか?
僕は、ほんの出来心でその教室のドアを開けてみることにした。勿論入る気はないので、何をしてるか聞くだけ。
ギギギ……と木製の滑りの悪いドアをおそるおそる開ける。
すると、そこには落ち着いた雰囲気の女子生徒が、一人で文庫本を読みながら佇んでいた。
周囲には分厚いファイルが数多く積まれており、不思議な空間を醸し出している。そんな空間と彼女は調和し、一つの絵画のような世界を形成していた。
僕がしばらくあっけにとられていると、そんな僕の様子に呆れたのか、彼女の方から声がかかる。
「なあに? 生徒会の催促? それとも、廃部に関する事? どっちでもいいけど、うんざりだからそこらへんにほっぽっといて」
「あ、いや、そうじゃないんですけど……」
「え?」
僕がそういった瞬間、彼女は本から目を離し、こちらをガン見してくる。妙な緊張感が場を支配し、僕はなんだか、蛇ににらまれたカエルの様に動けなくなってしまった。
「この部活って何を……」
この部活って何をやっているんですか? そう言い切らない内に、彼女は素早く僕の目の前に来ると、驚くほどの力で肩を鷲掴みする。
「生徒会でも廃部でもないってことは入部希望者よね!? ねえ、そうよねぇ!?」
「えっ……」
こちらが気後れしてしまいそうな気迫で彼女は迫ってくる。その様子はさながら獲物を見つけた肉食獣。先程の静謐で神秘的な彼女のイメージは、一瞬にしてぶち壊された。
僕は動揺で返事もおぼつかない。
「ならもう逃がさないわ! 怪奇部に入りましょうッ!」
☆
どうしてこうなった。そう言わざるを得ない。
僕は教室の椅子に手をぐるぐる巻きに縛られていた。目の前には仁王立ちした女子生徒(多分こんなのだけど、一応先輩なんだろう……)が胸を張っている。(大きい、とだけ言っておこう)
一応抵抗はしたのだが、華奢に見えて力の強いのなんの。対してこちらは女子相手に下手なことは出来ないので、諦めて縛られるに至った。
僕は、ため息をつくと先輩に意識を向けた。
「私達怪奇部は……」
「私達?」
ここには僕と先輩しかいない。
「あ、いや……わ、私達怪奇部は!」
「……なんかすいません」
……聞いちゃダメだったのかもしれない。
「この学校と街の様々な怪異の原因について探る部活よッ! そして私は榛名アヤッ! 二年生にしてここの部長をしているわッ!」
「そうですか、怪奇部、読んで字の如くですね。それならまず、この縄をほどいてくれませんか?」
「嫌よ、せっかく見つけた新入生! ここで逃したら絶対、永遠に見つけられないんだから! さあ、この入部届に署名するから名前を教えて?」
「〝すみません、よくわかりません〟」
「どぉーしてそうs〇riみたいな声出すのよ! 私に教えるだけでいいのよ、ね、ね? 後は私がしたげるから!」
「僕はおばあちゃんと天国のおじいちゃんから、リボ払いと知らない契約書にサインする事だけはやめろって言われてるんです」
「私は連帯保証人にする気もなければ、消費者金融でもないわよ!
そんな心配せずとも、名前を言うだけなのよ? 通販のお宅訪問とか、宗教勧誘よりも早く解放されるなんてすっごくお得に感じない?」
「例えの状況が悪質すぎませんかそれ」
というかもうちょっとマシな例えは思いつかなかったのか……。
「……あの、逃げないんでそろそろ縄外してくれませんか?」
「それじゃあ契約書書きなさい」
「丁重にお断りしますッ!」
その後、粘りに粘ってようやく縄から解放。自分から入ったこともあって逃げる気にもなれず(榛名先輩が美人なのは関係ないはずだ)、僕は椅子に座って先輩にもてなされていた。
「ハイ、自販機のだけど飲み物よ」
そう言って小さめのペットボトルが渡される。
「ありがとうございます」
5月に入ってもまだあったかーいのままだったらしく、ボトルのぬくもりが優しく手に伝わってきた。
渡し終えた先輩は僕の向かいの席に腰掛けた。
「さて、あなたは確か……何か聞こうとしていたんだっけ? 入部?」
「入部は違いますよ? なんで、こんなところに怪奇部が有るのかについてです。旧校舎は昨日まではどの部活も使ってなかったと思うんですけど」
「それは、ねぇ……」
こうして榛名先輩が語ったいきさつはこうだ。
去年までこの部活は三年生三人、二年生二人、そして一年生の先輩の合計六人だった。だけど三年生の卒業後、二年一人は受験勉強を理由に部活をやめてしまい、もう一人は失踪してしまったらしい。
お陰で人数が一人になった怪奇部は廃部寸前。元々第二校舎に合った部室も、昨日限りで旧校舎に引っ越すことになってしまったという。
「という事で、部員が足りないのよ!」
「はあ、そうなんですか……って、失踪!? 幽霊部員とか、そういう類の物じゃなく?」
「ええ、勿論。正確に言えば、行方不明に分類されるのかしらね。私の方からも連絡したんだけど、一切出ないの。三年七組に確認取れば分かるわよ? 彼女、親から警察に届け出出されてる位だから」
「そう、ですか……」
怪奇部なんて、バカバカしい。そう思ってた僕も、流石にそれには驚きを隠せなかった。まあ進んで怪奇に巻き込まれようとしてるのだから、自業自得なのかもしれないが。
「……というかまず、どうして〝怪奇部〟なんて、他の学校では眉唾物な怪しい部活があるんですか? いや、この辺りでそういう信仰があるっていうのは聞いたことがあるんですけど……」
「え、もしかして興味持ってくれた?」
「興味持たなかったら帰してくれるんですか」
「帰さないわよ。どうせ旧校舎は見回りも大したことないし」
「でしょうね。それって選択肢無いじゃないですか」
「あら、言われてみればそうかもね。まあ、別にいいじゃない。この時間に旧校舎とか、どう考えても暇でしょ?」
「否定はしませんけど……」
「で、怪奇部について、だっけ? まず、この辺りの伝承とか信仰については知ってるでしょうね?」
「はい」
ここ、久望ヶ暮市は民間信仰が盛んだ。最近では高齢化と日本特有のガバガバ宗教のせいであまり活発ではないけど、昔は他の宗教を許さないほど排他的だったらしい。
「じゃあ、話は早いわ。ここ、怪奇部はそれに関して研究する名目で設立された部活よ。正しく言えば民俗・伝承研究部ってところかしら」
「へえ。では、なんでよりによって〝怪奇〟なんて胡散臭くなる名前を?」
「それはね、この学校とその周囲で〝怪奇現象〟としか形容できない出来事がいっぱい起こってるからよ」
「……例えば?」
僕がそう聞くと、先輩は少し辺りを見回したのち一つのファイルを掴み取り、テーブルに広げる。
「まず、この街は行方不明者が多い。全国平均から見ても、ざっと10倍はあるの」
そこには行方不明者の全国と県、そして久望ヶ暮市の10万人当たりの平均データが手書きで書かれていた。その中でも久望ヶ暮市は明らかに抜きんでている。
「……犯罪の可能性は」
「それも考えたけど、この街の犯罪発生率は別に高くないし、内陸だから拉致は不可、暴力団の本拠地でもないでしょう? それに、一番不可解な点は行方不明者の年齢よ」
「年齢?」
「行方不明って普通若者が多いんだけど、この街は違う。無論年毎でみれば偏りはあるけど、平均すると完全にアトランダムになってる」
そういって先輩はページをめくった。するとそこにはこれまた全国、県、久望ヶ暮市事に都市別行方不明者数のデータが色で分けられている。
久望ヶ暮は殆ど全ての年齢層で偏りがなく、また、男女均等に失踪していた。
「……警察は?」
「この街は他の都市と比べても特別多く配置されてるそうだけど、行方不明者は全く減ってないわ。何より、私たちは行方不明者の関係者に何回かインタビューしてみたけど、みんな最後の目撃情報が〝市内〟で終わってるのよ」
「市内? それは……確かに怪奇、ですね……」
行方不明は、得てして慣れない場所で起こる。ここ、久望ヶ暮には山や森はなく、迷うような大自然は存在しない。人が行方不明になることなどちょっとやそっとじゃ考えられないのだ。
根拠の見いだせない膨大な行方不明者数。非科学的な要素が働いてるとしか考えられないだろう。
けれど、一つだけ資料に辻褄の合わない所がある。
「久望ヶ暮市も10代の行方不明は他と比べて多いじゃないですか」
「よく気付いたわね。その通り。そこで、この学校が関わってくるのよ」
「……もしかして」
「そう、10代の余剰分、例外なくこの学校から出てるの。今年は怪奇部から出ちゃったけどね」
「あー……ここでつながるんですか」
原因不明の行方不明者と、その中でも特に多いこの学校の行方不明者。そしてここに来て起こった怪奇部部員の失踪。偶然と言うには気持ち悪いほど、状況証拠があった。
「うん。これだけでも不思議でしょう? だけど、まだまだこの街には不思議な事があるのよ。一例としてこの街で実在した〝神隠し〟について話しましょうか」
「神隠し、ですか」
「さっき言った行方不明者。その内ごくわずかな人数だけど戻ってきた人がいるの」
「そうなんですか、なら原因はわかるんじゃないですか?」
「例外なく失踪中の記憶を失ってるのよ。しかも、帰ってきた場所も、自宅に唐突に現れたり、道路に現れたり、いろいろ例があるわ。共通点なんか素っ裸ってことぐらいでしょうね」
「それはまた、不思議な話ですね……一体、誰に何をされたのか」
「怪奇部で連絡をとってその内の一人に会ってみたけど、失踪中の事を聞くと酷く怯えていたわね。曰く、『その事について考えようとするだけで怖気がはしる』らしいわ。随分酷いことをされたんでしょうね」
思い出そうとするだけで体が拒否反応を示す。
「……やっぱり妖怪の類ですかね」
「さあね。そうかもしれないし、あるいは異界に連れて行かれた、なんて可能性もあるわよ。ほら、最近そういうのよく本屋で見るし」
「異世界転移って訳ですか。……僕的にはそっちよりもクトゥルフ神話が思い浮かびますね」
知ってる人もいるだろうが、クトゥルフ神話は物語に出てくる架空の神話大系だ。
「あら、何で?」
「いや、イメージでしかないんですけど、異世界転移って召喚よりは主人公が死んでからの方が多い気がして。
その点クトゥルフはそういうのは関係ありませんし、何より〝思い出そうとするだけでアウト〟となるとやっぱりコズミックホラーっぽいんですよね」
「そういう訳ね。まあ、今はまだ情報が少ないから転移も邪神も間違い、なんて事はざらでしょうけど」
「そうですね」
確かに相手は非科学的な現象。先輩の言う通り、早急な判断は単なるミスリードにしかならないと言える。
「どう、少しは興味が湧いた?」
「そうですね……まあ、多少は」
先輩はそう言い、こちらに期待の眼差しを向けてくる。
正直、部活について考える事はもううんざりしていたし、心の中では入ろうかな、程度には思っていた。
けど、未だに迷いもあった。実際に怪奇が起きているとはいえ、潰れかけの部活だ。仮に僕が入ったとしても部員は2人。十中八九、沈み掛けの泥舟だろう。
「多少、ねぇ。それなら取っておきの、この学校にまつわる話をしましょうか」
「ああ、この学校も特別行方不明者が多いんでしたっけ」
「そう。それとも関係のある話よ。七不思議のこの学校バージョン。三不思議って言うの」
「3? 聞いたことありませんね。それに、うちの中学にもありましたけど、そもそも怪奇がその目で見たように語り継がれてる時点で奇妙ですし、ああいうのって作り話じゃないんですか?」
七不思議。多くは、人間の三つの点を顔と認識する能力だとか、見間違い、捏造された言い伝えがルーツであり、突拍子もない与太話が噂となって飛び交う様は、子供版の陰謀論と言っても差し支えはない。
「うん。確かに普通の学校ならそうでしょうね。けど、ここのは違う」
「?」
けど——
「〝生け贄のクラス〟、〝ピロティの狂宴〟、そして——〝神隠しの生徒〟」
「——それって」
「行方不明者があまり公になっていないはずの設立当初からあるみたいね。大勢の行方不明者と関係ないとは言えないでしょ? 私は、他の二つも怪奇に関係があると思ってる。
それに、この学校と市の名前。古くからの言い伝え、〝雲隠れ〟が語源なの。
——どう、調べて見たくない?」
それは、余りにも現実と一致していた。
「……はい」
僕は、怪奇部に入ることにした。今はまだ、その意味も知らずに。
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