病弱聖女と魔王の微睡み ー転スラ二次創作ー (昼寝してる人)
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原作前
スノウホワイト祝福祭/悪魔なんているわけねぇじゃん


 

 

 第0.5話 スノウホワイト祝福祭

 

 スノウホワイト祝福祭とは、今から百余年前に生きていた"聖歌者"ラフィエル=スノウホワイトにまつわる祭日である。

 現在では、彼の名を冠する聖歌隊があるくらい、国民全員が畏敬の念を抱いている。彼にまつわる伝説は枚挙に暇がないが――それを語るには、まず話さなければいけない事がある。

 

 この世界には、悪魔というものが存在する。

 悪魔。それは憎悪を、怨恨をその心を満ちさせて死んでいった人間の成れの果て。それは人の身では倒すことなど到底出来ない化物であった。

 しかし、悪魔を唯一消滅させる事が出来る方法が存在した。神々の加護を持った少年少女による、聖歌を聞かせることで、悪魔は消滅するのだ。

 そして、今より百余年前。神光暦6480年のこと。

 その少年は生きていた。なんの穢れも知らぬ無垢な白い髪に、包み込むような大空を連想させる透き通る青い瞳。染みの一つもない滑らかな肌に埋め込まれた薄桃色の唇は瑞々しい。

 神々の寵愛を一身に受けたような、そんな極上の美を持って産まれた存在。

 

 ――そう、それこそが彼の少年。

 ラフィエル=スノウホワイト、その人だったのだ。

 

 彼は教会で生まれ育った。彼が聖書を読めば空気は澄み渡り、祈りを捧げれば福音が鳴り響く。聖歌を口ずさむ姿はいっそ神々しい。

 そんな彼の伝説は、齢十歳から始まる。

 その頃はまだ聖歌隊とだけ呼ばれていた団体は、神々の加護を受けた少年少女の十歳からの加入が義務付けられている。悪魔に対抗するための、たった一つの手段なのだから、当然であった。

 そして彼が聖歌隊に加入して間もなく、悪魔による被害者の数は激減した。誰もが彼のおかげだと褒め称えた。けれど、彼は決してそれを驕ることはしなかった。

 曰く、

 

「共に歌ってくれた仲間たちのおかげです。私一人の成果ではありません」

 

 ――と。

 なんということだ。神々の寵愛を受けし者は、心までもが美しいのか。

 その言葉を聞いた者は、涙してそう言ったという。

 そして、伝説が幕を開ける。

 その日はたった一匹の悪魔が都を襲った。それは悪魔の中でも一際強く、何百何千の人間の命を奪った災厄の悪魔だった。

 その悪魔は聖歌隊が遠征でいない隙をついて、都を襲い、人々を恐怖のどん底に突き落とし、血の雨を降らして帰って行った。誰も命を取られなかった。恐らくは、一息に殺して楽にせず、死ぬことが出来ずに長い間苦しんで死なせた方が、悪魔にとっては面白いのだろう。

 だが、それが人々の命を救った。

 都に帰ってきて呆然とする聖歌隊の奥。馬車の中で座ったままの彼が、歌いだしたのだ。

 

 奇跡が、起きた。

 

 血塗れの都に響き渡る、美しい聖歌。聞いているだけで痛みを忘れて聞き惚れてしまうような優しい声が反響する。聖歌が終わった時、痛みに呻いていた人々は傷一つない姿で眠っていた。

 ああ、歌一つで、彼は傷を癒やしたのだ! 絶対に助けられないと思っていた人々の命を救ったのだ!

 

 

 それからの伝説は語ると日が暮れてしまうので割愛するが、やはり語るとすれば彼の最期。その身一つでもって悪魔と対峙し、慈愛と献身の心で我々の未来を守ったその話を、語るとしよう。

 彼が十四歳の時の話になる。

 始まりの伝説と同じ悪魔と、彼は対峙した。

 かの悪魔は、都に悪魔の大群を引き連れて降り立った。そして、我々無辜の民を人質にとってこう言うのだ。

 

「お前の選択次第で、奴等の運命は変わるだろう」

 

 驚愕。悲しみ。

 そんな表情を見せた彼に、悪魔は続ける。

 

「さあ、……願え。自らの運命を」

 

 お前が生きたいと言うのなら、奴等は殺す。お前が死ぬというのなら、奴等は生かそう。

 そう邪悪に嗤った悪魔に、人々は叫んだ。この悪魔め! 私の事は見捨ててください! どうか、死なないで! ――ラフィエル様!

 生きて。

 人々は自分の命を投げ売ってでも、彼を助けようと叫んだ。今まで彼の博愛を受けていた彼らの、精一杯の恩返しだった。

 きっときっと、彼は受け取ってくれるはずだ。何せ、彼は酷く優しいのだから。きっと彼は生きてくれる。私達の為に、命を捨てないでくれるはず。

 そう信じて、彼らは自分の命よりも、彼の命を守ろうとした。

 

 

 

「お断りします」

 

 

 

 凛と、美しい声が響いた。

 普段は暖かく優しい微笑みを湛えている顔には、キリリとした決意の表情があった。わずかに釣り上がった眉は、彼の怒りを表している。

 ――怒っているのだ。あの、ラフィエル=スノウホワイトが。

 柔和な笑みを絶やさず、いつだって人々の心を明るく照らし出していた彼が……怒っているのだ。

 

「私は、絶対に願いません。貴方の思うようには、なりません」

 

 そして。

 その言葉が終わると同時、国中の教会に備え付けられている鐘が一人でに鳴り出した。

 リンゴン。リンゴン。リンゴン。リンゴン。

 

「ほう…。ならば、お前の魂と悪魔の魂、どちらが強いのか試してみようか」

 

 狂ったように鐘が鳴り響く。

 悪魔の手が、彼に向かって伸ばされる。

 それを阻止するかのように白い光が悪魔へ突き刺さるが、悪魔はお構いなしに手を伸ばす。

 聖歌隊の悲鳴混じりの歌声が聞こえだした。

 彼は一歩も引かず、じっと悪魔を見据えていた。

 

「――祝福あれ」

 

 彼の声が都に通り抜けると同時、彼と悪魔の姿が掻き消えた。

 そして……都には、悪魔が立ち入れなくなった。

 彼の、祝福のおかげだろう。

 奇しくも、その日は彼の誕生日であり――命日となった。

 

 それが、今から百余年前の今のお話。

 スノウホワイト祝福祭の、存在する理由である。姿が見えなくとも、声が聞こえなくとも。きっと彼……"聖歌者"ラフィエル=スノウホワイト様は、我々を今も見守って下さっている。

 

 

 

 

 

 

 

第0話 悪魔なんているわけねぇじゃん

 

 

 この世界はおかしい。悪魔だとかいう、訳わからん存在に怯えて暮らしている人間の多いこと多いこと。んなもんいるかよ、馬鹿らしい。あったま大丈夫でっすかーッ? まあ大丈夫じゃないからこんなんなってんだろうな。んでもってほんと馬鹿。馬鹿ばっか。

 いや、まあ? その悪魔とかいうやつを信じてる奴等のおかげで? オレは生活出来ているワケですけど? 教会でタダ飯食わせてもらってるワケですけども、ねえ? やってらんねぇわ、正直。いやマジな話でさ、あいつらオレの話聞かねぇんだわ。

 その耳は飾りなんですか? ちゃんと意思疎通、できてますか? 出来てねぇよぶっ飛ばすぞ。聞けよお前ら、オレの話を。悪魔を倒す聖歌を歌えだって? お前、存在しない奴を倒す歌とか何だよ。どうやって歌うんだよオレに教えろや。教えもせずに何泣いてんだよ、オレの歌が下手くそ過ぎたからか? パンチ食らわすぞ。

 

 ハァ――ッ!!(怒)

 マジやってらんねぇ。オレ、成人したらぜってぇこんなとこ出てってやるわ。そんである程度稼いだら食っちゃ寝する生活送るんだ。

 聖書の暗記とかね、クソ喰らえだわ。お前らあの分厚い本丸暗記してんの? オレは一回読んだだけで諦めたわ。聖書暗記の時間は、既に将来どうやって暮らすか考えてるもん。

 大体ね、あれ同じようなことつらつらと何頁にも渡って書いてんの。読む気失せるっつーの! もっと子供に優しい書き方しろよ。書いた奴ボケてたんじゃねぇの?

 つーか十歳になったら聖歌隊に強制入隊ってなんだそれ。オレの下手くそな歌を世界に披露しろってか!? クソが! お前らなんか大嫌いだ! 

 

 聖歌隊に入隊してすぐに、なんか偉そうなおっさんに何か言われた。オレのおかげで悪魔の被害者が激減したとか何とか。アホか、んなわけねぇだろ。そもそも聖歌隊なのに歌下手なオレに何だってそんな……ハッ!? ま、まさか、これは試練なのでは!?

 このおっさんの謙った態度にいい気になって、これで鼻高々になって傲慢な答えを返したら、聖歌隊あるいは教会を追放されちゃうのでは!? 

 教会の爺さんも言ってたもんな、何時だって謙虚に生きなさいと。……まあその爺さんの洗脳染みた教育のおかげで、オレの表情筋と言語能力がオレの意思を無視して動くんだけどな。心の中と同じ言葉遣いできねぇんだわ。表情も嘲った顔とか出来ねぇんだわ。まあ物心ついた時からそうだったからいいんだけどさ。

 そんな事より、今はおっさんに返す言葉を考えなければ。これでミスったらオレの住むとことご飯が無くなっちまう。謙虚に! 謙虚に返すんだぞ! 爺さんの教えに忠実なガキを演じるんだ!

 まあそもそも歌がクソ下手なオレに、例えマジモンの悪魔がいたところで倒せるわけねぇけど。

 

「共に歌ってくれた(めっちゃ歌が上手い)仲間たちのおかげです。私一人の成果ではありません(いやマジで。だから追放はやめてください)」

 

 オレがそう言うと、偉そうなおっさんは泣き出した。え? なに? もしかして、オレを追い出すための口実作ろうとしてた? 天狗になった奴じゃなくて、オレ個人をターゲットにしてたの?

 そんなにオレが嫌いかよ……いいもん、オレには教会の爺さんがいるから! いやオレあの爺さん嫌いだったわ。なんかめっちゃ見てくるもん。監視するみたいに見てくるもん。こえーよ。

 ぐすぐす鼻を鳴らしながら重い足取りで歩いていったおっさんのことは、とりあえず忘れることにした。それがいいね。

 辛い事は忘れて幸せに浸ろうぜベイビー!

 ――それからすぐ、聖歌隊の遠征が決まった。

 

 そ、そんなにオレが嫌いなの? 聖歌隊が遠征すると三割くらい聖歌隊の奴死ぬって聞いてるけど……何か嫌われるような事したっけ? 聖書暗記を放棄したから? いつも心の中で偉そうなおっさんを見たらハゲかどうか脳内議論してたから?

 そ、そんな……そんなに怒んなくていいじゃん! 殺そうとする前に言葉で語れよ! おまっ、人には何のために口がついてると思ってんだ! バッキャロー!

 逃げたい。正直ものすごく逃げたい。でも何でだろう、オレが落ちこぼれだって知ってるからかな、都の奴等もすげえ見てくる。監視されてる感半端ないって。

 これはもう、覚悟キメるしかねぇな……。

 

 なんて思っていた聖歌隊の遠征だが、なんと驚く事に大した事は無かった。だって馬車の中で歌うだけだし。きっと今までは御者が無能だったんだろうな。まったく事故るのも大概にしてくれよな!

 つーか都以外の街ってマジ汚ねぇな。ボロボロだしよ、オレ都に生まれて良かったよ。こんなゴミの掃き溜めみたいな所住みたくねぇもん。

 そんな感じで都に帰って行く途中、またクソボロい街に着いた。何故か他の聖歌隊メンバーが馬車を降りていく。わざわざゴミ溜めに降りるとか聖人君子かよ。オレには無理だわ。

 聖歌隊が馬車の外で歌うんだろうと思ったが、オレは馬車の中で歌うため、外の声が聞こえなかった。しょうがないから馬車の中一人でアカペラで歌った。何これ寂しい。もう二度とやらない。

 都の教会に着いた瞬間、他の聖歌隊の奴等がすごいとか尊敬するとか言ってくっついてきた。これは高度の嫌がらせか? お前クソ下手な歌、馬車の中で一人で歌ってたよな恥ずかしいヤツー! っていうのをオブラートに包んで言ってんのか? いいだろうその喧嘩受けて立つ。

 

 あと一年……あと一年じゃあ……。

 あと一年でオレの聖歌隊の任期が終わる! ふぅー! これでよく分からん監視生活も終わりだ。カーテンコール、カーテンコールっすよ!

 ここまで長かったぜ……。いつストレスで俺の胃に穴が開くかとヒヤヒヤする生活もあと一年で終わる。おお、神よ!

 十四年にも及ぶ教会での生活もあと一年でオサラバだ。身についた習慣はしばらく消えないだろうが、それもいつかは終わるだろう。

 これで、毎朝飯食う前に一時間祈りを捧げて、昼は断食で2時間祈りを捧げて、夜飯食って冷たい水で身清めしてから寝る前のお祈り(最低一時間)をする生活ともグッバイだ!

 テンション上がるわ。はー最高かよ……。

 なんてウキウキしていたオレの気分は、急降下した。予期せぬ来客が現れたのだ。招かれざる客とも言う。

 そいつは厳つい風体で、ムキムキのおっさんだった。この時点でオレの気分は乱高下である。森に帰れよおっさんゴリラ。

 何なんですかね、うちはお祈り以外は客を歓迎してないんで帰ってくれますぅ? という俺の心の内は奴には通じなかったらしい。奴は言ってきた。

 

 運命を選べ、と……。

 

 頭湧いてるんか? と思ったが、オレの言う事を聞かない悪い子な口は無言のままだった。お前こら主人の言う事を聞けやオラァ! てめぇ誰のおかげで生活できてると思ってんねん、おおん?

 つーか外騒がしいな。お祭りか何かやってんの? またオレだけ除け者かよ死ねば良いのに。

 その時におっさんはペラペラなんか喋ってたが、興味がなかったので殆ど聞き流した。つーかあれだろお前結局は。答えなんて決まってんだよ。

 

「(新聞勧誘その他もろもろ全て)お断りします。(てめぇら金の亡者共だろ?)私は、絶対に(新聞etcは)願いません。貴方の思うようにはなりません(誰がお前らに金を落とすか! オレの金は将来の為の投資金なんだよォ!)」

 

 分かったらとっとと巣に帰れゲロ野郎!

 なんて思ったのが悪かったのだろうか。いきなり教会の鐘が鳴り出した。めっちゃうるせぇ。え? 怒ってる? こいつに暴言吐いたから怒ってんの? 神様こわっ……。

 どうしよオレ神様怒らせちゃったよ。ムキムキのおっさんもなんか怒ってるよ絶対。なんか手ぇ伸ばしてくるもん。もしかして熱狂的な信者だったのおっさん? ごめんマジ悪気はなかったんだって、神様が怒るとは思わなかったんだよ! 許してめんご!

 心の中で謝っていたら、おっさんに白い光が集まっていく。神様が力与えてる系? ごめんて、悪かったってば!

 そうこうするうちに、おっさんの手がオレに触れた。

 

「(ああああああ死ぬぅ! オレ絶対死ぬわ! やだあああああまだ生きたい生きたい死にたくない許してえ! だあもおクソお、せめて来世のオレに)祝福あれ(!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 目の前には、辺り一面の草原が広がっていた。ついでに言えば、身体が腫れていた。主に胸あたりが。

 

 これどうしよマジで。




きっと今も見守って下さっている(確信)
未来を知ったら、オリ主は「見守ってるわけねぇだろ!!」って言いそう。

ちなみに悪魔の性別はない。オリ主が勝手におっさん呼びしてるだけ。ムキムキの相手にとりあえずおっさんって言うの止めたほうがいいんちゃう、ラフィエル君?
(リムルのところのラファエルさんとは全く関係ありません。血縁関係もありません)





 現在のステータス(いつか獲得場面も書きます)

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:性転換事情も後々書きます。


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舞い降りた聖女/念願の生活を手に入れたかった

 

 第1.5話 舞い降りた聖女

 

 その日、神父は何時ものように起きて、祈りを捧げて、朝の散歩を終えて教会に帰ってきた。

 そして何時ものように教会の扉を開け……そこには絵画のような光景が広がっていた。

 

 純白の聖女。

 

 そうとしか言い表せない少女が、教会の中で祈りを捧げていた。なんと美しく、清廉な女性。その祈る姿をどれだけ眺めていただろうか。数十分、あるいは数時間だろうか。

 はっと我を取り戻した時には、心配そうな顔をした聖女に顔を覗き込まれていた。慌てて挨拶して、自分の先程の醜態に羞恥する。だらしなく口を開けて見惚れていたりはしなかっただろうか。そんな間抜けな顔を、この美しい聖女に見られてはいないだろうか。

 

「勝手に入って申し訳ありません。もしよろしければ、ここが何処なのか教えて頂いても?」

 

 そんな心配は彼女の言葉で掻き消えた。

 ここが何処なのか分からない。それは、記憶喪失と言うやつではなかろうか。では、この聖女は住む所も、食事にも衣服にも困っているのでは?

 それはいけない! このように神に愛されたかのような少女に、そんな苦労をさせるなど神父として、人として許すわけにはいかない!

 

「ここはジュラの大森林近くの草原です。もし宜しければですが…、この教会で暮らしては頂けませんか?」

 

 自分はもう老いぼれ。

 いつ天の迎えが来るかも分からぬ身。故に、この教会と共に朽ちていくのだと思っていた。それでも清掃は怠らなかったが。もし、この出会いが神の思し召しだというのならば。

 彼女に知識を与え、生きる術を教え、そして……この教会をくれてやれと、神は言っているのではないか。

 自分が明日の太陽を見ることができるか分からぬ身であるのも、すぐに彼女へと住処を譲り渡せるからではないか。

 これはもはや、運命としかいいようがない。

 

「え……よろしいのですか? 見ず知らずの私に、そこまでして頂くなんて……」

 

 目を丸くして驚く彼女に、神父は頷く。

 美しい聖女。記憶喪失でありながら、自分の身の安全よりも神々への祈りを捧げた清廉なる聖女。

 彼女へ善意を向けるのは、ただそれだけで理由になる。神々に愛されし乙女。それこそが彼女なのだと、神父は確信していた。

 けれど、きっとこの聖女は理由なくこの待遇を受け入れることが出来ないのだろう。

 

「私はもういつ死ぬかも分からぬ身。それ故に、この教会を朽ちさせることしか出来ません。けれど、貴女がいればこの教会は生きていける。私が死んだ暁には、この教会も差し上げます。どうか、ここで暮らしてはくれませんか」

「そういう事なら……是非もありません」

 

 神父の作った理由に納得した聖女が、微笑みながら了承する。慈愛の笑みを見た神父には、それがこう言っている気がした。貴方の意思と共に、この教会を主を引き受けましょう――と。

 

「あ、貴女の……貴女の、名前は?」

 

 歓喜に打ち震えながら、畏怖と共に訪ねたそれに、柔和な笑みで返って来た単語を舌の上で繰り返す。繰り返し転がしてみる。

 

「ラフィエル=スノウホワイト」

 

 美しい聖女の御名だった。

 

 スノウホワイト様は、よく学び、よく吸収した。知識も技術も、まるでスポンジが水を吸うごとく吸収した。流石は天に愛された御方だ。

 神父はそう感じ、彼女と出会えた幸運を噛み締めた。

 特に、満月の夜。

 その日は彼女にとって特別な日なのか、彼女は満月に向かって歌うのだ。美しく甘美な歌声は、空気を通って辺りの生きとし生ける者の心を揺らす。そしてその歌声が止む時はまるで生まれ変わったような心地になってしまう。

 本当に、その歌を聞けるだけで幸せだと感じてしまうほど…美しいのだ。

 ――だから。

 その歌を聞きながら、美しい聖女を見ながら、ゆっくりと死にゆく事ができる自分は、一体どれほど幸運なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1話 念願の生活を手に入れたかった

 

 いい加減にしてくれよ。オレが一体何したっていうんだ。ちょっと神様怒らせて殺されかけただけじゃないか! 何で訳わからん場所で迷子やらなきゃいけないんだよォ!(半泣き)

 誰か助けてくれよぉぉぉ……!

 内心で号泣しながら果てなき草原を歩き続けること数時間。西側にあった太陽は沈み、そしてまた上りだした頃に、ようやく建物が見えてきた。

 …………。

 教会かよおおおお!! おまっ、これだけ歩いてきて、こんなところにポツンと教会かよおおお! 誰が来るんだよこんなとこにある教会にさあ!

 オレだよ!!(怒)

 いいよ教会でも嬉しいよありがとう。だってもうこれ、無理だもん。教会あるなら人いるだろ、人。聞こう場所。ほんでさっさと帰ろ……。いや別に帰らなくてもいいのか? いやでもオレの将来の為の投資金が教会にあるから帰らないとじゃねぇか。

 早く行こ。誰かにオレの金使われる前に早く帰ろう。足早に教会に向かい、扉をノックする。リテイク。何で誰も出て来ねぇんだよ!!

 出ろやオラァ! いるのは分かってんだよ、はよ開けろよこっちは急いでんだ! 開けろおおお!

 開いた。

 中には誰もいなかった。

 

 嘘だと言ってよバーニー……。

 

 こんなところにポツンとあるんだぜ? めっちゃ綺麗な教会がだぞ?

 誰かいると思うじゃんッ……! いないだなんて、露ほども思ってなかったよお……(泣) これからどうしたらいいんだ……。

 神様、めっちゃ謝るからオレを助けて下さい。世間知らずのオレがこんなところでサバイバル生活だなんて死ぬ未来しかみえない。正直いねーだろとか思っててごめんなさい! 全然信仰心持ってなくてごめんなさい!

 謝るから許して助けて神様!!

 心の中で謝りながら必死に祈っているが、何も起こらない。神様なんていなかったんや……。

 諦めて祈るのを止めて振り返ると、そこにはポカンとした爺さんがいた。 

 ……いたなら声かけろよ! 怖かっただろっ!

 

 ちょっとイラッしたが、ここで人を逃すわけには行かない。必死で媚を売って情報を得ようとしたが、なんとこの爺さん、YOUうちに住んじゃいなYO! なんて言ってきた。絶対嘘やん。太らせて食う気だろ、オレ知ってんだからな!

 なんて思っていたら違った。なんだよ爺さん、自分の命より教会が大事なんて頭おかしいんじゃねぇの? まあオレからすれば万々歳ですけど! なにせジュラの大森林なんて、都ではまるで聞かない地名が出てきたのだ。こりゃちょっとやそっとじゃ帰れんわ。それならここで悠々自適な生活させてもらおうじゃねぇか!

 夢にまで見た食っちゃ寝する生活だ! ひゃっほーう! と思ったらなんか勉強させられた。

 爺さんお前、そんなに教会好きなんか……。そこまでして教会を守りたいのか……。でも思うんだけど、教会守るのに王族とか名前覚えるの必要なくね? やる気でねっすわ……適当に言ったら合っちゃった。爺さんが驚いてるけどマグレなんだよ。次は言えない。でも勉強したくないから黙っとこう。めんご。

 それにしても全然習慣抜けねぇんだけど。朝昼晩の祈りをやらないと落ち着かない身体になってやがる……くっ、あの爺さんの洗脳めっ! ここでもオレを苦しめるか!

 昼飯食いたいけど腹減らないから食えないジレンマ。辛い。オレも昼飯食いてぇよお! 食わせてくれよお! 勉強嫌だよ! ダラダラしたいんじゃあ!

 

 はー……歌お。

 下手くそだけど歌うのは嫌いじゃないんだよなあ。満月に向かって叫ぶように歌うのがめっちゃ好きなんだよね。まあ誰もいない時に歌うんだけど。爺さんが寝たのを確認してからやってっからね。

 だって下手くそって言われたくないし。オレのガラスのハートがブロークンしちゃうし。オレは繊細なんだよ……。

 ところで今日、爺さん起きてくんの遅いな。何時もはオレが祈り終えた時にはもう起きてんのに。ははーん、あの爺さんついに死んだな? まったく年なのに毎日無茶しおるから……。

 

 ガチで死んでた。

 嘘でしょ冗談だったのに何死んでんの。起きろよ爺さん、オレまだ世間知らずのままだよ。まだまだ沢山教える事がいっぱいあるって言ってたじゃん。

 この教会の管理の仕方、まだ最後まで聞いてないよ。早く起きて教えろよ、なあ……。

 オレ、今まで会った人間の中で、一番あんたのこと好きだったんだぜ? だからさ、もっと話聞きたいし、しゃべりたいのに。

 ――何で死んでんだよ、バカヤロー。

 

 爺さんが死んでから数ヶ月経った。

 案外普通に暮らせてる。何でだろ。あん時はめっちゃ悲しかったんだけどなあ。

 ちなみに爺さんは教会の庭に埋めた。良さげな石を探し回って、ちゃんと石碑にした。爺さんの墓に祈るっていう日課が増えた。ぐうたら生活が遠のいたぜこの野郎。ばーかばーか。

 

 なんて現実逃避してきたが、やっぱり無視出来ねぇわ。ほんと、なんか知らんやつが喧嘩してるんだよな。他所でやれよ。

 ピンクの奴と赤い奴が空でドンパチしてやがるんだ。地上の迷惑考えろってんだ。絶対あいつら頭おかしいぜ。だって飛んでるもん。人間って空飛べるものだっけ? いや飛べねぇよ。つまり奴等は人間じゃない……? 怖っ、関わり合いにならんとこ……。

 

 つーかいつまでやってんだよあいつら。ホントもう誰の家の制空権を取り合ってんだ。オレの家の制空権だよ。オレのものだよ。

 ていうか流れ弾に当たりそうで怖いんだけど。恐怖で心が擦り切れそうだ。教会の壁も流れ弾に掠りすぎて擦り切れそう。教会とオレの心に防壁(サンクチュアリ)張りたいんだけど。

 聖典に乗ってる技(例:防壁(サンクチュアリ))って絶対出来ないけど、あったらマジ便利だよね。まあ無いんだけどさ。はー早くどっか行かねぇかなあいつら。

 

 あっ、なんか金色の奴も来た。うっそだろまだ続くの? 飛び入り参加の奴も交えて三つ巴っすか? オレ死んじゃうかもしれない……。

 とか思ってたら、あの金色は仲介しにきたらしく、喧嘩は終わった。全く来るのが遅いんだよ! ナイスゥ! やれやれ、ようやく教会の外に出れるか……と思った瞬間、オレの平穏は再び崩れ去った。

 

「邪魔するぜ」

 

 さっきまでオレの家の上で喧嘩していた赤いのとピンクの、そして仲介していた金色が教会にずかずか入ってきやがったからだ。

 お前らさっさと家に帰れよォ! こっち来んな!




「美しい歌じゃ……」
オリ主「喧嘩売ってんのか?(迫真)」

 もし爺さんが本人に感想を伝えた場合の反応。
 音感死んでんじゃねぇのラフィエル君。君の歌の上手い下手の基準は一体なんなんだ。


 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:『拒絶者(コバムモノ)』の権能で悲しみを拒んだため、大した精神的ダメージはなかった。


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心優しき弱者/瞬間移動したら異世界だった件

 第2.5話 心優しき弱者

 

 始まりは、とある馬鹿な国が、星王龍ヴェルダナーヴァの一粒種である竜魔人(ドラゴノイド)ミリム・ナーヴァのペットを殺害した事だ。

 ミリムは大層、そのペットを可愛がっていた。故に、キレた。その国を怒りのままに蹂躙し、冷めやらぬ怒りをそのまま辺りへ破壊として撒き散らした。

 けれど、そこへ来たのが魔王ギィ・クリムゾンである。怒りの衝動のまま、我をなくして暴れまわる彼女の相手を努め、全力で迎え撃つ。それが一番手っ取り早いと思ったからだ。

 そして戦いは続けられ、場所は変わり、とある草原にまで変わっていた。そこで周りの被害など気にせず暴れ回り、見かねた妖精女王たるラミリスが仲介に入った。余波で世界が崩壊しかねなかったからだ。

 ギィというよりも、ラミリスの仲介のおかげでようやく冷静になったミリム。それでも怒りは治まらないようで、ふぅふぅと荒い息を繰り返している。

 そんな中で、目に止まったのが、とある少女の住む教会である。

 喧嘩のあとは休憩。当然の事だ。

 故に、その教会へ休憩しに入ったのも――当然といえば、当然なのかもしれない。

 

「邪魔するぜ」

 

 そう言って、ギィは教会へずかずかと入り込んだ。家主の応答など気にもしていない。それは他の二人も同じだったようで、教会の椅子に思い思いに座り込んだ。

 そして――ようやく、家主である少女を見た。

 純白の衣装を身に纏った、まるで戦いを知らぬ弱っちそうな少女。彼女は穏やかな笑みを浮かべて三人を見ていた。

 しばらく、無言のまま時が過ぎた。

 そして何を思ったのか、彼女は徐に立ち上がると家の奥へ姿を消した。

 

「そりゃ逃げるか。しかしよく持った方だな」

「……今は、どうでもいいのだ」

 

 楽しげに笑うギィとは対象的に、ミリムは怒りと悲しみがない混ぜになったような顔で言った。その声は普段よりとても低く、近くにいたラミリスが肩をビクつかせた。

 そんな雰囲気の悪い場所へ、少女が戻ってくる。

 お? と驚いた顔を見せるギィの前に、ティーカップが置かれる。それからミリムとラミリスの前にも、色違いのティーカップが。

 困惑の色を強くする三人に、少女は微笑んだ。

 

「落ち着きますよ」

 

 ただ一言そう言うと、少し離れたところに座った。

 無言のまま、ミリムがゆっくりとそれに手を付ける。一口、二口……半分ほどそれを飲んだところで、ミリムの両目から涙が零れ落ちた。

 それに驚いたのはギィとラミリスである。あのミリムが泣いた? どうして? いや、答えは知っている。あのペットはもういないのだ。……混沌竜(カオスドラゴン)となってしまい、封印した故に。

 そして、今は怒りではなく、悲しみがミリムの感情の大半を占めているという事だ。

 

「辛い事があったのですね」

 

 まるで、自分もその悲しみを共有しているかのような顔を見せる少女に、ミリムは頷く。そして、吐き出した。ペットのことを。今までの思い出。そして殺されるまで。

 泣きながら、時には思い出した怒りで物を破壊しながらも、すべてを吐露した。

 我を取り戻した時には、気が付いた時には、優しい温もりが全身を包み込んでいた。少女に抱き締められていたのだ。

 その、少し力を入れたら簡単に壊れてしまいそうな、弱い体で抱きしめられている。微かに震えている身体はきっと、自分と同じく悲しみを感じているからで。

 自分に深く共感して、一緒に背負おうとしてくれているからで。

 初対面なのに。今日、初めて出会ったのに。

 ――でも、泣きたくなるほど嬉しかった。それと同じくらい悲しかった。

 だから泣いた。みっともないくらいに泣いて、抱き締めてくれる少女に縋り付いた。

 

「もっと一緒にいたかったのだ!」

「たくさん遊んで、これからもワタシとずっと一緒だと思っていたのに!」

 

 泣いて泣いて、叫んで、喚いた。

 それでもずっと、優しく包み込んでくれた温もりは逃したくなくて、離したくなくて。

 少女の震える体を抱き寄せて、縋り付く。みっともなくても受け入れてくれる優しい少女を、壊さないように。

 

 翌日。

 赤く腫れた目を擦りながら、ミリムは目を覚ました。そこは白い壁と天井がある部屋だった。

 部屋を出て、知り合いの気配と、弱っちい気配が一つある部屋へ向かう。そこは、昨日見た教会だった。

 ギィとラミリスの対面に座っているのは、昨日の少女だ。駆け寄ろうとしたところでラミリスに声をかけられ、中断する。

 

「あっ、ミリム! 起きたのなら声をかけるのよさ!」

「分かってるのだ。そんなことより、オマエ、名前は何ていうのだ? ネームドか? ないならワタシがつけてやるぞ! 特別なのだ!」

 

 ラミリスの言葉をほとんどスルーし、怒涛の勢いで少女に詰め寄る。たった一晩、されど一晩。ミリムはこのか弱い少女をとことん気に入ったらしかった。

 だが当の本人はパチパチと瞬きを繰り返し、ミリムの勢いに呆けていた。痺れを切らしたミリムがもう一度口を開こうとすると、ギィが楽しげに口を挟んだ。

 

「そいつ、異世界人だぞ」

「……何だと?」

 

 驚いて目を見開くミリムが少女に顔を向けると、肯定するように頷かれる。この時代、異世界人は珍しいのだ。そして何より、こんな辺鄙なところで住む異世界人に驚いていた。

 こんなところに住むのだから人間ではないだろう。それに人間らしい魔素でもない。恐らくは魔人だろう……と当たりをつけていたのだから。

 まさか異世界人だとは。

 

「じゃあ、……名前は何ていうのだ?」

 

 一番聞きたかったこと。

 少女の名前は一体何なのか。それが、聞きたい。ミリムにとって異世界人というのは驚きだが、重要なことではなかった。

 返って来た名前を、ミリムは繰り返した。そして、嬉しそうに笑った。

 

「うむ! じゃあワタシはオマエのことをラフィーと呼ぶのだ! ラフィーも、ワタシのことはミリムでいいぞ! ワタシとラフィーの仲だからな!」

 

 ミリムはふふんと胸を張ってそう言った。

 

『泣いて、目一杯悲しんで。思い出を宝箱(こころ)の中に大事にしまったら――次の日には、前を向きましょう』

 

 彼女がそう言ってくれたから、ミリムは笑うのだ。心の中に思い出を大事にしまいこんだまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2話 瞬間移動したら異世界だった件

 

 カ――ッ! やってらんねぇ、オレは帰らせてもらう! いやオレの家ここだからお前らが帰れよ! マジで!

 重苦しい教会の雰囲気に、オレは胃が痛くなりそうだった。オレが何をしたっていうんだ。なんだってこんな危険そうな奴等がウチにいるんだよお……。

 帰れ! 帰ってくれよォ! お願いだから!

 まあ帰ってくれないんだけど。何しに来たの? 座るだけなら外に座ってくんない? 営業妨害だボケ! 何も営業してねぇけどな!

 あー泣きたい。

 

 というか、何だろう。赤い奴と金色の奴と妙に目が合うんだけど。何が言いたいわけ? ちゃんと言えよ、目で話してんじゃねぇ、わからんだろうがッ!

 ……もしかして茶を要求してんの? え? 無断でずかずかと入り込んで来た癖に、お前ら茶まで要求すんの? とんだクソ野郎じゃねぇか!!

 でも逆らえない怖いから! だっておま、空飛ぶような人外に面と向かって「嫌です♪」なんて言えんの? オレは無理。

 すごすごと部屋の奥のキッチンでお茶を淹れてきた。はあーあ、この紅茶お気に入りだったのに……。何であんな頭のおかしい奴等にくれてやらなきゃならんのだ……。

 グチグチ文句を心の中で言いながら、オレの表情筋はいつも通り仕事放棄で微笑んでいる。何なんですかね、お前の主は誰だと思ってんの?

 はーっ……やってらんねぇわ。

 お茶を持っていって、なんかめっちゃ雰囲気が険悪になっていた。え、怖……短時間で何があったん? これだから人外は……。

 つーかオレの家で一触即発の空気やめてくんない? 落ち着けって、な?

 必死の思いでそれを口に出す。ピンクの奴だけは黙って紅茶に口をつけた。お前は今、この場で最も空気を読めているぞ。褒めて遣わ……何で泣いてんのォ!?

 な、何も入れてないぞ! 正直毒を入れてやろうとは何度も思ったけど、バレたら後が怖いからやってないもん! 本当だぞ!

 うおおおヤバイ、どうしよう。とか思ってたら、金色の奴の独り言のおかげで理解した。なんか悲しい事があったらしい。ああ、わかるよ。泣いちゃうよね。そういう事あると。

 

「辛い事があったのですね(オレも現在進行形で辛い事があるからわかるよ)」

 

 わけわからん奴等に家を占拠されてたりすんだよね。辛いよね、めっちゃ分かる。オレも泣きたい。そしてさっさと出ていってほしい。

 なんて思ってたら、ピンクの奴が語りだした。正直聞きたくないっす。勝手に話し出すの止めてくれない? お悩み相談室じゃねぇんだわ。金とんぞゴルァ。

 まあ言えないんだけどね。怖いし。あんな幼い子供の姿してっけど、さっき地形が変わるような規模でステゴロしてたのオレ知ってるからさ。

 だからあんな大規模な喧嘩する理由とか知りたくないから。なんか、知ったら殺されるとかありそうだし。ないかもだけど。つか聞きたくないっつってんだろ! やめろ、話すんじゃねぇ!

 

「ペットが死んだのだ」

 

 は? しょうもな。

 

「殺された」

 

 そうなんすか……ペット殺されたからってあんな喧嘩するってマジモンペ。やっぱり頭がクレイジーな奴なんだあ。関わりたくねぇ。

 あーマジで話すの止めてくれないかな。オレは聞きたくないんだよォ!

 話すたびに教会の備品っつーか家具壊すの止めて!! 誰が直して補充すると思ってんだ? オレだよ!! めっちゃ手間かけてんだぞ壊すんじゃねぇ! 聞けや!

 あっ今顔掠めた怖い何でもないです。どうぞ好きに壊していってくださいフォーエバー。

 嘘です止めて壊さないでえ! オレ、ここが破壊されちゃったら何処で寝泊まりすればいいの!? やめて! 教会を壊すのはもう止めたげてよお!

 殺されるかもしれないという恐怖で震えつつ、オレは決死の覚悟でピンクを止めるために動き出した。怖い、マジ怖っす。

 よ、よーし行くぞ! あいつを捕まえるんだ! 羽交い締めしろ! 出来なきゃとりあえず捕まえりゃ何とかなる。たぶん。きっと。めいびー。

 

 死ぬかおもた……。

 ようやっと落ち着いてくれた。いや落ち着いてるかは知らんけど。なんかものっそい号泣してっけど。何? そんなにペット大事だったん? だったらちゃんと見張っとけよ……事故ってのは突発的に起こるもんなんだぜ? オレの転性とか瞬間移動みたいにな…。

 まあオレ、性別とか聖歌隊にいた頃から気にしたことなかったし、誰かに見張られない生活を望んでたから事故ったのはオレにとってはラッキーだったけど。

 とりあえず慰めとくか……。服汚れるし……。

 

「(持論だけど、)泣いて、目一杯悲しんで(とりあえず一旦気持ちリセットしてあらかた忘れるといいぞ。悪い)思い出を心の中に(永遠に)しまったら(いつか全部忘れてるからな)――(それで)次の日には前を向きましょう(忘れようと思ったら忘れらんないからな)」

 

 どうだ、完璧な慰めだろう。

 はーっ……オレって本当優しさの塊。感謝してくれよな! 家に無断上がり込むような輩にまで優しさを振り撒くオレ、こんな神対応する人間いる? いやいない。優しすぎるぜオレ!

 自画自賛していると、いつの間にかピンクは眠っていた。えぇ……どうすんのこれ。

 

 結局ピンクは教会の奥の部屋に寝かせた。赤い奴が勝手に運んだ。家主の意見無視か、おお? お前ほんと失礼な奴だな! ムカついたから、絶対に寝室は使わせなかった。だだっ広いだけの部屋を貸してやった。

 それで、何故かオレは赤い奴と金色の奴と同じテーブルを囲まされていた。何なの? 帰れよ。何がしたいんだよ。

 自己紹介された。

 今更かよお前ら、何なんだよ!

 

 あ? 魔王? 何それ……えっ、怖い。国一つ簡単に滅ぼせる? オレ何でこんな化物と同席してんの? 帰ってくれよ……。

 え? オレは別に普通の元聖歌隊ですけど……。は? 違う世界? ここは都がある世界じゃない? ドユコト?

 え!? ギィ(赤いの)、オマエ悪魔なん!? 嘘だろいないと思ってた……ああ、異世界だから……。

 へぇ、ふーん……。

 星王竜とか言われても訳わからんぜ。とりあえずお前はルドラとかいう奴と喧嘩してんのな、把握。でもオレにそんなん関係ないよね。すぐ忘れるわ。

 ていうか何でオレにめっちゃ話してくんの? 止めてくんないかな……。オレお前らと関わりたくないんだわ。

 うん、うん。ところで金色の奴、なんか縮んでるけど何で? 力使いすぎた? 何でそんなんで縮むん? ああ、異世界……。

 なんかもう疲れたから、とりあえず適当に聞き流した。聞き流してたら、なんか太陽が一周していた。

 朝になったら、ミリム(金色(ラミリス)に名前聞いた)が起きてきた。そして三人がようやく帰っていった。

 二度と来るんじゃねぇぞ!!

 

 

 

 一週間に一回、あの三人がうちでお茶会し始めた。

 なんなの?(怒)

 

 




「ワタシとラフィーの仲なのだ。いつでも遊びに来てもいいのだぞ? ……遠くは行けない? まったく、しょうがないのだ! ワタシがたくさん遊びに来てやるぞ!」
オリ主「来なくていいです。来ないで…マジで…」

 本編にはなかった会話。ラフィエル君の台詞? ああ、お口が言う事を聞かなかったから、言えなかったらしいっすよ。


 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:最古の魔王勢に関して、文句言ったら殺される可能性がある(悪意なしの殺害も含む)ので心の中でしか苦言を呈せない。


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悪魔共存/誤解だ、オレじゃない

 第3.5話 悪魔共存

 

 ラフィエル=スノウホワイトは聖歌者である。悪魔を殺す歌を奏でる、正真正銘の悪魔殺し。それがかの少年――否、少女である。

 そして、彼女がこの世界へと界渡りをしてしまった要因はあの悪魔。大量の悪魔を引き連れて都へ降り立った絶対悪。

 彼が彼女となった原因もあの悪魔である。魂同士の喰らい合い。それはお互いを融合させあうとも意味する事が出来る。つまりは――彼らの戦いは、引き分け(ドロー)になったのだ。

 故に、完全な融合は避けたい悪魔。彼は契約を持ちかけた。悪魔契約――それは、聖歌隊にとっては不快極まりない提案である。

 しかし、相手は聖歌者ラフィエル=スノウホワイト……都の彼らの命を引き合いに出せば、簡単に頷いた愚かな人間。

 そして、契約は完了する。

 基本的には、その身体の支配権はラフィエル=スノウホワイトにある。けれど……彼女が危険に陥れば、その身体の支配権は悪魔へと移る。そして悪魔が満足するまでの間、永遠に破壊と恐怖を撒き散らすのだ。

 

 ――これは、そんな悪魔に身体を乗っ取られてしまった、哀れな少女の物語。

 後に病弱の聖女と呼ばれ敬愛され、あるいは微睡(まどろ)みの暴虐者と畏怖される、憐れな少女の物語である。

 

 ラフィエル=スノウホワイトはその日、とある国を訪れていた。数ヶ月前に"暴風竜"ヴェルドラによる襲撃を受けていた国である。それを彼女が救った。

 国民は、歌う彼女の姿を見て感涙し、命を救った彼女に多大な感謝を捧げた。しかし彼女は決して傲慢にならず、柔和な笑みで告げたのだ。

 

「無事でよかった」

 

 ああ、なんと美しく優しい聖女様!

 それはもう、国民は彼女に心酔した。国を救い、自らも忙しなく働き一人でも多くの命を救おうと奔走してくれる旅人の少女。聖女以外の呼び名など考えられない。

 何時までもこの国に居てくれればいいのに……。

 けれど、その願いは叶わない。

 

 聖女の人気により、支持率を低くした王族の張った罠によって。彼女は命の危険に晒された。

 そして王族は告げた。

 ――あの魔女は、自ら暴風竜を呼び込み、自分が英雄になるためだけに、我が国を危険に晒したのだ。

 国民は混乱した。けれど、納得もした。

 あの常識が通じない理不尽の仮名詞たる暴風竜を、いくら何でも歌だけで追い返せるだろうか?

 否、否、否である!

 そして感謝は憎悪となり、彼女を襲う。

 

 聖女ではなく、魔女として祀り上げられ、彼女は磔の刑に処された。石を投げつけられたり、謂れのない暴言を浴びせられたり……。

 そして、ついには火にかけられた。

 そして彼女は。

 彼女は目を閉じたまま動かなくなり。

 動かない。動かない。動かない。もう二度と動くことはない。

 ああ、魔女は死んだのだ!

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

 悪魔は契約を遵守する。

 たとえ破壊を、暴力を好んでいても。残虐で凶悪な悪魔であっても、異世界であっても。

 悪魔と交わした契約は、破られることなど……ない。

 

世界が違えども、人間は実に愚かだな

 

 くつくつと笑って、少女は目を開いた。白目部分は黒く染まり、空色の瞳は血のような赤に変色している。

 彼女は既に、ラフィエル=スノウホワイトではない。ただの悪魔だ。破壊と恐怖を撒き散らすだけの。

 そして、身体を磔にしていた置物を壊して、足元の火を焚いていた木を蹴散らす。

 恐怖に染まった人々の顔を眺め、悪魔は邪悪に嗤う。その顔が、たまらなく好きなのだと。嗜虐に満ちた人間の顔が、絶望に変わるその瞬間が、とてつもなく愛しいのだ。

 

さぁ……悪夢へ誘おう

 

 うっそりと嗤い、悪魔はその身に宿る神々の加護を一時的に変質させる。自らの力となるように、邪悪な加護へ変えるのだ。

 

《告。個体名:ラフィエル=スノウホワイトの所持するユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』がユニークスキル『死歌者(ウタウモノ)』へ一時変化されました》

 

 さあ、歌え。

 悪魔を殺す歌ではなく、命あるもの全てを殺す歌を歌うのだ。

 数多の命を救ったその声で。

 神々の寵愛を受けし、その美しい音色で!

 歌え、歌え、歌え。

 その地獄の底から響くような歌を、その聖なる声で歌い上げろ!

 

 悪魔は嗤う。

 その国を真っ赤な花で染め上げて、自らの体から臭う鉄の匂いに。

 くるくると踊るように軽やかな足取りで、悪魔は高らかに笑う。腹を抱えて、全てを嘲る。

 ああ、おかしい。

 あれほどの人間を救ったあの聖歌者が、冤罪で殺されかけて、憎悪を一身に受けて……その結果が、これだ!

 笑わずにいられるだろうか、この結末を!

 悪魔が操っているとはいえ、自らの身で、自らの歌でこれだけの人間を殺したとすれば、あの聖歌者は一体どんな顔をするのだろう?

 残念だ。残念で仕方ない。

 この身は彼女の記憶以外は見られない。特殊な力で悪魔を拒絶しているから。ああ、本当に残念で仕方がない!

 絶望に嘆く聖歌者の姿も、その感情も見られないのだから。だがそれでも、想像するだけで愉快だった。愉快で愉快で……ああ、満足だ。

 

 

 

 

 

 

 第3話 誤解だ、魔王(オレ)じゃない

 

 なんか、最近めっちゃ身体が弱くなってる気がする。ちょっと掃除サボったら、ちょっとしたホコリで超咳き込むんだよ。やばくない?

 あとたまにそれで吐血するし。ミリムが来たときにやっちゃって、ものすごい剣幕で怒られた。もっと身体を大切にしろだと。お前、ブーメランって言葉知ってる?

 お前がオレを労れよォ! お前らが来るせいでストレス溜まってんだよこっちは!

 これ絶対ストレスだわ。ストレスで胃に穴が開きかけてて、それで吐血したんだよきっと。体調悪いのもストレスのせいだな。

 どっか行ってくんないかな、あいつら……。あっ、オレが元いた世界とかどう? きっと楽しく生活できるんじゃないかな(笑顔)

 まぁオレは絶対に帰らないけどな、あんなとこ。

 

 つーか最近ちょっと近くの国に遊びに行ったら、なんかドラゴンいたんだけど。こりゃ死んだわと思って、どうせ誰もオレの葬式とか上げてくんないだろうから生きてるうちに自分で鎮魂やっとこうと思ったわけだ。それで鎮魂歌やってたら、ドラゴンはいつの間にか消えていた。この国の兵士すげぇな……。

 いやそれにしても、

 

「(オレが)無事でよかった」

 

 それでちょっと興味が湧いて、国の中散歩してたら、めっちゃ歓迎された。旅人が歓迎される国なのか?

 最初はラッキー程度にしか思ってなかったけど、なんか次第に罪悪感積もってきた。豪遊してすんません…。ドラゴンに壊された建物とか直すの手伝うっす。

 結局二ヶ月くらいこの国に通うことになった。働きたくないでござる。あーマジ疲れた。ちょっとこれから引き籠ろう。そうしよう。つか、身体だっるい……。頭がクラクラするんだけど、風邪かな?

 うー……無理、ちょっと寝かせて。ちょっとだけだから。近くに来た人がハンカチをもって近付いてくるのを最後に、オレは目を閉じた。

 しかし、倒れそうになってるただの旅人相手にわざわざハンカチ枕してくれるなんて、この国の奴らってマジ優しいな。

 

 起きたら、足元で火が焚かれていた。おまっ、治療法が前時代すぎだろ……。直に火を点けるとか頭おかしいんじゃねぇの?

 身体を温めるなら、服や毛布を着せたり、温かい飯を食わせたりだろ! 火で直接とか、医療業界進んでなさすぎか!!

 馬鹿! お前らほんと馬鹿!

 もういいわ、どうせ火はオレに燃え移らないだろうし。善意でやってくれてる事に文句言っちゃ駄目だよな。でも起きてたら文句言いそうになるから寝るわ。

 

 起きたら国が滅んでいた。

 何を言ってるのか分からないと思うが((略。いやでもホントどうなってんだろ。

 国中血塗れで死体がゴロゴロしてる。なんか……ご愁傷様です。まぁ他人事だしね。もとの世界の掃き溜めみたいな街でも結構死体がゴロゴロしてたから、大して何も思わんわー。

 でも原因は気になるよな。なんだろ、あのドラゴンがまた来たんか? マジかよ……こわっ。さっさと教会に帰ろ。

 それにしても、何でオレは怪我もしてねぇのに血だらけなんだろ? ま、いっか。生きてるし。

 

 数日後。

 何故かあの三人がすごい勢いでオレを問い詰めてきた。あの国を何で滅ぼしたのかだって? いやおま、オレは滅ぼしてないって。

 なんか、寝て起きたら滅んでたんだよ……。ビックリしちゃったぜ。

 三人は納得できなさそうな顔をしていたが、ギィが何か思いついたのか、二人に小声で話しかけた。この世界でもオレは除け者だった。

 帰ってくんない? オレを除け者にして三人で話すなら、別にここでお茶会する必要ないよね?

 心の中で帰れコールをして盛り上がっていたら、三人が満足げな顔でオレの顔を見た。悪い予感しかしないから帰ってくれる?

 

「お前、今日から魔王な」

 

 うっせー家に帰れ!!

 なんか、訳わからんことを言い出したギィに紅茶をぶっかけてやろうとしたが、身体は言う事を聞かなかった。おまえぇ! 何時になったら主の言う事聞くようになるんじゃあ! ほんま許さんからな!

 賛成なのだ、まぁラフィーならいいわよね、なんてミリムとラミリスまでそんな事を言ってくる。オレ、勇者に討伐されたくないんだけどォ!?

 やーめーろーよー! ガチで。

 

 次の日。

 世界中で新たな魔王が誕生したと話題になり、何故かオレがあの国を滅ぼした事になっていた。

 ちゃうねん。オレじゃないからぁ! あの国、オレが滅ぼしたんじゃないから!

 あと、なんか尾ひれがついて、あの国はオレが救ったのにオレを処刑しようとしたから滅ぼされたとかまで噂されていた。

 オレは救ってもないし滅ぼしてもない。なーんでこういう事になるかなァ! あいつらのせいだよなぁ!!

 マジ許さん。

 今度からめっちゃ苦くした紅茶と、苦い薬草を混入させたお菓子を出してやる。ざまあみさらせ! ふわーはっはっは!

 

 オレ、何歳まで生きるんだろう……。

 なんかもう、ざっと数百年くらい生きてる気がする。最近は異世界人も多いし。たまに勇者来るし。引っ越そうかな……。

 でも、この教会は爺さんの形見だしな……。これごと引っ越しとか、できんかな?

 出来れば空気が汚くなくて、花粉とか飛んでなくて、気候が安定してるとこがいいな。

 こっちの世界に来てからオレ、めちゃくちゃ身体が弱くなったんだよな。熱を出して一日中寝てるなんてザラだ。

 そのせいか、あの三人はオレに対して結構過保護になった。おかげで奴等の襲撃頻度は増すばかりだ。いっぺん、死んでくれない? 俺の胃がストレスでマッハだぜベイベー!

 あー……そういや魔王もなんか増えたり減ったりしてるらしい。あんまし会わんから、名前も顔もうろ覚えだけど。

 

 っげえ!

 またなんか来た! 居留守使おうかな……って思ったらなんか、教会の扉が蹴り破られた。

 そいつは黒髪を結び、顔に仮面をつけた女だった。

 ……最近、魔王の誰かが言ってた勇者ってこいつじゃね? ハイ、死んだわ。

 だから嫌なんだよ、ここに住むの……。生きてたらはよ引越そ。

 

 




オリ主「看病の仕方が古すぎんだよォ!」
「えっ…、か、看病? えっ?」

 ラフィエル君の思考が駄々漏れだった場合。
 確実に困惑する人がいるだろう事は、想像に難くない。というか何で看病だと思うのか。



 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:悪魔がラフィエル君の思考を読めてたら、国はここまで悲惨な状態で滅ばなかったであろう……。
 更なる備考:無性の悪魔と融合しかけたため、性別が変化した。完全な融合を遂げた場合リムル同様無性になっていたかもしれない。


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唯一の甘え/悪魔から見た聖歌者

 第4.5話 唯一の甘え

 

 勇者クロノア、あるいはクロエ・オベールにとって、ラフィエル=スノウホワイトは母であり、姉である。幾数もの世界線、何度も巻き戻った世界の中で、いつだって優しく包み込んでくれた。

 自分にとっては見知った人間であっても、彼女にとっては初対面である。それでも、それなのに、彼女はどの時間軸でも、温かい笑顔で受け入れてくれた。

 それにどれだけ救われたか。それに、どれだけ泣きたくなったか。

 きっと、今目の前にいる彼女は知らない。

 

「初めまして。私、クロノアという者です」

 

 だから、微笑む。本当の名前は言えない。だけれど、遠くない未来には、きっと――。

 きっと、彼女に本当の名前を言えるはずだから。

 そのために必ず、破滅の未来を回避する。ユウキ=カグラザカ……全ての原因である彼を倒す。そのためだけに、ずっとずっと過去と未来を旅しているのだから。

 

「クロノア……最近よく聞く名ですね」

「色々と活動してるから、かな。あなたの名前を教えて貰っても?」

 

 知っている。昔からずっと。

 それに、この時間軸でも彼女は有名だ。美しい、病弱の聖女。あの惨劇を覚えている者は、微睡みの暴虐者と噂する。

 彼女も自分が有名なことは分かっているのだろう。驚いたように目を丸くし、ふわりと微笑んだ。

 

「ラフィエル=スノウホワイトです。貴女は……私と戦う気はないのですね」

「それは勿論。でも……少し、話がしたい」

「そういう事なら、喜んで」

 

 彼女はクロノアに席を勧め、自らはお茶の準備をするために教会の奥へと入っていった。数分後、甘い香りと共にティーセットを持った彼女が戻ってくる。クロノアの対面に腰を下ろして、ケーキを一つずつ自分たちの前へ置く。

 そして、ようやく顔を上げてクロノアを目を合わせた彼女の瞳には、確かな親愛があった。ドキリとクロノアは心臓を跳ね上がらせる。

 まさか、気付かれた? 勇者クロノアが、時を越えたクロエだということに……。

 時折、ラフィエル=スノウホワイトはクロノアの正体を知っているような素振りを見せる事がある。大抵は初対面から平常に接してくるのだが……ごく稀な時間軸では全て知っているような顔をする。

 今回のように、まるで元々知り合いだったかのように、親愛を見せる。その時の世界は――いつも、大抵が上手く行く。けれどやはり、最後には失敗してしまう。 

 ――でも、今回こそは!!

 

「必ず……リムル先生を」

「助けたい人がいるのですね」

 

 ハッと、いつの間にか俯けていた顔を上げる。最後の言葉を口に出していた。咄嗟に口を塞いだが、時は巻き戻らない。戻しても、無意味だろう。

 恐る恐る、彼女の顔色を伺う。優しく包み込むような、柔らかい笑み。そんな笑顔で、慈愛に満ちた瞳が、向けられていた。

 

「あ……」

 

 全てわかっている。そう言いたげな。

 だから、今だけは気を張り詰めずに肩の力を抜きましょう。そんな優しい言葉が。

 この事は、ふたりの秘密ですね。――なんて。

 数多の世界を見てきて、一度だけ言われた言葉が脳裏を過る。それが救いになった。だから頑張ってこれた。でもまた、擦り切れそうになって。

 

 ……でも、頑張れる。

 

 優しい優しい、私だけが知っている、たくさんの言葉。何時だって誰にだって優しい彼女が、自分にだけ言ってくれた救いの言葉。

 また心配されちゃった。でも嬉しい。

 だから戦う。強くなる。全ては、破滅する未来を回避するために。

 勇者として、大好きな人の命を落とさせないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第4話 悪魔から見た聖女または聖歌者(ラフィエル=スノウホワイト)

 

 悪魔が見たラフィエル=スノウホワイトという存在は酷く厄介な存在だった。聖歌隊の中でも随一の歌声を持ち、謙虚で驕りにくい。

 全く、籠絡が効きにくい少年で、酷く梃子摺ったものだ。そして……こちらの世界に来る時には、訳の分からない声が聞こえ、悪魔の力は更に効きにくくなった。

 

《確認しました。ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』を獲得……成功しました》

 

 それからは悪魔契約を交わし、何とか融合の難を逃れたものの、上手いこといかない。その代わりとでもいうように、ラフィエル=スノウホワイトには幸運ばかりが舞い込んでいる。

 見知らぬ老人には、この世界の知識と技術、そして教会を譲り渡された。環境も良い。全く、悪魔から見て不愉快極まりない。

 その後、ラフィエル=スノウホワイトが気に入っていた老人が死んだ。それに歓喜した悪魔だったが、

 

《確認しました。ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)』を獲得……成功しました》

 

 ガッカリである。

 それから、この世界での最強の一角であろうと悪魔の目を持ってして言い切れる実力者に気に入られる始末。ますます悪魔の手が出しにくくなった。

 ミリム・ナーヴァはともかく、ギィ・クリムゾンとラミリスはきっと気付いている。ラフィエル=スノウホワイトの真価を。

 あの地形を変動させた攻撃の嵐の中で、ほんの少しの傷だけで、綺麗なまま佇む白い教会。それは、偶然ではありえない。

 ラフィエル=スノウホワイトによる防御結界――彼女が防壁(サンクチュアリ)と呼び、聖書に描かれる物語に出てくる神の御技である。

 それを行使しているのが、行使する事が可能なのが神々の寵愛を受けし者。究極の力でなければ防ぐ事が出来ない攻撃を、ユニークの力で防いだ謎の人間。

 それが、ラフィエル=スノウホワイトである。

 

 ラフィエル=スノウホワイトを受け入れず、危険因子として魂だけを殺してくれれば御の字。

 そう思っていれば、予想外なことに悪魔が顕現できるチャンスが訪れた。なんと、あのラフィエル=スノウホワイトが人間に処刑されかけているのだ!! 契約者の身体の命の危機が訪れた場合、悪魔は顕現する。その契約が生きてきた。

 歓喜と共にその国を蹂躙し、眠る。

 そのせいであの三人には自分の存在を勘付かれてしまったが、大した事ではない。契約がある限り、奴等が悪魔に手を出す事は出来ないのだから。

 

 それに、嬉しい誤算もあった。

 あの一度の顕現のおかげで、悪魔の力は増大した。

 元々、ラフィエル=スノウホワイトを呪い続けて時折、体調不良を引き起こしたりなどしていたが、これからは違う。

 呪いは常にラフィエル=スノウホワイトの身体を蝕み、ほんの些細なことで戦闘不能になるほど、脆弱な身体に落とし込む。

 そしていつの日かは分からぬが、その身体がボロボロになり、たとえ悪魔が顕現したところで治らぬ身体になっていれば……悪魔の勝利だ。人間は肉体と魂、どちらかが欠ければ死ぬのだから。

 

 それから、数百年が過ぎた。

 良く分からぬ魂をした女が訪れるなど、興味深い事はあったが、それほど特筆すべき事はない。

 数百年の間に何かと便利な魔法を聖書から抜き出して覚えたようだが、ラフィエル=スノウホワイトにとっては意味がないだろう。

 その魔法では、悪魔の呪いは解けない。

 しかし、あの聖歌者であろうとも何度も家を襲撃されるのには嫌気がさしたのか、ラフィエル=スノウホワイトは周辺の土地ごと教会を異空間に隔離した。

 ある一定の手順を踏まなければ、教会に辿り着けない仕組みだ。だが、一定の手順を踏みさえすれば、どんな場所からでも来れる。

 本当に、ラフィエル=スノウホワイトの成長を嫌でも見守らなければいけないというのは、不愉快極まりない。

 

 

 

 

 

 

 

 真・第4話 エンジョイ引きこもり生活

 

 教会ごと異空間に隔離するという離れ業を取得した俺氏、順当に人間を止めていってる気がする今日この頃。マジで出来ると思わなかったんすよ……。 

 いやね、最近になって聖書に乗ってる技、リアルで使えるなって気づいたわけだ。そしたらさ…なんか、空間を隔離する魔法とかいうのがあるじゃん。

 

 やるよね。

 

 ほら、最近は物騒だからさ。オレの家に突撃してオレを殺そうとしてくる奴の多いこと多いこと。まあ、大抵が他の魔王が茶ぁ飲んでる時に来るから、不法侵入しとる魔王が勝手に追い払ってくれるんだけど。

 そこだけは感謝している。だが、オレを魔王にしたあの三人だけは絶対に許さない。絶対にだ。

 そんなわけで一人の時間が恋しい。ほぼ毎日といっていいほど魔王が来おる。最近は十大魔王とか総称されてるらしい。

 が、どうでもいい。

 とりあえず一人になりたい。アイラブ一人フォーエバー。

 はーっ……静かな空間、最高ですぅ……。

 なんて思っていたのが悪かったのだろうか。盛大にガラスが割れるような音が響いた。

 慌てて窓から顔を出して外を見ると、そこには見慣れた桃色の髪が揺れていた。

 

「ワタシが遊びに来てやったのだ!」

 

 太陽のように輝く笑顔は、僅か2日ぶりで。

 お前ほんとなんなの?(激怒)




「とても大切で、大好きな人」
オリ主「常識的な人とか初めて会ったかもしんない。仲良くしとこう」

 悲しいすれ違いだった……。
 クロノアが常識的で良心的な模範的行動を見せるとラフィエル君の好感度は爆上がり。RTAをする時は参考にしよう。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   エクストラスキル『魔力感知』
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:魔王襲撃や勇者襲来、あとは熱出して死にかけた時の経験のおかげで魔力を感知できるようになったらしい。


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原作開始
運命の人/ストレスマッハ


 第5.5話 運命の人

 

 その日、リムル=テンペストは武装国家ドワルゴンに滞在していた。ゴブリン村へ技術者をスカウトするためだ。まあしかし、今は少し休憩中というか、ある一件のお礼にと、エルフの店で羽休めをしていた。

 リムル=テンペスト。

 ぷるんとした流動体を持つ者。要は、スライムである。それでいて、地球の日本という異世界からの転生者だった。

 それから時は進み、エルフのおねえさんに"運命の人"とやらを占ってもらう事になった。

 そこに映ったのは、黒髪の女性。片頬に火傷の跡がある、綺麗な人だった。

 

「おい、その人もしかして……"爆炎の支配者"シズエ・イザワじゃねえか?」

 

 お礼のため、とエルフの店へ誘ったドワーフ、鍛冶師カイジンが言った。シズエ・イザワ。名前の響きからして、リムルと同郷である可能性が高い。本来なら井沢静江と表記されるのだろう。

 

「有名なのか?」

 

 しかし、それは情報を得なければ確定にはならない。リムルがカイジンに問うと、頷いて軽い説明を始める。

 

自由組合(ギルド)の英雄だよ。見た目は人間の若い娘さんだが何十年も活躍してたんだ。今はもう引退して、どっかの国で若手を育ててるんじゃなかったかな」

「英雄……」

 

 あの女性が英雄。

 恐らく同郷である彼女には、会ってみたい。

 

「スライムさん運命の人、気になるんだ?」

「え? あ、いや」

 

 くすくすと楽しそうに聞かれたリムルは視線を泳がせる。そこで、黒髪の女性――シズエ・イザワが映っていた水晶に、また誰かが映っている事に気がついた。

 

「あれ、…二人目?」

「スライムさん、運命の人多いね。モテモテだ」

「そんな事ないけど……」

 

 実際、生前のリムルは独身貴族。誰かと初体験をしたということもない。その事実からそっと目を逸らし、水晶へ関心を向けた。

 次は誰が映るのか、誰もが興味深く伺っている。

 そして、皆の関心を受けた水晶は、一人の美しい少女の姿を映し出した。

 ベッドの上で坐り込む少女。恐らくは寝室にいるのだろう。薄暗い部屋にいる彼女の顔はまだ見えない。今見えるのは、純白の衣装を身に纏った小柄な少女という事だけだ。

 少女が、ほんの少し顔を上げた。

 リムルの周りのエルフのおねえさんや、カイジン達が息を呑んだ。

 

 リムルは、驚いてその少女を見つめていた。周りの様子にも、気が付かない。

 衣装と同じ、いや、それ以上の艶と上品さを持ち合わせている白い髪。そして、宝石が詰め込まれたかのように美しい、青い瞳。その瞳から柔らかそうな頬を伝って流れ落ちる――涙。

 どうして泣いているのか。綺麗な服装や身体の汚れからして、恵まれた環境にあるはずだ。一体、何が彼女に涙させるのか。悲しませるのか。

 わからない。分からないけれど……もし力になれるのなら。助けたい。その涙を拭ってあげたい。

 そう思うのは、人として、男として間違っていないはずだ。

 

「なあ、この人の事知ってるか?」

 

 だから聞いた。

 先のシズエ・イザワの事もある。もしかしたらこの少女のことも知っているかもしれない。希望的観測で、リムルは彼女について問いかけた。

 そこでようやく、リムルは呆然とした顔の周りに気が付いた。リムルの声ではっと我を取り戻したエルフのおねえさんが、頬を上気させた。

 

「す、すごいよスライムさん! あの人が運命の人だなんて!」

「いいなあ……」

 

 リムルは一躍、羨望の的となっていた。

 へ? と首を傾げる(比喩)リムルに、苦笑したカイジンが口を開いた。

 

「その方の名前は、ラフィエル=スノウホワイト。病弱の聖女とも、微睡みの暴虐者とも言われる、魔王の一柱(ひとり)だ」

「えっ」

 

 ポカン、と今度はリムルが呆然とする番だった。

 

 

 

 

 

 

 第5話 ストレスマッハ

 

 この世界では初めて会ったかもしれない常識的な人間、クロノアと出会ってから三百年が過ぎた。クロノアは何か、魔王の一人であるバレンタインのとこで何年か眠るらしい。訳わからんな!

 勇者ってそんな事しなきゃなんねぇの? しんどいな、オレは絶対やりたくねぇわ。

 しかし三百年もありゃ色々と情勢は変わるわな。なんかヤバイ存在がジュラの大森林に封印されたらしい。ジュラの大森林ってオレが元いた草原のお隣じゃね? やっべー……引っ越してよかった。

 あと何か、オレが滅ぼしたとか暴れたとか言われてる場所が増えた。なんで?(真剣) オレはただ……いろんな国に遊びに行ってるだけなのにッ!

 こういう事が続くとさ……外行く気力死ぬよね。もう、ニートになるしかないよね。

 しかも何か変な事があって、熱も何もないのに、二、三日くらい眠ったままとかあったし。その後、何故かあの三人が喜んでたけど。やっぱ頭おかしいんじゃ……。

 

 でも一番嬉しい事はあれだな。

 常識的な知りあいが増えたこと。クロノアなんだけど、あれから結構な頻度でうちに来るようになった。オレからしても仲良くしたいからよくお茶していた。

 そしてつい数十年程前の事だが、幼女をつれたクロノアがやって来た。幼女の名前はシズエ。シズエ・イザワ。

 いまでは立派に大人の女性に成長しているが、かなり仲良くさせて貰っている。

 まぁ……一時期はクロノアは何処にいるの、教えて、とか半狂乱になって聞いてきたけど。知るわけねぇじゃん、オレだって何時も教会で来るの待ってるよ。

 つーか教会から出るなんて、散歩の時くらいしかねぇわ。順調に引きこもり生活を謳歌している……と、思うだろ?

 

 違うんだなぁこれが。

 

 今も現在進行形で楽しい平穏生活をぶっ壊されているところだし。ふざけんなよ魔王この野郎。何時になったら、お前らはどっか行くんだよ。

 オレの家に居座るの止めてくんない? 誰がお前らの茶ぁ出してると思ってんだ? おもてなしの精神なんざなぁ、もう死んじまったよ!!

 ちょいちょいじゃれ合いとか称して、教会のすぐ側でとか、教会の中でとかで喧嘩始めるし……うちを破壊すんじゃねぇぞゴルァ!

 はー……辛い。

 つーかお前らうちに来すぎだろ。絶対に一日一回は誰か来てるんですけど。しかも今日は多い。なんでやねん、ミリムとギィ、更に……何か、最近魔王になった奴だから名前覚えてない奴二人。計四人。

 涙が出そうだ。

 

 まだ新米魔王の方はいい。よくないけど。あいつらは一応、教会を壊したりしねぇから。オレを命の危険に晒したりしないから。

 問題はあの二人だ。ピンクと赤の、平気でここら一帯を更地に出来る奴等だ。実力的にも、精神的にも。こないだ、オレのお気に入りのマグカップ壊して、「ごめーんテヘペロ」みたいなノリで謝ってきたぞ?

 謝ったら、どんだけふざけた謝り方でも許してもらえるとでも思っとんのか? 許すわきゃねぇだろ、このクソ共がァ――ッ!!

 ほんともう、やだこいつらぁ……(泣)

 

 なんて内心思っていたところで、反抗期どころかガン付けてるレベルのグレ具合の表情筋は一切オレの言うことなんて聞いてくれない。

 表情に出ねぇから、誰も迷惑だってハッキリわかってくれないんだぞ? いいからとっとと表(情)に出ろやァ!!

 無限の堪忍袋と呼ばれるラフィエル様でも、ブチ切れる事だってあるんじゃよ? いいかてめぇら、イキってられんのも今のうちだからな……。今後オレが謎の大覚醒をしたら、目にもの見せてくれるわ!

 というわけだからマジ、オレが激怒して覚醒を遂げちゃう前に帰ってくれるかね?

 あ、無理っすか……。

 

 というか、さっきから新米魔王二人にすげえガン飛ばされてるんだけど。何なん? 教会破壊しねぇから大して気に留めてなかったけど、もしかしてそれで怒ってんの? 器ちっさ!

 あの翼の生えてる人外姉ちゃんは見た目ではそこまで怒ってる風には見えないけどオレには分かる。空気を読む天才だからな、オレくらいになると雰囲気で怒ってる事くらい分かるんだ。

 あの姉ちゃん名前なんつったっけ? ふ、ふ……フライ? なんかそんな感じだった気がする。よくよく考えてみるとしっくりくるわ。間違いなくフライだな。うん。

 それでもう一人……なんか厳ついおっさん。ちょっと獣要素がある、特筆すべきことはないおっさん。おもっくそガンつけてくれるじゃねぇか、おお?

 やんのかゴルァ! 頭脳戦なら脳筋になんざ負けねぇからよお、相手してやろうじゃねぇか! 頭脳戦でな! ……肉弾戦? ちょっと何言ってるか分かんないです。

 ええと、名前は確か……か、か……かる? かり? そう、カリ……なんちゃら。

 

 フライとカリ何とかは、あんまり構わなかったから怒っているのかもしれない。構ってちゃんかよ。

 つーか初対面の時の三人にも思った事だけど、口付いてんだから喋れよ。目は口程に物を言うっていうけど、オレは目で言われてもニュアンスくらいしか分からんのじゃ! 言葉で伝えろカス!

 なんて思ってたらちゃんと言ってくれた。お? 何々、お前ほんとに強いのかって?

 

 強いわけねぇだろ、何言ってんだお前。

 頭ん中にある味噌を発酵しすぎたんじゃねぇの?

 

 本気で何言ってんだこのおっさん。

 とか思ってたら、ミリムがものすごい形相になった後、一瞬でカリ何とかの首を掴み上げた。

 エッ……幼女がおっさんを掴み上げてるこの構図、恐ろしいんですけど……。

 

「ラフィーを潰すつもりなら、ワタシが相手になってやるぞ? カリオン」

 

 あっ、そうだこのおっさん名前カリオンっていうんだ。おけおけ、把握。

 これからは魔王の名前はちゃんと覚えるから、その怒気しまってくんないかな、ミリム。ちょっと、オレの手がプルプルしてんの見えない?

 なんかマジギレしてるミリムにそんな口を聞ける訳もなく、オレは黙ったまま座り込んでいた。

 

「おいおいミリム、その辺にしとけよ。あんまり教会のもの壊すとラフィーが泣くぜ」

 

 泣かんよ。

 お前らの好感度が深淵の奥底まで墜落するだけだ。元々そこまで好感度高くねぇけどな。

 つーか止められるんなら最初から止めろよギィ。お前そんなんだから、何とかいう皇帝との勝負に決着つかねぇんだよ。

 はぁ――ッ!(諦め)

 

 何かよくわからんが、とりあえず認めてやるとか言ってカリオンが帰った。その際にミリムがキレてカリオンの顔面にパンチをいれていた。カリオンは数百メートルくらい吹き飛んだ。さよなら。

 フライも帰った。なんかちょっと同情されていた気がする。あと、名前はフライじゃなくてフレイだった。惜しかったな……。

 そして問題の二人だが……なんか、泊まるとか言い出した。

 はん?(真顔)

 訳わからんこと言うなや……。

 

 ガチで泊まりおったぞあの野郎共。

 信じられねぇ。あいつら、本気で教会に泊まりやがった。オレの安住の地が侵されるゥ……! いや別に安住じゃねぇけど。最近は魔王共が屯ってるから、全然安住じゃないんだけども。

 あいつらの相手ほんと疲れる……。必死で教会やオレが壊されないように気ィ遣ってたからさぁ、ようやっと一息つけるわ。

 教会の奥の広い部屋に二人を押し込んで、オレは一人で寝室のベッドに這い上がった。寝る時まであんなんと一緒にいたくねぇわ。適当に理由ぶっこいて抜けてきたっつーの!

 ああぁ……やっと肩の力を抜ける。長々と息を吐きだしたその瞬間、腹に激痛が走った。

 

「(だああああっ!? いた、いたたた、ちょっ、死ぬゥ! 痛い!)〜〜〜ッ!!」

 

 これ絶対ストレスだ!

 最近溜まってたストレスが、今日の盛り盛りストレスで一気に爆発したんだ!

 やべぇよ、これ絶対に胃に穴開いてるって! だから魔王がここでお茶すんの止めろって言ったんだ! 言ってないけど!

 うああああ、クソ痛え! 涙出そう……。

 

「(駄目だ、意識飛ぶわ)」

 

 枕に顔面から突っ込んだ。

 起きたら朝だった。腹はまだちょっと痛かった。

 

 

 

 




「出来るなら助けてあげたい」
オリ主「【急募】ストレスで死にそう【胃薬作り方】」

 リムルと出会ったら、更に胃薬は必要になる。
 そもそもラフィエル君の胃にダメージを与える奴等とのエンカウント率が既に……。ラフィエル君の胃に安息はない(無慈悲)(悪魔の呪いは関係ない)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:感知系は『上位者』に統合された。
   いつか覚醒するどころか、既に真なる魔王に覚醒している。ラフィエル=スノウホワイトの意思さえあれば究極(アルティメット)スキルはいつでも入手可能。(ただしラフィエル君の意思はクソ雑魚なので可能性はほぼゼロに近い)






 追記:ユニークスキル『寵愛者(マケヌモノ)』を『寵愛者(ミチビクモノ)』に変更しました。


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彼女との約束/紛失系女子

 第6.5話 彼女との約束

 

 "異世界人"あるいは"召喚者"。または"爆炎の支配者"と呼ばれる英雄。それが、井沢静江(シズエ・イザワ)という人間だった。

 彼女は、"微睡みの暴虐者"と呼ばれている少女からすれば新参者である魔王レオン・クロムウェルによってこの世界に召喚された。

 そして、勇者クロノアに拾われ、育てられた。拾われた後、クロノアを除いて彼女が初めて会ったのは、まるで宗教画に描かれるような美しい少女である。

 天使の名を冠する彼女は、名前と同じでとても美しく優しい心を持っていた。

 彼女は、見ず知らずのシズエに対して微笑みかけてくれて、この世界の知識と技術を惜しみなく与えてくれた。上手く出来たら、頭を撫でて褒めてくれた。

 だから、彼女にとって……。

 シズエ・イザワにとって、彼女はとても優しい人なのだ。

 

 

 

 

 その日、リムル=テンペストは運命の出会いを果たした。

 巨大妖蟻(ジャイアントアント)の群れに追われている四人の冒険者パーティーに助太刀をした事が、出会いとなった。

 運命の人……シズが残り一匹の巨大妖蟻(ジャイアントアント)を残して油断したその時に、その一匹を倒したのが、リムルである。

 パーティーの三人、カバル、ギド、エレンの三人がシズに駆け寄る。そして、一体誰が助けてくれたのか? そう思って辺りを見渡した。

 そして見つけたのが……。

 

「……スライム?」

 

 ぽかんとしてしまうのも、無理はない。

 水色の流動体、最弱の魔物等々と言われる相手が自分達を助けたなんて、一見では信じられないだろう。

 が、それは助けた本人からすれば不服であろう。むっとしたような声音で、彼は言った。

 

「スライムで悪いか」

「あ、いや…」

 

 慌てた様子を見せるカバルだったが、リムルは地面に落ちた仮面をシズに向けた。先程までは彼女がその仮面を付けていたのだ。

 そして、露わになったシズの顔を見て、リムルは少し驚く。そう、彼女こそ……。

 

(……思ったより早く出会ったな。運命の人……)

 

 少しだけ嬉しくなったリムル。

 このペースならば、あのもう一人の運命の人……ラフィエル=スノウホワイトとも出会える日も、そう遠くはないのかもしれない。

 なんて思っていると、ドサッとカバルがその場に座り込んだ。怪我かと問えば、否と返ってきたものの。

 なんとこの四人、3日も巨大妖蟻(ジャイアントアント)に追われていたという。

 

「荷物は落とすし」

「振り切ったと思って休めば寝込みを襲われるし」

「装備は壊れるしぃ、くたくただし、お腹ぺこぺこだしぃ」

 

 相当溜まっていたのか、堰を切ったように溢れる愚痴。

 流石に同情したし、元々のお人好し基質のリムルがこれを聞いてスルー出来るはずもなく、

 

「仕方ないな。簡単な食事でよければご馳走するよ」

「「「え?」」」

 

 ゴブリン村へご招待。

 くるりと踵を返して付いてくるように示すリムルだが、腐っても冒険者。彼等は警戒して相談を始めた。それも当然だ。

 魔物は、人間からすれば悪である。少数の善なる魔物がいたところで、そう簡単に信用されないのだ。

 故にリムルは、ある行動に出た。分かる人には分かり過ぎるその言葉。すなわち――。

 

「俺はリムル。『悪いスライムじゃないよ!』」

 

 

 

 

 

 シズ……シズエ・イザワが炎系の最上位精霊イフリートを暴走させ、リムルがそれを喰らい、その暴走を収束させてから、一週間が過ぎた。

 リムルは、そのイフリートがシズエを延命させていた事を『大賢者』から聞き、彼女の命がもう長くないことを知った。

 そして、彼がイフリートを喰らわなければシズエの自我は消滅していただろう事も。それは、シズエの望みではないだろう、と。

 

「……スライムさん」

 

 悶々と自分がした事を考えていたリムルの耳に、声が届いた。

 シズエが目を覚ました事に安堵しつつ、彼女のために水を取りに行こうとして……止められた。必要ないから。そう言って。

 

「もう何十年も前にこっちに来て、辛いことも沢山あったけど良い人たちにも沢山出会えて。最後はこんな奇跡みたいな出会いがあった」

 

 綺麗な黒髪が、徐々に白く染まっていく。

 彼女の顔には辛さはなく、むしろ幸せそうに微笑んでいて。

 

「心残りがない訳じゃないけど、私はもう十分生きたから」

 

 皺だらけになった手が、リムルを撫でた。

 けれど、幸せそうに見えても、その心残りがあるのなら。ほんの少しだけでもいい。力になりたい。

 そう思ってしまうほど、リムルというスライムはお人好しなのだった。

 

「俺があんたの力になりたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 シズエ・イザワの心残りは、二つあった。

 一つは、彼女の教え子達。占いで見た五人の子供達――それと、二人の男女。

 そしてもう一つは、預かり物を返すこと。

 特にこの預かり物の事は、シズエは殊更気にしていた。返そうと思っても、本人に会えないのだと。必ず返すと約束していたのに。

 どうしてか、本人のいる教会に辿り着けないのだと。

 

(こんなところで繋がるとは……)

 

 預かり物の真の持ち主は、魔王ラフィエル=スノウホワイト。十大魔王が一柱、"微睡みの暴虐者"ラフィエル=スノウホワイトその人であった。

 シズエを喰らった事で人型に変身したリムルは、その手に一目で業物だと分かる横笛(フルート)を持っていた。

 銀色に輝くそれは、かつて聖歌隊になる前のラフィエル=スノウホワイトが愛用していた物だ。聞く人が聞けば、喉から手が出る程に欲しがる一品である。

 

「でも、何で二極化した噂が流れてるんだろうな」

 

 ある一人に聞けば、彼女は暴虐の限りを尽くす恐ろしい魔王だという。

 しかし違う一人に聞けば、彼女は誰よりも心優しい、まるで神話に出てくる天使のようだという。

 ……シズさんなら知っているだろうか。

 いや、今更そんな事を言っても意味はない。それに、自分はもう聞いているだろう。

 彼女のことを、シズさんはこう言っていたのだから。

 

「ラフィエルさんはね、とても優しい人だよ」

「優しすぎて……いつか壊れてしまいそうだと思ってしまうくらい」

 

 優しさのために、自らを壊してしまう。それが既に起こっているとしたら。

 あの日水晶に映った、あの涙は――。

 

(いや……まだ分からない。とにかく、彼女に会ってみないことには、何も始まらないんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第6話 紛失系女子

 

 オレの胃は死んだ。激痛こそないものの、軽い痛みは継続している。オレが一体何をしたっていうんだ……。くそがっ、あの魔王共め! いつか目にもの見せてやる!

 穴が開いているのかどうかの真偽を知りたいけど、聞くのが怖くて医者には行ってない。もし開いてるって言われた時を想像すると怖くて行けなかった。あ? ヘタレだって? うるせえ、そう言えるのは歯医者を一度も怖いって思わなかった奴だけだ。

 はああ……ほんと辛い。あの魔王共、胃テロなんか起こしやがって。オレが一体お前らに何をしたっていうんだ。ぶっ殺すぞ。

 

 本日は晴天なり。

 ちょっと朝から咳が出るなと思っていたが気にせずいつも通り過ごした翌日が今日だ。高熱を出して現在進行形で死にそう。

 昨日ちゃんと身清めしたから悪かったのかな。身清めって冷水に長時間浸かるからな……原因としては間違ってはないだろう。

 でも習慣付いてるから止めようにと止めれなかったんだよぉ……!

 というわけで今日は一日、ベッドで大人しくしてようと思った矢先のこと。

 破天荒娘(ミリム・ナーヴァ)が元気よく我が教会に飛び込んできてくれた。

 帰ってどうぞ。

 

 帰ってくれなかった。泣きそう。

 お前の看病、教会が何処かしら壊れるから嫌なんだよォ! 誰が修理すると思ってんだァ!! オレだよ!!

 最初の方に比べりゃ確かにマシになってるよ? 最初はオレ看病されてるじゃなくて、殺されてるって思ったもんよ。今はなんとか形になってるけども。

 今でも看病されてる最中に殺されるんじゃないかってビクビクしてるからね。看病ならラミリスを呼んでこいよ。あいつが一番マシだからさ。

 ギィ? ああ……あいつ、看病クソ下手だから。ミリムよりも下手くそだから。カスだよカス。手加減のやり方を知らんのかてめぇらはよお! ってめっちゃ思った。

 

 ゴリゴリと身と骨を削られてるんじゃねぇのかってレベルでゴシゴシと背中を濡れた布で拭かれた後。

 ミリムが部屋を散らかしてくれたため、(これ以上散らかさせないように)オレが片付けようと起き上がればベッドに押し込まれた。おまえ、オレに何か恨みでもあんの……?(震)

 うっかり窒息しかけたわお前の馬鹿力でな!

 結局、オレが指示してミリムが片付けるという形になった。不安しかない。本当にちゃんと片付けられるのか? 面倒だから教会ごと片付ける(物理)とか言わない?

 最初はほんの少しでもミスったら、とっととお家に帰って貰おうと思っていたのだが……意外とちゃんと指示通りに動いてくれて驚愕しかない。なんか悪いもんでも食ったんじゃねぇの? 大丈夫?

 

 なんと、散らかった部屋は元の整理の行き届いた部屋へと戻った。

 なんだよ、やれば出来るんじゃねぇか。最初からそうしろよな!

 

「むっ? おいラフィー、これは何なのだ?」

 

 あん?

 ミリムが不思議そうに問いかけてきたのでそちらに視線を向ける。ミリムはシンプルな箱を金色の装飾であつらえた物を両手で支えていた。

 どこかで……見たような、ないような?

 内心でうんうんと考えていたが思い出せない。たぶん爺さんの遺品なんじゃねぇかな……あっ!!

 そうだ思い出した、それ爺さんがオレにくれたやつだ。フルートの入れ物にどうかって。入れ物とか無かったからなぁオレのフルート。

 オレのフルートの入れ物だというと、ミリムが顔を輝かせて箱を開けた。

 

「…………何も入ってないぞ……」

 

 騙したのか、と言わんばかりの顔をされるが知らんがな。あれ? そこに入れてなかったっけ?

 どこやったかなぁオレのフルート……。つーか、思い出せばあのフルート、結構な曰く付きだったわ。聖歌隊に入る前はよく行方不明になってたっけ。

 オレに直接の被害はないが、よく失くなっては他人の部屋から出てきたんだよな。その度に部屋の主が盗人扱いされててめっちゃ申し訳なかった。ごめんオレが失くしたばっかりに……。

 ……あ。そういやあのフルート何年か前に誰かに貸したんだった。誰だったかな、でもオレが貸すくらいだし結構仲良い奴だよなあ。

 クロノア? いやあいつに楽器の話とかした覚えねぇわ。ということは……シズエかな? まあシズエならいつか返しに来るだろ。良い子だし。放っとこ。

 

 




「もしかして、もう、壊れてるんじゃ」
オリ主「オレの胃が壊れちまったよ……」

 そう、もう壊れているんだ(パーツ単位)
 リムルの予想は半分くらい合っていたりする。そうだよ、ラフィエル君の胃と精神はもう崩壊寸前なんだ。早く助けてあげて!(不可能)


 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:フルートは普通に盗まれていた。小学校で好きな人のリコーダーをアレコレするのと同じ。ちなみにシズエは単純にフルートの音色が気に入っただけ。


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フルートの問題/ルナティック人生

 

 森の騒乱編なんて全カットだぜ……(震)
 だってラフィエル君の出る幕ないし。出す必要もないよね。


 第7.5話 フルートの問題

 

 その日、ミリム・ナーヴァはかつてないほど上機嫌だった。

 何故上機嫌かというと……数時間前に遡らなければならないだろう。

 彼女は、暇つぶしに魔王を誕生させる計画に携わっていた。勿論、経過を見守るだけで他は全て他人に丸投げである。被害者は魔王クレイマン。が、本人はこれ幸いと色々と好き勝手しているので大した問題ではない。

 そして、生み出した魔王種は、第三勢力である謎の魔人によって倒された。その魔人は、水色の髪に、抗魔の仮面をつけた、少女の姿をしていた。

 

 面白そうだ。

 

 それが、その一連の流れを見ていたミリムが最初に思った事だった。生み出した魔王種を倒した謎の魔人。興味がある。ならば会いに行けばいい。

 他三人の魔王を適当に言い包め、ミリムはその謎の魔人が住む地へ――ジュラの大森林へと、単身向かったのだった。

 そこで出会ったのが謎の魔人、スライムのリムルである。最初は挨拶をしに来てやっただけ、のつもりだったのだが……食べたことのない甘味を食らわされ、一瞬で虜にされたミリム。

 何やかんやあって、リムルの「友達」宣言を受けたのである。今まで友達なんていう存在はいなかったミリムからすれば、それはとても嬉しい一言だったのだ。

 しかもその後は、親友(マブダチ)にまで昇格した。

 

「ふふん。今度、ラフィーにも紹介してやらねばな」

 

 なんて思うくらい、ミリムはリムルを気に入っていた。ラフィエル=スノウホワイトは生粋の聖女である。ミリムが紹介すれば、たとえ最弱の魔物であろうと仲良くしてくれるはずだ。いや、する。

 二人が仲良くなって、ミリムと共にテーブルを囲む未来を夢想する。きっとそれは遠く無い未来で起こり得るだろう。

 

 そんな、リムルと愉快な仲間達と共に過ごしていたある日の事だった。

 テンペスト――ジュラ・テンペスト連邦国という名のリムルが作った魔物の国での、出来事である。

 めずらしくミリムが早起きして、暇だしリムルと遊んでやるかと、リムルの根城に突撃したのが、事の始まりだ。

 ミリムに突撃された時、リムルはちょうど研磨の最中だった。シズエに託された、預かり物のフルートの調整をしていたのだ。返す時に壊れてました、錆びてました、汚れてましたではシズエの顔に泥を塗ってしまう。

 それ故、リムルはドワーフ三兄弟から手入れの仕方を教わり、毎朝日課になったフルートの手入れをしていたのだ。

 そんな時にミリムが扉を壊す勢いで突撃してきたものだから、驚いたリムルは分解していたフルートの頭管部を地面に転がり落としてしまった。

 

「あっ……あああ!? おまっ、ミリムお前なー!」

 

 地面に転がり落ちたそれを拾い上げる。既に砂で汚れ、小石で傷がついてしまったそれに、リムルは悲鳴を上げた。

 突撃してきたミリムに怒鳴ってしまうのも仕方ない。シズエが管理していた頃は傷も汚れも何一つない状態で保管されていたのだ。リムルが引き継いでからこんなに傷付きましたでは、立つ瀬がない。

 頭を抱えた後、布で砂を取り除いてみたものの、やはり小さな傷がたくさん付いていた。

 

「あー……」

「わ、悪かったのだ。そんなに大事なものだったのか?」

 

 フルートの頭管部を見つめてニの句が告げなくなっているリムルに、ミリムがしょんぼりした顔で謝った。最近、とある人物に「ありがとう」と「ごめんなさい」の重要性を散々説かれているため、すんなりとその言葉は出てきた。

 あまりにもしょんぼりと落ち込んでいるので、リムルは苦笑して首を振った。

 

「ある人から預かってるんだ。なら、ちゃんと綺麗な状態で返さないといけないだろ?」

「それは……そうだな。誰の物なのだ?」

「ん? そうだな、ミリムは知ってると思うけど」

 

 単純な興味でリムルに問い掛けたミリムは、このあと固まる事になる。

 そういや魔王だし、ミリムからもラフィエル=スノウホワイトがどんな人物なのか教えて貰おう。そんな気持ちで、リムルは答えた。

 

「ラフィエル=スノウホワイトって魔王なんだけど。どんな人か教えてくれたら嬉しいんだが……」

「な、は……ず、ズルイのだ!」

 

「はい?」

 

 ミリムの反応に、リムルは首を傾げた。

 ラフィエル=スノウホワイトの事を教えて欲しいといったら、何故ズルイと返されなければならないのか? ミリムの思考回路は謎だ。

 

「ワタシはラフィーから何かを預けられたりしてないのに……リムルだけズルイのだ!」

「いや、それ俺関係ないからな?」

 

 魔王って本当に理不尽だなーと、リムルは呑気にそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第7話 ルナティック人生

 

 今日は珍しく魔王が誰も来ないまま一日が終わりそうだ。こんなにも嬉しい事はそうそう無いのではなかろうか。いやっほーぅ! パラダイスだぜえ!

 こんな日がいつまでも続けばいいのにな……。

 なんて思っていたのだが。もしかして今のがフラグとかになってしまったりしていたのか? クソかよ。お前ら(フラグ)なんて大嫌いだ!

 何でかなあ。何でオレには平穏が訪れないのかなー。

 そんな事を思いながら、オレは目の前の相手を見つめた。

 そう――目の前の、黒い悪魔を。

 

「クフフフフ。お久しぶりです、ラフィエル」

「……そうですね」

 

 何でおんねんこいつ。

 教会の奥で惰眠を貪ってから夕方に起きてきたら、勝手に茶と菓子を飲み食いしてやがった不法侵入者に、オレの機嫌は急降下である。

 つーか、この黒い悪魔とは二回目ましてなんだけど? こんな不法侵入されるような仲じゃないはずなんだけど?

 なんの目的があって来やがった? 場合によっては貴様、タダで帰れると思うなよ。オレの家の備蓄を勝手に漁った罪は重い。

 

「まあ貴女相手に腹芸をしていても無駄なので、単刀直入に言いますが」

「はあ」

「シズエ・イザワを知っていますね?」

 

 嘘だろシズエ。お前、こんな訳わからん黒い悪魔と知り合いだったんか……。常識人だと思ってたのに、こんなヤバ目な奴と……。

 知り合いの思わぬ交友関係にショックを受けているオレを構いもせず、黒い悪魔は続けた。

 

「彼女が出会ったとある人物が大変興味深い者でして……」

 

 いや、知らんけど。

 シズエが会った人間なんか、オレが把握してる訳ねぇじゃんよ。お前頭大丈夫か? 何でオレがシズエの交友関係全部分かってる前提で話してんの? 知らんて。

 微妙に興奮しているらしい黒い悪魔は、微かに頬を紅潮させて饒舌に話し続けている。

 正直誰の事言ってんのか分からなかった。愛らしいボディとか言ってたけど、お前それセクハラだと思うよ。オレでさえ引いたぞ。性に関してはほぼ無頓着だと自覚しているこのオレがだぞ。

 

 ドン引きしているオレに、やはり気づく様子もなくその人物に関して語っている黒い悪魔。もう完全に心酔とか崇拝の域に達している。

 正直関わりたくないでござる。教会の奥へ戻って三度寝を決めこみたい。だがそれをすると、きっとこの黒い悪魔は笑顔でこの異空間ごと破壊しそうな気がしてならない。

 こいつ怖いもん。なんか危ない感じするし。

 

「そこで提案があるのですが……」

 

 うんうん。

 もう何でもいいから帰ってくんないかな。とりあえず魔界にでもどこでも消えてくれ。ファッキンゴッド。神は死んだ。

 オレをこの頭のおかしい悪魔から解放してくれたまえ、アーメン。いやマジでほんと帰ってお願いだから。一生のお願いだから!

 

「私と貴女で"友達"になりましょう」

 

 なに言ってんだこいつ?

 笑顔でどんな提案をするのかとビクビクしていたが、何だその訳のわからん提案は。

 オレの感情が珍しくそのまま表に出ていたのか、黒い悪魔はクフクフと笑いながら説明してくれた。……ただし、目が笑っていなかったが。

 

「その人物が随分と貴女を気にしているようでして。貴女と仲が良いと言えば、恐らく私に興味を持ってくれるでしょう。そしてそれを利用して必ずあの方の配下に――」

 

 何こいつ怖いんだけど……。

 え? なに、シズエが会った奴をお前が気に入った。そしてその人物はオレを気にしている。ならオレの情報を持ったお前がその人物に会いに行けば気に入られるって寸法か?

 そんなんのためにオレと友達になりに来たんかこいつ。信じられないくらい、あの、腹黒ではなく、なんかこう……遠回しっていうか、……頭いいのに馬鹿だな。

 そもそも、何でその人物とやらがオレを気にしてんだよ。そこから割と疑ってるんだけど。

 

「それで、答えは? はいですか? それともイエス?」

 

 友達になる以外の選択肢が用意されてないんですがそれは。というかここでノーと答えたらどうなるのか。ぶっ殺される未来しか見えんわ。

 内心頭を抱える。だってこいつと友達とかメリットねぇじゃん。百害あって一利無しだろ、これ。

 どうすっかな……。

 ニコニコとオレを見ている黒い悪魔。ギィと同レベルでやばい存在だと、オレの危機感知センサーが叫んでいる。

 ふぅ……やれやれ、しょうがないな。

 

「喜んで。是非、お友達になりましょう」

 

 こんなん、こう返事するしかないじゃんよ!!

 心では泣き喚いているのに関わらず、オレの表情は満面の笑みだった。さっきは言う事聞いてくれたのに、何で今は無視するの? 表情(おまえ)、オレの事嫌いなの?

 辛い。オレの人生の難易度がルナティックすぎて辛い。泣きそう。

 

「貴女ならそう言ってくれると思っていましたよ、ラフィエル。では早速ですが、」

 

 え……何、早速オレに何をやらせる気なの? お前のそういうとこ嫌いだよ。お前は悪魔同士、ギィと遊んでりゃいいだろ。

 いちいちオレに紹介すんなよギィもさぁ!! おかげで顔見知りになった挙げ句友達にされちまったじゃねぇかよ!

 紹介すんな! 勝手にてめぇらだけで遊んでろ! この疫病神共め!

 

「貴女の持ち物を一つ、頂きましょうか」

 

 お、お巡りさんこいつです! こいつがオレの持ち物を奪おうと……!

 ……あの、ガチで言ってんの? ジョークとかじゃなく? え、なんで……?(混乱)

 相変わらず戦闘能力怪物の奴の考えは理解できない。ほんと何考えてんだ?

 結局、黒い悪魔はオレがよく使っている万年筆を渡すと、信じられないくらいアッサリと帰っていった。本当に何しに来たの?

 もう、訳がわからないよ……。

 




「フルートに傷が……怒るよなあ……」
オリ主「戦闘能力怪物はこれだからよォ!(激怒)」

 フルート壊れたくらいじゃ怒らない。
 ただし平穏が壊れるとキレるから注意しようね。ラフィエル君と話す時は用法・用量を守って適切に扱ってあげてください。

 現在のステータス。

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:最近は魔王襲撃に慣れてきていたのに、悪魔が突撃訪問してきたせいで精神にダイレクトアタック。そろそろ寝込む。


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それぞれにとっての聖歌者 Ⅰ


 ラフィエル君視点は次話です(少ない)


 第8話 ギィ・クリムゾンの場合①

 

 ギィ・クリムゾンがラフィエル=スノウホワイトに興味を持ったのには、理由がある。単純に、ミリムの心を救った、というのも勿論理由の一つではあるが、最大の理由ではない。

 彼がラフィエル=スノウホワイトに本心から興味をそそられたのは、出会ってからしばしの年月が経った時だった。

 優しさだけが取り柄の弱者。

 自分達と平素の態度で接する事のできる心強き者。

 ただそれだけの認識でしかなかった、あのラフィエル=スノウホワイトが、国を一つ滅ぼしたのだ。

 この一件は、ギィを大いに驚かせた。無論、驚いたのはギィだけではなく、ミリムやラミリスもだが。

 そこで、ラフィエル=スノウホワイトの秘密を知った。

 ラフィエル=スノウホワイトの中には、正体不明のナニカが存在する。そしてそれを、ラフィエル=スノウホワイトは許容している。

 ミリムはその存在を酷く厭い、どうにかして消し飛ばそうと躍起になっていた時もあったが、結局はラフィエル=スノウホワイトに困った顔をされて断念した。

 ラミリスも同様、影から小細工してナニカをラフィエル=スノウホワイトから引き剥がそうとしていたようだが現状は無理だと悟ったようだ。

 そして、そのナニカは未だにラフィエル=スノウホワイトの奥底にある。

 

 それが、ギィの興味を盛大に掻き立てた。

 好奇心。そして、純粋な心配。

 今までは興味はそこまでなかったとはいえ、長年友人として過ごしていれば情も湧く。それ故に、正体不明のナニカが気になり、危険があるのならラフィエル=スノウホワイトから引き剥がしたいと考える。

 それ程までに、ラフィエル=スノウホワイトはギィに気に入られている。

 その結果が出る過程で、とある一件があった事も、その感情に拍車をかけているのだろう。

 未来では、その出来事は無かった事にされているが……ギィはその日のことを鮮明に覚えている。きっと、ラフィエル=スノウホワイトも、そうだろう。

 

 あの日――ギィ・クリムゾンとラフィエル=スノウホワイトは、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラフィエル=スノウホワイトが国を滅ぼした。

 この知らせを耳にするのは、これで八回目である。ギィは今回はスパンが短かったなと思うだけで、特に気にもしていなかった。

 この3日後、未だにラフィエル=スノウホワイトが暴れ回っているという報告を聞くまでは。

 

「へぇ……あいつがなあ」

 

 何か面白い事でもあったのか、と考えて、否と切り捨てる。あの聖女が、人を傷つけるような真似をする訳がない。ということは……あの日、ラフィエル=スノウホワイトの奥底に感じたナニカが表に出てきているのだろう。

 なるほど、それは面白そうだ。

 あのラフィエル=スノウホワイトが許容した存在。そんな存在が今や周辺を荒らし回っている。

 矛盾している。

 人を傷つけない聖女と、その聖女が許容した暴虐を振るうナニカ。

 一体、どういう関係なのだろうか。

 知りたい。興味が尽きない。

 ならば、直接会いに行って知ればいい。

 そこまで思考した瞬間、ギィ・クリムゾンは白氷宮を飛び出した。

 

 飛び出してしばらく。

 クレーターがあちこちに出現している荒れ地を見つけた。跡を見る限り、新しい。

 ラフィエル=スノウホワイトの中に潜む存在によって出来た物だと仮定して……発見。

 機嫌良さげに、スキップでもしそうな足取りで、ラフィエル=スノウホワイトはその地を歩んでいた。

 その瞳は、血のように赤い。

 柔らかで暖かみのある青い瞳は、そこには無かった。

 

「あいつか」

 

 ギィはその人物がラフィエル=スノウホワイトである事を確認し、突撃する。衝突寸前で、ラフィエル=スノウホワイトは振り返って、歪んだ笑みを見せた。

 そして、ギィの頭に右手を乗せると、そのまま体重を乗せて、跳び箱を跳ぶような気軽さでギィを飛び越え、突撃を回避した。

 避けられた事自体、特に何も思わなかったようで、ギィは背後のラフィエル=スノウホワイトを振り返った。

 

「よお、お前とは初めましてだな?」

初めまして、という気はしないが。敢えて言うのなら、その通りだ

「あ?」

 

 ラフィエル=スノウホワイト……否、ナニカの言葉に、ギィは首を傾げた。初めて会う気がしない、とはどういう事か。

 考えて、恐らくナニカはラフィエル=スノウホワイトの視覚や聴覚などの五感を通じて外界の情報を盗んでいるのだろうと推測する。

 なるほど、それならナニカが自分を知っているのも理解出来る。俄然、面白くなっ(ワクワクし)てきた。

 口角をつり上げ、ギィは楽しそうにナニカに声をかけた。

 

「ラフィーに手を出したらミリムやラミリスがうるせえんだよ。その点、お前ならちょっとくらい遊んでも大丈夫だよな?」

 

 身体はラフィエル=スノウホワイトであろうと、その理性と主導権はナニカにある状態であれば。国一つ簡単に滅ぼせる実力を実際に体感できる。

 そんな魂胆で、ギィはナニカに初っ端から攻撃を仕掛けていたのだ。

 そんな思考を見抜き、ナニカは嘲笑った。

 

戦いを望むか。同胞

「……同胞?」

異界の、と付くがな

「お前……悪魔か。しかも異世界の? そいつは…おもしろいなあ」

 

 凶悪な笑みを見せ、ギィが楽しげに腕を振るった。これ以上は、問答するよりも実際に闘った方が面白いと判断したのだ。

 わざわざこれ以上の情報を与えられた後に闘うよりも、手探りで闘う方が、きっと楽しくなる。元来の悪魔としての闘争本能が、そう告げていた。

 

せっかちな奴め。この世界の悪魔は対話を楽しみもしないのか?

「闘う方が楽しいだろ?」

闘いは残しておくもの(メインディッシュ)だ。まずは会話(オードブル)だろう

 

 妙な事を言う悪魔だが、その趣旨はギィに伝わらなかった。戦闘狂と、破壊主義者は相容れない。精神から破壊する事を望む悪魔にとって、戦闘は最後に喰らうもの。

 結果、ギィの考えと悪魔の考えは相反しているのだ。二人の考えと、ラフィエル=スノウホワイトの考えはそれ以上に離れているだろう。

 呆れた顔で距離を取る悪魔に無理矢理にでも戦闘をさせるため、ギィは即座に距離を詰める。そして、嫌そうな顔をした悪魔が、叫んだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 ふらり、ギィの身体がよろめく。くらくらと回る視界に困惑しつつ、ギィは悪魔から距離を取った。

 揺れる視界、回らない頭、思うように動かぬ身体。

 疑問符が溢れる脳内だったが、そこで世界の声が響く。

 

ユニークスキル(、、、、、、、)死歌者(ウタウモノ)』……?」

 

 元々、ラフィエル=スノウホワイトにはそれなりの興味があった。ミリムの件でうっかり失念していたが、今この場でようやく思い出した。

 そう。ラフィエル=スノウホワイトには究極の力など無いのだ。

 それなのに、ユニークごときの力で、究極に対抗以上の事が出来る――そんな、特異な存在だった。

 何故忘れていたのか?

 ギィは自問自答するが、答えは出ない。

 実際は……ラフィエル=スノウホワイトによって故意に忘却させられていた。彼女が当初、三人の魔王を拒絶していたからだ。

 彼女の持つユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)』によって、当時彼らが持っていた自身に対する興味を消していた。

 この場合は、究極に対抗できるユニークを持つ事を、彼らの記憶媒体に拒絶させていた。つまり、忘れさせた。

 最も、ギィがその事を知ることは決して無い。

 

(何故忘れていた? ラフィーのせいか?)

 

 が、何となく推測する事は出来る。ギィにとって、ラフィエル=スノウホワイトは優しさの塊であると同時に、酷く悪辣な存在なのだ。

 何かのために、誰かの為に、そんな理由であればどんな事だって出来てしまう。彼女から匂う血の香りを、ギィは感じ取っていた。

 悪魔を殺したその汚れた手を、直接聞いた訳ではないが……汚れている事は分かっていた。

 

(変な事してくれやがったな。後で仕返しするか)

 

 が、ギィにとってそんな事はどうでもいい。

 勝手に記憶を忘却してくれた仕返しとして、何をして困らせてやろうかと思考し、今は悪魔との闘いが優先だと思い直す。

 

ん? ……ほぅ、生きているのか。普通なら死んでいるのだがな

「へえ。叫びを聞いたら死ぬのか? 厄介なスキルだなあ」

叫びじゃない。死歌だ

 

 まあでも、聞かなきゃいいだけか。ギィはそう思ったが、その程度は悪魔も予想していたのだろう。悪魔は、ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)』によって、ギィの聴覚を封じようとする動きを拒絶した。

 

「おっ、やるな!」

 

 しかし、ギィは手段を封じられたというのに、楽しそうに悪魔を褒めた。楽しげな笑みのまま、ギィは再度悪魔へ向かって突撃した。

 

……脳筋が

 

 同じ行動をするギィを、悪魔は見下していた。

 何も学習しない奴だと。初めて見た時は、この世界でも最強の一角だと思ったのだが、どうやら勘違いだったらしい。

 傲慢はギィの特権なのだが、悪魔にはそんなものは関係ない。落胆を隠しもせず、虫けらを見る目で再度同じように彼の突撃を避けようとし、

 

《告。ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)』を獲得……成功しました》

 

 その直後に走った悪寒。

 このままだと死ぬ。そう直感した悪魔は即座にユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)』による結界を張ろうとしたが、間に合わなかった。

 咄嗟に防御の姿勢をとった悪魔の顔面に、ギィの拳が諸にめり込んだ。

 

がっ……ふ、ッ!

 

 吹き飛び、地面を転がった悪魔はその勢いのまま地を蹴り、ギィから更に距離をとった。

 その間に、つい先程得たユニークスキルについて確認する。どうやら、自分が格下以下と認定した相手にだけ発動するらしい。

 その権能は、感知系統と未来予測。極僅かにではあるが、確率操作による未来改変。

 先程の悪寒は、このユニークスキルによる警告だったのだ。

 前回とは違い、今回の突撃では自身が死ぬと感知。未来予測による、警告。

 そのおかげで、ギリギリ位置を少しでも変えられたため、生きているらしい。

 

初見の突撃は手加減していたか……。今回もまた、本気ではないな。――見誤った

 

 悪魔は悪態をついて遠くにいるギィを睨んだ。

 そして――ちょうどその時、同じように悪態をついていた人物がいた。

 

(えっ、なんかオレの身体がいつも以上に言う事聞いてくれないんですけど……。くそがっ!)

 

 ラフィエル=スノウホワイト。

 十大魔王が一人、"暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)"ギィ・クリムゾンの一撃で、ようやくお目覚めである(遅い)




悪魔「雑魚が……」
「ん? 何か言ったか?」
悪魔「」

 ねぇねぇ悪魔、今どんな気持ちなの? NDK? NDK?
 ギィを見下したその直後にボコられるってどんな気持ちなんですかねえ?(スキップしながら)
 性格悪くなったIFラフィエル君なら絶対に煽るだろう事間違いなしの展開。

 現在のステータス(過去)

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:いくら悪魔といえど、原初の悪魔と最古の魔王を兼任してるギィに敵う訳ない。舐めプしてたら返り討ちにあった(当然)


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それぞれにとっての聖歌者 Ⅱ

 第9.5話 ギィ・クリムゾンの場合②

 

「あん?」

 

 ギィは、そこで不思議そうに首を傾げた。

 遠目であるが故、確信はないが……悪魔の目が変わった。両目とも、白目部分が黒く染まり、真っ赤な瞳であったはずが、片目だけ、青い宝石のような瞳へ戻っている。

 ラフィエル=スノウホワイト本人が、覚醒している?

 いや、そうであれば既にもう片方の瞳は戻っているはず。つまり、半覚醒ということか?

 ギィはそう思考して、悩む。

 このまま気付かないふりをして戦闘を楽しむか、ラフィエル=スノウホワイトの意思を引き出すか。

 正直、前者を選びたい。

 が、ここで前者を選んだ場合、後々ミリムやラミリスの機嫌が底辺に落ち、わざわざご機嫌伺いをしなければいけない。それは面倒臭い。

 ギィは溜息を吐き、仕方無しに後者を選ぼうとした。

 

「……?」

 

 ラフィエル=スノウホワイトと目が合った。何かを必死に訴えているかのような。悪魔の目は憎々しげで、ギィを睨んでいる。

 一体何だと言うのか。ギィは首を傾げてその意図を考え……それに思い当たった。

 その目が、熱烈に訴えているのだ。

 

 やめろ、と。

 

 後者を選ぶのを止めろ。

 そう訴えているのが理解できた。あのラフィエル=スノウホワイトが? 自分の勘違いかと、再度その瞳を見ても、答えは変わらなかった。

 歓喜が沸き起こる。ラフィエル=スノウホワイト公認で、戦える。

 なら、もう躊躇など必要ない。

 ギィは凶悪に口元を歪めると、鬱陶しそうな顔で虚空を手で払う仕草をする悪魔の前へ降り立ち、

 

「本人公認だし、そろそろ本気でやってくれや。なあ、同胞クン?」

 

 なんて挑発をしてみせた。

 眉を寄せ、悪魔はギィを睨む。その動作は、どこかぎこちない。恐らくだが、ラフィエル=スノウホワイトが何かしらの妨害を行っているのだろうと当たりをつける。

 そのおかげで逃げようとしないのだろうと分かっているので、ギィは余計な事するなという文句を飲み込んだ。

 

……邪魔だ

 

 悪魔は、不快げに呟く。

 その身体から、赤黒い霧が吹き出した。それは液体へと変化し、固形化する。鋭く先の尖った、無数の棒へと変化した。

 その正体は、ラフィエル=スノウホワイト……あるいは悪魔の身体を循環する血液である。

 血液を自在に操る、悪魔由来の攻撃法。無論、異世界の、とは付くが。

 棒状の血液は、ギィに襲いかかる。何かに気を取られているのか、それは単調な攻撃で避けるのは簡単な事だった。

 

「おいおい、本気でって言ってるだろ?」

黙れ。……失せろ

 

 何となく、ギィは「失せろ」の言葉はラフィエル=スノウホワイトに向けられた気がした。あくまで気がしただけだが、ギィはその直感を信じた。

 

「こっち見ろよ」

 

 今、戦ってるのは俺だと、ギィは悪魔に殴りかかる。悪魔は血液を固めて防御し、自身は下がって血の盾が壊れても怪我をしないようにした。

 ピクリとギィが訝しげに眉を上げる。

 先程まではユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)』で防御していたのに、何故? さっきから、『死歌者(ウタウモノ)』も使わない。

 ……ラフィエル=スノウホワイトの妨害か。

 本気で戦ってはくれなさそうだ、と思った瞬間、悪魔の膨大な殺気がギィを襲う。

 

(おっ?)

 

 パチパチと瞬きして驚いているギィの右肩が切り裂かれた。悪魔の両手から糸のように赤い血液が出現している。それはギィの傷付いた右肩と繋がっている。

 見れば、悪魔の両目は赤い。青い瞳は消えていた。

 それについて考える暇もなく、悪魔はギィに襲いかかった。

 

まだだ。まだ満足していない! まだ消えてやらんぞ!

「ようやくやる気になったか!」

 

 ラフィエル=スノウホワイトが何を思って消えたのかは分からない。が、何かしら考えているのだろう。

 ならば、今は戦いを楽しみたい。

 きっと何とかして、ラフィエル=スノウホワイトは帰ってくる。消えた事自体、ラフィエル=スノウホワイトの思惑のうちなのだろうから。

 

 

 

「ははははは! 楽しいなあ!」

くっ、は……!

 

 人間であれば致命的な傷を負ってなお、ギィは笑う。彼にとってはかすり傷でしかないというのも、その笑顔の訳ではあるが。

 けれど悪魔はそうはいかない。満身創痍で、あちこちに傷跡がある。

 ギリギリと奥歯を噛み締めて、悪魔はギィを睨みつける。何としてでも一矢報いたい。ここまでコケにされたのは、初めてだった。

 息を切らして、悪魔はギィに肉迫する。

 

「う、おっ……!?」

 

 戦闘が始まり数日経って、そこでようやくギィの表情が崩れた。悪魔の攻撃で驚いたような顔で身を下げたギィを見て、……悪魔は嘲笑った。

 そして舌打ちする。

 

お預けか。まあ良い

「あん?」

 

 ギィが怪訝そうに悪魔を見て、悪魔はその場に倒れた。ぎょっとした顔をしたギィは悪魔を見る。

 悪魔が呻いて、顔を歪めながら目を開いた。その目は、青い。

 

「……ラフィーか?」

「ギィ……。おはよう、ございます……」

 

 律儀に目覚めの挨拶をするラフィエル=スノウホワイトに、ギィは呆れた顔をした。

 

「で、さっきの奴は?」

「……? 何の事ですか?」

「――あっそ……」

 

 あくまで白を切るラフィエル=スノウホワイト。

 ここで追求したところで、絶対に何か話すことはないだろう。時間の無駄だ。

 せっかくの戦いも不完全燃焼。途中でお預けを食らう始末で、肝心の興味の対象も何も知らないの一点張り。

 ギィはうんざりして、会話を打ち切った。

 

「何も」

「?」

 

 ぼそりと、らしくなく弱気な声で呟くように言われた言葉に、ギィは戸惑った。

 その言葉は、妙に胸にしこりを残した。

 だからこそラフィエル=スノウホワイトはギィにとって、何かと気になる存在になった。白を切るくせに、そんな事を言うのだから。

 切なげな顔が、妙に頭に残った。ちょっとくらい、優しくしてやろうと思うくらいには。

 

「何も言わないんですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第9.55話 オートラフィエル

 

 なんか……目が覚めたら、勝手に体が動くんですけど。いつもなら九割くらいはオレの意思に沿って動くのに、全然言うとおりにしてくれない。何なんですか?

 というか口が勝手に動くんですけど。もしかしてオレ、乗っ取られてる感じ……?

 どうしてオレの人生は毎回波乱万丈なのだろうか。これは泣いてもいいんでない? まあ泣けないんだけど。全然、身体が言う事聞いてくれないからね。

 つーか、何? オレが一体何をしたって言うんですかねぇ。

 いや、そんな事よりココドコ? まるで知らない所なんですがこれは。あたりにクレーターとか出来てるし、なんかアレ、顔面痛くね?

 これ、鼻血とか出てない? もしかしたら鼻の骨とか、凹んでるんじゃない?

 誰だよオレみたいな美人の顔面殴ったの! 聖歌隊はなあ、みんな顔面偏差値高いんだからな! オレだってそれなりに綺麗な顔立ちしてるんだぞ!

 ……まあ、他の子の方がキラキラしてたけど。オレは歌下手だからしょうがないね。それに神様怒らせちゃったしな。

 まあ過去の事は気にしてもしょうがないんだけど。そんな事より今を気にするべきだ。

 誰だよ殴ってきたの……。

 

 ギィだった。

 見た目は野蛮だし戦闘好きだし、性格もうわって感じだが、そこそこ紳士だと思っていたのに。

 ちょっと意識飛ばしてる相手に、顔面パンチとか、あったま可笑しいんじゃねぇの!?

 信じらんねぇわ、もう誰も信じられない。

 お前なんか大ッ嫌いだ! え? 待って、何でオレをまだ攻撃しようとしてんのギィさん?

 やだやだやだ待ってごめん謝るからもう痛いのやだなんだって、怪我なんて数える程しかした事ないのに! 熱や風邪を除けば、この怪我で六回目の怪我なのに!

 痛いの嫌いなんだよォ!

 怪我なんて、この世界に来て初めてやったんだよ! 痛かったあああ!!

 ていうか現在進行形で痛い!

 止めてえ! これ以上オレをいじめないで!

 

 止めてくれなかったです。

 そして、なんかものすごく頭がクラクラします。貧血の感覚と似てる。

 そのせいか、オレの身体から血色の霧が噴き出したりとかの幻覚が見えた。

 泣きそう。だってギィめっちゃ攻撃してくるし。痛いし、怖いし。

 もう無理。死ぬ。こんなの耐えられない。

 失禁とか失神しそう。

 ああ、もう駄目だ。無理、落ちる。

 

 起きたら全身が血塗れでした。

 激痛で泣きそう。なんだよこれ、何でオレがこんな痛い思いしなきゃいけないんだ……。

 さっきのは全部夢だと思って起き抜けにギィが見えたから挨拶したけど、夢じゃなかったし。挨拶し損じゃねぇか。

 だってこの怪我全部ギィがやったんだろ。痛いんだよ、ほんと……。痛すぎて発狂出来んし。

 泣きそうになっていると、ギィがオレを見下ろしながら言った。

 

「で、さっきの奴は?」

「……? 何の事ですか?」

「――あっそ……」

 

 さっきなんか、気絶しとったから知らんわ。

 大体お前、お前な……。

 今すぐ気絶したいのを堪えて、オレはギィに文句を言った。

 

「何も……(謝罪の一言も)言わないんですね」

 

 ギィは無言だった。

 絶許。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第9話 ギィ・クリムゾンの場合③

 

「そういや、今日だったな」

 

 ある日の夕方。

 空を見上げてギィは呟いた。昨夜は小望月だった。だから今夜は満月の夜だ。

 古参の魔王にとって、満月の夜は特別な日なのだ。

 その夜は、皆がある場所に集う。意図してではなく、ただその夜のコンサートを見聞きするため、お互いが出会う事もなく、ひっそりと楽しむ。

 その場所こそが、聖女の住まう教会である。

 そこでは、歌を奏でる聖女に気付かれないように身を潜めて、その歌を楽しむ。聖女は、どうやら聞かれたくないらしいのだ。

 一度、ミリムが乱入してから十年ほど開催されなくなったのが理由だ。余談だが、ミリムは他の魔王に散々責められて涙目になっていた(暴れまわった)

 

「そろそろ行くか」

 

 歌を楽しみにしているのは、ギィでさえも変わらない。ラフィエル=スノウホワイトの歌声は、どこまでも透き通っている。

 聞いているだけで、溜まっているストレスが浄化されるような気がしてならならい。

 けれど、そのコンサートのことを知れるのは一部の強者のみ。

 くだらない理由でこの日の楽しみを奪われてはたまらないと、古参の魔王が認めて教えない限りは知る事が出来ないからだ。

 ギィは一定の手順を踏んで、その異空間へと跳ぶ。この時ばかりは、力のゴリ押しで行く訳にはいかない。本人にバレると中止されるのだ。

 ミリムでさえ、面倒などと言わずにちゃんと正規の方法でやって来ているくらいなのだから。

 

「……で、何でお前がここにいるんだ? 原初の黒(ノワール)

「ここでしか直接見れないので」

「お前もラフィーの歌を聞きに来たクチか? 珍しい事もあるもんだな」

 

 違います、と言おうとした黒い悪魔だったが、その前に水色を見つけて黙り込む。ギィとの会話よりもそちらの方が重要だったのだ。

 ここで本人と直接会って話したいと思うものの、この場所では厳しい。やはりもう少し時間が必要かと悔しさに歯軋りする。

 黒い悪魔のその様子に、何となくラフィエル=スノウホワイトの歌を聞きに来た訳ではないとギィは悟った。

 何しに来たんだと問う前に、教会からラフィエル=スノウホワイトが聖書と譜面台を持って出てきたため、一旦口を閉じる。

 

「〜〜〜〜♪」

 

 始まった歌に、教会を中心として円状にひろがる草原の先の森の中に隠れる者達が耳を澄ます。

 森の中は、誰の話し声も聞こえず、ただラフィエル=スノウホワイトの歌が響き渡る。異界の悪魔を殺す聖歌は、この世界では誰もが聞き惚れる歌となる。

 その歌は、歌声は、美しく、優しい。母の歌う子守唄のような安心感が、聞く者の心を満たす。

 歌は、時に優しく、時に激しく抑揚のついた声で歌われる。それはとても人間味の溢れる歌だった。

 両手を組んで、月に向かって歌うその姿は、誰もがその背に天使の翼を見るだろう。

 神々に愛されし聖歌者(てんし)

 それこそが、ラフィエル=スノウホワイトなのだから。

 

「相変わらず、よくわからん奴だなあ」

 

 教会が寝静まった時、ギィは呟いた。

 

「はい? 何か言いました?」

 

 ある人物に夢中で、その人以外は特に気にも留めていなかった黒い悪魔が聞き返した。

 その反応に、ギィは笑った。

 

「歌くらい聞けよ」

「興味がなかったので」

 

 

 

 

 




「あの日のこと、覚えてるよな?」
オリ主「えっ……?」

 ラフィエル君は自分の許容範囲を超える嫌な事があれば全力で忘れるので、覚えてません。
 聞いたら上みたいな反応になるから、絶対に聞いてはいけません(警告)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:無意識で『拒絶者(コバムモノ)』を使い、悪魔の行動を制限していたラフィエル君でした。ちなみに、ラフィエル君視点のあと、本気で意識失う重体になったのでギィは盛大に慌てた(白氷宮で看病した)(ただし下手くそ)


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それぞれにとっての聖歌者 Ⅲ

 第10.5話 ラミリスの場合

 

 ラミリスにとって、ラフィエル=スノウホワイトは手のかかる子供だった。何せ、酷く体が弱いのだ。ほんの少しの事で風邪をひき、高熱を出す。

 咳をしようものなら、数回目で吐血する。そんな、守ってあげないといけない存在だった。

 その認識が変わったのは、ある冬の日。

 ラフィエル=スノウホワイトが勇者レオン・クロムウェルに対して厳しい言葉を投げつけていた事が始まりだった。

 

「ちょ、ラフィーってば何してるのよ?」

「ラミリス。いえ……少しお話を」

 

 まだラフィエル=スノウホワイトが異空間の教会に引きこもっていなかった頃の事だ。

 彼女が、"微睡みの暴虐者"というよりも"病弱の聖女"と呼ばれる事が多かった時代。

 彼女があちこちの国へ足を運び、時には救い、時には滅ぼしていた、そんなある日の事だった。

 たまたま精霊の住処の近くまで来ていたラフィエル=スノウホワイトを招こうと外に出たラミリスは、勇者レオン・クロムウェルを叱責するラフィエル=スノウホワイトという珍しい図を目撃する事になったのである。

 魔王が勇者を説教している最中を目撃するなんて、なんというミラクルだろうか。喜ぶより先に困惑してしまう。

 

「てゆーかレオン、あんたまだこんなとこにいたワケ?」

「……何を怒っている?」

「はーん!? うちに土足で上がった挙げ句に勝手にがっかりして帰ったムカつく奴が、まだこんな近くをうろついてるからでしょーが!!」

 

 困惑はともかく、先日の件で微妙にムカついていたラミリスはここぞとばかりにレオンに噛み付く。

 無表情ながら不思議そうに首を傾げたレオンに、怒りの火がついたラミリスが叫ぶも、迫力があまりにも足りないので大したダメージは与えられなかった。

 その様子にここで噛み付いても意味がないと悟ったラミリスはレオンを放置してラフィエル=スノウホワイトに話しかけた。

 

「で、何してたのよ? あんたが誰かに怒るなんて珍しいこともあるのよさ」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの顔を見ると、困った様な笑みを見せられる。こういう時は、大体はぐらかされるか、あまり誰かに聞かれたくない時だ。

 しばらく考えて、ラミリスはジト目でラフィエル=スノウホワイトを見つめた。

 

「うちの側で騒ぎを起こしてたんだから、説明くらいしてもらうからね!」

「んん……そうですね、近所迷惑でしたか。それは申し訳ない事をしました」

「……はぐらかそうったってそうはいかないわよ?」

 

 微妙に論点をずらしてきたラフィエル=スノウホワイトに、ラミリスが釘を刺す。むむむ、と唸るような仕草を見せるラフィエル=スノウホワイトにやはり誤魔化そうとしていたかとラミリスが溜息を吐いた。

 そんな中、話を蚊帳の外で見守っていたレオンがすっと視線を逸らして空を見た。

 ぽつんと欠けた月が一つ、闇夜で輝いている。

 

「ま、一旦うちに来るのよさ。レオン、あんたもだからね!」

 

 暗い夜に、野外で何の備えもなく話をするのはリスキーだ。特にラミリスのような戦闘能力に乏しい生き物は家にいるべきだ。

 ラフィエル=スノウホワイトの背を押して、ラミリスは精霊の住処へと足を向けた。

 

 精霊の住処にて、事の成り行きを聞く。

 何でも、レオンがラフィエル=スノウホワイトに突っかかったのが原因らしい。直感で、彼女がレオンの探し人を知っていると思ったのだとか。

 この時点でラミリスはレオンが悪いと判断した。

 しかしラフィエル=スノウホワイトの対応も対応だった事で、ラミリスは頭を抱えた。

 なんと、突っかかってきたレオンにこう言ったらしい。

 

「貴方がそのようでは、会える人とも会えませんよ。もう少し他者と分かり合う努力をすべきです」

 

 こうなれば売り言葉に買い言葉。

 口論になり、ラフィエル=スノウホワイトが言い返している時にラミリスがやって来たらしい。

 確かにレオンは口下手というか、あまり相互理解が出来ないタイプの人間だとラミリスも思っていたが、かなり厳しい口調で(なじ)るラフィエル=スノウホワイトもそこそこ悪い。

 後に、それは未来でシズエ・イザワと築いた関係によって叱責されていたとラミリスは理解するのだが、それは未来の話である。

 

「アンタ達ねえ、もう少しオブラートに包んだりとか出来ないワケ?」

「……そうですね、言い過ぎたかもしれません」

 

 ラミリスの言葉で、ラフィエル=スノウホワイトは素直にそう言ったが、謝罪の言葉は出てこない。

 レオンに至っては無言だった。

 結局、ラフィエル=スノウホワイトとレオン・クロムウェルはこの後、(レオン)が魔王になるまで再度話をする事はなかった。

 この時、ようやくラミリスはラフィエル=スノウホワイトが弱い子供ではない事を悟った。

 優しく、慈愛の心を持っているというのは知っていた。けれど、それだけではないのだ。

 人を叱り、怒り、……頑なに自分の意見を貫き通す自分勝手なところもあるのだと、この日に知った。

 

「意外と人間味があるじゃないの」

 

 ラミリスは少し、ラフィエル=スノウホワイトと近付けたような気がして、一人笑った。

 

 

 

 

 第10.55話 不機嫌

 

 その日、オレはとてつもなくイラついていた。度々襲撃にくる勇者の理解不能な言い分のオンパレードのためだ。

 訳わからん事言うのやめてくれます? オレはねえ、国を滅ぼしたりしてねえの! わかるぅ? そのちっこい脳みそで理解できてますか〜?(煽り)

 しかも、何? 国民皆殺し? とかね、そんな事出来る訳ねぇじゃん。オレの特技は長眠と楽器演奏だけだ。そもそも見ろよこの細腕! こんな非力な奴にそんな事出来ると思ってんのぉ?

 そんな事をするくらいならおうどん食べたい(真顔)

 もうね、ムカつくから家出してやったよ。あの教会に行って無駄な口上並べ立てた後に「あれ? いない?」って恥ずかしくなればいい。そして二度と来ないでくれれば更に万々歳なんですけど無理か。

 あーでも、あんまり教会放置するとホコリ溜まってオレの体調が死ぬからな。一週間くらいしたら帰るかな。

 

 なーんて思っていた過去のオレをぶん殴りたい。

 馬鹿野郎お前、その数時間後に勇者に絡まれたじゃねぇか! 一週間なんて呑気な事言ってないですぐさま家に帰りやがれ!!

 キレそう(小並感)

 なんか、金髪のいかした兄ちゃんが喧嘩売ってくるんだよ……。そろそろバッチーンしていいか?

 なんかオレを誘拐犯扱いしてきやがるんだが、これはもう怒っていいのでは? というか怒るわ。

 人の話を聞きもしないで暴言を吐いてくる金髪に、オレは人格否定発言並みの言葉を投げつけてやる。ただし口調のせいでオブラートに包まれる。やめろ直で伝えろ。

 口論どころか殴りかかりたい衝動に駆られていると、そこにラミリスが乱入してきた。邪魔するならたたっ斬るぞ貴様ァ! 

 とか思ってると、どうもラミリスの家はこの近くにあって、そこまで口論の声が響いていたらしい。ごめん近所迷惑しちゃって。

 え? 別に誤魔化してないけど? 一体どこに誤魔化す要素があった……? むんむん考え込んでも分からなかったので疑問を投げ捨てる。

 結局、オレと金髪はラミリスの家でどちらが悪いか判定される事になった。

 

「アンタ達ねえ、もう少しオブラートに包んだりとか出来ないワケ?」

 

 えっ……オレのお口が勝手にオブラートに包んでくれてたのに、それでもダメなの……。

 いや待て、そういえば責めるのが得意な奴は責められるのは弱いと聞いたことがある。つまり金髪はメンタルクソ雑魚だった……?

 そうか……それは可哀想な事をしてしまった。今ずっと黙ってるのも、傷心中だからなのか。

 

「……そうですね、言い過ぎたかもしれません」

 

 でも謝らない。

 オレは悪い事なんてしてないから絶対に謝らない。相手が謝ってきても謝らない。

 そもそもオレがちょっと折れてやったのに金髪は無言だからね。許せんわー。絶対に許せんわー。

 お前顔覚えたからな、教会にきたら辛子粉末お見舞いしてやるから覚悟しろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第10話 レオン・クロムウェルの場合

 

 ラミリスと、魔王レオン・クロムウェルは、異空間にある森の中にいた。

 そこでは既に、とある魔国連邦の主だったり、拗らせた黒い悪魔だったりが隠れ潜んでいたりする。魔王以外は今まで来なかったのに何故急にと思っても気にしてはいけないのだ。

 ラミリスは教会の中で祈りを捧げるラフィエル=スノウホワイトを見て、まだ少し時間がありそうだと視線を外して木の枝に腰掛ける。

 

「それにしても、アンタが来るなんて意外よね」

「……来てはいけないのか」

「だってアンタ達、初対面ではめちゃんこ仲悪かったじゃないのさ」

 

 ラミリスの言葉に、レオンは渋面を作る。

 あの日、ラフィエル=スノウホワイトに言われた言葉はシズエ・イザワと出会ってから色濃く脳裏に焼き付いている。

 魔王達の宴(ワルプルギス)で再会したラフィエル=スノウホワイトは一切突っかかって来ない。どころか、むしろ友好的な態度を見せる。

 あの日の事を忘れたのかと思ったが、あの聖女と名高い彼女が忘れるのはありえない。ならば気にしていないということなのか、それとも別の狙いがあるのか。

 レオンにとってラフィエル=スノウホワイトは決して油断できる存在ではない。けれど、その歌は、とても心に沁みるのだ。

 何百年も探し続けて、出会えないのではないかと諦めが混じっても、その歌を聞いて奮起出来る。だからこそ、彼はこの満月の夜のコンサートに来ているのだ。

 彼の探し人と同じ歌を、同じように気に入っているとは思いもせず。

 

「歌は、別だ」

「ふーん? ま、気持ちはわかるけどね!」

 

 ラフィーの歌は最高なのよ、とラミリスは機嫌良く笑う。

 ちょうどその時、ラフィエル=スノウホワイトが聖書と譜面台を持って、教会の外へ出てきた。

 月に向かって美しい音色を奏でるその声に、レオンとラミリスは目を閉じて聞き惚れる。悩みも苦悩も何もかもを忘れさせてくれる、その歌声に。

 

「……上手い、な」

「トーゼン!」

 

 歌が終わった時、零れ落ちたレオンの感想に、ラミリスは我が事のように胸を張ってそう言ったのだった。




オリ主「勇者とかね、全員死ねばいいんじゃないかな」
勇者's「!?」

 原作に出てくる勇者全員驚愕する一言。
 そんな事言ったらクロエとか泣いちゃうだろラフィエル君。もっと慎重に発言しようか?

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:そんな昔の事、ラフィエル君が覚えている訳がないじゃないか。レオン・クロムウェル、君はラフィエル君を舐め過ぎだ。


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それぞれにとっての聖歌者 Ⅳ

 ヒーローは遅れてやってくる。
 だから原作主人公のリムル視点なら、遅れても許される(はず)


 第11話 リムル=テンペストの場合

 

 その日、リムルは訝しげにミリムを見ていた。

 何時もなら外へ飛び出してリムル達を振り回して楽しげに笑うあの破天荒娘が、そわそわと落ち着かない様子で空をよく見ているからだ。

 いつもならエレン達冒険者三人組と狩りに行ったり、シュナの料理を食い散らかしたりと好き放題しているというのに、今日といえばゆさゆさと身体を揺らして空を眺めている。

 

(おかしい。絶対におかしい……)

 

 何か変なものでも拾い食いしたのでは、と勘繰ってしまう程の豹変ぶりに、リムルはミリムを猜疑心に満ちた目で見つめていた。

 それはいつも振り回されている他の者達も同じだったのか、ついに我慢出来なくなったシオンが問いかけた。

 

「ミリム様! 今日は落ち着かない様子ですが、何かあったのですか?」

「む!?」

 

 好奇心と心配に満ちた面々を見て、ミリムはビクリと肩を震わせ……下手くそな口笛を吹いて明後日の方向を見た。

 

「べ、別に何もないのだ!」

「いや絶対何かあるだろ」

「!?」

 

 あからさまな態度に食い気味でリムルが否定すれば、ミリムは驚愕の表情でリムルを見た。

 何故分かった!? と言いたげな顔でリムルを見るミリムに、呆れ気味にリムルは告げた。

 

「そんなんで俺が騙されると思ったのか?」

「ラフィーは騙せたのだ……」

「そうかそうか。気遣ってくれたんだな、きっと」

 

 項垂れるミリムを見て、あんまり無遠慮に聞きすぎたかと少し罪悪感に苛まれるリムル。いくら親友(マブダチ)と言われようとも、まだ出会ってから数週間。

 踏み込まれたくない事の一つや二つあるだろうと、リムルが引こうとした時だった。

 

「むむむ……。しょうがないのだ。リムルはワタシの親友(マブダチ)だからな。特別だぞ?」

「ん? いいのか?」

 

 リムルの問いに、ミリムが大きく頷く。

 瞳だけでなく、顔全体がキラキラと輝いている所を見ると、満更でもない……どころか話したくてウズウズしていたと見える。

 その様子に、引かなくて良かったなと、リムルは心の中でそう思った。

 

「今夜は、ラフィーの歌が聴けるのだ!」

 

 

 

 

 

 どういう事だ、リムルはミリムに詰め寄った。

 何せ、ミリムがラフィーと呼ぶのは魔王ラフィエル=スノウホワイトその人である。その人物に、リムルは大事な用がある。フルートの返却だ。

 そして何より、ラフィエル=スノウホワイトはリムルの運命の人である。あの涙の訳を聞きたい。そして救えるのなら、救いたい。

 リムルにとって、まだ会った事もないはずのラフィエル=スノウホワイトは、とても大きな存在となっていたのだ。

 故に、直にラフィエル=スノウホワイトの歌を聴ける――会う機会があるという情報は、リムルからすれば喉から手が出る程欲しい情報だった。

 

「何だ、リムルもそんなにラフィーの歌が聞きたいのか?」

「いや、そういう次元じゃなくて……」

 

 ワタシは何度も聴いているぞ、と自慢げなミリムに苦笑して、リムルは続きを促した。

 何でも、ラフィエル=スノウホワイトは満月の夜に歌を歌うらしい。ただし、誰かがいる時には絶対に歌わない。

 わざわざ隠れてやる必要があるのだろうか。人に見られるのが恥ずかしいとか?

 リムルは首を傾げたが、ミリムの言い分を信じるなら彼女はとても歌が上手いようだ。ならば、わざわざ密やかに歌う必要はないだろう。

 疑問はあるが、隠れるだけでラフィエル=スノウホワイトを直に見る事が出来るのであれば問題はない。欲を言えば、そのまま話してみたいとは思うが、流石に無理だろう。

 日を改めてまた訪ねればいい。

 リムルはそう呑気に考えていたが、ラフィエル=スノウホワイトの支配する異空間へ跳ぶには、事細かな手順を踏まなければいけない。意識して最大限に気を使わなければ、跳べないのだ。

 

「だから、連れて行くのはいいが、絶対に騒いだりするのは許さんぞ?」

「おう。でも、そういう事なら大勢ではいけないな……。誰を連れて行こうか……」

 

 ちらり、と配下を確認してみれば、ほぼ全員が行きたそうにしている。普段は控えめなシュナさえも、今回ばかりは譲れない、と言わんばかりに瞳を輝かせていた。

 

「ラフィエル=スノウホワイトって、魔物に人気なのか?」

「それは勿論。強さも然ることながら、その心根も素晴らしい人格者だと聞き及んでおります。まさにリムル様の女性版といったところでしょうか? 是非一度拝見したいものです」

(リスペクトが辛い……、というかどう考えても俺の上位互換では?)

 

 シュナが、さりげなく自分をアピールして連れて行って貰おうとしていた。

 最も、リムルからすればその前のよいしょに引き攣った笑みを浮かべるしかないのだが……普段リムル様リムル様と言っている彼等がこうも称賛するとなれば、本当に人気なのだろう。

 俄然、"微睡みの暴虐者"説よりも"病弱の聖女"説が有力になってきた。やはり恐ろしい魔王というのはガセネタなのだろう。

 けれど、念の為にリムルはその暴虐者説も頭に入れたままにしておいた。

 

「うーん……それならバレても、怒られたりしないだろうから……」

「だっ、駄目だぞ!? バレたらワタシが他の魔王に怒られるのだ!」

「えっ、他の魔王も来てるの?」

「古参の魔王は皆来てるのだ。当然だろう?」

 

 当然なんだ……、と思ったが、リムルは口に出さなかった。というか、魔物だけじゃなくて魔王にも人気なのか。リムルはラフィエル=スノウホワイトに驚愕した。

 ミリムだけでも、魔王というのはかなり曲者というか個性が大爆発していると感じていたからだ。

 そんな魔王達に気に入られるとは、一体どれ程の人格者なのか……。

 しかし、他の魔王まで来ているとなれば危険がヤバイ。騒ぎそうなシオンやゴブタは連れていけないだろう。とすれば、連れていけるのはソウエイあたりだろうか。

 万が一騒いで、他の魔王にブチ切れられたりしたら目も当てられない。聞いた限りではラフィエル=スノウホワイトが庇ってくれるかもしれないが……希望的観測に頼るのは良くない。

 念には念を入れるべきだ。そうなると、やっぱり自分一人で行った方が確実ではある。が、

 

「ううん…、どうするか……」

「悩むのならシュナを連れて行くのだ。裁縫は得意だったろう?」

 

 やはり最低でも一人は連れていきたい。仲間にも、直にラフィエル=スノウホワイトを見てほしかった。運命の人的な意味でも、救済が必要なのかどうかを見極めるためにも。

 そんな時にミリムが言うものだから、リムルが口を挟む前にシュナとシオンが反応してしまった。

 

「え? よ、よろしいのですか、ミリム様!?」

「そんな! シュナ様だけズルイです!」

「でもシオンは服が作れないのだ。シュナなら、ラフィーを見れば服の一つや二つ作れるだろう? ワタシとお揃いでもいいな!」

 

 ミリムの言葉にショックを受けるシオンと、不思議そうに首を傾げるシュナ。

 ミリムの意図としては、普段あの純白の服しか着ない故に、違う服でも持っていけばラフィエル=スノウホワイトは喜ぶのではないか? という単純なものである。

 しかも、親友(マブダチ)の配下に作ってもらった服だったら文句無しの一品だ。きっとラフィエル=スノウホワイトだって気に入るだろう。

 まあそれと、リムル(シズエ・イザワ)にだけ贈り物をしている事に少し不満だった。だから、まずはミリムの方から贈り物をしてやろうと思ったのだ。

 そんなミリムの意図を聞いたリムルは、それならと同行者をシュナに決定。

 後は時が来るのを待つだけとなった。

 

 

 

 

 夜が来て、ミリムがドアを開け閉めしたり変なところで曲がったりしながら歩くのを黙ってついていくこと、数分。

 唐突に視界に入る風景が変化する。

 そこは、緑に囲まれた異空間。満月に照らされた木々が揺れ、その先には開けた草原がある。その草原のど真ん中には白亜の教会が一つ、荘厳に聳え立っていた。

 

「アレがラフィーの住む教会なのだ。これからは静かにしているのだぞ?」

 

 バレると歌ってくれないのだ、と言うと、ミリムはそれきり黙って教会を見つめていた。

 あのミリムでさえも、大人しくラフィエル=スノウホワイトの歌が始まるのを待っている。その事実を目の当たりにして、リムルもシュナも驚愕に目を剥いたが、騒いだりはしなかった。

 これを見たのがゴブタあたりだったら、絶対にこの時点で終わってるな……なんて失礼なことを考えつつ、リムルは無言のまま教会を見やった。

 

 あの占いの時に見えた背景。真っ白な壁は、あの教会の壁と瓜二つ。であれば、本当にあの教会で寝泊まりしているのだろう。

 この目で、ラフィエル=スノウホワイトを見ることが出来る機会。絶対に無駄にはしない。

 少しでも、ラフィエル=スノウホワイトの事情を持ち帰る。そう決意して、リムルはじっとその時を待った。

 十数分後、教会の扉が開く。

 純白の衣装を身に纏った、美しい少女が、その手に聖書と譜面台を持って出てきた。その姿は、占いで見た当時と変わらない。

 違う所があるとすれば、青い瞳が涙で潤んでいない、というところだろうか。

 

 譜面台に聖書を置き、ばらぱらと頁をめくり、ラフィエル=スノウホワイトはある頁で手を止めた。

 そして、その頁を少しだけ強張った顔で見つめると、両手を組んで大きく息を吸い込んだ。

 

「〜〜〜〜〜♪」

 

 その口から、歌と思わしき音楽が奏でられた瞬間、空気が一気に染め上げられた気がした。

 どくん、と既に無い心臓が大きく跳ね上がったような錯覚を受けて、リムルは胸を抑えた。

 その歌は、まるで――感情をそのまま放出したかのようで。ラフィエル=スノウホワイトの内側の世界に入り込んだかのような、そんな気持ちになってしまった。

 激しい感情のままに歌われる。その歌で、リムルは大津波に飲み込まれ、海の底まで沈む。ラフィエル=スノウホワイトの深層感情まで読み取れるほど、奥へと沈む。

 

 それは、悲しみ。

 激しい怒りと、どうしようもないほどの哀れみ。

 そして――包み込むような優しさ。安心感、と言い換えてもいいかもしれない。

 

 その歌は、ラフィエル=スノウホワイトが溜めに溜め込んだ、感情の発露だったのだ。

 そして、沈み込んだその先で、リムルはその感情を見つけてしまった。

 何時でも、どんな時でも誰かを救おうと、助けになろうとする、そんな彼女から。

 自らの救いを求める、そんな感情を。

 

(……これで、手を伸ばさなかったら男じゃないだろ)

 

 ぐっと、今この瞬間にでも出て行きたいのを抑え、リムルはその場に留まった。まだ、その時ではない。

 ここで出ていけば仲間に被害が出る可能性がある。だから、次だ。

 必ず、今度は自分の力で会いに行く。そして、ラフィエル=スノウホワイトが無意識に伸ばした手を掴んで引き上げてやる。

 そのために、自分達の基盤を整える必要がある。魔王とよばれる少女を救うには、まだ自分には力が足りないのだ。

 彼女を救うためにはまず、この異空間が存在する意味を見つけ出さなければいけない。本来なら、この異空間は彼女に必要ないものなのだから。

 

(異空間の解析……頼んだぞ、『大賢者』!)

《了。解析を開始します》

 

 




溺れそうになる(どうしようもない)の強い感情(救いを求めて)……だから、誰にも見せたくなかったのか」
オリ主「オレの人生超クソゲー!!(歌)」

 まあ、ストレス発散してる現場とか普通見られたくないよね。
 ラフィエル君は歌ってると見せかけて、叫びまくる事でストレス解消してます。一度でも誰かに見られたら引き籠ること間違いなし(ただし喉元過ぎれば熱さ忘れる)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔共存』
     『悪魔契約』
     『禁忌の代償』
 備考:悲しみ→胃薬を愛用してしまうため。過去の健康優良児ぶりが懐かしいぜ…
    怒り→魔王も勇者も出禁にしたい。
    哀れみ→何でオレばっかこんな目に(泣)
    優しさ(安心感)→現実逃避。いつか穏やかな日々がくるって信じてる。妄想時だけ得られる感情。
    救済→誰かオレを歩く理不尽共から助けてくれ(不可能)


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カリュブディス/バタンキュー

 第12.5話 暴風大妖渦(カリュブディス)

 

 ジュラの森の管理人である樹妖精(ドライアド)トレイニーの妹、トライアによる報が、この一件の始まりだった。

 曰く、封印されていたはずの暴風大妖渦(カリュブディス)が復活し、この地に向かって来ている、と。

 暴風大妖渦(カリュブディス)とは、災厄(カラミティー)級の魔物である。

 その強さの理由は、何とあの暴風竜ヴェルドラの漏れ出た魔素より生まれ、かの邪竜の眷属であるからだ。実力ならば災禍(ディザスター)級……つまり魔王に匹敵する。災厄(カラミティ)級のまま留まっているのは、知恵ある行動を取らないが故であり、その欠点がなければ災禍(ディザスター)級に認定されるであろう。

 そんな存在が魔国連邦(テンペスト)へ向かっている……それは、一体どういう事か?

 

(うん、(ヴェルドラ)のせいだな!)

 

 配下達が騒ぐのを尻目に、リムルは早々に結論を出した。そう、あの眷属は主たる暴風竜ヴェルドラ――リムルの腹の中にいる友人を目指して来ているのだと。

 

「はじめに申し上げておきます。暴風大妖渦(カリュブディス)に魔法は殆ど通用しないものと思ってください」

 

 ドワーフ王国へと伸びる街道にて、リムル達はトライアから暴風大妖渦(カリュブディス)の脅威を説明されていた。

 戦いの地として選ばれたのが、その場所だったからだ。街中で戦うよりも、街道の方が修復が楽なのだ。

 

「あの者の持つエクストラスキル『魔力妨害』の影響で魔素の動きが乱されるのです」

「……ってことは、物理攻撃で削っていくしかないか」

 

 トライアの言葉にリムルが反応すると、彼女は頷いた。しかし……かの大妖は傷の再生速度から間違い無く『超速再生』を保有している。

 

「その上――」

「まだあるのかよ!」

「あの者は異界より召喚した魔物……空泳巨大鮫(メガロドン)を複数従わせています。厄介なことにその従魔も『魔力妨害』を持っているのです」

 

 流石のリムルもこれには表情を暗くする。聞けば聞くほど厄介な相手なのだ。一応、リムルには試したことの無い奥の手も存在するのだが……効くかは不明だった。

 どうしたものか、と悩むリムルの耳にその声はするりと入り込んできた。

 

「ふっふっふっ。何か忘れているのではないか?」

 

 そう、今現在、魔国連邦にはとんでもない人災が滞在しているのだ――!

 

「ワタシが誰だか覚えていないとは言わせぬのだ!」

「ミリム!」

 

 十大魔王が一柱、"破壊の暴君(デストロイ)"ミリム・ナーヴァ。

 最古の魔王にして、人間が定めた危険度ランクの最上位である天災(カタストロフ)級に位置する、世界単位の最高戦力。

 

「デカイだけの魚など、このワタシの敵ではない」

 

 彼女さえいれば、いかに暴風竜ヴェルドラの申し子といえど、簡単に木っ端微塵にされてしまうだろう。今のリムルにとってこれ以上ないほど頼もしい助っ人である。

 その手があったか! と嬉々としてミリムの提案に乗っかろうとするリムルだったのだが、

 

「そのような訳には参りません、ミリム様。私達の町の問題ですので」

(え?)

「そうですよ。友達だからとなんでも頼ろうとするのは間違いです」

(ちょっ、なんで!? 何言ってんの君たち!!)

 

 シオンとシュナに予期せぬタイミングで裏切られたリムルは盛大に焦る。

 いやいやいや、ここでミリムの手をかりるのが一番良いだろうと。

 

「リムル様がどうしても困った時、その時は是非ともお力添えをお願い申し上げます」

(俺、今めちゃくちゃ困ってるんですけど!?)

 

 内心では反論しまくりだが、肝心のミリムは二人に諭されしゅんと落ち込んでしまっている。もっと頑張れよと思わなくはないが、ここで文句を言ってもしかたない。

 ちらっ、ミリムが最後に期待を寄せてリムルを見る。

 応援を要請したいが、ここでは……数秒迷いに迷い、リムルは男の意地を見せた。

 

「そうだぞミリム。まぁ俺を信じろ」

 

 胸を張って自信満々を装うリムル。落ち込んで座り込むミリムに、リムルも内心呟いた。

 

(すまんなミリム。俺も泣きそうだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

竜星拡散爆(ドラゴ・バスター)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――結論から言えば、暴風大妖精渦(カリュブディス)の目的は魔国連邦(テンペスト)ではなかった。かの大妖の目的は魔王ミリム・ナーヴァである。

 依代となった魔人フォビオによる復讐の意思が、暴風大妖渦(カリュブディス)をこの地へ招いたのだ。

 それにいち早く気付いた本人(ミリム)とリムルの意思で、リムル陣営は撤退。暴風大妖渦(カリュブディス)の目的であるミリムが対峙した。

 そして……リムルの頼みによって、手加減した技を暴風大妖渦(カリュブディス)に放ち、今に至る。

 空から落ちてきた人影――魔人フォビオを抱え、リムルは地面に降り立った。そのすぐ隣へ降り、ミリムは不思議そうに問いかける。

 

「何をするのだ?」

「放っておいたら復活しちまうからな。フォビオから暴風大妖渦(カリュブディス)を完全に分離する」

 

 それは、口で言うほど簡単ではない。

 素体(フォビオ)から分離させると、精神生命体である暴風大妖渦(カリュブディス)は逃げてしまうからだ。

 しかし、リムルの持つ『変質者』と『暴食者(グラトニー)』を同時に発動させれば、それが可能となる。『変質者』で分離させ、それが逃げてしまう前に『暴食者(グラトニー)』で食らい尽くす。

 簡単なようだが、能力を完全に制御しなければたちまちに失敗してしまう。しかし――『大賢者』による制御があれば、その失敗する確率はゼロに近い。

 

 そして、手術は成功した。

 

 魔人フォビオは土下座してリムル達に謝罪した。彼から聞き出した情報によれば、何やら中庸道化連という仮面を被った連中に唆されたのだという。

 中庸道化連――その数人は、森の騒乱を引き起こした元凶であった。つまり、リムルの配下であるベニマル達の仇敵である。

 そしてミリムから齎された情報によれば、それは魔王クレイマンが何かしらを企んでいた可能性があるのだとか。

 しかしそれは確証がない故保留。今日はとりあえずお開きだ、というリムルの一声で解散……には、ならなかった。

 

「…はっ!? いや俺は許されないだろう!!」

「まぁ無罪ではないけどな。真犯人に利用されてたみたいだし、幸いにも人的被害はないしな」

 

 それでも食い下がろうとするフォビオを遮り、リムルはミリムに話を振った。

 

「ミリムもそれでいいだろ?」

「うむ! 一発殴ろうと思っていたが許してやるのだ! カリオンもそれでいいだろう?」

(え!?)

 

 ミリムが振り返ってそんな事を言うので、リムルは驚いてその視線の先を見る。

 そこには、金髪の男が立っていた。

 

「やはり気付いていたか、ミリム」

 

 彼は、魔王カリオン。

 フォビオを配下に持つ者――つまりは、フォビオの主人である。

 カリオンとリムルは会話を交わし、結果カリオンはリムルを気に入った。

 魔王カリオンの治める獣王国(ユーラザニア)と、リムルを盟主とした魔国連邦(テンペスト)は不可侵協定を結ぶことになった。

 

(さすが魔王。器デカ――)

 

 ズガン、という派手な音。

 カリオンがケジメとしてフォビオをぶん殴った音だった。フォビオはピクピクと痙攣し、大量の血を流している。

 しかしカリオンにとってそんな事は関係ないのか、フォビオを担いで「帰るぞ」なんて言っている。

 ここで彼等が帰れば一件落着なのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「ああ―――ッ!!」

 

 ミリムの叫び声に、ビクリとその場にいた全員が肩を揺らした。驚いてミリムを見ると彼女は地面を指差していた。

 訳がわからず、困惑する面々に、ミリムがむっとした顔で続けた。

 

「ラフィーのところにも行っていたのか! ラフィーが許してもワタシは怒るぞ!」

「えっ……と、ミリム、どういうこと?」

 

 憤慨しているミリムに、リムルが困惑したまま問いかける。

 ミリムは血濡れた地面から何かを拾い上げる。それは、十字架のネックレスだった。

 

「これはラフィーの物だ。何故お前が持っていたのだ?」

「……ミリム、フォビオは気絶してるから答えられないぞ」

「じゃあカリオンが答えるのだ!」

「無茶言うなよ」

 

 しかしミリムがこの様子では、帰るのは不可能。フォビオに聞いたとしても、暴風大妖渦(カリュブディス)の依代となっていた時のことをハッキリ覚えているかどうか。

 悩んだ末、カリオンは言った。

 

「それ持って謝ってくる」

「おっ! そうか、ならいいぞ! 許す!」

 

 ミリムはあっさりと怒りを解いて、その十字架のネックレスをカリオンに手渡したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第12話 バタンキュー

 

 死にそう。

 風邪って拗らせるとマジしんどいよね。わかるよ、現在進行形でオレも風邪拗らせてるからさ。喉が痛すぎて笑えない。

 まあね、最近ちょっと色々あったしね。疲れてるんだよオレの身体。精神的にもダイレクトアタックだったしな。

 本当にさあ、魔王や勇者の襲撃に慣れてきたんじゃねって一喜一憂してたらまさかのね。予想外なことに悪魔がくるっていうね。やめてくれない?(真顔)

 そんなことされるとね、オレのHPがレッドゾーンに突撃するんだよ。オレはタンクじゃないから。HPが少ない魔法使いとかそんな感じだから。ほんと勘弁してくれよ……。

 みんなしてオレをいじめて楽しいかよ。ああん!? オレは傍観してるなら楽しいよ! 当事者とか絶対やだかんね!

 あー……死ぬ。

 もうホント、どこかに閉じ籠って暮らしたい。優しくて強い人の庇護下でぬくぬくと暮らしたい。ヒモになりたい。

 誰かオレをゲロ甘に甘やかして、それを永遠に許容してくれるような人はいないかな。めっちゃ懐くよ。

 まあいないんだけどさ。あーもー鬱になるわ。ちょっと空気入れ替えて気分転換しよ。

 窓のカーテンを開けると、そこには巨大な化物魚とその取り巻きがいた。

 

 …………え?

 

 ちょ、ちょっと待ってくれよ。

 何なんあの変なん。何でオレの異空間にいるの? 魔王とかはもう諦めたけど、あんなん絶対許されないからな?

 ちょっ何でこっち近付いてんのヤメロ! 止めてください!

 あっ風が吹いて……強ォ!? おっ、おち、落ちるから窓からっ……あっ。

 

 浮遊感と、下から吹き抜ける風を感じる。

 これもう落ちてますね……。全くもう何なんですかね……。

 あっ、オレの持ち物色んなものが空へ舞い上がってく。さよならオレの人生……。

 

 …………嫌だよ死にたくない!!

 神様ァ、こっち来てからずっと祈ってやったよなあ!? 今度こそ助けろ下さい!!




オリ主「風邪拗らせたら化物魚の幻覚が見えた件」

 それ、現実逃避っていうんですよ。
 本編には書かれてないけど、熱としんどさで頭がイかれてて、暴風大妖渦(カリュブディス)を見た時、実はラフィエル君は(変なのがハーレム作ってる)って思ってました。
 話が進まないので書きませんでした。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:意思無き者に対して空間を隔絶している異空間は効果が薄くなる。プラスして『魔力妨害』による権能で突破された。


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嘲笑う慈悲/寝かせろ(切実)

 第13.5話 嘲笑う慈悲

 

 暴風大妖渦(カリュブディス)の一件からしばらく経った日。

 魔王カリオンとその配下フォビオは、異空間にある教会へ足を伸ばしていた。ミリムに言った通り、わざとではないとはいえ盗みをしてしまったため、謝罪にきたのだ。

 血濡れた十字架のネックレスはきちんと洗い、ピカピカに輝くまで磨き上げられ、上品な箱に収められている。

 その箱と、詫びの品として果実酒を数樽見繕い、二人はその教会へと向かった。

 そして、天災と出会ってしまった。

 大空を連想させる青い瞳は、真紅に染まり邪悪な意思を漏れ出させている。

 驚愕に目を剥く二人へ、彼女(あくま)は言った。

 

ようこそ、悪夢へ

 

 魔王カリオンにとって、魔王ラフィエル=スノウホワイトは名ばかりの魔王だった。お飾りの魔王とも言えるだろう。

 それほど、強さを感じなかったし……今のように、彼等を見下したりしなかったからだ。

 強き者は慢心する。強ければ、無意識にも格下の相手を見下してしまう。それは当然のこと。

 それがラフィエル=スノウホワイトには存在しなかった。だからこそ、カリオンは常々不思議に思っていた。

 何故、彼女が魔王なのか、と。

 

(こういう事かよ……)

 

 しかし、その疑問はたった今氷解した。

 魔王ラフィエル=スノウホワイトは間違いなく魔王である。しかも、その強さは未知数。

 そして不幸なことに、彼女は明らかに自分たちへ敵意を向けている。

 ……それ程までに、十字架のネックレスに思い入れがあったという事だろうか。詫びを受け取る事すら許せないほどに。

 引き攣る頬に活をいれ、カリオンは不敵に笑って見せた。

 

「わざわざオモテナシしてくれるとは、感謝するぜ」

……もてなす? お前達を? 中々面白い冗談だ

 

 そんなカリオンの虚勢を鼻で笑い、ラフィエル=スノウホワイトは腰掛けた。教会の中、神であろう像が鎮座している台座に。

 信仰する神への敬意をまるで感じない動作に、カリオンは少し驚く。彼が知っているラフィエル=スノウホワイトは信心深い敬虔な教徒であったからだ。

 そんなカリオンの驚きなど知ったことかと、ラフィエル=スノウホワイトは足を組んで尊大な態度を見せた。

 

本題に入れ。少しだけなら聞いてやる

 

 その態度に、カリオンの配下であるフォビオはカチンとくるが、先の失態もあり大人しく黙っている。何よりカリオンがいるのに自分が口を出すべきではないと思ったのだ。

 当のカリオンは、ラフィエル=スノウホワイトに最大の警戒を持って接しているのだが……彼女にとっては意味の無い警戒であった。

 

ふん……ネックレス? 聖歌隊の証、だったか?

 

 カリオンの話を聞きつつ、ラフィエル=スノウホワイトは読心術で彼の思考を読み取る。

 十字架のネックレスの件で魔王ミリムに叱責されて、わざわざ詫びの品まで持って謝罪にきたらしい。しかしそれと同時にラフィエル=スノウホワイトへ探りを入れるのも目的だったようだ。

 最古の魔王と第二世代の間に位置するのは、魔王ラフィエル=スノウホワイトしかいないから。

 そこに大した理由はないのだが……他人から見れば何か大義名分が欲しいのだろう。歴史家は面倒である。

 

このネックレス――壊してしまえば、あの聖歌者はどんな顔をする?

 

 聖歌隊の証。

 今、ラフィエル=スノウホワイトが所有している物の中で唯一、元の世界との繋がりを示す物。

 それが修復が不可能なくらいに破壊されてしまったら? それは……きっと悲しむだろう。嘆くだろう。それはとても愉しい催しである。

 にやりと邪悪な笑みを浮かべ、ラフィエル=スノウホワイトはその手に返還された十字架のネックレスを握り潰した。

 

 それを見て唖然とするカリオンとフォビオ。

 盗んでしまったものを返したら、目の前で壊されてしまった――それは、つまり。

 許すつもりなどない、という宣戦布告である。

 破壊したまま返したという虚偽をでっち上げ、カリオンを敵とする。そういう意味で行われる。

 ラフィエル=スノウホワイトにその意思など無くても、カリオン側からすればそういう事として受け取る。

 そして、カリオンとフォビオは未知の敵と戦うハメになるのだった。

 

 

 完敗。

 完膚なきまでの敗北。

 ラフィエル=スノウホワイトは欠伸をしながら、カリオンとフォビオを軽くあしらった。

 そもそも、ラフィエル=スノウホワイトにとってカリオンは完全なる格下である。

 そのため、特に何もしなくても勝てるのだが『上位者(ミオロスモノ)』の権能によって、全ての行動が丸わかりになり……結果、やり尽くしたゲームのストーリーを進めるようなつまらない作業になってしまった。

 そもそもラフィエル=スノウホワイトには彼等を敵とする意思がない。向かって来たから叩きのめした。それだけである。

 つまり、ラフィエル=スノウホワイトからは一切の攻勢に出ていない。にも関わらずの、惨敗であった。

 

(ここまで……実力の差があったというのか?)

 

 悔しかった。

 強くないと思っていた相手に手も足も出ない自分が情けなかった。カリオンは泥を舐め、屈辱に涙した。

 それを見て、ラフィエル=スノウホワイトは嗤った。

 

この世界も……イイ玩具があるじゃないか

 

 ラフィエル=スノウホワイト――彼女の中に巣食う悪魔は、カリオンに価値を見出した。

 別に、今すぐ彼をどうこうしようという訳ではない。ラフィエル=スノウホワイトは不老である。長い時間をかけてゆっくり調理するとしよう。

 くつくつと笑いを噛み殺し、悪魔は地面に倒れているカリオンの顎に手をかけ、顔を上げさせた。

 

見逃してやろう

「…………は?」

 

 瞳を愉悦に染め、悪魔は嘲笑った。

 

慈悲をくれてやる。感謝しろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第13話 寝かせろ(切実)

 

 目を覚ますと、教会の床が血塗れになっていた。

 なんでやねん。

 いやおま、可笑しいだろ。これは明らかに可笑しいだろう。窓から落ちて気絶してた間に何があったと……あれもしかしてオレの血?

 えっうそ、落ちて死にかけたけどそのまま教会に戻ってきたオレ? でも身体どこも痛くないんですけど。ま、まさか神が治してくれたのか?

 死にかけ五秒前のオレの祈り(恐喝)を聞いてくれたっていうのか!? ありがとうございます!!

 でもどうせなら、床を血塗れにしたの掃除しといてくんないかな。誰が掃除すると思ってんの? オレだよ。

 てゆーか何だ、教会の外も地面血塗れじゃん。もー止めてくれよなー。

 しかも……オレのネックレス、壊れてるんですけど。祈り聞き届けてくれるんなら、持ち物も守って欲しかったんですけど。

 中途半端やめよ?

 

 一日かけて、教会を掃除した。

 掃除しなかったらオレの体調が死んじゃうからね。腰がバッキバキだわ。そろそろぎっくり腰が怖くなるお年頃だからな、もっと労ろう身体。

 伸びをして、大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 あースッキリした。

 壊れたネックレスは(置く場所ないから)爺さんの墓に埋めたし、これでもう完璧だな。

 あとはゆっくりとオレの身体を休めるだけ……だったのだが。

 

「…………えっと」

 

 獣味がある金髪ムキムキなおっさん。つまりは魔王カリオンがオレの前に現れた。しかも土下座の態勢で。

 訳が分からないよ。

 何なんですか? オレはね、もう寝たいんですよ。疲労がピークでぶっ倒れそうなんだ。寝かせろ。

 意味わからんからな、口で物を申せよこのおっさん!

 邪魔だよ、帰れよ。

 何の用なんだよォ!

 

「昨日は、……世話になった」

「はい? 世話?」

 

 昨日って何ですか。

 掃除の前なら気絶してたし、その前ならオレは風邪で寝込んでましたが?

 お前の世話なんてしてないが?

 訳わからん事言うの止めてくれん? ほんとね、ほういうの良くないとボクは思うんですよ。大体お前、オレの記憶力は悪い方だっつってんだろォ!?

 お前ら魔王は皆、オレが知ってる前提で話す事超多いけどね、大体ずっと話についていけてねぇんだわ! 知らないよね、だってオレを誰も気遣ってくれたりしないもんね!!

 結局何が言いたいかというと、説明が欲しいんだよ。わかる? アンダスタン?

 

「だが、慈悲で生き永らえるのは恥だ。いつか必ず……この雪辱を晴らす」

 

 あ、うん。

 いいんじゃない? 知らんけど……。

 オレの知らない所で勝手にやってくれって感じ。それわざわざオレに言う必要ある? ないよね。

 ていうか決意表明なら配下とかに言えばいいじゃん。背水の陣でさ、頑張ったらいいんでない?

 オレには関係ないけど。

 

「言いたい事はそれだけだ。邪魔したな」

 

 ほんとね。

 ほんと邪魔してたよ。

 そんなしょーもない事、わざわざ言いに来るの止めてくれない? オレの睡眠時間がゴリゴリ減ってるんですよ……。

 疲れてるんだよこっちは。風邪は多分治ってるけど、掃除やその他諸々で疲労困憊なんだ。身体がね、弱いんですよ。

 お前らムキムキ筋肉には無縁の悩みだとは思うけれどもね(皮肉)

 何か覚悟を決めたような顔でのっしのっし歩き去っていくカリオン。

 ていうかオレとお前そんなに仲良くないじゃん。

 何でオレに決意表明なんかすんの?

 訳分からんわ……。

 

 

 




「……まさに聖女の皮を被った魔女だな」
オリ主「失せろ(訳:疲労ピーク、休ませてくれ)」

 魔女じゃない。悪魔だ。
 ラフィエル君の危機に颯爽と駆け付けた悪魔(性悪)によってコテンパンにされたカリオン。一体どんな風に悪魔に調教されてしまうのか!?
 最後は悪魔が消える予定(願望)なのでそんな日は来ない。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:勘違いによる敵対勢力予備軍ができた。この事で、ラフィエル君は第二世代以後の魔王たちに警戒される。


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異なる音色

 第14話 異なる音色

 

 シズエ・イザワの心残りの一つは五人の子供達。そして二人の男女である。

 残りの一つであるラフィエル=スノウホワイトについては時間が必要だ。故に、リムルは先に子供達を何とかする事にした。

 その伝手としてカバル達を通じて自由組合の自由組合総帥(グランドマスター)ユウキ・カグラザカを訪ねたリムルは、その容姿のために戦闘になりかけた。しかしリムルが日本人だと気付いたユウキが話を聞く姿勢を見せ、和解。

 ユウキはシズエの意思を継いだリムルに、子供達を託し、彼等の教師を任せた。

 

 そして彼等と対面を果たしたリムルは元気すぎる子供達を返り討ちにし、漫画を餌に彼等との友好を深めていった。

 子供達を救う方法を探すため、図書館にある本を『大賢者』に読み漁らせたりして過ごしていたある日、リムルはその方法を思い付いた。

 その方法は皮肉にも、魔王レオン・クロムウェルがシズエに施した精霊憑依である。

 精霊を子供達に憑依させることで、その膨大な魔素による肉体崩壊が起こる事のないようにする。それがリムルの考え出した方法だった。

 そのためには、精霊の住処と呼ばれる場所へ赴かなければいけないのだが……天はリムルに味方した。

 不明だったその場所が判明したのだ。膳は急げ、彼等は精霊の住処へと足を向けた。

 

 そこで出会ったのは元精霊女王でありながら魔王を名乗る金色の妖精ラミリス。

 彼女の助力を得て、子供達はその身に精霊を宿す事を成功させた。子供達の一人が勇者候補となったり、未来から来たナニカに憑かれたり、多少の問題はあったが概ね失敗はなかったと言えるだろう。

 そこで、リムルはラミリスに魔王ラフィエル=スノウホワイトについての話を少し聞いたりもした。

 曰く、

 

「聖女とか言われてるけど、意外と人間味があるのよね。何で知ってるかって? それはアタシとラフィーが大親友だからに決まってるのよさ!」

 

 などと自称大親友は言っていたが、リムルは大親友とは言わなくても友人ではあるのだろうと思った。そもそも、ラフィエル=スノウホワイトが好意のある人物を邪険にするとは思えない。

 結局、ラフィエル=スノウホワイトについては生活サイクル程度しか聞けなかった。どうやら、彼女は自分の事を詳しく語らないらしい。

 ラミリスは話をしている時にリムルに指摘されてようやく気付いたようで、次に会った時は質問攻めにしてやると息巻いていた。

 そして、リムルはそれくらいで話を切り上げて、精霊の住処を後にした。

 

 

 

 そして、リムルが魔国連邦に戻る少し前の事。

 リムルの部屋に突撃した子供達に、遊びに行こうと誘われていた。その元気な様子に安心しながらも、リムルはその元気さに少し呆れていた。

 

(元気なのはいいけど、元気すぎるのもなあ)

 

 早く早く、と引っ張る子供達に苦笑し、リムルはさっさと身支度を整えた。忘れ物が無いことを確認し、彼等は街へ繰り出した。

 日本人のやっているケーキ屋を冷やかしたりして、リムルは昼食用のご飯を子供達の分を含めて買っていく。

 前のピクニックでは魔物の襲撃があったりして、あまりゆっくり出来なかった。今回は前回の分まで楽しもうと気持ち多めに買っていく。

 

「ねえねえ先生、あれ買って!」

「そんなお肉ばっかりじゃ飽きるわよ。お菓子にして!」

「お菓子なんて食べた気しないだろ?」

「えっと、私もお菓子がいいな……」

「ほーらクロエもこう言ってるわ! 先生、マフィンとか食べたい!」

 

「はいはい、肉とお菓子な」

 

 さっきまで喧嘩していたにも関わらず、歓声を上げて喜び合う子供達。嬉しそうに笑う子供達を見て、リムルの頬も緩む。

 両手に大量の食料を持ったリムルは、

 

(買い過ぎた……)

 

 ちょっと張り切っちゃったかもしれない。かもじゃない、絶対そうだ。

 早くも後悔し始めているリムルとは裏腹に、子供達は元気いっぱいである。

 街の郊外へ出て、リムルと子供達はシートを広げてそこへ座る。

 たくさんの料理を広げ、どんちゃん騒ぎとまではいかないがわいわいと騒いで楽しい時を過ごした。料理を食べ終わり、のんびりと過ごしていると。

 そういえば、とクロエが声を上げた。

 

「リムル先生、部屋にあったフルートって先生のなの?」

「ん? ああ。あれは預かり物なんだ。俺のじゃないよ」

 

 何処か嬉しそうに問いかけてきたクロエに、不思議に思いつつ返答する。

 音楽とか好きだったのか? と思ったが、その話題に食いついてきたのはクロエだけではなかった。他の子供達のその話題に目を輝かせたのだ。

 

「先生フルート吹けるの!?」

「聞きたい!」

 

 ワクワクとした様子で乗り出してくる子供達に、リムルはいやいや、と手を振る。

 

「俺のじゃないから吹けないって。それにフルートなんか……」

「大丈夫よ! 吹いちゃ駄目ならリムル先生に預けたりしないもの!」

 

 遠慮よりも好奇心が勝つのか、アリスが勝手に持ち主――ラフィエル=スノウホワイトの心情を代弁した。本心はかの聖女しか分からないので、アリスの言は間違っていないかもしれないし、間違っているかもしれない。

 しかしまあ、元々はシズエがフルートを預かったのだ。シズエに託されたのがリムルなので、たとえ吹いてもいいとラフィエル=スノウホワイトが思っていたとしてもそれはシズエに対してである。

 リムルが持っている事はラフィエル=スノウホワイトが知るはずもないので、許可なんて絶対にされていない。

 が、子供達はそんな事は知らないので、遠慮なんて欠片もなくフルートをせがむ。

 

(ま、まあラフィエル=スノウホワイトなら許してくれるだろ。きっと、多分、だといいなあ……)

 

 根負けしたリムルは、心の中で軽く(スマン!)と謝りながらフルートを取り出した。太陽光で輝く銀色のフルートは、子供達の目をそれに釘付けにする。

 美しく、よく手入れされたそれの頭管部には細かい傷がついていて、よく目立つ。当然それは子供達の目にも止まり、

 

「リムル先生、何でここだけ傷だらけなんです?」

「うっ……」

 

 ミリムの登場にびびって地面に落っことしたから、なんて言えない。

 

「……色々あって、な」

 

 苦し紛れにそんな事を言って目を逸らす。子供達は適当に理由を想像してくれたようで、それ以上は深く聞いては来なかった。

 それに安堵して、掘り返される前に次の話題へ持っていこうとすると、ケンヤが何かに気付いたような顔をした。

 

「これ、シズ先生の持ってたのに似てない?」

「そういえば……」

 

 思い返せば、シズエは常日頃からフルートを持ち歩いていた。たまに聞かせて欲しいと強請って、少しだけだよと笑って演奏を聞かせてくれた。

 欲しいとワガママを言えば、これは預かり物だから他の人にはあげられないと断られた。

 シズエの意思を継いだというリムルだ。もしかして、このフルートは……

 

「シズさんに、持ち主に返して欲しいと言われてな」

「やっぱり!」

「また聞けるとは思ってなかった!」

 

 嬉しそうにフルートを見つめる子供達。

 彼等にとっては、そのフルートがシズエとの絆の証なのだろう。まるで縁結び――それは子供達とシズエを、シズエとリムルを、リムルと子供達を結び付ける。

 ラフィエル=スノウホワイトは縁結びの神様かもしれないなんて冗談混じりに思う。

 

「先生! フルート聞かせて!」

 

 そんな、縁を結んだ子供達のお願いを断れるわけもなく。

 リムルはフルートを口に運んだ。

 ずしりと見た目以上の重さがあるフルートに口付けると、何だか気分が高揚する。今ならプロにも引けを取らない演奏が出来るのではないだろうか?

 盛り上がった気分のまま、リムルはフルートを吹き鳴らした。

 

「〜〜〜〜♫」

 

 フルートは、鳴り響く。

 涼やかな音色は空気を揺らし――不意に音が割れた。揺れる音、不自然な高音を、それは響かせる。

 

「リムル先生……」

 

 子供達にとって、その音色はシズエのものではない。まったく異なる音色だった。

 そして恐らくだが、リムルの胃袋の中で眠るシズエが聞いたラフィエル=スノウホワイトの奏でた音色とも、全く違うものであろう。

 ハッキリ言ってしまえば、下手くそだった。

 

「…………しょうがないだろ。一回もやった事ないんだから」

「えー!?」

 

 方々からブーイングが上がる。

 フルートを口に付けてからはものすごく自信満々に見えただけに、子供達の期待は重かった。その後のがっかりは大きかった。

 そんな子供達の声はスルーして、リムルはフルートをさっさと仕舞い込む。これ以上、外に出していても意味がない。

 

「ほら、もうピクニックは終わり! そろそろ帰るぞ、日が暮れる」

 

 立ち上がって子供達を促すリムルに文句を言おうとした彼等は、しかし空を見て口をつぐんだ。空は既にオレンジ色――夕暮れ時である。

 よく見なくても、もう帰らなければならない時間だ。ここで文句を言っても怒られるだけで、なんの得にもならない。

 はぁい、といかにも渋々といった様子で子供達はシートやゴミを片付け始める。

 リムルもそれを手伝い、何故か上機嫌なクロエの隣でゴミ袋の口を縛る。

 

「……ん? その歌って」

 

 鼻歌のため、絶対の自信を持って言う事は出来ないが……それは、ある歌のように思えた。あの日に聞いた数曲の中にあったような。

 ラフィエル=スノウホワイトが甘美な声で歌い上げた、あの時の――。

 

「先生! 終わった!」

「あ、おう」

 

 思考はそこで中断される。

 ゴミ袋を持って告げる子供達へ意識を向けて、リムルは立ち上がる。子供達の荷物を持つと、リムルは先導して街へと歩きだした。

 その間にも子供達は楽しげに会話をしていて、それは聞いていて飽きない。この子達が心から笑える幸せな未来がずっと続けばいいのに、とそんな事を考えた。

 数年しか生きられない、異世界から来た不幸な子供がこれ以上増えない事を願う。

 

(あれ?)

 

 笑い合える未来を夢想していた最中、ふと疑問が脳裏を過る。

 

(部屋にフルートなんて、出してたっけ? ずっと仕舞ってたような……)

 

 ――まあ、気のせいか。

 

 リムルの後ろでは、クロエが幸せそうな笑みをうかべて、子供達と笑い合っていた。




一方その頃。

オリ主「なんか、ミリムが『心配しなくていいからな』って言って消えたと思ったら、変な奴(魔王クレイマン)の奴隷になってた。どうしたらいいと思う?」
「笑えばいいと思うよ」

魔王達の策謀についていけないラフィエル君。
知らない所で何かが起こって何時の間にか解決していた。いや欠片も何があったか知らんけど。
後日、知ってる前提で話されたラフィエル君は心の中でそんな事を思ったとか思わなかったとか。

現在のステータス




      全略







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災厄の前奏曲

 第15話 災厄の前奏曲

 

 イングラシア王国――五人の子供達との別れの日。

 子供達の疾患も良くなり、リムルがこの国に滞在する理由は無くなった。長い間、魔国連邦を開けていた事もあり、リムルは早々に戻らなければならない。

 引き止めるクロエにせがまれ、国を出る際にまたフルートを吹かなければならなかったのは少し苦痛ではあった。

 彼等とは非常にあっさりとした別れ(リムル談)になったのだが……時間をかけると離れ難くなる。それだって、素直なリムルの本音なのだ。

 彼は空間を操るスキルでさくっと魔国連邦まで帰ろうとした。しかし、

 

「……あれ?」

 

 スキルは発動しなかった。

 首を傾げるリムルへ、『大賢者』が広範囲結界に囚われた事を告げる。困惑するリムルの元へ、次はボロボロのソウエイが現れる。

 

「リ……リムル様!」

「ソウエイ!? どうしたんだ、その傷……!」

「これは分身体…。本体は無事ですのでご心配には及びません。それよりリムル様……敵です。それも想像を絶する強さの……! どうか、お逃げくだ――」

 

 ぱしゅ、ソウエイの姿が掻き消える。

 それにより危機感を覚えたリムルの背後に近付く人影。短い黒髪に、武装した姿。

 その姿は、シズエの記憶にあった女性と完全に一致していた。

 

「はじめましてかな。もうすぐサヨナラだけど」

「……何か用事ですか? 俺は冒険者のリムル。どなたかとお間違えでは?」

「間違っていないわ。魔物の国の盟主さん」

 

 その反応に、リムルは身構える。

 自然体で話しているように見えるが、その実彼女は、強烈な殺気をリムルへと放っていた。

 

「君の国がね、邪魔なのよ。だから潰すことにしたの」

 

 剣を構え、リムルを見下す坂口日向(ヒナタ・サカグチ)が告げる。

 

「そういうわけで、今、君に帰られるのは都合が悪いのよ」

 

 

 

 

 

「初めまして、西方聖教会聖騎士団長ヒナタ・サカグチ」

「……へぇ。物知りなのね魔物のくせに」

 

 皮肉なのか律儀なのか、わざわざ挨拶をするリムルに、ヒナタは冷めた目を送る。

 しかし会話を止めるわけにはいかない。状況整理のためには、口は動かさなければ。

 

「あんた達の教義が魔物の殲滅だってのは知ってるよ。で、何で俺が魔物だと?」

「密告があったのよ」

 

 リムルは、イングラシアの王都では常に人型で仮面をつけていた。密告などあるはずがない。それに、尾行している者がいるのならソウエイの分身体が報せてくれるはず。

 一体誰が、西方聖教会へ密告したのか?

 思考するリムルへ『大賢者』が告げる。

 広範囲結界の影響で魔力感知が機能しなくなったこと。知覚は肉体に依存することを。

 まだ戦ってすらいないのに、一気に不利になる戦況。

 

「そろそろ始めていいかな?」

「まず話し合いたいんだけどな」

 

 心の中で冷や汗を流すリムルに、更に『大賢者』が絶望の谷へと背中を押す。

 

《――警告。能力(スキル)各種に広範囲結界からの圧力を確認。魔法系統の能力(スキル)は全て制限を受けます》

 

「話し合う? 私とあなたが?」

 

 ヒナタは穏やかに微笑むと、次の瞬間にはぞっとする程殺意の籠もった目でリムルを睨みつけた。

 

「魔物の言葉に興味はない」

 

 ヒナタの刺突を、リムルが間一髪で躱す。普段であればもう少し簡単に躱せるのだが……体が重いのだ。これが広範囲結界の影響か。

 

「へぇ、よく躱せたわね。この中じゃ思うように動けないでしょうに」

「やっぱりこの結界もお前の仕業か」

「そう。西方聖教会が誇る究極の対魔結界。この聖浄化結界(ホーリーフィールド)内では魔素が浄化されるの」

 

 会話は続く、そして戦闘も変わらず。

 ヒナタが繰り出す刺突を、リムルも刀で受け、防御する。しかし、力も技術もヒナタが大きく上回っている。

 

「魔素を活動源とする魔物は存在維持に力の大半を使わざるを得ない。下位の魔物なら消滅するわね」

 

 ヒナタの剣ごと弾き、リムルはその場から大きく飛び退く。

 両者、武器を構え直して互いを睨む。

 

「さっき消えた君のお友達も本体じゃなかったみたいだけど、結界を組み上げてる私の部下を止めようとして大怪我してたわよ」

「こっちだって仲間が傷つけられて腹立たしいけどな。一応お前のことはシズさんから――」

「頼まれた、とでも言うつもり?」

 

 低く呟かれたその声に妙な迫力を感じる。

 息を呑むリムルに、鋭い睨みを効かせ、ヒナタは突き放すように告げる。

 

「その姿を見れば疑いようもないでしょう? 君がシズ先生と出会い、そして……命ばかりか、その姿まで奪ったという事実を」

 

 大きく息を吸い込んで、ヒナタは殺気をリムルにぶつけた。

 

「――あの傷だらけのフルートが、全てを物語っている」

 

 目を見開くリムルへ、ヒナタは肉薄する。

 先の比ではない素早く、そして何より連続で繰り出されるそれに対処しきれない。

 3撃ほど食らい、リムルは後方へと弾き飛ばされる。

 

(……なんだ!? 痛み?)

 

 ラフィエル=スノウホワイトのフルートについては後回しだ。それは何時だって確認できる。

 それより、と。リムルは胸元を抑える。痛覚無効であるスライムボディに痛みが走るのは、何故か……。

 

「たった三撃? ふぅん……少し甘く考えていたかな」

 

《告。精神体(スピリチュアルボディー)への直接ダメージを確認。耐性『痛覚無効』は適用されません》

 

「……あんまり喰らうとヤバそうだな」

「へぇ、気づいたんだ。七回の刺突で確実な死をもたらす終焉の技に。あのフルートに傷をつけるような間抜けだと思っていたけれど、意外と勘はいいのね」

 

 ピクリ、とリムルはその言葉に反応する。

 リムルが持っているフルートはシズエの遺品であり、本来は魔王ラフィエル=スノウホワイトの所有物だ。しかし、それ本体に特殊な効果はない……はず。

 ヒナタの語り口調では、まるであのフルートが何か特別な力を持っているように聞こえる。

 

「……あのフルートは、魔王のものだろう?」

「ええ、そうよ。正真正銘の悪魔殺しである、聖歌者ラフィエル=スノウホワイトの……ね」

「悪魔、殺し?」

 

 初めて聞く話に、リムルは驚く。

 それに、聖歌者とは一体……あの美しい歌と、何か関係があるのだろうか。

 何かに訴えるように月へ向かって歌う、天使のような少女の姿を思い出す。

 

「彼女が持つフルートは、何のためにシズ先生に渡されたと思う?」

「……さあな。本人のみぞ知る、だろ」

「そうね。そうかもしれないわ。けれど、シズ先生は言っていた――あのフルートは、生き物を殺す力があると」

 

「…………え?」

 

 そんな声を漏らしたのは、リムルか。それとも遥か彼方にある教会に住む聖女か。

 どちらであろうが、リムルが驚愕に目を剥いた事に違いはない。あの美しい少女が、そんなにも物騒なものをシズエに渡していたなんて。

 

「まあ、君は使えていないようだけど」

「本当なのか? それは」

「ええ。出来れば君から回収しようと思って……何処に隠し持っているか、教えてくれるかな」

 

「――断る」

「でしょうね」

 

 ヒナタの剣を、下へしゃがみ込み、躱す。

 

「本当はね、聖騎士団長の私が出るまでもない仕事なの」

 

 上から突かれそうになり、縦回転しつつ避け――そこで一撃。残り三回で、リムルは死ぬ。

 

「私が出向いた理由は一つ。自分の手で君を殺したかったから」

 

 ヒナタの攻撃が、リムルの胸元に入る。これで、あと二回。

 

「……そうかよ。せいぜい悪あがきするさ。素直に死んでやるほどお人好しじゃないんでな。なんなら、そのフルートを使うのもいいかもしれない」

「君には使えない」

「どうかな」

 

 リムルから、火球が放たれる。

 それを余裕の表情で躱しながら、ヒナタは溜息を吐いた。くだらない、そう言わんばかりに。

 

「この聖浄化結界(ホーリーフィールド)で苦し紛れの魔法? 宣言通りの悪あがき……」

 

 ヒナタの背後では、いまだに炎が燃えている。それに気付いた彼女が振り返ると、そこには。

 

「炎の上位精霊……!?」

「イフリート、ヒナタの動きを止めろ!」

 

 刀を収め、リムルは取り出したフルートを振りかぶる。まさに物理である。決して、それが本来の使い方ではないだろう。

 しかしそれは、リムルだって百も承知である。戦いの雰囲気で何か覚醒とかしてくれないかな、という希望的観測でやってみただけだ。

 

「へぇ…。先生に憑いていた炎の上位精霊を使役しているなんてね」

 

 振り向きざまに、一閃。

 あと一回でリムルは死に絶える。

 

「意表をついたつもりかもしれないけど、まだ足りないわよ」

 

 彼女の余裕の態度に、リムルは困惑する。

 イフリートは、聖浄化結界(ホーリーフィールド)の影響を受けない。そのため、リムル以上の脅威のはずだ。

 だというのに、彼女はイフリートを意に介していない……。

 その時、イフリートの様子が変わった。咄嗟の判断でイフリートを胃袋の中へ戻した。

 

《解。イフリートは『強制簒奪』の影響を受けた模様。魔力回路が繋がっていたため、抵抗(レジスト)に成功しました》

 

「……お前、イフリートを奪おうとしたのか」

「正解よ。ユニークスキル『簒奪者(コエルモノ)』でね」

 

 笑って答えを告げるヒナタ。それはまるで、リムルなど敵ではないと言外に示していた。

 

「小細工じゃ勝てそうにないな」

「あら、笑える。勝てる気でいるの? あと一撃で君は死ぬのに?」

 

 煽るように返すヒナタに、リムルは無言のまま走り出す。肉迫し、その姿を半スライム状に変化させる。

 ヒナタも同時に剣先をリムルへと向けて――

 

「死になさい! 七彩終焉刺突撃(デッド・エンド・レインボー)!!」

「目覚めろ、『暴食者(グラトニー)』!!」

 

《了。速やかに実行に移ります》

 

 リムルの指示を受けて、『大賢者』が起動する。

 それは完全なるスライム状へと変化し、そしてまた形作られていく。

 

「……信じられない。少し驚いたわ。七撃目を受けてなお死に抗うなんて。……いえ、やはり既に死んでいるのね」

 

 ヒナタの目は冷静にそれを見ている。

 リムルが今まで喰らってきた魔物を全てを腕や背中から生やした、異形の姿を。

 

「君は最期まで面倒な相手だわ」

 

 その姿を見て、ヒナタは溜息を吐いた。

 リムルを殺す事が一番の目的ではあるけれど、二番目の目的は果たせそうにないと。

 

「……完全に消滅させないと、世界の危機になりそうね。フルートは諦めるしかないわ。――精霊召喚」

 

 幾人の精霊を呼び出し、ヒナタは言葉を紡ぐ。

 最強の攻撃手段であるそれを、発動させるために。

 

「神へ祈りを捧げ給う。我は望み聖霊の御力を欲する。我が願い聞き届けたまえ。万物よ尽きよ」

 

 それの名は――

 

「――霊子崩壊(ディスインテグレーション)!!」

 

 ジュラの森大同盟、盟主。

 魔物の国、ジュラ・テンペスト連邦国、国王。

 リムル=テンペスト――死す。

 

「……敵討ちなんて望んでいなかったかもしれないけど――さよなら…………先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだあれ、怖すぎだろ」

 

 キュートなスライム。

 リムル=テンペスト、(ギリギリ)生存。




一方その頃。

オリ主「なんか凄まじい誤解が生まれてる気がする」
「それね、キミが気づいてないだけで事実なんだよ。キミの世界の悪魔が……ウンタラカンタラ」

フルートは、悪魔による『死歌』の効果がついている。ただしその効果が表れるのは、ジャイアンリサイタル並みの即死演奏の場合のみ。頑張ったら誰でもやれる。
ちなみにラフィエル君には出来ない。

現在のステータス





      前略





 備考:次回か次々回には盛大な勘違いが待っている。聖女、炸裂! ただし外面に限る。


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聖女たる魔王/

 第16.5話 聖女たる魔王

 

 魔国連邦は、襲撃を受けていた。

 それにより壊滅的な被害――つまり人的被害が出てしまった。それは、魔国の主であるリムルが最も忌むべき事である。

 無意識に漏れ出た妖気(オーラ)にあてられたリグルド達が怯み、次の瞬間にリムルはそれを押し隠す。

 

「……すまん。しばらく一人にしてくれ」

 

 主君の言葉を受けて、彼の配下達はそれぞれその場を離れ始める。一人、シュナがリムルを抱きしめてから離れていった。

 いくらリムルの命令でも、彼の様子に心配したのだろう。

 感情がまだ追いついていないのか、リムルの心にはまだ微かな動揺しかない。本当に、自分の仲間達は死んでいるのだろうか?

 ――答えは、YESだった。

 無慈悲にもそれを断定したのは、彼がこの世界に来てからずっと頼ってきた相棒で。それが、リムルの心を大きく波立たせた。

 しかし、涙は零れない。元人間の、リムルという名のスライムは、既に魔物になってしまっているのだから。

 ぐるぐると答えの出ない疑問が、リムルの脳内で何度も繰り返される。それに一度の無視もなく、『大賢者』は返答していく。

 

「俺は……」

 

 間違っていたのか?

 その言葉が出る前に、リムルの周囲が変化し始めた。それに彼の相棒が気付かないはずもなく――

 

《警告。精神体(スピリチュアルボディー)への干渉を確認。抵抗(レジスト)に失敗しました。空間転移系の能力(スキル)が行使されています。抵抗(レジスト)が――》

 

「~~~ッ!!」

 

 よりにもよってこんな時に。

 この大事な時にどこの誰とも知らぬ者に喚ばれるなど、不愉快でしかない。しかし、『大賢者』による抵抗(レジスト)が出来ないとなると無視も出来ない。

 苦々しい思いで、リムルはいつでも交戦できるように身構えた。

 仲間を殺された怒りが、突発的に自分を喚んだ誰かへの殺意に変わる。八つ当たりでも、この怒りを収める事が出来ないのだ。

 そして、リムルの視界はくるりと一回転して――彼は草原にただ、座り込んでいた。

 

 さらりと風がリムルの髪を揺らし、穏やかな太陽がそこを照らしている。森に囲まれたその場所は、不思議なほどに居心地が良くて、とても見覚えがあった。

 視線を右に向ける。

 そこには、白亜の教会が存在感を露わに鎮座していて――

 

「――初めまして。迷える子羊よ」

 

 その声にはっとして、振り向く。

 日の光に照らされた衣装は、明るい白で染め上げられる。その色より数段美しく、優しさを感じさせる上品な白髪は、風によって少し荒らされていた。

 祈るように組まれた両手は、苦労を知らない人間のように柔らかそうに見える。

 振り向いた時に合った、空と同じ瞳は目尻が下げられどこか心配そうだ。

 呆然と彼女を見つめる自分に気付き、慌てて顔を左右に振る。今は、そんな事をしている暇はないのだ。

 

「何かあったのでしょう? 話くらいなら、私にも聞けますから――どうか聞かせてください」

「……今はそんな暇ないんだ。悪いけど、ここから帰してくれないか?」

 

 心配そうに声をかけてくる彼女――魔王ラフィエル=スノウホワイトに、リムルは動揺していた心を鎮めながら立ち上がる。

 確かに、彼女の事は何とかしたいと思っている。けれど、今は仲間達が危険なのだ。死んでしまった者だっている。

 彼等の主である自分がこんな所にいていい訳が無い。ここにいると、駄目になる。そんな確信があった。

 

「帰れません。貴方の心が救われるまで」

「は?」

 

 しかし、そう簡単に事は進まない。

 残念そうに首を横に振ったラフィエル=スノウホワイトに、リムルは困惑する。

 帰れない? 何故?

 ラフィエル=スノウホワイトが、わざと帰さないようにしている、ということか?

 混乱のあまり、リムルは疑心暗鬼になりかける。そうなりかけたのはラフィエル=スノウホワイトのせいなのだが、それを止めたのもまた、ラフィエル=スノウホワイトであった。

 

「貴方の心は今、絶望に染まっています。ですから、貴方はここに喚ばれたのです。――私は、貴方を救うためにここにいます」

「どういう……事だ?」

「貴方はどうして、……悲しんでいるのですか? 怒っているのですか? どうか私に、教えて下さいませんか」

 

 リムルの疑問に、彼女は答えなかった。

 そして問いかける。

 他人の問いには答えず、自分の質問には答えさせようとする。そこには一種の魔王らしさがあると、リムルは場違いにもそう思った。

 しかし、それでもラフィエル=スノウホワイトには人を惹きつける力がある。彼女の優しさに縋ろうとする、本能を刺激されてしまう。

 それはリムルでさえも例外ではなかった。

 使い方を誤れば、それは甘美な毒となる――だがそれは、ラフィエル=スノウホワイトに関してはいらぬ心配である。彼女は私欲のために誰かを害する事はないのだから。

 

「……つまらない話だ。どうしようもない、馬鹿の話」

「構いません。聞かせて下さい。私が、貴方のことを知りたいのですから」

 

 俯いたリムルの手を取って、ラフィエル=スノウホワイトは、しっかりと彼の目を見る。覗き込まれたリムルは、そっと目を逸らして彼女の隣に座った。

 こんな事をしている場合じゃないのは分かっている。それでも、誰かに心の内を聞いて欲しかった。仲間には、言えない。心配をかけるから。

 それに言わなければ、きっとここから出れないのだろうと、そう思ったのだ。

 ぽつりぽつりと、リムルは言葉を紡いでいく。今までの出来事を。

 ミリムの話になった時は少し驚いた様子を見せていたが、ミリムは自分のことを彼女に話していなかったのだろうか。

 そして話は本題――魔国連邦が襲撃され、少なくない国民の命を失ったことを告げた。中には、秘書の仕事を任せていたシオンもいた。

 

「それは……酷い話ですね」

「…………」

「……。――リムル、ここは私の支配する異空間です」

 

 無言のまま、じっと地面を見つめるリムルに、ラフィエル=スノウホワイトはそんな話を始めた。

 訝しげなリムルを見て微笑み、彼女は続ける。

 

「ここは迷える子羊が、精神体(スピリチュアルボディー)だけで訪れます。しかし……ここは私の異空間。外の世界での常識は通用しません――例え魔王であろうと」

 

 彼女は告げる。

 ここは、絶望に染まった人が最後に救いを求める場所なのだと。だからこそ、ラフィエル=スノウホワイトはリムルに微笑む。

 

「貴方は心まで魔物になったと言いましたね。けれど、私は思うのです。貴方が人間だった時の心まで捨てる必要など、ない」

 

 そして彼女は再度告げる。

 ここは異空間であり、常識が通用する場所ではない。

 ラフィエル=スノウホワイトはリムルの頰を包み込むように触れると、ゆっくりと顔を上げさせる。

 ぱちりと交差した視線の中には、優しさしか感じなくて、どこか気まずい。

 

「いいですか――ここでは、貴方は泣けるのです」

 

 泣いてもいいんです。

 大切な人の死を悼み、嘆く事を許さない者などいないのだから。

 その言葉が、じわじわと理解し始める。追いつかない思考が動き出したと同時のこと。

 ぽろぽろとリムルの瞳から大粒の涙が零れだした。

 

「あ……」

 

 慌てて顔を拭うリムルだが、次から次へと流れ落ちるそれの対処に間に合わない。こんな醜態、見せられない――見せたくない。

 ぽすん、とリムルはミルクに似た香りに包まれる。視界は白く染まり、人肌程度の温度を感じる。

 背中は、とんとんと一定のリズムで優しく叩かれていて。

 何が起こっているのか、理解してしまった。

 

「う、ぐ」

「今は、出なくなるまで泣いてしまいましょう」

 

 恥ずかしい。この年になって、こんな。

 それでも涙は止まらない。むしろ先程よりもたくさんの涙が出ている気がする。

 離れないと。このままは流石にマズイ……そう思っても、涙は人を弱くさせる。

 リムルの意思とは逆に、身体はむしろラフィエル=スノウホワイトに縋るように抱きついていた。

 まるで、かつてのミリム・ナーヴァのように。

 

「どうして、こんな事になったんだ?」

「どうするのが正解だった…?」

「……人間と関わったのが間違いだったのか?」

 

 吐き出された疑問に、ラフィエル=スノウホワイトは答えない。

 抱き締められたリムルは、彼女がどんな顔をしているのかすら見ることが出来ないのだ。

 けれど口は止まってくれない。震える声で、涙に濡れた疑問が、吐き出された。

 

「なぁ……俺が間違っていたのか?」

「その答えは――肯定であり、否定です」

 

 無言のまま沈黙していたラフィエル=スノウホワイトは、そこでようやく静寂から身を出した。

 抱き締める力が緩み、彼女から離れながらゆっくりと顔を上げたリムル。揺れる瞳が、リムルの心情を物語っていた。

 

「考えて見て下さい。もし、貴方が存在しなかった時の世界を。きっと、魔国連邦なんて建国もされず――貴方の配下達は豚頭帝(オークロード)の軍勢に為す術もなく喰われていたでしょう。今よりも、もっと前に死んでいたはずです」

 

 ぐっと唇を噛み締めるリムルに、ラフィエル=スノウホワイトは真剣な顔で向き合う。

 

「確かに、貴方はその甘さのせいで配下達を危険にさらしてしまったのでしょう。ですが、その優しさで生きることが出来た者もいます――豚頭族(オーク)が、その最たる例でしょう」

 

 止まりかけている涙を拭う。

 鼻水をすすり、リムルはラフィエル=スノウホワイトが言わんとしている事が、もう分かっていた。

 だからこそ、もう泣かない。

 

「貴方は間違えた。けれど、その選択は全てにおいて間違っていた訳ではありません。取り零してしまった命だけではなく――救えた命も、数えてあげてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔国連邦へと戻ってきたリムルは、『大賢者』に混乱されたものの、――その心は、既に絶望には染まっていない。

 帰り際に言われたのだ。蘇生できる可能性はある、それは貴方の友人が知っている、と。

 そしてその言葉通り、初めて知り合った冒険者三人組がその方法を教えてくれた。

 だから、リムルは魔王になる決意をした。

 ラフィエル=スノウホワイトが最後に言ってくれた言葉に、軽く頰を緩ませながら。

 

『甘さが命取りになる事もあります。冷酷な判断が必要な事もあるでしょう。その事は否定しません、肯定します。けれど私は』

 

 二万の軍勢を見下ろして、リムルは微笑んだ。

 

「俺のように優しい人を、好ましく思ってくれるんだってさ」

 

 相手によっては優しくなれないけどね。

 その言葉は、人間の悲鳴によって掻き消された。




「奴等は皆殺しにする」
オリ主「国相手とかスライムが勝てるわけねぇよ」

勝ちます(宣言)
ラフィエル君の特に何も考えてない適当すぎる、真に受けてはいけない(全ての)発言を真に受けたせいで、リムルの性格に若干の変化がもたらされた。
なんて事をしやがるんだ……。

備考:ミリムの場合はペット、リムルは親しい人。そのため、ラフィエル君の対応(内心)は結構違う。


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/優しくしてあげましょう

 第16話 優しくしてあげましょう

 

 最近は平和だ。ここ数ヶ月間は、まるで嵐の前の静けさといったところか? だから、たまにある小さな嵐はちょっと安心する。

 最近でいえば、あの黒い悪魔が怒り狂って現れて散々叫び散らしたりしていた。何なのあいつ? いきなり現れて怒鳴って帰って行ったんだけど。

 頭沸いてるんだろうね、きっと。

 あいつ、オレの万年筆で満足したんじゃないんかい。そーゆーとこだぞ、ギィにウザがられるの。

 でもギィの嫌がる顔はものすごく嬉しいから正直もっとやれ。

 今日は特に何もねーかなーって思ってたら誰か来たっぽい。結界をぶっ壊して来た訳じゃねぇから、多分迷子だ。

 外に出れば、殺気だった様子の少女(?)が座り込んでいた。声をかけてみれば、少女はギロリと睨み付けて……怖いんだけど……。

 え? 何でオレ睨まれてんの? 何も悪いことしてないじゃんよ。

 ブルブルとオレの身体が震えだす前に、少女は呆然とした顔を見せた。そしてその後、顔を横に振る。何してんの?(素)

 まあいいや。さっさと話を聞いて帰って貰おう。

 

「何かあったのでしょう? 話くらいなら、私にも聞けますから――どうか聞かせてください」

「……今はそんな暇ないんだ。悪いけど、ここから帰してくれないか?」

 

 そんなん出来るならオレだってやってるよ!!

 出来ないから、こうやって面倒臭いけど興味の欠片もない奴の話を聞こうとしてるんじゃん? わかるぅ? わからないよねぇ、オレだって半分も分かってねぇし!

 

「帰れません。貴方の心が救われるまで」

「は?」

 

 それな(共感)

 オレも最初に知った時は「は?(死ね)」って思ったよ。ムカつくよね、ほんと。

 聖書にあるヤツってこんなんばっかだ。さきにさぁ、教えてくれてもよくない? こうこうこんなデメリットもあるんですよーってさ。

 サービス悪すぎんだよお前らはさぁ!! もっとオレに優しくしろよ! なぁ!?

 ちょっとオレに対してだけ厳しすぎるんじゃない? この世界。

 

「貴方の心は今、(何でか知らんけど)絶望に染まっています。ですから、貴方はここに喚ばれたのです。――私は、貴方を救うために(ここから出てって貰うために)ここにいます」

「どういう……事だ?」

 

 どういう事だろうね。

 オレも分からない……つまり聖書の作者にしか分からない世界なんだよワトスン君。これだから頭のおかしい人種は困るんだ。

 もっと、後世の人に分かるような表現をして貰わないと困るんだけど? そこんとこホント駄目だよ。特に悪魔のくだりとか意味分からんかんな、マジで。

 ……うん、オレにも分からん。

 

「貴方はどうして、……悲しんでいるのですか? (なんでオレに)怒っているのですか? どうか私に、教えて下さいませんか。(ほんと、この世界の奴らは説明するのを忘れすぎなんだよ!)」

 

 つーか真面目に言っていい? オレに八つ当たりするの止めてくれない?

 そういうとこね、オレは良くないと思うんですよ。みんなそうなんだけど、何でオレに怒るかな?

 死ねばいいのに……(本音)

 大体お前、何? 怒ってないでさっさと言ってくれよ。そしたら帰れるんだからさぁ!

 オレだって見知らぬ他人の話とかいう、聞きたくもない話を聞かなきゃいけないんだからお相子だろ!? え? 違う?

 ………。そんなことはどうでもいいんだ。

 とにかく話をしたまえ、ワトスン君。

 

「……つまらない話だ。どうしようもない、馬鹿の話」

「構いません。聞かせて下さい。私が、貴方のことを(元の場所に帰すために)知りたい(だけな)のですから」

 

 だからさっさと話せほらハリーハリー!!

 少女の手を取ってさりげなく座らせて、オレもようやっと座れた。相手が立ってると座れなくなるよね。

 ふいー。

 あーマジ疲れた。まだ話聞かなきゃだけど、ほんと疲れた久しぶりに。

 でも魔王共よりよっぽどマシか。あの黒い悪魔よりも数億倍は良いな、うん。

 

 で、話を聞いていると。

 なんとこの少女は少女じゃなかったらしい。それだけで驚きなのに、元々は男で異世界人で転生者で、今はスライムで王様で……。

 属性てんこ盛りかな? そんなに言われても覚えられねぇわ……覚える気もないけど。

 しかも、リムルと名乗ったこのスライムはミリムと知り合いなのだとか。初耳ですけど?

 あいつ、オレのことを唯一とか言ってた癖に、オレに何も言わなかったの? よし、絶交な!

 

 うんうん、それで襲撃を受けたんか……。まあ、当然ちゃう?

 だって新しく国を作ったら、そりゃ他の国からキレられるわ。うちの特権(特産物とか)奪ってんじゃねぇよってな。

 てゆーか、何で真っ先に潰されなかったのか……。他の国のトップ、頭おかしいんじゃねぇの?

 ファルムス王国だっけ? そこが普通にしか見えんのだが……。ドワーフ王国は中立だからともかく、ブルムンドは馬鹿なのかな?

 でもこれ言ったら駄目だろうな。適当に言っとこ。

 

「それは……酷い話ですね」

「…………」

 

 何で無言やねん。

 相槌くらい打てよォ! オレが一人で喋ってるみたいじゃん!

 それにさあ、酷い話だって思ったのは本当だぞ? そりゃ、オレだって仲の良い奴が死んだら落ち込むわ。

 それは分かるよ。分からんけど。

 うん……あの、気まずいんだけど。

 そんな今にも泣き出しそうな顔で無言っていうのは、すごく気まずいんだけど。泣けばいいじゃん(真理)

 あっごめん泣けないんだっけ……え? ここでも? なんかこの異空間に喚ばれた人は、普通の人になるらしいんだけど。

 ……ハッ! そうか、知らないのか!

 そりゃそうだわ。オレも最初は知らなかったし。

 

「……。――リムル、ここは私の支配する異空間です」

 

 まあ、他の魔王にめっちゃ侵入されて荒らされてるけど。あいつら締め出してぇな……。

 とりあえず、ぼんやりレベルでしかない知識を披露する。この異空間のことなんて、そんなに詳しく覚えてるわけねぇじゃんよ。

 オレは記憶力が悪いんだ。舐めんな。

 だから、これくらいの説明で勘弁してくれ。一応リムルに同情してるって伝えてヘイト下げておこう。

 

「貴方は心まで魔物に(冷たく)なったと言いましたね。けれど、私は思うのです。貴方が人間だった時の(優しさ)まで捨てる必要など、ない」

 

 完璧だな(ガバガバ)

 それに、さりげなく自分の要望も伝えてるオレ賢い。そうだよ、みんな優しくなるべきなんだ。主にオレに。

 リムルもさ、ウザい奴にはぐしゃってしてもいいんでない? でもオレにはしないでね、優しく接してくれ。

 あとは……あっ。

 ちゃんと言うの忘れてた。

 

「いいですか――ここでは、貴方は泣けるのです」

 

 はい説明終わり!

 ここで泣き終えたら多分リムルも帰れるんじゃねぇの? 知らんけど。

 泣き始めたリムルを今までと同じように抱き締めて、よしよしと宥める。早めに終わらせるにはね、放置よりもこうして寄り添ってやるのが一番なんだ。

 オレは学べる人間なんだ(疲れた顔)

 

「う、ぐ」

「今は、(涙が)出なくなるまで泣いてしまいましょう」

 

 そしたら早く帰ってね(笑顔)

 なんだか、リムルを抱き締めていると悪寒が走るんだけど、どういう事なの?

 どことなく、角のある美人二人が笑顔でキレている気がする。一刻も早く離れた方がいい気がするんだけど、気のせいだったらいいな。

 泣いているリムルが、ちょっとよく分からない質問をしてくる。何のことだ?

 考えてたら、なんか質問を続けざまにしてくるのでもう訳わからん。思考が追いついたのは最後の質問だけだった。

 

「なぁ……俺が間違っていたのか?」

「その答えは――肯定であり、否定です」

 

 どういう意図の質問なのか分かったけど、正解が分からないから適当に答えておこう。

 とりあえず過去のことを引き合いに出して、ちょっと良い感じに言ってみた。やばい……何も考えずに言ったけど、すげえ良い感じに着地してない? 話術の天才かもしれんな……。

 まあ悪い子な口は、ちゃんと思ってることを口に出してくれないけどね! 出来ない事くらいちゃんと分かってるっつーの。

 

 まあでも、これだけ言っても帰りそうにないね。

 普段ならこの辺で身体が透けだして、ひゅーっといなくなるんだけど。

 そりゃ、友達いなくなった奴がこの程度で帰るわけねぇわ。でもオレ、昨日徹夜したからめっちゃ眠いんだよな。

 正直もう眠いから帰って欲しいんだよな。頼むよ、帰ってくれないか?

 無理? 知ってた。

 

「……(なんか適当に言って帰って貰おう)」

 

 うん。

 それがいいね。そうしよう。

 オレは眠れる。リムルは束の間だけど希望を持てる。ウィンウィンじゃねぇか……!

 完璧だな(二回目)

 

「――知っていますか?」

「? 何を……?」

「蘇生が可能かもしれない方法のことです」

 

 驚愕の表情を見せるリムル。

 わかるよ、ビックリするよね。オレも驚いている。自分の適当さにな。

 眠いんだ。何も考えられないくらいに。

 

「――!? ど……どうすればいいんだ?」

 

 知らねぇ。

 

「貴方の友人なら、きっと知っているはずです」

 

 妖精さん(おまえら)とかな。

 いるじゃんほら、何でも知ってる奴とかさ。歩く辞書的な奴。

 そんな友達がいたら、きっと教えてくれるよ(適当)

 

 あっ、リムルの身体が透けてきた。

 よーし帰るんだな? 帰るんだな!? おめでとうございます!!(歓喜)

 どうせもう会わないだろうし、眠いからって適当に対応しちゃったし、嬉しいからなんか言っておこう。

 えーっと……。

 

「……私は、貴方のように(オレに)優しい人を好ましく思います」

 

 




「助けたい人に救われたんだけど……(羞恥)」
オリ主「久し振りに常識人来たけど、超眠い」

リムルへ。気にしてはいけない(警告)
そもそもラフィエル君が自分の影響力を自覚していないから、こんな悲劇が起こる。しょうがないね。
まあいつかは改善すると思われる。

現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:"勘違い"がアップを始めました。


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魔王誕生

 第17話 魔王誕生

 

 リムルの眼下には、数多の兵が行軍している。

 それはファルムス王国による軍勢であり、リムルが真なる魔王へ進化するための必要な条件(タネのハツガ)である人間の魂一万名以上の生贄(ヨウブン)でもある。

 彼等は魔国連邦へ一方的な宣戦布告を行い軍事行動を起こしている。挙げ句の果てにリムルの庇護下にある魔物達を多数殺害するという暴挙にまで出ているのだ。

 もはやリムルが慈悲をくれてやる義理などない。

 ちょうど、ベニマル達から魔国連邦を覆う結界の魔法装置を破壊したとの『思念伝達(れんらく)』も入った。

 

 ――そろそろ、始めようか。

 

 リムルは大規模な結界を展開させた。魔王クレイマンの配下だった魔人ミュウランから得た大魔法:魔法不能領域(アンチマジックエリア)である。

 これは、ただ単に念の為に施しただけだ。空間転移など、それによる離脱を防ぐために。

 それ以外では、この魔法は必要ない。ただ音色を聞かせればそれで済むのだから。

 魔王ラフィエル=スノウホワイトのフルート。

 それは、その笛を聞いた者を永劫の眠りへと誘う死音。聞く者全ての命を奪う、呪いの横笛。

 リムルの記憶領域からラフィエル=スノウホワイトの可能な限りの情報を解析した『大賢者』によって、それは使用法は判明しているのだ。

 フルートに口付け、リムルはそれに壊れんばかりの息を吹き込む。

 

 たった一楽器にも関わらず、思わず耳を塞ぎたくなるような不協和音が、空気を轟々と揺らす。

 それは勿論リムルの眼下に位置するファルムス王国軍の耳にも入ってゆく。そして――真っ赤な花火が、地面で次々と咲き誇る。

 まさに、地獄絵図。

 阿鼻叫喚と化したそこでは、異形の人間が這いずり回っていた。

 

 脳味噌が爆発し、脳汁を撒き散らしながらじたばたと駄々を捏ねるよう跳ねている者。

 身体が内側から破裂して、あらゆる穴という穴から血を垂れ流しながら発狂する者。

 四肢を欠損し、あまりの激痛にのたうち回る事すら出来ず、涙を流しながら絶叫する者。

 

 ありとあらゆる痛みを一万以上の人間達に与えたのは、たった一つのフルートだということをこの場にいる者で理解しているのはどれ程だろうか。

 吹き鳴らした本人であるリムルは当然把握しているが――それ以外となれば。恐らく、理解できている者などいないだろう。

 ただ何か勘付いたとしても……"微睡みの暴虐者"が生み出した惨劇と酷似している、くらいであろう。

 あの暴虐者が、魔国に味方している――などという勘違いをするかもしれない。実際は、借り物のフルートを吹き鳴らしたに過ぎないのだが。

 

 リムルはフルートを仕舞い、眼下を見下ろす。

 実際の死歌では瞬時に死へと誘うのだが、その効能を付与したフルートでは苦痛を与える事を優先させるようだ。

 確かに苦しんで貰いたいが、復讐よりも蘇生が大事。これで逃げられてしまっては困るのだ。……逃げられるような怪我でも、精神状態でもないだろうが、念には念を入れなければ。

 苦しむ人間達を見て結構すかっとしたので、次はサクサクと殺していく事にしよう。

 そう考えたリムルは、自らが考え出した新型の魔法術式を展開させる。

 物理魔法:神之怒(メギド)

 既に『大賢者』による最適演算は終えており、自在にそれを落とす位置を調整できる。

 よって、リムルは一際立派な馬車や天幕――国王が居そうな場所を除いて、全ての命を蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファルムス王国国王、エドマリスは目の前の光景が信じられなかった。

 いきなり不快な音色が聞こえたかと思ったら、周りに居た兵の身体が次々と気味の悪いオブジェへと変化していったのだ。

 そして自身の身体にも、それは訪れた。

 ビキビキと身体中の血管が浮き上がり、心臓が激しく動きだす。普段の数倍の血量に血圧。ぶちぶちの体内の血管が耐えきれずに破裂し始めた。

 

「ひ……ひぃいおおおおお!?」

 

 腕から、足から、胴体から……血管の数十ヶ所が破裂し、流血する。

 理解の及ばぬ恐怖に、エドマリスは悲鳴を上げた。それはまるで獣のような鳴き声で、這う這うの体でこの場から逃れようと本能だけで動き出す。

 しかし、それは悪手以外の何物でもなかった。

 エドマリスが天幕から出ようとしたちょうどその時に、リムルは「さっさと殺そう」と攻撃手段をフルートから自作の魔法に変えたのだから。

 

「ヒィ!」

 

 光の乱舞。

 ほんの数回、光が走った。

 ただ、それだけの事。それだけの事だったというのに。

 天幕から外を見てしまったエドマリスは、更なる絶望に身を落とす。

 先程まで醜い声を上げていた己の部下達は皆、一様に沈黙しており……その様子が何よりも雄弁に物語っていた。

 あの光によって、全員が命を落としたのだと。

 恐怖に支配されたまま、エドマリスは頭上から降りてくる漆黒の着物を纏った人物を見上げる。

 全ての事を為したのは――間違いなくこの人物だ。魔王のごとき風格を持つこの者が、この惨状を生み出したに違いない。

 そして、この恐るべき人物に愚かにも刃を向けたのはエドマリス自身であり――

 

「あ、あああ………」

 

 ――心が、折れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リムルが地上に降りると、そこでふらりと目眩がした。一体なんだ、と苛立ちながら『大賢者』に問いかけようとすると、先を越して世界の言葉が響く。

 

《告。進化条件(タネのハツガ)に必要な人間の魂(ヨウブン)を確認します……認識しました。規定条件が満たされました。これより、魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が開始されます》

 

 ふざっけんな、とリムルは思った。

 ぐにゃりと身体が崩れ、スライムへと戻る。そして強烈な眠気がリムルを襲う。

 

(まだ、まだだ。まだ国王を捕まえてない。捕まえておかないと――)

《告。目の前に居る男がファルムス王国国王であると断定します》

 

 え、マジ? ヤバいじゃん。

 リムルは慌てたが、『大賢者』は大して騒ぐこと無く既に戦意は挫いていると告げた。どうやら先程の攻撃で完全に心が折れているらしい。

 ほっと安心したが、まだギリギリ残っていた『魔力感知』に一人引っかかった。生き残りがいたのだ。

 その者はフルートの演奏が終わってからこちらに転移してきたようで、死体に混じって死んだ振りをしている。大魔法:魔法不能領域(アンチマジックエリア)外に転移し、そのまま徒歩で結界内に侵入したのだろう。

 ついでに、国王は目の前にいるが他の豪華な天幕や馬車の中にも生き残りはいる。皆それなりに地位は高いのだろうが、リムルにとってはその命に価値はない。

 

(ちょっとこの眠気なんとか出来ないか?)

《告。魔王への進化(ハーベストフェスティバル)は、途中で停止不能です》

 

 じゃあ仕方ない。

 リムルは相棒の言葉をあっさり受け止め、生き残りについては他の者に頼むことにした。

 影からランガを呼び寄せ、リムルは自分を町まで運ぶよう命じる。ついでに目の前に居るファルムス王国国王らしい男も連れて行く。

 

(あ、そうだ――)

 

 あの生き残り、もしかしたら殺せるかも。

 神之怒(メギド)で虐殺した時、ちょうど手に入れたスキルがあったことを思い出したのだ。

 何人もちまちま殺しに行って貰うより、こちらの方が確実であろう。

 

《問。ユニークスキル『心無者(ムジヒナルモノ)』を使用しますか? YES/NO》

 

 YES。

 死体に混ざって死んだ振りをしている者を除いて、天幕や馬車に居た者は一人残らず死に絶えた。

 残り一人――どうやら心は折れていないようだ。仕方がないので、生き残りは悪魔でも召喚して捕獲してもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い悪魔は歓喜した。

 つい先日、自分を差し置いて偉大なる召喚主(マスター)に召喚された黒の眷属のことなど、すっかり忘れてしまうくらいに。

 身の程知らずにも召喚に応えようとする悪魔を蹴散らして、黒い悪魔は配下二人を連れて顕現する。

 ぷるぷるとしたボディを持つ、尊大な態度の召喚主(マスター)

 ようやく、ようやくこの日が訪れた。

 少し前に黒の眷属にブチ切れて、聖女呼ばわりされている娘に愚痴り倒していた時とは比べられないくらい、喜色満面であった。

 勿論、そんな裏事情など知るはずもないリムルは、魔王への進化(ハーベストフェスティバル)による眠気で頭が回らないまま命令する。

 

「おいお前ら、死んだふりして隠れているヤツが一人いる。そいつを生かして捕らえて、このランガに届けろ」

 

 その言葉を聞いた黒い悪魔は、待ち望んでいた主からの命令に歓喜する。

 シズエ・イザワの死からずっと執着していたスライム――いや、魔王リムル=テンペストから、ようやく存在を認識して貰い、その上命令すら頂いた。

 これ以上の幸福があるだろうか。もう死んでも良い。いや、これから配下の末席に加えて頂きたい。

 そのために、偉大なる召喚主(マスター)が常に気にかけている魔王ラフィエル=スノウホワイトともパイプを作っておいたのだ。

 完璧である。

 必ずその席をもぎとってみせる。黒い悪魔は決意を新たに、歓喜と共にリムルへ挨拶をしようと口を開く。

 

「クフフフフ。懐かしき気配、新たな魔王の誕生。実に素晴らしい! これほどの供物、そして初仕事。光栄の極みで、少々張り切ってしまいそうで――」

「御託はいいから、さっさと行け」

「――ッ!? しょ、承知致しました……」

 

 待ちわびた召喚に饒舌に語っていれば、リムルはそれを遮って言った。人型であれば、しっしと追い払う仕草をしていそうな言い草である。

 黒い悪魔は初めてそんな杜撰な対応をされた事と、随分前から執着していた存在に適当にあしらわれた事にショックを受けつつ了承する。

 恭しく一礼する悪魔を最後に、リムルの意識は闇に落ちた。 




一方その頃。

オリ主「あっ……魔王の指輪(デモンズリング)なくした……?」
「エッ」

ラフィエル君の台詞を真に受けたせいで、身内認定した相手以外には辛辣になったリムル。ディアブロさんにも優しくしたげてよお!
ちなみに現在、ラフィエル君は慌てて指輪を教会の中で探し回ってます。そんな事より反省しろ。

 現在のステータス



       全略







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少女を知る者

 第18話 少女を知る者

 

 リムルが真なる魔王に覚醒し、反魂の秘術によってシオン達の蘇生が完了した後のこと。

 どんちゃん騒ぎを繰り広げ、皆が酔い潰れた真夜中を過ぎた頃。

 今後の方針に思い悩んでいたリムルの元へ、黒い悪魔はやってきた。

 

「お目覚めになられたようで何よりです、我が君。無事に魔王へと成られました事、心よりお祝い申し上げます」

 

 などと言っているが、リムルはこの黒い悪魔のことをまるで覚えていなかった。

 

「誰だよお前。何の用だ?」

 

 そのため、自分の心に正直に、お前のこと覚えてないよと告げる。

 黒い悪魔は激しく動揺し、顔を引きつらせた。二度目のぞんざいな扱いに、改めてショックを受けてしまったようだ。

 

「我が主よ。この者は貴方様が騎士共を供物(エサ)に召喚なされた、悪魔の一体です」

「おお、ランガ殿!」

 

 無意識に辛辣なリムルの影から顔を出し、リムルの記憶を呼び覚ます言葉を放ったランガに、黒い悪魔は救世主を見るように感謝の視線を送っていた。

 それを見たリムルは、記憶を思い出してみる。そういえば宴の最中でもうろうろソワソワしていた。

 合点がいったリムルは、笑顔を見せる。

 

「色々と手伝って貰って助かったよ。聞いたよ、なんでも生き残りを捕獲してくれたそうだね。お陰で、俺もランガも無事に帰還出来たみたいだし」

「いいえ、とんでも御座いません。つきましては――」

 

「長々と引き止めてしまって悪かったね。もう帰っていいよ!」

「――えっ!?」

 

 ぐっとサムズアップしてみせるリムルに、黒い悪魔は泣きそうな顔をした。

 あれ? と首を傾げるリムル。

 

「もしかして報酬が足りなかった?」

「いいえ!」

 

 それは違うと断言される。

 危惧していた事とは違うと言われたため、少しだけ安心する。

 では何か、と問いかける前に先に説明された。

 

「貴方様の配下の末席に加えて頂きたいのです! どうでしょう、検討して頂けないでしょうか?」

 

 うーん、とリムルは考える。

 召喚した時はそんな事言ってなかったのに――と考えれば、それを察したように黒い悪魔が付け加える。

 

「召喚主様に騎士の死体を頂いた事で、私も受肉出来ました。その御恩を少しでもお返し出来れば、と――」

「ああ、そうなの? ……ん?」

 

 かなり強そうだし、配下になってくれるのは有難い。しかしそれは暴走しない前提であり、諸刃の剣である。

 そこまで考えたところで、リムルは目の前の悪魔が召喚当時より上位の存在になっている事に気付く。

 先程受肉したと言っていたので、それで進化したのだろうが……。

 いや、まあそれはいい。

 それよりも、あと二人程いた気がするのだが。そこまで考えたところで、『大賢者』改め智慧之王(ラファエル)が告げる。

 

《解。"反魂の秘術"を行使した際、魔素(エネルギー)量が不足しておりました。その時に、補填に役立ちたいという願いを叶え、魔素(エネルギー)に還元して消費致しました》

 

 さらりと告げる智慧之王(ラファエル)に戦慄するリムル。それを自身の採用か否かを考えていると勘違いした黒い悪魔が、切り札を使った。

 

「聞いたところ、召喚主様は魔王ラフィエル=スノウホワイトにご執心だとか。実を言えば、私はその者と交流がありまして――ああ、彼女から頂いたこの万年筆が証拠です」

「これからヨロシクね!」

 

 思考する暇もなく、リムルは即座に返答した。

 黒い悪魔がさっと胸元にある万年筆をチラつかせた瞬間、満面の笑みで握手したのだ。

 それに感激した黒い悪魔は涙目になって頷く。

 

「おおお! 感謝します、我が君!」

「我が君はやめろ。なんかむず痒い。リムルでいいよ」

「心得ました。リムル――甘美な響きです。それでは今後はリムル様と――」

 

 なんて言っている黒い悪魔をスルーし、リムルは前のめりになりつつ言葉を紡ぐ。

 

「で、お前――いや、名前は? 何て言うんだ?」

「私など、名も無き悪魔で十分で御座います」

 

 あ、名前ないの?

 とりあえず聞きたいことは後回しにして、リムルは黒い悪魔に名前をつけることにした。

 それを告げると、黒い悪魔は嬉しそうに破顔した。少し考えて、リムルは名付けをする。

 

「お前の名前は"ディアブロ"だ。その名に相応しく、俺の役に立ってくれ!」

 

 さしあたり、ラフィエル=スノウホワイトの情報を――と続けようとしたリムルは口を噤む。

 智慧之王(ラファエル)によって知らされたディアブロの性能に、やっちゃった感が湧き上がってきたのである。

 これで謀反とか起こされたらたまったもんじゃないな、と思ったが、どうやら杞憂だったようだ。

 名付けが終わったディアブロは、その服装を執事服へと変えている。それは、リムルへ仕えるという、彼なりの意思表示だった。

 

「うん……まあいいか。ディアブロ、さっそくだがラフィエル=スノウホワイトについて知ってることを教えてくれ」

「勿論ですリムル様! 彼女は……そうですね、お人好しの具現化といったところでしょうか。それと人にしては少々賢いですね」

「うんうん」

「…………」

「………え? それだけ?」

「はい!」

 

 こいつ使えね――!!

 笑顔で頷いたディアブロを見て、リムルは頭を抱えたのだった。

 

 

 

 

 

 魔王になってから、翌々日。

 リムルは、智慧之王(ラファエル)に進化した事によって『無限牢獄』の解析鑑定が終了したため、ヴェルドラを解放していた。

 ヴェルドラ――暴風竜ヴェルドラ。

 最強の竜種が一体にして、天災(カタストロフ)級の魔物である。

 が、今はリムルの『強化分身』を依代として人型になって復活している。ついでに言うと、その膨大な妖気(オーラ)を制御するために修行中なのだ。

 

「……まだか?」

「ムムム! こうか?」

「全然違うよ!」

 

 修業して二日目だが、まるで改善されていない。

 ちょっと飽きてきた二人が妖気(オーラ)を制御する練習をしつつ全く関係のない話を始めた。

 

「そういえば、魔王になるのだったな? リムルよ」

「ん? ああ、そうそう。やっぱ、他の魔王って強い?」

「うむ! 第二世代以降の者は雑魚だが、覚醒魔王は強いのだぞ! 我は結構戦ったな。中々楽しめたぞ?」

「へぇ……あ、もしかしてラフィエル=スノウホワイトとも戦った事ある?」

「いや、ないな。会った事はあるのだが……」

「戦わなかったのか? お前なら滅茶苦茶喧嘩売りそうだと思ったんだけど」

「初対面の時は歌を聴いていたらすっかり戦う気を無くしてしまったのだ。これは何かある、面白そうだ、と思って奴に仕掛けに行ったのだが、他の魔王に邪魔をされてな。うっかりそちらと遊んでいるうちに奴と戦うのを忘れてしまった……というのが何度も続いたので諦めた」

「おい。おい、オッサン」

 

 何してくれてんだ――と怒鳴りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 人魔会談を終え、対魔王クレイマン戦について話し合う場所。

 ラミリスの乱入もあり、クレイマン本人についてはリムルが魔王達の宴(ワルプルギス)に直接乗り込んで倒す手筈となっている。

 その作戦のネックとしては、魔王ミリム・ナーヴァが魔王クレイマンに操られている可能性がある、という事なのだが……今は話していても仕方ない。

 が、そこで三獣士が一人、黒豹牙フォビオが告げる。

 

「もしかしたら――魔王ミリムだけじゃなく、魔王ラフィエル=スノウホワイトも敵になる可能性が有ります」

「は?」

「へっ? 何でラフィーがそんな事するのよ?」

 

 何故、と困惑するリムル陣営とポカンとするラミリスに、獣王国(ユーラザニア)の面々は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 そして、あの時……暴風大妖渦(カリュブティス)の一件の時に起こった、ラフィエル=スノウホワイトによる魔王カリオンの大敗北を語った。

 その嫌らしいやり方に、リムルもラミリスも信じられないと言わんばかりの顔をする。しかし、獣王国(ユーラザニア)の彼等からは嘘が感じられない。

 

「どういう事なんだ……?」

 

 汚れた十字架のネックレスを、元々以上に磨き上げ、詫びの品を持って謝罪に来た魔王とその配下。

 噂に聞く聖女と名高い彼女であれば、それを無碍にするとは思えない。だというのに、魔王ラフィエル=スノウホワイトは、わざわざそのネックレスを彼等の目の前で壊したのだ。

 それは当然、魔王カリオンにとっては宣戦布告に他ならなくて――

 

「ラフィーがそんな事するわけないじゃないのさ! ……はっ!? わかったわ、きっとそいつは偽者ね! 名探偵ラミリスさんの推理に間違いはないわ!」

「……ラフィエル=スノウホワイトと面識があるお前から見ても、あり得ないと思うんだな?」

「当然よ!!」

 

 ふんすふんす、と鼻息荒く断言するラミリス。

 最古の魔王であるラミリスが言うのだ。信憑性は高い……が、魔国にとっては獣王国(ユーラザニア)の方が付き合いが長い。

 どちらの意見を信じるか、人によって別れるだろう。

 事実、魔国の幹部達は皆が頭を悩ませている。

 

 ラフィエル=スノウホワイトには相反する二つの噂がある。

 一つは恐ろしい魔王であるという噂。もう一つは心優しい病弱な聖女だという噂。

 どうしてこのような真逆の話があるのかは分からない。けれど……火のない所に煙は立たない。

 ラフィエル=スノウホワイトには、その二つの噂がたってしまう確かな事実があったのだろう。

 リムルとしては、ラミリスの意見を信じたい。だが同時に、死歌のフルートというこれ以上ないくらいの反対意見を肯定する物を目にしている。

 あのような呪いの横笛を持つ者が、果たして本当に優しい聖女なのだろうか?

 ――答えは、依然として不明のままだ。

 

「結論は、分からん! 魔王ラフィエル=スノウホワイトが敵に回るか否か――それは魔王のみぞ知る。そもそも俺達の勝利条件は魔王クレイマンとその配下を倒すことだ。他の魔王については臨機応変に対応する! 以上!!」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの真意は分からない。

 シオン達が死んで、失意に暮れていたリムルを慰めて、希望を与えて活を入れてくれたのは、間違いなく彼女なのだ。

 同時に――魔王カリオンを陥れたのも、彼女である事に違いはないのだが……その理由だけでも知りたい。

 殴り込みに行く魔王達の宴(ワルプルギス)で、彼女の思いを知れたのなら――どんなにいいだろう。

 

(いや……知りにいく。必ず聞き出す――あの涙の理由だって、まだ分かってないしな)

 

 純白の少女を脳裏に描き、リムルは気合いを入れる。

 魔王クレイマンを倒し、ミリムの洗脳を解き、ラフィエル=スノウホワイトの心を問う。

 それが、今回の目的だ。

 

 




一方その頃。

オリ主「諦めよう。現実は非情なんだよ(遠い目)」
「指輪ごときで何を悟ってるんだキミは?」

ラフィエル君への憶測が飛び交う。ただし本来のラフィエル君のことを告げる噂は一つも無い。当然だよね!(笑顔)
指輪? ラフィエル君はもう諦めた。どうせ魔王達の宴(ワルプルギス)なんて数百年はねぇだろと高をくくっている。


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宴の前に/大誤算からの大遅刻

 第19.5話 宴の前に

 

 リムルが魔王達の宴(ワルプルギス)の会場へと到着すると、そこには大きな円卓が設置されており、等間隔で十二の席が用意されていた。

 しかし――一席だけ、妙におかしい。

 一番手前、下座にある席には座布団が敷かれ、膝掛けが用意されているのだ。しかも、円卓にはその席の前にだけ回復薬(ポーション)らしき液体が入った瓶が一つ置いてある。

 その席の隣に案内されたリムルは疑問符を浮かべつつ、腰を下ろす。

 意識を周囲に向けてみると、ラミリスがおかしな席の前にヒポクテ草を置いてから自らの席へ着いた。

 

(……? あの席の魔王はいじめでも受けてるのか?)

 

 前世で机の上に花を置くというイジメを思い出したリムルは、困惑気味にそう考えた。が、いくらなんでも能天気なラミリスがそれに加担しているとは思えない。

 恐らく、何かしらの事情があるのだろう。まるで理解出来ないが……。

 

 最初からいた魔王ギィ・クリムゾンの観察を終えた頃、新たな魔王が入ってくる。大男――巨人族(ジャイアント)の魔王ダグリュールである。

 彼も、リムルの隣の席に茶色の袋を置いてから席に着いた。本当に、このおかしな席は一体誰の席なのだろう。

 もしかして魔王クレイマンの席か? ご愁傷様ですの意味を込めてやってるのか?

 若干混乱していたリムルだが、どう考えても魔王の考える事など分からないので放置する事にした。

 

 次に会場入りしたのは金髪の美男子――吸血鬼族(ヴァンパイア)の魔王ヴァレンタイン。

 彼は自分の席へ一直線に進み、ラミリスの隣の席へ腰掛けた。

 

(あれ? 魔王が全員やるわけじゃないのか?)

 

 おかしな席には目もくれずに席へ座った魔王ヴァレンタインに、リムルは首を傾げる。が、その疑問もすぐに氷解した。

 魔王ヴァレンタインの従者であろう銀髪の美少女メイドがどろりとした赤黒い液体の入った試験管のようなものを、その席の前へ置いた。

 やっぱり嫌がらせかもしれないと、リムルは思った。

 

 魔王ヴァレンタインというより銀髪美少女メイドの観察を終えた時に入ってきたのは、堕天族(フォールン)の魔王ディーノ。

 彼はどこか高級感のある小石を、おかしな席の前に置くとラミリスの横で立ち止まって絡み始めた。

 しばらく談笑した後、ディーノは席に座って眠り始めた。

 

 その後に入ってきたのは有翼族(ハーピィ)の魔王フレイ。溢れ出る妖気(エロス)と色気のある流し目に、リムルはちょっとドキドキする――事もなく、平然と観察をした。

 初対面の他人には惑わされなくなったらしい。これにはリムル本人ですら内心驚いていた。

 というか、リムルは魔王フレイよりもその従者であろう獅子の仮面(ライオンマスク)の男を凝視してしまう。

 どう考えても魔王カリオンだった。

 

(あのオッサン、何やってんの?)

 

 真顔のままリムルはそう思った。口に出さないように飲み込むのに、信じられないくらい神経を使った。

 そして、魔王フレイはリムルの隣のおかしな席には何も置かずに自らの席へ座った。カリオンではない従者も特に何のアクションもない。

 その後に魔王レオンが登場し――シズエ・イザワに頼まれた事を口にすると、彼は普通に断り冷静に返した。

 そしてリムルの隣の席に錠剤を置いて、そことは逆にあるリムルの隣に座って沈黙する。

 

(…………こいつも何か置いてったぞ……本当に何の儀式だ?)

《解。能力(スキル)や魔法等による痕跡はありません》

 

 本当に何なの? と放置していた疑問も帰ってきたのでリムルは頭を抱えたくなった。

 しかし、今は魔王クレイマンを倒す事が目的だ。この疑問はあとで聞けば良い。かなり気になるが。

 そこで、リムルには配下の者達から報告が届いた。魔王クレイマンの本拠地を陥落させ、獣王国(ユーラザニア)へ攻め入っていた軍勢も制圧したとの事。

 その報告を聞き終えた頃、魔王クレイマンと魔王ミリム・ナーヴァが会場入りを果たした。

 

「さっさと歩け、このウスノロ!」

 

 ミリムを、クレイマンが殴った。

 ミリムが、ではない。クレイマンが、殴ったのだ。

 逆であれば、それは日常風景である。暴虐のミリムと呼ばれる彼女が暴れるのであれば、普通のこと。

 それが何があったのか、ミリムは殴られても返り討ちにせず文句も言わずに席に座ったのだ。

 明らかに異常である。

 魔王の面々ですら戸惑うような表情を見せている。その中でギィだけは表情を変化させずに口を開いた。

 

「おい、ラフィーはまだか?」

 

 沈黙が降りる。

 全員がリムルの隣のおかしな席へと注目し、困惑気味の表情を見せる。

 リムルだけは状況を理解する前に驚いていた。

 

(えっ!? ここ、ラフィエル=スノウホワイトの席!?)

 

 その通り。

 十大魔王が一人、ラフィエル=スノウホワイト。

 ――堂々の遅刻である。

 

 

 

 

 

 

 

「ミザリー、迎えに行け」

「はい」

 

 しばらく経ってもラフィエル=スノウホワイトは現れない。

 ギィが命令し、ラミリスとリムルを連れてきたメイドが彼女を迎えに行く事になった。

 慌てて身支度を整えたのか、現れたラフィエル=スノウホワイトは服装こそキチンとしているものの、髪が少し跳ねていた。

 なんというか、まるで魔王達の宴(ワルプルギス)があるという事を忘れていたように見える。しかしあの聖女が大事なことを忘れるわけがない。

 ただのドジか、何か急用で遅れたとか、そのあたりだろうと魔王達は推測した。

 

「お休みになられていました」

「は?」

「誤解です。私は眠っていたわけではありません。ただ目を閉じていただけです。本当です」

 

 が、ミザリーによって暴露された真実に呆然とする。声を出したのはギィだけだが、他の魔王の表情はほぼ同一だった。

 ミザリーの冗談を疑った彼等だったが、ちょっと焦ったような口調で弁解するラフィエル=スノウホワイトを見て、なんとも言えない顔をした。

 しかしそれも、彼女だって人間なのだから、たまにはそういう事もあるだろうと納得される。むしろ今まで一度も失敗していなかった方がおかしいのだ。

 

 納得の顔を見せた魔王達に、ラフィエル=スノウホワイトは自分に都合のいい解釈をしたのか、自分の席に向かった。

 椅子に座り膝掛けをかけると、目の前に置かれた物を見て眉を下げ、

 

「毎度言っていると思うのですが――」

 

「気持ちだろ。貰っとけ」

「そうよラフィー。頑張って育てたのよ、その草」

「我々の気持ちがいらないとでも?」

魔王達の宴(ワルプルギス)の度に見繕っているのだが……気に入らなかったか」

「言っとくけど、突き返されたら俺だって傷付くからね?」

 

「――有難く頂戴します」

 

 申し訳なさそうに口を開いたラフィエル=スノウホワイトは次々と放たれる押しを受けて、一度口を噤んだ後にそれらの物品を受け取った。

 そのやり取りはどうやら魔王達の宴(ワルプルギス)の恒例らしく、会話に口を挟まなかった魔王はまたかと言わんばかりの顔をしていた。

 

(本当にラフィエル=スノウホワイトって、他の魔王から気に入られてるんだなあ……)

 

 その魔王ラフィエル=スノウホワイトが敵に回るかも知れない――

 三獣士の一人であるフォビオの話を思い出し、リムルは気を引き締めた。もし彼女が敵対する場合、古参の魔王は敵に回るかも知れないのだ。

 それくらい、彼等はラフィエル=スノウホワイトを気に入っているように見える。

 だからこそ、彼女の真意を探り、慎重に動かなければならない。リムルだって、彼女を敵として見たくなんて無いのだから。

 

 カリオンを除いた魔王が全員揃って、ようやく――魔王達の宴(ワルプルギス)は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第19話 大誤算からの大遅刻

 

「お迎えに上がりました」

「…………ゑ?」

 

 教会の寝室で惰眠を貪っていたオレは、突然目の前に現れた緑髪メイドに困惑した。ゆさゆさと体を揺すられて起きたのだが、まるで訳が分からない。

 嘘です。

 わかってる、わかってるよ? この娘はギィのところのメイドで、つまりオレは……今日、予定があったという事だ。

 知りませんけど??(真顔)

 あのさぁ、そうやって連絡した気になって突撃訪問する奴っているよね。迷惑なんだよ分かってる?

 現に! 今! オレが迷惑してるッ!

 そもそも何時だと思ってるんですかねえ? あのね、日付が変わって一時間経ってるくらいの時間帯なんですよ。つまり深夜。

 草木も眠る丑三つ時。

 そんな時間に呼び出そうとしてるんじゃねぇよ! ぶっ殺すぞ、ああん!?(ブチ切れ)

 ふざっけんじゃねぇぞ、表出ろや!

 思わず枕をメイドの顔面に叩き付けようとした。でも、その前にオレは頭を抱えたくなった。

 

魔王達の宴(ワルプルギス)の始まる時間になってもお越しにならないので……主様によって命令された私がお迎えに上がりました」

 

 嘘やん。

 そんなの聞いてないよ……。誰? オレを騙そうとしているのは!

 魔王達の宴(ワルプルギス)なんて、あと数百年はねぇだろとか言った奴! お前ほんと許さんからな! どうしてくれんねんワレェ!!

 

 すみません、魔王の指輪(デモンズリング)失くしたんです(小声)

 やばいって……! 絶対あの魔王達は激怒ぷんぷん丸だ……死んじゃう(確信)

 今日はボクの命日なんだねブラザー……死ねよ(唐突な暴言)

 

 というかこれ今から支度しても完全に遅刻じゃね? こないだ遅刻した新参の魔王がブチギレ魔王にバラバラにされてましたけど?

 え? 死にに行けと申すか?

 ……嫌でござる嫌でござる! 絶対に行きたくないでござる!

 助けてドラえもん!! 誰だよドラえもん、無理だろロボットには。

 もう駄目だ、諦めよう。現実は非情なんだよ。

 オレはじっと微動だにせずに待っているメイドに圧迫感を感じつつ、素早く身支度を調えた。

 

 メイドが出した門を潜り、オレはそっと会場入りする。まだ何で遅れたとか聞いてこないで下さい。

 今、考えてるから。殺されないような完璧な言い訳を考えてるから。

 

「お休みになられていました」

 

 はァ? おまっ、ちょっおまっ、ざけんなよてめぇ! 何ぬかしてくれとんじゃあ!?

 

「は?」

 

 ほーら、ギィが殺気立ってるじゃん。どうしてくれんのホント?

 お前は人の命を何だと思ってるんですか? オレみたいな弱っちい人間はねえ、殺気だけで死んじゃう事だってあるんだから!

 お前らみたいな中身ゴリラには分からないかもしれないけれども!!(皮肉)

 内心泣きながら、オレは必死に弁解する。

 頼むから殺さないで下さい。ほんと、ガチで。何でもするから!

 

 オレの必死の弁明に思うところがあったのか、魔王共はそれぞれ納得した顔を見せた。何だよお前ら、話せば分かるんじゃねぇか(熱い掌返し)

 よっしゃ、話が終わったならオレは席につこうじゃないか。

 オレは座布団と膝掛けが用意されている椅子に座ると、目の前にいつもの光景が広がっている事にウンザリした。

 こんなガラクタいらねぇんだよ……。

 

「毎度言っていると思うのですが――」 

 

 オレは恒例の言葉を吐く。

 まあ言ったところで、これが次回から無くなった事なんてないんだけど。

 お前ら、オレにこんな嫌がらせして楽しいか? オレは楽しくない。

 ふざけんな、死ね(直球)

 

「気持ちだろ。貰っとけ」

 

 気持ちだけならいいんだよ。むしろ気持ちだけにしてくれ。

 こうやっていらねぇモン渡されても処分に困るんだよ。なんなの? 何がしたいの?

 

「そうよラフィー。頑張って育てたのよ、その草」

 

 草じゃん。

 どう足掻いても草だよね。頑張って良く見ようとしても、草じゃねぇか!

 お前ね、草なんて育ててどうすんの? 育てるなら、もっとこう……桃とか栗の木とかを育てろよ!

 

「我々の気持ちがいらないとでも?」

 

 いらないけど?

 お前ね、オレにこんな気持ち悪い血液を渡して何がしたいの?

 あとオレ、バレンタインに話してるんだけど。お前に言ってるんじゃないんだけど。

 

魔王達の宴(ワルプルギス)の度に見繕っているのだが……気に入らなかったか」

 

 そうだね! 気に入らないね!

 お前この……何? いつも茶色い袋に入ってますけど、いつも中身、黒い塊だよね?

 毎度見繕ってるって、お前の目には何が映ってんの? お前の目ん玉はスーパーボールか何かか?

 

「言っとくけど、突き返されたら俺だって傷付くからね?」

 

 お前に至っては石だよね。

 ラミリスは育てた草だからまあ気持ちは入ってるだろうけど、お前は石だよね?

 来る途中の道で拾いましたって事だろ、これ。突き返されても文句言える立場か!? お前が一番ダメなんだよ、はっ倒すぞ!!

 ――が、そんな事を最強の一角である魔王の皆さんに言える訳もなく。

 

「――有難く頂戴します」

 

 お前ら全員死んでくれ。

 言いたい台詞の代わりに、オレは感謝の言葉を吐き出したのだった。

 

 ところで今日の議題って何なの? 場合によっては帰りたいんだけど。




「ラフィエル=スノウホワイトの真意は――?」
オリ主「帰っていい?(本音)」

駄目です(即答)
今まで無遅刻無欠席を貫いていたラフィエル君の突然の遅刻にカリオン以下魔王は警戒を強める。一体何を企んで……!?
ただ惰眠を貪っていただけで、特に深い意味は無い(本人談)

現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:カリオンがいない(いる)事と、リムルが隣にいる事には、まだ気付いていない。


▼ラフィエル=スノウホワイト式・贈呈品定め▼

ギィ・クリムゾン――回復薬(ポーション)
   ラフィエル君視点――お冷や

ラミリス――ヒポクテ草
   ラフィエル君視点――雑草

ダグリュール――滋養に良い根菜(全て黒色)
   ラフィエル君視点――暗黒物質(ダークマター)

ヴァレンタイン――特殊な血液
   ラフィエル君視点――消費期限切れの血液

ディーノ――貴重な鉱石
   ラフィエル君視点――その辺の石ころ

レオン・クロムウェル――風邪等に効果のある錠剤
   ラフィエル君視点――ゴミ(ラフィエル君の世界では錠剤なんてなかった)


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真実/不安は遅れてやってくる

 第20.5話 真実

 

 ギィの配下のレインというメイドが、涼やかな声で魔王達の宴(ワルプルギス)参加者を紹介していく。

 その紹介の時間に、リムルはちらりとラフィエル=スノウホワイトを覗き見る。彼女は手を擦り合わせ、口から吐き出した息をその手に吹きかけていた。

 寒そうな姿にリムルは胃袋に毛布か何かがないか探そうとし、その前にミザリーが暖かい紅茶を彼女の前にそっと置いた。

 

「ありがとうございます」

「いえ」

 

 それに気付いたラフィエル=スノウホワイトが柔らかい笑みを浮かべる。

 颯爽と立ち去りギィの元へ戻ったミザリーを見送り、ラフィエル=スノウホワイトは両手でカップを持つ。そのままゆっくりと熱い紅茶を飲んで、ほっと息を吐いた。

 その始終を見ていたリムルは、宴はこれからだというのにうっかり毒気を抜かれてしまった。……クレイマンの説明がすぐに始まったので、それもほんの一時だったが。

 魔王クレイマン。

 魔王達の宴(ワルプルギス)を発動を呼びかけた人物であり、魔国連邦に手を出しリムルの怒りを買った魔王である。

 

 彼の説明では、こうだ。

 魔王カリオンがリムルを唆し、魔王を名乗るよう仕向けた。そしてファルムス王国を焚きつけ、ジュラの大森林へと侵攻させた。それを迎え撃つべくリムル達に協力を申し出て、人間に手出しした。最後に――ファルムス王国に勝利したリムルが、魔王を僭称した。

 それを聞いて不快げな顔をするリムルだったが、流石にここで暴力にうって出るような真似はしない。

 一瞬、この机を蹴り上げてクレイマンの顔面に叩き付けてやろうかと思ったのだが、智慧之王(ラファエル)に止められ冷静になった。

 

「――とこの様に、私は証言を得たのです。ですが、それを知らせてくれた私の配下ミュウランは、そこのリムルという痴れ者によって殺されました。そこで私は復讐を決意したのですよ」

 

 そこで一瞬、クレイマンはちらりと伺うようにラフィエル=スノウホワイトを見た。その視線で、リムルは憂鬱になりながらラフィエル=スノウホワイトを最大限に警戒する。

 彼女がクレイマンの味方になっている、あるいは共謀している可能性が高まったからだ。

 しかし、当の本人はギィのメイド二人にお菓子を差し出され、体に良いお茶を用意されたりと甲斐甲斐しく世話をされていた。

 

「そこのリムルは、カリオンと共謀して私を殺そうとしていました。ミュウランが最後の力で、私に"魔法通話"で知らせてくれたのです」

 

 感極まったような仕草をするクレイマンに、リムルはイライラしながら小さく舌打ちした。それが聞こえたのか隣にいたレオンが真顔でリムルを見たが、リムルは無視した。

 そこまででもリムルを苛立たせるには十分だったのだが、彼の話はまだ続いた。

 カリオンが裏切った。それに激怒したミリムが獣王国ユーラザニアを滅ぼし、カリオンは死亡した――

 

「え?」

 

 そこで小さな驚きの声が上がる。

 その声の主は、ラフィエル=スノウホワイト。目を丸くしたラフィエル=スノウホワイトは、クレイマンの隣の空席を見てからフレイの従者を見る。

 そして、困惑を滲ませながら沈黙した。

 

(……知らなかった? 彼女が?)

 

 リムルも彼女と同様に困惑する。

 ラフィエル=スノウホワイトが魔王クレイマンと共犯なのであれば、カリオンが死亡しているという報告は受けて然るべきである。

 それなのに、それを知らない――そしてカリオンがこの場にいる事に気付きながらも沈黙を守る、という事は。

 

(ラフィエル=スノウホワイトと魔王クレイマンは、共犯だとしても、その思惑が一致していない可能性が高い)

 

 それはつまり、ラフィエル=スノウホワイトを敵に回さずに魔王クレイマンを潰すという作戦の勝算が高くなる事を意味する。

 態度や表情に嬉しさが滲むのを抑え、リムルは魔王クレイマンだけを潰す段取りを立て始める。苛立ちを発散させるための戦闘行為は必須だとして……、やはり何事にもまずはラフィエル=スノウホワイトをこちら側に引き込むべきだ。

 そのためには、彼女の思惑の内を知らなければ行動のしようもないのだが――

 

「ミリムの行動は私を思っての事だったのです。けれど、証拠もないのにそれはまずいと私が窘めました。それ以降ミリムは私を慕ってくれるようになったのです。……彼女からもそう聞いているでしょう? ラフィエル」

「…………そうですね。貴方の言うとおりです」

 

(――思惑が、読めない)

 

 魔王クレイマンの偽りの供述を、ラフィエル=スノウホワイトが肯定した。その事実は魔王達の信用を、リムルではなく魔王クレイマン側へと寄せた。

 場の空気が有利になった事を悟ったクレイマンは、嬉々としてリムルの処分を提案し始めた。渋い顔をするリムルが、悔しく思っていると勘違いしたのだ。

 実際は、ラフィエル=スノウホワイトの考えがまるで分からない自分にムカついていただけなのだが。

 

「以上で、私の話は終わりです。これで皆様にも御理解頂けたと存じますが、そこのリムルなる卑小な魔人は、魔王を僭称する愚か者。粛正するのがよろしいかと――」

 

 その言葉で締めくくったクレイマンは、かなり上機嫌だった。何もかもが自分の計画通りに進んでいるからだ。

 古参の魔王は、どういう訳かは知らないが魔王ラフィエル=スノウホワイトに関しては全幅の信頼を置いている。そこを突いたのだ。

 自分が言った通りの事を言うようミリムに命令し、ラフィエル=スノウホワイトがその問答に関しての事をYES/NOで答えるようにラフィエル=スノウホワイトとの会話を誘導する。

 そうすれば、ラフィエル=スノウホワイトは不信に思っても真実であるYESとしか答えられない。彼女は、嘘の吐けないという聖女の特性を利用されたのである。

 

「それでは次に、来客よりの説明となります」

「一番最初に聞いておきたい事がある」

 

 リムルからの説明へと移ろった時に、彼はラフィエル=スノウホワイトの思惑を見破り行動するという行動方針を転換する事にした。

 簡単に神算鬼謀をめぐらす魔王の相手などしていられないのだ。腹の探り合いやら駆け引きなど、そんな七面倒くさいものはくそ食らえ。

 長々と語ってやるつもりなんて、毛頭ない。そもそもクレイマンの話が長すぎるのが悪いのだ。

 そんな言い訳をどこぞの誰かに向かってしつつ、リムルはラフィエル=スノウホワイトと視線を合わせた。

 

「ラフィエル=スノウホワイト。お前の目的は何だ?」

「……目的、ですか? それは――何故?」

「俺はお前を敵に回したくない。が、クレイマンは潰す。それは決定事項だが、お前の思惑が分からないから迂闊に動けないんだ」

 

 ほぉ、と感心したような声が、何処からか漏れた。

 直球でラフィエル=スノウホワイトに問いかける……それは、彼女にとって最もやりづらい事なのだという事を、古参の魔王達は知っている。

 だからこそ、リムルの行動に感心したのである。ああやってみせれば、ラフィエル=スノウホワイトははぐらかす事が出来ない。

 それは本人が眉を寄せて唇を引き結んだその顔が、しっかりと物語っているのだ。

 

「…………。………、……ありません」

「は?」

「目的なんてありません」

 

 紡がれた言葉は、リムルではなく他の魔王ですら絶句した。その言葉は確実に嘘だ。

 聖女である彼女は、嘘をつかない。だというのに、彼女はそんな事を言うのだから。

 ぷいっと顔を背け、これ以上は何も言わないと宣言するように黙りこくる。その姿に、リムルは追求しようと口を開く、が。

 

《告。重要な報告が発生しました》

(……何だ?)

《命令されていたラフィエル=スノウホワイトの教会付近に張られた異空間の『解析鑑定』が終了しました。それに付随して行っていたラフィエル=スノウホワイト本人の解析結果によって判明した事を報告します》

 

 思考加速を行い、リムルは智慧之王(ラファエル)の報告を耳に入れる。

 

《前回の主様(マスター)が異空間に呼ばれた事により異空間の権能が判明。その権能は、迷い子の救済。この世界で絶望に染め上げられた者の救済こそが、異空間の在る理由です》

(……病弱の聖女、か)

《しかし、異空間の維持には膨大な魔素(エネルギー)を必要とします。そのため、個体名:ラフィエル=スノウホワイトは異空間を維持するために生命力を常に消費し続けています》

 

 その報告に、リムルの顔色は悪くなる。

 まさか、とは思うが……いや、そんなことはない。ラフィエル=スノウホワイトは最強の魔王の一角。そう簡単には、……死んだりしない。

 

《個体名:ラフィエル=スノウホワイトの生命力は既に一割を切っています。あと数年もしないうちに死亡するでしょう》

(――――ッ!?)

《異空間には『解析鑑定』を妨害(ジャミング)する細工が施してありました。あと数週間もすれば、完全な隠蔽がなされ真実が明かされる事は個体名:ラフィエル=スノウホワイトが死亡した後になっていたはずです》

 

 それは、つまり。

 今回、彼女が積極的に事件を掻き乱したのは――!

 

《解。間違いなく、異空間についての隠蔽を確実に行うためでしょう》

 

 ああ、もう。

 助けたいと思った少女は、誰にも救いを求めようとしないまま死にに行こうとしていた。彼女が無意識だとしても、救いを求めている事は分かっていたのに。

 それなのに、自分がやった事は彼女を疑うことだけだった。自らは彼女に救って貰っておきながら。

 

(……本当に、馬鹿だ)

 

 決意しておいて、シズさんに約束しておいて。

 何も出来ずに、壊れそうな程優しい少女を死なせてしまうところだった。

 そんなこと、絶対に許されるはずがない。

 彼女には幸せになる権利がある。たくさんの人を救ったのだ。不幸な死なんて、させるものか。

 必ず助ける。

 絶対に、一人でなんて逝かせない。

 

「異空間……」

 

 もう、それをなしにして生きていたって、いいだろう。ずっとずっと、命を削ってきたのだから。

 リムルが零した言葉に、ラフィエル=スノウホワイトが驚いたような顔でリムルを振り返って、見つめた。

 どうして知っている、そう言わんばかりに。

 だから返す。

 彼女の思惑を全てぶち壊すために。

 

「隠蔽なんてさせてやるかよ。クレイマンを潰したら、お前は俺の国に連れて帰る」

「…………へ? な、何を?」

 

 目に見えて動揺するラフィエル=スノウホワイトを視界から外し、リムルは胃袋から取り出した水晶球を円卓に転がした。

 その水晶球はとある映像を記録したもので、魔法効果を発動させてやれば再生される。それは間違いなく魔王クレイマンの偽証を証明するものだ。

 

「魔王クレイマンを倒して、俺は新たな魔王になる。それに異論はあるか?」

「なっ!? 貴様――」

「ふっ。いいだろう。クレイマンを倒せたのなら、お前を新たな魔王として認めてやる――が、一つ条件だ」

 

 魔王クレイマンを潰すなんてさっさと終わらせてやる。今はこんな奴よりも優先したい相手がいるのだから。

 早くしないと手遅れになってしまうかもしれないのだ。

 魔物の世界は弱肉強食。

 ならば、口先でどうこう言うよりも腕っ節で証明した方が良い。その考えで、リムルはクレイマンの証言を水晶球一つで口論を強制終了させて告げたのだ。

 そして、その考えは間違っていなかった。クレイマンは憤慨していたが、ギィは楽しげに笑みを刻み了承したのだ。

 

「条件?」

「お前が知った事を教えろ。ラフィーに関することだろ? お前らもそれでいいよな」

 

 ちらりとギィが魔王達を見る。

 一斉に視線がラフィエル=スノウホワイトとリムルの間を行き来し、頷く。どうやら異論反論よりも好奇心が勝ったようだ。

 クレイマンだけが何か文句を言っていたが、唯我独尊やマイペースを地でいく魔王の耳になど入らない。

 既に舞台は出来上がったのだ。

 

(まあ……こんなに簡単に事が進んだのは、ラフィエル=スノウホワイトの効果だろうけどな)

 

 心優しい聖女は、傍若無人の魔王達の心さえも掴むのだ。末恐ろしい事に、本人にはまるで自覚がないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 第20話 不安は遅れてやってくる

 

 あー帰りてぇな。

 ていうかオレさ、ここに居る意味ある? ないよね? アッじゃあ帰りますね(笑顔)

 駄目でした。ちょっと腰を上げようとした瞬間、ギィに何してんの? みたいな顔された。帰ろうとしているんだッ!!

 

 そもそもここ寒いよ。オレだけ座布団と膝掛け用意して貰ってる手前文句は言えないんだけどさ……。

 この時間にやる意味ある?(真顔)

 こんな深夜にやってたら風邪引いちゃうだろうが! オレの体の弱さを舐めんなよ!? 倒れても誰かが責任とってくれるんだろうなァ!?

 ……やっぱいいです。魔王に責任とられたら、オレ、もっとお腹が痛くなる気がするから。魔王ってほんと、存在するだけで害だよね。消えてくれ。

 

 ガタガタと寒さに震えながら脳内で文句を言いまくっていると、ギィのメイドが温かい紅茶を入れてくれた。ありがとうございます!

 ごくごくと飲んで、なんか舌が痛いなと思ったら火傷してた。どうしてくれんの?(責任転嫁)

 痛くてクレイマンの話にまるで集中出来ない。あ、そうだ。お冷やがあったよねそういえば。飲んだら痛みがすっと引いた。すごい流石お冷やすごい。

 

 ここでようやく一息ついた。ていうか寝起きに来たからお腹空いたな……もう魔王達の宴(ワルプルギス)終わりにしない?

 帰って果実食べて寝たい(本音)

 クレイマンの話をBGMに、もうこのまま寝そうだと危機感をビンビンに感じていたちょうどその時、ギィのメイド二人がケーキやお菓子を持ってきた。

 何だよお前ら、今日はやけに気が利くじゃねぇか! あっ、これパサパサして美味しくないからいらねぇわ(失礼)

 

 お茶とお菓子で眠気が飛び、頭が覚醒したオレは、ようやく真面目にクレイマンの話を聞く事にした。なんでもカリオンが死んだらしい……え?

 

「え?」

 

 思わずカリオンの席を見る。いなかった。エッ嘘、あいつマジで死んだの? 知らなかったんですけど……何で誰も教えてくんないんだよ!?(自業自得)

 ……魔王の指輪(デモンズリング)でもしかして連絡してた? 除け者ですね分かります。

 もういい、お前らの話なんて聞かない。

 どうせ聞いてても分からないしな。もういいよどうでも……え?

 カリオンの席から視線を外した瞬間に目が合った。獅子の仮面(ライオンマスク)の男……何であんなバレバレの変装してんのに誰も何も言わないの?

 これ黙っとかなきゃ駄目なやつ? 正直、全力でおちょくりたい。でもそんな事したらマジギレからの惨殺でジエンドなので絶対にやらない。そもそも表情と口が言うこと聞いてくんないしな。

 

「ミリムの行動は私を思っての事だったのです。けれど、証拠もないのにそれはまずいと私が窘めました。それ以降ミリムは私を慕ってくれるようになったのです。……彼女からもそう聞いているでしょう? ラフィエル」 

 

 ……え? 

 え、あ、な、何? 全然聞いてなかった。カリオンに気をとられてて……。何でお前オレに話振ってくるんだよ!(逆ギレ)

 ふざけんなよお前! お前の話なんか知らん! 聴いてなかったからな!

 いや、ほんとどうしよ。めっちゃ注目されてるじゃんか。クレイマンお前だけは絶対に許さない死ね。

 

「…………そうですね。貴方の言うとおりです」

 

 何を返せば正解なのかが全く分からない。

 そんな時にはとりあえず同調しておけば会話らしくなるって、オレ知ってるんだ。実際、今回もこれで何とかなった。完璧だな!

 なんて思っていたのが悪かったのだろうか。

 クレイマンがターンエンドし、リムルとか言う魔人……あれ? どっかで見たような……?

 ……お前あん時の属性てんこ盛りスライムじゃねぇか!! え? お前のせいで今回の魔王達の宴(ワルプルギス)が発動したの? 許さん。

 オレはなぁ、魔王達の宴(ワルプルギス)なんてあと数百年はないと思ってたんだ! だから指輪を失くした事も暫くは隠蔽できると思ってたのにッ……!

 ギルティだ、ギルティ! お前の罪を数えろォ!

 

「それでは次に、来客よりの説明となります」

「一番最初に聞いておきたい事がある。ラフィエル=スノウホワイト」

 

 ほんともう勘弁して(涙目)

 何なの? 魔王(自称含む)って皆オレのこと嫌いなの? いい加減にしろよ! 弱い者いじめは駄目だってママに教わらなかったのか!? オレは爺に教わったぞ!

 

「お前の目的は何だ?」

「……目的、ですか?」

 

 何の事?(真剣)

 確かに魔王を殺したい、世界滅べ、人類など死に絶えるが良いとは常々思っているが目的ではないし。むしろ願望だから目的とはまるで違う。

 というかこれ、他人に知られてたら普通に死ねるんだけど?? 知らないよね? 知らないって言って!

 

「(そ、)それは――何故(知りたいんだ)? (本当は読心術でオレの本音を知ったからとか……?)」

 

 読心術とかこの世界にあるなら、オレはもう生きていけない。死ぬ。

 というかオレ、こいつと会ったのあの時が初めてだよね? もしかしてあんだけ泣いてたのにオレの心を読心してたん? 泣いた。

 

「俺はお前を敵に回したくない。が、クレイマンは潰す。それは決定事項だが、お前の思惑が分からないから迂闊に動けないんだ」

 

 何を言っているのか分からない。

 オレだって他人を敵に回したくなんてないよ。ていうかクレイマンを潰すなんて……オレの関係ないところでなら勝手にやってくれ。

 オレに害がないなら問題ないから。じゃあなクレイマン。惜しい人を亡くした……。

 

 …………注目は集まったまま。え? 何で!?

 オレ何か忘れてる? 何か聞かれた? 待って、思い出すから待って!!

 も、目的? まだその話やってたの? ええ……。

 

「……ありません」

「は?」

「(いや、だからぁ!)目的なんてありません(って言ってるだろ!)」

 

 何回言わせんだ!!(半ギレ)

 ムカついたので顔ごとリムルから背けてやる。大体お前、オレに目的があったとしてもお前に何か関係あんの? ないよね。

 はー……おうちかえりたい。

 ちゃんと話が通じないよ……いや、他の魔王よりは断然通じるんだけどね?

 やっぱり人と話すって面倒くさいな(コミュ障)

 

「異空間……」

 

 はい? 何で教会の話が出てくんの?

 びっくりしてリムルへ振り向くと、リムルは何故かものすごく真剣な顔でオレを見ていた。

 

「隠蔽なんてさせてやるかよ」

 

 ……!?

 はっ、えっ、なっ……え!?

 な、何でお前、オレが魔王の指輪(デモンズリング)を失くした事を隠蔽しようとしてる事知ってんの!?

 

「クレイマンを潰したら、お前は俺の国に連れて帰る」

「…………へ?」

 

 それはつまり、ブチギレって事ですか?(半泣き)

 古参の魔王であるオレが、魔王の証とも言える魔王の指輪(デモンズリング)を適当に扱ったから怒ってるんだ……。

 そりゃそうだよね、自分がこれからなる予定の魔王にオレみたいなのがいたら怒るよ。

 だが聞いて欲しい。

 望んでなった訳じゃないんですけど??(真顔)

 オレを責めるなら、オレを魔王にしやがった三人を責めて貰おうか!

 

「絶対、助けるから」

 

「な、……何を?」

 

 というか、何から?

 するりとオレの頰を撫でていったリムルの視線は既に別の方へと向いている。

 なんか妙に真剣な顔してたけど……、…………もしかしてオレ、本気で何かやばかったりする?

 

 




「絶対に死なせない」
オリ主「もしかして、オレやばい?」

おめでとう!!(歓喜)
ようやくラフィエル君、他人と普通に意思疎通が出来るようになったね! そしてようやく現実を少しでも見てくれてありがとう!
ちなみに『解析鑑定』を妨害(ジャミング)していたのは悪魔。いっぱい働いてくれる悪魔。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:他人に対してだけ怖がってたラフィエル君。そろそろ自分の領域(テリトリー)内も怖がった方が良い。


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不安の理由/許さんからなァ!

 第21.5話 不安の理由

 

 リムルが円卓を消し去った時に、ハラハラドキドキしていたのは何もラフィエル=スノウホワイトだけではない。

 何だか変な事をしていると感じ取ったギィやラミリス、操られているとされているミリムでさえも内心に不安を隠しながら外面を取り繕っていた。

 

 特にミリムは、自分がラフィエル=スノウホワイトに実際に言った「心配しなくていい」という言葉を彼女がバラすだろうとふんでいたのに、何故か嘘をつくという暴挙をやらかした彼女に唖然としていた。

 そして、何か不穏な空気を感じ取ったため、正直、クレイマンをぶっ飛ばしてラフィエル=スノウホワイトを質問攻めしたい気持ちでいっぱいだった。

 クレイマンの言っていた"あの方"なんて、ミリムにとってはラフィエル=スノウホワイトと比べれば塵芥程の価値もないのだから、その気持ちも当然といえば当然である。

 

 そもそもの話、"あの方"とやらがラフィエル=スノウホワイトに手出しをするような事を言っていたために、ミリムはクレイマン相手に一芝居うっていたのだ。

 当の本人が、それ以外の重要な事をやらかしているとなれば今回のことなんて放り出して、何があったのか聞きたい……の、だが。

 

(ワタシに隠し事をしていたのか! 許さん!)

 

 怒りで周りが見えなくなったミリムは、クレイマンに「出番だ」と声をかけられた事にも気付かなかった。しかし彼女はタイミングよく癇癪を起こして暴れ出したので、クレイマンもリムルも、ミリムが操られていない事には気付かなかった。

 リムルは、一度魔国連邦に来た際に戦ったミリムとは違うあまりにも暴力的な攻撃に防戦一方になってしまう。

 しかしそれも、途中から呆れるような理由で登場した暴風竜の参戦により流れが変わる。我を取り戻したミリムが、慌てて演技に戻ったのだ。しかしその視線は相変わらずラフィエル=スノウホワイトに向いている。

 幸か不幸か、それは対峙している暴風竜と本人にしか気付かれなかった。

 

 一方、ギィはその戦いにはあまり集中していなかった。横でギャーギャー騒ぐ妖精の相手をしていたのと、無言のまま不安げに瞳を揺らすラフィエル=スノウホワイトを気にかけていたからである。

 それとは別に、カリオンとフレイが妙にラフィエル=スノウホワイトを警戒している素振りを見せるため、不可解に思っていたのもある。

 現にその二人は、クレイマンとリムルの戦いよりもラフィエル=スノウホワイトを注視している。その理由は分からないが、頭の隅に留めておく程度はしておいた方がいいだろう。

 

 その二人のことがなくても、ギィはラフィエル=スノウホワイトについて思考していたため、戦闘にはそこまで目を向けていなかった。

 ラフィエル=スノウホワイトは病弱なる聖女でありながら、異界の悪魔をその身に宿す二面性を持ち合わせている。

 しかし、言ってしまえばただそれだけだ。

 彼女は他人に対して奉仕し過ぎる性格であるが、その三つを合わせても何か危険な事があるとは思えない。

 ラフィエル=スノウホワイトが不安になっている理由の見当がつかないのだ。

 様子からして、ラミリスやミリム……他の魔王達にもその理由は分かっていないだろう。

 

 となると、ラフィエル=スノウホワイトが不安がる理由を知っているのは今現在、渦中のスライム――リムル=テンペストのみとなる。

 死んでしまえばそこまでだが、妙にラフィエル=スノウホワイトに入れ込んでいる様子から察するに意地でも勝利をもぎ取るだろう。

 まあ究極能力(アルティメットスキル)を所有しているようだし、未覚醒の魔王ごときに負けはしない。むしろ負けられたら雑魚すぎて話にならない。

 

(本人が口を割りさえすりゃ簡単に話は進むんだが……まあ無駄だろうな)

 

 昔、ラフィエル=スノウホワイトの身体を使う異界の悪魔と戦った事を思い出し、ギィはため息を吐いた。あの時も、最後まで彼女が悪魔について話すことはなかったのだ。

 それならば、今回だってあの聖女は口を閉ざすだろう。嘘をつく、という暴挙にまで出たのだから……余程、知られたくないらしい。

 まったく困ったものだと、再度ため息を吐き出したギィだったが、そこで覚醒の気配を感じる。

 

 どうやら、魔王クレイマンが一時とはいえ覚醒したらしい。リムル(スライム)がクレイマンをボコボコにしていたのは視界の端で捉えていたが、どうなっている?

 ギィは少しだけ本気を出して状況を見てみる。

 リムルが思考誘導をクレイマンに仕掛け、不完全とはいえ覚醒するように仕向けたらしい。何故そのような事を――と思えば、自らの消耗していた魔素(エネルギー)を回復させるためのようだ。

 魔王達の宴(ワルプルギス)でそんな事をやらかす新参者は初めてである。先輩を燃料タンクとして見ているのか?

 

 呆れつつも、面白いヤツだという印象を、リムルはギィに与えた。

 しかし、クレイマンとその配下である九頭獣(ナインヘッド)と魔人形を自らと配下二人で圧倒したのだから、リムルの配下は中々強者揃いのようだ。

 ラミリスが自分の配下をリムルに加勢させようとしてきたが、面倒くさいので却下した。そもそもこの戦い以外にラフィエル=スノウホワイトの事もある。これ以上、今回の件がこんがらがるのは御免だったのだ。

 

「クレイマンはここで殺す。反対の者はいるのかな?」

「好きにしろ」

 

 

 

 

 

 

 第21話 許さんからなァ!

 

 ちょっと待て! 待って下さい!(懇願)

 お前こら無視すんな、何気になる事言うだけ言って放置してくれとんねん! ぶっ殺すぞ!

 ていうか本当待って。

 オレが何かヤバいんじゃないかって聞いてんの!(聞いてない)

 なあほんと、そこんとこどうなの? ねえ? もしかして危険な目に遭ったりとかしないよね? しないんだよね?

 しないって言って!!(涙目)

 いやでも魔王共と出会っている時点で既に危険だな。タスケテ……タス……ケテ……。

 オレの何かが覚醒する前に危険から助けてくれないと覚醒したオレが逆襲してしまうからな? わかってるよな?

 

 ところでオレのすぐ目の前で戦いだすの止めてくれない? 怖いんだけど。怖いんだけど!!

 髪の毛がね、オレの髪の毛がお前らの戦いの衝撃でふわふわしたり、数本が切れて宙を舞ったりしてるんですよ。

 あと、オレの目が傷付けられそうで泣きそ……砕けた床の欠片が目に入ったんだけどォ!

 ああああああっ! あああああああッ!? 目が! 目がアアァァ!!

 ふざけんじゃねぇぞお前ら!! 死ね! 床に頭から転んで死んでしまえ!!(怨嗟)

 

 許さん! 許さんからなァ!!

 特にリムル(スライム)ゥ!!

 

 お前、何なの?

 オレはさぁ、お前を慰めてあげたのにさぁ! 泣いてるお前を、見知らぬ他人でありながら、一生懸命慰めてあげたのに!

 おまえ、お前これ、恩を仇で返しやがって!!

 訳分からん事言い出して詳しく説明もしないで放置した挙げ句? 嫌がらせのようにオレのすぐ目の前で戦闘しやがって。

 これで怒らない奴なんていないからね?

 そこんとこ分かってる??

 

 あとミリム、お前もだ。

 お前さあ……何で戦闘してるの?(素朴な疑問)

 お前みたいな周りのことを考えない戦闘能力化け物の馬鹿がね、こんな狭いところで戦闘してみろ。二次被害がくるだろうが!! オレみたいに! オレみたいに!

 ところでお前、戦うなら戦う事に集中すれば? 何でオレを見てんの?

 ……もしかして褒めて欲しいとか思ってる? 褒めないからね。むしろ怒るよ。

 あれ? あの金髪の男って何時からいたっけ? ……まあいいか。何時ものことだ。知らない間に知らない奴が増える。常識だよね!(錯乱)

 

 戦闘が怖くてガクブルしながら必死に現実逃避する事、?時間。

 帰っていいかな……もう、帰っていいかな?

 何時になったら終わるんですかね。え? まだ五分しか経ってない? ……いい加減にしろよお前ら! 何時までやってるつもりだ!?

 とか思ってたら、リムルがクレイマンをフルボッコにし始めた。紫髪の女が黒フードと戦ってる隣でやっている。

 ちなみにオレの目の前はやっぱりミリムと金髪男がやりあっている。死んで?(本音)

 ていうかリムルってえげつないね……。あの時の泣きじゃくってたスライムは何処? 純粋だったあの頃に戻ってください。

 怖い。成長が怖いよ。

 男の弱点と言われている伝説の部位、股間を集中して狙っている……。あと顔面と鳩尾。

 一体何の恨みがあるんですか……?

 文字通りの踏んだり蹴ったりである。手も使おうね。

 

 クレイマンが盛大に顔を引き攣らせ、内股になりながら目を血走らせ始めた。

 おっ、どうした?(他人事)

 リムル達が会話しているのを聞くに、どうやらクレイマンは覚醒したらしい。……えっ? ど、どどうやって覚醒すんの!? オレも覚醒したい!

 盗み聞きしててもやり方は分からなかった。泣いた。

 でも魔王ってみんな覚醒する可能性を持っているらしい。つっよ。オレもいけんのかな?

 あれ、じゃあクレイマン、リムルに勝つのか。いいぞやったれ! 多少痛い目みせてやるといい! オレを混乱させた報いを受けろ!

 

 …………え?

 なんか、普通にやられてるんですけど……。覚醒してこれ? がっかりだよ! お前にはがっかりだ!

 でも殴られて痛いのは分かるよ。痛みってほんと辛いよね。ところで髪の毛ジジイになってるけど大丈夫?

 ストレスでハゲたり色素抜けたりするって聞いたことあるけど、こんな短時間でそこまでストレス感じたりするんだ。

 変に感心していたら、リムルが魔王を見回した。

 

「クレイマンはここで殺す。反対の者はいるのかな?」

 

 えっ。

 オレの目の前で殺すの?

 

「好きにしろ」

 

 嘘だと言ってよ……。

 お前らホント許さんからな? この恨み晴らさいでか……!

 オレはね、死体は大丈夫なんだ。見慣れてるから。だが殺戮、てめぇは駄目だ。

 目の前で流血沙汰はムリ! ほんと無理! 頼むから止めてくれない? 後生だから。

 というオレの内心は、やっぱり表に出てくれなかった。表情、お前だけは許さない。

 リムルは普通にクレイマンをぶっ殺していた。

 おやすみ(気絶)




RTA(効率的に最速)で終わらせる。頼んだぞ、智慧之王(ラファエル)
オリ主「(気絶する)覚悟はいいか? オレはできてる」

おやすみ(ただし騒がれるため即起き)
ラフィエル君の影響で非道(?)になったリムルだったら、急所狙いとか普通にやるんじゃないかなっていう。
合理的というか、そんな感じも原作でちょいちょい出てる気がする。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:リムルの言葉は、嫌がらせで適当に言われたんじゃないかと疑っているため、既に不安を消し去った馬鹿。


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少女の秘密

盛大に遅れました。


 第22話 少女の秘密

 

 可も無く不可も無く、その戦闘は終わりを迎えた。

 ある世界線のように途中でミリムが「ワタシを操るのは無理なのだ!」なんて言い出したりしなかったし、カリオンが「おいおい誰が死んだって?」と登場してきたりもしなかった。

 ただ単純に、操られた(フリをしている)ミリムの相手をヴェルドラに任せ、配下には配下を当たらせ、リムル本人はクレイマンをフルボッコにした。

 リムルがラミリスの世話を任せたベレッタは、参戦しようとしたもののギィに理由も聞かれず却下されていた。

 その戦闘は、完全にリムル陣営の者達だけで成立していて、クレイマンは完全敗北を喫したのだ。

 

 それは偏に、ただ心優しい少女を救うため。

 他者のためにその身を削り、全てを隠してその命の終焉を迎えようとしていた儚い少女を救うため。

 彼女には、もう時間がほとんどない事を知っていたから、出来るだけ早く戦闘を終わらせたのだ。

 少しでも目を離せば、その姿を眩ませてしまうような気がしたから。

 

 クレイマンを『暴食之王(ベルゼビュート)』で喰らい、振り返ったリムルが見たのは意識を失っているラフィエル=スノウホワイトだった。

 その顔色は酷く悪く、汗が噴き出している。何処からどう見ても体調が悪い。

 真っ青になったリムルを不信に思った魔王の面々も、その視線の先を見て騒ぎ出した。

 

「ラフィー!? おい、大丈夫か?」

「これ、クレイマンとかカリオンとか言ってる場合じゃないよね?」

「なんでもいいから寝かせるのよ! あと水! 水を飲ませるのよさ!」

 

 がたんと音をたてて立ち上がったギィを筆頭に、それぞれ魔王達がうろうろと無駄に彷徨ったり心配そうにラフィエル=スノウホワイトの顔を覗き込んだりと忙しなく動き始めた。

 ラフィエル=スノウホワイトを乱暴に扱った前科のあるギィをラミリスが蹴り飛ばす。そしてベッドは何処にあるのかをギィに問いかけた瞬間、どすんと音が響いた。

 彼等が音に気を取られた瞬間に、リムルは魔王達の間を縫って魔王の壁を通り抜けると、ラフィエル=スノウホワイトを抱き上げた。そのまま元いた場所まで戻り、先程『胃袋』から出したベッドに寝かせる。

 流れるように、同じく『胃袋』から出した濡れタオルを額に置いて栄養補給液(テンペスト産)を飲ませる。

 小さく喉が上下したのを見て、リムルはようやく安堵の息を吐き出したのだった。

 

「すげーな……」

「俺達が右往左往してたのはなんだったんだよ?」

「流石はリムルなのだ!」

「まあそうよね。アンタなら何とかするってアタシも分かってたわよ? …………あれ? ミリム?」

「え?」

「えっ?」

 

 リムルの完璧な介抱に、魔王達が尊敬の眼差しを送ったのも束の間。

 当然のように会話に混ざっていたミリムを見て首を傾げたラミリス。全員がミリムを見つめ、「え? さっきまで操られてたよね?」と言わんばかりの表情を見せる。

 ラフィエル=スノウホワイトがベッドで眠った事に一安心したのか、ミリムはふふんと胸を張って告げた。

 

「ラフィーには言っていたのだが、操られたフリをしていたのだ! クレイマンのあの方とやらがラフィーを狙っているらしくてな、それを探っていたのだぞ?」

「あん? クレイマンの野郎、ラフィーに手を出そうとしてやがったのか?」

「うむ。まあラフィーのアレは知らないみたいだったのだ」

「知ってたら手を出そうとはしねーだろうよ」

 

 ミリムとギィの会話の応酬には、頷く者と首を傾げる者とで反応が別れた。第二世代以前と以降で、知識に差があるのだ。

 ラフィエル=スノウホワイトが何故、"微睡みの暴虐者"と呼ばれているのかを知っているか否か。

 ただそれだけの差ではあるが、それを知ると知らないとでは大きく違う。知っているからこそ、彼等は彼女に対して信頼を置けるのだから。

 無論、シズエやリムルといった例外もいるが……まあそれは例外でしかない。

 

「しかし、ラフィーにも困ったもんだな。こいつが遅刻とは何事かと思ったが、体調が悪いのに無理して来やがったか。遅刻したのは直前まで休んで隠し通すつもりだったんだろうよ」

「全くなのだ! ただでさえ身体が弱いのに、ワタシに黙って無理をするとは信じられないのだ」

 

 いや、別にお前に言う必要なんてないよね? という言葉が口から出かかったギィだったが、言えば言ったで面倒臭くなるのは分かりきっていたので黙り込む。

 そして、魔王達をスルーして、真剣にラフィエル=スノウホワイトを眺めているリムルを横目で見やった。

 何に気付いているのか、じっくりと聞くつもりではあるが、その前にやることが一つ。

 

「で、カリオンにフレイ。お前らは何を警戒してやがるんだ? 体調を崩してるラフィーを睨む理由を聞かせて貰おうじゃねーか」

 

「え? カリオン? どこに居るのよ?」

「…………」

 

 本気で言っているおとぼけ妖精を無視して、ギィは獅子の仮面(ライオンマスク)の男を見た。

 獅子の仮面(ライオンマスク)の男――カリオンは、その仮面を脱いで素顔を晒した。その表情は困惑と警戒に染まっている。

 その隣にいるフレイも、内心で苦々しく思いながらも、外面では優雅に取り繕っていた。

 

「……一つ聞かせて貰える?」

「言ってみろ」

「何故、古き魔王の貴方達はラフィエル=スノウホワイトにだけ、そこまで親身になるのかしら」

 

 妖艶な微笑みを浮かべつつ、フレイは油断なく周りを見据えて問いを投げかけた。

 

「ハッキリ言って、異常だわ」

 

 このまま命を落としても不思議ではないくらいの言葉だったと、フレイ本人ですら理解している。だからこそ、隣にいたカリオンは驚いた。

 彼女は自分の命すら、この質問という名の賭けのチップにしているのだ。

 カリオンは息を飲み、彼女の優雅な横顔に見惚れた。それと同時に、彼も覚悟を決めた。彼女がここで殺されるのなら必ず自分が守ってみせると。

 例え、己の命を散らしたとしても。

 

「――ああ、そうか。端から見りゃ、そう思われるか」

 

 そんな悲壮な覚悟を決めていた彼等は思い切り肩透かしを食らった。彼等の目の前に、納得したような表情で頷き合っている魔王達の姿があったからだ。

 

「そういや俺も、ギィやミリムが世話してるのを見た時は正気を疑ったよね」

「うむ。本人と少しでも腹を割って話さない限りは勘違いしても可笑しくはないだろう」

「本物の善人が存在するなど、ラフィーを見ないと信じられぬものよな」

 

 ディーノを起点として、古き魔王達が和気藹々と話し始める。昔はああだった、こんなことがあった、と互いにラフィエル=スノウホワイトと接して起こった事を語り合う。

 そんな光景に、カリオンとフレイは言葉を失って立ち尽くす。

 魔王同士がこんな風に笑い合っている姿など、見たことがなかったからだ。

 

「質問の答えはこれでいいだろ? さっさと話せ、時間が押してるんだからよ。ラフィーの体調だって芳しくない」

「…ええ。事の発端は、ラフィエル=スノウホワイトがカリオンを嵌めて襲った事よ」

「あ? ――それ、本当にラフィーだったか? 瞳の色は?」

 

 フレイの言葉に首を捻り、暫く後にギィはほぼ正解に近い答えを導き出していた。

 ラフィエル=スノウホワイトが、そんな事をするわけがない。そんな確信があったからこそ、彼はそこまで辿り着けたのだ。

 しかしギィのように導き出せる存在は少ない。話を聞いていたカリオンは眉を寄せて口を挟んだ。

 

「俺が嘘をついていると?」

「お前の勘違いだって事なのだぞ、カリオン。恐らくお前を嵌めたのは、忌々しいアレに違いないのだ」

 

 不快げにそう言ったカリオンに返したのは、ベッドの傍でリムルやラミリスと共にラフィエル=スノウホワイトを見守っていたミリムだった。

 ラフィエル=スノウホワイトの左手を握りながら、ミリムは指を立てて説明する。ギィやラミリスを筆頭とした――古き魔王と口裏を合わせた嘘をつく。

 

「ラフィーにはそっくりさんがいるのだ。それの性格はこの世の悪を煮詰めたような醜悪さでな、ラフィーとは違う血のような赤い瞳が特徴なのだ。――お前を嵌めた奴は、赤い瞳をしていただろう?」

「それは……確かに、そうだが――。なら、何故隠していたんだ、ミリム?」

「ラフィーかどうかを疑って、ラフィーを襲う輩が出ては困るからな」

 

 その理由に納得は出来なかったが、理解は出来た。ここで食い下がったところで意味は無い。カリオンはそこでがしがしと頭を掻いた後に溜息を吐き出した。

 色々とあったが一応は親しいミリムと、自分が認めた魔物の国の主であるリムル。

 双方が入れ込んでいる上に体調を崩している少女に、これ以上疑い続けるのは止めた方が得策であろう。

 それは、フレイも同様。彼女も眉間を押さえながら、「……そう、わかったわ」と返していた。

 

「だがミリム。俺の国をぶっ壊してくれた件に関しては後でじっくり話して貰うからな」

「むうっ!? カリオン、ラフィーに比べればそんな事はどうでも良かろう!?」

「良くねーよ!!」

 

「二人の件が片付いたなら、本題だ」

 

 ギィはそんな喧嘩は無視し、強引に話の主導権を奪う。体ごとラフィエル=スノウホワイトが眠るベッドへ視線を向けた。

 

「新たなる魔王、リムル=テンペスト。お前はラフィーの何を知った? ――答えろ。嘘を吐く事は許さん」

 

 じっとラフィエル=スノウホワイトを見つめていたリムルの伏せられた瞳が、顔を上げたことで露わになる。

 ゆっくりと上げられた視線が、ギィの視線と交差する。お互いに譲らない沈黙が数秒続き、リムルが意を決したように口を開いた。

 

「単刀直入に言う。ラフィエル=スノウホワイトは、このまま俺達が何もしなければ、数年以内に死亡する」

 

 ――空気が凍った。

 そう錯覚してしまうくらいに、その場には恐ろしい程の殺気が渦巻く。それを放出しているのはギィだけではなく、古き魔王達も同様である。

 その殺気に応戦の構えを見せる配下のシオンとランガを手で制し、リムルは無言のまま、じっと彼等を見据える。

 

「嘘なら殺す。……続けろ」

「ああ。ラフィエル=スノウホワイトの住む教会の周囲には結界――本人は異空間と呼んでいるものがあるのは知ってるか?」

 

 続きを促したギィに頷き、いまだ殺気が支配する空間でリムルは話す。ここで怖じ気づいてしまったら、彼女を助けられないから。

 ここを乗り切れないくらいでは、きっと優しい少女が無茶をした時に止められない。この程度、鼻歌交じりに潜り抜けられるくらいにならなくては。

 

「知ってるぜ。たまに迷い込む人間もいるんだろ」

「そう。それこそが、異空間の本質なんだ。異空間は、迷える人々を導き救うために作られた。そして、それを維持するためには――」

「――ラフィーの魔素(エネルギー)量じゃ足りなかった。だから命を削った。……いや、違うか。削っている、が正しいんだな?」

 

 正確な理解を示すギィに、リムルは頷きで返す。

 ラフィエル=スノウホワイトならばやりかねない――そんな思いが籠もった溜息がそれぞれの口から吐き出される。

 その場の空気は弛緩するとまではいかないまでも、凍るような殺気は収まった。

 

「なるほど……、ここ最近のラフィーはおかしな動きをしてると思ってたんだ。ようやく合点がいったぜ」

「え? どういう事よ、ギィ?」

「あいつの魔王の指輪(デモンズリング)の反応が消えたのは知ってるだろ? 何か理由があるんだろうと放っておいたが、恐らく異空間の維持にするための足しにでもしたんだろう。他にも、カリオンの勘違いを放っておいたのもおかしい。あいつならとことん膝を突き合わせて話し合うだろうからな。恐らく――それが出来ないくらい弱っていたはずだ。頭が上手く回らないくらいに」

 

 その言葉にはっとして、カリオンは記憶を探る。

 ラフィエル=スノウホワイト(偽)にやられて一度は国に帰ったが、その後に会った彼女を思い出す。

 どこか疲れたような顔で、何度も目をこすっていた。応答だって、変に違和感があった。

 唖然とした顔を見せたカリオンに確信を強めたギィは、リムルに視線を戻した。

 

「――だが、それならオレ達が最初に気付いたはずだ。何度もあそこには足を向けてるからな。何故オレ達が気付かず、お前だけが気付いた?」

「迷える人々(こひつじ)として、俺があの異空間に招かれたからだ。魔王に覚醒してからじゃなきゃ気付かないくらいの妨害(ジャミング)がされていたけど……。その妨害(ジャミング)も巧妙で、あと数週間もすれば異空間についての異常に誰も気付けなくなっていただろうな」

 

 その言葉を聞いた者達から、ギリギリと奥歯を噛み締める音が漏れた。

 何も知らないままに、自分達の大切な少女が死んでしまうところだったのだ。己の力不足を呪ってしまうのも無理はない。

 それぞれの呪詛を聞き流し、ギィは呟いた。

 

「ラフィーが今回の魔王達の宴(ワルプルギス)に、体調を崩しているにも関わらず無理をして出てきたのも、その異空間について悟らせないためか。あいつが体調を崩したら、必ず誰かが教会に行くからな。バレるリスクを最大限に減らしておきたかった、と」

 

 過ぎた献身も考え物だ。

 憂い顔のギィはとことん絵にはなるが、この場合はどうでもいい。

 考えを切り替え、ギィはリムルに問いかける。

 

「ラフィーを死なせないためには?」

「異空間を消して、またあの異空間を出現させないように見張っておく必要がある。異空間さえなければ、生命力は削られないし、徐々に回復するはずだ」

 

「――つまり、ラフィーを引き取って面倒を見れば良いわけだな。よし、その役目オレが引き受けてやるよ」

 

 先程とは比べ物にならない殺気がギィを襲った。

 一部を除いた古き魔王達が凄まじい形相でギィに睨み付けながら、殺気を叩き付けているのだ。

 

「馬鹿を言うな! ラフィーの面倒なら、ラフィーの唯一であるワタシが見るのだ!」

「ちょっと!! ミリムなんかに任せられる訳ないでしょ? アタシが見てあげるわ! ベレッタもトレイニーもいるしね!」

「待て、それなら妾の――ロイ、必ずぶんどってくるのじゃ

「御意。……私のところには彼女の友人(勇者クロノア)もいる。一番の適任だと思うが?」

 

 うっかり口出ししてしまった者もいるが、とにかく荒れに荒れる。

 今にも戦闘が始まりそうな険悪な空気に包まれたその場は、鶴の一声で終焉を迎えた。

 

「なあ、俺の国に来るよね?」

「……そ、そう、ですね」

 

 喧騒によって起こされた、顔色の悪いラフィエル=スノウホワイトが、リムルの言葉に頷いたのだ。




オリ主「ヴェルドラならオレの隣で寝てるよ」
「この雰囲気の中で寝る普通?」

殺人を目の前で見てしまったラフィエル君、起きたらその犯人に「来るよね(圧力)」されてしまい、ガクブルしながら言いなりになってしまった。
しょうがないね!!

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:脱・引き篭もり計画が始動された。


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魔王返上/許すまじ

 第23.5話 魔王返上

 

 ラフィエル=スノウホワイトについて一悶着あったものの、最終的に魔国連邦(テンペスト)で彼女を預かる事になった。

 リムルとしては大満足な結果である。色んな魔王がこの件に関しては半永久的に根に持つ事だって気にならないくらいに。

 元々魔国連邦に移住すると宣っていたラミリスは本格的に乗り込んできそうだし、ミリムだって騒ぎ立てそうではあるのだが……今は気にしても仕方ない。

 当の本人は、既にバレてしまっては仕方ないと諦めモードに入っているようだし、良い感じに進んでいる。

 後はもうお開きにしてもいいのではないか、という空気が漂いだしたところで、ラフィエル=スノウホワイトが爆弾を落とした。

 

「私が新参の魔王の元で暮らすというのなら、私は魔王を降りた方が良いのでは?」

 

 何言ってんだこいつ、という視線がラフィエル=スノウホワイトの元へ集まる。しかし本人は本気で言っているらしく、語り出した。

 魔王が魔王に庇護を受けるというのはあり得ない。それは魔王に下る事と同義ではないか、と。

 それが通らないのであれば、魔王(リムル)の国へ行く事はしない――と。

 しかし、その要求は絶対に通らない。

 

「ラフィー、お前が魔王を降りるのは許されない。魔王として知られているからこそ、お前の安全は保たれる」

 

 一考の余地もなく、ラフィエル=スノウホワイトの要求は打ち捨てられた。当然である。

 ラフィエル=スノウホワイトの皮を被った悪魔は、各地で人々の命を無為に奪い取っている。その復讐に燃える者も、少なくはない。

 しかし彼女が魔王という名の天災(カタストロフ)だからこそ、彼等は自然災害のように受け止め、復讐を諦めているのだ。

 だというのに、ラフィエル=スノウホワイトが魔王を自ら降りる事で、十大魔王に名を連ねる事が出来なくなってしまったら、彼等は自分達で倒せる相手だと誤認し彼女に襲いかかるだろう。

 それは絶対に、あり得てはならない未来だ。

 故に、彼女の脱退は認められない。

 今現在、酷く弱っている彼女であれば、壊れそうな程に優しい彼女であれば――殺されてあげるかもしれないから。

 

「ワタシもラフィーが降りるのは反対なのだ」

「アンタね、自分がどれだけ危険な状態か分かって言ってるワケ? 却下よ、却下!」

 

 最古の魔王がそう告げれば、ラフィエル=スノウホワイトは困ったような笑みを浮かべる。

 ああ、これは何か誤魔化そうとしている顔だな――と魔王達は察し、彼女が口を開く前に矢継ぎ早に反対の意思を示した。

 魔王達の宴(ワルプルギス)は多数決が通常のルールである。

 ラフィエル=スノウホワイトの要求は、反対多数により棄却された。

 

「――さて、今回の議題は、元々はカリオンの裏切りと、そこのリムルの台頭についてだったが、その問題は片付いた。ラフィーの事も、一応は決着がついたしな。せっかくの機会だ、何か言いたい事がある奴はいるかい?」

 

 仕切り直し、と言わんばかりのギィの言葉に、少し思案した後、フレイが口を開いた。

 

「提案……いいえ、お願いがあるのだけど」

「いいぜ、言ってみろよ」

「私は今日より、ミリムに仕える事にしたわ。というわけで、魔王の地位は返上させて貰うわね」

 

「ま、予想はしてたが……どうだ、ミリム?」

「嫌なのだ! というかフレイ、ワタシはそんな話、初耳だぞ!?」

「ええ、言っていなかったもの。ほんのついさっきまで、どうするか考えていたのよ」

「何ィ!? ギィも予想していたなら何故教えてくれなかったのだ!?」

 

 喚くミリムを無視して、ギィはちらりとラフィエル=スノウホワイトを見やる。

 予想していたとは言ったが、その予想するための材料を揃えるための労力をわざわざ割いたのは、言うまでも無くラフィエル=スノウホワイトのためだ。

 おかしな動きをしていると知った直後から身辺を洗い、彼女が接触した者の情報を集め調べ上げた。結果、その副産物としてミリムとフレイの関係を知り、フレイが言いそうなことを予想していたのだ。

 本命である、ラフィエル=スノウホワイトの目的は終ぞ自分だけでは知ることが出来なかったが。

 

(ラフィーと関係のあるミリムを警戒……いや、ミリムが懐いているラフィーを警戒して、最後まで悩んでいたんだろうが)

 

 本人は弁解を一切しようとしないが、彼女の警戒は無用の心配である。ラフィエル=スノウホワイトは、絶対に私欲のために他者を傷付けたりはしない。

 それは、彼女を知る者からすれば絶対の信頼を持つ言葉だ。それ程までに心を預けるに足る人格者なのだ、ラフィエル=スノウホワイトという人間は。

 

「どうかしら、この提案を受けてくれないかしら?」

「だ、だが、ワタシは民は持たぬ主義だし……」

「ちょっと待ってくれや。そういう話なら、俺様にも言いたい事がある」

 

 フレイの提案に、ミリムは狼狽え断ろうとするが、そこでカリオンが割り込んだ。

 

「俺もよ、ミリムとタイマン張って負けた身だ。ここは潔く、軍門に下ろうと思う。建前上は、魔王同士は同格だ。相手が勇者だったならいざ知らず、同じ魔王に負けた以上、その地位は返上すべきだって思うんだ。だからよ、俺が魔王を名乗り続けるのはおこがましいってもんだぜ。てな訳で、俺は今日からミリムの配下になる。宜しくな、大将!」

 

 フレイは提案の形でミリムに迫っているが、カリオンに至っては相手の了承すら得ようとしていない。

 そんな訳で、なんて言われても納得できるはずもないミリムは、慌てて叫んだ。

 

「ちょっと待てカリオン! タイマンはクレイマンが悪いのだぞ! ワタシは操られておったのだ。知らんぞ、そんな事! それに、タイマンで負けたのであればラフィーに先に負けているだろう? 配下になるならラフィーの配下になれば良かろう!」

「えっ……」

 

 巻き込まれ事故に思わず反応してしまったラフィエル=スノウホワイトだが、慌てて口を抑えてなかったことにしようとする姿勢を見せたため、スルーされた。

 リムルがこっそり何も反応しない方が良いとジェスチャーした効果もあってか、ラフィエル=スノウホワイトはその後無反応を貫いていた。

 

「てめえ、しらばっくれるなよ。さっき自分で『操られたフリをしていた』って堂々と言ってただろうがよ! それにラフィエル=スノウホワイトだって、本人じゃなくて偽物だって話じゃねえか。だったらノーカンだ、ノーカン!」

「む!? そ、それはだな……えーと……」

 

 何とか誤魔化そうとするミリムを、フレイが唆し、カリオンが難しい言葉で責め立てる。

 目を回す寸前のミリムが、考えるのを放棄して彼等の提案を受け入れた。

 結果――

 

「いいだろう! たった今より、フレイとカリオンは魔王ではない。貴様達の望みのままに、ミリムに仕えるがいいさ」

 

 ――十大魔王は、現時点で九名となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第23話 許すまじ

 

 気絶して目を覚ましたらベッドで寝ていて、何故か超険悪な空気の真っ只中にいました。ふざけんなカス、くたばれ。

 しかもよく分からんと混乱していたら、リムル(犯人)に「俺の国に来るよね?(威圧)」されて訳も分からず頷いた。

 怖い、怖いよ……人殺しに脅されてるよ……(恐怖)

 何でオレはこんなことになってるんだろう。全ては魔王のせいである。死んで?

 

 つーか……何?

 この金髪の男、何でオレと同じベッドで寝てるの? 頭沸いとるんか?

 ていうかこいつ、さっきまでミリムと互角の殴り合いをしてた奴じゃ……?

 ……ああああああああああ!!(発狂)

 殺される! 初対面な上にゴリラやんけ! こんなん安全保障されてないぞ! 

 助けて! 助けてえええッ!!

 

 中略。

 

 いいか? 耳の穴をかっぽじってよぉーく聞け。

 神は死んだ(悟り)

 何でお前ら、こいつを無視してんの? オレの隣で爆睡してくれてますけど?

 あのさー、オレの意見をガン無視でリムルのところ行けって言うんなら、せめてこいつをどうにかして欲しいんですけど。

 何とかしてくれなかったら、俺が殺されてしまうかもしれないだろうが!!

 そこんとこちゃんと考えてくれない? こちとら、お前らみたいな頭の可笑しい防御力してるわけじゃねぇんだわ。

 リムルのところに行っても損しかないよね本当に。せめて何かしらのメリットがあれば絶望も薄らぐんだけど……っていうかさあ、

 

「私が新参の魔王の元で暮らす(リムルのところで拉致監禁される)というのなら、私は魔王を降りた方が良いのでは?」

 

 だって魔物の世界って弱肉強食がルールなんだろ。

 常日頃から思ってたんだけど、俺が魔王の座についてるのってオカシイんじゃないか?

 そもそもオレはクレイマンの配下にも勝てる気しないよ。勝てるとしたらラミリスあたりかな……ほら、だって弱そうだし。

 クレイマンに勝った程の強さと、何の躊躇もなく殺人を犯せるリムルに拉致監禁されるんなら……オレが魔王っておかしいだろ。

 リムルってあれで新参なんだぜ? オレは結構古い方だけど、絶対勝てる気しないし。

 

 これはもう止めるしかないな!!(笑顔)

 前々から思ってたんだよね、何でオレは勇者に襲われるんだろうって。魔王だからだろ(断言)

 だってさあ、オレは何も悪い事してないのに殺されかけるんだぞ? 何も悪い事してないのにッ!!

 魔王だからって、ただそれだけの理由で。だったら止めてやるわ魔王なんかよォ!

 

「ラフィー、お前が魔王を降りるのは許されない。魔王として知られているからこそ、お前の安全は保たれる」

 

 は?(絶望)

 何訳分からん事言ってくれてんねん、ぶっ殺すぞ? 魔王やってるから、命の危機に晒されてるんですけど??

 馬鹿野郎お前、ほんとお前は馬鹿だ!

 言ってる事と事実がまるで合っちゃいないんだよ! ちゃんと現実を見ろや!!

 何でこんなに話が通じないんですかねえ……。

 

「ワタシもラフィーが降りるのは反対なのだ」

「アンタね、自分がどれだけ危険な状態か分かって言ってるワケ? 却下よ、却下!」

 

 お前らオレの事嫌いなの?

 皆揃ってオレの意見を……そんなにオレを殺したいんか! 絶対に許さない、死ね!(直球)

 もういいよ、好きにしてくれ。諦めるよ、色んな事を。

 だが忘れるな。オレは何時だってこの地獄から逃げ出す隙を窺っているという事をな……!

 

「――さて、今回の議題は、元々はカリオンの裏切りと、そこのリムルの台頭についてだったが、その問題は片付いた。ラフィーの事も、一応は決着がついたしな。せっかくの機会だ、何か言いたい事がある奴はいるかい?」

 

 この話は終わりだと言わんばかりの態度で、話題を一気に変えたギィ。

 お前のそういうところが嫌いだよ。

 何でこう、……オレの要求や意見を無視しようとすんの? だから嫌いなんだよお前らのこと。

 ていうか今回の議題なんか知らねぇから。誰も教えてくれないからね(皮肉)

 帰りたい。帰って寝たい。

 何もかもを忘れて、教会のベッドで惰眠を貪りたい。

 ここで寝ろって? 馬鹿を言うな!(迫真)

 忘れてるかもしれないけどな、オレがいるベッドにはミリムと互角に闘ったゴリラがいるんだ。そんなんと一緒のベッドで寝てみろ……死ぬから(確信)

 

「タイマンで負けたのであればラフィーに先に負けているだろう? 配下になるならラフィーの配下になれば良かろう!」

「えっ……」

 

 何か自分の名前が出たから聞いてみれば、何時の間にかタイマンでカリオンを倒した事になっていた俺氏。訳が分かりません。

 うっかり反応してしまい、視線が飛んでくる。やめろ見るな注目するな。

 必死に何も言ってませんけど? というアピールを成功させる。戦闘能力化け物レベルの魔王に注目されるとか自殺行為だからね。

 ていうか今、何の話してんの?

 周りを見て何の話か察しようと努力したが分からなかった。リムルが『しーっ』というジェスチャーをしていたことしかわからなかった。

 オレに話に入るなって事? 一応リムルの先輩なんですけど……あっいやなんでもないですハイ。

 

「ラフィエル=スノウホワイトだって、本人じゃなくて偽物だって話じゃねえか。だったらノーカンだ、ノーカン!」

 

 え? 何、オレの偽物が出回ってんの? オレの知らないうちにそんなのが誕生してたの!?

 えっじゃあカリオンとタイマンして勝ったのはその偽物ってこと? つっよ……。

 立場を交換した方がいいんじゃねぇの?

 

 ――いや、ちょっと待てよ?

 もしかしてもしかしなくても、それって、おい冗談だろふざけんなよ(怒)

 オレが勇者に襲われてたのって、その偽物がやらかした悪行のせいか!!

 




「ラフィーは悪魔の事を全然話さねーからな。悪魔の悪行も肩代わりしやがるしよ」
オリ主「偽物のせいでオレが襲われたんか!(激怒)」

 お前のせいだよ。
 そろそろ悪魔の存在に欠片でもいいから気付いてあげても良いんだよ?
 そんなんだから嫌われるんですよ(悪魔に)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:第二世代以降の魔王(カリオンとフレイ)の警戒は完全には解けなかった。


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九星魔王/良い奴かもしれない

 第24.5話 九星魔王(エニアグラム)

 

「前から思ってたけど、何で十人じゃないのに十大魔王なんだ?」

 

 ――それは、新参の魔王の素朴な疑問から始まった。

 彼……新たなる魔王リムル=テンペストの言葉に、魔王達がピクリと反応したのである。

 

「うむ。実はな、十大魔王という呼び名が定着した頃、ラフィーを病弱の聖女として認識する人間が多かったのだ」

「そのせいで、ラフィーを除いた魔王で十大魔王なんて付けられちゃったのよね」

 

 へえ、そうなんだ。

 問いを投げかけた本人としては、それだけで十分満足する答えだったのだが、そうは問屋が卸さない。

 この名称には、魔王全員が納得などしていないからだ。

 

「今日は魔王が三人減り、一人が加入した。――これを機に新たな名称を考えようと思う」

 

 真面目な顔でギィがそう宣言すると、他の魔王達まで大真面目に相槌を打った。

 

「幸いにも、今は魔王達の宴(ワルプルギス)の真っ只中。ここに全魔王が揃っている故、良い知恵も浮かぶというものだ」

 

 冗談なんて言いそうもないヴァレンタインが、そんな事を言ったために、リムルは唖然とする。

 え? これ本気で言ってんの? ――と。

 ギィが始めた茶番か何かだと思っていたリムルは、大真面目に名称を考えなければいけないようだと頰を引き攣らせる。

 

「前回は散々だったからね。名称を決める度に増えたり減ったりしてさ、何度も魔王達の宴(ワルプルギス)を開催する羽目になったもんねー」

 

 そんなにくだらない事で何度も呼び出されてはたまったものではない。

 その時のことを思い出したのか、ラフィエル=スノウホワイトですら疲れた顔をしていた。その様子に当時の苦労が垣間見え、リムルは同情した。

 同情したところで、はたと気付く。

 これはもしや、今回の一回で決めなければその時と同じように何度も開催されるのでは?

 たらりとリムルの頰を冷や汗が伝った。

 

「そうそう。前回の"十大魔王"って名称もさ、結局は人間が呼び出したんだぜ? 俺達が必死に考えたのも無駄になったんだよな。だから俺はもう無理。考える気力が沸いてこねーわ」

「まあ待て、ディーノよ。今は文句を言うのではなく、建設的な意見を出そうではないか」

「何言ってんだよダグリュール。お前は息子に考えさせた名前を持ってくるだけで、自分では一度も考えてなかったじゃねーの」

 

 大人な態度で執り成すダグリュールを一蹴し、言葉を詰まらせる彼にディーノは勝ち誇った顔を見せた。

 ちょっとした小競り合いが発生したが、他の魔王は我関せずの態度を貫いていた。

 

「落ち着け、お前達」

 

 そんなマイペースな連中のリーダーをしているギィが、円卓をバンと叩きながら小競り合いを鎮める。

 その態度に、リムルはギィをちょっとだけ尊敬した。やはり魔王のリーダー格は、ちゃんとした感性を持っているのかと。

 

「こんな時こそ、普段は見せない協調性で乗り切ろうじゃねーか!」

「え、でも……今回は、九大――」

 

 わざわざ考えなくてもいいじゃない、と百パーセント善意で言おうとした言葉を、ラミリスは飲み込む。

 それ以上は言うなよ、という無言の圧力に屈したのである。そして先程の発言を無かったことにするためにギィの発言を全力でよいしょし始めた。

 

「そうよ。今、ギィがいい事言った! 皆で頑張るのよ!」

「……また増えるかもしれませんし、十大魔王のままでも――だ、駄目ですよね」

 

 ラミリスに続き、今後増えるかもしれない魔王がいれば、また考えなければいけないから……と控えめに新たな名称を考えるのを拒否しようとするラフィエル=スノウホワイトに、先程よりはかなり弱いものの、無言の圧力が加えられる。

 流石のラフィエル=スノウホワイトもそれには耐えられなかったのか、涙目で意見を引っ込めた。

 その姿に庇護欲を大いに刺激されたリムルが慰めると、彼女は困惑しつつもその慰めを受け入れた。

 それを視界にしっかりと捉えていたギィが、笑顔で口を開く。

 

「今日、新たな魔王として立つリムルよ、君に素晴らしい特権を与えたい」

「え? いや、いらないけど……」

 

 ラフィエル=スノウホワイトを慰める事に集中していたリムルは、ギィの言葉に嫌な予感がして即座を断る。しかし、それは見込みが甘かった。

 ドゴン! という轟音と共に、皆が囲んでいた円卓が真っ二つに割れたのだ。

 ギィは笑顔のまま、リムルの断りを無視して続ける。

 

「そうだとも。我等の新たなる呼び名を付ける権利、それを君に進呈する。これは大変名誉な事だから、当然引き受けてくれるよな?」

 

 リムルの隣まで歩み寄り、頰を撫でながら告げるギィ。

 無言のままのリムルに、ラフィエル=スノウホワイトが心配そうな眼差しを送ってくる。彼女にそんな顔をさせる訳にはいかない。ここはハッキリ断っておかねば。

 そう決意したリムルが口を開こうとすると、ギィがすかさず追い打ちをかける。

 しかも、ラフィエル=スノウホワイトに聞かれないように耳元で囁くように。

 

「お前が人数を減らしたのが原因なんだぜ? 勿論責任取って、名前くらい考えるよな? というかよ、ラフィーを連れて行くんだから、これくらいは快くやってくれるよな? ラフィーを連れて行くんだから」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの件は、やはり根に持っていたらしく、ギィはリムルに脅迫した。

 新たなる呼び名を考えないのであれば、ラフィエル=スノウホワイトを魔国連邦に連れて行く事は許さない――言外にそう告げたのだ。

 そう言われてしまえば、リムルは拒否など出来ない。

 

「わかったよ。考えるけど、気に食わないからって文句を言うなよ?」

 

 不承不承、リムルはその役目を引き受けたのだった。

 そして間もなく、九柱の魔王の名称は決定する。その名も、九星魔王(エニアグラム)――

 

 

 

 

 

 

悪魔族(デーモン) "暗黒皇帝(ロード・オブ・ダークネス)"ギィ・クリムゾン

竜人族(ドラゴノイド) "破壊の暴君(デストロイ)"ミリム・ナーヴァ

妖精族(ピクシー) "迷宮妖精(ラビリンス)"ラミリス

人間族(ヒューマン) "暴虐の聖女(セント・アウトレイジ)"ラフィエル=スノウホワイト

巨人族(ジャイアント) "大地の怒り(アースクエイク)"ダグリュール

吸血鬼(ヴァンパイア) "鮮血の覇王(ブラッディーロード)"ロイ・ヴァレンタイン

堕天族(フォールン) "眠る支配者(スリーピング・ルーラー)"ディーノ

人魔族(デモンノイド) "白金の剣王(プラチナムセイバー)"レオン・クロムウェル

妖魔族(スライム) "新星(ニュービー)"リムル=テンペスト

 

 ――以上、九名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第24話 良い奴かもしれない

 

「前から思ってたけど、何で十人じゃないのに十大魔王なんだ?」

 

 若干一名――オレだけは納得なんて欠片もしていないにも関わらず、全て一段落したという空気が流れた。何人かがのほほんとお茶をすすり始めた、そんな時。

 リムルの疑問に、オレは首を傾げた。

 え、だって……魔王って十人だろ? リムルが来る前の人数な訳だから。

 何言ってんだこいつは?

 全く、魔王ってのは人数を数える事も出来んのか。

 

「うむ。実はな、十大魔王という呼び名が定着した頃、ラフィーを病弱の聖女として認識する人間が多かったのだ」

「そのせいで、ラフィーを除いた魔王で十大魔王なんて付けられちゃったのよね」

 

 えっ!?

 オレ、無理矢理仲間に引き込まれた挙げ句、周囲からは仲間外れにされてんの!?

 ていうかオレを外して十人……? ギィとミリム、ラミリスで三人。第二世代が三人。その後に入ってきたのが魔王引退した三人と、もう一人。

 合計十人。

 …………いや、だって、他人とか興味なかったし。入れ替わりも激しかったし、人数間違えるとかしょうがないよ。ねえ?

 第二世代以降の魔王って魔王になったすぐ後で死ぬとかザラだったしさ。これはオレ全然悪くないな!

 全く魔王ってのは本当に自分勝手で困る。

 

「今日は魔王が三人減り、一人が加入した。――これを機に新たな名称を考えようと思う」

 

 嫌です(即答)

 もういいじゃん、前回みたいに人間側で勝手に決めて貰おう。どうせお前ら、中々意見出さないし反対ばっかするしで終わねぇだろ。

 

「前回は散々だったからね。名称を決める度に増えたり減ったりしてさ、何度も魔王達の宴(ワルプルギス)を開催する羽目になったもんねー」

 

 本当だよ。

 一日ごとに何度も何度も呼び出されるオレの身にもなれよ。わかってる? オレはね、普通よりも身体が弱い凡人なんだからな?

 それをお前、何度も呼び出しておってからに……あの時のオレの睡眠時間知ってる? 一日三十分だ。

 死んでくれ。

 まあ、お前らみたいな睡眠が必要なさそうな人外には分からないとは思うけれども?(皮肉)

 分からないなりに、なんとなくでいいから理解はして欲しい。そこんとこ本当頼むから、何とかしてくれ。

 だから嫌だ。

 あんな地獄を見るのは一度だけで十分だ。二回目なんて本気で死んでしまう。

 

「落ち着け、お前達。こんな時こそ、普段は見せない協調性で乗り切ろうじゃねーか!」

「え、でも……今回は、九大――」

 

 ばん、と円卓を叩いて注目を集めるギィだが、その視線はオレに向けられている。やれってか? またオレに考えさせようってか?

 嫌だからな! お前ら、オレに考えさせるだけ考えさせて、結局は賛成しなかったの、オレ覚えてるかんな!

 ていうかね、そもそもオレを除かれていたとはいえ、十一人で十大魔王だったんだからさ、九人で十大魔王でも良いと思うんだよ。

 

「……また増えるかもしれませんし(というか絶対増えるだろ経験則で)、(考えるの面倒だし)十大魔王のままでも――」

 

 そこまで言ったところで、とんでもない殺意に晒されている事に気付く。

 ギィやミリムですら、目を細めてオレを睨んでいた。

 ……駄目だこれ、殺される(恐怖)

 

「――だ、駄目ですよね」

 

 ガタガタ震え出す身体の存在感を必死に薄める。そう、今のオレは空気だ。空気になるんだ。

 これ以上いらんこと言ってみろ、あの世へ旅立つ事になるぞ。泣きそう。というか漏らすかもしれない。名誉のために何がとは言わないが。

 

「大丈夫か?」

 

 ふぁい!?

 な、何だよ、お前もオレに文句があるって言うのか!? 文句があるなら、そっと心の中にしまっておけよォ! 怖いから!

 もうほんと止めて。サボろうとして悪かったと思ってるから、これ以上責めないでくれ。

 お願いだから殺さないで……(震え)

 

 何を言われるのかと戦々恐々していたら、そっと背中を摩られた。……え?

 一体何をされているのかと困惑しつつリムルの顔を窺う。なんだかすごく心配そうな顔をしていた。

 …………。

 …………あれ?

 もしかして、リムルってものすごく良い奴なのでは?

 

 今までリムルに言われた言葉を思い出してみる。聞きようによってはオレを案じている言葉ばっかりな気がしないでもない。

 ……よく見たらリムルって誰かに似てるな。オレの知り合いなんて数える程しかいないんだから、ちょっと考えたら分かるはず。

 シズエか!!

 も、もしかしてリムルってシズエの娘とかそんな感じなんじゃねぇの? 結婚の報告なんてされてないんだけど。シズエめ、ビックリしただろうが!

 まあ、シズエの血縁なら悪い奴じゃないだろ。ということは、リムルは良い奴なんだな?

 だったら怖がる必要はないな! 例え簡単に人を殺すような奴でも――いや無理だわ。

 普通に怖いから。

 出来るだけ怒らせない方向で接していこう、うん。

 

「今日、新たな魔王として立つリムルよ、君に素晴らしい特権を与えたい」

「え? いや、いらないけど……」

 

 心の中で決心すると、ギィが気味の悪い笑顔でリムルに話しかけた。と思ったらいらん事をリムルに押しつけようとして普通に断られていた。

 笑うしかない――瞬きの後、オレ達が囲んでいた円卓が割れた。

 は?(呆然)

 ギィを見ると、足を振り上げた体勢からゆっくりと足を下ろしていた。

 蹴るだけで円卓壊したの? 頭おかしいよ。

 ギィはそのまま悠然とリムルに歩み寄ると、恋人に接するような仕草でリムルの頰を撫でた。お前ら付き合ってんの?(驚愕)

 

「そうだとも。我等の新たなる呼び名を付ける権利、それを君に進呈する。これは大変名誉な事だから、当然引き受けてくれるよな?」

 

 オレを散々怖がらせてるこの場で、よくイチャイチャできるな、ぶっ殺すぞ。

 死んでくれないかな、と思いながらギィを見る。余所でやれよ。

 ……ん? 何か、リムルが滅茶苦茶冷たい目でギィを見てるんだけど。しかも、なんかやばいくらい無表情で怖い。

 何なの? ギィとの温度差激しくない?

 オレ、こんな奴のところでこれから監禁されるの? 不安しかないんだけど。オレの未来が心配でならない。

 あ、ギィが耳を甘噛みし始めた。

 

「わかったよ。考えるけど、気に食わないからって文句を言うなよ?」

 

 諦めたように了承するリムル。

 やっぱり、世の恋人ってのは彼氏彼女に甘えられたらどんなお願いでも聞いてしまうものなのか。

 オレには出来ないな。恋人よりも自分のことが大切だからさ。

 

 




「ラフィエル=スノウホワイトのためなら、しょうがないか……」
オリ主「ギィとリムルって付き合ってたんだ……」

 その勘違いは正直ない。
 それをディアブロ辺りに言ったらギィ諸共殺されること間違いなしの暴挙。言うなよ、絶対に言うなよ?
 多分リムル本人に直接漏らす。そして全力で否定される。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ちょっとだけリムルへの警戒を緩めた。



次回は幕間で
 『或る勇者の話』(ラフィエル君の対の勇者)
 『或る未来での話』(クロエとの雑談)
 『或る悪魔の怒り』(眷属に怒る原初の黒)
             の予定(未定)です


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幕間
或る勇者の話①


次回は幕間を三本と言ったな……アレは嘘だ。
だって勇者の話が三話もあるんだからさ……しょうがないね。


 第25.5話 邂逅

 

 魔王を名乗れば、因果が巡る。

 それは、自称でも他称でも関係などない。それは、勇者でも同じ事。

 勇者には、魔王には、必ず対となる者が存在する。

 そう――ラフィエル=スノウホワイトでさえも。

 彼女が、対となる勇者に出会ったのは、ざっと数百年ほど前の事だ。

 

 ラフィエル=スノウホワイト。

 訪れる先々で国を滅ぼしてまわる、災厄の魔女。微睡みの暴虐者たる、少女。つまりは、絶対悪である。

 滅ぼされた国々の怒り、嘆き、悲しみ。それは、どれ程のものになるだろうか。残された家族は、どんな思いで生きているのか……あの魔王は知っているのか?

 いや、知っていたところで、許されるはずがない。あんな理不尽な暴虐の化身を生かしておいてなるものか。あれは、必ず抹殺してしまわなければ。

 それが人類のためだ。

 ――とある勇者は、そう考えていた。

 "微睡みの暴虐者"ラフィエル=スノウホワイト本人と出会うまでは。

 

 その勇者は、過去に魔王によって家族を殺されていた。魔王に、というよりは……魔王の攻撃の流れ弾、あるいは余波で、というべきだろうが。

 故に、勇者は魔物の善性を信じない。たとえ、ラフィエル=スノウホワイトが"病弱の聖女"と呼ばれて敬愛されていようと、だ。

 けれど、何故だろうか。

 あの魔王には、敵意を向ける事が出来ないのは……。剣を向ける事が、出来ないのは。

 

 ラフィエル=スノウホワイトの居城――教会のある異空間へ赴くためには、ある手順を踏む必要がある。その手順を知るのは至難の技だが……裏を返せば、知ってさえいれば、何処からでもあの魔王の元へ行ける、という事だ。

 そして、勇者は長い時間をかけてその手順を知るに至った。歩数、歩幅、道の曲がり方、曲がる方向、ある歩数で扉を閉開する回数。

 その全てが、ラフィエル=スノウホワイトが設定した基準を満たした時だけに、異空間へと辿り着けるのだ。

 

「ここが……魔王の教会」

 

 森に囲まれた円状の草原地帯。そのど真ん中に、白亜の教会が佇んでいた。

 爽やかな風が勇者の頰を撫で――泣き声が、風と共に耳へ届く。一瞬で顔を強張らせ、勇者はその場から駆け出す。

 やはり聖女と言われても魔王は魔王。これだから魔物は、許されない。

 この誰かが助けに来るはずもない異空間で、罪なき人々を甚振って愉しんでいるに違いない。ああ、下衆が!

 ギリギリと奥歯を噛み締めて、勇者は教会の裏手へ回った。そこにいたのは、間違いなく魔王ラフィエル=スノウホワイトに相違なかった。絵画で出回るその姿と一切の違いはなく――

 

「ええ、今までよく頑張りましたね。大丈夫、きっと神は貴方をお見捨てになどなりませんよ」

「うっ、ふぐっ……う、あああ……」

 

 ――そこにいたのは、泣きながら魔王に縋り付く幼子だった。

 幼子は、その瞳から大粒の涙を溢れさせ、鼻水まで垂らしながらも号泣していた。言葉にならない、意味をなさない声を発しながら、ただただ泣き続ける。

 そのぐしゃぐしゃになった顔を魔王の胸へ押し付けて、喚き続けていた。魔王の背中へ小さな手を精一杯伸ばして、しがみつくようにして抱きついている。

 そんな、幼子を。

 まるで慈母のような優しさで満たした微笑みを向けて、抱きしめていた。服が涙と鼻水で汚れる事にも頓着せず、ただ慈愛に満ちたその姿は。

 まるで、まるで、まるで。

 

(本物の、聖女みたいだ)

 

 魔王、なのに。

 数多の国々を滅ぼした、災厄なのに。

 どうしてあんなに優しい?

 ――違う。

 違う、魔王がそんな事をするわけがない。だって、魔王は気まぐれで国々を滅ぼすような、そんな理不尽な存在なのだ。

 だからきっと……アレは、自分を惑わす罠。

 魔王のような存在が、あんな風に幼子を優しく抱きしめるはずなどない。

 殺せ。今なら殺せる。

 どうせまた、あいつは国を滅ぼすに決まっている。あいつは自分の事しか考えない、災厄なのだから。

 そうに決まってる。

 だから、だから――はやく殺さなければいけないのに。

 

(迷ってる? 勇者が……?)

 

 そんなわけない。

 そんな事、あっていいはずがない。

 だって勇者は人類を守る最高戦力なんだ! 強大な力を持つ者が、弱きを守る。そんな存在が!

 魔王を殺す事を戸惑うなんて、あっていいわけがない!

 殺せ、殺せ、早く殺せッ!!

 アレが完全に油断しきっている今がチャンスだっ! はやく!!

 

 目が、合った。

 

 零れ落ちる涙で潤みきった瞳が、驚愕に見開かれる。

 その瞳には恐らく、鬼のような形相で剣先を魔王に向ける自分が映っているのだろう。

 気づかれる前に殺さなければ。はやく、しないと。

 

「だめええええええッッ!!」

「っ!?」

 

 絶叫が上がる。

 魔王に抱きしめられていた幼子が、魔王を突き飛ばして、魔王を守るように両手を広げて勇者の前に立ち塞がった。

 勇者は、目を見開く。

 

(何故、庇う!?)

 

 相手は魔王だ。人類に仇なす、憎き敵だ。倒すべき、絶対悪なのだ。……その、はずだ。

 どうして魔王に背を向ける? 殺されるかもしれないのに。

 どうして魔王を庇う? 殺すべき相手なのに。

 どうして勇者を、睨む? 助けに来たのに。

 わからない。わからない。わからない。自分は幼子を助けようとして、魔王を殺そうとしているだけなのに。

 

 混乱で頭が上手く働かないまま、勇者は魔王へ視線を向ける。この状況でも、脅威から注意を逸らすことは出来なかった。

 それが、勇者の混乱に拍車をかけた。

 魔王は自分を突き飛ばした幼子に驚いた顔を見せていた。そして、自分を見て……悲しげな顔を見せたのだ。

 何故? 何故、そんな、諦めきった顔をする? まるで、まるで……自分が殺されるのを、当然のように思っているかのようではないか。

 訳が、わからなかった。

 

「お姉ちゃんは悪くないもん!! ずっとわたしを励ましてくれたもん!! お姉ちゃんはっ、何も悪いごとじでないでじょッ! こ、ごわい人はっ……ど、どっがいっでよお!!」

 

 幼子が、叫ぶ。

 がたがたと震えて、目から鼻から大量の液体を垂れ流して、それでも魔王を守るために叫んだ。

 唖然とするしかなかった。

 どうして、魔王を守ろうとするのか、分からなかった。

 

「そ、そいつは魔王なんだ。わ、かってるのか? 君は……魔王を、庇っているんだぞ!?」

「じっでるもん!!」

「し、知っているなら、何故……」

 

「怖い人の方が、お姉ちゃんのごどじらないぐぜにっ! お姉ちゃんがやざじいごと、知らないのに! ――(ぎら)いぃッ!!」

 

 訳が分からない。

 自分は勇者だ。魔王を殺すためにやってきた。人類を守るのが勇者の役目だから。

 なのに、魔王を庇う幼子に、責められている。嫌いだと叫ばれている。

 どうして、こうなっているのだろうか。

 

「いけませんよ。剣先を向けられていては、危ないのですから」

 

 混乱する勇者の耳に、鈴のような声が入り込んだ。

 はっとして魔王を見ると、幼子を自分から守るように抱きしめていた。

 何故……魔王が、人を守るのだ。

 魔王は、自身に剣先を向ける勇者に微笑みを見せた。

 

「話をしましょう。この子のためにも、それがいいのでしょうから」

 

 勇者は……剣を、鞘に納めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第25話 勝ち確

 

 知ってるか? うちの教会に来るのは魔王や勇者だけじゃないんだぜ。普通の人も来るんだ、結構。前の世界と同じく、懺悔教室的なことをやらなきゃいけない。オレの時間がごりごり削られていく。

 はーっ……最初に悩みアリアリっぽい人が来た時に、珍しくオレの機嫌が良かったからお悩み相談してあげたのが悪かったか。

 一人にやると、他の人にやらないとかってさ、なんか妙な罪悪感あるじゃん? それでズルズル続けてるんだけど……もう、辛いっす。

 というか何で来れんの? ここい空間に隔離してるんですけど。とか思って聖書を調べたら出てきたわ。

 そりゃ来るよね。だって聖書に乗ってる魔法で隔離したんだもんよ。聖書はお人好し物語しかねぇから、悩みのある人間や絶望しとる奴は救う系の話しかねぇんだわ。だからこの異空間も、悩みある奴はミラクルパワーでここに飛ばされてくるらしい。

 はァ? 聞いてねぇよ! 先に言えや!!

 おかげでオレは週一くらいで来る悩み多し老若男女の支離滅裂な話を根気強く聞いて適当なアドバイスをくれてやる日々を送っている。

 まあ、魔王の相手するよりは疲れないからいいんだけどさ。

 

 そんなこんなで、今日も今日とて聖歌隊らしくお悩み相談。今回の仕事相手は何時もよりも面倒臭いこと請け合いの幼女だ。

 ガキって嫌いなんだよね、あいつら普通の人の支離滅裂以上に訳分からん事を言いよるから。解読するのに何時間かかると思ってんの?(真顔)

 しかもあいつら、遠慮の欠片もなく鼻水とか涎とかオレの服にべったり付けて帰るからね。きったねぇな、誰が洗濯すると思ってんだ!? オレだよ!

 信じられない。

 オレが懇切丁寧に事情を聞いてやって、適当に慰めの言葉をかけてやってるにも関わらずのこの暴挙である。いい加減にしろ。

 

 大号泣するクソガキを嫌々抱き締めながら、早く終わんねぇかなとぼんやりしていると、なんとこのクソガキ、オレを突き飛ばしてきやがった。

 お前殺されたいの?(マジギレ)

 怒りのあまり呆然としてしまっていると、何故かクソガキはオレに背を向けて叫び始めた。ヒステリックですか? 勘弁してくれ……。

 とか思ってたらなんかすげえ形相の完全武装した人間が剣を向けてきていた。誰かと思ったが、どう考えても勇者である。

 オレを殺そうとしてくるのは勇者しかいないからな、すぐに分かったよ(遠い目)

 冤罪で指名手配されてる人の気持ちが、とてもよく分かる。お前ら全員地獄に堕ちろって思うからね、本気で。

 やってないって言ってるのに聞く耳持たないからなあ……この世界の奴とは話が通じない。悲しいことだけど、これが現実なんだよ。

 話が通じるのはクロノアくらいである。だから、あいつ以外と意思疎通するのは半ば諦めているのだ。しょうがないよね、話が通じないんだから。

 

「お姉ちゃんは悪くないもん!! ずっとわたしを励ましてくれたもん!! お姉ちゃんはっ、何も悪いごとじでないでじょッ! こ、ごわい人はっ……ど、どっがいっでよお!!」

 

 えっ、何? クソガキお前、もしかしてオレのこと庇ってくれてんの?

 今までのガキはそんなこと絶対にしてくれなかったのに。むしろオレの後ろに引っ込むようなファッキン野郎ばっかりだったのに。

 やばい、ちょっと感動するわ……。

 

「そ、そいつは魔王なんだ。わ、かってるのか? 君は……魔王を、庇っているんだぞ!?」

 

 うわ。

 勇者の奴、プルプルしてる。

 今まで問答無用で斬りかかってきた勇者しか見てないから、こうやって勇者がプルプルしてるのを見るとものすごく愉悦を感じる。

 いいぞクソガキ、もっとやれ!

 もっと困らせて涙目にしてやるんだ。あいつら調子乗ってるからな、ちょっとくらい痛い目見せてやろうぜ(他力本願)

 

「じっでるもん!!」

「し、知っているなら、何故……」

「怖い人の方が、お姉ちゃんのごどじらないぐぜにっ! お姉ちゃんがやざじいごと、知らないのに! ――(ぎら)いぃッ!!」

 

 クソガキがそう叫んだ瞬間、勇者の殺気がぶわりと放出された。気絶するかと思った。

 勇者を見てみると、瞳の焦点が定まっておらず、どこからどう見てもヤベえ目だった。駄目だ、これ以上やったら返り討ちにされてしまう……!

 そう悟ったオレは、さっとクソガキを盾にするように抱き締める。いざという時はクソガキを囮にして逃げる算段を立てつつ、勇者の正気を取り戻すべく話しかけた。

 

「いけませんよ。剣先を向けられていては、危ないのですから」

 

 はっとしたような顔で剣先を地面に向ける勇者。どうやらオレの意図はきちんと伝わったらしい。

 そうだ、お前が攻撃するならオレはこのクソガキを盾に使う。やれるもんならやってみろ!(煽り)

 

「話をしましょう。この子の(身の安全の)ためにも、(オレの平穏ためにも)それがいいのでしょうから」

 

 勇者は、剣を鞘に納めた。

 勝ったな(確信)




「魔王なのに、どうして――」
オリ主「クソガキを殺してもいいなら、どうぞ」

堂々といたいけな幼女を肉壁として使おうとする人間の屑。そんなんだから勇者に襲撃されてるんだって気付いた方が良い。
勇者(性別不詳)、さくっとやっちゃって。

 現在(過去)のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:最近、食が細くなって三食ご飯じゃなくて間食だけで済ませてる駄目人間。


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或る勇者の話②

 第26.5話 邂逅

 

 白亜の教会へと招き入れられ、勇者は魔王ラフィエル=スノウホワイトと向かい合って小さなテーブルを囲んだ。

 そのテーブルの上には上品な香りの紅茶と、素朴な焼き菓子が置かれていて、ラフィエル=スノウホワイトからの歓迎の意を感じる。

 渋い顔でそれらを見やり、いまだに警戒しきった幼子の様子に落ち込む。威嚇する猫のようにフーフーと荒い息を吐き、幼子はいつでも勇者に飛びかかれるように準備していた。

 そんな幼子とは対照的に、ラフィエル=スノウホワイトは穏やかな笑みを浮かべて紅茶に口付けている。……自分を殺そうとしている相手が、目の前にいるというのに。

 

 意思が、意図が、まるで読めないのだ。

 魔王と呼ばれ、暴虐の限りを尽くす理不尽な存在でありながら――敵対している人間と机を囲む寛容さ。その眼差しや雰囲気から滲む、くすぐったいほどの暖かさ。

 訳が分からない。今まで会ってきた魔王は邪悪な存在だった。だから迷うことなく刃を交えてきた。生きている事が奇跡なくらい、惨敗した事もあった。

 だというのに、この魔王は……そんなものが感じられないのだ。

 

「貴方は私を殺しますか?」

 

 ぐるぐると果てなき思考が、ラフィエル=スノウホワイトの問いかけで停止させられる。意識を彼女自身に戻した勇者は、唇を引き結んだ。

 もしここで殺すと言えば、隣の罪なき幼子と交戦しなくてはならない。けれど、殺さないだなんて口が裂けても言えない。

 自分という勇者は、魔王を殺すためだけに生きている。簡単に存在意義を奪われては、たまったものではない。

 では、なんと答えるか?

 

「…………」

「問いを変えましょう。貴方は私を殺せますか?」

 

 選んだ沈黙は、即座に返ってきた問いかけで選択肢を再度提出される。

 殺せるか、だと?

 そんなもの、当然殺せるに決まっている。自分は勇者で、目の前の少女は魔王なのだから。

 故に、是の言葉を口から吐きかけた時、ふと思い至った。ある噂が、あったのだ。

 

 魔王ラフィエル=スノウホワイトを殺すのなら、まず他の魔王を殺さねばならぬ。かの魔王は、全ての魔王の逆鱗である。

 

 ただの戯れ言と切って捨てたその噂が、もし本当だとしたら?

 ここでラフィエル=スノウホワイトを殺してしまえば、自分だけでなく自分の友人も同僚も、ともすれば国すらも存続が危うくなるのではないか。

 実際、魔王ラフィエル=スノウホワイトに手を出そうとした者が、他の魔王に横槍を入れられる事は少なくない。

 目の前の魔王は、それが分かっているからこそ、言っているのではないか。

 ――お前は、全てを失う覚悟はあるのかと。

 そんな覚悟、あるわけがない。勇者は、もう二度と何かを失う事がないよう、闘っているのだ。守る覚悟はあれど、失う覚悟など、ない。

 青くなり、握った拳を震わせる勇者に、ラフィエル=スノウホワイトは嘲るでも見下すでもなく、微笑んだ。

 

「それでいいんです。貴方はとても優しい人。だからきっと、幸せになれる」

「は……? 幸せ?」

 

 柔和な笑みを浮かべる少女を、勇者は見つめた。隣の幼子も、不思議そうに彼女を見上げている。

 ラフィエル=スノウホワイトは、テーブルの上の焼き菓子を摘まむと、それを自分の口に放り込む。

 

「はい。幸せです」

 

 本当に幸せそうに微笑みながら、ラフィエル=スノウホワイトは焼き菓子を口の中で転がす。たったそれだけのことで、幸福を感じているように。

 勇者は目を見開いて彼女を見つめ、その視線をテーブルの上に落とす。

 

(……誰かと机を囲んで、食を共にする。それが、この魔王にとっての幸せだというのか?)

 

 それとも――

 頭に浮かんだ妄想を、振り払う。そんなありきたりの光景が、幸せだなんて認めない。

 だってそんなの、苦労しなくたって手に入る。幸せというのは、そんなに簡単に手に入るものではないのだから。

 幸福は、苦労しなくては手に入らないのだ。

 

「そんなもの、幸せなんかじゃない」

「……負け惜しみですか?」

「ち、がッ――!」

「ならば、何故認められないのでしょう」

 

 家族と卓を囲める世界中の人が不幸だと、そう思っているのかと言われたような気がして、勇者は言葉を詰まらせる。

 違うと言えればそれですむのに。たった一言が言えなくて、声が擦れる。

 だって、彼女の言う通りに認めてしまえば、誰とも卓を囲めない自分が、まるで、まるで――!!

 

「認めてください。貴方は……」

「違うッ!」

 

 幸せなんかじゃない。そんなものはまやかしで、たった一時の快楽に過ぎない。その時が過ぎればまた圧倒的強者の蹂躙を待つばかりの不安な日々に逆戻り。

 ほんの一時だけの安心などを、幸せなどと烏滸がましい。虫唾が走る。

 椅子を蹴り飛ばして勇者は立ち上がる。

 驚いた幼子を気にする余裕もなく、勇者はラフィエル=スノウホワイトの胸ぐらを掴んだ。

 そのまま何か感情のままに怒鳴りつけようとして、閃光が視界を埋め尽くした。

 

「あっ……お、ねえちゃんッ!!」

 

 幼子の悲鳴で、勇者は感情を押し殺して冷静さを取り戻す。頭を振って視界を元の状態に戻し、周囲の状況を確かめようと辺りを見渡して、見つけた。

 真っ赤な液体で床を汚しながら、力なく倒れているラフィエル=スノウホワイトを。

 先程までテーブルを囲んでいた少女の無残な姿に勇者は唖然と立ち尽くす。そして、はっと我に返って走り寄る。

 彼女を抱き起こしたと同時、勇者の耳に馴染みのある声が聞こえた。

 

「やってやったわ!」

「奇襲は成功だ。ここまで手傷を負わせられたなら」

「後は貴方で何とか出来るわね。勇者――」

 

 ……そう、だ。

 ここに来る前に仲間に告げていたのだ。

 もし、一刻以上の時が経っても帰らなければ、奇襲を仕掛けて欲しいと。

 少しでも隙を作れたら良し。もし手傷を負わせられたなら御の字。

 そう、自分が、告げたのだ。

 

 勇者の息が、微かに乱れる。

 自分が出した指示のせいで、この少女は死にゆくのだ。抱き起こした事で触れた彼女の身体は酷く痩せ細っていて、強く握れば折れてしまいそうなほどで。

 こんなにも脆く今にも壊れそうな少女を、殺そうとしていたのか。そして、自分のせいで、今すぐにでも死にそうになっているのか。

 

 勇者の腕が震え、動揺を必死に押さえつけようとしているその隣で、幼子が泣き叫ぶ。

 なんで、どうして、――なんで、こんなに酷いことするの。

 その言葉は、勇者の心を切り裂いて、蹂躙していく。

 

「……なんだ」

「!!」

 

 息も絶え絶えで、ラフィエル=スノウホワイトは微笑んだ。ゆっくりと視線を背後の仲間達へ移し、そして自分と目を合わせる。

 彼女は、どこか安心したように、呟いた。

 

「ちゃんと……いたんじゃないですか」

(…………あ)

 

 そこで、気付いてしまった。

 彼女は、ラフィエル=スノウホワイトは、自分に発破をかけようとしていたのだ。

 幸せを問いかけ、試し、自らつかみ取るように。同じテーブルを囲める、大切な人を。

 そして、勇者に仲間がいて――安堵したのだ。

 

「ッ……ばかやろう」

 

 自分を殺そうとした相手に、そんな慈悲をかけるな。

 今にも死にそうな癖して、他人の心配なんかするな。

 もっと、自分を大切にするべきだろう。

 

「死ぬな――ラフィエル=スノウホワイト!!」

 

 背後で困惑し、動揺している仲間達なんて気にかける暇も無く。

 勇者は、涙を流しながら叫んだ。

 そして、その願いは。

 真っ赤な液体が、勇者の身体に降りかかった事で、答えは出された。

 

「……え?」

 

 思考が停止し、勇者はゆっくりと振り向く。

 そこには勇者の仲間も、泣き叫んでいた幼子の姿もなく、ただ血の海と肉塊だけがあった。

 床に転がる目玉と、目が合う。

 それは、さっきまで自分を睨んでいた幼子の瞳とそっくりで……。

 

どうした、情けない顔をして。願いが叶って、良かっただろう?

 

 ――そこには、純白の衣装を血で汚した少女がいた。

 ゆっくりと近づいた少女は、先程までと違って酷く恐ろしく、まさに魔王といった雰囲気で。

 血塗れた両手で勇者の頰を包み込み、それは歪んだ笑みを浮かべて言った。

 

「――喜べ、勇者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第26話 ラフィエル君、初勝利?

 

 クソガキを盾にして教会の中へと勇者を誘導する。これでも襲撃歴は長いからな、対策もバッチリなわけだ。まあ教会の中だけだけどね。流石に外までは無理だわ。

 でも安心しろ、オレの教会の守護は完璧だ。何せギィが暴れても大丈夫だったからね!

 いやー、こんなすごい事できるなんてすごくない? 有能すぎてスマンな!(ドヤ顔)

 教会の中に入ったのでクソガキはお役御免である。適当に放置して、勇者のご機嫌取りのために紅茶と焼き菓子を皿に入れてテーブルにつく。

 ふっ……完璧だ。

 満足してご機嫌のまま紅茶を飲む。うん、自然で出来た茶葉を使ってるだけあって本当美味しいよね。まあね、オレが森でわざわざ摘んで作ってるから? 美味しいのも当然なわけで……美味しくないとか言ったら殴る。

 さて、そろじゃあ本題に入ろうか。

 

「貴方は私を殺しますか?」

「…………」

 

 は? 何無視してくれてんの? 殺すよ?(不可能)

 お前っ、人の家に土足で入り込んできた癖にお茶までご馳走になってるんだぞ? なのに家主の質問を無視するとか頭おかしいんじゃねぇの?

 よおし、なら質問を変えてやる。絶対に答えるしかない質問してやる。

 

「問いを変えましょう。貴方は私を殺せますか?」

 

 そう。

 さっきまで気付かなかったけど、隣でクソガキが威嚇している今、お前はこの質問に殺せるだなんて口が裂けても言えんのだ!

 おっ、おっ? おら、言えるもんなら言ってみろ! クソガキに嫌われてもいいのならなァ!(嘲笑)

 勇者は人気商売ですから? クソガキに嫌われたらやっていけないもんなあ、カワイソー。

 青い顔で震えだした勇者に、オレは満面の笑みを見せる。

 

「それでいいんです。貴方はとても優しい人(煽り)。だからきっと、(オレは)幸せになれる」

「は……? 幸せ?」

「はい。(オレの)幸せです」

 

 焼き菓子を頬張りながら、唖然とする勇者を見る。もうこれだけでご飯三杯はいける! 人の不幸ってどうしてこんなに美味しいんだろう。

 今まで煮え湯を飲ませられていただけに、心底嬉しくて仕方ない。ボクは今、最高に幸せです。

 満たされてる。オレは最高に満たされている……!

 

「そんなもの、幸せなんかじゃない」

 

 ああん?

 

「……負け惜しみですか?(失望)」

「ち、がッ――!」

 

 がっかりだわー。

 こんなんが勇者とかがっかりにも程がある。馬鹿なの? ちゃんと現実を見ろよ。

 ほら、隣にクソガキ。目の前に幸せ最高潮のオレ。

 どう考えてもオレの勝ちです。

 

「ならば、何故(素直に負けを)認められないのでしょう」

 

 いつもはオレが逃げるから、勇者の不戦勝となっているけれども? 今回はクソガキという盾装備があるから立ち向かったんだよオレは。

 そして戦いという形ではないものの、オレが勝利した。潔く認めろ! オレに負けたという事実をッ!

 

「認めてください。貴方は……」

「違うッ!」

 

 オレに負けたんだよォ!(煽り)

 と言おうとしたら、勇者の奴は椅子を蹴り倒し、鬼の形相でオレの胸ぐらを掴んだ。

 暴力いくない! 負けたからってこういう事するのは良くないと思――!?

 

「え…?」

 

 鋭い痛みが走ったと思ったら、何時の間にか床に倒れていた。

 呆然としながら痛みが走った箇所に手を当ててみると、そこには大穴が開いていて、かなりの勢いで血が噴き出していた。

 同時、凄まじい痛みが全身に走る。

 痛すぎて悲鳴も上げられない。泣きそう。ていうか泣く。

 止めろ勇者触んな、痛いからほんと止めろ殺すぞてめぇ!!(迫真)

 ていうか何で? 教会の中にいりゃ守護は完璧なんじゃなかったん? この嘘吐き! 誰だよ大丈夫だって言ったの! ……オレです。

 …………誰だよ、オレの教会に勝手に入ってきたの。霞む視界の中、人影の会話を聞いて悟る。そりゃそうだよな。

 

「……なんだ(やっぱり)、ちゃんと……(仲間が)いたんじゃないですか」

 

 そりゃ普通の勇者が一人でいるわけないよ。

 奇襲くらい考えて然るべきだった。ちゃんと最後までクソガキを抱き締めておくんだった。

 ああもう無理、力が抜ける。

 死にたくない。

 まだ死にたくない生きたい。

 クソ勇者め……オレが死んだら枕元に毎晩立ってくれるわ!(怨嗟)

 

 

 

 

 

 

 




「…………え?」
悪魔「さあ、どう遊んでやろう」

満面の笑みでVサインを見せ付けようとしたラフィエル君、死す!
次回、悪魔か勇者のどっちかがフルボッコにされる。どちらにしろラフィエル君が目を覚ました後に呆然とする展開。

 現在(過去)のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:勝利を確信して煽ってたらカウンター食らった人。


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或る勇者の話③

 第27.5話 勇者の消失

 

 血塗れの床に座り込んだまま呆然と悪魔を見上げる勇者に、悪魔はどう遊ぼうかと愉悦に浸る。悪魔にとって、勇者とは聖歌者に心を許してしまった哀れな人間でしかないのだ。

 聖歌者に心を許したということは、聖歌者にも心を許されたということ。つまり――勇者を血肉のオブジェに飾り立ててやれば、泣いて喜ぶ。

 滞在先の国の全国民を殺してやるのも、マンネリ化してきたところだ。ここらで嗜好を変えて、聖歌者の心を許した相手を潰してやろう。

 魔王共は中々しぶとく、失敗する確率が高い。その点、この勇者は魔王と比べれば一枚も二枚も下回っている。

 悪魔からの勇者の総評は、優秀な生贄である。

 

 故に、悪魔は勇者の心を壊す事にした。その身に宿す悪魔が勇者の心を殺し命すらも奪ったとすれば、どれだけの罪悪に悩むことか。

 都の人々を守るためとはいえ自らの身に受け入れた悪魔のせいで、罪なき人々が残虐に殺されたとしたら、あの聖歌者はきっと自らの心を傷付ける。

 そうしてこれからも、ずっと蝕み続ける毒となる。近いうちに訪れる聖歌者の心が壊れるその日を、首を長くして待ち続けよう。

 

「……れ、だ」

何だ?

 

 愉悦の表情で勇者の頰を包み込んでいた悪魔の両手を、勇者は振り払う。そして、大きく飛び退き剣をすらりと抜いた。

 その瞳には敵意と憎悪で塗り潰され、恐怖や不安といった感情は見えない。

 血が滲みそうなほど強く剣を握って、勇者は吠える。

 

「お前は、誰だ!? あの魔王――ラフィエル=スノウホワイトを、何処にやった!」

「――ほう? 人間の癖に、よくわかったものだ

 

 真っ赤な瞳を瞬いて、悪魔は感心したように勇者を眺める。ある一定の強さ以上にならなければ、一瞬で悪魔か聖歌者を見抜く事が出来ないのだ。

 ということは、この勇者は一定の強さ以上……仙人という事だ。仙人とは、過酷な修行の果てに至ることが出来る、魔物の言い方では魔王種のようなものだ。

 それが、目の前の勇者である。が、しかし。

 

仙人とはいえ聖人ではない。片手間に潰せる程度の強者といったところだな

 

 悪魔からすれば、脅威には成り得ない。

 脅威となるのは天災レベル――ギィや竜種といった隔絶した強さの持ち主でなければ敗北はあり得ない。それが悪魔にとっての自身の評価である。

 元々の世界でも、悪魔はトップクラスの実力者だった。それ故の慢心が、今のところ勇者の勝ち筋だろうか。

 

聖歌者なら眠っている。あれが死に瀕した時、我が意思がこの身体の主導権を得るからな

「解離、性」

多重人格などという人間と一緒にしてくれるなよ、勇者。……死にたいというなら、そのまま続けてもいいが

 

 くつくつと笑って、悪魔は告げる。

 一押しで壊れそうだった心は持ち直し、勇者はその瞳に闘志を宿している。立ち直りはかなり早い。初対面の幼子はともかく、仲間達だって殺されたというのに。

 大した精神をしている。タフとでもいうべきか。

 壊すのには、時間がかかりそうだ……今すぐにでも戦闘に入りそうな気配をしているから。

 

「お前を倒せば、ラフィエル=スノウホワイトが出てくるのか?」

いいや、聖歌者諸共死ぬ。それでもいいだろう? 勇者たるお前からすれば

 

 ギリギリと奥歯を噛みしめる音が響いた。眉をつり上げて、勇者は悪魔に剣を向ける。

 勇者として――確かに、悪魔と魔王同時に倒せるのなら、それは喜ぶべき事なのだろう。彼等は数え切れない悪行を積んでいる。

 しかし、目の前に居る悪魔と、魔王ラフィエル=スノウホワイトは本当に、悪行をなしたのか?

 たった少しといえど、関わっただろう。触れて感じた優しさを忘れるな。

 軽い衝撃で壊れそうなほど、脆い身体をしていた。慈愛に満ちた姿を、目にした。

 対して、目の前に居るラフィエル=スノウホワイトの姿をした悪魔――この邪悪さは、他の魔王と引けを取らない。

 そして簡単に人を殺して、愉しげに嗤うその姿。

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、この悪魔のせいで魔王という誹りを受けるはめになったのではないか?

 

 何せ、見目は変わらないのだ。

 たった一つ、血のように真っ赤に染まった瞳以外は、他の誰でも無く聖女たるラフィエル=スノウホワイトなのだから。

 この仮説が、真実なのだとしたら。

 自分が殺すべきは、ラフィエル=スノウホワイトではなく、この目の前の悪魔なのではないか。

 そこまで思考したとき、悪魔が嗤った。まるで、その通りだと言うように。

 

正解だ、勇者。だが、どう殺す? この身体は聖歌者ラフィエル=スノウホワイトそのもの。どうやって身体の主だけを生かすことが出来る? ――そんなことは、不可能だと知っているだろう

「……ラフィエル=スノウホワイトが本物の聖女なのだとしたら、彼女は、自分の身に宿る悪魔をその命と引き換えに消滅させることが出来るなら、」

 

 きっと笑って殺されてくれる。

 その言葉は剣戟の音で掻き消され、勇者と悪魔は剣越しに睨み合う。一方は殺意に満ちた眼差しで、一方は愉悦混じりの嘲笑で。

 悪魔はその身を流れる血液を剣に型取り、勇者と斬り合う。血液で形成されているが故に、その剣は自在に形を変え勇者を襲う。

 それを鬱陶しく思った勇者は一度悪魔から離れ、ユニークスキル『代行者(カワルモノ)』の権能をその身に纏わせ、再度悪魔へ斬りかかる。

 

ふん? 小細工か

 

 しかし人間の思考を読める悪魔には、その戦術も筒抜けである。ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)』によって勇者の身体に纏わり付く権能を無理矢理引き剥がした。

 驚く勇者は、それでも再度『代行者(カワルモノ)』を纏い、突き進む。

 悪魔と勇者が接触するまでに何十も繰り返されたが、それでも互いに止めようとしない。こうしなければ勇者は対抗出来ないし、悪魔はわざと攻撃を食らってやるつもりなど毛頭ないからだ。

 

 ユニークスキル『代行者(カワルモノ)』の権能は、その名の通り代行である。

 スキルを使っている最中に攻撃されれば、その傷は攻撃した本人に代行させ(あたえ)られる。結果的にはカウンターのようにみえるが、似て非なるものだ。

 逆に、他人の傷をスキル使用者へ代行(うつ)させることも可能である。

 

 悪魔は、それをユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)』の権能で自らが傷付けられる未来を知り、確率操作による未来改変によって防いだ。

 あのユニークスキルは少し危険だと悪魔に警戒させてしまったのである。これにより、勇者の勝ち筋はなくなってしまった。

 

「くっ……! こんな、簡単に……?」

 

 初見であるはずなのに、『代行者(カワルモノ)』を完璧に防がれてしまった勇者は悔しげに顔を歪めた。

 

ハッ……この程度で根を上げるか、勇者。お前の仲間も草葉の陰で泣いているだろうな

「――る、さい!!」

 

 激高する勇者の単調な攻撃を、悪魔は余裕の笑みを浮かべていなしていく。

 怒りのままに動く勇者の攻撃など簡単に対応出来てしまうので、心の深層を覗いてみる。悪魔にとって、やはり人間という生き物は壊す事こそが美味しい調理法なのだ。

 そうして覗いた心の中は酷く荒れていた。まるで意識しなかった仲間という言葉が、どうやら酷く気に障ったらしい。

 聖歌者が言った時には大して反応をしていなかったのに――やはりあの聖歌者には人を落ち着かせる何かがあるのだろう。

 勇者にとって、あの仲間達に思い入れはなかった。その残虐な殺人行為に恐怖し怒ったものの、仲間が死んだ事にこそ、特に何も感じてはいなかったのだ。

 

 昔、勇者の家族が魔王の攻撃の余波で死んだ時、その出来事は深く勇者の心に突き刺さった。

 その時までに交流していた友人や知り合い以外には一線を引き、それ以上踏み込むような事をしなくなったのである。

 これ以上親しい人間を作って失いたくない……そんな人間らしい感情の発露から出た行動だった。故に、勇者は仲間に好意も嫌悪も抱いていない。

 そして昔からの友人にも踏み込んだ事は出来なくなっていて、その関係も次第に冷めていった。だからこそ、本当の意味で勇者を気にかける人はいない。

 

 それを、勇者は自覚していた。

 家族を亡くした悲しみを拭いきれず、新たな関係を構築することに恐怖し、心を見せる事の出来る間柄の友人など一人もおらず。

 それでもなお、自分のような人間を増やしたくない一心で勇者にまで上り詰めた。

 けれど、それでは自分はどうなのだろう。

 人々の幸せを守るため、恐怖から守るため、ずっと闘ってきた自分は、誰かとテーブルを囲むことさえない自分は、不幸なのだろうか?

 

 ――そんな、勇者の心情を、悪魔は詳細に読み取っていた。

 憤怒の形相で悪魔へ挑み、身体の至る所から血を流しながらも、その戦意は挫ける事なく何度でも立ち上がる。

 まさに勇気ある者。

 格上だと自覚していながら、人を守るために決して折れぬ心。この人間は、確かに勇者である。ならば、

 

この勇者の心を折る事が出来たのなら、一体どれほどイイ気分になるだろうな?

 

 その時を想像し、ぞくぞくと背中に快楽が走る。人間が絶望し、頽れる姿はいつ見ても良いものだ。

 愉悦に口元を歪めて、悪魔は勇者の剣を抱き込んで、そっと耳元へ囁いた。

 

例え聖女と呼ばれていようと、聖歌者は只人だ。人類の都合で、心優しき乙女を殺すのか? ――自らしか顧みない人間に、守る価値などあるのか? お前は、何のために闘っている?

 

 ――ひゅっ。

 勇者の不自然な呼吸音が聞こえた。動揺したよう揺れる剣を握る手を、そっと両手で包み込む。

 うっそりと、悪魔はラフィエル=スノウホワイトの浮かべる笑みを真似て微笑んだ。

 

貴様の陳腐な正義など、消してくれよう

 

 包み込んだ勇者の手に爪を突き立て、引き裂く。押し殺した悲鳴が呻き声として漏れたと同時、勇者の手から剣が転がり落ちていく。

 にやにやと嬉しそうに嗤う悪魔は、そのまま勇者の腹を蹴り上げ、口から血を吐いた勇者の前に居座る。

 震えながら剣に手を伸ばそうとする勇者の手を踏み付けて、悪魔はゆっくりと勇者の首へ手を伸ばした。

 

安心しろ。死ねば貴様の陳腐な正義も、くだらない感情も何もかも、全て綺麗さっぱり消えて無くなる

 

 勇者の瞳に絶望が宿る。

 もう抵抗する手段がないから。ユニークスキルはもう一つあるけれど、それは戦闘系のスキルではないため、この状況を打開する力には成り得ない。

 漆黒の瞳に反射して映る悪魔は、歓喜と愉悦に震えていて、心底幸せそうに笑みを浮かべている。

 そんな悪魔を正面から見た勇者は、一度だけ呆然とした表情を見せ、次の瞬間――

 

「――な!?

 

 勇者の魔素(エネルギー)量が、爆発的に増加した。それは、まるで魔王が覚醒した時のような、劇的な変化で、悪魔を驚かせた。

 そして、悟らせる。

 勇者が仙人から聖人へと至った、ということを。

 

この土壇場でよくもまあ……全く人間という存在はほとほと度し難い

 

 絶望は人を成長させうるのだろうか、と悪魔が思考した時には攻撃を受けていた。

 その一瞬で警戒を最大まで引き上げるが、悪魔が勇者を格下ではないと認識してしまったため、悪魔は『上位者(ミオロスモノ)』での未来予測は封じられてしまった。

 舌打ちをして、悪魔は吹き飛ばされた空中で身構えるが、瞬き一つしてみれば目の前に勇者が迫る。

 『拒絶者(コバムモノ)』では間に合わないと踏んだ悪魔が『死歌者(ウタウモノ)』を行使する。

 至近距離で放たれた死歌の効果は絶大で、勇者は意識を飛ばしてしまう。が、それはものの数秒。すぐに意識を取り戻した勇者を見て悪魔は目を剥いた。

 

いや……だが、恐らくこの戦闘能力の爆発的な向上は一時的なものだ。身体に力が馴染みきっていない状態でここまで戦えるわけがない。なら、今暫くしのげばいいだけの話か

 

 その考えに辿り着いた悪魔だったが、それくらいは勇者だって分かっている。

 このブーストが終われば、普段の数倍弱体化してしまう事だって、それも織り込み済みだ。それでもやると決めたのだ。

 だって、

 

(――ラフィエル=スノウホワイトは、幸せそうに笑っていた)

 

 誰とも卓を囲めない自分と向かい合い、お茶を飲んで話をして、幸せそうに笑ったのだ。

 困惑した。混乱した。動揺した。――けれども、確かに嬉しかったのだ。

 不幸だと認めたくなかった。

 家族を失い、人と関わりもう一度失う事を恐れ、誰とも一線を引いて接してきた。

 でも、それでも、あの時家族と共にテーブルを囲んだ幸せな時間を忘れた事なんてなかった。あの暖かな空間は、もう自分には手に入れられないものだと諦めていた。

 だからこそ無い物ねだりして、他人がそうしていることに嫉妬して、それは幸せなんかじゃないと皮肉って、結局それは自分を不幸にしただけで。

 でも、そんな不幸な自分を認めたくなくて、八つ当たりのようにラフィエル=スノウホワイトを怒鳴ろうとした。

 

(気付いたんだ)

 

 自分とテーブルを囲んで幸せそうに笑ってくれる人がいることに。

 こんなに面倒くさくて、どうしようもない自分に心から優しくしてくれる人がいることに。

 そんな人と出会えたら、ちょっとだけ――いいや、とても幸せに思えるってことに。

 

(だから、彼女のために捧げることにした)

 

 きっとこれ以上ないくらい幸運な出会いだった。

 けれどそれを真っ赤な血で染め上げて台無しにしたのは他でもない自分だから。

 たった一人の優しい少女のためだけに、命すら懸けて戦おう。

 

この――偽善者がァッ!!

 

 そんな勇者の心を読んだ悪魔が叫ぶ。

 その表情は怒りに満ちていて、地形が変わることにも教会が壊れていくことにも目をくれず、暴れ出す。

 冷静な顔で悪魔へ攻撃を仕掛ける勇者へと、悪魔は怒号を飛ばした。

 

貴様のそれは、もはや陳腐な正義ですらない! それはただの、独り善がりな奇行に過ぎないだろうが!! この、ゴミ屑があああッ!!

 

 ブチ切れた悪魔の絶叫は、勇者には届かない。勇者はただ、目的のためにひたすら突き進むだけなのだから。

 しかし……悪魔がここまで激高しているには、理由がある。

 ただ単に勇者が、ラフィエル=スノウホワイトのために闘うというのであれば、ここまで取り乱したりはしないのだ。

 悪魔がここまで怒る理由はただ一つ。

 勇者がこれから為そうとしている事は、ラフィエル=スノウホワイトの半永久的な延命措置であるからだ。

 

 現在、ラフィエル=スノウホワイトの生命力は、全体の一割の更に半分以下といったところだ。

 つまり、彼女はあと一年以内で命を落とすところまで弱っていた。それは偏に、悪魔が地道に彼女を呪い続けていた結果である。

 だというのに、これから勇者が行おうとしている事は、勇者の全てをラフィエル=スノウホワイトへ与える……つまりは、ラフィエル=スノウホワイトを素体として勇者を魂ごと合成させるということだ。

 人体実験並みの禁忌である。

 けれどそれを為そうとしているのは、消えて無くなる側の勇者だ。

 これが成功されてしまっては、今まで呪い続けた事は無駄になり、更に呪いが効きにくくなったラフィエル=スノウホワイトを最初から呪わなければならない。

 悪魔が激高するのも当然である。

 けれど、勇者は止まらない。

 

「独り善がりでも良いよ。それでも彼女を救うと決めたから」

 

 自分が最期に救うには、勿体ないくらいの人だけれど。

 それでも自分の命を捧げて、彼女の命を繋げることが出来るなら、それでいいんだ。

 勇者には悪魔の複雑な事情は分かっていないが、ラフィエル=スノウホワイトの命が尽きかけている……それだけは分かっていた。

 だからこそ、勇者は戦うのだ。

 悪魔の胸を勇者の腕の付け根まで貫いて、一気に引き抜く。聖人へと至り、一時的な強化ブーストがかけられた勇者を、悪魔はしのぐ事が出来なかったのだ。

 

勇者……貴様だけは、絶対に、後悔させてくれる……!

 

 怨嗟の籠もった一言を最後に告げて、悪魔の意識もラフィエル=スノウホワイト同様に闇へと落ちる。

 ふらりと地面へと倒れそうになったラフィエル=スノウホワイトの身体を抱き留め、勇者はゆっくりとその場に座り込む。

 教会の床は汚れ、壁や天井などは悲惨すぎて目も当てられないが……勇者の表情は、晴れやかだった。

 

「ユニークスキル『救済者(スクウモノ)』と『代行者(カワルモノ)』を同期させて、ラフィエル=スノウホワイトを治してくれ」

 

 勇者の言葉によって、二つのスキルは連動し、主の願いを叶えるために動き始める。

 彼女の怪我は『代行者(カワルモノ)』によって勇者へ与えられ、二人の怪我は同じくらいの深さになった。そして『救済者(スクウモノ)』による権能で、傷を治す――しかし、傷が深すぎるため不可能。

 そのため、勇者かラフィエル=スノウホワイトのどちらか一方を『代行者(カワルモノ)』によって生贄にし、一方を完治させる手段を取る。

 主の意向により、完治させる者はラフィエル=スノウホワイトに定まる。

 そして、ラフィエル=スノウホワイトの怪我は瞬く間に塞がっていく。

 

 ぼろ雑巾のようになった勇者は、眠るラフィエル=スノウホワイトの首に腕を絡めて、抱き締める。

 白く柔らかな頰に頬ずりし、勇者は幸せそうに微笑んだ。

 

「ずっと、僕はキミのそばにいる」

 

 そう呟いて、最期の仕上げに入った。

 『代行者(カワルモノ)』によって悪魔の呪いを肩代わりする。けれどそんな事は、勇者とラフィエル=スノウホワイトが別人である限り不可能である。

 だが、まあ、それは『救済者(スクウモノ)』と同期していない時の話だ。

 ラフィエル=スノウホワイトを救うため、という大義名分のもと、『救済者(スクウモノ)』は少女を救うための措置を実行していく。

 救うためならば、命も魂すらも生贄にして、勇者はラフィエル=スノウホワイトの中へと吸収され馴染んでいった。

 勇者と魔王は、一つの生命として産声を上げる。

 しかし――勇者の意識は魔王の意識に塗り潰され、消えてなくなってしまったのだ。

 

《告。ユニークスキル『救済者(スクウモノ)』と『代行者(カワルモノ)』が個体名:ラフィエル=スノウホワイトへ譲渡されました。魂へ馴染ませるためスキルが変質……ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)』を取得しました》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第27話 そして、その後に

 

 

 

 

 オレの教会が……(呆然)

 

 

 

 




「キミといられるのなら、幸せだから」
オリ主「あの野郎、教会ぶっ壊して逃亡しやがった!」

勇者はラフィエル君に怨敵として認識されました。
むしろ命の恩人なんだから、感謝するべきなんだけれども? 流石ラフィエル君フラグを折っていくスタイル。

 現在(過去)のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:この事で、勇者嫌いが加速した。


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或る未来での話

 第28.5話 フルートの役目

 

 それは、幾千億もの世界線のうち、平和な世界が訪れた数少ない世界線での物語。

 魔王リムルが台頭し、ラフィエル=スノウホワイトが誰も気付かぬまま儚く散る事がなかった、そんな世界での穏やかな日常の話だ。

 東の帝国と魔国連邦が終戦し、戦乱からはほど遠い穏やかな時間を刻む未来。

 そんなある日のお茶会だった。

 魔王……というには優しすぎて、もはや魔王ではなく聖女の通り名が通称となってしまっている少女と、比喩ではなく世界を救うキーマンとなった勇者。

 そんな二人の、和やかな日常を垣間見てみよう。

 

「美味しいねえ、ラフィエルさん」

「そう言って貰えると、早起きして作った甲斐があります」

 

 ほわほわと気の抜けた笑顔で、クロエは目の前にあるケーキをつつく。

 そのケーキはとても凝っていて、最初から最後までラフィエル=スノウホワイトの手作りである。本人の張り切りようが感じられて、クロエの頬は更に緩んでしまう。

 何せ、ラフィエル=スノウホワイトがここまで凝った物を出すのはクロエだけなのだから。

 他の人に対しては大量生産の出来る簡単なクッキーやケーキで、ここまで手の込んだ物を出しているのは見たことがない。

 ギィにも、ミリムにも、ラミリスにも――リムルにだって出さないのだ。

 優越感に浸ってしまっても仕方がないだろう。

 目の前にいる誰にでも優しい博愛の少女が、自分だけを特別扱いしているなんて。舞い上がってしまう。

 

「えへへ……でも、作るのは大変なんじゃないかな? あんまり無理しなくても…」

「まさか。貴女が喜んでくれるのなら、これくらいなんて事ありませんよ」

「そ、そっかぁ」

 

 嬉しさを隠しきれないといった風に、にへらと緩みきった表情で幸せそうにするクロエ。

 自分の言ったにも関わらず、もしこれで「じゃあ止めますね」なんて言われたらショックは大きかっただろう。

 だが、ラフィエル=スノウホワイトはむしろクロエを更に喜ばせる事を言うのだ。

 緩みきった顔を抑えようと、クロエは紅茶を飲んで昂ぶった気を落ち着かせる。

 自然の香りがするそれは、ラフィエル=スノウホワイトが好んで淹れるものだ。それを知った過保護な魔王が入手に躍起になって、一時は市場価格がとんでもない事になったのはご愛嬌である。

 そんな紅茶を飲んで、クロエは一息ついてから話を変えようと話題を探す。ニコニコと微笑んでいるラフィエル=スノウホワイトに居心地が悪くなったのだ。

 探し始めてしばらく、そこでふと思い出した事があったので、口に出した。

 

「ねえ、ラフィエルさん。あのフルート、わざとリムル先生に渡したの?」

「フルート……ああ、あれですね」

 

 ちらりとラフィエル=スノウホワイトは棚の上に置かれた金色の装飾が施された箱を見やる。そこにはかつてシズエの手に渡り、リムルへ預けられた彼女のフルートが収められている。

 そのフルートには、悪魔による『死歌』の効果が付与されていた。今ではただのフルートに過ぎないが、知る人が知れば数億とくだらない価値がつけられる。聖歌者の称号は偉大なのだ。

 

「あのフルートに『死歌』の効果が付与されていたこと、ラフィエルさんは知ってたよね?」

「…………」

 

 クロエの問いに、ラフィエル=スノウホワイトは微笑んだまま何も言わない。沈黙は是なり、確信を得たクロエはやっぱりと呟く。

 そうだと思ったのだ。わざわざ呪いのフルートなんて代物を用意して、あんな惨劇を作り出すなんて。暴虐者としてラフィエル=スノウホワイトを知っている者なら、すぐに推測するだろう。

 この惨劇は、たかがスライムのリムルではなく、魔王ラフィエル=スノウホワイトが齎したものだと。

 けれど、それは違う。

 

 元々、リムルにはあの惨劇と同等以上の状況を作り出す事は出来たのだ。けれど、彼はその前にラフィエル=スノウホワイトと衝撃の出会いを果たしている。

 泣いて縋ったあの時と同じように、無意識にラフィエル=スノウホワイトとの繋がりを示すフルートを使ってしまったに過ぎない。

 元は平和な世界に住んでいた人間が、万の軍勢を皆殺しにする緊張の時に、安らぎを求めてしまうのは当然である。

 そして、そうなると分かっていたのがラフィエル=スノウホワイトだった。

 

「本当に、優しいんだから。悪役を引き受けようとしたんでしょう?」

 

 人間と仲良くしたいという、リムルの願いを叶えるために。

 あの惨劇を生み出したのはジュラの森大同盟の盟主リムルではなく、魔王ラフィエル=スノウホワイトであると誇示するために。

 あくまでリムル達は人間に危害を加えておらず、魔王が気紛れに人間を殲滅させたと思わせるために、あのフルートをリムルの元へ渡るように仕向けた。

 それが、あの事件の真実。

 謎のまま忘れ去られてしまったフルートは、きっとそんな役目を担っていたのだ。

 

「まあ、ヴェルドラさんの復活なんていう過去にない例外のおかげで、意味がなくなっちゃったけれど」

「……そうですね」

 

 しかし、それ以前にあの惨劇の目撃者を全員皆殺しにするなどという暴挙を犯したリムルのせいで、その目論見は呆気なく破綻しているのだが。

 ちょっと落ち込んだ様子のラフィエル=スノウホワイトには、言わぬが花というやつだろう。

 くすくすと笑って、クロエはケーキを頬張った。

 甘くて優しい――そんな味がする。

 

(幸せ、だなあ)

 

 魔王とテーブルを囲んで、勇者は幸福を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第28話 勇者(クロエ)に悪影響を与えないでください

 

 今日は久しぶりにクロエと会う日だ。数える程しかいない話の通じる相手なので、つい浮かれてしまうな。

 魔王もあれくらい頭を柔らかくして話して欲しいもんだ。お前らの常識、オレの非常識だから!

 珍しく朝早くから起きて、オレはせっせとキッチンで動き出す。クロエは友達だから、最高のもてなしをしてやるぜ。

 え? 魔王共? 作り置きのお菓子でも出しときゃいいんじゃねぇの?(興味ゼロ)

 そんなことよりクロエだ。なんとあいつ、実はクロノアと同一人物だったのだ。な、なんだってー!?

 時間軸がどうたらこうたらと言っていたが正直これっぽっちも分からないので理解するのは放棄した。しょうがないね。

 

 まあそんなことはどうでもいいのだ。

 大事なのはクロノアもといクロエは話の出来る常識人な友人だということだけ。本当に……人外と話をする時に通訳してもらって感謝してもしきれない。

 あんなに出来た人間がいるなんて、ちょっと今でも信じられない。だがいる。それが全てなのだ。

 昔は神様なんていないと思っていたけど、本当に実在したし、こんな欠点のない人間だっているだろう。

 そんな完璧人間ことクロエとお茶会をするのだから、気合いが入って当然である。

 ケーキだって素材から厳選した。紅茶だってリムルに全力でお願いして手に入れた茶葉を用いてのものだ。

 うむ……早く来ないかな。

 

「こんにちは! お邪魔します」

 

 全ての準備を終えてそわそわしながら待っていると、教会の扉が開いて、お待ちかねの人物が入ってきた。

 機嫌良さげに入ってきたクロエは、オレと目が合った瞬間にぱっと花が咲いたような笑みを見せた。

 ああ……こうやって滅茶苦茶好意的に接してくれる人なんてクロエ以外にあんまりいないから、正直すげえ嬉しい。

 他の奴等も好意を全開にして接してくれてもいいんだよ? 腹黒そうに笑いながら接してくれるおかげで、オレは常に胃薬を常備してるんですけどね(皮肉)

 まあアイツらの事はどうでもいいや。

 ポットからカップに紅茶を淹れて、テーブルの準備をしてから、クロエの正面に座る。

 

「美味しいねえ、ラフィエルさん」

「そう言って貰えると、早起きして作った甲斐があります」

 

 これだよ、これ……。

 オレが求めてる反応はこれなんだよ!!(必死)

 ギィとかさ、あいつらはオレがお菓子を出してやるのを当然みたいに思ってやがるからさ。お礼の一つも言わねぇし、美味しいの一言もないんだ。

 そんなんだからラミリスに48の必殺技を使えば倒せるなんて言われるんだよ。本人の前では絶対言わないけど。

 あ、ミリムは別だよ? あいつはちゃんと美味しいって言うから。だが教会を破壊する事は断固として許さない(真顔)

 

 

「えへへ……でも、作るのは大変なんじゃないかな? あんまり無理しなくても…」

 

 なんてこと言うんだ(憤慨)

 クロエに本気のおもてなしをしないなんて、ちっぽけなオレのプライドでも許されることじゃない。

 オレはな、本気でクロエには感謝してるんだ。あんな話が通じない人外(魔王)と渡り合ってオレを守ってくれた事……これくらいじゃ足りないかもしれないけど、ちょっとずつ恩を返していくって決めたんだ!(キリッ)

 

「そ、そっかぁ」

 

 と言うことを要約して告げると、クロエは嬉しそうな顔をした。

 こういう素直なところに好感が持てる。魔王のみんなも見習おうね(皮肉)

 照れを誤魔化すためか、紅茶を飲んだクロエが話題を変えてきた。

 

「ねえ、ラフィエルさん。あのフルート、わざとリムル先生に渡したの?」

「フルート……ああ、あれですね」

 

 何の事だと思ったが、そういえばフルートも何やかんやあったな。

 聖歌隊に入る前に音楽の練習のために使っていたフルートは、シズエに貸してから何があったのか、今では魔王になってるリムルの元へ渡った。

 何で見知らぬ魔王に渡してんのシズエ?(怒)

 とは思ったものの、怖いのと優しいのを共存させているリムルでマシだったと思う。

 あれが他の魔王に渡っていてみろ……死んじゃう。

 

「あのフルートに『死歌』の効果が付与されていたこと、ラフィエルさんは知ってたよね?」

 

 あー、それな、リムルからフルートの経緯を聞いた時に初めて知ったんだよね。

 え? オレ今までそんな物騒なもん吹かされてたの!? あんのジジイ、次会ったらぶっ殺してやる!

 ――なんて思ったもんだ。

 でもあれ吹いても何ともないよね、何もないのオレだけ?

 悩んでいて回答を先送りにしていたら、クロエが話を進めた。

 

「本当に、優しいんだから。悪役を引き受けようとしたんでしょう?」

 

 何の事ですか??

 え、何……知ってたら優しいってどういうこと? 悪役なんて好んでやろうなんて馬鹿いるわけねぇじゃん、聖人君子じゃないんだから……。

 …………えっ、本気で言ってる?

 嘘だろクロエ違うって言ってくれ。何でそんな訳分からん事言うの。

 あの魔王共の影響を受けるのは止めて!(涙目)

 

「まあ、ヴェルドラさんの復活なんていう過去にない例外のおかげで、意味がなくなっちゃったけれど」

「……そうですね」

 

 泣きそう。

 

 

 




「特別扱いなんて、嬉しいなあ」
オリ主「頼むからあいつらと同じになってくれるなよ」

クロエへの好感度が高すぎる件について。
どうやらその理由は他の知り合いと比較して見ているからのようで……? 
だが最近は魔王達の影響も受けている模様。まあショックはあるが好感度は下がらないと思われる。

 現在(未来)のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)
 secret:『神々の祝福』


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或る悪魔の怒り

 第29.5話 誰も傷付かない方法

 

 悪魔は激怒した。必ずや、あの邪知暴虐の眷属を除かねばならぬと決意した。悪魔には(リムルの)思考は分からぬ。

 悪魔は魔界の住人である。気紛れに召喚に応じ、気に入った人間の英雄をマーキングしてきた。そして仕えるべき主を、ようやく見つけ出したのだ。

 かの御方が悪魔を召喚するその時を今か今かと待ち望んでいた、のだが――

 

「あああああああ! ああああああああ!!」

 

 嬉々としてその召喚に応じようとした黒の悪魔は、何と自身の眷属に抜け駆けされてしまった。

 思わぬ事態に棒立ちのまま間抜けな顔を数分ほど晒してしまったが、このままで終われるかとその召喚に無理矢理乗り込もうと力を解放する。

 が、召喚主にあっさりと召喚扉を閉じられてしまい、その目論見は不発に終わった。

 近くで気まずそうに、所在なさげに立っている配下二人を苛立ちのままに殺してしまおうかと考えてしまうくらいには、キレていた。

 この怒りを発散させるため、黒の悪魔はどの世界にも存在しており、存在していない場所――ラフィエル=スノウホワイトの住処へ強引に空間を繋ぐ。

 そして……、

 

「!? ッ!? ~~~!!?」

 

 異空間という名の結界をスルーして教会に入り込んだ悪魔は、苛立ちの余り頭を掻き毟る。

 口からは怨嗟によって言葉にならない絶叫が飛び出し、地団駄を踏んでいる。

 あまりの変わりように、ラフィエル=スノウホワイトですら唖然として後退りするほどの有様だ。彼女の顔が引き攣るなんて、滅多にあることではない。

 ギィが見れば大爆笑して、生涯ネタとして揶揄い続ける事間違いなしの醜態を現在進行形で晒している黒の悪魔には、そんな彼女の姿は見えていないのだが。

 

「ああ……忌々しい、忌々しい! 私の眷属の分際であの方に召喚されるなど……この私を差し置いて!? 出来ることなら私の手で殺してやりたい! しかし、あの者は今やあの方の配下……!!」

 

 すぐに手を下せるものの、リムルの所有物を勝手に壊しては初対面の時の好感度が下がってしまうため実行できない。

 ギリギリと奥歯を噛みしめ、黒の悪魔は必死に殺意の衝動を押し殺す。しかしその身から溢れる妖気(オーラ)は抑え切れていない。

 それは教会のあらゆる物を破壊しかけ、ラフィエル=スノウホワイトが慌ててそれらに防壁(サンクチュアリ)を張って事無きを得た。

 安堵の息を漏らすラフィエル=スノウホワイトに、黒の悪魔は感情を包み隠した笑顔を向ける。どうやら怒りは押し殺せたようで、何時もの彼がそこにはいた。

 

「ラフィエル。貴方に聞きたいことがあります」

「は? はぁ……」

 

 気の抜けた声で応じるラフィエル=スノウホワイトに、黒の悪魔はなんてことない雑談をするかのような気軽な調子で問いかけた。

 

「殺したい程憎い相手を殺さないように仕置きをするには何が効果的だと思いますか?」

「えっ」

 

 驚いた顔を見せるラフィエル=スノウホワイトに、黒の悪魔は詳細を話し出す。

 曰く、主にしたい人物ができたこと。その人物が悪魔召喚をしたので、意気揚々とその召喚に応じようとしたところ、自分の眷属に先を越されたこと。

 その行いがあまりにも目に余るので、何かしらの報復措置を設けたいこと。

 しかし自分が考えたものでは、うっかり殺してしまって主にしたい者の好感度を下げてしまう可能性があるため、ラフィエル=スノウホワイトの考えを参考にしたいこと。

 

 それらを言い終え、黒の悪魔は期待に満ちた表情でラフィエル=スノウホワイトを見つめる。

 そんな熱視線を受けたラフィエル=スノウホワイトは、瞳を揺らして返答を迷っていた。当然ながら、聖女たる彼女はそんな非道な真似を推奨するような発言など出来るわけもない。

 それくらい黒の悪魔だって分かっている。

 つまりこれは、黒の悪魔の八つ当たりである。不満の捌け口にラフィエル=スノウホワイトという人間を選んだに過ぎない。

 この質問に困り切った彼女を見て愉しみ、気持ちを上昇させようという悪魔の考えに基づいて実行した嫌がらせだ。

 

「ええと……そ、そうですね。えっと……あの……」

 

 だが、それでもラフィエル=スノウホワイトという人物は、どれだけ困難な質問であろうと答えようとする人間なのだ。

 暴力的ではない、何か前向きな解決法はないかと頭をフル回転させて必死で言葉を紡ごうとしている。

 そんな彼女の姿に、黒の悪魔は思っていた反応ではなかったためあまり面白くはなかった。が、それでも話を振った以上は何を言うのか気になったようで、彼女の言葉を最後まで待つ。

 

「えっと……その主という方に、より貴方が近付けば良いと思います」

「ほう?」

「貴方よりも先に召喚された眷属よりも、貴方がより主に近い位置までいけば、その主は眷属よりも貴方を重用しているという事ですから。貴方のことを優れていると主は思ってくれているという認識を眷属の方に与えられるのではないでしょうか。そうすれば――」

「勝手に相手がダメージを受けてくれる、と」

「はい。そうなります」

 

「ふむ……なるほど。では私は失礼します」

「え?」

 

 主にも、自分にも、眷属にも、誰も怪我をさせない方々を必死に考えたのだろう。精神はどうあれ、それなら肉体に傷はつかない。

 無理難題を解決させるために、知恵を振り絞ったのだと見える。それも、見ず知らずの誰かを助けるために。適当に言えばそれで済むのに、わざわざ。

 全く、噂に違わぬお人好しである。

 黒の悪魔は呆れの感情を笑顔に隠しつつ、長居は無用とばかりにさっさと立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第29話 

 

 最近は穏やかな日々が続いている。

 どこぞの魔王がアポ無し訪問してきてオレの胃が荒れる事も無く、もはや嵐の前の静けさ的な奴なのではないかと危機感を募らせてたり。

 そんな愛して止まない平和な日常が壊れるのは、いつも死の気配が濃厚に漂っている時だ。

 そう――

 

「あああああああ! ああああああああ!!」

 

 ――目を血走らせ、言葉になっていない叫び声を撒き散らしながら地団駄を踏む人外が、殺気をオレに叩き付けながら現れた時、とか。

 頭を掻き毟って発狂している三度目ましてな黒の悪魔は、何故か怒り心頭である。

 ……正直に言っていいか?

 怖い。むしろ怖い。

 だって三回目なんだぞ、こいつと会うの。その三回目でこんなに変わり果てた姿を目にするだなんて、思わないだろうが!!

 しかもいつもは真っ黒な笑顔が常だから、余計にこの取り乱しようが怖い!

 何? 何なの?

 もしかしてオレ何かした? してないよね?

 毎度毎度、何でオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!(怒)

 いい加減にしろ、世界! めッ!!(錯乱)

 

「ああ……忌々しい、忌々しい! 私の眷属の分際であの方に召喚されるなど……この私を差し置いて!? 出来ることなら私の手で殺してやりたい! しかし、あの者は今やあの方の配下……!!」

 

 え……?(正気)

 お前それ、オレは関係なくない? 何でわざわざウチに来て暴れてんの? 嫌がらせなの?

 お前の眷属なんか知らねぇよ。お前のおうちの事情なんて、オレには関係ないだろ! どっか行け!

 なんて思っていたら、黒の悪魔は急に静かになった。

 あれ? もしかしてオレの迷惑をちゃんと考えてくれた? 遅すぎない?

 やれるなら最初からやれよな!(上から目線)

 

 黒の悪魔から漏れる何かが教会に設置している家具に触れた瞬間にヒビが入ったりし始めた。

 これ、オレの迷惑を考えてくれたんじゃなくて、単純に嫌がらせのやり方変えただけじゃね?(名推理)

 お前ふざっけんじゃねぇぞ悪魔この野郎!!

 死ね!!(直球)

 

 これどうするんだよ……何とかして止めなきゃ。じゃないとオレの教会が潰れる!

 聖書、聖書に何か守るもの……まも、守護、結界的なあの……えっと、あっあっ、壊れて……あっ、防壁(サンクチュアリ)

 よ、よーしセーフ。少なくともアウトではない。よってセーフ判定だ。

 ふぅ……心の中で額の汗を拭うと、黒の悪魔は笑顔のまま話しかけてきた。

 

「ラフィエル。貴方に聞きたいことがあります」

「は?(本音) はぁ……(建前)」

 

 質問するためだけにオレの教会壊そうとしたんか。お前、許さんからな?(静かな怒り)

 いつか目に物見せてやる……絶対に許さない。

 そもそも三度目ましてなのに、何でこんなに迷惑かけられなきゃいけないの? 二度目ましての時だって相当失礼だったからね、あれ。

 オレはあの時のことまだ忘れてねぇからな?

 

「殺したい程憎い相手を殺さないように仕置きをするには何が効果的だと思いますか?」

「えっ」

 

 …………だ、誰にやるつもり?(怯え)

 まさかオレにやるつもりじゃないよね? だってオレ何も悪い事してないし、ねえ?

 三度目ましてなオレに、そんな酷い事なんてしないよね?

 と思ったらオレではなく黒の悪魔の眷属らしい。へー、ふーん、そう(他人事)

 いや、待てよ?

 

「ええと……そ、そうですね。えっと……あの……」

 

 間が保たないので、もごもごとさせつつ、必死に頭を回転させながら黒の悪魔の様子を窺う。

 ニコニコと笑顔を貼り付け、黒の悪魔はオレをじっと見つめている。目が笑ってなくてとても怖いです。外見といてくれる?(震え声)

 あのさ……あのさ、これでこいつがオレが言った事を実行したらさ……その眷属とやらに、オレが恨まれるんじゃねぇの?

 それは駄目だ!(迫真)

 なんとか、なんとか回避する方法を考えないと、オレが死んじゃう!

 やぱいぞ……灰色の脳細胞を活性化させろ!

 

「えっと……その主という方に、より貴方が近付けば良いと思います」

「ほう?」

「貴方よりも先に召喚された眷属よりも、貴方がより主に近い位置までいけば、その主は眷属よりも貴方を重用しているという事ですから。貴方のことを優れていると主は思ってくれているという認識を眷属の方に与えられるのではないでしょうか。そうすれば――」

「勝手に相手がダメージを受けてくれる、と」

「はい。そうなります」

 

 どうよ!(ドヤ顔)

 これなら完璧だろ! これなら黒の悪魔が眷属に実行しても、オレが恨まれる事はない。

 ありがとう灰色の脳細胞!

 

「ふむ……なるほど。では私は失礼します」

「え?」

 

 聞くだけ聞いて、黒の悪魔はさっさと帰って行った。

 お前それはないんじゃないの?(正論)




「聞きしに勝るお人好しですね。まあだからこそあの方に気に入られているのでしょう」
オリ主「もう来ないでね(笑顔)」

二次被害で自分が害される事を危惧したラフィエル君。
自分可愛さの必死な様子が勘違いを引き起こす……! そんなんだから魔国連邦に拉致ら(保護さ)れるんだって。

 現在(過去)のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
    ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
    ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
    ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:嵐の前の静けさだと感付いていたのに何の対策も立てなかった馬鹿。


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拠点:魔国連邦(テンペスト)
帰還と温泉/未知の世界だった


ゲームのイベントのラストスパートかけてたのと、大学の課題を締め切りに間に合わせるので先週は更新できませんでした。
反省はしてない。


 第30.5話 帰還と温泉

 

 九星魔王(エニアグラム)という呼称が正式採用された後のこと。会議終了と同時に魔王レオンは帰ってしまったが、それ以外の魔王は宴を始めた。

 ラフィエル=スノウホワイトは魔王ロイ・ヴァレンタインと話し込んでいるようなので、リムルはその間に料理の数々を楽しみつつ味を盗む事に専念する。

 そんな宴の雰囲気を感じとったのか、リムルが出したベッドで堂々と惰眠を貪っていたヴェルドラがダグリュールと絡み出した。旧知の仲のようで、話が弾んでいる。

 そうこうしてそれぞれが宴を楽しんだ後、リムルはヴェルドラとラフィエル=スノウホワイトを連れて魔国連邦へと帰ってきた。

 リムル達が町に入った瞬間、住民達や巡回の兵が道の端にさがって跪く。そして一本の道が出来上がったその先には、ディアブロとリグルドが。

 

「お帰りなさいませ、リムル様! そしてようこそラフィエル、リムル様の治める魔国連邦(テンペスト)へ」

「この度は九星魔王(エニアグラム)襲名の儀、真におめでたき事に御座います! 何よりも、よくぞご無事でお戻り下さいました!!」

 

 リムルには恭しく頭を下げ、ラフィエル=スノウホワイトには少しフランクに告げたディアブロ。その後にはリグルドが感極まった様子でリムルに祝いの言葉を浴びせている。

 道のど真ん中でそんな事を行われ、ラフィエル=スノウホワイトは戸惑ったような顔を見せる。それに気付いたリムルがその場をさらっと流し、何でこうなったかは後で詳しく聞こうと決めた。

 

 一行がぞろぞろとリグルドに続いて町の中へ進んでいく。町の様子を見渡し、ラフィエル=スノウホワイトが興味深そうに覗いていた店は心のメモにそっと記しつつ、リムルは彼女と同じく町を、住民の顔を見て歩いて行く。

 彼等はすぐにでも宴会へとしゃれ込みたそうではあったが、魔王クレイマンの領地へ攻めていったベニマル達が戻ってきていないので、今日はささやかに喜ぶ事にする。

 そんな住民を見渡し、傍には自分の仲間たちが居ることを確認して、隣にはラフィエル=スノウホワイトが歩いていることを視認する。

 それだけで満足だし、これからも続いてくれれば幸せだ。そう思って、リムルはこっそり微笑んだのだった。

 

「……温泉? お風呂? とは、何でしょう?」

「えっ……」

 

 今日は温泉風呂に入り、ハルナの用意した食事を楽しみ、ラフィエル=スノウホワイトを部屋に案内して明日まで休んで貰い、落ち着いた後に様々な報告を……。

 と考えていたリムルは、ラフィエル=スノウホワイトのそんな言葉に固まった。

 詳しく彼女の話を聞いてみると、どうやら彼女は清めには水浴びらしきものしかしていなかったらしい。暖かい湯に浸かって体を洗うのだと説明した時には本気で驚いた顔をしていた。

 これはちょっと大変そうだな……と思い、誰か一緒にラフィエル=スノウホワイトとお風呂に入って貰おうとしたところで、はたと気付く。

 

(今日は……シュナがいない……!!)

 

 ということは、この場で彼女と風呂に入ることが出来るのはシオンしかいない。

 ラフィエル=スノウホワイトは魔王である。幹部でない者に案内説明させても彼女自身は怒らないだろうが、そんな事をすれば彼女を軽んじていると他の魔王がブチギレて、うっかり国が滅ぶかもしれない。

 しかし、いくら何でもシオンとラフィエル=スノウホワイトを二人きりにするのは不安すぎる。悪意なく失礼をやらかす未来しか見えない。

 

(ど、どうすれば……いやでも今国にいる幹部はシオンくらいだしな。でもあいつには無理だ! トレイニーさんは別に俺の部下ってわけじゃないし……。ここはもう、腹をくくるしかない――!)

 

 ラフィエル=スノウホワイトは女性だ。

 つまり、異性である男を案内説明役にさせるわけにはいかない。それは当然だ。だが、別に女しか駄目という訳ではない。

 そう、つまりは無性であればギリギリセーフなのだ。そして幸いにもこの場には身分的にもバッチリ当てはまる人物がいる。

 魔王リムル=テンペストである。

 

「本当にお湯が出るのですね……温かい」

「…………。見たら殺される見たら殺される……

 

 混乱していたせいで最悪の選択をした、正直後悔している。これ他の魔王にバレたら、俺は絶対殺されると思う。

 お互いバスタオル一枚も付けないまま、風呂場で椅子に座って頭と体を洗う二人。時折使い方が分からない物をラフィエル=スノウホワイトがリムルに問いかける程度の会話しかない。

 リムルは魔力感知を切って目を瞑り、必死にラフィエル=スノウホワイトの裸体を見ないように全力で気を遣っているが、当の本人は暢気なものだった。

 というか自分に無頓着すぎるのだ。彼女が使い方を聞きに来る時に、リムルの背中や肩や腕に柔らかいものが当たったりしていたのだが、必死に気のせいだとリムルは自分に言い聞かせていた。

 こんなことがあったと他の魔王にバレたら確実に彼等は怒り狂うだろう。そんな未来を想像し、リムルは恐怖に高鳴る心臓(比喩)を必死に押さえ込むのだった。

 

「お化け屋敷行った時より心臓バクバクしてそう……」

「? 何か言いましたか?」

「な、何も言ってない。それより風呂は熱くないか? 熱かったら温度をいくらか下げるぞ?」

 

 独り言を誤魔化して、リムルは話題を変える。それは誤魔化しではあったが、客をもてなす側としては当然の気配りだった。

 それにラフィエル=スノウホワイトは風呂に浸かったまま、ちゃぷちゃぷと手でお湯を叩いた後に微笑む。お湯によって上がった体温は、体を赤く染める。

 上気した頬と、鎖骨まで見える白い肌。普段とは違い結い上げられた髪。いくら性的な要素が欠片もない聖女のような人格者だとしても、官能的な空気が漂ってしまう。

 

「ん……ちょうど良いです。水ではなくお湯にしただけで、こんなにも変わるのですね……とても気持ちいいです」

「お、おう。そっか」

 

 そんな姿で気持ちいいですと言われては、いくら今世では無性といえども前世の男の部分が反応してしまうのも無理はない。

 これは墓まで持って行こうと、リムルはこっそり決意した。そして彼女からそっと視線をそらした。

 が、すぐに加減が分からずにのぼせてしまったラフィエル=スノウホワイトを介抱するために彼女を直視してしまった事は、口が裂けても言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第30話 未知の世界だった

 

 魔王達の宴(ワルプルギス)が終わり、別室の宴会場に向かう。正直、オレはこのご飯を食べるためだけに魔王達の宴(ワルプルギス)に来ていると言っても過言ではない。

 だってさあ、他の魔王、怖いし面倒臭いんだよ。分かる? ねえ分かる? 新しい魔王のリムルも話はちょっとは通じそうだけど、普通にクレイマンを殺してて草も生えんわ。

 いい加減に慈愛の心を持つ魔王とか、そろそろ出てきてもいいと思うんだけど? 暴君とかもうそういうの流行んないから。今時じゃないからね、俺様が流行らなくなったのと同じだからね。

 あ、これ好きじゃないわ。嫌いな味付けばっかなんですけど。今回はハズレか……ぺっ。もういらん。

 暇を持て余し、今ならリムルのとこに拉致されずに教会に帰れるのでは? と歓喜して帰ろうとしたらバレンタインの従者に話し掛けられた。失せろ! てめぇなんかお呼びじゃねぇんだよ!(怒)

 

 ん? なに?

 バレンタインがこれからちょいちょいオレのとこに来るって? ふーん……何で?(素朴な疑問)

 あっ! もしかして、オレをリムルのところから連れだそうとしてくれてんの? ありがとうお前のそう言うところが好き! 信じてた!

 え? 違う? はー、つっかえ!(掌返し)

 じゃあ何なの? 何で来るの? いいよ来なくて、オレ別にお前らの事あんまり好きじゃないしさ。帰って、どうぞ。

 

 バレンタインの従者が帰ったら、リムルがそろそろ帰ると言ってオレの手を握ってきた。逃走なんて出来ると思うなよという無言の圧力を感じる。

 さっきまでギィと酒飲んでイチャイチャしてたのに、ビックリするほどの切り替えの早さだ。名残惜しめよ、何であっさりしてんの?

 その隙に逃げるから、べたべたしとけよォ!

 普通にさらっと挨拶して別れたし、何ならその間もオレの手を握っていたからかギィから殺気を感じた。視線はリムルに向いてたけど、漏らすかと思った。

 お前らの恋愛に口を挟む気なんて毛頭ないけど、巻き込むのは本当に止めてください(切実)

 

 リムルの国に行くと、住民達が一斉に跪いて道を作り出した。畏怖か畏敬か、それでオレの精神力は変わる。頼むから畏敬であってくれ。畏怖だったら死ぬ未来しか見えん。

 

「ようこそラフィエル、リムル様の治める魔国連邦(テンペスト)へ」

 

 何でお前ここにいるの?(絶望)

 だってお前、仕えたい方がいるって………リムル(こいつ)かよォ!! いい加減にしろ! 一体どれだけオレを絶望させれば気がすむんだ? 死んでくれ。

 帰っていい? もう無理。もうお腹いっぱいだ。これ以上は死んでしまう。

 駄目? あ、そう……(諦め)

 

 今帰るのは諦めたが、今後帰る事を諦めるとは言ってない。移動途中、脱走に使えそうな物がある店を脳裏に焼き付け、この町の地理を覚える事にした。

 時折見たことのない食べ物が売られていたりするけど、色がグロテスクなのでいらないです。匂いは美味しそうなのに。

 

「……温泉? お風呂? とは、何でしょう?」

「えっ……」

 

 緑の人に案内された先で、さっと荷物(魔王からの品)を部屋に置いておくと取られた。部屋って何? まあ盗られてもいらん物ばっかりだからいいけど。

 その後、温泉風呂とやらに案内された。意味分からん。

 リムルが言うには、何と水ではなくお湯が張ってある泉みたいなもんだという。何それ、やばくない?(期待)

 冬にガクブルせずに温かいお湯に浸かれるって事だろ? 最高じゃん。それに入っていいの? なんだよ、良い奴かよ。

 シャンプーとかボディーソープとか、よく分からない物もあったけど自然の良い匂いがしたから全然良かった。

 この後めちゃくちゃ楽しんだ。良いお湯だった。

 でものぼせた時は死ぬかと思った。




転スラ、アニメ九ヶ月連続放送決定おめでとうございます! ありがとうございます!!(歓喜)

「俺は男って言ってたはずだよな……?」
オリ主「風呂ってすごい(小並感)」

正直、このサービス回はいらなかったなって。
でも一応書いたし、消すのは勿体なかったから投稿しますね。後書きで何ですけど、エロは求めてないって人には謝っときますね、すみません。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:恋愛にわかの癖に何故かギィとリムルを執拗に絡ませたがる人。恐らく無意識に厄介な奴を丸ごと一塊にしようとしている。


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変わり行く運命/驚愕の真実()

 第31.5話 変わり行く運命

 

 温泉からあがり、のぼせたラフィエル=スノウホワイトは食事どころではなかったため、部屋に運んで休ませる。

 食事は暫く休憩してからにしようと、リムルとラフィエル=スノウホワイト二人分の食事は後ほど部屋に運ばれる事になった。

 時間が空いたため、ちょうど良いとリムルは胃袋の中からフルートを取り出した。銀色に輝くそれを見て、ラフィエル=スノウホワイトはリムルとフルートへ交互に視線を移す。

 

「これは……」

「シズさんから預かってたんだ。返したくても教会に行けないから返せなかったんだって」

「シズ……? シズエ?」

 

 気怠げだった瞳が、真剣そうにフルートを見つめる。その視線が傷のある頭管部ばかり見ている気がするが、それは後で謝ろう。

 その前に、リムルはシズエとの出会いから終焉までをラフィエル=スノウホワイトに語った。

 

「この姿と共に、シズさんの心残りまで全て俺が引き継いだんだ」

「そう、ですか……シズエが……」

 

 目を伏せ、落ち込んだようにラフィエル=スノウホワイトは肩を落とした。伏せられた瞳に光る物がある事には気付いていたが、リムルはあえて気付かないふりをしていた。

 しばらく無言のまま俯いていたラフィエル=スノウホワイトだったが、ゆっくりと顔を上げた時には既に立ち直ったように微笑んでいた。

 

「フルートを返して頂きありがとう御座います。これでシズエが心置きなく安らかに眠れると良いのですが……」

「……ああ。その気持ちだけで、シズさんは嬉しいんじゃないかな」

「そうですね……ええ、そうでしょうね」

 

 シズエとの思い出を脳裏に描き、感傷に浸る二人だったが、それも少しの間だけのこと。前を向いて生きていかねばならないのだ。それが彼女のためでもあるのだから。

 ラフィエル=スノウホワイトの体調が戻ってきた頃を見計らって、二人分の食事が部屋に運ばれてきた。

 流石に箸では食べにくかろうと、今日はナイフとフォークで食べられるタイプのものだ。初日から箸で食べろとは流石に申し訳なくて言えない。

 この世界ではスタンダードな食事を楽しみつつ、ふとラフィエル=スノウホワイトは問いかけた。

 

「そういえば……たった一度会っただけの私を、どうして魔国連邦に連れてこようと思ったのですか?」

「あー……。実は、俺からすれば、会ったのはあの宴で四回目なんだよ」

 

 不思議そうに首を傾げるラフィエル=スノウホワイトに、リムルはエルフの店での占いの事から話し出す。彼女がエルフの店に反応した時は慌てて誤魔化したが。

 

「運命の人……私が、ですか?」

 

 疑いの目を向けてくるラフィエル=スノウホワイト。自己評価があまり高くない彼女は、自分が誰かの運命という事が信じられないらしい。

 それから二度目の邂逅、満月の夜の事を語ろうとしたところでリムルは口を閉ざす。

 

(そういえばミリムが、聞いてる事を知ったら怒ってやってくれなくなったとか言ってたよな?)

 

 これ言ったら駄目なやつだ、とリムルが思い出したが、ここでずっと黙っているのも怪しい。適当に何かを言って誤魔化さないといけない。

 が、彼女相手に嘘を吐くのは後ろめたくてやりたくない。となると……。

 

「に、二回目の事は内緒にしておきたいから。三回目が恥ずかしいけど泣いちゃった時な」

 

(どうだ……いけるか!?)

 

 言いたくないなら言わなければいい。ラフィエル=スノウホワイトなら、無理に聞き出すなんて乱暴な事はしないはずだ。

 ドキドキしながら反応を窺うと、彼女はあっさりと流した。興味がなさそうな素振りだが、気遣ってあえてそんな風に見せているのだろう。

 ほっと胸を撫で下ろし、その四回の出会いで彼女を救いたいと思ったのだとリムルは告げる。

 

「救う……? 私を?」

 

 本気で分からない。虚を突かれたような顔をしたラフィエル=スノウホワイトに、やはり自覚していなかったのだとリムルは確信する。

 無意識のうちに伸ばされた救いを求める手。それを絶対に離してなるものかと、リムルは口を開いた。

 

「ラフィエル=スノウホワイト。お前は他人を救ってばっかりで、自分のことを疎かにし過ぎている。だから自分が救いを望んでいる事に気付いてなかったんだろうけど……」

 

 リムルの言葉に、ラフィエル=スノウホワイトは目を丸くする。その仕草にぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような痛みが走る。

 彼女はきっと、他人を救うという行為が彼女の中では当たり前すぎて、そんな大それた事をしているとは思っていないのだ。そして、自己犠牲を当然のように思い行い、それに何の疑いも持っていない。

 微かに残る常識が、彼女のすり切れた心が、無意識のうちに救いを求めたに過ぎないのだ。

 他人を救うために、自分の命が散ったとしても、それに何も思っていない。彼女は、そんな人間だった。

 

「教会のある異空間は、生命力を削って存在している。それは、ラフィエル=スノウホワイトの寿命を削っているという事だ。なあ……わざわざあんな隠蔽するって事は、分かってたんだろ?」

 

 ラフィエル=スノウホワイト。

 お前が死んで悲しむ誰かがいるって事を。

 

「別に誰のことも思ってないなら、わざわざ隠蔽なんてしないよな。なのに隠蔽するって事は、自分が死ぬ事を隠しておきたかったって事だ。それは何故か? 答えは決まってる」

 

 黙り込むラフィエル=スノウホワイトに、リムルは言葉を重ねていく。彼女が死にたくないと思えるように。誰かのために死ぬくらいなら、誰かのために生きていて欲しいから。

 

「自分が死んだ事で、悲しむ人がいることを知っていたから。その人に悲しんで欲しくなかったから。そうだろ? ラフィエル=スノウホワイト」

 

 ぎゅっと膝の上にある手が握られる。その反応は、きっと隠しておきたかった事実を暴かれてしまったがために。

 震える拳の上に自分の手を乗せて、包み込む。はっと顔を上げたラフィエル=スノウホワイトと目を合わせて、リムルは告げた。

 

「隠すくらいなら、死なずに生きろ。自分の身なんて削らなくていいからさ」

「……」

「異空間なんて消してしまえ。教会は思い入れがあるならそのままウチに転移させればいい。だから生きろ。俺はあんたとやりたい事がたくさんあるんだからな」

「…………私は、この生き方しか知らないんです」

 

 ぽつりと呟くように言われた言葉に、リムルは言葉に詰まる。それでも何かを言おうとして、その前にラフィエル=スノウホワイトは問いかけた。

 これまでのような自己犠牲ではない救いを与えるために。死ぬなと、生きろと言ってくれる、稀有な人のために。

 

「新しい生き方、教えてくれますか?」

「――勿論!」

 

 他人のために死ぬのではなく、目の前にいる人のような誰かのために生きようと、彼女は言った。

 その事が、自然と笑顔になるほど嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第31話 驚愕の真実()

 

 風呂でのぼせた。水じゃあんな事にはならんのに、お湯に浸かるとああなるのか……。オレは学習した。風呂は五分以上は浸からない。

 つーかさ、リムルも先に言って欲しかったよな。長く浸かるとのぼせるってさ。気遣いが足りてないんだよなあ!

 これだから接客素人は……。まあ? 寛容なラフィエルさんは許してあげますけれども?

 その代わり、オレをうっかり殺しかけたりするのは無しにしてね。ほんと頼むからな?

 部屋で服の襟をパタパタさせて涼んでいると、リムルが何処からかフルートを取り出した。何? なんか吹いてくれんの?

 

「シズさんから預かってたんだ。返したくても教会に行けないから返せなかったんだって」

「シズ……? (誰それ? 知らない人ですけど……もしかして)シズエ?」

 

 頷いたリムルを見て、オレはそのフルートを見る。何故か頭管部が細かい傷でいっぱいだけど、確かにオレのフルートだわ。

 シズエの奴、子供に渡すにしても人選もっとちゃんとしてくれない? お前の子供、魔王になってるんだけど??

 と思ったら、リムルはシズエの子供じゃなかった。そういや異世界人って前も言ってたわ。正直ほとんど聞き流してたし、もう会う事なんかねぇだろと思って忘れてた。

 そん時にさらっと言ってたわ。今回はもっとちゃんとシズエの事を教えてくれてるけど、事情聞くの二回目だった……。

 これからはちゃんと人の話聞いとこ(戒め)

 

 ちょうど良いからリムルが喋ってる間に前言ってた事を思い出すか。えーと……。

 んん? そういや仲間を殺されたとか言ってたな。そんで適当に何か蘇生できるYO! とか眠気に負けてオレ言っちゃったな。ごめん、二回も会うと思わなかったからさ……怒らないで許せ。

 ていうかあの話が本当だとしたら、こいつ国と戦って勝っちゃったの? つっよ……。魔王とか別に名乗らなくても良くない?

 …………そういやクレイマンの奴、リムルの国にちょっかい出してたんだっけ? 人の話は聞き流す物って認識してるから、あんま覚えてねぇな。でもオレのこの記憶が確かなら、悪いのはクレイマンじゃね? つまりリムルは正当防衛……? オレの死亡確率が大幅にダウンするんじゃねえの?

 これは……意外と良い住処なのでは??

 

「この姿と共に、シズさんの心残りまで全て俺が引き継いだんだ」

「そう、ですか……シズエが……」

 

 話半分で良く分からなかったけど、つまりシズエは死んでリムルの作った異空間的なとこがお墓って事でいいな?

 はー……まあ人間は普通死ぬよね。誰だって100年生きれたらすごいよ。長生きしたよシズエは。その点はオレは何時になったら寿命がくるんですか?(真顔)

 いや、別に死にたい訳じゃないんだよ? たださ、だらだら生きて痛い思いして死にたくないんだよ。寿命までいって、穏やかに眠るように安らかに死にたい。当然だよなあ?

 誰だって刺されたり殴られたりして痛みに悶絶しながら死にたくなんかないじゃんよ。

 で、オレは?

 何でオレは年をとれないのかな。老衰が出来ないだろ! いい加減にしろ!(涙目)

 まあ老衰は最終目標だからいいとして……今はシズエを悼もう。クロノアを除いて、オレが唯一一緒にいて安心できる奴だったんだから。

 

「(何故か傷がついてるけど、)フルートを返して頂きありがとう御座います。これでシズエが心置きなく安らかに眠れると良いのですが……」

「……ああ。その気持ちだけで、シズさんは嬉しいんじゃないかな」

「そうですね……ええ、そうでしょうね」

 

 シズエは物欲のない良い子だった。それに穏やかで優しいから、教会の物を壊したりしないし。お礼と謝罪がちゃんと出来るし。

 何であんなに真っ当な子が死んで、魔王とかいう歩く災厄が長生きしてるんですかねえ……。

 

 そんな事を思っていると、部屋に食事が運ばれてきた。この料理、オレ好きじゃないんだよね。肉が固くて食べにくいし。ナイフで切る時にすげえ力いるし、顎が疲れるから。

 生存確率が高まった気がしたけど、これ普通にリムルに嫌われてるんじゃね? 嫌がらせされてるもん、オレ。

 嫌そうな顔をしてやろうかと思ったが、オレの表情が言うことを聞いてくれるはずもないので諦めた。最近はちょっとは言うこと聞いてくれてたんだけどなあ。反抗期はこれだから駄目だ。

 ていうかこれ普通に美味くない? 何時もより柔らかくて普通に食べられるんだけど。

 …………。

 飯時に無言ってちょっと困るわ。ほぼ初対面の人と無言だと気まずくてしょうがない。なんか話題を提供しないと死ぬ。

 

「そういえば……たった一度会っただけの私を、どうして魔国連邦に連れてこようと思ったのですか?」

「あー……。実は、俺からすれば、会ったのはあの宴で四回目なんだよ」

 

 初耳ですけど??(驚き)

 え? エルフの店での占いが初対面? そんなわけあるか! それ初対面じゃねぇから! 出会ってないからね、大丈夫?

 つーかその占い絶対に間違ってるから。

 

「運命の人……(ギィじゃなくて)私が、ですか?」

 

 だってお前の運命の人、ギィじゃん。付き合ってるじゃんお前ら。何処が良いのか分からんけど。アレだね、破れ鍋に綴じ蓋ってやつ。

 あの寒い孤島に引きこもってるギィにどうやって会ったんだろうな、リムルは。まあ魔王になるような奴だし、頭のおかしい事をいくらでも思い付くんだろう。

 ほんと関わり合いになりたくないよね(本音)

 

 二回目に会ったのは何故かはぐらかされたが、四回会う過程でリムルはオレを救いたいと思ったらしい。お前頭わいてるんか? と口に出さなかったオレは褒められていいと思う。

 だってお前、オレは魔王のせいで苦しい思いをしているんだよ? その魔王の中に、お前も入ってるからね?

 自分は常識人ですみたいな態度止めろ。お前も十分、オレの中では迷惑枠ですけど?

 

「ラフィエル=スノウホワイト。お前は他人を救ってばっかりで、自分のことを疎かにし過ぎている。だから自分が救いを望んでいる事に気付いてなかったんだろうけど……」

 

 そ、そうだったのか……!?(驚愕)

 オレは自分を殺して他人のために生きていたのか……そんなわけねぇだろ、目ん玉節穴か?

 オレの何処を見たらそんな事を思えるんだ。オレは何時だって自分を第一に考えて、これまで生きてきたんだけど。

 

「教会のある異空間は、生命力を削って存在している。それは、ラフィエル=スノウホワイトの寿命を削っているという事だ」

 

 ふあ?(呆然)

 ちょっと待ってちょっと待って。何それ、聞いてない。

 異空間を作るのに、オレの生命力を使っていただって……? そんなの聖書に書いてなかった!! え、じゃあオレ死ぬの??

 こんなにあっけなく死ぬの!? いや、死にたくない訳じゃないんだよ? でもこんなあっさりはちょっと嫌っていうか……痛くないなら別にいいけど、もうちょっと猶予が欲しいっていうか、ね?

 

「なあ……わざわざあんな隠蔽するって事は、分かってたんだろ? ラフィエル=スノウホワイト。お前が死んで悲しむ誰かがいるって事を」

 

 え? 知らんけど。

 オレが死んで悲しむ奴は今、永遠の眠りについてるのとバレンタインのとこで眠ってる奴だけだし。

 

「別に誰のことも思ってないなら、わざわざ隠蔽なんてしないよな。なのに隠蔽するって事は、自分が死ぬ事を隠しておきたかったって事だ。それは何故か? 答えは決まってる」

 

 つーか隠蔽なんかしてねぇし。

 …………もしかして、オレじゃない誰かが隠蔽していた? オレに死んで欲しくて、オレが異空間の代償に気付かないように隠蔽してた?

 だ、誰がやったんだ!(恐怖)

 衝撃の真実に気付いてしまったオレはリムルの話を聞くどころじゃなかった。

 オレを殺して得する奴なんて、一体どこにっ…? いたわ。そういや言ってたよね、オレの偽物さんがいるって。

 偽物さんからすれば、本物って殺して存在ごと消してやりたいんじゃねぇの? つまり犯人はそいつだ!

 はやく逃げなきゃ(使命感)

 恐怖で握り込んでいた拳が、いきなりリムルの両手に包み込まれる。ぎょっとして顔を上げたら、リムルが真剣な顔でオレを見ていた。

 

「隠すくらいなら、死なずに生きろ。自分の身なんて削らなくていいからさ」

 

 え? なに? どういう事?

 オレも自分の身を削ろうなんて思ってないけど? 

 

「異空間なんて消してしまえ。教会は思い入れがあるならそのままウチに転移させればいい。だから生きろ。俺はあんたとやりたい事がたくさんあるんだからな」

 

 う、うん。オレも生きたいよ、老衰したいんであって殺されたいとは思わないからさ。

 ていうか至れり尽くせりじゃね? 異空間の事を教えてくれて消せって言ってくれてるし、爺さんの形見の教会ごとココに引っ越していいんだろ? 

 しかも、この流れからして、リムルがオレを守ってくれるのでは……?

 ――決めた。オレ、魔国連邦に住むわ。

 

「…………私は、この(一人での異空間で過ごしてた)生き方しか知らないんです。新しい(この国での)生き方、教えてくれますか?」

 

 




転スラ二期一部 2020年10月~
転スラスピンオフ 転スラ日記 2021年1月~
転スラ二期二部 2021年4月~


全裸待機しておきましょうね!!(やらんけど)

「一緒に生きよう」
オリ主「オレだって死にたくないんだよォ!」

相変わらず人の話を聞かないラフィエル君。
これからはちゃんと話を聞くとか言ってる癖に、舌の根も乾かぬうちにリムルの話を聞き流していくスタイル。そんなんだから勘違いが止まらないんだよ!(怒)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:戒めの効果を無効化する特殊な人間(皮肉)


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贈り物/いらねぇから

 第32.5話 贈り物

 

 ラフィエル=スノウホワイトにフルートを返還し、死なない約束を取り付けた後。リムルは彼女に休むように告げ、ディアブロの報告を聞き終えていた。

 その翌日のことである。

 シュナとソウエイが帰ってきて、ラフィエル=スノウホワイトが滞在していると聞いた瞬間に目の色を変えた。

 二人はすぐさま彼女に会う許可をリムルに求め、若干引き気味に許可を出せば、失礼ではない程度に走り出した。

 落ち着いた二人の変わりようにリムルは呆然とするも、とりあえずラフィエル=スノウホワイトに連絡をいれることにする。

 彼女の部屋へ入ると、ちょうど朝食を終えた所のようで、用件を話せば快く頷いてくれた。

 

「悪いな、朝からうちの奴が」

「いえ。これからお世話になるのですから、私も挨拶をしようと思っていたところですので」

 

 軽く謝れば卒なくフォローをいれてくれる。しかも嫌みなくニコニコと嬉しそうにそう言ってくれるものだから、全然悪い気がしない。

 軽く雑談を交わし、リムルは少し恥ずかしそうに切り出した。

 

「あの、さ……。今更なんだけど、他の魔王みたいにラフィーって呼んでもいいか? フルネームだとちょっと距離があるし」

「? はい、どうぞ。好きに呼んでください」

 

 不思議そうに目を瞬かせたラフィエル=スノウホワイトの返事に、リムルは安堵の息を吐いた。これで断られたら精神に甚大なダメージを負っていたところだ。

 ずっとフルネームで呼んでいたのも、実は結構キツかったのだ。

 これからはもう少し色々踏み込んだ話とかもしていきたいな、と思いつつシュナとソウエイが待機する場所へ向かう。

 そこは、シュナの仕事場――服の製造場だった。

 

「初めまして、ラフィエル様。私はシュナと申します」

「ソウエイと申します」

 

 二人がそこに入るや否や、シュナとソウエイは跪いた。

 慌てた様子でラフィエル=スノウホワイトが彼等に立ち上がるように促し、ようやく二人は顔を上げた。

 シュナの顔には歓喜と興奮があり、ソウエイは真顔だったものの、その瞳には憧憬が色濃く映っていた。

 

「ええと……知っているようですが改めまして。ラフィエル=スノウホワイトです。これからお世話になりますので、よろしくお願いします」

「で、こんなに早く会いたいなんて、一体どんな用事があったんだ?」

 

 同格の魔王であるリムルの配下である自分達にも礼儀正しい態度で接してくれる事に感動していた二人は、リムルの言葉ではっと我に返った。

 シュナが慌てて衣装棚から服を引っ張り出し、ソウエイが奥へ引っ込む。

 

「ミリム様から依頼されていた衣装です。お気に召して頂けたら嬉しいのですけれど……」

 

 シュナの台詞でリムルも思い出した。

 かつてミリムがこの国に来ていた時に、ラフィエル=スノウホワイトの歌を聴きに行った。そこでミリムは、ラフィエル=スノウホワイトに服を贈ると言っていた。

 それも、親友であるリムルの配下が作ったものなら絶対に喜んでくれると。お揃いならなお良し! と。

 つまり、シュナが取り出した服はミリムからの贈り物なのだ。

 

「ミリムから……? どうして?」

「もっと仲良くなりたいそうですよ」

 

 きょとんとした顔で手渡された服を見たラフィエル=スノウホワイトは、シュナの言葉に理解したのか苦笑した。

 わざわざ物を贈らなくても、それくらい普通に言ってくれれば……。そんなラフィエル=スノウホワイトの心情が伝わってくるかのようだ。

 

「それから、こちらは我々からです。魔国連邦に滞在するのですし、服は沢山あっても困らないでしょう」

「あ、ありがとうございます……」

(……シュナ、張り切りすぎだ)

 

 どさりと山になった服を見て、困惑した空気を纏わせたラフィエル=スノウホワイト。その横では、リムルが服の量に頬を引き攣らせていた。

 結局、その大量の服は後日教会を魔国連邦に転移させた後に教会へ運び込まれる事になった。しかし、ミリムとお揃いの服は今日の今から着る事になり、ラフィエル=スノウホワイトは試着室へ。

 試着室へ入る前に奥へ行っていたソウエイが戻ってきてラフィエル=スノウホワイトに何かを手渡していたが、それは何なのだろうか。

 考えていると、シュナがくすくすと笑いながらリムルに教えてくれた。

 

 ソウエイは、元々ラフィエル=スノウホワイトに強い憧れと尊敬の念を抱いているそうだ。一時期はジュラの大森林近くに住んでいた事もあって当初はただの親近感だったらしいのだが、ある噂と一度目にした絵姿によってそれは憧憬と畏敬に変わった。

 それはよくある魔王の暴虐なる噂であったのだが、その裏にはラフィエル=スノウホワイトの優しさがあった。聖女たる彼女の噂を信じる者なら分かってしまうそれに、ソウエイはいたく感動してしまったのだ。

 まあ、その感動のせいで彼は今、ものすごく冷徹な性格になったりしたのだが、それは割愛。

 そのため、長年尊敬していた人が来ると知って何とか顔を覚えて貰おうと奮闘しているとか。

 

「それで髪飾りを作ったんですよ。ちなみにリムル様とお揃いにしているので、後ほどリムル様にお渡しすると言っていました」

「へ? 俺と?」

「はい。服はミリム様とお揃いなら、髪飾りはリムル様とお揃いが良いんじゃないか、と」

「ふ、ふーん。そっか、お揃いか……」

 

 髪飾りというのがちょっと微妙だが、ラフィエル=スノウホワイトとお揃いの物。ちょっと、いやかなり嬉しいかもしれない。

 ニヤけそうになる頬を制御して真顔を作っていると、試着室の扉が開けられた。

 

 そこには、白いブラウスに、くるぶしまである黒のフレアスカートを纏ったラフィエル=スノウホワイトがいた。

 足はシンプルなブーツに覆われ、上品な髪は美しく結われ、細かい糸で縫われた髪飾りが結び目を隠している。

 神に愛されたかのような、その容姿。

 室内であるのにも関わらず、きらきらと光り輝いているような――

 

「……あまり、似合っていないでしょうか。ミリムのような快活な容姿をしていませんし」

 

 見惚れていた沈黙を誤解したのか、ラフィエル=スノウホワイトが気落ちしたように、そんな事を言うので慌てて褒めちぎる。

 素直に思った事しか言っていないのだが、どうやら最初の沈黙のせいで無理に褒めていると思われたらしい。落ち込むシュナとソウエイは適当に慰めておいて、今日の所は挨拶回りは終えることにした。

 

(数日後には残りの皆も戻ってくるだろうし、明日あたりに教会を転移して貰おう。そのための土地はこれから見つけるとして……そうだな、俺や幹部達の住居と近くて利便性も高いところ、かな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 第32話 いらねぇから

 

 久し振りに朝に目が覚めた。多分慣れないベッドで寝たせいだ。出来るだけ早く教会をこっちに持ってきたい。ふかふか過ぎて寝にくいんだよなあ、これ。沈むから息出来なくなるじゃんよ。

 教会というプライベート空間じゃないため、欠伸をかみ殺して髪を整えることにした。

 …………他人の国にいるって、めちゃくちゃ気を遣うからクソ怠いんだけど。いや別に文句を言ってる訳じゃないんだけどさ、オレには合わない。

 誰か元凶を倒してくれたらオレは別にここに居なくてもいいんだよな。なんかもう既に帰りたくなってきたわ。

 身支度を調えて数十分、部屋に緑の人が朝食を持ってきてくれた。あっでもリムルに祝いの言葉を浴びせてた人じゃねぇな、こいつ女だし。

 ていうか何で肌緑なの? スライムだって肌色してんのに、何で緑なの?

 訳が分からないよ……。

 まあご飯は美味しかったから何も言う事はないです。

 

「起きてるか?」

 

 ご飯を食べ終えると、ノックの音が聞こえて返事をする前に入ってこられた。は? ノックの意味ある?

 お前ね、これでオレが寝てるときだったらどうすんの? うっかり何かオレがやらかしちゃうかもしれないだろうが!

 だが許そう(上から目線)

 今は守って貰う身だからね、寛大になろうじゃないか。用件を言ってみたまえ。

 ……え? 挨拶?

 そっか、そういやそんなんあったね。普通はしないといけないよね。いや、決して忘れていたわけでは!(焦り)

 

「悪いな、朝からうちの奴が」

「いえ。これからお世話になるのですから、私も挨拶をしようと思っていたところですので(早口)」

 

 そうだよ、忘れてなんかないから。

 オレは先輩魔王だからさ、リムルが言ってくるのを待ってあげていたんだよ! オレは優しいなあ!

 だからオレは悪くない。実力はともかく、一応はオレの方が身分的には上だからね。そこんとこ覚えておいてくれよな。

 

「あの、さ……。今更なんだけど、他の魔王みたいにラフィーって呼んでもいいか? フルネームだとちょっと距離があるし」

「? はい、どうぞ。好きに呼んでください」

 

 別にわざわざ聞かなくて良いけど。

 そもそもあいつらなんてオレが許可する前に勝手に呼び始めよったからな。親しくしたくないのに、愛称で呼ばれたオレの気持ちが分かるか?(諦め)

 本当に魔王ってのは横暴で困る。あいつらの理不尽とか我が儘とか、殆どをオレが引き受けてると思う。他の奴等にやれよ(真顔)

 

 部屋から出てリムルに案内されるままに歩いていると、何かの工房らしき建物に入れられた。何で?

 お前挨拶って言ったじゃん、こんなところで誰と挨拶しろってんだ!

 

「初めまして、ラフィエル様。私はシュナと申します」

「ソウエイと申します」

 

 おう、止めろッ!

 跪かれたりなんかして、もしリムルが怒ったらどうしてくれるんだ。ふざけんな死ね!(直球)

 必死になって立ち上がらせると、二人は対照的な表情を見せてくれた。

 ピンクの方……シュナは大人しそうで、魔物から魔王への尊敬という普通の感じ。魔物がみんなこうだったらいいのに(願望)

 が、青いのであるソウエイは駄目だった。

 なんか、すげえ目つき悪いし。え? これ目つき悪いんじゃなくて睨まれてね?

 しかも顔が無表情だし、お前なんかがリムル様の御側にいるなど認めん的に思われてるんじゃねぇの?

 ま、まあこういう奴の一人や二人はいるよね。許容範囲許容範囲。

 

「ええと……知っているようですが改めまして。ラフィエル=スノウホワイトです。これからお世話になりますので、よろしくお願いします」

 

 感じ悪い奴がいても笑顔で対応するオレは本当に人間が出来てる。褒めてくれていいんだけど?(ドヤ顔)

 何の用でここに呼んだのか、とリムルが聞くと、シュナが慌てて服を引っ張り出した。つーかリムルも知らなかったの? 主なのに??

 

「ミリム様から依頼されていた衣装です。お気に召して頂けたら嬉しいのですけれど……」

 

 え? ミリムが服とか贈ってこようとしてたの? ほぼ全裸みたいな服で年中過ごしていた、あのミリムが?

 随分愉快なジョークじゃねぇか(失礼)

 

「もっと仲良くなりたいそうですよ」

 

 絶対に嫌ですけど??(真顔)

 思わず顔を顰めてしまうが、表情は苦笑程度で収めてしまった。はー、つっかえ!

 ミリムとこれ以上の関係になりたくない。知り合い以上になりたくないんだ!

 これ以上の関係になったら厄介事に巻き込まれる予感しかしない。だからこれ以上はいらない。

 

 ……いや、別に服もこんなにいらないんだけど。関係も以上にはなりたくないが、服もこれ以上はいらねぇから。

 が、押し切られて貰うことになった。こんなに着ないって……。しかもミリムとお揃いの服はここで着ることになったし。

 ゆるゆるの服が好きなんだ。締め上げられるような服は嫌なんだけど、これは大丈夫なのか?

 

「ラフィエル様」

「はい?」

 

 試着室に入ろうとすると、大分前に引っ込んだソウエイが話し掛けてきた。お前何で話し掛けてくるの? 顔が怖いからあんまり近付かないでくんない?

 無遠慮に近付いてきたかと思ったら、何かを渡してきた。よく見てみると、髪飾りだった。

 ……え? これで何をしろと?

 おい! 無言でどっか行くな! 説明しろ! お前ほんと何なんだよォ! 嫌いだ!(絶叫)

 

 まるで分からないが、髪飾りを渡してきたという事は髪を結べって事か? 何でオレがそんな事しなきゃいけないんだ。

 でも怒られたら怖いから言われた(言われてない)通りにやっとこ。

 着替えて髪を結うと、試着室から出る。

 反応は無言だった。

 

「……あまり、(この服がオレに)似合っていないでしょうか。(だってミリムに似合うように作ったんだもんな。オレは)ミリムのような快活な容姿をしていませんし」

 

 ミリムとお揃いって事はミリムみたいな破天荒娘に似合うように作られてるからな。大人なオレには似合わないのも無理はないな。

 と思ってたらリムル達から慌てて褒められた。

 分かりきったお世辞とかいらねぇから。




「髪飾りかぁ……ま、付けてみようかな」
オリ主「押し付けって本当止めてくんないかな」

見事にすれ違う心。
別に髪を結わなくても髪飾りは使えるタイプのものがあるので、リムルは普段使いするかもしれない。ラフィエル君は適当に「大切にしたいから(大嘘)」って言い訳して箱に放り込んで忘れる。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:リムルに気を許しているため、多少心に余裕がある……?


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魔国連邦の洗礼/料理とは??

 第33.5話 魔国連邦の洗礼

 

 シュナとソウエイがラフィエル=スノウホワイトと対面した翌日。

 ラフィエル=スノウホワイトは、リムルとその配下であるシオンと共に教会の転移を行っていた。

 朝の9時頃から、ある程度リムルが絞った候補地を順に巡り、ラフィエル=スノウホワイトが気に入った土地に教会を転移させようという試みである。

 既に三ヵ所に絞られており、そこから一つ一つメリットとデメリットを説明していく。

 

 まずは幹部達が暮らす幹部用住居区画にある土地。

 リムルが公的に暮らす宮殿である執務館(ホワイトハウス)の隣に位置していて、何が起きてもリムル側が対処しやすい。

 が、中央広場や商工業地区など娯楽のある区画へは距離があるため、利便性はそれほどよくない。

 

 次に、中央広場のすぐ近くにある居住地区の土地。

 娯楽性としてはかなり高く、人通りも多いため飽きることは早々ないだろう。

 空間転移系の能力を持つ者であれば、何があってもすぐに飛んでこれるが、それ以外の者は初動がかなり遅れる。そのため安全面では先の土地と比べると少し危険ではある。

 

 最後に、迎賓地区の土地。

 中央広場よりはリムル達の居住区と近く、温泉施設などでのんびりと寛げる。

 しかし、他国の地位ある者が数多く利用する予定のため少し居辛いかもしれない。あるいは聖女たるラフィエル=スノウホワイトに無理矢理接触を図る輩も出る可能性がある。

 

「……と、こんなところかな」

「ふむ。なるほど」

 

 三つの土地を回り、一度あてがわれたラフィエル=スノウホワイトの部屋へと戻ってきた三人。

 それぞれの場所で彼女の反応を窺っていたリムルだったが、全てリアクションがほぼ無かった。いや、正確にはあったのだが、それでも「綺麗ですね」「良い景色です」程度だったのだ。

 確かにラフィエル=スノウホワイトが暮らしていた異空間の景観と比べれば劣っているだろうが、気に入る土地が一つも無いとは……。

 どの土地にするかで頭を悩ませているラフィエル=スノウホワイトを見て、むしろリムルの方が申し訳ない気持ちになっていた。

 

「あー……その、別に三つから選ばなくてもいいんだぞ? 何か希望があったら見繕うし。遠慮するなよ?」

「それは有難いのですが……土地にはあまり拘りがなくて」

 

 そもそも教会が大切なのであって、土地に関しては大した思い入れはないのだという。そのため、どれが一番良い選択なのかが分からないと。

 無欲というか、何というか。

 もっと我が儘とか甘えたりだとかして欲しいと思いたくなるような彼女の言葉に、リムルは根気強く話してラフィエル=スノウホワイトの潜在意識にある要望を取り出していく。

 結果、自然のある穏やかな場所が、ラフィエル=スノウホワイトが一番好む空間である事が分かった。人の多さや、娯楽などは特に必要としていないようだ。

 となると、今まで紹介した土地は全て没である。

 この国で一番穏やかで自然のあるところといえば……?

 

「あっ! リムル様の庵のある辺りが、一番ラフィエル様の要望に近いのでは?」

「それだッ!!」

 

 シオンの閃きにより、リムルが喜色を浮かべる。

 娯楽も人も必要としないのなら、わざわざリムル達の住居から離れた所に住んで貰う必要もない。となると一番良いのは幹部用住居区画かと思われたが、そこはあまり自然がない。

 が、リムルの庵は日本の侘び寂びを意識して作られた家屋である。自然がいっぱいなのだ。

 というわけで、目を白黒させているラフィエル=スノウホワイトに事情を話し、着いてきて貰う。

 

「ここだ。どうだ、気に入ったかな?」

「……自然の良い香りがします。とても魅力的に思いますね」

「おお! そうかそうか!」

 

 今までの特に反応しなかった時とは違い、今回はかなり喜んでくれているようだ。

 さっそく気の変わらないうちに、異空間へ行って教会をリムルの庵の近くに転移させる。勿論、ラフィエル=スノウホワイトが元々の一割に満たない生命力を使わないようにリムルが転移させた。

 それから異空間は二度と使わないように釘を差してから、その異空間を完全に消し去るまで見守る。

 見守っている最中、リムルはシオンを褒めた。

 

「シオン、今回はナイスだったぞ。素晴らしい閃きじゃないか」

「リムル様! ありがとうございます!」

「うむ。何かご褒美でもやろう、欲しい物はあるかね? 包丁とかまな板とか包丁とか?」

「では、料理を! ふふん、私、また腕を上げたんですよ?」

「…………え?」

 

 食えって言ってんの? あの料理を?

 思わぬ攻撃に唖然としているリムルの隣にいるシオンはご満悦だった。

 そんなシオンは、笑顔のまま善意100%でラフィエル=スノウホワイトを誘った。

 

「そうです! ラフィエル様もどうでしょうか? 朝から動いていますし、お昼とかに!」

「お昼? 私はお昼は断食ですので……」

 

 何も知らないラフィエル=スノウホワイトが、無知故に華麗に危機を回避しようとしていた。しかし、そこに待ったをかけるのはリムルだった。

 勿論、リムルだってラフィエル=スノウホワイトを道連れにしようなんて思っていない。ただ、普通に疑問に思ったのだ。

 

「断食? なにそれ」

 

 ダイエットでもしているのかと思ったが、むしろ食えと言いたくなるような華奢な体がこれ以上細くなるのはヤバいだろう。

 流石におかしいと質問すれば、彼女は普通に答えた。

 元々の習慣だと。

 

「毎朝ご飯を食べる前に一時間祈りを捧げて、昼は断食で2時間祈りを捧げて、夜ご飯を食べて冷水で身清めし、寝る前にお祈り(最低一時間)をするんですよ」

 

「それはおかしい」

 

 へ? と気の抜けた声を出すラフィエル=スノウホワイトに、リムルは懇々と説明した。

 百歩譲って後半はいい。ご飯食べて風呂入って祈ると解釈すれば問題ない。だが前半は駄目だ。せめてご飯を食べてから祈るべきだし、昼もちゃんとご飯を食べるべきだ。

 断食なんて以ての外である。そんなに痩せてるのに!

 

「という訳で、昼食はちゃんと食べるように!!」

「は、はあ。まあ、お世話になりますので貴方の言う事はなるべく聞きましょう」

「ではラフィエル様の初昼食は私がご用意しますね!」

「お世話かけます」

「い、いや、シオンの料理は――!!」

 

 その後、ラフィエル=スノウホワイトはシオンの料理を口にした瞬間に倒れた。

 彼女はちょうど風邪を引き始めていたようで(無症状)、その夜は高熱と頭痛、吐き気を訴え、リムル達を盛大に慌てふためかせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第33話 料理とは??

 

 昨日の挨拶で疲れてんのに、今日は中央都市リムルの町中を歩き回るらしい。お前らの体力無尽蔵なの? オレをお前らと一緒にしないでくんない?

 ていうか歩いて疲れたから、土地がどんなだったとか見てねぇから。それに、どこも同じような感じだったし、正直どうでもいいんだわ。

 教会さえあれば何とでもなるしさ、もう本当どこでもいいんだ。

 メリットとデメリットを教えて貰ってる手前、そんな事は言わないけどね。一応オレにだって良識くらいあるんだよ。

 あ、でも、安全な所がいい。だから二番目は却下だな。

 となると最初と最後だが、どっちもどっちだと思う。あんまりリムルのところの配下と近付きたくないし。特にソウエイとか、ああいう手合いはもういらん。

 が、人間も人間でなんか面倒な事してくるしな。具体的には勇者を差し向けてきたりするしな!(皮肉)

 だから嫌いなんだよお前らのこと。

 ……なんか、考えるの面倒になってきたな。

 

「あー……その、別に三つから選ばなくてもいいんだぞ? 何か希望があったら見繕うし。遠慮するなよ?」

「それは有難いのですが……(この国の)土地には(どうでもよすぎて)あまり拘りがなくて」

 

 元凶の偽物がいなくなったら出て行きたいくらいだ。ソウエイみたいなのいるし。

 いや、リムルがシズエの恩人だから、リムルが悪い奴ではない(多分)ってのは分かってるんだけどさ。他人の家にいるみたいで気遣わなきゃだから、クッソ怠いんだよなあ!(本音)

 自分勝手に生きていたい。他人とかね、いらなくない??

 はー……一人って、すごく良いよね(諦観)

 

 とか思ってたら、リムルがマシンガン並みに話し掛けてきた。そんなに早く対応できねぇだろ、もっと落ち着けよ!

 何なの? 生理なの?

 わかるよ、オレも生理の時はお腹痛くて布団にくるまってるもん。……ごめん、正直わからんかった。

 もう考えるのがしんどくなってきた。適当に答えていたらリムルの配下のシオンが、はっと思い付いたように声を上げた。

 

「あっ! リムル様の庵のある辺りが、一番ラフィエル様の要望に近いのでは?」

「それだッ!!」

 

 何が??

 立ち上がったリムルがオレの手を引いて外に出て行く。また歩くの? まだ歩くの?

 もうオレの足は筋肉痛で動きたくないって叫んでるのに!? いい加減にしろ!

 また数時間歩くのかと絶望に浸っていると、ほんの数分歩いた先で止まった。

 

「ここだ。どうだ、気に入ったかな?」

 

 ん? ここは……。

 

「……自然の良い香りがします。とても魅力的に思いますね」

「おお、そうかそうか!」

 

 教会に近くにある茶葉の原料や、作ってたお菓子の素材が溢れる森。が傍にある家屋。

 この家屋が教会だったらオレここに住むのもいいな。人も全然いないし、すごく楽そう。

 

「じゃ、教会をここに転移させるか」

 

 ほう。つまり、どういうことだ?(真剣)

 ……なるほど。この家屋の近くにオレの教会を持ってくると。つまりここに住めと。

 悪くないんじゃね? これなら人との接触は必要最低限で済むし。

 偽物とか関係なく、ここに永住するのもいいかもしれんな!

 ――なんて思ったのは、間違いだった。

 

「こ、これは? 何ですか?」

 

 声が震えるのを自覚しながら、ソレを指差して問い掛ける。

 器に乗ったソレは、ぷるぷると震えながらも硬質な見目をしている。そして、妙に表情を変えるのだ。

 その上、時折呻き声を発しており、その口(?)からは頼りない炎を吐き出している。

 そんな謎の生物を、オレはスプーンを持ちながら見つめる羽目になっていた。

 

「これはですね、シチューです!」

 

 嘘ぶっこいてんじゃねぇぞてめぇ!!

 こんなもんがシチューであるはずがないだろうが! ふざけるのも大概にしろ! 舐めてんのか!?

 ……という文句をぐっと飲み込み、オレは意識的に笑顔をキープすることにした。

 だってこいつ、リムルの秘書なんだってさ(涙目)

 そんな重役に文句を言って、守ってくれなくなったらオレ死んじゃうからね。これが教会を転移させる前だったら嫌って言えたのに……。

 ていうか誰か助けろよォ!!(絶叫)

 

ぐるぬぉぉう

 

 ひっ!(恐怖)

 また呻き声をあげよった!

 こ、これを食わないといけないのか? オレが、この化け物料理を!?

 で、でも食べなかったらもっと酷い目に合うかもしれない。だったら、だったら食った方がマシなんじゃないのか?

 

「い…………いただき、ます」

 

 うっ!! 食感が、食感がぁ……っ!!

 味は良いのに、食感が死んでいる。というか、これ、普通に……。

 

「ま、ま、……うっ」

 

 この国の奴等なんて、もう信じない。




「ここなら、俺も何時でも来られるな」
オリ主「あの野郎! オレを見捨てやがったなァ!」

リムルが他の道連れを探している間に、ラフィエル君はシオンの料理の餌食になってしまいました(合掌)
まあそのおかげで本来の生贄であるリムルは助かったと言えるでしょう。聖女的には、まあいいんじゃない?(適当)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:シオンの殺人料理によって移住を考え始めた。


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ルミナス/夢見るお年頃

 第34.5話 ルミナス 

 

「全く、相変わらず体の弱い奴じゃな」

 

 ラフィエル=スノウホワイトがシオンの料理に倒れ、夜中に高熱を出して割と真面目に生死の境を彷徨ってから数時間後。

 容態が落ち着いたラフィエル=スノウホワイトを彼女の所有する教会の寝室へ運んだリムル達が撤退した、その数分後のことだった。

 その部屋には、メイド服を着た銀髪の美しい少女が一瞬の間に存在していた。

 魔王ロイ・ヴァレンタインの配下のように振る舞っていた少女である。

 

「起きよ、ラフィー」

「んん……?」

 

 彼女は『色欲者(ラスト)』の権能――生と死を司る能力を使い、ラフィエル=スノウホワイトを強引に回復させた。

 体が楽になった事を自覚したラフィエル=スノウホワイトが目を擦りながら起き上がる。そして目の前にいる少女を見て、欠伸を噛み殺した。

 

「――こんばんは。何かありましたか? ルミナス」

 

 そう。彼女の名は、ルミナス・バレンタイン。

 魔王ロイ・ヴァレンタインが影武者をしている、彼の主にして、本物の魔王ルミナス・バレンタインである。

 比較的新参である、リムルの知り合いの魔王では知らない真実である。勿論ミリムは知っている。

 ルミナスは、眠たげにこっくりと船を漕いでいるラフィエル=スノウホワイトに呆れの目を向けた。

 

「本当は攫いに来たというのに……危機感が足りないと何度も言っているでしょう」

「こんなに警戒しているのに……」

「似合わぬ冗談は止めておけ、ラフィー。この国の居心地は良いのじゃな?」

 

 質問の意図が掴めず、不思議そうに首を傾げるラフィエル=スノウホワイトを見て、ルミナスは諦めたように溜息を吐く。

 その態度が何よりも雄弁に語っていたのだ。あのスライムはしっかりと彼女をもてなし、宣言通り彼女を守ろうとしているのだと。

 それが出来ていなかったのなら、リムルを敵に回してでも連れ去ったのに。

 ラフィエル=スノウホワイトを自分の国に連れて帰る口実を失い、ルミナスは舌打ちする。

 

「頭は回るようじゃな、あのスライム……」

「……リムル、ですか?」

 

 苛立たしげに鼻を鳴らし、ルミナスは何でも無いと頭を振る。ぷよぷよとしたふざけたボディのスライムを思い出し、どことなくイラッとしつつ、ルミナスはラフィエル=スノウホワイトに向き直った。

 

「……体調はどうじゃ?」

「とても良いです。さっきまでは……」

「言わずとも分かっている。今が良いなら構わぬよ。とにかくあまり無茶はするでないぞ。良いな?」

「分かっています。環境も変わりましたから、しばらくは安静にしているつもりですよ」

「ならば良し。元より体が弱いのだから、気を付けるに超した事はなかろう」

 

 ルミナスは満足げに頷き、ラフィエル=スノウホワイトの顎を持ち上げた。そのまま口内に指を侵入させ、不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「妾がくれてやった血液はどうした?」

「……?」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの体内から、ルミナスが魔王達の宴(ワルプルギス)に渡した血液が感じられなかったのである。

 首を傾げ、ちらりと部屋の外へ視線をやった彼女の意図に気付き、ルミナスは部屋から出る。

 机の上に置かれた、魔王達の贈呈品が目に入る。

 まとめて無造作に置かれた中に、ルミナスが渡した血液が混ざっている。

 

「……飲めと何度も言ったであろうに、あの馬鹿は」

 

 特殊な加工をした血液は、吸血鬼(ヴァンパイア)でなくとも恩恵を受けられるようになっている。

 特に人間に上手く働きかけるようになっていて、いわゆる害のないドーピング剤である。それは、病弱なラフィエル=スノウホワイトの体をそれなりの強度まで高める効果があるのだ。

 まるで効果がないように見えるが、これでも大分マシになってはいる。

 が、わざわざ彼女のために手を尽くし作り上げたというのに、当の本人は何故か自分から口を付けようとしない。

 臨床実験も済ませ、後遺症も遺らないように計算して作り出したのだ。

 それなのに飲まないとはどういう了見か?

 

「ラフィー」

「はい? ……むぐっ」

 

 試験管に入った血液を、試験管ごとラフィエル=スノウホワイトの口に突っ込んで無理矢理飲ませる。

 喉が上下したのを見届け、ルミナスはようやく試験管を口から抜いて投げ捨てた。

 

「ふん。毎度毎度、妾が手ずから飲ませてやらねば血を摂取出来んのか?」

 

 咳き込むラフィエル=スノウホワイトの背中を摩りつつ、ルミナスは悪態をついた。

 病弱故に、薬ですら副作用があるものは飲めないラフィエル=スノウホワイト。だからこそ、ルミナス自身がわざわざ時間を割いて研究者達と共に開発したというのに。

 不満はあるが、ラフィエル=スノウホワイトが意味も無くそんな事をするとは考えられない。そのため、ルミナスは不満を零しながらも何度も足を運んで手ずから血液を飲ませているのだ。

 

「……これだけのために来たんですか?」

「馬鹿め。妾がそこまで暇なはずがないであろう。あのスライムが下手な対応をしていれば、そなたを連れ去ってやるつもりだったのじゃ」

「えっ?」

 

 予想だにしていなかったのか、ラフィエル=スノウホワイトがぽかんとした顔を見せる。

 

「今の所は様子見じゃな。そろそろ妾は戻る故、そなたはゆっくり休むと良い」

 

 そして、ルミナスはまるで最初からそこに居なかったかのように消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第34話 夢見るお年頃

 

 最悪だ。これからのオレの人生灰色でしかねぇわ。

 シオンの殺人料理を覚悟キメて体内に収めた結果がこれです。いい加減にしろ!(怒)

 ゲロ吐きそうなくらいの頭のおかしい料理で意識を失い、気が付けばシュナに看病されていた。

 ここまでいい。いやよくないけど。でもね、ここからだったんだよ本番は。

 オレが目を覚まして起き上がった直後、半泣きのシオンが入ってきて謝ってきた。お前、さ……謝り方ってもんがあるだろ?(真顔)

 前よりはすごく良くなったって、お前、全然良くなってないからね? 万が一アレで良くなってたら、お前に料理の才能はないッ!!(断言)

 あと頭を下げる時の風圧で意識が飛びそうになったわ、気を付けろ。オレはお前らみたいな戦闘民族じゃねぇんだよ。

 

 しかしそれもまだ序章だった。

 そこから流れで他の奴も入ってくるよね、普通に考えて。リムルなんかはシオンのすぐ後に入ってきて、止められなくてすまんかったってよ。

 お前、今更謝ったって絶対に許さんからな?(クワッ)

 止められなくてすまんじゃねぇだろ、お前絶対逃げただろ! 騙されると思ってんのか!?

 それでも魔物の国の主か!!

 ……だ、だがまだ大丈夫だ。ここでオレが寛容になれば済む話。大丈夫、まだギリギリオレの許容範囲内だ。

 おおらかになれ、大丈夫、オレならやれる。

 教会をここに持ってきちゃったから逃げ場はないが、まだ精神に余裕はあるはずだ。そうだろ?

 今まで理不尽の権化たる魔王共と戦ってきたじゃないか。いける、オレならいけるぞ!(激励)

 

 リムルに続いて入ってきたのは、ソウエイと赤い髪の角がある男。

 リムルの紹介で、その赤い奴はベニマルという名前だと分かった。あとリムルの右腕なんだって。怒らせちゃ駄目な奴な、把握。

 責任持ってオレの容態が安定するまで面倒見るとか言い出したシオンを、シュナが一刀両断。ナイスだ!

 しかしシオンはそれを認めず居座ろうとしたため、ベニマルとソウエイが外へ連れ出した。

 だけどリムルお前、何やってんの? ここはお前が止めるべきだろうが! 何でしれっとオレの看病に加わろうとしてんの? 馬鹿なの?

 

 なんて思ってたら、外から轟音が聞こえてきた。

 ギョッとして思わず外の扉を開ける。シュナとリムルが制止してきたが、うっかり見てしまった。

 でっかい剣を持って暴れ回るシオンと、それに対応するベニマルとソウエイ。

 …………うん。もう、ほんと勘弁して(涙目)

 が、オレの願いも虚しくそこに新たな爆弾が投下されてしまった。

 

「クアーハッハッハ! 我、参上!」

「ヴェルドラ!? お前、まさか……!」

 

 リムルが慌てて止めに入ろうとするが、時既に遅し。

 何時の間にか現れた、あのミリムと互角に殴り合っていたゴリラが、先の三人の戦いに乱入しやがったのである。これはもう泣いてもいいんじゃないか?

 ていうかそうだよ。あのゴリラがいたんだったよこの国には。いくらなんでも喧嘩してる仲間に割り込んで更に乱闘にするとか頭沸いてるとしか考えられない。

 異空間の中よりも、ここで暮らしてる方が危険なのでは?

 特にあのゴリラ、気絶しちゃって誰かが貸してくれたベッドに寝てたオレを無視してベッドで大の字になって寝るような奴だぞ?

 あかん、これはもう駄目だわ。

 ここはオレみたいな弱っちい奴がいちゃ駄目な世界だ。無理、帰ろう。

 さっきから頭ガンガンするし、ふらふらするし、これはもう本格的にやばい。全身がこいつらは危険だって警報を鳴らしているとしか思えない。

 うん、逃げよう。そうしよう。

 教会の事はもう諦めようか。あの爺さんは教会を大事にしてたから怒られるかもしれないけど、背に腹はかえられない。新たな拠点を探そう。

 そして今度こそは魔王とかそういうのと関わりの無い人生を送るんだ!(決意)

 周りの奴等が乱闘に気を取られている隙に逃げだそうと一歩踏み出すと、そのまま座り込んでしまう。

 え、っと……あれ? これもしかして……

 

「うっ……ぷ」

 

 風邪拗らせたな(確信)

 

 

 

 

 と、まあこんな感じで意識を失ったら教会の寝室の天井が目の前に広がっていた。静かすぎる教会は、さっきの喧騒とは真逆だ。

 もしやアレは夢だったのでは?? いつも通り異空間の中の教会で目を覚ましたんだ。あれらは全部夢だったんだ!(歓喜)

 だってそうだよな、異空間がオレの生命力を削ってるとかあり得ないし。だって聖書に書いてないんだぜ? 全く騙されちまったよ……。

 目元の涙を拭いながら起き上がると、目の前にバレンタインがいた。何で?(困惑)

 よく分からないが、とりあえず怒らせないように挨拶をする。ていうかクソ眠いな。

 何でいるか分からんけど、さっさと用件話して帰ってくれないかな……。

 

「本当は攫いに来たというのに……危機感が足りないと何度も言っているでしょう」

 

 あん?

 攫いに来た? 何を言ってるんだこの魔王は?

 しかも危機感が足りないだと!? どの口が言いやがる魔王この野郎!

 

「(オレはお前ら歩く理不尽に)こんなに警戒しているのに……(オレの警戒は何の意味もないと!?)」

「似合わぬ冗談は止めておけ、ラフィー」

 

 は? 冗談なんかじゃないんですけど??(怒)

 お前ほんと、オレだって怒るときは怒るからな? ずっとニコニコしてると思ったら大間違いだ!

 

「この国の居心地は良いのじゃな?」

 

 ……何を言ってるんだお前は。訳分からん事言うの、止めてくれない?

 ここはね、オレの教会なんですよ? 何を言ってるんだ。国の中なんてな、もう変な誤解されるし何年も行ってねぇから!

 

「頭は回るようじゃな、あのスライム……」

 

 スライムゥ?

 それってリムルのこと? あいつ何かした……っていうか、何処からが夢だったんだ?

 国にいる訳がないから、リムルがクレイマンを殺した時に気絶して。多分そこからが夢だな!

 いやーリアルな夢だった。最後の吐き気なんてやばかったが、今はそんなんねぇから確実に夢だと言い切れる。たった一晩でここまで回復するはずがない。

 

「……体調はどうじゃ?」

「とても良いです。さっきまでは(夢のせいですこぶる悪かったけど)」

「言わずとも分かっている。今が良いなら構わぬよ。とにかくあまり無茶はするでないぞ。良いな?」

「(言われなくとも)分かっています」

 

 あの魔王達の宴(ワルプルギス)で殺人現場も見ちゃったし、元々ゆっくりするつもりだったし。物騒だから嫌なんだよなあ。

 しかも、それで結局リムルが勝ってたし多分魔王の勢力もまた変わっちゃったよな。環境が激変してしまう。だから魔王の世代交代って本当に止めて欲しい。

 

「環境も変わりましたから、しばらくは安静にしているつもりですよ」

「ならば良し。元より体が弱いのだから、気を付けるに超した事はなかろう」

 

 分かってる分かってるって。

 魔王は全員漏れなく迷惑かけてくるけど、バレンタインって無駄に心配してくるんだよな。心配するくらいならオレに迷惑かけるの止めてくんない?(真顔)

 うん……そうやって、口の中に指突っ込んでくるのも迷惑の部類だからな? 分かってる??

 

「妾がくれてやった血液はどうした?」

 

 え? 知んない。

 だってどうやって教会に帰ってきたか覚えてねぇし。その辺にないの?

 視線を部屋にやって探していると、バレンタインはすたすたと部屋の外に出て行った。もしかして探してる? えっ、オレも探さなきゃ駄目?

 しょうがない、か。

 バレンタインが探してるのにオレが探してなかったら怒られるかもしれないもんな。面倒臭いけどやるしかないか。

 仕方なく腰を上げ、部屋を探してうっかり発見。

 窓の外にある、見覚えのある家屋(リムルの庵)。そして景色。

 ――夢じゃなかった(絶望)

 

「ラフィー」

 

 なんだよ、今はちょっと落ち込んでるから放っておいて……むぐっ!?

 こ、これお前またかっ! このキモいの飲まされるオレの身になってみろ!

 ………、いや。シオンの料理に比べればなんてことなかった。むしろ美味しいかもしれない。

 でも無理に飲ませるのは止めろ。普通にしんどい。背中を摩るくらいならやるんじゃねぇ!

 

「ふん。毎度毎度、妾が手ずから飲ませてやらねば血を摂取出来んのか?」

 

 飲みたくねぇから飲んでないんですよ(迫真)

 確かにシオンの料理と比べれば美味いよ。でもそれは底辺以下と比べているからであって、普通に考えたら不味いからな。

 ていうかお前、

 

「……これだけのために来たんですか?」

「馬鹿め。妾がそこまで暇なはずがないであろう。あのスライムが下手な対応をしていれば、そなたを連れ去ってやるつもりだったのじゃ」

「えっ?」

 

 そ、それってオレをこの地獄から救ってくれるということかっ!?

 ありがとう、オレ、バレンタインなら助けてくれるって信じて……!

 

「今の所は様子見じゃな。そろそろ妾は戻る故、そなたはゆっくり休むと良い」

 

 は??(重低音)

 ばかっ、様子見なんてしなくていいから!

 今……今この瞬間に連れ去ってくれよおおおお!!




「誘拐ではなく勧誘に切り替えるとしよう」
オリ主「何でも良いから連れてって!(懇願)」

リムル達の日常を垣間見て、これは絶対に自分とは合わないと確信したラフィエル君。逃亡を企てるも風邪により失敗。
これからちょくちょく脱走する。ただし普通に見つかる。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:シズエの身内フィルターが破壊され、現実逃避した後に、ルミナスに上げて落とされた人。


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秘め事/逃げたい

ルーチン一日遅れ。


 第35.5話 秘め事

 

「リムル様。ラフィエル様の教会に何者かが侵入致しました。殺しますか?」

「待て待て。魔王の誰かかもしれん。その場合は色々と厄介だから、ラフィーに危害を加えようとしない限りは静観で。とりあえず明日本人に聞くぞ」

「はっ!」

 

 深夜。

 真なる魔王ルミナス・バレンタインの侵入があっさりリムル達にバレていた。無論、彼女も特に隠そうとはしていなかったのではあるが。

 そして夜が明け日が昇り、教会を訪ねたリムルが事の真相を聞いた。

 

「昨日誰が来てたの?」

「はい?」

 

 お茶の用意をしながら、ラフィエル=スノウホワイトはきょとんとした顔を見せた。

 言葉が足りなかったかと、リムルが詳細に語れば、ようやく合点がいったのか語り出す。

 

「貴方も魔王達の宴(ワルプルギス)で会った事がありますよ。女性で、銀髪の……」

「ああ! ヴァレンタインの!」

「ええ。バレンタインです」

 

 どことなくイントネーションが違う気がするが、まあ気のせいだろう。

 昨夜ラフィエル=スノウホワイトに会いに来ていたのは魔王ヴァレンタインの従者。あの金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の、美しい少女。

 ということは、つまり……

 

(俺に断り無くラフィーをスカウトしに来たって事か。いくら俺が新参とはいえ、宴で決まった事なのに……いや、だからこそ宴以外で接触してるのか)

「……で、何の用だったんだ?」

 

 分かりきった事ではあるが、違う可能性もあるので一応聞いてみる。結果は予想通りだった。

 

「しかし、今でこれじゃあ、これから色んな魔王が来るかもしれないな……」

「え? 何故?」

 

 ……ラフィエル=スノウホワイト本人は、自分がどれだけ魔王達にとって価値があるか分かっていないらしい。

 懇切丁寧に説明してみると、彼女はしきりに首を傾げていた。というか、そんなことあるわけないと本気で思っているように見える。

 彼女の聖女たる所以はそういう所なのかもしれないが、そこは改善するべきだとリムルは考える。まあこれから時間は沢山あるのだし、おいおいやっていこう。

 謙遜も過ぎれば毒となる。自己肯定だって、少しは必要なのだ。

 

 しかし、これから魔王がちょくちょく魔国連邦に来るなら色々と考えねばなるまい。

 ミリムみたいに弾丸のように町中に来られては大いに困る。顔面パンチしたくなるくらいにムカついてしまうかもしれない。

 それに魔王とラフィエル=スノウホワイトの仲は良好のようだし、あまり戦ったりはしない方がいいだろう。好感度が下がる。

 となると、教会にこっそり出向く程度なら見て見ぬふりをした方が都合がいいのかもしれない。

 

「まあそれは良いとして。知り合いだって聞いたからさ、これからウチで暮らしていくならちゃんと顔合わせしといた方が良いと思うんだけど。どうかな?」

「構いませんが……誰のことでしょう?」

 

 ぶるりと寒そうに震えたラフィエル=スノウホワイトが紅茶の入ったカップに口付ける。

 それと同時、教会の扉が開く。赤いメッシュの入った黒髪に特徴的な瞳を持つ執事服の男が入ってきた。

 彼を見て、ラフィエル=スノウホワイトは目を見開く。

 

「あ、貴方は……!」

「先日ぶりです、ラフィエル。リムル様にディアブロと名付けられましたので、これからはそう呼んで下さい」

「………………ええ、分かりました」

 

 相当驚いたのか、ラフィエル=スノウホワイトは返事にかなり窮した様子だった。

 くふくふと笑い、ディアブロは彼女に歩み寄る。リムルには深く一礼していたが、ラフィエル=スノウホワイトには親しげに声をかけていた。

 

「まさか同じ国に住む事になるとは思いませんでしたが、くれぐれもリムル様にご迷惑はかけないように」

「分かっています」

「いやいや、全然かけてくれていいからな? ディアブロも威圧しない!」

 

 威圧感のある笑顔のまま話し掛けるディアブロに、神妙な顔で頷くラフィエル=スノウホワイト。肝心なときに頼って貰えないと困るのはリムルなので、慌てて割って入る。

 ではそのように、と威圧を引っ込めるディアブロを見てリムルは遠い目をする。

 なんか扱いづらい仲間が増えたな、と。頭は回るし頼りにもなるのだが、時々面倒臭いのである。

 

「ところでリムル様。例の件なのですが……」

「ん、ああ。じゃあラフィー、俺達はこれで。何かあったら連絡してくれ」

「はい。ではお気を付けて」

 

 柔和な笑みで軽く手を振りながら送り出してくれたラフィエル=スノウホワイトに少し後ろめたい気持ちが出てくる。

 彼女が今リムル達がしている事を知ったら怒るだろう。

 何せやっている事は国を一つ潰すようなものなのだから。いくら元々の国の上層部が腐りきっているとはいえ……。

 しかし止めるつもりは毛頭無い。奴等は――ファルムス王国は、敵だ。

 かの国の全てを塗り替えなければならない。怒りはまだ収まっていないのだから。新たな国になるまでは、この怒りは鎮火しない。

 生き返ったとはいえ仲間を殺された怒りは、そう簡単に消えはしないのだ。

 

 だからこそ、この計画をラフィエル=スノウホワイトに聞かせるつもりなんてない。関わらせるつもりもない。

 きっと、知れば怒るだろう。止めるかもしれない。……いや、彼女はああ見えて人の怒りに寛容だ。誰かのためならば血を汚す行為すら赦してしまう。

 リムルに魔王になる方法を教えたのは、他でもない彼女なのだ。それが数多の命を奪う行為であると知りながら。

 

(でも万が一にでも嫌われたら嫌だから黙っておこう)

 

 要は、これに尽きるのだった。

 恐らくだが、他の魔王も残虐行為をラフィエル=スノウホワイトには伝えていない。あのミリムですら、ラフィエル=スノウホワイトの前では極力大人しくしていたのだから。

 それが暗黙の了解なのだろう。他の魔王がした凄惨な事を黙っている代わりに、自らが行った事も黙っていろ、という。

 

「例の件ですが、西方聖教会がファルムス王国に接触を図ったようです」

 

 教会から十分に距離が離れた場所で、ディアブロが切り出した。

 あの軍勢には、レイヒムという大司教が同行していたらしい。まあリムルに殺されたのだが……大司教が同行し連絡が取れなくなったため、西方聖教会が戦争状況を詳しく知りたがったようだ。

 

「エドマリスが臣下に手紙を持たせて送るのはどうか、と打診してきておりますが……如何致しますか?」

「うーん……西方聖教会ってヴェルドラを監視してるみたいだし、世間に公表した方を書かせると簡単にバレそうなんだよなあ」

「では、本当のことを?」

 

 それもまた……難しい。

 ルミナス教は魔物を認めない、という教義があるのだ。本当のことを言えば普通に神敵認定されそうである。

 面倒事は御免なので、出来れば敵対はしたくない。一応同郷であるヒナタもいる、という理由もある。まあ本人には問答無用で殺されかけたのだが。

 

「よし、とりあえずメッセージを送るか。クレイマンから押収した映像記録用の魔法道具(マジックアイテム)があったよな? それだけ持たせて、教会側の反応を見よう」

「承知しました」

 

 

 

 

 

 

 第35話 逃げたい

 

「昨日誰が来てたの?」

「はい?」

 

 来て早々何なの? 脈絡なく話すの止めてくれない? そういうとこだよ魔王お前ら。

 バレンタインがオレを見捨てて(見捨ててない)帰って行って数時間後。

 やけになって、朝なら人いないし逃げれるだろと高をくくって逃亡準備してたらリムルがやって来た。監視でも付いてんのかと思ったくらいだ。

 そう思ってたら、ガチで付いていたらしい。何かあった時のための警備とか言ってたけど、本当なんだな? 信じても大丈夫か?(疑心暗鬼)

 ていうかバレンタインが来たのバレてるって事は、しばらく大人しくしてた方が良さそうだな……。油断したところで逃げなきゃ失敗する。オレは知ってるんだ。

 で、何だっけ……うん、昨日来てた奴? 誰か来てたのは知ってるのに誰なのかは知らんのかい。

 

「貴方も魔王達の宴(ワルプルギス)で会った事がありますよ。女性で、銀髪の……」

「ああ! ヴァレンタインの(従者の人)!」

「ええ。バレンタイン(本物)です」

 

 リムルって滑舌悪いの?(失礼)

 イントネーションが違うんだけど、まあ伝わってるからいいか。

 

「……で、何の用だったんだ?」

 

 お、おお?

 これはいけるのでは!? まだ誘拐のお誘いとはバレていない!

 適当に誤魔化したらワンチャン――無理だ。気付いてる目してる。気付いてるけどあえて念の為聞いとくみたいな顔してる。

 これはもう正直に言わないと駄目なやつだ(諦め)

 

「しかし、今でこれじゃあ、これから色んな魔王が来るかもしれないな……」

「え? 何故?」

 

 いいよ来なくて(即答)

 あいつらの相手するの面倒なんだよ。わかる? あっちはオレの生殺与奪の権を握っている状態で、オレはあいつらのご機嫌伺いしなきゃいけないんだ。

 あいつらにとっちゃ吹けば飛ぶような脆い命してんだよこっちは。頼むから関わらないでくれ。こっち来んな!(本音)

 でも来るんだよ、何なんだろうね。

 

 ていうかリムル、長々と説明してくれてる事には悪いんだけど全然わからん。オレをあいつらが大事に思ってるってお前……。

 前々から思ってたけど、やっぱお前の目は節穴だわ。ビー玉でもついてんのか?

 あいつらがそんな殊勝な心を持ってるわけねぇだろ! 馬鹿が!

 持ってたら、オレの胃はこんなにダメージを受けてねぇんだよ!!(魂の叫び)

 

「まあそれは良いとして」

 

 全然よくない。

 

「知り合いだって聞いたからさ、これからウチで暮らしていくならちゃんと顔合わせしといた方が良いと思うんだけど。どうかな?」

 

 はあ? 知り合いだって?

 リムルと共通の知り合いなんてシズエくらいしか……あっ、クロノア? でもあいつ確かバレンタインのとこじゃなかった?

 場所も聞いたけどうろ覚えだからなあ……無理、忘れてる。

 誰のことだ……ん?(寒気)

 どうしてだろう。とても寒い。何故か背中に寒気が走る。嫌な予感が止まらない。

 紛らわすために紅茶を飲んでいると、教会の扉が開いた。

 思わず紅茶を噴き出しかけた。

 

「あ、貴方は……!」

 

 そうだったァ!!

 あのゴリラだけじゃなくて、ここにはコイツもいたんだった!!

 ここは地獄か?(涙目)

 

「先日ぶりです、ラフィエル。リムル様にディアブロと名付けられましたので、これからはそう呼んで下さい」

「………………ええ、分かりました」

 

 現実逃避も間に合わず、数々の走馬灯を脳内に駆け巡らせた後、オレは声が震えそうになるのを必死に堪えた。

 もう泣いてもいいんじゃないかな。

 ていうか、そろそろ報われてもいいんじゃねぇの、神様? もう十分罰は受けた。

 そろそろ幸せになってもいいんじゃないかなあ!!

 ……本当に、頼むよ…………。

 

「まさか同じ国に住む事になるとは思いませんでしたが、くれぐれもリムル様にご迷惑はかけないように」

 

 ハイ! わかってます!

 絶対に迷惑かけない、これ常識!!(白目)

 

「いやいや、全然かけてくれていいからな? ディアブロも威圧しない!」

 

 無茶言うんじゃねぇぞこら!!(激怒)

 矛盾した事を言うな! どうしたらいいか分からなくなるだろうが!

 いっそ国から追い出して……むしろ追い出せ。それが皆幸せになる冴えた方法だ。そうだろ?

 

「ところでリムル様。例の件なのですが……」

「ん、ああ。じゃあラフィー、俺達はこれで。何かあったら連絡してくれ」

 

 えっ!? 帰るの!?(歓喜)

 

「はい。ではお気を付けて」

 

 っしゃあ! 疫病神が帰ったぞお前ら!

 歓喜のあまり滅多に言うことを聞かない表情すら満面の笑みを浮かべてくれたし。いや、別にそこはやらなくていいんだけど(焦り)

 帰るのが嬉しいって伝わってないよな? ……大丈夫だな、多分。

 さて――何時でも脱走出来るように荷物纏めとくか。




「万が一にも嫌われたくない」
オリ主「ゴリラ(ヴェルドラ)も黒の悪魔もいる。逃げたい(切実)」

本当の意味で逃げ切れるとでも??(煽り)
例えラフィエル君が魔国連邦から逃げ出したとしても、大魔王(セコム)からは逃げられない!
それがお約束というやつなんです。わかったね?


 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ファルムスの新国家計画からハブられた人。


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迷い人/友達できた

 第36.5話 迷い人

 

 魔王達の宴(ワルプルギス)から、一ヶ月が経った。

 その間に三獣士の二人が魔国に来たり、ミリムからの依頼が来たりと色々とあったが、そこまで特筆すべき事は無く。

 強いて言うなら、ラフィエル=スノウホワイトのいる教会を開放して欲しいという要望が殺到したくらいである。

 俗に言う懺悔室というものをやっていた彼女に、是非とも話を聞いて欲しいという者が大量にいたのだ。しかし、それはリムルの一存では決められない。

 本人の意向を確認し、一日に数人という(リムルが出した)条件の下で予約制で開放する事になった。

 予約者は殺到し、これで金儲けしたら一山築けるのではとリムルは思ったが、ぽろっと口に出した時の彼女の表情を見て二度と口にしない事を決めた。

 ラフィエル=スノウホワイトは、俗なことに染まらない。それを再確認したのだった。

 

 無論、休み無しで懺悔を聞くわけもない。

 それをリムル達が許すわけもなく、週に二日の休日を取り付けていた。

 といっても、本人は教会でフルートを奏でたり、祈りを捧げたりと休んでいるとは言い難い生活をしているのだが。

 染み着いている社畜根性に危機感を抱いたリムルが、たまには外出でもしたらどうかと提案し、頷いたラフィエル=スノウホワイトが散歩をしていた時のことだった。

 慣れない町を一人で歩いていたせいか、帰り道が分からなくなったのだ。他人に聞くという選択肢が頭に浮かばず、彼女はきょろきょろと周りを見渡す。

 そんな彼女の様子に気付いた紳士が、声をかけた。

 

「ラフィエル様。どうかなさいましたか」

 

 ラフィエル=スノウホワイトが振り返ると、そこには豚頭の幹部がいた。

 彼女と、この幹部――ゲルドは初対面である。にも関わらずゲルドが彼女を知っているのはその知名度と、思念伝達によって彼女について聞かされていたからだ。

 魔王ラフィエル=スノウホワイトを、我が魔国連邦にて保護する。

 彼等の主であるリムルによって伝達され、そして彼女がやろうとしていた自己犠牲について教えられた。

 気を付けて見守ってやってくれ、と。

 だからこそ、ゲルドは困った様子で周りを見ていたラフィエル=スノウホワイトに声をかけたのだ。

 

「……貴方は?」

 

 ぱちくりと瞬きをして、不思議そうにゲルドを見つめるのは、ラフィエル=スノウホワイト。

 彼女は本気で彼のことを知らないのだ。完全なる初対面である。

 しかし、そこは流石ラフィエル=スノウホワイトだろうか。普通の人間であれば、豚頭族(オーク)なんて顔を顰める程度はする。

 ラフィエル=スノウホワイトは、その外見を歯牙にもかけず真っ直ぐにゲルドを見たのだ。

 

「オレはリムル様の配下の一人、ゲルドという者です」

「ああ。リムルの。それで――どうか、とは?」

「困っているように見えたもので、何かあったのではと……」

 

 ゲルドの言葉に、ラフィエル=スノウホワイトは目を丸くした。

 自分の様子に気が付いていなかったのか、とゲルドは思案したが、それは違ったらしい。

 困ったように笑いながら、ラフィエル=スノウホワイトはゲルドの手を取った。

 

「貴方のように疲れ切った人にまで心配させてしまってはいけませんね。上手く取り繕えるようにならないと」

「――いえ、オレは疲れてなど……」

「嘘はいけませんよ。神が見ていらっしゃるのだから」

 

 随分と気苦労されているようですね、と。

 ラフィエル=スノウホワイトはまるで見てきたかのようにゲルドの心労を言い当てた。

 言葉に詰まるゲルドだったが、柔和な笑みを浮かべたラフィエル=スノウホワイトに知らずに強張っていた顔から力が抜けていく。

 それを見て、ラフィエル=スノウホワイトはどこか座れる所に行きましょうか、とゲルドを誘った。

 

「座れる所なら、あちらに」

「ではそこへ」

 

 すっと移動して、ラフィエル=スノウホワイトとゲルドが店先で座る。

 軽いお茶を頼んで、彼女はゲルドと目を合わせた。

 

「どうぞ話してください。これでも口は堅いんです」

 

 優しい声音が、するりと耳に入っていく。まるで魔性の声だとゲルドは思う。

 しかし、それは抗えるものではなく。そして抗おうと思うものでもない。

 気が付けば、ゲルドは新参者に対する愚痴を語っていた。

 口下手で職人気質が多いゲルドとその部下達は、新参者に上手く説明出来ないのだ。彼等も理解出来ない。

 新参者にしても命令に従う事に不満を持っているようで素直に従わない者も多いのだと。

 

「それは大変でしたね。初めてのことですから、上手く出来なくても当然なのでは?」

 

 お互いに、と口に出さずに言われ、ゲルドも少し考える。あの新参者達も、何か……。

 うっかり思考の海に沈んでしまったゲルドを怒るでもなく、ラフィエル=スノウホワイトは静かに待ち続ける。

 はっとゲルドが我に返った時には、かなりの時間が経っていた。

 

「申し訳ありません。長い時間……」

「いいえ、気にしないでください。ですが、そうですね。気にするというなら――」

 

 茶目っ気たっぷりに微笑んで、ラフィエル=スノウホワイトは手を差しだした。

 

「――教会まで案内して貰っても? 実は迷子だったのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 第36話 友達できた

 

 この国に閉じ込められて(主観)から一ヶ月が経過した。今の所、脱走成功の見込みは限りなくゼロに近い。だがオレは諦めない。

 そう、エデンは必ずあるのだから――!!

 

 ――っていう現実逃避をしてた。

 もうね、そうでもしてないと精神がぶっ壊れるんじゃないかって。そう思うんだよね!(発狂寸前)

 この一ヶ月、色んな事があった。

 ゴリラもとい暴風竜ヴェルドラとかいう歩く天災が気軽に隣の家屋で漫画読んでたりして、正直気が休まらない。止めろお前ほんと止めてください!!

 他にも、カリオンとこの三獣士とやらがやって来たり。何故か警戒MAXでまともに話が出来ない状態で、いっそ帰れと思った。何でわざわざ教会に来たの? 来なくていいけど??

 

 そして何より一番の問題がこれだ。

 教会の開放とか何それ。いい加減にしろ!!(激怒)

 あのさあ、オレの教会は、オレの安住の地なんですよ。いや、魔王とか普通に侵入してくるんだけどね? それは無しにしたら全然安心できる唯一の場所なんだ。

 それを開放だなんて、許されんからな? 分かってるよな?

 許されないんだからぁ!(号泣)

 週に二回しかオレの時間がないとか、リムル、お前は鬼か!? このっ、ばっかやろーっ!

 

 交渉に破れ、泣き寝入りを決め込んだオレはしばらくの間、枕を洗濯したため使えなくなった。それもこれもリムルのせいだ! 許さん!(逆恨み)

 おかげで眠りは浅くなる一方だ! 睡眠妨害なんて小癪な手を使いおってからに……っ! オレは枕が代わると上手く寝れないと知っての行いか!?

 もうこんな国にはいられない。実家に帰らせて貰う!!

 ……そんな実家があればいいのに(願望)

 

 リムルがそろそろ外にも出ろと言ってきたので、仕方なしに散歩に出かけることにした。もうそろそろ外も暑いし、正直家でごろごろしたい。

 うちの教会って四季の季節に上手に対応してくれるんだよね、もう十メートルくらい歩いたし帰って良いかな?(出不精)

 あー……辛い。もう歩けないよ……頑張って町の中心くらいまで行ったけど。もういいだろ帰って。帰ろう。そうしよう。

 で、教会はどっちだ??

 ……ふむ。どうやら迷子になったらしい。

 死ね!(直球)

 だから外になんて出たくなかったんだ! くそっ、リムルめ!(八つ当たり)

 

「ラフィエル様。どうかなさいましたか」

 

 渋い声に振り返ると、そこには厳つい顔の魔物が!(驚愕)

 気絶したかった。だがここで気絶なんてしたら絶対に食われる。殺されちゃう……。

 い、いや、ここは町中だ! 大丈夫、こんな所で襲って来たりしない。だから、人目のない所に行かないようにすれば万事解決だ。

 

「……貴方は?」

「オレはリムル様の配下の一人、ゲルドという者です」

 

 んっだよリムルのとこの奴かよ!

 じゃあもういいです。帰って、どうぞ。

 

「ああ。リムルの。それで――どうか、とは?」

 

 まああんな事言える訳ないので、オレは愛想笑いを絶やさない事を意識して話を続ける。

 早く帰ってくれ(本音)

 

「困っているように見えたもので、何かあったのではと……」

 

 はーん?(困惑)

 お前もしかして良い奴か?

 何だよ、そういう事は早く言って貰わないと困るんだよ。全く……良い奴ならちょっとくらい話してもいいか。

 ていうか、今気付いたけどよく見たら隈濃くない? 寝てないの? 疲れてるの?

 …………あっ!!(閃き)

 そうか……お前、良い奴だもんな。この国の非常識な奴等に振り回されてるのか。そしてその後始末に奔走していると。

 お前、本当に不憫な奴だなあ(同情)

 分かる、分かるよ。オレも魔王とかいう頭のおかしい奴等の被害を、盛大に被ってるんだ。辛いよね、しんどいよな。

 それなのに、オレの心配まで……!

 

「貴方のように(非常識な奴に振り回されて)疲れ切った人にまで心配させてしまってはいけませんね。(お互い)上手く取り繕えるようにならないと(理不尽共にちょっかい出される)」

「――いえ、オレは疲れてなど……」

「嘘はいけませんよ。(オレが怒らせちゃった)神が見ていらっしゃるのだから」

 

 お互い苦労人同士、仲良くやろうじゃないか!

 さっとゲルドの手を取って、堅い握手を交わす。よーし、これでオレ達は友達だ!

 今回はゲルドの方が溜まってそうだし、オレが愚痴を聞こう。オレも溜まったら愚痴らせてな?

 というわけで、

 

「どこか座れる所に行きましょうか」

「座れる所なら、あちらに」

「ではそこへ」

 

 ゲルドが指した店先で、店員にお茶を頼む。

 お酒は聖歌隊的に飲めないので、お茶で勘弁してくれ。お茶だって美味しいし、良いよね。

 

「どうぞ話してください。これでも(脅されない限りは)口は堅いんです」

 

 オレがそう言うと、ゲルドがぽつぽつと話し出した。

 そうか……部下とかそういうの、縁がなさ過ぎてまるで分からないけど、とにかく大変なんだな。全然分からんけど。

 うんでもあれだ、頑張って!(無責任)

 

「それは大変でしたね。初めてのことですから、上手く出来なくても当然なのでは?(適当)」

 

 働くとかした事ないから、知らんけど。

 オレだって、元の世界じゃいきなり聖歌やれとか言われて「は? 出来るわけねぇだろボケ」と思ったし、最初は全然出来なかったけど、まあなるようになったし?

 ゲルドのとこの奴等も、そのうちなんとかなるんじゃねぇの? ……という思いを込めて言ってみる。

 

 するとゲルドは何かを考え出したので、オレも長時間歩いて足がボロボロだったからちょうど良いと休憩。

 お茶を飲んでのんびりしていると、我に返ったゲルドが慌てて謝罪してきた。真面目か。

 ……ん、いや待てよ。うん、そこまで気にするなら仕方ないな!

 

「――教会まで案内して貰っても? 実は迷子だったのです」

 




オリ主「開放? 毎日(休み)でいいですよ」
「はあ!? 駄目に決まってるだろ! 休みは週に二回入れる。これ以上は妥協しない」

恐らくこんな会話があったと思われる。
リムルはラフィエル君が毎日開放すると言ったと認識しており、これは要改善と心のメモにチェックを入れた。これから休みと娯楽について徹底的に教えられるかもしれない。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:クロノア、シズエと続いて三人目の友人(一方通行)を確保した。


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忘れられた記憶/逃亡しよう、そうしよう

 第37.5話 忘れられた記憶

 

 西方聖教会へ、エドマリスが選んだ臣下がリムルの伝言を吹き込んだ魔法道具を携えて向かった。それから、その臣下の行方は一切不明である。

 という内容の報告がリムルの耳へ入った。

 ディアブロが神妙な顔をして報告してきたのだ。それも、最悪の情報と共に。

 

「ファルムス王国周辺国家に『悪魔の謀略によって真実を伝えに言った臣下が殺された』『聖女ラフィエル=スノウホワイトが魔物の国に監禁されている』という伝聞が出回っております。魔法通信によって拡散され、それに呼応するように各国の神殿騎士団(テンプルナイツ)が動き出しました」

 

 ディアブロは苦々しい表情で語る。

 それもそのはず、もし前者の噂だけならやりようはある。悪魔の証明のようなものではあるが、ディアブロ程の頭脳があれば何とかなるのだ。

 しかし、問題は後者である。

 ディアブロはファルムス王国攻略にあたり、周辺の情報を集めてきた。そして、ラフィエル=スノウホワイトの異常な知名度と人気を、ようやく認識したのだ。

 

 彼女は、人間でありながら魔王である。

 魔王レオン・クロムウェルと違い、人魔族(デモンノイド)に堕ちた訳でもなく、純粋な人間族(ヒューマン)として魔王に認められているのだ。

 そこが、西方聖教会に敵として見られていない理由でもある。彼女は魔物ではなく人だから、敵対されない。

 そして数多の国を滅ぼした人類の敵でありながら、人類から畏敬と崇拝の念を向けられている。

 リムルとの違いは、そこなのだ。

 ラフィエル=スノウホワイトは、人類から好意的に受け入れられている。そこには、彼女の献身があった事が大きい。

 だからこそ、この噂は人類を大きく動かす。

 

 ――魔王リムルは、人類の敵だ。

 

 そういう認識を、人類に与えてしまうのだ。

 例え事実がそうでなかったとしても、既に賽は投げられた。今からラフィエル=スノウホワイトに否定の言葉を言うよう頼んでも、魔王リムルに脅されて言っていると思われるのがオチである。

 人間と友好関係を結びたいリムル達に大打撃を与えることの出来る、効果的な手段だった。

 ラフィエル=スノウホワイトを魔王達から強引にもぎ取ったが故の、ダメージである。

 

「……仕方ない。緊急会議だ、幹部達を集めろ」

 

 感情を無くしたような無表情で、リムルはソーカに命令した。

 外に妖気(オーラ)が漏れないよう感情を抑制し、無表情になっていたリムルだが、その内面では激しい怒りが渦巻いていた。

 その理由は、二つ。

 仲間を殺してくれたファルムス王国が、随分と舐めた真似をしてくれる、と。西方聖教会の思惑だろうが、一枚や二枚噛んでいないはずがない。

 そしてもう一つは、聖女ラフィエル=スノウホワイトを利用した事だ。

 あの心優しい少女を、勝手な都合で振り回すだなんて許される事じゃない。自己犠牲が過ぎる性格が直っていないのに。

 

「あまり舐めた真似してくれるなよ、ヒナタ」

 

 自分だけならまだしも、ラフィエル=スノウホワイトにまで手を出そうというなら――容赦しない。

 その瞳に確かな殺意を宿して、リムルは幹部達を集めるように言った部屋へと向かう。今後の事に対策を立てるため、大切な少女を守るため。

 それが、ラフィエル=スノウホワイトの心のしこりとなっている事に、気が付かないまま。

 あの時、彼女が確かに言った言葉を、リムルが忘れてしまった言葉を、彼は思い出す事はなかった。

 

 

 

 

『貴方は心まで魔物になったと言いましたね。けれど、私は思うのです。貴方が人間だった時の心まで捨てる必要など、ない』

 

『甘さが命取りになる事もあります。冷酷な判断が必要な事もあるでしょう。その事は否定しません、肯定します。けれど私は』

 

 

 

 

『……私は、貴方のように優しい人を好ましく思います』

 

 

 

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、リムルが魔王になる前の、その何でもない優しさにこそ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第37話 逃亡しよう、そうしよう

 

 最近、リムルの配下は上の階級になればなる程ピリピリしている。

 何で??(素朴な疑問)

 最初はそう思っていた。だって、そんなリムルの国の事情とか関係なさすぎて興味なかったし。むしろピリピリしてるおかげで人があんまり来なくなって万々歳でしかなかった。

 久し振りに自由を謳歌してしまったぜ……そう、束の間の自由を、な……。

 夢の怠惰生活を送っていた時点で気が付くべきだった。これは嵐の前兆だって。

 でもさあ、しょうがないじゃん? もう最近はストレス溜まりまくって、こっそり教会の便所でゲロ吐いてたんだ。

 分かるか? この苦しみが……。胃の中が大荒れしている人間の気持ちが、お前らに分かるかっ!?

 出来ればオレだって味わいたくなかった。永遠に無縁でいたかった。泣いた。

 

 さて、ワンクッション置くのはこれくらいにして。

 そろそろ現実と向き合おうじゃないか(震え)

 リムルの配下がピリピリしだしたと言ったな? あれは本当だ。そしてオレがごろごろしてたのも本当だ。正直あの時のオレを殴ってやりたい。

 実は――リムル達がピリピリしてたの、オレが原因だった。

 いやっ! 正確に言えばオレは全っ然悪くないんだけれども? むしろ被害者と言っても過言ではない!!(断言)

 なんかね、オレが魔国連邦から監禁されてるって噂が流れてるらしい。

 あながち間違いじゃねぇなって、最初は思ってた。むしろ早く誰か助けてくんないかな、って。

 でもさ……それで、戦争が起こるっておかしくない? おかしいよね? オレじゃなくて、この世界の奴等おかしいよね??

 頭の中どうなってんだって思ったよ……(疲弊)

 これで戦争になって誰か死んだらオレのせいみたいじゃん? 絶対嫌なんですけど?

 お前のせいだって責められるかもしれない。オレのせいじゃないのに! 死ね!!(先手)

 まあつまり何が言いたいかというと、だ。

 止めてくれ、戦争を。

 

「それは出来ない。いくらラフィーの言うことであろうと、無理なものは無理だ」

 

 そして今朝言われたのがこの台詞だった。

 わざわざリムルのところに直談判に行ったのに、速攻で拒否られた。しばらく食い下がったけど、リムルは頑としてオレの要求に応える事はなかった。

 他の奴等の前で恥掻かされたわ! もうリムルなんか知らん、くたばれ! 全部お前のせいにされてしまえ!

 なんかすげえ困った顔されたけど、困った顔したいのはオレの方だよ!!

 いい加減にしろッ!!(激怒)

 

 堪忍袋の緒が切れた事なんて一度や二度ではないが、正直今回程勢いよく盛大にブチ切れた事なんて無いんじゃないか?

 そうだ。オレはな、ちょっとキレてるんだ。

 クールタイムもなく何度もオレの意思をガン無視されちゃあ、このオレだってキレるってもんだ。

 無茶苦茶言うのもいい加減にしろよ? 言っとくけどな、オレはキレたら怖いんだからな?

 よーし、あったまきた。オレはもう捕まえられるとか怖いとか、そういうの全部捨てる。

 必要ないものは削ぎ落とせぇッ!! じゃなきゃこの先生き残れねぇんだからな!

 荷物は持ったか?

 不必要な物は置いていけ、自分の持ち物だけを詰め込んだなら準備は万端だ。

 邪魔な髪はしっかり纏めたか? 髪飾りなんて使うんじゃねぇぞ、置いていけ。よーし、良い子だ。久し振りにオレの言うこと聞いてくれてるじゃねぇか、オレの体。

 これなら問題なくいけそうだな。

 教会を捨てて、この国の外へ――魔王とか勇者とか戦争とか、そんなのとは無縁の場所まで走り出せッ!!

 大丈夫、一応オレだって何百年も生きてんだ。途中で力尽きても回復するって信じてる!

 ラフィエル=スノウホワイト、行きます!

 

「――ラフィエル=スノウホワイト。我等が神の神託により、貴殿を神聖法皇国ルベリオスへ招待する」

 

 出鼻を挫かれた。




「ファルムスの件も、西方聖教会の件も――止めるつもりは、毛頭ない」
オリ主「いい加減にしろ!(怒)」

自分のせいで戦争始まりかけてて胃痛がやばいラフィエル君。
周囲がずっとピリピリしてるし、その原因が自分(現実逃避気味)って分かって、ほんともう勘弁してくれ(涙目)
ストレスピーク、もう逃げるしかない。血反吐とまではいかず、しかしゲロはした。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:胃痛が止まらない可哀想な人。


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お誘い/待望の引っ越し

 第38.5話 お誘い

 

 目の前にいる美しい少女を見て、七曜の老師が一人、日曜師グランは思い返す。何のためにここへ来たのかを。

 日曜師グランの正体は、西側諸国を裏から牛耳るロッゾ一族の首領――グランベル・ロッゾである。彼は、西方聖教会が信仰する神ルミナスを隠れ蓑にして利用し、いずれ世界を手に入れようとしているのだ。

 そのための障害が、西側最強と名高い異世界人ヒナタ・サカグチなのだ。彼女を排除するために、東の商人と手を組み魔王リムルを利用してあの女を排除する。それが彼の当面の目的だった。

 しかし、やはり新参とはいえ魔王である。中々思い通りにいかなかった時、ある情報を手に入れた。

 あの聖女と呼ばれる魔王ラフィエル=スノウホワイトが魔国連邦に滞在しているというではないか。その上調べたところ、神ルミナスがこっそり会いに行っていた。

 これは使える。

 自分の立場を最大限に活かして、魔国連邦を陥れる噂を流し、反魔物の国の運動を高める。そして、疑いの目を魔国連邦に向けられて対応に追われている隙に聖女を掠め取る。

 魔国連邦は、更に混乱するだろう。その時点でラフィエル=スノウホワイトが魔国連邦にいなくても構わない。何故なら既に種は芽吹いているからだ。

 故に、真実を知るラフィエル=スノウホワイト本人には目の届く所で監視しておかなければならない。それこそ噂と同じように監禁くらいはしておいて。

 

「神……神聖法皇国?」

「既に知っているであろう、我等が神――魔王ルミナス・バレンタインこそが、西方聖教会が崇める神ルミナスの正体であるという事を」

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、驚いたように目を見開いた。何故それを、教会の人間が口に出すのか……そう暗に責めているかのように。

 無言のまま一体何が目的なのかと勘繰るようにじっと目を合わせてくる彼女に、本来の目的を悟られないように、慎重に言葉を重ねる。

 魔王という存在の扱いづらさを、彼は知っているのだ。

 

「貴殿と魔王ルミナスは旧知の仲。そして、魔王リムルの元にいれば、これから厄介事に巻き込まれるは必至。故に、我等が神はラフィエル=スノウホワイトを我が国で保護せよと仰せなのだよ」

「……なるほど。お話はよく分かりました」

 

 既に、自分と魔国連邦を取り巻く環境については把握済みなのだろう。西方聖教会についても、その内情を掌握しているのかもしれない。

 たった一言二言交わした会話で、ラフィエル=スノウホワイトの瞳には理解の色が宿っているのだから。

 それに戦慄するのは、グランベルだ。既に自分の真の目的すらも見透かされている――その可能性に。

 

(いや。そんなわけがない。いくら魔王といえど、そこまで見透かせるはずもあるまい)

 

 そのはずだ。何せ、ラフィエル=スノウホワイトと、このグランベルは完璧に初対面なのだから……。どれだけ神算鬼謀が得意な者であっても、初顔合わせの人間をそこまで見透かせる訳がない。

 そんなことが出来るのは、本当の神や神霊の類いであろう。そう考え、グランベルは沸き起こった不安感を振り払った。

 

「よく分かった、という事は……神聖法皇国に誘われてくれるという事で良いのかね?」

「ええ、そうなります」

 

 グランベルが問い掛けると、ラフィエル=スノウホワイトはこくりと頷いた。そこに嘘はない。抵抗された場合は強引に連れて行く予定だったが、そうならずに済んで良かった。

 懐に隠し持った麻酔銃をそっと服の上から撫でて、グランベルは警戒を解かずに彼女を見やった。

 

「理由は聞かせて貰えるのであろう?」

 

 こうも簡単に事が進み、警戒するなという方が無理な話だ。グランベルはそこまで単純ではない。

 訝しげに理由を問えば、ラフィエル=スノウホワイトは憂いを帯びた顔で目を伏せた。

 

「私がここにいる事で、沢山の影響が出ています。それも……悪い方ばかり。これ以上、私はここに居てはいけないのです」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの言い分だった。

 彼女は、自分がこの魔国連邦に滞在した事によって様々な事が起きていると認識しているらしい。それは全てが的外れという訳ではないが、ほとんどが彼女には関係のない事だ。

 

(ふん。噂に聞く偽善者よな)

 

 少しの呆れと嫌悪感を抱きつつ、グランベルはその理由を理解出来ないままに納得した。噂で流れ聞く聖女ラフィエル=スノウホワイトそのものだったからだ。

 無論、全てを信じた訳ではないが……信じたフリをした方が、グランベルにとっても都合がいい。

 故にそれ以上ほじくり返す事なく、グランベルは話を進めることにした。

 

「だからこそ、貴方に誘われる事は渡りに船だったのです」

「……ならば、気が変わらないうちに」

 

 一瞬の違和感。しかしグランベルは気のせいだろうと放置し、ラフィエル=スノウホワイトの手を取る。

 そして先日のルミナス同様、二人は空間転移によって一瞬でその場から消え失せたのだった。

 ――その数十秒後、ラフィエル=スノウホワイトの気配が消えた事を心配したソウエイの部下が、リムルに報告した事によって事態は深刻化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第38話 待望の引っ越し

 

 ちょっと待てよ、このジジイなんつった??

 オレの聞き間違いじゃなければ――オレをナントカ国に招待すると、そう言ったな? 間違いない、これは嬉しいお誘いだ。

 この国からさっさとオサラバしたいオレを、わざわざ迎えに来てくれるなんて……なんて素晴らしいタイミングなんだ!

 もしかしてこのジジイは天に愛された稀有な豪運の持ち主なのかもしれない。向こう側だって、あっさり乗ってくれるなんてラッキーだろうし。

 これは良い取引だ。

 是非行かせてください!(歓喜)

 

「既に知っているであろう、我等が神――魔王ルミナス・バレンタインこそが、西方聖教会が崇める神ルミナスの正体であるという事を」

 

 ………えっ、知りませんけど??

 そ、そうだったのか。バレンタインってば、魔王と神を兼任してたのか。じゃあオレをこっちの世界に連れてきたのは、まさか!?

 いや、ないか。異世界なんだし、オレが怒らせちった神様とは別神だろ。

 ていうか魔王と神って相反する存在じゃないの? なんで兼任してるんだ。うーん……まいっか。

 ここから出て行けるなんて関係ないし……。

 

 

「貴殿と魔王ルミナスは旧知の仲。そして、魔王リムルの元にいれば、これから厄介事に巻き込まれるは必至。故に、我等が神はラフィエル=スノウホワイトを我が国で保護せよと仰せなのだよ」

「……なるほど。お話はよく分かりました」

 

 バレンタイン、様子見とか言ってたけどちゃんと本当に見ててくれたんだな……。感動した。何で魔王なんかやってんの??

 まあいいけど、本当にバレンタインだけだよ。オレをちゃんと助けてくれる魔王は。流石クロノアが友達してるだけはある。

 ありがとう、愛してる!

 オレはお前のそういうところが好きだったんだ。知らなかったろ?

 全くツンデレなんだから……もっと早くに来てくれても良かったんだけど?

 まあ他の奴等は様子見にさえ来ないけどな。はー、つっかえ! 来なくて良い時には超来る癖に、こういう時は……。

 あいつらホント役に立たねぇな。知り合い甲斐のない奴等だ。そろそろ絶縁しよ。

 

「よく分かった、という事は……神聖法皇国に誘われてくれるという事で良いのかね?」

「ええ、そうなります」

 

 むしろ断るって選択肢がないよね。

 だってほら、元々逃げようとしてたし。でもオレの体力ゴミカスだから、楽に逃げられる方法があるならそっち行くよ。当たり前だよなあ?

 そんなことわざわざ確認しなくていいよ、面倒臭いな。そんな事より早く連れてってくれ。ほら、ハリーハリー!

 あいつらにバレたら終わるだろうが!! オレが! 分かってるんだろォ!?(半ギレ)

 はよ! はよ!

 もうクッソくだんねぇ問答はここから出たらいくらでもしてやるからさぁ! 頼むから早くしてくんない??

 

「理由は聞かせて貰えるのであろう?」

 

 そんなん聞かなくても分かるだろ、頭イかれてんのか?(真顔)

 

「私がここにいる事で、(オレの体調に)沢山の影響が出ています。それも……悪い方ばかり。これ以上(オレの体調を悪化させないためにも)、私はここに居てはいけないのです」

 

 そういう事だ、わかったね?(圧力)

 わかったなら、さっさとここからオレを連れ出してくれ。頼む、このスリリングな状況にオレの精神は秒単位でゴリゴリダメージを与えられてるんだ。

 あーもうおっせぇな、あくしろよジジイ!

 

「だからこそ、貴方に誘われる事は渡りに船だったのです」

「……ならば、気が変わらないうちに」

 

 よしきた!

 ジジイがオレの手を取ると、さっと何かが発動した。

 視界がぐるりと一回転したかと思うと、そこは既にオレの教会じゃなかった。

 むしろ、聖歌隊として暮らしていた時のあの厳かな――

 

「ようこそ、ラフィエル=スノウホワイト。奥の院へ」

 

 ジジイが言うには、ここはバレンタインが運営する地域らしい。で、バレンタインの寵愛を受けた七人の住処、みたいな……。

 ここなら滅多に人も来ないため、不用意に誰かに接触する事もないという。

 は? 最高かよ……。

 天国はここにあったんだ! 何でもっと早く教えてくれなかったの? 許さん。罰としてオレをここに永住させろ、異論は認めない。

 というわけで、オレはあのストレスマッハな国からこのニート生活まっしぐらな環境で過ごす事になったのだった。

 

 ありがとう神様!! これはオレを許してくれたって事でいいんだよな!(有頂天)




「存外上手くいった――だが、油断は出来ぬな」
オリ主「やったぜ! 祝☆魔国連邦脱出!(歓喜)」

ラフィエル君、ついにリムルから逃走!
噂が原因の魔王&上層部のイライラが配下に伝染したのと、各国への対応に忙しく、ラフィエル君の警備が少し緩んだ。
その隙を突き、グランがラフィエル君に接触介入。ラフィエル君の精神状態は完全逃走モードだったため、逃走成功が決まりました。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:何も知らずに敵国へ(さら)われ、永遠に真実に気づけないかもしれない馬鹿。


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ラフィエル君 逃亡日記
未来への灯火/思い立てば大凶


 第39.5話 未来への灯火

 

「――目が覚めましたか」

 

 するりと耳の奥へ入っていく柔らかな声で、ギャルドの意識は覚醒した。慌てて起き上がり、周りを見渡せばそこにいたのは一人の少女。

 美しく艶のある、絹糸のような白い髪。それは絡まることなくさらりと肩から背中へと流れている。

 真っ白な髪と白磁のような肌に埋め込まれているのは、大空と太陽――光に輝く青い瞳と、柔らかそうな唇だった。

 彼女の髪とは数段劣る色合いではあるものの、高級であると察せられる純白の衣装を身に纏い、その肢体を隠している。

 思わず魅入ってしまう程の美貌を持つ彼女に、例に漏れず見惚れてしまったギャルドだったが、はっと我を取り戻す。

 そう、彼は彼女の事を知っていた。

 絵姿と同じ、いやそれ以上の容姿を持つ彼女の名は、ラフィエル=スノウホワイトである。

 魔王――暴虐の聖女(セント・アウトレイジ)ラフィエル=スノウホワイトその人なのだ。

 

「な、魔王が、何故この神聖なる場所に……!!」

 

 思わずいつものように炎槍炎獣牙槍(レッドスピア)に手を伸ばし、そしてそれが無くなっている事に気が付いた。

 愕然とした後、ばっと部屋を見渡せばポッキリと折れた己の相棒。目から大量の涙が溢れそうになったが、ぐっと堪えてラフィエル=スノウホワイトを睨み付ける。

 

「くっ……何のつもりだ!」

「何のつもりと言われても困るのですが……」

 

 彼女に困り切った顔をされ、その様子に彼は少し勢いを弱める。

 そして、そこでふと気付く。

 自分は死んだ――殺されたはずではなかったか、と。

 そこまで思い出せば、あとは芋づる式に出て来る記憶。彼女は敵などではなく、命の恩人だったのだ。

 顔を真っ青にし、ギャルドはがばりと頭を下げる。

 

「すまない! 命の恩人になんて真似を……いくら目を覚ましたばかりで記憶が混乱していたとはいえ、槍を向けようなどと!!」

「…………いいえ、気にしないで下さい。貴方はとても良い人ですね」

 

 どこか安心したように微笑むラフィエル=スノウホワイトを見て、ギャルドは彼女との出会いを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、そっ……!!」

 

 奥の院から、少し離れたその場所で。

 ギャルドは七曜の老師の執拗な攻撃から逃げていた。彼と七曜ではその実力が違いすぎる。逃げに徹する事しか出来なかったのだ。

 しかも相手は火曜師アーズ。ギャルドの上位互換といってもいい相手なのだ。勝ち目など皆無である。

 必死に走り抜け、同僚達の名を叫ぶ。

 しかし、これだけ長い間走り回って叫んでいるにも関わらず誰も様子を見に来る気配がない。

 恐らく七曜の誰かが何かしら手を回しているのだろう。このままでは……死んでしまう。

 

霊子聖砲(ホーリーカノン)!」

 

 目眩ましに神聖魔法を放ち、ギャルドは走り続ける。あと十数分走った先にはヒナタの私室がある。無礼千万とヒナタを崇拝するニコラウスにブチ切れられるかもしれないが、もう逃げる先はそこしかない。

 それに、ヒナタかニコラウスがいれば、この七曜を撃退してくれる可能性は高い。

 何とかそこまで行ければ、ギャルドは高確率で生き延びる事が出来るだろう。

 そのためには、この七曜を目眩ましで遠ざけ、転がり、生き続けなければならない。

 自分が七曜に勝てるなどと思い上がるつもりはない。だが、逃げに徹すれば生き延びる事だって出来るかもしれないのだ。

 

「あと、少し……うっ!?」

 

 息を切らせながら、ギャルドは必死に走り続けていた。しかし七曜はそう簡単に逃走を許すほど甘くはない。

 ギャルドの足下へ仕掛けを施し、予想外のタイミングでの転倒を引き起こす。それだけで、ギャルドは大きすぎる隙が出来る。

 疲れ切った体でそれに対応など出来まい。

 床を這うギャルドに、七曜と呼ばれるだけある高火力の攻撃が叩き込まれる。

 いくら十大聖人の一人とはいえ、何百年も生きている七曜には敵わない。

 しかし、それだけで諦める程ギャルドは落ちぶれていない。味方であるはずの七曜の老師たる火曜師アーズに狙われたのだ。

 何とか一矢報い、誰かにこの事を伝えなければいけない。

 ならば……この一人では制御すら不可能な技を暴走させてやる。

 不自然なそれは、せめて一人でも気付いてくれるだろうと、そう思って。

 

極炎獄霊覇(インフェルノフレイム)――ッ!!」

 

 火のギャルド。

 そう呼ばれる所以を今、見せよう。

 炎の精霊王(エレメンタルロード)の力を一部借り受けて行使する、精霊魔法の究極。核撃魔法:熱収束砲(ニュークリアカノン)をも凌ぐ熱量を持つ。

 魔素を構成する霊子をそのまま利用した、純然たる破壊エネルギー。

 それが、ギャルドの奥の手だった。

 

(これなら……きっと、レナードが気付いてくれるはずだ)

 

 ほっと、安堵の息を漏らして、ギャルドは目の前の光景を眺めた。

 いとも簡単にその奥の手を、自慢の炎槍と共に打ち消した、火曜師の姿を。

 制御不能の奥の手である極炎獄霊覇(インフェルノフレイム)を放ち、今までの火曜師の攻撃も合わさって満身創痍であるギャルド。

 そんな彼に向かって、火曜師は攻撃の手を止める事はなかった。

 ボロボロの彼を近くの茂みへと投げ込み、火曜師は去って行く。あと数分で息絶える彼の死体を処分するのは後回しにされたようだ。

 ギャルドへ認識阻害やその他諸々の工作を仕掛けた後で、火曜師は去って行ったのだから。

 何かがあるのだろうと、薄れつつある意識の中でギャルドはそう確信した。

 このまま息絶えるのだ……そう思っていた彼の顔を、白い少女が見下ろしていた。

 

「こんばんは。星がこんなにも美しく輝く夜には、()は似合いませんね――そうは思いませんか?」

 

 少女が微笑んだように見えたその時、全身を苛む激痛が綺麗に消え去った気がした。

 そして、時間は今に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第39話 思い立てば大凶

 

 奥の院とやらに部屋を用意された。ありがとう、愛してるよジシイ。オレの事は孫だと思って可愛がってくれても構わないけど?(チラ見)

 この部屋は何より人がいない。人が来ない。完全隔離状態にも関わらず飯は3食ちゃんと出て来る。

 最高かな?(笑顔)

 もうほんと、オレここに住むわ。いや住んでるけど。なんて幸せなんだ。

 他人のいない生活の開放感。たまりませんな! 人目を気にせずゴロゴロしてても良いし。

 リムルのとこみたいにこっそり見張ってるようには見えんしな! あそこはね、まるで牢屋みたいだった。四六時中監視されてんだぞ? 死ぬから。

 その点ここは良いよ、好きです(直球)

 

 しばらくの間ベッドでごろごろして食っちゃ寝する生活(至福)してたら、窓を見てそういや外に出てねーなと思い立つ。

 ぐうたらするのも好きだけど、外で自然を感じないと落ち着かない困った体質なのだ。まあ聖歌隊の奴等はみんなそうだけど。

 オレ、何年も前に聖歌隊止めてるはずなんだけどな……元の世界の影響はいまだに残っている。

 さっそく外に出ようと気持ちスキップしながら外へ出て、やっぱ止めときゃ良かったと即座に後悔した。

 ああ、今日は星が綺麗だなあ……(現実逃避)

 

 目の前で見知らぬジジイが赤髪の兄ちゃんを虐めてるけど、空はそんなん知るかとばかりに星を輝かせている。いいよね、お前らは。関係ないもんね。

 オレだって無関係でいたかったよ……。

 あいつら、オレがふんふん機嫌良く散歩してたらいきなり走ってきよってな?

 慌てて置物の陰に避難したら、なんか赤髪の兄ちゃんが何も無いところですっころんだんだ! しかもオレの目の前である。いい加減にして?

 そこからジジイの虐めが始まり、ブチ切れ兄ちゃんがとんでもない事しやがるから目を瞑ってガクブルしてたら、知らん間に雑巾になった兄ちゃんがジジイに引き摺られていた。

 何なの??(真顔)

 そういう事はさあ、オレのいないとこでやれってんだ! 何でわざわざオレの目の前でやるの? 嫌がらせなの? 死ね!(半ギレ)

 

 いい加減にしろよお前ら……この世界の奴等は何かオレに恨みでもあんの? 巻き込むな!!(絶叫)

 ふぅ……とりあえず帰ろう。そうしよう。

 もうほんと嫌だ、こういうなんか面倒臭そうな事態の目撃者になるの。

 行きとは違って重い足取りで帰っていると、途中で妙に霧がかかっているような変な場所があったから気分転換にでもと覗き込んでみる。

 

 赤髪の兄ちゃんが瀕死で横たわっていた。

 

 あんのジジイ、やるならやるでちゃんと始末しろよ!! 何適当しとんねん、ぶっ飛ばすぞ!!

 どうすんだよこいつ、ばっちり目が合っちゃったじゃねぇか! これで助けなかったら、もしこの後誰かが助けたらオレに共犯の罪が被せられるくない? 冤罪いくない!

 だーからちゃんと後始末しろと……中途半端が一番迷惑かかるんだよクソが!!

 奥歯をギリギリしてたら、兄ちゃんが何かを言おうとしたのでテンパって訳分からん事を言った。後悔している。

 

 とりあえずリムルのとこでかっぱらってきた回復薬をかけてみたら全回復した。ので、とりあえず奥の院のオレの部屋に放り込む。

 近くに落ちてた兄ちゃんの槍っぽいの(折れてる)も拾って回収しておいた。趣味悪いね、どうやら君とは合わないようだ。

 はー……疲れた。

 思い立ったが吉日って言葉があるけど、オレはもうその言葉を信じない。考えた奴は豆腐の角に頭ぶつけて死んでくれ。

 疲れたから椅子に座って机に倒れ伏してぼーっとしていると、兄ちゃんが身じろぎする。声をかけてみれば、慌てて跳ね起きた。

 

「な、魔王が、何故この神聖なる場所に……!!」

 

 いや、バレンタインに呼ばれたんやんけ。

 何で知らないんだよ……お前、もしかして下っ端? これだから下っ端は! はー、つっかえ!

 礼儀がなってないんだよ。オレ、お前の、命の恩人。理解できてますか?(煽り)

 

「くっ……何のつもりだ!」

「何のつもりと言われても困るのですが……」

 

 もー……この思い込みの激しい馬鹿をどうにかしてくれ。何故か折れた槍を見て泣きそうになってたけど、こいつほんと何なん?

 困るんだよね、こういう話通じない相手と話すの。慣れてるけどさ。

 と思ったら、兄ちゃんは真っ青になって頭を下げてきた。

 

「すまない! 命の恩人になんて真似を……いくら目を覚ましたばかりで記憶が混乱していたとはいえ、槍を向けようなどと!!」

 

 ………おお?(困惑)

 

「…………いいえ、気にしないで下さい。貴方はとても良い人ですね」

 

 久し振りにまともに話せる奴が来たかもしれない。

 




「人でありながら魔王へ至った者、か」
オリ主「外に出るとロクな事ないよね(死んだ目)」

ラフィエル君が何となくで行動すると、こうやって酷い目に遭う。
ようやく学習したようだ……しかし、その学習と反省が活かされる事は決してない(断言)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ギャルドとの邂逅により、ニート生活は終わりを告げる。


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腹黒狸/言い訳をさせて下さい

 第40.5話 腹黒狸

 

 七曜の老師が一人、日曜師グラン――グランベルはラフィエル=スノウホワイトを睨み付けた。

 彼女に宛がった部屋には、赤髪の男が存在していて、ラフィエル=スノウホワイトの対面に腰掛け談笑している。

 その男は、グランベルの策略によって火曜師に殺されたはずの聖騎士ギャルドだった。あれが生きていては計画に支障が出る。

 早急に消してしまわなければ……既にラフィエル=スノウホワイトに計画が悟られてしまったかもしれない。いや、それはいい。

 そこまでならば、まだ取り返しがつく。

 

 しかし、ギャルドからラフィエル=スノウホワイトに七曜に狙われた事が伝わり、それがあの魔王ルミナス・バレンタインに漏れたら。

 その場合はグランベル、ひいてはシルトロッゾ王国諸共ロッゾ一族は滅ぶ。

 不可侵存在(アンタッチャブル)――魔王()の手によって。

 ラフィエル=スノウホワイトという存在は、諸刃の剣である。彼女が好意的に接している相手に、あの理不尽の権化たる魔王達は手を出さない。

 しかし、彼女に害なした者は悉くが魔王達の手によって報復を受けている。

 ラフィエル=スノウホワイトは魔王達の最大の弱点にして、究極の逆鱗でもあるのだ。

 

「忌々しい小娘が……」

 

 どうやって取り入った、という疑問は湧くものの彼女の行動次第で破滅が目前のグランベルにはその疑問は打ち捨てるしかない。

 何とかして、魔王ルミナスに情報が伝わる前に阻止しなければならない。

 ラフィエル=スノウホワイトが己の膝元にいる事に、まだ魔王ルミナスは気が付いていないのだから。

 彼女をこのルベリオスに連れてきたのは、グランベルの独断――要するにロッゾ一族のために動いたのであって、ルミナスのためではない。

 そのため、彼女の存在は秘匿しなければならない上に、秘匿したままこの問題に対処しなければいけなくなっているのだ。

 

 自らの行動が徒になった事に苦虫を噛み潰したような顔をして、グランベルはその部屋へ赴く。

 何とかしてラフィエル=スノウホワイトを言いくるめ、二度と余計な真似をしないように部屋に縛り付けておかなくては。

 ギャルドは単純な男だ、適当に誤魔化せば何とかなるだろう。

 ――問題は、ラフィエル=スノウホワイトなのだ。

 ノックをして、彼女の返答を確認してから部屋へ踏み入る。

 柔和な笑みを浮かべるラフィエル=スノウホワイトとは対照的に、ギャルドはグランベルの顔を見た瞬間に椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。

 

「落ち着いて下さい、ギャルド」

 

 ギャルドが敵意を向けてくるのは想定の範囲内。そこで宥めるのは自分のはずだった。

 だが、現実はどうか。

 落ち着けと彼を宥めたのは、ラフィエル=スノウホワイトだった。

 

「だがッ……!」

「黙って、深呼吸――落ち着きましたね」

 

 何か言いたげな顔で黙り込むギャルドを椅子に座るよう促し、ラフィエル=スノウホワイトはグランベルにも椅子を勧めた。

 それは、あまりにも普通。普通で、当たり前の礼儀ではあるが……明らかに異常だった。

 この状況下で、日常的な態度を崩さない。

 グランベルにとって、ラフィエル=スノウホワイトは偽善者だった。偽善者で、ただ周りに褒められたい尊敬されたいばかりに、そんな真似をするだけの、少女。

 しかし――

 

(――ただの偽善者ではなかった、と。一体何を考えている?)

 

 少女は、何処にでも居るような偽善者ではなかった。その崩れない穏やかな笑みの裏で、どんな思考がされているのかは分からない。

 ただ、彼女の読めない表情はよく見かける。彼女は、腹黒い狸達とそっくりだったのだ。

 この話し合いは、気が抜けない。

 情報を引き抜かれないように最大限の注意を払い、彼女からは出来るだけ多くの情報を奪う。それと同時に、ギャルドに関しての事を言い含めなければならない。

 何という大仕事。

 

(聖女などと、どこの節穴が宣ったのだ)

 

 この小娘はそんなものとは似ても似つかない。

 まさに食うか食われるか。この席に着いた時点で勝負は始まっている。

 訝しげなギャルドは放置しても構わない。後でいくらでも言い含められる。

 だからこそ、今はラフィエル=スノウホワイトに集中しなくては。

 

「先日ぶりですね、グラン。今日は……彼の事でしょうか」

 

 初っ端からぶっ込んできたラフィエル=スノウホワイトにグランベルは好々爺の笑みで対応する。

 グランベルの目に油断はなく、つけいる隙を探しながらそれに返答する。

 

「その通り。ギャルドには大事な役目(早急に死ぬこと)があるのだよ」

「おや、そうだったのですか。大事な役目があるのなら、もっと大切にしてあげて下さいね」

 

 ギャルドが殺されかけた事など知っているだろうに、この口ぶりである。白々しいにも程がある。

 ラフィエル=スノウホワイトは用意されていた紅茶に口付け、ちらりとグランベルを見やる。

 仕方なしにグランベルは紅茶を一口飲んで、話を続ける。

 

「善処しよう。それで、彼は返して貰えるのかね?」

「勿論、構いませんよ。どうぞ、連れ帰って下さい。ええ、是非に」

 

 ピクリとグランベルは眉を上げる。

 ラフィエル=スノウホワイトからすれば、ギャルドは生きた証人である。絶対に手放したくない相手のはずだ。

 それなのに、ギャルドをグランベルに引き渡す事を手放しで喜ぶ――むしろ連れて行けと言わんばかりの態度。

 

(何を、企んでいる?)

 

 神算鬼謀を簡単にやってのける。そうリムルに評されたのはラフィエル=スノウホワイトである。

 その事をグランベルは知る由もないが、彼は魔王ルミナスという前例を知っていた。

 人間を家畜のように平穏な社会で飼い殺すために、宗教の神として降臨するなどという馬鹿げた事をやってのけた魔王を、知っている。

 だからこそ、グランベルは警戒する。

 魔王ルミナスと同等の、目の前の少女――魔王ラフィエル=スノウホワイトを。

 

「………? どうかしましたか、グラン。用は済んだのでは?」

 

 話は終わった。

 ギャルドを連れて、さっさと出て行け――

 暗にそう伝えてくるラフィエル=スノウホワイトに、グランベルは舌打ちしそうになった。

 不安が、広がる。

 本当にこれでいいのか、と。

 

 当初の予定通りのはずだった。

 ギャルドをラフィエル=スノウホワイトから引き離し、秘密裏に始末する。そしてラフィエル=スノウホワイトは今まで以上に厳しく監視して、勝手な行動を制限する。

 だからこそ、このままギャルドを連れてこの部屋を出て行けばいい。

 しかし、この不安は何だ?

 まるで――誰かの手のひらで踊っているような、得も言われぬ感覚は。

 ラフィエル=スノウホワイトが望むままに、ギャルドを始末してしまって、本当に大丈夫なのだろうか。

 

「…………いや」

 

 結局、グランベルは。

 

「暫くは貴殿に預けておく事にしよう」

 

 その不安を抱えたまま、ギャルドを殺すことは出来なかった。

 そして、ラフィエルスノウホワイトから情報を引き出す事も、ルミナスと接触しないように言う事も。

 ギャルドを言い含める事も、何一つ達成する事は敵わなかった。

 

「――は??」

 

 という、思わずといった様子で漏れた声に、気が付く事も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第40話 言い訳をさせて下さい

 

 仕方なしに助けた兄ちゃんの名前はギャルドっていうらしい。

 聖騎士で、バレンタインの懐刀的な存在らしいヒナタ・サカグチの部下の一人だとか。

 ふーん、ほーん、興味ねぇな。

 頭を下げて感謝してくる奴を積極的に追い出そうとは出来ないから、成り行きで一緒にお茶を飲む。

 出してやったお茶菓子をもっさもっさ頬張って、時々咳き込んで紅茶を一気飲みするギャルド。作法を知らん奴だな、だが美味そうに食うから許そう。

 腹が空いていたのか、大量に口の中へ消えていくお茶菓子。

 見ていて清々しい姿にぼーっと見ていれば、食べ終わったギャルドが話しかけてきた。

 

「本当に、助けてくれて有難う御座います。ラフィエル=スノウホワイト殿」

「(長いから)ファーストネームだけで良いですよ。敬称も(気疲れするから)結構です」

 

 オレがしんどいからね(本音)

 魔王か! 殺す! って奴が一番ウザくて一緒にいたくない。怖いし。

 貴女がラフィエル様ですか!? ってのが二番目に鬱陶しい。尊敬してますビームを放ちながらずっと見てくるから監視されてる気分になるじゃん。ゴロゴロさせろ!(怒)

 適当でいいんだよ、適当で。

 その辺リムルは満点だったな。だがそのポイントは監視と行動制限を与えたマイナス点で地に落ちている。お前ほんとね、そういう所だよ?

 

「いや、そういう訳にはいかない。貴女は人間とはいえ魔王で、その上命の恩人なのだから、むしろラフィエル様と呼ばせて欲しいくらいだ」

 

 あ、あ、暑苦しいっ! そして何よりウザい! オレが良いって言ってんだからいいだろうが! 

 はい、お前パンチの刑な。

 机の下にあるギャルドの足を蹴り上げようとしたら、ノックの音が聞こえてきた。

 返事をすれば入ってきたのはオレをここに連れてきてくれたジジイもといグラン。

 

 …………あっ!!(焦り)

 やっべ、ギャルド勝手にここに連れてきた事バレるやんけ! バレたら、バレたら……追い出されるかもしれない。

 それはいけない!

 何とかして誤魔化さなきゃ、オレ追い出される!

 今だけは言う事を聞いてくれない表情に感謝しつつ、必死に言い訳を考えていたらギャルドが椅子を蹴倒して立ち上がった。

 は? ふざけんなよお前、死んで?(真顔)

 

「落ち着いて下さい、ギャルド(必死)」

「だがッ……!」

 

 うるせぇ、黙ってろ!!

 

「黙って、深呼吸――落ち着きましたね」

 

 よーし。

 落ち着いたなら黙ってろ、いいな?

 オレがここに住むのを継続できるかが掛かってるんだからな、分かったら変な事を言うんじゃねぇぞ。

 オレがグランを何とかして追い出すまで何もするな。

 

「どうぞ座って下さい、グラン」

 

 胡麻すりしておかなければ! 媚売って、出来るだけグランの機嫌を上げとかないと!!

 お茶菓子を勧めてもみるが、グランの反応は芳しくない。甘いのは嫌いか……ちっ。

 この手のジジイは婉曲した物言いは嫌いだと聞く。仕方ねぇ、単刀直入にいくか(覚悟キメ)

 

「先日ぶりですね、グラン。今日は……彼の事でしょうか」

 

 そう言えば、グランは機嫌よさげに笑顔になった。やっぱりバッサリした物言いが好きらしい。

 おーけー、そんな感じで頑張るわ。

 

「その通り。ギャルドには大事な役目があるのだよ」

「おや、そうだったのですか」

 

 初耳。

 つーか大事な役目があるならもっとちゃんと守ってやれよ。こいつ死にかけだったけど。

 オレが助けてやったからね、感謝してくれてもいいんだけど?(チラッ)

 と言うことを要約して言ってみたら笑顔のままちょっと怒気を漏らしつつ紅茶に口付けていた。

 上から目線すぎたかもしれんな。でも本当の事だよね! オレは悪くないね。

 

「善処しよう。それで、彼は返して貰えるのかね?」

 

 えっ!?

 この兄ちゃんを連れ帰ってくれんの!?(歓喜)

 ちょうどうざってぇな、はよ帰れと思ってたんだ。こいつ様付けすんなって言ってんのに、様付けしてくるもん。

 あと見た目が熱血系で長時間一緒にいるの嫌だなって思ってたんだ。

 

「勿論、構いませんよ。どうぞ、連れ帰って下さい。ええ、是非に」

 

 むしろさっさと連れ帰ってくれ。これでやっと人目を気にせずゴロゴロ出来る。

 今、心からの笑顔を見せている気がする。

 上機嫌で紅茶を飲んでいると、何故かグランもギャルドも出て行かない。

 

「………? どうかしましたか、グラン。用は済んだのでは?」

「いや、暫くは貴殿に預けておく事にしよう」

「――は??」

 

 いや、さっさと連れて帰れよ!! 何あいつ、意味分かんねぇんだけど?




「聖女? はっ、その目玉は飾りか?」
オリ主「グラン爺さんの機嫌を損ねたら追い出されるかもしれん!(焦り)」

ラフィエル君は聖女じゃないんですよ。ニートだからね。
す、すごい……! 流石は支配者の一族の長にして元勇者。この短時間でラフィエル君の本質を見抜いただと!? こいつ――出来る!(確信)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:同居生活(強制)がスタートした。もうニート生活には戻れない。


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勇者の導き

 41話 勇者の導き

 

 ギャルドにとって、ラフィエル=スノウホワイトと日曜師グランの会話はまるで理解が出来なかった。

 ラフィエル=スノウホワイトがグランを牽制したかと思えば、あっさり自分を殺そうとした者の同僚であるグランにギャルドを引き渡そうとする。

 しかし、何故かグランはギャルドを連れて行かず、ラフィエル=スノウホワイトに預けるなどと宣った。

 訳が分からなかった。

 頭が良いとは自分では思わないが、それでもそこらにいる一般人よりは賢いはずのギャルドですら何がどうなったのか分からなかった。

 混乱している間にグランは出て行き、ラフィエル=スノウホワイトは穏やかな笑みを浮かべたままだ。

 

「ラフィエル様……これは、どういう」

「どういう事なのでしょうね」

 

 変わらない微笑みのまま、ラフィエル=スノウホワイトは試すようにギャルドを見つめた。

 すぐに答えを求めるのではなく、自分で考えろ――そう暗に言われた気がして、ギャルドは口を噤んだ。

 そして、思考を燃やす。

 一体何がこのルベリオスで起こっているのか。何のために七曜の老師達は自分を殺そうとするのか。何故、グランはラフィエル=スノウホワイトの下へ自分を留め置いたのか。

 

 一つずつ整理していこう。

 まず、このルベリオスで何が起こっていたのか思い出せ。

 事の発端は新興国家、魔国連邦――ジュラ・テンペスト連邦国についての問題だった。かの国の頂点に立つのは新しい魔王リムル=テンペスト。

 西方聖教会聖騎士団団長ヒナタ・サカグチが殺害に失敗した、異世界より転生してきたとされるスライムである。

 件のスライムは現在、ファルムス王国へ魔の手を伸ばしている。

 それへの対処に、ヒナタ・サカグチが魔国連邦へ赴くという話だったはずだ。その後に火曜師に襲われ、この目の前の少女に救われ――

 

(待て。何故、彼女はここにいる!?)

 

 そうだ。

 最初に疑問を出したはずだった。すっかり忘れてしまっていたが、ここに魔王たる彼女がいるのは可笑しな事なのだ。

 どうやって、いやそれはいい。

 何の目的があって、魔王ラフィエル=スノウホワイトはここにいるのか。

 大きく跳ね上がった心臓を抑え、ギャルドは脳内の引き出しをこじ開けていく。

 ラフィエル=スノウホワイトは、今――魔国連邦に監禁されている。そんな話ではなかっただろうか。

 会議に乱入した七曜が、確かにそう言っていたはずで……ッ!?

 

(まさか、まさか……嘘だったのか!? 魔国連邦を陥れるために、彼女をここに閉じ込めておいて――人間側に、魔王リムル=テンペストは悪だと刷り込むために!)

 

 なんて事だ。

 魔国連邦はラフィエル=スノウホワイトと無関係。だというのに無実の罪を着せられて、その冤罪を晴らすために動き回り……その隙を、七曜に狙われている。

 何故、七曜が。自分が信じていたこの信仰は全て嘘だったのだろうか。神ルミナスの寵愛を受けているという七曜の老師が、自分を殺そうとし無実の国を陥れようとしている。

 そんな事を許していいのか。

 否、断じて否である! 事実は詳らかにし、作りあげられた虚構を打ち砕かなければならない。

 

 ルミナス教は、魔物を悪と断じている。

 しかし……武装国家ドワルゴンのように魔物と交流する国もある。そして、それをギャルドは悪とは思っていない。

 人間を傷付ける魔物は許せない。だが、無実の罪を着せられている魔物を悪と断じて斬る事は、ギャルドには出来ない事だった。

 特に――人間でありながら魔物の頂点に立っている、目の前の少女の存在を知った時からは。

 だからこそ、七曜あるいはルミナス教が為しているこの悪事を見過ごす訳にはいかない。

 そのためには、目の前の少女――世界最強の一角たる魔王、暴虐の聖女(セント・アウトレイジ)ラフィエル=スノウホワイトの協力が不可欠だ。

 七曜は新参とはいえ魔王を相手取っている。ならば七曜を相手にするならば、魔王と同等の力を持たねばならない。

 だが、ギャルドにそんな力は無い。思い知らされた。だからこそ、目の前の少女に希望を見出す。

 彼女は病弱の聖女と名高い、魔王でありながら徳の高い人物なのだから。

 

「魔王ラフィエル=スノウホワイト。どうか、七曜を倒すため……魔国連邦を彼等に滅ぼさせないために、力を貸してくれないだろうか」

「…………」

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、頭を下げるギャルドを無言で見下ろしていた。その沈黙は、ギャルドにとって永遠のように感じてしまう。

 けれど、決して彼は頭を上げることはなかった。

 静寂が包み込み、二人の呼吸音だけが部屋に響き渡り、ギャルドの額からは汗が流れ落ちる。

 断られるかもしれない――そんな不安な過った直後に、ラフィエル=スノウホワイトは立ち上がった。

 

「馬鹿な事を言ってはいけませんよ。疲れているのでしょうか? 今日はもう休んで下さい」

「………!? そんなっ……俺は疲れてなど! 話を聞いて――」

「休みなさい、ギャルド」

 

 有無を言わせぬ強い口調で、ラフィエル=スノウホワイトはベッドを指し示す。

 反論しようとしたギャルドは思わず閉口し、強い意志を感じるラフィエル=スノウホワイトに逆らえず、ベッドへ向かう。

 協力を断られるどころか、話すら聞いて貰えない事に苛立ちと不安が広がる。

 じっと見つめられる事が嫌で、ギャルドは大人しくベッドに潜り込んだ。眠れる訳が無い。そう思ったギャルドだが、不思議と睡魔はすぐに襲いかかってきて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だな、キミは。監視や盗聴されてる事に気が付かなかったのか?」

 

 目を覚ましたギャルドは、目の前にいるラフィエル=スノウホワイトに馬鹿にされた。

 しかし、今まで接していたラフィエル=スノウホワイトとは明らかに口調が違い、何よりも雰囲気が歴戦の戦士といったもので、聖女と呼ばれる彼女とはまるで違っていた。

 思わずお前は誰だと口から零れる。

 ラフィエル=スノウホワイト(仮)はキョトンとした後に楽しそうに目を細めた。

 

「僕は元勇者。それだけ分かっていればいい。勿論彼女とは――ラフィエル=スノウホワイトとは別人だ。そしてここはキミの夢。現実に干渉できる夢の中」

 

 ラフィエル=スノウホワイト(仮)改め元勇者は、そんなよく分からない事を言った。混乱するギャルドに、溜息を吐いた元勇者がパチンと指を鳴らす。

 すると、元勇者の過去*1――魔王ラフィエル=スノウホワイトとの戦いの記憶がギャルドの脳味噌に叩き込まれた。

 おかげで理解は出来たものの、その影響で酷い頭痛に襲われる。頭を抑えながら、ギャルドは最初に言われた問いに返す。

 

「監視や盗聴、とは?」

「本当に気付いてなかったのか? 彼女はグランベル――グランに閉じ込められているんだから、余計な真似をしないように監視されているのは当然だろうに」

 

 キミの迂闊な行動で、警戒が強まってしまった。

 元勇者がそう告げると、ギャルドは先の行動を思い返す。盛大な自爆をかましていた。

 真っ青になって慌て出すギャルドを宥め、元勇者はゆっくりと分かり易く説明する。

 

「いいか、キミの夢に僕は干渉している。けれどそれは現実のキミにも影響する」

「それは再三言われて分かっている。結局何が言いたいんだ?」

「察しが悪い……鍛えてやると言っているんだ」

 

 夢で鍛えたそれらは、現実に反映される。どんな無茶さえも夢ならできる。

 修行には打ってつけだろうと、元勇者は語る。

 しかし、何故そんなにも親身になってくれるのか。ほぼ初対面にも関わらず、何故――

 

「僕は元勇者だが、ラフィエル=スノウホワイトでもある。それは悪魔にも言える事で……要するに『上位者(ミオロスモノ)』の行使が可能だ。未来予知で、必要なプロセスだった――そういうこと。ハッキリ言おうか? キミのためではない」

 

 ただのついで、ラフィエル=スノウホワイトのためになるから、強くしてあげようと言うわけだ。

 理解できたか、そう問われる。

 それに頷き、ギャルドは頭を下げた。

 

「それで構わない。よろしくお願いする」

「ああ。キミはキミの目的で動いてくれて構わないから……ただし、ラフィエル=スノウホワイトの意思はちゃんと確認しておくことだ」

 

 それで万事上手くいく――そういう星の下に生まれているから。

 その言葉は飲み込んで、元勇者はギャルドを見やる。人間にしてはそこそこ強いが、所詮はそこまで。これでは到底悪魔には敵うまい。

 夢の中に侵入出来ずに元勇者の行動を妨害出来ない悪魔が歯嚙みしている気配を感じつつ、静かに息を吐く。

 

 元勇者自身の権能によって大幅に強化された状態で見た未来――悪魔は滅ぶ。しかし、その大半でラフィエル=スノウホワイトも亡くなっている。

 稀に起こるラフィエル=スノウホワイトだけが生存する時間軸で、キーパーソンとなるのは黒髪の勇者と魔王達、そして目の前の青年だった。

 今まで絶対に配下を作る事の無かったラフィエル=スノウホワイトが、唯一自分の手元に置いた者。

 それが目の前の青年――ギャルドだった。

 ちなみに彼は多くの時間軸で七曜に殺されている。そこを生き残ったギャルドだけがラフィエル=スノウホワイトの配下となっている。

 

 が、配下となっても彼の死亡率は高い。彼が死んだ世界では九割ラフィエル=スノウホワイトも死亡する。

 そのために、元勇者は悪魔の妨害にブチ切れながらもラフィエル=スノウホワイトの意識に干渉し、彼女を外に連れ出しギャルドを救わせた。

 しかしこれで終わりではない。まだ彼の死亡率は高い。それを少しでも下げるために、わざわざ出張ってきたのだから。

 

「それで、俺は何をすれば?」

「ん? ……僕に教えられるのが不安なのか?」

「えっ、いや、そういう訳では」

 

 ヒナタ・サカグチというベテラン指導者に教わっていたために、他人に教わるのが不安だというギャルドの心の声に元勇者は呆れ顔だった。

 記憶を叩き込んだというのに、この男は元勇者が何者なのか忘れているのではないだろうか。

 

「安心してくれていい。僕はユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)』――キミを聖人レベルまで導くなんて、赤子の手を捻るようなものだ」

 

 

 

 

 

 

*1
幕間 或る勇者の話①②③参照




オリ主「ギャルド君、訳分からん事言うの止めてくれるかね?」
元勇者「あんなんが彼女の本性とは思わなかった。まああれはあれで可愛いとは思う(本心)」

ラフィエル君の本性を知ってなおベタ惚れな勇者。
ただし知っているのは元勇者だけで、悪魔はラフィエル君の本性なんて知らない。当然だよね!

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:知らない所で何かが起こっている事をまるで察知できない人。


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それぞれの/許した覚えはないが?

 第42.5話 それぞれの

 

 ギャルドが夢の中で元勇者のスパルタ特訓を受講する事になってから、長いとも短いとも言える時が過ぎた。夢の中では鍛え、起きている時には七曜の企みを打ち砕くべく動き出す。

 その姿を、ラフィエル=スノウホワイトはグランの望むように大人しく部屋に軟禁されつつ黙認していた。まずは己で動いてみろ、そう期待されている気がするほどに無干渉。

 ならば、自分に出来うる限りは動いてみせよう。そうして上がったこの一週間の戦果。

 それは――ラフィエル=スノウホワイトをも唸らせる威力を秘めていた。

 

「俺はレナードやヒナタ様のように頭が良いわけじゃない。だが、それでもヒナタ様の部下だった。レナード達と肩を並べられるはずの十大聖人だった。これくらいはやってみせるぜ? ラフィエル様」

 

 魔王リムル=テンペスト、魔王ルミナス・バレンタイン両名にも、七曜の老師にも気取られずに成し遂げる必要があったそれ。

 "病弱の聖女" "微睡みの暴虐者" "暴虐の聖女(セント・アウトレイジ)"――魔王ラフィエル=スノウホワイトの所在を、明確にする事。

 それは確かに、世界へ衝撃を走らせる。

 

 何故なら世界は、ラフィエル=スノウホワイトが魔王リムル=テンペストの支配する魔国連邦に監禁されていると信じていたからだ。

 その情報は確かな疑念となり、ルベリオス及びルミナス教に陰を落とす。それはかつての同僚や上司を裏切る背教行為といっても過言ではない。

 だというのに、ギャルドにはまるで負の感情は見られない。

 

「どうして?」

 

 何故ここまで仲間をわざと裏切るような真似をしたのか。怒ったように、少し低い声で問う彼女に、ギャルドは苦笑した。

 この一週間と、元勇者の自慢話で、ラフィエル=スノウホワイトの事はよく理解している。

 彼女は心配しているのだ。だからこそ、怒っている。この事で、ギャルドが仲間達に誹られるのではないかと、心配して。

 無論ギャルドとて簡単に自分の名前が出る真似はしていない。だが、それでも誘導や遮断を乗り越えて真実に辿り着く者もいる。

 そこから情報が漏れ、裏切り者として刃を向けられる事になったら?

 

「問題ない。奥の院は七曜の住処。ルミナス教とは関係ないという主張でまかり通る程度に力がある」

「…………」

 

 無言のまま、じっと見つめるラフィエル=スノウホワイトに、ギャルドも見つめ返す。

 その瞳に嘘はないのか――それを確認したのだろうラフィエル=スノウホワイトは、深い溜息を吐いて目を閉じた。

 

「では、今後どうするつもりですか?」

「魔国連邦に行き、ヒナタ様と魔王リムルの和解の手助けを、と」

「なるほど」

「出来ればラフィエル様も一緒に行って貰えると助かるんだが」

「………………残念ですが」

 

 やんわりと拒否するラフィエル=スノウホワイト。

 彼女がいれば和解もやりやすかろうと思ったが、彼女がそういうのならば仕方ない。

 素直に了承し、ギャルドはこれからの予定を立て始める。彼女がそう言うのならば、何かしら考えがあるのだろうから。

 

「あ、そうだラフィエル様」

「は? 何です?」

「魔国連邦のお土産は何を買ってくればいいんだ?」

 

「……。シュークリムル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラフィーが、ルベリオスに?」

「そのように噂が出回っております。証拠はないようですが、かなり浸透しているようです」

 

 ソウエイから報告を受けたリムルは、報告書にじっくりと目を通した。

 証拠はなくとも、魔国連邦は被害を受けた。それも嘘とは言えぬ言い回しだったために誤解だと触れ回るのも時間がかかった。

 だからこそ、証拠はなくとも出回っている噂は全てとは言わずとも真実も混ざっているのではないだろうか。

 

(……智慧之王(ラファエル)

《解。個体名:ラフィエル=スノウホワイトがルベリオスを拠点にしている可能性は高いと思われます》

 

 なるほど。

 よく分かった。

 ルベリオス――西方聖教会は白ではないだろう。黒でなくとも、限りなく黒に近い灰色。智慧之王(ラファエル)の言葉もあるし、何より確信があった。

 近いうちに西方聖教会が何かしらちょっかいをかけてくるとは思っていた。まさか、そのちょっかいがラフィエル=スノウホワイトだとは思いもしなかったが。

 

「ラフィーは、必ず取り戻す。絶対にだ」

「はっ!」

 

 深く頭を下げるソウエイに、再度詳細を調べるよう告げる。すぐさま目の前から消えたソウエイの居た場所から目を逸らすと、リムルは自分の髪の毛に軽く触れた。

 触れたそこのすぐ傍には、美しい髪飾り。

 細い糸で作られた装飾は、ラフィエルスノウホワイトが置いていった髪飾りと瓜二つ。ただ色彩が違うだけの、彼女とお揃い。

 

「――西方聖教会は、敵だ」

 

 怒りを湛えた瞳は、国の外へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? ラフィーが妾のところにいるだと!? 聞いておらぬぞ!」

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、ルベリオスの奥の院にいる。

 その一報はルミナスの耳にも届いた。

 しかし、自身の膝元といえる場所を探ってもラフィエル=スノウホワイトの痕跡が見つからない。舌打ちし、今度は魔素ではなく血液反応による捜索を試みる。

 そうすると、あっさり彼女は見つかった。

 しかし、そこはルベリオスの郊外である。困惑するが、とにかく話を聞かねばならぬと、ルミナスは彼女を追いかけるべく腰を上げた。

 

「――ルミナス様。報告が」

「妾は今忙しい。急用でなければ後にせよ」

「ヒナタが魔王リムルと交戦を開始した模様です。あの新参はラフィエル=スノウホワイトのお気に入りでは?」

「……妾は敵対はするなと言ったはずじゃ。ヒナタが無視するとは思えぬ。何があった?」

 

 報告に来た配下のルイが、ルミナスへ今の世界を語る。ただの噂から、実際の主要国家の政策まで。

 そこでようやく、ルミナスは己の失態を悟った。

 

「――七曜め、愚かな事を……」

 

 世界に無関心だったが故に、立場的に配下のはずだった者の馬鹿な計画に気が付かなかった魔王は、ついに重い腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第42話 許した覚えはないが?

 

 よく分からんが、ギャルドは俺の部屋に居座っている時間はとても少ない。もしかしたら気を遣っているのかもしれない。いいぞ! そんなお前が大好きだ! どしどし気を遣ってくれたまえ!

 なんて思っていたのに、この馬鹿はとんでもない事をしてくれやがった。

 もしや、今まで大人しかったのはオレの目を欺くための……ッ!?(戦慄)

 許せん。死んでくれないか?

 

 お前、お前っ……!! 何、オレの根城を世間に晒してくれとんねん!!(激怒)

 

 そんなこと許した覚えはないが? 何でこんな盛大な嫌がらせするの? オレ、お前の命の恩人だよ? 無碍にすると天罰当たるからね?

 はー……お前、覚えとけよ。本気で。

 理不尽魔王のせいとはいえ、オレは怒りを飲み込める良い子だから、今は文句を飲み込んでやる。

 だから、納得のいく説明をして貰えるね?

 

「どうして(こんな事しやがったんだ)?」

「問題ない。奥の院は七曜の住処。ルミナス教とは関係ないという主張でまかり通る程度に力がある」

 

 は? んな事聞いてねぇよ、喧嘩売ってんのか?

 お前の心配なんざしてるわけねぇだろ、脳味噌スポンジ野郎が! 頭ん中クソでも詰まってんじゃねぇだろうな。

 オレはね、何でこんな事したか聞いてるんだ。

 うだうだ訳分からん事言わなくていいから、ハッキリ言えよこのカス!

 嫌がらせだろ! オレへの嫌がらせなんだろ! もういいです、消えて下さい。

 せっかくリムルのとこから逃げてきたのに、これじゃまた捕まっちゃうだろうがッ!(クワッ)

 これだから単純そうな見た目してる奴は駄目なんだよ。赤い髪で熱血系って、もう地雷だからね。使えねぇなあオイ!

 はー……よしちょっと落ち着いた。

 もういいよお前。クビな、クビ。

 とっととオレは何処か行くから、とりあえずお前の予定を教えろ。お前とは逆の方角に行くから。

 

「魔国連邦に行き、ヒナタ様と魔王リムルの和解の手助けを、と」

「なるほど」

 

 どっちからも逃げられるわけだな?

 よーし、今だけはお前の行動を褒めてやる。

 

「出来ればラフィエル様も一緒に行って貰えると助かるんだが」

「(は? 行く訳ねぇだろ)残念ですが(お前のお遊びにこれ以上付き合えません。帰って、どうぞ)」

 

 唾でも吐いてやりたいが、体が言うことを聞いてくれるわけもないので大人しくしておく。

 はよ出てけと奥歯を気持ちギリギリさせながら見ていると、ギャルドは振り返って、

 

「あ、そうだラフィエル様」

「は? 何です?(キレ気味)」

「魔国連邦のお土産は何を買ってくればいいんだ?」

 

「……。シュークリムル」

 

 料理だけは美味かったよなあ、あそこ。




オリ主「やっと見つけた安住の地とサヨナラか。死ねば良いのに」

周りの人間に盛大に引っかき回されるラフィエル君。いい加減にしろと怒鳴るも改善されない現状に涙目である。心を強く持つんだ!(笑顔)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:二度目となる家出を決意した。


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交わらぬ道/幸運さんは氷属性

 第43.5話 交わらぬ道

 

「――やってくれたな、ヒナタ」

「違う、と言っても信じてはくれないのでしょうね」

 

 完全に敵として、無表情のままヒナタを見つめるリムル。

 周囲はリムルの配下達とヒナタの部下が交戦しており、既に戦線は出来上がっていた。

 ヒナタは、リムルが怒り、自分を敵として見なした理由を理解している。既にここまでの道中に耳にしていた。魔王ラフィエル=スノウホワイトが、ルベリオスにいるという情報を。

 そしてその前身となる噂も。

 魔王ラフィエル=スノウホワイトは確かにこの魔国連邦に滞在していたのだろう。そして、ルベリオスに攫われた。

 何故そうなる前にリムルが侵入者に介入しなかったのかは気になるが、全ては話し合いでなければ聞けはしない。

 そして、その話し合いはとうの昔に決裂している。

 魔王ラフィエル=スノウホワイトが攫われた国がルベリオスであるから――否、あの時、問答無用ではなく、少しでもリムルの話を聞いていれば……。

 しかしその後悔は、後の祭りでしかない。

 

「ラフィーは、無事なんだろうな」

「さあ。知らないわね」

「っ、お前……!」

 

 本当に何も知らないからこそ出た本音は、リムルの神経を逆撫でした。怒気と共に殺気が僅かに漏れ出し、リムルは感情を抑制するために大きく息を吸い込んだ。

 その甲斐あってか、リムルは苛立ちつつも落ち着きを取り戻す。

 

「何の目的でラフィーを連れて行った? 俺と西方聖教会の事に、ラフィーは関係ないだろ」

「攫った本人に聞いてくれる? 私は知らないのよ」

「答える気はない、と」

 

 ヒナタを信じる気が微塵もない言葉に、ヒナタが苛立ち始める。一切自分の言い分を信じずに話される事が、ここまで不快だとは。

 そこで、初対面の時の自分を思い出す。あの時は、リムルではなく自分が……。丁度、今の自分が思っている事を、リムルは思っていたのではないだろうか。

 

「…………。今は、どうしようもないわね」

「何がだ?」

「こっちの話よ。それで……そうね。どうせ戦う事になるのでしょうし、私が勝ったら話を聞いてくれるかしら?」

「自分が勝つと疑ってない言い方だな……まあいい。俺が勝ったら?」

「そうね。ルミナス教の秘密でも教えてあげるわ」

「そんなどうでもいい事より、ラフィーを返せ。それでいい」

「……ええ、最大限努力はする。約束しましょう」

 

 そして、ヒナタは剣を構える。

 ルミナスによって与えられた月光の細剣(ムーンライト)伝説級(レジェンド)の武器である。

 そして纏うは"聖霊武装"。聖騎士達が着用する精霊武装の原典の衣(オリジナル)。勇者も用いたとされる西方聖教会の秘する対魔兵器である。

 こうする事で、ヒナタはあらゆる制約から解き放たれて"仙人級"を超越した真なる"聖人"へと至るのだ。

 ――つまり、これは最初から本気でリムルの相手をするという、彼女なりの意思表示なのだ。

 

「約束は守って貰うぞ、ヒナタ。――俺が勝つ」

「そうかもしれないわね」

 

 リムルも胃袋から刀を取り出す。

 クロベエに仕上げて貰ったリムル専用の刀は、魔素に馴染ませ真っ黒い刀身に染め上がっている。本当はもう少しゆっくりとクロベエに作って貰う予定だったのだが……ラフィエル=スノウホワイトが攫われた。

 すぐさまクロベエに仕上げるように告げ、出来上がったそれで、こうしてヒナタと対峙しているのである。

 戦いは、始まった。

 

 ――聖女に見込まれし聖騎士は、未だに道の途上である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第43話 幸運さんは氷属性

 

 幸運値って、どうやったら上がるんだろう?

 

 オレは昔から運が良かったように思う。悪魔なんていうぱっぱらぱーな存在を信じて怯える人達の寄付で食ってきたんだ。宗教の力はすごい。

 そんな裕福な教会で育てられたオレは実に幸運だと思う。宗教上の理由で昼ご飯が食べられなかったりするけど、それ以外は不便はない。

 しかも他のきったねぇ町ではなく、都という綺麗な外観で生まれ育った。幸運だ。

 その後聖歌隊に入った時も、聖歌隊のメンバーは仲良くしてくれたし。たまに『は?(真顔)』と思う時もあったけど、それなりに愉快にやっていた。幸運だ。

 最期の最期で神様の天罰が当たっちゃったけど、すぐに爺さんのとこで保護されたし。住むとこも異世界の知識も教えて貰った。幸運。

 

 そこからなんだよなあ!

 オレの転落人生はここから始まった。悲しいんだけど、これって本当の事なんだよね……。

 そう、最古の魔王である。

 あいつらの喧嘩を、オレの教会の真上! 真上でしようものだから!!(怒)

 しかも? その後は人の家に何の許可もなく上がり込んで寛いでくれましたけれども??

 その後ミリムに教会を壊されかけた事、オレ、まだ忘れてないから。

 まだ根に持ってるからな、お前。

 

 それからだよ……ちょっと町に遊びに行ったら風評被害を散々受けて。挙げ句に魔王にされてさ。

 こんなに人畜無害な顔した人間捕まえて、なんだよそれ! いい加減にしろ!

 しかも最近なんて、住処がオレの寿命削ってるとかいう卒倒ものの真実を暴露されるわ、新入りの魔王のとこで監視付き生活させられるわ、挙げ句家無し浮浪旅に出る事になるわで散々だ。

 なあ……オレ、なんか悪い事した? してないよね? してねぇんだよ!!(断言)

 

 幸運さん仕事して?(懇願)

 はー……せっかく三食昼寝付きのお気楽スローライフを過ごせていたっていうのに。それもこれも全てギャルドのせいである。脳筋は見た目だけにしたまえ!

 

 ……さて。

 現実逃避もこれくらいにして、そろそろ現実を見ようじゃないか。

 

「リムルのとこから逃げてきたのか? ラフィー」

 

 ニヤニヤと楽しそうに笑うこいつに、真顔でそうだよと言ってやりたいのを我慢する。

 恋人を貶されたと判断されたら殺されるかもしれんからな。魔王って本当ヤバい奴しかいない。

 何で、オレはこいつといるんだろう。

 いや分かってる。分かってるんだ。ただ、あの時はこれが一番良いと思ってしまったんだ。

 

 そうだ! 海を渡ろう!!(名案)

 

 あの時はぁ!(涙目)

 別の大陸に行けば、全て解決するって思ったんだよォォォ!!(号泣)

 

 ……で、そこらに置いてあったボートを盗んで海に向かって漕ぎ出した訳だが。

 そりゃ遭難するよね。うん……知ってた(嘘)

 気付いた時には既に遅い。来た道を戻ろうとして振り返っても、左右を前を見ても海海海。

 空と海の青だけが視界に映っていたのだ。これはもう泣くしかないよね!(自棄)

 

 そして泣き疲れ、ボートの中で一人体育座りして海を彷徨っていたら、ギィに発見されたという訳だ。

 丁度その時、呟くようにドナドナを歌っていたからか、ギィの顔が盛大に引き攣っていた。お前でもそんな顔するんやなって思って、気力が一瞬で回復した。ありがとう!(笑顔)

 

 そしてギィに抱き上げられ、ひとっ飛びで凍てついた吹雪の大陸に到着し……寒さで死にかけ気絶したオレが目覚めて、ギィがニヤつきながら言ってきたのである。

 

「おはようございます。……私はルベリオスから来たのですよ?」

「あん? ……バレンタイン?」

 

 訝しげな顔をしたギィに、仕方なしに説明してやる。ただしリムルから逃げたという事実はうっかり本人にバレると怖いから、攫われたという事にしておいた。

 すまんな、グランの爺さん……オレのために死んでくれ!(無慈悲)

 全て伝えると、ギィは何故か考え込み、後ろで控えていたメイドに指示を出した。

 

「ったく……今度は何企んでやがる?」

「え? (誰が何企んでるとか)知りませんが?」

 

 ギィが呆れ返った顔で見てきた。何でオレがそんな顔されなきゃいけないんだ。病み上がりだぞ?(脅迫)

 

「まあいい。暫くは様子見だな。少なくとも――リムルと西方聖教会が決着するまでは」

「……? 何故?」

「戦争してるんだろ。そりゃ観察するだろ」

「ギィは行かないんですか?」

「あ? 行って欲しいのか?」

 

「え? 行きたいのでは?」

「いや、行かねーけど」

「…………リムルのピンチなのに?」

「それ、オレに関係あるか?」

「――厳しい愛ですね」

「は??」

 

 ギィの恋人するのは大変そうだなあと思っただけだ、気にするな。




「魔国連邦は、走って行くには遠いな……」
オリ主「素直に不毛の大地に行けば良かったと後悔している」

単純に考えればいいのに、わざわざこういう時だけ捻くれた考えで海を渡ったラフィエル君。
魔国連邦→ルベリオス→氷土の大陸と家出を続けるラフィエル君だったが、ギィに捕まった事でラフィエル君同様、幸運さんは家出した。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:リムルvsヒナタに関しては放置を決め込む気満々。


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看破せよ/自分に贔屓してるんだ

 はあ……(クソデカ溜息)
 知ってます? コロナのせいで転スラ二期の始まりが2021年の1月からになったんです。ブチ切れですよ……コロナ、お前だけは許さない。
 今年の楽しみにしてたのに!!(血涙)


 第44.5話 看破せよ

 

 ラフィエル=スノウホワイトが、また何かを企んでいる。

 海で放蕩していた彼女を拾った時には何かあったのかと心配したものだが、今となっては何をする気だと警戒するはめになってしまった。

 魔王達の宴(ワルプルギス)の決定でリムルの所にいるはずのラフィエル=スノウホワイトは、何某かの策略で魔王ルミナス・バレンタインのお膝元に攫われ、脱走した後に海で遭難していたというが……。

 

(……どこまで信じるか、だな)

 

 ラフィエル=スノウホワイトは嘘を吐かない。

 例の件についてはともかく、彼女は基本的に人に害なす嘘は言わない。優しい嘘を吐く事はあるだろうが、それでも彼女は嘘を必要な時以外には吐かないのだ。

 しかし、真実全てを口にする訳でもない。

 時に言うべき事を黙っておき、聞き手がうっかり勘違いするような言い回しをする事がある。

 だからこそ、じっくりと話を吟味し、何が真実なのか、何を黙っているのか、何故黙っているのか――それらを暴かねばならない。

 当の本人はメイドであるミザリーにせっせと世話を焼かれているが、ギィにはやることが目白押しだ。

 

「なあ、ラフィー。お前、魔国連邦(テンペスト)に戻る気はないのか?」

「えっ? ありませんが?」

「ほお。……後々戻ろうとか思ってるか?」

「それは、そうですね……。まあ、あちらの状況次第でしょうか」

 

(戦争がどのように終わるかで考える、と)

 

 つまり――リムルはラフィエル=スノウホワイトに試されているのだ。

 リムルの理想は、人と魔物が手を取り合える世界。とまではいかないが、共存共栄出来ればいいとする世界を作りあげること。

 その際に一番の障害となるのが、魔物を敵とする西方聖教会である。無論その団体は魔王ルミナス・バレンタインの盛大な隠れ蓑に過ぎないのだが……それはさておき。

 

 今のこの状況をどのようにして乗り切るか。

 それを元に判断し、ラフィエル=スノウホワイトはリムルを見定めるのだろう。

 さらりと調べた限りでは、魔国連邦vs西方聖教会に関する世界の情報はラフィエル=スノウホワイトによって管理されている。

 最初の魔国連邦にラフィエル=スノウホワイトが監禁されているというのは、他人の手によって為されたものではあるが、それを利用したのは紛れもなく彼女本人である。

 そこから、その最初の噂を流した犯人を、自分に接触するように誘導し、そのまま攫われたように見せかけて西方聖教会へ侵入する。

 その内部に侵入すれば、あとは簡単。西方聖教会内部に協力者(密告者)を作ればいい。

 そうすれば、世界にはラフィエル=スノウホワイトが西方聖教会に滞在していると情報が流れる。

 

 リムルが不利な状況から有利になれば、その後の行動は本人の潜在的な性格が表れる。

 ここでリムルがラフィエル=スノウホワイトにとって信頼に値するという行動をみせれば良し。そうでなければ、彼女は今後一切リムルに接触はしないだろう。

 例え、リムル本人がいくらラフィエル=スノウホワイトを慕っていたとしても。守ろうとしたとしても。

 彼女は恩義には報いる。優しさはきちんと返す。だがそれでも、芯のある心を持つ聖女は、心の悪意を見透かすのだ。

 恐らくそれを、リムルはほんの少しでも持ったのだろう。だからこそ、彼女は試すのだ。

 本当に、その理想のために力を振るうのか。

 力に溺れて、その理想を忘れてしまわないのか。

 ――心を失わず、優しいままで在れるのか。

 

「……どこまでも博愛だなあ、お前は」

「はい??」

「お前さ、ちょっとは誰か贔屓してやったりしねーの?」

「――必要ありますか?」

 

 心底不思議そうな顔をする彼女に、ギィは深く息を吐いた。

 誰に対しても優しく、愛する。どんな悪人であろうと手を差し伸べる。心を奪う柔和な微笑みを、絶やさない。

 それだけ聞けば、本物の聖女というべき存在だと誰もが言うだろう。

 しかし、それは裏を返せば――

 

 ――誰も彼も、彼女にとっては人という種であり、個人としては一切見ていない。

 

 そういうことに、なるのだから。

 少しくらいは人間味を見せて欲しいというのが、ギィの本音だった。

 

「……ま、好きにすればいいさ。どうしようがお前の勝手だからな」

「そうですか」

 

 まだ少し不思議そうにしていたが、ラフィエル=スノウホワイトはすぐに視線をギィから逸らしてお茶を飲む。

 そこだけ見れば普通の少女なのだが、本当の彼女はそうではない。

 聖女としての本質も力も持ちながら、異界の悪魔に魅入られし歪な器。

 それが、ラフィエル=スノウホワイトなのだった。

 

「――あーあ、やっちまったな」

「? どうしました?」

 

 不意に呟いたギィに、ラフィエル=スノウホワイトが首を傾げる。

 ギィは、メイドであるレインに魔国連邦へ行き、戦争の状況を逐一報告するように命じていた。だからこそ出た言葉だった。

 決着は、ついてしまったのだ。

 

「リムルが、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)の首を切り落としたそうだ」

「…………そうですか」

 

 残念です――無言ながらも、彼女がその言葉を飲み込んだのを、ギィは感じ取った。

 

「ま、魔王としてはそれで良いんだがな」

「何でもかんでも褒めて甘やかすのは良くないと思いますよ、ギィ」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの自殺未遂でリムルには情も沸いていた事もあり、ギィはリムルにフォローを入れたのだが、バッサリと切り捨てられた。

 

「あー……。ルミナスは怒るだろうな、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)はあいつのお気に入りだったろ」

「いいえ、怒らないと思います」

 

(……ああ。リムルがルミナスのお気に入りを殺す可能性も踏まえて織り込み済みか)

 

 さっさと全部ゲロってくれと、ギィは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第44話 自分に贔屓してるんだ

 

 もっちゃもっちゃと薬草クッキーを頬張るが、これもう少しカリッと出来なかったんか?(失礼)

 もっとやれるだろ、カリッとさせろ、ふにゃっとさせるな。いくら寒い大陸とはいえ、これくらいやれるだろォ!?

 まあ文句は口に出さずにそっと心に仕舞い込んで、お茶を飲む。温かいのが身に染みる。本当、こんな頭の可笑しい場所に住むなよ。

 連れて来られるオレの身にもなれよ! 全くこれだから魔王って奴は……。

 

「なあ、ラフィー。お前、魔国連邦(テンペスト)に戻る気はないのか?」

「えっ? ありませんが?」

 

 何を言ってるんだろう。あのね、言ってないけどオレあそこ嫌いだからね?

 料理以外、全部ダメだからね?

 いやシオンの料理は美味しくないけど。ゲロマズだったけど。

 ……あれ? そう考えれば、リムルのところって最高に最悪だったんじゃないか??(真剣)

 ていうか、ギィの前でお前の恋人のとこに住むわ! とか言えないから。もしかしてわざとやってる? 脅してたりする……?(恐怖)

 

「ほお。……後々戻ろうとか思ってるか?」

「それは、そうですね……。まあ、あちらの状況次第でしょうか」

 

 あとお前の心情次第だと思うよ。

 リムルが監視とか行動制限とかしないでくれて、教会開放も無しにしてくれて、好きなだけゴロゴロさせてくれて、甘やかしてくれるんなら、戻ってあげてもいいかもしれんな!(上から目線)

 まあ、どうせ無理だろ? 知ってた。

 ていうかさあ、……お前が行けば?(名案)

 そしたらリムルだって恋人のギィを優先するに決まってる! ていうかあいつ束縛絶対強いもん、オレに対してですらアレなんだぞ?

 恋人であるギィならもっとヤバいって。……こわっ、関わらんようにしよ……。

 と思ってたら、無言だったギィが呆れたように言ってきた。

 

「……どこまでも博愛だなあ、お前は」

「はい??(本音)」

 

 こいつ頭沸いてるんか?

 何でいきなりそんなこと……はっ!? ま、まさかリムルの束縛に嫌気が差して、オレに乗り換えようと……!?(迷推理)

 ごめん、オレお前みたいな頭おかしい魔王とか、絶対無理だから!!(真剣)

 せめてそうだな、その頭のおかしい所を治してから出直してきてくれるかな?

 

「お前さ、ちょっとは誰か贔屓してやったりしねーの?」

 

 は? お前何言ってんの??

 

「――(オレ自身を大事にしなきゃ生き残れないのに、他人まで贔屓する)必要ありますか?」

 

 見知らぬ他人まで面倒見れる訳ねぇだろ、お前らと一緒にすんな!! 死ねッ!!(直球)

 そうやって他人まで気遣えるのはね、強い奴と偽善者とただの阿呆だけなんだよ。

 オレは賢いお利口さんだからな、他人になんて贔屓する余裕なんてないの。わかる?

 まあ、お前らみたいに世界最強の一角とか言われてる奴等には分からないとは思いますけれども??(皮肉)

 

「……ま、好きにすればいいさ。どうしようがお前の勝手だからな」

「そうですか」

 

 だったら口に出すの止めてくれます?

 お前ね、そんなんだから嫌われるんだよ! 余計なことしか言わねぇからな、黙っとけよ。

 これだから魔王は……。

 

「――あーあ、やっちまったな」

 

 えっ? 何が?

 

「リムルが、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)の首を切り落としたそうだ」

「…………そうですか」

 

 そうなのか……ところで坂口日向(ヒナタ・サカグチ)って誰?(真剣)

 

「ま、魔王としてはそれで良いんだがな」

「何でもかんでも褒めて甘やかすのは良くないと思いますよ、ギィ」

 

 人を殺して褒めるのは良くない。お前ね、そうやって褒めて、いつかオレを殺そうとしたらどうしてくれんの?(半ギレ)

 責任なんて取れねぇだろうが!!

 

「あー……。ルミナスは怒るだろうな、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)はあいつのお気に入りだったろ」

 

 え? ああ、そうだったの?

 でもバレンタインって見た目と違ってそこまで神経質じゃなくて結構穏やかだし、大丈夫じゃね?

 あいつ、そこまで人間好きじゃないし。

 

「いいえ、怒らないと思います」

 

 ミリムと違ってすぐキレたりしないし、冷めた価値観持ってるしな(勘違い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん? この音色は――フルート、か?」

「これは、ラフィーの『聖歌者(ウタウモノ)』――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「――俺が間に合わない事も見越していたのか」
オリ主「この大陸寒いんだよな(お茶ズズッ)」

第三者視点から見たラフィエル君の行動はこんな感じで見えてるんだよ~っていう。
ギャルドもそろそろリムルvsヒナタに介入してくる事でしょう。勿論ラフィエル君の使者って事が一発で分かるような物を持参しています。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:他人が知らない所で死のうが気にしないが、バタフライエフェクトで自分が死ぬ可能性が出るかもしれないから怒った人。


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片鱗/悪魔の独白

 第45.5話 片鱗

 

 必要最低限の食事と睡眠をこなし、ギャルドは自身の最速で魔国連邦へと駆け抜けた。せめて、自分が到着するまでは戦闘を始めてくれるなと願いながら。

 しかし、そんなちっぽけな願いは叶わなかった。

 自分が駆けつけた時には既に戦線は開かれており、団長の首と胴体は離れていた。

 その上、そこには魔王リムル以外に、圧倒的な存在感を持つ少女までもが現れていたのだ。

 呆然と立ち尽くすギャルドは、その数秒後に必死で頭を回転させる。この状況を把握するために。今、無闇に飛び込んだ所で余計に状況を混乱させるのだという事が、分かっていたから。

 

 ――ギャルドが駆け付ける、ほんの少し前。

 リムルがヒナタの首を切り落とした直後、そこに七曜の二人が現れた。ただし、ぼろ雑巾のようになって、という言葉がつくが。

 それに青ざめたのはギャルドに扮した火曜師である。こんなことが出来るのは、彼の知る限りたった一柱(ヒトリ)だけ。

 

「ルミナス、様……」

 

 神ルミナス。あるいは真なる魔王ルミナス・バレンタイン。

 七曜を倒すとしたら、彼女しか有り得ぬ事。

 何故――とは言えない。彼女はきっと、自分達の企みに気付いたのだ。そして七曜が害されたという事は、彼女にとって自分達の行いは看過できない程の失態でしかないという事だ。

 それを証明するかのように、現れたのは銀髪の可憐な少女。金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の、少女である。

 

「――魔王リムルよ、迷惑をかけたようじゃな」

 

 凜として涼やかな声は、彼女の口から零れたもの。

 しかし、その冷たい顔は瞬時に憤怒へと染まる。何しろ、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)はルミナスのお気に入り。彼女の死体を目にしたからだ。

 そんな彼女を殺したとあっては、いくらルミナス側に非があるとしても激怒するだろう。魔王とは、理不尽な存在である。

 故に、ここから先は魔王リムルと魔王ルミナスの本気の戦いが始まる――はずだった。

 

「~~~~♪」

 

 流れてきたのは、美しい音色。

 一触即発だった空気は、瞬時に霧散していく。心を、体を癒すその音色は魔国連邦に響き渡る。

 そして、その音色はが止む頃には、その場に怪我人はいなくなっていた。

 

「怪我が!?」

「こんなことって……」

「う、ん…? ルミナス様?」

「――ヒナタ!」

 

 はっと、それぞれの意識がヒナタへと向かう。そこに首を切り落とされた彼女の姿はなく、五体満足で困惑気味の彼女が、座り込んでいた。

 彼女の容態を確認したルミナスは、周囲へ視線を走らせる。今の音色、効果――間違いなくラフィエル=スノウホワイトの仕業である。

 何処にいるのだと探せば、出てきたのは赤い髪の男。

 

「え……ギャルド? どうして、二人……!?」

 

 今まで、ギャルドに扮していた火曜師と共に行動していたレナードが、すぐさま距離を取る。

 騎士達に動揺が広がり、リムル達も警戒する。しかし、出てきたギャルドが見せたそのフルートによって、リムル達の警戒は最初からその場にいたギャルドに扮した火曜師へと向かう。

 

「俺は、火曜師に暗殺されかけた所をラフィエル様に救われた。そっちの俺は偽物だ」

「……ふん。まあ、そうであろうな。そうでなければ、そのフルートでラフィーの『聖歌者(ウタウモノ)』の効果は出せぬ」

 

 若干不満げに納得したルミナスは、火曜師を他の二人の七曜と一纏めにして拘束した。

 そして、改めてリムルと向かい合う。

 

「……お前が、神ルミナスか? 魔王達の宴(ワルプルギス)では――」

「その件に関しては追々話そう。まず、七曜は始末する。ヒナタを殺した事については――」

「――謝らない。そもそも、お前らがラフィーを連れて行った事が原因だろ。それが無ければ、殺してない」

 

「それについて、妾は把握しておらぬ」

 

 不快げに鼻を鳴らし、ルミナスは告げる。

 それに関しては完全に七曜の独断であったこと。噂に気付いてルベリオス内を捜索したが、既にルベリオスから出て何処ぞへ向かっていたこと。

 すぐさま七曜を始末するために動き、ファルムスにも七曜を始末させるためにロイを向かわせた事。

 

「……それで? はいそうですかと受け入れろとでも?」

「ふん――そうは言わぬ。こちらも最大限譲歩しよう。貴様はラフィーのお気に入りでもある故な。お互い、あの娘の機嫌を損ねたくはなかろう?」

「…………。………………聞こう」

 

 ようやく剣を鞘へ収めたリムルが、ルミナスとの交渉へと移る。彼女の出した条件と、それに更に付け足すリムルが口論し、より良い条件へと落ち着かせていく。

 それを、リムルの配下は当然といった様子で。騎士達はハラハラと不安そうに窺っている。騎士達は既に彼女が神ルミナスだということに気付いていた。

 

「まあ、これくらいかな」

「随分と足下を見る奴よ。ラフィーのお気に入りでなければ八つ裂きにしてやるものを……」

 

 条件は二人の中で納得と共に落ち着いたようで、それぞれの視線がギャルドへと突き刺さる。

 

「――で、だ」

「そろそろ話を聞かせて貰うとしよう」

 

 絶対に逃がさない。

 その目が、物語っていた。

 ラフィエル=スノウホワイトに関しては、敵対していた二人でも息が合うようだ。

 魔王と神に睨まれたギャルドは、びくりと肩を震わせて、それでも気丈に目を逸らさなかった。

 

「ラフィエル様は、魔国連邦とは真逆へ向かうと言っていた。こちらに来てくれた方が丸く収まるのではと言ってみたが、断られた」

 

「真逆……って事は、不毛の大地か?」

「すぐに捜索させる。ギュンター! 聞こえておるな?」

 

 すぐさま指示を出したルミナスに、リムルも捜索させようかと迷う。流石に今は、そんなところにまで配下を行かせる訳にはいかないのだ。

 心情的には今すぐにでも探したいのだが……。

 

「……ルミナス様。今は探さない方がいいかと」

「何だ。ラフィーが探すなとでも言ったか?」

「いえ……しかし、ラフィエル様は何か考えがあってそうしたのではと。実際――日曜師に攫われたのも自分の意思だと聞い」

「何だとッ!?」

 

 今までの大前提が崩れ落ちた。

 驚愕に目を剥く彼等に親近感が湧く。少し前の自分もそれくらい驚いたものだ。ラフィエル=スノウホワイトは誘拐され監禁され、自由を無くしていると思っていたのだから。

 しかし、それは彼女によって故意に起こされたものだ。

 

「これ以上――悪い影響が出ないように、と。そう考えたのだと」

「悪い……影響?」

 

 どういう事だと問い質す前に、ギャルドは答えた。

 

「『魔王になる前の貴方ならば、例え私がいなくなったとしても、彼女(ヒナタ)を殺す事はなかったでしょう』」

 

 ――力に溺れ、飲まれかけている。

 私がいると、それが激しくなるようです。

 だから、距離を置きましょう。

 

 それが貴方のためです――どうか、これ以上、人の(優しい)心を失わないで。

 

「……………あ」

 

 そして、ようやく。

 彼女の言葉を、思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第45話 悪魔の独白

 

 ラフィエル=スノウホワイトは聖女である。しかし、その手は汚れきっている。けれどそれでも、その魂は気高く貴い。

 だからこそ、その器は悪魔を内包していても生きていられる。

 その悪魔は――ラフィエル=スノウホワイトを、憎悪していた。

 

「貴方に誘われる事は渡りに船だったのです」

「……ならば、気が変わらないうちに」

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、分かっていた。

 ルミナスがこの件に関わっていない事などお見通しだった。だからこそ、ルミナスに――ではなく、貴方にと言ったのだ。

 けれども、その言い回しは嘘こそ吐いていないものの詐欺師のやり口である。清廉潔白な聖女様とは思えぬやり方だと、嘲った。

 それでも、その行動は全て他人のため。

 リムル=テンペストが魔王に覚醒し、微かに見て取れた意思なき化け物への至る可能性の片鱗。そしてそれは、ラフィエル=スノウホワイトと共に過ごすごとに激しく表れていく。

 だからこそ、彼女はグランベルの手を取った。

 リムル=テンペストを、意思なき化け物にしないために。

 けれど、それは、グランベルを捨て駒として扱うという事に他ならない。

 

 他者を救うために、他人を蹴落として奈落へ落とす。

 

 そんな人間を、聖女と呼べるのだろうか?

 ――答えは、否である。

 だからこそ、悪魔は嘲り嫌悪し、ラフィエル=スノウホワイトを憎悪する。

 綺麗事を並べるだけの人間らしい人間。

 それが、悪魔にとってのラフィエル=スノウホワイトに他ならない。

 

「いいや。そんなこと、彼女は考えてすらいない」

 

 悪魔の思考に割り込んできたのは、元勇者。ラフィエル=スノウホワイトの延命措置を図った、元勇者はラフィエル=スノウホワイトと同じように綺麗事を吐く。

 くだらない妄想を垂れ流すくらいなら、悪魔の力となればいいのに。

 しかし、元勇者は狂信的なまでにラフィエル=スノウホワイトを愛している。

 悪魔の味方には、どうやっても成り得ない。

 

「彼女はただ、自分のことだけで精一杯なだけ」

 

 馬鹿なことを。

 神々に愛された博愛の少年……少女。汚れきった両手は赤い血で染まっている。

 他人の事を考えながらも、他人のために他人を殺す。そんな、馬鹿な人間。

 それがラフィエル=スノウホワイトなのだ。

 彼女は、自分のことなど考えてもいない。

 だからこそ、ラフィエル=スノウホワイトは自分(悪魔)を受け入れている。

 

 

 ――そうだろう? 忌々しい聖歌者よ。

 

 

 




オリ主「ヒッ、竜がいるよぉ……(恐怖)」

 本番はまだではあるが、既にフライングブーメランが直撃した模様。
 ラフィエル君は考えなしではあるが、元勇者以外はそんなこと思っていなかったり。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ヴェルザードとエンカウントした。


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和解/そして数ヶ月が過ぎた

 第46.5話 和解

 

 一時休戦し、話し合いがなされ。

 魔国連邦と西方聖教会は和解ということで決着がついた。ヴェルドラと神ルミナスが一悶着あったものの、神の仮面が剥がれ落ちる事も無く。

 両者落ち着いた所で、ギャルドは魔王リムルと対面していた。

 ラフィエル=スノウホワイトについての真相。

 それについて話し合うための場を設けられたのだ。ルミナスとはまた別の場を設けられている。

 聖騎士だったギャルドが優先すべきは神ルミナスではあるが、ギャルドはリムルを優先した。先に、魔王リムルが聞いておくべきだと考えたからだ。

 魔王リムルにだけ伝えなければいけないことも、大いにある。

 だからこその、優先である。

 

「で、ラフィーのことだけど。俺は、自分が悪影響を受けてるとは思ってないんだよな」

「本人は自覚が薄いと言いますし……」

 

 緊張でか、口調はともかく思ったことをそのまま言い放ったギャルドに、リムルは微妙な表情を見せた。

 

「お前の素直なところは美点というべきかどうかだな……。ともかく、具体的にどんな影響を受けてるとラフィーは考えてるんだ?」

「ただ一つ、人の心を失った――と」

 

 心当たりはあった。

 けれど、自分の中では甘さを捨てたと考えていた。仲間を、シオンを失い、彼等を守るために冷酷な心を持つように。

 それが、駄目だったのだろうか。

 しかしそうしなければ、仲間をまた失う羽目になる。甘っちょろい魔王だなどと舐められては、いけないのだ。

 だがそれを、あのラフィエル=スノウホワイトに責められている。

 ならば、どうすれば良かったのだろう?

 

「冷酷になってもいい。だけれど、敵にかける優しさを失ってはいけないのだと、ラフィエル様は言っていた」

「敵に……?」

「はい、確か――『森の騒乱』の時のように、と」

 

 リムルの顔が強張った。

 そうだ、あの時は、敵である豚頭族(オーク)の大半を殺さずに、仲間にした。調子に乗りすぎているガビルを助けに行った。

 いけ好かない奴だって、殺し合いをしていた敵だって、あの時は事情を聞いて許して、今は大切な仲間となっている。

 それを――何故、ヒナタとは出来なかったのか?

 ラフィエル=スノウホワイトは、リムルにそう問い掛けている。その答えすらも、既に理解しているのだ。

 だからこそ、彼女はここから離れた。

 そして最後の慈悲をかけた。ヒナタとどのように戦うのか、決着をつけるのか。

 そしてリムルは、期待を裏切り失敗した。

 それを今ようやく悟り、リムルは拳を堅く握った。怒りにかまけ、何も気付かずに終わらせてしまった。

 ラフィエル=スノウホワイトに見限られても、文句など言えないではないか。

 

「それから、これはラフィエル様の言ではなく、自分の考えですが……ラフィエル様を動かし過ぎだと思います」

「は? いや、教会の開放はむしろ、ラフィーが毎日やると言ってきたから、俺はせめて週に二日は休めと言い聞かせる側だったぞ?」

「あ、それじゃなくて」

 

 既に心にクリティカルヒットしたから、これ以上は止めて欲しいと思ったが、ラフィエル=スノウホワイトの言ではないのならと聞く姿勢に入る。

 しかし、ギャルドはリムルが考えていたものとは全く違う事について指摘した。

 

「ラフィエル様をあまり外に出すのは良くないんだ……良くないんです」

「……えっ。何で? 散歩とか、健康的だと思うんだけど?」

「あの人、ルベリオスに居た時はたまに外に出たと思ったら次の日には体調を崩していて……。恐らく室内でのんびり過ごす分には問題ないが、外で一時間もいたら体調を崩す程、身体が弱いんです」

「…………そんなこと、聞いた事が。いや、言われなくとも気付くべきだったのか」

 

 言われてみれば、兆候はあった。ほんの少しの些細な事ではあったけれど、気付くべきだった。

 住まいの場所を決めるために街を歩いた日の夜には熱を出して倒れた。当初はシオンの料理のせいだと思っていたが、よく考えればシオンの料理から一度復活してからの事だった。

 だったら、あれは単純に体調を崩してしまっただけだったのだ。

 それに、散歩を勧めた時、妙に歯切れが悪かった。

 見知らぬ土地、リムルの支配地を歩くのが不安なのかと思ったが、そうではない。

 ただ、自分が体調を崩して周りに迷惑をかける可能性を危惧していたのだ。

 考えれば簡単に辿り着く答え。

 それに気付かない程、ラフィエル=スノウホワイトのいうように悪影響を受けていたのか。

 

「なあ、ラフィーは……もう、ここには来ないって言ってたか?」

「いいえ。ここの料理は美味しいと、褒めていました」

 

「――そうか。なら、良かった」

 

 安堵の表情を見せたリムルに、ギャルドは思う。

 ラフィエル=スノウホワイトが自分に接触したのは元勇者の働きかけだと思っていたが……それと同時に、この優しい魔王を救うためなのではないかと。

 確かにヒナタを殺したのは目の前の魔王だ。けれど、あれほどまでに配下に慕われ、ラフィエル=スノウホワイトが策を巡らす程度に気にかけている。

 それ程に、この魔王は周りに尽くされている。

 ならば。

 それだけの何かをこの魔王は持っていて、そんな魔王に慕われているラフィエル=スノウホワイトは。

 自分の今の主は。

 一体、どれほどの何かを持っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第46話 そして数ヶ月が過ぎた

 

 なんだか酷い誤解を受けている気がする。

 目の前に居るギィからお茶菓子を受け取りつつ、オレは外を見てみる。うむ、吹雪で少しの先も見えんな。どうやら気のせいだったらしい。

 メイドの一人にもふもふの毛布を肩からかけられて大変ぬくぬくです。吹雪の中でありながら快適すぎてお菓子を食べる手が止まりませんな!

 なんかリムルのとこの戦争も一段落したっぽいし、オレも安心だ。よかったね(他人事)

 昨日は最強の竜種が一体とか言われてるヴェルザードにエンカウントしたせいで、うっかり気絶してしまったのだ。

 二回目ましてではあるが、やっぱり戦闘能力怪物なので怖いものは怖い。本当、頼むからオレの前に出て来るのは止めてくれと言いたい。言えないけど。

 だから、にこにこしながらオレのティーカップに紅茶をいれないでとも言えなかった。

 何なの? 何でわざわざオレの隣に座ってそんな事をするの? 昨日お前の前でぶっ倒れたの、そんなに怒ってるの?

 ……ごめんて!!(必死)

 しょうがないじゃん、漂流して体力を摩耗していた時に竜種が現れたんだからさ。そりゃ気絶するよね、オレは悪くねぇわ。

 だからね、ほんと、あんまり近寄らないで……。

 ギィも呆れてるだけで何にも言わないし、オレは文句言えないし!

 オレの心の癒やしはお茶菓子だけだよ(錯乱)

 

「つーかよ、ラフィー。お前ね、最初からどうやってリムルとルミナスを和解させるとか、言っとけよ。色々面倒だろうが」

「いや…、そう言われましても」

 

 あいつらがどんな風に和解するとか知るわけねぇじゃん、何言ってんの? 

 そもそもお前、オレはあいつらが最後まで殺し合うんじゃないかと思ってたんですけど? 逆に和解できたとか驚いてたんだけど。

 だってあいつら魔王じゃん(偏見)

 アクの強い魔王同士が和解とか、出来るんですね(皮肉)

 

「ほら、ラフィーちゃん」

「あ、有難うございます」

 

 新たにいれられた紅茶を勧められ、オレはヴェルザードの力に怯えながらそれに手を伸ばす。話しかけるのは止めて欲しい。

 いや、話しかけるだけじゃなく、目の届く範囲に居座るも止めて欲しい。

 

「魔国連邦にはヴェルドラちゃんもいるみたいだもの。無闇矢鱈に争いを長引かせずにすんで正解だわ」

「そこまで見越してるなら教えろって話だよ。肝心なところは話しやがらねーからよ」

 

 いやだから、知らんって言ってるだろ。

 オレはね、何も知らないんだよ。そんな頭が良いわけでも、未来予知の能力を持っているわけでもないんだからさ。

 だから、何でもかんでもオレが知っていると思うな。

お前らはオレが知ってる前提で話してますけれども? オレは何も知らないんだよォ!(絶叫)

 もういい加減に分かってくれないか??

 

「ま、経験上お前は何も言わないと分かってるからな……こっちで勝手に考えて、適当にやっておいてやるさ」

 

 よく分からないけど、勝手にやってろって感じだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数ヶ月後。

 

「なあラフィー、祭りに興味あるか?」

 

 ほう、詳しく聞こうじゃないか。




「ラフィエル様の意向はこれで全部伝わったかな」
オリ主「とりあえず一件落着したらしいね、知らんけど(適当)」

 逃亡生活は終了です。
 さあラフィエル君、開催場所を魔国連邦と知らされずに、言葉巧みにギィに連れて行かれるといいよ!(笑顔)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:何事もなく白氷宮で過ごした人。


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魔都開国編
突発的旅行計画/ぶえっくしょん


 第47.5話 突発的旅行計画

 

「なるほど、開国祭ですか」

「なかなか発展してるみたいだしよ、オレも久し振りに外へ遊びに行こうと思ってな」

 

 お前もどうだ?

 と、気軽に誘ったギィだが、これにラフィエル=スノウホワイトが乗るかは賭けだった。

 西方聖教会との争事の結末が、彼女にとってどのように受け止められたのか。それこそがこの返答の鍵になるのだが……ラフィエル=スノウホワイトは本心を語らない。

 だからこそ、賭けなのだった。

 魔王リムルが、ラフィエル=スノウホワイトにとって接触するべきではない人物として認定されてしまったのならば、彼女は絶対にこの誘いを拒絶するからだ。

 魔国連邦の発展ぶりは、ラフィエル=スノウホワイトが身をもって実感しているだろう。今も何某かを通じて情報をリアルタイムで更新しているに違いない。

 この誘いに乗らなくても、ラフィエル=スノウホワイトは魔国連邦を知る手段がある。故に、この誘いにわざわざ乗る必要はない。

 しかし、もし彼女がこの誘いに乗るとしたら――

 

「いいですね。気分転換に丁度良いでしょう」

 

 ――それは、リムル=テンペストがラフィエル=スノウホワイトにとって親交を深めても構わない相手ということになる。

 今のリムルは、彼女が見定めようとしていた不安定な魔王ではなく、しっかりとした自我を持っている存在へと成長したのだ。

 だからこそ、ラフィエル=スノウホワイトはわざわざ距離を置こうとしない。

 そして、恐らくタイミングも見計らっていたのだろう。不快な噂が流れ、未だ尾を引くその影響の一切を払拭するには打ってつけの機会。

 各国首脳と数多の民が集まる、前代未聞の魔物の国の開国祭。

 ラフィエル=スノウホワイトが姿を現すには、お膳立てされすぎている、その舞台へと。

 

「オレとラフィーは参加。あとは……おい、ヴェルザードも行くか?」

「ええ。ふふふ、楽しみね。ヴェルドラちゃんは暫く大人しくしているみたいだけれど、いつ爆発するかは分からないもの」

 

 淑やかに微笑んだヴェルザードは、楽しそうにかの国に居候している弟を想う。昔からやんちゃで抑えが効かない子だったのに、と。

 魔王リムルの傍にいると、こんなにも大人しいだなんて――珍しい事もあるものだわ。

 そんなヴェルザードを、柔らかい笑みでじっと見つめ、ラフィエル=スノウホワイトは口を開いた。

 

「それで、どれくらいの規模なんですか?」

「あ? いや、知らねーけど。まあ、かなり大きめになるんじゃね?」

「……そうなんですね」

 

 リムルのやらかし具合からして、恐らく他の国の祭りなんかよりもド派手にやらかすだろうと推測して、ギィは答えた。

 リムルの国の内情を調査させているので、その質の高さはギィも満足出来る程だろう。レインもそう報告していた。

 調査報告の一環として、こちらに送ってきたケーキは中々美味だった。ちなみにラフィエル=スノウホワイトにも一つ分けたのだが、大変好評だった。

 その様子を見ていたミザリーが複雑そうに、悔しげに、微かに顔を歪めていた事が印象的であった。

 

「それで、いつ出発を?」

「明日」

「……えっ」

 

 キョトンとした顔でギィを見つめ返すラフィエル=スノウホワイトに、ギィは笑顔で言った。

 

「寝る前に準備しとけよ」

 

 固まる彼女を尻目に、ギィは部屋を出た。綺麗に夕飯を食べ終わっての事である。

 

「…………えっ、あ、明日?」

 

 唖然とした声が背中越しに聞こえ、ギィは満足げに頷いた。聖女の崩れない微笑みを崩した時の快感は、素晴らしいものだ。

 そんな彼の背中に、ヴェルザードは声をかける。勿論彼女も夕飯を終え、立ち上がって部屋を出て来た。

 

「ラフィーちゃんを外に出しても大丈夫なの?」

「数時間程度は問題ないさ。今は栄養食と回復薬(ポーション)でかなり健康的になってるからな」

 

 勿論、ラフィー基準でだが。

 まあ念には念を入れて、色々と持っていくことにしよう。ギィとヴェルザードは、扉の向こう側から聞こえた少女の可愛らしいくしゃみを耳にして、そう決めた。

 

「……あいつの病弱さはオレでも予測できないからなあ」

「万が一がないよう、ちゃんと目を配っておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第47話 ぶえっくしょん

 

 ほーん、祭りとな。

 いいね、オレあれ好きなんだよ、屋台のやつ。特に鉄板焼きがさ! あれめっちゃ美味いだろ、知ってる。

 都でも祭りがあったら聖歌隊の皆で遊びに行ったなあ。毎回、絶対にタコ焼きは食ってた。

 タコ焼きはいいぞ。

 中にタコが入ってない時は逆に嬉しい。タコ無しの方が逆に美味しいと思う。誰も分かってくれなかったけど。分かれよ!(脅迫)

 

 まあともかく、久し振りにマトモなイベントでちょっと嬉しい。

 最近はね、リムルのとこに無理矢理住まわせられたり、戦争の元凶にされたり散々だったからね。はー、死ね(溜息混じり)

 そんなんだから、この世界はいつまでたっても争いがなくならないんだよ! いい加減しろ!

 もっと楽しい事をしよう。楽しい事だけをやっていこう。ゴミイベントなんてくそ食らえだ。

 どこの国が開国するのかは知らないけど、こういうお祭りはどんどんやっていこう!

 

「いいですね。(最近は鬱屈した空気に浸ってたから)気分転換に丁度良いでしょう」

 

 もういい加減、窓の外を見たら吹雪しかない光景には辟易してたんだ。

 

「オレとラフィーは参加。あとは……おい、ヴェルザードも行くか?」

 

 は??(低音)

 冗談は止めて欲しいんですけど??(真顔)

 

「ええ。ふふふ、楽しみね。ヴェルドラちゃんは暫く大人しくしているみたいだけれど、いつ爆発するかは分からないもの」

 

 はーん??

 いい加減にしたまえよ、お前ら頭沸いてんのか。何のために気分転換しに行くと思ってんだ、ぶっ殺すぞ!(怒)

 何処を見ても吹雪しかないこの腐れ大陸には飽き飽きしてるんだよォ! 寒いっつってんだろうが! ヴェルザードがいたら意味ねぇだろ、思考回路仕事してんのかこのゴミ野郎!

 そんなんだから、どっかの皇帝との勝負にまだ決着ついてないんだよ(皮肉)

 はー……もういいよ。お前らにはもう期待しないから。失望した。

 

「それで、(オレ達は)どれくらいの規模(の人数)なんですか?」

 

 どうせお前の事だから、ミリムとか誘ってんだろ? 団体で行くなら先に言って欲しいもんだ。

 ヴェルザードのくだりで賢いオレは気付いたけれども、他の奴なら気付かないからね?

 

「あ? いや、知らねーけど。まあ、かなり大きめになるんじゃね?」

 

 えっ(驚愕)

 

「……そうなんですね」

 

 なんで誘ったお前が知らねぇんだよ! 何なの? お前そんなんだから……!!

 いやいいや。もう期待しないって決めたからね。言った傍から期待して何やってんだ。

 

 

「それで、いつ出発を?」

「明日」

「……えっ」

 

 もう既に晩ご飯食べてる最中なんですけど。もう今日が終わっちゃうんですけど。

 お前、何でこんなに遅く言うの? 普通さ、前もって言うよね??

 それなのに、何で、今言った?

 お前あたまおかしいよ……もう修復不可能なレベルだからね?

 本当に信じられない。

 

「寝る前に準備しとけよ」

 

 ギィは見たことがないくらい爽やかな笑顔で部屋を出て行き――お前わざとだろ、ふざけんなよ(憤怒)

 楽しいか? オレが唖然としている顔を見れて楽しかったか? オレは全然楽しくなんてないよ。本当に、怒るからな?

 

 おい、こら。

 ヴェルザードまでギィの後に続いて出て行ったんだけど?? お前ら共犯か、よーし、死ね!!(直球)

 オレは他人のそういうところが嫌いだ。人を陥れて食う飯は美味かったか?

 もういい、こんなところ出てってやる!!

 窓枠に足をかけたところで、寒くて震えた。くしゃみと寒気が止まらないから諦めた。

 これだから吹雪は嫌なんだ。

 

 もう寝る。

 明日の準備? 知るかそんなもん。

 

 

 




「リムルと黒の悪魔(ノワール)、どんな反応するか見物だな」
オリ主「タコ焼き食べたい(現実逃避)」

どの国が開国するのか知らないままに魔国連邦へと連れて行かれるラフィエル君。
ちなみにギィに連れて行かれる場合は、もれなく途中で落とされヴェルザードに拾って貰い、そのままゆっくり魔国連邦へ向かいます。拷問かな?

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:くしゃみが止まらなくなった人。


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勇者マサユキ/絶望しかねぇわ

 第48.5話 勇者マサユキ

 

 ギィ・クリムゾンは魔王である。

 それも、ただの魔王ではない。一番初めに誕生した最古の魔王であり、原初の赤。悪魔の中でも最上位に位置付けされる悪魔でもある。

 だからこそ、彼がそのまま何の小細工もせずに魔国連邦へ向かえば阿鼻叫喚へと陥ってしまう。

 しかし、そんな事態をラフィエル=スノウホワイトが許容するはずもなく――

 

「案外気付かれないもんだな」

 

 下手な変装はしないものの、その身から溢れる妖気を完璧に抑えたギィとヴェルザード。二人とラフィエル=スノウホワイトは、旅人に扮していた。

 リムルのところの魔物にはバレるだろう。その程度の杜撰な潜入方法である。しかし、それでいい。

 ここに来たのは、ラフィエル=スノウホワイトとリムル=テンペストの関係が険悪ではない事を証明するため。

 あちら側にばれなくては意味が無いのだ。

 それにしても……、顔を隠しているのはラフィエルスノウホワイトだけ。だというのに、妖気を隠しただけで人間の大多数を欺けるとは。

 魔王の顔くらい覚えておけよと、ギィは呆れた。

 しかしその人間側の適当さのおかげで騒ぎにならずに入国出来ているのだが……。

 

 まあ気にしても仕方ない。

 ギィが開国祭の前日である今日にわざわざ来たのは、珍しく気を利かせたからだ。前日であれば開国祭本番よりも時間が取れるだろうという、気遣いである。

 ついでに一番いい宿を手配させようとも。ラフィエル=スノウホワイトの病弱さは伊達ではないのだ。

 今だって、何だか騒がしそうな連中が近くに居るせいか、耳を押さえて座り込んでいる。

 移動にも時間を使ったせいか、彼女の体調は芳しくない。

 

「ラフィーちゃん、大丈夫? あの子達を黙らせてきてあげましょうか?」

 

 ヴェルザードが過激な事を言い出すが、ラフィエル=スノウホワイトはふるふると首を横に振った。

 ラフィエル=スノウホワイトの頬から流れる汗を拭い、冷たい水を彼女に渡す。水分補給をしっかりとさせ、メイド達の代わりに世話を焼くヴェルザードを尻目にギィは前を向いた。

 騒がしそうな連中――いや、実際に騒がしいか。いかにも待遇が良さそうな馬車に乗った人間達。時折勇者だのと聞こえてくるあたり、どこぞの勇者がいるらしい。

 もしや魔王リムルを倒しに来たとか? いや、まさか。この祭りをそんな無粋な真似をして盛り下げる輩はいるまい。

 

 それにしても煩い。勇者様勇者様と、周りの迷惑も考えろ。どんどん体調が悪くなっていくラフィエル=スノウホワイトを間近で見ているヴェルザードの機嫌が急降下していく。

 ゴミを見る目で馬車を視認したヴェルザードが、今にも襲いかかろうとした時、魔王リムルがやって来た。

 一応勇者の乗る馬車の前で彼等とやり取りをしているが、視線が何度もラフィエル=スノウホワイトへ向かっている。

 ギィにリムルから向けられる視線はどういう事だと非難と説明を求めるものだ。

 

 そして、勇者とのやり取りが終わり、リムルも帰っていく。しかしそれでも、絶対に説明しろと鋭い睨みを貰ったが。

 先程よりは静かになった勇者御一行に、とりあえずは殺意を収めたヴェルザード。ラフィエル=スノウホワイトの世話に戻った彼女は、落ち着きを取り戻している。

 その理由には、少し顔色の良くなったラフィエル=スノウホワイトがいたからでもある。

 

「――ん?」

 

 何処か、懐かしい気配。

 いつかの記憶が蘇りかけて、こんなところにいるはずかないとギィは首を振る。

 しかしまた、どうして急に?

 その答えはすぐに判明し、ギィは驚愕に目を剥いた。

 

 勇者。

 勇者マサユキ。

 サラサラの金の髪に、切れ長の目。線が細く、少し童顔の、美少年。

 リムルが対応した勇者であり、ラフィエル=スノウホワイトの体調を悪化させた勇者。

 微弱ではあるが『英雄覇気』を纏っており――

 

 ――何より、東の帝国の皇帝と、瓜二つの顔。

 

「ルドラ……いや、違う? どういう事だ?」

 

 唖然としたギィの呟きに反応したヴェルザードも顔を上げ、見えた勇者マサユキの顔に絶句する。

 これ程までに瓜二つなんて有り得ない。血族とはいえここまで似ることはない。双子ならば有り得るが、それは違う。彼には妹が一人いただけなのだ。

 では、勇者マサユキは何者なのか――?

 

「――そういえば、あの周りに居た人間。やたらと勇者マサユキを褒めていなかった?」

 

 ぽつりと零されたその言葉に、ギィは思考加速を使いながら脳を回転させた。

 そして辿り着くのは、信じたくない結論だった。

 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、ギィは無言でラフィエル=スノウホワイトを見た。

 これさえも、計算の内だったのか。気付かせるために、わざとこんな方法で入国したのか。

 

「ルドラはもう……死んでしまったのね。そして記憶は無いまま転生して、それが彼――勇者マサユキ」

「ああ。だが、皇帝ルドラは生きている。体を動かしているのは、皇帝を名乗っているのは、誰だ?」

「――近いうちに、ヴェルグリンドへ会いに行きましょう」

 

 勇者マサユキは、英雄の道を歩き続けなければならない運命にある。

 何故なら――彼は『英雄覇道(エラバレシモノ)』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 第48話 絶望しかねぇわ

 

 聞いてない。

 まったく、何も、聞いてないんだが??

 開国祭するのがリムルのとこの国だなんて、これっぽっちも聞かされてないんですけど!(怒)

 

 やばい、胃が痛くなってきた。

 最近は胃痛ともサヨナラした、そこそこの快適生活だったってのに。どうしてくれるお前らこの野郎。

 キリキリと痛むんだけど。あー、脱走したってばれてるから酷いことされるんだろうな。あっ、激痛。

 ぐるぐると体の中に響く胃が収縮する音。ああああ、トイレに籠もらせて……!(悲鳴)

 久し振りに痛みと真っ正面から向き合うオレの顔色の悪さにヴェルザードが顔を覗き込んでくる。どっかいけ。

 

 くっ……くそ、やべぇぞ、これ。

 本格的に胃に穴が開くんじゃないかと血の気を引かせながらお腹を押さえていると、騒がしい声がダイレクトアタック。

 傷()に響くから大声出すんじゃねぇよ殺すぞ!!(殺意)

 耳を押さえて声をシャットアウト出来ないか試みる。あまり意味は無かった。死んでくれないか??(真顔)

 あー本当にこれだから、祭りのたびに騒ぐゴミカスは嫌いなんだよ。お前ら、顔覚えたからな? 夜道には気を付けろよ(血走った目)

 

 リムルへの恐怖で胃痛になっているのに、更にうるせぇゴミカスの大声でイライラしてストレス倍増。

 胃痛が進化してしまいそうだ……。

 あまりの激痛に大量の汗を流す。今のオレの顔色絶対悪い。知ってた。

 そしてヴェルザードの顔が怖い。泣きそう。

 

 ぷるぷる震えていたら、向こうからリムルがやって来た。終わった(絶望)

 話をしているのは前にいるきらびやかな馬車の連中だが、ちらちら視線を寄越してくるから絶対に気付いてる。オレがいる事に気付いてる。

 しかも去り際超睨まれたし、これはもう地獄ってことかな? 死にそう……。

 

 でも今は帰ったって事は、これから逃げられる可能性はあるよね。ちょっとだけ胃痛が和らいだ気がする。




「良かった、本当に嫌われた訳じゃなかった……」
オリ主「よーし、隙を見て逃げるか!(笑顔)」

逃げられません(断言)
この後、マサユキとルドラの件についてギィとヴェルザードの質問攻めに合い、疲れ切って今日は休もうとしたら、ギィに連れて行かれて各国の要人がご飯食べてるところに突撃させられる。合掌。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:胃痛が復活した。穴が開くかもしれない。


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魔性の聖女/こんにちはストレス

 第49.5話 魔性の聖女

 

 魔国連邦へ入国した三人は、食事処にて腰を落ち着けていた。

 マサユキショックから上手く抜け出せていないため、食事する事で精神を落ち着けているのだ。ただし、ヴェルザードの食事だけ時折凍る。本人は気にせず食べているのだが。

 そして、腹八分目で食事を終えた三人は熱いお茶に口を付けて一息ついた。

 

「さて、ラフィー。説明してくれるよな?」

「えっ?」

「惚けるなよ。何で知ってるかはもう聞かねーけどよ――目的だけは教えて貰おうじゃねーか」

 

 ギィはじろりとラフィエル=スノウホワイトを睨み付ける。訳の分からないまま巻き込まれるのは御免なのだ。

 ラフィエル=スノウホワイトは迷うように瞳を彷徨わせる。話していいのかどうか、考え込んでいるようだ。今までは何も言わずに過ごしてきたからこそ、話していいのか分からないのだろう。

 その原因には、ラフィエル=スノウホワイトを甘やかしてきた魔王達――ギィにも責任はある。そのため、彼女が口を開くまで黙って待っているのだ。

 そして、ようやく、彼女は口を開いた。

 

「――私は。私は、ただ、努力が報われればいいと。そう考えているだけです」

 

 何もかも知っているかのように、少女は透き通った瞳で言い放った。その瞳はブレる事無くギィへと向けられ、一切の嘘は含まれない。

 ただただ純粋に、そう願っているのだろう――彼等が、報われればいいと。

 

 長い年月、保たれてきた世界。

 それを維持してきたのは調停者たる悪魔。

 星王竜ヴェルダナーヴァから託された、その役目。魔王という恐怖でもって、世界の安寧を保ち続けてきた悪魔。

 その安寧を、違う方法で作ろうとする勇者。

 人は一つにまとまれると信じ、魔王も調停者もいらぬ世界を作ろうとしてきた者。何度も転生を繰り返し、悪魔との勝負を続けてきた皇帝。

 

 魔王ギィ・クリムゾンと勇者ルドラ・ナスカ。

 調停者ギィ・クリムゾンと皇帝ルドラ・ナム・ウル・ナスカ。

 

 この両名、そして星王竜ヴェルダナーヴァ。

 彼等の努力が報われればいいと、報われるべきであると考えている。だからこそ、知らなければならなかった。

 皇帝ルドラは、既にギィの知る勇者ルドラではないという事を。

 知るべきだと思ったのだ。一体、今、何が起こっているのかを。

 全ての波紋の原因の全てが、現在この場所――魔国連邦に続々と集まっていることを。

 だからこそ、この場所へ。

 リムルとの関係回復は勿論、あの二人の勝負の行方が消えて無くなるその前に。

 知らせて、行動させるべきだと、ラフィエル=スノウホワイトは考えたのだろう。

 

「――そう。ラフィーちゃんは、努力は報われるべきだと思うのね?」

「いいえ。努力は報われて良いものと、報われなくていいものがあります。時として無意味な事もあります。けれど、私は今回だけは報われて欲しいのです」

 

 祈るように両手を組んで目を伏せるラフィエル=スノウホワイトに、ヴェルザードは微笑む。本当に、人々が理想とする聖女であり、自分勝手な少女だ。

 しかし、実に好ましい。

 愚かな人の子、その博愛は誰が為にあるものか?

 誰一人として特別に思っているわけではない事は、既に知っている。だというのに、まるでギィ達を特別に思っているような口ぶり――ああ、騙されそうだ。

 けれど騙されてはいけない。彼女は種を愛しているのであって、個人を想ってはいないのだ。彼女の博愛は、常に少数ではなく大多数へと向いている。

 小さな犠牲で、より多くを救う。

 己すらも特別に想わない聖女は、自分一人犠牲になるだけで他が救われるのなら、何も思う事無くその命を散らすのだろう。

 

 ――しかし心許すな。その少女は、聖女でありながら魔性である。

 

 上品で気品のある美しい容姿も、心安らぐ優しい声も、何もかも見透かすような青い瞳すら。人の心を奪う、魔性の類である。

 地獄への道は善意で舗装されているというではないか。彼女は確かに聖女であろう。けれど、聖女だったからこそ、人は容易く道を踏み外すのだ。

 極限まで振り切れれば、その方角が悪であろうと善であろうと、先は狂人でしかない。

 振り切れてはいけない。最後まで心を許しては、狂った竜の出来上がりだ。

 ある程度心許しながらも、一歩引いて客観視する事が大事なのだ。それは、無意識でも古参の魔王は理解している。

 聖女というイキモノは、その存在こそが魔性なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第49話 こんにちはストレス

 

 ごはん美味しい。

 そんな現実逃避だって限界はくるもんだ。そう、奴は何時だってやってくる。どんな時でも、どれだけ警戒しても奴はのっそりと顔を出す。例えどれだけの悪環境の家に居ようが、素晴らしい城のような場所にいようが関係ない。奴は何時だって狙っている。

 オレの胃を破壊しようと、その痛みはやってくるのだ。

 泣いた(号泣)

 何故、オレだけがこんな目に遭わないといけないのか――許されない。ホント、勘弁してくれないか??

 滅茶苦茶痛いんですけど。泣きそうなんですけど。ご飯食べてる時はちょっとマシだったけど、今死にかけなんですけど。

 目の前のもしゃもしゃ食ってるお前らには分からないかもしれませんけれども?(皮肉)

 ていうかどんだけ食うの? オレが半人前でギブアップしてるのに、お前らはそれ何人前食ってるの? 喧嘩売ってる?(半ギレ)

 

 いい加減にしてくれないか。オレはね、割と温厚な方だと自負しているんだけれども。キミたち人の神経逆撫でマンにまで寛容ではいられんのだよ!!(怒)

 理解したらさっさとご馳走様を言いなさい。ほらっ、早く! あくしろよ!!(机ドン)

 勿論悪い子なお口はそんな事を言ってくれはしないが、心は通じたのかもしれない。ようやくギィとヴェルザードは食後のお茶を頼み始めた。

 お前ら二人で十人前は余裕で食ってるよね? ……どんな胃袋してんの?(ドン引き)

 そんなに食ったらオレだったら絶対破裂してるわ。間違いない。いや待てよ、破裂したら胃痛とサヨナラ出来るのでは!?(迷案)

 ……いや無理だわ(正気)

 ストレスと胃痛で何を血迷った事を考えてたんだろう。正気度でストレス値を測れるとかかなり狂気入ってるぞ。

 密かに焦っていると、お茶を飲んだギィが話しかけてきた。

 

「さて、ラフィー。説明してくれるよな?」

「えっ?」

 

 何を?

 オレの胃の容態についてかな?

 何でお前らっていつも主語抜いて話すの? そんなんだから何言ってるのか分からないんだよ!

 

「惚けるなよ。何で知ってるかはもう聞かねーけどよ――目的だけは教えて貰おうじゃねーか」

 

 惚けてるのはお前だァ!!(憤怒)

 毎度毎度何言ってるのか、何について話してるのかさっぱりわかんねぇんだよ!! 何なの? 嫌がらせにしか思えないんですけど? 死んでくれ。

 大体お前……えっ、何真剣な顔してんの? そんなに真面目な話しようとしてんの?

 ……それなのに主語抜いて話してるの? は? 絶対嫌がらせだろ(確信)

 正直、戦闘能力怪物に真顔で見られて心が砕けそうだが、せめてもの意趣返しにオレの一世一代の告白をしてやる。

 

「――私は。私は、ただ、(リムルとかお前とか魔王その他から逃げようとしているオレの)努力が報われればいいと。そう考えているだけです」

 

 どうかな、お前らの行為が迷惑だって、ちゃんと自覚してくれた??(皮肉)

 ご主人様なオレの意志をあんまり反映させてくれない口に例のごとく邪魔されたけど、割と分かり易い方じゃないか?

 だから、ほら! さっさとどっか行って!!(懇願)

 オレはリムルに連行される前にこんな国からはとっととオサラバするんだからさあ!

 

「――そう。ラフィーちゃんは、努力は報われるべきだと思うのね?」

「いいえ。努力は報われて良いもの(オレの逃走努力)と、報われなくていいもの(魔王達の嫌がらせ)があります。時として無意味になる事もあります。けれど、私は今回だけは報われて欲しいのです」

 

 この国から逃げるという事だけは、必ず。

 そうしないとオレの胃は永遠に痛みに悩まされる事になるし、何より心が死ぬ。

 とにかく、変な奴に襲撃を受けるような日々ではなく――オレは、ゴロゴロ自堕落生活を送りたいだけなんだよ。

 

 

 




「――その博愛に惹かれてはいけない」
オリ主「ゴロゴロしたいお!(要約)」

とりあえず散々な扱いをされたラフィエル君。まあ最初からそんな感じだったし気にしないでね!(笑顔)
勿論のこと、自堕落生活は遠い夢でしかなかった。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ストレスと爽やかな挨拶を交わした。


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再会/腹痛が痛いので

    





※長文注意。前書きです(エタ言い訳+供給してください)

 ただいま。決して飽きてた訳じゃないんです。むしろ燃え盛ってました。
 バイト始めてから初めての長期休暇。調子に乗って「シフト? 毎日開いてますよ!!(要約)」した結果、昼と晩に鬼のようにシフトを入れられ、毎日ゲームの日課をこなしてから泥のように眠る日々。執筆する時間なんてなかった。長期休暇だからと毎日入れるなんて言ってはいけない(戒め)

 それはそれと、ネタだけは大量に舞い降りてくる謎減少。とりあえず放出だけするので誰か供給してくれないかなー!!(クソデカボイス)

 とりあえず最初は、転スラって『このすば』と相性めっちゃ良くないですか? 特に紅魔族と相性最高なのでは?? 森の騒乱編の時とかオークでわちゃわちゃ出来るし、魔王ミリム来襲の時には魔王城にピクニック行く話したり、街作る時は上級魔法で畑耕して「里の農家なら普通にやってるよ」発言で「#農家とは」とみんなを困惑させて欲しい。リムルがイングラシア行ってる時に手紙を出して、リムルが血相変えて帰ってきたら意識不明になってて、戦争終わって魔王になった頃に意識が戻って「え? あれ紅魔族の時候の挨拶だから書いてただけ」とか言っちゃってリムルをブチ切れさせて欲しい。

 あと思うんですけど、普通に考えて目も見えず耳も聞こえない状態で自分が人型じゃなくなってるって軽く発狂モノですよね。そこに聞こえる大賢者の声とかもう依存する可能性ありますよね? ていうか依存するしかない!! つまりリムルは大賢者の声が聞こえた瞬間に依存してるんですよ。元々軽く発狂入ってますからね。SAN値チェック失敗し続けてるから。それに原作でもここぞという時には大賢者にだけ頼ってる節ありますからね。病みリムル×大賢者(ラファエル)はもはや公式なんですよ分かります???(錯覚)

 というわけで、そんな感じのものを誰か供給してください。どっちかだけでもいいので! 二つ同時に書くのってやばいくらい疲れますからね。
 私はこの作品だけで手一杯で……完結したら書いても良いんですけど。今ちょっと息抜き自分用で好きなキャラ闇鍋クロスオーバーちゃんねる形式の転スラ書いてるんでやっぱり無理です。

 書いてくれたら連絡ください!!! 読みに!! 行くから!!!!





 ↓本編です↓


 第50.5話 再会

 

 遅めの昼食を終え、三人は食後のデザートをゆっくりと楽しんだ。ギィはチョコレートケーキを、ヴェルザードはイチゴパフェ、ラフィエル=スノウホワイトはフルーツを少し。

 それぞれが味を楽しみ、食べ終わったのは同時だった。

 

「さて、腹も膨れたな。そろそろリムルのところに行くか」

「そうね。帝国のことは開国祭が終わってからでも遅くはないでしょうし、貴女も魔王リムルに早く会いたいでしょう?」

「そんなことは……街を見てからでも構いません」

 

 柔らかく微笑むラフィエル=スノウホワイトの瞳に嘘はない。むしろ、街を見てから会いたいように見える。

 恐らくは、少しの間離れただけの国がどこまで変化したのか気になっているのだろう。このお人好しは、自分が原因で何か問題が起きていないか、自分の目で確認しなければ納得出来ないのだ。

 

(どうせ、何処からか情報は入ってるだろうに)

 

 頭で理解はしていても、感情が許さないのだろう。それこそが、ラフィエル=スノウホワイトが聖女である所以。もし、ラフィエル=スノウホワイトが原因で何か問題があったのならば――その手を汚すのだろうか。

 ギィは知っている。

 ラフィエル=スノウホワイトが、ただの純白の聖女ではない事を。

 薄汚れ、白とは程遠く赤黒い事を、知っている。

 その身から漂う、濃厚な死の気配は薄れることなく、今さえも身に纏っている。その身に宿る悪魔の存在だって、本人の次に知っている。異世界より来たる聖女に取り憑いた、同じく異世界より来たる悪魔。

 その死臭は、はたして聖女と悪魔のどちらのものか。

 ……考えても詮無きことだ。

 どにらにせよ――ラフィエル=スノウホワイトは、気高く傲慢な、心優しい病弱な少女である。

 他人のためならば、どんな事でもしてみせるのだ。

 

「そう言うなら、少しぐらい見ていくか」

「ええ、では――」

 

「―――ラフィエル様!」

 

 もし問題があるとしたら、ラフィエル=スノウホワイトが見つける前に潰しておこう。そう考えやると同時に、大声が聞こえた。

 燃えるような赤髪がラフィエル=スノウホワイトへと近付いている。目を丸くして振り返った彼女と、その赤髪の男が目を合わせる。

 その前に、ギィは男の脳天を揺らして黙らせ二人で姿を消し、ヴェルザードはラフィエル=スノウホワイトを抱いてその場から離脱したのだった。

 

 そして、静寂だけが残ったその場には、ざわめきが支配していた。

 ラフィエル=スノウホワイトの名に反応した周囲の人々が騒ぎ出したのだ。彼女の名は良くも悪くも有名である。

 しかしその場から、既に彼女は姿を消していた。そのため、大した騒ぎにはならずに済んだのだった。

 そして、現在。

 

「で? こいつは知り合いか、ラフィー」

 

 人気の無い路地裏にて。

 白目を剥いて気絶している赤髪の男――ギャルドをポイと放り投げ、ギィは問い掛けた。

 

「ええ……ルベリオスにいた頃に」

 

 なるほど、ギィとヴェルザードは頷いた。

 恐らくというか、確実にこの男がラフィエル=スノウホワイトの協力者なのだろう。協力者というか、ラフィエル=スノウホワイトの掌で転がり、自分の意志と思い込みながらも仕立て上げられたのだが。

 しかし、その協力者が何故ここに?

 ルベリオスの人間であればルベリオスにいるはずだ。ならば、何故。

 瞬間、ギャルドの体が跳ね上がった。

 こんなにも早く意識が戻るはずがない。そのため、ギィは少しだけ驚いた。そして、納得する。

 これくらいじゃなきゃ、ラフィエル=スノウホワイトの協力者にはなれないだろうと。

 適当な人間よりも、見込みある人間の方が、ラフィエル=スノウホワイトの目にも止まりやすかったのだろう。

 

「……っあ、ラフィエル様。この二人は?」

 

 腰を低くし、すぐさま剣を抜ける姿勢だったギャルドだったが、その場にラフィエル=スノウホワイトが居ることを認識してすぐに、自然体へと戻った。

 その変化に関心したように見たヴェルザードだったが、その腰には肝心の剣が不在であった事に気付いて呆れ果てた。

 本当にこの男が、協力者なのだろうか。抜けすぎている。否、ラフィエル=スノウホワイトにも少々抜けた所があるのだが。

 

「ギィとヴェルザードです」

「えっ。ま、魔王リムルは知っているのか?」

「先程顔を合わせましたよ。話してはいませんが」

 

(それは確実に俺が怒られるのでは??)

 

 元ルベリオスの十大聖人であったギャルドは、今はラフィエル=スノウホワイトの唯一の配下として魔国連邦(テンペスト)に滞在している。何故かというと、彼だけがラフィエル=スノウホワイトが一番に接触し得る人物だったからだ。

 彼女の情報を欲しているルミナスとリムルとで取り合いになったものの、ギャルド以外で接触するとしたら気に懸けているこの国であろうと推測された。

 そのために、彼は半ば無理矢理に近い形で滞在している。実際に、ギャルドが一番に話すことが出来ているので間違いではないかもしれない。

 

(何で教えなかったって言われそうだな……俺も知らなかったのに……)

 

 項垂れたギャルドに、ラフィエル=スノウホワイトは目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第50話 腹痛が痛いので

 

 あれだけ飯を食った癖に、更にデザートまで食うとか胃袋どうなってんの??(ドン引き)

 はー、もっと食えとか言ってますけど、俺は既に満腹なんだが? 胃痛もプラスされてるから、これ以上は死ぬ気にならないと食えないんだが?

 そんなオレの気持ちを無視して食えと脅してくる二人に殺意を覚える。食えねぇっつってんだろ、せめて果物類でお願いします!(懇願)

 自らの胃と格闘しながら、一口一口をビー玉程の大きさで食べていると、ヴェルザードがパフェを分けようとしてきた。は?(低音)

 お前もしかしてオレのこと嫌いなの? オレもお前なんか大っ嫌いだよ!!!(クソデカボイス)

 悪童なオレの口がNOといえるか分からなかったため無言のまま微笑んでいると、いらねぇという空気をようやく察したヴェルザードが引き下がった。

 最初からやらないで欲しいもんだな。二度としないで下さい。戦闘力が見た目と比例していない奴と仲良く出来ないからね、本気で。

 

 必死の思いで果物を飲み下した。腹が裂けそうなくらいで死にそう。食べ物を食べ過ぎて腹が裂けて死ぬとか、どれだけ恥ずかしい死に方?

 とりあえず、胃の中の食べ物が消化されるまで、ゆっくりして……

 

「さて、腹も膨れたな。そろそろリムルのところに行くか」

 

 そういうこというの、よくないと思います!!

 これ以上オレの胃袋を虐めてどうしようってんだ! いじめっ子気質もいい加減にしないと菩薩のように広い心を持つオレも絶縁してしまうからな?

 

「そうね。帝国のことは開国祭が終わってからでも遅くはないでしょうし、貴女も魔王リムルに早く会いたいでしょう?」

 

 全然会いたくねぇよ。

 どう見たらオレがリムルに会いたそうに見えるんだよ。

 

「そんなことは……街を見てからでも(見なくても会いたくないので会わなくても)構いません」

 

 むしろ早くこの国から出て行きたい。

 もっと言えば、何故ここに連れて来られたのか分からない。もはや気分は教会に捕まる異教徒だ。

 

「そう言うなら、少しぐらい見ていくか」

「ええ、では――」

 

「―――ラフィエル様!」

 

 あいつらが街を見てる間に隙を突いて逃げよう。腹は死にそうなくらいキツいけど、頑張ったら何とかなるはずだ。

 そう思った瞬間、オレは今いた場所とは別の場所にいた。えっ、どうなってんの?

 

「で? こいつは知り合いか、ラフィー」

 

 はーもー状況にまるでついて行けないんだが?(自棄)

 どいつのことを言ってるんだ、お前が何時の間にか持ってたその赤髪のことか? おおとも、知り合いだよ! なんか文句あんのか!

 正直お腹が痛いから、いきなり距離を移動させるのは止めて欲しい。切実に。今、オレ、胃の中身吐き出しそうなの……(白目)

 

「……っあ、ラフィエル様。この二人は?」

 

 見りゃわかんだろ、魔王と竜だよ。

 あとオレ、お前がオレの根城をバラしたの、まだ怒ってるからな?

 

「えっ。ま、魔王リムルは知っているのか?」

「先程(最悪なことに)顔を合わせましたよ。(オレは)話してはいませんが(どうせギィとグルなんだろうし知ってるんじゃねぇの、知らんけど)」

 

 そう言うと、何故かギャルドは項垂れた。項垂れたいのはこっちなんだが??(困惑)(半ギレ)

 

「安心しろ、リムルの奴には後でちゃんと会いに行くさ。あいつが近くの国の奴等と夕餉をする時にでもな」

「!!?!???!」

 

 慌ててギィの顔を見る。ヴェルザードは当然という顔をしているし、ギャルドは何故か納得していた。

 

 は??

 初耳なんだけど???

 

 はー………ほんと、勝手なこと言いおってこの自分勝手共め。そんなんだから嫌われるんだよ。許さん。

 もういい、お前ら絶交な!!(断言)

 




「会えたのはいいが、ルミナス様とリムル様から理不尽に俺が責められる未来しか見えない」
オリ主「腹は痛いし、未来は絶望しかない(絶望)」

胃痛にプラスして、満腹による腹痛もあるので倍率ドン! もう一回遊べるドン! それはともかく、ようやくギャルドと再会。さっさと伏線張っていきましょうね~。張れるか知らんけど。

 現在のステータス

name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:リバース寸前。誰かトイレに連れて行ってあげて欲しい。


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それはとても残酷な/NTR趣味はない

 第51.5話 それはとても残酷な

 

「久し振りね、ヴェルドラちゃん」

「あああ、姉上!? 何故ここに!?」

 

 ヴェルザードはにこにこと微笑みながら、屋台で焼きそばを作っていたヴェルドラに話しかけた。当然、姉がいるなど露ほども思っていなかったヴェルドラは、顔を青くして震え上がった。

 もしやリムルが自分に隠して招待したのか裏切り者とまで考えた。しかし、その隣にいる少女に気付き、叫んだ。

 

「どういう事だリムル――ッ!!?」

 

 その叫びはしっかりリムルの配下達に届き、不自然ではない程度に駆け付けた彼等すら目を剥いた。そこに居たのは彼等の主が探していた少女――ラフィエル=スノウホワイトその人だったのである。

 彼等は絶叫こそしなかったものの、思考は数秒フリーズした。何せ、少女と共に居るのは主と同じ、世界最強の一角たる魔王と竜種である。慎重な行動をしなければ。

 すぐさま冷静さを取り戻したのは、幹部ソウエイ直属の部下たるソーカだった。愛想の良い笑顔を見せ、彼女は言葉巧みに危険物一行を誘導した。

 余談であるが、ついでとばかりに、ヴェルドラはヴェルザードに回収された。ヴェルドラは気絶しそうな程、酷い顔色であった。

 

「こちらの部屋へどうぞ。すぐにリムル様に報告して参りますので」

「ええ、よろしくね。さ、ヴェルドラちゃんは私とお話しましょうか」

「頼むリムル、早く来てくれ……」

 

 危険物一行を客間に押し込み、緊急事態のため近くに居る仲間達を避難させる。ヴェルドラの助けを求める目を華麗に自身から逸らし、ソーカは颯爽とリムルの元へ走った。

 そして、客間の中は二つに割れた。

 一つはヴェルドラとヴェルザードの姉弟。もう一つは、ギィとラフィエル=スノウホワイトである。

 無論偶然ではない。単純に、ギィはラフィエル=スノウホワイトに聞きたいことがあった。だからこそ、ヴェルザードはヴェルドラを捕まえて話し相手にしていたのだ。まあ、久し振りに会った弟と話したかったというのも事実であろうが。

 

「さて、聞かせて貰うぜ。ラフィー」

「はい、何をでしょう?」

「そりゃあ、あの男のことだよ。今まで誰も寄せ付けなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」

 

 そう。

 元十大聖人が一人、ギャルド。今は、ルミナス様に伝えてくると彼とはさっさと別行動を取られたため、この場には居ない。

 けれど、彼の立ち位置はギィからすれぱ不可解でしかない。何せ――ラフィエル=スノウホワイトの唯一の配下なのだから。彼の中に流れる魔力は、ラフィエル=スノウホワイトが持つそれと混ざり合っている。それは、彼がラフィエル=スノウホワイトの所有物である以外の在り方を認められない事を意味している。

 その束縛を、ラフィエル=スノウホワイトも、ギャルドも容認している。

 異常だ。

 あのラフィエル=スノウホワイトが他者を縛るなど。それを受け入れる方も。

 そこに一体、どんな理由があるのか?

 それを知らないことには――ギィ・クリムゾンは迂闊に動けない。

 

「……ギャルドの事でしょうか」

「ああ、そうだ。何故奴を傍に置くのか……理由が知りたいね」

 

 射貫くような視線に、ラフィエル=スノウホワイトは真っ向から見返した。

 ただの協力者だと思っていた。直接、会うまでは。だって、そうだろう? 誰が――成り行きで協力しただけの男を、配下にする。しかも、相手はラフィエル=スノウホワイトだ。

 一体何を考えている。

 

「ハッキリ言って凡人。多少才があるだけの――取るに足らない人間でしかねーだろ」

「……貴方には彼がそう見えているのですね」

 

 ぴくりとギィの眉が上がる。馬鹿にされたのかと思ったが、ラフィエル=スノウホワイトは簡単に人を馬鹿にしたりはしない。ただ本当に、感心したように呟いただけだった。

 その様子に、訝しむ。あのギャルドという男――ラフィエル=スノウホワイトにとっては、どのように見えているのか?

 

「彼は――ギャルドはとても酷い人です。残酷な人」

「……へぇ? 続けろ」

「それだけです。それ以外は知りませんよ。後はご自分でどうぞ」

「ちっ。……まあ、いいさ。後でじっくり、あいつと話してやるからよ」

 

 ごゆっくり、とラフィエル=スノウホワイトは答えた。

 あの聖女が、他人を扱き下ろすとは驚いた。しかし、それは彼女にとってギャルドが特別だという事を意味する。

 全て平等に。種を愛する博愛の少女が、たった一人を罵倒する。それは、彼女が彼を個として見ている証。

 

(…………ミリムが知ったらどうなるか)

 

 暴れ出されては手が付けられない。黙っておくことにしようと決め、その後にここが何処かを思い出す。ミリムよりも先に、嫉妬しそうな魔王がいた。

 ここは、ジュラ・テンペスト連邦国。魔王リムル=テンペストのお膝元である。

 

「なあラフィー、一応聞いとくけどよ」

「はい、何でしょう?」

 

 無自覚であろうと特別とされているギャルドを、この魔国連邦に滞在させている。となると、リムルの事もそれなりに特別扱いしているのかもしれない。

 何せ、リムルはラフィエル=スノウホワイトの命の恩人である。吊り橋効果でうっかり恋に――なんてことは流石にないだろうが、それなりに思っているのでは?

 これで良い返事が聞ければ、リムルの不機嫌は多少緩和されるかもしれない。しばらく滞在する訳だし、うざ絡みされたくないために聞いたギィは、

 

「リムルの事、どう思ってる?」

「え? リムル、ですか? そうですね――絶対に好きになる事はない。そんな人です」

 

 ――扉の外から、小さな音が聞こえた。

 気配を探り、ギィは心底後悔した。気配の正体は、リムル=テンペストだった。

 

 

 

 

 

 

 

 第51話 NTR趣味はない

 

 現実逃避している間に、何時の間にか知らない部屋にいた。ギャルドは何時の間にかいないし、金髪ゴリラがヴェルザードと話している。

 はーん? ちょっと訳わからんな。

 仕方ないから机に置いてあった紅茶をちびちび飲んでいると、ギィが話しかけてきた。

 

「さて、聞かせて貰うぜ。ラフィー」

「はい、何をでしょう?」

「そりゃあ、あの男のことだよ。今まで誰も寄せ付けなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」

 

 はー代名詞で主語話すの止めてくれん??

 あの男って誰だよ、だからお前らと会話するの嫌だって何回言えば分かるの? だがオレは成長してるんだ。その男を誰なのかハッキリさせてやる!

 

「……(状況的に)ギャルドの事でしょうか」

「ああ、そうだ」

 

 はい完全勝利ーッ!!

 これでようやく意思疎通が出来る。まったくお前、オレがフォローの天才じゃなけりゃここで詰んでたからな?

 もっと感謝して欲しいもんだ。

 

「何故奴を傍におくのか……理由が知りたいね」

 

 いや、知らんけど。

 そんなんオレが知ってる訳ないじゃん? 本人に聞けよ。お前、自分の恋人の近くに知らん男がウロチョロしてるからって他人に理由聞くんじゃねぇよ。

 リムルに聞け。もしくはギャルドの主であるバレンタインにでも聞けよ。

 

「ハッキリ言って凡人。多少才があるだけの――取るに足らない人間でしかねーだろ」

「……(節穴の)貴方には彼がそう見えているのですね。彼は――ギャルドは(オレの住所を世間に暴露した)とても酷い人です。(魔王連中よりはマシ程度の)残酷な人」

「……へぇ? 続けろ」

「それだけです。それ以外は知りませんよ。後はご自分でどうぞ」

「ちっ。……まあ、いいさ。後でじっくり、あいつと話してやるからよ」

 

 うんうん、オレの知らない所でなら勝手にやってくれ。

 さようならギャルド、お前は好きじゃなかったから適当に頑張ってくれ。オレのために。

 

「なあラフィー、一応聞いとくけどよ」

「はい、何でしょう?」

 

 なんだよまだ話終わってねぇの? あんまりお前と長話とかしたくないんですけど。

 

「リムルの事、どう思ってる?」

 

 えっ。

 もしかして、オレのこと恋敵候補だと思ってんの!?(驚愕)

 止めて欲しい、切実に(真顔)

 お前みたいな化け物の恋人を寝取ろうとする趣味はオレにはないッ!!

 

「え? リムル、ですか? そうですね――絶対に好きになる事はない。そんな人です」

 

 だってあいつ、お前の恋人じゃん。

 好きになったが最後、絶対に殺されるだろ。オレ、そんな危険物好きになるような馬鹿じゃねぇんだわ。

 

「……ラフィーちゃんって意外とお馬鹿なのかしら?」

 

 は???

 扉を見ながら、ヴェルザードが喧嘩を売ってきた。言い値では買わないが、オレは根に持つからな?(激怒)




オリ主「オレは賢いから、人の恋人をとったりしない」
「やっちまったなあ……」

ラフィエル君が来たと聞いて慌てて来たら、知らない間に振られてたリムル。思わず部屋の外でバタンキューしかけた。全部ラフィエル君のせい。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:魔王達の宴(ワルプルギス)の頃からリムルとギィの仲を勘違いしたまま。


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☆謎は全て解けた――!

 第52話 ☆謎は全て解けた――!

 

「なあ、ラフィエル様」

「なんですか、ギャルド」

「魔王リムルに何か言ったか?」

「? 言ってませんけど……。今日はなんだか遠巻きにされていますから、一言も会話していませんよ」

 

(絶対言ってる)

 

 テンペストの前夜祭。

 ラフィエル=スノウホワイトは部屋の隅で食事をしていた。部屋の中央では、ビールに歓声を上げる大人が沢山いる。

 宗教上の理由でアルコールをお断りしたラフィエル=スノウホワイトとそれに付き合ったギャルドは、そっと輪から外れたのだ。

 同じ飲み物を飲んでいる大勢の中で数人だけ違う飲み物だと気まずい空気になる。それを察して、他の者に悟られないうちに離れたのだった。

 ちなみにギィとヴェルザードは後程来訪する魔王ミリムと共に来ると言って部屋に残った。

 

 そして今のうちに、とギャルドはラフィエル=スノウホワイトに話しかけたのだ。ルミナスへ報告に行った後、彼女の元へ帰ってきたギャルドはどんよりと空気の淀んだ部屋に有様に呆然とした。しかも、ラフィエル=スノウホワイトは不思議そうにしているときた。その上、部屋にいた魔王リムルにはさっと目を逸らされた。

 理不尽な八つ当たりをされるかと身構えたレベルで、空気は可笑しかった。

 

「ええと……じゃ、じゃあ魔王リムルについて何か話したりとかしたか?」

「はぁ。何だかリムルについてをよく聞きますね。何かあるんでしょうか」

「…………」

 

 サラダをつつきながら、ラフィエル=スノウホワイトはそんなことを言った。いや、それが原因だろうとギャルドは確信した。

 その時の話を何としてでも聞き出さなければ、自分はソウエイやシオンあたりに殺される。それも確信していた。

 だからこそ、このタイミングでの騒動に殺意が湧いた。例え天帝エルメシア・エル・リュ・サリオンであろうと許されることではない。自分の命がかかっているのだ。部屋に現れたかの天帝をうっかり睨んでしまったが、仕方ない。

 

「話を戻しますけど、ラフィエル様」

「ええ、そうですね。あのご老体が作る料理が美味しそうだという話でしたか?」

「………………。…………とってくる」

 

 違う、と言いたかったが、今やギャルドは魔王の一配下。出来る限り主の希望を叶えなければいけない。たった一人の部下なので、かなり主には甘くなる。

 そのため、しばらく悩んだ末に、ギャルドはハクロウの元へ向かった。

 

「すまない。スシを二人分貰えないだろうか」

「おお、ラフィエル様のところの小僧か。ふむ……ではこれを持って行かせよう」

「ああいや、俺が持っていく」

 

 そうか、とハクロウが手を動かす。出来上がった寿司を持ち、ギャルドはラフィエル=スノウホワイトの座る席へ戻る。途中でデザートコーナーが目に入ったため、ついでにプリンを二つ回収。そのままラフィエル=スノウホワイトの前の机に置いた。

 寿司に目を輝かせたラフィエル=スノウホワイトは、早速とばかりに箸を手に取った。その直後、会場の入り口付近が騒がしくなった。

 

「また誰か来たのか……」

「そのようですね」

 

 大トロを頬張りながら、ラフィエル=スノウホワイトが相槌を打つ。この上なく適当な相槌だったが、ギャルドは気にしなかった。

 気にすることが出来なかったというのが、本音だが。何せ、来ていたのは魔王ミリム・ナーヴァと魔王ギィ・クリムゾンに氷結竜ヴェルザード。元魔王二人もいるのだ。

 その上魔王ミリムの視線はラフィエル=スノウホワイトにロックオン。同時に傍に居るギャルドには邪魔だ退けの熱視線。意識が飛ぶ寸前だった。

 

「ラフィー! 久し振りなのだ!」

 

 満面の笑みでラフィエル=スノウホワイトに話しかける事で、その存在がその場にいる人間達へ知れ渡る。

 ざわついた場は、すぐさま静まり返って純白の少女の動向を凝視する。彼女の反応を見極めるために、音一つなくなったそこで、ラフィエル=スノウホワイトは。

 

「ギャルド、知っていますか? プリンに醤油をかけると、ウニとよく似た味がするのです」

 

(…………????)

 

 それぞれの脳内が静かに混乱し始めた。ギャルドに至っては宇宙を見たかのような顔をしている。ラフィエル=スノウホワイトは何処か得意気にその知識を披露していて、他の事など一切気が付いていない。

 それを察したギャルドは、死なば諸共と彼女に合わせることにした。寿司のウニを食べてみて、プリンに醤油をかけて食べる。

 

「……言われてみればウニの味がしなくもない、か?」

「ふふふ、そうでしょう。まあ醤油の味なんですけれど」

「ならウニじゃなくても他の寿司と同じ味になるのでは?」

「そうですね。どうしてウニなんでしょう」

 

 ギャルドの疑問に不思議そうに首を傾げるラフィエル=スノウホワイト。酒を飲んでいないと知っているリムル達主催者側以外の来客達は、もしや酔っているのではと勘ぐり始めた。

 ミリムは反応を返されない事に不満を覚え突撃しようとしていたのだが、ギィに抑えられた。ただし、その目は興味深げにギャルドを捉えている。やはり、ラフィエル=スノウホワイトは妙にあのギャルドとやらに心を許している。

 一体、何故なのか――興味は尽きない。

 

「食感が似ているから、とか?」

「なるほど、確かに。それなら筋が通りますね」

「ああ。そうだ、ラフィエル様。そろそろ魔王様方と挨拶をしては?」

「?」

 

 何を言っているんだ、まだ魔王なんて来ていないだろうと言わんばかりの表情を見せたラフィエル=スノウホワイトが振り返ると、そこにはギィに取り押さえられたミリム。

 それに目を丸くしたラフィエル=スノウホワイトは、まずリムルを見て慌てた。

 その後にミリムに駆け寄り、ギィから引き離した。

 そして、懇々と訴えるように、衝撃の言葉を放った。

 

「駄目ですよ、ミリム。ギィに簡単にくっついては……いいですか。ギィはリムルとお付き合いされているのですから、勘違いされるような言動は慎むようにしなくてはいけませんよ」

 

 

「付き合ってませんけど???」

 

 

 リムルの声は荒げていないが、部屋中に響き渡る大声にラフィエル=スノウホワイトが目を丸くする。

 思考停止し、何を言われているのか即座に理解できず、滅多に見られない顔をしているギィと、リムルを指して。

 

 ヴェルザードが、高らかに笑い声を上げた――

 

 

 




 白氷竜さんから見ると謎が解けた。笑った。




オリ主「よくよく考えたら、ギャルドって一番気を張って喋らなくてもいい相手なんだよな……」
「ラフィーちゃんがお馬鹿じゃなくて安心したわ(爆笑)」

 ギャルドだったら何しても殺されたりしねーやと思って、早速調子に乗りだしたラフィエル君。人によって態度変えるの、止めた方がいいよ??

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ようやく勘違いを正す時がきた。


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反省会/嫌だよ

 第53.5話 反省会

 

 驚きに目を丸くするラフィエル=スノウホワイトを見て十数秒後、リムルとギィは類い稀なる共感性をもってその場から彼女を連れ出した。

 慌ててギャルドやミリム、リムルの配下数名がその後を追いかけ、残った配下達はその場を取り仕切り場のざわめきを収めた。

 そして、ギャルドが彼等に追いつくまでの間、魔王二人に連れ出されたラフィエル=スノウホワイトは、真顔で正面に座るリムルとギィの相手をしなければならなくなった。

 

「………………さて、ラフィー。正直に言え」

「何をでしょうか」

「何故、オレとこいつが、恋人だと思っているのかに決まってるだろう」

「え……それは、あの時に……」

 

 恋人に接するようにしていたでしょうと、ラフィエル=スノウホワイトが困惑した顔で呟いた。

 あの時とは何時のことだ、とギィとリムルは思考し、二人が会ったことがあるのは魔王達の宴(ワルプルギス)しかない。と、いうことは?

 

「全部お前のせいじゃねーか!!」

「いやいやいや、あそこで勘違いされるなんざ思わねーだろ!」

 

 机を殴りながら立ち上がったリムルの叫びに、ギィが弁解する。それもそのはず、他の魔王でそんな勘違いをした者はいない。そのため、ラフィエル=スノウホワイトだってそんな勘違いをしているわけがないと思い込んでいた。

 そういえば白氷宮でも、そんな勘違いをしているような素振りは見せていた。何故あの場で訂正しておかなかったのだろうと、ギィは後悔していた。いや、深入りするとはぐらかされるから、出来るだけ重要な事以外は深入りしなかったのだが……。どうやらそれが徒になったようだ。

 ちら、とラフィエル=スノウホワイトを見やる。変わらず困惑気味の、不思議そうな面持ちでその場にいる。完全に誤解が解けた訳ではなさそうなので、この機会に勘違いを正しておこうと、ギィは重い腰を上げた。

 

「いいかラフィー。オレと、リムルは、付き合っていない。分かったな?」

「では、何故勘違いされるような……ああっ、なるほど。完全に理解しました」

「待て。この件に関しては全面的にお前を信じられない。今何を理解したのか言え」

 

 はっとした顔で手を打ったラフィエル=スノウホワイトに、ギィが真剣に問いかける。すると、特に何か考えた様子もなく彼女は口を開き、

 

「ギィがリムルを口説こうとしていたのでは?」

「えっ……」

「違う。おい、リムル。お前も何真に受けてやがる」

 

 ドン引きの表情でギィと距離を取ったリムルと、本気でそう思っているらしいラフィエル=スノウホワイトに、ギィは頭を抱えそうになった。

 ここまで振り回されるのは原初の黒(ノワール)以来である。

 

「え? ではなぜ、あのような恋人にするような行為を……?」

「あれぐらいで恋人認定するんじゃねーよ。大体、あれくらいオレは他にもしてるだろ?」

「一夫多妻なのかと……」

 

 呆然とするラフィエル=スノウホワイトに、ギィは溜息を吐いた。

 そもそも、敬虔な神の教徒であるラフィエル=スノウホワイトがそのような発想をする事自体あり得ないと思っていた。だからこそ、あそこまで明け透けに言われなければ気がつかなかったのだが……。

 

「聖職者って、そういうのに厳しいんじゃないのか? 普通はあり得ないって気づきそうなものだけど……ラフィーのところは、そういうのが緩いとか?」

「そういうのとは……恋愛の事でしょうか? 勿論、推奨されています。何故厳しくなる必要があるのでしょう」

 

 前世の宗教観から疑問を投げかけたリムルだったが、逆に疑問を投げ返される。わざわざ濁して問いかけたのに直球で聞き返されてしまい、あー、と言葉にならない声を出す。その後、諦めたように問いかけた。

 

「ほら、……男女でその、性交とか……聖職者としては厳しくするのが普通だろ?」

「…………?? 厳しく? 何故? 子を成す行為はこの上なく神聖な行為です。推奨はすれど、禁じるなどは有り得ませんよ。人類はどんどん数を減らしているのですから、絶滅を回避するためにもそのように厳しくする事はありません」

 

 純粋な瞳で言い切られ、リムルはさっと彼女から目を逸らした。平和ボケした現代日本、性交は娯楽として見られている部分が多い。本来は確かに、ラフィエル=スノウホワイトの言う通り神聖な行いであるのだろうが、グラビア本がそこかしこに置いてある世界で育ったリムルには眩しい言い分だった。

 対してギィはラフィエル=スノウホワイトの意見になるほどと納得した。一夫多妻を許容したり、ギィにとっても驚きの意見ではあった。しかし、彼女が彼等の関係を誤解した理由の一つでもあるのだろう。ラフィエル=スノウホワイトの元の世界から培ってきた価値観によって、誤解はなされたのである。

 だが、まあ。それでもこれ以上誤解されてはたまったものではない。

 

「ラフィー。お前からすればそうかもしれないけどよ、ここでは違う。だから――まず、恋人なのかそうじゃないのかは本人に聞いて確認しろ。いいな?」

「はい。……ギィとリムルはお付き合いされていないのですね?」

「されてません。俺だって付き合うなら、こんな野郎じゃなくてラフィーみたいな女性の方がいいし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第53話 嫌だよ

 

 せっかくリムルに絡まれずに美味しいご飯にありつけたかと思ったらこれだよ。もしかしてそういう星の下に生まれちゃったのかな……は? 許さん。

 ギャルド相手なら別に警戒して話さなくてもオレは殺されたりしねーやと思って調子乗ってたらこれだよ。ちょっとでも油断したら駄目な世界なの? どんだけオレに厳しい世界なんだよ死ね。オレは自分に優しい世界じゃないと生きていけないんですけど??(キレ気味)

 気分が良かったから、せっかく親切にしてやろうと思ってミリムに教えてあげたら誘拐されたし。はー、やってらんねぇなぁ!!

 せっかく? オレが? 気を遣って? こいつら付き合ってるから邪魔しないようにしてやろうなって暴君ミリムに言ってあげたのに??

 それがこの仕打ち……? は? 許さん。

 なんかクソデカボイスで付き合ってないとか言ってたけどそんなのオレは聞いてないしあああ真顔で正面に座るな威圧感仕事するな怖いんだよもういい加減にしてくれないか???(涙目)

 

「………………さて、ラフィー。正直に言え」

「何をでしょうか(食い気味)」

「何故、オレとこいつが、恋人だと思っているのかに決まってるだろう」

「え……それは、あの時に……」

 

 魔王達の宴(ワルプルギス)でイチャついてたじゃんッ!! 公衆の面前でさあ、人目を気にすることもなく!

 なんか責任の押し付け合いしてますけど、どう考えてもお前らが悪いよね? オレは悪くないからな? 絶対に謝らないからな??

 

「いいかラフィー。オレと、リムルは、付き合っていない。分かったな?」

 

 そんなわけないだろ付き合ってるってオレは知ってるから(意地)(震え声)

 

「では、何故勘違いされるような……ああっ、なるほど。完全に理解しました」

「待て。この件に関しては全面的にお前を信じられない。今何を理解したのか言え」

 

 まるで他のことに関しては信じてるみたいな言い方しやがって。お前に信用された事なんか今まで一度もねぇよ、裏切られまくってるからね。オレが。

 まあ、オレだって信じてないけどなお前ら魔王連中のことは。

 

「ギィがリムルを口説こうとしていたのでは?」

「えっ……」

「違う。おい、リムル。お前も何真に受けてやがる」

 

 即答で異論を唱えられたけど、とりあえず二人の仲に亀裂を入れられてオレは満足だ。あともう一押しだけしておこう。

 

「え? ではなぜ、あのような恋人にするような行為を……?」

「あれぐらいで恋人認定するんじゃねーよ。大体、あれくらいオレは他にもしてるだろ?」

「一夫多妻なのかと……」

 

 オレは知ってる。嘘に真実を混ぜたものの方が、より信憑性を高めるってな。もうお前らが付き合ってないのは分かった。だが、オレはただでは転ばない人間だ。

 

「聖職者って、そういうのに厳しいんじゃないのか? 普通はあり得ないって気づきそうなものだけど……ラフィーのところは、そういうのが緩いとか?」

 

 ………??

 え? なに、どういうこと?(素)

 

「そういうのとは……恋愛の事でしょうか? 勿論、推奨されています。何故厳しくなる必要があるのでしょう」

「え、あー……ほら、……男女でその、性交とか……聖職者としては厳しくするのが普通だろ?」

 

 本当にこいつは何を言ってるんだ。

 神の御前で成す神聖な行為なんだから、推奨するに決まってるだろうが。それに、子供は神が男女の仲をお認めになって授けられるから、おふざけなんてしたら一生子供が出来なくなるんだぞ?

 オレを聖歌隊に加入させやがった教会のお偉いジジイが言ってたから間違いない。

 

「…………?? 厳しく? 何故? 子を成す行為はこの上なく神聖な行為です。推奨はすれど、禁じるなどは有り得ませんよ。人類はどんどん数を減らしているのですから、絶滅を回避するためにもそのように厳しくする事はありません」

「ラフィー。お前からすればそうかもしれないけどよ、ここでは違う。だから――まず、恋人なのかそうじゃないのかは本人に聞いて確認しろ。いいな?」

「(あーはい)はい。……ギィとリムルはお付き合いされていないのですね?(もう知ってるけど)」

「されてません。俺だって付き合うなら、こんな野郎じゃなくてラフィーみたいな女性の方がいいし」

 

 いや、オレはお前なんか嫌だよ。

 

 

 

 

 

 




「誤解が解けた……(脱力)」
オリ主「嫌がらせが出来てオレは満足です(笑顔)」

 途中からは意地でも勘違いを続けようとしたものの、嫌がらせの方向へシフトチェンジしたラフィエル君。なんだかんだ上手く生きてるじゃねーか……(後方彼氏面)

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:ストレス発散、胃痛解消


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安堵/本日のハイライト


 今回は少なめ。以下歓喜。

 うおっしゃあああ!!! やった! やった! ありがとう神様愛してる!! はー神は生きてる。転スラの一番くじの企画のやつ見ました?? 私は見た!!!!(大音量)(最近発見した)(発表二週間前で泣いた)
 原型モデル見たけどクッソ格好いい。リムルが着物で髪は一つに結んでるし何より顔が良い。はー買うわ。2021年の春発売予定らしいんですけど未来ってどうやったらいけるんですかね??(真顔)
 とりあえずお金積んどこ。諭吉何枚でリムルフィギュア確定ガチャできるんだろう……





 第54.5話 安堵

 

「ラフィエル様はいるか!!」

「あ、すまんなギャルド。ラフィーならそこだ」

 

 汗を流し、肩で息をしながら突入してきたギャルド。扉が破壊されない程度の威力だったため、中々の騒音が響き渡った。

 そんな、主を心配する健気な配下の姿に、連れ去った側のリムルは少し申し訳ない気分になった。自分が連れ去られる立場だったら、配下達は犯人を血祭りに上げているだろうなと予想もして、ギャルドは良心的だと再確認もした。

 まあ、ラフィエル=スノウホワイトの配下に選ばれたのであれば当然か。病的な程に人類へと献身を捧げる彼女の唯一の配下。これでシオンやディアブロのようにヤバかったら、魔王連中に袋叩きにされているだろう。

 

「申し訳ないが、ラフィエル様をいきなり連れ去るのは止めて貰いたい。今回は理由が理由なので、強くは言えないが……」

「あ、うん。その辺は誤解が解けたから、もう誘拐紛いな事はしない」

 

 リムルの言葉にほっと胸を撫で下ろしたギャルドは、足早にラフィエル=スノウホワイトの元へ向かった。そして、なんとか一段落したかと脱力したリムルは、自然と周囲を視界に入れた。

 そうすることで、彼女と話すギャルドを見て、どこか興味深そうに、不満そうな顔をするギィを発見し、リムルは少し驚いた。

 その視線に勘付いたのか、ギィがリムルを見やり、にやりと揶揄うような笑みを見せる。

 

「おい、ラフィー」

「はい、何でしょう?」

「前夜祭の前に話してた事だけどよ。あれ、オレとリムルの仲を勘違いしてたからだよな?」

「え……? ああ、」

 

 軽く首を傾げたラフィエル=スノウホワイトだったが、すぐに思い出したのか頷いた。

 そう、あの時。

 目の前が真っ暗になったかのような感覚で、今にも気絶する寸前で何とか踏み止まった、あの言葉。

 

リムルの事、どう思ってる?

え? リムル、ですか? そうですね――絶対に好きになる事はない。そんな人です

 

 神妙な顔で答えを待つリムルに、何かを察したのかギャルドがそっとラフィエル=スノウホワイトから離れる。

 博愛の微笑みで、少女は告げた。

 

「ええ、勿論。愛し合う恋人を引き裂く真似はしませんよ。あの時は勘違いしていたので、破局の原因になってはいけないと思ったのです」

 

 それがどうかしましたか、と。

 そう問いかけたラフィエルスノウホワイトに、リムルはほっと安堵の息を吐いた。良かった。嫌われているわけじゃなかった。国に来てくれたから、嫌われてないと思ったら実は、なんて事にならなくて心底良かった。

 ずっと不安に苛まれていた心に、ようやく余裕が出来た。そんな様子のリムルに、ギャルドは本当に何があったんだろうかと不思議に思った。思ったが、知ったが最後、何かしら面倒事に巻き込まれると察知したため、口を噤んだ。

 

「だってよ。良かったなぁ、リムル」

「……元はと言えばお前のせいだからな? お前ね、何を自分の手柄みたいに言ってんの?」

 

 揶揄うような口調で話しかけられたリムルは、むっとした顔でギィを見上げた。

 実際、ギィが余計な真似をしなければラフィエル=スノウホワイトに勘違いされる事も無かった。さらに言えば、あの心が傷付く言葉を食らう事も無かった。

 

「おいおい、お前がヒナタ・サカグチの首を斬り飛ばした時にフォローしてやったのは誰だと思ってやがる?」

「え、あの時もうお前の所にいたのか?」

「海で拾ったからな」

「は???」

 

 訳が分からないという顔をするリムルと、海の上の小舟でドナドナを歌っていたラフィエル=スノウホワイトを思いだしたギィ。

 そんな二人を横目に、主従関係の二人は話を続けていた。

 

「ラフィエル様。一応確認するが、何もされてはいないんだな?」

「ええ、されてませんよ――それよりも。ギャルド、少しよろしいですか?」

「何だ」

 

 どこか真剣な顔付きで彼に話しかけるラフィエル=スノウホワイトに、ギャルドも真面目な顔を作る。しばし迷う素振りを見せた彼女が口を開いたその時、

 

「ラフィー!! 見つけたのだ!」

「ミリム?」

 

 ギャルドの前に座っていたラフィエル=スノウホワイトを颯爽と攫うその手腕は見事なものだ。何の反応も出来ずに主を奪われたギャルドは、逆に拍手したくなった。しかし、そこで賞賛などしては部下として、元十大聖人としての名折れである。

 悪魔であろうと魔王であろうと、牙を剥くのだ。

 

「魔王ミリム! ラフィエル様を離し、」

「このワタシに内緒でギィやルミナスのところに行ったり、配下を作ったり! ヒドいのだ! そういう事をするのなら、まずワタシのところに遊びに来るべきだろう! 配下だって、まずはワタシが品定めを……おお、今品定めしてもいいな! よし、お前! ワタシの本気の一撃に耐えられたらラフィーの配下として認めてやってもいいぞ?」

「やめて下さい死んでしまう! 暴君の本気に耐えられる程、まだ鍛えていないから……せめて年単位で待ってくれないだろうか」

 

「貴方、案外図太かったのね」

 

 ミリム達の行動を知らされたルミナスに連れ立って来たヒナタが、呆れた顔で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても、気付いていないのか現実逃避か。知ってるはずだろ。自分の命だとか、そういう特殊な状況でなければ――ラフィエル=スノウホワイトは、嘘をつかない)

 

 

(意図的に言葉を省いて思考を誘導する事はあっても、決して人を欺かない)

 

 

(さて、それならこの言葉はどんな意味になる?)

 

 

 

 

 

 

え? リムル、ですか? そうですね――絶対に好きになる事はない。そんな人です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第54話 本日のハイライト

 

 

 

 

「ラフィエル様はいるか!!」

 

 

 

 は? 今更か。

 おっせーんだよ、今まで何してたの??(煽り)

 

 

 

 

 

 以下、理不尽な愚痴が続く……




「まあ、オレには関係ないか?」
オリ主「あの野郎おせーんだよパンチすっぞ」

執筆前に例の一番くじに気付いたため、興奮で筆がなかなか進まなかったのでラフィエル君のくだりは省略された。ごめんね。

 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:特に何も考えてない。


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ティータイム/愚痴大会

 第55.5話 ティータイム

 

「…………酷い目に遭った」

 

 机に突っ伏し、ギャルドはようやく肩の力を抜いた。

 魔王ミリムの魔の手から命からがら逃げ出し、ヒナタとルミナスの嫌味を淡々と受け、ギィの獲物を狙うような視線に怯え。

 それらからようやく解放されたギャルドは、護衛という名目でラフィエル=スノウホワイトと同じ部屋を宛がわれた。

 言い出したのはラフィエル=スノウホワイトだが、その妬みは全てギャルドに返された。この時初めて、もう少し人の機微を察して欲しいとギャルドは思った。

 自分への好意にだけ、鈍すぎるのでは?

 あるいはわざと気付かないふりをしているのか……まあ、どちらでもギャルドにとっては変わらないが。

 

「お疲れ様です。眠る前に、お茶でもどうでしょう」

 

 ことりとギャルドの前に置かれたティーカップに、彼は顔を上げる。ふわりと漂う甘い香りに、疲れが少し抜ける。

 ラフィエル=スノウホワイトは蜂蜜をティースプーンでくるくると混ぜ溶かしている。夜中に蜂蜜とは……まあ、彼女がいいなら構わないが。

 

「ありがとう御座います」

「はい、どうぞ」

 

 差し出された蜂蜜の入った瓶と、小さなティースプーン。彼女の手にはぴったりとはまっていたが、ギャルドには少し小さかった。

 それで蜂蜜を掬い、溶かしていく。

 ティーカップを持ち上げ、中身を口の中へと流し込む。ゆっくりと熱い液体が喉を伝い、体を温めていく。ギャルドがほっと息を吐いたところで、ラフィエル=スノウホワイトは口を開いた。

 

「それで、先程言い掛けたことなのですが」

「? ああ……魔王ミリムが入ってきたから、途中で聞けなくなった」

「ええ。貴方はここで暮らしていたのでしょう? その時のことを、じっくり聞きたいと思いまして」

 

 私がいた時と、また変わっているようですから。

 そう言って、ラフィエル=スノウホワイトはギャルドを見つめた。

 

「それは構わないが……。あの時、それを魔王リムルの前で聞かれていたら俺の胃が大変なことになっていただろうから、今後は本人の前で聞くのは止めてくれ」

「ええ、直前で気付いたので言葉に詰まってしまったのですけれど」

「まあ、今後は気をつけてくれれば。そうだな、ラフィエル様がいた頃はあまり知らないが……少し人が多くなったくらいだろうか」

「そうですか……では、建物の様子などは?」

「建物? まあ他の国よりも機能的のように思えるな」

「なるほど」

 

 納得したように頷くラフィエル=スノウホワイトに、今の会話で何を理解したのだろうとギャルドは首を傾げた。

 まあ、かの聖女の考える事など凡人には理解出来ないだろうと、ギャルドは探ることを止めた。ヒナタ様やルミナス様程になれば分かるのだろうかという考えが過ったが、まあそれはそれ。

 

 ラフィエル=スノウホワイトの唯一の配下は自分である。あの日、命を救われた時から魔力の繋がりは出来ているし、その他の繋がりは絶たれていた。

 それを責めるつもりは毛頭ない。死ぬよりもマシだ。忠誠を誓えるほど共にいないが、それなりに役に立とうとも、守ろうとも思っている。

 中途半端な思いでは魔王達に袋叩きにされるかもしれない。しかし実際、初対面からそう時間は経っていないし、同じ時を過ごした時間など、彼女が七曜に囚われていた時だけだ。

 そこまで情を抱く程、濃い時間を過ごした訳でもない。むしろ彼女の中にいる、一人の元勇者との方が濃密な時間を過ごしていた。

 

 あの元勇者のおかげでここまで強くはなれたが、結局――あの元勇者が言っていたことはなんだったのだろう。

 ラフィエル=スノウホワイトのためになる。

 そう言っていたが、自分が彼女の役に立った記憶はほぼないのだが。

 

「ところで、ギャルド……先程の騒動の際にルミナスから聞いたのですが、例の武闘大会とやらに出るとは本当ですか?」

「勿論、初耳だが???」

 

 嘘だろルミナス様。

 一体何の嫌がらせですか――と、ギャルドは天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第55話 愚痴大会

 

 酷い目に遭った。

 魔王連中勢揃い!!!(大声)

 勿論オレは聞いておりませんがね。はー、せめて一人ずつ来て欲しいもんだな。いや来るだろうなとは最初から思ってたよ、ギィがわざわざ小旅行するんだからさ。あいつがぼっち旅するわけねぇもんな。

 ミリムもね、元魔王の二人を連れてくるなよ。そいつらオレと数回しか会ってねぇんだわ。わかる? ほぼ初対面なの。名前だって、ここ数年でやっと覚えたの。無駄になったけどな。何でそんなに簡単に魔王の入れ替えが起きるの??

 殺し合いとか本当勘弁してくれ。オレのいないところで勝手にやってね(笑顔)

 

 はー……疲れた。

 ミリムはギャルドに絡んでたからいいけどさ、ルミナスなんかオレにめっちゃ絡んできてたから。その隣には例のヒナタもいたし。

 は? 見殺し(?)にした奴と喋るとかオレの精神が死んじゃうんだが??(半ギレ)

 ていうか何で生きてんの???(涙目)

 怖っ……もしかして、オレにしか見えてないとかないよね。ね? アッ良かった見えてる。ルミナスもヒナタ見えてる。オレにしか見えてなかったらもう人目も憚らずに泣き出してたからな。

 いやほんと何で生きてんの……首跳ね飛ばされても生きてるって、お前本当に人間なの? ぜってぇ嘘じゃん。近寄らんとこ。

 

 そんな感じでわいわいガヤガヤしている場所にいれば、勿論オレの気分は最悪になるわけで。

 顔色が悪い事に気が付いたのは最初に気が付いたのはリムルでした。えっ怖っ。割と遠いとこにいたじゃん、その距離で顔色に分かるとかやべぇな。

 とりあえず部屋で休ませるかと魔王連中が言い出したところで空気がおかしくなったよな。何でオレの寝床をお前らに指図されなきゃならんのだ、オレは教会で寝させて貰う!!(机ドン)

 は? 教会は掃除中だから使えない??

 

 何で人の家勝手に掃除してんの?

 ぶっ殺すよ?(真顔)

 

 え、おま、正気か? 何で? 何でそんなことすんの? 勝手に掃除とかされたら、収納場所とか分からなくなるじゃん。必要だと思って置いてたやつとか捨ててないよね?

 捨ててたら激怒するからなオレは。異空間在住だった時に庭で育ててたハーブとか乾燥させてとってあるんだからな。草と思って捨ててたらグーパンな。いや、本気で。

 

 そんなわけで。

 魔王連中がこぞって同じ部屋とか言ってきたが、そんなストレスマッハなこと出来るわけがない。この中で最弱たるギャルド君を生贄(同室)にして今に至る訳だが。

 とりあえずギャルドに聞きたい事いろいろあったし、ま、結果良ければ全て……いや良しにはならんな。教会大丈夫かな……オレが貰った教会……。

 

 まあ今落ち込んでも仕方ない。

 机に突っ伏してるギャルドの口を軽くするためにお茶を淹れ、蜂蜜と一緒に持って行く。

 

「お疲れ様です。眠る前に、お茶でもどうでしょう」

「ありがとう御座います」

「はい、どうぞ」

 

 ギャルドがお茶を飲んで一息ついたところで、早速本題に入る。

 

「それで、先程言い掛けたことなのですが」

「? ああ……魔王ミリムが入ってきたから、途中で聞けなくなった」

「ええ。貴方はここで暮らしていたのでしょう? その時のことを、じっくり(抜け道とか作ったりしてないか)聞きたいと思いまして」

「それは構わないが……。あの時、それを魔王リムルの前で聞かれていたら俺の胃が大変なことになっていただろうから、今後は本人の前で聞くのは止めてくれ」

 

 うん。

 正直すまんかったと思っている。

 これをあの場で話してたら完全にやばかったもんな。

 とりあえず教会をどっかに転移させたい。魔王連中がはびこる国になんていられるか! オレは平和な国に引っ越させて貰う!!

 ま、聖書探して、なんかいい方法ないか探っておこう。

 

「まあ、今後は気をつけてくれれば。そうだな、ラフィエル様がいた頃はあまり知らないが……少し人が多くなったくらいだろうか」

「そうですか……では、建物の(欠陥がある)様子などは?」

「建物? まあ他の国よりも機能的のように思えるな」

「なるほど(わからん)」

 

 まあ、なんかリムルの国って他よりも発展してるしな。ギャルドって見た目からして頭悪そうだし、どこかに欠陥があるとか見付けられんよな。

 しょうがない。じゃあ雑談にでも切り替えるか。

 

「ところで、ギャルド……先程の騒動の際にルミナスから聞いたのですが、例の武闘大会とやらに出るとは本当ですか?」

「勿論、初耳だが???」

 

 えっ、可哀想……(哀れみ)

 

 

 




 現在のステータス

 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:激怒のすがた。


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開国祭1日目/この世はクソ

転スラ二期、一気見しました。
マジギレ顔のリムルに惚れた……しゅき……♡ ってなりましたね


 第56.5話 開国祭1日目

 

 開国祭、一日目。

 快晴。

 前日に魔王の乱入というイレギュラーがあったものの、それは予定通りに始まった。

 魔国連邦(テンペスト)の首都リムル北区、その中央にある議事堂のバルコニーから大通りを、リムルは見下ろした。

 大通りに隣接する形で作られた喫茶店の二階のテラス席では、ギィとヴェルザード、そしてラフィエル=スノウホワイトがリムルを見上げていた。

 リムルと視線が合った瞬間、ラフィエル=スノウホワイトは微笑んで手を小さく振った。その仕草に、「がんばれ」と応援された気がして、リムルは一層気合いを入れる。

 拡声器(マイク)を手に持ち、リムルは口を開いた。

 

「あいつ演説下手だな」

「そうかしら? 素人にしては中々だと思うけれど」

 

 仰々しい口調を諦めて素で話しているリムルの声を聞きながら、ギィはテーブルの上のパンケーキをつつく。その横では、楽しげにリムルとひしめき合う大通りの人々を眺めるヴェルザードがいた。

 その対面には、コーヒーにミルクを入れ続けているラフィエル=スノウホワイト。

 つい先程まではコーヒー角砂糖5つを投入していたにも関わらずの行動に、ギィは呆れていた。

 

「おいラフィー……健康には気を遣えよ」

「勿論、気を遣っています」

 

 表面張力でかろうじて零れていないだけのコーヒーを両手でそっと持ち上げながら、ラフィエル=スノウホワイトは回答する。

 どう考えても健康に気を遣っているようには見えないが、まあ本人が言うならばそうなのだろうとギィは早々にさじを投げた。これが他の魔王であればコーヒーはぶん盗られ、野菜ジュースに強制変更させられても可笑しくはない暴挙ではあったが、幸か不幸か、今回の同行者はギィである。

 特にこれ以上の口論はなく、一口コーヒーを飲んだラフィエル=スノウホワイトは顔を上げ、リムルの演説を静かに聞き始めた。

 

「あなた方の中には、俺が魔王だからと警戒する者もいると思う。それは当然の警戒だろうけど、素直に感じたままを信じて欲しい。貴方達に、俺の考えを押し付ける意思はない。俺を信じられると思ってくれたなら、嬉しく思う。しかし、俺が信じられなくても、それは仕方ない事だろう。信用とは一晩で成らず、これからの付き合い方の積み重ねで勝ち得るものだと思うから、焦って結論を求めたりしない――」

 

 リムルは自らの考えを主張し、各々の意思で信じようとしてくれたならば嬉しいと言った。勿論、その後にファルムスの件を口に出して釘を刺しはしたが、それでも。

 しっかりと自らの考え、方針を伝えて人から脅威として見られる部分さえも曝け出し、誠実を示した。

 今後の魔国連邦(テンペスト)との向き合い方はそれぞれによって委ねられ、リムルは鏡のように接する事だろう。

 テラス席のラフィエル=スノウホワイトを除いた二人は、お互い視線を交わして頷いた。甘い理想論だが、まあ勝手にやっていればいいさ、と。

 

「今後も我が国では、様々な催しを開催する予定だ。今日から始まるテンペスト開国祭も、その第一弾として企画したものである。それでは、是非とも楽しんでいってくれ!!」

 

 その言葉によって締めくくられた演説は、まず一つの拍手が送られた。ぱちぱちと一人分の拍手の音は大通りより少し上。集まった人々の視線がそちらへ向かい、美しい白い少女を視認した。

 彼女が大通りをちらりと見た瞬間、その拍手につられるように一人二人と増え、数秒後には万雷の拍手と歓声が上がっていた。

 

(お、おお……これがラフィーの効果か。実際目にするとすごいな)

 

 この歓声の中でも疑いの目を向ける者はいるが、それでも想定していたよりも遙かに少ない。やはりあの聖女は民衆に広く好かれているのだろう。本人にそのつもりはなくても、彼女が与える影響は絶大である。

 実際、ファルムスの件ではそのおかげでディアブロがかなり苦労していたようなのだ。今までの働きぶりから、ディアブロが大変有能な事は分かっているが、それでも手子摺っていたのだから。

 

(ていうか、鳴り止まないな)

 

 既にラフィエル=スノウホワイトは拍手を止めているのだが、中々歓声と拍手が終わらない。演説していたリムルがすぐにバルコニーから離れたにも関わらず。

 これは止めさせなければ止まらないだろう。

 リムルは小さく息を吐いて、ちらりとシュナを見れば、彼女は心得たと言わんばかりに頷くと、動き出した。

 数分もしないうちにシュナはラフィエル=スノウホワイトのいるテラス席へと移動し、拡声器(マイク)を手渡していた。不思議そうにそれを受け取ったラフィエル=スノウホワイトがバルコニーを見上げれば、リムルが申し訳なさそうな顔で手を合わせていた。

 

「歓談中申し訳ありません。ですが、これは貴女様しか止められませんから」

「いえ、気にしないで下さい。ギィ、ヴェルザード、少し失礼しますね」

 

 返事の代わりにひらりと手を振り、二人はそれに応えた。ただし彼女の言葉を聞き逃す事はないようにしっかりと意識は向けられている。

 立ち上がったラフィエル=スノウホワイトは、ふっと拡声器(マイク)を手に手すりへ近寄った。直後、キィンと不快な音が鳴り響いた。それにより静かになった人々へ向けて、ラフィエル=スノウホワイトは声をかける。

 

「こんにちは。知っている方もいらっしゃるとは思いますが、改めまして。私は、ラフィエル=スノウホワイト。十大魔王――いえ、九星魔王(エニアグラム)一柱(ヒトリ)、"暴虐の聖女(セント・アウトレイジ)"ラフィエル=スノウホワイトです」

 

 柔らかく、優しげな声から紡がれる言葉は声色とは真逆と恐ろしい単語。しかし、それを知ってなお彼女に敬愛を向ける人々は後を絶たない。

 それほどまでに、彼女の偉業は知られている。残虐な所業よりも、余程知られたその優しさを。

 

「ここ最近、どうやら私に関する噂が出回っていたようですが――何一つ気にする必要はありません。今この場に、魔王リムルの主催する開国祭にいるのは、招かれたこのお祭りを楽しむため。彼の言葉をお借りしまして、この場は締めさせて頂きます。私のことは何も気にせず、開国祭を楽しみましょう――では、拡声器(マイク)はお返ししますね」

 

 美しい微笑みのまま、ラフィエル=スノウホワイトに関するリムルへの疑念と敵意を軒並み消し去った彼女へ、ヴェルザードは呟いた。

 

「なるほど、確かに詐欺師だわ」

 

 嘘は何一つ吐いていないけれど、真実しか口には出していないけれど。思考は全て誘導させられてしまっている。ギィが昔に愚痴っていた言葉は、言い得て妙だったということだ。

 ここにいるのは招かれたから。しかし誰にとは言っていない。

 噂に関しても何一つ彼女は言葉にしていない。けれど話の前後によって全ては民衆の脳内で補填されてしまう。

 何一つ確かなことは言っていないのに、この有様。

 しかしその言葉は、魔王リムルの信頼をマイナスからゼロへ戻すため。自らのためではないあたりが、やはりラフィエル=スノウホワイトらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第56話 この世はクソ

 

 本日は生贄君がいないため、オレはギィとヴェルザードの二人に挟まれている。この世はクソ(真顔)

 ルミナスの野郎、明日の闘技大会の本選に出るための予選らしきものに出なければいけないからとギャルドを連れて行きやがったのだ。は?? ふざけんなよ、そいつはオレの肉壁の生贄君なんだが???(半ギレ)

 生贄ギャルドは連れてかれるわ、くるくるぱーの二人に挟まれるわで散々だ。教会に引き籠もっていた頃に帰りたい。つらい。

 連行された喫茶店で勝手に頼まれたコーヒーを口に入れれば、思わぬ苦味に暴れたくなったが、体は言うことを聞いてくれなかった。心の中で舌打ちした。

 ご主人様の言うことをきけよ、何様のつもりだ??

 はーストレス溜まりまくりだわ。糖分取らねぇとやってらんねぇよ。備え付けの角砂糖を大量に投入して一息つけば、リムルと目が合った。

 あいつ何でこっち見てんの。こわ……今から仕事だって言ってたじゃん、何なの?(恐怖)

 引き攣りそうな顔を頑張って愛想たっぷりに微笑ませ、必死に媚びを売れば視線は外れた。何でその距離でオレのこと見つけられるんだよ!! もうこっち見ないでね!!(半泣き)

 

「あいつ演説下手だな」

「そうかしら? 素人にしては中々だと思うけれど」

 

 お前ら演説の上手い下手とか分かるの? 絶対縁なんかねぇだろと思ってたけど実は経験あるの?? あるわけねぇな(確信)

 それにしても何でこいつらオレを連れ回すんだ。嫌がらせか?? お前らだけで勝手に行ってろカス。

 あ~~おなか痛い。ストレス軽減のためにゲロ甘コーヒーにしてやろう。そもそも勝手にブラックコーヒー頼むんじゃねぇ、せめて聞けよ。魔王ってのは本当に人の話聞かねぇ奴しかいねぇな、ペッ!!

 

「おいラフィー……健康には気を遣えよ」

「勿論、(ストレス軽減のために甘いものにしてるんだからちゃんと)気を遣っています」

 

 つーかオレに健康云々言うならまずお前がオレに気を遣え! 一番オレの健康を害しているのはてめぇら魔王共なんだよ!!(ド正論)

 そんなんだから歩く理不尽呼ばわりされるって気付いてますかァ??(煽り)

 まあ気付いてないんだろうな、知ってた。何百年経っても迷惑かけ続けられてますから? ねぇ??

 苛立ちながらコーヒーに口を付けると、思ったよりもゲロ甘で吐きそうになった。誰だこんなもん作ったの。もうこの喫茶店二度と来ないからな!!

 何一つ口に入れる気をなくしたので暇つぶしにリムルの演説を聞くことにした。

 

 ふんふん、なるほど。

 へぇ-ほぉーふぅーん。

 そうだね出来ると良いね、がんばえー。

 なんて月並みな感想しか出て来ない。もはや聖歌隊時代の朝礼に近いものにしか思えない。あの時だって真面目な顔して半分寝てたからねオレは。まあおっさんのクソ長い話と違ってさくっと終わるのは楽でいいね。

 話の終わりと共に癖ですぐさま拍手してしまった。後悔した。何でオレしかやってないんだよ!! 誰かの話が終わったら拍手するのは常識だろ!?

 おらっ、お前らも早くやるんだよ!! 一人だと恥ずかしいだろうが!!!(羞恥)

 

 他の奴等が拍手し始めてほっと一息。何故か叫んでるイカれた奴もいるが気にすることは無い。オレとは無関係だしな。

 それにしても鳴り止まないな。いつまで拍手してんだよこいつら。もしかして常識というものをお持ちでない??(煽り)

 いい加減耳が壊れそうになってきた頃に、何故かリムルの配下だった、あの、えっと名前……桃色の……桃色の人がきた。うん? 何でオレに拡声器を渡すんだ?

 

「歓談中申し訳ありません。ですが、これは貴女様しか止められませんから」

 

 えっ、つまりどうしろと??

 まさかとは思うが、この喧しい奴等を黙らせろとでも言うつもりか?

 …………何でそんな無茶ぶりするん?(素)

 

「いえ、気にしないで下さい」

 

 気にしろ!!!!(怒)

 勝手に動くなよお口ちゃんよぉ、お前のご主人様はこのオレだぞ!!!

 えっ、もしかして本気でやらなきゃいけない感じ? 嘘だろここで断っちゃ駄目……あっ無理殺される。一回引き受けた癖に何言ってんだって言われそう。世界は何時だってオレに優しくない(血涙)

 

「ギィ、ヴェルザード、少し失礼しますね」

 

 いやいや体を引きずって、手すりの近くまでくる。拡声器を口に……いやこれ電源入ってる?

 いじくってたらハウリングした、泣きそう。もういいや、オレは知らん!

 

「こんにちは。知っている方もいらっしゃるとは思いますが、改めまして。私は、ラフィエル=スノウホワイト。十大魔王――いえ、九星魔王(エニアグラム)一柱(ヒトリ)、"暴虐の聖女(セント・アウトレイジ)"ラフィエル=スノウホワイトです」

 

 とりあえず自己紹介は必要で……あんまり話したくないからすぐ終わらせよう。えっとえっと、何言えばいいんだ? そもそも何でオレは喋らせられてるんだ。

 何か話さなきゃいけないことでも――あっ。

 そうだ、何かオレのせいで戦争始まりそうになってたな!! いい機会だ、オレのせいじゃないことをしっかり主張しておこう。

 戦争で死んだのを勝手にオレのせいにして恨まれたらたまったんじゃねぇからな。ただでさえ何もしてないのに勝手に国を滅ぼしたとか言われてるんだから。

 いいか、オレはな、何もしてないから。

 

「ここ最近、どうやら私に関する(戦争がオレのせいで起きるって)噂が出回っていたようですが――何一つ気にする必要はありません」

 

 だからオレのせいとか逆恨みするなよ。もう何十回も逆恨みで襲撃かけられたんだ。

 

「今この場に、魔王リムルの主催する開国祭にいるのは、(ギィに)招かれたこのお祭りを楽しむため」

 

 気晴らしというか気分転換で来たのにな……。

 ここが魔国連邦じゃなければ、もっと自由に楽しく満喫出来たのにな……。

 

 

「彼の言葉をお借りしまして、この場は締めさせて頂きます。私のことは何も気にせず、開国祭を楽しみましょう――では、拡声器(マイク)はお返ししますね」

 

 

 





 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』









 原神にはまって全然更新してなかったけど、今週からまた頑張りますね!!!!!
 よーしリムルの夢になるぞー!!!いやラフィエル君じゃ無理か!!!
 この作品完結したらリムル夢やろ!!!!えっちなこともしような!!!!R18書いたことないけど!!!


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開国祭2日目/

 第57.5話 開国祭2日目

 

 開国祭、二日目。

 天候に変わりはない。

 この日は武闘大会本選が行われる。予選――バトルロワイヤルに勝ち残った八名による、一対一の決闘形式の大会である。

 それに興味はなかったギィとヴェルザードは早々に町へ下り、屋台巡りを楽しむ事にした。メイド二人にもこの国の味のレシピを覚えさせようと画作しているのは二人しか知らない。

 しかし、ラフィエル=スノウホワイトは武闘大会を見に行くため彼等とは別行動をとっていた。貴賓席には突貫ではあるがラフィエル=スノウホワイト専用の席が出来上がっている。勿論一番の位が高いことと、噂払拭のための仲良しアピールのために、リムルの隣が彼女の席である。

 

「おはようございます、リムル」

「おう、おはよう」

 

 既に席に座っていたラフィエル=スノウホワイトが、やって来たリムルに会釈する。片手を上げてそれに応えたリムルが席に座ると、彼女は客席を見渡した。

 客席は今の時点でもほぼ満席で、恐らく席に向かっている者や立ち歩いている者が座れば満席になるだろう。要するに大盛況だ。

 

「……もうそろそろ始まりますね」

「ああ。そういえばあいつらは来なかったけど、ラフィーが来たって事は誰か応援してる奴でもいるのか?」

 

 瞬間、ざわざわと賑やかだったその場が静まり返った。何だかんだでリムルとラフィエル=スノウホワイトの関係性を探ろうと耳を澄ませていたのは一人二人ではなかったようだ。民衆の大半は勇者マサユキではないかと期待に満ちた目で彼女の言葉を待っている。

 そんな彼等の反応に、リムルは会話の選択肢を完全に失敗したと後悔していた。まさかただの雑談がここまで興味を惹くとは。

 申し訳なさそうに目で謝罪するリムルを見て、ラフィエル=スノウホワイトは微笑みながら普段通りに会話に応えた。

 

「特に応援している人はいませんが、先日のバトルロワイヤルにギャルドが出たようなので覗きに来たのです。期待に添えなくて申し訳ありませんが、まだ本選に出る人も知りませんから」

「ああ……ま、そりゃそうか。あー……と、本選には勇者も出てるみたいなんだけど、大丈夫か?」

「質問の意図を図りかねますが、応えるとするなら一言だけ。私にとっての勇者は、昔日に出会った彼女だけです」

 

 他の勇者は私にとって勇者ではありません。

 出場している勇者の方には失礼かもしれませんが、と彼女は締めくくった。魔王と名乗れば、勇者と名乗れば因果が巡る。彼女は自らの勇者と既に出会い、完結してしまっているのだろう。だからこそ、他の勇者は彼女の認識下において勇者ではないのだ。

 

 感傷に浸っている彼女の横顔に、少しの嫉妬が湧き上がる。彼女に思われる勇者が、羨ましくなる。

 ここにギィ、あるいは他の古参の魔王がいればきっと教えてくれただろうが、生憎ここに彼等はいない。ラフィエル=スノウホワイトに、特別な誰かは存在しないことを。

 

 ラフィエル=スノウホワイトにとっての勇者は、彼女の信仰する神そのものなのだということを。

 

 ほんの少しの嫉妬を滲ませたリムルは、軽く頭を振って感情を霧散させる。過去の人間をどう思っても仕方がないのだ。

 控えめに深呼吸をして、前を見る。

 ようやく、舞台中央に選手達が入場してきた。

 

「ギャルドがいませんね。負けてしまったのでしょうか」

「まあ、いないって事はそうなんだろうな」

 

 よく目立つ特徴的な赤髪が見えない。ラフィエル=スノウホワイトは少し残念そうな顔をして、すぐに気持ちを切り替えたのか選手紹介を聞き始めた。

 

「最初に紹介するのは、一番人気のこの人でーす!! 昨日の第一試合の覇者、その名は、勇者、マ~サ~ユ~キ――ッ!!」

 

 ちらりと隣のラフィエル=スノウホワイトを見てみると、何か興味を持った素振りはなかった。本当に自らの勇者以外の勇者には大して関心はないのだろう。

 いつも通り、博愛に満ちた眼差しを勇者マサユキに送っているだけだった。

 特に変わりはなく、ラフィエル=スノウホワイトが誰かに興味を示すこともなく、選手紹介は終わりを迎えた。

 

「じゃ、俺はちょっと挨拶に行ってくるから」

「分かりました。ここで見ていますね」

 

 リムルは貴賓席から舞台へと"転移門"を繋げると、シオンと共にそれを潜り抜けた。割れんばかりの歓声に応えるリムルを見て、ラフィエル=スノウホワイトは小さく息を吐いた。

 

「何かありましたか」

「え? いえ……問題ありません」

 

 何処か疲れたように体を弛緩させたラフィエル=スノウホワイトだったが、ソウエイが影から声をかければすぐさま姿勢を正した。声をかけない方がリラックス出来ただろうかと、ソウエイは眉を下げた。

 しかしその瞬間、ラフィエルスノウホワイトの右の瞳が赤く染まり鈍い光を放った。その赤い目は彼女本来の青い瞳とは別の生き物のように動き、影の中のソウエイを捉えた。

 

「ッ!!」

「ソ、ウエイ? どうかしましたか?」

 

 思わず影から飛び出したソウエイを驚いたように見つめるラフィエル=スノウホワイト。彼女の右の瞳は既にいつもの美しい空の色へと戻っている。その瞳には敵意も殺意も悪意もなく、ただただ純粋に彼のことを心配する色を灯していた。

 

「いえ、……気のせいだったようです。申し訳ありません。どうぞ、武闘大会を引き続きお楽しみ下さい」

「…………そうですか。それなら、良いのですが」

「はっ」

 

 影に沈んだソウエイから目を離し、ラフィエル=スノウホワイトの視線は舞台へと戻る。そこに一瞬感じた底無しの憎悪は欠片も感じられない。

 

(……気のせい、だったのか?)

 

 確かにあの時感じたものは、一体何だ。

 訳の分からない不気味なものを抱え、ソウエイは任務と並行して思考に沈む。後程、リムル様にも伝えた方がいいだろう、とその思考には終止符を打った。

 その思考の間にリムルの挨拶は終わっていたようで。民衆と選手達の無言の要望に思念伝達で相談したソーカとリムルは、ソウエイへとその旨を伝えるよう命令した。

 

「ラフィエル様」

「はい。やはり何かありましたか?」

「いえ、そのことではなく」

 

 首を傾げたラフィエル=スノウホワイトに、客席の民衆と選手達の要望を告げる。曰く、ラフィエル=スノウホワイトにも挨拶を頂きたいと。

 

「私の挨拶、ですか。それは……必要ではないと思いますが……」

「はっ、確かにその通りです。しかし、その有無で試合の士気は雲泥の差かと」

「そうでしょうか? まあ、減るものでもありませんから構いませんが」

 

 本当にそんなことで変わるのだろうかと不思議そうなラフィエル=スノウホワイトが、転移門を潜る。リムル同様に割れんばかりの歓声が彼女を迎えた。

 その歓声がなかなか止まず、今回はと司会のソーカが何とか歓声を止ませた。リムルから場所を譲られたラフィエル=スノウホワイトは最初の選手――マサユキと目を合わせた。

 

「勇者マサユキ、でしたね」

「あ、はい」

「頑張ってください」

 

 可も無く不可も無い挨拶というか応援に、民衆だけではなくリムル達も「え? それだけ?」という反応をしてしまう。それに気付いたのか、ラフィエル=スノウホワイトは暫く考えてから、一つ頷いた。

 

「では次の……"狂狼"ジンライ」

「いや待てよ。もうちょっとマサユキさんに……」

「そう言われましても、初対面ですし、言うことは特にないのですが……。他の初対面の方も同様に」

 

 確かにそうだけども、とジンライは言葉に詰まった。そもそもラフィエル=スノウホワイトは好意で挨拶をしてくれているだけで、事前に何の用意もしていなかったのだから仕方ないといえば仕方ない。

 ただ、あのラフィエル=スノウホワイトから直々に貰えるのだからと少し欲が出てしまったのだ。

 

「まあ……そうですね。ただ応援だけというのも。それならば、貴方達から要求をお願いします。優勝したらという形になりますが、私に出来ることなら何でもしましょう」

「何でもは良くないだろ」

 

 食い気味に口を挟んだリムルに、ラフィエル=スノウホワイトが首を傾げると同時、次の選手がソーカからマイクを奪い取った。

 

「何でもと言ったな、聖女よ! ならば、俺が優勝したら、その身を俺に捧げろ!」

 

 ――瞬間、怒声と罵声が響き渡った。

 流石に魔王の治める国の開国祭ということで物を投げるような者はいなかったが、暴動が起きても可笑しくはない騒ぎだ。

 他の選手でさえも信じられないものを見る目で選手ガイを見つめている。リムルでさえ怒りが一周回って呆然としてしまっているのだから、無理はない。

 この騒ぎ、どう収めるか?

 

「申し訳ありませんが、既にこの身を捧げている御方がいらっしゃるので」

 

 その場が凍った。

 あの美しい純白の聖女が?? 自身を捧げた男がいる?? 嘘だろ??

 そんな言葉が無音の中で皆の脳内でぐるぐると回る。ありえないと否定したいのに、言っているのは当の本人である。

 白目を向いて気絶する信奉者が出始めた。静かに場が混乱し始める。

 誰もが口を開けない中、馬鹿(ガイ)が叫んだ。

 

「はあ!? どこの男だよ!」

 

 聖女の癖になんて阿婆擦れ、という言葉は魔王とその配下の殺意の籠もった眼光によって口に出す事だけは阻止された。

 

「男、かは知りませんが……神様ですけれど」

 

 あっ、そういう。

 無言のまま阿鼻叫喚に陥っていた場がすっと元に戻る。気絶した信奉者は揺り起こされ、真実を教えられて涙を流した。

 

「それで……貴方の要求ですが。耳の調子が悪かったことにさせて頂きます」

「は? ふざけ、」

「はいはーい! ガイ選手はそこまで!」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの意図を読み取ったソーカが、ガイからマイクを奪い返す。わざとぶっ飛んだ発言をしてその場の主導権をガイから奪ったのだ。そして今の発言は、何も聞こえなかった事にする……要するに本人がお咎め無しにしたという事。それはつまり、リムル達がガイに罰を受けさせる事も許されない。

 ガイはその事に全く気付いていないが、他の選手達はその意図に気付いている。優しすぎると眉を寄せる者はいない。何故ならば、これからは武闘大会。合法的にガイを私刑に出来るのである。

 ただ、優し過ぎるが故の儚さを持つ彼女が、何故私刑を許すのか。浮き出た疑問は、即座に解消された。

 

「神の顔はそう何度も続きませんよ。少し反省するべきです――心当たりは、おありですね?」

 

 凪いだ瞳には怒りも侮蔑もない。先程の失礼極まりない言葉は一切気にしていないようだ。彼女の言葉にその場の人々は困惑するが、それも束の間。

 全力でラフィエル=スノウホワイトに感謝し、ガイに向かって中指を立てる女性の声が多数上がった。要するに、彼女に向かって放った言葉を様々な女性にも言っていたということだ。

 恐らく相談されていたか、その現場を見たことがあるのだろう。本人は天狗になってしまい、ただの言葉は届かない。ならば一度、その最強であるという自負を根本から叩き折るべきだと考えたのだろう。

 ならばこそ。ラフィエル=スノウホワイトによって課せられたその役目、必ずや果たして見せよう。彼女を敬愛する者はやる気を漲らせ、戦意を向上させた。

 

「では、次の選手……と言いたいところですが、ラフィエル様のお言葉に従い、最初のマサユキ選手から優勝した暁の要求を聞いていきましょう!」

「えっ、あ、あー……じゃあ握手をお願いします」

「はい、分かりました」

 

「ではジンライ選手!」

「マサユキさんと同じでいいぜ」

「そうですか?」

 

「はーい次! も同じでいいですね、ゴズール選手!」

「はっ! では大変烏滸がましいかと存じますが、どうか今後もお姿を拝見したく思います」

「……つまり定住して欲しいと?」

 

「それなら問題ありませんね! ではメズール選手!」

「えっ」

「くッ! ゴズールめ、同じ考えだったか!!」

「…………」

 

「では獅子覆面(ライオンマスク)選手!」

「そうだなあ、俺様が勝ったら俺の大将のところに遊びに来てくれや」

「? ミリムならこの国に」

 

「はいはーい!! ゴブタ選手お願いしまーす!」

「そっすねぇ……あんまり無理言うとリムル様怒るっすから……」

(うんうん、よく分かってるじゃないかゴブタ君!)

「じゃあ握手をお願いするっす! それならいいっすよね!?」

「別に構いませんよ」

 

「では最後にゲルド選手!」

「お久し振りですね、ゲルド。お仕事は順調ですか?」

「お久し振りです。仕事の方も、あの時貴女と話したおかげで――優勝の願い、ですか。ならば――あの時話した場所で、今度は相談ではなく、お茶をご馳走させて頂きたい」

「それはそれは……ええ、喜んで」

 

「さ、流石真打ち……優勝の要求も真打ちだったようです!」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの挨拶、もとい優勝の要求も皆決まり、彼女は貴賓席へと戻った。そして舞台上では対戦相手の選定が始まる。

 トーナメントになっており、本日は六試合。明日が決勝戦となっている。四試合が午前、二試合が午後だ。

 ――そして試合は、何かイレギュラーがある事もなく順調に進んだ。

 全てが何事もなく、ただ一つ不可解な事があったとすれば、ソウエイの報告だけである。

 

 

 

「ラフィエル様の右の瞳が一瞬だけ赤く染まり、何か別の生き物の目になったかのような――ほんの一瞬だけでしたが」

「ふーむ……とりあえず、ラフィーには何時もより気を配っておこう」

 

 

 

 





 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』


!!開国祭で悪魔は出て来ません(予定)!!


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/馬鹿がいた!

 第57話 馬鹿がいた!

 

 昨日は散々でしたね(引き攣った笑顔)

 ギャルドは帰ってこないし、仕方ないからふらっと外食したら知らねぇクソガキと相席になるしで最後まで最悪だったわ!

 しかもあのクソガキやたらと話しかけてくるし何なんだよ、こっちは機嫌悪いんだよ見て分かんねぇのか。まあクソガキに人の情緒を察せるわけないよな。だが許さん。免罪符なんざ知ったことか、オレがルールだ。

 

 しかもその店で何かに中ったのか、俺の体調は過去最高に悪かった。部屋に帰ってからは血反吐吐きながらゲロしてたからね。目から本気で血涙が出るとは……嫌な初めてを経験してしまった。

 そんなクソ程体調が悪いにも関わらず、開国祭で閉じ籠もるわけにはいかなかった。もし体調悪いからって一日ゴロゴロしてみろ……奴等がやってくる。経験則で分かってんだよなァ!!(涙目)

 はー……あいつら、一回死んでくれないかな。いや殺しても死なない奴等なのは分かってるけどね。

 無理したくないからと部屋にいれば、余計にオレへ負担がかかるのは分かりきっている。それなら最初から多少の無理をした方が楽だ。

 ほんとは……教会で孤独な引き籠もり生活を謳歌したいんだけどなぁ……。夢は夢でしかないのか……。

 泣く泣く部屋から出て武闘大会の会場へ向かって、用意されていた席に座り込む。んあぁ疲れた!! 始まるまで寝る!!

 欠伸をしかけたその時、一人分の足音が聞こえた。ぴぇっ……リムルだ……(消沈)

 

「……おはようございます、リムル」

「おう、おはよう」

 

 おはようじゃねぇんだよ。オレは今からおやすみする予定だったんだ。何故こんなにも早く来るんだ……こんなところで主催者精神発揮しなくていいんだ。

 しかも何で隣の席座るんだよお前、今オレに断り入れました?? 何故何も言わずに当たり前のように座るんだよ常識を何処に落としてきたんですか?(煽り)

 これ以上リムルを見ていたら血管がはち切れそうだから、客席に視線を移す。もう人がいっぱいじゃん寝られん。いやリムルがいる時点で寝れないんだけど。

 いやしかし人がここまでいるって事は、

 

「……もうそろそろ始まりますね」

「ああ。そういえばあいつらは来なかったけど、ラフィーが来たって事は誰か応援してる奴でもいるのか?」

 

 はい???

 オレが誰かを応援なんざする訳ねぇだろ。頭大丈夫かお前。ここに来たのは単純に他の奴等に絡まれたくないからだが?(真顔)

 まあこんなの言ったら舞台近くの黒い悪魔にぶち転がされそうだしな、

 

「特に応援している人はいませんが、先日のバトルロワイヤルにギャルドが出たようなので覗きに来たのです。期待に添えなくて申し訳ありませんが、まだ本選に出る人も知りませんから(建前)」

 

 しかもあいつ昨日から帰って来てねぇからな。オレの大切な生贄なのに、あの野郎一体何処をふらついてんだ。

 

「ああ……ま、そりゃそうか。あー……と、本選には勇者も出てるみたいなんだけど、大丈夫か?」

 

 全然大丈夫じゃないです。

 えっ??(素)

 魔王だって名乗れば勝手に襲ってくるようなクソオブクソがいるって??(半ギレ)

 ていうか大丈夫じゃないって言えば、何とかしてくれんの? してくれないんだろ知ってるわ!!

 

「……質問の意図を図りかねますが(皮肉)、応えるとするなら一言だけ。私にとっての(本来の勇気ある者という意味の)勇者は、昔日(の数百年前に)出会った彼女(クロノア)だけです」

 

 あいつそろそろ起き上がる頃だよなあ。何処で寝てるかはもう忘れちゃったけどな。オレが仲良くしてるのはクロノア以外死んじゃったし。

 懐かしいな……クロノアがいると他の魔王が来なくて大変有意義な時間を過ごせた。だからオレはクロノアが好きだったんだよ……(現実逃避)

 

 まあクロノアはいつか起きるとして。

 そろそろ始まっちゃったか……正直あんまり白熱して欲しくないから雑魚ばっかがいいな(本音)

 ギャルドくらいならリムルの配下にすぐやられるだろうし、その程度くらいの強さで頼むな!! あっギャルドいねぇ。は? あいつほんと役に立たねぇな。

 

「ギャルドがいませんね。(昨日帰ってこなかった上に)負けてしまったのでしょうか」

「まあ、いないって事はそうなんだろうな」

 

 あいつ昨日今日と一体何をしてんの? 肉壁の役目を粛々と熟せよ。どこほっつき歩いてんだあの野郎。帰ってきたら往復ビンタの刑に処さなければならんな(怒)

 なんて思ってたら選手紹介が始まって初っ端からクソオブクソの紹介だった。

 

「最初に紹介するのは、一番人気のこの人でーす!! 昨日の第一試合の覇者、その名は、勇者、マ~サ~ユ~キ――ッ!!」

 

 勇者ってのはその肩書きだけで大変苛立つので、速攻で負けろッッ!!(集中線)

 毎度毎度「お前が魔王か」とか言いいながら殺しにかかってくるの止めろ。魔王だからって殺して良いとでも思ってるんですか?? お前ら勇者は命を何だと思ってるんだ、薄っぺらい紙か? 

 違ぇよボケ、一番大切にしないといけないものだよ!!! まずは道徳を習ってから出直してこい、このイカれた狂人共めッ!(机ダン)

 心の中で盛大なブーイングをしつつ、他の選手紹介を聞き流す。ていうか紹介必要ある? どうせこいつらの名前なんて誰も気にしてないって。

 

「じゃ、俺はちょっと挨拶に行ってくるから」

「分かりました。ここで見ていますね」

 

 っしゃオラァ!(歓喜)

 行け行け行ってこい! お前がいると姿勢をずっと正さないといけないから体が緊張したままなんだよ、しばらく戻ってくるんじゃねぇぞ!

 ふぅ……やっとゆっくり出来る。体調悪いのを隠すのって疲れるんだよな。椅子にぐでっと体を預けて大きく息を吐き出したその瞬間、

 

「何かありましたか」

 

 びえっ!?

 お前まだいたの!?

 

「いえ……問題ありません」

 

 せっかくゆっくり出来ると思ったらこれだよ。お前もリムルについていけよ、何で残ってんだよ。は~~世界がオレに優しくない。オレに優しくないこんな世界滅んでしまえ!(迫真)

 ていうか、まずいな。

 今割りと本気で体調が死んでいる。流石に昨日の夜みたいに血反吐吐き散らしながら目から血を流す事はないだろうけど、今視界の彩度と明度が大変低い。

 何より昨日寝てないからか滅茶苦茶眠い。今にも寝落ちしそうなくらいだ。流石にそんなことしたら帰ってきたリムルに殺されるかもしれん。殺さないで……老衰で痛みなく安らかに死なせてくれ……(願望)

 うっ……胃の中身が逆流してきた……こんな場所でゲロするわけにはいかない!!(決意)

 必死の思いでそれを飲み込んでほっと一息ついたその瞬間、ふっと視界が真っ暗闇になった。が、それも束の間。すぐさま視界は戻ったし、何なら絶好調に体調が良くなっていた。

 えっ? すごくない?? 何故一気に回復したのかは皆目見当がつかないが……まっ、オレの体はやる時はやる子だって事だな!!(ドヤ顔)

 なんて思っていたら視界の端に臨戦態勢のソウエイが見えた。えっ……なんで??

 

「ソ、ウエイ? どうかしましたか?」

 

 恐怖にぷるぷる震えて聞けば、奴は何でもないと言った。何でもないなら武器を構えるな。殺す気か? オレのことを殺す気か??

 お前もしオレのこと殺してみろ、一生枕元に立ってやるからな。朝起きたら必ず角に枕が刺さってる呪いをかけてやるからな!! オレは本気だ、だから殺すのは止めておけ。後悔するぞ。分かったな?

 

「ラフィエル様」

「はい。やはり何か(オレへの殺意が)ありましたか?」

「いえ、そのことではなく」

 

 は?? 今その話しかしてないんだが??

 

「武闘大会の選手の者達に、ラフィエル様のご挨拶を頂けないかと。彼等も民衆もそれを望んでおります」

「私の挨拶、ですか。それは……(どこからどう考えても)必要ではないと思いますが……」

 

 ていうか何でオレがそんなことしなきゃならないんだよ。リムルがやってんだからそれでいいだろ。

 

「はっ、確かにその通りです」

 

 だよな!!(同意)

 よし、ならこの話は終わりだ。

 

「しかし、その有無で試合の士気は雲泥の差かと」

 

 その話はもう終わったんだよォ!!

 選手のことなんざクソ程どうでもいいんだよ!! 見ろっ、あそこには勇者だっているんだぞ!! うっかり殺されちゃったらどうしてくれるんだ!?(激怒)

 もし怒らせるような事言ったりしたら……! した、ら…………え? さっき、選手達も望んでるっていった……?? 

 

「………………。そうでしょうか? ま、まあ、減るものでもありませんから構いませんが(震え声)」

 

 断ったらリムルじゃなくて勇者に殺される!! 断ったら殺される!! 何でいっつもオレを狙う(物理)奴ばっかりエンカウントするんだ……(涙目)

 泣く泣くリムルが作ってた転移門を潜ると大音量の人の声が耳に刺さった。みみがしぬ。おまえらおれのこときらいなの??(瀕死)

 司会が何とかしてくれたおかげでオレの耳は生きている。お前が恩人、大感謝だ。

 だが本日の気力さんは死んだ。もう帰りたい。

 リムルに場所を譲られたが、選手一人一人に挨拶って何しろってんだ。考えるのも面倒くさい。……よし! こうなりゃ当たって砕けろだ。

 

「勇者マサユキ、でしたね」

「あ、はい」

「頑張ってください」

 

 完璧だ――ッ!!(確信)

 よぉし、全員纏めてこれでいこう!

 オレは一つ頷いて笑顔で次の選手を見た。勇者がこれでいいなら他の奴も不満はないだろ!!

 

「では次の……"狂狼"ジンライ」

「いや待てよ。もうちょっとマサユキさんに……」

 

 は?? お前何オレの完璧な挨拶にケチつけてんの??

 お前が言ってるマサユキさんはオレの挨拶に満足してるんだよッ! 金魚の糞は黙ってな!(上から目線)

 

「そう言われましても(舌打ち)、初対面ですし、言うことは(お前のいうマサユキさんは満足してるし)特にないのですが……。他の初対面の方も同様に」

 

 押し黙る選手の野郎。完全勝利! ふっ……すまんな、勇者はともかくお前みたいな格下ではオレの相手にはならないんだよ!

 まあ? ラフィエルさんは優しいから? ちょっとくらいは譲歩してやっても良いけどな!(チラッ)

 

「まあ……そうですね。ただ応援だけというのも。それならば、貴方達から要求をお願いします。優勝したらという形になりますが、私に出来ることなら何でもしましょう」

「何でもは良くないだろ」

 

 リムルが突っ込んでくるが問題ない。オレは大半が出来ない事しかないからな!! 出来る事といったらお喋りくらいだ。

 というわけで、特に問題はない。嫌だったら出来ないと言えばいい。

 お前らと違って頭が良くてごめんな?(哀れみ)

 

「何でもと言ったな、聖女よ! ならば、俺が優勝したら、その身を俺に捧げろ!」

 

 何言ってんだこいつ、お前オレの事ちゃんと見えてる? 目の前にいるんだけれども。

 見ろこの服を。完全に神に仕える感じの雰囲気出してるだろ。見て分かるだろ。

 ……ハッ!! ま、まさかこいつ、頭が残念すぎてそんな簡単な事も分からないのか? ウワッ可哀想。仕方ない、可哀想だからちゃんと言葉にして伝えてやろうな。

 

「申し訳ありませんが、既にこの身を捧げている御方がいらっしゃるので」

 

 わかるか?

 オレ元々聖歌隊っていう神に仕える団体に入ってたんだ。だからオレだけじゃなくて聖歌隊の奴等はみんな神様に全身どっぷり捧げてるんだわ。

 そして神様のお怒りに触れたオレはその贖罪のために聖歌隊を抜けた今も、神様にがっつり見張られて魂捕まれてるんだよ。たぶん。

 だから体を捧げるとかは無理。これ以上神様を怒らせたくない。

 

「はあ!? どこの男だよ!」

 

 いや神様が男かどうかなんて知らんけど。

 っていうか何で男だと思っ――待てよ???(閃き)

 お前、お前まさか、そういう意味で捧げろとか言ってくれちゃったの? は? ぶっ殺すぞお前(殺意)

 

 オレはまあ聖歌隊に所属してただけあって、それなりに美しいからな。惚れるのは分かるとも。プロポーズは構わん、許す。だが場所と雰囲気その他諸々全てが駄目だ。

 プロポーズは、結婚は、子作りは。

 一際神聖なものなんだから、こんな騒がしいところじゃなくて、神聖で静かな場所で二人っきりの時にやるべきだろうが!!!(大激怒)

 は~~クソクソのクソ。お前ほんと許さんからな。堪忍袋の緒が切れました。

 

「それで……貴方の(そのけったいな)要求ですが。(こんなのされたなんて神様に知られたらオレまで怒られるかもしれないから)耳の調子が悪かったことにさせて頂きます」

「は? ふざけ、」

「はいはーい! ガイ選手はそこまで!」

 

 なんだこいつ自分が何したかも分かってねぇのか殺意が止まらん。

 ていうか今までこんな調子でよく生きて来られたな、一周回って尊敬するわ(皮肉)

 こんな調子でまた絡まれたらたまったもんじゃねぇな……とりあえず釘を刺しておくか。

 

「神の(寛容な)顔はそう何度も続きませんよ(オレもそうだったから)。少し反省するべきです――心当たりは、おありですね?」

 

 お前自分だけで罰を受けるからともかく、オレまで巻き込んだら絶対に許さんからな。

 

 

 

 

 

 

 




 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:盛大に調子に乗った。


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開国祭3日目/ギャルドの受難

筆休め。


 第58.5話  開国祭3日目

 

 開国祭3日目。

 本日も天候は悪くない。

 ラフィエル=スノウホワイト、本日は体調不良にて手厚い介護を受けての参戦である。彼女の隣には介護と称して決勝戦に出場する事となった勇者マサユキを観察に来たギィとヴェルザードが座っている。

 彼等は勇者マサユキの実力を見るために来たのだが、あっさりと終わった決勝戦に自身の推測が正しかったのだと納得し、近く帝国を襲撃――もとい、訪れる事が確定した。

 そして昼時を過ぎ、彼等は地下迷宮(ダンジョン)へと足を向けた。その際、先日ラフィエル=スノウホワイトと夕食を共にした金髪の少女とすれ違いながらも、二人は互いに視線を交わすことなく歩き去った。小さな舌打ちが空気に溶け、その場には祭り特有のざわめきだけが残る。

 

「腐っても魔王、毒は効かなかったみたいよ」

「そうだね、マリアベル。病弱と名高いならば毒殺も可能かと思ったのだが――」

 

 小さな小さな囁き声は、空気に溶けて消えていく。

 その真意は誰かに届く事もない。浮かれた人々に紛れて消えた人影は、着実に計画を煮詰めていた。彼女から、秘めた計画を口外されることを警戒しながら。

 そしてラフィエル=スノウホワイトは、風に髪を揺らして足を進める。その身に落とされた悪意を、自覚なきままに悪意でもって相殺した事にまるで気付かぬまま。

 瞬きの瞬間に赤く染まったその瞳の持ち主は、聖女の本心だけを知らぬまま、今か今かと、かの強欲の計画を待ち望んでいる。近く訪れる不可解な魂を持つ勇者の復活までに、野望を遂げんとして。

 

 地下迷宮(ダンジョン)のお披露目を冷やかしに来たギィとヴェルザードは、その地下迷宮(ダンジョン)を作った人物に心当たりがあった。

 このようなものを作れる者は知っている限り一人だけである。

 

「ラミリスの奴、随分大掛かりなもの作ったじゃねーか。あいつにそこまで知恵が回るとは思えんが、リムルの入れ知恵か?」

「彼女はこの国に随分協力的なのね。……ヴェルドラちゃんもいるし、色々と厄介だわ。いえ、もう勝負の方はあまり固執する必要はないのかしら」

 

 民衆の外側から遠目に眺めたそれに、それぞれが呟く。独り言だと分かっているからこそ相槌はなく、穏やかに時は流れる。

 計算してほんの数分だけではあるが、それだけで十分に理解したそれに既に興味は無く。ギィとヴェルザードはラフィエル=スノウホワイトを促してその場から離れた。

 

「一つ伺いたいのですが、よろしいですか?」

「ん?」

「先日からギャルドの姿が見えないのですが……何かご存知で?」

「ミリムが引き摺ってるのなら見たな」

 

 

 

 

 

 

 

 第58話 ギャルドの受難

 

「ゴブタとランガ、そしてラフィーのところのお前! それなりに戦えるようになるまでワタシが鍛えてやるのだ!」

 

 バトルロワイヤルで覆面獅子(ライオンマスク)にたこ殴りにされたかと思えば、これは一体全体どういう事だ?

 ルミナス様に知らぬ間に武闘大会に出場させられていたかと思えば、バトルロワイヤルでは他の者に目もくれずに俺を攻撃してきた。その動きの精度、洗練された技に、俺は防戦一方になってしまった。

 使い慣れた武器は火曜師によって破壊されてしまったため、滞在期間中に魔王リムルに頂いた槍を持参してきたのだが……。まだ使い慣れていないとはいえ、まるで歯が立たない。結局、槍を吹き飛ばされて意識が飛ぶまでボコボコにされてしまった。

 それが、意識を失う直前の記憶だ。だというのに、何故俺の前には魔王ミリムが……?

 

「あんまりっすよぉ、リムル様……ジジイの修行だけでもキツいのにミリム様の修行なんてオイラ死んじゃうっす!」

「ええい、ウルサイのだ! そこのお前も、カリオンに負ける程度でラフィーの配下なんて駄目なのだぞ。しっかり鍛えてやるから覚悟するのだ!」

「は? か、カリオン?」

「うむ! お前が負けた覆面獅子(ライオンマスク)、あれの正体はカリオンなのだ」

 

 カリオン。

 元魔王カリオン!? 獅子王(ビーストマスター)のカリオンだと!?

 元魔王が参加しているなんて聞いていないぞ!? まさかルミナス様、魔王ミリムとグルだったのでは? ラフィエル様はルミナス様から聞いただけだったようだしな……いや、待てよ。

 元々俺がラフィエル様の配下としては歓迎されてはいないとは思っていたが、それはほとんどの魔王がそうなのだろう。

 つまり、これは……ルミナス様と魔王ミリムだけではなく、ラフィエル様に同行していた魔王らしきお二人と魔王リムルもグル、ということか。

 その目的は、恐らく俺の実力の底上げ。元勇者によって鍛えられたものの、それは超短期間のドーピングのようなものだった。鍛錬をして何とかそのドーピング状態を維持しているが、それはそれで心許なかったのだ。

 元勇者は来たるべき時までそれが保っていれば、それ以上はどうでもいいと考えていたため、アフターケアなどまるで無かったのだから。だが今、魔王ミリムによる修行をつけて貰えるのなら、強くなれるのなら、それは願ってもいないことだ。

 

「――分かりました。よろしくお願い致します、魔王ミリム」

「うぇっ!? 正気っすか!?」

「ほほう、いい心がけなのだ。さぁゴブタとランガ、お前達も気合いを入れた方が身のためだぞ?」

 

 死ぬ気で頑張るのだぞーという軽い言葉と共に放り出されたのは、格上と思わしき魔物の前で。

 数秒前の自分をぶん殴りたくなるほど後悔するような、地獄の特訓はまだまだ序盤の序盤であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中略。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま、もど、戻りまし、た」

「(声のない悲鳴)」

「魔王ミリムに、少し、修行、を……ら、ラフィエル様!?」

 

 俺の姿を見て卒倒したラフィエル様を介抱していたら、騒ぎを聞きつけた従業員から様々な人に伝わってしまった。

 結果、やりすぎだと魔王リムルを筆頭に色んな方々に懇々と説教されてしょんぼりする魔王ミリムを直視するはめになった。あの時、俺とゴブタさんの懇願を一切聞き入れずに淡々と魔物の前に放り出し続けた恐ろしい魔王は何処に行ってしまったのか。

 確かに精神はこれ以上なく鍛えられたし、恐らく実力もついたと思うが、もう二度と経験したくはない。

 

 

 

 

 

 

(あれっ、ギャルド生きてる?? ミリムにぶっ殺されたギャルドがゾンビになって襲ってきたのかと思った…………)

 

 

 

 




 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』






コメで話数ナンバリングについて指摘されたので見返したら確かにちょっと変でした。.5でラフィエル君視点と第三者視点で分けて書いてるだけで細かいことを気にしてなかったツケが回ってきましたね!!
でもまあ、今更変えるのもあれなのでこのままいきます♡
ぶっちゃけナンバリングなんてフィーリングですよ!!(適当)


あと前話で出てたラフィエル君がクソガキって言ってた人の正体を見破った人すごいなって思いました(小並感)
容姿の描写もないしほんの数行なのに……もしや名探偵でいらっしゃる?? コメ見た時びっくりしました。


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定められた未来への道
啓蒙なる/強欲


 第59.5話 啓蒙なる

 

 開国祭が終わったその日には、眠るラフィエル=スノウホワイトを置いてギィとヴェルザードは魔国連邦(テンペスト)から立ち去った。

 本人には昼食時にその旨は伝えてあるため、問題はない。リムルの様子からしてラフィエル=スノウホワイトを置いていっても手厚く保護するだろうし、そもそも彼女の住まいである教会はこの国にあるのだから。

 彼等の予想通り、ラフィエル=スノウホワイトはリムルに保護され、前回滞在していた頃と同じように生活する事となった。

 ただし、彼女への相談――懺悔室に関してはギャルドが反対したために再開する事はなかった。その反対の理由に、ギャルドは「いや元勇者殿、あの夢で、その」などと訳の分からない事を口走っていたが、ラフィエル=スノウホワイトがギャルドの願いを容認したために、その再開の話はお流れとなったのだった。

 

 そして現在。

 ラフィエル=スノウホワイトは元より、彼女の配下であるギャルドもその教会にて生活していた。ギャルドに関してはルミナスを始め立場が違う様々な人々に反対されたが、ラフィエル=スノウホワイトが押し切ったのである。

 彼女がそう言うのであれば、そこには確かな理由があるのだろう。そう渋々納得していたが、それでも恨みや妬みがなくなるわけではない。

 

 しかも、だ。

 同じ屋根の下で生活しているだけでも内心非難囂々であったろうに、その上色々とギャルドに融通を利かせているのだ。

 ラフィエル=スノウホワイトが彼に押し付けた鉱石がとんでもないもので、それを使った武器の鍛造を、ラフィエル=スノウホワイト本人に頼まれたドワーフのカイジンは椅子から転げ落ちる所だった。

 しかもその鉱石は魔王ディーノから貰ったものだと彼女が告げた時はギャルドは死を覚悟した。魔王ディーノに知られれば殺されると思ったからだ。

 

 ちなみにその日その時、何を思ったのかラフィエル=スノウホワイトは魔王ラミリスと落ち葉を集めて焼き芋をしていた。

 ギャルドは幻覚でも見ているのかと思ったが、渡された焼き芋は大変美味だった。

 このような日常を過ごしていると、彼女の神聖さを認識すると同時に、その人間臭さを体感してしまう。

 開国祭でのウニと醤油のくだりでも感じていたが、彼女――ラフィエル=スノウホワイトは、自分達が思っていたよりも、ずっとずっと、普通の人間だと。

 それでもどうしてだろう、彼女はふとした時に人間離れした雰囲気を纏う事がある。教会に椅子に腰掛け、ふと窓から空を見上げた時――ルベリオスにいた頃によく見かけた宗教画のような、美しいそれ。現実離れした光景を、見ているような気になってしまう。そんなわけがないのに。

 

 だけれど、そんな時は何時だって、彼女の瞳は澄み切っている。青く、青く、深く沈んでしまいそうなその瞳の奥に。見知らぬ何かがいるような。

 そんな錯覚を起こしてしまいそうだ。何かに、ラフィエル=スノウホワイトを通して監視されているかのような気がしてならない。

 気のせいだと分かっていても、それでも何度も怖気がする。根源の恐怖を掬い上げられるような、心臓を直接嬲られているような。

 そんな錯覚を拒絶したくて、ラフィエル=スノウホワイトごと拒絶しそうになって――悪戯っ子のような仕草を見せる人間臭い彼女に、振り払いそうになったその手をぐっと抑え付けた。

 

 分からない。

 どうすればいいのか、どうするべきなのか。

 美しく、種を愛する聖人なのか。それとも時折見せる人間臭い少女なのか。どちらが本性なのかが分からなくて、頭を悩ませる。

 ふらりと夢の中に現れて自らの要求だけ伝えて消える元勇者に問いかけてみても、答えはない。のらりくらりと躱されて、気が付けば朝日の差す部屋で目を覚ましている。

 だから、彼は頭が回っていなかったのだ。

 聞いてしまったのだ、本人に。

 

「           ?」

 

 教会の中。

 朝日が窓から照らすその場所で。

 ギャルドを振り返った聖女の後ろ、神の偶像が揺らめいた。

 それは、にんまりと笑って、愉快げに目を細めて、掌で転がしていた何かを握り潰した。

 指の隙間から零れ落ちたものは、一体?

 

「――ギャルド? ごめんなさい、何を言ったの聞こえなくて……もう一度お願いできますか?」

 

 不思議そうな顔をしたラフィエル=スノウホワイトの白い首には、薄く赤い模様がついていた。首締められたような、そんな模様が。

 息を飲むギャルドを心配そうに見つめる彼女に、何でもないとそう告げて。

 

「……あれは、一体」

 

 なんだったのだ。

 教会の外へ出たギャルドは、どっと吹き出た汗を拭って空を仰いだ。青い空が瞬きの瞬間だけ、赤くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第59話 強欲

 

「無理ね、無理なのよ」

 

 マリアベルは、苦々しく顔を歪めてそう告げた。

 五大老が集まるその場で、問いかけられた疑問、その答えである。

 人間、否、生き物には欲求があるものだ。三大欲求しかり、知識欲コンプ欲などなど。だからこそ、マリアベルは最強なのだ。

 他人の欲に作用するその力。それによって、彼女はここまでのし上がってきた。

 

 だけれど、あの魔王――ラフィエル=スノウホワイトの欲望は、まるでスイッチが切り替わるように大小に変化するのだ。

 初めに一瞥したその時は、やれると確信した。自らの力で操り人形にするには容易い欲望の大きさ。これならばと手を伸ばそうとした瞬間に、欲望は見たことの無い程の大きさに変わった。

 今まで見た中で一番の大きさであるグランベルですら、比較にならない程の。化け物だ。異常だ。ありえない……そう呆然とした時には、一切の欲がなくなった。

 訳が分からなかった。

 ゼロか、百、その中間しかなかった。

 その欲の大きさは不定期に切り替わる。相席になった事を利用して話しかけ、意識を逸らしてみてもその欲の切り替わりにはまるで効果がなかった。その欲の有様では、マリアベルの力を使ったところで欲が切り替わった瞬間に効果が解けてしまう。

 だからこそ、彼女に力は使えない。使ったところで意味が無い。

 

「魔王ラフィエル=スノウホワイトには、私の力は効かないの」

 

 中間の時を狙って支配したとしても、欲が切り替われば解けてしまう。ゼロか百かの時は論外。支配出来ても十数秒であろう。

 それではまるで役に立たない。

 こうして頭を悩ませる事も、ラフィエル=スノウホワイトの掌かもしれないと思うと苛立ちが募る。

 今思えば、グランベルが魔王リムルを陥れるためにラフィエル=スノウホワイトをルベリオスに軟禁した事も、既に彼女の掌の上だったのかもしれない。

 その時から――いや、その前から自分達の計画に気付いていたとしたら。

 

(……とんだ腹黒なのよ。何もかもを見通しているくせに、何を企んでいるのか見当もつかないの)

 

 目的も、何も分からない。

 魔王ルミナスのように、魔王リムルのように、何か行動しているのなら分かりやすいのに。魔王ラフィエル=スノウホワイトは、最古の次に長く存在しているのに、何も行動した事が無いのだ。

 ここ最近でいうならば、魔王リムルの元で静かに暮らしている事しかしていない。

 ここまで何もしていないのに、その頭脳は侮れない。その手腕も。

 自らが派手に行動した訳でもないのに、全てを思い通りに動かし事を収束させる事が出来るのは知っている。西方聖教会がいい例だ。

 だが、このまま手をこまねいている訳にはいかない。ラフィエル=スノウホワイト本人には手を出せない。ならば。

 

「将を射んと欲すればまず馬を射よ――」

「……? マリアベル、どうするつもりだい」

「――あの男(ギャルド)を、魔王から奪うのよ」

 

 まずは、手足をもいでやる。

 

 

 




 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』
 備考:魔王から貰ったものを処分出来て御満悦。ギャルドが良い仕事したね!


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要請/甘やかしたらこれだよ

明日から新学期始まるので前みたいな週1更新に戻ります。余裕あったら隔日更新になります


 第60.5話 要請

 

 ギャルドが一度ミリムの修行から解放された後、再度引き摺られて修行を受けた後にラフィエル=スノウホワイトの住まう教会へ戻ってきて、しばらく日が経った時の事だった。

 ギャルドは、鍛造された彼の新たなる武器――リムルから貰った槍はバトルロワイヤル中に破損していた――を手に、自己鍛錬を行っていた。

 驚く程手に馴染むそれは、まるで使い慣れたもののようで。その感覚に首を傾げるも、まあ主であるラフィエル=スノウホワイトから賜ったものだからだろうと納得していた。

 あるいは、恐怖を落ち着けるために鍛錬に集中していたために恐るべき早さで手に馴染んだのかもしれないが。

 そんな鍛錬中、ラフィエル=スノウホワイトがぽつりと呟いた。

 

「外は……あまり行きたくありませんね」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの言葉に反応して体を止めたギャルドは、視線を彼女へと向ける。

 何を意図して呟かれたのかは分からない。だが、憂いを帯びたその表情を晴らすためならば、配下としては当然の行動を。

 

「ならば、代わりに俺が行こう。外に出る用事があるのなら、全てを押し付けてくれて構わない」

 

 貴女のためならば容易い事だと告げると、瞬きを繰り返したラフィエル=スノウホワイトは、花が咲くように笑った。

 どこにでもいる普通の少女のような笑顔に、ギャルドも緊張していた体を緩ませる。つられるように笑ってみせると、彼女は安心したように頷いた。

 

「そう仰るのなら、外への用事は貴方にお願いする事にします。頼りにしていますよ、ギャルド」

 

 なんてことの無いように請け負ったギャルドだが、これは酷く珍しいことだ。あのラフィエル=スノウホワイトが、自らの用事を全て誰かに頼むなど、有り得ないこと。

 それ程までに何故、その男を信頼しているのか――そう嫉妬する者も、少なくはない。

 だけれど、その珍事が現実に起きている。それが何を齎すのか。

 

 未来はただ、舗装された道へと繋がっているだけだ。

 その先にある、枝分かれする未来にこそ。

 現在に布石を撒き全てを賭けた元勇者が望んだ、ラフィエル=スノウホワイトが生存する一片の未来。その未来へ繋ぐために、この珍事は起きたのだ。

 否、珍事ではない。

 これは、確定された現象なのだ。全ては、たった一つの未来へと、この現在を繋ぐために。

 

「お、いたいた。ラフィー、ギャルド、今いいか?」

「リムル」

 

 シュナとシオンを傍に控えさせ、リムルが二人に向かって歩いてきた。わざわざ二人も伴ってくるとは、何か重要な要件なのだろうかとギャルドは思う。

 普段は一人で遊びに来るリムルなので、余計にそう考えたのだ。

 実際、その考えは間違っていなかった。

 

西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウェスト)から私の参加要求――ですか」

「ああ。俺だけじゃ不安なんだろうな。その点ラフィーなら人類側から信頼もあるし、俺から守ってくれるかもしれないと期待しているんだろう」

「…………なる、ほど」

「悪いんだけど、参加して貰えないかな?」

 

 考え込んだラフィエル=スノウホワイトが、ちらりと申し訳なさそうにギャルドを見る。その視線に気付いたリムルが再度口を開いた。

 

「勿論、護衛としてギャルドを連れて行って貰っても構わない。何なら俺の方からも幹部を出していいし」

「いえ。そうではなく……ギャルド、お願いできますか?」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの言葉に、ギャルドは大きく頷いて前に出た。

 つい先程の出来事だったのだ。だからこそ、この場は自分から言わなければ。

 状況を理解出来ていないリムル達に、ギャルドは頭を下げ、主ではなく自分が説明させて欲しいと願った。その間、ラフィエル=スノウホワイトには教会の中で休んで貰う。

 元々ギャルドが鍛錬している間はわざわざ外に来て見学しているのだ、彼女は。どこか楽しげにしているからこそ中に戻ってくれなんて言えなくて。結局、彼女の体調が悪くなる前に鍛錬を切り上げて教会へラフィエル=スノウホワイトと共に戻るのが日課になっていた。

 だからこそ分かるのだ。彼女の体調が少し悪くなり始めた事に。倒れる前に、早々に休んで貰わなければ。

 

「では、ここからは俺が。中で話すとラフィエル様が落ち着いて休めないと思うので、どうかこの場で話すことを許して欲しい」

「それは構わないけど……」

「有難い。それで、西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウェスト)だが――ラフィエル様本人が参加する事は出来ない」

 

 ぴくりと反応するのはシュナとシオンだ。だがリムルの手前、そして、ラフィエル=スノウホワイトの唯一の配下であるという理由の下、口を出すのは控えた。

 無言で続きを促すリムルに、内心安堵してギャルドは口を開く。

 

「ここ最近、ラフィエル様の体調は思わしくない。本人も自覚していて、遠出は不可能というのが理由だ」

「思わしくない……? 体調が悪いって、ラフィーは大丈夫なのか?」

「今のところは。ラフィエル様の魔素(エネルギー)に満ちている教会内では比較的体調が良くなるみたいなので、散歩も最低限にして頂いている」

 

 うむむ、とリムルは唸る。

 流石にそんな状況のラフィエル=スノウホワイトに無理に参加させる事は出来ない。

 しかしそれではリムルが西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウェスト)には行けなくなってしまう。彼女が参加する事こそが、リムルが――魔国連邦(テンペスト)が参加する条件なのだ。

 

「それは、代理では駄目なのだろうか?」

「代理? ……お前が?」

「ラフィエル様から、外への用事は全て俺が請け負うように頼まれている。俺では条件は満たせないのか?」

「それは――まあ、聖女の協力を条件としてと書かれているから穴をついていいのなら、いけるだろうけど。……いいのかな?」

 

 いや俺に聞かれても、とギャルドは思った。がしかし、リムルは自分の中で自問自答しているようで、一つ頷いた。

 

「オッケー、それでいこう!」

 

 ――そうしてギャルドは、リムル達と共にイングラシア王国へと旅立ったのである。

 聖女の代理であるという二つの証を持って。

 ラフィエル=スノウホワイトから前々から預かっていたフルート。

 借り受けた、彼女が正式に神へと祈る際に使用する白い布。それは世界のどこにも見ない異世界の極上の素材で作られており、一目で聖女に連なる者だと分かる代物だ。それを、ギャルドはマントのように着用した。

 元の世界の縁となる物を惜しげも無くギャルドに貸し与えたラフィエル=スノウホワイトだが、彼女のことを異世界人だと知る者はここにいない。

 意気揚々と教会を後にしたギャルドは――リムル達と共に帰ってくる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第60話 甘やかしたらこれだよ

 

 いきなりミリムが教会に突撃した時はまたかと気が遠くなったが、なんとその目的はギャルドだった。奴は泣きそうな顔でオレを見たが、オレに被害が無いならとオレは快くギャルドを送り出したのだった。

 そんなギャルドが帰ってきたのは数日前。

 そこそこだった顔面がメタモルフォーゼを遂げて帰ってきた時は「おまえ誰?」と口に出してしまいそうになった。実際誰か分からなかったし、うっかり口に出しても誰にも責められなかっただろうけどな。

 まあ、リムルが何故か教会に定期的に補充している完全回復薬をあげたら元の顔面に戻ったけど。どうやったらあんなボコボコになるん??

 ミリムに引き摺られていったギャルドの他にもう一人程いた気がしたけど、まあ気にしても無駄だな。

 

 いやそれにしてもオレの生贄くん……ギャルドは優秀だな。前回の魔王達の宴(ワルプルギス)で押し付けられた物は、ギャルドのおかげでほぼ無くなった。

 ギィのは当日に飲んだし、ラミリスのは置いていてもアレだからとりあえず乾燥ハーブと同じようにして棚の奥に置いてある。

 ルミナスのは無理矢理飲まされたし、ディーノから貰った石ころはギャルドの武器鍛造に押し付けたし、ダグリュールのは芋だと判明したその日に焼き芋した。全部ギャルドにくれてやった。

 残るはレオンのゴミだが……捨てたら怒るかな?

 とりあえずラミリスのと同じ場所に放り込んでおいたが、やはり使い所はない。まあゴミだからな。あいつほんと許さん。

 オレはゴミ収集係じゃないんだよ!!(怒)

 

 それはさておき。

 ここ最近、何故か体調が悪い。原因という原因は、強いて言うならば住宅の立地であるとオレは思いますけれどもね(皮肉)

 知らねぇうちに、またこの国で生活する事が決定していたオレの気持ちが分かるか?? 人の意思を聞かずに勝手に決めるなって何回言えば分かるんだ、いい加減にしろ!!

 お悩み相談室まで再開しかけた時は何度目かの家出を決意したが、なんとギャルドが反対してくれたおかげでお流れとなった。お前が神か??(真顔)

 そんなことがあったために、オレは自分でもギャルドには甘いのではないかという対応をしていると思う。ミリムの時なんてちゃんと見送ってあげるほどの優しさを見せてしまった……これは甘過ぎでは?

 もうちょっと厳しくした方がいいかもしれんな。

 

 まあ体調不良の原因は立地であるのは確定として。やたらと教会を足を運ぶリムルにうんざりしてるけど、それでも前よりは大分マシな感じにはなったよな。

 何より黒い悪魔がいないのが良い。最高。あいつの視線ほんと熱烈すぎて泣きそうになるから。

 あと毎回持ってくるシュークリムルが大変美味しいので全て許した。これからも持ってきて貰うために全力で媚びを売る所存。

 まあそれはそれとしてちょいちょい外出とかに誘うのは止めて欲しい。本当に。

 

「(誰かと一緒に)外は……(一人でもそうだけど)あまり行きたくありませんね」

 

 なんかご飯とかも誘われるんだけど全力で断ってるくらいだからな。

 

「ならば、代わりに俺が行こう。外に出る用事があるのなら、全てを押し付けてくれて構わない」

 

 なんだこいつ、格好いいな。

 変態(マゾ)か??

 

「そう仰るのなら、外への用事は貴方にお願いする事にします。頼りにしていますよ、ギャルド」

 

 でもこれを見逃す程オレは馬鹿じゃない。

 全てを押し付けるためにギャルドに渾身の笑顔を見せると、ギャルドは顔を緩ませた。

 勝ったな(確信)

 

「お、いたいた。ラフィー、ギャルド、今いいか?」

「リムル」

 

 お前また来たの?

 来るのは良いけどちゃんとお土産持ってきたんだろうな。シュークリムル無かったら歓迎しねぇぞ。

 リムルの手元には何も無かった。帰って、どうぞ。と思ったら後ろにいる奴の手元にはケーキ屋特有の白い箱があった。よし、話を聞こうじゃねぇか!

 

西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウェスト)から私の参加要求――ですか」

 

 何でそんなもんにわざわざオレが行かなきゃいけないんだ。何様のつもりだこいつら。

 その評議会とかいうて烏合の衆だろ。知らないだろうから教えてあげるけど、元聖歌隊所属ってかなり地位が高いんだからな?(半ギレ) 

 お前らみたいなのが勝手に呼び出せるほど、お安い存在じゃねぇんだよ!! 都合の良い時にしか名乗ってないけど!!

 

「ああ。俺だけじゃ不安なんだろうな。その点ラフィーなら人類側から信頼もあるし、俺から守ってくれるかもしれないと期待しているんだろう」

「…………なる、ほど(押し殺した怒り)」

「悪いんだけど、参加して貰えないかな?」

 

 絶対に参加しないという強い意思しかねぇわ。

 連れて行きたいならギャルドでも連れて行けよ。オレは行かねぇからな。と思ってちらっとギャルドを見れば何を勘違いしたのか、見当違いのことを言ってきた。

 

「いえ。そうではなく……ギャルド、(とりあえず全部)お願いできますか?」

 

 頷いて一歩前に出たギャルドに全てを任せ、オレはさっさと教会の中に戻った。ギャルドってほんと優秀だな……(感心)

 まあ結局ギャルドがオレの代理として行くことになったので、オレがそれなりに使っていた布を貸してやる事にした。

 ギィがこの世界にはない素材とか言ってたから、まあこれで代理らしく見えるだろ。

 

 

 

 

 

 

 ――あの野郎、ちょっと甘い対応してやったらオレの私物借りパクしやがった。




 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
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     『悪魔共存』
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人間族(ヒューマン)を騙る者/目玉焼き

週1更新だと言ったな……あれは嘘だ。
学生って忙しいね(すっとぼけ)


 第61.5話 人間族(ヒューマン)を騙る者

 

「魔王リムルへの作戦は失敗したわ、失敗したのよ。でもいいの、一番の目的は果たせたもの。これで駒は揃ったわ――全力で打って出る」

 

 花が咲き誇るバルコニーにて。

 マリアベルは勝利を確信した表情で、そう口にした。そもそも魔王リムルへの作戦は失敗しても予想通り、予定通りであるからだ。

 本来の目的は魔王ラフィエル=スノウホワイトの手足であるギャルドを手に入れること。あの何を仕出かすか分からない魔王の行動を縛り付ける事は、どんな労力を使ってでも叶えたかった。

 そのための第二第三の策も用意していたが、一度目でギャルドを手に入れられたのは僥倖である。あの魔王はどうやらギャルドに執着しているようで、彼の言葉ならばある程度行動を自制すると報告が上がっている。

 ならばこそ、たかが十大聖人の一人といえど念入りに支配しておくべきであろう。

 

 まあ――もし、わざとあの男が捕まったというのであれば、飛んで火に入る夏の虫というやつだが。

 こちらの情報をろくに調べずに捕虜として潜入しようなどとは片腹痛い。頭の回る魔王は無謀にもそんなことはさせないだろう。

 であるならば――ギャルドの独断。

 自らの主の指示を仰がずに敵地に入るとはなんという阿呆か。笑いながら、マリアベルは頭を回転させる。

 ギャルドを支配し、魔王ラフィエル=スノウホワイトと対峙させる。それだけで彼女の行動を制限できる。ならばその隙に、魔王リムルを潰す。

 そのための手札は、既に揃っている。

 

「あの魔王ラフィエル=スノウホワイトが、ギャルドの支配を意に介さない場合も考えておかなければならないわ。あの魔王はただ優しいだけではないのよ」

「いや、それはそうだろうが……例え聖女の姿が演技であったとしても、人前で聖女の皮を脱ぎ捨てるだろうか?」

「聖女の皮を脱ぎ捨てたところで、問題なんてないわ」

 

 ――だって、見てしまった人間を皆殺しにすればいいだけなのよ。

 マリアベルの言葉に唖然とする、五大老の一人であるヨハンに、彼女は溜息を吐いた。やはり何も分かっていない。いくらあの魔王が、聖女が、人間族(ヒューマン)を名乗っているからといって油断しすぎなのだ。

 そも、何故魔物や魔人ではなくただ純粋な人間族(ヒューマン)が魔王として名乗る事が出来るのか疑問には思わなかったのだろうか。思わなかったのだろう。生まれた時からそうであったから。

 だが、マリアベルは違う。マリアベルは異世界からの転生者だ。だからこそ、気付いた。

 

 何故人間族(ヒューマン)が、何百何千年も生きられる?

 

 魔人ラーゼンのような魔法を極めた者であっても、他者の体を奪ってようやく人の寿命を超越しているというのに。

 なくなるべき寿命が、何故尽きない。

 身体も何もかもが変わらないのは、何故だ。他者から奪った訳でもないのに、何故変わらぬ姿で生き続けているのだ。

 魔王レオン・クロムウェルのように人から魔に落ちた訳でもないというのに。何故、聖なる人として生き続けている。

 

 何故人間族(ヒューマン)であるのに、人間の括りである仙人などではなく魔物の括りである魔王として認識されている?

 

 それはかの聖女が、人や国など関係なく無差別に襲い、天災のように猛威を振るったからだ。であるならば、魔に落ちたのではないのか。

 否である、彼女は魔になど落ちていない。

 正真正銘――最初から、心が人ではなかったのだ。

 人として生まれ落ちながら、聖女として他者に美しく振る舞いながら、心の悪意を節々から露出させている。

 

 一番初めの逸話もそうだ。

 国を救った聖女が、卑しい王族の悪意によって踊らされ傷つけられ――そして魔王となった、だと?

 なんというお笑い種。踊らせられたのは王族とその民、国の方であろう。

 かの魔王は喜んで、正当防衛として、美しく語られるだろうと確信したに違いない。そして秘めていた心の悪意を振るったのだろう。

 要するにあの魔王は、自らを美しい逸話で飾り付ける事を趣味とした、人を傷つけ殺害する事に喜ぶ超弩級のクズでしかないのだ。

 だからこそ、彼女は魔王となった。

 人として生きる事は許されなくなった。

 それでも人間族(ヒューマン)と名乗り、人類から敬愛を集めているのだから――なんという喜劇だろうか。

 

「あの魔王は、国諸共人を殺したって何とも思わないわ、思わないのよ。自らが美しく語られるならば、我慢なんて絶対にしない」

 

 だからこそ、何故あの魔王がギャルドを傍に置くのかは理解出来ない。それこそが最大の不安要素であり、マリアベルの――ひいてはロッゾ一族の賭けとなる。

 だからこそ、最善の結果を手に入れるために、彼等は動き出さなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 第61話 目玉焼き

 

 何であの野郎帰ってこないの????(半ギレ)

 は? キレそう。あいつオレの私物貸してあげたの忘れてるんじゃないだろうな。ぶっ飛ばすぞ。

 リムルお前もさあ、何で連れて帰ってこないの? 普通に考えて一緒に帰ってくるだろ、なあおい。

 なーにが「あいつにはあいつの考えがあるんだろ。しばらくは一人で考えさせて仕事させてもいいんじゃないか」だ。ギャルドの仕事はオレの代わりにお前らと受け答えする事なんですけど? それ以外の仕事を勝手にこなされても困るんですけど??

 ギャルドがいなくなったら、体調の悪いオレの面倒を誰が見るんだよッ!

 

 はー許せん。帰ってきたら鼻フックの刑にしよ。良さげな割り箸見つけておかないな!(笑顔)

 つーかギャルドには最近オレのご飯も作って貰ってたんですけど。久し振りに自炊したけどクッソしんどいな……。

 今までこんな面倒臭い事やってたんか、オレ偉いな! はよギャルド帰ってこい、お前が飯炊き係だ。

 もはや火を使う事すら辛くなったので、よく貰う皮むきしなくていい果物をそのまま齧る。

 これからは毎食が剥かなくていい果物になります。爆速で飽きてしまうな……(死んだ目)

 あれっ??

 もしかしてオレ、世話係(ギャルド)がいないと生活出来なくなってない??

 いやいやいやいや、そんなわけ……ないよな?

 

 いや、うん。心機一転しよ。

 ちゃんと料理くらいはね、やっとこうな。ギャルドがいない時は……ん? 待てよ。

 オレが最後に自炊したのって、こないだの魔王達の宴(ワルプルギス)よりも前じゃねぇか。

 そりゃ腕も鈍るわ……よし、久し振りだし簡単なやつにすっか!!(腕まくり)

 焼くだけだし、とりあえず今回は目玉焼きで。

 

 フライパンと卵を取り出して、なんだか前よりも確実に重くなってるフライパンをコンロに設置。何でこんなに重いんだよ、もうゼェハァ言ってるんですけど?

 内心キレ散らかしながら火を付けて、フライパンに油を流した。

 呼吸を整えてから二、三回卵割りを失敗しつつフライパンに玉子を投入。

 ……卵の殻入ったけどまあいっか!! 出来上がってから取れば問題ないもんな!!

 水を入れてから蓋をして数分待てば、よし。

 

 ふっ……まあ多少ブランクがあれど、オレにかかればこんなもんよ(ドヤ顔)

 完璧な目玉焼きが出来てしまうな……。

 数分経ってから蓋を開けてみると、

 

せ……歌……ころろ……

 

 蓋を閉じた。

 あれ? 目玉焼きの癖になんか喋ってなかった? えっ?? とろろ???(混乱)

 ていうか目玉焼きって割ってない卵そのものって感じのフォルムしてたっけ??(恐怖)

 とんでもねぇメタモルフォーゼやめろ(憤怒)

 ていうかこれどうしよ……あのメシマズ鬼娘のこと言えなくなってきたんだけどこれ……え? オレの腕が悪いのか??

 そんなわけねぇだろオレの腕はマトモだわ、ぶっ飛ばすぞ。

 よしこれ捨てよう!!(名案)

 フライパンと蓋もまとめてゴミ箱に突っ込んだ後、ゴミ箱を外に出しておく。どうせリムルか誰かが回収するだろ。

 ……ん、なんかちょっとスッキリしたな。

 

 




ラフィエル君の料理の腕は普通です。
とんでもねぇメシマズになったのは今回と数回だけでちゃんと理由があります!!!(大声)

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   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』


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ギャルドの思惑

 第62話 ギャルドの思惑

 

 ラフィエル様から儀礼用の美しい純白の布をお借りし、聖女代理としての命を果たすために魔王リムルと共にイングラシアへ向かう。

 それが俺に課せられた、西方聖教会の件を除けば、初めての仕事だ。ラフィエル様は自分の事は適当に済ませてしまうため、俺が自ら志願して身の回りの世話をしていたが、それはラフィエル様から課せられた仕事ではない。

 正真正銘、これがラフィエル様の配下としての初仕事である。

 

 まあ……世話といっても、たまにラフィエル様が生成する謎の物体を作らせないためでもある。

 例えばハーブティーを淹れたら、何故かドロドロの汚泥が出来ていたりしたのだ。

 今までラフィエル様に淹れて貰っていたお茶は大変美味で見た目だって美しかったのに、何故か稀に手順も何もかもが同じなのに謎の物体が生成される。

 その上、謎の物体はおどろおどろしい気配を放ち、同じ言葉を繰り返す。今まではラフィエル様が気付かないうちに俺が処理していたのだが……あの謎の物体に気付いてしまっただろうか。

 

 出来れば言葉を話す前に処分していたら良いのだが。あの謎の物体はラフィエル様への殺意を持て余しているようだった。

 聖歌者というのはよく分からないが、おそらくはラフィエル様のことなのだろう。憎い、気味が悪い、殺してやると繰り返すそれを気付けばゴミ箱に投げ捨てていた。

 マグカップごと投擲してしまったので、ラフィエル様に気付かれる前に新しいマグカップを補充するのに苦労した。

 あれは不気味で、怖気が立つ。ラフィエル様ならば大丈夫だとは思うが、少し心配だ。ただ、何故ラフィエル様があれを生成してしまうのかは……分からない。

 

 ともあれ、俺がいない場所の心配をしても仕方が無い。まずは自分の仕事をしっかりやらなくては。

 イングラシアでは魔王リムルと共に最高級の宿屋(ホテル)が用意されていた。が、相手は本当にラフィエル様が来ると思っていたのか、魔王リムルと配下達、ラフィエル様、ラフィエル様の配下という三部屋が予約されていた。

 あまりにも対応が違いすぎると憤る配下達を宥める魔王リムルの様子を見ていたが、ふと思う。もしここに、実際にラフィエル様がここに来ていたら――?

 この部屋割りは、魔王リムルとラフィエル様の間に亀裂を入れる事が目的だったのかもしれない。明らかに意図的な行為に、魔王リムルは溜息を吐いていた。

 だがラフィエル様はこの場にはいない。部屋割りを魔王リムル、魔王リムルの配下達、そして俺に分ける事にした。

 

 荷物を置いて会議のために思考を回転させていると、魔王リムルが部屋を訪れた。

 これから町へ下りて服飾関係の店に行くが、一緒にどうかという事らしい。流石というか何というか、一大事の前に観光とは余裕だ。魔王とは皆、こんなにも心に余裕があるのだろうか。少し羨ましい。俺は割といっぱいいっぱいなのだが……。

 まあ、部屋で固まっていても出来ることは出来ない。外に出てリラックスするのも良いだろう。同行する旨を伝え、俺はラフィエル様の美しい髪に酷似した布を羽織った。

 

 店に着くと、シュナ殿が服飾に魅了されていた。俺達の中では唯一の女性だからだろう。

 あまり服には興味は無いが、ラフィエル様に恥を掻かせるような格好は出来ない。そのため俺も礼服を持ち込んではいるが、如何せん堅苦しいのは慣れないものだ。

 魔国連邦(テンペスト)の店で適当に買った服を普段は着回しているが、これがもう動きやすい上に着心地が良いのだ。

 何故か魔王リムルには会う度に渋い顔をされるのだが。このジャージというものは魔王リムルが考案したと聞いているのに何故そんな顔を……?

 

 魔王リムルが配下達三人に服をプレゼントするようだ。俺は外で待っていようと思ったのだが、ものすごい笑顔の魔王リムルに腕を掴まれた。

 店の中に引き摺り込まれて問答無用で服を着替えさせられてプレゼントされてしまった。ジャージの方が動きやすいのだが。そう言えば、あれは家着だから外で着るものじゃないと渋い顔をされた。

 ラフィエル様は俺が気に入っているのなら構わないと許してくれていたのに。いや、ラフィエル様はかなり他人に甘い。本人が良いならと許してくれていたのかもしれない。

 

 自らの主の他人に対しての甘さを改めて実感していれば、魔王リムル達の着替えも終わったようだ。店を出て異世界人が経営していた喫茶店へ向かう。

 ここでヒナタ様と待ち合わせをしているらしいが、まだまだ来られる気配はない。

 ヒナタ様が来るまでに情報を共有するようで、俺がいてもいいのかと聞けば会議にも関係するから聞いておけと返された。

 ラフィエル様もそうだが、この魔王も存外人に甘い。うっかり魔王という事を忘れてしまいそうになる。だがまあ、ちゃんと気を引き締めなければ。

 

 なんでも開国祭では金銭関係のトラブルがあったらしい。その元凶が恐らくはミューゼ公爵となるそうだ。彼を探っていれば目の前で死んだ、と。

 なるほど……全く分からない。正直こういうものは得意ではない。頭で考えるよりも戦う方が得意なのだ。まあこの中では俺が一番弱いのだが。

 しかし、狙撃? とは一体――と思ったら、ヒナタ様が合流した。話は一度流れ、昼食後に再開となった。

 昼食後の話は国同士の駆け引きの内容も含んでおり、ついて行けなくなった俺は早々に話を聞き流す事にした。

 

 翌日。

 会議の開催場所に着いて早々、魔王リムルは絡まれていた。助け船を出そうとは思うものの、俺は俺で絡まれていたので出来なかった。

 だからラフィエル様は不在だと何度も言っている。体調が優れないので俺が代理で――話を聞け!!

 人の話を聞かずに自分の考えだけが全て正しいと思い込んでいる相手と話すのは酷く疲れる。そもそも病弱と名高いラフィエル様が絶対に来るなどと何故思うのか。

 聖女と祭り上げるのならば、庇護を頂きたいのなら、相応の態度を見せるべきだ。何故甘い汁だけを吸えると思ったのか理解が出来ない。

 だがこれも、ラフィエル様から頂いた初仕事である。我慢に我慢を重ねて対応し、穏便に追い払う。深呼吸して怒りを静めていると、お前も大変だなと言わんばかりの魔王リムルと目が合った。

 

 そして始まった会議。

 まず始めに議題に上がったのは、聖女ラフィエル=スノウホワイトの代理を認めるか否かであった。認めない者が多数……という訳ではなかった。

 この世界ではまず見たことが無い――ラフィエル様を拝見した者は除く――純白のマントが、何よりもラフィエル様の代理としての信憑性を有していたからだ。

 そのため反対したのは魔王リムルに絡んでいたような立場だけが大きい頭の弱い者達だった。

 

 曰く、ラフィエル=スノウホワイトに配下など聞いたことがない。

 曰く、お前は元は西方聖教会の騎士だろう、魔王リムルとグルなのではないか?

 曰く、ラフィエル=スノウホワイト本人でなければ、認められない。

 

 大多数は代理を認めているが、立場の大きい者が異を唱えているために無視出来ない、といった様子だ。ああいう輩を説得するのが一番骨が折れるのだが……。

 眉を寄せてどうするのが手っ取り早いか考えていると、魔王リムルがもう一つの証拠を見せてやると良いと言ってきた。

 フルートの事だろうか? あれは本当に、見た目は何処にでもあるフルートなのだが……。懐から取り出すと、ざわりとその場が騒がしくなった。

 

「あれはまさか――」

「魔王ラフィエル=スノウホワイトが国を陥落させた時の?」

 

「――″死歌のフルート″だというのか!?」

 

 ああ……、そういえば確かに。

 俺からすれば、人の傷を癒やす聖歌のフルートなのだが、彼等は違うのか。あの始まりの物語で描かれたフルートがあまりにも印象に残っているから。

 なんというものを持たせているのだと戦いている議員達を見ると、遣る瀬ない。本当は美しい音色を奏でるもので、恐ろしいものではないのに。

 吹いてみるといいわ、それで効果があれば確かな証拠となるでしょう――とヒナタ様が言った。あの人は俺が持つフルートの効果が治癒だと知っているから軽く言っているが、他の者はそうではない。

 真っ青な顔で代理を認めるから早く仕舞えと叫んでいた。

 

 まあ多少の脅しにもなったし、これなら魔王リムルもスムーズに加盟して帰ることが出来るだろう。

 そう、思っていたのに。

 馬鹿な議員のせいで魔王リムルは激怒し、挙げ句の果てに魔王討伐などと嘯く阿呆まで現れてしまった。こんな時、俺は一体どんな顔をすればいいのだろう。

 正直、もうどうにでもなれといった心情なのだが頭を空っぽにして放棄するわけにもいかない。

 ヒナタ様を見たら何だかんだあの人も頭にきていたのか、イングラシア最強とか言っていたライナーを投げ飛ばしたところだった。シュナ殿はあの霊子崩壊(ディスインテグレーション)で相手の身ぐるみを剥いでいたし、女は怖いという事しか学べない。

 

 何故俺はこの場にいるのだろう――そう思っていたら、魔王リムルが議員達を威圧し始めた。そうすると何故か、俺に助けを求める議員が出始めた。

 訳が分からない。何故かここで助けを求めて、助けを貰えると思ったのか。

 自らの欲求だけを突きつけ相手を見極める事も、相手の人となりを知ろうとする事もしなかったお前達の自業自得だろう。

 人であろうが魔王であろうが関係はない。先に礼を失したのはお前達だ。

 そう突き付ければ、彼等は黙った。

 

 これで取り敢えずは片がつくだろうか。そう思った瞬間に明確な殺意を感知した。それはヒナタ様も同じようで血相を変えたが、この場には怪我をした者すらいない。

 一体何が――と思えば先日話していた銃が原因だったようだ。しかも魔王リムルがさらっと妨害して助けた相手に恩を売り、犯人の確保にまで動いていた。

 改めて感じたが、とんでもない魔王である。

 やっぱり俺は、というよりラフィエル様だっていなくても普通に自力で解決したのでは? いやまあ、ラフィエル様を呼んだのは議会側だが……まあ、意味は無かったようだ。

 

 とりあえず会議は終わり、俺達は喫茶店で寛いでいた。しばらくしてから合流したソウエイ殿の話によると、下手人はなんとグレンダだった。

 一応は同僚だったので顔を合わせたことは何度もあるが、まさかそんな武器を持っていたとは。肉体的にはそこまで強くないので何故この地位にとは思っていたが、そんな隠し武器があったのなら納得だ。

 ヒナタ様を含め、魔王リムル達はグレンダの尋問に行くようだが、俺は早めにラフィエル様の元へ帰らなければならない。

 ラフィエル様から出来るだけ早く戻るよう言われているし、一人になると途端に自分のことを適当に済ませかねないのだ。

 その旨を伝えると、魔王リムルはソウエイ殿の分身体を護衛につけろと言った。無理を言って配下を借りたのに一人で返す訳にはいかないと。

 それは確かに。頷けば、分身体のソウエイ殿は影に沈んだから気を付けて帰れよ、という言葉に勿論ですと返し、俺は帰路を急いだ。

 いつの間に影に沈んだのか分からなかったが……本当に魔王リムルの配下もとんでもない。まあ、気にしていても仕方ない。

 下手人も捕まり、もうこれ以上はないだろうと油断していたのが悪かったのだろう。まさか黒幕からもう一人派遣されているとは考えもしなかったのだ。

 

「やっ、こんにちは。ちょっと大人しくしてくれるかい?」

「は?」

 

 イングラシアから出る、まさにその直前だった。笑顔の少年が顔を出したのは。

 黒髪黒目、異世界人特有の色彩を持っているその男は、

 

「ゆ、ユウキ・カグラザカ――?」

「グレンダが丁度リムルさん達の気を引いてくれて助かったよ。何ならラフィエル=スノウホワイトが留守番してたのもラッキーだったかな」

 

 そ、れは、つまり。

 ユウキ・カグラザカはグレンダとグルで……いや、目的は異なるのか? だがそれでも、何かしら繋がりがあったのは間違いないだろう。

 奴の目的は――話の内容から察するに、俺か?

 何故というのは、考えても分からないだろう。ならば逃げるか、それとも。

 

「一人になってくれたのは本当に良かった――流石にリムルさんを相手にするのはキツいけど、君一人誘拐するくらいは、ね」

 

 殺すのではなく、誘拐だと?

 何故そんなことを……ラフィエル様と魔王リムルの仲に亀裂を入れるのが目的ではないのか? それならば誘拐ではなく俺を殺した方が手っ取り早いはず。

 何故そんな遠回しの手段を取る?

 だが……わざと奴の手中に落ちれば、情報を仕入れる事が出来るかもしれない。魔王リムルだけならばともかく、ラフィエル様にまで手を出そうとしている相手を放置するわけにはいかないだろう。

 いや、そもそもラフィエル様は魔王リムルの事を気に入っているようだし、魔王リムルだけが対象であっても情報は掴んでおくべきだ。

 幸い、俺の影にはソウエイ殿がいる。彼から魔王リムルへ情報は伝わるだろうし、わざと手中に落ちるのもアリ、か。

 

「……そう簡単に、俺を連れて行けるとは思わないことだ」

 

 だが、それなりの演技はしておくべきだろう。

 ここはイングラシア――自由組合総帥(グランド・マスター)のテリトリーだ。演技といっても、本気でやらねばやられるのは此方だろう。

 恐らくソウエイ殿は俺の意思を汲み取って動かずにいてくれているのだと思う。でなければ、早々に動いているだろう。

 心の中で感謝を告げ、俺はユウキ・カグラザカに得物を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、どこか不自然で、薄気味悪さを感じる。

 そんなラフィエル様から、しばらく離れられると安堵してしまう自分が、嫌になった。

 

 

 





 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
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同行者/遠い白の夢

 第63.5話 同行者

 

「リムル? 随分と珍しい格好をしていますが……どこかにお出かけですか?」

「ラフィー、何でここに……体調は大丈夫なのか? 俺達は今からイングラシアに行って調査団と合流してから、ジスターヴの遺跡を調査する予定なんだけど」

「今日は調子が良いので、散歩ついでに顔を出そうかと思いまして」

 

 遺跡調査当日。

 探検者用の服装を着込んで準備をしているリムル達の下へ、ラフィエル=スノウホワイトがやって来た。本人の申告通り、今日は確かに顔色も良く調子が良さそうだ。

 ギャルドもユウキ・カグラザカの元へ潜入して居ないため、何時もよりも教会に閉じ籠もっていた彼女の数日ぶりの姿に安堵する。

 ここ最近は食欲もなかったのか、食事を届けても完食される事がないと報告も上がっていたのだ。元々小食の彼女が更にものを食べなくなった事で頭を悩ませていたのだが、元気になったのなら万々歳である。

 

「それにしても、ジスターヴの遺跡ですか。ううん、何故か妙に聞き覚えが……行ったことはないはずなのですが」

「気になるなら一緒に来ればいいのだ! 体調も悪くないのだろう?」

 

 うんうんと記憶を引っ張り出して思い出そうとするラフィエル=スノウホワイトに、ミリムが名案とばかりに提案する。

 それに目を丸くするのはラフィエル=スノウホワイトだけではなく、リムルもだ。

 

「いやいや流石に、な? ラフィーは今は良くてもいつ体調が悪くなるか分からないんだぞ」

「むぅ……しかしだな……」

「リムルの言う通りです。それに、ギャルドが何時帰ってくるか分からない以上、無闇にここを離れる訳にもいきませんから」

 

「なんだとぅ!? ワタシよりも、出会って間もない男を優先するというのか!?」

 

「そういうわけでは、」

「もう怒ったぞ、ラフィーは絶対に連れて行くのだ!」

 

 プンスコ怒るミリムに、リムルとラフィエル=スノウホワイトが顔を見合わせる。スマンな、と苦笑するリムルに、彼女は気にするなと言わんばかりに微笑んだ。

 ミリムの我が儘は何時だって唐突だが、譲らない大人げなさと粘り強さはヴェルドラに匹敵する。大人しく従うが吉なのである。

 何はともあれ、ラフィエル=スノウホワイトが参戦するとなれば、更に警戒を増していかなければいけない。

 万が一傷でもつけられれば、ミリムが大暴走する可能性が大なのだ。

 そもそもの話、危険な場所にわざわざ出向かせるのはどうかと思うが、魔王二人がいればそう危険な事はないだろう。

 

「調査団の方には俺とミリムが行くと伝えたんだけど、大丈夫か?」

「問題ないぞ!」

 

 元々はワタシの領地を調査させてやっているのだ、文句など言わせん。そう言って胸を張るミリムに、これ以上言うのは無粋だろうとリムルは口を閉じた。

 そのリムルの対応を見て、ラフィエル=スノウホワイトも口を噤んだ。

 

 イングラシアへと転移したリムル達は、自由組合本部へ向かった。そこには、調査団の一人でもあるカガリが本部の入り口で立っていた。

 いるはずのない魔王ラフィエル=スノウホワイトが歩いていることに目を丸くした彼女だったが、すぐさま表情を戻した。

 

「お久しぶりです。今日から暫く、お世話になりますね!」

「初めましてだな、ミリムだぞ。宜しくなのだ!」

「初めまして、カガリと申します。こちらこそ宜しくお願いしますわ。……ところで、そちらの方はもしやラフィエル=スノウホワイト様でいらっしゃる?」

 

 何故ここに、という意図を含ませた言葉に、ラフィエル=スノウホワイトは困ったように微笑んだ。

 

「初めまして、ラフィエル=スノウホワイトです。ミリムのお願いでこうして同行させて頂いています。ご迷惑にならないよう隅にいますので、どうかお気になさらず」

 

 それはちょっと無理です、という顔をしているカガリをリムルが話題を変えた事で話を流す。それでも複雑そうな表情をしているので、気にしない事は出来ないのだろう。

 ミリムは大丈夫なのにラフィーは無理なのかと、リムルは少しだけ困惑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第63話 遠い白の夢

 

 ――夢を見ていた。

 両手を組んで、高らかに聖なる歌を奏でる少年少女達。彼等の一歩手前には、美しい白銀の少年が、一際心地良い声を紡いでいた。

 その美しい声は、邪悪な悪魔を滅ぼして、優しく美しい世界を守る最強の矛だ。少年少女に慕われて、幸せそうに笑い合う。白銀の少年は、悪魔によって衰退した世界での希望ともいえる存在だった。

 しかし、白銀の少年の世界は一変する。

 絶望に落とされ、人を憎み、嫌悪してしまった。

 白銀の少年は、邪悪な神秘に魅入られて、その手に縋ってしまったのだ。

 

 ――夢を見ている。

 同じ夢を繰り返す。その日々を見る事を繰り返して、しかして覚えられず。同じように信じて裏切られ、絶望に頽れる日々を繰り返して見る。

 白銀の少年は、ラファエルと呼ばれていた。

 親しい人にはラフィーと呼ばれて、素朴な焼き菓子が好み。贅を凝らした甘ったるい菓子が苦手で、ハーブで作った匂い袋を持ち歩いている。

 実は辛い物や苦いものが好きで、内緒だよと、こっそり分けてくれる先輩の聖歌隊の少女に懐いている。彼女はもう卒業してしまったけれど。

 そんな、どこまでも普通の白銀の少年は、その歌声だけは特別だった。美しく、神々に愛されたかのような聞く者全てをうっとりとさせるような、そんな魅惑の歌声を持っていた。

 だからこそ、白銀の少年は悪魔を殺す聖歌を沢山歌う。身近な人を、大切な人を、知りもしない他人を守るために。

 大勢の悪魔を殺した英雄は、卒業すると名誉なる上級機関へと所属する。白銀の少年も、例に漏れず卒業後は上級機関へ所属した。

 

 白銀の少年は、絶望に泣いて憎悪を抱いて死んだ。

 

 ――夢を見ていると自覚した。

 それでも覚めぬ夢が、人を憎めと囁いている。こんなに愚かで醜い人間を殺せと叫んでいる。何度繰り返しこの夢を見ても、この夢を覚えられない。唯々、憎悪と殺意だけが降り積もっていく。

 何故、何故、何故、――あんなに、助けてやったのに。お前達を救ってやったのは誰だと思っている。

 深い怒りと悲しみが積もりに積もって、憎悪や嫌悪に変わってゆく。

 それでもなお、静かに爪を研いでいるだけだった。

 

 ――夢が、終わらない。

 神々に愛されたかのような、美しい真白の少年を、見つけた。

 殺してしまおう、と思った。

 真白の少年は、――憎き怨敵に愛されていた。

 白銀の少年は、真白の少年の博愛が気持ち悪くて、見ていられなかった。歪んだ価値観と歪められた精神が気味が悪くて、

 白銀の少年は、

 

 ――夢から覚めると、そこは見たことも無い天井が広がっていた。

 そして、思考はどこか靄がかかっているようにぼんやりとしている。ここはどこだろうと考えたところで、そもそも何故ここにいるのか分からなかった。

 

「目が覚めたのね、……ええ、きちんと効果はあるようなのよ。やはりあの白い衣が邪魔をしていたの」

「貴女は……? いや、ん?」

 

「私はお前の主人、マリアベル。きちんと役に立って貰うのよ――ギャルド」

 

 本来の主、ラフィエル=スノウホワイトから流れていた魔力が途切れるその時まで、聖歌隊の少年の記憶を淡々と見せつけられていた赤い髪の青年は――自分の主を覚えてはいなかった。





とある聖歌隊の、



 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
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開戦の音/救いがなかった

 第64.5話 開戦の音

 

『アムリタへの侵入者を確認。排除せよ!! アムリタへの侵入者を確認。排除せよ!!』

 

 魔王クレイマンの領土であった傀儡国ジスターヴの遺跡調査、三日目のことだった。

 一日目、二日目と何の問題もなかったが、とうとうリムル達の読み通り、襲撃が起こったのである。その結果、ミリムは封印したはずの親友と戦うためにその場を離脱した。

 そして、リムル達は敵を全力で迎え撃つために、最下層へと駆け下りる。迎撃態勢を整えた彼等の前に、綿密な計画を練った黒幕は、ようやく姿を現したのだった。

 

「初めまして、なのよ。私はマリアベル、貴方の敵なの」

 

 彼女の傍には、四名の姿があった。

 開国祭の武闘大会に出場していたガイに、元三武仙のラーマ、自由組合の総帥神楽坂優樹(ユウキ・カグラザカ)

 そして最後に、燃えるような赤い髪の――

 

「――ギャルド? どうして……」

 

 呆然とした様子で呟くラフィエル=スノウホワイトに、ギャルドは何の反応も示さない。ギャルドの、自らの主であるラフィエル=スノウホワイトを一切気にしない態度に、彼女はぎゅっと唇を引き結んだ。

 周りの調査員は神楽坂優樹(ユウキ・カグラザカ)に気を取られ、その様子に気付いた者はいなかった。リムルと、マリアベルを除いて。

 

 リムルは、わざとラフィエル=スノウホワイトに報告をしていなかった。ただでさえ体調が悪い彼女に、余計な負担をかけるわけにもいかなかったし……、何より彼女の行動を予測していたからだ。

 ギャルドが単身(影にソウエイの分身体がいるが)で敵地に潜入したとなれば、ラフィエル=スノウホワイトは自ら出陣しかねない。そんな無茶な行動を許すわけにはいかなかった。

 ただし、本人に懇願されては許してしまう可能性も大いにあったために、何も知らせずにいたのだ。ギャルドが敵の手に落ちたことも、何もかも。

 

 敵地に潜入したギャルドは、ラフィエル=スノウホワイトに貸し与えられた白い布の効果でマリアベルの支配を防いでいた。

 当初は効いたフリをして騙せていたのだが、ギャルドは元来力任せに戦う性格だ。化けの皮が剥がれるのも時間の問題で、見破られると同時に多勢に無勢で襲いかかられた。何とか大半を返り討ちにしたものの、人間には魔物と違って体力の限界がある。

 打ち破られたギャルドは、気絶している間にその白い布を奪われ、マリアベルに支配されてしまったのだ。その結果、ギャルドの証言により影の中のソウエイは引きずり出されてしまった。

 そして――リムルの指示により、ソウエイの分身体はマリアベルによって倒される事になった。

 

 魔王リムルの配下の実力はこの程度。であるならば……そう、思考を誘導する事に成功した。ギャルドが敵の手に落ちた事は手痛い失敗であるし、その選択をする事に躊躇はあった。

 しかし、最善の選択をするべきだった。だからこそ、リムルはギャルドを利用して作戦を立案した上で、ラフィエル=スノウホワイトにそのことを知らせなかった。

 彼女も大切だが、国も大切なのだ。

 二つを守るために、リムルはギャルドも、ラフィエル=スノウホワイトも利用する事を決めた。

 

 そして――ギャルドを狙い、手元に置いた敵の目的の一つは、ラフィエル=スノウホワイトの拘束。ギャルドを使って彼女をその場に縫い付け、リムル達への援護を行わせない手筈だったのだろうが……ミリムのせいで破綻した。

 これにはリムルも頭を悩ませたが、戦力を国と遺跡で分担させずにすんだのだと開き直ることにした。

 ギャルドを傷付けないように戦うだろうラフィエル=スノウホワイトの前でいかにギャルドを無力化させるか? 支配されたギャルドは手加減なしで国の、町の中を破壊するだろうからどうするかと考えていたが、遺跡の中なら致し方なしで多少破壊しても問題はないだろう。

 三日目に襲撃したのは、魔国連邦に向かわせていたギャルドをジスターヴまで来させるのに時間がかかったのだろう。

 

 リムルとラフィエル=スノウホワイトが共に居るのならば、敵は分断しようとギャルドは遠くへ向かわせるはず。

 それはリムルにとっても必要なことだった。ラフィエル=スノウホワイトには、万が一にでも嫌われたくはない。だからこそ残虐な行為は出来るだけ伏しておきたい――

 魔王に共通するその気持ちはリムルも持ち合わせている。だからこそ、リムルは走り出したギャルドを目で追った彼女に告げた。

 

「行ってくれ、ラフィー。ここは俺達だけでも十分だ」

「~~ッ、ありがとう、ございます……!」

 

 自らの配下を追って駆け出したラフィエル=スノウホワイトを見届けて、リムルは目の前の敵を見る。

 ギャルドから奪い、ラフィエル=スノウホワイトの、恐らくは防御の加護が宿った聖衣を纏ったマリアベル。

 ――強欲と魔王が、激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 第64話 救いがなかった

 

 勘弁してくれ。

 そう、思いましたね……(死んだ目)

 は???

 安全って言ったんじゃん……何でこんなことになるの意味分かんねぇよ死んでくれ。

 侵入者とか知らねぇし、オレらとちゃんと区別しろよ無能か??

 ミリムのせいだ。あいつがオレも連れてくとか言いよるから! キレちまったぜ……血祭りにしてやるからな……(ブチ切れ)

 は~~~~この世はクソ。体調がいいからってブラついてリムルんとこに顔出すんじゃなかった。ばっかじゃねーの??

 何してくれてんだよ過去のオレはよォ! 大人しく教会で寝とけよボケ! 時間を巻き戻せ!

 

 そもそも何で遺跡調査なんかするん??(素朴な疑問)

 えっ意味あります??

 つーか人間の調査団いるなら魔王二人もついてくる必要ないんだよな……は? 遊びか? 遊びに無理矢理連れて来られたんか??

 いい加減にしろよ!!(怒)

 人様の仕事の邪魔した挙げ句に無関係のオレを巻き込むんじゃねぇよゴミカスが!!

 最近はギャルドもどっか行って家事とか自分でやる羽目になるし最悪だよ。あいつ今度はどこでフラフラしてやがるんだ。

 

 ――なんて思っていたのに。

 

「――ギャルド? どうして(そんなちんちくりんに)……」

 

 何でオレじゃなくてちんちくりんなんかに侍ってんだあの野郎。お前はオレの肉壁くんだろ鞍替えすんじゃねぇよぶっ飛ばすぞ。

 怒りの余り唇を噛んでたら切れそうになったわどうしてくれる。

 聖歌隊に所属してたそれなりに美しいオレじゃなくて、そんなちびっ子になんて……は? お前はロリコンか? 

 マゾな上にロリコンとか救いようがねぇな……(ゴミを見る目)

 お前にはがっかりだ、どこへなりとも行っちまえ!

 

 ほんとにどっか行っちゃった。

 

 あいつ何なの??

 ほんと何しに来たんだよあいつ。というかあのちんちくりん、開国祭でやけに話しかけてきたクソガキなのでは??

 何でこんなところにい……えっめっちゃ殺気立ってるじゃん怖っ。気絶してしまう……ここから離れないと何かに巻き込まれる気がする……っ!!

 

「行ってくれ、ラフィー。ここは俺達だけでも十分だ」

「~~ッ、ありがとう、ございます……!」

 

 とにかくここから離脱しないと死んでしまう気がする!!

 とりあえずこの遺跡から出て安全地帯まで逃げておかないといけんな……(真剣)

 ちんちくりんだけじゃなく、リムルもなんか殺気立ってるし。なんか離れていいって言ってるのリムルなのに目が笑ってないんですけど。

 えっ、気付かないフリしとこ……。

 必死にリムルから目を逸らして逃げ出したものの、……うん。

 

 帰る道分かんねぇな。

 は? 死じゃん……(絶望)

 





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   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
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   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
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マリアベル/目覚める悪夢

 第65.5話 マリアベル

 

「叩きのめすのよ!」

 

 マリアベルの合図で、拮抗状態は崩れた。

 混沌竜(カオスドラゴン)の封印を解いた事でミリムを、ギャルドを使ってラフィエル=スノウホワイトを。

 魔王二人をこの場から離脱させたその手腕は賞賛に値するだろう。しかしうち一名――ラフィエル=スノウホワイトの離脱はリムルからしても好都合であった。

 ミリムの離脱は痛いが、そもそもマリアベルはリムルの敵であってミリムは無関係である。ならば貸し借りの面でもこの状況は決して悪いものではないだろう。

 

 シオンはユウキと、ゴブタはラーマと、そしてリムルはガイを既に葬り、黒幕たるマリアベルと対峙する。

 実のところ、リムルはガイが嫌いだった。いくらマリアベルの能力で視野狭窄になっていたとはいえ、あのラフィエル=スノウホワイトに対してセクハラ発言をかましたのだ。

 あの場がリムル主催の場でなければ、遊びに来ていたギィが気紛れに観客に紛れていたとしたら、彼は既にこの世にいないだろう。

 あの場では怒りを抑え込んだリムルだったが、今は我慢など必要ない。死者への手向けの言葉もなく、リムルはガイをこの世から消し去った。

 

「嘘ッ!? 何よ、何なのよ、その力は――ッ!?」

 

 その躊躇いのない行為に、マリアベルは絶叫した。ガイはマリアベルの力で限界まで強化されていたのだ。それを、たった一撃で消滅させるなんて有り得ない。有り得ない、はずだった。

 そして、理解する。

 目の前に居る魔物は、間違いなくこの世界の最強の一角。九星魔王(エニアグラム)一柱(ヒトリ)であることを。

 最大の警戒を払い、その身を縫い付けるために多くの計画を考案した、魔王ラフィエル=スノウホワイトと、同格であることを。

 

(見誤ったのよ、魔王リムルもまた、魔王ラフィエル=スノウホワイトと同様に最大の警戒でもって対峙するべき相手だった――!!)

 

 けれど、時間は巻き戻らない。

 既にその身をリムルを前に晒した時点で、マリアベルの未来はリムルを支配もしくは殺すか、自分が殺されるかでしかない。

 逃げを成功させてくれるほど甘い相手ではないだろう。

 唇を噛んだマリアベルは、すぐさま思考を切り替える。後悔などしている暇はない。今は目の前の相手に集中しなければ。

 計画はもう始まっている。後戻りは出来ない。ならば、成功させるしか道はないのだ。

 

聖浄化結界(ホーリーフィールド)を発動させる。弱った魔王リムルを支配出来れば御の字。出来なければ……殺すしかないのよ)

 

 覚悟を決めたマリアベルは、リムルに挑発的に宣戦布告する。

 同時に魔法通話にて指示を下した。

 もはや彼女には、前に進むしか生き残る術は何一つないのだ。

 

「大きな口を叩く前に、思い知るといいのよ。人と魔物の知恵の差を!」

 

 発動した聖浄化結界(ホーリーフィールド)によって、リムルを含めその配下のシオンやゴブタもが弱体化する。

 その隙にマリアベルは、リムルを支配下に置くべくその力を発動させた。強欲の力はリムルに向かい、そして撥ね除けられた。

 

(……ええ、そうね。そうなのよ。やはり魔王リムルは支配できない。ならば――)

「やっぱりな。こんな手は当然取るだろうと予測していたさ。だから、俺が対策を取らない訳がないだろう?」

「は? 何を……ッ!?」

 

 リムルが不敵に笑って告げた言葉にマリアベルは動揺する。そして次の瞬間に聖浄化結界(ホーリーフィールド)が消失した。

 

(馬鹿なっ……こうなることを見越していたというの? 計画を予測し、更には対策まで練ったとでも? 多少知恵が回るだけの魔物が――)

 

 魔王リムル。自称元異世界人。それを裏付けるような娯楽や様々な技術で発展した新興国家、ジュラ・テンペスト連邦国。

 それらが脳裏を過り、マリアベルはその事実をようやく飲み込んだ。リムルがマリアベルと同じく転生した異世界人だということを。

 ちらりと他の戦況を確認する。ユウキも、ラーマも、リムルの配下二人に苦戦していた。マリアベルの力で強化されたはずなのに。

 状況は劣勢。持久戦では魔物が有利。このままでは負ける未来しかない。

 ――だが、それがどうした。

 

(負けるなんて有り得ない。魔王になんて世界は渡さない、この世はロッゾ一族のものなのよ!)

 

 自らの魂を燃焼させ、マリアベルは限界を超える。数々の犠牲ともって、リムルを支配するこの舞台を作り上げた。けれど、もはやリムルを支配することは不可能だ。

 ならば、このような危険因子は殺すしかない。

 出来る出来ないの問題ではないのだ。ここでリムルを殺さなければ、人類の時代は有り得ない――!!

 

「本気でいくわ。私の全てを賭けて、貴方を殺す!!」

「ああ。俺も全力で応じるさ」

 

 

 

「死ね!! ――『死を渇望せよ!!』――」

 

 

 

 強欲。グリード。

 マリアベルは欲望を司る能力を、持つ。

 生きとし生けるものが持つ生への渇望を反転させるという、抗いようもない強力無比な、マリアベルの奥義。

 ユニークスキル『強欲者(グリード)

 ただしそれは、圧倒的な力にまで影響を及ぼすものではない。究極の力に、ユニークでは敵わない。

 

「残念だったな。『解析』終了だ。これでもう、お前の力は通じない」

 

 絶望的な光景が、マリアベルの前に広がっていた。

 死ぬ以外は有り得ないはずのリムルは、無傷でその場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第65話 目覚める悪夢

 

 なんか……ドンパチやってんな……(他人事)

 道分からんから戻ってきたんだけど、とりあえず戦いが終わるまで待っとこ。正直やばいよな、特にあのメシマズ娘。どっこんばっこん音響いてるもん。

 は? 何あの怪力。

 そんは馬鹿力でオレの傍にいたの? オレの半径五メートル以内に近付くんじゃねぇぞ、うっかりで死んじまうから(真顔)

 しかしどうするか。ずっと階段前で座って待ってる訳にもいかねぇもんな。

 

 おっ、そういえば肉壁くん……ギャルドがどっか走って行ったよな。あいつには鞍替えしやがった罪で往復ビンタの刑に処さなきゃならんから、探し出して手首のスナップの効いたビンタをお見舞いしてやる。

 暇潰しにも丁度良いしな!!

 よっしゃ、そうと決まればギャルド探しだ。

 探してギャルドが見つかるも良し、出口が見つかれば最高だ。

 

 道も分からん遺跡を探索して手当たり次第に探してみる。とりあえず見つけたボタンかスイッチは全て押していった。

 なんか作動したり扉が閉まったり開いたりしたが、出口は一向に見つからなかった。

 は~~滅茶苦茶疲れたんだが???(半ギレ)

 くっそ、くっそ……全然駄目じゃねぇか、ヒントくれ。

 出口までの道を線で教えろ、迷子が来るとは考えられなかったのか? 設計者クソ無能だな、何でその仕事してるん?? 仕事辞めろォ!(机ドン)

 

 おっ? 何だこの部屋、いっぱい画面あるな……リムル映ってんじゃん。ふーん、もしかして色んな場所が見れる部屋なのか?

 よく分からんので手当たり次第に弄ってみたら、リムルの画面がやたら騒がしくなった。

 画面を見たら金髪のクソガキとその周りに居た奴等が軒並み消えていたが、リムル達はそこに残っていて慌ててた。

 何でかなと思ったらオレが座ってた階段の道が閉じたらしい。

 ほーん。大変だな。おっここにもボタンあるな、押しとこ。

 画面に視線を戻すとリムル達が困惑しながら階段を駆け上がっていた。何だよ、道閉じたんじゃなかったのか?

 訳分からんな……(困惑)

 とりあえずボタンやレバーを手当たり次第に動かしまくって満足した。こんなん教会には無かったからな……妙に押したりしたくなるんだよな。

 画面にいるリムル達は妙に疲れていた。なんかあったの??

 

 最後に部屋にあるボタンを1回ずつ押して回ってから部屋を出た。楽しかったな!!(笑顔)

 気分良く遺跡の道を歩いていると、下へ向かう階段を見つけた。上がる階段も見つからないし、とりあえず行くだけ行ってみるか。

 階段を下りればそこは大広間で、真ん中にはギャルドが佇んでいた。お前こんなところにおったんか!!

 よーし、とりあえず鼻フックの刑な(真顔)

 大股で近付いて右手の指二つを真っ直ぐに伸ばす。それを思い切り振りかぶり――ギャルドの顎に当たって指が折れるんじゃないかと思った。

 

 は??(呆然)

 お前の顔堅すぎんか???(涙目)

 

 ていうかそうだよ。

 ギャルドの野郎、意外と背が高いから、オレの身長だと狙いが上手につけられないんだった。

 しょうがねぇな、ギャルドには屈んで貰おうか。

 

「ギャルド、少し屈んで頂けますか?」

「…………」

「あの、ギャルド? 聞いていますか?」

「…………お前の指示を聞いてやる必要があるのか?」

「は――」

 

 何言ってんだこいつ。

 は? もしかして今のセリフ、オレに言ったの?

 ふーん。殺そ(激怒)

 お前オレにそんな口の利き方して許されると思ってんの? 怒っちゃったナ……(殺意)

 お前はオレの肉壁くんだったんだぞ? いくら鞍替えしたからってその態度は許されんからな……。

 

 ふー……いや落ち着け落ち着け。

 素手で殴ったりしたらオレが傷付いちゃうからな。とりあえず近くに鉄バットとか攻撃力高めの武器が落ちてないか探すところから始めような!!(笑顔)

 なんか奥にも空間あるっぽいし、そこから探してみるか。そっちを覗いてみると、例のクソガキと黒髪の男と……なんだ、カガリだったかな。何の話してんだろ……。

 クソガキがぶつぶつ呟いてるかと思ったら大声だしたからビックリし、た――

 

「舐めるな! 私はマリアベル。強欲のマリアベル。貴方如き、私の敵ではないのよッ!!」

「無駄だって。君では僕に勝てない」

 

 あかんやで。

 ここにいたら死ぬやつだった。バレないようにそっと帰るしかねぇわ。ギャルド? 知らね、あいつオレからクソガキに鞍替えしたもん。勝手に死んでくれ。

 クソガキに胸を突き刺した黒髪の男から距離を取ろうとゆっくりと足を後ろを進める。

 

「あれ? ……ああ、そっか。そのマントはあの聖女の私物だっけ。防御力すごいなあ」

「ぐっ……離すのよ!」

 

 えっあのクソガキ不死身か??

 胸というか心臓貫かれたはずなのに生きてんじゃん。やっべぇな、近付かんとこ。

 んっ?? ていうかあのクソガキが来てるマントってオレがギャルドに貸してやった布では??

 は?(怒り)

 貸してやった私物を又貸ししてんのか? これはもう許されない行いじゃねぇか……よし、ここでギャルドが死ななかったら晒し首な!!

 絶対に許さない。

 

 怒りに震えてその場から早く逃げなかったのが駄目だったんだろう。

 何度も黒髪の男に攻撃され、クソガキが着ていたマントの糸が解け糸屑になって、地面に落ちた。直後、最後の足搔きとばかりにクソガキが叫びやがったのだ。

 

「この――せめて、その女だけでも道連れにしてやるのよッ!」

 

 床に落ちた糸屑を踏み締めてクソガキの心臓を穿った黒髪の男は、慌ててその口を閉じようとした。

 嫌な予感に、オレも耳を塞ごうとしたものの、

 

「死ね!! ――『死を渇望せよ』――!!」

 

 ごぽりと、喉の奥から血が溢れ出した。

 慌てて口を押さえようとしたら、その手は何故か首に向かい。骨の軋む音が自分の首から聞こえ出す。

 回らない頭が酸素を求め、口を開こうにも血で塞がれる。邪魔なそれを全て吐き出しても、何故か息が出来なくて。

 視界の端で、必死の形相のギャルドが何かを叫んでいたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

触るな、人間が

 

 

 

 

 

 




布マントを出したのはな、マリアベルにラフィエル君を殺して貰うためだったのだ――!
ユウキの一撃を貰うのはどう考えても不可避なので、とりあえず一撃貰っても大丈夫な装備を支給しました。
ラフィエル君を殺すという目標を達成したので次からは悪魔のターンです。


 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』


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崩れゆく



先週の土日はバイトで行けなかったので先週の月曜日に三洋堂にお伺いしましたが、一番くじ完売してましたよ(絶望)
不貞腐れて先週更新休んですまんな……
で、先週金曜に5件くらい回ったらゲオで残ってたので引いてきたんですよね、一番くじ。

「あと何枚くらい残ってますか……!(震える声)」
「42枚残ってます」
「エッ!? あっ、5回でお願いします……」

10枚前後なら全部買ってラストワン賞狙ったのに。
数日ごとに入店して(くじ引きつつ)残数聞いてるんですよ今。一体はリムルフィギュア欲しい。まだ残ってたし、ワンチャンA賞リムルフィギュアをね、えへへ……





 第66話 崩れゆく

 

【光の入らない部屋】神光暦XX41年

 みんなみんなしんじまえ。ゆるさない。

――白雪の天使

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラフィエル様!」

 

 漠然としてはっきりしなかった意識が、唐突に鮮明になる。ぼやけた視界がクリアに変化し、ギャルドは必死に手を伸ばした。

 真っ赤な血を吐いて、自らの手で首を絞める自分の主に、これ以上苦しい思いをして欲しくなかった。何故こうなったのか、脳味噌に叩き付けられる前に、いの一番に彼女の安寧を取り戻したかったのだ。

 しかしそれは、間に合わなかった。

 がくりと力が抜け、虚ろな青い瞳をギャルドに向けたラフィエル=スノウホワイトは、ゆっくりと瞼を閉じた。

 愕然としながら、崩れ落ちるその体を抱き留めようと伸ばしたその手は、ばしりと払いのけられる。

 まさか生きて――しかしてその希望は、すぐさま摘み取られた。

 冷たく血のような赤い瞳は、暖かな青い瞳を持つ少女の存在を、これ以上無いほど雄弁に否定していたからだ。

 

こうして表に出るのも久方ぶりか。あの人間の小娘には感謝してやらねばな

 

 ぞっとする程、悪意と憎悪に満ちた声。

 美しい聖なる声で発されるのは、慈愛に満ちたものではない。そのアンバランスな声に、ギャルドは思わず後ずさる。全身に鳥肌が立ち、思わず武器を構えたくなる腕を抑えつけ、ギャルドは奥歯を噛み締めた。

 何故ならば、目の前にいる彼女は、どうしようもなくラフィエル=スノウホワイトなのだ。

 神々に愛されたかのような、美しい容姿。穢れを知らぬ雪のように白い髪も、溜息を吐きたくなるほど艶やかな肌も、触れるとそこから砕けて消えそうな儚い肢体も、何もかもが、ラフィエル=スノウホワイトに他ならない。

 ただ、――そのどろりと淀んだ赤い瞳を除いては。

 

 ギャルドには分からない。

 目の前にいる少女が、ラフィエル=スノウホワイトなのか、そうでないのか。

 見た目は、瞳を除けば間違いなく自分の主だ。しかし、雰囲気も言葉遣いも全てが異なる。

 彼女は一体、誰なのだ?

 分からない。何せ、ギャルドは何も知らないのだから。ラフィエル=スノウホワイトの中にいる勇者も何も言わなかった。ラフィエル=スノウホワイト本人だって、ギャルドには何も話してはくれなかった。

 ラフィエル=スノウホワイトのことを、自らの主のことを、ギャルドは……知らない。知らないこと、ばかりだ。

 

 こんなことになるなら、もっと話しておけば良かった。

 怖がって、気味悪がって、話題を逸らさず。

 ちゃんと面と向かって、膝をつき合わせて真剣に話していれば。

 彼女はきっと、それを拒むことなんてしなかっただろうに。

 後悔ばかりが押し寄せて、目の前の少女を、どうしても自分の主とは思えない事に胸が苦しくなる。

 ――どうすれば、いいのだろう。

 ギャルドには、何も分からなかった。

 

つまらん

 

 そんなギャルドを見て、そんなギャルドの思考を読んで、悪魔は言った。

 深々と溜息を吐き、興味を無くしたように悪魔は背後を振り返る。

 大量の汗を噴き出して、得物を握った腕を震わせるギャルドは、そこでようやく崩れ落ちた。得物を彼女に向けまいと本能に抗って、その結果がこれだ。

 息を整え、体を落ち着けようとしたその時に、ようやく脳味噌に今までの情報が叩き付けられる。

 そこでギャルドは自らが敵の手に落ちていた事を認識し、その心は鉛のように重くなった。

 

 悪魔がすたすたと歩いていった先には、黒髪の男――ユウキ・カグラザカが一人立っていた。その足下には、血の池に沈んだ金色の幼い子供と、女性。

 マリアベルは胸に穴を開けて地面に倒れてその命を散らし、近くにはカガリが眠るように息を引き取っていた。

 ユウキに殺されたマリアベルは、最期の足搔きにカガリを道連れにしていたのだ。ラフィエル=スノウホワイトは、ただ近くにいたために余波を食らったに過ぎなかった。

 そう、本来はそれだけのはずだった。運が悪かった――それで済むはずだった。

 しかしラフィエル=スノウホワイトには、悪魔が宿っていた。そのために、このような事態が起こったのだ。

 

「あれ……魔王ラフィエル=スノウホワイト? 随分と雰囲気が変わって、ッ!?」

ほう、防ぐのか

 

 悪魔は、機嫌が良かった。

 マリアベルの力とはいえ、ラフィエル=スノウホワイトはしてはならぬ自殺で命を落とし、自らが表に出てくる事が出来たのだから。

 戯れに敵を討つ、なんて人間ごっこをしてやろうかと思うくらいには……機嫌が良かったのである。

 

 振り返ったユウキは少し落ち込んだような顔をしていたが、悪魔を見て飄々とした態度を見せる程度には、傷付いてはいなかった。

 しかしその余裕の態度は悪魔の攻撃でなりを潜める。両腕で防いだそれは、魔王リムルと同等かそれ以上の威力で――

 

「君って、本当に魔王ラフィエル=スノウホワイト? 聞いてた話と違うんだけどな……」

忌々しい聖歌者と同列に見るか

 

 不愉快そうに吐き捨てた悪魔の言葉に、ユウキは不可解そうな目つきで悪魔を見上げた。

 

「聖歌者……シズ先生から聞いたことが……死歌のフルート……悪魔殺し……ああ、なるほど」

 

 断片的な情報を繋ぎ合わせたユウキは、限りなく真実に近い事実に思い至った。

 ユウキはシズエの弟子の一人だ。彼女から、かの聖女の話を何度となく聞いたことがある。彼女は、とっても優しい人だよ、と。

 そして――

 ラフィエル=スノウホワイトが異世界人だということも、聞いたことがあるのだ。

 異世界にて、悪魔を殺す聖歌隊に所属していたことも。その悪魔についても。

 聖歌隊の少年少女は聖歌を。悪魔は死歌を。

 繋ぎ合わせれば、もはや答えは簡単だ。

 目の前のラフィエル=スノウホワイトによく似た少女は、異世界の悪魔なのだ。

 ラフィエル=スノウホワイトが異世界人であることも、悪魔殺しの聖歌隊出身であることも、知っている者は酷く少ない。

 だからこそ、目の前の悪魔が聖歌者という単語を知っていただけで、答えには辿り着けるのだ。

 

「異世界の悪魔か……ちょっと勝算低いな」

 

 何せこの悪魔は、少年少女の美しい声で紡がれる聖歌でしか殺せない。倒せない事はないが、殺すことは出来ないのだ。

 どうしようかと思案するユウキだが、その思考の時間を律儀にくれてやるほど悪魔は優しくなど無い。

 マリアベルとカガリが眠る血溜まりに足を踏み入れて、愉しげにバチャバチャと足で血を遊ばせた。その直後、血溜まりは幾つもの人間大の針のような形状に変化し、ユウキへと襲いかかった。

 血液を操る異世界の悪魔の技に、ユウキは為す術もない。彼の体質は、この世界のものであって――悪魔本来の攻撃を防ぐ事は出来ないのだ。

 これがこの世界で会得したスキルの類であれば、ユウキだって無効化する事が出来たのだが……もしものことには意味が無い。

 

 蟻を潰す子供のように、悪魔はユウキの四肢を潰していく。血で作られた針は、ユウキの腕を貫いて、背後から足の腿を貫いていく。

 呻き声を上げるユウキに愉悦の笑みで見下ろして、悪魔は彼に近付いていく。

 いくら人間の中で強いとはいえ、所詮はそこまで。最古の連中や、憎々しい勇者と違い、ユウキにはこれといった切り札はない。

 体質の方はかなり強いとはいえ、それはこの世界の者にとって有利に働くだけで、悪魔にとっては何の障害にも成り得ない。

 無防備な頭が石榴のように散る様を想像してゾクゾクとした快感を背中に走らせて、悪魔は崩れ落ちたユウキの頭に向かって足を振り下ろした。

 

 がつんっ、と足が振り下ろされた。

 肉の音でも血の音でもない、硬い床に足がぶつかった硬質な音だ。

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、悪魔はそれを見やった。

 

つまらん男だ、邪魔をしおって。たかが人間一人、死んだところで大して変わらんだろう

「――ラフィエル様に、人を殺させる訳にはいかない」

ああ……人間は、本当に頭が悪いな。すっかり忘れていた

 

 血みどろのユウキを引き摺って、悪魔から引き離したギャルドは、大量の汗を全身から噴き出しながらも、悪魔の前に立った。

 その手は震えて、悪魔と対峙するにはどうしようもなく情けなく、勝ち目もまるで見えない。

 しかしその目は、確かな意思を持って輝いている。

 

不快だ、気持ちが悪い。何故貴様らは、あの聖歌者のために捨て身になる? 全く理解できんな

「ラフィエル様が、他人のために心を砕いているからだ。献身を返したいと思うからこそ、俺はここに立っている。――お前がラフィエル様なのか、そうでないのかは俺は知らない。でも、その瞳を除けばラフィエル様に他ならない。お前が殺傷沙汰を起こせばきっとラフィエル様は悲しまれる。だから、止める」

……狂信者め

 

 苛立ったように、悪魔は吐き捨てる。

 そして――遺跡が大きく揺れ、地盤は崩れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある雪の日】神光暦XX67年

 僕と一緒に、人間共を滅ぼしてみないか? 

――天使の名を冠する者




 name:ラフィエル=スノウホワイト
 skill:ユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』↔『死歌者(ウタウモノ)
   ユニークスキル『拒絶者(コバムモノ)
   ユニークスキル『上位者(ミオロスモノ)
   ユニークスキル『寵愛者(ミチビクモノ)
 secret:『悪魔契約』
     『悪魔共存』
     『禁忌の代償』


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そっくりさん

A賞リムルフィギュアあたりました(素振り)
A賞リムルフィギュアあたりました(素振り)
A賞リムルフィギュアあたりました(素振り)


 第67話 そっくりさん

 

 地盤が崩落した。

 動揺するギャルドの真横を、ユウキが駆け抜けていった。その体に傷はなく、五体満足――要するに無傷だった。

 さっきまでは満身創痍で、動く事すら難しかったはずなのに、どうやって?

 混乱すると共に、この場からの脱出を試みるギャルドの視界に入ったのは、一つの瓶。その瓶の形には、見覚えがあった。

 

(あれは――魔国連邦(テンペスト)印の完全回復薬(フルポーション)!? 隠し持っていたのか!)

 

 考えてみれば、ユウキが完全回復薬(フルポーション)を持っていても可笑しくはない。

 彼は自由組合の頂点に位置する総帥(グランドマスター)である。そして、表向きには魔王リムルと親しい仲として振る舞っていた。

 魔王リムルから、自由組合として完全回復薬(フルポーション)の買取をしているのだとして、それを自らの懐に入れる事も容易であっただろう。

 そもそも彼は自由組合の頂点に立てるほどには実力があるのだ。もしかすると、攻撃に屈するフリをして逃げる隙を伺っていたのかもしれない。

 そしてギャルドが作った隙をこれ幸いと利用して逃げ出したのだ。

 ギャルドが立ち塞がる事すらも想定の内であったかもしれないと思うと、頭が痛い。

 

 そもそもユウキは敵だ、ラフィエル=スノウホワイトに殺人を犯してほしくはないと考えていたとはいえ、それなら自分がユウキを殺しておけば良かったのでは……?

 今更脳裏に過ぎった考えに、ギャルドは首を振ってその考えを捨てる。

 たらればの話をしたところで何になる。するのであれば未来の話だ。

 崩れ落ちるその場から、必死に出口へ駆けていく。ラフィエル=スノウホワイトかもしれない誰かは、一足先にこの場から消えていたため、この場には今、ギャルドが一人取り残されているのだ。

 天井から降ってきた瓦礫を避け、壊れていく足場に埋もれないよう、すぐに足を上げて前の地を踏む。まるで地面に溺れないように泳いでいる気分になってしまう。

 必死の思いで抜け出した地下。

 振り返れば既に瓦礫で埋められてしまっていて、先程までいた場所――確かマリアベルは墳墓と言っていたか――は、もはや見えもしない。

 

「ラフィエル様……それに、ユウキ・カグラザカは何処に……?」

 

 影も形も見えない二人を探そうと、ギャルドは遺跡の中を駆け出した。

 

 

 

 悪魔は思う。

 そういえば人間は悪知恵を働かせる小賢しい生き物だったなと。

 ここしばらく表に出ていなかったために、すこんと抜けている知識があるらしい。まったく困った弊害だと、悪魔は鼻を鳴らした。

 まあ、それでも構わない。

 表に出てこられたのなら、こっちのものだ。

 

 例え、殺そうと思っていた獲物が逃げても。

 殺そうと思っていた獲物が、魔力爆弾で地盤を崩落させて、ギャルド諸共生き埋めにしようとしてきても。

 悪魔にとって、それは別にどうでもいいのだ。

 必要なのは、求めるものは。

 忌々しい聖歌者ラフィエル=スノウホワイトの死――そして、人間共が苦しみ、喘ぎ、絶望に崩れ落ちる姿こそ。

 それこそが、悪魔の求める幸福なのだ。

 

 

 まあ、無論。

 この人間共というものは、悪魔がいた世界の悪魔以外の知的生命体という意味であって、たとえエルフだろうが魔物であろうが、悪魔にとっては人間なのである。

 この世界の悪魔は……なんとも言い難いが。

 だからこそ。

 ラフィエル=スノウホワイトと面識がある人間だからこそ、心砕く人間だからこそ。

 こうして、壊し甲斐があるというものだ――

 

「は……カガリさん?」

「なん、なんで――あんたが、そんなこと」

「聖女なんじゃ、なかったのかよ!?」

 

 遺跡の外。

 リムルがミリムの元へ向かった頃合いを見計らって、悪魔はその場へ降り立った。

 感じたことの無い気配に警戒するシオンとゴブタは、その人物を見て目を見開いた。

 何せそこにいたのは美しき聖女、ラフィエル=スノウホワイトその人だったのだから。

 間違いなく彼女本人だというのに、何故――こんなにも、悪意に満ちた目をしているのだ。

 二人が困惑している間に、悪意はその両手から力を抜いた。すると、首を掴まれていた二人は地面に落下する。

 なんの抵抗も無く地面へ転がった二人の顔は、酷く見覚えのあるもので。

 調査団のリーダーであったカガリと、敵の親玉と思われる少女マリアベル。

 動揺し、声を荒らげる調査団の顔を見渡して、悪魔は愉悦の笑みを浮かべる。

 

 そう、これだ。

 この顔が見たかったのだ。

 

 優しくしてくれた、魔王でありながら高い人徳を持つ聖なる人。その人物が、自分達を率いてきたリーダーの死体を粗雑に扱う。

 それだけで、それだけなのに。

 笑ってしまうな、本当に。

 ほんの少し、乱暴に振る舞うだけで裏切られた顔をする。自分は何も、言っていないのに。

 殺したのはラフィエル=スノウホワイトでも、悪魔でもない。マリアベルはユウキに、カガリはマリアベルに殺されたのだ。

 だというのに、勝手な憶測だけで判断する、この愚かな人間達のなんて醜いことか。

 

「あんなに優しくしてくれたのは、演技だったの?」

 

 そんな訳はない。

 ラフィエル=スノウホワイトの献身は本物である。

 だが、それを悪魔は口にしない。ラフィエル=スノウホワイトは聖女である。しかしだからこそ、その存在を貶める事は悪魔の望むところだ。

 口元を歪ませ、人間共を見下ろして。

 ダメ押しにカガリの死体を足蹴にしてやれば、どうだ?

 

「その人から、カガリさんから離れろ!!」

「今まで騙して楽しかったかよ、嘘吐き野郎が!」

 

 怒りの形相で武器を持つ調査団の面々に、悪魔は堪えきれずに笑い声を上げる。

 高らかに上がる哄笑に、止めようとしていたゴブタやシオンは思わず得物を握ってしまう。

 ――それ程までに、敵意と悪意に塗れた声。

 ラフィエル=スノウホワイトの慈愛の声とはまるで違う、別人のような、美しい聖なる声。

 そして、ふと気付くのだ。

 あの少女――今の今まで、声を出していなかった、と。

 

 少し空白があれば、ほんの少し冷静さを取り戻せば。

 ああ、ああ、何ということだろう。

 状況だけで、自分達は彼女の説明も何もかもを聞かずに、カガリを殺したのはラフィエル=スノウホワイトだと思い込んでいた。

 その場には、確かな敵であるマリアベルの死体もあったのに。

 マリアベルにカガリが殺され、その場に辿り着いたラフィエル=スノウホワイトが仇を取ってくれたなんて、そんな事も有り得るのに。

 どうしてラフィエル=スノウホワイトだけを疑ってしまったのだろう。

 

 無意識に、彼女を敵だと、魔王だからと思っていたから?

 あんなにも優しくしてくれたのに。

 人類への献身を知っていたのに。

 魔王だからなんて、それだけで――?

 だったら自分には、自分達には、この場にいる資格なんてないのではないか?

 何せここを調査させてくれているのは魔王ミリムと、魔王リムルだ。

 魔王だからと二人が大切に扱っている彼女を敵視した自分達は、どうすればいいのだ。

 ……もはや、挽回の余地はないのか?

 

 にやにやと、悪魔は嗤う。

 彼等の思考を読んで、その状況へと誘導した自らの手際を称賛しつつ、人間の不幸を嘲笑う。

 まったくもって、魔王の称号と聖女の称号は使い勝手が良い。

 聖女にすり寄ってきた人間に優しくした後に魔王らしく暴虐を振るえば、すぐさま恐怖と絶望、そして裏切られたと勝手に思い込むのだ。

 勝手に期待して勝手に裏切られた気分になっているだけのくせに、なんとまあ。

 しかしそれもまた、愉快。自業自得であろうとも、悪魔にとっては最高の娯楽である。 

 

……ふん、ようやく本命が来たか

 

 背後からの殺気を感じ取り、愉悦に打ち震えていた悪魔はひょいと身を屈める。

 正確に首を狙われた悪魔は特に何とも思う事なく立ち上がる。

 不快をあらわにして、リムルは悪魔に剣先を突き付けていた。

 

「――お前が、ラフィーのそっくりさんってやつか」

 

 悪魔はラフィエル=スノウホワイトの記憶を探る。

 そっくりさんとは、どういう事だ?

 しかしラフィエル=スノウホワイトの記憶にそれらしき記憶はない。当然だ、魔王達の宴(ワルプルギス)で交わされたその会話は彼女が眠っている間になされていた。

 彼女の身を守るために、比較的新しいまだ信用足りない魔王に吐かれたその嘘は――調査団の面々に衝撃をもたらした。

 

「ま、待って下さい、魔王リムル様。そ、そっくりさんって、どういう――?」

「ああ。俺もこの間魔王達の宴(ワルプルギス)に出た時に聞いたんだが、ラフィーの姿をしていて、随分と性格が悪いそっくりさんが居るそうだ。その特徴は――血のように赤い瞳」

 

 悪魔の目に、視線が集まる。

 鬱陶しそうな顔をした悪魔が顔の近くで手を振り払えば、すぐに視線は霧散した。しかし、調査団の面々の顔は明るくはなかった。

 偽物の言動に踊らされ、なんの罪も無い聖女ラフィエル=スノウホワイトを悪と断じて罵った。

 先の場に彼女がいなかったとしても――この胸に残る罪悪感も後悔も、消えはしない。

 

 そんな調査団の姿に訝しげな顔をするリムルだったが、それよりも目の前の悪魔の方が大事だったらしい。

 ラフィエル=スノウホワイトの評判や人徳を傷付ける、この偽物をどうしてくれようか。

 腰を落とし、地面を蹴り上げ、正面から勢い良く突っ込んだリムルは、悪魔に向かって刀を下から斬り上げた。

 

「ええい、待つのだこの大馬鹿者め!」

 

 カウンターを返してやろうと堂々と待ち構えていた悪魔共々、リムルは肩透かしを食らった。

 リムルの攻撃から悪魔を庇ったのは、魔王ミリム・ナーヴァだった。

 

「おい、何で庇うんだよ! お前が言ってたラフィーのそっくりさんってこいつなんだろ?」

「それはそうだが、攻撃するのは止めるのだ! ワタシの竜眼(ミリムアイ)で見えているのだから、お前も見えない訳じゃないだろう?」

 

 何の話だ? と困惑したリムルを見て埒が明かないと判断したのか、ミリムは大声で宣言した。

 

「ここはワタシの領地なのだ! 勝手な事は許さん。ラフィー……のそっくりさんは、ワタシが相手をする!」

 

 

 




変化ない限り今回からステ省略。


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予定不調和

戦闘描写苦手です。


 第68話 予定不調和

 

 魔王ミリム・ナーヴァ。

 破壊の暴君(デストロイ)の二つ名に恥じぬどころか、振り回すレベルの強さを持つ、生物兵器として差し支えない実力を誇る、最強の一角。

 その幼い体には、見た目とは程遠い力が宿っている。それこそ世界が崩壊しかねない程の——特S、天災級(カタストロフ)。竜の因子を持つ竜皇女。

 星王竜ヴェルダナーヴァの一粒種。

 彼女が対峙するのは、美しき純白の聖女に取り憑く異界の悪魔である。

 

「ワタシがって……俺もラフィーのそっくりさんには物申したいんだけど?」

「お前は加減しそうにないからダメなのだ!」

 

 疑問符を浮かべるリムルに背を向けて、ミリムはさっさと会話を打ち切った。

 何せ今回は千載一遇のチャンスなのだ。ラフィエル=スノウホワイトの内側にこびりつく悪魔は、彼女が表に出ている時はどう足掻いても消し飛ばす事は出来なかった。

 しかし! 今回表に出ているのは悪魔である。

 であるならば——カリュブデュスの時のように、カオスドラゴンのように。

 表の悪魔だけを消し飛ばし、あの優しくて弱っちい人間を無事に救い出す事だって、出来るのではないか?

 勝算はある。

 竜眼(ミリムアイ)でハッキリと見ていた。リムルの成したそれを、ミリムは二度も目にしている。

 同じ魔王となったリムルが何を出来るのかも理解している。知っている。そして、ミリムが出来ることは、一番得意としていることは、二つ名の通り破壊である。

 しかしその頭も、悪くは無い。

 

 あの悪魔は、()()()()()=()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と知っている。

 

 ミリムだけが知っている。

 その特異なる竜の眼をもって、彼女の巣食うナニカの正体も正しい殺し方も、全てを網羅している。

 だからこそ、ミリムには何も出来なかった。他に方法があるかもしれないと躍起になった事もあった。それでもラフィエル=スノウホワイトから悪魔を引き剥がす事は出来なかった。

 しかし、今は違う。

 何という幸運か、今ミリムの傍には親友(マブダチ)のリムルがいる。

 そう、魔王リムル=テンペスト。

 

 ——死者の蘇生を可能とする、ミリムの親友(マブダチ)が。

 

 で、あるならば。

 やるべき事は簡単だ。悪魔をラフィエル=スノウホワイトから引き剥がすのは簡単だ。

 ラフィエル=スノウホワイトを殺し、リムルにラフィエル=スノウホワイト単体の、蘇生を頼めば良いのだ。

 最終的に傷が残らなければ無事といって差し支えないだろう。我ながら冴えている、とミリムは自画自賛した。

 ちなみにだが、それなら蘇生の秘術を持つ魔王ルミナスに頼めば良いのではと思うかもしれない。既に頼んだ。答えは不可能だった。

 

 それは何故か——ラフィエル=スノウホワイトの魂を感知する事が出来ないから、だった。

 悪魔として活動している姿を目にして、その体に宿っている魂や魔素(エネルギー)が悪魔のものしか感じ取る事が出来なかった。殺して蘇生を実行するなど、失敗しかせんであろうと苦々しく零していた姿が、ミリムの記憶に残っている。

 故にルミナスには、ラフィエル=スノウホワイトの蘇生は不可能である。

 

 しかし——元異世界人、それも究極の力に覚醒したリムルであるならば?

 可能性はある。

 ラフィエル=スノウホワイトが悪魔に表を譲っている時に体から魂が離脱しているとしても、悪魔が引っ込めばラフィエル=スノウホワイトがすぐに表に出てくる。

 そこから導き出されるものは、離脱していたとしても……その魂は感知出来ずとも体の近くにある、ということだ。

 ならば。

 空間ごと魂さえも喰らう事の出来るリムルと、相性が抜群に良い。

 例えリムルにラフィエル=スノウホワイトの魂を感知出来ずとも、それは胃袋の外の話。胃袋内部ではリムルこそが絶対者。感知出来なかった魂さえも胃袋の中ならば感知出来るようになるであろう。

 

 つまり、だ。

 ミリムはただ力を解放すればいい。

 ラフィエル=スノウホワイトを殺害する。出来るだけ——傷が無ければ良し。

 説明する時間も惜しいため、リムルにはぶっつけ本番でやって貰うが、まあ何とかなるだろう。リムルだし。

 ミリムはそう自己完結し、威力減退効果のあるナックルを装備したまま、悪魔を殴り付けた。

 

ふん……そう簡単に当たらせはしない。何を考えているかは知らないが、久方振りに表に出たのだから早々に引っ込みはせんぞ

 

 ミリムの攻撃を衝撃を食らいつつも受け止めた悪魔は、鼻を鳴らしてそう吐き捨てる。

 元々悪魔はミリムの相手をするつもりは無かったのだ。悪魔にとっての本命は、リムル=テンペスト。

 悪魔から見れば、リムルは勇者に次ぐ憎々しい相手だったのだ。

 初めは勇者によってラフィエル=スノウホワイトへの呪いを全て肩代わりされ、今も尚妨害され続けている。そして次はリムルだ。

 呪いは勇者を介しているため非常に軽微となっているが、塵も積もれば山となる。悪魔の呪いと教会の結界の代償によって衰弱死する予定であったラフィエル=スノウホワイトを救い上げた忌々しいスライム。

 表に出たら必ず嬲り殺してやると息巻いていたが、まさかミリムに邪魔されるとは。

 

 予定とは大幅にズレこんでしまった。それもこれも、全てあの忌々しい勇者のせいだ。

 本来ならば、あの魔物の町とやらで大暴れしてやる予定だった。魔物も人間も虐殺し、遺跡から帰ってきたスライムを盛大に煽ってやるつもりだった。

 そのために、リムルや主戦力が国の外へ行くタイミングまで普段以上に呪いを送り、ラフィエル=スノウホワイトを体調不良にしていたのに。魔物の町から出ないように仕向けてやっていたのに。

 あの日だけ、勇者が邪魔をしてくれたおかげでラフィエル=スノウホワイトはリムルの元へ赴き、ミリムの気まぐれでこの遺跡に来てしまった。

 おかげでスライムではなくミリムの相手をしなければならなくなった。

 まったくもって不愉快だ。あのクソ勇者め、いつまで居座るつもりだ。さっさと輪廻に行け。

 

「やはり手加減するとなかなか効かないのだな……ならばワタシもちょっぴり本気を出すのだ! 原型さえ留めていれば完全回復薬(フルポーション)で問題なく治るし、そのあたりはちゃんと加減をして——っと」

 

 不穏な気配を察知した悪魔が攻勢に出た。

 大きく口を開けて放たれた死歌はミリムに直撃し、その身をふらつかせた。

 ぐるりと回転する視界と、麻痺したように自由に動かぬ体。思考さえも空白が生じ、ぱちんと心臓が弾けそうになって、

 

「——ミリム!」

 

 意識が元に戻る。

 先程までの不調は何だったのかと思う程にあっさりと。

 ふらつくミリムを心配したリムルが声をかけたのだが、その一瞬でミリムは死歌の効果を打ち破ったのである。

 

効きが、悪いな。ギィ・クリムゾンに直撃させた時もだが、何故死なない? 聞けば死ぬからこそ、悪魔の歌は『死歌』と呼ばれているというのに

 

 力の効きの悪さに考え込む悪魔。

 そういえば勇者が一時的に覚醒した時も、死歌の直撃を食らったにも関わらず生きていた。いくら覚醒したとはいえ実力では悪魔よりも下であったのに。

 ということは、もしや、死歌はこの世界とは、相性が悪いのではないか?

 それならば、忌々しい聖歌者の聖歌だって効き目が薄くなるべきなのに——この世界でも、神々の加護の効果があるというのか。

 なんと悍ましい。世界が変わって尚、あのような慈悲なき存在に力を与えられているとは。

 

「うむ、油断したのだ。次はない、行くぞ! 竜星拡散爆(ドラゴ・バスター)!!」

「——ッ!」

 

 ミリムの手元には凝縮された魔力。

 それが一気に拡散された瞬間に、悪魔は必死の形相で『拒絶者(コバムモノ)』を身にまとった。自分に害為す全てを拒み、有り得ない熱量を拡散された魔力によって齎された衝撃は言葉にできない。

 ユニークの力では、全てから身を守る事など出来はしない。

 戦闘で考え込むという愚行をしたのは己だが、そもそも相手が悪いのだ。悪魔が相手をしたかったのはリムルであって、ミリムという竜ではなかったのに……!

 

「む、むう……これで倒すつもりだったのだが」

 

 困ったのはミリムである。

 ふうふうと息を荒らげつつもその場にしっかり両足をつけて立っている悪魔に、頭を悩ませた。

 これ以上の威力となると、うっかりリムル達やダークエルフ達も巻きこまれてしまうかもしれない。しかし、これ以上のチャンスは後にも先にもないかもしれない。

 

「…………リムル! ここが壊れたら、国経由で建て直しを頼むのだ! それと、しっかり結界を張っておくのだぞ?」

「え?」

「——竜星爆炎覇(ドラゴ・ノヴァ)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ラフィエル=スノウホワイトの体は、消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ように、思われた。

 

「ま、まに、間に合った…………のか?」

 

 遺跡の出入口。

 息を乱しているギャルドが数秒前に投擲したのは、ラフィエル=スノウホワイトがよく持ち歩いている聖書である。おひとつどうぞと渡されていた物が、こんな所で役に立つとは。

 ミリムの攻撃が彼女に当たる寸前に投げ入れたものだから、恐らく聖書は粉微塵どころか灰になっているだろうが。

 ラフィエル=スノウホワイトではない誰かは気付かなくても、その内いる彼女には伝わったはず。

 ほんの瞬きの間に垣間見えた知的な青い瞳は、きっと見間違えじゃあなかった。

 

 何故魔王ミリムがラフィエル=スノウホワイトかもしれない誰かと戦っているのかは分からない。でも、彼女の体は間違いなくラフィエル=スノウホワイトなのだ。

 殺させる訳にはいかない。

 ラフィエル=スノウホワイトは神の御業が使える。

 あの聖書には、あの危機から脱せる美しき神の御業があるはずだ。

 だからきっと、生きているはず。

 探さなければ。きっと傷だらけだ。敵の手に落ちた者の手を借りたくはないかもしれない。それでも、

 

「——貴女はきっと、俺の手を拒まないのだろうな」

 

 




今作と並行してちまちま書き貯めたいので、次回作のアンケートに協力お願いします。活動報告でアンケとってるのでそちらから……反応なかったら勝手に好きなの書きます(予防線)

↓アンケの活動報告↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=263051&uid=275640


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現状維持/何もわからん

 第69.5話 現状維持

 

「ミリムの奴、何してるんだ……」

 

 遺跡から離れた場所ならばともかく、遺跡のすぐ傍で最大出力で放たれた竜星爆炎覇(ドラゴ・ノヴァ)の余波から自身と配下、ダークエルフ達と調査員を守るために結界を構築したリムルは苦々しく呟いた。

 ミリムの攻撃が直撃したのは、ラフィエル=スノウホワイトのそっくりさん——要するに偽物である。

 彼女を倒すためにここまで高火力の攻撃が必要だったのかと、リムルは疑問に思わざるを得ない。何せリムルから見ても、偽物はそこまで強いとは思えなかった。

 智慧之王(ラファエル)による警告もなかったし、リムル単独でも十分に撃破可能であると考えていたからだ。

 だというのに、ミリムはリムルから偽物を庇い、その対戦権を奪い取った。

 

(何か、理由があるのか? カオスドラゴン程の脅威には思えなかったけど……)

《告。個体名:ラフィエル=スノウホワイトの生体反応の消失を確認。状況から仮称:赤眼による干渉と推測されます》

 

「…………は!?」

 

 リムルは突然の報告に動揺する。

 それもそのはず、ラフィエル=スノウホワイトの生体反応の消失などという報告を聞いて動揺するなという方が無理な話だ。

 というか、あの偽物がミリムの攻撃を食らったタイミングでなんて——

 

《告。個体名:ラフィエル=スノウホワイト固有の結界の再構築を確認。仮称:赤眼の生体反応消失と共に、個体名:ラフィエル=スノウホワイトの生体反応を確認しました》

 

(……? …………??? えっと、つまりどういう事なんですかね、智慧之王(ラファエル)先生?)

 

 

 ラフィエル=スノウホワイトが死んだのかと思えば復活したり、訳が分からない。

 上空のミリムも何故かキョトンとした顔をしているし、きょろきょろと辺りを見渡している。

 土煙が消えたその場に偽物は居らず、血肉の一欠片も残ってはいなかったのだ。

 

《解。仮称:赤眼は個体名:ラフィエル=スノウホワイトと同じ物質体(マテリアルボディ)を所持している可能性があります》

(は?)

 

 唖然。

 それは、つまり。二重人格だとか、そういう事だろうか。あの悪意の塊のような女性は、ラフィエル=スノウホワイトの暗黒面——一面の一つだということなのか。

 では、ならば。

 自分が殺そうと剣を突き付けたのは、自らが守ろうと慈しもうと思っていた、病弱な優しい少女だった?

 ひゅ、とリムルの喉からおかしな音が出た直後、大声がリムルを呼んだ。

 

「おい、リムル! 早くこっちに来るのだ!」

 

 無意識に自分の胸元を堅く掴んでいたリムルは、はっとして手から力を抜く。そして、遠くから自らを呼ぶミリムの呼びかけに答えようとして、はたと気づいた。

 

 というか、待てよ?

 そっくりさんだとか吐かしていたミリムは、俺がラフィーの偽物だと思っていた時にラフィーを庇ってたよな。

 もしかして知ってた——いや、だとすると何で本気で攻撃なんてしたんだ?

 ううむ、分からん。

 

 直接聞くか、とリムルはこの場を配下に任せてミリムの元へ駆け出す。

 ミリムはいつの間にか上空から降りていて、遺跡の出入り付近で仁王立ちしていた。その前には、赤い髪の少年が正座しており……、

 

「……どういう状況?」

「うむ。こいつがな、せっかくのチャンスを水の泡にしてくれおったのだ! 一発ぶん殴ってやろうと思ってな」

「待て待て待て、全然話が見えないから説明してくれ」

「ん? それはだな……まあ、まずは魔王達の宴(ワルプルギス)でラフィーのそっくりさんがいると言ったが、あれが嘘だという事から話さないといけないのだが」

 

(めちゃくちゃアッサリ暴露された……)

 

 既に何となく察してはいたが、こうもアッサリと告げられると微妙な気持ちになる。

 そして話が進むと、正座をしているギャルドも徐々に縮こまっていく。

 そう、ミリムの計画は頓挫した。

 それも他ならぬラフィエル=スノウホワイトの配下、ギャルドによって。

 

「まったく! 悪魔が表に出ている時にラフィーを殺して、ラフィーだけを蘇生させる計画が台無しなのだ! こいつのおかげで逃げられてしまったし、ラフィーが今何処にいるか見当もつかないではないか!」

 

 ものすごく不機嫌そうに、ミリムは鼻を鳴らした。

 その音で更に萎縮してしまったギャルドが、ものすごく申し訳なさそうに口を開いた。

 

「その件については謝罪する、申し訳なかった……。てっきり、魔王ミリムがラフィエル様を何も知らずに殺そうとしているのだとばかり」

「ワタシが何も知らない訳がないのだ! せっかくのチャンスを、お前が聖書を投げるから悪魔が逃げてしまったのだぞ!」

「うぐ……良かれと思って……」

 

 ギャルドからすれば、完全なる善意からの行いではあったのだが、ミリムからすればとんだ横槍である。

 またとないチャンスを潰した相手に憤慨するのは当然であり、その正当性を今までの説明で理解しているギャルドはそれを甘んじて受け入れるしかない。

 

「ま、まあ失敗したとはいえ、悪化した訳じゃないだろ? ラフィーの居場所は分かってるから、迎えに行こう、な?」

「何? 居場所が分かっているのか? それなら……まあ良かろう。失敗は惜しいが、現状維持が出来るのなら、今はそれに越したことはないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第69話 何もわからん

 

 ふと意識が浮上して、真っ先に思ったこと。

 …………何でオレは死にかけてるんだ???

 は? 意味わからん。ていうかオレなんか物凄く嫌な夢を見た気がするんだが……自殺とかいうとんでも体験をした気がするが、まあ気の所為だろ。

 それにしても何でオレはとんでもねえ質量の光に飲み込まれかけてるんだ??

 は~~~訳分からんな(諦め)

 これはきっと恐らくたぶん夢。そうに違いない。だってそうじゃなきゃおかしいから!!!!

 

 こんなにも訳の分からん状況に放り出されるなんて夢に決まってる。ていうかさっきから頭痛い。

 足元に聖書転がってるけどもしかしてこれオレに投げられたの? どうりでいきなり目が覚めたはずだよ、投げた奴殴るからな。

 ていうか夢だから殴るも何もねぇわ。

 

 ………………。服が熱でか何でか知らんけど消え始めてる……え? 

 あつ、熱い! 燃える!

 は? 夢じゃねぇのかよ、死ぬ!!

 こんな苦しい思いして死にたくない、何とかしてくれ誰か!!(涙目)

 何でオレがこんな目に遭わなきゃなんないんだよ、こういうのは悪い事した奴が遭うべきだろ!!

 泣きながら服をバサバサしてみても、服は端から燃えて消えていくし。

 

 びぇ……そ、そうだ! 

 この際、リムルとのアレコレなんざ関係ねぇ。生命力なんてちょっとくらい消費したって構わん。

 オレは実家に帰らせて貰うからな!!!

 

 死にそう。

 異空間に舞い戻れば万事解決だとか誰が言ったよ。全身激痛に苛まれてるが???

 むしろあのまま一思いに焼かれ死んだ方が良かったんじゃねぇのって思うくらい。全身に火傷を負ってるよこれ、もう駄目だ。

 もうお前、死んでねって神が言っているとしか思えない。あんなに贖罪として敬虔な信徒として暮らしてたのにこの仕打ちか、許さねぇからな……(激怒)

 死んだら来世は神をいないものとして広めてやる。背教者になってやる。人間至上主義を絶対としてやるからな。

 あ、う、これほんともうだめ、

 

 生きてた。

 なんか知らんけど生きてた。

 傷も綺麗さっぱり治ってるし、なんかよく分からんけど、とりあえず生きてる!!(歓喜)

 なんでオレあの怪我で生きてるのか全然分からんけど……まいっか!

 どうせあんな事、二度は起きないだろうしな!

 でもこれ服がアレだな……人前に出られるような格好じゃない。肌を晒すのは神前で未来を誓い合った相手とじゃなきゃ駄目だしな。

 誰かに持ってきて貰うにしても、性行為が出来ない神官クラスじゃなきゃ……あ、リムルもスライムだ(性器がない)から良いのか。

 いやでも、あいつに持ってきて貰うのは……弱味をこれ以上見せる訳には……!!(葛藤)

 

 うーん、どうするか。

 とりあえず肉壁くん、はあいつ裏切りおったから駄目か。他に誰か……、

 

 

 

 

 …………だ れ か き た ?

 

 

 




説明回はまた後日。



アンケ来てくれた人ありがとう
感謝の印に現在1位の小ネタ追記しておきます



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異空間手順/勇者と竜

1日遅れ


 第70.5話 異空間手順

 

「後ろを向いて視界を閉じて下さい。さもなくば結婚して貰います!」

 

 切羽詰まったような叫びに、ギャルドは勿論、リムルとミリムも反射的に後ろを向いて目を閉じた。そこで、ん? と首を傾げる。

 結婚が脅し文句とは、どういう事だろうか。

 困惑する三人は、静かに記憶を思い起こす事にした。

 

 

 

 

 ミリムの計画頓挫によって姿を消したラフィエル=スノウホワイト。その居場所はリムルの智慧之王(ラファエル)によって判明している。

 万が一、ラフィエル=スノウホワイトが異空間を再度使用した場合にすぐ気付けるように警戒を、と念押ししていた事が、こんな形で役に立つとは。

 リムルは恐らく異空間で体を休めているだろうラフィエル=スノウホワイトを迎えに出向く事にした。あの場所には既に教会はなく、室内で休む事など出来はしないだろうから。

 さっさと魔国連邦(テンペスト)に戻って、彼女の魔素で満ちている教会で休んだ方が回復が早いだろうとの判断で、即時転移が可能なリムルが迎えに行く事になったのだが……。

 

「いつもいつもリムルだけズルいのだ!」

「出来れば俺も連れて行って欲しい。早いうちにラフィエル様と話がしたいんだ」

 

 という二人の熱い想いに負け、3人で向かう事になったのだ。そしてミリムの知る、前に魔国連邦(テンペスト)でも使用した方法で異空間に行こうとした。

 しかし、その方法で異空間に辿り着くことは無かった。最後の一歩を踏み終えたその場で、景色は変わる事なく――彼らは立ち尽くしたままだったのだ。

 

「何故行けないのだ!?」

「前はこれで行けたはずなんだけど……」

 

 地団駄を踏んで怒りを顕にするミリムと、原因は何だと考え込むリムル。

 そんな二人に首を傾げ、ギャルドは口を開いた。

 

「前は? ラフィエル様は、例え同じ物でも同じ鍵をつけるような無警戒な方ではないと思うが」

「確かに、そうだな」

 

 そしてその場に沈黙が降りる。

 

「…………ギャルド君。キミ、何か異空間への行き方のリズムとか、心当たりはないかね?」

「えっ」

「ほら、ラフィーの唯一の配下だし。ノーヒントであんな複雑なの推測しろってのは無茶振りだろう? 何かこういうリズム好きそうとか、鍵にしてそうとか、そういうのない?」

「そ、そう言われても」

 

 そもそも本人の事を詳しく知らなかったからこそ、腹を割った会話をしなかったからこそ、こうなっている訳で。

 というのは流石に言えず、返答を濁しつつギャルドは頭を回す。記憶を掘り起こし、何かヒントはなかっただろうかと探すも特にめぼしい記憶はなく。

 

「あまり……心当たりはない。でも、その、異空間に行ったのは咄嗟の判断だったと思う。だからあまり複雑なものではなく、単純な方法なんじゃないだろうか」

「うーむ」

 

 確かにミリムの攻撃を回避するために咄嗟に発動したのなら、一瞬で難解なものを設定するのは難しいはず。しかし簡単なもの、と言われても現状それを推測する事は不可能に近い。

 であるならば、もはや他の方法で試すよりないだろう。

 今現在、リムルな知っているのは迷い子としての強制召喚くらいだが……と、そこではっと気付いたリムルは、智慧之王(ラファエル)に相談した。

 

(そういえば、フォビオがカリュブディスに取り込まれていた時に異空間に一度入ってたよな? あれはどうやっていたのか分かるか?)

《解。個体名:ラフィエル=スノウホワイトの固有結界は迷い子の救済を目的とした異空間です。そのため意思ある者の選別を可能としていますが、逆に意思無き者の選別・排除は不可能です。加えて暴風大妖渦(カリュブディス)は『魔力妨害』の権能を所持しているため、固有結界の突破が可能であったと推測します》

 

(……俺達には出来ないって事か?)

《是。前回の解析結果から有効な方法を抽出、推奨します。実行しますか?

――YES/NO》

 

 え、マジで?

 もう別の方法で行き方分かってるの?

 という言葉が喉まで出かかったが、智慧之王(ラファエル)ならそういう事もあるよねと納得する。

 そして未だにうんうんと考え込んでいる二人へ笑顔で振り返った。

 

「二人とも、異空間に行く方法が分かったぞ」

「何!? 本当なのか!?」

「こんな短時間……一体どのような方法で?」

 

(どんな方法なんですかね、智慧之王(ラファエル)先生?)

《解。個体名:ラフィエル=スノウホワイトが異空間を行き来している方法を流用します》

 

「それはだね、ラフィーが異空間を行き来してる方法を流用するんだ」

「ラフィエル様は好き勝手異空間を行き来できると思っていたが、必要な手順があったのか……」

「リムルよ、ラフィーは一体どういう手順で行っているのだ?」

 

(どうなんですか智慧之王(ラファエル)先生?)

《解。異空間は個体名:ラフィエル=スノウホワイトの所持するユニークスキル『聖歌者(ウタウモノ)』を認識し、出入りを自由化しています。その認識を利用し、個体名:ギャルドが下賜されたフルートを奏で『聖歌者(ウタウモノ)』の効果を維持し続ける事により、異空間を誤認させられる可能性があります》

 

(なるほど……つまり?)

《解。フルートで『聖歌者(ウタウモノ)』の効果を発動させたまま異空間への移動を強く意識する事で、異空間へ侵入成功の可能確率が浮上します》

 

「――と、いう訳だ」

 

 

 成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第70話 勇者と竜

 

 

(どうして………………?)

 

 宿の一室。

 豪華な一人部屋という高待遇に胃を痛めながら、彼は現実から逃げていた。

 柔らかいベッド、半分体が沈むソファ、靴を履いたまま歩くのが忍びないカーペット、壁に飾られた知らない絵、猫足のテーブル。

 それらをぐるぐる眺めて、こんな良い部屋に泊まれるような人間じゃないんですと目が死ぬ。

 この間の、同郷の魔王リムルとの晩餐は美味しかったし、その後の砕けた会話はとても居心地が良かった。

 

 だが己は勇者である。

 泣いた。

 

 魔王と勇者が敵対するとか流行らないでと嘆きながら、勇者と呼ばれつつも平凡な男子高校生である彼はそっと震える足に手を添えた。

 もはや産まれたての小鹿もドン引きの震え具合に、彼は涙を流しかけ、ぐっと我慢した。

 ここで相手を刺激する訳にはいかないのである。

 何せ、彼はもう知っている。

 『英雄覇道(エラバレシモノ)』でどうにも出来ない存在が居ることを。

 魔王リムル、その配下達の圧倒的な強さ、そして――天災とされる暴風の竜を、知ってしまっている。

 だからこそ、彼は腰を低くして接するのだ。

 

「あの……何の御用ですか……」

 

 目の前の美しき女性に、折れそうな心を叱咤して。

 蒼い髪は腰まで届き、左右の頭部で一部纏まった髪は少しの枝毛もない。金色の瞳はうっとりと細まっていて、隠しようのない好意をさらけ出している。

 その妖艶な女性からは、とんでもない強さを持つ者特有のオーラが溢れていて、凡人でしかない彼の心をキュッとさせた。

 そして、彼はその金色の瞳とよく似た瞳を見た事がある。そう、暴風竜ヴェルドラである。

 つまり――彼女はヴェルドラと同じ竜種なのだ。それに気付いた貴方はSAN値チェックです……というナレーションが脳内を走り、彼は卒倒してしまいたかった。

 が、出来なかった。

 機嫌を損ねたらジエンド。この周辺の安寧は彼に掛かっているのだ。

 

「ええ、ルドラ。勿論用はあるわ」

 

 ☆人違い――

 漫画ならそれで終わりなのに現実はなんてクソッタレなんだと、彼――勇者マサユキ――は激怒した。美しき女性に見られて気持ちは萎んだ。

 しかしここで訂正しておかねば、後々知られたら逆ギレされるかもしれない。漫画(ゼミ)で習ったところだ! そのため、マサユキはなけなしの勇気を振り絞って告げた。人違いです、と。

 

「多分勘違いしてると思うので言いますけど、僕はルドラじゃなくてですね、マサユキって名前なんです」

「そんなこと知っているわ、当然でしょう」

「??????」

 

 じゃあなんでぼくのことるどらってよぶの????

 思考回路が溶けたマサユキは訳の分からなさに理解する事を放棄した。

 そもそもこの人と接点なかったでしょ、何でこんなに親しげなんだろう。こんな美女一度会ったら絶対忘れないのに。

 

「何処かで会ったことありますかね……?」

「貴方とはないわ。これが初対面よ」

 

 そんなことある???

 

「あの……自己紹介とかして貰ってもいいですか?」

「そういえば、まだだったわね。私はヴェルグリンド。灼熱竜ヴェルグリンドよ」

「………………帝国の守護竜? とかで聞いた事あるんですけど」

「ええ、やっていたもの。でも帝国にルドラはもういないのよ。だから辞めたわ――今は貴方に協力してあげる。何でも言っていいのよ、ルドラ。叶えてあげる」

 

(ルドラじゃないし、僕関係ないし、助けてリムルさん!!!!)

 

 勇者マサユキ一行の次の目的地が魔国連邦(テンペスト)の首都リムルに決まった瞬間だった。

 

 

 

 



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拒絶/汝は肉壁

 第71.5話 拒絶

 

 リムルはラフィエル=スノウホワイトに背を向けているが、『魔力感知』によってその視界は閉ざされておらず、そもそも来た瞬間に今の彼女の惨状をばっちり理解してしまっていた。

 申し訳なさとその他諸々で大変複雑になったリムルは、智慧之王(ラファエル)に頼んで『魔力感知』を一時的に使用不可にした。

 そんなリムルと、ミリムとギャルドの背後では、ラフィエル=スノウホワイトがふらふらと立ち上がり、そっと彼等に近付いていた。

 右から順に、ゆっくりと視線を動かして、ラフィエル=スノウホワイトはギャルドへと狙いを定めた。彼女はギャルドが着用している白いコートを脱がせ始める。

 

「!? ………ラ、ラフィエル様?」

「静かに」

 

 真剣な声音に、ギャルドは黙り込む。服を脱がされたギャルドは一体何がどういう事なのかまるで分からないが、真剣な主に逆らう事は出来ない。

 そもそもの話、まだ主として仰いでいてもいいのかという話ではあるが……それはまた、話し合うべき事でもある。

 

 そんなギャルドを知ってか知らずか、ラフィエル=スノウホワイトはその丈の長いコートに腕を通し、太腿までボタンを留める。

 それから自らの格好を見て、足元は仕方ないけれどそれ以外に肌が露出していない事を確認する。そしてようやく安堵の吐息を漏らし、ラフィエル=スノウホワイトは微笑んだ。

 

「もうこちらを向いても大丈夫です」

 

 その言葉に安堵したのはリムルとミリムだ。二人こちらに来た瞬間にラフィエル=スノウホワイトの惨状を認識してしまっていたので、気が気でなかった。

 目を開け振り返った二人は彼女の肌が隠れている事に安堵し、ギャルドはその装いに、その下がどうなっているのかを察して申し訳なさに眉を下げた。

 自分の服であればいくらでも使ってくれという気持ちになる。

 

「ラフィー、今はもう大丈夫なのか?」

「はい。問題ありません」

 

 安心させるような優しい笑みを浮かべ、ラフィエル=スノウホワイトは返答する。

 そして、どこか困ったように三人を見やる。

 

「ここまで来て頂いて、申し訳がないのですけれど」

「ラフィー?」

「私はここから、貴方達と共に戻るつもりはありません」

 

 目を見開いて驚く三人に、そっと目を伏せて口を閉じるラフィエル=スノウホワイト。これ以上何か言う事はないと、その態度が雄弁に語っている。

 しかし三人とて、そう簡単に引く訳には行かない。

 心優しい彼女のことだから、きっと先の事で気を病んでいるのだろう。

 

 あんな迷惑をかけた以上、帰る訳には行かない。

 どんな顔をして戻ればいいのか。

 また似たような迷惑をかけるかもしれない。

 今回は被害が少なかったけれど、次は分からない

 ならば、

 ならばもう、いっそ、

 

 そう考えて、皆の下から去ってしまおうと、消えてしまおうと考えても、おかしくはない。

 しかし、そんな事は誰一人として望んではいない。

 ミリム含む古参の魔王はそんな事は承知の上だし、リムルだってラフィエル=スノウホワイトを引き取った時点で覚悟は決めている。

 ギャルドだけはまだ思い悩む事は沢山ある。しかしそれでも、誰よりも優しい彼女が、一人で何もかも抱え込んで消えてしまう事は、望んでなんかいないのだ。

 

「魔王リムル。魔王ミリム。どうか、ここは俺に任せて貰えないだろうか」

 

 すぐさまラフィエル=スノウホワイトを説得しようと口を開いた二人は、ギャルドの言葉に一度沈黙する。

 鋭い視線をギャルドに向けた二人の魔王は、そのまましばらく試すように彼を圧をかけ――

 

「今はまだ、ラフィエル様の一配下として、お願い申し上げる」

 

 今後ラフィエル=スノウホワイトと主従の関係ではなくなるかもしれない。けれど今はまだ、彼女の配下として、魔王ラフィエル=スノウホワイトに進言する事を、どうか。

 どうか許して欲しい。

 そんな意と共に、ギャルドは頭を下げた。

 

「…………そう言われたなら、断れないな」

 

 視線を柔らかくして、リムルは苦笑した。

 リムルには、ギャルドに負い目がある。ラフィエル=スノウホワイトの配下として敵地に向かい、そしてギャルドが敵の手に落ちた事を知っていて、それさえも利用した。

 ならば。ラフィエル=スノウホワイトの配下として、彼女と対話を望むのならば、リムルはギャルドの意志を打ち捨てる事は出来なかった。

 それに、大変不満はあるが、リムルやミリムよりも、ギャルドの方がラフィエル=スノウホワイトの意見を翻す事が出来る可能性が高いのだ。

 

「ミリムもいいか?」

「……むぅ、仕方がないのだ」

 

 ギャルドは、長い間一人も配下を作らなかったラフィエル=スノウホワイトが唯一作った配下だ。ギャルドが、彼女にとって何かあるのだろう事は明白。

 恐らく偶然出会ったミリム達よりも、自ら選んだギャルドの方が意見を変えさせる事が出来る。それくらい、ミリムにだって分かっていた。

 

「失敗したら許さないから、そのつもりでいるのだぞ!」

「――ああ、肝に銘じておこう。感謝する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第71話 汝は肉壁

 

 よりにもよって三人も来おったわ。

 何なの? 仲良しかお前ら??

 言っておくけどな、死ぬほど嫌いな奴とはいえ、万が一にでも肌を見たものなら三人纏めてオレと結婚して貰うからな!!!(脅し文句)

 よしよしやっぱりオレと結婚したくないからか全員後ろ向いたな。この中で1番でっかい服着てるのは……元肉壁くんか

 ところでお前、オレがあげたやつ、生意気なクソガキに渡した事まだ許してないからな。謝るまで許さんからな!(キレ気味)

 

 ギャルドの服を勢いよく剥いでやろうと思ったけど、いい子ちゃんな体は言うことを聞かずにゆっくり優しく脱がせ始めた。

 は????(困惑)

 野郎なんか全裸でも問題ないだろ、女じゃないんだからよォ! 子供を産む女性は別として……野郎は別に性器ならともかくそれ以外は見られても問題ないだろ。

 ギィなんかいっつもスボンしか履いてないようなもんだし、こんな所でいい子ちゃんになる必要ある???

 別にズボン脱がそうとしてる訳じゃねぇだろ、コートくらい引っ剝がせよ!!

 

 相変わらず主の言うことを聞かない体にキレそう。

 ギャルドから奪い取ったコートに腕を通すが、でかくて袖が余った。袖をちまちま折って、首元からボタンを全て留めたけど、足元までボタンがなかったから脚をさらけ出す事になった。

 昔から足だって出した事ないのに……足首以外の足を出すの死ぬ程抵抗ある。は? 何で足首までボタンないんだよ、馬鹿じゃねぇの???

 他人はどうでもいいけど自分がやるとなると、普通にめっちゃ嫌!!(羞恥)

 

 けど、流石にギャルドやリムルからズボン毟りとるのは流石に可哀想だよな……。仕方ねぇ、今回はこれで我慢する。

 めちゃくちゃ嫌だけど!! お前らと違ってオレは優しいから!! 我慢してやるよ!!!

 

「もうこちらを向いても大丈夫です」

「ラフィー、今はもう大丈夫なのか?」

「はい。(大丈夫じゃないけど)問題ありません」

 

 問題はないけど個人的に大丈夫じゃねぇから帰ってくれない? ほんともう大丈夫じゃないから。

 まあ内心思っててもこいつらには伝わらないし、遠回しに言っても伝わらない事はもう分かってるんだ。だからオレは言うぞ、リムルとミリムがキレたらと思ったら怖いけど、伝える事が大切なんだ。

 

「ここまで来て頂いて、申し訳がないのですけれど」

 

 全然思ってないしむしろ何で来たのって気持ちでいっぱいだけど、建前は大事だってオレは知ってるんだ。

 

「ラフィー?」

「私はここから、貴方達と共に戻るつもりはありません」

 

 言ってやった!!(感動)

 今までオブラートに包み込んで遠回しに伝えていたけど、今回ばかりは直球で言ってやったぞ!!!

 達成感に心がふわふわする。やり遂げるって、めちゃくちゃ気持ちいいな!(笑顔)

 けどこの場で笑顔なんざ見せようものなら煽りとしか思われないだろうから、そっと目を伏せておく。口元がプルプルしてるけどセーフだろ。だよね?

 

「魔王リムル。魔王ミリム。どうか、ここは俺に任せて貰えないだろうか。今はまだ、ラフィエル様の一配下として、お願い申し上げる」

 

 はい???(混乱)

 訳の分からない事を言うな!!(半ギレ)

 お前は肉壁くんであって、オレの配下ではないしそもそも仲間ですらないだろ何言ってんの???

 よくて雑用係だし、そもそもお前、オレからあのクソガキに鞍替えしたの忘れたとは言わせんからな?

 

「…………そう言われたなら、断れないな」

 

 お前も何言ってんの???

 は?

 何なの?

 もしかしてお前も肉壁くんがオレの配下だと勘違いしてるの? なんで????

 オレがいつ、ギャルドが配下とか仲間って言いましたか!! 言ってねぇよバーカ!!

 記憶捏造するの止めてくれない??

 

「ミリムもいいか?」

「……むぅ、仕方がないのだ」

 

 仕方ないって何??

 もしかして皆そう思ってるの? 違うよ?? 肉壁くんはオレの配下じゃないんですけど??

 

「失敗したら許さないから、そのつもりでいるのだぞ!」

「――ああ、肝に銘じておこう。感謝する」

 

 めちゃくちゃオレの配下面するじゃん。お前オレの配下じゃないんですけど??

 って声を大にして言ってやろうと思いました。

 

 

 




聖騎士のマント? コート? は原作のイラストにはボタンがなかったのですがこの世界線では付いてるって事で。まあ誤差みたいなもん


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偶像の瓦解/郷愁

去年もそうだったけど八月って忙しいんですよね!!!(言い訳)


 第72.5話 偶像の瓦解

 

 一歩踏み出し、ギャルドは美しい笑みの仮面を被ったまま変わらない己の主を真っ直ぐに見た。

 よくよく見れば、彼女の瞳の奥は赤黒く濁っていて……恐らく本調子ではないのだろう。彼女の体に巣食う悪魔の影響が、まだ治まっていないのだ。

 しかし、それは好都合かもしれない。

 影響がまだ残っている、ということは、聖女らしくないラフィエル=スノウホワイトの本音を聞ける可能性がある。さっきまでだって、かなり時間をかけて言葉を選んでいたように、ギャルドには感じられた。

 魔王リムルや、魔王ミリム相手にはどこか親しい他人同士という距離感のある会話が見受けられたが、ギャルドには素直に心を許されているような近く早いレスポンスだった。だからこそ、今のラフィエル=スノウホワイトの違和感に気付けた。

 彼女は今、聖女としての言動を崩さないように、時間をかけて考えてから言葉を発している。

 ならば、そこに糸口がある。

 ギャルドは彼女に、美しく慈愛溢れる聖女として残って欲しいのではない。ラフィエル=スノウホワイトとして、残って欲しいのだ。

 

「どうか聞いて欲しい、ラフィエル様」

「……いいえ。もう話す事はありません」

「ラフィエル様には俺に話すことなどないかもしれない。だが、俺には話す事があります。貴女について聞きたいことも、聞いて欲しいことも、たくさんある」

 

 その言葉に、ラフィエル=スノウホワイトは一瞬だけ目を丸くした。ような、気がした。

 ギャルドは、ぐっと奥歯を噛み締めて、昂った感情を鎮めて冷静さを取り戻す。

 ラフィエル=スノウホワイトは聞かれたことにしか答えない。自分のことについては。

 彼女は人に救いの言葉を与える人間だ。だからこそ、きっと新鮮だったのだろう。驚いたのだろう。人ならざる者、救いを求めない魔王のような人外以外から、人間から、自分のことについて聞かれることなどなかっただろうから。

 だから、そうだと分かるからこそ、ギャルドは言葉を重ねるのだ。

 

「今までは何も聞かなかった。俺はただ、貴女に命を救われただけの人間だったから。そんな権利などないと思っていたし、何より聞くのが怖かった。……俺は、貴女が怖かった」

「……そうですか。いえ、そうでしょう。当然です」

「俺は、ラフィエル=スノウホワイトという存在が、神のように清廉潔白で、全てを愛して、誰かを救うことを厭わない、とても偉大で美しい人だと思っていた」

「…………」

「勘違いだった。そんなことはなかった。そもそも、そんな矛盾だらけの存在がいるわけがない。貴女の傍にいることで、ようやく理解できた」

 

 無言のまま、じっとギャルドを見つめる深海のような瞳は、感情を映さない。

 そこで言葉を途切れさせ、ギャルドは激しく脈打つ心臓を深呼吸して抑え込み、真っ直ぐにラフィエル=スノウホワイトを見た。

 

「誰かを救うということは、誰かを見捨てるということに、他ならない」

「……取捨選択、断捨離です。私を責めたいのでしたら――」

「いいや、責めない。貴女に命を救われた従者の身で、そんなことはしない」

「貴方は、私の配下ではありません」

 

 ラフィエル=スノウホワイトが言葉を考える暇もなく反射的に出した言葉に、ギャルドは唇を噛んだ。

 分かっているのだ。

 何故、そんなことを言うのかなんて。

 理解していて、その言葉を投げつけられることも覚悟していた。

 しかし予想するのと、実際に言われるのでは訳が違う。ずきずきと疼く胸の痛みで、涙が出そうになる。

 

「……今はそうでなくても、少なくとも過去はそうだった。貴女が俺を傍に置き、世話する事を許したのだから」

「…………」

「だから、元従者としての言葉を聞いて欲しい。全力であっても敵の手に落ちてしまうような弱くて不甲斐ない元従者の、情けない頼みを聞いてはくれないか」

「……………………いいでしょう。聞いてあげます。聞くだけですよ」

 

 わざとらしく意地悪そうな言葉を放ったラフィエル=スノウホワイトは、少しだけ居心地が悪そうにたじろいだ。

 ギャルドの後ろにいる2人の視線が、妙に生暖かかったのだろう。

 

「……俺は、貴方ともっと話がしたい。今まで時間があったのに話さなかった事を後悔している。敵に潜入するにも、先に貴女に話して許可を取るべきだった。無許可で潜入してこのザマだ。こうして話が出来ること自体が奇跡だと思う」

「はい」

「でも今、話が出来て嬉しい」

「は、……はい?」

「二度と話せなくなることを覚悟していたんだ。貴女の優しさに漬け込んだこと、許してくれとは言わないが」

 

 それから、ギャルドは話した。

 あの時のラフィエル=スノウホワイトが怖かった。ああしてくれて嬉しかったし、その時はしょっぱい思いをした。

 なんて、他愛ない話。

 そんな話をされるとは思わなかったのか、ラフィエル=スノウホワイトはどこか拍子抜けした顔で相槌を打っている。

 そしてギャルドは散々に自分の話をしてから、ラフィエル=スノウホワイトに本題へと切り込んだ。

 

「それで、最後に今の事を。――この異空間から出て、また貴女に仕えさせてはくれないだろうか」

「そうですか……え?」

 

 先程までと同じように相槌を打っていたラフィエル=スノウホワイトは、驚いたように顔を上げる。

 

「俺は貴女の食の好みはそれなりに知っている。冷たいお茶は苦味があるものが好きで、暖かいお茶はどれでも飲むものの、特に甘いものが好き。食べ物は固いものより柔らかいものが好きで、ブロッコリーは触ると崩れるくらい茹でたもの以外はあまり食べたくないんだろう。ベタベタしたものやネバネバしているのも嫌いで、チーズや納豆の入った食事はいつもより食が細くなる。……何か間違っているものは?」

 

「…………よく、観察していますね。強いて言うなら、冷たいお茶は総じて苦手です。苦味があるお茶は冷たいお茶の中ではマシ、というだけです」

「そうか。……ありがとう、今後は暖かいお茶を淹れよう」

「今後……」

 

 呟いて、ラフィエル=スノウホワイトはきゅっと口を引き結んだ。

 

「ラフィエル様」

「……なんでしょう」

「俺は、貴女とお茶を飲むのが好きだ。暖かいお茶に、蜂蜜を入れて飲むとほっとする」

 

 きっとそれは、初めて出会った時に彼女に淹れて貰ったからだろうけれど。

 机を囲んでのティータイムは、ギャルドにとっては暖かくて好きな時間だ。日向ぼっこをしてウトウトしている時と似たような感覚だといえば、分かりやすいだろうか。

 

「俺はもっと、貴女のことを知るべきだ。怖がる前に、歩み寄るべきだったんだ。あんな思いをして、後悔するのは二度と御免被る。だから、貴女のことを教えて欲しい」

「…………仕方がない人ですね。本当に、貴方は残酷な人です」

 

 ラフィエル=スノウホワイトは、苦笑する。

 そして何処か嬉しそうに、ギャルドへと歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第72話 郷愁

 

 

「どうか聞いて欲しい、ラフィエル様」

「……いいえ。(オレには)もう話す事はありません」

 

 話すことなど何も無い、ということだ。わかったらとっとと帰るんだ!

 オレがどれだけ我慢をしてやっていると思ってるんだ?? 今度はお前らが我慢する番だろうがッ!

 

「ラフィエル様には俺に話すことなどないかもしれない。だが、俺には話す事があります。貴女について聞きたいことも、聞いて欲しいことも、たくさんある」

 

 お??

 なんだか普通に会話が出来た気がする。

 最近は本気で主語が足りねぇ会話しかしてなかったからびっくりした。

 これだけの言語力があるなら何でもっと前から頑張ってくれなかったんだ?? は??(半ギレ)

 肉壁くんは今後はちゃんと喋るとして、他の奴らも見習って!!(大声)

 

「今までは何も聞かなかった。俺はただ、貴女に命を救われただけの人間だったから。そんな権利などないと思っていたし、何より聞くのが怖かった。……俺は、貴女が怖かった」

「……そうですか。いえ、(お前はオレのことを裏切ってたから)そうでしょう。(肉壁する相手を鞍替えしたんだから怒られるのを恐れるのは)当然です」

 

 言っとくけどまだ許してないからな!!(机バン)

 幼児でも言えるごめんなさいをまだ聞いてねぇからなオレは。謝るまで許さんからな。

 まあ許したところで、お前らとサヨナラするのには変わりないけどね!!(ドヤ顔)

 

「俺は、ラフィエル=スノウホワイトという存在が、神のように清廉潔白で、全てを愛して、誰かを救うことを厭わない、とても偉大で美しい人だと思っていた」

 

 誰それ。

 オレの知ってる人??(困惑)

 何でそんな風に思われてんのか訳分かんねぇな。そりゃあ見てくれは、清廉潔白で偉大で美しくて麗しいだろうけれども??

 しばらく一緒にいたら分かるだろお前。オレの言うことを聞かない悪いお口はアレだが、滲み出るオーラとかその他諸々で察せるだろ。

 あっもしかして頭が悪かったりする??

 

「勘違いだった。そんなことはなかった。そもそも、そんな矛盾だらけの存在がいるわけがない。貴女の傍にいることで、ようやく理解できた」

 

 おっ、そうだな。

 でも自分が言うならともかく他人に言われると腹が立つから平手打ちしていいか? 

 ていうか理解してるなら、何でその話をわざわざ蒸し返すんだよ。

 

「誰かを救うということは、誰かを見捨てるということに、他ならない」

 

 うん???

 あっ、そういうこと?(察し)

 

「……取捨選択、断捨離(を無料相談でオレは提案しただけであって、実行したのはそいつら)です。私を責めたいのでしたら――」

 

 オレを責める前にそいつらに文句行ってこい!! その間にオレは逃げるから!!

 

「いいや、責めない。貴女に命を救われた従者の身で、そんなことはしない」

「貴方は、私の配下ではありません」

 

 積もり積もった苛立ちと言葉を遮られた怒りで、ついぷっつんしてしまった。

 そりゃあ、極端に言えば誰かが生きたら他人は死ぬ。なんてことはあるだろうけど、そんなのこの世の道理だろ。オレには関係ない。

 そもそもこの世界弱肉強食だし、オレは相談に乗っただけで実行すると決めたのはそいつらだ。オレの関係ないところで何が起ころうと知ったこっちゃねーよ。

 普段から言ってるだろ、殺し合いとかはオレの目に入らない所でやってくれってな。

 聖歌隊にいる時だって、誰かが死んで責める奴は、いつもオレばっかり責めやがって。

 歌が下手なのに聖歌隊に所属してて悪かったなこんちくしょう、オレだって辞めれるならとうの昔に辞めてたわボケ!(マジギレ)

 まあそれはともかく、オレだけ責めるな。相談に乗っただけでオレは悪い事なんかしてねぇからな!! 責めるのはまずそっちだろ常識的に考えて。

 あとお前、オレの肉壁くんであって従者とかじゃねぇから、そこんとこ把握しとけよ!!

 

「……今はそうでなくても、少なくとも過去はそうだった。貴女が俺を傍に置き、世話する事を許したのだから」

 

 えっっっ(驚愕)

 傍に置いて世話していいよって言ったら従者判定されんの?? 初耳なんですけど???

 

「だから、元従者としての言葉を聞いて欲しい。全力であっても敵の手に落ちてしまうような弱くて不甲斐ない元従者の、情けない頼みを聞いてはくれないか」

 

 えっっっっっっ(驚愕)

 お前オレが知らねぇうちに敵の手に落ちてたの?? 初耳なんですけど???

 報連相ちゃんとしてくれないと困るんだが??

 

「……………………(熟考)。いいでしょう。聞いてあげます。聞くだけですよ」

 

 とりあえず聞くだけな。

 なんか色々よく分かんないから、聞くだけだから。お前らの所には戻る予定はないから、そんな期待の籠った目で見るんじゃねぇ。

 背筋が凍るし鳥肌が立つから止めろ!!

 

「……俺は、貴方ともっと話がしたい。今まで時間があったのに話さなかった事を後悔している。敵に潜入するにも、先に貴女に話して許可を取るべきだった。無許可で潜入してこのザマだ。こうして話が出来ること自体が奇跡だと思う」

 

 ふーん。

 全部初耳。

 は? 潜入とか聞いてないんだけど?? リムルお前目ぇ逸らしたって意味ねぇだろこっち向け。おい。

 

「でも今、話が出来て嬉しい」

「は、……はい?」

 

 なんで??

 

「二度と話せなくなることを覚悟していたんだ。貴女の優しさに漬け込んだこと、許してくれとは言わないが」

 

 そっか……まあオレは理不尽共以外には何時だって優しいからな、目を瞑ってやろう。そう、寛大な心でな!(ドヤ顔)

 でも敵の手に落ちた? とはいえ裏切ってたことに関しては謝るまで許さないからな。

 

 ウン……話長ぇ。

 いきなり今までの思い出語られて、ここはこう思ったとか言われても困るんだよな。ふーん、で??? としか思えねぇんだわ。

 一体オレに何を期待してるのか、ハッキリ言って貰おうじゃねぇか!!!

 …………お前いつまで話すんだよ………(疲弊)

 

「それで、最後に今の事を。――この異空間から出て、また貴女に仕えさせてはくれないだろうか」

「そうですか……え?」

 

 適当に相槌売ってる時に本題に入るな(半ギレ)

 

「俺は貴女の食の好みはそれなりに知っている。冷たいお茶は苦味があるものが好きで、暖かいお茶はどれでも飲むものの、特に甘いものが好き。食べ物は固いものより柔らかいものが好きで、ブロッコリーは触ると崩れるくらい茹でたもの以外はあまり食べたくないんだろう。ベタベタしたものやネバネバしているのも嫌いで、チーズや納豆の入った食事はいつもより食が細くなる。……何か間違っているものは?」

 

「…………(気持ち悪いほど)よく、観察していますね。強いて言うなら、冷たいお茶は総じて苦手です。苦味があるお茶は冷たいお茶の中ではマシ、というだけです」

「そうか。……ありがとう、今後は暖かいお茶を淹れよう」

「今後……」

 

 何故今後の話をしている???

 お前と今後なんてないに決まってるだろ、ぶっ飛ばすぞお前。

 何回言わせんだこの野郎。

 

「ラフィエル様」

 

 なんだよ。

 

「俺は、貴女とお茶を飲むのが好きだ。暖かいお茶に、蜂蜜を入れて飲むとほっとする」

 

 えっ。

 ふ、ふーん。

 ハーブティーや普通のお茶はともかく、甘い系統のお茶とかは皆不評だったんだけど。蜂蜜はまだマシだけど。出来るなら他のやつがいいって言われるレベルだけど。肉壁くんは味覚バカってことだな。

 ……元の世界では甘いお茶が普通だったし、オレも蜂蜜入りとか、普通に好きなんだけど。

 肉壁くんはお客さんとか媚びる必要ないから、オレの基準をゴリ押ししてた訳だが、…………気に入ってたのか。

 甘いのは、誰も美味しいって言ってくれなかったのに。

 

「俺はもっと、貴女のことを知るべきだ。怖がる前に、歩み寄るべきだったんだ。あんな思いをして、後悔するのは二度と御免被る。だから、貴女のことを教えて欲しい」

「…………仕方がない人ですね。本当に、貴方は残酷な人です」

 

 うん、まあ……つまりオレにも郷愁の念があったってことなんだよなあ。

 ぶっちゃけ、昔のオレのことや故郷のことを話した事はほぼない。シズエくらい、か?

 だから、まあ、ほら。

 配下の肉壁くんに免じて、ちょっとだけ譲歩してやろうな!!(ヤケクソ)

 

 でもリムルとミリムの前で断れない状況にして泣き落とし染みた残酷なことするの本気で止めろ。

 

 

 

 



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丸投げ無茶ぶり

 第73話 丸投げ無茶ぶり

 

「よお、邪魔してるぜ」

「何でいんの?」

 

 マリアベルやラフィエル=スノウホワイトの一件が終わって、一週間程経ったある日のこと。

 今日もリムルの庵で目覚めたリムルは、ラフィエル=スノウホワイトの住まう教会に顔を出してから、執務室に赴いた。

 そこには、リムルの席を我が物顔で占領する魔王ギィ・クリムゾンと、その傍に腰掛ける膨大な妖気(オーラ)を内包する美しい女性がいた。

 

《告。個体名:ヴェルドラに匹敵する魔素量(エネルギー)を確認しました》

 

 えっ、ヴェルドラに?

 マジか……まあギィに連れてこられたなら、強くてもおかしくはないか。

 そう思考するリムルだったが、そこでふと気付く。そういえば彼女は開国祭にも来てたけど、その時には会っても何も感じなかったな、と。

 

(まさか――その時はあえて隠してたのか? いや、その時はギィもだったな。……騒ぎを起こさないように、ラフィーが提案したのかも)

 

 それなら納得だ、とリムルは頷く。

 それから、傍に控えるシュナにちらりと視線をやると、心得たように思念伝達が返ってくる。

 彼等はラフィエル=スノウホワイトに関することで来たらしい。元々リムルの執務室に現れ、客間に案内しようとしたら、執務室に堂々と居座られたとか。

 人の国で自由気ままに振る舞う辺りがギィらしい。まあ恐らく、客間で待つより執務室で待つ方がすぐにリムルと会えると踏んだのだろうが。

 

「さて、それじゃあ早速本題に入るとするか」

「今からかよ……俺にだって、予定ってもんがあるんだけど?」

「おっ、そうか? じゃあラフィーに直接言いに行くぜ」

「まあ待てよ、お茶でも飲んでゆっくりしてけ」

 

 手のひら返し。

 朝っぱらから出待ちされて気分を害された仕返しに、ちょっと嫌味と皮肉を言ったリムルは、シュナにお茶を淹れさせて引き止めた。

 くすくすとギィのそばに居る女性が笑い、リムルに顔を向けた。

 

「開国祭の時は挨拶が出来なかったもの。改めて、私は白氷竜ヴェルザード。弟がお世話になっているそうね」

「えっ!? あ、いやいや、こちらこそヴェルドラには……」

「あら、あの子が大人しくしてるのは貴方のおかげでしょう?」

 

 私が怒っても、あの子は何度も繰り返すから……と憂いの顔でため息を吐くヴェルザードだったが、リムルは内心顔を引き攣らせた。

 ヴェルドラから姉については多少聞いていた。今までは彼女が姉だとは知らなかったが、道理で開国祭の間ずっとヴェルドラに覇気がなかったはずだ。

 ヴェルザードが近くにいるということで、大分精神を摩耗していたのだろう。

 

「おい、今はヴェルドラについて話に来た訳じゃないだろ? ヴェルザード」

「そうね。そうだった――単刀直入に言いましょう、魔王リムル。東の帝国を瓦解させてきたわ」

「なんて???」

 

 思わぬ言葉に唖然とするリムル。

 傍で静かに控えていたシュナも、流石にこの言葉は看過出来ぬようで、目を見開いて固まっている。

 なんでもないように振舞っているのはギィとヴェルザードのみ。

 ぽかんと口を開けて数秒固まったリムルは姿勢を正した。

 

「ラフィーの話じゃないのか? それに瓦解させたって……戦争の話なら何も聞いてないぞ」

「戦争してきた訳じゃねーよ。ただ確認しに行っただけだ。まさかああなってるとはなあ……とりあえず手っ取り早くあちら側の世界から来た奴は潰して、ヴェルグリンドにはラフィーに聞いた話を聞かせてきた」

「訳分からん……」

 

 要するに、だ。

 ラフィエル=スノウホワイトによって、ギィ達は今の東の帝国の主であるルドラが、もはやルドラではないのではないかという疑念を抱いた。

 そして堂々と東の帝国に侵入し、ルドラとヴェルグリンド――竜種の一人――に会いに行った。

 ギィは即座に、ルドラの魂は摩耗してもはやほとんど残されておらず、スキルであったミカエルに乗っ取られていることを見抜いた。

 が、ヴェルグリンドとヴェルザードは天使系のスキルを持っていたために見抜けず、ギィは一時一対三の大舞台を演じる事になった。

 

「…………お前らが暴れたら、皆すぐ気付くと思うんだが」

「はははっ、そこはまあ隠蔽しようとする奴がいたってことさ。もういないけどな」

「あ、そう」

 

 詳しくは聞かないでおこうと、リムルは思った。

 その後、何やかんやでヴェルザードが一番に我を取り戻し、ギィと共闘。ヴェルグリンドもヴェルザードの渾身の一撃と共に、一瞬だけ思考のモヤが晴れて根性でミカエルの干渉を跳ね除けた。

 そうして今度はギィに有利な三対一になったところで、乱入者がいた。

 その乱入者により、ヴェルグリンドは残ったルドラの魂の欠片と共に異空間へと飛ばされる。ヴェルグリンドのその後は分からないが、とにかく乱入者とミカエルは友人に、姉に手を出されてキレた本気の2人に始末される事になった。

 結果――

 

「――今、帝国には、王であるルドラも、守護竜と総帥を兼任していたヴェルグリンドもいない、無法地帯になってしまっていると、そういうことだな?」

「そうだな」

「そうね」

 

 さらりと言ってのける二人だが、そんな簡単な問題じゃないだろとリムルは叫びたかった。

 ていうか何でこの話を俺に――と考えたところで、ふと嫌な予感。

 

「ま、まさかとは思うけど……」

「いやあ、リムルよ。お前ほど優秀な奴は俺の知り合いにも中々いなくてな?」

「やめろ、おい、離せこら」

「帝国の件――何とかしてくれるよね?」

「ふざっけんなよお前!!」

 

 リムルの肩に腕をまわして猫撫で声でそう言うギィに、リムルはキレながら離させようと藻掻く。

 ギィとリムルが戯れているのを見て、ヴェルザードはニコニコして「肩の荷がおりたわね」とお茶を飲んでいる。

 丸投げする気満々の二人に、リムルは顔を険しくしてきっと睨む。

 

「俺にだって王としての責任があるんだ。仮想敵国だった帝国の面倒まで見てられるか!」

「おいおい、リムル。忘れちゃいないか? 俺達は、ラフィー関連の話をしにきたって言ったよな?」

「はっ?」

「ラフィーが俺達を焚き付けたんだ。責任は勿論ラフィーに取ってもらうさ。だが……ラフィーを引き取ったのはお前、つまりラフィーの責任はお前の責任だろ?」

「お、おまえぇ……!」

 

 最初からそのつもりだったのかよ、とリムルが恨みがましくギィを睨む。

 機嫌よくギィは笑って、それじゃ任せたぞ、とリムルの肩をぽんと叩いた。

 ぎりぎりと歯軋りするリムルに、思念伝達が入る。今度はなんだよ、と問い掛けると――

 

 こんこん、と扉がノックされる。

 そして勢いよく扉は開かれ、滂沱の涙を流すマサユキが執務室に流れ込んできた。

 

「リムルさん!! 何とかしてください!!」

「やあマサユキ君。よく来たね」

 

 えぐえぐ泣きながらリムルの腰に縋りついたマサユキには、見たことないほど綺麗に笑うリムルが見えていない。

 いきなり僕のことルドラって呼ぶんですよ、訂正してもですよ、しかもあのひと絶対竜でしょ知ってる。

 ということを泣きながら言い募ったマサユキを根気強く慰め、リムルは彼を着席するように促した。

 びいびい泣いた彼の前には面白そうな顔をしたギィと、まあまあと驚いた顔のヴェルザード、そして微笑むヴェルグリンドがいる。

 

「というわけで、帝国の新しい国主のマサユキ君だ。仲良くしてやってくれ」

「なんて???」

 

 涙も引っ込むトンデモ発言が聞こえてマサユキは顔を上げてリムルを見る。

 ニッコリ笑顔のリムルは、さっとヴェルグリンドに手のひらを向ける。

 そして今現在帝国には王もヴェルグリンドもいないことを告げ、リムルの先生の推測によるルドラとマサユキの関係性を告げる。

 盛大に顔を引き攣らせたマサユキは、

 

「冗談ですよね……?」

「残念ながら本気です。頼まれてくれ」

「嫌ですよ王とか柄じゃないです!! ただの高校生に何の期待してるんですか!?」

「安心しろ。俺も元はただのおっさんだけど、意外と上手くやれてるし」

「何も安心出来ないですよ! 僕はリムルさんと違って戦えないんですよ!? この剣だって数分持つだけで腕が吊りそうになるんですからね!! ほら!!」

「マサユキ君。君の目の前にいるのはルドラと古馴染みの魔王と竜だ。鍛えてくれるさ」

「やめてくださいキツいのもしんどいのも無理なんで!!!」

 

 勘弁して……と泣き叫ぶマサユキに、リムルがぽんと笑顔で肩を叩く。

 

「勇者としてあちこち回って勝てない相手と震えながら戦うのと、王としてどーんと偉そうにするだけで命の危険も何も無いの、どっちがいいかね?」

「僕、勇者やめます」

 

 キリッとした顔で、マサユキは宣言した。

 ヴェルグリンドもマサユキが王になるなら不満も無いだろうし。もしリムルが帝国を支配下に置いたりしたら、きっと不満を持たれていただろう。

 マサユキのおかげで間一髪で回避できた。

 リムルも、ギィも、ヴェルザードもヴェルグリンドも、みんなが納得する解決策だった。

 恐らく、というか確実に帝国には膿が色々と溜まっているだろうが、ギィと竜種二体、勿論リムルも支援するつもりだし、これだけいれば多少のゴタゴタはあれど何とかなるだろう。

 ようやくほっと一息ついたリムルだったが、またも控えめに扉がノックされる。

 嫌な予感と共に許可を出すと、

 

「すまない、魔王リムル。ラフィエル様のことで相談が――」

 

 難しい顔をしたギャルドが、またもリムルに難題を持ってきたようだった。

 

 

 




帝国編完!!!!
詳細は個々人で補完してくれめう……悪魔娘が出てきたあたりから時間なくて原作読めてないからまとめ見てきたんで……


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勇者の宣誓/悪魔の誘惑

 第74.5話 勇者の宣誓

 

 その日、久方振りにギャルドは夢を見た。

 何処までも広がる草原と、地平線まで伸び続ける青い青い空。一筋吹いた爽やかな風が髪を揺らして、彼を優しく起こした。

 ゆっくりと瞼を持ち上げたギャルドは、その世界を目にして欠伸を噛み殺して起き上がる。近くの岩に腰を下ろして目を閉じたまま動かないラフィエル=スノウホワイトの姿をした元勇者に、ギャルドは近付いた。

 元勇者の3歩手前で立ち止まったギャルドは、元勇者がぱちりと目を開いて自分を認識するのを待った。

 数分後、ギャルドの予想通り、元勇者はゆるりと青い瞳を晒し、彼を見上げた。

 

「僕がキミと話すのは、これで最後だ」

「え?」

 

 ギャルドと元勇者は、挨拶を交わすような、そんな間柄ではない。しかし、このように突拍子もないことを言われるのは初めてだった。

 困惑するギャルドに、元勇者は大きく溜息を吐いた。

 

「キミのような単純馬鹿に彼女を託すのは業腹だけど、仕方が無い。これ以上僕という残留思念を形を成したまま留め置くのは、彼女に影響を与えすぎる。キミを助けた時のようにわざと与えた影響もあるけれど、ね」

「え? は? 残留思念……?」

「その名の通りだよ。僕はかつて勇者であった僕が残した意思が形を生したもの。勇者であった僕は、既にラフィエル=スノウホワイトに取り込まれている」

 

 ――まあ、こんなのは前座みたいなものだ。

 元勇者はそう告げると、とんとんと自分の頭を人差し指で突いた。

 

「さて、キミの小さい脳みそに今から沢山の情報を突っ込むんだ。さっさと落ち着くように」

 

 煽るような言い草にギャルドはムッとして顔を顰める。しかし、聞かない訳にもいかない。元勇者が彼をここに呼ぶ時は、必ずラフィエル=スノウホワイトが関係しているのだから。

 深呼吸して、ギャルドは元勇者の件はさらりと流す事にする。何だかんだ会っているものの、元勇者はラフィエル=スノウホワイト以外眼中に無い。ギャルドのことをラフィエル=スノウホワイトを救う駒としか見ていないことは、分かっていた。だからこそ、ギャルドは元勇者が消えるという事になんの感慨もなくとは言えないが、そこまで心を痛めなかった。

 

「――よろしい。では続けよう。いいか、ギャルド。ここまでは、全て分かりきっていたことだ」

「分かり、きって……?」

「キミにもわかりやすく言ってやろう」

 

 元勇者は、ギャルドの理解力に呆れつつ、その言葉を紡いだ。

 

「ラフィエル=スノウホワイトとキミがジスターヴの遺跡で体験した出来事。すべてが、最初から僕が知っている未来だった。そういう事だよ」

 

 ギャルドは、頭が真っ白になった。

 知っていた。何を? すべてを。何もかもを知っていて、元勇者はあえて言わなかった。ただ助言のような何かを紡ぐだけで……いや、助言ではなかったのだろう。

 元勇者が、知っている通りに、ここまでくるように、そう仕向けたのだ。

 ラフィエル=スノウホワイトに懐疑と恐怖を抱いた、忠臣になれていない、何も知らぬギャルドを、利用して。

 

「どう、して……」

「聞こうか。言ってごらん」

 

 まるで、何とも思っていないような、振る舞いに。

 我慢しようとしていたギャルドの感情は、堰を切ったように溢れ出した。

 

「どうして! 平気でいられるんだ!? ラフィエル様は、ラフィエル様は――一歩間違えれば」

「死んでいた。おまえなんかに言われなくたって、分かってる」

「なら、何故だ! ラフィエル様を一番大切にしていたのは、お前だろう!?」

「だからこそだよ、ギャルド」

 

 おまえは何も分かってないから、教えてやろう。

 元勇者は吐き捨てるようにそう言って、ギャルドを見下した。元勇者に睥睨されて、ギャルドは息を飲む。冷たい怒りは、ギャルドの背筋を凍らせた。

 岩の上から腰を上げて立ち上がった元勇者は、ギャルドの胸ぐらを掴んで、彼の真っ赤な瞳と目を合わせた。

 

「この未来じゃなきゃ、ラフィエル=スノウホワイトは生き残れない。あの道を辿らないと、ラフィエル=スノウホワイトは必ずあの場所あの時、命を落としていたんだ」

 

 ラフィエル=スノウホワイトが辛い思いをしたのは知っているし、分かっている。それでもこうしなきゃ彼女は今、息をしていないのだ。

 それを理解してなお、おまえはあの過去を否定するのか。

 元勇者の号哭に、ギャルドは返す言葉が出なかった。

 ぼろぼろと零れ落ちる雫は、後悔と懺悔、そして無力感に満ちていた。それでも、選ばざるをえなかったのだと、嫌でも理解する。

 それ程までに、ラフィエル=スノウホワイトという存在は、元勇者にとって大きいものだったのだ。残留思念であるそれが、ここまで感情を露わにする程に。

 

「いいか、ギャルド。僕はもう消える。だから、今度はおまえの番だ」

「俺の、番……?」

 

 オウム返しをするギャルドに、元勇者は頷く。

 乱暴に目元を拭い、元勇者は強い眼差しでギャルドを射抜いた。

 

「今まではただの、定められた未来。だが、これからは違う。これからが、正念場だ」

「これからは、今までと違うのか?」

「そうだ。ここまでの大筋は、どの分岐した未来でも同じ事だった。だが、これからは違う。ここからは、大筋なんてものはない。無数にある選択肢から正解を選び続けなければならない」

 

 もう、未来予知なんて、未来予想なんて、出来はしない。『上位者(ミオロスモノ)』の権能は、もはや意味をなさない。

 真っ暗闇を手探りで進むような、そんな今を、生きなければ。

 

「僕はラフィエル=スノウホワイトに救われた。おまえもそうだろう、ギャルド。それならば、」

 

 元勇者は、はっきりと告げた。そうするのが当然のように、告げたのだった。

 

「ラフィエル=スノウホワイトのために、死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第74話 悪魔の誘惑

 

 ギャルドが元勇者の言葉に絶句していると、景色がまるでゲームのバグのように歪み始めた。舌打ちした元勇者が、ギャルドに向かって叫ぶ。

 

「悪魔の言い分には耳を貸すな!」

 

 その言葉が届くと同時に、ギャルドのいる世界は反転した。足は空に着き、上には地面が広がる。ただし空は夕暮れに染まり、草原は枯れて荒れ果てている。

 元勇者がいた時とは真逆の世界にギャルドは身震いする。

 

まったく、手こずらせてくれる

「ッ! 悪魔――!」

 

 背後から聞こえた声に、ギャルドは身構えて振り返った。

 そこにいたのは、美しくも邪悪な少女だった。純白の穢れなきその姿は、ラフィエル=スノウホワイトと何一つ変わらない。ただ、柔和な光を灯す青い瞳とは全く異なる、背筋の凍るような禍々しい赤い瞳だけが、爛々と輝いていた。

 ギャルドは、一歩後ずさる。

 一度相対して気圧され、圧倒的な力を目にした時の事が色濃く蘇って、気後れする。してしまう。

 

そう警戒するな。今回はただ、忠告に来てやっただけだ

 

 そんなギャルドを見て、悪魔は蠱惑的に笑った。

 瞬きの間に距離を詰められ、ぎょっとするギャルドの両手を彼の背中で拘束する。拘束に使わなかった右手でギャルドの頬を撫で、悪魔は耳元で囁いた。

 

どうして、あの忌々しい"聖歌者"は死ななかったと思う?

「何をッ……!」

ああ、勘違いするなよ。開国祭の話だ

「か、開国祭?」

 

 悪魔は笑う。抵抗していたギャルドの力が僅かに緩む。一体なんの事だと、その顔が物語っている。

 そうだろう、そうだろうとも。

 ギャルドという人間は、まるでラフィエル=スノウホワイトのことを知らない。無知というのは、恐ろしいものだ。

 

忌々しい聖歌者は、愉快な事に開国祭で――マリアベルといったか、あの娘に毒を盛られている

「…………は!?」

 

 寝耳に水とはまさにこの事か。

 ギャルドは素っ頓狂な声を上げて、悪魔を見上げた。悪魔は邪悪な笑みを浮かべ、彼の耳を食むようにして再度繰り返した。何故だと思う? ……と。

 

「な、ぜ……? それは、ラフィエル様が治癒の術を使ったのでは」

聖歌者の癒しの歌は、本人に効果はない

「な、なら! 魔王リムルから完全回復薬(フルポーション)を――」

帰って間も無い頃に、か? お前が知っての通り、奴からそれを贈られたのは教会に戻ってからだろう

 

 ギャルドが思いつく答えを、悉く論破していく。にやにやと笑み深める悪魔に、ギャルドは嫌な予感が止まらない。

 答えなければ。思いつく限り。

 しかしそれでも、思いついて口にした瞬間に悪魔によって形をなさなくなる。答えも尽きたところで、悪魔は意地悪く笑って口を開いた。

 

答えは簡単なことだ。交わした契約は、あの聖歌者が命の危機に瀕した時、悪魔はその体の主導権を奪える。傷だらけでは使い勝手が悪いだろう? あの身体を奪う時、怪我は全て治癒される。そうなっている。瞬時に快癒するのは、それ以外に有り得ない

「だ、だが……そうなれば、ラフィエル様の意識は消え、お前が出てくるはずだろう! ジスターヴの遺跡のように!」

次の瞬間に死ぬ、というような事であればな

 

 悪魔の言葉に、ギャルドは思考するも答えに辿り着かない。しかしそれもまた、当然のこと。

 だからこそ、わざわざ悪魔が出張ってきたのだから。 石ころに躓くのも面倒だと、念の為に。

 

あの忌々しい聖歌者は、契約を書き換えるつもりだ。今も尚書き換え続けているといえる。だからこそ、死ぬ程ではない時に一時的に身体の主導権をこちらに渡し、すぐに奪い返せた。ただ毒を解毒するためだけに。――誰もが恐れるこの悪魔を良いように使う、イかれた女め

 

 今に見ていろと、悪魔が低い声に殺意を載せる。

 その言葉に、ギャルドは震える。ラフィエル=スノウホワイトを相手に、そんな事を言う者はいなかったからだ。否、マリアベルだけは違ったが――。

 憎々しげに空を、恐らくラフィエル=スノウホワイトを睨んで、悪魔はギャルドに、視線を戻す。

 

ジスターヴの遺跡もそうだ。貴様が聖書なぞを投げたせいで、完全に沈黙していた聖歌者の意識が覚醒し主導権を奪われた。魔王ミリム・ナーヴァの攻撃を避けるために異空間へ逃げ込み、負った傷は毒と同じように治療した

 

 怨みを込められた、その強い眼差しに、ギャルドは後ずさる。しかし自身の背中で両手を拘束している相手から逃れる事など、出来はしない。

 悪魔は哀れな者を見る目で、ギャルドを見下した。

 

救われた恩があるだけで、あの忌々しい聖歌者に忠を誓うのか?

 

 するりと頬を撫でて、その美しい顏で誘うようにギャルドの耳に息を吹きかける。悪魔は、青い顔で固まるギャルドを抱きしめて、優しく声をかけた。

 

酷く悪辣でずる賢く、契約を破り捨てる様な真似をする。そんな女だ、お前が忠を誓おうとしているのは

 

 歪みきった笑みを浮かべ、悪魔は馬鹿にするように目を細め、耳元に囁いた。

 

ラフィエル=スノウホワイトは、本当にお前が命を懸けて報いる程の人間か?

 

 

 

 

 

 

 

 ――裏切ってしまえ。

 悪魔の囁きに、ギャルドは言葉を紡ぐことは出来なかった。

 

 

 




これで一段落。

次回作アンケートなんですが四作品のうち二つだけ短編だしてるのアレかなと思ったので他二作も短編投稿しました。参考程度に。


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白雪の天使
とある聖歌隊のはなし


 第75話 とある聖歌隊のはなし

 

 聖歌隊とは、聖なる歌を奏でて悪魔を殺す、美しい少年少女が所属する対悪魔の部隊である。

 彼等彼女等は、天使の名前を持っている。慈愛溢れる、弱者を庇護する天使の加護と名前を授かって生まれるのが、聖歌隊にいる者達なのだ。

 

 例えば、ガヴリエル・アヴェルス。

 彼女は今の聖歌隊のリーダー的存在である。

 白に雨色が少し入ったような、美しい空色の髪をしている。青く、光の加減によっては銀色に輝く神秘的な髪は、風に吹かれると海のようにきらめくのだ。

 そんな彼女と同じ、否、違うか。

 深い青色の、海のような空のような、優しい印象を抱く穏やかな瞳を持つ彼は、彼女に憧れ尊敬していた。

 

 ガヴリエルの凛とした金色の瞳は、何時だって前を向いている。

 終わらない戦いに弱音を吐くこともせず、彼女の瞳は何時だって輝いていて、必ず明るい未来があるのだと信じきった真摯な眼差しに、誰もが感化されるのだ。

 それは、彼も同じだった。

 明日じゃなくても、一月後には。一月後じゃなくても、1年後には。1年後じゃなくても、10年後には。私達の代じゃなくても、いつか私達の子孫達が。

 必ず、悪魔のいない平穏な日々を取り戻してくれる。

 そう信じて、生きてきた。

 だからこそ仲間達と笑いあって、後悔のない日々を噛み締めて、悪魔に蹂躙され続ける今を生きてきた。

 これは、彼――白雪の名を冠する天使の、物語だ。

 

 

「ラフィー、こっちにおいで」

「先輩?」

 

 手招きするガヴリエルに、ラフィーと呼ばれた少年はキョトンとした顔を見せた。しぃ、と唇に人差し指を当てたガヴリエルは、少年の手を掴んで物陰へと誘った。

 とてとてと不思議そうな面持ちでガヴリエルに着いて行った少年は、そこにあるものにパァッと顔を輝かせた。

 

「どう? どうですか? 神父様にお願いしてラベンダーの種を頂いたのよ。上手に出来たから、ラフィーには特別にこっそりお披露目です」

 

 きらきらと期待に輝く金色の瞳が、雄弁に褒めろと語っている。少年の目の前には、小さな花壇に植えられたラベンダーがぐんと上を向いた姿勢で立っていた。

 少年の好みで、どこか眠気を誘うその香りに、彼の瞳は尊敬と賞賛に輝いた。

 

「すごいです! こんなにいい香り……ラベンダー、ですか? すごく好きです!」

「そうでしょう、そうでしょう! ラフィーはハーブ入りのクッキーが好きだもの。ラベンダーだって気に入ると思っていました!」

 

 にっこりと笑い、ガヴリエルはふふんと胸を張る。後輩からの素直な賞賛にすっかり気を良くした彼女は、ラベンダーをいくつか手折り、それを少年に手渡した。

 ぱちぱちと目を瞬かせて、少年はガヴリエルを見上げる。

 

「……頂いてもいいのですか?」

「勿論です。ただ、そのままでは直に枯れてしまうの。香りもなくなるでしょう。ですから、神父様のもとへ向かってその知恵をお借りしに行くのですよ」

「確かに、神父様なら枯らさない方法を知っているかもしれません」

「むっ。私だって知っています! ただ、知識があるだけで実際どうするのかは分からないので神父様のところに行くだけよ。貴方の物知りなガヴリエル先輩は、知識が豊富なんですから」

 

 いいですね?

 そう言うとガヴリエルは、少年をじとりと睨めつけて、腕組みしながらぷんすこ怒って先に進んでしまった。

 少年は慌てて彼女の後を追いかけて、不安げにおろおろと彼女を見上げた。何か言葉を出そうとして引っ込める仕草に、ガヴリエルは吹き出してしまう。

 

「ふふ、大丈夫です。怒ってないわ。一緒に行きましょう、ラフィー」

「は、はい!」

 

 ほっと胸を撫で下ろし、少年は笑顔で差し出された手を取った。お互いににこにこと微笑んだまま、二人はその場所でしばらく時間が止まったように立っていた。

 そして唐突にくすくすと笑いあって、手を繋いだまま歩き出した。

 

 教会の扉を開いて、二人はそっと中へ足を踏み入れる。周りを見渡して、この教会の持ち主である神父を探せば、二人と目が合った神父が少し驚いた後に微笑んだ。

 走らないように、しかし足早に神父のもとへ向かった二人は手元のラベンダーを神父に見せた。

 

「これは……私が君にあげたものだね、ガヴリエル」

「はい、そうです。これをラフィーにあげたくて、でもすぐに枯れてしまうでしょう? だから、ドライフラワーというものにするやり方を教えて頂きたくて参りました」

「お願いします、神父様」

 

 真っ直ぐに見上げてくる二人に、神父は目元を柔らげた。

 

「ふむ。なるほど。餞別というやつだね」

「あっ、神父様、しーっ! まだ内緒です!」

「そうだったのかい。これはしまったね」

「餞別……?」

 

 慌てた様子で神父に言わないでと迫るガヴリエルに、神父も失態を自覚する。ぽかんとした顔でガヴリエルと神父を交互に見つめる少年は、衝撃で上手く頭が回っていなかった。

 そんな少年の様子に、ガヴリエルと神父は眉を下げて顔を見合せた。

 

「先輩は、聖歌隊を辞めるんですか……?」

「いいえ、辞めるのではありません。上級機関に所属が変わるの」

「…………」

 

 きゅっと唇を引き結んで泣きそうな顔をした少年に、ガヴリエルは優しく微笑む。

 ガヴリエルは、目の前の少年に懐かれている自覚があった。だからこそ、泣いて縋られることは無いと分かっていた。

 引き止めることも、祝いの言葉もなく、少年は彼等に背を向けて走り去って行く。その背に向かって、ガヴリエルは声を張り上げた。

 

「先に行って待っています! 貴方は自覚がないけれど、とても素晴らしい歌声の持ち主なんです! きっと、また会えます! ――待ってるからちゃんとおいで、ラフィー!」

 

 その声は、彼に届いたのだろうか。

 教会の床には、彼が零して行った水滴が、点々と落ちていた。

 

 

 ――1年後。

 ガヴリエルにラフィーと呼ばれていた少年は、今や聖歌隊のリーダーとして皆に慕われている。

 美しい白銀の髪が、風になびく。糸のように細く柔らかな髪は絡まることなく、するりと彼の頬を撫でた。

 きらきらと憧憬に輝く多数の瞳が、少年を見つめている。それに気づいているのかいないのか、少年は両手で小さな袋を持っていた。

 その袋からは微かに花の香りがして、眠気を誘う。少年の瞼はそのせいか、半分降りていた。しかしそれすらも絵になっていて、むしろ思慮深く何かを考えているようにも見える。

 その匂い袋は、かつて聖歌隊に所属していた少女ガブリエルが手ずから作った物だ。餞別にと神父を経由して渡されたそれを、少年は涙を我慢して受け取った。

 

「それ、なあに?」

「ん……匂い袋、ですよ。餞別にと、上級機関へ行った先輩に頂いたのです」

「いい香り! ねえ、じゃあ先輩が上級機関に行ったら、餞別に何かください!」

「ミカ……私が上級機関に行ける可能性は少ないのですよ? 年を連続して上級機関に行く天使の例はありませんから」

「先輩が前例を作るのですよぅ」

 

 うふうふと笑う少女に、少年は苦笑する。彼女はミカエル。ガヴリエルが聖歌隊から抜けると同時に入隊した少女である。

 彼女はガヴリエルよりも楽観的で、今が楽しければ後先が不幸でも気にしないと公言するタイプの、どちらかというと自堕落な人間だった。ただ、その歌声は特別だ。

 少年は、彼女の歌声がガヴリエルと並ぶ程に美しいと思っている。それを伝えた事は無いけれど、ウザ絡みをしても許されると理解したミカエルの遠慮のなさには少し辟易したが。

 この日もまた、ウザ絡みしてくるミカエルの現実味の無い会話に、適当に相槌を打っていたのだ。

 

「…………え?」

「おめでとうじゃないですか。ぱちぱちー」

「ミカ、静かにしてください」

「はぁい。貝のように口を閉じますよ」

 

 少年は神父から、信じ難い言葉を受け取っていた。べたべたと絡んでくるミカエルを好きにさせて、神父に呼び出された少年は教会に向かった。

 そして、告げられた――君の上級機関所属が決まった、と。

 言葉を失った少年だったが、ミカエルのふざけた言葉に正気に戻る。

 

「どういう、事ですか? 昨年、先輩が上級機関に所属したというのに、私が上級機関になんて――」

「私が上に掛け合った。ガヴリエルもそうだったが、君の歌声は素晴らしい。聖歌隊の任期を終えて悪魔殺しを辞めてしまうのは実に惜しいとね」

 

 パチリと茶目っ気溢れるウインクを飛ばした神父に、少年は泣きそうな顔を見せた。

 

「心優しき雨の天使に会ってくるといい。美しき白雪の天使よ」

 

 ああ、それと食事をきちんと摂るように彼女に伝えておいて欲しい。ここにいた時から、何かに集中すると食を疎かにしがちだったからね。勿論君も、健康に過ごすように。

 なんて最後に茶化して、神父は少年を背中を押した。

 

「――君達に天使の祝福があらんことを」

 

 背中ごしに、祝福と賛辞の歌を奏でる、後輩の美しい声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 



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他力本願/ゆめみる

 第76.5話 他力本願

 

 目を覚ましたギャルドは、ぼんやりと天井を見つめた。天井のシミを数えようかと思ったが、ラフィエル=スノウホワイトによって管理されている教会の天井にはシミ一つなかった。

 疲弊しきった体を起き上がらせて、ギャルドは夢の内容を反芻する。どうすれば、いいのだろう。

 元勇者は、主であり恩人であるラフィエル=スノウホワイトのために、死ねと言った。死んででも、助けろと。

 悪魔は、裏切れと、見殺しにしてしまえと言った。わざわざ命をかけるほど、共に居た訳でも忠を誓った訳でもないだろうと。

 そのどちらにも、ギャルドは頷く事が出来なかった。

 

 ギャルドは、まだ死にたくない。救われた命といえど、無為に散らすなど愚の骨頂。老衰まで生きたいと思うのは、人として当然のことだ。

 だからといって、ラフィエル=スノウホワイトを見殺しになんて出来ない。救われた恩があり、傍に置いてくれていたからこそ見えた彼女の本質もある。

 自分は死にたくない。ラフィエル=スノウホワイトにも死んで欲しくない。

 ならば、どうするのが正解なのだろうか――?

 

「――答えは簡単です。人に頼れば良いのですよ」

「へ」

 

 迷って迷って迷った挙句、本人に相談するという本末転倒もいい所な事をやらかしたギャルドは、ラフィエル=スノウホワイトの答えに間抜けな顔を見せた。

 勿論、元勇者や悪魔、彼女の死についての話はボカして話したものの、内容から自分自身のことだとラフィエル=スノウホワイトは気がついているはずだ。

 それなのに、その事には言及しなかった。しない上で、確かな助言をギャルドに授けたのだ。

 

「た、頼って、いいのだろうか」

「何故いけないのですか?」

 

 心底不思議そうな顔で首を傾げたラフィエル=スノウホワイトに、どこか肩の力が抜ける。

 

(……そうか。頼っても、いいのか。というか、この相談すら頼っているようなものだな)

 

 そんな事にと気付かないとは、大分弱っていたらしい。そう自分を分析しながら、ギャルドはラフィエル=スノウホワイトに頭を下げる。

 感謝の言葉を口にすれば、ラフィエル=スノウホワイトは微笑みながら首を横に振る。気にするな、という事らしい。

 

「ラフィエル様」

「はい、何でしょう」

「今から、頼りに行ってきます。傍から離れる事を許して欲しい」

「許します。……早く帰って来るんですよ」

 

 再度ラフィエル=スノウホワイトに頭を下げ、ギャルドは教会から飛び出した。

 元勇者と悪魔から出された宣誓と誘惑についての答えはまだ出ていない。けれど、それでも。自分を含めて誰も死なないように、最善を尽くそう。

 そのために、まず最初に頼るべきは、協力を申請するべきは――魔王リムル、だ。

 

「まあ、ギャルド殿。どうかされましたか?」

「っと……ハルナ殿。少し、魔王リムルに相談があってな。少し時間を頂きたいのだが、今は問題ないだろうか?」

「リムル様ですか? リムル様は今、魔王ギィ・クリムゾン様とお連れの方をお相手しておりますので、時間を開けてからの方がよろしいかと」

「そうか……感謝する。ならしばらくしてから」

 

「リムルざんは、い゛ま゛ずか!!」

 

「えっ、勇者マサユキ!?」

「ど、どうしたんすか? リムル様に用事っすか?」

「相談がっ……うぅ、会わせて下ざい……!」

「えーと……少々お待ちを」

 

 えぐえぐ泣きながら突撃してきたマサユキに、ギャルドは動揺し、たまたま通りがかったゴブタが対応し、ハルナがリムルへ連絡をとった。

 どう考えてもギャルドよりマサユキの方が重要度が上なので、申し訳なさそうなハルナに早く連れて行ってやってくれの気持ちを込めて視線を向ける。

 頷いたハルナがマサユキをリムルの執務室へ連れて行った後、ギャルドは残ったゴブタと顔を見合せた。

 

「何の用なんすかね?」

「いや、俺にもさっぱり分からない、がッ……!?」

 

 本能的な脅威を感じ取り、ギャルドは慌てて背後を振り返る。そこには、当然のように執務館(ホワイトハウス)へ足を踏み入れる美女がいた。

 金色の瞳で二人に流し目を送り、たった一瞥で関心を失ったように視線を外して二人の間を通り抜ける。

 ゴブタもギャルドも互いに得物に手を添えていたが、漠然とした恐怖に、本能から鳴り響く警鐘によって、その得物を抜く事が出来なかった。

 美しき女の足音が聞こえなくなった頃、冷や汗が吹き出してその場に崩れ落ちる。からんと廊下に得物が転がって、顔を上げれば目の前のゴブタも似たような有様だった。

 

「な、何なんすか今日は……厄日っすか……」

「ヌオッ!? こ、この妖気(オーラ)は!?」

 

 疲れきった顔で呟くゴブタに、なんの事かと訪ねようとしたその時。

 金髪の美丈夫――暴風竜ヴェルドラその人がやってきた。

 

「あ、ヴェルドラ様。リムル様は執務室にいるっすよ」

「うむ。もう行ったぞ。しかしな、執務室に入る前に姉上がいる事に気付いて引き返してきたのだ。だというのに……こ、ここにもいるのか? 何処だ?」

「ま、まさか先程の女性、竜種――?」

「さっきの女の人、ヴェルドラ様の兄弟っすか? 確かリムル様の執務室に向かったと思うっすけど……あっ報告!」

 

 慌ててリムルに思念伝達を繋ぐゴブタを尻目に、ヴェルドラは顔色を悪くして「リムルに我は迷宮にいると伝えておいてくれ!」と言い、そそくさと離れていった。

 もしや苦手なのだろうかとギャルドは思う。

 

「なんかもう解決してるみたいっすね」

「は? も、もう解決!? ――なんというか、流石は魔王リムルだな……」

「まあ、リムル様っすから。多分今時間空いてるんで、ギャルドさんも何か用事があるなら今のうちに済ませた方がいいっすよ。じゃ、自分は仕事に戻るっす!」

「ありがとう。そうさせて貰う」

 

 片手を上げて去っていくゴブタを見送って、ギャルドはリムルが居る執務室へと足を進める。

 本当に解決したようで、執務室の外には剣呑な雰囲気はまるでなく。ギャルドは胸をなで下ろしてから、そっと扉をノックした。

 

「すまない、魔王リムル。ラフィエル様のことで相談が――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第76話 ゆめみる

 

 酷い夢を見た。  

 なんとも言い難い、酷く悪辣で信じ難い、最高に最低で、世の中クソ喰らえな感じの夢だ。

 内容はすっぽ抜けて覚えてないけどな!! (笑顔)

 しかしまあ、やな感じの夢だ。まるで自分が体験したかのような臨場感があった気がする。

 そのせいか、妙に腹の奥が疼く。腹が減ってる訳じゃないんだけど、こうキュッとなる。

 まあ害があるわけじゃないからいいけど。

 

 ただ落ち着かない。

 落ち着かなくて、そのせいで朝の三時に目を覚ましてしまった。早すぎるだろうオレ。もっと寝ろ。

 寝れなかった。

 寝れなかったから仕方なく起き出して蜂蜜入りハーブティーでも飲んでると、ぐらりと視界が揺れた、気がした。

 

「どうかしたの、ラフィー」

「いえ、先輩。なんでもありません」

 

 ……は? 何?

 手からこぼれ落ちたティーカップがら音を立てて机の上に落下する。ハーブティーが広がって、机からぽたりと雫が落ちた。

 一瞬だけ見えたのは、何時だって輝いていたはずの美しい金色の瞳。

 見えたのは、確かに彼女だった。あのガヴリエル・アヴェルスだった。

 聖歌隊を率いていた、かつてのリーダー。

 

 いやおかしいだろ!!!!(机バンッ)

 するりと言葉が口から出てきたのもおかしいし、そもそも何であいつが出て来るんだよ!!

 もしかして最近ちょっと感傷に浸ってたりしちゃったから??? だからなの????

 勘弁してくれそこまで恋しくは想ってねぇから!!

 むしろ聖歌隊から解放されて万々歳って思ってるから!!!!(大声)

 

 ていうかそもそも、オレは先輩と死ぬ程仲悪かったからな??? ぶっちゃけゴミ押し付けられたりとか、食べ物を無理矢理口に詰め込まれたりしてたからな??

 確かに聖歌隊といったら、あの先輩くらいしか思い付かないけれども!!

 ていうかあの人、遠征で死んだが????

 オレが聖歌隊に入って卒業する前年の遠征でぽっくり逝ったわ。神の御許へレッツゴーしてしまった上に遺言的なアレでオレをリーダーに推薦するという嫌がらせを最期までやってくれたんですけど最高にクソ。

 だからオレはガヴリエル・アヴェルスという人間が嫌いだ。

 

 ていうかあいつとお茶した事なんてねぇんだよな。何でこんな幻覚見るんだ。まるで夢の続きみたいで大変気分が悪い。

 ――ああ、本当に、嫌な夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から、頼りに行ってきます。傍から離れる事を許して欲しい」

 

 別にいいけど、昼前に行くのは控えてくれる??

 こっちは腹が減ってんだよ、さっさと用事済ませて帰ってこいよ。もしくは飯の用意してからっ……あっもう行きやがった!!!(半ギレ)




『転生したらスライムだった件』劇場版、2022年秋公開だそうです!!!!
 知ってた人も知らなかった人も見に行こうね( ◜௰◝ )


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即決即断/クビにしよ

 第77.5話 即決即断

 

「なるほど、なるほど……。つまり、ラフィーが近い内に死んでしまうから、それを回避するために協力して欲しいと」

「……信じられない事は百も承知だ。だが!」

「いや、大丈夫信じるよ。あいつは前科があるからなあ」

 

 頭が痛いと言わんばかりに顔を歪めたリムルに言い募ろうと、腰を浮かしつつ熱弁しようとしたギャルドは、苦笑したリムルに拍子抜けした。

 その後に続いた言葉にしばし固まり、ギャルドはそっともう一人の魔王であるギィの様子を伺った。難しい顔をして眉を寄せている雰囲気から察するに、事実のようだった。絶句するしかない。

 もしやラフィエル=スノウホワイトは、自分が思っていたよりも自己犠牲の精神が強いのでは……?

 死んでしまう可能性の前科があるというだけで自己犠牲という可能性しか出てこないあたり、ギャルドもギャルドである。

 

「――情報があまりにも少ないな。おい、お前、ラフィーがどっか行きたいとか興味あるとか言ってた場所は知ってるか? 全部封鎖するからよ、リムルが」

「おい!」

 

 ギィの無茶振りにリムルがキレつつ、ギャルドに視線を向ける。

 確かに無茶振りではあるが、ラフィエル=スノウホワイトが不用意に出かけた先で死んでしまう可能性であるのなら、それで防げるのだ。しかし、それ以外の可能性での死であれば対策が他にも必要だが。

 

「行きたい場所……? いや、ラフィエル様は最近はハーブを育てたり料理をしたりするのに夢中になっているようだから、外に行きたいというのは聞いていない」

「ふぅん? なら外に出る可能性はないか。なら、……やはりこの場所(テンペスト)が悪いんじゃないか?」

「はぁ? 俺の国の何処が悪いって言うんだよ?」

「ここ最近、何事にも争いの起点となっているのはお前の周辺だろう? リムルよ」

 

 ……ぐッ、とリムルは言葉に詰まる。

 思い返せばそうと言えなくもないと思ってしまったからこそである。だが、リムルとしてはほとんど全部相手側がふっかけてきたり、巻き込まれる前に対処しただけなのだ。

 とはいえ、それはリムルの主観。傍から見ればトラブル吸引地と言っても過言ではない。反論出来ないので、リムルは口を噤んだ。

 

「ええと、場所が悪いという事だろうか? しばらく別の場所へラフィエル様に移ってもらえば良いのか……」

「そういう事だな。オレのところは人なんて来ないからどうだ?」

「は? 駄目に決まってるだろ」

「お前の所よりマシだろう。何ならダグリュールやミリムの所でもオレは構わん」

 

 眉間に皺を寄せたリムルは悩みに悩んだが、やはり領地が近いミリムの方がまだマシかと思いかけたその時、今まで無言で成り行きを見守っていたヴェルザードが口を開いた。

 

「順番に魔王の領地に泊まっていけば良いわ。それなら他の魔王も文句は無いでしょう」

「そりゃあ良い。リムルとラミリスを抜いて六人……いや、ディーノはダグリュールの居候だったな。なら五人か」

「…………まあ、仕方ないか」

 

 ラフィエル=スノウホワイトの安全には替えられない。

 あまり手離したくないものの、魔王の傍なら安全だろうと結論付ける。ギャルドと、当事者であるラフィエル=スノウホワイトを置いてきぼりにして、事の仔細はどんどん決まっていった。

 安全面に配慮し、別の魔王の所へ行く時は滞在していた領地の魔王が送る事。定期的に他の魔王達にラフィエル=スノウホワイトの様子を報告する事。などなど条件の方も、二人の魔王によって出されていく。

 形になったら、魔王の指輪(デモンズリング)で通達し――

 

「――そういえば、ラフィーに新しい指輪を渡していなかったな」

「今の今まで気付いてなかったのかよ……」

「必要性がなかっただけだ。ほらよ、ラフィーに渡しとけ」

 

 指で弾かれた指輪を、ギャルドは難なく受け取る。まじまじとそれを見た後、そっと懐にしまっておく。ラフィエル=スノウホワイトには似合わないデザインであった。

 言い争い、いや掛け合いをしている魔王二人に、ギャルドは咳払いをした。

 

「それで、魔王の元へ滞在すると言うのは、何時から?」

「ん? 決まってるだろ、今日からだ」

「……えっ、今日から!?」

「そう言ったぜ? ほら、ラフィーに支度しろって言ってこい」

 

 ギィがニヤニヤと笑いながらそう言うと、ギャルドは慌てて部屋を飛び出して行った。結果、ギャルドはラフィエル=スノウホワイトの怒りを買うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第77話 クビにしよ

 

 お腹が空きました。

 ギャルドが教会を飛び出して早三十分。何時までも帰って来ない飯炊き男に愛想を尽かしたオレは、二日ぶりに料理をしようとフライパンを握った。はーフライパン本当に重いな。もっと軽量化してくれる???

 そもそもギャルドの野郎、度々昼時やら夕飯の時に不在になりやがって。てめぇがいないせいでオレが自分で料理を作るハメになるんだが?(半ギレ)

 はーーーー世の中クソ。フライパンにハーブを入れて炒めていると、嫌でも思い出す。これは死ぬ程ウザイ後輩の得意料理……栄養しか取れないハーブ炒め。嫌がらせで食わそうとするな。オレはこの味嫌いじゃないから食えたけど、嫌いだったら顔面に投げて返してたからな。良かったなあオレが優しい先輩で!!

 でもハーブとフライパンと塩コショウさえあれば作れるお手軽料理(人気なし)だし、遠征先では大活躍だったけど。オレ以外は目が死んでたけど。

 

 まあ何はともあれ、飯の時間だ。

 皿に移して、フォークでつつきながらハーブ炒めを食べる。ちなみにオレの作れる料理はお菓子系を除いてこれだけだ。目玉焼きのアレ以来トラウマで他の料理が作れない。特に蓋をする料理は無理。やっぱハーブが最強なんだよ(目逸らし)

 まあ人が作った料理は基本好きだけど。メシマズ以外。顎を酷使する料理以外。

 もさもさハーブを食べきって蜂蜜入りのお茶を飲んでゆっくりしていると、教会の扉が勢いよく開いた。

 

「ラフィエル様! 今から八星魔王(オクタグラム)の領地に順番に泊まりに行く事になったから、支度をしてくれ!」

 

 は?????(呆然)

 なんで??????(困惑)

 絶対に嫌だが?????(強い意志)

 

「もうすぐ魔王ギィが迎えに来ると……」

 

 この世はクソ。

 だから横暴魔王ってのは嫌いなんだ。歩く理不尽共め、いい加減にしろ! 何で毎度毎度オレを巻き込んでいくんだ……オレのこと嫌いなの? オレもお前らなんか大っ嫌いだよ!!!(大声)

 勘弁してくれ。オレにどうしろって言うんだ? 何で急にそんな事になったんだよ。あいつらの訳分からん無茶振りを止めるのがお前の仕事だろうが!

 使えねぇ野郎だな、クビにしよ……。こんなやつ傍に置いておいたのが間違いだったんだ。サヨナラ! 荷物纏めてさっさと出てけ!

 

 出て行かされたのはオレだった。何で?? 言っとくけどね、教会の持ち主はオレだぞ。オレがあの爺さんから譲り受けたんだが?

 着替えとお茶用の蜂蜜瓶を持たされて、何故かギャルドによってギィに引き渡された。は? え、なに、裏切りか? 謀反? こいつ何回オレのこと裏切れば気が済むの?

 やっぱあの時許すんじゃなかったな!!(ブチ切れ)

 はー甘ちゃんだったオレをぶん殴ってやりたい。そいつすーぐオレの事裏切るからって! そう言ってやりたいよなァ!!

 もう二度とお前とは口きかねぇから。じゃあな、お前はギィと宜しくやってりゃいいよ。もう本気で怒ったから。

 お元気でじゃねぇんだよ、なに? もしかしてオレがいつブチ切れて掴みかかるか賭けでもしてんの? 残念だけどオレの体はそんな品のねぇ事やってくれねぇんだわゴメンな!!(煽り)

 

「何言ってんだ、お前も行くんだよ」

「え?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのはオレとギャルドどっちだったか。

 転送魔法陣に放り込まれ、ギィに文句を言う暇もなく、オレとギャルドは別の場所へ転移した。

 

「いっつ……ラフィエル様、お怪我は?」

「………………」

「ここは、何処の魔王の……?」

「………………」

「ラフィエル様?」

「………………」

 

 とりあえず、怒りを示すために無視から始める事にした。

 



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