それでも、好きだから 〜ある日の切り抜き〜 (小鳥遊 雀)
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それでも、好きだから 〜ある日の切り抜き〜

大学進学後、時折友人が遊びに来る様になった。

遊びに、とは言っても特に何かする訳でも無い。かつての公園での会話の場所が自分のアパートに変わっただけ。

月に1、2回位の頻度で午前中にやって来て、夕飯を共にしその日の内に帰って行く。

一応、大学進学前にお互いの携帯のアドレスは交換した。

しかしお互い特に積極的に情報交換をするでもなく。

「次の土曜日、そっちに行く」

定形分の様なメッセージが届くだけ。全く持って味気ない…

自分も筆不精なので短文を返すだけだから他人の事は言えないのだが。

友人と過ごす日々の中で、幾らかの思い出が出来た。

備忘録代わりに幾つか書き留めておく。

 

・ソファーにて

 

自分の部屋に大学の知人が訪ねてくると必ず言われる一言がある。

「このソファー、向きが違うんじゃないか?」

大き目の2人掛け用のソファーは南向きのベランダに向かう形で置いてある。

買った当初はこの位置では無かった。一般的な、ローボードを挟んでテレビに向かう様に設置していた。

この一見チグハグな位置にソファーがある理由。友人の仕業である。

 

進学して最初の年の大型連休。実家からは日帰りでも時間に余裕がある距離に1室を借りた為、特に帰省の予定は立てずアパート近辺を散策する事にしていた。

友人の来訪があったのは連休中の少々肌寒いが陽射しの有る日。

基本、友人と揃って出かける事は無く、自室でポツポツと近況や特に意味の無いをして、夕飯を何処かで済ませて帰るのを見送ると言うのがパターンだ。その日も同じ日程で過ごす事は暗黙の了解。

部屋に上げ、取り敢えず飲み物でもと台所でお湯を沸かしていると何やらモノを引き摺る音がする。

何事か?とリビングを見ると、友人がズリズリとソファーを窓側に向かって位置を変えていた。軽い座椅子型だから出来る事、通常の脚付の重いモノでは友人は動かせる力は無い。

火を使っているので取り敢えず手早く飲み物を用意して部屋に戻ると、ソファーの移動は完了していて、ソファーに座って満足げに日光浴をしている友人の姿があった。

「何してるの」

「この方が気持ち良い」

友人は早く座れと空いている座面をポンポン叩く。

やれやれと大袈裟に肩で溜息をついて見せて、大人しく隣に座る。

 

なる程、確かに春の陽気は心地良い。

いつも通り、飲み物を渡してポツポツと話をし始める。

合いの手や返答はその時の気分や内容によるので最初は気付かなかった。

 

妙に反応が薄い、と隣を見ればマグカップを床に置いてとても眠そうに船を漕いでいる。

見かねてほれ、と自分の肩を叩く。寝ぼけた感で肩に頭を預けスウスウと寝息を立て始める友人。

半ば呆れながら、手近にあった読みかけの小説を開く。

…数分後結局自分も眠りこけて、

気が付いたのが昼過ぎ。自分は辛うじて座った状態を保っていたが、友人はしっかり膝枕で眠り込んでいた。

 

・友人のコーヒー

 

暗黙のルールのとして飲み物のおかわりは友人が入れる、と言うのが有る。

示し合わせた訳では無いのだけれど、友人がおかわりを入れる時にお願いしたらそれがそのまま定着してしまった。

自分はコーヒーをブラックで、友人はミルクティー。

ある日、いつもの様におかわりを入れて貰ったらほのかに甘い感じがした。

「何か入れましたか?」

そう問いかけると友人は何やら含み笑いを浮かべながら首を振る。

自分はどちらかと言うと甘い物は苦手、手を出してもビターチョコ程度までで。

友人はその点は承知しているので砂糖の類は入れない。

自分が普段飲んでいるコーヒーはやや苦味の強いブレンド。しかし、今日友人が入れたコーヒーは確かにブラックで何か混ぜた様な感じはナシ。再度聞き直そうかと思ったけれど…

まぁ、自分に丁度良い感じの甘さで気に入ったのでそのまま飲む事に。

しかし何か隠し事をしているのは確かなので代償として頭をわしゃわしゃと撫で繰り返してやった。…当の友人がくすぐったい様な気持ち良い様な、まるでネコが気分良く撫ぜられている時の様な表情をしていたのが微妙な心境では有るが。

 

その日はついでの用事があるからと昼過ぎに友人は帰っていった。

此方も出掛ける用事があったので取り敢えずカップを水漬けにしておこうと台所まで。そこに、少々お値打ちモノのブランド豆のラベルが貼ってある小瓶と豆がメッセージカードと一緒に鎮座していた。

 

カードには手書きで簡素に日頃の感謝と今日の記念日に。とのメッセージが。

 

困った事に今日が何の記念日なのか毛頭記憶に無かった。

何の記念日なのかは、同棲を始めた時。

同じ銘柄のコーヒーを飲んだ時に明かされた。

 

・別視点:塾の帰りに見た背中

 

今日も塾から1人で帰る。同じ方向に向かって帰る子は居るけれど、私はいつも1人で帰る。

私がクラスで馴染めていないのは認識している。理由は色々。

片親で母が働いているとか、私も手伝いで預かったペットの世話で多少動物のニオイがするとか。そんなところ。

 

母は腕の良いトリマーとして人気が有る。ソレは素直に嬉しい。だけど、家族として過ごす時間は少ないのが寂しい。参観日、三者面談には一度も学校に来れたことはない。忙しい事を小さい時に何となく理解していたから、来れない事に不満は無かった。だけど、やっぱりちょっと寂しい。

 

寂しくて堪らなくなった時はいつも帰り道に有る公園で少しの間何も考えずに1人で過ごす。いつからか、自然と身に付けた気分転換の内のひとつ。

 

ある日、いつもの様に公園で何気無くブランコに座って気分を紛らわせていた。

何かあったんだと思う。何時もより長い間過ごしていた気がする。夕日もそろそろ建物に隠れようかと言うタイミング。いきなり、目の前にいつも飲んでるミルクティーの缶が差し出された。

「ほれ、良い加減寒いんだから風邪ひくよ」

 

差出人は旧知の友人。

確かに暦の上では冬で今日は冷え込みが強い。ちょっと寒いかな、と感じていたところだ。

この友人は地元の保育所からの付き合い。とは言っても積極的に話をした記憶は無い。ただ、中学の今まで一緒の学校に通っていたからお互いに何となく色々な事は知ってる。

「駅前の本屋まで行った帰り。行きがけに見かけたけど、帰りのこの時間まで居るとは思わなかった。寒かったから自販機でコーヒー買ったらアタリを引いたんだけど、丁度そこに居るのを見かけたんでね。

いつも飲んでる奴で良かったかな?」

さもいつものことの様に差し出す。受け取ると、特に気にする事も無いと言った感で隣のブランコに腰掛けてコーヒーを飲み始めた。貰ったミルクティーは冷え切った手には痛い位の暖かさを感じる。

カイロ代わりに手を暖めながら、私もゆっくりと飲み始める。少し驚いたことは、友人から貰ったミルクティーは銘柄は同じなのに不思議と何時もより美味しく感じられた事。良く考えて見れば、他人から、しかも異性からモノを貰ったのはコレが初めてだ。

 

友人は特に話掛けて来なかった。意図して話しかけて来ないのではなく、私が何か言う迄は何も聞かないと言う風に感じた。

実の所、何を話して良いのか判らなかった。旧知の間柄とは言っても趣味趣向は知らないし、私自身、然程口上手では無いのは自認している。

10分位経っただろうか。思い付きで1つ聞いてみた。

「こんな時間に本屋なの?」

我ながら抜けた事を聞いたと思う。しかし、友人はしかめっ面で何か考えながら、と言った感じで

「今日じゃなくても良かったんだけど、手元に読む本が無くてね。」

そう言えば彼は昔から運動場よりも図書室にいた様な印象だ。

しかし、この後の返に意表を突かれた。

「それに、誰かさんががまた1人で公園にいるんじゃ無いかと思ってね」

知られていた。私が公園で過ごしている事に気付いていた。

「…知ってたの?」

「ここの道、家から本屋までの最短ルートでね。それに何年も背中を見てきたんだ、見間違え様が無いよ。」

当然だとでも言う様にスラスラと答える。

「そっちからは見えないだろうけど、そこの道からだとブランコとベンチは良く見えるのよ。今までも何度か公園に居るのを見掛けてたけど、物思いに耽ってますって顔だったから声掛けなかった。大抵は行きか帰りで見掛けるだけだけだったんだけど、今日は行きで見かけて帰りにも未だいたからねぇ。小一時間も寒い中外に居るのは滅多に見なかったのと、今日は何だか…雰囲気が違ってたから。落ち込み気味な感じが…ね」

そう、今日は少々辛い事があった。知人が自分の悪態を突いているのを偶然聞いてしまった。偶に有る事なのだろうけれど、友人と呼べる親しい間柄の人間が少ない私には少々応えた。普段なら気にしなかったのだろうけれど、今日は更に塾でも似た様な事があって自分の許容量ギリギリだったのだ。

この友人はそれを私の背中を見ただけで言い当てた。そんなに交流があったわけでも無いのに…本当に泣きそうになった。私はずっと1人で、今の友人達ともそのうち疎遠になって薄っぺらい人間関係だけで生きていくんだと漫然と受け取っていた。私の独りよがりで、本当は手を差し伸べてくれる人が居るのを見えていなかったのだ。

「…また話せる?」

「いつでも。話がしたければ」

「じゃあ、時々この公園で」

「はいよ。」

それで話は終わりと言う感じで、友人は中身の無くなったミルクティーの缶を受取りながら、トドメの一言を口にした

「あんまり気張りすぎるなよ。君は昔から何もかもを1人で抱え込み過ぎるんだよ。家の事で気にしてるんだろうけど、それを元で去る奴はその程度って事だよ。もう一度周りを見回すと良い。ちゃんと友達はいるんだから」

空き缶を片付けて、それじゃまた明日と言いながらこちらを見ずに手を振って帰って行った。

私は少しの間、溢れて来る涙を拭い続けた。涙は暖かかった。それよりも心が何か暖かくなっているのを感じていた。

そうか、頼って良いんだ。少なくともこの旧友には…

 

・ふたりの距離

 

中学高校と友人とは何かの縁でも有るのか同じ学校に通っていた。

クラス、部活の類は被らなかったが同じ校内に居ると時々はすれ違う。

学校ではこれと言って関わりや話をする事が無かった。と言うよりは、話さなかったと表現する方が正しいと思う。

学校ではお互いに人間関係はノータッチが暗黙のルール。その代わり、いつもの公園では色々な話をする。

毎日では無いが、天気の良い、友人が塾の有る日。この日に落ち合うのが習慣となった。

話の内容は…どうだったろう、自分から話を振った事はほとんど無いから記憶が曖昧だ。高校に上がってからは青少年らしく色恋事も多少は話を聞いた。大抵は友人が告白された、どうしようと言う此方からはアドバイスのし難い話。

かく言う自分はその手の縁が皆無でコチラが教えて欲しいと愚痴を零していた。

取り敢えず数日話して見なさいよ。としか言えず。途中からはいつもその返事だよね。と呆れたような半笑いの回答が返ってくるのが一連の流れとなっていた。

今思い返すと、友人なりに気を遣ってくれていたのかも知れない。

自分以外に親密な話し相手が出来てしまっても良いの?

そんな風なニュアンスが感じられる時もあった。

自分としては話し相手が減るのは寂しいが、だからと言って相手を束縛する様な事はしたくない。離れてしまったなら、それまでの縁だった、と言う事だろう。

 

そんな感じです付かず離れず。友人との関係は高校卒業迄そのまま続き、大学で親密度が親友程度まで上がり…最終的に人生を共にする事になった。

この時はそうなるとは頭の片隅にも無かったのだが。

 

・別視点:愛情表現

 

自分の感情表現は動物的なモノがある。

そう気が付いたのは何時だったろうか…

家に帰ればトリミング待ちのペットがケージに入って待っている。母とその友人が切り盛りしている我が家はそれなりに評判が良いのか丸一日開店休業という日は無い。必然的に私も多少の手伝いをする事になっている。とは言っても預かっているペットのお世話やご機嫌取りが主な内容。最近は専門学校で習ったシャンプーをやらせてもらっている。

よく考えると、友人達よりも動物を相手にしている時間の方が長いと思う。その所為なのか、学校での友人には猫の様だと言う評価をされている。曰く、甘え方や素振りがネコがかまって欲しい時の動作にそっくりだとか。

 

この話を友人に披露した所、「まさにネコだなぁ」と、今更何を言うといった感じの即答。思い返してみれば、友人の部屋で過ごす時は思い切り気が緩んでいる。それは自覚しているのだけれど、膝枕を要求したり頭を撫でろと催促したりと言うのは確かにネコに似ている…

一瞬だけ恥ずかしいと思ったけれど、彼との関係を思い返すと今更直せないし、直す気も無かったりもする。

かくて、5月に入った最初の休日。今日も友人宅にて思い切り気を緩ませて膝枕を要求し、お気に入りの小説を読んでいる。

 

・終電を逃した日

 

この日は恐らく誰にも言わない、自分だけの特別な日。

普段よりは割と遅めに友人がやってきた。

何時ものサイクルからは外れているし、友人の帰る時間を考えると自室で過ごすには時間が中途半端。

それならば、と見たかった映画があったので見に行こうと言う話に。

鑑賞した感想としては、レンタルまで待っても良かった様な内容で肩透かしを喰らった気分。電車の時間まではまだ余裕が有るので近場の店を冷やかして、いつも通り夕食を共にする事に。此処からがまずかった。

食事を済ませて飲み物を片手に今日の映画のアレやこれやの話をしているうちに熱が入り、時間を忘れて語り続けた。

結果、友人は終電を逃してしまうと言う今迄にない事態を起こしてしまった…

幸い、翌日は何も無しとの事ではあったが、この後をどうするか。

古馴染みとは言え異性で有るからそれなりの扱いはするべきであろう、とは言え、自分の住むテリトリーには一晩を安全に過ごせる施設が無い。となれば自分の部屋で1夜を過ごしてもらうしか無い…

腹を括ってその旨を提案し、友人宅に事の報告を連絡する。

友人の母親とは一応それなりに面識も有るし覚えは良い方だとは思う。

事情を伝えて謝罪するとカラカラと笑いながら承諾された。

何なら暫くそっちに置いといて、と少々反応に困る冗談?を貰ったが。

 

諸用は済んだので帰って寝るだけ、とはいかず。

外で余り遊んだことがないのでゲームセンターに寄って見たりDVDをレンタルしてみたり。自室に戻ったのがそろそろ日付が変わるかなと言う時間帯。短編映画を数本見終わった辺りで友人がうつらうつらしていることに気がついた。それじゃあ寝ようと言う事で、友人は毛布に包まってソファーで、自分はベッドで。

この時、外は天気が悪く、雨こそ少ないが風が強い。翌日には晴れる予報だったので気にも留めなかった。

部屋の電気を消して小一時間経ったろうか、突然の落雷があった。

寝付きが良く無かったから呆然と風の音を聞きながら大して意味の無い考え事をしていたので落雷の瞬間も起きていた。

直後、友人が小さく悲鳴を上げた様に聞こえた。

気の所為か?と思った直後、2度目の落雷。今度はしっかりと押し殺し切れなかった悲鳴が。

…長年の付き合いでは有るが、カミナリが怖いと言うのは初めて知った。

「おい、大丈夫か?」

声を掛けて見る、が反応は無い。余程怖いのか小刻みに震えているのが薄明かりでも分かる。

チラッと顔が見えた。そっちに行ってもいい?と目が必死に訴えているのが分かってしまった。

動物だなぁ、と思いながら。ホレ、とベッドの一角にスペースを作る。

おずおずとやって来た、と思ったらさっさとベッドに潜り込み、自分のシャツを掴んで身体を預けて来る。思った程重たくは無い。

子供をあやす様に肩を叩く。天気が落ち着いたのが大体小一時間後。時刻は午前3時位だろうか。

もう大丈夫だろう、と様子を見ると怖がっていたのがウソの様に寝息を立てている。シャツを掴んだままだったが。

まだまだ知らない事があるなぁ、と思いながら。いつまでこの関係が続くのだろう、と一抹の不安と言うか寂しさの様な感傷が胸を刺した。

 

・別視点:会えない日

 

彼がゼミの都合で3ヶ月ほど忙しく、顔を見に行っていない。

私も専門学校が忙しくなって、それどころでは無いのだけれど。

習慣になっていた事が出来なくなると何というか、モヤモヤして辛い。

…ツライ?

何故ツライのだろう。確かに友人である彼は大事な人ではある。

でも、友人ならば今の環境ならば昔よりも多く居るし親密度も深い。

 

この気持ちは何なのか。今迄には体験した事がない。ワカラナイ。

会える事が当たり前で、話をするのが当たり前で。

私の中では最も大切で、居なくなる事は考えもしなかった。

…いや、考えたく無かったのだ。彼の事は好きだ。でもそれは友人・親友としての“好き”の側面が強い。

でもこれが異性として好きであるなら…どうなるか分からない不安が頭をもたげて来始めて来たのか。

高校卒業直前にした約束は、友人としての約束だ。

果たして、私は彼が誰かと結ばれるとなった時、心から祝福出来るのだろうか…

 

彼が帰って来た日、色々な事を話したくて一泊する許可を取り。

彼の部屋でひたすら同じ時間を共有し、時折本当にそこに居るのか確かめたくて。

何度も額を合わせて鼻先を擦り合わせる事で安心感を得た。

 

・友人のスキンシップ、もしくはネコである証左

 

ゼミの集中講義と学会の手伝いで3ヶ月ほど休みが潰れた。

ゼミは仕方無いが、学会の手伝いは中々の金額の日当が出る。

ちょっとした事を思い付いたのでアルバイトの代わりにこちらで軍資金を調達する事にした。

こちらは毎日大学通いで友人とはメールのやり取りしかしていない。お互い筆不精なのは相変わらずで、味気ない短文のみ。

 

諸々のの用事が片付き、久方ぶりに会いに来た友人は一泊すると言う。

友人はネコである。気ままにに行動し、隣に座ったかと思えば少し経つと人の膝を枕に寝る。長時間放って置くと撫でろ構えとねだってくる。

 

他人が見ていないし、自分はそう言うスキンシップは余り気にしないので好きな様にさせている。それで機嫌が良くなるなら安い物。

ただし、少々恥ずかしいのは鼻キス。イヌ・ネコは互いの鼻頭を合わせる事で挨拶と愛情表現をすると言う。

時折、友人の帰り際に人目を気にしながらやってはいた。それでも月イチ程度。

 

久方振りにやって来た友人は一泊の滞在中、事あるごとに鼻キスを要求して来た。流石に多過ぎて辟易すると泣きそうな顔をする。それは…ズルイ。

結局好きな様にさせてご機嫌を取り、この日はネコをあやす様な感が否めなかった。

 

因みに、学会の手伝いで得た資金はある物の購入費になった。

 

・“友人“としてのおわり

 

自分は大学4年になり、無事に修士課程に進む目処がついた。

友人は専門学校を卒業し、実家で家業手伝いを始めている。

 

卒論の発表が終われば暫くはゆっくり出来る。

アパートの荷物の整理と実家に残している不用品の整理の為、1週間程帰省する事にした。

日中は片付けや知人・数年後には勤先になる知人の会社に卒業と修士課程進学の報告、かつての悪友とバカな話を色々と。

 

色々落ち着いたのが帰省後5日後。

今は忙しくしている友人に連絡を取り、懐かしの公園で待ち合わせ。勿論飲み物を忘れずに…

 

進学後は中々実家に戻れず、公園での語らいは実現しなかった。

今日が約束をして初めての日になってしまった。

友人がやって来たので、予め買っておいた飲み物を渡す。代わり映えも無く、あったかいコーヒーとミルクティー。

 

幾らか間隔が空いたとは言え、話す事は変わりなく。心境としては高校生に戻った様な気分。

 

さて、此処からが本日最大の要件。

学校の手伝いで得た資金は総額で諭吉さんが20人ほど。自分にはプレゼントを選ぶセンスは皆無で相当に苦労した。

「今日は少々真面目な話がある」

そう切り出すと、友人はとても不安そうな、それでもしっかりと話を聞く顔で頷いた。

「…今日で友人としての関係は終わりにしたい」

友人の目からポロポロと涙が溢れてくる。一応、想定範囲内の反応ではあるがやはり緊張してしまう。

「話は最後まで聞いてくれ?」

肩を震わせながら頷く友人に先ず最初の一撃。

「これまでの付き合いに感謝して、トリマー用のハサミを進呈します」

とりあえずコレは見せるだけ。使えるかどうか分からないモノなのですぐに渡してがっかりさせたく無い。

 

そして、本日の最大の一発…今更コレが無駄になるとは思いたくは無い。

高級品とはいかないが、学生の身分で買うにはそれなりに上等な品を取り出す。

「友人としての付き合いから、…その、今更だけども。恋人としての付き合いを始めたい。受け取って貰えるかな?」

用意したのは金の鎖に青色水晶を一石嵌め込んだネックレス。

昔から、この友人にはクリアブルーのイメージがある。身近にいた猫の瞳が青色で、それとダブっているのかもしれない。

 

夕暮れ時、街灯の光で澄んだ青色に光る水晶。

それに対して、泣き腫らした赤い目をした友人。

この色は、どう転んでも一生忘れる事は無いだろう…

 

 

 

・新しい日

 

無事に修士課程を修了し、都合6年離れていた地元に戻って来た。

就職先は約束通り知人の会社。入社して2年して、ようやく仕事に慣れて来た。

春の連休初日。実家では無く、程良く離れたマンションの一室でコーヒーを飲みながら相方と何をするか相談している。

お互い、人の多いところは苦手なので遠出はせずに近場でゆっくりしようと言う話になっている。

先日無事に披露宴を終えて、疲れているのもある。

結局、今日は自宅でゆっくり過ごす事に決めて本を片手にソファーに座る。

日当たりの良い位置にある、三人がけのソファー。

相方が飲み物を持ってやってくる。コーヒーとミルクティー。

サイドボードに置くと、有無を言わさず膝枕で横になっている。

胸元には金の鎖に青色水晶のネックレス。

 

コーヒーは友人に初めてミルクティーを奢った日、その記念日に買う様になった銘柄。

 

相方、と呼び名が変わった元友人はこの上無く幸せそうな笑顔でこちらを見上げながら、頭を撫でてと片手を掴む。

学生時代からやってる事は変わっていない。遠慮が無くなった分、これまで以上に甘えて来る頻度が多くなった。

ソファーに座っている時は甘ても良いと言う暗黙のルールの元。くっついたり抱きついたり。寝る前には鼻キスがお約束になり、この相方との生活はゆっくりと過ぎて行く。

 

 

ーー了ーー




読了ありがとうございました。

前作と今作は、知人からのリクエストのあった「鼻キス」を織り込む事を主題に置いて書いてみました。
自然に鼻キスをする様な設定を組むのに少々頭を使いました(苦笑)。

シチュエーション、キャラクター、背景…考えだすと筆が進まないので今回はお題を先に決めてストーリーを当てはめました。
当初は倍近くのお題があったのですが、書き進めているうちにまとめてしまった方が良いモノが出て来たので最終的にこの様な形に収まりました。

当初は10月末か11月頭に投稿を設定していたのですが…そう上手くは行きませんでした。

また何か思いつきましたら投稿しようかと思います。
その時はよろしくお願いいたします。


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2話

・ネコと猫、そしてカメラ

 

梅雨入り目前のある日、相方が子猫を2匹連れ帰ってきた。

トリマーの仕事絡みで引取り手を探していたのだが、一目で気に入ったとかでウチに来る事になった。幸い、今住んでいるマンションはペット可、自分も猫を飼っていた経験もあるので二つ返事でOKを出した。

 

折角同居人が増えるのと、何かしら記録する遊びがしたかったので安いデジタルカメラを購入。自分の暇潰し程度に使えれば良いので廉価版の一つ上程度の機種。素人には少々勿体無いかと思いながらも店員に勧められるままに購入してしまった。

 

さて、肝心の新しい同居人は雪の様に白い子猫とややグレーがかった黒い子猫。当初はこのどちらかがウチに来る予定だったのが、相方の物々しい悩み方を見かねて両方引取りなさいと自分が許可した。

経験上、猫は多頭飼の方が躾が楽。互いに遊んでいるうちに幾らかの力加減ややってはいけない事を覚えてくれる。

 

とは言え、トイレや食事、爪研ぎなどは人間が教えなければならない。運が良かったのか、二匹ともすんなりと覚えてくれて最初は思ったよりは手が掛からなかった。

 

一月程経つと一回り位は大きくなり、ヤンチャ盛り。面白いのは、相方がそれに混ざって遊んでいる所。やっぱりネコなんじゃなかろうか。

 

同居人が増えた事で変化が幾つかあった。

自分がソファーに座っていると真先に黒が膝の上に乗ってくる。

その跡を追って白がやって来て何とか膝にスペースを確保して居眠りを始める。…自分はそんなに世話をしている訳では無いのだが、空きあらばこの2頭は自分に手がえとやって来る。

そして、その状況を見た相方が拗ねる…流石に猫を追い払いはしないが、ずるいずるいと言いながら背後から抱きついて来たりする。そう言う日の夜は自分に抱きついて、まるで抱き枕に抱きついているかの様な状態で離してくれない。

こんな性格だったとは昔は思わなかった。

 

暇潰し様に買ったカメラで色々なモノを撮る。無論日常を撮るので被写体に猫達が含まれる。ただ、レンズを向けると近寄って来てレンズに鼻をくっつけたがる。好奇心なのだろうが、レンズが汚れるとクリーニングが面倒なのでこちらが逃げる。思いつきで、相方も撮ってやろうとレンズを向けると、此方もレンズに鼻を近づけてくる…イヤ、貴方ネコじゃ無いんだから。

「何故に鼻を近づけますかね?」

一度理由を聞いた事が有るが、何となくとか思いつき、とはぐらかされてしまう。

(後で分かった事だが、カメラを退けたらそのまま押し倒してからかうつもりだったらしい)

 

自分のノートパソコンの写真フォルダには色々な写真が保存されている。

月や星、夜景に景色。猫達の写真と相方と出掛けた時に撮ったポートレート。

密かに気に入っているのは、相方が自分の膝枕で寝ている側で白と黒が仲良くくっついて寝ている写真。

今の自分にはこれだけの大切なモノがある。何となく嬉しく感じる一枚。

 

店員に煽てられて良かったかな、と思いながら。

今日も相方と猫達の遊んでいる風景をファインダー越しに見つめながらシャッターを切っている。

 

ーー了ーー

 

 




ちょっとした思いつきでさらさらっと書いてみました。ものの30分程度で書き上げた作品です。

キャラクターが気に入っているので、何か思い付いたら追加するかもしれません。
では、また…


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嫉妬を覚えた日

珍しく日中の野外カフェで一息をついていた日。

 

思い付きで外をふらふらして一息入れようとカフェのテラス席でこの後どうするか漫然と話をしていたタイミング。

 

突然、カメラを持った女性が同じテーブルに相席してきた。

自分の知り合いじゃないなぁ、と思っていたらどうも相方の友人らしい。

珍しく和気あいあいに話が弾んでいる。

 

暫くして、やっと紹介してくれた。

学校の同期生らしい。実年齢は女性が幾つか上な様だ。

相方が通っていた専門学校は幾つか講座が有り、映像関係の講座に籍を置いていたとか。

今はフリーだとかで、アルバイトでカメラマンをしながら旅費を貯めているそうだ(世界一周しながら写真を撮って写真集の自費出版するのが当面の目標らしい)。

 

相席になってから、ずっと女性と話をしていてこちらは手持ち無沙汰。何となく眺めていると、何か思い付いたのかカメラの画像を見せてくれた。

 

素人目には上手い下手は分からないけれど、明確な主題がキッチリとわかる。

ざっと見ていると、ある写真に釘付けになった。

日付からすると専門学校時代の写真。

 

何かのイベントの打ち上げか、相方とお酒を飲んでいる写真が数点…

直ぐに酔いがまわる相方(下戸、という訳ではないが)とのツーショット。

ソレ位は良くある話なのだが、いささかくっつき過ぎな感がある。

最後の方には大分出来上がった相方が女性の構えたカメラに鼻キスをしている写真…

 

相方が取る最大の愛情表現である。

宴席の場で酒も出ているとは言え、少々気が緩んでいる感があった。

もしくは同性であるが故にここまでオープンになれたのか…

写真のナンバリングが幾つか抜けている所を見ると、選別した後の様子。

ソレをわざわざカメラに残しているのは偶然なのだろうか…?

カメラを女性に返すと、少々得意げな表情をしていた…

 

正直、ちょっとした嫉妬感を持った。

見せつけられた感が拭えない。

自分はもっと前から知り合いで、その鼻キスは貴方より前に受けている。

そう心の中で声にならないモノが叫んでいる。

…もしかすると、この女性はそういう感想を引き出したかったのかも知れない。

幸か不幸か、表情が読めないとの評価を頂いている身である。

女性が特に反応を示さなかった様なので、顔には出て無かったらしい。

この時ばかりは自分の無表情振りに感謝した。

 

この日、初めて相方に関して嫉妬を覚えた。

 

余談ではあるが

帰宅後、なにかを察したのか相方がずっとくっついてご機嫌伺をしてきたのでおあいこ、と思っておこう。




今回は少々色々な事情が重なって書き上げるまで時間が掛かりました(ーー;)
このシリーズは、多分暫くは続編は出ないんじゃないかと。

また何か思いつきましたら、この2人に登場してもらいます。
では


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