『転生特典はガチャ~最高で最強のチームを作る~』外伝 (ドラゴンネスト)
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設定

3/24
京矢のステータス(初期値)を追加しました。

6/18
敵側のデータを追加しました。

3/16
セレナとハジメを追加しました。


・鳳凰寺 京矢

・外見イメージは喜名先生版の蓬莱寺京一

 

・マテリアル1

剣道場の子供に転生した外伝主人公。

能力のベースは蓬莱寺京一。

転生した世界は基本はありふれた職業で世界最強だが、実は他の世界が多く混ざっている。

その混ざった世界の事件にはガイソーグとして関わる事になった。

その結果、様々な強力な剣型のロストロギアを大量に不法所持しているという事でリリカルなのは側の組織である時空管理局からは危険な次元犯罪者としてガイソーグは指名手配された。

当人にしてみればガイソーグの姿での指名手配なので、変身しなきゃバレないとあまり気にして居ない。

また、転生特典のガチャを引いた際には科学的な物以外の刀剣類は自動的に魔剣目録に登録される。

なお、ありふれ側のキャラとはハジメとは友人関係であり、八重樫 雫とは道場の稽古の関係で幼なじみ。

 

なお、既に三人ほど呼び出しているもの達がいる。

 

・所持能力(判明している物)

蓬莱寺京一の力

ガイソーケン(及びガイソーグへの変身)

霊剣

アバン流刀殺法(鎧の魔剣を通じて会得)

ジクウドライバー

バールクスライドウォッチ(RX、ロボ、バイオのライドウォッチ込み)

ブレイバックル

暗黒剣月闇+邪剣カリバードライバー

・魔剣目録

須彌天幻・劫荒劍(すみてんげん・ごうこうけん)(Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀)*1

魔剣目録に標準装備されて居た剣。京矢にとっての現状最強の対神武器の一つ。

喪月之夜(もづきのよ)(Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀)

魔剣目録に標準装備されて居た剣。人を意のままに操る精神を支配する剣。解除法はあるが剣の持ち主の意のままに死ぬまで操られる。

・阿修羅(東京魔人学園)

神木を削り作られたとされる木刀。魔人学園シリーズにおける最強の刀。

・忍者刀・玄武(東京魔人学園)

擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)(ハイスクールd×d)

・天生牙(犬夜叉)

・斬鉄剣(ルパン三世)

・テン・コマンドメンツ(RAVE)*2

・鎧の魔剣(ドラゴンクエスト ダイの大冒険)

・ダイの剣(ドラゴンクエスト ダイの大冒険)*3

・雷神剣(剣勇伝説YAIBA及びYAIBA )*4

 

 

・マテリアル2

転校した間も雫とのやり取りは続いていたり、一度両親の仕事の関係で小学校の時に海鳴市に一時期住んでいた。(その際にリリカルなのはのジュエルシードと闇の書を巡る事件にガイソーグとして関わった)

その後、小学校高学年の際に元の街に戻るが高校まで別の学校だった。

 

 

・マテリアル3

中学生の時期にはセフィーロを舞台にした魔法騎士レイアースの物語にも巻き込まれながらも、ガイソーグとして影ながら彼女達を助け、キシリュウジンを駆り最終決戦や二度目の戦いにも参戦した。

二度目のセフィーロでの戦いではイーグルを蘇生している。デボネアとの決戦でガイソーグの兜が割れ、魔法騎士の少女達に正体が露見する。

なお、鳳凰寺風は彼の従姉妹である。

余談だが、地球に戻ったあとに人型の大きさで出会った魔法騎士の一人の光と彼女の愛犬の『閃光』とディノミーゴは仲が良かったりする。

 

 

ステータス(初期値)

鳳凰寺京矢 17歳 男 レベル:1

 

天職:剣聖

第二天職:蓬莱寺京一

筋力:500

体力:500

耐性:500

敏捷:800

魔力:100

魔耐:100

技能:法神流・剣身一体・全属性適性・全属性耐性・直感・剣術・縮地・先読・気配感知・魔力感知・言語理解

(なお、剣身一体は手にした武器の最適な扱い方を理解出来る技能だが、魔剣目録の中の剣と合わせて使うと以前の使用者のスキルも引き出すことができる)

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・桐ヶ谷直葉(本編では鳳凰寺直葉)

 

・マテリアル1

京矢が最初に召喚した少女。

剪定事象となったSAOの世界の世界線の一つの中の彼女の転生体。

戦闘時にはALOの世界のアバターであるリーファの姿になる。

この世界では京矢の妹として引き取られた為姓は鳳凰寺となっている。

 

・マテリアル2

八重樫の方の道場に出稽古で何度か通っている為に光輝に付きまとわれてる。

また、兄の関係だけで無く雫とは個人的にも仲が良い。雫にとってはソウルシスターになっていない同性の友人という認識。

 

・マテリアル3

京矢の事は異性としても兄としても好意を持っている。

リリカルなのは無印の後半の時期に呼ばれ、京矢からは『霧島諸羽』の力を託されリーファの姿でガイソーグと共に決戦の舞台に参戦した。

なお、光輝については本人には無自覚だろうが京矢だけでなくキリトの事まで侮辱した為、これ以上ないほど嫌われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・マリア・カデンツァヴナ・イヴ

 

・マテリアル1

剪定事象となったシンフォギアの世界の世界線の一つの中の彼女の可能性の複合体。

彼女、或いは彼女達が命を落とした可能性の複合体である為に勝利した記憶と敗北した記憶の二つを持つ。

京矢のガチャから召喚された彼女だが、この世界では京矢の協力者として妹と2人暮らし。

 

・マテリアル2

京矢の2人目の仲間。

程なくして妹さんを呼んでくれたことで何気に京矢への信頼と恩義は高い。

京矢がガチャから召喚したのは彼女が2人目であり、闇の書の闇との決戦ではヘルメスギアに正体を隠すための仮面付きで直葉、セレナと共に参戦。

現在は歌手として活動中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・セレナ・カデンツァヴナ・イヴ

 

・マテリアル1

剪定事象となったシンフォギアの世界の彼女ではなく本来の世界線の中の彼女のをベースに他の可能性の複合体。

彼女が姉を始めとした人々を守るために絶唱を持って命を失った彼女をベースに、平行世界の彼女達の可能性の複合体となったのが彼女。

だが、可能性の複合体であるマリアとは間違い無く運命の時に死に別れた者同士。

京矢のガチャから召喚された彼女だが、この世界では京矢の協力者として姉と2人暮らし。

 

・マテリアル2

京矢の3人目の仲間。

姉との再会と言う奇跡を与えてくれたことから、京矢への信頼と恩義は高い。

京矢がガチャから召喚したのは彼女が3人目であり、闇の書の闇との決戦ではグレイプニルギアに正体を隠すための仮面付きで直葉、マリアと共に参戦。

正体を隠すために以下の偽名を名乗っていた

京矢=ガイソーグ

直葉=シルフ

マリア=ヘルメス・アガートラム

セレナ=グレイプニル・アガートラム

その為、管理局からはその名前で認識されている。二人揃っての呼称はアガートラム・シスターズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・南雲ハジメ

京矢の友人で原作主人公。

基本は原作と変わらないが、京矢から仮面ライダーギャレンと仮面ライダーバルカンの力を渡される。

地球が実は過去二度も滅びかけたり、京矢が特撮ヒーローにガチで変身するのをみたり、自分が変身したりして驚くことが多いが、本物の巨大ロボを見た上に操縦できて感無量だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵側

 

檜山ギア

・トリロバイトマギアをモデルにした檜山の頭を制御装置の中枢にして作られた量産兵士。

魔人族に味方する二人の仮面ライダー、ダークゴーストと風魔の手によって魔人族に齎された兵器でもある。

フェイスカバーの下は苦痛に歪む檜山の顔を写した液晶となっており、檜山の苦痛の声が常に漏れている。

異常を感知する為に各個体の体の異常を痛みとして中枢につながれた檜山にも伝えられ、言語機能も他の個体を通じた連絡用機能として用意されている。

ゼツメツライザーとゼツメツライズキーを使う事で上位のマギアに変身させる事も可能(副作用だが中枢にされている檜山への苦痛も発生する)

なお、風魔は時折その苦痛の声を煩いと言って無理矢理中枢の檜山に数倍の痛みを与えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・仮面ライダーダークゴースト/???

仮面ライダーダークゴーストに変身する少女。本編側に登場する彼女と同一人物である。

肉体は無くその為か魔人族側からも、滅達からも人間とは認識されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・仮面ライダー風魔/???

仮面ライダー風魔に変身する男。

肉体は人間のDNAを持っているがバグスターウィルスで構成されており、滅達からは人間とは違い自分達に近い存在と認識されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

・滅亡迅雷.net

仮面ライダー01本編中に登場した彼らのデータをコピーした存在であり、指揮官としてダークゴーストと風魔の2人のライダーの指揮下にある。

トータスにおける魔人族や亜人族は人間とは認識しておらず、迅に至っては自分達は悪い人間達から他の生き物である魔人族や亜人族を守る正義のヒーロー(仮面ライダー)と言う認識。

なお、風魔とダークゴーストは、

ダークゴースト=よく分からない存在。

風魔=実体化したデータ生命体。

と言う認識。

 

*1
星空の彼方より訪れた剣匠が鍛えたとされる。剣全体が水晶のように透き通り、青白い光を放つ異形の魔剣。刀身を七支刀のような形状に変化し宇宙の彼方、時空の果てへと続く穴を開け、劫荒劍の刃によって傷を負った者のみを引き込み、封印する。一度開いた時空の穴が閉じきるまでには百年ほどかかる。

*2
第九の件は暴走の危険があり、十番目の剣は使えない為に実質的に八つの姿しか使えない。

*3
但し、京矢は正当な所有者ではない為に鞘から抜くことが出来ない。

*4
『剣勇伝説YAIBA』及びその原作の漫画『YAIBA』に登場する日本刀。鍔の真ん中に『雷』と書かれた玉が埋め込まれている。 この雷の玉の力により、刀身から稲妻や波動を打ち出すことが出来る。



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000

彼、『鳳凰寺 京矢』は転生者である。

東京魔人学園シリーズの主人公の相棒たる蓬莱寺京一の力

そのシリーズの彼の最強の武器の一つである、妙に豚骨スープの匂いが染み込んだ木刀『阿修羅』

そしてThunderbolt Fantasy 東離劍遊紀の『魔剣目録(中身はほとんどなし)』と凡ゆるゲーム、漫画、アニメのアイテムや能力や選定事象となってしまった世界の登場人物を仲間として手に入るガチャが特典の転生者である。

 

まあ、完全にガチャ以外は剣戟特化の構成だが、転生前の彼が何故それを望んだのかと言う記憶は前世の記憶と共に無くしてしまったので知る術はない。

 

なお、鳳凰寺と言うのは蓬莱寺京一がゲーム中に名乗る必要があって名乗った偽名である。

そんな彼の異名は『神速の剣聖』。

これは主人公の相棒たる剣士の力を持った少年と仲間達の物語の一ページである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼が転生してから数年が過ぎた。

元から存在していた京矢と言う人間の記憶を辿りながら日々を過ごす中で此処が幾つか彼の残された前世の記憶の中にある物語が混ざり合った、或いはその登場人物と同一人物の存在している世界であると言うことを理解していた。

 

転生してから彼が経験した事件は主に、ガチャで手に入れたガイソーケンを使って親戚の少女が異世界に召喚されて彼女達がその世界を二度ほど救うのをガイソーグとして手助けしたり、その前には海鳴市で起こった二度にわたる地球の危機にガイソーグを名乗って関わったり、と。(その結果、異世界では英雄として讃えられ、時空管理局と言う組織からは犯罪者として指名手配されたりした)

 

「よっしゃ! 霊剣の能力ゲット!」

 

まあ、時空管理局から指名手配にされたのは飽くまでガイソーグなので素顔である京矢としては問題無いとばかりに、闇の書の事件に関わった報酬のガチャ券で目当てであった霊剣の能力を入手した事に喜んで居た。

京矢自身は根本的に剣士だが、剣を失った場合の対策を考えた結果、『じゃあ、自力で剣を作れば良くね?』の判断で霊剣を手に入れたわけだ。

 

その他にも、五歳の時にガチャで当てたアイテムで一時的に呼び出した蓬莱寺京一本人に鍛えて貰った際、車道に飛び出した女の子をその京一が車から助けたりと色々と有った。

 

まあ、京一の一件についてはちょっと問題だったかとも思ったが、それを考えたところで今更意味は無いと考え、大して悩まずに過ごしているのが京矢である。

少なくとも人一人の命を救ったのだから、大きな問題で有っても意味はあったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在。

 

「おーい、南雲、飯行こうぜ」

 

「うん」

 

「おう、はっちゃんも誘って行こうぜ」

 

昼休み、京矢が声を掛けたのは周りからやる気の無い無気力少年と思われている『南雲ハジメ』。

京矢が彼とはっちゃんなる人物も誘っている為、いつの間にか仲良しな三人組として見られている。

 

クラスの二大女神として絶大な人気を誇っている『白崎香織』が話しかけるのを遮って、京矢は彼を誘ってさっさと教室を出て行く。

 

何時も昼休みに彼女が自分に声を掛けているために針の筵になっているのだから、京矢の行動はハジメとしては本当に助かっている。

 

 

 

……そう、京矢と関わる様になってからハジメの周囲は大きく変わった。

 

 

 

周囲から汚物を見る様な目で見られている憔悴しきった顔で自主退学するのも時間の問題かもしれない『檜山大介』とその仲間たちだ。

彼らからイジメを受けていたハジメだが、檜山達は京矢が転校してきたから仲良くなった京矢に目をつけてしまった。そう、それが彼らにとっての運の尽きだった。……人生レベルの。

哀れ、京矢が原因で彼らは警察に逮捕されてしまったのだった。

 

裏路地に彼を連れ込んだものの見事に全員が返り討ちにされて有り金と身包みを剥がされてカバンを残して気絶したところを全裸で放置されてしまった。

まあ、それなら捕まるのは京矢になりそうだが、剥がした制服は財布の中身だけ抜いて綺麗に畳んで鞄の中にしまってあった。

カバンで前を隠しながら身ぐるみ剥がされた姿で夜の街を走る彼らが警察のお世話になった時、所持品のカバンの中から綺麗に畳んだ衣服が出てきたらどう誤解されるか。

慌てて人のせいにして言い訳する露出狂の変質者達と見られてしまったと言うオチに終わり、その様子を撮影した写真が張り出されてしまった為に、学校中から露出狂の変態集団というレッテルまで貼られてしまった。

……よくその時点で退学にならなかったものである。もう、本人達にしてみれば退学して街から去りたかったかもしれないが。

 

京矢としては檜山達は弱い者を虐げ、強い者には媚びへつらう典型的な小物なので、黙らせるために学園の最下層に落ちて貰ったと言う訳だが。

教師が張り出された写真を回収するたびに新しい物が学園に張り出されるのだから、すっかり檜山達は学園中に変態として名を轟かせてしまっている。

教室の外を歩けば露出狂の檜山と全校生徒の誰からも噂されている。

不良としては警察にも名前を覚えられているのは自慢になるのかもしれないが、露出狂として有名になったのだから、良い訳が無い。

 

更にトドメとばかりに卒業後には彼らによるイジメの全貌を纏めて大学や就職先の企業にでも送りつけてやろうかと思ったが、それは無駄に終わる事となった。

 

そんな京矢に檜山達も一度は報復しようとして仲間を集めた所、それを事前に察知した京矢に襲撃され、気がついたら全員が綺麗に畳んだ衣服を頭の上に固定して公園に埋まっていた。

彼らを捕らえた警察によれば近くの監視カメラや目撃証言から、楽しそうに全裸になって自分達で踊り狂いながら土に埋まる檜山一味が目撃されたとか。

……当然ながら、京矢によるガチャ産のアイテムによる処理だ。

 

そんな訳でもはやスクールカーストどころか人として最底辺に落とされた檜山一味はもう京矢は愚かハジメにも関わりたく無いと言う顔をしている。

それでもグループ内で罪のなすり付け合いをして弱い者を作っているのだから救えない連中である。(その弱者に京矢に最初に目を付けた檜山が選ばれたのも哀れとは言え当然の結果に見えるが)

 

 

 

 

そして、もう一人、教室から出て行く京矢を忌々しげな目で睨んでいるのが『天之川光輝』と言う男だ。

 

「なんで、あんな奴が……」

 

京矢からは自分が敷いた正義(笑)以外はシャットアウトしている常に自分に都合が良い解釈しか出来ない御都合解釈主義者と切り捨てられている、京矢と同じ剣道部に所属している生徒だ。

バイトと言って碌に部の練習にも出ない幽霊部員の京矢に苛立っているが、当の京矢は顧問に無理やり入れられた、自分が幽霊部員なのは顧問も認めてると彼の言葉を一切取り合っていない。

 

そんな彼の態度に我慢の限界が来た光輝は剣道部に呼び出して試合を挑んだ。

自分が勝ったらバイトを辞めて真面目に部活に出ろ、と。京矢を悪とみなして断罪しようとした結果、部員全員の前で完全に叩きのめされた。

 

「何度も挑まれるのも面倒だから防具無しでやろうぜ」

 

防具も着けず笑みを浮かべて光輝を挑発するように告げる京矢。

お前に勝つのは当然だと告げられている屈辱感、お前との試合など面倒以外の何物でもないと言う京矢の態度に頭に血が上った光輝もそれを了承して防具無しの試合が始まってしまった。

 

最初はそんな巫山戯た態度の京矢を叩きのめしてやるつもりであった光輝だったが、京矢の殺気に気圧されて棒立ちのままで面を打たれ気絶した後、目を覚ましてもそのまま腰が抜けて暫く立てなかった。

 

終いにはもうこんな事はするなと光輝が顧問に注意されてたのは、元々部活を辞めたがっていた京矢が今回の事を理由に退部の相談をした為だった。

 

ロクに練習にも出ないくせに剣道の実力は部の中どころか、全国でも上位に位置していて個人戦では毎回好成績を上げている。

後輩を指導した時は後輩で遊んでいるかと思いきや、練習試合では彼の指導した後輩達は全員が勝ち星を挙げるなど大きく実力を上げていた。自分が指導した後輩達は殆ど勝ち星をあげられなかったのにも関わらず。気が向いた時に僅かに出ただけで部活動には貢献している。

 

『鳳凰寺先輩に指導してもらいたかった』

 

京矢の指導した後輩達が実力を上げた中、自分が指導した後輩達からの何気ない言葉が余計に光輝の心に突き刺さる。

 

それだけじゃ無い。共に出場した全国高等学校春季剣道大会には他校の実力者達からは光輝は見向きもされず京矢ばかりが注目されていた。

その大会でも優勝を決めたのも京矢だ。三人ほど棄権やら不戦敗になった出場者がいたが、優勝は事実だ。

当の京矢は楽しみにしてた奴らと試合出来なかったと優勝した事も無価値と言う様な態度だった。

 

顧問としても光輝よりもそんな京矢の方が大事なのだろう。

彼が原因で京矢が剣道部を退部するのなら、光輝を退部させてでも京矢に残って欲しいと思われている。

 

だからこそ、光輝にとって京矢は気に入らない存在なのだ。

正しいのは自分のはずなのに何故自分が顧問から注意されなければならないのか。何故、自分が剣道部を退部させられなければならないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日常の終わる瞬間がもうすぐ訪れるとは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

その日の昼も京矢がハジメを昼食に誘って教室から出て行こうとした時だった。

 

朝から檜山一味が居ないと思っていたら外から悲鳴が聞こえ、『お前のせいだぞ、檜山』と言う叫び声が聞こえてくる。教室のドアが開くと全裸の檜山達小悪党改め露出狂一味が飛び込んでくる。

その際に檜山の机が倒れて中から彼らの制服が綺麗に畳まれたまま床に落ちる。

 

『ああ、またコイツらか』

 

約2名の実行犯とその友人以外から露出狂と思われている彼らを前にハジメと京矢を除く生徒全員の心が一つになった。

 

そんな彼らにサッサと服を着る様に注意しようとした光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が顕れる。

 

明らかな異常事態にすぐに周りの生徒達も気がつく。

 

「っ!?」

 

それが異常事態だと真っ先に判断したのは京矢だった。

 

(何処かに召喚されるってトコかよ、これは)

 

全員が輝く魔法陣らしき物を注視する中、耐性のある京矢は素早く鞄の中の魔剣目録を取り出し、制服の内側に仕込んでおいた『それ』から魔剣目録と交換する形でガイソーケンを取り出す。

 

(オレだけなら逃げられそうだけど、この状況はヤバイな)

 

輝きを増しながら、教室全体を満たす程に大きくなる魔法陣に危機感を覚えながらも逃げると言う選択を排除する。

 

四時間目の社会科の授業の後も教室に残って女生徒と談笑していた教師の『畑山愛子』が咄嗟に教室から出る様に叫ぶが時すでに遅し。魔法陣の輝きが最大限になった時、教室の中を光により真っ白に染まった瞬間、異常から解放された。

 

食べかけの弁当や飲みかけのペットボトル。序でに檜山達四人の制服。教室の中には人が居た形跡を残しながら人だけが消えて居た。

 

異常を知った他のクラスの生徒達や教師が様子を見に来た時、その異常さに驚愕を浮かべた。




・鳳凰寺 京矢
・外見イメージは喜名先生版の蓬莱寺京一

剣道場の子供に転生した外伝主人公。
能力のベースは蓬莱寺京一。
転生した世界は基本はありふれた職業で世界最強だが、実は他の世界が多く混ざっている。
その混ざった世界の事件にはガイソーグとして関わる事になった。
その結果、様々な強力な剣型のロストロギアを大量に不法所持しているという事でリリカルなのは側の組織である時空管理局からは危険な次元犯罪者としてガイソーグは指名手配された。
当人にしてみればガイソーグの姿での指名手配なので、変身しなきゃバレないとあまり気にして居ない。
また、転生特典のガチャを引いた際には科学的な物以外の刀剣類は自動的に魔剣目録に登録される。
なお、ありふれ側のキャラとはハジメとは友人関係であり、八重樫 雫とは道場の稽古の関係で幼なじみ。

なお、既に三人ほど呼び出しているもの達がいる。

・所持能力(判明している物)
蓬莱寺京一の力
ガイソーケン(及びガイソーグへの変身)
霊剣

・魔剣目録
須彌天幻・劫荒劍(すみてんげん・ごうこうけん)
・・ 魔剣目録に標準装備されて居た剣。京矢にとっての現状最強の対神武器の一つ。
・阿修羅
・・霊木を削り作られたとされる木刀。魔人学園シリーズにおける最強の刀。


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001

「さて……これはこれで好都合って言えるんだろうけど、面倒が一つ増えちまったな」

 

光も届かぬ地の底で自分が落ちて来た高さを見上げて溜息を吐く。

 

「まあ、あのジジイどもの目と耳がないのは好都合か。さっさと南雲を探さねえと、命がいくつあっても足りないぞ、ここは」

 

目的を思い出す様に口にして行くと、改めて京矢は後ろにいる…………自分とハジメを地の底に突き落としてくれた犯人へと向き直る。

 

「で、何か言うことはあるか? 檜山?」

 

「た、たす、け……」

 

京矢の視線の先にいるのは全裸で血塗れの檜山。首筋からは血が噴き出し、両足は先ほど京矢が斬り殺した熊に食われ、片腕はここに突き落とされる直前に斬り落とされて居た。

何処をどう見ても致命傷だ。

元々殺されかけた相手を助けるほどお人好しではない京矢だが、お人好しだったとしても彼を助けるのは無理だろう。もうすぐ檜山は、死ぬ。

 

「殺そうとした相手に助けを求めるのかよ?」

 

こんな状況だからか分からないが、どっちにしても京矢の魔剣目録の中には檜山を助ける手立ては有るが、この小悪党の前で使う事はそれはそれで問題なのだ。

 

喪月之夜(もづきのよ)

魔剣目録の中に標準装備されていた剣の一振りで、人を意のままに操る精神を支配する剣。解除法はあるが剣の持ち主の意のままに死ぬまで操られる。

 

それに代表される様に悪人の手に渡ったら危険な力を持った剣は魔剣目録の中には山の様にある。

仮に檜山を助ける為に魔剣目録を使ったとしても、その力に目を付けた嫉妬で人を殺す様な性根の腐った小悪党が京矢から魔剣目録を奪おうとしないとも限らない。いや、確実に狙ってくるだろう。特にこの剣をこいつが奪ったとしたら……

 

「リスクの方が大きいな」

 

助けた所で、足手纏いになっても助けてやるほど親しくない相手だ。着いて来られても迷惑なだけだ。

 

「悪いな、檜山。オレにはお前を助けてやれねえんだ」

 

魔剣目録を開きその中から擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)と忍刀『玄武』を取り出し、熊の足を紐状に変化させたエクスカリバー・ミミックで縛り上げ逆さ吊りにして玄武で足首と首筋を切り血抜きをしながら内臓を取り出し毛皮を剥ぎ、何を食べていたか分からない内臓は食べたくはないのでこの場に捨てて行く。

 

(この状況だ。どうにかして魔物の肉を食える様にしないとそのうち食料も底を着くな)

 

この世界に転移させられる際に服の内側に仕込んであったガチャの十連の特典で手に入れた四次元ポケットの中には幾つか非常用の食料品や水が有るが、精々それは一人分が一週間分程度、節約するに越した事はない。

 

「お前の自業自得ってやつだ。来世じゃいい奴になれよ、檜山」

 

自分を恨みたければ恨めばいい。そう考えて、檜山に手を振りながらビニールに包んだ熊肉と毛皮を四次元ポケットの中に収納し、新たにベルトと時計の様なものを取り出す。

 

「出し惜しみ、してる余裕はねえな」

 

ベルトを取り出し、時計のような物を起動させ、

 

「変身!」

 

『ライダータイム! 仮面ライダー、バールクス!』

 

京矢はその姿を創生王の紛い物にして魔王と対となるもう一人の王、『仮面ライダーバールクス』へと姿を変えた。

京矢の手持ちの変身アイテムの中では最も強力な物の一つだ。バールクスの力ならばここのモンスター達も敵ではないだろう。

 

改めて四次元ポケットと魔剣目録を常日頃から持ち歩いていて良かったと思う。

 

「ホント、用心ってのは大事だよな」

 

バールクスに変身すると吐き捨てるようにそう悪態を吐くと、何故自分がここにいるのかを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての始まったあの瞬間まで遡る。

 

自分を包み込んだ光が消えると、京矢はゆっくと目を開ける。

開いた視界の中に飛び込んでくるのは目の前にある壁画だ。

其処に描かれていたのは後光を背負った金色の髪の中性的な人物が薄ら笑いを浮かべている姿。その姿が描かれた巨大な壁画だ。

 

(なんて言うか……趣味が悪いな)

 

見る者によっては美術的に美しいと感じるであろうそれは京矢は本能的な部分で不気味さを感じていた。

誰に向けているかわからない絵画に映る人物のその薄笑いには寒気さえ感じてしまう。

 

恐らく、自分一人だったら手の中にあるガイソーケンで壁画を細切れに切り裂いていただろう。

 

だが、この場にいるのは京矢一人ではない。

 

騒然とする気配の元を辿ると自分の隣にはハジメが、全裸の小悪党一味とその傍らには彼らを注意しようとしていた光輝が、彼らから少し離れた場所にに白崎香織と八重樫 雫、その序でに坂上龍太郎。

他にも位置関係的にあの瞬間に教室にいた者達が全員この場所にいるのだろう。

幸か不幸か教師も一緒に此処に呼ばれた様だ。

 

(しかし、セフィーロでも時空管理局関連でも無さそうだな)

 

親戚の少女が呼ばれて自分もガイソーグとして活動していた世界と、関わった組織の事を思い出す。

 

だが、此処が時空管理局絡みではない事はすぐに判断出来た。

少なくともあそこ迄派手に行動する様な秘匿意識の薄い連中ではないと言うのが京矢が時空管理局に対して持っている美点の一つだ。

 

周囲を見回すと其処は聖堂を思わせる柱によって支えられたドームの様な場所。

周囲を見て見ると京矢達がいるのは台座の様になっていた。

 

ふと視線を下へ向けると台座を取り囲んでいる者達がいるのが見えた。

敵意は感じない。だが、

 

(嫌な感じがする)

 

周囲を囲むのは白地に金の刺繍が施された聖職者の様な格好をした者達。その中でも特に……京矢曰く悪趣味な迄に華美な装飾が施された豪華な法衣を着た老人が歩み出て来た。

 

「ようこそ我らがトータスへお出で下さいました……勇者様と同胞の皆様方」

 

自身へと注目を集める様に錫杖のような物を鳴らし、その年齢に似合った落ち着いた声で話しかけて来た。

 

「歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、皆様方には宜しくお願い致しますぞ」

 

『イシュタル・ランゴバルド』と名乗った老人は好々爺と言うような微笑みを彼らに見せた。

 

(勇者ね……つまり、何かを退治して欲しいって事か?)

 

邪悪なドラゴンか、魔王かは分からないが何かを退治するために異世界から自分たちは呼ばれたのだろう。

だが、京矢にはその老人の顔が気に入らなかった。

 

(……無関係な奴に頼ってるって言うのに申し訳なさも必死さも感じられねえ。チッ、自分達……いや、何かの為にオレ達が働くのが当然ってツラだな)

 

京矢はそんなイシュタルの表情からそんな物を感じ取ってしまう。

苛立ちを覚えるが、誤解の可能性もあるので口には出さないが。

 

「所で、貴方が持っておられる剣は」

 

台座から降ろされ、何処かへと案内される際にイシュタルは京矢の持つガイソーケンが目に止まる。

 

(流石に気付かれたか)

 

心の中でそう思うがそれを表情に出さないと言う器用な真似をしつつ、

 

「これか? なんか、目を覚ます前に誰かから渡されたような幻覚みたいなものが見えてな、気が付いたら持ってたんだ」

 

軽い笑いを浮かべながらそんな嘘を告げる。

だが、等のイシュタルやその部下の法衣を着た者達は良い具合にボカして伝えたのが効いたのか『エヒト様が』等と騒ついている。

 

 

なお、京矢によってボコられて全裸で転移させられた小悪党一味は奴隷階級と勘違いされたが、光輝の

 

「すみません、あれは……その、あいつらの趣味なんです」

 

「そ、それはなんとも……変わった趣味ですな」

 

と言う言葉で誤解は解けたが、なんとも言えない表情を向けられてしまっていた。

 

なお、それが原因なのかは定かではないが、

 

 

露出狂(服を一枚着る毎に全ステータス-100)

勇者(笑)王(ぜんらおう)(服を着ると全ステータス−1000)

 

 

と言う妙な技能が檜山達一味には着く事となったのだった。



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002

召喚された場所から場所を移され長いテーブルの置かれた大広間の様な場所に案内されていた。

光輝達四人と教師である愛子を先頭に適当に座っていたが……一番後ろの方に位置するハジメの隣に京矢が座り、彼らから大きく距離を取られるように檜山達一味が隔離されている。

 

まあ、誰だって全裸の変態など視界に入れたくない。

 

そんな彼ら全員が着席すると絶妙のタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってくる。

一瞬、檜山達一味には怪訝な表情を浮かべるも、彼らに衣服を渡して香り立つ紅茶の様な飲み物を置いて行く。

 

流石に毒は入って無いだろうと思いつつ僅かに警戒して少量のお茶を口にする。

 

(あっ、美味い)

 

茶葉も良い物を使っているのだろうし、彼女達もこんな所で働いている以上は外見だけでなく技能も一流を求められているのだろう。

 

イシュタルと名乗った老人の真意は分からないが、少なくとも歓迎しているというのは分かった。

…………檜山達以外は。

 

「さて、貴殿方に於いてはさぞや混乱をしている事でしょうから、最初から説明をさせて頂きます。まずは私の話をお聞きくだされ」

 

胡散臭さ満載の聖職者(多分)から語られた内容は随分と身勝手な話だった。

 

要約すると、

魔人族って奴らと戦争してて、そいつらが魔物を操ってて数も質も負けて人間側負けそう。だから、エヒト様が異世界からお前ら呼び出したんだよね~。お前ら、こっち来た時凄い力与えられたから魔人族始末するの手伝えよ。

との事だ。

 

(要するに、オレ達は戦争の道具にする為に呼び出されたわけかよ)

 

何より京矢を苛立たせているのは、それを語る時のイシュタルの恍惚とした表情である。

無関係な別の世界の人間を呼び出しておきながら、それに対して何一つ申し訳なさを感じさせず、それどころかそれを誇るような言葉。何より、それに対して頭を下げて頼んでさえいない、自分達のために戦うのは当然だというような態度。

 

京矢に目の前の相手は信用できないと結論に至らせるには十分過ぎるものだった。

 

隣にいるハジメが現状の拙さに気が付いてるのは良い傾向だが、それでも現状は最悪だ。

 

(チッ! 最悪だな。オレ一人なら帰還方法聞き出してから、あのジジイを殴り飛ばす所だぜ)

 

一人物騒な思考に傾く京矢。一応は中学時代に異世界に呼ばれた従姉妹を陰ながら助けた身の上だが、それを踏まえてイシュタルの態度には苛立ちを覚える。

 

そんな中、いち早く行動を起こしたのは転移させられたもの中で唯一の教師の愛子だった。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争をさせようって事でしょ! そんなの許せません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く返して下さい! きっと、ご家族も心配している筈です! あなた達のしている事はただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る畑山愛子先生。

今年25歳になる社会科の教師だが、低身長に童顔の為、その姿には本人の目指す威厳のある教師とは反対の微笑ましさがある。

呼ばれたら本人は怒るが愛ちゃんと言う愛称で親しまれる彼女のそんな生徒達の為にあくせくする様子に生徒達の場は和むが、イシュタルから紡がれた言葉に場は凍り付いてしまう。

 

「気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能なのです」

 

シン……と言うような音が聞こえて来そうな程の沈黙。音が消えたかのような錯覚さえ覚える。

 

(やっぱりな)

 

その辺だけは予想していた京矢だ。

隣を見てみるとハジメもそんな事態を予想くらいはしていた様子だ。

 

『現状では』と言う言葉から召喚者がこの場に居ない。

その点は異世界召還経験者の京矢、召喚者が敵側に捕らえられている等のパターンを想像してみる。

召還者が敵側に捕らえられてるのならにしてもさっさと一人で敵側に乗り込んで助け出し次第キシリュウジンを呼び出して大暴れすれば何とか解決出来そうな状況位は真っ先に想像して居た。

 

「先ほど言った様に、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉する様な魔法は使えませんのでな」

 

だが、イシュタルの言葉は京矢の想定の中の早急に解決可能な範囲の中には無かった。

 

(エヒトとか言う奴の力を借りてって訳じゃないのかよ。時空管理局の連中のとは違うって事か?)

 

イシュタルの言葉にそう考える。最悪、ガイソーケンを囮に時空管理局の連中でも呼び出そうかと考えたが、その可能性は潰れてしまった。

 

「あなた方が帰還できるかどうかも、エヒト様の御意志次第と言う事です」

 

(オレ一人だったら顔面整形レベルで殴ってたな、このジジイ)

 

その言葉で逆に言えばエヒトとか言う神様(仮)の気分次第では魔王を倒したところで元の世界に帰れない危険性まで出て来たのだ。

京矢の中で半殺しが確定したイシュタルであった。

流石にこの状況では……何人かどうなっても構わない連中もいるが、それでもクラスメイトのことを考えると迂闊な行動は出来ない。

 

「そ、そんな……」

 

その言葉に呆然となり椅子に腰を落とす愛子。それを合図に周囲の生徒達も黙って居られずに騒ぎ始める。

 

「おいおい、嘘だろ!? 帰れないって何だよ!」

 

「嫌よ! 何でも良いから帰してよ!」

 

「戦争なんて冗談じゃねぇぞ! ふざけんなよな!」

 

「どうして……何で……」

 

パニックに陥いる生徒達を尻目に冷静な目で観察している異世界転移経験のある京矢。

 

(下手したら、魔王を倒した後に新たな魔王とか大魔王とか出してこられそうだよな)

 

あの壁画から感じたエヒトと言う神様(仮)の印象はそれだった。

結局の所、召還した連中に大半の者達の生活を保障させて魔王討伐の旅に託けて自力で帰還方法を探すか、上手く抜け出して自力で帰還方法を探すしかない。

 

(オレが勇者って言うならそれも有りだけどな……)

 

この中には一人とおまけ一人ほどこれを実行する上で邪魔になる正義バカと取り巻きの脳無し筋肉がいる。

 

それを抜きにしてもこちらを観察するような視線を向けてくるイシュタルへと視線を向ける。

『エヒト様に選ばれておいて、何故喜ばないのか』と言うような侮蔑の意思を感じさせるその視線に余計に苛立ちを覚えるが、当面はその苛立ちは魔人族や魔物相手に向ける事にしようと苛立ちを飲み込む。

 

仕方ないとばかりに京矢が口を開こうとした時、誰かが何かを叩くような音が響く。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ」

 

そして、光輝の言葉が響く。

 

「……オレは、オレは戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くことはオレにはできない」

 

(おいおい、呼び出されたばかりで状況も見えないのに何言ってんだ、こいつは)

 

肉食動物に襲われる草食動物が可哀想だと草食動物を守った結果、その時の植物が食い尽くされる危険もある。弱い者が善とは限らず、強者が悪とは限らないと言うのに、魔人族側が悪いと既に決めつけている。

 

(エヒトとか言う奴の思惑通り、都合のいい勇者様、だな)

 

京矢は心の中で皮肉を込めてそう呼ぶ。

 

「それに、人間を救うために召喚されたなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん、どうですか?」

 

「ふむ、確かにそうですな。……エヒト様も救世主様の願いを無碍にしますまい」

 

「オレ達には大きな力が有るんですよね? 此処に来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、その通りですな。ざっと、この世界の人間族と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えて良いでしょう」

 

「うん、それなら大丈夫。オレは戦う! 人々を救い、皆が家に帰れる様に。オレがこのトータスも皆も救ってみせるさ!」

 

根拠のない自信だ。自分達には力が有るから大丈夫だ、と根拠のない自信に溢れている。

 

(拙い流れだ。このバカに全員が流されたら拙いぞ)

 

勝手に全員分の傭兵契約の契約書にサインしかねない。しかも、本人は完全な善意で、だ。

しかも、最悪な事に光輝という人間には思考停止している取り巻きのバカが一匹存在している。

 

「へへっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……オレもやってやるぜ!」

 

「龍太郎……」

 

(お前が一番タチ悪いな、脳筋のクズが! 自分の意思を持ってないだけのイエスマンなんだろうが)

 

こうなったら、バカとバカに全面賛成のイエスマンの組み合わせは拙い。何かしらのストッパーが有ればと思うが、ふと京矢と雫の視線が合う。

 

「……今のところ、それしかないわね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

(頼む、そのバカコンビのストッパーになってくれ)

 

取り敢えず、少し悩んだ末にストッパーが入ってくれた事には内心安堵する。

苦労するだろうが、己の幼馴染にストッパー役を託すしかない。

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

そして、最後に香織が参加してしまった事でこの流れは完全に決まってしまった。

愛子が必死に『ダメですよ~』と宥めているが光輝が無駄に発揮したカリスマ性の前には無駄だった。

 

そこで京矢は先ほどの光輝と同じくテーブルに拳を叩きつけ衝撃音を響かせる事でその流れを止める。

 

「お前ら、そんなに殺し合いに参加したいのかよ?」

 

当面は従うしかないが、流石に一度冷静になって貰う必要がある。

 

「魔人族って言うのがどんな姿形してるのか知らないけどな……そんなに人殺しがしたいのかって聞いてるんだよ?」

 

「ひ、人殺しって……それは言い過ぎだろう!?」

 

そんな京矢の言葉に反論する光輝。

 

「そうだな。人の形をしてないかもしれないから、人と認識出来ないかもしれないけど、少なくとも殺し合いなのは間違いないな」

 

「こ、殺し合いって……」

 

敢えて生々しい言葉を突きつける事で、濁流の様な流れになっていた状況から一気に冷静さを叩きつける事に成功した。あとは、

 

「ひ、人を助けるのに理由なんて要らないだろう!?」

 

「お前は戦争中毒者か、サイコパスかよ? 殺し合いに参加するのに理由が要らないって」

 

光輝が押し黙る事で光輝のカリスマ性で出来た流れは完全に止める事が出来た。

 

「臆病風に吹かれてんじゃねえよ!」

 

そんな光輝に追従する様に声を上げたのは檜山だ。

そんな檜山の首筋にガイソーケンを突き付ける。突き付けられた刃の先端が首筋に微かに刺さり地を滲ませる。

 

「で、あと少しオレが力を込めればお前は死ぬけど……怖くないのか?」

 

「あっ、あ……」

 

突き付けられた刃、数秒後に迫る死の恐怖に言葉を失う檜山。

そんな檜山から剣を下ろし、退けとばかりに軽く突き飛ばすと……

 

「ギィャァー!!!」

 

絶叫と共に突き飛ばされた肩を抑えながら床をのたうちまわる檜山。明らかに肩の関節が外れて腕の骨は折れている。

 

『ええー』

 

その光景に唖然とする一同。

 

「大丈夫か!?」

 

慌てて駆け寄る光輝が檜山の肩に触れた瞬間、

 

「ギャァー!!!」

 

再度悲鳴をあげて肩の骨が外れて腕の骨が折れる。

 

思わず光輝と京矢の目が合う。「何かしたのか?」、「軽く触っただけ」と視線だけで意識の通じ合った瞬間だった。

 

二人の唖然とした視線が檜山に向いた時、その様子に慌てたメイド達に何処かに運ばれていく檜山。その際にも触れられただけで激痛が走る様子だ。

 

「この世界の一般女性より弱くねえか、あいつ」

 

この時は知らなかったが、それが檜山のマイナス技能が発現した証拠だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、

 

「おーい、南雲!」

 

現在、京矢はバールクスの姿で迷宮の奥を探索している。本来ならば大声を出すのは愚行だろうが、襲ってきた魔物はリボルケインに似たサーベル状の剣で切り捨てていく。

 

「チッ!」

 

舌打ちしながら再び襲ってきた狼の魔物をパンチで仕留める。

 

モンスターを仕留めながら先に進むと自然に出来たには不自然な形に水が溜まった場所が見つかる。

そして、そこには間違いなく日本語が書かれていた。

 

「南雲の奴は此処に居たって事か」

 

そこに湧き出している水の事が書かれて居た。

 

「ゲームで言うならエリクサーが溢れてるって訳だな。最悪毒素のある魔物の肉もこの水を飲みながらなら食えるかもな」

 

そう考えると京矢は変身を解除して四次元ポケットの中にあった捨てる予定だった使用済みのペットボトルの中にその水……神水を詰め込んでいく。



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003

加筆修正しました。


仮面ライダーバールクスの力でモンスターの一体を殴り倒し、サーベルで切り裂く。

 

ここに居るのは明らかに勇者である光輝やそれを上回るステータスを持つ京矢でも生身であったら即死するであろう力を持った危険なモンスターばかりだ。

だが、そんな相手でもグランドジオウならば簡単に切り抜けられるだろう。そのグランドジオウを圧倒出来るバールクスのスペックを持ってすれば倒せないモノではない。基本フォームとはいえジオウの召喚した平成主役ライダー達を無傷で倒したのは伊達ではない。

 

「化け物揃いだな、此処は」

 

ハジメが残してくれたメッセージから魔物の肉を喰らい神水で毒素を癒して餓死と脱水症状を防ぎながらステータスを上げつつも、先行して居るであろうハジメの痕跡を追跡する。

 

バールクスのスペック頼りのゴリ押しで恐らくは最短ルートでの追跡ができて居るだろうが、その力押しもいつまで続くか分からない。

石化の魔眼を持つ魔物をロボライダーのウォッチの力で頭ごと吹き飛ばしてバールクスは溜息を吐く。

 

「ホント、死ぬんじゃねえぞ、南雲」

 

先行しているであろうハジメの痕跡を追いながらバールクスは魔物を警戒する事なく直進して行く。

此処の魔物が相手でもバールクスに変身しているならば警戒するのは石化の様な即死のダメージだけだ。

更にステータスが上がって行けばそのうちにバールクスの力に頼らなくても勝てる様にはなるだろう。

 

襲いかかってきたウサギの魔物の首を斬り落とすと血抜きがてら引きずりながら先を進んでいく。

 

基本的にバールクスの力での無双。

ライドウォッチという制限はあるもののその他の中には平成で活躍した最強と名高い昭和ライダーである『仮面ライダーBLACK RX』の力がある。

普通の人間やこの世界の兵士や騎士、将来的にはどうなるか分からないが召喚されたクラスメイト達でさえ現時点では脅威でしか無い奈落の魔物達でもバールクスになった京矢の敵では無い。

だが、そんな状況は彼の心に僅かながらの焦りを生む。

 

「いっそ、このウォッチを押したら奇跡でも起こってくれれば助かるんだけどな」

 

そんな焦りからか、何気なくRXのウォッチを、世紀王のウォッチを押した。

 

 

『RX!』

 

 

その瞬間、バールクスを狙っていたであろう魔物達の気配が消えた。

はっきり言おう、奈落の魔物達以上の化け物であるゴルゴムの支配者候補の進化した姿であるRXの力を宿したウォッチを起動させた瞬間、ウォッチから漏れたRXの力が魔物達に感じさせたのだ。

『自分達よりも恐ろしい怪物がいる』

と。

 

「力は感じるけど、オレには資格はない、ってか?」

 

そんな事に気付かずジクウドライバーに装填しても反応無しのRXウォッチに落胆して腕の定位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメ……どうかした?」

 

五十層で出会った彼の相棒の吸血姫『ユエ』がハジメに問い掛ける。

 

ハジメは次の階層に挑む前の装備の点検と補充をしていた。

先程から煩いほどに魔物達が必死に逃げ回っているのが目に付いている。

熊の魔物など親らしい個体が子供らしい個体を守る様に抱きしめながらガタガタと隠れながら震えていた。最早憐れみさえ感じてしまうほどだ。

 

「いや……今、何か変な音が聞こえたと思ってな……」

 

魔物達が逃げ回る足音で小さな音など聞こえ無かったが、音が僅かに止んだ瞬間、一瞬だけ金属音が聞こえたのだ。

 

こんな所に金属の鎧を着込んだ者が居るとすれば、それは魔物では無い。

それが人間か魔人かは分からないがこんな所にいる様な相手だ、警戒するに越したことはない。

 

 

 

-ガシャン……-

 

 

 

「「っ!?」」

 

「……ハジメ」

 

「ああ……」

 

今度ははっきりと金属音が聞こえた。音の聞こえた方向に注意を向けて戦闘態勢を取る。そちらの方へここで作り出した相棒の銃『ドンナー』を向ける。

 

(ここの魔物達が逃げて居るのは、コイツからか?)

 

魔物達の本能に恐怖と逃走を叩きつけている化け物がこっちに向かってきて居る。

そう考えると自然と冷や汗が流れ、心臓の鼓動が早まる。

 

魔物の肉と神水で肉体の破壊と再生を繰り返して跳ね上がったハジメのステータスでも、そこまでの域には到達していない。だが、そんな化け物が向こうから向かってきて居る。その事実に一瞬の油断も無く金属音の聞こえてくる先を注視していた。

 

二人の警戒を他所に、金属音が更に近づいてくる。

 

最初に手が見えた。そして体が見える、剣を持った二足歩行の人型。その姿や仕草から魔物では無さそうだ。

二足歩行のそれはゆっくりと全身を見せる。

その相手を睨みつけながら、此方へと振り向いた瞬間にぶっ放してやろうと思うと自然と引き金に力が篭る。

 

最初に見えたのは黒いボディだ。

次に、横顔が見えた瞬間爛々と輝く真っ赤な複眼が見えた。

そして、目の前のそれが此方へと振り向いた瞬間、

 

「はぁ?」

 

気が抜けた。

 

「ラ、ライダー?」

 

「ハジメ?」

 

呆けた様に妙な事を口走ってしまった相棒に困惑の声を上げるユエ。この世界の文字ではなくハジメ達の世界の文字なのだからユエには分からなくても無理はない。

はっきり言おう、警戒していた相手の顔面にデカデカと赤く光る自己主張の強い『ライダー』の文字が有ったのだから、呆けてしまうのも無理はないだろう。

 

「ん? おっ、なんか色々と変わってるけど、その声は南雲か?」

 

しかも、警戒していた相手から聞き覚えのある声でフレンドリーな言葉が飛んできたのだから、思いっきりズッコケテしまいそうになる。

 

「お前の方が変わりすぎだろうが、鳳凰寺!?」

 

うん、人の面影が二足歩行の人型でしかない黒いボディに真っ赤なライダーな複眼の姿なのだから、そのリアクションも最もだろう。

ユエ以外どうでも良いと思っていた中でただ一人だけ再開できれば味方になれるかと思っていた相手がそんな姿になればそう言いたくなるだろう。

 

「おっ、悪いな、流石にこれじゃ分からないか?」

 

そう言ってジクウドライバーを外すとバールクスへの変身が解除される。

記憶の中と寸分違わぬ京矢の姿がそこには有った。

 

「もしかして……ハジメを助けようとして一緒に落ちた人?」

 

「おう、そっちの子は初対面だな。鳳凰寺京矢だ」

 

朗らかに相棒の吸血姫に自己紹介する京矢に色々と問い詰めようと思うハジメだった。

 

「まっ、話もあるだろうが、取り敢えずロクな物食ってないだろう? 口直し程度なら食い物もあるぜ」

 

そう言って制服の内側の四次元ポケットの中からカップラーメンを取り出してハジメに投げ渡すと同様にカセットコンロとペットボトルの水とヤカンを取り出す。

テキパキとお湯を沸かしている姿を眺めながら、色々とその行動にはツッコミどころしか無いがまずは久し振りの元の世界の食事の味を堪能する事にしたハジメだった。

 

嗅覚を存分に刺激するその匂いだけで空腹を感じ唾を飲み込むと、最早我慢出来ずに一心不乱に目の前のラーメンを啜る。

今までの食事が神水が旨く感じるほど不味い魔物の肉だけだった為に久し振りのカップラーメンは極上の美味に感じてしまった。

 

「まっ、一人だけなら一週間食えるほどの量は有るんだ、遠慮しないで喰ってくれよ。チョコも有るぜ」

 

紙コップの水を飲みながらその言葉を聞いて奪い取る様に京矢から差し出された板チョコを受け取って食べている。見ればユエも初めて食べる異世界の物の味に目を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

数分後、

 

「まず最初に言っとくぜ。……オレ達をここに突き落とした犯人は檜山で、その檜山は結果的にオレが道連れにして…………最後は此処の魔物に食われて死んだ」

 

「……そうか」

 

カップラーメンとチョコの味に満足していたところに聞かされた京矢の言葉には驚いたもののそんな返事がハジメからは帰って来た。

 

どうやって京矢が檜山を道連れにしたのかは気になるが、そんな事よりも今は優先的に聞くべき事がある。

 

「……そんな事より、お前の使ってたそのベルトは何だ? あの、変身ヒーローみたいなのは?」

 

「あー、あれはな。ガチの変身ヒーローのヴィランで、オレが使ったのはそのヒーローとヴィランの共通の変身アイテムって所だな」

 

「マジか!?」

 

「マジだ」

 

なんでお前がそんな物を持ってるんだ!?というツッコミを放置して驚愕してしまうハジメ。

 

「しかも、主人公が最強の力を発揮しても負けたほどの、劇場版のラスボスってとこだな」

 

だから、なんでお前がラスボスのダークヒーローの変身アイテムなんて物を持ってるんだ、オレも欲しいぞ、と言うツッコミと欲求を飲み込む。

 

「しかも、オレがこっちの世界に来た時に持ってたガイソーケンも前の世界から持ってたんだぜ」

 

最早、次々に聞かされるカミングアウトにツッコミが追いつかない。

 

「まっ、詳しい説明はもっと落ち着ける場所に行ってからするとして、過去四回、オレは似た様なことに巻き込まれた経験が有るんだな、これが」

 

「は、はぁ?」

 

「しかも、小学校の時の二回の事件なんて一歩間違えたら地球滅んでたな」

 

主にジュエルシードとか闇の書とか。

そう言って笑う京矢に対してハジメは思う。笑い事じゃねえ、と。

何気に地球の危機を二回も救う手助けをしていたと言う友人に対する疑問が次から次へと湧いてくる思いのハジメだった。

 

「序でに後の二回はセフィーロって世界の救世主にオレの従姉妹を含む三人が選ばれて、それに巻き込まれたオレが陰ながら正体隠して手助けしたんだけどな」

 

簡単に語られる異世界セフィーロでの冒険譚とそこで出会った者達の事。最後の戦いの際にガイソーグの鎧が破損して従姉妹とその仲間達に正体はバレたが、と付け加える。

 

「え? なに、お前、巨大ロボまで持ってんのかよ!? 後で見せてくれ!」

 

「おう、良いぞ、減るもんじゃないし」

 

「本当だぞ、約束だからな!」

 

帰還方法の確保の手段として魔人領への襲撃の手段に使おうとしたのだから、京矢的にはキシリュウジンを見せても問題はない。

 

既にこの時点でハジメの中から警戒心がかなり消えていたりする。

 

「まっ、この際だから白状すると。だから、オレはイシュタルとか言うジジイ共のことは最初から信用してなかった。隙を見て一人で帰還方法を探すつもりだったんだよ、バカ二人と変態どもを置いて全員を元の世界に連れ帰るためにな。」

 

何で変身ヒーローの変身アイテムの本物やら巨大ロボを持っているのかという説明はされてないが、この時点で目の前の友人の非常識さはよく分かった。

 

「……まだ肝心の、お前がどうしてそんな力を持っているのか? って質問には答えてないが、先に聞いとく。……鳳凰寺、お前はオレの味方か?」

 

「へへっ、一応お前が敵にならない限りはダチの味方だぜ」

 

これ以上聞いたらパンクしそうな事実に頭を抱えたくなったが、記憶の中と変わらない友人の姿に頭を更に頭を抱えたくなった。

 

ただ一つ分かることはある。目の前の相手は一番信用できる友人であり、その友人はこの非常識に巻き込まれる前から非常識であったという事だ。



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004

改めてハジメは思う。どれだけコイツは非常識なんだ、と。

 

自分が信頼してた友人は最初から自力での帰還を模索していた。

彼から聞いた言葉は、彼の計画していた手段の模索の前提。

彼が僅かな間でも京矢がイシュタルという老人の言葉に従ったのもクラスメイト達が一時的にでも守られているという状況を確認するためだった。

力を存分に発揮して、時に実戦経験豊かな騎士と互角に渡り合い、人類の希望の勇者さえ終始圧倒したのも、それは今回の迷宮の探索を利用して単独で自由に動くために死んだふりをする序でに、光輝の無駄なカリスマによって扇動されてしまったクラスメイト達に冷や水を浴びせて冷静さを与えるためだった。

 

 

 

 

 

最も強い京矢も死ぬ時は死ぬ。

 

 

 

その事実に、

現実として存在する死に、

戦う事に、

怯えて貰うために。

 

 

 

まあ、予想としては光輝とそれに追随する龍太郎の京矢が真っ先に見捨てる事を決めた二人を先頭に数名が戦う事を続ける可能性も予想していたが、それはそれ、そうなるであろう数人はトップの戦闘力の持ち主達なので問題ないだろうと考えていた。

雫が上手くストッパーになってくれると思ってたし。

 

「ってのが、オレが立ててた計画だった訳だ」

 

目的は同じ、ハジメはユエと二人だけで、京矢は元檜山一味と光輝と龍太郎の二人を置いてクラスメイト全員で、と言う違いはあるが自力での帰還の方法を探すと言う違いはあるが。

 

「まあ、目的は同じだから協力もいいけど、なんでそいつらだけ除外してんだ?」

 

「いや、だってあの、都合のいいことしか見てない自分勝手な正義バカと、その御都合主義のイエスマンのコンビだろ? 『イシュタルさんのことを信じられないのか!?』とか言って絶対邪魔するだろ」

 

なお、バカ二人残して早々死なれたら夢見が悪いので、弱いものイジメが好きな連中を残して存分に最大規模のケンカを楽しんでもらおうと檜山一味を残した訳だ。

 

帰還の邪魔をされては堪らないので最初から光輝と、真っ先に光輝に言うであろう腰巾着(龍太郎)を除外した訳だが、強ち間違い無いだろうとハジメも思う。

 

「ぷっ」

 

京矢の光輝のモノマネに吹き出してしまうハジメ。そして、二人して光輝をネタにして大笑いを始める。

 

なお、二人は知らない事だが、『二人の死を無駄にしない為にも』と演説しているが、浴びせられた死の恐怖と言う絶対零度の冷水で大半のクラスメイト達の頭が冷えてしまったのも有り、誰も光輝に追随しようとしない。

 

序でに京矢の計算外は一つ有った。

このクラスにおける京矢の影響力だ。元々女子を中心に人気があった上にこの世界に来てから見せた実力。剣聖と言う前例の無い天職のスキルとして見せた技の数々、京矢が居ればイケると思わせるには十分な活躍を見せた。

 

だが、そんな京矢でさえ死んだ。しかも、誰かが檜山が撃った魔法が二人を落としたと証言した時、犯人として挙げられた檜山を全員が混乱の中で責める。死人に口なし、光輝が責める者たちをなだめようとするが、最終的には残りの檜山一味に恨みの矛先が向いたほどだった。

恐怖から引きこもろうにも無理矢理部屋から引きずり出された者もいた程だ。

 

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 

光輝をネタに爆笑していた二人が落ち着くと、今後の目的を話し合う。

 

「まあ、オレ達の目的が僅かながらでもズレるのは、全部帰還方法を見つけてからの話だからな」

 

「そうだな、帰る方法を見つけてからでも遅くは無いか」

 

「まっ、最悪は先に帰ったお前が最悪妹や姉さん(あねさん)にこの事を伝えてくれれば、風に連絡を取ってくれるだろうしな」

 

セフィーロ経験者の魔法騎士達になんとか出来るかは分からないが、向こうにいる仲間に連絡が伝われば向こうからも帰還方法を探ってくれるはずだ。

 

「……姉さん(あねさん)って誰だよ?」

 

ふと、そんな疑問が湧いてくる。そもそも、義理の妹は居るはずだし会った事もあるのだが、ハジメの記憶では京矢に姉なんていなかった筈だ。

 

「ああ、オレがそう呼んでるだけで姉って訳じゃ無いぜ」

 

そう言えばハジメと会ったことは無かったと思いながら、ガチャから呼び出した二人目と三人目の人間の名前を挙げる。

 

「『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』とその妹の『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』。妹と同じくオレの力やらの事を知ってる知人なんだ」

 

主に、プレシア・テスタロッサが主犯となって行われたジュエルシードの一件の終盤に呼び出すことに成功した二人で有る。

闇の書の事件の折にはアガートラームのシンフォギアも入手出来たのでガイソーグの仲間として正体を隠して参戦もしてもらった。

 

「はぁ!? いや、マリア・カデンツァヴナ・イヴってあの歌手の!?」

 

「ハジメ……知り合い?」

 

「ああ、オレ達の世界の有名なトップアーティストなんだよ」

 

思いもしなかったビッグネームが出てきた事に驚愕を露わにするハジメ。

まさか自分の友人とトップアーティストと知り合いが言う事に本当に驚いてしまった。

 

既にこの時点でハジメの頭の中から檜山の存在は吹っ飛んでいまっていた。

 

「あー、そう言えば雫の奴がファンだって聞いたからサイン入りのCDを貰ったけど、お前には教えてなかったな」

 

「ああ、初耳だよ」

 

驚きすぎて疲れたと言う顔で京矢の言葉に返すハジメ。

友人が変身ヒーローで、巨大ロボも持ってて、地球が実は最近二度も滅びかけて、トップアーティストと知り合い。

 

これ以上は驚き過ぎで身が持たないと、もう本気で追求するのは辞めたハジメだった。

 

「最後に一つ聞いて良いか? どうやって、檜山の奴を道連れにしたんだ?」

 

「あー、それはな。……明らかにオレを狙った攻撃だったんで、反射的に攻撃された先にカウンターの鬼勁って技を打った」

 

「そうか」

 

京矢が剣士系の天職でありながら中距離のスキルを持って居る事は知っていたし、その中の技の一つに似た名前の物が有ると言っていた筈だ。その派生技なのだろうと思う。

 

その後はハジメ側のユエとの出会いを始まりとした事情説明となったのだが、その辺は割愛させて貰う。

 

「そっちは大変だったみたいだな。悪いな、せめてオレが同じ所に落ちてれば助けてやれてたってのに」

 

「そりゃ、お互い様だろ。お前だってオレを助けようとしなかったらこんな奈落の底に落ちなかったのに」

 

「さあな、檜山の奴からは恨まれてる自覚は有るからな。助けようとしなくても別の機会に命狙われただろうぜ」

 

そりゃ、露出狂の変態のレッテルを貼られれば誰だって恨むだろう。

 

「まっ、どっちにしても単独行動するために雲隠れする予定だったんだ、オレのことは狙い通りになった、その程度の事だぜ」

 

魔物の攻撃に巻き込まれて落ちる予定だったのがクラスメイトの攻撃によってになったのは問題だが、その程度の差でしかない。

寧ろ、雫が無茶をしてないかが心配なのだが、初日の内にコッソリとある程度の相談事はしておいたので、心配をかけた事を含めて後で謝っておこうと思う。

 

「それはそうと、手持ちの変身アイテムはまだ有るから、安全な所に出たらお前も使えそうな奴やろうか?」

 

「マジかよ!? 約束だからな!?」

 

自分向けではないライダーシステムはあるので、それらを渡したところで問題はないだろうと考えながら、オッケーという返事を返す京矢。

 

迷宮制覇に向けて改めて意識を向けるのだった。



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005

「本当に良いんだな?」

 

「ああ、やれるもんならやってみな」

 

互いに同系列のバックルを持って対峙する京矢とハジメ。互いの目は真剣そのものだ。

 

「「変身!」」

 

 

『turn up』

 

 

 

京矢がスペードとカブトムシを模した紋章を、ハジメがクワガタとダイアを模した紋章を潜り抜けると二人は姿を変える。

『仮面ライダーブレイド』と『仮面ライダーギャレン』へと。

 

 

「うおおおおおおああ! スゲー! マジで変身出来た!」

 

京矢が出した姿見の鏡の前でポーズを決めるギャレンに(ハジメ)。この世界にも元の世界にも仮面ライダーは無いのだが、ガチの変身ヒーローになれたと言うのはテンションを大いにあげていた。

 

「おい、本当にこれ貰っていいのかよ!?」

 

「メインウエポンが銃なんだぜ、オレよりお前のが使えるだろうから遠慮するなよ」

 

嬉しそうにギャレンバックルを受け取るハジメ。奈落の洗礼を受けても本当の変身ヒーローになれるのは嬉しいのだ。

なお、そんな仲良く話している二人に不満そうな顔をしているユエさんが居たとか。

 

 

 

 

 

 

さて、バールクスに変身していた京矢との再会やハジメに渡されたギャレンバックルの初変身を試していて時間は取られたが次の階層へと(やっと)向かった京矢を仲間に加えた一同。

 

「なんか、シュールな絵だな……頭に花の生えた恐竜って」

 

次の階層に向かうための階段を探している最中、ティラノサウルスを思わせる巨大な爬虫類の魔物が三人の目の前を闊歩して居た。だが、その頭に一輪の可憐な花を挿しているのだから迫力も台無しだ。

 

鋭い牙と溢れる殺気がその強大さを物語っているが、頭の上ではフリフリと一輪の花が揺れている。

 

 

 

『RX!』

 

 

 

京矢が無言のままにRXのライドウォッチを押すとそこから漏れ出した何かに怯えて即座に逃げ出して行ったが……。

 

「……そりゃ、普通は逃げ出したくなるぞ、それ」

 

「……ん、怖い」

 

「流石、超世紀王(仮面ライダーBLACK RX)

 

少なくともRXより強い魔物などこの迷宮には居ないのではないだろうかと内心思ってしまう京矢だった。

当然の事だが。

 

最初から平成最後の仮面ライダーの劇場版のラスボスの力で一方的に奈落の魔物を一方的に蹂躙できる京矢に全属性の魔法をノータイムで操るユエにこの世界には無い銃を使い熟練度が増してきたらハジメ。

最悪の場合は本能だけで動いてる魔物はRXライドウォッチを起動させる事で漏れ出した力に怯えて逃げ出していく。

 

「で、最初から変身したままで良いのか?」

 

「安全対策はしとくべきだろ? これでも絡め手には弱いんだしな、オレ達」

 

ユエが回復や結界の魔法が得意では無い為回復手段が神水に限定されると言う自分達の弱点を自覚した上でそう発言する京矢。

仮面ライダーブレイドに変身したままなのはその為だ。なお、使い慣れてない強力な力は軽々しく使わない方が良いと考えてハジメはギャレンのバックルを京矢に預けている。

 

なお、一度はハジメつながりでカリスを渡そうかと悩んだのは京矢だけの秘密だ。まあ、リムが刃になっている弓と言う特殊な武器は使い辛いだろうから辞めておいたのは正解だったかもしれないが。

 

手元にゾルダが有れば一番良かったが、残念ながら龍騎系ライダーの力は手元には無いのだ。

今後のガチャで手に入れたらハジメに渡したいところだが、契約モンスターの食事が問題になる可能性もある。(トータスでは魔物をマグナギガの餌にすれば問題ないだろうが)

 

「まっ、命を大事にして、適度にガンガン行こうぜ」

 

木々が鬱蒼としている森林を先頭に立って京矢が歩いて行く。ライダーシステムの防御力と接近戦特化の天職である為に前衛として自然と行動して居た。

 

数で不利になるのならばRXのライドウォッチで敵を恐慌状態にすれば良い。先程も200体近い頭に花を挿したラプトル擬きの群れに遭遇した時もそうして対応した。

強大なドラゴンも葬る強大な魔法を使えても、簡単な魔法で一撃で始末できるゴブリンの群れには意味は為さない事もある。数の暴力は厄介なのだ。

 

そんな訳で恐怖に襲われて逃げ出す群れを後ろから撃つ簡単な作業で終わった。

 

「なんか、オレさっきから何もしてない気がする……」

 

「……ハジメ、ファイト……」

 

大抵はユエの魔法で葬れ、それを避けた場合も京矢によって真っ二つにされて出番がない。だが、落ち込む前にリアル特撮ヒーローの活躍を見れて最初は興奮して居たのはハジメだけの秘密だ。

……脱出したら貰ったバックルの使い方を絶対練習しようと誓うハジメだった。

 

「そういや、知ってるか? 恐竜ってのは鳥の先祖って説もあるらしいぜ」

 

「これは完璧爬虫類だけどな……」

 

京矢の豆知識を聞きつつ少し落ち込み気味なハジメであった。

 

ふとそんな事を話していると先程倒したラプトル擬きの頭から落ちた花を手に取る。

 

(そう言う系列の魔物って事か? その割には異質すぎるだろ魔物と花が。……そうじゃ無かったら、この花は)

 

冬虫夏草と言う高級食材のキノコを思い出すと妙にこの花と重なってしまうのだ。

 

(寄生植物)

 

ブレイドのライダーシステムが何処まで防げるかは分からないが厄介な物に変わりはない。そう考えれば頭に花を挿しているのも納得出来る。そんな推測を考えて手の中にある花を握り潰す。

 

新たなラプトル擬きの群れに遭遇すると今度は正面から迎え撃つ構えを取る。

 

先制としてハジメのドンナーの弾丸が先頭の数体の頭を撃ち抜くが群の勢いは変わらない。

 

「ちっ」

 

仲間の死を意に介さずに動くラプトルの群れに舌打ちして三人は左右に分かれて回避する。

 

「旋!」

 

『thunder』

 

ブレイラウザーにサンダーディアーのカードを読み込ませて得意の剣掌・旋と複合させた即席の雷撃の竜巻にラプトル擬き達を飲み込ませる。

流石にこれには驚異と思ったのだろう、一瞬だが動きは止まる。

 

「それにしても、流行ってるのか?」

 

「……可愛い……」

 

「シュールなだけだろ」

 

花をゆらゆらさせながら殺気を向けてくる態度の落差が激しすぎる。

 

「そんな流行が出るほど知能が高けりゃ有難いんだけどな」

 

赤い複眼の仮面から視線をハジメへと向け一瞬のアイコンタクト。木々を足場に飛び回りながらラプトル擬きの花を切り落とす。京矢の考えを理解したハジメも気になっていたのだろう、何体かのラプトル擬きの花だけを撃ち抜いていく。

 

京矢とハジメに花を落とされたラプトル擬き達は一瞬痙攣したかと思うと地面を転がり木にぶつかり地面に倒れた。

 

「ラスト!」

 

ブレイラウザーの一閃が最後のラプトル擬きを斬り倒し、地面に転がった者以外の処理を終える。

ユエもトコトコとハジメの側によっているので京矢も安全に観察できる場所までラプトル擬きから離れる。

 

ユエは花とラプトル擬きを交互に見ながら、

 

「……死んだ?」

 

「いや、生きてるぽいけど……」

 

「花を落とされて気絶したって感じだったな」

 

暫く観察していると再度の痙攣と共に起き上がったラプトル擬き達は起き上がり周囲を見回すして、花を見つけると親の仇と言わんばかりに一斉に踏みにじった。

 

「え~、何その反応、どう言う事だ?」

 

「……イタズラされた?」

 

「いや、そんな背中に張り紙貼り付けて騒ぐ小学生じゃないんだから」

 

「いや、あの花って……何かから着けられたアンテナみたいな物じゃないのか?」

 

京矢が己の推測を告げる。

 

「寄生植物の一種かと思ったけど、花が落ちた瞬間ああなった以上はそれは無さそうだしな」

 

頭に根を張っているのならばまだ寄生された状態は続いている筈だ。それが無いのならばそう考えるのが自然だ。

 

ラプトル擬き達は一通り踏みつけて満足したのか、如何にも「ふぅ~、いい仕事したぜ!」と言わんばかりに天を仰ぎ「キュルルル~!」と鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたように京矢達の方へ顔を向けビクッとする。

 

哀れラプトル擬き達は用が済んだとばかりにハジメに頭を撃ち抜かれるのだった。

 

「今気付いたのかよ、どんだけ夢中だったんだよ」

 

「……やっぱり、イジメ?」

 

「でなきゃ、相当な恨みを持ってたって事だな。っ!?」

 

そんな会話をしていた時何かの気配を感じる。明らかに此方へと近づいている気配の数々。

 

「おい、二人とも、早くここから離れた方がいい」

 

京矢の言葉に『気配察知』を発動して確認すると馬鹿みたいな数が走ってきている。

 

「なんでお前はオレより先に気付けるんだよ?」

 

「潜った修羅場の数って奴だ」

 

「そう言われると納得するしか無いな。ユエ、急いで逃げるぞ!」

 

「どうしたの?」

 

「かなりの数の敵が迫ってきてる! チッ、包囲されてるだろうし、上に逃げるぞ」

 

「分かった!」

 

京矢の声に答えて、しゃがみ込むとユエはその背中に抱き着く。既に京矢は上に逃げて安全の確認をしてくれていた。

 

「急げ、時間はねえ!」

 

「ああ!」

 

上から見た光景に焦った京矢の言葉に従って急いで『空力』を使って木の上に逃げる。

 

「なんでどいつも頭に花つけてんだよ!?」

 

「……ん、お花畑」

 

「嫌な花畑だな、あれは」

 

目の前の光景に嫌な顔をしながら爆弾でも無いかと四次元ポケットの中身を漁ろうと思った時、

 

「なあ、南雲」

 

「どうした?」

 

「ご都合主義正義馬鹿の頭の中と今の光景って同じだな」

 

「……」

 

突然何を言ってるのかと思いつつ無言で続きを促すが、

 

「どっちも嫌なお花畑」

 

「…………っ!?」

 

次に飛び出してきた京矢の言葉に爆笑しそうになってしまったハジメだった。

 

「って、南雲、悪い!」

 

笑いを堪えたせいで枝の上から落ちそうになるハジメの腕を掴んで落ちるのを防ぐ京矢。

 

またも笑いのネタにされた光輝は王宮でクシャミをするのだった。



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006

さて、京矢の光輝をネタにした冗談でハジメが笑いそうになって枝から落ちそうになったと言うトラブルは有ったものの、無事に避難は成功していた。

 

「で、あの天之川ラプトルとかの天之川モンスター達は変異種か何かに寄生されてるって見て良さそうだな」

 

「……っ!?」

 

天之川モンスターと言う所で再び爆笑しそうになったハジメだった。

 

「どっちも頭に花が咲いてるって事で」

 

「っ!?」

 

京矢の言葉にハジメはその光景を想像したのだろう、更に爆笑しそうになる。

 

「ってか、寄生されてるって見て良さそうだぜ、アイツら」

 

彼らの眼下では頭に花が生えたラプトル擬き改め天之川ラプトルとラプトル擬きが殺し合いを始めていたのだが、明らかに数で勝る天之川ラプトル達がラプトル擬き達に一方的に虐殺されていた。

 

「あの花が咲いた天之川モンスター達の方がスペックが低過ぎる。アルビノとかの通常よりも劣化した個体にしてはそいつらが数で勝るのは変な話だしな」

 

異世界での経験者兼過去4回の死闘の経験(うち2回は地球の危機(ガチ))は伊達では無い。二種のラプトル擬きの動きや能力の違いから京矢はそう推測を述べていた。

 

「さっき頭の花を落とした時の反応や、花が無い方が能力が上がることとから考えて間違いは無いと思うぜ、南雲」

 

「……同感だ」

 

「多分、あの花の親玉が何処かにいる筈だ。そいつが他のモンスターを操るアンテナがあの花なんだろうな」

 

そう推測すると京矢は気配を殺したまま何処からかナイフ(城での訓練の際にコッソリと四次元ポケットに入れて投擲用として頂いたもの)を取り出して後方にいるトリケラトプス擬きに見える天之川モンスターの花を狙って投げつける。

 

ブレイドの腕力と京矢の技術で投げられたナイフは正確に頭の花を切り飛ばした。

すると一瞬意識を失った天之川トリケラトプスはトリケラトプス擬にもどった様子で辺りをキョロキョロとすると怒りに染まった憤怒の形相で後ろから他の天之川モンスターを襲い始める。

 

「これで証明できたか?」

 

「異常個体が特殊環境での繁殖って線は薄いかもな」

 

「…かも。ハジメ、気付かれた」

 

「ちっ」

 

「二人とも、なるべく頭の花を狙え、そいつがオレ達の殿(しんがり)になってくれる」

 

「ああ」

 

「……ん」

 

京矢のアドバイスに従い、天之川ティラノや天之川トリケラの花を落として正気に戻すと上手く周りの天之川モンスターを襲ってくれていた。

 

「勝手にヘイト集めてんだ。利用しない手はないだろう?」

 

まるで此方の位置が分かっているように動く的な動きに辟易しながらも、上手く同士討ちにして逃げる時間を稼いでいる為に余裕がある。

 

此方の進路を潰すように現れる敵はユエの広範囲殲滅魔法『凍獄』で一気に氷結させ、水晶の花が咲いた様な綺麗な光景を作り出していく。

 

「広範囲殲滅は出来ない訳じゃねえが、連発できないんだよな」

 

「それはお互い様だ」

 

京矢の手持ちの武器の中には広範囲殲滅用の攻撃が出来るものはそう多くない上に威力とチャージ時間と範囲が大きすぎるのだ。

 

「序でにブレイドもギャレンも強敵と一対一前提だからな。強力な技も基本単体攻撃用だぜ、覚えておいた方が良い」

 

「ああ、覚えとく」

 

使うと返って不利になる場合もあると言う京矢からの忠告を心に留めてハジメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く恐竜擬き達と天之川モンスター達から逃げ回っていると途中で見つけた縦割りの洞窟に敵を撒くために逃げ込んだ一同。

大人が二人並べば窮屈と感じる洞窟。当然ながら大型のティラノ擬き系は入って来れず、ラプトルタイプも一体ずつしか入ってこれない狭さだ。

 

「剣掌!」

 

殿を務めた京矢がブレイラウザーを振るい放つ衝撃波によって後ろに吹き飛ばされて後方の仲間を巻き込んで派手に倒れて行くラプトルタイプ。立ち上がろうとするたびにハジメが頭を吹き飛ばす。

 

そして、頭を吹き飛ばされた個体とそれの転倒に巻き込まれて動けない個体によって動きが止まってる間にハジメが錬成して洞窟を塞ぐ。

 

「「ふぅ」」

 

これで一応は安心できる。念の為に京矢は変身したまま、ハジメはユエを胸に抱きしめていつでも攻撃できる体制で休憩する。

 

「流石にオレ達は飯食って一休みって訳には行かねえな、この状況だと」

 

「そうだな」

 

「♪」

 

嬉しそうにハジメを見上げながら彼の首筋にカプッと噛み付いてチューと嬉しそうに血を吸っているユエを眺めながら二人はそんな会話を交わす。

 

「鳳凰寺、お前の方は余裕そうだな」

 

「仮にも戦闘用の強化スーツだぜ、これは」

 

ユエを抱えて全力で走ったハジメが疲れているのに対してブレイドに変身している京矢は息一つ上がっていない。

 

「ふぅ……ユエ、鳳凰寺、気付いてるか?」

 

「ん。逃げる方向によって敵の密度が違う」

 

「つまり、天之川モンスターにとって、近づいてほしくない場所が此処って事だな」

 

「そうだ」

 

この洞窟の方向に向かう度に百を超える群れが現れて妨害して来る。この洞窟のある方向に敵にとって近づいて欲しくない場所があると言う事だろう。

 

「で、南雲、お前の見立てだと此処に花の親玉がいるんだろ?」

 

「そう言う事だ。此処に花のあるモンスターの親玉がいるはずだ」

 

「そいつを倒せば楽になる」

 

「多分な。……油断だけはするなよ」

 

「ん」

 

「精々気合を入れるとするか。天之川モンスターの親玉のキング天之川(仮名)だからな」

 

「っ!?」

 

京矢のキング天之川と言う言葉に、何処ぞの龍の探索のスライムが集まる様に合体する複数の光輝が集まる姿を想像してしまい、その言葉にまた笑いそうになってしまうハジメだった。

 

休憩を終え、今度は先頭を京矢が行く。錬成で入り口を閉じた為薄暗い洞窟内ではライダーシステムの補助を受けた京矢の方が良いと判断してのことだ。

それでも三人は慎重に洞窟内を進む。奈落の一フロアの支配者が相手なのだから、油断していては一瞬で殺される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く道なりに進むとやがて大きな広間に出た。大型の魔物が潜むのにはちょうど良い広さだ。広間の奥には縦穴が続いている事から、そこが目的の下の階層への階段である可能性が高い。

 

敵の気配はないが気配察知のスキルをすり抜ける敵はこの洞窟には当たり前の様にいる。

 

広間の奥には大きな物が生まれた様子の花があるが敵の姿はない。だが、油断はできない。

 

(ん? 花?)

 

ふと京矢はそんな考えが浮かび足を止める。このフロアに来てから花には妙に縁があるのだ。

そんなフロアにある花など楽なものであるはずがない。

 

丁度三人がフロアの中央に来た時と京矢の思考がそこに至ったのはほぼ同時だった。

警戒する暇もなく全方向から無数の緑色のピンポン玉の様なものが全方向から飛んで来た。

 

「旋っ!」

 

剣を地面に突き刺し自分たちの周辺に剣掌・旋の竜巻を起こす事で緑色のピンポン球を弾く。序でにハジメとユエの二人と背中合わせになりピンポン球を迎撃する。

 

 

『FIRE』

 

 

ギャレンのカードを使い炎を纏ったブレイラウザーの斬撃でピンポン球を焼き尽くす京矢。その炎は刃の軌道に有ったピンポン球を掠っただけで燃やして行く。

京矢と同様に二人も迎撃して行くが数の多さにハジメが地面に手をついて壁を錬成して防ぐ。

大した力のないそれは壁にぶつかって潰れて行く。

 

(これで上から来る奴だけを注意すれば良い)

 

ユエも手数と速さに優れた風系の魔法で迎撃していて、京矢も火力による広範囲の殲滅を優先しているので大丈夫だろう。

 

「ユエ、鳳凰寺、恐らく本体からの攻撃だ。何処にいるか分かるか?」

 

「悪い、オレの方は推測程度しか出来てない。相手は植物だろうから多分地面の下だ」

 

先ずは京矢からの声が飛んで来た。推測程度とはいえ当たってるだろうと思う。

だが、ユエからの返事は返って来ない。

 

「ユエ?」

 

ユエからの返事が返って来ないことを訝しみユエの名を呼ぶが返事は返って来ない。

 

「……にげて……ハジメ!」

 

京矢はユエの警告を聞いてハジメの肩を掴んで急いでその場から跳び退く。

 

いつの間にか向けられていたユエの手に収束していた風が刃となって先ほどまでハジメが場所を通過して後ろにあった壁を両断していた。

 

「危ねえっ」

 

「ユエ!?」

 

まさかの攻撃に戸惑うがユエの頭の上にある物を見て納得した。彼女の頭の上にも花が咲いていたからだ。それも、彼女のためにあつらえた様な真っ赤な薔薇が。



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007

「くそっ、さっきの緑玉か!?」

 

「それしか考えられそうもないな」

 

安全策で燃やすことで対処していた京矢とは違い、ハジメとユエは弾丸や風の魔法で対処していたのだ、結果的に緑玉の中に有ったであろう花粉の様な物に寄生される隙が出来てしまったのだろう。

 

ハジメは己の迂闊さに自分を殴りたくなる衝動を抑えながら風の刃を回避し続ける。

 

「やってくれるな、キング天之川」

 

憎々しげに呟く京矢の言葉に同意するが、ハジメは内心で思う。この状況で仮名のキング天之川は止めろ、と。緊迫した状況なのにその名前が出るたびに爆笑しそうになる。

どうにかして頭の花を取らなければならないが、操っている者もハジメが飛び道具を持っていることを知っているのだろう、照準をつけさせない様に操っているユエに上下の運動を多用させていた。ならば、京矢が近づいて切り落とせば良いのだが、突然ユエが自分の片手を首に突きつけると言う行動に出た。

 

「近づくなって事かよ」

 

手持ちのカードでの遠距離攻撃、花の魔物に効果的な広範囲の火炎攻撃が可能な炎の魔剣の類は魔剣目録の中にはそれなりに有るが、残念ながらどれも強力すぎる。

 

マッハのカードを使った上での全力での接近からの斬撃による花の排除とユエの風の魔法による自身の首の切断の早打ち勝負など持ち込む気は京矢には無い。

 

「……ハジメ……うぅ……」

 

ユエが無表情を崩して悲痛な表情を浮かべる。天之川ラプトルの花を排除した時、ラプトル擬きは花を憎々しげに踏みつけて、他の天之川モンスターに攻撃も仕掛けていた。つまり、花をつけられて操られていても意識はあるという事だろう。体の自由だけを奪うというのは最悪な能力だ。

 

「……やってくれるじゃねえか……」

 

(調子に乗って出て来てくれれば隙を見て大技叩き込んでやれるんだけどな)

 

忌々しげに呟くハジメに対して、京矢は口に出さずそう考えているが、それだけ高い知性があるのかは分からない。

 

そんな二人の逡巡を察したのかキング天之川と仮名を付けられていた親玉が奥の暗闇から現れる。

 

「ブスなドリアードかアルラウネ? いや、マンドラゴラの化け物か?」

 

奥から現れたのは人間と植物が融合した様な魔物だった。内面の醜悪さが表面に現れた様な醜い顔の人と植物のキメラの様な化け物。

ウネウネと無数の蔓が触手の様にうねり、何が面白いのかその表情にはニタニタと笑いを浮かべている。

 

「南雲、上手くあのキングドブス天之川の注意を引いてくれねえか、隙を見つけて体の中から灰にしてやるから」

 

態々ギャレンのダイアスートのラウズカードを取り出して聞こえるように告げる京矢の言葉にビクっとした姿を見せるブスアルラウネ。慌ててユエを盾にするように自分の前に立たせてその後ろに隠れる。

 

「……ハジメ……ごめんなさい……」

 

自分が足手纏いになっている状況が悔しいのだろう、ユエは悔しそうな表情で歯を食いしばっている。

 

ユエを盾にしながらブスアルラウネは緑の球を放ってくる。ハジメがドンナーで撃ち落とす事で弾けた球の中から視認不可能の大きさの胞子が詰まっているのだろう。

 

だが、京矢にもハジメにも一向に花が咲く様子は無い。自分が優位に立っていることから浮かべていたニタニタ笑いを止めて怪訝な表情を浮かべる。

 

「……流石、アンデッド相手のライダーシステムだな。あいつ程度の胞子は通さないか」

 

「オレも使っときゃ良かったか、それ」

 

態々ブスアルラウネに対して挑発する様に敵の優位が消えている事を教えてやる京矢。

そんなに便利なら自分も変身ヒーローになっておけば良かったかと思うハジメであった。貸すのではなく貰ったのだし。

 

同時にハジメの持つ耐性から注意を晒せればラッキーとばかりに思いながら再度ファイアのカードを使いブレイラウザーに纏わせた炎を周囲に巻く様に剣を振る。

 

相手に胞子が効かないと知ったブスアルラウネは不機嫌そうに京矢を狙ってユエに魔法を発動させる。

 

 

『metal』

 

 

京矢が回避しようとするとこれ見よがしにユエが自分の首に手を向けるのでメタルのカードで動きを止めて風の刃を受ける。

 

(鳳凰寺)

 

京矢が先程からブスアルラウネに自分を狙う様に仕向けていた狙いを理解する。ハジメの耐性のことを悟らせない為に、自分へと注意を引きつける為に行動していたと。

 

固有魔法『金剛』をハジメは使えるが、それでも生身のハジメよりもライダーシステムに守られた上に近接戦闘に特化した自分の方が攻撃を受けるのは良いと判断したのだろう。

 

(やっぱり、お前だけは信用して良かったよ)

 

京矢の期待に応える方法を模索するが、それでも答えは出ない。

 

「ハジメ! 私はいいから……撃って!!!」

 

そんな二人の行動に触発されてか、覚悟を決めた様子でユエが自分に構わず撃てと叫ぶ。

足手纏いどころか攻撃してしまうくらいなら自分ごと撃って欲しい、そんな決意をしたのだろう。

 

「え? いいのか? 助かるわー」

 

これで後顧の憂いは無くなった、ラッキーとばかりに躊躇なく引き金を引くハジメくん。

 

パァーンと乾いた音が鳴ると同時に音が消えた気がした。京矢もユエもブスアルラウネも唖然とした様子でハジメを見ていた。

 

全員の意思が統一されてしまっていた。

 

 

『何やってんだよ、少しくらいは躊躇しろ』と

 

 

 

ポトっとユエの頭から花が落ちた音が響いた気がした。それほど深い沈黙だった。当のハジメは何故だとばかりに首を傾げている。

 

ユエはそっと頭の上を両手で触れてみるが花は無く、代わりに縮れたり焼けたりした自分の髪の毛が有った。

ブスアルラウネも避難するような目でハジメを見ている。

 

『ドロップ』『ファイア』『ジェミニ』

『バーニングディバインド』

 

 

そんな中、急にそんな電子音が響く。

 

「いや、気持ちはわかるけど、お前が抗議するんじゃねえよ!」

 

そんなツッコミが響いたのはブスアルラウネの真上で分身している京矢からだった。正気に戻った京矢が即座に突っ込みと共に元はギャレンの必殺技のバーニングディバインドを発動させていたのだ。

 

元々ラウズカードを使って他のライダーの技を使えるのはカリスとレンゲルの例を見ても明らかだ。今回はそれを利用してブレイドのままギャレンの必殺技を発動させた。

 

真上で炎を纏って分身して回転しながら放たれたドロップキックがブスアルラウネの頭に叩きつけられる。

所詮は植物の体に炎を纏った必殺キックの火力と破壊力を耐える力など無く、敢え無く断末魔の悲鳴を上げながら、砕かれながら焼かれると言う最後を遂げたのだった。

 

「今のがお前にやったギャレンの必殺技のバーニングディバインドだぜ」

 

「マジかよ、オレも今の技を使えるのか!?」

 

「バーニングディバイドのディバインドのタイミングで恋人の名前とか叫べば完璧だぜ」

 

リアル特撮ヒーローの必殺技を間近で見て、それを自分も使えると知って興奮気味のハジメだった。

 

「で、ユエ、無事か? 違和感とか無いか?」

 

気軽な感じで無事を確認するハジメをユエはジトーッとした目で頭をさすりながら睨んでいた。

 

「ちゃんとフォローしとけよ、はーちゃん」

 

「いや、なんだよ、はーちゃんって」

 

そう言い残して奥の探索に向かう京矢にツッコミを入れつつ、

 

「……撃った……」

 

「あ? そりゃあ……撃っていいって言うから……」

 

「…………ためらわなかった…………」

 

一瞬の躊躇いもなく撃ったことが不満そうなユエに(二人の身長差からお腹の辺りを)不満そうな顔でポカポカと叩かれているハジメをブレイドの仮面の奥でヤレヤレと言う顔で眺めながら先の道の探索を終えた京矢は空気を読んでユエの機嫌が直るまで黙っている事にした京矢だった。

 

自分達よりも長命種で年上であろうが、ユエとても女の子なのだ(光の巨人の若き最強戦士は光の国の基準では高校生くらいの年齢だそうなのでこの場合の年上と言うのも判断基準としては考えない方がいいかもしれない)。足手纏いになる位なら撃たれた方が愛と覚悟していても、乙女心としては少しくらいの躊躇はして欲しかったのだろう。

 

(まっ、今回は乙女心が分からないはーちゃんが悪いって事で、な)

 

そもそも、その後の言動も乙女心が分かって入ればもっと良いリアクションもあるだろう。

今後、ハジメの周りに集まる女が増えそう予感がするので少しは女心を理解した方が良い、とボス討伐と入口の閉鎖で安全が確保されたので休憩している間存分にユエのご機嫌取りをして貰おうと思う。

 

だが、ハジメの反応にユエはますますヘソを曲げてしまった様子で、ついにプイッとそっぽを向いてしまった。

ハジメは内心溜息を吐きながらどうやってユエの機嫌を直すか考え始める。

それはブスアルラウネの討伐よりも遥かに難しそうだ。

 

(まっ、人の恋路に首突っ込んで馬には切られたく無いからな)

 

そんな二人に全面的に無関係を貫く事にした京矢だった。

 



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008

京矢side

 

反吐がでる。

それがこの世界の人間に感じたオレの感想だ。

例がクソジジイ供だけだから仕方ないだろうし、オレ達を指導してくれた人は良い人だったけどな。

 

訓練とは言え久し振りにマジでやり合える人ってのも良い印象だな。

 

極一部の人たちには悪いが。

 

取り敢えず、邪魔になりそうな勇者(バカ)とその取り巻きを残してやるから勝手にしてくれ。

 

そっちが喧嘩を売って来ない限りはな、

喧嘩売って来るなら、その時は全力で消してやるよ、腐れ神!?

 

 

 

 

 

 

召喚後の京矢の内心。

これが後に魔王と呼ばれる男の相棒たる『大首領』の降臨が異世界に確定した瞬間であった。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前に立つだけで冷や汗が流れる。目の前の相手はこれまでの迷宮の的とは次元が違うことが一瞥しただけで分かる。

 

黒いボディに真っ赤な瞳。平成0号ライダーにして昭和のラストナンバーの仮面ライダーが目の前に在った。

 

『仮面ライダーBLACK RX』

 

昭和最強にして、唯一フォームチェンジの能力を持った仮面ライダーだ。対する京矢はバールクスの姿で対峙しているが片腕にあるRXライドウォッチは存在していない。

当然だろう、目の前の相手はそのライドウォッチから再生された模造品なのだから。

 

何故こんな事になってしまったのか?

それは数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブスアルラウネをバーニングディバインドで倒し、ハジメがユエの機嫌を損ねてから日が経過し、ハジメにもギャレンの使い方を教えてから数日。

三人は遂に真の大迷宮の百層目へと到達した。

 

これで表の迷宮の百層も含めると計200層の迷宮からなる此処を漸く走破した可能性が高い。

表の大迷宮が真の大迷宮の上澄み。変な言い方をすれば練習用のステージとすれば、真の迷宮も同じ深度である可能性が高い。

 

その最期の百層目その一歩手前、そこで京矢とハジメは装備の手入れを行なっていた。

 

京矢は魔剣目録を開いて改めて手持ちの剣を確認し、手持ちの中でどのライダーシステムを使うかの選択をする。

 

初めは魔剣目録の事にはハジメとユエにも驚かれたが、その中に収められた光輝に与えられたアーティファクトの聖剣がゴミに思える程の魔剣、聖剣、妖剣、邪剣の数々に既に驚くのに疲れてしまった。その中の剣に比べたら光輝の聖剣等単なる棍棒レベルの武器だろう。

しかも、魔剣目録自体も収納できるのは剣限定だがその広さは宇宙と同レベルの大きさを内包していると言うのだから驚くと言うのを通り越して既に達観の領域である。

 

そして、ハジメは手持ちの装備だけでなく、京矢から貰ったギャレンバックルの動作も確認していた。

それが強力過ぎるため、扱うハジメが片腕だけ等使いこなす上での不安点は多いが自分が作ったものよりも強力な武器なのだから、上手く使えれば現状一番頼りになる。

序でに個人的にも特撮ヒーローになれるそれは是非とも使って見たいと思っている。

 

そして、ユエは飽きもせず手元とハジメを交互に見ながらまったりとしている。

 

「見るからに嫌な予感がするな、南雲」

 

「ああ。感知系の技能に反応が無くても分かる。この先はヤバイってな」

 

「エースのカードはセットしとけよ。片手で戦闘中にそれをセットするのは難しいだろ?」

 

「ああ」

 

そんな会話を交わしてジクウドライバーを身に付ける京矢とエースのカードをギャレンバックルにセットするハジメ。

 

「ハジメ……」

 

「最高じゃねえか、漸くゴールに着いたって事だろ」

 

不安げに呟くユエにハジメは覚悟と決意を込めてそう返す。

 

「良いねえ、どっちにしても、何が出てきてもやるしか無いんだからな」

 

ハジメの言葉に楽しげに笑いながら京矢も答える。元より今から引き返すなどと言う選択肢など与えられていない。

 

準備は整ったとばかりに立ち上がるハジメ。それを見て京矢も立ち上がり、バールクスライドウォッチを起動させジクウドライバーへと装填する。

 

「変身!」

 

 

『ライダータイム! 仮面ライダー、バールクス!』

 

 

その姿をバールクスの物へと変えて準備は完了だと言う姿を見せる。

 

「しっかし、天之川がそれを見たら正しく使うべきだ! とか言ってきそうだな」

 

「ハハハ! 違いねえな。でもな、コイツはヴィランの力だぜ。正しく使ったら悪事だろ? あれか? あのバカ勇者はオレに世界征服でも企んで欲しいのかよ?」

 

光輝ネタで爆笑しているハジメと京矢の二人。最期の敵を前にして冗談を言い合って緊張をほぐしている二人だがそのネタが分からないので蚊帳の外のユエは不服そうである。

 

三人が階段を降りて最後の100層へと足を踏み入れると、そこは無数の巨大な螺旋模様と木の蔓が巻き付いたような彫刻が彫られた柱に支えられた広大な空間。

柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは凡そ30メートルは有り、地面も荒れたところはなく平らで綺麗なもので、何処か荘厳さを感じさせる。悪趣味な絵の飾られた神殿などより、余程神聖さを感じさせてくれる場所だ。

 

罠もモンスターも複雑な迷宮も無い広い空間が続く中、警戒しながら先に進んでいくと、そこが100層目の終点なのだろう、行き止まりに行き着く。

 

その先にあるのは巨大な両開きの扉。ここが終着、最後のフロアで間違いは無いだろう。

 

何も罠も迷宮も無いのはこれから現れるであろう敵が存分に力を震えるように、此方が優位に戦えるような空間を与えない為に罠も壁も無い広い空間を用意しているのだろう。

 

「ラストバトルの為に用意した場所って感じだな」

 

「ああ。空気が違うぜ、ここはヤバイってな」

 

「まっ、オレの力もラスボスの力って奴だ、油断は禁物だけど、そう警戒し過ぎるなって」

 

「ハッ! 確かに、こっちにもラスボスが付いてるなら充分に勝ち目はあるか。最高じゃねえか」

 

「……んっ!」

 

不敵な笑みを浮かべて隣に立つ京矢の変身しているバールクスのライダーの文字の複眼を見据えた後……目を逸らしてユエの方を見据えた。

妙に見ているとシリアスになれない顔面のライダーの文字である。

 

三人揃って扉の前に行こうとして最後のフロアに足を踏み入れた瞬間、赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる巨大な魔法陣が扉の前の空間に現れた。

 

「「っ!?」」

 

あの日、自分達を窮地へと追い込んだ忘れたくても忘れられないあの魔法陣だ。だが、そんな物とは規模も複雑さも違う。

 

ラスボスはこのフロアに攻略者が入って初めて姿を表すのだろう。先程まで用意されてさえいなかったのだ。

 

「ユエ、鳳凰寺、気を付けろ……相当ヤベェ奴が来るぞ!」

 

「っ!? 悪い、どうやら、オレは別の相手を用意してくれてる様子だ」

 

警戒を浮かべていたハジメだったが京矢のその言葉に驚愕を浮かべて彼の方を振り向く。

 

京矢の足元に現れているのは、目の前の魔法陣と同じく忘れられない物、彼らが奈落へと落ちた日に窮地へと彼らを運んだ魔法陣だ。

 

「鳳凰寺!」

 

「先に行って待ってろ、南雲! オレもすぐ追いつくぜ!」

 

そう言い残したのを最後に京矢の、仮面ライダーバールクスの姿は消えた。次の瞬間、召喚の魔法陣が強く輝き、そこならは巨大な体躯と六つの頭と長い首、それぞれの頭には鋭い牙と赤黒い眼を持った怪物が現れた。

 

ハジメの知識の中にあるそれとよく似た特徴のある神話の怪物『ヒュドラ』と一致する。

 

どう形容していいのか分からない不可思議な咆哮を上げて六つの眼がハジメとユエを見据える。

愚かな侵入者に死と言う名の裁きを与えるべく、最後の番人がその牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

何処かへと転移させられる感覚の中、体制を立て直して目の前の召喚の魔法陣を見据える。

弾き出されるような感覚で体制を立て直して床に立った瞬間、片腕を近くの柱にぶつけてしまい、腕に装着してあったライドウォッチが外れてしまう。

 

「しまった!」

 

そのライドウォッチを拾おうとするが、それは意志を持っているように床に弾かれ床を滑りながら魔法陣の中へと入っていく。

 

「おいおい、マジかよ」

 

ライドウォッチが入った瞬間、魔法陣が形を変える。魔法陣からシンプルなライダークレストへと。

 

 

『RX!』

 

 

そして、響き渡るのはそのライドウォッチの起動音。

ライダークレストの召喚陣の中から現れたそれは射抜くような視線を京矢へと向ける。

 

 

……最強が現れた。

 

 

真っ赤な目に、黒いボディを持つ仮面ライダー。

 

 

その名は

 

 

 

『仮面ライダーBLACK RX』

 




なお、今回のことが原因でこの迷宮のラスボスに太陽の子が追加されて、大迷宮の難易度が場合によってはルナティックになりました。


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009

戦闘体制を取り構えを取るRXに対してベルトから剣を出現させるバールクス。

今まで無造作に切り捨ててこれたこの迷宮の魔物達とは格の違う相手に構えを取る。その構えは自然と剣士ある京矢が得意とする八相の構えだ。

 

睨み合うだけで神経が削られる強敵を目の前に自然と手に汗がにじむ。何分、何秒睨み合っていたのか分からない。或いは数秒も経っていないのかもしれない。

 

そんな中、先に動いたのはRXの方だった。

 

「っ!?」

 

音も無く床を蹴り京矢へと接近して拳を振るう。ギリギリだったがなんとかそれに反応して剣を盾に防ぐ事には成功した。

 

(っ!? 知ってたけど、強すぎだろ!?)

 

その一撃を防いだ瞬間京矢の体が後方へと吹き飛ばされる。直接は受けていないはずなのに両手には痺れが残る。

 

「これ、本物ならどれだけ強いんだよ」

 

バールクスのライダーシステム越しでのこのダメージだ、生身ではなす術なく今の一撃で終わっていただろう。

しかも、これで目の前の相手は、本物では無く複製品なのだ。最強と言われた仮面ライダーは伊達ではない。

 

(まっ、所詮力を使ってるだけのオレと複製とは言え最強クラスの本物、差があるのは当然か)

 

そう思いなおして仮面の奥で笑みを浮かべ、京矢は剣を構え直す。ゆっくりと此方へと歩んで来るRXを見据えながら、

 

「行くぜっ!」

 

 

-地摺り青眼!-

 

 

青眼の構えから地に叩きつけるように振り下ろした剣から放たれた真空波が無防備なRXへと向かって行く。

 

その真空波を受けて一瞬止まった瞬間を逃さず、

 

「おおおおおぉ!」

 

 

『八相斬り』

 

 

一気にRXとの距離を詰め、八相の構えからの袈裟と逆袈裟からなる連撃を放つ。

目の前の相手を前に一瞬でも攻撃を緩めたら不味いと判断した京矢の選択は休みなく連撃を続ける。

 

 

-八相斬り・乱舞-

 

 

並みの魔物ならば一撃で仕留められるであろうその攻撃を何度も受けながら……

 

「がはっ!?」

 

京矢は腹部に熱と痛みを感じて吹き飛ばされる。

目の前にいる最強は京矢の技を受けながらもダメージを負った様子もなく逆に反撃をして来た。

 

「ゲホッ……! だったら、こいつで!」

 

 

『ロボライダー!』

 

 

吹き飛ばされて距離が開いたのを幸と腕からライドウォッチを外し、それを起動させる。

剣の先端に光が集まり京矢はそれを突きの形でRXへと放つ。

 

「ボルティックシューター!」

 

突き出した剣から放たれた、RXの姿の一つであるロボライダーの武器である銃『ボルティックシューター』の力をバールクスの剣から放つ技として使うこの力ならば、そう判断しての行動だ。

 

京矢の予想通り、この技を受けて始めてRXは京矢の攻撃に防御の構えをとった。

 

「良し!」

 

防御の体制をとったRXの姿に微かに笑みを浮かべ、追撃を放つべく距離を詰める。

RX自身の力の一部ならばダメージを与えることもできる。そう判断しロボライダーのウォッチの力の残る剣を下段に構えながら突撃する。

 

だが、等のRXも黙って受けるわけはなく京矢を迎え撃つべく拳を振るう。

 

「へっ!」

 

直前で上に跳びそれを回避し、RXの拳を踏み台にさらに高く跳び、空中で前転でもする様に回転しながら無防備なRXへと剣を振り下ろす。

 

ロボライダーウォッチのエネルギーと回転による遠心力を込めた斬撃。それならば効くだろうと思っていた京矢だったが、

 

「なん……だと?」

 

ピクリとも動かない剣。振り下ろされる直前に京矢の剣はRXに片手で受け止められていた。

 

「ヤベっ!」

 

剣毎地面に叩きつけられそうになるった瞬間、剣を手放してRXから距離を取る。だが、RXはその行動を予想していた様に京矢へと回し蹴りを放つ。

 

「っ!?」

 

咄嗟に片手で防ぐ事に成功するが腕を襲う激痛に思わず悲鳴が溢れそうになる。

腕は動くし痺れは残るが問題はない。生身で受けていたら腕が折れる程度で済めば幸運、下手したらそのまま体が真っ二つにされていても不思議ではない。

 

地面に倒れ落ちながら剣を拾い上げ、RXの頭を狙って振り上げるが相手には紙一重で避けられ拳を握りしめられる。

 

 

『バイオライダー!』

 

 

続けてバイオライダーのウォッチを起動させその能力を発動させると同時に、引き絞った弓から放たれた矢の様なパンチが放たれる。

 

だが、液化の能力を得た京矢の体にダメージは無く液化したまま距離を開けた所で元の姿に戻り、

 

「はぁ!」

 

 

-剣掌・鬼勁-

 

 

死角より襲い掛かる気刃を放つ。死角より襲い掛かる不可視の気刃。これならば多少のダメージは期待できるだろうと考えたのだが、

 

「嘘だろ!?」

 

衝撃音が響く。死角から迫る不可視の気刃を撃ち落とすRXの姿に思わず驚愕してしまう京矢。

 

『その程度か?』

 

「っ!?」

 

そんな声が聞こえた気がした。気のせいかもしれないが、目の前のRXの空気が変わるのを感じてしまう。

 

京矢へと向かってくるRXに対し、

 

「旋!」

 

剣掌・旋。竜巻状の衝撃波を放つがRXはその竜巻を貫き京矢へとパンチを撃つ。

 

「がっ!」

 

それを防ぐも腕に装着していたロボライダーのウォッチが当然のように外れ、

 

 

『ロボライダー!』

 

 

RXの、本来の力の主人の元へと消えていく。

複眼の輝きが増す。纏う闘志の質が変わる。複製とは言え三分の一から三分の二の力を取り戻した仮面ライダーの姿が目の前には有った。

 

先程まででも充分過ぎるほど強かった敵が更に強くなってしまった。このままでは拙いと言う焦りが京矢にその選択をさせてしまう。

 

「くらえ!」

 

 

『バールクス! ターイムブレーク!』

 

 

本来は回し蹴りを放つ技を飛び蹴りの体制でRXへと向かって放つ京矢。それに応じる様にRXもまた、片手で地面を叩きジャンプし、後方回転しながら赤熱化した両足を揃えたキックを放つ。

 

バールクスタイムブレークとRXキック。二つの必殺技が空中でぶつかり合う。

 

共に赤い光を足に纏って放つ必殺キックだが、徐々に京矢の方が押され始めてきた。二つの必殺技の衝撃によるものか? それとも、それがそのウォッチに宿る意思による物か?

 

バイオライダーのウォッチが京矢の腕から外れRXの元へと消えて行った。

 

 

『バイオライダー!』

 

 

複眼の真紅の輝きが増し、両足の赤熱の輝きが強さを増し、必殺技の圧力が増す。

いや、それは増したのではない、取り戻したと言うべきだろう。

 

『RXキック!』

 

その拮抗が崩れた瞬間、京矢の必殺技が押し負ける。

 

「ぐっ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

悲鳴をあげながら変身が解け、そのまま吹き飛ばされていく。

 

必殺技を放った後の体制から地に降りるとRXはゆっくりと吹き飛ばされた京矢を追いかける様に歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメ!」

 

うつ伏せに倒れこむハジメの下からジワっと血が流れ出している。ハジメの『金剛』を突き抜けダメージを与えたのだろう。

ユエの『蒼天』にもある程度耐えた魔物の外殻で作ったシュラーゲンを咄嗟に盾にしなければ即死していた事だろう。

 

仰向けにしたハジメの容体は酷いものだった。指、肩、脇腹が焼け爛れ、一部の骨も露出し、顔も左半分が焼けて右目から血を流していた。

角度的に足への影響が少なかったのは不幸中の幸いだろう。

 

ユエは急いで神水を飲ませようとするが、そんな時間をヒュドラは与えてくれるはずもない。

直径10センチほどの光弾をガトリングの様に撃ち出してきた。

 

ユエはハジメを抱えると力を振り絞ってその場を離脱し、柱の影に隠れる。

柱を削る様に光弾が次々と打ち込まれる中、ユエは急いで神水をハジメの傷口に振りかけ、もう一本を飲ませようとする。

だが、もう飲み込む力も残っていないのか、ハジメはむせて吐き出してしまう。

 

ユエは自分の口に神水を含んでそのまま口付けし、むせるハジメに無理矢理神水を飲み込ませる。

 

「どうして!?」

 

だが、神水は止血の効果はあったものの、中々傷を修復してくれない。いつもなら直ぐに修復が始まるのに、何かに阻害されているかの様に遅々としている。

 

「……今度は私が助ける……」

 

そう決意の言葉を口にしてユエはドンナーを持ってヒュドラの注意を引くべく飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この程度なのか』

 

ハジメの脳裏に誰かの声が響く。

 

(誰だよ、うるせえな)

 

『オレの知っているギャレンはもっと強かったぞ』

 

また別の誰かの声が聞こえる。薄れそうになり意識を繋ぎ止めるように握り締めたそれの感覚がそれを何かと教えてくれる。

 

『その程度で倒れるようならば、お前にギャレンを名乗る資格は無かった様だな』

 

侮蔑するわけでもない、ただ淡々と事実を告げられる諦めに似た声に怒りを覚える。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

そんな声に苛立ちを覚える中で間違い無く聞こえた呻き声はユエの声だ。

 

まだヒュドラは生きている。なら自分が動けない以上ユエが一人で戦っている事はすぐに理解した。

 

無理矢理意識を取り戻して目を見開く。ハジメの手の中には京矢から渡されたギャレンバックルが有った。

片目を焼かれたせいか視界が半分ほど見えない。

 

ヒュドラの極光には生物の体を溶かす毒に近い性質があるのだろう。神水の回復力と魔物の肉を喰らい強靭さを得たハジメの体の耐久力が侵食を押さえているが、それだけだ。

 

全身の痛みを堪えながらハジメは立ち上がり、ギャレンバックルを装着する。

 

自分とユエ以外この場には誰も居ない。先ほどの声は幻聴だったのだろうか? そんなことを思いながら即座に思考から消す。

 

「変……身っ!」

 

 

『turn up』

 

 

 

全身の痛みを堪えながらオリハルコンエレメントを潜り抜けながらその姿をヒーローの物へと変える。

その瞬間、失った筈の腕が誰かに引かれるような感覚を覚えた。

 

『お前は失うな』

 

そんな声が聞こえたと思うと失った片腕を覆う力無く垂れていたスーツの手首に見たことの無い装備……ラウズアブソーバーが存在していた。

 

見たこともない筈なのに使い方は分かる。そんな事を疑問に思う暇もないとばかりに足を動かす。

 

破滅をもたらす極光を避けるため光弾に自ら飛び込んだユエは回避の代償に光弾を腹部に受けてしまう。

 

「うぅ……うぅ……」

 

体は動かない。動かなければ光弾に蹂躙される。それは分かっている。だからこそ必死にもがくが体は言う事を聞いてくれない。

ユエはいつしか涙を流していた。悔しくて仕方がないのだ。自分ではハジメを守れないのか、と。

 

勝利を確信したヒュドラから放たれる光弾が迫る中ユエは目を閉じなかった。

せめて、心だけは負けるものかとヒュドラを心の中でハジメに謝罪しながら睨みつけた。

 

その刹那……一陣の風が吹いた。

 

「えっ?」

 

気がつけば、ユエは、自分が抱き上げられ光弾が脇を通り過ぎていくのを見ていた。そして、自分を支える人物を信じられない思いで見上げる。

 

それは赤と銀の人影。前に京矢に渡された道具でハジメが変身していた姿だっだ筈だ。

 

「泣くんじゃねぇよ、ユエ。お前の勝ちだ」

 

「ハジメ!」

 



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010

「ぐっ……」

 

肉体的な欠損はないがダメージは大きい。

ハジメが戦ったヒュドラとは違い毒のような性質の広範囲攻撃は無く純粋に強いRXである事が救いだったのだろうか?

それとも、バールクスのシステムが持つ防御力による物か?

或いはその両方かは不明だが、ダメージの大きさは兎も角ハジメと比べれば余程軽傷と言えるだろう。

 

「どうする?」

 

血の気の引いた頭で考えてみるが、バールクスでは勝ち目は薄い。

バールクスがRXの模造品な時点で戦闘スタイルは近い分変身者の差が大きく出てしまうだろう。

 

 

歴史から生み出されたコピーとデータから生み出された模造品。

 

 

前者の方が限りなく本物に近い。模造品を纏った己とは格が違うと言う事だろう。

 

(こいつは……もう、ダメそうだな)

 

諦めの感情が頭の中に浮かび、それを受け入れてしまいそうになる。

 

(後は南雲に任せるしか無いか?)

 

元々人数こそ違えど元の世界への自力での帰還と言う目的は同じなのだ。

あとはハジメに任せてここで倒れてしまってもいいのでは無いか?

そんな弱気な考えさえ浮かんでくる。

 

全てを諦めて目を閉じれば楽になる。そんな誘惑に負けそうになってしまう。そんな時だった。

 

『それで良いのか?』

 

そんな声が聞こえたのは。

 

「っ!?」

 

その声に反応して飛び起きる。

 

「最後まで諦めるなって事か? ったく、そうだよな。アンタはこんな状況よりも絶望的でも、勝ち取ったんだからな」

 

その声の主が誰なのか理解してしまった。

此処にいるはずのない、だがその声を聞いたとしても不思議ではない人物を。

それを理解してそう言って京矢が取り出すのはブレイバックル。

 

「何より、あの日、あいつに約束したんだからな……全員で帰る方法を探すって、な」

 

まあ、その時点で絶対に邪魔しそうな一部を見捨てる事を決めていたが。

そんな一部の例外の事は一時思考の片隅に置いておいてブレイバックルを装着する。

 

闇の中から目の前に現れるのは『最強』。だが、敵が最強であろうと諦めるわけにはいかない。

 

「行くぜ、変身!」

 

 

『turn up』

 

 

奇しくもハジメと同じタイミングでオリハルコンエレメントを潜る京矢。片腕が誰かに引かれる感覚を覚えると、腕にはラウズアブソーバーが装着されていた。

 

『負けるな』

 

「ヘッ。ありがとうございます、剣崎さん」

 

激励の言葉と彼が託してくれたであろう力への礼を述べて京矢はブレイドへと変身するとRXへと対峙する。

 

ラウズアブソーバーの使い方は知っているし、理解した。選択肢など一つしかない、RXに対抗できる手段はただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユエは感極まったようにハジメに抱きつく。

怪我はほとんど治ってない。今、ハジメは気力とギャレンのライダーシステムの恩恵だけで立っているような物だ。

 

ギャレンの仮面の奥からヒュドラを睨みつける。余裕そうな態度で光弾を浮かべ、今更死に損ないが何をしに出て着たとでも言うような態度で問答無用で光弾を放つ。

 

「遅ぇな」

 

ギャレンはギリギリまで動かず、光弾が直撃する寸前でふらりと倒れる様に動き、回避する。

 

ヒュドラの銀色の頭の目が細められ、無数の光弾が一気に襲いかかってくる。

 

「ハジメ、逃げて!」

 

ユエは必死の表情で言うが、ギャレンはどこ吹く風。ユエを抱いたままダンスを踊るようにくるりくるりと回り、時にふらふらと倒れるように動いて光弾をやり過ごす。

そんな光弾が彼を避けているような光景にユエは目を丸くする。

 

「ユエ、流石に今は血は吸えないよな」

 

ライダーシステムはアンデッドの攻撃からも致命傷から変身者を守るだけの防御力がある。それが仇となってユエに血を与える事は出来ない。

 

「切り札はある。オレの言う通りにしてくれ」

 

ユエに片腕のラウズアブソーバーの使い方を簡潔に説明する。

 

「……やるぞ、ユエ。オレ達が勝つ!」

 

「……んっ!」

 

 

 

 

 

『アブソーブクイーン』

 

 

 

 

 

京矢もハジメの指示に従ったユエも、共にクィーンのカードをラウズアブソーバーにセットする。

 

 

 

 

 

 

『エボリューションキング』

 

 

 

 

 

そして、京矢とハジメが選択するカードは最強の一手。

13枚のスートの頂点に立つ王の名を持つ最強のアンデッドのカードだ。

 

ブレイドの体にラウズカードが、13体のアンデッド達が融合し、その体をラウズカードのクレストの刻まれた金色の装甲が纏う。

 

ギャレンはブレイドとは違いカテゴリーキング単独での融合だが、ボディにはギラファアンデッドのクレストの刻まれたより重厚な金色の装甲が全身を包み込む。

 

金色の王の力を纏った二人の仮面ライダーが、互いの挑むべき敵と対峙した瞬間だった。

 

「おおおおお!」

 

ブレイドキングフォームのクレストの二つが輝き力を纏ったパンチと赤熱を纏ったRXのパンチがぶつかり合う。

 

二つの拳のぶつかり合う衝撃に床が砕ける。だが、二人のライダーは一歩も下がる事なく互いを睨みつけていた。

 

「やっと、手が届いたぜ!」

 

次に動いたのはブレイドキングフォームの方だ。ブレイドキングフォームのパンチの連撃をRXもまた同じくラッシュで迎え撃つ。

 

最後の拳をぶつけ合った瞬間、弾かれるように二人のライダーは後ろへと下がる。力負けしたのではなく互いに別の攻撃に移るために距離をとったのだ。

 

RXはRXキックの体制に入り、ブレイドキングフォームは三つのクレストを輝かせ、通常フォームの必殺技を再現する。

 

理論上は可能な『キック』『サンダー』『マッハ』の三つのカードのコンボによる必殺技『ライトニングソニック』だ。

 

ぶつかり合うRXとブレイドキングフォームの必殺キック、RXキックとライトニングソニック。

その二つの必殺技の激闘により周囲の柱が砕け散る。

 

「負けられねえんだよ、オレは!!!」

 

微かにRXに押される中、ブレイドキングフォームの加速が増し拮抗が戻る。

再度メタルのカードのクレストを輝かせ、力を上乗せする。

 

その瞬間、衝突地点で起こる爆発。それに吹き飛ばされ地面に着地するRX。姿の見えないブレイドキングフォームを警戒するように爆煙を見据え、ベルトに手を翳しそれを出現させる中、

 

 

『スペード10、J、Q、K、A』

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

光のラウズカードを潜り抜けながら、重醒剣キングラウザーを構えながらブレイドキングフォームは一直線にRXへと向かう。

 

 

『ロイヤルストレートフラッシュ』

 

 

最強の手役を完成させ、極光の輝きを纏ったキングラウザーを上段に構えながらRXへと振り下ろされたそれを、

 

「なっ!?」

 

RXは無防備に受ける。そして、その行動に戸惑うブレイドキングフォームにRX、ロボライダー、バイオライダーのライドウォッチを手渡し、彼を突き飛ばす。

 

「ったく」

 

戸惑う京矢を他所に、満足げに頷きながら最強は爆散して行ったのだった。

 

「勝った気が……しねえよ……」

 

そんな言葉を言い残して変身が解除された京矢はその場に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、ギャレンキングフォームに変身したハジメの目には全てがモノクロに見えていた。

モノクロームの世界の中で全てはゆっくりと動く中、ギャレンキングフォームだけが普通に動ける。

 

それがハジメの得た技能『天歩』の最終派生技能『瞬光』。

京矢が知ればアクセルフォームかクロックアップと称するであろうその力をキングフォームの姿で発揮するハジメ。

 

(余裕だ!)

 

生身で有れば見えていても体が持つかわからない極光の嵐の中を今のハジメは鼻歌交じりで抜けることが出来る。

ギャレンキングフォームの防御力と身体強化能力が瞬光の負担から守り、一瞬で蒸発しかねない極光もその他の中にある重醒銃キングラウザーを叩きつけ弾き晒し他の極光とぶつけて相殺する事も出来る。

 

(この弾幕の中でも余裕で貫けるだと? 何て威力だ)

 

自分が使った力に逆に畏怖さえ覚えてしまうハジメだった。それを使っていた男にさえも。

……まあ、盛大な誤解で、本編中一度も使ってなかったが、ギャレンはキングフォームを。

 

それはさておき、ヒュドラは先程のユエや今のギャレンの銃撃に全くの無傷と行かなかったのが気にくわないのか、頭を振って回避する。

外れた銃弾は明後日の方向に飛んでいき、天井に穴をあける結果に終わる。

 

場所を変えながらキングラウザーを撃つギャレンキングフォーム。だが、その全ては外れて天井を穿つ。

 

リロードの手間も無く無制限に撃てる強力な銃の便利さに気を良くして連射を続けるギャレンキングフォームに対してヒュドラは嘲りを浮かべる。

 

 

-錬成-

 

 

天井付近に逃げたギャレンキングフォームを追って天井に向かって極光を放つのに合わせてハジメは天井を錬成する。

 

それを回避すると同時に天井がヒュドラへと崩落する。

ヒュドラの巨体を上回る質量が崩落したのだから、その純粋な大重量の呼ぶ破壊力はヒュドラを押しつぶす。

 

「ユエ!」

 

「んっ! 『蒼天』!」

 

青白い太陽がヒュドラを飲み込み少なくないダメージを与える。

苦しみながら自棄でも起こしたように極光を撃ち出すヒュドラ。

そんなヒュドラの極光を回避しながらユエはハジメの片腕の代わりになりキングラウザーのトレイを展開指示されていたカードを抜き出し読み込ませる。

 

 

『ロック』

 

 

ロックトータスのカードの力を得たキングラウザーの弾丸をヒュドラへと放つと、ヒュドラの耐性など全てを無視して石化させる。当然だ、その力はアンデッドの力を借りた異質な力。この世界の耐性など、無いに等しい。

 

石化して動きを止め事で極光も止まる。そんなヒュドラを見据えながらハジメはどう猛な笑みを仮面の奥で浮かべながら最後の一手を放つ。

 

 

『バレット』『ファイア』『ラピッド』

『バーニングショット』

 

 

三枚のカードを読み込ませ、発動させる最後の一手。ヒュドラへと肉薄したハジメは銃口が埋まるほどキングラウザーを石化したヒュドラの体に突き刺し、

 

「この距離なら効くだろ?」

 

冷酷に宣言しながら引き金を引く。

 

体内に打ち込まれた炎の弾丸によって石化が解けると同時にヒュドラは体内から爆散する。

 

「……ハジメ?」

 

それを確認すると自然とギャレンへの変身が解ける。

 

「流石に……もう限界」

 

「ハジメ!」

 

今までのダメージと出血と疲労、瞬光の脳への負担、キングフォームの負担、それらが襲いかかったハジメもその場に倒れるのだった。

 



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011

最後の部分に加筆を加えました。


意識を取り戻した京矢は柔らかな感覚を覚えた。迷宮に落ちて以来久しく感じたことの無いベッドの感覚だ。

 

(あー、そういや、手持ちの道具にそう言うのは無かったよな)

 

安全な別空間を作り出してそこを休憩所に出来る道具は実は京矢のガチャ得点には無かったりする。

いや、正確に言えば無いことはないが一度使うと設置した場所から移動できない為に使い道が無いから使えない。

 

(それにしても、なんでオレはベッドで寝てたんだ?)

 

誰かが運んでくれたと言うのが一番あり得そうな可能性だが、そのあり得そうな可能性を考えると一番恐ろしい。

 

(まあ、南雲達が見つけて運んでくれたんだろう、多分)

 

伸びをしながら周囲を確認するとそこは純白のシーツに天板付きのベッド。どう見ても物凄い高級品である。

暖かな光に満たされた神殿の様な場所に寝かされていたことを疑問に思いながらも現状を確認する為に行動を開始する。

 

 

 

然程時間もかからず同じベッドで寝ていたハジメとユエを見つけて、二人が起きるまで待つかと場所の探索を続ける京矢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい加減に起きやがれ! この天然エロ吸血姫!』

『!? アババババババアバババ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、

 

「お、二人とも起きたみたいだな」

 

ハジメの叫びとユエの珍妙な悲鳴を聴きながら、探索の途中で見つけた風呂に入って汗を流して四次元ポケットの中から取り出したコーヒー牛乳を飲みながらそう呟く京矢だった。

 

「南雲、起きたか?」

 

「お前もなんで寛いだんだよ!?」

 

バスローブ姿で顔を出した京矢にツッコミを入れるハジメだった。

 

「ん? 風呂があったから入ってきたからに決まってるだろ? お前ら着替えて汗流してこいよ、ここは安全そうだしな」

 

取り敢えず、そんな京矢の姿に頭を抱えつつも投げ渡された二人分のバスローブを受け取り、勧められた通り風呂に向かうハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、風呂から出たハジメとユエにコーヒー牛乳を勧めつつあれから何があったかを確認した。

ハジメもギャレンキングフォームに変身してヒュドラを倒した後そのまま倒れてしまって意識が無かった為、あまり重要な情報はなかった。

 

なので、ユエ曰くぶっ倒れたハジメの横で魔力枯渇でフラフラのユエか寄り添っていると、突然扉がひとりでに開いたそうだ。

新手かと警戒したもののいつまで待っても何もなく、時間経過で回復したユエが確認しに扉の奥に入った。

 

神水の効果で少しずつ回復はしているがハジメが重傷であることに変わり無く、以前危険な状態であり、強靭な肉体が一命を取り留めているが、極光の毒素がいつ回復力を上回るか分からない。そんな状態で新手が現れたら一巻の終わりだ。その為、確かめずにはいられなかった。

そして、そんな彼女が踏み込んだ先は、

 

「…………反逆者の住処」

 

既に治療が終えられて寝ていた京矢の姿があった事に驚いたが、それで危険がない事を確信したユエは別のベッドルームにハジメを運んで看病していたそうだ。

神水が残り少なくなっていた為、神結晶から最近量が少なくなった神水を摘出して飲ませたりして。

 

京矢については既に治療が終わっていたので手当てを施す必要もなく、また出来る事も無かったそうだ。

 

…………そこで一つ疑問が増えてしまった。京矢をここに運んで治療したのは誰か、と言う。

 

なお、極光の毒素に神水が勝って通常の回復を見せ始めた所でユエも安堵から気が緩み、力尽きてしまったそうだ。

 

その後は先に治療を終えられていた京矢が目を覚まし、改めてこの場所の安全性を確かめる為に探索、その結果治療を終えて力尽きていた二人を発見し、安全を確認できたのでのんびりと風呂で汗を流していたそうだ。

 

「……なるほど、そいつは世話になったな。ありがとな、ユエ」

 

「んっ!」

 

ハジメが感謝の言葉を伝えると、ユエは心底嬉しそうに瞳を輝かせる。無表情ではあるが、その分瞳は雄弁だった。

 

「ところで……オレは何故裸だったんだ?」

 

「いや、オレはナニかしたのかと思ってスルーしてやってたんだけど、違うのか?」

 

命懸けの戦いの後に色々としてたのかと誤解してそっとしておいたのがのんびり風呂に入ってた理由だそうだ。

 

なお、何があったのかは定かではない。妖艶な瞳のユエが何も答えなかったので。

 

「まあ、ちょうどいいんでお前達にも教えとくか。ライダーシステムとかの入手先を」

 

楽しげに笑う京矢の顔に何故今なのかと言う疑問が湧くが、京矢が四次元ポケットの中から取り出したスマホを操作した事で驚きに変わる。

 

突然スマホの中から十個のカプセルが飛び出してきたのだから。

 

その中の二つを手に取ると中には

 

 

 

『エイムズショットライザー+Z-CONバンド』

『シューティングウルフプログライズキー』

 

 

 

 

拳銃型の武器とそれを装着するバックルと何らかのアイテム。

 

「おっ、新しい仮面ライダーの変身アイテムだな。南雲、使うか?」

 

「え!? マジで!? 良いのか!?」

 

「銃ならお前の方が上手いだろ?」

 

そう言って渡された一式をカプセルから取り出すとどうやって入れていたのか分からない大きさの銃とベルトとプログライズキーがハジメの手の中に現れ目を輝かせていた。

 

「理由はわからないけど、オレはこうして色んなものを呼び出せる召喚アプリ見たいな物を持ってるんだよな。武器だけじゃ無くて生き物や、あとは……剪定事象になった平行世界の人間、とかもな」

 

「剪定事象?」

 

転生特典とは言えないのでそう言っておく。

だが、ハジメが気になったのはその言葉だった。

 

「オレもよくわからないけど、オレ達で例えるなら、此処にたどり着けないで死んだオレ達のいた世界みたいなもんで良いだろ?」

 

「説明されてもよく分からないけど、取り敢えず、お前が呼び出せるのは平行世界で死んじまった人間って事で良いのか?」

 

「ああ、そう言うことになる……な?」

 

ふとカプセルの二つを拾うと思わず絶句してしまう京矢。

 

 

 

『クレオン』

『ワイズルー』

 

 

 

 

ガチのヴィランズを引き当ててしまった。

 

「なんだ、そのモンスターみたいなの?」

 

「……ん、見たことない」

 

絶句している京矢を不審に思ったのか、ハジメとユエが彼の手元のカプセルを覗き込んで問いかける。

 

「オレの持ってたガイソーケン、あれが有った世界のヒーローが戦ってたヴィランの幹部」

 

京矢の言葉を聞き危険性を理解したのか、その二つのカプセルは無言のままに隔離しておく。

だが、京矢は知らない……これが彼が大首領と呼ばれることとなる一歩だと言うことに。

 

気を取り直して新たなカプセルを手に取ると、

 

「これは便利そうだな」

 

 

 

 

『魔法のテーブルクロス』

 

 

 

 

魔法陣とナイフとフォーク、箸のような絵が描かれたテーブルクロス。食べたい物を念じれば1日に一回何処からか召喚されるマジックアイテムだ。

異世界、地球のことを知っている京矢達にしてみれば1日に一回は地球の食事に有り付ける。

 

「南雲?」

 

「ああ」

 

一瞬のアイコンタクト、鍋とコンロを四次元ポケットの中から取り出す京矢。そして、二人でテーブルクロスを囲んで心を一つに願う。

 

 

 

『米!』

 

 

 

と。異世界生活で米に飢えていた二人の意思は一致したのだった。

 

テーブルクロスが光り、召喚されるのは俵に入った米。中身を確認して無言のままにハイタッチをする二人。そのテンションについていけないユエは唖然としていたが。

 

取り敢えず、本日の食事は決まった瞬間だった。

 

残りのカプセルの内三つは

何もない空間に挿せば異空間の部屋が出来る『ディメンションルーム』は良いとして、

 

 

 

『薬草』

『ポーション』

 

 

 

単なる回復アイテムだった。まあ、これだけ当たりが続けばこんな物かと思いながら最後の二つのカプセルを手に取ると、

 

 

 

『エンタープライズ(アズールレーン)』

『ベルファスト(アズールレーン)』

 

 

 

 

カプセルの中には女性の絵が描かれた宝石のような物。そこから呼び出せるのはKAN-SENと呼ばれる擬人化された戦艦。少なくともガチのヴィランよりは先に呼び出すべきだろう。

 

もう一回十連は引けるが優先するのはそこではないと、先にすべき事をしてしまおうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呼び出すのは後回しにしてベッドルームから出るとハジメはその光景に圧倒されていた。

まず目に入ったのは太陽だった。当然此処は地下迷宮でありそれは本物ではない。真上には円錐状の物体が天井高く浮かんでおり、その大変に煌々と輝く球体が浮かんでいた。わずかに温かみを感じさせ、蛍光灯のような無機質さを感じない為、思わず太陽と称したのだった。

 

「……夜になると月みたいになる」

 

「マジか……」

 

「そいつは驚きだな……」

 

ユエの言葉にこの隠れ家を作った者の技術の高さに圧倒されてしまう二人だ。

 

「それにしても、お前はどんな相手と戦ったんだ?」

 

「ああ、最強と戦う羽目になった」

 

京矢の言葉の中の最強の名前に疑問を覚えてしまうハジメだったが追求はしなかった。肉体的な欠損はないとは言え京矢が意識を失うほどの相手で、彼が最強などと言うのは想像を絶する化け物なのだろうと思っておくことにした。

 

そんな感じで合流すると一同が次に、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

 

川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

最後に京矢達は川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を勧めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

 

「……少し調べたけど、開かない部屋も多かった……」

 

「そうか……油断せずに行くぞ」

 

「おう」

 

ハジメの言葉に答えて京矢は魔剣目録を開いて一振りの刀を取り出す。

『斬鉄剣』

使い手の技と重なれば切れぬ物のない名刀。その切れ味は魔剣と言っていいだろう。

 

少々乱暴だが、全体を探索しても開かないのなら切ってでも探索すると言う意思で選んだ武器だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡る。

 

京矢から見捨てられた檜山は薄れ行く意識の中でそれを見た。

 

「見つけたよ〜」

 

白い仮面のパーカーの何かが自分の前に現れる。声の感じからして女だろうと檜山は思う。

 

「バールクスの持ち主では無さそうですね」

 

新たに現れた忍者を思わせる奴の声は男だろう。

その後ろには紫の、マゼンタの、オレンジの三人の仮面を着けた奴らがいると思う。

全員が特撮ヒーローみたいな格好をしている事が檜山にそれを死に際の幻覚と誤解させてしまう。

 

「これを助けた所でバールクスへの人質にもなりそうに無いですし、この迷宮の探索も面倒ですし、彼への接触は次の機会にしますか」

 

「残念だね〜。じゃあ、これはどうする?」

 

「要らないでしょう……。いえ、もしかしたら使えるかもしれませんね」

 

忍者のような男の一閃で檜山の視界が揺れ、意識が途切れていく。

 

「彼らへの協力のためにもそれなりの駒は用意してあげないと行けませんからね。テスト素材程度にはなるでしょう」

 

「ああ〜、あれのだね〜?」

 

消える意識の中でそんな会話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次に意識を取り戻した時、檜山は理解した。

本当の地獄の始まりだったという事に。

 

沢山の視界と様々な情報が彼の中に流し込まれる。体は動かない、それでも情報だけは流れ込んでくる。

分かったのは魔人族の中にそいつらがいる事、

白い仮面の女がダークゴースト

忍者仮面が風魔

その部下らしい仮面の奴らが

紫の仮面が滅

マゼンタの仮面が迅

オレンジの仮面が雷

と言う彼らの呼び名と、自分が奴らの作った人型のロボット兵士達の制御装置にされた事だった。

 

(殺してくれぇ!)

 

機械兵士達の痛みが、苦痛が一斉に流れ込む、逃げようとしても自分の意思では逃げられず痛みと情報だけが檜山には与えられる。

叫ぶ自由だけは与えられていたが、永遠の苦痛から死を懇願しても風魔からは煩いと強制的に苦痛を与えられる。

 

檜山の地獄は此処から始まったのだった。

 



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012

無理矢理出入り口を切り捨てて押し入るのは最後の手段としていてもそれを辞さない覚悟の京矢と、それを止める気のない、寧ろ後押しする意思しかないハジメとユエが石造りの住居に入って最初に感じたのは全体的に白い石灰のような手触りだった。

清潔感のあるエントランスには暖かみのある高級が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗い所に長く居た京矢達には少し眩しいくらいだ。

そこは3階建てらしく上まで吹き抜けになっている。

 

取り敢えず一回から見て回る一同。

暖炉や柔らかな絨毯、ソファーのあるリビングらしき場所に台所、トイレを発見した。

どれも長年放置されて居たような気配はない。人の気配はないが、旅行から住人が帰った家と例えるのが妥当だろう。

 

実は此処までは京矢にバスローブを渡された際に風呂のある場所と教えられたのだから知って居たりする。

 

「改めて見ると、どう言う方法かは知らないけど、管理維持だけはされてるん様子だな」

 

「ああ。今からでも問題なく住めそうだな」

 

「……ん」

 

「ところで、前にガチャで手に入れたプロジェクターと仮面ライダーのDVDが有るけど、後で見るか?」

 

ジュエルシードか闇の書かセフィーロの時の戦い、その何れなのかは説明されて居ないが、戦いの末に手にしたガチャ券で手に入れた一品である。

 

「おっ、お前がくれたのが出て来るやつか?」

 

内心仮面ライダーと言う別の世界の特撮には興味もあるし、どんなことが出来るのか参考までに見ておこうと考えたハジメだったが、

 

「あれも含めて全部で20作品、映画もあるぜ」

 

「マジか!?」

 

この世界に仮面ライダーという作品は存在して居ない。その為にこれが仮面ライダーシリーズに触れる初めての経験だが、見事にハマったハジメだった。

具体的に言うと自分の技術で再現可能な武器を作るレベルには。

南雲ハジメの武器にライダーウェポンの一部が追加された瞬間であった。

 

後の休息、テーブルクロスから召喚した米を使った夕飯と仮面ライダーシリーズの視聴を決めた一行は、先に進む。

次に有ったのは京矢に場所を教えられた風呂。一回の安全確保を終えてからガイソーケンを片手にのんびりと入浴して居た京矢のお陰で安全だと分かったのは助かった。

 

「用心はしてたけど、ラスボス倒した後は合格って事で罠も無いとは思ったんだよな」

 

と言うのが京矢の弁だ。念の為にと其処の安全確認も兼ねて先に一風呂入っていた。

 

そんな訳である程度簡単にだが探索を終えていた一階部分を再調査を終えて次に向かうのは二階である。

 

二階で発見したのは書斎と工房らしき部屋。だが、封印が施されているらしく入る事はできなかった。扉や壁を切って入るのは最後の手段なので今は他を探索するのを優先する。

 

そして、既にある程度把握していた一階部分、殆ど探索できなかった二階部分の探索を終えて四人が足を踏み入れたのは三階部分。

入ってすぐに分かった事だが三階は一部屋しかないようだ。京矢が奥の扉を微かに開けて安全を確認する様に中の様子を伺い、後ろに居たハジメとユエに安全だと言うサインを送る。

三人揃った所で扉を完全に開放し、中に入るとそこには直径8メートル程の今まで見た事もないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央に刻まれて居た。

その繊細さは正に芸術品と言っていい程に見事な幾何学模様だ。

 

だが、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側にある豪華な椅子に座った人影だ。

その人影は骸だった。椅子に座ったまま命を落としてからどれだけの月日が流れるまで彼の前に現れた者がいなかったと物語る様に白骨と化していた。

黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織った姿に薄汚れた様子はなく、お化け屋敷のオプジェを想像させる。

京矢はアンデッド系のモンスターの可能性も警戒して居たが、それもなさそうで剣を下ろした。

 

その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちていったのだろう。魔法陣しかない部屋で骸となった者は何を思って居たのか。苦しんだ様子もなく安らかに逝った様子を思わせる姿から意図があってこの場を最後の眠りの場所に選んだのだろう。

 

「……怪しい……どうする?」

 

ユエもこの骸に疑問を持ったようだ。

おそらく反逆者と呼ばれた者達の一人なのだろうが、苦しむ事なく座ったまま果てたその姿は、誰かを待っているように見える。

 

「まぁ、地上への道を調べるには、この部屋が鍵なんだろうしな。オレの錬成も受け付けない書庫と工房の封印……調べるしかないだろう」

 

「だな。オレの剣は試してないが、お前の錬成が聞かない時点で多分ダメそうだからな。オレはどうする?」

 

「ユエとそこで待っててくれ。何かあったら頼む」

 

「いや、それなら剣士のオレよりお前が待ってた方が良いんじゃないか?」

 

魔法と錬成が使える二人の方が剣士の自分よりも良いだろうと判断する。

 

「鳳凰寺、大丈夫なのか?」

 

「何かあったら、お前達二人の方が対応しやすいだろ? 念の為にブレイドに変身していく」

 

そう言ってブレイドに変身して魔法陣の前に立つ。

 

「そうか……気を付けろよ」

 

「おう」

 

ハジメの言葉にそう返すとブレイドに変身した京矢は魔法陣に向けて踏み出した。

そして、京矢が魔法陣の中央に踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げた。

 

眩しさに目を閉じる京矢。直後、ブレイドのシステムの守りを意に介さず何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯の様に奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

 

(記憶を探ってるのか?)

 

目的が分からないままされるがままにされて居た京矢だったが、光が収まり、目を開けた京矢の目の前には黒衣の青年が立って居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光が満たす。

中央に立つ京矢の眼前に立つ青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよく辿り着いた。私の名は『オスカー・オルクス』。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えば分かるかな?」

 

話し始めた彼はオスカー・オルクスと名乗った。此処【オルクス大迷宮】の創造者の様だ。

その事に驚きながら彼の話に耳を傾ける。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そうして始まったオスカーの話は京矢達地球組が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚くべき物だった。

 

それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

神代の少し前の時代、世界は争いで満たされていた。

人と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。

争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その理由は『神敵』だから。

今よりもずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祀っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

だが、そんな何百年と続く争いの歴史に終止符を討たんとする者達が現れた。

当時、『解放者』と呼ばれた集団である。

 

彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。

そのためか『解放者』のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。『解放者』のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 

彼等は、『神域』と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。

『解放者』のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った7人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。

 

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。

何と、神は人々を巧みに操り、『解放者』達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。

その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした『反逆者』のレッテルを貼られ『解放者』達は討たれていった。

 

最後まで残ったのは中心の7人だけだった。

世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。

試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。

同時に、京矢の脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。

 

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まると京矢はゆっくり息を吐いた。

そして、バックルを外し変身を解除した京矢は魔法陣から出て、ハジメたちのいる場所に戻った。

 

「鳳凰寺……大丈夫か?」

 

「ああ、頭は痛いけど、魔法を伝える為って分かればしかないだろうな。それ以外は、問題ないな」

 

今は頭痛よりも考えるべき事がある。

 

「オレの予想通り、エヒトとかいうのはロクでもない野郎だったって事は分かったけど、南雲、今の話どう思う?」

 

「何かどえらい話聞いちまったって感じだな」

 

内心、過去二回有った地球危機と同レベルに、と思うがそこは口に出さないハジメだった。

 

「まっ、歴史なんて勝者や後の歴史家に好き勝手に出来るモンだからか、違ったとしても驚きはしないだろ?」

 

「それはそうだけどな」

 

最初からエヒトは胡散臭いと思っていた京矢に一切の動揺はない。

 

「……ん……どうするの?」

 

ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。

 

「うん? 別にどうもしないぞ? 元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思ってないからな。この世界がどうなろうと知ったことじゃないし。地上に出て帰る方法探して、故郷に帰る。それだけだ」

 

「いや、実際あの悪霊擬きの行動パターン考えると、この世界に飽きたらオレ達の地球に手を出してきそうだぞ」

 

京矢の言葉にハジメが絶句している。

 

「序でに、バカ勇者が勇者に選ばれたのもエヒトにとって都合のいい駒だからってのもあるか」

 

さらに告げられた言葉に妙に納得してしまうハジメだった。

 

「三度目の地球の危機を未然に防ぐために、元の世界に戻ったらエヒトが地球に手を出せない様にする為の方法を考えた方がいいな」

 

「最悪、帰ったら第三次世界大戦ってオチか?」

 

「もしくはミッドチルダ辺りに手を出してオレ達の事をネタに管理世界にしようとさせて、第一次次元大戦とかな」

 

二人の間で話し合われる人類滅亡のシナリオ(原因はエヒト)。

エヒトの存在は既に地球の危機になると言う状況を考えると頭を抱えたくなる。

 

「……ユエは気になるのか?」

 

ふと故の事が気になった。

ユエはこの世界の住人だ。故に、彼女が放っておけないというのなら、ハジメも色々考えなければならない。

オスカーの願いと同じく簡単に切って捨てられるほど、既にハジメにとって、ユエとの繋がりは軽くないのだ。そう思って尋ねたのだが、ユエは僅かな躊躇いもなくふるふると首を振った。

 

「私の居場所はここ……他は知らない」

 

そう言って、ハジメに寄り添いその手を取る。ギュッと握られた手が本心であることを如実に語る。ユエは、過去、自分の国のために己の全てを捧げてきた。それを信頼していた者たちに裏切られ、誰も助けてはくれなかった。ユエにとって、長い幽閉の中で既にこの世界は牢獄だったのだ。

 

その牢獄から救い出してくれたのはハジメだ。だからこそハジメの隣こそがユエの全てなのである。

 

「……そうかい」

 

「おー、おー、お熱いねー。それに、最悪直接叩き斬る事が出来れば、エヒトの問題は先送り出来るからな」

 

京矢はそこで結論づける。

少なくともその方法ならば暫くは何とかなるだろう。

 

「オレの目的は一つ増えたな。エヒトに一太刀叩き斬って異次元にでも封印して、バカ勇者達を置いて帰る、それだけだ」

 

エヒトをトータスにも地球にも干渉できない、退屈と言う不死殺しの毒まみれの場所に封印する。と、京矢の魔剣目録にはそう言う力のある剣があるのだ。それらを用いて確実にエヒトを封印する。そう心に誓うのだった。



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013

「ん? そう言えば、なんかオレ、新しい魔法……神代魔法っての覚えたみたいだぜ」

 

見たいと言うのは京矢自体覚えはしたもののこの魔法は役に立たないからだ。そう、京矢は。

 

「マジか?」

 

「……ホント?」

 

「ああ、マジだ」

 

信じられないといった表情のハジメとユエ。

それも仕方ないだろう。何故なら神代魔法と言うのは文字通り神代で使われていた現代では失伝した魔法である。

序でに京矢達をこの世界に呼んだ転移魔法も同じ神代魔法である。

 

「なんか、床の魔法陣が神代魔法を伝授する巻物とか魔道書みたいなモンらしいな」

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫なのか?」

 

「ああ、全然平気だ。しかも、この魔法は生成魔法って言って、南雲の為にあるような魔法だ」

 

「オレのためだと?」

 

「……どんな魔法?」

 

「魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法だ。この世界で言うところのアーティファクトを作る根本的な技術ってトコだろうな」

 

この魔法が失われたからこそ京矢にとっては棍棒程度の聖剣ですら国宝級の品なのだろうと推測出来る。

そして、現代の地球の技術を知るハジメならば神代のアーティファクトを超える品物も作れるだろう。

 

「つまり、アーティファクトが作れるのか?」

 

「そうなるな。まっ、二人も覚えて見たらどうだ? 折角の失伝技術(ロスト・テクノロジー)を会得する機会だ。南雲は当然として覚えといて損はないだろう」

 

そう言って二人にも会得を勧める。最悪使い捨ての爆弾程度のアーティファクトでも作れれば錬成が使えなくても御の字なのだし。

 

京矢の勧めに従ってハジメとユエも魔法陣の中央に立つ。そして、京矢の時と同様に魔法陣が輝きハジメに攻略の資格があるのか確かめる為記憶を探る。そして、試練を乗り越えた者として認められたのか、

 

 

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー……」

 

 

 

 

またオスカーが現れた。内心、やっぱりなーとは思ったが長々と一度聞いた内容を話し始めた。

京矢は念の為にと注意深く聞くことにする。

 

「鳳凰寺、お前一度見た映画をもう一度見るタイプか?」

 

「ああ。一度は感動を味わって、二度目は次回作への伏線とか探す方なんだよ」

 

聞いてしまった事実の衝撃で重要な情報を聞き逃していないかと思ったが取り立てて変わった内容もなかった。

そして、二度目のオスカーの話に暇そうだったハジメとユエには話が終わるまで見ていてくれとプロジェクターと仮面ライダークウガのDVDBOXを渡す。

 

魔法陣のある部屋の壁に映し出されるクウガのOPテーマをBGMに語られるこの世界の真実は中々にシュールだった。

なお、ハジメがペガサスボウガンを再現しようと頑張り始めたのはこの瞬間からだった。

 

「どうだ? 修得したか?」

 

「ああ……したな。これなら色んなアーティファクトが作れそうだ」

 

第一弾のアイディアとしてクウガのドラゴンロッドとタイタンソードを見ていたのはハジメの中での秘密だ。

 

「おう、相性とか適性の問題で、会得は出来ても使いこなせないって感じでオレには無理そうだけどな」

 

「やっぱ、神代魔法にも相性とか適正とか有るのか?」

 

「……ん、かもしれない」

 

少なくとも、生成魔法にこの中で最も強い適性が有るのは錬成師であるハジメだろう。

 

「それにしても、今頃上で頑張ってる連中が此処に辿り着いた時、どんな顔をするんだろうな」

 

こんな鬼畜な難易度の迷宮を必死に攻略した先にあるのは錬成師専用の魔法。その時の顔は想像しただけで笑いたくなってくる。

 

「さて、オスカーさんの墓でも作ってやるか」

 

「ああ、ここはもうオレ等のモンだし、あの死体片付けるか」

 

「ん……畑の肥料……」

 

慈悲の無いハジメとユエ。情が有るのは京矢だけだった。

風も無いのにカタリと骸が項垂れたのは気のせいじゃ無いだろう。

 

取り敢えず、三人で協力してハジメの作った棺桶に入れた骸を埋めて墓石まで建てた。

流石に肥料扱いは可哀想だったので。

…………だが、地球の日本風のデザインはどうかと思うし、他の国の物も同様、そして解放者の墓にエヒト教風など論外だろうと思う中、ハジメが仮面ライダークウガのライダークレストを刻んだ上に地球の英語で『オスカー・オルクス、此処に眠る』と刻んだのは如何なのだろうか?

 

眠っているのはアークルと勘違いしてしまいそうな墓が出来た事には全面的に目を逸らしておく。

 

埋葬が終わると三人は封印されていた場所に向かった。

その際にオスカーの骸が嵌めていた指輪を頂いている。

……墓荒らしと言ってはいけない、最後までオスカーが嵌めていた以上この場所のマスターキーである可能性が高いのだ。

その証拠にその指輪には十字に縁が重なった文様が刻まれていて、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

 

まずは書斎だ。

 

先ずは一番の目的である地上への道を探らなければならない。

三人は書斎にかけられた封印を解き、目ぼしい物を調べていく。すると、この住居の施設設計図らしき物を発見した。通常の青写真ほどしっかりした物ではないが、何処に何を作るのか、どのような構造にするのかという事がメモのように綴られていた。

 

「ビンゴ! 有ったぞ、ユエ! 鳳凰寺!」

 

「よっしゃ!」

 

「んっ」

 

目的の物を見つけたハジメから歓喜の声が上がる。京矢とユエも嬉しそうだ。

設計図によれば、どうやら先程の三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。

オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだ。盗ん……貰っておいて良かった。

 

「へっ、良いもん託されたな」

 

「ああ、そうだな」

 

「……んっ」

 

既に三人の中では盗んだのでは無く、快くオスカーから託された事になっているらしい。

 

更に設計図を調べていると、どうやら一定期間ごとに清掃をする自律型ゴーレムが工房の小部屋の一つにあったり、天上の球体が太陽光と同じ性質を持ち作物の育成が可能などということもわかった。人の気配がないのに清潔感があったのは清掃ゴーレムのおかげだったようだ。

 

工房には、生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。これは盗ん……譲ってもらうべきだろう。道具は使ってなんぼである。

 

「ハジメ……これ」

 

「うん?」

 

ハジメが設計図をチェックしていると他の資料を探っていたユエが一冊の本を持ってきた。京矢も気になって覗き込む。

どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。

 

だが、その中に京矢達にとって重要な一節が有った。他の六人の迷宮に関することが書かれていたのだ。

 

「……つまり、あれか? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか?」

 

「間違いなくそうなるな」

 

「……かも」

 

手記によれば、オスカーと同様に六人の『開放者』達も迷宮の最深部で攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。

生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……。

 

「……帰る方法見つかるかも」

 

ユエの言う通り、その可能性は十分にあるだろう。実際、召喚魔法という世界を越える転移魔法は神代魔法なのだから。

 

「エヒトの野郎を始末する手掛かりもな」

 

封印か抹殺か、既に京矢の中では地球の安全の為にエヒト抹殺は確定事項だった。

封印の手段は有るが抹殺の方が一番安心だ。改心しようが許しを乞おうが関係ない。

 

「だな。これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

 

「ああ!」

 

「んっ」

 

明確な指針ができて頬が緩むハジメ。思わずユエの頭を撫でるとユエも嬉しそうに目を細めた。

 

(七大迷宮の攻略か、先は長そうだな。雫、悪いがバカ二人の手綱はしばらく任せた)

 

最初の夜に幼馴染で有る雫にはチャンスがあれば単独行動で帰還方法を探す事を伝えていた。

そして、死んだ事にして姿を消すという事も。だから心配するなとも。

 

(まあ、再会したらしっかり謝らせて貰うか)

 

心の中でそう誓うのだった。

 

(詫びの品も用意しとかないとな。魔剣目録の中の宝具の日本刀は渡すとして……そうだ)

 

そこまで考えると四次元ポケットの中から一つのペンダントを取り出す。

娘さんの蘇生の対価としてプレシア・テスタロッサに制作して貰った獣神鏡のファウストローブをベースにデバイスに改造して貰った物だ。

送り返す時に技術は吸収しただろうが、プレシアの管理局への取引材料になればと放置していたが。

 

「南雲、一応心配かけたんだから白崎に会ったらプレゼントくらい渡しとけ」

 

「……マトモなモンなんだろうな、これ」

 

渡されたペンダントは間違いなくとんでもない品物だろうと思うハジメだった。

実際、かなり殺意の高い攻撃が可能な装備で有る。使えれば。

 

それからしばらく探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。

現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろう。

 

しばらくして書斎あさりに満足した三人は、工房へと移動した。

 

工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

 

ハジメは、それらを見ながら腕を組み少し思案する。そんなハジメの様子を見て、ユエが首を傾げながら尋ねた。

 

「……どうしたの?」

 

ハジメはしばらく考え込んだ後、ユエたちに提案した。

 

「う~ん、あのな。しばらくここに留まらないか? さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

 

京矢はよく分からないが、ユエは300年も地下深くに封印されていたのだから1秒でも早く外に出たいだろうと思ったのだが、ハジメの提案にキョトンとした後、ユエは直ぐに了承した。

不思議に思ったハジメだが……

 

「……ハジメと一緒ならどこでもいい」

 

そういうことらしい。ユエのこの不意打ちはどうにかならんものかと照れくささを誤魔化すハジメ。

 

そして、京矢はというと、

 

「オレも構わないぜ。特に南雲にはバルカンとギャレンのライダーシステムの完熟も必要だろ?」

 

「そうだな」

 

京矢の指摘も最もだ。ギャレンもまだ使いこなしてるとは言えず、バルカンはまだ手に入れたばかりなのだ、

 

「安心しな、存分に付き合ってやるよ」

 

「……ん。私も」

 

「ああ、頼んだぜ、二人とも」

 

「おう!」

 

「んっ!」

 

結局、三人はしばらくの間、ここで可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。

 

なお、ハジメの仮面ライダーの力を使いこなす為の訓練はかなり苦労したと追記しておく。

 




なお、アンケートは次話投稿時に終了とさせていただきます。


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014

アンケート終了しました!

結果は
ソードアート・オンラインより直葉ちゃんが京矢の義妹とポジで過去に召喚されたキャラになります。


アレから二ヶ月の月日が流れ、三人はまだオスカーの隠れ家に居た。

丁度迷宮への出入り口の所に20人の平成主役ライダーの石像が立ち並ぶ様になったのはハジメが休憩を兼ねて仮面ライダーシリーズを見る度に作った結果だ。

 

そんな中で京矢は日課である素振りを続けて居た。ハジメが工房に篭ってる間は剣の修行、ハジメが外に出た時にはライダーシステムの熟練訓練と生身での戦闘訓練。

そして、ゆっくりと手持ちの仮面ライダーシリーズのDVDを視聴。

 

そんな形で二ヶ月を過ごして居た。

 

なお、プログライズキーを使ってバルカンへの初変身の時にはハジメも力技でこじ開けて居たのには良いのかとも思ったが。

 

「あぁ~、最高だな~」

 

存分に剣を振った後に広々とした風呂で汗を流す。手持ちの装備の使用訓練も忘れて居ない。……危険な魔剣や妖剣、邪剣以外の。

 

そして、今日は朝からハジメは工房に篭ってるので適当な所でDVDでも餌に釣り出そうと考えながらお湯に浸かりながら天井を見上げる。

 

「京矢様、タオルとお着替えの用意は出来ております」

 

「ああ、助かる」

 

浴室の外からそんな声が聞こえて来た。

ガチャを通じて呼び出したベルファストが現在京矢達の世話をしてくれている。

広々としたベッドと浴室にメイドさんとどこの貴族かと思わせる生活だ。

 

時折食事を忘れて工房に篭りきりになるハジメに対して実力行使で連れ出そうとする前に京矢があの手この手で引っ張り出して居たりする。

主に仮面ライダーシリーズのDVDやら魔法のテーブルクロスやらで。

 

此方の味方としてベルファストとエンタープライズは呼び出したものの、流石にドルイドンの幹部は呼び出して居ないが、ハジメと共同である研究を行って居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音と共に煙が消えて後に残るのは京矢がガチャで手に入れた瓶に入ったポーション。

 

「成功だ」

 

「ああ、うまく行ったな」

 

ポーションを手にとって瓶に破損が無いことを確認する。

二人が研究して居たのはガチャで手に入れたものを遠隔で出現させることの出来るカプセルを開ける装置(爆発音付き)。

その実験に無事に成功したハジメと京矢は悪役の様な笑みを浮かべて居た。

セットした時間にカプセルを開けると同時に爆発音で敵を引きつけて出現したドルイドン幹部を敵の囮にする。通称ドルイドン爆弾の製造に成功したのだった。

 

呼び出したらガチの殺し合いになりそうなヴィラン達なのだから、ハジメがせいぜい自分達にとって有意義に活用しようと判断した結果だったりする。

 

先ずは薬草で遠隔操作でカプセルを開けられるかのテストを行い、ポーションで爆発音が鳴って敵を引きつけられる事を確認した。

これでドルイドン幹部のカプセルを敵の真っ只中に仕掛けて使えば、敵のど真ん中にガチの特撮ヒーローのヴィランが現れて混乱が起こる事だろう。

相手が魔人族だろうが教会だろうが十分に通用する陽動用の武器になる。

 

それの出来に笑みを浮かべる二人。側から見れば完全に悪役のそれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハジメの失った左腕はオスカー製の義手にハジメのオリジナル要素を付け加えた擬似的な神経が繋がった物で補うことができたが、生成魔法で作られた鉱石を山ほど使って作られたそれは世に出れば間違い無く国宝として厳重に保管されかねない代物だ。

 

そして、元の世界に戻ってもその義手は間違い無く時空管理局に見つかったらロストロギアに認定されかねない品物だ。

ハジメの生成魔法の事を考えると元の世界でもハジメはロストロギアを量産出来ることになる。

なので、元の世界に戻る事を目標としているハジメには時空管理局には十分に注意するように伝えておいた。

世界が違うとは言え天才的な魔法の才に恵まれたユエとロストロギアを量産できるハジメ、二人の存在は時空管理局にとって正に喉から手が出るほどに欲する人材になる。

 

今のハジメと時空管理局がエンカウントしたら激突は規模の大小程度の差で間違い無く起こる。

地球に帰還した後の時空管理局とのトラブルは未然に防ぎたいが、その為にもバカ事をまた言い出しかねないバカ勇者(天之川光輝)とその腰巾着と、序でに小悪党共の存在は帰還の際には最も排除しておきたい。

バカ勇者の存在は時空管理局の存在を考えると問題しか無い。

 

(まっ、時空管理局に関わった後も、自分勝手なバカな主張を押し付けかねないからな。絶対この世界に捨てていこう)

 

あれは周りを巻き込んで自爆するタイプだと判断して、そう強く決意を固める京矢。派手な自爆に巻き込まれる前に始末するに限るのだ。

 

そんな考えに至った二ヶ月間の間にハジメ達の装備とステータスは以前とは比べものにならない程充実して居た。

 

京矢の場合は周りには事情を話したハジメ達しか居ない為、魔剣目録の中身を遠慮なく使える様になり、ライダーシステムも使えるので、力を貸す気のなかった城にいた頃よりも十全な力を発揮できる。

 

 

だが、状況の変化はそれだけではない。

 

 

全ては二ヶ月前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………い…………ん……』

 

エンタープライズとベルファストを呼び出そうとして居た時、四次元ポケットの中にある通信機に反応があった。

 

ベースは時空管理局の次元世界間での通信用に使われている物の同規格の物だ。

偶然手に入れたそれを仲間内での通信用に使って居たそれに反応が有った。

 

「っ!? スグ?」

 

京矢が一番最初にガチャで呼び出した少女『桐ヶ谷 直葉』。

今は京矢の家に引き取られた形で彼の義妹となって鳳凰寺直葉だが、彼女からの声が通信機から聞こえて来た。

 

「おい、これって!?」

 

「地球との通信だ!」

 

通信機から聞こえるその声に反応するハジメと京矢。慌ててそれを手に取ると、

 

「スグか!?」

 

『お兄ちゃん……良かった…………』

 

通信機から聞こえてくる安堵した声に不安にするような現状を伝えるべきか迷うが、彼女も彼女で戦うだけの力は有るのだ。最悪、向こうにいるマリアとセレナにも伝えて欲しい。

 

「悪いけど、大丈夫とは言えない状況だな」

 

悪霊擬きの神様にお遊びで異世界に呼ばれて(これについてはセフィーロの件が有るので驚かれなかったが)、魔人族と言う異種族との戦争の為に徴兵されて、それに真っ先に光輝が賛成して結果的にクラス全員が戦争に参加させられた事。

その訓練中に、檜山達小悪党一味が罠に掛かり強力なモンスターに挟まれた事。

そのモンスター『ベヒーモス』はクラスメイトを守る為に自分の手札の一枚を使いガイソーグに変身して、ハジメが足止めした所を京矢がトドメを刺して倒したが、その最中に檜山に自分とハジメが殺されかけた事。

反射的に反撃してしまった為に檜山を道連れにして三人揃って谷底に落とされた結果、檜山が死んだ事を伝えた。

 

「……所で、なんか騒がしいけど、どうしたんだ?」

 

『えっと……今……』

 

どうやら、他の生徒の家族が学校の会議室に集まって、何か手がかりはないかの話し合いの最中に通信が繋がってしまったらしい。

 

「な、なあ、なんでお前がそんな集まりに?」

 

『マリアさんに頼まれて。私達なら何か分かるかもって』

 

「まあ、確かに」

 

まだ転移の際の空間の歪み程度や残照程度は残っている筈だ。それを考えると自分達な何から分かる可能性は高い。

立場上、直葉が教室に近づくにはその集まりに参加するしかなかったそうだ。

 

『それで、雫さん達は大丈夫なの?』

 

「天之川のバカが原因で心底心配だ。特に雫にゃ苦労させるだろうな」

 

主にバカ勇者とその相方の手綱に。彼女には悪いが、最適なのが雫しか居ない以上は任せるしかない。

元々チャンスを待って自身を死んだ事にしてクラスから離れて一人で帰還方法を探す予定では有った。

 

「まあ、天之川が邪魔で、こうでもしないと帰還方法は探せない。絶対邪魔するだろう、あの見たい事しか見てない御都合主義者は」

 

その事を想像してしまったのか、吐き捨てる様に苛立ちまぎれに呟く京矢に通信機の向こうから啜り泣く声と誰かを責める声が聞こえてくる。

 

「ったく、しかも戦闘向けじゃ無い能力の持ち主や、全く戦えないやつにまで前に出る事を強要した時点で神経疑うぜ、あのバカ!」

 

主に前者は後方支援特化の当時のハジメ。後者は笑えない事に服を着るとハジメ以下のステータスになる檜山達小悪党一味だ。一応、情けで全ステータス1は残る様だが、最強の鎧を着た所で檜山達のステータスは上がらない。

一般人どころか子供でさえ勝てるスライム以下のステータスだ。

 

結果、檜山は光輝の犠牲になった様なものだ。全裸でダンジョンアタックとかどんな罰ゲームなのか問いたくなる。

……実はこれが光輝のカリスマが落ちた最初の一歩である。光輝と龍太郎以外の全員が思ったのだ。『コイツらは置いていってやれよ』と。

 

……なお、小悪党一味は服を着て居たら当時のハジメにさえ一方的に負けて居たりする。

 

「あれ? 天之川の両親ってそっちに……」

 

『うん、いる。あと、檜山って人の家族も』

 

子供が戦争への参加に真っ先に賛成した親と、子供がその結果死んでしまった親がいるそうだ。

 

『えーと、南雲さんと雫さんの両親もこっちにいるけど……』

 

「なるほどな。おーい、南雲、家族と連絡できるみたいだけど、何か話す事は有るか?」

 

「……ハジメの両親!?」

 

「あー、長くなりそうだしな。オレは無事だって伝えてくれ」

 

ハジメの両親と言う所にキュピーンと擬音が付きそうなレベルで反応するユエ。

ハジメも色々と話したい事は有るが、自分が話すと長くなりそうなのでそれだけ伝える事を京矢に頼む。

 

「分かった。そう言うわけで南雲とオレは無事だ。出来る限りクラスの連中を連れ帰るって言っとく」

 

『……うん、分かった。絶対に帰ってきてね、お兄ちゃ……ッ』

 

そこで通信が切れてもう繋がる事は無かった。

偶然か、それとも転移が行われた場所と解放者の隠れ家と言う場所が関係しているのか、不思議なことか起こったのかは疑問だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は流れ、三人の出立の時に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、京矢達は知らない事だがエヒト教から指名手配された真っ赤な瞳に緑と黒の人型の魔物が遺跡の外で目撃される様になったのは京矢達が準備を始めた時期だった。

 

複製RX、見事にリポップして独自にエヒトと戦い始めたらしい。



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015

さて、工房に篭っていたハジメをベルファストが強硬手段に出る前に京矢が引っ張り出した食後。食後のお茶を楽しんでいた京矢にハジメが問いかけた。

 

「そう言えば、メルドさんがお前のステータスプレートが可笑しいとか言ってなかったか?」

 

「そう言えば有ったな、そんな事……」

 

そう言って無くさない様にと四次元ポケットの中に無造作に突っ込んでいたステータスプレートをハジメに投げ渡す。

 

京矢も京矢で魔物の肉を摂取して大幅に能力を増強させていたのでステータスは良い。

剣聖と希少(レア)な天職も良い。

ライダーの力と剣術と魔剣目録の中身があれば十分なので技能も全部興味無いと切り捨てているので今更見る気も無いのだろう。

 

だが、京矢のステータスプレートには一箇所だけ明らかにおかしい所があった。

 

 

 

====================================

鳳凰寺京矢 17歳 男 レベル:???

天職:剣聖

第二天職:蓬莱寺京一

====================================

 

 

 

何故か彼のステータスプレートに刻まれている第二天職と言う物と、何故か職業ではなく人の名前らしきもの。

 

「何だよ、その第二天職って? しかも、これ、人の名前だよな?」

 

「……第二天職? ……ハジメ、そんなの書いてない」

 

京矢のステータスプレートに疑問の声を上げるハジメの言葉に続くのはユエだ。

彼女の言葉に思わず見つめてしまうハジメだが、その不思議そうな表情には嘘を言っている様子はない。

 

「何を……」

 

「いや、これではっきりした。その第二天職ってのは地球出身者しか見えない可能性が高い」

 

ハジメの言葉を遮って京矢が第二天職と書かれた部分を指差して、

 

「ここは地球出身者以外には不自然な空白に見えるんじゃ無いのか?」

 

京矢の言葉にうなずく事でユエは肯定する。

何処かの世界には織田信長が職業になってる世界もあるのだから、こういう事になるだろうとも思う。

 

京矢とハジメとの共通点としては他にはガチャアイテムの使用程度しか思い付かないが、それは関係ないだろう。

 

「どういう事だ?」

 

「さあな、オレにも分からねえ。まあ、オレ達をここに呼んだ悪霊擬きの想定外の力、って認識しとけば良いんじゃ無いのか?」

 

手持ちの剣の中にも当たることさえできれば十分封印することの出来る代物はあるが、対抗できる手札は多い方がいい。

 

「それに南雲、一つ大事なことを忘れてるぜ」

 

「大事な事?」

 

「オレのステータスプレートを見た時、メルドさんはなんて言ったか覚えてるか?」

 

京矢の言葉にハジメは首を横に振る。当事者では無いハジメは奈落での生活に必死すぎてそんな事を気にしている余裕はなかったのだ。

 

「オレのステータスプレートに不自然な空白がある。じゃなくて、オレのステータスプレートにも不自然な空白があるって言ってた筈だ」

 

京矢は比較的後の方にステータスプレートを見せていたが、同じようにメルドが不自然な空白と認識する何かを持った者が少なくとも一人はいた事になる。

 

「それがオレと同じ第二天職かは知らねえが、城に残った連中の中に悪霊擬きの認知外の何かを持った奴が居るのかもな」

 

それが味方ならばいいが、それが敵ならば厄介な事になる。

だが、一つだけ確かな事がある。

 

「「檜山達じゃ無いことだけは確かだな」」

 

露出狂と勇者(笑)王(ぜんらおう)と言う訳の分からない技能を見て驚きのあまり悪意なく叫んでしまっていたので間違いはない。

しかも、この技能は服を着るたびにデバフを受ける単なるデメリットしかない技能。この技能が原因で檜山達は着衣してるとスライム以下なので、全裸でダンジョンアタックする羽目になった事だけは同情する。

異世界から呼ばれた神の使徒と呼ばれた後に、檜山達だけは周りから微妙に汚物を見る目で見られていたのだから。誰だって露出狂の変態にはそんな目を向けるだろう。本人達にしてみれば誤解だが。

……まあ、助けてやる気は一切無いが。

死んだ檜山を弔ってやる意思も何一つないが。

 

全裸でダンジョンアタック。確かにそれを決行する者は別の意味での勇者だろう。そんな勇気は無謀ですら無いが。

何を考えてそんな技能を与えたかは知らないが、檜山一味はエヒトの壁画の方に全身が向いていた気がする。

 

なお、その檜山は現在進行系で死を懇願する苦痛を味わってる事は二人は知らない。

 

「しかし、タイタンソードを練習で作るか?」

 

「まずは単純なものからって思ったんだよ」

 

魔力を込めると形状がライジングに変化したり切れ味が増したりとシンプルなアーティファクトの剣だが、充分に宝物庫に保管される品だ。記念に貰った時に魔剣目録に収めておいた。

ハジメも自分の初めて作ったアーティファクトが京矢の魔剣目録の中に並ぶのはちょっと誇らしげだった。

 

はっきり言って京矢の魔剣目録の中の剣はどの剣も錬成魔法を会得したハジメにとっても遥か高みにある代物だった。

 

その次に作ったG3のケルベロスやらG4のギガントは京矢の四次元ポケットの中だ。

 

「しかし、お前のその魔剣目録の中の剣はどれもとんでもない品物だよな」

 

「……ん」

 

ハジメの基準からも、ユエの基準から言っても、魔剣目録の中身はそう言うしかない。

 

「そうか? 斬鉄剣なら似たような物は作れるだろ?」

 

確かに切れ味ならばそれに特化したアーティファクトを刀状にすれば近づけるだろうが、斬鉄剣は純粋に技術だけで作られた代物だ。

京矢と二人で悪ノリして(二人して食事の時間を忘れていたのでベルファストに強制的に一度中断された)作った日本刀もあるがそれもやっと同等に至れた代物だ。超えられてはいない。

 

魔剣目録に収められたガチャを通じて異世界からも集まった魔剣、聖剣、妖剣、邪剣は伊達ではないのだろう。

 

「そう言えばお前、八重樫に伝えたって言ったけど、いつ伝えたんだ?」

 

「割とこっちに来て直ぐだな」

 

そもそも、光輝が鬱陶しいという理由で学校ではあまり関わらないようにしていたが、京矢と雫は幼馴染の関係にある。

トータスに来てからは余計に光輝が鬱陶しいので人前ではあまり長く話す機会はなかった筈だと言うのがハジメの記憶だが、予想外の答えが返って来てしまった。

 

「アイツには苦労かけるけど、あのバカコンビの手綱を握って貰わないとならなかったからな」

 

「バカコンビって……」

 

そう、光輝と龍太郎の異世界放置確定組の事である。

丁度トータスに呼ばれた直後の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去、トータス召喚直後

 

「よお」

 

「京矢!?」

 

割り当てられた部屋に入ると窓の所に腰掛けている京矢が居たのだから驚くしかないだろう。

 

「ああ、壁伝いに来て窓からな」

 

サラリととんでも無いことを言い切る京矢に頭を抱えたくなる雫であった。

 

「で、現状はどう思う?」

 

「……ごめんなさい。今回は私達が悪かったわ」

 

「気にするな、悪いのは天之川とその取り巻きだ」

 

寧ろ、光輝が言い出しそれに龍太郎が続いた事で原因で全員で戦争に立つ空気を作ってしまって居た。

 

寧ろ、一切の躊躇もなくそんな事を言い出してくれた光輝に驚いて居た為に龍太郎が賛同する前に光輝に対して反対意見を言えなかった京矢にも非がある。

 

「まっ、当面は連中に従うしか無いだろうな。こんな状況でこの人数だ、帰る方法を探す為にも国の庇護っての必要だからな」

 

悪い事に向こうにはこの世界での衣食住を握られているのだ。京矢だけなら兎も角クラス全員となると信用できなくても保護を受ける為にも戦うしか無い。

 

「当面は難しいだろうけど、全員前線に送られるのだけは避けないとな」

 

人と殺し合いなどした事もない子供ばかりで前線に立たされたらどんな被害が出るか想像も出来ない。

それを分かっていないのか、自分達には特別な力があるから大丈夫と軽く考えているのか、その邪魔になりそうなのが光輝だ。

 

下手したら奴が原因で誰かと変な契約とかを結ばされそうでもある。

こんな世界なのだ、そんな誓約を強制する魔法とかあっても不思議はない。

 

「殺し合いの本番に全員が駆り出される前に頭に冷水をかけて頭を冷やして貰わないと、全員が前線に出る羽目になるからな」

 

「……そう」

 

そう答えると雫は黙り込んでしまう。改めて自分達の現状を認識してしまったのだろう。

 

「京矢は……大丈夫なの?」

 

「へっ、実は異世界召喚は三度目だ」

 

既にセフィーロに二度も召喚されているのだから、別の世界とは言え歩き方はわかるし、二度目のセフィーロよりもマシな世界だろう。

 

「だから最初にお前にだけは教えておくぜ」

 

そこで一度言葉を止めて雫を見つめると、

 

「実戦訓練の時にでも、機会を見て死んだと偽装してオレは別口で元の世界に戻る方法を探す」

 

だからオレが死んでも目の前で動かないオレを見るまで心配するな、と。

 

「まっ、異世界で冒険してた時使ってたガイソーケンも有るし、何とかなるだろ」

 

そう言ってみせたのが先程から持っていたガイソーケンだ。

そんな京矢の言葉に雫は一瞬ビクッとして俯く。

 

「……怖いのか?」

 

京矢の言葉に顔を上げて頷く。しっかりしていたとしても17歳の少女。寧ろしっかりしているからこそこれから自分達がしなければならない事を理解してしまっているが為に、恐怖を感じてしまったのだろう。

そんな彼女の姿を見て様子を見に来て、居なくなることを伝えられて良かったと思う。

 

そんな彼女の頭にポンと手を乗せて、

 

「雫、怖いなら泣けば良い。チャンスがあれば居なくなる身の上だけど、オレが近くにいる間ならいつでも頼れよ。泣きたいなら胸くらい貸してやる」

 

「……ありがと」

 

「気にすんなよ、弱音くらいは聞いてやる」

 

京矢の胸に顔を埋めながら呟くと泣き始めた。

弱いところを知っているのが自分だけなら、近くにいる間だけはその弱さを受け止めてやると誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まあ、その後にあの二人の手綱を握るのを頼んだ時は思いっきり殴られたけどな)

 

流石に問題を一つ押し付けたのだから殴られるのも仕方ないとは思うが、それはそれ適任なのが雫だけだから仕方ないと諦めて貰いたい。

 

外に出たら機会を見つけて雫には自分とハジメの無事を伝えようと改めて違う京矢であった。



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016

ブレイラウザーの一閃をギャレンラウザーで受け止める。

ブレイドとギャレンに変身して出発前に軽く模擬戦をしている京矢とハジメだが、『オンドゥルギッタンディスカ』とかネタを混ぜたブレイドごっこをやってる二人。

 

ガチの特撮ヒーローに変身して戦えると言うのは流石に嬉しいのだろう、かなりノリノリでギャレンの真似をやっている。

まあ、この時点での実力ではブレイドの方が上なのでそこまでは遊んで居ないが。

 

暫く打ち合った結果、ブレイラウザーがギャレンラウザーを弾き切っ先を突きつける事でブレイドの勝利となった。

 

「またオレの負けかよ」

 

「へっ、オレの方が経験値は上だぜ、簡単に負けるかよ」

 

ステータスではハジメの方が上だが、変身後も生身でも一度も勝てたことがない。

京矢曰く、過去四度も死線をくぐった経験は伊達では無いそうだ。

 

「とは言っても、さっきのは結構マズかったな。及第点くらいは行ってても良いんじゃないのか?」

 

「あれで及第点かよ……」

 

「そりゃそうだ。ギャレンが倒した相手の中にはトップクラスの強敵も多いだろう」

 

主に、ピーコックとかギラファとか。それを怯まずに命がけで打ち倒したのだ。

 

「ホント、天之川がお前に勝てない理由がよく分かるな」

 

「当たり前だろ、悪いがあいつと本気で試合したらただのイジメだぜ。経験も上、技術も上、おまけに人格も上ってとこだからな」

 

最後の一つはどうかと思うが、確実に経験も技術も京矢の方が上だろうとハジメは思う。

まあ、日本に居た頃から四度も命懸けの戦いを経験をした京矢に喧嘩売って返り討ちに会った光輝に対しては本物のバカだと評価を改めて居た。

 

ハジメの中で光輝=性質の悪い疫病神というのが確定した瞬間である。

少なくとも、小悪党の生き残りと龍太郎はその疫病神に取り憑かれてしまったのだから、後は破滅しか残ってない気がする。

 

(しかも、あいつのせいで全員が戦争に駆り出されて、この世界に呼ばれる原因でも有りそうなんだよな)

 

光輝がガチの疫病神とハジメの中で確定した瞬間だった。

 

「それにしても、そのアーティファクトも便利そうだな」

 

「ああ」

 

ハジメの手に入れた便利道具、それが『宝物庫』と言うアーティファクトだ。

これはオスカーが保管して居た指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチ程の赤い宝石の中に創られた空間に物を保存して置けると言うものだ。

京矢の四次元ポケットと同じような物だ。あらゆる装備や道具、素材を片っ端から詰め込んでも、まだまだ余裕がありそうだから、四次元ほどではないが倉庫一つ分程度の大きさではないだろう。

この指輪に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能で、半径1メートル以内なら任意の場所に出せるのは、いちいち手を突っ込まなければならない四次元ポケットにはない利点だろう。

 

「まっ、最悪は四次元ポケットの予備を貸してやろうかと思ったけどな」

 

どこからか取り出したカウボーイハットとランプを見せながらそう言う京矢に対して、カウボーイハットを被った自分をちょっと想像してハジメは良いかとも思ってしまってもいる。

 

そんな物凄く便利なアーティファクトなのだが、ハジメにとっては特に、武装の一つとして非常に役に立っている。

と言うのも、任意の場所に任意の物を転送してくれると言う点から、ハジメはリロードに使えないかと思案したのだ。

ライダーの武装は無制限に撃てるが変身しなければ使えず、一々変身しなくても良い場面や、変身できない状況では自分の作った武器を使うしかない。

その思案の結果、半分成功と言った所だ。流石に、直接弾丸を断層に転送する程の精密な操作はできなかった。

弾丸を揃えて一定範囲に規則的に転送するので限界だった。

もっと転送の扱いに習熟すれば、あるいは出来るようになるかもしれないが。

 

なので、ハジメは空中に転送した弾丸を己の技術によって弾倉に装填できるように鍛練することにした。

要は空中リロードを行おうとしたのだ。

ドンナーはスイングアウト式(シリンダーが左に外れるタイプ)のリボルバーである。当然、中折れ式のシリンダーに比べてシリンダーの露出は少なくなるので、空中リロードは神業的な技術が必要だ。まして、大道芸ではなく実戦で使えなければならないので、更に困難を極める。

最初は中折式に改造しようかとも思ったハジメだが、試しに改造したところ大幅に強度が下がってしまった為に断念した。

 

結論から言うと一ヶ月間の猛特訓で見事にハジメは空中リロードを会得した。

僅か一ヶ月の特訓で何故神業を会得出来たのか、その秘密は『瞬光』である。瞬光は使用者の知覚能力を引き上げる固有魔法だ。これにより、遅くなった世界で空中リロードが可能になったのである。

瞬光は体への負担が大きいので長時間使用はできないが、リロードに瞬間的に使用する分には問題なかった。

 

次に、ハジメは『魔力駆動二輪と四輪』を製造した。

京矢から貸してもらって見ていた仮面ライダーシリーズの影響が無いわけではない。変身した後にライダーと名乗るのにバイクが無いのはと考えたから、だけでは無い。

 

なお、京矢も仮面ライダー用のマシンはガチャで手に入れたものをいくつか持っているが、二人乗りが限界なのでベルファストとエンタープライズとの三人乗りが出来るようにサイドカータイプのバイクを作って貰った。

ライダーマシンの中で唯一のサイドカータイプのサイドバッシャーは持っていないのだ。

 

さて、魔力駆動二輪と四輪、これは文字通り、魔力を動力とする二輪と四輪である。

二輪の方はアメリカンタイプ、四輪は軍用車両のハマータイプを意識してデザインした。車輪には弾力性抜群のタールザメの革を用い、各パーツはタウル鉱石を基礎に、工房に保管されていたアザンチウム鉱石というオスカーの書物曰く、この世界最高硬度の鉱石で表面をコーティングしてある。

おそらくドンナーの最大出力でも貫けないだろう耐久性だ。エンジンのような複雑な構造のものは一切なく、ハジメ自身の魔力か神結晶の欠片に蓄えられた魔力を直接操作して駆動する。速度は魔力量に比例する。

 

一度は仮面ライダーのマシンのように変形機能を加えようとしたが、それは京矢から全力で止められた。

ギャレンとブレイドの専用マシンがあるので、ギャレンのを渡す事で満足したと言うのもある。

更に、この2つの魔力駆動車は車底に仕掛けがしてあり、魔力を注いで魔法を起動する地面を錬成し整地することで、ほとんどの悪路を走破することもできる。また、どこぞのスパイのように武装が満載されている。

ハジメも男の子。ミリタリーにはつい熱が入ってしまうのだ。夢中になり過ぎてユエが拗ねてしまい、機嫌を直すのに色々と搾り取られることになったが……。

 

だが、戦闘力では総合的に京矢からもらったマシンに負けてるのが、ハジメにとっては残念な点であるのは不満な点らしい。

 

なお、失った片目の代わりになる『魔眼石』と言う物も開発した。

ヒュドラとの戦いで右目を失ったハジメ。極光の熱で眼球の水分が蒸発してしまい、神水を使う前に欠損してしまっていたので治癒しなかったのだ。

それを気にしたユエが考案し、創られたのが魔眼石だ。

京矢の案では目からビームとか打ち出す小型ビーム兵器とか考案されたが即座に却下したハジメだった。

アイディアに心を動かされたが、顔面で、眼球の位置にそんな物は埋め込みたくなかった。

 

さて、いくら生成魔法でも流石に通常の眼球を創る事はできなかった。

しかし、生成魔法を使い、神結晶に、『魔力感知』『先読』を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得る事ができる魔眼を創ることに成功した。

 

これに義手にも使われている擬似神経の仕組みを取り込むことで、魔眼が捉えた映像を脳に送ることができるようになったのだ。

魔眼では、通常の視界を得ることはできない。その代わりに、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。

 

魔法の核とは、魔法の発動を維持・操作するための物……のようだ。

発動した後の魔法の操作は魔法陣の式によるということは知っていたが、ではその式は遠隔の魔法とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。

実際、ハジメが利用した書物や教官の教えに、その辺りの話しは一切出てきていない。おそらく、新発見なのではないだろうか。

魔法のエキスパートたるユエも知らなかったことから、その可能性が高い。

 

なお、それを知った京矢が魔法の核を切れないかと何度か試したが、出来たものの最初から魔法を消す事の出来る剣で切った方が楽だと結論付けた。

 

 

通常の〝魔力感知〟では、〝気配感知〟などと同じく、漠然とどれくらいの位置に何体いるかという事しかわからなかった。気配を隠せる魔物に有効といった程度のものだ。しかし、この魔眼により、相手がどんな魔法を、どれくらいの威力で放つかを事前に知ることができる上、発動されても核を撃ち抜くことで魔法を破壊することができるようになった。ただし、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要ではあるが。

 

神結晶を使用したのは、複数付与が神結晶以外の鉱物では出来なかったからだ。

莫大な魔力を内包できるという性質が原因だとハジメは推測している。

未だ、生成魔法の扱いには未熟の域を出ないので、三つ以上の同時付与は出来なかったが、習熟すれば神結晶のポテンシャルならもっと多くの同時付与が可能となるかもしれない、とハジメは期待している。

 

なお、この魔眼、神結晶を使用しているだけあって常に薄ぼんやりとではあるが青白い光を放っている。

ハジメの右目は常に光るのである。

こればっかりはどうしようもなかったので仕方なくハジメは薄い黒布を使った眼帯を着けている。

 

白髪、義手、眼帯、ハジメは完全に厨二キャラとなった。その内、鎮まれ俺の左腕! とか言いそうな姿だ。

鏡で自分の姿を見たハジメが絶望して膝から崩れ落ち四つん這い状態になった挙句、丸一日寝込むことになり、ユエにあの手この手で慰めら……京矢達から呆れた目で見られたのだった。

 

新兵器について、ヒュドラの極光で破壊された対物ライフル:シュラーゲンも復活した。

アザンチム鉱石を使い強度を増し、バレルの長さも持ち運びの心配がなくなったので三メートルに改良した。

『遠見』の固有魔法を付加させた鉱石を生成し創作したスコープも取り付けられ、最大射程は十キロメートルとなっている。

 

また、ラプトルの大群に追われた際、手数の足りなさに苦戦したことを思い出し、電磁加速式機関砲:メツェライを開発した。

口径三十ミリ、回転式六砲身で毎分一万二千発という化物だ。

銃身の素材には生成魔法で創作した冷却効果のある鉱石を使っているが、それでも連続で五分しか使用できない。再度使うには十分の冷却期間が必要になる。

 

さらに、面制圧とハジメの純粋な趣味からロケット&ミサイルランチャー:オルカンも開発した。

長方形の砲身を持ち、後方に十二連式回転弾倉が付いており連射可能。

ロケット弾にも様々な種類がある。

 

あと、ドンナーの対となるリボルバー式電磁加速銃:シュラークも開発された。

ハジメに義手ができたことで両手が使えるようになったからである。

ハジメの基本戦術はドンナー・シュラークの二丁の電磁加速銃によるガン=カタ(銃による近接格闘術のようなもの)に落ち着いた。

典型的な後衛であるユエとの連携を考慮して接近戦が効率的と考えたからだ。突出した戦力の京矢は遊撃に回るので、連携は完全にユエとの物に限定したのだ。

ハジメは武装すればオールラウンドで動けるのだが。

 

それから京矢からのライダーシリーズの武装をアーティファクトとして再現した物が幾つも有る。

素材と技術と再現が可能な限り作ったのは半ば暴走気味であったともハジメは自覚している。

時折工房から『ブドウ龍砲』とか聞こえてきたのだからどこまで再現したのかは大体想像できる。

 

他にも様々な装備・道具を開発した。しかし、装備の充実に反して、神水だけは遂に神結晶が蓄えた魔力を枯渇させたため、試験管型保管容器十二本分でラストになってしまった。京矢がペットボトルに保管した物もあるが其方は別口になる。

枯渇した神結晶に再び魔力を込めてみたのだが、神水は抽出できなかった。

やはり長い年月をかけて濃縮でもしないといけないのかもしれない。

 

しかし、神結晶を捨てるには勿体無い。

ハジメの命の恩人……ならぬ恩石なのだ。幸運に幸運が重なって、この結晶にたどり着かなければ確実に死んでいた。その為、ハジメには並々ならぬ愛着があった。

それはもう、遭難者が孤独に耐え兼ねて持ち物に顔をペインティングし、名前とか付けちゃって愛でてしまうのと同じくらいに。

 

そこで、ハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工した。

そして、それをユエに贈ったのだ。

ユエは強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、1発で魔力枯渇に追い込まれる。しかし、電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。

元々魔力を使わずに遠距離攻撃にも気を扱う剣士である京矢には縁の無い悩みである。

 

そう思って、ユエに『魔晶石シリーズ』と名付けたアクセサリー一式を贈ったのだが、そのときのユエの反応は……

 

「……プロポーズ?」

 

「なんでやねん」

 

ユエのぶっ飛んだ第一声に思わず関西弁で突っ込むハジメ。

 

「おっ、式は地球に帰ってからか?」

 

「ハジメ様、ご結婚おめでとうございます」

 

「ああ、結婚おめでとう」

 

「いや、違えから」

 

京矢、ベルファスト、エンタープライズと三人揃ってからかわれる始末である。

 

「それで魔力枯渇を防げるだろ?

今度はきっとユエを守ってくれるだろうと思ってな」

 

「……やっぱりプロポーズ」

 

「いや、違ぇから。ただの新装備だから」

 

「……ハジメ、照れ屋」

 

「……最近、お前人の話聞かないよな?」

 

「……ベッドの上でも照れ屋」

 

「止めてくれます!? そういうのマジで!」

 

「ハジメ……」

 

「はぁ~、何だよ?」

 

「ありがとう……大好き」

 

「……おう」

 

本当にもう爆発しちまえよ!と言われそうな雰囲気を醸し出す二人。いろんな意味で準備は万端だった。

そんな二人の様子を呆れと微笑ましさのこもった目で見ている京矢とエンタープライズとベルファスト。

 

「っと、そうだ」

 

そこで忘れていた事を思い出した京矢はポケットの中から取り出したそれをハジメへと投げ渡す。

 

「なんだよ?」

 

受け取ったのはペンダントの様な物。何故そんな物を自分に渡したのかと言う疑問が湧いてくる。

 

「オレが昔助けたプレシアって人に改造して貰った神獣鏡のファウストローブをベースにして完成したデバイス仕様のファウストローブだ」

 

「デバイスって、確か次元世界の魔法の杖みたいなモンだよな?」

 

「おう、娘さんを生き返らせる代わりに研究と改造を頼んだんだ」

 

サラリと死者蘇生ができる事を言ってくれた、この友人にリアクションに困るハジメだった。

 

「条件付きだけど魔剣目録の中には死を切れる刀もあるんだよ。で、このタイム風呂敷で条件の一年以内の状態に戻した後にな」

 

そう言ってポケットの中から風呂敷を取り出す京矢。ガチャの中には某猫型ロボットの道具もいくつかある。今回のタイムふろしき自体は使い捨てな上に生き返らせることは出来なかったが、その刀の一年以内と言う制限まで戻す事には成功した。

 

ガイソーグの姿で生き返らせたアリシアを連れて行って手に入れていたファウストローブをデバイスに改造する様に頼んだわけだ。

なお、リインフォースとの別れの時にプレシアとアリシアも二人の希望でフェイトの前に連れて行ってもいる。

これでファウストローブのデータが管理局に渡ったと言う不安はあるが司法取引の材料にでもなれば家族で暮らす事な助けになれば良いと軽く考えているのが問題だが。

 

「それで、なんでオレにこれを渡したんだ?」

 

「白崎に会った時にお前に同行するって言ったら渡してやれ、力が無けりゃ足手纏いになるだろうしな」

 

元々京矢は雫に香織のフォローも頼まれていたのだ。

今までは流石に光輝という超特大の邪魔が入る為にハジメを毎回助けていたのだが、今回は本気で手助けする事にした。

 

旅に同行するために必要な力が有れば同行も問題ないだろう。神水と言う回復手段も限りがあるのだ、回復役の動向はいずれは必須になるし、その回復役に戦闘手段があれば文句はでない筈だ。

 

そんな京矢の言葉に怪訝な表情を浮かべながらもそれを宝物庫へと保管するハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じでプロポーズの下りから十日後、遂に五人は地上へ出る。

 

三階の魔法陣を起動させながら、京矢達はそこにいた。

 

京矢達三人はオスカーの衣服や魔物の素材で仕立てた服に着替えている。

 

黒いコートの内側に四次元ポケットをセットして、黒のジーパンとベルトには斬鉄剣、背中には新たに用意したテンコマンドメンツを背中に背負っている。

この世界では其方の方が剣だと分かりやすいだろうと言う判断からだ。

なお、気分によって鎧の魔剣と時折入れ替えようと思っている。

 

そんなことを思い出しながら、京矢はハジメ達に静かな声で告げる。

 

「お前ら……オレ達の武器や力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

 

「ああ」

 

「ん……」

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

 

「はい」

 

「分かっている」

 

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしねえ」

 

「ん……」

 

「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

 

「何を今更」

 

「今更……」

 

「失礼ですが、京矢様は既にその程度の事は経験しているのではないでしょうか?」

 

ハジメ達の言葉に思わず苦笑いする京矢。確かに愚問だったと思う。

 

「悪とは言わねえ、敵・即・斬だ。敵を相手するときは切る。そして、互いが互いを守り、それでオレ達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えようぜ」

 

「忠義を尽くそう司令官」

 

「畏まりました、京矢様」

 

「ああ!」

 

「……ん」

 

四人の返事を聴き、

 

「よっしゃ! 行くぜ!」

 

高らかにそう宣言する。



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017

進撃のキシリュウジン(笑)


魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。

奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメと京矢の頬が緩む。

 

やがて光が収まり目を開けたハジメ達の視界に写ったものは……

 

「なんでやねん」

 

洞窟だった。

 

「いや、普通は隠すモンだろ」

 

この状況を予想していた京矢の言葉が突き刺さる。

仮にも反逆者とされて神様扱いされている悪霊擬きと敵対していたのだから、堂々と道の真ん中に出入り口など用意していない。

そうでなくても出口に岩でも落ちて塞がる危険なども有るのだ。

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

 

ユエはそんなハジメの服の裾をクイクイと引っ張り、慰める様に自分の推測を話した。

 

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった事に、そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じる。

 

「まっ、気にするなって」

 

京矢にポンポンと肩を叩いて励まされながら、頭をカリカリと掻きながら気を取り直す。

緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、ハジメ達は暗闇を問題としないので道なりに進むことにした。

 

途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。

京矢達は一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。

京矢達はこの数ヶ月、ユエに至っては300年間、求めてやまなかった光。

 

京矢とハジメとユエはそれを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。

それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。

この洞窟の中で呼ばれたエンタープライズとベルファストはそんな三人の後ろ姿を見送りながら微笑ましく思いながら後ろからついて行った。

 

近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。

奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。京矢とハジメは、空気が旨いという感覚を、この瞬間ほど実感したことはなかった。

 

そして、3人は同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。

 

地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。

断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。

深さの平均1.2キロメートル、幅は900メートルから最大8キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 

【ライセン大峡谷】と。

 

京矢達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。

地の底とはいえ頭上の太陽は燦々さんさんと暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

 

たとえ其処がどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。

呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていた京矢とハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。

無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

 

「……戻って来たんだな……」

 

「……んっ」

 

「太陽ってこんなに眩しいモンだったんだな」

 

ハジメとユエは、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合い、京矢は太陽に手を伸ばしその光を手に取るように手を握る。

 

「うおおおおおお!」

 

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

 

「んっーー!!」

 

小柄なユエを抱きしめたまま、ハジメはくるくると廻り、京矢は天に拳を突きつけながら叫びを上げた。

しばらくの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。

途中、地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、三人してケラケラ、クスクスと笑い合う。

 

「指揮官、少し無用心すぎるんじゃないか?」

 

「はい、少々無粋なお客様達が集まってしまって居ます」

 

「っと、たしかに無粋な連中だな」

 

「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

 

「そうみたいだな。気の方は問題ないみたいだし、オレには問題なさそうだな」

 

ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメには、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。

 

だが、京矢を見ながらこの大渓谷が誰かの意図で生み出されたわけではないだろうが、京矢の様な例は想定されて居ないんだろうな、とハジメは思う。

 

「……分解される。でも力づくでいく」

 

ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。

もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。

つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいということらしい。

 

「力づくって……効率は?」

 

「……十倍くらい」

 

どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。

 

「まっ、此処はオレの独壇場って訳だな」

 

腰に挿した斬鉄剣を手に掛け、

 

「ウォーミングアップさせて貰うぜ」

 

一瞬の間に魔物達を通り過ぎ、その首を切り落とす。

 

「行くぜっ!」

 

一瞬のうちに仲間の首が落ちた事に対応出来ない魔物の頭が轟音と共に吹き飛ぶ。

 

「おいおい、一人でなんて水臭いんじゃねえか?」

 

自然な動きでドンナーを発砲したハジメが笑みを浮かべながら、そう告げる。

 

「そいつは悪かったな」

 

「んじゃ、奈落の魔物とこいつら、どっちが強いか試してやろうか?」

 

「良いねえ」

 

スッとガン=カタの体制をとるハジメと居合いの体制をとる京矢。

二人のその眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。

しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。

 

常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。

 

そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。

魔物達は、ただの一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ、斬り裂かれ骸を晒していく。

辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに三分もかからなかった。

 

ドンナーを太もものホルスターにしまったハジメと斬鉄剣を鞘に収めた京矢は、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。

 

その傍に、トコトコとユエが寄って来た。二人が危なければいつでも加勢する様子だったエンタープライズとベルファストも拍子抜けした様子で近づいてくる。

 

「おっと、そういえば南雲。約束してたよな、巨大ロボを見せてやるって」

 

「ああ。流石に洞窟の中じゃ無理だったから……って、まさか」

 

「周囲の警戒ついでだ、見せてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、渓谷の入り口に陣取って居た武装した集団は言葉を失って居た。

統一された武装やその他の装備から何処かの国の軍隊と推測される集団は目の前の光景に唖然として居た。

 

彼らの目の前には渓谷から上半身を見せている巨大な人型のナニカが居た。

 

「た、隊長、あれは……」

 

「きょ、巨人……」

 

「きょ、巨人だ……鎧の巨人だ」

 

渓谷に突然現れた魔物の頭を下げた鎧を身に付けた鎧の巨人。

その身に纏う紫の鎧に金色の兜を着けた巨人が突如出現したのだから、幾ら訓練された兵士と言っても直ぐにまともな対応など出来ないだろう。

 

首から提げた巨大な魔物の首はその巨人の挙げた武功の象徴だろう。

体に纏う紫の鎧と魔物の首が同じ色である事から考えてその巨人の仕留めた魔物の骨や皮を加工して鎧としているのだろう。

頭に被る金色の兜は雄々しささえ感じさせる。肩の鎧は兜と同じ金色の鎧だ。

それだけでその巨人が高い知性と技術を有している事がわかる。

 

大きさは武器になる。しかも、それが知性まで有しているとなれば、それが敵に回るとなれば魔人族よりも恐ろしい敵になる。

もはや人知を超えた巨体の鎧の巨人に言葉を失う一団。

 

「わ、私は報告に戻る一隊は私と共に戻れ! 残りはあの巨人の動向を注視せよ! 迂闊に此方から攻撃はするな、それが敵対行為とみなされるかもしれん!」

 

「はっ、はい!」

 

攻撃するくらいなら逃げろと慌てて指示を出す隊長と呼ばれた男に続いて混乱の中数名の兵士と思われる者達が慌てて馬に乗って、其処から走り去って行く。

 

(拙い、拙いぞ! あれが亜人の一種なら、1日で街を落される)

 

あの城壁を潜ることも上から砕く事も可能な巨体と、あの鎧兜を作れるほどの技術力に裏打ちされた知性。

あの兜や鎧の技巧は彼らの国にも作れる技術者は殆どいない。皇帝が身につけるに相応しい出来だ。

 

自分達が亜人に行って居た事を知っているからこそ、彼らは恐怖して居た。あの巨人の一族が亜人の仲間だったとしたら、亜人からの報復が始まるだろうと。

 

(一刻も早く報告せねば!!!)

 

必死に馬を走らせる一同。

彼の脳裏には最悪の光景。一撃の元に城壁を砕かれ、なすすべも無く巨人の集団に蹂躙される祖国が浮かんで居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その巨人の名はキシリュウジン。京矢がハジメとの約束を守って見せた彼所有の巨大ロボである。



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018

進撃のキシリュウジン(笑)その2


時はわずかに遡る。

 

ガイソーグの姿に変身して見せた京矢はポケットの中から出したそれに声をかける。

 

「行くぜ、ディノミーゴ」

 

「任せろディノ!」

 

なお、元々自我は無かったディノミーゴも何時の間にか京矢達と過ごす内に自我を得て居たりする。

余談だが何気にディノミーゴ、地球に帰還後の魔法騎士達、特に獅堂光には気に入られて居たりする。

 

巨大化したディノミーゴとその相棒の二体の騎士竜コブラーゴ達が飛び跳ね、

 

「騎士竜合体!」

 

ガイソーグの掛け声と共にディノミーゴにコブラーゴとナイトモードのビュービューソウルが合体する事で巨人形態(ナイトロボ)ナイトロボのキシリュウジンとなる。

 

「完成、キシリュウジン!」

 

ハジメ達の前に降り立つトータスにおける初の巨大ロボ、その名はキシリュウジン。

 

渓谷の入り口で帝国の皆さんが混乱に陥っている真っ最中である。

 

「うおおおおおおおおおおおお! まじで巨大ロボじゃねえかよぉ! しかも、胸にティラノサウルスってカッコ良すぎるじゃねえか!」

 

巨大ロボは漢の浪漫。そんな巨大ロボを目の前にしてハジメは大興奮である。

なお、ユエさんはキシリュウジンを前に呆然として居た。

 

「おう! ちょっと離れててくれよ」

 

キシリュウジンから聞こえる京矢の声に従って何事かと思って少し離れると、京矢も大迷宮の出口からキシリュウジンを少し離す。

 

そして、両手に剣を構えてその剣を振り回して型を見せる。

 

「おぉ……」

 

目の前で巨大ロボがアクションシーンを見せてくれている。まさに言葉も出ないほどの喜びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、入り口で陣取っている帝国兵の皆さん。

 

「巨人が剣を取り出したぞ!?」

 

「剣を振っているだと!?」

 

既に彼等にしてみれば攻城兵器のような剣を二本も振り回しているキシリュウジンにビビりまくりである。

 

「何をやってるんだ?」

 

「あれ、剣の素振りとかじゃないか?」

 

「巨人の騎士だ……」

 

「剣の訓練をしているのか、あれは……」

 

「そう言えば訓練しているように見えるよな、あれ」

 

間違いなく人間に匹敵する知性がある巨大な巨人に勝手に恐怖する一同。

 

「誰かこの事を伝えて来い、巨人は武芸も会得しているとぉ!!!」

 

「は、はいっ!」

 

取り敢えず、巨人の新情報を急いで連絡させたのだった。

人知を超えた巨人が高い技術力と武芸を持っている。最早知性が有るのは疑いはない。

慌てて巨人の動向を伝える為に伝令を走らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キシリュウジンに手伝って貰えば簡単に渓谷を乗り越える事もできるが……巨大ロボの掌の上に乗ると言うシュチエーションは是非とも体験してみたいが、どうするかと思案するハジメ。

 

「折角だから道なりに進んで行くか?」

 

「悪くないな」

 

ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むかと考える。

キシリュウジンの巨体なら勝手に魔物も逃げて行くだろう。掌の上に乗って歩いてもらうのも悪くない。

 

「まさか、テレビの中で見たシュチエーションを自分で体験する機会が訪れるなんてな……」

 

「……なぜ、樹海側?」

 

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし」

 

「……確かに」

 

「砂漠横断よりも補給しやすい樹海側の方が良さそうだな」

 

なお、京矢は終始キシリュウジンの中からの会話で有る。帝国の皆さんには声は届いてないようだが。

 

キシリュウジンの掌に乗せて貰おうと思った時、崖の向こうから大型の魔物……キシリュウジンに比べれば全然小さいが……が現れた。

双頭のティラノサウルスの様な魔物だ。

 

だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 

ハジメ達は胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

 

「……何だあれ?」

 

「……兎人族?」

 

「なんでこんなトコに? 兎人族って連中はこんな谷底が住処なのか?」

 

「……聞いたことない」

 

「なら、あれは犯罪者として落とされたのか? 処刑の方法としてあったよな?」

 

「……悪ウサギ?」

 

「でしたら関わらない方が宜しいのでは無いでしょうか?」

 

京矢達は首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を尻目に呑気にお喋りに興じる。助けるという発想はないらしい。

別にライセン大峡谷が処刑方法の1つとして使用されていることからウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけではない。

赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。

 

相変わらずの変心ぶり、鬼畜ぶりだった。

ユエの時とは訳が違う。ウサミミ少女にシンパシーなど感じていないし、メリットが見当たらない以上ハジメの心には届かない。

助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。ハジメとユエは既に、この世界自体見捨てているのだから今更だ。

 

エンタープライズとベルファストは相手が犯罪者なのだから仕方ないと、見捨てている。

京矢は下手に犯罪者を助けても危険なだけと結論づけていた。

京矢達もこんな場所に落とされる重罪を犯した相手を助けるのには流石に躊躇するという事なのだろう。

 

しかし、そんな呑気な一同をウサミミ少女の方が発見したらしい。

双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。

 

そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……ハジメ達の方へ。

 

その瞬間、双頭ティラノが硬直した。キシリュウジンを見てしまったのだ。

自分を見下ろす巨大な影、魔物の本能が警鐘を鳴らし、素直にそれに従って踵を返す。

目の前の餌より自分の命。全力で踵を返して逃げ出して行く。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。

既に双頭ティラノはキシリュウジンを見て逃げ出していることも気付かずに。目の前にいる巨大なキシリュウジンにも気付かずに。

 

「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」

 

「……迷惑」

 

「ってか、もう逃げてるぞ、そのモンスター」

 

一度キョウリュウジンから降りた京矢も合流して三人揃って呆れた声を上げる。揃いも揃って物凄く迷惑そうだった。

そして、京矢の言葉を聞いて立ち止まると必死に逃げている双頭ティラノの後ろ姿しか見えなかった。

 

何が有ったのかと疑問に思うウサミミ少女。くるっとハジメ達の方に視線を向ける。

ガイソーグの鎧姿の京矢とハジメとユエとエンタープライズとベルファスト。其処までは良い。

視線の先には、彼等の後ろには紫の壁があった。ユックリと壁を見上げて行くと、

 

片膝をついて自分を見下ろしている完全武装の巨人がいた。

そして、ウサミミ少女は悟った。双頭ティラノはこの巨人から逃げ出したのだと。

 

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

 

眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。

その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。

たとえ酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

 

「アホか、図々しい」

 

しかし、そこはハジメクオリティー。

横に避けると華麗にウサミミ少女を避けた。

 

「えぇー!?」

 

ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。

両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。

 

「……面白い」

 

「……いや、それはちょっと酷いだろう」

 

ユエがウサミミ少女の醜態を見て、さらりと酷い感想を述べる。

それを見て、さすがに京矢もウサミミ少女に同情した。

 

視界に見下ろしているキシリュウジンの目が入るとウサミミ少女が跳ね起きた。

意外に頑丈というか、しぶとい。あたふたと立ち上がったウサミミ少女は、再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。

 

あくまでハジメに頼る気のようだ。

 

「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ! 何勝手に盾にしてやがる。ってか、キシリュウジンはオレたちの味方だ!」

 

ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません!としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。

ってか、キシリュウジンを敵だと勘違いしているがキシリュウジンは味方だし、別にウサミミ少女をとって食ったりはしない。

序でにユエが、離せというように足先で小突いている。

そんなコントみたいな姿を京矢は呑気に眺めていた。

もう既に助かっているのだから、ここで放り出しても問題はない。

 

あとで別の魔物に喰われる可能性もあるが。

 



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019

「イタッ! い、いやです! イタッ! 今、離したら見捨てるつもりですよね! イタッ!」

 

「当たり前だろう? なぜ、見ず知らずウザウサギを助けなきゃならないんだ」

 

「そ、即答!? イタッ! 何が当たり前ですか! イタッ! あなたにも善意の心はありますでしょう! イタッ! いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか! イタッ!」

 

「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ」

 

「な、なら助けてくれたら……イタッ! ……そ、その貴方のお願いを、イタッ! な、何でも一つ聞きますよ? って、さっきからゲシゲシ蹴りすぎです! イタッ!」

 

頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。

あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。

実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。

 

だが、目の前にいるハジメは普通ではなかった。

 

「いらねぇよ。ていうか汚い顔近づけるな、汚れるだろが」

 

どこまでも行く鬼畜道。

 

「き、汚い!? イタッ! 言うにことかいて汚い! イタッ! あんまりです! イタッ! 断固抗議します!」

 

「おい、鳳凰寺、なんとかしてくれ」

 

「悪い、関わり合いになったのが運の尽きだろうな」

 

ハジメから助けを求められた京矢は頭を抱えながらそう返す。

要するに話くらいは聞かないと離れてくれないという事だろう。

ユエが、イラッときたのかウサミミ少女を蹴り飛ばそうとゲシゲシ蹴りをかますが、ウサミミ少女は頬に靴跡を刻まれながら「絶対に離しませぇ~ん!」と死に物狂いでしがみつき引き離せない。

 

「ここで離したら、ダイヘドアが逃げるような巨人に食べられちゃうじゃないですか~ぁ!」

 

「いや、食べないから安心しろよ。…………食べないよな?」

 

「食べないぜ」

 

言い切ったところで疑問に思って京矢に問いかけると片膝ついて見下ろしているキシリュウジンもそうだと言うように頷いている。

序でに、どうでも良いがあの双頭ティラノはダイヘドアと言うらしい。

 

食べないんですかと安堵しているウサミミ少女だが、ユエに引っ張られ、ハジメにしがみついたままである。

さっきから、長いウサミミがハジメの目をペシペシと叩いており、いい加減本気で鬱陶しくなったハジメは脇の下の脳天に肘鉄を打ち下ろした。

 

「へぶぅ!!」

 

呻き声を上げ、「頭がぁ~、頭がぁ~」と叫びながら両手で頭を抱えて地面をのたうち回るウサミミ少女。

それを冷たく一瞥した後、ハジメは何事もなかったように京矢達に向き直り「行こうぜ」と先へ進もうとする。

 

その気配を察したのか、今までゴロゴロ地面を転がっていたくせに物凄い勢いで跳ね起きて、「逃がすかぁ~!」と再びハジメの腰にしがみつくウサミミ少女。やはり、なかなかの打たれ強さだ。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの1人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

そして、このウサミミ少女、なかなかに図太かった。

 

ハジメは、しがみついて離れないウサミミ少女を横目に見る。

そして、奈落から脱出して早々に舞い込んだ面倒事にずっと我関せずと眺めて居た京矢とともに深い溜息を吐くのだった。

 

「私の家族も助けて下さい!」

 

峡谷にウサミミ少女改め『シア・ハウリア』の声が響く。

どうやら、このウサギ1人ではないらしい。仲間も同じ様な窮地にあるようだ。

よほど必死なのか、先程から相当強くユエに蹴りを食らっているのだが、頬に靴をめり込ませながらも離す気配がない。

 

「指揮官、引き離した上で縛り上げた方が良いんじゃないか?」

 

「まっ、最悪の場合はそうするかな」

 

エンタープライズからの提案にちょっと同意したくなった京矢だった。

 

それなりに先を急ぐ旅でもあるし余計な寄り道は避けたい所だ。

京矢とエンタープライズの物騒な思考の中での比較的穏やかな発想にベルファストが何処からともなく「ご入用ですか?」と鎖を取り出している。

 

そんな京矢達を他所にあまりに必死に懇願するので、ハジメは仕方なく……『纏雷』をしてやった。

 

「アババババババババババアバババ!?」

 

電圧と電流は調整してあるので死にはしないが、しばらく動けなくなるくらいの威力はある。

シアのウサミミがピンッと立ちウサ毛がゾワッと逆だっている。“纏雷”を解除してやると、ビクンッビクンッと痙攣しながらズルズルと崩れ落ちた。

 

「よし、仕上げに縛り上げとくか」

 

「ああ、頼んだ。全く、非常識なウザウサギだ。ユエ、京矢が縛ったら行くぞ?」

 

「ん……」

 

「……おう」

 

ベルファストから受け取った鎖を手にとってシアを簀巻きにしようとする姿をハジメは冷めた目で見ていた。

 

しかし……

 

「に、にがじませんよ~」

 

「うおっ!」

 

ゾンビの如く起き上がり素早くハジメの脚にしがみつくシア。流石に驚愕した京矢は何も反応できなかった。

 

「お、お前、ゾンビみたいな奴だな。それなりの威力出したんだが……何で動けるんだよ? つーか、ちょっと怖ぇんだけど……」

 

「気色悪いな」

 

「……不気味」

 

「うぅ~何ですか! その物言いは! さっきから、肘鉄とか足蹴とか、ちょっと酷すぎると思います! そちらの殿方も仕上げに縛り上げようとするとか! 断固抗議しますよ! お詫びに家族を助けて下さい!」

 

ぷんすかと怒りながら、さらりと要求を突きつけるシア。

案外余裕そうである。このまま引き摺っていこうかとも考えたハジメだが、何か執念で何処までもしがみついてきそうだと思い直す。

血まみれで引きずられたまま決して離さないウサミミ少女……完全にホラーである。

 

「はぁ。もう話を聞くしかなさそうだぜ」

 

「ったく、何なんだよ。取り敢えず話聞いてやるから離せ。ってさり気なく俺の外套で顔を拭くな!」

 

最早京矢から話を聞くしかないと言われ仕方ないとばかりに頭を抱えながらそういうハジメ。

話を聞いてやると言われパアァと笑顔になったシアは、これまたさり気なくハジメの外套で汚れた顔を綺麗に拭った。本当にいい性格をしている。

イラッと来たハジメが再び肘鉄を食らわせると「はぎゅん!」と奇怪な悲鳴を上げ蹲った。

 

「ま、また殴りましたね! 父様にも殴られたことないのに! よく私のような美少女を、そうポンポンと……もしや殿方同士の恋愛にご興味が……だから先も私の誘惑をあっさりと拒否したんですね! きっとそちらの殿方とッゲフンッ!?」

 

何やら不穏当な発言が遮られシアの姿が消える。ゆっくりとハジメが視線を上に向けるとキシリュウジンに捕獲されて持ち上げられたシアが居た。

 

「おーい、そのままなるべく遠くに投げ捨ててくれ」

 

そこには、額に#マークを浮かばせた京矢が笑顔でキシリュウジンに指示を出していた。流石に京矢も同性愛者と思われるのは心外のようだ。そんな京矢の雰囲気を見て、ハジメとユエは思った。

 

((……うん、こいつだけは怒らせないようにしよう……))

 

こんな風に不自由に空高く舞い上がりたくはない。

 

「誰がホモだ、ウザウサギ。っていうか何でそのネタ知ってんだよ。どっから仕入れてくるんだ…? まぁ、それは取り敢えず置いておくとして、お前の誘惑だがギャグだが知らんが、誘いに乗らないのは、お前より遥かにレベルの高い美少女がすぐ隣にいるからだ。ユエを見て堂々と誘惑できるお前の神経がわからん」

 

そう言ってハジメはチラリと隣のユエを見る。ユエはハジメの言葉に赤く染まった頬を両手で挟み、体をくねらせてイヤンイヤンしていた。腰辺りまで伸びたゆるふわの金髪が太陽の光に反射してキラキラと輝き、ビスクドールの様に整った容姿が今は照れでほんのり赤く染まっていて、見る者を例外なく虜にする魅力を放っている。

 

「こっちはこっちで美女が二人もいるしな」

 

京矢から美女と言われて顔を赤くするエンタープライズとありがとうございますと一礼するベルファスト。

 

そんな可憐なユエと美しいエンタープライズとベルファストを見て、「うっ」と僅かに怯むシア。

しかし、ハジメには身内補正が掛かっていることもあり、ユエと二人の容姿に関しては多分に主観的要素が入り込んでいる。

そういうことに関して客観的に見ている京矢に言わせたら、シアも負けず劣らずの美少女というだろう。

 

少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。

手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。ケモナー達が見れば感動して思わず滂沱の涙を流すに違いない。

何より……ユエにはないものがある。そう、シアはベルファストにも負けない大変な巨乳の持ち主だった。

ボロボロの布切れのような物を纏っているだけなので殊更強調されてしまっているその凶器は、固定もされていないのだろう。

彼女が動くたびにぶるんぶるんと揺れ、激しく自己を主張している。ぷるんぷるんではなくぶるんぶるんだ。念の為。

 

要するに、彼女が自分の容姿やスタイルに自信を持っていても何らおかしくないのである。

むしろ、普通にウザそうにしているハジメが異常なのだ。変心前なら「ウサミミー!!」とル○ンダイブを決めたかもしれないが……。

 

なお、十分に枯れていない京矢にしても、身内には直葉にマリアにセレナ、セフィーロでの旅やら管理局、更にはバイト先でも美女美少女と関わる事が多かったので慣れて居るという訳だ。

 

それ故に、矜持を傷つけられたシアは言ってしまった。言ってはならない言葉を……

 

「で、でも! そちらの二人は兎も角、胸なら私が勝ってます! そっち女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

〝ペッタンコじゃないですか〟〝ペッタンコじゃないですか〟〝ペッタンコじゃないですか〟

 

峡谷に命知らずなウサミミ少女の叫びが木霊こだまする。

恥ずかしげに身をくねらせていたユエがピタリと止まり、前髪で表情を隠したままユラリとシアに近づいていく。

 

ハジメは「あ~あ」と天を仰ぎ、無言で合掌する。

京矢も静かに黙祷していた。ウサミミ少女、安らかに眠れ……。と。

ベルファストとエンタープライズも「あ〜あ」と言う表情だ。

 

ちなみに、ユエは着痩せするが、それなりにあるらしい。断じてライセン大峡谷の如く絶壁ではない。

ベルファストの事を親の仇のように睨んだ事は有ったが。

 

震えるシアのウサミミに、囁くようなユエの声がやけに明瞭に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

―――― ……お祈りは済ませた? 

―――― ……謝ったら許してくれたり

―――― ………… 

―――― 死にたくなぁい! 死にたくなぁい! 

 

 

 

 

 

「『嵐帝』」

 

 

 

 

 

 

―――― アッーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「世の中には命知らずな奴もいたもんだな……」

 

悲鳴をBGMに京矢の静かな言葉がやたらとハッキリ響くのだった。

 

 

 

 

 

突如発生した竜巻に巻き上げられ錐揉みしながら天に打ち上げられるシア。

彼女の悲鳴が峡谷に木霊し、きっかり十秒後、グシャ!という音と共にハジメ達の眼前に墜落した。

 

まるで犬○家のあの人のように頭部を地面に埋もれさせビクンッビクンッと痙攣している。

完全にギャグだった。その神秘的な容姿とは相反する途轍もなく残念な少女である。ただでさえボロボロの衣服?が更にダメージを受けて、もはやただのゴミのようだ。

逆さまなので見えてはいけないものも丸見えである。百年の恋も覚める姿とはこの事だろう。

 

ユエは「いい仕事した!」と言う様に、掻いてもいない汗を拭うフリをするとトコトコとハジメの下へ戻り、その辺の石に腰掛けるハジメを下からジッと見上げた。

 

「……おっきい方が好き?」

 

実に困った質問だった。ハジメとしては「YES!」と答えたい所だったが、それを言えば未だ前方で痙攣している残念ウサギと仲良く犬○家である。それは勘弁して欲しかった。

 

「……ユエ、大きさの問題じゃあない。相手が誰か、それが一番重要だ」

 

「……」

 

「オレは巨乳派だけどな」

 

だが、何一つ空気を読まないように呟かれた京矢の言葉に反応してユエが放った魔法を彼はテン・コマンドメンツの封印の剣(ルーン・セイヴ)で消し去るのだった。



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020

「いや、単なる冗談だからお前も怒るなよ、南雲」

 

「こんな時に変な冗談を言うなよ」

 

ゴム弾だがそれを撃つハジメもハジメだが、テン・コマンドメンツで防ぐ京矢も京矢である。

そんなこと言われながら京矢は流れを変えるものがないかと視線を彷徨わせた後、手際よくトドメとばかりにベルファストに縛られて痙攣していたシアの体がガッと地面に倒れこみ、ぷるぷると震えながら懸命に頭を引き抜こうとしている姿を捉える。

これ幸いにとシアに注意を向け話のタネにする。

 

「おい、南雲、あの子動いてるぞ。頑丈とかそう言うレベル超えてないか?」

 

「……………………ん」

 

京矢の言葉に何時もより長い間を開けてユエが返事をしてくれた。ユエが答えてくれた後、ズボッと言う音とともにシアが泥だらけになった頭を引き抜く。

 

「うぅ~ひどい目に遭いました。こんな場面見えてなかったのに……」

 

涙目で、しょぼしょぼとボロ布を直すシアは、意味不明なことを言いながらハジメ達の下へ這い寄って来た。その姿は既にホラーだった。

 

「南雲、なんかお前をご指名みたいだからいい加減相手してやれよ」

 

京矢に言われて仕方ないとばかりにシアの方を見ると、あまりの酷さにドン引きしてしまった。

 

「はぁ~、お前の耐久力は一体どうなってんだ? 尋常じゃないぞ……何者なんだ?」

 

ハジメの胡乱な眼差しに、ようやく本題に入れると居住まいを正すシア。

片膝をつくキシリュウジンの足に腰掛ける京矢達の前で座り込み真面目な表情を作った。

もう既に色々遅いが……

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

 

語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

 

シアたち、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。

兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。

性格は総じて温厚で争いを嫌い、1つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。

また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 

そんな兎人族の1つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。

兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。

魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を1つの家族と称する種族なのだ。

ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。

魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。

国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。

また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。

樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 

故に、ハウリア族は女の子を隠し、16年もの間ひっそりと育ててきた。

だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。

その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 

行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。

山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 

しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。

樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。

巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、1個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

女子供を逃がすため男たちが追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 

全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。

流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。

魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 

しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。

小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 

そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。

もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。

そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

 

「……気がつけば、60人はいた家族も、今は40人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。

どうやら、シアはユエやハジメ、京矢と同じ、この世界の例外というヤツらしい。

特に、ユエと同じ先祖返りと言うやつなのかもしれない。

 

話を聞き終った京矢とハジメは特に表情を変えることもなく端的に答えた。

 

「「断る」」

 

京矢とハジメの端的な言葉が静寂をもたらした。

何を言われたのか分からない、といった表情のシアは、ポカンと口を開けた間抜けな姿でハジメをマジマジと見つめた。序でに京矢には見向きしていなかった。

そして、京矢が話は終わったとキシリュウジンに搭乗しようとしてようやく我を取り戻し、物凄い勢いで抗議の声を張り上げた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと! 何故です! 今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか! って、あっ、無視して行こうとしないで下さい! 逃しませんよぉ!」

 

シアの抗議の声をさらりと無視して出発しようとするハジメの脚に再びシアが飛びつく。

さっきまでの真面目で静謐な感じは微塵もなく、形振り構わない残念ウサギが戻ってきた。

 

足を振っても微塵も離れる気配がないシアに、ハジメは溜息を吐きながらジロリと睨む。

 

「あのなぁ~、お前等助けて、俺たちに何のメリットがあるんだよ」

 

「メ、メリット?」

 

「帝国から追われているわ、樹海から追放されているわ、お前さんは厄介のタネだわ、デメリットしかねぇじゃねぇか。仮に峡谷から脱出出来たとして、その後どうすんだよ? また帝国に捕まるのが関の山だろうが。で、それ避けたきゃ、また俺たちを頼るんだろ? 今度は、帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行けってな」

 

「うっ、そ、それは……で、でも!」

 

「オレ達だって、それなりに急ぐ旅ってやつなんだ。旅の目的だってあるんだぜ、お前達を守って余計な時間を取られるのはゴメンなんだよ」

 

「そんな……でも、守ってくれるって見えましたのに!」

 

「……さっきも言ってたな、それ。どういう意味だ? ……お前の固有魔法と関係あるのか?」

 

「そう言えばそうだな。こんな所で一人で単独行動してる時点で……オレ達が此処に現れるって分かっていたとしか思えないからな」

 

一向に折れないハジメ達に涙目で意味不明なことを口走るシア。

確かに京矢の言葉通り、何故シアが仲間と離れて単独行動をしていたのかという点も疑問である。

その辺りのことも関係あるのかと二人は尋ねた。

 

「え? あ、はい。『未来視』といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! 〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

シアの説明する“未来視”は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。

また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 

「そいつは凄いな」

 

京矢はシアの固有魔法に感嘆の声を上げる。次元世界のレアスキルにも予知関連のものが有るが、そちらは解読の手間が掛かる物なので、短時間とは言え正確な未来を予知できるのは凄いとしか言いようが無い。

 

どうやら、シアは元いた場所でハジメ達がいる方へ行けばどうなるか? という仮定選択をし、結果、自分と家族を守るハジメの姿が見えたようだ。そして、ハジメを探すために飛び出してきた。

こんな危険な場所で単独行動とは、よほど興奮していたのだろう。

 

「ん? なあ、そんな凄い固有魔法持ってて、なんでバレたんだ?」

 

「そうだな、危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」

 

京矢とハジメの指摘に「うっ」と唸った後、シアは目を泳がせてポツリと零した。

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて……」

 

「バレた時、既に使った後だったと……何に使ったんだ?」

 

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

 

「ただの出歯亀じゃねぇか!」

 

「アホだろ? 貴重な魔法何に使ってんだよ」

 

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

 

「やっぱ、ダメだな。何がダメって、お前がダメだわ。この残念ウサギが」

 

呆れたようにそっぽを向くハジメにシアが泣きながら縋り付く。ハジメが、いい加減引きずっても出発しようとすると、何とも意外な所からシアの援護が来た。

 

「……ハジメ、連れて行こう」

 

「ユエ?」

 

「!? 最初から貴女のこといい人だと思ってました! ペッタンコって言ってゴメンなッあふんっ!」

 

ユエの言葉にハジメと京矢は訝しそうに、シアは興奮して目をキラキラして調子のいい事を言う。

次いでに余計な事も言い、ユエにビンタを食らって頬を抑えながら崩れ落ちた。

 

「……樹海の案内に丁度いい」

 

「あ~」

 

「なるほどな」

 

確かに、樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強い。

樹海を迷わず進むための対策も一応考えていたのだが、若干、乱暴なやり方であるし確実ではない。

最悪、キシリュウジンで木をなぎ倒しながら進むか、適当な方法で森を焼いて道を作るか、現地で亜人族を捕虜にして道を聞き出そうと考えていたので、自ら進んで案内してくれる亜人がいるのは正直言って有り難い。

ただ、シア達はあまりに多くの厄介事を抱えているため逡巡するハジメと京矢。

エンタープライズとベルファストは京矢の決定に従うと言う様子だ。

 

そんなハジメに、ユエは真っ直ぐな瞳を向けて逡巡を断ち切るように告げた。

 

「……大丈夫、私達は最強」

 

それは、奈落を出た時の言葉。

この世界に対して遠慮しない。互いに守り合えば最強であると。

その時の言った言葉を返されてしまえば苦笑いするしかない。

 

兎人族の協力があれば断然、樹海の探索は楽になるのだ。

それを帝国兵や亜人達と揉めるかもしれないから避けるべき等と〝舌の根も乾かぬうちに〟である。

もちろん、好き好んで厄介事に首を突っ込むつもり等さらさらないが、ベストな道が目の前にあるのに敵の存在を理由に避けるなど有り得ない。

道を阻む敵は〝殺してでも〟と決めたのだ。

 

「そうだな。おい、喜べ残念ウサギ。お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」

 

確かに言っていることは間違いではないが、セリフが完全にヤクザである。しかし、それでも、峡谷において強力な魔物が一心不乱に逃げ出す強者が生存を約束したことに変わりはなく、シアは飛び上がらんばかりに喜びを表にした。



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021

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

 

ぐしぐしと嬉し泣きするシア。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる。

 

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それで皆さんのことは何と呼べば……」

 

「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」

 

「……ユエ」

 

「オレは京矢、鳳凰寺京矢だ。で、あいつはオレの相棒のキシリュウジン」

 

「私はエンタープライズだ」

 

「京矢様のメイドのベルファストでございます」

 

「ハジメさんとユエちゃんと京矢さん、エンタープライズさんにベルファストさんですね」

 

5人の名前を何度か反芻し覚えるシア。そして、自分たちを見下ろしているキシリュウジンを見上げて、

 

「そ、それから……キ、キシリュウジンさんですね……さんで良いですよね!? 様じゃなくて?」

 

「ああ、様じゃ無くて大丈夫だから、安心しなって」

 

やはり、味方だと分かっても完全武装の巨人相手なのだから心底怖がっているシアであった。

 

しかし、ユエが不満顔で抗議する。

 

「……さんを付けろ。残念ウサギ」

 

「ふぇ!?」

 

ユエらしからぬ命令口調に戸惑うシアは、ユエの外見から年下と思っているらしく、ユエが吸血鬼族で遥に年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。

どうもユエは、シアが気に食わないらしい。何故かは分からないが……。例え、ユエの視線がシアの体の一部を憎々しげに睨んでいたとしても、理由は定かではないのだ!

過去にベルファストやエンタープライズの体の一部の事も睨んでいたが、定かでは無いのだ!!!

 

「話が纏まったなら急いだ方がいいんじゃ無いのか? キシリュウジン、頼む」

 

京矢の言葉に頷いたキシリュウジンが掌を上に向けて片手を地面に下ろす。乗れと言う事なのだろう。

躊躇なく掌の上に乗り込む京矢とベルファストとエンタープライズ。

表情には出さずにいたがどこから見ても嬉しそうな様子で掌の上に乗るハジメとそれに続くユエ。

最後に恐る恐ると言った様子で掌の上に乗るシア。

 

全員が乗った事を確認するとキシリュウジンが立ち上がる。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

「ひいいいいいいいいいいいい!?」

 

一度は夢見たが、決して叶うわけは無いと思っていた光景に心の底から歓喜の声を上げてしまうハジメと、キシリュウジンの掌の上という場所と高さに心底恐怖の声を上げるシア。

 

「一度でいいから体験してみたかったんだよな、こう言うの」

 

「何だったら次は肩にでも乗ってみるか?」

 

「マジか!? 乗って良いのか?」

 

「良いよな、キシリュウジン?」

 

京矢の言葉に良いと言うふうに頷くキシリュウジン。巨大ロボという浪漫が分かる男同士の会話が交わされるのだった。

自分の会得した神代の魔法でも作れないであろう巨大ロボ。それが今ハジメの目の前にあって掌の上に乗せてもらえている。肩にも乗せてもらえる。心底感動を浮かべていたのだった。

……流石にコックピットに入れてくれまでは言わなかったが。

 

 

 

 

 

 

なお、

 

 

 

 

 

「巨人が近付いて来るゾォ!!!」

 

「うわああぁぁ!」

 

近づいて来るキシリュウジンに絶賛混乱中の帝国の皆さんであった。

ハウリア族を追いかけて居て化け物としか思えない巨人と出会った彼らの心境は如何に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……このキシリュウジン……さん? 何なのでしょう? それに、ユエさん魔法使いましたよね? ここでは使えないはずなのに……」

 

そもそも、そんな巨人の存在など今まで聞いたこともないだろう。

 

「あ~、それは道中で、こいつがな」

 

「少しは時間はかかりそうだからな」

 

ハジメの言葉にそう返しながらキシリュウジンに急いで貰っていた。悪路などキシリュウジンの巨体には小石が落ちている程度のものだ。

その常識を超えた高さと歩く振動にシアがハジメに抱き付いて「きゃぁああ~!」と悲鳴を上げた。

後ろにあるのはキシリュウジンの胸部のティラノサウルスの頭がこちらをみているし、前は空しか見えない。

 

その光景に目を瞑ってハジメにしがみついて居たが、しばらくして慣れてきたのか次第にその景色に興奮してきたようだ。

 

ハジメは道中で言えが魔法を使える理由、ハジメの武器がアーティファクトのみたいな物だと簡潔に説明した。

すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。

……だが、京矢のことについての説明はされて居ない。そう、一切、だ。

 

まあ、キシリュウジンもガチャ由来の品だとは想像できるし。

 

「ってな感じで二度目の戦いじゃキシリュウジンで風達の魔神に味方して一緒に戦ったんだぜ」

 

だが、ハジメは疑問に思う。

京矢から聞かされるキシリュウジンの活躍はセフィーロでの二度目の戦いだけだ。

恐らくは一度目の戦いの決戦の時期に使ったとは思うが、京矢はそれを話したがらない。

いつかは聞いてみたいとは思うが、それは飽くまで魔法騎士の従姉妹達にも関係するので帰ってからになるだろう。

 

「え、それじゃあ、皆さんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

 

「オレは使う必要も無いから分からないし、エンタープライズとベルファストは使えないけど、ハジメ達はそうなるな」

 

「ああ。って言うよりも、魔力も使わないで身体能力の強化ができたり、剣から衝撃波使ったりお前って本当に人間か疑うぜ」

 

「……ん、疑問」

 

「おいおい、その言い方は酷いぜ、お二人さん」

 

しばらく呆然としていたシアだったが、突然、何かを堪える様にハジメの肩に顔を埋めた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

 

「……いきなり何だ? 騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり……情緒不安定なヤツだな」

 

「……手遅れ?」

 

「可哀想に」

 

「手遅れって何ですか! 手遅れって! 私は至って正常です! だから、哀れなものを見るような目で見ないでください!!! ……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 

「「「「「…………」」」」」

 

どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。

家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、〝他とは異なる自分〟に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 

シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。ハジメには何となく、今ユエが感じているものが分かった。おそらく、ユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に、魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において〝同胞〟というべき存在は居なかった。

 

だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。

ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるということだ。

それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアから見れば、結局、その〝同胞〟とすら出会うことができたのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。

 

そんなユエの頭をハジメはポンポンと撫でた。

日本という豊かな国で何の苦労もなく親の愛情をしっかり受けて育ったハジメには、〝同胞〟がいないばかりか、特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられたユエの孤独を、本当の意味では理解できない。

 

京矢も転生者と異質な存在だが、前世の記憶はない上に直葉と言う同類と言うべき存在とは比較的早く出会えた。

ガチャを通じてだが同類は呼び出せるし、家族にも恵まれて居た。

 

それ故、かけるべき言葉も持ち合わせなかった。出来る事は、〝今は〟一人でないことを示す事だけであり、それはハジメに任せるべき役目と考えて邪魔にならないように離れる。

 

すっかり変わってしまったハジメだが、身内にかける優しさはある。

あるいは、ユエと出会っていなければ、京矢と再開しなければ、それすら失っていたかもしれないが。ユエはハジメが外道に落ちるか否かの最後の防波堤と言える。

ユエがいるからこそ、ハジメは人間性を保っていられるのだ。その証拠に、ハジメはシアとの約束も守る気だ。樹海を案内させたらハウリア族を狙う帝国兵への対策もする気である。

ハジメがその気ならば京矢も存分に力を貸す気だ。

 

「そいつはお前の役目だぜ、相棒」

 

「当たり前だ、誰にも譲る気はねえよ、相棒」

 

そんなハジメと京矢の気持ちが伝わったのか、ユエは無意識に入っていた体の力を抜いて、より一層ハジメに背を預けた。まるで甘えるように。

 

「あの~、私のこと忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは? 私、コロっと堕ちゃいますよ? チョロインですよ? なのに、せっかくのチャンスをスルーして、何でいきなり二人の世界を作って、理解してるって顔しているんですか! 寂しいです! 私も仲間に入れて下さい! 大体、お二人は……」

 

「「黙れ残念ウサギ」」

 

「いや、空気読めよ、残念ウサギ」

 

「少しは空気を読んだらどうだ?」

 

「此処は黙っているべきところですよ」

 

「……はい……ぐすっ……」

 

泣きべそかいていたシアが、いきなり耳元で騒ぎ始めたので、思わず怒鳴り返すハジメとユエ。冷静に注意する京矢とエンタープライズとベルファスト。

だが、泣いている女の子を放置して二人の世界を作っているのも十分酷い話であるが、その辺は京矢達三人もスルーしているのも酷いと言えば酷い。

しかも、その上、逆ギレされて怒鳴られてと、何とも不憫なシアであった。

ただ、シアの売りはその打たれ強さ。内心では既に「まずは名前を呼ばせますよぉ~せっかく見つけたお仲間です。逃しませんからねぇ~!」と新たな目標に向けて闘志を燃やしていた。

 

しばらく、シアが騒いでハジメかユエに怒鳴られるか、京矢かエンタープライズかベルファストに注意されるという事を繰り返していると、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。

どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。

 

「! ハジメさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

 

「だぁ~、耳元で怒鳴るな! 聞こえてるわ! 鳳凰寺、頼むっ!」

 

「ああ! お前等、全員何処かにしっかり掴まってろよ! キシリュウジン、急いでくれ!」

 

京矢がキシリュウジンにそう指示を出すとその言葉に応えるように頷きキシリュウジンの動きが早くなる。それに合わせて掌に乗っているせいか上下の揺れも激しくなっていく。

 

そうして走る事一分、最後の(一応)大岩を蹴り砕き進んだ先には今まさに魔物の群れに襲われそうになっている数十人の兎人族が………………………この世の終わりのような顔で絶叫して居た。

 

間違い無く地響きを立てて岩を蹴り砕いて現れたキシリュウジンに驚いたのだろう。

 

 

 

 

 

 

これだけは言える。一度はキシリュウジンで魔人族のど真ん中に乗り込もうかとも考えた京矢の考えが現実のものにならなくて良かったかもしれない。



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022

ライセン大峡谷に悲鳴と怒号と絶叫が木霊する。

 

ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

 

そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。

姿は俗に言うワイバーンというやつが一番近いだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

そんな飛行型のモンスター達が絶句したと言う様子で驚いた顔をしている。

 

「ハ、ハイベリア……」

 

肩越しにシアの震える声が聞こえた。あのワイバーンモドキは『ハイベリア』というらしい。

そのハイベリアは全部で六匹はいる。兎人族の上空を旋回しながら獲物の品定めでもしていたようだ。……今は六匹ともキシリュウジンの巨体に驚いてフリーズしているが。

 

そのハイベリアの一匹が遂に行動を起こした。

自分達よりも巨大で強い魔物が現れたとしても、空を飛べる自分達ならば逃げ切れると考えたのだろう。

ならばさっさと適当な獲物を捕まえて逃げようと大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。

轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

 

ハイベリアは「急げ」と言わんばかりに、その顎門を開き、後ろにいる強大な敵に捕まる前に無力な獲物を喰らおうとする。

狙われたのは二人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

 

周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には二人の家族が無残にもハイベリアの餌になるところを想像しただろう。

しかし、それは有り得ない。

 

なぜなら、ここには彼等を守ると契約した、奈落の底より這い出た化物がいるのだから…

 

ドパンッ!! ドパンッ!!

 

峡谷に二発の乾いた破裂音が響くと同時に二条の閃光が虚空を走る。

その内の一発が、今まさに二人の兎人族に喰らいつこうとしていたハイベリアの眉間を狙い違わず貫いた。

頭部を爆散させ、蹲る二人の兎人族の脇を勢いよく土埃を巻き上げながら滑り、轟音を立てながら停止する。

 

同時に、後方で凄まじい咆哮が響いた。

呆然とする暇もなく、そちらに視線を転じる兎人族が見たものは、片方の腕が千切れて大量の血を吹き出しながらのたうち回るハイベリアの姿。すぐ近くには腰を抜かしたようにへたり込む兎人族の姿がある。

おそらく、先のハイベリアに注目している間に、そちらでもハイベリアの襲撃を受けていたのだろう。二発の弾丸の内、もう一発は、突撃するハイベリアの片腕を撃ち抜いたようだ。

バランスを崩したハイベリアが地に落ちて、激痛に暴れているのである。

 

「先手は南雲に譲ったが」

 

「次は私たちの番だ」

 

キシリュウジンの掌より二つの影が飛び出す。ガイソーグの鎧を纏った京矢とエンタープライズだ。

 

「剣掌!」

 

ガイソーグの放つ気刃がハイベリアの一体の胴を切り裂き、同時にエンタープライズの放った矢が別のハイベリアの脳天に突き刺さる。

脳天を撃ち抜かれたハイベリアと胴を切り裂かれたハイベリアがぶつかる様に絡み合いながら地面に落ちる。

 

そして、キシリュウジンの巨体の掌から飛び出したガイソーグとエンタープライズだが、エンタープライズの召喚した艦載機に騎乗し、そのまま地面に降りる。

 

シアを襲っていた双頭のティラノ“ダイヘドア”と同等以上に、この谷底では危険で厄介な魔物として知られている彼等が、何の抵抗もできずに瞬殺された。人知を超えた巨人の出現と同様に有り得べからざる光景に、硬直する兎人族たち。

 

生き残ったハイベリア達が危機感を覚え咆哮を上げながら飛び去っていくのが見える。ハウリア族を巨人の囮に逃げようとしているのだろう。

 

だが、

 

「コブラーゴ!」

 

足元にハウリア族が居ては巨体のキシリュウジンでの追撃は難しいと判断したガイソーグがコブラーゴ達に指示を出す。

元々キシリュウジンの剣とショルダーアーマーを構成する騎士竜達だ。本体となるキシリュウジンに比べれば二体とも小型の個体だ。

 

コブラーゴ達は肩から外れ、剣と合体し本来の姿に戻ると剣となっていた尾を武器に逃げ出したハイベリア達を追撃する様な形で叩きつける。

……帝国兵が陣取っている階段の近くにハイベリア毎。

そして、そのまま二体の騎士竜はキシリュウジンの元に戻り再合体する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なあ、あの剣……飛んでこなかったか?」

 

「ああ、しかも持ち主の所に戻っていったよな……」

 

暫くの間、先ほどの光景に帝国の皆さんに沈黙が流れる。

その光景が現実であるとします様に大地には斬撃の跡とハイベリアの血が付着している。

彼等とて渓谷の魔物についての知識はあるのだ。

 

「あ、アーティファクトだ! あの剣はアーティファクトの魔剣だぁー!」

 

「報告しろ! 急げぇ!」

 

「巨人はアーティファクトを持っているぞ!!!」

 

「報告にはそのハイベリアの遺体も持っていけ! 証明のためだ!!!」

 

暫くした後再起動したら大騒ぎになり、また報告の兵士が走らされる。

もう彼らにとって目の前の突如現れた巨人のお陰で価値のある奴隷が出てくるのを待つどころでは無かった。

 

既に、

城壁の意味を無いものにする巨体、

同じような巨大な魔物を打ち倒しその首を武勲として下げている戦闘力、

見事な造形の武具を作り出せる技術力、

序でに攻城兵器レベルの大きさのアーティファクトの剣を二本も持っている。

と驚異のレベルが既に魔人族以上にされていたりする。

完全に誤解だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイベリア達から助かったと思った後には、今度はもっと恐ろしいものを目の当たりにしている兎人族達の目に飛び込んできたのは、掌から手を振っている人影。

 

その人影は見覚えがありすぎる。

今朝方、突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子。

一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さがなりを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと、心配していた矢先の失踪だ。

つい、慎重さを忘れて捜索しハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……

 

その彼女が新たに現れた巨人の掌の上でブンブンと手を振っている。

不幸にもキシリュウジンが大き過ぎてその表情に普段の明るさが戻っているのにそれは見えていない。

ホント、ここで見えていれば良かったのに。

 

「ああ、あの子はあの巨人に捕まったのか……」と達観した様な絶望した様な表情を浮かべ、そして、残る自分達も捕まえに来たのかと、勘違いして限界を超えた恐怖からフラッと揃って意識を手放す兎人族の皆さん。

 

「「えっ!?」」

 

そんな彼らの心境など知るよしもないガイソーグとエンタープライズは突然倒れた兎人族達を本気で心配してしまう。

キシリュウジンも「何事!?」という様な様子だ。

 

「お、おい、しっかりしろ! おーい、南雲! ちょっと来てくれ!」

 

「チッ!? あの魔物は血液に毒でも持っていやがったのか?」

 

ガイソーグの鎧を外し、意識を失った彼等の脈を片膝をついたキシリュウジンが掌を地面に降ろす前に飛び降りて来たハジメと一緒に一人一人確認しているが、全員気絶しているだけの様だ。

 

何らかの毒なのかと疑う京矢とハジメだったが、

 

「…………キシリュウジン」

 

ユエのその言葉に一瞬動きを止める。

 

「あの~、みんなはキシリュウジンさんを見て気絶したのではないでしょうか?」

 

シアの的確な一言に納得してしまう。

 

「シアさんも怖がっていましたね、最初は」

 

ベルファストの言葉にそう言えばそうだったと思う。

 

巨大ロボットという存在に対する知識がある地球人と巨大ロボットという概念の無い異世界人の感覚の違いを忘れていた様子の二人であった。

 

なお、一匹だけ大怪我しているだけで死んでいないハイベリアが死んだ振りをしていたのだが、しっかりと気付いていた京矢にトドメを刺された事を追記しておく。

 

その後、数分かけて念の為に兎人族の無事を確認して死人がいないことに安堵した二人だった。

流石に助けに来た相手を驚かせてショック死させたなんてシャレにならない。

 

「ヤベ、確かにそうだったかもな。キシリュウジン、戻ってくれ」

 

京矢の指示に従ってディノミーゴとコブラーゴ達に分離して小さくなり、京矢の四次元ポケットの中に戻っていくディノミーゴ達。

そんな光景に残念そうな顔を浮かべるハジメだった。憧れの巨大ロボを間近で見れた感動は忘れないだろう、永遠に。

 

「まっ、肩に乗るのはまた次の機会でな」

 

「へっ、楽しみにしてるぜ」

 

その時までにカメラを用意しておこうと思うハジメだった。

 

「ヘブッ!」

 

まあ、そんな会話の最中に何かがぶつかる音と共にシアの悲鳴が聞こえた。

最後までキシリュウジンの掌の上に乗っていたシアが地面に落ちただけであった。

 

「うぅ~、私の扱いがあんまりですぅ。待遇の改善を要求しますぅ~。私もユエさんみたいに大事にされたいですよぉ~」

 

 しくしくと泣きながら抗議の声を上げるシア。

シアは、ハジメに対して恋愛感情を持っているわけではない。ただ、絶望の淵にあって〝見えた〟希望であるハジメをシアは不思議と信頼していた。

全くもって容赦のない性格をしているが、交わした約束を違えることはないだろうと。しかも、ハジメはシアと同じ体質である。〝同じ〟というのは、それだけで親しみを覚えるものだ。

だから、京矢やエンタープライズ、ベルファストに対する信頼は有ってもハジメ程ではなかった。

 

そして、そのハジメは、やはり〝同じ〟であるユエを大事にしている。

この短時間でも明確にわかるくらいに。正直、シアは二人の関係が羨ましかった。それ故に、〝自分も〟と願ってしまうのだ。

 

シクシク泣くシアの姿は実に哀れを誘った。

流石に鬱陶しそうなハジメは宝物庫から予備のコートを取り出し、シアの頭からかけてやった。

これ以上、傍でめそめそされたくなかったのだ。反省の色が全くない。

 

しかし、それでもシアは嬉しかったようである。突然に頭からかけられたものにキョトンとするものの、それがコートだとわかるとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込む。

ユエとお揃いの白を基調とした青みがかったコートだ。ユエがハジメとのペアルックを画策した時の逸品である。

 

「も、もう! ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、ユエさんとお揃いだなんて……お、俺の女アピールですかぁ? ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んでぇ~」

 

モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。

それに再びイラッと来たハジメは無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。

 

「はきゅん!」

 

弾丸は炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾だ。

ただ、それなりの威力はあるので、衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。

「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。

 

「京矢様、彼等が目を覚ました様子です」

 

「ああ、ありがとう、ベルファスト。おーい、南雲、目を覚ましたみたいだぞ」

 

きゃんきゃん吠えるシアを適当にあしらっているハジメの姿を眺めているとベルファストから兎人族が目を覚ましたと伝えられた。

その事をハジメへと伝えるとぎゃんぎゃんと吠えていたシアも其方へと顔を向けた。

 

「シア! 無事だったのか!」

 

「父様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、

 

「巨人が……消えた?」

 

「何だったんだ……」

 

突如消えた巨人の姿に最早言葉も出ない帝国の兵士の皆さん。先程までの光景が夢でも幻でもないと地面に刻まれた傷跡が物語っている。

 

突然の脅威の喪失による安堵から腰を抜かして座り込むものもいる。

だが、

 

「あれ、何かの魔法なんじゃないのか?」

 

あんな巨人が今まで見つからなかった事に対する疑問に答えを出す様に誰かがそんな声を出す。

巨人達は転移や姿を消す様な魔法を使えるのではないかという不安が彼等を襲う。

 

実は自分たちの姿を見つけて始末する為に、逃さない様に転移をしたのではと疑心暗鬼に襲われる兵士達。

伝来のために大半の消えた彼等は言い知れぬ不安に襲われていたのだった。



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023

真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。

はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互いの無事を喜んだ後、ハジメと京矢の方へ向き直った。

 

「ハジメ殿と京矢殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

 

「そうだな。警戒くらいはされるだろうとは思ってたけど」

 

シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。

実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。

にもかかわらず、同じ人間族である京矢とハジメに頭を下げ、しかも京矢達の助力を受け入れるという。

それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱く京矢とハジメ。

 

カムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

そこまで行った後、「それに……」と付け加え……

 

「あんな巨人を見た後ですからね……」

 

人知を超えた巨人であるキシリュウジンを見た後では最早恐怖心も麻痺しているらしい。

その言葉に思わず目を逸す京矢であった。

まあ、1人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんと京矢さんは、女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、人を平気で囮にするような酷い人ですけど、約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです! ちゃんと私たちを守ってくれますよ!」

 

 

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」

 

シアとカムの言葉に周りの兎人族たちも「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しで京矢とハジメを見ながら、うんうんと頷いている。

 

ハジメは額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

 

「……ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋」

 

「ユエ!?」

 

「へぇー、そうだったのか、南雲」

 

「そうだったんですね、南雲様」

 

ユエの言葉にニヤニヤとした顔で追撃を入れる京矢とベルファスト。エンタープライズは顔を真っ赤にしてハジメから視線を逸らしている。

 

まさかの口撃に口元を引きつらせるハジメやニヤニヤと笑う京矢だったが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した。

 

一行は、ライセン大峡谷の出口目指して歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウサミミの集団を引き連れて渓谷を行く一同。

 

 

当然、キシリュウジンも居なくなり、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。

例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び、斬撃が飛び頭部を粉砕されるか切り裂かれるからである。

 

乾いた破裂音と共に閃光が走り、音も置き去りにした斬撃が飛び、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物であるハジメと京矢に対して畏敬の念を向けていた。

 

もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメと京矢をヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、ハジメさん。チビッコたちが見つめていますよ~。ハジメさんも手でも振ってあげたらどうですか?」

 

子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうなハジメに、シアが手を振っている京矢を指差して実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。

 

額に青筋を浮かべたハジメは、取り敢えず無言で発砲した。

 

ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

「あわわわわわわわっ!?」

 

炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾、ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。

道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

 

「いっそ、本物のヒーローにでも変身するか?」

 

「あのなあ、そんなに気軽に使っていいもんじゃねえだろうが」

 

「分かってるよ、冗談だよ」

 

実際、二人とも本物のヒーローに変身するアイテムを持っているのだが、それはそれ。

ハジメも本物のヒーローに変身できるのは嬉しいが大勢のギャラリーの前でヒーローショー紛いの行動は恥ずかしいのだろう。

 

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か……」

 

すぐ傍で娘が銃撃されたのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。

周りの兎人族たちも「たすけてぇ~」と悲鳴を上げていたシアに生暖かい眼差しを向けている。

 

「いや、お前ら。あの状況見て出てくる感想がそれか?」

 

「まあ、流石に他にあるだろ、慌てるとか?」

 

「…………ズレてる」

 

ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

 

そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。

ハジメが〝遠見〟で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。

階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。

ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

……だが、階段には影響のない位置に深々と何かが叩き付けられたような跡がある。……二つも。

 

「コブラーゴ達がやったのって此処だったのか……」

 

「随分と派手にやったな……」

 

「いや、結構地味だと思うぜ。クレーターとかじゃない分」

 

ハジメと京矢が何となしに斬撃の跡を眺めながら話していると、シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょか?」

 

「ん? どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

 

「コブラーゴ達が飛んで来たのに驚いて逃げたりかもしれないぜ」

 

寧ろ、空飛ぶ魔物に簡単に追いすがる巨大生物二体を間近で見たら普通は逃げても不思議ではない。

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

 

「? どうするって何が?」

 

質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。

周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさん達と同じ。……敵対できますか?」

 

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

 

「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさん達を……」

 

「だったら……何が疑問なんだ?」

 

「疑問というより確認です。帝国兵から私たちを守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

シアの言葉に周りの兎人族たちも神妙な顔付きでハジメ達を見ている。

小さな子供たちはよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人たちとハジメたちを交互に忙しなく見ている。

 

しかし、ハジメは、そんなシリアスな雰囲気などまるで気にした様子もなくあっさり言ってのけた。

 

「それがどうかしたのか?」

 

「えっ?」

 

疑問顔を浮かべるシアにハジメは特に気負った様子もなく京矢と共に世間話でもするように話を続けた。

 

「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって言ってるんだ」

 

「そ、それは、だって同族じゃないですか……」

 

同族という点で京矢は思わず小さく笑いを浮かべてしまう。

 

「おいおい、お前らだって同族から追い出されてるだろ?」

 

「それは、まぁ、そうなんですが……」

 

「大体、根本が間違っている」

 

「根本?」

 

さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

 

「いいか? オレは、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じて、お前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

 

「うっ、はい……覚えてます……」

 

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」

 

「そういう事だ。……それに、異世界人のオレ達にとったら同族って言えるかも怪しいからな」

 

「な、なるほど……」

 

最後の一言は聞こえないように呟いたのでハジメにしか聞こえてなかった様子だ。

そんな何ともハジメと京矢らしい考えに、苦笑いしながら納得するシア。

“未来視”で帝国と相対するハジメたちを見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。

見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが“自分のせいで”という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

 

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

 

「っと、南雲。敵対するとは言ったけどよ、流石に回避できるなら無駄な争いは回避した方が良いだろ?」

 

「そりゃそうだが、どうする気だ?」

 

「連中にも生き残る機会をプレゼントしてやろうってだけだ。オレ一人で先に行く、少し距離を開けてついて来てくれ」




アンケート終了しました。

結果はビーストアーツに決定です!



流石にハウリア族怪人化は選ばれませんでしたか。


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024

設定に京矢の初期ステータスを追加しました。


先ずはハウリア族を隠す為に用意したのは最近ガチャで手に入れたディメンションルームだ。『ガチャを回して仲間を増やす 最強の美少女軍団を作り上げろ』に登場するアイテムでかなりの広さの部屋を用意できるドアノブの様なアイテムだ。

 

念の為に彼らには其処に一時避難をしていてもらう。こんなところに隠れているなど夢にも思わないだろう。

念の為にエンタープライズにも護衛として着いていてもらう。

 

「それで、何をする気なんだ?」

 

「上の帝国の兵士にハウリア族は魔物に襲われて全滅したって伝える。そうすりゃ、帰るだろ?」

 

テン・コマンドメンツから鎧の魔剣へと取り替え、街に着いたら売れるかと回収しておいたハイベリアの翼を手に取りハジメの言葉にそう答える。

 

相手が兵士である以上、幾ら何でも目的が果たせなくなれば帰るしか無いだろう。余程暇でもなければこんな所で永遠と野宿を続けたくは無い筈だ。

魔物に食われて全滅したと伝えれば引き上げるか確認の為に谷底の探索を行うだろう。

 

引き上げてくれるなら良し、探索を行うにしてもその隙にハウリア族を連れて逃げれば良しと言うわけだ。

 

「で、それを伝えた結果、変な要求をしてきたらどうする気だ?」

 

「そんな時は斬るしかねえだろ?」

 

ハジメの問いに京矢が答えるとそれもそうだと、ハジメもまた言葉を返す。

飽くまで京矢は助かる機会だけは与えるが、それを活かすか無駄にするかは当人達次第。目的が無くなって大人しく帰るのならば背中から襲う真似はしない。

 

「序でに、そんな状況で敵対しようなんて考えてるなら、こっちも心が痛まずに済むからな」

 

三つ目の可能性については敵対するだろうが、その場合もこっちの精神的負担が少なくて済むと言う利点もある。

盗賊を殺した所で痛む良心などないのと同じ事だ。

 

「京矢様、お一人では危険ではないですか?」

 

「いや、寧ろお一人の方が安全だとは思うんだけどな」

 

ベルファストやユエを連れいっては向こうに余計な欲を湧かせる危険がある。そう主張したのだがベルファストは着いてくると言われてしまった。

 

まあ、そこは南雲と二人で行く事で納得してもらったのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話の後に階段を上ると、予想に反した光景が広がっていた。

 

「「はぁ?」」

 

そこに居るのは妙にやる気のなさそうな4~5人程度の兵士達。野営の跡からそれなりの人数がいた形跡はあるのだが……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

「しかし、隊長達もビビりすぎだって、もう巨人もいなくなっただろうにな」

 

野営跡が残っている事からもっと大人数がそこにいたことが伺える。

全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、ヤル気なさ気に先程まで剣や槍、盾等の武装を地面に置いて支給されていた酒でも飲んでいた様子だった。

そんな兵士の一人が京矢達を見るなり驚いた表情を見せた。

 

それに同意して笑って居る残りの兵士達。それで二人は納得した、ここにいた兵士達の大半はキシリュウジンを見て危機感を覚えて逃げ出したのだろう。(正確には報告かもしれないが)

 

だが、残された兵士達は階段を登ってきた京矢とハジメを見て怪訝な表情を浮かべる。

 

「あぁ? お前達は誰だ? 兎人族……じゃあねぇし、冒険者か?」

 

「一応、冒険者にはなるかな、オレ達は。師匠に修行だって言われて渓谷の中に放り出されて、やっと言われた期限が過ぎて出られたんだよ」

 

「こんな所でか?」

 

「ああ、何度死ぬかと思った事か」

 

内心で京矢の言葉に『嘘つけ』と思うハジメであった。

奈落の魔物でさえ圧倒していたバールクスの力で大半は楽勝で進んで来たお前が死ぬかと思う状況ってなんだよ、とも。

……複製RXの時以外死ぬ気になっていないだろう、と。

 

「な、なるほど……それは災難だったな」

 

案の定兵士達も引き攣った顔で驚愕する様な、同情する様な目で二人を見ている。

 

「おい、ライセン峡谷で兎人族や巨人を見なかったか?」

 

「ああ。巨人を見て慌てて隠れたけど、幻か何かみたいに消えて行ったな。それから、巨人の消えたところに行って見たけど、魔物の死体と……巨人に踏み潰された魔物に食いちぎられた死体しか無かったな」

 

「ちっ、そうなったか」

 

「ああ、特徴的な耳の生えた死体とか有ったし、間違いないだろう、魔物に襲われて全滅した挙句巨人に踏み潰されたんじゃ無いか?」

 

「チッ、魔物の餌になるくらいなら大人しく捕まればいいものを」

 

吐き捨てる様に言う兵士に怒りを覚えるがそこは表に出さず会話を続ける京矢。

 

「どうする?」

 

「どうするも何も、兎人族が死んでるなら撤収するしか無いだろう?」

 

「そうだよな、何時迄もこんな所に居られないしな」

 

「兎人族が戻って来たら撤収して良いって言われてたしな」

 

ヤル気の無さそうな兵士達の会話も撤収する様子なので撤収するなら後ろから襲いはしない。だが、不幸にも、

 

「でも、怒られないか?」

 

「何かしらの収穫は必要だよな」

 

不幸にも彼らは自分の前に下がっていた生存への希望を自らの手で振り払ってしまった。

 

「所で後ろにいるのはお前達の連れか?」

 

兵士の一人の言葉に後ろを振り向くと此方の様子を伺って居たベルファストとユエが見つかった様だ。

 

「丁度いい、そこの女達は帝国が引き取るから置いていけ」

 

「お前、随分と良い剣を持ってるな、それも……」

 

兵士が言い切る前に鎧の魔剣を振るい、先頭の兵士の顔面にフルスイングで叩きつける。

 

「ガッ!」

 

「残念ながら、盗賊と対して変わらない連中みたいだな」

 

「そうなるな」

 

だからこそ最後まで残されたのかは知らないが、もはや情けをかけてやる必要がない連中だと言うのは確信できた。

此処にベルファストやユエを連れて来ていたら置いていけとでも言っていただろう。

 

「てめぇ等、オレ達に逆らってタダで済むと思ってるのか?」

 

「はっ? タダの兵士崩れの盗賊だろ? 寧ろ、帝国から感謝されるんじゃねえか? 帝国の名を騙る盗賊を退治してくれてありがとう、ってな」

 

額に青筋を浮かべながら怒りを露わにする兵士達を笑みを浮かべながら挑発する京矢。

ゆっくりと鎧の魔剣を構えて、

 

鎧化(アムド)

 

キーワードを告げる。

それによって巨大な大剣であった鎧の魔剣が京矢の全身を包むフルアーマーの鎧へと変わる。

 

「ほぉ〜、その剣はアーティファクトだったか? その剣もありがたくいただいてやる。そっちの嬢ちゃん達をてめぇ等の四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

「つまり」

 

「敵って事だ」

 

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇ等は、震えながら許しをこッ!?」

 

 

ドパンッ!!

 

 

想像した通りに京矢達が怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る兵士だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。

なぜなら、一発の破裂音と共に、その頭部が砕け散ったからだ。眉間に大穴を開けながら後頭部から脳髄を飛び散らせ、そのまま後ろに弾かれる様に倒れる。

 

 

斬ッ!!!

 

 

何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士たちに追い打ちが掛けられた。

 

一瞬で距離を詰めた京矢の一閃によって兵士の一人の体が袈裟斬りに斬り捨てられていた。それを成した彼の全身を包み鎧の兜の飾りが消えて京矢の手にはその代わりに一振りの剣が握られて居た。

 

「人に使うのは気がひけるけど、これが大地斬か」

 

倒れた兵士を一瞥しつつ京矢は己の手の中の剣を何度か握り直し、先程の技の感覚を忘れない様にする。

剣身一体のスキルで以前の使用者であるヒュンケルの技術、アバン流の技を引き出し、その技を自分の物にできるかと何度か試したが、実践で使うのが矢張り習得の近道だろう。

 

突然、仲間の頭部が弾け飛び、仲間の体が一太刀で二つに切り裂かれるという異常事態に残された兵士たちが半ばパニックになりながら唖然としている。

この状況に最後まで残されたのは、この辺の不真面目さも原因なのだろう。人格面でも真面目さでも失っても惜しくないと判断されて捨てられた者達。

そんな彼らに同情したくはなるが情けはかける気はない。



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025

他の仲間と同様に新たな兵士が頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちた。それを見ることもなくまた別の兵士が切り捨てられる。

血飛沫が舞い、それを頭から被った生き残りの一人の兵士が、力を失ったように、その場にへたり込む。

無理もない。ほんの一瞬で仲間が殲滅されたのである。

 

彼等が所属して居たのは決して弱い部隊ではない。むしろ、上位に勘定しても文句が出ないくらいには精鋭だ。……まあ、そんな部隊にも下位の者達は出るし、素行の悪い者も湧く。

最悪死んだところで問題ないと判断されて残されたとは言え、そんな精鋭の中の灰汁の部分とは言え、彼ら5人の兵士は他の部隊ならば十分に上位の実力は有った。

それ故に、その兵士は悪い夢でも見ているのでは? と呆然としながら視線を彷徨わせた。

 

「うん、やっぱり、人間相手だったら〝纏雷〟はいらないな。通常弾と炸薬だけで十分だ。燃焼石ってホント便利だわ」

 

「通常弾だけで十分なら、手榴弾も人間相手にはオーバーキルになりそうだな。……街中じゃゴム弾にしとけよ」

 

「分かってるよ」

 

兵士がビクッと体を震わせて怯えをたっぷり含んだ瞳を京矢とハジメに向けた。

ハジメはドンナーで肩をトントンと叩きながら、京矢は剣を無造作に持ちながら、ゆっくりと兵士に歩み寄る。

黒いコートを靡かせて死を振り撒き歩み寄るハジメと、銀色の甲冑に身を包む京矢のその姿は、さながら死神だ。

少なくとも生き残りの兵士には、そうとしか見えなかった。

 

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

 

命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。

京矢は冷めた目でそれを見下ろしながら、動いたら切るという様に剣を鼻先に突き付ける。

 

「ひぃ! た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

 

「そうか? なら、教えてくれねえか? 他の兎人族がどうなったか? 結構な数がいたんだろ? 全部それは帝国に移送済みか?」

 

ハジメが質問したのは、百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりは毛頭なかったが。

 

「……は、話せば殺さないか?」

 

「ああ、話してくれるなら殺さねえよ、《オレは》な。……別に言いたくないなら良いんだぜ。別に欲しい情報じゃないんだからな」

 

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

 

〝人数を絞った〟それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、怒りを覚える京矢。

突きつけられた剣を握る手に力が加わり、京矢の目に殺気が宿った事を気付くと慌てて兵士は叫ぶ。

 

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

 

京矢の殺意に気がついた兵士が再び必死に命乞いする。しかし、その返答は……

 

「ああ、殺さねえから安心しな」

 

剣を下ろして兵士から離れる京矢の後ろ姿に安堵した瞬間、

 

 

 

ドパンッ!

 

 

 

一発の銃弾が撃たれるのだった。

 

「……南雲がどうするかは知らねえけどな」

 

事切れた兵士にそう告げると身に纏っていた鎧が剣に戻るとハジメの隣まで歩き、

 

「悪いな、お前にやらせて」

 

「気にするな」

 

そんな会話を交わす。

 

残された帝国兵達の死体は簡易な墓を作って埋めておき、墓標がわりに彼らの武器を刺す。

 

「……流石にそんな凄い武器をツルハシがわりに使うのはどうかと思うぞ」

 

「そうか?」

 

流石に魔剣目録開いて穴を掘るのに使えそうな力を持った魔剣、聖剣を引っ張り出すのはどうかと思うハジメであった。

アーティファクトを作れる様になってから京矢の魔剣目録の中身の価値を前以上に理解できる様になってから余計にそう思う。

間違い無くどの剣もトータスの基準では国宝なんて生温い品だ。天之川の聖剣がガラクタに見える、と言えば分かりやすいだろう。

 

後には五つの墓と血の跡だけが残されると隠れさせていた兎人族達とその護衛のエンタープライズを呼ぶ。

 

ハジメは、無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。

樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。

キシリュウジンを移動手段に使った為、先ほどは使わなかった魔力駆動二輪を〝宝物庫〟から取り出し馬車に連結させる。

馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。

 

後にはただ、最後の情けと京矢が作った墓と彼等が零した血だまり、その前にコブラーゴ達が作った斬撃の跡だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ハジメ一行が立ち去ってから入れ違いでその場に現れる者達があった。

 

幸か不幸かキシリュウジンを見て最初に報告に走った小隊長以下一部の兵士達は王国に召喚された勇者達を見極めるために出向いた皇帝の一団と遭遇、そのまま直接報告する事になった訳だ。

 

突如現れた鎧の巨人。絵の得意な物に兵士達の証言から聞いた巨人の絵姿を絵にした結果、皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが直々に峡谷に向かうと言い出した。

 

なんともフットワークの軽い皇帝ではあるが、鎧の巨人の報告を聞いた時には子供の様に目を輝かせていた。

一同は期間予定を変更して峡谷に向かう事となった。

その後はまた別の兵士達が合流し、巨人は武術を使えると聞き、皇帝の興味が更に巨人に向き、

更に別の兵士達が合流した時には巨人はアーティファクトの黄金の剣を二本も持っていると聞き、更に突如姿を消したことから何らかの魔法まで操れると聞き…………皇帝の興味は最高潮に達してしまった。

 

峡谷から上半身が見えるほどの巨体に、その巨体と同等の魔物の首を武勲として首から下げ、身にはその魔物を加工したと思わしき紫の鎧を纏い、両肩と頭にはアーティファクトと思わしき金色の鎧と兜を身につけ攻城兵器並みの巨大な二本のアーティファクトの剣を片手で自在に操る巨人。

 

そこまで聞いてしまっては最早、興味を惹かれない理由がなかった。

 

自ら馬を駆って報告に来た小隊長から聞いた巨人の絵姿を見て馬を並べて峡谷まで走っていた。

 

「陛下、幾ら何でも危険です!」

 

「危険だと? そんな凄い者をこの目で確かめないでどうする? 考えてもみろ、その巨人を味方に出来ればあの勇者の何倍も頼りになるぞ」

 

そう言われて皇帝に同行していた部下が想像する。

一人を除いて興味の対象にならなかった勇者達よりも歴戦の勇士と思われる巨人の方が確かに頼りになる。

 

主人の手を離れてハイベリアを切り裂いたというアーティファクトの剣を携えた巨人が人達で魔人族の率いる魔物を蹂躙する様や万の軍勢を蹴散らす様を想像すると、その巨人が居れば勇者など必要ないとも思えてくる。

 

魔人族の味方だったとしても早い段階でその巨人について調べる必要があるだろう。

 

そう考えると、皇帝が直々に動くのは危険だが、調べないという選択肢はない。

 

そして、皇帝率いる一団が京矢達が立ち去った峡谷の入り口に辿り着いたのだが、見張りに残されていた兵士達の姿はなく五つの墓と血の跡だけが残されていた。

 

兎人族を追い詰めて此処に陣を張っていた巨人を発見したと聞いていたが……数で劣るとは言え兎人族に殺されるとは考え難い。ならば、

 

「その巨人は敵だったのか?」

 

「いえ、亜人の種族の一つなのかもしれません」

 

峡谷に逃げ込んだ兎人族を助ける為に入り口に待ち伏せしていた兵士達を殺したと考えることも出来る。

 

「もしかしたら、亜人の中には峡谷に自分たちの味方になる恐るべし巨人が居ることを知っている者が居るのかもしれません」

 

「だが、巨人が戦ったにしては痕跡が少ない気もするな。それに、墓を作るなど、随分と騎士道精神がある巨人だ」

 

そして掘り起こされた墓から見つかった京矢とハジメの戦闘の跡から、巨人は魔法さえも自在に操ると言う誤解までされたのだった。

 

そして、後に彼らが帝国に戻り峡谷の調査隊を編成する事になるのだが、それは特に京矢達に関係のない事だった。(巨人調査団が峡谷に着いたのは京矢達が此処の大迷宮に潜ったよりも後だし)

 

…………皇帝ガハルド・D・ヘルシャー。彼が件の巨人を目にする未来はそう遠くない未来である。

 



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026

七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、ハジメと京矢が魔力駆動二輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

二輪には、ハジメ以外にも前にユエが、後ろにシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として二輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。

京矢の側にはエンタープライズが後ろに座っている。小柄なユエと違ってエンタープライズとベルファストは前には座れないのでベルファストはハジメが牽引している馬車の側にいる。

二人には魔物などの襲撃に備えての配置だ。接近戦特化の京矢では遠距離への対応が遅れる可能性があるのでエンタープライズと組んだ訳だ。

 

シアとしては、初めて出会った〝同類〟である二人と、もっと色々話がしたいようだった。

ハジメにしがみつき上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのは二輪の座席かハジメの後ろか……場合によっては手足をふん縛って引きずってやる! とユエは内心決意していた。

 

そんな三人を横目で見ながら前方へと視線を向ける京矢。

京矢の希望でヘルメットまで作ったがそんな京矢を見ながらヘルメットを作った方が便利だったかと思うハジメ。……そして、ヘルメットはヘルメットでカッコいいのだ。

京矢は仮にも仮面ライダーを名乗る以上ライダースタイルにもこだわりがあるのだ。

 

若干不機嫌そうなユエと上機嫌なシアに挟まれたハジメは、二輪を走らせつつも京矢の様にヘルメットを用意したりライダースーツとかも作れば良かったかと思う。

風除けは魔法でなんとかなるかも知れないが他にオートマッピングなどの地図機能などの機能を付ければヘルメットは便利だ。時間を見つけて京矢のヘルメットを元に試作品を作らせて貰おうと思う。

 

(京矢から貰ったバイクの方が性能が良いのは凹むな)

 

だがそれでも仮面ライダーの専用マシンには負けているのは凹むハジメだった。

 

(いつか完成させるか……オートバジンとかサイドバッシャーとか)

 

どうやらバイクはファイズ系が好みの様なハジメであった。なお、京矢の所持の巨大ロボのキシリュウジンを間近で見てロボを作り上げる野望を抱いているのは彼以外知らないことだが。

 

そんなハジメにユエが声をかける。

 

「……ハジメ、どうして二人で戦ったの?」

 

「ん?」

 

 

ユエが言っているのは帝国兵との戦いのことだ。あの時、攻撃をしようとしたユエとベルファストには攻撃しない様に言って、ハジメと京矢は二人で戦うことを選んだ。

誰が参戦しようがすまいが結果は“瞬殺”以外には有り得なかっただろうが、どうも帝国兵を倒した後はハジメも京矢も物思いに耽っているような気がして、ユエとしては気になったのだ。

 

 

「ん~、まぁ、オレも鳳凰寺もちょっと確かめたいことがあってな……」

 

「……確かめたいこと?」

 

ユエが疑問顔で聞き返す。シアも肩越しに興味深そうな眼差しを向けている。

 

「ああ、それはな……」

 

話し始めたハジメの理由を要約するとこういうことだ。

 

ハジメと京矢がユエ達に戦わせずに、自分達で帝国兵五人を相手取った一つ目の理由は〝実験〟である。

万一に備えてハジメは全員頭部を狙っておいたが、実は、鎧部分にも撃ち込んでいたりする。

なぜそんな事をしたかというと、人間と相対する度にレールガンを放っていたのでは完全にオーバーキルであり、街中などでは何処までも貫通してしまい危なっかしくて使えない。

暴漢を木っ端微塵にするのは京矢からは止められるだろうが、ハジメ的には何の問題もないのだが、背後の民家を突き破って団欒中の家族を皆殺し! とか、完全に外道すら通り越した狂人である。特撮ヒーローでは無くどう考えても退治される側だ。

ハジメとて、何の関係もない人々を無差別に殺す殺人鬼になるつもりは毛頭ない。

なので、どの程度の炸薬量が適切か実地で計る必要があったのである。実験の甲斐あって結果は上々。威力の微調整にも具体的な見当がついた。

 

もう一つの理由は京矢の理由と共通している。

自分達が殺人に躊躇いを覚えないか確かめるということだ。

すっかり変わってしまったハジメだが、人殺しの経験は未だなかった。四度も世界を救っている京矢も直接命を奪う経験はなかった。

それ故に、二人は殺す前も殺した後も動揺せずにいられるか試したのである。

結果は、京矢は分からないがハジメは〝特に何も感じない〟だった。やはり、敵であれば容赦なく殺すという価値観は強固に染み付いているようである。

 

(戦うと言う罪を背負う覚悟はした、か)

 

二人でライダーシステムの熟練の為の訓練をした時に京矢から言われた言葉を思い出す。

 

殺す以外に救う方法のなかった恋人達を、従姉妹とその友人達に殺させてしまった過去から、その結果一人の少女の抱いてしまった罪悪感の重さを目に見える形で突き付けられた事で芽生えた覚悟だが、それをハジメは知る由は無い。

 

だからこそ、そんな重すぎる罪を悪意なくクラス全員に背負わせようとした光輝のことを京矢は許す事が出来ない。

 

光輝は魔人族を人ではないとでも、単なる獣だとでも思っているのだろう。光輝と龍太郎については真実を突き付けられて、勝手に背負って、勝手に罪の重さに押しつぶされろと、切り捨てているのも京矢にしてみれば当然の事だ。

 

 

「とまぁ、オレも京矢も初の人殺しだったわけだが、特に何も感じなかったから、随分と変わったもんだと、ちょっと感傷に浸ってたんだよ……」

 

「……そう……大丈夫?」

 

「ああ、何の問題もない。これが今の俺だし、これからもちゃんと戦えるってことを確認できて良かったさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ハジメ達と併走している京矢達は

 

「指揮官、大丈夫なのか?」

 

「ああ。不思議と何ともないな。寧ろ、そっちの方が怖いかも知れないけどな」

 

京矢へとそう問いかけるエンタープライズ。その問いかけに苦笑を浮かべながら答える。

殺すと言うのは登ることでは無く堕ちる事。それを理解してしまっている京矢としてはそれをハジメにもさせてしまった事には後悔がある。

 

(本当に、壊れて仕舞え、こんな、世界は)

 

トータスと言う世界に感じた答えは一つ『反吐がでる』の一言しか無い。エヒトと言う神もどきを殺した結果この世界がどうなろうが知ったことでは無い。

例え、エメロード姫の様にエヒトがこの世界の柱だったとしても、この世界が滅んだところで後悔などない。

 

放っておいては間違いなく地球にまで手を伸ばしてくる危険も有るのだ。その為にこの世界を切り捨てたとしても何の後悔もない。京矢にとってトータスとはそんな世界だ。

 

「指揮官、なら私にそう命令すれば良い、私達は人間では無く兵器なのだから」

 

「……それは出来ねえよ」

 

エンタープライズの言葉に京矢はそう返す。

あの時は力がありながらも、魔法騎士達の代わりにエメロード姫を討てなくて後悔したのだ。

 

だから、この世界に召喚されてから真っ先にしたのは『罪を背負う覚悟』だ。

 

(……相手を殺しても罪の意識一つ感じないってのはホント、最悪だぜ)

 

相手が下衆だったから、それとも自分もあの時殺した帝国の兵士達を、人として見て居なかったのか? そんな疑問が湧いてくる。

どっちにしても、今は京矢は罪悪感すら感じて居ない。

 

「戦う事が罪ならオレが背負ってやる。お前の罪を数えろ。……か。背負う罪の重さも、罪とも思ってないのは問題だな」

 

京矢は数えるべき罪としても心が認識してない事にいやな物を感じてしまう。

 

「……ホント、嫌な世界だよ、ここは」

 

そう呟きながら取り出したのはRXのライドウォッチ。

 

(世界を救う為に世界を滅ぼす、か。貴方はそれを後悔したのか……。オレ達はそんな事になったら、どうなってしまうんだろうな?)



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027

さて、京矢とエンタープライズがそんな会話を交わして居た頃、樹海に到着するまでまだ少し時間がかかる。特段隠すことでもないので、暇つぶしにいいだろうと、ハジメとユエがシアにこれまでの経緯を語り始めた。

 

結果……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

号泣した。

滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。そして、さり気なく、ハジメの外套で顔を拭いている。

どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、ハジメとユエが自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。

 

……なお、京矢のことも本人から聞いた範囲で話して居たが、彼の場合は奈落でもほぼ楽勝のペースで突き進んで居た為に涙が流れるほどでは無かったのだろう。

 

しばらくメソメソしていたシアだが、突如、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

 

「ハジメさん! ユエさん! 京矢さん! エンタープライズさん! ベルファストさん! 私、決めました! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私たちは数少ない同類で仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

「現在進行形で守られているのに何を言っているんだ?」

 

エンタープライズの冷ややかな言葉が突き刺さった。

 

「ダイヘドアだったか? あの程度から逃げ回る程度の力しかないんじゃオレ達の旅には同行出来ねえだろ」

 

「完全に足手まといだろうが」

 

「……さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている……厚皮ウサギ」

 

エンタープライズの言葉が冷水になった所に京矢、ハジメ、ユエの言葉が追い打ちとなる。

 

「な、何て冷たい目で見るんですか……心にヒビが入りそう……というかいい加減、ちゃんと名前を呼んで下さいよぉ」

 

意気込みに反して、冷めた反応を返され若干動揺するシア。そんな彼女に追い討ちがかかる。

 

「……ってか、アンタは単に旅の仲間が欲しいだけだろ?」

 

「!?」

 

京矢の指摘にシアの体がビクッと跳ね上がる。

 

「なるほど、一族の安全が一先ず確保できたら、お前、アイツ等から離れる気なんだろ? そこにうまい具合に〝同類〟の俺らが現れたから、これ幸いに一緒に行くってか? そんな珍しい髪色の兎人族なんて、一人旅出来るとは思えないしな」

 

「アンタの存在自身が一族には迷惑が掛かるし、一族の気質的に一人で飛び出したら全員が探しに来てしまうだろうから、旅の道連れが必要って訳か」

 

「……あの、それは、それだけでは……私は本当に皆さんを……」

 

 

図星だったのか、しどろもどろになるシア。

実は、シアは既に決意していた。何としてでも京矢達の協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れると。

自分がいる限り、一族は常に危険にさらされる。今回も多くの家族を失った。次は、本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。もちろん、その考えが一族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だとは分かっている。だが“それでも”と決めたのだ。

 

最悪、一人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる可能性が高い。

しかし、圧倒的強者である京矢達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。

見た目の言動に反してシアは、今この瞬間も〝必死〟なのである。

 

もちろん、シア自身がハジメ達に強い興味を惹かれているというのも事実だ。ハジメの言う通り〝同類〟であるハジメ達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。

一族のことも考えると、まさに、シアにとってハジメ達との出会いは〝運命的〟だったのだ。

 

「別に、責めているわけじゃない。だがな、変な期待はするな。俺達の目的は七大迷宮の攻略なんだ」

 

「そう言うことだ。その必死さと気持ちは買うけど、迷宮の奥は地獄だ。悪いが、アンタじゃ足を踏み入れた瞬間が人生の終わりだから、同行を許すつもりはねえよ」

 

京矢の言葉にバールクスに変身して楽勝ペースで進んだお前が言うのかと言う視線を向けるハジメ。

まあ、迷宮を作ったオスカー・オルクスもラスボスの力を持って踏み込んでくる奴がいるとは想定して居なかったのだろう。

いくら奈落とはいえその辺の魔物がグランドジオウと同レベルなわけは無いのだから。……寧ろ、奈落の底とはいえそんな魔物ばかりならば世界はすでに滅んでいる。

 

そんな迷宮を作った者の想定の斜め上を疾走して、最終局面で複製RXを相手に始めて苦戦した京矢はさておき、ハジメと京矢の全く容赦ない言葉にシアは落ち込んだように黙り込んでしまった。

同じ魔導二輪に乗るハジメもユエも特に気にした様子がないあたりが、更に追い討ちをかける。

 

シアは、それからの道中、大人しく二輪の座席に座りながら、何かを考え込むように難しい表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。

樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

京矢の想定していたキシリュウジンを使っての木々をなぎ倒しながらの手段でも無ければ、案内人無しではここの迷宮にたどり着くことは出来なかっただろう。

……うん、解放者達でも仮面ライダーバールクスやキシリュウジンなんて品物は間違い無く想定外だっただろう。…………そんな物が想定出来ていればエヒトにも負けていない。

 

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿、京矢殿、エンタープライズ殿、ベルファスト殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆さんを中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

 

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

カムが、ハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な1本樹木で、亜人たちには“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

当初、ハジメは【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人たちが住める場所ではなくなってしまう。

なので、【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた“大樹”が怪しいと踏んだのである。

 

カムは、ハジメの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてハジメたちの周りを固めた。

 

「ハジメ殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者たちと遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です。……それと」

 

そこまで言った後……京矢の、正確には彼が兎人族の子供達を背中に乗せている紫色のティラノサウルスに視線を向けて、

 

「そ、その方は本当に安全なんですよね?」

 

「安全だぜ」

 

「食べたりしないですよね?」

 

「そんな事はしないディノ」

 

カム達の目からは強そうな魔物にしか見えない騎士竜ディノミーゴに歩くのは大変だろうと子供達を乗せてあげていた京矢だった。

厳つい外見に似合わないフレンドリーな人語を解する魔物っぽい何かに既に驚くのにも疲れて、安全なら良いかと達観したカム達であった。

なお、ディノミーゴは子供達からは懐かれている。

 

気を取り直してハジメは〝気配遮断〟を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。

京矢も気配を薄くしていく。

ベルファストとエンタープライズも気配を薄くする程度のことはできる。

 

 

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、できればユエ殿達くらいにしてもらえますかな?」

 

「ん? ……こんなもんか?」

 

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

 

元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。

地上にいながら、奈落で鍛えたユエやセフィーロでの戦いで必要になって身に付けた京矢と同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。達人級といえる。

しかし、ハジメの〝気配遮断〟は更にその上を行く。普通の場所なら、一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

 

カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。

隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。京矢は苦笑を浮かべている。シアは、どこか複雑そうだった。ハジメの言う実力差を改めて示されたせいだろう。

 

「それでは、行きましょうか」

 

カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。

現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

順調に進んでいると、突然カム達が立ち止まり、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。

当然、京矢達も感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るに当たって、ハジメが貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。

 

ハジメが動こうとした瞬間、京矢が手を上げて彼の行動を征する。下手に戦えば他の種族に気付かれる恐れがある。

 

 

『RX!』

 

 

奈落に習ってRXライドウォッチを起動させる。それによって一定の力を持たない魔物達は迷わず逃げ出していくだろう。

ライドウォッチからの力によって魔物達の動きが止まる。そして、視力の良い者はディノミーゴを確認してしまう。

明らかにとんでもない気配と見るからに強そうなディノミーゴ。魔物達は迷わず本能に従って逃げ出して行く。

 

「京矢殿、今のは……」

 

「ああ。オレの知ってる、最強の英雄の力だ」

 

魔物達が必死に逃げていく様にカムが唖然とした様に問い掛ける。

魔物が獲物を襲うのでもなく逃げ出して行くのだから驚きも一入だろう。

 

そんな中に返って来た言葉に、そんな京矢が最強と言う英雄が何者なのかと言う疑問が湧いてしまった。

なお、その英雄は勇者(笑)を指先一つで倒せる世紀王を超えた英雄です。

 

その言葉に、カムは乾いた笑いを浮かべる。ハジメから促されて、先導を再開した。

 

その後も、ちょくちょく魔物に襲われたが、ハジメと京矢とユエが静かに片付けるかRXライドウォッチの力で追い払う。

樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。

 

しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、京矢達は歩みを止める。

数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 

京矢もハジメも相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

 

その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗…………ってなんだその魔物は!?」

 

ディノミーゴを見て驚いている虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。



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028

虎の亜人の視線は人族(京矢達)を連れた兎人族では無く、兎人族を子供達を背中に乗せた強そうな魔物みたいな物(ディノミーゴ)に向いていた。

 

ハジメは横目で『何やってんだよ』と言う視線を京矢に向けている。

リアルな変身ヒーローに巨大ロボと、凄いもの見せられすぎたせいで感覚が麻痺していたが、この世界基準じゃそうなんだろうな、と思った。

 

「オレの事かディノ?」

 

ディノミーゴから返って来た言葉に虎の亜人が絶句していた。

「え? 何あれ? 魔物が言葉喋ってるんですけど? え? 意思の疎通できるの?」と言った心境だろう。

 

なんか、カム達も「そうだよなー」と言う顔をしている。

 

 

樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

その有り得ない光景だけで無く、人語を解する魔物と言う光景に度肝を抜かれながらも気を取り直して、目の前の虎の亜人と思しき人物はカムたちに裏切り者を見るような眼差しを向けた。

その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私たちは……」

 

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ディノミーゴの咆哮が響き渡った。

 

意思は芽生えなかった物の最初に生まれドルイドンと戦った最初の騎士竜なのだ。目の前の亜人達に勝てるような相手では無い。その咆哮によって冷水をかけられたかのように頭が冷える虎の亜人達。

 

ドパンッ!!

 

虎の亜人が動きを止めた瞬間、ハジメの腕が跳ね上がり、銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

 

理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。

もし人間のように耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

 

そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったハジメの声が響いた。

“威圧”という魔力を直接放出することで相手に物理的な圧力を加える固有魔法である。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」

 

「な、なっ……詠唱がっ……」

 

詠唱もなく、見たこともない強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明するように、ハジメは自然な動作でシュラークを抜きピタリと、とある方向へ銃口を向けた。

その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

 

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺達が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

 

威圧感の他にハジメが殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

 

「そうそう、誰かが盾になって近付ければ怖く無い、なんて考えない方がいいぜ。南雲のキルゾーンの内側はオレの間合いだ」

 

続け様に放たれるのは京矢からの殺気。近付ければと言う希望を刈り取るかの如き剣の結界。

 

(冗談だろ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

 

恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかというように、ハジメがドンナー・シュラークを構えたまま、言葉を続ける。

京矢も腰の斬鉄剣に手を触れたまま、何時でも抜刀できる体制をとる。

 

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 

「そう言う事だ。帰ってくれるならオレ達は何もしないぜ」

 

虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙することを。運良く近づけてもそこは単なる処刑台でしか無いことを。

その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。

 

虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。

フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。

その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

 

「……その前に、1つ聞きたい」

 

「おう、良いぜ」

 

虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めてハジメ達に尋ねた。京矢は虎の亜人に気安い言葉でそう続きを促す。

 

「……何が目的だ?」

 

端的な質問。しかし、返答次第では、ここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。

虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人たちを傷つけるつもりなら、自分たちが引くことは有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈にハジメを睨みつけた。

 

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

 

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 

てっきり亜人を奴隷にするため等という自分たちを害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない“大樹”が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。“大樹”は、亜人たちにしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。

 

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺たちは七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

 

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

 

「いや、それはおかしい」

 

「なんだと?」

 

妙に自信のあるハジメの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

 

「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎる」

 

「弱い?」

 

内心、一人の例外(京矢)を頭から除外してハジメは言葉を続ける。

 

「そうだ。大迷宮の魔物ってのは、どいつもこいつも化物揃いだ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

 

「なんだ?」

 

「大迷宮というのは、“解放者”たちが残した試練なんだ。亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしいんだよ」

 

「ああ。この樹海は本当の迷宮の上澄み。言ってみれば、潜るだけの資格があるか試すための修練場だ」

 

この程度を楽に走破できないならば、潜ることは出来ないと解放者達が暗に言っているような物。

上澄み部分は解放者達からの慈悲と言うことだろう。

 

「……」

 

ハジメと京矢の話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。ハジメの言っていることが分からないからだ。

樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えのないことばかりだ。

普段なら、“戯言”と切って捨てていただろう。

 

だがしかし、今、この場において、ハジメが適当なことを言う意味はないのだ。圧倒的に優位に立っているのはハジメの方であり、言い訳など必要ないのだから。

しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。

 

虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。

しかし、ハジメ程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は、完全に自分の手に余るということも理解している。

その為、虎の亜人はハジメに提案した。

 

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

その言葉に、周囲の亜人たちが動揺する気配が広がった。

樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私たちとこの場で待機しろ」

 

冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、ハジメは少し考え込む。

 

虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。

樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当はハジメたちを処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、ハジメたちという危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

 

ハジメも京矢も、この状況で中々理性的な判断ができるヤツだと、少し感心した。

 

「どうする?」

 

「向こうが譲渡してくれたんだ。だったらこっちもその位は受け入れようぜ」

 

ハジメは京矢にそう問いかけると、京矢からの返ってきたのは少しくらいは待っても良いとの事。

京矢の判断、そして、今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。

大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。もちろん、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索はひどく面倒そうだからだ。

 

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」

 

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。

ハジメは、それを確認するとスっと構えていたドンナー・シュラークを太もものホルスターに納めて、〝威圧〟を解いた。

空気が一気に弛緩する。それに、ホッとすると共に、あっさり警戒を解いたハジメに訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。その視線の意味に気が付いたのか京矢が不敵に笑った。

 

「おっと、変な気は起こすなよ」

 

「いや、指揮官は下がっていてくれ、今仕掛けてくるなら私達が迎え撃とう」

 

まだ斬鉄剣に手をかけていた京矢がエンタープライズの言葉に従い後ろに下がる。

警戒をエンタープライズとベルファストに任せて京矢は適当な石に腰掛ける。

 

「……コチラからは何もしない。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

 

「わかっている」

 

包囲はそのままだが、ようやく一段落着いたと分かり、カムたちにもホッと安堵の吐息が漏れた。

だが、彼等に向けられる視線は、ハジメに向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

 

しばらく、重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエがハジメに構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をするハジメに、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中で、いきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)ハジメに呆れの視線が突き刺さる。

そんなハジメ達に対して興味無さげに京矢はのんびりと四次元ポケットの中から取り出したお茶を飲んでいる。

 

時間にして一時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

 

場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

 

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族いわゆるエルフなのだろう。



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029

現れた森人族に京矢とハジメは、瞬時に、彼が“長老”と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。

 

「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね? 名は何という?」

 

「オレは鳳凰寺京矢。で、こいつは」

 

「ハジメだ。南雲ハジメ。あんたは?」

 

ハジメの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を!と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

 

「うん? オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

 

目的ではなく解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答するハジメ。

一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの驚愕していた。何故ならハジメから出た解放者という単語と、その一人『オスカー・オルクス』の名は長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

 

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

 

あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。

ハジメは難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻るハジメにユエが提案する。

 

「……ハジメ、魔石とかオルクスの遺品は?」

 

「あぁ。オスカーさんがオレ達に託してくれたあの指輪なら証明になるんじゃ無いか?」

 

すっかり彼らの中では快く託してくれたことになってるらしい。

 

「そうだな、それなら……」

 

ハジメは頷き、“宝物庫”から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

 

アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

 

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

 

そう言って、オルクスの指輪を見せた。

アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族たちだけでなく、カムたちハウリアも驚愕の表情を浮かべた。

虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の1つなのだ」

 

アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人たちを宥める。しかし、今度は京矢達の方が抗議の声を上げた。

 

「待て。何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない」

 

「ああ。そいつらの反応を見るだけでも、オレ達がアンタ達の国に入るのは良く無いんだろ? オレ達は大樹まで案内して貰えばそれで良いんだぜ」

 

「……ん」

 

「いや、お前さん。それは無理だ」

 

「なんだと?」

 

あくまで邪魔する気か? と身構えるハジメ。そんなハジメを待てと彼を止めると京矢は問い掛ける。

 

「この状況でそう言うなら、何か理由があるんだろ?」

 

そんな問いかけをする京矢に、逆にアルフレリックの方が困惑したように返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは10日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 

「はぁ……?」

 

間抜けな声を上げる京矢だった。

アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメたちを見たあと、案内役のカムを見た。

ハジメ達は、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

 

「あっ」

 

まさに、今思い出したという表情をしていた。ハジメの額に青筋が浮かぶ。ユエはジト目で見ていた。頭痛でも堪えるように頭を抑えるエンタープライズとベルファスト。呆れた視線を向ける京矢。

 

「カム?」

 

「どう言うことだ?」

 

逃がさんとばかりにカムの肩に置かれる京矢の手。

 

「ん? 知らなかったのかディノ?」

 

今度はディノミーゴへと視線が向く。

 

「子供達から聞いたディノ」

 

ディノミーゴの言葉に子供でも気が付いたことを忘れてたのかと言う京矢とハジメの視線が突き刺さる。

 

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、京矢達のジト目に耐えられなくなったのか、遂に逆ギレした。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

 

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

 

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

 

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、京矢殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

 

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

 

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

 

「バカモン! 道中の、ハジメ殿と京矢殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

 

「あんた、それでも族長ですか!」

 

亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。

情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

 

そんなコントのような状況に怒りも冷めたのか腹を抱えて笑っている京矢が巻き込まれないように離れると、青筋を浮かべたハジメが、一言、ポツリと呟く。

 

「……ユエ」

 

「ん」

 

ハジメの言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

 

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

 

「何が一緒だぁ!」

 

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

 

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

喧々囂々に騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

 

「〝嵐帝〟」

 

 

 

―――― アッーーーー!!!

 

 

天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。

同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。

彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

 

寧ろ、

 

「彼が人語を理解する魔物ですか?」

 

「魔物じゃ無くて騎士竜なんだけどな」

 

「騎士竜ディノミーゴだディノ」

 

「……触ってみても」

 

「良いディノ」

 

「本人も良いって言ってるから大丈夫だろ」

 

アルフレック含む新たに来た亜人達は人語を理解する魔物(と思われているが実際は違う)ディノミーゴに興味津々といった様子だ。

安全だと分かったら許可を貰って触っている者もいる。



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030

樹海を包む濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む一同。

彼らの行き先はフェアベルゲンだ。京矢とハジメとユエ、エンタープライズとベルファスト、ハウリア族、ディノ、そしてアルフレリックを中心にした亜人達で周囲を亜人達で固めて、既に一時間ほど歩いている。

この行軍の速度から考えてどうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だった様だ。

 

暫く歩いていると、突如霧が晴れた場所に出た。

晴れたと言っても全ての霧が無くなった訳ではなく、一般の真っ直ぐな道が出来ているだけで、霧のトンネルの様な場所だ。よく見れば道の端には誘導灯の様に青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そんな能力のアーティファクトなのか、そう言う性質の鉱石なのかは謎だが、そこを境界線に霧の侵入を防いでいる様だ。

 

京矢達がが青い結晶に注目していることに気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出てくれた。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は〝比較的〟という程度だが」

 

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」

 

アルフレリックの言葉を信じるならば樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。

これから十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。

京矢もユエも霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

特に霧の中に入ってから常に何かを警戒していたエンタープライズとベルファストは安堵していた。

 

そうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。

太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。

天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の〝国〟というに相応しい威容を感じる。

 

ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。

周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。

アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

 

門をくぐると、そこは別世界だった。

直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。

人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

京矢達がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。

どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。

ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな」

 

「ん……綺麗」

 

「こんないい所に住んでるなんて、亜人が羨ましいな」

 

「ええ、とても美しい街です」

 

「ああ、こんな美しい街は見たことがない」

 

掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。

だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 

ハジメ達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

現在、京矢達は下の階にハウリア族と共にディノミーゴを残してアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は彼らがオスカー・オルクスの残したメッセージから聞いた『解放者』の事や神代魔法の事、自分達が異世界の人間であり七大迷宮を攻略する事で故郷に帰る為の神代魔法が手に入るかもしれない事などだ。

……その際に京矢が異世界召喚3度目である事は話していない。態々長くなりそうなセフィーロの事まで話す必要は無いのだから。

 

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。

不思議に思ってハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。

聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

 

ハジメたちの話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。

それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が『解放者』という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。

最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。当然だ、一つでも迷宮を突破出来たのならば相応の実力に加え、神代魔法まで会得している可能性まであるのだから、敵対するだけバカらしい相手だ。

 

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、俺らは資格を持っているというわけか……」

 

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。

しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

 

何事も無く話し合いで済みそうな空気に京矢が安堵しつつ、ハジメとアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。

ハジメたちのいる場所は、最上階にあたり、階下にはシアたちハウリア族とディノミーゴが待機している。

どうやら、彼女たちが誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

階下では、熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族と彼らを守る様に立つディノミーゴを睨みつけていた。

そんなディノミーゴの足元には気絶して倒れている熊の亜人が倒れていた。

 

ハジメたちが階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。

 

「おい、ディノミーゴ、何があった?」

 

「こいつが殴りかかって来たからぶっ飛ばしたディノ!」

 

剣呑さを込めた言葉でディノミーゴは京矢の言葉に答える。その言葉で京矢は何となく状況が飲み込めた。

 

そう言って自分達をにらんでいる亜人達をディノミーゴが睨み返すと敵意を向けていた亜人達は一歩下がる。

足元に倒れている熊の亜人を助けようとしてもディノミーゴを恐れて近づけないのだろう。

 

「アンタ、こいつを連れて行ってくれ」

 

「すまない」

 

自分が連れて行くよりもアルフレリックに任せた方が良いと判断して、京矢は熊の亜人をアルフレリックに任せる。

 

大柄な体を二人掛かりで抱えてディノミーゴから熊の亜人を離す。見れば顔面には尻尾でも叩きつけられた跡がある。

 

「ぐ……ぐぅ……アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間や魔物を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。

やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。

熊の亜人だけでなく他の亜人たちもアルフレリックを睨んでいる。

それでも何も行動に移せないのは京矢の隣にいるディノミーゴが、彼らの中でも随一の実力者と考えられるその熊の亜人が簡単に倒されたからだろう。だから、彼らは睨むことしか出来ない。

 

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前たちも各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

 

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

 

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前たちも長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

 

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

 

「そうだ」

 

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして1番近くにいた京矢を睨む。

 

フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。

今、この場に集まっている亜人たちが、どうやら当代の長老たちらしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

 

アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老たちは少し違うのだろう。

アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。200年くらいが平均寿命だったとハジメは記憶している。だとすると、眼前の長老たちとアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は100年くらいだ。

 

そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

いきり立った熊の亜人が突如、京矢に向かって突進した。

あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 

そして、一瞬で間合いを詰め、身長2メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、京矢に向かって振り下ろされた。

 

亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。

その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。

シアたちハウリア族と傍らのハジメたち3人以外の亜人たちは、皆一様に、肉塊となった京矢を幻視した。

 

しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

「へぇー、こっちの世界にもこう言う文化は有ったのか?」

 

振り下ろされた片手を受け止めて拳を握りしめながら上下に振る。

 

「中々礼儀って奴がしっかりしてるな。宜しくって握手してくるなんてな」

 

「ガッ!」

 

そのまま大きく回転しながら熊の亜人が床に叩きつけられる。

 

「それで、表に出てやり合うのか? ここで良いのか?」

 

単なる握手なんだから気にするな、そんな態度をハジメ達に見せながら京矢はそう問いかける。

 

「……言っておくが、彼はお前を倒した魔物を従えているぞ」

 

「魔物じゃないディノ! ディノミーゴだディノ!」

 

倒れた熊の亜人に忠告する様につぶやかれたアルフレリックの言葉が響いたのだった。



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031

「で、どうするんだ、アンタ?」

 

根本的にハジメと同じく敵に対する容赦はないが、敵にも助かるチャンスは与える程度の情けはある。

それは彼がハジメと違い、変わる事なく奈落を生き抜いたが故の物だろうか。

 

倒れ伏す熊の亜人に余裕を見せる様に京矢は背中に背負う鎧の魔剣と腰に挿していた斬鉄剣を取り、それをベルファストに渡す。

流石に向こうがまだ戦うのならば、真剣を使うのは殺傷力が高過ぎる。

 

「預かっててくれ、腕試しには必要無いからな」

 

「畏まりました、京矢様」

 

優雅と言える仕草で一礼し、京矢から鎧の魔剣と斬鉄剣を受け取りベルファストは後ろに下がる。

 

好き好んで敵を増やしたい訳ではない此処で相手が自分達が敵対してはならない強者と言うのを認めればそれで良い。

だが、これで認めないのならそれなりに、かつ、無傷で勝利する必要がある。斬鉄剣や鎧の魔剣では流石に殺傷力が高いので使わない事にしたのだが。

 

だが、その熊の亜人は京矢の期待には応えてくれなかった様だ。

 

目の前の人間は自分に背中を向けたまま目の前で武器を手放した。熊の亜人はその事に屈辱を感じていた。

 

「巫山戯るなぁ!!!」

 

「エンタープライズ、こいつも頼む」

 

「分かった」

 

怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ熊の亜人を意に介さずに京矢は更に魔剣目録をエンタープライズに渡している。

 

「ん? おいおい、そんなに怒るなよ。ちゃーんと、武器は使うからな」

 

内心で仕方ないと思いながら、今気付いたとばかりに激怒している熊の亜人にそう言って京矢は四次元ポケットの中からそれを取り出す。

 

『はぁ……?』

 

京矢が取り出した武器(?)を見た瞬間、京矢以外の全員の心が一つになった。

 

彼が取り出したのは何の変哲も無い木の枝だったのだから。

 

「中々良い枝振りだろ? 後で木刀でも作ろうかと思って拾ったんだよ」

 

「おいおい、幾ら何でもふざけ過ぎだろ、それは……」

 

それをハジメに見せながら京矢はそう言う。そこそこな太さと長さの枝を途中で拾っていたのはハジメも知っていたが、流石にこんな時にそんな物を取り出すとは思わなかった。

 

「巫山戯るなぁ!!! 人間族の餓鬼がぁ!!!」

 

その京矢の行動で完全にキレた熊の亜人だった。

耐久力と腕力に秀でた熊人族の中でも最も強く種族の代表に選ばれた己が此処まで侮辱された事に怒りが限界を超えたのだ。

 

先ほどの比では無い拳が京矢へと向かって放たれる。

怒りに支配されて振るわれた拳に当たるほど京矢は未熟では無い。

そんな事はハジメもよく分かっているので、当然避けるのだろうと考えていた。だが、

 

「お、おいっ!」

 

京矢はハジメの予想を裏切り、手の中にある枝を盾にする様に京矢は熊の亜人の拳を正面から受け止めようとする。

 

流石にそれは誰もが驚く。

彼に敵意を向けていた者達は巫山戯た行いの報いを受けろと彼の末路を想像する。

ハジメ達も京矢の無謀な行動に驚愕する。特に熊の亜人の力を知っているシアを始めましたハウリア族はその惨劇を想像してしまい思わず目を伏せる。

例外はディノミーゴ位だろう。

 

 

だが、

 

 

「なっ!」

 

次の瞬間、怒りに染められていた熊の亜人の頭が冷や水をかけられた様に冷えて行く。

全力さえも超えていた己の拳が木の枝一つ折れずに受け止められていたのだ。

 

手に当たる感触は簡単にへし折れる木の感触ではない、鉄でも殴ったかの様な痛みがある。

それを受け止めている京矢は微動だにせずそれを受け止めて居た。

 

「剣掌っ」

 

受け止めていた枝から放たれた気刃が熊の亜人を吹き飛ばす。振り抜かれた枝から放たれた気刃は熊の亜人の体を壁に叩きつけたのだった。

 

「どうよ、オレの気功術?」

 

ハジメは改めて思う。こいつが味方でよかった、と。

 

「まっ、オレもまだまだだけどな」

 

謙遜で言っているのか本気で言っているのか定かではないがハジメは思う。何処の世界に木の枝であんな真似が出来る未熟者がいるのか、と。

 

「……異世界と言うのは恐ろしい所なのか……」

 

京矢の発言を100%受け入れてしまっていたアルレリックが呆然と呟くが、それを訂正する者は居なかった。

 

「で? アンタらはどうする?」

 

誰もが言葉を失っている中、京矢の問いかけに長老全員が首を横に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京矢が熊の亜人を吹き飛ばした後、アルフレリックの執り成しと、京矢の力を見せつけた事でその後の蹂躙劇は回避された。

それを計算した上で、穏便な形で敵意……と言うよりも亜人族側の戦意をへし折った訳だ。

 

熊の亜人は骨も内臓も致命傷を負って居ないと言う意味では無事な筈なので、命もその後の戦士としての人生も取り止めている事だろう。

高価な回復薬でも使えば早期の復帰は可能だろうが、精神の方は分からない。あそこまで戦士としての矜恃(プライド)をボロボロにされれば暫くは立ち直れないだろう。

 

最大限の穏便な手段で対処した訳だ。後のことは知った事ではない。寧ろ、次に繋がる命が五体満足で残っただけ有難いと思ってもらいたい。

 

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、ハジメと京矢と向かい合って座っていた。

ハジメの傍らにはユエとカム、シアが座り、京矢の後ろにエンタープライズとベルファストが立ち、その後ろにディノミーゴに守られる形でハウリア族が固まって座っている。

 

「ん~、確かにオルクスの紋章だねぇ。実力もあんな強そうな魔物を従えてる上にさっき見た通り。僕は彼を資格者と認めるよ」

 

「俺は認めんぞ!」

 

糸のように細めた目の狐の耳と尻尾を持った狐の亜人、狐人族の長老ルアがそう発言すると、吐き捨てるように虎人族のゼルが言う。

 

そんな会話が交わされながらも、長老衆の表情はアルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。

戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人(名前はジン)が手も足も出ず瞬殺されたのであるから無理もない。

 

「で? あんた達は俺等をどうしたいんだ? 俺は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもないんだが……亜人族(・・・)としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのは不味いだろう? あんた達的に。殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮する程、俺はお人好しじゃないぞ」

 

ハジメの言葉に、身を強ばらせる長老衆。言外に、亜人族全体との戦争も辞さないという意志が込められていることに気がついたのだろう。

 

「こちらの仲間をあんな目に合わせておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 

グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

 

「おいおい、オレは手加減したぜ。命も無事で、骨も折らない、内臓へのダメージも最小限に、此処まで丁寧にやって文句は言われたくないな」

 

そう言った後横目でハジメを見ながら、

 

「こいつが相手だったら、今頃再起不能じゃ無いか?」

 

「お前が甘いだけだろ?」

 

「殺る時は殺るよ。今回は宜しくと握手までしてくれた相手なんだ、命を奪う様な相手でもないし、再起不能にする必要はないだろ?」

 

そして、長老達へと視線を向け直し、

 

「それに最初の握手で実力差が見えなかったんだ。それで心が折れても自業自得だろ?」

 

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

 

「初手で実力差を把握出来ないのは奴の未熟さ、理解した所で受け入れられないのは当人の度量の責任だ」

 

「そ、それは! しかし!」

 

「こっちに非はない。寧ろ、あそこまで加減したやったんだ。長老ってのは罪科の判断も下すんだろ? なら、そこのところ、長老のあんたがはき違えんなよ?」

 

おそらくグゼはジンと仲が良かったのではないだろう。その為、頭では京矢の言う通りだと分かっていても心が納得しないのだろう。

だが、そんな心情を汲み取ってやるほど、京矢は暇ではない。

 

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だ」

 

アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

 

翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、最後には同意を示した。

彼等長老達を代表して、アルフレリックがハジメに伝える。

 

「南雲ハジメ、鳳凰寺京矢。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さん達を口伝の資格者として認める。故に、お前さん達と敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

 

「絶対じゃない……か?」

 

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

 

「それで?」

 

アルフレリックの話しを聞いてもハジメの顔色は変わらない。すべきことをしただけであり、すべきことをするだけだという意志が、その瞳から見て取れる。アルフレリックは、その意志を理解した上で、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

 

「お前さん達を襲った者達を殺さないで欲しい」

 

「……殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

 

「そうだ。お前さん達の実力なら可能だろう?」

 

「鳳凰寺に負けたあの熊野郎が手練だというなら、可能か否かで言えばオレ達でも可能だろうな。だが、殺し合いで手加減をするつもりはない。あんたの気持ちはわかるけどな、そちらの事情は俺達にとって関係のないものだ。同胞を死なせたくないなら死ぬ気で止めてやれ」

 

「ちょっと待った、南雲」

 

奈落の底で培った、敵対者は殺すという価値観は根強くハジメの心に染み付いている。殺し合いでは何が起こるかわからないのだ。手加減などして、窮鼠猫を噛むように致命傷を喰らわないとは限らない。

また、変な情けをかけたら今度は調子に乗って陰湿な手段をとるかもしれない。

その為、ハジメがアルフレリックの頼みを聞くことはなかった。

だが、そんなハジメを京矢が止める。

 

そんな京矢を睨みつけるハジメと希望を持った様な視線を向けるアルフレリック。

 

「警告のために一人くらいは半殺しで生かして返した方が後が楽になるぜ」

 

「なるほど」

 

京矢の言葉にそれは盲点だったと感心するハジメと、ある意味ハジメより酷い言葉に開いた口が塞がらないアルフレリック。

 

「皆殺しにしたら恐怖が伝わらないだろ? 警告を込めて一人は生かして返せば、そこから伝わるだろ?」

 

「確かにな。確かに、そっちの方が後は楽になるか。やっぱり、お前は頼りになるな」

 

「へへ、そう褒めるなよ」

 

「取り敢えず、最低一人は生かして返すのは約束しとくよ」

 

そんな約束されても心底喜べない長老達であった。

そこで虎人族のゼルが口を挟んだ。

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

その言葉に、ハジメも京矢も訝しそうな表情をした。

元々、大樹への案内はハウリア族に任せるつもりで、フェアベルゲンの者の手を借りるつもりはなかった。

そのことは、彼等も知っているはずだ。

だが、ゼルの次の言葉で彼の真意が明らかになった。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。



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032

この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

 

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

 

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

 

「でも、父様!」

 

土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。

長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。おそらく、忌み子であるということよりも、そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。

ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

 それが嫌なら、こちらの要求を飲めと言外に伝えてくるゼル。他の長老衆も異論はないようだ。

しかし、ハジメも京矢も特に焦りを浮かべることも苦い表情を見せることもなく、何でもない様に軽く返した。

 

「お前、アホだろ?」

 

「ああ、バカだな」

 

「な、なんだと!」

 

「先ず、穏便じゃない方法を取れば運に頼らなくても、案内人無しで大樹にたどり着く方法はいくらでも有るからな」

 

京矢の言葉に訝しげな表情を浮かべる長老達。そして、大体の穏便じゃない方法を推測してしまったハジメが引きつった表情を浮かべる。

絶対に解放者も京矢だけみたいな奴は想定していなかっただろう。

 

「そもそも、霧以外に樹海で方向感覚が失われる理由は目印がない事だ。一直線に木を切り倒す也、焼き払うなり、薙ぎ倒すなりすれば真っ直ぐ進むのは容易だ」

 

指折り数えながら上げていく手段を読み上げる京矢の言葉に長老達が「はぁ!?」と言う表情を浮かべる。

元々どれも事前に京矢が提案した手段なので実行に移すというのには流石のハジメもドン引きしているが驚いた様子はない。

…………そして、その三つの方法は何れも京矢なら余裕で実行可能だ。

 

先ず、木を切るのならば剣士である京矢の専門分野だ。斬鉄剣で一直線に木を切り倒していけばいい。亜人族やモンスターの邪魔が入るかもしれないが、それは想定内のことだ。

次に、焼き払うのは消耗は激しいが魔剣目録の中にはそれを可能にする聖剣や魔剣はある。ウッカリ大樹に当ててしまう危険は有るが、どの剣も樹海全体を火事にしてしまう前に灰に出来るが、大火事になる可能性がある。

最後に木々を薙ぎ払って道を作るのが実は一番労力も掛からず、楽で簡単なのだ。キシリュウジンを用いて普通に歩けばいいのだから。モンスターも亜人族も問題ではない。進撃を正面から邪魔出来るのは同レベルのサイズの相手だけだ。

 

「そ、そんな事出来るわけが……」

 

京矢の考えをゼルは否定しようとしているが、全部実行可能だと知っているハジメの視線には哀れみさえ浮かんできていた。

 

「それに俺は、お前らの事情なんて関係ないって言ったんだ。俺達からこいつらを奪うってことは、結局、俺の行く道を阻んでいるのと変わらないだろうが」

 

ハジメは長老衆を睥睨しながら、スっと伸ばした手を泣き崩れているシアの頭に乗せた。ピクッと体を震わせ、ハジメを見上げるシア。

 

「俺から、こいつらを奪おうってんなら……覚悟を決めろ」

 

「ハジメさん……」

 

「当然、その時はオレも手を貸すぜ、南雲」

 

ハジメにとって今の言葉は単純に自分の邪魔をすることは許さないという意味で、それ以上ではないだろう。

しかし、それでも、ハウリア族を死なせないために亜人族の本拠地フェアベルゲンとの戦争も辞さないという言葉は、その意志は、絶望に沈むシアの心を真っ直ぐに貫いた。

 

「本気かね?」

 

アルフレリックが誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光でハジメを射貫く。

 

「当然だ」

 

しかし、全く揺るがないハジメ。そこに不退転の決意が見て取れる。

この世界に対して自重しない、邪魔するものには妥協も容赦もしない。奈落の底で言葉にした決意だ。

 

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

 

ハウリア族の処刑は長老会議で決定したことだ。それを、言ってみれば脅しに屈して覆すことは国の威信に関わる。

今後、ハジメ達を襲うかもしれない者達の助命を引き出すための交渉材料である案内人というカードを切ってでも、長老会議の決定を覆すわけにはいかない。故に、アルフレリックは提案した。

しかし、ハジメは交渉の余地などないと言わんばかりにはっきりと告げる。

 

「何度も言わせるな。俺の案内人はハウリアだ」

 

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう」

 

「いや、あんたが言っただろう。理性の部分での、そっちからの案内人がダメな理由は」

 

アルフレリックの言葉に告げる京矢に疑問を浮かべるアルフレリックだが、

 

「『血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない』でしたか? 京矢様?」

 

「ああ。つまり、案内人がそのまま敵になる可能性が高いって訳だ。下手したら樹海の中で置き去りにされる可能性もある。……そんな奴等を信用して案内人に出来るか?」

 

射抜く様な京矢の視線がアルフレリックに突き刺さる。

 

京矢の言葉に全くだと頷きながらハジメはシアをチラリと見た。

先程から、ずっとハジメを見ていたシアはその視線に気がつき、一瞬目が合う。すると僅かに心臓が跳ねたのを感じた。視線は直ぐに逸れたが、シアの鼓動だけは高まり続ける。

 

「それに、約束したからな。案内と引き換えに助けてやるって」

 

「……約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか? 峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう? なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう。」

 

「問題大ありだ。案内するまで身の安全を確保するってのが約束なんだよ。途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ……」

 

「ああ、良い条件出されて、ポイッて言うのは」

 

ハジメは一度、言葉を切って今度はユエを見た。ユエもハジメを見ており目が合うと僅かに微笑む。

京矢は不敵な笑みを浮かべながら真っ直ぐに見据えながら、アルフレリックに向き合い告げた。

 

「「格好悪いだろ?」」

 

闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリ。

殺し合いにおいて、ハジメも京矢もこれらを悪いとは思わない。

生き残るために必要なら何の躊躇いもなく実行して見せるだろう。

 

しかし、だからこそ、ハジメは殺し合い以外では守るべき仁義くらいは守りたい。それすら出来なければ本当に唯の外道である。

ハジメも男だ。奈落の底で出会った傍らの少女がつなぎ止めてくれた一線を、自ら越えるような醜態は晒したくない。

 

京矢の場合は単純に一度交わした約束は相手が裏切らない限り必ず果たすと言う主義。そう、国からの脅しがあったとしても、だ。

 

ハジメ達に引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。他の長老衆がどうするんだと顔を見合わせた。

しばらく、静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

 

「ならば、お前さん達の奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

 

「アルフレリック! それでは!」

 

完全に屁理屈であるが、それは彼等の側にしてみれば脅しに屈した様なものだ。

当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

 

「ゼル。わかっているだろう。この少年が引かないことも、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

 

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

 

「だが……」

 

ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。

やはり、危険因子とそれに与するものを見逃すということが、既になされた処断と相まって簡単にはできないようだ。悪しき前例の成立や長老会議の威信失墜など様々な思惑があるのだろう。

 

そんな長老達を見ながら京矢は空気を読んで言うべきか迷っているが、そんな中、ハジメが敢えて空気を読まずに発言する。

 

「ああ~、盛り上がっているところ悪いが、シアを見逃すことについては今更だと思うぞ?」

 

ハジメの言葉に、ピタリと議論が止まり、どういうことだと長老衆がハジメに視線を転じる。

 

ハジメはおもむろに右腕の袖を捲ると魔力の直接操作を行った。すると、右腕の皮膚の内側に薄らと赤い線が浮かび上がる。さらに、〝纏雷〟を使用して右手にスパークが走る。

 

長老衆は、ハジメのその異様に目を見開いた。そして、詠唱も魔法陣もなく魔法を発動したことに驚愕を表にする。

 

「俺も、シアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。次いでに言えばこっちのユエもな。あんた達のいう化物ってことだ。だが、口伝では〝それがどのような者であれ敵対するな〟ってあるんだろ? 掟に従うなら、いずれにしろあんた達は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思うけどな」

 

しばらく硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。

 

(そう言えば、解放者はそれぞれ神代魔法を持ってたよな? 此処にあるのはリューティリス・ハルツィナの迷宮とその神代魔法。リューティリス・ハルツィナも亜人族の筈だよな、神聖視してるから)

 

そこまで考えた後、京矢は内心で溜息を吐く。

 

(悪霊擬きの策略かは知らねえが、本来なら神子として扱うべき奴等を殺して来た、か)

 

魔力を扱える亜人。それは間違いなく亜人族全体の未来に繋がる有意義な変異だった筈だ。それを自らの手で閉ざしてきたと言うのだから、其処にはエヒトの関与さえ疑ってしまう。

 

そして、京矢がそんなことを考えていると結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

 

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である南雲ハジメの身内と見なす。そして、資格者南雲ハジメに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

 

「いや、何度も言うが俺は大樹に行ければいいんだ。こいつらの案内でな。文句はねぇよ」

 

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

 

「気にしないでくれ。全部譲れないこととは言え、相当無茶言ってる自覚はあるんだ。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

 

「ああ、教会の息のかかった連中相手じゃ、こうは行かないからな。理性的な判断、感謝する」

 

サラリと教会を乏しめている京矢の言葉と、ハジメの言葉に苦笑いするアルフレリック。

他の長老達は渋い表情か疲れたような表情だ。恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ! という雰囲気である。その様子に肩を竦めるハジメと京矢はユエ達を促して立ち上がった。

 

ユエは終始ボーとしていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にすることもなくハジメに合わせて立ち上がった。

元々立っていたエンタープライズとベルファストは京矢の後ろに続く。

 

しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

 

「おい、何時まで呆けているんだ? さっさと行くぞ」

 

ハジメの言葉に、ようやく我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行くハジメの後を追うシア達。アルフレリック達も、ハジメ達を門まで送るようだ。

 

シアが、オロオロしながらハジメに尋ねた。

 

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

 

「? さっきの話聞いてなかったのか?」

 

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。

それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟くように話しかけた。

 

「……素直に喜べばいい」

 

「ユエさん?」

 

「……ハジメや京矢に救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

 

「……」

 

ユエの言葉に、シアはそっと隣を歩くハジメに視線をやった。ハジメは前を向いたまま肩を竦める。

 

「まぁ、約束だからな」

 

「ッ……」

 

シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けたハジメとの約束だ。

 

元々、〝未来視〟でハジメ達が守ってくれる未来は見えていた。

しかし、それで見える未来は絶対ではない。シアの選択次第で、いくらでも変わるものなのだ。だからこそ、シアはハジメの協力を取り付けるのに〝必死〟だった。

相手は、亜人族に差別的な人間で、シア自身は何も持たない身の上だ。交渉の材料など、自分の〝女〟か〝固有能力〟しかない。それすら、あっさり無視された時は、本当にどうしようかと泣きそうになった。

 

それでもどうにか約束を取り付けて、道中話している内に何となく、ハジメなら約束を違えることはないだろうと感じていた。

それは、自分が亜人族であるにもかかわらず、差別的な視線が一度もなかったことも要因の一つだろう。だが、それはあくまで〝何となく〟であり、確信があったわけではない。

 

だから、内心の不安に負けて、〝約束は守る人だ〟と口に出してみたり〝人間相手でも戦う〟などという言葉を引き出してみたりした。

実際に、何の躊躇いもなく帝国兵と戦ってくれた時、どれほど安堵したことか。

 

だが、今回はいくらハジメでも見捨てるのではという思いがシアにはあった。

帝国兵の時とはわけが違う。言ってみれば、帝国の皇帝陛下の前で宣戦布告するに等しいのだ。にもかかわらず一歩も引かずに約束を守り通してくれた。例えそれが、ハジメ達自身の為であっても、ユエの言う通り、シアと大切な家族は確かに守られたのだ。

 

先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。

顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

 

シアは、ユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみることにした。すなわち、ハジメに全力で抱きつく!

 

「ハジメさ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

 

「どわっ!? いきなり何だ!?」

 

「むっ……」

 

泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリとハジメの肩に押し付けるシア。

その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。

 

それを見たユエが不機嫌そうに唸るものの、何か思うところがあるのか、ハジメの反対の手を取るだけで特に何もしなかった。

 

喜びを爆発させハジメにじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

 

それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。

そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

 

「京矢様。案内して貰ったから彼等をそれで放り出す訳にも行かなくなりましたね?」

 

「だろうな。それに、万が一の備えは必要だろうからな」

 

世界を敵に回す覚悟はしたが、それでもいざという時にはある程度安全な拠点は有った方がいいと考えていた。

この樹海はある意味、拠点を作るには適している。

 

何より一度処刑と決めたハウリア族から京矢達が離れたとしたら、この決定を不服に思った者達に殺される危険も残される。

 

万が一のための拠点と自分達の手を離れた際の彼等の身の振り方。考えないといけないことはかなり多い。

 

京矢はその事を考えながら、ここを出てもしばらくは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。

 



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033

「って言うのがオレの考えだけど、お前はどう思う?」

 

「確かに、それは悪くない考えだな」

 

京矢の案にハジメも同意していた。

解放者達ではないが、エヒトから敵と認識されてしまうと人間や魔人族が敵に回るだろう。最悪の場合はクラスメイトとも戦う必要が出てくる。

その時のために各地にいざという時の為の避難所となる秘密基地みたいなものを作る必要がある。

 

そんな京矢の案にハジメも同意する。ハジメも男の子だ、そんな秘密基地作りには楽しみな物がある。

 

「で、その第一号をここに作ろうと思う訳だ」

 

霧の晴れるまでの十日間の間、時間潰しのためにハウリア族を自分達と別れた後も生き延びられるために鍛えるのと並行してハウリア族の隠れ集落兼自分達の避難所を作る。

 

「あんまり便利じゃなかったから使わなかった道具が三つあるから、これを使えば最低でも三つの秘密基地は作れるな」

 

「そうか!?」

 

流石に普段はハウリア族を住まわせるだけに100%ハジメ好みには出来ないだろうが、第二と第三の隠れ家を作る際の参考になるだろう。

 

 

 

 

 

そんな訳で京矢とハジメによるハウリア族育成と秘密基地制作が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う」

 

フェアベルゲンを追い出されたハジメ達が、一先ず大樹の近くに拠点を作って一息ついた時の、ハジメの第一声がこれだった。

拠点といっても、ハジメがさり気なく盗ん……貰ってきたフェアドレン水晶を使って結界を張って簡単な城壁で囲んだだけのものだ。その中で切り株などに腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。

 

「え、えっと……ハジメさん。戦闘訓練というのは……」

 

困惑する一族を代表してシアが尋ねる。

 

「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等を一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」

 

「な、なぜ、そのようなことを……」

 

ハジメの据わった目と全身から迸る威圧感にぷるぷると震えるウサミミ達。シアが、あまりに唐突なハジメの宣言に当然の如く疑問を投げかける。

 

「なぜ? なぜと聞いたか? 残念ウサギ」

 

「ってか、自覚した方が良いぜ、残念ウサギ」

 

「あぅ、まだ名前で呼んでもらえない……」

 

落ち込むシアを尻目にハジメが語る。

 

「いいか、俺がお前達と交わした約束は、案内が終わるまで守るというものだ。じゃあ、案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えているのか?」

 

ハウリア族達が互いに顔を見合わせ、ふるふると首を振る。カムも難しい表情だ。

漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだ。あるいは、考えないようにしていたのか。それとも、その両方なのか?

 

「考えてねえんだろうな。まあ、考えても答えなんて出ないだろうから仕方ないって言えば仕方ないか」

 

「ああ。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺達の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」

 

「下手したらオレ達の脅迫で処刑を免れたことが気に入らない連中が改めて処刑しに来る、なんてのも考えた方が良いな」

 

「「「「「「……」」」」」」

 

全くその通りなので、ハウリア族達は皆一様に暗い表情で俯く。そんな、彼等にハジメの言葉が響く。

 

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? 幸運にも拾った命を無駄に散らすか? どうなんだ?」

 

誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

 

「そんなものいいわけがない」

 

その言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。

 

「弱肉強食。それもある意味は真理だろうが、それを黙って受け入れていい訳ははねえ。だったら簡単だ。強くなれば、食われる側じゃなくなる」

 

「襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」

 

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

 

兎人族は弱いという常識がハジメと京矢の言葉に否定的な気持ちを生む。

自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。

 

そんな空気を読んだのか激を飛ばす役は最初から強かった自分では無くハジメが適任と考え、彼に任せて京矢は一歩下がる。

 

「俺は鳳凰寺と違って、かつての仲間から〝無能〟と呼ばれていたぞ?」

 

「え?」

 

「〝無能〟だ〝無能〟。ステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内の最弱。戦闘では足でまとい以外の何者でもない。故に、かつての仲間達は俺を〝無能〟と呼んでいたんだよ。実際、その通りだった」

 

ハジメの告白にハウリア族は例外なく驚愕を表にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物を苦もなく一蹴したハジメが〝無能〟で〝最弱〟など誰が信じられるというのか。

 

「だが、奈落の底に落ちて俺は強くなるために行動した。出来るか出来ないかなんて頭になかった。出来なければ死ぬ、その瀬戸際で自分の全てをかけて戦った。……気がつけばこの有様さ」

 

淡々と語られる内容に、しかし、あまりに壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。

一般人並のステータスということは、兎人族よりも低スペックだったということだ。その状態で、自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たというのだ。

実力云々よりも、実際生き残ったという事実よりも、最弱でありながら、そんな化け物共に挑もうとしたその精神の異様さにハウリア族は戦慄した。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

 

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ。約束が果たされた後は助けるつもりは毛頭ないからな。残り僅かな生を負け犬同士で傷を舐め合ってすごせばいいさ」

 

それでどうする? と目で問うハジメ。ハウリア族達は直ぐには答えない。いや、答えられなかったというべきか。

自分達が強くなる以外に生存の道がないことは分かる。ハジメは、正義感からハウリア族を守ってきたわけではない。故に、約束が果たされれば容赦なく見捨てられるだろう。

だが、そうは分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、ハジメの提案は、まさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。ハジメの様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。

 

黙り込み顔を見合わせるハウリア族。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ない程思いを込めた宣言。

シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。しかし、一族を窮地に追い込んだのは紛れもなく自分が原因であり、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容できない。とあるもう一つの目的のためにも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。

 

不退転の決意を瞳に宿し、真っ直ぐハジメを見つめるシア。

その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。

そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「ハジメ殿……宜しく頼みます」

 

言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。

 

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから」

 

ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

十分に最初から奈落を生き抜けた自分よりも、弱くとも奈落を生き抜く意思を貫いたハジメの方が、ハウリア族に激を送るには適任と考え一歩下がっていたが、それは正解だった様だ。やる気になったハウリア族の様子を見ながらそう考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ずは最初の5日はハジメが基礎訓練を施す傍、京矢がハウリア族の隠れ里兼自分達の秘密基地となる地下空間の下準備に入る。

 

1日目、

京矢は城壁に囲まれた空間内に大量の木材を運び込む。

その辺の樹木も京矢が切り倒し、使いやすい大きさに裁断する。

その際に炎属性の魔剣の力で急速に水分を奪い乾燥させる事で建築に使えるレベルには出来たと思うが、乾燥させすぎて逆に燃えやすくなったので、一部にのみの使用を決め、耐火性を考えて石造りの小屋の建設を決める。

 

2日目、

小屋作りはハジメに任せて先に地下都市の基盤を作る。建設用の石材を斬鉄剣で集めつつ後はハジメに任せようと材料集めにのみ奔走する。

 

3日目、

材料も揃ったので地下都市を作ることにする。

使うのは使い勝手が悪かったのでお蔵入りになっていたガチャ産の道具『ポップ地下室』。

地面に埋めてスイッチを押せば手軽に地下空間が出来るドラえもんのひみつ道具である。

それを使って地下室を作ったのだが…………

 

「京矢様、これは……」

 

「少し、と言うよりもかなり広すぎじゃないのか?」

 

「ああ。設定失敗したな」

 

広々としすぎた空間を眺めながら呆然と呟く、京矢、ベルファスト、エンタープライズの三人。

ハウリア族の隠れ里と自分たちの秘密基地のための空間なのだが、そこに王都四つ分のスペースが確保できてしまった。

 

「ま、まあ、広いのは良いことだろう」

 

そう思って無理やり納得する京矢だった。

 

 

4日目、

技術面を担当する京矢は鍛え方について調べるためにポケットの中を漁る。京矢の専門は剣術であるが、寧ろ兎人族の技能的に向いていないだろうと考えて、他の戦闘技能を漁る。

そんな中、出てきたのはT2ガイアメモリと『獣拳』の指南書だった。

 

劇場版仮面ライダーWに出てくるAtoZのガイアメモリだが、そちらは危険性から即座にポケットの中に仕舞い込む。

そうなると残ったのは獣拳戦隊ゲキレンジャーの獣拳の指南書だ。

 

他に選択肢がない事もあり、無言のままに『基礎編『暮らしの中に修行あり』著シャーフー』を手に取る。

他に合計10冊の指南書を手に取り、兎人族に学ばせる事を決めた。

 

…………だが、流石に臨獣拳編の3冊『絶望が力をくれる』『嫉妬が力をくれる』『怒りで全てを制する』のタイトルの3冊はポケットの中に仕舞い込むのだった。

 



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034

5日目、

ハジメとの交代の為に京矢達は彼と合流したのだが、

 

「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

 

「へー、中々良い仕上がりになってるな」

 

口調も雰囲気も変わっているカムを一瞥し、京矢は基礎はしっかりとできていると感心する。

カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出したのだから、十分に力は会得しているだろう。

5日では予想以上の仕上がりだ。

 

そこまではハジメの手腕に感心していた。…………そこまでは、だ。

 

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

 

そのハジメの言葉に何故か嫌な予感を覚える京矢。

ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はある。

ハジメの疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。

 

 

「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

 

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

 

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

 

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

 

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

 

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

不穏な発言のオンパレードだった。最早全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。

ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。

 

「なあ、南雲」

 

「うん、完全にやり過ぎたな、コレ」

 

「ああ、完全なやり過ぎだな、これは」

 

ニタァと笑いながらナイフを舐めたり、ヒャハハと笑いながら刈り取った魔物の尻尾を振り回している姿には、最早温和と言われた種族の面影などない。

 

なお、シアはユエが見ているそうなので心配はいらないだろう。

半ば現実逃避気味に京矢が用意した隠れ家の下地の説明をしつつ、後の仕上げを専門家のハジメに任せる旨を伝える。

 

「何でここまで変貌したんだよ……?」

 

「ああ、それはな……」

 

全員がヒャッハーと叫んで暴れまわりそうな集団と化した彼らを眺めながら京矢は思う。

ガイアメモリを選ばなくて良かった、と。

 

遠い目をしたハジメから京矢は全てのきっかけである訓練二日目の話を聞く。

何でも兎人族の其の性質故か、魔物一匹殺すたびに変なドラマが始まったそうだ。

 

曰く、ハウリア族の男が絶命させた魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のように。

曰く、魔物の首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。

曰く、瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」と呟く。

そして、その度に始まるその訳の分からないドラマと言う三文芝居に遂にキレるハジメ。

終いには実は戦闘訓練中毎回足元のお花やら虫やらに気を付けていたと言うことに完全に激怒し、地球では俗にハー○マン式と言うとか言わないとか言う手段で訓練を施したそうだ。

 

「まあ、それなら仕方ねえな」

 

「分かってくれるか?」

 

「ああ」

 

「それにしても、どうしよう、コレ?」

 

「どうしようもねえだろう。オレの方で、精神面の修行を中心にやらせる」

 

技術を下手に教えたら危険と、精神面の訓練を中心に鍛えようと誓う京矢であった。

そして、先ずは彼らに上下関係を叩き込む為にバーサークラビット達との戦闘に入る京矢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

6日目、この日から京矢担当の初日に入る。

 

「多少は力を付けたようだが、お前達の力は知っての通り、まだまだ未熟だ」

 

「はっ、はい! 京矢の兄貴!?」

 

叩きのめされて正座させられているカム達ハウリア族の一同。ベルファストを秘書の様に控えさせ、京矢は宣言する。

 

「此れからの5日、お前達の技と心を徹底的に鍛えてやる……覚悟は良いな?」

 

『サッ、サー、イエッサー!!!』

 

ハウリア族の悲鳴にも似た叫びが響き渡ったのだ。彼らに拒否権などない。力を得るか命を落とすかな修行のみだ。

……そこまでする気は無いが。

 

「先ずはこの言葉を心に刻み永遠に忘れるな! 偉大なるグランドマスターの言葉を! 『暮らしの中に修行あり』、それ即ち、生きること全てが修行であると!」

 

『サー! イエッサー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、十日後、

 

そろそろ、ハジメと京矢のハウリア族への訓練と隠れ家の建設も終わる頃だと、不機嫌そうなユエと上機嫌なシアは二人並んでハジメ達がいるであろう場所へ戻って来た。

ユエとシアがハジメ達のもとへ到着したとき、ハジメは腕を組んで近くの樹にもたれたまま瞑目しているところだった。

 

二人の気配に気が付いたのか、ハジメはゆっくり目を開けると二人の姿を視界に収める。

全く正反対の雰囲気を纏わせているユエとシアに訝しそうにしつつ、ハジメは片手を上げて声をかけた。

 

「よっ、二人共。勝負とやらは終わったのか?」

 

ハジメも、二人が何かを賭けて勝負していることは聞き及んでいる。シアのために超重量の大槌を用意したのは他ならぬハジメだ。

シアが、真剣な表情で、ユエに勝ちたい、武器が欲しいと頼み込んできたのは記憶に新しい。

ユエ自身も特に反対しなかったことから、何を賭けているのかまでは知らなかったし、聞いても教えてもらえなかったが、ユエの不利になることもないだろうと作ってやったのだ。

 

実際、ハジメは、ユエとシアが戦っても十中八九、ユエが勝つと考えていた。奈落の底でユエの実力は十二分に把握している。いくら魔力の直接操作が出来るといっても今まで平和に浸かってきたシアとは地力が違うのだ。

 

だがしかし、帰ってきた二人の表情を見るに、どうも自分の予想は外れたようだと内心驚愕するハジメ。そんなハジメにシアが上機嫌で話しかけた。

 

どうやら、無事シアはユエに勝利した様だ。

そもそも、シアがユエに勝てばシアを彼らの旅に同行させる事に賛同すると言うのが賭けだったのだが、その後は嫌そうな、不機嫌そうながらもユエの取りなしによるシアの動向に賛成する意見によって折れたハジメ。

 

「おっ、二人とも戻って来たのか?」

 

シアが「えへへ、うへへへ、くふふふ~」と同行を許されて上機嫌のシアが奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた時、京矢が戻って来た。

 

シアの先程までのハジメと問答した時の真剣な表情が嘘のように残念な姿に若干引き気味である。

 

「……キモイ」

 

見かねたユエがボソリと呟く。シアの優秀なウサミミは、その呟きをしっかりと捉えた。

 

「……ちょっ、キモイって何ですか! キモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、ハジメさんの初デレですよ? 見ました? 最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」

 

「あるのか、そんな日?」

 

「ありますよぉ~、必ず~!」

 

「そんな事より、何があったんだ?」

 

「同行者が一人増えた」

 

『そんな事って酷いです~』と喚いているシアを他所にハジメに問いかけた京矢。

 

シアの表情に真剣な物が宿る。飽くまでユエが説得できるのはハジメのみだ。京矢についてはシアは自力で認めて貰うしかない。

 

「お前がオッケーならオレは反対しねえよ」

 

そんなシアの不安を他所に京矢は彼女の動向をアッサリと認めた。

 

「良いのか?」

 

「元々雫の頼みとは言え、白崎が同行するなら協力するつもりなんだ。シアちゃんだけ邪魔はしねえよ」

 

アッサリとし過ぎた京矢の態度に逆に疑問に思って問い掛けるハジメの言葉に京矢はそう返した。

元々雫から頼まれた香織の恋のサポートとして、彼女が旅に同行したいと言うのならば協力は惜しまないつもりだったのだ。

 

シアの動向についても協力こそしないが、一方的に邪魔をすると言う様な真似はしない。

少なくとも力不足な香織にファウストロープを改造したデバイス(正式名称未決定)を渡しはしたが、シアには何も渡していないのがその証拠だ。

 

「お前、本当に八重樫の頼みは素直に聞くよな?」

 

「ん? ああ、惚れた弱みって奴だな」

 

そんな風に騒いでいると(シアだけ)、霧をかき分けて数人のハウリア族が戻って来た。

 

シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。

たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。

 

早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。

しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。

 

歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線を京矢達に戻した。そして……

 

「マスター京矢、マスターユエ、マスターハジメ! ただいま戻りました!!!」

 

背をまっすぐ伸ばし、理知的な空気を纏わせた何処か武道家な雰囲気のカムが礼と共に挨拶をする。

 

「マ、マスター? と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

 

バーサーカーから武道家に雰囲気がクラスチェンジしたハウリア族の姿に何があったのかと思うハジメと、十日前とは違い過ぎるカム達の変わり様に唖然とするユエとシア。

 

「それで、首尾は?」

 

そんなハジメ達を他所に京矢はカム達に成果を促す。

 

「はっ!」

 

取り出されるのは三体のハイベリアの死体。

強力な打撃によって絶命した個体、

全身の骨を粉々にされた個体、

真っ二つにされた個体。

そんな彼らに良くやったと頷きながら宣言する。

 

「良いだろう、お前たち。その心に宿した獣の名を宿した拳を名乗る事をグランドマスターに変わり許可しよう」

 

『ありがとうございます、マスター京矢!』

 

そんな権限など無いのだが、そこは黙っておく。

 

「激獣ホッパー拳、カームバンティス」

 

背後に宿したのは紫のオーラを纏ったバッタのオーラを纏ったカムが構えを取りながら宣言する。それに続く様に他のハウリア族たちも、

 

「激獣スクイッド拳、ラナインフェリナ」

 

「激獣ファルコン拳、バルドフェルド」

 

「激獣ボンゴレ拳、ネアシュタットルム」

 

紫のオーラを纏って獣のオーラを背に構えともに宣言する兎人族の皆さん。

そんな姿に唖然とするハジメ達。

 

「……何とか此処まで引き戻したんだよ」

 

「これは良い反応って捉えるべきなのか?」

 

「……流石、ハジメと京矢……闇魔法も使わずに洗脳するなんて……凄い」

 

「ひ、ひ、ひ…………人の家族に、何してくれてんですかぁー!!!」

 

シアの絶叫が樹海の中に響き渡ったのだった。



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035

「しかし、たった五日であそこ迄獣拳を会得できるとは思わなかったな。……案外、獣を心に感じる獣拳と亜人族は相性が良いのかもな」

 

「なるほど、相性か」

 

亜人族、その中でも地球では獣人と言うべき兎人族をハジメとする一部の亜人族は獣拳との相性も良いのだろう。

ハジメと京矢が自分達の成果を前に現実逃避の如く話しているとシアが叫ぶ。

 

「ど、どういうことですか!? ハジメさん! 京矢さん! 父様達に一体何がっ!?」

 

「お、落ち着け! ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」

 

「寧ろ、ナイフに名前付けたり、見つめながらうっとりしたりしてない分……改善、された?」

 

「いやいや、せめて其処は断言してください! 大体何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですか!? ちょっと、目を逸らさないで下さい! こっち見て!」

 

「……別に、大して変わってないだろ?」

 

「ああ、人にとって大切なのは本質だ。其処さえ変わってなきゃ、何も変わらない」

 

「貴方達の目は節穴ですかっ! 良いこと言って誤魔化さないで下さい。見て下さい。彼なんて、さっきから自分の動きを見ながらうっとりしてますよ! 普通に怖いですぅ~」

 

「……ああ、『忘我の中に修行あり、美技を極めるバット拳』のグランドマスター、バット・リーに感銘を受けてたからな」

 

「美技って何ですか、美技って!? バット・リーって誰ですか!?」

 

「誰もが息を呑むほどの美しい技だけど?」

 

「自分が一番息を呑んでるじゃないですか!?」

 

樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。

一体どうしたんだ?と分かってなさそうな表情でシアとハジメと京矢のやり取りを見ているカム達。

先ほどのやり取りから更に他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が……何というか……武道家みたいな風貌になっている。男衆だけでなく女子供、果ては老人まで。

 

シアは、そんな変わり果てた家族を指差しながらハジメと京矢に凄まじい勢いで事情説明を迫っていた。

二人はというと、どことなく気まずそうに視線を逸らしながらも、のらりくらりとシアの尋問を躱わしている。

 

埒があかないと判断したのか、シアの矛先がカム達に向かった。

 

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか!」

 

縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。

 

だが……

 

「何を言っているんだ、シア? 私達はこの世の真理に目覚めただけさ。マスター達のおかげでな」

 

「し、真理? 何ですか、それは?」

 

 嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「獣拳は正義の拳、正しき者は必ず勝つ、と」

 

「えええぇ~!」

 

父親から発せられる当人してみれば訳の分からない言葉に戸惑いながらよろけると小さな影とぶつかり「はうぅ」と情けない声を上げながら尻餅をついた。

 

 

小さな影の方は咄嗟にバランスをとったのか転倒せずに持ちこたえ、倒れたシアに手を差し出した。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「いや、気にしないでくれ、シアの姐御。男として当然のことをしたまでさ」

 

「あ、姐御?」

 

霧の奥から現れたのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。服装はやはり他のハウリア族と同じく武道着の様な格好で腰には二本のナイフが装着されている、随分ニヒルな笑みを見せる少年だった。

シアは、未だかつて〝姉御〟などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを〝シアお姉ちゃん〟と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。

 

そんなシアを尻目に、少年はスタスタと京矢が『まあ座れ』と用意した椅子に座るハジメの前まで歩み寄ると、敬礼をしてみせ、片膝をついて頭を下げる。

 

「マスターハジメ! 報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」

 

「お、おう? 何だ?」

 

激獣ファルコン拳と名乗った少年の歴戦の武人もかくやという雰囲気に、若干どもるハジメ。少年はお構いなしに報告を続ける。

そして、一人だけ椅子に座らせられている状況を鑑みて、改めて思う。『オレ、何かボスにされてないか?』と。

 

よく分かっていないユエと、狙ってやったであろう京矢が左右に立っている時点でリーダー格である。

 

「はっ! 周囲の偵察中、武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

 

「あ~、やっぱ来たか。即行で来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの」

 

「まっ、オレ達を襲撃するよりも待ち伏せの方が楽だろうからな。……それで上申ってのは何だ、幼隼?」

 

セリフが明らかに何処ぞのホーク拳の人を意識した京矢が続きを促す。

 

「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

 

「激獣ホッパー拳のカム。お前はどうだ? 幼隼はこう言ってるぞ?」

 

京矢は試す様な問いをカムへと向ける。話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。

 

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

「当然だ。無様を見せる様な鍛え方はしていない」

 

族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。

 

「……出来るんだな?」

 

「肯定であります!」

 

最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。

 

京矢から激は任せたといつの間にか用意した椅子に自分とユエも座らせて、ハジメに激を任せた。

仕方ないとばかりに一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

 

「聞け! ハウリア族諸君! 勇猛果敢な拳士諸君! 今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する! お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない! 力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる! 最高の武士(もののふ)だ! 私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん! 唯の〝ピッー〟野郎どもだ! 奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

 

「「「「「「「「「「ハッ! マスターハジメ!!」」」」」」」」」」

 

「答えろ! 諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」

 

「「「「「「「「「「討て!! 討て!! 討て!!」」」」」」」」」」

 

「お前達の使命は何だ!」

 

「「「「「「「「「「倒せ!! 倒せ!! 倒せ!!」」」」」」」」」」

 

「敵はどうする!」

 

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

 

「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

 

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

 

「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」

 

「ハッ! 行くぞ、お前達! 命を惜しむな、名を惜しめぇ!」

 

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

 

最後に上げたカムの咆哮に答える様に叫ぶハウリア族の皆さん。大地を駆ける者達はまだ良い。一応はまだ普通だ。

だが、一部の人達は土の中に物凄い勢いで潜っていき、極め付きは翼も無いのに空を飛ぶ連中までいる。

 

「うわぁ~ん、私の家族はみんな死んでしまったですぅ~」

 

ハジメの号令に凄まじい気迫を以て返し、古き日の日本の武士を思わせる気迫で霧の中へ消えていくハウリア族達。空を飛んだり、地中に潜ったりして。

 

温厚で平和的、争いが何より苦手……そんな種族いたっけ?と言わんばかりの変わり様だ。

面影など無いほど変わり果てた家族を再度目の当たりにし、崩れ落ちるシアの泣き声が虚しく樹海に木霊する。

流石に見かねたのかユエがポンポンとシアの頭を慰めるように撫でている。

 

「空の獣拳をあそこまで扱うなんて、やるじゃねぇか」

 

「やるじゃねぇか、じゃないですぅ!?」

 

京矢にツッコミを入れるシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。

 

「パルくん! 待って下さい! ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ? 君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか? ね? そうしましょ?」

 

どうやら、必死にまだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしている様子だ。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。

何故、花で釣っているのか? それはその少年、京矢からは幼隼と呼ばれていたファルコン拳使いの少年がかつてはお花が大好きな少年だったからである。

 

シアの呼び掛けに律儀に立ち止まったお花の少年もとい幼隼のパル少年は、「ふぅ~」と息を吐くとやれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めた。まるで、欧米人のようなオーバーリアクションだ。

 

「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身。花を愛でるような軟弱な心は、もう持ち合わせちゃいません」

 

ちなみに、そんなファルコン拳のパル少年は今年十一歳だ。

 

「ふ、古傷? 過去を捨てた? えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」

 

「いえ、捨てちゃいませんよ、その気持ちは」

 

「え……」

 

「悟ったんでさあ、弱けりゃ何も守れない。そんな弱い奴らを守ってやるには力が無けりゃ意味が無いって」

 

繰り返すが、そんなファルコン拳のパル君は今年十一歳だ。

 

「それより姐御」

 

「な、何ですか?」

 

〝シアお姉ちゃん! シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシア。

パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。

 

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝激獣ファルコン拳のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ」

 

「誰!? バルトフェルドってどっから出てきたのです!?」

 

「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」

 

「あ、こらっ! 何が〝ではっ!〟ですか! まだ、話は終わって、って嘘だっ! 何で兎人族が空を飛べるんです!? 待って! 待ってくださいぃ~」

 

恋人に捨てられた女の如く、崩れ落ちたまま空を飛んで霧の向こう側に消えていく少年に向かって手を伸ばすシア。

答えるものは誰もおらず、彼女の家族は皆、猛々しく戦場に向かってしまった。

ガックリと項垂れ、再びシクシクと泣き始めたシア。既に彼女の知る家族はいない。実に哀れを誘う姿だった。

 

そんなシアの姿を何とも言えない微妙な表情で見ているユエ。

ハジメと京矢は、どことなく気まずそうに視線を彷徨わせている。ユエは、ハジメに視線を転じるとボソリと呟いた。

 

「……流石ハジメと京矢、人には出来ないことを平然とやってのける」

 

「いや、だから何でそのネタ知ってるんだよ……」

 

「これでも立ち止まらせた方なんだけどな……」

 

「……闇系魔法も使わず、洗脳……すごい」

 

「……正直、ちょっとやり過ぎたとは思ってる。反省も後悔もないけど」

 

「まあ、あれなら死ぬことはないだろうな、オレ達が居なくなっても」

 

しばらくの間、ハウリア族が去ったその場には、シアのすすり泣く声と、微妙な空気が漂っていたのだった。



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036

彼、レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 

もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。

その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

 

だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。

自分達の心酔する長老が、一匹の魔物と一人の人間に続け様に為すすべもなく敗れたなど有り得ないと。

しかし、現実は容赦なく事実を突きつける。プライドを砕かれて憔悴しているジンの姿が何より雄弁に真実を示していた。

大した怪我さえ負わされて居ない。回復薬を与えればまた肉体的には戦士として戦えるようになる。そんな状況が余計にジンのプライドを傷つけて居た。

 

豪放な性格は見る影もなく、大きかった背中は小さく見える。

レギンは、そんな変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。

腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。

 

長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間と魔物を討とうと息巻いた。

その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい!と。

 

相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど、卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。正面から倒した魔物は注意が必要だろうが、樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。魔物も所詮は知性のない獣、指示する人間が居なければ恐れる必要など無い。

レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。

 

……ってか、長老達からディノミーゴが人間の言葉を理解して自分も話すことができて、高い知性を持っていると言われても何をバカな事を、と取り合っていなかった。………その事については仕方ないのかもしれないが。

 

だが、だとしても、己の目が曇っていたのだとしても……

 

「いや、お前ら本当に兎人族かよ!?」

 

レギンは堪らず絶叫を上げた。

なぜなら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、何故か他の種族の特性も発揮させて、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ。

 

「兎人族が何で空飛べるんだよ!?」

 

「ほらほらほら! 気合入れろや! 砕いちまうぞぉ!」

 

「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」

 

「汚物は消毒だぁ! ヒャハハハハッハ!」

 

ハウリア族の哄笑が響き渡り、致命の打撃が無数に振るわれ、捕らわれた者の全身骨が砕かれ、隠れた岩や木は空中から襲い掛かるハウリア族によって切り裂かれ、砕かれて無防備な姿を晒される。

そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった。必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。

 

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

 

「こんなの絶対兎人族じゃないだろっ!」

 

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲され、亜人族の中でも格下のはずの兎人族が翼人の様に空を飛び空中から襲い掛かり、熊人族以上の力で大地を砕き、気が付いたら全身の骨を砕かれる者も現れる。

認識を狂わせる巧みな気配の断ち方だけでは無い、周囲の霧は亜人族でさえ感覚を狂わせる異常な霧。

 

「激技、蜃霧牢」

 

その、激獣ボンゴレ拳の少女が自らの技で作り出した特異な霧は亜人族の者でさえ感覚を奪うものだ。

 

「激技、飛蝗終焉脚(ホッパー・ジ・エンド)

 

霧の中から打ち出された砲弾の様な蹴りに吹き飛ばされる者、

 

「激技、スクイッドサブミッション」

 

兎人族の女に捕まり全身の骨を砕かれる者。

 

攻撃の隙を突こうにもそれは高度な連携で阻まれ、何より嬉々として拳を、技を振るう狂的な表情と哄笑、その全てが激しい動揺を生み、熊人族に窮地を与えていた。

 

実際、単純に一対一で戦っていたのなら兎人族では熊人族に敵う事はまず無いだろう。

だが、地獄と言うのも生温いハジメと京矢による特訓のおかげで先天的な差を埋める事に成功していた。

 

元々、兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだ。

しかし、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。何せ、それだけで生き延びてきたのだから。

 

そして、敵の存在をいち早く察知し、敵に気付かれない隠密能力は、敵に気付かれる事なく逸早く奇襲出来ると言う実に暗殺者向きの能力をもった種族であると言えるのだ。

ただ、彼ら生来の性分が、これらの利点を全て潰していた。

 

先ず、ハジメが施した訓練は彼等の闘争本能を呼び起こすものと言っていい。

ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るうことや相手を傷つけることに忌避感を感じる暇も与えない。ハート○ン先任軍曹様のセリフを思い出しながら、五日間ぶっ通しで過酷な訓練を施した結果、彼等の心は完全に戦闘者のそれになった。若干、やりすぎた感は否めないが……

 

そして、京矢の施した特訓はそんな彼らに一対一で敵を倒す技能を与える事に集中していた。

戦う以上奇襲の出来ない引くことのできない状況もある。そんな状況で生き延びるための力として与えたのが、激獣拳ビーストアーツだ。

 

一度はT2ガイアメモリを渡して仕舞えば良いかとも思ったが、精神汚染の危険性と虐げられてた者が急に大きな力を得た事による反動を考慮して地道な積み重ねが必要な拳法を選んだ。

同時に武術は精神面での修練の側面も持つ為、ハジメのやり過ぎの矯正も出来るかと思ったのだが……そっちはあまり成果は無かったようだ。

 

それは兎も角、さらに非力な彼らの攻撃力を引き上げるハジメ製の武器の数々と京矢の獣拳の教本により覚醒した紫激気もハウリア族の戦闘力が飛躍的に向上した理由の一つだ。

 

だが、激気による強化があってもハウリア族の中でも未だ小さい子達に近接戦は厳しい。

そんな彼らには奈落の底の蜘蛛型の魔物から採取した伸縮性・強度共に抜群の糸を利用したスリングショットやクロスボウが送られた。子供でも先天的に備わっている索敵能力を使った霧の向こう側からの狙撃は、思わずハジメでさえも瞠目したほどだ。

だが、そんな中でも一部くらいは例外が存在する。

 

パル……激獣ファルコン拳のバルトフェルド君だ。飛翔拳と呼ばれる空の獣拳を身につけただけでなく、

 

「激気、研鑽っ」

 

激気研鑽まで会得してしまっている。既にライナスサラス拳じゃ無いのが残念と思うべきか、ホーク拳のカタがこの場にいないのが幸いと思うべきか疑問だが、何処にも天才はいる者である。

そんなパル君、上空から猛禽の如く襲いかかり手に持つ二本のハジメ製作のナイフで熊人族の隠れる岩や巨木を細切れにして、その心に恐怖を刻み込んで行く。

 

そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。

 

「レギン殿! このままではっ!」

 

「一度撤退を!」

 

殿(しんがり)は私が務めっクペッ!?」

 

「オラァ!」

 

「トントォ!?」

 

一時撤退を進言してくる部下に、ジンをボロボロにされたばかりか部下まで殺られて腸が煮えくり返っていることから逡巡するレギン。

その判断の遅さをハウリアの拳士は逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下をハウリア族の拳が吹き飛ばした。

 

それに動揺して陣形が乱れるレギン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。

 

霧の中から子供達の撃つ矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ってくる。

それに気を取られると、首を刈り取る鋭い蹴撃が振るわれ、その蹴撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで正拳突きが走る。

 

だが、それも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃となる大技を放たれる。辛うじてそれを避けた者も体制が崩れた所に捕らえられた全身の骨を砕かれる。

ハウリア達はそのように連携と気配の強弱を利用してレギン達を翻弄した。

レギン達は戦慄する。これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか!?と。

 

しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。

連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。

一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。

 

最後に背後の大木の破片が降ってきた時に彼らの心は完全に折れた。

 

「どうした〝ピッー〟野郎共! この程度か! この根性なしが!」

 

「最強種が聞いて呆れるぞ! この〝ピッー〟共が! それでも〝ピッー〟付いてるのか!」

 

「さっさと武器を構えろ! 貴様ら足腰の弱った〝ピッー〟か!」

 

兎人族と思えない、というか他の種族でも言わないような罵声が浴びせられる。

ホントにこいつらに何があったんだ!?と戦慄の表情を浮かべながら中には既に心が折られたのか頭を抱えてプルプルと震えている熊人族達。

大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は……物凄くシュールだ。

 

「クックックッ、何か言い残すことはあるかね? 最強種殿?」

 

カムが実にあくどい表情で皮肉げな言葉を投げかける。

闘争本能に目覚めた今、今までの見下されがちな境遇に思うところが出てきたらしい。前のカムからは考えられないセリフだ。

軽く跳ねながら近くのはトドメを刺すべくいつでもホッパー拳の激技を放つ為の準備だろう。

 

「あ、あぁ……」

 

レギンは、カムの物言いに恐怖で顔を歪める。

何とか混乱から立ち直ったようで折れた心に本来の理性が戻ってきていた。

ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたというのもあるだろうが、折れた心ながらも、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。

同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚があるのだろう。

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

 

「なっ、レギン殿!?」

 

「レギン殿! それはっ……」

 

レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。

レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。

部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。

だからこそ言葉を詰まらせ立ち尽くすことしかできなかった。

 

頭を下げ続けるレギンに対するカム達ハウリア族の返答は……

 

「だが断る」

 

という言葉と放たれた蹴りだった。

 

「うぉ!?」

 

咄嗟に身をひねり躱すレギン。

しかし、カムの蹴りを皮切りに、レギン達の間合いの外から一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。敢えて下がって投擲で攻撃して来る者達もいる。

大斧を盾にして必死に耐え凌ぐレギン達に、ハウリア達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加える。

 

「なぜだ!?」

 

呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。

 

「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

 

カムからの答えは実にシンプルなものだった。

 

「ぐっ、だが!」

 

「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」

 

「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」

 

カムの言葉通り、ハウリア達は実に楽しそうだった。スリングショットやクロスボウ、弓を安全圏から嬲るように放っている。

その姿は、力に溺れた者典型の狂気じみた高揚に包まれたものだった。どうやら、初めての人族、それも同胞たる亜人族を殺したことに心のタガが外れてしまったようである。要は、完全に暴走状態だ。

 

攻撃は苛烈さを増し、レギン達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが……既に限界。

致命傷こそ避けているものの、みな満身創痍。次の掃射には耐えられないだろう。

 

カムが口元を歪めながらスっと腕を掲げる。

ハウリア達はその意図を理解したのか狂的な眼で矢を、石をつがえるのを止めた。助かったとは思わない、武器を使わずに直接トドメを刺すつもりなのだ。

レギンは、ここが死に場所かと無念を感じながら体の力を抜く。そして、心の中で、扇動してしまった部下達に謝罪をする。

 

カムの体が、レギン達の命を奪うべく引き絞られた弓から放たれた矢の如く打ち出された。

スローモーションで迫ってくるそれを、レギンは、せめて目を逸らしてなるものかと見つめ続け、そして……

 

二人の間に飛び込んだ影にカムが弾かれた事に防がれるのだった。



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037

「どう言うおつもりですかな…………マスター、いや、京矢殿?」

 

弾かれたまま後方に飛ぶと空中で回転しながら態勢を立て直したカムは己を弾いた影……ガイソーグの姿の京矢を一瞥しカムはそう問う。

 

「まあ、こいつらが死んだところで別に構わないが」

 

「「「いいのかよっ!?」」」

 

京矢のあんまりと言えばあんまりな言葉にツッコミを入れる熊人族の一同。

そんな彼らを無視して京矢は話を続けていく。

 

「少なくとも、曲がりなりにも激獣拳を名乗る者が、そんな様を見せつけられたら、止めない訳には行かないんでな」

 

ゆっくりとガイソーケンをカム達に突き付け、

 

「敵に容赦しないのは良いし、強くなったことを実感してそれを喜ぶのは良い。だけどな、甚振ることを楽しむのは話は別だ」

 

「い、いや、私達は楽しんでなど……」

 

「今のお前達の顔、オレと南雲が始末した帝国兵と同じだぞ」

 

「ッ!?」

 

淡々と告げられる京矢の言葉。それはカムにとって衝撃だった。宿った狂気が吹き飛ぶほど。冷水を浴びせられた気分だ。

自分達家族の大半を嘲笑と愉悦交じりに奪った輩と同じ表情……実際に目の当たりにして来たからこそその醜さが分かる。家族を奪った彼等と同じ……それはカム達にとって耐え難い事実だ。

 

京矢も臨獣拳の事を持ち出すよりも、直接的にそういった方が良いと判断したのだが、それは正しかった。

 

「……マ、マスター京矢…………私は……私達は」

 

「テメェの過ちに気付けたのならそれで良い。甚振るのを楽しむ、嬲るのを喜ぶ者に激獣拳を名乗る資格は無い」

 

動揺するハウリア達を一瞥しゆっくりとガイソーケンを下ろす。

 

(始めての対人戦だから仕方ないか。まあ、バーサーカーに状態から完全に抜け出していなかったのはオレと南雲の落ち度だからな。念の為に教本は置いていこう)

 

内心でそんな事を考えて、獣拳の教本を残していこうと考える京矢。完全に教本の中に書かれた七拳聖に後のことを丸投げ、である。

 

と、そんな事を考えていると突然銃声が響いた。

 

「ん?」

 

京矢の背後で「ぐわっ!?」という呻き越えと崩れ落ちる音がする。

そう言えば、すっかり存在を忘れていたと京矢とカム達が背後を確認すると、額を抑えてのたうち回るレギンの姿があった。

 

「なにドサクサに紛れて逃げ出そうとしてんだ? 話が終わるまで正座でもしとけ」

 

すると、霧の奥からハジメがユエとシア、エンタープライズとベルファストを伴って現れる。

どうやら、シア達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとしたレギン達に銃撃したようである。但し、何故か非致死性のゴム弾だったが。

 

ハジメの言葉を受けても尚、逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認している熊人族に、ハジメは〝威圧〟を仕掛けて黙らせた。

ガクブルしている彼等を尻目に、カム達の方へ歩み寄るハジメとユエとシア。

 

ハジメはカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。

 

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

「ああ、そいつはオレも忘れてた事だ。お前だけの責任じゃねえ。本当に悪かった」

 

ハジメと京矢の謝罪にポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。

まさか京矢はともかくハジメが素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があった。

 

「マ、マスターハジメ!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

 

「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」

 

「ボス! しっかりして下さい!」

 

故に彼らもこういう反応になる。青筋を浮かべ、口元をヒクヒクさせるハジメ。

何よりハジメにとって腹立つのは後ろでガイソーグの鎧姿で腹を抱えてカム達のリアクションを見て爆笑している京矢だ。

 

だが、今回のことは、ハジメ自身、本心から自分のミスだと思っていた。

自分が殺人に特になんの感慨も抱かなかったことから、その精神的衝撃というものに意識が及ばなかったのだ。

いくらハジメが強くなったとはいえ、教導の経験などあるはずもなく、その結果、危うくハウリア族達の精神を壊してしまうところだった。

流石に、まずかったと思い、だからこそ謝罪の言葉を口にしたというのに……帰ってきた反応は正気を疑われるというものだった。ハジメとしては、キレるべきか、日頃の態度を振り返るべきか若干迷うところである。

 

爆笑している京矢に対してはキレても良いだろうが、何気に京矢は最初から精神面の修行も考えて居たので怒るに怒れない。

 

ハジメは、取り敢えずこの件は脇に置いておいて、レギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口をゴリッと押し当てた。

 

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」

 

「オレとしては、生き恥晒してでも生き延びる方を選んだ方がお得だと思うぜ。警告がわりに最低一人は生き恥晒すんだからな」

 

敢えて皆殺しにせずに一人か二人は生き残らせて恐怖を伝える。結果的にその方が襲撃も減るであろうと計算しているので一人は生き残らせるだろう。

 

レギンは意外そうな表情でハジメと京矢を見返した。

ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男達だと確信していた。特に自分達では一撃で命を落として居たであろう蹴りを弾いた京矢の強さは間接的にだがよく分かった。

その男達が敵対者に情けをかけるとは思えなかったのだ。

 

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

 

「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」

 

「条件?」

 

あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。

後ろで「頭を殴れば未だ間に合うのでは……」とシアが割かしマジな表情で自分の大槌とハジメの頭部を交互に見やり、カム達が賛同している声が聞こえる。慰める様に肩を叩く京矢が特にムカつくが、それはそれ。

 

京矢には兎も角、そろそろ、ハウリアの連中にはマジでキツイ仕置が必要かもしれないと更に青筋を増やすハジメ。

しかし、頑張ってスルーする。

 

「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」

 

「……伝言か?」

 

条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。

しかし、言伝の内容に凍りついた。

 

「〝貸一つ〟」

 

「……ッ!? それはっ!」

 

「で? どうする? 引き受けるか?」

 

言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。

ハジメはどこ吹く風でレギンの選択を待っている。

〝貸一つ〟それは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。

 

長老会議が生きてはいるものの長老の一人を失い、会議の決定を実質的に覆すという苦渋の選択をしてまで不干渉を結んだというのに、伝言すれば長老衆は無条件でハジメの要請に応えなければならなくなる。

 

客観的に見れば、ジンの場合も、レギンの場合も一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。

無視してしまえば唯の無法者だ。それに、今度こそハジメが牙を向くかもしれない。

 

つまり、レギン達が生き残るということは、自国に不利な要素を持ち帰るということでもあるのだ。

長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる、しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還……ハジメの言う通りまさに生き恥だ。

 

表情を歪めるレギンに京矢が追い討ちをかける。

 

「こいつはサービスだぜ」

 

そう言って一振りの日本刀を引き抜き、それを振るって見せると命を落として居た者達が息を吹き返しているではないか。

それにはハウリア達も騒めいている。確実に仕留めて居たはずの者達が生き返ったのだから、その反応も無理はないだろう。

 

京矢の使った剣は天生牙。以前にもアリシア・テスタロッサを蘇生した際にも使った死を殺す事の出来る妖刀だ。

 

「これは形なき者さえも切り、死すらも殺す刀。残念ながら二つの意味で次は無いぜ」

 

死者を蘇生するという奇跡を見せられ、この状況で部下全員の命を救われたのだ。レギンにとって彼らの言葉を拒絶する理由は無かった。

 

「わ、わかりました。我らは帰還を望む!」

 

「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」

 

ハジメの全身から、強烈な殺意が溢れ出す。

もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。

 

「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」

 

「おう、キッチリと利子つけて返してもらうからな」

 

どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。

後ろから、「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。

もっとも、キツイお仕置きは確定だが。

 

ハウリア族により心を折られ、レギンの決死の命乞いも聞いていた部下の熊人族も、京矢によって蘇生された熊人族も反抗する気力もないようで悄然と項垂れて帰路についた。

若者が中心だったことも素直に敗北を受け入れた原因だろう。レギンも、もうフェアベルゲンで幅を利かせることはできないだろう。

一生日陰者扱いの可能性が高い。だが、理不尽に命を狙ったのだから、誰一人犠牲を出さずに済ませられたのだから、むしろ軽い罰である。

 

ハウリアをあそこまで鍛え上げた挙句、その片割れは死者蘇生さえも行う化け物。最早、神の領域にあると言って差し支えないだろう。そんな相手を敵に回す愚を犯す者はそうは出ないだろう。

寧ろ熊人族の中から出ようとしたのなら、必死に説得するレベルだ。

 

霧の向こうへ熊人族達が消えていった。

それを見届け、ハジメはくるりとシアやカム達の方を向く。もっとも、俯いていて表情は見えない。

なんだか異様な雰囲気だ。カム達は、狂気に堕ちてしまった未熟を恥じてハジメに色々話しかけるのに夢中で、その雰囲気に気がついていない。シアだけが、「あれ? ヤバクないですか?」と冷や汗を流している。

自然な態度で既にハジメから距離を取っている京矢の姿に本気でヤバイと感じてしまった。それを見てこっそりとシアも京矢達の所に避難して行く。

 

ハジメがユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。だが、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。

ようやく、何だかハジメの様子がおかしいと感じたカムが恐る恐る声をかける

 

「マ、マスター?」

 

「うん、ホントにな? 今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、鳳凰寺みたいに歯止めは考えておくべきだった」

 

「い、いえ、そのような……我々が未熟で……」

 

「いやいや、いいんだよ? 俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに……随分な反応だな? いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと……しかし、しかしだ……このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ……わかるだろ?」

 

「い、いえ。我らにはちょっと……」

 

カムも「あっ、これヤバイ。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退る。

ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。

激獣拳を学んで強くなったとは言え訓練のトラウマは払拭されては居ないのだ。

 

ハジメは、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。

 

「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」

 

わぁああああーー!!

 

ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追うハジメ。しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。

 

後に残ったのは、避難に成功した京矢とシアと、

 

「……何時になったら大樹に行くの?」

 

「これはかなり掛かるな」

 

「では、終わるまでお茶でも如何でしょうか」

 

すっかり蚊帳の外だったユエとエンタープライズ、ベルファストの呟きだけだった。

 



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038

深い霧の中、京矢達一行は大樹に向かって進んでいた。

先頭をカムに任せて、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。

骨身に刻まれた油断大敵の信念で、全員がその表情に真剣なものを貼り付けていた。

もっとも、全員がコブか青あざを作っているので何とも締りがないが……

 

「なあ、あれは何だったんだ?」

 

「激獣拳ビーストアーツ、だ」

 

魔力を使えないはずの亜人が何故か魔法じみた超能力みたいな力を使ったり、超人じみた身体能力を発揮した光景を思い出してハジメは京矢に問い掛けると、あっさりと答えが固有名詞で返ってきた。

 

「いや、固有名詞じゃ分かんねえよ」

 

「んー、簡単に言えば特撮ヒーローの超人拳法」

 

「なるほど、そりゃ強かった訳だな」

 

それで納得する地球出身組。ガチの特撮ヒーローに変身したり、特撮ヒーローの劇場版ラスボスヴィランに変身したり、二号ヒーローの変身アイテムを二つもくれたりと、異世界よりも驚きな現実に導いてくれた友人ならば、それも有りかなと納得してしまうハジメであった。

 

次はバルカンってヒーローに変身して戦ってみるかな~なんて考えている辺り、現実逃避なのだろう。

 

そんな風に和気あいあいと雑談しながら進むこと約十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

 

大樹を見た第一声は、

 

「……なんだこりゃ」

 

「枯れてんな……」

 

という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。ユエも、エンタープライズもベルファストも予想が外れたのか微妙な表情だ。

彼らは大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。

 

しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 

大きさに関しては想像通り途轍もない。

直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。

だが、明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

ハジメとユエの疑問顔にカムが解説を入れる。

それを聞きながらハジメと京矢は大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石板が建てられていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

 

「……ん、同じ文様」

 

「って、事はココで間違いは無いはずだよな」

 

石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。

オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「ここが大迷宮の入口で間違い無いみたいだけど、こっからどうすりゃ良いんだよ?」

 

京矢は大樹に近寄ってその幹をペシペシと叩いてみるが、当然変化がある訳はない。

ハジメはカム達に何か知らないかと聞くが返答はNOだった。

アルフレリックからも口伝は聞いているが、入口に関係する理由はなかった。隠していた可能性もないわけではないから、これは早速貸しを取り立てるべきか? と悩み始めるハジメ。

 

「オレ達、他の迷宮の踏破者にしか分からない様にしてるんじゃ無いか?」

 

京矢の言葉にハジメは成る程と思う。考えてみれば此処には多くの亜人が住んでいるのだから、小さな子供が誤って命の危険がある大迷宮に迷い込む危険を無くす為にも簡単には入らない様にするのは道理だ。

その可能性を考えて此処を作った解放者が他の迷宮の踏破者しか入らない様にしている可能性は高い。

 

……自信過剰な長老が大迷宮に挑んで長老陣全滅からの口伝消滅もシャレにならないのでそうしていた可能性も高い。

 

亜人の種族の長老達に伝わる口伝によって導かれた踏破者のみが大迷宮に入れる様にされている。京矢はそう推測していた。

 

京矢の推測にはハジメも納得するしか無い。

 

改めて周囲を調べようとした時、石板を観察していたユエが声を上げる。

 

「ハジメ……これ見て」

 

「ん? 何かあったか?」

 

京矢とハジメが大樹を調ようとしていた時ユエが注目していたのは石板の裏側だった。

そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「これは……」

 

「一つはオルクスの紋章。他のはきっと他の解放者の紋章だろうな。南雲、指輪を嵌めてみてくれ」

 

「ああ」

 

京矢の言葉に答えたハジメが手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 

すると……石板が淡く輝きだした。

 

何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「……どういう意味だ?」

 

「自分の迷宮に挑戦出来る条件を提示してるんだろうけど?」

 

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

 

「最低でも四つは迷宮を踏破して来いって事か? 森から出ない亜人族には不可能な条件だな」

 

「確かにそれなら指揮官の危惧していた不安は起こらなくて済むな」

 

一つ目の鍵は最低でも四つの迷宮を踏破するだけの実力とその証明。

 

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 

頭を捻るハジメにシアが答える。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

 

「……なるほど。それっぽいな」

 

「亜人が簡単に来られるなら、それっぽいよな」

 

「はい、京矢様達の様にこの世界の神に反逆しようとする方達で無ければ信頼は得られそうにないですから、間違いはないかと」

 

つまり、大迷宮に挑む為の鍵の一つは亜人からの信頼。霧に惑わされる事なく大樹へと導いてくれる案内人だ。

 

そうなると残る鍵は一つ『再生』。

 

「……あとは再生……私?」

 

ユエが自分の固有魔法〝自動再生〟を連想し自分を指差す。

試しにと、薄く指を切って〝自動再生〟を発動しながら石板や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

 

「むぅ……違うみたい」

 

「……ん~、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

 

「なるほど、そうなると優先的に入手する神代魔法の一つは『再生』魔法で決まりだな」

 

要するに目の前の枯れた木を神代魔法で再生して初めて迷宮に入ることが出来るという事だろう。

 

この大樹にあるのが帰還に関係する魔法で有るのなら、再生の神代魔法は優先的に入手する必要がある。

……これから向かう大迷宮で他の迷宮の神代魔法の手掛かりを得られれば良いのだが。

 

「はぁ~、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」

 

「ん……」

 

「まっ、そう言うなよ。運が良ければ、他の迷宮の何処かで帰還に繋がる神代魔法が手に入るかも知れないんだぜ」

 

「確かに……その可能性もあるか」

 

ここまで来て後回しにしなければならないことに歯噛みするハジメ。ユエも残念そうだ。そんな二人に対して既に切り替えて次の目的に意識を向けている京矢。

大迷宮への入り方が見当もつかない以上、ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。ハジメとユエも気持ちを切り替えて先に三つの証と再生の神代魔法を手に入れることにする。

 

「此処にあるのが目的の神代魔法でした、なんてオチはゴメンだからな。三つの迷宮の中に再生が無かったら面倒が増える」

 

「そうだな。それが第二の目標か」

 

「……ん」

 

次の目標を決めるとハジメはハウリア族に集合をかけた。

 

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

「お前達のための隠れ里も用意した。守っていくのはお前達次第だ」

 

そして、ハジメはチラリとシアを見る。

その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。

いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 

シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

 

「とうさ「マスターハジメ! お話があります!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは…」

 

シアの呼びかけをさらりと無視してカムが一歩前に出た。ビシッと直立不動の姿勢だ。

横で「父様? ちょっと、父様?」とシアが声をかけるが、まるでイギリス近衛兵のように真っ直ぐ前を向いたまま見向きもしない。

 

「あ~、何だ?」

 

取り敢えず父様? 父様? と呼びかけているシアは無視する方向で、ハジメはカムに聞き返した。

カムは、シアの姿など見えていないと言う様に無視しながら、意を決してハウリア族の総意を伝える。

 

「ボス、我々もボスのお供に付いていかせて下さい!」

 

「えっ! 父様達もハジメさんに付いて行くんですか!?」

 

カムの言葉に驚愕を表にするシア。十日前の話し合いでは、自分を送り出す雰囲気だったのにどうしたのです!? と声を上げる。

 

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし! ボスの部下であります! 是非、お供に! これは一族の総意であります!」

 

「ちょっと、父様! 私、そんなの聞いてませんよ! ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」

 

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」

 

「ぶっちゃけちゃった! ぶっちゃけちゃいましたよ! ホント、この十日間の間に何があったんですかっ!」

 

カムが一族の総意を声高に叫び、シアがツッコミつつ話しかけるが無視される。

何だ、この状況? と思いつつ、ハジメはきっちり返答した。

 

「却下」

 

「ダメだ」

 

「なぜです!?」

 

ハジメの実にあっさりした返答に身を乗り出して理由を問い詰めるカム。他のハウリア族もジリジリとハジメに迫る。

 

「足でまといだからに決まってんだろ、バカヤロー」

 

「修行不足だ、お前らじゃついて来れない」

 

「しかしっ!」

 

「調子に乗るな。俺の旅についてこようなんて百八十日くらい早いわ!」

 

「具体的!?」

 

なお、食い下がろうとするカム達。しまいには、許可を得られなくても勝手に付いて行きます!とまで言い始めた。

どうやら、ハートマン軍曹モドキとビーストアーツの訓練のせいで妙な信頼とか畏敬とかそんな感じのものが寄せられているようである。

このまま、本当に町とかにまで付いてこられたら、それだけで騒動になりそうなので、京矢はハジメに下がっていてくれと言って条件を出す。

 

「なら、お前達は此処で鍛錬を続けろ。次に樹海に来た時に相応の力を身につけていれば、オレから南雲に進言してやる」

 

さり気無くハジメを格上扱いしている京矢であった。

 

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

 

「ない」

 

「嘘だったら、人間族の町の中心でマスター達の名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」

 

「お前等、タチ悪いな……」

 

「そりゃ、マスター達の弟子を自負してますから」

 

とても逞しくなった弟子達? に頬を引きつらせるハジメ。ユエがぽんぽんと慰めるようにハジメの腕を叩く。

まあ良いかと京矢はビーストアーツの教本を代表としてカムに渡す。

 

「其処に書かれているのはグランドマスターと獣拳の創始者の教えだ。それを持って鍛錬に励めよ」

 

『ハッ! マスター京矢!』

 

京矢から恭しく教本を受け取るカム達を眺めながらハジメは溜息を吐きながら、次に樹海に戻った時が面倒そうだと天を仰ぐのだった。

 

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日なのに……」

 

傍でシアが地面にのの字を書いていじけているが、やはり誰も気にしなかった。



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039

さて、大樹で今後の旅の目的である、再生を含む三つの神代魔法の入手と定めた後、カム達を京矢のガチャ産アイテムとハジメの錬成魔法の合同で作り上げた地下要塞都市に案内するとハウリア族は驚きの声を上げていた。

 

王都の四倍の巨大な地下都市は半分はハジメ達の隠れ家としての機能を使っているが、それでも王都の倍の面積を残している。

簡易的な家屋を建てているので生活の心配は無いだろう。

その地下都市の入り口を守る為に設置された要塞の上面は樹海特有の霧だけでなく有事の際は激獣ボンゴレ拳の激技の霧によって敵の感覚を奪いさり、侵入しようとするものの大半を仕留める事だろう。

 

そんな地下都市ではハウリア族の手によって獣拳の修練場が現在進行形で建設されている。

 

そんな訳で京矢達はハウリア要塞の地下で次の目的地と旅の準備を整えていた。

 

ユエとシア、ベルファストの三人がエンタープライズを引きずって女同士で旅の準備をしている時、京矢とハジメは顔を付き合わせていた。

 

京矢用のバイクを三人で乗れる様にサイドカータイプに改造していた時(同じく三人乗りのハジメ達だが、ユエは小柄なので問題はない)の事だ。

 

「そう言えば、いつの間にかガチャが引ける様になってたな」

 

「マジかよ!?」

 

何となくそう呟く京矢に強く反応するのはハジメだった。何気に1日一回とは言え地球の食べ物を召喚できるテーブルクロスは重宝しているのだ。

 

他にも出てくるアイテムにも非常に興味がある。

 

「ああ。街中じゃ使えそうもないから、今のうちにやっとくか?」

 

「そうだな」

 

またヴィランのカプセルなんて引き当ててウッカリ開けてしまったら事だし、味方を呼び出せるにしても街中で急に仲間が増えても怪しまれる。

その可能性を考えて二人は顔を付き合わせてガチャのアプリを開く。

 

そのアプリを起動させると光と共に現れる10個のカプセル。その中の一つを手に取る。

 

 

『パンチングコングプログライズキー』

 

 

「バルカンの強化アイテムか。南雲、使うか?」

 

「おっ、サンキュー」

 

最初のカプセルの中身はバルカンの強化アイテムだ。どうせ自分は使えないし、バルカンを使うハジメが使った方がいいと判断して、それをハジメへと渡す。

 

「でも、気を付けろよ。それを使ってフォームチェンジすると、スピードタイプからパワータイプに変わるから」

 

「確かにバルカンってのはスピードタイプだったから、パワータイプにか、悪くないな」

 

そう言いながらも京矢から貰ったプログライズキーを受け取るハジメの顔は心底嬉しそうだった。

 

最初のカプセルの中身を確認し終えた二人は次のカプセルに視線を向ける。

 

 

『鎧の魔槍(DQダイの大冒険)』

 

 

「槍か……」

 

「……槍だな……」

 

二つ目のカプセルの中から出て来た武器は槍。既に似た能力の鎧の魔剣が有るので必要はない。

 

「あの魔剣と言い、この世界のアーティファクトよりスゲェ武器だよな。魔法が効かないんだろ、これも?」

 

「ああ、そう言う金属らしいから、後から付与したのが鎧への変形機能だな」

 

「どっちにしても、凄いのには変わりないな。勇者の聖剣がもうオレには棍棒にしか見えねえよ」

 

「いや、中盤の街の剣程度にしといてやれよ」

 

「どっちにしても、錬成魔法を使ってもこんな槍は、今のオレじゃ作れないな」

 

何気に勇者(笑)をネタに笑いながら何かに使えるだろうとそれは四次元ポケットの中にしまい込む。内心、後で研究させてもらおうと思うハジメであった。

 

「欲しけりゃやるぞ」

 

「いや、オレも研究させてもらえればそれで良い」

 

槍は使わないからと簡単に渡す京矢だが、別にハジメとしても研究させてもらえれば良いのだ。

渡してもいいヤツが居れば渡すかと思いながら気を取り直して新たなカプセルを二つ手に取る。

 

 

『フレイムソード(ファイナルファンタジー)』

『アイスブランド(ファイナルファンタジー)』

 

 

トータスに於いては強力なアーティファクトだが京矢にとっては単なる安い武器だ。格上の剣は魔剣目録の中に大量にある。

なお、ゲーム中では普通に店売りの武器だ。

 

「いや、これって聖剣に匹敵しねえか?」

 

「中盤の店売りの剣だぜ」

 

「これも、今度調べさせて貰っていいか?」

 

「良いぜ。剣だけど安物だしな」

 

別に魔剣目録の中身があれば必要はないので、ここに捨てていってもいいが一応しまっておく。

勇者(笑)の聖剣、中盤の店で売られている剣と同レベルと認定された瞬間だった。

こうして京矢の魔剣目録の中身と比較すると王国の宝物庫がガラクタ置き場に見えてくるハジメだった。

 

(そうなるとあいつらってガラクタを好き好んで振り回してるのか?)

 

異世界召喚されたクラスメイトが古い鍋や棍棒で武装して居る姿が脳裏に浮かび爆笑しそうになるハジメだった。

さて、次のカプセルを開けるとベルトと果物の着いた錠前が三つ。

 

「おっ、おい、これって、まさか!?」

 

「ああ、間違いねえ!」

 

京矢とハジメの顔に歓喜と緊張が混ざる。何気にハジメも研究の傍京矢のガチャ産DVDで仮面ライダーシリーズは全部視聴済みなのだ。

 

 

『戦極ドライバー』

『オレンジ、イチゴ、パインのロックシードセット』

 

 

「鎧武のベルトとロックシードだぜ!?」

 

「うおおおおおおお! 主役ライダーだぞ、神様になった人だぞ!」

 

二人の男がベルトと錠前の前で歓喜の踊りを踊る様はシュールな物だった。

 

さて、二人が正気に戻るまで十数分が過ぎた時、二人は新たなカプセルを開ける。

中から出て来たのは一振りの剣。

 

 

『聖剣イグザシオン(慎重勇者)』

 

 

「聖剣らしいけど、聞いたことないな」

 

「天之川の奴みたいにビームが出るのか?」

 

「魔剣みたいな回復不能のダメージと、バフの解除と高速移動スキルだな。あと、なんか呪われそうだぜ、この聖剣」

 

「うわー、これ魔剣と間違えてるんじゃねえか?」

 

「サソードヤイバーとサソードゼクターが有れば高速移動なんて簡単にできるからな、手に入れてないけど」

 

哀れ聖剣。二人の中では仮面ライダーの武器の方が上の扱いであった。

 

呪われそうだが、一応それなりに強力な聖剣と言うことで魔剣目録に収め、次のガチャの戦利品へと視線を向ける。

……ここまで意図的に見て居なかったとも言えなくもない。

三人の着物姿の女性達だ。

 

 

『天城(アズールレーン)』

『赤城(アズールレーン)』

『加賀(アズールレーン)』

 

 

 

恐らくはエンタープライズとベルファストの関係者だらう彼女達を眺めながらどうすべきかと思うが意を決して天城から呼び出していく二人だった。

 

まあ、その後瀕死で呼び出された天城の蘇生で大騒ぎになったり、後から呼び出された赤城と加賀が天城に出会って感極まった事。

その後二人が赤城から妙に崇拝されるようになった事。

準備を終えたエンタープライズとベルファストが来た事で一悶着が起きた事を除けば何事も無く準備は終わった。

 

 

 

…………訂正、事しか無かった。

 

 

 

 

そんな一悶着の後、樹海の境界でハウリア族の隠れ里で京矢達の隠れ家の防衛を任せた重桜の艦船組とカム達の見送りを受けた京矢、エンタープライズ、ベルファスト、ハジメ、ユエ、シアは魔力駆動二輪に乗り込んで平原を疾走していた。

その際に赤城が悔しそうな目をエンタープライズ達に向けて天城にたしなめられて居たがそれはそれ。

位置取りは、ハジメ側はユエ、ハジメ、シアの順番で、京矢側は京矢の後ろにエンタープライズが、サイドカー側にベルファストが載っている。

 

肩越しにシアがハジメへと質問する。

 

「ハジメさん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

 

「あ? 言ってなかったか?」

 

「聞いてませんよ!」

 

「……私は知っている」

 

「オレも知ってるぜ」

 

「私も知っている」

 

「私も知っていました」

 

得意気なユエだけでなく隣を走っていた京矢達の言葉に、むっと唸り抗議の声を上げるシア。

 

「わ、私だって仲間なんですから、そういうことは教えて下さいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」

 

「悪かったって。次の目的地はライセン大峡谷だ」

 

「ライセン大峡谷?」

 

ハジメの告げた目的地に疑問の表情を浮かべるシア。

現在、確認されている七大迷宮は、【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。

確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきでは? と思ったのだ。その疑問を察したのかハジメが意図を話す。

 

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからな。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだが、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?」

 

「そうだな。魔人国の方は行けないこともないけど、大火山とライセンを早めに押さえておいた方が良さそうだからな」

 

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

京矢とハジメの返答に思わず、頬が引き攣るシア。

ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に内心動揺する。

 

ハジメは、密着しているせいかシアの動揺が手に取るようにわかり、呆れた表情をした。

 

「お前なぁ、少しは自分の力を自覚しろよ。今のお前なら谷底の魔物もその辺の魔物も変わらねぇよ。ライセンは、放出された魔力を分解する場所だぞ? 身体強化に特化したお前なら何の影響も受けずに十全に動けるんだ。むしろ独壇場だろうが」

 

「……師として情けない」

 

「うぅ~、面目ないですぅ」

 

ユエにも呆れた視線を向けられ目を泳がせるシア。話題を逸らそうとする。

 

「で、では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」

 

「出来れば、鳳凰寺に頼り切りな調味料関係を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな。前に見た地図通りなら、この方角に町があったと思うんだよ」

 

「序でに色々と情報も集めときたいからな」

 

ベルファストのおかげで味も栄養も満足な食事を取れているが、そろそろ調味料を仕入れなければ底を尽きる。

それに今後、町で買い物なり宿泊なりするなら金銭が必要になる。素材だけなら腐る程持っているので換金してお金に替えておきたかった。

それにもう一つ、ライセン大峡谷に入る前に落ち着いた場所で、やっておきたいこともあったのだ。

 

「はぁ~そうですか……よかったです」

 

ハジメの言葉に、何故か安堵の表情を見せるシア。ハジメが訝しそうに「どうした?」と聞き返す。

 

「いやぁ~、ハジメさん達のことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして……ユエさんはハジメさんの血があれば問題ありませんし……どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~、杞憂でよかったです。ハジメさんもまともな料理食べるんですね!」

 

「当然です。その様な食事はさせる訳には行きません」

 

「目を離したらエンタープライズはレーションばっかり食べそうだからな」

 

「あっ、あれは効率が……」

 

「……お前、俺を何だと思ってるんだ……」

 

「ベルファストさん達と違って、プレデターという名の新種の魔物?」

 

「OK、お前、町に着くまで車体に括りつけて引きずってやる」

 

「ちょ、やめぇ、どっから出したんですかっ、その首輪! ホントやめてぇ~そんなの付けないでぇ~、ユエさん見てないで助けてぇ!」

 

「……自業自得」

 

ある意味、非常に仲の良い様子で騒ぎながら草原を進む一同。

 

数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。

ハジメと京矢の頬が綻ぶ、奈落から出て空を見上げた時のような、〝戻ってきた〟という気持ちが湧き出したからだ。

懐のユエもどこかワクワクした様子。きっと、ハジメと同じ気持ちなのだろう。

 

ベルファストとエンタープライズも始めてみるこの世界の町に頬を緩ませる。

 

「あのぉ~、いい雰囲気のところ申し訳ないですが、この首輪、取ってくれませんか? 何故か、自分では外せないのですが……あの、聞いてます? ハジメさん? ユエさん? 京矢さん? エンタープライズさん? ベルファストさん? ちょっと、無視しないで下さいよぉ~、泣きますよ! それは、もう鬱陶しいくらい泣きますよぉ!」

 

ユエの悲鳴をBGMにハジメとユエは微笑みあった。

 

「首輪の何が問題なのでしょうか?」

 

「……ベルファスト、変な誤解されない様にチョーカーを外しといてくれ。こっちの世界には奴隷制度があるんだ」

 

「かしこまりました」

 




アンケートは今回で終了とさせていただきます!

結果はブレイドとギャレンの王道的なBOARDダブルライダーが圧勝でした。
ウルの街の防衛戦では魔物の群れ相手にダブルライダーに活躍してもらいます!

みなさん、投票ありがとうございました!


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040

遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。

街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。

小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

「久しぶりに買い物ができるな」

 

「いや、お前が何を買うってんだよ?」

 

「調味料とか、香辛料とかだな」

 

そろそろ元の世界で用意していた調味料とか香辛料も底をつきそうだと、そんな会話を交わしながら、それなりに充実した買い物が出来そうだと京矢もハジメも頬を緩めていた。

 

「……機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」

 

街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。

シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている、かなりしっかりした作りのもので、シアの失言の罰としてハジメが無理やり取り付けたものだ。

何故か外れないため、シアが外してくれるよう頼んでいるのだがハジメはスルーしている。

京矢の方にも頼んで見たのだが、京矢からも全力でスルーされている。

 

そろそろ、町の方からも彼等を視認できそうなので、魔力駆動二輪を〝宝物庫〟にしまい、徒歩に切り替える京矢達。

流石に、この世界には存在しない漆黒のバイクで乗り付けては大騒ぎになるだろう。

 

道中、シアがまだブチブチと文句を垂れていたが、やはり全員がスルーして遂に町の門までたどり着いた。

案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男が京矢達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。

一行を代表してハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。

その門番の様子をみて、ハジメは「あっ、ヤベ、隠蔽すんの忘れてた」と内心冷や汗を流した。

 

ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能があるのだ。

冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからである。ハジメは、咄嗟に誤魔化すため、嘘八百を並べ立てた。

 

「ちょっと前に、魔物に襲われてな、その時に壊れたみたいなんだよ」

 

「こ、壊れた? いや、しかし……」

 

困惑する門番。無理もないだろう。何せ、ハジメのステータスプレートにはレベル表示がなく、ステータスの数値も技能欄の表示もめちゃくちゃだからだ。

ステータスプレートの紛失は時々聞くが、壊れた(表示がバグるという意味で)という話は聞いたことがない。なので普通なら一笑に付すところだが、現実的にありえない表示がされているのだから、どう判断すべきかわからないのだ。

 

ハジメは、いかにも困った困ったという風に肩を竦めて追い討ちをかける。

 

「壊れてなきゃ、そんな表示おかしいだろ? まるで俺が化物みたいじゃないか。門番さん、俺がそんな指先一つで町を滅ぼせるような化物に見えるか?」

 

横でハジメの言い分に笑いを堪えている京矢に『この野郎』と思いつつ、両手を広げておどける様な仕草をするハジメに、門番は苦笑いをする。

ステータスプレートの表示が正しければ、文字通り魔王や勇者すら軽く凌駕する化物ということになるのだ。例え聞いたことがなくてもプレートが壊れたと考える方がまともである。

 

実はハジメが本当に化物だと知ったら、きっと、この門番は卒倒するに違いない。

いけしゃあしゃあと嘘をつくハジメに、ユエとシアは呆れた表情を向けている。

 

「はは、いや、見えないよ。表示がバグるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……そっちの五人は……」

 

「ああ、実はオレ達二人以外はさっき言った魔物の襲撃で失くしちまってな」

 

京矢達にもステータスプレートの提示を求める門番に苦笑しながらそう言って京矢は自分のプレートを渡す。

当然ながらハジメの失敗を見ていたのでステータスは隠蔽済みだ。

 

「天職は……剣聖!? 何なんだよ、この天職は!?」

 

「おう、珍しい天職だろ? オレは自由気ままに旅をするのが好きなんでな。内緒にしててくれよ、珍しい天職が原因で仕えろとか言ってくる貴族とか鬱陶しいから」

 

「あ、ああ」

 

「こっちの兎人族は……わかるだろ?」

 

京矢の天職だけは隠しようがないので珍しい天職だけど貴族に仕えるのが面倒だから自由気ままに旅をしていると言う説明で誤魔化されたのかは定かではないが、シアの事は簡単に納得してくれた。

 

もう、バグ表記疑惑のステータスとかレアな天職とかで門番の人の頭は混乱寸前だった。

 

そんな中女性陣に視線を向ける。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目で彼女達を交互に見ている。

ユエは言わずもがな、精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女である。

ベルファストとエンタープライズも文句無く美女だ。

つまり、門番の男は彼女達に見惚れて正気を失っているのだ。

 

なるほどと頷いてステータスプレートをハジメと京矢に返す。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? メイドを連れて旅してるって、あんた等って意外に金持ち?」

 

未だチラチラと彼女達を見ながら、羨望と嫉妬の入り交じった表情で門番がハジメ達に尋ねる。

ハジメは肩をすくめるだけ、京矢も意味深な笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。

 

「まぁいい。通っていいぞ」

 

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

 

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

 

「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

 

「助かるぜ、ありがとさん」

 

町に入る一行、最後に一礼して行くベルファストに鼻の下を伸ばしながら門番は彼等を手を振って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。

町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

「よっしゃ、さっさと換金して買い物でもしようぜ、屋台や露天とかも見て見たいしな」

 

「おっ、それも良さそうだな」

 

「京矢様、ハジメ様、不要な間食は看破できませんが」

 

こう言う騒がしさは訳もなく気分を高揚させてくれる。ハジメと京矢だけでなく、ユエもエンタープライズも楽しそうだ。ベルファストだけは目に見えて気分が高揚している様子は無い。

だが、そんな中シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目でハジメを睨んでいた。

 

 怒鳴ることもなく、ただジッと涙目で見てくるので、流石に気になって溜息を吐くハジメ。楽しい気分に水を差しやがって、と内心文句を言いながらシアに視線を合わせる。

 

「どうしたんだ? せっかくの町なのに、そんな上から超重量の岩盤を落とされて必死に支えるゴリラ型の魔物みたいな顔して」

 

「誰がゴリラですかっ! ていうかどんな倒し方しているんですか! ハジメさんなら一撃でしょうに! 何か想像するだけで可哀想じゃないですか!」

 

「……脇とかツンツンしてやったら涙目になってた」

 

「まさかの追い討ち!? 酷すぎる!」

 

「いや、鳳凰寺程じゃ無いぜ。あいつは何処まで耐えられるか試してやるよ? とか言って剣で岩の重さ(重力)を倍増させてたからな」

 

「もっと酷い!? ってそうじゃないですぅ!」

 

怒って、ツッコミを入れてと大忙しのシア。手をばたつかせて体全体で「私、不満ですぅ!」と訴えている。

ちなみに、ゴリラ型の魔物のエピソードは圧縮錬成の実験台にした時の話だ。序でとばかりに京矢も重力を増加させる剣の実験をしていたりしたが、決して虐めて楽しんでいたわけではない。ユエはやたらとツンツンしていたが。

なお、この魔物が〝豪腕〟の固有魔法持ちである。

 

「これです! この首輪! これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか! ハジメさん、わかっていて付けたんですね! うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」

 

「いや、むしろ無い方が危険だろ?」

 

「え?」

 

ショックな様子のシアに京矢が「何言ってんだ、コイツ」と言わんばかりの様子で告げると目を点にする。

 

「奴隷でも無い亜人族の人気種族が街の真ん中を堂々と歩いてたら、人攫いの嵐だろうが」

 

そんな人気は嬉しく無いだろうが兎人族は高額で取引される奴隷だ。だから、帝国が軍隊を率いてキシリュウジンに驚いて逃げるまで長々と出て来るのを待つまでしたのだ。

一人でも捕まえれば待つ間の物資の消費は補え、大半を捕まえられれば利益に繋がる。そう判断されたからだろう。

 

そもそも、助けられたのだって奴隷として捕らえようとしていた帝国からだと言うのを忘れているのだろうかと京矢も疑問に思うほどだ。

 

人攫いに襲われたとしても奴隷という所有物を狙ったのならば人攫いの上に窃盗の現行犯で多少乱暴な手段での対応の理由にもなる。

 

「まして、お前は白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。断言するが、誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられるぞ。後は、絶え間無い人攫いの嵐だろうよ。面倒……ってなにクネクネしてるんだ?」

 

京矢の言葉に続けて言い訳あるなら言ってみろやゴラァ! という感じでハジメを睨んでいたシアだが、話を聞いている内に照れたように頬を赤らめイヤンイヤンし始めた。ユエが冷めた表情でシアを見ている。

更に調子に乗って話を盛るシアの頬に、ユエの黄金の右ストレートが突き刺さり可愛げの欠片もない悲鳴を上げて倒れるシア。

身体強化していなかったので、別の意味で赤くなった頬をさすりながら起き上がる。

 

「まあ、面倒ごとを避けるため、身を守る為の物になるんだから、我慢してくれ、なあ南雲?」

 

「ああ。人間族のテリトリーでは、むしろ奴隷という身分がお前を守っているんだよ。それ無しじゃあ、トラブルホイホイだからな、お前は」

 

「それは……わかりますけど……」

 

京矢とハジメの言い分もわかる。

だがやはり、納得し難いようで不満そうな表情のシア。仲間というものに強い憧れを持っていただけに、そう簡単に割り切れないのだろう。そんなシアに、今度はユエが声をかけた。

 

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

 

「ユエさん?」

 

「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

 

「………………そう、そうですね。そうですよね」

 

「……ん、不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さい事気にしちゃダメ」

 

「……ユエさん……えへへ。ありがとうございますぅ」

 

かつて大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。

裏切りの果てに至った新たな答えは、例え言葉少なでも確かな重みがあった。

だからこそ、その言葉はシアの心にストンと落ちる。自分がハジメとユエの大切な仲間であるということは、ハウリア族のみなも、ハジメやユエも分かっている。いらぬトラブルを招き寄せてまで万人に理解してもらう必要はない。もちろん、それが出来るならそれに越したことはないが……。

 

じゃれあっている三人を邪魔しないように京矢は先言ってるぞ、と言って冒険者ギルドを探そうと先行する。

 

「指揮官、彼らは放っておいて良いのか?」

 

「まっ、下手に首を突っ込んで馬に蹴られたくはねえからな」

 

あの、ただの首輪ではなく、かなりの技術と素材を使って作られた通信用のアーティファクトである事の説明をしている三人を横目で見ながらエンタープライズの言葉にそう答える。

 

「私も同じ物を南雲様にお願いした方が良いでしょうか?」

 

「いや、別の意味でトラブルになりそうだから遠慮してくれ」

 

真剣にシアの首輪と同じ物。愛用の鎖付きチョーカーのデザインで作ってもらおうと考えているベルファストには多少頭を悩ませてしまうが。

シアが人攫いを避ける為に首輪を着けているのに対して、ベルファストから外させたのは売買交渉を避ける為だ。

 

京矢達がメインストリートを歩いて行き、一本の大剣が書かれた看板を発見する。

 

後ろでは美しい曲線を描いて飛来したユエの蹴りが後頭部に決まり、奇怪な悲鳴を上げながら倒れるシアにユエから、冷ややかな声がかけられていた。

近接戦苦手だったんじゃ……と言いたくなるくらい見事なハイキックを披露するユエに、シアは涙目で謝っていた。

 

ハジメ達と合流すると鎧の魔剣を背負った明らかに分かりやすい戦士スタイルの京矢が一行を代表して先頭で重厚そうな扉を開いて中に足を踏み入れた。



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041

冒険者ギルドは荒くれ者の巣窟。

そんな(勝手な)イメージがあった為、薄汚れた場所と考えていたが意外と清潔さが保たれた場所だった。

入り口正面にカウンターがあり、左は飲食店になっているようだ。何人か冒険者らしき者たちが食事や雑談をしたりしているが、誰一人酒は注文していない。

 

其処は施設としては冒険者が利用できる食堂という感じなのだろう。恐らくは駆け出しの冒険者の為の支援の為の意味合いも有るかもしれない。

施設全体が清潔に保たれているのも、場合によっては依頼の過程で大怪我を負った冒険者が運び込まれる可能性がある以上は清潔さは大切だ。

 

(そう考えると有ったとしても酒も、どちらかと言えば治療用なのかもな)

 

ギルド内を観察しながら京矢達がギルドに入ると、中にいる冒険者達が当然のように注目してくる。

 

最初こそ見慣れない一団と言うことで注目を集めていたが、彼らの視線が女性陣に向くと途端に途端に瞳の奥の好奇心が増した。

中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。平手打ちでないところが何とも冒険者らしい。

 

「じゃあ、南雲、そっちは任せたぜ」

 

「ああ。……問題は起こすなよ」

 

「おいおい、オレの方が温和だろ?」

 

内心、フェアルベンではある意味自分より酷いかもしれない、恐怖を伝える為にわざと一人だけ半殺しで残すと言う手段を選んだ奴の何処が温和だと思わないこともないが、そこは異世界熟れしている京矢を信頼しておくハジメだった。

…………セフィーロには冒険者ギルドなど無かったが。

 

そんな訳で素材の売買をハジメ達に任せて京矢はベルファストとエンタープライズを連れて張り出されている依頼を読んでみた。

京矢の四次元ポケットの中に素材を入れるとポケットの中身が汚れる危険も有るし、物理的に手を突っ込む必要があるので、売買用の素材の管理はハジメに一任されている。

 

京矢は下手に売れない素材しかない場合、路銀を稼ぐ為にこうした依頼をこなすしか無いのだから、今のうちに相場を確認しておこうと考えたのだ。

 

変なものを持ち込んで教会の目に止まるのはまだ早い。

キシリュウジンで教会の本山ごと瓦礫の山に変えるのはまだ早いのだ。……既に教会本山を瓦礫の山に変えることは京矢の中での決定事項であったりするが。光輝と龍太郎のこの世界に捨てていくのと同レベルで。

 

そんなことを考えながらギルドの依頼の相場を確認していく。

 

(やっぱり、売れそうな宝石類は残しておくべきか。長々と狩をしていられるほど暇じゃ無いしな)

 

報酬の相場を確認している京矢は自身の背後から近づく気配を感じ取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やってんだよ、お前は」

 

素材の買取を終えたハジメが京矢達と合流すると目の前の光景に頭を抱えたくなった。

 

「おっ、南雲、買取は終わったか?」

 

何故か京矢がモヒカンとスキンヘッドとトゲトゲヘアーな三人組と仲良く談笑していた。

何処かの世紀末な世界のヤラレ役みたいな連中からテンプレ気味に絡まれるかと思いきや、荒事向けには見えない女四人も連れた京矢達を心配して声をかけてくれたらしい、見かけによらず親切な人達の様だ。

 

後に知った事だがこの三人組はこの町の中間冒険者で中々に町の人達から慕われているそうだ。だが、口癖は『ヒャッハー』らしい。

 

「じゃあな、先輩方」

 

「ヒャッハー、おうまたな兄弟」

 

僅か数分で、すっかり冒険者達に打ち解けている友人に本気で頭を抱えたくなるハジメだった。

 

「それと、お前も念の為に冒険者登録しておいた方が良さそうだ」

 

「確かに、別行動する場合に備えて登録はしておいた方が良いか」

 

カウンターにいる受付嬢のオバチャンから聞いた説明をハジメに教えてもらうと念の為に京矢も登録はしておいた方が良いだろう。

一行の代表としてステータスを隠蔽していれば目立たない天職のハジメだけに登録して貰おうと思ったが、今後の事を考えると多少目立つことを考えても京矢も登録しておいた方が良いだろう。

この先別行動をする必要も出てくるかも知れないのだ。

 

そんな訳で京矢も京矢でハジメから冒険者登録の代金を貰って冒険者登録する事にしたのだった。

 

なんか冒険者に続いてオバチャンとも楽しく談笑している京矢の姿を見ながら今度からお前がやってくれ、と思うハジメであった。

 

戻ってきたステータスプレートには、ハジメと同じく新たな情報が表記されていた。

天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 

青色の点は冒険者ランクで、ランクが上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。

冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなので、青色の冒険者とは「お前は一ルタ程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われているのと一緒ということだ。

切ない。きっと、この制度を作った初代ギルドマスターの性格は捻じ曲がっているに違いない。

 

ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。

辛うじてではあるが四桁に入れるので、天職なしで黒に上がった者は拍手喝采を受けるらしい。天職ありで金に上がった者より称賛を受けるというのであるから、いかに冒険者達が色を気にしているかがわかるだろう。

 

(その限界を軽々超えられそうな奴がいるけどな)

 

本人にその気は無いだろうが、やろうと思えば今のハジメなら初の非戦闘系の金になれそうだとも思う。

錬成魔法で作り出した現代兵器と、再現を目指して作られたライダーウェポン(レプリカ)とギャレンとバルカンの力。

ぶっちゃけ、勇者(笑)程度は秒で殺れるだろう。

 

「アンタも男なら頑張って最低でも黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

 

「おう、黒の最短記録を目指すぜ」

 

明らかに戦闘系の希少な天職で一気にランクを上げて悪目立ちする事は避けたいが、そこはこう答えておく。

 

「ところで門番の人に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんだけど、オレにも貰えるか……」

 

既にハジメも貰っているだろうが町を歩く際にはあった方が便利だと思ってそう聴いてみる。

 

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

「おいおい、いいのかよ? こんな立派な地図が無料で。十分金が取れるレベルだぜ……」

 

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 

この人、何でこんな所でギルドの受付をやっているのかと思うレベルの優秀さだった。

専門分野こそ違えどベルファストに匹敵する万能振りである。

 

「そうか。助かる」

 

「いいってことさ。それより、あの子にも言ったけど金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、そんな綺麗所ばかりならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。

京矢は苦笑いしながら「そうさせて貰うよ」と返事をし、入口に待つハジメ達に向かって踵を返した。ベルファストとエンタープライズも一礼してハジメ達と合流する。

食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後まで四人を目で追っていた。

 

「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

 

後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。



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042

京矢達が、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは〝マサカの宿〟という宿屋だ。

紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。

その分少し割高だが、金はあるので問題ない。若干、何が〝まさか〟なのか気になったというのもあるが……。

 

「良いねぇ……。こんな旅だけど良い宿に泊まって名物を食べるってのは楽しいもんだぜ」

 

「楽しむ余裕がある時点で、お前、本当に異世界慣れしてるんだな」

 

「セフィーロの旅は基本正体隠してのサポートの旅だったからな。下手したら、余計に神経使うぜ」

 

伸びをしながらそんな会話を交わして地図に有った宿を見つける。

その宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。

京矢達が入ると、お約束のように女性陣に視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

 

「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

ハジメが見せたオバチャン特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、ハジメは何処か遠い目をしている。

ハジメと京矢は、あのオバチャンの名前がキャサリンだったことが何となくショックだったらしい。

女の子の「あの~お客様?」という呼び掛けにハッと意識を取り戻した。

 

「あ、ああ、済まない。一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」

 

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして四時間は確保したい。

その旨を伝えると「えっ、四時間も!?」と驚かれたが、日本人たるハジメとしては譲れないところだ。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

 

ちょっと好奇心が含まれた目で京矢達を見る女の子。

そういうのが気になるお年頃だ。だが、周囲の食堂にいる客達まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいと思うハジメ。

四人とも美人とは思っていたが、想像以上に彼女達の容姿は目立つようだ。出会い方が出会い方だったので若干京矢達の感覚が麻痺しているのだろう。

 

「ああ、三人部屋二つで頼む。お前もそれで良いよな」

 

「ああ、それで良いぜ」

 

ハジメが京矢に問いかけると京矢は躊躇いなく答える。

周囲がザワッとなった。女の子も少し頬を赤らめている。だが、そんなハジメと京矢の言葉に待ったをかけた人物がいた。

 

「……ダメ。二人部屋三つで」

 

ユエだ。

周囲の客達、特に男連中がハジメに向かって「ざまぁ!」という表情をしている。

ユエの言葉を男女で分けろという意味で解釈したのだろう。だが、そんな表情は、次のユエの言葉で絶望に変わる。

 

「……私とハジメで一部屋。シアは別室」

 

「それでしたら、二人部屋二つと三人部屋一つで宜しいのでは無いでしょうか?」

 

「そうだな、私達は指揮官と同じ部屋でも構わない」

 

「ちょっ、何でですか! エンタープライズさんも、ベルファストさんも酷いですよぉ~! 私だけ仲間はずれとか嫌ですよぉ! 三人部屋でいいじゃないですかっ! せめて二人部屋三つにしてくださいよぉ~!」

 

猛然と抗議するシアに、ユエはさらりと言ってのけた。

 

「……シアがいると気が散る」

 

「気が散るって……何かするつもりなんですか?」

 

「……何って……ナニ?」

 

「ぶっ!? ちょっ、こんなとこで何言ってるんですか! お下品ですよ!」

 

続けてベルファストからも、

 

「私も京矢様とエンタープライズ様に支えねばなりませんので」

 

「支えるってなんですか~!?」

 

「私は京矢様のメイドですので」

 

要するにメイドとして京矢の世話をする為に同じ部屋が良いという事だ。

 

「じゃあエンタープライズさんは~」

 

「エンタープライズは、目を離すとまたちゃんとした食事を取らないだろうからな」

 

「指揮官、それは関係ないと思う」

 

「いや、目を話すとレーションで済ませて要らないって言いそうだからな」

 

「……指揮官は私の事をなんだと思ってるんだ?」

 

「いや、南雲のラボへの缶詰と並んでベルファストを怒らせかけてたと思ったけど」

 

そう言われると言い返せないと思うエンタープライズであった。

 

周囲の男達から「え? 何? こいつ、美人二人から三人部屋認められてんの?」と言う殺気が向けられているが、京矢は一切気に留めていない。

 

 

ゴチンッ! ゴチンッ!

 

 

「ひぅ!?」

 

「はきゅ!?」

 

急に響く鉄拳が叩き込まれる音と二人の少女の悲鳴に其方の方に視線を向けるとユエとシアが頭を抱えて蹲っていた。

ユエもシアも、涙目になって蹲り両手で頭を抱えている。二人にゲンコツを叩き込んだのは、ハジメとベルファストである。

 

 

「ったく、周りに迷惑だろうが、何より俺が恥ずいわ」

 

「全くです。ユエ様、シア様、淑女たるものもう少し慎みを持ってください」

 

「……うぅ、ハジメの愛が痛い……」

 

「ベルファストさん、怖いですぅ……。も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが……」

 

「自業自得だバカヤロー」

 

「「何があった?」」

 

そんな四人の姿に疑問を浮かべる京矢とエンタープライズだった。

 

聞けば二人が聞き逃していたシアのトンデモナイ発言にシアとユエの乱闘が起こりそうになりそれを二人が鎮圧したそうだ。

 

「お二人とも、後でお話があります。良いですね?」

 

「「はっ、はい!」」

 

穏やかだが有無を言わさないベルファストの言葉に服従の意を示すユエとシア。

 

ハジメはそんな二人に冷ややかな視線を向けると、クルリと女の子に向き直る。

女の子はハジメの視線を受けてビシィと姿勢を正した。

 

「騒がせて悪いな。三人部屋二つで頼む。良いよな?」

 

「ああ。構わねえ。……暫くは部屋を出てた方が良さそうだけどな」

 

「それが良いだろう」

 

「話が終わるまで頼む」

 

ベルファストのお話が終わるまで京矢達の部屋に居ようと思うハジメであった。

 

「……こ、この状況で三人部屋二つ……つ、つまり三人で? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」

 

女の子はトリップしていた。この子もベルファストのお話に参加した方が良いのではと思う京矢とハジメだったが、見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていく。

代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。

部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には「男だもんね? わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っている。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。

 

何を言っても誤解が深まりそうなので、急な展開に呆然としている客達を尻目に、笑顔のベルファストに引き連れられるユエとシアに同情するような視線を向けながら、京矢とハジメとエンタープライズはそのまま三階の部屋に向かった。

しばらくすると、止まった時が動き出したかのように階下で喧騒が広がっていたが、何だか異様に疲れたので気にしないようにするハジメと京矢。

助けを求めるような目のユエとシアに内心で謝りながら、

 

「トランプでもするか?」

 

「悪くないな」

 

「息抜きくらいはしておこう」

 

隣から響くお説教の声を聞こえないふりをしながらトランプに興じている三人であった。

流石にここでDVDは見れないし。

 

数時間ほど説教が続いたのか、ベルファストに夕食の時間と呼ばれた三人は、ユエとシアを伴って階下の食堂に向かった。

何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。

 

「さっさと座ろうぜ、南雲」

 

「お、おう」

 

ハジメは一瞬頬が引き攣りそうになるが、京矢は動じずに席に着く。内心、こいつは何でこんなに落ち着いてるんだよ? と思うが冷静を装って席に着く。

すると、初っ端からめちゃくちゃ顔を赤くした宿の女の子が「先程は失礼しました」と謝罪しながら給仕にやって来た。

謝罪してはいるが瞳の奥の好奇心が隠せていない。注文した料理は確かに美味かったのだが、せっかくだからもう少し落ち着いて食べたかったと、ハジメは内心溜息を吐くのだった。

 

「ベルファストの料理も美味いけど他の所で食べる料理も悪くないな」

 

「お褒めに預かり光栄です、京矢様」

 

京矢の言葉に微笑みながら感謝の言葉を返すベルファストの姿に男冒険者達が見とれているがそれはそれ、京矢は軽くスルーしていた。

 

自分と異なり普通に落ち着いて食事していた友人に、本当にどんな神経しているのかとと思うハジメだった。

 

普通に別々に入った京矢達と違って、風呂は風呂で男女で時間を分けたのに結局ユエもシアも乱入してきたり(これを見越して京矢はハジメとは別に入った)、風呂場でまた修羅場になった挙句、ハジメのゲンコツ制裁で仲良く涙目になったり、その様子をこっそり風呂場の陰から宿の女の子が覗いていたり、のぞきがばれて女将さんに尻叩きされていたり……

 

「鳳凰寺、分かってたなら教えろよ」

 

「一応、白崎の応援してる身の上なんでね、居ない時位は二人の邪魔しないことにしてるんだよ」

 

なお、乱入したユエとシアはベルファストによるお説教の第2ラウンドに突入して居た。

 

「まっ、次はシアちゃんはベルファストに監視して貰うから安心してくれ」

 

「本当にそれで頼む」

 

京矢の言葉にハジメは誓った。

シアは不貞腐れるだろうが、次からは問答無用で自分はユエとの二人部屋にしようと。

 

「全く、お前が居なかったらどうなってたんだ、オレ達は?」

 

「雫達の事か? そっちは間違いなく、バカ二人が原因で悪霊擬きの良い様に使われてだろうな」

 

セフィーロの経験で心から助けを求める者の顔は分かって居たというのもある。

 

「大体、似非神官共のツラを見りゃ一目で分かるぜ。オレ達を利用している奴等の顔だってな。クレフさんとは全然違うぜ」

 

本当にあの人には足を向けて眠れないな、と言いながら感謝の言葉を告げる。

 

「次にセフィーロ行く事があったら菓子折りでも召喚するか。便利な物も手に入ったからな」

 

「そう言うモンなのか?」

 

「ああ。序でにオレ達の指導役がメルドさんってのも助かったな。そう考えると、オレ達の事で責任取らされて指導役から外されてないけど良いんだけどな」

 

京矢は初めて悲痛な表情を見せる。

京矢の目的は地球への帰還だが、クラスメイトの大半は連れて帰るつもりだ。

神の使徒として呼ばれたクラスメイト達の指導役が人格者であるメルドだから良かったが、教会の神官みたいな連中が後任としてその役目について居たら、加速度的に死人が増えて行くだろう。最悪の想定は既に前線に立たされている危険さえある。

その際にバカ勇者(光輝)その腰巾着(龍太郎)と小悪党の残りは残すつもりだが。

 

(チッ! 死んだ奴は悪くいう気はねえが、あの小悪党、余計な事をしやがって!)

 

内心で、檜山に対して悪態を吐く。目先の宝を餌に全員を巻き込んで罠に掛かった事も、道連れにしたとは言えベヒーモス戦で突き落とした事だ。

結果的に早めに解放者の事を知れたのは助かったが、檜山が原因で全員が危険に晒されているかもしれないと思うと苛立ちが湧く。

 

なお、自分が居なくてもハジメは檜山に突き落とされて居たとは考えている。

 

「んじゃ、話はこの辺にしてさっさと寝ようぜ」

 

「そうだな」

 

「ああ」

 

ベルファストに説教が終わったらそっちで寝てくれと伝え、自分達はさっさと寝る事にした京矢だった。



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043

翌朝、朝食を食べた後、ハジメは京矢達に金を渡し、旅に必要なものの買い出しを頼んだ。

チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。なので、京矢達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。

 

「ちょっと作っておきたいものがあるんだよ。構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだが……何故か妙に疲れて出来なかったんだよ」

 

「……そ、そうだ。ユエさん、ベルファストさん、エンタープライズさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」

 

「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」

 

「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう」

 

「オレはギルドでこの辺の情報を調べて起きたいから別行動で良いか?」

 

主に魔物についての情報だ。昨日仲良くなった冒険者達から色々と仕入れたが、少なくとも奈落レベルの魔物は此処にはいないが、念の為に魔物の素材の相場も調べておくに越したことはない。

 

「宝石とか換金可能な品を用意しておくのも良いけど、手数料取られるのは面倒だからな」

 

だから変に交渉するよりも楽に済む依頼や素材の換金で資金稼ぎは済ませたい。

 

「確かに、其方の方が安全かも知れませんね」

 

「序でに、報酬は良くても受けない方がいい相手や、報酬は低くても極悪な魔物を相手にする塩漬け依頼とかもな」

 

前者は絶対に受けない為、後者は手早く片付けて報酬の高い依頼を受けやすくする為だ。

 

「資金稼ぎじゃ、短時間で稼げてる上、冒険者の仕事が一番安全性が高いからな」

 

主に教会やら国やらの目が届きにくいという点だ。

各地を転々とする以上そう簡単には居場所は捕まらないだろうし、下手な物を売って目立ちすぎるのも面倒だ。

 

今はまだ国や教会にケンカを売る時期ではない。売ってきたのなら遠慮無く買ってやるが。この世界の強者の基準が勇者(笑)(天之川光輝)なら余裕で国を相手にしても勝つ自信はある。

解放者とは違い、この世界の人間じゃない自分にとって敵対するならば無辜の民も魔物も大差無い相手に変わるだけだ。

 

「最悪ドルイドン幹部を放したり、貧民街やら奴隷階級の連中にガイアメモリ蔓延させれば勝手に国に問題は増えるだろう」

 

そして、ドーパンドやらドルイドンやらマイナソーなどの特撮怪人達が好き勝手暴れまわってるうちに国に傷は増えていくだろう。

 

後は一時的にでも自分達が行方を眩ませばメモリの毒素で精神を蝕まれた者達はその力を身近な敵、貴族や王族に向ける時が来るだろう。

 

魔力を持っていない亜人を虐げる事を当然と思う者達が、神に等しき超人の如き力を持ったら、それを持たない者達が貴族や王族と名乗っている状況に何と思うだろうか?

ましてやメモリの毒に精神を蝕まれたら、王や貴族に尊さなど感じなくなるのも時間の問題だ。

 

最悪の場合の対国手段を考えると京矢は一度其処で危険な方向に傾いていた思考を止める。

トドメとしてキシリュウジンで城を卓袱台返しするのは確定していたが。

 

「……何考えてんだよ、お前?」

 

「あの国を物理的にひっくり返すタイミング」

 

その言葉だけで何を考えているか納得してしまうハジメだった。

巨大ロボを所持している友人なら間違いなくできる。

 

「そん時は手伝ってくれよ、二機でやった方が楽だからな」

 

「任せろ!」

 

その言葉に即答するハジメだった。

巨大ロボに乗れるのならば、別にいい思い出のない城をひっくり返す(物理)位は協力する。

 

その日、とある国のお姫様が言葉にできない悪寒を感じたのだが、その理由を理解できる日はまだ先であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、京矢は一人別行動をとっていた。ギルド内で仲良くなった冒険者達から仕事の傾向を聞いた後、露店で買った食べ物を食べながら街を回っていた。

 

難癖を付けられて報酬をろくに払わない依頼主からの依頼などは論外だ。最悪、ハジメが撃ち殺しかねない。

 

自分達も依頼を受ける必要がある時の為にと思って調べていたのだが、

 

「こ、これは」

 

「ああ、それね。つい最近、教会と帝国から大々的に依頼があってね」

 

「えー?」

 

受け付けのおばちゃんの言葉と、その前の二枚のとある魔物の依頼について絶句してしまっていた。

 

教会から討伐依頼が出ている何処かで見たことのある真っ赤な目に黒いボディの昆虫みたいな人型。

帝国から調査依頼が出ている何処かで見たことのある雄々しい鎧姿の胸にティラノサウルスの戦士。

 

どこからどう見ても仮面ライダーブラックRXとキシリュウジンです。

 

(な、何があった? ってか、生きてたのかよ、複製のRX!?)

 

「ああ、それね。最近になって現れたって言う黒い人型の魔物と、ライセン大峡谷に現れたって言う紫の鎧を着た巨人なんだって」

 

「へ、へぇー、そうなんだ……」

 

キャサリンさんの言葉に視線を逸らしながらそう答える京矢だった。

間違いなく前者はオルクス大迷宮の最後に京矢が戦った複製のRXで、後者は自分の出したキシリュウジンのことだ。

 

「信じられないかもしれないけど、帝国の兵士が大勢目撃したんだって」

 

何でも、キシリュウジンについては皇帝が直々に出した調査依頼で、是非とも巨人騎士を臣下に加えたいそうだ。

 

京矢の呼び出したキシリュウジンを目撃した兵士達から皇帝に伝わり、こうして依頼になった様子だが……。

 

(マジでどうしよう……)

 

そう思うしかない京矢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、買い出しも終わったし、どうするのかな?」

 

掘り出し物の剣でもあるかと露店を覗くのも良いが流石に国宝級の武器が天之川の聖剣程度では見る価値も薄いだろうが、力を失った、或いは使い手に恵まれず力を発動できないでいる剣が売られている可能性もある。

 

魔剣目録に入れる価値がある剣が簡単に手に入るわけはないが、聖剣以外のこの世界の上位の剣も興味があるのだ。

まあ、普段使いの剣はテンコマンドメンツや鎧の魔剣、斬鉄剣と丁度いいのが揃っているが。

 

そう思ってしばらくの間露店を巡ってみたが良いものは見つからなかったので、適当にギルドの敷地を借りて剣から読み取った技の習熟をしていれば良かったかと思いながら道を歩いていると女性陣の姿を見つけた。

 

声をかけようかと思ったが、

 

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

「「「「「「ベルファストさん、俺のメイドになってください!!」」」」」」

「「「「「「エンタープライズさん! 俺と付き合ってください!!」」」」」」

 

 

なんか、大勢の男達に一斉に告白されて居たので声を掛けるのは憚られたが。

 

エンタープライズ達とシアで口説き文句が異なるのはシアが亜人だからだろう。……メイドであるベルファストは兎も角。

 

奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアとハジメ達の仲が非常に近しい事が周知されており、まずシアから落とせばハジメ達も説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。

 

馬に蹴られたくないので手を出さない方が良いかもしれない。……オルフェノクやらファンガイアやら、最近の馬は切りかかってくるのもいるし。

 

なお、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態についてはスルーされているようだ。

でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずだ。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、態々そんな事をする者はいないからだ。

 

彼らの告白をスルーして歩みを再開しようとしたり、バッサリと眼中にないと言う態度で断られたりして四つん這いになって項垂れている男達の姿は憐れみさえ誘う。

 

だが、諦めが悪い奴はどこにでもいる。

まして、エンタープライズ達の美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。彼女達を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。

 

そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。

 

「おっ、ルパンダイブ」

 

日本人である京矢はその男の動きを眺めながらそう呟いた。

何処ぞの大泥棒の孫を思わせる動きなんて初めて見たと思いながらそう呟く。

 

ユエからの冷めた視線と共に放たれた魔法で氷漬けにされて「グペッ!?」と言う叫びを上げて飛びかかった体制のまま墜落する。

 

「大抵失敗するんだよな」

 

そんな事を京矢が思ってる間、周囲の男連中は水系上級魔法に分類される氷の柩を一言で発動したユエに困惑と驚愕の表情を向けていた。

ヒソヒソと「事前に呪文を唱えていた」とか「魔法陣は服の下にでも隠しているに違いない」とか勝手に解釈してくれている。流石に無詠唱で使えたとは思って居ない様だ。

 

トドメとばかりに最初に飛びかかった男を他の連中への見せしめにすべくトドメを刺すユエの姿に、男として同情した京矢は心の中で冥福を祈りながらさっさとその場から離れる事にした。

 

後ろから男の悲鳴が響き渡るが聞こえないふりをした。

配管工がコインを取得した時の様な効果音を響かせて執拗に一部を狙い撃ちにされる男の悲鳴など聞こえない。

 

周囲の男達が、囲んで居た連中も、関係ない野次馬も、近くの露天の店主も関係なく崩れ落ちてるが、見えてないふりをした。

 

京矢が立ち去って行った頃に永遠に続くかと思われた集中砲火は、男の意識の喪失と同時に終わりを告げた。

一撃で意識を失わせず、しかし、確実にダメージを蓄積させる風の魔法。まさに神業である。ユエは人差し指の先をフッと吹き払い、置き土産に言葉を残した。

 

「……漢女(おとめ)になるがいい」

 

この日、一人の男が死に、新たに漢女が、第二のクリスタベル、後のマリアベルちゃんが生まれた。

彼は、クリスタベル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが……それはまた別のお話。

 

ユエに、〝股間スマッシャー〟という二つ名が付き、後に冒険者ギルドを通して王都にまで名が轟き、男性冒険者を震え上がらせるのだが、それもまた別の話だ。

 

エンタープライズ達は、畏怖の視線を向けてくる男達の視線をさらっと無視して買い物の続きに向かった。

道中、女の子達が「ユエお姉様……」とか呟いて熱い視線を向けていた気がするがそれも無視して買い物に向かった。

 

なお、後にエンタープライズの事もお姉様と呼ばれているが、それは当人も知る由も無い。



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044

京矢達が宿に戻ると、ハジメもちょうど作業を終えた所だった様だ。

 

 

「お疲れさん、何か、町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」

 

どうやら、先の騒動を感知していたようである。

 

「……問題ない」

 

「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

 

色々とあったのだが何も無かったと流す二人。お前は何か知ってるかと言う視線を京矢に向けてくるが、京矢も「さあな」とはぐらかす。

 

そんな彼らにハジメは少し訝しそうな表情をするも、まぁいいかと肩を竦めた。

 

「必要なものは全部揃ったか?」

 

「……ん、大丈夫」

 

「こっちもだ」

 

「ですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても宝物庫ってホント便利ですよね~」

 

ハジメは、買い物にあたってユエに〝宝物庫〟を預けていた。その指輪を羨ましそうに見やるシアに、ハジメは苦笑いする。

説明が面倒なので京矢の四次元ポケットも宝物庫の一種と言う事にしているが、その内時間が取れたら改めて説明するべきかと思っている。

 

今のハジメの技量では、未だ〝宝物庫〟は作成出来なかった。便利であることは確かなので、作れるようになったらユエとシアにも作ってやるつもりだ。

京矢も予備の四次元ポケット、正式には四次元ランプと四次元ハットを持っているがカウボーイハットとランプと言ったデザインのために管理が面倒だと思い渡して居ないが。

ランプは兎も角カウボーイハットはこの世界では目立つだろうし。何よりどれもハジメの宝物庫よりも利便性は低いのだ。

 

「いや、無制限に入れられるのは凄いだろ?」

 

「取り出すのは手間だろ?」

 

無制限に入れられる四次元ポケットか、利便性が高いが物量が制限される宝物庫か? 似た道具を待つだけに相手の利点が羨ましいものがある。

 

なお、魔剣目録に議論が行ってないのは剣限定と言う所だろう。

 

「さて、シア。こいつはお前にだ」

 

そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。

銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。

 

ハジメが差し出すそれを反射的に受け取ったシアは、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり慌てて身体強化の出力を上げた。

 

「な、なんですか、これ? 物凄く重いんですけど……」

 

「そりゃあな、お前用の新しい大槌だからな。重いほうがいいだろう」

 

「へっ、これが……ですか?」

 

シアの疑問はもっともだ。円柱部分は、槌に見えなくもないが、それにしては取っ手が短すぎる。何ともアンバランスだ。

 

「ああ、その状態は待機状態だ。取り敢えず魔力流してみろ」

 

「えっと、こうですか? ッ!?」

 

 言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン! カシュン! という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。

 

この大槌型アーティファクト:ドリュッケン(ハジメ命名)は、幾つかのギミックを搭載したシア用の武器だ。

京矢の持つ鎧の魔剣と魔槍を参考に魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したりする。

 

ハジメの済ませておきたいこととは、この武器の作成だったのだ。

午前中、ユエ達が買い物に行っている間に、改めてシア用の武器を作っていたのである。

 

「京矢の魔剣みたいなものを作りたかったんだが、今の俺にはこれくらいが限界だ。腕が上がれば随時改良していくつもりだ。これから何があるか分からないからな。ユエのシゴキを受けたとは言え、たったの十日。まだまだ、危なっかしい。その武器はお前の力を最大限生かせるように考えて作ったんだ。使いこなしてくれよ? 仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」

 

「ハジメさん……ふふ、言ってることめちゃくちゃですよぉ~。大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」

 

シアは嬉しそうにドリュッケンを胸に抱く。あまりに嬉しそうなので、ちょっと不機嫌だったユエも仕方ないという様に肩を竦めた。ハジメは苦笑いだ。

自分がした事とは言え、大槌のプレゼントに大喜びする美少女という図は中々にシュールだったからだ。

京矢も完全に苦笑いをしていた。

 

はしゃぐシアを連れながら、宿のチェックアウトを済ませる。

未だ、宿の女の子が京矢達を見ると頬を染めるが無視だ。

 

宿から外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。

それを眺めながら京矢は笑みを浮かべる。旅立ちには良い日だ、と。すっとベルファストの差し出してきた鎧の魔剣を背負い、腰の斬鉄剣に触れる。

振り返ると、エンタープライズとベルファストが京矢を見つめている。

 

隣に立つハジメと拳をぶつけ合い彼女達に頷くと、スっと前に歩みを進めた。彼女達も追従する。

 

旅の再開の時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死屍累々。

 

そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、全身を蜂の巣にされたり、綺麗に首を刎ねられていたり、更には全身を炭化させた魔物など、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているようだ。

 

当然、この世の地獄、処刑場と人々に恐れられるこの場所で、こんなことが出来るのは……

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

「……邪魔」

 

「うぜぇ」

 

「散れ」

 

「どけ」

 

「邪魔です」

 

京矢、ハジメ、エンタープライズ、ベルファスト、ユエ、シアの六人である。

京矢達はブルックの町を出た後(女性陣のファンらしき人々の見送り付き)、魔力駆動二輪を走らせて、かつて通った【ライセン大峡谷】の入口にたどり着いた。

 

その際に帝国の連中が建てたらしきキシリュウジンの絵と情報を求む。と言う立て看板に対して京矢が引き立った表情を浮かべた事を除いては何事もなかった。

(なお、鎧の巨人の目撃情報だけでもかなりの高額の報酬が払われる様子だ)

 

そして現在は、そこから更に進み、野営もしつつ、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟も通り過ぎて、更に二日ほど進んだあたりだ。

 

【ライセン大峡谷】では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。

 

 

シアの大槌が、その絶大な膂力をもって振るわれ文字通り一撃必殺となって魔物を叩き潰す。

攻撃を受けた魔物は自身の耐久力を遥かに超えた衝撃に為す術なく潰され絶命する。餅つきウサギも真っ青な破壊力である。

 

ユエは、至近距離まで迫った魔物を、魔力に物を言わせて強引に発動した魔法で屠っていく。

ユエ自身の魔力が膨大であることもあるが、魔晶石シリーズに蓄えられた魔力が莫大であることから、まるで弾切れのない爆撃だ。谷底の魔力分解作用のせいで発動時間・飛距離共に短くとも、超高温の炎がノータイムで発動するので魔物達は一体の例外もなく炭化して絶命する。

 

ハジメは、言うまでもない。魔力駆動二輪を走らせながらドンナーで頭部を狙い撃ちにしていく。

魔力駆動二輪を走らせながら〝纏雷〟をも発動させ続けるのは相当魔力を消費する行為なのだが、やはり魔力切れを起こす様子はない。

 

京矢は元より魔力では無く気によって身体能力を高めるのが基本的な戦闘スタイルだ。

近づく者は斬鉄剣により切り捨て、離れてる者は飛ぶ斬撃である剣掌によって切り裂かれていく。離れても近づいても切り捨てる京矢は魔物達にとって死神の如き姿を見せつけている。

 

エンタープライズの艦載機によって空中にいる魔物は撃ち落とされていく。

遠近共に優れた弓術もあるが、その悉くは近づく前に絶命させて行く。

 

最後にベルファストだが、他の五人の撃ち漏らしを掃討する立ち位置にいる。攻撃を逃れたモノを確実に仕留めて行く。

 

谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだった。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。

彼らの手によって道中には魔物の死体が溢れかえっていた。

 

「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

 

「変に見つかっても面倒だろうから、しっかり隠してあるんだろうけどな」

 

そもそも、解放者達のことを考えるとオルクスの大迷宮の様に多くの者達に探索されているのが間違っているのかもしれない。

そして、大迷宮を制覇した者がエヒト側である可能性も考慮して詳しい位置までは残しておかなかったのだろう。

洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。

理解しているが、ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメと京矢だ。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

 

「まぁ、そうなんだけどな……」

 

「ですが、方向が真逆と言う可能性も有りますよ」

 

「確かに。火山のついでに見つからない為にって、場所を選んでるかも知れないか」

 

「その可能性もあるか……」

 

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

 

「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」

 

「オレ達には縁の無い悩みだからな……」

 

そんな風に愚痴をこぼし、魔物の多さに辟易しつつも、更に走り続けること三日。その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ハジメ達はその日の野営の準備をしていた。

野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

 

野営テントは、生成魔法により創り出した〝暖房石〟と〝冷房石〟が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれる。

また、冷房石を利用して〝冷蔵庫〟や〝冷凍庫〟も完備されている。さらに、金属製の骨組みには〝気配遮断〟が付加された〝気断石〟を組み込んであるので敵に見つかりにくい。

 

調理器具には、流し込む魔力量に比例して熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、魔力を流し込むことで〝風爪〟が付与された切れ味鋭い包丁などがある。スチームクリーナーモドキなんかもある。

どれも旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子達だ。しかも、魔力の直接操作が出来ないと扱えないという、ある意味防犯性もある。

 

〝神代魔法超便利〟

 

調理器具型アーティファクトや冷暖房完備式野営テントを作った時のハジメの言葉だ。

まさに無駄に洗練された無駄のない無駄な技術力である。

 

ちなみに、その日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。

クルルー鳥とは、空飛ぶ鶏のことだ。肉の質や味はまんま鶏である。この世界でもポピュラーな鳥肉だ。一口サイズに切られ、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がる。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ(モドキ)はホクホクで、ニンジン(モドキ)やタマネギ(モドキ)は自然な甘味を舌に伝える。旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しい。

 

調理器具は魔力操作ができないベルファスト用に魔力を蓄えるバッテリー式にした物も作ってある。

 

大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をする京矢達。

テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍し魔物が寄ってこないので比較的ゆっくりできる。たまに寄ってくる魔物は、テントに取り付けられた窓からハジメが手だけを突き出し発砲して処理するか、エンタープライズが艦載機を使って始末する。

そして、就寝時間が来れば、三人ずつで見張りを交代しながら朝を迎えるのだ。

 

その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るハジメとユエとシア。

最初の見張りは京矢達だ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていった時に自体は大きく動いた。

 

「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん! 京矢さ〜ん! エンタープライズさ〜ん! ベルファストさ〜ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

と、シアが、魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかのように大声を上げた。

 



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045

一同がシアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。

シアはその隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

 

「わかったから、取り敢えず引っ張るな。身体強化全開じゃねぇか。興奮しすぎだろ」

 

「……うるさい」

 

はしゃぎながらハジメとユエの手を引っ張るシアに、ハジメは少し引き気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。

シアに一同が導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。

そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

『はぁ?』

 

その指先をたどって視線を向けた京矢達は、そこにあるものを見て思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

 

その視線の先、其処には壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

「疑いようも無いけど、怪しく見えてくるな、これは」

 

「あからさま過ぎて罠にも思えないな」

 

京矢とエンタープライズの表情は、まさに〝信じられないものを見た!〟という表現がぴったり当てはまるものだ。2人だけでは無い、ハジメとユエも同様の表情を浮かべていた。

4人共、呆然と地獄の谷底(一般的な意見)には似つかわしくない看板を見つめている。

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

能天気なシアの声が響く中、4人はようやく硬直が解けたのか、何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。

 

「……南雲、オレ達には判断材料は無いから」

 

「……ああ。ユエ、マジだと思うか?」

 

「…………………………ん」

 

「長ぇ間だな。根拠は?」

 

「……ミレディ(・・・・)

 

「やっぱそこだよな……」

 

『ミレディ』の名はオスカーの手記に出てきたライセンのファーストネーム。

ライセンの名は世間にも伝わっていて有名ではあるが、ファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

「だが、これは信用して良いのか?」

 

「だよなあ」

 

本当に信用して良いのかを疑うレベルの看板である。

 

「此処まであからさまですと、逆に信用出来るのでは無いでしょうか?」

 

「…………」

 

ベルファストの言葉に頷きたくなる京矢だった。

 

「「何でこんなチャラいんだよ……」」

 

京矢とハジメ、2人の声が重なるのだった。

その声には妙に疲れた様な響きが有るのはご愛嬌である。

 

過酷なオルクスの大迷宮の内容を考えるとこの軽さは京矢、ハジメ、ユエと三人揃って脱力させられる。

……大迷宮攻略後に仲間になったエンタープライズ、ベルファスト、シアの三人はそんな複雑な心理は分からないのだろう。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

そんなハジメとユエの微妙な心理に気づくこともなく、シアは入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

 

その余りにも不用意な行動をハジメが止めようとするが、

 

「ふきゃ!?」

 

〝あんまり不用意に動き回るな〟そう言おうとしたハジメの眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が、ガコン! と言う音を立てて突如グルンッと回転する。

それに巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

『…………』

 

奇しくもシアによって大迷宮の入り口が発見されたことで看板の信憑性が増した。……………………増しちゃったのである。

 

((これで良いのか大迷宮!?))

 

バルカンやバールクスに変身した上で最大級の警戒を持って乗り込もうと考えていた矢先の、遊園地の謳い文句様な看板に対してハジメと京矢は思った。『オルクスのシリアスな空気を返せ』と。

 

無言でシアが消えた回転扉を見つめていた一行は、一度顔を見合わせて溜息を吐くとシアと同じように回転扉に手をかけた。

 

扉の仕掛けが作用して、京矢達を同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、無数の風切り音が響いいたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。ハジメの〝夜目〟はその正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

「旋っ!」

 

京矢が剣を振るい、巻き起こした竜巻が漆黒の矢を叩き落とす。

 

本数にすれば二十本。

一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が竜巻の壁に阻まれ地面に散らばり、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

「相変わらず、便利な技だな」

 

「だろ?」

 

京矢とハジメの会話が交わされると同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。

京矢達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。

そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

 

『…………』

 

割と余裕で対応出来た為、結構的外れな内容だがその場にいる全員は思った。『うぜぇ~』と。

しかも、態々〝ニヤニヤ〟と〝ぶふっ〟の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

 

ハジメとユエも額に青筋を浮かべてイラっとしている。

 

「あー、それは良いけど、せめて少しくらいは心配してやれよ」

 

そう言って回転扉を再度作動させる京矢。彼が指差す先には回転扉に縫い付けられた姿のシアがいた。

「うぅ、ぐすっ、ハジメざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

何というか実に哀れを誘う姿だった。

シアは、おそらく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではないようだ。なぜなら……足元が盛大に濡れていたからである。

 

「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。よくあることだって……」

 

「ありまぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

「ってか、鳳凰寺、お前はよく気が付いたな」

 

「ああ。回転扉を潜った時に気配を感じたんでな」

 

京矢の生物相手の索敵能力は、戦闘状態に意識を切り替えていれば視力を封じられたとしても気配だけで戦えるほどだ。

 

京矢とハジメがシアから目を逸らしている間にそんな会話をユエが拘束から解放してベルファストが着替えを用意してくれていた。

 

そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

 

顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。

しばらく無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。

よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

 

すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

「ムキィーー!!」

 

 

「ムキィーー!!」

 

シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。

部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。

 

発狂するシアを尻目にハジメはポツリと呟いた。

 

「ミレディ・ライセンだけは〝解放者〟云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

 

「ああ。間違いなく人類の敵だな、ミレディ・ライセン。此処までイラついたのは、悪霊擬きを除いたらデボネア以来だぜ」

 

「……激しく同意」

 

京矢が言うデボネアが何者かは理解していないが全員が同意見だと頷いている。

 

「……なあ、あれって、封印の剣(ルーン・セイブ)で切れば再生出来なく出来るんじゃねえか?」

 

「……それは言ってやるなよ」

 

テン・コマンドメンツの力が何処まで有効か分からないが、あの石板の再生を封じることができれば、この迷宮の攻略もたやすいだろう。

だが、ライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。

 



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046

6/18に設定に敵側の設定を一部追加しました。


さて、入り口の遊園地の謳い文句の様な看板とは裏腹に、ライセンの大迷宮は想像以上に厄介な場所だった。

 

まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。

魔法特化のユエにとっては相当負担のかかる場所である。何せ、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。

何とか、瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。

 

また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿にできないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。

魔法に関しては天才的なユエだからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。

 

ハジメにとっても多大な影響が出ている。

〝空力〟や〝風爪〟といった体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの〝纏雷〟もその出力が大幅に下がってしまっている。ドンナー・シュラークは、その威力が半分以下に落ちているし、シュラーゲンも通常のドンナー・シュラークの最大威力レベルしかない。

 

よって、この大迷宮では身体強化が何より重要になってくる。

京矢達の中では、まさにシア以外には根本的に魔力に頼らない京矢とエンタープライズ、ベルファストの独壇場となる領域なのだ。

 

気を扱う京矢にとっては魔力を分解されたところで何の影響もない。平然と剣から竜巻を起こしたり、気刃を飛ばしたりしている。

 

エンタープライズとベルファストは艦装による物だ。京矢と同じく最初から何一つこの迷宮の影響を受けていない。

 

更にライダーシステムは根本的に科学技術の割合が高いので問題なく使え、ブレイドのラウズカードの力にも影響は与えていない。

恐らくだが、ガイソーグの鎧やリュウソウルも使えるだろうし、広い空間に出ればキシリュウジンも余裕で戦える事だろう。

 

「飽くまで、この世界の魔力、若しくは術式だけが妨害されるって事なんだろうぜ」

 

京矢はそう推測している。だからこそ、気をエネルギー源とする京矢の力や、異質な力であるリュウソウルやラウズカードの力には影響は及ぼされない、そう京矢は推測している。

逆にウィザードの様な魔力を使うタイプはユエと同じく力を制限されるだろうが京矢の手持ちのライダーシステムは全て科学サイド寄りだ。

 

「キツいんだったら、バルカンかギャレンに変身しとくか?」

 

「いや、なるべく切り札は後に残しときたいからな」

 

この迷宮で余裕に戦えるのが4人もいるのだから、態々切り札を使う必要もない。そう考えてハジメはライダーシステムの使用を控えていた。

 

そして、意図的に意識から外していた、頼もしきウサミミはというと……

 

「殺ルDeathよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルDeathよぉ」

 

大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。

明らかにキレている。

それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしいことになっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像つくだろう。

 

シアの気持ちはよく分かるので、何とも言えない一同。

凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるということがある。彼等の現在の心理状態はまさにそんな感じだ。

現在、それなりに歩みを進めてきた京矢達だが、ここに至るまでに実に様々なトラップや例のウザイ言葉の彫刻に遭遇してきた。

シアがマジギレしてなければ、歴戦の勇士である京矢やエンタープライズ、ベルファストはともかく、ハジメとユエがキレていただろう。そりゃもう、迷宮をパンチングゴングのパワーで叩き壊して進む程度には。

下手な挑発には乗らない様に気を付けている京矢がハジメまで暴走しない様に、彼の気が紛れる様に会話を交わしてもいる。

 

遂に、「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発するようになったシアを横目に、ハジメはここに至るまでの悪質極まりない道程を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シアが、最初のウザイ石板を破壊し尽くしたあと、京矢達は道なりに通路を進み、とある広大な空間に出た。

 

そこは階段や通路、奥へと続く入り口が不規則にゴチャゴチャと繋がり合っており、例えるならばレゴブロックを無造作に組み合わせてできた様な場所だった。

一階から伸びた階段が三階の通路につながっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープになって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

 

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな」

 

「……ん、迷いそう」

 

「見てるだけで方向感覚無くしそうだな」

 

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

 

「……気持ちは分かるから、そろそろ落ち着けよ」

 

「確かに。シア様の仰る事も一理あるかもしれませんね」

 

「まあ、この混沌具合を見ればな……」

 

未だ怒り心頭のシア。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、ハジメは「さて、どう進んだものか」と思案する。

 

「どうするよ、南雲?」

 

「ん~、まぁ、そうだな。取り敢えずマーキングとマッピングしながら進むしかないか」

 

「おう。……そんな基本を通用させてくれれば良いけどな……」

 

京矢の言葉に頷くハジメ。

だが、内心では京矢はミレディが簡単に基本的なダンジョン攻略をやらしてくれるとは思っていなかった。

現代の地球のゲームでさえ毎回構造が変わる迷宮はある。性格が歪んでいるのか、悪意を全開にして煮詰めた結果なのかは定かでは無いが、迷宮の構造が変わる程度の事はしてくれるだろう。

 

なお、ハジメのいう〝マーキング〟とは、ハジメの〝追跡〟の固有魔法のことだ。

この固有魔法は、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟することで、その痕跡を追う事ができるというもので、生物に〝マーキング〟した場合、ハジメにはその生物の移動した痕跡が見えるのである。

今回の場合は、壁などに〝マーキング〟することで通った場所の目印にする。

〝マーキング〟は可視化することもできるのでハジメ以外にもわかる。魔力を直接添付しているので、分解作用も及ばず効果があるようだ。

 

ハジメが早速、入り口に近い位置にある右脇の通路にマーキングしている間に周囲の様子を窺っているが、記憶しているだけで正気が無くなりそうな混沌とした風景なので早々にそれを諦めた。

 

通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさって出来ていた。

やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。緑光石とは異なる鉱物のようで薄青い光を放っている。

 

ハジメが試しに〝鉱物系鑑定〟を使ってみると、〝リン鉱石〟と出た。

どうやら空気と触れることで発光する性質をもっているようだ。最初の部屋は、おそらく何かの処置をすることで最初は発光しないようにしてあったのだろう。

イメージとしてはラピュ○に出てくる飛○石の洞窟を思い浮かべればいいだろう。石の声が聞けるおじいさんがいた、あの場所である。もっとも、リン鉱石は空気に触れても発光を止めることはないようだが。

 

「光る石か。使い方次第で便利な照明になりそうだな。天空の城は似た様なの持ってるしな」

 

「っ!? え? 何? お前、持ってるのかよ、天空の城!?」

 

何気なく呟かれた京矢の言葉に反応するハジメだった。

トータス以前のガチャで何気に天空に浮かぶ城は持っていたりするのだ。

 

京矢の言葉に反応して歩いていると注意が散漫になっていたのか、ガコンッという音を響かせてハジメの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。

そのブロックだけハジメの体重により沈んでいる。京矢達が思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。

 

「南雲、これはお約束の展開だよな?」

 

「ああ、良くあるパターンだよな」

 

2人の言葉に応える様に『シャァアアア!!』と言う刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。

右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「回避!」

 

「ダメだ、間に合わねえ!」

 

ハジメの叫びに京矢が答え、素早く魔剣目録の中から新たな剣を取り出す。

 

「破壊し尽くせ! 破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)!!!」

 

魔剣目録の中から取り出した剣を振り回して壁や床ごと自分達に迫る刃を、壁ごと、床ごと破壊する。

 

(あの愉快犯みたいな性格の奴だ。罠はこれで終わりじゃねえ!)

 

ミレディの性格を想定して次の行動を先読みすると破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)を手放し、斬鉄剣を抜く。

 

「指揮官、上だ!」

 

「剣掌!」

 

エンタープライズの警告が響くと同時に京矢が気刃を放った直後、京矢達がいた場所に頭上からギロチンの如く無数の刃が射出されるが、京矢の放った気刃に撃ち落とされて床に落ちる。

 

冷や汗を流して、京矢の一連の行動と足先数センチに落とされた刃を見つめるハジメ。ユエとシアも硬直している。

 

「……完全な物理トラップか。魔眼石じゃあ、感知できないわけだ」

 

「ああ、しかも確実に命を取りに来るな。油断した所に来ると思ってたから対処出来たが、油断したら終わりだな」

 

ハジメがまんまとトラップに掛かった理由は、魔法のトラップに集中していたからだ。

今までの迷宮のトラップと言えばほとんどが魔法を利用したものだった。そして、魔法のトラップなら、ハジメの魔眼は尽く看破できる。

それ故に、魔眼に反応しなければ大丈夫という先入観を持ってしまっていたのだ。要は、己の力を過信したということである。

 

京矢が相手の性格から追撃の一つも用意していると予想していたので対処出来たが、油断していたら最初の罠を回避した所に追撃の罠が飛んできて終わりだっただろう。

 

「しかし、鳳凰寺。罠ごと破壊するか?」

 

「罠の解除の一番楽な方法は破壊する事だろ? 人の土地だ、遠慮する必要もねえからな」

 

破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)を魔剣目録の中に戻しつつ軽く笑いを浮かべてハジメの言葉に応える。

 

サラリと罠の解除の道具に使った剣も勇者(笑)の聖剣よりも上級な聖剣なのがハジメにとって京矢の規格外振りを物語っている。

 

「ですが、京矢様。今後は回避を推奨します」

 

「ああ。相応な力の聖剣、魔剣の類じゃなきゃ上手くいかなかっただろうな」

 

魔力の篭らない物理トラップ相手ならばと判断しての選択だったが、今後は上手くいくとは限らない。ベルファストの進言を聞き入れて回避する事を選択する。

 

先ほどのトラップは唯の人間を殺すには明らかにオーバーキルというべき威力が込められていた。

並みの防具では、歯牙にもかけずに両断されていただろう。ハジメのように奈落の鉱物を用いた武器防具や、京矢の様にライダーシステムか超常的な力を持った武具でも持っていなければ回避以外に生存の道はない。

 

付け加えるならば、動き易さを優先した軽装の京矢では変身していなければ撃ち漏らしては致命傷になる危険もある。

 

「でもまぁ、あれくらいなら問題ないか」

 

「でも、ベルファストに心配をかけたくないから慎重に行こうぜ」

 

どんな危険な罠があるか分からないのだからと会話を交わす京矢とハジメ。

どれだけ威力があっても、唯の物理トラップではハジメは殺しきれないだろう。そして、ユエには〝自動再生〟がある。トラップにかかっても死にはしない。

変身していれば京矢にしてみても無傷で切り抜ける自信はある。

となると……必然的にヤバイのはエンタープライズとベルファストとシアであるが、エンタープライズとベルファストに付いても罠の動きに気付く程度の実戦経験はある。

つまり、一番危険のはシアだ。そのことに気がついているのかいないのか分からないが、シアのストレスが天元突破するであろうことだけは確かだった。

 

「あれ? ハジメさん、京矢さん、何でそんな哀れんだ目で私を……」

 

「強く生きろよ、シア……」

 

「生きてりゃ良いことは必ずあるさ。希望を捨てるなよ」

 

「え、ええ? なんですか、いきなり。何か凄く嫌な予感がするんですけど……」

 



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047

京矢達は、トラップに注意しながら更に奥へと進む。

 

今のところ魔物は一切出てきていない。魔物のいない迷宮とも考えられるが、それは楽観が過ぎるというものだろう。

それこそトラップという形で、いきなり現れてもおかしくない。

 

「気を付けろよ、どんな罠が有るか分からねえからな」

 

「ああ」

 

京矢達は、通路の先にある空間に出た。

その部屋には三つの奥へと続く道がある。取り敢えずマーキングだけしておき、ハジメ達は階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

階段の中程まで進んだ頃、突然、シアがそんなことを言い出した。

言葉通り、シアのウサミミがピンッと立ち、忙しなく右に左にと動いている。

 

「お前、変なフラグ立てるなよ。そういうこと言うと、大抵、直後に何か『ガコン』…ほら見ろっ!」

 

「変な様式美を守ってる迷宮だな、ここは」

 

「わ、私のせいじゃないすぅッ!?」

 

「!? ……フラグウサギッ!」

 

ハジメ達が話している最中に、嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消えた。

かなり傾斜のキツイ下り階段だったのだが、その階段の段差が引っ込みスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールのようなよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。

 

「ッチ! こっちの通路自体がハズレかよ!? エンタープライズ!」

 

「分かっている!」

 

素早くエンタープライズへと指示を出し、彼女が艦載機を出現させるとエンタープライズとベルファストと共にその上に乗り床から離れる。

 

「くっ、このっ!」

 

時間が無かったので京矢達だけしか空中には避難できず、段差が引っ込んで転倒しかけたハジメは靴の底に仕込んだ鉱石を錬成してスパイクにし、義手の指先からもスパイクを出して滑り落ちないように堪える。

ユエは、咄嗟にハジメに飛びついたので滑り落ちることはなかった。ハジメが、踏ん張ることを読んでいたのだろう。この辺りは流石、阿吽の呼吸である。

 

しかし、まだ、そんな連携などできないのが一人。言わずもがな、シアである。

 

「うきゃぁあ!?」

 

段差が消えた段階で悲鳴を上げながら転倒し後頭部を地面に強打。「ぬぅああ!」と身悶えている間に、液体まみれになり滑落。そのまま、M字開脚の状態でハジメの顔面に衝突した。

 

「ぶっ!?」

 

「南雲!」

 

その衝撃で義手のスパイクが外れてしまい、ハジメは、右手にユエを掴んだまま後方にひっくり返った。

足のスパイクも外れてしまい、スロープの下方に頭を向ける形で滑り落ちていく。シアは、そんなハジメの上に逆方向で仰向けに乗っかっている状態だ。

 

「南雲ぉ!!!」

 

安全地帯にいる京矢が滑り落ちていくハジメに手を伸ばすが届く訳もなく、

 

「てめぇ! ドジウサギ! 早くどけ!」

 

「しゅみません~、でも身動きがぁ~」

 

そんな会話を残して坂道の先に消えて行った。

艦載機の上に乗ったまま彼らを追いかけるが三人の滑り落ちる速度の方が早いのか追いつかない。

 

「指揮官、彼らの所にも私の」

 

「いえ、エンタープライズ様。追い付けません」

 

「拙いな。考えられる、この罠の続きは……」

 

この先に有るのがトドメの罠。どんな罠が有るかは分からないが、そう想像すると急いで助けなければならない。

 

「急ぐぞ!」

 

「ああ」

 

エンタープライズの返事を聞き、坂道の先へと急ぐ京矢達。スロープの終わりが見えてくると艦載機に乗ったまま躊躇無くそこに飛び込む。

 

落ちた可能性を考えて下を見て後悔した。

 

『カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ』と、そんな音を立てながらおびただしい数のサソリが蠢いていたのだ。

体長はどれも十センチくらいだろう。かつてのサソリモドキのような脅威は感じないのだが、生理的嫌悪感はこちらの方が圧倒的に上だ。

 

その中にハジメ達の姿は見えない。さそりに飲み込まれたのかと思っていると、

 

「おーい、こっちだ」

 

上から声が聞こえてくる。其処にはワイヤー一本で天井からぶら下がっているハジメ達の姿があった。アンカーで落下を防がなければ、サソリの海に飛び込んでいたかと思うと、全身に鳥肌が立つ思いである。

 

新たにエンタープライズが呼び出した艦載機の上に立つとハジメ達は安堵の声を上げる。

 

「無事か、南雲?」

 

「ああ……。本当にお前がいてくれて良かったぜ」

 

安心するが下を見たら生理的嫌悪を誘う蠍の群れ。直視したくないと思って上を向くと何やら発光する文字があることに気がついた。既に察しはついているが、つい読んでしまう京矢達。

 

〝彼等に致死性の毒はありません〟

〝でも麻痺はします〟

〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

 

わざわざリン鉱石の比重を高くしてあるのか、薄暗い空間でやたらと目立つその文字。

ここに落ちた者はきっと、サソリに全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ。このふざけた言葉を。

 

『……』

 

また違う意味で黙り込む京矢達。「相手にするな、相手するな」と自分に言い聞かせ、何とか気を取り直すと周囲を観察する。

 

「……ハジメ、あそこ」

 

「ん?」

 

すると、ユエが何かに気がついたように下方のとある場所を指差した。そこにはぽっかりと横穴が空いている。

 

「横穴か……どうする? このまま落ちてきたところを登るか、あそこに行ってみるか」

 

「先に道が有るならそっちの方を優先しようぜ。また同じ罠を体験するのはごめんだからな」

 

「私達は指揮官の決定に従おう」

 

「わ、私は、ハジメさんの決定に従います。ご迷惑をお掛けしたばかりですし……」

 

「いや、そのお仕置きは迷宮出たらするから気にするな」

 

「逆に気になりますよぉ! そこは『気にするな』だけでいいじゃないですかぁ」

 

「……図々しい。お仕置き二倍」

 

「んなっ、ユエさんも加わると!? うぅ、迷宮を攻略しても未来は暗いです」

 

「そうですね。私も少々お話ししたいごとがございます」

 

「其処にさらにベルファストさんのお説教も追加ですかぁ!?」

 

ハジメとユエに更にベルファストまで加わる未来に絶叫するシア。

 

「はぁ、お前の〝選択未来〟が何度も使えればいいんだがなぁ~」

 

「うっ、それはまだちょっと。練習してはいるのですが……」

 

「まあ、世の中には未来予知をするのに死ななきゃならない不死身の大学生も居るからな。ノーリスクで使えるだけ御の字だろう」

 

「そうだよな……。って、誰だよ、それは!?」

 

「地球の知り合いだぜ」

 

サラリと言ってくる京矢にハジメは改めて思う。既に異世界を救った親戚がいたり、世界の歌姫がいたり、未来予知ができる知り合いが居たり、こいつの交友関係はどうなっているのか? と。

 

「まあ、別にハズレだったとしても、此処を通るのを最小限にできるからな」

 

「だな。ないものねだりしても仕方ない。戻るより、進む方が気分がいいし、横穴を行こう」

 

京矢がサソリ達が蠢いている真下を指差しながら告げる言葉に全力で同意するハジメだった。

流石に何度も通りたい場所ではない。

 

「……ん」

 

「はいです」

 

「ああ」

 

「かしこまりました」

 

ユエ、シア、エンタープライズ、ベルファストも2人の意見に同意する。

 

京矢達を乗せたエンタープライズの艦載機は彼らを無事に横穴へと運ぶ。

 

京矢達は、この先も嫌らしいトラップがあるんだろうなぁとウンザリしながらリン鉱石の照らす通路を進むのだった。

 

「なあ、南雲……手榴弾とか作ってないか? サソリの群れの中に投げ込んだきたいんだけどな」

 

「……無い。…………それを聞いたら作っときゃ良かったって後悔してるよ。………………お前の魔剣の中に無いか? そう言うの?」

 

「有るには幾らでも有るけど、強力過ぎるんだよな」

 

それでもミレディにムカついたのでサソリの駆除くらいはしておきたいと思った京矢だった。

ハジメはハジメで京矢の言葉に、せめてもの腹いせにはなったと思うと作っておけば良かったと思うのだった。



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048

とある通路の出入り口。そこは何故か壁になっていた。普通に考えれば唯の行き止まりと見るべきだろう。だが、その壁の部分、実はほんの数分前まで普通に奥の部屋へと続いていたのだ。

 

静寂が漂う中、突如、その行き止まりらしき壁が紅いスパークを放ち始めたかと思うと、人が中腰で通れる程度の穴が空いた。そこから這い出してきたのは……

 

「ぜはっーぜはっー、ちょ、ちょっと焦ったぜ」

 

「……ん、潰されるのは困る」

 

「いやいや、困るとかそんなレベルの話じゃないですからね? 普通に死ぬところでしたからね?」

 

「こう言う迷宮のお約束のトラップなんだろうけど、体験するのはゴメンだぜ」

 

京矢達の三人である。京矢達は、サソリ部屋の横穴からしばらく迷宮を彷徨よった。

そして、たどり着いた部屋で天井がまるごと落ちてくるという悪辣で定番なトラップが発動し潰されかけたのである。

 

逃げ場はなく、奥の通路までは距離がありすぎて間に合いそうにない。

咄嗟に、京矢がバールクスに変身し、真上の天井を破壊しようと使ったロボライダーライドウォッチが何故かアーマーを纏えた。

今まで使えなかったアーマータイムが使えたのかと言う疑問は湧いたが、ロボライダーの膂力を受け継いだアーマーの力で天井を支え、その隙にハジメが天井を錬成し穴を開けたのだ。

もっとも、強力な魔法分解作用のせいで錬成がやりにくい事この上なく、錬成速度は普段の四分の一、範囲は一メートル強で、数十倍の魔力をごっそりと持っていかれることになった。

そうやって、なんとか小さな空間で全員密着しながらハジメの錬成で穴を掘りつつ、出口に向かったのである。

 

その際、ユエがやたらと不愉快そうな顔をしているように見えたが、それは気のせいだろう。

 

「くそ、〝高速魔力回復〟も役に立たねぇな。回復が全然進まねぇ」

 

「……取り敢えず回復薬…いっとく?」

 

「ささっ、一杯どうぞぉ~」

 

「お前等、何だかんだで余裕だな……」

 

ハジメが少し疲れた様子で壁にもたれて座ると、ユエが手でおチョコを使って飲むジェスチャーを、シアがポーチから魔力回復薬を取り出す。

魔晶石から蓄えた分の魔力を補給してもいいのだが、意思一つで魔力を取り出せる便利な魔晶石は温存し、服用の必要がある回復薬の方が確かにこの場合は妥当だ。

回復薬を飲んでいるハジメを横目に見ながら壁に背中を預けて休憩していた京矢はある方向を指差し、

 

「南雲、あっちは見ない方が良いぜ」

 

京矢の言葉に何が有るのか理解しながらも、つい其方の方を見てしまった。

 

其処にあったのは何時ものウザイ文。戻ったような気がした活気が再び失われていく気がするハジメだった。

 

〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟

 

どうやらこのウザイ文は、全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。

 

「……忠告、サンキューな」

 

「結局見ちまったけどな」

 

流石に2人とも頭に#マークを浮かべていた。

 

「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」

 

ハジメの視線を辿り、ウザイ文を見つけてしまったシアが「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論する。

シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしい。ウザイ文が見つかる度にいちいち反応している。もし、ミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいることだろう。

 

「本人がいないんだから、相手にするだけ無駄だぜ」

 

「いいから、行くぞ。いちいち気にするな」

 

「……思うツボ」

 

「こう言うのは無視するのが一番です」

 

「うぅ、はいですぅ」

 

その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。

突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてウザイ文。京矢達のストレスはマッハだった。

 

それでも全てのトラップを突破し、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は六、七メートルといったところだろう。

結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。おそらく螺旋状に下っていく通路なのだろう。

 

京矢達は警戒する。

こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ない。ある意味罠のお約束だ。

 

「ある意味、そう言う点じゃ信用できるからな」

 

「持ちたく無い信用だけどな」

 

そして、その考えは正しかった。もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響く。既に、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動している気がする。

なら、スイッチなんか作ってんじゃねぇよ! と盛大にツッコミたいハジメだったが、きっとそんな思いもミレディ・ライセンを喜ばせるだけに違いないとグッと堪える。

 

「この状況のお約束を守るなら、通路ギリギリの大岩を転がしてくるだろうな」

 

京矢の言葉に正解とでも言うように通路の奥から『ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』と明らかに何が重いものが転がってくる音が響いてくる。

 

『……』

 

全員が顔を見合わせる。同時に頭上を見上げた。

スロープの上方はカーブになっているため見えない。異音は次第に大きくなり、そして……カーブの奥から京矢の予想通り通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。岩で出来た大玉である。全くもって定番のトラップだ。そう言うのを見るたびにどうやって一度しか使えないような罠を用意するのか疑問に思うこともあるが、現実に直視するとそんな疑問も湧かないものだと思う。

そして、きっと必死に逃げた先には、またあのウザイ文があるに違いない。

 

ユエとシアとエンタープライズ、ベルファストが踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとする。しかし、少し進んで直ぐに立ち止まった。京矢とハジメが付いて来ないからだ。

 

 

『ライダータイム! 仮面ライダー、バールクス! アーマータイム! (ロボライダーの変身音) RX! ロボライダー!』

 

 

バールクスに変身する京矢の前に現れる黄色の重厚感のある鎧が現れ、バールクスの体に装着されると最後に顔の文字が『ライダー』から『ロボ』に変化する。

仮面ライダーバールクス ロボライダーアーマーに変身すると画面の奥で不適に笑みを浮かべながら、

 

「散々やってくれたな! 何時迄も黙ってると思ったら大間違いだ!」

 

全力でのパンチを問答無用に叩きつけるバールクス。

そのパンチ力に押されて逆方向に、坂を逆に登ると言う体験をさせられる大岩。更にその破壊力によりパンチを打ち込まれた場所から徐々にヒビが広がっていく。

 

「先を越されたか」

 

そんな光景を感心した様に、或いは残念そうに見つめるハジメ。だが、その顔は実に清々しいものだった。

「やってくれたぜ!」という気持ちが如実に表情に表れている。京矢だけでなくハジメ自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後のウザイ文にストレスが溜まっていたようだ。

 

ロボライダーアーマーのパワーにより打ち込まれた拳によって後退させられた岩は全体にヒビが広がると砕け散っていった。

 

それを確認するとゆっくりとベルトを外し変身を解除する。何故今まで使えなかったライドウォッチのアーマーの力を使えたかは疑問だが、それは分からないが使えるのだから問題ないと判断した。

 

満足気な表情で戻って来た京矢をエンタープライズとベルファストが迎えた。

 

「京矢様、お見事です」

 

「ああ、流石だ、指揮官」

 

「…………」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、なんか嫌な予感が、な」

 

そう、本当にこれで終わりなのかと言う疑問が浮かんでいる。此処までのウザイメッセージから考えるミレディの性格上、第二の罠があっても不思議では無い。

 

そんな京矢の予感が的中してしまった様に再び『ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』という聞き覚えのある音が聞こえて来た。

ユエとシアに浮かべていた笑顔のまま固まるハジメ。同じく笑顔で固まるシアと無表情ながら頬が引き攣っているユエ。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いた彼等の目に映ったのは……

 

――――黒光りする金属製の大玉だった。

 

「あー! クソ! しっかりとバージョンアップさせてやがる!」

 

当たって欲しくなかった予感が的中してしまい思わずそう叫んでしまう京矢。しかも、それだけではない。

 

「京矢様、気のせいで無ければ、その……何か変な液体を撒き散らしながら転がって来ている様なのですが」

 

「……溶けているな、あれは」

 

しかも、金属製の大玉は表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体が付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶けているようなのである。

 

ロボライダーアーマーなら耐えられるだろうが試したくは無い。

 

エンタープライズとベルファスト、ハジメと視線で『逃げるぞ』と合図を送り、ハジメの『逃げるぞ、ちくしょう!』と言う叫びと共に走り出す4人。4人に遅れてユエとシアも走り出す。

 

「ミレディのヤロー! 絶対許さねぇ!!!」

 

京矢の叫びは全員の心境そのものであった。

 

背後からは、溶解液を撒き散らす金属球が凄まじい音を響かせながら徐々に速度を上げて迫る。

 

「いやぁあああ!! 轢かれた上に溶けるなんて絶対に嫌ですぅ~!」

 

「……ん、とにかく走って」

 

「叫んでる暇があるなら走って下さい」

 

通路内をシアの泣き言が木霊する。

 

 

「っていうかハジメさ~ん! 京矢さ~ん! エンタープライズさ~ん! ベルファストさ~ん! 先に逃げるなんてヒドイですよぉ! 薄情ものぉ! 鬼ぃ!」

 

先を走る4人に向かってシアが抗議の声を上げる。

 

「やかましいわ! 誤差だ誤差! 黙って走れ!」

 

「置いていったくせに何ですかその言い草! 私の事なんてどうでもいいんですね!? うわぁ~ん、死んだら化けて出てやるぅ!」

 

「……シア、意外に余裕?」

 

「コイツには身体能力強化が有るからな……」

 

必死に逃げながらも、しっかり文句は言っているシアに、ユエが呆れたような目線を向ける。

 

「おい! 何か良いもの持ってないか!?」

 

「残念ながら、こんな状況には対応できる道具はねぇ! ……しかも、あれは下手に壊したら中身の液体が一気に溢れ出すぞ!」

 

「流石にこの高さだと私の艦載機でも逃げられない可能性が高いな」

 

「走って逃げるのが、現状はベターって奴だ」

 

「やっぱりかよ!? ちくしょう!!!」

 

壊さない事もないが、下手に壊すと全員が頭からあの液体をかぶる羽目になる為に壊さないと言う京矢に、走って逃げるしかないと言う事実を再確認してしまうハジメ。

 

そうこうしている内に通路の終わりが見えた。

ハジメが〝遠見〟で確認すると、どうやら相当大きな空間が広がっているようだ。だが見える範囲が少しおかしい。部屋の床がずっと遠くの部分しか見えないのだ。

おそらく、部屋の天井付近に京矢達が走る通路の出口があるのだろう。

 

「真下に降りるぞ!」

 

「んっ」

 

「はいっ!」

 

「ああ!」

 

念の為にエンタープライズに何時でも艦載機を出せる様にと指示を出しておく。

ミレディの性格を考えると出口付近に罠の一つも用意していてもおかしく無いと推測したのだ。

 

ハジメ達は、スライディングするように通路の先の部屋に飛び込み、出口の真下へと落下した。

 

そして、

 

「げっ!?」

 

「んっ!?」

 

「ひんっ!?」

 

三者三様の呻き声を上げた。出口の真下が明らかにヤバそうな液体で満たされてプールになっていたからだ。

 

「エンタープライズ!」

 

「ああっ!」

 

エンタープライズの艦載機に捕まり難を逃れる一行。

直後、頭上を溶解液を撒き散らしながら金属球が飛び出していき、眼下のプールへと落下した。そのままズブズブと煙を吹き上げながら沈んでいく。

 

「〝風壁〟」

 

最後にユエの魔法で飛び散った溶解液が吹き散らさられる。

しばらく、周囲を警戒したが特に何も起こらないので、京矢達はようやく肩から力を抜いた。

 

『はぁ~』

 

安堵の声を上げた京矢達は艦載機に捕まりながら、溶解液のプールを飛び越えて今度こそ部屋の地面に着地した。



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049

溶解液のプールを飛び越えた先にある部屋、その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。

壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

雰囲気は何処かオルクスの迷宮でヒュドラ及び複製RXと戦った部屋に似ている。

 

ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

 

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

 

「この状況で何も無いって考えられる方が変だろ」

 

「……大丈夫、お約束は守られる」

 

「それって襲われるってことですよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」

 

「いえ、予想出来ている、と言う点が大丈夫なのでは無いでしょうか?」

 

「確かに。予想出来ていれば対応もし易い、と言う事か」

 

そんなことを話しながら京矢達が警戒しながら部屋の中央まで進んだとき、確かにお約束は守られた。

 

『ガコン!』と言う毎度お馴染みのあの音である。

 

ピタリと立ち止まる京矢達。

内心で「やっぱりなぁ~」と思いつつ周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。

そして、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。

 

「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか。まぁ、今更の話か……ユエ、シア、やるぞ?」

 

「んっ」

 

「か、数多くないですか? いや、やりますけども……」

 

「まっ、精々これ迄のストレス解消のために暴れようぜ、エンタープライズ、ベルファスト」

 

「ええ、私も少々頭に来て居ますから」

 

「これくらいで足りるかは疑問だがな」

 

互いにベルトを取り出し装着する京矢とハジメ。

ハジメの場合、数には機関砲のメツェライが有効だが、この部屋にどれだけのトラップが仕掛けられているかわからない。無差別にバラまいた弾丸がそれらを尽く作動させてしまっては目も当てられない。従って、今回は貰ったばかりの特撮ヒーローの力を使う。

 

「残らずぶっ潰してやる」

 

左手に持ったプログライズキーを小指から順に握りしめ人差し指でボタンを押し、プログライズキーを無理やりこじ開ける。こじ開けたキーをショットライザーに装填するハジメ。

 

内心、無理やりこじ開けなくても大丈夫だとも思いながらも自身もジクウドライバーを装着し、バールクスライドウォッチを起動させる。

 

『バレット!』

『バールクス!』

 

《AUTHORIZE……KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER》

 

「「変身!」」

 

こじ開けたキーをショットライザーに装填し前方に向けて弾丸を発射するハジメと、ジクウドライバーにバールクスライドウォッチを装着し回転させる京矢。

 

《SHOT RIZE!》

 

騎士達を貫きながら自身へと向かってくる弾丸を正拳突きで拳を叩きつける事で弾丸が展開、バルカンのスーツを展開する。

 

その間に終えていたバールクスへの変身も、ライダーの四文字が騎士達を吹き飛ばしながら仮面に刻まれると赤く輝き変身シークエンスを終える。

 

 

『The elevation increases as the bullet is fired.』

『ライダータイム! 仮面ライダー、バールクス!』

 

 

バールクスとバルカンへの同時変身を終えた二人はこの時だけはミレディへの怒りも忘れてこの状況での同時変身、悪く無いな、などと考えていたりする。

 

特にハジメはギャレンに続く2つ目の特撮ヒーローへの変身に対する高揚感、特に敵を目の前にした変身という特撮ヒーロー其の物な状況に完全に内心で感動していた。

 

「シア」

 

「は、はいぃ! な、何でしょう、ハジメさん」

 

緊張に声が裏返って腰が引け気味のシアに、ハジメは声をかける。

それは、どことなく普段より柔らかい声音だった……シアの気のせいかもしれないが。

 

「お前は強い。俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手なこと考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる」

 

「……ん、弟子の面倒は見る」

 

シアは、ハジメとユエの言葉に思わず涙目になった。

単純に嬉しかったのだ。色々と扱いが雑だったので、ひょっとして付いて来た事も迷惑に思っているんじゃと、ちょっぴり不安になったりもしたのだが……杞憂だったようだ。

ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。シアは、全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。

 

「ふふ、ハジメさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ! ユエさん、下克上する日も近いかもしれません」

 

「「……調子に乗るな」」

 

ハジメとユエの両方に呆れた眼差しを向けられるも、テンションの上がってきたシアは聞いていない。真っ直ぐ前に顔を向けて騎士達を睨みつける。

 

「かかってこいやぁ! ですぅ!」

 

「いや、だから、何でそのネタ知ってんだよ……あっ、つっこんじまった」

 

「こっちにも似たネタが有るんじゃねえのか?」

 

「……だぁ~」

 

「……つっこまないぞ。絶対つっこまないからな」

 

「へんに我慢するくらいなら、素直にツッコミ入れれば良いんじゃないのか?」

 

五十体のゴーレム騎士を前に、戦う前から何処か疲れた表情をするハジメ。

そんなハジメの状態を知ってか知らずか……ゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。

 

そんなゴーレム騎士達を一瞥し、気を取り直すと、

 

「へへへ……まあ、こいつを試す良い機会でもあるんだよな」

 

「そう言う事だぜ、あいては単なるゴーレム。存分にぶっ壊してやろうじゃねえか」

 

「ああ。こんな時だけど、実はちょっと楽しみなんだよな」

 

初めて使うバルカンの力。ギャレンの時は無我夢中だったが、今回は落ち着いて力を使える。

実際に特撮ヒーローに変身して戦うなんて言う経験など異世界に呼ばれた時にも出来るとは思えなかった。それが現実になり、しかも、二種のヒーローに変身できた。

この状況に高揚しないわけがない。

 

「フォローは引き受けてやるから、存分に戦えよ」

 

「では、私とエンタープライズ様でお二人のフォローをいたしましょう」

 

この場で一番未熟なシアと、この迷宮で一番火力不足のユエのフォローを買って出るのはベルファストとエンタープライズだ。

 

「ってな訳だ。存分に試してみろよ、その力をな」

 

「ああ!」

 

狼の仮面の奥で獰猛ともいえる笑みを浮かべながら、ベルトからエイムズショットライザーを手に取る。

 

彼らに向かうゴーレム騎士達の動きは、その巨体に似合わず俊敏だった。

ガシャンガシャンと騒音を立てながら急速に迫るその姿は、装備している武器や眼光と相まって凄まじい迫力である。まるで四方八方から壁が迫って来たと錯覚すらしそうだ。

 

だが、自分の元にある力の前にはその程度の壁など薄紙に等しい。

ゴーレム騎士達に先手を打ったのはハジメだ。引き抜いたエイムズショットライザーの引き金を引くと、その威力を遺憾なく発揮してゴーレム騎士達数体の頭を撃ち抜く。

 

「流石は特撮ヒーローの武器、こんなゴーレム相手じゃ簡単に圧倒できるか」

 

「ああ、悪くないな、こっちも」

 

手に持った剣で纏めてゴーレム騎士達を切り刻みながら掛けられたバールクスからの軽口に答えるハジメ。

ギャレンとは違う武器だが生身でも銃として使えて便利だと思う反面、まだまだ自分の錬成魔法では遠く及ばない物しか作らないのは悔しく思う。

 

右腕で無造作に殴り付けると、殴り飛ばされたゴーレム騎士が後方にいた味方を巻き込んで吹き飛んでいき、振り下ろされた剣を右腕で防げば逆に敵の剣が砕け散る。超硬鋼「ZIA209-03」によって作られた装甲はファンタジーの世界でさえ強力な武具になるという事だ。

 

同時にそのスペックはカタログ上では腕力と走力は主役ライダーであるゼロワンよりも高い。トン単位のパワーが敵にとって脅威でないはずがない。

 

「最ッ高だな、これは!?」

 

仲間の体や盾でハジメの銃撃を防ごうとするも、ショットライザーの銃弾はそんな防御など容易く撃ち抜いていく。

 

「おい、あんまり前に出過ぎるなよ、南雲!」

 

周囲を取り囲むゴーレム騎士をまとめて切り捨てながらハジメと合流するバールクス。互いに背中を守るように立ちながら、

 

「悪いな、鳳凰寺。でもな、散々調子乗ってくれたミレディに一泡吹かせてやれるんじゃないかと思うとな」

 

「確かに。ちょっと調子に乗りたくなるな、そいつは」

 



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050

ショットライザーから放たれた弾丸が狙い違わず二体のゴーレム騎士の頭部、正確には目の部分を撃ち抜く。

衝撃で頭部が吹き飛び後方へ倒れる騎士達。これがゴーレムで無かったらグロテスクなことになっていただろう。それを軽やかに飛び越えて後続の騎士達がハジメ達へと迫る。

ハジメは、再度連続して発砲し、致命的な包囲をされまいと隊列を乱していく。

 

そんなハジメの嵐のような銃撃を盾と大剣と多くの犠牲となった仲間達の体で凌ぎながら、遂にハジメ達の目前へと迫った数体の騎士。

 

「おいおい、近づくならオレを忘れんなよ」

 

そんな騎士達に対してライダーの文字の複眼を輝かせながらバールクスが無慈悲に剣を振るう。

仲間を盾に銃撃を凌ぎながら進んだ場所はバールクスのキルゾーンの内だった。バールクスの振るう剣によりその体をバターの様に切り裂かれていくゴーレム騎士達。

そのスペックはグランドジオウが召喚した平成ライダー達を余裕で一蹴するだけの力を持つバールクスに高々ゴーレム達が及ぶ筈がない。

ヴィランのボスに挑む騎士達の構図は何方が悪役なのか分からない構図だ。

 

数で押し切ろうとでも言うのか、槍を構えたゴーレム騎士達数体が突撃をしてくる。

 

「剣掌っ!」

 

だが、バールクスの剣より放たれた気刃は槍が届くよりも先にゴーレム騎士達を纏めて両断する。

彼のキルゾーンは正に斬撃の結界。首を晒した死刑囚の首を刈る刑場だ。

 

そして、そこに居るのはバールクスだけではない。青みがかった白髪をなびかせ、超重量の大槌を大上段に構えたまま飛び上がっていたシア・ハウリアのキルゾーンだ。限界まで強化したその身体能力を以て遠慮容赦の一切を排した問答無用の一撃を繰り出す。

 

「でぇやぁああ!!」

 

気合一発。打ち下ろされた大槌ドリュッケンは、『ドォガアアア!!』と言う凄まじい衝撃音を響かせながら一体のゴーレム騎士をペシャンコに押しつぶした。

一応、騎士も頭上に盾を構えていたのだが、その防御ごと押しつぶされたのだ。

 

地面にまで亀裂を生じさせめり込んでいるドリュッケン。渾身の一撃を放ち、死に体となっていると判断したのか、盾を構えて衝撃に耐えていた傍らの騎士が大きく大剣を振りかぶりシアを両断せんと踏み込む。

 

シアはそれをしっかり横目で確認していた。柄を捻り、ドリュッケンの頭の角度を調整すると、柄に付いているトリガーを引く。

 

『ドガンッ!!』とそんな破裂音を響かせながら地面にめり込んでいたドリュッケンが跳ね上がった。シアの脇を排莢されたショットシェルが舞う。

跳ね上がったドリュッケンの勢いを殺さず、シアはその場で一回転すると遠心力をたっぷり乗せた一撃を、今まさに大剣を振り下ろそうとしている騎士の脇腹部分に叩きつけた。

 

「りゃぁあ!!」

 

そのまま気迫を込めて一気に振り抜く。直撃を受けた騎士は、体をくの字に折り曲げて、まるで高速で突っ込んできたトラックに轢かれたかのようにぶっ飛んでいき、後ろから迫って来ていた騎士達を盛大に巻き込んで地面に叩きつけられた。

騎士の胴体は、原型を止めないほどひしゃげており身動きが取れなくなっているようだ。

 

風切り音がシアのウサミミに入る。チラリと上空を見ると、先程のゴーレム騎士が振り上げていた大剣が、シアに吹き飛ばされた際に手放なされたようで上空から回転しながら落下してくるところだった。

シアは、落ちてきた大剣を跳躍しながら掴み取ると、そのまま全力で、迫り来るゴーレム騎士に投げつけた。

 

大剣は豪速で飛翔し、ゴーレム騎士が構えた盾に衝突して大きく弾く。シアは、その隙を逃さず踏み込み、下段からカチ上げるようにドリュッケンを振るった。腹部に衝撃を受けた騎士の巨体が宙に浮く。苦し紛れに大剣を振るうが、シアはカチ上げたドリュッケンの勢いを利用してくるりと回転し、大剣をかわしながら再度、今度は浅い角度で未だ宙に浮く騎士にドリュッケンを叩きつけた。

 

先のゴーレム騎士と同様、砲弾と化してぶっ飛んだゴーレム騎士は後続の騎士達を巻き込みひしゃげた巨体を地面に横たわらせた。

 

シアの口元に笑みが浮かぶ。戦いに快楽を覚えたからではない。自分がきちんと戦えていることに喜びを覚えているのだ。自分はちゃんとハジメ達の旅に付いて行けるのだと実感しているのだ。その瞬間、ほんの少しだけ気が抜ける。

 

 戦場で、その緩みは致命的だった。気がつけば視界いっぱいに騎士の盾が迫っていた。何と、ゴーレム騎士の一体が自分の盾をシアに向かって投げつけたのである。流石ゴーレムというべきか。途轍もない勢いで飛ばされたそれは、身体強化中のシアにとって致命傷になるようなものではないが、脳震盪くらいは確実に起こす威力だ。そうなれば、一気に畳み込まれるだろうことは容易に想像できる。

 

『しまった!』と思う余裕もない。せめて襲い来るであろう衝撃に耐えるべく覚悟を決める。

だが、盾がシアに衝突する寸前で衝撃音が響き、砲撃が盾に衝突。盾を盾であったものに変え、更に背後のゴーレム騎士に激突して吹き飛ばす。

 

「シア様、油断大敵ですよ」

 

両腕にガントレット状の艤装を展開したベルファストが告げる。

 

「ふぇ!? 今のベルファストさんが? す、すみません、ありがとうございます!」

 

「……気を抜いちゃダメ。お仕置き三倍」

 

「うっ、はい! 頑張りますぅ! ってお仕置き三倍!?」

 

ユエに「メッ!」という感じで叱られてしまい、自分が少し浮かれて油断してしまったことを自覚するシア。反省しながら気を引き締めなおす。

そんな二人を微笑ましく一瞥しながらベルファストは冷淡な瞳をゴーレム騎士達へと向けて多段砲撃で吹き飛ばしていく。

シアもまた改めて、迫って来たゴーレム騎士を倒そうとして、後方から飛んできた細いレーザーのような水流が、密かにシアの背後を取ろうとしていたゴーレム騎士をスッパリと両断したのを確認した。

 

ユエとベルファストが、自分の背中を守ってくれていると理解し心の内が温かくなるシア。師匠達の前で無様は見せられないと、より一層気合を入れた瞬間、周囲にいたゴーレム騎士達が纏めて吹き飛ばされていく。

 

一切の魔力に頼らず、京矢達の中で最大の殲滅力を持つのは矢張りエンタープライズである。

 

「エンタープライズ、エンゲージ(戦闘開始)!」

 

その言葉を合図に、爆炎に照らされていたエンタープライズが動く。

 

青い炎の鷹に変化した艦載機達がゴーレム騎士達を沈める中、その中の一体が振り上げた剣で彼女を斬り殺そうとするが素早く狙いを変えた矢が一本から五本に増えゴーレム騎士を撃ち抜く。

 

別の数体が固まり上空の艦載機の攻撃を防ぐように真上に盾を構え、前方に槍を構えたファランクスの陣形で襲い掛かる。

 

迎え撃たんとしたエンタープライズの前でファランクスの陣形を組んでいたゴーレム騎士達は横から吹き飛ばされる。

 

突然の事に思わず唖然とするエンタープライズだが、彼女へと手を振っているバールクスを見て理由を理解した。

 

ハジメを援護しながらもエンタープライズの方へも注意を向けていた事に微かに微笑みを浮かべると、彼女は再びゴーレム騎士達を一瞥する。

 

暴れるシアの死角に回ろうとする騎士がいれば水流が飛び、その辺の刃物よりよほど鋭利に切断していく。

ユエが行使しているのは水系の中級魔法〝破断〟である。空気中の水分を超圧縮して撃ち放つウォーターカッターだ。

 

ユエは両手に金属で出来た大型の水筒を持っていた。肩紐で更に二つ同じ水筒を下げている。

これらは、ハジメの〝宝物庫〟から取り出してもらった物だ。ユエが、その水筒をかざして魔法名を呟く度にウォーターカッターが水筒より飛び出し敵を切り裂いていく。

 

ユエは、魔法で空気中の水分を集めるよりも、最初からある水分を圧縮してやる方が魔力消費が少なくて済むと考えたのだ、また、照準は水筒の出口を向けることで付けており、飛び出たウォーターカッター自体は魔力を含まないものなので分解作用により消されることもない。

 

シアの爆発的な近接攻撃力と、その死角を補うように放たれるユエの水刃。二人のフォローに回るベルファストの砲撃。

騎士達は、彼女達のコンビネーションを破ることができず、いいように翻弄されながら次々と駆逐されていった。

 

「おいおい、やけるじゃねぇの。いいとこ見せとかないと愛想尽かされちまうかな?」

 

「そうだな。もう少し派手に暴れようぜ」

 

そんな冗談を言い合いながらショットライザーとバルカンのスーツの力で近接戦闘を繰り広げるハジメ。

 

騎士の剣をバルカンの装甲で受け、右手のショットライザーを兜に突き付けてゼロ距離射撃する。

頭が弾け飛ぶ騎士には目もくれず、そのまま回し蹴りで背後の騎士を蹴り飛ばす。

横凪に振るわれた大剣を一回転しながらしゃがみつつ躱し、裏拳で打ち砕き、ショットライザーで撃ち抜く。

 

そうやって、不用意に部屋そのものに傷を与えないようにしながら次々とゴーレム騎士達を屠っていった。

 

だが……

 

「……? 指揮官、妙じゃないか?」

 

真っ先に気付いたのはエンタープライズだ。

 

「さっきから敵の数が減っていない」

 

「増援ってわけでも無さそうだな」

 

そう、先程から相当な数のゴーレム騎士を破壊しているはずなのだが、迫り来る彼等の密度が全く変わらないのだ。

 

その疑問は、他の者達も感じたらしい。

そして、よくよく戦場を観察してみれば、最初に倒したゴーレム騎士の姿が何処にもない事に気がついた。

 

「……再生した?」

 

「みたいだな」

 

「そんな!? キリがないですよぉ!」

 

そう、ゴーレム騎士達は破壊された後も眼光と同じ光を一瞬全身に宿すと瞬く間に再生して再び戦列に加わっていたのである。

 

「南雲、何処かに核みたいのは無いのか?」

 

バールクスの言う通り、ゴーレムは体内に核を持っているのが通常であり、その核が動力源となる。

核は魔物の魔石を加工して作られている。オスカーのお掃除ゴーレムの設計書にもそう記されてあった。その核を破壊すれば再生は止まる。そう考えたのだが、

 

「それがな、こいつら核を持っていやがらねぇんだよ」

 

「……確か?」

 

「ああ、魔眼石でも確認しているが、そんな反応はない。ゴーレム自体から微量の魔力は感知できるんだがな……」

 

「け、結局どうするんですかぁ! このままじゃジリ貧ですよぉ!」

 

シアがいよいよ焦った声を上げる。

 

「おい、鎧の魔剣や魔槍みたいに特殊な金属でできてるんじゃねえのか?」

 

「そうか!?」

 

ハジメはバールクスの言葉に、〝鉱物系鑑定〟を使う。

核という動力なくして作動するゴーレムは、もしかしたら特殊な鉱石で作られているのでは? と考えたからだ。

 

その考えは正解だった。ゴーレム達は感応石と言う魔力を定着させる性質を持つ鉱石で作られていて、同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができるらしい。

 

この感応石で作られたゴーレム騎士達は、何者かによって遠隔操作をされているということだろう。

京矢達が再生だと思っていたのも、鉱石を直接操って形を整えたり、足りない部分を継ぎ足したりしているだけのようだ。再生というより再構築といった感じだろう。

よく見れば、床にも感応石が所々に使われており、まるで削り出したようにかけている部分が見られる。ゴーレムのかけた部分の補充に使われたに違いない。操っている者を直接叩かないと本当にキリがないようだ。

 

「ある意味部屋全体がゴーレムの本体ってわけか?」

 

「キリが無いわけだな。指揮官、私が突破口を開く」

 

「オレと南雲でお前が開けた穴を広げる。強行突破だ!」

 

「了解した」

 

祭壇と思われる場所へと向けて道を塞ぐゴーレム騎士達をエンタープライズの艦載機が吹き飛ばす。そこを通さないとばかりにゴーレム騎士達の破片が再構築されそうになるが、

 

「旋!」

 

バールクスの放った三つの竜巻が破片を吹き飛ばし、再生を止める。

 

「今だ、走れ!」

 

バールクスの叫びに従って一同は一斉に祭壇へ向かって突進する。

近づく敵をハジメとユエとベルファストが近づかれる前に迎撃する。

 

後方から迫ってきているゴーレム騎士達に向かってエンタープライズが艦載機を向かわせると、背後で大爆発が起こり、衝撃波と爆風でゴーレム騎士達が吹き飛ばされていく。

 

シアがエンタープライズとバールクスの空けた前方の隙間に飛び込み、ドリュッケンを体ごと大回転させて進路を塞ごうとした周囲のゴーレム騎士達を薙ぎ払った。

技後硬直するシアに盾や大剣を投げつけようとするゴーレム騎士達にユエの〝破断〟が飛来し切り裂いていく。

 

ハジメとバールクスは殿を務めながら後方から迫るゴーレム騎士達にショットライザーと気刃を連射した。

その隙に一気に包囲網を突破したシアが祭壇の前に陣取る。続いてユエとベルファストが、3人に遅れてエンタープライズが祭壇を飛び越えて扉の前に到着した。



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051

「ユエさん! 扉は!?」

 

「ん……やっぱり封印されてる」

 

「あぅ、やっぱりですかっ!」

 

「予想はしていましたが」

 

見るからに怪しい祭壇と扉なのだ。封印は想定内。だからこそ、最初は面倒な殲滅戦を選択したのだ。扉の封印を落ち着いて解くために。

シアとベルファストは、案の定の結果に文句を垂れつつも、階段を上ってきた騎士を弾き飛ばす。

 

後方の騎士達はエンタープライズが艦載機で吹き飛ばしているので登ってきた数は然程多く無いが、再構築される為的な数は一向に減らない。

 

「南雲、錬成で扉に穴は開けられないか?」

 

「いや、封印の解除はユエに任せる。錬成で突破するのは時間がかかりそうだ」

 

「なら」

 

『バールクス! ターイムブレーク!』

 

素早くベルトを操作し、後方に迫る騎士達に回し蹴りのタイムブレークを撃ち込む。前方に迫っていた騎士達は憐れにも跡形もなく粉砕され、その後ろにいた騎士達は粉砕されている。一番軽傷なのは体を真っ二つにされるだけで済んだ騎士達だろう。それよも後方にいた騎士達は必殺技の衝撃で吹き飛ばされている。

 

暫くの時間稼ぎに成功すると、殿を務めていたバールクスとハジメがシアの隣に並び立った。

バールクスの言葉に返したハジメの言う通り、錬成で強引に扉を突破することは、もしかすると可能かもしれないが、この領域では途轍もない魔力を消費して、多大な時間がかかることだろう。

それなら、せっかく如何にもな祭壇と黄色の水晶なんて物が置かれているのだから、正規の手順で封印を破る方がきっと早い。ハジメはそう判断して、戦闘では燃費の悪いユエに封印の解除役を任せる。

 

「ん……任せて」

 

ユエは、ハジメの言葉に二つ返事で了承し祭壇に置かれている黄色の水晶を手に取った。

その水晶は、正双四角錐をしており、よくみれば幾つもの小さな立体ブロックが組み合わさって出来ているようだ。

 

ユエは背後の扉を振り返る。

其処には三つの窪みがあった。ユエは、少し考える素振りを見せると、正双四角錐を分解し始めた。分解し、各ブロックを組み立て直すことで、扉の窪みにハマる新たな立方体を作ろうと考えたのだ。

 

「指揮官、此処まで奴の煽りが見えないのが気になるんだが……」

 

「多分、そろそろ出てくるんじゃ無いのか? コレまでのパターンとか考えると此処で出て来そうだし」

 

バールクスとエンタープライズの会話を聞きながら結晶を分解しながら、ユエは、扉の窪みを観察する。

そして、よく観察しなければ見つからないくらい薄く文字が彫ってあることに気がついた。

 

 

〝とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~〟

〝早くしないと死んじゃうよぉ~〟

〝まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!〟

〝大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー!〟

 

 

そこに有るのは、バールクスの予想通り何時ものウザイ文だった。

こんな状況なだけにめちゃくちゃイラっとするユエ。いつも以上に無表情となり、扉を殴りつけたい衝動を堪えながらパズルの解読に集中する。

 

何となく背後から殺気が漏れているのに気が付いたバールクス達は何があったのか大体悟ったので、触らぬ神に祟り無しとばかりに目の前のゴーレム騎士達との対応に集中する事にした。

 

「こいつら、凍らせれば再生しなくなるんじゃねえか?」

 

「それはミレディも考えてるだろうけど……出来るのか?」

 

「一度変身を解く必要があるけどな」

 

「だったら、奥の手にしておいてくれ。切り札になるかも知れねえからな」

 

「分かった」

 

時間稼ぎになりそうな手段は、手札的に有るのだが、それはバールクスの姿では使えない。

 

これだけ敵が踏み荒らしているのに罠が何一つ発動しないのはゴーレム騎士達は何らかの方法で無効にしているのだろう。腹立たしい事に。

 

雑談かわしながらゴーレム騎士達を弾き飛ばしていくバールクスとハジメ。

終始余裕の彼ら二人を含む四人と違い、最初は際限の無さに焦りを浮かべていたシアもバールクス達が余裕を失わず冷静である様子を見て、落ち着きを取り戻していた。

 

「なんだか、ちょっと嬉しいです」

 

「あぁ?」

 

一体、ゴーレム騎士を叩き潰し蹴り飛ばしながら、シアがポツリとこぼした。

 

「ほんの少し前まで、逃げる事しか出来なかった私が、こうしてハジメさん達と肩を並べて戦えていることが……とても嬉しいです」

 

「……ホント物好きなやつだな」

 

「えへへ、私、この迷宮を攻略したらハジメさんといちゃいちゃするんだ! ですぅ」

 

「おい、こら。何脈絡なく、あからさまな死亡フラグ立ててんだよ。悲劇のヒロイン役は、お前には荷が重いから止めとけ。それと、ネタを知っている事についてはつっこまないからな?」

 

「それは、『絶対に死なせないぜマイハニー☆』という意味ですね? ハジメさんったら、もうっ!」

 

「意訳し過ぎだろ! 最近、お前のポジティブ思考が若干怖いんだが……下手な発言できねぇな……」

 

「へっ、オレ迷宮攻略したら……うん、告白しようにも相手がな……」

 

「いや、お前もやるなよ!?」

 

「じゃあ、アイルビー……」

 

「そりゃ死ぬときの台詞だろうが!?」

 

そんな雑談をしながら騎士達を退け続けて数分。シアとハジメの2人がイチャつく雰囲気にならない様にでもしている様なバールクスの言動に妙に納得のいかない様子のシア達の間に、ぬぅ~と影が現れた。ユエだ。

 

「……いちゃいちゃの邪魔、ナイス」

 

「おう」

 

「いや、そんなのを狙ってたのかよ!?」

 

「ええ~、そんな事狙ってたんですか~!? 酷いですぅ~、京矢さ~ん!」

 

「お前もう黙ってろよ……」

 

若干、疲れた表情でシアを横目に見るハジメに、ユエはバールクスに無表情ながら良くやったと言う様にサムズアップを向ける。

しかし、そんな状況でもないと思い直し、今度は少し得意気に任務達成を伝えた。

 

「……開いた」

 

「早かったな、流石ユエ」

 

「よっしゃ、殿はオレ達に任せろ! 行くぜ、エンタープライズ!」

 

「了解だ、指揮官!」

 

ユエの言った通り封印が解かれて扉が開いているのが確認できた。

奥は特になにもない部屋になっているようだ。ハジメがユエとシアを伴って奥の部屋に向かって後退する。封印の扉を閉めればゴーレム騎士達の襲撃も阻めるだろう。

その姿を確認して、素早くロボライダーアーマーへと変身するとバールクスは必殺技を発動し、エンタープライズも艦載機を青い炎の鷲に変化させる。

 

 

『フィニッシュターイム! ロボ! ターイムブレーク!』

 

 

ロボライダーアーマーの装甲が開きそこから大量のマイクロミサイルが出現し空中に砲台が現れる。更に両手にボルテックシューターが現れ、バールクス ロボライダーアーマーがボルテックシューターのトリガーを弾くとアーマーからマイクロミサイルが、砲台からの砲撃が一斉に撃ち出される。

 

とても人間サイズのロボライダーアーマーからの攻撃とは思えない一斉砲撃が、エンタープライズの艦載機の攻撃を受けた直後のゴーレム騎士達を蹂躙していく。

その姿は正に人型の要塞。無慈悲な殺戮要塞の如き圧倒的な火力が罠の有無も関係なく粉々に破壊していった。

 

置き土産とばかりに全力砲撃をお見舞いするとベルトを外し変身を解除する。ロボライダーアーマーの重量を考えると扉が閉まる前にゴーレム騎士達に追い付かれると判断したのだ。

 

京矢、エンタープライズ、ベルファストの順に扉の奥に飛び込むと、その隙にスタンバイしていたユエとシアが扉を閉めた。

 

部屋の中は、遠目に確認した通り何もない四角い部屋だった。

てっきり、ミレディ・ライセンの部屋とまではいかなくとも、何かしらの手掛かりがあるのでは? と考えていたので少し拍子抜けする。

 

安全かと思ってハジメもバルカンへの変身を解除する。

 

「これは、あれか? これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチか?」

 

「ミレディの性格を考えるとそれも有りそうだよな。敢えてこれみよがしな封印を目の前にしたらゴールと思うだろうし」

 

「……ありえる」

 

「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

 

「どこまでもふざけた奴だ……」

 

「全くです」

 

一同が一番あり得る可能性にガックリしていると、突如もううんざりする程聞いているあの音が響き渡った。

 

 

 

 

ガコン!

 

 

 

 

 

『!?』

 

仕掛けが作動する音と共に部屋全体がガタンッと揺れ動いた。

そして、京矢達の体に横向きのGがかかる。

 

「っ!? 何だ!? この部屋自体が移動してるのか!?」

 

「……そうみたッ!?」

 

「うきゃ!?」

 

「口を開くな、舌を噛むぞ!」

 

ハジメが推測を口にすると同時に、今度は真上からGがかかる。急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑えてぷるぷるしている。シアは、転倒してカエルのようなポーズで這いつくばっている。

膝立ちの体制で衝撃に耐えながら喋るなと忠告する京矢。

 

部屋は、その後も何度か方向を変えて移動しているようで、約四十秒程してから慣性の法則を完全に無視するようにピタリと止まった。

ハジメは途中からスパイクを地面に立てて体を固定していたので急停止による衝撃にも耐えたが、シアは耐えられずゴロゴロと転がり部屋の壁に後頭部を強打した。方向転換する度に、あっちへゴロゴロ、そっちへゴロゴロと悲鳴を上げながら転がり続けていたので顔色が悪い。相当酔ったようだ。後頭部の激痛と酔いで完全にダウンしている。

ちなみに、ユエは、最初の方でハジメの体に抱きついていたので問題ない。

京矢、エンタープライズ、ベルファストの3人は揺れは応えたが転がった様子もなく耐えていた。

 

「京矢様、何かものすごく嫌な予感がするのですが」

 

「奇遇だな、私もだ」

 

「だろうな、オレもそう思う」

 

ハジメがスパイクを解除して立ち上がったのを確認すると、周囲を観察するが特に変化はない。

先ほどの移動を考えると、入ってきた時の扉を開ければ別の場所ということだろう。

 

物凄く嫌な予感がするが開かなければ先に進まない。

 

「さて、何が出るかな?」

 

「……操ってたヤツ?」

 

「その可能性もあるな。ミレディは死んでいるはずだし……一体誰が、あのゴーレム騎士を動かしていたんだか」

 

「コントロール装置の中核みたいな奴じゃ無いのか?」

 

「あり得るな」

 

「……何が出ても大丈夫。ハジメは私が守る……ついでにシアも」

 

「聞こえてますよぉ~うっぷ」

 

ボス戦かと気合を入れ直すが、すっかり四つん這いで這ってくるシアは酔っている様子で今にもリバースしそうだ。シアが根性でハジメ達の傍までやって来て、期待した目と青白い顔でハジメを見上げる。ハジメはそっと、視線を逸らして扉へと向き直った。背後で「そんなっ! うぇっぷ」という声が聞こえるがスルーする。

 

「準備は良いな?」

 

京矢の言葉に頷くシアを除く一同。扉の先は、ミレディの住処か、ゴーレム操者か、あるいは別の罠か……京矢は「何でも来い」と不敵な笑みを浮かべて扉を開いた。

 

そこには……

 

「……何か見覚えないか? この部屋」

 

「……物凄くある。特にあの石板」

 

「ここ、入り口じゃね?」

 

扉を開けた先は、別の部屋に繋がっていた。その部屋は中央に石板が立っており左側に通路がある。

見覚えがあるはずだ。なぜなら、その部屋は、

 

「ええ、最初の部屋……の様ですね?」

 

ベルファストが、思っていても口に出したくなかった事を言ってしまう。

だが、確かに、ベルファストの言う通り最初に入ったウザイ文が彫り込まれた石板のある部屋だった。

よく似た部屋ではない。それは、扉を開いて数秒後に元の部屋の床に浮き出た文字が証明していた。

 

 

〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟

〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟

〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟

 

 

 

 

『…………』

 

京矢達の顔から表情がストンと抜け落ちる。

能面という言葉がピッタリと当てはまる表情だ。全員が微動だにせず無言で文字を見つめている。すると、更に文字が浮き出始めた。

 

 

 

〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!〟

〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

〝ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟

 

 

「は、ははは」

 

「フフフフ」

 

「フヒ、フヒヒヒ」

 

ハジメ、ユエ、シアの三者三様の壊れた笑い声が辺りに響く。

その後、迷宮全体に届けと言わんばかりの絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。

 

「……ミレディの不思議のダンジョン?」

 

京矢の的を得まくった呟きにハジメが彩度の絶叫をしたのだった。

ゲームなら良いが実際に体験すると禄でも無いダンジョンだ。あのゲームの主人公達も毎回こんな心境だったんだろうと思う。寧ろ、ミレディの様な煽りがない分良心的とさえ言えるだろう。

 

最初の通路を抜けて、ミレディの言葉通り、前に見たのとは大幅に変わった階段や回廊の位置、構造に更にハジメ達が怨嗟の声を上げたのも言うまでもないことだ。

 

「鳳凰寺!? キシリュウジン出せ! ダンジョンごとぶち壊してやれ!」

 

「い、いや、それだと試練成り立たないだろ?」

 

キシリュウジンでダンジョンごとぶち壊して進もうしたり、無言のままに手榴弾を作り始めたりしたハジメを宥めて、何とかハジメ達3人の精神を立て直し、再び迷宮攻略に乗り出した京矢達。

しかし、やはり順風満帆とは行かず、特にシアが地味なトラップ(金たらい、トリモチ、変な匂いのする液体ぶっかけetc)の尽くにはまり、精神的にヤバくない? というほどキレッキレッになったりと、厄介な事に変わりはなかった。

 

そうして、冒頭の光景に繋がるわけである。



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052

とある部屋の中、壁から放たれる青白い仄かな光が壁にもたれ掛かりながら寄り添うハジメ、ユエ、シアの三人の影を映す。

その近くでテーブルを囲んでゆっくりと食事をとっているのは京矢とエンタープライズとベルファストの三人だ。

 

ハジメを中心に右側にユエ、左側にシアが座り込んで肩にもたれ掛かっている。

部屋にはベルファストの用意した英国風カレーを食べている3人の食事の音が小さく響いているが、耳を澄ませばほんの僅かにスゥースゥーと呼吸音が聞こえる。ユエとシアの寝息だ。

京矢達が食事をする傍ら、二人はハジメの両腕を抱いたまま、その肩を枕替わりに睡眠をとっているのだ。

 

京矢達がライセンの迷宮に入ってから今日でちょうど一週間である。その間も数々のトラップとウザイ文に体よりも精神を削られ続けた。

スタート地点に戻されること七回、致死性のトラップに襲われること四十八回、全く意味のない唯の嫌がらせ百六十九回。

最初こそ、心の内をミレディ・ライセンへの怒りで満たしていた京矢達だが、四日を過ぎた辺りから何かもうどうでもいいやぁ~みたいな投げやりな心境になっていた。

なお、3日目辺りにはもう試練とかどうでもいいからキシリュウジンで叩き壊してやろうと京矢に頼み込んでもいる。

 

食料は潤沢にあるし、全員が全員身体スペック的に早々死にはしないのが不幸中の幸いだ。今のように休息を取りながら少しずつ探索を進めている。

その結果、どうやら構造変化には一定のパターンがあることがわかった。〝マーキング〟を利用して、どのブロックがどの位置に移動したのかを確かめていったのだ。

 

もうそろそろ進展があるかもしれない。そんなことを思いながら、食欲を刺激する英国風カレーの香りに食欲を刺激されながらハジメは両隣で眠る少女達に視線を向けた。

 

「気持ちよさそうに寝やがって……ここは大迷宮だぞ? ってか、オレの分も残しておいてくれよ。さっきから腹減って仕方ないんだぞ!」

 

「安心しろ、ちゃんと全員分あるからな」

 

こんな迷宮の中で地球のレストランも真っ青な英国風カレーを食べられるとは夢にも思っていなかったハジメだ。

日本風と英国風の違いはよくわからないが、各種スパイスの香りがベルファストが準備を始めた所から漂って来ていて、それだけで腹が減る。

 

「当然、ハジメ様達の分も用意しておりますので、ご安心ください」

 

「そう言うことだ。食べるのも大事だからな」

 

「ああ、大盛りで頼む」

 

ハジメの苦笑い混じりの返答が響く。

見張り役なのでずっと起きていたのだが、ハジメは何となしに抱きしめられている腕をそっと解いて、ユエの髪を撫でる。僅かに頬が綻んだように見えた。ハジメの目元も僅かに緩む。

 

「むにゃ……あぅ……ハジメしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、……皆見てますよぉ~」

 

「……」

 

その後に聞こえた妙なシアの寝言が聞こえた時点で視線を晒してのんびりとお茶を飲む京矢だが、

 

「ん~、ん? んぅ~!? んんーー!! んーー!!」

 

しあの苦し気な声が聞こえた時点で何が起こったのかを察して何事もないようにお茶を飲むことにした。

 

「ぷはっ! はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

 

ぜはぜはと荒い呼吸をしながら抗議するシアの声に、大体何があったか察した京矢は苦笑を浮かべる。

 

「で? お前の中で、俺は一体どれほどの変態なんだ? お外で何をしでかしたんだ? ん?」

 

「えっ? ……はっ、あれは夢!? そんなぁ~、せっかくハジメさんがデレた挙句、その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、遂には公衆の面前であッへぶっ!?」

 

聞いていられなくなってハジメが強化済みデコピンを額に叩き込む衝撃音が背後から聞こえてくるがそこは聞き流す京矢。やっぱり、残念なキャラは抜け出せないらしい。

 

「起きたなら飯でも食っておけよ、見張はオレが変わるぜ」

 

「ああ、頼む」

 

後頭部をさすりながら「何となく幸せな気持ちになったのですが気のせいでしょうか?」と呟くシアを他所に京矢の言葉にそう返すハジメ。

シアも起きた(強制的に)ので、ハジメはユエを優しく揺さぶり起こす。ユエは「……んぅ……あぅ?」と可愛らしい声を出しながらゆっくりと目を開いた。そして、ボーとした瞳で上目遣いにハジメを確認すると目元をほころばせ、一度、ハジメの肩口にすりすりすると、そっと離れて身だしなみを整えた。

 

寝起きにカレーはどうかと思うがそれはそれ。席を立つ京矢とエンタープライズと入れ替わりにハジメ達がテーブルに着く。

 

「うぅ、ユエさんが可愛い……これぞ女の子の寝起きですぅ~、それに比べて私は……」と今度は落ち込み始めたシアに、ユエは不思議そうな目を向けるが、〝シアだから〟という理由で放置する。

 

女子力でユエに負けているシアの慟哭を聞き流しながら、京矢はハジメ達の食事が終わるまで警戒を変わる。

エンタープライズもシアの言葉に何か言いたげだが、突っ込むべきでは無いと判断して警戒に意識を向ける。

 

「女子力か。指揮官も可愛らしい方が……」

 

そんなエンタープライズの呟きを聞き流し、シアが少々やさぐれた様子で立ち上がるり、ユエとハジメは食事も終わり準備万端だ。

今度は、スタート地点に戻されないことを祈って、一行は迷宮攻略を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び嫌らしい数々のトラップとウザイ文を修羅に染まりそうになりながらも、菩薩の心境でクリアしていく。

 

そして、京矢達は、一週間前に訪れてから一度も遭遇することのなかった部屋に出くわした。

最初にスタート地点に戻して天元突破な怒りを覚えさせてくれたゴーレム騎士の部屋だ。ただし、今度は封印の扉は最初から開いており、向こう側は部屋ではなく大きな通路になっていた。

 

「ここか……また包囲されても面倒だ。扉は開いてるんだし一気に行くぞ!」

 

「んっ!」

 

「はいです!」

 

「おう!」

 

「了解した!」

 

「かしこまりました」

 

京矢達は、ゴーレム騎士の部屋に一気に踏み込んだ。

部屋の中央に差し掛かると、案の定、ガシャンガシャンと音を立ててゴーレム騎士達が両サイドの窪みから飛び出してくる。

出鼻を抉いて前方のゴーレム騎士達を銃撃し、気刃を放ち、砲撃し、蹴散らしておく。そうやって稼いだ時間で、京矢達は更に加速し包囲される前に祭壇の傍まで到達した。

ゴーレム騎士達が猛然と追いかけるが、ハジメ達が扉をくぐるまでには追いつけそうにない。逃げ切り勝ちだと、ハジメはほくそ笑んだ。

 

「なんか嫌な予感がするんだが」

 

言い知れぬ不安な予感が京矢の直感を刺激する。

 

ハジメの笑みは次の瞬間には剥がれ落ち、京矢の直感は的中してしまった。

何と、ゴーレム騎士達も扉をくぐって追いかけてきたからだ。しかも……

 

「なっ!? 天井を走ってるだと!?」

 

「……びっくり」

 

「重力さん仕事してくださぁ~い!」

 

「あの重さであの程度の速さで落ちないって……。ッチ! これもミレディって奴の仕業か!? ……って事はここの神代魔法か?」

 

そう、追いかけてきたゴーレム騎士達は、まるで重力など知らんとばかり壁やら天井やらをガシャンガシャンと重そうな全身甲冑の音を響かせながら走っているのである。

これには、流石のハジメ達も度肝を抜かれた。ハジメは、咄嗟に通路に対して〝鉱物系鑑定〟を使うが、材質は既知のものばかり。重力を中和したり、吸着の性質を持った鉱物等は一切検知できなかった。

 

そんな中で1人冷静に分析していた京矢は何気に正解に触れていたのだが、この時の彼らには知る由もなかった。

 

「やっぱり、キシリュウジンで迷宮を突き破ってもらうんだった!?」

 

そんな呟きが思わず口から漏れる。そして、再度、背後の騎士をチラリと振り返って更に度肝抜かれることになった。

 

天井を走っていたゴーレム騎士の一体が、走りながらピョンとジャンプすると、まるで砲弾のように凄まじい勢いで頭を進行方向に向けたまま宙を飛んできたのである。

 

「って、おい!?」

 

慌てて気刃を放ち飛んできた騎士を斬る京矢。ゴーレム騎士は頭部と胴体が真っ二つに別れ、更に大剣と盾を手放す。しかし、それらは地面に落ちることなく、そのまま京矢達に向かって突っ込んできた。……砲弾が散弾になっちゃったのである。

 

「避けろ!」

 

猛烈な勢いで迫ってきたゴーレム騎士の頭部、胴体、大剣、盾を屈んだり跳躍したりして躱していく。

京矢達を通り過ぎたゴーレム騎士の残骸は、そのまま勢いを減じることなく壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

 

「おいおい、あれじゃまるで……」

 

「ん……〝落ちた〟みたい」

 

「重力さんが適当な仕事してるのですね、わかります」

 

「若しくは、重力の働きが変化させられてるって事だろうな」

 

まさしくユエやシアの言葉が一番しっくりくる表現だった。

 

京矢の推測が正しいのなら、どうやらゴーレム騎士達は重力を操作できるらしい。

なぜ、前回は使わなかったのかはわからないが、もしかすると部屋から先の、この通路以降でなければならなかったのかもしれない。

 

「罠の質が上がったって事は、こっちに有るのが本命の通路なんだろうな」

 

転がる途中で幾つかは反対側に蹴り返して時間を稼ぐが、再生できるなら僅かな破片でも挟み撃ちのための戦力の配置は容易いだろう。隊列を組んで京矢達を待ち構えていた。

盾を前面に押し出し腰をどっしりと据えて壁を作っている。ご丁寧に二列目のゴーレム騎士達は盾役の騎士達を後ろから支えていた。おそらく、一列だけではパワーで粉砕されると学習したのだろう。

 

(やっぱり、この迷宮はなんらかの学習機能、メインコンピューターみたいなのがいるって事か?)

 

無機質な罠のゴーレム騎士にそんな学習機能があるとは考えられず、ならば考えられるのは一つ。

この迷宮のボスは同時にこの迷宮の罠のコントロールを担っていると言う事だ。

 

それを破壊する事が攻略に必要な過程と推測するが、こちらの戦闘データを元に対策を立てられたのでは厄介この上ない。やはり、幾つかの切り札は残しておこうと考えを組み立てる。



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053

「ちっ、面倒な」

 

「どうする、オレが切り札を斬ってもいいぜ」

 

「いや、此処はオレがやる」

 

ハジメは京矢の言葉答えるとドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまう。そして〝宝物庫〟から一つの兵器を取り出す。

 

それを聞いて京矢は、この場はハジメに任せると、この迷宮ではライダーシステムよりも優位に戦えるであろう、ガイソーケンを取り出しながら、ハジメの後ろに下がる。

 

ハジメの手元に十二連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャー:オルカンである。

ロケット弾は長さ三十センチ近くあり、その分破壊力は手榴弾より高くなっている。弾頭には生成魔法で〝纏雷〟を付与した鉱石が設置されており、この石は常に静電気を帯びているので、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火する仕組みだ。

 

ハジメは、オルカンを脇に挟んで固定すると口元を歪めて笑みを作った。

 

「全員! 耳塞げ! ぶっぱなすぞ!」

 

「ん」

 

「ああ!」

 

「えぇ~何ですかそれ!?」

 

初めて見るオルカンの異様にシアが目を見張る。

逆にそれを知っている他の4人は、走りながら人差し指を耳に突っ込んだ。

 

シアのウサミミはピンッと立ったままだが、お構いなしにハジメはオルカンの引き金を引く。

 

『バシュウウ!』と言う音と共に、後方に火花の尾を引きながらロケット弾が発射され、狙い違わず隊列を組んで待ち構えるゴーレム騎士に直撃した。

 

次の瞬間、轟音、そして大爆発が発生する。

通路全体を轟音が激震させ、大量に圧縮された燃焼粉が凄絶な衝撃を撒き散らした。

ゴーレム騎士達は、直撃を受けた場所を中心に両サイドの壁や天井に激しく叩きつけられ、原型をとどめないほどに破壊されている。

これなら再構築にもしばらく時間がかかるだろう。

 

「あんなに密集してたら単なる的だろうに」

 

吹き飛んでいくゴーレム騎士達を一瞥しながら呟く京矢の言葉に同意する様にエンタープライズとベルファストが頷く。

中世の時代やこの世界ならば有効な、正解とも言える戦術なのだろうが、近代兵器を基にしたアーティファクトの前では単なる的である。

 

京矢達はそんな哀れなゴーレム騎士達の残骸を飛び越えていく。

 

「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」

 

耳を塞げた京矢達と併走しながら、一人耳を塞げなかったシアはウサミミをペタンと折りたたみ両手で押さえながら涙目になって悶えている。

兎人族……それは亜人族で一番聴覚に優れた種族である。そんな優れた聴覚に空気を揺らすほどの轟音を聞いてしまったのだ。そのダメージは大きいだろう。

 

「だから、耳を塞げって言っただろうが」

 

「ええ? 何ですか? 聞こえないですよぉ」

 

「……ホント、残念ウサギ……」

 

「って、また降ってくるぞ、ゴーレムが」

 

「晴れ時々鎧、か?」

 

ハジメとユエが呆れた表情でシアを見るが、悶えるシアは気がついていない。

再び落ちて来たゴーレム騎士達に京矢の剣掌・旋で後方に吹き飛ばすことで対処しながら、駆け抜けること五分。

遂に、遂に通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が見える。

 

「ユエ、シア! 飛ぶぞ!」

 

「エンタープライズ、ベルファス、オレ達もだ! それから、エンタープライズ、艦載機をいつでも出せる様にしておいてくれ!」

 

ハジメの掛け声に頷くユエとシア(何とか聴力は回復した)に、京矢の指示に頷くエンタープライズとベルファス。

背後からは依然、ゴーレム騎士達が落下してくる。それらを吹き飛ばし、躱しながら京矢達は通路端から勢いよく飛び出した。

 

身体強化された彼等の跳躍力はオリンピック選手のそれを遥かに凌ぐ。世界記録を軽々と超えて京矢達は眼下の正方形に飛び移ろうとした。

 

 

 

が、思った通りにいかないのがこの大迷宮の特徴。

放物線を描いて跳んだ京矢達の目の前で正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。

 

「なにぃ!?」

 

この迷宮に来てから何度目かの叫びを上げるハジメ。目測が狂いこのままでは落下する。

 

「エンタープライズ!」

 

「分かっている!」

 

だが、その程度は予想していた異世界経験者が一人。

京矢である。予めエンタープライズにいつでも艦載機を出せる様に指示を出していた。その為に全員が乗れる数の艦載機を直ぐに呼び出す。

 

出現した艦載機は魔法由来ではないので、未だに離れて行こうとするブロックに追いつくことに成功する。ブロックの上にエンタープライズの艦載機が並走し、艦載機に捕まりながら慎重に降りるとハジメ達は安堵の息を吐く。

 

「ナ、ナイスだ、鳳凰寺、エンタープライズ」

 

「エンタープライズさん、流石ですぅ!」

 

「いや、指揮官の指示が的確だっただけだ」

 

落下せずに済み、安全に着地した事に安堵し、ハジメ達はエンタープライズを賞賛する。

 

だが、そんな和やかな雰囲気は空飛ぶゴーレム騎士達によって遮られた。

そう、ゴーレム騎士達は宙を飛んでいるのである。おそらく重力を制御して落下方向を決めているのだろう。

 

「くそっ、こいつら、重力操作かなんか知らんが動きがどんどん巧みになってきてるぞ」

 

「……たぶん、原因はここ?」

 

「大雑把なコントロールしか出来なかったのが、これだけ巧みに動かせるって事は……此処に中核が有るんだろうな」

 

「あはは、常識って何でしょうね。全部浮いて(・・・)ますよ?」

 

シアの言う通り、周囲の全ては浮遊していた。

 

京矢達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。

そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。

だが、不思議なことに京矢達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

「宇宙空間で戦うロボットになった気分だな」

 

そんな空間をゴーレム騎士達が縦横無尽に飛び回っているのを見て京矢はそう呟く。

ゴーレム騎士達は落下方向を調節しているのか、真ゲッターほどではないが方向転換が急激である。

生物なら凄まじいGで死んでいてもおかしくないだろう。この空間に近づくにつれて細やかな動きが可能になっていった事を考えると、京矢の推測通り、

 

「鳳凰寺の言う通り、ここに、ゴーレムを操っているヤツがいるってことかな?」

 

京矢とハジメの推測にユエとシアも賛同するように表情を引き締める。

ゴーレム騎士達は何故か、京矢達の周囲を旋回するだけで襲っては来ない。

取り敢えず、何処かに横道でもないかと周囲を見渡す。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からない。

だが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。ゴーレム騎士達の能力上昇と、この特異な空間がその推測に説得力を持たせる。

 

ハジメは〝遠見〟で、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。

と、次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。

 

「逃げてぇ!」

 

『っ!?』

 

一同は何が? と問い返すこともなく、シアの警告に瞬時に反応し弾かれた様に飛び退いた。

運良く、ちょうど数メートル先に他のブロックが通りかかったので、それを目指して現在立っているブロックを離脱する。

 

直後、隕石が落下してきたのかと錯覚するような衝撃が今の今までハジメ達がいたブロックを直撃し木っ端微塵に爆砕した。

隕石というのはあながち間違った表現ではないだろう。赤熱化する巨大な何かが落下してきて、ブロックを破壊すると勢いそのままに通り過ぎていったのだ。

 

ハジメの頬に冷や汗が流れる。シアが警告を発してくれなければ確実に直撃を受けていた。〝金剛〟が使えない今、もしかしたら即死していたかもしれない。感知出来なかったわけではなかった。

 

「エンタープライズ、ベルファスト、無事か?」

 

「はい、シア様の警告が遅ければ危なかったかもしれませんが」

 

「私も無事だ」

 

京矢がエンタープライズとベルファストの無事を確認するとガイソーケンを構え、いつでも変身できる体制をとる。

シアが警告をした直後、京矢もハジメも、確かに気配を感じた。だが、落下速度が早すぎて感知してからの回避が間に合ったとは思えなかったのである。

 

「シア、助かったぜ。ありがとよ」

 

「……ん、お手柄」

 

「えへへ、〝未来視〟が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

 

どうやら、二人の感知より早く気がついたのはシアの固有魔法〝未来視〟が発動したからのようだ。

〝未来視〟は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。

 

つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるということだ。

改めて戦慄を感じながら、ハジメは通過していった隕石モドキの方を見やった。ブロックの淵から下を覗く。と、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間にハジメ達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもってハジメ達を睥睨した。

 

「おいおい、マジかよ」

 

「……すごく……大きい」

 

「お、親玉って感じですね」

 

「おいおい、キシリュウジン並みの大きさかよ」

 

三者三様の感想を呟く京矢達。若干、ユエの発言が危ない気がするが、ギリギリ許容範囲……のはずだ。

 

京矢達の目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。

全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱なのでキシリュウジンよりは遥かに小さい。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

京矢達が、巨体ゴーレムに身構えていると、周囲のゴーレム騎士達がヒュンヒュンと音を立てながら飛来し、ハジメ達の周囲を囲むように並びだした。

整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。まるで王を前にして敬礼しているようだ。

 

すっかり包囲され京矢達の間にも緊張感が高まる。

辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。動いた瞬間、命をベットしてゲーム殺し合いが始まる。

そんな予感をさせるほど張り詰めた空気を破ったのは……

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

……巨体ゴーレムのふざけた挨拶だった。

 

『……は?』

 

思わず呆けた声を上げてしまう京矢達。だが、一つだけ解ることがある。

この迷宮の怒りをぶつけるべき相手が現れたと言う事だ。



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054

「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。

何を言っているか分からないだろうが、ハジメにもわからない。頭がどうにかなる前に現実逃避しそうだった。

ユエとシアも、包囲されているということも忘れてポカンと口を開けている。

京矢もガイソーグに変身しようとしたタイミングでリアクションに困っている。

エンタープライズとベルファストもまたポカーンとフリーズしていた。……この二人のこの姿は結構レアかもしれない。

 

そんな硬直する一行に、巨体ゴーレムは不機嫌そうな声を出した。声質は女性のものだ。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

 

「……幻聴じゃなかったんだな」

 

実にイラっとする話し方である。

しかも、巨体ゴーレムは、燃え盛る右手と刺付き鉄球を付けた左手を肩まで待ち上げると、やたらと人間臭い動きで「やれやれだぜ」と言う様に肩を竦める仕草までした。

普通にイラっとする京矢達。道中散々見てきたウザイ文を彷彿とさせる。〝ミレディ・ライセン〟と名乗っていることから本人である可能性もあるが、彼女は既に死んでいるはずであるし、人間だったはずだ。

 

京矢からの探りを入れてくれと言う視線を受けてハジメは取り敢えず、その辺りのことを探ってみる事にした。

内心、コミュ力高い京矢の方が向いてないかと思わないこともないが。

 

「そいつは、悪かったな。だが、ミレディ・ライセンは人間で故人のはずだろ? まして、自我を持つゴーレム何て聞いたことないんでな……目論見通り驚いてやったんだから許せ。そして、お前が何者か説明しろ。簡潔にな」

 

「あれぇ~、こんな状況なのに物凄く偉そうなんですけど、こいつぅ」

 

全く探りになってなかった。むしろド直球に聞きに行った。

流石に、この反応は予想外だったのかミレディを名乗る巨体ゴーレムは若干戸惑ったような様子を見せる。が、直ぐに持ち直して、人間なら絶対にニヤニヤしているであろうと容易に想像付くような声音でハジメ達に話しかけた。

 

「ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~。何を持って人間だなんて……」

 

「オスカーの手記にお前のことも少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきてたぞ?」

 

「ああ。精巧な自動人形(オートマタ)って言うなら勘違いしていたって推測も出来るが、それが錬成師で、しかも神代魔法まで使える奴が相手なら話は別だ。そんな奴が気が付かないわけがない」

 

京矢がミレディの言葉を否定する。専門家が専門分野で間違える訳が無いと言うある種の能力への信頼だ。

 

「というか阿呆な問答をする気はない。簡潔にと言っただろう。どうせ立ち塞がる気なんだろうから、やることは変わらん。お前をスクラップにして先に進む。だから、その前にガタガタ騒いでないで、吐くもん吐け」

 

「お、おおう。久しぶりの会話に内心、狂喜乱舞している私に何たる言い様。っていうかオスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

 

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか質問しているのはこちらだ。答える気がないなら、戦闘に入るぞ? 別にどうしても知りたい事ってわけじゃない。俺達の目的は神代魔法だけだからな」

 

「つー訳だ。戦闘前に久しぶりの会話を楽しみたいなら、サクサク答えろ」

 

ハジメがドンナーを巨体ゴーレムに向け、京矢がガイソーケンを構える。それに合わせて戦闘態勢に入るエンタープライズとベルファスト。

ユエはすまし顔だが、シアの方は「うわ~、ブレないなぁ~」と感心半分呆れ半分でハジメ達を見ていた。

 

「……神代魔法ねぇ、それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

 

「あの悪霊擬きを始末しろって言うなら、オレ達の目的には始末する必要はあるな。封印で良いなら、永遠に退屈な場所に送ってやるところだがな」

 

「ん~、君の言う封印がどんなのかは知らないけど、やめておいた方が良いかな? あのクソ野郎にも空間魔法は有るから」

 

「成る程。流石に異空間を閉じるのに百年掛かるから、空間魔法とやらで不安定な所に干渉されたら拙いか」

 

結構エヒト退治に乗り気な京矢はミレディの言葉は参考になると頷いている。完全に空間を閉じさえして仕舞えば良いが、それでも不安定な期間が百年も有れば出るのは容易い事だろう。

手持ちの封印系対神武器は通用しないと考える。

 

「おい、質問しているのはこちらだと言ったはずだ。先にこちらの質問にも答えろ」

 

「こいつぅ~こっちの彼と違ってホントに偉そうだなぁ~、まぁ、いいけどぉ~、えっと何だっけ……ああ、私の正体だったね。うぅ~ん」

 

「簡潔にな。オスカーみたいにダラダラした説明はいらないぞ」

 

「あはは、確かに、オーちゃんは話が長かったねぇ~、理屈屋だったしねぇ~」

 

「技術者ってのは大抵そんなモンだろうからな」

 

巨体ゴーレムは懐かしんでいるのか遠い目をするかのように天を仰いだ。本当に人間臭い動きをするゴーレムである。

ユエは相変わらず無表情で巨体ゴーレムを眺め、シアは周囲のゴーレム騎士達に気が気でないのかそわそわしていて、エンタープライズとベルファストは周囲のゴーレム騎士達が動いたら即座に攻撃できる様にしている。

 

「うん、要望通りに簡潔に言うとね。私は、確かにミレディ・ライセンだよ。ゴーレムの不思議は全て神代魔法で解決! もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな」

 

「結局、説明になってねぇ……」

 

「まあ、大体の答えにはなってるだろ? 目の前のゴーレムに入っているのが、ミレディ本人の魂かそのコピーかは別にして、この迷宮の最後の試練は解放者からのテストって理解すれば十分だ」

 

「ははは、君はなかなか飲み込みがはやいね~。それにさ、攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん? 迷宮の意味ないでしょ?」

 

「そりゃそうだ」

 

今度は巨大なゴーレムの指でメッ! をするミレディ・ゴーレム。

中身がミレディ・ライセンというのは頂けないが、それを除けば愛嬌があるように思えてきた。

ケラケラと割とミレディ相手にも持ち前のコミュ力で馴染みつつある京矢を他所にユエが、「……中身だけが問題」とボソリと呟いていることからハジメと同じ感想のようだ。

 

そして、その中身について、結局ほとんど何もわからなかったに等しいが、ミレディ本人だというなら、残留思念などを定着させたものなのかもしれないと推測するハジメ。

ハジメは、確かクラスメイトの中村恵里が降霊術という残留思念を扱う天職を持っていたっけと朧げな記憶を掘り起こす。しかし、彼女の降霊術は、こんなにはっきりと意思を持った残留思念を残せるようなものではなかったはずだ。

つまり、その辺と、その故人の意思? なんかをゴーレムに定着させたのが神代魔法ということだろう。

 

「どっちにしても、此処の神代魔法は魂魄に関係するものか、重力系統を操作するものだろ? オレ達が欲しいモンじゃねえのは確かだ」

 

京矢の言葉が全てだった。目の前のゴーレムやら此処までのゴーレム達の重力を無視した動き。どう考えてもその二択だろう。

 

「ん~? 中々鋭いね? その推理は当たってるよ。ちなみに、私の神代魔法は別物だよぉ~、魂の定着の方はラーくんに手伝ってもらっただけだしぃ~」

 

「なら、重力系統か。悪く無いな」

 

妙に嬉しそうな笑みを浮かべる京矢にハジメは落胆した様子で反論する。

 

「だったら、ここには用がないんだがなぁ」

 

「何だよ、手に入れておけば便利じゃねえか?」

 

ハジメの目当てはあくまで世界を超えて故郷に帰ること。

重力だか知らないが、それを操れる神代魔法を手に入れても意味はない。そう思って言ったのだが、返ってきた京矢の答えはハジメの推測とは異なるものだった。

 

「此処までの来たのに帰るなんて勿体ないだろ? それに、他の迷宮攻略しなきゃ入れない迷宮もあるだろうし、重力なんて使い様によれば強力な攻撃魔法とか作れるんじゃねえか?」

 

「使い方?」

 

どう言う事だと思って疑問に思うハジメだが、

 

「ほら、エボルみたいに」

 

「っ!? そうか、エボルみたいに!?」

 

京矢の言葉にハジメの頭に浮かんだのは仮面ライダーエボルの姿。重力の魔法はブラックホールを作り出すことも可能だろう。

 

「ん~ん~、ミレディさんの神代魔法がそれだって言ってないんだけどな~?」

 

「じゃあ、お前の神代魔法は何なんだ?」

 

「ん~ん~、知りたい? そんなに知りたいのかなぁ?」

 

再びニヤついた声音で話しかけるミレディに、イラっとしつつ返答を待つハジメ。そんなハジメの肩を「落ち着け」と言って叩く京矢。

 

「知りたいならぁ~、その前に今度はこっちの質問に答えなよ」

 

最後の言葉だけ、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びる。

その雰囲気の変化に少し驚く京矢達。表情には出さずにハジメが問い返す。

 

「なんだ?」

 

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、先程までのふざけた雰囲気など微塵もなく問いかけるミレディ。もしかすると、本来の彼女はこちらの方なのかもしれない。

思えば、彼女も大衆のために神に挑んだ者。自らが託した魔法で何を為す気なのか知らないわけにはいかないのだろう。オスカーが記録映像を遺言として残したのと違い、何百年もの間、意思を持った状態で迷宮の奥深くで挑戦者を待ち続けるというのは、ある意味拷問ではないだろうか。

軽薄な態度はブラフで、本当の彼女は凄まじい程の忍耐と意志、そして責任感を持っている人なのかもしれない。

 

ユエも同じことを思ったのか、先程までとは違う眼差しでミレディ・ゴーレムを見ている。

深い闇の底でたった一人という苦しみはユエもよく知っている。だからこそ、ミレディが意思を残したまま闇の底に留まったという決断に、共感以上の何かを感じたようだ。

 

京矢はそんなミレディの本質を測りかねているが、内心ではどっちも素なんだろうなとも思っている。

 

ハジメは、ミレディ・ゴーレムの眼光を真っ直ぐに見返しながら嘘偽りない言葉を返した。

 

「俺の目的は故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

 

「オレはその悪霊擬きが帰る上での邪魔になりそうだし、上手く切り抜けてもオレ達の世界に関わられても困るから始末しておきたい。なにより」

 

「……」

 

ハジメに続いて口を開いた京矢がそこで言葉を切るとミレディは無言で続きを促す。

 

「あの悪霊擬きは三つの理由で始末しなきゃ気が済まなくなった。それだけだ」

 

ミレディ・ゴーレムはしばらく、ジッとハジメを見つめた後、何かに納得したのか小さく頷いた。

そして、ただ一言「そっか」とだけ呟いた。と、次の瞬間には、真剣な雰囲気が幻のように霧散し、軽薄な雰囲気が戻る。

 

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

 

「上等だ! 相手になってやるぜ!」

 

「脈絡なさすぎて意味不明なんだが……何が『ならば』何だよ。っていうか、鳳凰寺、お前もノリが良すぎないか?」

 

「いや、寧ろこれからラストバトルって場面でお前の方こそ、ノリが悪く無いか?」

 

「そうそう、ノリが悪いよ〜」

 

自分が悪いのか? と言う疑問を飲み込みながら、妙にミレディのノリに付き合っている友人に対して何を考えているのかと言う視線を向けるハジメ。

 

「いや、折角今までの悪質な罠の恨みを晴らすチャンスなんだ。乗ってやらなきゃ損だろ?」

 

取り敢えず、京矢が罠を仕掛けてくれた張本人の顔を殴れるチャンスを活かしたいと言うのは分かった。

 

「エンタープライズ!」

 

「了解した!」

 

この時のためにと大体3日目辺りで京矢から渡されていた小型ガトリング銃に似た武器モサチェンジャーを取り出すエンタープライズ。

 

「出番だぜ、ピーたん!」

 

そう言ってポケットの中から取り出すのは青い卵の様な何かだった。




ってなわけで、次回は巨大戦です。



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055

「「「「はっ?」」」」

 

京矢の取り出したピーたんと呼称されている青い卵に顔と短い手足の付いた物体に呆れた声を上げてしまうハジメとユエ、シアにミレディゴーレム。

 

京矢の真意が読めないハジメ達とミレディがリアクションに困っている様子だ。短い手足をバタつかせてることから生き物?なのは分かる。

 

「プッ……アハハハハハハッ! そんな変な生き物取り出して何しようって言うのさ?」

 

真っ先に再起動して爆笑したのはミレディだった。

 

「おい、こんなカッコいい騎士竜を捕まえて変な生き物だと!?」

 

そして、そんなミレディの言葉に真っ先に反応したのはピーたんと呼ばれた青い生き物だった。

ミレディの言葉に怒った様な声を上げて手足をバタつかせながら怒っている。

 

「カッコいい、ですか?」

 

「……カッコいいと言うより……可愛い?」

 

「いや、ちょっと待て。アイツ、今、自分の事を騎士竜って言わなかったか?」

 

ハジメの指摘に真っ先にユエとシアの頭に浮かぶのはディノミーゴの姿だ。

ディノミーゴも自分の事を騎士竜と名乗っていた。

 

「へー、言葉を話すのには驚いたけど、そんな変な生き物に何が出来るのかな~? 待っててあげるからやってみなよ~」

 

「お言葉に甘えてそうさせて貰うぜ」

 

京矢の手から離れたピーたんが空中に浮かび上がり、光に包まれその姿を変える。

 

「え?」

 

突如上空に現れた先ほどまで持っていたミレディの余裕が消えた様な惚けた声が響く。

 

「おぉ!!!」

 

自分たちを覆う巨大な影に歓喜の声を上げるハジメと、驚いて声も出ないユエとシア。

 

「え、ええええええっー!? な、何それぇ~!?」

 

己を見下ろす空飛ぶ巨大な青いドラゴンの異様に驚愕の声を上げるミレディ。

 

「へっ、こいつが空の王者、騎士竜プテラードンの真の姿だ!」

 

「そうだ! 皆、目を開き空を見よ! 鳥か? 飛行機か? いや、プテラードンだ!」

 

高らかにディノミーゴに続く第二の騎士竜プテラードンの名を宣言する京矢に、事情を知っていたエンタープライズとベルファスト以外の面々が驚きをあらわにする。

 

先ほどまで京矢達を見下ろしていたミレディが逆に見上げる様に上空を飛ぶプテラードンの勇姿に、特にハジメは心を揺さぶられていた。

 

「おい、鳳凰寺!? ディノミーゴだけじゃ、キシリュウジンだけじゃなかったのかよ!?」

 

驚きも歓喜を込めて質問してくるハジメ。そんなハジメに京矢は悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべ、

 

「もう一体巨大メカが居ない、なんて言ってないだろ?」

 

「そうだよな。待て、それじゃあ、あのプテラノドンもなるのか、巨大ロボに?」

 

「当然だぜ」

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

京矢の言葉に拳を振り上げて歓喜の叫びを上げるハジメの図。

 

「エンタープライズ、頼む」

 

「分かった。竜装変形」

 

京矢から預けられたモサチェンジャーを持ったエンタープライズの掛け声と共にプテラードンが姿を変える。

 

翼竜の姿から、胸にプテラノドンの頭を持った透き通る青い翼の細身のボディに変形していく。

目の前での巨大ロボの変形に見るのはキシリュウジンに続いて二度目のユエも絶句して、初めてのシアは唖然としている。

そして、ハジメは新たな巨大ロボの変形に大興奮していた。

 

「え? え? えええええっ!?」

 

驚愕するミレディを他所に、最後に頭部の形に変形したヒエヒエソウルがエンタープライズを含めた6人を収容。コックピットとなる空間に京矢達が入るとボディと一体化し、変形が完了する。

 

「ヨクリュウオー、戦闘開始(エンゲージ)

 

ヨクリュウオーのコックピットの空間にここは何処と言う様な様子のユエとシアに、巨大ロボのコックピットに乗れたことに歓喜するハジメを残して、コックピットについた京矢とベルファストとエンタープライズ。

そんな中で、エンタープライズの凛とした声が響くとミレディの前には自身を見下ろす巨体のヨクリュウオーが戦闘態勢を取る。

 

「さあ、何処からでも掛かってきやがれ!」

 

「ミレディさん、それ、いくら何でも反則だと思うんだけどなぁ!?」

 

自身を指差したヨクリュウオーから聞こえる京矢からの宣言にミレディの絶叫が響き渡った。

 

「……こうして見ると小さい?」

 

「そりゃ巨大ロボだからな。ってか、ティラノサウルスの次はプテラノドンかよ!?」

 

先ほどまで巨大に見えていたミレディゴーレムもヨクリュウオーのコックピットから見ると今度は小さく見える。

周囲を包囲していた騎士ゴーレム達がヨクリュウオーが腕を振るたびに吹き飛び砕かれて再構築していくが、ヨクリュウオーの巨体ならば敵にすらなっていない。

 

最早自棄と言うような態度で燃え盛る右腕を振り抜くミレディゴーレムとそれに対抗すべくヒエヒエクローを装備した右手をぶつけるヨクリュウオー。

 

燃え盛る右腕が逆にヨクリュウオーの力によって凍結させられ、そのまま右腕を砕く。

 

「ウッソー!? 何それ!?」

 

「ヨクリュウオーは氷の力を操る騎士竜だ。重力を操って落ちるお前と、重力を振り切って飛べるヨクリュウオー。どっちがこの場で有利かな?」

 

ヨクリュウオーの力には慌てたものの、右腕を砕かれながらも大して堪えた様子のないミレディゴーレム。

ミレディ・ゴーレムは、近くを通ったブロックを引き寄せると、それを砕きそのまま砕けた右腕の材料にして再構成する。

 

「ぐぬぬぬぬ~。そんな物を持ってるなんて思わなかったけど、負けないもんね~!」

 

そう楽しそうに笑って、ミレディ・ゴーレムは左腕のフレイル型モーニングスターをヨクリュウオーに向かって射出した。

それは投げつけたのではない。予備動作なくいきなりモーニングスターが猛烈な勢いで飛び出したのだ。おそらく、ゴーレム達と同じく重力方向を調整して〝落下〟させたのだろう。

 

「おっと!」

 

砕くのは余裕だが態々受けてやる理由もないので、背中の翼ナイトエッジを広げてブロックを蹴ると空中へと飛びそれを避ける。

……その際にヨクリュウオーに跳ねられたゴーレム騎士達が派手に砕かれていくが気に止めた様子もない。

 

「うおおおお! 本当に飛べるのかよ、このロボット!?」

 

「ああ、空の王者の名は伊達じゃないぜ!」

 

ブロックの浮かぶ空間では面白みに欠けるが、コックピットから見える空を飛ぶ映像に興奮気味のハジメ。

モーニングスターは、ヨクリュウオーがいたブロックを木っ端微塵に破壊しそのまま宙を泳ぐように旋回しつつ、ミレディゴーレムの手元に戻った。

 

「よし、エンタープライズ、ベルファスト、ミレディを破壊するぞ」

 

「了解した、指揮官」

 

「かしこまりました」

 

京矢の言葉に答えるエンタープライズとベルファスト。だが、

 

「オレ達はどうすりゃ良いんだよ?」

 

巨大戦に巻き込まない様にコックピットの中に入れたハジメ達だが、現行何もする事が無い。

 

「いざとなったら頼むかもしれないから、これを持っててくれ」

 

そう言ってハジメ達に渡すのは三本のリュウソウケン。

 

「んじゃ、改めて……行くぜ!」

 

京矢の掛け声と共に、七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

 

大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が、京矢の掛け声を合図にしたかのように一斉に動き出した。

通路でそうしたのと同じように、自身を弾丸として頭をヨクリュウオーに向けて一気に突っ込んでくる。

 

ヨクリュウオーの巨体に対して人間サイズでは弾丸でしかないが、砕かれた弾丸は再構築されて再度ヨクリュウオーに襲い掛かる。

 

「あはは、効かないか~、でも総数五十体の無限に再生する騎士達の砲弾と私、果たして同時に捌けるかなぁ~」

 

「残念ながら、鬱陶しいだけでダメージは無えな!」

 

嫌味ったらしい口調で、ミレディ・ゴーレムが再度、モーニングスターを射出したが、それをヨクリュウオーが叩き砕く。

 

素早く真上へと飛行し加速と質量を持ってヒエヒエクローを叩き付けようとするが、

 

「見え透いてるよぉ~」

 

そんな言葉と共に、ミレディ・ゴーレムは急激な勢いで横へ移動する。横へ〝落ちた〟のだろう。

 

「重力を振りきれても、こんな事は出来ないよね~?」

 

攻撃がカラぶったヨクリュウオーの上下からブロックが襲いかかってくる。

 

「操れるのが騎士だけとは一言も言ってないよぉ~」

 

騎士ゴーレムの弾丸は効果が薄いと判断したのか、今度はブロックを直接操ってぶつけようよ言うのだろう。

 

「チッ!」

 

加速を殺さぬまま下から襲いかかってくるブロックの上に着地し、その上を滑りながら再度飛び立つと、上下から落ちてきたブロックがぶつかり合う。

 

流石のヨクリュウオーの力でもブロックの質量は簡単には砕けない。

 

(手は無いわけじゃ無えけどな)

 

軌道を変えて襲いかかってくるブロックを避けながら、逃げ回るミレディゴーレムを追いかけるヨクリュウオーだが、スピードでは優っているものの、その大きさが仇となったのか、上手く落下を利用した急激な軌道の変化とブロックを盾にされて逃げられている。

 

「チィッ!」

 

此方の視界を覆う様に飛び込んで来る騎士ゴーレム達も鬱陶しい。

 

「ああ! また逃げられた!」

 

「……鬱陶しい」

 

「こらー、待ちやがれですぅ!」

 

「追いかけっことマラソンは違うか、やっぱり」

 

足が早くとも追いかけっこには勝てない。寧ろこのフィールドを利用できる分ミレディの方が有利だろう。

 

「京矢様、どうなさいますか?」

 

「言っただろ、考えはあるってな」

 

ベルファストの問いに笑みを浮かべてそう答える京矢。そして、ハジメ達を振り返り、

 

「お前もやって見るか?」

 

「やらせてくれるのか?」

 

京矢のその言葉で考えの全てを悟ったのかハジメが笑みを浮かべて答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははは~、鬼さん此方~」

 

ヨクリュウオーを挑発する様に手を振りながら左右へと落ちていくミレディゴーレム。

襲いかかる浮遊ブロックを避けながらではスピードで優れたヨクリュウオーも追いつけないのか、ミレディゴーレムには動きにもキレがなくなっている様にも見える。

 

「中々のスピードだね~」

 

「だろ?」

 

「っ!?」

 

ヨクリュウオーから響くハジメの声に驚愕するミレディゴーレム。

 

「コンビネーションも中々のものだぜ、オレ達はな」

 

後ろから聞こえる京矢の声。それに驚愕し慌てて声のした方向に視線を転じるミレディ・ゴーレム。

 

後ろに立つもう一体の巨人、キシリュウジンの斬撃が振り返ったミレディゴーレムの胸部を切り裂いた。

 

「浅いか? だが、逃さねえ!」

 

エンタープライズ、ベルファストと共にキシリュウジンのコックピットの中で舌打ちするとミレディゴーレムの胸部を狙いキシリュウジンに剣を振るわせる。

 

「ミレディの核は、心臓と同じ位置だ! それを破壊するぞ!」

 

「ああ!」

 

「んなっ! 何で、わかったのぉ!」

 

胸部装甲を切り裂かれその奥の黒い装甲が露わになるミレディゴーレム。

 

ヨクリュウオーの中のハジメの表情は険しい。

なぜなら、破壊された胸部の装甲の奥にある漆黒の装甲、それには傷一つ付いていなかったからだ。

ハジメには、その装甲の材質に覚えがあった。

 

「んぅ~、これが気になるのかなぁ~」

 

ミレディ・ゴーレムがハジメの視線に気がつき、ニヤつき声で漆黒の装甲を指差す。

勿体ぶるような口調で「これはねぇ~」と、その正体を明かそうとして、ハジメが悪態と共に続きを呟いた。

 

「……アザンチウムか、くそったれ」

 

「流石に並みの攻撃じゃ、それは壊せねえかよ」

 

追いかけっこの最中にヨクリュウオーの操縦をハジメ達に任せ、ヨクリュウオーから降りた京矢達が別の場所で合体したキシリュウジンに乗ってミレディゴーレムを待ち伏せし、ハジメ達がヨクリュウオーでミレディゴーレムをそこに誘導した訳だ。

狙いはうまく行ったが強力な装甲に阻まれてしまった訳だ。

 

アザンチウム鉱石は、ハジメの装備の幾つかにも使われている世界最高硬度を誇る鉱石だ。

薄くコーティングする程度でもドンナーの最大威力を耐え凌ぐ。道理で、キシリュウジンの一撃で傷一つ付かない訳である。

 

「あれを壊すには必殺技を叩き込む必要あるな」

 

「やっぱりあるのか、必殺技も!?」

 

「だけど、当たるのは難しそうだぜ」

 

あのアザンチウム装甲を破るのは大技しかないと判断する京矢に妙に嬉しそうに反応するハジメ。

 

「おや? 知っていたんだねぇ~、ってそりゃそうか。オーくんの迷宮の攻略者だものねぇ、生成魔法の使い手が知らないわけないよねぇ~、さぁさぁ、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

ミレディは、砕いた浮遊ブロックから素材を奪い、表面装甲を再構成するとモーニングスターを射出しながら自らも猛然と突撃を開始した。



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056

「で、どうするだ、鳳凰寺?」

 

「メタルスライムと戦ってる気分なのは間違い無いな」

 

ヨクリュウオーのコックピットの中のハジメからの問いにキシリュウジンの中の京矢はそう返す。

逃げ足は早く当たっても一撃では致命傷にならない。正にメタルスライムで有る。

 

「なら、会心の一撃を叩き込めば良いんだろ?」

 

「そう言う事だ」

 

一撃で目の前の逃げ足の速い倒し難い仕留められそうな大技をキシリュウジンも、ヨクリュウオーも有しているのだ。上手く動きを止めて必殺技を打ち込むチャンスさえ掴めれば勝てる。

 

「……ハジメ、何だか嬉しそう」

 

「楽しんでいるって、感じでも有りますよね」

 

ユエとシアの呟きが聞こえてくる。

……ヨクリュウオーを操縦するハジメの声に若干高揚感があったのは気のせいではないだろう。

まあ、ガチの特撮ヒーローになれて、巨大ロボを見れて、巨大ロボを操縦できたのだから無理もない。

 

「南雲、教えてやろうぜ、これは第二ラウンドじゃ無いってな」

 

「ああ。これは、ファイナルラウンドだ」

 

コックピットの中で笑みを浮かべるハジメと京矢。

二体の巨大ロボから逃げるミレディゴーレムを左右に分かれて追いかけるキシリュウジンとヨクリュウオー。

 

「ど、どうするんですか!? ハジメさん!」

 

「まだ手はある。何とかしてヤツの動きを封じるぞ!」

 

「……ん、了解」

 

「だったら、ヨクリュウオーなら動きを止められるぜ」

 

そもそもそれが再生するゴーレム対策にガイソーケンを用意していた最大の理由。

 

「ヨクリュウオーは氷の力を持った、空の王者だぜ」

 

そう言葉を交わし、ハジメが京矢の考えを理解すると浮遊するブロックを避けながら空中を舞い追いかけるヨクリュウオーと、浮遊するブロックを足場に飛び回りながら追いかけるキシリュウジン。

 

彼らを押しつぶさんと迫る浮遊ブロックを空中を飛びながら避けるヨクリュウオーと、次々とブロックを飛び移りながら避けるキシリュウジン。

 

流石にミレディも、そろそろ小さいゴーレム騎士で此方を相手にする上での有効打を理解したのか、二体の視界を奪う様に飛んでくるゴーレム騎士も地味に鬱陶しくなってきた。

 

「何時迄も逃げ回ってると思ったら大間違いだよぉ~」

 

ミレディ・ゴーレムの気の抜けた声と共に足場にしていた浮遊ブロックが高速で回転する。

 

「しまっ!?」

 

いきなり、足場を回転させられバランスを崩すキシリュウジン。そこへモーニングスターが絶大な威力を以て激突した。

 

「鳳凰寺!」

 

キシリュウジンは、木っ端微塵に砕かれた足場から放り出され、空中に投げ出されたキシリュウジンの姿にハジメは慌てて助けようとするが、両肩のコブラーゴ達と胸のディノミーゴの頭が腕と合体し、伸びた頭を利用し態勢を立て直して別の浮遊ブロックに不時着する。

 

そこへ狙いすました様にミレディゴーレムがフレイムナックルを突き出して突っ込んだ。

 

「食いやがれ、ディノダイナバイト!」

 

キシリュウジンの右腕に合体したディノミーゴの頭でミレディゴーレムのフレイムナックルを迎え撃つ。

 

ディノミーゴの頭が噛み砕く様にミレディゴーレムの腕を砕けば左腕に合体した尻尾を鞭の様に叩きつける。

 

「つぅ~。やっぱりマトモに遣り合うのは良くないね~」

 

砕かれた腕と尻尾を叩きつけられた脇腹を再生せながら離れようとするミレディゴーレムだが、時すでに遅し。

 

「えっ?」

 

横に落ちようとしたミレディゴーレムが何かにぶつかる形で阻まれる。その視線の先には巨大な氷の壁が有った。

 

「よお、待ってたぜ」

 

そんな時に響くのはハジメの声。其方の方へと視線を向けたミレディゴーレムが見たのは自身を見下ろすヨクリュウオーの姿だった。

 

「上手くいったな、南雲」

 

「ああ、まさかこんな力が有るなんて思いもしなかったけどな」

 

見れば周囲を囲む氷の壁だけではない。足場さえも氷に覆われ、騎士ゴーレム達も氷漬けにされている。

 

「う、嘘ぉ!? この迷宮は魔力が使えないはずなのに!?」

 

「へっ、残念ながら騎士竜の力は魔力とは別物って事だ」

 

ヨクリュウオーの力で氷に包まれた戦闘フィールドを作り出し、同時にすぐには逃げられない様に氷の壁で閉じめる。

 

そして、向こうから効かないにしても攻撃を仕掛けてくるのは予想ができていた。それならば狙われるのは、自由に空を飛べる空中戦用のヨクリュウオーでは無く、地上戦用のキシリュウジンだろうとも。

 

あとは簡単、何度も共に戦い、熟練度の高い京矢達の乗るキシリュウジンを囮にして、その隙にヨクリュウオーの戦闘フィールドにミレディゴーレムを閉じ込める。それが彼らの狙いだったのだ。

 

「で、でも、まだ逃げ道は……」

 

「ユエ!」

 

ミレディの言葉を無視して、ハジメがヨクリュウオーのコックピットの中で隣に立つユエの名を呼ぶ。

 

「凍って!」

 

願いと共にその力のトリガーが引かれる。

本来、氷系統の魔法は、水系統の魔法の上級魔法だ。この領域では中級以上は使えないはずである。

だが、ヨクリュウオーの、プテラードンの力を使えば、魔力を一切使うことなく上級魔法と同等の力を震える。

 

一時的に、などと言う問題ではない。完全にミレディゴーレムを拘束することができる。

 

逃げ道を塞がれて唯一の逃げ道である真上から逃げようとしていたミレディ・ゴーレムが足元から一瞬で凍りつき、浮遊ブロックに固定される。

 

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

驚愕の声を上げるミレディ。騎士竜の力など知らないミレディにとっては上級魔法を使った様にしか見えない。魔力の使えない迷宮で、だ。

 

「良くやったぞ、ユエ!」

 

「……ん!」

 

ミレディゴーレムの動きを止める為に氷漬けにしたユエを称賛するハジメにユエも誇らしげだ。

騎士竜の力は京矢でも彼女ほど操れないだろう。魔力とは異質でありながらも、その力を魔力の様に操って見せたユエに内心で京矢も称賛の言葉を送る。

 

「さてと……」

 

「二体分の必殺技、遠慮なく喰らってけ」

 

「諦めて神代魔法を渡すなら……」

 

後は王手(チェックメイト)を掛けるだけ。神代魔法を渡すならばトドメは刺さないと言おうとした時、先ほどからミレディが黙っている事に不審に思う。

 

「…おい、何黙ってやがる?」

 

「おいおい、大人しく負けを認めたらどうだ?」

 

不気味なまでに黙り込んでいるミレディに苛立ちを覚えるハジメと敗北を認める様に勧告する京矢。だが、ミレディからは反応はない。

 

そんな時、頭部の瞳から光が放たれる。

 

「「ッ!」」

 

それを見た瞬間、ミレディが黙っていたのではなく何かに集中していたのだと理解する二人。

 

「ハジメさん!!!」

 

そんな中、シアの声が響く。

 

「未来が見えました! 降ってきます!!!」

 

そう言って真上を指差すシア。

 

「まさか、これは」

 

「おいおい、そう言うことかよ?」

 

ヨクリュウオーに乗っているシアが命の危険に晒されることは少ないだろう。

戦隊ヒーローのヴィランでも現れない限りは、可能性は一つしかない。

そんな彼女が未来を見てしまった。それが示す答えは一つ。

 

「ふふふ、とっておきの仕返しだよぉ」

 

地響きを思わせる音を立てて真上から天井が落ちようとしていた。

 

「今からこの部屋の天井全てを、君たちの頭上へ、落とす」

 

真上から落ちてくる天井。

 

「その巨人でも押し潰されれば一溜りもないでしょ? ……さぁ、見事これを凌いで見せてよ」

 

ミレディの宣言に京矢は笑みを浮かべる。

 

「凌いで、やろうじゃねえか! ベルファスト!」

 

「かしこまりました。出番です、パキガルー様、チビガルー様!」

 

京矢の指示で召喚される新たな騎士竜、カンガルーの親子とパキケファロサウルスが混ざったような親子騎士竜パキガルーとチビガルーだ。

 

「来い、南雲! 受けてやろうじゃねえか、その挑戦! エンタープライズ!」

 

「分かった!」

 

パキガルー親子を引き連れて、その場から逃げようとしたハジメ達のヨクリュウオーを連れて、逆に天井へと飛翔する。

 

「お、おい!」

 

「「「竜装合体」」」

 

ハジメの抗議の声を聞き流しながら、キシリュウジンとヨクリュウオー、パキガルー親子は青と紫の混ざり合った光となって天井へと激突する。

 

「嘘……」

 

粉々になって砕け散る天井の破片が突風によって吹き飛ばされる。

ヨクリュウオーの青い翼を背負い、両手にパキガルー親子の変形したナイトグローブを装着したキシリュウジンの姿が、高らかと右手を振り上げた体勢で、砂煙を振り払って現れる。

 

「完成、キシリュウジンジェット!!!」

 

京矢の宣言が響き渡る。

 

「……嘘だろ、合体までするのかよ?」

 

再びコックピットの中で合流したハジメは唖然としながらキシリュウジンジェットの姿に驚いていた。

 

「おいおい、南雲。複数のロボが合体ってのはオレ達の世界じゃ、よくある話だろ?」

 

「確かに、そりゃそうだな」

 

「え? ハジメさん達の世界、こんな巨人が沢山いるんですか?」

 

「沢山いるな、確かに(テレビの中に)」

 

「ど、どんな恐ろしい世界なんですか?」

 

「……ん」

 

京矢とハジメの会話に何か誤解しているユエとシア。二人の脳裏には巨大ロボットが大挙して動き回っている絵が想像されているのだろう。

 

「京矢様、そろそろ拘束から逃れる頃なのでは」

 

「余計な時間を与えては、また何かしてくるかもしれない」

 

ベルファストとエンタープライズの警告を聞き、ミレディゴーレムの全身を拘束していた氷が少しずつ砕けていく様が視界に入る。

 

「ッ! こりゃ、急いだ方が良さそうだな」

 

流石にここまで追い詰めて逃げられてしまうのはゴメンだ。

 

「南雲、鬱憤が溜まったんだろ? トドメは任せるぜ」

 

『必殺技の名前は』と言葉を続ける京矢の言葉に笑みを浮かべるハジメ。

 

「ああ。存分に晴らさせてもらうぜ」

 

ハジメの言葉を聞き、背中の翼を広げ両手のナイトグローブをぶつけ合い、両手のナイトグローブに炎と氷が纏われる。

 

「キシリュウジンジェット!」

 

「「ブリザードインフェルノ!!!」」

 

京矢の宣言と共にハジメと声をそろえて必殺技の名を叫ぶと右手の氷と左手の炎を纏った連続パンチを撃ち出す。

 

「そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃ」

 

シアの掛け声と共にコックピットの中で放つラッシュに合わせてキシリュウジンジェットがラッシュを放つ。

 

「こんな力が有れば大丈夫かな」

 

ミレディの視界に映し出されるのは炎と氷の壁。そんな圧倒的な光景を前にどこか満足げに呟く。

 

「狂った神共に勝つ為には」

 

全身を炎と氷のパンチで滅多打ちにされながらどこか嬉しそうにミレディは呟く。氷と炎の温度変化により強度を落としたアザンチウムが砕け、コアが露わになる。

 

トドメのばかりにキシリュウジンジェットから分離したチビガルーが飛び出し、剥き出しになったコアにラッシュを叩き込み、遂に完全に粉砕した。

 

ミレディゴーレムの目から光が消える。チビガルーが再合体するとキシリュウジンジェットはミレディゴーレムから離れる。

 

一行はそれを確認すると力を抜き安堵の溜息を吐いた。

ラッシュを終えたシアは横に居る二人に向けて満面の笑みでサムズアップする。ハジメとユエは、それに応えるように笑みを浮かべながらサムズアップを返した。

 

京矢は残心を解くとゆっくりとガイソーケンを梅雨払いする。

 

七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略された瞬間だった。

 



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057

辺りに粉塵が舞い、地面にはクレーターが作られており、その中に胸部を砕かれた巨大なゴーレムが横たわっていた。

 

そのミレディゴーレムの前で片膝をついたキシリュウジンジェットから降りた一同の中、ハジメが感慨深い視線をキシリュウジンジェットに向けていた。

 

「……オレ、本当に乗ってたんだな。巨大ロボに」

 

片膝をついて立つキシリュウジンジェットを見上げながら感慨深げに呟くハジメ。異世界に召喚され、奈落に落とされ地獄を味わい、この世界以上の非常識の塊だった友人の真実を知り、その友人に特撮ヒーローに変身するアイテムをもらい、巨大ロボを見せて貰い、巨大ロボにも乗れた。もはや感無量といった様子である。

何やら不満げなユエとシアもいるのだがそれはそれ。

 

「あのぉ~、ちょっといいかなぁ~? そろそろヤバいんだけどぉ~」

 

突如聞こえて来る物凄く聞き覚えのある声。

京矢達がハッとしてミレディ・ゴーレムを見ると、消えたはずの眼の光がいつの間にか戻っていることに気がついた。

 

咄嗟に、飛び退り距離を置くハジメ達。確かに核は砕いたはずなのにと警戒心もあらわに身構える。

 

「いや、どうやら最後の力で会話してるだけみたいだぜ」

 

ハジメ達が警戒をあらわにする中、京矢はミレディゴーレムに近づいてコンコンと装甲部分を叩きながらそう告げる。

 

「そうそう! 大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」

 

京矢と当人の言葉にハジメが少し警戒心を解き、ミレディゴーレムに話しかける。

 

「で? 何の話だ? 死にぞこない。死してなお空気も読めんとは……残念さでは随一の解放者ってことで後世に伝えてやろうか」

 

「ちょっ、やめてよぉ~、何その地味な嫌がらせ。ジワジワきそうなところが凄く嫌らしい」

 

「おいおい、そう虐めてやるなよ。こんな状況で最後に言い残す事なんだ。聞くだけは聞いてやろうぜ」

 

「それもそうだな。で? 〝クソ野郎共〟を殺してくれっていう話なら聞く気ないぞ?」

 

「こっちから率先して始末はしねえよ。向こうから手を出して来るなら、輪廻転生も出来ないように、念入りに始末してやるけどな」

 

京矢とハジメの機先を制するような言葉に、何となく苦笑いめいた雰囲気を出すミレディゴーレム。

 

「言わないよ。言う必要もないからね。話したい……というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君達の望みのために必要だから……」

 

ミレディの力が尽きかけているのか、次第に言葉が不鮮明に、途切れ途切れになってゆく。

だが、そんなことは気にした様子もなくハジメが疑問を口にする。

 

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

 

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

いよいよ、ミレディ・ゴーレムの声が力を失い始める。

どこか感傷的な響きすら含まれた声に、ユエやシア、エンタープライズやベルファストが神妙な表情をする。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿した。

 

ミレディは、ポツリポツリと残りの七大迷宮の所在を語っていく。中には驚くような場所にあるようだ。

 

「以上だよ……頑張ってね」

 

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

ハジメの言う通り、今のミレディは、迷宮内のウザイ文を用意したり、あの人の神経を逆なでする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。戦闘前にハジメの目的を聞いたときに垣間見せた、おそらく彼女の素顔が出ているのだろう。消滅を前にして取り繕う必要がなくなったということなのかもしれない。

 

「あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……」

 

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

 

「……成る程。嫌でも向こうから手を出して来る、って訳か」

 

「……本当に鋭いね……そうだよ。……戦うよ。君達が君達である限り……必ず……君達は、神殺しを為す」

 

「……意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが……」

 

「…………」

 

若干困惑するハジメ。そんなハジメとは逆に、ミレディの言葉の真意をある程度は推測した京矢は押し黙る。

 

下手したらエヒトの遊び場としては、セフィーロや時空管理局のことを含めて仕舞えば、地球の方が面白味は強い可能性もあるのだ。

 

ミレディは、その様子に楽しげな笑い声を漏らす。

 

「ふふ……それでいい……君は君の思った通りに生きればいい…………君の選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……」

 

いつしか、ミレディ・ゴーレムの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

 

その時、おもむろにユエがミレディ・ゴーレムの傍へと寄って行った。既に、ほとんど光を失っている眼をジッと見つめる。

 

「何かな?」

 

 囁くようなミレディの声。それに同じく、囁くようにユエが一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈った。

 

「……お疲れ様。よく頑張りました」

 

「……」

 

それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。

本来なら、遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれない。だが、やはり、これ以外の言葉を、ユエは思いつかなかった。

 

ミレディにとっても意外な言葉だったのだろう。言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせている。

やがて、穏やかな声でミレディがポツリと呟く。

 

「……ありがとね」

 

「……ん」

 

付け加えると、ユエとミレディが最後の言葉をかわすその後ろで、知った風な口を聞かれてイラっとしたハジメが「もういいから、さっさと逝けよ」と口にしそうになり、それを敏感に察したシアと京矢に「空気読めてないのはどっちですか! ちょっと黙ってて下さい!」「いや、空気を読んで黙ってた方が良いだろう……一応」と後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれモゴモゴさせていたのだが、幸いなことに二人は気がついておらず、厳かな雰囲気は保たれていた。

 

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、〝解放者〟の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

 

辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエとシアが光の軌跡を追って天を見上げる。

 

「……何だろうな、ミレディの性格を考えると、直ぐにこの感動が台無しになりそうな予感があるのは?」

 

「……指揮官、流石にそれはないと思うぞ」

 

「そうだと良いんだけどな……」

 

過去にあった別れの時のことを思い出しながらそんな事を思ってしまった京矢だった。

妙に天に登るタイミングが良すぎる気もするのだし。

 

そんな京矢の判断も一理あるとでも思ったのか、エンタープライズもベルファストからはハジメの様にKY扱いはされていない。

 

そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついた京矢達。

騎士竜の姿に戻ったディノミーゴとプテラードンが小さくなりポケットの中に入り込むと気を取り直して、その場所に向かう。

上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つに三人で跳び乗った。と、その途端、足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁まで京矢達を運んでいく。

 

「……」

 

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

 

「……サービス?」

 

「……指揮官?」

 

「……京矢様?」

 

「ああ、なんか、オレの予想が当たりそうだな……」

 

勝手に京矢達を運んでくれる浮遊ブロックにシアは驚き、ユエは首をかしげる。ハジメは何故か嫌そうな表情だ。エンタープライズとベルファストも京矢の予想が正しかったのではないかと言う様な視線を彼へと向ける。

十秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前五メートル程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

 

京矢達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していく。どうやら、ミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。

そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。

京矢達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

くぐり抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

 

「……大体そうだろうと思ってたけど、やっぱり生きてたのかよ」

 

「予想通りだったな、指揮官」

 

「この方もあのまま消えていればよかったのですが」

 

「こんなこったろうと思ったよ」

 

予想通り早々に再登場してくれたミレディに対して頭痛でも堪える様に頭を抱える京矢と感動を返せとでも言う様に冷たい視線をミレディへと向けるエンタープライズとベルファスト。言葉もないユエとシア。京矢と同じくハジメの方は予想がついていたようでウンザリした表情をしている。

 

ハジメが、この状況を予想できたのは、単にふざけたミレディも真面目なミレディもどっちも彼女であることに変わりはないということを看破していたからだ。

ウザイ文のウザさやトラップの嫌らしさは、本当に真面目な人間には発想できないレベルだった。また、ミレディは、意思を残して自ら挑戦者を選定する方法をとっている。

だとしたら、一度の挑戦者が現れ撃破されたらそれっきり等という事は有り得ない。それでは、一度のクリアで最終試練がなくなってしまうからだ。

 

なので、ハジメは、ミレディゴーレムを破壊してもミレディ自身は消滅しないと予想していた。

それは浮遊ブロックが京矢達を乗せて案内するように動き出した時点で確信に変わっていた。浮遊ブロックを意図的に動かせるのはミレディだけだからだ。

 

「あの馬鹿でかい末端は試練用で、力を持った狂信者みたいな信用できない相手に突破された時はあの場でゲームオーバーにすることも可能って訳か」

 

「そうだよ! うん、そんな試練を考えるなんてやっぱり天才!」

 

キラーんと擬音でもつきそうなポーズを決めてくれるミレディに更に頭を抱えたくなる京矢だった。



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058

黙り込んで顔を俯かせるユエとシアに、ミレディが非常に軽い感じで話しかける。

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。

華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。ニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。

そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ! と星が瞬かせながら、京矢達の眼前までやってくる。未だ、ユエとシアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。もっとも、先の展開は読めるので、ハジメは一歩距離をとった。

 

「離れてようぜ」

 

「ああ」

 

ふと、そんな事を話かけてきた京矢の視線を追ってみると#マークを貼り付けているエンタープライズとベルファストの姿があった。

 

ユエ達がぼそりと呟くように質問する。

 

「……さっきのは?」

 

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」

 

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

 

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」

 

「つまり、すべて演技だったと?」

 

「そうだよ! ミレディちゃん、やっぱり天才!」

 

「…………」

 

「どうしたのかな? 何で黙ってるの?」

 

テンション上がりまくりのミニ・ミレディ。比例してウザさまでうなぎ上りだ。

そんなミニ・ミレディを前にして、ユエは手を前に突き出し、シアはドリュッケンを構え、エンタープライズは弓を構えて、ベルファストは艦装を展開する。

流石に、あれ? やりすぎた? と動きを止めるミニ・ミレディ。

 

ゆらゆら揺れながら迫ってくるユエとシア、エンタープライズと妙に良い笑顔のベルファストに、ミニ・ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。

 

「テヘ、ペロ☆」

 

「……死ね」

 

「死んで下さい」

 

「死ね」

 

「死んでいただけますか?」

 

「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」

 

しばらくの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音や爆発音が聞こえていたが、京矢とハジメは一切を無視して、部屋の観察に努めた。

部屋自体は全てが白く、中央の床に刻まれた魔法陣以外には何もなかった。唯一、壁の一部に扉らしきものがあり、おそらくそこがミニ・ミレディの住処になっているのだろうと二人は推測する。

 

京矢とハジメは、おもむろに魔法陣に歩み寄ると勝手に調べ始めた。

それを見たミニ・ミレディが慌てて二人のもとへやって来る。後ろからは、無表情の吸血姫とウサミミとメイド長とエンタープライズがドドドドッと音を立てながら迫って来ている。

 

「君達ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ。ていうか、お仲間でしょ! 無視してないで止めようよぉ!」

 

そんな文句を言いながらミニ・ミレディはハジメという京矢の背後に回り、四人の悪鬼に対する盾にしようとする。

 

「……ハジメどいて、そいつ殺せない」

 

「退いて下さい。ハジメさん。そいつは殺ります。今、ここで」

 

「まさか、そのネタをこのタイミングで聞くとは思わなかった。」

 

「京矢様退いていただけますか? それは今直ぐ掃除致しませんと、この世から」

 

「それは沈めなければならない」

 

「いや、二人とも落ち着けって」

 

「っていうかいい加減遊んでないでやる事やるぞ」

 

ハジメは若干呆れた表情でユエとシアに軽い注意をして、京矢は結構本気でミレディを抹殺しようとしているエンタープライズとベルファストを止めている。

背後のミニ・ミレディが「そうだ、そうだ、真面目にやれぇ!」とか言ってはやし立てたのでハジメは顔面を義手でアイアンクローしている。ニコちゃんマークが微妙に歪み悲痛な表情になっているが気にしない。

そのまま力を入れていきミニ・ミレディの頭部からメキメキという音が響きだした。

 

京矢も京矢でミレディを袋叩きにするのは文句は無いが今は優先すべき事があるのだ。

そう決意して魔剣目録の中から適当にヤバめの魔剣を取り出す。

 

「このまま愉快なデザインになりたくなきゃ、さっさとお前の神代魔法をよこせ」

 

「おら、三枚に下ろされたくなきゃ、さっさと神代魔法出せ」

 

「あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいてッ『メキメキメキ』了解であります! 直ぐに渡すであります! だからストープ! これ以上は、ホントに壊れちゃう! って、なにその剣、見ただけで三枚おろしじゃ済まない雰囲気しか無いんだけど!?」

 

ジタバタともがくミニ・ミレディに取り敢えず溜飲を下げたのかユエとシアにエンタープライズとベルファストも落ち着きを取り戻し、これ以上ふざけると本気で壊されかねないと理解したのかミニ・ミレディもようやく魔法陣を起動させ始めた。

序でに京矢の取り出した魔剣には色んな意味で怯えていた。

 

 魔法陣の中に入るハジメ達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。ハジメとユエは経験済みなので無反応だったが、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。

 

ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと京矢達はミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れる。

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

 

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんとメイドちゃんと銀髪ちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

 

「やかましいわ。それくらい想定済みだ。寧ろ、魔法には興味ないって顔をしてる鳳凰寺に適性有るのが驚きだ!」

 

「手持ちの剣に重力を操る剣は有るけどな。剣限定だけど」

 

主に重力剣とかテン・コマンドメンツのグラビティ・コアとか。

魔法適性については予想外だったが、足跡の使い捨てアーティファクトの制作のように便利そうだと思う。

 

(剣の重さを上手く切り替えれば便利かな、これは?)

 

ミニ・ミレディの言う通り、ハジメとシアは重力魔法の知識等を刻まれてもまともに使える気がしなかった。ユエが、生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性がないのだろう。

寧ろ、剣士でありながら生成魔法にも重力魔法にも有る程度使えるだけとはいえ適性がある京矢の方が異常なのだ。

 

「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は……生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ。それから……」

 

そう言ってミニ・ミレディは京矢へと視線を向ける。

 

「……自由に重力を操れるアーティファクトの剣持ってるのは良いとして、剣士なのに適正有るのか疑問なんだよね」

 

グラビティ・コアの重力を重力魔法で中和して振り上げる練習をしている京矢に、珍しく呆れた顔を向けるミニ・ミレディ。

 

「そっちの銀髪ちゃんとメイドちゃんには驚きを通り越して信じられないレベルに無いね」

 

それもある意味想定内だ。二人はこの世界の人間ではない以前に擬人化された艦船。魔法を会得できない可能性が高かったのだ。

 

そんなミニ・ミレディの幾分真面目な解説にハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは打ちひしがれ、京矢は成る程と頷くとグラビティ・コアを扱いやすくなったと思い、エンタープライズとベルファストは気にした様子はない。

 

だが、シアはせっかくの神代魔法を適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。ガッカリ感が凄まじい。

また、重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうである。むしろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。

 

落ち込むシアを尻目に、ハジメは更に要求を突きつける。遠慮、容赦は一切ない。

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」

 

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

 

歪んだニコちゃんマークの仮面が、どことなくジト目をしている気がするが、ハジメは気にしない。

ミニ・ミレディは、ごそごそと懐を探ると一つの指輪を取り出し、それをハジメに向かって放り投げた。パシッと音をさせて受け取るハジメ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。

 

ミニ・ミレディは、更に虚空に大量の鉱石類を出現させる。おそらく〝宝物庫〟を持っているのだろう。

そこから保管していた鉱石類を取り出したようだ。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。何故か、ミレディはハジメが狂った神連中と戦うことを確信しているようであるし、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。

 

ハジメ達が戦利品を漁ってる間に京矢はミレディの前に簡易に作った爆弾がわりのアーティファクトとルーン・セイブに変化させたテン・コマンドメンツを取り出す。

 

「なあ、オレからも一ついいか?」

 

「何かな〜? 迷宮攻略のご褒美にミレディさん、なんでも教えてあげるよ」

 

「まあ、先ずは……」

 

そう言って目の前でルーン・セイブの力を見せてから、改めてミレディへと問う。

ルーン・セイブの力には流石のミレディも驚きは隠せない。

 

「物理的には何も切れないで、魔力みたいな物は切る……ううん、封印してるみたいだね。物凄いアーティファクトだと思うけど、それがどうかしたの?」

 

「ああ。神代魔法を会得する魔法陣、それをこいつで切った場合の影響を制作者の一人であるあんたから聞きたい」

 

錬成師のハジメ以外は到達しても意味のないオスカーの迷宮では放置したが、元々他の迷宮の神代魔法は自分たちが会得したあとには魔法陣を封印する予定だった。(最後に攻略すべき推奨レベルの迷宮ならば他の神代魔法を封印すればオスカーの迷宮は攻略不能と判断したと言う事もある)

だが、不安があった。後年に於いて必要になる時と別行動をした際に自分達全員が会得できない可能性だ。

 

此処で製作者の意見が聞けるのは有り難い。

 

「ん〜。多分、封印だからね、何年かすればとけるんじゃ無いかな? 無理矢理にでも再起動させる事も難しいけど出来ない事は無いと思うよ」

 

「成る程。悪霊擬きに利用されない為に封印しても」

 

「君達の話を聞く限り封印するのも良い考えしれないね」

 

機能を停止した簡易アーティファクトを手の中で玩びながらミニ・ミレディはそう答える。

 

神代魔法の大半を独占するという計画の不安な点もなんとかなるなら実行しても問題はないだろう。

 

出された鉱物類を自分の〝宝物庫〟に仕舞ったハジメは冷めた目を京矢との会話を終えたミニ・ミレディに向ける。

 

「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」

 

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

 

「知るか。寄越せ」

 

「あっ、こらダメだったら!」

 

本当に根こそぎ奪っていこうとするハジメに焦った様子で後退るミニ・ミレディ。

彼女が所有しているアーティファクト類は全て迷宮のために必要なものばかりだ。むしろ、それ以外には役に立たないものばかりなので、ハジメが持っていても仕方がない。

その辺りのことを掻い摘んで説明するが、ハジメは「ほぅほぅ、よくわかった。じゃあ寄越せ」と容赦なく引渡しを要求する。どこからどう見ても、唯の強盗だった。

 

こいつをなんとかしてという視線を京矢に向けるが、京矢は京矢でハジメを止める気はないらしい。



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059

「ええ~い、あげないって言ってるでしょ! もう、帰れ!」

 

なお、ジリジリと迫ってくるハジメに、ミニ・ミレディは勢いよく踵を返すと壁際まで走り寄り、浮遊ブロックを浮かせると天井付近まで移動する。

 

「逃げるなよ。俺はただ、攻略報酬として身ぐるみを置いていけと言ってるだけじゃないか。至って正当な要求だろうに」

 

「それを正当と言える君の価値観はどうかしてるよ! うぅ、いつもオーちゃんに言われてた事を私が言う様になるなんて……」

 

「ちなみに、そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」

 

「オーちゃぁーーん!!」

 

「……」

 

そのオーちゃんの迷宮での自分宛の試練が物凄くハードモードになってしまったことを思い出して複雑な表情を浮かべてしまうが、特にハジメを止める気の無い京矢はミニ・ミレディの行動に嫌な予感を感じて身構えていた。

 

そんなハジメに呆れた視線を向ける京矢を他所に、今までの散々弄ばれた事を根に持っていたユエとシアも参戦し、ジリジリとミレディ包囲網を狭めていく。

半分は自業自得だが、もう半分はかつての仲間が創った迷宮のせいという辺りに何ともやるせなさを感じるミレディ。

 

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

今にも飛びかからんとしていたハジメ達の目の前で、ミニ・ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

「「「?」」」

 

一瞬、何してんだ? という表情をするハジメ達。だが、その耳に嫌というほど聞いてきたあの音が再び聞こえた。

 

ガコン!!

 

「「「!?」」」

 

そう、トラップの作動音だ。

その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

慌てて京矢達に警告を送ろうとするが、既にエンタープライズとベルファストは四次元ポケットの中に避難し、京矢はブレイドに変身していた。

 

「鳳凰寺?」

 

「いや、そこに強制排除用のトラップのスイッチとかありそうだな? なんて思ってな」

 

既に何かあった時の対策をしていた京矢に抗議するような視線を向けるハジメ。最後の最後まで気を抜かない事と、相手のホームグラウンドでは相手の行動の大半は怪しむべきと言う過去の経験ゆえの対応ではあるが、

 

「嫌なものは、水に流すに限るね☆」

 

ウインクするミニ・ミレディ。

ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。

京矢も京矢で飛行可能なジャックフォームに変身することも出来たが、多少屈辱的だが楽に外まで運んでもらおうと敢えて抵抗はしない。

 

「〝来…〟」

 

「させなぁ~い!」

 

しかし、ユエが〝来翔〟の魔法を使おうとした瞬間、ミニ・ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷が京矢達を襲った。

 

「あいつの神代魔法は重力だから、やっぱり、この状況で逃げるのは無理だったか」

 

「分かってたなら、もっと早く言えよ!?」

 

こうなると予想していて観念した声を呟く京矢にツッコミを入れるハジメ。

上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。京矢の予想通り重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

 

「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

 

「ケホッ……許さない」

 

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

「覚悟してたが、これだけは行っておく……次に会ったら覚えてろ!」

 

京矢達はそう捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。

穴に落ちる寸前、ハジメから何かを受け取った京矢だけは仕返しとばかりに何かを投げたようだが。

彼等が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。

 

「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ……さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね……ん? なんだろ、あれ」

 

汗などかくはずもないのに、額を拭う仕草をするとミニ・ミレディは流されて行った京矢達を見送りながらそう独りごちる。

そして、ふと視界の端に見慣れぬ物を発見した。壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体。何だろう? と近寄る。

 

黒い物体、それは京矢が過去にガチャで大量に手に入れたハズレアイテムの一つ『時限バカ弾』だ。

ドラえもんに登場するバカバカしい道具の一つ。物が物だけに使い道がなくとも下手に処分もできないために数が貯まった単なる悪戯グッズだが、穴に落ちる寸前でせめてもの仕返しにとハジメから受け取ったナイフに括りつけた時限バカ弾を投擲したのだ。

一応爆発物だと気付かずに手にとってマジマジと見てしまうミニ・ミレディだったが、時すでに遅し。ミニ・ミレディが危険に気がついて踵を返した瞬間、白い部屋がカッと一瞬の閃光に満たされ、ついで激しい衝撃に襲われた。

 

『ベロベロバァー、オッペケペッポーペッポッポー、アジャラカモクレン! パッパラパー! スイスイスーダララ、ギッチョンチョンのパーイパイ!』

 

迷宮の最奥に、馬鹿踊りする女の叫び声とその後に自分の行動を認識して羞恥のあまり「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡った。

 

物理的被害を与えなかっただけ感謝しろと仮面の奥で笑みを浮かべていた京矢がいたことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、汚物の如く流された京矢達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。息継ぎができるような場所もなく、ひたすら水中を進む。

何とか、壁に激突して意識を失うような下手だけは打たないように必死に体をコントロールした。

 

京矢はブレイドのシステムに守られている為にハジメ達よりも余裕はあるが、それでも下手に壁に激突してベルトが外れて変身解除というのは洒落にならないだろう。

 

壁に激突しそうなハジメ達をフォローしつつも、擬人化された艦船である二人を早めに四次元ポケットの中に避難させて良かったとも思う。

 

と、その時、京矢達の視界が自分達を追い越していく幾つもの影を捉えた。

それは、魚だった。どうやら流された場所は、他の川や湖とも繋がっている地下水脈らしい。

ただ、流されるハジメ達と違って魚達は激流の中を逞しく泳いでいるので、どんどんハジメ達を追い越して行く。

 

その内の一匹が、いつの間にか必死に息を止めているシアの顔のすぐ横を並走ならぬ並泳していた。何となし、その魚に視線を向けるシア。

 

目があった。

 

魚と。いや、魚ではあるが人間の顔、それもおっさん顔の目と。何を言っているかわからないだろうが、そうとしか言い様がない。つまり、シアと目があった魚は人面魚だったのだ。

どこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるそのおっさん顔の人面魚は、あの懐かしきシーマ○を彷彿とさせた。

 

驚愕に大きく目を見開くシア。思わず息を吐きそうになって慌てて両手で口元を抑えた。しかし、驚愕のあまり視線を逸らすことができない。シアとおっさん(魚)は見つめ合ったまま激流の中を進む!

 

と、永遠に続くかと思われたシアとおっさん(魚)の時間は、唐突に終わりを迎えた。シアの頭に声が響いたからだ。

 

―――― 何見てんだよ

 

舌打ち付きだった。今度こそシアには耐えられなかった。水中でブフォア! と盛大に息を吐き出してしまった。もしかすると、このおっさん(魚)は魔物の一種なのかもしれない。そして〝念話〟のような固有魔法を持っているのかもしれない。だが、それを確かめる術はなく、おっさん(魚)はスイスイと激流の中を泳ぎあっという間に先へ行ってしまった。

 

後に残されたのは、そうなったその経緯を彼女しか知らずに、白目を向いて力なく流されるウサミミ少女だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町と町、あるいは村々をつなぐ街道を一台の馬車と数頭の馬がパッカパッカとリズミカルな足音と共にのんびりと進んでいた。もちろん、その馬上には人が乗っている。冒険者風の出で立ちをした男が三人と女が一人だ。馬車の方には、御者台に十五、六歳の女の子と化け物……もとい巨漢の漢女が乗っていた。

 

「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから其処で少し休憩にするわよぉ~」

 

「了解です、クリスタベルさん。」

 

クリスタベルと呼ばれた漢女は、何を隠そうブルックの町でユエとシアが世話になった服飾店の店長である。そして、そのクリスタベルと隣に座る少女は、〝マサカの宿〟の看板娘ソーナ・マサカである。序でに冒険者風の男達は京矢と仲良くなったヒャッハー三兄弟である。

何やら常に驚愕してそうな名前だが、ちょっと好奇心と脳内の桃色成分が多いだけの普通の少女だ。

 

この五人、現在、冒険者の護衛を付けながら、隣町からブルックへの帰還中なのである。

クリスタベルは、その巨漢からも分かる通り鬼強いので、服飾関係の素材を自分で取りに行く事が多い。今回も仕入れ等のために一時、町を出たのだ。それに便乗したのがソーナである。隣町の親戚が大怪我を負ったと聞き、宿を離れられない両親に代わって見舞いの品を届けに行ったのだ。

冒険者のヒャッハー三兄弟は任務帰りなので、ついでに護衛しているのである。

 

ブルックの町まであと一日といったところ。クリスタベル達は、街道の傍にある泉でお昼休憩を取ることにした。

 

泉に到着したクリスタベル達が、馬に水を飲ませながら自分達も泉の畔で昼食の準備をする。

ソーナが水を汲みに泉の傍までやって来た。そして、いざ水を汲もうと入れ物を泉に浸けたその瞬間、

 

ゴポッ! ゴポゴポッゴバッ!!

 

と音を立てながら突如、泉の中央が泡立ち一気に水が噴き出始めた。

 

「きゃあ!」

 

「ソーナちゃん!」

 

悲鳴を上げて尻餅をつくソーナに、クリスタベルが一瞬で駆け寄り庇うように抱き上げヒャッハー三兄弟のもとへ戻る。

その間にも、噴き上げる水は激しさを増していき、遂には高さ十メートル以上はありそうな水柱となった。

 

この泉は街道沿いの休憩場所としては、よく知られた場所で、こんな現象は一度として報告されていない。それ故に、クリスタベルやソーナ、冒険者達も驚愕に口をポカンと開き、降り注ぐ雨の如き水滴も気にせず巨大な水柱を見上げた。

 

すると、

 

「どぅわぁあああーー!!」

 

「んっーーーー!!」

 

「…………」

 

噴き上がる水の勢いそのままに、五人……二人の人が悲鳴を上げながら飛び出してきた。

 

水が噴き上がる寸前で4次元ポケットの中から飛び出したエンタープライズが気絶していたシアを、ベルファストがユエを、ブレイドがハジメを受け止めて地面に降りる。

 

思わず「なにぃー!」と目が飛び出るクリスタベル達。クリスタベル達の前に降りたブレイドはゆっくりとバックルを外すと変身を解除する。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

「な、何なの一体……」

 

言葉もない冒険者達とクリスタベル。ソーナの呟きが皆の気持ちを代弁していた。

 

「ふう……助かったな」

 

「そうだな、指揮官。それにしても……何故彼女だけこうなったんだ?」

 

白目を剥いているシアを一瞥しながら疑問を口にするエンタープライズ。

 

「それは解りませんが……。クリスタベル様、ソーナ様、お久しぶりです」

 

飛び出す際に濡れたメイド服のスカート部分の水気を絞っていたベルファストがソーナ達に気が付いて優雅な仕草で挨拶する。「あら? あなたたち確か……」と体をくねらせながら女性陣を記憶から呼び起こすクリスタベル。

 

その後、シアの人工呼吸で一悶着有ったが、自分達のいる場所が、ブルックの町から一日ほどの場所にあると判明し、ハジメ達も休息の為に町に寄って行くことにした。

クリスタベルの馬車に便乗させてくれるというので、その厚意に甘えることにする。濡れた服を着替え、道中、色々話をしながら、暖かな日差しの中を馬の足音をBGMに進んでいく。

 

新たな仲間と共に、二つ目の大迷宮の攻略を成し遂げたハジメと京矢。

馬車の荷台に寝転び燦々と輝く太陽を眩しげに見つめながら、京矢は、これからも色々あるだろう旅を思い薄らと口元に笑みを浮かべるのだった。



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060

カラン、カランとそんな音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開いた。入ってきたのは六人の人影、ここ数日ですっかり有名人となったハジメ、京矢、ユエ、シア、エンタープライズ、ベルファストである。

ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、京矢達の姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいる。男は相変わらず女性陣に見蕩れ、ついでハジメと京矢に羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこに陰湿なものはない。

それどころか

 

「やぁ、京矢さん!」

 

「こんにちは!」

 

「ご機嫌はいかがですか?」

 

「ベルファストさん、こんにちは!」

 

「エンタープライズお姉様!」

 

「おう」

 

冒険者の大半どころか町の人たちがフレンドリーに挨拶してくる始末だ。一部、ベルファストとエンタープライズに挨拶してる人達もいるが。

すっかり町の顔みたいになった京矢に、お前何やったんだよと言う視線を向けるハジメ。

 

「いや、この一週間体が鈍らないように適当にモンスター狩りの依頼を受けたりしてただけなんだけどな」

 

その時に群れに出くわして命の危険に瀕していた冒険者達を助けたりとか色々とやっていたが自覚は無かったりする。

 

なお、その間にユエかシアかエンタープライズかベルファストを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。

かつて、〝股間スマッシュ〟という世にも恐ろしい所業をなしたユエ達本人を直接口説く事は出来ないが、外堀を埋めるように二人から攻略してやろうという輩がそれなりにいたのである。

 

もちろん、ハジメの場合、そんな面倒事をまともに受けるわけがない。最終的には、決闘しろ! というセリフの〝け〟の部分で既に発砲、非致死性のゴム弾が哀れな挑戦者の頭部に炸裂し三回転ひねりを披露して地面とキスするというのが常であり、この町では、〝股間スマッシャー〟たるユエと、そんな彼女が心底惚れており、決闘が始まる前に相手を瞬殺する〝決闘スマッシャー〟たるハジメのコンビは有名であり一目置かれる存在なのである。

 

京矢は京矢で魔物の群れを……それこそ、鎧の魔剣からスキルによって会得したアバン流刀殺法の熟練の為に狩っている姿を見たので誰もが決闘のけの字も口に出していない。誰だって命は惜しいのだ。一人を残酷に殺して百人の敵に警告すると言う戦術もあるが魔物が相手ならば傷む心も必要ない。

全身鎧となるアーティファクトの剣を持ち、一太刀で魔物を断ち切るその姿からいつの間にかハジメとは違い〝魔剣士〟なる二つ名で呼ばれ始めていた。

 

そんな彼等はギルドでパーティー名の申請等していないのにいつの間にやら派手に目立っていた〝スマッシュ・ラヴァーズ〟というパーティー名が浸透しており、自分と京矢の二つ名と共にそれを知ったハジメがしばらく遠い目をしていたのは記憶に新しい。

京矢は自分に名付けられたマトモな二つ名には思う所も有る様子だが、最近愛用している鎧の魔剣に関係しているのだろうとハジメは思う。

 

ちなみに、自分の存在感が薄いとシアが涙したのは余談である。

 

「おや、今日は全員一緒かい?」

 

ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通り、おばちゃ……キャサリンがおり、先に声をかけた。

キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、京矢とハジメが一人だけかシアとユエの二人組、または京矢がエンタープライズとベルファストの二人を伴ってだからだ。

 

「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

 

「ああ、色々と此処の奴等には世話になったからな」

 

周囲から「京矢さん、出て行っちゃうんですか!?」と言う声が聞こえているが、最早すっかり町の顔で有る。

 

寧ろオレ達の方が世話になってますよと、他の冒険者達から別れを惜しまれている京矢と違い、ハジメが世話になったというのは、ハジメがギルドの一室を無償で借りていたことだ。

せっかくの重力魔法なので生成魔法と組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。

キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。

 

なお、京矢は魔物を相手にしての実戦の中で、ユエとシアは郊外で重力魔法の鍛錬である。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

 

「ああ。結構此処は楽しかったけどな」

 

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝お姉さま〟とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

 

「そう言う星の元なんじゃねえのか?」

 

「お前だって、変態に絡まれてないか? エンタープライズお姉様とか言ってる変態とかは?」

 

「……言わないでくれ。あれには少し頭が痛くなった」

 

ハジメからの指摘に頭を抱えるのはエンタープライズだった。

 

「いや、あれくらいなら許容範囲だろ?」

 

寧ろ、それを許容範囲と受け止めている京矢の懐の深さに驚きを隠せないハジメだった。

そんな京矢にとってはこの町もそれなりに楽しい場所だったのだろう。

 

「まあ、宿屋の女の子には困ったけどな」

 

「ああ、そうだな」

 

特殊部隊の様な技能を持った宿屋の看板娘には二人とも同意見だった様だ。

持てる技能の全てを費やして覗きに勤しみながら、毎回いい笑顔のベルファストに捕獲されて絶叫からの母親への引き渡しと言う流れが常になっていた。

 

満面の笑みの鬼となったベルファストと母親の二人にお仕置きされながらも懲りることなく毎晩繰り返している彼女には流石に頭を抱えていた。……それでも利用し続けていたのは飯がうまかったからである。

 

クリスタベルは会う度に京矢とハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたかわからない。

 

「似た様な知り合いが二人もいるから」と言う言葉で耐性と危機感知能力のある京矢は寒気を感じていなかった様子だが。

謎の交友関係のある友人に呆れを通り越してしまう。

 

また、ブルックの町には四大派閥が出来ており、日々しのぎを削っている。

一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」、一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」、一つは「ベルファストさんにお世話され隊」最後が「お姉さまと姉妹になり隊」である。

それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。

 

あまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団にドン引きの京矢達。

町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」とか絶叫するのだ。もはや恐怖である。

シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。亜人族は被差別種族じゃなかったのかとか、お前らが奴隷になってどうするとかツッコミどころは満載だが、深く考えるのが嫌だったので出会えば即刻排除している。

比較的マトモなのはベルファストに対する連中だが、一番達が悪いかもしれないのは最後の女性のみで結成された集団で、主にエンタープライズ、次いでベルファスト、最後にユエとシアに付き纏うか、京矢とハジメの排除行動が主だ。

一度は、「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。

 

簡単にその少女からナイフを弾いて使い方を指導する京矢も京矢だが、そのせいで妙にナイフの使い方が上手くなった少女に襲われたハジメは、その少女を裸にひん剥いた後、亀甲縛りモドキ(知識がないので)をして一番高い建物に吊るし上げた挙句、〝次は殺します〟と書かれた張り紙を貼って放置した。

あまりの所業と淡々と書かれた張り紙の内容に、少女達の過激な行動がなりを潜めたのはいい事である。

だが、淡々とした対応に見えるが内心真っ青になってたりする。京矢の指導が良かったのか、ステータス的に刺されても平気そうなハジメでも本気で死ぬかと思うレベルのナイフ使いであった。

学校の後輩から光輝よりも京矢に指導してほしいと言われるレベルの指導力を遺憾なく発揮した結果だ。

 

後日、その少女の技能に軍隊式ナイフ術のスキルが追加されていたりするが、それはそれ。

 

そんな出来事を思い出し顔をしかめるハジメに、キャサリンは苦笑いだ。

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」

 

「確かに活気はあったな」

 

「やな、活気だな」

 

「で、何処に行くんだい?」

 

「フューレンだ」

 

そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

 

フューレンとは、中立商業都市。

ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。

その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きがあと二人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

 

キャサリンにより差し出された依頼書を受け取り内容を確認するハジメ。

確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。ユエとシアにエンタープライズとベルファストは冒険者登録をしていないので、京矢とハジメの分でちょうどだが。

 

「連れを同伴するのはOKなのか?」

 

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、その子達も結構な実力者だ。二人分の料金で四人も優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

 

「そうか、ん~、どうすっかな?」

 

ハジメは少し逡巡し、意見を求めるように京矢達の方を振り返った。

正直な話、配達系の任務でもあればと思っていたのだ。というのも、彼等だけなら魔力駆動車があるので、馬車の何倍も早くフューレンに着くことができる。

わざわざ、護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは手間と言えた。

 

「……急ぐ旅じゃない」

 

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

 

「良いんじゃないのか、護衛任務って奴も。偶にはのんびりと移動するのも。次の町のこととか色々と話も聞けそうだしな」

 

「指揮官が言うなら私は反論は無い」

 

「私も京矢様の判断に従います」

 

「……そうだな、急いても仕方ないし、たまにはいいか……」

 

ハジメは京矢達の意見に「ふむ」と頷くとキャサリンに依頼を受けることを伝える。

ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれない。京矢のいう通り次の町の情報などの話を聞けるというのも悪くない。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

 

「了解した」

 

「おう」

 

京矢とハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンが二人の後ろの女性陣に目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子達に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

 

「……ん、お世話になった。ありがとう」

 

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 

「ありがとうございます、キャサリン様」

 

「よくしてくれた事、感謝する」

 

キャサリンの人情味あふれる言葉にユエとシア、ベルファストとエンタープライズの頬も緩む。

特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしない。

土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。

 

「あんた達も、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

 

「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」

 

「ああ。大事にしないとな」

 

キャサリンの言葉に苦笑いで返す京矢とハジメ。

そんなハジメに、キャサリンが一通の手紙を差し出す。疑問顔で、それを受け取るハジメ。

 

「これは?」

 

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

バッチリとウインクするキャサリンに、思わず頬が引き攣るハジメ。

手紙一つでお偉いさんに影響を及ぼせるアンタは一体何者だ? という疑問がありありと表情に浮かんでいる。

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

 

「確かに。良い女の秘密はアクセサリーだな」

 

京矢の言葉に分かってるじゃないかいと笑うキャサリン。本当に京矢のコミュ力の高さには呆れてしまうハジメだった。

 

「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」

 

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。京矢達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出された。

 

その後、京矢達は、クリスタベルの場所にも寄った。

ハジメは断固拒否したが、ユエとシアがどうしてもというので仕方なく付き添った……。京矢にも世話になった相手なのだからと説得もされた。

だが、町を出ると聞いた瞬間、クリスタベルは最後のチャンスとばかりに京矢とハジメに襲いかかる巨漢の化物と化し、恐怖のあまり振動破砕を使って葬ろうとするハジメを、ユエとシアが必死に止めるという衝撃的な出来事があったが……詳しい話は割愛だ。

尽く避ける京矢には本当に似た様な知り合いがいるのだろう。地球への帰還後もその知り合いにだけは関わりたくない。改めてそう思うハジメであった。

 

京矢、エンタープライズとベルファストはハジメと一度分かれて冒険者達から別れを惜しまれていた。京矢と親しくなったヒャッハー三兄弟は残念ながら遠出の護衛依頼を受けた為に暫く戻らないそうだ。彼等によろしくと伝言を頼むと冒険者達と別れる。

 

そして、最後の晩と聞き、遂には堂々と風呂場に乱入、そして部屋に突撃を敢行したソーナちゃんが、ブチギレた母親に本物の亀甲縛りをされて一晩中、宿の正面に吊るされるという事件の話も割愛だ。

なぜ、母親が亀甲縛りを知っていたのかという話も割愛である。



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061

そして翌日早朝。

 

愉快? なブルックの町民達を思い出にしながら、正面門にやって来た京矢達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。

どうやら京矢達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た彼らを見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさか残りの奴等って〝スマ・ラヴ〟なのか!?」

 

「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

 

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

 

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

ユエとシア、エンタープライズとベルファストの登場に喜びを顕にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、手の震えを京矢達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。

京矢は苦笑いを浮かべながら、ハジメは嫌そうな表情をしながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

 

「ああ、これが依頼書だ」

 

ハジメは、懐から取り出した自分と京矢の依頼書を見せる。

それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

 

(もっと、ユンケル? 疲れているみたいな名前だよな)

 

「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」

 

日本のとある栄養ドリンクを思い出させる名前に、ハジメの眼が同情を帯びる。

なぜ、そんな眼を向けられるのか分からないモットーは首を傾げながら、「まぁ、大変だが慣れたものだよ」と苦笑い気味に返した。

 

「へへっ、期待には応えさせてもらうぜ。オレは京矢。こっちはエンタープライズとベルファスト」

 

「俺はハジメだ。こっちはユエとシア」

 

「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

モットーの視線が値踏みするようにシアを見た。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。

商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないということか。首輪から奴隷と判断し、即行で所有者たるハジメに売買交渉を持ちかけるあたり、きっと優秀な商人なのだろう。

 

其処で何となくハジメの反応を予想した京矢は、気配を周囲に同化させながら、さり気無くハジメの背後に近づく。

 

モットーの視線を受けて、シアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にそそっと隠れる。ユエのモットーを見る視線が厳しい。

だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前のことだ。モットーが責められるいわれはない。寧ろ、商人として優秀と言えるだろう。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

 

「ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし……答えはわかるだろ?」

 

シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更にハジメに交渉を持ちかけるが、ハジメの対応はあっさりしたものである。モットーも、実はハジメが手放さないだろうとは感じていたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。

 

だが、そんな意図もハジメは読んでいたのだろう。やはりあっさりしているが、揺るぎない意志を込めた言葉をモットーに告げようとする。

 

「ほら、そんなに殺気立つなよ、南雲」

 

「っ!? 鳳凰寺!?」

 

ハジメから殺気が漏れそうになった時、いつの間にか後ろに回っていた京矢に肩を叩かれて気が抜けてしまう。

流石にこんな所で雇い主を脅すような真似は止めて欲しいので止めておいたのだ。

 

そんな京矢の意思を理解したのか、気を取り直してハジメは

 

「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はないな……理解してもらえたか?」

 

「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

ハジメの発言は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言だ。

一応、魔人族は違う神を信仰しているし、歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会にケンカを売る言葉ではない。

だが、それでもギリギリの発言であることに変わりはなく、それ故に、モットーはハジメがシアを手放すことはないと心底理解させられた。

 

ハジメが、すごすごと商隊の方へ戻るモットーを見ていると、周囲が再びざわついている事に気がついた。

 

「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」

 

「流石、決闘スマッシャーと言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」

 

「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」

 

「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」

 

ハジメは、愉快? な護衛仲間の愉快な発言に頭痛を感じたように手で頭を抑えた。やっぱりブルックの町の奴らは阿呆ばっかりだと。

 

「確かに、一度は言ってみたいセリフだよな」

 

「……お前だったら、恥ずかしげもなく言えるだろうが」

 

自分が気がつかないレベルで気配を消して後ろまで近づくなどという芸当をやらかしてくれた友人の言葉にも頭を抱えながら答える。

そんな技能については異世界を含めて世界を4回も救った経験は伊達では無いのだろうな、と思っておくことにした。奈落程度を生き抜いた自分とは格が違うのだろう、と。

 

その後、モットーへの言葉に感激したシアに抱きつかれたハジメを他所に、ごゆっくりと言って京矢はエンタープライズとベルファストの元に戻る。

 

「宜しいのですか?」

 

「邪魔しちゃ悪いだろ? 人の恋路は邪魔しない主義なんでな」

 

「……いいか? 特別な意味はないからな? 勘違いするなよ?」「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~」等と会話しているハジメとシアを眺めながら、身内を見捨てるような真似はしないと言う事なのだろう。

それを分かっていながら、あえて其処は指摘しない。

そして、ハジメの心情を察し、トコトコと近づいて慰めるユエに、ハジメは感謝の言葉を告げながら優しく頬を撫でた。気持ちよさそうに目を細めるユエ。

 

早朝の正門前、多数の人間がいる中で、背中に幸せそうなウサミミ美少女をはりつけ、右手には金髪紅眼のこれまた美少女を纏わりつかせる男、南雲ハジメ。

 

両隣に二人の銀髪美女を従えた男、鳳凰寺京矢。

 

商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。

京矢達に突き刺さる煩わしい視線や言葉は、きっと自業自得である。

……そんな視線を一切気にしちゃいない京矢ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、ブルックの町から目的地の中立商業都市フューレンまでは馬車で片道約4~6日の距離である。

 

京矢達単独ならば大幅に時間は短縮できただろう。……人目さえ気にしなければキシリュウジンやヨクリュウオーを使って1日と掛からず移動することも可能だろう。

 

日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと今日で三回目。京矢達は、フューレンまで三日の位置まで来ていた。

道程はあと半分である。ここまで特に何事もなく順調に進んで来た。京矢達は、隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。

 

さて、そんな長閑な旅路だが、京矢達はまたまたやらかしてしまった事がある。

 

初日の夜、焚き火を囲みながら現在の行程を確認していた際の話だ。

 

「今日はどのくらい進んだんだ?」

 

「大体三分の一って所ですな。順当に行けばあと4日ほどで着くでしょう」

 

「結構かかるな」

 

「まっ、順当って言えば順当な旅路なんじゃ無いか?」

 

内心で良くも悪くも、と付け加える京矢。重ねて言うがハジメと京矢の移動手段ならばもっと早く着くことも可能だ。

 

「ちなみに食事はどうされるおつもりで? 一応食料の販売もしてはいますが……」

 

冒険者達は任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。

ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。

 

「ああ、そう言った心配は要らないな」

 

「だな」

 

宝物庫と四次元ポケットの中から食料と調味料及び調理器具を取り出してシアとベルファストに渡すハジメと京矢。

その光景にモットーは唖然とするしか無かった。

 

「頼んだぞ、食事係」

 

「今日もうまい飯を頼むぜ、ベルファスト」

 

「おまかせくださーい!」

 

「かしこまりました」

 

そんなモットーの様子も気付かずに、他の冒険者と同じく糧食で済ませようとするエンタープライズからそれを取り上げつつ会話を交わす京矢とベルファスト。

だが、京矢は完全に失念していた。ハジメが普段から、戦闘中にも便利に使っている為に忘れていたが、この世界において宝物庫と言うアーティファクトがどれだけ希少かという事を。

 

「なっ……何ですか、その道具は!?」

 

再起動は絶叫と共に。である。ハジメ自身は隠す気が無かった為に宝物庫の事を教えるが。

 

「言い値で買う!!! 幾ら欲しい!?」

 

宝物庫と言うアーティファクトは正に商人にとっては夢のアイテムである。

大量の物を運ぶ以上移動に時間もかかり護衛も多く必要になる。だが、宝物庫が有れば僅か一台の馬車で済む事だろう。

それ以外にも考えられる利点は大量にある。あり過ぎるのだ。

 

(……いや、これは使えるかもな)

 

そこまで考えた後、ふとそんな事を考える京矢。京矢のはアーティファクトの宝物庫と違い直接手を入れて取り出す必要のある四次元ポケットだが、同じ四次元ポケット系列の道具は二つもあるのだ。

 

商人の情報網は馬鹿にできない。諜報力もこの文明の警察組織のそれよりも高いかもしれないのだ。

 

目を血走らせてハジメに宝物庫の事を質問するモットーを眺めながら、情報網を利用する手段を考えていた。

 

「京矢様、何をお考えですか?」

 

「商人の情報網で王国に残ったクラスメイトの情報が手に入らないか? なんて思ってな」

 

ベルファストの問いに京矢は自分の考えを答える。

 

「成る程、確かに二つ残っていた筈だが、危険では無いか、指揮官」

 

エンタープライズの考えももっともだ。迂闊に渡しては教会に情報が渡ってしまう事になる。勇者達の事を知りたいなど、余計にだ。

 

「それに着いちゃ、勇者一行に居る強い剣士に興味があるって誤魔化すつもりだったけどな」

 

「だが、それでも露骨に聞いては怪しまれる。いや、彼に怪しまれなかったとしても、教会や国に知られる危険があるのでは無いか?」

 

単純に剣士としての興味として知りたいと言う話に持っていこうと思ったが、確かにエンタープライズの怪訝ももっともだ。

 

「王国の情報全般にしても、もうちょっと見極めてみるか」

 

最悪は金と情報の二つを対価にして四次元ランプ辺りを使って情報網を作ろうかとも思っていたが、即断は拙そうだと判断する。



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062

護衛依頼の際の冒険者達の食事関係は自腹である。

周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。故に別々に食べるのは暗黙のルールになっているようだ。

そして、冒険者達も任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。

代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。

そんな話を、この二日の食事の時間に京矢達は他の冒険者達から聞いていた。京矢達が用意した豪勢なシチューモドキをふかふかのパンを浸して食べながら。

 

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

 

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」

 

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

 

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

 

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」

 

「ベルファストちゃん、町に着いたら一緒に食事でもどう!」

 

「エンタープライズ、お姉さま……ハァハァ」

 

うまうまとベルファストとシアが調理したシチューモドキを次々と胃に収めていく冒険者達。

初日に彼等が干し肉やカンパンのような携帯食をもそもそ食べている横で、普通に〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い料理を始めた京矢達。いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、ハジメ達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になり、物凄く居心地が悪くなったシアが、お裾分けを提案した結果、今の状態になった。

 

当初、飢えた犬の如き彼等を前に、京矢とハジメは平然と飯を食っていた。京矢はともかくハジメはもちろん、お裾分けするつもりなど皆無である。

しかし、野営時の食事当番をシアとベルファストが受け持つ以上は、外で美味い食事にありつくには二人を頼る必要がある。

糧食で済ませがちなエンタープライズは兎も角、京矢もハジメもユエも作れないわけではないが、どうしても大味なものになってしまうのだ。

ハジメと京矢は男料理ゆえに、ユエは元王族らしく経験がないために。なので、美味い飯を作ってくれる片割れのシアに、お裾分けを提案されては、流石のハジメも断りづらかった。

 

仕方ないとは言え冒険者の食生活に思う所のあったベルファストもお裾分けには賛成だった様子だが、主である京矢の許可なしに分けられない様子だったが、当の京矢も賛成した以上は問題も無かった。

 

それからというもの、冒険者達がこぞって食事の時間にはハイエナの如く群がってくるのだが、最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、ことある毎に女性陣を軽く口説くようになったのである。

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ冒険者達に、ハジメは無言で〝威圧〟を発動。

熱々のシチューモドキで体の芯まで温まったはずなのに、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は、青ざめた表情でガクブルし始める。ハジメは、口の中の肉をゴクリと飲み込むと、シチューモドキに向けていた視線をゆっくり上げ囁くように、されどやたら響く声でポツリとこぼした。

 

「で? 腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

 

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー」」」」」

 

見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する冒険者達。

彼等のほとんどは、ハジメよりも年上でベテランの冒険者なのだが、そのような威厳は皆無だった。ハジメから受ける威圧が半端ないというのもあるが、ブルックの町での所業を知っているのでハジメに逆らおうという者はいないのである。

 

「おいおい、そんなに怒るなよ南雲」

 

無理矢理何かをしようと言うなら容赦する気はないが、単なるナンパ程度ならば多目に見ると言うスタンスの京矢が威圧を放っていたハジメを止める。

 

「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

「はぅ!?」

 

バッサリとシアの言い分を切り捨てたハジメを横目に、妙に男の冒険者よりも女の冒険者にお姉様と慕われ始めたエンタープライズの肩を叩いて気にするなと慰める。

 

遠近共に優れた弓術もさることながら、近づかれたとしても弓兵ながら近接戦闘で魔物を制圧する様を見せつけた結果なのだが。……今回の護衛任務の最中は全面的にエンタープライズに戦闘は任せているので残念ながら京矢は戦えていなかったりする。

 

そんな訳で、今回の任務ではテン・コマンドメンツではなく鎧の魔剣を背負っているのだが一度も使えていない。

 

美女と美少女二人に囲まれている京矢とハジメ。

客観的にその様子を見せつけられている男達の心の声は見事に一致しているだろう。すなわち「頼むから爆発して下さい!!」である。

内心でも敬語のあたりが彼等と京矢とハジメとの力関係を如実に示しており何とも虚しい。

 

そんな事があってから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

 

最初にそれに気がついたのはシアだ。

街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

 

その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。

現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は、全部で十五人。

ユエとシア、ベルファストとエンタープライズを入れても十九人だ。この人数で、商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切られるからだ。

 

なお、温厚の代名詞である兎人族であるシアを自然と戦力に勘定しているのは、ブルックの町で「シアちゃんの奴隷になり隊」の一部過激派による行動にキレたシアが、その拳一つで湧き出る変態達を吹き飛ばしたという出来事が、畏怖と共に冒険者達に知れ渡っているからである。

 

「彼らの反応からすると、この数が現れるのは異常事態なのだろう。どうする、指揮官?」

 

シアの報告を聴いた冒険者達の反応を見たエンタープライズが京矢へと問いかける。

 

「どうもこうもねぇだろ? さっさと殲滅する。それだけだ」

 

「それもそうだ」

 

ガリティマが、いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始めた時、京矢がエンタープライズの問いに答える。

 

「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

 

「えっ?」

 

まるでちょっと買い物に行ってこようかとでも言うような気軽い口調で、信じられない提案をしたのは、他の誰でもないハジメである。

ガリティマは、ハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返した。

 

「おう、迷ってるならオレ達で殲滅しようか?」

 

自分と同じ意見だったハジメの言葉に京矢も自身の意見を続ける。

 

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

 

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな」

 

ハジメはそう言って、すぐ横に佇むユエの肩にポンッと手を置いた。

ユエも、特に気負った様子も見せずに、そんな仕事ベリーイージーですと言わんばかりに、「ん…」と返事をした。

広範囲殲滅などは魔法特化のユエには得意分野だ。本来ならばタイプは違えどエンタープライズにとっても得意分野だが、多くの冒険者達の前で艦載機は使えないと言う判断から、この場はユエに譲った。

 

 ガリティマは少し逡巡する。一応、彼も噂でユエが類希な魔法の使い手であるという事は聞いている。

仮に、言葉通り殲滅できなくても、京矢達の態度から相当な数を削ることができるだろう。

半数にさえ削れれば弓使いであるエンタープライズの援護もあり、戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

 

「「「「了解!」」」」

 

ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。

どうやら、ユエ一人で殲滅できるという話はあまり信じられていないらしい。ハジメは内心、そんな心配はいらないんだけどなぁ~と考えながら、百体以上の魔物を一撃で殲滅できるような魔法使いがそうそういないという常識からすれば、彼等の判断も仕方ないかと肩を竦めた。

京矢は京矢で軽い運動に2、30匹は残してくれて構わないと言った態度だ。

 

「んじゃ、オレも一応準備しておこうか? 鎧化(アムド)

 

初めて抜いた鎧の魔剣に冒険者達の表情が驚きに変わる。背負っていた大剣が京矢の全身を包みフルプレートの全身鎧となる様は驚き以外の何者でも無いだろう。

 

驚きから気を取り直した冒険者達が、商隊の前に陣取り隊列を組む。緊張感を漂わせながらも、覚悟を決めた良い顔つきだ。

食事中などのふざけた雰囲気は微塵もない。道中、ベテラン冒険者としての様々な話を聞いたのだが、こういう姿を見ると、なるほど、ベテランというに相応しいと頷かされる。エンタープライズもそんな戦闘前の空気は悪く無いという風に笑みを浮かべる。

商隊の人々は、かなりの規模の魔物の群れと聞いて怯えた様子で、馬車の影から顔を覗かせている。

 

京矢は全身鎧を纏っているので冒険者達と同じく前に立ち、エンタープライズとベルファストを含めたハジメ達は商隊の馬車の屋根の上だ。

万が一にも討ち漏らしが出ても京矢がしっかりと始末してくれそうなので、これで余計に心配もない。

 

「ユエ、一応、詠唱しとけ。後々、面倒だしな」

 

「……詠唱……詠唱……?」

 

「……もしかして知らないとか?」

 

「……大丈夫、問題ない」

 

「いや、そのネタ……何でもない」

 

「接敵、十秒前ですよ~」

 

周囲に追及されるのも面倒なので、ユエに詠唱をしておくよう告げるハジメだったが、ユエの方は、元々、詠唱が不要だったせいか頭に〝?〟を浮かべている。

なければないで、小声で唱えていたとでもすればいいので、大した問題ではないのだが、返された言葉が何故か激しくハジメを不安にさせた。

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」

 

後ろから聞こえてくる、本来は必要のない呪文のを聞きながら京矢は、ハジメとの出会いでも歌ってるんだなと思う。

 

詠唱の途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た龍が現れた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。

 

「な、なんだあれ……」

 

それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れがいるにもかかわらず、誰もが暗示でも掛けられたように天を仰ぎ激しく放電する雷龍の異様を凝視している。

護衛隊にいた魔法に精通しているはずの後衛組すら、見たことも聞いたこともない魔法に口をパクパクさせて呆けていた。

 

そして、それは何も味方だけのことではない。森の中から獲物を喰らいつくそうと殺意にまみれてやって来た魔物達も、商隊と森の中間あたりの場所で立ち止まり、うねりながら天より自分達を睥睨する巨大な雷龍に、まるで蛇に睨まれたカエルの如く射竦められて硬直していた。

 

そして、天よりもたらされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な指タクトに合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍は魔物達へとその顎門を開き襲いかかった。

 

ゴォガァアアア!!!

 

「うわっ!?」

 

「どわぁあ!?」

 

「きゃぁあああ!!」

 

更には、ユエの指揮に従い、雷龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。

逃走中の魔物が突然眼前に現れた雷撃の壁に突っ込み塵となった。

逃げ場を失くした魔物達の頭上で再び、落雷の轟音を響かせながら雷龍が顎門を開くと、魔物達は、やはり自ら死を選ぶように飛び込んでいき、苦痛を感じる暇もなく、荘厳さすら感じさせる龍の偉容を最後の光景に意識も肉体も一緒くたに塵へと還された。雷龍は、全ての魔物を呑み込むと最後にもう一度、落雷の如き雄叫びを上げて霧散した。

 

隊列を組んでいた冒険者達や商隊の人々が、轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦める。

ようやく、その身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、薄ら目を開けて前方の様子を見ると……そこにはもう何もなかった。

あえて言うならとぐろ状に焼け爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。

 

なお、京矢の予想通りユエは馬車の上で「私とハジメの出会いを歌っています」とドヤっていたりする。

 

「おいおい、一匹くらいは残しといてくれよ」

 

神代魔法を得た後に開発したであろう魔法の威力を眺めながら、折角鎧を纏ったのに無駄になったと撃ち漏らしが無いことを残念そうに呟く京矢だった。



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063

「……ん、やりすぎた」

 

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

 

「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

 

「俺がギルドに篭っている間、そんなことしてたのか……ていうかユエ、さっきの詠唱って……」

 

「ん……出会いと、未来を詠ってみた」

 

折角鎧を纏ったんだから少しくらいは分けて欲しかったと思っている京矢の後ろからハジメ達のそんな会話が聞こえてくる。

 

「指揮官、周囲に敵影はない。敵の群れはあれで全部だった様だ」

 

「だろうな。獣が百匹以上の群れを作れるとは思えねえからな」

 

群れを二つに分けるという考えも無ければ、出てきたとしても出遅れた魔物達が精々多くても十匹前後残るくらいだろうと思いながらエンタープライズの言葉に同意する。

その程度の魔物ならば、自分達も含めて万全の体制の冒険者十五人も居れば余裕で殲滅しながら進めるだろう。

 

と、京矢が少しは戦いたかったと思いながら会話していると、焼け爛れた大地を呆然と見ていた冒険者達が我に返り始めた。

そして、猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

 

「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」

 

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

 

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

 

「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

 

「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」

 

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

 

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

 

「「「「なるほど!」」」」

 

「いい具合に錯乱してんな……」

 

「あの様な光景を見れば仕方が無いことかと思います」

 

錯乱している冒険者達を前に京矢とベルファストが呆れた様に呟く。ユエの魔法が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味のようだった。

それも仕方がないだろう。何せ、既存の魔法に何らかの生き物を形取ったものなど存在しないのだ。まして、それを自在に操るなど国お抱えの魔法使いでも不可能だろう。

雷を落とす〝雷槌〟を行使出来るだけでも超一流と言われるのだから。

 

魔法を生物の形にするのはエンタープライズが矢を炎の鷲にする事とハジメから聞いたことのある龍からインスピレーションを得たらしい。

その手のアイディアは地球のファンタジー系のラノベには良くあるネタだが、此方の世界には全く無い様子だった。

 

壊れて「ユエさま万歳!」とか言い出した冒険者達の中、唯一まともなリーダーガリティマは、そんな仲間達を見て盛大に溜息を吐くとハジメ達のもとへやって来た。

 

「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」

 

「今は、仕事仲間だろう。礼なんて不要だ。な?」

 

「……ん、仕事しただけ」

 

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」

 

ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。そんなガリティマを眺めながら、自分が突っ込んで無双すれば良かったかとも思う。

 

「なあ、南雲、オレ達で無双すれば良かったんじゃねえか? 仮面ライダーになれば楽勝だしな」

 

「それも悪くなかったな」

 

百匹生物相手に特撮ヒーローに変身して無双する光景を想像してみる。

戦闘員の大群の前で変身して無双する様は、正に劇場版のヒーローの姿そのもの。それも悪く無いと思ってしまうハジメだった。

そんな京矢とハジメの会話に更に表情を痙攣らせるガリティマ。

 

……ブレイドかバールクスに変身すれば楽に倒せる程度の敵でしか無いのだから。

 

「……オリジナル」

 

「オ、オリジナル? 自分で創った魔法ってことか? 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

 

「……創ってない。複合魔法」

 

「複合魔法? だが、一体、何と何を組み合わせればあんな……」

 

「……それは秘密」

 

「ッ……それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」

 

深い溜息と共に、追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしい。肩を竦めると、壊れた仲間を正気に戻しにかかった。

 

「このままだと、ユエ教なんて生まれそうな勢いだよな……」

 

京矢のいう通り、このままでは〝ユエ教〟なんて新興宗教が生まれかねないので、ガリティマには新興宗教の設立阻止の為にも是非とも頑張ってもらいたい、などと人ごとのように考えるハジメ。

 

そんな商隊の人々の畏怖と尊敬の混じった視線をチラチラと受けながら、一行は歩みを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユエが、全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。

 

フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするそうだ。

京矢達も、その内の一つの列に並んでいた。順番が来るまでしばらくかかりそうである。

 

馬車の屋根で、ユエに膝枕をされ、シアを侍らせながら寝転んでいたハジメと、エンタープライズとベルファストを侍らせながらお茶を飲んでいた京矢のもとにモットーがやって来た。何やら話があるようだ。

若干、呆れ気味に京矢達を見上げるモットーに、ハジメと京矢は軽く頷いて屋根から飛び降りた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みの京矢とハジメに対する嫉妬と羨望の目、そしてユエとシアとエンタープライズとベルファストに対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。

それに加えて、今は、シアに対する値踏みするような視線も増えている。流石大都市の玄関口。様々な人間が集まる場所では、ユエもシアもエンタープライズもベルファストも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているようだ。

 

「さすが、これだけの大きさの商業都市だな。なんて思ってるさ」

 

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ」

 

「向こうからやってきたら、その時は始末すりゃ良い。それだけだろ?」

 

「違いないな」

 

そう言って肩を竦めながら京矢の言葉に返すハジメにモットーは苦笑いだ。

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、その兎人族と宝物庫を売る気は……」

 

さりげなくシアと宝物庫の売買交渉を申し出るモットーだったが、その話は既に終わっただろ? というハジメの無言の主張に、両手を上げて降参のポーズをとる。

内心では二つもあるのだから一つくらいは売ってもらえないかとも思っていたのも事実だ。実際には京矢のそれは四次元ポケットであり、宝物庫では無い上に更にあと二つ類似品が有るのだが、それはそれ。

 

「そんな話をしに来たわけじゃないだろ? 用件は何だ?」

 

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方達のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

「そりゃ、商人にしてみれば倉庫を持ち歩く様な物だからな」

 

「ええ。それに貴方のその大剣のアーティファクトも、見たところ国宝級の品だと思いますよ。売っていただけるのなら」

 

「悪いが武器は使われてこそ。って考えなんでな。それに、こいつは城に飾られるなんて扱いされて満足する剣でもないからな」

 

喉から手が出るほどではなく、モットーの笑ってない目は正に「殺してでも奪い取る」と言った方が正しいだろう。

だがそれも無理はない。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。

京矢の鎧の魔剣も商人ではなく騎士ならば欲しがりそうな一品だ。キーワードと共に全身鎧になる大剣のアーティファクト。交渉次第では幾らでも吊り上げられるだろうし、王宮に献上すれば覚えも良くなるだろう。自身が使わなくとも幾らでも使い道がある。

 

まあ、その点については見る目があるとは思う。別の世界で魔界の名工と呼ばれた男の作り上げた武具の一つなのだ。

最終的には完全に砕け散ったとはいえ、オリハルコンを使い神が作り上げたとされる神剣を折った経緯を持つ。

これに比べれば、この世界の最高の聖剣などガラクタに等しい。京矢の持つ鎧の魔剣は間違いなくその時に砕け散った剣と同じ物だ。少しでも価値の分かる騎士や冒険者が見れば欲しがるだろう。

 

ハジメのドンナー・シュラークに至っては戦いの歴史を塗り替えかねない代物なのは、地球の過去の歴史を見れば明らかだ。日本の織田信長やアメリカの西部開拓時代等はいい例だ。

 

「何度言われようと、何一つ譲る気はない。諦めな」

 

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身に……」

 

モットーが、少々、狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるユエとシアに視線を向けた瞬間、ゴチッと額に冷たく固い何かが押し付けられた。壮絶な殺気と共に。

周囲は誰も気がついていない。馬車の影ということもあるし、ハジメの殺気がピンポイントで叩きつけられているからだ。

 

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込むハジメの隻眼は、まるで深い闇のようだ。モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。だが、モットーが声を捻り出す前に京矢がモットーの頭に押しつけられたものに触れる。

 

「落ち着けよ、南雲。この人はオレ達に忠告してくれただけだろ?」

 

何かしようとしていたのかは分からないが、京矢はこう言っているのだ「そう言うことにしておいてやる」と。

 

「そ、そうです……。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」

 

「だとさ。面倒ごとを避けるにはある程度手の内を隠すのが丁度いいって事だ」

 

京矢が比較的普通の剣よりの魔剣・聖剣を使っているのは使いやすい斬鉄剣以外ではただの強力なアーティファクトで済ませられるからだ。

それだけなら、鎧に変化したり、複数の姿と能力を持つ、珍しい上に希少で強力なアーティファクトで誤魔化せる。死者蘇生が出来る刀に比べれば。魔剣目録を人前で開かないのもそれが理由だ。

 

だが、モットーの言う通りハジメはアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりはなかった。

ちょっとの配慮で面倒事を避けられるなら、ユエに詠唱させたようなこともするが、逆に言えば、〝ちょっと〟を越える配慮が必要なら隠すつもりはなかった。

ハジメは、この世界に対し〝遠慮しない〟と決めているのだ。

敵対するものには容赦はしないが、京矢の場合はそれなりに配慮はする意思はある。

同じく敵対するものは全てなぎ倒して進む。その覚悟があるハジメと京矢の違いは配慮の大きさだ。

 

……まあ、下手したら普通に巨大ロボを持ち出して暴れて国を滅ぼす程度は簡単に出来るのが京矢なのだが。

なお、王国は下手したら物理的にひっくり返される危険もあった事を追記しておこう。あの国、京矢は王族貴族含めて敵視しているのだ。

 

「そうか、お前がそう言うなら、そういうことにしておこうか」

 

そう言って、ドンナーをしまい殺気を解くハジメ。

モットーがその場に崩れ落ちる前に京矢が肩を貸す。京矢に肩を借りたモットーは大量の汗を流し、肩で息をしている。

 

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。あるいは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意をもって俺の前に立ちはだかったなら……生き残れると思うな? 国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる」

 

「へっ、血の海は辞めとけ。後始末が面倒だろ? 物理的にひっくり返してやった方が面白いだろ?」

 

「なるほど。それもそうだな」

 

「つー訳だ。モットーさん、取引相手が減るのはデメリットだろ? 何が正しい判断か、アンタなら分かるだろ?」

 

「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」

 

未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。

それに道中の商隊員とのやりとりから見ても、かなり慕われているようであった。本来は、ここまで強硬な姿勢を取ることはないのかもしれない。彼を狂わせるほどの魅力が、ハジメのアーティファクトにあったということだろう。

 

「では、私は手続きがあるので、これにて」

 

フューレンに入った所でモットーは冒険者達と別れる際に京矢達を呼び止め、

 

「とんだ失態を犯しました。ご入用の際は是非我が商会を」

 

「銃口突き付けた相手に営業かよ? ホント、商魂たくましいな」

 

「まっ、それだけ優秀な商人ってことだろ?」

 

自分の商会の宣伝をして行ったのだった。



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064

モットーが去った後も、ユエとシアにベルファストとエンタープライズには、未だ、いや、むしろより強い視線が集まっている。

モットーの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がユエ達を指差しながら何かを話しかけている。物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレンだが、ハジメが思っていた以上に波乱が待っていそうだと思わせるには十分な場所だ。

 

(こう言う町には犯罪組織とか居そうだよな)

 

その他の裏組織が湧いていたとしても、基本向こうから手を出してこない限りは放置だ。

裏には裏の秩序があり、下手にそのバランスを崩しても面倒なだけだ。だが、その面倒を起こしても他の組織に対する警告する必要がある時もある。『自分達に手を出すと高く付く』と。まあ、組織一つを壊滅させればそれで済むだろう。最小限の犠牲の幅を京矢は思案していた。

明らかに自分達に向いている視線の中には高く売れる商品として見ているような視線も混ざっているのに気が付いたのだ。

 

さて、中立商業都市フューレン。

其処は高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。

あらゆる業種がこの都市では日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言えるだろう。

 

その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。

この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区。

娯楽施設が集まった観光区。

武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区。

あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。

東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。メインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、言い換えれば闇市的な店が多い。

その分、時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。

 

(闇市か。珍しい剣が買えるかもな)

 

一度闇市を覗いてみようと思案する京矢を始めとした一同がいるのは、中央区の一角にある冒険者ギルド:フューレン支部内にあるカフェだ。

そこで軽食を食べながらフューレンの事を聞く京矢達。話しているのは案内人と呼ばれる職業の女性だ。

都市が巨大であるため需要が多く、案内人というのはそれになりに社会的地位のある職業らしい。多くの案内屋が日々客の獲得のためサービスの向上に努めているので信用度も高い。

 

京矢達はモットー率いる商隊と別れると証印を受けた依頼書を持って冒険者ギルドにやって来た。

そして、宿を取ろうにも何処にどんな店があるのかさっぱりなので、冒険者ギルドでガイドブックを貰おうとしたところ、案内人の存在を教えられたのだ。

 

そして、現在、案内人の女性、リシーと名乗った女性に料金を支払い、軽食を共にしながら都市の基本事項を聞いていたのである。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 

「確かに。金にも余裕がある事だし、そっちの方が良さそうだな」

 

「ああ。なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

 

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

 

「そりゃそうか。そうだな、飯が美味くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと責任の所在が明確な場所がいいな」

 

「オレも同感。責任の所在が明白な所が特に必要だな」

 

リシーは、にこやかにハジメの要望を聞く。

最初の二つはよく出される要望なのだろう「うんうん」と頷き、早速、脳内でオススメの宿をリストアップしたようだ。しかし、続く京矢とハジメの言葉で「ん?」と首を傾げた。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

 

「ああ、例えば、何らかの争いごとに巻き込まれたとして、こちらが完全に被害者だった時に、宿内での損害について誰が責任を持つのかということだな。どうせならいい宿に泊りたいが、そうすると備品なんか高そうだし、あとで賠償額をふっかけられても面倒だろ」

 

「まあ、叩きのめした連中に全額押し付けても良いけどな」

 

「え~と、そうそう巻き込まれることはないと思いますが……」

 

困惑するリシーにハジメと京矢は苦笑いする。

 

「まぁ、普通はそうなんだろうが、連れが目立つんでな。観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、商人根性逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。まぁ、あくまで〝出来れば〟だ。難しければ考慮しなくていい」

 

「そう言う事、そんな状況になった時のための備えって奴だ」

 

ハジメの言葉に、リシーは、ハジメの両脇に座りうまうまと軽食を食べるユエとシア、静かに軽食を食べているベルファストとエンタープライズに視線をやる。

そして、納得したように頷いた。

確かにこの美少女二人と美女二人は目立つ。現に今も、周囲の視線をかなり集めている。

特に、シアの方は兎人族だ。他人の奴隷に手を出すのは犯罪だが、しつこい交渉を持ちかける商人やハメを外して暴走する輩がいないとは言えない。

 

「しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは? そういうことに気を使う方も多いですし、いい宿をご紹介できますが……」

 

「ああ、それでもいい。ただ、欲望に目が眩んだヤツってのは、時々とんでもないことをするからな。警備も絶対でない以上は最初から物理的説得を考慮した方が早い」

 

「まあ、確かにとんでもない事する子も居たよな」

 

ハジメの言葉にマサカの宿の看板娘の事を思い出してしまう京矢だった。確かにただの宿屋の娘とは思えない、スパイ映画並みの行動をとっていたのは、欲望に目が眩んだ上での暴走だろう。

 

「ぶ、物理的説得ですか……なるほど、それで責任の所在なわけですか」

 

「そう言う事だ。まっ、オレは他の要望は、静かに休めればそれで良いぜ」

 

完全にハジメの意図を理解したリシーは、あくまで〝出来れば〟でいいと言うハジメに、案内人根性が疼いたようだ、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。

京矢の要望は実際には、他には特に無いと言っているようなものだ。

そして、ユエとシア、エンタープライズとベルファストの方に視線を転じ、彼女達にも要望がないかを聞いた。出来るだけ客のニーズに応えようとする点、リシーも彼女の所属する案内屋も、きっと当たりなのだろう。

 

それから、他の区について話を聞いていると、京矢達は不意に強い視線を感じた。

特に、シアとユエ、エンタープライズとベルファストに対しては、今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。

視線など既に気にしない彼女達だが、あまりに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰める。

 

京矢とハジメがチラリとその視線の先を辿ると……ブタがいた。

体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。

そのブタ男が此方の女性陣を欲望に濁った瞳で凝視していた。

 

京矢とハジメが、「面倒な」と思うと同時に、そのブタ男は重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら真っ直ぐハジメ達の方へ近寄ってくる。

どうやら逃げる暇もないようだ。二人が逃げる事などないだろうが。

 

リシーも不穏な気配に気が付いたのか、それともブタ男が目立つのか、傲慢な態度でやって来るブタ男に営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。

それだけで理解してしまう。ある意味で相当知られているのだろう、あのブタ男は。

 

ブタ男は、ハジメ達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとシア、エンタープライズとベルファストをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。

そして、今まで一度も目を向けなかった京矢とハジメに、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの女共はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

ドモリ気味のきぃきぃ声でそう告げて、ブタ男はユエに触れようとする。

彼の中では既にユエは自分のものになっているようだ。その瞬間、その場に凄絶な殺意威圧が降り注いだ。

周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始めた。

その殺意威圧のすぐ近くにいるのに平然としながら、ブタ男に「バカが沸いたな」と言う顔を向けている京矢はリシーへと向かう威圧の余波を防いでいる。

 

京矢に守られた者と熟れている者達以外がその反応ならば、直接その殺気を受けたブタ男はというと……「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。

 

ハジメが本気の殺気をぶつければ、おそらく瞬時に意識を刈り取っただろうが、それでは意味がないので十分に手加減している。京矢としては面倒にならないようにさっさとそいつを気絶させてくれと思うが、それは今更だろう。

……もう面倒事になっちゃってるし。

 

「ユエ、シア、行くぞ。場所を変えよう」

 

「エンタープライズ、ベルファスト。此処は養豚場みたいな匂いがして空気が悪いな、場所を変えよう」

 

汚い液体が漏れ出しているので、二人は女性陣に声をかけて席を立つ。

本当は、即射殺したかったのだが、流石に声を掛けただけで殺されたとあっては、ハジメの方が加害者だ。殺人犯を放置するほど都市の警備は甘くないだろう。流石にそんな事をしそうになったら、実行する前に京矢が止めている。

 

基本的に、正当防衛という言い訳が通りそうにない限り、都市内においては半殺し程度を限度にしようと京矢もハジメは考えていた。なので、京矢としては面倒だから平和的に威圧で気絶させる程度にしておいてくれと、言いたかったがそれはそれ。

 

席を立つ京矢達に、リシーが「えっ? えっ?」と混乱気味に目を瞬かせた。

リシーからすれば、ブタ男が勝手なことを言い出したと思ったら、いきなり尻餅をついて股間を漏らし始めたのだから混乱するのは当然だろう。

 

ちなみに、周囲にまで〝威圧〟の効果が出ているのはわざとである。

周囲の連中もそれなりに鬱陶しい視線を向けていたので、序でに理解させておいたのだ。〝手を出すなよ?〟と。周囲の男連中の青ざめた表情から判断するに、これ以上ないほど伝わったようだ。

 

だが、〝威圧〟を解きギルドを出ようとした直後、大男が京矢達の進路を塞ぐような位置取りに移動し仁王立ちした。

ブタ男とは違う意味で百キロはありそうな巨体である。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。

 

その巨体が目に入ったのか、再起動したブタ男が再びキィキィ声で喚きだした。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキ共を殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

 

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

 

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

 

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

 

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

どうやら、レガニドと呼ばれた巨漢は、ブタ男の雇われ護衛らしい。

ハジメから目を逸らさずにブタ男と話、報酬の約束をするとニンマリと笑った。珍しい事にユエやシア、エンタープライズやベルファストは眼中にないらしい。女よりも金の方が好きなのか、見向きもせずに貰える報酬にニヤついているようだ。

 

「おう、坊主達。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

レガニドはそう言うと、拳を構えた。長剣の方は、流石に場所が場所だけに使わないようだ。周囲がレガニドの名を聞いてざわめく。

 

「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」

 

「〝暴風〟のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」

 

「金払じゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」

 

周囲のヒソヒソ声で大体目の前の男の素性を察した京矢とハジメ。

天職持ちなのかどうかは分からないが冒険者ランクが〝黒〟ということは、上から三番目のランクということであり、相当な実力者ということだ。

 

レガニドから闘気が噴き上がる。

内心で京矢が『さっさと気絶でもさせとけば良かったのに』と思いながら鎧の魔剣に手をかける。テン・コマンドメンツの方が対人戦での加減もし易かったが、今背負っているのは鎧の魔剣だ。

ハジメが京矢とは対照的に、これなら正当防衛を理由に半殺しにしても問題ないだろうと、拳を振るおうとした瞬間、意外な場所から制止の声がかかった。

 

「……ハジメ、待って」

 

「? どうしたユエ?」

 

ユエは、隣のシアを引っ張ると、ハジメの疑問に答える前に、ハジメとレガニドの間に割って入った。

訝しそうなハジメとレガニドに、ユエは背を向けたまま答える。

 

「……私達が相手をする」

 

「えっ? ユエさん、私もですか?」

 

シアの質問はさらり無視するユエ。

 

「そうですね。では、私達は手を出さない方が良いでしょう」

 

「そうだな」

 

ユエの言葉に肯定的に自分達は手を出すべきでは無いと判断した。ふと、京矢もレガニドに視線を向ける。

 

(まあ、比較対象が凄すぎるだけだけど、心配ない部類だな)

 

冒険者ランクの上から3番目の黒とはいえ、見た印象では京矢にとっての強敵ランキングではかなり下位だ。

まあ、どう考えても闇の書の闇やらデボネアやらと比較したら大半の相手が下になる。

そもそも、そう簡単にそんなレベルの相手が出てきたら世界など軽く滅ぶし、そんなレベルに匹敵するのが簡単にいるなら、勇者召喚なんて誰も行わない。

 

そんなユエ達の言葉に、ハジメと京矢が返答するよりも、レガニドが爆笑する方が早かった。

 

「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって? しかも、二人で十分? 中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ? 夜の相手でもして許してもらおうって『……黙れ、ゴミクズ』ッ!?」

 

下品な言葉を口走ろうとしたレガニドに、辛辣な言葉と共に、神速の風刃が襲い掛かりその頬を切り裂いた。プシュと小さな音を立てて、血がだらだらと滴り落ちる。かなり深く切れたようだ。

レガニドは、ユエの言葉通り黙り込む。ユエの魔法が速すぎて、全く反応できなかったのだ。心中では「いつ詠唱した? 陣はどこだ?」と冷や汗を掻きながら必死に分析している点は流石に二つ名持ちの実力者といった所だろう。

 

ユエは何事もなかったように、ハジメと、未だ、ユエの意図が分かっていないシアに向けて話を続ける。

 

「……私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる」

 

「ああ、なるほど。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね」

 

「……そう。せっかくだから、これを利用する」

 

「私達も参加して良いのですが」

 

「それだと、完全にオーバーキルになる」

 

エンタープライズとベルファストの不参加理由は四人で叩きのめしては単なる虐めにしかならない。

二人の言葉に頷いてユエは、先程とは異なり厳しい目を向けているレガニドを指差した。

 

まあ、そこから先はかなり一方的な展開でレガニドがボコボコにされた。最後は半ば意地で立ち上がったレガニドだったが、ユエが氷の如き冷めた目で右手を突き出している姿を見て、内心で盛大に愚痴る。

 

(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなさすぎだ……)

 

自分の受けた仕事が割りに合わない仕事だと理解した直後、レガニドは生涯で初めて、〝空中で踊る〟という貴重で最悪の体験をすることになった。

 

「舞い散る花よ 風に抱かれて砕け散れ 〝風花〟」

 

最後に放たれたのはユエ、オリジナル魔法第二弾〝風爆〟という風の砲弾を飛ばす魔法と重力魔法の複合魔法だ。

複数の風の砲弾を自在に操りつつ、その砲弾に込められた重力場が常に目標の周囲を旋回することで全方位に〝落とし続け〟空中に磔にする。そして、打ち上げられたが最後、そのまま空中でサンドバックになるというえげつない魔法だ。

ちなみに、例の如く、詠唱は適当である。

 

空中での一方的なリードによるダンスを終えると、レガニドは、そのままグシャと嫌な音を立てて床に落ち、ピクリとも動かなくなった。

実は、最初の数撃で既に意識を失っていたのだが、知ってか知らずか、ユエは、その後も容赦なく連撃をかまし、特に股間を集中的に狙い撃って周囲の男連中の股間をも竦み上がらせた。

良くやったと頷くエンタープライズとベルファストを他所に、苛烈にして凶悪な攻撃に、後ろで様子を伺っていたハジメと京矢をして「おぅ」と悲痛な震え声を上げさせたほどだ。

 

シアによるフルボッコから続いたあり得べからざる光景の二連発。そして容赦のなさにギルド内が静寂に包まれる。

誰も彼もが身動き一つせず、京矢達を凝視していた。よく見れば、ギルド職員らしき者達が、争いを止めようとしたのか、カフェに来る途中でハジメ達の方へ手を伸ばしたまま硬直している。

様々な冒険者達を見てきた彼等にとっても衝撃の光景だったようだ。

 

誰もが硬直していると、おもむろに静寂が破られた。ハジメと京矢が、ツカツカと歩き出したのだ。

ギルド内にいる全員の視線が二人に集まる。二人の行き先は……ブタ男のもとだった。

 

腰が抜けているのか、尻餅をついたまま逃げようとするブタ男の目の前に京矢は鎧の魔剣を突き刺す。

 

「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

 

「はっ? 知らねえよ、テメェの事なんざ」

 

「……ってか、地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが」

 

ハジメは、ブタ男の名前に地球の代表的なゆるキャラを思い浮かべ、盛大に顔をしかめると、ハジメは尻餅を付いたままのブタ男の顔面を勢いよく踏みつけた。

 

「プギャ!?」

 

文字通り豚のような悲鳴を上げて顔面を靴底と床にサンドイッチされたブタ男はミシミシとなる自身の頭蓋骨に恐怖し悲鳴を上げた。

 

止める気は無いのか、京矢が興味なさげに冷ややかな視線をブタ男に向けると、早く終わらせてくれと言う視線をハジメへと向ける。

 

すると、分かったとでも言うように、鳴けば鳴くほど圧力が増していく。顔は醜く潰れ、目や鼻が頬の肉で隠れてしまっている。やがて、声を上げるほど痛みが増す事に気が付いたのか、大人しくなり始めた。単に体力が尽きただけかもしれないが。

 

「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな……次はない」

 

ブタ男はハジメの靴底に押しつぶされながらも、必死に頷こうとしているのか小刻みに震える。

既に、虚勢を張る力も残っていないようだ。完全に心が折れている。しかし、その程度で、あっさり許すほどハジメは甘くはない。京矢もハジメよりも寛容だが、この程度で許す気はない。

〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟というように、一時的な恐怖だけでは全然足りない。殺しの選択が得策でない上に殺そうとすれば京矢に止められる以上、代わりに、その恐怖を忘れないように刻まねばならない。

 

それは京矢も同意だったのか、『早く済ませろよ』と言ってGOサインを出している。貴族などと言う輩の基準が王国の連中になっている為に二度とは関わりたくないと骨に刻むレベルが最低限とみなしてしまっているのだ。

 

剣士である京矢がやってしまうと指の一本や二本、最悪は腕の一本というレベルになってしまうので、ハジメは少し足を浮かせると錬成により靴底からスパイクを出し、再度勢いよく踏みつけた。

 

「ぎゃぁああああああ!!」

 

靴底のスパイクが、ブタ男の顔面に突き刺さり無数の穴を開ける。

更に、片目にも突き刺ささったようで大量の血を流し始めた。ブタ男本人は、痛みで直ぐに気を失う。ハジメが足をどけると見るも無残な……いや、元々無残な顔だったので、あまり変わらないが、取り敢えず血まみれの顔が晒された。

 

ハジメと京矢は、どこか清々しい表情でエンタープライズ達の方へ歩み寄る。

ユエとシアは微笑みでハジメを、エンタープライズとベルファストは満足げな微笑みで京矢を迎えた。そして、京矢とハジメは、すぐ傍で呆然としている案内人リシーにも笑いかけた。

 

「じゃあ、案内人さん。場所移して続きを頼むよ」

 

「はひっ! い、いえ、その、私、何といいますか……」

 

ハジメの笑顔に恐怖を覚えたのか、しどろもどろになるリシー。その表情は、明らかに関わりたくないと物語っていた。

それくらい、ハジメ達は異常だったのだ。

 

「あー、気持ちはわかるけど、別にオレ達は無闇に暴れるほど危険人物じゃないから安心してくれ」

 

それを察した京矢はまた新たな案内人をこの騒ぎの後に探すのは面倒なので、彼女には可愛そうだがリシーを逃がすつもりはなかった。

 

「申し訳ありません、リシー様」

 

「すまない。この状況では、ちょっとな」

 

京矢の意図を悟って、エンタープライズとベルファストがリシーの両脇を固めると、「ひぃぃん!」と情けない悲鳴を上げるリシー。

 

三人共罪悪感はあるが、この後の面倒を考えると逃したくはない。お詫びに少し多めにチップでも渡そうと思いながら彼女の説得を試みる。

 

と、そこへ彼女にとっての救世主、ギルド職員が今更ながらにやって来た。もっと早く来てくれと思わなくもないが、自分達の行動が早くて口を挟まなかったのだろうと納得する。

 

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

そう京矢達に告げた男性職員の他、三人の職員が京矢達を囲むように近寄った。

もっとも、全員腰が引けていたが。もう数人は、プームとレガニドの容態を見に行っている。

 

「そうは言ってもな、あのブタが俺の連れを奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけだ。なあ?」

 

「確かにそんな所だからな。まあ、それでも説明しろって言うなら説明はするけど、要約するとそんな所だぜ」

 

「ああ。それ以上、説明する事がない。そこの案内人とか、その辺の男連中も証人になるぞ。特に、近くのテーブルにいた奴等は随分と聞き耳を立てていたようだしな?」

 

「あと付け加えるなら……黒の冒険者が人攫いをしようとした。ってのも付け加えるけどな」

 

京矢とハジメがそう言いながら周囲の男連中を睥睨すると、目があった彼等はそれはもう、『首と頭に悪いぞ』と言いたくなるほど激しく何度も頷いた。

 

最後に付け加えた京矢の一言にギルド職員達。特にブタ男とレガニドのやり取りを聞いていたであろう職員が気まずそうに目を逸らす。

 

「そ、それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので……規則ですから冒険者なら従って頂かないと……」

 

「当事者双方……ね」

 

「規則なら従うけど……なあ」

 

京矢とハジメはチラリとブタ男とレガニドの二人を見る。

当分目を覚ましそうになかった。ギルド職員が治癒師を手配しているようだが、おそらく二、三日は目を覚まさないのではないだろうか。

 

「あれが目を覚ますまで、ずっと待機してろって? 被害者の俺達が? ……いっそ都市外に拉致って殺っちまうか?」

 

「南雲、殺るなら、使えそうな道具は色々とあるぜ」

 

「へー、中々面白そうな物があるな」

 

ハジメが非難がましい視線をギルド職員に向け、面白そうに京矢もハジメの意見に同意する。京矢がコッソリとハジメだけに聞こえるように言った道具の事を聞くと興味深そうに、楽しそうにブタ男達の拉致と抹殺に乗り気になった。

 

殺伐とした会話を楽しそうにする二人にギルド職員の男性が、「こっちは仕事なんだから、オレ達は関係ないぞぉ」という自棄糞気味な表情になった後、必死に止めに入る。

 

「んじゃ、さっさと目を覚ましてもらうか」

 

流石に殺すのはやり過ぎかと思いながらも、ハジメを宥めるために会話をしていた京矢が、仕方ないと目を覚まさせるために六芒星に似た鍔に水晶のような物がはめられた剣を取り出した。

その剣の名は『雷神剣*1

』。魔剣目録に収められた剣の一振りで文字通り電撃を操ることの出来る雷神が落としたと言われている刀だ。

 

その剣の力を持ってブタ男とレガニドの二人に対して、電撃を以て強制的に意識を取り戻させるかと歩み寄ろうとし、それを職員が止めようと押し問答している。

 

流石に斬るんじゃ無くて軽い電流で目をさまさせるだけと職員に説明しているが、そんな力を持った魔剣を取り出した京矢は当然ながら必死に止められる。どう見ても素人でも一目でわかる強力な魔剣だ。

そんな中、突如、凛とした声が掛けられた。

 

「何をしているのです? これは一体、何事ですか?」

 

そちらを見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目で京矢達を見ていた。

 

「ドット秘書長! いいところに! 本当に良いところに! これはですね……」

 

職員達がこれ幸いと、心底嬉しそうにドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。

ドットは、職員達から話を聞き終わると、京矢達に鋭い視線を向けた。

 

どうやら、まだまだ解放はされないようだ。

*1
『剣勇伝説YAIBA』に登場する日本刀。鍔の真ん中に『雷』と書かれた玉が埋め込まれている。 この雷の玉の力により、刀身から稲妻や波動を打ち出すことが出来る。



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065

「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……そこは、まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう」

 

ドット秘書長と呼ばれた男は、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音で京矢達に話しかけた。

 

「取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……取り敢えず、今はそれで勘弁していただけませんか!?」

 

もう、今はこれで譲渡してくださいと言う勢いで頭を下げて京矢達……正確には目の前で優雅にお茶を飲んでいるベルファストに頭を下げているドットさんでした。

 

「そうですね……如何致しますか、京矢様?」

 

「ま、まあ、そのくらいの譲渡はしてやろうぜ。お前も良いよな、南雲?」

 

「あ、ああ、構わない。そっちのブタがまだ文句を言うようなら、むしろ連絡して欲しいくらいだしな。今度はもっと丁寧な説得を心掛けるよ」

 

ベルファストの交渉術に負けて勘弁してくれたと言うドットにドン引きな京矢とハジメであった。

 

黒と言うランクの冒険者ギルドの上位の実力者の一人が人攫いを行おうとしていた事。

それを今回護衛依頼を受けたモットーに伝えに行こうとしたのである。フューレンの冒険者ギルドは裏組織と繋がりがある。いや、冒険者ギルド自体が裏組織の隠れ蓑と化していると。

 

この世界には名誉毀損などは無い。

知人が危険な犯罪者ギルドから護衛を雇って金品を強奪され命を奪われるのを防ぐため、まだこの街に残っている前の街からの護衛を個人で雇った方が良い。と。

 

ついでに知人の商人にも伝えた方が良い。フューレンの町は危険だと。

 

と言う話から始まりレガニドが人攫いに協力していた事実があるため、話が広まったら色々と拙い事になりそうな方向に話を進めていったベルファストに完全に敗北した秘書長であった。

 

下手したら商業都市をモットーを利用して寂れさせかねない方向に話が進みそうになっていた。

まあ、モットーがそんな話に乗るかは知らないし興味もない。今回は単なる交渉のネタとして上げただけなのだし。

 

「なあ、鳳凰寺。最近のメイドはネゴシエーターの技能が必要なのか?」

 

「最低限料理人と栄養士の能力があるのは分かるけどな」

 

「この程度はメイドの嗜みでございます」

 

ドン引きな京矢とハジメに美しい笑顔で言ってくれる完璧メイド長。ドット秘書長は「メイドってそんなだったか?」と頭を抱えている。

 

一応王族出身のユエは地球のメイドのレベルがベルファスト基準になりつつある様子だ。

トータスのメイドはベルファストに言わせれば子供の遊びなのかも知れない。

 

ベルファストと言うよりもロイヤルのメイドのレベルが高すぎるだけかも、だが。

 

「残念ながら、連絡先についてはお勧めの滞在先を聴いてたところだったんだよ。だから、後でそこの案内人に聞いてくれ。彼女の勧めた宿に泊まるだろうしな」

 

京矢から視線を向けられたリシーは、ビクッとした後、やっぱり私が案内するんですねと諦めの表情で肩を落とした。

 

「ふむ、そう言う事ならそれでいいでしょう……〝青〟ですか。向こうで伸びている彼は〝黒〟なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

 

京矢とハジメから渡されたステータスプレートに表示されている冒険者ランクが最低の〝青〟であることに僅かな驚きの表情を見せるドット。

しかし、二人の女性の方がレガニドを倒したと聞いていたので、彼女達の方が強いのかとユエとシアのステータスプレートの提出を求める。

 

「いや、彼女達はステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」

 

「ああ。エンタープライズとベルファストの分も紛失しててな。まあ、冒険者ギルドに登録してあるのはオレ達だし、問題も無かったからな」

 

さらりと嘘をつくハジメと京矢。

ユエとシアの異常とも言える強さを見せた後では意味がないかもしれないが、それでもはっきりと詳細を把握されるのは出来れば避けたい。

 

「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、流石に加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければ、彼の行いのお詫びも兼ねてギルドで立て替えますが?」

 

ドットの口ぶりから、どうしても身元証明は必要らしい。

しかし、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄に確実に二人の固有魔法が表示されるだろうし、ベルファストとエンタープライズの種族も問題になる可能性もある。それどころか今や、神代魔法も表示されるはずだ。大騒ぎになることは間違いない。

騒ぎになったところで京矢達を害そうとするのなら全部なぎ倒せばいいとも思えるが、それでは、もうまともに滞在はできないだろう。

京矢がどうするかと考えている横で何だか色々面倒になってきたハジメ。その思考を読んだようにユエがハジメに話しかけた。

 

「……ハジメ、手紙」

 

「? ああ。あの手紙か……」

 

ユエの言葉で、ハジメはブルックの町を出るときに、ブルック支部のキャサリンから手紙を貰ったことを思い出す。

ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれないと言って渡された得体の知れない手紙だ。

 

「ああ。あの人からもらった手紙か。まあ、それなりに顔が広いなら紹介状の代わりにはなってくれるんじゃねえか?」

 

最悪の場合、必要な買い物だけ済ませてライダーシステムを使ってでもコッソリ都市から出れば良いのだから。

 

京矢からも賛同されてダメで元々、場合によってはさっさと都市から出ていこうと考え、ハジメは懐から手紙を取り出しドットに手渡した。

キャサリンの言葉は話半分で聞いていたので、内容は知らない。ハジメは、こんなことなら内容を見ておけばよかったと若干後悔する

 

「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」

 

「? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」

 

京矢達の服装の質や装備、主に京矢の背負ったどう見ても売れば一財産築けそうなアーティファクトとしか見えない大剣から、それほど金に困っているように思えなかったので、金がかかると言う理由で、ステータスプレート再発行を拒むような態度に疑問を覚えるドットだったが、代わりにと渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。

 

そして、京矢達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。

目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」

 

ドットの予想以上の反応に、「マジでキャサリンって何者なんだ」と引き気味の京矢達。

 

「ああ、それなら構わないから、待たせてもらうぜ」

 

「職員に案内させます。では、後ほど」

 

ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。

指名された職員が、京矢達を促す。彼等がそれに従い移動しようと歩き出したところで、困惑したような、しかし、どこか期待したような声がかかった。

 

「あの~、私はどうすれば?」

 

そう、リシーだった。

ギルドでお話があるならお役目御免ですよね? とその瞳が語っている。明らかに厄介の種であるハジメ達とは早めにお別れしたいらしい。

 

京矢は、申し訳ないと言う表情で頷くと端的に答えた。

 

「悪い待っててくれ……? 迷惑料として報酬は弾むぜ」

 

「……はぃ」

 

肩を落としてカフェの奥にある座席に向かうリシー。その背中には、どこの世界も変わらない、嫌な仕事も引き受けねばならない社会人の哀愁が漂っていた。

 

そして、遠巻きにこちらを見ていた冒険者達を見回すと、一度咳払いをして懐……正確には四次元ポケットの中から金の入った袋を取り出しカフェの店員に渡すと。

 

「あんた等、騒がせた迷惑料だ。この場はオレが奢るぜ」

 

静まってた後に歓声を受ける京矢。

そんな京矢の姿に本当にコミュ力が高いと思うハジメだった。完全に目撃者を味方につけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、京矢達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。

ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、京矢君、ユエ君、シア君、エンタープライズ君、ベルファスト君……でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。一同を代表してハジメも握手を返しながら返事をする。

 

常に自分が一行の代表(リーダー)にされている中、内心、戦闘系転職でコミュ力高いんだからお前が変われよ、と京矢に対して思うハジメだった。

ユエとシアは基本的にハジメがリーダーなのは反対する理由はないし、エンタープライズとベルファストは京矢がそれで良いのなら反対はしない。

 

「ああ、構わない。名前は、手紙に?」

 

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

 

「トラブル体質か? よく分からねえけど、退屈はしないな」

 

「いや、お前のはトラブルですむのかよ? ま、まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」

 

京矢の場合、トラブル体質で済むとは思えないハジメだった。このトータス以前、地球を救ったり、異世界を救ったり、絡んできた檜山達を返り討ちにして変質者にしたり、計画段階で済んだが徒党を組んで襲って来たら全員をコサックダンスの世界記録で名前を残してやろうと計画していた奴がトラブル体質で済むとは思えないハジメだった。

……小悪党のトラブルが世界の危機と同列に扱われるのはどうかと思うが。

それでも、味方としては頼もしい事この上ない親友と言う認識である。

 

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。随分と信用がある。キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。

ハジメの隣に座っているシアは、キャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに訪ねた。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

 

「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ」

 

イルワはそう言いながら昔を懐かしみながら懐から取り出した写真のようなものを取り出し、それを全員に見えるようにテーブルの上に置く。

 

「隣にいるのが若い頃の「ちょっと待て、誰だそれは?」誰って? 若い頃のキャサリン先生だが?」

 

そこにある女性の姿を見ながら一同は思った。

 

「私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

 

時間の流れは残酷だ。と。

 

「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」

 

「……キャサリンすごい」

 

「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」

 

「ああ。言わない方が良いだろうさ」

 

時の流れの残酷さに思いを馳せながら京矢とハジメは今のキャサリンのことを語るのはやめたのだった。

 

「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行っていいよな?」

 

元々、身分証明のためだけに来たわけなので、用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。

しかし、イルワは、瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」と京矢達を留まらせる。何となく嫌な予感がするハジメ。

 

イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書を京矢達の前に差し出した。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

 

「断る」

 

「悪い、断る」

 

イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとする。京矢にしても面倒な空気を感じたのか珍しく話も聞かずに断ろうとする。

ユエとシア、エンタープライズとベルファストも続こうとするが、続くイルワの言葉に思わず足を止めた。

 

「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」

 

「……」

 

それは言外に、話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ? ということだ。

周囲の人間による証言で、京矢達がブタ男達にしたことに関し罪に問われることはないだろうが、いささか過剰防衛の傾向はあるので、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。

結果は、ハジメ達に非がないということになるだろうが、逆に言えば、結果のわかりきった手続きをバカみたいに時間をかけて行わなければならないということだ。

そして、この手続きから逃げると、めでたくブラックリストに乗るということだろう。今後、町でギルドを利用するのに面倒なことこの上ないことになるのだ。

 

「仕方ねえな。話だけは聞こうぜ。依頼を受けるか受けないかは、別ってことらしいからな」

 

京矢が〝依頼を引き受ければ〟ではなく〝話を聞けば〟と言っていることから、話くらいで面倒事を回避できるならいいかと判断し、座席に座り直した。

 

「聞いてくれるようだね。ありがとう」

 

「……流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ」

 

「君達も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。

 

最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。

北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。

ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。

 

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。

クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

 

「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は〝青〟ランクだぞ?」

 

「いや、黒ランクを瞬殺したのは目撃されてるから、目を付けられたんだろ?」

 

『だから、威圧で気絶させとけば良かったのに』と言う京矢の視線にそうしておけば良かったと思うハジメ。

 

「それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

 

「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」

 

ハジメ達がライセン大峡谷を探索していた話は誰にもしていない。イルワがそれを知っているのは手紙に書かれていたという事以外には有り得ない。

しかし、ならば何故キャサリンは、それを知っていたのかという疑問が出る。ハジメが頭を捻っていると、おずおずとシアが手を上げた。

 

ハジメが、シアに胡乱な眼差しを向ける。

 

「何だ、シア?」

 

「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」

 

「……後でお仕置きな」

 

「!? ユ、ユエさんもいました!」

 

「……シア、裏切り者」

 

「二人共お仕置きな」

 

どうやら、原因はユエとシアのようだ。ハジメのお仕置き宣言に、二人共、平静を装いつつ冷や汗を掻いている。

そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは話を続けた。

なお、エンタープライズとベルファストは、話は盛り上がったもののシアがキシリュウジンの事を話しそうになった時には慌てて口止めしたらしい。流石に巨大ロボの事は知られる訳にはいかないのだ。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

 

懇願するようなイルワの態度には、単にギルドが引き受けた依頼という以上の感情が込められているようだ。伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。個人的にも、安否を憂いているのだろう。

 

「引き受けても良いけど、絶望的って事は死んでる事を前提に行動することになるけど……良いのか?」

 

「……構わない」

 

口ではそう言っているが、最悪ある程度綺麗に遺体が残っていれば天生牙で蘇生はできる。京矢達に依頼を持って来たイルワの運は良いと言って良い。

 

「おい、鳳凰寺!」

 

だが、そんな乗り気な京矢にハジメが待ったをかける。

 

「忘れたのか? 俺達には旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう」

 

京矢の真意は分からないが、ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいので躊躇いなく断りを入れた。

しかし、それを見越していたのか、ハジメが席を立つより早くイルワが報酬の提案をする。

 

「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」

 

「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」

 

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

 

「報酬は期待してたけど、随分な大盤振る舞いだな?」

 

「ああ、大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」

 

二人の言葉に、イルワが初めて表情を崩す。後悔を多分に含んだ表情だ。

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

「実力が及ばないことを体で判らせようと思ったら、最悪な状況になったって訳か」

 

二人はイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。

ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。

すまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。

無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。

 

「オレは上手くすれば、エンタープライズ達のステータスカードの問題も解決するかと思って受けようと思ったけど、お前はどうする?」

 

京矢の言葉にハジメは思案する。

町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。

 

「それにまともな部類の貴族に恩が売れるって思えば、それくらいの手間は易いモンだろ?」

 

京矢の言い分はもっともだ。京矢なら最悪の場合の蘇生さえも可能なのだ。確実に恩は売れる。

それに、聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、いつ、異端のそしりを受けるかわからない。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。

個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。

 

なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。

ウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。京矢がいるなら、高い確率で連れて帰ることができるのだから。

 

「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」

 

「条件?」

 

「ああ、そんなに難しいことじゃない。彼女達四人にステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」

 

「それはあまりに……」

 

「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう。お前もそれで良いよな?」

 

「ああ。断られたなら仕方ねえな」

 

交渉決裂と席を立とうとするハジメと京矢に、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。

一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては、実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。

 

「何を要求する気かな?」

 

「そんなに気負わないでくれ。無茶な要求はしないぞ? ただ俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うが、その時、伝手があった方が便利だなっとそう思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」

 

「指名手配されるのが確実なのかい?」

 

「ああ。確実になるな」

 

「ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」

 

流石、大都市のギルド支部長。頭の回転は早い。イルワは、しばらく考え込んだあと、意を決したようにハジメに視線を合わせた。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」

 

「ああ。そんなところで十分だ。あと報酬は依頼が達成されてからでいいぜ。最悪の場合でも、お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」

 

四人のステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。

この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。

 

問題は、最初にステータスプレートを作成した者に騒がれないようにするにはどうすればいいかという事だったのだが、イルワの存在がその問題を解決した。

ただ、条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはある。いずれ、京矢達の特異性はばれるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。

なので、ステータスプレートの作成を依頼完了後にした。一回限りで条件こそあるが死者蘇生さえも可能な京矢が居るなら高い確率で心を苛む出来事に、一番幸いな答えをもたらした彼等を、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。

 

イルワもハジメの意図は察しているのだろう。

苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。

 

「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、京矢君、ユエ君、シア君、エンタープライズ君、ベルファスト君……宜しく頼む」

 

イルワは最後に真剣な眼差しで京矢達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。

大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。

 

そんなイルワの様子を見て、京矢達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。

 

「あいよ」

 

「任せな」

 

「……ん」

 

「はいっ」

 

「最善を尽くそう」

 

「かしこまりました」

 

その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、京矢達は部屋を出て行った。

バタンと扉が締まる。その扉をしばらく見つめていたイルワは、「ふぅ~」と大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが気づかわしげにイルワに声をかける。

 

「支部長……よかったのですか? あのような報酬を……」

 

「……ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密……」

 

「ステータスプレートに表示される〝不都合〟ですか……」

 

「ふむ、ドット君。知っているかい? ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ? 特に最初から剣聖の天職の青年は騎士団長とも互角に渡り合えたほどの逸材だったそうだ」

 

ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。

 

「! 支部長は、彼等が召喚された者…〝神の使徒〟であると? しかし、彼等はまるで教会と敵対するような口ぶりでしたし、勇者一行は聖教教会が管理しているでしょう?」

 

「ああ、その通りだよ。でもね……およそ四ヶ月前、剣聖を含めて三人がオルクスで亡くなったらしいんだよ。神が遣わしたという剣を使い紫紺の鎧を纏った剣聖が魔物を倒した直後奈落の底に落ちたってね」

 

「……まさか、その者達が生きていたと? 四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて……」

 

ドットは信じられないと首を振りながら、イルワの推測を否定する。しかし、イルワはどこか面白そうな表情で再びハジメ達が出て行った扉を見つめた。

 

「そうだね。二人しかいないのなら、三人目はすでに死んでいるのだろう。でも、もし、そうなら……なぜ、彼等は仲間と合流せず、旅なんてしているのだろうね? 彼等は一体、闇の底で何を見て、何を得たのだろうね?」

 

「何を……ですか……」

 

「ああ、何であれ、きっとそれは、教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ」

 

「世界と……」

 

「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼等が教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」

 

「支部長……どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」

 

「もちろんだとも」

 

スケールの大きな話に、目眩を起こしそうになりながら、それでもイルワの秘書長として忠告は忘れないドット。

しかし、イルワは、何かを深く考え込みドットの忠告にも、半ば上の空で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???

 

彼は自身の技能で魔物達を使役できるのではと考え、それを実行していた。

そして、その最中に魔人族と出会い始末してほしい者を殺せば、魔人族の勇者として招くとスカウトを受けたのだ。

 

やっと自分の望んでいる展開が起こったのだと彼は歓喜に震える。

 

だが、次の瞬間に背中に氷を入れられるどころではない、全身を氷漬けにされるかのような寒気を味わう羽目になった。

 

「先ほどの男と同じだ。オレ達は話があるだけだ」

 

忍者を思わせる装飾の特撮ヒーローの様な男はフレンドリーな態度で気安く話しかけてくるが、対抗しようものなら一瞬で殺されると思った。

 

「名乗らないのは不便だな。まあ、フーマ、風魔と呼んでくれ」

 

「私はダークゴーストだよ~。ダークゴーストって呼んでね~」

 

ブカブカの袖の制服の様な服を着た可愛らしい少女が手を握って握手をしてくれる。手から感じる温もりと柔らかさに、ちょっとだけ照れてしまって緊張を緩んでしまう。

 

同時に二人はトータスの人間ではなく地球の人間なのかとも思ってしまう。少女の服は明らかに地球の服だ。

 

「オレ達は君にプレゼントを持って来た。それだけだ」

 

勇者である天之河も一瞬で殺せそうな奴からそう言われて、何のつもりなのかと疑問は湧くが、抵抗できるわけはない。

 

「魔人族の勇者として招かれるんだ。相応の格好というのが必要だろう?」

 

そう言ってトータスに来てから久しく見ていない機械……時計のような物を取り出す風魔。

 

 

 

『……』

 

 

 

起動音の様に何かの音が鳴ると風魔は彼の胸にそれを押し付ける。

 

「っ!!!!!!」

 

時計の様なものが彼の中に飲み込まれていくと、彼は激痛と不快感を味わい、悲鳴を上げながら地面をのたうち廻る。

 

喉の渇きを覚え近くにあった湖を覗き込むと、そこには自分の顔がなかった。

有るのはまるでテレビの中のヒーローの様な姿となった己の姿だった。

 

「これが……オレ?」

 

いつの間にか不快感も渇きも消え立ち上がると湖に浮かぶ自分の姿を見る。

金属質な体にバイザーの様な物に包まれた顔に光る金色に輝く瞳。

洗礼された姿は特撮ヒーロー物の主人公の様な姿ではないか?

 

胸にある1992の数字の意味と『真』の文字の意味は分からないが、天之河よりも主人公にふさわしい姿になった自分がここに居る。

元の姿に戻れと念じれば姿が歪み変身が解けた。

 

「おめでとう。その力がオレたちから君への贈り物だ」

 

「私達も魔人族の味方なんだよ~。こっちに来たら一緒に戦おうね~」

 

そんな言葉に彼は確信を持つ。彼等が魔人族の勇者となった自分の仲間と自分のヒロインなのだと。

 

彼は手に入れた力に酔う様に、狂ったように笑い続けた。

 

 

 

 

『アナザーシン』

 

 

 

 

 

それが彼が手に入れた力。怪人、ヴィランたるアナザーライダーの力。仮面ライダーシンを歪めたアナザーライダーである。

 




アナザーシン。
怪人みたいな仮面ライダーを歪めたからヒーロー風の外見で、イメージ的には仮面ライダーよりもメタルヒーローみたいな外見です。


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066

広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのものだ。

そんな、整備されていない道を有り得ない速度で爆走する二つの影がある。

黒塗りの車体に二つの車輪だけで凸凹の道を苦もせず突き進むそれの上には、それぞれ三人の人影があった。

 

ハジメ、ユエ、シアと京矢、エンタープライズ、ベルファストの2組だ。

時速八十キロは出ているだろう。魔力を阻害するものがないので、魔力駆動二輪も本来のスペックを十全に発揮している。座席順は京矢側は京矢の後ろにエンタープライズ、サイドカーにベルファストと言うフォーメーションだ。本来なら両手が自由になるサイドカー側がエンタープライズの指定席になる事が多いが、今回はエンタープライズが京矢側に座っている。

 

「まぁ、このペースなら後一日ってところだ。ノンストップで行くし、休める内に休ませておこう」

 

ハジメ側では後ろに乗っているシアは夢心地で半分夢の住人となっている様子だ。

 

「ああ。休憩は町についてからで良いだろ」

 

ハジメの言葉通り、京矢達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。

このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろうから、町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。

急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくからだ。しかし、いつになく他人のためなのに積極的なハジメに、ユエが、上目遣いで疑問顔をする。

 

ハジメは、腕の中から可愛らしく首を傾げて自分を見上げるユエに苦笑いを返す。

 

「……積極的?」

 

「ああ、生きているに越したことはないからな」

 

「オレの天生牙でも魔物のご飯になった後じゃ、流石に蘇生は難しいからな」

 

正確にはそんな肉体がなくなる様な状況では不可能なのだが、それは敢えて難しいと言っておく。

 

「鳳凰寺なら蘇生はできるし、生きてた方が感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくないし」

 

「少しの労力で大量の報酬が入るんだ、急ぐに越したことはねえ」

 

「……なるほど」

 

実際、イルワという盾が、どの程度機能するかはわからないし、どちらかといえば役に立たない可能性の方が大きいが保険は多いほうがいい。

まして、ほんの少しの労力で確実に近い確率で獲得できるなら、その労力は惜しむべきではないだろう。

 

「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」

 

「なるほど、稲作か?」

 

「……稲作?」

 

「おう、つまり米だ米。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」

 

「魔法のテーブルクロスで手に入るって言っても一日一回だからな。手に入るなら手に入れたいぜ」

 

京矢の魔法のテーブルクロスで召喚したものをベルファストが調理してくれたのですっかり一行の間では米が好みになっていた。

依頼の序でに大量に購入すれば暫くの間は米には困らないだろう。

 

「こっちの世界の米料理、どんな物か少し楽しみってのもあるな」

 

「確かに」

 

「……ん、私も食べたい……町の名前は?」

 

遠い目をして異世界の米料理に思いを馳せる京矢とハジメに、微笑ましそうな、羨ましそうな眼差しを向けていたユエは、そう言えば町の名前を聞いてなかったとハジメに尋ねる。

ハッと我に返ったハジメは、ユエの眼差しに気がついて少し恥ずかしそうにすると、誤魔化すように若干大きめの声で答えた。

 

「湖畔の町ウルだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩くのは召喚組の一人にして教師、畑山愛子だ。

普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。心なしか、表通りを彩る街灯の灯りすら、いつもより薄暗い気がする。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

 

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも、毎度お馴染みに騎士達と生徒達がいる。彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。

 

クラスメイトの一人、清水幸利が失踪してから既に二週間と少し。

愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。

 

当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が〝闇術師〟という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 

元々、清水は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなかった。

クラスメイトとも、特別親しい友人はおらず、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に愛子以外の生徒は、清水の安否より、それを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。護衛隊の騎士達に至っては言わずもがなである。

 

ちなみに、王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成して応援に来るようだ。捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだ。

 

次々とかけられる気遣いの言葉に、愛子は内心で自分を殴りつけた。

事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配であることに変わりはない。しかし、それを表に出して、今、傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも、自分はこの子達の教師なのか! と。愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

 

カランッカランッ

 

そんな音を立てて、愛子達は、自分達が宿泊している宿の扉を開いた。

ウルの町で一番の高級宿だ。名を〝水妖精の宿〟という。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうだ。ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖だ。大きさは日本の琵琶湖の四倍程である。

 

〝水妖精の宿〟は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。

内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。また、天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。

〝老舗〟そんな言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 

当初、愛子達は、高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、〝神の使徒〟あるいは〝豊穣の女神〟とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。

 

元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、愛子も生徒達も次第に慣れ、今では、すっかりリラックス出来る場所になっていた。

農地改善や清水の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る愛子達にとって、この宿でとる米料理は毎日の楽しみになっていた。

 

全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

 

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」

 

「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」

 

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」

 

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。

見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

 

美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達のもとへ、六十代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

 

「あ、オーナーさん」

 

愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

 

愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。

しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

 

「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 

カレーが大好物の園部優花がショックを受けたように問い返した。

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

 

「あの……不穏っていうのは具体的には?」

 

「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

 

「それは、心配ですね……」

 

愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。

フォスは、「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

 

「どういうことですか?」

 

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。

フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。

騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。

 

 愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。男二人の声と少女二人、女二人の声だ。何やら少女の一人が男に文句を言っているらしい。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

 

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」

 

デビッド達騎士は、脳内でリストアップした有名な〝金〟クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干、困惑したように顔を見合わせた。

 

そうこうしている内に、六人の男女は話しながら近づいてくる。

 

愛子達のいる席は、三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる席だ。

唯でさえ目立つ愛子達一行は、愛子が〝豊穣の女神〟と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めることが多い。今日も、例に漏れずカーテンは閉めてある。

 

そのカーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 〝ハジメ〟さん」

 

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか。〝鳳凰寺〟の所から1人移れば2人部屋になるから寂しくないだろ?」

 

「んまっ! 聞きました? ユエさん。〝ハジメ〟さんが冷たいこと言いますぅ」

 

「……〝ハジメ〟……メッ!」

 

「おいおい、〝南雲〟あんまり冷たくしてやるなよ」

 

「へいへい」

 

「って、〝京矢〟さんがそれを言いますか? 毎回良いところで邪魔をするくせに!」

 

「悪い悪い」

 

「指揮官、悪びれてないだろう」

 

「そうですよ、〝京矢〟様」

 

その会話の内容に、そして彼等の声が呼ぶ名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねる。

 

彼女達は今何といった? 少年達を互いを何と呼んだ? 少年達の声は、〝あの少年達〟の声に似てはいないか? 愛子の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する。

 

それは、傍らの園部優花や他の生徒達も同じだった。

彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、3人のうちの2人が浮かび上がる。

クラスメイト達に彼が居ればと言う希望を与えた少年、〝異世界での死〟というものを強く認識させた少年達、消したい記憶の根幹となっている少年達、良くも悪くも目立っていた少年達。

 

尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しない。

騎士達が、一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

 

「……南雲君? ……鳳凰寺君?」

 

無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻す。

愛子は、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 

シャァァァ!!

 

存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる五人の少年少女と立ち止まる事のない1人の少年。

 

愛子は、相手を確認する余裕もなく叫んだ。大切な教え子の名前を。

 

「南雲君! 鳳凰寺君!」

 

「あぁ? ……………………………………………先生?」

 

「どうした、南雲? ん? ああ、先生、お前らも、四ヶ月ぶりだったか?」

 

愛子とクラスメイト達の視線の先に居たのは、白髪に眼帯、鷹の目の様に鋭い目に近寄りがたい雰囲気を纏った、最早彼を簡単にはハジメと認識する事が出来ないほど変わり果てていたハジメと、大剣を背負って腰に長い棒状の剣のようなものを差しながら、以前と全く変わっていない飄々とした雰囲気を纏った京矢だった。

 

……と言うか、コイツは何故夏休み明けに久し振りに有った様な態度で返してくるんだと言う考えが一同に浮かぶ。

四ヶ月だぞ、四ヶ月。連休で旅行に行ってて久しぶりに帰ってきたんじゃねえんだぞ。と。クラスメイト達は京矢の態度にそんな事を思った。

 

「南雲君、鳳凰寺君……やっぱり南雲君と鳳凰寺君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

 

「いえ、人違いです。では」

 

「へ?」

 

死んだと思っていた生徒達との奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩んだのか、涙目になる愛子。

今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子に返ってきたのは、全くもって予想外の言葉だった。

思わず間抜けな声を上げて、涙も引っ込む愛子。

スタスタと宿の出口に向かって歩き始めたハジメを呆然と見ると、すっと手を伸ばした京矢に肩を掴まれている。

 

「いや、先生って呼んどいて、今更ごまかせるか?」

 

「いや、聞き間違いだって事にしよう。あれは……そう、方言で〝チッコイ〟て意味だ。うん」

 

「せんせんとか、ぜいぜんとかの聞き間違いか? いや、無理あるだろう、それ?」

 

「ってか、お前はなんで驚かないんだよ!?」

 

「いや、宿の人の話から推測程度はできてたしな。気配を探ってみれば、なんか懐かしい気配がいくつも有ったし」

 

要するに、宿に泊まる時国や教会に関するVIPが泊まってるから失礼のないようにしてくれと言われた時に、この町の事と愛子の天職から、もしかしてと辺りをつけていた所に、カーテンで仕切られた部屋の中の気配を読んだ所、懐かしい気配がいくつも有った訳だ。

 

つまり、愛子がカーテンを開ける前の時点で知っていたと。控えめに言っても、本当に人間か疑うレベルである。

 

「知ってたんなら、この二人の会話を止めろよ! お前だって思いっきりオレの名前を呼びやがって!」

 

「同じ宿に泊まってたら、何かの拍子に見つかるかもしれないだろ? オレが。お前なら見られても気付かれないだろうけど。それに、流石にチッコイは先生に失礼だろ? 確かに小さいけどな」

 

「その言い方の時点で、物凄く失礼ですよ! ていうか、どうして誤魔化すんですか? それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 二人と一緒に落ちた檜山くんはどうしたんですか? 南雲君! 鳳凰寺君! 答えなさい! 先生はそんな漫才で誤魔化されませんよ!」

 

愛子の怒声がレストランに響き渡る。京矢が掴みかかろうとする愛子を避けた事でハジメの袖口を愛子が掴む。

幾人かの客が噂の豊穣の女神に男に掴みかかって怒鳴っている姿に、「すわっ、女神に男が!?」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせている。

 

生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。

 

自分達を唖然としながら見ているクラスメイト達に呑気に手を振りながら、久しぶりだと言っている友人を一発くらい殴っても良いだろうかと思う。

……今のハジメが不意打ちしても、京矢には簡単に避けられるだろうが。

 

信じられないと思うべきか、手を振ってる京矢に怒りを覚えるべきかと、クラスメイト達の心境が一つになった瞬間であった。

 

と、そこでハジメを救ったのは頼りになるパートナーの少女。もちろん残念キャラのウサミミではなく吸血姫の方である。

ユエは、ツカツカとハジメと愛子の傍に歩み寄ると、ハジメの腕を掴む愛子の手を強引に振り払った。

その際、護衛騎士達が僅かに殺気立つ。

 

「……離れて、ハジメが困ってる」

 

「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と大事な話を……」

 

「……なら、少しは落ち着いて」

 

冷めた目で自分を睨む美貌の少女に、愛子が僅かに怯む。二人の身長に大差はない。普通に見ればちみっ子同士の喧嘩に見えるだろう。

しかし、常に実年齢より下に見られる愛子と見た目に反して妖艶な雰囲気を纏うユエでは、どうしても大人(ユエ)に怒られる子供(愛子)という構図に見えてしまう。実際、注意しているのはユエの方で、彼女の言葉に自分が暴走気味だった事を自覚し頬を赤らめてハジメからそっと距離をとり、遅まきながら大人の威厳を見せようと背筋を正す愛子は……背伸びした子供のようだった。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君と鳳凰寺君ですよね?」

 

今度は、静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせながら二人に問い直す愛子。

京矢の観念しろよと言う視線と。こっそりと耳打ちされた言葉で観念したのか頭をガリガリと掻くと深い溜息と共に肯定した。

 

「おう、改めて。久し振りだな、先生」

 

「ああ。久しぶりだな、先生」

 

「やっぱり、やっぱり南雲君と鳳凰寺君なんですね……生きていたんですね……」

 

再び涙目になる愛子に、京矢とハジメは特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦めた。

 

「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ」

 

「ああ、結構色々有ったよな」

 

「……本当にな」

 

主に、この世界の真実を知ったり、特撮ヒーローになったり、巨大ロボットに乗ったり、実は過去二回も地球が滅びるかの瀬戸際だったと、インパクトの強い出来事を思い返すハジメ。

改めて思うと、主に目の前の友人関連の事が殆どだった。

 

「よかった。本当によかったです」

 

そんなハジメの心境を知らず、それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、ハジメは近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席についた。

ふと横を見てみるといつの間にか京矢とエンタープライズとベルファストの3人は席についていた。

それを見て、ユエとシアも席に着く。シアは困惑しながらだったが。ハジメ達の突然の行動にキョトンとする愛子達。

 

周囲の事など知らんとばかりに、生徒達の後ろに佇んで事の成り行きを見守っているフォスを手招きする。

 

「京矢様、宜しいのですか?」

 

「ああ。雫なら兎も角、他の連中に今会っても話すこともねえからな。そんな事より、飯にしようぜ。米料理、結構楽しみにしてたんだぜ」

 

「それでは、ニルシッシルと言うスパイスを使った料理はいかがでしょうか?」

 

「天丼やパエリアみたいなのも良いけど、それも良いな。エンタープライズは如何する?」

 

「私は指揮官と同じ物で構わない」

 

「なあ、南雲、仕事終わったら報告前にもう一泊くらいして行こうぜ」

 

「……お前なあ、完全に観光気分じゃねえか」

 

一応は人命が掛かっている依頼を引き受けたのだが、最悪は蘇生も可能なのでわりと余裕があるハジメと京矢。ワイワイとどんな料理を頼むか話し合っている。

ベルファストの料理は味も栄養バランスも最高だが、異世界の料理を食べるのは楽しみである。

 

その状況に困った笑みで寄って来たフォスに注文を始めた。

 

だが、当然、そこで待ったがかかる。

京矢達があまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカとハジメのテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

「南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

愛子の言い分は、その場の全員の気持ちを代弁していたので、ようやく二人が四ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の三人の教え子のうちの二人であると察した騎士達や、愛子の背後に控える生徒達も、皆一様に「うんうん」と頷き、二人の回答を待った。

 

ハジメは少し面倒そうに眉をしかめるが、どうせ答えない限り愛子が持ち前の行動力を発揮して喰い下がり、落ち着いて食事も出来ないだろうと想い、仕方なさそうに視線を愛子に戻した所で別の方向から待ったが掛かる。

 

「愛子様でしたか? この場は食事の場ですよ。お気持ちはわかりますが、その様な態度は教師として如何でしょうか?」

 

静かだが有無を言わせない叱責するベルファストの言葉に言葉に詰まってしまう愛子。

 

「あうう……す、すみません」

 

完全に大人の女性のベルファストと小柄な愛子では大人に子供が叱られてる構図である。

 

「ですが、自己紹介が遅れてしまった事をお詫びします。改めまして、私は京矢様のメイドのベルファストでございます」

 

「指揮官の部下のエンタープライズだ」

 

「……ユエ」

 

「シアです」

 

「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」

 

「お、女?」

 

ユエとシアの自己紹介に愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。

後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

 

「ってか、鳳凰寺の奴、あんな美人のメイドさんどうやって手に入れたんだよ?」

 

「お前もそう思うか。つーか、あの二人、ヤバイくらい美人なんですけど……」

 

「王宮のメイドなんて目じゃない程だよな……あのメイドさん」

 

一部の男子生徒がベルファストとエンタープライズの容姿に見惚れてそんな会話を交わしていたりする。



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067

愛子が吠えた後、ベルファストに注意されて他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内された京矢達。

そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、二人は、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A(ハジメ)、超頑張った

A(京矢)、モンスターを片っ端から切り捨てた

Q、なぜハジメは白髪なのか

A(ハジメ)、超頑張った結果

Q、ハジメのその目はどうしたのか

A(ハジメ)、超超頑張った結果

Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

A(ハジメ)、戻る理由がない

A(京矢)、あのアホに振り回されたく無い、本気で関わる気をなくしたから

Q、一緒に落ちた檜山はどうしたのか?

A(ハジメ)、オレとは一緒じゃなかったから知らない、鳳凰寺に聞いてくれ

A(京矢)、…………

 

最後の問いに対して僅かに答えを迷った後、愛子へと視線を向け、

 

「あいつなら死んだよ。正確には瀕死だったな。生きたまま魔物の餌になってな」

 

京矢の端的な言葉に息を飲む一同。ハジメと京矢が生きていたなら、檜山ももしかしたらと思ったが、

 

「南雲の様に幸運が有った訳でも、オレの様に力があった訳でも無かった。それだけの話だ」

 

檜山を餌にしていた魔物は死んでもあの傷なら助からないだろう。

あの時点で檜山を助ける手段は有ったが、自分やハジメを殺そうとした男を、隠すべき秘密を見せてまで助けるほど京矢は甘くは無い。

 

錬成師と言う天職が有ったからこそ手にできた幸運が有ったハジメ、純粋に圧倒的な力の差で倒すことの出来た京矢。力も運もなかった檜山は死んで力と運が有った二人は生き延びた。それだけの話だ。

 

露出狂等と言う技能のせいで武器以外の装備どころか服を着ていると、この世界の一般女性にさえおとる、スライム程度の能力しかない檜山では生き残ることは不可能だったと言う事だろう。

……まあ、檜山の場合は露出狂よりもっと酷い勇者(笑)王(ぜんらおう)と言うスキルだが。

 

暗く沈んだ空気になる愛子達を他所に目を合わせることもなく、美味そうに、時折感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。表情は非常に満足そうである。

 

その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。

愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

 

「おい、お前達! 愛子が悲しんでいるのだぞ! その態度はなんだ!」

 

ハジメと京矢、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。

 

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」

 

「食事中にギャーギャー喚くな。どんだけ育ちが悪いんだよ、アンタ」

 

全く相手にされていないことが丸分かりの物言い。元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。

そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さない京矢達から矛先を変え、その視線がシアに向く。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、ハジメ達の存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

 

つまり、彼等と旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。

有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせるシア。

 

よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。

何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

 

あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。

最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。

 

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。

 

「……小さい男」

 

それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。

唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレた。

 

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。

突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。

 

その瞬間、金属のぶつかる音が響く。

 

「は?」

 

抜いたはずの剣が細切れにされる。刀身がらバラバラに変わり、それが剣だったと認識出来るものはいないだろう。

だが、デビットに起こったのはそれだけでは無い。

身を包んでいた神殿騎士の鎧が細切れになって地に落ちる。トドメとばかりに服もバラバラになって最後の情けとばかりに残されたパンツ一丁にされてしまう。

 

「取り敢えず、剣を抜いといて命は残してやったんだ。有り難く思え」

 

それをやった犯人である京矢が斬鉄剣を鞘に収めている姿を見た瞬間、乾いた破裂音が〝水妖精の宿〟全体に響きわたり、同時に、唖然としていたデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。

 

デビッドは、そのままパンツ一丁で背後の壁に凄まじい音を立てながら後頭部を強打し、白目を向いてズルズルと崩れ落ちる。

 

誰もが、今起こった出来事を正しく認識できず硬直する。視線は、白目を向いて倒れるデビッドに向けられたままだ。

すると、そこへ、大きな破裂音に何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んできた。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。

 

代わりに、フォスが入ってきた事で愛子達が我を取り戻した。デビッドに向けられていた視線は、破裂音の源へと自然に引き寄せられる。

 

其処には、愛子達にとって知識にはあるが、実際には見たことのない、異世界にあるはずのない物、騎士達にとっては完全に未知の物、〝銃〟を座席に座ったまま構えるハジメの姿があった。

ドンナーからは白煙が上がっている。一応、撃ったのは非致死性のゴム弾だ。

 

詳細は分からないが攻撃したのがハジメと京矢であると察した騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。

しかし、直後、騎士達の殺気などとは比べ物にならない凄絶な殺気が、まるで天から鉄槌となって襲ってきたかのように降り注ぎ、首筋に走る冷たさが立ち上がりかけた騎士達を強制的に座席に座らせた。

 

「おいおい、それを抜くなよ。流石に、その人数相手に手加減するのは手間なんでな」

 

直接、殺気を浴びているわけではないが、京矢とハジメから放たれる桁違いの威圧感に、愛子達も顔を青ざめさせてガクガクと震えている。

 

ハジメがドンナーをゴトッとわざとらしく音を立てながらテーブルの上に置く。威嚇のためだ。

 

京矢は別段何もしていないが、何時でも霊剣を使える様にしている。教会側の人間に威嚇する手間をかける気はない。向かってくるのならば、容赦無く斬るだけだ。

 

そして、ハジメは自分の立ち位置と愛子達に求める立ち位置を明確に宣言する。

 

「俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。あんたらが、どこで何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意をもたれちゃ……つい殺っちまいそうになる」

 

「あー、安心しろよ、教会の飼い犬以外は、流石に南雲が殺そうとしたら止めるからな」

 

わかったか? そう眼で問いかけるハジメと京矢に、誰も何も言えなかった。

直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、京矢からは侮辱の言葉を掛けられているのに僅かに頷くので精一杯だった。

 

「そう言うわけで、先生。みんなの所に連れて行く。なんて言うのはやめてくれよ。流石にそろそろあのバカには我慢の限界なんでな」

 

京矢は続いて愛子達にそう言葉を告げる。愛子は、何も言わない。いや、言えないのだろう。

迸る威圧感のせいだけでなく、二人の言葉を了承してしまったら何も分からぬまま変わってしまった教え子を放置してしまうことになる。それは、愛子の教師としての矜持が許さなかった。

 

ハジメは溜息を吐き肩を竦めると〝威圧〟を解いた。

京矢も京矢でやれやれと肩を竦めながら殺気を解く。

愛子から返事はなかったが、なんとなくその心情を察した二人は、無理に返事を求めなかった。他の生徒達は、明らかに怯えた様子だったので、敢えて関わっては来ないだろうと推測した。

 

凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。

ハジメが何事もなかったように食事を再開しながら、シュンとしているシアをユエと共に慰めている横で、ハジメ達のラブコメチックなやり取りを、もう慣れたとばかりに気にせずに異世界風カレーを味わっている。

 

ついさっきまで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。

 

「あー、コレって南雲達にしたら何時ものことだからな。気にしたら負けだぜ」

 

そして、殺意を向けてきていた奴が、ハジメ達を指差しながら改めてフレンドリーに話しかけて来る。もう、どうリアクションをとれば良いのか分からない。

 

しばらく、ハジメ達のラブコメちっくなやり取りを見ていると、男子生徒の一人相川昇が我慢できずにポツリとこぼす。

 

「あれ? 不思議だな。さっきまで南雲達のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」

 

「お前もか。つーか、他の二人も美人だけど、あの二人が、ヤバイくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前でいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」

 

「……南雲の言う通り、何をしていたか何てどうでもいい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい! ……昇! 明人!」

 

「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

 

「おう、そう言う話なら幾らでも付き合うぜ、お前ら」

 

「「「鳳凰寺!!!」」」

 

何時の間にやら食事を終えて男子の会話に混ざった京矢の言葉に感極まる三人。先程まで目の前の相手の殺気に怯えていたのだが、何時の間にか学校の教室のノリだ。

 

「京矢さま、皆さまも食後のお茶は如何ですか?」

 

「「「はい、喜んで!!!」」」

 

更にはベルファストからの言葉に心底嬉しそうに手をあげて賛同する男子達。

ベルファストが淹れてくれた紅茶を飲みながら美味いと感涙さえ流す男達。すっかり、シリアスな雰囲気が吹き飛び、本来の調子を取り戻し始めた女生徒達が、そんな男子生徒達に物凄く冷めた目を向けていた。

 

チェイスが、場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、デビッドの治癒に当たらせる。

同時に、警戒心と敵意を押し殺して、微笑と共に京矢達に問い掛けた。彼等の事情はともかく、どうしても聞かなければならない事があったのだ。

 

「南雲君、鳳凰寺君でいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

 

ハジメの内心は兎も角、この状況で警戒心と敵意を押し殺して話しかけて来るチェイスの話の内容が気になった京矢は聞くだけは聞いてみることにする。

 

「そのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。そして、その剣。鋼鉄をたやすく切り裂く程の切れ味。一体、何処で手に入れたのでしょう?」

 

微笑んでいるが、目は笑っていないチェイス。

先ほどのやり取りで、ハジメの武器に魔力が使われたような気配がないことから、弓のように純粋な物理な機構が用いられているなら量産が可能かもしれないと考える。

そして、そうなれば、戦争の行く末すら左右しかねないため、自分達が束になってもハジメには敵わないかもしれないとは思いつつも、聞かずにはいられなかったのだ。

 

(ほー、流石に銃の有用性に気付いたか)

 

京矢が感心しながらも当然だろうなと考えているとハジメが、チラリとチェイスを見る。そして、何かを言おうとして、興奮した声に遮られた。

クラス男子の玉井淳史だ。

 

「そ、そうだよ、南雲、鳳凰寺。それ銃に日本刀だろ!? 何で、そんなもん持ってんだよ!」

 

玉井の叫びにチェイスが反応する。

 

「銃? 日本刀? 玉井は、あれが何か知っているのですか?」

 

「え? ああ、そりゃあ、知ってるよ。オレ達の世界の武器だからな」

 

「まっ、付け加えておくと、刀は日本、オレ達の国独特の刀剣って所だな」

 

刀の事はこの世界の剣と大差ない情報なので伝えておいても構わないだろう。銃と違って知られた所で何一つ戦争には影響は出ないのだから。

 

ふと、京矢はハジメへと視線を向ける。斬鉄剣のことを誤魔化してくれと言う視線だ。

 

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……作成者は当然……」

 

「俺だな」

 

ハジメは、あっさりと自分が創り出したと答えた。……銃の方は嘘ではないが、刀の制作者ではないが其処まで気が付いてはおらず、両方ともハジメが作ったと誤解してくれている様子だ。

チェイスは、ハジメに秘密主義者という印象を抱いていたため、あっさり認めたことに意外感を表にする。

 

「あっさり認めるのですね、南雲君。君達はその武器が持つ意味を理解していますか? それは……」

 

「ああ。地球の歴史を知ってりゃ簡単に予想できるぜ。戦争の歴史を変えたのはな」

 

「量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ? 当然、全部却下だ。諦めろ」

 

「ああ、寝言は寝て言え」

 

取り付く島もない京矢とハジメの言葉。あらかじめ用意していた言葉をそのまま伝えたようだ。

だが、チェイスも食い下がる。二人の武器はそれだけ魅力的だったのだ。

 

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば……」

 

「……もしかして、鉄を簡単に切れるのが普通、なんて思ってるなら教えてやるけど、刀は量産した所で今は無理だぜ」

 

「……違うのですか?」

 

「残念ながら、扱い方を知らない奴が使った所でなんの意味もねえよ。鈍器に近い剣しか使ったことが無いアンタらが使ってもな」

 

鉄をも切り裂ける斬鉄剣が超一級品な代物なだけで普通の物を量産して普通の兵士に持たせた所で何の意味もない。

そして、日本においても戦国時代の戦場では槍の方が活躍したそうだ。

 

「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は……戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」

 

「まあ、盗めたとしても、一つ有ってもアンタ達に量産できるとは思えないがな」

 

銃にしても、火縄銃の構造さえ理解出来ないであろう物が最新の物を量産しようとしても不可能だろう。

 

教えた所で意味はないと暗に言っている京矢の言葉に口を噤むチェイス。そこへ愛子が執り成すように口を挟む。

 

「チェイスさん。南雲君達には南雲君達の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。南雲君も、鳳凰寺君もあまり過激な事は言わないで下さい。もっと穏便に……南雲君も、鳳凰寺君も、本当に戻ってこないつもり何ですか?」

 

「ああ、戻るつもりは無いな」

 

「オレ達は明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」

 

「どうして……」

 

愛子が悲しそうにハジメを見やり、理由を聞こうとするが、それより早くハジメが席を立った。いつの間にか、ユエやシアも食事を終えている。

食後のお茶を終えた京矢もベルファストが茶器を片付けるとさっさと立ち去って行く。

 

其処で一度立ち止まると愛子達の方へと視線を向け、

 

「そうそう、一つ忠告してやるけど……今の南雲を無理やり連れ帰ろうなんてすると、間違いなく死ぬぞ。だから止めとけよ」

 

過去に無能と蔑んでいた事を引き合いに出す様に、冷たい視線を向ける。目が届く所ならば一度は助けてやるが、率先して助けてやる義理はない。

故に面倒を減らすために、最低限の忠告はしておく。その一度がこの忠告だ。

 

忠告を終えるとヒラヒラと手を振りながらエンタープライズとベルファストの二人を伴って二階へと立ち去っていった。

 

愛子が彼等を引きとめようとするが、無視して二階への階段を上っていってしまった。後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れた。

 

 

 



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068

「まあ、予想通りの反応をしてくれたモンだな」

 

ベッドに腰掛けながら京矢はそんな事を呟く。

すでに時間は夜中の深夜を回っている。京矢達がいるのはガチャ産アイテムのディメンションルームと言う道具で入ることのできる異空間だ。

 

教会騎士の連中からの襲撃を警戒しての行動だが、実はこっちの方がそれなりに良い寝具が使えたりするのだ。

 

そんな中で思うのはハジメの作った銃を見たこの世界の人間の反応だ。

元々火縄銃の時点で連射しにくいという欠点こそあれ、其処さえ補えればその欠点を補え、当時最強と言われた騎馬隊を相手に勝ったと歴史にはある。

ハジメが作り上げたのは、それよりも進化した現代の品。それが量産されれば戦争の歴史など一気に変えてしまう、下手したら剣と魔法の世界から銃と魔法の世界に成りかねないレベルだ。

 

これでライダーシステム等見せた日にはどうなるかは想像もできない。量産など不可能だろうが、加速度などと言うレベルの変化ではない。

 

「京矢様、愛子様のことは宜しいんでしょうか?」

 

「そっちは南雲の判断に任せるさ」

 

南雲は愛子には解放者から聞いたこの世界の真実を教えることにしたそうだ。

聞いた後どうするのかは愛子の判断に委ねるそうだが、行動原理が生徒を中心としている愛子ならば、そう悪い事にはならないだろう。

 

「あのバカには教えない方がいいだろうけどな」

 

そう、主に光輝である。雫には伝えた上で帰還方法を入手後に、王国側に残った連れ帰るクラスメイト達を纏めてもらえれば助かるのだし。

光輝の場合、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。

 

「無駄なことは嫌いだが、一度は顔を見に行く必要はあるか」

 

具体的には龍太郎の様な光輝派と判断できる生徒はこの世界に捨てていくためだ。期間の目処さえつけば、ハウリアの砦に残した天城達の回収の必要はあるが、光輝側についた生徒達は可哀想だが、己の判断の後悔しつつこの世界に残ってもらおう。

 

そう言う意味では愛子親衛隊の面々は帰還時にはちゃんと連れて帰る側の生徒達だ。

 

「まあ、それであのアホ側にたった生徒を説得してくれればそれで良い」

 

それでも、愛子が影響を与えたとしても、光輝と龍太郎と小悪党の残りを置いていくのは確定だ。

時間との勝負になる可能性が高い帰還までの間に光輝との会話などと言う無駄な事に費やす暇はない。……暇があったとしても支度はない。

 

「京矢様、前にお聞きした話では、直葉様にお話ししたのではありませんか?」

 

「ああ。その男がクラスメイトを戦争に参加させる様に先導した事と、そのせいで一人は死んだ事を」

 

「連れて帰っても周りから責められるのがオチだな」

 

間違っても帰ったところで人気者にはなれない。下手したら既に光輝の家族もあの街で生きていけないであろう。

 

「大体、戦争に参加させるときのセリフが『オレが守る』だ。その時点で」

 

「バカだな」

 

「愚かとしか言えませんね」

 

戦場を知るエンタープライズとベルファスト、二度もセフィーロを舞台に戦った京矢からしてみれば、守るのならばお前だけが戦えと言いたい。

 

京矢はその使命の都合上、セフィーロの戦いでは光達をサポートするしか無かったが、そうでないのならば自分一人でなんとかする道を選んでいた。

 

そもそも、守ると言うのならば最初から共に戦おうなどと言うのではなく、戦うなと言うべきだ。

 

「まっ、アホが魔王に勝ったところで、悪霊擬きがそう簡単に勇者(笑)なんて玩具を手放すとは思えねえからな」

 

京矢とハジメの考えはそれだ。帰してなどくれない、また新しいゲームを画策されるだろう。と。

 

仮にかつての解放者達の様にこの世界の者達を使って敵対させたとしても、其方は容赦なく始末しても良い。

……少なくとも亜人族は敵対する意思は無いだろうから、その結果、この世界の支配権を亜人側が持つ未来が待ってたとしてもそれはそれでどうでも良い。

 

が、それに光輝達が加わると面倒方が増えるので、なるべく数が減った方が楽だと判断した結果だ。

…………それでも敵対した場合は容赦無くキシリュウジンで跳ね飛ばすつもりだが。

 

「まっ、その辺は南雲が何処まで話すのかと、愛子先生の判断だな」

 

その後は話を聞いたクラスメイト達の判断だ。敵対するならば容赦はしない。圧倒的な力で叩き潰すだけだ。

 

そう考えてベッドに横になる。

なお、このベッドを含むディメンションルーム内の家具はオスカーの隠れ家で見つけた予備の品で有る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明け。

 

月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ、ユエ、シア、京矢、エンタープライズ、ベルファストの六人はすっかり旅支度を終えて、〝水妖精の宿〟の直ぐ外にいた。

手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながら京矢達は遠慮なく感謝と共に受け取った。

 

朝靄が立ち込める中、京矢達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。

馬で丸一日くらいだというから、今から魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。

 

ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。

生存は絶望的だ。ハジメも京矢もウィル達が生きている可能性は低いと考えているので、遺体を見つけてからの天生牙での蘇生を考えている。

生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、モンスターの餌になる前に出来るだけ急いで捜索するつもりだ。

幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 

幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。

と、二人はその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 

「おいおい、何しに来たんだか?」

 

朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

 

「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」

 

京矢達が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと京矢に正面から向き合った。

ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

 

「邪魔。足手纏いは必要ねえな」

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」

 

「な、なぜですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

「ってか、戦闘力も違う。邪魔な障害物をなぎ倒すにしても足手纏いがいたら邪魔だ」

 

見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。一瞬、こいつ等乗馬出来るのか? と疑問に思ったが、至極どうでもいいことなのでスルーする。

乗れようが乗れまいが、どちらにしろ魔力駆動車の速度に敵うはずがないのだ。

だが、ハジメと京矢の物言いにカチンと来たのか愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダー園部優花が食ってかかる。どうやら、昨日のハジメの威圧感や京矢の殺気や負い目を一時的に忘れるくらい愛ちゃん愛が強いらしい。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲達が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

何とも的外れな物言いに、ハジメは「はぁ?」と呆れた表情になり、京矢が面倒だから早く行こうぜと肩を叩く。

京矢の意見に同意しながら、ハジメは確かに説明するのも面倒くさいと、無言で〝宝物庫〟から魔力駆動二輪を取り出す。

 

突然、虚空から大型のバイクが出現し、ギョッとなる愛子達。そんな彼女達を他所に京矢も4次元ポケットの中からサイドカータイプの魔力駆動二輪を取り出す。

 

「理解したか? お前等の事は昨日も言ったが心底どうでもいい。だから、八つ当たりをする理由もない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」

 

「そう言う事。お前達のペースに合わせて1日も掛けて行く気はないんでな」

 

魔力駆動二輪の重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。

そこへ、クラスの中でもバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ねた。

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

 

「まぁな。それじゃあ俺等は行くから、そこどいてくれ」

 

「エンタープライズ、お前はサイドカーの方に乗ってくれ。ベルファストは後ろな」

 

おざなりに返事をして出発しようとするハジメと、もはや無視して今回は偵察用の艦載機が使える様にと座席の指示を出す京矢。それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でも京矢達に着いて行きたかったのだ。

理由は二つ。一つは、昨夜のハジメの発言の真偽を探るためだ。〝死んだ檜山に殺されかけた〟という愛子にとって看過できないその言葉が、本当にハジメの勘違いでなく真実なのか、ハジメからもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度京矢達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。

 

もう一つの理由は、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。

八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。

事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、京矢達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。

 

なお、園部達がいるのは半ば偶然である。愛子が、京矢達より早く正門に行って待ち伏せするために夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、トイレに行っていた園部優花に見つかったのだ。

旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、愛ちゃん護衛隊の園部は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんを、変貌したハジメに任せる訳にはいかないと、園部が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。

なお、騎士達は、心底嫌っている京矢達がいるとまた諍いを起こしそうなのを通り越して、京矢に本当に斬られかねないので、置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが……

 

愛子はハジメに身を寄せると小声で決意を伝える。

ハジメは、話の内容が内容だけに他に聞かれないよう顔を寄せた愛子の顔に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈があることに気がついた。

きっと、ハジメの話を聞いてからほとんど眠れなかったのだろう。

 

「南雲君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」

 

ハジメは、愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと少し後悔した。

愛子の行動力(空回りが多いが)は理解している。誤魔化したり、逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。

 

愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性、最悪の場合の蘇生を考えるとここで連れていくのは拙い。京矢にとって魔剣目録は伏せておきたい手札の一つなのだ。クラスメイトとは言え見せたくはないだろうと考えた。

つまり、ここで愛子達を連れて行くことはウィルの生存の可能性を低くしてしまうことになる。

 

そんな中で意外なところから愛子に助け船が出る。

 

「押し問答してる時間も惜しい。仕方ないから連れて行ってやろうぜ」

 

「良いのか?」

 

その良いのかは最悪魔剣目録を見せる事になる危険性だ。ウィルが死亡していた場合など早めに蘇生した方が良いだろうし、

 

「最悪の場合はお前達で遠ざけてくれ。その間にオレが蘇生する。微かに息があったから、神水を飲ませたら息を吹き返したって事にすれば良いだろ?」

 

京矢の言葉にそれもそうだと納得するハジメ。見られなければ問題ないし、最悪は五人で京矢が棺桶に入れて宝物庫の中に入れて家族のもとに持ち帰る準備をする間の周囲の警戒といえば良い。

 

「自業自得って事で諦めろ。お前の判断で不利益が出ても、先生への説明はお前に任せたんだ。後から責めねえよ」

 

ハジメは京矢の言葉に一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。

 

「わかったよ。鳳凰寺が問題ないなら同行を許そう。といっても話せることなんて殆どないけどな……」

 

「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」

 

「はぁ、全く、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」

 

「まっ、そこが先生たる所以だろ?」

 

「当然です!」

 

京矢の説得でハジメが折れたことに喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。

 

「……京矢様、宜しいのですか?」

 

「ああ、どこまでも〝教師〟なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろから、下手に放置しておく方が、後で絶対面倒になる」

 

「生徒思いの良い先生と言うわけか。……それに」

 

「ああ」

 

京矢とエンタープライズの視線がベルファストに向く。

 

「ベルファストにメイドとして妥協しろって言う様なモンだしな」

 

「それは有り得ないな」

 

既にメイドとは何なのか分からなくなるレベルのハイスペックなベルファストだが、既にネゴシエーターと料理人と秘書のスキルがあるのは確認出来る。

京矢も、ブレずに自分達の〝先生〟であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。

例え、既に生徒やクラスメイトというカテゴリーに何の価値も見出していなかったとしても、数少ない敬意を払うべき貴重な大人の一人であるとは思っているのだ。

 

「でも、このバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」

 

園部がもっともな事実を指摘する。

馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシア、エンタープライズかベルファストを置いて行くなど有り得ない。

仕方なく、ハジメは魔力駆動二輪を〝宝物庫〟にしまうと、代わりに魔力駆動四輪を取り出した。

 

ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりする二人に、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。

今のハジメを見て、一体誰が、かつて〝無能〟と呼ばれていたなどと想像できるのか。園部達は、「乗れない奴は荷台な」と言い残し、さっさと運転席に行くハジメと肩を竦めてサイドカーに向かう京矢に複雑な眼差しを向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪とサイドカータイプの魔力駆動二輪が爆走する。

魔力駆動四輪もサスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。

 

なお、〝宝物庫〟があるのに、わざわざ荷台を取り付けたのは、荷台にガトリングをセットし走行しながらぶっ放すという行為に、ちょっと憧れがあったからだ。

製作者であるハジメのささやかなこだわりである。

 

車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが乗り、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っており、京矢達三人がサイドカーで隣を並走している。なお、京矢も同じ魔力駆動四輪を貰っているが、二輪を使うのは仮面ライダーの力を使う京矢の細やかなこだわりで有る。

 

愛子がハジメの隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。

 

出来れば愛子としては、京矢とも話をしたかったが、流石に全員が乗れる様な大きさではないので京矢達は一緒ではない。

 

後部座席に座っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。

シアは言わずもがな、園部や菅原は肉感的な女子なので、それなりに場所をとっている。スレンダーな宮崎が物凄く居心地が悪そうだ。

 

そんな彼女達の様子を見ながら内心安堵しているのはエンタープライズだ。

先程から、園部と菅原に挟まれて、ハジメとの関係を根掘り葉掘り聞かれている姿に、シアには悪いが彼方に乗らなくて良かったとも思っている。

異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。

 

「京矢様は彼方でなくてよろしかったのですか?」

 

ベルファストがそう問いかけてくる。

 

「ああ、ギルドマスターの話からして、足手纏いがいたとしても、それでも十分って判断できるベテランチームが音信不通になる程の危険なモンスターが大規模な群れか……」

 

「魔人族、この世界の人間の戦争相手がいる可能性がある、そう言うことか?」

 

「ああ」

 

京矢の推測の最後の一つをエンタープライズが京矢に変わって告げる。

この辺に敵対勢力の軍勢が有るとすれば、目的はウルの町だろう。戦略的に必要かは分からないが、観光地であるが故に城壁の無い街は準備さえ整えば滅ぼせるだろう。

そして、冒険者達はその準備の最中に目撃されたから口封じの為に消された。そう考えることもできる。

 

「有りえる可能性ですね」

 

「強力なモンスターや群れの方がまだマシだよな。壊滅させるのは簡単だけど、手札を見せたく無いからな」

 

主に広範囲用の対軍性能を持った魔剣や聖剣やキシリュウジンやヨクリュウオーだ。

銃でさえ喉から手が出るほど欲しがられるのに、対軍兵器や巨大ロボなど正に殺してでも奪い取ると言う反応されかねない。

 

愛子も魔法が打ち込まれた時のことを聞いている様子だが、檜山が落ちた時の事や、死んだ時のことは知らないとしか答えられないだろう。

道連れにしたのは反射的に反撃した京矢の仕業なのだし、最後まで一緒だったのは京矢だ。

つまり、その時の檜山の事は京矢しか知らない。

 

なお、檜山の事については間違いなどとは思っていない。後ろから飛んできた殺気と魔法の元へとっさに鬼勁を放ったのだが、位置と動機の両方が合致している。

 

「自業自得で死んだアホの事なんざ今更思い出したくも無いからな」

 

檜山という人間は、もう京矢の中ではどうでも良い相手だ。自分が一方的に殺せると勘違いした奴が死んだ。その程度の事。今更思い出しても面倒なだけだ。

 

「それもそうでしたね。申し訳ありません、京矢様」

 

京矢の意思を察したベルファストの謝罪を「気にするな」と一言だけ返して周囲の警戒に意識を割く。

 

荷台に乗ってる男子生徒、特にバイク好きの相川が羨ましそうに見ていたのは、後ろにベルファストを乗せていることか、それとも魔力駆動二輪を運転できることが、それともその両方か定かでは無いが、羨ましいと騒いでいる男子生徒達の姿はこれから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだった。

 

実は車内でも愛子を膝枕しながら、それでもいつの間にか二人の世界を作るハジメとユエ。そんな二人を後部座席からキャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れるウサミミ少女と、これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだったりする。

 

真面目にこの先に有るであろう危険性を考え、それを警戒しているのは京矢達だけだったそうだ。

 

そのことを京矢が知ったら流石に叫ぶだろう。「少しは警戒しろ!」と。



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069

北の山脈地帯

 

「見えてきたか」

 

サイドカーを運転する京矢の視界に映る標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。

異世界なのだからこれが普通なのだろうと割り切ってはいるが、日本人としての感覚では不思議な光景でしかない。エリア毎に季節が違うのか、日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 

また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。

何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。

 

なお、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。

今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。

それはウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 

京矢達は、その麓に四輪と二輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。

女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 

既に四次元ポケットの中に二輪を戻してゆっくりと景色を鑑賞している京矢を見て、ハジメはもっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪を〝宝物庫〟に戻すと、代わりにとある物を取り出した。

それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

 

「んじゃ、南雲。頼む」

 

「ああ」

 

愛子達の前では艦装を使わない方が良いと判断してチラリとエンタープライズの方を見た京矢の言葉に端的に答え、ハジメは指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。

そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。

 

四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。

 

「あの、あれは……」

 

音もなく飛んでいった鳥の模型を遠くに見ながら愛子が代表して聞く。

 

それに対するハジメの答えは〝無人偵察機〟という自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。

 

ハジメが〝無人偵察機〟と呼んだ鳥型の模型は、ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。

生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物:重力石を生成した。それに、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、遠透石を頭部に組み込んだのだ。遠透石とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これでハジメ達の細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石に、この遠透石を組み込み、〝無人偵察機〟の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。

 

もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも四機の同時操作が限界である。

ミレディがどうやって五十騎ものゴーレムを操作していたのか全くもって謎だが、京矢と話した結果、人間の肉体ではなくゴーレムの体になった事で巨大な迷宮の制御システムとなっていたのではと推測している。

生身の肉体ではないから、最悪は魂さえ無事なら無理は効くと言うことだろう。

 

ハジメは一応、〝瞬光〟に覚醒してから脳の処理能力は上がっているようで、一機までなら自らも十全に動きつつ、精密操作することが可能である。

また、〝瞬光〟使用状態では、タイムリミット付きではあるが同時に七機を精密操作することも可能だ。

 

京矢はハジメと違って精密操作が苦手なので、今回は戦闘以外は完全にハジメに丸投げするしかない。気を探ろうにも探索範囲は狭く、弱っていたり死んでいたりした場合は見落としてしまう危険もある。

なので鎧の魔剣を地面に突き刺し、何時でも動けるような体制をとっていた。

 

今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでも無人偵察機で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。

既に彼方へと飛んでいった無人偵察機を遠くに見つめながら、愛子達は、もういちいちハジメのすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。

何より、それは全てハジメの行動だけで、一切京矢の行動は見ていないのだ。

 

そんな訳で、京矢達は冒険者達も通ったであろう山道を進む。

魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。

そう考えて、ハジメは無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。

 

おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着した京矢達は、一度そこで立ち止まった。

理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

 

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

 

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

 

「……ひゅぅーひゅぅー」

 

「ゲホゲホ、鳳凰寺は分かるけど、南雲達は化け物か……」

 

「はあ、オレが1人で先行して探した方が良かったか?」

 

「お前は探索は得意じゃないだろ」

 

京矢1人で動きやすい木の上を跳びながら先行して探索しても良かったが、流石に探索は得意分野ではないので見落としがあると拙いから足並みを揃えていたのだが、予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったのである。

 

もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。

ただ、京矢達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 

四つん這いになり必死に息を整える愛子達に、京矢は苦笑して若干困った視線を向けつつも、どちらにしろ、詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。

ここに来るまでに、ハジメは無人偵察機からの情報で位置は把握している。

 

「ベルファスト、愛子先生達の事を頼む」

 

「かしこまりました、京矢様」

 

メイド服を汚すこともなく息切れ一つしていないベルファストからの返事を聞いて愛子達の事を任せ、未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて、京矢達は先に川へと向かった。

ウィル達も、休憩がてらに寄った可能性は高い。そこで痕跡を見つければ、上手くすれば次に向かった方向が分かるかもしれない。

 

ユエとシア、エンタープライズを連れて山道から逸れて山の中を進む。

シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。

耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。

 

そうして京矢達がたどり着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。

索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、敵意に対する索敵能力はシアに次ぐ京矢が周囲の気配を探り、ハジメも念のため無人偵察機で周囲を探るが魔物の気配はしない。

取り敢えず息を抜いて、京矢達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。

途中、ユエが、「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見るハジメ。どこまでもユエには甘い男である。ついでにシアも便乗した。

京矢はエンタープライズにも2人に便乗しなくて良いのかと聞くが、恥ずかしそうに断られてしまう。

 

エンタープライズはユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を羨ましそうに眺める。

 

と、そこへようやく息を整えた愛子達がベルファストの先導のもとにやって来た。

置いていったことに思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が、素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。玉井達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。

 

休憩と言うこともあり、軽食と飲み物をベルファストが愛子達に配っている。男三人が感動の涙でも流しそうな勢いで、飲み物と軽食を受け取っている様に女性陣の冷たい眼差しは更に冷気を増していく。

 

「うぅ、本当にベルファストさん、凄いんですね」

 

飲み物と軽食を受け取り、ベルファストに対して、何でもできる大人の女性と言うイメージを強くした愛子がそんな事を思う。

あの大人の雰囲気の一部でも自分にあれば、と。

 

その後、何時の間にかハジメとユエとシアで発生した桃色空間に愛子は頬を赤らめ、園部達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締めた。ハジメはハジメで、二人を振りほどくことなどなく、そっぽを向いている。照れているようだ。

 

だが、そんなハジメの表情も次の瞬間には一気に険しくなった。

 

「……これは」

 

「ん……何か見つけた?」

 

「何か見つけたか?」

 

ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエと京矢が確認する。

その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

 

「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。みんな、行くぞ」

 

「ん……」

 

「はいです!」

 

「おう」

 

京矢達が、阿吽の呼吸で立ち上がり出発の準備を始めた。

愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていくハジメ達に必死になって追随した。

 

「エンタープライズ、ベルファスト、愛子先生達についていてくれ」

 

その様子を見てそこを狙って魔物でも現れたら面倒だと判断した京矢がエンタープライズとベルファストに指示を出す。

 

ハジメ達が到着した場所には、ハジメが無人偵察機で確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。

 

「戦闘の跡って感じだな。一撃は受け止めた物の邪魔になるから手放したってところか? だったら、他にも痕跡があるかも知れない」

 

戦闘の跡を簡単に調べる京矢。その言葉を聞いたハジメ達は、注意深く周囲を見渡す。

すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。

ハジメは、シアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 

先へ進むと、京矢の予想通り、次々と争いの形跡が発見できた。

半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。

 

(……それが、天之河のせいで戦争に巻き込まれた、お前達の明日の姿かも知れないんだけどな)

 

戦闘の跡と生々しい死の気配に表情を強ばらせる愛子達に内心そんな事を思う京矢。それは明日の自分たちの姿でもあるのだ。冥福を祈るのは死亡を確認してからと足を進める。

 

しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「ハジメさん、これ、ペンダントでしょうか?」

 

「ん? ああ……遺留品かもな。確かめよう」

 

シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。

留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

 

「誰のかは分からないが、遺品くらいは持ち帰ってやれるか」

 

「遺体も見つかれば幸運か」

 

京矢の言葉に答えるハジメだが、遺体が見付かれば冒険者達は本当に幸運だろう。京矢の天生牙なら蘇生できるのだし。

 

その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、京矢が纏めて四次元ポケットの中に収納して回収していく。

どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

(……にしても、随分平和なピクニックだな)

 

未だ、野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。魔物とのエンカウントを警戒していた京矢として拍子抜けと言ったところだ。

位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は越えていないとは言え、普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、京矢達は逆に不気味さを感じていた。

 

しばらくすると、再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。

東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。ハジメは全員を促してその場所に急行した。

 

そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。

 

そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。

更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 

「かなり強力な魔法か……。レーザー見たいな攻撃が出来るような魔物じゃないよな?」

 

ハジメの言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。

それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。それどこらかこんなことが出来る攻撃手段など、今までの記憶ではオルクスの迷宮で戦ったヒュドラと……京矢位しか思い付かない。

 

ハジメは、しゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。

ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられるように逃げてきたようだが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも、精神的にも町から遠ざかるという思考ができるか疑問である。

 

「可能性は下流が高いだろうな。体力が尽きて流されるとしたら下流だろうし、川を下って逃げたって考える方が自然だろうな」

 

「そうだな」

 

京矢の推測にはハジメも同意する。念のためにハジメは、無人偵察機を上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。

ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 

京矢の推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。

 

すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。

京矢達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。

と、そこでハジメの〝気配感知〟に反応が出た。

 

「! これは……」

 

「……ハジメ?」

 

「なるほど。推測は正解だったみたいだな」

 

ユエが直ぐ様反応し問いかける。ハジメの反応を見た京矢が気配を探ってみると

滝壺の奥に微かに人の気を感じ取れる。

 

「人間らしい反応が滝の奥にあった。運が良いのか、狙って逃げたのかは分からねえが、ここに誰かが逃げ込んだらしい」

 

「生きてる人がいるってことですか!」

 

シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメと京矢は頷いた。

人数を問うユエに「一人だ」と答える。愛子達も一様に驚いているようだ。

それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。

もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。

 

「ユエ、頼む」

 

「……ん」

 

ハジメは滝壺を見ながら、ユエに声をかける。

滝壺に生命反応があると言うことはそう言うことだろう。ユエは、それだけでハジメの意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。

 

「〝波城〟 〝風壁〟」

 

すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーゼの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。

高圧縮した水の壁を作る水系魔法の〝波城〟と風系魔法の〝風壁〟である。

 

「コイツは、オマケだ」

 

何時の間にやら取り出した雷神剣を振るう京矢の剣から放たれた冷気で真っ二つに割れた滝がそのままの状態で凍り付いた。

 

「おいおい、そんなことも出来たのかよ、お前のその剣は?」

 

「こいつは嵌め込む宝玉の力で、扱える力が変わるんでな」

 

そう言って七つの宝玉を取り出す京矢。雷神剣は剣としては斬鉄剣よりも格上の日本刀型の魔剣だが、特殊な力を操ると言うのが京矢の好みでは無いらしい。

 

詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に応用して行使したことや、滝を丸ごと凍らせるなどと言う、とんでもない力を見せる魔剣を簡単に使って見せた京矢に愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。

きっと、モーゼを前にしたかつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。

 

「なあ、鳳凰寺のあの剣って南雲が作ったのか?」

 

「そうじゃないのか? 多分」

 

「あれって、天之河の聖剣より凄くないか?」

 

先ほどの京矢とハジメの会話が聞こえていなかった様子の生徒達からヒソヒソとそんな会話が交わされる。

良い具合の誤解がされているが、精々ハジメを無能扱いしていた事を後悔すれば良いと、京矢も勘違いを敢えて訂正はしない。

 

「そう言う役割だったんじゃないのか、南雲は。まったく、城の豚と溝川も馬鹿な事をしたな」

 

勘違いを助長させるような事を言っておくのも忘れない京矢だ。

後方支援や補給の重要性を理解しない特攻精神しかない勇者(笑)への不信感を助長させる意味合いもある。

 

暫くは凍りついた事でその状態を固定できているだろうが、時間は有限だ。

ハジメは愛子達を促し、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。

洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。

天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 

その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。

傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。

だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。



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070

気づかわしげに愛子とベルファストが容態を見ているが、ハジメは手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めた義手デコピンを眠る青年の額にぶち当てた。

 

ハンドサインでハジメにGOサインを出しつつ、予め魔剣目録の中から出していた天生牙をいつでも出せるような体制でその様子を眺めていた京矢は、エンタープライズへと視線を向け、

 

(万が一、そいつが死んでた場合は……)

 

(分かっている。その時は、指揮官のクラスメイトを遠ざけておく)

 

そんな事をアイコンタクトで確認し合う。

 

バチコンッ!!

 

「ぐわっ!!」

 

そんな音が響くと、デコピンを打ち込まれた事で悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。

愛子達が、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべる。ハジメは、そんな愛子達をスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

 

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

 

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは再びデコピンの形を作って額にゆっくり照準を定めていく。

 

「気持ちはわかるが、先にこっちの質問に答えてもらえるか?」

 

「先ずはこっちの質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

 

「えっ、えっ!?」

 

京矢も初めの意見に賛成なのか別段止めようとはしていない。デコピン程度なら問題ないのだし、単なる確認なのだ、相手も黙秘することもないだろう。

 

「お前は、ウィル・クデタか?」

 

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 

一瞬、青年が答えに詰まると、京矢が視線でヤレと合図を出し、それを見たハジメの眼がギラリと剣呑な光を帯び、ぬっと左手が掲げられ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。

どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

 

「そうか。無事で良かった。オレは鳳凰寺京矢。こいつは……」

 

「俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。(俺達の都合上)生きていてよかった」

 

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことは気にしていないらしい。

もしかすると、案外大物なのかもしれない。

同じ貴族でも、いつかのブタとは大違いである。京矢からの評価もかなり高い部類に入った瞬間だったりする。

それから、各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。

 

要約すると、ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。

流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。

そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 

漆黒の竜だったらしい。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 

状況から考えて、残りの2人も生存は絶望的だろう。

 

「……竜か? 今更ながら、万が一遭遇したら手間だな」

 

「ああ。流石に先生達がいるとな」

 

件の漆黒の龍との遭遇戦に対する対策に思考が向かう京矢とハジメ。デカブツ相手ならキシリュウジンやヨクリュウオーで戦いたい所だが、流石に愛子達に、京矢所有の巨大ロボットまで見せられない。

 

そして、生き残ったウィルは、流れに流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 

何となく、誰かさんの境遇に少し似ていると思わなくもない。

 

ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。

無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。

誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。

生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。

 

そんな時、『パァーン!』と言う乾いた音が響いた。

それには歩み寄ろうとしていたハジメも何かを言おうとしていた京矢も呆気に取られる。

 

「目は覚めましたか? 生きていて嬉しいのは人として当然の感情です」

 

「だ、だが……私は……」

 

「彼らの死を無駄にする気ですか? それでは、彼らの命は無駄になってしまいますよ。そうで無いなら、今は貴方自身が彼らの命を無駄にしない為にできる事を考えなさい! その上で彼らの命を背負って生き続けなさい!」

 

「……生き続ける」

 

ベルファストだった。そう言葉を告げると一礼してウィルの元を離れていく。

 

「京矢様、ハジメ様、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」

 

「いや、気にするな」

 

ベルファストの謝罪にそう返す京矢。ハジメも自分と少し似た境遇に置かれたウィルが、自らの生を卑下したことが、まるで「お前が生き残ったのは間違いだ」と言われているような気がして、熱くなりそうになった所で毒気が抜かれてしまったのだ。

振り上げそうになった手のやり場は困るが。

 

もちろん、それは完全なる被害妄想だ。半分以上八つ当たり、子供の癇癪と大差ない。

色々達観したように見えて、ハジメもまだ十七歳の少年で、四度も世界を救うような戦いを経験したわけでは無い。学ぶべきことは多いということだ。

その自覚があるハジメは軽く自己嫌悪に陥る。そんなハジメのもとにトコトコと傍に寄って来たユエは、ギュッとハジメの手を握った。

 

2人の世界を作り始めたハジメとユエに苦笑しつつ、エンタープライズの意見を聞きつつ今後の活動方針を決める。

 

「さて、此処は急いで降りた方が良さそうだな」

 

「ああ。護衛対象がいる以上は無理な行動は避けた方が良いだろう」

 

ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になるが、それは京矢達の任務外だ。

冒険者ギルドに報告すれば、適切な対応をしてくれるだろう。最悪は国の軍隊でも動かして当伐になる可能性だってある。少なくとも、戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査などもってのほかだ。

ウィルも、自身が足手まといになると理解しているようで、撤退の案を了承した。

他の生徒達は、町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、京矢の調査したいならお前達だけでやれと言う冷たい言葉と、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

 

だが、事はそう簡単には進まない。氷も砕けた事で、ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

 

「グゥルルルル」

 

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく〝竜〟だった。

 

その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

 

空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。

だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

その黄金の瞳が、空中より京矢達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

 

その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアの比ではない。ハイベリアも、一般的な認識では、厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べれば、まるで小鳥だ。その偉容は、まさにヨクリュウオーにこそ劣るが、空の王者というに相応しい。

 

蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

 

ハジメも、川に一撃で支流を作ったという黒竜の残した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だろうとは思っていたが、実際に目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三段は上を行くと認識を改めた。

奈落の魔物で言えば、ヒュドラには遠く及ばないが、九十層クラスの魔物と同等の力を持っていると感じるほどだ。

 

エンタープライズもベルファストも初めて目にする竜と言う存在に息を飲む。

 

「おー、確かにあれは竜だな」

 

だが、此処に一人だけ例外が居た。…………京矢である。

 

一同の視線が普通に竜を眺めている京矢に集まる。

 

「どうせ、逃しちゃくれそうに無いんだから、さっさと潰して押し通るぞ、南雲」

 

「あ、ああ」

 

変わらぬ様子の京矢の言葉にどうリアクションすれば良いのかわからないと言った顔のハジメだが、

 

「キシリュウジンやヨクリュウオーに比べたら、驚く必要は無いだろ?」

 

「…………それもそうだな」

 

流石に何処かで竜には会えるかと思っていたが、こんな異世界で会えると思わなかった巨大ロボットに会えたのだ。それに比べたら、ドラゴンも普通なのかもしれないと無理やり納得する。

 

ぶっちゃけ、改めて見るとキシリュウジンとヨクリュウオーを見た時の方が驚いた気がするハジメだった。

 

京矢にしてみれば、目の前の黒龍はまだまだ弱い部類に入るだろう。複製のRXやら闇の書の闇やらデボネアやらと比較すると。

 

「さて、ドラゴン退治でもしていくとするか、南雲」

 

「乗ったぜ、鳳凰寺」

 

鎧の魔剣の他にテン・コマンドメンツを抜く。ウィルや生徒達はそんな大剣を二本も出してどうするのかと疑問に思う。

 

そんな彼等の姿を気にも止めず、その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。

そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。

ハジメの脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。

 

「ッ! 退避し……」

 

封印の剣(ルーン・セイブ)! そして、鎧化(アムド)!」

 

ハジメが警告を発するよりも早く、鎧の魔剣を鎧に変化させ、京矢がルーン・セイブを振う。

ハジメの警告に、ウィルとクラスメイト達が反応出来ないであろう可能性を考慮した上での行動だ。

 

ハジメとユエとシアは反応して退避しているが案の定、ウィルと愛子とクラスメイト達は動けていない。

 

愛子達は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

 

そんな彼等の前に京矢はルーン・セイブを構えながら立つ。

 

「はあ!」

 

直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。

音すら置き去りにして一瞬で京矢の元へと到達したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らしながらも、回転させたルーン・セイブによって周囲への余波をも許さず霧散させていく。

 

剣を回転させたのは下手に斬っても完全に消せるとは限らないし、後ろが無事とは限らないのでこの方法を選択したが、元々バトンの様に回転させる物ではないので、結構負担がある。

 

「悪いな、オレに魔力攻撃は効かねえぜ」

 

とは言え一瞬でも動きを緩めたら吹き飛ばされかねない。そろそろ少し腕が疲れてきたので、早く助けて欲しいと、そんな事を考えていると、遂に、待望の声が聞こえた。

 

「〝禍天〟」

 

その魔法名が宣言された瞬間、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。

見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色のそれは、直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩きつけた。

 

「グゥルァアアア!?」

 

豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断する。しかし、渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。

 

 〝禍天〟

 

それはユエの重力魔法だ。渦巻く重力球を作り出し、消費魔力に比例した超重力を以て対象を押し潰す。重力方向を変更することにも使える便利な魔法だ。

 

重力魔法は、自らにかける場合はさほど消費の激しいものではない。しかし、物、空間、他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする場合は、今のところ、ユエでも最低でも十秒の準備時間と多大な魔力が必要になる。

ユエ自身、まだ完全にマスターしたわけではないので、鍛錬していくことで発動時間や魔力消費を効率よくしていくことが出来るだろう。

 

「あー、助かった……」

 

「嘘つけ、絶対にまだ余裕あっただろう?」

 

「いや、オレはともかく、後ろの連中はな」

 

横に立ったハジメの言葉に軽口でそう返す。ベルファストとエンタープライズに後ろの連中を拾って逃げてもらう前にユエの魔法が間に合ったのは助かった。

 

地面に磔にされたトータスの現空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。が、直後、天からウサミミなびかせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアがドリュッケンと共に降ってきた。

激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。

 

ドォガァアアア!!!

 

その衝撃は、今までの比ではない。インパクトの瞬間、轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたようにクレーターが出来上がる。

それは、ハジメがドリュッケンに施した改造のせいだ。主材である圧縮されたアザンチウムに重力魔法を付与してある。ただし、無人偵察機のように重力を〝中和〟するものではなく、逆に〝加重〟する性質の鉱石だ。注いだ魔力に合わせて重量を増していく。今のドリュッケンは、まさしく○○トンハンマー! といった漫画のような性能なのだ。

 

「ベルファスト、エンタープライズ! そいつら頼んだ!」

 

先ほどのお返しとばかりに音速の剣(ファルシオン)に変え高速で走りながら、地面を蹴って上空に舞い上がる。

 

「速・重連係」

 

黒竜の真上で振り上げた所で、ファルシオンから重力の剣(グラビティ・コア)へと変える。

 

「グラビティ・ミーティア!」

 

自身の斬撃と十形態最重量のグラビティ・コアの重さを活かした落下速度を加えた一撃を叩き込む。

 

「グルァアア!!」

 

「チィッ!」

 

竜特有の直撃の瞬間、竜特有の膂力でシアと京矢の重量級の連続攻撃を尽く何とか回避したらしい。

 

黒竜の咆哮と共に火炎弾が豪速でユエに迫った。

ユエは、咄嗟に右に〝落ちる〟事で緊急回避する。だが、代わりに重力球の魔法が解けてしまった。

 

黒竜は、拘束のなくなった体を鬱憤を晴らすように高速で一回転させドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけようとするが、再度ファルシオンへと変化させた京矢がシアを掴んで回避する。

 

流石にマッハは出せない上に重量級の武器のドリュッケンまで持ったシアを引っ張っての回避だが、なんとか逃げ切れた様だ。

 

黒竜は、一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリとハジメを……素通りして背後のウィルを睨みつけた。

ハジメは、直ぐさまドンナー・シュラークを抜きざまに発砲する。轟音と共に幾条もの閃光が空を切り裂いて黒竜を襲った。

回避など出来ようはずもない破壊の嵐の直撃を受けた黒竜はその場から吹き飛ばされ、地響きを立てながら後方の川へと叩きつけられ、盛大に水しぶきが上がった。

 

「へっ、流石そう簡単には行かねえか」

 

シアを引っ張って逃れてきた京矢の声が聞こえて来る。

 

「そうだな」

 

そんな京矢の言葉に軽く返すと、ハジメは、射線上にウィルがいるのはマズイと、自ら黒竜に突貫する。その意図を理解した京矢もファルシオンによる高速移動を利用して反対側から黒竜に迫る。

 

手元でドンナー・シュラークをガンスピンさせ空中リロードをしながら、再度連射し追い討ちをかけるハジメと、真空の剣(メル・フォース)に変化させ真空の刃を放つ京矢。

しかし、黒竜は、川の水を吹き散らしながら咆哮と共に起き上がると、何と、ハジメと京矢を無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放った。

 

「チッ! 爆発の(エクス)……」

 

無視しているのならばと黒竜の顔に近づき、

 

(プロージョン)!」

 

爆発の剣『エクスプロージョン』を横面に叩きつけ、火炎弾の軌道を発射前に無理やり変化させる。

 

ウィルが狙われないように、敢えて接近し怒涛の攻撃をして注意を引こうとしたのに、黒竜は、そんな思惑など知ったことではないと言わんばかりにウィルを狙い撃ちにする姿に妙な違和感を覚える京矢。

 

明後日の方向に飛んだ火炎弾の爆発に「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィル。

と、その時、生徒達が怒涛の展開にようやく我を取り戻したのか魔法の詠唱を始めた。加勢しようというのだろう。早々に発動した炎弾や風刃は弧を描いて黒竜に殺到する。

 

だが……

 

「ゴォアアア!!」

 

生徒達の攻撃は竜の咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。

しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、女子生徒達に至っては尻餅までついている。

 

「エンタープライズ、ベルファスト! そいつらを連れて離れていてくれ!」

 

完全に戦力外だと判断した京矢は、エンタープライズとベルファストに彼等をこの場所から離すよう声を張り上げた。

逡巡する愛子。ハジメも京矢も愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと、教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。

 

「何をしている、早く離れるぞ」

 

「で、ですが……」

 

「京矢様達の足を引っ張る気ですか? この場で貴女達にできる事は無いんですよ?」

 

逃げる様に促すエンタープライズとベルファストだが、その間に、周囲の川の水を吹き飛ばしながら黒竜は翼をはためかせて上空に上がろうとした。

しかも、ご丁寧にウィルに向けて火炎弾を連射しながら。

 

「ユエ!」

 

「んっ〝波城〟」

 

身を竦めるウィルの前に、ハジメの指示でユエの作った高密度の水の壁が出来上がる。飛来した火炎弾はユエの構築した城壁の如き水の壁に阻まれて霧散した。

 

ハジメも先程からレールガンを連射しているのだが、一向に注意を引けない。黒竜の竜鱗は、レールガンの直撃を受けても表面を薄く砕く程度の効果しかないようだ。

 

黒竜は執拗にウィルだけを狙っている。まるで、何かに操られてでもいるように。命令に忠実に従うロボットのようである。

先程の重力による拘束のようにウィルの殺害を直接、邪魔するようなものでない限り他の一切は眼中にないのだろう。

 

そこまで執拗にウィルを狙う理由はわからなかったが、目標が定まっているなら好都合だと、ハジメはユエに指示を飛ばした。

 

「ユエ! ウィルの守りに専念しろ! こいつは俺達がやる!」

 

「んっ、任せて!」

 

「なら、南雲。チャンスが有ったらなるべく長く動きを止めてくれ」

 

「何か手があるのか?」

 

「丁度いい魔剣が有るのを思い出した」

 

「丁度いい?」

 

「……魔剣?」

 

京矢の言葉に魔剣目録の中身に有るのだろうと考えたハジメとユエだが、京矢の口振りだと使うのにも取り出すのにも時間が掛かるのだろう。

 

使いやすい剣と違ってあまり使わない剣は京矢にも魔剣目録の中から取り出すのは多少手間がかかる上に、最大限に力を発揮するにも、相応の時間が掛かる。

 

だが、

 

「あの黒竜。北欧の邪竜とどっちが上か試してやろうじゃねぇか。なあ?」

 

笑みを浮かべてそう問いかけてくる京矢に、ハジメは彼が使おうとしている剣の状態に見当がついた。

 

「良し! ユエ、守りは任せた!」

 

 

「んっ、任せて!」

 

ユエは、ハジメの指示を聞くとウィルの方へ〝落ちる〟ことで急速に移動し、その前に立ちはだかった。

チラリと後ろを振り返り、愛子と生徒達を見ると、エンタープライズ、ベルファスト、シアの三人に促されながらも、こういう状況で碌に動けていない事に苛立ちをあらわにしつつ不機嫌そうな声で呟いた。

 

「……死にたくないなら、私の後ろに」

 

生徒達に関してはどうでもよかったが、エンタープライズもベルファストもシアは仲間で、愛子に関しては、ハジメもそれなりに気にかけている人物でもあるから一応、死なせないように声を掛けておく。

ついでに、愛子や生徒達に邪魔になるから余計なことはするなと釘を刺すのも忘れない。

逃す事が出来なかったことを謝罪するエンタープライズ達にはそっけない様な態度だが気にするなとも返す。

 

そんな様子を見て京矢は魔剣目録を取り出す。

 

「開け、魔剣目録!」

 

京矢の手の中で魔剣目録が光を放ち、虚空に凡ゆる言語で書かれた文字が飛び交う中、その中央に京矢は立つ。

 

その幻想的な光景に思わず息を飲むウィルと愛子とクラスメイト達。

 

飛び交う文字の読み方は理解できないが、視界に文字の放つ光が飛び込むと同時に京矢の脳に直接剣の名を刻み込む。

 

「魔剣、聖剣、妖剣、邪剣……お前に相応しい剣は……」

 

その中の一つに手をかざすと。残された文字が魔剣目録の中に消え、魔剣目録の文字が一振りの剣へと変わる。

 

フィンランド語アルファベットで書かれていた文字が京矢の手の中で一振りの魔剣へと姿を変える。

 

遠くから見ている愛子達にも、その剣の放つ力の凄まじさは理解してしまっていた。

 

「幻想大剣、バルムンク!」

 

京矢の宣言と共に魔剣目録の中に収められた剣の一振りが完全にその中より解き放たれたのだった。

 

その一振りは、バルムンク。北欧神話にその名を刻む竜殺しの大英雄ジークフリートの持つ黄昏の剣だ。



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071

「……本格的に妙だな?」

 

「妙?」

 

「ああ。龍殺しの魔剣を前にしても、警戒も畏怖も感じた様子がない」

 

バルムンクは竜殺しの魔剣。その中でも特に強力な、邪竜ファヴニールを倒した英雄ジークフリートの剣だ。

地球には何気に竜殺しの魔剣や聖剣はそれなりの数がある。当然ながら、そんな竜殺しの魔剣など前にすれば、どれだけ強力な力を持っていても、警戒の一つはするだろう。

だが、目の前の黒竜からはバルムンクに対する野生の警戒も理性からの恐怖心も感じられない。

 

この世界には竜の尻を蹴飛ばすという例えがあるが、それは強靭な龍の鱗が無い部分だそうだ。

地球での逆鱗に近い意味なのかもしれないが、そんな強靭な鱗さえもバルムンクならば切り裂ける。

 

だが、そんな武器を前にしても目の前の黒竜は何の反応も示さず、黒竜は、空中に上がり、未だ、ユエが構築した防御壁の向こうにいるウィルを狙って防壁の破壊に集中している。

 

「これで確信が出来たな。あの黒竜、誰かに操られてるぜ」

 

「……それで?」

 

京矢の言葉にハジメはそう問いかける。あの黒竜が誰かに操られているから何だというのだと言う意思の困った問いだ。

 

「確実に、絶対に仕留める理由ができたってだけの話だ」

 

そもそも、誰かがあんな竜を操って人を襲わせている等という状況から考えて、どう考えても、その先にある目的は禄なことでは無い。

 

戦争ならば仕方がないとは言え、この近くにあるウルの町は軍事施設でもない単なる観光地。

偶然手に入れた強力な兵器の運用実験が目的という可能性もあるが、そんな場所で目の前の黒竜を操る時点で、

 

(単なる無差別虐殺だろうが、それは)

 

魔人族の仕業かは知らないが、殆どが戦う術を持たない者達を一方的に虐殺する様な真似は許すわけにはいかない。

 

さっさと目の前の黒竜を倒して、操ってる奴に対しても落とし前をつけさせる決心をする。

 

「そうか。なら、存分にやってやろうぜ!」

 

「おう!」

 

京矢が魔剣目録の中からバルムンクを取り出した様に、ハジメもドンナーをホルスターにしまうと、〝宝物庫〟からシュラーゲンを虚空に取り出した。

 

気による身体能力の強化を行い鎧の魔剣の上から青い陽の気を纏い、バルムンクの竜殺しの力を引き出す京矢と、〝纏雷〟を発動し、三メートル近い凶悪なフォルムの兵器に紅いスパークを迸らせるハジメ。

黒竜は、流石に、二人の次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先を二人に向けた。流石にこの状況は無視出来なかったようだ。

 

死を撒き散らす黒竜のブレスが放たれたのと、ハジメのシュラーゲンが充填を終え撃ち放たれたのは同時だった。

 

共に極大の閃光。必滅の嵐。黒と紅の極光が両者の中間地点で激突する。衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、周囲の木々を根元から薙ぎ倒した。

威力だけなら、おそらく互角。しかし、二つの極光は、その性質故に拮抗することなく勝敗を明確に分ける。ブレスは継続性に優れた極光ではあるが、シュラーゲンのそれは、一点突破の貫通特化仕様だ。したがって、必然的にブレスの閃光を突破して、その力を黒竜に届かせた。

 

ブレスを放っていた黒竜の頭部が突然弾かれた様に仰け反る。ブレスを突き破ったシュタル鉱石製フルメタルジャケットの弾丸が黒竜の顎門を襲ったのだ。しかし、致命傷には程遠かった。

 

だが、ハジメのシュラーゲンの一撃を囮に再度上空に舞い上がった京矢の、竜殺しの魔剣による一閃がはためく片翼を切り落とす。

 

「取り敢えず、こう言っとくか? 地球の神話舐めんな、異世界!」

 

「グルァアアアアアアアアアッ!!」

 

痛みを感じているのか異様な程に必死な悲鳴を上げながら錐揉みして地に落ちる黒竜。

腹にでも鎧の魔剣から学んだ『大地斬』でも叩き込もうかと思ったが、既に射程範囲外に落ちていた。そこにハジメが、空中に退避していたのを幸いに、更に空中で逆さまになって〝空力〟〝縮地〟を発動。超速を以て急降下し、仰向けになっている黒竜の腹に〝豪脚〟を叩き込んだ。

 

ズドンッ! と腹の底に響く衝撃音が轟き、黒竜の体がくの字に折れる。地面は、衝撃により放射状にひび割れた。黒竜が、悲鳴じみた咆哮を上げるがダメージは大きいとは言えないだろう。元々相手はレールガンに耐える装甲なのだ。

それだけに、京矢の龍殺しの魔剣の力の程がよく分かる。

 

追撃とばかりにバルムンクを振り上げながら落下する京矢を近づけさせまいと、黒竜は、片翼に爆発的な魔力を込めて暴風を巻き起こし、その場で仰向け状態から強引に元の体勢に戻った。

 

「チッ!」

 

京矢は強引に空中で軌道を変え、その場を退避する。

重力魔法を会得してから、この程度の落ちる事を利用した空中での方向転換は出来る様になったが、変身できない状況ではそれなりに使えると改めて思う。

 

オスカーの迷宮の最下層での複製RX戦でラウズアブソーバーを手に入れてからは空中戦はブレイドのJF(ジャックフォーム)を使うかと思っていたが、これならば上手く使えば、他のライダーでも空中戦が可能だろう。

 

(さて、無視出来なくなってきたなら、存分に試させてもらおうじゃねえか)

 

(嫌なのじゃぁ!!!)

 

フルフェイスの兜の奥で笑みを浮かべた京矢の耳に、誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

一直線に相手に向かって落ちながら高速移動する。走る必要もなく、疲れずに高速移動出来るのは便利だが性に合わないのであまり多用したくない。

剣を降るにもこれを使うと踏み込みが効かずに斬撃の鋭さが下がる。

 

だが、

 

(こう言う状況じゃ便利だな!)

 

懐に飛び込み黒竜の腹に向かい、バルムンクの斬撃を撃ち込む。

京矢の斬撃は強靭な筈の竜の鱗を簡単に切り裂く。

 

「剣身一体。技を借りるぜ、魔剣戦士!」

 

そのスキルを持って放つ技は鎧の魔剣の存在する異世界に置いて、勇者の編み出した剣技の一つ。

 

「大地、斬!」

 

京矢の放つ一撃は黒竜の腹を深々と切り裂き、それにより黒竜は苦悶の咆哮を響かせる。

 

「南雲ぉ!」

 

京矢の声に答えるようにハジメは、追撃をかけるため大きく左の義手を振りかぶった。

義手からはキィイイイイイ!!! という機械音が鳴っている。京矢が仕掛ける前に発動しておいた〝振動粉砕〟だ。

 

ハジメは、大質量・高速で突っ込んで来た岩石をも一撃で粉砕できる破壊の拳を、容赦なく黒竜の腹にぶち込んだ。

 

くぐもった音が響き、京矢によって切り裂かれた腹の鱗に更に亀裂が入る。

衝撃を伝えることを目的とした攻撃なので内臓にも相当ダメージが入ったようだ、くの字に折れながら黒竜は再び苦悶の声を上げると口から盛大に吐血した。

 

「旋ぃ!」

 

京矢の剣掌・旋によって発生した竜巻にハジメはおまけを加える。

竜巻の直撃した腹の下で大爆発が起きる。竜の巨体が、その衝撃で二メートルほど浮き上がったほどだ。ハジメの加えたおまけは〝手榴弾〟である。

 

「クゥワァアア!!」

 

直接の斬撃ではない為に竜殺しの魔剣の力は発揮されなかったものの、同じ場所への更なる衝撃に、今度は悲鳴も上げられずくぐもった唸り声を上げることしか出来ない。

耐えるように頭を垂れて蹲る黒竜の口元からはダラダラと血が流れ出している。心なしか、唸り声も弱ってきているようだ。

 

「チッ! 小技程度じゃ鱗を剥ぐ程度しかできねえか」

 

バルムンクならば強靭な黒竜の鱗を簡単に切り裂くことが出来るが、矢張り確実に相手を仕留めるには相応の一撃が必要だ。

そして、バルムンクには相応の力を持った一撃がある。

 

「南雲、今から大技を使う。ちょっと時間稼ぎと……出来れば、準備ができたら頭か腹をオレの方に向けてくれ」

 

「それで、やれるのか?」

 

「アイツが北欧の邪竜より強くない限りは、な」

 

「んじゃ、試してみるか? アイツがファヴニールより上か下か?」

 

そう言葉を交わして左右に分かれる京矢とハジメ。

 

黒竜は、ハジメと京矢を脅威と認識したのか、ウィルから目を離し二人に向けて顎門を開いて火炎弾を連射しようとするが、左右に別れたことで狙いをつけられずにいた。

 

それを見て先ずはゆっくりと己の闘気を抑えて相手の注意を囮役のハジメへと向くようにする。

 

京矢の存在が消えた事に戸惑いながらも、ハジメへと向け、対空砲火のように空中へ火炎弾を乱れ撃つ。

しかし、その炎はただの一撃もハジメに当たることはなかった。〝空力〟と〝縮地〟を併用し、縦横無尽に空を駆けるハジメは、いつしか残像すら背後に引き連れながら、ヒット&アウェイの要領で黒竜をフルボッコにしていく。

 

ドンナー・シュラークで爪、歯茎、眼、尻尾の付け根、尻という実に嫌らしい場所を中距離から銃撃したかと思えば、次の瞬間には接近して〝振動粉砕〟またはショットシェルの激発+〝豪腕〟のコンボで頭部や脇腹、京矢の斬撃による裂傷をメッタ打ちにした。

 

「クルゥ、グワッン!」

 

若干、いや、確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。鱗のあちこちがひび割れ、口元からは大量の血が滴り落ちている。

 

「上手くやってるな、南雲」

 

兜を脱ぎ、京矢はその様子に笑みを受けながら自身の気を魔力の代用としてバルムンクへと流し込む。

 

「剣身一体」

 

再度発動させる剣聖の天職のスキル。流れ込むはバルムンクの主である北欧の大英雄の放つ最大の一撃の情報。

 

幻影のように京矢の左右に立つのは褐色の肌の男性と小柄な少年。

 

邪竜を打ち倒し英雄(ジークフリート)と、彼がサーヴァントとして召喚された聖杯戦争にて彼の心臓を与えられ命を救われたホムンクルスの少年。

 

「黄金の夢から覚め、揺籃から解き放たれよ」

 

京矢の宣言ともに左右の使い手達も同じ動きを見せる。

 

「すげぇ……」

 

二人の戦闘をユエの後ろという安全圏から眺めていた者達の中で玉井淳史が思わずと言った感じで呟く。

言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るように二人を見つめている。

 

ハジメが、トドメを京矢に任せてシュラーゲンやオルカン等で一気に片をつけないのは、愛子達に自分の戦闘力を見せつけるいい機会だと思ったからだ。

黒竜は確かに頑丈さや一撃の威力は恐るべきものがあるのだが、冷静に戦えば図体がデカイから攻撃が当てやすい上、攻撃は単調なので、まさに〝当たらなければどうということはない〟を実践でき、二人にとってはまだまだ余裕のある相手だった。

なので、愛子達と別れたあと、教会や国、勇者達に愛子から情報がいった場合でも安易に強硬手段に出ることが無いように、自身の実力を示しておこうと思ったのだ。

 

既に実力が知れ渡っている京矢の場合は勇者を凌駕する圧倒的な力を見せるべきと判断した結果でもあるのだが、それでも、最後を全部京矢任せにするのも面白くないのも事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪竜、滅ぶべし!」

 

バルムンクの柄の真ん中にある宝玉がせり出し、剣から膨大な魔力が火柱のように立ち昇る。

それを幻影と共に上段に構える。

 

北欧の邪竜を葬りし英雄、その最大の一撃、それを解き放つ瞬間を見量る。

 

そして、黒竜の動きが止まるのが見える。ハジメがやってくれたのだろうと思い笑みを浮かべる。

後は、巨大な光の柱となったバルムンクを黒竜に叩き込むだけ。

 

幻想大剣(バル)……」

 

その瞬間、

 

 

〝アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〟

 

 

そんな悲痛な絶叫が響き渡った。

 

「へ?」

 

思わず惚けた声をあげる京矢に更に変な絶叫が響き渡る。

 

〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〟

 

黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に京矢を含む全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。

 

気が抜けたせいで制御を失ったバルムンクの魔力が明後日の方向に飛んで行き、巨大な光の柱を目撃した愛子とウィルとクラスメイト達がその光景に別の意味で唖然とするのだが、それはそれ。

 

空にジークフリートが「すまない」と言いながら浮かんで消えていった光景さえ幻視させてくれる。

 

「……何やらかしたんだよ、南雲?」

 

そんなことを呟いて頭を抱えつつ、バルムンクを下ろして兜を回収し、ハジメ達の元に戻るのだった。




実はかなり命の危機だったティオさんでした。


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072

妙な叫びが聞こえて気が抜けて、放とうとした魔力を明後日の方向に空打ちしてしまった京矢は何があったのかとハジメ達の所に戻ったのだが……

 

〝ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~〟

 

尻に巨大な槍が突き刺さった黒竜の何とも情けない声が響いていた。

北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、響くその声に何でそんな事になったのかと疑問に思う。

なお、声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。

 

「……何があったんだ、南雲?」

 

「ああ、実はな……」

 

何でも戦闘中にパイルバンカーの杭を「ケツから死ね、駄龍が」と黒竜の尻に突き刺したそうだ。

まあ、鱗に覆われていない、鱗を切り裂ける武器を持っていないハジメとしては一番有効な攻撃部位、口の中に攻撃するのも一つの手なのだから、それもアリと言えばアリな判断とは思うが、それを実行した所こうなったそうだ。

それによってケツに杭を撃ち込まれた痛みで膠着した瞬間を好機と思った京矢にも声が聞こえてなかったら、今頃尻に杭を撃ち込まれた姿でバルムンクの真名解放を打ち込まれていただろう。

 

ディノミーゴの存在から人語を話せる魔物も居るんじゃないかな、とは思っていたが、その上、ハジメのレールガンに耐えたり、逆に同等以上のブレスを吐けるような強力な魔物が、こんな場所にいるはずないのである。

もし生息していたのなら、その危険性故に広く周知されているはずだ。

未知の魔物と言う可能性もあるが、一番あり得そうな可能性は、

 

「……もしかして、竜人族って奴じゃないのか、これ?」

 

「……だよな?」

 

〝む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が〟

 

二人がまさかと思いつつ言った言葉に返した黒竜の言葉は予想通りの大正解だった。

二人は、内心己の〝縁〟というものに呆れた。この世界に来て一体何度、〝レアな存在〟と出会うというのか。

ユエは、三百年前の戦争で滅びたはずの吸血鬼族。

シアはこの時代の〝先祖返り(推定)〟。

眼前の黒竜は五百年以上前に滅びたはずの竜人族である。

 

序でにハジメにしてみれば元の世界からの友人はリアルに特撮ヒーローになれて巨大ロボまで持っている。

 

隣に立つ友人と知り合ったことから縁の始まりだったんだな、と目の前の尻に杭を撃ち込まれた黒竜こと竜人族(推定)を眺めながらシミジミと思うハジメだった。

 

「……なぜ、こんなところに?」

 

ハジメが自分に呆れている間に、ユエが黒竜に質問をする。

ユエにとっても竜人族は伝説の生き物だ。自分と同じ絶滅したはずの種族の生き残りとなれば、興味を惹かれるのだろう。瞳に好奇の光が宿っている。

 

〝いや、そんなことよりお尻のそれを……魔力残量がもうほとんど…ってアッ、止めるのじゃ! ツンツンはダメじゃ! 刺激がっ! 刺激がっ~! ひぃ~、その剣は止めるのじゃ! 近づけるでない! 止~め~て~!〟

 

ユエの質問を無視して自分の要望を伝える黒竜に、ハジメは「ユエが質問してんだろうが、あぁ?」とチンピラのような態度で黒竜のお尻から生えている杭を拳でガンガンと叩き、京矢が「さっさと答えろ」とペチペチとバルムンクで顔面を叩く。

ハジメによって直接体の内側に衝撃が伝わり悲鳴を上げて身悶え、京矢によって正気に戻ったことでバルムンクに対して竜であるが故の反応的な恐怖を抱く黒竜。

最早、出会った当初の死神もかくやという偉容はまるで夢幻だったとでも言うように微塵も見受けられなかった。

 

「滅んだはずの竜人族が何故こんなところで、一介の冒険者なんぞ襲っていたのか……俺も気になるな」

 

「そうだな。こんなところに隠れ里を作ってるわけでもないだろうし、こいつらが運悪くそれを発見した訳でも無きゃ。普通なら命なんて狙わないだろ?」

 

「本来なら、このまま尻からぶち抜いてやるところを、話を聞く間くらいは猶予してやるんだ。さぁ、きりきり吐け」

 

「安心しろ。正直に話したら、オレから南雲に打ち抜か無いように説得してやる。黙秘や嘘なんて抜かしたら、尻からぶち抜かれる前に頭から真っ二つだぞ」

 

バルムンクを前にしたらそれは冗談には聞こえない。

実際に理由によってはハジメを説得もするし、上手くいけば竜人族とも協力関係になれるかもしれない。

既に教会や王族と言った人間族の上層部と魔王を始めとする魔人族の上層部側は敵となっている以上、種族単位での協力関係は有り難い。

 

〝あっ、くっ、ぐりぐりはらめぇ~なのじゃ~。は、話すから! 話すから、その剣もペチペチはやめてぇ~なのじゃ~〟

 

二人の所業に、周囲の者達が完全にドン引きしていたが彼等は気にしない。

このままでは話が出来なさそうなので、ぐりぐりは止めてやるハジメと、バルムンクを下ろしてやる京矢。

しかし、ハジメの片手は杭に添えられたままだし、京矢もいつでも真っ二つにできるような体制を取っている。

黒竜は、ぐりぐりやらバルムンクによる脅迫が止まりホッとしたように息を吐く。そして、若干急ぎ気味に事情を話し始めた。その声音に艶があるような気がするのは気のせいだろうか。

 

〝妾は、操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。仮初の主、あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ〟

 

黒竜の視線がウィルに向けられる。ウィルは、一瞬ビクッと体を震わせるが気丈に黒竜を睨み返した。ハジメの戦いを見て、何か吹っ切れたのかもしれない。

その黒竜の言葉にやっぱりな、と思う京矢。その言葉にバルムンクを下す。

 

「どういうことだ?」

 

「話してくれ」

 

〝うむ、順番に話す。妾は……〟

 

黒竜の話を要約するとこうだ。

 

この黒竜は、ある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。

その目的とは、異世界からの来訪者について調べるというものだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。

 

竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石に、この未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味いのではないかと、議論の末、遂に調査の決定がなされたそうだ。

 

目の前の黒竜は、その調査の目的で集落から出てきたらしい。

本来なら、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。

当然、周囲には魔物もいるので竜人族の代名詞たる固有魔法〝竜化〟により黒竜状態になって。

 

と、睡眠状態に入った黒竜の前に一人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れた。

その男は、眠る黒竜に洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

 

当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だ。

だが、ここで竜人族の悪癖が出る。そう、例の諺の元にもなったように、竜化して睡眠状態に入った竜人族は、まず起きないのだ。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限り。

それでも、竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしない。

 

では、なぜ、ああも完璧に操られたのか。それは……

 

〝恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……〟

 

一生の不覚! と言った感じで悲痛そうな声を上げる黒竜。

しかし、一同は冷めた目でツッコミを入れる。

 

「それはつまり、調査に来ておいて丸一日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないのか?」

 

「いや、油断しすぎだろうが」

 

「流石にそれは無防備が過ぎませんか?」

 

「休むにしても警戒の一つはしておくべきだろう」

 

上からハジメ、京矢、ベルファスト、エンタープライズの順である。全員の目が、何となくバカを見る目になる。黒竜は視線を明後日の方向に向け、何事もなかったように話を続けた。

ちなみに、なぜ丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ。

 

ローブの男に従い、二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。

そして、ある日、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。

うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して黒竜を差し向けたらしい。

 

そのローブの男の行動には怒りは覚えるが、目の前の、丸一日洗脳されてるのに眠り続けていた黒竜よりも馬鹿では無いなと思う京矢だった。

最早、目の前の黒竜への戦意のかけらも湧いてこない。

 

で、気がつけばハジメと京矢にフルボッコにされており、バルムンクを撃ち込まれるたびに竜殺しの力によって洗脳を本能が上回り始め、このままでは死ぬと思いパニックを起した。それがあの魔力爆発だ。

 

そして、洗脳された脳に強固に染み付いた命令とバルムンクへの本能的な恐怖に板挟みになり、更に京矢が真名開放をしようとした事で、その本能的な恐怖が最大級に膨れ上がった後、尻に名状し難い衝撃と刺激が走って一気に意識が覚醒したのである。

正気に戻れた原因は、洗脳を吹き飛ばす程の恐怖を打ち込んだバルムンクの力と、名状し難き尻への一撃による相乗効果なのだろう。

 

「……ふざけるな」

 

事情説明を終えた黒竜に、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。

皆が、その人物に目を向ける。拳を握り締め、怒りを宿した瞳で黒竜を睨んでいるのはウィルだった。

 

「……操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 

どうやら、状況的に余裕が出来たせいか先輩冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂して黒竜へ怒声を上げる。

 

〝……〟

 

対する黒竜は、反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わないのか、

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

 

〝……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない〟

 

なお、言い募ろうとするウィル。判断材料のない京矢にはそれに口を挟まない。それに口を挟んだのはユエだ。

 

「……きっと、嘘じゃない」

 

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

食ってかかるウィルを一瞥すると、ユエは黒竜を見つめながらぽつぽつと語る。

 

「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は〝己の誇りにかけて〟と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

 

ユエは、ほんの少し黒竜から目を逸らして遠くを見る目をした。

きっと、三百年前の出来事を思い出しているのだろう。孤高の王女として祭り上げられた彼女の周りは、結果の出た今から思えば、嘘が溢れていたのだろう。

もっとも身近な者達ですら彼女の言う〝嘘つき〟だったのだから。その事実から目を逸らし続けた結果が〝裏切り〟だった。それ故に、〝人生の勉強〟というには些か痛すぎる経験を経た今では、彼女の目は〝嘘つき〟に敏感だ。

初対面でハジメに身を預けられたのも、それしか方法がないというのも確かにあったが、ハジメ自身が一切の誤魔化しをしなかったというのが、大きな理由だったのだろう。

 

どうやら、この黒竜はユエと同等以上に生きているらしい。

しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いというわけではないようだ。今回の様に、時々正体を隠して世情の調査をしているのかもしれない。その黒竜にして吸血姫の生存は驚いたようだ。周囲の、ウィルや愛子達も驚愕の目でユエを見ている。

ユエが、薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をする。ユエにとって竜人族とは、正しく見本のような存在だったのだろう。話す言葉の端々に敬意が含まれている気がする。ウィルの罵倒を止めたのも、その辺りの心情が絡んでいるのかもしれない。

ユエの周囲に、何となく幸せオーラがほわほわと漂っている気がする。皆、突然の惚気に当てられて、女性陣は何か物凄く甘いものを食べたような表情をし、男子達は、頬を染め得も言われぬ魅力を放つユエに見蕩れている。ウィルも、何やら気勢を削がれてしまったようだ。

 

だが、それでも親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い、言葉を零してしまう。

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

そのゲイルと言う男も、見事な死亡フラグを立てたものだと思いながら、京矢は回収した遺品のロケットペンダントを取り出す。

 

「受け取れ、せめてゲイルって奴が最後まで思ってたって、その恋人に伝えてやれ。それが残されたやつに出来ることだ」

 

そう言って、京矢は取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。

ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

 

「え? これ、僕のロケットですよ。良かった! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

 

「え? それ、お前の?」

 

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

 

「マ、ママぁ?」

 

予想が見事に外れた挙句、見当違いなカッコいい台詞を言った挙げ句、斜め上を行く答えが返ってきてポカーンとする京矢。

 

物凄くレアな表情の京矢に注目する一同。

 

「い、いや、それ、お前の母親って言うには若くねえか?」

 

「せっかくのママの写真なのですから、若い頃の一番写りの良いものが良いじゃないですか」

 

写真の女性は二十代前半と言ったところなので、疑問に思いその旨を聞くと、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。その場の全員が「ああ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。女性陣はドン引きしていたが……

 

「鳳凰寺、良い台詞だったぜ」

 

遂にはハジメも京矢の肩を叩いて笑いを堪えながらそんな事を宣ってくれた。

 

恥ずかしさのあまり絶叫する京矢の叫びが響き渡った。

なお、ゲイルとやらの相手は〝男〟らしい。そして、ゲイルのフルネームはゲイル・ホモルカというそうだ。ゲイにホモと名は体を表すとはよく言ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母親の写真を取り戻したせいか、随分と落ち着いた様子のウィル。何が功を奏すのか本当にわからない。

だが、落ち着いたとは言っても、恨み辛みが消えたわけではない。ウィルは、今度は冷静に、黒竜を殺すべきだと主張した。また、洗脳されたら脅威だというのが理由だが、それが建前なのは見え透いている。主な理由は復讐だろう。

 

そんな中、黒竜が懺悔するように、声音に罪悪感を含ませながら己の言葉を紡ぐ。

 

〝操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか〟

 

黒竜の言葉を聞き、その場の全員が魔物の大群という言葉に驚愕をあらわにする。

自然と全員の視線がハジメに集まる。このメンバーの中では、自然とリーダーとして見られているようだ。決断を委ねるのは自然な流れと言えるだろう。

 

そのハジメの答えは、

 

「鳳凰寺、どうする?」

 

「オレに振るなよ。オレは敵意のない奴を斬る剣は持ってねえし、流石に呆れ過ぎてヤル気が失せた。それに」

 

そう言ってウィルの方へと視線を向けて、

 

「他人の復讐の代行なんざゴメンだ。やるなら、人に押し付けるな、お前がやれ」

 

「っ!? そんな、復讐なんて……」

 

「違うとは言わせねえぜ」

 

京矢の指摘に図星を突かれたウィルは黙り込んでしまう。

 

「そう言う訳だ。南雲、トドメ刺すなら任せる」

 

「そうか。なら、お前の都合なんざ知ったことじゃないし。散々面倒かけてくれたんだ。詫びとして死ね」

 

「おお、流石のハジメクオリティって奴か?」

 

そう言って義手の拳を振りかぶった。

 

〝待つのじゃー! お、お主、今の話の流れで問答無用に止めを刺すとかないじゃろ! 頼む! 詫びなら必ずする! 事が終われば好きにしてくれて構わん! だから、今しばらくの猶予を! 後生じゃ!〟

 

ハジメは冷めた目で黒竜の言葉を無視し拳を振るおうとして、そんなハジメを京矢も煽っている。

だが、それは叶わなかった。振るおうとした瞬間、ユエがハジメの首筋にしがみついたからだ。驚いて、思わず抱きとめるハジメの耳元でユエが呟き、ハジメの行動を止める。

 

ユエが止めるだろうと思ったので敢えて説得はしなかった京矢はハジメを放置していた。

どうやら、ユエ的には黒竜を死なせたくないらしい。ユエにとっては、竜人族というのは憧れの強いものらしく、一定の敬意も払っているようだ。

 

しかも、今回は殺し合いになったと言っても、終始、黒竜は殺意や悪意を京矢達に向けなかった。

今ならその理由もわかる。文字通り意志を奪われており、刷り込まれた命令を機械の如くこなしていたに過ぎない。それでも、殺しあった事に変わりはないが、そもそも黒竜はウィルしか眼中になく、京矢達と戦闘になったのは、京矢とハジメが殺意を以て黒竜に挑んだからである。

 

ハジメの説得の後にいい雰囲気になった二人を眺めながら、相変わらずだなと思っていると黒竜から再び声が届く。

 

〝いい雰囲気のところ申し訳ないのじゃがな、迷いがあるなら、取り敢えずお尻の杭だけでも抜いてくれんかの? このままでは妾、どっちにしろ死んでしまうのじゃ〟

 

「ん? どういうことだ?」

 

〝竜化状態で受けた外的要因は、元に戻ったとき、そのまま肉体に反映されるのじゃ。想像してみるのじゃ。女の尻にその杭が刺さっている光景を……妾が生きていられると思うかの?〟

 

その場の全員が、黒竜のいう光景を想像してしまい「うわ~」と表情を引き攣らせた。特に女性陣はお尻を押さえて青ざめている。

 

「良かったな、何もしなくても出来るぞ、復讐」

 

「えっと……そんなのは望んでないと言うか……」

 

肩を叩いて言ってくる京矢に答えに戸惑うウィル。

はっきり言ってそりゃどんな復讐なのかとツッコミを入れたくなる光景だった。先輩達の墓前への報告にも困るだろう。

 

〝でじゃ、その竜化は魔力で維持しておるんじゃが、もう魔力が尽きる。あと一分ももたないのじゃ……新しい世界が開けたのは悪くないのじゃが、流石にそんな方法で死ぬのは許して欲しいのじゃ。後生じゃから抜いてたもぉ〟

 

「流石に妙な死に方されても困るから、抜いてやってくれ」

 

「ああ」

 

若干、気になる言葉があったが、その弱々しい声音に本当に限界が近いようで、どうやら二人が考えている時間はないらしい。

ハジメは、片腕にユエを抱いたまま、迷うくらいならパートナーと友人の言葉に従っておこうと決める。

 

ハジメはそう考えて空いている方の手で黒竜の尻に刺さっている杭に手をかけた。そして、力を込めて引き抜いていく。

 

〝はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~〟

 

みっちり刺さっているので、何度か捻りを加えたり、上下左右にぐりぐりしながら力を相当込めて引き抜いていくと、何故か黒竜が物凄く艶のある声音で喘ぎ始めた。ハジメは、その声の一切を無視して容赦なく抉るように引き抜く。

 

ズボッ!!

 

〝あひぃいーーー!! す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……〟

 

そんな訳のわからないことを呟く黒竜は、直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。

 

黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。

腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。

中々に京矢としては好みのタイプだが、関わり合いに成りたくない空気を纏っている。

 

見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、息をする度に、乱れて肩口まで垂れ下がった衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張し、今にもこぼれ落ちそうになっている。シアがメロンなら、黒竜はスイカでry……

 

黒竜の正体が、やたらと艶かしい美女だったことに特に男子が盛大に反応している。思春期真っ只中の男子生徒三人は、若干前屈みになってしまった。このまま行けば四つん這い状態になるかもしれない。女子生徒の彼等を見る目は既にゴキブリを見る目と大差がない。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」

 

危ないことこの上ない発言をしてくれる黒竜に最早外観上の好みという上方修正を無視しても京矢が、関わりたくないと思った理由を理解してしまった。

 

「南雲、やっちまったな」

 

変な扉を開いてしまったと言うことだ。流石に変なモノに目覚めた奴には関わりたくない。




なお、ティオさん、ローブの人がアナザーライダーになった事は知りません。


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073

「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

さて、改めてティオ・クラルスと名乗った黒竜は、次いで、黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。

その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

 

「効率的な話だな。それなら一人でも大規模な魔物の連合軍が作れるし、群れのボス以外は動きも悪くならない」

 

京矢はその男の手際をそう評した。京矢も同じ立場ならば同じ方法を選んでいただろう。

群れのボスを通じて指示を出して群れの魔物を間接的に操る。そうする事によって完全な上下社会の魔物の群れを意のままに操れると言う訳だ。

 

魔物を操ると言えば、そもそも京矢達がこの世界に呼ばれる建前となった魔人族の新たな力が思い浮かぶ。それは愛子達も一緒だったのか、黒ローブの男の正体は魔人族なのではと推測したようだ。

 

しかし、その推測は、ティオによってあっさり否定される。

何でも黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にし、随分と勇者に対して妬みがあるようだったという。

 

「おいおい、あの野郎何をやってんだ……」

 

京矢は黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔法に天賦の才がある者。そのキーワードから思い浮かんだ者の正体に頭を抱えたくなる。

ここまでヒントが出れば、流石に地球組の脳裏にとある人物が浮かび上がる。

愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。

既に黒を通り越して真っ黒だと思っている京矢もそうだが、愛子達は限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。

 

考えられる最悪の状況。既に犯人の正体がそうだとしたら、蘇生手段があるとはいえ地球に帰るまで死んでいてもらう必要がある。

 

と、そこでハジメが突如、遠くを見る目をして「おお、これはまた……」などと呟きを漏らした。

 

「魔物の群れを見つけたのか?」

 

「ああ」

 

ハジメは友人の問いに簡潔に返す。

聞けば、ティオの話を聞いてから、無人探査機を回して魔物の群れや黒ローブの男を探していたらしい。

 

そして、遂に無人探査機の一機がとある場所に集合する魔物の大群を発見した。その数は……

 

「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

 

「万単位かよ。大体一つの群れが百としても、何百体操れるんだよ、あいつは」

 

勇者への劣等感を持っていた様子だが、既に京矢からの評価は光輝などより高くなっている。

勇者の真価は剣の強さでも魔法の強さでもなく仲間達の希望となり得る存在、魔王を討つことの出来る剣となり得る存在とは言うが、光輝の評価が絶望的なレベルで低い京矢にしてみれば、あれに希望など託したくは無いと言った所だが。

明らかに考えている人物だとしたら、今頃人間も魔物を操る事で数の劣勢を簡単にひっくり返せた事だろう。

ハジメの例を考えると、別の神代魔法を会得すれば、万を超えて億の軍勢を操れるであろう、とんでもない力を得ていた可能性だってある。

 

……この時点で王国は目先の力に目が眩み、ハジメに続き優秀な人材を逃した事になる。

 

「……ホント、物理的に潰しときゃ良かったな……あの王都」

 

イフの歴史では起こり得たであろうキシリュウジンによる城の物理的な転覆に近づいた瞬間であった。

 

「っと、それで町に着くまでの猶予はどれくらいだ?」

 

「このままじゃ、半日もしないうちに山を下るな。1日もあれば町に到達するだろう」

 

「今から急いで町の住人が逃げれば何とかなるか」

 

ハジメの報告に全員が目を見開く。既に進軍を開始しているようで、方角は間違いなくウルの町がある方向と言う。

 

どっちにしても、防衛施設のない観光地など魔物の村に蹂躙された時点で生活方法を失ってしまうのだから、もはや街を捨てるしかないだろう。

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。

いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。

なので、愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。

 

約一名、余裕で障害物どころか単独で排除できそうな奴等(キシリュウジンとヨクリュウオー)がいるが、それを知っているハジメ達は黙っていた。

 

と、皆が動揺している中、そんなことを知らないであろう、ウィルが呟くように尋ねた。

 

「あの、ハジメ殿と京矢殿なら何とか出来るのでは……」

 

その言葉で、全員が一斉にハジメと京矢の方を見る。特にバルムンクの巨大な光の柱。勇者の最大の一撃さえ比べ物にならない奇跡とも呼べるそれを見たのたら、希望を託すには十分すぎる。

彼等の瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。ハジメと京矢は、それらの視線を鬱陶しそうに手で振り払う素振りを見せると、投げやり気味に返答する。

 

「そんな目で見るなよ。俺の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ。保護対象連れて戦争なんてしてられるか。いいからお前等も、さっさと町に戻って報告しとけって」

 

「ああ。流石に何発も連発出来るモンじゃ無いしな。それに、あれが最大の力を発揮するのは、飽くまで対竜だし、流石に万単位を殲滅するのは無理だろう。精々千単位が限界だ」

 

幾ら対軍宝具とは言え万単位の敵を相手など想定されていないだろう。

内心、一方的に殲滅する手段がある癖によく言うな、と思ってるハジメだが、そう簡単に巨大ロボを出す訳にはいかないのは理解できる。

 

仮に愛子達が居なければ、事情を知らないウィルをハジメ達が引き離して、京矢が偵察に託けて別行動して山の一つと引き換えにキシリュウジンを使って一方的に殲滅出来たかもしれないが、流石に愛子が居ては、京矢一人でそんな事はさせて貰えないだろう。

 

(流石に教える訳には行かないからな)

 

余程の非常事態でも無い限りは目立つ場所でのキシリュウジンの使用は控えたいのだ。

ならば、この場で出来るのは避難勧告をした上での護衛対象の保護だけだ。

 

ハジメと京矢のやる気なさげな態度に反感を覚えたような表情をする生徒達やウィル。

そんな中、思いつめたような表情の愛子がハジメに問い掛けた。

 

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

 

「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」

 

「それが見えたら、其処に総攻撃を撃ち込めば、連合軍もそのまま大規模なバトルロワイヤルになって楽だったんだけどな」

 

「だな。1日もあれば逆に桁が一つ下がるな」

 

愛子は、ハジメと京矢の黒いローブの男を当然の様に始末しようと言う言葉に、また俯いてしまう。

そして、ポツリと、ここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。

生徒思いの愛子の事だ。このような事態を引き起こしたのが自分の生徒なら放って置くことなどできないのだろう。始末する事を決めている二人もいるのだし。

 

しかし、数万からなる魔物が群れている場所に愛子を置いていくことなど出来るわけがなく、園部達生徒は必死に愛子を説得する。しかし、愛子は逡巡したままだ。その内、じゃあ南雲や鳳凰寺が同行すれば…何て意見も出始めた。

いい加減、この場に留まって戻る戻らないという話をするのも面倒になったハジメは、愛子に冷めた眼差しを向ける。

 

「残りたいなら勝手にしろ。俺達はウィルを連れて町に戻るから」

 

「悪いが、早く町に警告もしなきゃならねえんだ。お前らに付き合って犠牲者を増やしたく無いんでな」

 

そう言って、ハジメはウィルの肩口を掴み引きずるように、京矢はヒラヒラと手を振りながら下山し始めた。

それに慌てて異議を唱えるウィルや愛子達。曰く、このまま大群を放置するのか、黒ローブの正体を確かめたい、ハジメや京矢なら大群も倒せるのではないか……

 

ハジメが、溜息を吐き若干苛立たしげに、京矢は頭を抱えながら、愛子達を振り返った。

 

「さっきも言ったが、俺の仕事はウィルの保護だ。保護対象連れて、大群と戦争なんかやってられない。仮に殺るとしても、こんな起伏が激しい上に障害物だらけのところで殲滅戦なんてやりにくくてしょうがない。真っ平御免被るよ」

 

「ああ。こんな所で殲滅戦なんて被害を考えたら、面倒な事この上ねえな。大体さっきも言っただろ? 町への報告、今はこれが最優先だろうが。愛子先生、生徒思いなのは良いけど、アンタはその為に街の人達を全滅させても良いのか?」

 

「ああ。万一、俺達が全滅した場合、町は大群の不意打ちを食らうことになるんだぞ?」

 

「大体万単位の相手がオレ達を無視して進軍する方を選択した場合は如何するんだよ?」

 

「ちなみに、魔力駆動二輪は俺や鳳凰寺じゃないと動かせない構造だから、俺達に戦わせて他の奴等が先に戻るとか無理だからな?」

 

理路整然と自分達の要求が、如何に無意味で無謀かを突きつけられて何も言えなくなる愛子達。

 

「まぁ、ご主じ……コホンッ、彼等の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」

 

押し黙った一同へ、後押しするようにティオが言葉を投げかける。若干、ハジメに対して変な呼び方をしそうになっていた気がするが……気のせいだろう。

愛子も、確かに、それが最善だと清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、今、傍にいる生徒達の安全の確保を優先することにした。

 

ティオが、魔力枯渇で動けないのでハジメが首根っこを掴みズルズルと引きずって行く。

実は、誰がティオを背負っていくかと言うことで男子達が壮絶な火花を散らしたのだが、それは女子生徒達によって却下され、ベルファストが背負おうとしたが、ティオ本人の希望もあり、何故かハジメが運ぶことになった。

 

だが、そこで背負ったり、抱っこしないのがハジメクオリティー。

面倒くさそうに顔をしかめると、いきなりティオの足を掴みズルズルと引き摺りだしたのだ。

 

愛子達の猛抗議により、仕方なく首根っこに持ち替えたが、やはり引き摺るのはかわらない。

何を言ってもハジメは改めない上、何故かティオが恍惚の表情を浮かべ周囲をドン引きさせた結果、現在のスタイルでの下山となった。

 

「……指揮官、彼女は、その……」

 

「言うなよ、南雲の奴、変な扉を開いたな……」

 

「……アーク・ロイヤルの同類か?」

 

「……広義的に言えばそうなるんだろうな……方向性は違うけど」

 

ハジメに恍惚として引き摺られていくティオを眺めながら、エンタープライズの言葉に頷いてしまう京矢。

 

一行は、背後に魔物の大群という暗雲を背負い、妙な扉を開いた駄竜を引き摺りながら急ぎウルの町に戻る。



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074

魔力駆動四輪とサイドカータイプの魔力駆動二輪が、状況的に行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走し、整地機能が追いつかないために、天井に磔にしたティオには引切り無い衝撃を、荷台の男子生徒にはミキサーの如きシェイクを与えていた。

行きの時は最悪ウィルが死んでいても綺麗に残っていれば蘇生が可能だったのだが、今回は本気で時間との勝負なのだ。

 

と、その時、ウルの町と北の山脈地帯のちょうど中間辺りの場所で完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせている姿を発見した。

ハジメの〝遠見〟には、先頭を鬼の形相で突っ走る他の騎士と比べて冒険者の様にしか見えない装備の軽装のデビッドや、その横を焦燥感の隠せていない表情で併走するチェイスの表情がはっきりと見えていた。

 

京矢にバラバラにされた剣と鎧はウルの町で急いで買い揃えた為、デビッドの見た目は完全に騎士と言うよりその辺の冒険者である。しかも、急ぎの為に結構店側に足元を見られたりしている事を付け加えておこう。

 

しばらく走り、彼等も前方から爆走してくる上に京矢を乗せたよくわかないものと並走する黒い物体を発見したのかにわかに騒がしくなる。

彼等から見ればどう見ても四輪も二輪も魔物にしか見えないだろうから当然だろう。側から見れば京矢達が魔物を使役して別の魔物を追撃している様にしか見えない。

武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。対応の速さは、流石、超重要人物の護衛隊と賞賛できる鮮やかさだった。

 

別に、攻撃されたところで、ハジメとしては突っ切ればいいし、向こうにも二輪に乗る京矢の姿は確認出来ているので問題なかったが、愛子はそんな風に思える訳もなく、天井で妙に艶のある悲鳴を上げるティオや青い顔で荷台の端にしがみつく男子生徒達が攻撃に晒されたら一大事だと、サンルーフから顔を出して必死に両手を振り、大声を出してデビッドに自分の存在を主張する。

 

いよいよ以て、魔法を発動しようとしていたデビッドは、高速で向かってくる黒い物体の上からニョッキリ生えている人らしきものに目を細めた。

普通なら、それでも問答無用で先制攻撃を仕掛けるところだが、デビッドの中の何かがストップをかける。言うなれば、高感度愛子センサーともいうべき愛子専用の第六感だ。

 

手を水平に伸ばし、攻撃中断の合図を部下達に送る。

怪訝そうな部下達だったが、やがて近づいてきた黒い物体の上部から生えている人型から聞き覚えのある声が響いてきて目を丸くする。

デビッドは既に、信じられないという表情で「愛子?」と呟いている。

 

一瞬、まさか愛子の下半身が魔物に食われていて、それを助ける為に京矢達が追い掛けているのでは!? と顔を青ざめさせるデビッド達だったが、当の愛子が元気に手をブンブンと振り、「デビッドさーん、私ですー! 攻撃しないでくださーい!」張りのある声が聞こえてくると、どうも危惧していた事態ではないようだと悟り、黒い物体には疑問を覚えるものの愛しい人との再会に喜びをあらわにした。

 

シチュエーションに酔っているのか恍惚とした表情で「さぁ! 飛び込んでおいで!」とでも言うように、両手を大きく広げている。隣ではチェイス達も、自分の胸に! と両手を広げていた。

 

騎士達が、恍惚とした表情で両手を広げて待ち構えている姿に、ハジメと京矢は嫌そうな顔をする。

なので、愛子達は当然デビッド達の手前でハジメが止まってくれるものと思っていたのだが……ハジメは魔力を思いっきり注ぎ込み、京矢は冷たく笑いながら、更に加速した。

 

距離的に明らかに減速が必要な距離で、更に加速した黒い物体に騎士達がギョッとし、慌てて進路上から退避する。

 

ハジメと京矢の魔力駆動四輪と魔力駆動二輪は、笑顔で手を広げるデビッド達の横を問答無用に素通りした。

愛子の「なんでぇ~」という悲鳴じみた声がドップラーしながら後方へと流れていき、デビッド達は笑顔のまま固まった。そして、次の瞬間には、「愛子ぉ~!」と、まるで恋人と無理やり引き裂かれたかのような悲鳴を上げて、猛然と二台を追いかけ始めるのだった。

 

愛子は車内に戻りハジメに抗議している様だが、京矢達には聞こえていないので知った事じゃ無い。

この場で騎士達への状況説明は明らかに二度手間になる上に、無駄な時間を余計に取られる。

何より、

 

「京矢様、素晴らしい判断だと思います」

 

「ありゃ、気持ち悪かったからな」

 

「確かに、あれはな」

 

三人揃って駄目だしされている騎士達だった。

 

なお、真横にある四輪の車体に括りつけられたティオが、ダメージの深い体を更に車体の振動で刺激され続け恍惚の表情を浮かべていたのだが、誰もが見なかったことにしたらしい。特に知り合いに同類がいるエンタープライズとベルファストも深く関わりたくないらしい。

……一族の者が見たら間違い無く泣くであろうティオの姿に今頃、ユエの持っていた龍人族への憧れがサラサラと崩れている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二台のマシンを爆走させ、ウルの町に着くと、四輪から飛び出して愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。

四輪はかなり揺れて車酔いで歩くのも辛いとは思うが、緊急事態への意識がそれを上回っている様子だ。

京矢達としては、愛子達とここで別れて、さっさとウィルを連れてフューレンに行ってしまおうと考えていたのだが、むしろ愛子達より先にウィルが飛び出していってしまったため仕方なく後を追いかけた。

説明が終わる頃合いで行こうと言う京矢の言葉に同意してノンビリと町の見物に入った。

 

町の中は、今日も活気に満ちている。料理が多彩で豊富、近くには湖もある町だ。自然と人も集う。まさか、一日後には、魔物の大群に蹂躙されるなどは夢にも思わないだろう。

京矢達は、そんな町中を見ながら、そう言えば昨日から飯を喰っていなかったと、屋台の串焼きやら何やらに舌鼓を打ちながら町の役場へと向かった。幾つかはベルファストも認める美味しさらしい。味付けの分析を始めている。

 

「いや、お前らが行けば十分だろ?」

 

「鳳凰寺、お前、人に面倒な事を押し付けんなよ」

 

説明はハジメが行けば十分と判断して更に屋台の食べ歩きをしようとしていた、コミュ力高くて戦闘型の天職なのにリーダーを押し付けている京矢を引っ張りながら町の役場に向かうハジメだった。

 

京矢達が、ようやく町の役場に到着した頃には既に場は騒然としていた。

ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。

皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 

普通なら、明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、何せ〝神の使徒〟にして〝豊穣の女神〟たる愛子の言葉である。

そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実であることからも、無視などできようはずもなかった。

 

ちなみに、車中での話し合いで、愛子達は、報告内容からティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せることで一致していた。

ティオに関しては、竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛子が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。

 

愛子の方は兎も角、竜人族は聖教教会にとっても半ばタブー扱いであることから、混乱に拍車をかけるだけということと、ばれれば討伐隊が組まれてもおかしくないので面倒なことこの上ないと秘匿が了承された。

……下手したら京矢が見せた光の柱やらハジメの重火器やらに討伐隊が蹂躙される姿が浮かんだわけではない。…………無いったらない。

 

そんな喧騒の中に、ウィルを迎えに来た一行がやって来る。周囲の混乱などどこ吹く風だ。

 

「おーい、報告終わったらそろそろ行くぞー」

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

そのハジメの言葉に、ウィル他、愛子達も驚いたように京矢達を見た。

他の、重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れたハジメと京矢に不愉快そうな眼差しを向け、後から入ってきたエンタープライズとベルファストに一瞬目を奪われた。

 

「な、何を言っているのですか? ハジメ殿、京矢殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 

信じられないと言った表情で二人に言い募るウィルに二人は、やはり面倒そうな表情で軽く返す。

 

「いや、最初から避難の一択しか選択肢なんて無いだろ? オレには今すぐにでも町の奴等を逃さないで無駄話してる時点で信じられねえよ」

 

「ああ。見捨てるもなにも、どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れているんだから……どうせ避難するなら、目的地がフューレンでも別にいいだろうが。ちょっと、人より早く避難するだけの話だ」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。ハジメ殿も、京矢殿……」

 

「バカか? お前に出来ることは此処にはねえだろうが」

 

〝お二人も協力して下さい〟そう続けようとしたウィルの言葉は、京矢の冷めきった眼差しと凍てついた言葉に遮られた。

 

「……はっきり言わないと分からないのか? 俺の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町の事なんて知ったことじゃない。いいか? お前の意見なんぞ聞いてないんだ。どうしても付いて来ないというなら……手足を砕いて引き摺ってでも連れて行く」

 

そして、更にハジメの冷たい言葉に切り捨てられる。

 

「なっ、そ、そんな……」

 

「安心しな」

 

「京矢殿……」

 

「南雲が手足を折る前にオレがお前を気絶させる。もう一度言ってやる。半人前にすらなってないお前に出来ることも、護衛を理由にオレ達を此処の防衛戦略にする事も不可能だ」

 

二人の醸し出す雰囲気から、その言葉が本気であると察したウィルが顔を青ざめさせて後退りする。

その表情は信じられないといった様がありありと浮かんでいた。ウィルにとって、ゲイル達ベテラン冒険者を苦もなく全滅させた黒竜すら圧倒したハジメと京矢は、ちょっとしたヒーローのように見えていた。なので、容赦のない性格であっても、町の人々の危急とあれば、何だかんだで手助けをしてくれるものと無条件に信じていたのだ。

なので、二人から投げつけられた冷たい言葉に、ウィルは裏切られたような気持ちになったのである。

 

「それに、お前は大事な事を二つも見失ってる」

 

更に京矢は更にウィルの心を折る言葉を続ける。

 

「一つは、半端な希望は余計に命を奪う事だ。全員で力を合わせて守りましょうなんて言っても町の男連中は全滅。後には壊れた町と辛うじて生き残った老人と女子供」

 

暗に全滅させる事は可能と言っている京矢だが、ウィルにはそんな事に気づく余裕すらない。

 

「もう一つは、お前自身にできる事、お前にしかできない事を放棄している。考えてさえいない事だ」

 

「出来る……事? それは!」

 

「急いでオレ達と一緒に町に戻ってギルドマスターに頼み、逃げてきた町の連中の保護と護衛に冒険者を頼む。早く合流出来れば、早いほど逃げる最中の連中が魔物や盗賊の犠牲になるのを防げるぞ」

 

「うっ……」

 

そんな事は考えもしなかったと言う表情を浮かべるウィル。

 

「それに、貴族の両親に頼んでしばらくの間の難民になった連中の食事と、野宿の際や安全が確認された町への帰還のための護衛。それもお前からしか親への説得なんて出来ないだろうが」

 

吐き捨てる様にウィルにしかできない事を、彼が考えていなかった事を突きつける京矢。

 

「目の前の英雄的な行動に目を奪われてたか? 憧れていた冒険者とやらの想像みたいな状況に酔ってたのか? お前にしか、貴族の子供にしかできない事を考えもしないで、お前は憧れに酔ってただけなんだよ」

 

どっちにしてもウルの町は観光地として死ぬ。ならば、最悪の選択肢で少しでもマシな方を選ぶしか無いのだ。

 

己にしか出来ない事を見ていなかったと言う事に言葉を失い、崩れ落ちるウィルにハジメが決断を迫るように歩み寄ろうとする。京矢は興味を失ったのかウィルに背中を向けて彼から離れていく。

一種異様な雰囲気に、周囲の者達がウィルとハジメを交互に見ながら動けないでいると、ふとハジメの前に立ちふさがるように進み出た者がいた。

 

愛子だ。彼女は、決然とした表情でハジメと京矢を真っ直ぐな眼差しで見上げる。

 

「南雲君、鳳凰寺君。君達なら……君達なら魔物の大群をどうにかできますか? いえ……できますよね?」

 

愛子は、どこか確信しているような声音で、ハジメと京矢なら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。

その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。

 

愛子達が報告した襲い来る脅威をそのまま信じるなら、敵は数万規模の魔物なのだ。それも、複数の山脈地帯を跨いで集められた。それは、もう戦争規模である。そして、一個人が戦争に及ぼせる影響など無いに等しい。それが常識だ。

それを覆す非常識は、異世界から召喚された者達の中でも更に特別な者、そう勇者だけだ。

それでも、本当の意味で一人では軍には勝てない。人間族を率いて仲間と共にあらねば、単純な物量にいずれ呑み込まれるだろう。

なので、勇者ですらない目の前の少年が、この危急をどうにかできるという愛子の言葉は、たとえ〝豊穣の女神〟の言葉であってもにわかには信じられなかった。

 

京矢は、愛子の強い眼差しを飄々とした態度に手で払う素振りを見せると、誤魔化すように否定する。

 

「何言ってんだよ、先生。一騎当千なんて言葉はあるけど、流石に万単位相手だぜいくら何でも無理だろ?」

 

「ああ、先生。鳳凰寺の言う通り、無理に決まっているだろ? とてもとても……」

 

「でも、山にいた時、ウィルさんの二人なら何とかできるのではという質問に〝できない〟とは答えませんでした。それに〝こんな起伏が激しい上に障害物だらけのところで殲滅戦なんてやりにくくてしょうがない〟〝こんな所で殲滅戦なんて被害を考えたら、面倒な事この上ねえな〟とも言ってましたよね? それは平原なら殲滅戦が可能という事ですよね? 違いますか?」

 

「……よく覚えてんな」

 

「流石先生、生徒の言葉をよく聞いててくれるな」

 

愛子の記憶力の良さに、下手なこと言っちまったと顔を歪めるハジメと、それに対して観念して自分の発言を素直に認める京矢。

愛子は、今更誤魔化しても仕方ない、とばかりにだから如何したと問いかける様な顔の京矢と、顔を逸らしたハジメに更に真剣な表情のまま頼みを伝える。

 

「南雲君、鳳凰寺君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

 

「如何する、南雲? お前がやらないなら、オレが始末してくるぜ。地形の一つ二つと、黒ローブの男の跡形も纏めて、になるけどな」

 

その京矢の言葉に出来るのか?と言う疑問もクラスメイト達には湧かない。

勇者は愚か教育係のメルドとさえ最初から互角に渡り合っていた京矢だ。最弱だったハジメがあれだけ強くなったのだから、最強だった京矢がどれだけ強くなっていても疑問には思わない。

 

「良いのか?」

 

「最悪は教会の崇めてるえひとさま~とやらと違う神様が生まれるだけだろ?」

 

要するに謎の巨人、否巨大な戦神(イクサガミ)が街を襲う悪しき魔物を絶対的な力で打ち滅ぼしたと言う神話の様な光景を演出するつもりの様だ。

 

わかり易いまでの絶対的な力と圧倒的な巨大な肉体が空を舞うと言う奇跡的な光景。其処に新たな神を見たと考えても不思議では無いだろう。

 

そんな訳で一人なら加減さえしなければ簡単に殲滅はできる。キシリュウジンジェットで真上から必殺技を撃ち込めば大半は吹き飛ばせ、あとは空中の魔物を叩き潰し、足元の魔物を踏み潰すだけの簡単なお仕事だ。

当然、取りこぼしは出るだろうが、その程度はこの町の連中に任せれば良い。万から百から十に単位を減らしたのだから、その程度はしてくれと言った所だ。

 

だからこそ、京矢ならば簡単にそれは出来る。最大の問題点はキシリュウジンと言う人智を超えた巨大ロボの存在を知られる危険だが。

 

なので、それは飽くまで最後の手段。最低限のリスクで全滅させるにはハジメの協力は必須だ。だからこそ、京矢は判断をハジメに委ねた。

 

「それでも、取りこぼしは出るだろうし、被害の規模が如何なるかも保証しないし、原因の究明までは出来ないのは、最初に断っておくぜ」

 

暗に、黒いローブの男は間違い無く死ぬと言う言葉に言葉に詰まる愛子。

 

「それから、それでも観光地としては死ぬかもしれないけどな」

 

ウルの町の関係者に一瞥してそう告げる京矢の言葉に黙り込む町長を始めとした一同。

 

「良いのか?」

 

「敵対するなら容赦しねえし、優先順位も低いが、やろうと思えば多少のリスクで救えるんだ。紛いなりにも、偉大な人から託された物がある以上、やらないって選択肢は、オレには無えな」

 

既に見捨てる範囲を定めてはいるが、この世界の人間の行動は促す程度の事はするし、多少の手助けはする。

生きる為にお前達で考えて行動しろ、その手助けはすると言った所だ。

 

ガチャから力を貰ったとは言え、仮面ライダーであり、不屈の騎士(七人目のリュウソウジャー)なのだから。

 

だから、既に避難先を決める話し合い程度には移行していると思っていたところで、まだ信じられないとばかりに、現実を受け入れずに町の中心人物達が、愛子達を問い詰めていたのを見て呆れていた程だ。

 

「……あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 

京矢にとっては死地でも何でも無い事は知っているが、それを知らない愛子の立場では死地に赴けと言っている様な者だ。

 

ハジメの揶揄するような言葉に、しかし、愛子は動じない。その表情は、ついさっきまでの悩みに沈んだ表情ではなく、決然とした〝先生〟の表情だった。

近くで彼等の会話を聞いていたウルの町の教会司祭が、ハジメの言葉に含まれる教会を侮蔑するような言葉に眉をひそめているのを尻目に、愛子はハジメに一歩も引かない姿勢で向き直る。

 

「……元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」

 

愛子が一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になるには、きっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったのだと思います。君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 

ハジメは黙ったまま、先を促すように愛子を見つめ返す。

 

「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね? では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

 

「……」

 

「南雲君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

一つ一つに思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、ハジメに伝わるのかは分からないが、恐らくは伝わっているのだろうと静かに聞いていた京矢は思う。

町の重鎮達や生徒達も、愛子の言葉を静かに聞いている。特に生徒達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いている。

それと同時に、愛子は今でも本気で自分達の帰還と、その後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。

 

もし、今のまま帰っていたら、京矢は最悪ハジメとの敵対は避けられないと思っていた。

 

ハジメは、例え世界を超えても、どんな状況であっても、生徒が変わり果てていても、全くブレずに〝先生〟であり続ける愛子に、内心苦笑いをせずにはいられなかった。

それは、嘲りから来るものではない、感心から来るものだ。愛子が、その希少価値から特別待遇を受けており、ハジメの様な苦難を経験していない以上、「何も知らないくせに!」とか「知った風な口を!」と反論するのは簡単だ。

あるいは、愛子自身が言ったように、〝軽い〟言葉だと切り捨ててしまってもいいだろう。

 

「まっ、アホ勇者の様に正しさの押し付けじゃ無いんだ、オレは先生に手を貸すぜ」

 

「指揮官、私も従おう」

 

「私もお供します、京矢様」

 

京矢は協力を決め、それにエンタープライズとベルファストも賛同する。

 

これで光輝の様に正しさの押し付けで協力しろと言われたのならば、さっさとウィルを気絶させて避難勧告だけして出て行くのも選択肢もあった。

勿論、途中で一度ハジメ達と別れて、キシリュウジンで群を吹き飛ばすくらいはしておいたが。

だが、愛子は一度も〝正しさ〟を押し付けなかった。その言葉の全ては、ただハジメの未来と幸せを願うものだ。

 

ハジメはユエとシアへと視線を向けた後、協力を決めた京矢達へと視線を向ける。

京矢にとってもトータスは牢獄であっても、既にセフィーロで一度異世界を経験している京矢にとっては、この世界の人や物事に心を砕くのはハジメとは違い簡単な事だ。奈落の底で、故郷へ帰るために他の全てを切り捨てて、邪魔するものには容赦しないと心に刻んだ価値観はそう簡単には変わらない。だが、〝他者を思い遣る〟ことは難しくとも、行動自体はとれる。その結果が、大切な者……ユエやシアに幸せをもたらすというのなら、一肌脱ぐのも吝かではない。

 

その意図を理解したのかハジメへと拳を向けた京矢と拳をぶつけ合う。

 

「……先生は、この先何があっても、俺達の先生か?」

 

それは、言外に自分達の味方であり続けるのかと問うハジメ。

 

「当然です」

 

それに、一瞬の躊躇いもなく答える愛子。

 

「悪いが、オレ達がどんな決断をするかなんて保証しないし、それが先生の望まない結果になるかもしれないぜ」

 

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。鳳凰寺君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

京矢の問いに答える愛子に対して、その言葉に偽りがないかと言う探るような視線を向ける。

ハジメが態々言質をとったのは、ハジメも愛子と敵対したくなかったからだろう。

 

「南雲、先に行ってるぜ。あと、町長さん、逃げたい奴らは早めに護衛をつけて逃しといた方が良いぞ。空飛んでる奴らが2、3匹は突破されるかもしれないからな」

 

そんな奴はエンタープライズに撃ち落としてもらうつもりだが、念のために警告しておく。

それに何より当日に余計な混乱を起こさない為という理由もある。

 

愛子の目に偽りがないと確信した京矢は、ヒラヒラと手を振りながらエンタープライズとベルファストを伴って出入り口に向かった。



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075

さて、あのままウルの町を離れる場合は一度ハジメ達と分かれて、問答無用で群れをキシリュウジンで殲滅をしておこうかと思ったが、無事ハジメも協力を決めた事で防衛戦の構えとなった。

 

宿屋の一室を借りて魔剣目録の中身に目を通しながら、今回の防衛戦の為の手札を選んでいた。

 

どうやら、ハジメは派手に暴れる際に愛子先生にも一役買ってもらう予定らしい。京矢としてはそれは、愛子には悪いがエヒトへの嫌がらせになりそうなので丁度良い。

 

ならばと、エヒトへの(序でに光輝への)最大限の嫌がらせになりそうな剣を選ぶ。

 

「後ろに立つのは無辜の民、目の前に迫るのは万を超える魔物の群れ。分かり易い的に守るべき対象。騎士としては最高の、誇りある戦場ってとこか?」

 

その剣を手にしながら、剣とその本来の使い手に告げる。

 

「なら、その時は存分に力を発揮してくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルの町。北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、現在、つい昨夜までは存在しなかった〝外壁〟に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 

「おお、絶景だな」

 

京矢の目の前にある〝外壁〟はハジメが即行で作ったものだ。

魔力駆動二輪で、整地ではなく〝外壁〟を錬成しながら町の外周を走行して作成したのである。

もっとも、壁の高さは、ハジメの錬成範囲が半径四メートル位で限界なので、それほど高くはない。大型の魔物なら、よじ登ることは容易だろう。

一応、万一に備えてないよりはマシだろう程度の気持ちで作成したので問題はない。そもそも、壁に取り付かせるつもりなどハジメにも京矢にもないのだから。

 

流石に接近戦型の京矢一人では万の敵を相手に城壁も無い町の防衛など、面倒この上ないし、小型の雑魚は取りこぼしてしまう危険もある。

二択で大型の強い魔物を始末する事を選べばやはり小型の魔物は優先順位は下がる。

 

戦闘力で負ける気は無いが、やはり広範囲での殲滅力では京矢はハジメには負けている。

根本的に一対一で強敵を倒すのに特化したのが京矢だ。広げる事はできるが、どうしても殲滅範囲を広げると、一気に被害まで増えてしまう。

 

町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。

 

当然、住人はパニックになった。

町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。

明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。

 

だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達(何故か冒険者の格好の男が隊長なのかは疑問に思われたが)を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。

恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。畑山愛子、ある意味、勇者より勇者をしている。

 

冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。

すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。

 

居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。

愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。

深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

 

避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて旅行者の護衛に雇われていた冒険者達の何人かが護衛を買って出てくれたので彼等を護衛に町を出た。

 

その中に見た顔、京矢がブルックの町で出会ったモヒカンの男をリーダーとしたヒャッハーが口癖の三人組だった。

護衛依頼を受けてこの町に着いた際に、運悪く護衛の最中に壊れた武器の新調をしようとしていたが、その矢先にこの騒動であり、時期が悪く新調する事が出来なかったそうだ。

今回の魔物の襲撃を聞き、武器もない自分達では足手まといと、はぎ取り用のナイフを片手に最悪は自分の身を盾にしてでも護ってやると意気込み、護衛を買って出てくれたそうだ。

 

そんな話を偶然出会った京矢としていた。避難民の安全な事を考えると、しっかりとした装備をした信用できる者は必要と判断し、適当に四次元ポケットに入れていた剣を渡した京矢だった。

念の為にと用意しておいた普通の剣と間違えて、フレイムソードとアイスブランド、序でに四次元ポケットの中でお蔵入りなっていた覇者の剣を、確認せずに『使え』と言って渡してしまったのだった。

 

そんな訳で、勇者の聖剣にも匹敵するアーティファクトの剣が世に放たれてしまった訳だが、それに京矢が気付いたのは防衛戦の後だったのだ。

……ガチャ産とは言え京矢にとっては魔剣目録に入れる必要無い品なので。

 

さて、現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、〝豊穣の女神〟一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ! という気概に満ちていた。

 

ハジメは、すっかり人が少なくなり、それでもいつも以上の活気があるような気がする町を背後に即席の城壁に腰掛けて、どこを見るわけでもなくその眼差しを遠くに向けていた。傍らには、当然の如くユエとシアがいる。何かを考えているハジメの傍に、二人はただ静かに寄り添っていた。

 

京矢は壁に背を預けて瞑想するように目を閉じている。傍に控えているのはエンタープライズとベルファストの二人だ。

 

そこへ愛子と生徒達、ティオ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。

愛子達の接近に気がついているだろうに、振り返らない京矢とハジメにデビッド達が眉を釣り上げるが、それより早く愛子が声をかける。

 

「南雲君、鳳凰寺君、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」

 

「いや、問題ねぇよ、先生」

 

「前準備は南雲に任せたからな。オレの準備は万全だ」

 

やはり振り返らずに簡潔に答える二人。その態度に我慢しきれなかったようでデビッドが食ってかかる。

 

「おい、貴様等。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら、貴様等の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」

 

「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」

 

「うっ……承知した……」

 

だが、愛子に〝黙れ〟と言われるとシュンとした様子で口を閉じる。

その姿は、まるで忠犬だ。亜人族でもないのに、犬耳と犬尻尾が幻視できる。今は、飼い主に怒られてシュンと垂れ下がっているようだ。

 

「南雲君、鳳凰寺君。黒ローブの男のことですが……」

 

どうやら、それが本題のようだ。愛子の言葉には苦悩がにじみ出ている。

 

「ああ、そいつの事か?」

 

「正体を確かめたいんだろ? 見つけても、殺さないでくれってか?」

 

「なるほどな。そいつを巻き込んで吹き飛ばさないように気を付けるか」

 

「そうだな」

 

「……は、はい。どうしても確かめなければなりません。その……南雲君と鳳凰寺君には、無茶なことばかりを……」

 

「取り敢えず、連れて来てやる」

 

「え?」

 

「ああ、その黒ローブの奴は先生の生きて所にな。五、六発位は殴るだろうが、あとは、先生の思う通りにしてくれ」

 

「鳳凰寺君……ありがとうございます」

 

少なくとも黒ローブを大人しくさせる為に、顔面に一、二発、腹に一発は確定だ。

 

「鳳凰寺、それならオレにもやらせろよ」

 

「殴り殺さねえ様に気を付けろよ、南雲」

 

愛子は、軽口を言い合う二人の予想外に協力的な態度に少し驚いたようだが、未だ振り向かない二人の様子から、二人にも思うところが多々あるのだろうと、その厚意を有り難く受け取ることにした。

つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をつきながら、愛子は苦笑いしつつ礼を言うのだった。

 

愛子の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。

 

「じゃあ、南雲、邪魔にならねえ様に席を外すぜ」

 

「南雲様、御ゆっくりどうぞ」

 

「敵の到達予想時刻前には戻る」

 

「おっ、おい、お前ら!?」

 

京矢、ベルファスト、エンタープライズと三人揃ってティオから離れて行く。

 

黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女を見て暫く名前が出なかった事から、本気でティオの事を忘れていたのだろう。

そんなハジメの態度に存在そのものを忘却されていたティオは、怒るどころかむしろ、「はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな」とか言って頬を染めて若干息を荒げている。彼女の言う〝こういうの〟とは何なのか、聞かない方が身のためだろう。

 

むしろ、インパクトの強さによって忘れたくても忘れられない相手になっていた京矢達には少し羨ましい。

 

ティオはこの戦いが終わった後の同行を願い出た。まあ、当然な事にハジメは即答で断った。

その同行の対価に奴隷宣言まで言い始めたティオに、ハジメは汚物を見るような眼差しを向け、更にばっさりと切り捨てた。それにまたゾクゾクしたように体を震わせるティオ。頬が薔薇色に染まっている。

どこからどう見ても変態だった。周囲の者達も、ドン引きしている。特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっている。

 

「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに……責任とって欲しいのじゃ!」

 

ティオのその発言に全員の視線が「えっ!?」というようにハジメを見る。ティオの正体を知らない騎士達だけでなく、生徒も愛子も京矢達もだ。

流石に、とんでもない濡れ衣を着せられそうなのに放置する訳にもいかず、きっちり向き直ると青筋を浮かべながらティオを睨むハジメ。どういうことかと視線で問う。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で……ハァハァ……ごくりっ……」

 

ハジメからの視線に更に恍惚とした表情を浮かべるティオ。その様子に外見はちょっと好みのタイプに入っていた京矢もドン引きである。

 

「その、ほら、妾強いじゃろ?」

 

ハジメの視線に体を震わせながら、何故ハジメの奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始めるティオ。

 

「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」

 

近くにティオが竜人族と知らない護衛騎士達がいるので、その辺りを省略してポツポツと語るティオ。

 

「それがじゃ、ご主人様達と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいところばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

 

「いや、鳳凰寺の方はいいのか?」

 

「あの正面から叩き潰される様な感覚。あれはあれで新感覚なのじゃが、怖さの方が強いのじゃ」

 

そこだけ妙に真顔で言うティオ。龍殺しの魔剣の力は流石に本能的恐怖が上らしい。良かったと言うべきだろうか?

 

それはそうと彼女を竜人族とは知らない騎士達はハジメを犯罪者を見る様な目で見ている。客観的に聞けば、完全に婦女暴行である。

「こんな可憐なご婦人に暴行を働いたのか!」とざわつく騎士達。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないからだろう。むしろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。

 

「……つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

 

「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」

 

「……きめぇ」

 

「ホント、やっちまったな、南雲」

 

「……言うなよ」

 

ユエが、嫌なものを見たと表情を歪ませながら、既に尊敬の欠片もない声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げる。思わず、本音を漏らすハジメと、どうするんだと言う視線を向ける京矢。完全にドン引きしていた。

 

「それにのう……」

 

ティオが、突然、今までの変態じみた様子とは異なり、両手をムッチリした自分のお尻に当てて恥じらうようにモジモジし始める。

 

「……妾の初めても奪われてしもうたし」

 

その言葉に、全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられた。ハジメは頬を引き攣らせながら「そんな事していない」と首を振る。

 

そんなティオの言葉の意味を理解した京矢は、あれの事を言ってるんだなと理解した。……してしまったのだ。

 

組み伏せられて、やら、いきなりお尻でなんて、やら言って、お尻を抑えながら潤んだ瞳をハジメに向けるティオ。どう見ても婦女暴行の犯人である。

 

「南雲、オレは分かってるから、気にすんな」

 

「ありがとうよ、親友」

 

事情を知らない騎士達が、「こいつやっぱり唯の犯罪者だ!」という目を向けつつも、「いきなり尻を襲った」という話に戦慄の表情を浮かべ、愛子達は事の真相を知っているにもかかわらず、責めるような目でハジメを睨んでいた。

両隣のユエとシアですら、エンタープライズとベルファストも「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。

迫り来る大群を前に、四面楚歌の状況のハジメの肩をポンと叩いて同情してるのは京矢だけだ。四面楚歌に追い込まれた中の唯一の味方に心底感謝していた。

 

ぶっちゃけ、あの状況では体内からの攻撃が有効なのは理解できるし、口からで無ければ一択だろう。

 

「お、お前、色々やる事あるだろ? その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか」

 

ユエ達にまで視線を逸らされてしまい、唯一の味方が京矢だけの状況に、苦し紛れに〝竜人族の調査〟とやらはどうしたと返すハジメ。

 

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。まさに、一石二鳥じゃ……ほら、旅中では色々あるじゃろ? イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ? ちょっと強めでもいいんじゃよ? 何ならあの剣も使っても良いんじゃよ? あれはあれで新感覚じゃし。ご主人様にとっていい事づくしじゃろ?」

 

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ」

 

「ってか、バルムンクを変な欲求満たす道具にしてんじゃねえ!!!」

 

ティオが縋り、ハジメがばっさり切り捨て、京矢がツッコミを入れる。そんな事にバルムンクを使われてはジークフリードもジーク君も泣くだろう。

それに護衛隊の騎士達が憤り、女子生徒達が蛆虫を見る目をハジメに向け、男子生徒は複雑ながら異世界の女性と縁のあるハジメに嫉妬し、愛子が不純異性交遊について滔滔と説教を始め、何故かウィルが尊敬の眼差しをハジメに向ける。

そんなカオスな状況が、大群が迫っているにもかかわらず繰り広げられ、ハジメがウンザリし始めたとき、遂にそれは来た。

 

「おい、雑談は此処までだ。……来たぞ」

 

京矢が北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。空気が変わったのが嫌でも分かる。斬鉄剣ではなく新たに魔剣目録の中から用意していたその剣を握り締める。

ハジメは京矢の言葉に、眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼石〟には無人偵察機からの映像がはっきりと見えていた。

 

それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。

ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。

その数は、山で確認した時よりも更に増えているようだ。五万あるいは六万に届こうかという大群である。

更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。

おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九……清水幸利だ。

 

「いっそ、あいつを真っ先に狙えたら楽なんだけどな」

 

「今更そんなこと言うなよ」

 

京矢の言葉に、それが出来れば楽なんだけどな。と言う意思が困った言葉を返すハジメ。二人ともそろそろ幸利が射程圏内に入れば先制攻撃で吹き飛ばせるだけに、そんな二人に愛子が「ダメですよー!」と言っている。

 

「……ハジメ」

 

「ハジメさん」

 

「京矢様」

 

「指揮官」

 

京矢とハジメの雰囲気の変化から来るべき時が来たと悟るユエとシアが、ハジメに呼びかけ、京矢と同様に来るべき時が来たと感じ取ったベルファストとエンタープライズが京矢に呼び掛ける。

二人は視線を彼女達に戻すと一つ頷き、そして後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に視線を向けた。

 

「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで三十分ってところだ。数は五万強。複数の魔物の混成だ」

 

「予想通り、此処に来る途中に魔物の群れを取り込んだんだろうな。本当に清水だったら……王国の連中、ホント、優秀な人材を無駄にしてんな」

 

魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。

不安そうに顔を見合わせる彼女達に、京矢とハジメは壁の上に飛び上がりながら肩越しに不敵な笑みを見せた。

 

「そんな顔するなよ、先生。たかだか数万増えたくらい何の問題もない。予定通り、万一に備えて戦える者は〝壁際〟で待機させてくれ。まぁ、出番はないと思うけどな」

 

「ああ、派手な英雄劇を見せてやるから、楽しみにしといてくれよな。壁際の連中は特等席だ」

 

何の気負いもなく、任せてくれという京矢とハジメに、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 

「わかりました……君達をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」

 

愛子はそう言うと、護衛騎士達が「あの二人に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。

生徒達も、一度二人を複雑そうな目で見ると愛子を追いかけて走っていく。残ったのは、京矢達以外には、ウィルとティオだけだ。

 

ウィルは、ティオに何かを語りかけると、ハジメに頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向けるハジメにティオが苦笑いしながら答える。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

「おう、期待してるぜ」

 

そんなティオにヒラヒラと手を振ってハジメよりもエンタープライズとベルファストを伴って先に持ち場につくべくその場を離れる。

 

「おっ、そうだ。南雲」

 

「何だよ?」

 

「劇場版のノリで、精々暴れようぜ」

 

「ああ」

 

京矢が不適に笑いながら取り出したバックルを見てハジメも笑みを浮かべて答える。

 

魔晶石を利用した魔力タンクの指輪を渡されて、ティオがプロポーズと勘違いしたり、思考パターンが変態と同じであることに嫌そうな顔で肩を落とすユエ。ハジメの否定を華麗にスルーして指輪をニヨニヨしながら眺めるティオ。

そんな緩い空気が流れていると遂に、肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。

 

戦場の空気を感じたのか、京矢、エンタープライズ、ベルファストの三人はハジメ達とは違い、静かに肉眼で捉えられた魔物の群れを一瞥していた。

エンタープライズとベルファストは元々の世界で体験したセイレーンとの戦いを思い出しているのかは定かでは無い。京矢もまた過去の戦いを思い出しているのか、眼前に迫る敵を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???

 

「やれやれ、上手く行かないものだな」

 

「そうだよね~」

 

オルクスの迷宮の表層の91階。其処には岩を削った横穴の様な空間に場違いな近代的、否、未来的な光景が広がっていた。

風魔とダークゴーストと名乗った二人組の周囲には机とその上に置かれたプリンター。プリントアウトされた物を忙しそうに製本していく。さらにその目の前には空中に浮かぶモニターが複数存在していた。

 

一つのモニターには次々と作られていくハジメと京矢の走破した真なる大迷宮のマップ。

一つのモニターには各階層のモンスターのデータ。

一つのモニターには最新の迷宮の戦闘映像が映し出されていた。

 

回収した檜山の脳を中枢のコンピューターとして使い完成した戦闘用のマギア達、通称檜山ギア達が己や味方の犠牲を厭わずに、休みなく真のオルクスの大迷宮を走破し、そのデータを得ては彼らの元に送り、得たデータは保存し、同時にプリントアウト。第一陣が全滅しては第二陣がそのデータを元に最短ルートで攻略する。それを繰り返していた。(痛みのデータも檜山の元に送られているので情報の多さに発狂しては激痛で正気に戻るを繰り返している)

瞬く間に、引き返せないはずの真の大迷宮の地図と生息するモンスターの図鑑が出来上がっていく。

 

また、彼らの仮拠点を護衛するのは、オリジナルの戦闘データ及び人格データより再現された、四人の複製仮面ライダー。

複製されたゼロワンの時代に存在していた滅、迅、雷、亡の四人の指揮の元にこの世界の武器の様に見える装備を与えられた檜山ギア達が守り、迷宮の攻略用に当時のハジメよりも強力な銃火器で武装した檜山ギア達が次々と送り込まれていく。

 

オルクスの大迷宮完全攻略ガイド。

それを元に攻略した檜山ギア達が、先陣を追い抜くか合流し、マッピングとデータ化が進み、攻略本の完成度が増していく。

 

「彼女が来るまでに終えておきたかったんだがな」

 

「でも、大丈夫だよ~。半分は完成してるし~」

 

風魔の残念そうな言葉にダークゴーストがそう返す。少なくとも、未踏の領域のデータが50%も有れば値千金だろう。

 

「そう言えば、上の階層が騒がしくなってきたな」

 

「ん~、何だか~、向こうから人質が来てくれたみたいだよ~」

 

「なるほど。召喚された奴等か」

 

ダークゴーストの言葉の意味を理解し、風魔は笑みを浮かべる。

この世界に召喚された者達が人族側の公的な記録を更新したのだろう。

 

少しずつ、だが確実に力を付けオルクスの大迷宮を走破している様は、異世界転移の強力な力を得た結果と褒めることはできるだろう。

 

既にこの迷宮の走破者が居なければ。

 

「新兵器の実験も兼ねて捕獲に行くか」

 

このまま順調に百層に到達されても困るのだ。彼らにとって大事なバールクスに対する人質になる者が、迷宮攻略のメンバーの中にはいるのだ。

本来、大半の神代魔法を必要とする。最低でも、食料を保存できる空間魔法を会得するか宝物庫のようなアーティファクトでも無ければ、後戻りの出来ない真の大迷宮など死にに行くようなものだ。

 

地球組の大半は始末しても構わないが、大事な人質だけは死なれても困る。今の内に捕らえてしまった方が良いだろう。

 

「彼女とエンカウントするのが先になりそうだな」

 

「そうだね~。私達が助けに行った方がいいよね~」

 

念の為に雷と亡に一部の檜山ギアを預け、92層にこの拠点を破棄した後の拠点の確保にあたらせる。

 

「そう言えば~、そろそろアナザーライダーがバールクスと会う頃だよね~」

 

「そうだな。それなりに働いてくれれば良いが」

 

攻略本の製作が忙しくて見に行けないと笑いながら、拠点の移動を滅と迅に任せ、用意していた四つの新兵器を檜山ギア達に運ばせ、一部を連れて此処に近づくであろう勇者(笑)達を迎え撃つ準備を整える。

 

人1人入るであろうカプセルを運ぶ檜山ギア達。そのカプセルの奥で爛々と輝く瞳の様な輝きが蠢くのだった。




なお、後日、謎の組織の暗躍を加筆する予定です。
加筆完了しました。


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076

それを見て、京矢からの「任せる」と言う言葉を聞いてハジメは前に出る。

錬成で、地面を盛り上げながら即席の演説台を作成する。人々の不安を和らげようと思ったわけではなく、単純にパニックになってフレンドリーファイアなんてされたら堪ったものではないからだ。

 

突然、壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて自分達を睥睨する白髪眼帯の少年に困惑したような視線が集まる。

 

ハジメは、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」

 

その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたようにハジメを見た。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である!」

 

笑みを浮かべつつ京矢も演説台の上に上がり、魔剣目録の中から取り出してておいた一振りの聖剣を掲げる。

 

「聞け! 創造は破壊と遂にある! 破壊は常に創造の前にある物! そして、豊穣の女神たる愛子様も破壊の権能を持っている! 常に破壊の力を振るう事を悲しまれていた愛子様より、守る為に遣わされた力を今ここに振るおう!」

 

「我等は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

ハジメはそう言うと、虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせ……引き金を引いた。

 

紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数キロ離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。

 

ハジメは、そのまま第二射三射と発砲を続け、空の魔物を駆逐していく。そして、わざと狙いを外して、慌てたように後方に下がろうとしている比較的巨大なプテラノドンモドキを、その上に乗っている黒ローブごと余波で吹き飛ばした。黒ローブは宙に吹き飛ばされて、ジタバタしながら落ちていった。

 

そこでハジメは京矢にバトンを渡す。

 

「その目に焼き付けよ! これこそが女神によりこの地に齎された、星の聖剣が一振りの輝きである!」

 

光り輝く聖剣を掲げ、静かに剣身一体を発動させ、聖剣ガラティーンの本来の持ち主であるガウェインの幻影と並ぶ。

 

「邪悪なる魔物を焼き尽くせし日輪の刃、その一太刀を心に刻め!」

 

自身の魔力の代わりに気を代用に使い、宝具を開放する。

 

「この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣! あらゆる不浄を清める焔(ほむら)の陽炎!」

 

京矢は真上にガラティーンを投げる。回転するそれはもう一つの太陽を幻視させる輝きを放つ。

回転しながら落ちて来た聖剣を受け止め、

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!!!」

 

横なぎに振り抜かれた剣閃は剣から伸びる炎と共に前方に向かって弧を描き、描かれた弧は円となって焔の刻印を地面に刻む。その刻印から灼熱の炎が噴き上がり、地上の魔物の群れを焼き尽くす。

 

それでも横なぎに放った故か、先陣の群れを焼き尽くしたに止まってしまった。

まあ、下手に広範囲殲滅をしてしまうと、黒ローブの男まで焼き尽くしかねないし、寧ろ先陣になっていた足の速い魔物を優先的に始末できたので問題ないだろう。

 

そして、天と地の魔物を駆逐したハジメと京矢は、

 

「「愛子様、万歳!」」

 

最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。

どうやら、ハジメのシュラーゲンと言う理解不能な武器の力の後に、分かりやすい聖剣の力を見せつけられて、すがる存在も現れた事で不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。……その中で真っ先に愛子を称えているのがデビッドなのは敢えて触れない。

遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐに京矢とハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

そんな愛子に対して、ニッコリと笑顔でサムズアップする京矢とハジメ。京矢所有のクウガのDVDのお陰で割とお気に入りな仕草になっている。

 

「さて、鳳凰寺、みんなの笑顔を守る為に頑張るとするか」

 

「そうだな、南雲」

 

そして、仕上げとばかりに互いにバックルを取り出して装着する2人。

 

2人が装着するのは、予めエースのラウズカードを装填しておいたプレイバックルとギャレンバックル。

 

バックルを身につけた京矢は高らかと腕を振り上げ、人々にそれを宣言する。

 

「そして、愛子様の導きにて現れた神の鎧の威容を見よ!」

 

その宣言と共に、

 

「「変身!」」

 

 

『turn up』

 

 

人々の注目を浴びながら出現するオリハルコンエレメントを2人が潜ると、2人の姿をブレイドとギャレンへと変える。

 

流石に仮面ライダーへの魔物の群れに飛び込んだ後の変身でも良かったのだが、魔物と間違われて後ろから攻撃されたく無いので、こうして目の前で変身をしてみせた。

 

一瞬、その光景に言葉を失う町の住人達。クラスメイト達も同様だ。そして、その中でも男子生徒達は思った。「特撮ヒーローだとぉ!?」と。

 

いや、恐らくは光輝位しかそれに憧れない男は居ないだろう。

そんな誰もが一度は憧れた特撮ヒーローが、目の前に本当に現れた光景に言葉を失う男子生徒達。

彼らは言葉を失いながらも、目を輝かせてその姿を見ている。テレビの中でしか見られない光景が目の前の現実に存在している。しかも、自分のクラスメイトがそれに変身しているのだ。驚かない訳が無い。

 

そして、小石が落ちる音が響くと、それを引き金に腹の底から響く様な絶叫にも似た歓声と共に再び「愛子様、万歳!」との叫び声が上がった。

光に包まれてあんな鎧が現れるのは神の御技に違いないと確信する。……実際には全然違うが。

 

変身などという光景を見せつけられ唖然としているクラスメイトと愛子を放置して、しれっとして再び魔物の大群に向き直った。2人が、ここまで愛子を前面に押し出したのは、もちろん理由がある。

 

一つは、この先、彼等の活躍(大暴れ)により教会や国が動いたとき、彼等が彼等に害をなそうとすれば、愛子は確実に教会や国とぶつかるだろうが、その時、〝豊穣の女神〟の発言権は強い方がいいというものだ。

 

町の危急を愛子様(・・・)の力で乗り切ったとなれば、市井の人々は勝手に噂を広め、〝豊穣の女神〟の名はますます人々の心を掴むはずだ。

その時は、単に国にとって有用な人材というだけでなく、人々自身が支持する女神として、国や教会も下手な手出しはしにくくなり、より強い発言権を得ることになるだろう。

それに失敗したら問答無用に物理手段での王国をひっくり返すだろうが。

 

二つ目は単純に、大きな力を見せても人々に恐怖や敵意を持たれにくくするためだ。一個人が振るう力であっても、それが自分達の支持する女神様のもたらしたものと思えば、不思議と恐怖は安心に、敵意は好意に変わるものである。教会などから追われるようになっても、協力的な人がいる……といいなというものだ。

 

三つ目としては単純に、自分を矢面に立たせたのだから〝南雲ハジメと鳳凰寺京矢の先生〟なら諸共に矢面に立って見せろという意思表示である。

 

京矢に限定すれば4つ目として、この世界におけるエヒトへの信仰を薄れさせる為の行動。神を倒す上で重要なのは神の座から引き下ろす事。場合によってはエヒトを殺す必要が有るのならば、神の高みから引き摺り下ろすのは重要だ。その為の第一歩は信仰する人間を減らす事。

エヒト信仰から豊穣の女神信仰に変われば有り難い。更に場合によってはキシリュウジンジェットも使って戦神信仰を作っても良いが。

 

そして、もっとも一番の理由は、単に町の住民にパニックになって下手なことをされたくなかっただけなので、咄嗟に思いついた程度の手である。

後で、愛子に色々言われそうだが、愛子自身にもメリットはあるし、彼女自身の選択の結果でもあるので大目に見てもらうか……事が終わればドサクサに紛れてトンズラすればいい。

 

更に然程価値のないとは言えガチャ産アイテムを撒いた京矢のミスのフォローに繋がると言うのも後に加わってくるが、当の本人も知らない今は関係ない。

 

どうも、似た様な物が有るだけに、迷宮で見つけたとでも言って誤魔化せそうな本人にとって重要視しない物は、トータスでは管理が杜撰になる事がある京矢にハジメが頭を悩ませる事になるのだが、それはそれ。

後日、改めてミスをどうするべきかと悩みつつ、内心、引き当てた時に樹海のハウリア族にでも護身用に渡しとけば良かったと思う2人がいたりする。

 

京矢とハジメは、背後から町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線と、「何だよ、あいつ結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、ブレイラウザーとギャレンラウザーを構えて、前に進み出る。

 

ハジメの右にはいつも通りユエが、左にはハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には、魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオが並び立ち、京矢の右にはエンタープライズが、左にはベルファストが並び立つ。

地平線には、プテラノドンモドキが落とされたことや、先陣の群れを焼き払われた事などまるで関係ないと言う様に、一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。

 

京矢とハジメは、視線を大群に戻すと笑みを浮かべながら、何の気負いもなく呟いた。

 

「よっしゃぁ! 行くぜぇ!」

 

京矢の号令と共に戦端は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何だよ、これは……何なんだよ、これは!!)

 

ウルの町を襲う数万規模の魔物の大群の遥か後方で、即席の塹壕を堀り、出来る限りの結界を張って必死に身を縮めている少年、清水幸利は、目の前の惨状に体を震わせながら言葉を失った様に口をパクパクさせていた。

ありえない光景、信じたくない現実に、内心で言葉にもなっていない悪態を繰り返す。

 

そう、魔物の大群をけし掛けたのは紛れもなく、行方不明になっていた愛子の生徒、清水幸利だった。とある男との偶然の末に交わした契約により、ウルの町を愛子達ごと壊滅させようと企んだのだ。

しかし、容易に捻り潰せると思っていた町や人は、全く予想しなかった凄絶な迎撃により未だ無傷であり、それどころか現在進行形で幸利にとっての地獄絵図、町の人間にとっては神話の後継の一ページ、地球出身者にとってはヒーローショーが生み出されていた。

 

真っ先に魔物の群れに飛び込んだブレイドとギャレンに変身した京矢とハジメは当たるを幸いに魔物の群れを蹂躙していく。

視認すら許さない音速の動きで駆け抜けるブレイドはすれ違いざまに次々と魔物を切り裂いていき、ギャレンは拳を振るい2~3体の魔物を殴り飛ばし、指揮官の様に指示を出している動きの鈍い魔物の頭を撃ち抜いていく。

 

更に光に包まれた様に金色の翼を広げた姿、ジャックフォームに変身すると、

 

『スラッシュ』『サンダー』

『ライトニングスラッシュ』

 

ブレイドが雷光を纏った刃で滑空しながら次々へと魔物達を切り裂き、

 

 

『バレット』『ファイヤー』『ラピッド』

『バーニングショット』

 

 

ギャレンがプテラノドンモドキが全滅した事で完全に奪われた制空権を利用して上空から火炎の弾丸を連射する。

火炎の弾丸は敵の手が届かない上空から一方的に大地を鳴動させ雄叫びを上げながら突進する魔物達の種族、強さに関係なく、僅かな抵抗も許さずに一瞬で唯の肉塊に変えた。

 

金色の翼を携えた2人のヒーローはそこに難攻不落の城壁でもある様に魔物達を一切寄せ付けず、瞬く間に屍山血河を築き上げた。

 

(……何だよ、アイツら……なんで俺と同じ力を持ってるんだよ!?)

 

幸利は心の中でそう絶叫する。自分と同じヒーローの力を持っている奴が二人も自分の敵になって立ち塞がっていると言う事実が受け入れないのだろう。

 

ならば、自分が二人と戦ってその隙に魔物に町を蹂躙させると言う考えさえも浮かばない。

目の前の敵の力に圧倒され、アナザーシンへと変身することさえ思いつかないのだった。



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077

冒頭に075の加筆部分を改めて書いております。既読の方は飛ばしてお読みください。


???

 

「やれやれ、上手く行かないものだな」

 

「そうだよね~」

 

オルクスの迷宮の表層の91階。其処には岩を削った横穴の様な空間に場違いな近代的、否、未来的な光景が広がっていた。

風魔とダークゴーストと名乗った二人組の周囲には机とその上に置かれたプリンター。プリントアウトされた物を忙しそうに製本していく。さらにその目の前には空中に浮かぶモニターが複数存在していた。

 

一つのモニターには次々と作られていくハジメと京矢の走破した真なる大迷宮のマップ。

一つのモニターには各階層のモンスターのデータ。

一つのモニターには最新の迷宮の戦闘映像が映し出されていた。

 

回収した檜山の脳を中枢のコンピューターとして使い完成した戦闘用のマギア達、通称檜山ギア達が己や味方の犠牲を厭わずに、休みなく真のオルクスの大迷宮を走破し、そのデータを得ては彼らの元に送り、得たデータは保存し、同時にプリントアウト。第一陣が全滅しては第二陣がそのデータを元に最短ルートで攻略する。それを繰り返していた。(痛みのデータも檜山の元に送られているので情報の多さに発狂しては激痛で正気に戻るを繰り返している)

瞬く間に、引き返せないはずの真の大迷宮の地図と生息するモンスターの図鑑が出来上がっていく。

 

また、彼らの仮拠点を護衛するのは、オリジナルの戦闘データ及び人格データより再現された、四人の複製仮面ライダー。

複製されたゼロワンの時代に存在していた滅、迅、雷、亡の四人の指揮の元にこの世界の武器の様に見える装備を与えられた檜山ギア達が守り、迷宮の攻略用に当時のハジメよりも強力な銃火器で武装した檜山ギア達が次々と送り込まれていく。

 

オルクスの大迷宮完全攻略ガイド。

それを元に攻略した檜山ギア達が、先陣を追い抜くか合流し、マッピングとデータ化が進み、攻略本の完成度が増していく。

 

「彼女が来るまでに終えておきたかったんだがな」

 

「でも、大丈夫だよ~。半分は完成してるし~」

 

風魔の残念そうな言葉にダークゴーストがそう返す。少なくとも、未踏の領域のデータが50%も有れば値千金だろう。

 

「そう言えば、上の階層が騒がしくなってきたな」

 

「ん~、何だか~、向こうから人質が来てくれたみたいだよ~」

 

「なるほど。召喚された奴等か」

 

ダークゴーストの言葉の意味を理解し、風魔は笑みを浮かべる。

この世界に召喚された者達が人族側の公的な記録を更新したのだろう。

 

少しずつ、だが確実に力を付けオルクスの大迷宮を走破している様は、異世界転移の強力な力を得た結果と褒めることはできるだろう。

 

既にこの迷宮の走破者が居なければ。

 

「新兵器の実験も兼ねて捕獲に行くか」

 

このまま順調に百層に到達されても困るのだ。彼らにとって大事なバールクスに対する人質になる者が、迷宮攻略のメンバーの中にはいるのだ。

本来、大半の神代魔法を必要とする。最低でも、食料を保存できる空間魔法を会得するか宝物庫のようなアーティファクトでも無ければ、後戻りの出来ない真の大迷宮など死にに行くようなものだ。

 

地球組の大半は始末しても構わないが、大事な人質だけは死なれても困る。今の内に捕らえてしまった方が良いだろう。

 

「彼女とエンカウントするのが先になりそうだな」

 

「そうだね~。私達が助けに行った方がいいよね~」

 

念の為に雷と亡に一部の檜山ギアを預け、92層にこの拠点を破棄した後の拠点の確保にあたらせる。

 

「そう言えば~、そろそろアナザーライダーがバールクスと会う頃だよね~」

 

「そうだな。それなりに働いてくれれば良いが」

 

攻略本の製作が忙しくて見に行けないと笑いながら、拠点の移動を滅と迅に任せ、用意していた四つの新兵器を檜山ギア達に運ばせ、一部を連れて此処に近づくであろう勇者(笑)達を迎え撃つ準備を整える。

 

人1人入るであろうカプセルを運ぶ檜山ギア達。そのカプセルの奥で爛々と輝く瞳の様な輝きが蠢くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何なんだよあれは!?)

 

幸利は心の中で絶叫する。

魔人族から自分たちの勇者として勧誘された。黒龍の様な強力な魔物を使役できた。

そして、自分に強力な力を与えてくれた仲間とヒロインだって出てきた。

 

どう考えても、自分が主人公では無いか?

あの忍者の風の男が自分よりも強いのは新たな力を得た自分を鍛え導く役割だからだ。

フードの少女は二大女神にも負けない美少女だった。寧ろ二人とは違う癒される様な可愛らしさのある少女で、常に自分を支えてくれるヒロインの筈だ。

 

仲間とヒロインに加え、その二人から強力な力を与えてくれた。やっと自分が主人公になれたと思っていた。

だが、目の前の光景は何だ? 自分の作った魔物の軍団をたった数人で蹂躙されている光景が広がっていた。

 

雷光の斬撃と火炎の弾丸が魔物を蹂躙する左右ではギャレンに変身したハジメの左手側では、オルカンを担いだシアが「好きに飛んでいけ~」とばかりに引き金を引きまくり、パシューという気の抜ける音と共に連続してロケットランチャーをぶっ放す。

その間抜けな音とは裏腹に、火花の尾を引いて大群のど真ん中に突き刺さった弾頭は、大爆発を引き起こし周囲数十メートルの魔物達をまとめて吹き飛ばした。

 

京矢の右手側ではエンタープライズの放つ矢が青い炎の鷲に変わり撃ち抜いていく。弓兵であるのならばと近いた魔物さえ、時に矢を放つはずの弓で打ち払い、時に零距離射撃で矢を脳天に撃ち込まれて絶命する魔物も出てくる。

 

エンタープライズ、ユニオン最強の空母の力をトータスにおいても見せつけていた。

 

シアの左に陣取るのはティオだ。その突き出された両手の先からは周囲の空気すら焦がしながら黒い極光が放たれる。あの竜化状態で放たれたブレスだ。どうやら人間形態でも放てるらしい。

殲滅の黒き炎は射線上の一切を刹那の間に消滅させ大群の後方にまで貫通した。ティオは、そのまま腕を水平に薙ぎ払っていき、それに合わせて真横へ移動する黒い砲撃は触れるものの一切を消滅させていく。

 

ハジメの右に陣取るユエの殲滅力は更に飛び抜けていた。ハジメ達が攻撃を開始しても、瞑目したまま静かに佇むユエ。右側の攻撃が薄いと悟った魔物達が、破壊の嵐から逃れるように集まり、右翼から攻め込もうと流れ出す。既に進軍にすら影響が出そうなほど密集して突進して来る魔物達。そして、遂に彼我の距離が五百メートルを切ったその瞬間、ユエは、スっと目を開きおもむろに右手を掲げた。そして、一言、囁くように、されど世界へ宣言するように力強く魔法名を唱えた。

 

「〝壊劫〟」

 

それは神代魔法を発動させるトリガー。ミレディ・ライセンにより授けられた世界の法則の一つに干渉する魔法〝重力操作〟。

魔法に関しては天性の才能を持つ吸血姫を以てして、魔力の練り上げとイメージの固定に長い〝タメ〟を必要とし即時発動は未だ困難な魔法。

 

ユエの詠唱と同時に迫る魔物の頭上に渦巻く闇色の球体が出現する。

薄く薄く引き伸ばされていく球体は魔物達の頭上で四方五百メートルの正四角形を形作る。そして、太陽の光を遮る闇色の天井は、一瞬の間のあと眼下の魔物達目掛けて一気に落下した。

 

次の瞬間、起こったことを端的に説明するなら、〝大地ごと魔物が消滅した〟というものになるだろう。事実、後ろの壁から京矢達の蹂躙劇を唖然として見ていたウルの町の人々には、そうとしか見えなかった。

 

「これでは念の為にと、京矢様から残る様に命じられておりましたが、必要はなさそうですね」

 

城壁の上で困った様に呟くのはベルファストだ。

撃ち漏らしの掃除と、ウルの町の住人達やクラスメイト達が飛び出さない様にと一人残されていたが、本格的に彼女の出番は無さそうだ。

戦場に似つかわしく無いメイドは、主人達の帰りを待つ為に優雅に佇んでいた。

 

大地に吹く風が、戦場から蹂躙された魔物の血の匂いを町へと運ぶ。強烈な匂いに、吐き気を抑えられない人々が続出するが、それでも人々は、現実とは思えない〝圧倒的な力〟と〝蹂躙劇〟に湧き上がった。町の至るところからワァアアアーーーと歓声が上がる。

 

町の重鎮や護衛騎士達は、初めて見る京矢達の力に呑まれてしまったかのように呆然としたままだ。

生徒達は、改めてその力を目の当たりにし、自分達との〝差〟を痛感して複雑な表情になっている。

それが、最初から勇者である光輝でさえ歯牙にもかけない強さを持っていた京矢ならば納得できる。

本来、あのような魔物の脅威から人々を守るはずだった、少なくとも当初はそう息巻いていた自分達が、ただ守られる側として町の人々と同じ場所から、最強と羨望の眼差しを向けていた京矢は兎も角、その最強と肩を並べて戦う〝無能〟と見下していたハジメの背中を見つめているのだ。複雑な心境にもなるだろう。

なお、そんなクラスメイト達の中で男子生徒一同は、リアルに変身ヒーローになっているハジメに対する複雑な心境と同時に二人に心底羨ましいと言う顔をしている。変なチートよりもあっちの方が良かったと言うのが彼らの心境だろう。

 

愛子は、ただひたすら祈っていた。ハジメ達の無事を。そして同時に、今更ながらに自分のした事の恐ろしさを実感し表情を歪めていた。

目の前の凄惨極まりない戦場(暴れまわる京矢とハジメの姿だけはヒーローショーだが)が、まるで自分の甘さと矛盾に満ちた心をガツンと殴りつけているように感じたのだ。

 

やがて、魔物の数が目に見えて減り、密集した大群のせいで隠れていた北の地平が見え始めた頃、遂にティオが倒れた。渡された魔晶石の魔力も使い切り、魔力枯渇で動けなくなったのだ。

 

「むぅ、妾はここまでのようじゃ……もう、火球一つ出せん……すまぬ」

 

うつ伏せに倒れながら、顔だけをハジメの方に向けて申し訳なさそうに謝罪するティオの顔色は、青を通り越して白くなっていた。文字通り、死力を尽くす意気込みで魔力を消費したのだろう。

 

「……十分だ。変態にしてはやるじゃねぇの。後は、任せてそのまま寝てろ」

 

「……ご主人様が優しい……罵ってくれるかと思ったのじゃが……いや、でもアメの後にはムチが……期待しても?」

 

「そのまま死ね」

 

「いや、期待するなよ、そんなモン」

 

血の気の引いた死人のような顔色で、ハジメの言葉にゾクゾクと身を震わせるティオ。とても満足げな表情をしている。

互いに仮面に包まれていて表情は分からないが、本当に変な風に変えたなと同情する様な態度の京矢に肩を叩かれたハジメは、その様子に嫌なものを見たと舌打ちしながら、魔物の群れに視線を戻す。

 

「しかし、やっぱり群れのボスを操ってるみたいだな。お前が動きの鈍いやつを吹き飛ばせば何体か逃げてく奴が出てきてたぜ」

 

既に、その数は一万を割り八千から九千と言ったところか。最初の大群を思えば、壊滅状態と言っていいほどの被害のはずだ。人間の軍隊ならば既に撤退の判断を下さない時点で無能な謗りを受ける、全滅に近いレベルだ。

しかし、魔物達は依然、猪突猛進を繰り返している。正確には、一部の魔物がそう命令を出しているようだが、その様は獣とは言え異常だ。

大抵の魔物は完全に及び腰になっており、命令を出している各種族のリーダー格の魔物に従って、戸惑ったように突進して来ている。数が少なくなったことにより、ハジメは京矢の予想通りだと気がついた。

 

「本当に剣を振り回して突進するしか脳がない奴を重宝する、馬鹿王は無能だな」

 

短期間でこの数を集めた方法は不明だが、幸利の方が勇者(笑)よりも有能としか思えない。京矢がどちらを選べと問われたら、好感度の補正を無視しても幸利を優遇する。

 

(まあ、あの悪霊擬きの正体を知った今となったら、都合がいいんだろうな、あれは)

 

取り敢えず、どうやって集めたのかと言う疑問は置いておくとして、動きが鈍く単調なリーダー格と、動きに臨機応変さはあるが、命令に従って猪突猛進を繰り返す及び腰の魔物達という構成ならば、さっさとリーダー格だけを仕留めるのが妥当だろう。

そうすれば、本能に忠実な魔物達は、京矢達との実力差をその身に刻んでいるがために北の山へと逃げ帰るはずだ。

 

ハジメはギャレンラウザーを一瞥する。ラウズカードを通しての能力とは言え、同じサイズの自身の作ったアーティファクトを遥かに超える破壊力を出せるのだから、便利極まりないと思う。

 

「ユエ、魔力残量は?」

 

「……ん、残り魔晶石二個分くらい……重力魔法の消費が予想以上。要練習」

 

「いやいや、一人で二万以上殺っただろ? 十分だ。残りはピンポイントで殺る。援護を頼む」

 

「んっ」

 

ハジメの少ない言葉でも、委細承知と即行で頷くユエ。阿吽の呼吸だ。ハジメは、それに満足しながら京矢に話しかける。

 

「鳳凰寺、お前はまだ余裕そうだな?」

 

「まあな。元々魔力に依存してないからな。それに、ライダーシステムの助けがあるのは、お前も同じだろ?」

 

「確かにな。ピンポイントでやるから、存分にやれよ」

 

「いっそ、競争するか?」

 

「数える奴居ないだろうが」

 

軽口を交わしながら、さっさと群れのボスを潰す事を決めると満足げに頷き合い、京矢はエンタープライズへと話しかける。ハジメは魔物の違いが分かるかシアに問いかけているのだろう。

 

「エンタープライズ、お前は大丈夫か?」

 

「ああ、この程度なら問題ない」

 

「なら、オレの支援を頼む。流石に阻まれたら近づけねえからな」

 

「ああ。指揮官の邪魔をするものは私が排除しよう」

 

弓を構えて魔物の群れを一瞥するエンタープライズの言葉に仮面の奥で笑みを浮かべ、京矢はブレイラウザーを構える。一騎当千ならぬ一騎当万を無双ゲームの如くやっていても良かったのだが、流石に万の敵を相手に首謀者を捕らえる余力を残しておきたい。

………………うっかり殺してしまわないように。流石に誤ってライトニングソニックやバーニングディバインドを撃ち込んだら絶対に死ぬだろう。

 

ティアモドキと称されている洗脳済みのモンスターは何体かついでに吹き飛ばしたのが2~3体は居るが、凡そ百体。下手に突撃させて即行で殺されては、配下の魔物の統率を失うと思い、大半を後方に下げておいたのだろう。

 

ティオの魔法による攻撃が無くなってチャンスと思ったのか、魔物達が息を吹き返すように突進を始める。

 

 

『サンダー』

 

 

「旋っ!」

 

調子に乗るなとばかりにサンダーのカードを読み込んだ後に剣掌・旋を放つ。雷光を纏った竜巻に呑まれる魔物達。更に、

 

「〝雷龍〟」

 

即座に立ち込めた天の暗雲から激しくスパークする雷の龍が落雷の咆哮を上げながら出現し、前線を右から左へと蹂躙する。大口を開けた黄金色の龍に、自ら飛び込むように滅却されていく魔物の群れを見て、後続の魔物が再び二の足を踏んだ。

その隙に、京矢とハジメとシアが一気に群れへと突撃する。

 

リーダー格の魔物に向かう京矢の行方を阻む魔物達が青い炎の鷹に撃ち抜かれていく。

それを放ったエンタープライズが尚も京矢の行手を阻もうとする魔物達を、続け様に撃ち抜く。

 

二の足を踏む魔物の目の前で、突然京矢の姿が消える。

一瞬で姿の消えた京矢を探そうとする魔物の景色が回転し、そのまま意識を絶たれていく。

タイムのカードで時間を停止させ、魔物の群れに飛び込み時間停止が解けた直後に首を跳ねていく。

 

時間操作という神の領域の力を使えるタイムスカラベのラウズカードだが、その力にも弱点はある。だが、移動に使う程度ならばその欠点も考慮しなくても済む。

 

見ればハジメも、〝縮地〟で大地を疾走しながらギャレンラウザーを連射し、群れの隙間から僅かに見えるリーダー格の魔物へと撃ち放たれた死の閃光は、その僅かな隙間を縫うようにして目標に到達、急所を容赦なく爆散させている。

前線の魔物には目もくれず、何故か背後のリーダー格ばかりが次々と爆ぜる奇怪さに、周囲の魔物が浮き足立ったところに、不意に一体の魔物の頭上に影が差す。

咄嗟に、天を仰ぎ見た魔物の眼には、ウサミミをなびかせ巨大な戦鎚を肩に担いだ少女が文字通り空から降ってくる光景が飛び込んできた。その少女、シアは、魔物の頭を踏み台に、ウサギらしくぴょんぴょんと群れの頭上を飛び越えていき、最後に踏み台にした魔物の頭を圧殺させる勢いで踏み込むと、自身の体重を重力魔法により軽くして一気に天高く舞い上がった。

そして、天頂まで上がると空中でくるりと反転し、今度は体重を一気に数倍まで引き上げ猛烈な勢いで落下し、自由落下の速度をドリュッケンの引き金を引き激発の反動を利用して更に加速させ、最大限の身体強化をも加えて一撃の威力を最高にまで引き上げ、全く勢いを減じることなく破壊の権化ともいうべき鉄槌を振り下ろした。

 

「おおっ、向こうも殺ってるな」

 

此処から先は通さないとばかりに襲いかかってきた魔物の頭を殴り飛ばす。仮面ライダーブレイドのパンチ力で殴り飛ばされたブルダールに似た魔物はそのまま吹き飛んで行く。アンデッドには単なるパンチ程度の威力しか無かったが、ブルタールモドキには十分必殺の破壊力を持っていた様子で、そのまま絶命している。

それを一瞥もせずに、京矢は微かに横にずれる。

すると、京矢の真横を通り過ぎた一条の矢は青い炎の鷹となり、その先にいたリーダー格の魔物の頭を吹き飛ばす。

 

エンタープライズのそれに仮面の奥で笑みを浮かべると、

 

「剣掌っ!」

 

ブレイラウザーを振るい放たれた剣掌・発勁により行手を阻んでいた魔物達を吹き飛ばし、

 

 

『キック』『サンダー』

『ライトニングブラスト』

 

 

必殺技を打ち込み、その先に居た数体のリーダー格を纏めて絶命させる。雷光に焼かれ、怪物にさえ致命を与えた必殺キックの衝撃により吹き飛んだ大量の土石に紛れて肥料のごとく地へと還る。

 

懐に入られて好き勝手をさせるほど魔物達も甘くない様子で、京矢を圧殺せんと数を武器に襲い掛かる。

 

「旋っ!」

 

再びブレイラウザーを地面に突き刺し、竜巻を起こし、一斉に襲いかかって来た魔物達を吹き飛ばす。

 

 

『ビート』

 

 

新たに読み込ませたカードの力でパンチ力を強化し、上空から落ちてくる魔物達を殴り飛ばしトドメを刺しながら、新たに襲い掛からんとする魔物達へと的確にぶつけて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそくそくそくそ! 何なんだよあいつらは!?」

 

たった六人で次々と自分の軍団が消し済みにされていく。

 

「六万の大群だぞ!? もう半分も居ないじゃないか!! こんなの聞いてない!?」

 

撤退するかという考えが幸利の脳裏によぎるが後ろに立つ魔物に視線を向け、己の中にある力へと意識を向ける。

 

「オレにはまだこいつがいる……。あの力だってある……。真の勇者はオレなんだ」

 

内心で苛立ちを覚えながら幸利はそう呟く。

自分の偉業を邪魔された事に、世界を救ってやるための冒険を邪魔された事に苛立ちながら、自身の後ろに立つ、黒い体毛に二本の尾と四つの紅玉のように輝く目を持った魔物に命令を下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

粗方のリーダー格の魔物を倒した京矢が次の魔物を仕留めに行こうとした時、その魔物が視界に映る。

先程の幸利が命令を下した黒い体毛の四つ目の魔物だ。初めて見る魔物に先手必勝とばかりに斬撃を放つが、ブレイラウザーによる一閃を黒い体毛の四つ目の魔物は後ろに飛んで京矢の一閃を避けて見せる。

 

(へえ……)

 

その動きに京矢は薄らと仮面の奥で笑みを浮かべる。

一方的な無双劇も中々に悪くはなかったが、どうやったかは知らないが自分の一撃を避けて見せた。

それは、

 

(少しは全力を出しても良いって事か?)

 

少しだけ本気になれる相手という事だ。京矢が本気になった瞬間、黒い体毛の四つ目の魔物は京矢から距離を取るように後ろに下がる。

剣の間合いだけでなく、見事に発勁の射程の外だ。

 

(今までのオレの戦い方を見て学習したか? それにしては正確過ぎるな? って事は何らかの固有魔法)

 

相手の行動からそこに考えが至る。可能性はすぐに思いつくのは三つだ。

一つはシアと同じ予知。これは有り得ないだろう。予知が出来るのならば、初めから自分の前に立つ以前に、この場にいる事自体があり得ないからだ。

二つは読心だが、それも自分の思考を読んだとしても、相手が反応するよりも早く斬れば良いだけで、何よりそんな事を考えているのに逃げるそぶりさえ見せない。

ならば可能性は最後の一つ、先読み。そう結論付けると同時に、京矢を囲んでいた四つ目の魔物達が一斉に襲い掛かってくる。

 

 

『タイム』

 

 

そんな音が響くと同時に京矢の姿が消え、魔物の仲間の一匹が胴から真っ二つに切り裂かれる。

先読みも出来ない不可解にして不条理な動きに警戒したのか、慌てて動きを止めて後ろに下がる。

 

威嚇する様に挙げていた唸り声に怯えの色が見える。

先読み程度に対処する方法は幾らでもあるのだ。相手よりも早く動く、問答無用の範囲攻撃、回避しようも無い、先読みできるからこそ、理不尽すぎる死の宣告を己自身に下してしまった事に気が付いたのだろう。

 

それでも撤退しないのは、この四つ目の魔物達が何らかの制御下にあると言う事だろう。

意を決したのか恭弥の周囲を取り囲む魔物達が一斉に襲いかかってくる。確かに他生物とは比べ物にならないレベルの連携とポテンシャルだ。固有魔法と思われる先読みと合わせて、低層程度のレベルだが奈落にいてもおかしく無い力量の魔物だ。

 

(取り敢えず、オレの所に来てくれて助かったな)

 

間違いなく、この魔物が何処からか街に侵入してしまったら、犠牲者の数は爆発的に跳ね上がるだろう。この4体だけでも下手な群れの一つや二つよりも危険だと。だからこそ、自分の所に来てくれて助かったとしか思えない。

 

前後左右、更には上方からも波状攻撃を仕掛けてくる四つ目狼達にブレイラウザーを構える。確かにその動きは先読みさえも駆使した中々の連携と言えるだろう。

 

地上に於いては異常とも言える奈落レベルの魔物、だが、

 

 

『マッハ』

 

 

京矢はその奈落をバールクスの力があるとは言え余裕で生き抜き、今彼が纏っているブレイドはアンデッドと戦う為の戦闘システムだ。低層レベルの敵に負ける道理がない。

四つ目狼の牙が京矢に届きそうになる瞬間、彼の姿が掻き消える。それを察知してしまったのは最後に襲い掛かろうとしたものだ。

 

音速の斬撃で上方から襲い掛かろうとしていた狼の頭が斬り裂かれる光景を目視した瞬間、

 

 

『サンダー』

 

 

自身へと迫る雷撃によって全身を焼かれる事となってしまう。

 

仲間が瞬く間に二体も倒されたことに動揺を見せながらも残す二体は京矢に警戒しつつも、戦意を持ったまま撤退する様子はない。

 

(南雲やシアちゃん、エンタープライズの所にも居るか? 明らかに誰かが送り込みましたって感じの連中だな)

 

ふと、他のところへと視線を向けると、ハジメやシア、エンタープライズも同じ魔物と戦っている姿が見えた。

そんな京矢が見せた隙に飛び付いた一匹が京矢へと飛び掛かる。

 

「おっと」

 

態々片腕を盾に牙を受けるが、四つ目狼の牙はブレイドの装甲を貫けず痛みさえも与える事が出来ず、突き立てた牙も逆に砕けてしまう。

 

「捕まえたぜ」

 

そして、自分の腕に噛み付いている四つ目狼の首を掴み、無理矢理腕から引き離すとそのまま最後の一匹に向けて投げ付ける。

 

「ギャン!」

 

投げられた四つ目狼が悲鳴を上げるが、投げ付けられた四つ目狼はその隙に京矢へと飛び掛かる。

 

「鬼勁」

 

悲鳴を上げる四つ目狼に向け、その死角から飛ぶ気刃を放ち、飛びかかってきた四つ目狼の体を深々と切り裂く。

 

「まっ、群れで情報を共有して死角を潰そうが、それだけ減れば意味はねえだろ?」

 

そう呟きながら京矢はブレイラウザーを逆手に持ち替え、二体の四つ目狼が一直線に並んだ瞬間を逃さず、

 

「未完成版、アバン、ストラッシュ!」

 

京矢が鎧の魔剣から自身のスキルを通じて会得したのは、アバン流刀殺法の地と海の技であり、その二つだけでは空の欠けた不完全なものであるが故に、敢えて未完成と名を付けてその技を放つ。

後に遠距離攻撃用のアローと呼ばれるそれは二匹の四つ目狼を飲み込んで行った。

 

なお、バルムンクの真名開放と鎧の魔剣の持ち主の独自の必殺技と合わせて三択でティオに使用していたかもしれない技である。

 

「他の連中も終わったようだな」

 

斬撃の跡をその場に残し、エンタープライズ達も四つ目狼を倒した事を確認すると、最後にハジメへと視線を向ける。

すると最後の一匹であろう四つ目狼に跨って逃走を謀る黒ローブの姿があった。

 

「エンタープライズ、悪いけど、先生達とベルファストを呼んできてくれ」

 

「分かった」

 

ハジメが逃すとは思えず、同時に町の真ん中で召喚された神の使徒が魔物を率いて町を襲わせたなどと言う事実は知らせないほうが良いだろうと判断し、エンタープライズに愛子達を呼んでくるように指示を出す。

エンタープライズもまた京矢の意図を理解して、その言葉に従い町に戻った。

 

そして、逃走する黒ローブをハジメに任せて、京矢は目に付くリーダー格の魔物と序でに邪魔な魔物達を手当たり次第に始末していくのだった。

 

 



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番外編IFの歴史

「離せ! 離してくれ! オレは間違ってない!!!」

 

両手に手錠をかけられてパトカーに乗せられて警察に連行されていく天之川光輝と坂上龍太郎。

そんな彼らの姿を京矢とハジメ、雫と香織、直葉とマリアとセレナは呆れた顔でそれを見送っていた。

 

「あいつ、何がしたかったんだ?」

 

京矢の呟きが響く。その場にいる全員がそれに同意していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、全ては先日の昼頃まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

京矢がマリア・カデンツァヴナ・イヴの武道館ライブのチケットを五枚入手した事に始まる。

入手ルートに関しては、当然ながらマリアから直接渡された結果であり、京矢達とは別口でマリアからセレナにも渡してある。京矢達にはセレナを連れてきて欲しいそうだ。

その内の一枚はその日の内に直葉に渡して残りは四枚、自分の分を除いても三枚余る計算である。

 

自分の分を除いた三枚のチケットをどうするかと頭を悩ませていた京矢の頭の中に浮かんだのは、雫から頼まれていた香織の恋のサポートの事である。

ハジメへのアプローチの尽くが主に光輝が原因でマイナス方面に傾いている彼女とハジメの仲を取り持つ為の第一歩としてライブを利用しようと考えたわけだ。

 

なお、もう1組の邪魔な檜山一味はこの間、京矢への襲撃を企てていたので先手を打って全員をボコボコにした上で48時間耐久コサックダンスを強制的にやらせたので暫くは動かないだろう。

 

チケットも既に完売で手に入ったとしても当日券など予約でいっぱい、このチケット自体も最前列の席なので、このライブならば光輝も入ってこれないだろう。

……同じ最前列の席は既に一介の高校生には手の届かない金額に跳ね上がっているので、どう頑張っても予め購入していない限り無理としか言えない。

 

そう考えてチケット二枚を雫に渡し、一枚を自分からハジメを誘うと告げた。

 

 

 

 

 

 

そこまでは良かった。

 

ハジメには雫達とは一緒に行くとは告げずに誘ったが、問題は雫達の方だった。

 

雫からの誘いに香織は喜んで同行に承諾したのだが、そこで待ったをかけたのが一緒にいた光輝らしい。

自分と龍太郎も一緒に行くと言い出したそうだ。チケットも無いのにどうするのかと言うのが疑問だが、当の光輝は当日でも十分に手に入ると思った様子だ。

 

 

 

 

これが光輝と、序でにトバッチリの龍太郎の不幸の始まりだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……何で白崎さん達まで?」

 

ハジメが京矢にそんな疑問の声を向ける。京矢の義妹の直葉がいるのは良い。マリアの妹のセレナが居るのも良いし、彼女が居るから他の観客よりも早く入れて楽屋にも特別に通して貰える。京矢はセレナのボディガード役という事で関係者扱いというわけだろう。

 

そう、それは良い。

 

「そりゃ、二枚ほど雫に譲ったからな」

 

そう言葉を続けてくれる京矢だった。

そして、武道館に着いたらそのマネージャーから本当に楽屋まで案内されたりと、アイドル相手に交友関係がある友人に驚きしか湧かないハジメの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、チケットが手に入らなかった光輝と龍太郎は予想以上に多い人の中で雫と香織を探している途中、

 

「あれは南雲と鳳凰寺!」

 

何故か彼が探している二人といる京矢とハジメの姿を見つけたのだった。

 

(なっ。何であの二人が此処に居るんだ!? 香織と雫と一緒に居るんだ!?)

 

しかも、二人を連れてその京矢とハジメが何処かに行く姿も見えた。

 

(なっ、何を考えているんだ二人は!!? あんな奴等と一緒に何処に行く気なんだ? そんなの許可できるわけがない!!)

 

その二人以外にも二人程女の子の連れが居るのが見えて光輝は人を掻き分けて京矢達の後を追い掛けようとする。

京矢達が入って行った場所には関係者以外立ち入り禁止の札が掛けられていたが、構わずに入ろうとする。

 

当然、そんな事をすれば警備員に見咎められる訳で。

 

「何をするんだ!? あいつ等も此処に入って行ったんだ!!!」

 

「彼等は関係者だ!」

 

「そんな訳無いだろう!」

 

彼を止めようとする警備員を振り払って尚も中に入ろうとする光輝。そんな光輝に着いてきて目の前の事態に戸惑っている龍太郎。

 

「離せ!」

 

彼を止めようとする警備員を突き飛ばして、後ろにいる龍太郎に「行こう」と声を掛ける光輝。

 

ライブ会場の入り口付近では多くの人が居るために当然ながら、多くの人の注目も集まる。

二人組の高校生が関係者以外立ち入り禁止のエリアに警備員を突き飛ばして押し入ろうとしている構図で有る。

どう考えても大問題なのだが、等の光輝は京矢とハジメが勝手に他所から持ってきた立ち入り禁止の札を置いただけ、警備員はそれに気付かずにいただけと考えていて、龍太郎も光輝が大丈夫と言っているなら大丈夫なのだろうと思っている。

 

押し入っている形になってしまった二人に応援の警備員が駆け付けてくる。そして、最後には冒頭に繋がってしまうこととなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、数日後のニュースで話題になった事だが、光輝達がいる少年院の受刑者達が光に包まれて行方不明になると言う事件が起こった。

そんな現代の神隠しに巻き込まれた光輝と龍太郎の消息はそこで途絶える事となる。

 

京矢はその状況から異世界か次元世界かは分からないが、そのどちらかにでも呼ばれたのかとセフィーロと時空管理局に関わった経験から推測していたが、ゲアブランデと呼ばれる異世界に巻き込まれる形で召喚、慎重すぎる勇者と一緒に周囲を別ベクトルで振り回しつつその世界の魔王を倒す為に活動していたので特にいつの間にか二人の事はすっかり忘れていた。

……探す事は出来たかもしれないが、その報酬が光輝と関わる事なのは労力に合わないので放置する事に決めたのだし。

 

光輝達が消息不明になってから数年後、自らを神と称するエヒトを名乗るビスクドールの様な少女に乗っ取られた時空管理局による地球侵略に対して、ハジメ達にキラメイストーンを託し自身はガイソーグとして戦いこれに勝利する。

 

エヒトとの決戦では、異世界救済に巻き込まれた際に入手した神殺しの魔剣が決定打になり、エヒトと名乗る何者かに乗っ取られていた少女はキラメイレッドになったハジメと仮面ライダーセイバーに変身した京矢によって倒され地球に多くの傷痕を残しながらも勝利したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、ちょっとしたズレによる本編に至らなかった世界の、ある者にとってはBADなある者にとってはTRUEな終わりに至るIFの、剪定事象にならず確かに存在していたそんな歴史。



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その頃のクラスメイト達①

時は遡り、京矢が複製RXとの、ハジメがヒュドラとの死闘をキングフォームの力を持って制し倒れた頃、ベヒモスの討伐に成功した勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

 

かつて遭遇したベヒモスを倒したと言うのに一行の顔には達成感は無かった。特に勇者である光輝の顔は屈辱に歪んでいた。

一行の脳裏に浮かぶのはあの時の京矢の姿だ。

 

『鎧装!』

 

紫の鎧を纏いベヒモスを圧倒していた京矢の姿、

 

『エンシェント、ブレイクエッジ!』

 

ハジメの錬成によって動きを止めたベヒモスを簡単に切り裂く姿にはメルドさえも言葉を失うほどの圧倒的な姿だった。

 

あれが国の望んでいる勇者の姿だと言わんばかりの強さに対して、仲間達と力を合わせて死闘の末にベヒモスを倒せたクラスメイト達に浮かんだのは失望の感情だった。苦戦もせずに倒して見せた奴の存在を知っているからだ。

京矢がいれば、と誰もが思わずにはいられない。光輝自身も全員がそう考えているのが分かっている。

 

王や貴族達はベヒモスの討伐に成功している事から、そんな京矢の成果を勇者である光輝の成果としているが、騎士達からは剣聖の成果を奪った卑怯な勇者と見られてもいるし、クラスメイト達からは、勇者の癖に何で京矢の様に強く無いんだと言う目で見られている。

檜山が居なくなった後の小悪党たちからは『お前が戦争に誘った癖に』と陰口を叩かれている。全裸で武器を持っても服を着たら、無能扱いされていたハジメにさえ勝てない……そんなスライム並みになる奴隷と勘違いされている連中にである。

 

なお、露出狂達についてはお前らの方が無能だろうがと王国の全員から思われていたのは別の話。寧ろ、スライム以下の戦闘職よりも錬成師の方が価値がある。

 

さて、そんな暗い空気の中、全裸の男達の存在が異様な空気を放つ馬車に揺られて勇者達が帰還しているのは休息という訳ではない。休息だけなら宿場町ホルアドでもよかった。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。

何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

何故、このタイミングなのかと言う疑問に対する答えは、元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかったからである。

そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

 

もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからである。

それが突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。

聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。

大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。もっとも、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはないのだが。

 

そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても、既に異世界を二回、世界を救うレベルの戦いを四回経験していた京矢以外は軽んじられる可能性があった。

 

そんな彼らからしてみれば、ド素人の光輝達など眼中に無いと言った所だった。

しかし、そんな勇者らがベヒモスを倒し、オルクスの最高攻略地点を更新した、と言う話題が帝国にも届いた為、帝国の皇帝の関心を引いたので、今になって使者を送ると言ってきた、と言う事だ。

 

……だが、最初にベヒモスを倒したのは勇者ではなく、京矢とハジメの二人だと知っているのは一部上層部の人間と現場にいたものだけであり、前述の通り、公には『勇者が聖なる力を目覚めさせ、強大なベヒモスを打ち破った』という話になっている。

 

国の士気を上げるため、光輝は一番嫌っている男から手柄を野良犬の様に与えられている事に今も苛立っている。

 

天之河光輝と言う人間は、その人生に於いて常に主人公だったのだ。才能にも恵まれ、尊敬する祖父を始め、愛情を注ぎ適度に叱ってくれる両親や、彼を慕う妹、気の良い友人にも恵まれた人生を送っていた。

 

そんな彼が初めて敗北したのが京矢だ。

光輝と京矢の初めての出会いは雫の家の道場での事だ。

通っていた道場で初めて見る顔。初めは新しく入門したのかとも思っていたが、時折にしか目にしない事から、サボっていて時折にしか顔を出さないのかと考えて注意をした。

 

……実際には京矢は出稽古に来ているだけで、其処の門下生でもなんでもないのだが。

 

そんな事も知らない光輝は京矢に決闘を挑む。自分が勝ったら真面目に練習に出ろと言って。

 

結果は光輝の惨敗。何が何だか分からないうちに彼は京矢に負けていたのだ。しかも、師範からはもうこんな事はしない様にと注意までされる始末。

 

それから、次の挫折は京矢が転校した後の剣道の全国大会での事だ。

一回戦で当たった京矢に何も出来ないまま胴を打たれたかと思うと、そのまま壁に叩きつけられて気を失うと言うなんとも情け無い敗北を喫した。

しかも、その時期に剣道部の顧問の教師が辞めていった。自分の正義に理解を示してくれる良い教師だったのに。

(光輝が起こす問題を剣道部での彼の実力を理由に揉み消していたが、全国大会の一回戦で京矢に惨敗した事で、これまでの光輝の問題行為を揉み消していた責任を取らされた)

 

その後も毎年京矢に壁まで吹き飛ばされると言う負け方を繰り返したせいで『ホームランボール』なんて言う変な渾名が付けられ、一部では剣道界のお笑い芸人扱いされている。

(実際には、毎回京矢をムカっとさせる様な彼の言動が原因で、京矢が流石に頭に来た結果である)

 

そんな、光輝にとっての人生の汚点象徴みたいな相手の手柄を押し付けられている現状は光輝にとって面白い訳がない。

 

「巫山戯るな……。アイツは死んだんだ……」

 

勇者に選ばれたのは自分の筈なのに、誰もが言っている『剣聖が居たら』『剣聖なら』と。

京矢が居れば自分など必要ないとでも言う様な言動が光輝を苛つかせていたのだ。

 

だが、今回の【オルクス大迷宮】攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至った。

帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

光輝にとってもそれは嬉しい事態だ。実力主義の帝国に勇者として認められれば京矢の方がなどと言う陰口は消えていくだろう。

京矢は(クラスメイト及び王国側の認識では)既に死んだ人間だ、時が経てば、それ以上の活躍を示せばいずれ忘れ去られる筈だ。

 

内心では、京矢が死んだ後で良かったと暗い考えが浮かんでいることさえ、光輝は気付かない。

内心では、ハジメが死んだ事も、京矢が死んだ事も、邪魔者が消えたと喜んでいると気付かない。

内心で、二人を殺してくれた上に一人でその罪を背負って檜山が死んでくれた事を喜んでいると当人は気付かない。

その心の中に産まれた妬みに本人は気づかない。

 

光輝がそんな事を考えながら、帰りの馬車の中で帝国や王国の事情をツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

 



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その頃のクラスメイト達②

勇者一行の馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。

光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは誰でも容易に想像つくだろう。

子供の事と思いながらも光輝にも不快感が湧く。

 

実は、召喚された翌日から、ランデル殿下は香織に猛アプローチを掛けていた。

と言っても、彼は十歳。香織から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、その思いが実る気配は微塵もない。生来の面倒見の良さから、弟のようには可愛く思ってはいるようだが。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む香織。そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかけるが、年相応なだけに可愛らしいとしか見えない。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余が剣聖の様に強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

悔しそうに言うランダル殿下の言葉から出た、剣聖の名に思わず光輝が唇を噛む。

 

(……こんな所でも、あいつか……)

 

香織としては守られるだけなどお断りなのだが、そんな少年の微笑ましい心意気には思わず頬が緩む。

 

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」

 

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

 

「安全な仕事ですか?」

 

ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。そんな彼女の仕草にランデル殿下の顔は更に赤みを増す。となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

 

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

 

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

医療院とは、国営の病院のことである。王宮の直ぐ傍にある。

要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。しかし、香織はさっさと王宮から迷宮に戻りたいと思っている。ハジメが今も苦しんでいるかもしれにからだ。

……なお、主にハジメなのは恋する乙女のフィルターの他に、京矢については生き残れている可能性が高く、檜山については最初から考えには入っていなかったりする。

 

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さりありがとうございます」

 

「うぅ」

 

ランデル殿下は、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。そこへ、勇者光輝がにこやかに参戦する。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

光輝の発言は、この場においては不適切な発言だった。当人には善意のつもり、年下の少年を安心させる意思の中に、こんな気持ちも混ざっているのかもしれなかった。

序でに、彼の言葉が恋するランデル殿下にも彼の言葉の中に混ざっている気持ちとして意訳されている。

 

〝俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ! 絶対にな!〟

 

その言葉をきっかけにランデル殿下が光輝に敵意を持ち始めたが、香織はランデル殿下の関心が光輝に移った時点で後ろに引っ込み、となりの雫はそんな香織に同情の眼差しを向けた。

 

本来一番敵意を向けるべき相手が不在の中で、敵意を向けるランデル殿下に光輝が更に煽りそうなセリフを吐く前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

 

「あ、姉上!? ……し、しかし」

 

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

 

「うっ……で、ですが……」

 

「ランデル?」

 

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

逃げるように去っていくランデル殿下。どうやら姉には敵わないらしい。

そんな弟の姿にハイリヒ王国王女リリアーナはため息をついた。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

 

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

 

香織と光輝の言葉に苦笑いするリリアーナ。

姉として弟の恋心を察しているため、意中の香織に全く意識されていないランデル殿下に多少同情してしまう。

まして、ランデル殿下の恋敵は別にいることを知っているのでその気持ちは尚更だった。

 

「とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったが、逆に京矢とハジメの二人だけで戦った時よりも手間取った事に落胆されて光輝の苛立ちが増したり、愛子先生が一部で〝豊穣の女神〟と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

 

香織と雫は内心、ハジメと京矢を助けるべく迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。

 

なお、クラスメイト達の中で既に檜山を心配する者は誰も居なかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、光輝達の帰還から3日後、遂に帝国の使者が訪れた。

 

現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

 

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

 

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

 

「はい」

 

陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。陛下に促され前にでる光輝。

 

光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。所で、召喚された直後からメルド団長とも互角に渡り合ったと言う噂の剣聖殿は何方に?」

 

使者の何気ない一言に微かに光輝の顔に嫌悪が浮かぶ。

 

「かの剣聖殿は迷宮の罠に嵌った光輝殿達を庇い、現れたベヒモスを単身で食い止めて……」

 

「……そうでしたか」

 

京矢の扱いは一応外にはそう伝わっている。

仲間の攻撃で奈落に落とされたと言う醜聞が広く伝われば、ベヒモス退治の手柄を奪ったと言う事実と合わせて、勇者か国が、或いはその両者が結託して手柄を奪う為に京矢を謀殺したと言う醜聞になりかねない為だ。

仲間を庇って一人でベヒモスを食い止めて命を落としたと言う美談で醜聞を誤魔化す為に。

 

「失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにそのベヒモスが出ると記憶しておりますが……」

 

使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。

使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

 

その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

 

「えっと、俺は構いませんが……」

 

光輝は若干戸惑ったようにエリヒド陛下を振り返る。エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取るとイシュタルは頷いた。

神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いとイシュタルは判断したのだ。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

 

「それでは決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

こうして急遽、何故か勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定しちゃったのである。



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その頃のクラスメイト達③

光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。

高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がないのが逆に特徴とでも言うべきか、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 

刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。

 

光輝は、舐められているのかと剣道部での京矢との試合を思い出して怒りを抱く。

油断しているなら油断していればいい、一撃で吹き飛ばしてやる。と京矢から受けていた屈辱的な負け方を味合わせてやろうと思った。

 

「いきます!」

 

光輝が風となる。〝縮地〟により高速で踏み込むと豪風を伴って横凪に剣を振るう。

並みの戦士なら視認することも難しかったかもしれない。

だが、次の瞬間、相手を舐めていたのは光輝の方だと証明されてしまう結果となった。

 

バキィ!!

 

「ガフッ!?」

 

吹き飛んだのは光輝の方だった。護衛の方は剣を掲げるように振り抜いたまま光輝を睥睨している。

光輝の全力の横凪を微かに後ろに下がる事で避け、全力で剣を振り切った直後の無防備なところに、無造作に下げられていた剣が跳ね上がり光輝を吹き飛ばしたのだ。

 

光輝は地滑りしながら何とか体勢を整え、驚愕の面持ちで護衛を見る。一撃で終わらせる事に集中していたとは言え護衛の攻撃がほとんど認識できなかったのだ。

護衛は掲げた剣をまた力を抜いた自然な体勢で構えている。そう、先ほどの攻撃も動きがあまりに自然すぎて危機感が働かず反応できなかったのである。

 

「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。

 

確かに、光輝は護衛を見た目で判断して無造作に正面から突っ込んでいき、あっさり返り討ちにあったというのが現在の構図だ。この場に京矢が居たら爆笑していた所だろう。

光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、怒りを抱いた。今度は自分に向けて。

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

 

今度こそ、本気の目になり、自分の無礼を謝罪する光輝。護衛は、そんな光輝を見て、「戦場じゃあ〝次〟なんてないんだがな」と不機嫌そうに目元を歪めるが相手はするようだ。先程と同様に自然体で立つ。

 

光輝は気合を入れ直すと再び踏み込んだ。

 

唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と〝縮地〟を使いこなしながら超高速の剣撃を振るう。その速度は既に、光輝の体をブレさせて残像を生み出しているほどだ。

 

しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌き、隙あらば反撃に転じている。時々、光輝の動きを見失っているにもかかわらず、死角からの攻撃にしっかり反応している。

 

光輝には護衛の動きに覚えがあった。それはメルド団長と京矢だ。

メルドの場合、彼と光輝のスペック差は既にかなりの開きが出ている。にもかかわらず、未だ光輝はメルド団長との模擬戦で勝ち越せていないのだ。それはひとえに圧倒的な戦闘経験の差が原因である。

この世界に来てからすぐの頃に一度メルド団長立ち会いの元に京矢とも模擬戦をする事になったが、一度も勝てていない。戦闘経験など自分と大差ないはずなのに、と悔しく思った程だ。

……だが、正しくはPT事件に闇の書、二度に渡るセフィーロでの戦いと短期間の間にメルド団長にも匹敵する、或いは上回る戦闘経験が培われている。光輝との模擬戦での動きからメルド団長もその事に気付きつつ有ったりするが、それはそれ。

 

おそらく護衛も、メルド団長と同じく数多の戦場に身を置いたのではないだろうか。

その戦闘経験が光輝とのスペック差を埋めている。つまり、この護衛はメルド団長並かそれ以上の実力者というわけだ。

 

「ふん、確かに並の人間じゃ相手にならん程の身体能力だ。しかし、少々素直すぎる。元々、戦いとは無縁か?」

 

「えっ? えっと、はい、そうです。俺は元々ただの学生ですから」

 

「……それが今や〝神の使徒〟か」

 

チラッとイシュタル達聖教教会関係者を見ると護衛は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「おい、勇者。構えろ。今度はこちらから行くぞ。気を抜くなよ? うっかり殺してしまうかもしれんからな」

 

護衛はそう宣言するやいなや一気に踏み込んだ。光輝程の高速移動ではない。むしろ遅く感じるほどだ。だというのに、

 

「ッ!?」

 

気がつけば目の前に護衛が迫っており剣が下方より跳ね上がってきていた。光輝は慌てて飛び退る。しかし、まるで磁石が引き合うかのようにピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭のような剣撃が光輝を襲った。

 

その不規則で軌道を読みづらい剣の動きに、〝先読〟で辛うじて対応しながら一度距離を取ろうとするが、まるで引き離せない。

〝縮地〟で一気に距離を取ろうとしても、それを見越したように先手を打たれて発動に至らない。次第に光輝の顔に焦りが生まれてくる。

 

そして遂に、光輝がダメージ覚悟で剣を振ろうとした瞬間、その隙を逃さず護衛が魔法のトリガーを引く。

 

「穿て――〝風撃〟」

 

呟くような声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、光輝の片足を打ち据えた。

 

「うわっ!?」

 

風の礫によって踏み込もうとした足を払われてバランスを崩す光輝。その瞬間、壮絶な殺気が光輝を射貫く。

冷徹な眼光で光輝を睨む護衛の剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

 

刹那、光輝は悟る。彼は自分を殺すつもりだと。

 

実際、護衛はそうなっても仕方ないと考えていた。自分の攻撃に対応できないくらいなら、本当の意味で殺し合いを知らない少年に人間族のリーダーを任せる気など毛頭なかった。

例えそれで聖教教会からどのような咎めが来ようとも、戦場で無能な味方を放置する方がずっと耐え難い。それならいっそと、そう考えたのだ。

 

しかし、そうはならなかった。

 

ズドンッ!

 

「ガァ!?」

 

先ほどの再現か。今度は護衛が吹き飛んだからだ。

護衛が地面を数度バウンドし両手も使いながら勢いを殺して光輝を見る。

光輝は全身から純白のオーラを吹き出しながら、護衛に向かって剣を振り抜いた姿で立っていた。

 

護衛の剣が振り下ろされる瞬間、光輝は生存本能に突き動かされるように〝限界突破〟を使ったのだ。

これは、一時的に全ステータスを三倍に引き上げてくれるという、ピンチの時に覚醒する主人公らしい技能である。当然ながら一時的に全ステータスを三倍にする以上リスクは大きい。

 

だが、限界突破を使った光輝の顔には一切余裕はなかった。恐怖を必死で押し殺すように険しい表情で剣を構えている。

 

そんな光輝の様子を見て、護衛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「ハッ、少しはマシな顔するようになったじゃねぇか。さっきまでのビビリ顔より、よほどいいぞ!」

 

「ビビリ顔? 今の方が恐怖を感じてます。……さっき俺を殺す気ではありませんでしたか? これは模擬戦ですよ?」

 

「だからなんだ? まさか適当に戦って、はい終わりっとでもなると思ったか? この程度で死ぬならそれまでだったってことだろ。お前は、俺達人間の上に立って率いるんだぞ? その自覚があんのかよ?」

 

「自覚って……俺はもちろん人々を救って……」

 

「傷つけることも、傷つくことも恐れているガキに何ができる? 剣に殺気一つ込められない奴がご大層なこと言ってんじゃねぇよ。おら、しっかり構えな? 最初に言ったろ? 気抜いてっと……死ぬってな!」

 

護衛が再び尋常でない殺気を放ちながら光輝に迫ろう脚に力を溜める。光輝は苦しそうに表情を歪めた。

 

しかし、護衛が実際に踏み込むことはなかった。イシュタルが手を出して試合自体を無効にしたのだ。

光輝と戦った護衛、実はその正体は護衛などではなく、帝国の現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが変装していたモノだったのだ。

使者どころか皇帝直々に光輝を試しに来ていたのである。

 

右耳のイヤリングを外すと護衛の姿が変わる。特徴の無い男から四十代位の野性味溢れる男へと。

短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

 

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

 

なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

 

しかし、その晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下は面倒くさそうに答えた。

 

「ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。〝神の使徒〟である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

 

「それで、あわよくば試合で殺すつもりだったのですか?」

 

「あぁ? 違ぇよ。少しは腑抜けた精神を叩き治せるかと思っただけだ。あのままやっても教皇が邪魔して絶対殺れなかっただろうよ」

 

どうやら、皇帝陛下の中で光輝達勇者一行は興味の対象とはならなかったようである。無理もないことだろう。

彼等は数ヶ月前までただの学生。それも平和な日本の。歴戦の戦士が認めるような戦場の心構えなど出来ているはずがないのである。

 

「寧ろ、勇者よりも噂の剣聖の方に興味が有ったんだがな」

 

「召喚された直後からこの国の騎士団長と互角に渡り合ったとか言う、あの?」

 

「勇者達がベヒモスを倒せたのは真実だろうが、それは二度目だそうだ。最初にベヒモスを倒したのはその剣聖と錬成師の二人が簡単に始末したそうだぜ」

 

予め間者でも送り込んでいたのだろうか、一部の者達の間で知れ渡っている京矢の噂も掴んでいる。

 

「まったく、冷遇されているなら帝国に引き抜きたかったんだがな」

 

皇帝陛下は残念そうに呟く。ベヒモスを簡単に倒せるほどの実力の戦士ならば、実力主義の帝国が欲しがらないはずはない。

寧ろ、皇帝陛下としては剣聖の力に興味が有っただけの様子だ。

 

「まぁ、魔人共との戦争が本格化したら変わるかもな。見るとしてもそれからだろうよ。今は、小僧どもに巻き込まれないよう上手く立ち回ることが重要だ。教皇には気をつけろ」

 

「御意」

 

そんな評価を下されているとは露にも思わず、光輝達は、翌日に帰国するという皇帝陛下一行を見送ることになった。

用事はもう済んだ以上留まる理由もないということだ。本当にフットワークの軽い皇帝である。

 

ちなみに、早朝訓練をしている雫を見て気に入った皇帝が愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。雫は丁寧に断り、皇帝陛下も「まぁ、焦らんさ」と不敵に笑いながら引き下がったので特に大事になったわけではなかったが、その時、光輝を見て鼻で笑ったことで光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、しばらく不機嫌だった。

 

雫の溜息が増えたことは言うまでもない。

 

なお、帰国の途中に慌てた様子の兵士から鎧の巨人の報告を聞いた皇帝は急遽予定を変更して渓谷の方に突撃していったとか。

そして、そんな皇帝陛下を慌てて追いかける部下の皆さんであった。



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その頃のクラスメイト達④

それは、京矢達がウルの町での戦いを終えた後の事……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は、【オルクス大迷宮】の八十九層。前衛を務める光輝、龍太郎、雫、永山、近藤に、後衛からタイミングを合わせた魔法による総攻撃の発動カウントが告げられる。

何とか後衛に襲いかかろうとする魔物達を、光輝達は鍛え上げた武技をもって打倒し、弾き返していく。

 

そして、彼らの探索が今までの人の限界を大幅に更新し、九十層に到達した頃、魔物を引き連れた魔人族の女に遭遇した。

 

その九十層で一度も魔物と遭遇しないことを疑問に思い始め、それを警戒して撤退するか進むかで意見が分かれた頃だった。

 

魔族の女からの勧誘の言葉を光輝が否定したことで魔人族との初めての戦闘が開始される。

敵の従える姿の見えない魔物や回復役の魔物の存在に苦しめられる中、京矢と比べられ続けた光輝の執念によるものか、限界突破の効果もあり魔人族を追い詰める。

 

だが……

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

トドメを刺される寸前の彼女のその一言で、光輝は剣を止めてしまう。

 

ここでようやく、敵は自分達と同じ知的生物だと言う事を、自分達が人を相手に戦争をしているという自覚を持ったのだ。いや、持ってしまった。

そのことを自覚してしまった光輝は、この期に及んで話し合いで解決しようなどという場違いな発言をしている。そんな時だった。

 

 

『ハリケーン、クリティカルストライク!』

 

 

「うわぁ!!!」

 

そんな音と共に突如襲いかかって来た竜巻に、光輝は吹き飛ばされてしまう。竜巻に巻き上げられ壁に叩きつけられる光輝。

 

「危ないところだったな」

 

「助けに来たよ~」

 

複数の足音とそんな声が竜巻の向かって来た方向から聞こえる。其方へと視線を向けると

 

「何だって……?」

 

「嘘だろ……?」

 

忍者を思わせる特撮ヒーローの様な姿の男とパーカーの少女。その後ろには槍で武装したロボットの様な鎧の兵士達と、四人の男女。

そして、ゆっくりと忍者の様な男……風魔はベルトに触れ、ガシャットを抜き取ると変身が解除される。

 

光輝達が驚いているのは新たに現れた彼等の服装だった。バラバラだが共通点は一つある。……それは、彼等の身に纏っている衣服が全てトータスには存在しない地球の衣服である事だ。

 

目の前にある光景に信じられないと言う顔をする一行を代表するように光輝が口を開く。

 

「君達は……地球の人間なのか?」

 

「その通り。私は……そう、風魔だ」

 

「私はダークゴーストだよー。宜しくねー」

 

光輝の問いかけに明らかに偽名と分かる様な名を名乗り一礼すると、ダークゴーストに指示を出し、風魔は改めて光輝達に向き直る。

 

風魔の意図を理解したダークゴーストが魔人族の女に手を翳すと、彼女の体が崩れ落ちる。穏やかな寝息を立てている事からダークゴーストが眠らせたのだろう。

 

「さて、此処で会えたのも幸いなのでこう言っておこう。此方には地球との移動手段がある」

 

『っ!?』

 

風魔と名乗った男の言葉に全員に動揺が走る。これ以上ないほど欲していた地球に帰る方法が目の前に現れたのだ。動揺しない訳が無い。

 

「条件次第では君達を地球に連れて行っても良い」

 

風魔の言葉に動揺しながらも喜びの篭ったザワメキが起こる。

だから、誰も疑問に思えない。風魔は連れて行く、連れ帰るとは言っていないのだ。

 

「条件はこちら側に来る事だ」

 

「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、同じ人間なのに、よくもそんなことが言えたな! その魔人族と同じ様に、わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、お前達こそ投降しろ!」

 

「いや、お前は特に不要だ。何の価値もない、寧ろ居られるとマイナス。速やかに此処で死んでくれ」

 

風魔の言葉に流石の光輝もフリーズしてしまう。

光輝の言葉に対して滅多斬りというレベルで切り捨てた風魔は他に龍太郎と小悪党達を指差し、

 

「ああ、後、お前達も要らないからな。この場で始末する。見せしめの意味で、投降しようが始末するだけだ」

 

あんまりな言葉に思わず言葉を失う指名された彼等を他所に、残りの者達を一瞥し風魔は更に言葉を続ける。

 

「此方としてはバールクスへの人質一人の確保ができればそれで良い。他は人質の人質だ。断れば始末させてもらう」

 

風魔の言うバールクスと言う言葉の意味は分からないが、少なくとも一人だけは殺されないと言うのは分かるが、それが誰か分からない。

 

「それにお前達程度、戦力として求めてはいない。人質として囚われている。それだけしか求めていない。それならば別に裏切りでは無いだろう? 勿論、降伏すれば、全員地球にも連れて行こう。……お前達以外はな」

 

犠牲は出るが地球に帰れる。そもそも、自分たちは勇者である光輝に巻き込まれた被害者なのだ。そいつが犠牲になれば帰れる。何人かの心にそんな悪魔の様な誘惑が染み込む。

 

「答えは同じだ! 何を言われても、俺の仲間達が裏切る事なんて一切ない!」

 

「そうか。なら良い」

 

即答する光輝に何人かが巫山戯るなと叫びそうになる中、あっさりと交渉決裂とした風魔の合図で言葉に後ろにいる四人の男女と風魔とダークゴーストはそれぞれの変身アイテムを取り出す。

 

 

 

 

『ハリケーンニンジャ』

『アーイ!』『バッチリミナー!』

『POISON』

『WING』

『ドードー』

『ジャパニーズウルフ』

 

 

 

 

 

『変身』

 

その言葉と共に目の前に起こるあり得ざる光景に、彼等は思わず言葉を失ってしまう。

 

 

『マキマキ! 竜巻! ハリケーンニンジャ!』

『カイガン! ダークライダー! 闇の力! 悪い奴ら!』

『フォースライズ! スティングスコーピオン! Break down. 』

『フォースライズ! フライングファルコン! Break down... 』

『フォースライズ! ドードー! Break down. 』

『フォースライズ! ジャパニーズウルフ! Break down…… 』

 

 

 

風魔を筆頭にパーカーを纏い白い亡霊に姿を変える者、風を纏い変身する者、雷を纏い変身する者、ベルトから飛び出した隼に包まれる様に変身する者、ベルトから飛び出した毒針に貫かれ変身する者。

 

その光景をテレビの画面越しに見た記憶が無い者は、光輝位しか居ないだろう。

それは異世界転移と言う非現実以上に非現実な、特撮ヒーローの世界に迷い込んだ様に感じてしまう。

 

「特撮、ヒーロー……?」

 

男子生徒の誰かがそう呟くと、幼い日に夢中になって画面越しに見た光景を目の当たりにして、これからヒーローに蹂躙される悪役になってしまった様な気持ちにも襲われる。

 

目の前に並び立つのは六人のヒーロー。目の前に居るのがヒーローならば、自分達は悪役? 自分達は人間族の危機を救うために異世界から召喚された勇者じゃ無いのか? そんな疑問が男子生徒達の中に湧いてくる。

 

「ま、まだだ! 多勢に無勢なんだ!」

 

兵士達は大した事は無いと判断したのだろう。六人の仮面ライダー達だけが危険だと考えたのだろうか?

 

「そうか、ならばアレの実践テストも行うとしよう」

 

そんな光輝の言葉を鼻で笑いながら、風魔が手をあげると四人の兵士が兵士達の中から人が一人入れるサイズのカプセルを四つ運んでくる。

 

地面に置かれたカプセルが開き、その中から新たに四人の人影が現れる。風魔達が回収した僅かなエネルギーを元に再生、制御させた闇の戦士。

 

 

『ゼロダークネス』

『エックスダークネス』

『オーブダークネス』

『ジードダークネス』

 

 

かつて、ウルトラマンが存在した宇宙で誕生した光の戦士達の複製体を元に生み出された複製体達。

滅亡迅雷netと合わせ平成無効を持つバールクス用の為に用意した複製体のダークネスだ。

敵として並び立つ仮面ライダーとウルトラマン。それは悪夢の様な光景だろう。

 

「ターゲット以外は管理が楽な2〜3人程でいい。殺せ」

 

冷酷な風魔の宣言と共にダークライダー達とダークネス達は光輝達一党(パーティ)に各々の武器を構えて、向かって行く。

 

最初に動いたのはゼロダークネスだ。

地面を砕くほどの踏み込みでゼロダークネスの姿が光輝達の視界から消える。視認すら許さない動きを見せるゼロダークネスが狙ったのは、

 

「ぐっ!」

 

「がっ!」

 

響くのは二つの苦悶の声。

先ずは龍太郎と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ばされる。彼等が立っていた筈の場所には、ゼロダークネスが拳を振り切った姿で佇んでいる。

 

永山は、〝重格闘家〟という天職を持っており、格闘系天職の中でも特に防御に適性がある。

〝身体強化〟の派生技能で〝身体硬化〟という技能と〝金剛〟を習得しており、両技能を重掛けした場合の耐久力は鋼鉄の盾よりも遥かに上だ。

自らの巨体も合わせれば、その人間要塞とも言うべき防御を突破するのは至難と言っていい。

 

だが、その永山でさえ、ゼロダークネスの攻撃により防御する事さえ許されず、龍太郎と共に血反吐を吐きながら吹き飛び、たまたま後方にいた全裸の三人にぶつかって辛うじて地面への激突という追加ダメージを免れるという有様だった。

 

突然の襲撃に、反応しきれていないクラスメイト達を揺らめきが切り裂かんと迫った、その瞬間、

 

「光の恩寵と加護をここに! 〝回天〟〝天絶〟!」

 

香織が殆ど無詠唱かと思うほどの詠唱省略で同時に二つの光系魔法を発動した。

 

殴り飛ばされ、吹き飛び、地面に叩きつけられた龍太郎と永山を即座に癒す光系中級回復魔法〝回天〟。

複数の離れた場所にいる対象を同時に治癒する魔法だ。痛みに呻きながら何とか起き上がろうともがく二人に淡い白光が降り注ぎ、尋常でない速度で傷が塞がっていく。

 

そんな二人の回復を待つ様に、かかって来いとでも言うような態度でゼロダークネスは構えをとったまま、追撃もせずに手招きしている。

 

二つ目は光系の中級防御魔法〝天絶〟。〝光絶〟という光のシールドを発動する光系の初級防御魔法の上位版で、複数枚を一度に出す魔法だ。

〝結界師〟である鈴などは、この魔法を応用して、壊される端から高速でシールドを補充し続け、弱く直ぐに破壊されるが突破に時間がかかる多重障壁という使い方をしたりする。この点、香織は、光属性全般に高い適性を持つものの、結界専門の鈴には及ばないため、そのような使い方は出来ない。精々、設置するシールドの微調整が出来る程度だ。

 

その揺らめきの正体。鈴を狙った風魔の忍者刀を間一髪のところで逸らす。

 

それを鼻で笑いながら風魔が後ろに飛ぶと、慌てて鈴が張った強力な結界をオーブダークネスのダークネスカリバーによる一閃と、ジードダークネスの拳が砕き、その余波だけで小柄な鈴は吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばされ鈴を受け止めていた恵里が片手を突き出し、鈴と同様、危機感から続けていた詠唱を完成させ、強力な炎系魔法を発動させた。〝海炎〟という名の炎系中級魔法は、文字通り、炎の津波を操る魔法で分類するなら範囲魔法だ。素早い敵でも、そう簡単には避けられはしない。

 

だが、敵にとって彼女の魔法は回避する必要すらない。

新たに現れたエックスダークネスがダークネスゴモラアーマーを纏い、炎の津波はエックスダークネスが放ったダークネスゴモラ振動波によって掻き消してしまう。

 

オーブ、ジード、エックスの三体のダークネスの中央に立つエックスダークネスが残った火の粉を鬱陶しげに振り払う。

鈴と恵理と香織の三人を標的に捉えたダークネス達に

 

「香織から離れろぉおお!!」

 

鈴と恵理はいいのか? とツッコミを入れてはいけない。

光輝は、怒りを多分に含ませた雄叫び上げながら〝縮地〟で一気に三人の近くにいたダークネス達に踏み込もうとする。

 

「させないよー」

 

そんな光輝の移動速度が焦点速度を超えて背後に残像を生み出し、振りかぶった聖剣をムサシ魂に変身していたダークゴーストが、二刀を持って受け止めて無防備な身体に無慈悲な一撃を打ち込む。

 

 

 

 

 

闇を前にした絶望は此処から始まるのだ。

 



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その頃のクラスメイト達⑤

「ゲフッ!」

 

「ガハァ!」

 

ゼロダークネスに再び殴り飛ばされる永山と龍太郎の二人。拳士と重格闘家と言う天職の二人の土俵で戦っていながら、ゼロダークネスには彼等の攻撃など擦り傷を付けるどころか、触れることすら許されていない圧倒的な力の差を見せ付けられている。

技能の重ねがけで最大の防御力を得た永山がゼロダークネスの攻撃を受け止め、その隙に龍太郎に攻撃させようと捨て身の行動に出るも、鋼鉄の盾を超える防御力を得た永山をゼロダークネスは一撃で吹き飛ばし、今までの戦いで得ていた筈の彼の自信を粉々に砕いていく。

 

離れようとすれば額から放たれる光線で狙われ、二人は技量も力も上のゼロダークネス相手に近接戦を強要されている。

 

「それそれそれー」

 

一方で、ムサシ魂に変身したダークゴーストと戦う光輝に至っては、京矢やメルドどころか、のんびりとした口調で喋る少女に剣で負けている現実に動揺が生まれ、振るう剣も荒くなり、そんな剣がタダでさえ剣技で上回るムサシ魂に通用する訳もない。

 

「ぶっ!」

 

そんな中、突然割り込んできた風魔の裏拳が光輝の顔面に叩きつけられる。

 

「何時まで遊んでいる」

 

「えへへー、ごめんねー」

 

「やれ」

 

オーブダークネスに風魔が指示を出すとオーブダークネスはダークネスカリバーを地面に突き刺し、両手を十字に組んで恵理と鈴へ向けて紫色の光線を放つ。

 

その様子を見た恵里が、表情に焦りを浮かべた。魔法を放ったばかりで対応する余裕がないからだ。だが、その焦りは、腕の中の親友がいつも通りの元気な声で吹き飛ばした。

 

「にゃめんな! 守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る〝天絶〟!」

 

刹那、鈴達の前に十枚の光のシールドが重なるように出現した。

そのシールドは全て、斜め四十五度に設置されており、シールドの出現と同時に、オーブダークネスから放たれた紫の光線はシールドを粉砕しながらも上方へと逸らされていった。

 

「おおー、お見事ー」

 

見事にオーブダークネスの光線を防いで見せた鈴に、ダークゴーストは拍手をしながら称賛する。

 

「ちくしょう! 何なんだってんだよ!」

 

「何なんだよ、こいつら!?」

 

叩き付けられる圧倒的な力の差に最早恐怖しか湧かない。

人間族の勇者として異世界に召喚された自分達が、特撮ヒーローに蹂躪されるなどと言う、特撮番組の悪役にでもなったかの様な、悪夢の様な現実に悪態しか出て来ない。

 

他の生徒達が錯乱する中、これ以上は好きにはさせないとばかりに雫が、残像すら見えない超高速の世界に入る。

風が破裂するようなヴォッ! という音を一瞬響かせて姿が消えたかと思えば、次の瞬間には混乱していた者達に向かおうとしていた仮面ライダー達の一人の亡の真後ろに現れて、これまたいつの間にか納刀していた剣を抜刀術の要領で抜き放った。

 

〝無拍子〟による予備動作のない移動と斬撃。姿すら見えないのは単純な移動速度というより、急激な緩急のついた動きに認識が追いつかないからだ。

さらに、剣術の派生技能により斬撃速度と抜刀速度が重ねて上昇する。鞘走りを利用した素の剣速と合わせれば、普通の生物には認識すら叶わない神速の一閃となる。だが、敵は普通の生物ではなく仮面ライダー。

 

好き勝手やってくれたお返しとばかりに放たれたそれは八重樫流奥義が一〝断空〟。

空間すら断つという名に相応しく、銀色の剣線のみが虚空に走ったかと思えば、次の瞬間には、一瞥もせずに四人の仮面ライダー達は彼女の攻撃範囲から逃れていた。

 

(どう言うこと?)

 

今までの戦いで自分に対してだけは、意図的に攻撃をされていない事を疑問に思う雫。此処まで露骨にやられれば嫌でも理解してしまう。

 

心を折る為に、最悪死んでも構わないと言う態度で攻撃されている他の者達と違って、明らかに自分だけは万が一でも死んでは困ると言った様子。されているのは、かすり傷一つ付いても困るとでも言ったレベルの丁重すぎる手加減だ。

 

(こいつらの狙いは、私?)

 

スピードファイターである雫が防御に秀でた永山が血反吐を吐いて吹き飛ばされる一撃を受けたら、それだけで無事では済まないだろう。

疲弊はあるが異常なほどに自分だけがかすり傷一つなく無傷なのはそうとしか考えられない。

 

推測に確証はなく、彼等の語るバールクスと言う名前にも聞き覚えがない。だからこそ、それらは雫の推測に過ぎない。

確かめたければ、手の中にある剣を自分の首に突き付けて、動くなと叫べばすぐに分かるだろう。

人質は生きてなければ意味が無い。推測が正しければ、敵が人質として確保したいと思っているのならば、最悪自分の命を盾にすればクラスメイト達を救う事はできるだろう。……上手くいけば、自分が人質になる事を交換条件にすれば光輝達を見逃してもらえる可能性だってある。

 

それを確かめる為にも速度で翻弄し、他のクラスメイトを狙おうとした四人の仮面ライダー達の射線に入ろうとすれば、露骨なまでに攻撃をしようとしない。

そこから推測して敵の言う人質が自分であるのはほぼ間違い無いだろう。……逆に言えば、何の交渉もなく自分が捕まって仕舞えば、間違い無く皆殺しにされる。

 

雫が一人で滅亡迅雷の四人のライダー達を引き付けている中、風魔は他の生徒達に再度降伏を促す。

 

「どうする? 今からでも、そこの阿呆の首でも切り落とせば、降伏を認めてやるが?」

 

「ふざけるな! 俺達は脅しには屈しない! 俺達は絶対に負けはしない! それを証明してやる! お前達こそ、降伏して罪を償え!」

 

「笑える冗談だな」

 

「行くぞ〝限界突破〟!」

 

まあ、降伏条件が自分の死なのだから自分から降伏したりなしないだろう。風魔自身もさっさと降伏してくれれば楽だと言うだけで提案したに過ぎない。

 

光輝は全身に神々しい光を纏う。

〝限界突破〟は、一時的に魔力を消費しながら基礎ステータスの三倍の力を得る技能である。

ただし、文字通り限界を突破しているので、長時間の使用も常時使用もできないし、使用したあとは、使用時間に比例して弱体化してしまう。酷い倦怠感と本来の力の半分程度しか発揮できなくなるのだ。なので、ここぞという時の切り札として使用する時と場合を考えなければならない。

 

光輝は、圧倒的な強さと、ヒーローの様な姿の敵と戦っている状況に士気が下がり押し切られると判断し、〝限界突破〟を使用して一気にリーダー格の風魔を倒そうと考えた。

 

「刃の如き意志よ 光に宿りて敵を切り……ブッ!」

 

光輝は聖剣に光の刃を付加させて下段より一気に切り裂こうとするも、顔面を風魔に蹴り飛ばされ、詠唱を無理矢理中断させられる。

 

「長々と詠唱させるバカがいるか」

 

「くそ!」

 

スピードファイターのくせにパワーも自分を上回る風魔から距離を取ろうとするが、振り払えない。〝限界突破〟を使った上で〝縮地〟使っても、純粋な身体能力だけで風魔は光輝に肉薄しているのだ。

しかも、相手にはまだ余裕がある素振りさえ見せている。

 

「私もいるよー」

 

風魔だけではない。パーカーの色と形が変わっているダークゴーストが、今度はハンマー様な武器で殴りかかってくる。風魔と戦っている隙にムサシ魂からベンケイ魂にフォームチェンジしたのだ。

完全に、ベンケイ魂のダークゴーストと風魔に遊ばれている光輝。

 

身に纏った聖なる鎧の力を信じないわけでは無いが、あんな物に当たったら無事では済まないと言う考えがあるのだろう。

 

「ガッ!」

 

ダークゴーストの動きに気を取られていた光輝の腹部に忍者刀が突き刺さる。ヒット&ウェイを守り、風魔が素早く忍者刀ごと後ろに下がる事で、突き刺さっていた刀が抜け、鮮血が舞う。

 

その姿を見てトドメでも刺そうと言うのかダークゴーストと同時に光輝に襲い掛かろうとする風魔。

 

「光の恩寵よ、癒しと戒めをここに〝焦天〟! 〝封縛〟!」

 

光輝のピンチを見た香織が、すかさず、光系の回復魔法を行使した。〝焦天〟一人用の中級回復魔法だ。

 

更に同時発動により、光系の中級捕縛魔法〝封縛〟を行使する。

〝封縛〟は、対象を中心に光の檻を作り出して閉じ込める魔法だ。香織は、その魔法を光輝にかけた。光輝を中心に光の檻が瞬時に展開し、風魔とダークゴーストから守る。

 

同時に、ダークネス達に近づくなと言わんばかりに必死に魔法を放っていた相手をしていた後衛組の何人かが、光輝と戦っている風魔達に向かって攻撃魔法を放った。

 

自身へと迫る魔法を一瞥しながら風魔は、忍者刀を持ったまま両手で印を組む。

 

影分身の術(出ろ、忍者プレイヤー)!」

 

風魔が印を組むと彼の背後に風魔に似た戦闘員『忍者プレイヤー』達が現れる。

現れた忍者プレイヤー達は、自ら本体である風魔を守る為に攻撃魔法に突っ込んでいき、次々と青い粒子となって消えていく中、生き残った忍者プレイヤー達が後衛に襲い掛かる。

 

飛び込んできた忍者プレイヤー達によって後衛側で悲鳴が上がる中、風魔を睨みつける光輝が体勢を立て直す時間は稼げたようで、聖剣を構え直すと、治癒されながら唱えていた詠唱を完成させ反撃に出た。

 

「〝天翔剣四翼〟!」

 

振るわれた聖剣から曲線を描く光の斬撃が四つ風魔に飛翔する。狙われた風魔は、〝限界突破〟により強化された光輝の十八番を光の手裏剣で打ち落とし、最後の一発を忍者刀で切り払う。

 

「で?」

 

得意技を簡単に防がれ、嘲笑う様に告げられた事に唖然とする光輝。

 

「あぁああああ!!」

 

「鈴ちゃん!」

 

「鈴!」

 

忍者プレイヤー達の投げた光の手裏剣が鈴の腹と左腿、右腕に突き刺さり、苦悶の声を上げる。

その苦悶の声を聞いて香織と恵里が、思わず悲鳴じみた声で鈴の名を呼ぶ。

 

「ひぃ!?」

 

恐怖心から逃亡しようとした生徒の一人の魔法が逃げ道を塞いでいた兵士の頭に直撃し、兜の一部が砕けると、そこには苦悶の表情を浮かべる檜山の顔があった。

 

「ひ、檜山……?」

 

別の兵士が同じ様に兜の壊れた部分を剥がすとそこにも檜山の顔が現れる。それに合わせて次々と兜を外していく兵士達の顔は何れも檜山だった。

苦悶の表情を浮かべたゾンビの様な顔をした檜山の大群。最早、理解が追いつかない様子だ。

 

「ガフッ!」

 

目の前の状況に戸惑っていた生徒の一人の腹に、忍者プレイヤーの小太刀が刺さる。

それを機に次々と生徒の体に忍者プレイヤー達の忍者刀が突き立てられていく。忍者プレイヤー達が離れると全身から血を流しながら生徒の体が力なく倒れる。

 

「光輝! 撤退するわよ! 退路を切り開いて!」

 

「なっ!? 此処までされて、逃げろっていうのか!」

 

しかし、仲間を傷つけられた事に激しい怒りを抱く光輝は、キッと雫を睨みつけて反論した。光輝から放たれるプレッシャーが雫にも降り注ぐが、雫は柳に風と受け流し、険しい表情のまま光輝を説得する。

限界突破もそろそろ限界と言う言葉や、雫が唇の端から血を流していることに気がついき、茹だった頭がスッと冷えるのを感じた。

雫も悔しいのだ。思わず、唇を噛み切ってしまう程に。大事な仲間をやられて、出来ることなら今すぐ敵をぶっ飛ばしてやりたいのだ。……そして、何より、傷を負う事なく丁重に手加減されている事が悔しいのだ。

 

そうはさせまいと兵士達が動き出そうとするが、先程の魔族の女が連れていたら魔物達が起き上がり、兵士達に襲いかかってきた。

 

「ネクロマンシーか?」

 

「あなた達に光輝君の邪魔はさせない!」

 

そんなことを叫びながら、撤退の為の詠唱を始めた光輝の邪魔をさせまいと、手をタクトのように振るって死体の魔物達に包囲させたのは恵里だった。

 

「流石に此れは限界を超えているな? 惚れた男のために、と言うなら妬けるな」

 

降霊術を苦手として実戦では使っていなかった恵里が、苦手なんて今、克服する! 限界なんて超えてやる! とでも言うように強い眼差しで小馬鹿にするように拍手をしている風魔達を睨むと、実戦で初めて使うとは思えないほど巧みにキメラ達を操り、倒すというより、時間を稼ぐように立ち回った。

 

光輝の聖剣に集まる輝きがなければ、限界になった者は自殺行為に走っていたかもしれない。

恵理の操るキメラ達が時間を稼ぐ中、メンバーが、今か今かと待っていたその時は……遂に訪れた。

 

「行くぞ! 〝天落流雨〟! 〝収束〟!」

 

まるでそれを待っていた様に、滅が、迅が、雷が、亡が、オーブダークネスが、エックスダークネスが、ジードダークネスが各々の必殺技を放ち魔物達の死体を、再利用出来ないように跡形も残さず消滅させる。

キメラ達が全滅させられた事で限界が来たのか、遂に恵理が倒れる中、

 

「〝天爪流雨〟!」

 

直後、突き出された聖剣から無数の流星が砲撃のごとく撃ち放たれる。

光輝の狙いは〝天爪流雨〟の副次効果、閃光による視覚へのダメージだ。

 

「今だ! 撤退するぞ!」

 

近くにいた鈴と香織が倒れた恵理に肩を貸し、光輝の声に従い全員が一斉にその場を逃げ出す。

 

「チッ」

 

風魔達は殿にたったのが、人質としての価値から傷付けることのできない雫がいた為に、迂闊に攻撃ができず撤退を見逃すしか無かった。

バールクスへの人質としての価値は、光輝を含む彼女以外の勇者パーティ全員の命よりも重要だ。

後に残されたのは忍者プレイヤーに襲撃され、自力で動く事の出来ない生徒2〜3人。全身に忍者刀を突き立てられて血塗れで虫の息の生徒が一人。

こんな状況でも光輝の取り巻きをやっていた女生徒を含み男女数人だ。

 

「追え!」

 

そんな彼らを放置して風魔達は忍者プレイヤー達と兵士達を先頭に光輝達の追撃に移る。

 



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078

自分達の群れのリーダーが既に存在していないことに気がつくと、しばらくの硬直の後、一体、また一体と後退りし、遂には踵を返して京矢とハジメを迂回しながら北を目指して必死の逃亡を図り始めた。

 

魔物の群れという名の水流は、まるで川中の岩と同じように二人を避けて左右に分かれながら逃亡していく。

その様子を、ギャレンの仮面の奥で鋭い眼で確認していたハジメは、どさくさに紛れて、おそらく最後の一頭と思われる黒い四目狼にまたがり逃亡を計る清水の姿を発見した。

 

ハジメは、膝立ちになりギャレンラウザーを両手でしっかり構えると、連続して引き金を引く。

絶妙なタイムラグをもって宙を駆けた弾丸は、不穏な気配を感じたのかチラリと振り返った黒い四目狼の〝先読〟により一撃目を避けられたものの、二撃目でその大腿部を撃ち抜き地に倒れさせた。その衝撃で、清水も吹き飛ぶ。身体スペックは高いので、体を強かに打ち付けつつも直ぐさま起き上がり、黒い四目狼に駆け寄って何か喚きながら、その頭部を蹴りつけ始めた。

 

おそらく、さっさと立てとか何とかそんな感じのことを喚いているのだろう。見るからにヒステリックな感じである。しまいには、暗示か何かで無理やり動かそうというのか、横たわる黒い四目狼の頭部に手をかざしながら詠唱を始めた。

 

 

『ファイア』『バレット』

『ファイアバレット』

 

 

ハジメは、その様子をみながら、問答無用でファイアバレットをぶっ放し、黒い四目狼に止めを刺す。

余波で再び吹き飛んだ清水は、わたわたと手足を動かしながら、今度は自力で逃げようというのか魔物達と同じく北に向けて走り始めた。

 

だが、それを見越していた京矢がブルースペイダーに乗って加速し、瞬く間に清水に追いつく。

後ろからキィイイイ! という耳慣れぬ音に振り返った清水が、異世界に存在しないはずのバイクを見てギョッとした表情をしつつ必死に手足を動かして逃げる。

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 

「取り敢えず、その辺で黙っとけ」

 

悪態を付きながら必死に走る清水の後頭部を、二輪の勢いそのまま軽く殴りつける京矢。ブレイドのライダーシステムまで使ってバイクの加速付きで全力で殴ったら普通に死ぬだろうし、そこは加減した。

殴られた勢いで清水は、顔面から地面にダイブし、シャチホコのような姿勢で数メートルほど地を滑って停止した。

 

「さて、先生はどうする気だろうな? こいつの事も……場合によっては俺達の事も……」

 

「さあな。まっ、こいつの事は先生に任せるけど、オレらの事はな……」

 

京矢とハジメはそんな事を話しながら清水にワイヤーを括り付けると、そのまま町へと踵を返した。

荒れ果てた大地の砂埃と魔物が撒き散らした血肉に塗れながら二人の仮面ライダーに引きずられる清水の姿は……正しく捕らえられた悪の組織の一員と言った有様だった。…………戦闘員と言わないのは最後の情けである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、清水幸利にとって、異世界召喚とは、まさに憧れであり夢であった。

ありえないと分かっていながら、その手の本、Web小説を読んでは夢想する毎日。夢の中で、何度世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えたかわからない。それをリアルで四度も成し遂げた京矢に言わせれば、『想像の中だけで済ませとけ』と吐き捨てるところだろう。力が有っても祝福の風は救えなかった。エメロード姫を光達に殺させてしまった。良かったと言える結末を迎えたとしても、其処に後悔が無い戦いなど一つも無かった。

 

清水幸利は真性のオタクである。但し、その事実を知る者は、クラスメイトの中にはいない。

それは、清水自身が徹底的に隠したからだ。理由は、言わずもがなだろう。ハジメに対する京矢以外のクラスメイトの言動を間近で見て、なお、オタクであることをオープンにできるような者はそうはいない。

 

クラスでの清水は、彼のよく知る言葉で表すなら、まさにモブだ。

ハジメにとっての京矢の様に特別親しい友人もおらず、いつも自分の席で大人しく本を読む。話しかけられれば、モソモソと最低限の受け答えはするが自分から話すことはない。

元々、性格的に控えめで大人しく、それが原因なのか中学時代はイジメに遭っていた。当然の流れか登校拒否となり自室に引きこもる毎日で、時間を潰すために本やゲームなど創作物の類に手を出すのは必然の流れだった。親はずっと心配していたが、日々、オタクグッズで埋め尽くされていく部屋に、兄や弟は煩わしかったようで、それを態度や言葉で表すようになると、清水自身、家の居心地が悪くなり居場所というものを失いつつあった。

鬱屈した環境は、表には出さないが内心では他者を扱き下ろすという陰湿さを清水にもたらした。そして、ますます、創作物や妄想に傾倒していった。

 

そんな清水であるから、異世界召喚の事実を理解したときの脳内は、まさに「キターー!!」という状態だった。

愛子がイシュタルに猛然と抗議している時も、光輝が人間族の勝利と元の世界への帰還を決意し息巻いている時も、京矢がそんな彼らに冷水を浴びせてる時も、檜山が京矢と光輝が軽く触っただけで痛みで転げ回ってる時も、清水の頭の中は、何度も妄想した異世界で華々しく活躍する自分の姿一色だ。

ありえないと思っていた妄想が現実化したことに舞い上がって、異世界召喚の後に主人公を理不尽が襲うパターンは頭から追いやられている。

 

そして実際、清水が期待したものと、現実の異世界ライフには齟齬が生じていた。

まず、清水は確かにチート的なスペックを秘めていたが、それは他のクラスメイトも同じであり、更に、〝勇者〟は自分ではなく光輝であること、その勇者を越える絶対的な強者として京矢が存在している事。

その為か、自分は〝その他大勢の一人〟に過ぎなかった事だ。これでは、日本にいた時と何も変わらない。

念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない現実に陰湿さを増す清水は、内心で不満を募らせていった。

 

都合の悪いことは全て他者のせい、自分だけは特別という自己中心的な考えが清水の心を蝕んでいった。

 

そんな折だ。あの【オルクス大迷宮】への実戦訓練が催されたのは。清水は、チャンスだと思った。

誰も気にしない。居ても居なくても同じ。そんな背景のような扱いをしてきたクラスメイト達も、遂には自分の有能さに気がつくだろうと、そんな何処までもご都合主義な清水は……しかし、ようやく気がつくことになる。

 

 

自分が決して特別な存在などではなく、ましてご都合主義な展開などもなく、ふと気を抜けば次の瞬間には確かに〝死ぬ〟存在なのだと。

 

 

トラウムソルジャーに殺されかけて、遠くでより凶悪な怪物を特撮ヒーローの様な姿に変わり一太刀で断ち切る剣聖(最強)とそれを見事にサポートする錬成師(最弱)を見て、抱いていた異世界への幻想がガラガラと音を立てて崩れた。

 

そして、奈落へと落ちて〝死んだ〟クラスメイト達、しかもあの化物を簡単に殺した最強が死ぬ瞬間を目の当たりにし、心が折れた。

それは京矢の想定していた事だったが、自分に都合のいい解釈ばかりして、他者を内心で下に見ることで保ってきた心の耐久度は当然の如く強くはなかったのだ。

 

清水は、王宮に戻ると再び自室に引き篭ることになった。

だが、日本の部屋のように清水の心を慰めてくれる創作物は、ここにはない。当然の流れとして、清水は自分の天職〝闇術師〟に関する技能・魔法に関する本を読んで過ごすことになった。

 

闇系統の魔法は、相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。清水の適性もそういったところにあり、相手の認識をズラしたり、幻覚を見せたり、魔法へのイメージ補完に干渉して行使しにくくしたり、更に極めれば、思い込みだけで身体に障害を発生させたりということができる。

 

そして、浮かれた気分などすっかり吹き飛んだ陰鬱な心で読んだ本から、清水は、ふとあることを思いついた。

闇系統魔法は、極めれば対象を洗脳支配できるのではないか?

というものだ。清水は興奮した。自分の考えが正しければ、誰でも好きなように出来るのだ。そう、好きなように。清水の心に暗く澱んだものがはびこる。その日から一心不乱に修練に励んだ。

 

しかし、そう簡単に行く訳もなかった。まず、人のように強い自我のある者には、十数時間という長時間に渡って術を施し続けなければ到底洗脳支配など出来ない。当然、無抵抗の場合の話だ。

流石に、術をかけられて反応しないものなど普通はいない。それこそ強制的手段で眠らせるか何かする必要がある。人間相手に、隠れて洗脳支配するのは環境的にも時間的にも厳しく、ばれた時のことを考えると非常にリスクが高いと清水は断念せざるを得なかった。

 

肩を落とす清水だったが、ふと召喚の原因である魔人族による魔物の使役を思い出す。

人とは比べるべくもなく本能的で自我の薄い魔物ならば洗脳支配できるのではないか。清水は、それを確かめるために夜な夜な王都外に出て雑魚魔物相手に実験を繰り返した。

その結果、人に比べて遥かに容易に洗脳支配できることが実証できた。もっとも、それは既に闇系統魔法に極めて高い才能を持っていたチートの一人である清水だから出来た事だ。

以前、イシュタルの言ったように、この世界の者では長い時間をかけてせいぜい一、二匹程度を操るのが限度である。

京矢が聞いたら寧ろ褒めていた所だろう。勇者なんかよりもよっぽど凄いと。それが彼にとっての不幸だ。

 

王都近郊での実験を終えた清水は、どうせ支配下に置くなら強い魔物がいいと考えた。ただ、光輝達について迷宮の最前線に行くのは気が引けた。

そして、どうすべきかと悩んでいたとき、愛子の護衛隊の話を耳にしたのだ。それに付いて行き遠出をすれば、ちょうどいい魔物とも遭遇出来るだろうと考えて。

 

結果、愛子達とウルの町に来ることになり、北の山脈地帯というちょうどいい魔物達がいる場所で配下の魔物を集めるため姿を眩ませたのだ。

次に再会した時は、誰もが自分のなした偉業に畏怖と尊敬の念を抱いて、特別扱いすることを夢想して。

 

本来なら、僅か二週間と少しという短い期間では、いくら清水が闇系統に特化した天才でも、そして群れのリーダーだけを洗脳するという効率的な方法をとったとしても精々千に届くか否かという群れを従えるので限界だっただろう。

それも、おそらく二つ目の山脈にいるブルタールレベルを従えるのが精々だ。それでも、千を超える兵を自由に動かせるのだ、個人が持つ兵力としては十分過ぎる。

 

だが、ここでとある存在の助力と、風魔とダークゴーストに与えられた力、偶然支配できたティオの存在が、効率的に四つ目の山脈の魔物まで従える力を清水に与えた。

と、同時に、そのとある存在との契約と日々増強していく魔物の軍勢に、与えられた力に、清水の心のタガは完全に外れてしまった。

そして遂に、やはり自分は特別だったと悦に浸りながら、満を持して大群を町に差し向けたのだった。

 

 

 

そして、その結果は……

 

 

 

見るも無残な姿に成り果てて、愛子達の前に跪かされるというものだった。

敗残兵の様な姿になっている理由は、ハジメと京矢に魔物の血肉や土埃の舞う大地を足を持って引き摺られて来たからである。

 

白目を向いて意識を喪失している清水が、なお、頭をゴンゴンと地面に打ちつけながら眼前に連れて来られたのを見て、愛子達の表情が引き攣っていたのは仕方がないことだろう。

 

ちなみに、場所は町外れに移しており、この場にいるのは、愛子と生徒達の他、護衛隊の騎士達と町の重鎮達が幾人か、それにウィルと京矢達だけである。

流石に、町中に今回の襲撃の首謀者を連れて行っては、騒ぎが大きくなり過ぎるだろうし、そうなれば対話も難しいだろうという理由だ。町の残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。

 

未だ白目を向いて倒れている清水に、愛子が歩み寄った。黒いローブを着ている姿が、そして何より戦場から直接連行して来られたという事実が、動かぬ証拠として彼を襲撃の犯人だと示している。

信じたくなかった事実に、愛子は悲しそうに表情を歪めつつ、清水の目を覚まそうと揺り動かした。

 

デビッド達が、危険だと止めようとするが愛子は首を振って拒否する。拘束も同様だ。それでは、きちんと清水と対話できないからと。愛子はあくまで先生と生徒として話をするつもりなのだろう。

 

やがて、愛子の呼びかけに清水の意識が覚醒し始めた。ボーっとした目で周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こす。

咄嗟に、距離を取ろうして立ち上がりかけたのだが、まだ京矢に殴られた後頭部へのダメージが残っているのか、ふらついて尻餅をつき、そのままズリズリと後退りした。

警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で、目をギョロギョロと動かしている。

 

「ひっ!?」

 

「逃げんなよ。流石に先生の前で、お前を切りたくは無いんでな」

 

清水の首筋に鞘に収められたままの斬鉄剣が添えられる。

この状況で何を出来るか分からないが、なおも警戒してバックルはつけているが、京矢もハジメも変身を解除している。

 

「鳳凰寺君、やめて下さい。脅かさないでいてあげて下さい」

 

「分かったよ、先生」

 

愛子からの言葉に従って斬鉄剣を首筋から離して、清水から離れて行く。

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

膝立ちで清水に視線を合わせる愛子に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話……というより悪態をつき始めた。

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者、剣聖、剣聖うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

 

「てめぇ……自分の立場わかってんのかよ! 危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

 

「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

 

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

「まっ、あの国の貴族やらオウサマやらがバカってのには同意するがな」

 

反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論する中、京矢だけがサラリとため息混じりで毒を吐く。

その勢いに押されたのか、ますます顔を俯かせ、だんまりを決め込む清水。

 

愛子は、そんな清水が気に食わないのか更にヒートアップする生徒達を抑えると、なるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。

 

「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の〝価値〟を示せません」

 

愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。

そして、これは好機だと思った。コイツらはまだ自分に与えられた本当の勇者の力のことは知らないのだ、と。先ずはチャンスを得る為に時間を稼ぐ為会話を続ける。

 

「……示せるさ……魔人族になら」

 

「なっ!?」

 

清水の口から飛び出したまさかの言葉に愛子のみならず、京矢達を除いた、その場の全員が驚愕を表にする。清水は、その様子に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

 

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話しを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

 

「契約……ですか? それは、どのような?」

 

戦争の相手である魔人族とつながっていたという事実に愛子は動揺しながらも、きっとその魔人族が自分の生徒を誑かしたのだとフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら聞き返す。

だが、それでも清水は風魔とダークゴーストの事は口には出さない。自分に力を与えて導いてくれる仲間と、勇者である自分を支えてくれるヒロインの事を教えてなどやるものか、と。

 

そんな愛子に、目の前に転がってきてくれたチャンスを前に、ニヤニヤしながら清水が衝撃の言葉を口にする。

 

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」

 

獲物が自分から近くに来てくれたのだ。これを喜ばずに居られる訳がない。

 

「……え?」

 

愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。

周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

 

清水は、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれても尚もニヤニヤと、嘲笑いながら話を続けた。

 

チートを持った自分以下の騎士など怖くもない。自分の新しい力が有れば護衛隊など敵では無い。格下から向けられる怒りの感情の心地よさにニヤケが止まらない。

 

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……〝豊穣の女神〟……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の〝勇者〟として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。天之河の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! 何で異世界に特撮ヒーローみたいなのが出てくるんだよ!? お前は、お前は一体何なんだよっ!」

 

最初は嘲笑するように、生徒から放たれた〝殺す〟という言葉に呆然とする愛子を見ていた清水だったが、話している内に興奮してきたのか、京矢の隣にいるハジメの方に視線を転じ喚き立て始めた。

その眼は、思い通りにいかない現実への苛立ちと、邪魔したハジメや京矢達への憎しみ、そして、自分の特別性が奪われた事への苛立ち等がない交ぜになってドロドロとヘドロのように濁っており狂気を宿していた。

 

どうやら、清水は目の前の白髪眼帯の少年をクラスメイトの南雲ハジメだとは気がついていないらしい。

尚、もう、彼の中でも、京矢については京矢なら仕方ないかと諦めの境地に有るらしい。

元々、ハジメとは話したこともない関係なので仕方ないと言えば仕方ないが……

 

清水は、今にも襲いかからんばかりの形相でハジメを睨み罵倒を続けるが、突然矛先を向けられたハジメはと言うと、清水の罵倒の中に入っていた「厨二キャラのくせに」という言葉と、その言葉に爆笑している京矢に、結構深いダメージをくらい現実逃避気味に遠くを見る目をしていたので、その態度が「俺、お前とか眼中にないし」という態度に見えてしまい、更に清水を激高させる原因になっていた。

 

ハジメの心情を察して、後ろから背中をポンポンしてくれているユエの優しさがまた泣けてくる。

 

シリアスな空気を無視して自分の世界に入っているハジメと、爆笑する京矢のおかげ? で、衝撃から我を取り戻す時間が与えられた愛子は、一つ深呼吸をすると激昂しながらもその場を動かない清水の片手を握り、静かに語りかけた。

 

「清水君。落ち着いて下さい」

 

「な、なんだよっ!」

 

突然触れられたことにビクッとして、咄嗟に振り払おうとする清水だったが、愛子は決して離さないと云わんばかりに更に力を込めてギュッと握り締める。

それでも、もう最大のチャンスが来てくれたのだ振り払えなくて良かったと思った。後は、自分の力を使うだけだ。

それでも、愛子の真剣な眼差しと視線を合わせることが出来ないのか、再び俯き、前髪で表情を隠した。

 

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。〝特別〟でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと〝特別〟になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

清水は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。

生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優花が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

 

が、そんなに簡単に行くほど甘くはなかった。

肩を震わせ項垂れる清水の頭を優しい表情で撫でようと身を乗り出した愛子に対して、清水は突然、笑いながら握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。

思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにする。

 

「あははは! 肩を並べる? 何言ってんだよ、何で天之河みたいな雑魚と同列に扱ってんだよぉ!?」

 

 

何処からか何かのスイッチが入る音が響く。

 

 

『……シン』

 

 

その瞬間、清水の体が異形の怪物に変わり、全身を洗礼された特撮ヒーローの様な装甲が包む。

禍々しい邪悪な本性を外面だけ美しい物で取り繕うかの様に。

最後に頭を覆うバイザーに生々しい本体の視線が金色に輝いて映ると胸に1992と言う数字と真という文字が現れる。

 

 

 

アナザーシンと言うアナザーライダー(怪人)に姿を変えた清水は叫びを上げる。

 

 

「オレは天之河よりも、鳳凰寺よりも強いんだよおおおおおおお!!!」




アナザーシンは異形の本体をヒーロー風の装甲が隠す様な感じの変身です。
仮面ライダーの心を持った異形の姿の仮面ライダーシンに対して、邪悪な本性を表面だけ綺麗な装甲に隠した怪物がアナザーシンです。


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079

「1992?」

 

「真?」

 

胸に刻まれた数字と文字。それは京矢がガチャで手に入れた仮面ライダーシリーズのDVDで出てきた怪人の特徴と合致する。

 

「おい、あいつ……」

 

「アナザーライダーに似ている」

 

残念ながら昭和ライダーのDVDはガチャで手に入れていないのでハジメの知識にはディケイドの映画での出番でしか無いが、京矢には真と言う名前に心当たりはある。

 

仮面ライダーシン。1992年に放映された映画の主人公の変身する仮面ライダーだ。

数ある仮面ライダー達の中でも異形のその姿は主役ライダー同士で並んだら、知らない者にも忘れられないインパクトがあるだろう。

 

目の前の相手はシンを思わせる緑の体色と、頭部から伸びる触覚を思わせるアンテナ程度しか仮面ライダーシンの姿の面影はない。だが、何処かメカニカルながらもアナザーシンの姿はシンを思わせる。

 

「元が元だけに、ヒーローっぽい姿だな」

 

「動くなぁ! ぶっ殺すぞぉ!」

 

裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ清水改めアナザーシン。

バイザーと金属の装甲に包まれたその表情は読み取れないが、眼は京矢とハジメに向けていた時と同じ狂気を宿している。

 

「…………」

 

「…………」

 

「特撮ヒーローみたいな姿になってやる言動か?」

 

「特撮の怪人でもあんな余裕ない声でしないだろ?」

 

ってか、下手したら戦闘員でもそんな三下なチンピラの台詞は吐かない。人質とっても動くなと余裕ある様子で宣言する。

もはや焦ってヒステリックなその姿はヒーロー然とした姿が泣くレベルで情け無い。

 

当然ながら、愛子が苦しそうに自分の喉に食い込むアナザーシンの腕を掴んでいるが彼女の力では引き離せないようだ。

周囲の者達が、アナザーシンの警告を受けて飛び出しそうな体を必死に押し止める。アナザーシンの様子から、やると言ったら本気で殺るということが分かったからだ。みな、口々に心配そうな、悔しそうな声音で愛子の名を呼び、アナザーシンを罵倒する。

 

事前に京矢とハジメによる仮面ライダーへの変身等と言うものを見せた事が原因なのか、クラスメイト達には意外と動揺は無い。

怪人とヒーローと言う違いこそあるが、そこはアナザーシンの外見が良い方に絡んでくれたと言う事だろうか。

 

「いいかぁ、今のオレは人の首をねじ切る事なんで簡単なんだよ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

アナザーシンの狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。

完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑っているのだろうアナザーシンは、その視線を京矢とハジメに向ける。

 

「ってか、ヒステリックに叫びすぎだろ? 怪人でもそんな三下は居ないだろうが」

 

「全くだな」

 

そんなアナザーシンの様子を、我関せずと冷めた目で見て酷評している京矢とハジメの図。

 

「おい、お前等、鳳凰寺と厨二野郎、お前等だ! 後ろじゃねぇよ! 厨二野郎はお前だっつってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、そのベルトを寄越せ! それと他の兵器もだ!」

 

アナザーシンの余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をするハジメ。その呼び掛けに爆笑しそうになっている京矢。

緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思いアナザーシンは癇癪を起こす。そして、ヒステリックに、二人の持つライダーシステムと重火器を渡せと要求した。

 

「え? ヤダけど」

 

「渡すわけねーだろ?」

 

二人の言葉にアナザーシンも含めて全員が「え?」と言った様子でフリーズする。

 

「お前、自分で言ってただろ? どっちにしたって、お前は先生を殺さなきゃ目的は達成出来ないだろうが」

 

「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ!」

 

「お前がうるさい3連発しても気色悪いだけだからやめろ。大体バカはお前だ。根本的に人質を間違えてるぜ」

 

ゆっくりと言葉を続けながら京矢はアナザーシンに近づいて行く。

 

「一つはターゲットを人質に選んだ事。楯にしたつもりだろうが、殺した瞬間お前は自分を守る盾が無くなる」

 

「うるさい!」

 

「人質に取るなら他の生徒の誰かを選ぶべきだったな。そうして、先生に武器を持ってこいとでも要求すれば人質と標的を同時に確保出来た」

 

「うるさい! うるさい!」

 

「こっちは愛子先生と押し問答する羽目になったんだ。そっちの方が面倒だ」

 

「黙れ! 黙れ! 黙れぇ!」

 

ヒステリックに騒ぐアナザーシンを他所に、ゆっくりと腰の斬鉄剣へと手を伸ばして行く京矢。

 

「そして、一番の悪手は……」

 

「聞こえねぇのか!? 黙れって言ってんだよぉ!?」

 

アナザーシンが腕を振り上げた瞬間、京矢が居合の要領で斬鉄剣を抜刀する。

護衛の騎士達は何故そんなところでと思うが、クラスメイト達やハジメ達は違う。その距離こそが、京矢の攻撃範囲の中なのだ。

 

「ガッ!?」

 

京矢の斬撃の軌跡より放たれた気刃がアナザーシンの顔面を打つ。

幸いにも小さ……小柄な愛子の背丈はアナザーシンよりも低い。だからこそ、頭を狙った方が、その一撃が愛子に当たる可能性が一番低いのだ。

 

京矢の行動に反応してハジメ達が動く前に、

 

「ッ!? ダメです! 避けて!」

 

そう叫びながら、シアが一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

 

突然の事態に、体制を崩したアナザーシンが逃げられる前に愛子の頭を叩き潰そうとする。

シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、アナザーシンの胸に、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く直撃したのはほぼ同時だった。

 

シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

 

「シア!」

 

突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を呼びながら全力で駆け寄る。そして、追撃に備えてシアと彼女が抱きしめる愛子を守るように陣取った。

 

ハジメは、何も言わずとも望んだ通りの行動をしてくれたユエに内心で感謝と称賛を送りながら、ドンナーを両手で構え〝遠見〟で〝破断〟の射線を辿る。

すると、遠くで黒い服を来た耳の尖った男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。

 

「テメェかぁ!!!」

 

ハジメが引き金を引くよりも早く、胸に水流が直撃したアナザーシンが激昂しながら両胸の装甲を展開させる。其処から出現したレンズのような器官に、光の粒子が集まっていくと其処からレーザーが放出される。

 

後ろから迫ってくる極光に振り返り驚愕する表情を浮かべる男と、その男の乗る鳥の様な魔物が極光に飲み込まれ跡形も無く消え去って行った。

 

あまりの光景に膠着する一同を他所にアナザーシンは肩で息をしながら狂った様に笑い始める。

先ほどの攻撃には相当消耗するのだろう、それでも自分の手にした勇者である光輝すら超えた力に歓喜する。

 

「あははははははははっ! ヤッパリ、凄い力を持つとああ言う輩も出てくるよなぁ!? オレの力に嫉妬してオレを殺そうとする奴とかよぉ!? でもどうだ、この力……天之河なんて雑魚だろう!?」

 

狂ったように笑うアナザーシンをただ呆然と見つめるしか無いクラスメイト達。

 

「オレにはオレに力をくれた仲間とヒロインがいるんだ!? 認めてくれる仲間がいるんだよぉ!?」

 

(力を与えた……仲間?)

 

そんなアナザーシンの絶叫を疑問に思うが、今はそんな事を考えている場合では無い。

今は力を与えた黒幕よりも、アナザーシン自身をどうにかする必要がある。




アナザーシン
モチーフ:仮面ライダーシン
力:全身に仕込まれた生体兵器による特殊攻撃
元々有機的だった仮面ライダーシンの外見をメタルヒーローの様な金属的な装甲に包んだ正統派のヒーローに変えた様な外見。
胸には1992と真と言う文字が刻まれている。
その本質は生体兵器の仕込まれた異形の生物兵器に外見だけは綺麗な装甲を被せた戦闘兵士と言うべきアナザーライダー。
胸部の装甲を開く事で撃ち出す強力なビーム兵器や、腕に仕込まれた有機ミサイルや両腕のフィン状の機関が伸びる事で発生する高周波ソードなどの様々な武装が仕込まれている。武装のイメージはガイバー。
また、このアナザーライダーには他のアナザーライダーと違い、変身者の体を異形の怪物に変えてしまい、元には戻れないと言う性質を持つ。


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080

「チッ!」

 

アナザーシンの仲間やヒロインと言う言葉も気になるが、今はアナザーシンのライドウォッチを壊すことが先決と考え、バールクスのウォッチとジクウドライバーを取り出そうとしたが、それよりも先にアナザーシンは標的であった愛子に向かおうとする。

 

明らかに今からベルトを付け直していては間に合わない、そんな状況に舌打ちしつつ、

 

「変身!」

 

 

『turn up』

 

 

変身可能な状態で装着していたブレイバックルを使いブレイドに変身すると、アナザーシンにブレイラウザーを振り下ろす。

 

「邪魔を……」

 

「どけ、鳳凰寺!」

 

アナザーシンの突進を抑えていた京矢は後ろから聞こえたハジメの声に従って横に跳ぶ。すると、ギャレンに変身していたハジメの放ったファイアバレットがアナザーシンに真っ正面から直撃する。

 

「ナイスだ、南雲!」

 

 

 

『スラッシュ』『サンダー』

『ライトニングスラッシュ』

 

 

 

ファイアバレットが直撃した直後のアナザーシンへと雷光を纏ったブレイラウザーを斬り付ける京矢。

 

ファイアバレットとライトニングスラッシュ。ギャレンとブレイドの二人の必殺技の直撃を受けたアナザーシンは……

 

 

 

 

 

 

 

「やりやがったな……」

 

 

 

 

 

 

無傷で両腕を京矢達と愛子達に向ける。先程の魔人族の男の一件でそれが無意味じゃないのは理解してしまう。

両腕の装甲の一部がスライドし、そこから有機的なミサイルの様な機関が現れる。

 

両腕から撃ち出された有機ミサイルは、合計四発。素早く有機ミサイルに対してギャレンラウザーの引き金を引き、四発のミサイルを誘爆させる。

 

「はあぁ!!!」

 

その爆煙に隠れてブレイラウザーで斬りかかる京矢だが、アナザーシンの装甲は傷一つ付いた様子はない。

 

「邪魔すんじゃねえよ、鳳凰寺ぃ!!!」

 

殴りかかって来るアナザーシンを蹴って再度距離を取る。

拳が空振ったアナザーシンの全身の装甲がスライドすると其処から再び有機ミサイルが撃ち出される。両腕から打ち出されたものよりも小型だが、先程のように撃ち落とすのは困難な量だ。

 

「「えぇ~」」

 

まあ、大型ミサイルからマイクロミサイルに切り替わった敵の攻撃に唖然と呟くしかない京矢とハジメだった。

 

「旋っ!」

 

京矢が得意の剣掌・旋で竜巻を巻き起こし、それに巻き込んだマイクロミサイルを爆発させて防ぐと、有機ミサイルの発射口が閉じる前に動いたハジメがギャレンラウザーを装甲の隙間に挟み込む。

 

「この距離でこうなったら装甲も意味ないだろ?」

 

「やっ、やめて……」

 

 

 

『ファイア』『バレット』

『ファイアバレット』

 

 

 

 

アナザーシンの懇願を無視し容赦無くファイアバレットを装甲の隙間から零距離射撃で撃ち込むハジメ。

 

「があああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

流石に装甲の隙間から零距離で打ち込まれた必殺技は効いたのか、アナザーシンは絶叫を上げて吹き飛ばされる。

 

「清水くん!?」

 

容赦など無い京矢とハジメの攻撃に思わず愛子が悲鳴の様に幸利の名前を叫ぶ。流石にあの攻撃を零距離で撃ち込まれたのだから無事では済まないだろうとその場にいた全員が考えていた。

 

だが、その考えには僅かにズレがある。

 

京矢とハジメ以外の者達には命が無いのではと言う意味の無事では済まない、であり。

京矢とハジメの二人にとっては、無傷では無いだろうと言う考えだ。

 

「クソ……」

 

ヨロヨロとした様子で立ち上がるアナザーシンの体から受けたダメージが巻き戻す様に消えて行く。

 

「効いてはいる、様子だな」

 

「問題はあの回復力か?」

 

まだアナザーシンが生きている事を驚いている愛子達を他所に、京矢とハジメはどうすればアナザーシンを倒し切れるか言葉を交わす。

 

強靭な装甲に加えての再生力。更に言うならばアナザーライダーの特徴として存在する、例外を除いてアナザーライダーを倒すために必要なウォッチ等存在しない事だ。

流石に今から仮面ライダーシンからライドウォッチを貰ってくる事も、いるか居ないかわからないゾンジスを探してライドウォッチを巻き上げる事も出来ない。内心、クォーツァーかレイダーに遭遇したら悪の組織と怪人に人権は無いと、絶対にライドウォッチとプラグライズキーを強奪しようと……多分、ハジメも賛同するであろう事を心に誓うのだった。

 

そんな京矢の心境を他所に、その生命力に息を飲む愛子達。心配が一転して驚愕に変わった愛子をバイザーの奥の複眼で睨みつけ、両腕のヒレの様な部分が伸びて刃の様な形へと変える。

 

「う、うわぁぁぁぁぁあ!!!」

 

そんな中、護衛の騎士の中の一人が恐怖が限界を超えたのか、悲鳴をあげながら剣を抜いてアナザーシンへと斬りかかる。

 

悲鳴に近い掛け声で振り下ろされた剣はアナザーシンの装甲になす術もなく弾かれてしまう。そして、横薙ぎに振るわれた右の刃を受けた剣が熱したナイフでバターを切ったかの様に切り裂かれていった。

 

剣を容易く切り裂かれた光景に騎士が振りえていると、左腕の刃が迫る中、騎士の体が後ろに引かれる。

鎧をエンタープライズに引かれ、騎士はアナザーシンの刃の軌跡からの回避に成功する。

 

「指揮官、今だ!」

 

「ああ!」

 

 

 

『キック』『サンダー』『マッハ』

 

 

 

 

「確か、こうだったよな」

 

 

 

 

『ドロップ』『ファイア』『ジェミニ』

 

 

 

 

互いに三枚のラウズカードを使った二人の背後に使用したカードのヴィジョンが現れる。

天高く飛翔するローカストアンデッド、雷を放つディアーアンデッド、そして音速で走るジャガーアンデッド。

其処巨大を翻すホエールアンデッド、炎を放つファイアフライアンデッド、そして二体に分身するゼブラアンデッド。

それぞれに三枚のカードが吸い込まれ力となるとブレイドは雷を、ギャレンは炎を片足に宿す。

 

 

 

 

『ライトニングソニック』

『バーニングディバインド』

 

 

 

 

音速で駆けながら雷光を纏った飛び蹴りを放つ京矢と、空中に舞い上がり回転しながら二人に分身し踵落としの要領で炎を纏ったキックを叩きつけんとするハジメ。

 

『BOARDダブルライダーキック』と言うべき同時攻撃がアナザーシンへと叩き込まれる。

 

 

「ぐ…………グギャァー!!!」

 

ライトニングソニックとバーニングディバインドを同時に叩き込まれ、後方に吹き飛ばされながら爆散するアナザーシン。そして、全身を包んでいたと思われる装甲の破片が飛び散る光景に、今度こそと思いながらベルトを外し、二人は変身を解除する。

 

「……今度こそ、やったか?」

 

「流石にこれなら変身解除程度には持って行けただろうな?」

 

最早、既に生かしておくと危険な怪人扱いで、中身がクラスメイトなどと言う配慮は二人には無かった。

さっさと再変身前にライドウォッチを取り上げようと思う中、『それ』は現れた。

 

『ヤリヤガッタナ……』

 

爆煙の中から聞こえてきた声に背筋が寒くなる。

アナザーシンの暴れ方を見た愛子親衛隊の何人かの腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。

 

『絶対ニコロシテヤルゥ!!!』

 

全身の装甲が破壊され露わになった異形の体は肥大化しバッタに似た顔の巨大な腕を持つ怪物の様な姿に変貌していた。

胸の中央にはシンのアナザーライドウォッチが現れ、胸の部分には尚もそれがアナザーシンという事を表す様に真と1992の字が浮かんでいた。

 

「何処まで化け物になる気だよ?」

 

必殺技の直撃にも耐えたアナザーシンを見据えながら、ハジメは呆れた声を上げる。

流石にこれ以上は京矢に任せた方が吉と考え、後は任せたとばかりにユエ達の元へと下がる。

 

「トドメは任せたぜ、鳳凰寺」

 

「ああ、任された」

 

アナザーライダーと呼べる者なのか疑問な姿に変わったアナザーシンを一瞥し、プレイバックルからジクウドライバーに着け変える。

 

「いい加減、楽にしてやる」

 

『バールクス!』

 

「変身!」

 

『ライダーターイム! 仮面ライダー! バールクース!』

 

改めてバールクスに変身するとジクウドライバーの中央に手を翳し剣を出現させる。

 

構えを取り、アナザーシンのライドウォッチを破壊しようとした、そんな時だった。RXライドウォッチの輝きと共にブランクのライドウォッチが輝き、砕け散った装甲やアナザーシンのウォッチの力を吸収する様にその形を変える。

そのウォッチの外見は歪んだアナザーシンとは対極の綺麗に整った物てあり、描かれた絵は整った姿とは逆の異形の怪物を思わせる絵に。

 

「アンタもこんなふうに自分の力を使われるのは嫌って事か?」

 

RXの力の起こした奇跡に呼応した仮面ライダーシンの力の対抗だろう。

 

『シン!』

 

京矢がシンライドウォッチを起動させ、ゆっくりと刀身を滑らせると緑色の光が剣を包む。

 

『ガァァァァア!!!』

 

方向をあげながら向かってくるアナザーシンに、バールクスは八相の構えで剣を構えながらそれを見据える。

 

「剣掌奥義……」

 

放つは己の最も使い慣れた技。剣掌の奥義。遠心力を懸けて剣先に乗せた剄力と共にシンの力を幾重にも放つ。

 

「円空旋!!!」

 

京矢の一閃に沿って真っ二つに切り裂かれるアナザーシンウォッチ。

爆散するウォッチと共に、ライドウォッチの影響なのか昆虫の様な触覚と微かに緑色の体色に変わった幸利が崩れ落ちる。

 

「清水くん!」

 

愛子が倒れた彼に駆け寄ろうとするが、デビットや生徒達に止められている間に京矢が幸利に近づく。

 

助けようしてくれるのかと思った愛子を他所にバールクスの姿のまま彼の腹を踏み付けて無理矢理意識を戻させる。

 

そんな京矢の行動に愛子が抗議の声を上げる前に京矢が声を上げる。

 

「答えろ、お前にその力を渡したのは誰だ?」

 

「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……ウソだ……ありえない……」

 

「答えろって言ってんだろうが!?」

 

踏み付ける足に力を込めて怒鳴りつける。

 

「わ、分かった……お、俺、どうかしてた……もう、しない……何でもする……何でも答える……助けてくれたら、あ、あんた達の為に軍隊だって……作って……女だって洗脳して……ち、誓うよ……あんたに忠誠も誓う……何でもするから……助けて……」

 

「忠誠も軍隊もいらねえから、聞かれたことだけさっさと答えろ」

 

「あ、ああ、あれは……」

 

 

 

 

 

『狼煙霧虫! 』

『煙幕幻想撃!』

 

 

 

 

 

 

幸利が答えようとした時聞こえていた音共に放たれた赤い刃が幸利の体を真っ二つに上半身と下半身に切り裂く。

 

誰もがその突然の出来事に言葉を失ってしまう。

 

「……どうして?」

 

最初に口を開いたのは愛子だった。

呆然と、死出の旅に出た清水の亡骸を見つめながら、そんな疑問の声を出す。

ハジメは、清水から視線を逸らして愛子を見た。同時に、愛子もまたハジメに視線を向ける。その瞳には、怒りや悲しみ、疑惑に逃避、あらゆる感情が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。

 

「誰だ!」

 

赤い刃が飛んできた方向にドンナーを向けるハジメ。

 

「あははー、そんなに怒鳴らなくても出て行きますよー」

 

そんな場に似合わない少女の軽い声が響くと二人の仮面の戦士が現れる。

魔法使いを思わせる金色の仮面戦士と、サーベルを持った仮面の剣士。

 

新たに現れた特撮ヒーロー……仮面ライダーの姿に緊張が走る中、その二人は変身を解除する。

 

「あははー、始めまして。私は倉田サユリ。仮面ライダーソーサラーです」

 

フードを被った少女サユリが隣に立つ少女の背中を押して名乗る様に促す。

 

男子生徒達はその少女の容姿に場違いながら見惚れていた。

 

後ろでリボンで束ねた長い艶やかな黒髪に幼い顔つきに、それに反した抜群のスタイルに背の高さはサユリと名乗った少女と同じ位の少女は、その手に持ったサーベルと腰に刺した剣を持ち。

 

「……私は仮面ライダーサーベラで仮面ライダーデュランダル。……川澄マイ」

 

地球の現代の日本の高校の制服を着こなしながら、魔法使いの様なフードと剣士を思わせる二人の少女。

 

「私は、組織の敵を討つ者」

 

その少女はそう宣言する。



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081

エピローグ部分なので短めです。


「先ずはご挨拶させて頂きますね」

 

ソーサラーとサーベラ……サユリとマイは京矢達に一礼する。

 

「始めまして、創世の王(バールクス)。私達が彼をアナザーライダーに変えた者達です」

 

優雅ささえ感じさせる態度で京矢に対してそう名乗るサユリ。

 

「おい、そんな事をわざわざ教えるなら……何でコイツを殺した」

 

ドンナーを突き付けながらハジメはサユリへと問い掛ける。

 

「うーん、それはですね。用済みになった事と、その方が彼にとって幸せだと判断したからですよ」

 

「幸せ?」

 

「アナザーシンは使用者の体を異形の怪物に変える副作用が有るんですよ。特に再生する度に。魔物の軍団を手にした後からもう体の内側は人間じゃなくなっていた筈ですよ?」

 

そんな事をペラペラと話してくれる彼女に思わず言葉を失う一同。

幸利に対する口封じですらない、読み終わった雑誌でも処分するかの様に用が済んだから殺しだけと笑顔で告げる少女に背筋が寒くなる。

 

「そのシンのライドウォッチは私達から貴方への贈り物です。どうぞ、お納め下さい」

 

返せと言われても連中に返す気は無いが、贈り物と言われ、幸利を何故アナザーライダーに変えたのか理解出来る。

 

「どうして……どうして、清水君を!?」

 

愛子はそう叫ぶ。

問わずには居られない。何故幸利が利用されなければならなかったのか? 何故彼が死ななければならなかったのか? 教師としてだけでは無い。

 

「利用した理由は誰でも良かった。偶々、彼に目を付けた魔人族が居たから、一応協力者の立場の私達ですから、彼を使うのが丁度いいかな? って思ったんですよー」

 

 

 

 

『ボルケーノ……ナウ』

『コネクト……ナウ』

 

 

 

 

サユリはそう告げるとワイズドライバーに指輪をかざす。

その行動の意味を理解した京矢が幸利の死体から離れると魔法陣と共に現れた炎の中に飲み込まれていく。骨だけを残し灰に変わった彼の横に仕上げとばかりに壺を置く。

 

「こうして、バールクスさんからの質問に答えているのに、彼を始末した理由は先程答えた通りですけど、一つ言ってなかった事が有るんですよねー」

 

笑顔を浮かべながらサユリは無邪気に、そして残酷に答える。

 

「ダークゴーストから頼まれてたんですよー。自分のヒロイン扱いされて気持ち悪いって」

 

彼女から告げられる理由に思わず言葉を失ってしまう愛子。

自分の生徒が、そんな理由で利用されて、そんな理由で命を奪われたのだ。無理は無いだろう。

 

「そんな事より、私達は貴方を歓迎致します、バールクスさん」

 

遂にはそんな事と言い切る彼女に怒りさえ覚える愛子とクラスメイト達。そんな彼女達を他所にサユリは話を続けて行く。

 

「もう既にお気付きかと思いますが、私達には地球への移動手段が有ります。私達の仲間になるのなら、貴方方を地球に連れて行って差し上げますよ」

 

「断る」

 

地球への移動方法と聞き騒めくクラスメイト達を他所に京矢はサユリの言葉をそう切り捨てる。

別にトータスの人間族の事を考えた訳では無い。サユリの言葉には妙に引っかかるところがあるのだ。

 

「別にこれまで通り魔人族に味方しなくても良いんですけどねー。私達の組織の一員になってくれるだけで……」

 

「お前が言ってるのはオレ達の地球とは別の地球かもしれないだろ? 連れて行く、としか言って無いんだからな」

 

「ふぅ……。ええ、その通りですよ」

 

隠す事はないとばかりに、それをアッサリと肯定するサユリ。

 

「ですが、私達には異世界間の移動手段があるのは事実ですよ」

 

他の神代魔法を求めなくとも、トータスでの旅の目的が、地球に戻る可能性は確かに目の前にある。

 

「ああ、南雲ハジメさん。良ければ貴方も私達の仲間になりませんか? 今なら、地球への帰還方法の他に、新しいライダーシステムと専用マシンも付けますよ?」

 

「っ!?」

 

そう言って彼女が何処からか取り出したのはドライブドライバー。後ろに魔法陣の中から現れる一台の車ネクストトライドロン。

 

「………………………………………………………………断る!」

 

物凄く心が動かされてないかと言う間の後、彼女からの誘いを断るハジメ。

 

「そうですか。では、気が変わったら何時でも言って下さいねー」

 

ハジメの返答に残念そうに首を振りながら足元に出現した魔法陣に消えて行く二人の少女達。

こうして、ウルの街を襲った災害は終わりを告げたのただった。

 

人的被害は街にはなかった。

豊穣の女神としての愛子が女神の剣やら、神の鎧やらを召喚したと言う話が広まり、その名を高める事となるのだが、それは大した問題ではない。

 

態々悲しむ愛子を嘲笑う為に、或いはずれた親切心からかは分からないが、サユリが用意した壺に納められた、この一件の唯一の犠牲者である清水幸利の遺骨に泣きながら謝る愛子の姿があった。

 

この世界での戦争に巻き込まれ、首は量産型の兵士の中枢に変えられ、体は魔物の餌になった檜山と比べて家族に渡される遺骨があるだけ幸運なのかは分からない。

 

 

 

 

 

京矢とハジメは犠牲になった生徒に謝罪する愛子を見て、ここでのやるべきことは終わったと踵を返した。そんな彼等に静かに寄り添うユエとシア、エンタープライズとベルファスト。

ハジメの圧力を伴った視線に射抜かれ、ウィルも、愛子達の様子や町の事後処理の事で後ろ髪を引かれる様子ではあったが黙ってハジメに付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町の重鎮達や騎士達が、京矢とハジメの持つアーティファクトや二人自身を目的に引き止めようとするが、途端に溢れ出す〝威圧〟感に、先の戦いでの化け物ぶりを思い出し、伸ばした手も、発しかけた言葉も引っ込めることになった。

 

愛子からの言葉は無かった。自分が無力だったから、光輝に引き摺られる生徒達を止めようとしてくれたあの時の京矢に賛同して説得出来ていればともはや後悔しか無いだろう。

それでも、願う。その理想は命の安いこの世界に於いて幻想であったとしても、折れないでくれと。

 

立ち止まらず周囲の輪を抜けると、魔力駆動四輪を取り出し全員を乗せて走り去ってしまった。

 

後には、何とも言えない微妙な空気と生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけが残った。



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082

一家団欒な空気になって来た車内からさっさと降りて自分達だけサイドカー型の魔導二輪に乗り込んだ京矢、エンタープライズ、ベルファストの三人を恨めしそうにみるウィルと、誰も呼んでいないのに、いつの間にか荷台に乗り込んで、荷台と車内をつなぐ窓から頭だけ車内に入れて、先程から会話に参加してくるティオ。

 

そんな車の中を他所に京矢はスマホのガチャを確認していた。帰路に着いた日の夜に休憩がてら引いた十連ガチャチケットの結果と表示されている。

ガチャチケが手に入ったのは、アナザーシンを倒したからなのだろうか? 魔物の群れから街を守ったからなのかは定かでは無い。

 

「京矢様、脇見運転は行けませんよ」

 

「っと、悪い」

 

 

後ろに座るベルファストから注意され、スマホを仕舞うと横目で魔導四輪の方を見る。

妙に嬉しそうなシアとシアの頭を撫でているユエの姿が見える。

頭から入ろうとして失敗して今度は足から入ろうとして失敗しているティオの姿にはもうコメントに困る。

 

「……シリアスの同類、でしょうか?」

 

ベルファストの呆れた様な声が響くが、苦笑いするしか無かった。

車内のハジメは、無言でシュラークを連射して、ティオのケツを車外に吹き飛ばそうとするが、かなりしっかりはまり込んでいる上に、お尻のムッチリ肉が衝撃を緩和するようで吹き飛ばせなかった。

それどころか、弾丸がお尻に撃ち込まれる度に「あぁあん!」とか「激しいのじゃあ!」とか「ご主人様ぁ~」とかR18指定されそうな嬌声を上げているのだろう、頬を引き攣らせたハジメは仕方なく銃撃を断念する。

やはり、変態は相手にすべきではないのだ。

 

竜人族にあこがれがあったユエは、既に自身の持っていたイメージが幻想となって消えていたにもかかわらず、なお、ショックを受けて片手で目元を覆ってしまっている。

 

ティオは、銃撃が止んだ事を察して、何とかお尻と胸をねじ込み「ふぅ~」と息を吐きながら遂に車内への侵入を果たした。

 

そんな様を横目で眺めつつ憧れがチリとなって消えて行ったユエに対して心中で合掌する京矢だった。

 

外を走る京矢達には知らない事だが、車内ではティオの同行に対して一悶着あったが、最終的には新たな旅の仲間として加わった様子だった。

 

(……それにして、オレ以外にも仮面ライダーが、それも魔人族側に、か……)

 

仮面ライダーの力を持った二人の少女。彼女達のことを考え、光輝たちが遭遇してしまった時のことを考えると……

 

(普通に死ぬんじゃねえか? アイツら)

 

アナザーライダーまで考えると普通に光輝達が語る絵が浮かばない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その日も、中立商業都市フューレンの活気は相変わらずだった。

 

高く巨大な壁の向こうから、まだ相当距離があるというのに町中の喧騒が外野まで伝わってくる。

これまた門前に出来た相変わらずの長蛇の列、唯の観光客から商人など仕事関係で訪れた者達まであらゆる人々が気怠そうに、あるいは苛ついたように順番が来るのを待っていた。

 

そんな入場検査待ちの人々の最後尾に、実にチャライ感じの男が、これまたケバい女二人を両脇に侍らせて気怠そうに順番待ちに不満をタラタラと流していた。取り敢えず何か難しい言葉とか使っとけば賢く見えるだろ? というノリで、順番待ちの改善方法について頭の悪さを浮き彫りにしつつ語っていると、チャラ男の耳に聞き慣れない音が二つ聞こえ始めた。

 

キィイイイイイイイ!!!

 

最初は無視して傍らの女二人に気分よく語っていたチャラ男だが、前方の商人達や女二人が目を丸くして自分の背後を見ていることと、次第に大きくなる音に苛ついて「何だよ!」と背後の街道を振り返った。

 

そして、見たこともない黒い箱型の物体とそれを追う様に人を乗せた変な黒い馬と馬車の様な物体が猛烈な勢いで砂埃を巻き上げながら街道を爆走してくる光景を目撃してギョッと目を剥いた。

にわかに騒がしくなる人々。すわっ魔物か! と逃げ出そうとするが、二つの黒い物体の速度は想像以上のものであり、気がついたときには直ぐそこまで迫っていた。

 

チャラ男が硬直する。列の人々がもうダメだ! とその瞳に絶望を映す。

 

と、あわや衝突かと思われたその時、箱型の物体はギャリギャリギャリと尻を振りながら半回転し砂埃を盛大に巻き上げながら、馬車の様な物体は余裕を持って急停止した。

 

停止した物体、魔力駆動四輪とサイドカータイプの魔導二輪を凝視する人々。

一体何なんだと混乱が広がる中、四輪のドアが開いた。ビクッとする人々の事など知ったことじゃないと気にした風もなく降りてきたのは当然、ハジメ達だ。

ユエとシア、ティオも人々の視線など気にした様子はない。ウィルだけは、お騒がせしてすみません! と頻りに頭を下げている。

其処で初めて魔導二輪に乗っていた京矢達にも視線が向く。エンタープライズとベルファストもまた周囲の人々の注目も集めている。

 

人々は一切ウィルの謝罪を見ていない。

それどころか見たこともない物体から人が出てきたという事実すらもどうでも良いと言わんばかりに、眼前で「う~ん」と背伸びしている美女・美少女達に目が釘付けになっている。

彼女達が動くたびに、「ほぅ」と感心やらうっとりとした溜息がそこかしこから漏れ聞こえた。

 

ハジメは、四輪のボンネットに腰掛けながら、門までの距離を見て後一時間くらいかかりそうだなぁ~と目を細めた。ずっと車中にいて体が凝りそうだったので門に着くまで外で伸び伸びするつもりだ。

 

「暇ならこれでも見るか?」

 

「っ!? おっ、サンキュー!」

 

京矢から渡されたタブレットとイヤホンを受け取ると思わず表情が変わる。予めタブレットに移していた仮面ライダーシリーズの映像に釘付けになる。

ライダーウェポンのアーティファクトでの再現の為の研究と言い訳しながらも、顔は心底楽しそうかつ嬉しそうである。

ファイズ、ドライブ、ビルドとなぜその取り合わせにしたのか気になる三作品の劇場版を前にどれにしようかと悩んでいた。

京矢のガチャからのDVD入手でしか見れない異世界の地球の特撮番組にスッカリどハマりしたハジメだった。自分がそれに変身できるとあれば尚更だろう。

 

京矢は京矢でそんなハジメを他所にCDプレイヤーとイヤホンをつけて音楽を聴き始めた。異世界で地球の道具取り出していいのかとも思うが、気にしていない二人であった。

 

いつの間にかハジメがユエとイチャコラしたり、寂しくなったのかシアがハジメの傍らに寄り添うように座り込んだり、巨大な胸を殊更強調しながらハジメの腕に縋り付くように座ろうとして……ハジメにビンタをされ崩れ落ちたり、エンタープライズが片方のイヤホンを付けて京矢と一緒に音楽を聴いたり、周囲の男達から殺意と嫉妬のこもった視線を向けられたりといつもの光景が広がっていた。

 

「京矢様。車で乗り付けて宜しかったのでしょうか? 出来る限り隠す予定だったのでは?」

 

「ん? ああ、もう手遅れだろうからな……。派手に暴れたし、一週間もすれば、王族やら貴族の耳にも届いてるだろう。予想より早まっただけだ」

 

主に魔人族やら敵側の仮面ライダー達やら、清水利幸やらのお陰で。

 

「自重無しという訳か、指揮官」

 

ベルファストの疑問に、京矢は肩を竦めて答えた。

今までは、僅かな労力で避けられる面倒なら避けるべきという方針だったが、ウルの町での戦いは瞬く間に伝播するはずなので、そのような考えはもう無駄だろう。なので、エンタープライズの言う通り、アーティファクト類をできる限り見せないというやり方は止めて、自重なしで行くことにしたのだ。

……流石にキシリュウジンの様な巨大ロボの使用は、なるべく自重すると言うのは2人共同意見だったが。

 

「確かに、この国の上層部からは何らかのアクショウは有りそうだが……指揮官」

 

「どうした?」

 

「自重無しで行くと言う決断に至った原因の五割は指揮官に有るのを棚に上げて無いか?」

 

「うぐぅ……」

 

エンタープライズのジト目に頭を抱えてしまう。京矢が知り合いのヒャッハーな冒険者三人にガチャ産の武器を間違って渡してしまったのが、自重無しと言う決断に至る最大の理由なのだ。

 

「少しは反省してくれ、指揮官」

 

「それについては深く反省してる……」

 

「愛子様達が上手く味方して下されば宜しいのですが……」

 

イルワや愛子に対する教会や国関係の面倒事への布石は、あくまで効果があればいい程度の考えだったので、大して気にしていない様子の京矢。

ふと、ハジメ達の方を見るとシアの首輪がいつの間にか黒の生地に白と青の装飾が幾何学的に入っており、かつ、正面には神結晶の欠片を加工した僅かに淡青色に発光する小さなクロスが取り付けられた神秘的な首輪……というより地球でも売っていそうなファッション的なチョーカーに変わっていた。存分に返り討ちにしてやれ、と言うことなのだろう。

 

「その、指揮官。街に着いたら暫くは滞在するのだろう? なら、一緒に見て回らないか?」

 

「ん、別に構わないぜ」

 

京矢の返答に喜色を浮かべるエンタープライズ。

 

いきなり出来上がった桃色空間に、未知の物体と超美少女&美女の登場という衝撃から復帰した人々が、京矢達に今度は様々な感情を織り交ぜて注目し始めた。

女性達は、彼女達の美貌に嫉妬すら浮かばないのか熱い溜息を吐き見蕩れる者が大半だ。一方、男達は、彼女達に見蕩れる者、ハジメと京矢に嫉妬と殺意を向ける者、そしてハジメと京矢のアーティファクトや彼女達に商品的価値を見出して舌舐りする者に分かれている。

 

だが、直接彼等に向かってくる者は未だいないようだ。商人達は、話したそうにしているが他の者と牽制し合っていてタイミングを見計らっているらしい。

そんな中、例のチャラ男が自分の侍らしている女二人を彼女達……特にエンタープライズとベルファストと見比べて悔しそうな表情をすると明からさまな舌打ちをした。

そして、無謀にも京矢達の方へ歩み寄って行った。

 

「よぉ、レディ達。よかったら、俺と『お断りします』えっ……?」

 

チャラ男は、実に気安い感じで京矢を無視してエンタープライズ達に声をかけた。

ベルファストの頬に触れようとした手を払われ、僅か数分で美しい笑顔で精神を滅多斬りにされる姿に他の男達から同情の目を向けられていた。

 

彼女達に声をかけようとしていて牽制していた男達も「どうぞ、どうぞ」と譲り合っている。

 

すっかり蚊帳の外だったウィルが荷台に乗って体育座りで遠い目をしながら我関せずを貫いていると、にわかに列の前方が騒がしくなった。

騒ぎを聞き付けた門番が駆けてきているようだ。

 

簡易の鎧を着て馬に乗った男が三人、近くの商人達に事情聴取しながら京矢達の方へやって来た。商人の一人が京矢達を指差す。

男三人がくつろぐ(イチャイチャする)京矢達の眼前まで寄って来た。男三人の目つきが若干険しくなる。職務的なものではなく……嫉妬的な意味で。

 

「おい、お前! この騒ぎは何だ! それにその黒い箱? も何なのか説明しろ!」

 

ハジメと京矢に高圧的に話しかけてはいるが、視線がユエ達にチラチラと向かっているので迫力は皆無だった。

二人は、予想していた展開なので門番の男に視線を向けると丁度良かったとばかりに淀みなく答える。

 

冒険者ギルドの支部長からの依頼でウィルを連れて帰ってきたことを告げると、門番にも連絡が入っていたのだろう、順番待ちを飛ばして入場させてくれるようだ。

四輪と二輪を走らせ門番の後を着いて行く。列に並ぶ人々の何事かという好奇の視線を尻目に悠々と進み、一行は再びフューレンの町へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰還の最中の夜。夜通し走っても良かったが休憩として野宿の体制を取っていた際、ウィルが寝てる間に彼の監視を女性陣に任せ、ガチャチケットを引いたのだが、

 

「っという訳で、早速引いてみるか?」

 

「ああ、引いて見せてくれ」

 

また特撮ヒーローのリアル変身グッズが手に入るかもという事で笑みが止まらないハジメを他所に早速ガチャチケットに触れる。

 

スマホから飛び出してくるのは十個のカプセル。その中の一つを手に取ると、

 

 

 

ガンブレード「龍弾破刃」(SDガンダムワールド 三国創傑伝)

 

 

 

「うおおおお! ガンブレードって奴か!?」

 

赤い刀身が着いたガンブレードをハジメに渡す。一応剣だが、銃でも有るのでハジメの方が活用できるだろうと判断した結果だ。

 

「これ、貰っていいのか!?」

 

「ああ、良いぜ」

 

腐らせておくより良いだろうとハジメに渡すと、他のカプセルを開ける。

 

 

 

 

『仮面ライダーセイバー DVD全巻(劇場版込み)』

 

 

 

 

(新作の仮面ライダー……)

 

(今度見るか……)

 

笑みを浮かべながら四次元ポケットに仕舞われるそれを手に、ハイタッチを決める二人。

 

 

 

 

 

『邪剣カリバードライバー+闇黒剣月闇』

『ジャアクドラゴンライドブック』

 

 

 

 

ベルトと剣と本の様なデバイスを手に取ると、

 

「へー、新しいライダーの変身アイテムか? しかも、剣ってのはオレに使えって言われてる気分だぜ」

 

「そりゃ、文句は無いが……今回はお前の方が当たりだな」

 

「まだ六つも有るんだから、そう言うなって」

 

そう言いつつ新しいカプセルを開く。

 

 

 

 

『ポーション』(ファイナルファンタジー)

『薬草』(ドラゴンクエスト)

『時限バカ弾』(ドラえもん)

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

三つ連続でハズレに分類される安物のアイテムなので気落ちする二人。

 

「あと三つ、だな」

 

「だな」

 

先程まで良い物が出ていたのでちょっと気落ちしている二人の姿が有った。

残りの三つのカプセルを開けると、

 

 

 

 

 

 

『ガーベラストレート』(機動戦士ガンダムSEED ASTRAY)

 

 

 

 

 

入っていたのは一振りの日本刀。手に入れた刀に京矢は笑みを浮かべる。斬鉄剣も悪くは無いが、見るからに刀と言うこの刀の方が好みなのだ。

 

「お互いに武器は手に入ったな」

 

「だな。……それで、残りの二つはなんだ?」

 

「後の二つは……」

 

意図していなかったが、最後まで目を向けていなかった二つのカプセル。

 

 

 

 

『FIM-92スティンガー』

 

 

 

 

地対空ミサイルは要らないと思いながらも、何かの役に立つだろうとカプセルのままポケットにしまう。

うっかり元の世界で出したら拙いなと思いつつも最後のカプセルに触れる。

 

入っていたのは剣だった…………。カプセルの中からでも分かる力が一目で理解出来た。特に剣士として、錬成師としてその剣には本能的に一種の敬意さえ抱いてしまっている。

 

「見事な剣だな」

 

「ああ、天之河の聖剣がゴミに見えるな、こいつに比べると」

 

鞘に納められているが、鞘に鍔の部分が固定されていて抜けない様になっている。刀身から鍔、握りと一つの金属から作り出したと思われる剣は、錬成師のハジメに、今の自分では作れないであろう品物だと言う事を一目で告げていた。

 

その素材となった金属はトータスの金属は何一つ対抗出来ないであろう。

 

 

 

 

 

『ダイの剣』(ドラゴンクエスト ダイの大冒険)

 

 

 

 

 

それは勇者(笑)と比べる事自体が最大の侮辱ともいえる勇者の少年の為に作り上げられた最強の剣。

ガチャで手に入れた京矢にさえ使う資格は無いと抜くことの出来ない剣で有る。



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083

現在、京矢達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。

 

出された如何にも高級そうなお茶と茶菓子をバリボリ、ゴクゴクと遠慮なく貪りながら待つこと五分。

部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできたのは、京矢達にウィル救出の依頼をしたイルワ・チャングだ。

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 

以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを収めると挨拶もなく安否を確認するイルワ。それだけ心配だったのだろう。

 

「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

 

「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

 

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

 

イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いに行くよう促す。ウィルは、イルワに改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、ついで、京矢達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。

京矢とハジメとしては、これっきりで良かったのだが、きちんと礼をしないと気が済まないらしい。

 

(父親は父上って呼ぶのに、母親はママなんだな……)

 

改めてウィルがマザコンなんだと思う京矢で有った。

 

ウィルが出て行った後、改めてイルワとハジメが向き合う。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々とハジメに頭を下げた。

 

「ハジメ君、京矢君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

 

「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かったからだろ」

 

「ああ、現に傷はともかく、命どころか五体満足だったんだからな」

 

実際の幸運は京矢がこの依頼を引き受けた事自体が幸運だ。最悪死んでいても素性は可能だし。

 

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう? 神の鎧を纏った女神の剣様方?」

 

にこやかに笑いながら、ハジメと京矢が大群との戦闘前にした演説の内容から文字った二つ名を呼ぶイルワ。

思わず目が点になる京矢に、頬が引き攣るハジメ。どうやら、ギルド支部長には、二人の移動手段より早い情報伝達方法があるようだ。

 

「流石、ギルドの支部長。耳が早いな」

 

「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」

 

「……知らなかったけど、ホントに大変だったな、その人」

 

そう言って苦笑いするイルワ。

最初から監視員がついていたらしい。ギルド支部長としては当然の措置なので、京矢もハジメも特に怒りを抱くこともない。むしろ、支部長の直属でありながら、常に置いていかれたその部下の焦りを思うと、中々同情してしまう。

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君達に依頼して本当によかった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

 

「ああ、構わねぇよ。だが、その前にユエとシアのステータスプレートを頼むよ……ティオは『うむ、二人が貰うなら妾の分も頼めるかの』……ということだ」

 

「エンタープライズとベルファストのもな」

 

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか……わかったよ」

 

そう言って、イルワは、職員を呼んで真新しいステータスプレートを五枚持ってこさせる。

 

幸いにもエンタープライズとベルファストは種族は書かれていないが、天職はエンタープライズが『空母』で、ベルファストが『軽巡洋艦』と『メイド』なのには納得そのものだった。其々に共通して種族固有スキルの『艦装展開』がある。

 

ステータスも召喚されたチート集団ですら少人数では相手にならないレベルのステータスだ。勇者が限界突破を使っても及ばないレベルである。

……それでも、今回遭遇した仮面ライダー相手には不安は出るだろう。

 

イルワも口をあんぐりと開けて言葉も出ない様子だ。

無理もない。ユエとティオは既に滅んだとされる種族固有のスキルである〝血力変換〟と〝竜化〟を持っている上に、ステータスが特異に過ぎる。シアは種族の常識を完全に無視している。驚くなという方がどうかしている。

トドメとばかりにやたらと多い戦闘以外のベルファストのスキル。本人曰く、メイドの嗜みなのだと言うが、イルワのメイド観をぶっ壊してしまうほどのハイスペック振りである。

 

「いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは……」

 

冷や汗を流しながら、何時もの微笑みが引き攣っているイルワに、ハジメはお構いなしに事の顛末を、アナザーシンの事だけを隠して語って聞かせた。

普通に聞いただけなら、そんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付けるような数値や技能を見てしまっているので信じざるを得ない。イルワは、すべての話を聞き終えると、一気に十歳くらい年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。

 

「……道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。君達が異世界人だということは予想していたが……実際は、遥か斜め上をいったね……」

 

「で? 支部長さん、あんたはどうするんだ? 危険分子だと教会にでも突き出すか?」

 

イルワは、京矢の質問に非難するような眼差しを向けると居住まいを正した。

 

「冗談がキツいよ。出来るわけないだろう? 君達を敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ……大体、見くびらないで欲しい。君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

 

「ああ、支部長さん、試して悪かった」

 

京矢は、肩を竦めて、試して悪かったと謝意を示した。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は、〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに〝女神の剣〟という名声があるからね」

 

イルワの大盤振る舞いにより、他にもフューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。

何でも、今回のお礼もあるが、それ以上に、彼等とは友好関係を作っておきたいということらしい。ぶっちゃけた話だが、隠しても意味がないだろうと開き直っているようだ。

 

その後、イルワと別れ、ハジメ達はフューレンの中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームでくつろいだ。途中、ウィルの両親であるグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人がウィルを伴って挨拶に来た。かつて、王宮で見た貴族とは異なり随分と筋の通った人のようだ。ウィルの人の良さというものが納得できる両親だった。

 

ハジメの普段からは考えられない丁寧な態度に驚いて、悪い物でも食べたのか、何かの病気かと騒いだシアとティオが宿の窓から突き落とされる様にウィルの両親が慌てたり、自力で這い上がってきた二人に更に驚いたりしたが、それはそれ。

 

グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、ハジメも京矢も固辞するので、困ったことがあればどんなことでも力になると言い残し去っていった。

 

その際にウィルがベルファストとの別れに名残惜しそうにしていたが、それはそれ。

 

広いリビングの他に個室が四部屋付いた部屋は、その全てに天蓋付きのベッドが備え付けられており、テラスからは観光区の方を一望できる。

ハジメは、リビングの超大型ソファーにゴロンと寝転びながら、京矢は深く腰を下ろしながら、共にリラックスした様子で深く息を吐いた。

 

ユエが、寝転んだハジメの頭を持ち上げて何時ものように膝枕をする。シアは、足元に腰掛けた。ティオは、キョロキョロと物珍しげに部屋を見渡している。エンタープライズは息を吐いて椅子に座り、ベルファストはお茶を入れてくれている。

 

「取り敢えず今日はもう休もう。明日は消費した食料とかの買い出しとかしなきゃな」

 

「だな。他にも必要な物資の補給はしておこうぜ」

 

大規模な商業都市なのだから、必要な物や必要になりそうな物は今の内に多めに仕入れておこうと言う事だ。

京矢もハジメの言葉に同意して次の出発まで休息と補給に充てる事を決める。

 

「……買い物は私達がしておく。シアを連れて行ってあげて?」

 

「京矢様も、私達がしておくので、エンタープライズ様を連れて行ってあげて下さい」

 

そう言ってシアとエンタープライズ以外の女性陣が買い物を引き受けてくれたので、ハジメと京矢はデートという事になったのだが、極普通に二人の世界を作り始めたハジメとユエに呆れた視線を向ける京矢だった。

 

そんな彼等を無視しつつ、ダイの剣を取り出し剣聖の技能を使い、その使い手である勇者ダイの技を読み取るが、

 

「……コイツは、オレには無理だな」

 

アバン流刀殺法の空の技と完全版のアバンストラッシュは会得可能だが、魔法剣は擬似再現程度、それ以上の技であるアバンストラッシュXやギガブレイクにギガストラッシュ等とても再現は出来ない。

 

勇者(笑)とは違う本物の勇者の力の鱗片に敬意を払いつつ、改めてダイの剣を魔剣目録の中に納めるのだった。



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084

「…………」

 

「…………」

 

 

無言のまま、京矢とエンタープライズの二人は、入ろうと思った水族館の壁をブチ破って出て来る、……どこかで見た様な籠を吊るした十字架の物体が、人間の顔をした魚を籠の中に入れて上空へと飛び去っていく様を見送って行った。

 

「何やってんだよ、南雲……」

 

それを見て直感的に犯人がハジメだと言う事を理解してしまう、京矢。どっからどう見てもハジメの作ったアーティファクトだ。

 

「……指揮官、今なら打ち落とせるが、どうする?」

 

「止めとけ、アイツもなんの考えも無しにこんな事はしねえだろうから」

 

まさかこんな所でなんの考えも無しに強盗働く訳がないと思いたい。

 

そう言ったものの、犯人の仲間と思われたくないと思ってさっさと其処から離れて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウインドショッピングと洒落込んだ訳だけどな……」

 

「お互い、武器のウインドショッピングと言うのも味気は無いな」

 

メアシュタット水族館の前から逃げて、昼食も食べた後、京矢とエンタープライズの二人は、ウインドショッピングを楽しんでいた。

武器のウインドショッピングと言うのが何とも色気のない二人だ。流石に京矢の手持ちの武器以上に上等なものは無く、また珍しい武具もない。

 

「エンタープライズ、迷路花壇か大道芸通りにでも行って見るか?」

 

「そうだな」

 

店の前を離れて露天の買い食いを楽しみつつ、次に何処に行くのか考えている時だった。ハジメとシアの姿が見えたのは。

 

何かを追いかける様に走る二人の姿を確認すると、京矢がどうしたのか声をかけようとした時だった。

ハジメが地面に手を付いて錬成を行った。紅いスパークが発生すると、直ちに、真下への穴が空く。

 

「って、何やってんだ、あいつは!?」

 

躊躇うことなくそのまま穴へと飛び降りたハジメとシアにツッコミを入れつつ。

水族館に続いて町のど真ん中で破壊工作を行った二人に、本当に何があったのか気になるが、ただ事では無いだろうと頷き合い、京矢とエンタープライズも二人を追いかけて穴に飛び込んでいく。

 

事前に拾った小石を落下しながら投げて足場の位置を確認すると、エンタープライズを抱き寄せて其方へと着地する。

 

「鳳凰寺!?」

 

「何やってんだよ、南雲?」

 

主に水族館での破壊活動と強盗に加えての、町のど真ん中での破壊発動だ。何故、単なるデートで破壊活動をひきこ起こしているのか?と言うのは心の底からの疑問だ。

 

「実はな」

 

ハジメ曰く、下水道から子供らしき気配を感知したそうだ。それを聞いたシアがその子を助けるために動き、一気に気配を追い抜き、こうして下水に流される子供を助けに来たわけだ。

 

服が汚れるなど気にした風もなく下水に飛び込もうとするシアの首根っこを掴んで止めたハジメは、地面に手を付いて錬成を行った。

紅いスパークと共に水路から格子がせり上がってくる。格子は斜めに設置されているので、流されてきた子供は格子に受け止められるとそのままハジメ達の方へと移動して来た。

ハジメは、左腕のギミックを作動させ、その腕を伸長させると子供を掴み、そのまま通路へと引き上げた。

 

「その子が……」

 

「まぁ、息はあるし……取り敢えずここから離れよう。臭いが酷い」

 

「だな、早めに治療した方がいいだろうしな」

 

引き上げられたその子供を見て、シアが驚きに目を見開く。ハジメも京矢も、その容姿を見て知識だけはあったので、内心では結構驚いていた。

しかし、場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと場所を移動する事にする。

 

何となく、子供の素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま開けた穴からストリートに出ることが躊躇われたハジメは、穴を錬成で塞ぎ、代わりに地上の建物の配置を思い出しながら下水通路に錬成で横穴を開けた。そして、〝宝物庫〟から毛布を取り出すと小さな子供をくるみ、抱きかかえて移動を開始した。

 

とある裏路地の突き当たりに突如紅いスパークが奔り地面にポッカリと穴が空く。

そこからピョンと飛び出したのは、毛布に包まれた小さな子供を抱きかかえたハジメとシア、その二人に続いて京矢とエンタープライズも飛び出してくる。

ハジメは、錬成で穴を塞ぐと、改めて自らが抱きかかえる子供に視線を向けた。

 

その子供は、見た目三、四歳といったところだ。エメラルドグリーンの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをしている。女の子だろう。だが何より特徴的なのは、その耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついている。

 

「亜人の子供、って言うなら奴隷狩りにあった子供って事で済むんだがな」

 

「指揮官、その子は違うのか?」

 

「種族が問題なんだよ、その子は、な」

 

「この子、海人族の子ですね……どうして、こんな所に……」

 

「まぁ、まともな理由じゃないのは確かだな」

 

オルクスの迷宮攻略後に呼び出したエンタープライズの確かには無いが、京矢もこの世界の種族については調べていた。

その中でも海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。西大陸の果、【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している。彼等は、その種族の特性を生かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。

そのため、亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。差別しておきながら使えるから保護するという何とも現金な話だ。

それでも、公的な保護を受けていると言うのは幸運な話と言えるだろう。

 

そんな保護されているはずの海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れているなどありえない事だ。大都市の下水が海に直行している筈もなく、子供の力で流れを遡る事もできるわけがない。どう考えても犯罪臭がぷんぷんしている。

 

と、その時、海人族の幼女の鼻がピクピクと動いたかと思うと、パチクリと目を開いた。

そして、その大きく真ん丸な瞳でジーとハジメを見つめ始める。ハジメも何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。意味不明な緊迫感が漂う中、シアが何をしているんだと呆れた表情で近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥーと可愛らしい音を立てる。

再び鼻をピクピクと動かし、ハジメから視線を逸らすと、その目がシアの持っていた露店の包みをロックオンした。

 

その後は袋小路にハジメが作った簡易浴槽に宝物庫から綺麗な水を張り、水温を普通のお風呂の温度まで上げると、海人族の幼女(ミュウと名乗った)を入れるとシアに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らは京矢とエンタープライズと共にミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。

 

服は兎も角、子供物とは言え下着を買う時は女連れの京矢に任せたのだが、それが功を奏したのか店員から不審な目を向けられる事なく終える事が出来た様子だ。

 

しばらくして、京矢達が、ミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、ミュウは既に湯船から上がっており、新しい毛布にくるまれてシアに抱っこされているところだった。

抱っこされながら、シアが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。

 

「あっ、ハジメさん、京矢さん、エンタープライズさん。お帰りなさい。素人判断ですけど、ミュウちゃんは問題ないみたいですよ」

 

彼等が帰ってきた事に気がついたシアが、ミュウのまだ湿り気のある髪を撫でながら三人に報告をする。

ミュウもそれで彼等の存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら、先ずは再びジーとハジメを見つめ始めた。

良い人か悪い人かの判断中なのだろう。

 

ハジメは、シアの言葉に頷くと、買ってきた服を取り出した。

シアの今着ている服に良く似た乳白色のフェミニンなワンピースだ。それに、グラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着だ。

 

ハジメが服を着せ、温風を出すアーティファクト、つまりドライヤーを宝物庫から取り出し、湿り気のあるミュウの髪を乾かしていく。

ミュウはされるがままで、未だにジーとハジメを見ているが、温風の気持ちよさに次第に目を細めていった。

 

「……何気に、ハジメさんって面倒見いいですよね」

 

「何だ、藪から棒に……」

 

ミュウの髪を乾かしながらシアの言葉に眉をしかめるハジメだったが、その姿こそ文字通り面倒見がいい証拠なので、シアは頬を緩めてニコニコと笑う。

何となくばつが悪くなっているのを見て、京矢は話題を逸らしてやろうと口を挟む。

 

「で、この後の事だけどな……」

 

「ミュウと言ったか? その子をどうするかだな……」

 

京矢とエンタープライズが自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いで二人を交互に見るミュウ。

 

二人の言葉を聞き、ハジメとシアは取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。

 

結果、たどたどしいながらも話された内容は、ハジメと京矢が予想したものに近かった。

すなわち、ある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしいということだ。

 

そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族(・・・)の幼子達が多くいたのだとか。

そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は、毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくることはなかったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

 

遂にミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。

三、四歳の幼女に何か出来るはずがないとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだミュウ。幼いとは言え、海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつくことは出来なかった。

 

だが、慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だったというわけだ。

 

「完全に予想通りだったな」

 

「客が値段をつける……ね。オークションか。それも人間族の子や海人族の子を出すってんなら裏のオークションなんだろうな」

 

「気分が悪くなる話だな」

 

「……皆さん、どうしますか?」

 

シアが辛そうに、ミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。

亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われていることからも分かるのだろう。

 

だが、ハジメは首を振った。

 

「保安署に預けるのがベターだろ」

 

「まっ、この場合はそうするしか無いか」

 

「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるんですか……」

 

「いや、指揮官達の話を聞く限り、そちらの方が良いだろう」

 

「そんな、エンタープライズさんまで!」

 

京矢、ハジメ、エンタープライズと三者の考えが一致したのだった。



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085

保安署とは地球で言うところの警察機関のことだ。

そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。

なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。

それに、誘拐されたという証言があれば公的機関が動いて誘拐組織の摘発もしてくれるだろう。

どう考えてもメリットが有る。

 

ハジメと京矢は、そんなシアに噛んで含めるように説明する。

 

「あのな、シア。迷子を見つけたら保安署に送り届けるのは当然のことだ。まして、ミュウは海人族の子だ。必ず手厚く保護してくれるさ。それどころか、海人族をオークションに掛けようなんて大問題だ。正式に捜査が始まるだろうし、そうすれば他の子達も保護されるだろう」

 

「それに、これは大都市にはつきものの闇って奴なんだろ? その子が捕まっていたところだけじゃなく、公的機関の手が及ばない場所では普通にある事だろ。こりゃ、フューレンの問題だ。どっちにしろ、通報は必要だ」

 

「……お前の境遇を考えると、自分の手で何とかしたいという気持ちはわからんでもないがな……」

 

「そ、それは……そうですが……でも、せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか? どうせ、西の海には行くんですし……」

 

「はぁ~、あのな。その前に大火山に行かにゃならんだろうが。まさか、迷宮攻略に連れて行く気か? それとも、砂漠地帯に一人で留守番させるか?」

 

「ってか、誘拐された海人族の子を勝手に連れて行ったら、オレ達も誘拐犯の仲間入りだろうが」

 

「指揮官達の言う通りだ。あまり無茶な事を言うな」

 

「……うぅ、はいです……」

 

どうやら、シアはこの短い時間で相当ミュウに情が湧いてしまったようだ。

自分の事で不穏な空気が流れていることを察したのか、ミュウはシアの体にギュウと抱きついている。ミュウの方もシアにはかなり気を許しているようだ。それがまた、手放すことに抵抗感を覚えさせるのだろう。

 

しかし、京矢達の言っていることは当然の事なので、肩を落としながらも頷くシア。

そんな中、ハジメは屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。

 

「いいか、ミュウ。これから、お前を守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かるだろうが、いつか西の海にも帰れるだろう」

 

「……お兄ちゃん達は?」

 

ミュウが、ハジメの言葉に不安そうな声音で京矢達はどうするのかと尋ねる。

 

「悪いが、そこでお別れだ」

 

「やっ!」

 

「いや、やっ! じゃなくてな……」

 

「お兄ちゃん達がいいの! お兄ちゃん達といるの!」

 

思いのほか強い拒絶が返ってきてハジメが若干たじろぐ。ミュウは、駄々っ子のようにシアの膝の上でジタバタと暴れ始めた。

今まで、割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれは、ハジメとシアの人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は、結構明るい子なのかもしれない。

 

ハジメとしても京矢としても信頼してくれるのは悪い気はしないのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要であるし、途中で【大火山】という大迷宮の攻略にも行かなければならないのでミュウを連れて行くつもりはなかった。

なので、「やっーー!!」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、ハジメが抱きかかえると強制的に保安署に連れて行くことにした。

 

ミュウとしても、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったので、保安署への道中、抱え上げているハジメの髪やら眼帯やら頬やらを盛大に引っ張り引っかき必死の抵抗を試みる。隣におめかしして愛想笑いを浮かべるシアや苦笑いをしている京矢、こんな時にどうすればいいのかと戸惑っているエンタープライズがいなければ、ハジメこそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。

髪はボサボサ、眼帯は奪われて片目を閉じたまま、頬に引っかき傷を作って保安署に到着したハジメは、目を丸くする保安員に事情を説明した。

 

事情を聞いた保安員は、表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。ハジメの予想通り、やはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで、自分達はお役目御免だろうと引き下がろうとした。が……

 

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

 

幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てるヤツはそうはいない。

早々に抵抗を諦めてハジメに説得を丸投げした京矢に恨めしげな視線を向けつつ、ハジメも「うっ」と唸り声を上げ、旅には連れて行けないこと、眼前の保安員のおっちゃんに任せておけば家に帰れる事を根気よく説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。

 

そんな様子を見かねた保安員達が、ミュウを宥めつつ少し強引にハジメ達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、ようやく一行は保安署を出たのだった。

当然、そのままデート再開という気分ではなくなり、シアは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。

 

やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ、未だに沈んだ表情のシアにハジメが何か声をかけようとした。と、その瞬間、

 

背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。その場所は、

 

「ハ、ハジメさん。あそこって……」

 

「チッ、保安署か!」

 

「チッ、甘く見ていたつもりはねえが、仕事の早い事だなっ!」

 

そう、黒煙の上がっている場所は、さっきまで京矢達がいた保安署があった場所だった。

四人は、互いに頷くと保安署へと駆け戻る。タイミング的に最悪の事態が脳裏をよぎった。すなわち、ミュウを誘拐していた組織が、情報漏洩を防ぐためにミュウごと保安署を爆破した等だ。

 

焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。

四人が、中に踏み込むと、対応してくれたおっちゃんの保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。

 

両腕が折れて、気を失っているようだ。他の職員も同じような感じだ。幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。

ハジメと京矢が、職員達を見ている間、エンタープライズと共に他の場所を調べに行ったシアが、焦った表情で戻ってきた。

 

「ハジメさん! 京矢さん! ミュウちゃんがいません! それにこんなものが!」

 

シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。

 

〝海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い〟

 

「ハジメさん、これって……」

 

「どうやら、あちらさんは欲をかいたらしいな……」

 

「随分とふざけた真似をしてくれるな」

 

「やれやれ、下手な欲を出さなきゃ良かったのによ」

 

ハジメはメモ用紙をグシャと握り潰すと凶悪な笑みを浮かべ、京矢は軽い口調に似合わない冷酷な笑みを浮かべ、エンタープライズは表情と言う物が抜け落ちた様な顔をしていた。

おそらく、連中は保安署でのミュウと京矢達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならレアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたようだ。

 

そんな三人の横で、シアは、決然とした表情をする。

 

「ハジメさん! 私!」

 

「みなまでいうな。わーてるよ。こいつ等はもう俺の敵だ……御託を並べるのは終わりだ。全部ぶちのめして、ミュウを奪い返すぞ」

 

「たっぷりと教えてやろうぜ、下手な欲は身を滅ぼすってな。大掃除と行くか」

 

「はいです!」

 

「了解した」

 

正直、これから先の危険な旅に同行させる気がない以上、さっさと別れるのがベターだと考えていた。

精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせることになるからだ。

 

とはいえ、再度拐われたとなれば放っておくわけにはいかない。余裕があり出来るのに、窮地にある幼子を放置するのはきっと〝寂しい生き方〟だからだ。

実際、自分には関係ないと見捨てる判断をすれば、確実にシアは悲しむだろう。

 

それに、今回、相手はシアをも奪おうとしている。ハジメの〝大切〟に手を出そうというのだ。つまり、〝敵〟である。

京矢に至っては異世界の裏社会に対応しても後始末まで手が回らないなら手を出すべきではないと考えていた。だが、敵対したのならば既に相応の対処をするべきと斬り捨てる。

最早、遠慮容赦一切無用。彼等は触れてはならない一線に触れてしまったのだ。

 

一同は武器を携え、京矢に至っては鎧の魔剣だけでなく、ディノミーゴとピーたんまで取り出している。

そして、化け物を呼び起こした愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した。

 

最早、愚者達が明日の朝日を拝む事はないだろう。



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086

まず言っておこう。指定された場所にはミュウは居らず、武装したチンピラが大勢いただけだった。

人質がいない事を確認し、バルカンに変身したハジメが正面から、背後の壁をぶち破ったバールクスに変身した京矢が突入し、トータス初の仮面ライダーに無双されるチンピラとなった訳である。しかも、平成最後のダークライダーと令和最初の二号ライダーに。

 

そんな悪の組織の戦闘員以下のチンピラの皆さんなど仮面ライダー二人の相手にもならず数人を残して皆殺しにされたのだった。

その結果、シアだけじゃなくて、ユエとティオやベルファストにも誘拐計画があったみたいだった。

……女性陣の中で自分一人だけ誘拐計画が無かったエンタープライズが拷問の際、殺意を全開にぶん殴っていたが……どうも、エンタープライズに誘拐計画が無かったのは纏っている空気から戦闘職として警戒した為らしい。

そして、いっそのこと見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうということになった……。

 

その際に買い物中だったユエ達と合流し、本格的な殲滅作業に移行した訳である。

唯のデートに行って何故大都市の裏組織と事を構えることになるのかと、そのトラブル体質に呆れた表情を向けたが、躊躇うことなく了承する。

ハジメは、現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、ハジメとユエ、シアとティオ、京矢とエンタープライズ、ベルファストの三手に分かれてミュウ捜索兼組織潰しに動き出した。

ちなみに、ハジメとシアと京矢で別れたのは、ミュウを発見した場合に顔見知りがいた方がいいと考えたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。

昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

 

そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織〝フリートホーフ〟の本拠地である。

いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。

 

そんな普段の数十倍の激しい出入りの中、どさくさに紛れるように頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入した。

バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階のとある部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで漏れ出していた。それを聞いて、ローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。

 

「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」

 

「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組と三人組が一組です!」

 

「じゃあ、何か? たった七人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか? あぁ?」

 

「そ、そうなりまッへぶ!?」

 

室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもしたようだ。

 

「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」

 

男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうというのだろう。

耳をそばだてていた二人のフードを着た者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が背中から戦鎚を取り出し大きく振りかぶった。

 

爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。

ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更に、その後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。

 

「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」

 

「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? シア」

 

「ありがとうございます、ティオさん」

 

今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのはシアとティオだ。

いきなり、扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭、ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話しだした。

 

「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。シアにティオだったか? あと、ベルファストとか言うメイドと、ユエとかいうちびっこいのもいたな……なるほど見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら、命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思ってッ!? 『ズドンッ!』グギャアアア!!!」

 

好色そうな眼でシアとティオを見ながらペチャクチャと話し始めたハンセンに、シアは冷め切った眼差しを向けて問答無用にショットガンを撃ち放った。

飛び出した無数の鉄球によりハンセンは右腕を吹き飛ばされた状態で錐揉みしながら背後の壁に激突し、絶叫を上げながら蹲った。

 

激痛に堪えながら空を見上げるハンセンはふと思った。『なんで屋敷の中で空を見上げてるんだ?』と。

そんな事を考えていると鎧の巨人が二人自分を見下ろしているのが見えて痛みも忘れて絶句してしまった。

 

二人の巨人は当然ながらキシリュウジンとヨクリュウオーである。

そして、キシリュウジンのコックピットから飛び出したエンタープライズが落下の勢いさえも加えて全力の拳をハンセンの顔面に叩きつけるのだった。

 

「ブヘラァ!!!」

 

悲鳴をあげてのたうち回るハンセン。悲鳴を上げてのたうつハンセンの襟首を捻り上げ無理やり立ち上がらせると怒りの困った目で反戦を睨みつける。

「ぐえぇ」と苦悶の声を上げて何とか振り解こうとするが、エンタープライズを片腕でどうこうできる訳もなく、ハンセンに出来たことは、無様に命乞いをすることだけだった。

 

突然のキシリュウジンとヨクリュウオーの乱入にえーと思っているシアと、初めて見る二体に驚いているティオを他所にエンタープライズは、

 

「た、たのむ。助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もう、お前らに関わったりもしない! だからグゲっ!?」

 

「勝手に話すな。お前は私の質問に答えればいい。分かったか? 分からなければ、このまま締め殺す……死なないうちに答える事をオススメするぞ」

 

「……エンタープライズ。取り敢えず、話せる程度には緩めてやれよ」

 

自分もキシリュウジンから降りて来た京矢がエンタープライズを落ち着かせながら、京矢はハンセンにミュウの事を聞く。

ミュウと言われて一瞬、訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか首筋に添えられた刀に顔を青くしながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送されたようだ。

 

なお、ハンセンは一行とミュウの関係を知らなかったようで、なぜ、海人族の子にこだわるのか疑問に思ったようだ。

おそらく、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシア達の誘拐計画を練って実行したのだろう。

元々、フリートホーフの誘拐リストの上位に載っていたわけであるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。……それがどれだけ危険な事とも知らないで。

 

「シアちゃん、南雲に連絡を頼む」

 

京也に促されシアは、首のチョーカに手を触れて念話石を起動すると、ハジメに連絡をとった。

 

シアは、ハジメに詳しい場所を伝えると念話を切った。既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死に手を伸ばし助けを求めた。

 

「た、助け……医者を……」

 

「安心しな死なせはしねえが……。子供の人生をいくつ食い物にして来たんだ、お前は? 一度位死んどけ」

 

「な、何を……」

 

普通は一度死んだらそれで終わりだ。死ねと言っているのに死なせないと言う矛盾を疑問に思うままなく、エンタープライズがハンセンを手放し京矢が刀を振り上げる。

 

「や、やめ!」

 

京矢は、ハンセンを貫いた刀の血払いをすると適当な紙を掴んで刀を拭う。

 

余談だが、その後、ハンセンはギルドで拘束されて目を覚ました。確かに死んだ感覚が有るのに生きていたと言う訳の分からない状況に頭が可笑しそうになる状況に一つの結論に至ってしまった。

死んでいたと言うのに無理矢理蘇生させられたのだと。

何度でも自分を殺すことができる相手を敵に回してしまったと言う事実に顔を青くして恐怖する。

ハンセンを尋問していた者は殺さないと懇願するのではなく殺してくれと懇願するハンセンに疑問に思うのだった。

 

無数の屍と瓦礫の山と恐怖で精神の壊れたハンセンだけを残し、〝フリートホーフ〟フューレンにおいて、裏世界では三本の指に入る巨大な組織は、この日、実にあっさりと壊滅したのだった。

 

夕暮れのフューレン全体に轟くほどの轟音と共に周囲の建物をも巻き込んで凄絶な衝撃が走った。

 

「たーまやー……ってか? あいつ、美術館を吹き飛ばしやがったか……」

 

裏オークションの会場となっていた美術館も、歴史的建造物? 芸術品? 何それ美味しいの? と言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていく様を想像して、吹き飛ばす前に見ておけば良かったと思う京矢だった。



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087

「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員九十八名、再起不能四十四名、重傷二十八名、精神的再起不能者一名、行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」

 

「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔もない」

 

「喧嘩売られたから高く買ってやった。それだけだ」

 

「はぁ~~~~~~~~~」

 

冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目でハジメと京矢を睨むイルワだったが、出された茶菓子を膝に載せた海人族の幼女と分け合いながらモリモリ食べている姿と、呑気に茶菓子を口に放り込んでる姿に、反省の欠片もない言葉に激しく脱力する。

 

「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」

 

「ああ、オレとエンタープライズもそれは外で見てたけど関係ないぞ」

 

「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」

 

「あ~ん」

 

本気で知らない様子の京矢とその通りと頷いているエンタープライズに対して、ハジメは平然とミュウにお菓子を食べさせているが、隣に座るシアの目が一瞬泳いだのをイルワは見逃さなかった。

 

「それと、ヘルシャー帝国……と言うかガハルド皇帝が子供の様に目を輝かせて探しているらしい巨人が街中に現れたけど、君達の関係者かな?」

 

「い、いや、関係者、じゃないな。うん」

 

目を逸らしながら答える京矢の姿に、再び、深い、それはもうとても深い溜息を吐く。

ガハルド皇帝の耳に巨人が二人も現れたと届いたら、皇帝自ら突撃してくるかもしれない。そう思うと片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが、さり気なく胃薬を渡した。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

 

「下手な欲は身を滅ぼすって言う良い例だな」

 

「元々、其の辺はフューレンの行政が何とかするところだろ。今回は、たまたま身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし……」

 

「売られた喧嘩を高く買ってやっただけだしな」

 

「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」

 

苦笑いするイルワは、何だか十年くらい一気に年をとったようだ。

流石に、ちょっと可哀想なので、ハジメはイルワに提案してみる。

 

「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さないように、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長も、俺らの名前使ってくれていいんだぞ? 何なら、支部長お抱えの〝金〟だってことにすれば……相当抑止力になるんじゃないか? お前も良いよな、鳳凰寺?」

 

「ああ、別に名前を貸すくらいなら構わないぜ」

 

「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」

 

ハジメの言葉に、意外そうな表情を見せるイルワ。だが、その瞳は「えっ? マジで? 是非!」と雄弁に物語っている。ハジメは苦笑いしながら、肩を竦めた。

 

「まぁ、持ちつ持たれつってな。世話になるんだし、それくらいは構わねぇよ。支部長なら、そのへんの匙加減もわかるだろうし。俺らのせいで、フューレンで裏組織の戦争が起きました、一般人が巻き込まれましたってのは気分悪いしな」

 

「流石に責任とって他の大中規模の裏組織を潰して回るより楽だからな。ああ言う組織ってのは同人数の個人よりマシだろうし」

 

裏組織にも組織なりの、組織間の秩序がある。今回潰した連中の奴隷売買のルートを顧客ごと潰したのだ、旨味も薄ければ、今回の大暴れの一件もあって自分達の名前を出せば早く治るだろう。

 

「……ふむ。京矢君は兎も角、ハジメ君、少し変わったかい? 初めて会ったときの君は、仲間の事以外どうでもいいと考えているように見えたのだけど……ウルでいい事でもあったのかな?」

 

「……まぁ、俺的には悪いことばかりじゃなかったよ」

 

流石は大都市のギルド支部長、相手のことをよく見ている。ハジメの微妙な変化も気がついたようだ。その変化はイルワからしても好ましいものだったので、ハジメからの提案を有り難く受け取る。

 

その後、フリートホーフの崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した他二つの組織だったが、イルワの「なまはげが来るぞ~」と言わんばかりの効果的な京矢達の名の使い方のおかげで大きな混乱が起こることはなかった。

この件で、ハジメと京矢は〝フューレン支部長の懐刀〟とか〝白髪眼帯の爆炎使い〟とか〝幼女キラー〟とか〝狼ゴリラ男〟とか〝黒い悪魔〟とか色々二つ名が付くことになったが……二人の知ったことではない。ないったらないのだ。大部分がハジメの物だが。

なお、その他にも亞人を虐げると巨人が報復に現れると言う噂が立ち、この街における亜人の扱いが最善され始めたとか。

 

大暴れした一同の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたおかげと、意外にも治安を守るはずの保安局が、正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなかった。

どうやら、保安局としても、一度預かった子供を、保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていたようだ。

 

また、保安局も日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて京矢達にサムズアップして帰っていった。

よほど嬉しかったのだろう、心なし、足取りが「ランラン、ルンルン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 

イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウは、その視線にビクッとなると、またハジメ達と引き離されるのではないかと不安そうに近くにいるハジメやユエ、シアを見上げた。ティオに視線がいかないのは……露骨なまでにベルファストとエンタープライズが隠しているのは、子供が有害なものを見ないようにする年長者の役目ということだ。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

 

「保安局に預けなくて良いのか?」

 

京矢の疑問にイルワが説明するところによると、京矢とハジメの〝金〟と今回の暴れっぷりの原因がミュウの保護だったという点から、任せてもいいということになったらしい。

 

「ハジメさん、京矢さん……私、絶対、この子を守ってみせます。だから、一緒に……お願いします」

 

シアが、ハジメと京矢に頭を下げる。

どうしても、ミュウが家に帰るまで一緒にいたいようだ。

ユエとティオは、ハジメの判断に任せるようで沈黙したままハジメを見つめ、エンタープライズとベルファストは一緒にいたいが京矢の判断に任せると言う様子である。

 

「お兄ちゃん達……一緒……め?」

 

「おう、オレは構わないぜ。南雲はどうする?」

 

上目遣いで「め?」と問いかけるミュウの頭を撫でながら京矢は快諾する。

ハジメもミュウを取り返すと決めた時点で、本人が望むなら連れて行ってもいいかと考えていたので、結論は既に出ている。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな……ここまで情を抱かせておいて、はいさよならなんて真似は流石にしねぇよ」

 

「ハジメさん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

満面の笑みで喜びを表にするシアとミュウ。【海上の都市エリセン】に行く前に【大火山】の大迷宮を攻略しなければならないが、ハジメは「まぁ、最悪ヨクリュウオーを借りてでも何とかするさ」と内心覚悟を決めてミュウの同行を許す。

 

「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか? 普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」

 

「何だ、南雲……照れてんのか?」

 

喜びを表に抱きついてくるミュウに、照れ隠し半分にそんな事を要求するハジメ。そんなハジメに対して揶揄う様にニヤニヤと笑う京矢。

ハジメは元オタクなだけに〝お兄ちゃん〟という呼び方は……色々とクルものがあるのだ。

義妹から何時も呼ばれているだけに耐性のある京矢とは違うのだ。

 

ハジメの要求に、ミュウはしばらく首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き……ハジメどころかその場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。

 

「……パパ」

 

「………………な、何だって? 悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」

 

「パパ」

 

「……そ、それはあれか? 海人族の言葉で〝お兄ちゃん〟とか〝ハジメ〟という意味か?」

 

「いや、いくら何でもそれは無いだろう?」

 

態々リブットをストームと訳して呼ぶ訳が無いのと同じだ。

 

「ううん。パパはパパなの」

 

「うん、ちょっと待とうか」

 

ハジメが、目元を手で押さえ揉みほぐし頭を抱えている内に、シアがおずおずとミュウに何故〝パパ〟なのか聞いてみる。すると……

 

「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」

 

「何となくわかったが、何が〝だから〟何だとツッコミたい。ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」

 

「やっ、パパなの!」

 

「わかった。もうお兄ちゃんでいい! 贅沢はいわないからパパは止めてくれ!」

 

「やっーー!! パパはミュウのパパなのー!」

 

「鳳凰寺も居るだろう!?」

 

「オレはお兄ちゃんだよな?」

 

「うん、お兄ちゃんなの」

 

「裏切ったな鳳凰寺!?」

 

「パパは高校生で仮面ライダーってか?」

 

「ちくしょー、ちょっとそのフレーズは良いなって思っちまった……」

 

その後、ハジメはあの手この手でミュウの〝パパ〟を撤回させようと試みるが、ミュウ的にお兄ちゃんよりしっくり来た上に、京矢が初手でお兄ちゃんを受け入れた事で意外なほどの強情さを見せて、結局、撤回には至らなかった。

こうなったら、もう、エリセンに送り届けた時に母親に説得してもらうしかないと、奈落を出てから一番ダメージを受けたような表情で引き下がったハジメだった。

義理の妹で耐性がある京矢の完全勝利であった。

 

イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、誰がミュウに〝ママ〟と呼ばせるかで紛争が勃発し、取り敢えず、ハジメはミュウに悪影響が出そうなティオだけは縛り付けて床に転がしておいた。当然、興奮していたが……

 

結局、〝ママ〟は本物のママしかダメらしく、ユエもシアも一応ティオも〝お姉ちゃん〟で落ち着いた。



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その頃のクラスメイト達⑥

場所はとある階層の最奥付近の部屋。

 

その正八角形の大きな部屋には四つの入口があるのだが、実は今、そのうちの二つの入口の間にはもう一つ通路があり、奥には隠し部屋が存在している。

入口は上手くカモフラージュされて閉じられており、隠し部屋は十畳ほどの大きさだ。

 

そこでは、風魔達から逃げ出せた光輝達が思い思いに身を投げ出し休息をとっていた。

だが、その表情は一様に暗い。深く沈んだ表情で顔を俯かせる者ばかりだ。中には恐怖のあまり震えが止まらない者もいる。

皆、満身創痍であるがそれ以上に犠牲になった仲間と、特撮ヒーローに敵として迎え撃たれたと言う事実に打ちのめされている者が多い。

 

いつもなら、そのカリスマを以て皆を鼓舞する光輝も、全身をひどい倦怠感と敗北感に襲われており壁に背を預けたまま口を真一文字に結んで黙り込んでいる。

だが、それはそれで良かったかもしれない。下手に鼓舞などしよう物なら間違い無く大部分の生徒達から罵声が飛んできた事だろう。地球に帰れる可能性という希望を奪った張本人が何を言っても意味はない。現状への絶望感が光輝への憎悪を和らげている様な物だ。

 

『何でヒーローが敵になるんだよ? オレ達は勇者だろ……』

『こんな時、鳳凰寺が居てくれれば……』

 

京矢がいてくれればと言う声に光輝は更に屈辱を感じずにはいられない。

生徒達の中には最初の絶望の象徴であったベヒモスを打ち払う姿が強く印象付いているのだ。だからこそ、こんな時にも京矢がいればと思ってしまう。

 

龍太郎に至ってはゼロダークネスにトラウマでも植え付けられたのか、大きな体が小さく見えるほどに怯えている。この世界だけではない。地球も含めて今まで積み重ねてきたものが粉々に砕かれた様子だ。

 

そして、こういう時、いい意味で空気を読まず場を盛り上げてくれるクラス一のムードメイカーは、血の気の引いた青白い顔で、やはり苦痛に眉根を寄せながら荒い息を吐いて眠ったままだった。その事実も、皆が顔を俯かせる理由の一つだろう。

 

運悪いのではない、狙って放たれたのだ。鈴が受けた手裏剣の攻撃は重要な血管を狙い、そこを損傷させる事で彼女の体から大量の血を失わせた。香織だからこそ、治療が間に合ったと言える。

 

もっとも、いくら香織でも鈴が失った大量の血を直ぐさま補充することは出来ない。精々、異世界製増血薬を飲ませるくらいが限界だ。なので、鈴の体調が直ぐに戻るということはないだろう。安静が必要である。

 

薄暗い即席の空間に漂う重苦しい空気に、雫が眉間に皺を寄せながら何とか皆を鼓舞しなければと頭を捻る。元来、雫は寡黙な方なので鈴のように場を和ませるのは苦手だ。

しかし、自分が何とかできると言う可能性を知ってしまった以上、何とかしなければならないだろうと、生来の面倒見の良さから考えているのだ。本当に苦労人である。

 

雫自身、肉体的には疲労こそ有るが傷一つ無い代わりに、精神的に限界が近い事も有り、だんだん頭を捻るのも面倒になってきて、もういっそのこと空気を読まずに玉砕覚悟の一発ギャグでもかましてやろうかと、ちょっと壊れ気味なことを考えていると、即席通路の奥から野村と辻綾子が話をしながら現れた。

 

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」

 

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」

 

二人の会話からわかるように、この空間を作成し、入口を周囲の壁と比べて違和感がないようにカモフラージュしたのは〝土術師〟の野村健太郎だ。

 

〝土術師〟は土系統の魔法に対して高い適性を持つが、土属性の魔法は基本的に地面を直接操る魔法であり、〝錬成〟のように加工や造形のような繊細な作業は出来ない。

例えば、地面を爆ぜさせたり、地中の岩を飛ばしたり、土を集束させて槍状の棘にして飛ばしたり、砂塵を操ったり、上級になれば石化やゴーレム(自立性のない完全な人形)を扱えるようになるが、様々な鉱物を分離したり掛け合わせたりして物を作り出すようなことは出来ないのだ。

 

なので、手持ち魔法陣で大雑把に壁に穴を開ける事は出来るが、周囲と比べて違和感のない壁を〝造形〟することは完全に領分外であり、野村は一から魔法陣を構築しなければならなかったのである。

 

なお、辻綾子が野村について行ったのは、忍者プレイヤー達による野村の傷を治療するためだ。

 

「お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうね」

 

「……だといいんだけど。もう、ここまで来たら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は……あっちも祈るしかないか」

 

「……浩介なら大丈夫だ。影の薄さでは誰にも負けない」

 

「いや、重吾。それ、聞いてるだけで悲しくなるから口にしてやるなよ……」

 

隠れ家の安全性が増したという話に、僅かに沈んだ空気が和らいだ気がして、とんだ黒歴史を作りそうになった雫は頬を綻ばせて野村を労った。

 

それに対して、野村は苦笑いしながら、今はここにいないもう一人の親友の健闘を祈って遠い目をする。

 

そう、今この場所には、仲間が一人いないのである。それは、遠藤浩介。〝暗殺者〟の天職を持つ、永山重吾と野村健太郎の親友である。

特に、暗いわけでも口下手なわけでもなく、また存在を忘れられるわけでもない。誰とでも気さくに話せるごく普通の男子高校生なのだが、何故か〝影が薄い〟のだ。気がつけば、皆、彼の姿を見失い「あれ? アイツどこいった?」と周囲を意識して見渡すと、実はすぐ横にいて驚かせるという、本人が全く意図しない神出鬼没さを発揮するのである。もちろん、日本にいた頃の話だ。

 

本人は、極めて不本意らしいのだが、今は、それが何よりも役に立つ。

遠藤は、たった一人、パーティーを離れてメルド達に事の次第を伝えに行ったのである。本来なら、いくら異世界から召喚されたチートの一人でも、八十層台を単独で走破するなど自殺行為だ。光輝達が、少し余裕をもって攻略できたのも十数人という仲間と連携して来たからである。

 

だが、遠藤なら、〝影の薄さでは世界一ぃ!〟と胸を張れそうなあの男なら、隠密系の技能をフル活用して、魔物達に見つからずメルド団長達のいる七十層にたどり着ける可能性がある。

そう考えて、光輝達は遠藤を送り出したのである。追いつかれた際に(主に雫が)体を張って敵を引き付けて。

その際にまた二人ほど風魔とダークゴーストによって致命傷を負って見捨てるしかなかった。永山と龍太郎の二人で必死にゼロダークネスと戦うが、嬲り殺しにされなければ今頃二人も犠牲者の仲間入りだろう。そして、もう、その二人は生きていないだろうと諦めている。

 

別れるとき、遠藤は少し涙目だったが……きっと、仲間を置いて一人撤退することに感じるものがあったに違いない。

例え説得として「お前の影の薄さなら鋭敏な感覚をもつ魔物だって気づかない! 影の薄さでは誰にも負けないお前だけが、魔物にすら気づかれずに突破できるんだ!」と皆から口々に言われたからではないはずだ。

逃げ道に立ち塞がった滅亡迅雷の四人の仮面ライダーに対して決死の覚悟を持って命に変えても突破してやると決意したのに一瞥もされずにスルーされて簡単に間を通り抜けられたからでは無い。後ろから「誰かいない様な気がする」「気のせいだよ〜」「それもそうだな」と言う風魔とダークゴーストの会話が聞こえてきたからでも無い。

無いったら無い!

 

本当なら、光輝達も直ぐにもっと浅い階層まで撤退したかったのだが、如何せん、それをなすだけの余力がなかった。満身創痍のメンバーに、心が折れかけている今では、とても八十層台を突破できるとは思えなかったのだ。

 

もちろん、メルド団長達が救援に来られるとは思っていない。

メルド団長を含め七十層で拠点を築ける実力を持つのは六人。彼等を中心にして、次ぐ実力をもつ騎士団員やギルドの高ランク冒険者達の助力を得て、安全マージンを考えなければ七十層台の後半くらいまでは行けるだろうが、それ以上は無理だ。

 

仮にそこまで来てくれたとしても、八十層台は光輝達が自力で突破しなければならない。つまり、遠藤を一人行かせたのは救援を呼ぶためではなく、自分達の現状と魔人族が率いる魔物の情報を伝えるためなのだ。

だが、自分達と同じ地球人が魔人族に味方していると言うのは報告させるのは迷っていた。メルド達との信頼関係に罅が入ると言う理由だけでは無い。地球への帰還方法が失われてしまうのが恐ろしいと言うのも有る。

 

そんな事を考えていると規則正しい金属音が聞こえて来る。それを聞いた一同は声を抑えて息を殺す。メルド達が助けに来てくれたのでは無い、風魔達が三度追いついて来たのだ。

早くどこかへ行ってくれと願いながら息を殺す生徒達を他所にすぐ近くで足音が止まる。この隠れ家の近くを中心にフロア全体を探索すると言う様な会話も聞こえて来る。

 

すぐ近くに恐ろしい敵が待ち伏せしている。ここは逃げ場のない小部屋。その事実が彼らの神経を更に擦り減らす。

時折り壁に衝撃音が響くことで野村の作った壁を中々見つからないことに苛立って殴っているのだろうが理解出来る。

崩れないでくれ、早くどこかへ行ってくれと言う願いを抱きながら彼等は恐怖に震えるのだった。



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088

「ヒャッハー! ですぅ!」

 

左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、魔力駆動二輪二台と四輪が太陽を背に西へと疾走する。

街道の砂埃を巻き上げながら、それでも道に沿って進む四輪とサイドカータイプの二輪と異なり、通常タイプの二輪の方は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。

 

「……シアのやつご機嫌だな。世紀末な野郎みたいな雄叫び上げやがって」

 

「……むぅ。ちょっとやってみたいかも」

 

四輪の運転席で、窓枠に肘をかけながら片手でハンドルを握るハジメが、呆れたような表情で呟いた。

ハジメの言葉通り、今、シアは四輪の方には乗っていない。一人で二輪を運転しているのである。

 

もともとシアは、二輪の風を切って走る感じがとても気に入っていたのだが、最近、人数が多くなり、すっかり四輪での移動が主流になっていたため、サイドカータイプの二輪を使っている京矢達を羨ましく思っていたのだ。

窓から顔を出して風を感じることは出来るが、やはり何とも物足りないし、四輪の車内ではハジメの隣りはユエの指定席なので、二輪の時のようにハジメにくっつくことも出来ない。それならば、運転の仕方を教わり自分で二輪を走らせてみたいとハジメに懇願したのである。

 

魔力駆動二輪は、魔力の直接操作さえ出来れば割と簡単に動かすことができる。場合によっては、ハンドル操作を自らの手で行わずとも、それすら魔力操作で行えるのだ。なので、シアにとっては大して難しいものでもなく、あっという間に乗りこなしてしまった。そして、その魅力に取り憑かれたのである。

 

今も、奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウイリーをしてみたり、その他にもジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。

アクセルやブレーキの類も魔力操作で行えるので、地球のそれより難易度は遥かに簡単ではあるのだが……

 

それでも、既に京矢と同レベルなほど乗りこなしていた。京矢が「やるねぇ」と言う感じで通常タイプの二輪で技を披露してシアがそれを真似てと言う感じで新しいテクニックを会得していたりする。

シアのウサミミが「へいへい、どうだい、私のテクは?」とでも言うように、ちょっと生意気な感じで時折ハジメの方を向くのが地味にイラっとくる。横目で仮面ライダーに変身できる京矢に、もっと派手なテクニックを見せてやれと京矢を見るが、京矢はサイドカーに乗っているのでそれは無理だろう。

 

「ってか、危ないだろ、あれは」

 

四輪の中でミュウやユエと戯れているハジメを横目に京矢は二輪のハンドルの上に立ち、右手の五指を広げた状態で顔を隠しながら左手を下げ僅かに肩を上げるという奇妙なポーズでアメリカンな笑い声を上げるシアな呆れた目を向けていたりする。

戦闘時にもバイクを使う事が多い京矢としては、ああ言う明らかな危険運転は止めろと言いたいが、魔導二輪の特性ゆえのテクニックと自分の中で結論付ける。…………事故るのも自己責任なのだし。

 

ミュウと旅し始めて少し経つが、既に「パパ」という呼び名については諦めているハジメ。

当初は、何が何でも呼び名を変えようとあの手この手を使ったのだが、そうする度に、ミュウの目端にジワッと涙が浮かび、ウルウルした瞳で「め、なの? ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えてくるのだ。しかも、京矢も京矢で「こんな子を嫌うのかよ?」と言う目で諦めろと肩を叩いて来る。

奈落の魔物だって蹴散らせるハジメだが、何故かミュウにはユエと京矢には同じくらい勝てる気がしなかった。特に京矢には物理的な意味で。一応、ライダーシステム持ち出せば良い勝負できるが、バルカンじゃ無きゃバールクスに圧倒される。

結局、なし崩し的に「パパ」の呼び名が定着してしまった。

 

「パパ」の呼び名を許容(という名の諦め)してからというもの、何だかんだでミュウを気にかけるハジメ。

今では、むしろ過保護と言っていいくらいだった。シアは残念ウサギだし、ティオは変態だし、京矢は甘やかし過ぎるし、エンタープライズは問題無さそうだが食生活がレーションな所は問題だし、母親の元に返すまでミュウは俺が守らねば! とか思っているようだ。

世話を焼きすぎる時は、むしろユエやベルファストがストッパーになってミュウに常識を教えるという構図が現在のハジメ達だった。

 

そんな訳で一行はホルアドへの道を爆走していたのだ。流石にヨクリュウオーを使えば更に早く着くだろうが、流石にそれは目立ち過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな訳で京矢達は、現在、宿場町ホルアドにいた。

 

本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。

といっても、もともと【グリューエン大砂漠】へ行く途中で通ることになるので大した手間ではない。

 

ハジメと京矢は、懐かしげに目を細めて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩いた。

ハジメに肩車してもらっているミュウが、そんなハジメの様子に気がついたようで、不思議そうな表情をしながらハジメのおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。

 

「パパ? どうしたの?」

 

「ん? あ~、いや、前に来たことがあってな……まだ四ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がして……」

 

「……ハジメ、大丈夫?」

 

「ああ……何か、朝起きたら変質者の檜山が外で樽に顔を突っ込んで寝てたり、木の枝にぶら下りながら昼寝してたりしてたな……」

 

嫌な事を思い出したと言う表情を浮かべるハジメ。今や死んだ(方がマシな改造人間にされた)檜山は変質者と言う事になっていたりする。

……なお、それらは全部京矢にぶちのめされた結果である。寝ていたのでは無い、気絶したのだ。

序でに勇者一行には露出狂の変態がいると言う不名誉な噂は必死に教会が揉み消そうとしているが、迷宮内での目撃情報から揉み消せてはいない。

 

ティオの派生が居るのかと言う驚愕を浮かべるユエの他所に、

 

「ああ、問題ない。ちょっとな、えらく濃密な時間を過ごしたもんだと思って感慨に耽っちまった。思えば、ここから始まったんだよなって……緊張と恐怖と若干の自棄を抱いて鳳凰寺に励まされて一晩過ごして、次の日に迷宮に潜って……そしてオレ達は落ちた」

 

「……」

 

ある意味運命の日とも言うべきあの日のことを思い出し独白をするハジメの言葉を、神妙な雰囲気で聞くユエ達と懐かしいなと言う顔を浮かべる京矢。

ユエは、ジッとハジメを見つめている。ティオが、興味深げにハジメに尋ねた。

 

「ふむ。ご主人様は、やり直したいとは思わんのか? 元々の仲間がおったのじゃろ? ご主人様の境遇はある程度聞いてはいるが……皆が皆、ご主人様を傷つけたわけではあるまい? 仲の良かったものもいるのではないか?」

 

「確かに、そういう奴等もいたな……でも、もし仮にあの日に戻ったとしても、俺は何度でも同じ道を辿るさ」

 

「ほぅ、なぜじゃ?」

 

「もちろん……ユエに会いたいからだ」

 

「……ハジメ」

 

そして、声には出してないが、巨大ロボットに乗って自由に操って、リアル特撮ヒーローをやれて、劇場版のヒーローの気分まで味わえたし、と言うのもユエの次くらいにはある。

 

ホルアドの町は、直ぐ傍にレベル上げにも魔石回収による金稼ぎにも安全マージンを取りながら行える【オルクス大迷宮】があるため、冒険者や傭兵、国の兵士がこぞって集まり、そして彼等を相手に商売するため多くの商人も集まっていることから、常時、大変な賑わいを見せている。当然、町のメインストリートといったら、その賑わいもひとしおだ。

 

そんな多くの人々で賑わうメインストリートのど真ん中で、突如立ち止まり見つめ合い出すハジメとユエ。

周囲のことなど知ったことかと二人の世界を作って、互いの頬に手を伸ばし、今にもキスしそうな雰囲気だ。好奇心や嫉妬の眼差しが二人にこれでもかと注がれ、若干、人垣まで出来そうになっているが、やはり、ハジメとユエは気がつかない。お互いのことしか見えていないようである。

 

「ティオさん、聞きました? そこは、〝お前達に〟っていうところだと思いません? ユエさんオンリーですよ。また、二人の世界作ってますよ。もう、場所も状況もお構いなしですよ。それを傍から見てる私達にどうしろと? いい加減、あの空気を私との間にも作ってくれていいと思うんです。私は、いつでも受け入れ態勢が整っているというのに、いつまで経っても、残念キャラみたいな扱いで……いや、わかっていますよ? ユエさんが特別だということは。私も、元々はお二人の関係に憧れていたからこそ、一緒にいたいと思ったわけですし。だから、ユエさんが特別であることは当然で、それはそうあっていいと思うんですけどね。

〜中略〜

そこんとこ変態代表のティオさんはどう思います!?」

 

「シ、シアよ。お主が鬱憤を溜め込んでおるのはわかったから、少し落ち着くのじゃ。むしろ、公道でとんでもないこと叫んでおるお主の方が注目されとる。というか、最後さりげなく妾を罵りおったな……こんな公の場所で変態扱いされてしもうた、ハァハァ、心なし周囲の妾を見る目が冷たい気がする……ハァハァ、んっんっ」

 

「よっ! お熱いな、御両人」

 

ハジメとユエを揶揄っている京矢と、笑顔で拍手するベルファストと無言でやれやれと言う表情で拍手をするエンタープライズを他所に、メインストリートのど真ん中で、エロいことして欲しいと叫ぶウサミミ少女と変態と罵られて怪しげな雰囲気を醸し出しながらハァハァと息を荒げる妙齢の美女。

好奇心に集まっていた周囲の人々がドン引きして後退っていく。

 

「パパ~、お兄ちゃ〜ん、シアお姉ちゃんとティオお姉ちゃんが……」

 

「ミュウ。見ちゃダメだ。他人の振りをするんだ」

 

「そうだぜ、あっちの樽の方が面白いぞ……樽に入るのが趣味の勇者がな……」

 

「……シア……今度、ハジメを縛ってシアと一緒に……」

 

「ユエ様……?」

 

「……っ!?」

 

シアの雄叫びに、流石に気がついて我を取り戻したハジメとユエと京矢は、事態が呑み込めずキョトンとしていたミュウに、取り敢えずシアとティオを見せないようにして他人のフリをする。

 

ユエが小声で何やら恐ろしいことを呟いていた気がしたが、それはベルファストに鎮圧されていたりする。最強の吸血姫も万能メイドには勝てなかった様子だ。

 

遠くの方に、何の騒ぎだ! と町の警備兵がチラホラと見え出したので、ハジメは仕方なくシアとティオの首根っこを掴んで引きずりながら、京矢達と共にその場を離脱した。

町に行く度に、美女、美少女に囲まれているハジメには羨望と嫉妬の目が突き刺さるのだが……この時ばかりは何故か同情的な視線が多かったと感じたのは、きっと気のせいではないだろう。

……普通に羨望と嫉妬を向けられてる京矢が羨ましいなどとは思っても居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一行は、周囲の人々の視線を無視しながら、ようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。

相変わらずミュウを肩車したまま、ハジメはギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。

 

前回、ハジメと京矢がホルアドに来たときは、冒険者ギルドに行く必要も暇もなかったので中に入るのは今回が初めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、最初、ハジメが抱いていた冒険者ギルドそのままだった。

 

壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。

内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。二階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。

二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。

 

冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。これが本来の冒険者ギルドなのかも知れないが。

冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。

 

しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。

明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。

 

一行がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に彼等を捉えた。その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されるミュウが「ひぅ!」と悲鳴を上げ、ヒシ! とハジメの頭にしがみついた。

冒険者達は、美女・美少女に囲まれた挙句、一人は幼女を肩車して現れた京矢とハジメに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。

ますます、震えるミュウを肩から降ろし、ハジメは、片腕抱っこに切り替えた。ミュウは、ハジメの胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全シャットアウトした。

 

血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める一部の冒険者達。

彼等の視線は、「ふざけたガキ共をぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。

 

京矢達は単なる依頼者であるという可能性もあるのだが……既に彼等の中にそのような考えはないらしい。取り敢えず話はぶちのめしてからだという、荒くれ者そのものの考え方で彼等の方へ踏み出そうとした。

 

内心、仕方ないと思いながら青筋を浮かべているハジメを後ろに下げて苦情を浮かべながら前に出ると、冒険者達へと本気の殺気を放つ。

スキルも一つも使っていないと言うのに、先程、冒険者達から送られた殺気が、まるで子供の癇癪に思えるほど絶大な圧力。既に物理的な力すらもっていそうなそれは、未熟な冒険者達の意識を瞬時に刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れることなく再び座席につかせる。四度も世界を救うレベルの戦いを潜り抜けた英雄の殺気なのだから当然だろう。

 

京矢の殺気を受けながら意識を辛うじて失っていない者も、大半がガクガクと震えながら必死に意識と体を支え、滝のような汗を流して顔を青ざめさせている。

 

と、永遠に続くかと思われた威圧がふとその圧力を弱めた。その隙に止まり掛けていた呼吸を必死に行う冒険者達。中には失禁したり吐いたりしている者もいるが……そんな彼等にハジメがニッコリ笑いながら話しかけた

 

「おい、今、こっちを睨んだやつ」

 

「「「「「「「!」」」」」」」

 

ハジメの声にビクッと体を震わせる冒険者達。

おそるおそるといった感じでハジメの方を見るその眼には、化け物を見たような恐怖が張り付いていた。だが、そんな事はお構いなしに、ハジメは彼等に向かって要求……もとい命令をする。

 

「笑え」

 

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

「え?」

 

いきなり、状況を無視した命令に戸惑うのは冒険者達だけじゃない、京矢もだ。

ハジメが、更に言葉を続ける。

 

「聞こえなかったか? 笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前らのせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛? 責任とれや」

 

「いや、無茶振りするなよ」

 

だったら、そもそもこんな場所に幼子を連れてくるなよ! と全力でツッコミたい冒険者達だったが、化け物じみた相手にそんな事言えるはずもなく、戸惑っている内にハジメの眼光が鋭くなってきたので、頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。ついでに、ちゃんと手も振り始めた。

内心、普通にツッコミを入れてくれた京矢には恐怖ではなく感謝しか浮かばない。

 

「うわ〜」

 

コメントに困る顔を浮かべる京矢。

こわもてのガタイのいい男達が揃って引き攣った笑みを浮かべて小さく手を振る姿は、途轍もなくシュールだったが、やはり、そんな事はお構いなく、ハジメは満足そうに頷くと胸元に顔を埋めるミュウの耳元にそっと話しかけた。

 

何を言われたのか、ミュウはおずおずと顔を上げると、ハジメを潤んだ瞳で見上げる。そして、ハジメの視線に誘われてゆっくり振り向いた。そこには当然、必死に愛想を振りまくこわもて軍団。

 

「ひっ!」

 

案の定、ミュウは怯えてハジメの胸元に逆戻りした。眉が釣り上がるハジメ。

眼光の鋭さが増し、「どういうことだ、ゴラァ!」と冒険者達を睨みつける。「無茶言うな!」と泣きそうな表情になって内心ツッコミを入れる冒険者達、「いや、オレでも不気味だと思うぞ!」とハジメを止める京矢。

冒険者達は、遂に、ハジメの傍らにいるユエ達に助けを求める懇願の視線を向けた。

 

その視線を受けて、ユエが「はぁ~」と深い溜息を吐くと、トコトコとミュウに近寄り、先程のハジメと同じく耳元に何かを囁く。すると、ミュウは、やはり先程と同じくおずおずと顔を上げると、再び冒険者達の方を見た。冒険者達は慌てて愛想を振りまく。

 

しばらく、そんな冒険者達をジッと見つめていたミュウだったが、何かに納得したのかニヘラ~と笑うと小さく手を振り返した。

その笑顔と仕草が余りに可愛かったので、状況も忘れてこわもて軍団も思わず和む。ハジメも、満足したようで再びミュウを肩車すると、もう冒険者達に興味はないとカウンターへと歩いて行った。

 

普段は魅力的であろう受付嬢の表情は緊張でめちゃくちゃ強張っていたが。

 

「支部長はいるか? フューレンのギルド支部長から手紙を預かっているんだが……本人に直接渡せと言われているんだ」

 

ハジメは、そう言いながら自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。

他の方も出してくださいと言う表情を向けられたので、京矢も自分のステータスプレートを差し出す。

 

「お、お二人共、き〝金〟ランク!?」

 

冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たない。

そして、〝金〟のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然、この受付嬢も全ての〝金〟ランク冒険者を把握しており、ハジメのこと等知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。

 

その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて二人を凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。

 

「まっ、なったのは最近だからな、まだ連絡が入ってねえだけだろ?」

 

朗らかに語る京矢の言葉に、受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついてサッと表情を青ざめさせる。

そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」

 

「驚くのも分かるから、オレは気にしてねえから、そんなに謝らないでくれ。……なあ、南雲」

 

「あ~、ああ。別にいいから。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれるか?」

 

「は、はい! 少々お待ちください!」

 

放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、京矢とハジメは苦笑いする。

ウルで軽く特撮ヒーローの劇場版をリアルに再現し、フューレンで裏組織を巨大ロボまで持ち出して壊滅させるなど大暴れしてきた以上、身分の秘匿など今更だと思ったのだ。

 

子連れで美女・美少女ハーレムを持つ二人の見た目少年の〝金〟ランク冒険者に、ギルド内の注目がこれでもかと集まるが、注目されるのは何時ものことなので割り切って受付嬢を待つ一行。

注目されることに慣れていないミュウが、居心地悪そうなので全員であやす。情操教育的に悪そうなあやし方をしそうなティオをベルファストが引き離す。

 

やがて、と言っても五分も経たないうち、ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。

何事だと、ハジメ達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

見覚えはあるが誰だっけと言う微妙に思い出せない顔に頭を悩ませる京矢を他所に、ハジメは、その人物に見覚えがあり、こんなところで再会するとは思わなかったので思わず目を丸くして呟いた。

 

「……遠藤?」

 

「……誰だ?」

 

ちゃんと彼を知ってたハジメに対して、何気にひど過ぎる反応をしめす京矢だった。



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089

『遠藤って誰だっけ?』と言うのが京矢にとっての遠藤浩介の印象だった。光輝に付き合って戦争に参加したいなら勝手にこっちで死ねば良いと切り捨てられたかもしれない側の人間にされていたかもしれない相手だ。……影が薄すぎて。

不幸にも今まで京矢に一度も認識されていないと言うのが彼にとっての最大の不幸で、此処で認識してもらえたと言うのが最大の幸運であったかもしれないのだ。

 

ハジメの呟きと京矢の酷い呟きに〝!〟と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵のような反応をする黒装束の少年、遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。

 

「南雲ぉ! 鳳凰寺ぃ! いるのか! お前等なのか! 何処なんだ! 南雲ぉ! 鳳凰寺ぃ! 生きてんなら出てきやがれぇ! 南雲ハジメェー! 鳳凰寺京矢ァー!」

 

あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする人達が続出する。その声は、単に死んだ筈のクラスメイトが生存しているかもしれず、それを確かめたいという気持ち以上の必死さが含まれているようだった。

 

ユエ達の視線が一斉にハジメと京矢の方を向く。

ハジメは、未だに自分の名前を大声で連呼する遠藤に、頬をカリカリと掻くとあまり関わりたくないなぁという表情をしながらもどうするべきかと京矢に視線を向けるが、其処にはいつの間にか京矢の姿が無かった。

 

「くそっ! 声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ! 幽霊か? やっぱり化けて出てきたのか!? 俺には姿が見えないってのか!?」

 

「……へへへっ……そうだぜ、地獄からお前達を迎えに……」

 

いつの間にか気配と足音を消して誰にも気付かれないように浩介に近づいた京矢が死角からそんな言葉をかけた。

浩介が振り向く前に死角から死角へと移動しながらそれを繰り返して、完全に遊んでいる。

 

もう、地獄から二人が恨みつらみでやってきたとでも思ってるのか頭を抱えて怯えている姿は流石に哀れみさえ覚えてしまう。

 

「遊ぶなよ、鳳凰寺」

 

「いや、此処でオレ達が死んでるって思わせといた方が後々あの阿保勇者に絡まれないで済むかと思ってな」

 

要するに今後の為の行動としてらしい。怖がらせて追い返そうとしていたと言う訳だ。

 

「おい、目の前にいるだろうが、ど阿呆。つか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界一位」

 

「オレは今日まで名前さえ知らなかったからな。実は存在抹消ってスキルでも有るんじゃねえのか?」

 

「!? また、声が!? ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時の間にか消えてる男だ! 自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!」

 

「三回中二回は開かないのか……お前流石だな」

 

「いや、あれって影の薄さとか関係ないだろ? 地球にいた頃から物理的な存在感も消せたって、もはや才能だな……」

 

ハジメが京矢の行動を止めてくれた事で、目の前の白髪眼帯の男が会話している本人だと気がついたようで、遠藤は、ハジメの顔をマジマジと見つめ始める。

男に見つめられて喜ぶ趣味はないので嫌そうな表情で顔を背けるハジメに、遠藤は、まさかという面持ちで声をかけた。

 

「鳳凰寺に……お、お前……お前が南雲……なのか?」

 

「はぁ……ああ、そうだ。見た目こんなだが、正真正銘南雲ハジメだ」

 

「面影はほとんど無いからな……」

 

迷宮で再開した時は一瞬分からなかったぜ、と言う京矢に、あの時はお前の方が面影無かったと思うハジメであった。

 

「お前等……生きていたのか」

 

「今、目の前にいるんだから当たり前だろ」

 

「まっ、檜山はもう生きてないけどな」

 

「何か、南雲は、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気とか口調とか……」

 

「奈落の底から自力で這い上がってきたんだぞ? そりゃ多少変わるだろ」

 

「そ、そういうものかな? いや、でも、鳳凰寺は全然……」

 

「そりゃ、オレにとっては奈落の底程度じゃ変わる必要も無かったからな」

 

「そ、そうか……ホントに生きて……」

 

あっけらかんとした京矢とハジメの態度に困惑する浩介だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。

いくらハジメが香織に構われていることに他の男と同じように嫉妬の念を抱いていたとしても、死んでもいいなんて恐ろしいことを思えるはずもない。

ベヒーモスを一太刀で真っ二つにして見せた京矢の強さを、光輝を簡単にあしらいメルドとも互角に渡り合った最強の剣士が死んだのには絶望した。

ハジメと京矢の死は大きな衝撃であった。だからこそ、浩介は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。

 

「っていうかお前達……冒険者してたのか? しかも〝金〟て……」

 

「ん~、まぁな」

 

「一騎当千って感じの大暴れしたら貰えた様なモンだしなぁ」

 

二人の返答に浩介の表情がガラリと変わる。

クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。改めて、よく見てみると浩介がボロボロであることに気がつく。

一体、何があったんだと内心首を捻る。

 

「……つまり、鳳凰寺だけじゃなくて南雲も、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」

 

「まぁ、そうだな」

 

浩介の真剣な表情でなされた確認に肯定の意をハジメが示すと、浩介はハジメに飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、南雲! 鳳凰寺!」

 

「お前等が望んだ事だろ? 勝手に死ね」

 

京矢はそんな浩介の懇願を一言で切り捨てる。あまりの返答に言葉を失う浩介を他所に、京矢は異世界に見捨てていくやつ等のリストに心の中で浩介と健太郎と重吾の三人の名を刻むのだった。

 

「あの阿呆に洗脳されて勝手に戦場に突っ込んで行った結果だろうが。死ぬのもお前等の責任だ、勝手に死んでろ」

 

元々京矢は光輝とは違い戦争反対の立場をとっていた。そんな光輝について行った結果死んだとしても自業自得だと切り捨てる。

 

「ちょっと待て、鳳凰寺。状況が全くわからないんだが? 死んじまうって何だよ。天之河がいれば大抵何とかなるだろ? メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」

 

「いや、あの毎回オレにお約束みたいな負け方してた『剣道界のお笑い芸人』のホームランボールだぞ、2回くらいは繰り返すんじゃねえか?」

 

ハジメが、普段目立たない浩介のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、困惑しながら問い返すが、京矢に言われてあり得そうだと思い直す。

 

地球では剣道大会の度に京矢によって反対側の壁に叩きつけられて『ホームランボール』と渾名されてた光輝を思い出すと、そうかもしれないと思ってしまう。

しかも、光輝の事を剣道界のスーパースターとして盛り上げようとしていたマスコミの前でそれをやってしまった訳だから、全国ネットで恥を晒してしまった訳だ。今やすっかり、学校外では光輝は剣道芸人である。

 

だが、浩介はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。

 

「……んだよ」

 

「は? 聞こえねぇよ。何だって?」

 

「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」

 

「惜しい人たちを亡くしちまったな……」

 

「……そうか」

 

癇癪を起こした子供のように、「死んだ」と繰り返す浩介に、京矢は悔やみの言葉を、ハジメはただ一言、そう返した。

 

ハジメの天職が非戦系であるために、ハジメとメルド団長との接点はそれほど多くなかったハジメとは違い、京矢は何度も正面から訓練の為に剣を交えた事もある。

そんな関わりの薄いハジメでもメルド団長が気のいい男であったことは覚えているし、あの日、二人が奈落に落ちた日、最後の場面で最強だった京矢は兎も角、〝無能〟の自分を信じてくれたことも覚えている。

そんな彼が死んだと聞かされれば、奈落から出たばかりの頃のハジメなら「あっそ」で終わらせたかもしれないが、今は、少し残念さが胸中をよぎる。

少なくとも、心の中で冥福を祈るくらいには。

 

「で? 何があったんだ?」

 

「だな。あの阿保が周りを巻き込んで自滅したなら兎も角、メルド団長達までなんて、普通じゃ無いだろ?」

 

「それは……」

 

尋ねるハジメと京矢に、浩介は膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとする。と、そこでしわがれた声による制止がかかった。

 

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

「そうだな、こんな所で騒ぐ様な話でも無さそうだ」

 

声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。

その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。

 

ハジメは、先程の受付嬢が傍にいることからも彼がギルド支部長だろうと当たりをつけた。そして、浩介の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。

 

おそらく、浩介は既にここで同じように騒いで、勇者組や騎士団に何かがあったことを晒してしまったのだろう。

ギルドに入ったときの異様な雰囲気はそのせいだ。

 

ギルド支部長と思しき男は、浩介の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。

浩介は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。

 

きっと、話の内容は碌な事じゃないんだろうなと嫌な予想をしながら京矢達は後を付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……魔人族……だけじゃなくて」

 

「特撮ヒーローかよ?」

 

冒険者ギルドホルアド支部の応接室にハジメと京矢の呟きが響く。

対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、彼のの正面にハジメと京矢が、そのハジメの横にユエとシアが座って、ティオがハジメの後ろに、ベルファストとエンタープライズは京矢の後ろに立っている。ミュウは、ハジメの膝の上だ。

 

浩介から事の次第を聞き終わった二人の第一声が先程の呟きだった。

魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に浩介もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

特撮ヒーローという言葉はロアは理解出来ていないが、それだけに地球組には伝わっている。敵に地球人がいると。

 

「ダークゴーストに風魔か……」

 

「それって」

 

京矢が持っている仮面ライダーシリーズに出てくるダークライダーの名前だ。これでサーベラとソーサラーと名乗った女二人と合わせて四人もこの世界に地球人が、仮面ライダーの力を持って存在している事になる。

 

「しかも、連中の狙いは……バールクスか?」

 

間違いなく連中の狙いは京矢だ。シンのライドウォッチを当て馬のアナザーライダー付きで渡してきた事からもよく分かる。

 

…… 重苦しい雰囲気で満たされていた。のだが、ハジメの膝の上で幼女がモシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。

ミュウには、京矢達の話は少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。

 

「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で、菓子食わしてんの!? 状況理解してんの!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」

 

「ひぅ!? パパぁ!」

 

場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった浩介がビシッと指を差しながら怒声を上げる。

それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。

 

当然、ハジメから吹き出す人外レベルの殺気。パパは娘の敵を許さない。

 

「てめぇ……何、ミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛? 殺すぞ?」

 

「ひぅ!?」

 

「よーし、この建物の裏に行こうか? さっさと首を出せ」

 

「ヒイイイイ!?」

 

ミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす浩介。

ユエから「……もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく〝家の子〟とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくるが、ハジメは無視する。

挙げ句の果てに刀を持って立ち上がろうとする京矢の殺意に本気で命の危機を感じていた。

 

ソファーに倒れこみガクブルと震える浩介を尻目にミュウを宥めるハジメに、冷たい表情でギルドの裏に連れて行こうと画策する京矢に、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。

 

「さて、ハジメ、京矢。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

 

「まぁ、全部成り行きだけどな」

 

「大した手間でも無かったしな?」

 

成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかった上に、大した手間でも無いと言えるレベルの事態でも無いのだが、事も無げな様子で肩をすくめる二人に、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

 

「手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前達が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

ロアの言葉に、浩介が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。

京矢は兎も角、自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

 

元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。

もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。

七十層の転移陣を守護するには、せめて〝銀〟ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。

 

そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。

 

そして、騒動に気がついたロアが、浩介の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、二人のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけだ。

 

そんなわけで、浩介は、自分がハジメの実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると京矢と同様に自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のハジメと比べて驚愕しているのである。

 

浩介が驚きのあまり硬直している間も、ロアとハジメの話は進んでいく。

 

「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」

 

「魔王なんざ雑魚にしか見えねえな、デボネアと比べると」

 

「ふっ、魔王を雑魚扱いか? 随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

 

「……勇者達の救出だな?」

 

浩介が、救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。

そして、身を乗り出しながら、二人に捲し立てた。

 

「そ、そうだ! 南雲! 鳳凰寺! 一緒に助けに行こう! そんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

 

「……」

 

「……はぁ……」

 

見えてきた希望に瞳を輝かせる浩介だったが、二人の反応は芳しくない。

遠くを見て何かを考えていたり、頭を抱えているようだ。

浩介は、当然、二人が一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。

 

「どうしたんだよ! 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」

 

「……仲間?」

 

「いや、あの阿呆な仲間なんて悍ましいこと言ってんじゃねえよ」

 

考え事のため逸らしていた視線を元に戻し、冷めた表情でヒートアップする遠藤を見つめ返した。

その瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く浩介。先程の殺気を思い出し尻込みするが、それでも、貴重な戦力を逃すわけにはいかないので半ば意地で言葉を返す。

 

「あ、ああ。仲間だろ! なら、助けに行くのはとうぜ……」

 

「勝手に、お前等の仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前等にもっている認識は唯の〝同郷〟の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」

 

「なっ!? そんな……何を言って……」

 

「黙れよ、本気で殺すぞ」

 

京矢の殺気を受けた浩介はそのまま黙り込む。

京矢にしてみれば光輝の仲間などと言われるのは吐き気がするレベルだ。そんな役目をストッパー役として押し付けてしまっている雫には心底申し訳ないと思っているが。

 

「南雲、悪いがオレは八重樫を助けに行ってくる」

 

そう言って立ち上がる京矢に、唖然とする浩介。

雫に対する惚れた弱みだけでは無い。バールクスへの人質としているなら、殺される事は無いだろう。

精々、両手両足の腱を切られて戦えない様にされた後は、逆に丁重に治療と十分な生活環境を与えられる事だろう。無力な囚われのお姫様に変えられるだけで命は奪われる可能性はゼロに等しい。

 

光輝のストッパーなどと言う難題を押し付けてしまったのだから、手の届く範囲のピンチの時位は颯爽と助けようと考えた訳だ。

 



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090

京矢が雫を助けに行くと決めて動いたからでは無いが、香織に対して義理を果たしに行くと言うことで、ハジメ達も動く事になった。

 

正直、勇者が死ぬ事には別に何とも思わないが、敵側には地球人と思われる仮面ライダー達がいる以上、光輝達は単なる狩の獲物だろう。

 

国の上の連中から無条件で助けるなどと思われない為の伏線として、ロア支部長からの依頼と言う形で纏められたそれを受け、浩介を引き連れて一行は迷宮へと再度足を踏み入れる事となった。

 

だが、迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かないので、ミュウをギルドに預けていく事にする。

その際、ミュウが置いていかれることに激しい抵抗を見せたが、何とか全員で宥めすかし、ついでに子守役兼護衛役にティオとエンタープライズとベルファストも置いていく事にして、ようやく一行は浩介の案内で出発することが出来た。

 

「おら、さっさと案内しやがれ、遠藤」

 

「向こうも動いてるだろうが、急ぐぞ。……えーと、遠藤? で、良かったか?」

 

「うわっ、ケツを蹴るなよ! っていうかお前いろいろ変わりすぎだろ! ってか、鳳凰寺、クラスメイトの名前くらい覚えとけ!」

 

「やかましい。さくっと行って、一日……いや半日で終わらせるぞ。仕方ないとは言え、ミュウを置いていくんだからな。早く帰らねぇと。ベルファストさん達がいるのは兎も角、変態が一緒にいるというのも心配だし」

 

「いや、あの二人がいるし、中身はああでも、そうなってない時は頼りになるんじゃねえか?」

 

「まあ、変態の監視に二人には残って貰ったから大丈夫だろうな。特にベルファストさんなら」

 

「ああ、ベルファストなら」

 

信頼の厚いベルファストである。

 

「……お前、本当に父親やってんのな……しかも、二人とも美少女ハーレムまで作ってるし……鳳凰寺なら分かるけど、一体、何がどうなったら、あの南雲がこんなのになるんだよ……」

 

「お前らがアホかバカなだけだろ?」

 

「馬鹿言うなよ!?」

 

迷宮深層に向かって疾走しながら、ハジメの態度や環境についてブツブツと納得いかなさそうに呟く浩介。

強力な助っ人がいるという状況に、少し心の余裕を取り戻したようだ。しゃべる暇があるならもっと速く走れと遅いぞとつつかれ、敏捷値の高さに関して持っていた自信を粉微塵に砕かれつつ、浩介は親友達の無事を祈った。

 

「少しペースを上げてくぞ」

 

「ああ」

 

「ん」

 

「はいです」

 

そして、一番余裕のある京矢が更に加速を早めると浩介の自信が砕ける所か消えていくレベルだった。他のメンバーは普通について行けている。京矢も浩介以外が余力を残して進めるペースを見切って走っているのだろう。

 

迷宮内も現れる魔物を先頭を走る京矢が一瞬でバラバラに切り裂きながらノンストップで進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……勇者達にとって幸運だったのは魔人族の女が目を覚ました事だろう。

風魔達がダークネス四体と量産型檜山ギアを彼女に預け、新たに呼び出した量産型檜山ギア達を連れて迷宮の攻略に戻った事で光輝達にも逃げる隙が出来た。

 

それが光輝達にとって幸運だったと言えるだろう。

だが、それでも数体の魔物と量産型檜山ギアに加えて、四体のダークネスの追撃は彼らにとっての悪夢でしか無かった。

 

四肢の砕けたメルドを持ったジードダークネス、両手で龍太郎と永山の首を締め上げながら持ち上げているゼロダークネス。そして、光輝の顔を足蹴にしながら手に持つ大剣を突きつけているオーブダークネス。

光輝達の敗北を告げる光景が広がっていた。

 

光輝を挑発する為に瀕死のメルドを使ったが、オーブダークネスは真正面から光輝を倒していた。

今までの戦いが遊びだったと言う様に龍太郎達はゼロダークネスに簡単にねじ伏せられた。

 

「……それで? 私達に何を望んでいるの? わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

 

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね」

 

そして、そこで一度言葉を止めて、「それに」と次の言葉を続ける。

 

「バールクスって奴への人質になるあんただけは絶対に連れてくる様にってコイツらの主人から言われていてね」

 

クラスメイトの一人にトドメを刺しているエックスダークネスの肩を叩きながら魔人族の女は雫はと対してそう告げる。

 

「……光輝はどうするつもり?」

 

「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない。こいつらの主人も、鬱陶しいから絶対に始末してくれって頼まれていてね」

 

「……それは、私以外のみんなも一緒でしょう?」

 

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

 

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

 

「それも、もちろん思っている。だから、全員に首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。アンタは逃げられない様にするだけ。他は反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

 

「私は逃げられない人質。他のみんなは自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

 

「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

先程から会話に出てくるバールクスが何者なのかは遂に分からないが、少なくとも刃向かっても降伏しても自分だけは生かして連れて行くつもりだと理解した。

同時に、風魔達はバールクスとの敵対だけは避けていると言う事も理解する。

 

そんな会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。

魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかったダークネス達に襲われ雫以外は十中八九殺されることになるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と魔人族とは戦えなくなる。

 

それは、つまり、実質的に〝神の使徒〟ではなくなるということだ。そうなった時、果たして聖教教会は、何とかして帰ってきたものの役に立たなくなった自分達を保護してくるのか……そして、元の世界に帰ることは出来るのか……

 

だが、同時に希望も残る。

風魔達は最初に出会った時に、地球への移動方法を持っていると教えてくれた。それに、風魔達は自分達と同じ地球人だ、風魔達の下ならそう変な事にはならないだろう。上手くいけば、魔人族の本拠地についてすぐに帰して貰えるかもしれない。

だが、光輝と同じく抹殺対象にされている龍太郎と小悪党一味は後で始末されるか、全線で使い潰されて殺されるかもしれない。

 

それでも、誘いに乗るべきだという雰囲気になる。死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。

しかし、それでも素直にそれを選べないのは、光輝達を見殺しにて、自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝達を差し出して生き残るようで踏み切れないのである。

地球に帰る方法もあると言う餌を前にしても、だ。

 

魔人族の女としては光輝にもより強力な首輪を付けて生かしておきたかったが、それでも風魔達の事だから、連れて行っても問答無用に始末する事は目に見えている。だから、見せしめとして利用しようとトドメを刺さずにいた。

 

他にも始末すると言っていた連中が居るが、其方は特に触れて居なかったので使い潰して始末するなら文句は無いだろうと思っている。

そうで無かったとしても、手駒が少し減るだけだし、何より全裸の連中は見ていて見苦しい。

 

(……それにしても、何で迷宮の中を裸で潜ってるんだい?)

 

魔人の女には、そこが心底疑問だった。

 

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

 

「光輝!」

 

「光輝くん!」

 

「天之河!」

 

声の主は、オーブダークネスに足蹴にされている光輝だった。仲間達の目が一斉に、光輝の方を向く。

 

「……騙されてる……アランさん達を……オレ達のクラスメイトを……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 

その瞬間何かを踏み砕く様な衝撃音が響く。オーブダークネスが踏み躙っていた足を振り上げ、黙れとでも言う様に光輝の顔を踏みつけたのだ。

 

そのステータス故に生きてはいるが、普通の人間ならば既に頭はトマトの様につぶれていた事だろう。

 

更に永山と龍太郎の首を締め上げているゼロダークネスの手に力が加わることで二人が苦悶の声をあげる。

 

と、その時、また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。

小さな声なのに、何故かよく響く低めの声音。戦場にあって、一体何度その声に励まされて支えられてきたか。どんな状況でも的確に判断し、力強く迷いなく発せられる言葉、大きな背中を見せて手本となる姿のなんと頼りになることか。みなが、兄のように、あるいは父のように慕った男。メルドの声が響き渡る。

 

「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ! ……信じた通りに進め! ……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

 

メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉、立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。

 

光輝達が、メルドの名を呟きながらその言葉に目を見開くのと、メルドが全身から光を放ちながらジードダークネスを振り払い、一気に踏み込んで魔人族の女に組み付いたのは同時だった。

 

「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」

 

「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」

 

「抜かせ!」

 

メルドを包む光、一見、光輝の〝限界突破〟のように体から魔力が噴き出しているようにも見えるが、正確には体からではなく、首から下げた宝石のようなものから噴き出しているようだった。

 

それを見た魔人族の女が、知識にあったのか一瞬で正体を看破し、メルドの行動をいっそ小気味よいと称賛する。

 

その宝石は、名を〝最後の忠誠〟といい、魔人族の女が言った通り自爆用の魔道具だ。

国や聖教教会の上層の地位にいるものは、当然、それだけ重要な情報も持っている。闇系魔法の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、特に、そのような高い地位にあるものが前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は、記憶を読み取られないように、敵を巻き込んで自爆しろという意図で。

 

メルドの、まさに身命を賭した最後の攻撃に、光輝達は悲鳴じみた声音でメルドの名を呼ぶ。

しかし、光輝達に反して、自爆に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに、魔人族の女は一切余裕を失っていなかった。

 

そして、メルドの持つ〝最後の忠誠〟が一層輝きを増し、まさに発動するという直前に、一言呟いた。

 

「喰らい尽くせ、アブソド」

 

と、魔人族の女の声が響いた直後、臨界状態だった〝最後の忠誠〟から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。

 

「なっ!? 何が!」

 

よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいるようだった。メルドが、必死に魔人族の女に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物がいて、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。

 

六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔法は〝魔力貯蔵〟。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔法に再利用することは出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は、上級魔法ですら余さず呑み込めるほど。魔法を主戦力とする者には天敵である。

 

メルドを包む〝最後の忠誠〟の輝きが急速に失われ、遂に、ただの宝石となり果てた。

最後のあがきを予想外の方法で阻止され呆然とするメルドに、突如、後に引き寄せられる衝撃が襲う。それほど強くない衝撃だ。

 

ジードダークネスが無理矢理メルドを引き剥がし、そのまま床に投げ捨てたのだ。

 

「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は、王国の騎士団長。称賛に値するね。だが、今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。あんたらはどうする?」

 

魔人族の女が、メルドにトドメを刺さんと黒い光の光輪を出現させたジードダークネスを一瞥しながら光輝達を睥睨する。

再び、目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて、皆が身を震わせた。魔人族の女の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。

 

だが、その時、

 

「……るな」

 

未だ、オーブダークネスに頭を踏みつけられながら力なく脱力する光輝が、小さな声で何かを呟く。

満身創痍で何の驚異にもならないはずなのに、何故か無視できない圧力を感じる。

 

「は? 何だって? 死にぞこない」

 

魔人族の女も、光輝の呟きに気がついたようで、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。

光輝は、力を振り絞って足蹴にされている顔をむけ、真っ直ぐに魔人族の女をその眼光で射抜く。

 

魔人族の女は、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。なぜなら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って、命令権を借りているオーブダークネスに命令を下す。

 

「殺れ!」

 

オーブダークネスは、魔人族の女の命令を忠実に実行し、ダークネスカリバーを振り上げ、光輝の首を切り落とそうとした。

 

が、その瞬間、

 

カッ!!

 

光輝から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。

それを危険ししたのか、オーブダークネスは咄嗟に光輝から距離を取る。

 

光輝は、ゆらりと立ち上がり、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光で魔人族の女を睨みつけた。同時に、竜巻のごとく巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。

 

〝限界突破〟終の派生技能[+覇潰]。通常の〝限界突破〟が基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するものとすれば、〝覇潰〟はその上位の技能で、基本ステータスの五倍の力を得ることが出来る。ただし、唯でさえ限界突破しているのに、更に無理やり力を引きずり出すのだ。今の光輝では発動は三十秒が限界。効果が切れたあとの副作用も甚大。

 

だが、そんな事を意識することもなく、光輝は怒りのままに魔人族の女に向かって突進する。今、光輝の頭にあるのはメルドの仇を討つことだけ。復讐の念だけだ。

 

怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、魔人族の女のもとへ踏み込んだ。

 

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

 

「チィ!」

 

だが、その一撃も二人を投げ捨てたゼロダークネスのスラッガーによって受け止められた。

同時にオーブダークネスが炎を纏ったダークネスカリバーで光輝の体を聖なる鎧毎斬り裂く。

 

幸いにも強化されたステータスのおかげで致命傷にはならなかったが、咄嗟に後ろに下がらなければ分からない。

そんな光輝から魔人族の女を守る様にダークネス達が集まってくる。

 

纏めて吹き飛ばさんと神威の詠唱に入るが、ダークネス達はそれを黙って見逃していた。

 

そして、ダークネス達は光輝の神威と合わせる様に各々の光線技を放つ。

オーブダークネスのダークネススプリームカリバー。エックスダークネスのザナディウムダークネス光線。ジードダークネスのレッキングダークネスバースト。ゼロダークネスのダークゼロツインシュート。四つの闇色の光が一つとなったそれは容易く神威の光を飲み込み、光輝の体を飲み込んでいった。

 

全身を光線に焼かれ体を包んでいた聖なる鎧は跡形も無く消え去り、光輝が辛うじて生き残ることのできたのは鎧と覇潰の力によるもの、僅かながら神威によって相殺出来たからだろう。

 

聖剣ももやは限界かもしれないが、それよりも先に覇潰のタイムリミットが来た。辛うじて立てていた体から力が抜け、膝から崩れるとそのまま地面へと倒れ伏す。

 

そんな光輝の体を掴み上げ、ゼロダークネスはクラスメイト達の所へと投げ捨てる。

 

「ぐあっ!」

 

香織から、ゼロダークネスとの戦いのダメージを動ける程度まで、回復して貰った龍太郎が投げ捨てられた光輝を受け止めるが、思わず苦痛が漏れる。

 

鈴の結界も意味を持たないであろう破壊力の攻撃までしてくるダークネス達に心から恐怖を覚える中、ゼロダークネスの黄色い瞳が彼等を捉える。

 

抹殺対象もろとも始末しようと言う事なのだろうか? 再度必殺技の体制に入るダークネス達。

雫が人質として生かされるが故に広範囲な技は使われないだろうが、少なくとも、光輝諸共殺される可能性しか無い。光輝を抱えた龍太郎に対して思わずか悪党一味が来るな、巻き込むなと叫ぶ中、諦めにも近い感覚で最後を覚悟する者も現れるクラスメイト達。

 

だが、その瞬間だった。

 

 

ドォゴオオン!!

 

 

天井が崩落し何かの影が乱入してきたと思うとそれはダークネス達を薙ぎ払わんと尻尾を振るう。

 

「エンシェント、ブレイクエッジ!」

 

それから距離を取るダークネス達の中の一体、オーブダークネスへと放たれる一撃がオーブダークネスを捉え、吹き飛ばす。

 

その技の主はティラノサウルスの様な影に騎乗しながら、剣を振るい風を巻き起こし土煙を払うと、その姿が露わになる。

彼に続いて降りてきた影が肩越しに振り返ると、

 

「セーフって所だな、南雲」

 

「そうみたいだな、鳳凰寺」

 

ガイソーグの鎧を纏いディノミーゴに騎乗した京矢とハジメの会話を交わし、二人はダークネス達と対峙した。



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091

恭弥の身を包むガイソーグの鎧が外れ、ガイソーケンともう一振りの剣『暗黒剣月闇』を持って京矢はディノミーゴから飛び降りると、ハジメと肩を並べる。

 

(……それにしても、ウルトラマンのダークネスが四体かよ……)

 

明らかに自分(バールクス)対策としか思えない四体のダークネスを一瞥すると、今回初披露となる邪剣カリバードライバーを装着する。

ここに来るまでに遠藤から聞いた仮面ライダー達は居ないようだが、魔人族の女が率いている魔物にダークネス達以外に混ざっているのは仮面ライダーゼロワンのトリロバイトマギア達だ。

魔法こそあれ、この世界の科学技術には似つかわしくない科学で生み出された敵の存在に、あの時あった二人の仮面ライダーの仲間の影を感じずにはいられない。

 

ふと、横を見てみると、ハジメが、落下してきたユエをお姫様抱っこで受け止めると恭しく脇に降ろし、ついで飛び降りてきたウサミミ少女シアも同じように抱きとめて脇に降ろす。

 

「な、南雲ぉ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! 鳳凰寺もそんな便利なの有るなら、オレも乗せてくれよ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」

 

文句を言いながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達と魔物の群れがいて、硬直しながら自分達を見ていることに気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。

そんな遠藤に、再会の喜びとなぜ戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声がかかる。

 

「「浩介!」」

 

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

〝助けを呼んできた〟その言葉に反応して、光輝達も魔人族の女もようやく我を取り戻した。

そして、改めてハジメと京矢と二人の少女とディノミーゴを凝視する。だが、そんな周囲の者達の視線などはお構いなしといった様子で、ハジメは少し面倒臭そうな表情をしながら、ユエとシアに手早く指示を出した。

 

「ユエ、悪いがあそこで固まっている奴等の守りを頼む。シア、向こうで倒れている騎士甲冑の男、容態を見てやってくれ」

 

「ディノミーゴ、お前は護衛を頼む」

 

「ん……任せて」

 

「了解ですぅ!」

 

「任せろディノ!」

 

「南雲、悪いが、特撮ヒーローモドキはオレが貰うぜ」

 

「ったく、オレもそっちと戦ってみたかったんだけどな。仕方ねえ、他の相手はやってやるよ」

 

暗黒剣月闇を構える京矢の言葉に答えて、ハジメもまたエイムズショットライザーを装着する。

 

「ってか、そっちが逃げるなら見逃してやるがどうする、魔人族のお姉さん?」

 

京矢はまだ変身もせずに軽口で魔人族の女にそう問いかける。彼ら以外にしてみれば傲慢な、本人達にしてみれば当然で有り最大限の慈悲の困った提案だ。

 

「……何だって?」

 

もっとも、魔物に囲まれた状態で、普通の人間のする発言ではない。なので、思わずそう聞き返す魔人族の女。それに対して京矢は、呆れた表情で繰り返した。

 

「いや、さっさとコイツらを地上に連れてって依頼を終わらせたいから、そっちがさっさと帰ってくれるならお互いにお得って言う提案だぜ?」

 

『何言ってんだ、こいつ?』とでも言う様な態度に、改めて、聞き間違いではないとわかり、魔人族の女はスっと表情を消すと「殺れ」と京矢を指差し魔物に命令を下した。

 

この時、あまりに突然の事態に、冷静さを欠いていた魔人族の女は、致命的な間違いを犯してしまった。

 

「なるほど。……〝敵〟って事でいいんだな?」

 

「やれやれ、一度は助け舟は出したぜ」

 

そんな魔人族の女に冷酷に告げながらプロクライズキーを取り出すハジメと、残念だと呆れた様子ながらもワンダーライドブックを取り出す京矢。

 

 

『ジャアクドラゴン!』

『BULLET!』

 

 

響き渡るのは二つの電子音。

 

 

【かつて世界を包み込んだ暗闇を生んだのはたった1体の神獣だった…。】

《AUTHORIZE……KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER》

 

 

ライドブックから読み上げられる物語と、変身前の待機音を心地よさげに聞きながら京矢とハジメは笑みを浮かべる。

それに、ヒーローに憧れていた者のサガと言う奴ではあるが、それが本来の変身者達への無礼である事を理解して心から詫びるものの、どんな時も、この瞬間の高揚感は抑えきれないのだ。

 

此処より下の階層で、特撮ヒーローを相手に死にそうな目に会ったクラスメイト達にとってはデジャヴな光景だが、同時にそれは決定的にそれとは逆の光景。

敵として正面から見据えるのではなく、味方としてその背中を見ると言う事だ。

…………この二人が今後も味方であるとは限らない上に、飽くまで依頼の為に味方してくれているだけなのだが。

 

 

「「変身!」」

 

 

この一言を叫ぶ瞬間、この高揚感は二人の中に強く刻まれる。

 

ショットライザーの引き金を引くハジメと、闇黒剣月闇にジャアクドラゴンを読み込ませる京矢。

 

 

【ジャアクリード!】

《SHOT RIZE!》

 

 

荘厳な待機音が流れ出す中、京矢はジャアクドラゴンを腰のベルト、邪剣カリバードライバーに装填し、ハジメの放った弾丸は魔物達を牽制するように飛び交う。

そして、闇黒剣月闇を自身の目の前に構え、グリップで邪剣カリバードライバーのボタンを押す京矢と、真後ろに飛んできた弾丸を一瞥をせずに義手の裏拳を叩き付けるハジメ。

 

 

【闇黒剣月闇!】

 

 

天高く振り上げた闇黒剣月闇を上空で円を描くように振るい斬撃波を飛ばすと、京矢の体を紫色のオーラが包み込み、斬撃波が京矢に帰って来る。

ハジメの側も裏拳を叩きつけた弾丸が展開、バルカンのスーツを展開する。

 

 

【Get go under conquer than get keen.(月光! 暗黒! 斬撃!) ジャアクドラゴン!】

【月闇翻訳! 光を奪いし、漆黒の剣が冷酷無情に暗黒竜を支配する!】

『The elevation increases as the bullet is fired.』

 

 

並び立つのは雄々しく剣を構えた紫のドラゴンを象った鎧を纏った仮面の剣士と、白い装甲の狼を思わせる仮面の銃士。

 

敵として現れた特撮ヒーローが今度は味方として現れてくれた事に、最早驚き過ぎて言葉も出ないクラスメイト達を他所に、紫の剣士は闇の剣を振るい剣舞を見せると、

 

「闇の剣士、仮面ライダーカリバー」

 

「……いや、何だよ、それ?」

 

「こう言う場面だからな。何となくやって見たかった」

 

京矢の返しにハジメが内心で、『しまった! オレもやっておけば良かった!』と思ったのは秘密だ。次の機会の為にどんな決め台詞を叫ぶのか、よく考えておこうと思うハジメだった。

 

そして、そんな気の抜けるやり取りをして居る横で銃声が響き鮮血が舞う。

横凪に暗黒剣月闇を振るうカリバーとショットライザーを撃ったバルカン。

そんな横に鮮血が舞い、出来た血溜まりに落ちるキメラの屍。姿を消して無防備な二人を襲おうとしていたのだろう。

 

「おいおい、何だ? この半端な固有魔法は。大道芸か?」

 

「大道芸でももう少し見応えあるだろ? 精々素人の宴会芸だぜ。もっと悪けりゃお遊戯だ」

 

血溜まりに倒れるキメラに侮蔑の声を向ける二人。キメラが使ったのは気配や姿を消す固有魔法だろうに、動いたら空間が揺らめいてしまうなど意味がないにも程があると、思わずツッコミを入れる。しかも、バルカンのライダーシステムは正確にその魔物の存在を感知していたのだから、哀れ過ぎる。京矢に至ってはそこだけ気配に空白があるから分かり易いと酷評する始末だ。

……この二人を相手にしたキメラには心から同情したくなる。

だが、それもその筈だ。奈落の魔物にも、気配や姿を消せる魔物はいたが、どいつもこいつも厄介極まりない隠蔽能力だったのだ。

それらに比べれば、動くだけで崩れる隠蔽など、この二人からすれば余りに稚拙だった。

 

瞬殺した魔物には目もくれず、カリバーとバルカンが戦場へと、いや、処刑場へと一歩を踏み出す。

少なくともマトモな戦いになるのは、ダークネス四体を相手にするカリバーの側だけ。

バルカンの側でこれより始まるのは、殺し合いですらない。敵に回してはいけない仮面ライダーによる、一方的な処刑だ。

 

あまりにあっさり殺られた魔物を見て唖然とする魔人族の女や、特撮ヒーローの姿に度肝を抜かれて立ち尽くしているクラスメイト達。

そんな硬直する者達をおいて、魔物達は、魔人族の女の命令を忠実に実行するべく次々に二人の仮面ライダーへと襲いかかった。

 

黒猫が背後より忍び寄り触手を伸ばそうとするが、バルカンは、振り向きもせずダランと下げた手に持つショットライザーを手首の返しだけで後ろに向けて発砲。音速を優に超えた弾丸は、あっさり黒猫の頭蓋を食い破った。

 

トリロバイトマギア達が3体同時に槍を構えて襲いかかってくるが、カリバーは暗黒剣月闇を振るい、正面の一体を一瞬で両断する。

 

「大地斬。……って、必要もなかったか、技を使うのは?」

 

アバン流刀殺法の練習と初めて実戦に使う仮面ライダーの力を試す為に使って見たが、苦もなく両断した結果にやり過ぎたかと思うカリバーに残りの二体が襲い掛かる。

その瞬間、カリバーの姿が消え、次の瞬間二体のトリロバイトマギア達の後ろに背を向けて立つ。

それに気が付いてトリロバイトマギア達が振り返った瞬間、二体のトリロバイトマギアはバラバラになって崩れ落ちた。

 

「海破斬。こっちの方が使い勝手が良いな」

 

そして、自身の前に立つ残りのトリロバイトマギア達を一瞥し、

 

「さて、次は技を借りさせて貰おうか?」

 

突きの体制に構えた暗黒剣月闇を回転させながら突き出す。魔剣戦士の代名詞とも言えるその技の名は、

 

「ブラッディースクライド!」

 

暗黒剣月闇による闇の斬撃破を加えて放たれた螺旋状の衝撃波がトリロバイトマギア達を飲み込んでいく。

その一撃も本来の使い手の技には及ばないであろうと自重しながら砕け落ちるトリロバイトマギア達の残骸を一瞥した。

 

「悪くねえな。さて、本番は此処からか?」

 

一瞥すると四体のダークネス達が油断なく立つ姿に、京矢はカリバーの仮面の奥で、久し振りに戦い甲斐がある相手だと笑みを浮かべる。



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092

京矢の変身したカリバーを強敵と認識したのか、四人のダークネスはカリバーを取り囲む。

 

カリバーは自然体で暗黒剣月闇を構えながら周囲を囲むダークネス達を一瞥する。

 

(ウルトラマンのダークネスか。こんな物まで用意しているなんてな)

 

横目で見れば雑兵のトリロバイトマギアと魔物はバルカンに変身したハジメが圧倒している。

今のところ、強化形態のアサルトウルフやランページバルカン、ローンウルフには変身できないが、十分な相手だろう。

 

いつの間にかガンブレードの龍弾破刃も取り出して2丁拳銃で戦っているのだから、結構気に入ったのだろう。

京矢もガンブレードは一種のロマン武器、好きな部類に入る。

 

「おいおい、どうした、来ないのか?」

 

そんなダークネス達を挑発する様に告げる京矢の言葉に反応したわけでは無いだろうが、先ずはオーブダークネスが先陣を切る。

 

己に向かって奮われたダークネスカリバーをカリバーは暗黒剣月闇で弾き、常に動きながらオーブダークネスと剣戟を交わし合う。

数の上では四対一と不利な状況で受け止めるのも立ち止まるのも他の三体からの攻撃を無防備に受けることに繋がるのだ。

一瞬でも足を止めるのは、危険と判断し、動き回りながらの戦闘を続ける事を決める。

 

「っ!? 旋!」

 

暗黒剣月闇を地面に突き刺し、鋒から放った剣掌・旋により自身の周囲に、闇の斬撃波を混ぜた竜巻を放つ。

 

オーブダークネスと同様に襲い掛かろうとしていたジードダークネスとエックスダークネスがオーブダークネスと共にカリバーから離れ、一瞬動きを止める。

 

だが、そんな僅かな隙も与えずに動いたのはゼロダークネスだ。頭に装着したスラッガーをカリバーに向けて投げ付け自身もカリバーへと襲いかかる。

 

とっさに2本のスラッガーを後ろに飛んで避けると先程までカリバーの立っていた場所に土煙が舞う。

そこに出来たクレーターの中に佇むゼロダークネスは両手にスラッガーを構えて、カリバーへと襲いかかる。

 

オリジナルのウルトラマンゼロを彷彿とさせる宇宙拳法の拳撃の嵐がカリバーを襲う。

 

「嘘だろ……?」

 

「全然本気じゃなかったのかよ?」

 

時に防ぎ、時に大きく避ける事で対処した一撃はカリバーを外れて、ゼロダークネスの拳撃が、蹴撃が、大迷宮に破壊の痕を刻んでいく中、一瞬でも判断を誤れば命は無いであろう破壊の嵐を正確に捌いていく。

最初の飛び蹴りの破壊力もそうだが、その一撃一撃が鋼鉄の鎧など紙屑同然に貫く破壊の嵐。永山も龍太郎も己が相手をしていた者の恐ろしさを嫌でも理解してしまう。

 

自分の技能と防御力を過信して真正面から先程の飛び蹴りを受けて粉々になる姿を、連撃に対抗して破壊の嵐に飲み込まれる己の姿を、永山も龍太郎も幻視してしまう。

異世界から召喚された勇者だと言われても、この世界に来て手に入れたチートな力も。たった一人の敵を相手に成す術もなく蹂躙される未来しか想像出来ない。

召喚された自分達よりも遥かに恐ろしい敵が目の前に存在していて、それが特撮ヒーローの姿をしているのはどう言う冗談だと言う疑問さえ湧く。

そして、それと互角に渡り合っている京矢も、魔物も兵士もたった一人で蹂躙しているハジメも、特撮ヒーローに変身しているのは、本当に現実なのだろうかとも思ってしまう。

 

ゼロダークネスの蹴りを暗黒剣月闇で弾き距離を取ると、ゼロダークネスは額のランプから光線を放つ。

それを避けると今度は自分の番だとでも言う様にカリバーはゼロダークネスとの距離を詰める。

 

「剣掌!」

 

斬撃波を乗せた剣掌・発勁を放つカリバーだが、ゼロダークネスの前にダークネスゼットンアーマーを纏ったエックスダークネスが立ち塞がり、発生させたバリアで発勁を防ぎ、そのエックスダークネスを飛び越える様に現れたジードダークネスがジードクローで斬りつける。

 

カリバーがジードダークネスの攻撃を防ぐと直ぐにジードダークネスはカリバーから離れ、それに合わせる様にオーブダークネスの放った火の輪がカリバーへと襲いかかる。

 

「ふっ!」

 

カリバーが火の輪を切り捨てると今度はジードダークネスとゼロダークネスが同時に襲いかかってくる。

 

(エックスダークネスは防御、他の三体が連携して来るのが二体、残りの一体がこっちの好機を殺しに来る、か)

 

相手の動きから京矢はそう推測する。常にニ対一で数の上で優位に立ち、その上で恭弥が無理矢理にでも反撃のチャンスを作ろうとした瞬間、残りの一体がそれを潰し、エックスダークネスがダークネスゼットンアーマーで最悪の場合の防御に努めるという訳だ。

 

攻撃と防御に完全に割り振られた連携。しかも、三体の役割を時折交代する事で連携に変化をつけて京矢に動きを見切る事を許さない。

 

(……だったら、その連携を崩させて貰うか)

 

どうやってダークネスを作り出したのかは分からないが、それでも分かることは一つだけある。

エックスダークネスのアーマーに対しては付け入る隙があるという事だ。

 

そう考えながらゼロダークネスとジードダークネスから離れると、カリバーはロボライダーのライドウォッチを取り出し、

 

 

 

ロボライダー!

 

 

 

そのライドウォッチを起動させる。ロボライダーのウォッチの力は単純な攻撃だけではない。

 

カリバーがロボライダーウォッチを起動させると、エックスダークネスが何かに操られるようにオーブダークネスへと襲いかかる。

 

ロボライダーのウォッチの力は、その戦闘力を宿したアーマーの召喚と装着、必殺技の使用、そして、機械文明のないトータスでは意味のない能力だった機械の操作だ。

ハジメのアーティファクトは魔法技術での再現である上に、味方である為に使う機会は訪れなかった。

 

だが、今回は違う。エックスダークネス本体は兎も角、その身に纏うアーマーを操ることは可能と推測したのだ。

推測は正しくエックスダークネスのアーマーのコントロールを奪うことには成功した。それでも、本体の意識があるためにそう長くは使えないだろう。

 

その好きを逃さず、カリバーはジードダークネスの肩を蹴って飛び越えると、エックスダークネスに押さえ込ませたオーブダークネスへと向かう。

 

その際にジャアクドラゴンのワンダーライドブックを、素早く暗黒剣月闇に読み込ませる。

 

 

 

必殺リード! ジャアクドラゴン!

月闇必殺撃!

習得一閃!

 

 

 

暗黒剣月闇が紫色の光に包まれ、

 

「ブラッディ、スクライドォ!!!」

 

カリバーの放つ紫色の光の竜巻きがオーブダークネスとゼットンアーマーを解除してカリバーのコントロールから逃れたエックスダークネスを飲み込んでいく。

 

血払いをするように月闇を振るい二体のダークネスに背中を向けると、そのまま二体は爆散し、オーブダークネスのダークネスカリバーが墓標の様に突き刺さる。

 

その光景に言葉を失うクラスメイト達と魔人族の女。あのダークネス達の強さは彼女の連れていた魔物達の比ではない。それがわかって居るからこそ、一人で二体を倒してしまった京矢の姿に言葉さえも失ってしまう。

 

爆散した二体から、何かが飛んで来たのに気付きそれを受け止める。カリバーが手に取ったのはオーブダークネスの描かれたアルターライドブックとエックスダークネスと書かれた黒いプラグライズキー。

 

カリバーが手にとった瞬間、虹色の光と共にアルターライドブックはウルトラマンオーブのワンダーライドブックに変わり、プラグライズキーはウルトラマンエックスと書かれた銀色のプラグライズキー。

 

「こいつがダークネス達の核だったって事か? んじゃ、使わせて貰うか」

 

ゼロダークネスとジードダークネスへと意識を向けると、オーブワンダーライドブックを3回読み込ませる。

 

 

 

必殺リード! ジャアクオーブ!

月闇必殺撃!

習得三閃!

 

 

 

炎、水、風、土のエレメントが暗黒剣月闇に宿り、円を書くように振るうと、彼を中心にオーブカリバーの幻影が現れる。

 

「オーブエレメント、カリバー!」

 

カリバーが暗黒剣月闇を上段から振り下ろすと同時に幻影のオーブカリバーから四つのエレメントが闇の斬撃破と共に放たれる。

 

咄嗟にそれを相殺すべく光線技を放つゼロダークネスとジードダークネスだが、相殺したものの、爆発に吹き飛ばされる。

 

「南雲、トドメ一緒にどうだ?」

 

「お前が倒すんじゃなかったのか?」

 

「最後くらいは、と思ったけどオレが倒していいのか?」

 

「有り難くやらせて貰うよ。歯応えが無くて退屈してた所だ」

 

既に魔物とトリロバイトマギアを片付けたバルカンを一瞥すると、そう言葉を交わし、エックスプラグライズキーを投げ渡す。

 

再びライドブックを読み込ませるカリバーと、ショットライザーのプラグライズキーを入れ替えキー側のスイッチを押すバルカン。

 

 

 

必殺リード! ジャアクオーブ!

月闇必殺撃!

習得三閃!

 

 

 

オーブスプリーム、ストラッシュ!

 

 

 

エックスブラスト

 

 

 

 

 

カリバーの放つ極光の斬撃と、バルカンの放つ光の砲撃がゼロダークネスとジードダークネスを飲み込み、その姿を爆散させる。ゆっくりとそれに背を向ける二人の仮面ライダーの手には虹色の輝きを放ちジードワンダーライドブックとゼロプラグライズキーが収まるのだった。



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093

たった4体でも自分が敬愛する上司より与えられた魔物達の千の軍勢よりも遥かに強かった四体のダークネス達が倒される様を見ていた魔人族の女は、我に還るとそのままと逃走のために温存しておいた魔法をカリバーとバルカンに向かって放ち、全力で四つある出口の一つに向かって走った。

 

たった四体で千の魔物の軍勢を蹂躙する様に言葉を失う上司だが、その言葉さえ出てこない強さは魔人族の勝利を確信させていた。

そんな、ダークネス達が倒される様は魔人族の女がその場から逃げると言う選択をさせるのに十分過ぎるほどの現実だった。

 

二人のいる場所に放たれたのは〝落牢〟だ。それが、彼等の直ぐ傍で破裂し、石化の煙が二人を包み込んだ。

 

が、それは直ぐに霧散する事となる。カリバーが振ったのは何時の間にか取り出していたテン•コマンドメンツの封印の剣、ルーンセイヴ。魔力を無力化する剣から放つ竜巻は封印の力さえ宿し、飲み込んだ煙を無力な物へと変換していた。

 

そして、暗黒剣月闇を前方の空間へと振るうとカリバーの姿が消える。

 

「はは……既に詰みだったわけだ」

 

「そう言う事だな」

 

魔人族の女の目の前、彼女へと暗黒剣月闇を突き付けるカリバーの姿があった。乾いた笑いと共に、ずっと前、きっと京矢の警告を聞かずに攻撃を仕掛けてしまった時から既にチェックメイトをかけられていたことに今更ながらに気がつき、思わず乾いた笑い声を上げる魔人族の女。

 

魔人族の女が、今度こそ瞳に諦めを宿して自身へと暗黒剣月闇を突き付けるカリバーを眺めて居ると歩み寄ってくるバルカンの姿が見えた。

 

「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた達、本当に人間?」

 

「一応、人間のカテゴリーだぜ。まっ、地球人とトータス人って分けたら、異世界人の方が正しいか?」

 

「実は、自分でも結構疑わしいんだ。だが、化け物というのも存外悪くないもんだぞ?」

 

各々の返しを魔人族の女に返す二人。バルカンはショットライザーの銃口をスっと魔人族の女に照準する。剣と銃、眼前に突きつけられた二つの死に対して、魔人族の女は死期を悟ったような澄んだ眼差しを向けた。

 

「さて、普通はこういう時、何か言い遺すことは? と聞くんだろうが……生憎、お前の遺言なんぞ聞く気はない。それより、魔人族がこんな場所で何をしていたのか……それと、あの魔物を何処で手に入れたのか……吐いてもらおうか?」

 

「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

 

嘲笑するように鼻を鳴らした魔人族の女に、ハジメはバルカンの仮面の奥で冷めた眼差しを返した。

そして、何の躊躇いもなくドンナーを発砲しようとするが、カリバーが手を翳してそれを止める。

 

「聞くまでもないだろ? 魔物は魔人族の勢力下の神代魔法。ここに来た目的もそれだろ?」

 

「序でに此処にそれを目的に来たなら無駄足だったな。正規のルートじゃ、此処は最後に攻略を推奨される場所だ。入る事も出来ないだろうし、裏道つかって無理に入っても食糧不足で餓死するのがオチだ」

 

「は?」

 

カリバーから話されるネタバレに思わず唖然とする魔人族の女。

 

「後戻りできない百階層がもう一つだぜ。その装備だと、途中で餓死って言うのがオチだろ」

 

そんな事を告げて居るカリバーの足元に上半身だけのトリロバイトマギアが二体、ゆっくりと這いずってくる。

その姿に気が付いたバルカンがその二体の頭を撃ち抜く。

 

「悪い、二体ほどまだ生きて……っ!?」

 

「ああ、サンキュ……っ!?」

 

バルカンの銃撃が頭を撃ち抜いた際に、頭部の装甲も吹き飛び、その中にある顔も露わになり、その顔に思わず二人は言葉を失う。

 

「……檜山?」

 

「……どうなってんだ?」

 

ゾンビの様な檜山の顔は直ぐに消えて人形の様な物に戻るが、先程のアレは間違いなく、檜山のものだった。

 

「あの兵士達の様な人型と違って、魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

 

「どうして……まさか……」

 

バルカンが口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、バルカンは、魔人族の女が、彼等もまた大迷宮の攻略者であると推測した事に気がつき、無言で返す事で「正解」と伝えてやった。

 

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……」

 

「……もう一つ聞く、あの兵士達を待ってきた奴らは何だ? 何時からお前達の所にいる?」

 

「あいつらの事かい? ……そう言えば、何時からアイツらは……わからない? 何で……?」

 

奴等の連れてきていた無限に量産できる兵士と、強力だが数は限られるダークネスの説明をされた時のことは覚えている。だが、奴等が何時から魔人族の側に居たのか、思い出せない。

頭痛を堪える様に頭を抱えるが、突然頭が真っ白になる様な、頭が空っぽになる様な感覚を覚える。

 

「もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

 

頭が軽くなってからは、捕虜にされるくらいならば、どんな手を使っても自殺してやると魔人族の女の表情が物語っていた。そして、だからこそ、出来ることなら戦いの果てに死にたいとも。

ハジメとしては神代魔法と攻略者が別にいるという情報を聞けたが、敵側の仮面ライダー達の情報は聞けないだろうと判断する。

カリバーはそう判断して暗黒剣月闇を振り上げる。

 

「最後の情けだ。痛みを感じる間も与えない」

 

「……感謝するよ」

 

魔人族の女は、カリバーの言葉に楽に逝けそうだと思いながらも、道半ばで逝くことの腹いせに、負け惜しみと分かりながら二人に言葉をぶつけた。

 

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

 

その言葉に、二人は仮面の奥で口元を歪めて不敵な笑みを浮かべる。

 

「敵だと言うなら神だって殺す。その神に踊らされてる程度の奴じゃあ、俺達には届かない」

 

「そいつがデボネアレベルの怪物なら、俺達も危ないだろうが、それ以下の奴に負ける気はねえよ」

 

互いにもう話すことはないと口を閉じ、カリバーは、暗黒剣月闇を魔人族の女の首筋と垂直に振り上げる。

 

しかし、いざ剣を振り下ろすという瞬間、大声で制止がかかる。

 

「待て! 待つんだ、南雲! 鳳凰寺! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」

 

「……」

 

「……」

 

京矢は、暗黒剣月闇を振り上げたまま、「何言ってんだ、アイツ?」と訝しそうな表情をして肩越しに振り返った。見ればバルカンも魔人族の女も同じ表情をして振り返った。

光輝は、フラフラしながらも少し回復したようで何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。南雲も、鳳凰寺も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

こいつ何言ってるんだと言う表情で魔人族の女を見てみると同じ顔をして居るのが分かる。

 

「で、あの阿保勇者はあんな寝言言ってるけどどうする? 王国か聖教会送りだろうけど?」

 

聖教教会では魔人族は神敵とされ、魔物と同様、基本人間扱いされていない。それは敵対しているわけでもない亜人族であるシアへの騎士達の態度から想像がつく。良くて処刑、まだマシで拷問。最悪はどうなるかは、想像するだけでも哀れだ。

はっきり言って、光輝は自分が魔人族の女にとって、どれだけ残酷なことを言っているのか理解できていない。

 

捕虜とした場合の彼女の身に起こることが容易く想像できたが、一応希望を聞いてみる。

 

「この悪魔め……あたしをそんなに辱めたいのかい。そんなことになるならここで死んだほうがましだよ」

 

「だろうな。首も晒されない様にしてやるから安心しな」

 

「重ね重ね、その情けに感謝するよ」

 

「止めっ……っ!?」

 

何故殺そうとするカリバーに感謝して、助けようとする自分を侮蔑するのか分かっていない光輝を他所に、カリバーの振り下ろした闇の聖剣の一太刀が首を切り裂く。

 

首を切り裂かれた女は鮮血が舞いながら、首と胴が分かれるよりも先にその体は消えて行った。

暗黒剣月闇の力で闇の世界に、その屍を送ったのだ。死後も辱めを受ける事がない様に、と。

 

後は、魔人族の領域に向かう途中で、故郷の地に埋めてやるなりすれば良いだろう。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

そう呟く光輝に呆れではなく、侮蔑の視線を向ける。

己の罪を、己が他のクラスメイト達を巻き込んでしまった事を、何も理解していない事に心底怒りを覚える。

 

偽装とは言え目の前で死を見せつけたと言うのに、コイツは何も理解していない、と。

怒りの感情が最早スッカリ冷めてしまった。嫌悪の感情すらも、もう湧かない。

 

光輝に対する感情が完全に失せた京矢は、変身を解除するとハジメと共にディノミーゴ達に守られて居る、クラスメイト達の元へと向かった。



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094

「シア、メルドの容態はどうだ?」

 

「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……指示通り〝神水〟を使っておきましたけど……良かったのですか?」

 

「ああ、この人には、それなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は、色んな意味で大きすぎる」

 

「ああ、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るからな。まっ、あの様子じゃ、メルドさんもきちんと教育しきれていないようだけど……人格者であることに間違いはねえしな。死なせるにはいろんな意味で惜しい人だ」

 

変身を解除した京矢とハジメは、龍太郎に支えられつつクラスメイト達と共に歩み寄ってくる光輝が、2人を睨みつけているのをチラリと見ながら、シアに、メルドへの神水の使用許可を出した理由を話した。

ちなみに、〝変なの〟とは、例えば、聖教教会のイシュタルのような人物のことである。

 

(まあ、善人なのが仇になって、大事な事を教えられないか……。自分達の戦争に部外者を巻き込んだっていう自覚がある分、な)

 

京矢はそうメルドの内心を推測していた。死刑囚なり、盗賊なりの相手に対人の訓練や、その先にある人を殺す訓練をさせていた様子がない為に、だ。それでも、それは平和に暮らしていた者達を無関係な戦争に巻き込んだ事に対する負い目も有るのだろう。

まあ、そうなると京矢の怒りが向くのは主にのうのうと安全な所にいる王族と貴族になる。

問答無用で一発国王の顔面を全力で殴り飛ばしたくなる思いだ。……バールクスのロボライダーアーマーで。並の怪人でも辞めてくれと懇願してくるだろうが、キシリュウジンで殴らないだけ情けがあると思えと言いたい心境なのだ。

 

そんな危険思想を切り辞めて、機会があれば王城の物理的な転覆でも実行に移すかと思いつつ、いつも通り2人の世界を作ってるハジメとユエに呆れ、此方を睨んでいる光輝に『誰だよ、あの面倒なの回復させたのは?』と思いたくなる。死んで無いなら、あのまま気絶でもさせておけば静かだったと言うのに。

 

「おい、鳳凰寺。なぜ、彼女を……」

 

「ハジメくん……いろいろ聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの? 見た感じ、傷が塞がっているみたいだし呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに……」

 

京矢をを問い詰めようとした光輝の言葉を遮って、香織が、真剣な表情でメルドの傍に膝を突き、詳しく容態を確かめながらハジメに尋ねた。

 

ハジメは、一瞬、自分に向けられた香織の視線に肝が冷えるような感覚を味わったが、気のせいだと思うことにして、香織の疑問に答えることにした。

 

「ああ、それな……ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」

 

「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」

 

「そりゃ、伝説になってるくらいだしな……普通は手に入らない」

 

「八重樫、回復魔法じゃ間に合わないって奴がいたら教えてくれ、数人分位なら融通できる」

 

「え、ええ……ありがとう」

 

そんな薬を数人分も簡単に渡せる京矢の表情に、最低限の義理は果たしたと言う意思を感じた雫は、その感情が他のクラスメイト達に向けられて居ると言うのに、背筋が寒くなるのを感じる。

 

「おい、南雲、鳳凰寺、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの……」

 

「ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも……助けてくれてありがとう」

 

また二人に話しかけようとする光輝を香織が遮る。香織は完全に光輝を意識していない。

 

ハジメに歩みよる香織はグッと込み上げてくる何かを堪えるように服の裾を両の手で握り締め、しかし、堪えきれずにホロホロと涙をこぼし始めた。

嗚咽を漏らしながら、それでも目の前のハジメの存在が夢幻でないことを確かめるように片時も目を離さない。ハジメは、そんな香織を静かに見返している。

 

「ハジメぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

 

目の前で顔をくしゃくしゃにして泣く香織に対して、ハジメは何とも言えない表情をしている。

愛子から聞いた通り、どうやら相当張りつめていたらしい。

 

ハジメが泣いている香織をなだめようとあたふたしているが、その対応に益々感極まってしまい、とうとうハジメの胸に飛び込んでしまう。京矢は後ろでじっと香織とハジメを見つめるユエに気付くが見なかったことにした。

 

「……ふぅ、香織は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、南雲も鳳凰寺も無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして、二人から離れた方がいい」

 

クラスメイトの一部から「お前、空気読めよ!」という非難の眼差しが光輝に飛んだ。

この期に及んで、この男は、まだ香織の気持ちに気がつかないらしい。何処かハジメを責めるように睨みながら、ハジメに寄り添う香織を引き離そうとしている。単に、香織と触れ合っている事が気に食わないのか、それとも人殺しの傍にいることに危機感を抱いているのか……あるいはその両方かもしれない。

 

「空気読めよ、阿保」

 

そして、そんな中で誰も口に出さない事を光輝に告げる京矢の姿も何時も通りだが、何時もならばそれに噛み付くであろう龍太郎が何も言えなくなる冷たさが含んだ言葉だ。

なお、檜山の取り巻きだった小悪党達はそんな京矢と光輝を交互に見てどちらに着こうか考えて居る様子だ。

 

「なあ、八重樫。この阿保はこの期に及んで何も分かってないんだな」

 

「…………ごめんなさい」

 

「いや、寧ろ、これの面倒を見させてたオレの方が謝るべきだ」

 

言う事を聞きそうなのが雫位かと言う理由で任せていたが、本当にコイツの相手を押し付けていたのが申し訳なくなる思いの京矢だった。

 

 

「ちょっと、光輝! 二人は、私達を助けてくれたのよ? そんな言い方はないでしょう?」

 

「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。彼等がしたことは許されることじゃない」

 

「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ? 大体……」

 

「……寝言言ってんじゃねえよ、阿保」

 

誰にも口を挟ませない様な冷たい言葉が京矢から告げられた。

ハジメ位は口を挟めそうだが、流石に今の友人に口を出すのは止めて居る様子だ。

 

「これが、お前が全員を巻き込んだ事なんだよ。本来なら、お前がやらなきゃならねえ事なんだよ!」

 

「巫山戯る「巫山戯てるのは、テメェだ!」……」

 

そんな京矢に対しての反論も許さず、京矢はさらに言葉を続ける。

 

「魔人族との戦争は異世界からの侵略じゃ無い、この世界の戦争だ。オレ達は戦争の為に呼び出されたんだよ。それをお前は、何がオレが守るだ? お前は何も守る気が無いくせに何言ってんだ?」

 

「オ、オレは皆んなを守ろうと「じゃあ、何で戦おうと他の連中を誘ったんだ?」……そ、それは……」

 

「守る気が有るなら、あの場で自分だけが戦う。戦うなと言えばそれで良かった筈だ、違うのか?」

 

「は、話をすり替えるな、オレはお前が彼女を……」

 

「戦争の相手の魔人族を殺して何が悪い? まあ、確かに、戦争が終わって敗戦国になったら罪人だろうが、戦争中なんざ、大量に殺せば、『英雄』だ」

 

龍太郎はそんな京矢に掴みかかろうとするが、殺意のこもった視線だけで怯んでしまう。

ハジメもそんな京矢の姿に『流石、異世界2回の上に世界を4回も救った奴の言うことは違うな』と内心で感心して居る。

 

「そ、それでも、捕虜にすれば……」

 

「そうなった時の末路もあの女は理解していたんだろう? だから、オレはそうなる前に楽にしてやった。当人もオレに感謝していて、お前は罵られた。そんな事も理解できないのか?」

 

「オ、オレからイシュタルさんに進言すれば……」

 

「お前には、ちゃんと丁重に扱ってると言って、裏じゃオレや当人の想像通りの末路だろうな? 毎日確認する訳でもないんだろ? 死んだら、自害したとでも言えば良いだろうしな」

 

「うっ……」

 

「何だったら地上に帰って、オレが魔人族を殺した人殺しだとでも糾弾でもするか? 良いぜ、好きにしろ。頭のおかしい狂人に見られるのは、お前だ、阿保」

 

ゆっくりとメルドを指さすと、

 

「メルドさんだって、魔人族を殺して居る筈だし、何より認める気もないが、お前は勇者……確実に一人は殺さなきゃならないだろ?」

 

「そんな事、ある訳ないだろう! オレは……」

 

「魔王を殺さない勇者が何処にいる? 綺麗な言葉で飾ろうが勇者の役目は魔王を殺す事だ。結局のところ、勝手にお前は全員を巻き込んで、やるべき事も出来ず、変わりにそれをやってやったオレ達を、お前の世界にあり得ない事を起こしたから責めてるだけだ」

 

そして、一度ため息を吐くと心底呆れたと言う様子で、

 

「何よりタチが悪いのは、お前自身にゃ、その自覚がないことだ。相変わらずだな。その息をするように自然なご都合解釈」

 

これ以上反論されるのも面倒と思ったのか、首を掴み上げ、静かに……だが、全員に聞こえるようにはっきりとした声で、

 

「要するに、人を殺す覚悟ができていないのに、殺し合い前提の戦場に立つんじゃねえよ」

 

非殺傷設定がある魔導師の戦闘でも、シグナム達が殺す気が有れば死人は出ていただろう。

セフィーロの時も、京矢の介入で助けられた者も居たが、最終的には1組の恋人達は犠牲にするしか無かった。二度目の戦いでも犠牲者は出てしまった。……何より、それをしてしまった事で、生み出された少女と、自分自身を強く嫌った少女を知って居る。

 

だからこそ、そんな最悪の体験に、そんな事も考えすらせずに、全員を巻き込んだ挙句、それを成すべき状況で寝言を言っている光輝に対して、既に怒りさえ湧かない。

 

言うだけ言うと無言で光輝を投げ捨て、クラスメイト達を一瞥する。

 

「で、くだらない事でこれ以上時間を無駄にする気は無い。他にも敵は居るんだろ?」

 

そう言われて、他にも六人も特撮ヒーローがいた事を思い出すクラスメイト達。後から追いかけてくるかもしれないと思うと顔が青くなる。

 

「まあ、仲間として認められないとか、この阿保が言いそうだけどな。この阿保の仲間なんて、こっちから願い下げだ。寧ろ、認めないなら、その事だけは感謝してやるよ」

 

そう言うとクラスメイト達を一瞥し、『さっさと行くぞ』と目で訴えかける。慌てて動き出そうとする一行を他所に、まだ動かないであろうメルドをディノミーゴの背に乗せると、

 

「おっ、そう言えば、八重樫。武器が無かったな」

 

「え、ええ」

 

「なら、これをやるから、予備の武器に使ってくれ」

 

そう言って差し出すのは、ハジメと共に徹夜での仮面ライダーアギト視聴マラソン明けのテンションで作った京矢監修の一本の刀。

 

深夜テンションで回したガチャ産の金属を使った記憶があるが、その刀に使った金属の事は、完成直後にベルファストによって強制的に眠らされたので覚えてないが、作ったことだけは覚えている。その後は試し斬りもせずに京矢が普通の刀と思ってしまっていた。

 

なお、深夜テンションの直後の制作からの強制睡眠で使ったアイテムは覚えていないが、ここでそれを語っておこう。

 

重ねて言おう。二人は普通の金属と思っているし、精々ミスリルか斬鉄剣と同じ金属とも思っているが、そうではない。

 

 

 

 

オリハルコン(ドラゴンクエスト)

 

 

 

 

で、ある。何気にⅢやロトの紋章の王者の剣と同じ材料であったりする。まあ、握りや鞘は普通のものだし、一応特殊な能力など持ってないので、精々が物凄く切れる程度の刀だ。

 

敢えてこう言おう。錬成師の本領を発揮しすぎで有るし、ハジメから貰った京矢も気付いていないから死蔵していたが、何気に光輝の聖剣がゴミになりかねない超高性能な剣で有る。

 

……流石に、そんなゲームお馴染みの伝説の金属など、ハジメも深夜テンションでも無ければ簡単には使えない。どっちにしても金属の塊よりは武具に仕上げた方が良いのだろうが、とんでもない物を使ったことには変わりない。




京矢、ハジメ「「え? オレ達何かやっちゃいました?(無自覚)」」

誰も知らないところでまたやらかしちゃった京矢くんとハジメくんでした。


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095

その後、ユエと香織のやり取りがあり、クラスメイト達は地上への帰還までの間、京矢達に同行する事となった。

取り敢えず、一番傷が酷かったメルド本人は神水で回復したとの事で遠慮していたものの、引き続きディノミーゴに乗っていてもらうことになったが。

 

他のクラスメイト達からの光輝を見る目が微妙な雰囲気になっているのを尻目に動く京矢達に、クラスメイト達は慌てて追随し始める。

 

地上へ向かう道中、邪魔くさそうに魔物の尽くを軽く瞬殺していく姿は京矢は兎も角、ハジメには改めて、その呆れるほどの強さを実感して、これが、かつて〝無能〟と呼ばれていた奴なのかと様々な表情をするクラスメイト達。

 

道中、いい加減面倒になったので京矢がRXライドウォッチの力で魔物除けを行なった際には最早面白いと言うレベルで此方に怯えている魔物達が見えていたりする。

 

後ろから様々な視線を向けて来る光輝達を無視して談笑混じりで話しながら進む京矢達。

岩に擬態した魔物が逃げ遅れたのか、直立に立って『私は石柱、永遠にここに立ち続ける』と自分に言い聞かせながら災害が通り過ぎるのを待っていたり、全員が積み重なって岩に擬態していたりと、昭和ライダー最強の創生王の力に怯えていたりと、行きとは違いこれ以上無いほど楽な道だった。

 

途中、鈴の中のおっさんが騒ぎ出しユエにあれこれ話しかけたり、京矢とハジメに何があったのか質問攻めにしたり、三人が余り相手にしてくれないと悟るとシアの巨乳とウサミミを狙いだしたりして、雫に物理的に止められたり、近藤達が何故全裸なのかとユエとシアが疑問に思ったり――――色々ありつつ、遂に、一行は地上へとたどり着いた。

 

香織は、未だ、俯いて思い悩んでいる。雫は、そんな香織を心配そうに寄り添いながら見つめていた。だが、そんな香織の悩みなど吹き飛ぶ衝撃の事態が発生する。ハジメに心を寄せていた一人の女としては、絶対に看過できない事態。

 

それは、【オルクス大迷宮】の入場ゲートを出た瞬間にやって来た。

 

「あっ! パパぁー!!」

 

「むっ! ミュウか」

 

ハジメをパパと呼ぶ幼女の登場である。

 

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

 

【オルクス大迷宮】の入場ゲートがある広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。

 

各種の屋台が所狭しと並び立ち、迷宮に潜る冒険者や傭兵相手に商魂を唸らせて呼び込みをする商人達の喧騒。そんな彼等にも負けない声を張り上げるミュウに、周囲にいる戦闘のプロ達も微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。

 

ステテテテー! と可愛らしい足音を立てながら、ハジメへと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いでハジメへと飛びつく。ハジメが受け損なうなど夢にも思っていないようだ。

 

テンプレだと、ロケットのように突っ込んで来た幼女の頭突きを腹部に受けて身悶えするところだが、生憎、ハジメの肉体はそこまで弱くない。むしろ、ミュウが怪我をしないように衝撃を完全に受け流しつつ、しっかり受け止めた。

 

「京矢様、お帰りなさいませ」

 

「無事帰還できた事何よりだ、指揮官」

 

「エンタープライズにベルファストも、ミュウちゃんの護衛ありがとな」

 

そして、続いて現れた二人の美女……エンタープライズとベルファストに男子組+鈴の目が奪われる。最早、近藤達三人はどうやって京矢に取り入るかを考え始めている始末だ。

 

「……そう言えば、ティオはどうした?」

 

「ティオ様が、そろそろ京矢様達が帰ってくるかもと仰っておりましたので、迎えに参りました。ティオ様は……」

 

ベルファストの視線を追っているといつの間にかティオはハジメと合流していた。ベルファストと話している内に合流したのだろうが……

 

「で、何かあったのか?」

 

「ああ、ちょっと不埒な輩がいた。凄惨な光景はあの子には見せられないからな」

 

「なるほど。そう言う訳か。で? その自殺志願者は何処だ?」

 

「私とティオが処理しておいた。生きているから、そっちも安心して良い」

 

「南雲相手じゃないだけ運が良かったな、そいつ等。……しっかし、あいつ、子離れ出来るのか?」

 

「まあ、アークロイヤルよりはマシと思った方が良いだろう」

 

どうやら、ミュウを誘拐でもしようとした阿呆がいるらしい。

ミュウは、海人族の子なので、目立たないようにこういう公の場所では念のためフードをかぶっている。そのため、王国に保護されている海人族の子とわからないので、不埒な事を考える者もいるのだ。

フードから覗く顔は幼くとも整っており、非常に可愛らしい顔立ちであることも原因の一つだろう。目的が身代金かミュウ自体かはわからないが。

 

ハジメがトドメを刺しに行かないかは心配だが、そこは友人を信じることにした京矢だった。

 

そんな二組の会話を呆然と聞いていた光輝達。

ハジメが、この四ヶ月の間に色々な経験を経て自分達では及びもつかないほど強くなったことは理解したが、「まさか父親になっているなんて!」と誰もが唖然とする。特に男子などは、「一体、どんな経験積んできたんだ!」と、視線が自然とユエやシア、そして突然現れた黒髪巨乳美女に向き、明らかに邪推をしていた。更には何かメイドさんと女軍人と言った風体の銀髪巨乳美女を二人も連れている様子の京矢には、もうどうやって知り合ったと心からの疑問を抱いてしまっている。

二人が迷宮で無双した時よりも、特撮ヒーローに変身した時よりも驚きの度合いは強いかもしれない。

 

冷静に考えれば、行方不明中の四ヶ月で四歳くらいの子供が出来るなんて有り得ないのだが、いろいろと衝撃の事実が重なり、度重なる戦闘と死地から生還したばかりの光輝達には、その冷静さが失われていたので見事に勘違いが発生した。

 

そして、唖然とする光輝達の中からゆらりと一人進みでる。顔には笑みが浮かんでいるのに目が全く笑っていない……香織だ。香織は、ゆらりゆらりと歩みを進めると、突如、クワッと目を見開き、ハジメに掴みかかった。

 

「ハジメくん! どういうことなの!? 本当にハジメくんの子なの!? 誰に産ませたの!? ユエさん!? シアさん!? それとも、そっちの黒髪の人!? まさか、他にもいるの!? 一体、何人孕ませたの!? 答えて! ハジメくん!」

 

そんな訳で、暴走する香織を宥めることを始めるべく、彼女の友人の雫と共にハジメを助けに参戦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、正気に返った香織が、顔を真っ赤にして雫の胸に顔を埋めている姿は、まさに穴があったら入りたいというものだった。

どうやら冷静さを取り戻して、自分がありえない事を本気で叫んでいた事に気がついたらしい。雫がよしよしと慰めている。

京矢もそんな姿は流石に笑えないのでリアクションに困っているが、何ともタイミングの悪い時に余計な連中も現れる物である。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないって……!」

 

 

 

『愚かな人間どもよ!!!』

 

 

 

因縁をつけようとしたチンピラの声を遮り、町全体に響く声が響き渡った。

 

町中の視線が其方へと向くと、其処にはローブで顔を隠した四人の姿があった。

 

「……あの声は……」

 

「こ、此処まで追って来たのか?」

 

震える声で呟くクラスメイト達には聞き覚えがあった。風魔の声だ。

 

 

『我らが魔人族の同胞を殺したその罪、この薄汚い町の下等な人間、その全ての命を持って億分の一でも償って貰おうではないか?』

 

 

『あはは〜。たっぷり後悔しちゃって下さいね〜』

 

 

新たに聞こえて来た声はウルの町で会った仮面ライダーソーサラー。サユリと名乗った少女のものであることに気づく。

 

勇者達以外の者達が、皆殺しにすると宣言した四人に対して、たった四人で何ができると言う様子だ。

返り討ちにでもしてやろうとでも考えているのだろう、冒険者達が武器を持って今にも襲い掛からん様子だ。

 

だが、次の風魔の行動でそれは覆る。

 

 

『現れよ、我らが魔物を超えし究極の生物兵器……怪獣よ!』

 

 

「「へ?」」

 

『は?』

 

地球出身者の呆けた声が溢れる中、街から離れた場所の上空に視認出来るほど巨大な魔法陣が現れ、その中から巨大な白骨が現れ、ゆっくりと動き出す。

全身の組織が骨化し、黒く腐りきった組織が隙間を埋めていると言う、ゾンビの様な巨大怪獣。

 

 

『その異様を示せ、死骨の暴君! EXタイラント、デスボーン!!!』

 

 

グワアアアアァァァァァーーーーーーッ

 

 

左右を『此処、何処?』と言った様子で見回すと咆哮を上げるEXタイラント デスボーン。

 

その醜悪な姿には最早吐き気と恐怖しか覚えない。

 

「特撮ヒーローの次は、怪獣って……?」

 

「ははは……オレ達夢でも見てるのか?」

 

クラスメイト達からそんな声が漏れる。最早、一日で起きた事がインパクトが強過ぎて、現実感が無くなってしまっていた。

最早、特撮の中に迷い込んでしまったとしか思えないのだろう。チートが普通の能力としか思えない。魔物の相手に無双できても、あんな怪獣を相手にどう戦えと言うのだ?

 

冒険者達もその異様に武器を落とし吐き気を覚え、余りの巨大さに抗う術を失った様に膝を突く。

 

 

『村を、町を、国を、人間の領域を滅ぼし尽くす、我らが究極兵器の最初の生贄となるが良い、愚かな人間どもよ!!!』

 

 

 

だが、誰もが絶望する中、それを否定するヒーローもいるのである。

 

「南雲、流石にアレを放置って訳には」

 

「行かねえな」

 

ガイソーケンを取り出し、ディノミーゴからメルドを下ろして永山達に預けると、

 

「ヨクリュウオーを使え、オレはキシリュウジンで行く」

 

「任せとけ」

 

こんな時だが、巨大ロボでの大暴れという状況にはワクワクを抑えきれないと言う姿のハジメに苦笑を浮かべる京矢。

 

「行くぜ、ディノミーゴ、プテラードン!」

 

京矢のポケットから飛び出すピーたん。バタバタと手足をバタつかせながらディノミーゴの頭に降りる。

 

この世界にとっては神の領域の戦いが。光輝達にとっては空想が現実に変わった戦いの火蓋が落とされようとしていた。



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096

ディノミーゴとピーたんを連れてEXタイラント デスボーンを倒しに向かおうとした時、

 

「狼狽えるな!」

 

光輝の声が響く。行動の出だしを潰されてしまった京矢とハジメの二人が白けた目で其方を見てみると、光輝が町の冒険者達やクラスメイト達に向けて演説をしていた。

 

「あんな物は虚仮威しだ! 唯の大きいだけの死体だ! 勇者であるオレの敵じゃない!」

 

虚仮威しと言っているが、あの大きさはそれだけで十分すぎるほどの兵器だ。

まあ、その後の演説は予想通り、オレがデスボーンを倒すから、その為の力を貸してくれ、との事だ。

 

「確かに恐ろしい敵かもしれない、だけど、俺がみんな事は守る! だから、皆んなの力を俺に貸してくれ!」

 

既に少しずつ逃げようとしている意外と機を見る目がある小悪党達と懐疑的な目で見ているクラスメイト達(龍太郎除く)以外の冒険者達から雄叫びが上がる。勇者の名は大きいと言う事だろうか?

まあ、ウルトラマンタロウの世界の住人達ならば、怪獣に生身で立ち向かえる上に勝てる様な人間の域を超えた連中もいるにはいるが、デスボーン相手には流石に無理としか言えないレベルだ。

 

光輝の作戦は限界突破を使った自分が全力の攻撃を放つから、その間みんなで時間を稼いでくれとの事らしい。

 

クラスメイト達からは怪獣相手に立ち向かえるかよ、と言う視線を向けられているが、冒険者達はやる気になっている。

 

まあ、問題のデスボーンは何故か戸惑った様子で動き出す様子がないのが気になるが?

 

「なあ、南雲」

 

「どうした?」

 

「もしかして、あの連中……如何にも自分達が操ってますって態度で演説してたけど……」

 

「けど?」

 

ハジメだけでなくユエ達にエンタープライズ達、雫と香織も京矢の言葉に耳を傾けている。

そんな中で今最も危険な推測を京矢は口に出す。

 

「アイツら、もしかしたら、最初から制御なんてしてないんじゃ無いか?」

 

『え?』

 

京矢の言葉に我が耳を疑う一同。

デスボーンが最初から制御していないのなら、最初から奴らの狙いは一つだ。何らかの方法で誘導して行けば良い。そうすれば誘導されたデスボーンが勝手に歩き回って村や町を踏み潰してくれる。

そして、それをやるのに最も簡単な方法は一つ存在している。

攻撃を通じて怒らせれば良い。そうすればデスボーンは怒って追いかけていく。しかも、攻撃まですれば側から見れば操っている様に見えるだろう。

しかも、黙って潰されるわけがなく、当然迎撃に動くだろう。そうすれば勝手に反撃する。

 

急いで光輝を止めようとした雫だが、すでにそこに光輝の姿は無かった。

 

まだだ(限界突破)!!!」

 

町の外にいるデスボーンに対して、一番高い櫓の上に立ち、限界突破で力を上乗せし、神威の詠唱に入っている光輝の姿にこの先の未来が想像できた。

 

「神威!!!」

 

光輝の放った光の奔流が、何かを探す様にキョロキョロとしていたデスボーンの巨体に当たる。

多分、何処かのマルチバースの中で光の巨人と戦っていた所を急に呼び出されたのだろう。このデスボーンと戦っていたウルトラマンも驚いているはずだ。

そんな中、光輝の放った神威がデスボーンの体に無防備に直撃する。

 

「良し、入った!」

 

あの巨大だ、効きはしても一撃では無理だろう。だが、完全に倒し切るまで何度でも放つと言う決意を見せる光輝だが、

 

「……(ポリポリ)」

 

当たった所が痒かったのか器用に鎌のような腕で掻いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……せめて急所狙う程度はしろよな……」

 

そんなデスボーンの様子に京矢は呆れたように呟く。一応属性的には効いたのだろうが、巨大な象を相手に針を武器に戦いを挑む様なものだ。

 

「指揮官から見てどうなんだ?」

 

「アバン流の技を扱ってみてよく分かる。ありゃ、半ば魔力を垂れ流しにしている様なモンだな」

 

エンタープライズからの問いに先程の光輝の技について問われると京矢はそう返す。

無策にあの巨体に打ち込む上に、撃ち込む場所は急所ですら無い。

ってか、大きさが違いすぎて当のデスボーンには攻撃されたと認識されてもいない様子だ。

同じ勇者の技でもアバン流の技に比べたら雲泥の差である。

 

「それはそれで運が良かったのかしら……」

 

安堵が籠った声で呟く雫。確かに、デスボーンは光輝を無視してくれていて、暴れないのは助かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、光輝のその一撃は予想外の効果をもたらした。

 

「……(ポリポリ……グサッ)グワァァァァァォア!!!」

 

力加減を間違えて掻いていた自分の鎌で体を傷つけてしまった。

その事に怒り狂い元凶であった光輝を見つけ足早に襲いかかってくるデスボーン。

 

巨大なモンスターのゾンビが襲い掛かる姿に、勇者からの激で己を奮い立たせていた冒険者達に恐怖が走る。

心の支えであった光輝の、勇者の一撃が痒み程度で終わったのだ。

 

光輝の立った櫓を、ハンマーの様になった腕で粉砕したデスボーンと、吹き飛ばされながらも一応は高いスペックで、急いで櫓から飛び降りることで、逃げる事には成功してハンマーの直撃は免れて気絶程度で済んだ光輝。

そんな勇者の姿を見て逃げ出そうとする冒険者達を掻き分け、京矢とハジメが前に出る。

 

流石にこの怪獣を放置して街が壊滅してしまっては色々と面倒な上に、デスボーン自体が放置しておく事事態拙い事この上無い怪物だ。

 

「ディノミーゴ! コブラーゴ! ディメボルケーノ! プテラードン!」

 

京矢の宣言によって現れた五体の騎士竜達の巨体の体当たりによって町から引き離されるデスボーン。

 

新たに現れた本来の大きさに戻った5体の騎士竜の姿に町の冒険者達が呆然とする中、二人の元に仲間達が合流する。

 

「行くぜ、南雲!」

 

「ああ」

 

「騎士竜合体!」

「騎士竜変形!」

 

二人の宣言と共に、翼竜から人型に姿を変えるプテラードンと、人型へと姿を変えながらディメボルケーノを含めた四体で合体するディノミーゴ達。

 

「嘘だろ……」

 

目の前で変形する巨大な姿に光輝を助けようとしていた龍太郎が唖然と呟き、地球組が空いた口が塞がらないという様子で見上げていた。

 

ディノミーゴ側に京矢達が、プテラードン側にハジメ達が乗り込むと、頭部に変形したリュウソウルが装着され、変形と合体を終える。

 

「「完成!」」

 

「キシリュウジン、ディメボルケーノ!」

 

「ヨクリュウオー!」

 

両肩にキャノン砲を備え、両手に焔を宿した武器のナイトメラメラソードとナイトファンを装備したキシリュウジンディメボルケーノと青い翼を持つヨクリュウオーの二体が並び立つ。

二体の巨大ロボを前にしてもデスボーンは僅かに大きいが、それでも不利な差では無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのじゃこれはぁ!!!」

 

ヨクリュウオーのコックピットの中で初めて巨大ロボに遭遇した驚きで目を回しているティオの叫びが響いた。なお、ミュウはミュウで驚きで言葉を失っている。

トータスの巨大ロボ初エンカウント組としてはこんな感じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょ、巨人だぁ!!!」

 

「あ、あれって、帝国が探してるていう巨人に似てないか?」

 

「羽が生えた青い巨人もいるぞ……」

 

「巨翼人?」

 

町の人々は突如現れた超巨大な魔物と二体の巨人の姿に既に大混乱に陥っている。

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

「巨大ロボォオオオオオオオオ!?」

 

「うおおおおおおおおおお! マジか!? 凄え!!! 本物の巨大ロボだぞ、あれ!?」

 

最早叫ぶのが精一杯という様子の地球組であった。

特撮ヒーローの次は巨大怪獣、トドメとばかりに巨大ロボを呼び出したクラスメイト二人。内心、驚き半分オレ達も乗ってみたいという気持ち半分の男子と驚き100%の女子達だが、最早自分達は本当に現実の中に居るのか疑問に思ってるレベルだ。

立て続けに起こった異世界召喚など問題にもならない超常現象の最たる物が目の前に3体も存在しているのだから当然だろう。

 

「……変身ヒーローのアイテムとか、巨大ロボとか南雲が作ったとか?」

 

「錬成師だし、できるんじゃ無いのか? ……多分」

 

「チートだしな」

 

「錬成師って一番ヤバくねえか?」

 

そして、クラスメイト達から明後日の方向に向かって誤解されているハジメだった。

 

なお、櫓から飛び降りた時にデスボーンの攻撃の余波に吹き飛ばされた光輝は頭から樽に突っ込んで気絶していたが、龍太郎以外誰も気にしていなかった。

勇者よりも2体の巨人の方がインパクトが強かったのだろう。

 

各々の武器を構えてEXタイラント デスボーンに向かっていくキシリュウジンディメボルケーノとヨクリュウオーの動きで、トータスを揺るがす不死の巨獣と鋼の巨人の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

……あんな巨大な化け物を操っていると言う魔人族への物凄い誤解という名の恐怖と共に。

まあ、これに比べたら今後生身の相手には、必死に怪獣を呼び出される前に特攻する者も多々出るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???side

 

彼女、『中村恵里』は目の前に現れたEXタイラント デスボーンを前に恐怖は感じていなかった。……その時までは、

 

降霊術師の自分ならば、巨大とは言え動いているとは言え、死体であるデスボーンを操る事も出来るはずだと考えていた。魔人族が兵器と呼んでいる巨大な怪獣を操れれば、と思っている。

そう思って見上げた彼女はデスボーンと目が合った。

 

「っ!?」

 

目が合った瞬間、恐怖に縛られる。巨大な大渦の様な怨念の嵐。怨念と言う嵐の憎悪と怒りの大海。

一つではない。数え切れないほどの怨念の集合体の様な物を見た瞬間、恵里の意識が消えてしまいそうになるのを必死に抑える。此処で意識を失ってしまったら、この嵐の中に呑まれて消えてしまう。

 

「何が……何でこんな化け物が……」

 

巨大な怪物達の怨念が咆哮を上げて一つに混ざり合っている様な化け物を一瞬でも操ろうと思った事を後悔する。

 

自分の中にあった降霊術師としての力に心から後悔する。なんでこんな力を持ってしまったのだ、と己の不運を呪う。

 

こんな思いをするくらいならチートなんて要らなかった。才能なんて要らなかった。無能だった方がマシだった!

 

目の前に立つのは人々の希望を背負った様な光の巨人。その巨人の放つ光線に全身を焼かれる痛みを覚える。時には切り裂かれ、粉砕され、打ち砕かれる。

理解した。理解してしまった。……それはこの怨念達の憎悪の象徴なのだと。

少しだけの救いが有るとすれば、四体の怪人達と光の巨人に似た黒い奴との記憶だけだ。

 

「……助けて、光輝くん……」

 

光は救ってはくれない。ただ敵として怪獣達の記憶と共に自分を傷つける。

 

其処でふと疑問に思う。

 

(……何で、僕、光輝くんの事すきになったんだろう?)

 

剣道をしている姿が似ていたと思ったからだ。幼い日に助けてくれた青年と。

……違う。改めて思い出すと全然似ていない。この記憶の荒波の中でやっとそれを理解できた。間違っていたのだ、光輝と自分を助けてくれた青年が似ていたと言うのは。

 

車に轢かれそうになった自分を助けてくれた青年。今の自分達と同年代くらいの木刀を持った赤い髪の青年だった。

弟なのか自分と同じ歳くらいの少年に剣道を教えている姿を声を掛けれずに見ていることしか出来なかった。そして、お礼を言う前に彼は姿を消した。

 

彼女、恵里にとっての初恋の相手は間違いなくその青年だった。

 

(……そうだ)

 

今の京矢に彼の姿は被る。……似ているのだ、彼女が出会った『蓬莱寺京一』と京矢は。

 

それは間違いなく正しい。彼女を助けたのは京矢が一時的に呼び出した蓬莱寺京一なのだから。

 

だから、幼い日の思い出故の間違いか、怨念の嵐の中に力尽き、憎悪の海に溶けそうになる意識の中で、諦めそうになる。

 

己の間違いに気付いてしまった。何であんなものを欲しがったのだろうか? 本来は出すべき相手は別にいたと言うのに。

もっと早く間違いに気づいていればもっと違うと思ったのに。

 

「……たすけて……おかあさん……おとうさん……」

 

手を伸ばすが余りにも周りの憎悪と怨念は強すぎる。無限にも等しい怨念が愚かにも自分を操ろうとした少女の意識を飲み込もうとする。

 

「たすけて……きょうやくん……」

 

間違わなければ欲していたであろう相手の名を呼ぶ。助けてくれるわけがない。迷宮で自分を助けてくれたのはただの序でだ。

 

間違わなければ自分の人生は変わっていただろうと思う。もう遅い。後悔を抱えながら、こんな所で意識は消えていくしかない。

 

自分を噛み砕こうとする巨大な怨念が、

 

 

 

 

 

彼女の前で砕け散ると、その意識は現実に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫じゃなさそうだな、中村」

 

倒れそうになる恵理の体を支えながら駆け寄ってきた鈴に彼女を預ける。

全身から真夏の様に汗を流しているのに、体はガタガタと真冬に薄着で立っている様に震えている。立っている力もない。支えを失えば倒れてしまうだけだろう。

 

降霊術師の力で操れると思ってしまった結果、デスボーンの怨念の欠片を引き寄せてしまったと推測し、とっさに霊剣の応用で彼女を飲み込もうとしていた怨念を砕いたが、間に合った様だ。

 

そうして京矢はデスボーンへと向かって行く。

 

(あは……あははは……そうだったんだ、僕の王子様は……本当は)

 

手を伸ばしたくても力が入らないが、初めて自覚した。

 

(京矢くんだったんだ……)

 

彼女はそう確信を持って心の中でそう呟いた。




なお、このEXタイラント デスボーンのいたマルチバースではその世界のウルトラマンゼロがこの事態をのちに調査し始めたりする未来があったり。
エヒトの所業を知った光の巨人達の反応は如何に(笑)


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097

並び立つは二体の鋼の巨人。相対するのは全身が骨のゾンビの様な巨大怪獣。

剣と魔法の世界とは似合わない、寧ろ大都会の高層ビルの間に立つ方が似合いそうな二体の巨大ロボと巨大怪獣の姿に唖然とするしか無い地球からの召喚されたクラスメイト達。

 

彼らの目の前に存在しているのは、剣と魔法のファンタジー世界などではない。

二体の巨大ロボが巨大怪獣と戦うなど、何処からどう見ても特撮ヒーローの世界だ。

 

「……オレ達、いつから特撮番組の世界に来ちゃったんだろうな?」

 

「……さあ……」

 

もう巨大怪獣対巨大ロボなんて光景に唖然とするしか無いクラスメイト一同。

 

「……錬成師って、勇者よりチートじゃん」

 

「そうだよな……。なんであんな物作れる職業がありふれてるんだ?」

 

「銃とかでも十分凄いのに、特撮ヒーローの変身アイテムに巨大ロボだぜ」

 

「魔人族の方にも特撮ヒーローが居たんだから、こっちも南雲が居ればオレ達も特撮ヒーローになれてたかも、しれないよな?」

 

少なくとも銃の増産程度は出来てたと思うと、クラスメイト達の責める様な視線が自然と頭から樽に突っ込んだ光輝と、それを助けようとしている龍太郎に突き刺さる?

 

樽に突っ込んだ光輝が結構キツくハマっているのか、『手を貸してくれ』とか叫んでいる龍太郎は全無視だ。

 

「見ろ、怪獣が動いたぞ!」

 

冷ややかな目を2人に向けている間に、デスボーンが動いたのを見たクラスメイトの男子達が声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グワアアアアァァァァァーーーーーーッ!!』

 

デスボーンが咆哮を挙げたかと思うと、その身体から紫掛かった光の玉が次々に出現する。

 

『グワアアアアァァァァァーーーーーーッ!!』

 

咆哮と共に、その怪しい光の玉が四方八方へと飛び散る。

 

「チッ!」

 

両肩のキャノン砲、ボルケーノキャノンから撃ち出した砲撃が光の玉を撃ち落としていく。

 

「おい、どうした?」

 

デスボーンの攻撃を撃ち落とし始めた京矢の行動にハジメは疑問の声を上げる。

 

「っ!? ハジメさん、見てください!」

 

「っ!? 何、だと?」

 

そんなハジメにシアが声を上げる。彼女が見たヨクリュウオーのコックピットの映像には、

 

岩場が溶け、腐った様にドロドロの沼の様な物に変わっていた、デスボーンの光の玉の跡があった。

 

「マジかよ……」

 

「ん、ハジメ、あれは私でも危ない」

 

ユエでさえ、アレに当たるのは命の危険があると直感的に気が付いた。だからこそ、京矢は撃ち落とし始めたのだと気がつくと、ハジメも。

 

「ユエ、頼む!」

 

「ん!」

 

ヨクリュウオーの力で氷の弾丸を作り、キシリュウジンディメボルケーノの砲弾と共に光の玉を撃ち落としていく。

 

「行くぜ、キシリュウジン!」

 

このままでは埒が明かないと判断した京矢がボルケーノキャノンを撃ちながらデスボーンとの距離を詰める。

 

「ナイトメラメラソード」

 

右手に持つ剣、ナイトメラメラソードに炎が宿り、炎の斬撃がデスボーンを切り裂く。

それにより、デスボーンの放つ光の玉が途絶え、自由に動ける様になったヨクリュウオーが翼を広げ上空に舞い上がると、そのままキシリュウジンディメボルケーノと交代でヒエヒエクローによる斬撃を放つ。

 

キシリュウジンディメボルケーノとヨクリュウオーの斬撃を受けたデスボーンの体が崩れ落ちる。

 

その姿に町で見ていた者達は歓声を上げるが、当の京矢達は疑問を持つ。

 

「妙だ、手応えがなさ過ぎる」

 

余りにも簡単に倒せた事に疑問に思っていると、京矢は前世の記憶にあるEXタイラントの事を思い出した。

デスボーンの最大の武器は……

 

「不味い、南雲、油断するな!」

 

京矢の警告よりも早くデスボーンの体が紫色に光り、立ち上がる。

 

『グワアアアアァァァァァーーーーーーッ!!』

 

「せいっ!」

 

再度、ナイトメラメラソードによる斬撃を放ち町から吹き飛ばす。先程の光の玉も危険だが、他にも危険な攻撃を持っていないとは限らない。

 

(確か、こいつの弱点は……)

 

太陽の光によって再生能力は失われる。だが、デスボーンは太陽光を浴びていると言うのに再生していた。

考えられるのは、

この世界の太陽には浄化の力が無いと言うこと。

この世界の怨念またはエヒトの力が太陽による浄化の力を弱めていると言うこと。

或いはその両方の理由で再生能力が健在だと言うことだ。

 

ならば、選択肢は一つ。怨念の集合体の合体怪獣の怨念を浄化すること。破邪等の属性を持った技や武器による攻撃だ。

 

(……シャインラプラーが居ればな)

 

残念ながら、シャインラプラーとその兄弟騎士竜シャドーラプターも合体形態のコスモラプターも手持ちには居ない。

 

「くそっ、鳳凰寺! 何か手は無いのか!?」

 

「ああ、何か不死身のゾンビ相手に特攻がある武器や技が有れば良いんだけどな」

 

残念ながら、ハジメの手持ちの神代魔法にもアーティファクトにもその系列のものは無いのが現状だ。下手をしたら無限に再生する不死身の怪物と永遠に戦い続ける羽目になる。

 

ヨクリュウオーで格闘戦を演じながら何か無いかと尋ねる。

 

「その手の手段は有るか?」

 

京矢ならば何かあるはずだと言う確信のある問い。

 

「問答無用で地獄に送れそうな冥道残月破。此奴は天生牙の固有の技だけどまだ使えねえ」

 

「天生牙で生き返らせるってのは無理か?」

 

「あいつが死にたてのゾンビに見えるか?」

 

「見えねえな」

 

「だろ?」

 

あるいは天生牙の力ならばデスボーンを形作る怪獣達の怨念も斬ることも出来るかもしれないが、重ねて言おう、残念ながら今の京矢では其処まで広く天生牙を使いこなせない。

 

「後は霊剣かアバン流の空の技か」

 

「何だよ、まだ二つもあるじゃねえか」

 

ヨクリュウオーとキシリュウジンディメボルケーノの同時攻撃により倒れるが、デスボーンは再度復活する。

 

「霊剣は無理だ。相手がデカ過ぎる。流石にキシリュウジンを通して使えないからな」

 

「って事は、アバン流の空の技って奴だな」

 

既に迷宮で地と海の技を見ているハジメは『勿体ぶりやがって』と考えながら、切り札の存在に笑みを浮かべる。

 

「悪いが、オレじゃあ使えない技だ」

 

「おい、鳳凰寺、お前は他の技を使ってたし、奥義って技も使えるんじゃねえか、何でその技だけ使えないんだよ!?」

 

「ああ、あの時のは不完全版。完全な物にするには、最後の一つの空の技の会得が必須なんだ」

 

地と海の二つだけでも、アバンが目指した一撃には到達出来たとあるが、当時のハドラー自体もより強靭になっていたそうだ。技の形としては地と海の技を会得できれば使えると言うのはその事からもわかる。だが、

 

「空の技の空裂斬は正義の剣士とやらにしか使えない必殺技だ。オレが正義の剣士って柄かよ?」

 

正義の剣士などと名乗る気は無い。無頼漢、アウトローの方が性に合うと言う京矢の言葉に納得するハジメ。

 

「じゃあ、どうする?」

 

「再生不能のレベルで跡形も無く消しとばしても、此奴は怨念の集合体、復活するのが先送りになるだけだ」

 

デスボーンの振り回すハンマーに吹き飛ばされるキシリュウジンディメボルケーノ。

流石にこの怪物が何れ復活すると言う状況は避けたい。

 

吹き飛ばされながらもボルケーノキャノンによる砲撃を浴びせ距離を置いたところでヨクリュウオーが全身を凍り付かせることで時間を稼ぐ事に成功する。

 

オリジナルのタイラントはタロウ以前のウルトラ兄弟との激戦のダメージと同時に、復讐を果たす事による怨念の浄化も有ったのだろうが、今の京矢達に出来ることと言えば一時的な問題の先送りだけだ。

 

「技自体は成功させる自信は有るけど、オレには肝心の物が使えねえ」

 

空の技に必須の気のコントロールは元々京矢の得意分野であり、敵の本体を探る心眼に付いてもやろうと思えば出来るとは思う。だが、

 

「正義の味方特有の光の闘気は、流石にオレにはな」

 

「いや、指揮官なら大丈夫じゃ無いか?」

 

エンタープライズの言葉に京矢が否定の言葉を言う前に、全身の氷を砕いたデスボーンが腹部から紫色に輝くガス、『怨念ガス』を吹き出す。

 

「「うわぁ!」」

 

そのガスに巻き込まれた瞬間、キシリュウジンディメボルケーノとヨクリュウオーの全身に爆発が起こり、地面に倒れてしまう。その巨体が倒れる衝撃は小規模の地震に思える程だ。



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098

「こう言う相手はオレ達には苦手分野か……」

 

残念ながら、現状ではハジメパーティーのメンバーには怨念の類を浄化する事が出来る者は居ない。

 

「いや、あれは大量の怨念の集合体が、更に怨念吸収した結果誕生した化け物だぞ。神代魔法の魂魄魔法とか言うやつでも、あれはこっちが危ないだろう?」

 

実際に恵里が怨念の渦に自我と言うよりも魂レベルで飲み込まれそうになった事を知っている京矢の言葉に、ハジメ達も軽く想像してしまったのだろう、顔が青くなる。ユエの再生能力でも自我とか魂レベルで消滅させられかねないのは無理だろう。

一歩間違えればエヒトでさえ消滅しかねない怪物である。

 

怨念を物理レベルの攻撃に進化させた化け物相手の対処方法が見つからない以上、選択出来るのは。

 

「ふむ、では、その空の技とやらを試すしか無いのでは無いか?」

 

巨大ロボのコックピットと言う状況に驚きのあまりフリーズしていたティオが再起動してそう呟く。

ハジメもユエもシアもそれしか無いかと言う顔だ。

 

「まあ、悪人じゃ無いし、行けるんじゃねえか、正義の剣士専門の技」

 

「正義とか光とかって柄じゃ無いだろう、オレは?」

 

ハジメの言葉を京矢は否定する。カリバーやらバールクスやらガイソーグやらとガチャの結果とは言え闇属性とかがよく似合う力を愛用しているのだし、寧ろ闇の闘気の方が相性が良いと思っている。

 

「いや、どちらかと言えば善人寄りだろう、指揮官は」

 

「間違いなく善人側だと思いますよ、京矢様」

 

エンタープライズとベルファストからも試す事を勧められてしまった。

 

「兎に角、何でも良いから試せるだけ試してくれ、どうせオレ達にはお前に任せるしか手はねえんだ!」

 

そう言われると無理だとは言ってられない。空の技とまでは行かなくても、可能性のある手段が使えるのは京矢一人なのだ。そして、使えさえすれば現状では一番空の技が倒せる確率が高い。

 

「分かった。時間稼ぎ頼めるか?」

 

「ああ!」

 

京矢の言葉に簡潔に返してヨクリュウオーを操りデスボーンへと向かう。

強敵への恐怖心など無い。心を満たしているのは巨大ロボを操る高揚感だ。……それもどうかと思うが。

 

そんなヨクリュウオーの背中を一瞥し、京矢は両手でガイソーケンを構える。

 

気配を読むのは出来ないことはない。いくつもの邪悪な怨念の集合体の気配が読めない訳はないが、逆に無数の怨念の集合体と言うべきデスボーンは大き過ぎて、技を撃ち込むべき点が見えにくくなっている。

 

(何処だ?)

 

技さえ成功すれば何処に当ててもダメージは与えられるが、それで与えられるのは一部へのダメージのみ。穿つべきなのは敵を構成する怨念を繋いでいる一点のみ。

ガイソーケンを構え、デスボーンの気配の中、怨念の中心点の位置を探る。無数の怨念の集合体。怨念が形を持った存在をその姿を維持させている中心点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この骸骨野郎!」

 

京矢が技の準備に入っている間、ヨクリュウオーを操るハジメ達がデスボーンを引きつけるべく向かっていく。

 

デスボーンの振り回すハンマー状の腕と鎌状の腕を避けているが、一撃でも受けてしまうのは危険と言う判断からだ。

 

デスボーンが咆哮をあげながら振り回すハンマーを避けるヨクリュウオー。

スピードではヨクリュウオーが上だが、パワーではデスボーンに負ける。距離を取りたい所だが、そのパワー以上に厄介なのは、デスボーンの使う紫の炎だ。怨念の力の炎はヨクリュウオーの冷気でも消せない。

 

「相性最悪」

 

ユエの呟きが全てを物語っている。如何なる力も侵食していく怨念の前には物理的な力は無力とでも言われている感覚だ。

 

「この野郎」

 

隙をついてヒエヒエクローの一撃を見舞うが、それによって倒れたかと言うと再び起き上がる。

 

「凍って!」

 

透かさずその隙にユエが己の魔力とヨクリュウオーの力でデスボーンの全身を氷漬けにする。

ミレディの迷宮でも同じ事をしたが、デスボーンに使ったそれは魔力がうまく使えない領域では無い為、あの時よりも分厚い氷がデスボーンを包み込む。

 

「凍っちまえば、関係ないだろ?」

 

これで時間が稼げるかと安堵するハジメ達を他所に、デスボーンの全身を飲み込んだ氷が内側から紫色に腐り始めている。

 

「嘘だろ?」

 

「嘘?」

 

怨念の炎によって全身を包む氷を砕き、咆哮を上げて再度デスボーンが動き出す姿にハジメ達は驚かずには居られない。

 

怨念によって生まれ、怨念によって強化されたタイラントの強化体たるデスボーン。怨念がある限りその動きは止まらない。

 

「だったら、コイツで!」

 

ハジメも借りることもあるだろうからとヨクリュウオーの事は京矢から教えて貰っていた。その中の必殺技についての知識は真っ先に教えてもらった。

 

「ヨクリュウオー、ブリザードストーム!」

 

開かれた胸のプテラードンの嘴から放たれた冷気の嵐がデスボーンを飲み込む。それに対抗する様に怨念を弾丸の様に撃ち出すが、

 

「させない」

 

ユエの声が響き、ヨクリュウオーの周囲に発生した氷の鏃が怨念の炎を撃ち落としていく。

 

やがて冷気の嵐に包まれたデスボーンの全身が凍結する。だが、そのままでは、またすぐに動き出すだろう。故にハジメ達はすぐに次の行動に入る。

 

ヒエヒエクローに集うエネルギー。エネルギーを纏い輝くヒエヒエクローを翳し、空高く舞い上がるヨクリュウオー。

 

「食いやがれ、ですぅ!」

 

「ヨクリュウオー、ブリザード、クローストライク!」

 

シアの叫びとハジメの宣言が響くと同時に急降下しながらヒエヒエクローをデスボーンに叩き込むヨクリュウオー。

その一撃を受けたデスボーンは吹き飛ばされながら爆散する。

 

その光景を見て、クラスメイト達も、街の住人達も今度こそはと勝利を確信する。

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

ゆっくりとデスボーンの破片が浮かび上がり、怨念を吸収して行く。ダメージが大きいのか、吸収する怨念も多い。

「またか」と予想はしていてもこうもキリが無いと流石に嫌になって来る。

 

だが、今のデスボーンはそんなハジメ達の予想を大きく上回っていた。

 

「「「「え?」」」」

 

現れた巨大な影に呆然とするハジメ達。ヨクリュウオーの全長程もある巨大な足が四本。

ゾンビの様な姿は肉体を取り戻し、前後で別の生物の継ぎ合わせたかの様なケンタウロスの様な姿には頭から生えた羽毛が王冠の様に見える。

 

EXタイラントと呼ばれるデスボーンの一つ前の形態。本来のデスボーンの在り方を考えれば、この姿こそが最も強い姿かもしれない。

 

EXタイラントが足踏みする度に大地震の様な振動が起こる。

屈強な冒険者達が唖然として座り込む。最早、人が太刀打ちなどできない生きた災害を目の前に、既に生き延びる事を諦めていた。どれだけ急いで逃げてもあの怪物の一歩は簡単に追いついて来る。王都の城壁の奥に逃げ込んでも、あの怪物は意にも介さない。

 

生物としての次元が違う。虫が人に勝てない様に。人間の身ではどんな優れた騎士も、魔法使いも勝てない存在が目の前にいるのだ。対峙した瞬間、抵抗する事も逃げる事も、そうしようと考えることすら出来なくなった。

 

「嘘だろ? 巨大化ってのはお約束なんだろうけど、これはいくら何でも、反則じゃねえか?」

 

EXタイラントをヨクリュウオーの中で見上げながらハジメは唖然としながら呟く。

そんな、次の行動を迷う内に京矢の操るキシリュウジンが動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個体そのものが高密度な怨念の集合体。そんな物の撃つべき一点など簡単には見つからない。そんな時だった。

 

ハジメの一撃によってデスボーンの巨体が砕け散るのは。当然ながら、その破片は怨念を吸収し再生しようとしていた。

 

(南雲、ナイスだ!)

 

砕けた破片が再生する一点、その一点こそが撃つべき点だと確信出来る。唯一の計算外はデスボーンの姿では無く、EXタイラントの姿での再生と言う所だ。

 

「それだけデカくなってくれたら、逆に狙いやすいぜ!」

 

怨念の密度はデスボーンよりもEXタイラントになった事で下がっている。戦闘力を増しているが、それでも、撃つべき一点を捉えられることは有り難い。

 

狙うべき点を捉えたならば、この技を試すのみ。そう考えてキシリュウジンディメボルケーノを走らせる。

 

EXタイラントの真上へと飛び京矢はガイソーケンを構え、目を閉じる。

 

「我が心、明鏡止水。されど、我が刃は烈火の如く!」

 

キシリュウジンディメボルケーノのナイトメラメラソードを通じて、その技を放つ。

 

「空裂斬!」

 

キシリュウジンディメボルケーノの放った一撃を受けたEXタイラントは全身から紫の煙を放ち苦しみ始める。

 

狙った一撃は正確にEXタイラントの狙うべき一点を捉えていたのだろう。敵の不死性が消えている筈だ。



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099

「こ、これは、エヒト様の起こした奇蹟か?」

 

二体の鋼の巨人を見上げながら、町の住人の誰かがそう呟いた。

 

異世界トータス。その世界の住人にとって、神話の中の出来事が目の前で広がっていた。

 

地球。異世界から召喚された地球人にとって、空想の中での特撮の光景が目の前で広がっていた。

 

存在其の物が災害であったデスボーンを超え、その行動全てが災害となる怪物EXタイラント。それに立ち向かうのは二体の鋼の巨人、キシリュウジンとヨクリュウオー。

 

トータスと地球。その二つの世界において、想像の中にしか存在していない光景であることは間違いなく共通点だろう。

 

巨大ロボが巨大怪獣と戦う光景など、何処から驚いて良いのか理解出来ていない。ただ言えるのは、その二体を操るのはかつて最強であった京矢と最弱であったハジメの二人だったと言う事だ。

 

何人かは顔を真っ青にしてしまっているが。主にこれ迄のハジメへの諸行を思い出して、だ。

巨大ロボ使ってお礼参りされる光景をリアルに想像してしまったと言う訳だ。

 

そんな彼らを他所に二体の鋼の巨人は怨念の暴君へと向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く別の生き物の足を新たに繋いだ様な異形のケンタウロスの姿で、空中を舞い翻弄するヨクリュウオーを撃ち落とさんと鉄球状の腕を振り回すが、飛行能力を持つヨクリュウオーを捉える事はできない。そんな状況にEXタイラントはイカルス星人の耳から針状の光線アロー光線を放つ。

 

「そんなモンが当たるかよ!」

 

針状の光線は射程、範囲ともにハンマーを振り回すよりも攻撃範囲は広い。だが、自在に天空を舞うヨクリュウオーは余裕さえも感じさせる動きでアロー光線を回避していく。

 

「こっちも忘れるな!」

 

同時に足元から攻めるのは京矢の乗るキシリュウジンディメボルケーノだ。そんなキシリュウジンディメボルケーノをその巨体と四本の足を使って踏み潰さんとしている事が、ヨクリュウオーへの射撃の精度を下げている。

 

空中を飛ぶヨクリュウオーへと頭の羽を手裏剣の様に飛ばした事で出来た隙にキシリュウジンディメボルケーノはEXタイラントの背中へと飛び乗る。

 

これだけの巨大だが、背中に飛び乗って仕舞えば反撃の手段は乏しいと判断した結果だが、その判断は失敗だった。

 

背中の棘に電流が走り、背中から放たれた電撃がキシリュウジンディメボルケーノを襲う。

 

「ぐあぁ!!!」

 

ハンザギランと言う超獣のパーツで有る背中に配された棘から放たれた電流に焼かれたキシリュウジンディメボルケーノはそのままEXタイラントから振り落とされる。

 

「指揮官!?」

 

「ああ!」

 

キシリュウジンのコックピットの中にも電撃のダメージが現れる中、地面に落ちる前に体制を立て直し、後ろ足となっているゴモラの脚によるスタンピングを回避する。

 

最早、単なるスタンピングが小規模な地震となっている事に言葉を失っている街のトータスの住人に対して、光輝(樽に頭から突っ込んで気絶中)と龍太郎を除いた地球出身の男子達は二体の巨大ロボの戦いに歓声を上げている。恐怖よりも勝っているのだろう。

 

目の前で巨大怪獣と戦う二体の巨大ロボ。最早危険を忘れて目を奪われていた。

 

「ユエ!」

 

「ん!」

 

ユエの操作によってヨクリュウオーが氷の矢を放ち、しつこく追跡してきた羽手裏剣を撃ち落とす。

 

「喰らいやがれですぅ!」

 

「こっちも持ってけ!」

 

シアと京矢の叫び声と共に、上から急降下するヨクリュウオーのヒエヒエクローが、下からはキシリュウジンディメボルケーノのナイトメラメラソードがEXタイラントの頭に叩きつけられる。

 

「少しは効いたか!?」

 

「いえ、まだの様です」

 

京矢の言葉にベルファストが答える。彼女の言葉通り、EXタイラントは咆哮を上げて健在をアピールしている。

 

「やっぱり、タフな奴だな」

 

流石は、ウルトラ兄弟五人抜きをしたタイラントの強化体だけの事はあるのだろう、頭部への同時攻撃にも眩暈一つしていない姿に逆に感心してしまう。

 

「アイツの武器を逆利用したいところだけど、それも無理そうだな」

 

あの巨大では武器を切り落とすのさえ、必殺技を使う必要も考えられるので却下だ。

 

「不死身の能力消えたら、今度は巨大化って有りかよ、ホント」

 

最早、存在其の物が暴君の名に相応しい暴力の様なEXタイラントに対してボヤくしか無いハジメだった。

 

単なるスタンピングさえ、巨大ロボットにさえ必殺の破壊力を持つ怪物なのに、様々な能力まで持っていると言う反則仕様なのだから仕方ないだろう。

 

「複数の怪獣の融合体だからな。能力の多様さに関しては仕方ないと割り切っといた方が良いぜ」

 

京矢の言葉に内心で「マジかよ」としか思うしか無いハジメであった。

 

動くだけで災害である巨大怪獣を倒す手段がないのは同じだが。

 

「で、お前の事だから倒した奴のことや、倒し方も知ってんだろ?」

 

「こうなる前なら、巨大ヒーロー(ウルトラ兄弟)六連戦で最後の一人に武器を利用されて、とか。宇宙最強と名高い光の戦士(ウルトラマンゼロ)に一騎討ちで、とか?」

 

「良し、コイツに効きそうな大技は無いか?」

 

取り敢えず、光の巨人(ウルトラマン)達のとった手段は無理だと判断したハジメは京矢へとそう問いかける。

 

(キシリュウジンやヨクリュウオーの単独の必殺技は効かねえだろうし、ディメボルケーノも無理そうだな。ジェットも……)

 

現状、可能な合体形態及び単独形態でEXタイラントに効きそうな必殺技は思い付かない。

 

ハジメからの問いにEXタイラントの攻撃を避けながら、街から遠ざけながら思考する。

流石に思考に意識を取られているので、キシリュウジン本体の動きはエンタープライズが、隙をついてのディメボルケーノのパーツ部分での攻撃はベルファストが担当してくれている。

 

(後は、キシリュウジンを通じてのアバンストラッシュ。流石に完全版の初挑戦を巨大ロボでってのはな)

 

寧ろ、気を扱う空の技は得意分野の為に簡単にキシリュウジンで行えたが、完全版は初めて使うので確実とは言えない。

 

(手段が一か八かしか……待て、アバンストラッシュ? いや、ディメボルケーノとヨクリュウオーの力なら)

 

考えを纏めると笑みを浮かべ京矢は、

 

「南雲! 一か八かの策だけど、良い考えが有るぜ!」

 

「よく分からないが、考えがあるなら乗った!」

 

京矢の言葉に同意するハジメ。この二体の事は元々京矢の持ち物なのだ、ならば京矢の策に乗るだけだ。

 

「なら、全力で必殺技叩き込め! 仕上げはその後だ!」

 

「おう!」

 

ヨクリュウオーは上空を舞い、キシリュウジンディメボルケーノは地上を走る。

 

「キシリュウジン、ボルケーノスラッシュ!」

 

上空に舞い上がりながら、炎を纏ったナイトメラメラソードの連続切りを叩き込む。

 

「ヨクリュウオー! ブリザードクロー、ストライク!」

 

キシリュウジンとは逆に急降下しながらブリザードクローストライクを叩き込むヨクリュウオー。

 

二体の必殺技の同時攻撃によってEXタイラントが僅かに怯む。流石にその巨体でも、必殺技の同時攻撃にはダメージが有ったのだろう。

 

「今だ!」

 

一瞬の隙だが、必要な時間は十分に稼げた。後は最後の賭けに成功するだけだ。

 

「おう!」

 

「「騎士竜合体!!!」」

 

青と赤の光となった二体の巨人が一体化し、巨大な砲塔を持った一体の巨人となる。

 

「完成」

 

「「キシリュウジン、ジェットボルケーノ!」」

 

両腕のパキガルーの代わりに両肩にディメボルケーノのキャノン砲を装備したジェットのスピードと違い砲撃特化の形態らしく、翼は盾の様に前方に畳まれている。

 

赤と青に光るキャノン砲の中央に集まる白い光。

 

「南雲、バランスを間違えんなよ」

 

「分かってる。ユエ、制御は任せたぞ」

 

「ん」

 

熱と冷気の力で発生したエネルギーの制御を天才的な魔法の差異を持つユエが担当しているが、流石にユエでも難しいのだろう、表情に余裕はない。

 

「食いやがれ! 極大消滅砲撃! ゼロバースト!」

 

キシリュウジンの撃ち出した消滅のエネルギーはEXタイラントを飲み込み、抵抗を許さず消滅させ、上空へと消えていった。

 

京矢のとった策は騎士竜の力を使ってメドローアの擬似的な再現だ。物理では倒し難い相手に対して、腹のベムスターの口から吸収するのも難しいと判断した結果だが、うまく言った様子だ。

 

天空へと消えていく擬似再現した極大消滅魔法を見上げながら、あのままエヒトがいると言う神域にも直撃してくれないかと思いながら、EXタイラントに勝利したと確信する。

 

怪物の消滅に唖然としていた町にいる者達の声が消え、次の瞬間、街を揺らさんばかりの歓声が上がる。

トータスの者達は神の起こした奇跡に。

地球の者達は二体の巨大ロボットの勝利に。

全員に共通するのは絶望が完全に消え去った事だった。



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100

キシリュウジンの放つ消滅の光の柱が巨大な魔獣を消し去る光景にホルアドの街にいた者達全員が歓喜の声をあげる。

 

最早、死以外に道は無かった彼等の絶望を打ち払う姿はこの世に生まれた新たな神話に等しいだろう。

 

(それにしても。怪獣まで持ち出してくるなんてな)

 

はっきり言ってこっちが巨大ロボットを持っていなかったら完全に詰んでいた。それ以前に、既に魔人族を勝たせようと思えば、簡単に勝利させる事は可能であるだろう。

極論で言って仕舞えば、レッドキング級の怪獣一体でも居れば、この世界の人間側の力では成す術無く滅ぼされるのがオチだろう。少なくとも、京矢ならばキシリュウジンを使えば一日も有れば城を落とせる。ヨクリュウオーと合わせればもっと早くなるだろう。

タイラントレベルの怪獣をあんなに簡単に送り込めるのならば、並の怪獣の王国の城の目の前に呼び出す程度の事はやっても不思議ではない。

 

そこから考えると、間違い無く敵の仮面ライダー達は一見魔人族に協力している様に見えるが、明らかに手を抜いている可能性もある。と言うよりも、間違い無く手を抜いている。

 

「こりゃ、少し調べる必要が有るかもな」

 

丁度、魔人族側にも大迷宮は有るのだし、一時的に神代魔法の会得の為の魔法陣を機能停止させておくのも悪く無いだろう。その点はミレディ相手に確認済みだし。

 

ふと、ハジメ達に視線を向けると二人の世界を作り始めたハジメとユエに、シアがツッコミを入れ、ミュウが構ってくれとハジメに飛びつき、ティオが変態発言をしてハジメに冷たくされてハァハァする。ハジメを中心に繋がり合ういつもの光景がそこにはあった。

 

「平和だね〜」

 

背景のEXタイラントのスタンピングの余波による連続小規模地震の影響で崩れている建物や崩れ掛けの建物も多いが、それでも人的被害は無いそうだ。街の住人全員が外に出てEXタイラントとキシリュウジン、ヨクリュウオーの戦いを見ていたからという理由からだが、それは幸いと言えるだろう。

 

(後は、白崎か)

 

正直、自分で戦う事を選んだのだから、投げ出すなと言いたいが今回の場合は事情が違う。

そもそも、トータスで香織が戦う選択をしたのはハジメを守る為と言うのが大部分だろうし、態々エヒトの都合の良い駒とルビを振っても良い光輝の所からゲームの駒を取り上げてやるのも、細やかながらエヒトに対する嫌がらせにも繋がるだろうし、雫からも香織の恋の応援も頼まれている。

 

そんな訳で、彼女がついてくると言う選択肢をしたのなら、プレシア作(娘さん蘇生してあげたら気合全開で頑張ってくれました)ファウストロープ改造の獣神鏡デバイスを渡してやれと言って渡してある。

 

要するに、香織の同行についてはハジメの選択に全面的に任せたと言う訳だ。

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな? ……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」

 

「………………は?」

 

丁度、そんな事を考えていると京矢の予想の上を行って、第一声から、前振りなく、挨拶でも願望でもなく、ただ決定事項のみを伝えるという展開には、ハジメの目も点になっていた。

 

「……京矢様、あれは」

 

「指揮官、アレは」

 

「言わなくても良い」

 

ベルファストとエンタープライズの言葉はなんと無く分かる。来るなと言ったらいつかのハウリア族の様に言い出しそうだなと思う。

 

ポカンとするハジメに変わってユエが進み出たので、ハジメの周辺での話し合いをして貰おうと思っていると、

 

「……お前にそんな資格はない」

 

「資格って何かな? ハジメくんをどれだけ想っているかってこと? だったら、誰にも負けないよ?」

 

ユエの言葉に平然と言い返してからの告白と言う流れ。まあ、当然好きな女が居るからと断るハジメと、そんな一連の流れであった。

 

「……なら付いて来るといい。そこで教えてあげる。私とお前の差を」

 

「お前じゃなくて、香織だよ」

 

「……なら、私はユエでいい。香織の挑戦、受けて立つ」

 

「ふふ、ユエ。負けても泣かないでね?」

 

「……ふ、ふふふふふ」

 

「あは、あははははは」

 

炎すら宿していると思われる眼差しをユエに向ける香織と、香織の射抜くような視線を真っ向から受け止め、珍しいことに口元を誰が見てもわかるくらい歪めて不敵な笑みを浮かべたユエ。

たった一つの特別の座を巡る、その座に立つチャンピオンとそれに挑むチャレンジャーの構図だろうか?

 

二人の背後には雷を纏った龍と刀を構えた般若が見えるが、気のせいだと思いたい。

 

なお、シアが震える声で京矢達の意見も聞かないと言うと、南雲が良いならとあっさりと許可を出したのだった。

 

雫も京矢達に着いて行きたいが、此処で自分まで抜ける訳にも行かず、光輝の暴走を諌める役割も必要だと理解しているから、雫は香織を喜んで見送る事に決めた。

 

だが、そんな香織の意志に異議を唱える者が……もちろん、〝勇者〟天之河光輝だ。

 

「ま、待て! 待ってくれ! 意味がわからない。香織が南雲を好き? 付いていく? えっ? どういう事なんだ? なんで、いきなりそんな話しになる? 南雲! お前、いったい香織に何をしたんだ!」

 

「……何でやねん」

 

「ってか、あいつ今まで何やってたんだ?」

 

香織の告白の騒動の前にさっさとキシリュウジン達は分離からの回収を終えていたが、今まで光輝の顔を見ないのですっかり存在が頭から抜けていた。

と言うよりも気にしても頭が痛くなるだけになりそうなので、気にしてもいなかったが。

…………何か、頭に生ゴミが乗っているのは頭を突っ込んでいた樽がゴミ箱だったのだろうか? 結局、龍太郎が樽を破壊して救出したのだろうか?

 

どうやら、光輝は、香織がハジメに惚れているという現実を認めないらしい。いきなりではなく、単に光輝が気がついていなかっただけなのだが、光輝の目には、突然、香織が奇行に走り、その原因はハジメにあるという風に見えたようだ。

本当に、どこまでご都合主義な頭をしているのだと思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメと、内心で呆れてしまう京矢。

 

完全に、ハジメが香織に何かをしたのだと思い込み、半ば聖剣に手をかけながら憤然と歩み寄ってくる光輝に、雫が頭痛を堪えるような仕草をしながら光輝を諌めにかかる前に、京矢が暗黒剣月闇を首筋に添える。僅かでも動けば問答無用で首を斬ると言う意思表示だ。

 

「鳳凰……」

 

「取り敢えず、剣から手を離せ。話はそれからだ。それ以外の行動してみろ、喉笛を斬るぞ」

 

京矢から本気の殺気を向けられて震えながら聖剣から手を離すと、用は済んだとばかりにさっさと光輝から離れて、暗黒剣月闇の刀身を拭う。本当に生ゴミの中にダイブしていたのだろう、微妙に悪臭が漂っていた。

 

「光輝。冷静に考えなさい。今帰ってきたばかりの南雲君が何かできるわけないでしょ? あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織はもうずっと前から彼を想っているのよ。それこそ、日本にいる時からね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ。それに……ただの幼馴染の光輝に私の行動を決める権利はないわ」

 

改めて雫が光輝を諌めるが。

 

「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」

 

その、なんだかんだ言ってもハジメを見下していた事の分かる台詞に眉を顰める京矢とハジメ。

 

そこへ、光輝達の騒動に気がついた香織が自らケジメを付けるべく光輝とその後ろのクラスメイト達に語りかけた。

 

「光輝くん、みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、どうしてもハジメくんと行きたいの。だから、パーティーは抜ける。本当にごめんなさい」

 

そう言って深々と頭を下げる香織に、鈴や恵里、綾子や真央など女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたので、気にするなと苦笑いしながら手を振った。

 

しかし、当然、光輝は香織の言葉に納得出来ない。

 

「嘘だろ? だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ? 香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」

 

「いや、結局他人だろうが。今時、ラブコメでも幼馴染にそんな特別性は無いだろう? 何年前のドラマなんだ、お前の頭の中は」

 

京矢の一言でバッサリ切り捨てられる。怒りの篭った目で睨んでくるが、京矢は何も気にせず、寧ろ指差して笑っている。

 

そんな京矢の態度に光輝だけで無く龍太郎も顔を真っ赤にして怒りを浮かべているが、何一つ気にも止めていない。

 

どんどん険悪なオーラがでてくる。

 

「香織。行ってはダメだ。これは、香織のために言っているんだ。見てくれ、あの南雲を。女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき南雲の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そう呼ぶように強制されたんだ。南雲は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人を傷つけることに対してなんとも思ってないし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺達に協力しようともしない。香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君のために俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」

 

光輝の相手のことを思っているようで微塵も相手のことを考えていない独りよがりの演説は続く。

 

「君達もだ。これ以上、その男達の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

 

そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる光輝。雫は顔を手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。そろそろ面倒になってきた京矢が時限バカ弾でも使ってバカ踊りしてる間に行こうかと思っていると。

 

「指揮官、あれは何を言っているんだ?」

 

「理解に苦しみますね」

 

「理解しない方が良い。アレの頭の中を理解できたら終わりだ」

 

以前、光輝は祖父の影響を受けたと言っていたが、

 

「どれだけ碌でもない老害だったんだ、アイツのジジイは?」

 

光輝を作った張本人なのだ。もう亡くなっているのなら、無理矢理あの世からでも降霊させて霊剣の応用でぶん殴った上で文句も言いたい。高齢だろうが、霊体なら死なないだろうし。

 

まあ、そんな京矢の呟きは当然光輝にも聞こえていた。視線を合わせてもらえないどころか、気持ち悪そうにハジメの影にそそくさと退避する姿に、若干のショックを受けた上に、聞き捨てならない言葉。最早、光輝の沸点は限界だった。

 

「鳳凰寺京矢! 俺と決闘しろ! 武器を捨てて素手で勝負だ! 俺が勝ったら、彼女達も全員解放してもらう!」

 

「良いぞ、別に」

 

まあ、意外だったのは京矢が光輝からの決闘を簡単に受けた事だ。

 

「お、おい、鳳凰寺。熱でも有るのか?」

 

「いや、あの馬鹿がやっとオレには剣じゃ一生勝てないって学習したんだ。ご褒美に決闘位受けてやっても良いかなって思ってな」

 

指差しての馬鹿扱いに、ご褒美と言う言葉。そして、極め付けは。

 

「まっ、こっちが勝った時の条件は勘弁してやるよ。どうせ負けないからな」

 

ケラケラと笑う京矢に、更に顔を真っ赤にして怒る光輝は、

 

「巫山戯るな! そう言うなら剣を使え!」

 

「んじゃ、ちょっと遊んでやるよ。ああ、そこの取り巻きと小悪党」

 

そう言って龍太郎と全裸の三人を指差して。

 

「阿保へのハンデだ、お前らも纏めて相手をしてやる」

 

光輝と会話するよりも決闘でも何でも受けて物理的に黙らせた方が早いと判断した結果でもあるが、それはそれ。

素手よりも剣の方が手早く済むと判断した結果で有る。



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101

京矢の言葉に反応したのは檜山亡き(改造人間となった後を生きていると評して良いのなら違うが)小悪党一味だ。

中野、近藤、斎藤の三人は京矢の言葉に顔を見合わせる。そして、言葉の意味を理解してしまう。その後の行動は早かった。

 

「「「すいませんでした!!!」」」

 

小悪党であるが故に、序でにハジメに対して個人的な恨みのある檜山がいない事から即座に実行に移した。

地球でだってハジメ関連の事には檜山に巻き込まれて酷い目に遭って来たのだし。

 

そして、彼らの選んだ行動は即座の降伏である。彼らの中で最上位に京矢とハジメがランクインしたのだった。

 

まあ、流石にこの行動には光輝も唖然としてしまう。

 

「鳳凰寺さん、南雲さん、これまでの事は深くお詫びします」

 

一同を代表して中野が頭を下げて謝罪する。

 

「「すいませんでした!」」

 

「あ、ああ」

 

「お、おう」

 

余りの素早すぎる行動に京矢もハジメもそう返すしかなかった。

 

「って、事でコイツらは不参加らしいけど、お前はどうするんだ、ゴリ……脳筋?」

 

「ふざけんな! オレは力を貸すぜ、光輝!」

 

己なのか光輝なのかは分からないが、馬鹿にされていると言う事だけは理解した龍太郎は京矢の言葉に怒りも露わにそう叫ぶ。

 

そもそも、京矢には馬鹿になどしていない。面倒だから挑発して殴り飛ばして気絶させるのが、初めて関わる羽目になってからの京矢の光輝に対する対応なのだ。

相手にするだけ面倒で、一番手間の掛からない対応が、適当に挑発して向こうから決闘だの挑ませてから気絶させる。それが一番楽な方法だ。

元々こう言う格式貼った決闘とかが大好きな奴なのはよく知っているので、毎回その手で光輝は黙らせるのが一番楽なのだ。

毎回気絶させられているのに懲りずに挑んでくる点には心底迷惑と思っている。多分、自分を正当化させる言い訳でもして居るのだろうから、二度と挑ませないには腕を折る位しなければダメだろう。

 

今回はそんな甘い手段ではない。確実に徹底的な敗北を刻む。少しはこいつの甘えを消しておかないとこの先何人犠牲が出るか分からないからだ。

 

「で、敢えて数には入れなかったけど、お前らはどうする?」

 

好き好んで女相手に剣は向けない京矢だが、光輝の味方をしたいと言うのなら相手になる。そんな視線を、EXタイラント デスボーンの怨念の渦に飲み込まれかけた後遺症で震えている上に顔を真っ青にしている恵里とそれに寄り添っている鈴に向けるが、鈴は首を横に振る。少なくとも、京矢にとって勇者に味方しそうな連中の中で一番やりにくいのがこの二人なので不参加は正直嬉しい。……逆に龍太郎は一番楽な相手だ。仮に力加減を間違えても平気だろうし。

なお、恵里が顔を真っ青にしているのは京矢からの言葉によるものだが、その事には誰も気づいていない。

 

「んじゃ、そのゴリラと纏めて遊んでやるよ、阿保。お互い何でも有りだ、好きな武器でも用意しろ」

 

京矢のバカにする様な言葉に怒りを覚える光輝に対して、龍太郎は頭に上った血が一気に落ちて行ったりする。

先程の京矢の台詞を思わず反芻してしまったのだ。お互いに、何でも有りだと言った。好きな武器を用意しろと言う言葉。そして、京矢とハジメが操った二体の巨大ロボを思い出す。

 

『何処からでもかかってこい』と宣言する巨大ロボに挑む自分と光輝の姿を想像して真っ青になる。間違いなく勝てない。

 

「ぶ、武器だよな!? 兵器は使わないよな!?」

 

「あー、ああ。オレは剣しか使わねえから安心しろ」

 

キシリュウジンだけじゃ無くて戦車やらミサイルやらを持ち出されては流石に死ぬと考えたのか、何かを叫び出しそうな光輝を抑えて叫ぶ龍太郎の言葉にそう返した。

 

心底ホッとする龍太郎に不思議そうな顔を浮かべる何も知らない光輝。だからだろう、街の住人達からの視線が冷たいのも気が付かない。

 

流石に街のど真ん中で暴れる訳にも行かないので、決闘に適した広い場所に移動する一行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街の外の広い場所に移動する一同。街の住人達とクラスメイト達にハジメ一行がギャラリーとして周囲を囲む中、距離を空けて対峙する京矢と光輝、龍太郎の二人。光輝も勇者が決闘すると言う事でせめてもの見栄えと言う事で破壊された聖なる鎧の代わりに騎士団の予備の鎧を身に付けている。

念の為に京矢が他のクラスメイト達に相手して欲しければ纏めてかかって来いと言ったが全員が首を横に振った。

 

「さてと」

 

空中に広がる無数の文字。その文字の一つ一つを一瞥しながら今回の決闘に使う剣を決める。

 

テンコマンドメンツと鎧の魔剣の愛用品二つと新たに取り出した天生牙と聖剣エグザシオン。腰に帯刀している斬鉄剣をエンタープライズに渡すと鎧の魔剣を手に取ると鞘に納刀したままのエグザシオンと天生牙を地面に突き刺す。

 

「んじゃ、先手は譲るぜ」

 

そっちが先に向かって来いと言う京矢の態度に遂に怒りが爆発したのは龍太郎だ。

 

「この野郎おおおおお!!!」

 

殴り掛かる彼に対して鎧の魔剣を手放し、素手で受ける京矢。

拳士である己の拳を剣聖とは言え剣士である京矢が素手で受けると言う姿に何処までバカにするんだと言う思いを浮かべながら、その代償を支払わせんと全力で拳を叩きつけようとする龍太郎。

ハジメとユエとシアはフェアルベンでもあった光景だと懐かしく思う。熊人族の長の拳を簡単に受け止めた京矢の姿を見ているのだ、心配などする筈もない。

 

そして、彼らの予想通り簡単に受け止めると、そのまま受け止めた腕を中心に背中から地面に投げ落とす。

立ち上がるまで待っている京矢にさらに殴り掛かる。空手部で培った技とトータスでの訓練や実戦で身に付けた技。天職である拳士と合わせて持っていた自信はゼロダークネスに完膚無きまでに打ち砕かれたが、今度は京矢によって丁寧に砕かれていく思いだ。

 

「くそおおおおお!!!」

 

剣も使わずに素手で龍太郎の猛攻を捌いて行く京矢。時には避けて、時には受け流し、どれだけ激しさを増そうと京矢は涼しい顔で受け流していく。

 

「剣も拳も基礎は同じ」

 

大振りの一撃を受け流し龍太郎の懐に潜り込み掌を触れて、そのまま勁を放つ。腹部を襲う衝撃に吹き飛ばされ、そのまま意識を失う龍太郎。

 

「素手で十分って事だ」

 

ヒラヒラと手を振る京矢に光輝は聖剣を握り直す。

 

「いくぞぉぉぉぉ!!」

 

光輝が“縮地”により高速で踏み込むと、豪風を伴って京矢に向かって唐竹に聖剣を振り下ろす。

それを一瞥しながら鎧の魔剣を引き抜き、

 

鎧化(アムド)

 

全身に鎧の魔剣の鎧を纏って片手で聖剣を受け止める。鎧を纏った腕で光輝の連撃を捌いて行くが、光輝は避ける事も出来ないと勘違いして、“縮地”を併用して袈裟斬り、突き、斬り上げと連撃を放つが、

 

「ふっ!」

 

「ガハッ!」

 

最後に放った突きに合わせたカウンターのストレートが光輝の副部に突き刺さる。鎧の魔剣の強度、光輝の“縮地”を使った速度が加算した一撃は、熱した鉛を飲んだ様な痛みを光輝に与える。そして、痛みで動きを止めると言う致命的な隙を京矢を目の前に晒してしまったのだ。

 

「隙だらけだぜ!」

 

「ブッ!」

 

無防備な顔面を京矢の拳が撃ち込まれる。一度、顔面を殴ってやりたかったと思っていたので良い機会だと思ったが、思いの外スッキリするものだと思う。

 

いい具合に京矢のパンチが鼻と口に入ったので光輝の鼻から血が流れている。

 

「おいおい、いつ迄蹲ってる気だよ? こっちも暇じゃねえんだから、立たないならさっさと降参しろよ、阿保」

 

「ふざ、けるな! 誰が、降参なんか!」

 

立ち上がり聖剣を構えて京矢を睨み付ける光輝だが、外面だけは良い顔も怒りの形相と鼻血で台無しだ。

 

「そりゃ良かった。今度はこっちの番だからな」

 

兜に触れると兜の飾りが剣の形となり兜より分離する。それが、鎧の魔剣の本体である剣だ。

 

何気に普段は他の剣との併用で使って武器として使うのは初めてだと思いながら、

 

「防げよ」

 

「何……」

 

京矢の言葉に疑問を思うよりも早く、熱を感じる。京矢の一太刀が鉄製の鎧を切り裂き光輝の体を切り裂いたのだ。

内臓に届く程深くは無いが浅くは無い。

 

「アバン流刀殺法、大地斬。……って、少しは避けろよ、練習にもなりゃしねえ」

 

鮮血が飛び散る中、京矢からの距離をとる中、“縮地”を使い再度の反撃に出る。

 

(アイツは“縮地”のスピードにはついて来れなかった。あんな鎧を着ていたら、スピードは俺の方が上だ!)

 

そう考えて“縮地”を利用してのスピードを活かして反撃の隙を与え無いと考えた様だが、

 

「なっ!?」

 

京矢の体が振れ、振り下ろした聖剣が虚しく空を切り、地面を叩く。それでも動きを止めてはダメだと“縮地”の速さでそこから離れようとするが、

 

「遅えよ」

 

だが、全身に鎧を纏っているとは思えない速さで、“縮地”を使った光輝に肉薄する京矢。否、

 

「海波斬!」

 

速さを持って形なき物を斬る技、海波斬。京矢の姿を光輝が見失うと全身に刻まれた斬撃の痕から鮮血が噴き出す。

 

「相も変わらず、空っぽな奴だな、お前は」

 

息が上がっている光輝を見下ろしながら呟く京矢の言葉に睨みつける事で返すことしかできない。

 

「勇者ごっこに酔って俺が守るからみんな一緒に戦おうとか吐かしながら、何の覚悟もない上に、無駄にカリスマだけはある。本当に、迷惑な奴だな、お前は?」

 

自覚はしないとは思っても、コイツには己の罪を突きつけなればならない。……と言うよりも、気が済まないのだ。

 

「口先だけ、見た目だけの張りぼて。敵を同じ知的生命体と思ってないのは、他の連中の責任でも有るだろうが。そんな気持ちも無いのに守るだなんて馬鹿な事を言って戦争に誘った罪は重いぞ」

 

其処で一度言葉を切って、

 

「檜山を始め、この戦争で死んだクラスメイトを殺したのは、お前だよ、天之河光輝」

 

「巫山戯るな! オレは……」

 

「皆んなを守る気が有るなら、あの時はこう言うべきだったんじゃないのか? 『オレが戦うから、皆んなは戦うな』ってな」

 

「っ!?」

 

京矢の言葉に何も言い返せなくなる光輝。

 

「本当に守るつもりなら、最初から命懸けの場所で隣に立たせる様な真似もしねえよ、阿保」



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102

京矢の言葉に何も言い返せなくなる。守ると言うのならば最初から危険から遠ざけるモノ。両親や祖父が幼い頃の子供だった光輝にしてくれた様に、妹にしてくれた様に。

 

「…………さい……」

 

だが、光輝は理性の部分が浮かべた納得を、感情の部分から否定する。

 

「うるさい! うるさい! うるさい! 屁理屈を言うな!」

 

「はあ。口先だけの守るって言うスカスカな言葉に、みんなで仲良く人を殺しましょうなんて誘っておいて、その様子だとその覚悟も無さそうだな」

 

自覚もなければ経験もない。経験がないのは羨ましい限りだ。日本に生きる以上、いろんな意味でしない方が良いが、ここでは違う上に、コイツは人殺しが日常になる場所に無自覚に誘ったのだ。

……訓練と覚悟を持った兵士でさえ、場合によっては精神を病む様な場所に。

 

「そう言えば、魔人族の女を殺した事に何か言ってたな?」

 

「そうだ! 彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。お前がしたことは許されることじゃない!」

 

京矢の言葉にここぞとばかりに言葉を続けていく。

 

「あのまま降伏させて捕虜に……」

 

「その本人はお前を罵って、俺に感謝していたぞ?」

 

京矢の指摘に再び言葉を失う光輝。

 

「少なくとも、聖教教会じゃ魔人族も人間扱いされていないんだ。捕虜にされた方が死んだ方がマシって事を少しは理解しろ」

 

寧ろ、痛みもなく一瞬で死なせた京矢の方が相手にしてみれば情け深いと言う事になる上に、屍も辱められない様にすると約束もした。

そこで、「それに」と言って一度言葉を切ると、

 

「魔人族を殺した事は褒められても、罰せられる事はない。トータスの人間からしたら助けられたくせに手柄を取られたと喚いてる情けない姿にしか見えねえだろうな、阿保勇者」

 

呆れた様にヤレヤレと首を振る京矢に対して激昂する光輝。

 

「あのジーサンやら王様やらの前で叫んでみるか? オレが魔人族を殺したから裁きを受けるべきだって? 多分、お前の頭の方を心配されるか、手柄を取られた事を妬んでるって思われるから止めとけ」

 

既に京矢がベヒーモスを倒した手柄を奪ったと噂になっているのだ。此処に来てそんな事をしたら最早光輝推しのイシュタル教皇でも庇えないだろう。

一応、此処については京矢も純粋な善意での忠告だ。

 

「さっきから屁理屈ばかり!」

 

周囲の、特に街の人間達からの視線が冷たさを増す中で、いや、「あんなのが勇者?」と光輝に対して勇者なのかと言う疑惑さえ浮かんでいる者もいる。

 

振るう剣の鋭さは増したが、京矢は鎧の魔剣でそれを受け止める。

 

「お前がクラスの連中を立たせたのはそう言う場所だ!」

 

受け止めた聖剣を弾き、お返しとばかりに乱撃を浴びせながら言葉を続ける。

 

「お前は人を殺す覚悟ができていないのに、お前だけじゃない、全員を殺し合い前提の戦場に立たせたんだよ!」

 

割と手加減した不完全版のアバンストラッシュを打ち込み光輝を弾き飛ばす。

 

「目の前で人が死ぬ。そんな、お前の世界にとってあり得ないことが起きるのが見たくなかったってか? ふざけんじゃねえよ」

 

顔を上げた光輝を蹴り飛ばし、「まあ」と前置きして、

 

「運が悪かっただけかもしれないけど、覚悟の方は教導する側の責任もあるからな」

 

そう言って光輝が立ち上がるのを待ちながらメルドの方に視線を向けると、目があったメルドはバツが悪そうな顔をしていた。

メルドは召喚者に対して神の使徒という目線ではなく対等に付き合ってくれる貴重な人だが、どうやらそれが今回は裏目に出たらしい。

 

「まあ、最初に教えるべきだったとは思うけど、オレ達の事情を考えてくれたんだろうな」

 

本来ならば死刑囚でも利用して最初に命を奪う訓練をさせたかもしれない。もしかしたら、亜人の奴隷や魔人族の捕虜だったかもしれない。

直ぐにそんな訓練をさせないでいてくれたのは感謝するが。

 

交渉もあっただろうが、それについては触れないでおこうと思った。あの、マギアやダークネスを用意した敵の仮面ライダー達の思惑が分からないからだ。

 

当然ながら、光輝が死ぬのが前提の交渉なのだから、光輝が突っ走るのも無理はない。まあ、それを除いたとしても。

 

「本当に、迷惑なやつだな、お前は」

 

「黙れ!! 次はこうはいかない。今度こそうまくやって見せる!!」

 

「次こそは、なんて言ってる奴が、次に上手くいくなんて思えねえな」

 

光輝の言葉を鼻で笑い、

 

「失敗を活かせる奴が、次こそは、なんて言う訳がねぇだろうが! 何が勇者だ、お前はいい加減な判断で仲間を危険に晒して、中途半端な力で剣を振るう阿保だよ」

 

その阿保の面倒を比較的扱い方を知っているからと雫に押し付けた事に心底申し訳なく思う。

 

「いい加減に黙れ!! ここからは本気で行く。今までのようにいくと思うな。”限界突破”!!」

 

「いや、最初から本気で来いよ。ってか、そう言うのは使うタイミングでも無いだろうが」

 

魔剣の本体を兜に戻し、聖剣イグザシオンを抜く。ふと、後ろに変な女の悪霊っぽいのが現れたから、手裏剣状の霊剣を顔面に突き刺したら消えたので、光輝との戦闘に意識を向ける。

 

ステータスが三倍になったとは言え、冷静さを失った光輝の動きは読み易い。

 

「大体、幼馴染が一緒にいるのが当然って、お前の頭の中は何年前のラノベだよ? 最近じゃドラマやアニメでも、長年続いてなきゃあり得ないだろうが」

 

「黙れ! お前に何がわかる!? 俺は誰よりも二人の傍にいたし、いつだって守ってきた。これからもずっと二人を守るんだ!!」

 

「お前、本当に将来DVで警察のお世話になりそうな奴だな。いや、一人で遊んでる人生ゲームに他人を巻き込むなよ」

 

限界突破した光輝の攻撃を時には避け、時にはイグザシオンで受け止めながら捌いていく。此処まで単調になれば目を閉じていても対処できる。

 

「おっと」

 

大振りの一撃を後ろに飛ぶ様な動きで避けると、そろそろ反撃でもするかと思いながらイグザシオンを地面に刺した瞬間、

 

「っ!?」

 

「今だ、光輝!」

 

京矢の一撃から意識を取り戻した龍太郎が後ろから京矢を羽交い締めにする。

 

(力加減を間違えたか)

 

気絶させる程度に抑えておいたが、多少手加減しすぎた様だと思う。なるべく怪我をさせずに負けさせておこうと思った仏心だったのだが。

 

「すまない、龍太郎!」

 

龍太郎に感謝の言葉を告げると叫び声をあげて身動き出来ない京矢に向かっていくが。

 

「教えてやるよ、限界ってのは、超えない為に有るんだぜ」

 

京矢の握るイグザシオンの七色の輝きが水面の波紋の様に広がり、その輝きを浴びた光輝の体が、

 

「ぐっ!」

 

突然の倦怠感と共に崩れ落ちた。

 

「鳳凰寺、今度は何をした!?」

 

「何って、限界突破の強制解除だ。倦怠感は限界を超えた代償だな」

 

笑いながらそう告げる京矢の背後の龍太郎の体がくの字に折れて再度吹き飛ばされる。

 

「無理に限界を越えるスキルだから、その反動で負担が出る。多分、制限時間は限界突破で回復できる範囲って所だろ」

 

フラフラの体で立ち上がる光輝を見据えながら京矢はため息を吐き、

 

「誰も殺したく無いなんて甘い考えは捨てろ。結局、他のクラスメイトはお前に巻き込まれたんだよ。その上で戦争に誘った時点でお前は人を殺す義務からは逃げられない」

 

「オ、オレは……」

 

「勇者になったからは、お前は必ず殺さなきゃならない。……魔王をな」

 

まあ、エヒトの考えがどうなのか分からないので、大魔王やら超魔王が出て来ても不思議じゃ無いが。

勇者の剣が魔王を倒す為に必要なのならば、その程度の覚悟、和解すると言う考え等捨てて貰わなければ、面倒なのだ。

 

「大体、南雲を非難するのも、お前は好きな女を取られて嫉妬してるだけだろ? いや、そもそも、お前」

 

京矢の言葉の刃は光輝に確実に突き刺さる。

 

「白崎の事も、雫の事も、どうでも良いんだろ?」

 

「なっ!」

 

その言葉に反応する光輝。そこで堰を切ったように吐き出す。

 

「ふざけるなッ、そんなわけないだろ。俺にとって二人は……」

 

「理想の自分に必要なアクセサリー、デコレーションだろ? 特別人目を引くから自分の傍にいるべきだって思ってるだけだろ?」

 

「黙れッ。俺は、そんなことを……勝手なことを言うなっ!!」

 

「じゃあ、何で直葉に付き纏ったんだ?」

 

「あ、あれは……」

 

「要するに、特別なオレには最高の女が傍に居なきゃならない。だから、二人にも負けて居ない直葉も自分の傍に居るべきだと思った」

 

ユエ達に視線を向けると、

 

「だから、ハジメの傍にユエ達が居るのが気に食わない。自分に劣るアイツの傍にいるのは許せない」

 

更にエンタープライズとベルファストにも視線を向ける。

 

「直葉がオレの義妹だって知ったのが後か先か知らねえからそれは良いとして。自分の邪魔をするオレの傍にエンタープライズやベルファストが居るのも気に入らない」

 

「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇ──ッ!」

 

絶叫する光輝から悠々と距離を取り、

 

「喚いてないで最強の技でも使ってこい。望み通り黙ってやるからよ。最初からお前には言っても無駄だとは思ってたからな」

 

そう宣言すると京矢はイグザシオンを逆手に構える。神威の詠唱に入る光輝を一瞥し、妨害する事なく己の一撃を高める為に時間を使う。

 

「力にて地を、技にて海を、心にて空を」

 

その一閃はその世界に於いて勇者が編み出し、勇者へと受け継がれた秘奥義。真逆、それを一応勇者に対して向けられるとは技を生み出した勇者も思わなかっただろう。

 

「神威!!!」

 

光輝の放つ光の本流。京矢は構えを取ったまま一瞥するだけだ。

 

「鳳凰寺ィィィィィィイ!!!」

 

「全てを束ね、全てを断つ! アバン、ストラッシュ!!!」

 

京矢の放つ光の斬撃が光輝の放つ光の本流と衝突する。一瞬の拮抗、その瞬間、誰もが光輝の勝ちと錯覚する。

 

刃が津波を切り裂けないと考えるのも当然だ。だが、

 

拮抗が解けた瞬間、光の本流を光の刃が切り裂いていく。

 

「う、うぁ……!!!」

 

とっさにそれを聖剣で受け止めるが、真っ二つに折れた聖剣が破壊力を弱めたからか、

 

「その剣に感謝しとけ。お前の命程度は守ってくれたみたいだな」

 

速射性に優れたアローとは言え主人を守ったのだから、と。光の斬撃を受けた光輝を一瞥しそう呟く。

 

「……あれ?」

 

其処でふと、気がつく。

 

「ヤベ、やり過ぎたかも」

 

地面に落ちて倒れた光輝の様子から本当に死んだかも、と思ってしまう。ふと天生牙に触れてみるが、どうも本当にやり過ぎたらしい。

 

 

光輝に死の使いが見えた。

 

 

流石に此処で死なせるのも、後々面倒なのでさり気無く天生牙で蘇生しておくのだった。



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その頃のクラスメイト達⑦

今回は未来の時間軸のエピソードです。




ネタバレ注意












巨大怪獣と巨大ロボ二体の大決戦の後、京矢への恋心を自覚した言うか、光輝への恋が勘違いだったと自覚したと言うべきかは定かではないが、彼女……中村恵里は頭を抱えていた。

 

「どうしよう……」

 

思い返すのは、自分が京矢からどう思われているのかと言う一点。

 

「僕って、完全にアレの取り巻きじゃないか!?」

 

そう、京矢からの恵里への認識は光輝の取り巻きの一人である。それが今更、勘違いに気が付いたと言っても旅に連れて行って貰えるだろうか?

そんな奴、自分じゃ絶対に連れて行かないと言う結論に行き着いてしまった。間違いなく罠とかを疑う。

 

「……本当にどうしよう……」

 

正に、病む事も出来ぬ絶望。

勘違いしていて京矢に出会ってからも、今の今まで気付かなかった過去の自分を殴りたくなる。もう自分じゃなかったら惨たらしく殺したくなるレベルだ。

 

好感度ゼロ、最悪はマイナス。そんな状況でどうしろと言う状況なのだ。

 

「……京矢くん……」

 

もっと早く気が付いていれば、勘違いして光輝を追いかけていなければ、彼の側にいることが出来たのは自分になれてたかもしれないのに。そんな後悔が心の中に浮かぶが、時間は過去には戻らない。その挙げ句が、最早その相手からは嫌われているかもしれないと言う事実。

 

自分を助けてくれたのも、特別だからじゃ無い。助けられたから、見捨てたら夢見が悪いから。その程度の理由だ。

……手が届かなかったら見捨てる。悪く言えば、今の自分は彼からはその程度の価値しかない。

 

「……京矢くん……」

 

本当に想うべきだった相手の自分の評価を思うと泣きたくなってくる。

どうすれば良いのか分からなくて、涙は自然に溢れてくる。

 

 

「あはは〜、恋する乙女の悩み、相談にのりますよ」

 

 

「っ!?」

 

突然聞こえてきた声に反応してそちらの方を見ると、そこにはロープを地球の制服と思われる服の上から纏った少女がいた。

間違いなく魔人族の味方の地球人の一人だろう。恵里が次の行動に迷う前に、彼女は次の言葉を続ける。

 

「バールクスの味方が増えるのは喜ぶべきことですからね〜」

 

「え? 京矢くんが……バールクス?」

 

初めて風魔達に襲われた時、何度も風魔の口から出てきた名前だからよく覚えている。このタイミングでバールクスの名前が出てくるのなら、間違い無くそれは京矢の事だろう。

 

「そうですよ〜」

 

目の前の少女は躊躇する事なく恵里のその言葉を肯定する。

 

「バールクスって言うのは、私達の組織の王の座に着く資格の名前。ソウセイの王にして、闇の戦士(ダークライダー)の王」

 

更に笑顔を浮かべながら、

 

「彼は地球を2回、異世界を2回も救った大英雄であり、闇の王の資格を持つ者と言った所ですね」

 

サユリから語られる事実に、驚愕する恵里に彼女はブランクのライドウォッチを差し出す。

 

「彼の側に居たいなら力を得る事。彼の側に立てる力を得る事ですよ」

 

以前の自分なら迷わずに取っていたであろう、差し出されたそれを手に取る事に躊躇を覚える。

いっそ、覚えて貰っていない方が幸せだった。マイナスからのスタートなんて勝ち目なんてある訳が無い。これ以上、何もしないで嫌われない方が幸せでは無いだろうか?

そんな考えによって行動を戸惑わせていた。

 

「大丈夫ですよ。対価はありません。サユリは恋する女の子の味方ですから」

 

笑顔で渡されたそれを受け取ると、自然とそのスイッチらしき部分に指が伸びる。

 

 

『     !』

 

 

何かの名前が響くと空白だった絵柄に絵が浮かんだ。

 

「祝福しますよ、ソウセイの王の側に立つソウセイの姫の候補の誕生を。う〜ん、サユリはウォズさんじゃないから、祝福の口上は浮かびませんけどね」

 

そう言って恵里の手に握らせたライドウォッチから手を離し、芝居かかった態度で一礼する。

 

「では、王妃候補様。またお会いしましょうね」

 

その言葉と共に足元に現れた魔法陣の中にサユリは消えて行った。

夢だったのかと思う恵里だったが、それを否定するように彼女の手の中のライドウォッチは存在感をしめしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちくしょう……」

 

光輝は夜の月に照らされながら1人項垂れていた。

クラスの中心だった筈の自分が周りから白い目で見られている。龍太郎以外の生徒達が自然と離れていく。

勇者のパーティーにはもう龍太郎しか居なくなってしまった。永山達も恵里や鈴も、もう付き合えきれないと距離を置かれている。

 

自分は幼馴染を守る為に、無理矢理従わされている人達を助ける為に戦った。

 

『そっちの馬鹿も含めて何人でも連れて来い、好きな武器でも何でも勝手に用意しろ』

 

面倒だから早くやれと言う態度で龍太郎達も纏めて相手をすると言った京矢。

その事に怒りを覚えたが、それ以上に京矢の態度に怒ったのは彼の親友の龍太郎だった。

親友が肩を並べてくれているのは心強かった。龍太郎達と共に全力で剣を振るった。今出せる全力を出し切った。今までの光輝ならそこまでやって乗り越えられないことは何一つ存在しなかった。

 

いや、絶対に乗り越えられない壁として常に京矢がいた事を忘れていた訳では無い。だが、隣には親友が、後ろには仲間達が居るのだ。越えられない訳がない。

 

だが、龍太郎達は容易く倒され、全力で放った筈の神威を京矢の一撃(アバンストラッシュ)で簡単に引き裂かれ撃ち倒された。

限界突破を使って向かって行っても、魔剣目録とか言うものから取り出した剣を翳した瞬間、効果が消えるどころか体を動かすのも辛い程の負荷が掛かった。(限界突破の副作用)

 

『限界なんざ越えないために有るんだよ。だから、そんな風になるんだ、阿呆』

 

そこから先は覚えていないが、激痛と共に意識を失い目を覚ましたら宿で寝かされていた。

 

そして、宿を飛び出し悔しさに打ち震えていると言う現状だ。そんな彼を目撃して追いかけてきたのが龍太郎というのが、更に哀れな光景だが、それはそれ。

 

彼に対してどう言葉をかけるか迷っていた龍太郎だが。

 

 

『己の無価値さを理解したか?』

 

 

そんな二人の目の前に現れたのは風魔だ。何度も殺されかけた相手の出現に慌てる二人だが、

 

「己の価値を理解してそのまま勇者ごっこで遊んでいろ。彼の邪魔にならない様にな」

 

何もするな、反抗するな、お前程度の相手をすること自体が無駄だからと言っている風魔の言葉に怒りが湧く。

 

「寒村の学舎の有名人程度が、既に異世界を2回も救った大英雄に勝てる訳が無いのだからな」

 

告げられる言葉の意味は分からない。だが、それが本当ならば、あんなに強い力を持っている癖にトータスの人達を救おうともしない。2回も他の世界を救っている癖にトータスの人たちには手を差し伸べもしない身勝手さ。そんな物を許すわけには行かない。

 

2回も世界を救ったと言っているが、京矢じゃなくて自分ならもっと良い形でその世界を救えてた筈だ。

魔剣目録なんて物も勇者で有る自分が管理すべきだ。あんなに強い武器が他にもたくさん有るなら分け与えていればトータスだって平和になる筈だ。

 

「価値が示したいのなら使ってみるか?」

 

そう言って風魔が投げ渡したのは二つのブランクのライドウォッチ。

 

「それはオレ達の力の源を生み出すための道具だ。資格があるなら力が分け与えられる筈だ」

 

当て馬でも新しく用意するかと思って目をつけた二人だが、どう転んでも自分に損はないと思いそれを渡したのだが。

 

 

『ゾンジス!』

 

 

「ほう!」

 

龍太郎の発言した力は風魔の予想外の物だった。

アナザーではなくオリジナルの力。それも、正史ではバールクスの忠臣の一人となっていたゾンジスの力だ。最高の当て馬が用意出来たと風魔は笑みを浮かべる。

上手く京矢の元に力が渡れば中々に良い結果が出る筈だ。

 

だが、もう一つ何度も聴こえるスイッチ音に気がついた。

 

必死な顔をして起動しているのに何時迄も起動しないライドウォッチの姿に呆れてしまう。

 

ザモナス辺りの力が発動してくれるかと思ったが、そのウォッチの反応に確信した。

オリジナル処かアナザーライダーでさえなる資格が無いと言い放たれている様な物だ。

 

「うわっ!」

 

光輝の手の中で爆発して砕け散るウォッチの光景に深くため息を吐く。予想以上の成果の後の予想以下の結果にもはや何も言うことはないとその場を後にする風魔。

 

英雄処か怪人にさえ否定された光輝の姿を一瞥もせずに。



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