白日夢 (石巻 青葉(いしまき あおば))
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白日夢

短編です。学園祭の時に出し物として書いた小説、携帯に捨て置くのももったいないと思ったので投稿することにしました。感想、評価貰えると、泣いて喜びます。


 僕は故郷の冬が嫌いだった。

 春の黄色が、夏の緑色が、秋の赤色が、まるで何も無い僕を嘲笑うかのように、白に塗りつぶされる。そんな冬が嫌いだった。

 

 そんな白の呪いを避けるかのように、僕は沖縄の大学に進学した。沖縄の冬には白が無い。沖縄に来ても僕は変われない。機械のようにいつもの駅でモノレールに乗り、いつもの駅で降りる。

 僕が純白と出会ったのはそんな日だった。

 まるで塗りつぶされたような白と、その中で妖しく光る紅。周りの色を奪うように、彼女は佇んでいた。その佇まいが子供の頃、故郷で作った雪兎に似ていて、懐かしい。在り来りかもしれないが僕はそう思った。

 

「次は、市立病院前駅。市立病院前駅」

 

 車掌の声で現実を自覚する。この駅で降りないといけないのだ。僕は「白」から目を話すと、列車から降りてエスカレーターに向かって歩いた。

 

「ねぇ、君。私の知り合い?」

 

 後ろから声がした。氷のように透き通った、若い女性の声だった。

 

「いや、違うと思いますよ」

 

 僕は答える。僕以外の誰かに声をかけていたのかもしれないが、きっと僕に話しかけている。そんな謎の自信のような物があった。

 

「すいません。懐かしい、と言っていたので。昔の知り合いだと思っていました」

 

 僕は「懐かしい」の言葉を聞かれたから、彼女はきっと勘違いをしていたから、僕たちは二人の間に天使が通ったように、頬を染めて俯きあっていた。

 

「君が故郷の雪に似ていたから」

 

 僕がたどたどしくも話を続けようとすると、彼女は少し微妙な顔をしたように見えた。

 

「雪。という事は、雪国の生まれなんですか?」

「はい、青森の生まれで。沖縄の冬は暖かくて助かってます」

 

 僕も彼女も調子が戻って来たのか、最初は拙かった会話も、最後には知り合いのように弾んでいた。

 

「いつもここで降りるんですか?」

「はい、だいたいは」

「そうなんですか。じゃあ、私は行きますね。私は金城 雪菜。金のお城に雪の菜っ葉です」

 

 また会えると良いですね。時間に余裕が無かったのか、彼女はそう言うと焦って行ってしまった。足が悪いのかな? 杖をついている彼女を見て、最後にそう思った。

 

 

「あっ、雪国さん」

 

 次の日のモノレールで、彼女は僕に話しかけてきた。一瞬、誰に言っているのかと思ったが、多分僕だろう。

 

「僕は雪国って名前じゃないですよ。えと、金城さん」

 

 僕は少しむっとして、しかし、そういえば名乗って無かったことに気づき、少し申し訳ないなと思いながら答えた。

 

「そういえば自己紹介を忘れていました。僕は工藤 賢人。高校生探偵の工藤に、賢い人って書きます。大学の1年生です」

「年上だったんですね。童顔だからか、年下だと思ってました」

 

 コツンと杖を鳴らしながら彼女は言う。

 

「酷いですね……。という事は高校生?」

「はい。私、受験生なんですよ! 応援してくださいね」

「うん、応援するよ。頑張って」

 

 そんなたわいない話をしながら、いつもの駅で降りる。僕はそんな新しい日常を雪菜と送っていた。

 

 

「今度、桜を見に行かない? 花祭りがあるんだって」

 

 青森に比べたら暖かいけど、それでも厳しかった寒さがだいぶ和らいで来た頃、僕は珍しく自分から雪菜に声をかけた。

 

「えっと……。 花祭り……、ですか」

 

 少し渋るように雪菜は答える。そういえば彼女は受験生だった。だからといって誘わずに1人で行くのも野暮だと思い、少し無理にでも誘ってしまおうと思った。

 

「1日位、羽目を外したって罰は当たらないって、高校生最後の思い出を作ると思ってさ」

 

 そう言って、できるだけひょうきんに誘ってみたけど、雪菜の表情は今日の空みたいには晴れてくれない。彼女は少し黙り込んで、少し覚悟したように口を開いた。

 

「私、ほとんど見えていないんですよ。賢人さんの顔だって見えてません」

 

 まるで、その言葉が異国の言葉のように聞こえ、頭が理解を拒否していた。

 

「生まれつきです。私の白い肌、先天性白皮症って言って、所謂アルビノってやつです。

「そうですね。ウーパールーパーと同じ類のやつです。ホワイトタイガーも、厳密には違いますが、同じようなものですね。

「はい、合併症で目が見えないんです。

「え? 嫌に決まってるじゃないですか。雪なんて名前。この体のせいでかなりイジメられましたし。

「でも、そんなものなんです。私もお母さんも、誰にも非は無いんですから」

 

 そう言って自嘲するように笑う。僕は何も言えず、黙っていることしか出来なかった

 

「だから私、白が嫌いなんです。多分、あなたより」

 

 その言葉を聞いて、恐らく彼女が言ってなければ「お前に何がわかる」とか言って胸倉を掴んでいた。だとか、そういえば白が嫌いなんて言ったかな。だとかが一瞬頭をよぎったが、彼女になんといえば良いのか。その答えを求めるのに必死で、他のことはすぐに抜け落ちてしまった。降り始め、窓に打ち付け始めた雨が冷静な思考を奪ってしまったようで、正解なんて見つけられもしなかった僕に彼女は、何か懇願するように続けた。

 

「あなたが白が嫌いなのはわかります。最近は慣れたみたいですけど、最初の方なんか私の方を見ただけで顔を顰めてましたから」

 

 見えないはずの彼女に見透かされたように思えて、俯いてしまう。

 

「いや、それは……」

「大丈夫です。でも……、嫌いでいて欲しくないです。私には白しかありませんから」

 

 そう言った雪菜はどこか儚げで、春が来た後の雪のように、すぐに消えてしまいそうだった。

「そろそろ、降りますね」

 そう言って雪菜はモノレールから出ていってしまった。すっかりと雨が強まった、いつもの3駅前だった。

 女の子はお砂糖とスパイスと、素敵なもの全てで出来ている。マザーグースの言葉だが、きっと雪菜はお砂糖やスパイス、素敵なものなんてなくて、純度100%の硝子で出来ているのでは無いか。なんて、柄にもなく思ったのだった。

 

 

「雪菜と、一緒に見れればな」

 

 あれから2週間、僕は彼女に会うことは無かった。毎日のように君を待ったけど、君が来ることは無かった。雪菜がいないなら行く意味なんて無いけど、何故か僕は花祭りに向かった。

 初めて見た沖縄の桜は何か俯いて、僕を苛むように桃色の花を咲かせていた。

 

「どうした、坊主。彼女に振られちまったのか?」

 

 天狗のように顔を真っ赤に染めたおじさんが、少しおどけたように僕に言った。

 

「もしそうなら、どれだけ良かったでしょうね」

 

 僕は答えた。せっかくの花見を無下にしてしまって、悪いなと思いつつも、からかわれた怒りとはまた別の感情が浮かび上がるのだった。

 

「何があったのか、教えてくれないか? 酒の肴が切れててな」

 

 おじさんは豪快に笑いながら言った。

 

 

「そんなくだらねぇ事で悩んでるのか。若いねぇ」

 

 おじさんは真っ赤に顔を染め、まるで今日の空のように笑った。

 

「くだらないって……。 どうすれば良いかも分からないのに」

 

 僕は呆れたように声を漏らす。

 

「彼女に桜を見せてやりたいんだろ?」

 

 するとおじさんはリュックからスケッチブックを出して、一枚破って渡してくれた。

 

「これは?」

 

 僕は尋ねた。

 

「書くんだよ。桜を。彼女に見せるためにな」

「いや、だから、彼女は目が見えなくて」

 

 これだから酔っ払いはと、呆れたように言う。

 

「じゃあ諦めるのか? お前さんは彼女の目が見えないってだけの理由で諦めるような薄情なやつなのか?」

「……違います」

「なら、諦めるなよ。諦めたらそこで試合終了だぞ」

 どこかで聞いたようなセリフで僕を励ますおじさん。

「……安西先生ですか?」

「桐島 翔吾だよ」

「誰ですか? それ」

「俺だよ」

 

 おじさんはドヤ顔でそう言った。

 

「……そうですね、ありがとうございます」

 

 僕はおじさんから画用紙とクレヨンを受け取った。絵なんて、中学生の時に描いたのが最後だ。美的センスなんて欠片もない。でも、描くんだ。桃色のクレヨンで、隅から隅まで丁寧に、僕がみたまんまに描いていく。短くなったクレヨンを持つ指が桜色に染まる頃、その絵は完成した。

 

「良い絵じゃないか。見直したぞ坊主」

 

 酒の肴が増えてビールが進んだからか、沖縄で最も赤いものが何かと問われれば、この人と答えるぐらいの形相だった。

 

「いいか、坊主。人生遅すぎるなんてことは無いなんて言うバカもいるが、あれは嘘だ。だいたい、やりたいって時にはもう手遅れなんだよ。坊主は今なら間に合う。今なんだよ」

 

 おじさんは顔は赤いものの目が据わっていて、どこか後悔しているような、自分に言い聞かせているような感じだった。

 

「ありがとう、おじさん。なんてお礼したらいいか……」

「別に礼なんていいさ。そうだ、来年は彼女を連れてきな。一緒に飲もうぜ」

「本当にありがとうございました」

 

 ……最後までカッコイイ人だ。画用紙を握りしめて僕は宛もなく走り始めた。春風が何かの始まりを乗せて吹き始めていた。

 

 考えろ、工藤 賢人。なぜ雪菜はあの駅で降りていた? なぜ平日なのに、雪菜は2週間もモノレールに乗らなかった? 絶望的な考えが脳裏をよぎる。そんななか、たった一つだけ、ひと握りだけの希望が見えた。間違っているかもしれない。ご都合主義かもしれない。そんな言葉は僕の頭から消え去っていた。

 

 

 

「走れ、バカヤロー!」

 

 僕はいつも上から眺めていた道を、いつも使っている道を見上げながら走った。

 

 息を切らして走って来た僕を見て、カウンターに座っている女性が驚いたように目を見開いた。

 

「すいません。金城 雪菜さんに会いたいんですけど」

 

 そう受付に告げると、僕は雪菜の元に急いだ。那覇市立病院の405号室。そこのドアを僕は全力で開いた。

 

「久しぶりだね。雪菜」

 

 

「え……? なんで工藤さんが?」

 

 驚いた様子で雪菜が言う。久しぶりに聞いた雪菜の声は、モノレールで聞いた時より弱々しく、なくなってしまいそうだった。

 

「雪菜は、病気なの?」

 

 雪菜の質問にも答えず、僕は言った。希望なんて例え方をして……。と、自己嫌悪する。

 

「違います。目が見えるようになるかもしれないんですって」

 

 彼女は泣き止まない子供をあやすように僕に語りかける。安堵から倒れ込むように病室の床に座り込んだ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 心配そうに彼女が声を上げる。

 

「良かった」

 

 きっと、泣きたいのは彼女の方だったかもしれないけど、僕は太陽が傾くまで、彼女の膝の上で泣いていた。

 

「ごめんね。見苦しい所を見せて」

 

 さっきのおじさんみたいに顔を真っ赤に染めて、僕は俯いた。

 

「ううん。ありがとう。教えてないはずなのに、こんな所まで来てくれて」

「そういえば、これ。見えないと思うけど」

 

 僕は桜色の画用紙を渡す。彼女は画用紙を受け取ると無造作に抱きしめた。

 

「本当に、ありがとう」

 

 彼女の無色の笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも輝いて見えた。

 

 それから僕と雪菜は、「連絡先、交換してなかったね」なんて言ってお互いの端末を繋いで、それからいつものように、取り留めのない話をした。

 僕が嫌いだった白は、いつの間にか僕にとってかけがえのない色に変わっていた。今の僕が見たら、故郷の雪はどう見えるだろうか。雪菜は白を好きなれるだろうか。そんな些細な心配は、春が来たら溶けていく雪のように、ほろりと消えていった。

 特別じゃない日常の、いつもと変わらない日、まるで白日夢のような物語が終わり、また始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は白が嫌いでした。私を他の色に触れさせてくれない。私を包むような白が、嫌いでした。

 初めて私に色をくれたのはあなたでした。白の中にぼんやりと浮かび上がる桃色が、私が最初に見た彩でした。

 それからあなたは、毎日のようにスケッチを私の部屋に飾ってくれました。ぼんやりとしか分かりませんでしたが、私は彩を知って行きました。

 病室に飾られたスケッチが400枚を越えた頃、私はスケッチがいらなくなりました。

 初めてあなたの、だんだんと上手になっていくスケッチを見ました。できるだけ白を残さないように、丁寧に塗られたスケッチを。

 

 もうすぐ花祭りがやってきます。桃色と赤の花祭りが。

 

「君と遊びに行くなら、最初は花祭りかな」

 彼はたまに顔を真っ赤にして、私に言います。彼のくれた彩だけが、私の世界でした。

 

 私は白が嫌いでした。いや、今でも嫌いです。…………でも、彼がくれた彩は全部白い画用紙が無いと出来ないんです。それなら白も、ちょっと位は許してあげてもいいんじゃないか。なんて、私は思うんです。

 

 どんな色だって、白くすることは出来ない。白はどんな色にだってなれる。ーW hite is only whiteー



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