のび太の学園黙示録 (ネスカフェ・ドルチェ)
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ACT.1 始まり

世界が終ってしまった日の前日。僕は夜更かしをしていた。

 

「野比!おいっ!野比!聞いているのか!?」

 

珍しく夜更かしをしていたせいか、僕は授業中に居眠りをしていたようだ。

 

「そんなに眠いのなら廊下に立ってなさい!」

 

周囲からクスクスと笑い声が聞こえてくる。高校生になったのに廊下に立たされるなんて前時代的な対応がおかしいのだろう。

・・・僕は頭を整理したかったので素直に廊下に向かった。

廊下に立たされたのは小学校以来だ。

 

6年前。・・・僕にとってはトラウマだ。

6年前のあの日、僕らはドラえもんの道具で3日間のバカンスに出かけていた。

家に帰ってから僕は宿題のことを考えるのが嫌で昼寝をしていたのだが、・・・目が覚めたらそこには地獄が広がっていた。変わりはててしまったママ。映画の世界のような現実離れした状況。

・・・あの時のことは今でも夢であってほしいと思っている。

現実は理不尽で残酷だ。僕はジャイアンやスネ夫にいじめられてはいつもドラえもんに頼っていたけど、その時はドラえもんは僕の隣にはいなかった。

・・・僕の力だけであの悪夢から抜け出さなきゃいけなかった。

 

スネ夫やジャイアン達とと協力して、脱出路を探している最中に色んなことがわかった。この惨劇を造りだしたのは世界的に有名な製薬企業アンブレラであること。そして出木杉や静香ちゃん、ドラえもんがアンブレラの人間だった。ドラえもんには別の思惑があったらしいが・・・。

正直なところ今でも信じられない。ドラえもん。君のことを僕はまだ親友だと思ってもいいんだよね?

 

街から脱出した僕ら一旦政府の人間に保護された。その時につらい思い出ばかりだからと、皆とはバラバラに離されてしまった。僕はそのあと親戚のおじさんに引き取られ、よくしてもらっていたが、転校先の学校ではよくいじめられた。僕がドジでノロマだからか、もしかしたら、どこかで僕がススキヶ原から来たことがばれたのかもしれない。原因は今となってはわからないが、ジャイアンやスネ夫のいびりが優しいと感じる程いじめは陰湿だった。でも、もうドラえもんはいない。心の友もいない。今度こそ僕だけの力で道を切り開いていかなければならなかった。そのために昼寝を惜しんでまで勉強もしたし、運動も積極的に行った。・・・努力に結果がついていったかは微妙だったけど。

 

そんな僕も今はおじさんのところから離れて一人暮らしをしている。おじさんが宝石商でおばさんがファッションデザイナーということもあってか、お金の面では心配しなくてもいいと言ってくれたことは心強かったが、ただでさえ頼りっぱなしだったので、なるべくバイトで生活費を稼いだ。

・・・ドラえもん、君は今どこで何をしているのだろうか?ジャイアンやスネ夫、聖菜さんに太郎はどうしているだろうか・・・。

 

そんなことをぼんやりと考えていたら授業をさぼることで有名な不良生徒の小室が慌てた様子で教室へ飛び込んでいった。「いいから言うことを聞け!」なんて痴話喧嘩でもしているのかと言いたくなるようなことを声を荒げながら叫んでいる。すると小室だけでなく、宮本や井豪も教室から出てきてどこかへ向かってしまった。間もなく校内放送が流れ始めた。なんでも暴力事件が発生したから教室から職員」の誘導に従って非難するよう指示する内容だった。クラスメートも「マジィ?」と退屈な授業に飽き飽きしていたところへあらわれた余興のように捉えていた。

・・・そんな余裕も最初の内だけだったが・・・

 

「やめてっ!来ないで!痛い!痛い!痛い!痛い!い、嫌っ!助けt、あああああああぁあぁあぁぁぁあああっ!」

 

しーんと辺りは静まり返っていた。僕も嫌な汗を搔いていた。ついさっきまで6年前のことを考えていたからか、どうしてもあの悪夢が頭から離れなかったからだ。

しばらく動けなかった僕だったが、ガララと教室のドアが開く音がした。開けた犯人は学園一の才媛で、トランジスタグラマーとして一部の男子から熱狂的な人気がある高城沙耶さんだった。

聡明な彼女が動き出していることに僕は危機感を抱いていたが、現実を認めたくない僕の体は動くことを拒んでいた。かろうじて口だけが動く。

 

「・・・高城さん」

 

「しっ! いいから逃げるわよ」

 

小声で素早く囁いたあと足早に特別棟へ走り去っていった。

僕の体もようやく動き出して慌てて彼女の後を追っていく。こうして僕にとっての素晴らしき日々はあっさりと終わり混沌が顔を覗かせていた・・・。

 

 

 

 

 

「おらっ!どけよっ!」

 

「くそがっ! ぶっ殺すぞ!?」

 

僕らが動き出した後、他の生徒たちも動き始めていたが、控えめにいってもその様は暴徒化していた。他の生徒を押しのけて誰よりも早く助かろうと急いでいた。

・・・無理もないだろう。人間が人間を襲っている現場を間近に見せられて、冷静でいられるばずがないのだから。

 

「いやっ!来ないでっ!」

 

「嘘だよね?こんなの嘘だよね?ねぇ、ママ?そうでしょう!?」

 

直視したくない光景だが、まぎれもなくあの時の地獄が蘇っていた。

 

「高城さんはどこへ逃げているんですか!?」

 

僕は気になって前を走っている高城さんに声をかけるも質問には質問で返されてしまう。

 

「あんたはどうするつもりだったの?」

 

「・・・まずは技術工作室へ行きます。必要な工具を回収したら職員室で車のキーを拝借してドライブに繰り出さそうかと」

 

「あんた免許もないのに運転出来るわけ?でも悪くないわ。やるじゃない」

 

驚きながらも、どこか釈然としない様子で高城さんは呟いた。

暴徒化した生徒や、変わり果ててしまった彼らに注意しつつ、技術工作室へなんとかたどり着いた。

 

「どうやら、この部屋にはいないようですね」

 

「確認をしたらすぐにドアを閉める!鍵も掛けて!」

 

鍵を閉め終わると工具を物色し終えた高城さんが僕の目の前に工具を並べ始めた。

 

「どうせあんたって軍ヲタとか、(ガン)ヲタとかそういった生命体なのでしょ?だったら、リーサルウェポン2って映画とか観たことはあるわよね?これが何かわかる?」

 

「ガス式の釘打ち機ですね。・・・もしかして映画とか好きなのですか?」

 

「バカ言ってるんじゃないわよ!あたしは天才なんだから何でも知ってて・・・!!」

 

予備のボンベは一本。釘のは量は十分だな・・・。

 

「の、野比?何呑気に構えてるのよ!き、来てる!!廊下に来てる!」

 

重さは4キロ位か、旧式のライフル並。大きさの割に全長が短いからこのままじゃ安定して構えられないなぁ・・・。

 

「ちょっと、あんた、聞いてるの!!?」

 

高城さんが焦った様子で叫んでいた。あいつらは脳のリミッターでも外れているのか筋力がものすごく強い。ドンドンとドアを叩く音が強く鳴ってきた。彼らは音に反応する。このままでは数が増えていきドアも押し切られてしまうだろう。

 

「の、野比~!?」

 

それでも僕は慌てることはない。だってそうじゃないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今は頼もしいこいつが傍にいる。

 

カシャーンとひと際大きい音を立てて僕らと彼らを隔てていた境界は崩れ去った。高城さんは思わず悲鳴を出してその場にしゃがみ込んでしまっていた。極上のご馳走を見逃す彼らではない。手を伸ばして駆け寄ろうとするも、それ以上近づけさせることを僕は許さなかった。

木材をクラフトして作った即席のストックを装着することで安定性を上昇させた釘打機(ネイルガン)によって彼らは二度目の眠りについたからだ。

 

「高城さん?大丈夫でしたか?」

 

彼らを一掃した後で尻もちをついていた高城さんへと手を伸ばす。

 

「あ、あんたね~・・!!もう少し早く動けなかったの!!?」

 

どうやらお気に召さなかったらしい。僕の手を無視して立ち上がり、制服についていた汚れを払っていた。手早く工具を袋に突っ込んで部屋から脱出しようとすると、辺り一帯から火災警報器が鳴り響き、上の階から水が窓をつたっていた。

 

「火事とか信じられない!早く逃げるわよ!」

 

走り出す高城さんの後を僕は追いかけていった。

夢なら早く覚めてほしい。



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ACT.2 これから

技術工作室を出た後、僕らは職員室を目指していた。

その道中で他とは群れずに単独で佇んでいる彼らを見つけた際に、高城さんは僕に向かって立ち止まるように指示してきた。

 

「どうしたのですか?」

 

「しっ!いいから黙ってなさい」

 

唇に手を当てながら言った後に高城さんは、近くに放置されていた雑巾をバケツの中へ入れて水に浸し、近くのロッカーに向かって投げた。

 

ガシャンと大きな音をたてたからか、音の方向へ向かって歩き始めてロッカーにぶつかりながらも歩行を止める様子は見られない。

高城さんは、今度は雑巾を彼らの顔面に向けて投擲し見事命中させた。人間だったら何らかのリアクションをとるがそのような行動に移すそぶりは見られなかった。

 

「・・・やっぱり、自分の体に物がぶつかってもは反応しない。痛覚とかないのよ。視覚じゃなくて聴覚に反応してるようね。じゃなきゃロッカーにぶつかるはずがない」

 

高城さんは事態が長期化することを見越して、彼らの特徴を探っているようだ。

だがあいつらが()()()()()()()()()()()

 

「高城さん今から僕がすることを止めないで下さいね」

 

後ろから「ちょっ!?」と止めるような声が聞こえたが声を無視して僕は彼らに向かって歩き出す。すり足で近づくことでなるべく足音を殺して近づく。2・3歩歩き出すだけで触れ合える距離まで近づいたところであいつらに目はないが、目と目が合ったような気がした。

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僕は足払いをして奴を膝立ちにさせ、頭と顎をつかんで思いっきり捻る。湿り気を帯びた鈍い音を立てて奴は廊下に倒れこみそれ以上は動かなくなった。

 

「高城さん、どうやらあいつらは視覚もあるようだけど、主に音で僕らを判断しているようだ」

 

振り向きながら高城さんに向かって話しかける。最初はポカンと呆然とした様子」だったが、僕の言葉を聞いて眉を寄せながらがなりたててきた。

 

「あんたね・・・!!そこまで確かめなくてもいいじゃない!噛まれたらどうやってアタシをエスコートする気だったのよ!」

 

僕を追い越して指をさしながら高城さんは僕に向かって宣言した。

 

「いつまでここにいるつもりよ、さっさと行くわよ!」

 

 

 

 

 

何とか職員室にたどり着くと既に先客がいた。

 

「鞠川校医のことは知ってるな?わたしは毒島冴子。3年A組だ」

 

「2年B組、野比のび太です」

 

僕が自己紹介をしたところで後ろから足音が響いてきたため、武器を構えたが、見知った顔であったためすぐに武器を下した。

 

「おいおい、随分とすごそうなものを持ってるじゃないか野比」

 

宮本さんを引き連れて、どこかあきれた様子を浮かべながら小室がつぶやいていた。

 

「全国大会で優勝した毒島先輩ですよね。僕は小室孝、2年B組です。」

 

そして槍術部である宮本さんが自己紹介をしたあとで、職員室の扉を机や段ボールなどの重いもので即席のバリケードを作り封鎖することで安全を確保し、小休止と同時に今後の方針を話し合った。

 

「ところで鞠川先生。車は全員が乗れるような車なんですか?」

 

鞄をゴソゴソと探っていた鞠川先生は「ヴッッ!?」と一息漏らして鞄をそっと閉じていた。問いかけるまでもなくこの場にいる6人を乗せられるサイズではないのだろう。

 

「部活遠征用のマイクロバスはどうですか?まだ駐車場に止まっていますが」

 

「鍵なら壁掛けにまだあるけど、バスでどこに向かうの?」

 

「僕は家族の無事を確かめたいと思っています」

 

小室は続けて自分の主張を話していく。

 

「近い順にみんなの実家を回って必要なら家族も一緒に乗せてどこか安全な場所まで行こうかと」

 

「たしかにこの規模の災害では警察や自衛隊も動いているだろう。地震などのようにどこか避難所が開設されているのではないだろうか」

 

ある程度今後の方針が固まってきたところで、情報収集のためにつけっぱなしにしていたテレビから衝撃的な報道が飛び込んできたため、毒島先輩がすかさずテレビの音量を上げていた。

 

〈―――です。各地で発生している今回の暴動に対して、政府は緊急対策の検討に入りました。しかし、自衛隊の治安出動には与野党を問わず慎重論が唱えられており―――〉

 

チャンネルを切り替えても一連の騒動で話題はもちきりだった・・・。

 

〈―――すでに地域住民の被害は1,000人を超えているとの見方もあります。知事による非常事態宣言と災害出動要請は―――〉

 

パンッとテレビの中で銃声が響く。

 

〈・・・ッ!発砲です!どこからか銃声が響いてきました!ついに警察は発砲を開始した模様です!!状況はわかりませんが・・・きゃあっ!?〉

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈えっ!?ちょっとなに?い、いやぁあああぁあぁぁぁああ!!〉

 

現場リポーターの悲鳴が聞こえた後に映像は乱れてしまい、次の瞬間にはスタジオが映し出されていた。

 

〈・・・なっ、何か問題が起きたようです・・・!!ここからはスタジオよりお送りします・・・〉

 

「どうしてそれだけなんだよ!もっと他にあるだろう!!」

 

「パニックを恐れているのよ」

 

高城さんが冷静に分析している。

 

「今更?」

 

「どんなときでもよ!恐怖は混乱を招き、混乱は秩序の崩壊を招くわ。秩序が乱れていてどうやって、愉快な死体に立ち向かえるというの?」

 

高城さんがしゃべっている間にもショッキングな内容のニューズは流れていく。

 

〈―――屋外は大変危険な状態になっておりますので、できるだけ外出を控えるようにしてください。また、出入り口は必ず施錠し、できうるかぎり窓は補強してください。やむを得ず自宅に居られなくなった場合は最寄りの各自治体に指定された避難所へ―――〉

 

〈―――全米に広がった一連の非常事態は収拾する見込みが現在でも立っておらず、合衆国政府首脳部はホワイトハウスの放棄を決定したとの発表がありました。洋上の空母へ政府機能を移転させたとのことですが、戦術核兵器使用に備えた対処であるとの観測が流れており―――〉

 

〈―――欧州ではロンドンにおいては比較的治安は守られているとのことですが、パリ・ローマでは略奪が横行―――〉

 

「たった数時間で世界中がこんなになるなんて信じられない・・・ねぇっ!そうでしょ!?絶対に大丈夫な場所はあるよね!?」

 

宮本さんが涙を浮かべながら小室にそうであってほしいように縋り付いているも高城さんは静かに受け入れられない現実を受け止めるように宮本さんの発言を否定した。

 

「そんなところあると思う?」

 

「そんな言い方はないだろう」

 

小室が窘めるように言うも高城さんは無視して続ける。

 

「パンデミックなのよ、仕方ないじゃない!」

 

小室がわかっていなそうな反応だったため、高城さんは意味を話し始めた。

 

「感染爆発のことよ。世界中で同じ病気が大流行しているって訳」

 

「インフルエンザみたいにか?」

 

「20世紀のスペイン風邪なんかがまさしくそうね。インフルエンザをなめちゃいけないのはわかっているでしょ?スペイン風邪なんかは感染者は世界で6億人以上、死亡者は5,000万人だったんだから・・・」

 

鞠川先生が補足する。

 

「14世紀の黒死病に近いかも、そのときはヨーロッパの1/3の人が亡くなったわ・・・」

 

「どうやって病気の感染は終わったのですか?」

 

小室が質問する。

 

「色々考えられるけど・・・、一番は人間が死にすぎることかしら?感染すべき人間の数が少なくなるから。でも、死体が動く回っているし・・・」

 

「感染の拡大を防ぐ方法はないということか・・・」

 

「これから暑くなって骨だけになれば動かなくなるかもしれないけど」

 

「腐るかどうかもわからなわよ。死体が動くなんて医学の対象じゃないわ。ヘタをすればいつもでも・・・」

 

「ともかく、家族の無事を確認した後にどこ逃げ込む場所が重要だな。好き勝手に動き回っては生き残れまい。チームだ、チームを組むのだ!生き残りも拾っていこう」

 

チームの方針が決定し、体力もある程度回復したため、学園脱出に向けて行動を開始することになった。



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ACT.3 脱出

マイクロバスへ一番近い正面玄関を目指して僕らは移動し始めた。

 

「最後にもう一度確認しておくぞ。必要以上に戦う必要はない、避けられえるときは避けろ!最悪転ばすだけでもいい!!」

 

「連中は音に敏感よ!それから、腕力はドアを倒して壊すぐらい強力よ。掴まれたら振りほどけずに噛まれるわ。気を付けて!」

 

注意すべきポイントを共有した後にフォーメーションを組んで進み始める。

特に話し合った訳ではないが、木刀を片手に剣道で優勝経験のある毒島先輩を先頭にし金属バットで武装した小室と、モップの柄をもってる宮本さんが左右に位置どる。自分が最後方で全体を警戒しつつ、戦闘能力が低い高城さんと鞠川先生を挟み込むような隊列を組んで行動を開始した。

 

「きゃあぁあっ!!」

 

2階から、1階を目指している途中で女性の悲鳴が聞こえてくる。

 

「卓造っ!?」

 

「くそっ!下がってろ!!」

 

男女の集団が階段の踊り場で、複数隊の〈奴ら〉に囲まれていた。

僕らは助けに入る。まず僕が〈奴ら〉の頭部へ釘打ち機による先制の一撃を加え、間を開けずに毒島先輩が白樫製の木刀で〈奴ら〉の頭をしばく。包囲網に空いた穴へ小室と宮本さんも突っ込んでいき、直接頭部を殴り倒して場を制圧することに成功した。

 

「あ、あのっ、ありが・・・」

 

「この中に噛まれた者はいるか?」

 

彼女たちがお礼を述べてくるが、そのセリフにかぶせる形で、僕らにとっても重要なことを毒島先輩は質問していた。

 

どうやら、この中に噛まれたものはいなかったようなので僕らが学園から脱出する旨を伝えて、一緒にくるか誘うと「はいっ!」と元気よく返事をしたため、彼らの集団を吸収し正面玄関へ向かった。

 

道中、他の集団を加えながら正面玄関にたどり着くも、ここで少々問題が発生した。正面玄関にいる〈奴ら〉の数が想定より多く、特に狭い昇降口に密集していたため立往生してしまう。

 

「やたらといやがる・・・」

 

「この人数だと静かに移動することは難しいだろう」

 

「校舎内を迂回しても、余計な連中を引き付けてしまうばかりか挟み撃ちに合う可能性が高いがどうする?」

 

「隣にある会議室の窓伝いに外に出るのはどう?きっと扉から出ようとして逃げ遅れたからここに溜まっていると思うわ」

 

高城さんの意見を採用し、毒島先輩が会議室及び、窓から見える範囲で〈奴ら〉の数が少ないことを確認する。また、念には念を入れて僕は落ちていた靴を拾い、会議室とは反対方向に設置されている掃除用具を収納するロッカーへぶつけた。

 

ガシャンと大きな音が響いたため、正面玄関でウロウロしていた〈奴ら〉も音に気を取られて完全にこちらを認識していない隙に僕ら一行は窓から特別棟から脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

最初の内は順調だった。毒島先輩を筆頭に金属バットや木刀で〈奴ら〉の顔をイケてる顔に整形させていったが、マイクロバスに近づくにつれて〈奴ら〉の数がネズミ算式に増えていった。僕らは早々に倒すことよりも下肢へ攻撃し転倒させることで、障害を取り除くことへシフトしていき体力の温存を試みた。それでも「戦いは数だよ」という言葉もあり、〈奴ら〉の数の暴力の前に僕らは徐々に疲弊していった。

 

 

「いい加減にしてよっ!しつこいのってキライ!!」

 

「同感だな・・・!!」

 

〈奴ら〉の数は確かに多かった。だが、動きが鈍重であることやこちら側もモップの柄やサスマタを装備し、攻撃範囲も広いことから接近されるまえに対処ができる点もあり、どこか余裕があった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「えっ?」

 

最初に犠牲になったのは名前も知らない男子だった。男子が驚くのも無理はない。()()()()()()()()()()()()

 

「があぁあぁあああ!!」

 

その雄たけびに皆振り向いてしまい、そして見てしまった。

 

同行人を襲った〈奴ら〉は他の〈奴ら〉とは違い、熊のように爪が鋭利であり、指よっては第三関節から骨が飛び出してより殺傷能力が高そうな形態をしているが、1番の特徴は全身の皮膚が紅いところだろう。背中をひっかかれた男子はその後組みつかれてしまい、首の頸動脈を食いちぎられ鮮血で自らの体を汚していた。

1噛み、2噛みと獲物を捕食し、満足したのか顎に滴る液体を手の甲で拭って、吐息を漏らしつつこちらへ迫ってきた。通常の〈奴ら〉がヨタヨタ歩きをしているとしたのなら、この〈紅い奴ら〉は早歩きといえる〈奴ら〉とは一線を画すスピードで近くにいた男子へ襲い掛かる。不運なことに小柄な体格であったため、爪による一撃は首元を捉えていた。

 

「小林ぃぃぃぃぃ!!」

 

ザシュと首を一閃し、首と胴体が永遠に離別した。

だが、仲間が次々と死んでいく状況よりも更に驚愕する出来事が起こる。

 

「そんなっ!?嘘だろ!!?」

 

「なんで()()??」

 

そう。井豪が〈奴ら〉となって僕らの前に立ちはだかることも驚愕だが何やら紅く強化されているのだ。

 

「あえて聞かないようにしてたけど、井豪はあんたたちと一緒に逃げてたわよね?」

 

「・・・永は僕らと共に逃げてたけど、道中で〈奴ら〉に噛まれて・・・、最後まで人間でいたいって言って屋上から飛び降りたんだっ・・・!!」

 

小室が言うにはどうやら、井豪は人として終わることと、友人の負担にならないように、自らケリをつけたようだがうまくいかなかったらしい。そして、井豪の鮮烈なデビュー戦によって、【死】を強く意識してしまうことで周囲への注意が疎かになってしまい、背後から近づいてくる普通の〈奴ら〉に気づかなかった。

 

「卓造危ない!!」

 

卓造君の後ろへ魔の手が伸びていたが、常に卓造君の隣にいた彼女が身代わりとなって噛まれてしまっていた。

 

「智江!?くそ、智江から手を放しやがれっ!!」

 

智江さんを掴んでいた〈奴ら〉を吹き飛ばして卓造君が救出するが噛まれてしまった人はもう・・・

 

「永、どうして・・・」

 

こころなしか小室の足並みも乱れていた。また体力の温存をはかり転ばせることに専念していた結果か後ろの〈奴ら〉の圧力が増しており、このままここに釘付けにされてしまえば全滅の可能性も出てきた。

 

「きゃっ!?」

 

緊張と疲労から高城さんが足を躓いてしまい転倒してしまう。すぐ傍には〈奴ら〉が迫っていた。

 

「いっ、嫌ぁ・・・・寄らないで・・・・」

 

涙を瞳にため込んで後ずさりする高城さん。くそっ!こんなときに弾切れ(釘切れ)なんてっ!!!

 

「・・・来るなぁっ!!!」

 

高城さんは持っていた袋から電動ドリルを取り出して〈奴ら〉に向けてスイッチを入れた。

 

「くそぉっ!!死ねぇ!死ねぇ!!死ねぇぇぇ!!!」

 

高城さんは必死に〈奴ら〉を近づけさせないようにしているため周りの状況が見えていなかった。

 

「私が左の2体をやる!!」

 

「麗、右の奴は頼んだ!!」

 

「任せて!!」

 

高城さんの周囲では毒島先輩と小室、宮本さんが互いにカバーしあい〈奴ら〉撃退していた。

3人のフォローに感謝しつつ、高城さんに近づく。電動ドリルによって穴を増やされた〈奴ら〉をどかして高城さんに呼びかける。

 

「高城さん!もう充分ですよ!!」

 

「うるさいっ!バカにしないでよ!!あたしは天才なんだからっ!その気になれば、誰にも負けないんだから!!」

 

コンバット・ハイによる一時的な興奮状態となっている高城さんを宥めるために高城さんを抱きしめる。

 

「もう充分です。もう大丈夫ですよ、高城さん・・・」

 

「黙れこの腐れヲタ!何の権利があってあたしの邪魔をするのよっ!!?」

 

僕にできる精一杯の笑顔を浮かべながら頭を撫でつつ安心させようと試みる。

 

「お話なら、あとでいくらでも僕が聞きますから。・・・もう大丈夫ですよ。」

 

「何よ、野比のくせに・・・・、生意気よ・・・・」

 

くずりながらも落ち着きを取り戻し始めた高城さんにほっとした。

 

「ふふっ、仲良しで羨ましいことだ」

 

どうやら、一連のやりとりを見られていたらしく、こんな最中にも関わらずクスクスと笑われてしまった。

 

「毒島先輩。高城さんを任せても大丈夫ですか?」

 

顔が赤くなるのを無視して先輩にお願いしてみる。

 

「それは構わんが、君はどうするつもりなんだい?」

 

「僕はここで井豪の他、大勢の〈奴ら〉を釘付けにします。その隙に先輩辰はマイクロバスまで向かってエンジンをかけてください」

 

「そんなっ、無茶よ!!」

 

確かに無謀かもしれないが、僕も勝算がなければこんな提案はしない。

 

「どのみちこのまま状況が変わらなければ、僕らはどんどん劣勢に追い込まれていきます。中・遠距離から攻撃出来て守勢に長けている僕がここに残って、突破力のある毒島先輩や小室たちが後ろを気にしないで先行した方が効率がいいです」

 

「でもっ・・・!!」

 

「こうして悩んでいる暇もありません。早く行ってください!」

 

僕はあまり出さない大声を張り上げて先に行くように促す。

 

「・・・信していいんだね、野比君?」

 

「毒島先輩!?」

 

「男がこうと決めたことにあまり口出しするものではないよ。それに男の誇り(プライド)を守ってやる事こそが、私の矜持(スタイル)なのだ」

 

「任せてください。それに、最近のオタクは珍妙な拳法を習得しているものなんですよ?」

 

僕は腕を振り回して力強さをアピールする。・・・あまり効果はなかったようだが。

 

「野比、いいこと?遠足は家に帰るまでが遠足なのよ。雑事は早く終わりにさせて私をエスコートしなさい?!」

 

高城さんが涙を溜めつつどこかイタズラチックな笑顔で僕を励ましてくれた。

 

「仰せのままに」

 

僕が仰々しく一礼すると、毒島先輩一行は程よく緊張感が抜けたのか、ガクっと肩を落とどこか古臭いリアクションを取っていたが、最後まで見ずに彼らに背を向けた。

 

 



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