トラブルホイホイな男が、ガラル地方に行くようですよ (サンダー@雷)
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本編と関係ない話
番外編 ヒスイ編


アルセウスやっていて、自分が書いていた小説ならこうなるなぁーとふと思い出し書きました。
 時系列はイッシュ(1回目)が終わった辺り。
 本編とはパラレルワールドとしてご覧ください。


 

 その宣告は本当に突然のことだった。

 イッシュの旅から戻ってきてそれなりに時が経った頃、ナナカマド博士から連絡が来たのだ。

 特に電話をされる覚えがなかった私は首を傾げながら電話にでる。

 

「はい、オレンジです」

『オレンジ君か?』

「はい、ご無沙汰しております。今日はどういった要件で? 正直心当たりがないのですが……」

『オレンジ君、落ち着いて聞いてくれ……』

 

 『ヒカリ君が行方不明になった』

 

「……は?」

 

 私は一瞬言葉の意味が理解できなかった。

 そして理解すると、こみ上げたものは激情だった。おそらくナナカマド博士の言葉がなければ捲し立ててすぐにでも事情を聞き出そうとしていただろう。

 何とか荒ぶる心を鎮める。

 

「…‥事情を教えていただけますか?」

『うむ。行方不明が判明したのは昨日なのだが、少々妙でな』

「というと?」

『何の形跡もない。あの子の家にも、リーグ本部の部屋にも、もちろんその道中にも、争った形跡や自発的に蒸発した形跡も何もかも』

 

 それはたしかに妙な話だった。

 第三者に誘拐されたならどこかしらに争う形跡があるはずで、蒸発でもヒカリが置き手紙も残さず消えるなんてありえない。そもそもそんなに追い詰められているなら、私に相談の一つでもしてくるはずだ。

 

「状況は分かりました。それでナナカマド博士はなぜこの話を私にしたのでしょう?」

 

 チャンピオンが行方不明、しかも理由も不明など明らかにトップニュースだ。しかし、そんなニュースは流れていない。ということは、この件はトップシークレット。

 関係者のナナカマド博士なら知っていてもおかしくないが、どこの馬の骨とも分からない私に話すことではないだろう。つまり博士は私に何か求めているのだ。

 

『察しがよくて助かるな。オレンジ、私は今回の件人間の仕業ではないと考えている』

「つまりポケモンの力、それも人1人の存在を消してしまうほどの力を持ったポケモンということですか」

 

 思いつくのは空間を司る神パルキア、時間を司る神ディアルガ、そして反転世界の主ギラティナ。だが、この3匹は赤い鎖を使わなければコントロールできない上、動きを見せればシロナあたりが気がつかないはずがない。

 ということはこの3匹とは別のポケモン?

 そして理解した。なぜ博士が私にこの話をしてきたのかを。

 

「私にこの事件の調査をしろということですね」

『その通りだ。お前のポケモンバトルの腕、鋭い洞察力、そして経験を見込んで頼みたい』

「承りました。明日にでもシンオウに向かいます」

 

 そもそも初めから傍観するなんて選択肢はなかったが。

 そうして電話は切られた。私はすぐにシンオウ行きの飛行機を予約し、シロナにメールを送る。

 内容はこうだ。

 

『明日シンオウに行きます。予定を空けておいてください』

 

 送るとすぐに返事が来た。

 

『分かったわ! ちなみにその日の夜、お婆ちゃんはいないわよ!』

 

 だからなんだよと思いつつ、私はメールを返した。

 

 

 □

 

 翌日、私はシンオウの空港に到着するとエントランスにはシロナが待っていた。

 たしかにこの時間に到着するとは言っていたが、まさか迎えに来るとは。こちらの予定としては寝ている彼女をカンナギタウンの実家まで叩き起こしに行くつもりだったのだが。

 まあ、起きているなら好都合なのだが。

 しかし、今日のシロナはイヤに綺麗な格好をしているな。有名人なので顔は変装しているが、お洒落な格好のせいで明らかに注目の的になっている。正直声かけたくないなぁ。

 

「どうも」

「やっほーオレンジ、久しぶりね! どう? この服? あなたに見せるために前から買ってたのよ!」

「とてもお似合いですよ。しかし、大丈夫ですか? その服では動きにくいでしょう?」

「え? 何でデートなのに動きやすさを気にする必要があるのよ?」

「は? デート? あなたの頭の中は花畑が詰まってるんですか? こんな時にそんなことするはずがないでしょう」

「えええええ!? だって、だって、明日シンオウに来るから予定を空けとけって! どっからどう見てもデートの誘いじゃない!」

「だから……」

 

 何か話が噛み合わないな。もしかして……。 

 

「シロナ、事情は車の中で話します」

「……い、いきなり車の中は恥ずかしいなぁ」

「ふざけないでください」

「なによー、人に聞かれたらまずいことなの?」

「ええ、まずいです」

 

 そういうと「分かったわよー」と渋々納得した。

 車に移動し、私は今回の事件のことを教える。

 

「つまり、オレンジはヒカリちゃんが行方不明になった原因を調査するためにシンオウに来た。そして神話のポケモンは類する力だと考えて、考古学者である私に手伝いをお願いしたと」

「そういうことですね」

「ねえ、オレンジ」

「はい」

「私元チャンピオン、何も教えてもらってない……」

「でしょうね」

 

 そうでなきゃ、あんな勘違いはしないだろう。

 私は私で元チャンピオンが事情を知らないはずがないと、知っている前提でメールしてしまったからな。楽しみにしていたデートは勘違いで、リーグからの信用のなさが露呈して二重に落ち込んだシロナだった。

 

 

 





 予定では数話で終わります。


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ヒスイ編 2

 落ち込んだシロナをどうにか宥め、私たちはここからの方針を決めるため話し合いを始めた。

 

「率直に聞きますシロナ。あなたは今回の件思い当たるものはありますか?」

「人1人を消してしまうほどの力を持ったポケモンね……。パッと思いつくのはディアルガとパルキア、ギラティナだけど、そのくらいあなたなら思いつくわよね。わざわざ聞くってことは違うと考えてるんでしょ?」

「ええ。その3体が動いたなら、普段から調査をしているあなたが気がつかないのは不自然でしょう」

 

 人間性は1ミリも信頼していないが、研究者としては認めている。だからこその信頼だ。

 なぜかシロナは頬を赤くしている。どうせ変なことを考えているのだろう。

 

「おほん。思い当たることだったかしら? そうね、オレンジこんな話を知ってる? その昔、このシンオウ地方がヒスイと呼ばれていた頃。時空の狭間より現れし英雄が世界を救う。その者はシンオウ様の使いだってね」

「シンオウ様?」

「シンオウ様、現代でこれはアルセウスを指すと言われているわ」

 

 アルセウス、創造神。

 その呼び名の通り、3体の神、湖の3匹これらを生み出したと言われる伝説のポケモンだ。

 

「まさか、ヒカリがその昔話の英雄として連れ去られたというのですか?」

「あり得ない話じゃないでしょ? 相手は創造神よ。それにこれなら今回の話しの辻褄が全部合うと思わない?」

 

 ……たしかにその通りだ。だが、もしそうなら人智を超えてしまっている。時空移動などそれこそ神の力でも借りなければならない。

 思案していると、シロナが得意顔を覗かせてきた。

 

「ふっふっふっ、手詰まりって顔に書いてあるわよお兄さん」

「そりゃそうなりますよ。なんせ下手したらヒカリは我々とは別の時空にいるのですから」

「そうね。たしかに人の力じゃ時空への干渉なんてできないでしょう」

「勿体ぶらないでいただけますか?」

「もう、ノリが悪いわね〜。神の力を借りる方法が一つだけあるのよ」

「……へぇ」

「信じてない!? さっきまでの信頼はどこへ!?」

 

 そりゃ、神の力を借りれますよ! なんて今時宗教勧誘でしか聞かないワードだ。眉唾に感じるのは無理もない。

 

「本当なのよ! 私今、金剛玉と白玉を持ってるから、これを利用すればディアルガとパルキアを呼び出せるのよ!」

「そんな貴重品どうやって借りたんですか?」

「そ、それは〜、ほら私チャンピオンだったし、信頼があった的な〜」

「どうせヒカリに頼んで無理して貸してもらったんでしょう?」

 

 ヒカリはシンオウを救った英雄とされている。その発言力もかなり強い。ただその人の良さに漬け込まれて、悪い大人(シロナ)が無理な意見を通す時利用していると聞いている。

 そんなことやってるからリーグから信用されないんだ。

 まあ、今回はそれがいい方向に転んだので何も言わないが。

 

「ま、まあ細かいことは気にせず! とりあえず槍の柱に向かいましょう!」

「ヒカリが帰ってきたら、よく言い聞かせなければなりませんね。アホの言うことは無視していいと」

「謝るから! これからはしょっちゅうじゃなくて時々にするから! それだけはやめて!」

 

 反省の色が見えないアホは気にせず私はガブリアスをスタンバイさせた。

 

 

 □

 

 場面変わり槍の柱に到着した。

 以前は行手を阻むおかっぱ軍団がいたが、それがいなくなると美しい自然と景色が楽しめるいいハイキングスポットだ(なお危険度は考えないものとする)。

 

「金剛玉と白玉を担いで登ってたのに、何で息一つ切らしてないのよ……」

「カントー人にとってこの程度当然ですよ」

 

 なんなら知り合いのマサラ人はカビゴンを背負った実績があるからな。もはやポケモンを使わない方が強いのではないだろうか?

 シロナは引いた目をしながらも、ディアルガパルキアを呼び出す準備を始める。

 

「行くわよ。いきなり戦闘になる可能性もあるから準備しておいてね」

「分かりました」

 

 シロナが2つの玉を掲げると眩いオーラを帯び始める。そして玉が1人でに宙に浮いたかと思えば、黒い裂け目から2匹のポケモンが現れた。

 ディアルガとパルキアだ。その場にいるだけで感じる圧倒的な存在感はまさに神。

 だが、予想外なことにディアルガとパルキアは落ち着いた様子だった。いきなり戦闘になると身構えていただけに拍子抜けだ。むしろ襲うどころか何かを伝えたがっているように見える。

 

「道を作ってくれたことを感謝する」

「はい?」

 

 突然シロナが呟き始めた。ついに中二病でも発病したのだろうか?

 私の顔から察したのか、シロナは焦ったように。

 

「ち、違うの! 急に頭の中に流れてきたんだってば!」

「頭の中……。まさかあなた方ですか?」

 

 私が問うたのは2体の伝説達だ。

 

「そうみたい。今私を通じてあなたに話しかけてるらしいわ」

「なるほど。どうやら話し合いが可能なようなので、単刀直入に聞きます。アルセウスとやらが、ヒカリを拉致したのでしょうか?」

「その通りって言ってるわ」

 

 ビンゴ。ようやく糸口が掴めたようだ。

 

「送られたのは過去のシンオウもといヒスイ地方で合っていますか?」

 

 シロナは頷く。これも合っているようだ。

 

「なぜヒカリが選ばれたのでしょう?」

「どうやらヒカリちゃんがシンオウの危機を救ったことが関係してるみたい。ほら、ディアルガとパルキアを鎮めたのって直接的にはヒカリちゃんじゃない?」

 

 ヒカリは伝説ポケモンに好かれる体質だ。湖の3匹に懐かれた結果、暴走していたディアルガとパルキアを鎮めることに一役買った。

 

「そんな伝説に認められるほどの能力を持ったあの子をヒスイに送って、ヒスイの発展に協力させてるみたい」

 

 随分勝手なことを。創造神だかなんだか知らないが、そんな道理が通じるはずがない。

 

「ええ!? 本当なの?」

 

 シロナが二神に問いかけると、静かに頷いた。

 どうやら驚くことがあったようだ。

 

「この2匹ヒカリちゃんの手持ちなんだって」

「どうしてそうなった?」

「何か色々あって暴走したんだけど、ヒカリちゃんに捕まえられて難を逃れたみたい」

「軽く言ってますけど、シンオウ崩壊レベルの大事件ですからね?」

 

 私が教えたせいか、ヒカリまでトラブルホイホイになってないか? 今度お祓いに連れて行こう。

 

「まあ、どうりで襲ってこなかったわけですね。それで、そのヒスイの発展とやらはいつ終わるんですか? 終わればヒカリは帰ってこられるのでしょう?」

 

 私の言葉に神達の表情に心なしか影がかかった気がした。

 それは気のせいではないらしい。シロナの険しい顔を見ればわかる。

 

「……どうやらアルセウスはヒカリちゃんが気に入っちゃったみたいで、返したがってないみたい」

「はぁ?」

「一応説明するんだけど、この世界ではアルセウスって御伽噺の存在なわけ。あまり人に知られてない。けど、ヒスイ地方ではアルセウスって神って扱いなの。だがら、アルセウスとしてはヒスイの方が好きなの。それで、その好きな世界に自分の好きな人間をとどまらせたいって考えてるみたい」

 

 シロナ伝いなのでだいぶ意訳があるのだろうが、要するにこうだ。

 

「厄介なメンヘラストーカーに気に入られてしまって帰れないと」

「……神をメンヘラストーカー扱いしていいか分からないけど、簡単に言えばそうね」

 

 ぶ○ぞ。おっと本音が出そうになった。

 

「あなた方の力を持ってしてもヒカリを帰らせることができないと」

「帰すだけならできるけど、それでもアルセウスの干渉をやめさせられるわけじゃないから、イタチごっこになるだけ。むしろ、今みたいな自由を与えられなくなる可能性もあるみたい」

「ますます厄介ですね」

 

 なまじ力があるだけに相当厄介だ。

 

「では、元凶を叩くしか手がないようですね」

「どうやって?」

「簡単ですよ。今この2匹はヒカリを帰すだけなら出来ると言いました。つまりヒスイ地方と現代をつなぐことはできるのでしょう? 私が直接乗り込んで、そのメンヘラ厄介ストーカーをボコボコにして2度とヒカリに近づかないようしてやればいいんですよ」

「簡単そうに言うけど相手は創造神よ?」

「知りませんよ、そんなの。というかもうそれしか手がないでしょう。ヒカリが本当の意味で無事帰還するには」

 

 そう、これしかない。シロナも分かっている。

 だが、危険度は以前のシンオウ崩壊の時の比ではない。なんせ、以前は誰かに操られた神をどうにかすればよかった。しかし、今回は神自身が意思を持って敵となるのだ。

 心配されているのだろう。

 

「ここまでありがとうございましたシロナ。あなたの協力がなければ、私はヒカリを救うチャンスすら掴めなかったでしょう」

「辞める気はないのね?」

「ええ、もちろん」

「そうよね。あなたはそういう人だもの。……じゃあ今回協力した報酬として、帰ってきたらデートして」

 

 真剣な雰囲気だから何を言うと思ったら……と呆れていると、シロナは私の手を掴み。

 

「約束よ?」

 

 その手は震えていた。顔は今にも泣きそうだ。今すぐ止めたいと顔に書いてあった。

 そんな顔されては生きて帰るしかない。

 

「ええ、約束です」

 

 そう言うと、シロナはふわりと笑った。不覚にも本当に不覚にもドキッとさせられてしまった。

 

 

 

 

 

 



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ヒスイ編3

わざわざ時系列をイッシュ〜にした意味はここにあります


 ディアルガとパルキアに作られたゲートを潜ると浜辺に降り立った。

 荒い波音が聞こえてくる。深く青い海は私たちがいた時代とは明らかに違う。船も海パン野郎も見えない。気温も明らかに低い。だが、景色を見るとどこかシンオウを思い出す。過去に来たことを実感するな。

 辺りを見回すが人が使ってなさそうな小屋があるだけで何もない。

 ただ、足跡があるので近くに人が住む集落がありそうだ。

 

「まずは情報集めですかね」

 

 まずはヒカリの居場所を突き止めなければならない。しかし、広いこの土地を闇雲に探しては膨大な時間がかかってしまう。そのためある程度当たりをつけて捜索する必要がある。

 一見現状何の手がかりもないように見えるが、実はある。ディアルガとパルキアの話を聞いて、アルセウスはヒカリを英雄にしたがっているということ。そしてディアルガとパルキアを捕獲したということ。この2つからヒカリは集落を超えてかなりの知名度を得ていると予想できる。

 そのためそこそこ人が集まるところに行けば、ヒカリの居場所が判明するはずだ。

 そう考え、集落を探して歩き回っていると時代劇でしかみないような木の門が見えた。

 どうやら私の予想は当たったようだ。門に近づくと門番らしき男が立ち塞がる。

 

「貴様何者だ! ここがシンジュ団の本部と知ってきたのか?」

「あなたが教えてくれたおかげで知りましたね」

「むむ!? 誘導尋問か!?」

「私何にもしてませんがね〜」

「怪しいやつめ! いけストライク!」

「ストラァ!」

「会話のドッチボールやめていただけます?」

 

 とはいえポケモンをさし向けられては応戦するしかない。

 

「行きなさい、ガブリアス」

「ガバァ!」

「ポケモンボールだと!? 貴様ギンガ団か!?」

「は? 何で私があんなゲキださおかっぱ電波集団に入らなきゃいけないんですか? 寝言は寝て言ってください」

「違うと言うならますます怪しい! 捕らえてやる!」

 

 意味が分からない。悪の組織じゃないと言ったら、ますます怪しいときた。

 まあ、捕まるのは困るので抵抗するが。

 

「ストライク、きりさくだ!」

「ストラァァァ!」

「ガブリアス、受け流しなさい」

「ガバ」

 

 ストライクが鎌をふりあげて向かってくるが、ガブリアスは腕を掴み簡単に地に投げた。

 

「何だと!?」

「上空に投げて、ドラゴンクロー」

「ガバァ!」

「ストラァァァァ!?」

 

 ストライクが地面に落ちると土煙が舞い上がる。それが晴れると目を回したストライクが横たわっていた。戦闘不能だ。

 

「俺のストライクがこうもあっさりと……」

「まだやりますか?」

「くっ……」

 

 そんな憎がましいものを見るような目をしないでほしい。こちらは自己防衛をしただけなのだから。

 しかし、このままでは私は村を襲いにきた賊と変わりない。話が出来そうな人がいればいいんだが。

 

「一体何事だ!?」

 

 その声の方を見ると見た目15歳くらいの女の子だった。

 格好を見る限り、この会話ドッチボール野郎よりは地位が上に見える。

 

「カイ様! 襲撃者です!」

「何!?」

 

 ざっと距離をとり臨戦態勢をとられる。

 またか。ついついため息が出てしまう。

 

「違いますよ。私はただ話しかけただけなのに、そこの門番が勘違いして仕掛けてきたんですよ。私は襲撃者でも何でもありません」

「だが、こいつは俺のストライクを……!」

「言いがかりでポケモン仕向けられて黙って受け入れろと? そんなわけにいかないでしょう。ただの自己防衛に過ぎませんよ」 

「くっ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする門番。その様子を見てカイと呼ばれた少女はある程度事態を把握したようだ。

 

「敵意はないということか?」

「はい。これっぽっちもありません」

「そうか。私の部下が迷惑をかけた、この村を治めるものとして謝罪する」

「この村を治めるもの? あなたが」

「ああ、私はカイ。シンジュ団の団長だ」

 

 ようやく話が出来そうな人間が出てきたな。

 

「これはご丁寧に。私はオレンジ、ポケモン研究者をやっています」

「研究者? ラベン博士と同じだね」

 

 ラベン博士。たしかモンスターボールを開発した人物であり、ポケモン研究の父と呼ばれる人物。

 地方を飛び回っていたせいで文献が少ないが、ヒスイ地方にいたのか。

 

「それで研究者先生がこの村に何の用なの?」

「人探しをしています。ヒカリという女の子に聞き覚えはありませんか?」

「ヒカリ……聞いたことないが……」

「……!?」

 

 門番はピンときていない様子だが、カイは明らかに顔色が変わった。

 カイは門番に何かを話すと、私の方に近づき。

 

「ついてきて」

 

 どうやら人目があるところでは話したくないようだ。私は了承してカイの後を追う。

 人の気配がない道まで来ると、カイは私の方を見る。

 

「あんた、どうしてショウの本当の名前を知ってるの?」

「質問に質問で返して申し訳ないのですが、ショウとは誰でしょう?」

「ショウはギンガ団に所属してる調査員。色んなキングやクイーンを沈めて、最終的にはシンオウ様を捕獲しちゃった英雄よ! ……そして私の憧れの人」

 

 最後は何を言っているか聞こえなかったが、おそらくビンゴだろう。なぜ名前を変えてるかは知らないし、ギンガ団なんかに所属しているかも分からないが。

 

「おそらく、そのショウが私が探しているヒカリでしょう。なぜ知っているかという質問ですが、私は彼女と同じ時代から来た人間だからと答えておきます」

「つまり、時空の先から来たってこと? どうやって!?」

「あなた方が言うシンオウ様たちの力を借りました。眉唾に聞こえるでしょうか?」

「ううん。今あんたはシンオウ様を2人いる前提で答えた。私たちですらずっと知らなかったことをあんたは知ってた。つまり、本当なんだと思う」

 

 信じてもらえてよかった。自分でも証明できないから、嘘だと言われればそれまでだからな。

 

「オレンジはショウを見つけてどうするつもりなの?」

「元の時空に連れ戻します。そのために私は来ました」

「……そっか。そうだよね、ショウにも帰るべき場所があるもんね」

 

 カイはぐっと感情を押し殺すように目を瞑り数秒黙る。そして、目を開けると。

 

「分かった。ショウが住んでる村まで連れてくよ」

「本当ですか! それはありがたい」

 

 村を教えてもらえるだけでもよかったが、慣れない土地なので案内がいて困ることはない。

 

「その代わり、私たちの村にも時空の迷い人……ショウと同じ境遇の人間がいるんだ。その人も一緒に連れて帰ってあげられないかな?」

 

 どうやらヒカリ以外にも馬鹿神の被害にあった人間がいるようだ。定員がいるとも聞いてないし、助けない理由はない。

 

「もちろん。その方はどこに?」

「今はショウと同じ村にいるよ。その人記憶喪失なんだけど、いつもどこか寂しそうにしてたから……。あっちの時空に大切な人がいると思うんだ」

 

 それはせつないな。

 人の繋がりすら理不尽に奪う糞神に私はさらに怒りを強めたのだった。

 

 

 




 カイちゃんってハルカに雰囲気似てるよね。
 ラベン博士はオダマキ博士の先祖。
 ハルカはオダマキ博士の娘……ん?


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ヒスイ編 4

 シンジュ団の集落を出発して数時間ほど歩いた頃、大きい木の門が見えた。シンジュ団の門よりも大きい。

 

「ここがコトブキムラよ」

 

 なるほど、ここが後のコトブキシティなのか? 土地の形はだいぶ違うようだが?(コトブキムラは後のミオシティ)。

 まあ、細かいことはいいか。なんせようやくヒカリと会えるのだから。

 

「ショウに早く会いたいのは分かるけど、まずはデンボクさんに挨拶しないとね」

「見透かされてましたか」

「そんなにソワソワしてたら分かるよ」

 

 クスクスとカイは笑う。少し恥ずかしいな。

 カイは門番と少し話したあと、私に手招きをする。どうやら、入る許可は得たようだ。

 それに倣い門をくぐると、ドラマや映画でしか見たことがないレトロな街並みが広がっていた。これには少し感動してしまう。

 

「あの大きな建物がギンガ団の本部よ」

「なるほど」

 

 道中カイと話をしていたおかげでこの時代の団の立場が大体理解できた。

 団とはいわゆるその土地を守護する組織を指し、その頂点が団長なのだ。つまり私を散々苦労させた悪の組織とは違い、町長や首長の意味合いが強い。

 ギンガ団もポケモンの調査や街の統治、拡張など幅広くやっているらしい。

 

「私はちょっとデンボクさんに話通してくるから、ちょっと待ってて」

「了解しました」

 

 言われた通り本部の前で待機している。すると、少ししてカイが戻ってきた。

 

「どうやら今はショウもデンボクさんも外に出てるみたい」

「それは残念ではね」

「だから、先に訓練場の方に行っていいかな? そこに初めに言ってた時空の迷い人がいるの」

「もちろん」

 

 どのみち会うのだし、それが得策だろう。

 

「それにしても訓練場とは、その方はこの村で訓練を行っているのですか?」

「うーんある意味そうというか、何というか。バトルしてるみたいだけど、面白い規則でやってるみたい」

 

 どうやら、団長本人もあまり理解していないらしい。だか、話を聞く限りではバトルの腕に覚えのある人物のようだ。

 少し歩くと、相撲場のような広場に到着した。どうやらここが訓練場らしい。

 

「じゃあ、呼んでくるね。ノボリさーん」

 

 ノボリ? その名前どこかで……?

 

「はい。これはカイ様、ご無沙汰しております。今日はどうされましたか?」

「会わせたい人がいるの」

「会わせたい人とは……?」

「あの人よ! オレンジっていうの!」

 

 特徴的なその車掌帽子、そしてボロボロになっているが丈の長い車掌服、そして血色は悪いがその顔。どっからどう見ても、サブウェイマスターのノボリだった。

 私の前に来たノボリは不思議そうにしながらも口を開く。

 

「初めまして、わたくしノボリと申します」

 

 そうか、記憶喪失だったな。それならば私のことを覚えていないのも納得だ。

 

「オレンジです。初めましてとはいいません」

「というと?」

「私はこの地に来る前のあなたと会ったことがあるからです」

「!?」

 

 ノボリさんは分かりやすく驚いた顔をしていた。

 

「どういうことですか?」

「私も時空の向こうからやってきました」

「本当だよ。オレンジはショウの本当の名前を知ってたし、シンオウ様のことも知ってた」

「元々はヒカリを連れ帰るために来ましたが、カイの要請であなたも連れ帰る手筈になっています」

「すいません。頭が混乱していて……」

 

 もしかしたら私の顔を見て何か思い出そうとしているのかもしれない。そういえば、私の携帯にたしか……。

 私は携帯からとある写真を出す。

 

「これがあなたと面識のある証拠です」

 

 見せた写真は私とトウヤがバトルサブウェイをクリアした時に記念に撮ったものだ。

 ぶっきらぼうなトウヤと、決めポーズをしたノボリとクダリが写っている。

 

「本当だ! これノボリさんだよね!? それにノボリさんに似た人がもう1人……」

「……失礼ながらオレンジ様。この私と同じポーズをしている人物は?」

「クダリさんです」

「そうですか……クダリ、クダリ……」

 

 刻みつけるように繰り返す。

 

「……いつも心に引っかかっておりました。記憶がないはずの私の中に、同じ顔をした人間のことがいつもいたのです。この答え一生分からないのではないかと思っていましたが、今分かりました」

 

 ポツリと液晶に水が落ちる。しかし、雨など降っていない。その水はノボリの目から落ちたきたものだ。

 

「……クダリ……クダリ……今ようやく思い出しました」

 

 その涙は重く、切なく、そして美しかった。

 

 

 □

 

 

 その後しばらく写真を見ていたと言われたので、携帯をノボリに預けたまま私たちは訓練場を後にした。

 そろそろヒカリも帰ってきているだろうと思いギンガ団の本部に向かっていると。

 

「ありがとうね」

「何がですか?」

「ノボリさんの記憶を取り戻させてくれて」

「私が偶然ノボリさんと知り合いであり、偶然写真を持っていた。本当にただの偶然ですよ」

「それでもありがとう。シンジュ団の団長としてもそうだし、私自身として感謝してるの」

 

 そこまで言われて謙遜するのも失礼か。

 

「それでは素直に受け取っておきましょう。お礼はおいしいご飯でも奢ってもらえれば」

「う、うん! どんときなさい!」

 

 財布見ながら足りるか計算しているカイを横目に、本部に戻ってきた。

 心なしかさっきより街のテンションが高いような。街頭からは誰かを呼びかける声が聞こえる。とても人望に厚い人物のようだ。

 

「どうやらショウが帰ってきたみたい」

 

 どうやら、あの声かけはヒカリに向けられたもののようだ。そういえば、ヒカリはこの世界では英雄だったな。人気があるはずだ。

 まあ、なんにせよこれで後は鼻神をミンチにして、ヒカリとノボリを連れて帰るだけだ。簡単な話だ。

 ヒカリらしき人影が見えると、カイは手を振って呼びかける。

 

「ショウ〜!」

 

 ヒカリも気がついたのかこちらに近づいてくる。

 

「カイと……え? あ、オレンジに似た人?」

「本人ですが?」

「あ、本人……え? えええええええ!?」

 

 英雄とは思えない絶叫だった。まあ、無理もないが。

 

「ど、どうやってここに来たの!?」

「それはかくかくしかじかです」

「そ、そうなんだ」

「何で今ので分かるの!?」

「未来の技術なのでお気になさらず」

 

 嘘ではない。たぶん。

 まだ驚きがやまない様子のヒカリに、私は手を差し伸べ。

 

「帰りましょう、ヒカリ」

 

 これでヒカリは私の手をとり、あとはhappy endのはずだった。

 しかし、予想に反してヒカリの顔は冴えない。

 

「ごめんオレンジ! 私は帰らない!」

 

 …………は?

 

「……あ、アルセウスのことを気にしてるのですか? それなら安心してください。私が2度とヒカリに近づきたくなくなるくらい心をへし折ってあげますから!」

「そうじゃないの……。ごめん!」

 

 たまらずといった様子でヒカリは背を向けて走っていった。

 

「ちょっとショウ!? 追わなくていいのオレン……ジ……。し、死んでる」

 

 ヒカリに拒絶された私は真っ白に燃え尽きたジョーのようだった。

 

 

 





 補足……オレンジはヒカリを妹のように可愛がっています


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ヒスイ編 5


 


 カイに連れられてきたのは、ギンガ団の団長の部屋だ。カイに紹介されたといえ、私はよそ者だ。責任者へのあいさつは必要なことなのだろう。

 

「私がデンボクだ。ギンガ団の団長をしている......」

 

 いかつい見た目に威厳を感じる瞳、立派な髭。どこかナナカマド博士の面影を感じる。とはいえ。

 

「はあ......」

 

 そんなことどうでもいいくらい私の気分は落ち込んでいた。それこそ偉い人を前にしても体育座りして顔をうずめるくらい。

 そんな私をデンボクは怪訝な顔で指さしながら。

 

「......カイよ。本当にこやつがシンオウ様の力を借りてやってきた者なのか?」

「あはは......ちょっと待ってくださいね」

 

 焦った様子のカイが私の首根っこをつかむ。

 

「ちょっとオレンジ! 落ち込むの気持ちは分かるけど、デンボクさんの前なんだからしっかりしてよ!」

「もう無理です。おしまいです。おうち帰ります」

「おうちに連れて帰るのがあなたの使命でしょ!?」

 

 その通りだ。しかし、その目的が帰ることを拒否しているわけで......

 さらに落ち込んでいると、カイは囁くような小さな声で。

 

「それにショウは元の世界に帰りたがっていたはずなの。だから、あんなこと言うのは何か理由があるはずよ」

 

 そうなのか。てっきり、元の世界に未練はないと思っていた。

 ヒカリが帰りたいと言えない理由、それを探して解消しなくてはならない。そうと決まれば、落ち込んでいる暇はないな。

 

「どうもどうも、初めましてオレンジと申します。この度は私の大切な弟子を保護していただき、大変感謝して

「む、むう......。こちらこそショウには大変世話になった」

「さっきまであんなに落ち込んでたのに......」

 

 私の変わりように、二人とも引いた様子だった。

 その後、とりとめのない話をして、私は村に滞在することを許された。

 

 

 

 

 さて、ヒカリに帰れない事情がある以上、その事情を解決する必要がある。なので、まずはヒカリが抱える問題がなんなのかを知る必要がある。

 カイに心当たりを聞いてみたが、分からないと言われてしまった。デンボクに聞けるはずもないので、自分の足で探すしかないか。

 

 1.某シェイミ好きのゴズロり少女似の床屋の話

 

「ショウのことをどう思っているか? それは村を救った英雄よね。元気溌剌でいい子だし。髪型も色々教えてくれるしね。でも、最近はあまり話せてないのよね」

 

 2.ドクケイルを連れた警備隊の話

 

「ショウか。あいつは俺に大切なことを教えてくれた。彼女のおかげでアゲまると仲たがいしなくてすんだんだ。......ところで君は彼女の彼氏か何かなのかな?」

 

 

 3.某バトルキャッスルの執事似の呉服屋の話

 

「ショウさん? ヒポポタスの任務の時はお世話になりましたよ。うちの服も気に入ってくれてるみたいねで。ただ、最近はあまり来てないわね」

 

 

 この後も色々な住民に話を聞いてみたが、特に手がかりらしい話はでなかった。得られた情報はヒカリは村人から評判がいいことと、任務をたくさん受けていること。

 任務を受けていることが原因? しかし、ギンガ団にはヒカリ以外にも調査隊はいる。損害はあるだろうが、帰れなくなるほどだろうか?

 見方を変えてみるか。この村の住民はよそ者に対して厳しい。話しかけると嫌な顔をされるのも珍しくなく、話すら聞いてもらえないことも多数あった。ヒカリはよくこの村の調査隊になれたな。

 そもそもなぜ素性の分からないヒカリが調査隊になれたのだろうか?

 

「少し聞いてみましょう」

 

 

 □

 

 

 それから二日後の夜更け。私はとある宿屋を訪れていた。

 こんこんとノックをすると、中からはいと聞こえてきた。がらがらと扉が開くと中からヒカリが

出てきた。

 

「どうも」

 

 ヒカリは驚いた顔をしたが、すぐに怪訝な顔になる。

 

「こんな時間にどうしたの?」

「すいません。突然お邪魔してしまって。少し話をしませんか?」

「......分かった」

 

 中に入ると昔話に出てきそうなレトロな雰囲気だった。

 ただ、やはりというかそこにあるのは大きな物入れと布団のみ。寝て休むだけの場所といった感じで、生活感はなかった。

 座布団を受け取り、対面する。

 

「それで話って何?」

「察しはついているでしょう? 元の世界への帰還についてです」

「......その話なら断ったでしょ」

 

 予想通りだったのか、もともと怪訝だったヒカリの表情がさらに怪訝になった。

 

「はい、断られました。しかし、その後カイからあなたは元の世界に帰りたがっていたという話を聞きました」

「カイ......」

 

 呆れた様子だった。

 

「だから? たしかに帰りたいって話はカイにはしたけど、その後から色々考えて心変わりしたんだよ」

「それは嘘ですね」

「何を根拠に?」

「人はそこに居つく覚悟をすれば、その場所は自ずと自分色に変化していくものです。それを総じて生活感と呼びます。それがこの部屋からは感じられません。あなたが元からそういうタイプだというのならば話が変わりますが、現世のあなたの部屋はかわいくデコレーションがされていますから」

「......」

「それにあなたは本当の名前のヒカリではなく、ショウという名前で通している。この世界で生きていく覚悟を決めたのに本当の名前を明かさない理由はなんでしょうか?」

「それは......」

 

 困ったヒカリは口どもる。この反応から見るに、帰りたくないはヒカリの真意ではない。私はそう確信した。

 

「変な問答はここまでににして本題に行きましょう。なぜあなたが帰りたがらない、否帰れないのか」

 

 これから事件の顛末を説明する探偵のように指をピンと立てる。

 

「この村はとても大きいですよね。ヒスイで一番発展しているのはこのコトブキ村だとか。そしてその理由がギンガ団が使用しているポケモンボール。これによりポケモンの力を借りて、村を発展させているとか」

「そうだね」

「ですが、あなたも知っての通りこの時代ポケモンボールは最先端の技術。それを満足に扱える人間はそうはいない。そんなところに現れたのが、ボールとポケモンの扱いに秀でたあなただ。村にとっては僥倖を超えたほどの幸運に思ったことでしょう」

「何が言いたいの?」

「もう終わるので落ち着いてください。そしてその幸運を証明するように、あなたは様々な地を開拓して、キング、クイーンを鎮め、村の英雄となった。間違っていますか?」

「少し誇張がある気がするけど、だいたいあってる」

「そうですが。しかし、あなたは活躍しすぎた。そして、その活躍こそあなたが帰れなくなった原因です」

 

 ヒカリの目の開きが少し大きくなった。

 

「村はあなたの活躍で栄えた。しかし、裏返せばあなたがいなければそこまで栄えなかった。科学は一人の天才の発見により数十年進むことがある。では、もしその天才がいなかったら? この村の状況も同じです。あなたがいたから調査できるはずがなかった場所まで、ポケモンまで調査が可能になった。そして、難しい依頼でも受けることができた。では、あなたがいなくなったらどうなるのか? 答えは簡単です。今までのバランスが一気に崩れ去る」

 

 Rpgに例えるとレベル1のパーティにレベル100の戦士が加入して魔王を倒したようなものだ。しかし、レベル100の戦士が消えれば何もできない。これが今コトブキ村が陥っている状態だ。

 

「......はあ。よくわかったねオレンジ。さすが」

「当然です。この程度の調査私には朝飯前です」

 

 まあ、カイが詳しく教えてくれたおかげだが。それがなければ、夕飯前くらいにはてこずっていた。

 

「でも、分かったでしょ? 私が帰らないって言ったわけが」

「まあ」

 

 これは帰れない理由ではく、理由を解消しようとしないのかというわけだろう。

 手っ取り早い解決方法は後進を育成すること。しかし、それをするには時間がないし、ノウハウもない。責任感の強いヒカリがこんな状況の村を放り出して帰るなんて口が裂けても言えないはずだ。

 しかし。

 

「でも、言いましたよね? 朝飯前って? そしてなぜ二日時間を空けたのか。答えはこれです」

 

 私はヒカリに和紙の束を差し出す。

 

「これは?」

「読んでみてください」

 

 和紙を読み進めていくと、ヒカリはどんどんと紙をめくるスピードが上がっていく。

 そして最後の紙を見終えると、ヒカリはばっと私の方を見て。

 

「これって......」

「その通り。ボールの投げ方、性質をまとめた言わばポケモンボールの教科書です」

 

 この世界ではポケモンボールの扱いについて効率的な指導を記した本がなかった。これではどう頑張ってもレベル1から2に上げるにも時間がかかってしまう。そのため、レベル上げを効率的にしたのだ。

 

「ちなみにすでに調査隊や警備隊、村の子供などに試してもらいましたが、近くの的になら当てられるまでに成長しています。近いうちにそれなりの成果がでるでしょう。それとポケモンの育て方や、バトルの仕方など簡単にですがまとめた資料をデンボクさんに渡しています」

 

 本当に簡単なことだ。私があまり干渉しすぎると、未来が変わってしまう可能性もあるからな。

 

「これですぐには無理でしょうが、一年もすればヒカリがいなくても今の範囲の土地も問題なく調査可能でしょう」

 

 誤解してほしくないのは、すべて私の手柄というわけではないということだ。

 教科書のモデルはスクールで使っているものを引用したものだし、どのくらい鍛えれば危険が少なくなるかの基準はヒカリの調査の賜物だ。私のやったことはそれを利用しただけにすぎない。

 

「こんな量二日で終わらせたの? よく見れば、オレンジ隈が」

「まあ、この二日寝てないもので」

 

 うす暗いのでわかりにくかったのだろう。ヒカリはなぞるように私の瞼を触る。

 

「なんで......なんでここまでしてくれるの?」

「馬鹿ですね。かわいい弟子が困ってるのに助けない師匠がいますか」

 

 やることを終えて緊張の糸が切れたのか急に眠気が......。

 

「すいません、ヒカリ。眠気がひどいのでそろそろお暇しますね。それでは......ヒカリ?」

 

 ヒカリは私の袖をつかんでいた。これでは帰れない。

 

「も、もうちょっといない?」

「いや、もう眠気が限界なのですが」

「ここで寝ればいい」

「この年の男女が同じ屋根の下一夜を過ごすのはまずいと思うのですが」

「大丈夫」

「だいじょばない......」

 

 うう、限界だ。

 

「わかりました。泊まりますよ。おやすみなさい」

 

 その後、ヒカリが布団を用意してくれたので私は倒れこむように入りそのまま夢の中に旅立った。

 

 

 □

 

 

 小さな寝息を立てながら眠るオレンジの横で、ヒカリはその顔を覗き込んでいた。

 シンオウを旅していた頃飽きるほど見た顔。不満も持ったし、怒気すら抱いたこともある。そんな顔なのに、今はなぜか心臓の鼓動が速くなる。

 

「たぶんこれってそういうことだよね」

 

 その原因も分かってる。

 治ることのない不治の病だ。

 いや、もしかしたら治るかもしれない。ただ、それには障害も多い。

 彼は自分のことを大切なものとして見ているだろうが、それはloveではなくlikeだ。あっても家族愛に近いもの。

 それに彼を慕う女性は多い。そして軒並み綺麗だ。

 自分なんてという負の感情が湧き上がる。しかし、それではダメだと自分を奮い立たせる。

 

「マイナス思考禁止! これから頑張れば大丈夫!」

 

 英雄の少女は小さく拳を握った。

 

 





 平行世界という設定を十二分に悪用していくスタイル。
 アニポケにヒカリが出た時はリアルで叫んだ。


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ヒスイ編 終

時間かかった。春死んでくれ。時間なさ過ぎて、少し荒くなりました。すいません。


 朝陽の気配。もう朝かとオレンジはむくりと体を起こすと腕の重量感に気が付いた。

 目を向けるとヒカリが腕にしがみついていた。

 そこでオレンジは、昨日自分がヒカリの部屋に泊まったことを思い出した。

 

「やってしまった......」

 

 オレンジは顔を覆う。シンオウを旅していた頃、同じ部屋に泊まることはあったが、今はヒカリも15歳。思春期を迎えている少女と寝床を同じにするのは申し訳なくなってしまう。

 

「う、うん......オレンジ......」

 

 そんな後悔も気の抜けた寝言を聞かされ馬鹿らしくなってしまう。

 ふっと笑みが漏れる。そういえば再開してから頭をなでていなかった。ふと思い出し、乱れた髪を整えわしわしと撫でる。

 

「ショウー! もう朝よ! 起きないと......」

 

 入ってきたカイはいるはずのないオレンジの姿に一瞬思考が停止する。そして思考を再開させる。一つしかない布団(ヒカリが一緒に寝たいから一つしか用意しなかった)、乱れた服と髪(というか寝てたら普通乱れるよね)、オレンジの腕に抱きつくヒカリ......カイはすべて理解した。

 

「お、お邪魔しましたあああああああ!」

「ちょっと待てええええい!」

 

 扉を荒々しく閉め逃げるように去っていったカイを追おうとするがヒカリが抱き着いているせいでそれもかなわなかった。

 その後、ヒカリとオレンジが情事に及んでいたという噂が村を駆け巡り、二人は顔を赤くした。そしてたくさんのヒカリファンが血涙を流したのだった。

 

 

 □

 

 

 その後、私は誤解を解くことに奔走することになった。なんせ、ヒカリに相応しい男か試させろなど私より強ければヒカリが振り向くなど、最後にはデンボクが出てきて私の屍を超えてみろと勝負を挑んできたりと大騒ぎだった。

 まあ、みなヒカリを心配してのこと(一部は違いそうだが)だろうから、いろんな人に愛されヒカリは楽しく暮らしていたのだと理解できた。

 そんなお祭り騒ぎの次の日、私とヒカリは身支度をしていた。元の世界に帰るためだ。

 

「ねえ、オレンジ。本当にアルセウスのことみんなに伝えなくていいの?」

 

 計画はアルセウスをボコボコにして帰ることだが、この世界の住人には帰る方法が見つかったとしか伝えていない。ヒカリの問いかけはアルセウスの本性を伝えなくていいのか?という意味だろう。

 

「ええ。彼らにとってシンオウ様という存在はとても大きなものです。それこそシンオウ様を中心に彼らは成り立っている。そこに我々が何か吹き込めば、途端に混乱を引き起こす。立つ鳥跡を濁さずということです」

「そっか......」

 

 優しいヒカリとしては友達を騙しているようで後ろめたいのだろう。

 しかし、シンオウ様の本性を伝えたとなれば混乱が生じるのは必然。下手をすれば、信じるものと信じないもので対立が起き、争いが起こる可能性すらある。

 それならば、何も知らない方が幸せだ。

 

「そんなことよりも、お別れは大丈夫ですか? 二度と会えなくなるのですから、後悔しても遅いですから」

「うん。昨日のお祭り騒ぎのおかげで会いたい人みんなコトブキ村に来てくれてたから、その時にお別れは伝えたよ」

「それはよかったですねー」

 

 私が大変なことになっているときにどこにいるかと思ったらそんなことをしていたのか。まあ、結果いい方向に寄与したなら少しは報われたと思おう。

 溜息をつきながら、最後の荷物をカバンに詰める。

 

「では、行きますか。神殺しです」

「こ、殺しちゃだめだよ!?」

「冗談ですよ。しかし、容赦はしません」

 

 ここまで好き勝手してくれた報いは受けてもらいますよ?

 

 

 □

 

 

 場面変わって、やりのはしら。この時代では別の言い方をするのだろうが、分かりにくいのでやりのはしらで通させてもらう。

 現代のやりのはしらに比べて岩が新しいように感じる。すでに面影が見えるな。

 と、オレンジの研究者の性なのか余計なことにまで注目してしまう。

 

「ここが神殿なのですね。何と言いましょうか空気が違うというか......」

 

 ノボリがいう。

 

「まあ、山頂ですからね。そりゃ空気も違いますよ」

「そうじゃないと思うけどなー」

 

 呆れた様子でつっこまれた。

 オレンジはこほんと咳をして気を取り直す。

 

「それではヒカリあれを呼び出してください。私は神殿の中央にいますので」

「はいはい、分かってるよ」

 

 まるで頼まれたから連絡するかのような軽いノリでアルセウスフォン(アルセウスから授けられたものらしい)を操作する。

 それを見てオレンジも神殿の奥に歩を進めた。

 

「あの、今から神と対峙するのですよね? 心配などはないのですか?」

 

 ノボリはヒカリの軽い対応に違和感を覚えたようだ。

 しかし、ヒカリはぽかんとした様子で。

 

「だってオレンジですから。たしかにアルセウスは強いけど、オレンジならどうにかしちゃうかなって」

「信頼しているのですね......」

「はい。私の師匠ですから」

 

 ついでに想い人でもあるが、それは照れ臭いので言わないでいた。

 といいつつバックからてんかいのふえをとりだす。そして主ポケモンたちを呼び出してきた時と同じ要領で奏でた。

 幻想的な音色があたりに響くと、地面が揺れる。地面が輝いたかと思うと、光の階段が生えてきた。

 ヒカリとノボリが圧倒されている傍ら、オレンジは表情を変えずにいた。

 

「この先にいるということですかね」

 

 腐っても創造神。この程度のこと驚くほどではないとオレンジは考えていた。

 様々な伝説のポケモンと対峙してきたオレンジだからできることである。

 オレンジは天まで続く階段をゆっくりと登っていく。そして最後の段を上ると、ガラスのような地面の平野にたどり着いた。そしてその中央にはオーラを放つポケモンらしき姿があった。

 オレンジは確信した、あれがアルセウスだと。

 

「ショウ......ではないのですね。わたしは彼女にてんかいのふえを与えたと思うのですが」

 

 流暢に人の言葉を話始めたアルセウスにオレンジは面を食らう。が、神だし人の言葉くらい話すかと自己完結した。

 

「ええ、それであってますよ。私が()()()に頼んであなたへの道を作ってもらいました」

「......何のためにでしょう?」

「ヒカリを返してもらうためです」

「......意味が分かりませんね。ショウはこの世界の人間です。返すも何もありませんよ」

「なるほど。創造神がここまで愚かだとは、恐れ入りました。私は何人も自己都合で人を脅かそうとする愚かな人間に出会ってきましたが、あなたはその中でも最たるものだ」

「......神であるわたしを人間ごときと比べて語るとは、あなたの方が愚かです。少し懲らしめてあげましょう」

 

 明確に敵意を向けてきたアルセウスに、オレンジは内心ニヤリとする。

 伝説のポケモンと戦うに向けて一番のハードルは敵として認識されるかどうかだ。そうでなければ、戦いにすらならず、ただ下に見られ無視されて終わりだ。

 よって相手をうまく煽って敵意を向けさせる作戦だったが、うまくいった。

 

「行きますよ。出てきなさい、ガブリアス!」

「ガバァ!」

 

 ガブリアスが元気よく出てくるが、アルセウスは意に介さずにオレンジに向けて攻撃してくる。

 

「っと」

 

 不意な攻撃だったが、オレンジは持ち前の身体能力であっさりと躱した。

 

「まったく人に直接攻撃とは、あなたは創造神ではなくワタルと呼んだ方がよさそうですね」

「なぜでしょう、その人間のことは全く知りませんが侮辱されている気分です」

 

 実際侮辱だ。ワタルを知っている人が言われれば発狂必須である。

 

「そういえばこちらの世界ではポケモンは直接トレーナーに攻撃してくるのでしたね。それでは私もこちらの流儀に乗ってみましょうか。ガブリアス、ドラゴンクロー!」

「ガバァ!」

 

 ガブリアスは光らせた爪をアルセウスに叩き込む。

 

「ぐぅ......なかなか効きますね。人間のポケモンごときが」

「ふむ、意外と効きが悪いですね。腐っても神のポケモンといったところですか」

 

 わざわざアルセウスに皮肉の賛辞を贈る。

 アルセウスの表情がわずかに強張った。そして怒りに任せてりゅうせいぐんのような隕石を空から降らせてくる。

 

「ガブリアス、ドラゴンクローですべて叩き落しなさい」

「がバァ!」

 

 ガブリアスは空中に舞うと、降り落ちてくる隕石をすべて叩き落とした。

 

「そのまま落下しながらドラゴンクロー!」

「がバァ!」

「ぐぅ!!」

 

 落下の重力と合わさって大きなダメージだ。

 

「さらにギガインパクト!」

「がバァァァ!」

「ぐうあああ!」

 

 畳み掛けるような攻撃についにアルセウスは地に伏せた。しかし、すぐに立ち上がる。

 

「ギガインパクトは反動がある技。今ならばあなたのガブリアスは動けない......!? なんだこれは!?」

 

 身体中にモゾゾと紫色の液体がにじみ出てくる。それはいわゆる毒状態。しかも、時間が経てば経つほどダメージが増える猛毒状態だ。

 猛毒状態は一般的にどくどくという技と一部の技でしかないものだ。しかし、アルセウスはそんな技を受けた覚えはない。

 その時、アルセウスは足元の違和感に気が付く。

 

「これはどくびし!? いつの間に!?」

「おや? あなたはあそこにいるドラピオンが見えませんか?」

 

 オレンジが指さす先にはドラピオンが鎮座していた。

 

「こちらの世界ではポケモンバトルは2対1になることもあるようで。初めに言いましたよね? こちらの流儀でやらせてもらうと」

「貴様ぁ!」

「そんな怒らないでください。けっこう苦労したんですよ? あなたにどくびしの存在を気がつかれないように、わざと挑発して怒らせたり、ガブリアスを使って目線を上げたりね」

 

 要するにここまですべてオレンジの手のひらの上だったのだ。

 

「さて、ドラピオンよくやってくれました。ゆっくり休んでください」

 

 モンスターボールにドラピオンを戻した。

 そして次のボールを取り出す。

 

「出てきなさい、エーフィ」

「フィーア!」

 

 次に出したのは、一番付き合いの長い相棒エーフィだ。

 

「エーフィ、ガブリアス。相手はダメージを受けている上、猛毒状態です。おそらくここで大技を仕掛けてくる可能性が高い。私たちもここで決めますよ」

「フィーア!」

「ガバァ!」

「舐めるなぁ!」

 

 アルセウスが叫ぶと、紫色の球が浮かび広がり続ける。

 

「死ねぇ!」

 

 そして弾けたと思えば辺り一帯を覆う波状攻撃がオレンジ達を襲った。だが、

 

「ふぅ。少し危なかったですね」

 

 オレンジは無傷だった。

 さすがの創造神も渾身の一撃を無傷で済まされたことに驚愕を隠せない。

 

「なぜだ! なぜ無傷でいられる! 今の技を避け切れるわけが……!」

「全範囲攻撃と言っても、要はエネルギー破でしょう? ならば、同等の攻撃で相殺させればいいんですよ」

 

 そういってエーフィとガブリアスに目配せする。

 

「ただのポケモンがわたしの攻撃を相殺させただと!? そんなわけ!」

「あるんですねー、それが。私のポケモン達は世界一強いので。それこそ、神をも凌ぐほどにね」

「ガバァ!」

「フィー」

 

 オレンジの賛辞にガブリアスはドヤ顔し、エーフィは当然とばかりに澄ました様子だった。

 

「決めますよ。エーフィはサイコキネシス。ガブリアスはげきりんです!」

「フィーアァァ!」

「ガハァァァァ!」

「ぐうぁぁぁ!?」

 

 2匹の攻撃を受けたアルセウスは叫びと共に地面に伏した。そして、先程とは違い立ち上がることはせず息を切らしていた。

 そんなアルセウスにオレンジはにこりとした顔で近づき。

 

「はぁはぁ……」

「さて、交渉ですアルセウスさん。ヒカリを諦めると約束しといただければ、このげんきのかたまりを差し上げます」

「ふざけ……」

「ちなみに断ると言うならば、今すぐにエーフィのサイコキネシス、ガブリアスのげきりん、ドラピオンのベノムショック、ピチューのボルテッカーを叩き込まさせていただきます。懸命なご判断を是非お願いします」

 

 要約すると、断るならぶっ殺しちゃうよーんと言うことだ。

 さすがの神も弱った身体にそんな攻撃を追加されたらただでは済まない。

 

「く……分かりました。ショウは諦めます」

「それと彼女の名前はショウではなくヒカリです。間違えないでいただけますか?」

 

 憎々しげに顔を歪めるが、何も言い返せない。

 そんなアルセウスにオレンジは渾身の得意顔を見せた。色々と迷惑かけられたが、溜飲が下がった瞬間だった。

 

 

 

 

 エピローグというか今回の落ち。

 私たちはディアルガとパルキアの力を借りて、元の世界に帰還した。

 行方不明になった説明は世界の危機を救うために戦っていましたと報告しておいた。嘘ではない。それに二度ほど世界の危機を救ってるヒカリならあり得る話だ。そのせいか、ポケモン協会も納得して見せた。

 まあ、しなかったら武力行使もじさない覚悟だったので、問題ないが。

 

 ノボリさんは無事にサブウェイマスターに戻ったようだ。

 弟のクダリさんからも大変感謝されて、今度ヒカリと一緒に挑戦に来てくれと言われた。ヒカリも乗り気だったのでそのうち行くだろう。

 

 シロナに関しては、戻って来た瞬間抱きつかれた。そして騒動がひと段落した後、約束通りデートに行った。とはいっても、特に何もない。ただ、買い物してたわいもない話をした程度だ。なぜかヒカリは不機嫌だったが。

 

 そうそう、ヒカリと言えば最近ヒカリの父から研究についてよく相談される。何でも伝説ポケモンについての調査に最近はまっているらしく、伝説との関わりが多い私はいい相談相手なのだと。そのせいか最近シンオウに行く頻度が上がっている。まあ、有意義な時間なので私もやぶさかではないが。

 しかも、毎回家に招待して奥さんのおいしい食事をごちそうになるので楽しみにしているぐらいだ。

 しかし、行く度にヒカリがいるのはなぜなのだろう。彼女はチャンピオンで多忙のはずなのだが。

 

 ......まあ、何となく察せられるが、ヒカリが成人するまでは大人しくしておきますかね。

 

 

 




 ヒスイ編後の関係。


ヒカリ父→娘の気持ちに気が付いて、オレンジをシンオウに呼ぶ口実つくりに協力する。しかし、娘とオレンジの距離が縮まるたびに複雑な気持ちになる。

ヒカリ母→娘の恋路を全力応援中。料理上手。

ヒカリ→オレンジに全力アタック中。チャンピオンの仕事がいそがしいが、四天王のみんなも応援しているのでなんとかして帰ってる。前チャンピオンがあれだったからね。

シロナ→あれだった前チャンピオン。やばいライバルが現れて焦りまくってる。こうなったら既成事実作ってやろうかと画策中。なお、オレンジには速攻で看破されて終わる。

オレンジ→ヒカリの気持ちには何となく勘づいてる。まだ子供なので流しているが、そのうち???


 本編は生活に余裕ができれば再開を考えています。ただ、現状は少し難しいかもです。




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番外編《悲報 ナンジャモ彼氏バレ》


 掲示板って見たこともやったこともないので、違和感あったらすいません


 

 《悲報》ナンジャモ彼氏バレ

 

1:野生のナンジャモ好き

 ……語ろうや。ちなみにワイはジャイアントホールに向かおうと思ってる

 

2:野生のナンジャモ好き

 ならワイはシロガネヤマや

 

3:野生のナンジャモ好き

 俺はテンガンザンかな……

 

4:野生のナンジャモ好き

全員死のうとしててワロタ……ワロタ……俺はなぞのばしょかな

 

5:野生のナンジャモ好き

 相手を叩くわけでなく死のうとするのは民度が良いのか……?

 

6:野生のナンジャモ好き

 ナンジャモにはいつも元気をもらってるから幸せになってほしい。でも、誰かに盗られるのは我慢ならないから死のうとしてるんだぞ?

 

7:野生のナンジャモ好き

 何でこんなスレたってるん?

 

8:野生のナンジャモ好き

 7〉〉〉知らんのか?

 

9:野生のナンジャモ好き

 まったく

 

10:野生のナンジャモ好き

 今日の配信でナンジャモがこう言ったんや『ボク好きな人できたんだ!』ってな。その後もその糞虫の惚気を延々と垂れ流したんや。で、脳を破壊されたオタクの墓場になってるってわけ

 

11:野生のナンジャモ好き

 10〉〉〉やめてくれ……改めて現実突きつけられるとつらすぎる

 

12:野生のナンジャモ好き

 え? でも、好きな人ができただけで付き合ってなくない?

 

13:野生のナンジャモ好き

 12>>>あんないい子に惚れないわけないだろ!

 

14:野生のナンジャモ好き

 12>>>ぶっ⚪︎よ?

 

15:野生のナンジャモ好き

 そいつ今ナンジャモの配信出てるけど、付き合ってないって言ってるで?

 

16:野生のナンジャモ好き

 15>>>ま!?

 

17:野生のナンジャモ好き

 15>>>すぐ見るわ

 

18:野生のナンジャモ好き

 ほ、本当だ。『付き合うなんてとんでもない誤解です。そもそも私妻がいるので』って言ってる

 

19:野生のナンジャモ好き

 よ、よかった……

 

20:野生のナンジャモ好き

 無駄な血は流れないんやな……

 

21:野生のナンジャモ好き

 なあ、唐突なんだけどこいつメイの熱愛報道の時のやつに似てない?

 

22:野生のナンジャモ好き

 21>>>言われてみるとたしかに

 

23:野生のナンジャモ好き

 じゃあ、妻ってメイのこと?

 

24:野生のナンジャモ好き

 23>>>メイは独身のはずや

 

25:野生のナンジャモ好き

 つまりこいつポケウッドの大女優と世界に誇るインフルエンサーに告られてふったってこと!?

 

26:野生のナンジャモ好き

 25>>>なんやこのラノベ主人公

 

27:野生のナンジャモ好き

 25>>>ろすぞ

 

28:野生のナンジャモ好き

 25>>>こういうやつに限って、嫁の顔は微妙なもんや

 

29:野生のナンジャモ好き

 28>>>ちなみにこいつや

 

30:野生のナンジャモ好き

 29>>>は? くそかわやんけ!

 

31:野生のナンジャモ好き

 29>>>スタイルえっろ!

 

32:野生のナンジャモ好き

 29>>>ちな解説するとガラル地方の歴史研究の権威。くっそ優秀

 

33:野生のナンジャモ好き

 32>>>美貌も金も権力もあるとか最高の嫁やん

 

34:野生のナンジャモ好き

 32>>>処す? 処す?(男の方)

 

35:野生のナンジャモ好き

 とりあえずちんこもげろくらいは思ってええやろ……

 

36:野生のナンジャモ好き

 まあ、何はともあれワイらの推しの純血は守られたんや。そこを喜ぼうや

 

37:野生のナンジャモ好き

 36>>>せやな

 

38:野生のナンジャモ好き

 ん? なになに『奥さんがいてもいいよ? 愛さえ注いでくれれば満足だもん』

 

39:野生のナンジャモ好き

 38>>>は?

 

40:野生のナンジャモ好き

 38>>>へ?

 

41:野生のナンジャモ好き

 38>>>すー

 

42:野生のナンジャモ好き

 38>>>ろすぞ

 

43:野生のナンジャモ好き

 38>>>よろしい聖戦だ! 首洗って待っとけ!

 

 

 その後、電話越しに土下座する研究者がいたとか、いないとか……

 





 新作楽しみっすねー


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本編
呼び出し



シールド面白かった。だから書いた。


 

 

シロガネ山の山頂は、いつにも増して猛吹雪だった。

ふり殴る雪に視界は遮られ、ルギアのエアロブラスト並みの突風が身体にぶつかる。

確実に気温はマイナス。こんな中、人が生きていられるはずがない。

と考えつつ自分が現在その人が生きていられるはずがない場所にいて、なおかつポケモンバトルしていることを再認識した。

 

「ラプラス、ふぶき!」

 

すでに猛吹雪の中、さらにふぶきを仕掛けてくる鬼畜トレーナー。

こちらは完全防寒してもギリギリなのに、彼は半袖でも平気でいる。一度寒くないのか? と聞いたことがあるが、『袖があれば十分』と狂人もびっくりの格言を賜った。

彼は本当に人間なのか、ポケモンよりも彼を研究対象にした方が大発見がありそうだ。

向かってくる『ふぶき』は氷タイプの技。私が使っているガブリアスには4倍のダメージを与える天敵だ。

まともに受ければ瀕死は免れないだろう。

 

 

「ガブリアス、あなたは寒さになど負けないと信じていますよ。ギガインパクトで突撃しなさい」

「ガブァ!?」

 

ガブリアスはマジで!? と言いたげな悲鳴を上げた。

いや無理無理! とばかりに必死に首を振る。そんなガブリアスに。

 

「逃げたら、わかってますよね?」

 

私は笑顔で言う。

自分に逃げることは許されないことを悟ったガブリアスは、泣きそうになりながら螺旋のエネルギー体をまとってふぶきの中突っ込んだ。

ガブリアスは、ふぶきを正面から受け苦悶の表情を浮かべる。

しかし、ここで倒れれば、後日地獄の寒さ対策トレーニングが待っている。負けるたびに受けてきたあの地獄をもう二度と味わいたくないからか、ガブリアスは歯を食いしばってふぶきを突破した。

そしてギガインパクトをラプラスに叩き込んだ。

ドドン! とあまりの衝撃に山が揺れた。

 

「ラプラ〜……」

 

ラプラスは大きな身体を静かに倒して目を回した。

 

「ガ、ガーガブ……」

 

それと同時にガブリアスも倒れた。

 

「どうやら引き分けのようですね。お疲れ様ですガブリアス」

「……うん。そうだね。お疲れ、ラプラス」

 

私は無事に激闘を終えたことにホッと息を吐きながら、ガブリアスをボールに戻す。

対する人間離れした鬼畜ことレッドは満足そうにしながら、ラプラスをボールに戻した。

 

「……やっぱりオレンジとのバトルは楽しい」

 

ちなみにオレンジとは、私の名前だ。

 

「それはどうも。元チャンピオンに褒められるとは光栄です」

「毎日バトルしたい。……そうだ。オレンジもここに住まない?」

「殺す気ですか。私はあなたみたいに超人ではありませんよ。見てください、この防寒着」

「暑そうだね。我慢大会?」

「超人の理論を私に当てはめないでください。常人からすればあなたの方が我慢大会ですよ。それに私はただの研究者、バトルは専門じゃありません」

「僕と互角の時点で『ただの』研究者ではないと思うけど」

「では訂正します。『少し』バトルもできる研究者です」

「それでいいや」

 

どうやら納得したようだ。と言うよりも会話が面倒になったのだろう。彼は会話が得意ではないから、よくこうやって投げやりに話を打ち切る。

 

「というか、この山から下りれば私とも暇な時にバトルできると思いますが?」

「それは無理」

「そうですか」

 

拒絶にも近い言葉に彼の決心はかなり固いのだと理解する。

まあ、ダメで元々程度の言葉だったのでさほど気にしてない。

会話が切れた。そんなところを狙っていたかのように私のポケギアが鳴った。

私は掛けてきた相手を確認するまでもなく電話に出た。なぜなら、私にわざわざ電話をかけてくる人など数えるくらいしかいないからだ。

 

『よう、オレンジ。今電話大丈夫か?』

「こんにちはトンガリコーンさん。お久しぶりです」

『誰がトンガリコーンだ、てめぇ!』

「失礼だよオレンジ……トンガリコーンに」

『おい聞こえてんぞ、レッド!』

 

トンガリコーンには、私がレッドに会いに行っていることは伝えてある。

 

「失礼しました。サイ……グリーン」

『おい今サイフって言いかけただろ!?』

「それでぎんこ……グリーン。どうしたの?」

『てめぇら、今度覚えてろよ……。じいさんがオレンジに頼み事があるんだとよ。だから、出来るだけ早く研究所に来いってよ』

 

彼が言っているじいさんとはポケモン博士のオーキド博士のことだ。オーキド博士はポケモン研究の第一人者であり、私の師匠でもある。

私は普段オーキド博士の助手を務めていることから、こう言った呼び出しはよくあることだ。

そしてシロガネ山など一般の電波が届きにくい場所にもよく行くので、連絡役としてグリーンがかけてくることが多い。

 

「なるほど、わざわざありがとうございます、パシリグリーン。このお礼は今度おまもりこばん持ってジムに行った時にします」

『ふざけんな!? 搾取する気満々じゃねえか!?』

「じゃあ僕もこううんのおこう持ってるから。ちゃんとお金持って来てね、グリーン」

『お前はまず山から下りろよ!』

「だが断る」

『てめぇ!』

 

グリーンは声を荒げるが電話越しなので全く怖くない。

むしろからかう方からすれば反応があればあるほど面白いから、その対応は逆効果だ。

ただ、そろそろグリーンがかわいそうになってきたので、話を終わらせよう。

 

「では、そろそろ切りますね。お話はたしかに聞きました。オーキド博士には、研究所に明日向かうと伝えてください」

『了解。……はぁ、お前らとは話すのはジム戦より疲れるぜ』

 

露骨にため息をつくグリーン。

そう言う後ろでレッドが私の肩をポンポンと叩いた。そして例のポーズのサインを出していた。

 

「あ、忘れてました。グリーン、バイビー♪」

「バイビー」

『俺は今から怒るぜ!』

 

グリーンは、以前にプラズマ団と共に戦ったヒュウのような言葉を叫んでいた。

 

 

 

翌日、私はマサラタウンの地を踏んでいた。

気持ちのいい風が吹き抜け、草原を子供たちが駆け回って笑いあっている。のどかな雰囲気に昨日の八寒地獄のような光景が本物の地獄だったかのように思えてしまう。

第2の故郷と言ってもいいこの地に無事帰ってこれたことに安心感を覚える。できればあんな危険な山には二度と行きたくはないのだが、高レベル引きこもり《レッド》の食料補給もかねているので行かないわけにはいかないのだ。

ほっこりするのも程々にし、私はマサラタウンのはずれにあるオーキド研究所に歩を進めた。

しばらく歩くと、なかなか大きな建物が見えてきた。あれがオーキド研究所だ。

そしてその玄関先で掃き掃除をしている女性がいた。

彼女はナナミ。私と同じオーキド研究所の職員であり、オーキド博士の孫に当たり、グリーンの姉でもある。

 

「う、うそ……」

 

ナナミは私の顔を見るなり、驚いて固まってしまった。カランカランと箒が地面に落ちる音が辺りに響く。

まるで幽霊でも見たかのような反応に私も少し困惑してしまう。

 

「こんにちはナナミさん。何か驚くことでもありましたか?」

 

私の言葉にナナミはハッと我に返り、慌てて箒を拾い直す。

 

「い、いいえ。オレンジくんは3日ほど休みだって聞いてたから、急に帰って来てちょっとびっくりしただけよ!」

「私も休暇を満喫するつもりでしたが、オーキド博士から呼び戻されたので帰って来たんです。というか、ナナミさんは私が呼び戻されたわけを聞いてないんですか?」

「聞いてるような、聞きたくないようなぁ……」

「はぁ」

なんともはっきりしない答えに私も反応に困ってしまう。

まあ、報連相は大事だが、博士もわざわざ全ての事を職員に話しておく必要もない。中には他言無用の機密情報だってあるのだから。

今回もそんな話の可能性があるが、ナナミさんの反応を見ていると何となく違う話のような気がする。

ごちゃごちゃ考えても仕方がない。この際本人に聞いてしまうのが1番早い。

 

「オーキド博士は中にいらっしゃいますよね?」

「ええ。今の時間なら多分書斎にいると思うわ」

「ありがとうございます」

 

そう言って会釈してから、私は研究所に入った。

書斎は奥の方にある。そのため入口からしばらく歩く。その間に研究に精を出す同僚たちに挨拶しておいたが、その度に驚いているのはどう言う事だろう。私が休みの日に研究所にいるのがそんなに意外なのだろうか?

たしかに私は休みの日はシロガネ山に行ってレッドとバトルしたり、グリーンからお小遣いをもぎ取ったりと研究所には行かない。しかし、私は自分の事を真面目に勤めてきたと自負しているから、そういった反応をされると少々傷つく。

しばらく歩くと書斎と掘られたドアが見えてきた。そして書斎のドアをノックすると、中から「どうぞ」という老人の声が聞こえてきた。

 

「失礼します」

 

ドアを開けると、眼鏡をかけて書類とにらめっこしているオーキド博士がいた。

博士は私の顔を見ると頬を緩ませ。

 

「おー、休暇中なのに呼び出してすまんのオレンジ」

「いいえ気にしてません。休暇中といってもやっていることはレッドの憂さ晴らし相手か、グリーンとバトルするくらいですから」

「はっはっは、まったく研究者らしくない休日じゃのう」

「同感です」

 

博士の笑い声に釣られて、こちらも笑みが溢れてしまう。相変わらず愉快な人である。

「それで博士。今回はどういった要件で呼ばれたのですか?」

「うむ。そうじゃの、その話をせねばな。お主は以前学会で会ったマグノリア博士を覚えてあるか?」

「ええ、勿論です」

 

マグノリア博士。博士としてはオーキド博士と並ぶキャリアを持ち、女性ながら男社会の傾向が強い学会でもかなりの発言力を持つ人物だ。専門はたしかガラル地方特有の現象、ダイマックスの源に関すること全般。

歳が近いからかオーキド博士とは昔からの友人のようで、私も学会で一度挨拶したことがある。

「わしは以前からガラル地方の独自の生態系を作り上げているポケモンたちに興味があってな。その事をマグノリア博士に話したら、共同研究という形で調査を許されたのじゃ」

「それはすごいですね。……はて? たしかその件は一度お断りされたはずでは? リーグ協会側の許可が難しいからと消極的な姿勢でしたよね? なぜマグノリア博士は翻意されたのでしょう?」

「うむ。代わりにあちらからも、わしに対して色々と条件を出してきておる」

「要は交換条件というわけですか。なるほど」

 

最近ガラル地方はダイマックス現象をリーグに利用して興行を図っていると聞いているが、その辺りと関係がありそうだ。

もしも新たな試みをしようとしているのなら、オーキド博士という協力者がいることは心強いだろうし。

 

「そしてその条件の1つに、こちらに送る調査員は身元がはっきりとし、ポケモンの知識もたしかであり、なおかつバトルの腕に優れている人物であるようにと言われておるのじゃ」

「前二者は理解できますが、バトルの腕ですか?」

「ガラル地方の野生のポケモンは、他の地方に比べて強い。生態系の調査をするとなれば、生半可なトレーナーでは危険だということじゃろう」

「なるほど」

 

たしかに、調査するとなれば野生のポケモンの生息地を歩くのだから、自衛手段がなければ命がいくつあっても足りないだろう。

 

「そしてうちの研究者で1番強いのはオレンジ、お主じゃ。そこで、お主には明後日にでもガラル地方に向かってほしい」

 

新たな土地、新たなポケモンたちとの出会い。その権利を与えてもらうのだ、研究者からすればこんな名誉な話はない。

断る理由は1つもなかった。

「はい。その役目喜んで承ります」

 

 

 

「本当にオレンジくんに行かせて大丈夫なの?」

 

そう言いながらナナミは、オーキド博士の前に茹だったお茶を差し出した。

表情には心配の二文字がしっかりと浮かんでいる。

そんな孫娘の心を知ってか知らずか、博士は柔らかな表情のままお茶を啜っていた。

 

「何を心配する必要がある。あやつは多少抜けているところはあるが、仕事はしっかりこなすやつじゃ。それにバトルの実力だって相当なもの。あやつに勝てるトレーナーなど、それこそレッドぐらいのもんじゃからの。はっはっは」

 

呑気に笑う祖父にナナミは胸ポケットからメモ帳を取り出して。

 

「カントー地方を旅していた時、ロケット団のシルフカンパニー襲撃事件。

ジョウト地方を旅していた時、復活したロケット団の起こしたラジオ塔乗っ取り事件。

ホウエン地方を旅していた時は、伝説の古代ポケモンが暴れまわり地方が滅びそうになった事件。

シンオウ地方を旅していた時は、ギンガ団の起こした事件。

他にもイッシュ、カロス、アローラと行く先々でその地方を脅かすような大事件に巻き込まれ続けてるのに心配しない人がいる!?」

「うーむ。改めて聞くと壮大な記録じゃな」

「呑気すぎるでしょ! 彼が強いのは知ってるけど、こんなにトラブルに巻き込まれてるのよ!? 万が一何かあったらどうするのよ!」

「あちゃー!?」

 

ナナミが力いっぱい机を叩くと、なみなみに入っていた熱いお茶が博士の手にかかった。

手に息をかけて冷まそうとする。そんな博士など気にせずに、ナナミはしかめっ面のまま博士を睨んでいる。

ナナミの自分譲りの頑固さに博士は眉を下げながら。

 

「あ、安心せいナナミ。ガラル地方では怪しげな組織が動いているという情報はない。特に何も事件など起こらんじゃろう」

「似たようなこと言ってた2回目のイッシュ旅だって、結局復活したプラズマ団の事件に巻き込まれたじゃない」

「はっはっは、そうじゃったかのぉ〜」

 

博士はバツが悪そうに視線を逸らした。

そんな情けない祖父の姿にナナミは冷たい視線を送る。

しかし、すでに博士間で決まったしまった話を一職員でしかない自分が文句を言ったところで覆るはずがない。そんなことは分かっているので、ナナミは諦めたようにため息をつく。

 

「はぁ。ちゃんと帰ってきてくれるかしらオレンジくん……」

「なぁに。数々の修羅場をかいくぐってきたあやつなら、何か起こってもどうにかするじゃろう。はっはっは!」

「はぁ……」

 

呑気に笑っている祖父に、ナナミはもう一度深いため息をついた。

 




簡単キャラ紹介

オレンジ……本作の主人公。丁寧口調だが、わりとS。時々天然。
レッド……原点にして頂点。オレンジとバトルするのが楽しみ。超人。
グリーン……サイフ。不憫。
オーキド博士……なんか愉快なおじいさんになったけど、すごい人。オレンジをかなり信頼している。
ナナミ……1番常識人。ヒロインではない。ジャンプで例えるなら、まもり姉ちゃん。


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出会い

取り敢えず切りが良かったので、ここで投稿します。


キーンとどこかアラレちゃんを思い出すエンジン音がロビーに響いてくる。旅行シーズンだからか、ラフな格好に身を包んだ人々が笑顔で談笑している姿が目立つ。

私は現在クチバ空港のロビーで自分の乗るガラル地方行きの飛行機を待っていた。

資料や旅支度の確認は昨日の内に一通り終わらせてある。後は向こうに着いた時に考えよう。

そのため、今は特にやることがなく手持ち無沙汰な私は、グリーンと電話をしていた。

 

『ほぉー。じゃあ今日からガラル地方に行くのか』

「ええ。ガラル地方のポケモンの生態調査にちょっとね」

『そりゃ楽しそうだな……え、大丈夫か? ガラル地方が』

「どういう意味だ」

『惚けんなよ。マサラが産んだトラブルメーカーと呼ばれたお前が、何の事件にも巻き込まれないはずがないだろ』

「喧嘩売ってるんですか? そもそもそのあだ名ツッコミどころが多すぎるんですよ! 私はマサラではなくヤマブキシティ出身です、マサラは産んでません! あとトラブルメーカーではなくトラブルがあちらから寄ってくるんです! よって私はトラブルメーカーではなく、トラブルホイホイです!」

『あんまり変わらねぇだろ……』

 

失敬な、印象はかなり違う。トラブルメーカーだとただの破天荒な人間のようだが、トラブルホイホイならば巻き込まれてかわいそうな人という印象になる。

私は破天荒とは対角にいる人間だ。

トラブルメーカーとはジョウト地方のゴールドのような人間を指すのだ。少なくとも私には当てはまらない。

 

『まあお前なら、いざとなれば自力でどうにかできるから、心配ないだろうけどよ』

「その『いざ』は起こってほしくないんですが……」

『諦めろ』

「マジトーンで言うのやめてくださいよ。私だってたまには平和な旅をしたいんですから」

『自分で『たまに』って自覚がある時点でお察しだな』

 

ぐうの音も出ない。

 

『まあ、ちゃんと無事で帰ってこいよ。……あ、土産もちゃんと買ってこいよな』

「ええ。昨日臨時報酬が入ったので、そのお金でしっかり買って来ますよ」

『それ元々俺の金じゃねえか!? あれ? 俺もしかしてお前に取られた自分の金でお土産買って来てもらうのか?』

「あなたが負けるのが悪いんでしょう。私だって毎回たくさんのお金をいただくのは心苦しいんですよ?」

『なら、おまもりこばん持たせるのやめろよ!』

「それとこれとは話が別です」

 

貰えるものはもらう。それが私の座右の銘だ。

それと、そろそろフライトの時間だ。

 

「では、グリーン。暇潰しに付き合ってもらいありがとうございました。なかなか楽しかったです」

『……楽しめてもらえたなら良かったよ』

 

皮肉めいたニュアンスだった。

 

「お土産は『ベトベトン印のドクダミ茶』を一年分買ってくるので、ちゃんと飲んでくださいね」

『おまっ! それくそ不味いで有名なやつじゃねえか!? しかもカントーでも買えるだろ!』

「ふふふ、健康にはいいですよ」

『精神衛生的には不健康だろうがあああああ……プツッ』

 

ツーツーと音が聞こえる。なぜか電話が切れてしまった(棒)。

私は電話をポケットに仕舞い、立ち上がってううーんと伸びをする。

アナウンスからは『ガラル地方行きの飛行機がまもなく出発します。お乗りになるお客様はお早めにお乗りください』という音声が流れていた。

 

「さて、向かいましょう。新たな地へ」

 

 

 

 

数十時間のフライトの末、私は遂にガラル空港に到着した。

その後数時間電車に揺られ、ようやく研究所の最寄駅であるブラッシータウン駅に来れた。

すでに長時間座る姿勢を取っていたせいで身体は疲れきっているのだが、電車の窓から見た新世界に私は胸の高鳴りが抑えられそうになかった。

正直今すぐにでも草むらに飛び込みに行きたい。しかし、私はあくまで招待されている身だ。あまり勝手な行動はできない。

一度マグノリア博士に挨拶に行かなくてはならない。だから、現在私は研究所からの迎えを待っているのだ。

相手の写真を渡されたが、それらしき()はいない。

色黒に紫色の髪で顔には輪郭にペイントのようなものをしている。こちらの文化なのだろうが、タトゥーが嫌われるカントー人から見ればかなり奇抜な外見だった。

名前はダンデというらしい。研究員ではなく、博士の昔からの知り合いだと聞いている。

まあ、こんな風貌の男が入って来たら、すぐに気がつくだろう。

焦りすぎるのは旅を楽しくさせなくする。ゆるりと待っていよう。約束の時間まで、まだ少しあるのだから。

私は『ヌメルゴン探偵の事件簿〜長ネギ殺し、尻は大丈夫か』を読んで、迎えを待つことにした。

 

 

 

 

「ふぅ。面白かったですね」

 

私は読んでいた小説を静かに閉じる。そして目を閉じて顔を上げ余韻に浸った。

まさかの展開だった。

本当に……

 

まさか、ハードカバーの300ページにもなる小説を読み終えてしまうとは思わなかった。

時計を確認すると約束の時間はとっくに過ぎ去り、現在2時間オーバーに到達しようととしている。

ここまで来ると怒りを通り過ぎて何かしら事件に巻き込まれたのではないかと心配になってくる。

連絡を取る手段があれば良かったのだが、あいにく私の電話はこの地方では使えないらしい。アローラでも使えたから、この地方でも使えるだろうと安易に考えていたのが仇になった。地図アプリでどうにかしようにも、私の位置情報が知らなくては効果がない。最悪だ。

この際駅員に事情を話して電話を借りてしまおうか。

 

ーーーダッダッダ!

 

しかし、私はマグノリア研究所の電話番号を知らない。そのため一度オーキド研究所を経由しなくてはならないから、今回の携帯の失態が知られてしまう。

普段から、やれ天然だなんだと言う戯言を否定して来たのに、ここで電話などすればまた天然だと言われてしまう。

それは不本意だ。

 

「はっはっはっ! ……やっと着いた!」

 

考え事をしているところに、汗だくで息を切らせた女性が駅に入って来た。突然のことに私は身体をビクつかせて、その女性を見る。

サイドテールの独特なオレンジ色の髪に、白い肌は上気して綺麗に赤く染まっている。そして何より顔がかなり整っている。それこそ素材だけならイッシュのジムリーダーカミツレに劣っていない。

彼氏さんとの待ち合わせに遅れそうになったのだろうか。

構内を眺めるが、彼女のお目当てそうな男性は見当たらない。

では、電車に乗り遅れそうになったのか。しかし、次の電車が来るまで20分近くある。そんなに急ぐ必要があるのだろうか。

まぁ、少なくとも私ではないだろう。私の迎えはこの男なのだがら。

女性は息を整えてから、駅の中を見回す。

そして私の方を見ると顔を明るくして、こちらに向かって来た。

「あなたがカントーから来たオレンジさんですか?」

 

突然名前を言われ私は面を食らう。しかし、かろうじで返事を返した。

「え、ええ。そうですけど」

 

そう答えると、女性はサイドテールを浮かせる勢いで頭を下げた。

 

「こちらの不手際で長時間待たせてしまい、本当にごめんなさい!」

「ほえ?」

 

一瞬なぜ彼女に謝られなくてはならないのかと状況が飲み込めずにいたが、少し頭の中で整理し、ようやく理解できた。

 

「あなたが代わりのお迎えの方ですか?」

「はい。私はソニア。おばあさま……いえ、マグノリア博士の助手をしてる……います」

 

言い直しが片言のように聞こえて、少しおかしくなってしまう。

 

「敬語は苦手ですか?」

「い、いいえ……その……はい。あまり得意ではないです」

「崩されて結構ですよ。見たところ歳もあまり離れているように見えませんから。呼び方もオレンジで構いませんし」

「うーん。でも……」

「何なら、お前やそれでも構いませんよ」

「いや、それは駄目でしょ!? ……はっ」

 

つい素が出てしまい、ソニアは反射的に口を隠す。

 

「ふふふ、今崩れましたね」

「うう……」

「お前やそれが嫌でも、オレンジならいいですよね? 私もソニアで呼びますので。はい、決まりです」

「もう、分かったわよ……」

 

ついに観念したようで、ソニアは渋々口調を崩した。

「じゃあ、改めて私はソニア。よろしくねオレンジ」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ソニア」

「そっちは敬語崩さないのね……」

「はい。この話し方は私のトレードマークですので」

「あっそう。じゃあ、待たせてたところ悪いけど、さっそく研究所に向かいましょう。おばあさまも研究所で待ってるから」

「おばあさま? マグノリア博士のことですか?」

「うんそう。マグノリア博士は私の祖母なの」

「ほぉー、そうなんですか。たしかによく見ると面影がありますね」

「それ微妙に嬉しくないんだけど……」

 

たしかに妙齢の女性が、高齢の女性に面影を見出されても複雑かもしれない。それがもしも尊敬する祖母であろうとも。女性の心は難しいのだ。

 

「それにしても孫が研究者の道に行くとはマグノリア博士も喜ばれたでしょうね」

「……うーん。そうでもないと思うけど」

 

最後の言葉はよく聞こえなかった。しかし、複雑そうな表情をしている。あまり触れない方が良さそうだ。

私は少し影を帯びた後ろ姿に追随して駅を出た。

 

 




簡単キャラ紹介

オレンジ→本作の主人公。好きな本のジャンルはミステリー。天然と周りに言われることが不満。あまり自分に何かされても怒らない。

グリーン→オレンジの暇つぶし相手。何だかんだオレンジを心配している。

ダンデ→言わずと知れた方向音痴。今回もそれを発揮して見事にソニアに迷惑をかける。

ソニア→今回色々振り回された人。招待客をすでに1時間以上待たせているという連絡を受けて血の気が引いた。敬語が苦手なのは独自設定。その方が萌える。

マグノリア博士→おばあさま

ベトベトン印のドクダミ茶→臭い、不味い、(蓋を)開けるな危険! がキャッチコピー。危険すぎてテレビ番組の罰ゲームにも使用不可。一度テレビ番組でベトベトンと対決した時は、あまりの匂いにベトベトンが失神したという伝説が残っている。




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1番道路

ワンパチを枕にしたい。


 

「ここが、うちのおばあさまの研究所よ」

 

そう言ってソニアは建物に手を向けながら、少し誇らしげに言った。

こちらの研究所はオーキド研究所より規模は小さいが、なかなか新し目な建物だった。

プラッシータウンは都会ではないものの、マサラタウンよりは人が多いから土地が少ないのだろう。と言うよりオーキド研究所が大きすぎる。森が丸々研究所の土地なんて前代未聞だ。その辺りは田舎の利点と言える。

「どう?見た感じ、こっちの研究所は?」

「いいと思いますよ。ただ……初めて見た研究所の感想よりも、ようやく辿り着けたという安堵感が先に来ますね」

 

おそらくこの時私は心底疲れた顔をしていたのだろう。

総移動時間約24時間、新たなポケモンとの出会いを我慢して生殺しにされた時間約2時間。私はすでに心身共に疲れ切っていた。

 

「あははは、たしかにね……。なんかごめん」

「いいえ。悪いのはソニアではなく、約束を破ったダンデという男でしょう。もし会うことがあったら、少し懲らしめてやります」

「気持ちは分かるけど暴力はダメよ?」

 

1発殴りたい気持ちもあるが、そんなつもりではない。

 

「心配無用です。私は荒事は好きではないので。暴力ではなく、少しポケモンバトルをするだけですよ」

「余計にダメ」

「なぜです?」

「とにかくダメ! ダンデ君には私からよ〜く言っておくから! お願い!」

「は、はぁ……」

 

ソニアは顔の前に両手を合わせて懇願してくる。

納得はいかないが、ここまで必死になるのには何か事情があるのだろう。ここはソニアを信頼しておくのが無難だ。

 

「では、お任せします」

「うん。任せて。じゃあ、入ろう」

 

ソニアは鍵を鍵穴に差し込みドアを開ける。

彼女に続いて中に入ると部屋の電気はすべて消えていた。はて? 誰もいないのだろうか? てっきりマグノリア博士がいるものだと思っていたが。

「誰もいないのですか?」

「うん。今は基本的には私1人だけ。おばあさま前に足を悪くしちゃって、今は主に自宅で仕事をしてるの」

「なるほど。それは大変ですね」

 

よく考えたら、オーキド博士と同世代と言うことはすでに還暦は超えていることになる。身体に1つ2つ不自由な点があってもおかしな話ではない。

心体共に健康なオーキド博士が特別なのだ。

「とは言っても、リーグの仕事でよく杖を片手にガラル中を飛び回ってるけどね」

「はは、逞しい方なんですね」

 

老人になろうともアグレッシブなのは、どこの地方も変わりないらしい。

 

「本当は一度ここで休憩した後に、1番道路を案内して、終わったらうちで晩御飯にしようと思ってたんだけど……」

「元々マグノリア博士への挨拶は後にする予定だったのですか?」

「うん。おばあさま曰く、研究者ならこんな老人への挨拶なんかよりも、早く調査に行きたいだろうからって」

 

図星を突かれ私は苦笑いを浮かべる。

たしかに身体は疲れ切っているが、今すぐにでも草むらに走ってポケモン達と出会いたい気持ちが勝っている。

「ダンデ君のせいで大分予定が狂っちゃったけど……。どうする? 今から1番道路に向かう?」

「行きましょう」

「あはは。即答なんだ……。まあ、大分焦らしちゃったみたいだしね。荷物置いたら早速行こうか」

「ええ、分かりました」

 

 

 

 

穏やかな風が草むらを揺らす。運ばれてきた香りは草の香りだが、我が故郷のカントーとは違う匂い。ガラル地方の匂いだ。

この匂いを嗅ぐと新たな地方に来たという実感が湧いてくる。

私は首元にカメラを引っさげてソニアの後ろを歩いていた。

 

「うーん。ポケモン達はどこにいるかなぁ……。あ、そうだ」

 

ソニアは何かを思いついたようで、腰元からボールを取り出し中に投げた。

 

「出てきてワンパチ」

「イヌヌワン!」

 

出てきたのは全身を黄色っぽい明るい色に染めた犬型のポケモン。イメージで言えばガーディが近いかもしれない。

つぶらな瞳でとても愛らしい見た目をしている。

私は身体を屈めてワンパチと言われたポケモンをじっくりと観察し始める。

「ソニア。このポケモンは?」

「この子はワンパチ。私の相棒よ」

 

どうやらワンパチというのはニックネームではなく個体名らしい。

「触ってもいいですか?」

「ワン!」

「いいって」

「ありがとうございます」

「イヌヌワン!」

 

いいってことよと言いたげな鳴き声だった。

私はお言葉(鳴き声?)に甘えて首元をもふもふと撫でるように触る。ふわふわとした感触で羽毛布団のような吸い付きだ。

 

「ほう、お尻にはハート模様が」

「そうそう、可愛いでしょ!」

「ええ、とっても可愛いです」

 

さわりさわりとお尻を撫でる。お尻は首元ほどもふもふではなかったが、独特な肌触りで、これもまたこれで気持ちいい。

すごい。ガラルのポケモンすごい。

 

「あ、あの〜、オレンジ? 目が据わってるんだけど……」

 

もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ。

 

「イ、イヌヌワン!」

「オ、オレンジ!? もうやめてオレンジ! ワンパチが! ワンパチが怖がってる!」

 

さわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわりさわり。

ぴりっ……ん? ぴり?

 

「ワーン!」

「あべべベベベベベベベベばばばばばばばばばばばば!?」

「キャー!?」

 

ワンパチのスパークを食らった私は、新手のレントゲン撮影のようになりながら倒れ込んだ。

はっと我に返り、自分でも信じられない暴走をしてしまったことに気がつく。おそらく、ぶつけどころのない鬱憤やらストレスやらが爆発したのだろう。反省、反省。

私が起き上がると、ソニアが血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「立ち上がっちゃダメ! 安静にしていなくちゃ! ポケモンの技を受けたのよ、早く病院に行かなくちゃ!」

「大丈夫ですよ、これくらい。カントーにいる時もよく10万ボルトやかえんほうしゃを受けますし。カントー人ならこれくらい慣れっこです。ほらね」

 

と得意げに言いながら、片足を上げて直立をして無事ならことを見せつける。身体に異常があればフラフラするはずだが、私はビクともしない。

その様子にソニアは私が本当に平気なことを知ると、今度はあんぐりと口を開けて驚いていた。

そんなに驚くことだろうか。レッドのような超人は別にして、カントー人ならば格闘タイプと殴り合いの特訓をしたり、水ポケモンと競争してたりとよくある話なのだが。

 

「……カントーの人は逞しいのね」

 

またドン引きされてしまった。やはりカントー人の感覚は他の地方の人間には理解できないらしい。

ただワンパチを怯えさせてしまったのは事実。私は瞳を震わせたワンパチを見て申し訳なさそうに。

 

「すみません。怯えさせてしまって。お詫びとして良ければこちらをどうぞ」

「オレンジ、それは何? お菓子みたいだけど?」

「こればポフィンと言ってシンオウ地方で作られているポケモン用のお菓子です」

「へー。ほら、ワンパチ。せっかくもらえるんなら、食べてみたら?」

 

警戒心を露わにしていたワンパチだったが、自分のトレーナーに催促されたからか、渋々ながら寄ってきた。

すんすんと危険がないかを確認して、一口かじった。

 

「イヌ……! イヌヌワン!」

 

食べた瞬間、顔色が明らかに喜色を帯びた。

どうやら、口にあったようだ。甘い味が好きに見えたから、甘い味のポフィンをあげたのだが正解のようだ。

「ワン! イヌヌワン! ヘッヘッヘッ」

 

もう一個くれ! と前足を私の足にしがみつくようにして催促してくる。先程まで不審者を見る番犬のようだったワンパチが今は文字通り犬と化している。

どうやら、散々もふられてたことはすでに忘れたらしい。

「この子、意外にちょろいですね。……はっ、もしやポフィン1つでもう1もふり」

「させないから!」

 

ですよねー。

ソニアのしかめた目が、お前いい加減にしろと言っていた。当然である。

 

「ほらワンパチも。あなたを出したのは、お菓子食べさせるためじゃないのよ」

「ワフー?」

 

ワンパチは違うの?と言いたげに首を傾げた。

「そうですよ。あなたを出したのは、私にもふらせるためです」

「違うわよ! 真面目な顔して何言ってるのよ!」

 

何だろう先程の暴走からソニアのツッコミに遠慮がなくなった気がする。

距離が近くなることはいいことなのだが、少々釈然としない。悪い気はしない。ただ気になるだけだ。

 

「あなたを出したのは、あなたの鼻で野生のポケモンの住処を探して欲しいの。お願いしていい?」

「イヌヌワン!」

 

おそらく任せろ!と言いたいのだろう。ワンパチは元気な鳴き声をあげた。

さっそくワンパチは地面に鼻を近づけてクンクンと鼻を動かす。数分ほど鼻を動かし続けていたが、少ししてワンパチは何かを嗅ぎ取ったのかピクーンと耳を立てた。

 

「ワン!」

 

ワンパチが草むらの方に駆け出した。

私たちはそれに追随する。しばらく走ると、ワンパチはある草むらの前で止まっていた。

ソニアが音を立てないようにそっとワンパチに記された方を確認した。

「見て」と小さな声で私も覗くように指示された。

言われた通り草むらの陰から覗くと、頬を膨らませたチラーミィのようなポケモンと、赤く耳を尖らせたゾロアのようなポケモンが対峙していた。チラーミィ風のポケモンはきのみを保持して、ゾロア風のポケモンは唸り声をあげてそれを狙っている。

私はそっとソニアの耳元に語りかける。

 

「ソニア、あのポケモンは?」

「きのみを持っているのはホシガリスってポケモンよ。あの膨らんだ口袋があるでしょ? あれは口の中にきのみを溜め込んでいるからなの。それでもう片方はクスネって言って、とても用心深くてズル賢いって言われていて、他のポケモンの餌を横取りするの」

「ほう。と言うと今はちょうど横取りの現場というわけですか。それは興味深い」

 

私はそう言いながら、首にかけていたカメラを準備する。

 

「ちょっとカメラを使う気? 音で逃げちゃうわよ!」

「大丈夫ですよ。このカメラは特別製で音もフラッシュも出ません!なので、ポケモン達を驚かせることなく自然体のまま写すことができるんです」

「すごい性能ね」

「ええ、そうでしょう」

 

ちなみに行く先で壊れないように耐久性もずば抜けている。その証拠に電気技を受けた後だが問題なく起動している。さすがは安心と安全のシルフ・カンパニー。

「まあ、欠点もあるのですが」

「何? 値段が高いとか?」

「それもありますが性能良すぎてカントーで盗撮が横行してしまったんですよ。そのせいで使用するにはポケモン協会からの許可が必要になってしまったんです」

「あーなるほどね」

「後、職質されるとわりと不味いです。特に許可証を家に忘れた時など、本当につらいです」

「実感こもってるのね」

「実話ですので」

「そ、そうなんだ……」

 

おっと、笑い話のつもりだったが笑えなかったらしい。

正直、笑ってくれた方が気が楽なのだが。

 

「あ、あっちにもポケモンがいるわ」

 

話題を逸らそうとソニアは強引に話を変えた。

気を使われてしまったようだ。

その後、私たちは微妙な空気のままポケモン観察を続けた。

 

 

 

 

 

探索を終えた私たちは、置いていた荷物を取るために一度ブラッシータウンの研究所に戻って来ていた。

 

「んー。疲れたぁ〜」

 

ソニアは身体の疲れを逃すようにぐんと伸びをする。

どれくらい探索を続けていたのか。日はすっかりオレンジ色になり、写真の残メモリーも大分減った。

しかし、私に後悔など欠片もなく満足感だけが心をいっぱいにしていた。

「ソニア。今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」

「楽しめてもらえたならよかった」

 

つい昨日もグリーンから同じような言葉を言われたが、感じ方がまったく違った。こちらのよかったは本当にホッとした様子だった。

「じゃあ、私の家に行こうか」

「そうですね。マグノリア博士が待っているはず……」

 

ですからと続けようとした時、ソニアのスマートフォンが鳴った。

かかってくる予定がなかった相手なのか、ソニアは画面の名前を見て少し戸惑いを浮かべていた。

 

「ユウリのお母さん? どうしたんだろ?」

 

何となく嫌な予感がした。これが虫の知らせと言うものなのか、はたまた何度も巻き込まれてきて直感が培われてしまったのか。

正直、その電話に出て欲しくない。

しかし、そんな願いが届くはずもなくソニアは電話に出ると。

 

「ええええええ!? ホップとユウリがいなくなったあああああああ!?」

 

またもやトラブルに巻き込まれそうな気配を感じ、私は頭を押さえた。

 

 




簡単キャラ紹介

オレンジ→本作の主人公。知的で落ち着いたキャラかと思ったら、だいぶメッキが剥がれてきた。もふもふとしたポケモンも好きだが、バトルさせたくなくなるので手持ちには入れていない。
相変わらずのトラブル体質に最近いつトラブルが起こるか察知できるようになってきた。

ソニア→研究者なのにチャンピオンに喧嘩売ろうとしたり、なんか狂ったようにもふりだしたらして、扱いがお客様から変な人に下がった。

ユウリのお母さん→ユウリのお母さん。







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まどろみの森

長い。そしてポケモンの小説なのに今のところまともなバトルがない。……さーせん。


ユウリのお母さんなる人物の話はこうだった。

なんでもハロンタウンに住んでいるホップという少年とユウリという少女が、遊びに行くと言ったきり帰ってこないのだと言う。相手のホップの母親のところにいるのかと電話したが、いないと言われ。そこで、心配した母親は昔からの知り合いであるソニアに2人の居場所を知らないかと電話をかけてきたのだ。

しかし、私もソニアついさっきまで1番道路で探索をしていたが、子供など見ていない。かなり広範囲を歩き回ったので、見落としはないはずだ。 となれば行方をくらませた2人は何かしらの事件に巻き込まれた可能性もある。

もう少し詳しい情報が欲しかったが、電話先のお母さんは相当動揺しているようでまともに会話ができない。

ソニアもなんとかお母さんを落ち付けようとするが、電話越しではそれも簡単ではなかった。

幾度となくこのような事件に関わってきた経験から言って、早めに状況を確認して対処するのが1番だ。

 

「ソニア! このままでは手遅れになる可能性があります。一度ハロンタウンまで向かいましょう!」

「え、ええ!? でも、ここからハロンタウンまで最短距離を走っても30分はかかるのよ! 」

「問題ありません、5分もあれば着きます! 出てきなさい、ガブリアス!」

「ガバァ!」

 

出てきたガブリアスは緊迫した空気を感じとったようで、真剣な表情を見せていた。

頼もしいポケモンに私の口元はわずかに緩んだ。

 

「オレンジ、あなたガブリアスを持ってたの!?」

「ええ、少しばかり縁がありましてね。ガブリアスのスピードならば、走って30分程度の距離なんてすぐです」

 

私はソニアから目をきり。

「ガブリアスこの先にあるハロンタウンに向かうので、乗せてください」

「ガバァ」

 

ガブリアスは、もちろんとばかりに背中を向けた。

 

「さぁ、ソニア。乗りますよ」

「う、うん! あ、ユウリのお母さん。今からそっちに行くから、一度電話切るね」

 

ソニアはそう言って電話を一度切り、ポケットにしまった。

私はソニアの手を取りながら、ガブリアスの背中に乗る。そして、少しでも空気抵抗を小さくするために膝を折って身を小さくした。

ブワリとガブリアスが浮かぶ。その時、背後から変な息が漏れた音が聞こえた。

「……ちょっと待って! ガブリアスってたしかジェット機並みのスピードで飛ぶんじゃなかったっけ!? オ、オレンジ。たしかに今は急いでるけど、手加減してよね? 私絶叫マシンとか苦手なの!」

「ガブリアス! 全速力で行きますよ!」

「人の話聞いてええええええええええ………あーあ、あああああああああ!」

 

その日、私たちは風になった。

 

 

 

 

早送りのように過ぎていく景色の中、下の方に小さな町を確認した。おそらくあれがハロンタウンだろう。

 

「ガブリアス。ストップ! あの町に降りてください」

「ガバァ!」

 

キキッー!と車の急ブレーキのような重力に目を瞑る。そしてガブリアスは、何かに気遣うようにゆっくりと地上に降りた。

急いでいる現状でガブリアスの対応に少々違和感を感じる。

そこで私は自分の首元に温もりと荒い息遣いが当たっていることに気がついた。

首がフルに動かないので、仕方なくできるだけ動かして背後を見る。

すると、右目に飛び込んできたのは髪は荒れて顔が若干老けたように見えるソニアっぽい女性。というかまんまソニアだった。

 

「どうしたんですか?」

「………………わよ」

「はい?」

「どうしたんですか? じゃないわよおおお!」

 

激昂したソニアはそのまま私胸ぐらを掴んで前に後ろに揺らしてくる。

 

「 私言ったよね? 絶叫マシンとか苦手だから手加減してって言ったよね? 」

「い、いやでも、手加減しましたよ? 時速150キロぐらいですし……」

「ぐらいなわけないでしょ! 私は普通の人間なの! 時速150キロは耐えられないのよおおおお!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい」

 

ソニアのあまりの剣幕に私は謝ることしかできなかった。

私を散々しばきまわした後、ソニアは少し落ち着いたのか乱れた髪を直しながらハロンタウンの地に降り立った。私はフラフラする視界に耐えながら、ガブリアスに支えられてながらそれに続いた。

ハロンタウンは家が数件並んでいるだけのとても小さな町。ユウリのお母さんがいる家まで数分とかからずに到着した。

その家の前にオロオロと右往左往している女性が見えた。おそらくあれがユウリのお母さんだろう。

私の予想通りソニアはその女性に向かって走っている。

 

「ユウリのお母さーん!」

「ソニアちゃん! よかった……ホップくんのお母さんも今日はいなくて、私誰に相談すればいいか分からなくて……」

「落ち着いてユウリのお母さん。まず今日、ユウリとホップは何時頃なんて言って出て行ったの?」

「いつも通り今日の昼頃、ホップくんが家に来て遊びに行ったわ。いつもなら夕方くらいには帰ってくるのに、今日は少し遅かったから、探しに行ったの。でも、この辺りにはいなくて。1番道路の方も探したんだけどいなくて」

「そっか……」

「ふむ。奥さん、私もいくつか聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

私が声をかけると奥さんは少し怪訝な顔になる。

 

「すいません、申し遅れました。私はオレンジ。先日カントー地方から出張してきた研究者です」

「はぁ。それで聞きたいこととは?」

 

相変わらず怪訝な顔だが、知り合いのソニアが何も言わないから不審者ではないと解釈したようだ。

 

「簡単なことです。ホップくんとユウリちゃんはポケモンを持っていますか?」

 

なぜそんなことをという顔をされたが、奥さんは特にそういうわけでもなく答える。

 

「持ってます。最近初めてのポケモンをもらったとすごく喜んでいましたから」

「なるほど。では、2人の性格は? 大まかにでいいので」

「ホップくんはとても元気で明るい子で、反対にユウリはあまり外で遊ぶのが好きでない内向的な子です。だから、よくホップくんに連れ出されているんです」

「なるほど。大体分かりました」

「何が分かったのオレンジ?」

 

ーー2人の居場所です。

 

 

 

まどろみの森。

そこはこの辺りでは比較的強いポケモンが出現することから危険な場所として有名である。しかし、地元民からはそれ以上に恐れられている。その理由は、『まどろみの森は人を食う森である』とのことだ。

ソニアに聞く限りでは、かなり深い森で深い霧が発生するらしい。そのせいで、大人でもただ道を歩くだけで遭難することがあるようだ。

件の2人もそのことは親から口酸っぱく言われていることだろう。

しかし、思春期の子供がポケモンという大きな力をもらった時、知らず知らずの内に調子に乗ってしまうことがよくある。特に活発的な少年にその傾向がある。

例えば、私がジョウト地方を旅していた時、調子に乗って赤いギャラドスを捕獲しようとボートで接近して案の定沈められて死にかけたゴールドという男がいた。いや、彼は筋金入りのバカだからどうしようもないが。

とまぁ、そんな風に少年は時には危険など考えずに行動してしまうことがよくあるのだ。しかし、大人はそのことをあまり理解していないことが多い。証拠に奥さんはありえないと言っていた。

だが、ソニアはホップならあり得ると言った。

そうして意見が一致した私とソニアは現在まどろみの森の前に来ていた。

そこで私は入り口にポケモンの足跡に消されかけていたが、2人分の子供の足跡を見つけた。

「誰かが森の中に入った形跡がありますね」

「やっぱり2人はこの森の中にいるんだ」

「その可能性が高いです。行きましょうソニア」

「ええ!」

 

私たちは森の中に入った。

本当は走りたいところなのだが、闇雲に探しても彼らの居場所が詳細に分かっているわけではない。走ったところで余計に体力を消費するだけで意味が薄い。むしろ、それでは私たちが遭難してしまう可能性だってあるからだ。

「ホップー! ユウリー! いたら返事してー!」

「ホップくーん! ユウリさーん! どこですかー!」

 

そんなわけで、私たちは大声を出して居場所を教えるという地道なことをすることにした。ここで、私たちの声を聞いた2人が大声を出して自分たちの居場所を知らせてくれることを期待していた。

しかし、なかなか効果は出ない。

そんな私たちを嘲笑う野次馬のように、森の霧はどんどんと深くなって行く。すでにソニアの顔すら朧気になっている。

ここでソニアがはぐれてしまうのは、最悪のシナリオだ。あまり女性の肌を軽々しく触るのは趣味ではないが、致し方ない。

 

「ソニア。このままでは私たちもはぐれる可能性があります。私の手を握っていてください」

「う、うん。……って、手を握るの!?」

「いやなら別に構いませんが……。そこまで拒否反応を起こされるとさすがに傷つきます」

「い、嫌とかじゃないの! ただ、男の人に手を握れって言われたの初めてだから、ちょっと驚いただけ!」

「ほー。意外ですね。ソニアの容姿ならば男性が放ってはおかないはずですが」

 

特に出会いが少ない研究者からはアイドルのように崇められそうだが。

 

「うーん。私あんまり男の人に興味なかったからさ」

「女の人が好きと?」

「言ってないでしょそんなこと!? 恋愛に興味がないって意味よ!」

「ああ、そっちですか」

「普通そっちにとるでしょ!?」

 

こちらに来る1つ前のアローラで、女の子が好きな女子と旅していたので、すっかりそちらのイメージになってしまった。

アローラ地方の某チャンピオンは、未だに嫁(リーリエ)の帰りを待ち続けているようだが。

そんなことはどうでもいい。

 

「それでどうします、手? 私とが嫌ならガブリアスに任せますが?」

 

ガブリアスの名前を出された途端ソニアの顔がサッと青くなる。先程のトラウマが蘇ったのだろう。

 

「う、ううん。オレンジでお願い」

「承知しました」

 

ソニアは顔を赤くしながらおずおずと手を差し出してくる。私は白雪のように白い手を壊さないように優しく握った。

そうして、私たちは前に進んだ。

 

 

 

まどろみの森も大分奥の方まで進んだ頃。

 

ーーエッグ……エッグ。

ーーユウリ泣くなって! 絶対助けが来るから!

 

道を少し外れたところから、少女の泣き声とそれを励ます少年の声が微かにだが聞こえてきた。

 

「ソニア! 聞こえましたか?」

「え、ええ? 何か聞こえた?」

「少女と少年の声です。片方はユウリと呼ばれていました」

「2人だわ! どこから聞こえたの!?」

「あちらの方ですね。距離は500mほどでしょうか」

「500m先の声が聞こえたの?」

「ええ。繁華街は難しいですが、このような静かな地なら問題なく聞こえます」

「ヘ、ヘェー。ソウナンダー」

 

妙に色が抜けた返事だったが、疲れたのだろうか?

私は聞こえた声を頼りに歩を進める。しばらく歩くと、ソニアにも聞こえるくらいに声は大きくなった。声は植木の方から聞こえていた。

そして、植木をかき分けながら進むと小さな崖に出た。

そこに足にハンカチを巻いて泣き噦る少女とその少女を必死に励ます個性的な髪型の少年がいた。

その2人を見つけると、咄嗟にソニアが。

 

「ホップ! ユウリ!」

 

と叫んだ。

その声に反応するようにホップとユウリは顔を上げた。

 

「ソニア!?」

「ソニアさん!」

 

ホップは単純に驚き、ユウリは助けが来たことに安堵の声だった。

ソニアはすぐに緩やかな崖を滑り降りる。そして2人を抱きしめた。

 

「もう! あんまり心配させないでよ! ……本当に無事でよかった!」

「痛い、痛いぞソニア! ……ごめん」

「ソニアさん痛い……心配かけてごめんなさい」

 

ソニアは安堵し、ホップは罪悪感に謝意を述べ、ユウリは泣き出した。

なんとも心暖まるワンシーンなのだが、私は完全に蚊帳の外だった。

まあ、仕方ない。彼女と私では2人と過ごした時間は天と地ほど差がある。この疎外感も当然だ。

3人は一頻り言いたいことを言い終えたのか、2人からソニアは手を放して私の方を見た。

「オレンジ。ユウリが足をけがしてるみたいなんだけど、どうにかここから上げられない?」

「できますよ。出てきなさいエーフィ!」

「フィー!」

 

私が出したのはエーフィ。イーブイの進化系の1つでエスパータイプである。私とは旅を始めた時からの付き合いで、手持ちの中では1番長い付き合いになる。

「すげぇぇ! ほら見るんだぞユウリ! エーフィだ、エーフィ! すごい珍しいポケモンじゃん!」

「すごい綺麗なポケモン」

「……オレンジ。あなたのポケモン珍しいポケモンばっかりね」

 

たしかにイーブイは一般的に石で進化できるブースター、サンダース、シャワーズが主流だ。進化の条件があまり解明されていないエーフィは珍しいと言える。

エーフィは絶賛の嵐を受けるが、特に照れた様子はなく凛とした雰囲気を保っていた。

そんな相棒に変わって私が代わりに礼を述べる。

「褒め言葉ありがとうございます。エーフィ、あの3人をこちらに引き上げたいのですが、お願いできますか?」

「フィ」

 

分かった、と言うように返事をする。

「エーフィ。サイコキネシスです」

「フィーーア!」

エーフィーの叫びと共に、3人の周りを青いオーラが包む。そしてエーフィが頭をクンと上に上げると、3人はゆらゆらと崖上に上がってきた。

 

「……ユウリを持ち上げる方法を聞いたんだけど。まさか3人とも持ち上げるなんて、すごいパワーね」

「私のエーフィですからね」

 

そう言いながらエーフィの頭を撫でると、満更でもない顔をしていた。

「ありがとうございましたエーフィ。ゆっくり休んでください」

 

そう言ってボールの中に戻した。

さて、それでは2人に話を聞こうか。

 

「ホップとユウリで合ってますよね?」

「あ、ああ。さっきから思ってたけどあんた誰なんだ?」

「私はオレンジ。先日カントー地方から来た研究者です」

「カントー……すごい遠くから来たです」

「来た、です?」

 

変わった言葉遣いだ。それとも最近の若者はこれがトレンドなのだろうか?

私の疑問に、ホップが呆れたように。

 

「あー。ユウリの話し方は変わってるぞ」

「個性的って言いなさい。というか話し方で言えばあんたも変わらないでしょ」

「うるさいぞ、ソニア!」

「はいはい。それよりあんたたち、怒られる覚悟は作っときなさいよ。あんたたちがいなくなったって、ユウリのお母さんやホップお母さんたちが大騒ぎしてたんだから」

「えええええ!? 嘘だろ!?」

「当たり前でしょ! 危険って知っててまどろみの森に入って、案の定こんな騒ぎを起こしたのよ。もしかしたら、ジムチャレンジの旅も許可してもらえなくなるかもね」

「そ、そんなああああ!」

「それは困るです!」

「嫌でしょ? でもあんたたちは、それくらいみんなを心配させたの。分かった? 分かったなら、ちゃんと反省しなさい!」

「ううう、分かったぞ」

「はいです」

 

私はソニアの手腕に関心した。

窮地から助かった開放感からか2人は少々自分たちがしでかした事の重大さに気がついていない節があった。そこにしっかりと喝を入れたのだ。

人を心配することと、人を叱ること。これは簡単に見えて両立するのは難しい。

それを自然とできる彼女は、きっと人のことを思いやれる人間だ。

「ホップ。1つ聞いてもいいですか?」

「なんだぞ。オレンジ?」

「あなたたちは何かから逃げていたのですか?」

「えぇ? たしかに逃げてたけど、なんで分かったんだ?」

「私たちが入った植え込みの近くにかなり乱暴に通った跡がありました。ただ道を間違えただけではつかない跡です。それとユウリのけがは見たところ打撲のようですが、ただ道を踏み外しただけならば捻挫の可能性の方が高い。なので、かなり勢いをつけて崖に落ちたのかなと」

「大体合ってるぞ……」

「すごい……ちょっとキモいぐらいすごいです」

 

それは褒められているのだろうか?

疑問に思いつつもここはスルーした。

 

「それで何から逃げていたのですか?」

「……正直分かんないぞ」

「私も分からないです」

「分からない? 姿が見えなかったのですか?」

「違うぞ。見たことないポケモンだったんだ。急に霧が出てきたと思ったら、あのポケモンが現れて」

「私たちも戦おうと思ったけど、すぐに無理だと思ったから2人で逃げたです」

「霧から出てきた?」

 

ポケモンの能力だろうか? 霧を操ると言うとジョウト地方の伝説のポケモンスイクンがそれに当てはまる。他に霧を操るというポケモンは覚えにない。

ガラル地方にしか生息しないポケモンなのだろうか?

 

「ソニア。霧を操るというポケモンに覚えはありますか?」

「ううん。全然思い当たらない。もしかしたら新種のポケモン?」

「かもしれませんね。まだまだこの世界には私たちが知らないポケモンが隠れているということです。ふふっ、ワクワクします」

 

誰にも知られていないものを自らの手で解明する快感。それはもう研究者の性だ。

これから始まる旅の楽しみが1つ増えた。

 

「では、そろそろ戻りますか。ユウリのお母さんも心配しているでしょうし」

「そうね。でも、ケガしてるユウリを連れてどうやって帰ろ……ハッ」

 

何かを察したのか、ソニアは顔を青くする。

 

「ガブリアス。出てきてください」

「ガバァ!」

 

ガブリアスの登場に男の子であるホップは目を輝かせる。

 

「すっげぇぇ! ガブリアスだ! めちゃくちゃカッコいい!」

「ガバァ、ガバァ」

 

へ、坊主分かってるじゃないかとも言いたげな、顔をするガブリアス。クールだったエーフィーに比べて、調子に乗りやすいところがある。

「ガブリアス。4人乗せて飛べますか? まぁ、無理と言っても飛ばせますが」

「ガバァ!?」

 

それ実質選択肢ないじゃん! と言いたげな鳴き声だった。

実際ない。というか、彼はお調子者なので、多少厳しく対応するくらいがちょうどいいのだ。

 

「わ、私は歩いて帰りたい気分だから、3人は先に帰ってて」

「何言ってるんだ、ソニア? こんな霧が深いのに一人で行動したら危ないぞ?」

「うぐっ」

 

正論を言われ、ソニアは息が詰まったようなうめき声をあげた。

ガブリアスの飛行はそんなにも彼女にトラウマを植え付けたのか。

 

「大丈夫ですよ、ソニア。今回は急いでいるわけではないですから、通常の速度で飛ばせますよ」

「本当? 絶対よ。絶対ゆっくり飛んでよ?」

 

そこまで言われると、むしろ本気で飛ばせたくなる。だが、そんなことしたら1回目の比じゃないくらい怒られると思うので自重する。

なんとかソニアを説得して、ガブリアスの背に乗せる。

 

「それでは行きますよ。落ちないようにしっかり捕まってください。ではガブリアス、()()()()()()()()でお願いします」

「ガブ、ガバァ?」

「どうしたんですか? 準備はできましたよ」

「ガブリァ……」

 

ガブリアスは何か言いたげだったが、そのまま上昇を始めた。

この後、いつも通り時速100キロで飛んだら、ソニアにものすごく怒られた。解せない。

 




簡単キャラ紹介。

オレンジ→本作の主人公。さっそく知的キャラのメッキが剥がれまくって、天然身体能力オバケになろうとしている。が、本人曰く周りに比べれば自分の身体能力は普通とのこと。
手持ちはガブリアスとエーフィともう一体の合計3匹。ほかのポケモンはオーキド研究所に預けてある。この三体にしているかは理由があるがそれは後述。

ソニア→普通にヒロインさせようと思ったら、どうしてこうなった。絶叫マシンが苦手は独自設定。

ユウリ→本作(ある意味)の主人公。語尾にですとつけるのが癖。あまり社交的ではないが、言いたいことははっきりいう。とあるわけあって、チャンピオンを目指している。
ホップとは幼馴染。

ホップ→「すごいぞ。〜」でお馴染みの人。本作では若干ゲームよりもアホっぽく考えている。
ユウリとは幼馴染。

某アローラチャンピオン→カントーにいた時からオレンジと知り合いだったので、その縁でアローラの旅に同行する。オレンジの指導の下、一気にチャンピオンにまで駆け上がった。なお、強くなりたかった理由はリーリエ(嫁)を守るため。男や。女だけど。


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vs(ある意味)主人公

なんかお気に入りめちゃくちゃ増えて超びっくりした。
どうせならランキング1位行きたかったけど、おっぱいには勝てないね。仕方ない。


あれからユウリとホップをハロンタウンの自宅に送り届け、私とソニアは2番道路の先にあるソニアの自宅にようやくたどり着いた。

本当ならば、ここからマグノリア博士に挨拶をして夕食をいただき就寝するはずだったのだが、現在の時刻は夕食の時間を大きく超えている。

私と同じく疲れ切っているソニアは、ドアを開き。

 

「ただいまー」

 

すでに寝ていると予想している博士に気遣ってか、小さな声だった。

 

「オレンジお腹減ってるよね? ぱぱっと作っちゃうから待ってて」

「いえ、別に大丈夫ですよ」

 

料理に取り掛かろうと手を洗うソニアを私は制止する。

ここから疲れ切っているソニアに夕食を作らせるのは忍びない。

それに私は一食くらい抜いても問題ない。オーキド研究所にいるときも修羅場の時はご飯を食べないことが何度もあった。

「駄目。食べなさい」

「食べなさいって……。子供じゃないんですから」

「聞きません。あんなに歩き回ったのに何も食べないなんて身体に悪いわよ。それにお客さんに料理も出さないなんて、マグノリア研究所の名折れよ」

 

一応お客としては見られていたらしい。

何はともあれ、そこまで言われてしまえば断る方が失礼だろう。

 

「分かりました。楽しみにしています」

「うん。分かった」

 

そう言ってソニアはエプロンを付けて台所に向かった。

うろうろしても邪魔だろうと、私は椅子に座って料理が出てくるのを待つことにした。

マグノリア博士に挨拶はしておきたかったが、さすがにこの時間では寝ているだろう。

と、考えているとコツコツという杖をつく音がリビングに近づいてくるのが聞こえた。

そして来たのは杖をついた小柄な高齢の女性。以前会ったことがあるから分かる、彼女がマグノリア博士だ。

私は咄嗟に立ち上がり、頭を下げる。

 

「ご無沙汰していますマグノリア博士。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。この度はガラル地方の生態調査へのご協力ありがとうございます」

「気にしなくて構いません。遅くなったことについては理解していますから」

 

その言葉に私は驚く。

しかしよく考えてみると、たしかに2人が遭難したことは町の中とはいえなかなか大きな騒ぎだった。ここまで情報が来ていてもおかしくないか。

「いい歳をした男女がこんな時間まで帰ってこない。私も1人の人間ですから、何があったなど理解していますとも」

「たいっへんな誤解があります! 私とソニアはけしてそのような関係にはありません! この度遅れたのはかくかくしかじかというわけがありまして!」

 

まったく情報は届いていなかったようだ。

私の話を聞くと博士はおどろげな表情をしながら。

 

「なんだそうだったのですか。最近の若者は会ったその日にでも、そのようなことをすると聞いていたので、私はてっきり……」

「ないですから。あっても普通怒りませんか? 大切な孫娘が、どこの馬の骨とも分からない男と行きずりの関係になるなんて!?」

「まったく。どう生きてもあの子の人生。後悔も反省も自己責任ですから」

「そんなものですかね……」

 

寛容というよりも、ドライと言った方が近い。良く言えば束縛しない育て方なのだろうが、少々しなさすぎる気もする。

センリさんなんて、自分の娘を旅に出すのが心配すぎてボディーガード(私)を付けたくらいなのに。

まあ、その辺りの感覚は地方、人によりけりなのだろう。

 

「あれ? おばあさま、どうしたの?」

 

私の声で異変に気が付いたのか、台所からソニアが顔を出してきた。

 

「仕事をしていたら、少々お腹が空いたので食べ物を取りにきたんです」

「じゃあ、おばあさまもついでに食べる? カレーだけど」

「それでは少しもらいます」

「うん。わかった」

 

ほのかに香っていたピリッとした匂いはカレーの匂いだったらしい。カントーのカレーとはまた違う香りだ。

少しして、湯気がたった大きな皿と小さな皿を持ってソニアが台所からやってきた。

もちろん大きな皿が私の前で、小さな皿が博士の前に置かれた。

見た目としてはカントーでも一般的に食べられているカレー&ライススタイルだ。

「ではいただきます」

「うん。召し上がれ」

 

ソニアははみかみながら言った。

私はスプーンでルーのかかった米を口元に運んだ。すると……。

 

「おいしい」

「よかった〜。カントー地方の料理ってすごいおいしいって有名だから、私のカレーなんて口に合わないんじゃないかって思ってたから」

「たしかに地方別に見てもカントーの料理はおいしいと思いますが、ソニアのカレーは負けていないと思いますよ。とてもおいしいです」

「うん。ありがとう」

 

お世辞を抜きにしてもおいしい。

カロスやイッシュの料理は大味であまり口に合わなかったことから、ガラルの料理が口に合うか心配だったが大丈夫そうだ。

私がガツガツとカレーを頬張っていることから、僅かに合ったお世辞の可能性を排したのかソニアは嬉しそうに笑っていた。

「おばあさまはどう?」

「おいしいですよ。……オレンジさん。今後の予定はどうするのですか?」

 

突然仕事の話をふられた。

とは言っても予定の確認は早い方がいいだろう。博士の都合だってあるのだから、仕方ない。

 

「そうですね、ここには2日ほど滞在したいと考えています。この辺りを調査などをしたいので。その後は、旅をしながらポケモン達の生態を観察していきたいと考えています」

「なるほど、承知しました。ソニア聞きましたね? タイムリミットは2日です。それまでに答えを決めなさい」

 

ピリリと空気の異変を察知する。

なんの話かは分からないが、2人の間ではとても重大な話なのだろう。その証拠に、ソニアは険しい表情をしている。

博士はカレーの最後の一口を口に入れると、席を立った。

「では、オレンジさん。部屋は客室を自由に使ってください。それではおやすみなさい」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

そう言って博士は部屋を後にした。

私は何を言うわけでもなく無言でカレーをほうばる。なぜなら、ソニアの悲しげな表情が見ていられなかったからだ。

 

 

 

携帯のアラーム曲に設定している『チャンピオン シロナのテーマ』が流れてくる。朝から気分を上げるにはもってこいの曲だ。ただ、本人の駄目女っぷりを知っているせいで時々やるせなくなることが欠点だが。曲の欠点が本人ってどうなのだろう。

寝惚けた目を軽く擦り、カーテンを開けると綺麗な朝陽が差し込んできた。

時刻は6時。まだ昨日の疲れが多少残るものの、習慣からか目が覚めてしまった。

私は基本的に二度寝が好きでない人種だ。二度寝をすると生活習慣が狂うし、何より駄目人間っぽくて嫌だ。二度寝は人間に与えられた神からのご褒美なのよ、などとのたまう某考古学者と同種にはなりたくない。

そのため朝起きたら、溜まっていた書類を片付けるのが私の習慣だった。とは言っても、こちらにはカントーの時のように書類が貯まるなどということはないので、朝早く起きたからと言って特にやることがない。

「そういえば2番道路はまだ見たことがなかったですね」

 

詳しい調査はソニアを連れた方が効率的だろうが、下見程度ならば1人でも問題ない。

むしろ怠惰に時間が過ぎるのを待つより、予習に当てる方が有意義だ。

そう考えた私はさっそく服を着替えて、2番道路に歩いた。

 

 

 

 

 

1番道路と違って、2番道路には大きな湖がある。

その辺りには水タイプのポケモンが多く暮らしているようで、カントーでもお馴染みのコイキングやギャラドスから見たことがないポケモンが多数見えた。

こちらもカントーと同じでギャラドスが生態系のトップなのか、他のポケモンはギャラドスを避けているようだ。

ガラル地方の野生のポケモンは他の地方と比べて強いという話だったが、種族値の話ではなくて個体値の話なのだろうか。それともミミッキュのような特殊な力を秘めたポケモンが多いのか。謎は尽きない。

なんならこの辺りのポケモンを1匹捕まえるのもアリかもしれない。

ゲットすれば個体値等を審査できるから、カントーのポケモンとの違いを詳細に分析できる。

そう考えた私は手頃なポケモンがいないかと辺りを見回していると。

 

「ラビフット、にどげりです!」

「ラビフッ!」

 

毛をなくしたミミロルのようなポケモンは、小さなゼニガメのようなポケモンに蹴りを2発叩き込んだ。しかし、かなり効いたようでゼニガメ風のポケモンはその場に目を回して倒れ込んだ。いわゆる戦闘不能だ。

 

「あ〜! また瀕死にしちまったです!」

 

トレーナーは頭を抱えて膝を折った。

どうやらあのトレーナーはポケモンを『瀕死』することが目的ではなく、『捕獲』することが目的だったようだ。基本的にモンスターボールはポケモンの生命エネルギーを感知して起動するため、瀕死状態では作動しないのだ。

別に瀕死は死んでいるわけではなく気絶に近いのだが、その間生命エネルギーは発生していないらしい。ポケモンとは不思議な生き物である。

そんなポケモンの不思議講座も程々に、私は頭を抱えたトレーナーを見て思わず頭を抱えたくなった。

なぜなら、そのトレーナーとはつい昨夜遭難から救助した少女の方ユウリだったからだ。

しかも彼女はあの時歩くのが難しいくらいの打撲を負っていたはずだが、なぜこんなところにいるのか。母親にこっぴどく叱られただろうに。それでも、一人でポケモンを捕獲に来ていることに呆れを通り越して感心すらしてしまう。

「何をしているんですか?」

「はう!?」

 

背後から声をかけると、ユウリは身体を直立させた。そして油が切れたロボットのようにギギギとこちらを見た。

 

「オ、オレンジさん……」

「はい、オレンジですよ。それでユウリ、私の記憶が正しければあなたは昨日遭難した挙句足をけがしましたよね?」

「な、何の話ですかー。私はユウリなどではありまセーン。人違いでは……あいたたたたたた! 鼻痛い、鼻取れます! 嘘です、私の名前はユウリです。昨日遭難したユウリです!」

 

ようやく認めたので、私は摘んでいたユウリの鼻を解放した。

赤くなった鼻をさするユウリの目からは涙が滲んでいた。しかし、果てしなく自業自得なのでまったく罪悪感はわかない。

「いつつ……。鼻が取れたらどうしてくれるです!」

「ほう。まだ反抗的な態度をとりますか。お仕置きが足らないようですね」

「ううう嘘です! 足りてます! 足りてるから笑顔で鼻を狙ってくるのやめろです!」

母親は内向的だと言っていたが、わりと子供っぽく無謀なところもあるようだ。まあ、子供は簡単に親の見ないところで成長するものだ。それが普通だろう。

私は手を下ろして、分かりやすくため息をつく。

 

「別に有無を言わずに連れ戻そうなんて考えてません。なんなら協力することだって吝かではありません。ちゃんとした理由があるなら、言ってもらえませんか?」

「ポケモンがゲットしたかったです!」

「帰りますよ」

 

聞くだけ無駄だった。私はユウリを肩に背負って歩き始める。

 

「わあー嘘つき! 言ったら協力するって言ったですよ!」

「覚えておきなさい。吝かではないとは、大人が建前で使う言葉だと」

「汚い! 大人は汚ねぇです!」

 

当たり前だ。何を今更言っているのか。

ユウリはなかなか観念せず、バタバタと抵抗を続ける。なぜここまで抵抗し続けるのか。

私は一度立ち止まり。

 

「どうして今ポケモンを捕獲に? ケガが治ってからでも遅くないでしょう?」

「それじゃ駄目! 早くしないとジムチャレンジが始まっちゃうです!」

 

たしかこの地方のリーグ戦はシステムが変わっていて、一年に一度開かれるトーナメントで優勝したものがチャンピオンになる。そしてそのトーナメントの予選に出場する条件がジムバッチを8個集めることだ。

それを通称ジムチャレンジという。

「他のスクールの友達はみんなすでにジムチャレンジに挑戦してるです。新しいポケモンも捕まえて、バッチをゲットした人だっている。なのに私はいまだに旅にも出てない。私はチャンピオンになるんです。こんなところで立ち止まってる暇はないです!」

「はぁ〜」

 

駄目だ。完全に理性でなく感情が先走っている。

このような時、子供は何を言っても聞こうとはしない。むしろ余計に頑なになってしまう。

正直気は進まないが仕方ない。

 

「分かりました。では、私とバトルしましょう」

「バトル……ですか?」

「その通り。一対一のハンデなし。あなたが勝てばポケモンの捕獲に協力しましょう。しかし、負けたら今日のところは帰りなさい。まあ、未来のチャンピオンが、トレーナーでもない研究者に負けるとは思いませんが」

 

私の言葉にユウリはピクリとこめかみを反応させる。

 

「見え透いた挑発ですが、乗ってあげるです! ただし、ガブリアスはなしです!」

「心配せずともそんな大人気ないことしませんよ」

 

私はユウリを肩から降ろして、そこから一定の距離をとる。

 

「出てきなさいピチュー!」

「……チュー」

 

私が出したのはピチュー。ピカチュウの進化前だ。

ピチューは耳を垂らして嫌そうな顔をしながら、私を見て無言の抗議をしてくる。どうやら、バトルに乗り気じゃないらしい。彼はバトルが好きじゃない、ある一定の条件下ではだが。

「よく見てください。今日の相手はあのポケモンです」

 

私はユウリのラビフット(と呼ばれていたポケモン)を指差して言う。

ピチューはラビフットをじっと見ると、

 

「ピチュー!」

 

ピチューは耳を立たせ、バチバチバチと電気袋から電気を放出する。どうやらやる気を出したらしい。

私のピチューは強いポケモンとのバトルは全力で嫌がるが、自分より弱そうなポケモンにはとことんやる気を出す。言うならジャイアン系だ。

まったく、この癖さえなければ少しわがままなマスコットになれるのだが。このせいで完全に三下の悪役である。

 

「行くですよ、ラビフット!」

「ラビフッ!」

 

先程にどげりを使っていたのは見えたが、いったい何タイプのポケモンだろうか。おそらくガラル地方の初心者用ポケモンのうちの一匹だろう。そして見た目からして、第1進化形態と予想した。

「それではバトルを開始しましょう。先攻はどうぞ」

「んなっ!? 舐めてかかったこと後悔させてやるです! ラビフット、でんこうせっかで距離を縮めるです!」

「ラビフッ!」

ラビフットは加速してあっという間に距離を詰めてきた。

 

「そこからにどげりです!」

「ピチュー。受け流しなさい」

 

一撃、二撃とラビフットはピチューの顔めがけて蹴りを入れようとするが、ピチューはそのどちらとも捌いた。

ラビフットは受け流された方向に倒れこむ。

 

「ピチュー。アイアンテール!」

「ピチュピッチュ!」

「ラビっ!!」

 

アイアンテールを受けたラビフットは、ゴルフのボールのように弧を描いてユウリの方に吹っ飛ばされた。

そこそこのダメージを与えたと思ったが、ラビフットはあまり効いていないようで、難なく立ち上がった。

ハガネタイプの技はダメージが半減するようだ。

 

「なるほどラビフットは炎タイプですか」

「追撃もせずに観察とは呑気なもんです。ラビフット、ニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

「ピチュー、かわしなさい」

 

ラビフットは炎をまとい突進してきた。しかし、あまり速くないのでピチューは難なくかわす。

 

「もう一回、ニトロチャージ!」

 

なるほど、狙いはすばやさを上げることか。

ニトロチャージは一度使う毎にすばやさを一段階上げる効果がある。おそらく本能的にだろうが、ピチューとのレベル差を悟ったのだろう。バトルセンスは悪くないようだ。

本来なら電気技でニトロチャージの使用を妨害するのがベターな戦法なのだが、

「ピチュー、かわしなさい」

 

私はあえてニトロチャージを積ませることにした。

ピチューはまだ余裕そうに突進をかわす。

 

「もう一回!」

「かわしなさい」

 

しかし、次は2回目よりもさらにスピードが上がりピチューも少し危なそうだった。

 

「もう一回!」

「ピチュー、分かってますね? かわしなさい」

 

今度はぎりぎりでかわすことができた。しかし、ラビフットのすばやさはさらに上昇し、次は避けられない。

 

「次はかわせねぇですよ! ラビフット、ニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

五度目炎をまとって突進してくるラビフット。そのスピードは1回目とは比べものにならないほどのスピードだ。このまま来れば、かわす間も無くピチューはダメージを受けるだろう。

が、ラビフットはまっすぐピチューに突進せず、途中でカーブして岩に激突した。

 

「……へ? な、何やってるですかラビフット!?」

 

ラビフットの行動の意図が分からず、ユウリは困惑しているようだ。

しかし、そんなトレーナーの声は届いていないようで、ラビフットは岩に頭を打ち続ける。

自分で仕込んでおいてなんだが、あまり見ていて気持ちいいものではないな。

 

「仕方ありません。あまりポケモンを傷つけるかも忍びないですから。ピチュー、トドメの10万ボルト」

「ピ〜チュゥゥゥゥ!」

「ラビフットおお!?」

「ラビフッ……」

 

電撃をまともに受けたラビフットは、目を回してその場に倒れこんだ。

あまりに呆気ない終わり方に、ユウリはその場にへたり込んでしまう。そしてガクリと下を向いた。

私はユウリに近づいて。

 

「約束です。今日のところは帰りなさい。送っていきますから」

「……何しやがったですか? 途中ラビフットが頭を打ち付けていたの、あれはこんらん状態です。いつの間にラビフットは状態異常にしやがったですか?」

「四度目のニトロチャージの時ですよ。あの時、かわし際にピチューにてんしのキッスを使わせました」

「でもそんな指示していなかったです!」

「しましたよ。分かってますね、ピチューと」

「それだけ? それだけであんな高度な指示が伝わるですか?」

「現に伝わったでしょ?」

「……そうですね」

 

そう言うとユウリはまた黙ってしまった。

少しやり過ぎたか。さすがにこれから旅に出ようとしているトレーナーにするには大人気ない戦法をとったと思う。

しかし、力一杯叩き潰してはそれこそ彼女の心を折ることになってしまう。

まったく、手加減も難しい。

 

「オレンジさん、嘘ついたです。ただの研究者とか言ってたのにバトルめっちゃ強ぇです」

「たしかに今は研究者ですが、昔はジム戦に挑んだりしてましたからね。さすがに初心者には負けませんよ」

「……オレンジさんは、旅にでやがるですか?」

「そのつもりですが。それがどうしました?」

 

私の旅の予定など聞いてどうするのか。まさか、リベンジでもする気つもりなのか。

と考えていると、ユウリはバッといきなりその場で土下座して。

 

「オレンジさん。いや、オレンジ師匠! 私を弟子にしてほしいです!」

「……は?」

 

突然弟子にしろと土下座してくる少女。

なんだか、以前にも似たようなことがあったなぁと私は遠いところを見ることにした。

 




簡単キャラ紹介

オレンジ→本作の主人公。なんだがいつもの旅のパターンになってきて、事件が起こりそうな予感がして現実逃避中。なおジョウトからすべて少年少女が旅についてきている(ゴールド、ハルカ、ヒカリ、トウヤ、メイ、セレナ、ムーン)。なお、理由は弟子だったら、リベンジだったり、求婚だったり色々。

ソニア→本作のヒロイン。現在おばあさまに重大な決断を迫られている模様。

マグノリア博士→おばあさま。

ユウリ→とある理由でチャンピオンを目指す少女。すでにポケモンを進化させるし、バトルの筋も悪くない。才能も熱意もあるが、少し無鉄砲なところがたまにキズ。オレンジにボコボコにされ、現在弟子入り申請中。
手持ちはラビフット一体。

ガブリアス→オレンジの手持ちのエース。手持ちのなかでは振り回されるポジ。オレンジに理不尽なことを言われ、ピチューにはわがままを言われ、エーフィにはしばかれる不憫ポジ。

エーフィ→オレンジの相棒。オレンジとは旅を始めた時からの付き合い。手持ちの中ではまとめ役。ピチューがわがまま言ってオレンジを独占すると不機嫌になってガブリアスが被害を受ける。

ピチュー→オレンジの手持ちのマスコット。強いポケモンとのバトルは嫌いだが弱いポケモンなら得意げになる三下悪役。わがままで寂しがり屋、しかもツンデレ。よくオレンジに構えと言うが、拒否されるとガブリアスが被害を受ける。




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旅立ちの時






『弟子にしてください』

 

この言葉を初めて聞いたのはジョウト地方を旅している時だった。

それからシンオウ、カロス、アローラと何人も弟子入り志願してくる少年少女を見てきた。理由は様々だった。幼馴染に追いつきたい、初心者のお隣さんにこれ以上負けたくない、嫁を守りたい。

私は弟子入りを歓迎しているつもりはないが、基本的に断るつもりもない。その理由もまた色々あるが、1つは強くなりたいと願う子供の希望を摘みたくないのだ。

そのためユウリの弟子入りも受け入れるつもりだ。

しかし、これだけは聞かなくてはならない。答えによっては、断ることになる。

 

「1つ聞きます」

「な、何ですか?」

「なぜ私に弟子入りしようと思ったのですか? たしかに私はあなたより強いでしょう。しかし、私は現在トレーナーは引退して研究者の道を歩んでいます。他にも強いトレーナーがいる中、なぜ私に?」

 

そうなぜ私に教わりたいのか。

これが私が1番聞きたかったことだ。なぜなら、弟子になるということは私のバトル理論が基礎になる。もちろん基礎ができた上で、そこから自らのスタイルを築き上げるのは悪いことではない。むしろ、そこまでできれば免許皆伝だ。

しかし、これが強い人間なら誰でも良かったのなら、それは私の弟子である必要はない。なぜなら、誰でも良かった人間は他の強いトレーナーのスタイルも基礎にしようとしてしまう。

トレーナー、特に実力者は一人一人スタイルが全く違う。それなのにそれを基礎で混ぜ込んでしまえば闇鍋状態になってしまう。要するに根底が安定しないのだ。

別に様々な人間のスタイルを真似することは悪くない。実際イッシュ(1回目)で旅を共にしたトウヤは人のバトルを観察して真似することに長けていた。

しかし、そこには彼なりのバトルスタイルが根底にあったからできたことだ。何の基礎もない初心者トレーナーには、それは弊害でしかないのだ。

私がじっとユウリの瞳を見つめるが、ユウリは目を逸らさず。

 

「私はスクールで色んな先生に学んでいたです。その中には、元プロトレーナーの人もいたですけど、この人から色々教わりたいと思ったのは、オレンジさんが初めてなのです! だから、お願いします! 雑用でもなんでもしますから、弟子にしてくださいです!」

 

ユウリはもう一度頭を下げる。その動きには適当さなど感じられず、必死さだけが伝わった。

どうやら、本気のようだ。

 

「……ふう。あなたの目標はチャンピオンでしたよね?」

「は、はい! そうです!」

 

たしか今年のリーグが始まるのは、大体8ヶ月後。ギリギリだな。間に合うかは、彼女次第か。

 

「険しい道のりだとは思いますが、覚悟はできていますか?」

「……!? じゃ、じゃあ!」

「まずはけがを治しなさい。思ったよりもひどくはなかったようですが、それでも歩けるようにならなければ話になりませんから」

「はいです、師匠!」

 

こうして私に5人目の弟子が出来た。

 

 

 

どうやらユウリの足の状態は歩けないほど悪いわけではないが、ここまで無理して来たせいで少々腫れていた。そのため、私は応急処置をするために仕方なくユウリを担いで、ソニアの家まで連れてきた。

借りていた鍵を使ってドアを開くと、上からドタドタと階段を降りてくる音が響いてきた。

 

「あ! オレンジ、ユウリがまたいなくなったって電話来たんだけど何か知らなああああい!? って、ユウリ!? 何これ、どういう状況!?」

「散歩をしていたらいたので捕獲しました。ユウリゲットだぜ、というやつです」

「ゲットされちまったです」

「いや、そんなポケモンゲットしましたみたいに言われても!?」

 

朝から鋭いツッコミだ。

 

「というか、やはり無断で抜け出していたんですね。これは後でお灸をすえる必要がありそうです」

「は、鼻摘まみですか!? また鼻を攻撃しやがろうとしてるですね!?」

「いいえ、鼻摘まみはしませんよ」

 

私はユウリに微笑みかけ。

 

「今度はくすぐりです」

「ぎゃあああああああ! やめてください! 私くすぐりは苦手です!」

「それは良いことを聞きました。私、人の弱点を突くことがとても好きでして」

「このドS師匠、どうしようもねぇです!」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って! 2人とも仲良くなりすぎじゃない? というか師匠って何?」

 

ユウリを楽しく弄っていたところに、ソニアが手と疑問を挟んでくる。

そういえばソニアは事情を知らない。しかも、私とユウリは昨日が初対面なのだ。戸惑うのも当然だろう。

しかし、あまり多く話しても理解しにくいだろう。出来るだけ簡潔に答えよう。

 

「先程ユウリを弟子にしました」

「弟子にしてもらったです」

「どういうことよ!?」

 

2人で息を合わせてサムズアップすると、ソニアは余計に混乱した。

そして、かくかくしかじかと事の経緯を話すと。

 

「はああああああああ!? オレンジにバトルの弟子入りをした!? しかも、旅にも同行する!? ……待って一回整理させて」

 

ソニアは頭を抱えながら考え込む。

この反応も仕方ない。先程も言った通り、私とユウリは昨日が初対面なのだ。それが24時間も経たぬ内に師弟関係になった挙句、一緒に旅をすると言っているのだ。

ソニアからしたら、どこからツッコンでいいのか分からなくてなっているのだろう。

 

「よし整理完了。ちょっとユウリ! 師匠ってどういうことなの!?」

「そのまんまです。オレンジさんのバトルの強さの極意を教えてもらおうと弟子入りしたです」

「いやいやいや、おかしいでしょ!? そもそもオレンジは研究者なのよ? ポケモンバトルなんて……」

「最強などと自惚れるつもりはありませんが、野生のポケモンから自衛できる程度には嗜んでいますよ。元々、ガラル地方に来る条件にも最低限自衛できる程度バトルの腕がある人間という項目がありましたから」

「そ、そういえばそうだったわね……」

 

どうやら、忘れていたらしい。

 

「でも、10歳の女の子と大人の男が2人っきりって大丈夫なの? 親の反対もあるだろうし」

「ああ、親御さんの了解なら先程取りましたよ」

「取れたの!?」

「ええ、さっきここに戻って来る道中に電話で」

「すごかったですよ師匠は。私がいなくなって心が不安定な母親を巧みな話術で誘導しやがったです」

 

ソニアから不審者を見る目を向けられた。

私はため息をついて。

 

「人聞きが悪いことを言わないでください。私はこのままユウリが1人で旅に出るリスクと私と一緒に旅に出るメリットを提示して奥さんに選ばせただけです」

 

まあ、たしかにリスクの方は少し非日常的なことを盛り込んだが。

しかし、旅をしていればチンピラっぽい悪の組織が悪事を働いている場面に出くわすことはよくあるのだ。私は嘘は言っていない。自分の経験の中から、1人旅のリスクを説明しただけなのだから。99%のトレーナーは体験しないで終わる事の方が多いと思うが。

「リスクとメリットなら、後者の方がマシに聞こえるに決まってるじゃない……」

「どういうことですか?」

「CMと同じですよ。デメリットを言った後に、それを解決するメリットを紹介する。そうすればその商品がより良いものに感じられるでしょう? これが世の仕組みです」

「大人の世界って嘘ばっかりです!」

「嘘ではありませんよ、ユウリ。これは大人の事情……痛い! 耳が痛い!」

「子供に何を教えてるのよ! ……はぁ、本当に大丈夫なの?」

「心配ありませんよ」

「心配しかないわよ! ……もう、人が散々悩んでる時にあんたたちは」

 

ソニアは再度頭を抱えてため息をついた。

しかし、何故だろう。昨日から感じていたソニアの重苦しい雰囲気が、不思議と和らいだ気がする。

 

「2人はもう答えを決めてるのよね?」

「ええ、まあ」

「はいです」

「そっか……そっか。そうだよね、ユウリはずっとチャンピオンになりたいって言ってたもんね。チャンピオンになって、ダンデくんを振り向かせるって」

「ちょ、ちょっとソニアさん!?」

 

自分の恋事情をさらりとバラされ、ユウリは顔を真っ赤にしていた。

というか、ダンデ? あの約束すっぽかし男ではないか。そんな人間が好きとは、ユウリはダメ男が好きなのだろうか?

ダメ男好きは苦労する。ソースは未だに彼氏が山籠りを終えるのを待ち続けているカスミだ。

そんな男師匠として許さんと言いたいところだったが、何となくそんなことを言える空気ではなかった。

 

「……私も腹くくらないとね」

 

ソニアはがんばるぞい、とばかりに両手を握って何かを決意していた。

何のことか分からない私とユウリは、互いの顔を見合って首を捻った。

 

 

 

それから2日後。

私は旅支度を整えてブラッシータウン駅でユウリを待っていた。

あれから2番道路の調査をする傍ら、ユウリのポケモンの捕獲を手伝ったり、バトル理論の講義をしたりとあっという間に時間が過ぎていった。

心配されていたユウリのけがも問題なく歩ける程度には回復し、医者からの許可も降りたのでことなきを得た。

私が『ヌメルゴン探偵〜受けてみろ! 俺のほねこんぼう!』を読んでいると、ダッダッダとこちらに向かってくる足音が聞こえた。

ユウリだろうかと顔を上げると。

 

「はぁ、はぁ……良かったぁ。まだ行ってなかった……」

 

そこにいたのは息を切らせながら膝に手を置いているソニアだった。

何か忘れ物があったのだろうか? しかし、荷物に不足がないことは何度も確認したはずだが。

 

「はて? 何か忘れ物でもありましたか?」

 

ソニアは息を整えて姿勢を正す。そして、くすりと笑い。

 

「うん。ある意味忘れ物かな?」

「ある意味忘れ物?」

「そう。今回のあんたの旅、私も同行するの。だから忘れ物」

「……えぇ?」

 

ソニアが旅に付いてくるなど寝耳に水の私は、言葉を失ってしまう。

「なぜ?」

「元々おばあさまからね、今回のオレンジの旅に着いて行くか、研究者を辞めるかどちらか選べって言われてたの」

 

なるほど。だから、あのような空気だったのか。私の滞在予定を聞いたのも、ソニアへのタイムリミットを提示するため。

それにしても調査に行かなければ辞めろとは、なかなか厳しいな。さすがはマグノリア博士。男社会の研究者界隈を女性でありながら乗り越えてきただけのことはある。

 

「正直迷ってたんだ。わざわざ遠いカントーから調査に来るってことは相当研究に熱意のある人だろうし、私みたいな半端な人間が一緒に行っても邪魔にしかならないんじゃないかって」

 

私はソニアが半端な人間だとは一度も思わなかった。

彼女は私が知らないポケモンのことにも一つ一つ丁寧に答えていたし、熱意も十分感じた。

おそらく、こういうところなのだろう。マグノリア博士が、あえてソニアに厳しい選択を迫った理由は。

 

「でもね。オレンジとユウリを見てるとなんか真面目に考えるのがバカらしくなっちゃって。うんん、実際バカだったと思う。だって熱意とか半端者とか関係なく、2人は純粋に目的に向かって歩いてるだけなんだもんね」

 

ーーだから、私と踏み出すことにしたの。

 

ソニアは言った。

彼女は、自ら蓋をしていた空間から飛び出すことを選んだ。その選択を拒む理由など、私の中には一切なかった。

私は手を差し出して。

 

「なるほど。では、これからもよろしくお願いします、ソニア」

 

私の返答にソニアはニコリと笑顔になって。

 

「うん。こちらこそよろしくね、オレンジ」

 

ソニアは私の手を握った。

そこに、ユウリが手を振りながら駅の入り口から歩いてきていた。

 





大体主要キャラは紹介しきったので、質問形式にしようと思います。

Q.好きな異性のタイプは?

オレンジ→自立している女性。シロナ以外。
ソニア→一緒にいて楽しい人。
ユウリ→ダンデさん。
グリーン→かわいい女の子。
レッド→バトルが強い人。
ムーン→嫁(リーリエ)





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(間話)移動の列車の中

本当は1話にしようかと思いましたが、それだときりが悪そうなので間話として投稿します


列車の心地よい振動に揺られる。そして、窓から見えるのは地平線が見えるほど広大な草原。土地が狭いカントーでは、絶対に見られない自然の芸術に感動してしまう。

ブラッシータウン行きの列車でも見た景色だが、違う角度から見るとまた見え方が変わる。

 

「すー。すー」

「くー。うにゃむにゃ、私がチャンピオンです〜むにゃむにゃ」

 

しかし、そんな素晴らしい景色が映っているのに、シンデレラとおやゆび姫はお休み中らしい。

まあ、仕方ない。おそらくソニアは散々悩んだ末に旅に踏み切ったのだ、ここ最近まともに眠れなかったのだろう。証拠に目にはくまが浮かんでいる。

ユウリも遠足前の子供のように次の日の旅立ちに興奮して眠れなかったに違いない。寝言を聞いていれば大体察しがつく。

私が静かに景色を眺めていると、腰元のスマートフォン (博士にこちらで使える物をお借りした)がバイブした。

どうやら、グリーンからの電話着信のようだ。しかし、今は列車の中。通話はマナー違反だ。

私は一度通話を拒否して、アプリのメッセージ機能に切り換える。

 

橙『すいません。今列車の中なのでこちらでお願いします』

 

緑『おう。分かった』

 

橙『それでどんな要件ですか?』

 

緑『特に重要なことでもねえよ。今レッドと一緒にアローラ地方に来てるんだ。オレンジは前にアローラに来たんだろ? なんかオススメのスポットとかねえかなって』

 

橙『グリーン……。一緒に行く友人がいないからって、嘘はいけませんよ。そこはせめて中2とかトウヤと言いましょうよ』

 

緑『本当だっての! ほら見ろ!』

 

そうして送られてきた写真には、子供の頃から変わらない服をTシャツに変えたレッドが相変わらずの無表情でピースしている姿が写っていた。

どうやら真実らしい。いつの間に山籠りを終えたのか。

 

橙『レッドは山籠りをやめたのですか?』

 

緑『いいや。なんかレッドが海見たいって急に言い出しやがったから、そんじゃアローラ地方でも行くかーって感じだ。だから、多分カントーに帰ったらまた篭ると思うぜ』

 

橙『……軽すぎるでしょう。学生の突発的な旅行ですか』

 

現役のジムリーダーと元チャンピオンの行動とは思えず、呆れてしまう。

まあ、一時的とはいえ山から出たのは進歩なのだろう。

 

緑『つうかトウヤはまだしも、なんでワタルと2人っきりで旅行に行かなきゃなんねえんだよ! 罰ゲームでもごめんだね!』

 

橙『……そうですね、すいません。あの人と旅行に行くくらいなら、シロガネ山に3日篭る方がマシですもんね』

 

ワタルの扱いが悪すぎる。まあ仕方ない。まともに会話ができない上に、事あるごとに私やグリーンに面倒ごとを押し付けるやつが悪いのだ。

ワタルの悪口はほどほどにして。

 

橙『話を戻しますが、アローラのオススメのスポットですか……。そうですね、バトルツリーなんてどうでしょう? 最先端の技術を結集したバトル施設のなんです。私がアローラにいるときは工事中でしたが、たしかもう出来ている頃でしょう』

 

緑『行く!』

緑『って、レッド! 俺の携帯勝手に触んな!』

 

どうやら、レッドと一緒にメッセージ欄を見ているようだ。相変わらず仲がいい2人だ。

 

橙『それと、スーパー・めがやす跡地もおススメですよ。私が仕込んだゴーストポケモンたちが、観光客を恐怖のどん底に陥れてくれますよ♩』

 

緑『行こう!』

緑『行くかぁ! つうかお前も、行く先々でゴーストポケモンに脅かし方を教えるのやめろ! お前の仕込み方洒落にならないくらい怖いんだよ!』

 

橙『ふふ、あの子たちは筋が良かったので、シオンタウンの子達よりも怖くしておきましたよ』

緑『行こう!』

緑『だから行かねえって言ってんだろ!』

 

大体理解できていると思うが、レッドはホラーが大好物。逆にグリーンは苦手だ。

 

橙『それとこの前アローラにポケモンリーグが出来たのはご存知ですよね? その新チャンピオンが私の弟子なので、時間があったらバトルでもしてあげてください。最近、友人や嫁が多忙で寂しがっているようなので』

 

緑『嫁? は? 嫁!? お前のアローラの弟子ってことはまだ子供だよな? それなのに嫁がいんのか!?』

 

ちなみにムーンはカントーにいるときから私とは知り合いだが、殆どをトキワとシロガネ山で過ごしているグリーンとレッドとは面識がない。

 

橙『他地方の文化ですから。こちらとは多少違いますよ』

 

緑『お、おう。まあ、分かった。時間があったらリーグの方にも行ってみるよ』

 

本人を見たら常識人のグリーンはどういう反応をするか。私の予想は動揺してまともなバトルができないと思う。

 

橙『ええ。チャンピオンの方にも2人が行くことは伝えておきます』

橙『私の弟子ですから、それなりに腕が立ちますよ。油断して負けないでくださいね』

 

緑『ナメんな。さすがにチャンピオン1年目のひよっこに負けたりしねえよ』

 

言ったな。負けたら弄ろう。グリーンがキレるまで弄ろう。

 

橙『そうですか。では、健闘を祈ります。あと、お土産は冷凍保存されたマラサダをお願いしますね』

 

緑『わーたよ。それじゃあ、サンキューなオレンジ』

 

橙『ベストウィッシュ。2人も良い旅を』

 

そして最後に私は『この世で1番俺が強いってことなんだよ!』とドヤ顔で語るグリーン(公式)のスタンプを送った。

その後のことはグリーンのアカウントをブロックしたので知らない。

 

 




Q.好きな映画のジャンルは?

オレンジ→ミステリー、ホラー
ソニア→恋愛物
ユウリ→特撮物(ガブリアスキッド)
グリーン→アクション
レッド→見ない


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ワイルドエリア

年末は忙しい……


数時間にも及ぶ列車の旅は一旦幕を閉じ、大自然を歩く旅が開幕した。

足が隠れるくらいに伸びた草が数えることが気が遠くなるほど生えている。 一歩踏み出すごとに水溜りを叩いたような水が足にこびりつく。

少し目線を上げて、辺りを観察すればカントーでも馴染みのあるポケモン、見たことないポケモンと色々なポケモンたちが生態系を形成している。

これがガラル地方最大の大自然、ワイルドエリア。

あまりの光景に私は感動を抑えきれず、気がつけばカメラのシャッターを切っていた。

これはすごい。調査のしがいがありそうだ。

 

「師匠ー! 師匠ー! 早く修行やろうです! 修行!」

 

ユウリはぴょんぴょん跳ねながら私に催促してくる。

 

「ふぁ〜……。なんで寝起きなのにあんたはそんなに元気なのよ」

 

可愛いあくびをしているソニアは、まだ眠気が覚めていないのか身体が重そうだった。

 

「歳の差では?」

「そんなに歳とってないわよ! というかあんたも同い年でしょうが!」

「……はぁ。すいません」

 

単に子供の活力の多さを言ったつもりだったが、ソニアには違う捉えられ方をされたようだ。女心は難しいものだ。

 

「まあ、それはそれとして。修行ですね。ちゃんと考えてますよ」

 

私の言葉に、ユウリはいかにもワクワクしてますと言った風に期待の眼差しを送ってくる。

おそらく活気的な特訓を期待しているのだろう。しかし、申し訳ないがその期待は裏切らせてもらう。

「今回の修行は野生のポケモンと戦うことです」

「え〜? 野生のポケモン……」

 

ユウリは露骨に嫌そうな顔をしていた。まあ、その反応は予想通りだ。

この修行方法に疑問はあるのはソニアも同じようで、口を挟んできた。

 

「ユウリはもう野生のポケモンとは戦ったことがあるんでしょ? なんで今更野生のポケモンと戦うの?」

「そうですね。たしかにユウリは野生のポケモンとはある程度戦えるのでしょう。しかし、それが出来たのは相手がバトル慣れしていなかったからでしょう」

「バトル慣れしていなかった?」

 

いまいちピンときていない2人に私は説明を続ける。

 

「簡単に言えばユウリが主に戦ってきた野生のポケモンたちは1番道路や2番道路のポケモンですが、あの辺りは餌が豊富ですから生存戦争があまり活発じゃありません。それ故にポケモンたちもバトルの経験値が低いのです」

 

私は草原の方を向いて。

 

「ですが、このワイルドエリアのポケモンたちは違います。厳しい弱肉強食の世界の中生き抜いてきたポケモンたちですから、バトルの経験値は通常のポケモンよりも段違いに高い。このポケモンたちを相手にすれば、自然とユウリの弱点も克服できるでしょう」

「私の弱点ってなんです!? すっげぇ、気になるです!」

「それに気がつくのも修行なのですが……。まあ、初回ですし今回はサービスしましょう。ズバリ、あなたの弱点は不測の事態への対応力です」

「要するに不意打ちに弱いっこと?」

「その通りです。それを克服するためには、バトルを重ね様々な状況を経験することが1番の近道です」

 

私が言い切るも、ユウリはどこか釈然としない様子だった。

 

「思っていた修行と違うのは理解しています。しかし、私の教え方はまず基礎を固めて、そこから発展です。その考え方を変える気はありません。私のやり方に異議があるのなら、他の人間に教えを請いなさい」

「……大丈夫。やるです」

 

ユウリは渋々だが納得したようだ。

「そうですか。では、私とソニアはあちらの方で調査していますので、終わったら連絡します。それまで適度に休憩をとりながらで構わないので、バトルを続けなさい。以上です。行きますよ、ソニア」

「え? う、うん。分かった」

 

私がスタスタと歩いて行くと、ソニアはユウリの方を何度も見ながら私について来た。

 

 

 

「あれで良かったの?」

 

私がしゃがんで草の材質調査をしていると、後ろからソニアが声をかけて来た。

「良かったの、とは?」

「ユウリのことよ。言いたいことは分かるけど、もっと言い方があったんじゃない?」

「駄目ですよ。教える立場である以上、相手の機嫌を伺うことはタブー中のタブーです。私は教えてあげている、ユウリは教えてもらっている。この関係を崩せば、それは師弟関係とは言いません。ただの仲良しこよしの関係です」

「……でも、あの子はまだ子供だし」

 

なおを食い下がるソニア。やはり、ユウリの別れ際の不満顔が不安なのだろう。

人を心配できるのは美点だが、やり過ぎればただの過保護だ。

私は呆れたようにため息をついて。

 

「だからこそですよ。ある程度メンタルコントロールができる大人に比べて、ユウリのような年齢は感情に行動が左右されます。そんな精神的に未熟な相手だからこそ、文句を言えば自分の思い通りになると思わせてはいけないんです」

 

私の言葉を聞いたソニアは、目を見開いて驚いていた。

おそらく、私がここまで深く考えているとは思っていなかったのだろう。

まあ、この歳で人に教え慣れている人間も少ないだろうし、ソニアが理解できていないのも無理はない。

それにしても今回はなかなかの跳ねっ返りな弟子だ。こんな弟子はゴールド以来だ。

ヒカリは素直だったし、セレナは理知的だったし、ムーンに関しては元々私の人柄を知っていたから特に文句もなく言うことを聞いていた。

しかし、言うことを素直に聞くから絶対に強くなれるわけでもない。なぜ強くなるのか、どうやって強くなるのか人それぞれで不透明。だから、人を育てることは面白い。

私はスマホの時計で時間を確認すると。

 

「それにユウリも今頃はこの修行の本当の意味を理解している頃でしょう」

「本当の意味って、ユウリの弱点克服が目的じゃなかったの?」

「それではまだ50%の答えです。本当に全部教えてしまうわけないでしょう。それでは修行になりませんよ」

 

私は草の一部を袋の中に入れる。後で成分を詳しく調べるためだ。

そして立ち上がり、ユウリが修行しているであろう方向を向いて。

 

「さてさて、どうなっていることか」

 

 

 

「まったく! なんなんですか、師匠は!」

 

珍しく私は怒っていた。スクールにいるときだってこんなに胸がムカムカとした経験はない。

もっと、いきなりバーンと強くなるような秘訣を教えてもらえると思っていたのに、蓋を開けてみれば野生のポケモンと戦えだ。

そんなこと1人でもできるだろ! そもそもホップ以外近所に子供がいなかったから、もっぱら私の修行方法は野生のポケモンとのバトルだったのだ。野生のポケモンとのバトルなんて腐る程経験している。今更何の意味があるのか。

もしかして師匠は私を育てるつもりはないのだろうか。今だって私の修行をそっちのけで自分の仕事をしているし。

もしそうだったらどうしよう。チャンピオンリーグまで時間もないのに……。

 

私の心の中に疑心が渦巻いている時、草むらがカサカサと揺れた。

私はばっと臨戦態勢をとる。

そして草むらからうさぎ型のポケモンが二匹飛び出して来た。

ポケモン図鑑で検索すると、あのポケモンはホルビー。ノーマルタイプのようだ。

群れの対戦だが、その対戦は何度もしたことがある。

「ノーマルタイプには、かくとうタイプ! 行くですよ、ラビフット!」

「ラビフッ!」

 

ラビフットはほのおタイプだが、ノーマルタイプに効果抜群なにどげりが使える。私のポケモンの中では1番ベストな選択だ。

……こうなったらこの修行を余裕でこなして、こんなことさせても非効率だと師匠に教えてやるです!

 

「ラビフット、先手必勝! でんこうせっかで接近するです!」

「ラビフッ!」

 

ラビフットはその名の通り電光石火の速度でホルビーに接近する。ホルビーはあまりの速度に反応できていない。

いける!

 

「そこです! にどげり!」

「ラビッ、ラビフッ!」

「ホルビっっっ!!」

 

にどげりを顔元へまともに受けたホルビーは、飛ばされて1、2とバウンドした。

ふらつきながらも何とか立ち上がったが、かなりダメージを受けているようだ。

「トドメです! ラビフット、ニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

「ホルビ……」

 

ホルビーは目を回してその場に倒れこんだ。戦闘不能だ。

「よくやったです、ラビフット!」

「ラビッ、ラビ!」

 

どうですか! たしかにワイルドエリアのポケモンは通常に比べて強いかもしれないが、今の私なら問題なく戦える!

まったく、師匠は私の実力を理解していない。

これなら、次のステップに進むのも時間の問題だろう。

「さあ、次行くですよ!」

「ラビッ!」

 

そう言って、残りのホルビーの方を見やる。

仲間がやられて怒ったのか、ホルビーは私のことを睨んでくる。しかし、最初のホルビーの戦いを見れば私が負けることはない。

 

「ラビフット、ホルビーにでんこうせっか!」

「ラビフッ!」

 

ホルビーはさっきと同じ要領でものすごい速度でホルビーに接近する。

しかし、相手のホルビーはラビフットが接近する直前にあなをほるで姿を消してしまった。

 

「っっ! どこ行ったです!」

 

私はキョロキョロと辺りを見回してホルビーを見つけようとするが、どこにも見当たらない。

どうして! もう1匹のホルビーは反応もできなかったのに!

「ホルビっ!」

「ラビフー!」

「ラビフット!?」

 

地面の真下から飛び出してきたホルビーの打撃。あなをほるはじめんタイプ技、ラビフットには効果抜群だ。

地面に倒れ込んだのはラビフットだが、すぐに立ち上がる。

しかし、かなりのダメージを負ったようで、手を地面につけて身体を支えていた。

おかしい。たしかに効果抜群の技を受けたにしてもダメージが大きすぎる。

もしかして急所に当たったのか。ついていない。

 

「ホールビッ!」

 

追撃を与えるように、ホルビーはマッドショットを放ってきた。

3つの泥玉がラビフットを襲う。

 

「くっ! ラビフット、にどげりでマッドショットを撃ち落とせです!」

「ラビフッ、ラビフ……ラビフー!」

 

なんとか2つは撃ち落とせたが、最後の1つは間に合わず食らってしまった。

しかし、ダメージはかなり抑えられ……。

 

「ラビフ……」

「そんな!? ラビフット! しっかりするですラビフット!」

 

ラビフットは目を回して倒れてしまっていた。

そんな馬鹿な! たしかにダメージを負っていたけど、泥玉1つで倒れるほどじゃない!

私の心の喧騒をよそにホルビーは臨戦態勢のままこちらの出方を見ている。

私の残りのポケモンは、最近捕まえた一体のみ。正直、分が悪い。

そう考えた私はその場から逃げる選択肢を取った。

「ホビッ、ホビッ!」

 

ホルビーは追いかけて来ていた。仲間を傷つけた私が許せないのか、かなり殺気立っているようだ。これはしつこいかもしれない。

走る、走る、ただ夢中になって走る。

しばらくすると、洞穴が見えてきた。私はその洞穴にラグビーのトライのような体勢で飛び込んだ。

私はすぐに外を確認するが。

「はっはっはっ……どういうことです?」

 

私の予想ではホルビーは洞窟の近くまで来て、私のことを探すものだと思っていた。しかし、ホルビーは私を探す素振りすら見せずにそそくさと退散していった。

あれほどまでに追いかけて来ていたのに急な態度の変化に私は首を傾げる。

「ラッキー……です」

 

危難が去り力が抜けた私はずりずりと背中を壁に預けながら座り込む。

口には血の味がしていた。 悔しさに唇を噛んでいるせいだ。

楽勝だと思ってた。スクールの成績も優秀だったし、努力も人よりしていると自負もあった。野生のポケモンなんて簡単に倒せる、そう思っていた。

だが、結果はどうだ。

ラビフットを倒され、逃げ出して、運で逃げ延びて。……情けない。

マイナス思考のスパイラルに陥りそうになった時、師匠の言葉が浮かんできた。

「後悔はするな、反省しなさい」

 

そうだ反省しよう。そして、次に繋がるのだ。

私は図鑑を取り出して先程のホルビーのデータを画面に出す。

これは師匠に教えてもらった機能で、使いこなしている人は少ないがとても便利な機能だ。これのおかげで戦った野生のポケモンの特性や技、能力が知ることができる。

そして早速発見があった。さっきのホルビーは最初のホルビーに比べてすばやさが高かったようだ。もちろん、でんこうせっかの速度について行けるほどではないが、それについてはおそらく学習されたんだと思う。

 

「ポケモンの学習能力を見くびってはいけない。彼らは人間が思っているよりもずっと賢い」

 

これも師匠の言葉だ。

あの時、私は最初のホルビーと同じ戦法をとった。しかし、それを見て後のホルビーは私のでんこうせっかでの接近のタイミングを掴んだのだ。

バトル慣れしている。この言葉の意味がようやく理解できた。

バトル経験豊富な相手は、私の戦法になどすぐに対応してくる。そしてその戦法に1番効果的な戦法をとってくる。私はそれに対応して……要するにポケモンバトルとは究極のイタチごっこなのだ。

野生のポケモンですら一度見ただけで対応してくるのだ。ちゃんとしたトレーナーとの戦いなら、一度どころか最初から対応してくるかもしれない。

ならば、それこそ野生のポケモンくらいしっかり倒さなければならない。

師匠が伝えたかったことはそれだったのか。

育てる気がないなんてとんでもない。あの人は最初から私を育てることに真剣だったのだ。

 

「……ごめんなさいです、師匠」

「別に気にしていませんよ」

 

意識の外から聞こえてきた声に私は顔を上げる。

すると、そこにはいつもの優しげな顔をしている師匠がいた。ど、どういことです!?

「師匠、どうしてここに!?」

「最初からガブリアスに監視させていたんですよ。ワイルドエリアにはエリアボスと呼ばれる強いポケモンがいると聞いていましたので、保険としてね。極力介入しないように指示していましたが、つい助けてしまったようですね」

「ガブ〜……」

 

いや、すいません。と言いそうな感じでガブリアスは苦笑いして頭をかいていた。

助かけられた?

 

「あ! もしかしてホルビーが不自然に逃げやがったやつですか!?」

「ガバ」

「そうでしたか。ありがとうですガブリアス」

「ガバァ」

 

いいってことよと言う感じで、ジェスチャーしていた。

そうか。結局私はここでも師匠に助けられていたようだ。

 

「また助けられてちまったです……」

 

泣きそうになるのを堪えて下を向いていると、ポンと頭に温もりを感じた。師匠の手の体温だった。

「いいんですよ。あなたはまだ子供なんですから。子供は大人に迷惑をかけて成長するものですよ」

「でも、私師匠のこと疑ったです。師匠は私のこと真摯に育てようとしてくれてたのに」

「言ったでしょ? 気にしてませんて。というか、その程度で怒るなら初めからあなたを弟子にしようなんて思っていませんよ」

 

師匠は膝をつく。私は視線を合わせるように顔を上げる。

 

「強くなることは難しいです。強くなるとは、果てのない地平線をずっと歩いているようなもの。しかし、どんな経験もあなたの一歩にはなる。人を疑うことも、それが間違いだと気がつくこともその一歩なのです。だから、けして悲観することはありませんよ」

「うう〜、師匠ー!」

 

私は師匠に抱きついて泣き出した。

 

 

 

しばらく泣いた後、私はこの場にソニアさんがいないことに気が付いた。

 

「師匠、ソニアさんはどうしたですか?」

「ああ。ソニアなら置いてきましたよ。ここまで移動するのにガブリアスで飛んできましたから。ソニアはガブリアスの飛行が苦手なようですし、その方がいいと思いまして」

「……え? ということは、この野生のポケモンがひしめくワイルドエリアで、ソニアさんは1人っきりてことですか!?」

「……あ」

 

サーと師匠の血の気が引いた音が聞こえた気がした。

 

「ガブリアス! 急いでソニアの下に向かってください!」

「ガ、ガバァ!」

 

……やっぱり師匠間違えたかな。

かっこいいのにどこか詰めが甘い師匠を見ていて、私はそう考えた。

 

 

 

 

……一方その頃ソニアは。

 

「はぁはぁはぁ!」

「ドラァ!」

 

紫色の体色に、大きな身体、逞しい腕には鋭く大きな爪。凶暴でお馴染みドラピオンだ。

ポケモンをレベルの低いワンパチしか持っていないソニアは、追いかけ回してくるドラピオンから必死に逃げ回っていた。

 

「ドラァ!」

「はぁはぁ 、オレンジィィィ! あんた絶対許さないからねぇぇぇぇ!」

 

その後、ガブリアスが着くまでソニアは逃げ続けたのだった。




この後ドラピオンはガブリアスの『ドラゴンクロー』でワンパンされました。
そしてオレンジはしばかれました。

Q.あなたの相棒は?

オレンジ→エーフィ
ソニア→ワンパチ
ユウリ→ラビフット
レッド→ピカチュウ
グリーン→ピジョット


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エンジンシティ〜常識人は不憫枠〜

すいません。本当はホップ戦まで書きたかったんですが、それだとキリが悪い上に1万文字超えそうなので、ここで投稿します。
あとタイトル思いつかなかったんで適当です。


「ラビフット、耳をすませて位置を特定するです!」

「ラビ!」

 

ユウリの指示にラビフットは目を閉じて意識を耳だけに集中させる。

私とソニアは、ラビフットの邪魔をしないようにじっと黙ってバトルの行方を観戦していた。

ゴポッとラビフットの足下が隆起した。

 

「ラビフット下! よけろです!」

「ラビフッ!」

「ホルビ……ホビッ!?」

 

目標がいなくなったせいで、飛び出したホルビーは宙ぶらりんな状態になっていた。

 

「チャンスです! ラビフット、ニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

ホルビーは何とかかわそうとするが、空中故に身体をバタバタと動かすのが精一杯である。そして、炎を纏ったラビフットの突進をまともに受けた。

ホルビーは後ろ身体を引き摺られるように倒れ込む。土煙が晴れると目を回したホルビーが現れた。

 

「やったー! 勝った、勝ったですよラビフット! 10体抜き達成です!」

「ラビフッ! ラビフッ!」

 

ぴょんぴょんと喜びをあらわにするユウリとラビフット。まるで長きに渡り積み重ねてきた努力が実ったかのような興奮のしようだ。

否、努力が実ったという部分は間違っていない。なぜなら、彼女が言っていた10体抜きとは、今回の修行の合格を判断するための課題なのだから。

 

「それにしても、まさか3日でクリアしてしまうとは……。これは予想外ですね」

 

正直1週間はかかると予想していた。

私のつぶやきにソニアが反応してくる。

 

「そうなの?」

「ええ。私の弟子はユウリの他に4人ほどいますが、1人は例外として、他3人はクリアするのに少なくとも1週間は要しましたし、1番かかった人間など1月は野生のポケモンと戦ってました」

「ひ、一月も……」

 

うへぇーと、ソニアは自分が一月野生のポケモンと戦い続ける図を想像したのか、引いていた。

まあ、ゴールドに関してはあの頃の私にも非があるから一概には言えないのだが。

「じゃあ、ユウリはすごく優秀なの?」

「はい。とても優秀です。まあ、本人に言うと調子に乗りそうなので言いませんが」

「ははは、たしかに」

「何話してるですか、2人とも?」

「大したことではありませんよ。次に行くエンジンシティのことについて聞いていただけです」

 

さらりと嘘をつく。ソニアの胡散臭い人を見る目が痛い。

しかし、そんな私の貼り付けたような笑顔を疑いもせず、ユウリはエンジンシティの言葉に目を輝かせた。

 

「エンジンシティ! ようやく行けるですね、ジムチャレンジの開会式に!」

 

ジムチャレンジの開会式とは、その名の通りジムチャレンジに参加するトレーナーを公の場で発表することである。一月に一回ほどのペースで開催されているようだが、狙いとしてはチャレンジャーの顔見せの部分が強い。

その理由としてはスポンサー制度と関係しているのだが、ここで語ることではないだろう。

「そうですね。修行も一段落しましたし、そろそろエンジンシティに向かいますか」

「軽い! 軽いです師匠! もっと、こう……よくやったとか、なんか言葉はないですか!?」

「よくやった(棒)」

「棒読み!?」

「ヨクヤッター」

「なんで片言!?」

「さあ、褒め言葉もたっぷりかけましたし、先を急ぎましょう」

「ちょっと師匠! 待ちやがれです!」

 

ユウリのかんしゃくを無視して私はエンジンシティの方向に歩き始めた。

 

 

 

 

「エンジンシティに私が来た! です」

 

ユウリはエンジンシティの門を潜るなり、手を広げて叫んだ。

てっきりユウリが興奮した末に起こした奇行なのだと呆れていると、観光客だと伺える人々が次々にユウリと同じポーズで叫び出した。

わけがわからない私はただポカーンと見ていることしかできない。

そんな私の様子に気が付いたソニアは苦笑いしながら説明してくれる。

 

「ユウリたちがやってるあのポーズは、『ガブリアスキッド』っていう特撮物の主人公がある名シーンでやるポーズなの。そしてこのエンジンシティは、そのポーズを実際に撮影したところなのよ」

「要するに聖地というわけですか」

「そういうこと。だから、こうやってファンの人は門の前であのポーズをするのが定番なのよ」

「ほぉー……ところでガブリアスキッドとは、ポケウッドで上映された劇場版のテレビ版ということですか?」

「うーん。私も詳しくは知らないけど、多分そんな感じだと思う。たしかポケウッド版は大人からの評価が高いけど、ガラル版は子供達から絶大な支持を得ているって、雑誌に書いてあったから」

「そうですか……」

 

まさか、ガブリアスキッドがガラルでそんな人気になっているとは。初代アクターを務めた身としては誇らしいやら、気恥ずかしいやら。

私が昔の黒歴史を数年ぶりに思い起こされ遠い目をしていると、目を輝かせたユウリがこちらにかけてきて。

 

「師匠、師匠! 師匠のガブリアス貸してください! 聖地でガブリアスと一緒に写真撮りたいです!」

「構いませんが、あまり無理はさせないようにしてくださいね。出てきなさい、ガブリアス」

「ガバァ!」

 

ガブリアスが登場すると、一気に周囲がざわつき始めた。

どういうことだろう? 何かあったのだろうか? 私が戸惑いながら、周囲を見回しているとソニアが。

 

「ガブリアスはガラル地方には生息していないポケモンだから、珍しいんじゃない? ただでさえ、ここはガブリアスキッドのファンが集まるんだし」

「生息していないポケモンがヒーローで、よく人気になりましたね……」

 

よほど作品の出来が良かったのか、広報が頑張ったのか。どちらにせよ、スタッフの努力が伺えた。

そんな周囲の目を気にせず、ユウリは門を背景にして先程と同じポーズを取り、ノリのいいガブリアスもそれに合わせてポーズを取り、写真を撮った。

それを見ていた観衆が。

 

「すいません、俺も一緒に写真いいですか?」

「僕もお願いしたいです!」

「あたしも撮りたい」

 

と、次々に名乗りを上げてきた。

困ったユウリは私にどうすればいいかという視線を向けてくる。

流石にこの流れを私の一存で止めるのは出来そうになかったので、仕方なく撮影を許可することになった。

次々と思い思いのポーズをガブリアスにリクエストし、元々目立つことが好きなガブリアスはそれに快く応える。気がつけば、門周辺はちょっとした撮影会と化していた。

あまり大きな騒ぎになってほしくはないのだが。

ソニアも予想外の騒ぎの広がりように少々心配になっているようだ。

 

「大丈夫? そろそろやめさせた方がいいんじゃ……」

「……無理でしょう。撮影を仕切っているユウリも、撮られているガブリアスもノリノリですし。これを止めるのは難しい。というか、ぶっちゃけめんどくさい」

「本当にぶっちゃけたわね……。まあ、たしかにあの集団の中に入って撮影を中断させるのは疲れそうね」

「そういうことです。なので、多分そろそろ騒ぎを聞きつけたジュンサーが撮影会の中止を言いに来ると思うので、そちらに任せることにします」

「そうだね。私もその方がいいと思う」

 

集団心理に個人が立ち向かうのはとてつもない労力を使う。私の身体能力を理解しているソニアでも、私の公権力への丸投げに同意した。

そしてそのまま成り行きを見守っていると、この騒ぎは予想とは違う形で幕を閉じた。

 

「お、なんだなんだこの騒ぎは?」

 

その瞬間、ガブリアスに向いていた関心も、野次馬たちの関心も、全て言葉を発した人物へ引き寄せられた。

その人物とは王様を連想させる豪華絢爛なマントを羽織り、堂々とした雰囲気からは貫禄すら感じる。そして何より、見覚えのある特徴的な髪型と顔のペイント。

 

「……チャンピオンだ」

 

誰かがポツリと呟いた。

 

「チャンピオンだ!」

「ダンデさーん!」

「こっち向いてください!」

 

その呟きが導火線となり、次々と歓声が上がっていく。

ガブリアスの騒ぎなど軽いストリートパフォーマンスだったかのように、チャンピオンダンデの登場の騒ぎは段違いなものだった。

存在するだけで人の視線を集めてしまう圧倒的な存在感。まさに本物のスターと言えよう。

……というか、あの約束すっぽかし男はチャンピオンだったのか。

正直、自分の弟子がチャンピオンでもない限り、他地方のチャンピオンなど興味ないからまったく知らなかった。どうりでソニアがあそこまで必死にバトルを止めるわけだ。

「ガブ……ガバァ……」

 

そして関心も歓声もすべて持っていかれたガブリアスは、ズーンと膝を抱えて落ち込んでいた。

後で締めておく必要があると考えていましたが、あの様子ならいらなそうだ。

 

「あれ? あのガブリアスって、もしかしてオレンジのガブリアスか?」

 

ダンデの後ろからひょっこりと顔を出してきたのは、ユウリと同じく救助の時に出会ったホップだった。

見たところホップは、ダンデの近くにいることを許されているようだ。

「ホップとダンデは随分と近しい仲のようですが、2人はどんな関係なのですか?」

「2人は兄弟よ。ガラルでも1番有名な兄弟なの」

「ほう。そんな関係だったのですか」

 

たしかに、よく見ると面影がある。

私たちの会話をよそに、ホップはガブリアスに近づき頭の辺りを観察するようにまじまじと見つめ。

 

「やっぱり、この頭の傷! オレンジのガブリアスだぞ!」

 

その言葉に私は感心した。たしかに私のガブリアスの頭の辺りには傷があるが、そこまで大きいわけでもない。それを一度見ただけで覚え、なおかつそれを呼び起こす能力。ユウリに負けず劣らずの才能が垣間見えた。

そしてホップはキョロキョロと辺りを見回す。おそらく私を探しているのだろう。

そして私を見つけると、ホップは人混みを掻き分けて私のもとに来た。

 

「よ、オレンジ! ついでにソニアも!」

「こんにちはホップ」

「なんで私はついでなのよ……」

「あれ? なんでソニアとオレンジは一緒にいるんだ?」

「話聞きなさいよ!?」

「まあまあソニア、落ち着いて。まあ、かくかくしかじかというわけですよ」

「へぇー、ユウリも一緒なのか。師匠と弟子って、なんかカッコいいぞ」

 

頭の後ろに両腕を組みながらホップは屈託無く笑った。

この純粋な感じ、どこかジュンを思い出す。私は観衆の真ん中で変なポーズをしているダンデを横目で見て。

 

「それにしても、あなたのお兄さんすごい人気ですね」

「だろー!? アニキは凄いんだ! なんてたって最強にして無敵のチャンピオンだからな!」

ホップは、兄の話になった途端テンションが急上昇した。

しかし、その自慢は身内の功績を誇っているというよりは、熱烈なファンの語りのような印象を受けた。そのせいか、どこかほっこりとした気分になる。

そんなホップを、ソニアはからかうような笑顔で。

「ホップはダンデくんが大好きなんだもんねー?」

「な、なんだよソニア! いいだろ別に! 俺がアニキが好きだってさ!」

「ええ、兄弟仲が良好なのはいいことです」

 

照れながらも兄が好きなことは否定しないホップに、私はこの2人の仲の良さを確信した。

「そういえば今日はどうしたの? いつもなら人前ではダンデくんとはあまり一緒にいないじゃない?」

「ああ。アニキにさ、エンジンシティに着いたって報告したら、俺もエンジンシティにいるから一緒に飯でも食おうって話になったんだ。なんかジムチャレンジ前に美味しいもの食わせてやるって言うから楽しみでさー」

 

どうやら、兄も兄で弟が大好きなようだ。

「あ、そうだ! ソニアたちも一緒に行こうぜ!」

「それはお兄さんに悪くないですかね? お兄さんはあなたとの食事がしたくて誘ったのでしょう?」

「大丈夫だぞ! アニキはそんな小さい事を気にする男じゃないからな! じゃあ、ちょっと聞いてくる!

「あ、ちょっと!?」

 

行ってしまった。

私は伸ばした腕を力なく垂らした。

 

「相変わらずホップは元気ね〜」

「そうですね。聞いていた通り活発な子のようですね」

 

何より人混みを物ともせず掻き分けて、チャンピオンの下に堂々と行けるメンタルが凄い。

そして再度人混みを掻き分けて戻ってきたホップの快活な表情で、ダンデの答えが理解できた。

 

 

 

その後、観衆をほどほどに相手したダンデとホップ。

その2人に目的地を知らない私やソニア、そしてユウリは付いていく。

大通りを抜けて外れ道を歩いて行く。華やかな表通りだった景色は、どこか寂れが目立つ建物が目につくようになってきた。

しばらく歩くと、ダンデが足を止めた。

そして朗らかな笑みを浮かべ。

 

「ここだ」

 

そう言った。

その店はなんの変哲もない少し古い個人営業のお店のようだ。看板からは何を提供しているのか分からないところに、寂れている理由が分かる気がした。

1つ言えることは、ホップが言っていたうまいものを提供してくれるようにはまったく見えなかった。

ソニアもユウリも私と同じような感想を抱いたのか、苦笑を浮かべていた。

そんな私たちの空気を感じ取ったのか、ダンデは

 

「見た目はあれだけど、飯はうまいんだぞ。何よりこの辺りは人が滅多に来ないから、静かに食事ができるしな」

 

おそらく後半の理由が大半を占めているのだろう。

いるだけで人を引きつけてしまうカリスマ性。それは人は羨ましいと感じる部分であるが、人とは違う故にそれなりの苦労があるのだ。

もとよりご馳走になる身分である私は特に文句をつけるつもりはなかった。

 

「なるほど、隠れた名店のようなものですね」

「そういうことだ。じゃあ中に入ろうか」

 

ダンデが中に入るのに続いて私も店の中に入る。

店の中は、見た目よりも綺麗でお洒落な雰囲気だった。テーブルがいくつか並び、奥のキッチンでは無愛想なマスター風の男がじろりとこちらを見ていた。

 

「おー。見た目はボロいのに、中はけっこう綺麗ですね」

「本当だぞ。見た目はボロいのに」

「ちょっと、あんたたち失礼でしょ! ……そう言うことは、思っても言っちゃ駄目なの!」

 

ソニアは2人の耳を引っ張りながら注意し、後半の言葉は耳元で小さな声で言った。

そしてソニアはマスターにすいませんと引きつった笑顔で平謝りする。

だが、マスターは気にする素振りも見せず無愛想に「注文は?」と聞いてきた。

「フィッシュ&チップスとサンドウィッチ。具材はマスターのオススメを適当に頼む」

「あいよ」

 

慣れたように注文を述べるダンデ。

私は席に座るなり。

 

「この店には何度も来ているのですか?」

「ああ。この店の雰囲気が好きだから、時々来るんだ」

「なるほど」

 

たしかに、あのマスターはダンデにまったく興味を示していない。変に意識されない分、楽ということか。

私が納得している横で、ソニアは険しい顔で何かを考え混んでいるようだった。

 

「難しい顔をしていますが、どうかしましたかソニア?」

「え? う、ううん! 大したことじゃないわよ!」

「そうですか?」

 

だいぶ怪しいが、あまり詮索するのもよくない。疑問は飲み込んでおこう。

しばらくすると、マスターが料理を運んできた。サンドウィッチはお洒落に盛り付けられ、フィッシュ&チップスもなかなか美味しそうな見た目だ。

決起集会ではないがジムチャレンジの開会式前ということもあり、ダンデがチャレンジャーとなるユウリとホップに言葉を述べる。

 

「明日、ついに2人がジムチャレンジへ正式に参加する。俺は最初2人を推薦することには抵抗があったんだが、2人の顔を見て分かった。お前らを推薦して正解だったてな。これからつらいこと、悲しいこともあるだろうがそれを乗り越え、そして最後、俺に挑戦しに来い! 待ってるぞ」

「おう! 俺がアニキを倒して新チャンピオンになってやるぞ!」

「残念ですね! ダンデさんを倒して新チャンピオンになるのはこの私です!」

「俺だ!」

「私です!」

「ぜーたい! お・れ・だ!」

「ぜーたい! わ・た・し・で・す!」

 

ガルルルルと闘争心を剥き出しにして2人は言い合う。

いやはや、こんな感情のままに言い合う姿を見ていると昔を思い出す。

あの頃の私は、レッドにつっかかって返り討ちにあうの繰り返しだった。まあ、ユウリたちと違い、あの頃の私は本気でレッドやグリーンのことを嫌悪していたが。それが今となっては友人同士。人生何があるか分からないものだ。

「はっはっはっ、元気のいいチャレンジャーたちで俺もバトルするのが楽しみだ!」

「もう、笑ってないで止めなさいよ……」

「なんなら、2人でバトルしてみたらどうですか? いずれしのぎを削る仲になるわけですから、今のうちに同世代のライバルの実力を知っておくのはどちらにもプラスでしょう?」

「オレンジも煽らないでよ!?」

「お、それいいな! 俺もユウリとホップが、ここまでの旅でどこまで強くなったのか興味があったんだ」

「でしょう?」

「話聞きなさいよ、あんたたち!?」

ソニアが何か言っているがよく聞こえない。というか聞こえてはいるが、無視させてもらう。

「その話乗ったです! ホップに師匠との修行の成果を見せてやるです!」

「俺もいいぞ! ユウリに今の俺の実力を見せつけてやるんだ!」

「決まりだな!」

「では、バトルは食事の後にして、今は食事を楽しみましょうか」

「そうだな」

「オッケーだぞ」

「分かりましたです」

 

そうしてユウリとホップは椅子に座り場は静まった。そしてソニアを除く私たちは何もなかったかのように食事を開始した。

急転した現場の空気にソニアは1人取り残され、顔を右往左往させていた。

 

「え? え? ……もうなんなのよ〜!」

「ソニア、食事の時はあまり騒いではいけませんよ」

「……う、うガァー!」

 

その後、野生のポケモンと化した涙目のソニアに、身体を揺らす攻撃を受けた。

なぜ私だけ、解せん。

 

 




オレンジの過去についていくつか質問があったので、シリーズごとに軽い設定をここで書くことにします。
1話につき1地方書きます。興味がある方は是非。

※これは現段階で考えていることなので、後日細部を訂正する可能性があります。


まずは原点にして頂点カントー地方。今から10年前の設定

オレンジ(10)
ヤマブキシティ出身。家は一家全員がプロトレーナーというエリート。
オレンジはその中でも優秀で、神童と言われていた。そのため家の悲願であったリーグチャンピオンへの期待が大きく、幼少期から厳しい英才教育を施されていた。
雑草の分際でいつも自分の前に行くレッドが大嫌い。そのライバルのグリーンも好きじゃない。
性格としては、今よりも尖っていてビート(浄化前)に近い。
最初のポケモンは親からもらったイーブイ。
現ヤマブキジム・ジムリーダー兼ポケウッド女優のナツメとは幼馴染。
だが、その仲はかなり悪い(と本人たちは自認している)。会うたびにカイオーガとグラードン並みに激しい喧嘩をしている(と本人たちは言っている)。
なお、他者から見ると喧嘩はするけどそこまで仲悪くなくね? らしい。

グリーン(10)
カントー出身。オーキド博士の孫。
わりと調子に乗っていて、後の黒歴史の殆どがこの頃に生み出された。
夢はリーグチャンピオン。
レッドはライバル。オレンジもライバル。
最初のポケモンは、フシギダネ


レッド(10)
カントー出身。原点にして頂点(未来)
この頃から人見知りでポケモンとよく一緒にいた。旅に出た理由も大好きなポケモンとたくさん出会いたかったから。
バトルは好きだが、チャンピオンとかはまったく考えていない。
グリーンはライバル。オレンジもライバル。

こんな感じです。カントーのストーリーも大まかに考えているけど、気になる人が多ければ、後書きに書きます。


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エンジンシティ〜VSホップ〜

 二重の意味で長い。すんまそん。


食後、私たちはホップとユウリのバトルをするために、ポケモンセンター近くに常設されているバトルフィールドにやってきていた。

カントーよりも少し広いくらいで、基本的にフィールド構造はカントーと殆ど変わらない。

私含めソニアとダンデはフィールドの外に立ち、ユウリとホップはそれぞれトレーナー用の白線の中で立っていた。

ついにバトルが始まると思っていたら、ユウリが何かを思い出したかのようにして私に走ってきた。

 

「どうかしましたか?」

「師匠、暇だったらこのバトルを撮影しておいて欲しいです!」

「撮影? ああ、なるほどバトルレコーダーで記録しておけということですか」

「違げぇですよ。ライブ放送の撮影をお願いしたいんです!」

「……ライブ放送?」

 

ライブ放送とは、要するに生放送のことだ。だが、それは一般的にテレビなどで用いられるもの。一般人が生放送をするなんて聞いたことがない。そもそも一般人が生放送して誰が見るのか。

私がちんぷんかんぷんと言いたげにハテナを浮かべていると、ソニアが。

 

「あ、カントー地方にはないのね。ガラルではポケチューブっていうアプリを使って個人のトレーナーが自分のバトルを生放送することができるのよ」

「なるほど、そのバトルを通じて自らの実力を宣伝してサポーターをゲットすると」

「その通り。さらに言うと生放送中は投げ銭と呼ばれる金貨をトレーナーに授与することもできるんだ。要するにいいバトルをすればそれだけ旅の資金を集めることができるってことだ」

「ほう。うまくできているものだ」

 

たしかにトレーナーの旅で1番ネックとなるのは金だ。才能があっても資金が底を尽き旅を断念したという話は山のようにある。しかし、この制度を使えば実力があるトレーナーは自然と支持されて資金を調達できるのだ。

「ついでにバトルの解説なんかもしてくれると嬉しいです。解説ありの方が人気になりやすいんですよ!」

「まったく師匠使いが荒い弟子ですね……。分かりました、やりますよ。ソニアと」

「なんで私!? 普通そこはダンデくんじゃない!?」

「チャンピオンが素人放送の解説なんてやったら色々問題になるでしょう。そうでしょう、ダンデ?」

「そうだな。特に俺は解説の仕事は苦手で大体断ってるから、余計に問題になるだろうな」

「うぐ……分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば」

「ありがとうです! じゃあ、師匠、ソニアさんよろしくです!」

 

ビシッと可愛く敬礼してユウリはフィールドに駆けて行った。

なんだがいつもよりユウリのテンションが高い気がする。ダンデの前だからだろうか? はりきりすぎて、空回りしなければいいが。

 

「ふふ。ユウリったらダンデくんの前だから、はりきってるのね」

「ん? ユウリはいつもあんな感じだろ?」

 

いや、あなたの前だけだ。

当の本人はまったく気がついていないようだが、はたしてユウリの恋の行方はどうなることやら。

そうしてユウリとホップが向かい合いバトルが始まろうとしていた。

 

 

 

 

※ここからは解説=『』、トレーナー「」で進行します。

 

【バトルライブ放送 新人トレーナーホップVS新人トレーナーユウリ※解説あり】

 

『ライブ放送を視聴している皆さん、こんにちは。今回解説を務めさせていただきます、通りすがりの研究者Xです』

『お、同じく通りすがりの研究者Yです』

『今回のバトルはジムチャレンジの開会式を明日に控えた2人の対戦となりましたが、Yさんはどう見ますか?』

『そうね。ホップのバトルはあまり知らないけど、性格通り攻めることが多いと思う。対するユウリは、前までは攻めてばっかりだったけど、最近は考えて戦うことを覚えてきたから、そこに注目かしら』

『なるほど。同じ攻めでもテイストが変わると言うことですか。面白いですね〜』

『そうですね……。ねぇ、通りすがりの研究者ってなに?』

『ネットで本名を晒すのは危険ですから。ハンドルネームのようなものですよ』

 

そんな雑談をしているうちに視聴者は100人を超えていた。初心者トレーナーのバトルにすらここまで集まるとは。この制度は余程ガラル地方で馴染まれているようだ。

そしてユウリとホップがボールに手をかけた。似たような豪快な投球フォームを取り。

「行くですよ、アオガラス!」

「行け、ココガラ!」

 

2人が出したポケモンは互いに空中へと飛び立つ。

 

『さて、いよいよバトル開始のようです。ユウリはアオガラス、ホップはココガラを最初のポケモンとして繰り出してきました。得てして進化前、進化後の対戦となりました。どう見ますかYさん?』

『普通に考えたら進化後のアオガラスが有利なんじゃない?』

『そうですね。たしかに一般的にポケモンは進化した方が種族値が上昇し強いポケモンになります』

『……なんか含みのある言い方ね』

『まあ、含んでますから。意味は見ていれば分かります』

 

先手を仕掛けたのはホップだ。

 

「ココガラ、先ずはつつく攻撃だ!」

「ココガァ!」

「アオガラス、ついばむで応戦しろです!」

「カラァ!」

 

くちばしを光らせた2体の鳥ポケモンが、空中でぶつかり合う。

 

「ガラァッッッ……!」

 

競り負けたのは体格で劣るココガラのようだ。ココガラは後方に飛ばされるが、なんとか体勢を立て直した。

「ううん、やっぱりパワーじゃ敵わないか。それじゃあココガラ、アオガラスの上をとるんだぞ!」

「ココガラァ!」

 

ココガラは羽を広げて上昇し、アオガラスの真上にぴったりとつけた。

 

『これはホップが上手いですね。進化前のアドバンテージを活かしています』

『進化前のアドバンテージって何?』

『簡単に言えば体格差ですよ。ポケモンは進化するに当たって能力の上昇と共に体格も大きくなることが多い。特に今回のアオガラスなど全長が10倍近く変わりますから、あれが真上に付かれたら攻撃が届かないでしょう』

『へぇー、バトルって能力だけじゃなくて体格でも戦法が変わるのね。奥が深いわ』

『と、旅を始めたのに先日3キロ太ったYさんが言っております』

『違うから2キロだから! って、何言わせるのよバカ!? これ数百人に見られてるんだからね!?』

『何で毎日歩いてるのに太るんですか?』

『しょうがないでしょ! 歩くとお腹すいて食べちゃうんだから!』

 

雑談はさて置き、上を取られたユウリは苦い顔をする。

仕方がない、先程も言った通りこのままでは攻撃が届かない上に隙を常に見せている状態なのだ。しかし、ここからが修行の成果を見せる時とも言える。

 

「アオガラス、振り切れです!」

「無駄だぞ! ココガラ、つつくだ!」

「ガラァ!」

「カラァッッ!!」

 

真上から守る暇なくつつくを受けたアオガラスは、バランスを崩して地面の方向に落ちていく。

 

「アオガラス、地面に向かってスピードスターです!」

「カラァ!」

 

アオガラスは重力にくちばしを曲げられながらも、何とか無数の星を地面に向かって放った。

星が地面にぶつかり大きな砂煙が舞い上がる。フィールド全体を覆う煙にアオガラスの身体はすっかり隠れてしまった。

 

「上手く威力を落下の威力を殺したな! でもその状態ならスピードは出せないぞ! ココガラ、アオガラスが戻ってくるところをつつくで迎撃するぞ! 準備をして待ってるんだ!」

「ココガァ!」

 

砂煙から戻ってくるアオガラスを迎撃しようと、ココガラはくちばしを光らせる。

たしかに、ひこうポケモンはスピードを出すのにある程度助走が必要だ。だから、一度地面に足を付けたアオカラスはある程度飛行しなければトップスピードは出せない。

まあ、それがただの新人トレーナーならの話だが。

 

「甘ぇですよ! アオガラス、トップスピードでついばむ攻撃!」

「アオカラァ!」

「なんだって!? くっ、ココガラかわせ!」

 

無理だ。間に合わない。

 

「ココガァッッーー!」

 

私の予想通りココガラはアオカラスの攻撃を避けることができずにまともに受けてしまった。

地面に落ちたココガラは目を回してしていた。

 

『ココガラ戦闘不能でユウリが先手を取りました』

『どういうことなの? ひこうタイプは一度地面に落ちたら、トップスピードを出すまでに少し時間が必要のはず』

『その通り。その特性は羽を持つひこうタイプ共通のことですから、アオガラスも例外ではありません』

『じゃあ、ユウリはどうやってアオガラスのトップスピードを実現させたの?』

『簡単なことです、要はアオガラスは落ちないで滑空していたんですよ。落下途中ユウリはスピードスターをアオカラスに指示しました。あれは一見すると落下の威力を殺すために放ったように見えますが、実は砂煙をあげてアオガラスの身を見えなくして、ホップにアオガラスが落下したものだと錯覚させるために放ったものだったのです』

『あの一瞬でそんな判断をしてたのね……』

『はい。しかし、ユウリはいいですね。その場の状況を利用し相手の先を行く、修行の成果がしっかり出ています。逆にホップは少々軽率でしたね。アオガラスが落下したものだと楽観視して、悠長に構えていましたから。あそこはもう少し慎重に行くべきでした。まあ、新人トレーナーですから、これから学んでいけば十分でしょう』

 

私のコメントにソニアもうなづく。そして横にいるダンデも「その通りだ」と呟いていた。

しかし、先手を取られた悔しさと自らの判断ミスに対する不甲斐なさを隠しきれないホップはボールに戻したココガラに何かを語りかけていた。おそらく謝罪の言葉だろう。

そして2体目のボールを手に持つ。

 

「行くぞ、ウールー!」

 

出てきたのは白いもふもふの毛に覆われた羊型のポケモン。ウールーと言って、ハロンタウンでも見かけた。

 

『もふもふ! ……はっ、失礼しました。ホップの2体目のポケモンはウールーのようです』

『落ち着いてよ? ……ホップとウールーは小さな時から一緒。それこそ付き合いで言えば私よりも長い家族のような存在よ。だから、このバトルでは2人のコンビネーションに注目ね』

『もふもふと小さな頃から一緒だと!? ホップ、貴様の罪を数えろ!』

『はいはい、馬鹿なこと言ってないで解説しなさい』

 

呆れたように諌められてしまった。私はこほんと小さく咳をして気持ちを切り替える。

ここでユウリは少し考え込む。一見すると空にいるアオガラスの方が地の利があるように見える。

しかし、ユウリが取った選択はポケモン交代だった。

 

「お疲れですアオガラス。行け、ホルビー!」

「ホルビー!」

 

出てきたのは兎型の愛らしい見た目のポケモン、ホルビー。

それも修行初日にユウリのラビフットを戦闘不能にした個体だ。

煮え湯を飲まされたユウリが絶対にゲットしたいとワイルドエリア中を探し回り、ようやく捕まえたポケモンだ。

 

『ここで交代? 空を飛んでるアオガラスの方が有利だと思ったんだけど、ダメージが残ってるのを嫌ったのかな?』

『いいえ。おそらく交代した理由はウールーの特性もふもふにあります』

『……ふざけてる?』

『違いますよ。本当にそういう特性があるんですよ』

 

ソニアも解説しやすくするために知っててつっこんでいるのだろうが、トーンが本気なので少し怖い。

 

『もふもふとは、直接攻撃のダメージを半減させる特性です。だから、直接攻撃しかないアオガラスではダメージが与えにくいと判断したのでしょう』

『へぇー。便利な特性ね』

『まぁ、その代わりと言ってはなんですが、ほのおタイプの技のダメージが2倍に増える効果もありますがね』

『あれ? でも、ユウリはほのおタイプのラビフットを持ってるでしょ? なんでラビフットじゃなくて、ホルビーなの?』

『それは分かりません。ただ、ユウリもウールーの特性は理解しているでしょう。それならば、何かしら理由があるのは確かです』

 

私が話を切って、フィールドに目を向ける。

そして先に動いたのはユウリだ。

 

「ホルビー、マッドショットです!」

「ホルッビ!」

 

投げられた3つの泥玉が、野球の打球のようなスピードでウールーに向かう。

 

「ウールー! 構うな、そのまま突撃しろ!」

「もふ! もふ! もふー!」

 

ウールーは迫ってくる泥玉を意に介さずにホルビーに向かって走る。そのスピードは泥玉がぶつかっても落ちることはない。

 

「そのままとっしんだ!」

「もふふ!」

「ホルビーッッ!」

 

とっしんをまともに受けたホルビーは、後ろに吹き飛ばされて地面を引き摺られる。

 

「ホルビー、大丈夫です!?」

「ホルッビ!」

 

 心配するユウリに、ホルビーは無事を知らせるように激烈な鳴き声を上げる。

 

『これはホップは思い切りましたね。いくらダメージが半減しようとも、とっしんが中断される可能性もある中、やり切りました。パートナーとの信頼関係がなければできない攻撃でしょう』

『うん。さすがだわ』

 

 バトルの流れがホップに行きかけたところで、ユウリが仕掛ける。

 

「ホルビー、いつものいけです! あなをほる!」

「ビー!」

 

 ホルビーはあなをほり地面に潜り姿が見えなくなってしまった。

 ウールーは姿を消したホルビーの位置を特定しようとキョロキョロと辺りを見回す。

 

「ウールー、惑わされるな! あなをほるなら半減されるし、マッドショットも十分受け切れる威力だぞ! どっしり構えてればいいんだ!」

「もふもふ」

 

 戸惑うウールーを落ち着かせようとホップは声をかける。

 さてさて、そう上手くいくか。

 そしてホルビーはウールーの真後ろに飛び出した。

 

「後ろだ!」

「遅ぇですよ! ホルビー、マッドショット!」

「ホルッビ、ビ、ビー!」

 

 背後からのホルビーに投げ出された泥玉をウールーはかわすことができず、まともに受けてしまった。

 

「も、もふふ……」

「ウールー!? どうした? しっかりしろ!?」

 

 ウールーは目を回して倒れてしまった。戦闘不能だ。

 

『どういうこと? 私はバトルは得意じゃないけど、それでもウールーの体力はマッドショット一撃で倒れるほど少なくなかった。なんでウールーは戦闘不能になったの?』

『単純は話ですよ。ウールーはマッドショットが急所に当たってしまったんです。だから、1回目よりも受けたダメージが増加したんです』

『急所……。なるほど、ユウリは運が良かったのね』

『それも違いますよ。ユウリは急所に当てるところまで計算していたんですよ』

『ええっ!? ということは狙って急所にあてたってこと? どうやって?』

『とぎすますという、攻撃を必ず急所に当てる技があるんですよ。おそらくユウリはそれを使ったのでしょう』

『でも、そんな技いつ使ったの? そもそもユウリはそんは指示してなかったじゃない』

『していましたよ。いつものいけと。そして技は地中から使ったのでしょう。あのホルビーは元から好戦的な性格のようで、あの戦法を普段から使っていたようですから。それを利用して、相手に勘付かれることなくとぎすますを指示したということです』

『ユウリがそんな高度な戦法を使うなんて……! これも修行の成果なの?』

 

 それは修行の成果ではなく、私とバトルした時の戦法をマネしたものなのだが。説明すると長くなりそうなのでスルーしておこう。

 

 ホップはウールーをボールに戻す。そして不甲斐なさを押し殺したような笑みを浮かべる。

 

「やるなーユウリ! アホだったお前があんなすごい戦法使うなんて思いもしなかったぞ!」

「誰がアホですかー!」

 

 いやユウリ、あなたはわりとアホだ。

 

「俺はこいつが最後のポケモンだ! でも、絶対に諦めないぞ! 行け、バチンキー!」

「ウッキー!」

 

 バチンキーと言われたポケモンは、登場すると同時に手に持っている2本のスティックを叩いて軽快なビートを奏でる。

 

『ホップの最後のポケモンはバチンキーですか。見た目はくさタイプのようですね』

『そうよ。ガラル地方では初心者トレーナーに最初に渡す三体のポケモンの内の一体。あのスティックのような棒で音楽を奏でるのが特徴なの』

『ほう。愛らしい見た目をしているのにそんなにロックな一面も持っているのですか。ギャップ萌えというやつですね。ちなみにYさんは鋭いつっこみをしますが、案外責められるとしょんぼりしてしまうタイプです』

『そ、そんなことないわよ! 何を根拠に言ってるのよ!』

『前におばあさんの(に提出するはずだった)大切な物(書類)をなくして大目玉を受けた時、泣きそうになってたじゃないですか〜』

『そ、それは……あったけど……』

 

 横でダンデが吹き出して笑っている。

 それを見たソニアがキッと睨むとしゅんと黙り込んだ。幼馴染のパワーバランスが垣間見えた。

 この血筋は人を圧する才能があるのかもしれない。マグノリア博士の怒った時の迫力はすごかった。一瞬エンティと相対している錯覚を覚えたほどだ。

 まあ、経費報告の領収書をなくすなんてわりと大事だから仕方ない。

 

 フィールドに戻り、一方のポケモンが一度戦闘不能になれば、もう一方にもポケモンの交代が認められる。

 それにユウリは。

 

「お疲れ様ですホルビー。行けです、ラビフット!」

「ラビフッ!」

 

 ユウリは交代を選択し、エースであるラビフットを出した。

 迷いのない交代なところを見ると、初めからこの対戦カードは決めていたようだ。

 

「久しぶりだな、ラビフット……。今度こそお前に勝つぞ! なあ、バチンキー?」

「ウッギー!」

 

 ホップの言葉に呼応するように、バチンキーはスティックを振り回して気合をあらわにする。

 なるほど、2人のセリフを聞く限り、あの二体は何度もぶつかり合っている因縁の相手ということか。

 

「行くですよ、ラビフット。まずはニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

 炎をまとったラビフットがバチンキーに突進していく。

 

「その攻撃は対策済みだぞ! バチンキー、さわぐんだ!」

「ウッキャアアアアアアア!」

「ラビィィ!」

 

 バチンキーのさわぐを受けたラビフットは耳を塞いその場で膝をついてしまった。苦悶の表情を浮かべている。

 

『これもうまい技の使い方ですね。ラビフットは普通のポケモンよりも耳がいいですから、あの騒音は相当な苦痛でしょう』

『証拠に技も出せてないしね』

『さてさて、ユウリはこの状況をどうやって攻略するのか。見物ですね』

 

 まあ、そこまで難しくはない。要は相手の集中を解けばいいのだ。しかし、その手にユウリが気がつくか。

 

「くっ、ラビフット! とびはねるです!」

「ラビフッ……ラビフッ!」

 

 違う、その手は悪手だ。

 

「焦ったなユウリ! バチンキー、はっぱカッター!」

「ウキキ!」

 

 宙ぶらりんになっていたラビフットは撮りもちろん身体を自由に動かせずにはっぱを受けて後ろに飛ばされる。

 

「追撃だ! バチンキー、ダブルアタック!」

「ウキ、ウキャ!」

 

 体勢を崩されているラビフットに、2本のスティックを光らせたバチンキーが襲いかかる。

 

「ラビフット、にどげりで防げです!」

「ラビッ、ラビフッ!」

 

 ラビフットは地面に腕と耳を立て上手く体勢を立て直し、足でバチンキーの攻撃を捌いた。

 

『うまいわよユウリ!』

『しかし、あれは意表をついたから成功した手。おそらく二度目は通用しないでしょう』

『でも、ラビフットが倒されてもユウリにはまだポケモンが二体残ってるんだし、そこまで悲観しなくてもいいんじゃない?』

『まあ、バトルの勝敗的にはそうでしょうね』

『どういうこと?』

『ユウリがわざわざリスクを負ってまでラビフットを温存していたのは、おそらくバチンキーに当てるためでしょう。それだけこのカードは2人にとっては特別なものということ。もしも試合に勝利しようとも、勝負に負けている。ユウリにとっては意地でも負けられないのでしょう』

 

 実際に試合そっちのけで負けられない勝負とはトレーナー同士ならザラにある。私のエーフィだって、レッドのピカチュウと戦う時は普段のバトルとは気合が全く違う。

 そういう勝負は、試合に勝とうとも、どこか敗北感を引きずるものだ。

 絶対に負けられない。

 

『いくら負けられなくても、あのさわぐの妨害をどうにかしなくちゃどうしようもないわ。でもラビフットは遠距離に対応できる技がない。ユウリはどうすれば良いの?』

『簡単ですよ。バチンキーはさわぐことに集中している状態ですから、それを妨害すればいいんです』

『そう言うなら、Xさんはその手を理解しているんですよね?』

『……ええまあ。案外単純な手ですよ? Yさんでもできます』

『私にでも出来る……?』

 

 難しく考えているな。まあ、ポケモンバトルにおいて出来ることなど通常は作戦を指示することだ。私の言葉の意図は読めないだろう。

 

「くぅ! ラビフット、ニトロチャージ!」

「無駄だぞ! バチンキー、さわぐ!」

「ウキャアア!」

「ラビフッッッ……」

 

 耳を塞いだまま、膝をつくラビフット。

 ユウリは八方塞がりな状況に苦い顔をする。それでも考える。この状況を打破する一手を。

 そしてその時バトルの衝撃に飛ばされた石や土がユウリの横に転がった。

 

「はっ、そうです! ラビフット、地面の石を投げろです!」

 

 ラビフットは地獄のようか状況の中、何とか石を探し出す。そして残る力全てを持ってバチンキーに投げつけた。

 石はバチンキーに直撃はしなかったが、近くを通り抜けた。

 しかし、それで十分だ。

 

「ウキャ?」

 

 バチンキーの気が一瞬逸れた。

 

「今です! ラビフットでんこうせっか!」

「ラビフッッッ!」

「ウキャアア!?」

 

 でんこうせっかを受けたバチンキーは後ろに足をすり足するように後退する。

 

「まだまだ! ラビフット、ニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッッッ!」

「ウキャアアアア!?」

「バチンキー!?」

 

 こうかばつぐんのほのお技を受けて、ホップにも焦りが見える。しかし、状況はようやく五分だ。

 ユウリ、攻撃の手を緩めるな。

 

「もう一回です、ラビフット! ニトロチャージィィ!」

「ラビラビラビ、ラビフッッッッッ!」

 

 その攻撃を当てた瞬間、爆発が起こり砂煙が舞う。

 そして砂煙が晴れた中から現れたのは目を回したバチンキーだった。

 それを見たホップは緊張が解けたようにふにゃりと笑い。

 

「俺の負けだな」

 

 その言葉を聞いたユウリは笑顔でガッツポーズを突き上げた。

 

 

 

 

 ーーー『バトルはユウリの勝利に終わりました。しかし、場合によってはどちらにも勝機のある見応えのあるバトルでした。たしかに結果はユウリの完封ですが、結果ほど2人の実力には差がないことは見ていた人がわかるでしょう。その中で2人の勝敗を分けたポイントがわかりますか、Yさん?』

『ええ!? ええっと、ユウリはホップの対策の常に上を行っていたこと?』

『その通り。ホップは色々と仕掛けて行きましたが、ユウリはそのすべてを攻略しました。ようはユウリの方が臨機応変にバトルに適応していたと言うことです。これは才能の問題ではありません。ただの反復練習ですから、どんなトレーナーでも訓練で身につきます。なので、この動画を見ている視聴者の方達は、けして悲観することがないようお願いします。私からは以上です。解説は通りすがりの研究者Xと』

『通りすがりの研究者Yでした』

『次回があるかは知りませんが、もしあればまたお会いしましょう。さよなら』ーーー

 

 ホテルの部屋に静寂が戻る。

 私は自分の解説している動画を見終え、スマフォの画面を消しバッグにしまう。

 教える身としてユウリのバトルを見返していたものの、自分の解説を聞くのは少々照れ臭い。

 息を吐き、上気した心を整える。

 私は休憩を終えて、手を止めていた書類に向き直る。

 これはオーキド博士に提出するガラル地方の生態調査の報告書だ。これが後々、カントー地方の研究者の研究に活かされる。そのため手抜きは絶対にできない。

 事細かに今日までに発見した、ガラル特有の生態について書き込んでいく。

 ペンを走らせていると、ドアがノックされた。

 

「オレンジ、起きてる?」

 

 どうやらソニアのようだ。

 私はドアを開ける。ソニアは髪を下ろしメイクもしていないすっぴんで(とても綺麗だが)、ワンパチ柄のパジャマを着ている。わりと見た目を気にする(研究者比でだが)ソニアにしては珍しい、完全にオフの姿に私は驚いた。

 

「どうかしましたか?」

「ちょっと話があるんだけど、今時間いいかな?」

「ええ、構いませんよ。部屋の中の方がいいですか?」

「うん、そうだね。へ、部屋の中……」

 

ごくりと息を飲む姿は、未開の地へ足を踏み入れようとする探検家のようだった。

 

「そんなに警戒しなくても何もしませんよ。まあ、不安なら下のロビーでも構いませんが」

「う、ううん! 違うの、男の人の部屋に入るって初めてだから、ちょっと踏ん切りがつかなかっただけなの! オレンジが酷いことするなんて、まったく思ってないから」

 

 それは少し思っていて欲しいのだが。私だって一応男だ。純粋に信用されてしまうと、邪な考えをする毎に罪悪感を覚えてしまう。

 まあ、特にナニする気はないが。

 

「では、どうぞ」

「お、おじゃましまーす」

 

 私はソニアを中に招いた。

 適当な椅子に座ってもらう。だが、ソニアはソワソワと部屋を見回す。

 まだ緊張は拭えないのか挙動はぎこちない。

 

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ちょっと男の人の部屋を観察してただけだから」

「ホテルの部屋に男も女もない気がしますけどね」

「そうだけど!」

 

 ソニアは目をぐるぐると回しながら顔を真っ赤にして声を大きくする。

 どうやら、緊張して自分でも何を言っているのかよく分かっていないようだ。

 あまり長引かせると余計に混乱しそうだと思い、私は話を進める。

 

「それで話とは?」

「あ、うん。ダンデくんのことなんだけど……」

 

 わりと物騒な発言をしていたわりに、何食わぬ顔でコミュニケーションをとっていた件だろうか?

 

「ああ。ダンデのことなら、ソニアに一任しましたから。今更気にしていませんよ」

 

 まあ、ユウリとホップの手前、喧嘩腰になるのは大人気ないと思ったのもある。

 

「それじゃないの」

「それじゃない? はて、それ以外に私とダンデに因縁はないと思うのですが?」

「うん。分かってる。本当はね、今からしたいのは、話っていうより相談なんだ」

 

 相談。2人は幼馴染であり、解説の時もその仲の良さは随所に見られた。その関係性を考慮すると。

 

「まさか、ソニアもダンデが好きでユウリとの泥沼修羅場展開が起こりそうで、それをどうすれば防げるかという相談ですか?」

「ちっがうわよ!? そもそも私はダンデくんのことは別に何とも思ってないし、向こうも私のことなんて何とも思ってないわよ!」

「そうなんですか。それは失礼しました」

 

 色恋関係ではないとしたら、どんな相談なのだろうか?

 

「ダンデくんの様子がおかしいの」

「……はぁ」

 

 深刻そうな顔で言われても、私はダンデの普段を知らないのでどう反応していいのか分からない。

 

「具体的にどのあたりが?」

「ダンデくんはね、ものすごい方向音痴なの」

 

 一体何の話だ。

 

「それこそ、このホテルから6番道路に行くだけでも迷うレベルの方向音痴なの」

「よくもまあ、そんな人間に人の迎え役を任せましたね」

「私だって反対したわよ! でも、リーグ役員の見栄っ張りのせいで勝手に決められたのよ! 私だって迷惑だったんだから!」

 

 どの地方にも権力によりゴリ押しはあるらしい。

 しかし、その話が本当ならおかしいことがある。

 

「はて? たしか彼の案内で飲食店に行った時、まったく迷いなく歩いていましたよね?」

「そう! そうなのよ! あの常軌を逸した方向音痴が、道に迷わないで目的地にたどり着くなんてあり得ないわ!」

 

 酷い言われようだ。まあ、それだけソニアがダンデに振り回されてきたということだろう。

 

「でも、それは単純に方向音痴を克服したのでは?」

「ダンデくん。さっき電話で、自分のホテルまで辿り着けなくて今日は野宿するって言ってたけど?」

「おかしいですね」

「でしょ!?」

 

 ダンデとはユウリ達のバトルの後別れたが、彼のホテルはあそこから歩いて5分もかからないところにある。その距離を迷うのは、ある意味神技だ。

 

「本人には聞いてみたんですか?」

「うん。でも、笑ってはぐらかされちゃった」

「なるほど」

 

 そういう時笑うのは、何かしら隠し事をしている時だと相場は決まっている。

 

「もしかしたら、近しい人には話し難い内容なのかもしれませんね。特にソニアには」

「え? 何で特に私なの?」

「男は近しい女性に弱味を見せたくないのですよ。見栄っ張りですから」

「そういうものなの?」

「そういうものです。まあ、ダンデは明日の開会式に参加しますよね。そこで上手く接触して、それとなく聞いてみますよ」

「……任せてもいいの?」

「ええ。ソニアにはいつもお世話になってますから、そのくらいお安い御用です」

「ありがとう、オレンジ」

 

 ソニアはふわりと笑う。

 

「もう夜も深いですから、そろそろ寝たほうがいいですよ。明日も早いですし」

「うん、そうだね。おやすみ、オレンジ!」

「ええ、おやすみなさい。ソニア」

 

 ソニアが部屋を出て、自分の部屋に入るのを確認して、ドアを閉める。

 そして緊張を解いた私は、安堵からはぁと深いため息をつく。

 今まで一緒に旅してきた異性はすべて恋愛対象に見れない子供だった。そんな私に、あんな美人のラフな格好は毒すぎる。

 何が男の部屋に入るのは初めてだ。私だって、プライベートで異性と同じ空間で一緒になったのは初めてだ。

 しかも、当の本人は信頼し切って疑いすら持たずにいる。

 

「……まったく、地獄か」

 

 私は頭を抱えてひとりごちった。

 

 

 




 誰か髪を下ろしたパジャマ姿のソニア書いてくれねぇかな(他力本願)

 
 設定第2弾。ジョウト地方

 オレンジ
 チャンピオンロードでレッドに敗れ、その年のリーグ挑戦は諦める。
 そして修行してレッドにリベンジするために、ジョウト地方のバッチを集めることにする。(リーグへの参加条件は、カントーのジムバッチ8個か、ジョウトのジムバッチ8個)。
 そこで、何故かゴールドと名乗るチンピラ小僧に無理やり弟子入りされ、一緒に旅することに。あれこれトラブルを運んでくるゴールドのことはいまだに許していない。
 色々あって親からは勘当されたが、未だに色々引きずっている。
 性格的には1番荒れていて、尖っていた時期。
 ポケモンは、カントーから引き続きイーブイとウィンディ(初だし)を連れている。

ゴールド
性格はポケスペゴールド。
シルバーに敗れ、悔しさのあまり八つ当たりにバトル仕掛けたらシルバーよりも強かったので弟子入りした。
 いまだにウバメの森に閉じ込めて、修行させられたことを根に持ってる。(感謝もしてるけど)。
 
 レッド
リーグチャンピオン。病み気味。

グリーン
一瞬チャンピオン。現在トキワジムのジムリーダー。




 


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エンジンシティ〜才能〜

 


 数万人の観衆がスタジアムに詰めかけて、これから行われるエンターティメントを今か今かと、まるで子供のように目を輝かせて待っている。

 ここはエンジンスタジアム。今日この場で、未来のチャンピオン候補たちが顔を揃える。メンバーは各種ジムリーダー、リーグ関係者等から推薦を受けた人間だけ。観衆は、そんな実力者からその実力を認められたトレーナー達の初舞台を見届けに来る。

 その雰囲気は独特だ。今日はポケモンバトルをするわけではない。プログラムは、入場、ガラルポケモンリーグ会長の言葉、チャンピオンの言葉、そしてトレーナーへの授与式だ。一切のエンターティメントに思えるものはない。

 それでもこのイベントは、とても盛り上がる。それは一言、期待。

 チャンピオンを目指すという常人では舞台にすら立てない目的に、皆は夢を見る。

 例えば、プロ野球選手は、そのプロという看板を背負っただけで、野球のことに関してはすべてプロフェッショナルとしてこなす期待を観衆からかけられる。

 今ある期待はその類だ。

 無責任に自分の理想を押し付け、勝手に楽しみ、落胆する。

 

 そんな修羅の世界に今日、ユウリとホップは足を踏み入れるのだ

  

「相変わらず、この空気は苦手だわ……」

 

 私の横に座り観客の1人となっているソニアがぼそりと呟いた。

 

「ソニアも昔ジムチャレンジに挑戦したことがあるんですか?」

「うん、まあね。てっ、言っても、私はすぐに挫折しちゃったんだけど」

  

 苦い記憶を思い起こすようにソニアは言う。

 

「ほう。それはまた勿体ない」

「気を使わなくていいわよ。自分にバトルの才能がないことは分かってたし、今の研究者してる自分も嫌いじゃないし」

 

 気を使ったつもりはまったくなかったのだが、ソニアにはお世辞を言ったと捉えられたようだ。

 まあ、本人の決断を他人が後からあれこれ言うのは良くない。

 私が時計を確認すると、選手入場まで数十分ほどあった。

 

「少し飲み物を買ってきます。ソニアは何かいりますか?」

「じゃあ、冷たい紅茶と……アイスもお願いしていい?」

「また、太りますよ?」

「ひ、人の熱気で暑いの! だから、脂肪も燃焼されるから差し引きゼロよ!」

「ちょっと何言ってるかわからないです」

「いいからアイスもお願い!」

「……はぁ、了解しました」

 

 私は財布を持って売店へと向かった。

 

 

 

 

 結論から言うと売店のアイスと飲み物は大方売り切れてしまっていた。そのため、私はスタジアムの外にあるお店でアイスと飲み物を購入した。それだけ盛況ということだろう。

 ただの時間潰しのつもりで外に出たら、結局おつかいに振り回されるとは。目的と手段が入れ替わっている。

 まあ、今からでも十分開会式の開始には間に合うから問題ない。

 

「ユニラン、エナジーボール」

「ああ!? クスネッ!」

 

 通りすがったバトルフィールドで、少年2人がバトルをしていた。あくタイプのクスネに対して、エスパータイプのユニランが完勝したようだ。

 相性ではクスネの方が有利なのだが、ユニランのトレーナーはなかなか腕がたつトレーナーのようだ。もしかしたらユウリのライバルになるかもしれない。モジャモジャの特徴的な髪型をしているし、有名なトレーナーならばデータもあるかもしれない。

 そんな風に他人事の感覚でユニランの少年の顔を見ると、不快感を感じた。

 相手を見下したような嫌味な瞳。自信満々な自分の強さを信じて疑わない表情。一目で分かる、嫌なやつだ。

 ユニランのトレーナーの少年は、クスネのトレーナーの少年に近づいて。

 

「あなたトレーナーを辞めた方がいいですよ」

 

 クスネを抱き抱えていた少年は挙動が止まる。

 そんなことなど気にせずに、ユニランのトレーナーは続ける。

 

「タイプ相性で有利なポケモンを使いながら、この醜態。あなたには才能がない。弱いトレーナーに使われると、ポケモンがかわいそうだ」

「う、あ……」

「ここで言い返せないことが何よりの証拠です。どうせ出るだけ無駄なのですから、ジムチャレンジも辞退することをお勧め。いや、するべきでしょう」

「うあ、うああああ……」

 

 クスネの少年はついに泣き出してしまった。

 無理もない。子供がいきなり赤の他人から自分のトレーナー人生を全否定されたのだ。そのショックは計り知れない。

 そんな少年を、ユニランのトレーナーは汚らしいものを見るような冷たい目で見下していた。

 私は久方ぶりに怒りを覚えた。

 私はフィールドに乗り込んで。

 

「先程の言葉は不適当だ、取り消しなさい」

 

 と言った。

 それを聞いたユニランのトレーナーは、訝しんだ目で私を見て。

 

「どちら様ですか?」

「私はオレンジ。通りすがりの研究者です」

「はぁ。僕はビートです。それで僕の言葉のどこに不適当な部分があったというんですか?」

「1から10まで不適当ですよ。トレーナーを辞めるべきだの、才能がないだの、何から何まであなたの主観でしかない言葉だ」

「あなたは彼のバトルを見ていなかったんですか? 相性が有利なポケモンを使っておきながら、技を1つも当てられず、挙句惨敗する。これのどこに才能があると?」

「彼はクスネが倒された時真っ先に駆け寄って抱き抱えました。トレーナーの資質などそれで十分です」

 

 私の言葉をビートは鼻で笑う。

 

「まさか、バトルの才能の話をしているのに根拠が精神論とは。研究者を名乗るのなら、もっと理論的に説明すべきでは?」

「分かりました。では、研究者としてあなたの勘違いを指摘しましょう。まずもって、バトルに才能なんてものはありません」

 

 ビートは何言ってんだこいつと言いたげに眉を挟める。

 

「正確にはトレーナーに『バトルの才能』などありません。なぜなら、バトルするのはポケモンです。どんなに優れたトレーナーであろうとも、ポケモンの種族値個体値が低ければ負けます。それだけポケモンバトルにおいて、トレーナーの役割は矮小なものなのです」

 

 私は人差し指を立たせて。

 

「では、それなら何がポケモントレーナーの資質に値するのか。簡単です。どれだけポケモンを大事にできているか、それだけです」

 

 私はいつの間にかこちらを見ていたクスネのトレーナーの頭に手を置く。

 

「この子はそれが出来ています。それはトレーナーにとって最も基本的なことであり、唯一必要な資質です。よって、あなたの言葉は不適当だ、取り消しなさい」

「……理解し難いですね。なぜ、そんな弱いトレーナーを庇うのか」

「これが理解出来ないのなら、あなたは一流のトレーナーにはなれない。まあ、一生二流でいいというのならば、話は別になりますがね」

 

 二流という言葉にビートはこめかみをひくつかせた。

 

「一生二流? リーグ委員長から推薦を受けたエリートである僕にはあり得ませんね」

「現実を見れないのならばそれでも構いません。しかし、あなたはこのままでは、チャンピオンどころかジムリーダーにもなれはしません」

「……ッッ! そこまで言うのならばバトルです! 僕のエリートたる実力を、あなたは知らしめてあげますよ!」

「良いでしょう」

 

 ビートは荒い足取りでフィールドのトレーナー用のスペースに歩く。

 時計を確認してみれば、開会式まで残り10分ほど。移動時間も含めればバトルにかけられる時間は5分程だが、十分だ。

 

「さて、悪い子にはお仕置きが必要ですね」

 

 モンスターボールを片手に私はビートの反対側のスペースに歩を進めた。

 

 

 □

 

 

 ーーどういうことだ。

 

 これはビートの頭の中にずっとリピートしている言葉だった。

 自分の中では、精神論でイチャモンをつけてくる自称研究者に自分の正しさを教えてあげる予定だった。

 

 しかし、現実はまったく違った。

 相手には一太刀すら届かず、自分の手持ちのポケモンは相手のポケモンの一撃で戦闘不能にされていった。

 手も足も出ない。いや、もはやバトルになっていない、一方的な蹂躙。

 

 以前、委員長の伝でガラルチャンピオンのダンデと手合わせをしたことがある。

 手加減を知らない男であるから、その時のバトルは惨敗に終わった。

 だが、オレンジとのバトルはその時と同等、いやそれ以上の惨敗だった。

 

 ーーあの男はチャンピオンと同等の実力者だとでも言うのですか。

 

 そうなればトレーナーに『バトルの才能』なんてものはないという言葉に説得力が生まれる。

 しかし、それはビートにとっては自信の根拠ともなり得るもの。否定してしまえば、ビートの信条までもが覆ってしまう。そう簡単に受け入れることは出来ない。

 だが、明確に差を見せつけられた。

しかし……

だが……

 

ビートは、深い深いトンネルへと思考を沈めていった。

 

 

 




 正確にはトレーナーの『才能』だけでは勝てない。とオレンジは伝えたがっています。


 簡単設定ホウエン編。

 オレンジ
 ゴールドと共に新生ロケット団との戦いの中で親のことなど色々吹っ切れる。
 シロガネ山でレッドとの全力バトルを最後にトレーナーを引退し、その後以前から興味のあった研究者の道に進む。グリーンの紹介でオーキド博士の元で働くことに。専門はポケモンの個体値、種族値の研究。
 そんなある日、ホウエン地方のポケモンの生態調査のためにオダマキ研究所に出張。
 そこでセンリの娘であるハルカのボディガードを頼まれ、あまりの剣幕に渋々承諾することに。
 性格……かなり丸くなり今の性格に近づいているが、まだ尖っていた頃の名残を残す。
 ポケモンは、エーフィとウィンディ、無理やり付いてきたピチューの三体。
 

 ハルカ
 センリの娘。絵を描くことが好きで、特に風景画を好む。夢は世界一の絵を描くこと。その足がかりのために旅に出ようとする。
 バトルには興味がないが、途中コンテストに魅入られ、コンテストに出場し始める。
 性格としては、子供っぽくわがままで頑固。特に絵のことになると周りが見えなくなる。絵以外のことは面倒くさがりで、食事の用意などはオレンジに任せて(押し付けて)いた。人見知り。
 勉強は大嫌い。
 オレンジ的には、ある意味ゴールドよりも手を焼いた。

センリ
ハルカの父、過保護。

レッド
 環境のギャップに心を病み、リーグから失踪。その後オレンジとのバトルを経て、かろうじで心のバランスを取り戻す。
 その後はチャンピオンを正式に引退し、シロガネ山に篭る。
 食糧等は自給自足。時々、グリーンとオレンジが下界の食べ物を持ってきてくれる。


グリーン
 苦労性で、面倒見の鬼。親友が失踪したり、ライバルが吹っ切れたり、1番振り回された人。
 そしてその後無事サイフ係に。

オーキド博士
 オレンジの上司。来るもの拒まず、去る者追わずが信条のため、オレンジのこともあっさり受け入れる。知識を伝えることにも抵抗がない。そのためオレンジはオーキド博士を1番尊敬している。

ナナミ
 オレンジのことはグリーン伝いに聞いていたので、最初は懐疑的だった。しかし、働いている内に「あ、レッドくんに似てる」と悟ってからは、特に警戒していない。むしろ心配。


 アクア団
 アホ。大雨降り続けたらやばいぐらい大人なら知っとけ。

 マグマ団
 以下、大体同文。

 ダイゴ
 石マニア。普段は紳士なのに、石のことになるとキモい。残念イケメン。
 オレンジ曰く、慣れればワタルよりマシ。

 ミクリ
 ナルシスト。ハルカをコンテストの道に導く。
 オレンジ曰く、一生相入れない。でも、ワタルよりはマシ。



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VSダンデ〜前哨戦〜

 バトルは次回。今回は深掘りです。


 開会式はつつがなく終わりを迎えた。

 いつもなら、ここらで悪の組織を名乗る邪魔者達が乱入して一騒ぎ起こすところだ。

 ガラル地方は他地方に比べて治安がいいのだろうか。いや、そもそもそんな騒ぎが起こることが稀なのだ。イレギュラーに慣れすぎて普通の感覚を忘れてしまっているようだ。

 そんな自分に呆れてしまう。

 

 一つ物思いにふけっていると、マスターがカップを拭いている音が聞こえてくる。ふとグラスを揺らすとからんと氷がぶつかる音が響く。

 そうここは昨日ダンデに連れられてきた店だ。

 ただ雰囲気は昼間に比べて、夜の妖艶さが加わりBARのような感じになっている。

 普段は研究所に篭りぱなしの身なので、このような店に来るのは慣れていないのだが悪くない。人は来ず、飯も飲み物も美味い。静かに1人の夜を過ごすには、こんな理想的な場所はない。

 ……故に彼がなぜ、あそこまで追い詰められているのかも分かってしまった。

 がらりと店のドアが開いた。

 ぴったり時間通り。私は後から来た人に顔を向けて。

 

「今度は遅れなかったようですね、ダンデ」

「はは、それを言ってくれるな。俺だって悪かったと思ってるんだから」

 

 困ったような笑みでダンデは頭をかく。

 謝罪の気持ちがあるのは理解しているが、私だって何時間も生殺し状態にされたのだ。このくらいの嫌味は許容しろ。本当なら初対面の時に言ってやりたかったのだが、子供達の前で喧嘩腰になるのは良くないと自重したのだ。むしろ感謝してほしいくらいだ。

 ダンデは私の隣に座ると、慣れたようにサイコソーダを注文する。

 やはり夜にも何度も通っているようだ。この店は昼と夜でメニューが違う。サイコソーダは夜に提供される唯一のソフトドリンク。彼の職業上か性格上かは知らないが、酒を飲まない常連なら自然と出る注文である。

 少しして氷が入ったグラスのサイコソーダが出された。

 場が整ったと理解したのか、ダンデはさっそく聞いてくる。

 

「それで、何で俺を呼び出したんだ? わざわざメールじゃなくて、直接会いたいってことはそれなりのことなんだろ?」

「ええ、まあ。下手にメールなどして第三者に会話が漏れでもしたら面倒ですから」

「マスターにはいいのか?」

「大丈夫でしょう。この話を聞いてマスターが吹聴するメリットがありません。あなただって、マスターを信頼しているからここに通っているのでしょう?」

「その通りだ」

 

 からりと笑う。観衆の前の時の笑顔はチャンピオンとしての笑顔だったが、この笑顔はダンデのものだろう。

 

「話というのは簡単です。先日ソニアから相談されたんですよ、あなたの様子がおかしいとね」

「ああ、そう言えば言われたな。ダンデくんがあんなに迷いなく道案内できるはずがない! 大丈夫、頭でも打ったの? 病院行く?って」

 

 けっこう辛辣な言葉をかけているな。本当に心配してるのか?  

 私の考えを読んだのか、ダンデは苦笑を浮かべ。

 

「ひどいだろ? しかもそれを本気で心配そうに言うんだから余計にだ。まあ、俺の方向音痴でソニアには子供の時から迷惑をかけているからな。仕方もないか、はっはっはっ」

 

 本人も方向音痴を認識しているらしい。

 克服しろとも思うが、自分が未だにもふもふポケモンに目がないことを思い出して頭から消した。体質は仕方ない。手の平くるっくるっだ。

 

「でも、そんな風に純粋に人を心配できることがソニアのいいところだからな」

「そうですね」

「だが、今回は杞憂だ。俺はどこも悪いところはないぞ。この前の健康診断も異常がなさすぎて、医者に驚かれたくらいだからな」

「でしょうね、身体は悪くないのでしょう。むしろ身体の調子が悪いのに放って置いたら、正気を疑いますよ」

 

 そう言いながら、研究所の仕事中毒者たちを思い出す。毎度栄養失調で運び込まれるのはやめてほしい。役所の調査が年々厳しくなっているのだ。調査官を丸め込むこちらの身にもなってほしい。

 

「なんだ? その言い方じゃ、まるで身体以外は悪いみたいじゃないか?」

「その通りですよ。ダンデ……

 

 

 ーーーあなたは心を病んでいます」

 

 

 

 □

 

 

 私の言葉に意味が分からないとばかりにダンデは数秒固まった。そして、からりと笑い。

 

「はは、なんだそれ。カントージョークか? あまりに迫真に迫ってるから一瞬信じそうになったぞ」

「ジョークではありません。まだ初期段階ですが、あなたはたしかに心を壊し始めてる」

「……何を根拠に?」

 

 眉をひそめて聞いてくる。どうやら、自分に異常があるなど断固認めないつもりらしい。

 私はバッグからタブレットを取り出して、とある動画をダンデの前に映し出す。

 

「……これは、俺とキバナのトーナメントの試合か?」

「ええ、そうです。あなたのライバルであるジムリーダーキバナが、初めてあなたを追い詰めた試合。このバトルをきっかけにキバナは最強のジムリーダーと呼ばれ、あなたの無敗神話を破るのに最も近いトレーナーと呼ばれるようはなりました」

「その通りだ」

「しかし、本当にそうなのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「あなたのバトルと一緒にキバナのバトルも少し調べました。そこで一つ疑問が沸いたんです。あなたの実力はおそらく他の地方のチャンピオンと比べても遜色ないでしょう。しかし、キバナはシングルバトルでは一般的なジムリーダー級の実力だ。正直、あなたを追い詰める実力があるようには思えない」

「……要するにオレンジは俺が手加減していたと言いたいのか?」

 

 声が鋭くなる。

 当たり前だ。彼はチャンピオンであり、ポケモンバトルのプロだ。誇りを持ってやっていることを馬鹿にされたと受け取ったのだろう。

 

「違いますよ。意図的に手加減したなど、毛ほども思ってません。むしろ、無意識だから問題なんです」

 

 私は動画を一度閉じて、ダンデを見る。

 

「ダンデ、あなたは根っからのエンターティナーだ。しかし、同時に無敗のチャンピオンでもある。そのためにあなたは負けられない。しかし、客と言うのはスリルが大好物だ。あなたの試合は常に圧倒的であり、番狂わせなどあり得ない。世間はあなたを最強のチャンピオンだ、英雄だと囃立てるでしょう。しかし、その裏にはあなたの負ける姿を期待している人も一定数いる」

 

 彼の論評で、『チャンピオンの唯一の欠点は負けないことだ』、『結果の決まっている勝負は面白くない』と書かれているものが多数あった。

 要はチャンピオンに不満はない、しかしつまらない、という矛盾が世間の深層意識には多少あるのだ。

 私には有名人がファンの意見をどう受け止めているのかなんて分からない。しかし、実際に影響が出ているということは、ダンデもそういう意見があることは理解しているのだろう。

 いや、もしかしたらスタジアムの空気で何となく察したのかもしれない。その方がキツイ。

 

「その結果、あなたは無意識にキバナとのバトルで手心を加えた。接戦を演じる事で、ファンが喜ぶようなドキドキハラハラの試合をしてみせた。その結果、そのバトルは名勝負として語り継がれることになった。あなたは全力でやっていないのに」

「……根拠は?」

「この動画で見るだけでも16回、相手のポケモンを戦闘不能にするチャンスを見逃しています。他にもりゅうのまいを積めるタイミングで使わなかったり、不自然なくらいに勝つ気が感じられませんでした」

 

 むしろ手加減していてもそれだけチャンスがあると言うことは、チャンピオンとその下との実力差はかなりあるということだ。

 ガラル地方は新興リーグで、ローズ委員長の元ここ数年で急成長している、いわば発展途上だ。

 それなのにポケモンリーグとしての人気は他地方にひけを取らない。興行的にも大成功していて、注目度はものすごく高い。

 その歪みがダンデを追い詰めてしまったのだろう。

 

「そうか……」

 

 ダンデは顔を歪ませて打ちひしがれていた。

 おそらく、本人も薄々気がついていたのだろう。そうじゃなければ、今頃激怒されてもおかしくないくらいには失礼なことを言っている。

 

「……初めて違和感を覚えたのは半年前だ」

「自分の心のズレを感じたのがですか?」

「いや、ファンのみんなが俺が負けることを望んでいることに気がついたんだ。ヤローさんと試合している時、少しヤローさんのポケモンが優勢になったんだ。そうなった途端、観客が沸いたんだ。そして、一斉にヤローさんを応援し始めた」

 

 その試合は確認した。たしか、3対3の試合。ヤローとダンデの残りポケモンが同数の場面での話だ。

 その程度で番狂わせを期待するのだから、ダンデの実力の突出度が分かる。

 

「その試合は結局勝ったんだが、その時の観客のため息は今でも耳に残ってる。あの時理解したよ、俺は応援されていると同時に負けることも期待されているんだって」

「トップ選手の宿命……だと割り切れれば楽なんですがね」

「はは、そうだな。だが、そうもいかない。俺だって、1人の人間だ。そんなことがあればショックも受けるさ」

 

 当然、それが人間だ。

 

「それから、その時のことがずっと頭を離れなくてな。それでキバナとのバトル、観客の空気がヤローさんとのバトルの時と同じなことに気がついた」

 

 彼は前にも言ったように根っからのエンターティナー。観客の期待に、身体が反応してしまうのだ。

 

「でも、負けることはできない。なぜなら、俺は無敗のチャンピオンだからだ」

 

 観客の期待に応えなければ、しかし負けるわけにはいかない。その相反する気持ちは、負けない程度の手加減という形で現れた。

 だが、彼は同時に手加減を知らない男としても有名だ。前にテレビ企画で人気俳優とポケモンバトルをするという企画で、ハンデがありながら俳優をボッコボコにしたのは有名な話らしい(ソニア談)。

 言うなら、彼は無意識に自分の信条までも曲げてしまったのだ。

 今はいい。しかし、その歪みは猛毒のようにだんだんと彼の心を蝕んでいく。

 

「最初は普通にバトルしようと思っていた。だけど、チャンスだと思い技を指示しようとすると、思考が固まったんだ。そして気がつけば、まったく違う指示をポケモンにしていた。これが何度も続いて、かろうじで勝つことができた。俺としては最低のバトルだと今でも思ってる。でも、ファンは名勝負だって言うんだ。……正直、俺は何でバトルしているか分からなくなったよ」

 

 純粋にバトルが好きで常に全力でバトルに勤しんだ結果が否定、手心を加えた最低のバトルでは全力の称賛。……本当に観客は勝手だ。

 ダンデは一通り話し終えたのか、私の方を見てにかりと笑い。

 

「ここまで腹を割って話したのはオレンジが初めてだ。少し楽になったよ」

「それはよかった」

「立場上弱音を吐きにくいからなぁ。マスターはいてくれるだけで、話は聞いてくれないし」

「……それは仕事じゃないんでね」

 

 マスターはボソリと言った。

 むっすりと言う姿がおかしくて私とダンデは笑い合ってしまう。

 一頻り笑った後ダンデは改まって聞いてくる。  

 

「なあ、オレンジ。無茶なお願いをしていいか?」

「ほう。私はあなたに一度裏切られたのですが、そんなあなたが私にお願いできるとでも?」

「それはもう忘れてくれ。あの時はソニアに電話口で散々怒られたんだ」

 

 どうやら、ソニアは私との約束を守っていたらしい。まあ、元から疑っていないが。

 

「それで、お願いとは?」

「聞いてくれるのか?」

「内容によります。無茶なお願いと前振りがあるので、拳だけは準備しておきますよ」

 

 シュッシュッとシャドーボクシングをして見せる。

 

「何簡単なことだ。俺とバトルしてくれないか? もちろん6対6のフルバトルで」

 

 ずっとむっすりとしていたマスターが吹き出した。

 

「なんだそんな事ですか。いいですよ。いつですか?」

 

 何言ってんだこいつ!? とばかりに目を見開かせたマスターが私を見てくる。

 

「意外にあっさりだな。てっきり、オレンジはもうバトルをする気がないと思っていたが」

「表舞台に出るつもりはありませんが、野良バトルなら友人とよくやってますよ。よく地形が変形するので、場所を選ばなければなりませんが」

「はっはっはっ。やんちゃだなぁ」

 

 いや、それで済ませていいのかよ!? というマスターのつっこみが聞こえるような気がした。

 

「それなら場所はエンジンスタジアムがいいかな? カブさんに頼めば使えるはずだ」

「倒壊したらあなたが弁償してくださいね」

「任せろ。これでも稼ぎはあるからな」

 

 マスターは反応しない。もはやこれは酒の席のジョークだと考えるようにしたようだ。

 2人とも素面だけど。

 

「それじゃあ、時間は明日の夜、場所はエンジンスタジアムで」

「手加減は無用ですよ」

「分かってるさ。じゃあ、俺は今から色々準備があるから失礼するよ」

「お金はこちらで払っておきますよ。昨日奢ってもらったお返しです」

「ありがとう」

 

 そう言ってダンデは店から去っていった。

 店の中に残されたのは私とマスターだけ。私がサイコソーダをごくりごくりと飲んでいると。

 

「……お客さん。あんた何者なんだい?」

 

 どうやら、チャンピオンダンデとの話やらバトルの約束を取り付けた事で、マスターの興味をひいてしまったらしい。

 しかし、何者なんだいと聞かれてもこれしか言えない。

 

「私はただの研究者ですよ」

 

 嘘つけ!? と遂にマスターから言葉でつっこまれてしまった。

 

 

 

 

 ダンデは珍しく笑っていた。

 いや、普段から彼は笑っている。ファンのために兄弟であるホップのために太陽のような笑みを浮かべている。

 しかし、今の笑顔は違う。

 野生の獣のような獰猛な笑みだ。

 

 リザードンは自分の上に乗った主人が昔の表情になっていることに気がついた。

 そう、子供の時のダンデはよくこの目をしていた。

 まだ弱かった頃の彼がよく見せていたのたが、強くなることと並行して目が優しくなっていったのだ。

 

 否、正確には強くなるにつれて獰猛な笑いをする必要がなくなっていったのだ。

 

 リザードンは思う。

 久しぶりに強い相手と戦えるのかと。

 

「オレンジ……。あの時のガブリアスを見ただけで分かる。あいつは俺より強い」

 

 強者は強者を知るという。

 それは自分という強者の見続けたが故に、相手の強さが図れるようになっていったのだ。

 そしてダンデは初めて明確に自分よりも強いと思える相手と出会った。

 

「リザードン……。久しぶりに楽しくなるぞ」

「ガァァァァ!」

 

 そう言うダンデの声は、遠足が待ちきれない子供のようだった。

 

 

 




 簡単設定シンオウ編。

 オレンジ
 なんやかんやでホウエン地方を大災害から守ることに成功。
 その後は一年くらい研究を続けていたが、ある時シンオウ地方に拠点を置くナナカマド博士に研究のお手伝いをすることを依頼される。内容は考古学者であるシロナの遺跡調査に同行してほしいと言うものだった。なぜなら、オレンジはスイクン(初出し)の主人だったり、レックウザを従えたり(一時的に)と伝説のポケモンとの縁が深いことがりゆうだった。
 以前からシンオウ地方のポケモンに興味があったオレンジはそれを二つ返事で了承し、シンオウ地方へ。
 シロナ事態がチャンピオン業もあり忙しいので、遺跡調査は不定期。その間は自由に動き回っていいという条件だった。
 そこで、ナナカマド博士の助手であるヒカリと行動を共にすることに(案内とヒカリの勉強として)。
 その後、ヒカリの願いで子弟関係になる。
 ポケモンは、エーフィ、ウィンディ、ピチュー。
 性格は完全に今と同じ。

 ヒカリ
 父の影響で何となく助手をやっていたが、自分の進む道に迷っていた。そんな時、幼馴染みのジュンとコウキが楽しそうにしている姿に感化され、自分もジムバトルに挑戦することを決意する。
 性格……とっても素直。天然なところもある。少し泣き虫なところがあったが、成長するにつれてそれも無くなってきた。料理、おしゃれ好き。ホラーが苦手。口癖は大丈夫。
 オレンジ的には初めてまともな人間が旅の同行者になった喜びで、可愛がりまくった。今でも妹のように思っている。
 
 ガブリアス
 後のオレンジのエース。
 弱いという理由でガバイトの頃とある山に捨てられる。その後、やけになって山賊のようなことをして暴れたいたところを、噂を聞いたオレンジが制圧に行った。そこでウィンディにフルボッコにされプライドをへし折られる。
 その後、一時的に保護するという名目でオレンジのパーティーにいたが、オレンジに心を開き正式な仲間に。
 カントーに帰った後、ウィンディとの一騎打ちで勝利し、オレンジのパーティーのエースを勝ち取った。

 ナナカマド博士
 ポケモンの進化についての第一人者。

ヒカリ父
娘が、オレンジの話しかしなくて凹んでいる。めがね。

シロナ
 見た目は100点、中身0点を体現したような人間。シンオウについて最初の1週間は一緒に過ごしていたが、オレンジに甘えまくってお世話がかりのようにしていた。
 オレンジ的にはワタル並みにウザいとのこと。
 なお、本人はオレンジなら処女あげていいだの寝言を言っているが、オレンジには冷たい瞳で断られた。

コウキ
 努力家の少年。ヒカリに淡い気持ちを抱いている。そのためオレンジを敵視するが、つっかかるたびに遊ばれて泣いて去る。実力はなかなか。

ジュン
 せっかちな少年。面倒見がよく、3人の中では兄的なポジション。コウキの気持ちには気がついていて、よく相談に乗っている。

アカギ
電波。ギンガ団のボス。
 



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VSダンデ〜無敗と頂点〜(前編)


 一気に全部書くと長い上にグダリそうなので前後半に分けます。
 それとダンデのポケモンは、まだ御三家が育っていないと言う考えの元、別のポケモンを入れています。あしからず。


 ひりりと冷たい風が肌を撫でる。月は丸くはっきりと浮かんでいる。

 昨日、あれほどまでに人で溢れかえっていたエンジンスタジアムも、今は人の気配すらない。

 長い階段をゆっくりと歩いていると、入り口に腕を組んで佇む一つの影が見えた。

 ガラル地方の英雄『無敗のチャンピオン』ダンデだ。

 

「よく来たな、オレンジ」

「あなたこそ。ちゃんとエンジンスタジアムにたどり着けたのですね」

 

 彼は理解不能の方向音痴だ。正直、先に着いているとは思いもしなかった。

 

「ははっ当然だ。さすがに18時間以上かければ俺だって目的地に着けるさ」

「……18時間以上? まさかダンデ、あなた昨日の夜からここに向かっていたのですか?」

「その通りだ。言っただろう? 色々準備があると」

 

 私としてはスタジアムの使用許可やスケジュール調整のことだと思っていたのだが。

 暗闇で分かりにくかったが、近づいて見ると彼の目には隈があることに気がつく。

 どれだけ私とのバトルを楽しみにしていたんだ、この人。子供か。

 

「随分と眠そうですが、バトルできるのですか?」

「問題ない! むしろいつもよりテンションが上がっているくらいだからな!」

「それは大丈夫じゃないと思うのですが……」

 

 寝不足の末期の症状だ。よく私も研究に熱が入るとそんなテンションになる。

 

「無理だよ。今のダンデくんは誰にも止められないさ」

 

 ダンデに呆れていると、スタジアムの入り口から人が出てきた。

 白髪まじりの髪にシワが見える顔、そして首元には手拭い。

 たしか、エンジンシティのジムリーダー、カブだ。

 

「はじめましてオレンジと言います。カントー地方で研究者をやっています」

「これはご丁寧に。ぼくはカブ。エンジンシティのジムリーダーにして、このスタジアムの管理人だ」

「ええ、存じています。たしか、カブさんはホウエン地方出身ですよね? 私、昔ホウエン地方を旅していたことがあるんですよ」

「おおっ、そうなのかい? ぼくはもうガラルでの生活の方が長いくらいなんだけど、やはり故郷のことを知っている人と会うのは嬉しいものだね」

 

 故郷の名前が出たことが懐かしいのか、カブは口元を綻ばせていた。

 

「そういえば、ユウリやソニアはどうしたんだ?」

 

 キョロキョロと首を動かしていたダンデが聞いてきた。

 

「今日のバトルは2人には伝えていません。ソニアに怒られるのも嫌ですし、ユウリはあなたのファンですから負ける姿など見たくないでしょう」

 

 あとソニアに知られると絶対にしばかれるから言わない。大事なことだから二回言った。

 負けるという言葉にダンデの目が鋭くなる。

 

「……俺は絶対負けないぞ、オレンジ」

 

 そう言って、スタジアムの中にスタスタと歩いて行った。

 こんな分かりやすい挑発に反応するとは思わなかった。今日のバトル、ダンデは相当な覚悟を持っているということなのだろうか?

 

「どうやら、ダンデ君は君に負けることを恐れているようだね」

「恐れている?」

「ああ。彼は無敗の名に恥じず、本当に一度も負けたことがないんだ。公式戦、野良試合全てでね。そんな彼にとってポケモンバトルに負けるというのは、未知の領域なんだろう。だから、こわいのさ」

「おやおや、私はトレーナーなどとっくに引退した、ただの研究者なんですがね」

 

 私の言葉にカブは堪えきれず笑ってしまった。

 

「やめてくれ。君がただの研究者なら、彼に負ける恐怖を教えられなかったジムリーダー達は何なんだい?」

「失礼しました。しかし、私がトレーナーを引退しているのは紛れもない事実だ。あなた方が不甲斐ないことには変わりありません」

 

 失礼千万な言葉だが、客観的に見て、いまだにダンデを脅かす人間が出てきていないことは不甲斐ないことだ。

 私が見ただけでも3人はダンデを超える可能性を持つ才能を確認したのに、この地方のトレーナー達は何をしているのか。

 正直言って、甘えている。最強のチャンピオンの存在をいいことに自分達が強くならなくていい理由にしてしまっている。ダンデのチャンピオン在位は10年。そう思われても仕方ないだろう。

 

「……厳しい言葉だ。しかし、その通りだな」

 

 カブは重々しく呟くように言った。

 

「……一つ質問をいいかな?」

「構いません」

「我々には強くなる理由がある。ジムリーダーの立場として、1人のトレーナーとして、またそれこそチャンピオンを超えるために。では、一線から退いた君は何を理由に強くなるんだい?」

 

 カブの聞き方は考えを聞いて後学に活かそうなどではなく、単純な興味での質問のようだった。

 何を理由に強くなるのか。そんなもの決まっている。

 

「贖罪です」

 

 

 

 

「審判はぼくが務めさせてもらう。できれば、スタジアムを壊さないでくれよ」

 

 フィールドの真ん中の審判ボックスから、カブさんの力強い声が響いてくる。スタジアムの独特な反響にはまだ慣れない。

 そう言われても、普通にバトルしていても壊してしまう可能性があるから困る。

 

「平気ですよ。壊れたらダンデが全て補填しますから」

「ああ、問題ない」

「壊す前提なのか……」

 

 がっくりとため息をついた。どうやら、諦めたようだ。

 カブさんは両手の旗をあげる。

 

「では、バトルを始めよう」

「オレンジ。今日はチャンピオンのダンデじゃなく、1人のトレーナーダンデとして挑戦させてもらうぞ!」

「手加減はしません。頂点の力を見せてあげましょう!」

 

 ダンデはまとっていたマントを投げてボールを持ち、私もそれに合わせてボールを持った。

 

「バトル開始!」

「行くぞ! ギルガルド、バトルタイム!」

「ギルッ、ガル」

「行きなさい、ペルシアン!」

「ペルニャア〜!」

 

 ダンデはおうけんポケモンのギルガルド。私はシャムネコポケモンのペルシアンを繰り出した。

 ギルガルドははがね・ゴースト、ペルシアンはノーマル。タイプ相性は互角。

 

「まずは様子をみましょう。ペルシアン、パワージェム!」

「ペルニャア!」

 

 無数に現れた光の岩が、ギルガルドに迫る。

 

「ギルガルド、受けろ!」

「ギルっ」

 

 盾はような身体を利用して石をすべて受け切った。元々、ダメージが半減することもあって殆ど効いていないようだ。

 

「反撃だ! ギルガルド、せいなるつるぎ!」

「ギルっ、ガルッ!」

 

 ギルガルドは盾の状態を解除して剣を持つ。そしてその剣を光らせて、ペルシアンに迫ってくる。

 

「ペルシアン、接近してしっぽを使って剣を掴みなさい」

「ペルニャ!」

 

 ペルシアンは接近してくるギルガルドを迎え打つ。

 そして剣を振り下ろそうとしたギルガルドの腕にしっぽを絡ませて捕まえた。振り払おうと必死に腕をふるが、ペルシアンのしっぽは離れる気配がない。

 

「そのまま投げ飛ばしなさい」

「ペルニャア!」

「ギルガルッ!?」

 

 ギンガガと金属が落ちて擦れるような音が響く。

 軽々攻撃をあしらわれたダンデは顔を苦く歪める。

 

「追撃です! ペルシアン、シャドーボール!」

「ギルガルド、キングシールド!」

 

 闇の球体は、現れた透明な壁に阻まれた。

 そしてギルガルドは最初の盾の状態に戻っている。

 これはバトルスイッチというギルガルドの特性だ。攻撃時は剣を抜いた状態になり高い防御力が反転して高い攻撃力になり、先程のキングシールドを使うとそれが元に戻る。

 要は攻守共に優れたポケモンである。

 なぜこのような特性を持っているのか、学会でも長く議論の的になっているポケモンだ。

 故に、私は対処法も心得ているが。

 

「ギルガルド、ボディパージだ!」

「ギルっ、ガルッ」

 

 ギルガルドの身体が眩い光を帯びる。

 ボディパージとは、自らの身体を軽くすることで素早さを2段階上げる技だ。

 

「行け、せいなるつるぎ!」

「ギルッ、ガルッ」

 

 残像が見える程のスピードで接近してくる。先程とは比べものにならない速さだ。

 ペルシアンの真上で銀色に輝いた剣をギルガルドが振り上げた。

 

「遅い。ペルシアン、かわしなさい」

「ペルニャア」

 

 しかし、振り下ろした先にペルシアンはいなかった。

 

「まずい!? ギルガルド、後ろだ! キングシールド……」

 

 何か違和感を感じたのかダンデはしまったと口を動かす。

 

「よく気がつきました。しかし、もう遅い。ペルシアン、つじぎり!」

「ペルニャアッッ!」

「ギルガアァ!?」

 

 つじぎりを受けたギルガルドは、その勢いのまま壁に叩きつけられた。そしてさっそく壁に蜘蛛の巣状の傷ができた。

 

「とどめのシャドーボール!」

「ペルニャア!」

 

 黒の球体がぶつかると土煙が上がった。

 そして、土煙が晴れると目を回したギルガルドが倒れていた。

 

「ギ、ギルガルド戦闘不能! ペルシアンの勝ち!」

「よくやりました、ペルシアン」

「ペルニャァ〜」

 

 ペルシアンの首元を軽く撫でてやると、気持ち良そうに鳴いた。

 久しぶりのバトルだったが、息はしっかり合っていた。やはり付き合いが長いとこのような時に助かる。

 

「さてさて、まだ序の口ですよ」

 

 

 

 

 カブは自分の目の前で起こっていることが信じられなかった。

 チャンピオンのポケモンが軽くあしらわれるように倒されてしまったのだ。

 今までダンデの実力を生で感じてきたカブからすれば、到底有り得ない光景だった。

 それもダンデのギルガルドは、攻守共に隙がないポケモンとして有名だ。

 バトルスイッチにより攻守の種族値は高く、さらにボディパージやかげうち、キングシールドなど厄介な技を覚えている。そのため、あのギルガルドを倒すだけでもままならないというトレーナーは山のようにいる。

 一瞬追い詰めたと思っても、キングシールドで軽々凌がれてしまうなどよくあることだ。

 それをあんな手で封じるとは。

 オレンジが使ったのは『ちょうはつ』。特殊技を封じる効果があり、そのせいでギルガルドはキングシールドを使うことができなかったのだ。

 それにタイミングも嫌らしい。わざわざ一度目のキングシールドやボディパージでは使わずに、咄嗟の場面でキングシールドが使えないという状況を作ったのだ。

 ダンデは気がついたようだが、時すでに遅く。

 これを軽々やってのけるメンタル、技術、体力。まさに心技体において隙がないと言っていい。

 

「すごいな。いつの間にちょうはつを使ってたんだ? まったく気がつかなかったぞ?」

「あなたのギルガルドがボディパージを使っている時ですよ。これからは能力上昇系の技を使う時は気をつけた方がいいですよ。そのような技は隙を作りやすいですから」

「アドバイス感謝する」

 

 ダンデのバトルはいわゆる横綱相撲だ。

 相手のどのような戦法をも受け切り、正面から叩き潰す王者の戦い方。

 よく言えばシンプル、悪く言えば単調。そしてその戦法でダンデは負けたことがない。それ故に能力上昇系の技の隙などあまり気にしたことはなかった。

 まあ、使われても気がつかないのなら意味がないが。

 

「ちなみに気がつかないところは企業秘密なので内緒です」

「そうか」

 

 ダンデはからりと笑う。

 カブとしてはチャンピオンに気がつかれない戦法は非常に興味深かったので、少々残念に思った。

 

「次はこのポケモンだ。バトルタイム、ガマゲロゲ!」

「ガマゲコォォ!」

 

 ダンデが繰り出したのはガマゲロゲ。みず・じめんタイプ。故にほのおタイプにとっては天敵である。

 カブはいつもこのポケモンにやられるため、自身の最大の敵の出演に顔を曇らせる。

 

「ふむ。ペルシアンのまま続けてもいいのですが、ここはこの子に行ってもらいますか。戻ってください、ペルシアン」

 

 若干物足りなそうな顔をしながらペルシアンはモンスターボールに吸い込まれた。

 

「行きなさい、メタグロス」

「メッタ!」

 

 オレンジが繰り出したのはメタグロス。はがね・エスパータイプ。

 じめんタイプの技に弱いポケモンを出したことに、カブは心の中で首を捻る。メタグロスを使うくらいならば、ペルシアンのままの方がよかったのではないかと疑問が浮かぶ。

 

「ガマゲロゲ、あまごいだ!」

 

 ガマゲロゲは手に集めた青い球体を空に投げる。それが破裂すると雲が広がりぽつぽつと冷たい雨が降り始めた。

 ガマゲロゲにあまごい。

 トラウマを思い起こす組み合わせにカブはうっ頭が状態になってしまう。

 ガマゲロゲの特性はすいすい。天候が雨状態の時、素早さが2倍になるのだ。要するに今のダンデの(ここ重要)ガマゲロゲはテッカニンをも上回る速度を誇る。

 

「行くぞ、ガマゲロゲ!」

「ガマゲロ!」

 

 水を得たカエルはスピードスケートの選手を優に超える速度で滑走して、メタグロスに接近して行く。

 カブの目では目で追うのが精一杯であったが、オレンジは顔色1つ変えていなかった。

 

「ガマゲロゲ、かわらわりだ!」

「ゲコゲーコ!」

「メタグロス、サイコキネシス」

「メッタ」

 

 ガマゲロゲはかわらわりのチョップを振り下ろそうとする体勢のまま、青いエネルギー体に包まれて止められてしまった。

 カブはあのスピードに反応できることにも驚いたし、何よりあの桁外れのパワーを持つダンデのガマゲロゲをあっさりと食い止めるメタグロスのパワーにも驚かされた。

 オレンジは手を上に向けて。

 

「そのまま上空に投げ出しなさい!」

「メッタ」

「ガマッ!?」

 

 いくら速度を上げようとも、空中では無意味。ガマゲロゲを出した瞬間から、すいすいの特性は予測していたのか。

 カブはオレンジの読みの鋭さに寒気を覚えた。

 

「コメットパンチ!」

「メッタ」

「ガマアァァァ!?」

 

 拳を決められたガマゲロゲは壁に打ち付けられる。カブは様子を確認しに行くが、ガマゲロゲはかろうじて立ち上がった。

 

「大丈夫か、ガマゲロゲ!?」

「ゲロ!」

 

 しかしすでに体力は残り少ない。コメットパンチはダメージが半減するはずだが、それでもこれほどのダメージを受けているのだ。レベル差を察してしまう。

 

「ガマゲロゲ、相手を撹乱するんだ! メタグロスの回りを走れ」

「ガマゲ!」

 

 八方塞がりをなんとか脱しようとダンデは仕掛ける。

 サイコキネシスはある程度相手を捕捉できなければ効果をなさない。素早さが上がった今のガマゲロゲが最高時速で走り回れば、さすがのメタグロスもとらえることはできない。

 なんとか、相手の隙をつくチャンスを伺う。

 しかし、それは普段のダンデのバトルスタイルからは考えられない手だ。

 要はダンデは二体目にして自らのバトルスタイルを崩さなければならない状況に追い詰められているのだ。

 

「小賢しいですよ。メタグロス、地面に向かってアームハンマー」

「メッタ!」

 

 まるで地震に見舞われたような衝撃にスタジアム全体が揺れた。

 メタグロスの拳を打ち付けた場所を起点にひびが割れ始め、隆起し、最後は地面が見るも無残なほどに倒壊した。

 カブは修理期間とリーグ委員会への言い訳を考えて、頭を抱えた。

 

「……やりすぎましたね」

「メッタ」

 

 冷や汗をかきながら言った。

 メタグロスもここまでするつもりはなかったと、冷や汗をかいていた。おそらくコメットパンチの追加効果で攻撃力が上がっていたのだろう。

 そんな中、割れる地面にのまれたガマゲロゲが目を回した状態で浮上してきた。

 それで自分の本来の仕事を思い出した

 

「ガマゲロゲ戦闘不能、メタグロスの勝ち!」

 

 世界は広い。カブはそう感じられざるをえなかった。 

 

 

 □

 

  

 やってしまった。 

 まるで地盤沈下が起きたかのようなフィールドを見ながら、私はひとりごちる。

 私としては地面を揺らしてガマゲロゲの動きを止めるつもりだったのだ。それがまさかコメットパンチの副次効果で攻撃力が上がっているとは思わなかった。

 まあ、言い訳しても仕方ない。このままではバトルが続行できないのだから。

 

「メタグロス、サイコキネシスで地面を直しなさい」

「メ、メッタ!」

 

 ボコボコだったフィールドが表面だけだが平地になった。その後、アームハンマーで踏み鳴らさせれば、なんとかなるだろう。

 

「応急処置はしました。しかし、あまり長くは持たないと思うので、後で業者に頼んで修復することをお勧めします」

「ああ、分かってるさ」

 

 カブは引きつった笑みでうなづいた。

 すいません。苦労かけます。

 

「それではバトルを続けますか」

「ああ。行くぞ、オノノクス!」

「オノォ!」

 

 出てきたのはオノノクス。ドラゴンタイプで、なかなか優秀な種族値をしているポケモンである。

 

「フィールドを壊したペナルティです。交代です、メタグロス」

「メッタアァ……!?」

 

 久しぶりのまともなバトルに燃えていたメタグロスは、悲痛な叫びをしながらボールに戻された。

 まあ、ペナルティという面は嘘ではないが、実はこの子にチャンピオン級の実力を経験してもらいたかったところもある。

 

「行きなさい、ピチュー!」

「ピチュー……ピチューゥゥ!?」

 

 ピチューはオノノクスを見た途端、逃げ出して私の後ろに隠れてしまった。

 はあ、相変わらず強いポケモンには弱気だ。

 私は膝をついてピチューと目を合わせ。

 

「ほら、行きなさい」

「ピチュ! ピチュ、ピッチュ!」

 

 絶対嫌だ! 殺される! と言わんばかりに首をブンブンふる。

 

「そうですね。もし勝てたら、あなたが大好きなギザ耳ピチューちゃんに会わせてあげますよ」

 

 説明しよう。ギザ耳ピチューちゃんとは、今カントーで大人気のアイポケ。私のピチューもその大ファンなのだ。 

 

「ピチュ!? ピーピチュ?」

「ええ、本当ですよ。オーキド博士の番組によく出演しているので、頼めば会うこともできますよ」

 

 多分、おそらく、メイビー。

 

「ピチュー!」

 

 やる気になったピチューは電気袋から電気をバチバチと放出する。

 やりとりを見ていたダンデは

 

「もう大丈夫か?」

「ええ、お待たせしました」

 

 毎回、強い相手と戦う時はこのやりとりをするのだが、いい加減慣れてほしいものだ。

 

「今度はこちらから攻めますよ。ピチュー、十万ボルト!」

「ピチュゥゥ!」

 

 オノノクスに電撃が直撃する。

 

「ノクス?」

 

 だが、オノノクスには殆ど効いていないようだ。

 

「ピチュ!?」

「まあ、こんなものですかね。それではピチュー、突撃しなさい」

「ピチュ、ピチュピッチュ!?」

 

 お前は馬鹿か!? と言いたげだ。

 

「聞こえませんでしたか? と・つ・げ・きしなさい。ギザ耳ピチューちゃんに会いたいでしょう?」

「ピチュ……ピチュウウウゥゥゥ!」

 

 観念したのか、ピチューは涙目になりながらオノノクスに向かって走り出す。

 

「どういうつもりかは知らないが、隙だらけだ。オノノクス、ダブルチョップ!」

「オノォ、オノォ!」

 

 両手にチョップのエネルギーを溜めて待ち構える。

 

「一撃受けたら終わりですよ。ピチュー、スライディングしてかわしなさい」

「ピッチュ!」

 

 ピチューは野球のスライディングの要領でオノノクスの大きな股下を滑り抜けた。

 体格差を活かす。ホップがユウリに使った手だ。

 

「アイアンテール!」

「ピチュピッチュ!」

「ノクスッ」

 

 顔を歪めるがその程度のダメージでしかない。やはりパワー差はかなりあるようだ。

 しかし、思う一念岩をも通すと言うように、一撃のダメージが低くても連続でダメージを与えれば大きなダメージになる。

 

「連続でアイアンテール!」

「ピチュピッチュ、ピチュピッチュ!」

「オノノクス、ダブルチョップ!」

「オノノ……ノクスッッ!?」

 

 チョップを繰り出そうとした時、オノノクスに異変が起こった。身体がビリビリと電気を帯びる。

 いわゆるまひ状態だ。

 

「しまった、せいでんきか!」

「ピチュピッチュ!」

「ノクスッッ!?」

 

 初めてオノノクスが身体をふらつかせた。

 確実に効き始めている。避ける時に身体をかすらせて、せいでんきの発生を狙ったことも功を奏している。

 このまま行けば、いける!

 

「ここで大技行きますよ! ピチュー、ボルテッカー!」

「ピチュ、ピチュピチュピチュ……」

 

 ピチューは電気を纏いながら突進していく。その時。

 

「ピチュっ!?」

 

 地盤が弱っていた部分に足を取られた。

 ボルテッカーはかなり繊細なバランスが要求される技だ。僅かな歯車の狂いがすべてを狂わせる。

 ピチューは技を崩し、そのまま一回転して仰向けになってしまった。

 そこに影が覆う。その影の正体はオノノクスだ。

 ピチューはすべてを悟ったのか、震え声になりながら。

 

「ピ、ピーピチュ」

「オノノクス、ダブルチョップ!」

「ノクス、ノクス!」

 

 轟音と同時に土煙が舞い上がる。

 土煙が晴れると、目を回したピチューが現れた。

 

「ピチュー戦闘不能! オノノクスの勝ち!」

「……善戦はしました」

 

 実際、足を取られなければ押し切っていた可能性もあった。

 勝負にたられば厳禁だが、ピチューの成長が見えたいいバトルだった。

 私はピチューに駆け寄り、抱き上げる。

 

「大丈夫ですか、ピチュー?」

「ピチュ……ピチュ、ピッチュ」

 

 ピチューは悔しそうに唇を噛んで泣くのを我慢している。なんだかんだ親に似て負けず嫌いなのだ。

 いつも変なプライドが邪魔をしているが、このようなバトルをこなしていけばどんどん強くなる。

 

「よく頑張りましたね。ゆっくり休んでください」

 

 私はピチューをボールに戻す。

 まあ、約束は約束なので会わせはしない。しかし、ギザ耳ピチューのCDくらいは買ってあげよう。

 さあ、ここから一度仕切り直そう。

 私は元位置に戻り、ダンデに向き直る。

 

「さあて、お楽しみはこれからですよ」

 

 

 

 





 ポケモン紹介。

 ペルシアン(カントー版)
 カントー地方を旅している時に仲間になる。メンバーの中では古参。
 素早さが異常に高く、かそく3回積んだテッカニンとも競えるほど。性格はつかみどころがない。
 エーフィをよくからかって遊んでいたので嫌われている。(内容はオレンジに甘えて、エーフィを嘲笑する)。
 技はパワージェム、つじぎり、シャドーボール、ちょうはつ


 メタグロス
 ホウエン地方を旅している時、ダイゴから譲られた。いつも壁に向かってとっしんしているなどバトルが大好き。力加減ができないのでよくやり過ぎては怒られてシュンとする。
 今回もやり過ぎて、ペナルティを受ける。
 技は、サイコキネシス、コメットパンチ、アームハンマー、ひかりのかべ。

 簡単地方設定、イッシュ(1回目)編。

 オレンジ
 うんたらかんたらでシンオウの騒動をどうにかし、ヒカリを将来の助手にすることを約束してカントーに帰る。
 その後数ヶ月間は自分の研究をしていたが、イッシュのアララギ博士から研究協力の依頼を名指しで受けたので、イッシュに渡航する。
 そこで負けず嫌いの少年に目をつけられたり、友達電波インテリに目をつけられたりする。
 ポケモンは、エーフィ、ピチュー、ガブリアス

 トウヤ
 チャンピオンを目指す少年。一匹狼気質で、自称ぼっちで捻くれ者。超がつくほどの負けず嫌いで、ふいにバトルしたオレンジに完敗したことが許さずオレンジの旅についてくる。
 いつもバトルしてアドバイスなどを受けていた。
 しかし、本人曰くあれはあいつが勝手にやってることだ。俺はけしてあいつの弟子なんかじゃない!と言い張っている。
 なんだかんだで現実が見えていて、バトルセンスもある。
 バトルに負けると部屋(テント)に篭ってぶつぶつと反省会をしている。
 旅の終了後。リーグを制覇したがオレンジには勝てなかったため、カントーまでついて行く。面倒になったオレンジによって、グリーンのいるトキワジムにジムトレーナーとして働きながら、グリーンの修行を受けている。
 目標は、打倒オレンジ。そして頂点のレッドを倒すこと。

 
 N(えぬ)
 電波。バトルは強い。なお、その理論にオレンジは興味ない。

 チェレン
 めがね。トウヤの幼馴染。インテリ。1人でどこかへ行くトウヤにいつも頭を悩ませる。

 ベル
 ドジっ子。天然。

 アララギ
 口癖はあらら。

 アララギ(父)
 なんか大物っぽい。

 ゲーチス
 黒幕。どこか小物っぽさが抜けない。




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VSダンデ〜無敗と頂点〜(後編)

 ガブリアスが剣盾に入ってくるようで、嬉しいです。ついでにメガシンカもふっかつしないかなぁ。


 初めて彼の顔を見たのは、写真だった。

 リーグ委員会の役員からこの人の迎えと案内を頼むと言われた時に受け取ったのだ。

 失礼な話だがこの話を告げられた時は俺がやる仕事なのか? とも思った。

 そして何やら彼はカントーで著名な研究者の使いの者だから、失礼のないようにとも言われた。俺は自他共に認める方向音痴だ。時間通りに着くはずもないのに、役員達は何を考えているのか。

 

 いや、分かってる。ローズさん以外の役員連中は俺をチャンピオンから降ろしたがっている。だから、他地方の客人相手に失礼を働かせて世間の俺の評判が落ちることを狙っていたのだ。

 ……まあ、そこまで分かっていながら案の定遅れる俺も俺だがな。

 結局、ソニアにまた迷惑をかけた。すごく怒られた。

 そのカントーからの客人も怒ってはいたけど、ソニアが謝って許してもらえたらしい。大事にはするつもりはないとも言われた。

 だが、なぜか俺は少しがっかりしてしまった。

 今思えば、俺はこの時からだいぶ参っていたのかもしれない。

 

 初めて顔を合わせたのはエンジンシティだった。

 ソニアから彼がユウリのバトルの師匠になった話を聞いていたから、少しはバトルの腕が立つ人物なんだなとは思っていた。

 しかし、そんな甘い推量は彼のガブリアスを見た途端に変わった。

 一目見ただけで理解できた。あのガブリアスは俺のどのポケモンよりも強いこと。そして、そのトレーナーは俺よりも強いと。

 その後、そのトレーナーが俺が迷惑をかけたトレーナーだと聞いてかなり後悔した。

 ぜひバトルしてみたいと思ったが、公的な約束をバックれた人間の頼みなど聞いてはもらえないだろう。俺だってふざけるなと思う。

 そして、この時俺はあんなくだらない謀略を仕掛けてきた役員共に殺意が湧いた。

 しかし、覆水盆に返らず。俺は彼とバトルすることを半分諦めていた。

 

 だから、彼から連絡が来た時は驚いた。

 たしかに連絡先は交換していたが、本当に連絡してくるなどかけらも思っていなかったからだ。

 その後俺の行きつけの店に呼び出された。そこなら俺が迷わないだろうからと。

 チクリと皮肉を混ぜられ苦笑を浮かべた。

 

 その後、俺の心の歪みを言い当てられたのには驚いた。

 なんせ同僚どころか家族にも悟られていなかった程度の誤差だ、自分でも最近自覚してきたものを的確に指摘されさらに驚いた。

 その時、彼とバトルしてみたいという気持ちが再度湧いてきた。

 そこで俺はダメ元のつもりでバトルすることを願い出てみた。

 ……あっさりと承諾されて拍子抜けしてしまったが。

 

 そして今、俺は最高の気分だった。

 劣勢、明らかにレベルの足りないポケモンを出され、自分のスタイルまで崩されてなお、気持ちは晴れやかだ。

 これだ、俺が求めていたものは。負けるかもしれないギリッギリのバトル。 

 別にチャンピオンとして挑戦者の壁となることが嫌いになったわけではない。ただ、毎日三つ星レストランの料理が出されても同じ味では飽きてしまうのと同じで、(傲慢だが)負ける気がしないチャレンジャーの挑戦ばかりでは退屈してしまうのだ。

 

 しかし、ここで俺の強欲なところが出てしまった。

 良いバトルができれば満足なはずだった。だが、それだけでは足りなくなった。

 

 勝ちたい。

 

 オレンジに勝ちたい。

 

 無敗のチャンピオンという肩書やガラル中のファンの夢など関係なく、俺という1人のトレーナーとして心の底からそう思った。

 

 

 □

 

 

「行きなさい、エーフィ!」

「フィー!」

 

 私が繰り出したのはエーフィ。エスパータイプだ。

 

「ほう、エーフィか。珍しいポケモンだな」

「この子は私の1番な相棒です。油断なきよう」

「……おもしろい」

 

 噛み締めるように小さく呟いた。

 そしてダンデはどうやら交代はせず、オノノクスのまま行くようだ。オノノクスはかなりダメージが溜まり、その上状態異常にもなっている。私はてっきり1度交代させるものだと思っていた。

 何か狙いがあるのか?

 

「オノノクス、ギガインパクトだ!」

「ノノグスッッ!」

 

 白い螺旋のエネルギー体を纏った状態で突っ込んでくる。

 どうやら小細工なしで自慢のパワーで押し切るつもりのようだ。

 

「なめるな。エーフィ、サイコキネシス」

「フィーア!」

 

 オノノクスは青いエネルギー体に抵抗も出来ず動きを止められる。

 メタグロスならば突破できたかもしれない。しかし、私のエーフィのサイコパワーはメタグロスの数倍ある。突破したければりゅうのまいを5回は積んでから出直してきて欲しい。

 

「そのまま地面に叩きつけなさい!」

「フィア!」

 

 首をぶんと下に振ると、地面が砕ける轟音が響いた。

 

「オノノクス、戦闘不能! エーフィの勝ち!」

「よくやりましたエーフィ。次もお願いします」

「フィア」

 

 表情を変えずにうなづいているが、尻尾をぶんぶん振っているから感情が丸わかりだ。可愛い。

 対するダンデは自分のポケモンがあっさりと倒されたのにも関わらず、悲観した様子はなかった。

 気味が悪い。こういう時は何かしら仕掛けてくる可能性が高い。警戒しておこう。

 

「行くぞ! バトルタイム、ドラパルト!」

「パルッド!」

 

 ……何だあのポケモンは?

 小さなヌメルゴンのようなフォルムで頭は戦闘機のような形。

 初めて見るポケモンだ。おそらくガラル地方にしか生息していない。

 チャンピオンが使用するということは優秀な種族値をしているのだろうが、タイプや特性が分からない。見た目からしてドラゴンタイプだろうか?

 くそ、こういう時トレーナーでない弊害が生まれる。トレーナーならば図鑑が支給されるから、調べることができるのに。

 ともかく探り探りやっていくしかないか。

 

「エーフィ、でんげきは!」

「フィーアアア!」

「パルッ」

 

 ドラパルトは青い電撃をまともに受ける。しかし、目を瞑っただけで大して効いた様子はない。

 やはり、予想通りドラゴンタイプを含んでいる可能性が高い。

 では複合タイプなのか単体なのかが気になるところだ。

 

「エーフィ、シャドーボール!」

「かわして、りゅうのまい!」

「パルパルパァ!」

 

 速いっ!

 ドラパルトはあっさりと黒い球体をかわして、りゅうのまいでステータスを上昇させた。

 素早さはかなりあるようだ。

 それなら、かわせない状況を作るまで!

 

「エーフィ、足下にシャドーボール!」

「かわせ」

 

 予想通り次の動きができるように横にかわす。

 

「そのシャドーボールをサイコキネシスで曲げなさい!」

「なんだと!? くっ、かわせドラパルト!」

 

 直線の軌道からスライダーしてきたボールをドラパルトはかろうじでジャンプしてかわす。

 だが、それは空中だ。飛べない限り、かわすことさできない。

 

「そこです! エーフィ、シャドーボール!」

「フィア!」

「ドラパルト、ゴーストダイブ!」

「っ!? ゴーストダイブ!?」

 

 ドラパルトが影に隠れたところを、シャドーボールが素通りする。

 まさか複合タイプの上に、ゴーストタイプとは。エーフィには相性が悪い。ドラゴン・ゴーストにゴーストダイブとは、まるでギラティナの下位互換のようなポケモンだ。

 とりあえず、影に隠れられてしまえば、こちらの技はなかなか当たらない。

 影から出てきたところを狙い撃ちするのがベターだ。

 

「エーフィ、影から出てきたところを狙います。準備してください」

「フィア」

 

 こくりとうなづくと、エーフィはダンデに勘付かれないようにみがわりを使う。

 あとはみがわりに気がつかずに攻撃したところにシャドーボールを撃てばいい。

 

「いまだ!」

 

 ダンデの掛け声と共に、エーフィの右後ろ足側からドラパルトが飛び出してきた。

 

「フィー!?」

 

 しかし、それはみがわり。ダメージを与えれば消える……。

 

「フィ……フィア」

「消えない!?」

 

 私の目の前には苦しそうに倒れ込むエーフィの姿があった。

 どうやら攻撃を受けたのはみがわりではなく本体のようだ。

 どういうことだ? たしかにゴーストダイブはまもるなどを貫通する特性を有しているが、みがわりは関係ない。ということは、ポケモン自体の特性に関係があるのか?

 

「すりぬけ、それに類似する特性を有しているのか」

「ご名答。ドラパルトの特性はすりぬけ。みがわりは無効になるぞ」

 

 やはりそうか。

 厄介なポケモンだ。ドラゴン・ゴーストと珍しい複合タイプに高い種族値、その上まもるやみがわりを無効化することも可能ときている。なにか欠点がないか、どのような生態系で過ごしているのか、調査してみたい。

 ここで第一声が調査してみたいと思うところをみると、やはり私は根っからの研究者のようだ。

 

「エーフィ大丈夫ですか?」

「フィー!」

 

 エーフィは力強く鳴く。まだやれると言わんばかりに。

 ある程度情報は集まった。一度交代するのもありだが、それはエーフィのプライドが許さないだろう。

 残りの体力は少ないが頑張ってくれ。

 

「ドラパルト、これで決めるぞ! ゴーストダイブだ!」

「パルパル!」

 

 ドラパルトはまたも影の中に姿を隠す。

 あのポケモンの素早さはかなり高い。後出しでは避けきれない。ならば、相手の居場所を見破るしかない。

 では、どうするのか。その鍵はゴーストダイブという技の特徴にある。

 

「エーフィ、フィールド全体にでんげきは!」

「フィアアア!」

 

 電撃はまるで雨のようにフィールド全体に降り注ぐ。

 これはでんげきはを威力を捨てて範囲を最大限まで広げたバージョンだ。 

 そして、元々必ず命中するという付随効果があるこの技は包囲網のようにドラパルトを襲う。

 なぜなら、ギラティナが使うシャドーダイブは別次元に隠れてしまう技だが、ゴーストダイブはただ影に隠れているだけ。いうなら特殊なフィルターがかかり視認できないだけなのだ。

 

「これはっ」

 

 ダメージとしてはタイプ相性もあり静電気レベルだろうが、集まった電気はドラパルトの形となって、姿を表してくれる。

 右後ろだ。

 

「エーフィ、電撃が集まった場所を狙いなさい! シャドーボール!」

「フィーア!」

「ドラパァァァ!?」

 

 ゴーストタイプにゴーストタイプの技はこうかばつぐん。威力に押されたのか、ドラパルトは後方に吹き飛ばされ地面を転がる。

 

「追撃です! シャドーボール!」

「フィア!」

「ドラゴンアローで弾け!」

「パル……パルッ、パルッ!」

 

 ギリギリで体勢を立て直したドラパルトはシャドーボールを上空に弾き飛ばす。

 余裕がなくその方向になってしまったのだろうが、それは悪手だ。

 なぜなら、上空にはサイコキネシスで飛んでいるエーフィが待ち構えている。

 しかし、ダンデの目の前には地面に立つエーフィがいる。

 

「なんだと!? なら、あのエーフィは!?」

「お忘れですか? いたでしょう、すりぬけで攻撃されずに残されたみがわりがね」   

 

 本来の用途とは違うが、リサイクルだ。騙し討ちに利用させてもらう。

 

「エーフィ、飛んできたボールをしっぽで叩きつけなさい!」

「フィーア!」

 

 エーフィは一回転して勢いづけたしっぽで、黒い球体を打ち付けた。球体はメテオのようなスピードで落下し、ドラパルドは避ける間もなく直撃した。

 砂煙がおこる。晴れると目を回したドラパルトが倒れていた。

 

「ドラパルト、戦闘不能! エーフィの勝ち!」

「……よく頑張ったドラパルト。ゆっくり休んでくれ」

「よくやりましたエーフィ」

「フィ、フィ……フィーア」

 

 エーフィは肩で息をしている。それだけ追い詰められたということだ。

 相性や情報で遅れを取ったものの、はじめの推量ではここまでてこずるものではなかった。

 いや、最初の1体目、2体目は確実にダンデの実力はその程度だった。ポケモンの能力任せの単調なバトル。それが今ではしっかりと戦略を練って全力で私のポケモンを倒しにきている。

 今思えば、オノノクスのギガインパクトもエーフィを倒すための方針決めのためと考えればしっくりくる。行き当たりばったりの搦手でなく、しっかり方針を持った搦手だったことが何よりもの証拠だ。

 ……成長している。この短期間で恐ろしい速度で。

 私は無敗のチャンピオンの才能を少し甘くみていたのかもしれない。

 彼は叩けば叩くほど成長する。

 ならば、今私がやるべきは、彼を持てる力の限り叩き潰すことなのかもしれない。

 

 

 

 

「お疲れ様ですエーフィ。休んでいてください」

 

 オレンジはエーフィをボールに戻す。息を切らせていたのを見れば妥当な判断だ。

 その時一迅の風が吹いたような感覚をカブは覚えた。しかし、このスタジアムは密閉されていて風なんて入ってこない。

 辺りを見回すとその理由が一目で理解できた。

 オレンジの雰囲気が変わったのだ。まるで全てを悟った仙人のような穏やかな雰囲気は、獲物を見定める殺し屋のようになっていた。

 そうカブが感じたのは風ではなく、寒気だったのだ。

 

「ダンデ。あなたに一つ謝罪させていただきます。私は少々あなたをみくびっていたようだ」

 

 言葉の一つ一つが重力を持っているかのように、カブの足が重くなっていく。

 その現象が何かすぐに理解できた。

 重圧だ。

 

「ここからの私はあまり優しくありません。全力でやらなければ、

 

 

 ーーー死にますよ?」

 

 数十年のトレーナー人生の中で一番の恐怖だった。後にカブはそう語った。

 

 

 

 

 久しぶりにバトルに殺気を孕ませてみたが、間違いではないと思えた。

 なぜなら、ダンデは笑っているからだ。まるで楽しんでいたゲームの隠し要素を発見した子供のように無邪気な笑みだ。

 末恐ろしさと同時に頼もしさを覚える。

 

「行きなさい。ウインディ!」

「ガアウァ!」

 

 私が繰り出したのはウインディ。私が初めてゲットしたポケモンであり、元エースでもある。ただ、現エースのガブリアスに敗れてその座を譲ったが、タイプ相性も考えれば実力は十分である。

 ウインディは私の雰囲気の違いを悟ったのか、黙ってうなずき唸った。

 

「俺はこいつだ。バトルタイム、ドサイドン!」

「ドッサイ!」

 

 ダンデが繰り出したのはドサイドン。じめん・いわタイプで、ウインディとは相性がかなり悪い。

 しかし、問題ない。チャンピオン、シロナのガブリアスすら子供のように扱えるウインディだ。ドサイドンとも戦える。

 

「ドサイドン、ストーンエッジだ!」

「ドッサイ!」 

 

 星の軌道にのる衛星かのように、ドサイドンの周りを無数の岩が回転する。そしてそれを打ち出すと、ウインディの四方八方を覆い尽くした。

 

「しんそくで回避しなさい」

「ガアウ!」

 

 岩の僅かな隙間をまさに消えたかの如くスピードで走り抜ける。

 

「そのまま、だいもんじ」

「ガアアウ!」

 

 『大』の字型の炎がドサイドンへと向かっていく。

 しかし、炎はドサイドンではなく、ドサイドンの足下の地面に命中した。燃え盛る炎が壁となってドサイドンに立ち塞がる。

 予想外の事態にドサイドンは困惑して立ち往生している。

 

「そこです。フレアドライブ!」

「ガアアアァァウンッッ!」

 

 炎を纏ったウインディが炎の壁を突っ切った。

 壁を突っ切ると纏っていた炎は数倍に膨れ上がり、ドサイドンを飲み込んだ。

 これはウインディの特性もらいびを利用した戦法で、炎の壁を突き破ることで炎技の威力を数倍にできるのだ。

 

「ドサイドン!?」

「……ドッサ」

 

 かろうじで生き残ったようだ。

 ドサイドンは膝をついて肩で息をしている。身体にはところどころ焦げた痕が付いていた。

 

「頑張ってくれドサイドン! がんせきほうだ!」

「ドッサアアア!」

「焦りましたね。ウインディ、しんそくでかわしなさい」

 

 一直線に飛んでくる巨大な岩の塊をウインディはあっさりとかわす。

 そしてがんせきほうは反動でしばらく動けなくなる、いわば諸刃の剣。使うタイミングが迂闊すぎる。

 

「だいもんじ!」

「ガアアウ!」

 

 『大』の字型の炎が向かっていき。けして速くはない、だいもんじは元々命中率が良くない技だ。

 しかし、動けないドサイドンはかわすことが出来ずに炎が直撃した。

 竜巻状の炎が巻き起こる。炎が四散すると中から黒焦げのドサイドンが現れた。

 

「ドサイドン戦闘不能! ウインディの勝ち!」

「よく頑張りましたウインディ」

「ガアウ」

 

 対するダンデは顔が強張っている。この土壇場での判断ミスは流石にショックを受けているようだ。

 

「……すまないドサイドン。俺のミスだ。ゆっくり休んでくれ」

 

 ドサイドンをボールに戻した。

 並の人間なら心が折れてしまう場面だが、彼が並なわけがない。

 ダンデは顔をパンッと両手で叩いた。そして私を睨む。目は死んでない。むしろ追い詰められて、凄みが増したようにも思える。

 

「フェアじゃないから本当は使うつもりはなかったんだがな……」

 

 ダンデはボールを構えて。

 

「行け。バトルタイム、リザードン!」

「ガアァァ!」

 

 リザードン。ほのお・ひこうタイプ。カントー地方の御三家ポケモンであり、ダンデのエースポケモン。

 しかし、どうやらそれだけじゃないらしい。

 ダンデの手首につけているリストバンドが薄赤いエネルギーを帯びている。

 

「全力全霊で行かせてもらう! キョダイマックスタイムだ!」

 

 リザードンをボールに戻すと、そのボールはリストバンドのエネルギーが蓄積され巨大化した。ダンデはその巨大化したボールを投げ出した。

 

ガアァァァァ!

 

 出てきたのは怪獣のような巨大化したリザードン。羽はファイヤーのように炎を纏っている。

 これがダイマックス現象。そしてキョダイマックスとは、特定のポケモンがダイマックスした時になる姿で、なぜそうなるかはまだ研究が進められているところである。

 映像では何度もみたが、目の前で対面してみるとやはり迫力がある。

 その内私もダイマックスを使ってみたいものだ。生憎ダイマックスをするためにはダイマックスバンドなるものが必要で、そのバンドはガラルリーグの挑戦者にしか配られていないのだ。

 

「なるほど、これはこちらも出し惜しみしていられませんね。戻りなさいウインディ」

 

 普段感情を表に出さないウインディなのだが、この時ばかりは少し残念そうにボールに戻った。

 というか、私のポケモンたちバトルがしたすぎる。オーキド博士に頼んで今度ガス抜きをしてもらおう。

 

「出番ですよ、ガブリアス!」

「ガバァ……ガバァ!?」

 

 ガブリアスは目の前に見える巨大なリザードンに目を飛び出して驚いた。

 

「何を驚いているんですか。あのくらいの大きさウルトラネクロズマとの戦いの時にも経験したでしょう?」

「ガバァ……」

 

 そう言われても……と言いたげだった。

 まったく情けない。たしかにあの時は少し死にかけたが、何とか倒せただろうに。

 

「ちなみにこの勝負に負けたら、あなたエースを剥奪でウインディと強制交換しますからね」

「ガバァ!?」

「マジです。大丈夫ですよ、こちらも全力でやりますから」

 

 私はメガリングに二本指をかける。

 

「限界突破! 進化を超えろメガシンカ!」

 

 メガシンカの光に呼応するように、ガブリアスの身体も光を帯びる。そして光が散ると姿が変わったガブリアスが現れた。

 

「ガバアアァァ!」

「……これはなんだ!?」

 

 カブが審判の仕事も忘れて声を上げる。

 まあ、無理もない。メガシンカはガラルには伝わっていない力だ。管理してるメガシンカおやじも、あまり表には出したがらないから認知度も低い。

 しかし、ダンデはあまり驚いた様子はない。

 

「聞いたことがある。カロス地方に伝わる古代からの力。その力の源は絆」

「ご名答。まあ、私とガブリアスに絆はありませんが」

「ガバァ!?」

 

 ひでぇ!? と言いたげに鳴いた。

 

「はっはっは」

 

 その様子を見てダンデは笑い出した。

 

「なるほど、君たちの絆は相当だな」

「……ふっ」

 

 私は何も答えない。

 ガブリアスのおねだり目線が気持ち悪いからだ。なんだその素直になれよと言わんばかりの顔は。

 

「さあて、夢の対決といこうじゃありませんか。キョダイマックスVSメガシンカ。こんな対決は初のことでしょうから」

「はは、スタジアムが無事でいられるかな?」

「大丈夫でしょう。……多分」

 

 私の自信なさげな返答に、カブが苦笑を浮かべた。

 

「まあいい、始めよう! リザードン、キョダイゴクエン!」

ガアァァ!

「ガブリアス、ドラゴンクロー!」

「ガバァァァ!」

 

 ビルを飲み込むような巨大な炎とガブリアスの光る両腕がぶつかり合った。

 あまりの衝撃に客席がビリビリビリと揺れた。カブも手で顔を守っている。

 威力はガブリアスが勝った。

 

「まだまだ! どんどん行くぞ。リザードン、ダイロック!」

ガアウ!」   

 

 地面から柱状の岩がいくつも生えてきながらガブリアスに向かってくる。

 飛んで逃げるしかないように思えるが、それをすれば炎の餌食になるだけだ。ここで正解は前に進むことだ。

 

「ガブリアス、突っ込みながらドラゴンクローで岩を砕きなさい!」

「ガバァ、ガバァ、ガバァ!」

 

 突破したガブリアスはリザードンの懐に入り込む。

 

「ストーンエッジ!」

「ガブリァァ!」

ゴガアァ!?

 

 無数の岩が至近距離から直撃したリザードンは、ドシンドシンと巨体を後退させ斜め方向の客席に倒れ込んだ。

 ミシミシミシと客席が潰れる生々しい音が聞こえる。

 ……人がいたら大惨事だったな。

 そしてふとカブを見ると白目を剥いて今にも倒れそうだった。ご冥福してください。

 

「大丈夫か、リザードン?」

ガアゥ」 

 

 いくらキョダイマックス化しようとも、メガシンカしたガブリアスのストーンエッジが至近距離から直撃したのだ。一撃で戦闘不能になっていてもおかしくない。

 証拠にリザードンはすでに息が上がっている。限界が近い。次が最後のぶつかり合いになるだろう。

 ダンデも察したのか、覚悟を決めた顔をしている。

 

「リザードン、全ての力を出しきれ! キョダイゴクエン!」

ガアアアァァァァッッッ!!

「ガブリアス、これで決めますよ。ギガインパクト!」

「ガバアアァァァァッッッ!」

 

 つい先程よりもパワーを上げた巨大な炎と、大きな螺旋状のエネルギーを纏ったガブリアスがぶつかり合った。

 

ガアアァァァァァァ!

「ガバアァァァァ!」

ガアウ……ッッッ!?

「ガバアアアアァァァァァァァァァッッッ!」

 

 競り勝ったのはガブリアスだった。

 ガブリアスは炎を貫き、リザードンにギガインパクトを叩き込んだ。炎とギガインパクトのエネルギーとが混ざりぶつかり合い、フィールド全体を飲み込んでドーム状に拡張し、最後には四散した。

 すると、中から小さくなったリザードンが目を回した倒れていた。

 呆然としていたカブは我に帰り。

 

「リザードン戦闘不能! ガブリアスの勝ち! よって勝者オレンジ!」

 

 カブがそう言い上げると、ダンデは憑物が落ちたような晴れやかな顔で笑っていた。

 

 

 □

 

 

「フィールド倒壊、壁破壊、天井焼損、客席破壊……etc。よくもまあ、ここまで壊してくれたもんだ」

「いや〜、それほどでも」

「褒めてないと思うのですが」

 

 明らかにカブの口調は恨み節だ。

 心なしか顔色が悪いし、少し老けたように見える。おそらく、これから降りかかってくる後始末に頭を痛めているのだろう。

 

「心配するなカブさん。いざとなったら俺の名前を出してくれればいいから」

「それは余計に面倒ごとになる気がするからやめておくよ。……修理代金は後日請求するから」

「おう。小切手でいいよな?」

「……億はするよ? 一括で払う気かい?」

「ああ、そのくらいなら払えるさ」

 

 あっさりと言ってのけるダンデ。

 この男、貯金はいくらあるのか。チャンピオンとはそれほど儲かる仕事なのか。研究者の給料など微々たるものなのに。

 ……もしかして、私の収入って弟子より低いのだろうか?

 いや、考えないでおこう。悪い夢だ。

 カブとは別の意味で頭を悩ませている私に、ダンデが

 

「オレンジ、今日はありがとう。夢のような時間だった」

「いえいえ、大したことはしていませんよ。それよりどうですか? 人生で初めてバトルに負けた気分は?」

「もの凄く悔しい」

 

 だろうな。

 

「だが、悔しいと思えることが嬉しいんだ。これで俺はまた前に進める」

「それはよかった」

 

 濁りのない笑顔に、私はダンデが完全に吹っ切れたことを理解する。

 

「またバトルしてくれるか?」

「構いませんが、次はバトルする時は前もって言ってください。今回は時間がなさ過ぎて、調整が間に合わなくて使えなかったポケモンがたくさんいたんですから」

「……まだ上があるのか?」

「エースは(一応)ガブリアスですよ。ただ、別枠に強いポケモンが他にもいますが」

 

 スイクンやダークライなどの伝説組のことだが、普段バトルに使わないので別枠扱いだ。

 

「なあ、オレンジ。お前よりも強いトレーナーはいるのか?」

「そうですね。世界は広いですから、探せばいくらでもいるかもしれません。しかし、今のところ私が知っている中で、私より強いトレーナーは1人います」

「はっはっは、そうか。……世界は広いな」

 

 その通り、世界は広いのだ。

 私が伝えたかったのはそれだ。ガラル地方では敵なしでも、外に出れば強いトレーナーはいくらでもいる。

 退屈など、する暇がないほどにたくさん……。

 

「あなたはこれからどうするんですか?」

「そうだな。とりあえず、久しぶりに修行に行こうと思ってる。負けたままは悔しいからな。強くなるんだ」

「君がこれ以上強くなったら、挑戦者たちはやってられないな」

「構わないさ。それに俺には大きな目標ができたからな」

「ほう、目標とは?」

 

 ダンデはわけのわからないポーズをとりながら、指を天に向けて。

 

「世界一強いポケモントレーナー。まさに俺が世界のチャンピオンになるのさ」

 

 子供のように無邪気な笑顔でそういった。

 

「ふふ頑張ってください。でも、世界一のポケモントレーナーになる前に、世界一強いポケモン研究者に勝たなくてはなりませんがね」

「ああ。すぐに勝ってやるさ!」

 

 私はダンデと拳を合わせて、にこりと笑い合った。

 

 

 




 ▲チャンピオンダンデのレベルが上がった。
 ▲ユウリは絶望した。


 簡単設定集、イッシュ(2回目)編。

 オレンジ
 1度目のイッシュ旅から2年後、幼馴染のナツメの招待でポケウッドの上映会パーティーに出席するためにイッシュ地方に向かう。ナツメの招待なんて何かしら裏があると思っていたが、案の定新作映画のアクターにされる。そこで生まれたのが『ガブリアスキッド』
 そして、撮影の休憩中女優が1人誘拐されたと報せが入り、オレンジはそれを捕まえる。そこで拐われていたのが若手ナンバーワン女優メイだった。そして拐ったのがプラズマ団ということもあり、国際警察(ワタル)の命令でなぜか捜査することに。
 そして何故かその度にメイが付いてきたりと大変な旅が始まった。
 ポケモン、今と同じ。

 メイ
 誘拐犯から助けたくれたオレンジに惚れ込み押しかけ女房のように旅に無理やり付いてきた。実は2年前にもオレンジに迷子のところを助けられており、その人に名前を伝えられなかったことを後悔していた。
 性格……表向きはとても愛想がいいが、わりと腹黒。小悪魔系。口調がわりとあざとい。
 びこう……ツインテール。発育いい。
 大体なところもあり、よくオレンジのベッドに侵入してはエーフィとピチューのフラストレーションが溜まり、ガブリアスが被害を受けた。
 ポケモン.バルチャイ、ゴチム。

 ナツメ
 言わずと知れたエスパー少女。オレンジの幼馴染。
 スカウトがきっかけでポケウッド女優に。暇な時にテレポート(自力)でジムに帰り、ジムリーダー業もこなす。偶に回らない時はオレンジに頼んでいる。
 今回は監督から「若く、顔が悪くなく、中背で、身体能力が高い人物の知り合いはいないか?」と聞かれ、オレンジを推薦。とんとん拍子に話が進んだ。
 カントーにいる時はよくオレンジを食事に誘う。理由は、ほかに誘う人がいないから。店は高いところを押さえて、自分が払い、オレンジが屈辱に震えているところを見るのが好き。
 なお、側から見ればただのお忍びデート。
 今は2人とも大人になったので、食ってかかるような喧嘩しない。

 ワタル
 中二病。カントーチャンピオン。国際警察特別捜査官。
 喋り方と、チャンピオンよりも強いジムリーダー(グリーン)がいるので、ネットではただの玩具。
 最近の悩みは、イブキにすらそろそろ大人になれと言われたこと。

 ゲーチス
 懲りない男。小物。

 アクロマ
 マッド。同じ研究者としてオレンジに興味をしめすが、本人は一緒にするなと言っている。
 
 ヒュウ
 メイのマネージャー。メイとは幼馴染。妹のチョロネコを探し続ける。

 トウヤ
 地元のことなのに今回蚊帳の外。後で話を聞いてちょっと寂しかった。

 N
電波が少し治り、まともな好青年になろうとしている。現在ポケウッドの俳優にスカウトされている。

 

 


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(間話)3番道路

 

 ダンデとのバトルを終えた後の朝、私達はターフタウンに向けて3番道路を進んでいた。

 ユウリは修行。

 そして、私はガラル特有の赤い地層に興味を惹かれ調べていたのだが。

 

「ねぇ、オレンジ。いい加減教えてよ。どうやってダンデ君を立ち直らせたの?」

 

 土の性質を調べる傍ら、ソニアは眉をひそめながら聞いてくる。

 今日の朝からずっと聞いてきている。どうやら、ダンデは心配かけたことをソニアに謝罪したらしい。

 それはいいのだが、なぜ私が関わっていると知られている。

 ダンデには他者に知られると面倒なことになるからと口止めしておいたのに。

 

「……何度言われても知りませんよ。たしかに私も彼にコンタクトを取ろうとしましたが、多忙のため不可能でしたし。そもそもなぜ私が関わっていると?」

「だって、ダンデ君のメールで『あ、俺が立ち直ったのにオレンジは関係ないからな。そこのところよろしくな』って書いてあったんだもん」

 

 あのバカ! 天然! ワタル! 

 ふざけるな、そんなもの私が何とかしたけど口止めしたのがバレバレじゃないか!

 嘘をつくのは上手くないと思っていたが、予想以上の下手っぷりだった。

 

「そ、そこまで念押ししてるなら、関係ないんですよ。うん、絶対」

「……ふーん。そんなに言いたくないんだ」

 

 若干悲しそうな雰囲気に罪悪感が刺激されてしまう。

 

「……言っても怒りません?」

「私が怒るようなことなの? え、まさか拳で語り合ったりしてないよね?」

「しませんよ」

「だよね。もしそうだったらダンデ君今頃病院のベッドの上だもんね」

 

 それは私が病院送りにするということだろうか? 

 さすがに加減はするぞ。ソニアは若干私のことを筋肉バカとして見ている節がある。

 けして、そんなことはないのだが。

 

「はぁ、ユウリには内緒にしてくださいね」

「うん、分かった」

「……ダンデとバトルしたんですよ。エンジンスタジアムを使ってフルバトルでね」

「は?」

 

 あ、ソニアの額に青筋がはしった。

 ゴゴゴゴと人から出てはいけないオーラらしきものが出ているが、今更私に話を止める勇気はない。

 

「こ、これはですね、私から持ちかけたわけじゃないんですよ。ダンデのやつがどうしても私とバトルしたいと言うから、仕方なく戦ったんです。けして、ソニアとの約束を破ろうと思って破ったわけではないんですよ!」

 

 まるで浮気がバレたダメ夫のように言い訳を並べていく。そしてそれを冷たい瞳で聞き続ける妻(ソニア)。

 ……生きた心地がしない。

 

「へぇ、じゃあ今日からエンジンスタジアムが改修のために使用禁止になったのは……」

「私とダンデのせいですね。……で、でもちゃんと勝ったんですよ! 五体残して快勝です」

「そういう問題じゃないでしょ!? この際あんたたちがバトルしたとかはどうでもいいの! それよりエンジンスタジアムが壊れたせいで旅を中断してるトレーナーもいるのよ! バトルするのはいいけど、他の人に迷惑かけてどうするのよ!」

「……はい、すいません」

 

 ぐうの音も出ない。いくら人助けのためとはいえ、一月修理が必要なほどの損壊はやり過ぎた。怒られても仕方ない。

 

「ふう。はい、説教はこれで終わり」

「ありがとうございました……」

「次はお礼ね」

「はい?」

 

 張り詰めた空気に似合わない一言を言われて、私は目が点になってしまう。

 しかし、ソニアはさも当然だと言わんばかりの顔で。

 

「当たり前でしょ。そもそも、ダンデ君のことを頼んだのは私なんだから。ちゃんとお礼しなきゃ駄目じゃない」

「いや、私さっきまで説教されてたんですけど……」

「だから説教は終わりって言ったじゃない。怒ることは怒る、お礼を言うところはしっかり言うの」

「はぁ、分かるような分からないような」

 

 そんなものだろうか。

 私の戸惑いを他所に、ソニアは万人が見惚れるような笑顔になって。

 

「私の幼馴染を助けてくれてありがとうねオレンジ」

 

 ここまでまっすぐに礼を言われたことがない。

 私は心がくすぐったくなり、顔を逸らした。

 

 

 □

 

 その日は、ガラル鉱山の入り口の前でキャンプを敷くことにした。

 私がテントの中でタブレットと睨めっこしていると、携帯がバイブレーションした。

 こんな時間になんだと、画面を見るとレッドからだった。

 あまりメールをよこさない彼が珍しい。私は興味本位でトーク画面を開くと。

 

 

赤『(マラサダにかぶりついているレッドとグリーンの写真)』

 

 これは、旅行の写真だろうか? そういえば時差があるから今頃アローラは昼過ぎか。人が1番活動的になる時間だ。

 

赤『バトルツリー制覇の表彰を受けるレッドとグリーン』

 

 責任者のこんなに早く突破する人間が現れるとは感がすごい。

 

赤『(スーパーめがやすの幽霊に驚かされるグリーン)』

 

 さすがは私の教え子たちです。

 

赤『(ミミッキュとじゃれあうピカチュウ)』 

 

 ……じゃれあう? 殺し合いではなく?

 

赤『(ナマコブシと一緒に海に投げ飛ばされるグリーン)』

 

 何があった。状況を詳しく教えろ。私も投げたい、グリーンを。

 

赤『(リーリエをデートに誘ったことがバレて、修羅になったムーンにビビるグリーン)』

 

 あーあ。やはりグリーンは地雷を踏んでしまったか。何となく予想はしていた。

 ちなみに、リーリエは母親の治療のために一時的にトキワシティに住んでいる。

 

赤『(そして負けて絶望するカントー最強(笑)ジムリーダー)』

 

 あれほど勝てると豪語していたのに、これは恥ずかしい。後でしっかり煽っておかなくては(超笑顔)。

 

赤『ちなみに僕は勝ったよ。一体倒されたのはビックリしたけど』

 

橙『ほう、倒されたのですか? それはそれはムーンも精進を続けているのですね』

 

赤『うん、なかなか強かった。特に……カブだか、カポだっけ?』

 

橙『カプ・テテフですか?』

 

赤『うんそう。あのポケモンが特に強かった』

 

 あれは色々な意味で凶悪なポケモンだからなぁ。

 そもそも、ムーンを主人に選んだのも類は友を呼ぶという感じだった。私はできればテテフには会いたくない。会うとリアルファイトに持ち込まれそうだからだ。

 それにしても新鮮な気分だ。

 なぜなら、レッドからメッセージが来ることなど滅多にないし、それが旅行の感想というのだから驚きだ。

 いつもバトルしよう、修行に付き合え、ご飯持ってきてくらいしかなかったことを考えれば、レッドも前に進み始めているのだろうか?

 

橙『レッド。今回の旅は楽しかったですか?』

 

赤『……まだ分からない。でも、多分そうだと思う』

 

 その言葉に私は頬を緩ませた。

 

橙『それはよかった。……さて、こちらは今夜中なのでそろそろ寝ますね』

 

赤『うん分かった。お休み』

 

 私はgood bye(本人ボイス付き)とドヤ顔で言っているグリーンのスタンプを送り、画面を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 テテフは絶対に邪神、間違いない。

 簡単設定カロス地方。

 オレンジ
 某石マニアの頼みで、メガシンカを使わせてくれるというメガシンカおやじに会いに行くことに。そこでついでにカロスの調査の旅をする。
 そこで初めてガブリアスナイトとメガリングをもらい、ウキウキで偶然見かけた少女トレーナーにバトルを仕掛ける。しかし、そのトレーナーはなぜか泣いていて傷心中とのことでやっぱりやめたをしようとしたら、バトルを仕掛けられてメガシンカを使ってボコボコにしてしまう。
 そして何故か弟子入りされだ。
 ポケモンは同じ。

 セレナ
 お隣さんにメガリングをかけたバトルをして負けて悔しくて泣いていたところにバトルを仕掛けられ、やけくそになってバトルしたらめちゃんこ強かったので鍛えて欲しいと願い出る。
 性格は、ストイックで真面目。しかし、方向音痴で虫ポケモンが苦手。クーデレ。負けず嫌い。
 好きなことはバトル。
 苦手なことは、おしゃれ、料理など家事全般。
 チャンピオンになったカルムに挑戦するも引き分けで防衛されてしまったので、今はジョウト地方で腕を磨いている。

 カルム
 天然ポヤポヤ男。無自覚たらしのハーレム系主人公(ヒロイン候補、サナ、コルニ、バージルと妹、フレア団の研究者娘たち、セレナ、路地裏娘)。バトルの才能はレッドに勝らぬとも劣らない。
 好きなこと、おしゃれ、食べること。
 苦手なこと、バトル。
 現在カロス地方チャンピオン。本人はセレナのことが(無自覚)気になっている。

 サナ
 カルムが好き。

 トロバ
 カルムの天然プリにいつも振り回される。頭がいい。

 ティエルノ
 ダンスがうまい。ぽっちゃり。

 カルネ
 なんかシロナと仲が悪そう。ガブリアスキッドのファンらしい。

 フラダリ
 フレア団ボス。わりとまともなこと言ってそうで、やってることめちゃくちゃ。

 


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ガラル鉱山


 今回少し胸糞な表現があります。見たくない方は飛ばしてください。
 
 ここを書くかで悩みましたが、やはり私はビートというキャラが好きです。そしてビートというキャラを魅力的にする上で、この描写は必要と判断しました。


 薄暗い洞窟の道は、どこかRPGゲームを思い出させる。

 ここはガラル鉱山。その名の通り昔は石炭の発掘などで栄えたが、石炭が廃れた今はジムチャレンジに参加するトレーナーのトレーニングに利用されているようだ。

 

「師匠ー! ここでは何か修行するですか?」

「ええ、そのつもりです」

「今日は何するの? また野生のポケモンでトレーニング?」

「いいえ、ここのポケモンもなかなか強いですが、やはりワイルドエリアのポケモンに比べれば格が落ちます。なので、今日は実践に重きをおいてやりましょう」

「おおー! 遂に師匠が相手してくれるですか!?」

「しませんけど?」

「だぁー」

 

 ユウリはギャグ漫画のように転んだ。

 そして土に汚れた顔を近づけてきて。

 

「何でですか!?」

「私とやってもレベル差がありすぎて試合にならないでしょう。身の程を弁えなさい」

「ぬぐっ、事実だから何も言えねぇです!」

 

 唇を噛んでいるユウリの横でソニアが。

 

「でも、手加減してあげればいいんじゃない?」

「それでもいいですが、今日の修行のテーマからは外れるのでなしです」

「テーマってなんです?」

「簡単ですよ、実戦経験を積むことです」

「それいつも同じじゃねえですかあああ!」

 

 駄々っ子のように腕をぶんぶんさせながら喚いてくる。

 子供か。いや、子供か。

 

「正確には、対人経験。いわゆる、トレーナーとのバトル経験を積んでおいて欲しいんですよ。この前のホップとのバトルを見ていると、ユウリは人とのバトル経験があまりないように感じたので」

「はぐっ!?」

「……どうかしましたか?」

 

 何故か胸を押さえて呻いたユウリに聞く。

 そこにソニアが苦笑しながら説明してくれた。

 

「あー、ユウリはね、バトル一筋だったから……その……友達と遊んでいる時間がなかったから」

「なるほど。要するにボッチでバトルしてくれる相手がいなかったんですね」

「はっきり言いやがりましたこの人!?」

「事実をオブラートに包んで何の意味があるんですか。ボッチはボッチなんですから、現実を受け止めなさい」

「受け止めてるですよ! 受け止めてるから、わざわざ傷口に塩塗りたぐってくるなです!」

「何をバカなことを言ってるんですか。塩は人の傷に塗らなきゃ意味ないでしょ」

「鬼、悪魔、ドS!」

 

 何を今更言っているのか。はじめから言っていただろう、私は人の弱点をつくのが大好きだと。

 

「ほらオレンジ、その辺でやめておきなさい。あまりいじめちゃユウリがかわいそうよ」

 

 防戦一方のユウリを見かねたのか、ソニアが口を挟んでくる。

 けしていじめではない。可愛がりだ。相撲部屋的な意味の。

 

「そうですね。弄るのも飽きたので話を進めますか」

「弄ってたですか!?」

「はい。それが何か?」

「かけらも悪びれてねぇです……」

 

 唖然とした様子のユウリ。何はともあれ静かになったので、話を進める。

 

「さっきも言った通り、今日の修行の目的は対人戦の経験を積むことです。ここはガラルでも有名な修行スポットですから、トレーナーもたくさんいるでしょう。そこで、この鉱山内にいるトレーナーとバトルして10勝するまで帰れまてんをしたいと思います」

「10勝? 今回は連勝じゃないんです?」

「今回は単に経験値を得るのが目的ですから、連勝する意味がないんですよ。むしろバンバン負けて、泣いて、現実を知ってもらえた方が私としても従順になって……今後も精進してくれるでしょうし」

「今さらりと黒い目的が漏れた気がするんだけど?」

「何のことだかさっぱり。それではいってみましょう。集合場所は4番道路に続く出口でいいですねボッチさん」

「ボッチ言うなです!」

 

 

 □

 

 

 その後ボッチを見送った私はソニアと分かれて鉱山の中を探索していた。

 わざわざ分かれた理由は、単純に私が調査したい場所は鉱山の中でも奥の方なので危険と判断したからだ。ただ、野生のポケモンが生息する地にソニア一人を放っておくのは駄目だと前に学んだので、今回はエーフィをボディガードとして付けている。

 ガブリアスはソニアのトラウマを呼び起こすし、ピチューは私以外にはなかなか懐かないから、エーフィが最適と判断した。まあ、エーフィもエーフィでクーデレなので若干不満そうだったが。頭はいいので仕事はしてくれるだろう。

 

 灯はほとんどなくなり普段人が足を踏み入れない場所に入ったことが分かる。懐中電灯が唯一の光源だ。

 歩いていると道なりに崖があるのが見えた。

 ここは石炭を掘り起こした場所なのだろうか? かなり大規模だ、カントーとはスケールが違う。しかし、懐中電灯は普通目の前の道を照らす。この崖は懐中電灯では確認しづらい位置関係にあり、とても危険だ。

 後で報告して注意を促すべきだ。ここまで来る物好きがいるかは知らないが。

 

 しばらく歩いていると、岩の入り口の先にスペースと灯が見えた。

 どうやら、ここまで来た物好きがいたようだ。私のような調査目的の人間か、はたまた邪な考えを持った人間か。

 いつものパターンならば圧倒的に後者だ。できれば前者であってほしいが。

 防衛のためにボールを構えながら、じりりと近づいていく。

 入り口の横に背中を付けながら中を確認すると、いたのは見覚えのある人物だった。

 先日バトルしたトレーナー、ビートだ。

 

「こんなところで何をしているんですか?」

 

 ネタが分かれば警戒する必要はない。私は中に入ってそう言った。

 声に気がついたビートは一瞬ピクッと反応して後ろを振りむいたが、私の顔を見るなり明らかに顔が歪んだ。

 嫌う気持ちはわかるが少しは隠す努力をしてほしい。

 

「……あなたはオレンジさんでしたね」

「その通り、私はオレンジですよビート」

「名前覚えていただけたんですか。再度自己紹介するのは面倒なので、よかったです」

「ええまあ。仕事柄、地位のある方との付き合いもありますから、名前くらい覚えられないとやってられないんですよ」

 

 特にオーキド博士は著名な研究者として世界的に有名な人だ。それ故にあらゆる地方の権力者が博士に挨拶に来たり、パーティに招待してきたりする。

 ただ、あの人は研究以外に興味がないので、そういう場には私やナナミ、グリーンなどが行くことが多い。そのため最低限の礼儀として名前を覚えていくことは必須なのだ。

 

「それで私の質問に答えていただけますか? こんなところで何をしているんですか?」

「……答える義務はありません」

 

 そう言って私の横を通って、ビートは道を戻っていく。そこで私はビートが電灯を忘れていることに気がついた。

 

「電灯を忘れていますよ。それでは危険です」

「問題ありません。先程もこの道は通りましたから」

「待ちなさい!」

 

 私は強い声で止めたが、ビートは無視して歩いて行ってしまった。

 私は上でも言ったが、ここ電灯を照らしただけでは一見真っ直ぐな道に見える。しかし、実は少し外れると深い崖になっているのだ。それも掘り起こしていた場所だからか、地盤は普通の洞窟よりも弱い。

 ガコッという岩が崩れる音が響いた。

 

「んなっ!?」

 

 それと同時に聞こえてきたビートの叫び声。

 私が洞窟を出ると、崖に落ちて行くビートが見えた。私は躊躇うことなく崖に飛び込んだ。

 

「うわああああああああああああああああああああ!」

「ビートおおおおおお!」

 

 重力の風に煽られながら、なんとかビートに近づいて行く。幸いにも私の方が彼よりも体重が重いから速度はある。

 あと少し……!

 そして伸ばしていた腕の指にビートの服がかかった。

 私は指で彼を上に引っ張り上げて赤ん坊を抱っこするように抱える。

 あとの問題はどうやって地面に着地するかだ。私はモンスターボールを持って。

 

「ガブリアス! ストーンエッジで足場を作ってください!」

「ガバァ! ガバァァァ!」

 

 空中に投げ出された岩を残された右腕で掴む。大車輪の要領で回転し、落下の腕の負担と衝撃を逃して行く。

 いくつかの岩を経由して、ようやく崖の最深部に足をつけた。

 遅れて空から到着したガブリアスはほっとした顔をしていた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「ガバァ」

 

 得意げに顔を緩ませているが、今は本当に助かったので何も言わないでおこう。

 私は先程から何も声を発していないビートに気がつく。

 何かあったのかと彼の顔を見ると。

 

「う、うん……」

「気絶していただけですか」

 

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 無理もない。いきなり死にかける目にあったのだ、相当の恐怖だったに違いない。いくら強がっていても、子供なのだから。

 私はバッグを彼の頭の下に敷き上着をかけてから、現状を確認するために調査を始めた。

 

 

 

 

 やめて。

 

『できることは一人でやってよ、私だって忙しいの!』

 

 ヒステリックに泣き叫ぶ女は僕の顔を力一杯叩いてくる。

 僕がショックで泣けばさらにヒステリックになり暴力にかける力は強まって行く。

 ……やめて。

 

『あんたなんて産まなきゃよかった!』

 

 女がなんでこんなに怒りをぶつけてくるのか僕はこの時わからなかった。

 いや、今でもわからない。わかるのは女は僕を心底憎んでいたことだけだった。

 ……やめて!

 

『ほら、高級なビーフよ。あんたこれ好きでしょ?』

 

 この日の女はやたらと僕に優しくしてきた。ただ、僕は自分がビーフが好きなんて初めて聞いた。なぜなら、ビーフなんて初めてみたからだ。

 

『じゃあ仕事に行くから、ちゃんと待っててね』

 

 そう言って女はドアを閉めようとした。

 だが、なぜか僕は閉まろうとするドアを見て、危機感を覚えた。

 しかし、幼児の身体では間に合うはずもなくドアは閉まってしまった。

 

 待って! 置いてかないでお母さん!

 

 そして女は二度と帰ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 目を覚ますと永遠に続きそうなほど深い闇が広がっていた。

 ここはどこだ? ビートは顔を右往左往させながら、自分の記憶を辿って行く。

 そして思い出した。自分が道を踏み外して崖に落ちたことを。

 

「僕は死んだのですか?」

 

 ならばここは地獄なのか。とビートは自分を嘲笑するようにそう思った。

 ろくでもない親に育てられ、捨てられて、最後には洞窟の奥底で生き絶えるとはろくでもない人生だ。

 コツコツと足音が近づいてくる。どうやら、地獄の案内人が来たようだと足音の方を見ると、見覚えのある不愉快な顔がそこにあった。

 

「おや? ようやく目を覚ましたのですか?」

 

 その男はピチューの電気で辺りを照らしている。おかげでおどけた表情がよく見えた。

 

「……なぜあなたがここに? ここは死後の世界じゃないんですか?」

「勝手に私まで殺さないでくださいよ。ここはあなたが落ちた崖の最深部です」

「あの高さから落ちて人が生きていられるわけないじゃないですか!?」

「まったく面倒ですね〜。ピチュー、軽ーい電撃を喰らわせてあげなさい」

「ピチュ」

「ッッ!」

 

 ビートは、静電気で指を引っ込めるくらいの電撃を受けた。

 

「ほら痛いでしょ? ここは死後の世界などではなく、現実です」

 

 まだ信じられない様子だったビートだが、自分のポケモンたちを確認してようやく生を認識したようだった。

 

「……どうやって僕を助けたんですか?」

「シュバッと飛び込んで、バシッとキャッチして、ブンブンと回転して、シュバッと着地しました」

「ふざけるな!?」

「ふざけてませんよ。本当にそうやって助けたんですから」

 

 そんな特撮ヒーローのような人間が現実にいるなど、ビートには信じられなかった。しかし、記憶を辿ると意識を失う前に自分の名前を叫ぶ声が聞こえていたような気がした。

 あの時は余裕がなく、幻聴だと思っていた。

 しかし、今の状況を考えるとあの声はオレンジのものだったのか。

 要するに経緯はどうあれ、自分の命がオレンジに助けられたこと事実なのだ。

 そう考えが至ると、途端非常に自分に恥ずかしさを覚える。

 

「おやおや、そんな恥ずかしそうにしなくてもいいんですよ。あの落下を思い出せば自分が死んだなんてよく考えることですから」

「別に(それについて)恥ずかしがってません!」

「私、実は暗闇でも目が効く方でして。あなたの拗ねたように膝を抱えている姿がよく見えるのですよ」

「ぐっ! 見るな! あっち向け!」

「嫌ですね、絶対断る」

 

 ビートはぐっと唇を噛む。

 ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながら言ってくるオレンジに殺意すら覚える。

 

「さて、出会い頭に嫌そうな顔をした仕返しはこの辺りにして」

 

 バレていたのか。というか根に持っていたのか。

 

「そろそろ脱出を考えますか。本当ならガブリアスに乗って上がりたいところなのですが、ここの地盤を考えるとガブリアスの出力で崩れる可能性があるんですよね。ここが崩れて、山全体にどう影響するのか未知数な以上、この手はとらない方が得策ですね」

 

 妙に説明的なところに首を傾げつつも、ビートは話を黙って聞く。

 

「次にあなたを抱えながら崖を登ろうと思ったですが、この地盤では2人分の体重で掴んだら崩れるんですよね。なので、これもなし」

 

 逆に崩れなかったら登れるのか。おかしい、色々おかしい。

 ビートは混乱を極めるが、オレンジは何のことかと話を続ける。

 

「よって、私が1人で登り助けを呼んでくることにしました。幸い、1人ならなんとかなりそうですし。少々心細いでしょうが待っていてください」

 

 待っていてください。

 

 ……待っていてください。

 

 ……待っててね。

 

『ちゃんと、待っててね』

 

 なぜか分からない。さっきまであんな夢を見ていたせいかもしれない。不意に出たオレンジの言葉で母親の最後の言葉を思い出してしまった。

 

「どうかしましたか?」

 

 気がつけばビートはオレンジの服の裾を掴んでいた。目が暗闇に慣れてきたせいで困惑したオレンジの顔が微かに見えた。

 

「……ッ!?」

 

 バッと手を引いた。

 自分は今何をした。なぜオレンジの服を掴んだ。わけが分からず、自分に自問自答して行く。

 しかし、答えは出ない。 

 半分混乱したビートにできることはいつも通りの自分を演じることだった。

 

「な、なんでもありません。早く行ってきてください!」

 

 後ろを向いて、赤くなっているだろう顔を長い襟で隠す。

 これでは何かあると言っているようなものなのだが、混乱状態はビートにはそんなことを考える余裕は残されていなかった。

 少しすると、後ろでオレンジのため息が聞こえた。

 そして次に電話の着信音が聞こえてきた。

 

「あ、ソニアですか。すいません、少々不測の事態にあってしまい崖下に落ちてしまいました。……ケガは大丈夫ですよ? ただ、登れそうになさそうなのでエーフィをここまで連れてきてもらえませんか? 場所はエーフィに案内させれば分かると思うので」

 

 その後、オレンジの平謝りする声が聞こえてくる。

 ビートは驚きのあまり後ろを振り返り。

 

「何をしているんですか!? 先程助けを呼んでくると言っていたじゃないですか!?」

「はい、失礼します。……仕方ないでしょう? あんな捨てられた子猫のような目ですがられたら、置いてなんていけませんよ。まったく、あなたのせいで同行者にまた説教されてしまうじゃないですか。はぁ、憂鬱だ」

 

 本当に憂鬱そうにため息をつくオレンジ。

 そんなこと知ったことじゃないと言ってやりたかったが、残ってくれると分かったことで安心感を覚えている自分がいることに気がつく。

 

「……感謝なんてしませんからね」

 

 絞り出すように言ったその言葉に、オレンジはなぜか微笑ましいものを見るような目をしていた。

 

 





 元ネタは公式のビートの孤児設定です。他は独自設定です。
 その後エーフィのサイコキネシスでどうにかして、オレンジはソニアにしこたま説教を受けました(ビートのことは極力説明を省いたため)。

 
 簡単設定集。アローラ編

 世界観はウルトラと混ぜ込んだ感じ。

 オレンジ
 なんやこんなでカロス地方の騒ぎをミュウツーと鎮め、カントーに帰る。
 その後しばらくして、アローラ地方の博士ククイからポケモンリーグ設立の協力を願い出られ、アローラのポケモンの調査許可を交換条件に受諾した。
 そのご、チンピラ軍団や自然保護過激派に絡まれながら、最終的にウルトラネクロズマと一騎打ちしたりする。
 ポケモンは今と一緒。

 ムーン
 小さい頃マサラタウンに住んでいて、その頃マサラに住んでいたオレンジとよくイシツブテドッチボールや、川遊び(海)したりして遊んでいた。立派なマサラ人に恥じない身体能力を持つ。
 親の仕事の都合でアローラ地方に行く。そこで博士の助手をしていたリーリエに一目惚れしてしまう。元々女性好きというわけではないが、リーリエにはなぜか惚れた。
 そしてほしぐもちゃんをつけ狙う奴らがいることを聞かされ、リーリエを守るためにオレンジに弟子入りする。
 愛はかなり重く、エーテル財団にリーリエが連れて行かれた時は修羅のようになり全滅させた。リーリエもムーンの気持ちに応えて、将来を約束している。リーリエが傷つけられると、目のハイライトが消える、
 現在アローラ地方のチャンピオンだが、最後のオレンジとのバトルに負けたので、いまだに自分の力は足りないと精進を続けている。
 性格は寂しがりや、ヤンデレ。
 主なポケモン。カプ・テテフ、ミミッキュ、ドクヒトデ、ペルシアン(アローラ版)、ガオガエン等。
 
 リーリエ
 超可愛いヒロイン。ムーンにベタ惚れ。

 中二兄
 妹の婚約者がマジ怖い。エーテル財団に殴り込みした時のことはいまだにトラウマ。

 ハウ
 天然。ムーンはかっこいいなぁくらいにしか思ってない。

 ルザミーネ
 愛しすぎるババァ。現在トキワシティで療養中。

 グヅマ
 ヤンデレ怖い。ヤンデレ怖い。ヤンデレ怖い。ヤンデレ怖い。ヤンデレ怖い……。

 カプ・テテフ
 なんか同じパッションを感じたので仲間になる。しかし、オレンジ貴様は許さんとばかりに会うたびにリアルファイトを仕掛けて、毎回いなされる。

 ククイ
 呑気な変態博士。ラストバトルをオレンジに任せた。



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ターフタウン〜ジム戦対策〜

 今週のアニメポケモン。なんと、我が小説では最強のネタ枠と主人公枠が戦うということで、なんか笑ってしまいました。
 その内覚醒ダンデと覚醒(笑)ワタルのポケモンバトルも書いたみたい気もする。結果? 正義は勝つだよ。

 あとアンケートやってます。一度やってみたかったんです。許してください、なんでもしません。


 

 ターフタウン。

 そこはのどかな空気漂う小さな町。緑豊かな自然の楽園は、どこかマサラタウンの記憶を呼び起こす。

 そしてすり鉢状の窪地に建っているのはターフスタジアム。ジムリーダー・ヤローが待ち構えているジムチャレンジ最初のジムだ。

 ガラル鉱山、4番道路を抜けてようやく到着したユウリは、スタジアムを見て目をキラキラと輝かせていた。

 

「やっと着いたですよ、ターフタウン! さっそくジム戦の予約をしてやるです!」

 

 元気をそのままに、勢いよく走り出したユウリは緩やかな坂を降りてスタジアムへと入って行った。

 

「そんな急ぐと転びますよ……行ってしまいました」

「ユウリはどこにあんな元気があるのよ……」

 

 少し疲れ気味なソニアは引き気味に言った。

 

「まあ、子供の体力は凄まじいですからね」

 

 そして成長も早い。

 実戦経験を積む目的の洞窟内でのバトル。10勝くらいできるだろうと踏んであの条件を出したのだが、まさか20勝してくるとは思わなかった。それも一度も負けずにだ。

 どうやら、ユウリの才能は私が思っていたよりも大きいもののようだ。優秀な方だとは感じていたが、この分だと私の弟子の中でも1番才能があるかもしれない。

 それ故に、彼女が大成するかは私の腕一つにかかっている。

 やれやれ、責任重大だな。

 

 ふうと吐いた息は、ターフタウンの澄んだ空に消えていった。

 

 

 □

 

 

 ジム戦の予約を終えたユウリと合流し、私たちは腰を落ち着けるために一度宿泊を予定していたホテルにチェックインした。

 そして話があるとロータリーにユウリとソニアを呼び出した。

 

「それで話って何、オレンジ?」

 

 ソニアが言う。

 

「ソニアにはそこまで関係ない話ですよ。明後日のユウリのジム戦の件についてです」

 

 ジム戦と言うとユウリは顔を引き締める。

 ちなみにジムチャレンジの規模のわりに予約してから早いと思うかもしれないが、すでにジムチャレンジが開始してから半分くらい過ぎている。ユウリはスタートが遅かったのだが、早くにチャレンジを始めていた組は一つ目のジムなど大体クリアしている。

 そのため、今更一つ目のジムを受ける人間は少ないのだ。

 

「先日のガラル鉱山では、実戦経験を大いに積めたと思いますが、ジム戦はまた空気が違います」

「めっちゃつえぇですか?」

「それもありますが、ジムリーダーというのは特殊な立場なのですよ」

「「特殊な立場?」」

 

 ユウリとソニアは首を傾げる。

 

「はい。では、ユウリ。あなたが明後日挑戦するヤローさんは、くさタイプの使い手です。あなたはどう攻めますか?」

「そりゃぁ、タイプ相性のいいアオガラスとラビフットでガンガン押して行けば……痛い痛い痛いッッゥ!? は、鼻! 鼻もげる!?」

「あなたはバカですか? あ、すいません。アホでしたね」

「それ意味変わらないァァァァァ!? やめて、やめ、やめろー!」

 

 私は一度摘んでいたユウリの鼻を解放する。

 

「はぁ、はぁ……。いきなり何しやがるですか!? 私そんなおかしなこと言ってなあァァァァァ!?」

「どうやら、なぜ私がアホと言ったのか理解できていないようですね。相手はくさタイプの専門家ですよ? 相手が自分と相性がいいポケモンを出してくることなんて想定しているに決まっているでしょう? それをあなたは単純極まりなく、タイプ相性だけで勝とうとしているんですよ。これがどれだけ愚かなことか分かりますか? あなたは目の前に罠があると理解しながら、何の対策もなしに突撃しますか?」

「しません、しません、しません! 私が悪かったから放してぇぇぇ! 鼻が、鼻がァァァァァ!?」

「……まぁ、いいでしょう」

 

 再度鼻を解放する。

 赤く腫れた鼻は苺のようだ。食べたくはないが。

 

「ううっ、鼻がもげたらどうしてくれ……ますですかぁ……」

「ふむ、さすがに学習したようですね」

 

 私が摘む形を作ると、ユウリは消沈していった。

 そして鼻をガードしながら、傍観していたソニアの方を見る。

 

「ソニアさん、これ虐待ですよ! 助けてくださいです!」

「えぇ……? でもユウリも楽しそうだし、いいんじゃない?」

「ああ!? 面倒なので関わりたくないって顔に書いてある!?」

 

 信じていたソニアにも裏切られ、ユウリはショックを隠せていないようだった。

 

「さて、そろそろ本題に入りますか。ユウリ、今からあなたには私とバトルしてもらいます」

「バトル!? 本当に? 本当に師匠が相手してくれるですか?」

「そう言っているでしょう」

「やったああ! ようやくまともな修行っぽいことしてもらえそうです!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現する。鼻の痛みなどどこかは行ってしまったようだ。

 やはりこの子アホのようだ。

 

「バトルは二対二のシングルバトル。そして私は二体ともくさタイプのポケモンを使用します」

「それってもしかして……」

「さすがソニア。察しの通り、私が仮想ヤローさんとなってユウリとバトルします。まあ、さすがにポケモンやバトルスタイルごと仮想は難しいですが、くさタイプの特徴的な動きなら再現できます。画面と睨めっこしているよりは練習になるでしょう」

「なるなるです! じゃあ、さっそくバトルフィールド行こうです!」

「先に行ってください。私はポケモンたちをオーキド博士から送ってもらうので」

「了解です!」

 

 ユウリはフィールドに向かって、ホテルの外に走って行った。相変わらず忙しない。

 さっそくポケモンを送ってもらおうと、ホテルに常設してある通信機器(ポケモン転送装置付き)へと向かうと、なぜかソニアも付いてきた。

 

「どうして付いてくるんですか?」

「私だって研究者の端くれよ。世界的なポケモン研究の権威であるオーキド博士に挨拶くらいしておきたいじゃない。それとも私がいると邪魔?」

「そんなことはありません。ただ……面倒なことになりそうな予感がしまして」

「?」

 

 私の曖昧な口ぶりに首を傾げるソニア。

 私が番号を入れて通信応答を願い出ると、数十秒ほどで応答があった。暗かった画面に絵が映る。

 そこにいたのはオーキド博士ではなく、ナナミだった。相変わらず綺麗だが、心なしか少し眠たげである。

 

『どうしたのオレンジくん、こんな時間に?』

「こんな時間? 今はこちらは14時ですが……」

「ねぇ、オレンジ。これ今カントーにかけてるんでしょ? たしかこっちと向こうじゃ時間が違うんじゃなかった?」

「ああ、そうか。時差があるのを失念していました」

 

 ガラルとカントーでは9時間ほど時差がある。こちらが14時ということは、あちらは今頃23時だ。

 だからナナミが出たのか。歳をめしてるオーキド博士はすでに寝ている時間だ。

 

『ともかく、特にトラブルが起きたわけじゃないのね?』

「ええ、大きなトラブルはないですよ」

「あんた崖に落ちたりしてなかったけ?」

「あの程度ではトラブルには入りませんよ。日常茶飯事レベルです」

「そんなわけないでしょ!?」

『……誰かいるの? 女の子の声が聞こえるけど』

  

 ソニアの声が通信に入ったのか、ナナミは訝しんだ表情で聞いてくる。

 どちらにせよ紹介するつもりだったし、ちょうどいいタイミングか。

 

「はい、いますよ。ソニア、画面に映るようにもう少しこっちに来てください」

 

 手招きする。ソニアは少し照れ臭そうにしながら近づいてきた。

 

「こちらは私が今一緒に旅しているソニアです」

「は、はじめましてソニアです。よろしくお願いします」

『ええええぇぇぇ!? オオオオオ、オレンジくん!? いつの間に彼女作ったの!?』

 

 ちょっと待て。

 

「……違いますよ。ソニアはこちらの地方の研究者で、ただの研究の同行者ですよ」

『あ、そうなの。ごめんね、早とちりしちゃって。ソニアさんもごめんなさいね』

「いえ、大丈夫でしゅ」

 

 あ、噛んだ。

 よく見るとソニアは顔を真っ赤にして俯いていた。どうやら、噛んだのが思ったより恥ずかしかったようだ。少し間がおかしい気がするが、気のせいか。

 

「ナナミさん、雑談はその辺りにしてもらえますか?」

『あ、ごめんね。オレンジくんが年頃の女の子連れてるのが珍しくて。いつも旅する時連れてるの子供だったから』

「……その言い方だと、色々誤解を生みそうなのでやめてもらえますか?」

 

 まるで私が子供を連れて歩く性癖を持っているようではないか。まあ、実際地方で旅する毎に子供を連れて旅しているから、完全に否定はできないのだが。

 私は引いた目になっているソニアに向けて。

 

「子供というのは弟子か、勝手に付いてきた人ですからね? 私が好んで連れていたわけではありません」

「ああ、そうだよね」

 

 若干ホッとしていたところを見ると、本当に誤解されかけていたようだ。同行者にロリコン扱いされるのはきつい。

 

「ポケモンを送ってもらいたいのですが、〜〜〜と〜〜〜を送ってもらえますか?」

『はい、承りました。五分くらい待ってて」

「分かりました」

 

 画面に保留中という文字が出てくる。

 初対面の人間が消えたことに緊張が和らいだのか、ソニアはホッとしたように。

 

「綺麗な人ね。それにこっちは女性の研究者って少ないから、何だか親近感湧いちゃった」

「ガラルではそうなんですか? うちの研究所には女性の研究者が多数在籍していますけど。まあ、ナナミさんはその中でも特に優秀ですが」

「そうなんだ。何を研究しているの?」

「たしか、随分前にポケモンの懐き度とマッサージの効果性について論文を発表していましたね」

「……え、ちょっと待って。それって世界的に有名な論文よね? おばあさまが興味深そうに読んでたから私も見たことあるけど、あれって7年くらい前の論文よ。ナナミさん何歳なの?」

「今年25歳ですね。論文を出したのは18歳の時です」

「えぇ……すごい」

 

 研究者故に余計に苦労が分かるからか、ソニアは心の底から関心していた。

 たしかに、男社会で保守的な老人が多い中、若い上に女のナナミの理論を潰そうと何人もの有名博士が異議を申し立てようとした。それをナナミは真正面からすべて叩き潰し、理論を世間に広めた。

 それがどれだけすごいことかは、一般人に説明するのは難しい。

 

「でも、あんな綺麗な人がそんなすごい論文発表してたら、もっと顔を知っててもおかしくないと思うんだけど……。私が不勉強なだけかな?」

「そんなことありませんよ。ナナミさんは、裏方が好きということでメディアへの顔出しをほとんど断ってますから。オーキド博士も協力し、かなり厳格な情報規制をしているので、他地方の人間が情報を得るのは至難の技でしょう。なので、ソニアが知らなくても無理はありません」

「へぇー。カッコいい」

 

 たしかにカッコいい。

 だが、そろそろ身を固めて欲しい気もする。研究所の同僚たちがいつまでも夢を見ていて、正直痛々しいのだ。マサキもとっとと覚悟を決めて欲しいものだ。

 

「さすがは世界のオーキド研究所。研究者1人でも格が違うわ。親近感湧いちゃったなんて言ってた自分が恥ずかしいわ……」

「そんな卑屈になる必要ないと思いますよ? ソニアも十分優秀なんですから」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

 

 お世辞のつもりは一切ない。というか、私は気は使うがお世辞は言わない。そろそろ分かってくれてもいい気がするが。

 伝えようかと思った矢先にナナミが戻ってきた。結局話す流れが切れたままになってしまった。

 

 

 □

 

 

「おせぇですよ師匠! 私はもう待ちすぎて、くたびれちまったです!」

 

 ユウリはバトルフィールドのトレーナーが入る四角い白線の中で、腕組みし頬を膨らませながら言った。

 

「遅いって10分くらいでしょう? そのくらいでブーブー言わないでください」

「ブーブー」

「はぁ、全く。では、豚さんがうるさいのでさっそく始めますか。ソニアは私たちのバトルを録画しておいてもらえますか?」

「分かったわ」

 

 ソニアにビデオカメラを渡して、私はユウリとは逆の白線の中に向かう。

 

「ソニア、掛け声をお願いします」

「オッケー。それじゃあ、バトル開始!」

「行くですよ、アオガラス!」

「ガラァ!」

「行きますよ、エルフーン!」

「エルエル」

 

 ユウリはひこうタイプのアオガラス、そして私が出したのはくさ・フェアリータイプのエルフーンだ。

 当然だが、タイプ相性はアオガラスの方が有利だ。

 

「先手必勝! アオガラス、スピードスター!」

「アオガァッ!」

 

 いきなりつっこむのではなく、遠距離攻撃で様子を見ようとしている辺り成長しているようだ。

 

「エルフーン、コットンガード」

「エル!」

 

 コットンガードは防御力を上昇させる技なので、特殊技のスピードスターには基本的に意味はない。

 しかし、能力上昇系の技がそれだけしか使い道がないとは言っていない。

 エルフーンは大量の綿を纏いうめつくされた。スターが綿を貫くが手応えはない。

 

「な、なんでスピードスターがあたらねぇですか!?」

「たしかに、スピードスターは必中技です。しかし、コットンガードの綿はあくまでエルフーンの一部という扱いです。故に、必ず当たるという効果は、綿に当たった時点で満たしているんですよ」

「意味わかんねぇです!」

「技の構造をきちんと理解していれば、誰でもできる簡単な応用ですよ。まだまだ勉強が足りませんね」

 

 まあ、学者レベルでも理解できるのは半分ほどだと思うが。

 

「今度はこちらから。エルフーン、どくどくです!」

「エルフッ!」

 

 綿から脱出したエルフーンは、紫色のエネルギー体をアオガラスに投げる。

 目にも止まらぬ速度で投げられたエネルギー体に、アオガラスは避ける暇もなく毒された。

 

「速い!?」

「エルフーンの特性はいたずらごころ。補助技の発動速度は半端じゃありません。そしてどくどくの毒は猛毒です。時間が経つ毎にダメージは大きくなっていきますよ」

「ぐぅ! アオガラス、こうそくいどうです!」

「ガラァ!」

 

 ユウリはすばやさを上げることを指示する。

 どうやら、少しでも能力を上げて突破口を作りたいようだ。だが、甘い。ユウリはいたずらごころという特性の本質を理解していない。

 

「エルフーン、追いつけますね?」

「エルエル」

 

 コクコクと首を縦にふる。

 それと同時に飛び出したエルフーンは、速度を上げたアオガラスにあっさりと追いついた。

 

「はあ!? こっちはすばやさ二段階上げてるうえに、空中が主戦場なんですよ! なのに、なんで追いつけるですか! 頭おかしいんじゃねぇですか!?」

「いたずらごころに、すばやさの概念はありません。補助技である限り、どんな速度をも超越します」

「ずるいです! チートです! インチキ特性も大概にしろです!」

 

 別にインチキというほどのものではない。いくらでも対策のしようはある。

 

「エルフーン、アンコール」

「ちょ、ま!」

「エルエルエル」

「アオガ!?」 

 

 アオガラスは自分の意思とは無関係に出されたこうそくいどうに戸惑ったような鳴き声をあげる。

 これがアンコールの力だ。一定時間、自分の意思とは関係なく直前に使用した技を強制されるのだ。

 

「わあああああ! 止まってくだせぇ、アオガラス!」

「無駄ですよ。アンコールにポケモンの意思に関係ありませんから」

 

 頭を抱えているユウリに、私は非情な一言を告げる。

 

「アオガ……」

 

 そして散々飛び回った疲れと、猛毒のダメージで限界が生じたのかアオガラスは落下して、目を回して倒れ込んだ。

  

「アオガラス戦闘不能ですね」 

「お疲れ様ですアオガラス。ゆっくり休んでくれです」

 

 タイプ相性で勝るポケモンになすすべなくやられたのがショックなのか、ユウリは少々気落ちしていた。

 しかし、明後日はジム戦本番。これではいけないと思い至ったのか、頬をパンパンと叩いて気を引き締めていた。

 

「行くですよ、ラビフット!」

「ラビフッ!」

 

 出てきたのは、ユウリのポケモンのエースであるラビフット。

 

「お疲れ様です。戻ってください、エルフーン」 

「エルエル」

 

 散々相手を翻弄して満足したのか、エルフーンは笑顔で戻ってきた。

 

「行ってきなさい、キレイハナ!」

「ハナァ」

 

 キレイハナはフィールドに出ると同時にくるくると舞を踊り始める。その舞は優雅でとても美しい。

 ガラルにはない文化だが、ソニアはその美しさに見惚れているようだった。

 

「先行はどうぞ。好きに攻めてきて構いませんよ」

「嫌な予感しかしないですが……ええい、やんなきゃ始まらねぇです! ラビフット、ビルドアップからのニトロチャージ!」

「ラビフッ……ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

 ラビフットは能力を上昇させてから炎を纏い突撃してくる。その速度は以前戦った時よりも確実に上がっている。

 バッチ一つ目レベルなら止めるのは容易でない威力だ。

 

「キレイハナ、はなふぶきで止めなさい」

「ハナハナァ」

 

 キレイハナが回転し始めると、次々とピンク色の花びらが舞い飛びいくつもの層を作っていく。

 ラビフットは1つ、2つと突破するが3層目に到達するところで競り負けた。

 足を引きずるように後退する。

 

「大丈夫ですか?」

「ラビフッ!」

 

 所詮は威力半減の技だ。手加減もしているから、そこまでダメージはないようだ。

 

「キレイハナ、ムーンフォースです」

「ハナハナァ!」

 

 キレイハナが元気玉の力をためる悟空のように手をあげると、ミニサイズの月のような光が上空にできる。腕を振り下ろすと、光はラビフットへと向かっていく。

 

「ラビフット、にどげり!」

「ラビフッ、ラビフッ!」

 

 タイミング的にかわせないと判断したのか、ラビフットはにどげりで光に対抗する。

 光とにどげりがせめぎ合う中。

 

「さらにニトロチャージです!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

 重ねてニトロチャージを仕掛けて、光をなんとか突破した。

 

「そのまま突っ込めです!」

「ラビフッッッ!」

 

 その勢いのまま、ラビフットは炎を纏い突進してくる。すばやさを二段階上げたニトロチャージは、凄まじい速度だ。

 

「なるほど、成長してますね。まあ、まだまだですが。キレイハナ、リーフストームです」

「ハナァ、ハナァァ!」

 

 緑色の螺旋状の光線がラビフットを飲み込んだ。

 まるで洗濯機に入れられた服のようにラビフットはかき回される。そして、光線が四散すると、中から目を回したラビフットが出てきた。

 

「ラビフッ……」

「ここまでですね」

 

 私がそう呟くと、一気に緊張が解けたのかユウリはゴロンとその場に大の字になって倒れ込み。

 

「はああああ! また負けたです!」

 

 天に向かって文句を言うように叫んだ。あまりショックはないようだ。

 私はユウリの方に歩く。それと同時にソニアもユウリの方に歩いてきていた。

 目が合うとにこりと笑顔を向けられた。観戦が楽しかったのだろうか。

 

「どうでしたか、今回のバトルは?」

「すっげぇやりにくかったです!」

「具体的にどの辺りが?」

「最初のコットンガードもそうだし、はなふぶきの使い方とか、なんだかずっと試されているような気分だったです」

 

 アホの子ではあるが、バトルに関してはいやに感がいい。先程のバトルの趣旨を本能的にであるが、理解しているようだ。

 

「その通り。私はジムリーダーは特殊な立場と言いましたが、まさしくジムリーダーの仕事とはチャレンジャーを試すことなのです」

「どういうことですか?」

「噛み砕いて言うと、壁を用意し、それを突破させることでチャレンジャーの成長を促すということです」

「要は踏み台になるってこと?」

「そうです」

 

 その上である程度の実力を維持して、プラスこの地方ではエンターテインメント性もつけなければならない。

 トレーナーなのに、勝利することを求められていない。ジムリーダーとはただバトルが強いだけでは務められない特殊な職業なのだ。

 

「では、ジムリーダーの説明はこの辺りにして、次はくさタイプについて質問します。どうでしたか、くさタイプは?」

「うざかったです」

「もう少し言い方ないんですかねぇ……まあ、いいですけど。くさタイプの特徴は豊富な補助技と威力の高い特殊技を組み合わせたコンビネーションです。くさタイプは一見弱点が多く使い難いと認識されがちですが、実は使い方によっては、とても強力なポケモンなのです」

「なるほど……。ということは、ヤローさんは今師匠が言ったことを意識して戦った方がいいってことですね?」

「当然です。それプラス、ダイマックスのバトルも頭に入れておかねばなりません。まあ、そこはぶっつけ本番でなんとかしてください」

「急に投げやりになったです!?」

 

 仕方ないだろう。私はダイマックスを使えないのだ。そもそも、教えようがない。

 最後には納得いかないようだが、ユウリは概ね理解したようだ。

 

「よし! これでターフジム対策はバッチリです……」

「なわけないでしょう」 

「え?」

「たった1回のバトルで対策し終えるなら、ジム戦で挫折する人間なんていないんですよ。ここからあと10戦はやりますよ」

「ええ、でも私のポケモンどちらも戦闘不能……」

「あ、それなら問題ありませんよ」

 

 私はバッグから大量のげんきのかけらとすごいきずぐすりを取り出して。

 

「これだけあれば足りますよね?」

 

 何かを察したのか、ユウリの顔がサッと青く染まった。

 ギギギと重くなる身体をなんとか動かして、ソニアの方を見る。助けを求めているようだが、ソニアはわりとマンツーマンの修行には憧れを持っている。おそらく、あの放任主義のマグノリア博士が関係しているのだろう。

 故に、その願いは届かない。

 

「頑張ってねユウリ! 私もサポート頑張るから!」

「あ、ああ……はい」

 

 最後の希望に笑顔でサポートすると言われてしまいユウリは地獄を覚悟して、がくりと首を折った。

 

 

 

 




 
 エルフーン
 イッシュ(1回目)の旅でゲットした。
 どくどくで相手を倒すのがなにより快感。
 技は、どくどく、アンコール、コットンガード、ぼうふう

 キレイハナ
 ジョウト地方の旅でナゾノクサの時にゲットする。
 踊るのが好き。エリカにも認められるほどの舞を見せる。
 技は、はなふぶき、ムーンフォース、リーフストーム、こうごうせい

 設定書き尽くしたんで、こっからは今までの同行者についてや色々なことを質問形式でオレンジに聞いているという設定にしていきます。

 Q,1番弟子は?

橙「それがバトルの実力という意味か、私の個人的な評価を聞いているのかわかりませんが、前者はセレナ、後者は圧倒的にヒカリです。ヒカリが1番可愛いです」


 ※アンケートについて
 
 アンケートは一応多数票のところを2話ほど短編を書くつもりです。
 イッシュは二回あるので、各1話ずつを予定しています。
 カントーとジョウトは今のオレンジと性格がかけ離れている上に、本編に多少関わる部分があるので今回は入れていません。
 締め切りは適当です。



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挑戦! ターフジム!


 アニメ観た感想。いや、おま、そこはカイリュー使っとけよ……。

 


 

 

 ターフジム戦当日。

 私とソニアは現在控え室でスタンバイしているユウリの元を訪れたのだが。

 

「はぁ、貝になりたい……です」

 

 ユウリは部屋の隅でどんよりとした空気をまといながら膝を抱え込んでいた。

 どう見てもこれから初のジム戦に挑まんとする子供の姿には見えない。

 

「ずいぶんと元気がありませんね。どうかしたんですか?」

「いや、あんたのせいでしょ!?」

 

 ソニアのつっこみが耳をつんざく。

 

「はて? 私は何もしていませんよ。しいて言うなら、昨日一昨日と合計で30回ほどユウリを負かしたくらいですね」

「それよ! 何をどう考えてもそれしかないでしょ! 誰だって30回も負かされたら自信喪失するわよ!」

「だからといって手加減して勝たせても意味ないでしょう。それなら、しっかりバトルして負けさせた方が成長するでしょう」

「限度があるっての! たしかに負けさせた方がいい時もあるけど、メンタルブレイクさせたら本末転倒でしょうが!?」

「ああああもう! 負け負けうるせぇですよ2人とも! 喧嘩売ってやがりますか!?」

 

 現実逃避もしていられなくなったのか、虚だった目に光を宿してユウリは叫ぶ。

 

「ようやく戻りましたか負けユウリ」

「負けユウリはやめろです! ジム戦前に縁起でもねえですよ!」

「そうですね、失礼しました」

 

 私が素直に謝罪したのが意外なのか、ユウリは目を見開く。

 

「ど、どうしたですか? 師匠が非を認めるなんて……」

「勝負は時の運。運=勝率のユウリには縁起はとても大切なものですからね」

「遠回しに煽ってるですよそれ!?」

「ユウリ。カントーにはこう言う言葉があります、当たって砕けろと」

「砕ける前提で言うなです!」

 

 そこにジムの職員が控え室に入ってきて。

 

「申し訳ございません。そろそろジム戦が始まるので選手以外の方は控え室から出ていただけますか?」

「あ、すいません」

「では、私たちはこれで。応援してますよユウリ」

「笑顔が胡散臭い! ぜってぇ、嘘です!」

 

 

 □

 

 

 控え室を追い出された私たちは、初めから買ってあったスタジアムの席でジム戦が始まるのを待っていた。

 他の席を見てみるとやはり空席が目立つ。この時期に一つ目のジムに挑戦しているトレーナーへの期待値などこの程度なのだろう。無理もない。

 私としてはとても残念だ。もう少し人がいればソニアが人目を気にして説教タイムを短くしてくれるかもしれないのに。

 私は青筋を立ててこちらを睨んでいるソニアに。

 

「ソニア聞いてください。私はけして意味もなくユウリをボコボコにしたわけではありません」

「問答無用!」

「ちょ、耳はやめてください!? せめて頬に……いたたたた!」

「あんたの頑丈な身体には、耳くらいしかダメージ入んないでしょ! 本当になに考えてるのよ! あんたが厳しいのは知ってるけど、本番前に自信喪失させたら元の子もないでしょ!」

「だからそれにはわけがあるんですよ! 説明しますから、1回離してください!?」

 

 私の必死な言葉に耳を貸す気になったのか、ソニアはようやく耳から手を離した。顔は納得いっていないようだが。

 

「それで理由ってなによ?」

「……そうですね、まず1つ言えることは今回のバトル、ユウリが勝ちます」

「はい?」

 

 私のユウリ勝利宣言にソニアは目を点にする。

 

「いやいやいや! たしかにユウリは頑張ってるけど、相手だってジムリーダーよ! そんな簡単に行くはずないじゃない!」

「たしかにジムリーダーが本来のパートナーを使えば今のユウリでは太刀打ちできないでしょう。しかし、ジムリーダーはチャレンジャーの所有バッチに合わせてポケモンのレベルを下げなくてはなりません。そして、ユウリはそのレベル程度ならば普通に倒せる実力をすでに有しています。要は、トレーナーの実力の差以上にポケモンのレベル差があるということです」

 

 これが前に私が言ったトレーナーの才能の限界だ。

 トレーナーがどれだけ効果的な指示をしようともポケモンがついてこれないのなら要求するレベルを下げなくてはならないし、逆にトレーナーのレベルが低ければポケモンの実力は発揮できない。

 また、使うトレーナーの実力がなくとも、ポケモンのレベルに差があればそんなもの関係ない。

 極端な話をすれば、私とソニアだってポケモンを入れ替えれば私が負ける。

 

「なら……」

「なら余計にあそこまでする必要はなかったといいたいかもしれませんが、必要あるんです。なぜなら、ユウリがチャンピオンになるとき戦うかもしれないジムリーダーは手加減などしてくれません。全力でユウリを潰しにきます。ユウリはトレーナーとして飛び抜けた才能を持っていますが、精神的にまだまだ未熟なところが目立ちます」

 

 子供なので仕方ないかもしれないが、彼女は8ヶ月後にチャンピオンになることを目標にしているのだ。そこは直さなくてはならない。

 

「簡単に勝てるバトルは人の気持ちを緩め、慢心させます。今の彼女にはジムリーダー相手にそれが出来てしまう。だからこそ、ポケモンバトルの怖さを忘れさせないために、私は彼女を全力で叩き潰しました」

 

 スタジアムの照明が一瞬にして落ちると、パッとスポットライトがフィールドの中央を照らした。

 そこには麦わら帽子をかぶり、ムキムキに筋肉が隆起した男性が立っていた。モニターに映された拡大した顔はとても優しそうで、全てを包み込むようである。

 彼はヤロー。ターフジムのジムリーダーだ。

 ヤローの登場に観客たちが一斉に湧き上がる。

 その歓声に応えるようにヤローは手を振る。そうしていると、実況と思わしき男の声がスピーカーから響いてきた。

 

『それでは本日のチャレンジャーに登場していただきましょう! 出身はハロンタウン! そしてあの無敗のチャンピオン、ダンデから推薦を受けた期待の超新星! ユウリ選手だァァァァァ!』

 

 やたら巻き舌なところが気になるが、それ以上に観客のざわめきがすごい。どうやら、チャンピオンのダンデに推薦されたというところに興味を惹かれているようだ。

 なにはともあれ。

 

「そろそろバトルが始まるようなので、一旦話をやめませんか?」

「……そうね」

 

 訝しんだ表情をしながら、ソニアはフィールドに目を向けた。

 

 

 

 

 フィールドに立ったユウリは思う。

 息苦しさを覚える、観客の声に集中を乱される、フィールドがいやに広く感じる。これは、緊張から初心者が自滅するあるあるだとオレンジから聞かされていた。

 ユウリは無神経ではない。

 そのため、自分にもその症状が出るのではと不安があった。

 しかしどうだろう。その症状が出る気配は一切ない。代わりにあるのはオレンジの煽り顔への怒りだけである。

 絶対に勝ってやる。ユウリは決意を再度固めて、ボールを手に取った。

 

「はじめまして、ぼくはヤローといいます」

 

 集中力を高めていたところに呑気なテンションで話しかけられて、ユウリは虚をつかれた。 

 しかし、トレーナーとのコミュニケーションは大事だと色んな人に教えられていたので、すぐに返事した。

 

「は、はじめまして、私はユウリです。今日はヤローさんの胸を借りるつもりで頑張るです」

「礼儀正しいですね。それにとても落ち着いています」

 

 ヤローはユウリがぽかんとしていることに気がついたのか、まゆを困らせて。

 

「急に話しかけてすいません。ぼくに挑戦するトレーナーは初めてのジム戦の方が多いので、こうしてバトル前に少しでも気を紛らわせようとするんですよ。緊張している時は誰かとの会話がいいですからねぇ。あとは怒らせたりするといいって聞きますが、ぼくには向いてないですしねぇ」 

「怒らせる……はっ」

 

 ユウリには怒らせることに心当たりがあった。今思えばオレンジは普段ユウリを弄ることはあるが、あの場面で無闇に煽るようなことを言うのは少し違和感を覚えていた。

 そんな無神経な人間ではないとユウリも思っていたのだ。

 そしてその考えは間違っていなかった。無意識にユウリの頬が緩む。

 

 ーーまったく、気遣いが分かり難いんですよ!

 

 心の中で叫んだ。それと同時に審判の声が聞こえて来る。

 

「バトルは2対2のシングルバトル。どちらかのポケモンが2体とも戦闘不能になるまで続けます。両者質問はありませんか?」

「ありません」

「ないです」

「それではバトル開始!」

 

 審判の声と同時に、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

「行くですよ! アオガラス!」

「アオガァッ!」

「行くぞ、ヒメンカ!」

「ヒメ!」

 

 初めて見るポケモンにユウリは図鑑で情報を検索する。するとあのポケモンはヒメンカ。当然だがくさタイプだ。

 ヤローがヒメンカを使ったというデータはなかった。ここで初だしということだ。

 どのような技を使うかはわからない。しかし、状態異常を使うことが特徴的なくさタイプに安易に攻め込むのは危険だ。

 

「アオガラス、スピードスターです!」

「アオガァッ!」

 

 ひこうタイプの特徴を活かして空中からいくつもの星を放つ。

 

「ヒメンカ、はっぱカッターで対抗だ!」

「ヒメッ!」

 

 葉っぱは星とぶつかり合い、空中で爆発した。

 しかし、その陰からアオガラスが迫っている。

 

「アオガラス、ついばむです!」

「アオガァッ!」

「速いっ……」

「ヒメェー!?」

 

 ついばむを受けたヒメンカは吹っ飛ばされるが、自らの特性を活かして風に乗りゆらりゆらりと飛ぶことで、地面に激突するダメージをゼロにした。

 そのおかげで一撃で戦闘不能は避けられた。

 しかし、ヒメンカは肩で息をしている。ダメージはかなり大きいようだ。

 

「ヒメンカ、はっぱカッター!」

「ヒメ!」

 

 ヒメンカから、再度放たれた葉っぱがアオガラスを襲う。

 

「避ける必要ないです、はたき落とせ!」

「アオガ、アオガ!」

「そこにやどりぎの種だ!」

「ヒメ!」

 

 はっぱカッターに気を取られて種への反応がワンテンポ遅れてしまった。

 このタイミングではかわすことはできない。しかし、はたき落とせば種はツタとなってアオガラスを締め上げて体力を奪ってくる。

 ユウリはとっさに。

 

「アオガラス、スピードスターで打ち落とせです!」

「アオガァッッ!」

「なんだって!?」

 

 スピードスターは必中技。故に小さな種であろうとも問題なく当てられる。

 種を撃ち落とした星は、その勢いのままヒメンカに向かって行った。

 

「ヒメッ!?」

「とどめのついばむです!」

「アオガァッ!」

 

 ヒメンカに空から猛スピードで落ちてきたついばむがぶつかると、土煙が舞った。

 アオガラスが抜け出してきて優雅に飛び回る。

 そして土煙が晴れると目を回したヒメンカが倒れていた。

 

「ヒメンカ、戦闘不能! アオガラスの勝ち!」

 

 審判の声が響くと同時に、われんばかりの観客の歓声が響いて来る。

 ジムリーダーのポケモンが苦戦もなく倒された。この事実が観客に期待を持たせたのだ。

 

「まさかこんなに簡単に倒されるとは思っていませんでした。あなた強いんですねぇ」

「そ、それほどでもあるです」

 

 ジムリーダーに褒められて、照れ臭くなったユウリはつい素っ気ない言葉を返してしまう。

 

「次のぼくのポケモンはこの子だ。いけ、ワタシラガ!」

「ワタワタ」

 

 出てきたのはワタシラガ。このポケモンはユウリも知っている。ヤローがジム戦で使うエースポケモンだ。

 そしてそれは同時に切り札を使うことを指している。

 

「さあ、ダイマックスだ! 根こそぎ刈り取ってやる!」

 

 ヤローはワタシラガをボールに一度戻す。

 するとヤローのダイマックスバンドに赤い光が集まっている。その光がボールに蓄積されていくと、ボールは巨大化した。

 ヤローはそのボールをポンポンと優しく撫でて、フィールドに投げた。

 

 

ワタワタアアァァ!

 

 ダイマックス化したワタシラガに会場のボルテージが上がる。

 ここでユウリも対抗してダイマックスすることも考えたが、ユウリはあえてその手段を取らないことに決めた。

 なぜなら、ダイマックスは時間が経つとエネルギーが切れてサイズが元に戻る。それならここで安易に対抗せずに、ダイマックスを温存して少しでも相手の体力を減らした方が勝つ確率が上がる。

 ユウリはそう考えた。

 

「いくぞ、ワタシラガ! ダイアタック!」

ワタワタァ!

「アオガラス、こうそくいどうでかわせです!」

「アオガ!」

 

 アオガラスが猛スピードでその場から離れると、その下から柱のようにエネルギー体が突き出してきた。

 ダイマックスのあまりの迫力に観客も息を呑む。

 しかし、ユウリは特に驚いた様子はなかった。むしろ困惑していた。なぜなら……

 

「試してみるかです……。アオガラス、ついばむです!」

「アオガァッッ!」

 

 すばやさを上げたアオガラスは、トップスピードで巨大化したワタシラガに突進して行く。

 

「隙だらけですよ! ワタシラガ、ダイソウゲン!」

ワタワタァァァ!」

 

 ワタシラガはやどりぎの種など比較にもならないほど巨大な種を投げる。その種から生えてきたツタがアオガラスを襲うが、ユウリは笑っていた。

 

「やっぱり! 師匠の攻撃の方がはえぇし、つえぇですよ! アオガラス、全部かわせです!」

「アオガ、アオガ」

「なんだって!?」

「いっけぇぇぇ!」

「アオガァッッ!」

ワタワタ……!

 

 こうかはばつぐんだ。

 大ダメージを負ったワタシラガはよろよろと後退していく。

 しかし、ユウリの攻撃は止まらない。ワタシラガが意識を曖昧にしている時を利用して、アオガラスはその背後に回り込んでいた。

 

「後ろだ! 来るぞワタシラガ!」

「遅いですよ! アオガラス、ついばむ!」

「アオガァッッ!」

ワタワタッッッ!?

 

 無防備だった背後からの強烈な一撃にワタシラガは前方に倒れ込んだ。大きな体に恥じない土煙が舞い上がる。

 そして土煙が晴れると、小さくなったワタシラガが目を回して倒れていた。

 

「ワタシラガ、戦闘不能! アオガラスの勝ち! よって勝者、チャレンジャーユウリ選手!」

 

 その宣言とともに会場をわれんばかりの大歓声が埋め尽くした。

 

 

 

 

 結局ユウリはダイマックスすら使わずに、ヤローに勝利してしまった。

 その事実にソニアは未だ信じられないようで、唖然とした表情のままフィールドを見ていた。

 そしてようやく絞り出すように。

 

「……あれが修行の成果なの?」

「まあ、大方の目的は最初に話した彼女の慢心をなくすことです。しかし、付随的に強者とのバトルにならすことも目的にしていたのですよ」

 

 ようは160キロの速球を見た後に、100キロの速球を見ると遅く感じるように、人間は慣れることができる。

 もっと言えば、チャンピオン級(自分で言うのもなんだが)の実力者と何度もバトルすれば、ジムリーダーなど目じゃない。

 これは思考型か直感型かで変わるが、ユウリは後者故に身体で覚えてもらうのが一番早いのだ。

 

「あなたって何者なの?」

 

 ソニアは困惑した顔で言ってくる。

 どうやら、私のことを未知の生物とでも思っているようだ。

 たしかに、ユウリを教え始めてまだ一月も経ってない。そんな短期間でジムリーダーに完全勝利させるほどの実力を付けさせたと見れば、ソニアにとっては未知との遭遇かもしれない。

 だが、私は別に特別な人間ではない。少し人生が上手く行っただけの普通の人間である。

 

「……私はただの研究者ですよ」

 

 

 





 Q.元同行者は今何やってるの?

「そうですね……。たしか、ヒカリとムーンはチャンピオン。トウヤはグリーンのジムで働いていて、メイは女優です。セレナは未だに修行の旅でジョウトに、ハルカは画家として世界中を飛び回っているそうです。……ゴールド? 知りませんよ、あんな不良弟子のことなんて。どうせ、ジョウトの育て屋の老夫婦で働かされているんじゃないですか?」

 
 思ったよりもシンオウ地方編の投票が多かったのがびっくりです。
 一応、全編短編は考えていたのでタイトルだけ乗っけときます。参考にしてください。

 ・ホウエン
 親馬鹿暴走!?、潜入ニューキンセツ

 ・シンオウ
 山賊? ガバイト登場!、シロナ結婚!?

 ・イッシュ
 おばけなんているさ(トウヤ)、メイの全イッシュ巻き込みプロポーズ大作戦!

 ・カロス
 ウキウキ、メガシンカ!、女たちの仁義なき戦い(バレンタイン)。

 ・アローラ
 バカンスにトラブルは付き物?、アローラinサンタクロース。


 


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オレンジ尾行します!


 何となく、圧倒的何となく! (謎の言葉)


 

 ユウリがジムリーダーに勝利後、泊まっているホテルにはマスコミが雪崩こんで来ていた。

 ジムリーダーをダイマックスすら使わずに勝利してみせた新星、しかも推薦者は無敵のチャンピオン。  

 そんな話題性抜群の人間をマスコミが放っておくはずもなく、取材やテレビ出演の依頼を取り付けようと必死に群がってきたのだ。

 その騒ぎは凄まじく、協会側が取材規制をかける事態にまで発展した。

 結局一週間ほど記者やテレビの対応に追われてしまい、私やソニアもぐったり疲れていた。

 そしてようやくマスコミの騒ぎも少し落ち着いた頃。

 

「明日は1日自由行動にしてほしいです」

 

 すっかり営業スマイルが張り付いているユウリが言った。

 その言葉に死んだ魚のような目になっているソニアが。

 

「急にどうしたの? たしかに明日は取材は入ってないけど……」

「ちょ、ソニアさん……ゴホン。だって私たちターフタウンに来てバトルと取材対応しかしてねぇですよ! ショッピングとか人気のスイーツとか、色々見てまわりたいです!」

「要は観光したいということですか?」

「その通りです!」

 

 たしかにわざわざ町に寄ったのに観光もせず去るのは味気ない。どうせ時間はあるのだから、1日くらい問題ないだろう。

 

「構いませんよ。私も買いたいものがありますし」

「……ハッ! そ、そうね。私も買わなきゃならないものがあったの忘れてたわ!」

 

 なぜか妙に声が上擦っているが、まあ気のせいだろう。

 

「それでは明日1日は各自自由行動ということで。ただし、ユウリ。あなたは変装の一つくらいはしてください。マスコミは減ったとはいえ、あなたは一般人からも認知されてますから。変に騒ぎになると面倒なことになりますよ」

「わかってるです!」

 

 ユウリは元気よく敬礼ポーズを取った。

 ……心配だ。

 

 

 □

 

 

 夜、良い子は寝ているであろう時間。

 ソニアはユウリの部屋に訪れていた。ワンルームの狭い部屋のベッドに女の子が2人向かい合っている。

 一見すれば明日の予定をワイワイ楽しそうに話し合っているようにも見えるが……。

 

「ふっふっふっ、ついに計画を実行する時がきたです」

「そ、その通りです首領。彼奴もまさか自由行動と言われた日に追跡されているなんて思いもしな……しねぇと思いやす」

「……ソニアさん。もっと堂々とやってくださいです。ヤジロン軍曹はそんなか細い声はしてねぇですよ」

「は、恥ずかしいものは恥ずかしいんだからしょうがないでしょ! あんた私のこと何歳だと思ってるのよ! というか、これ何!?」

「ガブリアスキッドに出てくる悪役、フライゴン首領とヤジロン軍曹の悪巧みシーンのパロディですよ! 私昔から一度やってみたかったです!」」

 

 無邪気に笑うユウリ。その裏にはガブリアスキッドを語り合える友達がいなかったことを暗示させ、ソニアの保護欲を刺激した。

 そう言われてしまうとソニアも強くいえない。

 

「それにしても気が進まないんだけど……オレンジを尾行するなんて」

 

 尾行。それは人の跡をつけて、その人物の行動を監視する調査方法の一つである。

 探偵がストーカーくらいしか、そんな行動をすることはない。

 

「今更何言ってるですかソニアさん! あの秘密主義野郎のバトルの強さの秘密を暴くですよ!」

 

 秘密主義野郎とはオレンジのことである。

 要は、ユウリはジムリーダーに圧勝して、ようやく自分って案外強いんじゃね? ということに気がついてきたのだ。

 それでもオレンジの足下にも及ばない現実。しかも当のオレンジはいつも調査に仕事ばかりで、ろくに鍛錬をしている様子もない。

 そこでユウリは思った。あの野郎、実は強くなる方法を隠していやがるのでは(意訳)?と。

 その秘密を暴くためにわざわざ自由行動を願い出たのだ。

 オレンジを油断させて尻尾を出させるために。

 

 しかし、ユウリはアホなことは断固として認めないが、自分が少々おっちょこちょいなことは自覚している。

 そこで大人のソニアに協力を願い出たのだ。

 

 一方ソニアも、オレンジのことが気になっていた。

 別にそれは恋愛的な意味ではない。オレンジと旅を始めて一月が過ぎたが、いまだにソニアはオレンジのことを何も知らない。

 仕事の話はよくするのだが、プライベートな話になかなかならないのだ。

 それだけならいいのだが、オレンジは意図的にそちらの話にいかないよう誘導している節がある。

 ユウリはよく考えずに秘密主義野郎と揶揄したが、あながち間違いではない。ソニアからすれば、オレンジはまさに自分の情報へのガードが固い秘密主義野郎なのだ。

 そして先日のジム戦でのこと……。

 そんな積み重ねもあり、ユウリの話に興味が湧いてしまったのだ。

  

 ただ、今は少し抵抗感がある。

 オレンジが秘密にしているのは自分の過去を知られなくないからではないかと思ったからだ。

 自分だって知られなくない過去は山のようにあるし、見せたくないプライベートがある。

 それを本人の了承なしに調査しようとするのは、強引ではないかと思うからだ。

 

 しかし、相手は感情最優先の子供だ。

 そんなソニアの心など気づきもしない。

 

「明日は頑張るぞ! おー!」

「お、おー……」

 

 押しに弱いソニアが折れて、話はまとまってしまった。

 

 

 □

 

 

 翌日、運がいいのか悪いのか分からないが、天気は快晴だった。

 絶好の追跡日になってしまった。雨が降っていたら、足跡で気がつかれるからやめようって言えたのに……。

 オレンジは朝食を食べてすぐに行きたいところがあると外に出てしまった。

 そして待ってましたとばかりに、ユウリは目を光らせて追跡を始めた。

 私は気が進まなかったが、ユウリが何かやらかないか心配なので同行することにした。

 ……本当にユウリが心配なだけだから! 他意はないから!

 そんな悲しい自己肯定をして、物陰に隠れながらオレンジの跡をつけていく。

 

「ふっふっふっ、どうやら星は私たちの存在にまったく気がついていないようだな、です」

「そりゃそうでしょ、普通誰かにつけられてるなんて思わないわよ。……ところで、その趣味の悪い帽子とメガネは何?」

「師匠から昨日もらったです! なんか師匠が好きな小説のキャラグッズらしいですよ、ヌメルゴン探偵シリーズってやつです」

 

 え? ちょっと待って。私あいつの好きな小説なんて聞いたことないんだけど……。

 しかもグッズまで貰ってるし。

 羨ましいとかじゃないけど、旅仲間なんだし平等に扱うべきじゃない? 

 

「貸してもらったですけど、まあまあ面白いですよ」

 

 しかも貸し借りまでしてる!?

 オレンジってユウリのことよく弄ってるけど、けっこう可愛がってない!?

 そんなやり取りをしている内にオレンジはとあるお店に入って行った。

 店名は『マホイップ&ホイップ』。

 

「あれは『マホイップ&ホイップ』。最近ガラルでブームになりつつある、人気スイーツ店です!」

「オ、オレンジがスイーツ!? あいつスイーツとか食べるの!?」

「師匠は甘党ですよ。色んな地方のスイーツに詳しいから、話を聞いてて面白いです」

 

 また私の知らない情報をユウリが知ってる。

 

「エンジンシティで連れて行って貰ったお店もすごく美味しかったです」

 

 しかも今度はご馳走になってる!? 

 これはオレンジがユウリに甘いの? それとも私に冷たいの? どっちなの!?

 

「うーん。でもこれはバトルに関係ねぇです……ソニアさん? どうしたですか、顔が引きつってるですよ?」

「べ、別になんでもないわよ」

 

 べ、別にオレンジが私を誘わなかったことに対してふてくされてなんかないし! 

 自分のお金だもの、誰を誘おうが勝手よ。

 でも、ユウリを誘うなら私も連れて行ってくれてもいいんじゃないかなぁー。

 納得できない気持ちを抱えながら、向かいのカフェに入りオレンジを観察する。

 少しして、オレンジのテーブルに皿が運ばれてきた。

 携帯で料理の写真を調べてみると、巨大なパンケーキのような生地にこれでもかというホイップクリームが乗せられ、そこに蜂蜜がふんだんにかけられていた。

 ……見るからに甘そうだ。全部食べたら胸焼けしそう。

 

「まさかあいつ一人で全部食べる気?」

「甘いものは別腹って、言ってたですよ。いくら食べても太らない……あ」

「なめんな」

 

 いくら食べても太らない? そんな羨ましい……けしからない体質だったのか。

 私なんてこの前まで必死に甘いもの我慢して、ようやく体重を元に戻したのに。

 

「あわわわわ、ソニアさんから黒いオーラが漏れ出てるです……」

「ふふふふふ、気にしなくていいのよユウリ。ちょっと世界の理不尽に我慢ならなくなってるだけだから」

 

 ちょっと殺意が湧いたけど。

 オレンジはクリーム山盛りのパンケーキを簡単にたいらげて、店を出た。あれだけ食べて太らないなんて羨ましい。

 私たちは急いで会計をして、その後に続く。

 しばらく歩くと、大きなお店に着いた。どうやら、古本屋のようだ。

 

「古本屋? 研究の資料でも探すのかな?」

「違いますよ。たぶん、ガラルの超名作推理小説『シャーリック•ブーイズ』シリーズを買うんだと思うです。昨日、『pokeien』で私でも知ってる有名なタイトルはあるかって聞かれて、それを答えたですから」

「……ちょっと待って。ユウリはオレンジのアカウント持ってるの?」

「はい、持ってるですけど? 旅を一緒にするくらいなら普通持ってねぇですか?」

「私持ってないんだけど?」

 

 私がそう言うと、ユウリは気まずそうに目を逸らした。

 たしかに電話番号とメールアドレスがあれば仕事の連絡は困らない……困らない。

 ふーん。べっっっっつに! 怒ってないしいいぃぃぃ! ただなんかムカムカするだけだし!

 

「こ、ここもバトルとは関係なさそうです! あーもうなんか師匠の後をつけるのも飽きてきたなぁー! ソニアさん、これから2人でスイーツでも食べに行かないですか?」

「いいわ。私はもう少しオレンジを観察しているから、ユウリ一人で行ってくれば」

「そ、そうなんですかー! なら、私も自分で誘ったわけですから、付き合わないわけにはいかねぇです!」

 

 なぜかユウリが泣きそうになってたけど、すでに私の眼中には入っていなかった。

 

 

 

 

 その後のオレンジはウールーカフェでウールー達と触れ合い、また違うスイーツ店に入り美味しそうなスイーツを食べて、牧場でまたウールー達と触れ合い……とがっつり自由時間を満喫していた。

 ほのぼのとした空気が漂う。

 

 一方。

 それを追跡しているソニアとユウリの空気はどこか殺伐としていた。

 オレンジが何する度にソニアが知らない情報をユウリから聞かされて、ソニアの機嫌が悪くなり、ユウリが話を変えようとするがアホなのでまた似たような話でソニアの機嫌を悪くしを繰り返した結果だ。

 ユウリはあんな提案をした過去の自分を呪った。ソニアはオレンジのプライベートを覗き見る罪悪感は消え去り、代わりになんかもやもやとする心だけが膨らんでいた。

 

 そうして時間は経ち、日はすっかり暮れて夕日が顔を隠しそうになっていた。

 結局今日の収穫はユウリは特になし。ソニアは予想以上に自分はオレンジのことを知らなかったということである。

 

 ーーーここまで信じてもらえてないなんて思ってなかった!

 

 この一月ソニアはとても楽しかった。

 研究者として会話もたくさんしたし、軽口も言い合ったし、何より10歳の時とはまた違う世界を毎日のように見れたことが新鮮だった。

 でも、その日々もまるで空虚だったかのように思えてしまう。

 そんなこと思いたくないのに、そんな考えが浮かんでしまうことが悔しいのだ。

 ムカムカとする心が歩く速度を上げる。

 

「キャッ」

 

 脳の容量を別のことに割いていたせいか、視界が狭くなっていたようだ。

 横道から出てきた人間に身体をぶつけてしまった。

 

「ちっ、いってぇな!」

 

 そしてぶつかってしまったのは、最悪の人種だった。

 黒い革ジャンに派手なイヤリングにピアス、そして濁った瞳。見るからにろくでなしな人間だった。

 

「すいません」

 

 とはいえ、ぶつかってしまったのはソニアの方だ。素直に謝って穏便に済ませられればいいと思ったが。

 

「アアッ? 謝れば済むと思ってんのか? 舐めてんじゃねえぞ!」

 

 男はずいっと顔を近づけて威嚇してくる。

 話が通じそうにないことにソニアは困惑する。

 男はソニアの顔をジロリと見ると、どろりとした笑顔になり。

 

「へっ、よく見りゃ可愛い顔してるじゃねえか。一晩俺の相手してくれんなら、許してやらねえこともないぜ」

「……っ」

 

 男はソニアの顎を持って、くいっと上げる。

 男のいやらしい妄想が漏れ出てくるよな顔に、ソニアは生理的に拒絶反応を感じてしまう。

 今すぐにでもこの男の手を振り解いて逃げ出したい。

 しかし、こちらにはユウリがいる。子供を置いて一人逃げられない。

 それにあまり長引かせると、男は標的をユウリに変えるかもしれない。それはいけない。自分はユウリを守る義務がある。

 男への嫌悪感と、ユウリを守らなくてはという気持ちがソニアの中で揺れ動く。

 

 ーーこんな時ヒーローがいれば、私のことを助けてもらえるのに。

 

 昨晩、ユウリにガブリアスキッドごっこに付き合わされたせいだろうか、不意にそんな非現実的な言葉が頭をよぎってしまった。

 でも、ソニアの世界になんでも解決してくれるヒーローなんていなかった。

 トレーナーの時も、研究者の時も自分の困った時に颯爽と駆けつける人間なんていなかった。

 いつだって自分で壁にぶち当たってきた。

 今だってそうだ。助けてなんて、もらえない……。 

 

「いてててててててて!?」

 

 心を闇に落としていると、男の悲鳴で現実に引き戻された。

 何事かと悲鳴の方を見ると、そこにはオレンジが男の腕を捻って制圧していた。

 

「大丈夫ですかソニア? ケガはありませんか?」

 

 心配そうなオレンジの顔に、ソニアは安心感を覚えた。

 

 ーーそうか、これが助けられるって感覚なんだ……。

 

 自分のことを助けてくれる人なんていない。否、いなかった。

 

 今はいる。

 

 その事実にソニアは空いていた心が埋まったような気がした。

 

 □

 

 

 後日談。というか、今回のオチ。

 

「「ええ!? 私たちの尾行に最初から気がついてた(です)!?」」

「はい。最初のスイーツ店について来るところからずっとね。忘れましたかソニア、私は耳が常人よりすごくいいんですよ」

「あ」

 

 そういえばそんな会話をした気がした。

 たしか、あれは遭難したユウリを捜索している時のことだ。

 

「ええ!? なんですかそれ! 私聞いたことねぇですよ! ……なんだソニアさん。私が知らないこと知ってるじゃねぇですか」

「はっは……」

 

 私もすっかり忘れてたけどね。

 ユウリは何かを思いついたのか、悪い笑みを浮かべ。

 

「聞いてくださいよ師匠。ソニアさんたら、師匠について自分が知らないことを私が知りすぎて、追跡中ずっと不機嫌だったですよ」

「んな!? ちょっとユウリ!?」

「ソニアが私について知らないこと? はて? どんなことですか?」

「かくかくしかじかです!」

 

 ユウリはノリノリで追跡中の話をした。

 すると、オレンジは困り顔で。

 

「ああ〜、すいませんソニア。色々誤解を生じさせてしまったようで」

 

 と言うのも、スイーツ好きを隠していたのは単にいう機会がなかった。

 ユウリだけを誘ったのは、私がダイエット中なことに勘付いてあえて秘密にしていた。

 小説に関しては、単にいうほどの事ではないと思っていた。

 そうよね。あの時はなんかムカムカしたけど、冷静になると、どれもわざわざ話すことじゃない。特に2番目に関しては完全に気遣いだった。

 どうやら、どれもこれも小さな擦れ違いだったようだ。

 

「あれ? じゃあ、アカウントは……?」

「はぁ……。言わなくてはなりませんか?」

「うん、気になるから」

 

 できれば言いたく無さそうだが、そこだけ誤魔化されると後でもやもやしそうだから聞きたい。

 オレンジは目を伏せながら。

 

「私はガラル人ではなくて、カントーの人間です。そして、カントーの人間にとって、ビジネスでの番号交換とプライベートの番号交換はハードルが違うのですよ。……特に、異性として意識している女性にはね」

「……え?」

 

 要するにオレンジは私のことを女として意識して、でも私オレンジの部屋に何度もパジャマで行って……。

 

 ………………………………………え

 

………………………………………ええ

 

 ………………………………………ええええええええええええええええ!?

 

 そこで私の意識は途切れた。

 

 





 Q.どんな異性が好きですか?

橙「……なんか悪意を感じる質問ですね。というか、これ前にも答えませんでしたか?」

 Q.より細かくお願いします

橙「細かくって……。そうですね。研究者はやはり特殊な職業ですので、それについて理解がある方が理想ですね。顔はあまり重視しませんが、やはり清潔感のある女性が好きです。ゴミと友達になっているような方は論外です。元シンオウチャンピオンとか、見た目だけ考古学者とか」

 Q.要するにS…….

橙「ガブリアス、ギガインパクト!」

 
 ※今回のは告白ではありません。単に女として見てると伝えただけです。勘違いした方はすいません。


 


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(間話)五番道路


 実は間話が一番描きやすい。


 

 ターフタウンを出発した私たち一行は、現在2つ目のジムがあるバウタウンへ向けて歩いていた。

 

「師匠、聞きたいことがあるです」

 

 前を歩く眼鏡に帽子をかぶったユウリが言う。

 なぜ変装コーデなのかといえば、前のジム戦のおかげで一躍時の人となってしまったユウリは、今町を歩けば大騒ぎになりかねないためだ。ジムリーダーやチャンピオンなら分からなくもないが、ただの一挑戦者がここまで注目を浴びるなんて普通じゃない。

 リーグ側も色々対策してくれているようだが、まったく防げていない。

 これではトレーナーが潰れてしまうぞ。興行に力を入れすぎるのも考えものだ。

 

「どうかしましたか? ちなみに、私の強さに秘密などありませんよ。日々の鍛錬の賜物です」

「ちげぇですよ! というか、なんで師匠がそれ知ってるですか!?」

「昨日ソニアにメッセージで聞きました」

「ソニアさん!?」

「何よ。あんたが先にバラしたんじゃない」

「それはそうですけど……」

 

 ちなみに、昨日の一件の後ソニアとはお互いにアカウントを登録した。

 初メッセージが暴露だったことには少々驚いたが。勝手に怒っていたことをバラされたのが、相当腹に据えかねていたようだ。

 

「大した努力もせずに強くなろうなんて甘いことを考えているアホには、後でお仕置きが必要ですね〜。ユウリ、休憩時間中にバトル10セットやりますよ」

「なあああああああ、何でですか!? 嫌ですよ! ぜってぇー嫌ですよ!」

「え? 20……」

「やります! やらせていただきます!」

 

 どうやら、ユウリも歓迎しているようだ。これではお仕置きにならないなぁ(棒)。

 そのやり取りを見ていたソニアは少々気が晴れたようだった。

 

「がんばってねユウリ」

「ソニアさんなんて嫌いです!」

 

 サムズアップするソニアに、ユウリは涙目で言った。

 

 

 

 

 そして休憩時間。昼食を食べてユウリを一頻りボコボコにした私は、ヤムチャのように倒れているユウリに。

 

「それでユウリ。聞きたいこととは何ですか?」

「ボッコボコにしておいて、今更それ言うですか!?」

「細かいことは気にせず。まあ、話してみなさい」

 

 ユウリは納得いかない表情をしていたが、渋々と話し始める。

 

「……私が次に挑戦するバウジムは、みずタイプのジムです。でも、私の手持ちのポケモンはみずタイプには相性がいいポケモンがいない。だから、みずタイプに相性がいいポケモンを捕まえようと思ってたです。でも、前に師匠は腕を磨く前に手持ちを増やしすぎるのは良くないって言ってたのを思い出して、どうしようかなぁと」

 

 思っていたよりもちゃんとした悩みだった。

 失礼な話だが、ユウリの悩みなど今日の夕ご飯カレーかハンバーグにしようかくらいしかないと思っていたから驚きだ。

 それにしても、戦力増強か。

 

「そんなに深く考えなくていいと思いますよ。私がそう言ったのも、闇雲に手持ちを増やしてもすべてを育成しきることができないから、忠告したまでですし。むしろ、ユウリのようにしっかり考えを持って増やそうとすることは良いことですよ」

「じゃあ捕まえておこうかなぁ……です」

 

 呟くユウリ。そこに飲み物を持ったソニアが歩いてきて。

 

「もしかしてポケモンの捕獲をするつもりなの? それなら、図鑑の検索機能を使ってみたら? この辺りに生息するポケモンが一通り載ってるはずよ」

 

 私に紅茶を渡しながら説明してくれる。

 一口飲むと柑橘系の香りが口の中に広がった。

 それにしても、そんな機能が追加されたのか。前は出会ったポケモンしかできなかったのだが。私の頃に遡れば、そもそもポケモンの分布なんて見れなかった。

 便利になったものだ。

 

「じゃあ、さっそくやってみるです! えーと、検索条件はくさタイプっと!」

「そんなざっくりした条件で大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ネットの検索と同じようなものだから」

 

 少々心配だったが、ユウリの反応を見る限り検索は無事できたようだ。

 本当に便利になったものだ。

 

「ほー。どうやら、この辺りにくさタイプは、コノハナとハスブレロがいるみたいです!」

「ハスブレロは分かりますが、コノハナですか?」

 

 コノハナは元々ホウエン地方で発見されたポケモンだ。それ以外の地方でも発見されているが、大体は深い森の奥に生息している。

 この辺りは見る限り深い森があるようには見えない。

 もしやガラルのコノハナはこの地形に順応しているのか。気になるな。

 

「なるほど。では、探してみましょうか。主にコノハナを」

「なんでコノハナ限定!?」

「私が捕まえたいので」

「ちょっと待てです! 人の獲物奪るなです!」

「あなたはハスブレロを捕まえればいいじゃないですか。ハスブレロはくさ・みずタイプなので、みずタイプ対策には最適です。さらに次のエンジンジムにおいても使える。いわば、一石二鳥です」

「……なるほど」

 

 どうやら納得してもらえたようだ。

 

「本当に口が達者よね……。というか、なんでそんなにコノハナが欲しいのよ。ガラル地方以外にもいたでしょ?」

「いたからこそですよ。私の研究はポケモンの種族値、個体値が大きなテーマですから。他の地方とは違う生息形態をしているポケモンには、非常に興味惹かれるのです」

「なるほどねー。それなら、カモネギはどうなの? ガラルのカモネギとカントーのカモネギは姿が違うんでしょ?」

「私の好みではないので、ゲットしたくないです」

「好みって……」

 

 昔のトレーナー時代ならば、好みよりも強いポケモンを優先して捕獲していただろうが、今は引退してただの研究者なのだ。自分好みのポケモンを優先するくらい許される。

 研究なら、他の捕獲されている個体を借りればいいのだから。

 

「って、それって結局、コノハナ捕まえたいのって研究関係ないんじゃ……」

 

 勘のいいガキは嫌いだよ?

 

 

 □

 

 

 〜捕獲終了〜

 

 

 □

 

 

 無事ポケモンの捕獲を終えた私たちは、夜も深くなったので今日のところは五番道路でキャンプすることにした。

 コノハナのデータと共にガラル地方における生態変化について報告書を作っていると、携帯にメッセージが入った。

 誰かと見てみると、グリーンからだった。

 私は報告書の作成を一度中断して、画面を開いた。

 

緑『おい、裏切り者』

 

 随分と刺々しい文章だな。

 

橙『いきなり何ですか? 私また何かやっちゃいましたか?』

 

緑『惚けんなよ。ナナミから聞いたぜ? お前今めちゃくちゃ美人の女の子と一緒に旅してんだろ? 俺みたいな彼女いない族からすれば、立派な裏切り者だぜ』

 

橙『どう伝わっているのかは知りませんが、彼女はただのビジネス・パートナーですよ。あなたが邪推するような関係ではありません』

橙『というか、モテるあなたなら彼女作るくらい私にポケモンバトルに勝つより簡単でしょう? なにをモテないみたいに言ってるんですか?」

 

緑『俺が一人の女性の物になっちまったら、世界中の女の子たちが悲しんじまうだろ?』

 

 ムカつくので、とりあえずこの文はスクショしておこう。新たな黒歴史追加だ。

 

緑『つうかやっぱり誤解じゃねえか。ナナミがテンション高めに吹聴してたから、てっきりお前に彼女ができたかと思ったのによ』

緑『……このネタで弄りまくってやろうと思ってたんだがなぁ。つまんねぇ』

 

橙『ちょっと待ってください。ナナミさんは私に彼女ができたと言い回ってるんですか?』

 

緑『いいや。オレンジくんがね、今はすごく綺麗な女の子旅してるのよって言われれば、そう思うだろ?』

 

橙『たしかに間違ってないですけど……』

 

 完全に誤解されかねない言い方だ。

 そういえば同僚に送ったメールが心なしかそっけなかった気がしたが、まさかそれが原因か。

 研究者にとって女の話題はモテない、彼女欲しいの2択だからな。彼らからすれば、私はまさに裏切り者だろう。

 

緑『他のやつらは血涙流してたぞ』

 

橙『なにそれ怖い』

 

 一応彼らもエリートの部類に含まれるのだから、出会いを求めにいけばいくらでもチャンスはあるのだが。

 ああ、カントーに帰るのが怖い。

 これだけ帰るのが怖いのは、メイのやつにイッシュ中に放送される中、公開プロポーズをされた時以来だ。

 

緑『なぁ、そんなことよりもその子そんなに可愛いのか?』

 

 そんなことよりもって……。私にとっては結構大きな問題なのだが。

 

橙『ええ、可愛いですよ。カミツレさんにも劣らないと思います』

 

緑『マジで!? めっちゃ気になるじゃねえか! なあなあ、写真とかないのか?』

 

橙『今手元にはありませんね。私自身人の写真はあまり撮りませんし』

 

緑『じゃあ、今から撮ってこいよ。そして俺に見せろ』

 

橙『嫌ですよ面倒な』

 

緑『それじゃあ、土産のマラサダは俺の腹の中に入ることになるぜ?』

 

 くそ! スイーツを人質(?)にとるとは卑怯な!

 

橙『……わかりましたよ。チャレンジはしてみますが、あまり期待しないでくださいね』

 

緑『おう、わかった』

 

 グリーンのわがままに応えるために、私は外に出る。

 テントの外は真っ暗で、少々肌寒い。耳を澄ませば、ポケモンの鳴き声が聞こえて来る。

 私は辺りを見回し、ソニアのテントを見つける。

 私はそちらの方に歩いて行き。

 

「すいませんソニア。まだ起きてますか?」

 

 私の問いかけに、少しして反応があった。

 

「どうしたの? 何かあった?」

 

 ソニアはテントから少し顔を出して聞き返してきた。

 化粧を落としてサイドテールの髪を下ろしているが、世の女性が嫉妬に狂いそうになるほど透明感がある。この容姿ならモデルでも大成できたと思う。そう思わせるほど、ソニアは美人だ。

 こんな女性がうちの研究所に来たら、毎日大騒ぎだろうな。

 

「ちょっと写真撮らせてほしいのですが」

「え?」

「それじゃあ、いきますよ」

「う、うん」

「はい、チーズ」

 

 ぎこちない笑顔のソニアを私はスマフォのシャッターのボタンを押した。

 思っていたよりもあっさり撮れたな。

 

「では、ありがとうございました」

「ちょっと待って!? なんで写真撮ったの!?」

「私の友人がソニアの顔を見てみたいと言うので、そのためです」

 

 私がそう言った途端、ソニアは血相を変えて袖を掴んで。

 

「待ってぇぇぇ! こんなすっぴんの顔晒さないでぇぇぇ! せめて化粧くらいさせてよおおおお!」

「大丈夫ですよ。ソニアはすっぴんでも十分綺麗ですから。問題ありません」

「あんたに問題なくても、私にはあるの! すっぴんを晒されるって、女の子にとっては死ぬのも同然だからね!?」

「ええぇ……。そんな大袈裟な。というか、そんなに綺麗なのに化粧してどこを直すんですか? 私には分からないのですが?」

 

 今でさえ、全世界の女性の嫉妬を買いそうなのに。

 私がそう言うと、ソニアは満更でもないのか顔を赤くする。

 

「そ、そそそそんなおべっか使っても絆されないわよ!」

「あのですね、前から言いたかったのですが、私は基本的にお世辞は言いません! ソニアはすっぴんでも十分綺麗! まったく嘘偽りはありません!」

「そ、そんなことないし! 化粧した方がいいもん!」

「いやいや……」

「うそうそ……」

「いやいや……」

「うそうそ……」

 

「さっきから煩いですよ二人とも! いちゃつくならテントの中でしろです!」

 

 「「べ、別にいちゃついてないし!」」

 

 結局すっぴん写真を送るのは許可されなかった。

 翌日、グリーンにはしっかり化粧をしたソニアの写真を送った。

 評判は上々だった。

 そして、同僚からは呪詛のメールが大量に届いた。

 

 

 





 Q.旅をしていて危険だったことはありますか?

橙「毎回危険ですが、特に危なかったのはシンオウとアローラですね。パルキアにあくうせつだんで別次元に飛ばされたり、ウルトラネクロズマに腹を貫かれたり。まあ、重傷でしたが、命に別状はなかったです」

 
 ※アンケート終了します。

 


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バウタウン〜とばっちりユウリ〜


 はっちゃけました(目逸らし)


 吹いてきた風に塩の味を感じる。

 ここはバウタウン。海沿いの町とだけあって、ターフタウンとはうって変わり、かなり賑わっている。  

 海を目当てに来た観光客に、海鮮を求める商人、そしてジム戦に来ているトレーナーと様々な人々が混在している。 

 そんな中、私ことオレンジはガラルに来て最大のピンチに襲われていた。

 

「……はあああああぁぁぁぁ」

 

 私の深〜いため息にソニアは心配そうに。

 

「そんな深いため息ついてどうしたの?」

「お金がなくなりました」

「えぇ……どこで使ったの? オレンジはあまり贅沢するイメージないんだけど」

 

 その通り、私は普段贅沢しない。

 いや、基本的に高くない研究者の給料と、殺しにくる量の仕事に時間を圧殺されてできないと言った方が正しい。

 そのため貯金は貯まる貯まる。さほど多くはないが。

 しかし、旅をしている時まですべて貯金するわけにいかないので、その時は旅資金と貯金分を分けて手にしている。

 今回なくなったのは、その旅資金分のお金だ。

 

「前にソニアたちが私を尾行していた時に、ソニアに見せつけるために巨大スイーツを2つも食べたのが悪かったか……」

「思ったよりもバカな理由だった!?」

「……師匠って頭いいけど、時々バカです」

 

 ぐっ、今回は言い返せない。

 

「なくなったならお金おろしてくれば? 通帳にはまだあるんでしょ?」

「家にあります、通帳」

「なんで!?」

「忘れたんですよ! どこに旅するのに通帳持ってこない人がいるんですか!」

「あんたでしょうが!?」

 

 おっとそうだった。テヘペロ(棒)。

 

「というか、通帳なくて今までお金どうしてたの?」

「自動預金なので、貯金分は口座に。旅資金は、テレポートで現生支給です」

「何でそこは都合いいのよ……」

「前に貯金おろせなくて死にかけたからですよ!」

「あんた前科持ちか!?」

 

 そうあれはホウエンを旅していた時のこと。

 最初の一月、通帳を忘れお金がおろせなくて山できのみ狩りをしていた。

 あの時は本当にひもじかった。

 それから、ナナミのアイデアで旅資金分を現生支給されるようになったのだ。

 

「前科持ちとは失敬な。単に毎回通帳を忘れているだけです」

「うん、ごめん。常習犯だった」

 

 ソニアの冷たい瞳に、天然を否定した時のナナミの瞳と同じものを感じた。

 どうやら、心底呆れられたようだ。まったく、ちょっと忘れっぽいだけで世間は冷たい。

 ソニアはため息をついて。

 

「それでどうするの、お金? ホテルに泊まる分は私が建て替えようか?」

「大丈夫ですよ。ちょちょっと稼いできますので」

 

 私の言葉にユウリは首を捻る。

 

「稼ぐですか?」

 

 ソニアはまゆをひそめて。

 

「なんか、ものすごく嫌な予感しかしないんだけど……」

 

 そんな反応の2人を置いて、私はバウタウンの中を進んで行った。

 

 

 □

 

 

 さて、それではお金をどうやって稼ぐのか。

 働く? 何かを売却する? 否だ。

 私は労働を否定する気はないが、今更誰かの下についてこき使われたくない。

 そもそも、就労ビザもない。故に私はガラル地方の店舗で働けない。

 売却するにも、きんのたまのような高く売れる物は手元にない。

 

 では、どうやって金を得るのか。

 

 私はポケモントレーナーを事実上引退しているが、トレーナーカードは現在も更新している。

 要は現役になろうと思えばなれるのだ。

 一つ言っておくと表舞台に返り咲こうという話ではない。それはしたくないし、できない。

 問題なのはトレーナーカードを持っていることで使える金銭をかけたバトルの制度である。

 賭博法に引っかかるので表向きはお小遣いとしているが、トレーナーカードを持っているとバトルに勝利することで金銭の授与がされるのだ。

 

 よって、今回の作戦は、おいバトルしろよ→粉砕、玉砕、大喝采→お金もらうということだ。

 

 そうと決まれば手頃な犠牲者(トレーナー)を探すことにしよう。

 できれば一回で多くの金をもらえるトレーナーがいい。正直何度もバトルしたくない。

 その考えの下、私はバトルサーチャーを使って私の需要に合うトレーナーを探しはじめる。

 

 もらえるお金はトレーナーの資産、立場、実力に応じて変わる。

 そのためジムリーダーや四天王はその立場と実力だけで一度負ければかなり取られる。逆に弱くともお坊ちゃん、お嬢様はかなりとられる。

 故にカントー、ジョウトでは金持ち狩りがよく行われていた。やってたの主に私だが。

 見たところ庶民的な街並みのここにお坊ちゃんやお嬢様はいなさそうだ。

 

 となればそこそこの実力者。バッチ8個持ちくらいのトレーナーを探そう。

 

 サーチャーを照らしていると、しばらくして反応があった。

 お金はかなりある、ジムリーダー並みだ。そしてなかなか強い。あの人にしよう。

 私は海の方を向いているサングラスをした肌が褐色の女性に近づき。

 

「すいません。バトルをお願いできませんか?」

 

 そう言った。

 

 □

 

 バウタウンのジムリーダーであるルリナは現在困惑していた。

 なぜなら、ジムの休憩時間になったのでいつものように散歩がてら海を見にきたら、突然男からバトルを挑まれたのだ。

 ジムリーダーになってから、色んな人間に野良バトルを挑まれることはあったが、ここまで唐突なのは初めてだった。

 

 しかし、ルリナはすぐに冷静になる。

 なぜなら、男がバトルを挑んできた理由に大体察しがついていたからだ。

 

 ーーどうせナンパ目的でしょ。

 

 ルリナは自他共に認める美人である。

 その類稀なる美貌を活かして、ジムリーダーをやる傍らモデル活動も行い高い人気を得ている。

 そのためか、このようにバトルを挑む形でのナンパはよくあった。

 バトルに負ければ優しい顔をしてホテルに誘おうとしてきて、負ければ君強いねと腑抜けた顔で言ってくる。彼らにとってポケモンバトルなどその程度でしかないのだ。そんなポケモンバトルを馬鹿にしたような人間をルリナは心底軽蔑していた。

 

 ーーこういうやつに限って生半可な腕のくせに自信満々なのよね。

 

 心の中で毒づきながら、そんな輩を懲らしめたいという使命感が湧いてくる。

 

「いいわよ。やりましょうバトル」

「本当ですか? いやぁ、いきなりだったもので断られるかとヒヤヒヤしてましたよ」

 

 毒気のない顔の裏にどんなゲスい魔物を飼っているのか、ルリナは白々しい反応の男に不快感を覚える。

 見たところ服装や顔の造形的にガラルの人間ではない。

 大方、旅行先で調子に乗った哀れな男なのだと、ルリナは結論づけた。

 一定の距離をとり、男に合わせてルリナもボールを構える。

 

「それでは、よろしくお願いします」

「ええ、よろしく」

 

 笑顔でそう言いつつ。

 

 ーー相手がジムリーダーとも知らないで、哀れな男ね。

 

 心の中は冷徹だった。

 ルリナの頭の中には、泣きながら走り去る情けない男の姿が思い描かれていた。

 

 しかし、その未来視はほんの数分で答えを突きつけられる事になった。

 

「嘘……でしょ……!?」

 

 ルリナは目の前で起きた現実をなかなか受け入れることが出来なかった。

 いや、出来るわけがない。自分は男を懲らしめるために、ジム用ではなく、チャンピオントーナメントで使ういわば本気のポケモンたちを使った。

 総勢6体。

 それがたった1匹のエーフィに殲滅されたのだ。

 夢なら早く覚めてほしい。しかし、覚めない。これは現実だからだ。

 ざっと靴音が聞こえ、ルリナに影がかかる。ルリナを蹂躙した男が寄ってきたのだ。

 

「さて、では負けた分払っていただきましょうか」

 

 男の言葉にルリナはピクリと身体を反応させる。

 

 ーーあの舐め回すようないやらしい目(誤解)! まさかあの男、初めから私の身体が目当てだったのか(誤解)!

 

 ルリナは完敗したショックで思考がくっころ女騎士のようになっていた。

 そのため、今の彼女にとってオレンジは自分を性奴隷にしようとせんイヤらしい人間になっていた。

 

「くっ、覚えておけ! 私の身体は自由にできても、心までは自由に出来ると思うなよ!」

 

 芝居がかった大袈裟な手振りで、胸元を隠すルリナ。

 しかし、オレンジにそんな意図は一切ないので、ルリナの行動に面食らってしまう。

  

「はい? 何の話ですか?」

 

 怪訝な表情でいう。

 ルリナはキッとオレンジを睨みつけ。

 

「惚けないで! はじめから私の身体が目当てだったんでしょ! 負けた報酬を身体で払えって言うんでしょ!」

 

 ※ルリナさんは負けたショックでおかしくなっております。

 

「そんなわけあるかああああ!? バトルして負けた時払うものなんて1つしかないでしょう!?」

「身体」

「お金でしょうが!?」

「まさか金まで獲る気なの……。金、女、ピー……すべてを手に入れようと言うの」

 

 ※不適切な表現があったことを深くお詫び申し上げます。

 

「ああもう、なんなんですかこの人! 身体とかいらないんで、お金だけ払ってください!」

「ふっ、あなたにとって私は所詮都合のいい女。所詮はお金だけの関係なのね」

「その通りですけど!?」

「いいわ。それでも私はあなたのことを……」

 

 ※しつこいようですが、ルリナさんは現在壊れています。

 

「なんで、いきなり昼ドラ始まってるんですかねぇ……」

 

 涙を拭いながらお金を差し出してくるルリナに、オレンジは居心地悪そうに受け取る。

 無駄に高い演技力のせいで、この現場はヒモ男にお小遣いを渡してる惨めな彼女のような構図になっているからだ。周りからは、侮蔑が混ざった視線を感じる。

 オレンジからしてみれば、ただバトルを挑んだだけなのに、なんでこんな目に合わなくてはならないんだという気持ちである。

 そして、受け取ったお金を数える気にもならず、オレンジそそくさとその場から立ち去った、

 

 

 

 

 一騒ぎあったものの、次の給料日まで過ごせるくらいの金を手に入れたオレンジは、ジム戦の予約を終えたユウリ達と合流した。

 この後はバウタウンに住んでいるソニアの親友に会いに行くらしい。

 その道中、苦労して(主にバトル後の対応で)手に入れた稼ぎを見せると、ソニアもユウリも驚いていた。

 

「おー。本当に稼いで来たです」

「しかもけっこうあるわね。あんな短時間でどうやってそんなに稼いだの?」

「バトルの報酬ですよ。私、トレーナーカードの更新はしているので」

「ああ、なるほどね」

 

 ソニアは納得したようだった。

 ユウリはどんな相手とバトルしたのかと興味津々に聞いていた。

 オレンジは話した。相手の水ポケモン達をエーフィで蹂躙していく様を。まるでとても強いヒーローのような爽快な話にユウリは興奮し、ソニアは裏を考えて苦笑いしていた。

 もちろん相手が変態だったことは、教育に悪いのでカットである。

 そんな取り止めのないお喋りをしているうちに、ソニアの親友の家に到着した。

 

「ルリナー。来たよー」

 

 ソニアはドアに呼びかける。

 少しして、ドアがゆっくりと開いた。

 出てきたのはビーチバレーボールの選手のような格好した褐色の女性。

 

「えええ、ソニアさんの親友ってジムリーダーのルリナさんですか!?」

「そうなの。ルリナとは同期で、その時仲良くなったんだ」

 

 驚くユウリに、少し照れ臭そうに説明するソニア。

 しかし、オレンジはルリナの姿にとてつもない既視感を覚えていた。そしてルリナと目が合うと、すべてを理解した。

 ルリナも同様のようで、2人は同時にお互いを指さし。

 

「「ああああああああ! あの時の変態!」」

 

 変態まで綺麗にセリフが被った。

 突然絶叫しだした2人に、ソニアとユウリはついていけず唖然としているしかない。

 そんな2人にはお構いなしに。

 

「ちょうどいいわ、あの時のリベンジよ! バトルしなさい!」

「絶対嫌ですよ! あんなセリフ2人の前で言われたら、私恥ずかしさのあまり自害しますよ!」

「何言ってるのよ! あんたが私の身体を求めたんじゃない! 私だってあんなセリフ言いたくなかった……」

「でたらめ言わないでください!」

 

 ※ルリナさんはショックのあまり記憶に誤りがあります。ご了承ください。

 

 2人の言い争いに置いていかれていたが、ソニアはようやく我に返り、

 

「ちょ、ちょっと待って! えーと、2人は知り合いだったの?」

「聞いてよソニア! この男さっき私のことを大衆の面前で辱めて、挙句の果てに私の大切なものを……」

「超悪質な印象操作しないでください! バトルして勝って、賞金をいただいただけですよ!」

「1人づつ話しなさい!」

 

 そして1人づつ状況を説明し終えると、ソニアは頭が痛そうにこめかみを揉みながら。

 

「……要するに、2人はさっきバトルしとオレンジが勝った。それでルリナが再戦したがってるってことでいい?」

「そうよ、だから私と再戦しなさいオレンジ」

「だから嫌です。懐が潤った今、私があなたとバトルする理由がありません」

「金のためにしかバトルしないなんて、ポケモントレーナーとして恥ずかしくないの!」

「私はもうトレーナーは引退してるからいいんですぅー。というか、大して強くない人とバトルするのって、退屈だから嫌いなんですよ……あ」

 

 オレンジの失言に、ルリナのこめかみは青筋が走る。

 

「ふーん、このバウタウンのジムリーダーである私が大して強くない……言ってくれるじゃない」

「あわわわわ……し、師匠! 謝って! 絶対に謝った方がいいですよ! ルリナさんヤベェオーラだしてるですよ!」

「絶対断る。私は事実しか言ってない」

「あんたもなに意地はってるのよ!」

「師匠……? そしてその顔、ジムチャレンジャーのユウリ? あ、ふーん」

 

 ルリナは何かを察したのか、意地の悪い笑顔になる。

 目を向けられたユウリは困惑する。

 

「な、なんですか?」

「あなたこれから私のジムに挑戦するつもりなんでしょう?」

「そ、そのつもりですけど……」

 

 確信を得たのか、ルリナはさらに笑みを深めて。

 

「ねぇオレンジ。みたところ、この子あなたの弟子なんでしょ? なら、この子に勝てたら、私と再戦してくれない?」

「はぁ!? ちょっとなにを言って!?」

「別にいいでしょ? 生半可に鍛え方はしてないだろうし、それに大して強くないジムリーダー相手なら余裕でしょ?」

 

 皮肉るような言い方の裏に、オレンジは意地でも自分に再戦したいという燃えるようなハートを見た。

 

 ーーまあ、ユウリの修行には悪くないか。

 

 そう考えたオレンジは。

 

「いいですよ。あなたがジム戦でユウリに勝利したら、再戦を受けましょう」

「ちょっと師匠!?」

 

 まさか受けると思っていなかったユウリは、驚きのあまり悲鳴に近い声が出てしまう。

 オレンジの返答に、ルリナは睨め返し。

 

「ふん。首を洗って待っていなさい」

 

 そうして、オレンジのとばっちりで、ユウリの攻略難易度が跳ね上がった。

 

 

 





 Q.なんでそんなにワタルが嫌いなの?

 橙「ウザいし、はかいこうせんの巻き添えで生き埋めにされかけたり、いきなり大きな仕事ぶん投げてきたり、言葉が通じなかったり、ウザいからです。
 ただ、あれだけバカにされながら自分を貫き通すメンタルの強さだけは敬服しますよ」

 Q.イッシュ(2回目)の後、ワタルを半殺しにしたという噂については?

橙「半殺しなんてしてません。ただ、やつの貯金が半分になるまでバトルしただげです」


 アンケートありがとうございました。
 多数の投票の結果シンオウ地方編の短編を書きます。投稿はおそらく、一区切りつくエンジンジム戦後辺りだと思います。
 いつ頃なのって? 私の進行速度しだいです。


 




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バウタウン〜反省〜


 短い。バトル書かない。……なんかすいません。
 次ジム戦に行きます。


 

 私のせい(納得いかないが)でジムリーダーを怒らせてしまった。そのせいで殺意に満ちた相手というユウリのジム戦の難易度は跳ね上がってしまったのだ。

 報酬の再戦どうこうは別にどうでもいい。やろうと思えば10分で終わる程度のことだ。

 しかし、ユウリは現在ジムチャレンジャーの中で最も注目されているトレーナーだ。負けたとなれば世間から溜息が漏れることは避けられない。

 そうなれば、ここまで順調に来ている彼女に水をさされることになりかねない。

 なら受けるなよと思うかもしれない。

 しかし、そんなに強くないと言ってもルリナはジムリーダー。プロの本気の気迫というものを一度体験してもらいたいと思っていたから、チャンスだと考えたのだ。

 なに、要は勝てばいいのだ。

 そのために私がいる。

 

「だから私は悪くないと思うのですが」

『うん。今すぐユウリちゃんに土下座してきなさい』

 

 ナナミは画面の向こうからごみを見るような冷たい目で言った。

 弁明した時のソニアと同じ目だった。

 ちなみにユウリからは散々泣きじゃくりながらポコポコされた。そのせいで、服には涙のシミが出来てしいる。

 ひんやりして絶妙に気持ち悪いので早く着替えたい。

 

「まあ、私が悪いかどうかは置いておいて」

「おい置くな」

 

 後ろからソニアのツッコミが聞こえる。

 こんどこそオーキド博士に会えると思いついてきたのだが、あいにく博士はラジオの収録に行っているらしい。

 したがってここに私の味方はいない。前も後ろも敵である。

 

「決まってしまったものは仕方ないでしょう。過去を振り返るのではなく未来をみなくては」

「その通りだけど、あんたが言うことじゃないでしょ!」

『そうよオレンジくん』

 

 くそ、味方がいない!

 

「わかりましたよ。今回は私が悪い、それでいいです......ふん」

「不貞腐れた!? 子供か!」

『あはは......。オレンジくん、依頼されたポケモンは今送ったから。今回のこと反省してるなら、しっかりユウリちゃんを鍛えてあげて」

「わかりましたよ」

 

 まったく納得いかないが、どうやら客観的評価は私が悪いらしい。

 別に不貞腐れているわけではない。

 ちょっとどこが悪いのか論理的に説明してほしいだけだ。

 しかし、この場では分が悪い。だから結果で納得させてやる。

 私は転送されたボールを受け取る。

 

「ボール受け取りました。それでは......」

 

 通話を終わらせようとすると

 

『あ! ちょっと待ってオレンジくん!』

「どうかしましたか? 他に何か要件が?」

『ううん、オレンジくんにじゃなくてソニアさんに』

「ええ!? 私!?」

 

 ソニアは急なご指名に目を見開いて驚いた。

 かくいう私も意味が分からない。

 

「なぜソニアに?」

『そんなに意外? 同じ女性研究者として色々話したいことがあるのよ』

 

 いつもの朗らかな顔でいうナナミ。少し胡散臭さを感じるものの、本人が話したいというのを邪魔する道理はない。

 変なことを吹き込みそうで、気は進まないが。

 私は唖然としているソニアに

 

「ソニアどうですか?」

「え、う、うん。私もナナミさんと話せるのはすごい嬉しいけど」

「いいそうですよ」

『本当? よかった~。じゃあ、オレンジくんは席を外してね』

「言われなくてもそうしますよ。そろそろユウリが待ちすぎてくたびれている頃でしょうから。それに女の子(笑)同士のお話ですからね」

『なんで(笑)を付けたのかなぁ~。オレンジくん後でお話があるんだけど?』

「忙しいのでお断りします。女の子(笑)さん」

 

 グリーンですら裸足で逃げ出しそうなオーラを出しているナナミに、私は喧嘩上等なテンションでお返しする。

 冷や汗ダラダラのソニアに笑顔を向けて。

 

「じゃあソニア、あとは任せました」

「あんた今わざと怒らせたでしょ!? どういうつもりよ!」

「ソニア。昔の偉い人は言いました。人生は常に挑戦だと」

「その挑戦で私に迷惑かかってるんだけど!? あんた実はまだ納得いってないでしょ!?」

「ははは、まっさかー。では、私はちょっと気も晴れた……いえ、何でもありません。ユウリを鍛えるので、お暇します」

「今気が晴れたって言った! 絶対に言った!」

 

 私はユウリが待っているバトルフィールドに向かった。

 

 

 □

 

 

 冷めた空気はまるでシュートシティにつながる道路のような気温だ。なぜか、ソニアはダンデがチャンピオンに挑戦する試合を見に行った時の記憶が蘇っていた。

 目の前の女性は、モニターに映るだけなのに魔王のような迫力を滲ませている。

 ソニアは彼女をこの状態にしたアホを本気で恨んだ。

 ソニアが萎縮していることに気がついたのか、ナナミははっとして。

 

『ごめんねソニアさん。驚かせて』

「い、いいえ大丈夫です!」

 

 天使のような微笑みだが、先程のイメージが拭えないせいか重圧を勝手に感じてしまう。

 あのアホは後で捌き回すとして、今はやつの話から流れを変えなくてはならない。

 

「それでお話ってなんですか?」

『……オレンジくんのことだけど』

 

 戻るも進むもどちらも地獄だったようだ。

 ソニアは苦笑が溢れそうになったが、ナナミの雰囲気が今までと違うことに気がついた。

 

『オレンジくんのこと、よく見ていてあげて』

「よく見ておく……?」

 

 まるで子供のことを頼む親のようなセリフにソニアは疑問を覚える。

 

「でも、オレンジなら大丈夫じゃないですか? 抜けてるところはありますけど、一人で何でも出来ますし」

『何でも出来るわけじゃないわ。彼は何でも一人でやってしまうのよ。……どんなに自分が傷ついていても』

「……え」

 

 ソニアは言葉を失う。

 ナナミの言葉は大袈裟と笑い飛ばそうとすれば簡単に出来そうなものだ。しかし、雰囲気がそれは大袈裟ではないという説得力を持たせてくるのだ。

 呆然としているソニアにナナミは目を伏せて。

 

『急にこんな話をしてしまってごめんなさい。オレンジくん、最近根を詰めてるから心配だったの』

「ええ、根を詰めてる!? で、でも、仕事は私と折半にしてますけど、そこまでの量じゃ……」

『それはガラルの生態調査関係だけでしょ? 彼、うちの研究所以外にも色んな研究所やリーグの仕事にも協力してるのよ』

 

 それにプラス最近はユウリの取材対応と修行などにも時間をとられていることを考えれば、オレンジの負担は想像を絶するものになる。

 当たり前のように接していたが、よく考えればオレンジは世界的に有名なオーキド研究所を代表して来ているのだ。それに研究者として実力もかなり高い。

 業界人に実力が知られているのは当然と言える。

 

『その反応を見ると、やっぱりソニアさんには伝えてなかったのね。はあ、そこはいくつになっても変わらないわね……』

 

 ナナミは頭を抱える。どうやら、オレンジが無理をするのは今に始まったことではないようだ。

 

「あの、何で私に頼むんですか? ナナミさんが言ってきたことを私が注意したところで、オレンジも聞き入れないと思うんですけど」

『そうかしら? 私はむしろソニアさんの言うことの方が、彼は聞くと思うけど?』

「ええっ!? 何でですか!?」

『うーん、女の勘?』

「だぁ」

 

 ソニアはギャグ漫画のように倒れ込んだ。

 あまりの根拠のなさにソニアの顔が引きつる。そしてナナミも気まずいのか笑顔で誤魔化していた。

 

『根拠はないけど、そう思ったのは本当よ。だから、オレンジくんが無理してたら言ってあげて。言い方はソニアさんに任せるから』

「ははは、分かりました」

『なんなら、私の身体で癒してあげるとかでも……』

「言いませんから!」

 

 ソニアは顔を真っ赤にしてつっこんだ。

 

 





 Q.好きなスイーツは?

橙「好きなスイーツはと聞かれても一言では言えませんよ。まずスイーツの種類は本当に様々です。各地方によってまったく異なります。まずカントーは代表するスイーツはありまん、世界中のスイーツが集結しています。しかし、少しカントー人の口に合うように甘さを抑えて作られています。そのため現地の味との比較が面白いです。ジョウトならばいかりまんじゅうなどの地元特産の菓子類が美味いです。ホウエンちほうならば、ポロックを忘れてはいけません。ポケモンのお菓子として定着していますが、人間用のポロックもあります。味はきのみの味がしていて、ラムネのような食感です。次に……」

 この後1時間、スイーツについて語り尽くしたので割愛します。




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挑戦! バウジム!

  
 ダイォールにキョダイガンダイを使うとどうなるか、いくら調べても出てこないので、今回は防げない体で書きました。
 違うとしても、書き直しはしないので、ご理解ください。

 ※前書き間違えてました


 ジム戦当日。

 バウスタジアムの会場は満員御礼だ。

 それはそうだろう、片や今や注目度ナンバーワントレーナーの少女ユウリ、片やジムリーダーの傍らその美貌を活かしてモデル業もこなしていて高い人気を誇っているルリナ。

 そんな二人のバトルとなれば、人が集まらないはずがない。

 あまりの人気ぶりにチケットの購入は抽選となり、プレミア価格が付く勢いだった。

 そして関係者ではない私も例外でなくチケットの抽選に参加して、見事に......

 

 

 ......見事に外れた。

 

 

 そのため今私はジム戦の映像をホテルの部屋からテレビで見ている。

 自分でたきつけておきながら直接見届けられないとは情けない。

 

「ユウリに悪いですねえ......」

「仕方ないわよ。そこは運なんだし」

 

 隣で座りながらテレビを見ているソニアはいさめるように言う。

 

「本当によかったのですか? ソニアはルリナから関係者席に招待されていたのでしょう?」

 

 ソニアは親友だけあってしっかり席を用意されていた。そして当然のことながら、私の分は用意されなかった

 

「う~ん、悩んだけど乗り気になれなかったのよね。私一応ユウリの保護者代わりだし、相手の招待を受けるのは気が引けるもの」

「なるほど」

「それに一人でバトル見てても、私だけじゃ何してるかわからないから退屈だし。だから解説はお願いね、オレンジ」

「任せてください。解説できるところは解説しますよ」

 

 そう言っているうちにテレビから大歓声が響いてきた。

 テレビの方を見るとジムリーダーであるルリナが入場してきていた。

 実況の彼女を紹介する声が聞こえてくる。

 

『さあ、ジムリーダールリナの登場です。観客の大歓声が身に染みてくるようです。今日はこの時期にしては珍しくスタジアムは超満員! その理由については次のトレーナーが登場した時に話しましょう。ルリナさんは今日の意気込みを一言、絶対に勝つ!だそうです。殺気に似た雰囲気をまとっていましたが、今日のルリナさんは気合十分のようです!』

 

「気合じゃなくて、単純に殺気帯びているんでしょうね」

「絶対に殺気ね。ユウリ大丈夫かな?」

「問題ありませんよ。水ポケモン対策はばっちり叩き込みましたから」

 

 文字通り肉体言語(ポケモンバトル)で身体に叩き込んだ。

 ギャラドスやペリッパー、ガメノデスを使いユウリは何度もぼろ雑巾と化した。あれだけやったのだ、ルリナくらい(というのは失礼だが)楽に倒してほしいものだ。

 そうしている内に、ユウリの登場だ。

 

『さあユウリ選手の入場です! 先日はヤローさん相手にダイマックスすら使わずに勝利してみせるという衝撃のデビューを果たしました! その将来性に加え、可愛らしいルックスもあいまって今一番人気のジムチャレンジャーです!」

 

 ユウリがフィールドに入るとルリナに負けないほどの大歓声が降り注ぐ。どちらかといえば野太い声援が多いようだが。

 普段ソニアがいるせいで忘れがちだが、ユウリも素材はいい。

 よく鼻を摘まれたり、むくれたり、駄々をこねている姿を見ている私は一ミリも理解できないが。

 カメラにはユウリに必死に声援を送る太めや眼鏡の男たちの姿が映される。

 それを見たソニアは冷たい瞳で。

 

「……やっぱり男って若い女がいいのね」

「まあ、人それぞれかと」

 

 私はテレビの方を見ながら、当たり障りのない言葉で回答を濁す。

 はっきり答えても、気を使っても睨まれる地獄の質問だ。なら誤魔化すのが一番いい。

 怖い怖い。だからソニア、じとりとした瞳で私を見ないでくれ。

 

『さあ、勝つのは新戦力か! それともジムリーダーが意地を見せるのか! ついにバトルが始まります!』

 

 いいタイミングだ!

 

「ほら始まりますよ、ソニア。ユウリを応援しなくては!」

「そうね。……ちょっとルリナを応援したくなっちゃった」

 

 愚痴っぽく言う。

 私は苦笑を浮かべる。

 ソニアはいやに年齢について気にするな。二十歳など十分若い方だろうに。昔、老け顔とでも言われたのだろうか。

 そうこうしているうち内にバトルする二人が相対した。

 そして審判が映され。

 

『バトルは三対三のシングルバトル! どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になれば終了です! それでは、バトル開始!』

 

 腕を振り下ろすと、2人はボールを持ち。

 

『いきなさい、サシカマス!』

『カマ!』

『行くです! ホルビー!』

『ホルッビ!』

 

 ルリナのポケモンはサシカマス、ユウリはホルビーだ。

 

「タイプ相性的には互角ね」

「たしかにタイプ的には互角ですね」

「どういうこと?」

「よく見てください、今回のフィールドを」

「フィールド?」

 

 ソニアが画面のフィールドを確認すると……。

 

「何あれ!? フィールド全体が水じゃない!?」

 

 その通り。今回のフィールドは、フィールドいっぱいに水が張られていて、その中にケンケンパのような感じで丸い足場が用意されている。

 完全にみずタイプ用のフィールドだ。

 

「ルリナはみずタイプの専門家ですから、自分の使うポケモンに合わせてフィールド作りをするのは当然でしょう」

「でも、それって自分に有利なようにしてるってのとよね? それってずるくない?」

「そんなことありませんよ。前にも言った通りジムリーダーはチャレンジャーの壁になることが役目です。そうした中でこのような作りのジムはチャレンジャーの対応力を試しているのですよ。情報は前もって公開されているわけですから、それをどうやって攻略するのかという壁の作り方もあるのですよ」

「へぇー。そういう考え方もあるのね」

 

 むしろ他地方では自分に有利なフィールドを作るのが当たり前だ。

 こちらは興行的な問題から、公平なバトルが好まれる傾向にあるのかもしれない。

 ヤローやカブのジムはあまり自分に有利な作りにはされていなかった。

 それが良い悪いとは一概に言えないが、チャレンジャーの難易度が下がるだろう。

 

 水面に入り身を隠すサシカマスに対し、ホルビーは水の上の足場でキョロキョロしながらサシカマスを探している。

 まあ、この程度みずポケモンと戦う上では初歩の初歩だ。もちろん対策済みだ。

 

『ホルビー! あなをほるです!』

『ホルッビ!』

『おっと、これはどうしたことでしょう!? ユウリ選手、ホルビーを水の中に潜らせました! まさかみずタイプのサシカマスに水中戦を仕掛けるつもりなのか!?』

 

 実況の的外れな煽りに私は失笑が漏れてしまう。

 しかし、意外にもユウリの作戦を理解できる人間はいないようで会場は異様な空気に包まれている。

 対しているルリナですら、何をしているのか理解できていないようだ。

 

『いっけぇ! ホルビー!』

『ホルルル!』

『これは!?』

 

 実況の驚きの声の先には、どんどんと水位が下がっていくフィールドが映っていた。

 最終的に水が抜かれたプールのようになったフィールドには、サシカマスがピチピチと寂しく跳ねていた。

 この奇態な光景に観客たちは言葉を失ってしまった。

 

『チャンスです! ホルビー、やれです!』

 

 ユウリの掛け声に反応するように、サシカマスの下が隆起した。

 

『ホルッビ!』

『カマガァ!?』

 

 あなをほるを受けたサシカマスは、宙に投げ出された。

 

『追撃です! かわらわり!』

『ホルッビ!』

 

 耳を光らせたホルビーはジャンプしてサシカマスに迫る。

 

『なめないで! サシカマス、ドリルライナー!』

『カマカマカマ!』

 

 なんとか体勢を立て直したサシカマスは、流星系の身体を回転させてホルビーに突撃した。

 ホルビーの耳とサシカマスの口がぶつかり合う。

 機械音のような音が響いてくる。

 しかし、落ちてくる重力と回転力が合わさったおかげか、鍔迫り合いはサシカマスが勝った。

 

『ホルビ!?』

『ホルビー、耳を使って立て直すです!』

 

 ホルビーは耳をホッピングのように使って地面に落ちる衝撃を殺した。

 

「うまい!」

「ふむ。しかし、ユウリの指示もいいですが、あのホルビーは本当に野生だったんですかね? あの耳の使い方は人間の指導がないとできないんですが」

「そうなの? でも、あのホルビーってワイルドエリアでも強い方だったんでしょ。なら、あれくらいできてもおかしくないんじゃない?」

「……まあ、そうですね。考えてみれば、あまり気にすることでもありませんでした」

 

 少々疑問は残るが、ワイルドエリアで凌ぎを削っていたことを考えればあり得なくもないか。

 ルリナが仕掛ける。

 

『水をなくしたからって、勝てると思わないことね! サシカマス、あまごいよ!』

『カマカマァ!』

 

 サシカマスが天空に放った青いエネルギーが弾けるとフィールドに雨が降り始めた。

 

『サシカマス、かみつく!』

『カマァ!』

『速い!?』

 

 水溜り程度の水位のフィールドを滑るように移動して行く。その速度は先程のドリルライナーを大きく上回っている。

 それを見たソニアは目を見開かせて。

 

「あれ、サシカマスのすばやさ上がってない!?」

「サシカマスの特性はすいすいと言って、天候が雨の時すばやさが2倍になるんです」

「に、2倍!? はぁー、速いわけだ」

「たしかに速いですが、水があるよりはだいぶマシですよ。あの水位なら二次元的な動きに限られて姿を視認しながらなので対応も十分できます。今回の対策ではそこに重点的にしましたから」

 

 ペリッパーのあめふらしで雨状態にしてから、ギャラドス(すいすいではないが)の猛スピードのアクアテールのコンボはユウリにはトラウマだろう。

 

「ほら、見てください」

 

 画面を指す。

 

『ホルビー! 腕に噛ませろです!』

『ホルッビ……ホルッ!』

 

 ホルビーは腕を差し出すとサシカマスはその腕に噛み付いた。

 ホルビーは顔を顰めるが、余裕がある。

 

『捕まえたですよ! ホルビー、かわらわり!』

『ホルッビィィ!』

『カマァ!?』

 

 かわらわりがサシカマスの頭部にクリーンヒットした。

 腕を噛ませて動きを止めて、そこを叩く。まさに肉を切らせて骨を断つ戦法だ。

 

『とどめのマッドショット!』

『ホルッビ!』

『カマァ!?』

 

 投げられた泥玉がすべて直撃すると土煙が上がる。

 晴れると、目を回したサシカマスが横たわっていた。

 

『サシカマス、戦闘不能! ホルビーの勝ち!』

 

 審判のコールが響いた。

 ユウリはよっしゃと拳を握り、ルリナは表情を崩さないものの悔しそうだ。

 そして画面の前にいるソニアも喜びを露わにする。

 

「ヤッタァ! ユウリの先制よ!」

「ええ、やりました」

「でも、ユウリがかみつくを受けさせた時はびっくりしたわ。あれもオレンジの入れ知恵なの?」

「やり方自体はユウリのオリジナルですよ。私はルリナは十中八九攻めまくってくるので、それを逆手に取る方がいいと伝えました」

「攻めまくってくる? あ、そっか。オレンジはルリナと一回バトルしてるもんね。戦法も体感してるか」

「いいえ。私とバトルした時ルリナにはほぼ何もさせてませんから、彼女の動きを予測できたのは別の理由ですよ」

「別の理由?」

 

 ソニアは首を傾げる。

 

「簡単ですよ。みずタイプ使う女性って、ほぼドSなんです」

「そんな理由!?」

 

 そんな理由とは失礼な。

 カスミとか、スイレン(ジムリーダーではないが)などみずタイプを使うトレーナーは総じてSばかりだった。

 あと、ルリナは雰囲気がナツメに似ている。だから、絶対にドSだ。間違いない。……くっころ? 何の話だか。

 ルリナは新たなボールを持ち。

 

『いきなさい、トサキント!』

『トーサキン』

 

 次にルリナが出したのはトサキント。カントーでもお馴染みのポケモンだ。

 

『ホルビー、まだいけるですか?』

『ホルッビ!』

 

 ホルビーは元気よく返事する。まだまだ余力がありそうだ。

 どうやら、ユウリはいけるところまでいかせるつもりようだ。

 

『トサキント、なみのりよ!』

『トーサキン』

 

 大きな津波がホルビーを飲み込まんと襲ってくる。

 どうやら、ルリナは直接攻撃よりも遠距離の方が分があると判断したのか、なみのりを使用した。

 その辺りの切り替えの早さは、さすがジムリーダーだ。

 

『くっ、ホルビーあなをほるでかわせです!』

『ホルルル!』

 

 地面に隠れて波の直撃は免れたものの、穴から入ってくる水で少しのダメージは受けてしまう。

 苦肉の策だが、それしかないだろう。

 

『穴に向かってハイドロポンプ!』

『トーサキン!』

 

 水の線があなをほるの穴に突き刺さる。

 地面からゴゴゴと音が鳴ると、噴水が巻き上がりその先からホルビーが投げ出された。

 

『頑張れですホルビー! マッドショット!」

『ホルッビィィ!』

『かわして、つのでつく!』

『トーサキン』

『ホビッッ』

 

 ホルビーの苦し紛れのマッドショットはあっさりとかわされ、つのでつくが直撃した。

 ホルビーは地面に落ちると目を回していた。

 

『ホルビー、戦闘不能! トサキントの勝ち!』

 

「ああ……せっかくユウリが先制したのに」

「そこまで悲観する必要はありませんよ。ユウリが先手を取ったことに変わりはありません」

「そうなの?」

「ええ。ユウリは情報を与えないで2体目を出せますから、まだユウリが有利ですよ」

 

 ユウリは新たなボールを持ち。

 

『いくです、ハスブレロ!』

『ハッス』

 

 出したのは新戦力のハスブレロ。とろんと瞳と頭についた大きな雨受け皿が特徴的だ。

 みず・くさタイプで、特性はすいすい。水使いのルリナには天敵のようなポケモンだ。

 おそらく長期戦になればルリナが不利になるだろう。

 攻めてくるな。

 

『トサキント、メガホーン!』

『トーサキン!』

 

 メガホーンはむしタイプの最高レベルの威力を誇る技。

 やはりタイプの専門家だけあって苦手タイプへの対策は怠っていないようだ。

 しかし、そんなバカ正直な攻撃が二度も通じると思うところがまだ若い。

 

『ハスブレロ、しろいきり』

『ハッスブゥゥ』

 

 ハスブレロが口から煙を吹き出すと、辺りは白い煙に包まれてハスブレロの姿を隠してしまった。

 対象を見失ったトサキントは驚いて立ち止まってしまった。

 

『そこです! エナジーボール!』

『ハッス!』

『トッサァァ!?』

 

 煙の中から飛んできた緑色の球体がトサキントを直撃した。

 こうかはばつぐん。吹っ飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられた。

 大ダメージのはずだが、なんとか生き残ったようだ。虫の息だが。

 

『少しでも体力を! トサキント、なみのり!』

『トッ……トッサキーン!』

 

 ホルビーの時にも見た巨大な波がハスブレロに迫ってくる。

 しかし、ユウリはチャンスとばかりの笑みを浮かべていた。

 

『ハスブレロ、れいとうパンチ!』

『ハッス!』

『しまっ!?』

 

 ルリナは自分の失態に気がついたが時すでに遅し。

 なみのりは大きな波を発生させて相手を飲み込みダメージを与える技だが、ポケモン自体は乗っていることから水と接着している。

 そうなれば水に向かってれいとうパンチを叩き込めば、氷はポケモンまでも侵食するのだ。

 そしてピシピシピシという音の後に、氷の彫刻となったトサキントが氷の山の上で鎮座していた。

 

『トサキント、戦闘不能! ハスブレロの勝ち!』

『よし!』

 

 ユウリはガッツポーズをする。

 ジムリーダーを追い詰めたことにたしかな手応えを感じているようだ。

 

「やったぁ! ユウリが王手をかけたわ!」

「はい。しかし、油断は禁物です。追い詰められた実力者ほど、怖いものはありません」

 

 そういわゆるプロとアマチュアとの間には明確な差がある。その差とは追い詰められてから力を80%出すか、120%を引き出せるかである。

 科学的な根拠はない。試合の流れのようにただの経験則に過ぎない。

 しかし、実際にそのような力は存在する。

 前のヤローは完全に理性的なジムリーダーだったが、ルリナは感情的なジムリーダーだ。

 立場などお構いなしに、本気でユウリを殺しにくる。

 

『負けない……私は負けない! あんたに勝って、奴にリベンジするのよ!』

 

 ルリナの雰囲気が変わった。

 ユウリもそれに勘付いたのか、まだポケモンが出されていないのにも関わらず、とっさに臨戦態勢に入っていた。

 ルリナは画面からでも分かりなど力強くボールを握っている。

 

『あんたで最後よ! いきなさい、カジリガメ!』

『ガメッ!』

 

 ルリナの出したポケモンはカジリガメ。みず・いわタイプで、すばやさの種族値はさほど高くない。

 タイプ相性的にもハスブレロに大きく分がある。

 しかし、このバトルではダイマックスがあることを忘れてはならない。

 

『この子は最後のポケモンじゃないわ。隠し球のポケモンなのよ!』

 

 ちょっと何言ってるのかわからない。

 アホなことを言いながら、ルリナはカジリガメをボールに戻した。

 そしてダイマックスバンドから流れ出る赤いエネルギーがボールに伝わると、ボールが巨大化した。

 その巨大ボールを投げ出すと。

 

ガメェェェェェ!

 

 巨大化したカジリガメはまるでガメラのようなフォルムに変化していた。

 どうやら、カジリガメはキョダイマックスするポケモンだったようだ。映像にはダイマックスを使用したものが残っていなかったから、知らなかった。

 ユウリはそれを見て、なにかを決意したのか自らの頬を叩いた。

 

『ここが勝負ですよ! ダイマックスタイムです!』

 

 ユウリはルリナと同じようにハスブレロをボールに戻すと、そのボールはバンドから流れてくるエネルギーにより巨大化した。

 巨大化して重くなったのか、ユウリは両足で踏ん張ってなんとかボールを投げた。

 

ハスブゥゥゥ

 

 ダイマックス化されたハスブレロが咆哮をあげると会場がビリビリビリと衝撃が広かった。

 巨大化したポケモン同士のバトルの迫力に、観客のテンションは最高潮に達していた。

 ここが今日のクライマックスだ。

 

『カジリガメ、キョダイガンジン!』

ガァァァ

 

 カジリガメは口を大きく開けると、エネルギーをチャージし始める。

 そして、球体となったエネルギーをビームのように打ち出した。

 

『ハスブレロ、ダイウォールで防ぐです!』

ハッス

『無駄よ!』

 

 ルリナの言葉通り、カジリガメが放ったビームはハスブレロの前に出現した壁を貫通した。

 

ハッスッッ

『うぇぇ!? なんでダイウォールを貫通しやがったですか!?』

 

 戸惑いの声を上げるユウリだが、ルリナは教えてはくれない。

 それはそうだ。追い詰められている状況で相手に手を明かすほど甘い心は持っていない。

 

「ダイウォールの効果はまだ専門家の間でも意見が割れていると書きましたが本当ですか?」

「うん。最初はまもるの上位互換で議論が続いていたんだけど、後からフェイントは防げないけど、ゴーストダイブは防げることが分かって、これは別の性質を持つ技なんじゃないかって意見も出てる。だから、正直私もどこまでが防御範囲なのか正確には分かってないのよね」

「前に資料で見ましたが、あのキョダイガンジンはまもるなどを完全に貫通する効果があるようですね。そことも関係があるかもしれません」

「貫通効果もダイマックス化で強化されてるってこと? うーん、どうだろ? おばあさまも論文で似たようなことを発表しようとしてたけど、関連性が証明できなくて断念したのよね」

 

 まだまだ研究段階のことなので、今後解明されるかもしれない。私の専門ではないので、人任せにするが。

 

 キョダイガンジンを受けたものの、威力は4分の1なのでハスブレロにさほど効いた様子はない。

 水を払うように顔をぶんぶんと振って、顔を引き締めていた。

 

『ハスブレロ、力勝負です! つっこめ!』

ハッス!

『どういうつもりか知らないけど、力勝負でカジリガメに勝てると思ってるの? カジリガメ、対抗しなさい!』

ガメェェェェェ!

 

 フィールドの真ん中で二体の巨大化したポケモンが組み合った。

 その衝撃はビリビリビリっとしんくうはのように会場に伝わっていく。

 ハスブレロは身長を活かしてカジリガメの首元を中心に上から押しつぶそうとし、カジリガメは顎を引いてそれを持ち上げてやろうとする。

 ハスブレロも必死に押さえ込もうとするが、やはりカジリガメの攻撃力には敵わないのか、だんだんと身体が持ち上がっていく。

 しかし、ルリナは気がつかない。ここまでユウリの思い通りに事が進んでいることに。

 

『今です! ハスブレロ、自分ごとダイソウゲン!』

ハッスゥゥゥ!

『何ですって!?』

 

 地面から巨大なツタがいくつも生えてきて、そのツタはハスブレロとカジリガメ両者を雁字搦めに締め上げた。

 

ガメェェッッッ!?

 

 カジリガメの悲痛な叫びが響く。

 乱暴な手だが、悪くない。ハスブレロは等倍のダメージに比べて、カジリガメには4倍のダメージ。明らかにカジリガメの方が大ダメージだ。

 ツタを解除すると、カジリガメはふらふらとしながら後退していく。

 そしてまだ余力のあるハスブレロ。大勢は決したようだ。

 

『ハスブレロ! とどめのダイストリーム!』

ハッスゥゥゥ!

ガメェェッッッッッ!

 

 巨大な水光線がカジリガメに直撃すると爆発が起こった。

 そして煙が晴れると、小さくなったカジリガメが目を回して倒れていた。

 

『カジリガメ、戦闘不能! ハスブレロの勝ち! よって勝者チャレンジャーユウリ!』

『よっしゃああ!』

『ああああああああ!』

 

 審判のコールにユウリはガッツポーズをとり、ルリナは頭を掻き毟って悔しさを露わにしていた。

 

 そして画面の前のこちらでも、ユウリの勝利を喜んでいた。

 

「やったああ、ユウリの勝ちよ! それも一体残しての快勝だわ!」

「はい。とても戦略的にバトルを進めましたね。今日は珍しく褒めてあげましょう」

「あはは、自分で珍しいって言っちゃうんだ。それにしても戦略的? ユウリは最初から自分ごとダイソウゲンを使うつもりだったの?」

「ええ。おそらくキョダイガンジンの性質を見て遠距離では分が悪いと判断したのでしょう。ルリナの性格的にわざわざ不利な土俵に入ってきた相手に対抗してこないことは考えづらいですから、あえて力勝負に持ち込むことを演じたわけです。より確率高くダイソウゲンを決めるためにね」

「へぇ〜。あんな一瞬でよくそんな判断ができるわね」

 

 ソニアは感心していた。

 しかし、私はそれよりも気になることがあった。

 

  ……少しユウリの顔色が冴えないような? 彼女の性格的にもっと喜びを表現していてもおかしくないのだが?

 

 

 □

 

 その日の夜。

 テレビ局の取材対応などを協会側に丸投げして、私たちはホテルのレストランで細やかな祝勝会を開いた。そこでのユウリは笑顔ではあったが、少し引っかかりがあるというか、作り笑いのようにも見えた。

 やはり何かあったのか。

 ユウリに直接聞きにいこうか考えていると、その件のユウリからメッセージが届いた。

 

『師匠、今日の私のバトルを見てどう思ったですか?』

 

 私は首を傾げた。彼女のバトルの総評なら、後日詳しくやることで話がついていたからだ。

 そんなことをわざわざ今聞く必要性が分からなかったからだ。

 

『いいバトルだと思いましたよ。まだまだ甘いところはありましたが、修行の成果が出てくれて嬉しく思いました』

『そうですか。ありがとです』

『どうして、今そんなことを? 後でもよかったのでは?』

『ちょっと、気になっただけです。気にしないでほしいです』

 

 こういう念押しをしてくる時は何かしら隠し事をしているのだろう。

 しかし、メッセージを見る限りまだ本人が話したがらないか、相談する程のことではないと考えているようだ。

 ならば、私からあえて聞き出すのは野暮だろう。

 

『そうですか。もしも、相談したいことがあれば気軽にしてください』

『わかったです!』

 

 その後、ダンデの『了解した!』という文字が吹き出しに書かれたスタンプが送られてきた。

 ユウリに何かしら起きたのだろう。

 しかし、それを聞くことはできない。

 

 つくづく、人の心は面倒くさい。

 

 

 




 Q.モテますか? 

橙「ええ、モテますよ。見た目以外、女の全て捨てた干物女に貞操を捧げる宣言されたり、全イッシュ中に流されている番組で公開プロポーズをしてくる女優だったり、カロスの目力着物娘に監禁されそうになったり、婚期を完全に逃した筋肉岩クイーンに食われそうになったり……それはもう本当に」

 この質問を答えている時の目は、死んでいたとだけ記述しておく。




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まどろみの森〜伝説の剣と盾〜

 ようやく物語が動こうとしている気がする(気のせい)。
 


 ルリナ戦を終えて次の日のこと。

 ソニアはフロントから渡された手紙を片手にオレンジの部屋に向かっていた。

 部屋の前に着いた。

 ノックをしてみるが、反応がない。

 

「あれ、おかしいなぁ? 今日は部屋でゆっくりしてるって言ってたのに……」

 

 ソニアは首を傾げた。

 

「まさか、部屋の中で倒れたりしてないよね」

 

 ありえないと言えないことが怖い。

 前にジム戦を見るという名目でオレンジの部屋に入ったが、中には厚いフォルダーとタブレットが無造作に置かれていた。断言はできないものの、忙しそうであることは予想できた。

 そのせいか、最悪の事態がソニアの頭をよぎった。

 すぐに鍵を使って(オレンジが鍵をよくなくすので、ソニアが管理している)、ドアを開けた。

 中に入ると、そこはもぬけの殻だった。

 オレンジの荷物もすべて消えている。飲みかけの飲み物が残っているところを見ると、チェックアウトしたわけではなさそうだ。

 机の上を見ると、一枚の置き手紙が置かれていた。

 

『少し遠出します。夕飯までには帰ります。オレンジ』

「いや、メールしろよ!」

 

 文明の利器を利用しないことと、そのせいで余計な心配をかけさせられたことに怒りが湧いてくる。

 しかし、オレンジのマイペースさは今に始まったことではない。今更怒っても仕方ないと自分に言い聞かせる。

 

「遠出って、どこに行ったのよあいつ……」

 

 まだガラルの地理にそこまで詳しくないオレンジの行きたい遠いところというのが、ソニアには皆目見当がつかなかった。

 こういうところで一言行き先を伝えないところが、秘密主義と思ってしまう要因である。

 おそらくオレンジなら1人でも大丈夫なのだろう。

 しかし、それでは旅仲間の自分の存在意義はなんなのか。

 

「やめた。まったく馬鹿みたい……」

 

 ソニアは頭を振って、ネガティブ思考を消し去る。

 オレンジは言うべきことはハッキリと言う人間だ。一月以上旅をしていれば、それくらい分かる。

 今回自分が旅をする一番の目的は自分自身の成長だ。

 それはオレンジも知っているし、出来ていないのならバッサリと斬ってくる。

 特に何も言わないということは、自分は成長できている。それでいい。それで……。

 

「……でも、一言報告くらいしなさいよ。馬鹿」

 

 寂しいミミロルのような顔で、ソニアは呟いた。

 

 

 □

 

 

 自分の部屋でそんなことが起きていることなどつゆ知らず、馬鹿はガブリアスに乗って移動していた。

 

「くっしゅん! ……はぁ、誰かが私のこと噂してるんですかね?」

「ガバァ」

 

 ガブリアスはたぶんソニアだろうなぁと思いながら、相槌を入れる。

 

「まあ、どうせグリーン辺りでしょうね。後でペリッパー便でビリリダマでも送りますか」

 

 なお、本人はまったく気がついていなかった。

 そして、グリーンはなぜか冤罪で爆弾を家に送りつけられることになった。完全にとばっちりだが、自爆いたずら程度、花火と変わらないので問題ない(マサラ人のみ)。

 

 そしてしばらく飛び続けていると、ようやく目的地に辿り着いた。

 オレンジは高度20mから飛び降りて、問題なく着地した。着いていた膝を戻して、ガブリアスをボールにもどす。

 顔を上げるとそこには見覚えのある深い森が広がっていた。

 まどろみの森。

 以前、ユウリとホップが遭難しかけた場所だ。深い霧と方向が分からなくなるほど大きな森で、さらに大量の野生のポケモンが出現するガラルでも一二を争う危険地帯だ。

 

 そんな場所になぜ来たのか。

 それは前にユウリたちが出会ったという謎のポケモンについて調査するためだ。

 単純な好奇心もあるが、1番は各地のトラブルに巻き込まれて続けた時に培ってしまった直感が働いたのだ。

 

 トラブルの予感がする。

 

 ここまで悪の組織も出ないし、わがまますぎる旅仲間に手を焼かされることもないし、事あるごとに面倒ごとが発生しないガラルの旅をオレンジはとても楽しんでいた。

 特にソニアの存在が大きい。

 ソニアがいてくれるおかげで仕事や家事の負担が半分になり、ユウリの話し相手にもなってくれるし、何より普通の女性である(ここ重要)。

 ここまで楽しい旅は、シンオウ地方以来である。

 

 そのため、オレンジとしてはこの旅を変な形で邪魔されたくはなかった。

 そこで一度調べてしまおうと思い立ったのであった。

 

「まあ、何もなければ、それはそれでいいのですが……」

 

 どうせ何かあると言外に匂わせながら、オレンジは森に入った。

 

 草むらの中を進んでいるうちにオレンジはとあることに気がついた。

 長年人が出入りしていないはずの森なのに、道と分かる道があるのだ。前に来た時はそれどころではなかったが、冷静に考えればおかしい。

 綺麗に整備までは行かなくとも、楽に通れるくらいには道になっている。人が入っていないのなら、もう少し野生味を感じるものである。

 仮説としては野生のポケモン達のおかげ、実は人が住んでいるの2つ。しかし、野生のポケモンだけならば一目で分かるし、人が住んでいれば町の住人が1人も違和感を感じないのは不自然である。

 もう一つあり得る。それは、特別なポケモンの力が働いている。

 

 ホウオウやルギア、カイオーガ等伝説級のポケモンたちは、自然にまで影響を与えるほど力を持っていることが多い。

 ユウリの言っていた霧がその類のものであるとしたら、彼女たちが見たものは伝説のポケモン、またはそれに匹敵する力を持つポケモンということになる。

 

 奥に進んでいく度に霧はどんどんの濃くなっていく。

 もはや、前すら見えないほどの濃さだ。これでは調査どころではない。

 しかし、こんなことは予想済み。しっかり対策はしてある。

 

「でてきなさい、スイクン」

「スイクーン!」

 

 でてきたのはオーロラポケモン、スイクン。ジョウト地方の伝説のポケモンである。

 普段はスイクンの希望で放し飼いにしているが、有事の際には特別な笛を鳴らせばオーキド研究所に来るようになっている。

 そしてスイクンは霧を操る能力を持っている。

 その力を利用して、調査を続けようという魂胆だ。

 

「スイクンこの霧を晴らしてほしいのですが、できますか?」

「クン」

 

 容易いことだと言わんばかりにスイクンはうなづく。

 そして美しい身体をさらに輝かせる。オーロラポケモンの名に恥じず、オーロラ色の光を放出すると、みるみる霧が晴れていった。

 

「さすがスイクン。やはりあなたを呼んで正解でした」

「クン」

 

 スイクンは当然だと軽くうなづいた。伝説のポケモンはプライドも高いのだ。

 

「グルルル……」

 

 ようやく道が見えると一安心した矢先、突如スイクンが何かに警戒するように唸り出した。

 オレンジがスイクンが警戒する方向を見ると、一つのポケモンの影が森の奥から上空に飛び出して、そのまま自分達の前に着地してきたのだ。

 オレンジは着地の風圧から顔を守る。

 ポケモンは四足歩行で狼型の顔をしていて、耳から伸びる長い網網の毛が特徴的だ。

 少なくともオレンジは、このポケモンに見覚えがなかった。

 

「何者……いや、何ポケですかね?」

「アオーンッッッッッ!」

 

 いきなり、攻撃力を上げるとおぼえを使われた。明らかに臨戦態勢である。

 

「どうやら、話し合いの余地はなさそうですね。スイクン、やりますよ!」

「スイクーン!」

 

 先に仕掛けてきたのは謎のポケモンだ。

 謎のポケモンは、爪を光らせてなかなかの速度で迫ってくる。あれはきりさくだ。

 

「スイクン、しんそくでかわしなさい!」

「スイクーン!」

 

 スイクンはその場から消えるように移動したため、謎のポケモンのきりさくは不発に終わった。

 

「そこにれいとうビーム!」

「スイクゥゥ!」

「ザシァッ!」

 

 ガブリアスですら一撃で戦闘不能にできる威力を誇るスイクンのれいとうビームであるが、謎のポケモンは顔をしかめただけだった。

 なかなかの防御力だ。伝説級か。

 

「ならこれでどうですか! スイクン、ハイドロポンプ!」

「スイクゥゥ!」

 

 巨大な水の螺旋体が謎のポケモンに向かっていく。距離的と速度を考えれば避けれるはずがない。

 しかし、謎のポケモンにはハイドロポンプは当たらなかった。

 代わりに新たなポケモンが水を受けていた。顔に傷がついた、同じく狼型のポケモン。

 

「ザマァ!」

「……まさか、二体いるとはね。これは予想外だ」

 

 スイクンのハイドロポンプを簡単に受け切るところを見たところ、新たな方は防御力に優れているようだ。

 そして前の方はすばやさと攻撃力に秀でている。 

 まるで剣と盾のようだと、オレンジは思った。

 

「さすがに伝説級二体にスイクンだけでは厳しいか」

 

 オレンジは新たにボールを持ち。

 

「いきなさい、ガブリアス!」

「ガバァ!」

 

 出てきたガブリアスは、相手の威圧感に気を引き締める。

 

「ガブリアス、ストーンエッジで二匹を包囲しなさい!」

「ガバァ!」

 

 ガブリアスの放った数多の岩が二体の動きを封じるように包囲する。

 二匹は動くことができない。

 

「そこです! スイクン、ハイドロポンプ!」

「スイクゥゥ!」

「同時に岩で一斉に攻撃!」

「ガバァ!」

 

 包囲していた岩を一斉にぶつける。そしてそこに水の螺旋体が貫いた。  

 爆発音の後に煙が上がる。

 煙が上がるが……なんと、新たな方のポケモンが前に出て平然と立っていた。

 どうやら、ほとんど効いていないようだ。

 

「……できれば手荒なマネはしたくないんですがねぇ。こうなれば致し方ないか」

 

 オレンジは別に二匹を捕獲しにきたわけではない。単に調査に来ただけだ。

 そのため、この場で相手を弱らせるほど強い攻撃をするつもりはなかった。しかし、加減した攻撃が通じず、相手が敵意を剥き出しにしてきている以上本気でかからないわけには行かない。

 でなければ、こちらが食われるからだ。

 

「2人とも本気で構いません。ガブリアス、ドラゴンクロー! スイクン、ハイドロポンプ!」

「ガバァ!」

「スイクゥゥゥゥ!」

 

 同じく新たな方が受けると思っていたが、ガブリアスの攻撃は前の方のポケモンが受けに来た。

 ガブリアスの爪がしっかりと当たったはずだが、効いた様子はない。

 

「フェアリータイプなんですか!? あの見た目で!?」

 

 見た目的には完全にかくとうタイプである。フェアリーの要素などかけらもない。

 

「ザマァッッッ!」

 

 対して新しい方のポケモンは先程と同じように受けれると思い水を受けたが、威力が上がったハイドロポンプに吹っ飛ばされていた。

 多少の計算違いはあったものの、攻撃は通じる。そう確信できた。

 新しい方はダメージを確認するように首をふる。まだ余力がありそうだ。

 

「スイクン、あの二体の周りに霧を発生させてください」

「スイクーン!」

 

 スイクンの雄叫びに起因して、二体の周りを深い霧が纏う。

 自分と同じ力を使われるのは初めてなのか、僅かに戸惑いの声が漏れてきた。

 

「ガブリアス、だいちのちから!」

「ガバァァァ!」

 

 地面に光った手を突き立てると、霧に覆われた地面一帯が光り始める。そして、次の瞬間柱が立つように爆発した。

 

「ザマァッッッッ!?」

「ザシァッッッッ!?」

 

 身を投げ出された二体は倒れ込む。

 どうやら、今の技は相当効いたようだ。

 そして肩で息をしながら自分を睨んでくる二体に、オレンジはため息をついて。

 

「そんな睨まないでくださいよ。元はと言えばあなた方から始めたことなんですから、正当防衛です」

 

 納得いかなげに前の方が唸るが、新しい方はバツが悪そうにしている。

 オレンジはとりあえず攻撃の意志は削がれたと判断して、二体に向かっていく。

 そして、バッグから回復道具を取り出した。

 見慣れぬ未知のものに前の方が牙を見せるが。

 

「安心してください。ただのくすりです。防衛とはいえ、傷つけてしまいましたからね」

 

 かいふくのくすりを二体に吹きかける。

 二体は蓄積されていたダメージがすべて消え去ったのを感じとり、唖然としていた。

 

「それで、あなた方はここで何を守っているんですか?」

「ザシァ!?」

 

 なぜそれを!? と言いたげに鳴いた。

 

「簡単ですよ。あの深い霧も、それが晴らされたから襲ってきたのも、この奥にある何かを守るためだと考えれば自然です」

 

 長年、伝説のポケモンと遭遇してきた男だからこそできる予測だった。

 

「とは言ったものの、入ってほしくないのなら入りません。管理者に逆らうのは、自然の理に反することになりますから」

 

 二体はその言葉に、さらに目を見開いた。  

 何度も侵入者を見てきたが、みんな深い霧に命を危機を感じて逃げ帰るものばかりだった。古代でも、自分たちの意思など関係なしに力を手に入れようとする人間ばかりだった。

 自分たちを倒した上でこんなことを言う人間は初めてだったのだ。

 どうする? と二体は目を合わせて話し合う。そして結論が出たようだ。

 

 新しい方のポケモンは、首を奥の方に向けている。ついてこいと言っているようだ。

 

 オレンジは、にこりと笑顔になり、二体の後を歩いた。

  

 

 □

 

 

 二体に案内されたのは森の最奥地だった。

 そこは神聖な空気が充満していて、息を吸うだけで肺が治療されるような気持ちよさを感じる。そして道中のおどろおどろしい雰囲気とは全く違い、神社のような雰囲気であった。

 二体は古びた神殿のような場所で立ち止まった。

 オレンジはそれに続く。そしてオレンジがそこに置いてある石板を見ると。

 

「2人の英雄ここに眠る。……これは墓ですかね?」

 

 オレンジの呟きに二体は首肯する。

 そして墓に刻まれた文字も読むと。

 

「剣の英雄 ザシアンと共に」

「盾の英雄 ザマゼンタと共に……これはあなた方の名前ですか?」

「ガゥ」

 

 再びの首肯。どうやら最初に出てきた方がザシアン。後に出てきたのがザマゼンタと言うようだ。

 しかも剣と盾。オレンジの印象に受けた通りだった。

 

「なるほど、これは世紀の大発見と言っても過言ではない」

 

 とは言ってもオレンジは学会に発表しようなど微塵も考えていなかった。

 彼は考古学者ではないし、何よりポケモンが住んでいる場所を荒らしたくはない。

 それよりも気になることがある。

 

「なぜ、彼らの存在が忘れ去られたんですかね?」

 

 ここまで強さと存在感があれば、多少なりとも資料が残っているものだ。しかし、今のところザシアンとザマゼンタというポケモンの存在を書き記した文献を見たことはない。

 アルセウスやキュレムですら、御伽噺という形で存在が伝えられていたのに、それすらもないのだ。

 まるで元からなかったかのように。

 

「いや、まだ発見されていないだけか?」

 

 オレンジはガラルの細かな話に詳しくない。その点で言うならソニアに聞く方が可能性がありそうだ。

 そしてオレンジはもう一つ気になることがあった。

 

「一つ聞きたいのですが、あなた方はなぜユウリたちの前に姿を現したのですか?」

 

 もしも侵入者や遭難者が遺跡に近づく度に姿を現していたのなら、町で噂になっていてもおかしくない。しかし、上でも言った通りそんな話はなかった。

 なのに、彼らはユウリたちの前に姿を見せた。何かしら意図を感じざるをえない。

 

 その質問には二体は答えなかった。まだ彼らも答えを決めかねているのかもしれない。

 オレンジはこのような現象に覚えがあった。

 そうあれは、シンオウ地方を旅している時のこと……。

 

「まあ、答えたくないのなら無理には聞きません」

 

 オレンジはここにこれ以上得られる情報はないと判断し、出口へと進んでいく。

 ちょうど神殿を降りたところで、オレンジは立ち止まる。

 そして顔だけ振り向く。

 

「もしもあなた方がユウリとホップを、そこの墓の英雄のように扱おうと考えているのなら、私はあなた方を全力で叩き潰して阻止します。覚えておいてください」

 

 殺気。

 古代英雄の盾となり剣となった自分たちが、ただの人の殺気に恐怖を感じさせられた。

 ザシアンは息を呑み、ザマゼンタは冷や汗が止まらなくなった。

 

 二体の英雄のポケモンはずっと疑問だった、なぜあの人間がこの地にやってきたのか。

 

 自分たちを捕獲する気配もなければ、この地を世間に晒す雰囲気もなかった。

 

 しかし、ようやく合点がいった。

 

 

 ーー警告だ。

 

 

 




 Q.苦手なことってないんですか?

橙「運が絡むゲームは苦手です。ジャンケンは未だ無勝です。大富豪は絶妙に勝てない手札になり、7並べは3回パスして終わります。人狼とか心理戦は得意なのですが……」

 Q.日頃の行いです……

 無言で殴られた。



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食事会


久々ビート回。


 

 

 伝説のポケモンたちとお話しして帰ってきた夜、夕食の席でソニアから手紙を渡された。 

 確認してみると。

 

「どうやら食事会への招待状のようですね」

 

 食事会とは、要はパーティーを小規模にしたものだ。パーティーは多数人を対象にしていて人脈を浅く繋げるには有効であり、食事会は特定の人間との繋がりをより深める方で使われることが多い。

 しかし、私にガラルの知り合いなどいない。わざわざ私を招待するとは、誰だろうか? 送り主を見ると。

 

「あ、ローズ委員長からだ」

「ええっ!? ローズ委員長って、あの!?」

「……?」

 

 ソニアは驚くが、ユウリは誰か分からないのか首を傾げていた。

 

「はい。ガラル地方ポケモン協会のトップであるローズ氏です」

「!?」

 

 ソニアの驚きに私は返してあげる。

 そしてその横でユウリも目を見開いていた。どうやら、今回の招待相手がどれだけ凄い人間かに気がついたようだ。

 手紙には明日の夜18時から開催する食事会に招待する旨が書かれていた。場所はバウタウンの高級レストラン。

 たしか、今回の調査は協会主導で許可したのだったな。食事会という場を設けたということは、私の調査の成果について聞きたいのだろうか。

 

「なるほど、理解しました」

「行くの?」

「ええ。断る理由もありませんし、今回の旅はローズ委員長のおかげと言っても過言ではありませんから」

「服は大丈夫? まさか私服じゃ駄目だろうし」

 

 私は無言で目を逸らした。

 そんな反応の私に、ソニアを目がぎょっとなる。

 

「え? まさか本当に私服で行くつもり? 嘘よねオレンジ?」

 

 取り乱しながら問いただしてくるソニアに、私はからりと笑い。

 

「そんなわけないじゃないですか。ちゃんと礼服は持ってきてますよ。もう、ソニアちゃんったら焦っちゃって可愛い……いひゃいいひゃい!? ごめんなさい! ごめんなさい!?」

 

 目が据わったソニアに、両頬をもちを伸ばすように引っ張られた。

 だんだんソニアが私へのお仕置きに慣れてきている気がする。力加減に抵抗がまったく感じられない。

 私が腫れた頬を涙目で押さえていると。

 

「師匠も無謀なことしやがりますね」

「軽いカントージョークなのに、理解しないソニアが悪いです……いひゃいいひゃい!? すいません、私が100%悪いです!? だから、許してください!」

 

 その後、私は散々しばき回された。

 

 

 

 

 次の日、指定されたレストランに到着した。

 いつもパーティーなどに着ていく少しお高めのスーツを着ている。

 どこに招待状を見せればいいのか分からず、キョロキョロと探していると、入り口から化粧の厚い女性が出てきた。

 

「お待ちしておりましたオレンジ様。わたくしはオリーヴ。ローズ委員長の秘書をやっております」

 

 そう言って深々とお辞儀をしてくる。

 私はそれに合わせて頭を下げる。

 

「これはご丁寧にありがとうございます」

「付いてきてください。ローズ委員長が中でお待ちです」

 

 カツカツとヒールを鳴らしながらオリーヴは中に戻って行った。

 最低限の会話しかしない辺り、ナツメリズムを感じる人だ。

 ちなみにナツメリズムとは、気が強いサバサバとした女性を指す。ああいうのは感情的になるとこわい。

 レストランの内部は装飾に芸術性を感じ、お洒落な雰囲気が漂っていた。思っていたよりも高級店のようだ。

 

「オリーブさん。今日の招待客は私の他にどなたがいらっしゃるんですか?」

「オレンジ様の他は、委員長の部下やポケモン協会の役員、又研究者も数名来られています」

「研究者というと、マグノリア博士も?」

「いいえ。マグノリア博士も招待しましたが、予定が合わず断られました。……まったく、ローズ委員長の招待を断るなんて」

 

 ぼそりと何か聞こえたが、聞かなかったことにしよう。

 たぶんマグノリア博士は予定なんてないだろう。あの人はパーティーなどの集まりが嫌いと、研究者界隈では有名だ。

 それにしても研究者が来ているのか。面倒なことにならなければいいが。

 

 奥のパーティールームに到着すると、オリーブはドアを開いて手を中に向けた。

 すると中にいた人々の視線がこちらを向いた。困惑、無関心、侮蔑、あらゆる感情が見え隠れしていた。

 私は頭を一度下げて、中に入る。

 すると談笑の輪を作っていたグループの中から、少しお腹が出ているがダンディな男性が笑顔で歩いてきた。

 彼はローズ。ガラルポケモン協会のトップであり、今回の招待者でもある。

 

「はじめましてローズ委員長。このたびはこのような会に招待していただきありがとうございます」

「やあやあ、はじめましてオレンジくん。君の報告書にはいつも楽しませてもらっているよ」

「恐縮です」

 

 たいしたことを書いた覚えはないが。まあ、半分お世辞だろう。

 その後、ローズ委員長の取り巻きたちから自己紹介された。何となくだが、覚えられた。

 そして挨拶が終わるとローズ委員長は、取り巻きたちに。

 

「オレンジくんと話したいことがあるから、下がってもらえるかな?」

 

 取り巻きたちは動揺した様子だったが、すぐにローズ委員長の言葉に従った。

 そして2人っきりになると。

 

「どうしてあの方たちを下がらせたのですか?」

「彼らは私の会社の人間だからね。君の研究の話を聞いても退屈だろう思ったんだ」

「ということは、委員長は私と研究のことについて聞きたいということでしょうか?」

「そうだね」

 

 あっさりと肯定するローズ委員長。

 トップ層の人間が研究レベルの話に興味を示すなんて珍しい。特に私の研究はトレーナー寄りだ。研究している人間もそう多くない。昔にトレーナー経験でもあるのだろうか?

 

「君の報告書の記述で気になる点が幾つかあったけど、聞いていいかな?」

「はい。遠慮なくどうぞ」

「では、お言葉に甘えて。まず、ガラル地方のポケモンたちは種族値が高くなる傾向があるって書いてあったけど、あれはどういう意味かな?」

「まず種族値は私が勝手に設定している基準です。そのポケモンの能力を平均化したものを種族値と言います。そして、ガラル地方のポケモンたちはその種族値が、他地方の同一個体と比べても高いのです」

 

 ギャラドス、ホルビー、コノハナ……他にも様々なポケモンでデータを取ったが、やはりどの地方に比べてもガラルのポケモンたちは強かった。

 

「特にワイルドエリアのポケモンたちは、この傾向が顕著でした。おそらくガラル地方特有の厳しい自然環境がポケモンたちを強くしていると、私は予測しています」

「なるほど……。では、ガラル地方を他地方に宣伝するうえで、ポケモンたちの強さをアピールすることも有効ということか」

「あまりビジネスに口を出したくありませんが、おすすめは出来ません。強いポケモンが多いと評判にすれば、たしかに他地方のトレーナーがガラルに集まるでしょう。しかし、それはポケモンの乱獲を招く恐れがあります。もしも、その施策を行うのなら、ある程度対策を講じる必要があるでしょう」

 

 実際、昔カントーも同じようなことが起きた。

 カントーのトレーナーのレベルの高さから、誰が言ったかポケモン自体が特別なんて噂が色んな地方に流れてしまった。そのせいでポケモンの乱獲が社会問題になった。

 その時はオーキド博士がデータを持って、それはデタラメだと証明して収束したが、ガラルは本当に強いのだ。カントー以上の被害が出る可能性が高い。

 ローズ委員長は思案した様子で。

 

「なるほど。では、この話は今のところ保留にしておこう。私はガラル地方を傷つけたくないからね」

「賢明な判断だと思います」

 

 意外にもローズ委員長はあっさりと折れた。

 てっきり、会社の社長という話だからビジネス優先かと思ったが、そうでもないようだ。

 

「もう一つ聞きたいことがあったんだ」

「なんでしょう?」

「ダンデくんとはバトルしたかい?」

 

 ちょっと何言ってるのかワカラナイ。

 

「は、はは。私のような研究者がチャンピオンとバトルなんて、かないっこありませんよ」

「何を言っているんだい? 君はカントーのチャンピオンを軽くひねれる実力者じゃないか」

 

 はっはっはっと、まるでジョークのように笑われた。

 おかしい。どうしてそんなことが伝わっているんだ。たしかに、あれが強くないのはカントーでは周知の事実だが、私の実力までバレているんだ。

 

「私は仕事柄、けっこう人脈が広くてね。国際警察なんかにも知り合いがいるんだ」

「なるほど。私の情報について調べられたわけですか」

 

 たしかに国際警察には何度か捜査協力している。その点では知られていても不思議じゃない。

 しかし、警察を名乗るなら個人情報ぐらい守れ。後でリラに文句言ってやる。

 何はともあれ、すべてバレているのならしらを切る必要もないか。

 

「はい。ダンデの申し込みでバトルしましたよ」

「結果は……聞くまでもないかな?」

「ええ。私の圧勝です」

「そうか。まさか彼が足下にも及ばないとはね……やはり他地方とのレベル差はまだあるのかな」

「そこまで重大に考える必要もないのでは? ダンデの実力は他地方のチャンピオンと大差ありませんよ」

 

 実際ダンデがヒカリやムーンと戦ってもどちらが勝つか分からない。

 

「私が言っているのは突出した強さじゃない。平均値の話だよ。先程話したポケモンの種族値のようにね」

 

 なるほど。ジムリーダーを含めたトレーナーのレベルの話か。

 

「ガラル地方は最近他地方のトレーナーの流入が多くなってきている。それ自体は構わない。カントーも同様だからね。しかし、ガラルの場合、他地方のリーグで挫折した人間が再起を図る目的で来るケースが殆どなんだ」

 

 たしかに、ガラルリーグの規模は他地方に勝る勢いであるのに、レベルはそこまで高くない。

 他地方で一流になれなかったトレーナーからすれば、絶好の場であろう。

 

「おかげでガラルで名を上げてから、自分の地方に帰るなんてことも多くてね。なかなか、ガラルリーグ自体のレベルが上がらないんだ」

「それは仕方ないのでは? 新興リーグである以上、他地方のトレーナーが流入することは普通のこと。むしろ、それを利用してしまえばいい。実力者がきたえてくれるのですから。実際、ガラル地方出身者のトレーナーはだんだんと育ってきていますよ。例えば私の弟子や、委員長が推薦したビートなどね」

「ビート……ああ。そうかビートか。いや、彼はイッシュの孤児院から私が引き取った子でね。正確にはガラル出身じゃない」

 

 ビートは孤児だったのか。どうりで、あの時あんな目をするはずだ。

 それにしても、いやにガラル出身者に拘るな。ローズ委員長の拘りなのか、ガラルの人間の一般的な考えなのか。

 ローズ委員長は思い出したように。

 

「そういえば、最近活躍しているユウリくん。彼女は君の弟子なんだってね。いやはや、研究だけでなく、トレーナー育成にまでガラルに貢献してくれるなんて嬉しい限りだ」

 

 そこまで筒抜けなのか。どこまで調べ尽くしているんだこの人。

 

「彼女のバトルを見ていると、小さな頃のダンデくんを思い出すよ。彼女はダンデくんを超えられそうかい?」

「本人次第ですね。しかし、現チャンピオンを超える可能性は十分あります」

「そうかそうか。それは楽しみだ。ガラルリーグが盛り上がれば、ガラル地方が活性化するからね。ユウリくんには期待してるよ」

「はい。本人に伝えておきます」

 

 私は頭を下げると、ローズ委員長はご機嫌そうに歩いて行った。

 少し疲れた。頭のいい人間と話すと、勝手に警戒心を強めてしまうのは私の悪い癖だ。

 風にでも当たるか。

 私はバルコニーに歩いて行った。

 

 

 □

 

 

 バルコニーに出ると、おもしろい人間を見つけた。

 

「げっ……」

「おやおやおやぁ? これはビートじゃないですか。いたのなら挨拶くらいしてくださいよ。知り合いに無視されるなんて、嫌われてるみたいじゃないですか〜」

 

 そうツンデレ性悪小僧ことビートがバルコニーで街の夜景を眺めていたのだ。

 私は嫌な顔をしているビートを気にせずに捕まえる。

 

「……なぜあなたがここにいるのですか?」

「ローズ委員長に招待されましてね。私は協会側の許可を得て調査の旅をしている身ですから、このような集まりは断れないのですよ。そういうビートはこんなところで何をしていたんですか? 生意気に夜景を見下ろす自分に酔ってたんですか? グリーンって呼びますよ」

「誰ですかグリーンって……。まったく面倒くさい」

 

 露骨にため息を吐くビート。

 どうやら、私はあまり歓迎されていないようだ。かまってくれないとお兄さん悲しいぞ。

 

「なんであなたはぼくに構ってくるんですか? 今日はガラルでも著名な研究者が多数招かれてるんですから、そちらとお話しすればいいじゃないですか」

「有名? ……すいません、聞いたことないですね。というか、ガラル地方の研究者はマグノリア博士しか知りません」

「そうなんですか。……まあ、ぼくも大して知りませんけど」

 

 知らないのか。まあ、子供が研究者に興味を示すことなどほぼない。オーキド博士のように番組出演が多い人でないと、知名度は得られない。

 

「ジムチャレンジの調子はどうですか? この前はオニオンくん相手に少々てこずっていたようですが」

「タイプ相性もあったので仕方ありません。まあ、それでもエリートであるぼくが負ける可能性はゼロでしたが」

「はっはっは。最初聞いた時は自惚れやだと思っていましたが、今聞くと面白いですね」

「どこに笑う要素があるんですか!?」

 

 この子にどこか弄りたくなる才能があると思っていたが、なるほど理解した。この子、グリーンのナルシスト時代に似ているのだ。

 そしてそれは、私の大好物だ。

 

 これから、ビートを弄り尽くしてやろうとしていると、会場の方から。

 

「何だこんなところにいたのか」

 

 聞いたこともない声が聞こえてきた。

 声の方を見ると私より少し年上の若い男が立っていた。

 私はビートに耳打ちする。

 

「すいません。あの方は誰ですか?」

「たしかガラルの貴族の家系の子息です。横暴で有名な人です」

 

 貴族の家系って……。カントーでは今更聞かない言葉だな。

 私の疑問を他所に男はカツカツと近づいてきて。

 

「貴様がオレンジか? 思っていたよりも冴えない顔をしているな」

「いきなり失礼な人ですね……。どちら様か知りませんが、私は今この子とお話ししているので、お引き取りください」

「なんだと?」

 

 男は眉をひそめると、ビートに汚らしいものを見るような目をむけ。

 

「ふん。そんな汚れた下民のことなどどうでもいい。貴様はポケモンを強くする研究しているのだろう? 俺のポケモンは最近不甲斐ない結果が続いているのだ。貴様の手で俺を強くしろ」

「馬鹿かお前は」 

「なんだと!?」

 

 おっとつい本音が。

 

「お断りします。聞いたところあなたは自分のバトルの強さをポケモンのせいにしているようですが、それは間違いです。育てる人間の能力が低いから、ポケモンも強くならないのです」

 

 暗にお前のせいだバーカと言ってやる。

 というか、強くしろと言われて強くできるなんて普通に無理に決まっている。私は魔法使いではなく、理論に応じて教えるに過ぎない。

 しかし、間違いを指摘された貴族(笑)は憤慨している。

 

「貴様っ! せっかく俺の役に立ててやろうとしているのに、断るというのか!」

「当たり前でしょう。百歩譲って教えてあげるにしても頭くらい下げなさい。あなたの親はその程度の礼儀も教えないような人間なのですか?」

「下民が、こちらが優しくしていれば図にのりやがってっ!」

「いい加減にしなさい! ローズ委員長が主催した席でこれ以上の狼藉は見過ごせませんよ!」

 

 そろそろイラついてきたので、証拠に残らない一撃(エーフィのサイコキネシス)を食らわせてやろうかと考えていたら、なんとビートが間に入ってきた。

 これは驚いた。

 しかし、貴族(笑)は相変わらずビートに侮蔑の目をむけながら。

 

「親に捨てられた下民が、俺に口などきくな!」

 

 あ、無理だわ。

 私はボールを取り出して。

 

「エーフィ、サイコキネシス」

「フィー!」

「っっっっ!?」

 

 サイコキネシスで口を結び声を出せない状態で、地面にめり込ませた。

 貴族(笑)はうつ伏せのままチーンと気絶していた。

 

「ちょっと何やっているんですか!?」

「問題ありません。外傷がない程度に調整しましたし、目撃者もいませんから」

「いや、そういう問題じゃ!?」

「いいですか、ビート。バレなければ犯罪じゃありません。よって合法です」

「その理論はおかしいでしょう!?」

 

 何が問題がある。

 どうせこういうタイプはプライドが邪魔して人に言うこともしない。騒がれても、こちらは使える手(ガラルチャンピオン)をいくらでも使って抵抗してやる。

 よって、問題ない。証明完了。

 

「すいませーん。この方が突然倒れたようです。たぶん飲み過ぎだと思うので、個室の方に連れて行ってあげてください」

 

 そういうと、店のスタッフが面倒そうにしながら男を引き摺って行った。

 さて、アホが消えてせいせいした。

 一連の行動を見ていたビートは頭を抱えながら。

 

「はぁ。なんであんな馬鹿なことをしたんですか」

「単にムカついたからですね」

「……あれが言ったことが原因ですか?」

「? ……ああ、親に捨てられたという話ですか?」

 

 そういうとビートは顔をしかめる。どうやら、あまり突っ込んで欲しくないところのようだ。

 

「まあ、それもありますかね。私も親に見放されて、色々言われたので、ああいう輩は大嫌いなんですよ」

「オ、オレンジさんも親に捨てられたんですか?」

「まあ、そうですね。私は今更親に未練はないので、どうでもいいですが」

 

 むしろ最近ではあいつらから戻ってこいとうざいくらいだ。

 いい加減諦めて家ごと潰れてしまえばいいのに。

 それにしても。

 

「そういえば私とあなたはだいぶ境遇が似ていますね。あなたにやたら構いたくなるのは、それが原因ですかね」

「……ふん。知りませんよ。もしそうなら、ぼくにとっては良い迷惑です」

「相変わらずツンデレですね〜。うりうり」

「頬をつかないでください! やめ、やめろー!」

 

 顔を赤くするツンデレを、私は散々構いたおしてやった。

 

 

 





 なんか貴族、なろう系のやられ貴族みたいだな。


 Q.レッドとの戦歴は?

橙「数えきれないほどバトルしてますからね。正確には分かりませんが、殆ど引き分けです。ちなみに私はレッドには勝ったことがありません」



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ガラル第二鉱山〜迷惑サポーター〜

 そういやエール団出すのずっと忘れてた。


 

 食事会から数日後。

 ようやくエンジンスタジアムの修復が終了したらしい。一月ほどで終わらせるとは、この地方の業者はなかなか優秀だ。

 それに伴い、私たちもエンジンシティに向かうことになる。

 ユウリもよくやくジムに挑戦できるとあって気合が入っているだろう。

 と、思っていた。

 

「ハスブレロ、みずのはどう!」

「ハッス!」

「はぁ? ……ウインディ、だいもんじで打ち消しなさい!」

「ガアウゥ!」

 

 みずのはどうは、だいもんじの火力にあっさり蒸発させられ、そのままハスブレロに直撃した。

 当然、ハスブレロは戦闘不能だ。

 

「何をしているんですか? さっき同じ手をくらって負けているでしょう。何かしら試して負けるならまだしも、変化もなしでは意味がありませんよ」

「……ごめんなさいです」

 

 ユウリは目を伏せて気まずそうに謝る。

 ただ気を抜いていたというよりも、他のことに気を取られていたという感じだ。

 明らかに最近のユウリはバトルに集中できていない。

 調子が悪いのは仕方ないが、もうすぐジム戦が始まるのにこの調子で大丈夫だろうか?

 少なくとも、今バトルするのは無駄だろう。変に調子を崩したままバトルすると、変な癖がつくことがある。

 

「今日はここまでにしましょう。調子が悪い状態でバトルしても意味がありませんから」

「ま、まだやれるですよ! 調子が悪いのだって、バトルしてればその内よくなるです!」

「ともかく今日はもう終わりなさい」

 

 私はそう言って宿舎に戻った。

 ユウリは納得いかなげに唇を噛んでいた。

 

 

 

 ここはガラル第二鉱山。バウタウンからエンジンシティに向かうのに最短ルートであり、同時に数々のトレーナーがいて絶好の修行場だ。

 いつもなら、ここらでユウリを一人でバトルさせるのだが、今朝のこともある。そのため、今日はバトルなしで拠点でゆっくりしているように伝えている。

 

「へぇー。だからユウリはあんなブー垂れてたのね」

「はい。あれでユウリは頑固なところがありますから、言い聞かせるのは大変でした」

「お疲れ様。……それにしてもユウリはどうしたんだろ? 最近の様子を見てるとスランプどころか、むしろ順調すぎるくらいに見えるんだけど」

「どうですかね。何かしらあったことは分かるのですが、ユウリが言いたがらない以上、私たちにうてる手はありませんからね」

「そうね」

 

 ソニアは困ったように頷く。

 一通り調査を終えて、ようやく拠点に帰ってきた。

 私は自分のテントに荷物を置きに行き、ソニアはテントの中にいるユウリに帰りを知らせようと呼びかけに行く。

 

「ユウリー帰ったわよ。……返事がない? ユウリ?」

 

 テントの中を覗くとソニアは血相を変えて、私のテントの方に走ってきた。

 

「オレンジ! ユウリがいないんだけど!?」

「はい? 荷物は?」

「荷物もないの!」

「……えぇ。あの子ならやりかねないとは思ってましたが、まさか本当に勝手に行くとは」

 

 ポケモンを見張りにつけようかと考えていたが、気が休まらないだろうと思いやめていた。それが裏目に出たようだ。

 私は置いていた荷物を再度背負い立ち上がり。

 

「仕方ありません。探しにいきましょう。たぶん、洞窟内にいるはずですから」

「そうね」

 

 私たちはユウリを探しに向かった。

 

 □

 

 

 オレンジたちが慌てている頃、その原因であるユウリは。

 

「ラビフット! ニトロチャージです!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

「ああ!? マッギョ!?」

 

 鍛錬に励んでいた。

 マッギョを戦闘不能にしたことで、相手のトレーナーの手持ちはゼロ。所有バッチ2個の格の違いを見せつけた。

 負けた相手はマッギョをボールに戻すと、笑顔でユウリに近づいてきて。

 

「騒がれるだけあって、さすが強いね」

「ありがとうです。そっちのポケモンも強かったですよ」

 

 半分お世辞だ。相手を見下した発言は不興を買うから気を付けろとオレンジにきつく言い聞かされているのだ。

 そんな師匠の言いつけを現在進行形で破っているところなのだが。

 対戦相手が去るのを見送ったユウリは、問題なく勝利したことにホッと胸を撫で下ろす。

 

 やはりあの時は偶然調子が悪かっただけだ。師匠は心配性なのだ。このくらいバトルし続ければ、いつの間にか戻っている。

 そう、ユウリは自分に言い聞かせる。

 

 しかし、その顔は能天気な少女の顔ではない。苦悩と一人で戦う少女の顔だった。

 

「ラビフッ……」

 

 ラビフットは心配そうにユウリを見る。

 主人の様子がおかしいことにラビフットも気がついたのだ。しかし、ユウリは繕うような笑顔になり。

 

「心配いらねぇですよ、ラビフット。それよりも、ガンガンバトルして調子を戻して、師匠を驚かせてやるですよ!」

 

 またもユウリは自分に言い聞かせるように言う。

 心で蠢いている虫に食われないために、必死に自分を鼓舞する。

 無理をしているのが見え見えだ。

 ラビフットは止めるべきか悩む。いや、主人のために止めるべきなのだろう。しかし、主人の悩みの解決策もバトル以外に思いつかない。

 

「さあ、行こうです!」

「ラビフッ」

 

 黙って付いていくしかない現状に、ラビフットは歯痒さと自分の無力さを感じていた。

 

 

 □

 

 

 ユウリがだいぶ洞窟の奥の方まで来た頃。

 対戦相手を探しながら歩いていると、先の方から言い争う声が響いてきていた。

 好奇心が煽られたユウリは、声の方に歩いて行く。

 曲がり角に隠れながら様子を伺う。

 視線の先にはブブゼラを片手に道を塞ぐファンキーな見た目の男二人組と、それにうんざりとした表情を見せているモジャモジャ頭の少年が言い争っていた。

 

「いい加減にしてください! ぼくは急いでいるので、そこを通してください!」

「ぱっぱぱ! ことわーる! ジムチャレンジに参加しているトレーナーは、絶対に通してやらなーい」

「まっさか。こんなところであのビートに遭遇するっとわな」

「それと、その変な言葉遣いをやめてください! 耳障りです!」

「ことわーる(ことわっる)」

「ぐぬぬ……」

 

 言葉が通じない相手に、ビートは唇を噛む。

 こんな連中に時間を取られるのは嫌だが、これ以上押し問答を続けるのは面倒だ。と、判断したビートはボールを握り。

 

「ああもう! バトルです! バトルでぼくが勝ったらここを通してもらいますよ!」

「ほーう」

「さっすが、今ジムチャレンジトレーナーの中でNo. 1と名高いビート」

「しかし、いくーら強いトレーナーでも」

「エールで鍛えた我々のコンビネーションに勝てっるかな」

「なぜ、二人がかりでやる前提なんですか!?」

 

 もっともなツッコミだ。

 しかし、二人組は悪びれた様子もなく。

 

「ぱっぱぱ! 我々はタッグバトル専門!」

「二人のバトルしか受けなっい!」

「しかし、お前はルール上一体しかポケモンを出せなーい!」

「よって、我々が超有利!」

 

 要するにお前ボッチだから1対2なというわけだ。

 明らかにフェアじゃないバトル。正義の味方ガブリアスキッドを見て育ったユウリにとって、それは見過ごせない悪行だった。

 気がつくと隠れていた岩陰から飛び出して。

 

「ちょっと待ったああああ!」

「なーんだ!」

「何やっつ!」

「1人相手に2人がかりとか卑怯です! そんな悪い人たちは、このユウリが成敗してやるですよ!」

 

 ババーン!と背景に大きな太文字が出てきそうな勢いでユウリは決めポーズを決めた。

 まさに気分は悪党の前に現れたガブリアスキッドのようだった。

 しかし、とうの悪役はユウリの登場に嬉々とした表情を見せていた。

 

「ぱっぱぱ! まさーかビートだけでなく、ユウリまで現れるとはーな!」

「今注目されてっるトレーナーが揃い踏み! こいつらを妨害すれっば、マリィさんの応援になるぞ!」

「「テンション上がってきたああ!」」

「なんでヒーローが登場したのにテンション上がりやがってるですか!」

 

 狼狽るどころか気合が入ってしまった様子の2人組に、ユウリは不満そうに叫んだ。

 そして興奮のまま、ビートを見て。

 

「もじゃもじゃ、やるですよ! あいつらを血祭りにあげてやるです!」

「誰がもじゃもじゃですか! ぼくはビートです! というか、いきなり現れて、何なんですかあなたは!?」

「男のくせに細かいこと気にするなです! 行くですよ!」

「ぱっぱぱ! やるぞ相棒!」

「おうよう相棒!」

「エリートのぼくを無視して話を進めるなああああ!」

 

 いいえ、無視します。

 

「いーけ、フォクスライ!」

「いっけ、マッスグマ!」

「行くですよ、ラビフット!」

「ああもう! 行ってください、ユニラン!」

 

 怪しい男組はあくタイプのフォクスライとマッスグマ。エスパータイプのユニランを使うビートとの相性は悪い。

 

「まずはユニランからーだ! フォクスライ、バークアウト!」

「フォクス!」

 

 黒い波状のエネルギー体がユニランを襲う。

 

「ユニラン、まもる」

「ユニラ」

 

 しかし、ユニランを囲うように現れた緑色のバリアに阻まれる。

 

「そんな馬鹿正直な攻撃をぼくが通すわけがないでしょう」

「それじゃあ、これっはどうだ! マッスグマ、つじぎり!」

「マッスグァ!」

「ふっ、無駄です。ユニラン、まも……」

「ちょっと待ったああ! ラビフット、にどげりで防げです!」

「ラビフッ、ラビフッ!」

 

 死角からつじぎりを繰り出そうと向かってきていたマッスグマを、ラビフットはとっさににどげりでいなした。

 ただ、ビートは不満そうに眉をひそめていた。

 

「余計なことをしないでください。今程度の攻撃自分で防げます」

「まもるは使う毎に成功率が低くなる技です! 2回目は50%、その確率でこうかばつぐんの技を受けるのはリスクが高過ぎるですよ!」

「なぁ……」

 

 そんな理論的な指摘を受けると思っていなかったビートは目を見開かせて驚いた。

 

「あなたのこと、最初はただのアホかと思っていましたが、意外に考えているんですね」

「誰がアホだこら! です!」

 

 いきなり現れて、ヒーローごっこされれば誰でも痛い奴と思う。

 しかし、言葉の通りビートはユウリのことを少し見直していた。てっきり自分の邪魔しかしないと考えていたが、実力はなかなかなものだ。

 ビートは他のチャレンジャーの情報などは仕入れていない。自分が一番だと思っているし、実際ビートの実力はチャレンジャーの中でもずば抜けている。

 だが、ユウリの実力はその中でもだいぶマシな方にあるかもしれない。ならば、多少任せるのも悪くない。

 ビートはそう考えた。

 

「あなたの名前はユウリと言いましたね」

「そうですけど」

「一つ提案があります。おそらくあの2人のコンビネーションはなかなかのものです。それこそ即席ペアのぼくたちでは対抗することは難しいでしょう。そこで、あなたは好きに攻めなさい」

「好きにつっこんでもいいですか?」

「ええ。ぼくのユニランがサポートしてあげます。エリートのぼくがあなたに尽くしてあげるんです。無様な姿を晒したら許しませんよ」

「……ところどころ上から目線がムカつきますが、いいですよ。その話乗ってやるです」

 

 ユウリはニヤリと笑い。

 

「行くですよラビフット、ニトロチャージでつっこめです!」

「ラビラビラビ」

 

 炎を纏ったラビフットがフォクスライとマッスグマに向かっていく。

 

「ぱっぱぱ! そんな攻撃食らうわけないだーろ!」

「その通っり!」

 

 ポケモンたちが避けようとすると緑色の球体が2体に向かってきた。横に逃げようとすると横に、上に逃げようとすると上に移動してくる球体は逃げられないように囲っている檻のようだ。  

 

「なーんだあれは!?」

「ユニランのエナジーボールです。この手を使う時本当は3つほど出すのですが、あなた方ごとき一つで十分でしょう」

 

 ビートは見下すようないやらしい笑みを浮かべて煽る。

 実際一つで動けなくなっている自分たちのポケモンを見て、男達は唇を噛んだ。

 

「ラビフッッッ!」

「フォクスッッ!?」

「マッスグァ!?」

 

 そしてニトロチャージがまともにぶつかると、二体は後方に吹っ飛ばされた。

 

「大丈夫ーか、フォクスライ?」

「フォクス!」

「平気っか、マッスグマ!」

「マッスグァ!」

 

 二体は元気に返事をする。まだまだ余力があるようだ。

 

「たたみかけるですよ! ラビフット、フォクスライににどげりです!」

「ラビフッ」

「させるっか! マッスグマ、こわいかお!」

「マッスグァ!」

「ラビ……」

 

 ふいに出されたこわいかおにラビフットは一瞬攻撃するのを躊躇した。

 

「そこーだ! フォクスライ、かみつく!」

「フォクス!」

「ユニラン、援護を!」

「待つです!」

 

 ユウリの言葉に、ビートは指示をしようとしていた口を止めた。

 

「ラビフット、腕で受けろです!」

「ラビ……ラビフッ!」

 

 ラビフットは腕を出してかみつくを受けた。顔をしかめるが、ダメージはそこまででもない。

 

「そこです! ラビフット、にどげり!」

「ラビフッ、ラビフッ!」

「フォクスッッッッッ!?」

 

 こうかばつぐんだ。

 蹴りを受けたフォクスライは、引きずるように吹っ飛ばされる。追撃を加えようとするが、マッスグマが構えているのが見えたので深追いはやめた。そのおかげでマッスグマは、かろうじで立ち上がった。

 

「ぱっぱぱ! なーんだ今の! わざと技を受けやがった、汚ねぇぞ!」

「そうだ、そうだ! わざと技を受けるなんてポケモンがかわいそうじゃねっか!」

「ッ!」

 

 汚ねぇ、ポケモンがかわいそう、その言葉にユウリは心に針が刺されたようの痛みを覚えた。

 ルリナとのバトルが終わった時、殆どがユウリとルリナのバトルを称賛する歓声だった。しかし、少数はユウリがハスブレロを巻き込んでダイストリームを使ったことに罵声を浴びせていた。

 その時は少し気になった程度だった。

 しかし、後日自分のsnsに汚い言葉を並べる人間が何人か現れた。

 所詮一部の馬鹿が騒ぎたてているだけにすぎないのかもしれない。しかし、snsに送られてくるのは当人にとっては目の前で罵倒されているのと同じだ。

 ましてやユウリは精神的に未熟な子供だ。多感な時期に何の面識のない人間からそんな言葉を浴びせられれば傷つく。

 そして、その傷は自分のバトルを迷わせる。

 それがユウリの調子を崩していた正体だ。

 

 1人ならば、ここでユウリは自分を見失っていたかもしれない。

 しかし、ここはタッグバトル。1人ではない。

 

「馬鹿らしい」

 

 男たちが作った空気を一太刀で薙ぎ払うような鋭い声が聞こえてきた。 

 ユウリは声の方を見ると、ビートが汚いものを見るかのような目で男たちを見ていた。

 

「あなた達には彼女のラビフットの目が見えないのでしょうか? とても綺麗な目をしてますよ。ラビフットはバトルに勝ちたい、そのために彼女は打てる最善の手を打ったまでです。かわいそう? どこがですか。むしろ、打てる手を打たずに敗北させる方がポケモンにとって悲劇です。その程度でかわいそう等とぬかす覚悟でポケモントレーナーを名乗らないでほしいですね!」

 

 ビートは怒っていた。

 ポケモンを馬鹿にしている男たちに、そしてそれを聞いて迷っているユウリにも。

 

「あなたもあなたです! 何をあんな連中の言葉に惑わされているのですか! あなたが信じるべきなのはやつらじゃない、ポケモンのはずだ!」

「!!」

 

 ユウリは胸の痛みがすっと消えるのを感じた。

 そして顔をパンパンと叩いた。目にはもはや迷いはない。ポケモンを信じる固い意志が映っていた。

 

「ラビフットぉぉ! フォクスライにニトロチャージです!」

「ラビラビラビ」

「させるっか! マッスグマ!」

「こちらこそさせません! ユニラン、エナジーボール!」

「ユニラッ!」

「マッスグァ!?」

 

 ラビフットを妨害しようとしていたマッスグマに、エナジーボールが直撃した。

 

「ラビフッ!」

「フォクスッッッ!?」

 

 そして障害がなくなったことで、炎を纏った突進がフォクスライを直撃した。

 

「フォクス……」

「ああー、フォクスライ!?」

 

 体力が残り少なかったフォクスライは、目を回して倒れ込んだ。

 ユウリは攻めるのをやめない。

 

「ガンガン行くですよ! ラビフット、ニトロチャージ!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

「マッスグマ、つじぎりで迎えうって!」

「エリートのぼくが何度も言っているのに学習しない人達ですね。ユニラン、ラビフットの前に出てまもる」

「ユニラッ」

 

 ニトロチャージを迎えうとうと、爪を黒く光らせて走ってきたマッスグマの前にユニランが立ち塞がった。

 爪はあっさり緑色の障壁に阻まれる。

 その後ろからラビフットが出てきて、アッパーのように下からニトロチャージを直撃させた。

 

「マッスグァァァァ!?」

「とどめのにどげりです!」

「ラビフッ、ラビフッ!」

「マッスグァッッッッッ!?」

 

 吹っ飛ばされて体勢が崩されたところに、4倍威力のにどげりが叩き込まれた。

 地面に直撃すると、土煙が舞う。

 

「マッスグァ……」

 

 煙が晴れると地面にめり込まされたマッスグマは、目を回していた。

 

 

 □

 

 

 バトルが終わると男達は覚えてろよ〜! とテンプレ的な捨て台詞を吐いて逃げて行った。

 ユウリはラビフットをボールに戻すと、同じくユニランをボールに戻していたビートに。

 

「さっきはありがとうです」

「……何の話ですか?」

 

 怪訝な顔で聞き返してくる。声のトーンなどから判断して、本当に何を感謝されているのか分からないようだ。

 

「照れるなですよ。さっき、あいつらの言葉に怒ってくれたじゃないですか」

「……ああ、あれですか。別にあなたのために言ったわけじゃない。エリートであるぼくが認めたポケモンを馬鹿にしたのが気に食わなかっただけです」

「それでも、あの言葉すごく嬉しかったです。だから、ありがとうです!」

「っ!」

 

 ユウリの笑顔にビートは顔をしかめる。けして怒っているわけではない。

 

「……なんなんですかね。最近身体の調子がおかしい」

 

 ボソボソと自分に報告するように言った言葉は、ユウリには聞こえていなかった。

 

 そんな時、奥の方からユウリの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声に、ユウリは顔を輝かせて。

 

「あ、師匠! 私はこっちですよお!」

 

 モヤモヤしていたものから吹っ切れたことで上機嫌になっていたユウリは、自分が今どういう状況にいるかも忘れて、嬉々とした声でオレンジに呼びかけた。

 歩いてきたオレンジは笑顔だった。それはもういい笑顔であった。目は笑っていないが。

 

「師匠〜」

 

 しかし、節穴になっていたユウリはそれに気がつかず犬のように駆け寄ってしまう。

 ユウリはオレンジに抱きつく。

 オレンジは、ユウリのほっぺたを摘む。

 

「へ?」

「こんの馬鹿弟子がああああ!」

「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!?」

「勝手にいなくなって、散々探させて、どれだけ心配したと思ってるんですかあ!」

「ごべんなさい、ごべんなさい!」

 

 一頻り、お仕置きと説教をくらわせたオレンジはようやく落ち着いたようで、頬から手を離した。

 ユウリはジンジン痛む頬をおさえながら泣いていた。

 落ち着いたオレンジはようやく、近くにいたビートに気がついた。

 

「おや、ビートじゃないですか。食事会の時以来ですね」

「え、ええ」

「どうしてこんなところに? というか、なぜユウリと一緒にいたんですか?」

「まあ、かくかくしかじかということがあって」

 

 ビートは状況を説明した。

 

「なるほど、怪しい二人組に」

「ええ。そこでぼくとユウリでそいつらを撃退したということです。……それで、ユウリはオレンジさんの何なんですか? とても親しいようですが」

「ああ、弟子です。一応」

「弟子……なるほど、どうりで」

 

 アホなわりに、時々理論的なことを言ってくるから、誰かの教えを受けているとは予想していた。まさか、オレンジとは。

 ビートは自分が負かされた男の弟子に興味が湧いた。

 

「ユウリ」

「うっう……なんですか?」

「ぼくとポケモンバトルをしてください」

 

 

 

 

 

 




 次回、ユウリ(アホの子)vsビート(グリーン化進行中)

 
 Q.休みの日は何をしますか(バトル以外で)

橙「スイーツ巡り、読書(小説)、映画鑑賞(主にホラー)。あと、近所の子供達と遊んでます。川遊びやボール遊びなどをよくやってますね」

 


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vsビート


 今まで、こんなにも主人公がバトルしないポケモン小説があっただろうか? 


「ユウリ、ぼくとバトルしてください」

「いいですよ」

 

 ーーーー

 

 

 □

 

 

 ※ここからは解説=『』、トレーナー「」で進行します。

 

『さあ突然始まりましたバトル生放送。解説は通りすがりの研究者XとYでお送りします』

『え? 何これいきなり始まってるんだけど!?』

『どうしましたYさん? 生放送中ですよ、静かにしてください』

 

 戸惑うソニアに私は有無を言わさずに用意したヘッドフォンをつけさせた。

 

『これからユウリとビートの戦いが始まりますが、Yさんはどこに注目していますか?』

 

 話をふると、もう断れないと判断したのかソニアはため息をついて私の質問に応え始める。

 

『そうね、ユウリは接近戦が得意だから、どれだけ自分のテリトリーで戦えるかどうかが勝利の鍵じゃない。でもユウリは最近調子が悪いから、そこが心配点かなぁ』

『なるほど。では、対戦相手のビートはどうですか?』

『うーん。私ビートくんのバトルはよく分からないけど、今ジムチャレンジャーの中で一番強いって言われてるんでしょ? なら、やっぱり強いんじゃないかなぁ?』

 

 ソニアは頬に人差し指を当てながら、自信なさげに言う。

 

『なるほど。私の見解では両者の実力に大きな差はないでしょう。そこでこのバトルの勝敗を分けるのは、自分の強みを活かせるかどうかですね』

『へぇー。その強みって何?』

『そうですね。ユウリのバトルを例えるなら、電光石火。すべてとはいきませんが、どちらかと言うとすばやい攻めが得意なポケモンが多いです。逆にビートのバトルを例えるなら変幻自在。エスパータイプらしい遠近どちらにも対応できる対応力のあるスタイルですね』

 

 このスタイルは相当センスがなければ使いこなせない。ビートは口だけではなく、実際天才だ。勝つのはなかなか難しいだろう。

 しかし、センスならユウリも負けてない。どちらが勝つかは流れ次第だろう。

 視聴者数を見ると1万人を超していた。

 

『ええっ!? 視聴者1万人越えって……ジム戦並みの数じゃない』

『それだけ2人に注目するトレーナーが多いと言うことですね』

 

 コメント欄を見てみると、前告知なしの好カードに驚きとリアルタイムで視聴できた喜びの声が多く見れた。

 一部はビートの悪口だったり、ユウリの悪口を書いていたらしているが。

 アンチというものか。人気になるとくだらない人間がわくものだ。

 こういうのは反応すると調子に乗るから、無視しておくにかぎる。

 

 ソニアと私が雑談で場を繋いでいると、2人は準備ができたのかボールを構えた。

 

「バトルは1対1のシングルバトルでいいですね?」

「オッケーです」

「それでは始めましょう。いきなさい、ユニラン!」

「ユニラ!」

「行くですよ、ホルビー!」

「ホルッビ!」

 

 ビートはユニラン、ユウリはホルビー。タイプ相性的には互角だ。

 さっそくユウリが仕掛けにいく。

 

「先手必勝です! ホルビー、マッドショット!」

「ホルッビ、ビッ!」

 

 3つの泥玉がものすごい速度でユニランに向かって行く。

 

「甘いですね。ユニラン、ねんりきで逸らしなさい」

「ユニラ」

 

 しかし、ユニランのねんりきで泥玉は軌道を逸らされて壁にぶつかった。

 この辺りのクレバーさがビートの強みだ。普段から不遜な発言が目立つがバトルに関しては客観視できている。

 今のもねんりきのパワーを考慮して押し返すのではなく、より力が少なくて良い逸らす方を選んだのだ。

 だが、ユウリも馬鹿じゃない(バトルに関しては)。そんな動きは想定内だ。

 

 その証拠にホルビーの姿がフィールドから消えた。

 

『え!? どういうこと? ホルビーはどこに行ったの?』

『落ち着いてください。ほら、フィールドを見てください』

 

 私が指さした先にはぽっかりホルビーが通れるくらいの穴が空いていた。

 要するにユウリはマッドショットをかわされるのを逆手にとったのだ。ねんりきを使う以上、ポケモンとそのトレーナーの意識は一瞬泥玉に向く。その間にあなをほるを使わせることで、相手に気がつかせることなく地面に隠れたのだ。

 ビートはその作戦に気がつかず、キョロキョロとホルビーの姿を探す。

 その時、ユニランの背後の地面が隆起した。

 

「やれですホルビー!」

「ホルッビ!」

「ユニラン、まもるです!」

「ユニラ」

 

 完全に死角をついていたものの、ホルビーの攻撃はギリギリのところで緑色の壁に阻まれた。

 ユウリは悔しそうに唇を噛んだ。

 対するビートは驚いたように。

 

「今の攻撃はヒヤリとしました。やはりあなたは、ジムチャレンジャーの中でもトップクラスの実力者ですね」

「え? そ、そうですか? 褒められるのは、素直に嬉しいです」

 

 テヘヘと照れ臭そうに頭をかくユウリ。当たり前だ、私が教えているのだ。有象無象ごときと互角では困る。

 

「まあ、エリートのぼくにはまだまだ敵いませんけど。ユニラン、エナジーボールでホルビーを囲いなさい!」

「ユニラ!」

「ホルビ……」

 

 3つの緑色のエネルギーボールがホルビーを囲うように回っている。

 何がなんだか分からないホルビーは戸惑うようにその場で立ちすくす。

 

「ホルビー、気をつけろです! その球は相手の動きに合わせて追尾してくるです! 

「ホルッビ」

「無理ですよ。その檻からはけして抜け出せません。ユニラン、そのままホルビーにぶつけなさい」

「ユニラッ!」

「ホルッビッッ!?」

 

 囲っていた球が一斉にホルビーを襲った。ホルビーは避けることができずに直撃してしまう。

 飛ばされているところに、ビートは畳みかけようとする。

 

「追撃です! ユニラン、エナジーボール!」

「ユニラ!」

「ホルビー、かわらわりです!」

「ホルッビィィィィ……ホルッビ!」

 

 ホルビーは耳をブレーキ代わりに使って、なんとか体勢を立て直して球を割った。

 直撃していれば戦闘不能もあり得た攻撃をなんとか回避して、ソニアは大きく息を吐く。

 

『危なかった……』

『今のところバトルは完全にビートのペースですね。ユウリは、なかなか流れを渡してもらえていませんから』

『特にあのエナジーボールとまもるが厄介よね……。あの2つをなんとかしないと、攻めることもままならないし』

『それもありますが、何よりビートの落ち着きがすごいです。ユウリとしてはどうにか乱戦に持ち込みたいはずなのに、ビートは常に冷静に最善手を打ってきています。こうなるとユウリは苦しいですね』

 

 私に負けた時はまだまだ子供っぽさがバトルに現れていたが、成長したものだ。

 

「さあ、決めますよ! ユニラン、エナジーボール!」

「ユニラ!」

 

 再度3つの緑色の球がホルビーを囲うために向かってくる。

 

「ホルビー、囲われる前に逃げろです」

「無駄ですよ」

 

 ユウリもなんとか回避させようとするが、穴を縫うように逃げるルートを消されていき、またも閉じ込められてしまった。

 飛んで避けようにも狙い撃ちにされるし、地面に逃げようにも逃げる前に打たれるのがオチだ。

 八方塞がりの状況にユウリは頭を抱える。

 

 ビートの戦法は素晴らしいものだ。少なくともあのエナジーボールの使い方は、子供が使いこなせるものではない。  

 しかし、私に言わせればあの戦法には大きな弱点が1つある。

 ユウリは難しく考えすぎている。もっとシンプルに考えれば、対処法など簡単に分かるのだ。

 

「決めろユニラン!」

「ユニラ!」

 

 また、3方向から球が向かってくる。

 

「あああもう、どうすればいいかわっかんねぇです! ホルビー、かわらわりで全部叩き割れです!」

「ホルッビ、ィ、ィィ!」

 

 ユウリはやけくそ気味にそれができれば苦労しないという暴論的な指示を出したが、なんと球はホルビーによってすべて叩き割られた。

 

「くっ……」

「な、何が起こったですか!?」

 

 ビートは絶好機を逃して唇を噛んだが、ユウリはいまだに何が起きたか理解できていないようだ。

 

「ホルッビ!」

 

 そんなユウリにホルビーは大きなボールと小さなボールのジェスチャーをして見せている。

 

『ホルビーは何をしているの?』

『おそらく、ユウリにあのエナジーボールの弱点を伝えようとしているのでしょう』

『弱点って?』

『例えば1つの大きなケーキを3人で分けたら、1人1つケーキが行き渡りますね。しかし、そのケーキの量は分けるので減っています。これと同じで、あの技は1つのエナジーボールを3つにエネルギーを分けることで出しているから、1つ1つはさほど強力ではないんです。それこそ、1つのエナジーボールですら叩き落とせるホルビーなら、3つとも叩き落とすことも可能と言うことです』

『てことは、あれこれ考えるんじゃなくて、最初から真向勝負してればよかったんだ』

『その通り。ただし、同時に3方向から向かってくるものを叩き落とすのは至難の技ですから。この放送を見ている方は、自分でも簡単に出来ると自惚れてはいけませんよ。今回のホルビーは裏付けされた実力があってこその打ち破り方です』

 

 コメントでなんだよ大したことないじゃんという発言が目立ったから、私は釘を刺すように言った。言論は自由だが、言うからには匿名であろうと責任を持て。

 そしてユウリはホルビーの言いたいことに気がついたのか、ニヤリと口元を緩めた。

 

「なるほど。……ふっふっふ、破り方が分かればもう怖くねぇですよ! ホルビー、つっこめです!」

「ホルッビ」

「ちっ、エナジーボールの包囲網を攻略したぐらいで得意げにならないでほしいですね。ユニラン、ねんりき」

「マッドショットで相殺しろです!」

「ホルッビ、ィ、ィ!」

 

 ユニランのサイコパワーは泥玉とぶつかり相殺された。よってホルビーは止まらない。

 

「かわらわり!」

「ホルッビ!」

「まもる!」

「ユニラ」

 

 ホルビーの攻撃は緑色の障壁に阻まれたが。

 

「連続でかわらわり!」

「ホルッビ、ホルッビ、ホルッビ!」

「ぐっ……!」

 

 連続のかわらわりを受け続ける障壁はだんだんとひび割れていく。

 

「ラストぉ!」

「ホルッビィィィィ!」

「ユニラッッッ!?」

 

 最後の渾身のかわらわりは、障壁を粉砕してユニランに直撃した。

 

「追撃ですよ! マッドショット!」

「ホルッビ、ィ、ィィ!」

「ぐっ、ねんりきで逸らしなさい!」

「ユニラ!」

 

 体勢を立て直したユニランは、最初と同じように泥玉を壁に誘導した。

 そしてまたもホルビーの姿が見えなくなった。ビートの脳裏に最初のあなをほるの光景が映る。

 しかし、それはすぐに間違いだと気がつく。

 

「違う、上だユニラン!」

「もう遅ぇですよ! ホルビー、かわらわり!」

「ホルッビィィィィ!」

「ユニラッッッ!?」

 

 まもるを発動する暇もなくユニランに攻撃が直撃した。

 

『今のはユウリの作戦勝ちですね。最初見せた手と同じ状況を作り出すことで、ビートの反応を一歩遅らせました』

『さすがのビートくんでも、あの咄嗟でまもるの指示はできないものね』

『その通りです』

 

 簡単に解説していると、バトルは佳境を迎えていた。

 

「とどめです! ホルビー、とっしんです!」

「ホルゥゥ」

「やむをえないか。ユニラン、がむしゃら!」

「ユニラァァァ!」

 

 ……どうやら、勝負ありのようですね。

 ホルビーのとっしんが直撃すると、ユニランは壁に叩きつけられて目を回した。

 そして、同じくホルビーも目を回して静かに倒れ込んだ。

 双方戦闘不能、引き分けだ。

 

「な、何でホルビーも倒れたですか!?」

 

 何が起きたか理解できていないユウリに、私はマイクの設定を変えユウリにも声が届くようにして。

 

『あなたが使わせたとっしんのせいですよ。とっしんは、自分にも反動ダメージがある技ですから、ホルビーはその反動が原因で戦闘不能になったんです』

「そのくらい知ってるです! だから、そこもちゃんと計算してとっしんを指示したですよ!」

『削られたんですよ。最後、ビートが指示した技はがむしゃら。その技は自分の体力に応じて、相手の体力を削る技です。ビートはユニランの体力が残り少ないことを察知して、あなたのホルビーが反動で倒れることを狙ったんですよ』

「そ、そんな……」

『とっしんではなくて、マッドショットを使っておけば安全に勝てたんです。ライブ放送だからって、見栄えを気にして派手に決めようとしたんしょう? 自業自得です』

 

 ズシャリ、ズシャリとユウリの胸に言葉の槍が刺さる音が聞こえる。

 私はマイクの設定を戻して。 

 

『それでは皆さん。バトルをする時は常に冷静にすることを心がけましょう。調子に乗ると、あそこのアホのように勝ち試合を落とすことになりますから。そう言うわけで、今日のライブ放送はここまで。解説は、通りすがりの研究者Xと』

『Yでお送りしました』

『次回があるかは知りませんが、またお会いできる機会がありましたら会いましょう。さようなら』

 

 こうして、ライブ放送は幕を閉じた。

 

 

 

 

 バトル後。

 ビートがユウリに向かって歩いてきて。

 

「今日のバトルはぼくの負けです」

「え、でも引き分けじゃ……」

 

 ビートの言葉に、ソニアが口を挟む。

 しかし、ビートは悔しそうに首を振って。

 

「あのがむしゃらは半分苦し紛れの手で、結果はユウリのミスに助けられただけです。あんなもの敗北以外の何物でもない」

「お断りです。私だって、あんなの勝利だなんて認めたくねぇです」

 

 ぷいと頬を膨らませて、ふてくされたように言う。

 言っていることは同じなのに、なんだろうこの差は。まるで大人と子供だ。

 なんとも不毛な争いに、私はため息をついて。

 

「それでは次バトルした時に勝利した方が本当の勝者ということでいいのでは?」

 

 私がそう言うとユウリは

 

「なるほどです! 私だって、あんな結果不完全燃焼ですから、次に絶対に決着つけてやるです!

「エリートとしてぼくも負けたままでは終われません。次バトルする時に絶対に決着をつけます」

「負けねぇですよ、もじゃもじゃ!」

「ビートです!」

 

 ビートはユウリに怒鳴ってから、身を翻して出口の方に歩き出す。

 

「あ、ビート。少し待ってください」 

 

 私の呼びかけにビートは足を止めた。

 

「何ですか?」

「大したことではありません。これげんきのかけらとすごいきずぐすり、ユニランに使ってください」

「……ありがとうございます」

 

 一瞬躊躇ったが、ユニランのことを考えて素直に受け取ることにしたようだ。

 

「要件はこれだけですか?」

「あ、それではもう一つ。……いいバトルでしたよ、ビート。あの時からだいぶ成長しましたね」

 

 私の言葉にビートは目を見開かせた。そして我にかえると、顔を紅潮させて。

 

「ふん。べ、別にあなたに褒められても嬉しくありません!」

 

 つれないことを言いながら、早足で去っていった。

 ふむ怒られてしまった。子供心はなかなか難しいな。

 後ろでユウリが、ソニアにバトルの時の心情を説明している声が聞こえて来る。

 あ、そういえば忘れるところだった。

 

「ユウリ、あなたこの後特訓メニューですからね」

「はぁ!? なんでですか!?」

「あんなアホなミスで引き分けたことと、私たちに心配をかけた分ですよ。たっぷりいじめてあげますから、覚悟してくださいね」

「そ、そんなぁぁぁぁ〜!?」

 

 ユウリの悲痛な叫びが洞窟内に響き渡った。

 

 





 Q.料理はできる?

橙「旅生活が長いので、簡単なものなら作れますよ。カントーを旅している時は外食中心でしたが、お金に余裕がなくなったジョウトとホウエン時代は大体自炊していました。ちなみに今もしていますよ。ソニアと交代で作ってます」

 Q.ソニアの料理はおいしい?

橙「カレーは美味しいですよ。……カレーは」



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(間話)エンジンシティ

今回は伏線張り回だね。


 

 ガラル第二鉱山を通り抜け、ようやくエンジンシティに戻ってきた。

 着いて早々にユウリは

 

「ジム戦予約してくるです!」

 

 そう言って駆けて行った。

 張り切っているな。最近バトルの調子が悪かったのだが、ビートとのバトルを見た限りでは戻ったようだ。バトルに前向きになっているのが、何よりの証拠だ。

 私はスマフォを見て、現在地を確認する。

 ここはエンジンシティの東側。今日泊まるホテルはエンジンスタジアムの近くなので、15分ほどかかる。

 通り道には雑貨や食品が売られる繁華街がある。

 

「どうしますかソニア。ホテルに行くまでにお店に寄って行きますか?」

「別に早急に買うようなものはなかったと思うけど、何かあったかな……」

 

 ソニアはうーんと顎に手をやり考え込む。

 

「あ、そうだ。本買っていい?」

「構いませんが、何の本ですか?」

「絵本なんだけど」

「絵本?」

 

 驚きのあまりオウム返ししてしまった。

 絵本といえば、子供向けに作られる本だ。そんなものをソニアがなぜ必要とするのか。

 

「前にユウリたちが遭難した時に遭遇した謎のポケモンのことは覚えてる?」

 

 すでに会ったうえに脅迫してきました。

 なんて絶対に言えない。捌かれる。絶対に捌かれる。私は曖昧に「はい」と答えておいた。

 

「その時にホップが霧が急に深くなったって言っていたでしよ? それで霧が深くなる能力を持つポケモンについて調べてたら、ガラルの英雄伝説っていう絵本に辿り着いたの」

「その絵本に出てくる英雄が霧を操るポケモンだったと?」

 

 ソニアは私の言葉に首を振った。

 

「ううん。この絵本に出てくるのは剣の英雄と盾の英雄の2人だけよ。この2人の英雄が、霧を操り敵のブラックナイトから身を隠す描写があったの」

「……ブラックナイト? それは何ですか?」

「あれ知らない? ブラックナイトは、大昔ガラル地方を滅ぼしかけた災害のことよ。本当にあったかどうかは諸説あるんだけど、今のところ何かしらの大災害があったことが通説的な見解になってるわ。その絵本ではブラックナイトは、物体を持った敵として描かれているみたい」

 

 ……嫌な予感しかしない。

 もしかして、ザシアンとザマゼンタが姿を見せたのは、そのブラックナイトがまた発生しようとしているせいか?

 また、2体の存在が完全に消されている理由は何だ? 2体が存在していると困る人間がいたのか? 

 そうなると怪しいのは2人の英雄だ。2体をいないものとすれば、自らの功績をより高く後世に伝えることができる。

 しかし、あんな綺麗な神殿が建てられていたのを見ると、少なくとも2人の英雄たちに雑に扱われていたようには見えない。

 

「そんなわけで、参考になるかは分からないけど、一応資料として買っておこうかなぁって思ったの」

「なるほど。それにしてもよく調べましたね。ソニアは考古学の方を専門にするのですか?」

「うーん、まだ決めてないなぁ。これも何となく調べてみたいと思っただけだし」

「研究者の大発見なんてそんなものですよ。最初はみんな好奇心から始まるんです」

 

 ただ、考古学者になるのはいいが、駄目人間にはならないでほしい。

 ソニアがねっころがってテレビ見ながら屁でもこいたら、私は世界の終わりを覚悟する。

 そんなことを言っているうちにユウリからメッセージが入った。

 内容は、ジムの予約が終わったから先にホテルにいるとのことだ。

 

「どうやら、ユウリが先にホテルに行っているようなので私たちも急ぎましょう」

「そうね。待たせても悪いし」

 

 そう言って早足で本屋に向かった。

 

 

 

 

 本屋でお目当の絵本を買い、私たちは今日泊まるホテルへと到着した。 

 ロビーに行くと、ユウリはロビーの椅子に座りながらとある女の子と話していた。

 相手の女の子は剃り込みの入ったツインテールでパンク目のファッションと、カントーにいたらあまり関わり合いになりたくない見た目をしている。

 一見ユウリとは共通の話題があるようには見えない。しかし、2人はかなり盛り上がっているようだ。

 

「やっぱりガブリアスキッドの名シーンと言ったら、45話でガブリアスキッドがヤジロン軍曹のだいばくはつをそらをとぶで回避して絶対絶命のピンチを免れるところですよね!」

「分かる分かる! 特にヤジロン軍曹がフライゴン首領のために自らを犠牲にしてでも倒そうとしたっていう裏話を聞いてからは、また見方が変わるのも胸熱とよ!」

 

 どうやらお互いガブリアスキッドのファンのようだ。

 正直黒歴史を思い出すので、あまり話題を聞きたくはないのだが……。

 気が進まなかったが、私たちはユウリに近づき。

 

「ずいぶん盛り上がってますね」

「あ、師匠! 聞いてくだせぇ、師匠! この子私と同じガブリアスキッドの大ファンなんですよ!」

「それはよかったですねー。お名前は?」

「あたしはマリィ、よろしく。こっちはパートナーのモルペコ」

「うらら!」

 

 すました表情でクールに言った。その横でモルペコと呼ばれたチャーミングなポケモンも挨拶してくれる。

 ソニアはモルペコに近づいて、頭を撫でる。

 

「わあ、可愛い〜」

「ウララ!」

「……ん?」

「どうかした?」

「いえ、今一瞬モルペコの顔が紫色に染まった気がしたような……」

 

 気のせいだろうか。ソニアもキョトンとしているところから、特に気になるところもないらしい。

 疲れているのかな?

 そんな私の疑問を気に留めず、ユウリは立ち上がって。

 

「じゃあ、マリィ。また今度、次会うときはバトルしようです!」

「うん。バトルしよう」

 

 2人は約束した。

 その日私たちはそのまま部屋に入った。

 

 

 □

 

 

 翌日の6時頃。

 珍しく早急に対処する仕事がない私は、ホテルの外をぶらぶらと散歩していた。

 まだ陽が昇りきっていない空は薄暗くて、少し肌寒い。らしい。シロガネ山に登り慣れてしまったせいか、そんな感覚は忘れてしまった。

 裏道に出た。

 都会の裏側らしくアングラな雰囲気を感じる。とは言っても、今は特に犯罪ごとが起きている気配はない。

 しいて言えば、先程から私の後をつけてきている人間がいるくらいだ。

 私はその場で立ち止まり。

 

「どちら様ですか? 先程から後ろをつけてきているのは気がついています。今すぐ出てきなさい。出てこないなら、敵と判断しますよ」

 

 ボールを構えて警告する。

 すると焦ったのか、つけてきていた人間はすぐに姿を現した。

 私はその顔を見て拍子抜けしてしまった。

 そう、私をつけてきていたのは昨日ユウリと仲良くなっていたマリィだったのだ。

 

「……どうやって気がついたと?」

「気配ですよ。人の気配くらい誰でも感じ取れるでしょう?」

「ちょっと何言ってるか分からないんだけど……」

「おやそうですか。まあ、ガラル地方は平和ですからねぇ。カントー地方ではこのくらい出来ないと危険ですよ。いつ闇討ちにあうか分かりませんから」

 

 ロケット団とか、ロケット団とか。

 タマムシシティの裏路地なんて歩いたら即ポケモンバトル仕掛けられる環境だったからな。まあ、タマムシシティのアジトの襲撃に参戦したせいで恨みを買ったせいだと思うが。

 

「カントーって怖い……」

 

 おっと、またもカントーの風評被害を生んでしまったようだ。

 まあ、すべて嘘ではないし別にいいか。

 

「それはそうと、マリィはなぜ私の跡をつけていたんですか?」

 

 おそらく闇討ちではないだろう。感じた気配に殺気は含まれていなかった。

 マリィは胸の前で手をもじもじと恥ずかしそうにさせながら

 

「……そ、そのトレーニングしてたらオレンジさんが出てくるのが見えたからつい」

「反応に困るんで、核心まで言ってください」

「昨日ユウリにガブリアスを見せてほしいって言ったら、あれはオレンジさんのポケモンだって聞いたから……それで」

「ああ、なるほど」

 

 要するに、ガブリアスが見たくて私の跡をつけてきたのか。

 たしかに、あの時のガブリアスの写真はsnsでかなり拡散されていた。その情報の中にはユウリが仕切っていた点も書かれていたし、彼女のポケモンだと誤解するのは納得いく。

 しかし、一度自己紹介をしただけの大人に図々しくお願いするのも気が引けて、中途半端な感じになっていたのか。

 見た目に反して普通にいい子だった。

 

「要するにガブリアスを見せてほしいという話ですよね?」

「う、うん。そう」

「別に構いませんよ」

「本当に!?」

 

 マリィはずいっと顔を近づけてくる。

 こんなにあっさり了承されるとは思っていなかったようだ。

 

「ポケモンを見せるくらい減るものではありませんから。出てきなさい、ガブリアス」

「ガバァ!」

 

 朝だと言うのに元気に登場してきたガブリアス。これはボールの中から会話を聞いていたな。

 相変わらずのお調子者っぷりを見せつつ、ガブリアスはマリィにのっしのっしと近づく。

 マリィは目を輝かせながら。

 

「ふあああ、ガブリアス! 本物や!」

 

 と大興奮していた。

 クールな見た目に反して子供らしく興奮を表に出すタイプのようだ。ユウリとは違うな。あの子は人見知りだがら、初対面ではわりと物静かだ。

 マリィは爛々とした目で私の方をちらりと見て。

 

「さ、触っていい?」

「お好きにどうぞ」

「ガバァ」

 

 ガブリアスもどこでもいいぜとばかりに腕を広げていた。

 許可が出たマリィは、震えている手をゆっくりと近づけていき、ガブリアスの群青色の肌に静かに触れた。

 

「本物はけっこうザラザラしてる。フィギュアと全然違う」

「本当にガブリアスキッドが好きなんですね」

「うん。小さい時、映画をイッシュで見たんやけど、その時のガブリアスキッドが本当に格好よかったんだ!」

「え、イッシュ……」

「どうかしたと?」

「い、いえいえ、なんでもありませんよ」

 

 危ない、危ない。不意に自分の出演作のファンと出会ってしまったせいで、あの時の記憶がフラッシュバックしてしまった。

 私の態度を不審に思ったのか、マリィはジロジロとガブリアスを観察し始める。

 まずい。イッシュ版が好きと言うことは、持っているフィギュアもイッシュ版の可能性が高い。ポケウッドは無駄にリアリティを追求しているせいか、グッズ一つ一つのクオリティが高い。フィギュアも例外ではなく、様々な技術を駆使して私のガブリアスそっくりに作られている。

 

「この頭の傷、フィギュアのガブリアスにそっくり……そういえば声も、よく聞くと映画のガブリアスそっくり」

 

 いや、ファンすぎん? 

 私は持ち主だから自分のガブリアスの鳴き声を判別することができるが、そうでなかったらポケモンの個体を鳴き声で判別するなんて普通出来ないぞ。

 それよりもどうしよう。これはほぼ私のガブリアスが映画に出ていたガブリアスだとバレている。

 

「ねぇ!」

 

 来たー!

 

「もしかして、このガブリアスってポケウッドの映画に出たことある!?」

「……まあ、一度だけ」

 

 もはや誤魔化せないと観念した私は正直に答えた。

 

「やっぱり、やっぱりそうなんや! この子があのガブリアスなんやぁ」

 

 ん? なんだろうこの感じ。予想通りガブリアスのことはバレているのだが、少し違和感があるというか。

 

「この子がガブリアスキッドと一緒にハチクマスクと戦ったんだもんね」

 

 あ、そうか。私がガブリアスキッドだと気がついていないのか。たしかに、あの役はずっと仮面を付けているから顔は分からない。声もかなり声色を変えてやっていたから気がつかなくてもおかしくない。

 これはまだ誤魔化せる。

 

「はい。ちょっとした縁で出させていただきましてね。ねぇ、ガブリアス」

「ガバァ?」

「ね? 出たのはあなただけですもんね?」

 

 ガブリアスは私の気持ちを察したのかコクコクと頷いた。

 私たちのやりとりを傍観していたマリィは、

 

「もっと、映画の話とか聞きたいんだけどいい?」

「え、ええ構いませんよ!」

 

 その後、バレないように必死に誤魔化した。

 

 

 □

 

 

 あの後ユウリにも話が伝わったらしく散々問い質された。

 ファンの熱意は凄まじい。ああいうテンションが面倒だから、あまり大っぴらにしたくないのもある。

 私は疲れのあまりベッドに身体を投げ出す。

 そんな時、スマフォがバイブした。相手を見てみると、こんな状況を作りやがった元凶からだった。

 

夏『久しぶり。今少し時間いいかしら?」

 

橙『よくありません』

 

 そう送って電源を切った。

 こんな疲れている時に、あんな疲れる人間とやり取りなんてしたくない。私はそのまま夢の中に旅立った。

 

 

 □

 

 

「電話も出ない……ちっ、電源を切ったみたいね」

 

 苛立ちを隠すことなく、電話を乱暴にベッドに向かって投げる。

 整った顔立ちに外に跳ねた髪は昔のロングヘアーの名残りを残している。風呂上りなのか、バスローブに身を包んでいる。

 彼女はナツメ。ヤマブキシティのジムリーダーにして、ポケウッドの人気女優であり、オレンジの幼馴染である。

 しかし、その仲はたいへん険悪である。今も連絡を拒否されたところである。

 

「お風呂お借りしました、ナツメさん!」

 

 虫の居所が悪いナツメに元気な声でお礼を言う声。

 可愛い系の整った顔にいつもツインテールにしている髪は下ろしていてロングヘアーになっている。バスローブから溢れそうになる胸元は、3年間でさらにバストアップした。

 彼女はメイ。ナツメと同じく大人気女優であり、オレンジとは3年前に旅をしていた。

 ひんにゅ……スレンダーなナツメは歩くたびに揺れる男の夢を睨みつける。

 その目線に気がついたメイは、むふふと笑い。

 

「そんな睨みつけないでくださいよ〜。ナツメさんの胸だって、一部のマニアには人気ですから」

「喧嘩売ってるなら買うわ。サイコキネシ……」

「まあまあ、そんなカリカリしないでくださいよぉ。その様子だと、オレンジさんにフラれたんですか?」

「私があれに恋心を抱いている前提で言わないで。単に連絡を無視されただけよ」

「やっぱりフラれたんだ」

「ぶっ殺」

 

 キレたナツメのサイコキネシスで小物が飛んでくるが、メイは慣れたようにひょいひょいと最小限の動きでかわす。

 余裕そうなメイにナツメはギリリと唇を噛んだ。 

 修羅場のような空気だが、メイはマイペースにドアの方に歩きながら。

 

「はぁ、久しぶりにオレンジさんの声聞きたかったのにな〜」

「本当に物好きね。あれのどこにそんな惹かれるのか私には理解不能だわ」

「理解されなくてけっこうですぅ。メイの旦那様はオレンジさん。初めて出会った時から決めたんだもん」

 

 不貞腐れたように言いながら、メイは上着を羽織り部屋から出て行った。

 エレベーターに乗りホテルのロビーに降りる。

 自販機を見つけ、ととと歩いていく。お金を入れるとピッという音と共にボタンに電気が灯った。

 メイは迷うことなくオレンの実ジュースを押した。

 

「3年前は失敗しちゃったけど、次こそはオレンジさんの心をメイに振り向かせてみせるよ」

 

 

 

 





 Q.好きな服は?

橙「破けにくい服ですね。よく服が再起不能になるので、理想はあくうせつだんに耐えられるくらいの服です」


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エンジンシティ〜ジム戦対策〜

 

 明朝、ホテルに隣接するフィールドに私とユウリは対面していた。

 ジム戦本番まで残り2日に迫った。今日から特訓に追い込みをかけることにする。

 具体的には今までは基礎的なほのおタイプ対策を叩き込んできたが、これから行うのは実践的な対策だ。

 今日のテーマを伝えられたユウリは首を捻りながら。

 

「実践的な対策って、今までと何が違うです?」

「基礎はあくまで基礎。実戦では典型的な展開などほとんど起こりません。なぜなら、相手も典型的な展開など知っているからです。相手が容易に予測できる手など打つのは愚策ですからね。つまりは今まで詰め込んできた基礎を応用して、様々な展開に対応できるようにしなくてはならないということです」

「ふーん。要するに前の2つのジムとやることはかわらねぇですか」

「そうと言いたいところですが、あなたは他のチャレンジャーと事情が異なります」

「え?」

 

 私の言葉にユウリはポカンと口を開ける。

 

「あなたは他のチャレンジャーに比べて注目度が桁違いに高い。そのためカブさんもあなたのバトルを見ている可能性があります。要は情報が他よりも知られているから、さらに対策を重ねないと力負けしてしまいます」

 

 後、この前カブに連絡した時に今度私の弟子が挑戦するのでお手柔らかにと送ったら、燃え盛るカブさんスタンプが送られてきた。多分カブさん、私の弟子と聞いて相当意識してる。

 それに嘘はついていない。カブの注目度が高いのは主に私が原因だが。

 ユウリは私の言葉を鵜呑みにしたのか、なるほどと頷いていた。

 

「それでは、ほのおタイプの対策に移りましょう。前に話したほのおタイプの特徴を言ってみなさい」

「はいです! えっと、まずほのおタイプの特徴としては直接攻撃、特殊攻撃両方に威力の高い技を持つ攻めに特化したタイプです。さらに状態異常のやけどを負うと体力が減らされる上に攻撃力が下がるです」

「その通り。しかし、それはあくまで基礎知識です。カブさんレベルの使い手になれば、ほのおを守りに利用することも普通にやってきます」

「うえぇ、マジですか」

「マジです。だからこそ、今から実践的なほのお技を混ぜたバトルをやります。しっかり、燃やされなさい」

「燃やされる前提!?」

「別に勝てるなら勝っても構いませんよ。勝てるなら、ね」

「うぅ。や、やってやるですよ!」

 

 自信はなさげだが、戦う気持ちは失っていないようだ。

 

「それではさっそくやりますか。バトルは3対3のシングルバトルです」

「はいです!」

 

 私たちは合わせるようにボールを構えて。

 

「いきますよ、シャンデラ」

「シャンシャン」

「いけです、ハスブレロ!」

「ハッス!」

 

 私が出したのはゴースト・ほのおタイプのシャンデラ。大きなシャンデリアのような見た目で、ランプの炎は青く燃え盛っている。

 ほのお技の威力だけならウインディに劣っていない。私のポケモンの中でもトップクラスの特殊攻撃力を誇っているのだ。

 そして、いつも通り先攻はユウリだ。

 

「ハスブレロ、フィールド全体にバブルこうせんです!」

「ハッス!」

「ほお」

 

 ハスブレロの口から出てきた大量のシャボン玉が雨のようにフィールド全体に降り注ぐ。

 これではどこに逃げようともシャボン玉に当たってしまう。だからこそ、回避方法は一つしかない。

 と誘導しているのだろう。他に手はあるが、これはほのおタイプの戦い方の修行、あえてユウリの考えに乗ってあげよう。

 

「シャンデラ、上空にねっぷうです」

「シャンシャン!」

 

 高熱の風が上空に放たれると、シャボン玉は耐久性に欠けるのか、パンパンと音をたててわっていく。

 すると、プシュゥゥゥという音が鳴りシャンデラの周りをしろいきりが囲っていく。

 ユウリは上手くいったとばかりに顔を綻ばせた。

 

「かかりやがりましたね!」

「なるほど、水蒸気を利用して霧を発生させたのですね。なかなかやるじゃないですか」

「まだまだ行くですよ! ハスブレロ、バブルこうせん!」

「ハッス!」

「シャンデラ、おにびを使って防ぎなさい」

「シャン、シャンシャンシャン!」

 

 シャンデラはおにびをサイコキネシスでクロス状に高速回転させて、向かってくるシャボン玉をすべて防いだ。

 そして、その勢いのまま風で霧も晴らした。

 ノーダメージのシャンデラを見て、ユウリは目を剥いていた。

 

「はぁ!? 何が起こりやがりましたか!?」

「いくつかのおにびをサイコキネシスで高速回転させて、360度防げる防御壁を作っただけですよ。簡単な話です」

「いやそれ言うのは簡単だけど、やるのは相当難いやつですよ!? というか、360度ってどうやって破るですか!」

「それくらい自分で考えなさい。対戦相手が戦略の攻略法を教えてくれると思ってるんですか?」

「そんなめちゃくちゃ戦法誰も使わねぇですよ!」

 

 大して強い戦法でもないぞ(すっとぼけ)。

 こんなものレッドならフシギバナのハードプラントで正面突破してくる。

 まあ、ジム戦で使われたらやってられないレベルではあるが。

 

「文句ばかり言っているとすぐにやられますよ。シャンデラ、シャドーボール」

「シャンシャン!」

 

 闇の球が空気を裂いて向かって行く。

 

「ハスブレロ、れいとうパンチで打ち破れです!」

「ハッス!」

 

 避けられないと判断したのか、氷の拳で相殺させようとしたが、あっさりと押し戻されて直撃した。

  

「ハッスッッ!?」

「ハスブレロ!?」

 

 吹っ飛ばされたハスブレロは、傷を負いながらもかろうじで立ち上がった。

 

「くっ! ハスブレロ、しろいきりで自分の姿を隠せです!」

「ハッス」

 

 ハスブレロはしろいきりに包まれて姿を隠した。

 

「甘いですね。シャンデラ、ねっぷうでまとめてやってしまいなさい」

「シャンシャン!」

「ハッスッッ!?」

 

 霧全体を覆うよう熱風が霧ごとハスブレロを飲み込んだ。

 直撃したハスブレロは、目を回してぐったりと倒れ込んだ。

 

「ハスブレロ戦闘不能ですね」

「うぅ、お疲れ様ですハスブレロ」

 

 悔しそうに表情を歪ませながら、ハスブレロをボールに戻した。

 

「今のようにほのお技は範囲が広い技が多いです。そのため、しろいきりで姿を隠しても、効果は薄いのです。次からはしろいきりの使い方をもう少し考えなさい」

「はいです」

 

 私の言葉にユウリはがっくりとしながら頷いた。

 バトルはまだまだ続く。ユウリの次のポケモンは。

 

「行くですよ、ホルビー!」

「ホルッビ!」

「2体目はホルビーですか。シャンデラ、一旦戻りなさい」

 

 私はシャンデラをボールに戻して、次のボールを持つ。

 

「行きなさい、マグカルゴ!」

「マッグ」

 

 私が繰り出したのはマグカルゴ。ほのお・いわタイプで、ほのおタイプには珍しく防御力の種族値が高いポケモンである。

 ただ、みずとじめんが4倍ダメージとなる上にすばやさもかなり低いため、バトルで使うのには人気がない。

 私のマグカルゴの場合、そもそもバトルがそこまで好きじゃないため、おそらく他のポケモンより実力は低いだろう。しかし、カブさんの対策をするのにマグカルゴは最適といえるから、ちょっと無理してマグカルゴに頼んだのだ。

 

「さっそく行くですよ! ホルビー、マッドショット!」

「ホルッビ!」

「マグカルゴ、かたくなる」

「マッグ」  

 

 マグカルゴは向かってくる泥玉をその身で受けた。

 

「うえ!? 効いてないですか!?」

「ダメージはありますよ。ただ、私のマグカルゴはのんきな性格でしてね、あまりダメージを表情に出しません」

「紛らわしいですね! でもダメージがあるなら続けるだけです! ホルビー、もう一度マッドショット!」

「もう一度かたくなる」

 

 またも泥玉が直撃するが、マグカルゴは表情一つ変えない。

 

「ああもう! 本当に効いてるですか!?」

「うるさいですね。次はこちらから行きますよ。マグカルゴ、がんせきふうじでホルビーの周りを囲いなさい」

「マッグ!」

 

 放たれた巨大な岩は、ホルビーを囲うように立ち塞がった。

 岩の中に孤立させられたホルビーは戸惑い、ユウリも経験したことない光景は混乱しているようだ。

 そんな隙を作ってはつかないわけにはいかない。 

 

「マグカルゴ、のしかかり」

「マッグ!」

 

 青空教室になっていた天井部分からマグカルゴがふっていく。逃げ場がないホルビーはのしかかりをまともに受けた。

 土煙があがる。

 

「ほうこれは」

 

 土煙が晴れるとおもしろい光景が広がっていた。

 なんとホルビーはボロボロになりながらもマグカルゴを捕まえて拘束していた。ほのおのからだであるマグカルゴを拘束するのは相当つらいはずだが、のしかかりの効果でマヒ状態になったおかげでやけどの効果を受けないのか。

 

「ホルビィィ」

「マグッ、マグッ」

 

 マグカルゴは必死に拘束を解こうとするが、ホルビーの捕まえ方が上手いのか解ける気配はない。

 ホルビーの頑張りにユウリはにかりと笑い。

 

「ありがとうですホルビー! そのままかわらわり!」

「仕方ありませんね。マグカルゴ、ふんえん!」

「ホルッビ!」

「マグァァ!」

 

 ふんえんとかわらわりがぶつかり合うと大爆発が発生した。

 黒い煙の中からはどらちも出てこない。煙が晴れると。

 

「……ホルッビ」

「マグ、マグ……」

 

 目を回したホルビーと、ギリッギリで立っているマグカルゴがいた。

 ホルビーの負けだ。

 

「ぐぅぅ、惜しかったです……」

「頑張りましたね。マグカルゴはバトル向けに育てていないにしても、十分強いです。あれだけ追い詰められれば十分ですよ」

「そうですか? ホルビーお疲れ様です」

「マグカルゴ、ゆっくり休んでください」

 

 私とユウリはポケモンたちをボールに戻した。

 

「カブさんのトロッゴンも似たような戦法でくる可能性があります。しっかり、復習しておきなさい」

「オッケーです」

「それではラスト行きますよ」

「まだラストじゃねぇですよ! 次は私が倒すです!」

 

 2人はボールを構えて。

 

「行きなさい、ウインディ」

「ガアウ!」

「勝つですよ! ラビフット!」

「ラビフッ!」

 

 私が繰り出したのはウインディ。私の持つほのおタイプの中では一番強いポケモンだ。

 カブもウインディを使用するということで、ちょうどいいデモンストレーションだ。

 

「きやがりましたね、ウインディ!」

 

 ユウリはゲームのラスボスを相手するような顔でウインディを見る。ウインディは遠近どちらの攻撃もできてバランスがいいため、これまで何度も指導バトルをやっている。

 そのせいか他のポケモンよりも警戒しているようだ。

 

「ウインディ、だいもんじ」

「ガアウ!」

「ラビフット、ニトロチャージでつっこめです!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

 だいもんじを地面に当てて炎の壁を作り視線を遮る、私のウインディの得意戦法に勘付いたユウリは炎が壁になる前に突破する手を使った。

 そのだいもんじはコントロールするために70%くらいに威力を抑えてある。ほのおタイプのラビフットなら、何とか突破できるだろう。

 私の予想通りラビフットは、炎の壁を突き破った。

 

「そのままにどげりです!」

「ラビフッ、ラビフッ!」

 

 ほのおを突き破った勢いのまま、ラビフットは接近戦に持ち込もうとする。

 

「ウインディ、しんそくでかわしなさい」

 

 しかし、ウインディは簡単にかわした。

 

「ウインディ、地面に向かってインファイト」

「ガアァァァゥゥ!」

 

 地面に前足を猛スピードで打ち付けると、砕けた地面がすなあらしのようになってフィールド全体の視界を遮る。

 

「全然見えねぇです!? どこ行きやがりました!」

「あなたが焦ってどうするんですか。ウインディ、だいもんじ」

「ガアウ!」

 

 斜めから飛んできた大の字の炎は、反応が遅れたラビフットに直撃した。

 

「ラビフッッ!?」

「ラビフット!?」

 

 後ろに吹っ飛ばされたラビフットはフィールドを引きずるように転がるが、何とか立ち上がった。

 追撃する手もあるが、そこでラビフットに捕まって接近戦に持ち込まれるリスクがある。ここは深追いせずに様子を見させることにする。

 

「ぐぅ」

 

 ユウリは唇を噛む。

 おそらく私が追撃をしてこないことに対してだろう。

 簡単な話だ。ラビフットは技の構成的に接近戦に特化している。しかし、近接に持ち込もうとしてもしんそくで簡単に距離をとられてしまう。要するに相手を攻撃する手がないのだ。

 接近戦特化。

 それはラビフットの性格と種族値的にぴったりのスタイルであると同時に最大の弱点ができてしまう原因になる。

 今までのレベルなら騙し騙しやってこれたかもしれないが、これから先そんな分かりやすい弱点があれば、ほぼ全てのトレーナーがついてくる。

 すなあらしが止んだ。

 さて、そろそろ決めよう。

 

「ウインディ、しんそくの速度からフレアドライブ!」

「ガアアアゥゥ!」

 

 しんそくのすばやさを超越して速度のフレアドライブは赤ではなく、青い炎となってラビフットを貫いた。

 爆発が起こると、煙の中からウインディが飛び出してきてシュタッと優雅に着地する。

 煙が晴れると、目を回したラビフットが出てきた。

 

「ラビフッ……」

「ラビフット戦闘不能ですね。お疲れ様でしたウインディ」

「ガアウ」

 

 首元を撫でると、ウインディは気持ちよさそうに目を細める。

 ユウリの方を見てみると、目を回したラビフットを介抱していた。

 

「お疲れ様ですラビフット。ごめんね、最後慌てちゃったです」

「ラビフ」

 

 ドンマイとばかりににかりと笑うラビフット。あのラビフット、人間の男なら相当イケメンだろうな。

 なんてくだらないことを考えながら、ユウリの方に歩いて行く。

 

「いいバトルでした。少し心配でしたが、悪くないと思いますよ」

「そうですか? ……でも、課題もしっかり見えたです。ラビフットの弱点や、とっさの判断能力」

「そうですね」

「だから、もう一回バトルお願いするです!」

 

 これは驚いた。

 今まではもう一戦と言うと嫌そうな顔をしていたのに、自分から求めてくるとは。  

 これはもしかして、ライバルが出来てきて刺激を受けたのか?

 何はともあれ、弟子がやる気なら応えない師匠はいない。

 

「はい、分かりました。すぐにやりましょう」

 

 その後めちゃくちゃバトルした。

 

 

 




シャンデラ
イッシュ旅(1回目)でゲット。人を驚かすのが好きで、トウヤを驚かせまくって泣かたところをオレンジが気に入ってゲットした。 
 
マグカルゴ
ジョウトの旅でゲット。あまりバトルが好きではない。しかし、その特性を活かして普段はウツギ研究所に貸し出して、研究の手伝いをしている。


 Q.研究以外にどんな仕事してるんですか?

橙「そうですね……まず、オーキド研究所の経理全般。ジョウトの歴史研究の協力。デポンのメガシンカ研究の協力。シンオウでは進化研究とカンナギタウンの町おこしの副責任者。イッシュではスイーツチェーンのアドバイザー。アローラではリーグの協力者をしていますね」

Q.終わるんですか?

橙「普段はあまり仕事は重ならないのですが、重なると一気に忙しくなります。まあ、寝なければ余裕ですがね」




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挑戦! エンジンジム(前編)


 30話到達! 初めてこんなに続きました。


 ついにユウリのエンジンジム挑戦当日となった。

 相変わらずユウリの人気は衰えるところを知らない。それどころか前よりもファンが増えたように思える。ルリナに快勝し、世代No. 1トレーナーのビートと互角の戦いをしたことで、ルックスに加えてわりと強い少女から、本当の実力者であると認知されてきたのだ。

 おかげで今日の観戦チケットの倍率は10倍を超えている。そんな倍率のチケットを運が最強に悪いオレンジが入手できるわけがない。

 しかし、カブさんの計らいで関係者席に招待されたオレンジは、なんとかスタジアムの中に入ることができた。

 一般席よりもフィールドに近い特等席にオレンジはご満悦である。

 

「いやぁ。まさか、関係者席にいれてもらえるとはね。やはり持つものは運より人脈ですね」

「よくカブさんも入れてくれたわね。私だったら、自分の仕事場ぶっ壊した当事者を招待なんて絶対しないわ」

「元々ふっかけてきたのはダンデの方ですよ。私が責められる謂れはありません」

 

 過失でフィールドに地盤沈下を起こしたことは忘れたようだ。

 ソニアはじとりとした視線を送るが、オレンジは口笛を吹いて誤魔化していた。

 ソニアは諦めた。

 

「でも、ユウリは勝てるかな? カブさんってジムの中でもかなり難関なんでしょ?」

「そうですね。カブさんのジムの突破率は約10%。要するに90%のチャレンジャーはここで挫折するということですね」

「90……そんなに」

「ユウリの勝つ確率は五分五分といったところですかね。勝利の分かれ目は、流れを掴めるかどうかでしょう」

 

 五分五分という言葉にソニアは顔を険しくする。

 もっとも、相手はトレーナー歴三十年以上のベテランだ。バトルの酸いも甘いも経験してきたカブ相手にジムチャレンジャーが五分の勝率というのは異常なことなのだ。

 それでも保護者として心配が尽きるはずがない。

 それを理解しているオレンジはにこりと笑って。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ユウリの努力を信じましょう」

「……うん。そうだね」

 

 二人がフィールドを見ると、会場の電灯がゆっくりと消えた。

 

 

 □

 

 

 深呼吸を何度も、何度も重ねるが心臓の鼓動は遅くならない。早鐘のようになり続ける。

 通路口の気温は、この会場に万を超える観客がいるとは信じられないくらい寒い。これが建物の素材のせいなのか、自分の緊張のせいなのか、もはやユウリには判断できなかった。

 

「緊張しているようだね」

 

 不意に聞こえてきた声にユウリは心臓が飛び出そうになるほど驚いた。ぎゃあ!? と女の子らしくない声が出てしまう。

 ワントゥーとステップを踏んで後ろに下がりながら振り向くと、そこには今日の対戦相手であるカブが立っていた。

 カブはいつものように赤いユニフォームに、手拭いを首にかけて端を両手で掴んでいる。

 

「カ、カブさん!? どうしてここに!? ジムリーダーはあっちの通路口からじゃ……」

「ああ、今日は特別さ。少しユウリくんと話しておきたいとおもってね」

「話しておきたい?」

 

 ユウリはカブとまともに顔を合わせるのはこれが初めてである。そんなことを言われても、まったく見当がつかない。

 

「ぼくは、君の師匠のオレンジくんとは少し縁があってね。彼の実力もこの目で見させもらったことがある」

「そうなんですか」

「だから、君が彼の弟子と聞いた時、今の快進撃にも納得してしまったよ。その努力は素直に尊敬する」

「ありがとうです」

 

 緊張で返事が塩だが、内心ではとても喜んでいる。それはそうだ、カブはユウリが小さい頃から活躍していたジムリーダー。ダンデとの名勝負はいくつもある、いわば憧れの存在だ。

 そんな人間に努力を認められたら狂喜乱舞したくもなる。

 しかし、カブは和やかだった雰囲気を一変させる。

 

「だからこそ悔しさもある。君たちが努力している以上にぼく含めジムリーダーたちは努力してきている。それを軽々しく踏み越えられるのは、本当に悔しい」

 

 ユウリはずっと疑問だった。なんでカブがわざわざ試合前に自分のところに来たのか。世間話なら後でもいいはずなのに、なぜ今なのか。

 カブの鋭い瞳を見てようやく理解できた。

 

「今日のバトル、ぼくのプライドにかけて勝たせてもらう。ガラルのジムリーダーはそこまで甘くないことを教えてあげよう」

 

 宣戦布告だ。

 途端ユウリの顔に笑いが溢れてきた。憧れの人間が自分を倒す相手と認識して、全力でかかると言ってくれたのだ。

 それは、彼女にとって最高位の喜びである。

 

「なら、それを打ち破ってやるだけです! 絶対勝ってやるですよ!」

「……なるほど、彼に聞いた通りだな」

 

 ーー『さあ、遂にこの時がやってきたああああ! 出てくるのはもちろんこの男! いつまでも燃える男こと、灼熱のジムリーダー、カブだああ!』

 

「おっと、呼ばれてしまったか。では、ユウリくんいいバトルをしよう」

 

 そう言って、小走りでフィールドへと向かって行った。

 カブが来る前と通路の温度も、胸のドキドキも変わらない。

 しかし、もはやユウリの心に憂いは一切なかった。

 

 

 

 

 

 ーー『そして次はこの人。すでにジムリーダー2人に快勝し、先日は世代No. 1の呼び声高いビート選手と互角のバトルを演じて見せました。その才能は今やジムチャレンジャーの中でもトップクラス! 今日も魅せてくれ、ユウリちゃんスマイルこと、ユウリ選手の登場だああああ!』

 

 ユウリちゃんスマイルという謎単語に関係者は首を捻りつつも、観客はそんな細かいことは気にせずに歓声をあげた。

 前回の満員だったバウジムの歓声を優に超える応援に、元来目立ちたがりのユウリは気合いを入れ直した。

 カブは若手の勢いに心を揺らすことなく、顔の変化は特にない。

 

「それではこれよりジム戦を始めます! 使用ポケモンは3対3のシングルバトルです! それではバトル開始!」

 

 審判が旗を両断するように下げると、決戦の火蓋が切られた。

 

「行くぞ、ウインディ!」

「ガアウ!」

「行くですよ、ホルビー!」

「ホルッビ!」

 

 カブはウインディを出し、ユウリはホルビーを出した。タイプ相性では互角であるが、ホルビーはじめんタイプの技を持っている。その面ではホルビーに分があると言える。

 

「ウインディ、にほんばれだ!」

「ガアァ!」

 

 口から発射された丸い光は、まるで小型の太陽のようにスタジアムを照らし始めた。  

 急激な気温の上昇に初見の人は暑い暑いと服を脱ぎ始めて、経験者はバトルが始まると同時に半袖だ。年季が違う。

 

「ホルビー、あなをほる!」

「ホルッビ」

 

 ホルビーは地面に潜って姿を隠した。陽が強くなるとほのおタイプの威力が上がる。となれば、遠距離では文字通り火力で負けてしまう。

 そう判断したユウリはあなをほるで奇襲をしかけて、接近戦に持ち込む腹づもりだ。

 

「ウインディ、地面に向かってかえんほうしゃ!」

「ガアァァァ!」

「何のつもりです!?」

 

 ユウリの困惑をよそに、ウインディの炎が地面を炙っていく。

 火に煽られ続けた地面は段々と土色を熱熱した赤に変化させていき、最後には地面の温度に耐え切れなくなったホルビーが地面から飛び出してきた。

 

「ホルビーッッッ!?」

「そこだ! ウインディ、かえんほうしゃ!」

「ガアァァ!」

「ホルビー! 地面にかわらわりして横に避けろです!」

「ホルッビ!」

 

 地面を叩いた反動で横に身体を飛ばすと、その横をかえんほうしゃが通り過ぎて行った。

 ギリギリの回避を成功させたが、まだまだ息を抜けない。

 

「ウインディ、かみくだくだ!」

「ガアウ!」

「ホルビー、そのままつっこめです!」

「ホルッビ!」

 

 歯を光らせて走ってくるウインディに対抗するように、ホルビーも走ってくる。

 接点に差し掛かる寸前。ウインディの大きな口がホルビーに迫ってくるが。

 

「ホルビー、そのどでかい口に向かってマッドショット!」

「ホルッビィィ!」

「ガアウッッッ!?」

 

 大きく開けていた口に無数の泥玉が撃ち込まれた。こうかばつぐんの技にウインディは後ろに吹っ飛ばされて地面に倒れ込む。

 立ち上がるものの、若干元気がなくなっていることからダメージは受けているようだ。

 

「ガウッ、ガア」

 

 ウインディは痰が絡まったような咳をしている。

 その様子にユウリはしてやったりの顔をしていた。要は泥の粘着性を利用してウインディの喉の通気性を悪くしたのだ。

 ほのおタイプはじめんタイプに弱い。この構図のせいなのか、口にじめん技が詰められるとほのお技を出しにくくなるという、研究結果があるのだ。

 オレンジにオススメされた論文解説を読んでいて閃いた戦法だ。あの時はこんな分厚い本読んで何の意味があるんだと考えていたが、こんなところで役に立った。

 

「一気に決めるですよ! ホルビー、マッドショット!」

「ホルッビィィ!」

「ウインディ、ソーラービームだ!」

「ガアァァァァ!」

「へへっ!?」

 

 泥が詰まって出しにくくなるのはあくまでほのおタイプの技。くさタイプの技であるソーラービームは関係ない。

 ウインディの口から放たれた緑色光線は、泥玉を全て飲み込んでホルビーをも飲み込んだ。

 爆音と同時に土煙が舞い上がる。晴れると、目を回したホルビーが倒れていた。

 

「ホルビー戦闘不能、ウインディの勝ち!」

 

 ーー『まず先手を取ったのはカブさんだ! 対して、ユウリ選手はジム戦を通じて初めて先手を取られる結果となりました。さあ、この先どうなっていくのか!』

 

 

 □

 

 

「自分の作戦が上手く行ったからといって、調子に乗りすぎましたね。にほんばれを使ってるなら、普通ソーラービームも警戒するものだろうに。まったく、この辺りがまだまだ甘いんですよ」

「それにしてもカブさん強いね。素人目に見てもレベルが違うのが分かるわ」

「ですね。最近のバトルは守りを重視したバトルスタイルだったのですが、今日は攻めてきますね。何か心境の変化があったのでしょうか?」

 

 自分が原因とは知らない男は呑気にそんなことを言っていた。

 そんな中、オレンジはソニアをジーと見ている。視線に気がついたソニアは。

 

「な、何?」

「いや、ソニアって意外に着痩せするタイプなんだなぁと」

「こんな時にどこ見てんのよ!?」

「あべし!?」

 

 オレンジはソニアに捌かれた。

 どことは言わない。あえて曖昧に書くのなら、にほんばれの影響でソニアは上着を脱いでいたということだけだ。

 

 

 





 Q.おっぱいは好きですか?

橙「嫌いな男はいないと思いますが?(真顔)」


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挑戦! エンジンジム(後編)

 特に章分けはしないですが、原作的にはここが一区切りですね。
 3個目のジムで約30話。単純計算すると……ちょっと頭痛いですね。


 このジム戦が始まる前に、カブはオレンジからとあるメッセージを受け取っていた

 

『お久しぶりです。今度、私の弟子がカブさんに挑戦するのでお手柔らかにお願いします』

 

 この文を見たとき、カブは戦慄した。すぐに『弟子とは誰か?』という趣旨のメールを送り返した。

 

『名前はユウリと言います』

 

 ユウリ。その名前にはカブも聞き覚えがあった。

 最近ヤロー、ルリナのジムを苦戦することなく勝利し、破竹の勢いで勝ち進んでいるジムチャレンジャーだ。その才能はチャンピオンダンデに迫ると言われ、メディアに過剰なまでに取り上げられている。

 さすがにダンデに迫るというのは言い過ぎではないかと懐疑的だったが、オレンジの弟子と聞けばもしやと思ってしまう。

 なぜなら、オレンジはダンデよりも遥か高みにいるトレーナー。オレンジがダンデに圧勝するところを、目の前で見ていたカブが、そんなことあり得ないと口が裂けても言えない。

 

「……もしかすれば、彼女が次のチャンピオンになるのかもしれないな」

 

 不意に漏れた言葉には、諦めと悔しさが滲み出ていた。

 カブも理解しているのだ、自分の歳ではすでにチャンピオンを超えるような伸び代が望めないことに。

 しかし、同時に自分がダンデを引き摺り下ろせない現実を受け止めきれない。なぜなら、彼はポケモントレーナー。世界一諦めが悪い種族の人間だ。

 

 カブはダンデが強者の孤独を感じていることに気がついていた。それを埋めたのはオレンジだった。

 次世代のトレーナーが台頭し始めてガラルに新たな風が吹き始めた。それもオレンジの手によるものだった。

 

「悔しいなぁ……」

 

 またも感情が漏れ出した。

 余所者を差別するつもりはない。それを言うなら自分もホウエンから来た余所者だ。

 しかし、10年以上ガラルに貢献してきた自分に出来なかったことを、ポッと現れた人間が出来てしまうのは納得できない。

 器の小さい人間だろうか。それでも築き上げてきたプライドを蔑ろにされたくない。

 これは男の意地だ。

 

『簡単に負けるつもりはないよ』

 

 そう送り返したカブの目には心の炎が燃え盛っていた。

 

 

 □

 

 

 先手を取られたユウリは苦しい状況に置かれている。ただでさえ格上の相手に不利な状況に持ち込まれているのだ。正攻法だけでは苦しい状況にある。

 流れを強引に引き戻す一手。しかし、その賭けに失敗した場合、ユウリはこのバトルに負ける。

 まだ安全策でチャンスを見出すことも可能な状況だ。

 しかし、自分はチャレンジャー。守りに入るのは危険だ。ユウリは腹をくくった。

 

「行くですよ、ハスブレロ!」

「ハッス!」

『ユウリ選手の2体目のポケモンはハスブレロだ! ルリナさん相手にも活躍したハスブレロ。おそらく今バトルの切り札でしょう! さあ、どんなバトルを……?』

 

 実況が困惑から言葉を失っていく。なぜなら、ユウリのダイマックスバンドが輝いているからだ。

 

「流れを奪い取るですよ! ダイマックスタイムです!」

 

 ユウリはハスブレロをボールに戻す。するとバンドから流れ出てくるエネルギーがボールに纏わり付き、ボールを巨大化させた。

 ユウリはそのボールを両手で抱えて、よろめきながら何とかフィールドに投げた。

 

ハッスゥゥゥ!

 

 ダイマックス化したハスブレロを繰り出すと、会場の空気が一気に沸き立った。

 カブが先制したことにより会場の空気はカブ寄りに偏り始めていたが、ユウリはこの一手でそれをすべてひっくり返したのだ。

 流れがきた。

 

「ハスブレロ、ダイストリームです!」

ハッスゥゥゥ!

「ぐっ、ウインディ! ソーラービーム!」

「ガアウゥゥ!」

 

 巨大な水砲に、何とか相性のいい技で対抗しようと試みる。しかし、ダイマックス化したハスブレロの特殊攻撃力には遠く及ばず、ソーラービームは水砲に飲み込まれて、そのままウインディごと飲み込んだ。

 水砲はウインディを直撃した後、天に昇りしとしとと雨を降らせ始める。

 そして雨にうたれながら、ウインディは目を回して倒れていた。

 

「ウインディ、戦闘不能! ハスブレロの勝ち!」

「よくやりました、ハスブレロ!」

 

 ハスブレロはニコニコしながら、返事を返した。

 

「お疲れ様ウインディ。役目は十分果たした、しっかり休んでくれ」

 

 ボールに戻したカブは一度気を引き締め直す。

 相手は子供とは言えかなりの実力者。このくらいの奇策を仕掛けてくることは想定内だ。流れは奪われたが、主導権は握られていない以上挽回は充分可能だ。

 次はプラン通りならトロッゴンを出すところだ。

 しかし、タイプ相性の悪い相手にダイマックス化されている。普通にトロッゴンを出したところで、ダイストリーム一撃で削り取られるのが落ちだ。

 ならば、自分もプランを崩さなければならない。そう考えたカブはボールを持つ。

 

「行くぞ、マルヤクデ!」

「マルヤァ!」 

『何とジムリーダー、カブ。二体目のポケモンはエースのマルヤクデです!』

 

 マルヤクデ。ほのお・むしタイプで、ジム戦に置いてカブの切り札でもある。

 いつもなら最後の砦として登場するマルヤクデが、二体目で出てきたことにより、会場はどよめきに包まれる。ジムリーダーがジム戦で切り札をこの段階で切るというのは、それだけ異例のことなのだ。

 カブは目をかっとかっ開いて。

 

「マルヤクデ! 燃え盛れ! キョダイマックスで姿も変えろ!」

 

 カブはマルヤクデをボールに戻す。そして、ユウリと同じように輝くダイマックスバンドから、ボールにエネルギーが流れ出す。

 カブは中腰になり、巨大化したボールを空中に投げ出した。

 

マルヤァァァァ!

 

 戸惑いはあるものの、キョダイマックス化したマルヤクデに会場は沸き上がる。

 ユウリは想定内なのか、カブが早めにダイマックスを使ってきたことに驚いた様子はない。むしろ、倒す道順を計算しているようだ。

 カブは新星の頼もしさを感じるともに、オレンジのバトルを見ている時と同じような背中の冷たさを感じた。

 

「さすがは弟子というだけある」

 

 ふと漏れた言葉は、弟子にとって最上級の褒め言葉。

 ユウリは動く。

 

「ハスブレロ、ダイストリーム!」

ハッスゥゥゥ!

「マルヤクデ、ダイウォール」

ヤク

 

 ハスブレロの放った巨大な水泡は、巨大な壁に阻まれてしまった。

 

「ハスブレロ、接近しろです!」

「させるな! マルヤクデ、キョダイヒャッカで牽制するんだ!」

マルヤァァァァ!

ハスッ!?

 

 腸のように身体を曲げ、身体全体を紅く光らせるとキョダイな渦状の炎がハスブレロを飲み込んだ。

 

「怯むなです! ダイストリーム!」

ハッス……ハッスゥゥゥ!

「ダイウォールだ!」

マルヤァ!

 

 またも壁に阻まれだ。

 ユウリは唇を噛んだ。なぜなら、カブの狙いは戦闘不能ではない。時間を稼ぐことで、ハスブレロのダイマックスエネルギーを切らせることだ。それだから、執拗にダイウォールやキョダイヒャッカを足止めに使ったりしてきている。

 シンプルにピンチだ。ハスブレロのダイマックスエネルギーはすでに半分以上減っている。このままではダイマックスが切れて、やられるのは時間の問題だ。

 賭けに出るしかない。ユウリは決断した。

 

「ハスブレロ、地面に向かってダイストリームです!」 

ハッスゥゥゥ!

 

 地面に大量の水が撃ち込まれると、それは擬似的な波のようになりマルヤクデを襲う。

 しかし、この程度カブも許容範囲内だ。

 

「そのくらいしてくると考えていたよ! マルヤクデ、跳んで回避しろ!」

マルヤァ!

 

 マルヤクデは長い身体をホッピングのように使い空中に飛び出した。波を飛び越えるには十分な跳躍だ。

 

「まだまだ! ハスブレロ、ダイアイス!」

ハッスゥゥゥ!

「ほのおタイプに氷の技かい? 舐めてもらっては困る! マルヤクデ、キョダイヒャッカ!」

マルヤァ!

 

 マルヤクデは空中でエネルギーを溜めて、地面に向かって炎を発射した。

 ハスブレロが繰り出した巨大な氷塊はあっさりと溶かされ無効化されてしまった。 

 そして、ダイアイスの追加効果で天気があられ状態になる。

 

ハスッ……ハスッッ」

 

 遂にハスブレロのダイマックスエネルギーが切れてしまった。元のサイズになってしまったハスブレロはダメージが残っているのか、肩で息をしている。

 カブはこの二体の戦いは勝ったと確信した。

 

「これで終わりだ! マルヤクデ、キョダイヒャッ……」

 

 ーーゴロゴロゴロゴロッッッッッ!

 

 突然降り注いだ雷鳴と共に、巨大な雷がフィールド全体に降り注いだ。

 フィールド全体に降り注いだということは、ハスブレロそしてマルヤクデもろとも貫くということだ。

 

マルヤッッッッッ!?

「ハッスッッッッッ!?」

 

 両ポケモンの悲鳴と共に爆発が起こる。そして、爆煙が晴れると目を回したマルヤクデとハスブレロが倒れていた。

 

「マルヤクデ、ハスブレロ共に戦闘不能!」

「なん……だと……!?」

「ふぅ……首の皮一枚つながったです」

 

 カブは目の前の光景が信じられず唖然とし、ユウリは希望を繋いだことに安心して汗を拭っていた。

 

 

 □

 

 

 一方その頃、客席ではフィールドで何が起こったか分からず、観客たちがざわめいていた。

 

「今、何が起こったの?」

 

 そんな理解できていない1人でもあるソニアは、頭にタンコブをつけたオレンジに説明を求めた。

 

「そうですね。理論の説明が難しくなるのでざっくり言いますね。今のはユウリが雷を発生させたんです」

「狙ったってこと!? でもどうやって?」

「この戦いでフィールドの天気は目まぐるしく変わっていました。晴れ、雨、あられとね。このように短期間で天気を移り変わりさせたうえで、急激な温度変化をさせると大気が不安定になり雷が発生するんです」

「そっか、あられからキョダイヒャッカで温度を急上昇させたから!」

「その通り。ユウリはこれを狙って、わざとダイアイスをキョダイヒャッカで相殺させたんです。雷を発生させて、同士討ちを狙うためにね」

 

 ユウリは、カブがエネルギー切れを狙っていることを分かってからこの作戦を考えたいた。特性もらいびのマルヤクデといわタイプを持つトロッゴンが残った状態でラビフットに任せるより、トロッゴン一体だけの方が断然戦いやすいからだ。

 

「ただ、あの戦法はかなり条件が限定的なため、常用するにはリスキーです。おそらく、今回の成功はまぐれでしょう」

「……そうなんだ」

「まあ、運も実力の内。何はともあれ、ユウリにまだ勝機があることには変わりありません」

「そうよね。ユウリは最後のポケモンだけど、カブさんもそれは同じよね」

 

 オレンジは同意はしない。なぜなら、ユウリのラビフットは遠距離攻撃がないという弱点があるからだ。今日のカブを見ていれば、そんな分かりやすい弱点をついてこないはずがない。

 となれば、ユウリはこの場で弱点を克服するしか勝つ道筋はない。しかし、そんな簡単に潰せるものでもない。

 

「なんとかしてほしいですがね」

 

 必死に声援を送るソニアの横でポツリと呟いた。

 

 □

 

 

 あられが晴れ、地面にはまだ湿り気が残る。しかし、観客のテンションは最高潮だ。

 

「君で最後だ! 行け、トロッゴン!」

「ドラァ!」

「絶対勝つですよ、ラビフット!」

「ラビフッ!」

 

 カブが出したのはトロッゴン。ほのお・いわタイプ。ラビフットとの相性はかなり良い。

 

「トロッゴン、いわなだれだ!」

「ドラァ!」

 

 空から無数の岩がラビフットに向かってふってくる。

 

「ラビフット、にどげりで防げです!」

「ラビフッ、ラビフッ!」

 

 ラビフットはジャンプして、ふってくる岩を蹴り壊した。

 

「トロッゴン、ニトロチャージ!」

「ドラドラドラ、ドラァ!」

「こっちもニトロチャージです!」

「ラビラビラビ、ラビフッ!」

 

 フィールドの中心で2つの炎がぶつかり合う。

 炎が波紋となって広がる様子がその勢いを物語っている。

 威力はわずかに体格差でトロッゴンが勝った。ラビフットは上空に吹っ飛ばされた。

 

「ラビフッッッ!?」

「トロッゴン、かえんほうしゃ!」

「ドラァァァァ!」

「ラビフット、ニトロチャージでガードしろです!」

「ラビラビラビ」

 

 ラビフットは炎の膜を作ることで、かえんほうしゃのダメージを軽減させた。

 シュタリと着地する。

 ここまで一見互角に見えるが、ここまでカブのペースでバトルが進められている。ユウリとしては接近して乱戦に持ち込みたいのだが、なかなかそうはさせてもらえないのだ。

 露骨に遠距離攻撃にはしるのではなく、捕まえられない程度に直接攻撃も混ぜてくる。緩急のついた攻撃だ。この辺りベテランの老獪さが出ていると言える。

 

「トロッゴン、いわなだれだ!」

「かわせです!」

 

 ラビフットは落ちてくる岩を軽快なステップでかわしていく。

 だが、落ちてきた石は円を囲うようにラビフットの周りに積み重なり閉じ込められてしまった。

 ユウリはこの形を見て既視感を覚えた。前にオレンジが使ってきたいわなだれを使って動きを制限する戦法だ。

 頭には入っていたが、他に注意を取られて反応が遅れた。

 

「さらにいわなだれだ!」

「ドラァ!」

「まずい!? ラビフット、にどげりです!」

「ラビフッ、ラビフッ……ラビフッッッ!?」

 

 ガラガラガラ!? と積み重なっていた岩と共にラビフットは下敷きになってしまった。

 まるで災害現場のような光景に観客も、審判も、カブも戦闘不能だと思った。

 しかし、ユウリだけは諦めない。

 

「ラビフット! しっかりしろです! まだ、終わってねえですよ!」

 

 必死な叫び声がフィールドに響き渡る。

 だが、現実はいつも非常なもの。諦めなければ試合が終わらないなんてことはありえない。

 見ていられなくなったカブは審判に判定を催促する。

 

「審判」

「は、はい。ラビフット、戦闘ふの……?」

 

 審判が言葉を止めた原因は岩の中から漏れ出す銀色の光だ。あれは進化の光。

 進化、それはポケモンが新たな力を得るために発生する現象。そして進化が起きる時ポケモンは銀色の光を発生させる。

 その光があるということは、ラビフットはまだ瀕死ではないということだ。

 

「エスバァァァァァァァァ!」

 

 岩の中から爆炎が上がると、そのまま岩を吹っ飛ばした。

 そして中から現れたのは、シュッとしたラビット型のポケモン。エースバーン、ガラル御三家ほのおタイプの最終進化系だ。

 

「ラビフットぉぉ! 私は信じてたですよ!」

「エスバ」

 

 ユウリの言葉にエースバーンは違う違うと言いたげに首を横にふる。

 それを見たユウリは笑顔になって。

 

「ごめんです。もうラビフットじゃなくて、エースバーンでしたね」

「エスバ」

 

 その通りと言いたげに首を縦にふった。

 

「それじゃあ、エースバーン! 進化して得た力存分に使ってやれです!」

「エスバァァァ!」

 

 エースバーンは、ドッヂボールぐらいの大きさの炎を作りだし、それを上げてボレーシュートの要領で蹴り出した。

 160キロはあらん速度で向かっていく炎を、トロッゴンは避けきれずに直撃した。

 

「ドラァッッ!?」

「トロッゴン!?」

 

 今の技はかえんボール。エースバーンの専用技で、足の力が桁違いに強い彼にとって相性は最高である。何よりも優れているのはその威力と範囲。フィールドの端にいようとも届く範囲と、だいもんじをも上回る威力。

 そのおかげでラビフット時代の遠距離の弱点はなくなり、大きな武器へと変わった。

 もはやエースバーンにとって遠距離攻撃は脅威である。

 

「ぐっ、ならば真っ向勝負だ! トロッゴン、ニトロチャージ!」

「ドラドラドラ、ドラァァァァァァ!」

「エースバーン、トロッゴンの足下にかえんボールです!」

「エスバ!」

 

 車輪を回転させて走ってくるトロッゴンの足下に、炎を蹴り当てた。

 

「ドラッッ!?」

 

 炎が足下にぶつかったことでトロッゴンはバランスを崩して、倒れたトロッコのように倒れ込んでしまった。

 

「チャンスです! エースバーン、にどげり!」

「エスバァ、エスバァァ!」

「ドラァッッッッッッッッッッ!?」

 

 爆煙が起こる。そして晴れると目を回したトロッゴンが倒れていた。

 

「トロッゴン、戦闘不能! エースバーンの勝ち! よって勝者ユウリ!」

 

 突き上げた拳に呼応するように地を破るような歓声がスタジアムを埋め尽くした。

 

 




 ボチボチ、前にやったアンケート短編を書いていきます。大まかには決まってるので、投稿する日は私の書く速度次第です。


Q.ヌメルゴン探偵ってなんですか?

橙「ヌメルゴン探偵シリーズの主人公です。彼の行く先々で事件が起きて、それを解決するよくある探偵ものです。決め台詞は『ヌメッと行きますよ』です。犯人はほねこんぼうを凶器にしたガラガラだったり、ながねぎを凶器にしたカモネギだったりとけっこうポケモンの生態に基づいて書かれているので、見ていて楽しいです
 ポケウッドで映画化もされていますので、是非見てください。主演はハチクさんとひ……ナツメです」



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(アンケート番外編)シロナ結婚!?


 こんにちは。今回は前にやったアンケートの短編を投稿しました。
 


 これは私がヒカリと一緒にシンオウ地方を回っていた時の話だ。

 あの時の私は遺跡の調査のためにカンナギタウンに滞在していた。その時なんやかんやで町おこしのNo.2の地位を押し付けられたりしたが、あの騒動が一番印象に残っている。  

 

 ーーーーーーー

 

 

 明朝6時、私は目覚まし時計に起こされる。

 上半身を起こしてふあと小さなあくびをしてから、布団を出たのだが……。

 

「うーん……。ちょっとオレンジ。寒いんだから布団取らないでよ」

「ああ。これは失敬……はあ!?」

 

 私は驚愕の声を上げる。

 なぜなら、先程まで私が入っていたはずの布団の中にシロナが入っていたからだ。

 おかしい、私は昨日一人で寝床についたはずだ。

 

「なぜここにいるんですか?」

「え〜、だってここ私の実家よ? いてもおかしくないでしょう?」

 

 寝ぼけでとろけた口調の23歳児はそう言い訳してみせる。

 たしかにここはカンナギタウンの村長の家、つまりはシロナの実家だ。しかし、ここは客室だし、シロナの部屋は別にある。

 

「すいません。言い方が悪かったですね。なぜあなたが私の布団の中にいるんですか?」

「人肌が恋しくなったから?」

「なんで疑問形なんですか……。取り敢えず出てってください。私は今から仕事を片付けるので」

「もう素っ気ないわね。もしかして照れてる? オレンジったら、私のナイスバディに性欲わいちゃってる?」

「ハハ、マッサカー」

「ものすごく純粋な微笑み!?」

 

 むしろ、ここまで隙だらけの異性と密室でいるのに欠片もトキメかないことに驚いている。私の性欲は死んでしまったのだろうか?

 いや、ミルタンクパジャマのボサボサ髪の女性に性欲を感じないのは正常だ。

 まったく意識されていないことに焦ったのか、シロナは布団から飛び起きて。

 

「どういうこと! こんな顔もよくて胸も大きいお尻もちょうどいい、男の夢を詰め込んだような私の身体のどこが不満なのよー! 感じるでしょ!? 男の本能刺激されるでしょ!?」

「ないない」

「なんでよぉー!?」

 

 泣きだしたシロナは、私の胸倉を掴んで前後ろにふってくる。

 ……少なくともそんな発言をしている内は無理だろう。

 

 

 □

 

 

 シロナを部屋から追い出して二時間後、朝食の時間になったので大広間の座敷にやってきた。部屋を跨ぐほどの長い机に朝から豪勢な食事が並んでいる。

 先に座っていたヒカリはまだ眠そうで髪はボサボサだ。しかし、それも可愛げに変換できるのが23歳児との差だろう。

 

「おはようございます、ヒカリ」

「おはよう、オレンジ」

 

 目をゴシゴシしながら言う。可愛い。

 隣でわざとらしく、しくしくと泣き真似をしているアホとは違う。

 私は無視して手を合わせる。

 

「それではいただきます」

「いただきまーす」

「ねぇ、人が泣いてるのに無視は酷くない!? せめて、どうしたのって優しく声かけて、たくさん甘やかすべきでしょ!?」

 

 せめてから多いな。

 私は無視してみそ汁を啜る。ヒカリは特産のおかずでご飯を食べている。

 

「というかヒカリちゃんまでスルーしてることに、すっごく傷つくんだけど!? 前までなら、心配そうにどうしんですか? って言ってくれてたのに!?」

「……どうせシロナさんが、オレンジの部屋に侵入して追い出されたんでしょ?」

「一言一句その通りですね」

「いつも通りじゃないですか」

「いつも通りです」

「うわーん、2人がいじめる〜!」

  

 顔を伏せてまた泣き出した。

 しかし、ヒカリはやれやれとまた始まったと食事を再開した。優しいヒカリにすら呆れられていることに手遅れ感が否めない。

 

「何をしておる」

 

 そこに村長、いわゆるシロナの祖母がやってきた。シロナはすぐに背筋を伸ばしたが、村長は泣くまでの過程を見ていたようでひどく呆れた様子だ。

 村長が席に座ると、私は急須からお茶をいれて差し出す。

 

「ありがとう」

 

 そう言って、ズズズとお茶を啜った。ふうと一息つき。

 

「はあ、オレンジさんがこやつをもらってくれればこの家も安泰なのじゃが……」

「すいません。私はお孫さんを妻にもらうくらいなら、裸でテンガン山を往復します」

「それ遠回しに死んだ方がマシって言われてない!?」

「言ってます」

「無理もないわ」

「自業自得ですね」

 

 上から、私、村長、ヒカリと言葉のリレーをする。

 シロナは泣きそうになるが、村長の手前我慢していた。

 しかし、村長は気がついていたようで、さらに深いため息をついた。

 

「……シロナ、お主いい人はいないんか?」

「何よ急に」

「彼氏はいないんか? と言っとるんじゃ」

「い、今はいないけど……今は!」

「彼氏などいたこともないくせによく言うわ」

「うぐっ!?」

 

 痛いところをつかれたシロナは胸を押さえて苦しむ。

 村長は顔を引き締めて。

 

「シロナ、お主に見合い話がきておる」

 

 そう言った。

 

「え、ええええええ!?」

 

 シロナの叫び声が食卓に響き渡った。

 

 

 □

 

 

「お見合いってどういうことよ! 私聞いてないわよ!?」

「言ったらお主が逃げるじゃろ。昔から付き合いのある村の孫が、お主のことをえらく気に入ってな。では、一度合わせてみてはどうかという話になったのじゃ」

「そ、そんな勝手な……!」

 

 シロナは何かを思いついたのか余裕のある笑みを浮かべ。

 

「私はポケモントレーナーとして、自分の結婚相手は私より強い相手って決めてるの。その人は私より強いのかしら?」

 

 一応どんなに駄目人間でもシンオウチャンピオン。しかもシンオウで歴代最強のチャンピオンと名高い彼女より強いとなればかなり限られてくる。

 だが、村長はシロナと同じように含みのある笑みを浮かべ。

 

「安心せぇ。相手のお孫さんも、とある地方のチャンピオンじゃ」

「なん……だと……!?」

「よかったじゃないですか。あなたの好みにバッチリですよ」

 

 とある地方のチャンピオンと聞いて、中2か石マニアが頭に浮かんだ。……まあ、どちらも悪い人間ではない。ちょっと癖があるだけだ。

 取り敢えず私は2人とも2度と関わり合いになりたくないが。

「ほれ、シロナ。観念せい」

「う、うう……」

 

 追い詰められた犯人のようにシロナは唸る。ちらりと私の方を見てくる。明らかに助けを求められているようだ。

 

「まあ、村長の顔を立てるために一度会うだけ会ってみればどうでしょうか?」

「この鈍感! ちがうだろー! そこは私が誰かに盗られることに嫉妬して、俺がこいつを幸せにするって言うところでしょ!」

「言うわけないでしょう。私が地獄です」 

「わあああ! オレンジが酷いこと言った!」

 

 シロナは泣きながら私の胸倉を掴んできた。

 ……なんだかデジャブを感じるな。

 

 

 

 

 村長の話によると、その孫とやらは明日やってくるらしい。シロナは必死に逃げようとしたが、あえなく捕まった。今は部屋の中に軟禁されている。

 私には関係ないので、ヒカリのバトルの稽古を行なっていた。

 

「ポッチャマー! バブルこうせん!」

「ポッチャマァァ!」

「ドラピオン、ミサイルバリ!」

「ドラァ!」

 

 無数のバブルをハリが貫く。

 そのまま、ハリはポッチャマへと直撃した。

 

「ポッチャァァ!?」

「ポッチャマ!?」

「とどめのクロスポイズン」

「ドラァ!」

 

 毒々しいクロスがポッチャマを襲う。弱ったところに技を受けたポッチャマは目を回して倒れてしまった。

 

「ポッチャマ戦闘不能ですね。いいバトルでした」

「うん。……大丈夫ポッチャマ?」

「ポチャポーチャ」

 

 大丈夫と言っているようだ。時計を見ると今はお昼前。すでに2時間以上トレーニングをしていることになる。

 

「ここらで一度休憩しましょう」

「うん」

 

 私はドリンクを差し出すと、ヒカリは慣れたように受け取った。小さなありがとうと言うのも忘れない。

 ごくごくとドリンクに口をつけながら一息付いたヒカリは。

 

「シロナさん大丈夫かなぁ……」

 

 今頃軟禁されて、明日のお見合いの準備をさせられているだろうシロナのことを心配していた。

 

「あくまでお見合いですから。無理矢理結婚させられるわけではないでしょう。それにシロナは渋っていますが、会ってみたら案外気が合うってこともあるかもしれませんし」

「……それシロナさんに言ったら駄目だからね」

「別にいいと思いますけどね。シロナは仕切りに私に迫ってきますが、本心から私を好いているとは思えませんし」

 

 たんにあれは自分を世話してくれる人間が欲しいだけだろう。 

 私がそう言うとヒカリは困り顔になる。

 

「うーん、私も正直どっちなんだろうとは思うんだけど……」

「少なくとも、はっきり言葉で伝えなければ私は気持ちに応えません。行動で察しろというのは傲慢です。言われたら、しっかり考えた上で丁重にお断りします」

「断るんだ!?」

「当たり前でしょう」

 

 むしろ承諾する根拠を教えてほしい。

 昼時になり、私たちはトレーニングをやめて村長の家に戻ってきた。

 田舎らしく鍵のかかっていない扉を開ける。すると奥からドタドタと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

 その正体は、エプロンを着てお玉を片手に持った新妻のようなシロナだった。

 

「おかえりなさいオレンジー! ご飯にする、お風呂にする、それともわ・た……いひゃいいひゃい!?」

「子供の前で何を言おうとしているんですか、己はああああああ!」

「りゃ、りゃから、にゃにをしないかって……いひゃいいひゃい、ごめん! 私が悪かったから許してよおおお!」

 

 新妻のようでも中身は安定のシロナだった。私はヒカリに先に昼食を食べているように伝えて、避難させる。

 そして引っ張っていた頬から手を離して、なぜこんなことをしているのかわけを聞いた。

 

「はあ、なぜそんな格好を?」

「エプロンに新妻セリフ。男を落とす最強のコンボっておばあちゃんが言ってた」

「……その男を落とす最強のコンボをなぜ私に喰らわせようとしているのでしょうか?」

「もう、オレンジったら鈍感なの? 鈍感系主人公は昨今嫌われるわよ」

「現実逃避だよ」

 

 痛む頭を押さえる。

 シロナは私の手をつかんで、目をしっかりと見てきて。

 

「私はオレンジが好きなの。だから、付き合って」

「ごめんなさい、無理です」

「なんでよおおお!」

 

 シロナは泣きながら掴みかかってきた。

 

 

 □

 

 

 私に雑な告白してからというもの。

 

「オレンジー!」

 

 シロナは。

 

「オレンジさーん!」

 

 何度も何度も。

 

「オ・レ・ン・ジ」

 

 それこそ今までよりも情熱的に。

 

「ねええええ! お願いだから無視しないでよおおお! せめて、反応くらいしなさいよおおお!」

 

 私に迫ってきていた。

 昼食の間も、仕事をしている時も、夕食の時も。無視するのが骨なほどしつこく迫ってきた。

 今も寝室に入ろうとしている私の腰にしがみついてきている。私は気にせず引きずっているが、それでも離す気配はない。

 私は一度立ち止まり。

 

「今日はどうしたんですか? 望まないお見合いするのが嫌なのは理解できますが、別に会ったからと言って必ず結婚しなければならないわけじゃないでしょう?」

「うちのおばあちゃん舐めないでよ! こんな厄介払いのチャンスをみすみす逃すような人じゃないの! お見合いしたら、色々理由つけて結婚させられるに決まってるじゃない!」

 

 厄介者という自覚はあるのか。

 それはそれとして、まあ、あの村長ならやりかねない。私が町おこしの副責任者にされたのもあの人の策略だ。

 外堀から埋めて行って、気がついたら後戻りできない状態にするくらい軽くやってのけるだろう。

 

「あなたの見解も理解できます。それでも私があなたと付き合う理由にはならないでしょう。そこは身内同士、村長と話あってください」

「話が通じる人じゃないでしょ! 偽の恋人でもいいから! お見合いさえ断れればいいから!」

「もはや目的を隠す気もありませんね」

「おーねーがーい! 私だって1人の乙女なのよ! 結婚くらいちゃんと好きな人としたいの! 人に決められた仲なんて絶対に嫌なの!」

 

 人に決められた仲……か。

 私はそこそこいい家系に産まれたが許嫁がいたなどの経験はない。しかし、親に勝手に道を定められ、それを歩まされる。それに対する気持ちは未だに覚えている。

 人に人生を決められるつらさは理解できてしまう。それを言われるとキツいなぁ。

 

「……はあ、分かりましたよ。明日のお見合いが終わるまで、あなたの恋人役をやってあげます」

「本当!? 本当に本当? 嘘じゃないよね? 今更撤回とか許さないわよ!」

「本当ですよ。村長にもお伝えください」

「うん。わかったわ!」

 

 元気よくシロナは走って行った。

 今更ながら後悔してきたのは内緒だ。

 

 

 

 

 翌日、約束の時間になった。

 いつもの毛皮コートではなく、振袖を着て化粧を決めたシロナは凛とした表情で相手を待っている。あの見た目通りの性格ならば、私も惹かれるのだが。ここから残念すぎる内面を見せられると、拒否感しかない。

 お見合い相手が来る時間なのだが、それらしき人影は見当たらない。

 正直、私はお見合い相手が誰なの知らない。地方のチャンピオンと聞いてもある2人が出てきている。その2人の内のどちらなのか。

 そういえば村長は知り合いの村と言っていたような……。私がわりと重要な話を思い出していると影がかかった。

 その影の正体はカイリュー……ああ、ハズレの方か。 

 そしてそのカイリューから飛び出してきた人の影。

 

 ーーとおおおお!

 

 ああ、聞き覚えのあるうざい声だ。

 シュタリと着地する。その男は、いつもの趣味の悪い服装に、トレードマークのマントにきめっきめの髪型。もはやこれ以上の説明は不要。

 カントーチャンピオンのワタルだ。

 シロナはお見合いに来たとは思えない男の服装に顔を引きつらせている。

 ドン引きされているとは知らずに、ワタルはつかつかとシロナの方に歩いてくる。

 

「君がシンオウチャンピオンのシロナか。はじめまして俺様はワタル。カントーのNo. 1(妙に発音がいい)トレーナー! 又の名を『竜王(キングドラグーン)』!」

 

 ヘンテコな決めポーズをしながら堂々と言うその様は、シロナのこの見合いを絶対に断るという意志をより強固にさせた。

 会って1分も経たずにこの評価。さすがはワタルだ。

 シロナは必死に外面を保ちながら、ワタルを家の中へと案内した。

 

「本日は遠い田舎町までわざわざ来ていただきありがとうございます」

「何々。君に会うためならこのワタル。地の果てでも駆けつけるつもりさ」

 

 普通にストーカーである。

 引きつる顔を我慢しつつ、シロナは早速本題に映った。

 

「本日はお見合いということで話が進んでいると思います」

「その通りだ」

「ただ、申し訳ございません。実は私には既に愛し合っている恋人がいます」

「なんだと!? 聞いていないぞ!?」

「私はチャンピオン業が忙しく、あまり祖母と連絡が取れておらず。恋人のことも伝え忘れていたものですから。すべて私の不始末が原因です。気持ちを害されたら、申し訳ございません」

 

 嘘をつけ。考古学の研究を言い訳にしてチャンピオンの仕事サボりまくって実家で寝ているくせに。何が忙しいだ。

 ただ、ここまでの対応は完璧だ。相手が相手なら、普通に諦めてもらえるはずなのだが。

 

「なるほど」

「ご理解いただけましたか?」

「要するにあなたに認められるには、その男を超えてみろということだな!」

「は、はい?」

 

 シロナは戸惑った声をだす。

 大丈夫だ。私も意味が分からない。何を持ってその理論に至るのか。私は仕方なく、部屋に入った。

 

「なんでそうなるんですかねぇ……」

「むむ!? 君はオレンジじゃないか! まさか君が俺様の恋敵(ラブエネミー)なのか!」

「そのまさかですよ」

 

 できれば恋人の単語だけで退散してもらいたかったが、ああ言われれば出ざるを得ない。

 

「あなたなので、理屈っぽい話は抜きにしてこれで決着つけませんか?」

 

 暗に話すのが面倒くさいと言いながら、モンスターボールを見せつける。すると、ワタルはふっと笑い。

 

「なるほど、理解した。君が恋敵となれば俺様も本気を出すしかないな!」

 

 どうやらカントーNo.1トレーナーが本気を出してくるらしい。いやぁー、こわいわぁー。 

 

 

 なお、ワタルは3分で手持ちを全滅させられた。

 

 

 □

 

 

 その後、「恋に障害はつきもの! 次こそは振り向かせてみせるぞ!」と言い残して去って行った。 

 その夜、私が玄関で夜空を眺めていると、飲み物を持ったシロナがやってきた。

 

「飲み物いる?」

「ありがとうございます」

 

 飲み物を受け取り、口を開ける。何度か口をつけながら、夜空を眺めていると。

 

「オレンジって星が好きなの?」

「好きですよ」

「もう一回言って」

「好きですよ」

「私のことは?」

 

 私は一度面をくらい。

 

「……そうですね、嫌いではないですよ」

 

 自由奔放に生きている様は煩わしく感じることも多いが、尊敬する部分でもある。

 

「むぅ、曖昧ね……。まあ、今はそれでいいかな」

「それでいいとは?」

「昨日言ったじゃない。私、結婚するならちゃんと好きな人としたいのよ」

 

 私はすべてを察した。 

 

「ほぉー頑張ってください。ちなみに私は家事ができて綺麗好きで働き者の女性が好みです」

「なるほど、私ね」

「その自信はどこからくるんですかね……」

 

 ドヤ顔で言うシロナに私は頬が緩んでしまった。

 

 





 Q.シロナと結婚する確率は?

橙「100通りの世界があれば、一回くらいありえるんじゃないですか?」


 次回はガブリアスメインの番外編です。


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(アンケート番外編)登場! ガバイト!

 情勢が大変な中いかがお過ごしでしょうか? 私はずっと家にいて暇です。
 1週間に1回投稿を目標にしておきながら、達成できなかった人間が言っております。
 すいません。


 とある日の夕飯時。食事中にユウリがこんなことを聞いてきた。

 

「そういえば前から気になってたですが、師匠とガブリアスってどうやって出会ったですか?」

「何ですか急に?」

「ガブリアスと師匠って、他の手持ちとも、一番付き合いが長いエーフィとも違う雰囲気があるです。これはいいドラマが隠されているのではと思ったです」

 

 ユウリは顔を( ^ω^ )にしながら聞いてくる。

 そういえば最近貸した映画がポケモンとトレーナーの感動ものだったな。それに感化されたのか。

 私とガブリアスの話が、あの全イッシュを泣かせた感動実話に勝てるとは思えない。

 とはいえ、別に隠すことでもない。私はポリポリと頬をかきながら。

 

「ガブリアスとの出会いですか。そうですね、あれはシンオウ地方の……」

 

 

 ーーーーーー

 

 

 晴れた空だが、気温はシンオウらしく肌寒い。現在オレンジとヒカリは2つ目のジムがあるハクタイシティを目指し緑緑しい山の中を歩いていた。

 そんな時、高い崖の上に手がトンファーのようになったポケモンが立っているのが見えた。

 見覚えのないポケモンにオレンジは注目した。

 

「あのポケモンは、何ですかね? 初めて見ますが……」

「待って、今調べるから」

 

 そう言ったヒカリが図鑑で検索するとすぐにヒットした。

 

「えーと、あのポケモンはガバイトって言うんだって」

「ガバイト? ほう、名前的にもしかしてガブリアスの進化前ですかね」

「うん、そう見たい。ガバイトは普段洞窟の中に篭ってるから、姿を見れるのはレアみたいだよ」

「なるほど。それはそれは運が良かったですね……」

 

 と呑気にガバイトを見上げていると、ガバイトはオレンジ達の姿を見るなり叫びだした。

 

「ガバァァァ!」

「えぇ、急にどうしたの!?」

「分かりませんが、敵と見られているようですね」

 

 敵意を伝える鳴き声に2人は身構える。

 ガバイトは岩を空中に浮かせたと思うと、オレンジ達に放ってきた。ストーンエッジだ。

 オレンジはとっさにボールを構えて。

 

「エーフィ! サイコキネシスです!」

「フィー!」

 

 エーフィのサイコパワーに煽られた岩たちは勢いを失い空中でピタリと止まった。

 

「そのまま跳ね返しなさい!」

「フィーア!」

「ガバァ!?」

 

 跳ね返ってきた岩を受けたガバイトは、悔しそうな顔をしながら去って行った。

 オレンジは尻餅をついているヒカリに。

 

「ケガはありませんか?」

「だ、だいじょーぶ、だいじょーぶ。ちょっとビックリしただけだから」

 

 そう言いながらヒカリは立ち上がり、お尻についた砂埃を払い落とす。

 オレンジは先程ガバイトが立っていた崖を見上げる。それにつられたヒカリも同じ方を見て。

 

「でも、あのガバイトは何でいきなり攻撃してきたんだろ?」

「縄張りを荒らされたと勘違いしたというのがあり得る線だと思いますが、それだとガバイトの生態と矛盾しますしね……」

 

 ガバイトは一般的に洞穴に住むポケモンだ。そして縄張りとは基本的に自分の生態に合った場所にあるのが殆どだ。

 

「何らかの理由で住みかを追われたか……しかし」

 

 仮説はいくらでも立てられる。だが、オレンジには一つ大きく引っかかるところがあった。

 それはガバイトの目だ。自分たちを見た瞬間、憎しみを込めた瞳で攻撃してきた。

 人を憎む目。オレンジはあのような目を何度か見ている。

 気になったオレンジは一度タウンマップを開いた。

 

「ここの近くにポケモンセンターがあります。そこで話を聞いてみましょう」

「賛成。私も気になる」

 

 合意した2人は、さっそく近くのポケモンセンターに向かった。

 

 

 □

 

 

 ポケモンセンターに到着した。私は受付にいるジョーイにさっそく先程のガバイトのことを聞いてみた。

 あのガバイトは有名なのか、ジョーイはすぐに合点がいったようだった。

 

「あのガバイトは以前までトレーナーのポケモンでした。でも、そのトレーナーは強さにこだわりがあったらしく、あのガバイトはその求められるレベルに届かなかったらしく......」

「捨てられたと」

「......ひどい」

 

 ヒカリは泣きそうになるのを我慢してつぶやく。

 

「はい。それからガバイトはこの辺りに住み始めて、通りすがるトレーナーを手あたり次第襲うようになりました」

 

 やはりそうか。これで不自然な状況も理解できる。

 

「バトルの心得がない私たちには対処できなくて......このまま被害が広がるならば、協会の方に対応をお願いするしか」

「それはガバイトを処理するということでしょうか?」

「......あの気性の荒さを考えると、それも視野に入ると思います」

「ねえオレンジ。処理ってどういうこと?」

 

 ヒカリはおずおずと聞いてくる。

 処理とは要するに......正直口にするのもおぞましい。私はその意味をヒカリに柔らかめに伝える。

 するとヒカリはひどくショックを受けたようだ。

 

「そんな!? だってガバイトは捨てられたんでしょ!? ガバイトが悪いわけじゃないじゃない! なのになんで......」

「このままではトレーナーに被害が出るのは時間の問題でしょう。そうなれば、ジョーイさんには報告義務がありますし、報告されれば協会も動かざるを得ない。かわいそうですが、そのような判断もあり得るという話です」

 

 ジョーイも異議を挟めないのか、気まずそうに目をそらしている。

 

「......そんなの、ひどいよ」

 

 今にも泣きだしそうな声で言う。

 その通りひどい話だ。ガバイトは何も悪くない。人間の都合で捨てられて、人間の都合で処理されそうになっている。

 しかし、現実は存外残酷なものだ。こんなことは大人になるためには受け入れるしかない。

 まあ、私が大人かどうかは話が別だ。

 

「はい。なので、我々でどうにかしましょう」

「......え?」

「そんな危険です!? あのガバイトはかなり強くて凶暴なんですよ!?」

「大丈夫ですよ。こう見えても私けっこう強いんです」

 

 チャンピオンのガブリアスをぼこぼこにできる程度だが。

 私が動くことが分かり、ヒカリはヒマワリのように笑った。かわいい。

 ほとばしるパトスを抑えつつ。

 

「行きますよヒカリ」

「うん!」

「......気を付けてください。危険そうならすぐに逃げてきてくださいね」

「はい」

 

 心配そうなジョーイに私は笑顔で返した。

 

 

 □

 

 

 先ほどガバイトが立っていた崖上に到着した。この辺りにガバイトは生息しているはずだ。私たちは周辺を捜索する。

 

「そういえばどうにかするって言ってたけど、具体的には何をする気なの?」

「そうですね、とりあえずバトルして一度捕獲しましょう。その後のことはその時考えます」

「けっこう適当!?」

「思い立ったが吉日。大丈夫、大丈夫です」

「大丈夫かなぁ......」

 

 不安そうに言う。先ほどまでの笑顔が嘘みたいに曇っている。 

 大丈夫が口癖のわりにネガティブなところがあるな。

 しばらく歩き回っていると、草村がガサガサと揺れた。私たちは臨戦態勢をとる。

 

「ガバアアアア!」

 

 出てきたのはお目当てのガバイト。先ほど見かけた通り、敵意をむき出しにして襲い掛かってきた。

 私はモンスターボールを持ち。

 

「行きなさい、ウインディ!」

「ガアウ!」

 

 ガバイトは爪を光らせて振りかぶる。きりさくだ。

 

「ウインディ、だいもんじを壁にしなさい!」

「ガアウ!」

 

 大の字の炎がガバイトの足元にぶつかり、壁上に燃え上がる。

 

「ガバァ......」

 

 初めて受けるだろう技にガバイトはたじろぐ。

 その隙を逃さないわけがない。

 

「ウインディ、ほのおのきば!」

「ガアアウ!」

「ガバッッ!?」

 

 壁を突き破ったウインディの牙がガバイトを捕らえる。

 火の牙に噛まれたガバイトは苦しそうに顔をゆがめる。そして噛みついた状態のまま。

 

「そのまま上空に投げなさい!」

「ガアア!」

「ガブ......ガバァァァ!」

 

 上空に投げ出されたガバイトは体勢を持ち直して、エネルギーをまとって向かってくる。ドラゴンダイブだ。

 しかし、まとっているエネルギーは不安定で、向かってくる途中ではがれてしまった。要はただガバイトが落ちているだけだ。

 何だか分からないがチャンスだ。

 

「ウインディ、掴んで叩きつけなさい!」

「ガアウ!」

「ガバアッッッ!?」

 

 叩きつけられたガバイトはかなりダメージがたまっているのか、フラフラになりながら立ちあがった。ゲットのチャンスだ。

 私は空のモンスターボールを持って。

 

「行きなさい、モンスターボール!」

 

 投げられたボールはポンと音をたてて開くと、ガバイトを飲み込んだ。そして何度か揺れてから静かにスンとなった。

 

「やったぁぁ! ゲット成功だね!」

「はい。とりあえず第一関門は突破しましたね。ウインディ、お疲れさまでした」

「ガアウ」

 

 ウインディの首元をなでてあげると気持ちよさそうに目を細める。

 

「ついでにヒカリも」

「わわっ!? ちょっとオレンジ、髪が乱れるよぉ!?」

 

 帽子の上から頭をなでると、ヒカリは口を尖らせながらぶうたれた顔をしている。

 ヒカリもガバイトを探すのを手伝ってくれたりと、色々協力してくれた。なかなか助かったからご褒美だ。

 けっこう不評だが。

 

「ガバイトの体力を回復させたいですし、一度ポケモンセンターに戻りましょう」

「うん、そうだね」

 

 

 □

 

 

 そうしてポケモンセンターに再度到着した。

 中からジョーイが出てきた。私たちを見るとけがした様子がないことからほっとしたようだった。

 私がモンスターボールを見せると、驚いたように口元に手を当てた。

 

「捕獲できたんですか!?」

「はい。とりあえずは捕獲できました」

「すごいですね! 正直、捕獲は無理だと思っていたので......本当にありがとうございますオレンジさん。おかげで、ポケモンを救うことができました」

「いえ、まだ救えたとは言えませんよ」

 

 感極まっているところに水を差すようで悪いが、捕獲しただけではまだ50%だ。

 

「ガバイトの心のケア。これができて初めて、ガバイトを救えたと言えます」

 

 要するにガバイトの人間への憎しみを取り除くことで100%救えたと言える。とは言っても人の心のケアすらも難しいのに、ポケモンとなればその難易度はさらに跳ね上がる。

 一日でできることではない。

 何日もかけてだんだんとその荒んだ心を癒すしかない。そしてそれには、ガバイトに私たちの旅に付いてくることを了承させるしかない。なぜなら、無理矢理連れてもガバイトが人を信用するとは思えない。自らの意志で人間に歩み寄ることを選んでもらうしかないのだ。

 

「ジョーイさん。ガバイトを回復させたら、隣のフィールドを貸していただいてもよろしいですか?」

「ええ、いいですよ」

「ありがとうございます」

 

 

 ---------

 

 

 ガバイトの回復が終わり、私たちはポケモンセンターの隣のフィールドに来ていた。

 ここで何をするのか。

 それは一つ、ガバイトに私について来るように選ばせることだ。そのために彼の鬱憤をすべてぶつけてもらうのだ。

 

「出てきなさい、ガバイト」

「……ガバァ!」

 

 ガバイトは相変わらず憎悪を込めた目を向けて来る。人間なんて信じない、そう訴えかけていた。

 その強い意志のこもった瞳に隣のヒカリも怯えているようだ。

 私はもう一つボールを取り出して。

 

「ウインディ、出てきなさい」

「ガアウ」

 

 私はウインディの耳に近付いて。

 

「ウインディ、お願いがあります。あのガバイトを説得してもらえませんか?」

「ガアウ……」

 

 私の言葉を聞いたウインディはガバイトをちらりと見ると何かを察したようだ。

 

「ガアウ」

 

 コクリとうなづいた。そして警戒心を露わにするガバイトにゆっくりと近づく。

 

「ガアウ、ガウガウ?」

「ガバァ! ガバ、ガバァ!」

 

 ウインディは俺の主人についてこないか? と言っているようだ。

 それに対しガバイトはふざけるな! 俺は人間なんかについていかない!と怒鳴っているようだ。

 険悪な雰囲気にヒカリは不安そうに。

 

「ウインディ、大丈夫かなぁ……」

「しっ。とりあえずここはウインディに任せてみましょう」

 

 今のガバイトに人の言葉は届かない。だが、ポケモンの言葉なら届くかもしれない。

 人との絆の大事さ、心地よさ。それを伝えるのにウインディはピッタリだ。

 私がウインディにその大切さを教えられたように。

 

「ガアウ、ガアウ!」

「ガバァ! ガバァ!」

 

 ウインディは捨てられて悔しくないのか! と訴えかけているようだ。

 それに対してガバイトは悔しいに決まってると返す。

 

「ガバァァ!」

 

 だから俺は強くなる。一人で強くなる。そしてあいつを見返すんだ! と言いたげに叫ぶ。

 

「ガアウ」

「ガバァ!?」

 

 ウインディは無理だ。一人では強くなれないと言いたげに首をふる。

 それにガバイトはなんだと!? と噛み付く。

 

「ガアウ。ガアウ、ガアウ!」

 

 俺たちが強くなるのなら、人と協力しなければならない。そして俺の主人ならばそれが可能だ! と言いたげに鳴く。

 

「ガバァ……ガバァガア!」

「ガアウ!」

 

 ならば証明してみろ! というガバイトの叫びに、ウインディはいいだろうと臨戦態勢を取る。

 

「えっ、バトルするの!?」

「男なら拳で語れってことでしょう」

 

 さっそくガバイトから仕掛けた。

 

「ガバァ!」

 

 ガバイトは石を周りに回転させて、そのまま放った。ストーンエッジだ。

 四方八方から岩が飛んでくるが、ウインディは動じることはない。冷静に間を見極め、しんそくで抜けて行った。

 そしてその勢いのまま、ガバイトに体当たりする。

 

「ガバァッッ!?」

「ガアアウ!」

 

 空中に投げ出されたガバイトに、ウインディはだいもんじをも放った。

 大の字の炎がガバイトに襲いかかる。

 

「……ッッ! ガバァァァァ!」

 

 ガバイトはとっさにストーンエッジを使い炎と相殺させた。タイプ相性もあってできる芸当だ。あのガバイト、意外にバトル勘は悪くない。

 ガバイトは空中にいることを利用して、ドラゴンダイブの体勢をとる。隕石のように猛スピードでふってくる。

 しかし、又もやエネルギーが乱れて、ただの落下になってしまった。

 ウインディはその隙を逃さずに、空中で掴んで地面に叩きつけた。

 

「ガバァッッ!?」

 

 受け身も取れない。これは大ダメージだろう。

 やはりというか、あのガバイトにドラゴンダイブは向いていない。ポケモンには覚えられる技、覚えられない技が決まっている。さらにそこから、ポケモンの個体毎に向いていない技、向いている技が存在するのだ。

 私たち人間と同じように、ポケモンも生物。生き物である以上、得手不得手があるのは当然だ。

 ただ、時々それを理解しない人間がいる。ガバイトのトレーナーはその類の人間だったのだ。

 

「ガアウ! ガアウァ!」

 

 立て! 強くなると言ったのは口だけか! と鬼教官のように厳しいことを言うウインディ。

 ガバイトはふらふらの身体を無理やり立たせる。

 

「……ガ、ガバァァァ!」

 

 悔しさをすべて吐き出すように叫びながら、ガバイトはウインディに爪を振り上げる。

 ウインディはそれをいなした。そしてガバイトはあっさりと倒れ込む。もはや体力の限界なのだ。

 よく頑張ったと思う。ウインディはそれこそチャンピオンのポケモンですら、子供のように扱える強さだ。現段階で勝てるはずがない。

 

「ガバァ、ガバァ……」

 

 ガバイトの目からは涙が溢れていた。ぶつけどころのない悔しさ、憎しみ、そして裏切られた悲しみ。

 それらすべてをその心に仕舞い込んでいた。

 私はガバイトにゆっくりと歩み寄り、膝をつく。 

 ガバイトは警戒心を見せるが。

 

「ガバイト、私を利用してみませんか?」

「ガバァ!?」

 

 予想外の言葉にガバイトは驚きをかくせないようだ。

 

「あなたは強くなり元の持ち主を見返したいのでしょう? ならば、そのために私を利用すればいい。私のことを信じろとは言いません。自分が強くなったと判断したら、私の元を離れても構いません。利用するだけ利用しなさい。どうでしょう、悪い条件ではないと思いますが?」

「……ガバァ」 

 

 ガバイトは困惑している。当たり前だ、この条件はガバイトにはメリットがありすぎるし、私にはデメリットしかない。

 私がこんな条件を出されたら、まず詐欺を疑う。

 

「ちなみに騙しているわけではありません。私についてくれば、チャンピオンのガブリアスに勝てるくらいには強くすると約束しましょう。安全安心、結果にコミットしたメソットを提供します」

「いや、余計怪しいよ!?」

「はっはっはっ、強くなるのにリスクはつきものです。それでどうですか? ついて来る気にはなりましたか?」

「……」

 

 ガバイトは私の顔をじっと見つめる。次にウインディの顔を見る。そして何かを察したのか、ゆっくりとうなづいた。

 ガバイトはのっそりと立ち上がって、私に手を差し出した。

 

「ガバァ」

 

 せいぜいよろしくと半信半疑のニュアンスだった。

 私はそれを笑顔を作り。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 こうして私のパーティーにガバイトが加入した。

 

 

 ーーーーーーー

 

 

「とまぁ、こんな感じですね」

 

 一通りガブリアスとの出会いを話し終えた。

 

「ぐっす……ぐっす、ガブリアスぅ!」

「なぜ、そんなに号泣してるんですかね……」

 

 なぜかユウリは感動ものの映画を見た後のように泣きじゃくっていた。たしかに壮絶な出会いではあったが、号泣するほどか?

 

「まったくユウリは泣き虫ですね。ねぇ、ソニア……」

「え? う、うん! そうだね!」

 

 ソニアの目はほのかに赤く充血していた。

 ソニアよ、あなたもか。

 なんだこの空気は。感動ものの当事者にとっては照れ臭いやらなんやらで居心地は最悪だ。

 

「……はぁ。先に部屋に戻ってますね」

「うん。分かった」

「お疲れ様です!」

 

 私はそそくさと部屋に戻って行った。

 

「私分かったですよ。なんで、ガブリアスが他のポケモンと扱いが違うのか」

「へえ。何なの?」

 

 ユウリは得意げに指をたてて。

 

「師匠にとって、ガブリアスは永遠に弟子なんですよ!」

 

 

 




 Q.最近流行りのムゲン団に一言

橙「うちのユウリがあんな風になったら、そっこうで捌き回して正気に戻します」

 ※書き足し
 番外編が好評ならまたやります


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(間話)ホップの挫折

 あんだけ本編でビートをピックアップしておいてあれなんですが、ユウリ以外のライバルは基本的に間話で掘ろうと思います。


 

 エンジンジムを勝ち抜いた1週間後、私たちは次の目的地であるナックルシティに向かってワイルドエリアにいる。

 そういる。歩いていない。 

 なぜなら、現在私の目の前でユウリとホップがバトルしているからだ。

 経緯としてはユウリがエンジンジムに勝利してから、マスコミが騒ぎに騒ぎ立てて、ユウリはしばらく表も歩けないほどだった。

 ホップはその間にジムをクリア。ユウリに追いついた。

 ちょうど同じ場所にいるし、どうせならお互いの実力を確認しあうという流れだ。

 もっとも、取材攻勢が落ち着いたとはいえ、ユウリは今注目度がとても高い。街中のフィールドでバトルしては人が集まり収集が付かなくなってしまう。そこで私の提案で広くて人も少ないワイルドエリアでやろうという話になったのだ。同じ理由でライブ配信もない。

 

 それで肝心のバトルなのだが......。

 

「......」

「......」

 

 2人の間は沈黙。吹き抜ける風に煽られる草が唯一のBGMだ。

 一方は戦闘不能になった自分のポケモンも戻せずに茫然と立ち尽くし、一方は気まずそうにほぼ無傷のエースをボールに戻す。

 どちらも悪くない。全力でぶつかり合った結果だ。しかし、その結果はとても残酷な現実を突きつけた。

 

「嘘でしょ......」

 

 観戦していたソニアは口元を抑えながら唖然としている。

 それはそうだ、二人はついこの間までほぼ互角だった。ここまで明確に力の差はなかった。

 しかし、ショックなのはわかるが瀕死のポケモンを放っておくのはいただけない。

 私は茫然としてる方のトレーナーの肩に手をかける。

 

「ホップ、ショックなのはわかりますが、瀕死のポケモンを早く戻してあげなさい」

「......はっ。も、戻るんだぞ、ゴリランダー」

 

 ホップは急いでゴリランダーをボールに戻した。

 我に返ったホップは何とか笑顔を取り繕い。

 

「ユウリすごく強くなったな! 俺びっくりしたぞ。俺ももっと頑張んなきゃな!」

 

 今にも泣きだしそうな顔だが、ユウリを傷つけないために必死に我慢している。

 

「ありがとう......です」

 

 噛み締めるように言う。

 ユウリは、ホップの気持ちに気が付いているから、あまり喜びを表に出さないようにしているようだ。

 

「もっと強くなるために修行しないとな! さあ、修行修行! じゃあなユウリ、ソニア、オレンジ!」

 

 そう言ってエンジンシティの方に走って行った。

 私は明らかに落ち込んでいるユウリに声をかける

 

「ユウリ、あなたは悪くありません。むしろ、最後まで全力で戦って偉かったです」

「でも......私ホップを......友達を」

 

 ホップが去って限界がきたのか、ついにユウリは泣き出してしまった。私は抱き着いてきたユウリの頭をなでる。

 

「勝負ですから、こういうこともありますよ。強さとは気持ちのいいものばかりではないんです」

 

 強いからこそ、失うものもある。それこそずっと競い合っていたライバルを潰してしまうことなんて、いくらでもある。

 それに耐えられなくなって、トレーナーを辞める人間もいるくらいだ。

 

「しかし、ホップがこのまま折れるような人間でない。友達のあなたが一番知っているでしょう?」

「そうよ、ユウリ。あいつがトレーナーを辞めるなんてないわよ。その内、いつもみたいに笑って、強くなった姿を見せてくれるって!」

「……です」

 

 ユウリは小さくうなづいて、私の胸に顔を埋めた。

 

 

 □

 

 

 その日はユウリの調子が戻らずあまり進めなかった。そのため、ワイルドエリアに用意されているキャンプエリアで一夜を過ごすことにした。

 夕食後、私は自分のテントの前に椅子を立てて星を見ていた。大自然に囲まれた空は澄んでいて星が鮮明に見える。

 カントーとはまた違う、自然の芸術。とても綺麗だ。

 私が外国の空に感動していてると、ザッと砂を踏む音が聞こえた。そちらの方を見ると上着を羽織ったソニアがいた。

 

「星見てるの?」

「はい。ガラルの空はよく星が見えて綺麗ですね」

「オレンジは星見るの好きなの?」

「そうですね。少し臭い台詞ですが、星を見ていると自分の悩んでいることが、すべてちっぽけに感じるんです」

「オレンジに悩みなんてあるんだ」

 

 あっけらかんとソニアは言ってくる。普段の私はどれだけ楽天家なのだろう。

 私は少しぶーたれながら。

 

「ありますよー。それはもうたーくさんあります。仕事のことだったり、研究のことだったり、それこそユウリのことだったりね」

「そっか……責任感じてない? ユウリとホップのこと」

「……感じていないと言えば嘘になるかもしれませんね。私自身、ユウリの教えれば伸びるところに調子に乗っていた節があるのは否定できませんから」

 

 成果が出ると楽しくなる。それが続くと、自分でと歯止めがかからなくなるなんて、まるっきり子供だ。少しは成長したと思っていたが、私もまだまだ青いな。

 なんて思っていたら、ソニアに背中をバンと叩かれた。

 痛くはなかったが、急な衝撃に身体がびくりと反応した。

 

「やっぱりそうだったんだ。どうりで夕食の時から元気ないと思った」

 

 気づかれてたのか。上手く誤魔化していると思ったのだが。

 

「オレンジが責任感じる必要はないでしょ。だって、オレンジはユウリを強くするために頑張ったんじゃない」

「……」

「私はね、トレーナー時代ダンデ君とのバトルがきっかけでトレーナーを辞めた。でもね、それはダンデ君が強すぎるからじゃない。ダンデ君に一生かけても届かないと思った自分に絶望したから。でも、ホップは違う。あいつは小さい頃から最強と呼ばれた兄と比べられながら、ずっと兄を超えるために追いかけてるの。そんなあいつが、今更ライバルにボロ負けしたくらいで折れるはずない」

 

 ソニアの語りに熱が入っていく。

 

「オレンジもいつも言ってるでしょ? 子供はすごいって。なら、信じてよ。ホップはいつかユウリに絶対追いついてくるって。だから、自分はもっとユウリを強く育てるんだって。あんたが迷ったら、ユウリは誰を信じればいいのよ」

「はぁ、ソニアは本当にすごいですね」

 

 私は可能性というものを基本的に信じない。論理的に裏づけされた事象のみを信じる。

 しかし、ソニアはその可能性を純粋に信じている。その純粋さは私には絶対的に欠けているものだ。

 私が迷ったら、ユウリは誰を信じればいいのか。

 もっともな言葉だ。

 

「ありがとうございます、ソニア。少し元気が出ました」

「まだよ!」

「え?」

「まだ話足らないことが山ほどあるのよ〜!」

 

 明らかに様子がおかしい。ソニアの顔をよく見てみると、ほのかに赤みがかっていた。

 

「もしかしてソニア、私がオーキド博士用に買っておいたビールを飲んだんですか!?」

「ジュースしか飲んでないわよ! なんか見たことない瓶が冷蔵庫にあったから、それを飲んだの!」

「それが酒ですよ!?」

 

 ガラルで有名な地ビールなのだが、見た目がジュースに似ているため、ユウリが飲まないように冷蔵庫(携帯型)の奥に隠しておいたのだ。オーキド博士に送るために買っておいたのだが、まさかソニアが飲んでしまうのは。

 どうりでいつもより熱く喋ると思った。ソニアは酔うと普段より感情的になるようだ。

 これなら、無理してエンジンシティで送っておくんだった! マスコミに見つかると面倒だから、どこにも寄らずにいたのに!

 ソニアは据わった目のまま、私の胸ぐらを掴み上げる。

 

「ソ、ソニア?」

「いい〜、私はね、あんたに言いたいことが百個くらいあんのよ! なんかこそこそやってるし、仕事抱え込むし、秘密主義だし、少しは私のことも信用しなさいよ〜!」

「い、いや、誤解です! 私はソニアのこと信用してますよ!?」

「どう信じろってのよおおお! いっつも一人でやってるし、私には何も教えないじゃない! それでどこをどう見て信用してるって……どの口が言っとるんじゃああああ!」 

「すいません、すいません、すいません〜」

 

 一つも否定できなかった。

 その後、ソニアの取り調べは1時間ほど続いた。なお、翌日ソニアはこの時のことを一切覚えていなかった。

 めでたし、めでたし。

 

 




 Q.お酒は好きですか?

橙「嗜む程度です。酔うと何されるか分からないので……。特に酔っ払った
アラサーはやばいです。マジで食われます」


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ナックルシティ〜VSキバナ〜


 この話を書いてる時、LISAさんの曲を聴いていたんですが、その時キバナの声優が鈴木達央さんに決まったとニュースの通知が来ました。
 なんか笑いました。


 ワイルドエリアを抜けた私たちは、ようやくナックルシティに到着した。

 ここにも一応ジムがあるが、ユウリにはまだ挑戦できない。七人のジムリーダーに勝利することで、ここのジムに挑戦できる。要するにジム戦の最後の砦ということだ。

 そのためこの街には用がないとも思えるかもしれない。

 しかし、この街には私たち研究者にとって興味深い場所がある。

 それは宝物庫。詳しくは知らないが、そこにはガラルの文化財が収納されているらしい。

 私の研究には関係ないのだが、ソニアの研究には大いに関係がある。彼女はまどろみの森に現れた謎のポケモンの研究をしているが、その過程でどうやらガラルの歴史が関係している可能性があるらしい。

 そこでソニアはどうしても宝物庫の中を見てみたいらしい。

 

「うぇえ......私は修業があるからパスするです」

 

 勉強が大嫌いなユウリは同行を拒否した。たしかに子供にはディープな世界の話かもしれない。

 

「仕方ありませんね。あなたはワイルドエリアの方で修行してきなさい」

「わかったです! じゃあ、一度荷物置いてくるです」

 

 何のためらいもなかった。ユウリは荷物を置くために今日の宿泊施設の方に歩いて行った。

 ソニアは笑いながら。

 

「ユウリは相変わらずわかりやすいなぁ」

「そうですね。ですが、少しはポーカーフェイスを身につけないと、後々苦労しそうですね」

「たしかにね。......じゃあ、さっそく行こうか」

「ですね」

 

 ソニアが歩き出した跡をついて行く。

 

「そういえば、宝物庫に入る宛はあるんですか?」

 

 ガラルの文化財が収納されているということは、それなりに厳重な防犯がされているはずだ。研究者だからだと言って、簡単に入れてくれるとは思えない。

 しかし、ソニアは明るい表情で。

 

「大丈夫よ。宝物庫の管理人は私の友達なの。それで聞いてみたら、いいよって言ってくれたの」

「ほぉ、それはそれは。運がいいですね」

「うん。ちょっと面倒なところもあるけど......」

「その情報は教えてほしくなかったです」

「大丈夫、悪い奴じゃないから。ダンテ君やルリナと同じジムチャレンジ時代の友達なの」

 

 ということはけっこう若い人間なのか。管理人と言うから、勝手に老人かと思っていた。

 しばらく歩くと、到着したのはクッパが住んでいそうなデザインの城。ナックルジムだ。ソニアはためらうことなくジムの中に入っていく。

 中に入ると、受付にいるメガネの男性に何かを話し始めた。

 すると受付の男性がどこかに電話を入れた。すると奥の方から側頭部と後頭部を刈り上げた髪型の上にオレンジ色のバンダナを巻いている男性が、手を振りながら笑顔で現れた。

 

「よ~うソニア。久しぶりじゃねえか」

 

 ゆったりと近づいたかと思ったら、男性はいきなりソニアの肩を抱き寄せて写真を撮った。

 私は目を見開かせたが、ソニアは慣れたことなのか呆れ顔で男を引き離す。

 

「もう、その会っていきなり写真撮る癖やめなさいよ」

「いいじゃねえか。久しぶりに会った記念記念」

「どうせそれSNSに上げるんでしょ? あんたのファンに色々言われるの私なんだからね」

「んなこと言われたって、しょうがねえじゃん。俺がやめろって言ってもやめてくれねぇんだから。ソニアは別にそういうの気にしないだろ?」

「たしかに気にしないけど、けっこう目障りなんだからね」

 

 たしかに見た目が明るい色黒イケメンの彼は女性から相当人気がありそうだ。そんな彼がソニアのような美人とツーショット写真を撮っていれば、ヘイトが向いても仕方ない。

 ソニアは私が蚊帳の外になっていることに気が付いたようだ。

 

「あ、紹介が遅れてごめんね。この人がさっき言ってた宝物庫の管理人で私の友達のキバナよ」

「ついでにソニアの彼氏だぜ......いたたたた!?」

「こういう面白くない冗談をよく吐くけど、大体嘘だから気にしないでね」

「ええ、気にしません。申し遅れました、私の名前はオレンジ。ソニアと一緒に旅をしています」

「......オレンジ?」

 

 私の名前を聞いた途端、キバナはチャラチャラとした雰囲気を一変させる。そして私の顔をじろじろと見ながら。

 

「お前がダンデを倒したトレーナー、オレンジか?」

「ええっ!? キバナ、どこでそれ聞いたの!?」

「前にダンデの奴がジムに来てな、その時に聞いた」

「今度ダンデの口を塞ぎに行きましょう」

「私も協力するわ」

 

 あのバカ! アホ! ワタル! 

 思っていたよりもゆるゆるなバカの口を塞ぐことを決心する。しかも、よりにもよってこんなSNS中毒者に話すな。拡散されたらどうする。

 

「俺様のことどう思ってるのか知らねえが、拡散する気はねえぞ。つうかしたくない。ダンデに黒星をつけるのは俺しかいねぇって思ってたしな」

「まあ、実際ガラルじゃキバナぐらいもんね。ダンデ君に張り合えるの」

「まあ、この前の勝負は3タテ食らったけどな」

「え?」

 

 ソニアは意味がわかっていないようだが、要するに私の話を聞いた時にバトルもしたということだろう。

 キバナは獲物を狙う猛禽類のような目で私を睨んでくる。

 

「だから、バトルしてみたいと思ってたんだよ。あのダンデを負かしたトレーナー、オレンジとな」

「なるほど、要するにバトルのお誘いですか?」

「そういうことだ」

「ちょっとキバナ! ジムの仕事はどうするのよ!?」

「この時期に俺のジムに挑戦するようなチャレンジャーいないから、ずっと暇だ」

「でも……」

 

 ソニアは気まずそうに私を方をちらちらとみてくる。私があまりバトルに積極的ではないから、心配しているようだ。

 

「構いませんよ。SNS等に載せないと約束できるなら、そのバトル受けます」

「できるできる。俺だって、載せちゃ不味いものくらい判別できるぜ?」

「よく炎上してるくせに……」

「うるせーな! それは俺様のせいじゃねえよ。アンチ共が勝手に騒いでるだけだってーの」

 

 アンチが騒いだら、それは炎上なのでは? とつまらないつっこみはしないでおく。

 

「それじゃあ、フィールドに行こうぜ。今日は特別にうちのスタジアム開放するからよ」

「それは楽しみですね」

「だろ? うちのフィールドでバトルできる奴なんて、ガラルでもそんなにいないんだぜ」

 

 キバナは機嫌良くスタジアムのフィールドの方に歩いて行く。

 私もその後ろを歩いていると、隣を歩いているソニアが耳打ちしてくる。

 

「でも、よく受けたわね。オレンジって、こういうバトルいつも断ってるでしょ?」

「……そういえばそうですね。自分でも分かりませんが、何故かちょっとキバナとバトルしたいと思いまして」

「ふーん。まあ、キバナも強いもんね」

 

 ソニアは腑に落ちていないようだが、何とか納得した。

 正直、誤魔化しているわけではなく本当に分からない。なぜか、キバナにバトルを申し込まれた時、好都合に感じる自分がいた。

 彼にそこまで飛び抜けた才能を感じたわけではないのだが……?

 混乱状態に陥りながら、私はフィールドの中へと入って行った。

 

 

 □

 

 

 スタジアムでのバトルは二回目だ。一度目はチャンピオン、ダンデ。二度目は最強のジムリーダー、キバナ。まったく、私はその地方のトップトレーナーと戦う星の下に産まれているのだろうか? 

 光栄なことではあるのだが、私はバトルジャンキーではないので嬉しくはない。

 とはいえ、バトルとなれば手を抜く気はない。

 

「バトルは2対2のシングルバトルでいいな?」

「シングルで大丈夫ですか? ダブルバトルでも構いませんよ」

「いやシングルでいい」

 

 頑なに拒否してくる。キバナはダブルバトルを得意にしているトレーナーだ。自分の得意分野を嫌がるとは、何か考えがあるのだろうか?

 まあ、本人がそういうなら仕方ない。

 私はボールを持つ。

 

「そういえば、この子をバトルで使うのは初めてですね。行きますよ、ダーテング!」

「ダーテング!」

「俺はこいつだ! いけ、ジュラルドン!」

「ジュラ!」

 

 キバナが繰り出したのはジュラルドン。前にダンデの件の時に彼のことも軽く調べたが、ジュラルドンは彼のエースだ。タイプはドラゴン・はがねとかなり珍しい。

 たしか見た目に反して、種族値としては特殊攻撃の方が高く、特殊防御が低い。

 狙うならそこだろう。

 対する私のダーテングは、以前捕まえたコノハナを進化させたポケモンだ。くさ・あくタイプで、相性的には不利である。

 

「ダーテング、エアスラッシュ!」

「ダーテン!」

 

 葉っぱ上の手をふると、無数のエネルギー体がジュラルドンに向かっていく。

 

「ジュラルドン、ラスターカノンで対抗しろ!」

「ジュラァ!」

 

 放たれた銀色の光線が、フィールドの中央でエアスラッシュとぶつかり合う。威力は互角のようで、爆発が起きた。

 その爆煙に紛れて、ダーテングが接近する。

 

「ダーテング、足下にリーフブレード!」

「ダーテン!」

「ジュラッッ!?」

 

 足を斬られたジュラルドンは地面に転がる。ジュラルドンの特性はヘヴィメタル。体重が通常の二倍になる特性だ。そのせいで、一度転ばされると起き上がるのが通常より困難になるのだ。

 

「続いて、エアスラッシュ!」

「ダーテン!」

「ジュラッッ! ......ジュラ」

 

 寒気。何か来る!

 

「パワーは溜まったなジュラルドン! ここまで喰らったダメージを返してやれ、メタルバーストだ!」

「ジュラァァァ!」

「ダーテンッッッ!?」

 

 ラスターカノンの数倍の光線がダーテングを飲み込んだ。

 メタルバースト、それは受けたダメージを1.5 倍にして返す技だ。カウンターやミラーコートより威力は低くなるが、特殊直接関係なく返す技なので使いやすさで言えば段違いにいい。  

 ダメージがかなり溜まっていたからか、なかなかの威力だ。

 

「大丈夫ですか、ダーテング?」

「ダーテン!」

 

 とはいえ、この程度で倒れるほど柔な育て方はしていない。これで倒れたら、特別特訓行きだ。

 

「決まったと思ったんだがな……。さすがダンデに勝ったトレーナーだ」

「褒められるのは嬉しいですが、その言い方は癪に触りますね」

 

 言い方は悪いが、ダンデに勝ったところで何の自慢にもならない。私の周りにはあれより強いトレーナーがゴロゴロいる。

 

「ダーテング、エアスラッシュ!」

「ダーテン!」

「同じ手は食わないぜ! ジュラルドン、かわせ!」

 

 体重のわりに軽快な動きで、ジュラルドンは攻撃をかわした。

 

「隙ありだ! ジュラルドン、ラスターカノン!」

()()()()()()()。ダーテング、ふいうち!」

「ダーテン!」

「ジュラッッ!?」

 

 ジュラルドンがエネルギーを溜め始めた瞬間、ダーテングのふいうちが決まった。

 ジュラルドンは静かに倒れた。

 

「はぁ!?」

 

 キバナは倒れたジュラルドンを見ても、何が起こったのか理解できていないようだ。

 

「ジュラルドン戦闘不能です。では、次のポケモンをどうぞ」

「あ、ああ。戻れ、ジュラルドン」

 

 キバナは戸惑いながらジュラルドンをボールに戻した。

 

「次はこいつだ! 行け、フライゴン!」

「ライゴン!」

「フライゴンですか……。なるほど。お疲れ様ですダーテング、ゆっくり休んでください」

 

 私はダーテングを戻して。

 

「行きなさい、ガブリアス!」

「ガバァ!」

 

 ガブリアスの登場にキバナは分かりやすく目を輝かせる。

 

「おいおい本物のガブリアスじゃねえか。ドラゴン使いとしては、本物が拝めて光栄だな」

「よろしければ、フカマルを譲りましょうか?」

「いらねぇ。俺にはフライゴンがいるからな」

 

 キバナはあっさりと断り、フライゴンに笑いかける。それに応えるようにフライゴンも笑った。

 種族値的には……いいや、何も言うまい。

 『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、好きなポケモンで勝てるようにがんばるべき』。カントー・ジョウト地方四天王、カリンの言葉だ。

 強い方が勝つんじゃない、勝った方が強いのだ。

 ソニアがキバナのことを悪い人間ではないと言った意味が少し理解できた。

 

「まずは俺の得意技といこうじゃねえか! フライゴン、すなあらし!」

「ライゴオオオ!」

 

 フィールドがすなあらしに包まれた。すると、フライゴンは砂に紛れて姿が見えなくなった。

 彼のお得意戦法。すなあらしを利用した戦法だ。

 

「慌てる必要はありません。隠れるなら、隠れ場所ごと破壊してしまえばいい。ガブリアス、全方向にだいちのちから」

「ガハァァァ!」

 

 ガブリアスが地面に右手を突き立てると、地面にサザンクロスのような十字の光が入った。その光は花火のように上昇すると、フィールド全体を飲み込んだ。

 その威力により、すなあらしを吹き飛ばした。

 

「ライゴッッッ!?」

 

 当然フライゴンにも直撃する。

 常識外れの範囲にキバナは目を見開かせる。

 

「んなぁ!? そんなのありかよ!?」

「乱暴な手ですが、なぜでしょう、今日はあまり抵抗がありません。ガブリアス、ドラゴンクロー!」

「ぐっ! フライゴン、げきりんで応戦しろ!」

「ガバァ!」

「ライゴオオオン!」

 

 赤いオーラを纏わせたフライゴンが、爪を光らせたガブリアスとぶつかり合う。

 普通なら、げきりんの方がドラゴンクローよりも威力は高い。しかし、私のガブリアスのドラゴンクローは、伝説のポケモンにすら勝る。

 

「ライゴッッ!?」

 

 フライゴンは、あっさりと威力負けして後ろに飛ばされた。

 

「げきりんがドラゴンクローに負けるだと!? そんなわけが!?」

「常識は最悪の偏見ですよ。目の前の事象を認めなさい」

「ちっ! フライゴン、じしん!」

「ライゴオオ!」

 

 地面に足を突きさすと、地面が揺れ始めた。常人なら立つのもやっとな震度だが、この程度の威力避けるほどでもない。

 

「ガブリアス、止めなさい」

「ガバァァァ!」

 

 ガブリアスが地面を踏むとじしんが止んだ。ガブリアスのパワーで相殺させたのだ。

 

「なっ……」

 

 あり得ない光景が続き、遂にキバナは言葉を失ってしまった。

 

「決めなさい。ガブリアス、ギガインパクト」

「ガバァァァ!」

 

 容赦なく向かってくるガブリアスに、キバナはふっと笑ってから、好戦的な猛禽類のような瞳に戻す。

 

「最後まで足掻いてやろうぜ! フライゴン、ぶっ飛ばせ! げきりんだ!」

「ライゴオオオオ!」

 

 螺旋状のエネルギー体を纏ったガブリアスと、赤いオーラを纏ったフライゴンがぶつかり合う。

 土煙が上がる。その中から、ガブリアスが飛んで出てきた。

 煙が晴れると、目を回したフライゴンが地面に倒れていた。

 

「フライゴン戦闘不能だな」

「ですね。よくやりましたガブリアス、戻ってください」

「フライゴンも戻れ。よく頑張ったな」

 

 ポケモンを戻すと、観戦していたソニアが歩いてくる。私とキバナも集まるように近づいてくる。

 

「2人ともいいバトルだったわよ」

「どこがだよ。俺の完敗じゃねえか。最後の方なんて、何もさせてもらえなかったしな。しかし、強えな。あんなバトル、ガラルじゃ見たこともなかったぞ」

「でしょうね。あんなバトルできるポケモンがぽんぽんいたら、国が沈みますよ」

「あながち笑い話で終わらなそうなのが怖いわね……」

「だな」

 

 はっはっはとキバナは八重歯を見せながら笑う。

 

「悪かったな。俺の都合でバトルさせて」

「いいえ。私も楽しかったです」

「……なあ、こんなことオレンジに聞くのはおかしいかもしれねえが、俺様のバトルに足りないものがあるとしたら何だと思う?」

「足りないもの?」

 

 全部。と言うのはさすがに酷か。

 まあ、強いて言うなら。

 

「基礎力ですかね」

「基礎力?」

「はい。あなたは天候を利用したパーティーを使っている様ですが、天候はあくまで戦略の一部分に過ぎません。なのに、あなたの戦略は天候を前提にしたものが大半です。先程のバトルも、私のガブリアスの特性がすながくれなら、すなあらしは私に利がある形に作用してました」

 

 映像を見た時も、しきりにすなあらしを使っていた。

 

「砂パーティーは機能すれば強いですが、機能しないと難しい。特に手練れになれば、天候を攻略することも簡単にしてきます。あなたが一度も勝てていないダンデやメロンさんのようにね」

「……なるほどな」

「そんな時に活きるのが基礎力です。相手が何を仕掛けてこようとも、基礎力が高ければ何にでも対応できます。先程、私のガブリアスがすなあらしを吹き飛ばしたり、じしんを相殺させたりね」

「いや、あれはおかしいからな」

「うん。あれはおかしいと思う」

 

 2人がかりでおかしいと言われてしまった。私は誤魔化すように咳をして。

 

「ともかく。あなたに足りないところと言うなら、そこですね。いわゆる、第二の刃というやつです」

「オッケー。丁寧にありがとよ……はぁ、久々に基礎練でもすっか」

「その前に宝物庫に行くことも忘れないでよ? あんたのわがまま聞いてあげたんだから、こっちの言うことも聞いてよね」

「分かった、分かった。そう焦るなって。宝物庫は逃げねえからよ。ちょっくら、鍵取ってくるから先行っててくれ」

「分かったわ」

 

 キバナが関係者の扉の方に歩き出し、私たちは宝物庫の入り口に向かうようだ。

 歩いていると、隣のソニアが。

 

「……大丈夫、オレンジ?」

「何がですか?」

 

 心配そうに聞かれたが、私には心当たりがなく疑問形になってしまった。

 

「さっきのバトルなんか荒れてたというか、いつもより乱暴だったからさ。もしかして、何か気に入らないことでもあったのかなって」

「ああ……いやぁ、私にもよく分かりません。ストレスが溜まってるんですかね?」

「何で自分のことなのにわからないのよ……。ともかく、どこも悪くないのね?」

「はい。まったく」

「ならよかった。行きましょう」

 

 ソニアは歩く速度を上げたので、私はその後をついて行った。

 

 





ダーテング
元コノハナ。生意気な性格だったが、すっかり更生(叩き直され)された。今は真面目。

 Q.コノハナはどこにいたんですか?

 橙「オーキド研究所の方で特訓させていました。初日にキレイハナに突っ掛かったそうですが、三日後には三つ指ついて頭を下げていたようです。何があったんでしょうね(すっとぼけ)」




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ナックルシティ~英雄の壁画~


 今回は真面目な回です。嘘じゃないです。


 宝物庫はジムの入り口から右に少し行ったところにあった。

 歴史を感じさせる重厚な扉をキバナが鍵を差し込む。回すとガチャリと年季の入った重い金属音が響いてきた。

 

「開いたぜ。ついて来な」

 

 キバナに案内されて扉の中に入っていく。暗い室内の先に一筋の光。その正体は太陽光だ。

 青空に伸びるように長い階段がU字に連なっている。

 

「うげ......」

 

 予想以上に長い階段にソニアは露骨に顔をしかめる。

 ソニアは研究者らしく体力がないからな。この傾斜の階段はつらいだろう。

 そんなことには気が付かず、キバナはすたすたと歩き進める。私もそれに続いていく。ソニアはこの先の資料を求めて覚悟を決めて登り始めた。

 しばらく歩くと、逆U字型の大きな入り口が見えてきた。

 

「あれが宝物庫ですか?」

「そうだ。まあ、正確にはここも宝物庫の一部なんだが、大事なものが保管されてるのはあそこってわけだ」

「なるほど」

「ぜぇ、ぜぇ......やっとついた」

 

 キバナが解説してくれるが、肝心のソニアはそれどころではなかったようだ。

 中に入るとそこは予想に反して、かなり殺風景な場所だった。てっきり、もっと貴重な文化財らしき物が保管されているのだと思っていたが、壁に大きなタペストリーが四枚貼られているだけだ。

 しかし、ソニアはそれを見た途端目を輝かせた。そして、息を切らせていたのも忘れてタペストリーに駆け寄っていく。

 

「すごい! これが古代人がガラルの歴史を記したタペストリーなのね!」

「ああ。とはいっても、俺様にはいまいち意味が分からねえんだよな~。こんなものにどんな意味があるんだろうな」

「そうですね。絵だけでは分かりにくいですね......ソニア、このタペストリーの調査資料はないんですか?」

「ちょっと待ってね」

 

 そう言ってソニアはタブレットの資料を漁っていく。

 

「あった! えーとね、おばあさまが昔研究していた時の資料によると......一枚目が願い星を見る若者。二枚目が災厄が訪れ、困惑する若者。三枚目が災厄を追い払う剣と盾を見る若者。そして四枚目が王冠をかぶる若者。これはガラルに王国ができた時の物語を伝えるタペストリーらしいわ」

「へえー。これってそういう意味だったんだな」

「あんたは少しは知っておきなさいよ。ここの管理者でしょ?」

「え~、興味ねえから仕方ねえだろう」

 

 2人が朗らかな雰囲気で話している横で私は考えた。

 まどろみの森にあった墓に刻まれた言葉を信じるならば、あの剣と盾はザシアンとザマゼンタだ。そしてその墓に眠っていたのはあの二人の若者だ。

 しかし、ここでもあの二体の存在が抹消されている。どういうことなのか。

 

「ソニア。あのタペストリーがいつ作られたものか分かりますか?」

「ええ!? ん~と、ここには古代王国により作成されたとしか書いてないけど......」

 

 それはそうか。まどろみの森の方は発見されていないのだ。そこを細かく調査する優先度は低い。

 

「何でそんなこと知りたいの?」

「いいえ。何となく気になっただけです」

 

 ソニアには伝えるべきか? しかし、ここまで存在を知られてこなかったポケモンだ。下手に広めてしまうと、自然関係を崩してしまう可能性がある。

 ソニアが自力でたどり着いてしまうなら仕方ないが、私が恣意的に教える必要はないか。

 それはそうと、この絵を見ているとどこか引っかかりを覚えるのだが。

 

「ところで、この絵どこかで見たことありませんか?」

「......たしかに。どこかで見たような......あああ!」

 

 ソニアは何かひらめいたのか、急に絶叫した。

 

「二枚目! 前に買った絵本のブラックナイトと同じ! ......どういうこと? ブラックナイトは実際に起きた災害のはずでしょ? でも、普通災害が人の手によって追い払えるはずがないし......絵本がでたらめ? それともブラックナイトが事実と異なってた? ああもう、分かんない!」

「まあ、考えられる仮説とすればブラックナイトが追い払える災害だったということですかね?」

「追い払える災害......?」

「要はポケモンの力により起こった可能性があるということです」

「ポケモン!? でも、ガラル全体を危機にさらすような力を持つポケモンなんているの?」

「いますよ。例えばシンオウ地方には時間と空間を司るポケモンがいます。ホウエン地方には海・地面を司るポケモン等々、人智を超えるほど強大な力を宿したポケモンというのは結構いるんです」

「ブラックナイトもそのポケモンと同レベルってことかよ?」

「あくまで仮説です。ソニアが言った通り、絵本の方が間違っていて、ブラックナイトとこちらの若者が立ち向かった災害は別物という可能性も十分あります」

 

 むしろそちらの方が可能性が高い。所詮は絵本だ、偶然このタペストリーを知っていた人間が作った可能性もある。

 ソニアは口元に手を当てながら。

 

「これはもう少し調査してみる必要がありそうね......」

「もしかしたら、まだ発見されてない遺跡があるかもしれませんしね」

「そうね......キバナ、今日は協力してくれてありがとう」

「おう。また頼み事あったら言えよ」

「私からも、希少な機会をありがとうございました」

 

 同じく礼を言うと、キバナは笑顔で返してきた。

 私が宝物庫から出ようとすると、キバナはソニアに何かを耳打ちしていた。

 

「な、何言ってんのよ!」

「ははっ、図星か......まあ、いいんじゃね? ちょっと面倒そうなやつだけど、ソニアにはピッタリだと思うぜ?」

 

 少し気になったが、二人っきりで話したいことなのだろう。

 私は先に宝物庫から出ることにした。

 

 

 □

 

 

 ソニアは熱くなった頬を押さえながら、階段を降りていた。なぜ熱いのか、それはキバナに言われた一言が原因だった。

 

『ソニアって、オレンジのこと好きなんだろ?』

 

 不意に言われたこの言葉に、ソニアの心はかき回された。意味が分からない。

 ソニアは呑気に頭の後ろに手を組みながら歩いているキバナに。

 

「どこをどう見てそう思ったのよ......」

 

 恨みがましく言う。

 キバナは特に気にした様子もなく。

 

「ん~、何となくだな」

「何よそれ!」

「しいて言うなら、雰囲気? なんか、すげえ信頼してるなぁって。ソニアが男をあんな信頼してるの見たことねえもん」

「それはあんたとダンデ君がバカだったから......」

 

 そう言いながらソニアは、自分のオレンジに対する評価を思い出す。

 たしかに少し直してほしいところはあるが、性格に大きな問題もないし、研究者だから話も合う。何よりオレンジの優れた知識と洞察力には舌を巻く場面が多々ある。そういう意味では尊敬の念すらある。

 少なくとも、キバナやダンデよりも男性として見れるだろう。

 しかし、恋心があるかと言われると自信はない。今までそんな相手ができたことがない故の経験不足だ。

 頭を使いすぎて疲れたソニアはため息をつく。

 

「はあ......ともかく、私はオレンジのことなんとも思ってないわよ。たしかに他の男よりも信頼しているかもしれないけど、それはビジネスパートナー的なものにすぎないの」

「わかったわかった。変なこと言った俺が悪かったよ」

 

 キバナが折れて、そこで話は終わった。

 そして長い階段をようやく降り切り、入り口を出ると......

 

 オレンジがツインテールで巨乳の見知らぬ女の子に抱き着かれてデレデレ(ソニアの主観)していた。

 

「はあ?」

 

 ソニアの声は絶対零度よりも冷たかった。

 

 

 

 





 Q.どうやって仕事してるんですか?

橙「今は主にタブレットやパソコンなどの機器を利用していますが、重要な書類はデータが消えるとまずいのでファイルに紙状態で保管しています」

 
 ※次回から少しだけ、質問コーナーを弟子トークにしてみます。


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ナックルシティ〜登場ポケウッド女優〜


 やっぱり評価をいただくとテンション上がりますね。


 宝物庫の扉の前で人々が行き交うのをボーとみている私はさぞ変な男だと思われていることだろう。

 今頃、ソニアはキバナと積もる話をしている。私はそれが終わるのを待っているところだ。けして不審者ではない。

 手持無沙汰な私は、バッグからタブレットを取り出す。いくつか仕事のメールを読んで暇を潰していると。

 

「すいませーん♪」

 

 帽子を深くかぶった女の子が妙に猫撫で声で話しかけてきた。

 

「はい? 何か?」

「ちょっと道に迷っちゃって~、ここなんですけど分かりますか?」

 

 女の子が見せてきたのはナックルシティ駅の写真だった。この街に来たばかりの人間でも容易にわかるというか、そこら中に案内図があるのだが。

 

「案内図がポケモンセンターにありますよ。そこに行ってみればいいのでは?」

「え~、私ポケモンセンターの道も分かんないんですよ~。お兄さん、時間あったら案内してもらえません?」

 

 これは逆ナンという奴だろうか? しかし、私のような大して金も持ってなさそうな人間を狙うか? というか、この声完全に演技だ。

 待てと、この演技に声どこかで聞いたことあるような......。

 私がじろりと女の子の顔を見ると、女の子はかかったとばかりににやりと笑った。

 

「はっ!」

 

 その笑みで私は完全に気が付いた。すぐに逃げようとすると、タックルのような勢いで抱き着かれて捕まった。

 素早い動きのせいで顔を隠していた帽子がはらりと落ちた。

 隠されていたツインテールの髪先が腰元まで落ちる。

 

「お久しぶりです、オレンジさ~ん♪」

「メイ......なぜあなたがガラルに......」

 

 そう、彼女はイッシュ(二回目)時代に一緒に旅をしていたイッシュの人気女優メイだ。

 忙しすぎて影分身を必要としている女優ランキング二年連続一位の彼女が、なぜこんなところにいるんだ。本当に使ったのか、影分身。

 寒気! 抱き着かれて体温が上がっているはずなのに、なぜかジャイアントホールに入れられたような寒さを感じている。

 その冷気は主に後ろから感じる。私は恐る恐る振り返る。

 

「はあ?」

 

 するとそこには、まるでゴミを見るような冷たい瞳のソニアが立っていた。

 その後ろでキバナが涙目で身体を震わせているのが、この異常事態を物語っている。

 

「ソ、ソニア......」

「何やってるのオレンジ?」

「何をって......」

「メイと久々の再会の喜びを分かち合ってたんですよね?」

「あなたは黙っててください! 話がややこしくなります!」

 

 一言昔の知り合いに再会しただけですと言えば終わるのに、メイはわざわざ現場を混沌にしてくる。

 茶々をいれたメイをソニアは見て。

 

「あなたオレンジの知り合い?」

「恋人です♪」

「こい......!?」

「嘘です! 一時期、一緒に旅をしたことがあるだけですから!」

「もう照れないでくださいよ~ ダーリン♡」

「ダーリン言うな!」

「ふーん、じゃあお幸せにね」

「ちょっとソニア!? 誤解です! 完全な誤解なんですぅぅぅ!」

 

 ソニアは私の言葉を聞き入れることなく、すたすたと歩き去っていった。

 

 

 □

 

 

「あああああああああ」

 

 ソニアのやっちまったという気持ちがこもった叫び声がポケモンセンターに響く。 

 そんなソニアをキバナは心配そうに見ている。こんなソニアを見るのは初めてである。いつも自分やダンデを姐さんのように引っ張っていた姿はここにはない。

 ただただ、人の目も気にせず声を漏らしている変な人である。

 

「何で私あんな態度取っちゃったんだろ......」

 

 自分の愚行を嘆くようにつぶやく。

 この期に及んでまさかの言葉にキバナは戦慄していた。男が他の女性に抱き着かれて怒る、そんな態度をとってしまう理由なんて一つしかない。

 

「嫉妬だろ」

「しっ......と......?」

「オレンジが女の子に抱き着かれて嫉妬したんだ」

「な、ないない! 私が嫉妬なんてするわけが......」

「あ、オレンジがさっきの女の子とキスしてる」

 

 ソニアの周りの気温が10下がった。

 

「してるじゃねえか」

「うっ!」

 

 図星をつかれたのか、うめき声をあげる。

 キバナはため息をついて。

 

「認めたくないならそれでもいいけどよ、時には素直になんねえと手遅れになるぞ」

「......うぅ」

 

 子供みたいに葛藤しているソニアに、キバナは少し安心感を覚えた。

 ソニアは一時期周りが見えなくなるくらい自分のことで精一杯だった。同期がチャンピオンやジムリーダーをしている中、一人だけ取り残されている気になってずっと焦っていた。

 そんな彼女が今では、恋心について悩めるほどゆとりを取り戻しているのだ。

 何があったかまでは知らないが、彼女の中で何かしら変化があったのは確かだ。その理由がオレンジにあるのかどうなのか、キバナには知るよしもない。

 ただ何となく、オレンジが絡んでいる気がした。

 ところで、キバナはふと思いだしたように。

 

「そういや、さっきオレンジに抱き着いてた女の子、ポケウッド女優のメイに似てなかったか?」

「はい?」

 

 

 □

 

 

 一方その頃、ソニアに見捨てられたオレンジは......。

 

「あああああああああああ」

 

 四つん這いになって、ソニアと同じようにうめいていた。

 

「大丈夫ですか、ダーリン♡」

「誰のせいですか、誰の! というか、何であなたがここにいるんですか? あなたかなり忙しいはずでしょう?」

「知らないんですか? 今度、ガラルで『サーナイト娘とエルレイド娘』っていう映画の撮影があるんですよ~。だからお仕事ですよ、お仕事」

「そういうことですか......。お疲れ様です、お仕事頑張ってください」

 

 オレンジは逃げようとするが、がっしりと腕を捕まえられた。普段から鍛えているせいか、見た目よりもずっと力強い。

 

「逃がしませんよ♡。ずっと会いたかったんですから」

「ですよね」

 

 早くソニアに謝りに行きたいのだが、許してくれない。

 こうなったメイは簡単に離してくれない。ここは満足するまで付き合ってあげるのが、一番早い。とオレンジは、以前旅をした時の対処法を思い出していた。

 

「それにしても、よくここが分かりましたね……」

 

 オレンジはガラル地方に行くことはオーキド研究所内部か、レッドなどの友人にしか話していない。

 それなのになぜ、メイがそれを知り、なおかつ自分の居場所まで知っていたのか。

 その言葉を呟いた時、コツリと地面を踏む音が聞こえてきた。

 

「当たり前じゃない。私がサーチしたんだもの」

 

 その声を聞いた途端、オレンジは全てを理解した。

 

「黒幕はあなたですか……ナツメ」

 

 後ろを見ると、外はねに袖なしの服、そしてタイトスーツのようなピチッとしたズボン。そう、オレンジの幼馴染みでエスパーのナツメだ。

 ナツメは嗜虐的な笑みをつくり。

 

「ご名答」

「本当に趣味が悪いですね。そこでずっと覗き見していたんですか?」

「そうよ。その方が面白いものが見れるって、予知したの。そしたら、あなたが女にふられて四つん這いになってるんだもの、滑稽で笑い死にそうだったわ」

「そのまま、死んでください」

 

 と言い捨ててから、オレンジは何かを思いついたのか不自然なほど笑顔になり。

 

「何ですか、そのコンプレックスなんて感じてませんと主張するような服は。むしろ、気にしてる証拠じゃないですか。ねえ、貧乳さん?」

 

 その煽りにナツメは青筋を立てる。そして対抗するように笑顔になり。

 

「あら、これは今、イッシュで最先端のファッションデザイナーに見繕ってもらったものよ? 変な邪推はやめてほしいわ。あ、ごめんなさい。ファッションなんて、万年ダサい服のあなたに理解出来るはずがないものね。私、悪い事言っちゃった」

 

 オレンジの頭にも青筋が走った。

 

「そのデザイナーさんは相当優秀なんですね。あなたの特色のない胸板をうまく長所にしようと頑張っているのが分かりますよ。おかげで違和感ないですよ! いつもは認識もされない、あなたの胸板がしっかり身体の一部として機能しています!」

「ふふふふふふ、サイコキネシス!」

「エーフィ、相殺しなさい!」

「フィー!」

 

 先に沸点を超えたナツメが先制攻撃を与えた。ポケモンではなく、自力でサイコキネシスしていることに、頭のおかしさを感じざるをえない。

 それに慣れたようなエーフィを繰り出し、あっさりと相殺させるオレンジも結構頭がおかしい。

 

「オレンジさ〜ん、頑張って〜!」

 

 それにまったく動じずにエールを送るメイも大概……etc。

 

 なお、この騒ぎは警察が駆けつけるまで続いた。

 

 

 





 Q.第一回弟子トーク!

金「イェーイ!」

橙「……はぁ」

金「ちょ、師匠! 何でそんなにテンション低いんすか! 第一回っすよ! 最初が肝心なんすよ、こういうのは!」

橙「企画はいいですが、ゴールドとトークとか普通に面倒なんですが……」

金「ガチっぽいんで、そういうのやめてほしいっす! 傷つくから!」

Q2人の出会いは?

橙「ワカバタウンで、出会いました」

金「その時、シルバーの野郎に負けてムシャクシャしてたんすよ。なんか、暗いやつがいると思って、憂さ晴らしのつもりで挑んだらボコボコにされたっす!」

橙「その後、私の自称弟子を名乗りストーカーしてくるようになりました」

金「またまた〜。何だかんだ師匠、俺のこと弟子と認めてくれたじゃないっすか〜」

橙「……(よく言えるなという目をする)」

金「あれ!?」

Q.お互いのことどう思ってますか?

橙「馬鹿ですね」

金「ドS」

Q.最後に弟子に一言。

橙「偶にはアポを取ってから研究所に来てください。次取らなかったら、シロガネ山に捨てますよ」

金「……(本気でやりかねないこの人)了解っす」




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ナックルシティ〜乙女遊戯〜


 タイトルは適当です(強調)!


 街中でポケモンバトル? したことをジュンサーにたっぷり注意され、私は宿泊しているホテルに戻ってきた。

 一度ソニアの部屋をノックしてみたが、まだ帰ってきていなかった。早めに先ほどの誤解を解いておきたかったが仕方ない。

 私は自分の部屋に戻ることにした。

 フロントから渡されたカードキーを挿し込む。ガチャリという開錠音が聞こえる。

 部屋に入り、荷物を机に置く。大声を出したせいか喉が渇いている。常備されている設備を使用してお湯を沸かし始める。

 カップの一つにアールグレイのTパックをいれる。

 

「オレンジさ~ん、私も飲み物ほしいです」

「はいはい......っ!?」

 

 私は目を剥いて振り向いた。

 何とそこにはベットに足を組んで腰かけているメイがいた。

 

「どうやって入ってきたんですか!?」

「ふつーにオレンジさんの後ろについてきていたんですよ♪」

「そんなわけないでしょう。背後に人がいて私が気が付かないはずがありません!」

「気配を消すのは女優の必須スキルですから♪」

「そんなわけあるか!?」

 

 前より潜入スキルが上がっている。前はピッキングか天井上から侵入してきたりするくらいだったのに、すっかり忍者だ。

 

「とりあえず出ていきなさい」

「いやです♪」

「出ていきなさい!」

「いやです♡」

 

 キレ気味にすごんでみるが、笑顔で流された。

 力が抜けて、腰が曲がる。

 

「あれ? 無理矢理追い出さないんですね?」

「仕返しが怖いから妥協です」

 

 彼女がSNSで呼びかければ、イッシュ中の彼女のファンが立ちあがる。下手にへそを曲げられると、結構面倒なのだ。

 メイはわかってるじゃねえかと言わんばかりにニコリと笑う。

 私はカップを二つ用意して、一つをメイに渡した。メイは一言お礼を言った。

 椅子に座り。

 

「それで何の用ですか?」

「男の部屋に女性が一人で入ってきたら、用なんて一つしかないじゃないですか」

「何か相談ですか? それとも、ジム戦の観戦ですか?」

「惚けないでください......っよ」

 

 メイは私の腕に飛び付いてくる。彼女の柔らかいものの感触が服越しに伝わってくる。

 

「くっ......離しなさい」

「いやです。私、三年前からオレンジさんのことを一時も忘れたことありません。ずっとあなたのことを想い続けていました。成長しました。もう子供じゃありません。あなたのことが好きです」

 

 ……やはりこの話か。

 彼女の本気は以前告白された時から理解している。男性から多くの支持を得ている女優が、テレビの前で気持ちを伝えるのだ。下手をすれば今までの努力を水の泡とかすような危険性すらある。

 そこまでしてくれた人に、今更子供だからだのと逃げるつもりはない。

 というか、前もそのつもりで答えたのだが。

 

「メイ、前も言った通り……」

 

 断ろうとすると、唇に人差し指を当てられた。

 

「3日……これが私に与えられた最後のアピールタイムです。なので、今の告白の答えは三日後にお願いします」

「まあ、私に止める権利はありませんが......」

「楽しみにしていてください。色々考えていますから」

 

 満面の笑みのメイに、正直嫌な予感しかしなかった。

 

 

 □

 

 あれからしばらくして、ようやくソニアが部屋に戻ってきた。私はさっそく先程の誤解を解くべく、ホテルのロビーに来てほしいとメールをした。

 本当なら直接部屋に赴きたいところなのだが、メイがまだ一緒にいるのだ。いきなり訪ねたらドアを閉められかねない。

 それに人の目があったほうが、何となく安心感がある。

 返事はすぐに返ってきた。了承してくれたらしい。

 そうしてホテルのロビーに到着し、椅子に座ろうとすると......そこには、なぜかナツメが本を読みながら座っていた。

 

「ここで何をしているんですか?」

「見てわからない? 本を読んでいるの」

「ここはあなたの泊っているホテルじゃないでしょう? わざわざ私のいるホテルに来るなんて、ストーカーですか?」

「バカなの? あなたをストーカーするくらいなら、もう殺してるわ」

「なるほど、たしかに」

「納得しちゃうんですね~」

 

 メイは呆れた様子で言った。

 どうせナツメの思考など理解できないのだ。適当なところで納得しないとやってられない。

 ナツメの隣に座り、メイもその反対側に座る。

 少しすると、ソニアがやってきた。

 

(何か増えてる!? というか、あれってやっぱり女優のメイだよね? しかも、隣の綺麗な人も女優のナツメじゃない!? どういうつながりなのよぉぉぉぉ!)

 

 なぜかソニアは頭を抱えていた。まだ怒っているのか?

 ソニアは落ち着きを取り戻し、向かい側に座る。

 私はさっそく頭を下げる。

 

「先程は、すみませんでしたソニア」

「え?」

 

 なぜかソニアは戸惑った様子だ。

 

「怒っていないんですか?」

「えーと......その、あの時はちょっと驚いたというか、何というか......」

 

 ソニアは目を泳がせながらサイドテールの先をいじっている。

 よく分からないが、怒ってはいないらしい。たしかに一緒に旅している男が女の子と抱き合ってたら多少なりともショックを受けるか。

 

「むしろ私の方こそごめん。変な態度とって、驚いたよね」

「気にしないでください。私にも軽率な部分はあったので」

 

 ニコリと笑うと、安心したのかソニアも笑い返してきた。

 

「あのー、2人の世界作らないでもらえます? 何ですか、見せつけてるんですか?」

 

 目が笑っていないメイが黒さを混ぜた声色で言ってくる。

 

「そんなことありませんよ」

「どうだか~」

 

 メイは口を窄めてジト目をしてくる。

 そんな私たちのやり取りに、ソニアは目を見開いている。

 

「えっと、あなた女優のメイさんよね? そちらはナツメさん。......あなたたちはオレンジとどういう関係なの?」

「さっきも言った通り恋人です♡」

「だから出鱈目言うな! ......彼女とは以前一緒に旅をしていたんです」

「楽しかったですよ。一つのベッドに二人で寝たりしましたもんね~」

「あなたが勝手に侵入してきたんでしょうが!?」

「な、仲良いんだね......」

 

 ソニアはひきつった顔で言う。

 とんでもない誤解をされた。悲しい。

 

「ナツメさんは?」

「私?」

 

 ナツメは本から目を外して言う。そして悪い笑みを浮かべ。

 

「私はオレンジとは幼馴染なの。小さい頃からずっと一緒にいたの」

「あ、そうなんですね」

「ちょっと待って! 何で幼馴染は安牌みたいな反応なのよ!?」

 

 おそらくソニアをからかいたかったんだろうが、幼馴染にいい思い出が少ない彼女には効果がないようだ。

 あまりに滑稽な道化師の姿に私は吹き出してしまった。

 

「ぷっ。だっさ」

「ああん!?」

「自信満々にソニアをからかって、間接的に私に嫌がらせしようとしたのでしょうが、見事に当てが外れましたね~。超能力者のくせにその程度のことも視えないとは、本当に能力あるんですか~? キャラ付けなら相当痛いですよ~。中二病ですか? ワタってるんですか?」

「次ワタってる扱いしたら、上空2000mまでテレポートさせてあげるわ」

「勝手にしてください。その程度で私が死ぬとでも思って......」

「テレポート」

 

 視界が急に切り替わった。

 

 

 □

 

 

「ええええええええ、き、消えたあああ!?」

  

 オレンジが消えた。まるで魔法のように。

 あまりに衝撃的な現象にソニアは目を剥いて椅子を蹴倒して立ち上がった。

 そして確認するようにオレンジが座っていた場所を確認する。たしかに消えていた。手品のようにどこかに潜んでいるわけではない。

 ソニアはぐりんとナツメを見て。

 

「オレンジをどこにやったんですか!?」

「あいつの希望通り上空2000mに送ってやったわ」

「いやいやいや、おかしいでしょ! 死ぬじゃないですか!?」

「残念ながらあれはその程度じゃ死なないわよ。それこそ火口にでも直接落とさないと死にはしないわ」

「氷漬けにされても一分くらいで出てきましたしね~」

「......そういえば、前に崖から落ちた時もあっさりとしてたっけ」

「「そのくらい日常ね(ですね~)」」

 

 明らかに殺人事件の実行現場を見たのに、ソニアはなぜかこのくらいと問題ないと錯覚し始めたが、すぐにいけないと首をふって考え直した。

 しかし、何気ない顔で戻ってくるのだろうとは予想できる。普通の人間ではない。何者なのか。

 その移り変わりをじーと見ていたナツメはふと言った。

 

「気になる? あれがどうやって育ち、どうやって完成されたのか」

 

 それは気になる。あの若さで、バトルでも知識でも抜きん出たものを見せてくる人間の過去が気にならないはずがない。

 天才と言われるスポーツ選手の過去が気になるようなものだ。何かしら特別なことがあるのではと考え、それがあることを期待する。そうすれば劣った自分を肯定できるから。

 もっとも、それは一般論である。

 ソニアの理論ではない。

 

「気にはなります。でも、お断りします。オレンジ本人が言いたがらない過去を他人に教えてもらうのは、ちょっと違うと思いますから」

「そういうのは本人に言ってもらう方が嬉しいですもんね〜」

「べ、別にそういうつもりで言ったわけじゃないけど……」

「あれ? ソニアさんって、私のライバルじゃないんですか?」

 

 あっけらかんと聞いてくるメイ。

 ソニアは焦ったように。

 

「ち、違うわよ! 何を言って!?」

「なーんだ。てっきり、オレンジさんが好きだから一緒に旅してると思ってた」

「じゃあ、やっぱりメイさんはオレンジのことを……?」

「うん、好きだよ。大好き。もう私の全てをあげてもいいくらい好き」

「そ、そうなんだ……」

 

 当たり前のように言っているが、言葉だけ聞けば恥ずかしすぎるものだ。

 もしかしてナツメもそうなのかと視線を向けると。

 

「もしも変な想像をしていようものなら、あなたも上空にテレポートさせるわ」

「ひいっ!?」

 

 ガチの殺意がこもった目に、ソニアは顔を青くした。

 

「こんなこと言ってますけど、何だかんだでナツメさんもオレンジさんを気に入ってるんですよ〜。ちょっと意地張ってるだけだもんね?」

「表に出なさい。消し炭にしてあげるから」

「私、三歩以上歩けないので、お断りしまーす」

 

 めちゃくちゃ雑な返しだ。もはや素直にお断りしたほうが丁寧である。

 メイはソニアに笑顔を向ける。

 

「でも、よかった〜。オレンジさん、また他地方の女の人とフラグ建てたんじゃないかって、ドキドキしてたんだ〜」

「他地方の女の人……?」

「うん。オレンジさん、すっごくモテるんだよ〜、色んな地方で綺麗な女の人とフラグ建ててるから、私からすれば気が気じゃないんだよね〜」

 

 なお、建つフラグは大体オレンジが望むような女性ではないことをここに記しておく。

 もっとも、そんなこと知る由もないソニアはモヤモヤとした気持ちを抱いていた。メイがオレンジに抱きついていた時にも似たような感情を覚えた。これはなんなのか。分からない。理解できない。

 新たな情報を詰め込まれすぎてショートしそうなソニアは頭を抱えてしまう。

 

「ふーん」

 

 そんなソニアの様子を見て、メイは何かを察したようだった。

 

 □

 

 一方その頃、オレンジは。

 

「この街のスイーツなら、こことここに行っときゃ問題ないよ」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 着地した時、偶然出会った派手めファッションのお婆さんに、この街のおすすめスイーツを聞いていた、

 

 





 Q.第二回弟子トーク!

光「イ、イェーイ……(恥ずかしそうに)」

橙「イェーイ!(全力で)」

 Q.1回目とテンションが全く違いますね

橙「なぜ、ゴールドと話す時とヒカリとお話しする時とで同じテンションだと思うんですか? 馬鹿にしてるなら、ぶっ殺しますよ?」

 Q.怖いので先にいきます。……2人の出会いは?

橙「最初ヒカリはナナカマド博士の助手だったんです。なので、博士に挨拶した時ですね」

光「その後、博士に後学のためにオレンジの旅について行くように言ってくれたの」

 Q.弟子になったきっかけは?

光「最初は私が一人でトレーナーの真似事をしてるだけだったの。それを見たオレンジが、色々アドバイスをしてくれて、いつの間にか当たり前になってたって感じかな?」

橙「要は弟子入りというより、成り行きですね」

Q.オレンジさんはヒカリさんがお気に入りと聞きましたが、どこがいいのですか?

橙「素直で優しいところです」

 Q.最後に弟子に一言。

橙「ヒカリ、彼氏は私より強いトレーナーしか許しませんからね!」

光「それじゃ、私結婚できないよおお〜!?」



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ナックルシティ〜映画撮影〜


 撮影部分はカットしようかと思ってたんですが、ちょっと面白くなって書いちゃいました。
 軽い感じでどうぞ。


 

 色々なことがあった翌日、朝食での席のこと。

 ユウリは寝ぼけ気味にブレッドをかじり、ソニアはスープをすすっている。

 そんないつもの日常を過ごす中、私はゼリーを口に運びながら。

 

「今日は映画の撮影現場に行きますよ」

 

 そう言った途端、ユウリは寝ぼけた瞳をかっぴらき、ソニアはスープを吹き出した。

 

「ゲホゲホ......急に何言いだすのよオレンジ!?」

「映画の撮影ってどういうことですか!?」

「まあまあ落ち着いてください二人とも、きちんと説明しますから」

 

 ずいっと乗り出してくる二人をいさめる。

 

「今日、ナックルシティでポケウッドの撮影があるんです。その現場を見学しないかと誘われたので、いい機会かと思ったんで行こうかなと」

 

 本当はメイの奴に撮影現場に来てくださいという建前で、来なかったら分かってるんだろうな? という実質脅しに近いものを受けたので、渋々だ。

 そして、二人が強制なのは一人だと何をされるのか分からないので、保険としてだ。

 昨日のことを聞いていないユウリは首を傾げながら。

 

「誘われたって誰にですか?」

「主演女優のメイですよ」

「ええええええええええええ!?」

 

 メイの名前を出した途端、耳につんざくような悲鳴をあげる。

 この反応からして、ユウリはメイのことを知っているようだ。まあ、地方は違えど彼女の知名度から言えばおかしな話でもないか。

 私は惚けたように。

 

「ユウリはメイを知っているんですね」

「そりゃ知ってるですよ! メイって言ったら、めちゃくちゃ人気な女優じゃねえですか! ガブリアスキッドのヒロイン役(イッシュ版)に、ポケンジャースシリーズのユキメノコ少女、○○2(ボール、ボールツー)の主演等々、最近の殆どの話題作に主要な役で出てる人ですよ!?」

「く、詳しいわね......」

「ユウリって結構ミーハーですよね」

 

 私たちの言葉を気にせずに、ユウリは爛々とした瞳で。

 

「何で師匠とメイが知り合いなんですか!?」

「昔、イッシュで一緒に旅をしている時期があるんですよ」

「なるほど......あ、もしかして、ガブリアスが映画に出たのもその時ですか?」

「その通りです」

 

 ついでに私も出演させられた。絶対に言わないが。

 

「そういえばソニアさんは驚かないですね?」

「あ、うん。私は昨日すでに話してるから」

「えー! 聞いてないですよー! ずるいですぅ、何で私も誘ってくれなかったんですかぁ!」

「だから今日連れて行ってあげるんですよ」

「あ、そっか」

 

 アホの子は納得したようだ。

 ソニアは胡散臭い人間を見るように。

 

「さらっと私の選択肢もなくしたわね」

「はて、何のことだか」

 

 ソニアはジト目で見てくる。

 ユウリがくる以上、保護者役のソニアが付いてこないわけにはいかない、なんて打算はしていない。

 嘘じゃないよ、ほんとだよ(棒)。

 ピュッピュッと口笛を吹いていると、ソニアは諦めたのかため息をついて。

 

「……はあ。まあ、私も興味あるからいいけどね」

 

 渋々納得してくれた。

 

 

 □

 

 

 私たちはナックルシティ郊外にある映画スタジオに来ていた。

 現場ではスタッフが精力的に撮影準備を進めて、スポンサーらしきスーツの男たちが和やかに談笑し、監督の怒鳴り声などが聞こえてくる。

 日常とは隔絶された世界、独特な緊張感に包まれた場所にソニアとユウリは顔を強張らせている。

 明らかな部外者の私たちに、スタッフは訝しんだ視線を向けてくる。

 ソニアは不安そうに私に耳打ちしてくる。

 

「ねえ、オレンジ。本当に入って大丈夫なの? あんまり歓迎されてるように見えないんだけど......」

「されてないでしょうね~。ただでさえ主演であるメイのスケジュールが三日しか取れず、撮影スケジュールがかなりタイトですから。私たちの相手なんてしてられないでしょう」

「そこまで分かっててよく来たわね」

「半分脅しですよ。だから一人で来たくなかったんです」

「私たちは巻き添えにされたわけね......」

「まあ、招待については本当ですから」

 

 きょろきょろと私はとある人を探す。

 すると奥の方からスーパーサイヤ人風の髪型の青年が走ってきた。彼が私が探していた人間だ。

 

「遅れてすまんオレンジ」

「気にしてませんよ。私も少し早く来てしまいましたし」

「この人は?」

「彼はヒュウ。メイのマネージャーです」

 

 そして、メイの気まぐれに振り回される被害者でもある。

 

「ヒュウ、こちらが今私と一緒に旅をしているソニアとユウリです」

「初めまして。メイのマネージャーをしていますヒュウです。今日はあのバカの我儘に付き合わせて申し訳ありません」

「いや全然、全然! 私たちも貴重な体験だと思うので、とても嬉しいです」

「です」

 

 いきなり頭を下げられて面を喰らったのか、ソニアは慌てて返す。人見知りなユウリは静かに頷いた。

 ヒュウは表情を崩さずに、だがほっとした様子で。

 

「それはよかったです。では、こちらへどうぞ」

 

 ヒュウは奥に案内してくれた。

 控室に通されると、中にはメイクを終えたメイが台本をチェックしていた。メイは私たちが来たのを確認すると、笑顔になり。

 

「おっはようオレンジさん! ちゃんと来てくれたんだね~嬉しい」

 

 脅した記憶は彼方に放り投げたようだ。

 まあ、彼女に常識を求めるのは間違っているだろう。

 

「どうも、こんにちは」

「ソニアさんも昨日ぶり」

「ええ、昨日ぶり」

「それで、こっちが一緒に旅をしているユウリです」

「ふーん」

 

 興味なさそうにユウリを見る。

 

「あわわわわわわわわわわ......本物のメイさんです......」

 

 ユウリは本物の人気女優が目の前にいる現実がまだ受け入れられていないようだ。

 そんなユウリがメイは面白く見えたのか笑顔で近づいて。

 

「もしかして、あなた私のファン?」

「は、はい! ガブリアスキッドのヒロイン役からずっと応援してましゅ......あうあうあうあうあう」

 

 緊張からか、がっつり噛んだユウリは顔を真っ赤にして俯いた。

 だが、それが刺さったのかメイは顔をキューンとさせていた。

 

「きゃああ、可愛い! 何この子めっちゃ可愛い!」

「おぶっ」

 

 メイはユウリに抱き着いた。

 

「ねえ、ヒュウ兄! この子イッシュに持って帰りたいんだけど!?」

「バカ言うな! そんなことできるか!?」

「えー、ケチ」

「ケチとかの問題じゃねえだろ!?」

「むー不自由な生活はさせないのし、しっかりお世話するのに......」

「ペットじゃねえんだから......」

 

 ヒュウは呆れてしまった。

 それよりも......。

 

「あのメイ。さっきからユウリがタップしているのですが、もしかしてあなたの胸で窒息していませんか?」

「え? うそ!?」

 

 開放すると、ユウリは目を✖にして顔を真っ赤にしていた。

 

「大丈夫ユウリ!?」

「柔らかいマシュマロに包まれて......まるで天国のようでした......」

 

 本当に天国に行きかねない様子でユウリはフラフラとしている。

 

「あう……」

「あぶない!?」

 

 ソニアの叫びが響く。

 ユウリは足元をおぼつかない様子で倒れそうになるが、運よく壁に寄りかかり倒れることはなかった。

 

「うーん? この壁なんか柔らかいような......? あとちょっと暖かい」

「......悪かったわね、壁で」

 

 絶対零度の冷たい声が控室に染みわたる。

 そうユウリが突っ込んだのは貧乳さん、もといナツメの胸だった。

 今にもユウリを殺しかねないナツメの雰囲気に、ソニアとヒュウは慌てだす。

 

「ぶっ、ははははははははははは!」

「無理、笑いすぎてお腹痛い......」

 

 もっとも私とメイは面白すぎて吹き出してしまった。するとナツメは殺意がこもった瞳でこちらを見てきて。

 

「ちょっとそこの二人表に来なさい。殺してあげるわ」

「「だが断る」」

「なるほど戦争ね!」

 

 その後ブチ切れたナツメがバトルを仕掛けてきた。

 

 

 □

 

 

「----すんだ!」

「----ねえだろ!」

 

 何だか外が騒がしい。外に出てみると、スタッフがあわただしくなっていた。

 

「何かあったんでしょうか?」

「あんた達が暴れてるからじゃない?」

「その程度で今更ポケウッドのスタッフが慌てたりしませんよ」

「ナツメさんがキレて暴れるなんていつものことですもんね~」

「キレさせてるのはあなたたちじゃないっっ!」

 

 ポケモンバトル第二次が始まりそうになったが、勢いよくスタッフが入ってきたからか止めた。そして所々ボロボロになった控室を見向きもせずに、スタッフはヒュウに近づいていく。

 

「ヒュウさん。実は......」

「本当ですか!?」

 

 彼が驚くとは相当やばいことが起きたらしい。

 

「何があったんですか?」

「どうやら、敵役の俳優が熱を出して倒れたらしい。元々体調がわるかったのを隠してたようだ。......ちっ、馬鹿が。病気なら来るな」

「ちょっとそういう言い方はないんじゃ? 体調悪くても頑張ってたのに......」

「メイや他の役者にうつりでもしたらどうする? プロならば体調管理も含めて責任を取るべきだ。無責任なことを言うな」

 

 ヒュウの鋭い瞳に、ソニアはひっと身を震わせる。

 ソニアの意見も理解できるが、感染力の高い病気の場合スタッフ・役者に広がる危険性を考えればヒュウの意見の方が正しい。

 とはいえ、今はいがみ合っている場合ではない。

 

「ヒュウ落ち着いてください。今は口論をしている場合ではないでしょう」

「......そうだな。すまない、少し感情的になった」

「あ、いいえ。私も事情も知らずに適当なこと言ってごめんなさい」

「いいのいいの、気にしないで。ヒュウ兄ってば、最近忙しくてちょっとピリピリしてるだけだから~」

「誰のせいだ誰の! お前が我儘言ったせいでスケジュールがかつかつになってるんだろうが!?」

 

 ガラルに来るために相当苦労したんだろうなぁ......。ヒュウの不憫さに同情した。

 メイのせいでまた気を荒らしたヒュウに、スタッフはびくびくしながら。

 

「そのどうしましょう? 彼の代わりの俳優がすぐに用意できないのですが、ヒュウさん誰か心当たりはありませんか?」

 

 無茶言うな。ヒュウの人脈なら代わりの俳優はいくらでもいるだろうが、今すぐガラルに連れてこれるはずがない。手続きも間に合わない。

 

「......一人心当たりがあります」

 

 ほう、まさかいるのか。かなり条件が厳しいはずだが......嫌な予感がするな。

 と、考えていたらなぜかヒュウは私の方をみて。

 

「オレンジ、代役を頼めるか?」

「ええ!? オレンジが代役!?」

「いくら師匠でも無理ですよ!?」

「......はあ、名前は出さないでいただけるんですよね?」

「問題ない。顔はマスクをしてるから映らないし、声も後で吹き替えで何とかする。もちろん名前も出さない」

 

 相変わらず都合のいい設備だな。

 

「ちょっと、オレンジ大丈夫なの?」

「仕方ないでしょう。役者の知識はあるので素人に毛が生えた程度のものにはできるでしょう」

 

 やれやれ、最後に演じたのは2年前か? ブランクがかなりあるな。

 心配そうに見てくるソニアとユウリに私は笑みを作り。

 

「大丈夫ですよ。要するに私の役目はスタントマンのようなものですから。身体能力が取り柄の私にとっては朝飯前ですって」

「......無理はしないでよ」

「けがには気を付けてください」

「はい。頑張ります」

 

 準備のためにスタッフに案内されてメイク室に向かった。

 

 

 □

 

 

 渡された台本を確認する。時間はほとんどなく、リハーサルをする時間もないらしい。本当にタイトだな。

 今回の物語は代々サーナイトをパートナーにしている貴族と、そこと対立しているエルレイドをパートナーにしている貴族の子供たちが禁断の恋をするという内容だ。

 メイの役は許婚がいるサーナイト家の令嬢で、ナツメの役は家の事情で女装を余儀なくされているエルレイド家の令嬢? だ。

 そして私の役は、そのメイが演じる令嬢の許婚であるワルビアル公爵だ。令嬢のことを深く愛し、狂気とも思える愛情を見せる。性格はとても自己中心的で、前に倒した貴族(笑)に近い人種だろう。

 駆け落ちする二人を捕まえるために何度も二人の前に立ち塞がる役なので、物語の中でとても重要な役目だ。よってアクションもセリフ量も多い。

 

 気を引き締めよう。私はメイ(令嬢)を深く愛している公爵で、自己中なくそ男を演じるのだ。

 

 スタッフの本番入りま~すという声が聞こえ、私は静かに立ちあがった。

 

 

 □

 

 

「はっはっはっ……」

 

 サーナイト娘はスカートの裾をたくし上げながら、暗いレンガ道を走る。それは光を求めて、闇から逃げるために。

 靴は壊れ、足は汚れ、服もボロボロだ。しかし、愛する人と一緒にいたい、ただその一心で娘は駆けていく。

 だが、そんな娘の前に壁が立ちはだかった。

 

「おやおやサーナイト娘殿。こんな夜更けにどこに行かれるので?」

 

 娘は絶望した。あの趣味の悪い仮面とシルクハット、そしてキザッたらしい喋り方。自分の婚約者であるワルビアル公爵だ。

 

「そこをどいて! あたしはもうこの家を捨てる! そして本当に愛する人と一緒になるの!」

 

 あと少し、あと少しなのに! という苛立ちが言葉に乗り移る。

 だが、そんな娘の言葉など子供の癇癪程度にしか感じていないのか、公爵は愉快そうに笑みを浮かべ。

 

「それは出来ませんな。あなた様は私の婚約者だ。あんな出来損ないにくれてやるわけがないでしょう」

「エルレイド様を出来損ない扱いしないで!」

「やれやれ、じゃじゃ馬なお姫様だ。あなた様は見た目は美しいのに、その粗暴な点が傷ですなぁ。私と結婚した暁には、私自身が矯正してあげましょう」

 

 さも自分の正しさを当然のように押し付けてくる公爵に、娘は顔を歪める。

 

「やれるものならやってみなさい! あたしはあんたみたいなダッサい服装の男なんてなんか愛してない! あたしが愛してるのはエルレイド様だけよ!」

「……あまり調子に乗るなよクソガキがぁ! やれ、ワルビアル!」

「ワルッビ!」

 

 公爵は激昂した様子でワルビアルを繰り出した。

 

「お願い、サーナイト!」

「サー」

 

 娘はサーナイトを繰り出す。タイプはフェアリータイプを持つサーナイトが一つ有利と言える。

 だが、公爵はバトルの腕は国一番という評価を受けている。対して令嬢は一対一のバトルは不得意だ。

 

「ワルビアル、ストーンエッジだ!」

「ワルッビ!」

「サーナイト、サイコキネシスで跳ね返して!」

「サー!」

 

 サーナイトに向かって飛んでくる鋭い岩の破片は、空中で青いエネルギーに包まれると、ワルビアルの元に戻って行った。

 地面に落ちる岩が砂煙を起こし視界を遮る。

 

「今よ、サーナイト! テレポートで逃げるわよ!」

「サー! ……サー!?」

 

 テレポートで逃げようとするが、なぜかテレポートを使うことができなかった。

 

「嘘!? 何でテレポートが使えないの!?」

「はっはっは! 甘い、甘いですぞサーナイト娘! あなた様がテレポートを使用することなど、お見通しだ!」

「ワルビッ」 

「そうか、ちょうはつね!」

「ご名答」

 

 ちょうはつは使われると一定時間ダメージを与える技しか使えなくなる。そのせいでテレポートが使えなくなっていたのだ。

 

「くっ!」

 

 ならば足で逃げようと走ろうとするが。

 

「だから逃すわけがないでしょう。ワルビアル、すなじごく!」

「ワルッビ」

「きゃあ!?」

 

 娘の目の前に砂の壁が立ちはだかった。一本道で、その道を塞がれればもう逃げ場はない。

 公爵は勝ち誇った笑みを浮かべながら、ゆったりと娘に近づいて行く。

 

「いや! こないで!」

「つれないことを言わないでください。私はあなた様の旦那様ですぞ? まず、手始めにそのことを身体に刻み込んであげましょう」

「エルレイド、サイコカッター!」

「……っ!? ちっ!」

 

 娘と公爵の間を切り裂くようにサイコカッターが通過した。殺気を感じた公爵は後ろにジャンプして、その攻撃を回避する。

 そして憎々しく娘の前に立つ、男の顔を睨みつける。

 

「エルレイド娘……!」

「その名前はもう捨てた。僕はもう女じゃない。彼女を守る騎士だ!」

「半端者の分際で生意気な! やれ、ワルビアル!」

「やるぞ、エルレイド!」

「あたしも協力するわ!」

「頼む!」

 

 2人は互いの両の手を握り。

 

「エルレイド」

「サーナイト」

「きあいだま(ムーンフォース)!」

 

 赤い光を帯びたエネルギー球と、白い光を帯びたエネルギー球は混ざり合い、太陽のような大きさに膨張し、ワルビアルと公爵を襲った。

 

「ぐわああああああ!」

 

 公爵の断末魔が響き終わると、監督のカットー! というダミ声が聞こえてきた。

 

 

 □

 

 

 撮影後、疲れた私は控え室でぐったりとしていた。ブランクがあり、しかも普段とは真逆のキャラクター、正直2度とやりたくない。

 そんな時、控え室がノックされた。まさかメイかと戦慄したが、それは違った。

 

「オレンジー。入って大丈夫?」

 

 どうやらソニアのようだ。よく考えたらメイがノックなんてするはずがなかった。

 そしてソニアなら、断る理由はない。

 

「どうぞ」

 

 そう言うと、ソニアは静かに入ってきた。私が椅子を差し出すと軽くお礼を言って、座った。

 

「とりあえずお疲れ様。撮影疲れたでしょ?」

「そうですね。普段は言わないようなセリフを言わなくてはならないので、精神的にきます」

「そこなんだ……。普通、上手くできるか不安とか、緊張とかで消耗しない?」

「緊張? 何それ美味しいんですか?」

「少なくとも食べれるものじゃないわね」

 

 はっはっはと2人で笑い合う。

 

「それにしてもこんなに疲れてるところを見ると、明日は1日仕事お休みにした方が良さそうね」

「そうですね。明日はゆっくりしましょう」

 

 前におばあさんに教えてもらったスイーツ店にでも行くか。

 ……そういえば、前にソニアも行きたがってたな。いつもお世話になってるし、こんな時ぐらい恩を返してもバチは当たらないだろう。

 

「ソニア。よかったら、明日スイーツ店に行きませんか?」

「ふぇ? ……そそそそそ、それって2人でってこと?」

「そのつもりですが? ユウリは前に連れて行ったので、今回はソニアをと思ったのですが、駄目でしたか?」

「う、ううん! 駄目じゃない! 大丈夫、超大丈夫!」

 

 少しぎこちないが、とりあえずOK貰えたようだ。

 

「じゃあ、明日部屋に迎えに行きますね」

「うん。分かった」

 

 

 □

 

 

 一方その頃、メイの控え室では。

 

「おい、メイ」

 

 ヒュウはドスの効いた声をしている。明らかに怒っているようだ。

 しかし、マイペースなメイは特にビビる様子もなく。

 

「なーにヒュウ兄〜?」

「惚けんなよ。今日のトラブル、全てお前が仕組んだことだったんだな! さっき、体調崩した役者の事務所に問い合わせたら、そんな奴在籍してないって言われたぞ! こんな手の込んだことしやがるのは、お前しかいない!」

「よく分かったね〜、さすがは私のマネージャーさん」

「何が狙いだ?」

「私の狙いはオレンジさんを落とすことだけだよ〜」

 

 ヒュウは首を傾げる。何の因果性があるか理解できないからだ。

 

「オレンジさんはね、演じる時にキャラクターを自分に憑依させるの。それも並みの役者よりも深くね。だから、私のことを深く愛しているキャラクターを演じさせれば、無意識のうちに私に惹かれるようになるわけ」

 

 実際、オレンジがガブリアスキッドを演じた時、かなりヒーローちっくにメイを助けたことがある。要は役になりきるせいで、抜けるのに少し時間がかかるのだ。

 その特性を利用して、ドーピング的な狙いがあったのだ。

 

「でも失敗しちゃった」

 

 そう、思っていたよりも成果は得られなかった。多少気持ちは近付いていたが、友達程度の好意だ。

 まるで何か別の感情に邪魔されているかのように。

 メイは何となくだが、その原因が分かるような気がした。

 

「うーん、あの人かな〜」

 

 そう呟くメイの目は、狂愛に満ちたワルビアル公爵のようだった。

 

 





 Q.第三回弟子トーク!

橙「……」

セ「……」

 Q.無視!?

橙「前回で元気を使い切りました。力が出ません(真顔)」

セ「オレンジマン、新しい栄養ドリンクよ(真顔)」

 Q.自由か! ……ええい、2人の出会いは?

橙「あれはセレナが取り合いに負けて、泣いている時でした」

セ「オレンジさんが通りかかって、泣いている私にこう言ったわ。おい、バトルしろよと」

橙「そしてバトルに勝利した私にセレナがこう言いました。あなた(のバトルの腕)に惚れましたと」

 Q.言い方! 今、2人が話してるの頭おかしい恋人の馴れ初めだからね!

橙「そういえば、セレナはジョウト地方にいるようですが、最近どうですか?」

セ「新しい地方だから、色々発見があっておもしろいわ。でも、最近爆発頭の不良に懐かれてちょっと面倒だけど」

橙「それは危険ですね。すぐに通報することをお勧めします」

 Q.それってゴールドじゃ……いや、もはや何も言うまい。最後に一言お願いします。

橙「ツッコミ不在!」

セ「異議なし!」

 Q.もう泣いていいかな?



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初デート?


 最近、特に必要もないところを書くことにはまってます。あと、モブキャラにキャラ付けすることにはまってます。
 はい、無駄です(笑)。


 

 翌日の朝食の時間。昨日と同じようにホテルで食事をしていると、スープをすすっていたユウリが不意に。

 

「......二人とも、何でそんなにぎこちねえですか?」

「「っっっ!?」」

 

 2人は身体をびくりと震わせた。

 そう、先ほどから二人はどこか動きがおかしい。朝合流した時から緊張した様子で、今も会話はするもののしどろもどろ。手が触れれば顔を赤くする。まるで人見知り同士のお見合いのような状況に、ユウリは違和感がを覚えたのだ。

 

「べ、別にそんなことないわよ」

「そ、そうですよ。いつも通りですよ、いつも通り」

 

 汗をだらだらと流しながら言う二人。説得力は皆無だ。

 ソニアはともかくとして、オレンジがこんなポンコツのようになっているのこと言うと、それは昨日に原因があった。

 

 

 □

 

 

 私がソニアを誘った後、久々にグリーンからメッセージが来ていることに気が付いた。

 

緑『よう、今いいか?」

 

橙『構いませんよ』

 

 

 メッセージが届いてから少し遅れて返信すると、すぐに帰ってきた。

 

緑『ナツメがそっちに行ってねえか? もうすぐジムリーダー会議があるんだが、連絡が全く取れねえんだ』

 

 ちなみにジムリーダー会議とは、その年の功績や予算などジムリーダー業務全般の話し合いが行われる場所である。

 基本的にジムリーダーは強制参加で、欠席は相当な理由がなければならない。

 

橙『来てますよ。普通に映画の撮影と言っていますが......どうします? カントーに送り返しますか?』

 

緑『いるのかよ、相変わらず分からない女だなぁ......。いやいい。居場所さえ確認できればあとはなんとかなるからな』

 

 フーディンの力を使ってテレパシーを送る気のようだ。彼の力は居場所がわからなければいけないからな。

 

緑『それはそうと、最近ソニアちゃんとはどうなんだ? なんか進展はあったのかよ?』

 

橙『進展も何も、そもそもさせる気がありませんが』

 

緑『いいじゃねえか、俺だって友達と恋バナしてみたいんだよ』

 

橙『まあ、あなたの男友達といったらレッドやワタル、タケシくらいですからね。恋バナなんてできそうにありませんね』

 

緑『おい、どさくさに紛れてワタルを俺の友達にすんな』

 

橙『これは失敬』

 

 相手はちゃんぴおんで年上だ。軽々しく友達なんて言ってはいけない。

 それにしても恋バナねえ......。グリーンが好みそうな話など特にないのだが。

 

橙『あなたが望む話ではないと思いますが、明日ソニアと出かけますよ』

 

緑『デートじゃねえか』

 

橙『違いますよ。ただ二人でスイーツを食べに行くだけですよ』

 

緑『デートだろ!? 世間一般的に言えばそれは、十分デートだよ!』

 

 何を言っているのか。私はただソニアと一緒にスイーツを食べに行くだけなのに......ん? 

 男性と女性が二人でスイーツ店に行く?

 

橙『まるでデートじゃないですか!?』

 

緑『だからそう言ってるだろ!?』

 

 まったく気にしていなかった。だからソニアの態度が少しぎこちなかったのか。

 軽々しく女性を誘う軽薄な男だと思われていたらどうしよう......。

 というか、私は明日ソニアとデートするのか?

 

橙『ど、どうしませう!? 意識s始めたろ、きゆうに不安になってきたのですggg!?』

 

緑『おいおい、落ち着け。普段の余裕はどうした』

 

橙『くぁwせdrftgyふじこlp!?』

 

緑『あー、分かった分かった。俺が女の子のエスコートの仕方教えてやるから』

 

橙『助かります』

 

 

 □

 

 

 その後グリーンから女の子のエスコートの仕方のレクチャーを一通り受けた。

 とはいっても、女性をエスコートなんて未知の領域だ。そんなわけで私は大変緊張しているのだ。

 朝食を終え、ホテルの前でソニアを待つ。何でも出かけるなら、少し化粧を直したいとのことだ。化粧直しに待たされる時間が嫌いという男性の意見をよく聞くが、私はそうは思わない。私のために顔を綺麗に整えてくれているのだ。むしろ楽しみではないかと思う。

 ブオンと自動ドアが開く音が聞こえた。振り向くと、そこにはいつものコートとジーパンというアウトドアな格好ではなく、爽やかな青緑の上着に白いシャツ? だろうか? そして下は太ももまで出た黒いズボンがソニアの白い足を引き立てていた。

 髪型も変わっていて、いつものサイドテールではなく、カントリースタイルの髪型であった。

 一目見た感想は、ギャルが清楚系のファッションにしてみたという感じだ。とても似合っている。

 活発そうな服装に反して、恥ずかしいのかソニアは顔を赤くしてもじもじしていた。

 

「ど、どうかな?」

 

 上目使いで聞いてくる。

 グリーンのアドバイスその一、相手がおしゃれをしてきたら絶対に褒めろ。

 

「き、綺麗ですよ。いつもと違う感じで、とてもいいと思います」

 

 自分の語彙力のなさに呆れてしまう。もっと気の利いたことが言えないのか。

 

「そうなんだ、よかった......。この服、この前バウタウンでルリナと一緒に買ったものなの。偶にはおしゃれしろって無理矢理買わされたんだけど、オレンジがそう言ってくれるなら買ってよかった~」

 

 心底ほっとしたように話すソニア。かわいい。

 それにしてもさすがは現役モデルだ。あの服、とてもソニアとマッチしている。変態ではあるが、素直に認めよう。ありがとうございます!

 

「そういえばオレンジもおしゃれしてるよね?」

「おしゃれと言うほどのことはしてませんよ」

 

 実際、手持ちの服を頑張ってカスタムしただけだ。身だしなみもそれなりに整えたが、ソニアには全く釣り合っていない。

 偶には服を買おう。そう決心した。

 

「そろそろ行きますか?」

「うん。そうだね」

 

 少しぎこちないものの、私たちは歩き出した。

 

「今日行くのはどんなお店なの?」

「今日行くのはチェー・チェー・ドレディアという他地方に本店があるお店です。チェーという天然素材を組み合わせたスイーツが有名です」

「へえー、そうなんだ」

「ちなみに天然素材を使用しているので、健康的でヘルシーなところが特徴ですよ」

「ヘルシー? 要するにいくら食べてもカロリーゼロってこと!?」

「ま、まあ、ゼロではないですが、満足できるだけ食べれると思いますよ」

 

 ここまで食いつかれると思わなかった。体重を気にしている印象があったから、ヘルシー路線のスイーツをチョイスしたが、正解だったようだ。

 

「きゃ……」

 

 ホッとしていると、ソニアの小さな悲鳴が聞こえた。とっさに見てみると、ソニアが私に倒れ込んできた。

 

「ご、ごめん。ヒールって慣れなくて……」

 

 どうやら、慣れないヒールを履いてバランスを崩したらしい。そういえば、今日はいつもより目線が高いと思っていたが、ヒールまで履いていたのか。

 たしか、グリーンは女性をエスコートする時は手を繋ぐと良いと言っていた。もしかして、こういう時を想定して行っていたのか。どこまで対策しているんだ。さすがはスケコマシ(グリーン)。

 

「歩き難いようでしたら、手を繋ぎますか?」

「ええ!? えっと……その……お願いしましゅ」

 

 あまり嫌がっていないところを見ると、これで正解だったようだ。ありがとうグリーン。今度、ノミジュースを送ってあげよう。

ソニアの白い手を取る。倒れないように歩くスピードをゆっくり目にする。うむ、これで100点だな。

 

 しかし、ソニアの表情が優れないが大丈夫だろうか? さっきから顔が赤いし、体調を崩していなければ良いのだが。

 

 

 □

 

 

 お店に到着した。

 

「いらっしゃいませー、二名様ですか?」

  

 可愛い制服の店員さんが言ってくる。そうですと答えると、ではこちらですと案内される。

 案内された席は薄いピンク色でシックな印象の店内では少し明るめな印象を受けた。

 ソニアは早速メニューを確認する。 

 

「このチェー・チョイ・ヌォックっていうのはどういう素材なの?」

「これは緑豆あん入りの白玉団子に生姜シロップとココナッツミルクをかけたチェーですね。温かい状態で食べるとおいしいですよ」

「チェー・コアイ・ランは?」

「こちらはさつまいもとココナッツミルクのチェーです。スイートポテトのような優しい味で、冷たい状態がおいしいですよ」

「詳しいですね〜」

「唯一の取り柄ですから」

「よく言うわ」

 

 白々しいことを言うなという意味を込めた言葉を言われた。

 

「取り敢えずこの2つにしますか?」

「そうね。他のは後で追加すれば良いしね」

「ただいまキャンペーン期間中でして、とあるチャレンジを達成すれば商品がすべて半額になるのですが、挑戦しますか?」

 

 ほう、そんなキャンペーンがあるのか。これはいい時に来たな。

 なんて呑気に考えていたら、前方から熱気を感じた。なんと、ソニアが燃えるようなオーラを出していたのだ。

 

「どうしたんですかソニア? 随分と気合が入っていますが......」

「さっきこの服ルリナに勧められたって言ったよね?」

「ええ、言ってましたね」

「あの子が通い詰めてるお店ってね、基本的に全部高級店なの」

 

 あ(察し)。

 

「この服めちゃくちゃ高くて、今お金苦しいのよ!」

 

 たしかにルリナはジムリーダーでモデルだからな、給料もかなりもらっているだろう。対してソニアは見習い研究者。収入は天地の差だろう。あっちの基準で買わされたら、金欠にもなるだろう。

 

「あーなるほど」

「今日は少し我慢しなきゃいけないと思ってたけど、これは我慢しなくてもいいかも!」

「それでは、しっかりチャレンジをクリアしなければなりませんね。店員さん、チャレンジとはどんなチャレンジなのですか?」

「はい。チャレンジ内容はカップルバトルになります」

「カップル?」

「バトル?」

「はい。他の半額チャレンジ挑戦者のカップルとバトルしていただき、勝利すると商品が半額になります」

「いや、すいません。私たちはカップルでは......」

 

 カップルであることを否定しようとすると、ソニアに泣きそうな肩を掴まれた。どうやら、嘘をついてでも食べたいらしい。

 

「あー、やりましょうか」

「うん」

 

 この時のソニアの笑顔はとても輝いていた。

 

 

 □

 

 

 お店のフィールドに案内された。見てみると相手のカップルはすでにスタンバイしていた。

 相手は女性の方はおしとやかな雰囲気で立っているが、男の方は妙にギラギラとした目をしていた。おそらくだが、男の方は女性にいいところを見せようと張り切っているのだろう。

 すると、男の方が鼻息を荒くして。

 

「悪いなお二人さん。断言しよう、今回のバトル5分もかからずに終わるだろう」

「......はあ」

「何あの人、いきなり?」

「気にしない方がいいですよ。ああいう痛い人は一定数いるものです」

「なあ!? 誰が痛い人だ! 貴様らプロポケモントレーナーのゲラをしらないのか!?」

「知らん」

「知らない」

「知らないどす~」

「いや何でメグさんまで!?」

 

 なんとなくいじられ属性の匂いがするなぁ。

 それにしても、プロトレーナーか。ソニアが知らないということはガラルの人間ではなさそうだな。女性の方の方言からして、ジョウト地方の人間かな。

 

「どういう風に戦うの?」

「ソニアは好きに動いていいですよ。私が合わせるので」

「うん。じゃあ、よろしくね」

「ほら、メグのせいであいつらに舐められてるじゃないかぁ~!」

「まあまあ、舐めてくれる方が戦いやすくていいやないか」

 

 癇癪を起す男性を女性の方がなだめている。

 何だか、駄々をこねているユウリをなだめている自分と重なるな。

 フィールドの真ん中に先ほどの店員さんが現れた。

 

「それではバトルを始めます。バトルは二体二のダブルバトルです。質問はありませんか?」

 

 私たちは頷き、相手も頷いた。

 

「それではバトル開始!」

「行くよ、ワンパチ!」

「イヌヌワン!」

「行きますよ、エーフィ!」

「フィー!」

「戦闘開始だ、ブラッキー!」

「ブラ!」

「行くどす~、ニューラ!」

「ニュラァ!」

 

 私たちはワンパチとエーフィ。相手はブラッキーとニューラというあくタイプコンビだ。

 すばやさとこうげきが強い攻め役のニューラに、守りが強くサポート役に最適なブラッキー。なかなかバランスの取れたコンビだ。

 先に攻めてきたのは相手側だ。

 

「ブラッキー、バークアウトだ!」

「ブラァ!」

 

 黒い渦が波紋になって襲ってくる。

 

「ワンパチ避けて!」

「イヌヌワン!」 

 

 ワンパチはジャンプして躱す。ただそこに一つの影が忍び寄っていた。

 

「そこや。ニューラ、つじぎりどす~」

「ニュラァ!」

「ええっ!?」

「甘いですよ。エーフィ、でんげきはで妨害しなさい」

「フィァ!」

「ニュラ!?」

 

 でんげきはを受けたニューラは口を食いしばってその場で立ちすくした。

 

「ソニア、今です」

「うん! ワンパチ、ほっぺすりすり!」

「イヌヌワン!」

「ニュラッ!?」

 

 ワンパチはほっぺにたまった電気を足が止まったニューラに擦り付ける。

 吹き飛ばされたニューラは、何とか止まるが身体からビリビリとした電気が飛び出してきた。

 

「うまいですね。ほっぺすりすりは必ず麻痺状態にする技。ニューラの機動力を奪うにはもってこいです」

「これは痛いわ~。麻痺状態になってしまったどす」

「暢気すぎないかい!? しかし、メグがピンチのときこそ俺が頑張るのさ! ブラッキー、あやしいひかりでかく乱するんだ」

「ブラァ!」

 

 黒い光の玉がエーフィを混乱させようとしてくる。だが、エーフィは全く影響を受けている様子がない。

 それを見て、ゲラは目を見開いている。

 

「なぜだ!?」

「落ち着きや。あれはみがわりや。本物は上どす~」

 

 メグが指さす先にはサイコキネシスで飛んでいるエーフィがいた。

 

「おや、ばれましたか。まあ、構いませんがね。エーフィ、連続でシャドーボール」

「フィ、フィ、フィ!」

「ブラッキー、ニューラごとまもる!」

「ブラァ!」

 

 ニューラごと取り囲む緑色の膜にシャドーボールは遮られた。

 大口をたたいた割には、あのブラッキーしっかりサポート系の技構成になっているな。バトルの組み立て方も役割を真っ当しているところを見ると、プロというのもあながち出鱈目ではないかもしれない。 

 まあ、それを利用させてもらうわけだが。

 どういうことか。背後からワンパチが迫っていることが答えだ。

 

「ワンパチ、スパーク!」

「イヌヌワン!」

「ニュラッ!?」

「ブラッ!?」

 

 電気をまとったワンパチの突進が二体を襲った。

 あれだけエーフィを動かせたのは派手に注目を集めさせて、ワンパチから二人の気を逸らすためだったのだ。

 死角からの攻撃に準備もできなかったせいか、二体はかなり大きなダメージを受けたようだ。すでに肩で息をしている。

 

「決めますよ、ソニア!」

「うん!」

「エーフィ、でんげきは!」

「ワンパチ、10まんボルト!」

「フィァァァァ!」

「イヌヌワァァァァ!」

 

 二体の電気が混ざり合い敵の二体を飲み込むと、爆発が起こった。

 爆煙が消えると、ニューラとブラッキーが目を回して倒れていた。

 

「ニュラ......」

「ブラ......」

「ブラッキー、ニューラ、共に戦闘不能! エーフィ、ワンパチの勝ち!」

 

 審判の声が響いた。

 

「オーノー......」

「負けてしまったどす~」

「やったぁ~! 勝った~!」

「やりましたね」

 

 その後、運動終わりのデザートをたっぷり堪能した。

 

 

 □

 

 

 デートを無事に終え、ホテルの部屋に戻った二人の下に一通のメールが届いた。

 

〈オレンジ宛〉

 

 ナツメ:今夜会える? 食事でもどうかしら?

 

〈ソニア宛〉

 

 メイ:今夜会えますかぁ?

 

〈二人の返信〉

 

 構いませんよ(いいわよ)

 

 

 物語というのは、時にはあっさりと進むものである。

 

 





 Q.......第四回弟子トーク。

月「ええ!? テンション低くない!?」

 Q.前回のボケ倒し軍のせいで、私のライフはもうゼロです......。

橙「では、寝ててください。最初は二人の出会いですよね? 私たちが出会ったのは、ムーンが5歳のころ、マサラタウンです」

月「......進めるのね。うん。その後、親の仕事の都合でアローらに行くことになって、そこで天使と出会ったんだ」

 Q.天使とは?

月「リーリエに決まってるじゃない! この世に舞い降りてしまった、本物の天使! いやもはや女神っっ!」

橙「気にしないでください。この子、リーリエの話になるとこうなるので」

 Q.な、なるほど......。それでは、弟子になったきっかけは。

月「あの時、女神がね、悪い人たちに狙われてたの。それを助けてたんだ。でも、そんなある日気が付いたのたくさんのポケモンを相手するのに、人間じゃ対応できないって」

橙「そこで、バトルの腕を磨きたいと、ちょうど仕事でアローらに来ていた私に弟子入りしてきました」

 Q.(もはやつっこまない)......それでは最後に一言。

橙「すいません、落ちが欲しいので。ムーン、この方がリーリエと結婚したいとおっしゃってますよ~(棒読み)」

 Q.ゑ?

月「へえ、そうなんだ。うんわかるよ。リーリエはかわいいもんね。でも、リーリエにはすでに私っていう恋人がいるのわかる? わかるよね? ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ......」


 その後、質問者を見たものは......いない。



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急転


 タイトルそのまんま。


 メイに呼び出された場所は、人通りの少ない裏通りだった。すっかり陽が落ちたおかげで道はすっかり暗闇になっている。

 こつりと足音が聞こえた。振り向くとマスクとメガネをしているが、たしかにメイがそこに立っていた。

 

「来てくれてありがとうございます」

 

 ニコリと笑って言う。ただ、こんなところに呼び出されているのに、最初とまったく変わらない雰囲気にむしろ恐怖を感じる。

 

「何の用?」

「そんなこと言って、何となく察してるんじゃないですか? 何の質問もなくここにきてますし」

「......オレンジのこと?」

「はい」

 

 やはりそうかとソニアは予測を確信に変える。

 メイはかなりオレンジに心酔している印象があった。それ以外には全てに興味がないように見えるのに、オレンジのことになれば目の色を変えて食いついていた。

 そんな彼女が自分を呼び出すような用事など、オレンジのことくらいしか思い当たらない。

 

「分かってくれてるなら話が早いですね。じゃあ、建前はなしに言いますけど、オレンジさんから離れてくれませんか?」

「勝手な要求ね。私とオレンジは仕事の関係で旅をしているのよ? あなたの我儘で離れられるわけないでしょ?」

「でも、その仕事ってソニアさんは必要ありませんよね? むしろオレンジさん一人の方が効率的だと思いますけど?」

 

 ソニアは顔をしかめる。

 たしかに自分は道案内と細かいサポートくらいしか役にたっていない。調査もほとんどオレンジがやっていることを考えれば、彼女の言うことはあながち間違いではない。

 

「たしかにあなたの言う通り、私がやっていることなんて大したことじゃないかもしれない。それでも私はこの旅で成長してる。その内オレンジの横に立てるくらいになって見せるんだから」

 

 それもソニアの目標だった。オレンジの横に立てるくらい優秀な研究者になってみせるという目標。嘘はない。

 

「だからその要求は受け入れられない」

 

 それはたしかなソニアの本心だった。

 しかし、メイは冷たい瞳を向けて。

 

「成長のため......ね。そうやって逃げるんだ」

「に、逃げる!? 私は逃げてなんて......」

「逃げてますよ。結局自分の役割を言い訳にして、自分の気持ちを誤魔化してるんです。否定されて傷つきたくないから。そういうあなたの調子のいいところ嫌いです」

 

 メイの言葉に熱が入る。

 

「あの人が抱えてるものはあなたの想像してる100倍重いです! あなたはそれを全て受け止め切れない! そんな中途半端な気持ちであの人の隣に立とうとしないで! ……じゃないと、傷つくのはオレンジさんなんだから」

 

 普段メイは自分を完全に隠している。それはあらゆる必要性から、女優メイを演じているからだ。

 しかし、今の言葉の一言一句はメイという一人の少女の本心だった。

 少なくともソニアはそう感じた。思わぬ顔を見せられ、若干動揺してしまう。

 

「傷つくのはオレンジってどういうこと?」

「……それくらい自分で聞いたら? まあ、仕事の関係のあなたが知るメリットはないでしょ」

「なあ……」

「じゃあね」

 

 スタスタとメイは去って行った。

 

 □

 

「何なのあの人……! カマトトぶってる確信犯だと思ったら本当に鈍い人じゃない! しかも心折ってやろうと思ったら、あんな強い目してくるし……ああ、もうわけわかんない!」

 

 当てが外れたメイは地団駄を踏んでいた。

 

 □

 

 一方的に呼び出し、一方的に帰る。あまりに身勝手な振る舞いにもはやソニアは怒りすら湧いてこなかった。

 代わり印象に残っているのはメイが言っていた言葉。

 

『そうやって逃げるんだ?』

 

 その言葉にソニアは敏感だ。

 今までずっと逃げてきた。幼馴染から、友人から、祖母から、役に立てば居場所があるという優しさに甘えて、みんなと向き合うことをしなかった。

 そんな弱い自分を叩き直すために旅に出た。しかし、

 

(私はまた逃げてる?)

 

 ならば何から逃げているのか。次にメイの言葉を思い出した。

 

『役割を言い訳にして、自分の気持ちを誤魔化してるんです。否定されて傷つきたくないから』

 

 同時にキバナの言葉を思い出した。

 

『好きなんだろ? オレンジのこと』

 

 正直ソニアは異性を好きになるということが分からない。自分に自信が持てない子供時代とアホ2人に囲まれていたことが原因だ。普通にしていれば万人にモテそうだが、いまいち気持ちが向かないのだ。

 それでもソニアは精一杯考えた。

 

(そういえば、私いつの間にバトルに抵抗なくなってたんだろ)

 

 ソニアはバトルすることが嫌いだった。幼馴染に才能の差を見せつけられたトラウマであるし、自分のコンプレックスを晒されているようで嫌だったからだ。

 しかし、それも今日のバトルを見れば分かるように、普通にバトルしていた。

 いつの間にかトラウマを克服していたのだ。

 

(デザートのため?)

 

 いくらデザートが食べたいからといって、プロ相手にまったく臆せず戦えるほどソニアは肝は据わっていない。

 

 それでも出来た理由。オレンジが隣にいたからだ。

 

 今思えば、ユウリたちが遭難した時もオレンジが隣にいた。

 自分が旅をしたいと思ったのもオレンジの影響を受けたからだ。

 メイにオレンジと離れろと言われた時、嫌だという感情だった。

 

 なぜか

 

 なぜか……

 

「そっか、私オレンジと離れたくないんだ」

 

 呟いた。顔が熱くなるのを感じた。

 

「わあー……いつの間にかあいつのことそんな風に見てたんだろう?」

 

 顔を覆いしゃがみ込む。

 いつだろう。しかし、自分の心に問うてみても分からないと返される。

 ただ、一つだけ分かっていることがある。

 

「私オレンジのこと好きなんだ」

 

 その呟きは闇に溶け込んだ。

 

 

 □

 

 

 一方、当の本人はナックルシティの高級レストランの個室で、ナツメと対面していた。

 見るからに高そうな料理が運ばれてくるのに、貧乏なオレンジは落ち着かない。

 

「……いつも思うのですが、食事をするのに高級店にくる必要があるんですか?」

「あるわよ。こういう店は情報のガードも固いし、個室も用意できるもの。私のような有名人が静かに食事をするには必須ね」

「なら、静かでガードの固く、なおかつ安いお店を知っているので、そちらでもいいのでは?」

「嫌よ。高級店じゃないと、高級料理に怯えるあなたを見られないじゃない」

 

 ナツメは嗜虐的な笑みを浮かべる。

 反論したかったが、実際怯えているので受け入れることにした。

 

「本当に性格悪いですね。そんなんじゃ、嫁の貰い手もありませんよ」

「心配しなくても私は結婚願望はないから、問題ないわ」

「そういう人って、アラサーになると焦って誰か捕まえようとするらしいですね」

「それは困ったわ。じゃあ、そうならないためにあなたを巻き添えにしておこうかしら」

「やめておきなさい。どっちにとっても地獄ですよ」

「本当ね」

 

 ナツメはくすりと笑う。

 

「今日はどうして呼び出したんですか?」

「あら、幼馴染が食事に誘うっておかしいことかしら?」

「そんないい関係でもないでしょうに……」

「カントーに帰ってくる時も毎回誘ってるじゃない」

「そうですね。そしてその度に、変な予知を伝えてくる」

 

 オレンジの雰囲気が変わる。

 

「グリーンから聞きましたよ。今度カントーのジムリーダーは会議があるようですね」

「ああ、そんなこと言ってたわね。仕事が忙しくて忘れてたわ」

「1年に1回の重要な会議をあなたが忘れていたと?」

 

 言外にあり得ないことだと言っていた。ナツメは事務関係はきっちりとしていなくてはならない性格だ。それこそ終わりそうもない時は、嫌いなオレンジに頼んででも終わらせるほどだ。

 そんな彼女が重要な会議をうっかり忘れていたと言うのは想像し難い。

 

「いいえ、忘れていないわ」

「ということはやはりすっぽかしたのですね。では、改めてあなたが大事な会議をすっぽかさなければならないような用事と言うのは何でしょうか?」

「……あれは不意によぎった予知だったわ」

 

 ちなみにナツメは予知をすることが出来るが、恣意的にやる場合には範囲がかなり狭い上に内容が曖昧だ。

 しかし、自分でなく自然に降りてきて予知は範囲が広い上に、内容もかなり具体的になる。

 そして今回は後者である。

 

「オレンジ。あなたこの旅で死ぬわ」

 

 

 □

 

 

  死の宣告。そんなものは遊戯王かテレビぐらいでしか見たことがない。

 

「驚いた?」

「まあ、ガチの超能力者に死の宣告をされれば驚きますよ」

 

 信憑性が半端ない。

 

「期間は大体半年後、巨大な何かにあなたは身体を貫かれて死ぬ情景が浮かんだわ」

「巨大な何かねぇ……」

 

 いままでの経験から言うと、何かしら地方を揺るがす災害だろうな。

 

「たしか、あなたの予知の的中率は90%でしたっけ?」

「ええ。ただし、私が伝えたことで80%まで落ちたわ。よかったじゃない」

「誤差の範囲ですね〜」

「そう。だから、0%にする提案をしてあげるわ。あなた、すぐにカントーに帰りなさい」

 

 たしかに、私が死ぬ原因がガラルで発生する何かしらの事件であるなら、ガラルから離れてしまえばいい。

 簡単な話だ。

 

「お断りですね。まだポケモンの調査は終わっていません。あなたは知らないでしょうが、他地方で調査をするのはいつもチャンスがあるわけじゃないんですよ? その地方のポケモン協会に許可を得たりしなければなりませんし」

「死ぬと分かっていても?」

「はい。それに、私が帰れば死なないと言うことは、この地方で何かしら起こるのは確定なのでしょう? ならば、それを放って逃げ帰るなどあり得ませんね」

 

 私が死ぬということは、シンオウの時のように地方消滅レベルの大災害が起きるということだ。

 

「死ぬのが怖くないの?」

「特に恐怖心はないですね。毎回死線を潜り抜けてきたせいか、慣れてしまったのかもしれません」

「そう……相変わらず、自分は後回しなのね」

 

 最後の呟きはよく聞こえなかった。

 

「なら勝手に死になさい。私は役目は果たしたから」

「ええ。その情報だけでも十分です。感謝しますよナツメ」

 

 何かが起きる日が決まっているなら、準備もしやすい。とてもいい情報だ。

 

 その後は、美味しい料理をたっぷり楽しんだ。

 

 

 





橙「第5回弟子トーク」

ユ「あれ!? そのコールって、質問者さんが言うんじゃないんですか?」

橙「彼は死にました」

ユ「死んだの!?」

 正確には死んでいない。ちょっと再起不能にされただけだ(ギャグ時空だから、普通に治るよ)。

橙「というわけでトークしていくわけですが、ユウリとの話なんて本編にすべて載ってますしね。特に話すこと思いつかないのですが……」

ユ「私は色々聞きたいです!」

橙「何をですが?」

ユ「師匠の中で一番可愛い弟子は誰ですか?」

橙「ヒカリですけど?」

 ユウリが掴みかかってきたが、あっさりといなした。

ユ「何でですか!?」

橙「むしろあなたは自分が1番だと思ってたんですか? ホラー映画見て夜中トイレに行けずおねしょしてたあなたが?」

ユ「わあああああ、それバラさないでほしいです!」



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ナックルシティ~終章~


 なんか、メイに感情移入しすぎてもはや好きになってきたわ。


 余命宣告を受けた翌日の朝はとても晴れやかだった。

 いつも来るかどうか分からないようなトラブルが、半年後に来ることが予見されてすっきりしたのかもしれない。もはやトラブルが起こることが当たり前になっていることに嘆くことすらできない。

 のそりと身体を起こし、手を使って立ち上がろうとすると、柔らかいものを掴んだ。

 

「あん♡」

 

 色っぽい喘ぎ声が聞こえてきた。

 すぐに手を離して布団をはぎ取る。するとそこにはランジェリー姿のメイがむにゃむにゃと寝ていた。......いや、狸寝入りだ。

 

「起きているのでしょう? いい加減目を覚ましたらどうです?」

「むにゃむにゃ......あ~、王子様のキスがあれば起きれる気がするなぁ~」

「なるほど。では、今からヒュウを呼んできますね」

「うそうそ、ちょっとした冗談ですって~」

「......はあ。できれば寝ている間に侵入するのはやめてほしいのですが」

「無理です」

 

 笑顔で拒否された。

 

「そんなことより、私のアピールタイムは今日で最後です」

「まさかアピールって映画の役を押し付けることと、こうやって部屋に侵入することですか? 一回恋愛映画を見返すことをおススメします」

「え~、私イッシュ1の恋愛映画の主演ですよ~。今更そんなことする必要がありませんよ」

「では、もう直しようがありませんね」

 

 要するにここまで確信犯ということだ。どういう狙いがあったのか知らないが、何かしら狙いがあったのだろう。

 私のげんなりとした顔に、メイはふふんと得意げな顔をしている。

 

「そんなわけで、オレンジさんはメイとデートしなくてはなりません」

「どんなわけですか......普通に嫌なんですが」

「ええっ、オレンジさんは私とデートするの嫌なんですか。ひどい、私傷つきました......」

 

 うるうると目に涙を貯めながら言う。そしてぐすぐすと泣き出してしまった。

 

「嘘泣きはやめなさい」

「てへっ」

 

 あっさり涙を引かせて舌を出した。女優の涙は五割嘘だと言うが、この子の場合9割嘘のような気がする。

 とはいえ、嫌なことに不満があるのは事実だろう。この辺りは説明しなくてはならない。

 頭をかきながら。

 

「昨日ソニアと出かけたのに、次の日に他の女性と出かけるのが嫌なんですよ。完全にやってること女たらしじゃないですか」

「え、そうですよ? むしろ各地方につき一人女性を誑かしてるのに、自覚なかったんですか?」

「私はあれを女性と認めていません......」

 

 特にシンオウからは絶対に認めない。絶対にだ。

 

「そもそも、ソニアさんと出かけた日の夜にナツメさんと食事してるじゃないですか~。今更、私と出かけたところで変わりませんよ」

「うぐっ......たしかに」

 

 何と私は軽々しく女性と出かける軟派男だったのか。何気にショックだ。

 

「......それに今日で最後ですから」

「......?」

 

 何だかメイの雰囲気がどこかしおらしいというか、この言葉は演技ではないように見える。

 メイは頭をペコリと下げて。

 

「だから、お願いします。一日だけ私に時間をいただけませんか?」

「うむ......まあ、一日くらいなら構いませんが」

「ありがとうございます! じゃあ、準備してくるのでホテルの入り口で待っていてください♪」

「こらあ!? 外に出るなら服を着なさい!?」

 

 私は露出狂を必死に引き留めた。

 

 

 □

 

 

 一応、今日はメイと出かけることはソニア達には報告しておいた。それが礼儀だと思うし、変に誤解を招いてもめんどくさい。

 ソニアは笑って承諾してくれた。ユウリは顔を青くしていたが体調でも悪かったのだろうか?

 最低限の義理も果たし、私はホテルの前でメイを待っていた。服装は昨日とは少し変えラフな感じにして、髪のセットもイッシュ風にした。昨日と同じはメイにもソニアにも失礼だからだ。

 少しして、メイがやってきた。眼鏡とベレー帽のような帽子を被り、顔はしっかり隠していた。服装はいつもの胸を強調した服ではなく、青いタートルネックに花柄の白いロングスカートと清楚なお嬢様のような服装だった。

 一瞬別人かと目を疑ったが、いつものメイの得意げな笑顔で間違っていないと確信した。

 

「どうですか?」

「いいと思いますよ。嫌いではないです」

「でしょ~? オレンジさんっておっぱい好きな癖に露出の多い服が嫌いじゃないですか~? だから、こういう方が好きなんじゃないかって思ったんですよ~」

 

 間違ってはない。正確には露出の多い服装は見られるのが目的なところがあるから、見たくないという反骨心を煽られて好きじゃないのだ。相手の思惑に乗るのが嫌なのだ。

 

「そうですね。どちらかと言えば、こういう服装の方が好きですね」

「似合ってます?」

「ええ、とっても似合ってます」

「かわいいですか?」

「かわいいかわいい」

「もう適当だな」

 

 不満そうに口を尖らせるメイ。

 私はため息をついて。

 

「というか今更でしょう。あなたは全イッシュ中にかわいいと言われてる存在なんですから」

「ブー、こういうのは有象無象に言われても大して嬉しくないんです! 好きな人に言われるから嬉しいんですよ!」

「なるほど、言われるように頑張ってください。影ながら応援しています」

「オレンジさんに応援されたら、私どうすればいいんですかあああ!」

 

 ぶんぶんと腕をふって不満を示す。そして二人して堪えきれずに吹き出してしまった。

 

「何だか前に戻ったみたいですね」

 

 前に旅をしている時は、彼女も子供なりに健気にアタックしてきていた。それを私は子供だからと笑って流していた。それをメイが文句を言う。

 なんだかんだ、悪い旅ではなかったのかもしれない。

 

「そうですね。前旅していた時は、もう少し可愛げがあったものの......」

「元から魅力的だったのに、成長してさらに魅力的になった? もう、オレンジさん褒めすぎですよ~」

「よくもまあ、そんなにプラス思考で入れますね。まあ、その底抜けの前向けさは魅力的だと思いますよ」

「オレンジさんが私のこと好きって言った!」

「言ってないですよ!? こら! 呟こうとするな!

 

 私は必死に携帯を取り上げた。

 この辺りが成長しておいてほしいのに、変わっていない。

 これ以上、会話していると勝手にプロポーズしたことにされかねないので街に向かおう。

 

「取り合えず行きますよ」

「あれ? オレンジさんがエスコートしてくれるんですか?」

「はい。あなたに任せていたら、勝手に密室に連れ込まれかねないですからね」

「しませんよ~。それはオレンジさんからしていただきます♡」

「はいはい。100年後くらいに生きていれば、してあげますよ」

 

 暗に拒否しているのだが、メイの顔はなぜか笑顔だった。

 

「何で笑顔何ですか?」

「だって、しませんじゃないってことは可能性はゼロじゃないんでしょ? 前の女扱いされてない時よりましじゃないですか」

 

 そういうメイの笑顔はとても眩しかった。

 

 

 □

 

 

 やってきたのはナックルシティの中心街。都会で観光地だけあり、人の数は多い。昨日のように他地方の人間もいるからより多くなる。

 しかし、昨日よりも人が多いように感じるが、何かイベントでもあるのだろうか? まるでスタジアムの売店のようだ。

 メイも人の多さに少々違和感を感じているようだ。

 

「何か人多くないですか?」

「ですね。これではゆっくり買い物も難しいですね。何かあったのでしょうか?」

 

 2人で不思議がっていると、どこからかこんな声が聞こえてきた。

 

「女優のメイが目撃されたのってここ~?」

「うん。キバナさんがポケッターで呟いてたよ」

 

 その言葉が聞こえた途端、私は携帯を取り出しキバナのアカウントを検索する。すると、キバナのツイートにこんなことが書かれていた。

 

 キバナ:昨日女優のメイっぽいやつ見た~

 

 なお、そのツイートはメイのファンや芸能人のプライベート守れ派、またデマやめろ派から激しい批判に合い炎上していた。

 ただ、この街にはガラルでも有名な撮影スタジオがある。また、メイが今度映画の新作の主演に内定していることから、案外本当なんじゃないかと囁かれていた。

 そして決定打だったのは。

 

 ※メイがリツイートしました。

 

 本人からお墨付きを得ていた。私はぐりんとメイを見て。

 

「本人が認めてどうするんですか!? アホか!?」

「す、すいませ~ん。何か人気なジムリーダーさんが私についてツイートしてるっていうから、特に内容見ずにリツイートしちゃいました......」

 

 適当リツイートだが、今回はそれが真実に基づいているのだ。

 有名な女優が近くにいるとなれば、一目見ようと人が集まってきてもおかしくない。

 

「ともかくこんな状況では変装していてもバレルのは時間の問題ですね」

「は、はい。どうしよう......」

 

 メイは不安そうに顔を曇らせる。たしかにこの街でデートをするなら、この辺りは外せない。色々とやりたいことがあったのだろう。

 時間のない彼女が言った最後の意味を考えると、この時間はメイにとってよほど重要なのだろう。

 ......はあ、ここは男の見せ時だな。

 

「やれやれ、しょうがないですね~」

 

 

 --------ーーー

 

 

「きゃっほおおおお!」

「こらこら、女性がそんな声出して大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよおお! だって、ここは空中ですから!」

 

 そうメイの言う通り私たちは今、ガブリアスに乗って空を飛んでいる。

 メイは前から空が好きだ。人に見られ続けてきた彼女にとって、ここは唯一静かに過ごせる場所なのかもしれない。

 しばらく飛んでいると、ワイルドエリアに出た。

 

「あ、オレンジさん! あの原っぱに着陸してください!」

「構いませんが......いいんですか? 他の街に行けば買い物ができますよ?」

「人の目を気にしてこそこそ買い物するより、大自然でゆっくりしたいんですよ」

「なるほど、わかりました。ガブリアス、着陸してください」

「ガバァ」

 

 ガブリアスは返事をすると、ゆっくりとワイルドエリアに着陸する。

 

「わあ、こんな巨大な自然は初めて~! 靴脱いじゃお! きゃっほうぅぅぅ!」

 

 メイは靴を放り出して、芝生の上を走りだす。

 無邪気に自然に触れ合う姿は、普段の大人びた彼女ではなく、年相応にはしゃぐ少女だった。

 別にラブコメにありがちな、そちらの方がいいなんて言うつもりはない。女優として努力する彼女も十分魅力的だ。ただ、表があるから裏が活きるように、計算があるから純粋がギャップになる。言うなら、そんな魅力もあるだ。

 

「オレンジさんも来ませんか~? 気持ちいいですよぉ~!」

 

 メイが手を振っていた。頭に芝を付けて、顔は土で汚れていた。ヒュウが見たら頭を抱えかねないな。

 

「仕方ありませんね~」

 

 私は袖をまくりながら、すたすたと歩いて行った。

 

 

 □

 

 

 あの後、たっぷり遊んだ。鬼ごっこ(ガブリアス、エーフィ、ピチュー参加)したり、水遊び(ギャラドスと競争したり)、かくれんぼ(メイのお得意の演技でかなり見つけるのに苦労した)等など、久々にはしゃいだ。

 空はすっかりオレンジになっている。

 体力を使い果たしたのか、メイはごろんと芝生の上に大の字になって転がる。

 

「はあ、疲れた......」

「おやおや、女優がそんな恰好をしてはしたない」

「襲ってくれてもいいんですよ~? どうせ誰も見てませんから」

「襲いませんよ。私はリスクリターンの計算はできますから」

「余所行きの服をびしょびしょにしてへこんでいた人が、よく言えますね」

「はて、何のことやら」

 

 そんな記憶はとっくに消した。

 

「はあ、こんなはずじゃなかったんだけどな~。かわいい服着て、オレンジさんを悩殺してホテルに連れ込むつもりだったのに~」

「さらっと怖いこと言わないでください。あなたに手を出したら、私は社会的にまずいですから」

「結婚しちゃえば合法ですよ~」

「しませんよ」

 

 そう言うと、メイはコテンとこちらを見てきて。

 

「私のこと嫌いですか?」

「嫌いではないですね」

「好きですか?」

「好きですよ」

「じゃあ、付き合いましょう」

「付き合いません」

「何でですかぁ......」

 

 メイの目に涙が溜まっていく。しかし、その涙は朝のように嘘ではない。私は1人の女性を傷つけたのだ。

 

「たしかにあなたのことは嫌いではありません。しかし、私が愛している女性はあなたではありません」

「......そうですかぁ。えっぐ、えっぐ......ふられちゃった.....私ふられちゃった......」

 

 正直罪悪感がある。しかし、その気がないのに中途半端な優しさで気を持たせるのはメイのためにならない。自分の気持ちが決まっている以上、きっぱりと断るべきだ。

 ......それから、メイが泣きつかれて眠るまで、私はそばにいた。

 

 

 □

 

 

 翌日、メイたちが帰る日となった。

 オレンジたちは見送りのために、ナックルシティ駅に来ていた。

 

「お世話になりました!」

 

 昨日の大号泣を感じさせないはつらつな笑顔でメイは頭を下げる。しかし、まだ引きずっているのか少し演技っぽい。また目も腫れているのか、ファンデーションを少し塗っているようだ。

 

「オレンジ。世話になったな」

「大したことはしていませんよ。困ったことがあったら、また言ってください」

「では、落ち込んだ女優の立ち直らせ方でも聞こうかな?」

 

 そのセリフはオレンジに聞こえる音量で言ってきた。当然ながらヒュウはオレンジがメイの交際の申し出を断ったことに気が付いていた。

 オレンジは顔を引きつらせる。

 その顔を見て、ヒュウは笑い出した。

 

「冗談だ。少し意地悪をしたな」

「いいえ。苦労を掛けますね」

 

 これからメイの傷心で、しばらく仕事にも影響を残すだろう。ヒュウもオレンジもそれは予感していた。

 ただ、ヒュウならば見事メイを立ち直らせることもできるとオレンジは信じていた。

 その端で。

 

「ソニア。これ、私の番号よ。これが不埒なことをしてきたら、電話してきなさい」

「え、ええ!? ナツメさんの電話番号!?」

「いい度胸ですね。インチキ貧乳エスパー。言っておきますけど、私は女性には紳士なんですよ」

「あら、変態紳士の間違えじゃない?」

「すいません。女性の前でしか紳士ではないので、あなたにはその姿を見せたことありませんでしたね」

 

 暗にお前は女扱いしてねえから、というオレンジ。

 

「......そう。よかったわ」

「え?」

 

 また喧嘩をしてくると思ったら、あっさりと受け入れるナツメにオレンジは目を疑った。

 そんなオレンジを気にせずに、ナツメはソニアを見て。

 

「頑張ってね」

「は、はい?」

 

 何を応援されたか分からないソニアは戸惑いながら返事した。

 その時、電車が到着したというアナウンスがなる。

 

「それじゃあ、行くか」

「うん」

「ええ」

 

 ヒュウの号令に二人は相槌を打つ。

 

「じゃあなオレンジ、ソニア」

「さよなら」

「次があるといいわね」

 

 平静に、少し悲し気に、含みを持たせ、三者三様の言葉を残して電車のホームに消えていった。

 

「いなくなっちゃうと、少し寂しいね」

「静かになってせいせいしましたよ~。さて、次の町に向かいますかね~」

「ふふっ」

「?」

 

 なぜ笑うか分からないオレンジは首をひねる。

 

「だって、オレンジが悪態吐く時って大体思ってることと反対のこと言ってるからさ」

「はてはて、何のことやら」

 

 惚けながら、オレンジの耳は少し赤みがかっていた。

 

 





 Q.やっぱり、告白を断るのはつらいですか?

橙「まあ、嫌いではないですからね。その方の好意を受け入れられないのは、つらいです」

 Q。ところで好きな人って......

橙「ガブリアス、ギガインパクト!」



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いつもと違うジム戦対策


 勉強...睡眠...運動ォ


 

 メイ達がガラルを発った翌日、オレンジ一行は次のジムがあるラテラルタウンに向かうため6番道路を進んでいた。

 そして休憩時間、いつもの通り特訓に出かけたオレンジとユウリ。

 その間を狙いソニアは、自身の友人であるキバナとルリナに連絡した。  

 2人とも忙しい身分ではあるが、珍しいソニアからの連絡とあってすぐに出てくれた。

 

「2人とも忙しいのに、急に連絡してごめんね」

『気にしないで。ちょうどジムも休憩時間だったから』

『俺は元々暇だからな〜。……そんで、俺らに連絡ってどんな用件だ?』

 

 真剣なトーンで聞いてくる。

 わざわざこの2人に連絡とあって、何かしら厄介ごとなのではないかと警戒しているのだ。

 もっとも、ソニアはそんなつもりは全く無い。空気感の違いに少し気まずそうにしながら。

 

「……その……恋愛相談に乗ってほしいんだけど......」

『は? ......れれれ恋愛相談!? ソニアが!? 相手は、相手は誰なの!?」

「オレンジ」

『おお〜』

『はあああああ!?』

 

 ルリナは目をかっ開いて驚き、キバナは納得した様子だった。

 

『ようやく認めたのか〜。案外早かったな。ソニアのことだから、もっと悩んで結局横から誰かに掻っ攫われると思ってたのによ〜』

 

 キバナはカラカラと笑いながらえげつないことを言ってくる。ただ、一歩間違えればそうなっていたのだがら、ソニアは笑えない。

  

『ちょっと待ちなさい! 何を納得してるのキバナ! あんな男にソニアが惚れてるのよ! これは由々しき事態よ!』

『別に問題ないだろ。オレンジはいい奴だぜ。バトルも強いしな』

『たしかに、ちょっとバトルの腕が長けていることは認めてあげる。でも、私は忘れてないわよ! あいつの犯した私への恥辱の限りを!』

『どういうことだ?』

「いつものルリナの勘違いよ」

『ああ、なる』

 

 ルリナの暴走癖はこのグループでは共通認識のようだ。

 

『で? 恋愛相談って具体的にどんなこと聞きたいんだ?』

「私、男の人を好きになるって初めてで……どうアプローチすればいいのかよく分からないんだ。だから、経験豊富な2人にアドバイスもらえないかなぁって思って……」

『何だそんなことか。お安い御用だ』

『ぐ……うぐっ……仕方ないわね。でも、あくまで私は友達のソニアに協力するだけだからね! あいつのことは認めないから!』

 

 友情と敵愾心の狭間の葛藤は友情が勝ったようだ。

 ルリナは顔をきりりと元に戻して。

 

『いいソニア。結局男なんてね、みんなやることしか考えてないのよ』

「なぁ!?」

 

 いきなりの爆弾発言にソニアは顔を真っ赤にして目を泳がせる。

 

『おいおい、もう少し言い方考えろよ。ソニアには刺激が強いだろうが』

『だってそうじゃない。少なくとも私は今まで付き合ってきた男は、みんなそんな男だったわよ。それとも何よキバナ、あなたは違うとでもいうつもり?』

『順序が逆なんだよ。好きな女だから抱きたくなるんだ。抱きたいから好きになるんじゃない』

『綺麗ごとね。所詮男は下半身に忠実な生き物なのよ』

『だから......ソニア? ソニア大丈夫か?』

「あわわわわわわ......」

 

 2人の会話が刺激的過ぎて、初心なソニアは目を回していた。

 

 

 -------

 

 

 落ち着きを取り戻したソニアは、眉を下げて申し訳なさそうにして。

 

「ごめん。この年になって、あんな会話で動揺してたら情けないよね」

『俺たちも勝手に盛り上がって悪いな』

『私もごめん』

 

 ソニアの謝罪に、二人も頭を下げる。

 

『そういえばオレンジってどんな女の子がタイプなんだ?』

「う~ん。あんまりそういう会話はしないからなぁ......。でも、メイさんの告白は断ったって聞いたから、年下好きではないのかな?」

『......不穏な言葉が聞こえてきたんだけど。メイって、まさかイッシュ女優のメイのこと?』

『マジかよ!? あんな可愛くて胸も大きい男の理想のような女の子をふったのか!?』

「う、うん。そう言ってたけど」

 

 実は出発する前にメイから言われたのだ。そして『ソニアさんは頑張ってね』と挑発にも、負け惜しみにも聞こえる言葉も言われた。

 人気女優がふられたとあって、キバナはありえないという顔をしながら。

 

『オレンジって、ホモなんじゃねえの? それか女に興味がないかだな』

「それはないと思うよ? 私のこと女性として見てるって言ってたし」

 

 なんなら胸をガン見されるというセクハラまがいも受けているため、オレンジが女性に興味がないというのはありえないと言っていいだろう。

 それを聞いてルリナは思案したように唇に手を当てて。

 

『ふーん。ちょっといいかしら?』

「うん。どうしたのルリナ?」

『言い方はよくないけど、メイと結婚すればお金も、美人な奥さんもついてくるわけじゃない? それを断るってことは、オレンジにとってお金や美貌は魅力に入らないんじゃないかしら?』

『ということは趣味が合う人間とかか?』

「オレンジの趣味......パッと思いつくのは推理小説とか、スイーツかなぁ? 他は聞いたことないなぁ」

 

 ポケモン関連も浮かんだが、それはもはや論じるまでもないので揚げなかった。

 

『それとなく聞いてみたらどうだ? やっぱり男としては、趣味が合う女の方が付き合ってて楽しいぜ』

「そうなんだー。うん、二人ともありがとう。参考にしてみるよ」

『頑張れよ~』

『なんかあったらすぐに相談しなさいよ!』

 

 2人の激励に、ソニアはにこりと笑った。

 

 

 □

 

 

 仕事をしながら待っていると、特訓を終えた二人が帰ってきた。いつもより早い時間に首を傾げつつも、二人を出迎える。

 

 

「ただいま」

「ただいまです」

「おかえり~。......あれ? どうしたのユウリ? 今日はいつもみたいにボロボロになってないじゃない?」

「......ボロボロになってるのを当り前みたいに言わないでほしいです」

「少し誤算がありましてね。特訓が思うようにいかなかったので中断したんですよ」

「思うようにいかなかった?」

「はい」

 

 やれやれとオレンジは首をふる。

 

「実はユウリがゴーストポケモンを怖がってしまい、まともなバトルにならなかったんですよ」

「あー。そういえばユウリってホラー苦手だからね」

「前にシャンデラとバトルした時は何ともなかったんですがね~」

「あの時は色々あって燃えてたというか、ゴーストというよりもほのおポケモンと見てたです」

 

 要するにゴーストポケモンとして認識していると怖いらしい。都合がいいというか、悪いというか。

 少なくともジム戦にとっては都合が悪いだろう。

 

「とりあえず、このままでは戦いになる以前の問題ですから、今日はいつもと違うジム対策を講じましょう」

「どうするの?」

「古来よりカントーにはこんな言葉があります。習うより慣れろとね」

「嫌な予感しかしねえです......」

 

 オレンジの嗜虐的な笑みに、ユウリは顔を青くしていた。

 

 

 □

 

 

 深夜にも関わらず、オレンジたち一行は道なき道を進んでいた。

 山の奥になるごとに光が差し込まなくなり、どんどんと恐怖感を煽るシチュエーションが揃っていく唯一の光源である懐中電灯も足元を照らすだけで心許ない。

 ユウリはすでに限界なのか涙目でオレンジにピッタリとくっついていて、ソニアもさすがに怖いのか少し周りを気にしている。

 

「歩きにくいのですが......」

「無理です! なんか出る! 絶対なんか出るですよ!」

「出る出る言ってると本当に出ますよ~。......こんな風にね~」

「ほぎゃああああああ!?」

 

 ユウリの絶叫が暗い道に響き渡る。

 絶叫の原因は、オレンジの顔がのっぺらぼうになっていたからだ。

 ユウリの驚きを見て満足したのか、オレンジはお面をとって笑顔を見せる。

 

「ははは、お面ですよ......ほぎゃああ!?」

「何やってんのよあんたは!」

 

 当然、大人げないアホには制裁である。

 

「いたいいたい!? 違いますよ、これも特訓の一つなんですよ!?」

「嘘つきなさい! 何の説明もなしに夜道歩かせたと思ったら、こんないたずらして! あんたユウリいじめたいだけでしょ!」

「だから違います! これは夜道を歩かせて、お化けえの恐怖心に慣れてもらうつもりで......」

「じゃあ、あんたがお面をかぶる意味は?」

「これは私の趣味ですが? ほぎゃああああ、さっきより痛い!? とれる、頬が取れる!?」

 

 当然......etc。

 一頻りしばき倒したソニアは手を離すと、オレンジをぎろりと睨みつける。

 

「どうせあんたのことだから、これだけじゃないんでしょ?」

「うう......察しがいいですね」

 

 ダメージを残しながらも答える。そして道の奥を指さし。

 

「この先にもう長い間人が住んでいない館があるのですか、そこは数多くの心霊現象が報告されているんです。おそらく、ゴーストポケモンの住みかとなっているのでしょう。そこでバトルできれば、克服したと言っていいでしょう」

「ポケモンじゃねくて本物だったらどうするですか!?」

「その方が好都合じゃないですか」

「頭おかしいですこの人!」

 

 ユウリはざざざとオレンジから距離をとった。

 

「もしかしてオレンジってホラー好き?」

「はい。ホラー映画の有名どころは大体見てますよ」

「そ、そうなんだ」

 

 不意にオレンジの趣味を知れたものの、女の子が好きというには難しい趣味だった。

 

「ともかく行きますよ」

「いーやーでーす!」

「このままではジム戦を突破できませんよ」

「それもいやです!」

「では行きましょう」

「うう......」

「諦めるしかないんじゃない? どっちみち克服しないといけないんだし」

 

 ユウリはぐぐとうなり、色々と頭を抱えて葛藤してから、諦めたように首を折った。

 

「分かったですよ! 行けばいいんでしょ、行けば!」

 

 やけくそ気味に言った。

 

 

 □

 

 

 洋館に到着した。

 ボロボロになった壁と乱雑に生えた植物のツタ人が住まなくなった年数を表している。森の中のボロボロの洋館というホラー映画にありがちなシュチュエーションだ。

 

「いい雰囲気ですね〜」

「帰りたいです……」

「私もこれはちょっと……」

 

 ホラーが特別苦手ではないソニアですら尻込みしていた。

 そんなこと気にせずに、オレンジは扉を開いた。錆びて重いドアを動かすとギギギギと金属音が響く。

 中に入ると大きな玄関ホールが現れる。吹き抜けになっている二階に続く階段はかなり大きい。古くなっているものの机や椅子などかなり高級な品であることから、この家の主人の地位が見えてくる。

 

「では、私は危ないところがないか偵察してくるので、しばらく待っていてください」

 

 ゴースト、お化け以前に床が腐っていたりしたら大けがをしかねない。シャンデリアが落ちてくる可能性もあるので、一度調べておくことは重要だ。

 ジェイソンに襲われても生き残れそうなオレンジは偵察役にはピッタリといえる。

 

「気をつけてよ?」

「平気ですよ~。ささっと見てきますから」

 

 映画なら序盤で死ぬ当て馬キャラのようなことを言いながら、オレンジは階段を上がっていった。

 

 

 -------------

 

 

 オレンジが調査に向かって15分ほどが経過した。まだオレンジは戻ってこない。

 たしかに広い屋敷ではあるが、15分もかかるほど巨大ではない。さすがにおかしいとソニアは思い始めた。

 

「まさか、何かあったんじゃ」

「ややややや屋敷のお化けに食われちまったですか!?」

「そんなわけないでしょ。お化けなんていないわよ。考えられるとしたら何かの拍子に閉じ込められたか、床から落ちてどこかけがをしたとかだけど、そんな大きな音してないしなぁ......いったぁ!?」

 

 うろうろと歩きながら考えていると、椅子に足をぶつけた。

 ただこんなところに椅子がないのは確認している。自分は何も触っていない、ということは......とユウリを見る。

 

「ちょっとユウリ。暇なのはわかるけど、こういういたずらはやめてよ」

「え? 私何もしてねえですけど」

「嘘。じゃあ、誰が......」

 

 ソニアは顔を青くして声を失った。

 

「どうした......で......す?」

 

 ソニアの様子が気になり、その方を見るとユウリは同じように顔を青くした。

 

 なぜなら、視線の先ではひとりでに家具やシャンデリアがふわふわと生き物のように動いているからだ。

 

「「きゃあああああああああ!?」」

 

 2人は危険を察知し、屋敷からでようと扉の方に走るが家具が立ちはだかり阻まれた。

 

「ど、どうするです!?」

「仕方ない、二階に逃げよう! 何があるが分からないけど、今ここにいる方が危ないわ!」

「分かったです!」

 

 2人は飛び交うポルターガイストを避けるために身を低くしながら二階に走って行った。

 

 

 □

 

  

「はあはあはあ......何なのあれ」

「ポルターガイストです! 幽霊が不思議な力を使って家具なんかを動かす現象ですよ!」

「そんなわけって言いたいけど、あれを見ちゃうと嘘とは言えないわね......」

「多分師匠も幽霊に殺されちゃったです......そして次は私たちが......」

「映画の見過ぎ。少し落ちつきなさい」

 

 恐怖でホラー映画的な妄想をしてしまっているユウリに、ソニアは呆れたように諫める。

 

 ---ガシャ、ガシャ

 

「ん? 何の音?」

 

 金属音が聞こえた方を見る。そちらは廊下で、暗いせいで何も見えない。

 

 ---ガシャ、ガシャ、ガシャ。

 

 しかし、音はどんどんと近づいてくる。

 

「ユウリ! 何か来るよ!」

「うぇぇ!? 何ですか!?」

 

 ---ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ。

 

 金属音の正体は剣を持った鎧だった。

 

「ほぎゃああああ!?」

「オ、オレンジなんでしょ? 変な冗談はやめてよ。今ならお仕置きしないでおいておげるわよ!」

 

 ソニアの呼びかけに反応することなく、鎧は淡々と近づいてくる。そしてゆっくりと剣を抜くと振りかぶった。

 

「危ないですソニアさん! エースバーン、にどげりです!」

「エスバ、エスバ!」

 

 ソニアの危機にユウリはとっさにエースバーンを繰り出した。

 蹴られた鎧は倒れこんでバラバラになる。するとその中からふわふわと紫色の何かが浮かんできた。

 

「何ですあれ!?」

「ユウリ、図鑑で調べてみて」

「え? は、はいです!」

 

 戸惑いながらもユウリは図鑑を起動させる。

 図鑑は周りにポケモンがいる場合自動的に認識してそのポケモンを表示する機能が付いている。

 そして今その機能が作動した。お騒がものの正体が露わになる。

 

「ヤバチャ。これがあのポケモンの名前ね」

「ヤババ……」

 

 正体を見破られヤバチャは分かりやすく狼狽える。もっとも散々脅かされたユウリはカンカンに怒っている。

 

「よくもやってくれたですね。種が明かされればこっちのもの! あの恐怖に比べれば、今更ゴーストポケモンなんて怖くねぇですよ!」

 

 ユウリは手の骨をパキパキと鳴らしながら、にじり寄っていく。

 

「ヤババ〜!」

 

 あまりの迫力に怖くなったのか、ヤバチャは泣きながら逃げていく。

 

「待てです!」

 

 しかし、ユウリも簡単には許す気はない。すぐにヤバチャの後を追う。

 

「ちょっとユウリ!? もう~向こう見ずなんだから!」

 

 ソニアもその後に続く。

 ヤバチャは暗い廊下を逃げるが、二人が暗闇に目が慣れていることと、かすかに光を放っているせいで視認できてしまう。

 ヤバチャはとある部屋に入って行った。

 ユウリはその部屋の扉に手をかけ。

 

「追い詰めたですよ! さんざん驚かせてくれやがって、いてまうぞこらぁ......です?」

 

 ユウリはその光景を見て目を疑った。

 なぜなら、ヤバチャがオレンジの胸に泣きついていたからだ。

 

「おや? どうしましたユウリ? そんな血相変えて?」

「し、師匠!? 何で!? 師匠は死んだんじゃ......まさか、師匠の幽霊ですか!?」

「勝手に殺さないでください。私は生きてますよ」

「はあ、はあ......ユウリ走るの速い。って、オレンジ!? 生きてたの!?」

「二人して殺さないでくださいよ!?」

 

 ソニアにまで生存を驚かれ、オレンジはショックを受けた様子だった。

 しかし、二人にとって急務の疑問は自分たちを驚かせていたポケモンがオレンジに懐いていることだ。

 

「どうしてヤバチャは師匠に懐いてるですか?」

「ああ。この子はここに住み着いているポケモンなのですが、人を驚かせるのが苦手で他のゴーストポケモンから仲間外れにされてんです。どうせ不遇な扱いを受けるなら、私のポケモンになりませんか? と聞いたところ、仲間になってくれました」

「だから懐いてるんだ」

「はい。どうですか? けっこうかわいいでしょう?」

「う、うん」

「まあ、よく見ればそこそこ」

 

 2人の反応は芳しくない。当り前だ、先ほどまで脅かされていた相手を簡単にかわいいと割り切れない。

 ユウリは衝撃で怒りを忘れかけていたが、さっきまでのヤバチャの行動を思い出した。

 

「って、そうですよ! そのヤバチャ、さっき私たちを襲ってきたですよ!?」

「襲う? ああ、それは驚かせていたんですよ。先ほども言ったでしょ? この子は驚かせるのが苦手で他のゴーストポケモンから疎まれていたと。なので、私が驚かせ方を指導したのですよ。その様子を見ると、成功したようですね」

「ヤババ」

 

 オレンジの問いかけに、ヤバチャは得意げに笑う。

 のほほんとした空気の横で、二人の空気が変わった。

 

「要するに、オレンジは私たちを驚かせたってこと?」

「へえー、師匠ちょっと話があるです」

 

 目が据わった二人が手をパキパキと鳴らしながらにじり寄ってくる。想定外の反応にオレンジは焦る。

 

「ふ、二人とも? 待ってください、話せばわかります! ......ほぎゃああああ!?」

 

 その後、オレンジの姿を見たものはいない(嘘)。

 

 





 Q.ホラーの魅力とは?

橙「人を怖がらせるために様々な専門家が技術の粋を決しているのですよ? 最高にエンターテインメントじゃないですか。基本的に怖がって悲鳴をあげてる人ヲ見るのが好きです」


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(間話)ビートへの罠


 今回は独自設定です。前からビートが移籍壊すの唐突すぎじゃねえ? という疑問から、その辻妻合わせの話です。


 昼が近づいてきている頃、ビートはシュートシティのビルの前に立っていた。

 ダイマックスポケモンを優に超えるほどの高さを誇る立派なビルには清潔感のあるスーツに身を包んだ人や、サンバイザーにサングラスにスポーツのユニフォーム姿の男女など多種多様な人間が入り口を出入りしている。

 ここはローズ委員長の会社。主にエネルギー事業を手掛けていて、ガラルでは有数の大企業だ。ビートも小さい頃はローズに連れられ何度か来たことがあったが、スクールに入ってからはその機会も減っていた。

 そのためここに来るのは数年ぶりのことである。

 

「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ここまで案内してくれた職員にビートは礼を伝える。

 職員はビートから礼を返されると思っていなかったのか驚いた様子だった。ビートは気にせずに部屋の中へと歩いて行く。

 中に入ると椅子に座っていたのはローズ委員長ではない。その直接の部下で、いわゆる会社のNo.2の男だ。

 

「今日はどういったご用件で?」

「そう警戒するな、もじゃボーイ」

 

 お面を張り付けたような胡散臭い笑みを浮かべる男は、あまり評判のよくない独特なあだ名でビートをなだめる。

 そう言われてもビートは一ミリも緊張を解こうとはしない。この男はNo.2といわれているものの、ローズ会長とはよく意見をぶつけている。

 この前もオレンジの研究結果を受けて、この男は経済発展のために大々的に宣伝しようと主張したが、ガラルの自然を大事にしたいローズ会長の賛成が得られずに否決されたばっかりだ。

 熱狂的なローズ信者であるビートにとっても疎んじる相手である。

 

「今日君を呼んだのは他でもない。君にとある忠告をするためだ」

「忠告? 僕のことを排除しようともくろんでいるあなたが?」

「排除なんて人聞きの悪い。少しリスクを考えて意見を述べただけだよ」

「ふん」

 

 ビートは鼻を鳴らす。

 この男の笑みはどこか君が悪い。同じ笑みでもオレンジとはまったく質が違うものだ。

 今だって意見を述べただけなど言っているが、ローズがビートを支援すると宣言した時、最後まで反対していたのはこの男だ。幼心ながら、あの時の男のごみを見るような目を忘れたことはない。

 

「今や君は世代1と名高いルーキーじゃないか。いやはや、ローズ委員長の慧眼には恐れ入るよ」

 

 白々しさを感じるほど気持ちのこもっていない言葉だ。

 

「だからこそ分からない。なぜローズ委員長は君を見限ろうとしているのだろう」

「そんな嘘で僕を動揺させようとしても無駄ですよ。なぜ僕が見限られなければならないんですか」

「......君は以前生放送でユウリ君に引き分けただろう?」

「まあ、しましたけど......」

 

 それとこれと何の関係があるのか。

 

「あの勝負がきっかけでユウリ君の評価は急激に上昇した。それこそ世代1は君ではなく彼女ではないかという声も高まった。それを見たローズ委員長は、ユウリ君に目を付けたんだ」

「なぜですか! たしかに僕と彼女は引き分けました。しかし、バッジ数も実績も僕の方が遥かに上なんですよ!」

 

 小さな頃から英才教育を受けて、大会でも優勝を重ねてきた自分が、たった一度引き分けただけで見限られなければならないのか。納得がいくはずがない。

 しかし、男は冷酷に現実を突き付けてくる。

 

「簡単な話だ。彼女はガラル出身で、なおかつ推薦者がチャンピオンのダンデだからさ」

「---ッ!?」

 

 ビートは息をのんだ。それはビートにとって覆しようがないコンプレックスであり、トラウマだ。

 ビートが動揺するのは十分の言葉だ。

 

「君も知っての通りローズ委員長はガラル地方を深く愛している。これまでダンデ君を超えられる可能性があるトレーナーが君しかいなかったからこそ、君に期待していた。しかし、今はいる。ガラル出身であるユウリ君はローズ委員長が待ち望んだ人間なのさ」

「嘘です! そんなものあなたがこじつけた憶測にすぎません!」

「では、今ローズ委員長に連絡してみるといい。まあ、おそらくつながらないがね」

「そんなはずが......」

 

 ビートは携帯を取り出し、すぐにローズに電話をかける。

 しかし、何度コールをしても出る様子はない。そして最後には機械音でこの電話は......という音声がむなしく聞こえてきた。

 ローズは地位のある人間であるから、連絡がとれないことなど滅多にない。そんな人間が自分の連絡を取らないという事実に、男の話が現実味を帯びてくる。

 そんなわけがないと否定したい心と、もしかしたらという不安がせめぎあう。ぐるぐるとぐちゃぐちゃと様々なものが頭の中を駆け巡る。

 ガタリと物が落ちる音で我に返った。

 どうやらそれはビートの携帯が手から落ちた音だった。

 からからと音をたてながら滑っていく携帯を男は拾い上げて、ビートへと歩み寄っていく。

 

「安心しなさいビート君。君はまだ完全に見捨てられていない」

「......というと?」

「ローズ委員長が好む人間。それはガラルの人間と、役に立つ人間だ」

「役に立つ人間......」

「そうだ。例えば委員長の秘書であるオリーブ。彼女はけして立派な出自ではないが、委員長に必要とされているから傍に入れるんだ。ならば君が会長の役にたつ人間であると証明できれば」

「ローズ委員長の傍に入れる」

「その通りだ」

 

 男は意味深な笑みを浮かべると複数のコピー紙を机に置いた。

 

「これはローズ委員長が必要としているねがいぼしが豊富にある場所を記した紙だ。あとどうするかは君の自 由 だ」

「......?」

 

 言葉が揺れるような感覚に一瞬自らの気を確かめる。しかし、特になんともないようだ。気のせいだとビートは結論付けた。

 

「私の話はこれだけだ。時間をとらせてすまなかったね」

「いいえ。有益な情報をありがとうございました」

 

 嫌悪感を感じていた相手なのに不思議と感謝の気持ちがわいていた。そのことに疑問も覚えずにビートは男に記された一枚の紙を手に取り、部屋を去って行った。

 部屋の中に一人残った男は、外が見えるガラスからごみのように小さい人々を見下ろしながら。

 

「......ふっ。所詮はガキだな」

 

 後ろで浮かんでいるカラマネロがガラスに反射していた。

 

 





 Q.親のことどう思っていますか?

橙「母はお元気で。父はうざいんで、一回死んでからミイラとして生き返ってください」

Q.......何か報復は?

橙「しましたよ。とりあえずジョウトの旅が終わった後に、実家に乗り込んで父親をぼこぼこ(ポケモンバトル)にしてから二度とかかわるなと言って出て行きました。それから実家には一度も帰っていませんね~(超いい笑顔)」


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挑戦! ラテラルジム!


 だんだん話が進んできた気がする(他人事)


 ラテラルタウンに到着した。

 赤い土肌が剥きだしになった地面に、石の家。スーパーやコンビニは確認できず、露店の物売りたちが散見される。エンジンやナックルと違って伝統の空気を残す独特な雰囲気を感じさせる。

 

「ジム戦の予約してくるです!」

「気をつけてくださいね」

 

 ユウリはさっそくジム戦の予約に向かった。

 

「相変わらず元気ね~」

「ゴーストポケモンへの恐怖心を克服できましたからね~。子供というのはできるようになったものを披露したがるものですから」

「いい意味で単純でいいよね。じゃあ、私たちも行こうか」

「はい」

 

 それを見送ったオレンジとソニアは、さっそく歩き出した。

 目的地はこの街にある遺跡だ。何でも古代のガラルの王族が書いたとても巨大な壁画で、その絵は芸術家から高い評価を受けていて、この街の観光名所となっている。

 一見ソニアの研究に関係ないように思えるが、何がきっかけになるかは分からない。一応調べるのも研究者の常識であり、性分だ。

 

「ごめんねオレンジ付き合わせて」

「お気になさらず。謎を解明するのは好きなので」

「本当に謎があるといいんだけどね~」

「安心してください。ないことを証明するのも研究ですから」

「ない前提なんだ!?」

 

 ソニアのツッコミがさく裂する。オレンジはくすりと笑った。

 緩やかな坂を歩き、ついに壁画に到着した。

 

「ほお。これが例の壁画ですか......」

「うん。私も実物を見るのは初めてなんだけど......」

 

 2人は何とも言えない表情で壁画を眺める。

 壁画は花弁を青、花びらを赤、そして茎が緑という花がいくつか描かれ、真ん中に太陽っぽい丸が描かれているものだ。

 

「私のセンスの問題でしょうか? けっこう普通というか、絵というよりらくが......」

「オレンジ。それ以上はやめなさい」

「ですね」

 

 触れない方がいいこともある。

 そして二人は思った。多分、この絵は関係ないと。

 

「戻りましょうか」

「うん。本当にごめん、付き合わせて」

 

 芸術の世界は難しいと、二人の研究者は思い知らされた。

 

 その帰り道。

 

「おや?」

「どうしたの?」

「いいえ。あの辺りにビートがいた気がしたのですが気のせいでしょうか?」

 

 オレンジが指さした先には人で賑わう露店があるだけで、ビートの姿はなかった。

 

「いないけど」

「気のせいですかね?」

「ビートくんって、もうラテラルジムは突破したんでしょ? なら、もっと先のジムがある街にいるんじゃない?」

「そうですね。たぶん気のせいですね」

 

 気のせいだと納得して、二人は宿泊するホテルに向かった。

 

 

 □

 

 

 翌日、ジム戦の日となった。

 今までは予約してから三日ほどかかっていたのだが、以前にも記した通りエンジンジムを突破するトレーナーは全体の10%程度なので、ここからは挑戦するトレーナーが激減するためすぐに挑戦可能なのだ。

 もっとも、日にちが早まろうともチケットの倍率は変わらず、むしろ上がっているくらいだ。

 そして当然のごとく抽選を外したオレンジはホテルの部屋から、ソニアと一緒に観戦となった。

 画面ではいつものようにテンションの高い実況が、ジムリーダーと挑戦者の紹介している。

 その紹介に合わせてユウリとジムリーダーが登場すると、会場が一斉に沸き立った。

 

「相変わらずすごい人気ですね~」

「ねー。これは今日もバトル後は対応が大変そう」

「仕方ありませんよ。その辺は大人の私たちが守ってあげなくてはなりませんから」

「ふふ」

 

 くすりと笑うソニアに、何がおかしいのか分からないオレンジは首をひねる。

 

「何かおかしかったですか?」

「だって、私たち二人ともユウリが勝つ前提で話してるじゃない? 相手はジムリーダーですごい強いトレーナーなのに。なんかそれが面白くって」

「なるほど。そういえばそうですね」

 

 たしかにと納得したオレンジはつられるようにくすりと笑った。

 ソニアは用意していた紅茶に口をつけながら。

 

「それにしても、オニオンくん? でいいのかな? 多分だけどユウリと同い年か、下手したらそれ以下に見えるんだけど」

「実際年下のようですね。何でもガラルでは最年少のジムリーダーらしいですよ」

「へー、そうなんだ。あの年でジムリーダーになるなんて本当にすごいのね」

「ええ。特にゴーストタイプは動きがトリッキーですから、使いこなすのはなかなか難しいんです。なので、あの年でジムリーダーになれるほど使いこなすのはすごいですよ」

 

 オレンジも受け取った紅茶に口をつけながら、疑問に答える。

 雑談をしていると、観客の歓声が大きくなった。目を向けると、どうやらバトルが開始するようだ。

 

『それではただいまよりジム戦を始めます! 使用ポケモンは2体、シングルバトルです! 両者疑問はありませんか?』

 

 2人は小さく頷く。

 

『それではバトル開始!』

『いくですよ、アオガラス!』

『アオガァ!』

『......頑張って、サニゴーン』

『サニ』

 

 ユウリはアオガラス、オニオンはサニゴーンを繰り出した。

 

「ユウリはアオガラスなんだ。てっきりゴースト技を受けないホルビーだと思ったけど、オレンジが何かアドバイスしたの?」

「いいえ、基本的に私はジム戦に口は出しませんよ。おそらくですが、ホルビーを出せばゴースト技を受けませんが、同時にホルビーのメインウェポンも効かなくなりますから。対してアオガラスは空中が主戦場なので、ゴーストタイプの動きにも対応できる。なので、ユウリはタイプ相性よりも戦いやすさを優先したのでしょう」

「そうなんだ。タイプだけで決まらないのね。バトルって深いわ」

 

 ソニアが感心していると、画面の中のバトルは動きを見せていた。

 

『アオガラス、こうそくいどうです!』

『アオガ!』

 

 アオガラスは空中で残像が見えるほどの速度で飛び回る。まずはすばやさをあげて様子を見る作戦のようだ。

 しかし、オニオンはその様子をじっと見ているだけで何も動きをみせない。

 ユウリは不気味に感じながらも動かないならば仕掛けに行く。

 

『アオガラス、つばめがえしです!』

『アオガァ!』

 

 こうそくいどうで上昇させた速度をそのままにサニゴーンに向かって突進していく。

 

「まずい」

「え?」

 

 オレンジの呟きにソニアは反応する。

 その間につばめがえしがサニゴーンに直撃し、画面の中から大歓声が沸き上がった。

 ユウリはガッツポーズをしてアオガラスを褒めている。

 それを見たソニアは何がまずいのか分からずに、オレンジに聞く。

 

「まずいって何がまずかったの? アオガラスの技は決まったじゃない」

「決まったからまずいんですよ。見てください、アオガラスの顔を」

「え!? 何あれ!?」

 

 画面を見ると攻撃を当てたはずのアオガラスがしんどそうに顔を青くしていた。

 

『な、何があったです!?』

『......ほろびのボディ。サニゴーンの特性です』

『ほろびのボディ......』

 

 ユウリは図鑑を取り出して検索する。

 ほろびのボディ。物理攻撃を受けると、お互いに呪いをかける。時間が経過すると呪いを受けたポケモンをお互いに瀕死になる。

 

『いい!? まじですか!?』

 

 ユウリは予想以上に極悪な特性に驚く。

 しかし、ユウリはすぐに冷静になる。この特性に類似する技の存在を以前オレンジから聞いたことがあるのだ。

 それはほろびのうた。同じく時間経過によりお互いのポケモンを戦闘不能にする技だ。そしてその技への対処法も聞いた。

 

『アオガラス戻るです。いくです、エースバーン!』

『エスバァ!』

 

 そうポケモンを交代することだ。交代すればアオガラスから呪いの効果が消える。

 

『物理攻撃は危ないですから、遠距離でいくですよ! エースバーン、かえんボール!』

『エスバァ』

 

 炎の球体をボレーシュートのように蹴りだす。

 

『サニゴーン、リフレクター』

『サニゴ』

 

 サニゴーンが目を光らせると、目の前に壁が現れる。

 

『サニゴッッッ!?』

『サニゴーン!?』

 

 壁をものともしないような威力に、引きずるように後退した。その跡は相撲の電車道のようになっていた。

 想定外の威力だったのか、オニオンも仮面の下の目を見開かせる。

 

『さすがすごい威力......やっぱりあのエースバーンは危険』

 

 オニオンの不穏な呟きが聞こえないユウリは、かえんボールが効くとわかり勢いにのる。

 

『もういっちょいくですよ! かえんボール!』

『エスバァ!』

 

 かえんボールがもう一度向かっていく。

 だがユウリもジムリーダーが一度受けた攻撃に対応しないなど思っていない。次の動きのために準備する。

 

『サニゴッッ!?』

『あれ?』

 

 予想に反してサニゴーンはかえんボールが直撃した。ユウリは拍子抜けしたような声をだす。

 そして倒れこんだサニゴーンを審判が確認する。

 

『サニゴーン戦闘不能!』

『よくわからねえですけどやったですよエースバーン!』

 

 ガッツポーズをしながら、ユウリはエースバーンに声をかける。

 しかし、気が付かない。審判は一言もエースバーンの勝ちと言っていないことを。

 エースバーンはユウリの言葉に反応することなく、倒れこんだ。

 

『エースバーン!?』

『エースバーン、戦闘不能!』

『ええええ!? 何があったですか!?』

 

 画面の中で絶叫しているユウリをよそに、同じく何があったか理解できていないソニアは。

 

「何があったの? ユウリは攻撃を一撃も受けてないはずなのに」

「みちづれですね。戦闘不能にされた相手を道連れにして戦闘不能にする技です」

「そんな技があるんだ。運が悪かったわね......」

「運ではありませんよ。術中にはまったんです」

 

 オレンジの言葉にソニアは首をひねる。

 

「術中って?」

「最初にほろびのボディの効果を受けた時、私はまずいと言いましたが、あれはそれによりユウリがポケモンを交代させる可能性があるからまずいと言ったんです」

「でも、呪いを受けたら交代させないと戦闘不能になっちゃうじゃない」

「そう。呪いを消すには交代させるしかない。そして今回は2対2に置いて出てくる二体目は自動的にエースバーンになります。要するに、オニオン君の狙いは初めからアオガラスとの同士討ちではなく、エースバーンを引きずりだしてエースバーンとの同士討ちを狙うことだったということです」

「そんな高度な戦略を仕掛けてたんだ......全く気が付かなかった」

 

客観的に物事が見えるテレビ画面ですら気が付かないのだ。その場で目まぐるしく状況が変わり、常に気を張っているトレーナーに察しろというのはなかなか難しい。

 ただ、この状況はなかなか厳しい。

 エースを失ったユウリに対して、オニオンは今からエースポケモンを出すのだ。明らかに不利な状況である。

 

「それにしても、私はゴーストポケモンの特性をまとめた冊子を渡したはずなんですが、あの様子だと、見ていないようですね......バトルが終わったら少しお話が必要ですね」

「あはははは、ユウリどんまい」

 

 説教を受けることを決定したユウリに、ソニアは心の中でご愁傷様と追悼する。

 

 そんな話が進められているとも知らずフィールドのユウリは、相手の手のひらで転がらされていたことを悔やんでいた。

 

『戻るですエースバーン。ごめんね』

 

 相手の作戦を見破れなかったことを一言ボールに向かって謝る。

 しかし、はまってしまったものは仕方ないと切り替えるしかない。

 

『これで最後ですアオガラス!』

『アオガァ!』

 

 元気に飛び出してきた。呪いが綺麗さっぱり消えて顔色もよくなっている。

 

『頑張って、ゲンガー』

『ゲンガァ!』

 

 オニオンの最後のポケモンはゲンガー。カントーからおなじみのゴーストポケモンだ。すばやさととくこうの種族値の高さはぴか一である。

 両者のダイマックスバンドが赤い光を帯びる。

 ジム戦の最後の一体同士。当然のことながら、ダイマックスバトルである。

 

『アオガラス、ダイマックスタイムです!』

『キョダイゲンエイ......かげふみだよ。逃げられない......逃がさない......!』

 

 2人はポケモンをボールに戻すと、そのボールにルビー色のエネルギーが流れ込んでいき巨大化した。

 巨大化したボールを華奢な二人はフラフラになりながらフィールドに担ぎ投げた。

 

 

アオガァァァァァ!

ゲンガァァァァァ!

 

 

 観客席から今日一の大歓声が上がる。

 ゲンガーの姿はいつものピクシーのような姿ではなく、巨大な口に長いベロで下半身が地面に埋まっているかのようになっている。

 姿が変わるダイマックス、いわゆるキョダイマックスだ。

 

『アオガラス、ダイジェット!』

アオガァァァ!

 

 巨大な竜巻がまっすぐと向かっていく。

 

『ゲンガー、躱して』

ゲンゲーン!

 

 ゲンガーは影の中に自分の身を隠す。その上を竜巻が通って行った。

 

『どこ行ったです!?』

『無駄だよ。ゲンガーの姿は誰にも分からない、僕以外には......ダイアシッド』

ゲンガァ!

 

 横から巨大な毒の玉が飛んでくる。

 

『アオガラス、上に逃げろです!』

アオガァ

 

 ダイジェットの効果で上昇していた素早さを活かしてギリギリ躱すことに成功した。

 しかし、オニオンも攻撃の手を緩めない。

 

『逃がさない。ゲンガー、キョダイゲンエイ』

ゲンゲンゲンガーァ

 

 紫色のエネルギーがカーテン上に広がってアオガラスを包みこもうとする。

 

『ダイジェットで吹き飛ばせです!』

アオガァァ!

 

 竜巻が抵抗するようにカーテンを押し戻そうとする。しかし、ダイアシッドの効果でとくこうが上がったゲンガーの技は一つ威力が違った。

 

アオガッッ!?

 

 ダイジェットが押し負け、キョダイゲンエイをまともにくらってしまった。

 一瞬バランスを崩しかけたが、持ち前の負けん気で何とか持ち直した。しかし、なかなかのダメージだ。

 

『もう一度。キョダイゲンエイ』

ゲンゲンゲンガーァ

『アオガラス、ダイウォール!』

アオガァ

 

 キョダイな壁がキョダイゲンエイからアオガラスの身を守った。

 

『一回上空に飛んで距離をとるです』

アオガァ

 

 ラッシュの流れを切るために高度を上げて距離をとる。空中戦も仕掛けられるとはいえ、さすがに飛行ポケモンには分が悪い。

 そう判断したオニオンも一度攻撃を休める。

 息も詰まるような攻防に見ていた観客やソニアも息を吐きだした。

 

「ふうぅぅぅ......見てるだけなのに汗かいちゃいそう。でも、やっぱりユウリが押され気味だね。エースバーンが戦闘不能になったのが効いてる感じ」

「たしかにエースバーンが序盤で倒されたのはユウリも想定外だったでしょう。でも、ユウリだって何も考えずにバトルしているわけではありませんよ」

「え? 例えば?」

「見ていれば分かりますよ」

 

 そう言って、オレンジは画面の方に視線を戻した。それ以上聞かずに、ソニアも画面に目線を戻した。

 

 フィールドには張り詰めた空気が流れている。

 相手の動きを読みあい、どう動くかけん制しあう。......そして先に動いたのは、ユウリだ。

 

『アオガラス、ダイジェット!』

アオガァァァ!

『ゲンガー、そのまま突進して』

ゲンガァ!

『ええっ!?』

 

 ダイジェットに耐えながら、ゲンガーは距離を縮めてくる。

 

『キョダイゲンエイ』

ゲンゲンゲンガー!

 

 オニオンは初めにかわされた速度から、大体のすばやさを計算していた。そしてその計算からすれば距離、範囲共にかわされるはずがない。

 決まった、そう思った。しかし......

 

『アオガラス、避けるです!』

アオガァ!

『なっ!?』

 

 アオガラスは目にもとまらぬ速度でキョダイゲンエイを躱した。

 

『ここで隠し玉いくですよ! ダイアーク!』

アオガァァァァァ!

ゲンガッッッッ!?

 

 口から放たれた黒いエネルギー体はゲンガーに直撃し、ゲンガーは地面にたたきつけられた。

 

『とどめです! ダイジェット!』

アオガァァァァァ!

 

 巨大な竜巻がゲンガを貫くと、土煙が上がる。そして土煙が晴れると小さくなったゲンガーが目を回して倒れていた。

 

『ゲンガー、戦闘不能! アオガラスの勝ち!よって勝者ユウリ選手!』

『よっしゃああああ!』

 

 審判の判定を聞いて、ユウリは勢いよく拳を突き上げた。

 

 

 □

 

 

「最後、アオガラスのスピードが上がったように見えたけど、ダイジェットの上昇速度って一段階だったよね?」

「はい。だからこそ、オニオン君もあの間合いでキョダイゲンエイがかわされるとは思っていなかったのでしょう。しかし、ユウリは最初の回避の速度を少し遅くすることで、相手に速度を誤認させたのです」

 

 そして隙ができたところに、ゴーストタイプ対策で覚えさせたあくタイプのダイマックス技を叩き込んだというわけだ。

 

「さて、そろそろジムの方に行きましょうか。おそらく、またマスコミが入り口で張り込んでいるでしょうし」

「そうね。取材が落ち着いたら、おいしいものでも食べさせて......」

 

 ーーードドドーン!!!

 

 突然響いてきた轟音に地面が少し揺れる。

 

「何があったの!?」

「分かりません。ただ、遺跡がある方向から響いてきたようですね」

 

 持ち前の驚異的な聴力で、音の方向を聞き分ける。

 遺跡と聞いて、ソニアは血相を変える。

 

「すぐに行きましょう!」

「ええ、言われなくとも! ガブリアス乗ればすぐです!」

「それはやめて!」

 

 ソニアは涙目になって拒否した。

 





 Q.何でそんなに身体能力が高いんですか?

橙「私は大したことありませんよ。マイナス10°以下は防寒着がないと死にますし、水泳サメハダーには勝てませんし、がけからまともに落ちたらねん挫しますし......」

 


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遺跡破壊事件(前編)

 こんにちスワイプ~


 ガブリアスに乗るか乗らないかの論議は、結局折衷案としてオレンジが一人で乗って先に向かうことになった。

 断続的に聞こえる破壊音の方に飛んでいると、観光客が遺跡の方を向いてざわざわしているのが見えた。あれを見る限りでは、遺跡の方で騒ぎがあったのは間違いないようだ。

 そして遺跡の上に到着したのだが......。

 

「嘘だろ......」

 

 オレンジはその光景を見て目を疑った。

 なぜなら轟音の正体はゾウ型のポケモンが遺跡の絵を破壊している音であり、それを指示していたのはビートだったのだ。

 オレンジはガブリアスから飛び降りる。

 

「......何をしているんですかビート」

 

 そう言うオレンジの声は怒りとも悲しみとも感じられるものだった。

 たしかにビートは人を見下すところはあったのだが、最近それも改善傾向にあった。それに彼は人には厳しいが、ポケモンのことはとても大事にしていた。ポケモンを大事にする人間には悪い人間はいない。そう信じていたからこそ、オレンジは生意気なビートをかわいがっていた。

 どこか裏切られたような気持だった。

 しかし、ビートは動揺した様子もなく淡々と答える。

 

「どうも、お久しぶりです。何をやっているのかという質問には、遺跡を壊しているところですと答えましょう」

「だからなぜそんなことをしているのかと聞いているんです。分かっているんですか? 遺跡を破壊するのは明確な犯罪行為です! これが公になればジムチャレンジの資格を剥奪されてもおかしくないんですよ!?」

「ジムチャレンジ......そんなものどうでもいい。僕はローズ委員長の役に立つためにねがいぼしを集める必要があるんです!」

「ねがいぼし」

 

 ねがいぼしとはダイマックスなどのエネルギーになる原材料のようなものである。オレンジも、その存在はマグノリア博士の論文を通じて知っていた。

 ねがいぼしは鉱山などに埋まっている。

 前にガラル鉱山でビートが何やらやっていたが、あれはねがいぼしを集めていたのだと理解した。

 

「これはローズ委員長の指示なのですか?」

「それは断じて違います。ローズ委員長がねがいぼしを欲しているのは事実ですが、これは僕の独断です!」

 

 ここまでむきになるということは本当なのだろう。

 それにローズは経済よりもガラルの環境を守ることを優先するほどの愛国者だ。歴史的に希少な遺跡を壊すことを容認するはずがない。

 

「それでも貴重な遺跡を壊すことを研究者として容認できません! 今すぐやめなさい!」

「お断りします」

「なるほど。では、力づくにでも止めさせていただきます」

「ガバァ!」

 

 オレンジの言葉にガブリアスがやる気満々にすごむ。

 ビートは大して面白くもない喜劇を見たかのように冷たい瞳で笑う。

 

「あなたが僕よりも強いのは承知していますが、このダイオウドウはローズ委員長のポケモンです。以前あなたは言いましたよね? どんなにトレーナーが優れていようとも、結局ポケモンが強い方が勝つと。ローズ委員長はガラル地方でもトップクラスの実力者であり、ジムリーダーをも凌ぐ強さを持っています。研究者ごときが相手になるようなポケモンではないのですよ!」

 

 他人の威を借りるようなビートらしくない言葉に違和感を持つ。しかし、今はそんなことよりもビートを止めることが優先である。

 

「僕の生きる道をふさがせるか! ダイオウドウ! 100まんばりき!」

「ダイオウゥぅ!」

「ガブリアス、受け止めなさい」

「ガバァ」

 

 ガブリアスはがっぷりよつで受け止めた。

 ダイオウドウは押そうと足に力をいれるが、ガブリアスはピクリとも動かない。まるで屋久杉の大木を相手しているかのような絶望感にダイオウドウは冷や汗が頬を伝う。

 違和感に気が付いたビートは焦ったように。

 

「何をしているんですかダイオウドウ! 早くそのガブリアスを倒してください!」

「無駄ですよ。ダイオウドウは完全に力負けしていますから」

「黙れっっ! ダイオウドウ、はかいこうせん!」

「ダイオォォォ......」

「ドラゴンクローを口につめなさい」

「ガバァ!」

 

 ガブリアスはダイオウドウがエネルギーを溜めるために開けていた口にドラゴンクローをつっこむ。ドラゴンクローのエネルギーとはかいこうせんのエネルギーがぶつかりあい、ダイオウドウの口の中で爆発した。

 

「ダイオッッッ!?」

「なっ!?」

「至近距離ではかいこうせんは軽率ですよ。撃つのに時間がかかる上に、口をあけている状態では隙だらけですから」

「こんな時にまで助言ですか。随分余裕があるんですね」

「ええ、余裕です。今のあなた程度なら仕事をしながらでも、相手できます」

「っっっ! その人を食ったような態度が本当に気に入らないんですよ! ダイオウドウ、ヘビィーボンバー!」

「ダイオォォォォ!」

 

 巨体を揺らしながらバックステップしたダイオウドウは高くジャンプする。特性ヘビィーメタルにより一tを超える体重を誇るダイオウドウにとってこの技は再高威力の技。

 体重も相まって、並みのトレーナーでは簡単にぺしゃんこにされてしまうほどの威力だ。ジムリーダーを超える実力差というのは嘘ではないと理解できる技だ。

 避けるのも容易だが、それでは地盤が割れてしまう可能性がある。

 

「仕方ありませんね。ガブリアス連続でドラゴンクロー」

「ガバァァァ!」

 

 ガブリアスはジャンプすると、落ちてくるダイオウドウに連続のドラゴンクローを与えていく。そして、ダイオウドウの技の威力が落ちたところで。

 

「ガブリアス、だいちのちから!」

「ガバァァァ!」

「ダイオッッッッッ!?」

 

 普段なら地面に突き立てて地面からエネルギーが噴出してダメージを与える技だが、そのエネルギーを直接ポケモンにぶつければ威力は数倍である。

 地に落ちたダイオウドウは目を回して倒れていた。

 

「ダイオウドウ戦闘不能ですね」

「っ......そんなはずが」

「あなたらしくありませんね。感情に任せた力任せなバトル。あなたの持ち味は相手の戦法を潰しながら自らのペースに持ち込むことでしょう」

 

 そうまるでバトルを覚えたての子供のように何の戦略性も感じさせない。はっきり言って持ち味の一ミリも出せていないのだ。

 言葉の端々にも余裕を感じない。オレンジはビートに何かしらあったのだと察した。

 

「何があったのですかビート? こんなことをしなければならない事情があるなら話していただけませんか?」

 

 手をさし出すが、ビートはその手をはじいてキッと睨んでくる。

 

「あなたに話してどうなるんですか! あなたのように人に恵まれた人間に僕の気持ちなんてわかるはずがない! 色んな人間に慕われ、信頼されているような人に……。僕にはローズ委員長しかいないんです。あの人に見捨てられ僕に存在価値なんてないんです!」

「たしかに私が人に恵まれていたことはその通りです。しかし......」

「黙れ! あなたの詭弁に満ちた言葉なんて聞きたくない!」

 

 ビートは興奮していて話を聞き入れる様子すらない。

 対応に困っていると、ざっと土を踏む音が聞こえてきた。二人はそちらを見ると、息をわずかに切らせたローズとオリーブが立っていた。

 わずかに汗をにじませている様子から見て、騒ぎを聞いて急いできたようだ。

 予想外の人間の登場にオレンジは目を見開かせながら。

 

「ローズ委員長? なぜここに?」

「いや、ユウリ君のバトルを見に来たんだけどね。そうしたら、遺跡を破壊している人間がいると騒ぎを聞きつけてきてみたんだが......」

 

 テレビでは触れていなかったが、ローズもユウリのバトルを見に来ていたようだ。おそらくお忍びだったのだろう。同時になぜビートがローズ委員長のポケモンを借りられたのかも合点がいった。

 そしてローズとオリーブは、状況を見てすべてを察したようだ。

 

「ビート選手! ローズ委員長のダイオウドウをお借りしたいって、何事かと思えば、まさか遺跡を壊すなんて!」

「1000年先の未来に比べ遺跡が何だというんですか! そんなあまいかおりよりも甘ったるい考えで委員長のサポートができますか? 秘書として失格といっても過言ではないでしょう」

 

 1000年先の未来? 唐突な言葉にオレンジは首を傾げる。

 また、その言葉を聞いていたローズは、厳しい顔をしながらゆっくりと前に出てくる。

 

「ビートくん......。声を絞り出すけれど本当に残念ですよ。たしかに幼い頃孤独だった君を見出した。才能を伸ばすためにトレーナースクールに通わせたし、昔の私を思い出しチャンスも与えましたよね。ですが、希少な遺跡を壊すようなガラルを愛していない君のような選手はジムチャレンジに相応しくない! 申し訳ないが、君からジムチャレンジの資格を剥奪させてもらう!」

 

 ローズの怒号が広場に響き渡る。

 そして下された判決はジムチャレンジ資格の剥奪。それは同時にローズに見放されたのと同義だ。ビートにとってはある意味死よりも厳しい罰である。

 ビートはその言葉をまだ受け入れられないのか、顔を真っ白にしながら。

 

「嘘......ですよね? 僕が失格ということは選んだあなたのミスですよ? 100ある選択肢の中で最も最悪のチョイスです!」

 

 ローズに撤回を願おうと駆け寄ろうとするが、そこにオリーブが立ちはだかり。

 

「ビート選手。あなたが集めていたねがいぼしは預かっておきます」

「くっ、やめろ! 放せ!」

 

 ビートも抵抗するが、しょせんは子供と大人だ。男女差があろうとも力で相手になるはずがなかった。

 持っていた唯一の委員長とのつながりすら奪われ、文字通りビートはすべてを失ったのだ。

 オレンジはその行動に口は挟まない。当事者のことに部外者が口を出すのは悪手だからだ。それに今回の処分に関しては100%ビートに非がある。

 

「嘘だ......嘘だ......」

 

 わなわなと身体を震わせながら、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返している。いまだに現実が受け入れられていないようだ。

 それはそうだ。彼は子供だ、子供に受け入れろというにはこの現実は酷すぎる。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああああああ!」

「ビート!?」

 

 ショックのあまり駆け出して行った。

 しかし、ローズもオリーブももはや興味がないかのように平静だ。

 

「ローズ委員長! なぜ追いかけようとしないのですか!」

「なぜローズ委員長が追いかける必要が? 彼はすでに委員長から見放された人間です。そんな義務はないでしょう」

「あなたには聞いてません」

「んなっ!?」

 

 オリーブは青筋を立てて目を怒らせるが、オレンジは無視してローズに詰め寄る。

 

「ローズ委員長、今あなたの秘書が言った言葉はあなたの本心でしょうか?」

「......すべてがその通りではないけど、大まかにはあっているよ」

「そうですか。正直、私もあなたの言葉は正しいと思います。ビートは許されないことをしました。ジムチャレンジの資格を剥奪されても仕方ないでしょう。委員長として私情を挟まずに公正な判断をしたことは素晴らしい」

 

 そうオレンジは処分自体に意見があるわけではない。それ以降のことだ。

 

「しかし、あなたはビートの親代わりでもあるはずだ。 子供というのは道を踏み外すものです。 その時親がするべきことは見捨てることことじゃない、道を正してあげることだ! 見捨てる程度の覚悟しかないのなら、初めから親代わりになどなろうとしないでください!」

 

 同じくずっと期待をかけられていた親にあっさりと見捨てられたオレンジには、その痛みはよくわかるのだ。

 それを簡単に切って捨てるローズたちに我慢ならなくなったのだ。

 ローズは驚いた様子で目を見開かせているが、オレンジにとって心配なのはビートだ。

 

「失礼します。ガブリアス、ビートを追ってください!」

「ガバァ!」

 

 オレンジはガブリアスに乗って、ビートの後を追いかけた。

 

 

 




 Q.子供の時から今のしゃべり方なんですか?

橙「いいえ。カントーやジョウトを旅している時は偉そうな少年のような口調でしたよ。研究者になるにあたって、失礼がないように矯正したんです」

 


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遺跡破壊事件(後編)


 っポッポ


「たしかこの辺りだと思うのですが......」

 

 オレンジが探しているのは六番道路。ビートの走って行った方向から、彼がこの辺りにいる可能性が高いと予測したのだ。

 そしてできれば早く保護したい。

 なぜなら、ここは赤い土がむき出しになった高低差の激しい山岳地帯。故に落ちればひとたまりもない崖が至る所にある。ビートの今の精神状態を考えると、最悪の事態が頭を過ってしまうからだ。

 きょろきょろとどこから探そうかと迷っていると。

 

「ユニラ! ユニラ!」

「ゴチ!」

「ミプ!」

 

 上からユニラン、ゴチミル、ミブリムが涙目になりながらオレンジに駆け寄ってきた。かなり焦燥しているようだ。

 オレンジは一瞬困惑したが、ユニランにだけ見覚えがあった。

 

「もしや、あなた方はビートの手持ちですか?」

「ユニラ!」

「ゴチ!」

「ミプ!」

 

 そうだと三体は肯定する。

 しかし、違和感もある。なぜなら、三体とも逃がされた状態だったからだ。

 

「なぜビートはポケモンを逃がしたのでしょうか......まさか!」

 

 オレンジは危惧していた最悪の事態が頭を過る。

 

「ユニラン、今すぐビートの場所に連れて行ってください!」

「ユニラ!」

 

 

 □

 

 

 ユニランに連れてこられたのは、道の先が崖になっている行き止まりの道だった。

 そして、その道の先にビートは立っていた。その背中は子供とは思えないほど弱弱しく、崖に今にも身を投げ出してしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

「ビート!」

 

 オレンジが声をかけるとビートは振り向いた。

 その顔には生気が感じられず、まるで廃人のように無機質だった。

 

「オレンジさん......そうか、ローズ委員長ではないんですか。僕は完全に見捨てられたんだ......」

「早くこちらに来なさい! そんなところに立っていたら崖に落ちてしまいます!」

「構わないですよ。ローズ委員長に見捨てられた僕に存在価値なんてない」

 

 ーーーいっそのことこのまま崖に落ちて死んでしまったほうが楽になれる。

 そんなビートの心が透けて見えるような投げやりな口調だった。

 

「ダメですビート!」

「決めてたんです。ローズ委員長が来てくれなかったら、このまま落ちようって」

「そちらに行ってはいけません!」

「......さよなら」

 

 ---最後にお別れが言えて嬉しかったです。

 満足したように笑ったビートは、そのまま崖に身を投げ出した。

 刹那、オレンジは駆け出していた。そして一切躊躇せずに崖に飛び込んだ。

 

「ビートおおおおおおお!」

 

 ビートを何とか捕まえようと手を伸ばすが距離があったせいか間に合いそうにない。オレンジはとっさにボールを取り出し。

 

「ダーテング、エアスラッシュで私を加速させてください! エーフィ、サイコキネシスでビートの落下速度を遅くしてください」

 

 ガブリアスは加速まで時間がかかり、ダーテングとエーフィも落下する人間を受け止めるには距離がありすぎる。そこでエーフィとダーテングの技を協力させて何とか追いつかせるつもりだ。

 二体の必死な行動のおかげで、距離はだんだんと縮んて行く。

 

「あと少しっっっっ!」

 

 オレンジはめいいっぱい手を伸ばした。

 風圧に視界を遮られる中、なんとかビートを掴んだ。オレンジはビートを抱きしめるように抱え込む。

 

「まずい!?」

 

 ビートを助けるのに夢中で自分が落下していることを計算していなかったのだ。

 エーフィとダーテングもそれを察して、何とかしようと必死に技を繰り出すのだが、人間二人分の落下速度を相殺させるにはほんの少し足りない。

 オレンジは何とかビートだけ助けようと、地面を背中にするように体勢を変える。

 そして受ける衝撃に少しでも耐えようと目をつむった時......。

 

「ユニラァァァァァ!」

「ゴチムゥゥゥゥゥ!」

「ミプゥゥゥゥゥゥ!」

 

 ポケモンの鳴き声とともに、身体が浮遊する感覚を覚えた。

 ゆっくりと地面に下ろされたオレンジは周りを確認すると、嬉しそうな顔をしたユニラン、ゴチミル、ミプリムがぴょんぴょんと跳ねていた。

 

「あなた方はビートの? ......なるほど助けられましたね」

 

 最悪の事態は避けられたことにオレンジはほっと息をなでおろす。

 

「生き......てる......?」

 

 目を覚ましたビートは信じられないと言いたげにつぶやいた。

 

「起きましたか?」

「......何で僕を助けたんですか? 今の僕に助けるような価値なんてないのに」

「人の命に差なんてありませんよ。みな等しくその命に価値があるものです。そして命をなくすことは、悲しいものです」

「綺麗ごとです。ローズ委員長に見捨てられた今の僕に悲しむ人など......」

「おや、あなたのポケモンはあなたのことをとっても心配していましたよ」

「ユニラ」

「ゴチ」

「ミプ」

 

 オレンジが視線を向けるとポケモンたちは元気に返事した。

 逃がした手前気まずいのか、ビートは苦い顔をしていた。

 

「それにあなたが死んでしまったら私は泣きたくなるくらい悲しいですよ」

「何で......何で......僕なんかのために死ぬかもしれないのに......本当にバカですあなたは......」

 

 ぽたりぽたりと涙が地面に落ちていく。

 オレンジは泣きじゃくるビートをそっと胸に抱きよせた。

 

 

 

 

 一頻り泣いたビートは、落ち着いたら恥ずかしくなったのか顔を赤くしながら、そっぽを向いていた。

 対するオレンジはようやくデレたビートに最高にニヤニヤしていた。そんな顔もビートの神経を逆なでする。

 

「くっ! 取り乱していたとはいえ、泣いてしまうなんて。不覚だ......」

「ほらほらビート~。もっとお兄さんの胸で泣いていいんですよ~?」

「ええいうるさいですよ!」

「せっかくデレてくれたのに、連れないですね~。しかし、一筋縄ではいかない人を攻略するのも一つの楽しみですよ」

「何を言っているんですかあなたは!?」

 

 ぎゃいぎゃいとすっかりいつもの調子に戻ったビート。

 

 ---やはり、壁画を壊した時のビートは精神的なものが原因だったのか?

 

 考えていると、くいくいと服を引っ張られた。引っ張ってたのはエーフィだった。

 

「どうしましたエーフィ?」

「フィーア」

 

 どうやらビートのことで伝えたいことがあるようだ。エーフィは額の水晶を光らせると、次に瞳のハイライトを消す。

 そのジェスチャーを見て、オレンジは何かを察したようだ。

 

「ビート、あなた壁画を壊す前にエスパータイプに出会いませんでしたか?」

「いいえ、覚えがはありませんがどうしてそんなことを聞くんですか?」

「あなたに催眠術をかけられた痕跡があるとエーフィが教えてくれました」

「催眠術......? でも、僕には自我もありますし、あの時の記憶も残っていますよ?」

「そうでしょうね。おそらくあなたにかけられていた催眠は意識を支配する類のものではなく、理性を縛る類のものです。その催眠を受けたものは、例えばダイエットの時に食事を我慢できなくなったりなど、いわゆるやってはいけないという感情が機能しなくなります」

「そんな催眠が......」

「何かしら心当たりはありませんか?」

 

 かなり巧妙に隠されていた。オレンジすら、エーフィに指摘されるまで気が付かなかったほどだ。かなり手練れの犯行であることがうかがえる。

 ビートは記憶をたどっているのか、顔に手をあてながら考えこむ。

 

「そういえば、ローズ委員長の部下に呼び出しを受けたのですが、その時一瞬少しぐらりと視界が歪みました」

「おそらくその時ですね。あなたは嵌められたんです」

「そうですか。まあ、あの男ならやりかねないですね、僕のことを目の敵にしていますから。多分、僕に問題を起こさせて、ローズ委員長の失脚を狙ったんだと思います」

「......意外に落ち着いているのですね。もっと怒ってもいいと思いますよ。なんなら、警察に届けていい案件かと」

「あの男が証拠を残すようなへまはしないでしょう。ほいほい利用された僕にも原因がありますから」

 

 たしかに犯行を見る限りではかなり用心深い性格なのは見て取れる。しかし、泣き寝入りというのは正直納得できない。

 オレンジが険しい顔をしていると、ビートは少し目を伏せながら。

 

「......それに今の僕にはローズ委員長がすべてというわけではありませんし」

 

 その言葉を聞いたオレンジは一瞬目が点になったが、すぐに頬を緩める。

 

「嬉しいこと言ってくれますね~。このこの~」

「頭を撫でないでください......ちょ、やめ、やめろー!」

 

 

 □

 

 

 一頻りビートのことをかわいがった後のこと。

 

「これからどうするのですか? ジムチャレンジにはもう参加できないのでしょう?」

「......そうですね。築き上げてきたものはすべて失たので、もう一度旅をしながら自分を見つめ直してみようと思います」

「そうですか、茨の道だと思いますが頑張ってください。嫌なことされたらちゃんと連絡するんですよ? 危ない場所にはいかないようにしてくださいね? 変なひとには近づかないようにするんですよ?」

「親ですか、あなたは!? まったく......」

 

 ビートは呆れたようにため息をつく。しかし、その表情は前よりも柔らかだった。

 

「それではまた会いましょうオレンジさん」

「ええ。その時はまたバトルしましょう」

 

 ビートは去る直前何かを思い出したのか、はっと息をのむ。

 

「僕に催眠術をかけた男はユウリのことをかなり気に入っていました。奴はローズ委員長と正反対の考えを持っていて、ユウリを自分の野望のために利用しようとしてくるかもしれません。気を付けてください」

「......なるほど、ありがとうございます」

 

 オレンジは真面目なトーンでお礼を言った。

 

「それではこれで」

「ベストウイッシュ。よい旅を」

 

 オレンジは手を振ってビートを見送った。

 

 

 □

 

 

 オレンジと分かれたビートは次にどこに行くかタウンマップを開きながら思案していた。

 

「そういえばアラベスクタウンはまだ行ったことなかったな......」

 

 この時の選択が自分の人生の分岐点になることなど、ビートはまだ知らない。

 

 

 





 Q.ビート好きすぎません?

橙「生意気なツンデレっていじりたくなりません?(超いい笑顔)」


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(間話)怪我の功名? 遺跡発見!


 


 

 ビートとわかれたオレンジはラテラルタウンに戻ろうかとモンスターボールを取り出した時、携帯の着信音が鳴った。ソニアかと思って画面をみてみると予想通りソニアだった。

 

「はい、こちらオレンジ」

『オレンジ? 今どこにいるの?』

 

 焦り気味な声だった。まあ、遺跡にやってきたら壊れた壁画と荒れた地面が広がっているのだ。そうなるのもおかしくない。

 

「すいません。ちょっと色々ありまして6番道路にいます」

『今すぐ遺跡に来られる?』

「ええ、いけますけど」

『ならすぐに来て! 大発見よ! 壊れた壁画の中から新しい遺跡が発見されたの!』

「新たな遺跡!? わ、分かりました、すぐに行きます!」

 

 予想外すぎる言葉に若干動揺しながら、オレンジはガブリアスを飛ばせた。

 

 

 □

 

 遺跡に到着した。

 すでにローズ委員長の姿はなく、代わりにがやがやと野次馬が集まってきていた。ビートが遺跡を破壊している時から人はいたが、今はその数倍である。

 オレンジは人ごみをかき分けて遺跡の前に出ると、ソニアが壊れた壁の辺りを虫眼鏡を使って調べていた。

 

「遅くなりました」

「あ、オレンジ。来てくれてよかった~、私一人じゃよくわかんなくて」

「新しい遺跡と聞いたのですが......」

「うん。ともかく見てみて」

 

 ソニアに催促され、オレンジは発見された遺跡を見る。

 その遺跡は剣を咥えた狼型のポケモンと盾を咥えた狼型のポケモンが前に置かれ、後ろにそれを従えているのだろう人間の石像が置かれていた。

 まさしく、オレンジがまどろみの森で見たポケモン、ザシアンとザマゼンタだった。

 

「どう思う?」

「そうですね。見たところ、ポケモンの石像のようですが」

「そうなの! こんなポケモン見たことない! つまり新発見のポケモンなのよ!」

「なるほど。......ところでソニア、このポケモンの咥えている剣と盾どこかで見覚えがありませんか?」

「見覚え......?」

 

 オレンジの言葉にソニアは首を傾げる。そして自分の記憶をたどっていくと、一つ引っかかるものがあった。

 

「ああああ~! タペストリーの三枚目!? どういうこと!? つまり、英雄の使った剣と盾はポケモンだったってこと? でも、なら何で今までそのことが伝承されてないんだろう?」

「それは分かりません。私はその道の専門家ではありませんから」

「うーん。私もまだ考古学はそこまで詳しくないんだよね」

「マグノリア博士には報告したんですか?」

「したんだけど、おばあさま最近ガラルで頻発している野生ポケモンのダイマックス化についての調査で忙しいからって、電話切られちゃったのよね」

 

 マグノリア博士の専門はダイマックス関係全般だ。考古学についてそれなりに知識があるものの、興味的には謎のダイマックス現象の方が強い。

 特に研究者というのは自分の興味を最優先する傾向にある。

 こちらの研究は後回しになると、オレンジは予想した。

 ソニアも同じ予想なのか、参ったようにため息をつく。

 

「どうしようかな......。考古学者の知り合いなんていないし。オレンジは心当たりない? なんてね」

「いますけど?」

「いるの!? 私今けっこう適当に言ったんだけど!?」

「まあ。これでも色々な地方を旅してきたので、それなりに知り合いはいますよ」

「じゃあ、今意見を聞くことってできるかな? やっぱりちゃんとした専門家の見解が聞きたいんだ」

「構いませんよ。ただ、ホテルの通信機からでもいいでしょうか? 他地方の方々なので携帯では電話代がバカみたいにかかってしまうので」

「うん。わかった」

 

 2人は一度宿泊しているホテルを目指して、遺跡を後にした。

 

 □

 

 ホテルに到着した。

 中に入ると、フロントには頬を膨らませたユウリが腕を組んで仁王立ちしていた。

 それを見て二人は騒ぎのせいでユウリのことをすっかり忘れていたことに気が付いた。

 

「むう~、2人ともどこ言ってやがりましたかあああ~! せっかくジム戦突破したから、たくさんちやほやしてくれると思ったのに、出迎えにも来てくれないですし!」

 

 ユウリはぽかぽかとオレンジの胸をたたきながら文句を言う。

 

「はいはい、色々あったんですよ。とりあえずジム戦突破おめでとうございます。あとでお祝いしましょうね。それでは」

「ユウリごめんね。ちょっと急いでるから」

「ええええ!? ちょっと二人とも!?」

 

 ユウリを適当にあしらい、オレンジは奥にある通信機に向かう。ソニアもそれに続き、ユウリもなし崩し的について行く。

 通信機に番号を打ち込んでいく。

 しばらくすると反応があった。

 

『もう~、こんな時間に何の用よオレンジ! ......はっ、まさか! 私への煮えたぎる肉欲が抑えられずに、いてもたってもいられずに電話を......』

「10歳の子供もいるんですよ! 言うことを考えろ!」

「ちょっとソニアさん、耳ふさがないでほしいです」

「はいはい。あんたにはまだ早い世界の話よ」

 

 とっさにソニアがユウリの耳をふさいだおかげでアホの言葉が届くことはなかった。

 そしてソニアからは冷たい目線が突き刺さる。

 専門家を紹介する話なのにいきなり淫語を言う女が出てきたのだ。睨まれるのは当然とオレンジは解釈した。

 

「まったく相変わらずですね、シロナ」

 

 呆れながら画面の前の人間の名前を呼ぶ。

 そうオレンジが選んだ専門家とはシンオウの考古学者シロナだった。一応、シンオウでは考古学の第一人者扱いされているので実力は確かだ。実力は(重要)。

 もっとも一秒でシロナを選んだことを後悔した。

 対するシロナは、久しぶりにきたオレンジからの連絡とあってかなりテンションが上がっていた。

 

『それで今日は何の用なの? 告白? 告白よね?』

「一回黙らないとマジで切りますよ」

『黙るわ』

「よし」

「犬のしつけみたいです」

 

 ユウリの悪気のない言葉にソニアは苦笑しながらたしかにと思った。

 シロナを黙らせたオレンジは、ようやく本題に入る。

 

「私は今ガラル地方を旅しているのですが、そこで新しい遺跡が発見されたんです」

『何だ仕事の話か』

「......それでですね、その遺跡に不思議な点があるので、一応考古学の専門家であるあなたに意見を......」

『オレンジ~、私そろそろ本当にまずいの。おばあちゃんの目が最近優しいの。あれは出荷する前の家畜に餌を与えている目だわ。もうあなたが私をもらうしかないと思う......プチ』

 

 オレンジは通信を切断した。

 

「ちょっと何やってるのオレンジ!?」

「私は一度我慢しました。しかし、二度目はありません」

「たしかにしつこかったと思うけど......。うーん、嫌だと思うけどもう一度お願いできないかな? 遺跡の謎が分かれば、私の研究もかなり進むと思うの」

 

 上目遣いでお願いしてくるソニアに、オレンジも強く断る気が起きない。

 それにあの遺跡の事情を半分知っておきながら、黙っていることにも少しの罪悪感がある。

 オレンジは渋々もう一度通信機に番号を打ち込む。

 

『ちょっとおおおお、何でいきなり切るのよおおおお!』

 

 オレンジは通信を切るのをかろうじで我慢する。

 

「......警告はしました。いい加減ふざけ続けるなら、本気で縁を切りますからね」

『もう、分かったわよ~。真面目にすればいいんでしょ』

 

 欠片も真面目にするように見えないが、シロナはこれで切り替えが出来ているので問題ない。

 

「今回の遺跡の謎の部分と今までのガラルの歴史については、今携帯に資料を送りました。確認してください」

『はいはい。......ふーん、なるほど。要するに今回発見された遺跡は伝えられてきた歴史と矛盾する点があるってことね』

「そういうことです。これはどういう理由があってのことなのか、専門家の見解が聞きたいのです」

『これ私が勝手に見て大丈夫な資料? 普通、ガラルの考古学者に聞くのが筋じゃない? 面倒に巻き込まれるにはごめんなんだけど』

「この地方の研究者で一番発言力のある人間に調査方法を一任されていますし、見解を求めているのはガラルの研究者です。問題はありません」

『ならいいけど』

 

 後回しにされただけで一任はされていない。

 さらりと嘘をついたオレンジに、ソニアは胡散臭い人を見る目を向ける。

 そんな事情は知らないシロナは、資料に目を向け手を顎に当てながら。

 

『そうね、あくまで仮説になるけど、この遺跡は意図的に隠されていた可能性が高いと思う』

「意図的......?」

「要するに、この遺跡があると困る又は都合が悪い人間が隠したということですね」

『そういうことね。権力者なんかが歴史を捏造するときによく使う手法よ。例えば自分の一族を繁栄させるために、遺跡を破壊するとかね」

 

 そういう意味では今回は破壊ではなく、隠蔽であったのは運がいいともいえる。

 

「でも、もし隠したとしたら誰がそんなことを?」

「簡単ではないですか。この地方で遺跡を隠すことで利益を得る人物と言えば? そう、ガラル王族ですよ」

「お、王族!? どういうことなの?」

「そうですね......どういう意図で王族があのポケモンたちの存在を隠したのかまでは分かりません。ただ、誰も存在を知らないほど昔から、彼らの存在は闇に葬られていたということです。そんな芸当が可能なのは王族ぐらいでしょう」

 

 オレンジの言っていることはかなり壮大で、信じがたいことだった。しかし、一定の説得力のあるものだった。

 

「もしかしたら、まだまだ隠されてる遺跡がガラルに眠ってるかもしれないってこと?」

「その可能性はありますね」

『ねえ、さっきから他の人の声が聞こえるんだけど誰?』

 

 シリアスな話をしているのに、マイペースに関係ない話題をぶん投げてくるシロナ。

 そういえば自己紹介がまだだったと思いいたったソニアは少し顔を出して。

 

「あ、挨拶が遅れました。私ソニアと言います」

『なああああああああああ!? ちょっと誰よあんた!?』

「今自己紹介したばっかりでしょうが。アホですか」

『そんなことはどうでもいいの! オレンジ、その女とどんな関係なのよ!』

「はあ、ただの......」

 

 いつもグリーンに返すようにただのビジネスパートナだと返そうと思ったが、ここまでストレスを溜めさせられた仕返しを思いついた。

 オレンジは戸惑っているソニアの肩を抱きよせて。

 

「こういう関係です。そういうわけなのでシロナ、私のことは諦めてください」

「ふえ?」

『なn......ぷつ』

 

 シロナが発狂する前に通信を切った。

 茫然としているソニアをよそに、オレンジはやり切ったといういい笑顔をしていた。

 

「うわぁ......師匠けっこうえげつないことしやがりますね」

 

 ユウリはドン引いていた

 

「まあ、さすがに今のは可愛そうでしたかね。後で連絡して釈明しておきましょう」

「そっちだけじゃないんですけど......」

「?」

 

 ユウリの言葉の意味が分からず、オレンジは首を傾げた。

 

 

 





 Q.オレンジ鈍感型主人公疑惑について一言

橙「はて、何のことやら(すっとぼけ)」


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昼食+ポケモンたちの昼食


 キャラ付けした割にポケモンたちに焦点当てたことなかったな~と思って書きました。
 けして手抜きではない(重要)


 遺跡の調査を大方済ませたオレンジ一行は、現在ルミナスメイズの森を進んでいた。

 この森は大木に囲まれているせいかとてもうす暗いことと、触れると光る不思議なキノコが有名である。その性質上、フェアリータイプのポケモンが多く生息している。

 オレンジは森の幻想的な雰囲気に見惚れていて、ユウリは楽しそうに歩いて、ソニアはしんどそうにしていた。

 

「そ、そろそろ一回休憩しない?」

「え~、早く森を抜けてアラベスクタウン行きたいです!」

「まあまあ、張り切る気持ちは分かりますが、どっちみち一日で抜けるのは不可能なのですから、ゆっくり行きましょう」

「む~仕方ないですね......」

 

 オレンジがなだめると、ユウリは渋々納得した。

 大きな木の下の日陰に椅子を用意すると、ソニアに勧める。

 

「どうぞ」

「ありがとう......ふう」

 

 ソニアは椅子に腰かけると疲れを隠さずに倒れるように座り込む。

 

 

「大丈夫ですか? 最近、夜遅くまで起きているようですが」

「うん、寝不足なだけだから。この前の遺跡発見から、今まで文献の矛盾点とか、新説が出たりとかしてたら、つい夢中になっちゃうのよね」

 

 ふあとかわいいあくびを一つする。化粧で誤魔化しているが、目には隈が出来ていた。

 

「身体は大事にしてくださいね」

「よく言うわよ。私が起きてるの知ってるってことは、オレンジも起きてたってことじゃない。人に言うなら、あんたも気をつけなさいよね」

「私は他の人より体が頑丈ですから。問題ありません」

「そう、羨ましいわ」

 

 大して羨ましくなさそうに言う。

 オレンジは時計を確認しながら。

 

「少し早いですが、昼食にしますか?」

「でもユウリが文句言わない?」

「心配いりませんよ。ユウリはうまく騙し......説得しておくので」

「騙すって言った! 絶対に言った!」

「言ってません」

 

 そう惚けたオレンジは、すくりと立ちあがる。

 

「待って。そういえば今日って私が当番の日じゃない!」

「まあまあ、偶にはいいじゃないですか。ソニアはゆっくりしていてください」

「でも......」

 

 ソニアは申し訳なさそうに眉を困らせる。

 彼女は甘えるということに対して否定的な考えを持っている。昔の自分のことを思い出すからだ。自分の体調管理をオレンジにフォローしてもらうことについ抵抗感を覚えてしまうのだ。

 もっとも、オレンジもそんなことは織り込み済みである。

 

「いたたまれないというのなら、今日の夜はソニアのカレーを食べさせてください」

 

 ちなみに今日の夜の食事当番はオレンジである。

 要するに今は休んで体調を整えることを優先してくれと言っている。挽回の機会を与えることでソニアの罪悪感を軽くするつもりなのだ。

 そう言われるとソニアも強く拒否できない。ソニアは諦めたように。

 

「......もう、分かったわ。私の負けよ」

「それでは私はユウリを説得してくるので、ソニアは料理ができるまでリラックスしていてください」

「うん。よろしく」

 

 オレンジはさっさと歩いて行った。

 

 

 □

 

 

 ※ここからはオレンジのポケモンたちの雑談です。

 

 

 オレンジたちがちょっと早めの昼食を楽しんでいる中、ポケモンたちも食事を楽しんでいた。

 それぞれ好みの味に合わせたポケモンフーズをもぐもぐとしている中、パーティーのいたずら小僧が動き出す。

 

「チュー(足りない)」

 

 そう、わがままで弱いものには強気、強いものには弱気、典型的な三下体質ピチューである。

 ピチューは普段少食なので、オレンジもそのことを考慮して量を少なくしている。しかし、時々いつもよりお腹が減っている日がある。

 それが今日だった。

 ピチューは隣でフーズを食べているヤバチャに。

 

「ピチュ、ピチュピッチュ(足りないから、そのフーズ頂戴)」

「ヤババ!? (ええ、嫌ですよ!?)」

「ピチュピチュ(いいからいいから。新入りは先輩の言うこと聞かなくちゃいけないんだよ)」

「ヤババ......(そ、そんな決まりが......)」

「ガバァガバァ(ないないそんな決まり。嘘つくな)」

 

 呆れたようにガブリアスが否定する。

 

「ピ、ピチュ。ピーチュ(ち、もうちょっとだったのに。余計な事言うなよ、アホリアス)」

「ガバァ......。ガバガバ(全くお前は......。新入りに変なことを教えようとするのやめろ)」

「ピーチュ(いやだね)」

 

 ピチューはぷいっとすねたようにそっぽを向いた。

 ガブリアスはまた呆れたようにため息をついた。

 そんなやり取りを見ていたダーテングは口の中のものを飲み込んで。

 

「ダーテンダー(そういえばピチューって俺にはなんも言ってこなかったすね)」

「......ピチュ(まあ、その時は偶然機嫌がよかったんだよ)」

「ガバァガバァ(よく言うぜ。あの新入りなんか怖いってビビってたくせに)」

「ピチュピッチュ!(別にビビってねえし!)」

「ヤババ......(せこい......)」

 

 ぼそりと呟いたヤバチャに青筋を立てたピチューがかみつく

 

「ピチュ!? ピチュピッチュ! (ああ!? 今なんて言った!)」

「ヤババババ(あわわわわわ)」

「ガバァガバァ! (おいいい加減にしろピチュー!)」

「ダーテン(そこでキレるのはマジダサいっすよ)」

「ピチャー! ピチュピッチュ!(うるせー! キレイハナにビビってるお前に言われたくないわ!)」

「ダー!? ダダダダダーテンダ! (はー!? べべべべべべ別にあんなやつにビビってねえーし)」

 

 顔を青くしながら言ってもまったく説得力がない。

 言い合いがエスカレートしていく。

 ガブリアスは焦る。何とか収集させようとするが、もはや聞く耳を持とうとしない。

 その時、背後から電気エネルギーを感じる。ガブリアスは悟った、終わったと。

 

 そして四体のど真ん中に電撃が降り落ちた。

 

「ピピピピ!?」

「ヤバババ!?」

「ダダダダ!?」

 

 電気タイプの技が効かないガブリアス以外の三体は黒焦げになって横たわっていた。

 そして背後から感じるゴゴゴゴゴというオーラに、ガブリアスは冷や汗をだらだらと流しながら振り返る。

 そのオーラの正体は、オレンジの最初のポケモンであり、このパーティの女帝エーフィだ。

 エーフィは殺気に満ちた瞳をガブリアスに向けて

 

「フィーア(食事中ぐらい静かにさせなさい)」

「ガ、ガバァ!(イ、イエッサー!)」

 

 ガブリアスは敬礼した。

 癖が強いポケモンたちが何だかんだまとまっているのは、彼女のおかげである。

 

 

 

 

 





 オレンジのパーティの序列
 
 エーフィ......女帝。逆らったら殺される
 ガブリアス......エース。新人の面倒見がいい。でも、エーフィには逆らえない
 ピチュー......よく新人に自分ルールを教えようとしている。ただ怖い子には何も言わない。
 ダーテング......生意気な性格。もっとも、キレイハナには逆らえない。似たようなエーフィにも少しびくびく。
 ヤバチャ......ちょっと弱気。でも言うことはわりと鋭い。

 Q.エーフィとはdのくらいの付き合い何ですか?

橙「父親の下で鍛えられている時からの仲なので、なんやかんや15年くらいですかね? もはや家族よりも私のことを理解してると思いますよ。子供の時は人前でも構わずに無邪気に甘えてきていたのですが、最近は恥ずかしいのかみんなの前では近づいてこなくなりました......まあ、時々部屋で仕事をしていると膝に乗ってくるので、その時は可愛がってます」




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再会ビート(前編)


 


 

 森を抜けたオレンジたち一行は、アラベスクタウンに到着した。

 この街はルミナスメイズの森の奥地にある巨木の森の下に築かれた町で、森と一体化した神秘的な雰囲気を漂わせている。

 初めて見る光景に三人は目を輝かせた。

 

「綺麗です......」

「まさに自然と人とポケモンが織りなす芸術。素晴らしいですね」

「うん。長閑な田舎町もいいけど、将来隠居するならこんな町に住んでみたいと思っちゃうね」

 

 各々感想を述べていく。

 街並みを眺めながら歩き出す。

 歩いていると、途中、大きな建物から大歓声が聞こえてきた。そうアラベスクジムだ。

 それを見たユウリは好戦的な目をして。

 

「ふふふ、さっそくジム戦予約してくるです」

「待ってください。あなたこの街には来たばかりでしょう? ホテルの場所はわかるのですか?」

「分からないです!」

 

 即答だった。

 潔い言葉にオレンジは呆れ顔になり。

 

「まったく......。仕方ありません。ソニア、私はユウリに連れ添うので先にホテルに向かっていてもらえますか?」

「うん分かった。じゃあ、任せるね」

 

 そう言ってソニアはホテルの方に歩いて行った。

 

「では行きますよユウリ」

「はいです!」

 

 ユウリは笑顔で敬礼する。

 ジムに入ると今現在バトル中なのだろう、ロビーにはほとんど人はいなかった。それはちょうどいいとばかりにユウリは受付にすいすい進んでいく。

 そして受付の前になり。

 

「すいません、ジム戦予約お願いする......で......す」

 

 ユウリは衝撃のあまり言葉を失う。なぜなら......

 

「はい。それではこちらにトレーナーカードを......」

 

 そう受付に座っていたのは、先日ジムチャレンジの資格を剥奪されたばかりのビートだったのだ。

 ビートもユウリとオレンジの存在に気が付いたようで、すぐに後ろに顔を逸らす。

 ユウリは身体を乗り出して。

 

「何やってやがるですビート!?」

「誰のことでしょう。僕はビートなんて名前ではありません」

 

 ビートはどこから取り出したのか眼鏡をかけ、さらに声色を変えて誤魔化そうと試みる。

 もっとも、バレバレすぎる変装にオレンジは苦笑いを浮かべる。

 ユウリも顔をじっと見て......

 

「......たしかにビートとはちょっと違う気が」

「そんわけあるか!? どう見てもビートでしょう!?」

「は、たしかに! 危うく騙されるところでした!?」

「騙そうとした僕が言うのも何ですが、こんな変装で騙されるのはバカなのでは?」

「アホです」

「アホ言うなです!」

 

 ユウリは癇癪を起すが、二人はスルーする。

 

「ところでビートはこんなところで何をしているんですか?」

 

 見たところ、ビートはこのジムのユニフォームを着ている。

 オレンジの質問にビートは苦い顔をしながら。

 

「その、先日からこのジムで働いているんです......」

 

 と言った。

 

「何と!? どんな経緯でそうなったんですか?」

「ってことはジムトレーナーってことですか!?」

「ああもう、一斉に聞かないでください! はあ......今は僕は仕事中です。私語は褒められません」

 

 それはそうだ。

 

「なので、聞きたいことがあるのならスタジアムの試合が終わったら、もう一度ジムに来てください」

 

 投げやりに言うビート。

 ここで無理矢理心の壁を作らずに妥協案を提示するあたりにビートの成長が見える。

 そのことに嬉しくなったオレンジは頬を緩める。

 

「分かりました。とりあえずユウリのジム戦の予約だけお願いできますか?」

「はい承りました」

 

 ビートは受け取ったカードのIDを画面に打ち込んでいく。

 

「終わりました」

「あ、ありがとうです」

 

 まだ状況を整理できていないのか、ユウリは混乱した様子でおずおずと受け取る。

 

「それではまた後日。ユウリ行きますよ」

「おっす」

 

 ビートに会釈して、二人はジムをいったん後にした。

 ホテルに向かう道中、オレンジはユウリの様子がおかしいに気が付く。

 

「ユウリ、どうかしましたか?」

「......別に」

 

 ユウリは仏頂面で某女優のような言葉を言う。

 

「そうですか」

 

 先程のビートに何か思うところがあるのがバレバレだが、オレンジはあえて何も言わなかった。

 

 

 □

 

 

 ジム戦が終了し、もう一度オレンジたちはジムにやってきた。

 人もまばらになり、熱気がすっかり消え去ったジムの中にビートがしかめっ面で仁王立ちしていた。

 顔には先ほど変装に使っていた眼鏡をかけている。

 オレンジたちの顔を見たビートはため息をつきながら。

 

「本当に来たんですね」

「はい、来ました。そのメガネは何ですか?」

「変装用ですよ。僕は色々な意味で世間をにぎわせましたからね、あの婆さんに言われてつけているんです」

 

 たしかにあの事件からビートに対する世間の風当たりは優しいとは言えない。こんなところで受付をやっていれば、変な輩がわくのは決定だろう。

 

「おや? あの時はつけていませんでしたが?」

「......試合中は受付は暇なので油断していただけです」

 

 拗ねたように言う。

 子供っぽい態度にオレンジはくすりと笑う。

 

「それはそれは気を付けてください。ところで、先ほど言われた婆さんとは、もしかしてジムリーダーのポプラさんですか?」

「......それも含めてポプラさんにあなた方を自宅に連れてこいと言われました」

 

 唐突な誘いに二人は首を傾げる。

 

「なぜ私たちを?」

「それは僕にもわからないです。ただ、試合後にあなた方と話すことを伝えたら、目を見開かせて連れてきなといわれました」

 

 事情は分からないが、ジムリーダーに招待されているのなら警戒する理由はない。ただ、一人ではないので確認はする。

 

「どうしますユウリ?」

「私はいいですよ」

「では、招待されましょう。よろしくお願いしますビート」

「分かりました。ついてきてください」

 

 ビートはくるりとジムの中を歩いて行く。

 裏口を出て、少し道を歩くとだんだんと周りに民家がなくなる。それに反比例するように景色に木々が増えてくる。

 そしてようやくビートが足を止めた。

 

「ここです」

「でか......」

 

 ユウリがつい言葉を漏らすのも頷けるほどに大きな館だった。

 とはいえ、ジムリーダーのポプラはリーグ発足当初からジムリーダーをやっている古株だ。いやらしい話、資産は相当だろう。こんな豪邸に住んでいるのも納得できる。

 

「さすが全世界合わせて最年長ジムリーダーの自宅と言ったところですかね」

「ジムリーダーって金持ちです」

「そうですね」

 

 ビートは慣れたように開門して、ドアのカギを開けた。

 

「ただいま帰りました」

 

 そういうと、奥から個性的な服装の妙齢の女性が出てきた。

 

「お帰りビート。......言われた通りオレンジたちを連れてきたんだね。よくやったよ」

「やっぱりポプラさん師匠のこと知ってるみたいですよ。知り合いですか?」

「ふむ......」

 

 オレンジは考え込む。そこで一つ記憶を思い起こした。

 

「ああ、たしかナックルシティでスイーツ店を教えてくれたお婆さんですよね」

「お婆さんじゃないよ、ポプラさんと呼びな」

「おっと、これは失礼しましたポプラさん」

 

 どすが効いた声で言われたが、オレンジは臆せずに笑顔で返す。

 

「まあいい。来な」

 

 ポプラについて行くと、カントーで言うリビングのような広い空間に案内された。

 真ん中に置いてあるテーブルの上にはカラフルなお菓子が用意されていた。

 

「自由に座りな。あたしはお茶を持ってくるから」

「ああ、ポプラさん。手伝いますよ」

 

 自然に給仕を手伝おうとするビートの行動に、オレンジとユウリは目を見開いた。

 

「師匠! あのビートが人の手伝いをしてるですよ!」

「これはゆゆしき事態ですね。明日にもガラル地方が破滅するかもしれません」

「喧嘩売ってるんですか......」

 

 失礼な二人にビートは青筋をたてる。続けて。

 

「これくらい、ここに来てから日課ですよ」

「ビート......成長しましたね」

「涙ぐむようなことじゃないでしょ!」

「わ、私だって給仕の手伝いくらいするですよ!」

「何を対抗しているんですか!?」

「ビート、手伝うなら早くしな!」

「ああもう、みんなして何なんですか!? ......まったく」

 

 ぶつぶついいながら、ビートはキッチンの方に歩いて行った。

 オレンジは楽しそうなビートの様子を見て、頬を緩める。

 こうばしい香りにオレンジは机に菓子が用意されていることを思い出す。

 スイーツにかなり詳しいポプラが用意した菓子だ。それはおいしいのだろうと、オレンジは期待値をあげて菓子を手に取る。

 一口かじる。

 

「これはうまい!」

 

 予想以上のおいしさについ声に出してしまう。

 

「ユウリもいただいたらどうですか? ......ユウリ?」

「......」

 

 ユウリは菓子に目もくれずにしかめっ面で何かを考えこんでいた。

 ようやくオレンジが呼んでいることに気が付いたのか、ユウリははっとして。

 

「な、何か言ったですか師匠?」

「いえ、お菓子がおいしいのでどうですか? と言ったのですが......何か考え事ですか? 先ほどからおかしいですよ?」

「......いや大したことじゃねえです」

「ほう、大したないですか」

 

 オレンジは菓子を一口かじり。

 

「あなたが考え込むようになったのはビートと再会してからですね。ビートに何か思うところがあるのですか?」

「うっ、なぜわかるです」

「今ので確信になりましたよ」

 

 呆れたようにため息をつく。

 

「あまり人の事情に深入りするのは主義に反しますが、時には意思を伝えることも大事ですよ。たとえそれが無理なことだとしてもね」

「意思を伝えることも大事......」

 

 ユウリがつぶやく。

 そんな時、ビートが紅茶を持ってきた。置かれたカップからはレモンの酸味のある上品な香りが漂ってくる。

 そして奥からポプラが出てくるが。

 

「オレンジ、お茶をする前に少し話があるんだ。ちょっとこっちに来てくれるかい?」

「はい、分かりました」

 

 その言葉にオレンジはちょうどいいとばかりに応じる。

 そして去り際に有利に耳打ちする。

 

「言いたいことがあるのなら、今のうちですよ」

「......です」

 

 小さく頷く。

 そんなユウリにオレンジはニコリと笑い、部屋から去って行った。

 

 

 □

 

 

 他の部屋に移動中。

 ビートとユウリに声が聞こえないくらいの距離まで来たところで、

 

「ポプラさん。もしかして、私たちの会話聞こえていましたか?」

 

 あまりにタイミングが良すぎる。そう思っていたオレンジは、ポプラに問う。

 

「まあね。ただ、あんたに話があるってところは本当だよ」

「でしょうね。じゃなければ、私たちを家に招待したりしませんから」

「察しがいいじゃないか。頭がいいやつはこういう時楽だよ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

 本当は少しくつろいでから話すつもりだったのだろう。

 そしてそこまで改めるよな話とは、あまり大ぴらに話す内容ではないということだ。

 

「あまり厄介ごとには首を突っ込みたくないのですが......」

「心配しなくていいよ。そんな大したことじゃないから」

 

 本当かよ。オレンジは訝しんだ表情をしながら、ポプラについて行った。

 

 




 
 Q.ゲームはしますか?

橙「パーティーゲームを近所の子供たちに誘われた時に何回かしたくらいですかね。あとはグリーンにレースゲームをやらされたのですが、少しむかつい......事故があってコントローラーを粉砕してしまったので、得意ではないと思います」」

 


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ビート再会(後編)


 これ前後編分ける必要ある?と思ったあなた。勘のいいガキはきらいだよ?


 流れるように二人きりにされたユウリは困惑していた。 

 元々、人見知りである程度心を許した人間以外には話すことも苦手な子だ。ビートは知り合いではあるものの、改めて仲良く話したことはない。対するビートも社交的な性格ではないので、何となく気まずい空気が流れる。

 とはいえ、オレンジに言われた通り、意思を伝えなければ始まらない。

 ユウリは何となく気まずい空気の中、切り出す。

 

「その......最近どうですか?」

「はい?」

 

 違う違う違うとユウリは頭を抱えた。

 まるで長い間疎遠だった親父のような言葉に自分でもひどいと思ったのだ。ユウリからいきなりそんなことを聞かれて、ビートも困惑気味だ。

 ユウリは焦ったように。

 

「ま、間違えたです! そうじゃなくて、あのあの......」

 

 混乱して思考がまとまらない。

 しかし、その様子を見たビートは驚いたような顔をして。

 

「意外ですね。僕はてっきり、あなたに怒られると思っていました」

「怒る? 何でです?」

「僕はあなたと決着をつけるという約束を破りました。それも自らの愚かさが原因でね。怒られても仕方ないと思います」

 

 ユウリももちろんビートがジムチャレンジを失権になったことは聞いていた。

 もちろん、その時はショックだった。でも怒りという感情は一切なかった。オレンジからそれとなく話を聞いていて、ビートにも擁護する事情があることを知っているからだ。

 だが、ユウリはたしかにイライラしていた。その時から、今も。その気持ちがなんだか分からなかった。

 しかし、今理解した。

 

「怒ってないです......怒ってねえですけど、たぶん私はビートと公式戦でバトルしたかったです」

 

 ユウリにとって、ビートは唯一の同等の実力者。

 ここまで実力を磨いてきた中のモチベーションの一つにビートというライバルがいたことがある。

 ポケモンバトルとは相手があって成り立つものだ。対等なライバルがいないポケモンバトルなど、敵のいないRPGのようなものだ。

 メディアはユウリをもてはやすが、ユウリにとってビートの存在はそれだけ大きいものだったのだ。

 

「自分で言うのもうぬぼれてると思うかもしれねえですけど、今のジムチャレンジャーで私に勝てる可能性があるのはビートくらいしかいねえです」

 

 ユウリは何百ものジムチャレンジャーとバトルしてきたが、やはりどこか物足りなさを覚える。最近では、オレンジもそれを理解したのか、バトル相手はオレンジが主体である。

 だからこそ、バッチバチにやりあえるビートがいなくなり、ユウリはイラついていたのだ。

 そんなことを言われるとはビートも予想外だったのか、目を見開かせる。そしてビートとしては怒られるよりも、罪悪感を刺激される分つらい反応である。

 

「それは本当に申し訳ないとしか言いようがないです。しかし......」

 

 ユウリもビートもならば今すぐバトルしようとは言わない。

 なぜなら、それはビートがジムトレーナーになってしまったからだ。

 委員会規則12 ジムリーダー又はジム所属のトレーナーは、協会の許可なしにポケモンバトルをすることができない。

 以前、ジムトレーナーが野良バトルでトレーナーをカモにして問題になってからできたルールだ。

 その規則が今は二人の間を隔てる壁となっているのだ。

 

「分かってるです。わがままは言えねえですから」

 

 ユウリは諦めたように力なく笑った。

 

 

 □

 

 

 2人がそんな会話をしている頃、オレンジとポプラもシリアスな雰囲気を漂わせていた。

 

「それでお話とはなんでしょうか?」

「そう急がせるんじゃないよ。話は一つじゃないんだからね」

「なるほど。それは長そうですね」

 

 別に困った様子もなくオレンジは笑う。

 ポプラは我関せず。

 

「一つ目、あんたはこの地方のトレーナーをどう思う?」

「それは強さという意味でよろしいですか?」

「そうだね」

「強さですか......誤解を恐れずに言うと、思っていたよりも強いですかね」

 

 その言い方は反すると、ガラルのトレーナーのことを下に見ていたという意味である。

 

「そうかい。あんたが言うなら光栄ととらえていいんだろうね」

「過大評価はよしてください。私はただの研究者ですよ」

「バカ言うんじゃないよ。あたしだって何十年もジムリーダーやってるんだ。バトルしなくたって、実力くらい見抜けるよ」

 

 さすがは世界最高齢のジムリーダーとオレンジは感心する。

 

「だからこそ、あたしは今のガラルのトレーナーが物足りないんだ。興行を気にして派手な大技しか使わない大味なバトル、それを見た子供もまたそれが正しいと勘違いして大味なバトルを目指す。はっきり言ってつまらないね」

「......まあたしかに、ガラルのバトルは他地方に比べると大味なことは否めません。カントーでは妨害技は必須ですが、こちらでは快く思われませんからね」

 

 例えば、ちょうはつ、アンコール、いちゃもん等の技だ。

 その技を使えばブーイングされても文句は言えない。とはいえ、それは文化の違いもあるので一概に馬鹿らしいと一蹴できない。

 ポプラは呆れたようにため息をついて。

 

「あたしが若い時は普通に使われてたんだけどね。ローズのやつがポケモン協会の実権を握ってから変わっちまったよ。まあ、結果が出てるから誰も文句言わないけどね」

「地方を大きくするのに、興行することは大切ですから。まあ、そんな風潮が強いからこそ、ユウリを嫌う人間も多いのでしょうがね」

「あたしは好きだけどね。攻めの中に見える受けのうまさ、技のコンビネーションも見てて楽しいよ」

「そこは特に意識したところです。攻めの強さはユウリがもともともっていたものです。それを活かすなら、変に形式的な防御を教えるのは悪手ですから」

「そう。久方ぶりにチャンピオンを超える可能性があるトレーナーが現れたと思ったね」

 

 べた褒めだ。気難しい雰囲気のあるポプラの言葉にオレンジも鼻高々だ。

 

「だけど、それはうちのビートも同じさ」

「ええ、理解しています。ビートの才能はユウリに引けをとらないでしょう。そして、彼の強さもまた、この地方では受け入られにくいもの。だからこそ、ポプラさんも気に入ったのでしょうが」

「その通りだよ。それとあたしが好きなパープルの服に、ひねくれた性格もね」

「分かります。すぐにむきになるから、からかうといい反応をするんですよ」

「いいじゃないか。あたしは倒れたふりをしてからかってる。慌てて面白いよ」

「いいですね。次合ったら使おう」

 

 ビートはなぜか寒気を感じた。

 

「そしてもう一つの話ってのがビートのことさ」

「ほう」

「あたしも将来的にはジムリーダーを退かなくちゃならないからね、どこかでジムリーダーの後釜を見つけなくちゃならないんだよ」

「将来的......?」

「何だい、何か言いたいことでもあるのかい?」

「いえ、何も」

 

 オレンジは目をそらす。

 ナニモカンガエテナイ。ホントウニ。

 

「あたしはビートにジムリーダーを譲りたいと考えてるんだけどね。多分今のあの子の評価を考えると協会が認めないだろうね」

 

 前にも言ったが、ビートの世間的評価はかなり悪い。今なら、苺に練乳をつけただけでも炎上するだろう。そんな彼を興行優先の協会がやすやす認めるはずがない。

 

「あんたは頭が回りそうだからね。その悪知恵を貸しな」

「悪知恵って......まあ、いいですけど。要するに、世間的評価の悪い人間の評価を一変させる方法ですよね?」

「そうだよ」

 

 オレンジは顎に手をあてて考える。

 ......少し間を開けて。

 

「そうですね、ビートを嫌う人々の心を変えることは正直不可能でしょう......が、それよりもいい結果にする考えが一つあります。相当無茶な方法ですが」

「ほう、おもしろいじゃないか。嫌いじゃないよ、そういうの」

 

 ポプラは悪い笑みを浮かべる。

 

「でしょう?」

 

 オレンジも悪い笑みを浮かべる。

 そんな二人が話し合う姿は、まるで悪代官と越後屋のようだった。

 

 

 

 





 Q.今までで一番おいしかったスイーツは?

橙「個人的には森の羊羹が最高でした」


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開戦! アラベスクジム!


 ここでバトルさせるか、原作通り乱入させるか迷ったんですけど、盛り上がり的にここがベストだと考えました。
 トーナメントはホップに期待します(他力本願)


 ダンデのテーマが朝の兆しを伝えると、ユウリがベッドからもそもそと起きてくる。

 眠そうなトロンとした瞳で目覚ましを止めると、ふあと大きなあくびをした。

 よく寝れた。体調も悪くない。ジムリーダーの対策も昨日オレンジと何度もしたので、ばっちりだ。

 しかし、どこか気分が乗らない。わかっている。昨日のことがまだ引っかかっているのだ。

 

「甘いこと言ってらんないです」

 

 わがままな自分に言い聞かせるように言う。

 

「さあ、今日もしっかり勝って、師匠とソニアさんにおいしいものご馳走してもらうです!」

 

 がんばるぞいとこぶしを握って、そう自分に喝を入れた。

 

 

 □

 

 

 ユウリがそんな決意をしている頃、ビートはポプラの自宅に呼び出されていた。

 こんな朝早くに何の用だと、眠い身体を引きずりながら階段を上っていく。するとポプラは広間の椅子に座りながら、優雅に紅茶をすすっていた。

 

「よく来たね」

「今日はどんな要件ですか? またナックルシティのスイーツを買ってこいみたいなくだらない頼みなら、僕はすぐに帰りますからね」

「頼んでないよ。お願いしただけさ」

「実質命令みたいなものだろうが......」

 

 聞こえると面倒なのでぼそりという。

 

「何か言ったかい?」

「何も言ってません」

 

 目をそらす。

 

「まあ、いいよ。あんた、今日あたしがユウリとジム戦することはもちろん知ってるね?」

「はい」

 

 同年代で唯一といっていいほどつながりのあるトレーナーだ。意識しないはずがない。

 

「その相手、あんたがやりな」

「......は?」

 

 ポプラの言葉が理解できずぽかんと口を開ける。

 はっと我に返ると、すぐにテーブルを壊す勢いで迫る。

 

「どういうことですか!?」

「そんな驚くことかい。あたしだってもういい歳さ。そろそろ後任に任せるのことを考えてもおかしくないだろう?」

「それはそうですが、僕に任せるのはおかしいでしょう! どう考えても務まるはずがない!」

 

 ビートは頭がいい。それゆえに自分にジムリーダーを継がせればどうなるかわかっているのだ。

 もっとも、そんなことはポプラも理解している。

 

「今すぐ譲り渡すわけじゃないよ。今回は私の体調不良を理由にして、代理ジムリーダーとして出るのさ」

「......なぜ僕なんですか。ジムにはずっとジムに貢献してきたトレーナーがほかにもいるじゃないですか。いくら僕が好みに合ったからって、そこまで贔屓にする必要は」

「馬鹿だね。なんであたしが今までジムリーダーを誰にも譲らなかったのか分からないのかい?」

 

 暗に在籍するトレーナーではジムリーダーを務める度量はないと言っているのだ。

 

「それに、あたしがそんな露骨な贔屓をすると思うかい?」

 

 性格的にしそうではある。しかし、よく考えれば露骨に扱いが悪い良い人間がいる記憶はない。

 

「そもそもあたしだって聖人じゃないんだ。何の打算もなくあんたを拾うわけないじゃないか。初めから、あたしはあんたをジムリーダーにするつもりだったんだからね」

 

 ポプラの言葉に嘘はない。しかし、すべてが真実でもない。ビートもそれは分かっている。

 

「とはいえ、あんたの意思をすべて無視して試合をさせるつもりはない。ジムリーダーなんていつでもなれるしね。あんたの覚悟が決まるまで待つまでさ。どうする?」

「......考えさせてください」

「試合は12時から。もし、試合をする覚悟があるんなら、ユニフォームに着替えて、スタジアムに来な」

「......」

 

 ビートは何も言わずに、険しい顔をしながらとぼとぼと出て行った。

 

 

 □

 

 

 ジム戦1時間前、ビートは容赦なく進んでいく時間を呪いながらジムの関係者口の前に立っていた。

 正直、まだ迷っている。自分がジムリーダーなどという大役を任せられていのだろうか、と。その気持ちがビートの足を重くしている。

 そんな時、肩に手をのせられた。

 

「こんなところで立って何をしているんですかビート?」

「オレンジさん......」

 

 話しかけてきたのはオレンジだった。

 こんな時にジム関係者以外で唯一心を許している人間の登場にビートは無意識の内にホッとする。

 だか、ここで違和感を覚えた。

 タイミングが良すぎる。そして、ここは関係者入り口、オレンジは普通ならくる理由はない。

 そこでビートは違和感を一つの説に昇華させた。

 

「もしや、今回の件はあなたの差し金ですか?」

「さすがはビート。よく勘付きました。正確には私がしたのは提案まで、実行はポプラさんがしました」

「なぜ、と聞くまでもないですね。ポプラさんから聞いたんでしょうから」

 

 ビートは察したように笑う。ただ、その笑みは心の憂いを滲み出していた。

 

「迷っているんですか?」

「当たり前だ! 僕をジムリーダー代理にしたりすれば、ジムにかなりの苦情が殺到するんですよ! 下手をすれば責任問題になりかねない! そんなことになれば、他のジムトレーナーやポプラさんに申し訳がたちません!」

 

 ビートへの風当たりは実生活に被害が及ぶほど酷かった。

 そんな彼を救ったのはポプラだ。そして、ジムトレーナーたちもビートを暖かく迎えてくれた。

 普段はポプラの厳しい指導に文句を垂れているが、それでもここで静かに暮らせることに、ビートはたしかな恩義を感じているのだ。

 

「たしかにあなたの言うようなことが起こる可能性は高いでしょう。実際、苦情を入れる輩は山ほどいると思います」

「なら、なぜそんな方法を提案したんですか! あなたらしくもない!」

「落ち着きなさい。こんなジムの進退を決めるような話を私やポプラさんだけで決めたと思いますか?」

 

 ビートは虚をつかれたように言葉を止める。

 

「ポプラさんは、あなたに話をする前に他のジムトレーナー一同に対してこう言いました。あたしはジムリーダーの座をビートに譲ろうと思ってる。反対の奴は今すぐ手を挙げなってね。もちろん、誰もあなたがジムリーダーになることに異論を唱える人間はいませんでした」

「そんな、何で……何でみんなは僕にこんなに優しくするんですか。僕には分かりません……分からない、分からない」

 

 ビートは顔を押さえながら壊れたラジオのように同じ言葉を呟く。

 オレンジはまだ分からないのかと焦ったそうに。

 

「人間はナマケロのような人には集いません、タツベイのように毎日努力を重ねる人に集います。それが答えではないでしょうか?」

 

 ビートは天才であると同時に努力家だ。

 ローズというモチベーションがあったにせよ、勉強もバトルも優秀な成績を納めるにはそれなりの努力が不可欠である。

 ジムトレーナーの中で一番厳しい指導を強いられ、一番努力してきたビートにジムリーダーが務まらないなどと考える人間はいないということだ。 

 

「そして、私も信じています。大きな失敗を経験したあなたは、絶対にいいジムリーダーになるとね」

 

 悪事から更生した人間を何度も見てきたオレンジだからこそ保障できることだった。

 

 ーー馬鹿だ、馬鹿ばかりだ。

 

 ーーみんなお人好しなんだ。

 

 ーーだけど……

 

「……分かりました。あなたの策に乗ってあげます。まあ、エリートである僕にあなたの弟子が勝てるとは思えませんが」

 

 ーー応えたい! その期待に、思いに!

 

 その憎たらしい表情から繰り出される不遜な言葉、まさしくオレンジがよく知るビートだ。しかし、その瞳は濁りの一切ない澄み切った清流のようだった。

 

 

 □

 

 

 ーー遂にジム戦の時間になった。

 

『さあ、本日のアラベスクジム戦。やはり注目は今季No. 1チャレンジャーと名高いユウリ選手でしょう! 今最も勢いに乗っているチャレンジャーに、ガラル最古参ジムリーダーポプラさんがどのような戦いを見せるかが注目です!』

 

 ポプラが登場しないとは知らない実況がペラペラと今対戦の注目ポイントを話していく。

 観客もユウリの登場を今か今かと待っている。

 そして会場の照明が落ちると、観客が一斉に湧き上がる。そして、チャレンジャーが出てくる入り口にスポットライトが当てられた。

 真剣な表情のユウリがゆっくりと歩いてくると、会場は声援で埋め尽くされた。

 

『大声援です! ユウリ選手の登場にお客さんは全力の声援で応えます!』

 

 そんな声もユウリにはまったく耳に入っていなかった。

 今、彼女の頭の中にあるのは相手をどう破るかだけ。いつもより集中しているのは気のせいではない。昨日の雑念を払うために一層集中力を高めているのだ。

 

『そして、次は我がアラベスクタウンが誇るジムリーダーポプラさんの登……ん?』

 

 ポプラの登場を盛り上げようとする実況に慌てたスタッフから紙が差し出された。

 

『し、失礼しました! えー、ポプラさんは体調を崩さてしまい、今バトルは代理ジムリーダーとしてジムトレーナーが代わりを務めるそうです!』

 

 とっさに紙だけ渡されたものの、そのトレーナーの名前は書かれていない。どうするんだと実況は困惑している。

 観客もジムリーダーとの熱いバトルを期待していただけに、落胆の空気がスタジアムに漂い始める。

 ユウリも唖然としている。

 つらい状況だが、実況の役割はしっかりと果たさなくてはならない。

 

『それでは代理ジムリーダーの登場です!』

 

 出てきた人間の顔がスタジアムの液晶に映されると、スタジアムの空気が一瞬の内に凍りついた。

 それは衝撃か、驚きか……しかし、そんなことはどうでもいい。少なくともユウリにとっては。

 

「嘘……」

「嘘じゃないです」

「何で? 夢?」

「夢でもありませんよ」

 

 混乱しているユウリに、ビートは言う。

 そしてようやくこれが現実だと気がつく。いや、もはや夢でもいいのかもしれない。

 ビートはボールを見せつけて。

 

 ーー約束を果たしに来ました。

 

 ユウリにとっては唯一勝てなかった同年代のトレーナーであり、ビートにとっては唯一認めた同年代のトレーナー。

 互いのプライドをかけたバトルが今ーー開戦する。

 

 

 





 Q.ビートとユウリどっちが好き?

橙「どちらも好きですよ。ビートは弄った時の反応が面白いですし、ユウリは素直なので冗談を吹き込むと簡単に信じるところが面白いです」

ビ「……」
ユ「……」



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決戦! vsビート


 めちゃんこひさびさ! 


『ふざけんな、お前なんておよびじゃねえぞ!』

 

 静寂に包まれていた会場は、その一言を皮切りに、一斉にスイッチが入る。

 

『そうだー! 俺たちはポプラさんとユウリのバトルを見に来たんだ!』

『失格野郎なんて出てくんな! ひっこめ!』

 

 次々とビートに向かって罵声を叫ぶ。

 子供に対しても容赦なく中傷していく姿に、ポプラの自宅のテレビで見ていたソニアは唖然としてしまう。

 

「ひどい。そこまで言う必要ないじゃない」

「まあ、観客からすればジムリーダーとの熱いバトルを気にしてプレミアレベルのチケットを入手したのに、実際出てきたのは今世間の嫌われ者ですから。落差で言えば詐欺レベルのショックでしょう」

 

 ちなみにソニアは今回の流れをオレンジから説明を受けている。

 呆れ顔をされたが、理解は得られた。

 

「ふん。あんな雑音、ビートには屁でもないよ」

「ビートは選手の時から敵が多いタイプでしたからね~」

 

 それに育った環境が環境だ。本当の敵意を向けられたビートに、有象無象の中途半端な敵意など虫の羽音に等しい。

 

「それにビートの顔を見てください」

 

 画面に映るビートは罵詈雑言に顔をしかめることなく凛とした表情でユウリを見ている。

 

「今のビートにはユウリしか見えていませんから」

「......そうね」

 

 ソニアも安心したようだ。

 そして画面の中では会場が色々な意味で盛り上がる中、審判は戸惑いの表情で試合を開始させる。

 

『そ、それではただいまより、アラベスクジム、ジム戦を開始いたします......これ開始して大丈夫か?』

 

 つい本音が漏れ出るほど会場の状況はひどい。しかし、テレビ放送の兼ね合いも考えれば、遅延させるわけにはいかない。

 審判は騒ぎを無視して、旗を上げる。

 

『ルールは3対3のシングルバトル! それではバトル開始!』

『行きなさい、ゴチミル!』

『行けです、アオガラス!』

 

 ビートはゴチミル、ユウリはアオガラス。タイプ相性は互角だ。

 

『先手必勝です! アオガラス、スピードスター!』

『ゴチミル、めざめるパワーで相殺しなさい!』

『アオガァ!』

『ゴチミィ!』

 

 威力は互角のようだ。爆発から互いの視界がふさがれる。

 

『今ですよアオガラス、つばめがえし!』

『アオガァ』

 

 アオガラスは煙を突き破りゴチミルを捉えた......かと思ったが、ゴチミルの姿はふわりと消えてしまった。

 それどころか、四方八方にゴチミルの姿が現れた。

 

『かげぶんしんですか......』

 

 奇襲に失敗したユウリは悔しそうにつぶやく。

 ユウリは技の煙を利用して死角からの奇襲を狙っていたが、ビートもそれをよんでかげぶんしんを指示していたのだ。

 

『ゴチミル、サイコショック!』

『ゴチミ!』

『ど、どれが本物です?』

 

 分身もそろえてエネルギーを貯めているため、視覚ではどれが本物か識別できない。

 

『アオガッッ』

『アオガラス!』

 

 背後からサイコショックが直撃すると、分身はすべて消えて後ろのゴチミルだけが残った。

 

『後ろです! スピードスター!』

『サイコショックで相殺しろ!』

 

 とっさに反撃を指示するが、あっさりと相殺された。

 ユウリもそれは予想通りなのか、大して気にしていない。次の反撃の手を考える。

 しかし、一連の流れるような攻防にブーイングを送っていた観客たちも黙ってしまう。

 その光景にテレビで見ていたオレンジはほくそ笑む。それを見たソニアは

 

「悪い顔してるじゃない」

「人聞きが悪いですね~。私は愚かな観客が、ようやく今見ているバトルの価値に気が付いたことを喜んでいるんですよ」

 

 どこかとげとげしい言葉。表情を変えていないもののオレンジも観客の言葉に憤りを感じていたようだ。

 

「磨かれた宝石に原石が挑戦する図も面白いですが、ダイヤの原石同士のぶつかり合いも心震わせるものです」

 

 そう評されたダイヤの原石のバトルはさらに激化していく。

 

『アオガラス、でんこうせっかでつっこむです!』

『かげぶんしんで躱せ!』

 

 アオガラスが貫いた影はふわりと消えた。

 しかし、そんなことはユウリも計算している。

 

『急上昇して、スピードスター!』

『アオガァァ!』

『ゴチッッ!?』

 

 無造作に上から降ってきた星は、的確にゴチミルを直撃した。

 

『うまいですね。的を増やすかげぶんしんに対して必中技のスピードスターを上空から撃つとは』

 

 上空ならば平面よりも幅が広がる分、偽物を関係なく追尾してくれる。技を使う隙を与えにくい分、こちらの方が的確なのだ。

 

『しかし、この程度のダメージ何でもありません』

『ゴッチ!』

 

 まだまだ余力はあるとアピールするようにゴチミルは胸を張る。

 ユウリもこれが決定打になるなど思っていない。どこかで大ダメージを与えなければ、ずるずるとビートのペースになってしまう。

 しかし、ビートも馬鹿じゃない。そこには最大限の警戒をしている。ならどうすればいいか?

 

『ゴチミル、めざめるパワー』

『ゴチミ!』

『構わずつっこめです!』

『アオガァ!』

『なあ!?』

 

 G☆O☆R☆I☆O☆S☆I

 めざめるパワーを受けながらも、アオガラスは速度を落とすことなく突っ込んでいく。もはや戦略も何もない。

 

『そのままつばめがえし!』

『アオガァ!』

『ゴチミッッッ!?』

 

 会心の一撃。ゴチミルは後方に吹っ飛ばされ壁に激突した。審判が確認しに行くと。

 

『ゴチミル戦闘不能! アオガラスの勝ち!』

『よしっ!』

 

 ガッツポーズをすると、客席は一斉に湧き出す。やはり、観客の中ではユウリが主人公なのだ。

 しかし、その歓声を消し去るように、エネルギー波がアオガラスを直撃した。

 

『アオガッッッ!?』

 

 アオガラスは地に落ちた。

 

『ア、アオガラス戦闘不能!』

『なぁ......』

 

 ユウリ、審判、観客すべてが何が起こったか理解できない中、ビートだけは不敵な笑みを浮かべていた。

 テレビで見ていたソニアも何が起こったか理解できていないのか戸惑いを浮かべている。

 

「何があったの? ゴチミルは戦闘不能になってたよね?」

「みらいよちですね。時間差で攻撃を与える技です。みらいよちは技を使ったポケモンが戦闘不能になろうとも関係なく発動しますから、それがアオガラスを襲ったのでしょう」

「いつ使ったの?」

「おそらく煙で視界がふさがれていた時でしょうね。ユウリは死角をチャンスだと考えたでしょうが、裏返せばビートにとってもチャンスだったことを考慮するべきでしたね」

「そうなんだ......。せっかくユウリが先制したのに」

「悲観することはないよ。あそこでゴチミルを戦闘不能にしなかったら、ビートが先制することになってただろうからね。互角に持ち込んだだけ、状況的にはマシさ」

 

 そう状況だけ考えれば互角だ。

 しかし、ユウリは強引な攻めでなんとかもぎ取ったものの、ビートは戦略通り進めてとっている。さらに言えば、会場の空気はユウリの勝ちだと決め込んでいた。だが、今の攻防で実力はまったくの互角だと認識させられたのだ。

 あらゆる面で有利な状況が少しづつ崩されていく。

 

『戻るですアオガラス』

『戻ってください、ゴチミル』

 

 2人はポケモンを戻すと、すぐに第二ラウンドが始まる。

 

『行くです、ホルビー!』

『ホルッビ!』

『行きなさい、ダブラン!』

『ダブ!』

 

 ユウリはノーマルタイプのホルビー、ビートはエスパータイプのダブランだ。タイプ相性は互角だ。

 しかし、ダブランはビートにとってフェーバリットポケモンだ。一筋縄ではいかない。

 少なくとも、先程のような力ずくの戦法は通用しない。

 

『ホルビー、マッドショット!』

『ホルビ!』

『ダブラン、まもる』

『ダブ』

 

 ホルビーの放った泥玉は、緑色の壁にあっさり阻まれた。

 

『エナジーボール!』

『ダブラァ!』

『かわらわりで打ち返せです!』

『ホルビィィ!』

 

 緑色のエネルギー玉を、ホルビーは綺麗に打ち返した。

 それを見て2人は通じ合うように口元を緩める。

 マッドショットは目眩しにならぬようにまもるで捌き、エナジーボールはかわらわりで打ち返せる威力なので打ち返す。

 互いが互いの戦法を経験しているからこその対処だ。2人共それを自覚しているからこそ、ここからは新たな領域になる。

 

『そのホルビーの機動力はやっかいですからね、封じさせてもらいます。ダブラン、でんじは!』

『ダブラァァ!』

『ホルビッ!』

 

 まひ状態になるとすばやさが落ち、一定確率で行動が止まる。

 機動力が売りであるホルビーにとっては最悪の効果だ。

 

「やっぱり前回戦っただけあってビート君もしっかり対策してきてる......」

「ビートにとって、ユウリは絶対負けたくない相手だからね。このくらい当然さ」

 

 弟子が状況を有利に進めていることがうれしいのか、感情がにじみ出ていた。

 

「おや? 対策をしているのはビートだけではありませんよ」

 

 オレンジはそう言って画面に目線を戻した。

 不利な状況にユウリは苦い顔をする。移動力を封じられたことで、作戦がすべて考え直しになってしまったのだ。

 だが、相手は考えるのを待ってはくれない。

 

『ダブラン、エナジーボール』

『ダブラァ!』

『ホルビー、かわらわりで弾けです!』

『ホル......ホルッ!? ホルビッッ!?』

 

 体が痺れたせいで、エナジーボールが直撃する。これは大きなダメージだ。

 

『まだです! ダブラン、追撃のエナジーボール!』

『お願いホルビー、かわして!』

『ホルビ!』

 

 痺れる体を引きずって何とか躱した。もはや意地だ。

 だが、ホルビーは肩で息をしている。さらにまひ状態で状況は最悪だ。しかし、勝機が全くないわけじゃない。

 

『ホルビー、あなをほるです』

『ホルッビ!』

 

 ホルビーは穴の中に消えていく。

 

『ダブラン、警戒してください』

『ダブ』

 

 機動力を封じたとはいえ、油断はしない。

ユウリが何の策も考えていないはずがない。あらゆる可能性を想定しながら、ホルビーが穴から出てくるのを待つ。

 後ろの土が隆起した。

 

『ホルっビ!』

『後ろだ! ダブラン、まもる!』

 

 ビートがそう指示した途端。

 

『来た』

 

 そうつぶやいた。

 

『そこです! まもるの薄い部分を狙うです! かわらわり!』

『ホルッビ!』

 

 まもるはひび割れ四散した。

 

『ダブッッ!?』

『なあ!?』

 

 まもるがフェイント以外の技で破壊されたことにビートは驚きを隠せない。

 ユウリはその動揺につけこむ。

 

『ホルビー、からげんき!』

『ホルッビィィィ!』

『ダブッッッ!?』

 

 からげんきが直撃したダブランは壁に激突し、そのまま静かに倒れこんだ。

 

『ダブラン戦闘不能! ホルビーの勝ち!』

『よし!』

 

 ユウリはガッツポーズをして喜びを表す。負けそうな状況を逆転しただけあって、喜びも倍増だ。

 一方で有利な場面を逆転されたビートは追い詰められてしまった。しかし、表情に憂いはない。まだまだ油断できない。

 

「……ずいぶんデタラメな技術を教え込んでるじゃないか。オレンジ、あんたプロのコーチが聞いたら頭を抱えるよ」

「ははは、そんな難しいことは教えていませんよ」

「よく言うね」

「え? どういうこと?」

 

 2人の会話の意味が分からないソニアは、何となくピリついた空気について行けていないでいた。

 そこにオレンジが解説する。

 

「今ユウリが行ったのはまもる破りという技術で、まもるの膜が薄い部分に強い攻撃を当てることでまもるが破壊できるんです」

「へぇー」

「簡単そうに言ってるけど、まもるの薄い部分を見極めるなんてトップトレーナーですら簡単じゃない。ましてやバトル中にやるなんて、至難の技さ。少なくとも、ジムチャレンジャーレベルのトレーナーに教えるなんて、前代未聞だよ」

 

 要はジュニアレベルのアイススケート選手に4回転アクセルをやらせるようなものである。

 明らかに行きすぎた技術だ。

 それを聞いたソニアも若干引いている。

 

「私はユウリがまもるの対策を教えて欲しいと言うから教えただけなんですがね〜……まあ、こんなにも早く実戦で使えるレベルまで仕上げるのは私も想定外でしたがね」

「もはや天才の一言ですませられなくなってきたね」

 

 ポプラは底が見えないユウリの才能に末恐ろしさを感じていた。

 

「ええ。しかし、どんなに大きな才能を持っていても一人では伸びません。競い合う人間がいてこそです。それこそユウリはビートという存在がいるからあの技術を手にしたのですから」

 

 人は競い合い強くなる。ユウリがビートに勝つために強くなった。そして、それはビートにも当てはまることだ。

 

『戻ってください、ダブラン。よく頑張りました』

 

 笑ってダブランの労をねぎらう。実際、ユウリの常識外れの攻撃がなければ、勝っていたのはダブランだった。圧倒的有利から負ける。以前のビートならば、ここで言葉などかける余裕はなかっただろうが、今の彼は違う。

 次のポケモンが戦闘不能になれば敗北が決まるというのにどこか余裕がある。

 

『行きなさい、ブリムオン!』

『ブリム!』

 

 ビートの最後のポケモンはブリムオン。ミプリムの最終進化系だ。

 

『ブリムオン、これが最後です。今まであの婆さんに仕込まれたすべてを出し切りますよ! ブリムオン、キョダイマックスです!』

『ブリム!』

 

 ビートはブリムオンをキョダイマックスさせた。

 

『キョダイマックスですか......』

 

 予想外の状況にユウリは警戒する。

 ダイマックスと違いキョダイマックスはオンリーワンの技がある。その効果がわからない以上、そうするのは当然だ。

 少しでも体力を削ってから、エースバーンに交代させようと考えていたが、ダイジェットのように能力向上系の効果があれば、その間は相手に有利に作用しかねない。

 ここは早めに攻めるべきとユウリは判断した

 

『ホルビー、戻るです。ここで決めるですよ、エースバーン!』

『エスバァ!』

『エースバーン、ダイマックスタイムです!』

 

 ユウリがエースバーンをダイマックスさせると、会場は熱狂に包まれる。

 あれだけブーイングをしていた人たちとは思えない。それほどまでに会場は盛り上がっていた。

 もっとも、2人にはそんな観客の掌返しなど耳に入っていないが。

 

『ブリムオン、ダイホロウ!』

ブリムゥゥ

 

 巨大な椅子や机を象ったエネルギー体が、四方八方からエースバーンに向かっていく。

 

『ダイバーンで弾き飛ばすです!』

エスバァァァ!

 

 巨大な火炎がのみこむと、その火炎はにほんばれのように会場を照らし出した。

 ダイバーンは使用すると天候を日差しが強い状態にする追加効果がある。この天候は炎技の威力を上げることから、ユウリに有利に働く。

 

『続けてダイバーン!』

『ダイサイコで軌道を変えなさい!』

 

 炎は上空に逸れた。

 

『隙ができたところにダイホロウ!』

『ダイナックルを地面に打ち付けて防ぐです!』

 

 砂嵐がダイホロウを飲み込んだ。

 

『すばやさじゃ、こっちが上です! 接近してダイナックル!』

『ブリムオンのタフさを舐めないでください。受けて、ダイサイコ!』

 

 ブリムオンは拳をまともに受け、エースバーンは紫色のエネルギー体をまともに受けた。

 両者譲るつもりなど一ミリもない。意地と意地がぶつかり合うフィールド。

 

『はぁ、はぁ、はぁ……』

『はぁ、はぁ……』

 

 息もつかせぬ攻防に2人は息を切らせている。

 しかし、その顔には辛さなど一切感じさせない。むしろ、心底楽しそうに笑っていた。

 

『さすが、エリートである僕が唯一認めたトレーナーです』

『そっちこそ』

『僕はこのバトルが始まるまで、こう思っていました。僕が表に出るだけで批判は免れない。ならば、ジムのメンツにかけても勝利をもぎ取るとね。……しかし、今はそんなものどうでもいい』

 

 ビートは言葉を続ける。

 

『僕は自分のトレーナーとしてのプライドにかけて、あなたに負けたくないようです』

 

 ビートは悟ったような穏やかな笑みを浮かべ。

 

『ふふ、ジムリーダー失格ですね』

『そんなことないです。だって、私も同じ気持ちですから』

『そうですか。なら、なおさら負けられません! ブリムオン、キョダイテンバツ!』

ブリムォォォォ!

 

 ブリムオンが天井を見上げると、天から3つの星が落ちてくる。その星はトライアングルとなってエースバーンを囲むと、爆発した。

 

エスバッッッ!?

『大丈夫ですかエースバーン!?』

『無駄ですよ。キョダイテンバツの追加効果はこんらん状態にすることです。今のエースバーンにあなたの声は届いていません』

『ッ! そんな効果があるなんて……』

『楽しいショーもこれで幕引きとしましょう! ブリムオン、ダイサイコ!』

ブリムォォ!

 

 ダイサイコが無情にもエースバーンに向かって行く。

 いつもならば避けられる速度なのだが、こんらん状態では通常通りの判断ができないため難しい。

 万事休すかと誰もが思った。

 

『エースバーン! 避けろです!』

エスバァ!

『何だと!?』

 

 予想に反しエースバーンは回避した。

 それもやけくそのラッキーパンチではなく、しっかりとこんらんを克服して避けているのだ。

 不意な出来事に混乱したビートは、追撃の判断が遅れてしまう。

 

『ブリムオン、キョダイテンバ……』

『遅いですよ! エースバーン、最大火力でダイバーン!』

エスバァァァァァァァ!

ブリムッッッ!?

 

 巨大な火炎は渦状になってブリムオンを飲み込んだ。

 そして炎が四散すると、小さくなったブリムオンが目を回して倒れていた。

 

『ブリムオン、戦闘不能! エースバーンの勝ち! よって、勝者ユウリ!』

 

 審判のコールは、観客の拍手にかき消された。

 

 

 □

 

 

 会場がわれんばかりの歓声に包まれる中、ビートはユウリに歩み寄る。

 

「いいバトルでした。最後のあれはラムの実ですか?」

「ご名答です!」

「なるほど、まさか状態異常まで対策しているとは、これは一本取られましたね」

「いやぁ……」

 

 ユウリは目をそらす。

 実は状態異常でめちゃくちゃ苛めてくるドS野郎対策に持たせていたのを忘れていた、というのが真実なのだが。素直に称賛されて少し気まずい。

 ビートはユウリの態度に疑問を覚えるが、大したことはないと飲み込むことにした。

 

「これがアラベスクジムのジムバッチです」

「やった! ありがとうです!」

「ジムリーダーの務めですから。……それよりもユウリ、気が付いていますか? 僕がジムリーダーに就任すれば、少なくとも1年間はあなたと公式戦で戦うことはできません」

 

 ガラルリーグは超実力社会。ジムリーダーを継いだ人間は、1年間メジャーリーグで生き残らなければ、チャンピオントーナメントに参加することができない規則がある。

 よって、ビートは今年のチャンピオントーナメントには参加できないのだ。

 それを聞いたユウリは悲しそうに顔を歪める。

 だが、ビートは穏やかな表情で。

 

「ですので、次は、チャンピオンになったあなたに僕がリベンジします」

「……ビート」

「途中で躓かないでくださいね、あなたはあまり頭が良くありませんから」

「一言余計です」

 

 ユウリは口を窄める。だが、すぐに笑い。

 

「分かったです! 次も絶対に負けないですよ!」

 

 次もある。その事実がユウリにとって何よりも嬉しかった。

 

 

 

 





 アンケートやってます


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暗躍と策謀


 サブタイトルを決めるのに2年かかりました。
 嘘です。相変わらず適当です。
 


 

 ビートとの決戦を制したユウリは、その後勢いづいたのかキルクスジム、スパイクジムを立て続けに撃破した。

 ジム巡り一年目のトレーナーが7つのジムを突破したのは10年ぶりの快挙だ。それこそダンデが最年少チャンピオンになった年以来だ。

 そのせいか世間ではふつふつと期待する熱が高まってきていた。ダンデ以来の最短ジム制覇、そして無敵のチャンピオンダンデが撃破されることだ。

 

 

 □

 

 

「ガブリアス、ドラゴンクロー」

「ガバァ!」

「エスバァ!」

「エースバーン!?」

 

 ガブリアスの攻撃を受けたエースバーンは地面に引きずられながら吹き飛ばされる。土煙が明けると目を回したエースバーンが倒れていた。

 

「戦闘不能ですね。まあ、当然ですが」

 

 いつものように丁寧な口調であるが、その節々には静かな怒りが含まれている。

 そんなオレンジを見てあわあわと焦るユウリ。

 

「まったく馬鹿だとは思っていましたが、ここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ。最近調子がいいからと言って、まさかのまさか私に勝とうとするとはね」

 

 そう今日もいつもの通り修業を始めようとしたところ、テレビで天才だのと褒められたユウリは調子に乗ってオレンジに本気でかかってこいといったのだ。

 弟子に舐められてイラつかないほどオレンジも大人じゃない。結果としてガブリアス一匹でユウリの手持を全滅させて、伸びた鼻っ柱を叩き折ったのだった。

 

「うううう……」

 

 ユウリはユウリでワンチャンスあると思っていた朝の自分をぶん殴りたい気分だった。そもそもこの鬼は本気のジムリーダーを圧倒する実力者。ジム戦を突破した程度では太刀打ちできるはずがなかった。

 もはや殺気を漏らしている師匠にどう許しを乞おうかしか考えていなかった。

 

「まあまあオレンジ。ユウリも反省してるだろうし、そこまでにしてあげたら?」

 

 見かねたソニアが助け舟を出してくれた。

 オレンジはじとりとユウリを見て。

 

「……反省してますか」

「してるです! めちゃくちゃしてるです!」

「そうですか。今日のところはソニアに免じて許してあげましょう。次はありませんよ?」

「はいです!」

 

 びしっと敬礼して答える。

 

「それでは修業を始めますよ。まあ、お強いユウリさんならばいつもの2倍の量でも平気ですよね?」

「やっぱり許してねえですこの人!」

「そんなことありませんよ?」

 

 貼り付けたような笑顔でこたえるのだった。

 ユウリに第二の地獄が降りかかろうとしていた時、オレンジの連絡機が鳴った。

 

「はい、こちらオレンジ……分かりました。ユウリ、私は仕事が入ったので戻るまで自主練をしておきなさい」

「はいです」

 

 明らかにほっとした様子だった。

 そのわかりやすい反応に呆れながら、オレンジは二人のそばを離れるのだった。

 

 

 □

 

 

『急に電話して悪かったなオレンジ』

「かまいませんよ。というかあなたの方が圧倒的に忙しいでしょうに、ダンデ」

 

 電話してきたのは、現ガラル地方のチャンピオンであるダンデだった。

 

「それで早速ですが例の件はどうでしたか?」

『ああ、たしかにオレンジのいう通りマクロコスモスの報告書を調べてみるといくつか不自然な行動をして処分されたという事案があった。そしてその処分された社員は悉く例の社員と敵対するか出世の邪魔になる人間だった』

「やはりですか」

 

 マクロコスモスとはローズ委員長がトップを務めるガラルの大企業だ。そして以前ビートを嵌めたという社員が所属している場所でもある。

 そいつの手口はカラマネロの催眠術を使って相手の行動を誘導する。これをビートにだけやっているとは考えにくい。常習的に行っていると考え、ダンデに頼み他に不自然な事件がないか調べてもらったのだが、ビンゴだったようだ。

 

『やはり催眠術か?」

「でしょうね。カラマネロの催眠術は強力ですから、記憶も痕跡も残さずに行えます」

 

 カロスを旅しているとき、敵のカラマネロにかき回されたことがあった。その時の経験が生きた形だ。

 

『ということは、告発することも難しいか……』

「今のところはです。奴は近いうちに尻尾を出しますよ、きっとね」

『勝算があるのか?』

「ええ。奴はユウリに強い興味を抱いているという話をビートから聞いています。そのうち、何らかの形でユウリに接触してこようとするでしょう。そこを狙います」

『そんなにうまくいくのかといいたいが、オレンジなら大丈夫だな。俺もフォローできるようにそれとなく動いておくよ』

「ええ。頼みます」

 

 ダンデは方向音痴などの欠点のせいか抜けている人間扱いされやすいが、案外頭がいい。権力も行動力もそして正義感もあるので、協力者としては最適だった。

 

「それともう一つの件についてなのですが……」

『ああ、そっちはもう話がついてるぞ。ユウリなら大歓迎だそうだ』

「それはよかった。私も一安心です」

『しかし、本当にいいのか?』

「ええ。それが最適解ですよ」

 

 そういうオレンジは少し寂しそうな様子だった。

 

 

 

 





 ゆっくりと不定期ではあるが再開します。
 
 メロンとネズは本編にあまりかかわらないのでぶった切っちゃいました。二人とも好きなキャラで書きたい気持ちはやまやまだったのですが、変に間延びしてモチベなくすのも本末転倒になりそうなのでこういう形にしました。


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