鈴の音ファンクラブ (翠晶 秋)
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鈴谷楽団
アキくんすきぃ!


 

「あのさ、ギターって、人に教えられたりする?」

 

後ろから可憐な声が掛けられる。

寝ぼけ眼を擦りながら振り返る。

 

「あぁごめん。寝てた?」

「いや、大丈夫。……それで、ギター?なんで急に?」

 

鈴谷アキ。

美しい金色の髪をショートに切り、翡翠色の澄んだ瞳と、小さなお顔。

似合わない学ランを着ているその同級生は、僕の顔を覗き込んだ。

なお、こんなにも可愛いのにこの人に彼氏はいない。

なぜって?なぜなら───

 

「お嬢ちゃんにはまだ早いと思うけどねぇ」

「男の子じゃい!」

「ごめん☆」

 

そう、鈴谷アキは『男の子』。

着ている学ランも、中学から支給された正式な制服だ。

 

そのアキ───通称『アキくん』は、なにやら背後から大きな袋を取り出した。

それは、親の影響で音楽をやっていた僕には見覚えのあるものだった。

 

「ギターケース?買ったの、ギター?」

「うんっ!色んな音楽屋さん回ったけど、この音を聞いて、『なんか凄い!』ってなったんだ。名前ももう決めてあるんだよ。この子の名前は『アコネコ』です!」

 

ビビッと来たってやつか。

上機嫌のアキくんは意気揚々とギターを取り出す……。

茶色のボディの美しい曲線。弦は六つ……アコースティックギター?

 

あぁ、なるほど。アコースティックだからアコネコなのか。

 

「なるほどね。ギター買ったから、弾けるようになりたいんだ」

「そう!だけど、あんまり上手くなれなくて……」

「あんまり?」

「最初にチューニングついでに弾いてみたんだけど……なにがなんだかわからなくて」

 

あぁ……よくあるぅ。

特にドレミファソラシド……C、D、E、F、G、A、Bに当てはめられる音階、基礎の基礎を覚えるのが難しかった。

弦楽器である以上、コツを掴んだらこっちのものなのだが……アキくんにできるかな。

 

「……わかった。できる限り教えるよ」

「やった!ありがとう!」

 

アキくんは膝の上にアコネコを固定し、ギター上部のつまみを捻る。

チューニングだ。

弦楽器はどうしても糸が伸びる。すると、音が間延びしたり低くなったりするから、糸を引っ張って音合わせが必要なんだ。

一通り満足したのか、アキくんが指で弦を弾く。

 

ぷいん、と気の抜けた音がした。

 

「こんな怪しい音する?」

「多分しない。ってか、音わかる?」

「わかんない……」

「チューニングアプリ使おうか」

 

スマホを取り出し起動する。

Cコードを鳴らすと、ポンと音がなった。

 

プァロン⤴︎

 

思わずアキくんの顔を見ると、頰を膨らませて震えるアキくんがいた。

 

「……まぁ……なんだ、チューニングは僕がやるよ」

「……ごめん」

 

つまみを回転させ、チューニングを進めていく。

ふうん……結構大きいな。アキくんに弾けるだろうか。

 

「はいおっけ。これで、ここと、ここを指で押さえて」

「ここ?と……ふん……んう〜〜もう指こんなに開かないよぉ〜〜〜!!」

 

やっぱり。

 

「スペース空いてるからもっとぎゅっとして」

「ぎゅ!……こう?」

「そうそう」

 

アキくんが指で弾く。

イケてる?うーん……イケてる、かな。

 

「Fとかは難しいからまだいいかな」

「やっぱりFって難しいのかな」

「鬼門だね。まずはCコードを完全に弾けるようになろう」

 

夕日が差す放課後。陽だまりの教室で、アキくんが一生懸命手元を見ながらアコネコを弾く。

アキくんが机に置いていた楽譜を読ませて貰うと、初心者向けの楽譜をプリントしてきたみたいだ。

アキくんは思い通りに動かない自分の指に不満みたいだ。

さっきから一人で「こら。……こら」って叱ってる。

 

「……いいね、絵になるよ」

「え?似合ってる?えへへ」

 

とはいえど、なにかレクチャーをしないと、教える側としていたたまれない。

アキくんの後ろに回り、手をとる。

 

「え?」

「この指はここにあったほうがいいかもね」

「なるほど……」

 

アキくんの耳が微妙に赤い。疲れてるのかな?

……アキくんめっちゃ良い匂いする。同じ人間とは思えない。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「ギター、他の人に教えるときもこんな風に教えるの?」

「え?……どうだろう」

 

考えてみれば……確かに。

この教え方すごく効率いいし、友達に教えるときは大体こんな教え方だ。

 

「そうだね、教えるときはこうしてるかも」

「む。…………ふーん」

 

アキくんがそっぽを向いた。え?なんで?

僕なんかした?

 

「え、ちょ、なに」

「知らない」

「えぇ……」

 

なにか逆鱗に触れただろうか?

しばらくアキくんは質問以外に口をきいてくれなかった。

……どうしてだか本当にわからない。

 

───鈴谷楽団は、ギターから始まった。



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アキくんお誕生日おめでとう!

 

今日はギターは関係ない。

まぁいつものようにギターの練習をしていたが、明日!

11月28日はアキくんのお誕生日。

一足先にアキくんの家にお邪魔している。

 

「じゃあ……零時がくるまで弾こうかな!」

 

まじすか。

いそいそとギターを取り出すアキくん。

 

「夏祭り弾こうかな〜」

 

そう言ってポロンポロンと弾き始める。

よく成長したものだ。

お手本の動画サイト並みとはいかないものの、ちゃんと音階の切り替えもスムーズになっているし、何よりもとが歌がうまいから飲み込みも早い。

 

「じゃあ次は……ロード弾こうかな……」

 

すっかりアキくんの代名詞となってしまったロードだ。

 

「俺の手を握り返し……愛が欲しいと……いった……」

 

ほんとうに。

ここ数日でよく成長した。

あ、うぃっす、今アキくん歌ってるから適当に座って。

 

「アキくんおめ、おめで、めでと……」

「出かかってる出かかってる!!」

 

気づいたアキくんが反応する。

くすくすと笑いながらギターを再開し、アキくんの集合場所に……陽だまりの庭に、次々と人が集まっていく。ー

 

「教えて先生!C……メジャー……」

 

アプリを使って音を合わせているアキくん。

あと六分で、アキくんは15歳。

え?今年は何歳かって?

アキくんの年齢でしょ?15歳だよ何言ってんの?

 

「大丈夫だよ、ちゃんと見てるよ!!」

「あ、バレた?」

「みんなもう緊張しすぎてギターどころじゃないでしょ!」

 

や、だって分単位なんだもん……。

 

「音自体は合って……ギターやめようwww」

「プルプルプルプルプルプルプルプル」

「みんながとても可愛く思えるよ……いつも可愛いけどね」

 

あと二分!

なにサムネイルの話しておるのじゃ。

 

「はーっ、はーっ」

「落ち着いてぇww」

 

みんな緊張して暴れまわっている。

 

「30!」「40!」「10!9!8!7!6!5!4!3!2!1!」

 

 

 

 

「アキくん、お誕生日おめでとう───!!」

「ありがと〜!ハッピーバースデー僕ぅ〜〜〜!!」

 

今日、11月の28日は!

アキくんの、誕生日だ!

 

たくさんのクラスメイトがアキくんにプレゼントを渡していく。

メッセージカードが多数だ。

 

「ありがとう!ありがとう!ありがとう!ありがとう!」

 

ありがとうBOTみたいになってる……!

祝いの箱もたくさん開けたらしく、みんなと内容を話している。

 

「アキ!おたんしょうびおめでとう!!」

「ちーちゃん!」

 

あの……勇気ちひろ……!?

 

「プレゼントもう開けた?」

「あけたよ〜!」

「じゃあちひろはほっぺにちゅーしてあげるね!」

 

そしてクラスメイトの一人が急にスマホを弄り出し……。

 

「剣持が手紙が出せないって嘆いてるよ!」

「えぇ……?」

 

賑かなお誕生日会だこと。

……ん?メッセージカードが既に10万を超えている……!?

 

『¥5000 おめでとう』

 

ちゃんと投げろアゴこの野郎。

 

「今投げられないんだって……!」

 

なんかはちゃめちゃ。

ぐちゃぐちゃの手記みたいになっちゃったけど……。

とりあえずアキくん。

誕生日おめでとう。

 

ずっとずっと、大好きだよ。



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スバラシイデス!

 

「おやすみしてんじゃねーぞ……」

 

!?

耳元で囁かれて飛び起きる。

ごつん。

 

「いったぁい!?」

「えぇ!?ごめん!!」

 

振り替えるとおでこを抑えて涙目になるアキくんがいた。

どうやら僕が寝てるのを見てイタズラしようとしていたみたいだ。

 

アキくんがぼそぼそと耳元で喋るのは、なんというか……心臓に悪い。

今後そういうことをしたいなら許可をとって欲しいものだ。

 

「うう……あのね、今日もギターなんだけど……いいかな?」

「う、うん……良いけど」

 

いそいそとギターを取り出すアキくん。

チューニングは……え?今日はいいの?

 

「自分でやってみたんだ」

「へぇ」

「聴いててね」

 

大人しく椅子に座ると、アキくんは膝にアコネコを乗っける。

様になってるねぇ。

 

ビン……ボン……。

 

ん?

昨日とはあきらかに違う。

え、ちゃんとした音……え?

 

「成長早くない?」

「んー?」

「いやだから、ギターの成長。もしかして練習した?」

「んふふ、まあね」

 

はぁ……!本気なんだな、アキくん。

いや、ギターを買った時点でやる気だなとは思ったけど……。

まさか、昨日の今日でちゃんと音を出せるようになるなんて驚きだ。

 

「でもね、なんか……ボクの指って爪が長いからどうしても爪が当たっちゃうんだよね」

「爪?」

「うん。深爪ギリギリまで切っても、指の柔らかいとこが当たっちゃって」

 

へぇ、指の柔らかい……ん?

ってことは、指はまだ硬くないし、皮膚は柔らかい……。

 

「アキくん、長時間練習したんだよね?」

「え?うん」

「ちょっと指見せて!」

 

蹲み込んでアコネコを抑えつつアキくんの手を取る。

 

「え?ちょ、ちょっと?」

「やっぱり……小さい水ぶくれができてる」

「え?ほんと?」

 

アキくんの細くしなやかな指に、ちいさな袋がぷっくりと現れている。

あぁ……おいたわしや……。

 

「アキくんソーイングセットって持ってる?」

「え?うん、ロッカーにあるよ?」

「ちょっと借りていい?」

「……?うん。けど、お裁縫セットなんて何に使うの?」

 

とりあえずアコネコを置いてもらい、アキくんのロッカーにお邪魔する。

えーっとソーイングセット……あった。四つ葉のクローバーとネコのシルエットが描かれている。

可愛いなおい。

 

「一本ダメにしちゃうから、あとで僕のを返すよ」

「いまだに何をやろうとしてるのかわからないんだけど……?」

「あっ、ごめん。今から水ぶくれを潰すんだ。ほんとは何もしないで安政にしてるのが一番なんだけど……」

 

小さなやつだったら潰してもすぐに繋がるだろう。

消毒液は教室に常備してるやつを……水抜き用のティッシュも用意する。

あとは……。

 

「あっ、先生!ライターを貸して貰えませんか?」

 

困惑する先生からライターを受け取る。

やっぱり持ってやがったよニコチン中毒教師がよぉ。

あ、先生は外出ててくださいね。アキくんの教育に悪いです。

 

「ライター?」

「ちょっと待ってね。いま治すから」

 

ライターと針で水ぶくれを治療していく。

大変心苦しいが、ふやけさせてから穴を開ける。

あああああああ開いちゃった!綺麗なおててに開いちゃった!

 

ここまできたらもうやるしかない。

ティッシュ……よりもガーゼが適任だったし治療箱にあったのでガーゼで水抜きをしていく。

中の液体がある程度吸い取れたところで……。

 

「っ!!」

「ごめん、痛かった!?」

「……ううん、大丈夫。ボクのためにやってくれてるんだもん」

 

アキくんの足がたまにピクピクしている。

痛みで強張ってるんだ。

 

「なるべく痛くないようにするから……」

「う、うん……」

 

あと……もうちょっとで。

丁寧に針を刺し、皮を繋げていく。

 

「ん……っつ……」

「うわ……柔らかいっ……」

「痛っ……くない、痛くないよ」

 

絆創膏じゃカサカサなっちゃうから、包帯を巻いて……。

 

「いった!」

「ふぅ……ふぅ……終わった……?」

「うん、最後までいったよ」

「よかった……」

 

そう言って、僕の巻いた包帯を撫でるアキくん。

あ、そうだ、ライター返さないと……。

え?先生?どこいくんですか?

『センシティブ』ってなんのことですかああああああ!?



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とある夏のできごと。
お隣の男の娘がかわいすぎる


 

これはある夏の出来事であった。

仕事の理由で転勤することになった僕は、この暑い中、重たい電子レンジやらが入ったダンボールをマンション7階まで歩いて運んでいた。

シャツの中の下着はぐっしょりと濡れ、肌に張り付いて気味の悪い感触が伝わる。

最後の一個、特に重たいダンボールを階段前に下ろして這いつくばったとき。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

躊躇いがちに、僕の目の前にコップに入った麦茶が差し出された。

金色のボブカットを持つ彼女は、柔らかい良い匂いのするタオルを持ってきて、僕の額に流れる汗を拭き取って笑った。

 

「熱中症に気をつけて下さいね」

「あぁ、ありがとう」

 

中学生くらいだろうか。

背は低い。この性格を考えると金髪は地毛だろう。長年の勘がそう言っている。

いつまでも彼女にかがませる訳にはいかないので、麦茶を受け取って茶色の液体を流し込む。

喉の余分な油分が離れ、通る酸素がより冷たく感じた。

 

「もしかして、お隣さんですか?」

「そうみたいだね。麦茶ありがとう」

 

マンションの壁を背もたれにして小休憩を取る僕を見ながら、彼女はいましがた僕が運んできたダンボールを持ち上げようとする。

あ、そうか。階段の前に置いたから邪魔になってるのか。

 

「ごめん、僕がやるよ」

「大丈夫ですよ」

 

間延びした声。

 

「女の子にそんなことさせられないよ!」

「男の子じゃい!!」

 

怒鳴られた。

え、っていうか男の子?

 

「はは、こりゃ面白い」

「本当ですって!」

「え……マジ?」

「マジです」

 

マジか。

見た目は完全に女の子なんだけどなぁ……。

 

「一緒にお風呂入ればわかりますよ?」

「はっ……」

「冗談ですよ!!」

 

なんて腹黒い。

見た目女の子から言われると男の子だと知っても、少しドキっとする。

彼女───じゃなかった、彼は、ダンボールの下に手を差し込み、力一杯地面を踏み締めて……。

 

「ふんっっっ!」

 

しかし持ち上がらなかった!!

見た目相応にか弱いみたいだ。

 

「回復したから僕がやる。もともと僕の荷物だし」

「なにかお手伝いできることは?」

「今はないかな。麦茶ありがとう」

 

改めて麦茶のお礼を言うと、彼はクスリと微笑んで、

 

「隣の部屋の鈴谷アキです。なにかあったら言ってくださいね」

 

と、言い残して自分の部屋に帰っていった。

鈴谷アキ、か……。

見た目は女子中学生くらいだ。

僕が中卒で17だから、1〜3歳くらい下か。

この時間にもいるってことは夏休みなのかな……。

 

そんなことを考えながらダンボールを玄関に運んでいると、隣部屋───アキちゃん……じゃねぇ、アキくんの部屋の扉が開いた。

手にはきゅうり……?なんでまたそんなものを。

 

「差し入れです。……といっても、もうほとんど片付けてしまったみたいですね」

 

アキくんと並んで壁を背もたれにしてきゅうりをかじる。

冷たい。なんだこれ。

 

「氷水で冷やしておきました。暑いですからね」

「家庭的だね」

「一人暮らしですから」

 

曰く、実家に姉と両親がいるそうで、興味が湧いたので近場のマンションを借りて一人暮らしを始めたらしい。

 

「何歳?」

「15です」

「やっぱり中学生か。僕が17歳だから二歳下?」

「17歳なんですか?」

「訳あって中卒で働いてる。……まぁ、それくらいだったらタメ口でいいよ。なんだかアキくんに敬語を使われると、くすぐったいんだ」

「そうですか?じゃあ……改めて、お隣の鈴谷アキです。よろしくね!」

 

差し出された細い手を、僕はしっかりと握った。

 

これが、アキくんとの出会いであった。



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