ログ・ホライズン-『現実の生産者』 (サブ職業:小説家 lv.1)
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異世界のはじまり(上)- 001

「…えっ?」

 

目を開けた時には、何もかもが違う世界だった。

 

「なんだよ……っ」

「お、俺っ。おかしい、なんだコレっ!?」

「だ、誰か出てこいよっ! 責任者、おいっ! 聞いてるんだろうっ!!

 

…確かに叫び出したい気持ちは分かる…のだけど、それでも人間というのは下の人間を見ると安心してしまうらしい。

私はなんて格好悪いんだろうって思いながらも、ゆっくりと歩く。

白いローブ姿の彼が地面に寝転がっているのを見ながら、私はどうにかしてメニューを出せないかと思案して…

 

「…誰か…誰か助けてよぉ…」

 

路地で、泣いている女の子を見つけた。

身長は私よりも大きいが、声が若すぎる…もしかして元々子供なんだろうか。

彼女は私を見た瞬間…

 

「あ、あ…あの。その…えっと…」

 

怖がり、逃げようとしても足が竦んで動けない様だ。

逃げられたらそれはそれでだったのだけど…取り敢えず落ち着くように目を合わせてお話する。

 

「落ち着いて」

「た、助けて。怖いよ此処…私、お家に帰りたいよ…」

「…私もだよ。本当は、パソコンの前でゲームする予定だったのにね」

 

そういって優しく頭を撫でようとして…触れられるのを怖がったのか身体を震わせるのを見て、手を引っ込めた。

…そのままお互いに見つめ合って立ち止まり…

 

「えっと…私はサミダレって言うんだ。貴女は?」

「私はハヅキです。吟遊詩人(バード)でレイド経験は…」

「ああ、そこまで言わなくても良いよ。取り合えず私のギルドハウスに行こうか」

「は…はい」

 

優しく手を包むように、両手で彼女手を取って、そのまま手を繋ぐ。

そして私達がギルドハウスに歩いて行き…一人の少女とぶつかった。

 

「ぐえっ!」

「痛い…歩くときは前を見ないと危ないよ…って、ミントか」

「サミダレさん、大丈夫ですか…?」

「ああうん、大丈夫。この人の鎧でダメージ受けそうになったけど…」

 

茶化しながら立ち上がって服の土を払っていると、ミントがハヅキの方をジッと眺めていた。

 

「…ねぇ。その子も私達のギルドに入れるの?」

「うーん…ギルドに入れるというよりは保護が目的かな?彼女は私達のギルドの加入条件に合ってないだろうから」

「そりゃそっか。まぁ私は入れても良いんだけどねー」

「さっきの顔で同じ事もう一回言えたらその言葉を認めてやろう」

「あの…加入条件って…?」

 

会話に入ってなかったハヅキが堪らずといった感じでこちらに話しかけてきた。

私達は顔を合わせた後、嬉しそうに笑う。

 

「私達のギルド『現実の生産者(リアル・クラフター)』は、その名の通り現実でもプロで活躍している人ばっかなんだよ」

「例えば私ことミントは、レストランの料理人だったり、今手を繋いでいるリーダーは時計技師だったり」

「そう…何ですか?」

 

ミントの言葉を聞いて少しだけ首を傾げるのを見て、私は少しだけ苦笑した。

 

「まぁね。と言っても、皆に比べたら私は大したものじゃないけど」

「今や一流の時計技師のあんたが何を言う」

「ふ…二人共、お知り合いなんですか?」

「まぁミントとは幼馴染だしね。それでなくともオフ会は結構してたし」

 

…そんなお話をしていると、今度は装備を整えた他の人達が扉から出てくる。

出てきた中から一人の付与術師が私達の方まで来て、表面上申し訳なさそうな表情で喋りかけてきた。

 

「ごめんなさい、今は依頼を受ける事出来ない…って、リーダー!もう少し早く来て下さい!私の負担が…って、彼女は誰です?」

「あ、えっと…私は…」

「ハヅキって言う女の子、保護したの」

 

ハヅキ自身に自己紹介させる前に、私の方で先に紹介をした。

私の方で紹介した方が信用が得れると判断したからだ。

 

「…そっか。うん、わかった。私はメル、よろしくねハヅキちゃん…そして」

「私はエリナ、そして彼女はツキサギって言うの」

「……よろしく」

「所で皆どうして外に?依頼断る為って訳じゃなさそうだし」

 

私が三人に対して質問すると、ミントが困った様に笑った。

 

「これから外に出て戦闘しに行こうかなって、ヒーラーとエンチャンターだけだけど低レベルなら十分かなって」

「うーん…PK来た時の対策として花鳥風月のメンバーを呼んでおいて欲しいかも。彼女達は今何処に?」

「…皆…離れてる。アキバから離れて…素材収集してたから」

 

そういえばそうだったと小さく口を歪ませた。

…人数が少ない分他の皆もアキバから離れていた筈だ。

後で色々集めておかないとと小さく息を吐きながら、私は考えを纏めた。

 

「今回は彼女達と合流する事も兼ねていますが…リーダーはどうします?」

「あー…私は行っても良いけど…」

 

私隣を見ると、ハヅキが私の手をギュッと握ってきた。

…人数は四人だから…うん。

 

「ハヅキはどうする?行きたいなら…」

「い、行きます!連れてってください!」

「じゃあ行こうか」

 

私達はパーティを組み、外に出る道へ喋りながら歩きだした。



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002

「えっ、会敵(エンゲージ)!数五つ!レベルは62です!」

「了解。武士の挑戦!」

 

私は全員の前に立ち、武士の挑戦をメニューから使う。

武器を取り出しながら敵を見据え、私は周囲を警戒する為に視線だけを動かした。

 

「え、援護行きます!従者召喚:アルラウネ、あ、後ウィロースピリット!」

「…石凝の鏡。……禊ぎの障壁」

「キーンエッジ!」

「慈母のアンセム!」

 

四人が操作をしながら私に援護をする。

ミントは私より少し前の位置に立って警戒をし続けながら、武器を構える。

そしてスキルを使おうとして…視線を前の敵に向けた瞬間に勝手に操作された。

…結果、

 

「…ちょ、あらぶってるあらぶってる!」

 

私の目線は敵から離れ殴られる瞬間に…ミントに庇われた。

私は急いでスキル欄を開きなおし、スキルの選択をする為に大量に開いたメニュー欄を閉じていく。

 

「っ!今の内にスキルの選択を…きゃっ!」

「ミント!」

 

ヘイトを取り切れなかった為、ミントが攻撃した瞬間ヘイトがそちらに向いた。

彼女を助けようとする為、私は武器を構えて敵の方に突っ込み…

 

「火車の…太刀!」

 

気付けば私は、コマンドを選択する事無くスキルを発動したのだ。

ミントを襲っていた相手は一瞬で溶け、相手の身体が溶け消えていく。

 

「…今のは…?」

「考えるのは後!兜割り…そして、居合いの構え!」

 

全体に攻撃を与えた後に、私は居合いの構えを取る。

集中しているからか、木霊返しは発生していた…だからこそ敵が攻撃をしようとしたタイミングで私は口を緩ませた。

 

「後の先、浮舟渡り、瞬閃、電光石火!」

 

後の先で迎撃態勢を取り、浮舟渡りで命中率を高める。

瞬閃を使い攻撃速度を上昇させて、電光石火でスーパーアーマーを付与する。

そのまま武器を掴んで微笑みながら…

 

「っふ!」

 

両刀を抜き、現実では…なんてレベルではなく、今までのゲームでもありえない様な居合をする。

踊る様に両刀で斬りながら、敵を殺す。

そして何度も攻撃を回避、迎撃を繰り返し…敵が居なくなるまで斬り続けた。

今まで刀を振り回した事が無かった私は、最後の敵が居なくなると同時に…地面に寝転がった。

 

「サミダレさん!?」

 

ハヅキが援護歌を止めて私に近づいてくるのを見つつ、私は辺りを警戒しているメイに対して質問をする。

 

「…ふぅ…これで、終わり…?」

「えぇ…特に辺りに敵は居ないと思います」

「…別に来ても、私が戦う」

 

ツキサギの言葉を聞いてエリナが小さな声で呟いた。

 

「あれは戦うというより虐殺だと思うけど…」

「エリナ、なんか言った?」

「ごめん、何でもない」

 

ツキサギが辺りを警戒して、ミントがヘイトを取れる様に準備をしている。

…もしこの二人と出会った人がヒーラーだと知ったら、一体どんな反応をするんだろう?

なんて考えていた時に、

 

「…っ!魔法の反応が!」

 

メルの声と共に私は起き上がり、全員が魔法を回避した。

そして私以外の全員が武器を抜いて警戒をする。

 

「よぉ、良い夜だな…俺らにとっては…だが」

「いえいえ、こちらこそ良い夜ですよ。それに…こんな状況でPKですか?」

「こんな状況だからだよ。今の状況なら黒剣の団長も見てないしな!」

「…待ちなさい。つまり貴方達は黒剣騎士団の一団だと?」

「そうだぜ!ビビったかぁ?もし助けてほしかったら、そうだなぁ…金と身体でも差し出して…」

「消えなさい」

 

その言葉と共に、ミントが全力で走って武器を振るう。

…まだ最低限理性がある事に安心しつつ、私はエリナに命令をする。

 

「エリナ。貴女が指令をしなさい!」

「分かった!メルはウィロースピリットとシュリーカーエコーで妨害、ミントは自分の意思でスキル使用のタイミングを図って、そこから指揮を開始する!」

「「了解」です」

 

全員が武器を構えて各自でスキルを使うのを見て、少しだけ驚いた後に…エリナの方を見て嗤い出した。

 

「はん。エンクを入れてるパーティが強い訳がねぇ。てめぇらやっちまえ!」

「アイザックのギルドに入って付け上がったなゴミ以下が!ホーリーシールド!」

 

盾を光らせて殴る攻撃を入れ、ミントは一回バックステップをして下がる。

そして目線を左に移動させたミントを見て私は右に全力疾走をする。

 

「糞!あんな見た目で惑わしやがって…タンクじゃねぇのかよあいつ…」

「インフィニティフォース!」

「私はタンクだから安心しなよ…朱雀の構え!一刀両断!」

「っ!糞!」

 

ミントの攻撃で面喰らっていた彼に対して、私は一刀両断を発動する。

タンクの威力というには驚く程高いダメージを喰らった彼に対して、私はニッコリと笑う。

 

「あの世か大神殿かわからないけど、後悔しながら死ね!一気呵成、一刀両断!」

「まっ…ぎゃぁぁ」

「次、奥のヒーラー!」

 

エリナが命令をするのと同時に、ツキサギが魔法を唱えだす。

それを見たヒーラーが絶望の表情を浮かべ、そのまま命乞いをし始める。

 

「ヒッ!ま、待ってくれ!俺は唯…」

「討伐の加護………もう遅い、剣の神呪」

「も、猛攻のプレリュード!」

「兜割り!」

 

私が猛攻のプレリュードのお陰でリキャストが溜まりきった兜割りを放ち、相手のヒーラーを殺しきった。

 

「ナイス、キーンエッジ!行きなさい、ミント!」

「さっきのあの黒剣の野郎を倒せなかったのが本当に嫌だけど…折角だからそこでボーっとしている吟遊詩人(バード)で我慢するよ」

「…あ、何時の間に…」

「遅い!フェイスフルブレード!最大溜めの威力喰らえ!」

 

ミントのフェイスフルブレードが吟遊詩人(バード)の首を跳ね、彼が持っていたお金等が落ちる。

 

「これで三人、残りはキャスターなんだけど…ああ、大丈夫っぽい」

 

森の暗がりから、四人の人が現れる。

それを見たハヅキは警戒して弓を取り出したが…私がそれを止めた。

それと同時に現れた四人が安心した様な表情で武器を仕舞う後に…

 

「…やっほー。パーティ、花鳥風月。戻って来たよー」

「周りに居た9人、全員殺しておきました」

「早く街に戻ったら流石に出会わないだろうから、さっさと行きますか」

「というかあいつら、どうしてコマンドで操作してたんだろうね?」

 

パーティ『花鳥風月』、元々はギルドだった彼女達と合流したことによる安心感からか、異様な疲れが身体に溜まった感じがした。

それを見たエリナが小さく首を傾げるが、私は気にしない様に微笑みながら全員に喋りかける。

 

「取り敢えずご飯作ろうか。ミントが腕によりを掛けて作るよ?」

「…この世界、現実での腕が関係するんですか?」

「分からないなぁ…まぁでも、もし関係したら私達の仕事で得た経験は無駄じゃなさそうだね」

「…取り敢えず帰ろう。リーダー疲れてるみたいだし」

 

その言葉を聞いて私は思わず苦笑しながら首を横に振るが、他のメンバーは気にせずに私の手を握ってから歩きだした。



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003

アキバの街に帰ってきた私達は、疲れた身体を限界まで酷使しながら歩いていた。

…そして自分達のギルドハウスに戻ってこれた時に…漸く全員が安堵の溜息を吐いた後に座り込んだ。

 

「まさか此処まで酷いなんて…スラム街かなんかなの?」

「いやまぁ、今のアキバに法なんて無いですしね。多少は諦めるしかありませんよ」

 

そんな事を話しながらエリナが、恐る恐る椅子に座り始める。

私は自分の椅子に付いているマッサージ機能が作動するのかどうかを試しつつも、マッサージの快楽に身を委ねていた。

 

「…さてと、リーダー。その子は誰?」

「…にゅ…?あ、この子の名前は…」

 

ハヅキ…と説明しようとした時に、隣に居たハヅキが一歩踏み出した。

それを見て私は驚くが…ハヅキはそのまま自己紹介を始める。

 

「わ、私はハヅキと言います!え、えっとその…」

「ああ、虐めてる訳じゃないんだ。唯、あたし達のギルドって優秀で有名だから、少しでも恩恵を預かろうって奴らが多くてね。しかも、このリーダーは悪意にも好意にも鈍感だからさ。あたしらがしっかりしないと…ってね?」

「そう。しかもリーダー、かなりのお人好しだから、困る」

 

その言葉を聞いて私が眉を顰めるのと同時に、ハヅキが小さく首を傾げた。

…毎回言っているが私でも人を疑う事はあるのだ。お人好しではない。

 

「お人好しで困るって…何でですか?」

「例えばさハヅキ、全員が持っている椅子、レイドでしか手に入らない素材を使った椅子って言ったらどう思う?」

 

ハヅキはその言葉にううん…と悩みだした。

そして答えが思いついたのか手をポンっと叩いて笑顔になる。

 

「皆で取りに行ったんですよね!」

「はい残念。正解は徹夜で野良のレイドに突っ込んだり大手のギルドのレイドに入って人数分集めた。でした」

「…え?」

「まぁえ?だよね。だってあの頃椅子に座る事も出来ないのにやったんだよ?しかも全員分」

 

その言葉を聞いて有り得ないといった表情を浮かべてハヅキが私の方を見つめた。

それを見て私はそっぽを向きながらも、ゆっくりと口を窄めながら喋った。

 

「…だって、私一人だけなんて駄目だと思って…」

「…あーのーねー…私はあの時一緒に取りに行けば良いって言ったよね?その時無理を押し通して、全員に二個分プレゼントして私のレストランで死にかけたのは誰さ!」

 

ミントからの追撃に私は思わず口を噤んでしまった。

何か言い訳を考えつつも、私は逃げる手段を考えようとして…

 

「はい。ごめんなさい…」

 

諦めて謝る事にした。

それを見たミントが苦笑するのと同時に、エリナが怒った様な表情で私に話しかけてくる。

 

「しかも自分は機工師だから作れないって言って、魔具工匠の私に泣きながら頼んだのを忘れてませんよね?」

 

だって…しょうがないじゃないか。私の我が儘なんだから皆を巻き込めないし。

でもその分人脈は増えたし皆から感謝はされたし、私は正しい事をした気がする。

うん。

 

「…今、人脈増えたから大丈夫とか思ってません?」

「ぅ…」

「あたし達がその人脈の中から悪い人達を弾き出したのは覚えてないのかねぇ~?」

「あうあう…」

 

ハナとエリナの二人から突かれながら、私は小さく悲鳴を出した。

それを見たハナが小さく溜息を吐きつつ、ゆっくりとハヅキの方を見て微笑む。

 

「…あー…という訳で、もしこんなリーダーと付き合っていくんだったら、こんな事もやらなきゃいけないって事を理解しておいてくれ」

「何がこんなですか!私、このギルドのリーダーなんだよ!?」

「「「「形だけね」」」」

 

花鳥風月の皆が声を揃えて言うのと同時に、私は落ち込んで椅子に全体重を掛ける。

皆私のだらけっぷりを見ていたのか恐る恐る自分の椅子のボタンを付けはじめ、それを見て私は小さく微笑んだ。

…やっぱり魔具工匠を取ってたエリナを誘って正解だった。

 

「…空飛ぶ絨毯とかも試したいねー。私も機工師の時計仕掛けとか、機械仕掛けシリーズを使いたいし」

「それだったら私の部屋に置いてあるの使っておこうか?後で色々作りたい」

「うーん。それだったら私が今作るよ。これから自分の手で作れるかどうか試したいし」

 

そういって席から立ったミントを見つつ、私達はそのままお話をしようとして…ハヅキが立ったまま居る事に気付いた。

 

「ハヅキ、私の所座ってて。お客様用の椅子持って来るから」

「…えっ?」

 

そういって立ち上がり、私は椅子を持って来る為に倉庫に行く。

沢山の産廃品の中から椅子を見つけた私は、椅子を持って元に戻ろうとして…

 

「うん?」

 

とある人間から念話が届いている事に気付き、取りあえず出る為にボタンを押す。

 

「…もしもし?」

「サミダレ。今良い?」

「おお、君はミントに言われて危うくフレンド解除されそうになったシロエ君じゃないか」

「…何で今そのネタだしたの?」

 

さっきまでの何かを秘めた声から、一気に呆れた様な声が聞こえて私は思わず苦笑した。

相変わらず話の腰を折ると乗りやすいな…なんて考えつつ、私はそのままシロエに小さく圧を掛ける為に喋りだす。

 

「さっきまで大事なギルドメンバーとそんな話してたの。それで用事って何?」

「あー…えっと、その大事なギルドメンバーの力を貸してほしくて…」

「…私自身なら良いんだけど、ギルメンはちょっとねぇ…理由とかある?」

 

私は思考を集中させて会話に挑み始める。

もし適当に返事していたら、きっと私は後悔するだろうから。

シロエとの関係は其処まで浅くない、だからと言って緊張を解ける相手ではないのだから

 

「えっと…僕達数日後に狩りを始めようと思って、構成は直継と僕だけだから、ヒーラーを一人欲しいな…って」

「…ヒーラーだけ?私達は今日狩りに出かけたけどPKに襲われたし、フルパの方が良いんじゃないの?」

「そうなんだけどさ…流石にそこまで借りる事出来ないでしょ?」

 

その言葉を聞いて、私は小さく目を瞬かせた。

そのまま回避手段を探しつつ、何時も師匠師匠と言ってくる少年を思い出して紹介する。

 

「ならソウジロウの所は?ソウジロウなら喜んで手を貸しそうだけど」

「あー……ソウジロウの所は心が折れた女子の救助に忙しいから…」

「私も一人そういう子を救助してるんだけど…」

 

お互いに無言になる。

別に私は意地悪をする訳じゃなく、自分のキャパシティーが超えそうだから断っているのだ。

この世界の情報について私が知っている事は無い。そんな状態で油断できる奴が居たら、私はその人を軽蔑するだろう。

 

「…不安なんです。〈エルダー・テイル〉の世界が本当になって、しかも神殿から蘇ったという話も聞いたし…」

「それは分かるよ。賢いシロエなら、最悪のパターンを想定してるのも知ってる。だけどさ」

 

言葉を一度切ってから、私は小さく微笑んだ。

それを聞いたシロエが小さく疑問の声を上げるのを聞きつつも、話を纏める為に喋りだす。

 

「…何ですか?」

「楽しもうよ。折角のゲームの世界(ユウキュウ)だもん。何時も頑張っているご褒美として、何も考えず楽しめば良いんだよ」

「…全世界でそんな考え出来るの、サミダレ含めて二人だけだよ」

 

少し声音が優しくなって、安心した様な声になる。

…折角のゲームの大型アップデートなんだから、楽しまないと損だ。

 

「…さて、何の用事なんだっけ?」

「ご飯が不味い。ミントさん貸して?」

「え、この世界ご飯不味いの?」

「うん、どんなものも湿気った味無し煎餅の味がする」

「…えぇ」

 

それは確かに食べたくない。

しかし向こう側から聞こえるのはそんな阿鼻叫喚の悲鳴ではなくおいしいと舌鼓を打っている少女達の声だ。

 

「あー、うん。私のミントは料理が美味しくなる魔法を持ってるらしい」

「え、普通に今行きたいんだけど」

「直継いるじゃん。一人で食べに行くの?」

「あー…連れて行く」

「ほい。わかった」

 

急いで念話を切ったシロエに対して笑いつつ、私は椅子を持ってリビングに向かって歩きだした。

本物の御客様用の椅子を二つ持ってくるのを見て、ミントが更に料理を作り始めた。



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004

「…お邪魔します」

「お邪魔する祭り!」

 

二人がやってくるのを見て、私は小さく顔を戻しながら微笑んだ。

それを見たミントが小さく呆れた様な表情を浮かべるのと同時に、ゆっくりとキッチンへ戻っていく。

それを見て小さく苦笑したエリナを見ながらも、私はハヅキの質問に答える。

 

「あ、この二人って、さっき話題になった人達ですか?」

「そうそう。ミント、二人来たから料理追加してー」

「はーい!」

 

手作業で料理を作っていた彼女が、嬉しそうに返事をする。

…現実でも料理作ってたのに、まだ作り足りないんだな…なんて思いつつ、私も細かい作業をして腕を鈍らせたくないなと技師の面からも考えてしまう。

 

「…シロ、本当に味がするのか?」

「嫌なら食べるな。私達の分が減る」

「そうですよ。リーダーが美味しそうに食べてる姿が観察できたのに、男が来た所為で余所行きの顔になっているんだから」

「…え、そんな顔になってる?」

「「「「なってる!」」」」

 

花鳥風月の重なった声を聴いて思わず苦笑したシロエを見ながら、私は小さく溜め息を吐いた。

 

「あはは…皆元気だね。…そう言えば他の人は?」

「『サモナーガーデン』の人達は夜食を持って外に出てます。皆召喚した子達に会いたいって」

「…相変わらずの愛」

「だねぇ…後は…ススキノに居るんだっけ」

 

その言葉と同時に二人の姉妹を思い出し、少しだけ溜め息を吐く。

出来るなら回収しておきたいが…今ススキノに行く意味もないし、向こう側からの返事を待つしかない。

 

「そうですね。向こうに居るメンバーからすると、糞治安が悪いらしいですが、サブハウスありますし、大丈夫でしょう」

 

情報共有しているミントに対して優しく撫でつつ、私はご飯を食べ始める。

私達の椅子をジロジロと見ている二人に対してジッと見つめ返すと、焦った様にシロエが口を開いた。

 

「い、いや。噂は本当だったんだなって。レイド専用素材から作る、“高性能魔法チェア”がこんなに沢山あるなんて…」

「…リーダーの無茶振りの所為で、ジャグジーバスに高級ベッド、果ての果てには前アップデートまで最高性能を誇っていた作業台までありますよ」

「今の世の中、何があるか分からないからねぇ。備えあれば…」

「憂いなしですか?作業台以外殆ど私が作ったんですけど?」

 

エリナが立ち上がって、私の頬をビヨーンと伸ばす。

私はその行為に対して頬を緩ませながらも、シロエに対して微笑んだ。

 

「まぁ、シロエ達もギルド作ったら頼みに来てよ。適正価格よりちょい上で売るから」

「それは酷いぜ祭り…」

「私達は生産最先端だったから良いの。寧ろ安いくらいだよ?」

「まぁね。『現実の生産者』の武器と防具なんて、持ってたら一種のステータスになるくらいだったし」

 

その言葉を聞いて、何人かの人が目を逸らし始めた。

それを見て私は思わず苦笑するが…シロエは何も分からずに首を傾げた。

 

「…未だにフェーレースの符から離れられない」

「攻撃手段の無い私には、唯一の攻撃手段だからねぇ…」

 

それを聞いたシロエが分かったのか小さく頷いた後に、ご飯を食べながらエリナに話を聞く。

 

「そういえばエリナさん。スキルの構成ってどんな感じなんですか…?」

「あー。私は友人とやるのが確定してたからね。大体は~…」

「私よりも支援よりですね。ソロでやってる時はどうしてたんですか?」

 

その言葉を聞いてエリナの顔が目を逸らした。

…そしてゆっくりと目を濁らせて小さく呟き始める。

 

「符術師に頼んで攻撃力強化してぶん殴りだったなぁ…そうでなくても風当たりが強くて…リーダーにギルド誘われるまでが一番つらくて…」

「分かりますその気持ち。大体あいつら、支援も受けた事ないのに必要ないとか色々言いたい放題で…」

「…ああ、シロの付与術師話が始まった祭り…」

「ああ、エリナの愚痴が始まった」

 

私達がお互いに顔を見合わせて苦笑する。

その様子を見ていたハヅキが、自分の椅子から立ち上がって、私の椅子に座った。

その様子を見たミントが、頬を膨らませながら皿を持ってきた。

 

「二人共どうしたの?」

「…何でもありません」「何でもない!」

「おお?愛されてるんだなぁ」

「…っ!」

 

ニコニコ顔の直継の言葉を聞いて、ハヅキの頬が赤く染まった。

私がため息を吐くのを見た直継が小さく首を傾げるのを見て、私はもう一度ため息を吐いてから直継に喋りだした。

 

「あのね…この子大災害入って泣いてた子なの。私みたいに冗談が通じる訳じゃないんだから、止めてあげなさい」

「…こいつ、こういう所だけはシロそっくりなんだよなぁ…」

 

直継が頭を抱えている姿を見て、私は首を傾げる。

とりあえずハヅキの頭を撫でていると、何かに苛ついているミントが笑ったままシロエに対して喋り始めた。

 

「あ、そう言えばシロエ。にゃん太から電話があって、情報交換したら彼ススキノに居るんだって。ご飯欲しいのなら会いに行けば?」

「直継!準備してすぐ行こう!」

「待て待て!準備も何も戦闘経験も連携も何も無いだろ!取り敢えず戦闘に出る事は必須だぜ?」

「…う…」

 

やっぱりご飯は生きる糧なんだなぁ…なんて思いつつも、私はハヅキが寝る部屋をどうするか考えていた。

このハウスは結構広いから寝る部屋はあるけど…どうしようかな。

 

「…いやぁ、この家に居たら宿屋なんて泊まりたくなくなるね。直継」

「そうだな!もしこの家に慣れたらその代償として泊まらせてくれ祭り!」

「うーん。子供の教育に悪い人達はちょっと…」

「流石に女子の前では言わないって…」

「慣れって怖いんだよ?」

「女子の前で言わないのも慣れとるわ!」

 

直継をからかいつつも、私はまたエリナと付与術師談義しているシロエに対して話しかける。

…この情報をどうするかだ。

 

「さてシロエ。この情報どうする?」

「…そうだね。流石に“今の”僕達には手に余るし…幾ら払って欲しい?」

「家賃三か月分」

「…高いのか低いのか分からねぇ祭り」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ手を止めて考え始めた。

それを見たシロエが少しだけ呆れた様な表情を浮かべるのを見て…私は小さく微笑む。

 

「まぁ、ざっと40000位?」

「…それだったら」

「合計120000だね」

「…ごめん、ギルド会館で金持ってきてからで良い?」

 

それを聞いて二人が小さく頬を引き攣らせるのを見て、私は小さく微笑みながら二人に提案をしだした。

 

「直継を…ああいや、直継置いて行かれても困るし、かわりに直継が貯金から出して来て?」

「ちょ!なんでだよ!」

「直継ならシロエを見捨て無さそうじゃん?」

「それシロエが俺を見捨てるって言ってるよな?!」

「…直継、お金は怖いんだよ」

 

しっかり払うよ!なんて言ってくるシロエを無視しつつ、私は直継を追い出した。

…トボトボと歩いて行く様な足音を聞いて、私はメンバーに幾つか指示をしてからシロエに交渉をする。

 

「…さて、さっきまでは表向きの取引。こっからは裏の取引と行こうじゃないかシロエ君?」

「…まぁ、サミダレが金貨程度で納得する訳無いよね。僕達の貯金合わせてもそっちの方が金有るし」

「まぁ、最近は余ってたぐらいだからねぇ…さてこのアキバ、買えるとしたらどう思う?」

 

その言葉を噛み砕いて、一つ一つの意味を考えるシロエを見つめる。

…つまりまぁ、私達が本気を出せばアキバ買える位の金は溜まるけどどうするという意味だ。

 

「不味いと思う。アキバ自体を買えたらそれは…」

「そう、一つのギルドがこの街を独占出来る。しかもゾーン設定で入れない様にも出来る」

「…それを話した訳は?」

 

シロエからの言葉を聞いて、私は人差し指を立ててから喋りだす。

 

「この状況を打破する事。私の予想では、この荒れた状態を続ければ何れそう言う状況が起こる気がする。そうでなくても…ミナミではもう大神殿が買われているらしいし」

 

とある情報源から聞いた情報を流すのを見て、シロエは驚いた様な表情を浮かべながら小さく何かを考え始める。

 

「…大神殿を買う!?それはつまり…」

「生殺与奪の権利がそいつらの思うがままって訳。まぁ、そんな金は私達とD.D.Dの全員の総資産かき集める程度にしかないんだけどさ」

「…これから、それが起きる可能性がある…と?」

 

シロエの言葉に対して私は頷く。

そして直継が帰って来た音を聞いて、私は頬を緩ませた。

 

「お帰り直継、歩いている時に初心者って居た?もっと簡単に言うと30レベル以下の」

「んー…?そういや居なかったな。シロはどうだ…?」

「30…金貨…商売…?何かが足りない様な…」

 

それを聞いて私はため息を吐き、どうするか迷いだす。

それを見たエリナは少しだけ困った様な表情を浮かべつつ、私の方を見ながら喋りだした。

 

「…そろそろレベル上げたいですね。流石にレベル90以上の敵に挑むのはきつそうですけど…」

「…ただいまー!ミント、ご飯美味しかったよー!」

「お帰りなさい…って、他の人達はどうしたんですか?」

 

ミントが態と聞くように情報を引き出してくれる。

帰ってきてすぐの彼女は、頭を働かすのも面倒なのかボーっとしたまま答える。

 

「えっとねー。怪しい奴らから良い話があるって言ってたかな。確か…EXPポットの予約がどーとか?」

「へぇー、それは怪しいね。因みにギルド名とかは見た?」

「うん、ハーメルンって名前らしいよ?」

 

その言葉と共に、シロエが漸く気付いたのか立ち上がってこちらを見つめた。

突然立ち上がった事でハヅキがビックリして私に抱きついてくれた。

…可愛い。

 

「…っ!サミダレはそこまで知ってたの?」

「まぁ、知らないけど推測は立ててたかな。自分達に余裕が無い癖に“初心者救済”なんて掲げているギルド、信用ならないでしょ?…それに」

「…それに?」

 

私はじっとシロエを見て…溜息を吐く。

この人はなんでこんなに、好意を向けている人に対して鈍感なんだろうと思いながら。

 

「…ま、気に掛けてた初心者の姉妹が、突然怪しい人達に話しかけられる所を見たら、疑わずにはいられないよね。しかも、他にも話しかけているけど全員初心者(30以下)だけだし。本当に“初心者救済”を謳っているのなら、様々な方針で育成をする為の上級者(レベル90)を誘っても良い筈だよねぇ?」

「…っ!」

 

私は彼の姿を見て、発破をかける事に成功出来たのが分かった。

…なら、後は背中を押して歩ませるだけだ。

 

「ま、そんなこんなで。あんな外道に偉そうにされるよりは、頼れる参謀にトップを操って貰いたい訳でして。…どう?私の依頼(クエスト)、受けてみない?」

「…分かりました。唯、協力はしてくださいね」

「ま、書類仕事以外だったら任せてよ。書類仕事はお断りだけど」

「善処します」

 

そういったシロエと、次いでに直継を追い出して、ゆっくりとご飯を食べ始める。

…絶対にあの眼、私を巻き込むとか考えている眼だった…なんて思いつつも、私は自分の身体を抱きしめているハヅキに対して、風呂に入りなさいと普通に叱った。



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005

シロエ達は、明日戦いに行くから支援をお願いと言って帰って行ったのを確認し、私はお風呂に入る為に…何故か部屋の中に閉じ込められた。

…いや、別にいいんですよ?部屋に風呂付いてますし?折角だし温泉行きたいのになぁ…

……きっかけはツキサギの一言だった。

 

「…ハヅキ。リーダー抜きで温泉行こう」

「えっ?私抜きなの?」

「そ…それは流石に可哀想なんじゃ…?」

 

ツキサギの言葉に私が傷付き、ハヅキが少しだけ驚いた様な表情で話しかける。

それを見たツキサギは少しだけ呆れた様な表情で私達に話しかけた。

 

「じゃあ、リーダーに襲われても良いの?リーダーレズビアンだから、すぐ襲うよ?」

 

その言葉と共に、ツキサギがジトっと見る。

確かに私は生粋のレズビアンだが…しかし一言ぐらい言わせて欲しい。

 

「襲おうとは妄想した事が多々あるけど、襲ったのは一回も無いよ!」

「…ね?」

 

その言葉を聞いてハヅキが少しだけ考えた後に……小さく頬を赤らめた。

そしてそのままゆっくりと手を私の前に右往左往させた後に…

 

「はい…すみませんが、今日はちょっと…」

「…うん。自分で言ってて察してた。ごめん皆、ハヅキを頼んだ」

「後で入ってきて良いからねー?」

 

ミントの言葉と同時に、私は温泉から追い出された。

…可笑しい、私はこのギルドのリーダーの筈なのに…なんて考えながらベッドに寝転がる。

…久々にレズビアンなんて言われたなぁ…なんて思いながらも、ツキサギは普段良い子だから疲れているのかも…なんて思いつつ、私はのんびりとベッドに腰かけ…

 

「…リーダー、居る?」

 

何時もよりも緊張していたツキサギの声が、外から聞こえた。

取りあえず、緊張している理由が分からない私は扉を開けて小さく首を傾げた。

其処には何時もの装備と違って可愛い服を着ているツキサギの姿があった。

 

「居るよー。折角の温泉なのに、結構早いね?」

「あ、えっと…ま、まだ入ってない…」

「あれ?温泉其処まで狭かったっけ?」

 

私は過去に作っていた温泉を考えて首を傾げる。

このハウスは生産者クエストで手に入れた場所だから、かなり広い上に結構安い。

依頼で手に入るハウスは基本的に性能も高いが、その代わり依頼でかなり金を使うのだ。

 

「…う、ううん。凄い広かった。皆びっくりして飛び込んでたよ?」

「あー…ミントとか飛び込みそうだよね」

「うん…何時ものお姉さんっぷりが無くなってた」

 

ああ…何時もミント旅行に出たいなんて言ってたし、最近は忙しそうだった今回のアップデートは良い休日だろう。

ツキサギも刀鍛冶のプロだし、きっと休みが少なかったに違いない。

 

「それで…えっと…」

「…あ!」

「ど、どうしたの!?」

 

私の声を聴いて慌ててこっちを向いたツキサギを見て、私は思い出した事をそのまま話した。

 

「私達の仕事場確認してなかったって。後で確認しないと」

「…確認したけど、普通の作成は出来たよ。特殊な作成は…まだ確かめてないけど」

「そうだねぇ…明日シロエに着いて行く組と生産をする組で別れようか」

 

私は誰をどう配分すれば良いか考える。

勿論シロエと直継がどうするとは思わないが、外で襲われたらそれこそ一大事だ。

今日適当に外出ただけでもPKはかなり居た。

それだったらハヅキは明日連れて行って経験を積ませた方が良いだろう。

なら他に連れて行く人は……

 

「そ、そうだね。…せ、折角だから私は、サミダレと一緒に…」

「ハヅキは生産に居ても意味無いし、流石にギルメンを渡すなら私も行かないといけないし…ヒーラーは必要と言ってたから…」

「わ、私が!行くって…」

 

急に大声を出したツキサギを見て私は考えを纏めた。

ツキサギは神祇官だから別にヒーラーとしては良いが、かなり攻撃寄りの彼女を行かせるのはちょっと…と思う。

しかも、最初は低レベルの場所に行くのだから、即死が発生したら目も当てられない。

 

「…ツキサギは攻撃よりだからねぇ。流石に最初は普通のヒーラーの方が良いかな」

「…!それだったらリーダーも駄目だよね?2タンクだよ?」

「あー…それもそうなんだよなぁ…」

「な、なら…」

「まぁ、朱雀の構えで攻撃アップ出来るから近接攻撃職として活躍は出来るでしょ」

 

そう言って私はベッドに座ると、ツキサギが私に突っ込んできてベッドに転がる。

…何故か泣きそうになっているツキサギの頭を撫でつつ、私は目を閉じる。

 

「温泉…後で入ろうかなぁ?」

 

そんな事を呟きながら、私の意識は落ちていった。



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006

「…あのね。僕は確かに一パーティでも良いって言ったよ?だけどさ。こんなパーティで来る事ある?」

「…だって、折角だったらみたいじゃん?」

「主君。彼らは一体…?」

 

一人の少女が私達の方を見て首を傾げる。

それを見た後ろの人達が微笑ましそうに笑うのを見て、私は思わず苦笑してしまった。

 

「『現実の生産者』って所なんだけど、リーダーがかなり大馬鹿でね」

「…えっ酷い」

 

朝起きて皆に取り敢えず言う前にシロエに一パーティで良いかと聞いたら、その方が依頼になるから良いと言われたので皆を誘ったのに。

そんな事を考えながら少しだけ傷付いた様な表情で見つめると、シロエが小さくため息を吐きながら口を開く。

 

「じゃあさ、今回の構成、言ってみて?」

「武士、吟遊詩人、吟遊詩人、付与術師、付与術師、付与術師」

「…どう?」

「大馬鹿祭り!」

「…これは主君以外にも守る人が増えただけなのでは…?」

 

私達の編成を聞いて三者三様の反応をするのを見て、後ろのメンバーもそうだよなぁ…と言った反応をする。

それを見て私は思わずもう一度苦笑をするが、それでも反論をする為に口を開く。

 

「失礼な!皆ビルドバラバラなんだよ?」

「…マナコントローラー僕含めて二人居るんだけど?」

 

シロエの最もな言葉を無視しつつ、私は前に向かって前進していく。

…勿論私だってパーティメンバー的に酷いのは理解しているが、それはそれ、これはこれだ。

きっと皆なら何とかしてくれると信じている。

 

「…取り敢えず、技は身体に染みついているからコマンドから選択しなくて良いって事だけ覚えてね」

「ああ、うん。ありがとう」

「…さて、私達は…ちょっと遊びに行くか。アクア、好きにしていいよー!」

 

そう言って私がアクアに指示をすると、アクアは嬉しそうに杖を取り出した。

それを見て私達のパーティが笑いながら準備をし始め、シロエ達が小さく首を傾げた。

 

「はいアクア。輪唱のキャロル」

「も、猛攻のプレリュード!」

「援護するねお姉ちゃん!ヘイスト、カルマドライブ。ゲイジングアイ…ナイトメアスフィア!」

「あー。私いらないかな?ソーンバインド・ホステージ」

 

三人が一人の付与術師……アクアにバフを掛け、余ったエリナとイヴルアイのアイの二人が苦笑しながら適当な敵に茨と睡眠異常を与えてグループ毎凧揚げ(カイティング)

それを見たアクアが自分の杖を取り出し、その杖を見たシロエが片眉を上げた。

 

「行きます!キャストオンビート!メイジハウリング!パルスブリットォォォ!」

 

瞬間、大量のバフを掛けられたアクアから弾が大量に飛び出し、移動速度低下が掛かっていた雑魚敵が溶けていって…金貨に代わっていた。

輪唱のキャロルの追加攻撃の効果が虚空へと消えていき、彼女はスッキリしたのか嬉しそうに笑っていた。

 

「…主君、あれは付与術師なのか?妖術師の新ビルドじゃないのか?」

「あー…最初に見たらそう思うよね。あれは付与術師のスプリンクラーってビルドなんです。アカツキさん」

 

少女…アカツキさんと言うらしい…がドン引きした様な表情でシロエに話しかける。

その事bsに苦笑しながら返事をしたシロエだが…

 

「敬語禁止」

「うっ…」

 

どうやら面白い関係らしい。

傍からいちゃついている関係を見るのも楽しそうだなぁ…なんて微笑みながら見れば、アカツキさんは私の方を見た後に…少しだけ頬を赤らめた。

…それを見てエリナが警戒をする様に頷いたのを見て、私はため息を吐く。

 

「…あれがギルド『現実の生産者』なのか?」

「あー…まぁ、名前の通りこの世界でも生産者のサブ職業を取ってる人達でね。しかもレイドにも参加してる本当の廃人達なんだ」

 

その言葉を聞いたアカツキが、驚いたようにこちらを見た。

…いやまぁ、確かに今の姿を見たら信じれないのも分かるけど…有名人だとは思ってたんだけどね。

 

「…兎に角、僕達も連携を始めよう」

「じゃあ私達は辺りの警戒をするよ。三人は満足するまで連携をしてて」

「うん。ありがとう」

 

私達は自分のパーティを集め、『花鳥風月』にも念話をした後に、私はフレンドと連絡をし始めた。



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007

「…もしもしミノリさん。大丈夫?うんだったら一回、いいえだったら二回、何か質問があったら三回咳をしてね」

「…コホン…」

 

誰もいない場所で、私は『花鳥風月』に周囲の警戒をさせてからミノリに連絡を入れた。

喉を酷使させる返事のさせ方に悔しい想いをしつつ、私は彼女に元気の出る言葉を掛ける。

 

「…シロエがゆっくりとだけど動き出したよ。だから大丈夫…すぐに助けに行くよ。勿論、私もギルドを使って協力もするから」

「…コホッ」

「怖い時は連絡して、私が何かお話をしてあげるから…寝る時でも良いし、今こんな風に仕事してる時でも良いよ」

 

ミノリは現実で中学生だったし、私が見つけたころにはもうハーメルンに入っていた。

…それがどうしようもなく辛くて、私は念話を入れる事にしたのだ。

 

「……っ…サミダレ…さん」

 

何かされたのか、少しだけつらそうな声音で喋るミノリを見て…私は小さく歯噛みした。

けれどそれを吐露した所でミノリの立場は変わらないし、救われる筈もない。

だからこそ、私は彼女を鼓舞する為にギルドの皆に秘密で連絡をしているのだ。

 

「うん。なぁに?」

「…私、怖い。もし、このままハーメルンに居続けられたらどうしようって」

 

消えてしまいそうな声、周りに人がいるからというには…あまりにも寂しそうな声のミノリに、私は優しく…安心して貰える様に優しい声を作った。

 

「…ミノリ」

「…ぁ…コホッ…」

「大丈夫。話せる内に話して」

 

喉を酷使して返事させるよりも、今話せる内にしっかり話した方が良い。

そんな事を考えながら私は耳を傾ける。

 

「…このまま、悪夢のような毎日が続いたらどうしようって…トウヤも毎日、傷だらけで帰ってくるし…もし、師匠に…先輩に嫌われたらって…」

「…ミノリ、貴女の大好きなツキサギ先輩からの言葉、預かってるよ」

「…ぇ?」

 

私は息を吐いて、酷く心配そうなツキサギの顔を思い出す。

…私も彼女も、初めて出来た弟子を気に入っていた。

だからこそ絶対に……そんな事を考えながらも、私はツキサギからの言葉をゆっくりと伝える。

 

「神祇官は皆を信じて突っ走れ。もし駄目なら怒られるし、正解なら沢山褒めてくれる。自己評価は正確に、自分と相手の差を考えて…」

「「障壁貼って突っ込んでけ」」

 

ミノリが少しだけ楽しそうに笑ったのを見て、私は少しだけ安堵の息を心の中で吐く。

…それと同時に、ミノリが感情の籠った様な声音で話しかけてくれる。

 

「…大丈夫です。私、師匠の言葉を思い出しました。…だから、えっと…」

「ふふ…じゃあ、トウヤに伝えといて。大事なのは冷静な心でも、技術でも無くて…突拍子も無い判断力って」

「…二人共、変わってないですね…あ、コホッコホッコホッ」

「そうだね。…うん。分かったじゃあこっちで念話を切るね。また、時間があったら」

「…コホッ」

 

そう言って念話を切ってから、私はシロエの方に歩いて行く。

戦闘中のシロエに近づいて…

 

「ミノリは無事だよ」

「…そう…ですか…」

 

そう言ってから離れて、シロエの返事を聞きながら自分のパーティの元に行った。

パルスプリット連打でストレスを解消している彼女達を見ながら…

 

「武士の挑戦!」

 

私も適当に見つけた敵にヘイトを集め、ストレス解消を開始した。



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008

「今日はこんな所にしとこうぜ」

 

という直継の言葉に頷いて、シロエは魔法の詠唱を止めて杖を降ろし、私達は全員武器を構えつつ、シロエ達を庇える様に警戒をし始めた。

 

「…まるで重要人物になったみたいだ」

「美人のSPハーレム祭り!」

「…まぁ、周りから見たらそうなんだけどね…」

 

シロエがため息を吐きながら喋るのを見ながら、私は少しだけお茶らけた様に笑う。

そしてそのまま念話をしながら周囲を警戒させつつ…私はシロエに話しかけた。

 

「契約だからね。体力の低い付与術師を盾にするなんて、シロエは悪い奴だな」

「そんな事言ったら、俺も守護戦士で守られてるんだが…」

「主君。採取完了だ」

 

アカツキが敵から物を採っていたのが終わって、私達の目の前に現れた。

シロエにお疲れ様と言われて頬が緩むのを見つつ、私達は辺りの警戒をしている花鳥風月に連絡を入れた。

 

「…ツキ。周りに敵は居る?」

「ううん。いないよお姉様」

 

ツキが少しだけ息を荒げながら喋りかける。

…視線を感じて後ろを見れば、其処には私の方にスコープを向けているツキが居た。

…それを見て私が苦笑しながら念話を繋げつつ、周囲に隠れているハナに手話を行う。

 

「ならハナ、トリ、フウに連絡して。三人は私達と合流、ツキは…」

 

私はチラッとシロエを見る。

私がしたい事に気付いたのか、シロエは頷いてアカツキさんを呼んだ。

現れたアカツキさんはシロエの後ろ…ではなく私の少し右前に現れたのを見て、シロエが少しだけ首を傾げつつも話しかける。

 

「アカツキさん。『花鳥風月』のツキと辺りを警戒して貰えないかな?」

「…敬語禁止と、アカツキだ!」

「という訳で、ツキはアカツキと一緒に周囲の捜索。彼女のビルドはシャドウブレイドで、サブ職業は追跡者。ツキも上からの移動でお願い」

「了解」

 

念話からの返事を聞いた後に、私は小さくアカツキさんの方を見つめた。

それを見たアカツキさんが少しだけ視線を逸らしつつ、先程の会話を聞いて不思議な部分があったのか首を傾げながら私の方を見上げた。

 

「…よくビルドが分かったな」

「…サミダレは、二刀流居合とか珍しい事しているからね。誰がどう組み合わせが良いかとか、色々考える時は、僕も良くお世話になってたよ」

「…そ、そうなのか?」

「まぁね」

 

アカツキさんからの言葉に少しだけぶっきらぼうに返しつつ、私はゆっくりとツキを見上げた。

…それを見てアカツキさんは小さく首を傾げるが…先程のお願いを思い出したのか口を開く。

 

「…じゃあ私は木の上から行こう。暗視を取っているし、隠行術と無音移動の使い心地も試しておきたい。ツキという人の構成はどうなんだ?」

「暗視無しのサイレントスナイパー。腕は信用してほしいかな、昨夜1パーティ半を殺しきった実績はある」

 

それを聞くと全員が驚いたようにこちらを見つめた。

私はその視線をあえて無視しながら全員に命令をし始める。

 

「ツキはハイディングエントリーのみ使用可。もしPK若しくはプレイヤーに会ったらハナに報告。そして命令を受け次第撤退か殲滅。

アカツキさんは先行してツキ以外の人影が居たらシロエに念話で報告してください。

シロエはマジックライトを使って視野の確保。アクアは何時でも唱えられるようにディスペルの準備、アイはゲイジングアイの起動、エリナは各種支援魔法を歩きながら掛けて。

ハヅキとミーナはノクターンでエリナの支援。

直継は私と同じ最前列へ、もし攻撃魔法が来たら一歩下がれば私が斬る」

『了解』

 

全員に指示をすれば、シロエから何時も通り凄いな…なんて声が聞こえる。

私からしたらシロエの方が凄い気がするけど…なんて思いながらも、私達はゆっくりと歩き始めた。

 

「支援魔法全員に掛け終わったよ」

「お疲れ様。後は歩くだけだ」

 

そう言って全員が今までよりも早い速度で歩き始める。

やっぱりオーバーランナーは楽だなぁ…なんて思いつつ、隣のエリア…カンダ用水路に辿り着き、アカツキと合流した。

…さっきのシロエと直継の会話は、全員が聞かなかった事にした。

 

「さくさく行こうぜ、宿が恋しいや」

 

直継の言葉に私達も苦笑しながら頷くのを見て、私は少しだけ警戒を解いた。

一応人影はないと聞いていたし油断していても問題はないだろう。

 

「確かに、温泉とか入りたいねー」

 

そんな油断からか、口が滑ってしまった。

シロエと直継から親を殺された様な視線で見つめられるが、ハヅキはそんな事に気付かなかったのか…

 

「昨日の温泉、凄く気持ち良かったです。それに、部屋に付いてたジャグジーバスもとっても良かったですし…」

 

という、火に油を注ぐ様な発言を繰り返した。

闇の帝王も逃げ出すくらいこちらを見つめてるのを感じながらも、戻ってきたアカツキさんを見て小さく視線を逸らしながら喋りだした。

 

「…あー、ゴ、ゴブリン出なかったなー」

「…ソウダネ」

「…そりゃ、来ないだろう。こっちは90レベルの団体様だぞ」

「私はあの恐竜の骨をかぶってるゴブが好きだ。偉そうにしているところが滑稽で可愛い」

 

私達の必死の話題替えにシロエが乗ってくれたのが幸いし、私達はゆっくりと安堵の息を吐いた。

その後もゴブリンに対して…というより魔術師系の話題になったアカツキが…

 

「だいたいの所、魔術師系の敵というのは偉そうにしているくせに装甲は紙でHPは少ないのだ。それならそれで下がっていればよいものを、のこのこ前線まで出てくるゆえ狙うのは至極簡単だ。

ハイド・シャドウでこっそりと接近して首筋に小太刀をぞぶり、と突き入れる。身体の力がすとんと抜けて糸の切れた人形のように崩れ落ちるのがたまらない」

 

という発言をしてしまった所為で私達の付与術師三人とシロエの頬が引き攣ってしまい、私は思わず笑ってしまった。

発言が可笑しいと感じたのか私に対してムッとした顔をしてくるアカツキの頭を撫でれば、子供ではない!と怒られる。

そんな行動のお陰で全員の緊張が解けた瞬間、遠くから草が揺れる音が聞こえた。

 

「全員準備!」

 

私の掛け声と共に、直継が慌てて武器と防具を取り出そうとするが、余りにも遅い。

私は全員の前にでてタイミングを合わせ、叢雲の太刀を使って飛んできたサーペントボルトを斬り捨てる。

そのまま両刀を抜いて走るのと同時に足に鎖が付いたが、元からエリナが準備していたディスペルマジックのお陰で鎖は消える。

 

「直継。直列のフォーメーション! 敵はPK、人数は視認4!位置を確定します。そこっ!!」

「二人はノクターンを止めて応戦準備!三人はシロエと同じ位置に移動して」

 

というか視認4って…多分向こう側は魔術師でも居るんだろうけど、それでも6だぞ…?人数も負けてるのにどうして襲って来たんだ?

…花鳥風月のメンバーに辺りを探らせるべき?…いや、それをして人数をばらすよりは待機させた方が良い筈だ。

待機命令を呟くのと同時に、目の前の男が笑いながら話しかけてくる。

 

「黙って荷物を置いていけば、命までは取らないぜ?勿論、其処の護衛は関係ない。お前ら二人だ」

「…へぇ…」

 

成程、彼らは私達を護衛だと思っていたのか。それだったら尚更可笑しい気が…いや…成程、魔術師を隠しているのならこの状況は“丁度良い”だろう。

護衛ギルドは地図師等が居ないから、今までミニマップで頼っていた部分が多いから…つまり…此処はこいつ等が地の利を得てるから此処まで傲慢なのか。

 

「守護戦士に魔術師か。無駄なあがきをしてみるか? こっちは四人なんだぜ?」

「…四人…ね。こっちは八人だけど?」

「ハッ!確かに今までだったら負けてたかもしれねぇが、こっちはこの辺りをよく知ってるんだぞ?多少の人数不利(・・・・・・・)なら巻き返せるぞ!」

 

その言葉を聞いて私は思わず苦笑し、シロエは馬鹿確定と小さく呟いた。

…そのまま武器を構えながらやってくるのを見て、私は彼らの距離が近づく前にツキの念話に連絡を入れる。

 

「…らしい。ハイディングエントリーからクリープシェイドでサイレントスナイパーからアサシネイト。二人いた場合はアカツキさんと協力して」

「了解したよお姉様」

 

私は念話を繋いだままのツキに情報を与え、それを近くに居るアカツキにも伝えて貰う。

そんな事に微塵も気付いてないだろう彼らはニヤニヤしながら、こちらを見つめる。

 

「……直継どうする?」

「殺す。三枚におろしてからミンチにして殺す。そもそも他人様を殺し遊ばせようって連中だ。当然他人様に殺害されちゃったりする覚悟なんておむつが取れる前から決まってるんだろうさ」

「直継はPK嫌いだもんね。……僕はお金払っても良いんだけどさ、一度くらいなら」

 

だけど…とシロエが言いながらニヤリと笑う。

 

「でも、あいにくお前たちには払いたくない」

「よく言ったぜ、シロ」

 

その瞬間アイが詠唱を始める。

その事に気付いたシロエと相手のリーダー、そしてその二人をのんびりと見ていた私が同時に命令を下す。

 

「第一標的左前方の戦士っ! 同時に盗賊への阻害もまかせたっ」

「そこの鎧の厚い戦士は俺達にまかせろ、お前は魔術師達をさくっと殺しちまえっ!!」

「アイは頭の中でカウントして残り2秒でフリーズ。ミーナとアクアは森の中を一斉掃射」

 

シロエがアストラルバインドを掛け、アクアがパルスブリットで一斉掃射をする。

時々当たっているのか、ミーナの輪唱のキャロルが発動し、追加ダメージも入った。

 

「ハッ!お前達は付与術師か!ならあっちの魔術師を狙うぞ!ヒーラー!適当に回復をしろ!」

「「…行かせると思う?」か?」

 

直継が私の方に走ってきて、私の直ぐ横に止まったと同時に盾を持ち上げる。

それを見て私は少しだけ微笑みながら、取り出した武器を片方だけ上げてスキルを発動させた。

 

「アンカーハウル!」

「武士の挑戦」

 

アンカーハウルでヘイトを取り、私がその横で一人ヘイトを吸い取る…という事をする。

彼らの視線が私達の方へ向くのと同時に、武士のヘイトを私が吸い取った。

 

「ちっ! 構うことはない!! 三対二なんだ。幾ら堅いと云ったってたかが知れている。この野郎を先に畳んじまえ!」

「…良い判断だね。」

 

私と目の前の武士で一対一、直継の相手は武器を見た限り盗剣士二人組だろう。

…という事はデバフを撒いて手数で押せば約40秒で落ちるだろう。

……勿論、後ろの付与術師達(優秀な仲間達)が何もしないなら…と言うお話だが。

 

「っ!」

 

相手の攻撃に合わせて、私は刀を無作為に振るう。

そして瞬時に相手の攻撃を弾き返し、返す刃で相手の首を狙う。

それを見た相手が下がろうとするのを、もう一つの刀で腕を斬り付ける事で防いだ。

 

「糞…一刀両断!」

「切り返し」

 

相手の一撃を二刀流によって防いだ。

そのままパッシブの木霊返しが発動した事により、相手に無数の傷跡が走り出す。

 

「虎口破りぃぃ!」

 

明らかにPSは低い、馬鹿みたいにスキルを使ってくれるから、対処がしやすい。

そんな事を微笑みながら、私は来る攻撃をスキルを使わずに避ける。

一撃を逸らす為に柄の先を刀で逸らしながら反撃を入れ、そのまま相手の後ろに辿り着くのと同時に…

 

「なっ!?」

 

相手の技が地面に叩きこまれる。

それを見ていたシロエが可愛そうな目で敵を見つめていたが、見なかった事にする。

それを見た彼が後ろを振り向き、スキルを使おうとするが…先程使った影響かMPが足りないのだろう。

 

「んっ!ちっ!糞が!糞がぁ!」

 

唯適当に殴っている彼の攻撃を避けながら、私は彼を憐みの表情で見続けながら反撃を入れる。

それを見た彼が瞬時に槌を大振りで振るのと同時に…

 

「居合の構え」

「…なっ!しま!」

 

私は武器を仕舞って避ける。

それと同時に彼の首に両刀が振るわれ…彼はもう二度と動く事無く、経験値と金を残して消えていった。

それを見るのと同時に、私は叫ぶ。

 

「アイ!エリナ!」

「「ソーンバインド・ホステージ!」」

 

二人の茨が、それぞれヒーラー以外の二人に纏わりつく。

私は自分の刀で二人の茨を一本ずつ斬り、直継は目の前のリーダーを斬り始める。

 

「なんだこれはっ!? くぅっ!」

「では団体様」

「ご教会へご案内~…だぜ?」

「くそっ…ヒーラー!武士を蘇生するんだ!」

 

リーダーが叫ぶのと同時に、私達は小さく頷いた。

確かに今の状況ならそれが一番だろう。

盗剣士二人なら片方がバックラーとして活躍すれば何とかなるだろうし、私達はタンクだ。

あそこ迄の距離を詰めるにはかなりのリスクが伴う。

…勿論、

 

「…ぐぅ…」

「…は?」

 

あのヒーラーがちゃんと動いていたらの話だが。

確かに、最初はアクアの一斉掃射のダメージを回復した可能性はある…けど可笑しくないか?

 

「…彼は最初からあの状態ですよ。私の妹、眠らせるのは得意なので」

「…まさかお前…嘘だ。状態異常特化の付与術師で女性アバター…嘘だ、そんな訳…」

 

その言葉を聞いて、私はおっと口を緩ませた。

アカツキさんが気付いていないから余り有名ではないのかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。

 

「そう言えば挨拶を忘れてましたね。こんばんは、私は『現実の生産者』のリーダーのサミダレと言います」

「…そんな…嘘だろ?」

 

冗談であってくれと言った様な表情でこちらを見つめるのを見て、私は小さく微笑みながら一言呟く。

 

「アクア」

 

その一言で彼女はパルスブリットを掃射し、速攻で体力と茨が削り切れ倒れた。

リーダーの首に刀を置いたまま私は彼に微笑みながら喋りかける。

 

「チェックメイトだ」

「…ああ、そうだな。………お前らのな!もういい!妖術師!召喚術師!ここまで来れば総力戦だ!全員消し炭にしちまえっ!」

 

静かな夜に、目の前の男の怒鳴り声が聞こえる。

そして静かな風にバチバチと音が聞こえるのを聞いて男が笑いだした。

 

「ザマァ見ろ!伏兵を警戒しなかった事を、せいぜい神殿で悔し涙でも流すがいいさっ!あはははははっ!」

 

その笑い声と共に、寝ていたヒーラーにライトニングチャンバーが当たり…そのままアイテムをばら撒いて死んだ。

それを見ていた男の笑いが止まり、再び夜風が吹く。

 

「うわぁ…これは酷い」

「な、なっ。何やってるんだよ、お前らっ!? な、なんで攻撃するんだよ!?お、お前らまさかっ。俺達を裏切って……」

「そんなんだからお前らはダセェんだよ」

 

直継が盾で殴ると、それだけで目の前の男の茨が切れてダメージが発動する。

もはや抵抗する気も無くなったのか、森の方を信じられない様に見つめている。

 

「仲間くらい信じた方が良いよ。…君らの妖術師と召喚術師は」

「もう疾うの昔に死んでいるぞ」

 

アカツキさんがそう言いながら、森から引きずっていた二人の魔術師を道路の上に投げ出す。

それを見ていた男の顔が、恐怖一色になった。

 

「じ…じゃあ、さっきの魔法は…!」

「「「「私達、『花鳥風月』がやりました」」」」

 

その言葉と同時に四人の女性が現れる。

それを見て更に絶望した様な表情を浮かべるのと同時に、私は微笑みながら武器を仕舞う。

 

「…付与術師の呪文をバカにするのは良くない。

お前達は低火力だからと無視していたらしいが。あれだけ明るい魔法を見続けていれば、森の暗がりなんか見えるはずがない。

後ろで支援しているはずのヒーラーが寝ているのにも気が付かなかったな。お前達の連携は穴だらけだ。

戦闘に夢中でHP管理も仲間の状態確認も出来なかったお前達の伏兵なんて、簡単に暗殺できたぞ」

 

その言葉と同時に、全員が武器を構え、ソーンバインド・ホステージに引っかかっている彼に対して攻撃準備をする。

それを見て周囲に視線を向けるが、助けが来ない事が分かると瞬時に私の方を見て指を差した。

 

「お、俺達を殺したってすぐ復活だ。お前達に負けた訳じゃねぇっ」

「そうだね、次の挑戦を待ってるよ。今度は…金を貰いにでも行こうかな?」

「…ひっ!」

 

その一言と共に、許可を貰ったアカツキが刀が首を斬り…返り血を避けて首を落とした。

…静かになった相手から散らばったお金とアイテムを集める為、私達は周囲の警戒をし始めた。



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009

「治安悪くなっているという話は本当だなー」

 

アイテムを回収しながら、直継が独り言を呟く様に話した。

それを聞きながらも、私は周囲を警戒する様に柄を持ったまま周囲を回り始める。

守護戦士は二人いるが速度が遅く対処が遅れると死ぬ可能性が高い為、私が周囲を警戒するのが一番だという結論だ。

一応他に伏兵や漁夫が居た場合を考えてアカツキさんを私の直ぐ横に居るらしい。

 

「アカツキさん。そういえばよくすぐ隠れる事が出来たね」

「それは…まぁあれだ。主君が時間を稼いでくれたからなのと…ツキが助けてくれたのだ」

「…ツキが?」

 

辺りの警戒をしているツキを見つつ、私達は会話を続ける。

全員でツーマンセルを組んでアイテムを回収をしているのを確認しつつ、私達はアカツキさんと一緒に辺りを警戒した。

 

「本当は、召喚術師の出した従者に気付かれそうになってな。それを助ける様に先に召喚術師を排除してくれて…相手を反撃させずに殺せたのも、ツキのお陰だ」

「あの子、状況判断は凄いからね」

 

そんな事を言いながら手を振れば、ツキも嬉しそうに手を振り替えてくれた。

それを見て私は微笑むのと同時に…アカツキさんが喋り始める。

 

「そうだな。それに…任務中に心を殺す事は難しい。私は、あの時一瞬だけ途惑ってしまった。だけどツキは…何も気にせず、夜空の星を見ている様に矢で射抜いた。それが当然と言わんばかりに」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ考える様に指を口に当てる。

それを見たアカツキさんが小さく首を傾げるのを見て…私は小さくため息を吐いた。

 

「…皆には、この世界をゲームだと思わせてる」

「それは…当たり前だろう?」

 

アカツキが何を言っているんだという顔でこちらを見てきた。

だけど私は、その言葉に対して首を振る。

 

「ううん。この世界はエルダー・テイルであってエルダー・テイルじゃない。私達は、この世界で生きなきゃいけないんだ」

「…」

「だからこそ、この世界がゲームだという認識を改めなきゃいけない」

 

ご飯は料理人が作れば美味しい味の料理は出来るし、EXPポットを売るという商売だって出来る。

そんな事を心の中で呟きながらも…私は月に手を伸ばしながら小さく呟いた。

 

「私達に唯一出来る事は、この世界でどう生きるか…それだけだよ」

「どう…生きるか」

 

その言葉を聞いて、アカツキは主君と慕っているシロエの方を見る。

私はその様子を見て微笑みつつ、ゆっくりと伸びをした。

 

「さ、金も少ない彼らから貪り取ったし、私達は先に戻るねアカツキさん」

「…そうか、分かった…その、フレンドとうろ…」

「サミダレさん!皆の準備が整いました!」

 

アカツキさんが何かを言おうとする前にハヅキが私の傍にやって来た。

…そのままハナの方を見ると問題なしと小さく指を動かした。

それを見て頷くのと同時に、私は全員に聞こえる様に声を出す。

 

「分かった。じゃあハナに警戒しながら先頭を進むように連絡をお願い。シロエ、五分後に出発!」

「分かった!」

 

ハヅキが私に…正確に言えばアカツキさんにニコニコと笑う様に私の傍に寄った。

そしてそのままゆっくりと私の手を握り、目を潤ませながら小さく微笑んだ。

 

「サミダレさん。行きましょう?」

「え?うん。ごめんアカツキさん、何か大切な用事があったらシロエに聞いておいて!」

「わ…わかった」

 

私がハヅキに手を引っ張られて連れていかれ…私は木陰に向かって歩き出す。

ハヅキは私の手を握るのと同時に、ゆっくりと私の身体を抱きしめた。

 

「…私を…捨てないですよね?」

「捨てる…かぁ。と言っても、今は保護してるって扱いだからね。現実で手に職付いてたら良いけど…流石に無いでしょ?」

「…あります。私は…私は…」

 

ジッと縋る様に私の手を握る彼女を見て…私は彼女のサブ職業を確認した。

…彼女のサブ職業は、毒使い。

もし、彼女が現実でも同じだったら…多分、そう言う事なんだろう。

 

「…帰ろ?私も温泉入りたいや」

「そ…そうですね。帰りましょう…!」

 

ハヅキの手を握り返しつつ、私はゆっくりと皆の下へ戻っていく。

…弱弱しく握る、彼女の手を離さない様にしながら。



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010

アキバに帰って来て漸く家に戻れると伸びをしながら歩こうとした瞬間、シロエから待ったという声が聞こえる。

片手で耳を抑えている所から察するに、念話中らしい。

 

「サミダレ。少し残ってくれない?三日月のマリ姐が呼んでる」

「…サミダレさんを…ですか?」

「はい。そうなんですハヅキさん」

「…あー。それパス出来ない?今マリエールに念話繋いでるよね?」

 

私はマリ姐…普段の三日月同盟のリーダーの話なら一度聞こうとは思っている。

だけど…今の彼女はかなり変わっていると感じていた。

確かに表面は良いかもしれない、けど内面はどうだ?中小ギルド連合を作ろうなんて話を、普段の彼女なら言うだろうか?

それに何時もストッパーのヘンリエッタが止めないのも、それはそれで不思議だ。

 

「…前回の要件はもう誘わないから観念やぁ~!って言ってるけど?」

「なら行こうかな…だけど…私だけで行く。此処で解散しよう」

「どうしてでしょうかお姉様?」

 

ツキの言葉に少しだけ悩んだ後に、少しだけため息を吐いてから…

 

「…前回の要件に関わってるから、言えないかな」

 

そう言って私はギルドホールに向かって歩き始める。

念話を切ったシロエも、これから起こる事を考えているのか頭に手を当てていた。

 

 

「すみません、シロエ様……。って、うっわぁ! アカツキちゃんじゃありませんかっ!」

「おかえりな。三人さん。ちょーっと散らかっとるけど、その辺はお目こぼししたってな。…それと…」

 

シロエ達に挨拶をしたマリエールが、申し訳なさそうに視線を送るのを見て…私は周囲の状況を見た後に小さくため息を吐いた。

それを見て少しだけビクリとしたマリエールを見た後に、私は口を開く。

 

「お構いなく。私は要件聞いたらパパっと帰りますので」

「…さよか」

 

少し寂しそうに何かを口にしかけるが、彼女は此処では口にしなかった。

…リーダーという立場とマリエールの感情がせめぎ合っているのだろう。

その事を隣に居るシロエは気付いているんだろうか?

 

「何があったんですか。マリ姐」

「まぁ、ま。そう急かさんと。座ってや。水入れたげるからっ。色つきでお茶風味! えへへへ」

 

散らかっている理由恐らくはススキノに向けての遠征だろう。

理由(ワケ)も分かっているし、“理由”もススキノに居る姉妹(ギルドメンバー)が保護している。

治安が悪いとは言え“理由”は今は安全な筈だろう。何故このタイミングで?

 

「遠征ですか?」

「うん、そや」

「何処に?」

 

シロエの言葉を聞いて、少しだけ視線を逸らしたマリエールが呟くように喋りだす。

 

「えーっとな。エッゾっていうか……ススキノ」

「トランスポーターが修理されたって話は聞かねぇよな」

「まだ修理されとらんし。むしろ故障してるかどうかも判らん」

 

思わず、といった様子で、直継が口を挟む。

その様子に苦笑しつつ、お茶を飲んだマリエールが返答した。

 

「前にも云うたけど、うちら〈三日月同盟〉は小さなギルドや。メンバーは、いまはちょい増えて24人。殆ど全員は、アキバの街にいるし、いまはこの建物の中におる。

でも一人だけ、ススキノにおる娘がおるねん。名前はセララってゆーんやけど、まぁ、これが可愛い娘でな。森呪遣いや。

うちの中でもまだ駆け出しで、レベルは19。まぁ、そんなのはどうでもええねん。ちょっと気が弱いところがあって、人見知りなんやけどな。商売やりたいってエルダー・テイル始めた変わり種で」

 

マリエールが視線を落としたまま喋るのを見て、ヘンリエッタがその先を分かったのか引き継いでから喋り始める。

 

「大災害があった日、セララはススキノにいたのですわ。

ススキノで丁度レベル20くらいのダンジョン攻略プレイの募集がありまして。その時はギルドに手の空いてる人もいなくて、狩りに出掛けて腕を磨きたかったセララは一人でススキノに……。

一時パーティーでした。ススキノで募集をしていたメンバーと合流して遊んでいたらしいのですが、そこで大災害に遭遇しました。

トランスポート・ゲートは動作不良になって、セララは取り残されてしまったのですの」

 

私は気になった事を質問しようとして、シロエの方に視線を送ると…視線に気が付いたシロエが許可をするように頷いた。

 

「どうして今?」

「あー。な。うん……。救援は、前々から出す予定だったんよ。あんな北の最果てにひとりぼっちじゃ心細いやろ?」

 

そんな事を聞きたいんじゃない。

そんな感情を出しながら睨み付けながら、私は情報の手札を一つ切る。

 

「そう。じゃあそのセララちゃんが、ススキノにてブリガンティアに襲われそうになった事とは関係ない?」

「なっ…なんで知ってるん!?」

 

マリエールが驚いて立ち上がり、ヘンリエッタも態度には出してないが驚いている。

シロエ達もススキノの情報を知っているとは思わなかったのか、驚いたようにこちらを見ていた。

 

「…それで?この様子を見るに、行くのは三日月同盟の精鋭…マリエールとヘンリエッタも行くと考えると、残るのは90になっていない人達だけ。私達のお願いは、面倒を見て欲しい…かな?」

 

私の一言を聞いて、諦めた様に椅子に座る。

そのままゆっくりと私の方を見て、縋る様にこちらを見つめた。

 

「せ…せや。お願い、出来るか?」

「無理だね。仮にマリエール達が行ったら、この遠征は失敗する」

「…っ!何を根拠に…」

 

私はシロエを見て…溜息を吐く。

直継に一言耳打ちをしてから、私はマリエール達に現実を突きつけた。

 

「二ヶ月」

「…え?」

「マリエール達がススキノに到着するまでの日数。二ヶ月、マリエールはどんな準備をしているの?」

「そ…それは…」

「食料だけで約二ヶ月分。次に地図師も筆写師も居ない。地図も無いのにどうやって行くの?」

 

勿論、食料は二ヶ月分用意出来るだろう。

だがこんなお茶の色をした水に、味のしないご飯を食べて、士気が維持できるのか?

だからこそこの遠征は失敗する…三日月連合にも、私達にも最悪の結末で。

 

「み、道なりに行けば…」

「ダンジョン、パルムの深き場所をお忘れで?」

「…っ…そんなの…」

 

私のその言葉を聞いて、膝に置いた手を握る。

それを見て私がため息を吐くのと同時に、シロエの方を見つめた。

 

「云え、シロ」

「主君の番だ」

 

こんなにも、背中を押してくれる二人が居る。

もう、茶会に一人取り残された物静かな参謀は居ない。

今いるのは…

 

「僕らが行きます」

「え?」

「僕らが行くのがベストです」

 

覚悟を決めてその道に行こうとする、一人の青年だ。

…カナミ、貴女の大好きだったシロエは、唯のバスガイドから進化したよ。

 

「そんな。シロ坊っ。うちらそんなことねだってるわけやっ」

 

マリエールの抗議をあっさり無視して仲間を振り返るシロエを、私は見つめる。

 

「もちのろんだぜ」「主君と我らにお任せあれ」

 

その言葉と同時に立ち上がり、二人が嬉しそうに言う。

 

「俺達が遠征に行く。マリエさん達が留守番だよなー。ひよっこの面倒を見るなんて、俺達にゃ無理無理っ」

「忍びの密命に失敗の文字はない」

 

その言葉と共に、今度は私の方を見つめてくる三人。

…これは、負けたかな。

私も立ち上がり、自分の中で一番格好良く見える様に格好つける。

偶にはこういうのも、良いかもしれない。

 

「私も…いや、私達も行くよ。『現実の生産者』はマリエール…ううん。マリが作ったこの三日月同盟と一緒に作ったんだ。

それに、セララは私のギルメンが捕まえてくれてる。下手な場所…そうだな…」

 

私は外に出る扉に指を差してから口を開く。

 

「今のアキバよりも、安全な事を保障するよ」

「明朝一番で出発する。任せておいて、マリ姐。ヘンリエッタさん」



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011

「本当にええんか?」

 

うとうとしながら、私はマリエールの話を聞く。

まさか本当に明朝に行くとは…調べものをした後ミノリと念話でお話し、私は少しだけ温泉に入った後に寝ようと思ったら、アカツキに起こされて準備をする事になった。

シロエ達に合わせて、私達の人数も3人にした。

ハヅキは今回眠っていた事と、ススキノの治安が悪く、更には向こうに居た姉妹に毒されない様に置いていく。

ミントは食事の楽しみの為に連れていきたいが…置いて行った側の反乱が怖いのでミントも置いて行くことにする。

代わりに片道分のお弁当は皆…シロエ達は貰ってないけど…貰っているので良いとしよう。

という訳で今回の編成は…フェーレースと何時ものメルだ。

 

「森呪遣いと召喚術師ですか。今回は結構マシな編成ですけどどうしたんですか?」

「あー…今回はマスター…サミダレさんが凄く眠そうで、それでも一人で行きそうだったので私が独断で決めたんです」

 

その言葉と同時に、私は少しだけ頬を膨らませる。

…しかし私を背中に乗っけたユニコーンの声が聞こえ、私は思わず頬を緩ませた。

 

「私が運びますので皆さんは心配しないでください。マスター、色々調べていましたから」

「…成程、分かりました。フェーレースさんの事は知ってますので信頼してます…確か四神レイドをクリアした召喚術師だとか」

「そうですね」

 

直継とアカツキは三日月同盟から色んな物を受け取っているのを見ながら、私は小さくユニコーンの頭を撫でた。

嬉しそうに嘶くユニコーンを見ながら、私はゆっくりと口を緩ませる。

 

「…優」

 

それと同時にマリエールが現れ、私はゆっくりと目を逸らした。

…あんな風に心を折った手前、ちゃんと話すのはちょっとだけ気不味い。

 

「…この世界でも本名で呼ぶのはご法度だよ、マリ」

「…なんで、今回の遠征受けてくれたん?優言ってたやんか。旨みの無い事はしとうないって」

「そうだね…」

 

私は目を瞑って考える。

…何で受けたかなんて、沢山理由はある。

ススキノに行って情報が合っていたか、向こうに居る姉妹をさっさと拾っておきたい。にゃん太とミントのご飯を食べ比べたい。

…まぁ、でも一番分かりやすい理由は…

 

「…マリがギルドマスターとしての重圧に圧し潰されそう…だったからかな」

「えっ?」

「マリが偶に、私に連絡を入れる理由はそれでしょ?“同じ中小ギルドマスター”として話し合いたいなんてね」

 

私もマリもギルドマスターだから、きっと二人で話したかった。

…だけど私の姿を見て何処か不安になったんじゃないか…?私はそう考えていた。

 

「…それは…」

「勿論それもある事も理解してるけどさ…一度本心から言ってくれれば良かったのに」

「……それは、今やないとあかんか?」

 

周りを見渡したマリが、恥ずかしそうに聞いてくる。

…前に私と二人きりになった時と同じ様に、少しだけ周囲を見た後に……私の姿を見て目を逸らした。

 

「…勿論」

「ぅぅ…優の阿保…」

 

そう言って顔を下に向けて…決心したのか私の方を向いて恥ずかしそうに笑いかけた。

 

「…寂しかった。それに、逃げ出したくなるくらいに怖かった。梅子と一緒に、何処かに逃げてしまいたいくらい」

「私もだよマリ。ギルドがギルドなら、さっさと抜けて宿屋で腐ってた」

「…それが出来ないのが、マスターの辛い所やな」

「うん」

 

私とマリが笑顔を見せあい、二人で拳をぶつけ合う。

マリがまさかするとは思わなかったのかシロエがビックリしていたのがとても面白い。

 

「行ってきますマリ。お土産期待して?」

「勿論や。サミダレの凄い所は知ってるんだから、失敗談の一つでも持ってき?」

「ふふ、もしアキバで情報を集められたら失敗談でも語ってあげる」

 

その言葉を聞いて、少しだけ目をぱちくりとさせた後に…私に対してはにかんだ。

それを見て私が苦笑するのと同時に、マリが嬉しそうに私の頭を撫でる。

 

「それは楽しみや。特大の情報持って来るから覚悟しとき?」

「私達の情報に勝てるといいね?」

 

二人でそう言い合いながら笑い合う。

気付けば彼女の笑顔は、昔見たような太陽のような笑顔になっていて。

そして…

 

「直継や~ん!」

 

向こうに居る直継に突撃しに行ったのを見て、私とシロエは顔を見合わせて苦笑した。



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012

「降りて食事にしようか」

 

…私が目を覚ますと、シロエ達がゆっくりと馬から降りていた。

私もゆっくりとユニコーンから降りつつ、ありがとうとユニコーンを撫でながらお礼を言った。

それが嬉しかったのか私に対して頬擦りをしてくれるユニコーンを見て、私の頬が思わず引き攣った。

…ちょっと角が怖い。

 

「マスター出発してからぐっすりでしたからね。ユニコーンも回復呪文とか使ってましたし、やっぱり動物には好かれたりするんですか?」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ考える様に視線を空中に動かした。

…まぁ、“体質”の事を考えると好かれては居るのだろうが…どうだろう?

 

「…うーん。あんまりかな?昔は朝、野良猫と一緒に登校したりとかしたけど…」

「それは好かれているのではないか?」

「そうなのかな?」

 

フェーレースからカーバンクルを召喚して貰ってモフモフとしていると…それを羨ましそうにアカツキが見ている。

ご飯を片手に持ちながらゆっくりと近づくアカツキをじっと見つめるカーバンクルを撫でながらも、ミントから貰ったご飯を食べる。

 

「…ん、美味しい」

「そうですね。そういえばマスターは、ススキノの二人はどうするんですか?」

「黒と白ちゃん達の話ですか?」

 

アカツキが来るより早く私の方に近づいたフェーレースが、私に対して話しかけてくる。

それを見て私は少しだけ微笑みながら小さく頷くのを見て、メルが嬉しそうに微笑みながら口を開く。

 

「そうそう。どうするんですか?それにハウスも有りますし…」

「二人の意思次第?一応連れて帰りたいけど二人が凄く嫌なら流石に置いてくかな。それに、あそこはクエストで手に入れたからお金も掛かってないし」

 

飯に苦労するとは思うから流石に来るとは思うけどね…なんて考えつつも、優しく二人の頭を撫で続ける。

そのままゆっくりとご飯を食べているのと同時に、シロエがじろっとこちらを見ながら

 

「味付き…良いなぁ…」

 

そう呟いたシロエが、こちらに対して羨ましそうに視線を寄越す。

…その言葉を聞いた直継とアカツキさんが立ち上がってこちらを見つめてくる。

 

「ほー?俺達は味無し弁当祭りだってのに、まさか其処の御三方はあの最高に美味しいご飯を食べてるってのか?」

「主君、味付きとはどういう事だ?!私達はこの無味の食料を食べてる間に、彼女達は美味しいご飯を!あの見た目の味のまま食べているのか?」

「そうだよアカツキさん。しかもあのお弁当は、現実でも最高級のレストランでしか食べられない物が作っているんだ」

 

シロエが一々食欲をそそらせる様な言い方をするのを聞きながら、私は苦笑しつつご飯を食べ進める。

それを見て本当だと分かったのか、アカツキさんがゆっくりと私達に指を差しながら口を開く。

 

「何だと!?しかし一体どうやって…」

「簡単だよ。この子の幼馴染がプロの料理人なんだよ」

 

一つ一つ大げさに言うシロエに対して、私は頬が引き攣るのを感じた。

それと同時に向こう側で味無しのご飯を食べている三人がゆっくりと視線を私達に向けて来る。

 

「そうか…そうなのか」

「ああ、そうだぞちみっこ」

「「「じー……」」」

 

この流れは不味い。

いやまぁ確かに私達が美味しそうに食べている所をみれば分かるけど、まさかこんなに早く気付かれるとは思われなかった。

そんな事を考えながらゆっくりとご飯を食べていると、後ろから紙を広げる様な音が聞こえて振り返る。

 

「これはどうしたんだ?主君。ずいぶん立派な地図じゃないか」

 

位置を確認する為に地図を広げていたシロエに、アカツキが問いを投げかけていた。

 

「僕はこれでも筆写師だからね。アキバの文書館にある地図を写してきた」

「なるほど。主君、やるな」

「で、俺達はどの辺なんだ?」

 

その言葉を聞いて、私は立ち上がって地図の方を覗いた。

…眠っていたが余り時間は覚えていないが、影の方角と最初の時間を考えると場所は…

 

「おそらく、この辺じゃないかな」

 

私が考えていた場所と殆ど同じ位置に指を差したシロエを見て、私は小さく頷いた。

それを見て思わず口を歪ませた直継を見て、私は苦笑してしまう。

 

「全然さっぱりだな」

「仕方ないよ。まだ半日だもの。……午後は飛ばすことになるけど」

「了解」

 

そう言って私の方を見てきたので、私も了承の意味を籠めて頷く。

…私達が食べ終わり、立ち上がってアカツキが笛を吹こうとしたのを、シロエ達が止めた。

そしてそのまま私達が新しい笛を取り出したのを見て、アカツキさんが目を瞬かせる。

 

「それは何なのだ? 主君」

 

アカツキさんの言葉に微笑みながら、私達は一斉に笛を吹く。

それは風を切り割く様な音で空を駆け巡り、その音は暴風の音によって掻き消された。

 

「それって、もしかして……」

 

アカツキの問いかけは、鋭い咆哮によって中断させ…五匹のグリフォンが二度私達の頭上を廻り力強く降り立った。

そして私達のグリフォンが目の前に降りて来るのと同時に…私の姿を確認すると、嬉しそうに一鳴きした後に…

 

「ご飯をあげ…わぷっ!」

 

ご飯には目もくれずに私に突っ込んできたグリフォンを撫でつつ、私は他のグリフォン達を見る。

彼らはどうやら普通らしく、各自でご飯を上げていたり、頭を撫でていたり。

…何で私だけ?

 

「きゅ?!」

 

私が他のグリフォンを見ていた事がバレたのか、私の服を引っ張って背中に乗せた。

それを見てこの子に頬擦りをし、私はグリフォンの頭を優しく撫でる。

 

「ごめんね。私の為に羽ばたいてくれないかな?」

 

優しく頭を撫でてそういえば、グリフォンが翼を大きくはためかせる。

私はその様子に満足しつつ、ゆっくりとグリフォンの毛を堪能し始めた。

ふわふわで気持ちいい…ずっとこうしてたいな…。

 

「…マスターが今あんな事になっているので、アカツキさんを後ろに乗せる役目はシロエさんに」

「え、でも流石に男女でやるのは…」

「良いです…私達が乗せると馬に…いえ、鷲獅子に蹴られそうなので」

 

その言葉を聞いて、シロエと直継が目を瞬かせながら首を傾げる。

 

「「?」」

 

そんな会話を聞きつつも、全員を乗せたグリフォンは空を飛び始めた。

北に向かって、唯真っ直ぐに。



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013

グリフォンに4時間乗っては降りるを繰り返して早三日。

シロエ達が話し合い、パルムの深き場所に行く事にした私達は問題なく進んで行った。

 

「この部屋は、そこそこ安全っぽいな。どうする、シロ?」

「えっと……。そだね。休憩にしよう。直継はドアの近くへ。僕はマリ姐に定時連絡をする。アカツキは……」

「偵察してくる」

 

その言葉と同時に音もなく消えたアカツキさんを見ながら、私は立ち上がり…

 

「じゃあ私達は」

「じっとしてて」

 

シロエからの言葉に、私は思わず頬を膨らませながら座った。

野宿も完璧だし、警戒用の道具もあるからお荷物ではない筈なのに何故…?

 

「あのね。サミダレが持ってる道具って全部90レベルで作る野外品だよね?」

「うん」

「ゲームの頃は特に効果も持たなかったから皆作らなかった物だよね?しかも作成する手順が凄く長い奴だし」

「うん」

 

何なら私が作った物もある。

まぁ殆どはエリナ任せだったが…コレクター魂を燃やして沢山作った甲斐があったと思う。

例えば小人達の魔法のお城とか、機械仕掛けの守護戦士とか。

 

「取り出して分かったよね?僕達、初めての豪邸が何でアキバの外の野宿なの?」

「…さぁ」

 

私が分かりませんとばかりに両手を上げると、諦めた様にマリに定期の念話をしていた。

私の方もミノリとハヅキに連絡を入れる…というより入れられているのだが、最近どうも頻度が多い。

別に戦闘だったらタンクしながらでも話せるのだが、叩き起こされて開始一番に念話は本当に辛い。

…でもまぁ、それだけ二人に頼られているというのが分かったから、良しとしている。

ギルメンの皆は全く良いとは言わないだろうけど。

 

「…サミダレ嬢」

「アカツキさん?」

 

私がのんびりご飯を食べようとアイテム欄を開いていると、ちょいちょいとアカツキさんが私の服を引っ張っていた。

 

「どうしたの?」

「あー…えっとだな。さっきメルに話を聞いてだな?その…」

「…私がレズビアンって事?」

 

直継がご飯から一瞬顔を上げ、困った様にこちらを見る。

この世界になって一番の懸念点である方じゃない方を話してくれたのは助かったと思い、私はのんびりと伸びをして気にしてない風に装いつつも話した。

 

「あー…一応自己弁護しておくと、私は別に合意の上でしかしないよ?変な妄想は…まぁ、直継の方がしてるだろうし」

「ふ…甘いなサミダレ。俺レベルになれば妄想を具現化する事も…」

「例えば?」

「おパ」

 

直後アカツキの一撃が入って地面に倒れ込んだ。

…それを見て私が思わず苦笑するのと同時に、アカツキさんが申し訳なさそうな表情でこちらを見つめる。

 

「…もう一つの方も聞いた。サミダレ嬢が生まれ持った特性の事も」

「そっか。それでどうする…?」

 

私の声が震え始めた。

…それは私の弱さなのだろう。そんな事を考えながら自分の手を握る。

 

「私は受け入れる。もしそれで敵が増えるのなら、それはそれだ」

「…ありがとう」

 

アカツキさんに返事をするのと同時に、私は地面に座ってしまった。

…私の特性を話した事は間違ってはない。この世界が現実となった今、私もその特性に引っ張られる可能性が高いだろうから。

だけど…もしかしたら…

 

「…他に何か言ってた?」

「あんまり目を離さない様にと、そうメルに言われた」

「だよねー」

 

私は生まれ持った環境を恨んでしまう。

それでもミントと出会えた理由はこの環境のお陰だし…なんて悩みながら、私はミントが作ってくれたご飯を食べ続ける。

…そして、ご飯を食べている途中アカツキさんが大学生という事でシロエ達が驚いていたり、そんなシロエがアカツキさんを中学生程度に見ていたことがバレたりして…私は思わず苦笑してしまった。

 

「別に身長って云うか――年齢って云うか。……そういう訳じゃなくて、えーっと。ほら、僕とサミダレも……しばらく面倒見てたというか、一緒に遊んでた双子のプレイヤーが居たから」

 

シロエのその一言で私にもアカツキさんのジトっとした視線が来る。

私は苦笑しつつ手を振って私はちゃんとわかってたアピールをしておいた。

 

「ふむ、どんな?」

「そういやそんな話をしていたな」

「別に深い付き合いという訳でもないんだけど。――その話は、道すがらにでもしない? このトンネルは、まだまだ先が長そうだし」

 

 

私達が出会ったのは、偶々シロエと一緒にインクの材料を取りに行くところだった。

偶々予定が空いていたツキサギと、インクの材料が欲しかったシロエ、そしてギルドに居ても声を出せない事に飽き飽きしていた私が、ツキサギに頼んで一緒に着いてきていた。

男のシロエと私の現実を知っているツキサギの三人パーティだから呑気に歩いていた時に

 

「兄ちゃん、姉ちゃん。へい、すとぉっぷ!」

「あのー。すいません。申し訳ありません。お聞きしてよろしいでしょうか? 質問的なことなのですがっ」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ頷いた後に口を開く。

それを聞いた二人が小さく頷くのと同時に、ツキサギとシロエが喋りだした。

 

「良いよ。ね、シロエ?」

「いいけど、どしたの?」

 

少女の声が聞こえたので、私の代わりにツキサギが喋り、私は聞こえない様にツキサギとシロエに対して喋る。

ボソボソと聞こえるのはしょうがないと諦めて、私はチャットで、二人はボイチャで二人の質問に応えた。

 

「魔法が弱くて、トウヤの傷が治らないんです。聞いてみたら、もっと高いの買えって言われたんですけど、何処で売ってるかわからなくて。もしかしたら、販売場所をご存じですか?」

「俺の技も欲しいんだ。兄ちゃん達知ってたら教えてよ。頼むよ~」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ悩んだ後に…指をキーボードに置いて打ち始める。

 

-二人共、今日から始めたの?

「はい」「そうだぜっ」

 

私は二人にチャットで質問をすると、二人が少しだけ驚いた後、元気な声が聞こえる。

それを見た後に私はもう一度キーボードを打ち始める。

 

-私はトウヤ君と同じ武士だから、スキルについて幾つか教えられるよ。私の横に居るツキサギちゃんは神祇官だから、ミノリちゃん教えられるかな?

隣に居るシロエ君は一杯情報知ってるから、お店とか知ってると思う。そうだよね?

「…もうサミダレは…はぁ。まぁそうだね、案内するよ。こっちだよ」

 

そう言って歩いて行くのを、私達は苦笑しながら付いて行く。

別に案内しなくても、本当なら店の場所は此処だよと教えるだけでも良かった筈なのに、本当にお節介だと思いながら歩いて行く。

その途中でミノリとお話していたが…本当に優しい子だったな。

 

「サミダレさんは喋れないんですか?」

-家庭の事情でね。あんまり聞かないと嬉しいな。

「す…すみません」

-あ、えっと…怒っている訳じゃないよ。うーん…文章で伝えるのって難しいね。

 

私がワタワタとしながらキーボードを打っていると、ツキサギからふふっと笑い声が聞こえ始める。

それを聞いて私はゆっくりと怒った様な声を出すと…ツキサギから慌てた様に謝罪の声が聞こえる。

 

「良いじゃん!ツキサギ姉ちゃん言ってたよ?凄く綺麗な声なんだから、一杯喋っちまえば良いのに!」

「そうだよ。サミダレの綺麗な声、聴かせたい」

「トウヤ!」-ツキサギ!

 

私とミノリが同時に怒ると、ツキサギが逃げる様店の方向に行き、それを追いかける様にトウヤが走って行った。

私はツキサギが悪影響与えてごめんね?といい、ミノリはトウヤが無理言ってごめんなさいと言った。

二人で謝った後、私達は笑い合って店に向かって歩き出す。

尚シロエは置いて行かれ、姉妹と別れた後の狩りで最低限の支援しか貰えなかった。

そして初めての冒険は…

 

「行っけぇぇぇ~っ!兜割りッ!!」

「ああっ。トウヤっ。下がって、危ないっ! ううっ。禊ぎの障壁っ!!」

 

トウヤが全力で突っ込み、ミノリが頑張って援護をするという微笑ましい光景を見つめていた。

私もあんな時期が有ったなぁ…なんて考えながらボーっと見ていると…

 

「パルスブリット」

 

後ろで付与術師の懐かしい様なダメージ量が見え、私はマイクをoffにして良かったと思えるぐらい笑った。

それを知っていたツキサギがミント経由でエリナに告げ口をし、私は次のレイドでキーンエッジを掛けて貰えなかった。

 

「さんきゅー! 兄ちゃん! そら、あっちの敵にも突撃だぁ!!」

「待ちなさいよ、トウヤったら!! ほら、HP減ってるんだってばぁ!!」

 

二人が弱い付与術師の術を(知らなかったとは言え)感謝をしているのを見て私は思わず嬉しくなった。

そして数日後、私はトウヤに、ツキサギはミノリに個別チャットを繋いで教える事にした。

 

「声では初めましてかなトウヤ。私はサミダレ、これから声で指導していくね?」

「……」

「トウヤ?」

「す、凄く声が綺麗だ…」

 

褒められた事が少しだけ嬉しくなりつつも私はそれを気取られない様に喋りだす。

 

「ありがとう。今日は家族に頼み込んで(脅して)許可取ったの…まぁ、ミノリちゃんは駄目だったけど…」

「え?なんで俺は良くてミノリは駄目なんだ?」

「うーん…」

 

此処で適当に言葉を濁したとしても、多分トウヤは納得しないだろう。

そう考えた私は、信じて貰えるかは置いておくとして理由を喋りだす。

 

「私は…そうだね。女に愛される体質の父親と、動物に愛される体質の母親と結婚したの。二人共政略結婚だったからあんまり愛していなかったんだけど…そこで私が生まれたの」

「…もしかして…」

 

トウヤが何か納得した様に喋るのと同時に、私は小さく頷いた。

…勿論画面を通じていないので唯PCの前に頷いただけなのに気付き、急いで喋り始める。

 

「うん。私は女に愛される体質と動物に愛される体質を両方受け継いでる。それも両親の体質が思ったより相性良かったのか、両親よりも強くね」

「…ごめん」

「良いの。実際に愛してないって言ってた母親が私を育ててくれるくらい愛してくれたから」

 

そう言うとより一層暗くなった彼の雰囲気を感じて、私は苦笑しながらも手を叩いて喋り始める。

 

「そんな私の個人情報よりも、トウヤに覚えて欲しい事が有ります」

「…なに?」

「その前に、武士で一番大事な事は何でしょう?」

 

それを聞くとトウヤは自慢げに口を開いて喋ってくれた。

 

「そりゃ勿論、火力だ!」

「はい残念」

 

満点回答の不正解を出してくれた。

勿論火力は大事ではあるけど、一番ではない。

 

「む…じゃあ何が大事なんだよ!」

「そうだね。一番大事なのは…冷静な心でも、技術でも無くて…突拍子も無い判断力」

「突拍子も無い…判断力」

 

私の言葉を噛み砕く様に喋っているのを見ながら、私はゆっくりとその言葉を喋り始める。

 

「そう。そしてその判断を決め撃てる為に裏付けもして、そしてそれを信頼してくれる仲間も必要だよ」

「…そんな事出来るの…?」

「…まぁ、大事なのは経験だよね」

「えぇ…」

 

そんな話をしながらも、私達は敵を狩っていく。

お互いがタンクの私達は仲良くなれたと思う。…そう。あの、大災害の日までは。

 

 

「へぇ、そんな双子がいたのかぁ。そんで?」

「それで、って?」

「その双子のその後ことは判らないのか? 主君」

「「…」」

 

その言葉と共に、私達は目を背けて黙ってしまった。

それを不思議に思ったアカツキさんが私達に質問を投げかける。

 

「主君…?」

「フレンド・リストにはいるよ。……実はあの大災害のあとにも何度か見かけた」

「やっぱし巻き込まれたのか」

「直前まで一緒にいたから。……僕も、多分あっちもアキバの街に巻き戻されたから、そこでばらばらになっちゃった訳だけど」

 

そのままゆっくりと目を逸らし、シロエが地面を見つめる。

 

「私も廃墟の中に転移させられた」

「声、かければ良かったのによ。あっちはあっちで大変だったろうに。素人なのにこんな事になっちまって」

 

その言葉と共に、私達は歯を噛み締める。

直継は人に優しくする事はしても、その優しさがこちらに向くとは限らない。

私達が後悔しているのが分かってるからこそ…責めているのだ。

 

「最初の数日、僕たちも精一杯だったし、余裕がなかったんだよ」

「そうだな」

「それに、その次見かけたときは二人ともギルドに入ってて」

「へぇ、そうなのか」

「あの頃は勧誘も激しかった」

 

その言葉を聞いて、私達は小さく頷いた。

そのままゆっくりとメルからの手話に手話で返しながら、三人が喋るのを聞き続ける。

 

「レベル20だっけ? それくらいなんだよな」

「いまではもう少し育って居ると思う」

「じゃぁ、ギルドに入っておくにこしたことはないか。右も左も判らないもんなぁ」

 

そう言ってから直継がニッコリと笑い…

 

「で?そのギルドは何処なんだ?」

 

私達の心に鋭い言葉の刃を突き付けてきた。

 

「…初心者救済ギルド、ハーメルン」

「へぇ、良い所に入ってるじゃねぇか。俺は初心者救済を聞いた事なんてないんだけどな?」

「うん…その実態は…」

 

少しだけ言い淀んだシロエを聞いて、私はゆっくりと目を逸らしながら口を開いた。

 

「EXPポッドの販売による商売。初心者救済はそれの餌…」

「だからあの時30レベル以下がどうとか言ってたのか。胸糞悪いな」

 

そう言ってこちらをジッと見つめる直継、その目はどうして知っていながらとでも言ってそうだ。

けれど私は、その言葉だけには目を逸らさずに見つめ返した。

 

「…はぁ。まぁ良い、取り敢えずこの事はアキバに帰ってからだな」

「そうだね」

 

そう言って私達は無言で進み続ける。

…そして其処ら辺に居た中ボスを倒しつつ、洞窟の出口を出るとキラキラと光る大海原があった。

私達がそれを近くで見る為にゆっくりと歩き始め…そして全員が目を瞬かせながらゆっくりと口を開いた。

 

「綺麗だぞ」

「すっげぇな」

「…海、初めて見ました」

「私もです」

「……きれい」

 

思わず出てしまった言葉を自分の耳で聞いて、私は口を塞ぐ。

それを見たメルが口を塞いだ手を外して、良いんですよと手を繋いでくれた。

…久々に、無意識で喋った気がする。

 

「僕たちが初めてだよ」

 

ボソッと、目の前の太陽を眩しそうに見つめるシロエを見て、私も頷き返す。

 

「僕たちがこの景色を見る、この異世界で最初の冒険者だ」

「そうだな。俺達が一番乗りだ。こんなすごい景色は、〈エルダー・テイル〉でだって見たことはねぇ」

「わたし達の、初めての戦利品」

 

私達はグリフォンの召喚笛を吹いてグリフォンを呼ぶ。

…この世界で生きるのも、良いかもしれないな。



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014

シロエ達と一旦別れ、私達は姉妹とセララを回収しに…シロエ達は班長に会いに行った。

私達はゆっくりと歩いてギルドハウスに辿り着いて、中に入る。

それと同時に私は背後から誰かに抱きつかれ、更に正面からも抱きつかれた。

 

「…マスター。お久…こっちでも良い匂い」

「黒お姉ちゃん離れて、きっとマスターが苦しんでる」

「じゃあ白お姉ちゃんが離れて。私は妹だから甘える」

「私が妹だもん。私が甘えるのが道理」

 

白と黒の猫耳…勿論装備でしかも幻想級…の二人が私を抱きしめて匂いを嗅ぎ始める。

…それを見て私は頬を緩ませて優しく二人を撫でると、二人の尻尾が私の腕に絡みついてきた。

 

「…あの、白灰さん?黒灰さん?」

 

奥の部屋から一人の少女が出てくる。

私は彼女に対して自己紹介をしようとするが、その前にメルが私の口を塞ぐのと同時に…

 

「…ぅ…」

 

黒灰姫と白灰姫によって腹を絞められて、私は一切声を出す事が出来なかった。

それを見てフェーレースがため息を吐いてから、後ろの方を警戒するべく睨み付ける。

 

「あー…貴女がセララさんですね。私はメル。後ろに居るのがフェーレースで抱きつかれてるのがマスターのサミダレさん。あ、マスターは喋っちゃ駄目ですよ。ついでに近づくのも禁止です」

「…」

 

分かっているが、この世界でもこれは悲しいと思う。

そう思いながら私はむすっとした顔でメルを睨み付けるとメルが顔を背けた。

…そのままゆっくりと頬を膨らませるのと同時に、白黒姉妹が私の耳元で甘く優しく囁き始める。

 

「メルちゃんと白お姉ちゃんは置いておいて、私達で楽しもう」

「黒お姉ちゃんは黙ってて。私達でご飯でも一緒に…あ、新妻のエプロン着けて一緒にご飯作りましょう?」

 

二人の言葉に少しだけ揺さぶられていると、メルが青筋を立てながら喋り始める。

 

「二人共、私達はセララさんをアキバに戻す為に来たんです。二人共置いてっても良いんですよ?」

「「えー」」

 

二人が我儘を言っている間に拘束を潜り抜けて私は外に出た。

念話で二人を拾った事をシロエに報告をしておきつつ、お互いに合流地点に話し合う。

…そして。それを聞いている人物についても警戒をし続ける。

 

「…という事で、西門から出れば良いの?」

「…どうし…?…ああ、成程。そうですね。その通りです」

 

私の言葉を聞いて少しだけ訝しんだ後に、納得をしたのか肯定の返事を返した。

…それを聞いて少しだけ安堵の息を吐きながら伸びをした後に…小さく返事をした。

 

「じゃあまた後で」

「はい」

 

そう言って念話を切れば、路地裏から走り出す音が聞こえる。

…正直言って潜伏も下手な彼が聞いた所で何をと思うが、それでも警戒しておく事に越したことはない。

そんな事を考えながら、私はそっと雪に手を伸ばそうとして…

 

「…マスター」

 

後ろの扉が開いた音が聞こえ、それと同時に私の背中から腕が伸びる。

…そして、ゆっくりと私の耳元でフェーレースが囁いた。

 

「フェーレース?」

「…カーバンクルが会いたいって言ってます。ユニコーンも、頑張れって言ってます」

「…ありがとう」

 

私を励ましてくれたフェーレースに、私は優しく頭を撫でた。

…嬉しそうにしてる彼女を見て頬を緩ませつつ、私は伸びをしながらフェーレースに聞いた。

 

「二人はどうするって言ってた?」

「一緒に帰るって言ってました。二人共、マスターと一緒に居たいらしいです」

「…ミントのご飯食べたいだけじゃない?」

「…ふふ、そうかもしれないですね」

 

私がお道化た様にそういえば、フェーレースも嬉しそうに返事を返してくれた。

それを聞きながらも、私は届いた念話を聞いて嬉しそうに喋り始める。

 

「私、帰ったらミントにお願いをしてるの。黒白姫達のお帰りなさいパーティ!」

「そうなんですか?楽しみですね、マスター」

 

私が言った事を、優しく嬉しそうに聞いてくれるフェーレース。

ドワーフの彼女は身長が低いけど、この世界であんまり違和感が無いって事はリアルと殆ど同じなのかな?

…同じなんだろうな、オフ会でも似たような身長だった。

 

「…ねぇフェーレース。フェーレースはアキバに帰ったらどうするの?」

「符術師を試しますかね。自分の手で作れるかどうかも試したい所です」

 

その言葉に小さく頷きながらも、フェーレースに前々から聞きたかった事を聞くべく口を開いた。

 

「そう言えば、どうしてフェーレースは此処に入ったの?一度は断ったのに」

 

四人が出てくるまで暇だった私は、フェーレースに対して質問をする。

どうしてと聞かれて悩んでだ彼女を見つつ、私は嫌なら答えなくて良いよと微笑みながら言った。

暫く黙ってたので空から降ってくる雪を眺めていたが…

 

「…マスターが…すぎるから…」

 

ぼーっとしてたから要所要所を聞き逃し、私は首を傾げる。

その様子を見て聞かれてなかった事に対して呆れたのか溜息を吐かれた。

 

「あー…マ、マスターが無防備すぎるんですよ。現実でも抱きついて来たりとか、一杯笑顔見せてくれたりとか…じゃなくて、ゲームの事簡単に教えたりとかしたり…マスター騙されやすいんですから気を付けてくださいよ?」

「…えー。私、騙された事無いよ?」

 

そう言いながら首を傾げれば、少しだけ疑わし気に見ていたフェーレースが私の口元に指を当てた。

…そのままゆっくりと微笑みながら、フェーレースが私の頬にキスしてから耳元で囁き始める。

 

「先週そう言って合コンに参加したら襲われそうになった事忘れたんですか?」

「あれはミントが悪い。ご飯食べれるって聞いたのに、ミントのご飯じゃなかった」

「…騙されてるじゃないですか」

 

その事が面白かったのかフェーレースが笑ったのを見て、私も微笑んだ。

その後メルから念話が来て、皆が来るからお口にチャックと口に指を当てられる。

そして私達は東門に向かう前に、シロエ達と合流する為に廃墟のビルに向かって歩き始めた。



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015 異世界の始まり(下)

私とにゃん太班長、そしてシロエの三人が廃ビルに集って話し合いをし始める。

…一応セララの防衛と言う事で他のメンバーも居るが、今は居ない。

私の体質を考えたのと、セララに影響されるのも考えているのだろう。

 

「おやおや。誰かと思えばサミダレ嬢ではないですかにゃ」

「にゃん太班長。お久しぶり!」

「お久しぶりですにゃあ。ミント嬢はお元気ですかにゃ?」

 

ニコニコと笑いながら喋りかけてくるにゃん太班長を見て、私も微笑みながら返事を返した。。

それを見て嬉しそうに頷いたにゃん太班長を見て、私はにゃん太班長の事情を聴くべく喋り始めた。

 

「うん。班長はどうだった?」

「風雪に耐えかねて母屋が倒壊したにゃ。我が輩も、このススキノの地を離れてアキバへと赴けという思し召しかも知れないにゃぁ」

 

その言葉を聞いて、私は思わずにゃん太班長のステータスを見つめる。

…其処には確かに、無所属と書かれたステータスカードがあった。

 

「…そっか。そうだよね…私のアレはどうだった?」

 

私がにゃん太とお話したいという理由で、私達のパーティーメンバーは皆下で警戒して貰っている。

私の一言を聞いて懐かしそうに目を細めた後…

 

「にゃあ。その節はありがとうございましたにゃ。我が輩一人で出来ない事も、気付けた良い機会でしたにゃ」

「いえいえ。私も完成出来たのは班長達のお陰でしたのでお互い様です」

 

その言葉と同時に、私達は自分の左腕を見つめた。

…それを見てゆっくりと微笑みあった私達を見て、シロエが首を傾げながら喋り始める。

 

「…班長?サミダレ?なんの話してるの?」

「「一匹の猫のノミ取りの話」ですにゃ」

 

そう言って二人で微笑めば、結局何も分からなかったシロエが更に首を傾げる。

そのまま私達は外に出ようとして…アカツキからの念話がシロエに来る。

 

「こっちに向かってくる集団を発見しました。武闘家を筆頭にした6人パーティー。心当たりは?」

「おそらくブリガンティアのリーダー、デミクァスだにゃ。90レベルの武闘家で仲間も同じようなレベルにゃ。……今回の事件の首謀者。つまり敵だにゃ」

「…どうします?僕達は特に戦う理由は無いですけど…」

 

その言葉に私は、少しだけ考える様に顔に指を当てる。

…それを見てにゃん太班長が少しだけ考える様に目を細めるが、私はゆっくりと下に指を差してから喋り始める。

 

「セララちゃんを狙ってた奴らがこっちに来るって事は…って事にもなるけど?」

「…もしセララさんを狙うとしたら、我が輩が守りますにゃ。それが我が輩に出来るセララさんへの、贖罪ですにゃ」

 

 

私達が堂々と街の外に向かって歩くのと同時に、セララさんが震えながら周囲を見つめる。

黒灰姫と白灰姫の二人が私達の後ろでシロエがにゃん太の後ろに、直継とアカツキは別れて行動しておきながらセララは私の横に。

そしてそのままゆっくりとシロエとにゃん太班長が喋っているのを見ながら、私達はゆっくりと街の外に出る。

 

「…来た」

 

私が誰にも聞こえない様に呟くと同時に、セララさん以外の全員がゆっくりと警戒するように表情を動かした。

…それと同時にシロエが口を開こうとするのと同時に、にゃん太班長が警戒するように柄に手を当てた。

 

「ここらで良いでしょう」

 

それを見て私が頷くのを見て、シロエが小さく息を吸ってから…

 

「ブリガンティアのデミクァスさんってのはどなたですかっ~?」

 

シロエの作戦通り、挑発作戦が開始された。

 

「やあやあ。シロエち。そんな大声を出してものを尋ねるのは失礼なのにゃー。我が輩が知っているにゃ、あそこにいる大男にゃ。おーい、デミクァス~」

「…この街に入って来てあの三人を連れて帰ろうとしてたのは、お前達だったんだな」

 

その言葉を聞いて白黒姉妹が嬉しそうに微笑みながら私達の一歩後ろにやってくる。

二人の手はお互いに指を絡め合っていて、そのままゆっくりと私の頬に優しくキスをしてから喋りかける。

 

「そう言うお前は、躾が悪い唯のガキ」

「黒お姉様の言う通り。サブ職業でガキに転職したらどう?」

「言うじゃねぇかメスガキ共が!てめぇら纏めて教会送りにしてやるよ!」

 

その言葉と共にデミクァスがファントムステップを入れてから蹴りを入れようとするが、それを私が防ぐ様に刀を構える。

それを見たデミクァスが警戒する様にこちらを見つめるのと同時に、にゃん太班長が私達の前にゆっくりと歩いてきて…

 

「……若者の無軌道は世の常。その青春の熱を許容するのが大人の器量とは言え、そこには自ずと限界というものがあるのにゃ」

 

にゃん太が私達の目の前に立つ。

私は取り出した刀を仕舞っておきつつ、何時の間にか解いていた白黒姉妹の手を優しく絡めとる。

…それと同時に二人の頬が赤くなったのが見え、私は小さく首を傾げる。

 

「何を言ってるんだ、半獣がっ」

「これから云うのにゃ。よーく聞くにゃ。デミクァス。お前の所行はやり過ぎにゃ。どうせPKで襲いかかってくるつもりなんだろうから、手間を省いてやるにゃ。若造の高く伸びた鼻をへし折るのも大人の務め、胸を貸してやるから一対一で掛かってくるにゃ」

 

その言葉を聞いたデミクァスが、にゃん太班長の言葉を鼻で笑う。

…それと同時にニコニコと微笑んだままのにゃん太班長の姿を見て、私は人差し指で二人の手の甲を撫でた。

 

「はっ! 何をいってやがる。何で俺達がお前達の流儀に付き合わなきゃならねぇんだ。こっちは十人からの仲間がいるんだぜ?」

 

自信満々な彼の言葉に対して、シロエが煽る様に一々大袈裟に振る舞い始める。

 

「お話中済みません。デミクァスさん。あなたじゃなくてもこちらは構わないです。むしろ、その……灰色のローブの。それって『火蜥蜴の洞窟』の秘法級アイテムですよね? あなたの方が強そうです。武闘家じゃなくあなたと戦った方がどっちも納得できる。にゃん太班長、あの魔法使いとやり合おうよ」

「俺が“灰鋼の”ロンダーグだと知って云っているのかっ」

 

灰鋼…ね。

あんまり覚えていないけど、二つ名持ちって事は有名なのだろうか?

…それを見て嬉しそうに微笑んだ白黒姉妹が煽り始める。

 

「それもそうだにゃ……。白黒つけてはっきりさせるにゃ」

「私達と同じ“灰”。きっと強い」

「其処の肉壁ダルマよりは、絶対に強い」

 

白黒姉妹が更に煽り始めた。

それを聞いたシロエがニヤリと笑いながら、全員に聞こえる様に声を出し始める。

 

「“灰鋼の”ロンダーグさんでしたか。二つ名持ちですね。そっちのデミクァスさんよりも、僕らもその方が納得できる。……こっちはこのにゃん太班長。盗剣士が相手です。勝負と行きましょう。逃げるつもりはありませんから」

 

その言葉と同時に、セララさんが震え始め…それを見たメルが優しく頭を撫でていた。

それを見て私は小さく微笑むのと同時に、にゃん太班長が微笑みながら何時でも武器を抜ける様に警戒をし始めた。

 

「さっさとやるにゃ。その装備ならお前も一流の術者にゃ? 戦闘で白黒つけるのが、お前達のやり方にゃんだろう? 我が輩のレイピアが怖くて一斉攻撃にこだわるデミクァスは放置するにゃ」

 

その言葉と同時に、デミクァスの姿がホログラムの様に消え…

 

「良いだろう、俺がやろうじゃないか。お前みたいなふざけた野郎は、俺の拳で引導を渡してやっ……るっ!」

 

空中から現れたデミクァスの蹴りが、にゃん太から少しだけ離れた地面に当たる。

そして不意打ちをするように拳を顔に当てようとして…にゃん太が避け、数メートル離れた所でレイピアと取り出す。

そしてデミクァスとにゃん太班長の戦いが始まるのを見て、私は少しだけ周囲に目を向けた。

 

「…そろそろ…かな」

 

タンクとしては攻撃力が高くHPが高い武道家のデミクァスと、手数とデバフで戦う盗剣士のにゃん太班長。

殴り、蹴り…突き、斬撃…お互いに攻撃の応酬の繰り返し。

…お互い同じ様に攻撃を繰り返している様に見えるが、唯一違う点がある。

 

「…成程、賢い」

「相手が馬鹿なだけ。そうでしょ黒お姉様」

「じゃあ白お姉様はあのクソガキの攻撃を回避できる?」

「余裕。黒お姉様は?」

「余裕」

 

そう。

デミクァスは全て攻撃を受け止めているのに対して、にゃん太班長はその攻撃の全てを逸らしたり回避したりしていたのだ。

確かに一撃の火力はデミクァスの方が大きい。…けれど其処に回避率や受け流し、そしてヴァイパーストラッシュやブラッディピアッシングを使ってデバフを発動し、体力の温存。

それの繰り返した結果、最初に合ったデミクァスとの体力の差は詰められていく。

 

「くそっ! しゃらくさい。こんな決闘ごっこなんてやってられるかっ!! ヒーラーっ! 俺の手足を回復しやがれっ、暗殺者部隊っ! この猫野郎をぶち殺せッ!!」

 

ブリガンティアの動きが、三秒だけ止まる。

…その三秒をシロエ達は無駄に使いはしないし…私達が戦っていたとしても無為に過ごさないだろう。

 

「アンカー・ハウルっ!!」

「「ダンスマカブル」」

 

直継が突然現れ相手を引き付け、それを見てから白黒姉妹が私の繋いだ手と反対の手から自身の剣を取り出してスキルを使い始める。

それを見て私は苦笑しながら絡められた手を離し、ゆっくりと刀に片手を当てた。

 

「あれじゃぁっ!!」

 

セララさんの悲痛な叫びを聞きながらもシロエは眉一つ動かさない。

それは私達に対する絶対的な信頼と、自分の計算が一切間違っていないと言う自信だ。

 

「回復開始!」

「は、はいっ!ハートビート・ヒーリングッ!!」

 

セララが必死に回復をするが、その回復量は恐ろしく低い。

当然だ。セララはまだ20になるかどうかの堺なのだから、レイドに行っている前線の二人を回復しろと言う方が無茶なのだ。

 

「ダメですっ。耐えきれませんっ。私じゃレベルがっ」

「うちの戦士(前衛)は無視して、いまはにゃん太回復。落ち着いて、味方のHPを監視っ。出来ない事を見ないで、出来ることを見つめてっ」

「メル」

 

二人の言葉を聞いて、私は小さく囁く様に名前を呼んだ。

…それを聞いたメルが頷くのと同時に、自分の杖を構えてゆっくりと微笑んだ。

 

「セララ、班長は頼みました。代わりに直継は私が治します!従者召喚:アルラウネ、ハートビート・ヒーリング!…ライフバースト!」

 

アルラウネを召喚したメルが魔法を放つのと同時に、体力の回復をさせる。

今の人数だと正直焼石に水だが…それでも今の回復で約20秒は伸ばせる。

…そして、それを見逃さないシロエじゃない。

 

「…シロエ。タイミングよろ」

「同じ白色同士、仲良くしよう」

 

その言葉と同時にシロエが少しだけ苦笑しながら杖を構える。

…それを見て私が小さく微笑むのと同時に、私は一歩下がって二人の“道”を確保する。

 

「僕のシロは色の事じゃないけど…まぁ良いか。キーンエッジ」

「そろそろ行くぜっ。白黒っ!キャッスル・オブ・ストーンっ!!」

 

その言葉と同時に、直継の身体が黄金の様に輝く。

…それを見て一瞬だけ迷ったブリガンティアのメンバーを見つつ、私は頬に手を当てて微笑んだ。

 

「なっ。なんだっていうんだっ」「知るもんか、あと一息だ。仕留めろっ!!」「喰らえっ! アサシ…」

 

ブリガンティアのメンバーが直継の周囲を囲んで殴り始める。

…それは先程まで直継を殴り続けられていたという油断からか、速く守護戦士を倒して後衛を倒したいという考えか。

 

「「遅い。エンドオブアクト」」

 

そんな敵達の考えは、私達にとって最高の…そして敵にとっては最悪の一手だった。

二人が数多くの敵の間を通り抜け…鏡写しの様にぴったりと同じ動きをする。

…そして、体力の多い少ない関係無く全員が教会に送られた。

 

「…なっ…ネ、ネイチャーリバ…」

「構うな。デミクァスの回復を…」

 

森呪遣いの青年の言葉をロンダークが止めるが、その一手は余りにも悪手過ぎる。

それを見た白黒姉妹が加速してロンダークの前に近づきつつ、武器を構えた。

 

「こっちは構うよ」

「さっさと斬り潰れて欲しいんだけどね。“灰鋼”さん?」

 

彼らはゆっくりとだが距離を取ろうとして…アカツキの刃が周囲の回復職の首と、ロンダークの片腕を斬り飛ばしてから首筋に刀を当てていた。

それと同時にデミクァスに大量の攻撃が降り注ぎ、私はゆっくりと刀から手を放そうとして…

 

「…貴様らぁ!唯で済むと思って…せめて…せめてお前だけでも道連れに…」

「…ひっ…ぁ…」

 

体力が残っていたデミクァスが、ファントムステップを使ってセララに対して攻撃をしようとする。

動けない彼女と、突然の事に驚いたシロエとにゃん太が傍にいるが…間に合わない。

 

「…電光石火」

 

技を使って移動速度を無理矢理上げ、デミクァスとセララの間に立つ。

そしてそのまま蹴りを入れるデミクァスの攻撃を弾いてから、私は彼の首を斬り飛ばした。

それと同時に私はセララさんの手を握ってから、彼を睨み付ける。

 

「セララちゃんを…私達の仲間を殺そうとするのを、私は許さない」

「…ぁ…」

 

魔法の鞄から笛を取り出して、私達はグリフォンを呼び出す。

飛んできたグリフォンに飛び乗り、私は後ろにセララを乗せて微笑んだ。

 

「この場は僕らの勝利です」

 

シロエの言葉が響き渡るのと同時に、フェーレースの四神が私達の周囲を飛び回る。

…そして次の瞬間雷鳴が轟き、フェーレースの傍には麒麟が現れた。

それを見てブリガンティアが棒立ちしている間に、私達はグリフォンで南西へと飛び立つ。

 

「…一体、どうやって生き残った…?にゃん太班長の腕が鈍った訳でも、僕の計算ミスという訳じゃ…」

 

シロエの呟きを聞いて、私はアカツキさんの方に視線を向けた。



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016

「…班長、また腕上げた?」

「にゃあ。ミント嬢(師匠)に比べればまだまだですが、それでも頑張って腕を近づけておりますにゃ」

「班長は班長のままの料理の方が良いと思うよ?今回の料理、ミントの料理に近づけようとしてちょっと失敗しちゃったでしょ」

 

私がそういえば、にゃん太班長が小さくにゃあと呟いた後に…

 

「今まである筈の調味料が無いのも、その失敗の一つですかにゃぁ」

 

ミントに聞かれたら神殿送りにされそうな事を言っていて、私は思わず微笑みながら肉を食べ始める。

 

「…それに今回、ちょっと辛味がしつこいかな?塩っ気は合格範囲内なのかな?思い出の料理は結局どうするの?」

「あの時の思い出は、思い出の料理のままにしておくと決めておきましたのにゃ。唯不味かった。それで十分ですにゃ」

「…そっか」

 

丘陵地帯でキャンプをする事になった私達は、のんびりとご飯を食べながら歓談をしている。

セララの前で声を出した事をコッテリと叱られた私は、全員と離れた所でにゃん太と一緒にお肉を食べていた。

…いやまぁ、確かに怒られてもしょうがないだろうけど…結局私に頼ったのが悪い筈だ。

 

「班長は」

「いつも通りの呼び方で良いのにゃサミダレ嬢。此処には誰も居ないにゃ」

 

その言葉を聞いて、私は周囲を見た後に……本当に誰も居ない事が分かり小さく頷いた。

それを見たにゃん太班長…いや、にゃん太が嬉しそうに微笑みながら私の言葉を待つのを見て、私はゆっくりと口を開く。

 

「…にゃん太は、これからどうするつもりですか?」

「そうだにゃ。サミダレさんが良ければ、シロエちと一緒に行きたい所にゃ」

「それは大丈夫…あー、ミントには何も言わないでおきます」

「…助かるにゃ」

 

私とにゃん太が、お互いに頭を抱える。

…正直言って、私も何も言わなかった事がバレた時が怖い。

お互いにそんな事を考えながらぼーっとしていると、音を立ててアカツキさんが現れる。

それを見たにゃん太が私の口に手を当てて喋らない様にしてくれたが…

 

「お話中すまないサミダレ。若輩者のアカツキです、老師」

「これはこれはどうもご丁寧に。我が輩はにゃん太と申しますにゃ」

「…サミダレの事はもう知ってるので大丈夫だ、老師」

 

首を振って手を外してくれるようにアカツキさんが頼んできた。

ゆっくりと手を外したにゃん太に私は恨むような視線を浴びせるが、特に気にしていない様だ。

 

「それで、あの筋肉達磨を一瞬で削った技は一体…?」

「……ああ。あれですかにゃ。あれはシロエちとの連携技ですにゃ」

 

その言葉に少しだけ自分の手を見ながら喋るのは、先の戦闘を思い出しているのだろう。

それを見て少しだけ首を傾げたアカツキさんを見ながら、私は少しだけ目を逸らした。

 

「ソーンバインドホステージって言う…ああ、アカツキさんは私達のエンチャンターと一緒にシロエが使った茨を知ってるよね?」

「ああ、連携もした」

 

その言葉と共に、私とにゃん太がお互いに顔を見合わせる。

連携というのが何処までかは分からないが…少なくとも私達が考えている程度には到達出来ていないのだろう。

…私は苦笑しつつも、目の前に居るアカツキに分かりやすい様に説明する為に、頭の中で考えを纏める。

 

「…まず最初に、デミクァスの体力はどれくらいだった?」

「あんまり見えなかったが…多分9000よりは上だったと思う」

「…班長」

 

私が少しだけ苦笑しながらにゃん太班長を見れば、にゃん太班長も少しだけ苦笑する。

それを見てアカツキさんが頬を膨らませるが、こればかりはしょうがないだろう。

 

「正解は9648ですにゃ。これを換算するとなると、約茨10本分で倒せる計算ですにゃ」

「そうだ。だが主君が茨を出せる本数は一回に5本だけ。それ以上はどう転んでも出せない筈だ」

 

どうだと言わんばかりに胸を張っているアカツキに、私達は苦笑する。

確かに普通の人間ならそういう発想になってもしょうがないとは思うが…まぁ、これも勉強だ。

 

「そうにゃ。一回で出せる量は五本まで…それは全ての付与術師に言える事ですにゃ」

「うむ」

「其処で連携を組み始めたアカツキさんに再使用時間(リキャスト)問題。ソーンバインド・ホステージの再使用時間は一体何秒でしょう?」

 

アカツキが考えている時間に、私達は向こうからお肉を持ってきて串を外してお皿に盛りつける。

そして自分の鞄から箸を取り出して食べ始め、それを見たアカツキさんが羨ましそうな表情を浮かべた。

 

「…えっと…30秒くらいか?」

「残念。正解は15秒ですにゃ」

「そうなのか?」

 

随分短いな…なんて言っているアカツキさんを見ながら、私は小さくため息を吐いた。

…これでもキャストオンビート等の補助魔法を考慮していない。もしこれを考慮に入れたらアカツキさんはどうなるんだろうか?

……まぁ、どうにもならないだろう。

 

「えぇ、そして一気にあれを削りきる方法は、その15秒にある」

「…?」

 

だから何だという顔でこちらを見てくるアカツキを見つつ、私は頭を振ってもう少しだけ簡単に教えるにはどうすれば良いか考える。

それを見たにゃん太班長が自分の顎に手を伸ばしてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「…我が輩は一回目のソーンバインド・ホステージから14秒待って攻撃したのにゃ」

「班長が攻撃した回数はきっちり10回。最初の五回は一回目のソーンバインド・ホステージに当たって弾ける。

その間にシロエがもう一度再使用時間が終わったソーンバインド・ホステージを唱える。そうすれば」

「我が輩の攻撃含めずに10000ダメージの完成ですにゃ」

 

その言葉を聞いたアカツキが信じられない様な顔でこちらを見つめてくる。

…そりゃあそうだろう。

互いの連携も必要だし、攻撃側は14秒避け続けながらカウントしなければいけない。

付与術師は本来ならその間に支援を掛け続けなければいけない。

 

「……それは修練で?」

「そうなりますかにゃ」

「……サミダレも出来るのか?」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ苦笑した。

それはアカツキさんを馬鹿にしている訳ではなく、こんな時代もあったなと言う懐かしさからだ。

 

「私だけじゃなくて、『現実の生産者』達は全員出来るよ」

「……わたしも練習する」

 

その言葉と共に向こうに戻っていく彼女を見つつも、私は自分の寝床を魔法の鞄から取り出そうとして…

 

「…ふむ。折角のキャンプなのに、豪邸を取り出されたら雰囲気台無しだにゃあ?」

 

にゃん太班長の前で一時間正座をする事になった。

それと同時に、にゃん太班長が取り出された豪邸を見つめながらぼそりと呟き…

 

「それがあったのなら台所でしっかりとした料理が作れたのににゃあ?」

 

その言葉と同時に向けられた全員の視線を、私は寝るまで忘れる事が出来なかった。

…食べ物の恨みは、怖いのだ。



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017

「雨雲がぁ、来てるみたいだぞ~」

 

直継がこちらに目の前の雨雲を警戒する。

にゃん太が念話をしている所を見ると、シロエに対して何か言っているのだろうな。

そんな事を考えつつも、私はゆっくりと息を吐きながらシロエの方を見つめる。

 

「…取り合えず、シロエが考え込まなくて良かった」

 

私はグリフォンに乗せられながらも考えを纏める。

あの時シロエが悩んでいた事…デミクァスが生き残ったのは、恐らく第二部隊の所為だ。

アカツキが倒したヒーラーには、一人だけ私が昔一緒のレイドだった人が居た。

そしてその森呪遣いの彼が死ぬ瞬間にライフバーストを放ち、脈動回復を全て回復したのが見えたのだ。

回復をしていた彼は自分が死ぬ瞬間をしっかりと理解していたからこそ使った…そう言う事だろう。

 

(アカツキは9000位と言っていたが、それは彼女が上手くいった場合でしかない。

シロエやにゃん太はレイド組として出来る事を当然出来ると思っていた。

だけど、それをアカツキに求めるのは酷でしかないと思う。)

「…だからこそ、なのかな」

 

例えば、レイドをやっていない人達なら、“一秒”の重みはかなり違うだろう。

レイドをやっていない“一秒”は、自分の秒数しか気にしていない。

逆にレイドをやっている“一秒”は、様々な秒数を気にしてる。

 

「アカツキさんの一秒は良くも悪くもパーティの一秒…か」

 

グリフォンがシロエのグリフォンを追いかけて地面に着地する。

私はさっきまで考えていた事を放棄し、シロエがどんなことをするかを取り敢えず待った。。

 

「…近くの村に行きましょう。サミダレは何もせずについてくる様に」

「はい…」

 

そう言って私達は小走りで街の中央の家に向かっていくのを見ながら、私は周囲を眺めた。周りの大地人も、家畜を小屋に入れたり色々大忙しだ。

 

「こんにちはぁっす!」

「はいはい。旅人さんかね」

 

シロエが話している間、私は許可を貰って村の外に向かって歩いて行く。

先程まで焦っていた彼らは外におらず、私一人しか居なさそうだ。

…雨の日には大地人が外に居ない、そんな事があるのだろうか。

 

「…こんなんじゃ、村の名前すらわからないね」

 

ゲーム時代には、私の位置には此処は○○の村ですと言ってくれる人が立っていた。

だけど今は、急な雨の所為なのか家に帰ってしまった。…いや、もしかしたら本当は此処に立っている事すらないのかもしれない。

家畜を育てて生業にするこの村で、立ってたらご飯が貰える事なんてないのだから。

 

「…お姉ちゃん?」

「っ!」

 

だからこそだろうか。

私は大地人の少女が近づいてくる事に気が付かなかった。

取り敢えず視線を合わせつつ、私は人差し指で手の平で字を書こうとする。

 

「…喋れないの?」

 

その言葉に対して私は頷くと、彼女はしょうがないねと言わんばかりに頷いた。

そして手を握って走りだし、私は思わず喉に空気を入れてしまう。

 

「っ!ちょ…」

「…お姉ちゃん、喋れたの?」

「あ、いや…」

「綺麗な声だね…私もそんな声出せる様になりたいなぁ…」

「…いや、違くて…」

 

少女に止まるように言いたいが、これ以上喋ると体質が発動しそうだと考え上手く喋れなかった。

…せめて他に誰か居れば…とも思ったが、残念ながら全員中央の家に居るのだ。

 

「でも風邪引いたらその声変わっちゃうかもしれないからね!一緒にお家行こう?泊めてあげる!」

「…うん」

 

その言葉と同時に、今度は本気で大地人の彼女が走り始める。

けれどその手の握りは優しくて、その足は私が普通に走るよりも遅かった。

…だけど、私の身体はその手を振りほどく事も出来なければ…

 

「お姉ちゃん、遅いよ!」

 

その子よりも速く走る事も出来なかった。

そしてゆっくりと走っていく少女が扉を開けて、私を連れて家の中に入る。

 

「お母さんー!綺麗な冒険者拾ってきたー!」

 

そんな捨て猫見たいな事を言われ、私は思わず苦笑してしまう。

それと同時にバタバタと走ってくる音が聞こえ、取り敢えずこの子のお母さんに断れるように説得しようとする。

 

「あらあら、こんな土砂降りで何処に行ってたかと思えば…」

「…その…すみません。すぐに帰りますので…」

 

私の言葉を聞いて、お母さんが少しだけ苦笑した後に私の濡れた頭を優しく撫でる。

 

「あら、此処には宿屋も無いのよ?村長の家はもう他の冒険者が居て満員らしいしどうするのかしら?」

「…あ」

 

その言葉を聞いて、私は思わず納得してしまった。

見た限りだとあの家は狭かったし、あの人数で満員なのも納得出来る。

…しかし宿屋が無いとなると…どうしようかな。

 

「…取り敢えず、タオルとか持って来るからそこで待ってて頂戴?」

 

その言葉と共に走っていくこの子のお母さんを、私は止める事が出来なかった。

 

 

タオルで自分の身体を拭きながら取り敢えずシロエ達には連絡を入れておく。

私はお礼の為にお金を払うべく先程のお母さんの方へ歩いていった。

 

「…お母さん、えっと…」

「大丈夫よ。お金もいらないしね?ご飯はどうするの?」

「あ、いえ…その…」

 

あんまりお腹が空いてないと言えれば良いのだが、私の足元には心配そうな少女が私の方を見つめていた。

…それを見て私が目をぱちくりとさせるのを見て、お母さんが微笑みながら喋りだす。

 

「…ふふ、私の娘がごめんね?」

「え?あ、いえ…」

「私の性格が遺伝したのか、凄く押しが強くてね?」

 

そう言いながら私に対してウィンクをするお母さんが、キッチンから私を追い出す。

そろそろ娘が遊んで欲しそうな表情で突撃してくるから、相手をお願いするわ…とも。

 

「お姉ちゃんー!あそぼー!」

 

そう言いながら私のお腹に突撃してきた少女を、私は捕まえて抱きしめ返した。

それを見て嬉しそうに微笑んだ少女を見つつ、私はしっかりと注意をする為に視線を合わせた。

 

「勢いよく突っ込んできたら危ないよ?」

「大丈夫!お姉ちゃんなら受け止めてくれるって信じてたもん!」

「いや、鼻とかぶつけたら大変だろうし…」

「大丈夫だよー!」

 

ぷんぷんと怒りながらも、彼女はすぐにニッコリと笑ってとある部屋に案内された。

其処は沢山の本があり、彼女は幾つか本を取ってきて私に見せた。

 

「お父さんね?色んな本を持って帰ってきてるんだ。それで…この本を読んでほしいんだけど…駄目?」

 

そう言いながら私に見せてくれたのは…昔ゲームで見た、何かのクエストだった筈の本。

…それを見ながら、私はゆっくりと記憶から一つの情報を思い出し……そしてとあるクエストを思い出して目を瞬かせた。

 

「…この本って…どういう事?」

「ふぇ?」

「ごめん、ちょっと見せて?」

 

私は彼女から本を奪い取る様に取って、その後一ページをしっかり…けれど素早く読んでいく。

これは確か図書館のクエストの報酬…なんでこんな所に?

少女が持っているって事は、この少女は銀の鍵の?…でも、それを描写する演出なんて何処にもなかった筈だ。

 

「…幾つか質問に答えてほしいけど…大丈夫?」

「う…うん」

 

私が真剣な表情を浮かべるのを見て、少女が不安そうな…けれど何処か期待している様な表情を浮かべた。

その事に少しだけ首を傾げつつも、質問事項を頭の中で纏めてから質問を開始する。

 

「まず一つ目。この本は何時もって来られたもの?」

「確か…お父さんが死んだ時に同時に送られてきたから…一か月前くらい?」

 

その言葉と共に私は頷きつつ、考えをフルに回転させる。

もしこれが“原本”なら…前回の攻略日から逆算して…彼女が狂い始めるのはまだ先だ。

…いや、もう既に狂っている可能性もあるが…その場合はもっと大変な事になっている筈だ。

 

「次に二つ目。この本はもう読んだ?」

「ま…まだ。なるべく二人で読めって言われて…」

「最後に…これは私が持って行っていい?」

「……」

 

この選択肢によって、私は考えを改めなければならない。

…彼女がもう手遅れなのか…それともまだ引き返せる物なのか。

 

「…この本は、お父さんに会える為の本じゃないの?」

「…半分はあっているよ」

「なら!」

 

少女の言葉を私はしっかりと首を振る事で否定する。

…それを見た少女が少しだけ、何かを諦めた様な表情でこちらを見つめるのを見て…私はゆっくりと口を開いた。

 

「だけど、それは死体の父親にしか会えないよ」

「…した…い?」

「そう。この本の名は…」

 

-quest

ソロモンの小さな鍵。

 

過去にアップデートで追加されたクエストで、同時多発された悪魔を殺さなければいけないというクエストだった。

…そして、その時のキーワードになる物が、タイトルにもある『ソロモンの小さな鍵』というネクロノミコン。

かつては悪魔を使役するという本だったが…その本が暴走した事によって発動するクエストだった。

 

「…はい。お姉ちゃん」

「いいの?」

「うん。だってこれは報酬だから…ずっと、ずっと待ってたんだよ?」

 

報酬と言う言葉を聞いて、私は目をぱちくりとさせ…それを見た少女が私の額にキスをする。

 

「…え?」

 

それと同時に、少女の後ろに“ナニカ”がいた。

…それは、彼女の身体を抑えるとそのまま彼女を大量の星が映る世界に連れ込んでいく。

それを見て私は武器を構えて大量の触手を斬ろうとするが、少女が両手に持った鍵を使って私の刀を弾く。

 

「っ!まっ…」

「大丈夫だよ“お父さん”。お姉ちゃんは私を純粋に助けようとしただけだよ…バイバイ。お姉ちゃん…今度から報告を忘れたら駄目だよ」

 

そう言いながら世界に吸い込まれた後、其処には何もなかった様な静けさがあった。

…私は思わず地面に落ちていた本を取り、抱きかかえて確認する。

 

-ソロモンの小さな鍵。

この本を読む事によって、思い出深い少女と契約する事が出来る。

…唯もし、深淵を覗く少女に愛された者が居たのなら…その時は少女からやってくるだろう。

 

入手条件-謎を全て解き明かした者。

 

そういえば、本だと召喚術師じゃなきゃ意味ないって報告をしてなかったんだっけ。

…あぁ、忘れてたなぁ。

 

「…こんな気持ちになるくらいだったら、あの時受け取ってがっかりしてればよかったなぁ…」

 

そう思いながらも私は、誰も居なくなった部屋で眼を閉じた。



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018

「…レ…ダレ……」

 

誰かの声が聞こえ、私はゆっくりと目を開くと…其処には、シロエがいた。

 

「…シロエ?どうしたの」

「それはこっちの台詞だよ。どうやって誰も居ない家なんかに…」

「……そっか、もう、誰も居ないんだね」

 

シロエからの言葉に、私は絶望した様な声音で喋る。

…あれは全て幻影だったのだろうか?

そんな事を考えながらも私は立ち上がり…

 

「……?」

「…サミダレ?」

 

私は本を仕舞おうとして…既に無くなっている事に首を傾げた。

クエスト報酬だったからもう仕舞われたのだろうか?そんな事を考えながら私はメニューを開いてインベントリを開こうとして…

 

「…うわ」

 

大量の念話が届いているのを見て…私は思わず視線を逸らした。

…取り敢えず誰から出ようかなと思いながらシロエの方を見つめると…シロエは少しだけ困った様な表情を浮かべる。

それを見て私は少しだけ頭の中にはてなマークを浮かべる。

 

「…」

「どうしたの?シロエ」

「…いや、なんでもない。それよりサミダレ。これからどうする心算?」

「これからって?」

 

私が少しだけ首を傾げながら言うと、シロエは小さくため息を吐いてから喋りだす。

 

「…そっちのメンバーの二人組を捕まえたんだけど、どうしようって悩んでて」

「……二人組…いっぱい要るんだけど?」

「ほら、ミストルティンとシャーマンの…」

 

その言葉を聞いて、私はゆっくりと頷いた。

…あの姉妹達と此処で合流できたのはかなり良い流れだ。

最終的に合流できない可能性も考えていたし、何なら初期リスポーンはミナミだった筈だ。

一応警戒をしないと…なんて考えながらも、私はシロエの方を見て小さく首を傾げながら口を開く。

 

「ああ。あの二人の姉妹…此処にいたんだ」

「此処に居たって…知らなかったの?」

 

その言葉を聞いて私は小さく頷いた。

森呪遣いの二人は方向音痴なのだ。なので常にマップを見て迷い続け…その結果此処に流れ着いたのだろう。

というか地図を描いているあの子が実は方向音痴だったとか、学会に発表したら盗作とか言われそうだ。

 

「…二人は今何処に居るの?」

「ああ。今は黒灰姫と白灰姫の二人が説明してるけど…」

「ありがとう、すぐに行くね」

 

そう言いながら私は立ち上がって部屋から出ていく。

その前にお母さんが居た筈のキッチンの方を見に行くが…其処には放置されたご飯があった。

少しだけ食べて見れば…味のない食事であって…私は思わず苦笑してしまった。

 

「…さて、行きますか」

 

小さく目を閉じて…そしてゆっくりと開いてから私は扉を開ける。

…そして一歩目を踏み出そうとした瞬間…

 

「ますたぁ!私達の方が好きですよね!?」

「私達の方が好き。レズビアンでロリコン。間違いない」

 

二人の姉妹から同時に詰め寄られて、思わず今の決意を取り消したくなってしまった。

…どうして私はこうなってしまったのかという考えを頭の中で考えつつも…少しだけ言葉に気を付けながら喋りだす。

 

「二人共好きって意見は…駄目?」

「駄目!私達が好きって言ってますたぁ!」

「…うーん…この貪欲さ…流石はカナタ。私が認めたライバルなだけある」

 

黒灰姫が喋るのと同時に、カナタが私の身体を抱きしめながら黒灰姫に向かって一気に喋り始める。

 

「寧ろ黒灰姫様は普通に引きすぎです!もっとガンガン攻めないと駄目なんです!」

「他人相手だと無口なカナタが言うと説得力がある」

 

その言葉を聞いて私は少しだけ面白そうに微笑んだ。

そしてそれから少しだけ考えて首を傾げる。二人の妹は何処に行ったのだろうか?

それを見ていた黒灰姫が小さく頬を緩ませながら、私の頭を優しく撫でた。

 

「マスターは知らなくても良い。妹達はマスターの前で話せないくらい汚い言葉で会話してる」

「…私の前で話せないくらい?ネット用語は知ってるよ?」

「いや。それよりももっと汚い言葉ですから…」

 

私は二人の言葉を聞いて小さく首を傾げた。

それを見た二人は小さく微笑んだ後に…ゆっくりとアカツキさんが歩いてくるのを見て口を噤んだ。

 

「…おはようサミダレ。今までどこに居たんだ?」

「おはようアカツキさん、ちょっとね」

「そうなのか?ああ、そうそう…」

 

私の耳元にアカツキさんが近づいてくる。

そして少しだけ疲れた様な表情を浮かべ…ゆっくりと私の耳元で囁いた。

 

「…ハヅキが、凄く連絡をしてきた」

「……ごめん」

 

私が小さく謝った事に満足したのか、嬉しそうに微笑み…後ろに乗せてくれたら許してやると言っていた。

…今日は特にグリフォンに乗らないが、取り敢えず頷いておいた。

 

 

「おかえりなさいマスター。先ず初めに正座ね」

「…いや、此処は周囲の視線が…」

「関係ない。後弟子も正座」

「……わ、分かりましたにゃ…」

 

帰ってきてすぐに、私達は正座をしていた。

ミントが笑顔で怒りながら私達に説教をしつつ…それでも私は目を伏せた。

それを見てにゃん太班長が諦めた様な表情で正座をしたのを見て、セララさんが困った様な表情でこちらを見る。

 

「…どうやらマスターはわかっているようですね」

「…はい。にゃん太班長の事を教えなかった事です…」

「大方私に言わなければバレないって思っていたんだろうけど…分かってる?フレンドリストから場所を知れるんだよ?」

「……あー」

「我が輩は別に其処まで…」

 

諦めが悪いにゃん太班長が自分だけ逃げようとするが、そんな事お見通しだろう。

ミントが勘の悪い弟子を冷たい表情で見つめるのを見て、私は小さく頭を手で抑えた。

 

「あらそう?それなら今から一緒にご飯を作りましょうか。腕、鈍ってるでしょ?」

「……」

 

苦笑したにゃん太班長を見て、私は諦めた様な表情で微笑んだ。

…説教が終わった後に私は立ち上がり…後ろに居たハヅキの頭を優しく撫でた。

 

「…ただいま。ハヅキ」

 

私の言葉を聞いてハヅキが私の身体をしっかりと抱きしめ…それを見た白黒姉妹が少しだけ冷たい目で見つめる。

それと同時に私の耳元でハヅキが囁き始めた。

 

「急にいなくならないでください。急に念話に出ないのはやめて下さい…怖かったんです」

「……うん。ごめんね」

 

そういって小さく微笑んだ私を見て、ハヅキは小さく抱きしめる力を強くした。

…それと同時にハヅキの後ろから黒と蒼の鎧が視界の端から見えて私は警戒を露わにする。

 

「なんの用だ?此処は大手のギルドのマスターが来る場所じゃない」

 

私の声音と口調が変わった事にハヅキがびっくりするが、私は気にせずに後ろの二人を睨み付けた。

それを見た二人が小さく手をあげるのを見て、私は警戒をし続ける。

 

「…おやおや。随分嫌われた者ですね。ああ、初日の君のギルドメンバーが原因じゃないんですか?」

「あいつらは速攻で抜けさせた」

 

その言葉と同時に、ミントが小さく眉を潜めた。

それを見て少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべたアイザックだが…小さく咳払いをしてからゆっくりとこっちを見つめた。

 

「…内容は分かっているんだろう?」

「EXPポットの件ですか?貴方達が買っているという噂の」

「マスター。話くらいは聞いてあげて下さい」

 

その言葉を聞いて、私はミントを睨み付けた。

私の表情を見たミントは小さく驚いた後にゆっくりと頭を下げ…けれど小さく首を横に振る。

…それを見て私がゆっくりとため息を吐いた後に…二人に対して口調を変えたまま喋り始める。

 

「アイザック。私は何時も言っている筈です。ああ、其処で聞いてない振りをしているクラスティも聞け」

 

小さく威圧をする様に喋った後に、私はハヅキを優しく身体から話してから視線を鋭くさせた後に口を開く。

 

「私達現実の生産者(リアル・クリエイター)からの引き抜き及び脅しはしないで頂きたいですね。私が居なくなって直ぐ、“D.D.D”と“黒剣騎士団”から引き抜きと脅しがあったと聞いています」

「…おや。それは初耳ですね」

 

しれっというクラスティを見ながら、私はそのまま睨み続ける。

それを見たアイザックが小さくため息を吐くが、どうやらクラスティは気にしていないらしい。

それは自分に非の打ち所が無いという自信からか、それとも唯の虚勢か。

 

「“現実の生産者(リアル・クリエイター)なんて続けているくらいなら、“D.D.D”の方が安全だ。という言葉を“D.D.D”のメンバーから聞いたらしいですが?」

 

そう言いながら小さく睨み付ければ、彼は少しだけ困った様な表情を浮かべ…そして一気にため息を吐いた。

どうやら心当たりがあったらしい。

 

「…そしてアイザックの方では…ああ、性的な言葉を掛けられたと聞きますね。ね?ミント」

「そうですね」

「……ほほう?成程なぁ…?」

 

小さく何かを考え込む様に顔を伏せたのを見て、ミントは小さく息を吐いた。

…この世界ではセクシャル・ハラスメントでアカBANは出来ない。

 

「…成程ね。それで先回りして引き抜きと脅しをするな…と言った訳だ」

「えぇ。泣いている女の子を無視しておきながら、私達のメンバーを引き抜きに掛かる…そんな奴らを見たら…」

 

私は無手で構える。けれど武器は使っていないから衛兵は出ない。

…ただし、私のビルドを知っている二人は警戒の表情を浮かべ…ゆっくりと柄に手を伸ばそうとしている。

 

「…私は、貴方達が人間であろうとも斬り殺す。仮に死亡したデメリットがあったとしても、関係ない」

「……肝に銘じておく。そして、他のギルメンにも伝えておくわ」

「私もメンバー達に伝えておこう」

 

その言葉を聞いたアイザックが鼻で笑うのと同時に、クラスティが眼鏡をゆっくりと上げた。

 

「はっ。“D.D.D”のメンバー全員に伝わるのかよ?」

「私から言えば大丈夫でしょう」

「…では、話は終わりです。……ハヅキ、ミントと一緒に帰って」

 

その言葉と同時に、ハヅキが嫌そうに首を横に振る。

それを見て私は小さく頭を撫でた後に優しく耳元に近づいてから…

 

「後で何かしてあげるから」

 

そういって優しく微笑めば、ハヅキが嬉しそうに微笑んだ後に…小さく離れてからミントと一緒に帰っていく。

 

「…最後に一つ。これはお願い事になるんだけど…」

「おや?かの有名な現実の生産者(リアル・クリエイター)のマスターから、お願い事ですか?」

「そう。もしシロエから何か提案があれば、協力してあげて」

 

そういって小さく微笑んだ後に…私はこちらを見ていたトウヤに手を振る。

…それを見たトウヤが嬉しそうに微笑んだのを見てから私は自分達のギルドに戻る…道とはまた別の道を歩き続け…

 

「……何か用?クラスティ」

 

小さく後ろを振り向き…私は小さく睨み付けた。

…睨み付けた所からクラスティが両手を挙げながら出てくる。

 

「おや。バレてしまいましたか」

「貴方が尾行なんて向いてない」

 

その言葉と同時に、彼が嬉しそうに微笑みながら出てきた。

…それを見て私は小さく右腕を上げた後に話をし始める。

 

「生殺与奪の権利はこっちが握っている。話があるならどうぞ?」

「…何処まで君は考えているのですか?」

 

その言葉を聞いて、私はゆっくりと首を傾げる。

 

「何処までだと思いますか?」

「…そうですね。……私にはとても思いつきませんが」

 

小さくお道化た様な表情を浮かべたクラスティを見て、私は少しだけ諦めた様な表情でクラスティを見つめた。

…何処までヒントを出すかを考えつつも、スパイの可能性を考えて無難な情報を与える事にすした。

 

「それならそうですね。……ま、大地人との共存…までくらいかな」

「……共存?」

 

その言葉と同時に私は小さく微笑む。

それを見て彼が嬉しそうに微笑んだ後に、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。

 

「成程。やっぱり、そういう事なんですね」

「……本当に、思考を回した化物程…怖い者はないね」

「近々レイドをする事になっているのだが…それは止めておこう」

 

その言葉を聞いて私は右手を下げた後にゆっくりと微笑む。

それを見て小さく息を吐いた彼を見つつ、私は苦笑した。

 

「それではこれで。なるべく私についてこない事をお勧めしますよ」

「…そうしておこう。気付けば此処は街の外だ」

「えぇ。そしてもう一歩貴方が近づけば…」

 

その言葉と同時に、弾痕と大量の矢が彼の足元に現れた。

…そのまま私が上を見つめれば、其処には隠れていた現実の生産者(リアル・クリエイター)のメンバーが嬉しそうに微笑んでいる。

 

「死んでいましたね」

「…本当に…油断も隙も無い考える化物は恐ろしい」

「おや、自己紹介?」

 

小さく私が笑いながら言ったのを、彼は少しだけ困った様に微笑んだ。



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019

ギルドに帰ってきて、まず初めに私がした事は正座だった。

可笑しい。私はこのギルドのマスターだったんじゃないか?そんな事を考えながらも私は今…

 

「…と言う感じで、セララの奪還作戦は終わった」

 

正座をしながらミント達に説明をし続けていた。

どうやら今回、途中で念話を無視してしまった事が相当心配されたらしい。

 

「…それで?シロエ達はどうしているの?」

「きっと今頃三日月でご飯を食べているんじゃない?」

「……じゃあ、どうしてマスターは戻ってきたんですか?」

「そりゃあもう。皆と一緒に仲良くしたいからに決まっているじゃない」

 

私のその一言を聞いて、ミントが半目になって呆れた様な表情を浮かべる。

それを見た私は少しだけ焦りつつ…ゆっくりと事情を話した。

 

「このあたりの情報と、後91レベルになったって情報を聞いたから飛んで帰ってきた」

「ああ…91レベルは正直大変でしたけど、まぁ楽しい遠征でしたよ」

「レベルとしてはどのあたりを狙ってたの?」

「そうですね。レイドの取り巻きを狙い撃ちながら…と言った所でしょうか」

 

その言葉を聞いてアイの方を見れば、アイは嬉しそうにピースをしていた。

それを見て私が優しく微笑むと…アイが頬を赤らめていた。

その事に少しだけ首を傾げつつも、頬を膨らませながらエリナに向かって意見を出す。

 

「…この状態でレイド?言ってくれれば私が指示を出したのに」

「何時までもマスターを頼りにしたくないという全員一致の意見です。諦めて下さいな」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ口を窄めた。

それを見たミントは少しだけ面白そうに微笑んだ後に…ゆっくりと私の耳元で囁いた。

 

「…特に死亡者は居ません。但し幾つか可笑しな事件が発生しました」

「……可笑しな事件?」

「はい。先ず初めに、レイドボス今までの情報に無い行動をしてきました」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ眉を潜めた。

つまりそれは、今までとは全く違う行動パターンのボスを相手にしなければいけないという事だろう。

知っている情報で戦えるならまだマシだ。それなら私が無傷で守れるのだから。

でも…もしそれが違うとなると…

 

「…どれくらい違って見えた?」

「誤差から別次元まで。千差万別と言った所でしょうか」

「支障は?」

 

ある程度想定された質問だったのか、大量に書かれた書類を見て私は思わず口を歪めた。

それを見たエリナが嬉しそうに微笑んだ後に、真剣な表情で喋り始める。

 

「全員が対処可能から、一時戦闘不能者が出る程度です」

「……つくづく、良く全員死なないで戻ってこれたね」

「それだけが取り柄ですから」

 

その言葉を聞いて、私は小さく微笑んだ。

…そして、ゆっくりと全員の顔を見つめる。

 

「…分かった。今日の報告会は中止!代わりにお食事会にしよう」

 

私が伸びをしながらそういうのと同時に、

 

「それ、リーダーが食べたいだけ」

 

ツキサギがジト目でこちらを見つめた。

それを見た私は小さく目を逸らすのと同時に、少しだけ笑い声が混じる。

ミントが諦めながらゆっくりとキッチンに移動するのを見ながら、私はゆっくりと起き上がった。

 

「さて。全員準備しよっか!確か大広間だったら全員座れるからそこで良いよね?」

「…リーダー。食い意地はりすぎ」

 

私はその一言に対してにっこりと微笑みつつも、ゆっくりと階段を下りながら一つのポーションを取り出す。

それを見たツキサギは驚いた様な表情を浮かべた後、全員を下がらせた。

 

「外観再決定ポーション…」

「…ん。ちょっと自分の姿に戻ってくるね」

「良いの?」

 

ツキが少しだけ期待した表情を浮かべているのを見て、私は思わず苦笑してしまった。

…まぁ、体質が体質だから現実の身体に戻って欲しいのだろう。

 

「結構身長とかが違っててね」

「そうだけど…でも」

「一応ミントには許可を貰ってるから大丈夫」

 

そう言いながら私はポーションを飲みつつ階段を降りていく。

突然の痛みに身体を抑えつつも、私は必死に声を上げずに階段を降り続けた。

…格好良く変身をしようと思ったのに、悲鳴を上げたら示しが付かない。

そして最後の一段を降りたのと同時に…私の視界がかなり低くなるのを感じる。

……それと同時に、

 

「…わぁ!サミダレちゃん!」

 

私の小さくなった身体にダイブをしてくる人間もまた居た。

…思わず身体を捻って避けようとしたが、彼女はそれを読んでいたかの様に動いて…私を抱きしめた。

 

「……おはよう。私が居る時は会わなかったからログインしてないのかと思ったよ」

「そんな事ないってわかってたでしょ?」

「…まぁ。わかっては居たけど…うん」

 

抱きしめられた瞬間、私は諦めた様に後ろを振り向いた。

其処には私と同じようにポーションを使って身体を戻した一人の女性が私に頬擦りをしている姿があった。

 

「…睦月」

「はい!何ですかサミダレちゃん!」

「私が居ない間に色々あったみたいだから…」

 

私はゆっくりと睦月を抱きしめて微笑んだ。

それを見た睦月が頬を赤く染めるのを見て、少しだけ首を傾げながらも優しく頭を撫でた。

 

「んっ…さみだれ…ちゃん…」

「お疲れ様。ビルドの関係上誘われる事沢山あったでしょ?」

「…うん。私は離れたくないのに…みんな自分勝手だった」

「そっか。本当にお疲れ様」

 

小さく頭を撫でれば、嬉しそうに頭を差し出す睦月を見て…私は少しだけ息を吐いた。

…私達は良くも悪くもトップギルドだ。

数ではD.D.D所か黒剣にも劣る。けれど私達はその二つにも負けない程度の質がある。

戦闘系の最先端だけじゃなく、生産系の最先端でもあるのがこのギルドだ。

…だから、この機会に乗じて引き抜こうとする所や吸収してやろうという考えはすぐに思いついた。

 

「…でも、ツキサギさんが皆を守ってくれたから…」

「大口依頼とかの件は?」

「それも大丈夫だった。皆やって欲しそうだったけど、表立っては言ってないよ」

「そりゃそうだよ。こっちの悪口を言い出したら先に居なくなるのは相手の方だからね」

 

そう言って私が小さく微笑めば、睦月も小さく微笑んだ。

…それと同時に皆が降りてきたのを確認してから…私は小さく伸びをする。

そして大きな姿見の前に立ち…自分の姿をもう一度確認した。

 

「…うーん。やっぱり誤魔化しをしてアカツキさんよりは身長上の方が良かったかな」

「いえいえ!その身長こそがマスターの黄金比!一番良いと思いますよ!」

 

そう言いながら睦月が自分で作ったのだろう扇子を取り出し、微笑む。

それと同時に私もゆっくりと手先を確認しながら…道具を取り出して生産系の技を使う前に全員を見つめた。

 

「…取り敢えず一つだけ聞きたいんだけど、現実との違いってどれくらいあった?」

「全く無かった。自分で打ちたい所に打って…そして温度も調節できる」

 

刀鍛冶であるツキサギが代表して答えたのを聞いて、私は少しだけ考えを纏めながら時計を作り始める。

 

「成程なぁ。という事は生産者の技術に左右されるのか」

「そうですね。後は革細工の私と、鎧職人のハナちゃんで色々合わせる事が出来たりもしましたよ?」

「…へぇ」

 

その言葉に興味を持ちながらも、私は自分自身で短針や長針を作っては嵌め込む。

…そして小さく黒灰姫と白灰姫の二人に目を向けると…二人は頷いてからゆっくりと宝石を時計に入れ込んだ。

その瞬間、時計の長針と短針が動き出し……そしてゆっくりと時を差しながら針が動き続ける。

 

「…どっちだと思う?」

「恐らくはシロの宝珠」

「……成程。使った宝珠にも対応するのかな?」

 

その言葉を聞いて、私は動き始めた時計を見ながら結論を出そうと頭を回し始める。

 

「…かもしれない。でも時計を動かすならあの程度で良いと思う」

「問題はどの程度の宝珠が何時間稼働するか…かな」

 

私は動いている時計を見つめながら小さく呟く。

…それを見たハヅキが小さく目を瞬かせているのを見て…私は少しだけ微笑んだ。

 

「どうしたの?」

「えっと…どうしてそんなに早く時計を作る事が出来たのかな…って」

「ああ。コツさえわかれば簡単に作れるよ?」

「そんな訳ないでしょう?」

 

その言葉と同時に、ミントがご飯を持って現れる。

ミントの言葉に小さく首を傾げると…ミントは呆れた様にこちらを見つめた。

 

「あれが出来るのは貴女だけよ。というかよく時間を正確に測れたわね」

「まぁ、現実と此処と逆算してかな」

「…本当に可笑しいマスターなんだから…」

「そう?」

 

ミントの言葉にお道化て返すと、諦めた様な表情で色んな机にご飯を置いていく。

…これ全部ミントが作ったんだから、そっちの方が凄いと思うんだけどなぁ。

 

「マスター。後で白灰姫と一緒に刀を作りたい。いい?」

「私に聞かなくても大丈夫だよ?」

「一応。報連相は必要。葉酸を取りたい」

 

それを見てエリナが少しだけ考えた後に、さっきのボケが分かったのかゆっくりと手をポンと叩いた後に口を開く。

 

「…ホウレン草ですか?」

「そう」

 

私の周囲には、白灰姫を囲って三人が微笑んでいる。

…きっと良い刀が作れるだろう。

ツキサギも、皆も全員がプロの道に進んだ人なのだ。

 

「この光景覚えて後で絵を描こうかな」

「寝れる時に寝ないと駄目だよカナタ?」

「そういうカナエだって寝不足になりながら地図を描くでしょ?」

 

元々仲良しの姉妹を見ながらも、私は警戒する様に二人を見つめた。

…もしかしたら逆スパイかもしれない。

本来ならギルメンにそんな事を思いたくないが、仲間を守る為にはそんな事もしなくてはいけない。

 

「二人共仲良いですね」

「「……」」

「…あれ?」

 

向こう側では今日拾った二人が初日に拾った少女に人見知りを発動させている。

…その事に少しだけ微笑みながらも、私は三人に手を振った。

 

「だからやっぱり愛なんですよ!愛!」

「…うーん…私も愛あると思うけどなぁ…」

「まぁ。根暗ちゃんはかなり愛あるよね」

「本日のお前が言うな?」

「マリアは人形愛というよりギルマス愛だから…」

「否定はしないね」

「うわぁ」

「根暗ちゃんだってそうでしょ?」

「…うん」

 

向こう側では召喚術師の四人が何かを語っている。

楽しそうに話している事から、召喚の事を話しているのだろうな。

そんな事を見ながらも私は沢山の召喚獣に囲まれて、私は皆の頭を撫でていった。

 

「あー!ツキ私のお肉食べたでしょ!?」

「取られる方が悪い」

「じゃあこのタルトも取られる方が悪いという事で」

「…ほう。私にその勝負を挑むとは…覚悟があるんだな?」

「最初にやったのそっちでしょう!?」

「おち、落ち着いて…」

「こうなったリーダーとツキは止められない。諦めてこっちで甘いおやつを食べよう」

 

向こうでは『花鳥風月』のパーティーがワイワイと何かをしている。

…何時も笑顔と喧嘩が絶えないパーティーに、エリナが少しだけ頭を痛めているのを思い出した。

……でももう、もう一度解散する事はない。

それを裏付ける証拠として、四人の腰元には皆で取りに行ったグリフォンの召喚笛が付いていた。

 

「…相変わらず凄いギルドだね」

「……えぇ。マスターの人徳あっての事ですよ?」

「そうかな?」

「そうですよ」

 

小さく私が微笑みながらご飯を食べるのと同時に、念話が掛かってきた。

…ご飯を持っていきながら念話を取ると…

 

「…頼みがあるんだ」

 

真面目なシロエの声が、私の頭に届いた。



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020

「良いよ。私は別に」

 

念話の声を聴き、重要度を察した私は依頼も聞かずに返事をした。

…念話越しから息を飲む声が聞こえ、思わず苦笑する。

今回の交渉は絶対に失敗しないように幾つも案を練ってきたに違いないと微笑みながら…私は先に会話の腰を折ってみた。

 

「…ちょ、ちょっと待って」

「うん」

「……な、なんで話も聞かずに?」

「簡単な事だ友よ?」

「僕はワトソンじゃないです」

「眼鏡してるのに。何時かモノクルに変えて見たらどう?」

「誤魔化さないでください」

 

その言葉に私は少しだけ微笑み、ゆっくりと話を待つ。

…先手を打ったのはいいが、これからどうするかを考えていない。

それを察したシロエが小さくため息を吐いた後に…ゆっくりと話を始める。

 

「…先ず初めにやって欲しい事なんだけど…」

「屋台を止めて、依頼の申し込みを止める?」

「……」

「期間は貴方達が目的を達成するまで。そしてその目的を達成するためには私達のギルドが邪魔になる」

「…」

「達成する方法としては、味のする料理。その方法を教える代わりに金を巻き上げる事かな。……最低限の資金。500万枚」

 

 

その言葉を聞いて、彼が小さく喉を鳴らした。

…それを聞いた私は少しだけ考えを纏めた後に…ゆっくりと思考を回した。

 

「…何処まで」

「何処までと言えば、余り?かな」

「……本当に?」

「うん。本当にあんまり分かってはないよ。ギルド会館を買って、大手のギルドを集め、法を裁定する。アキバを戻す。……ううん、新しく作る為に」

「…何処まで分かっているんだ?」

「……さあね。何処までだと思う?ログ・ホライズンのシロエ君」

 

私のその言葉を聞いて、今度こそ彼が驚いた様な声を出した。

それを聞いて面白そうに微笑みつつ、ゆっくりと伸びをした。

 

「連絡を入れたタイミング、私達にして欲しい事、それを考えて……ああ、それで?」

「……」

「さて。ギルドメンバーを貸す事は出来ないしそれをシロエは望んでいない。

 …ううん。そもそも今回は私達が手を貸す事を望まない」

「うん。『現実の生産者』の名声を今回は望んでない」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ微笑んだ。

それと同時にメンバーの方を見つめ…ゆっくりとため息を吐いた。

 

「…さて、何処までにする?」

「金貨500万枚」

「そう。メンバーは?」

「第8商店街、海洋機構、ロデリック商会」

「……最初に得れる金貨、そして三日月同盟の要らない物を売って50万前後。……ふむ、上手くいって一つのギルド当たり150万かな?」

「…そうだね」

記録の地平線(シロエ)西風の旅団(ソウジロウ)三日月同盟(マリエール)ホネスティ(アインス)黒剣騎士団(アイザック)D.D.D(クラスティ)シルバーソード(ウィリアム)グランデール(ウッドストック)RADIOマーケット(茜屋)第8商店街(カラシン)海洋機構(ミチタカ)ロデリック商会(ロデリック)。呼ぶとしたらここら辺かな」

 

私の一言を聞いて、彼が今日何度目かの息を飲む。

 

「…さて、こちら…ううん。私にやって欲しい事の殆どは終わっている。あと少し、何かをやって欲しい事があるんでしょ?」

「……」

「けれどそれは私に断られる事が確定してる。だから言わない」

「…うん。本当は今言った中に現実の生産者(サミダレ)を混ぜたい。けれどそれは不可能に近い」

 

その言葉に私は小さく頷いた。

この世界で縛られる事は、私達にとって何よりも嫌な事だ。

 

「…だから、基本的には僕達のバックについてほしい」

「…メリットは?」

「僕の口から言うの?全部分かっててそれでしょ?」

 

その言葉と同時に、私は少しだけ微笑んだ。

 

「それじゃあ、私達ギルドはレイドの遠征に行くね。これが一番手っ取り早く…そして楽だから」

「…良いんですか?僕は死ねと言ってるんですよ?」

「ううん。素材回収に行ってこい。でしょ?」

 

その言葉と同時にシロエが小さくため息を吐いた。

そんなシロエに少しだけ苦笑しながらも、私はゆっくりと話を続けようとし…

 

「マスター。お客様です」

 

小さく、後ろから声が聞こえた。

私は小さく頷いた後に…シロエに対して話を続ける。

 

「ごめん。客が来たからこれで」

「ああうん。わかった」

「最短で明後日になる」

「了解」

 

その言葉と同時に私は念話を切り、客の相手をする為に踵を返した。

…そしてゆっくりとメンバーを見つめてからミントに指示を出し…ゆっくりと客の下に向かった。

客間に向かうと、其処には一人の少年が座っていた。

 

「…ん?ああ、やぁ」

「こんばんは師匠。夜分遅くにすみません」

「おっと。カズ彦じゃなくて私が師匠なの?」

「はい。二刀流を教えてくれたのは師匠ですから」

 

その言葉に少しだけ苦笑しながら、私はゆっくりと彼の目を見つめる。

…何かに迷い、縋ろうとする目。

私の持っている情報を使って考えを纏め…そして小さくため息を吐いた。

 

「…外に行こう。メンバーに心配を掛けたくない」

「……はい」

 

その言葉を聞いて彼が立ち上がるのを見て…私は小さくため息を吐いた。

そしてゆっくりと刀を撫でた後に…外に出る。

…そして、外に出た瞬間に彼が小さく目を光らせた。

 

「何かを掴めそうなんです」

「…うん。おいで」

「……手加減はしないでください」

「する気はないよ。……」

 

小さく、私は刀に手を置く。

…そして、瞬時に構えを取った彼を見て…一言だけ煽る。

 

「殺す気で来な」

「一騎駆け!」

 

私の煽りを受け、彼が刀を抜いて私に斬りかかる。

先ず初めに片方の刀で彼の攻撃を逸らしつつ、そのままもう片方の手で居合の構えから反撃をする。

首元に入った刀を見た彼が小さく舌打ちをした後に、刀を逆手で構えて首元の刀を弾いた。

 

「…」

 

その逸らし方、斬りこみ方の全てに違和感を持つ。

私はそのままゆっくりと息を吐いた後に…片方の刀を弾く形で地面に落とした。

そして片方の刀を両手で掴み…そのまま一つの刀で戦い始める。

 

「……違和感がある。何を視てる?」

 

その言葉には答えず、もう片方の刀を使って両刀で彼が戦い始める。

そして、瞬時に片手の刀で私の刀を逸らそうとするが…

 

「遅い。それに軽い。姿の所為?」

「っ!」

 

片方の刀で防ぎきれない事が分かったのか、両方の刀で防ごうとする。

…それを見た私は小さく身体を回転させ、自らの刀を足で押し付ける。

 

「っ!」

 

それを見たソウジロウが両方の刀を振りぬき…私の刀を吹き飛ばそうとする。

…私は小さく微笑んだ後に、吹き飛んだ刀を片手で掴んでから構えを取る。

 

「…火車の太刀」

「っ!」

 

私が小さく呟くのと同時に、身体が勝手に動き出す。

…そして瞬時にソウジロウに技を撃ち込み、そして瞬時に地面に刺さっていた刀をもう片方の手で掴んで切りつけた。

その無理矢理な事に身体が悲鳴を上げ、技がキャンセルされる。

彼が私の技に対抗するべく受け流しを使おうとしたのだろうが、無駄撃ちになっていた。

 

「っ!?」

 

そのまま硬直をしているソウジロウに刀を向ける。

 

「終わり」

「……」

「何か掴めた?それなら良…」

 

良かったんだけど…と言う言葉を最後まで言わず、私は瞬時に距離を取った。

…そのまま私に縋る様に地面を刀で削りながら近寄り…そのまま逆袈裟に斬りつけようとする。

私は片手の刀で切っ先を二センチほど後ろにずらさせ、そのままもう片方の刀からの攻撃を庇う。

そしてもう一つの刀を使って首を狙った瞬間…

 

「!?」

 

軌道が読まれ、私は力を出し切る前に逸らされた。

思わず距離を取り、瞬時に思考を回しながら彼の今のからくりを解明する。

 

「……今のは…」

「…これは……」

 

けれど彼も分かっていない…いや、正確に言えば私に見えないログを見ていることから、今まであった技ではない事がわかる。

…という事は…

 

「…今なら、師匠に勝てる気がします」

「弟子の伸びた鼻を切り落とすのも師匠の役目だね。…いいよ。新しい技を使いな」

「……はい!」

 

新しい技を否定しなかった事から、拡張パックに入っている新しい技なのだろう。

…そしてそれは私の刀の軌道を読み、そして瞬時に逸らす技。

発動からそれを学び、弱点を探せ。頭を久々に回転させろ。自分。

これを突破する方法を、全て試せ!

 

「無駄です師匠!この技なら、フェイントだって見切れる!」

 

その言葉と同時に、私のフェイントを無視したソウジロウが私に対して刀を振るう。

…そして、それを見て私は瞬時に悟り…行動に出る。

刀を仕舞い、後の先を発動させながら居合を両手で起動した。

片方の刀を抑えたソウジロウは、私に対して小さく目を光らせた。

 

「ソウジロウ。その技、防御にしか使えないね」

「……さっすが、師匠だ」

 

両方の刀で左右の鍔迫り合いを行いながら、私達は微笑む。

 

「そして軌道を読んでから防ぐ為には時間が其処まで無い。という事は…貴方が見れても反応出来ないくらいに速けれ…ばっ!」

 

その言葉と同時に、私はソウジロウのお腹を蹴り飛ばす。

…瞬時に私に行動の意味を悟ったのか、防御の構えを取るが…

 

「遅いよ」

 

スキルを使わず、私は彼の喉元に切っ先を突き付けた。

…相手にスキルを使わせず、そして完璧な詰みになった彼が…小さく両手を挙げた。

 

「…参りました」

「ん。孤鴉丸とか使ったらまだわからなかったかもよ?」

「……無理ですね。師匠は才能がある」

「そう?私は身体動かすの其処まで好きじゃないけどね」

「好きじゃないだけで出来るんでしょう?」

 

その言葉に少しだけ微笑みながら、私はソウジロウの頭を撫でる。

少しだけ頬を膨らませたのを見てから…ゆっくりと木陰に居る彼女へ話しかけた。

 

「さ、もう帰りなさい。其処に居る彼女と一緒にね」

「…へ?」

「いやぁ。バレちゃったかぁ」

 

そう言いながら反省の色すらなく出てきた彼女を見て、私は少しだけ微笑んだ。

…昔の知り合いの顔を見つめながら…ゆっくりとソウジロウを差し出す。

 

「後よろしく」

「はいよ。…そうそう、サミダレ防御スキル一切使ってなかったじゃないか」

「そうだっけ?居合の構えは使ってたけど」

「あれはトグルでしょ。リキャスト長い奴とか全然使って無かったじゃないか」

「まあね」

 

刀を仕舞って微笑んだ私を見て、少しだけため息を吐く。

…それを見て私は首を傾げるが…彼女は小さく首を横に振ってからソウジロウの首根っこを掴んだ。

 

「…ま、何時かソウジロウが強くなったらもう一度相手をしてあげてよ」

「それは別に何時でも良いんだけど?」

「……なんか、相手にもされてない気がしました」

「そう?私は結構頭回しながら戦ってたよ?」

「それが相手にもしてないって事なんだよ。トップの戦闘職相手して他に気を配りながら戦えるのなんて、サミダレくらいじゃないの?」

「どうかなぁ?」

 

小さく微笑みながら彼女の言葉を濁せば、彼女も少しだけ微笑んだ。

…そして瞬時に視線を合わせ…頷いた。

 

「じゃあそういうことで、よろしく」

「そちらもお願いね。取捨選択は任せた」

「あいよ。言う相手は選ぶさ」

 

その言葉と同時に二人が去っていくのを見てから…私は小さく手を叩いた。

…それと同時に私の真後ろからガサガサと音が聞こえる。

 

「夕月夜。ちゃんと見てた?」

「…」

 

小さくコクリと頷いて、私を抱きしめる。

 

「お眼鏡に適った?」

 

もう一度頷いて、優しく顔を見つめられる。

…そのまま頬を上気させ、ゆっくりと目を瞑った。

 

「そっか。…分かった。明後日一緒に行こう」

「…ん…」

 

小さく微笑んでから私がそう言ったのを、彼女が嬉しそうに微笑む。

…そして私が額にキスをしたのを不機嫌そうに見つめる。

 

「…口、して」

「駄目」

「……やぁ」

 

私がそのまま優しく手を握ると、嬉しそうに指を絡めて微笑む。

そしてゆっくりとギルドに戻ってから全員の顔を見て…もう一度息を吐いた。

そのまま夕月夜の手を放して台に乗り…全員に聞こえる様に声を出す。

 

「さて、急に決まった事だけど…明後日にレイドをする事になった」

「……はい」

「メンバーはフルレイド。つまり24人。構成的にはタンクとヒーラーは全員参加しなければいけない。…そして、今此処に居るメンバーは25人。必然的に一人余る計算になる」

 

その言葉を聞いて全員が視線を向ける。

…それを見た私は少しだけ息を吸ってから…喋りだした。

 

「よって明日は一日、メンバーを決める日とする!メンバーが決まり次第連携の練習!」

 

私の言葉に全員がそれぞれ返事をし、そして冷や汗を掻く。

…それを見て少しだけ微笑んだ後に…解散の合図を出し全員を自由時間にさせてから台を降りた。

 

「…一人だけ…」

 

降りる瞬間、小さく呟いたハヅキの姿を…私は見逃さなかった。



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021

「…という事で、今日は皆で戦闘訓練ね。そしてその後に抜けて貰う人を決める感じ」

 

少しだけ微笑みながら、私はゆっくりと全員を見つめる。

…と言っても今此処に居るのはダメージディーラーだけだ。他の全員は私の後ろで遊んでいる。

 

「連携とか色々確かめたいし、皆がどれだけ今の状態で戦えるかを見ておきたい」

「…質問です」

「どうぞエリナ」

「どういう感じで決めるんですか?」

「私達の独断と偏見。駄目?」

 

その言葉に少しだけ首を横に振りながら、彼女はゆっくりと話を続ける。

 

「いえ、それは分かっています。けれど…ダメージ量とか、デバフで決める可能性もあるじゃないですか」

「ふむ。統計でいえばエリナはダメージ量が上だけど?」

「そういう意味ではなく。個人のダメージ量としてです。後は役割被りもあります。指示が明確に理解若しくは出来るかどうかも…」

 

一度エリナの言葉を止めて、私は少しだけ口を緩ませた。

…それを見たエリナが少しだけ首を傾げるのを見て…私は息を吐いてから微笑んだ。

 

「はいストップ」

「んっ…」

「考えている事は分かるし、それが良いってのもわかるんだけど…流石にそれだとアレでしょ?」

「マスター。流石に指示語が多い」

「でもみんな考えている事は同じなんでしょ?それなら通じてる筈だよね?」

 

私の一言を聞いて、誰もが視線を逸らしたりし始める。

…つまりはまぁ…自分達が行きたいけどどうすればよいのかわからないという事だ。

そしてそれを手っ取り早く解決できる方法として、ギルドに入っていないハヅキを捨てるのはどうかという事だ。

そうすれば今いる全員が何とか出来るという事で…まぁ理にかなっているのではあるのだろう。

 

「私はそういうので選ばないのは昔から知ってるでしょ?誰であろうとちゃんと連携出来るならその人に任せる」

「…それは…そうだけど…」

「だから今回のメンバー決めをやってる訳で。まぁ…おいていかれるのが辛いというのも分かる。もう少しメンバーがこっちに来たらダブルレギオンでも良いって考えてたしね」

 

そう言いながら微笑めば、彼女達は少しだけ目を逸らす。

…まぁ結局は、ハヅキの能力を見てないから一緒に組むのを渋っている訳だ。

それなら…

 

「はい!そろそろ全員が出来ないと言うなら連携練習始めるよ!」

 

小さくため息を吐くのと同時に、全員を急かす様に手を叩いた。

それを聞いた全員が焦ってパーティ申請をするのを見ながら、私はもう一度ため息を吐いた。

 

 

会敵(エンゲージ)!視認2つ!」

「りょ。ハヅキちゃんはそのまま歌ってて。私が何とかする」

「は、はい!」

 

敵側の三人が色々喋りながら警戒しているのを見て、私は少しだけため息を吐いた。

…結局こうなるよなぁ…なんて考えとか、まぁそんな日もあるよなぁ…と言う諦めとかも含んだ…とても良いとも、少しはマシとも言えない連携。

話す時間とかちゃんと上げた心算だったんだけど…どうやら其処まで話をする余裕はなかったらしい。

 

「十秒後に後ろ下がって。五秒で撃ち始めていいよ」

「「了解」」

 

私が武士の挑戦を吐き出して、目の前の敵とにらみ合いになる時間と…その三秒後に全員が私を攻撃し始める時間。

合わせて五秒で警戒を逸らすのが…私達の目的だ。

 

「始め」

 

私が相手の刀を力任せに弾くのと同時に、私の後方から一人が攻撃を仕掛ける。

…それと同時に私に対してバフが掛かり、後ろから魔法の攻撃が飛んでくる。

 

「っ!」

 

狙いは勿論ハヅキ。

今回お相手はハヅキを潰せば残りは回復擬きくらいしか恐れる者はない。

だから速攻で狙ったのだが…その狙いは読まれていたらしい。

“遠くから”武士の挑戦が入り、私達は思わず苦笑してしまった。

 

「敵にすると本当に面倒ですね…どうしますか?」

「取り敢えず私がお相手する。ヒーラーは…うーん…」

「……まだ駄目?」

「うん。もう少しだけ待ってて。その分ちゃんとした見せ場を作るから」

「…分かった。特大のをお願い」

「お相手的に難しいけど…出来る限りはやろうかな」

 

その言葉と同時に私は刀を右手の刀を逆手に変え、左右のスピードを変える。

そのまま瞬時に首を横に振り、相手の鏑矢を避ける。

 

「…面倒だなぁ。一応無視しておくにしても、ちゃんと無視をするとそれはそれで…」

「……ボスだと逃げ撃ちが出来ないらしいから、今生き生きしてるね」

「さて、このままだと普通に死ぬし…お願いできる?」

 

その言葉と同時に、遠くで何かが発射される音が聞こえ……武士の少女が倒れる音が聞こえた。

それと同時に私はハヅキに一撃を入れ、返す刀で一撃入れる。

 

「っ!」

「ハヅキ瀕死(レッドゾーン)。残り5」

「……月影瀕死(れっど)。残り4」

 

武士と吟遊詩人を瀕死(レッドゾーン)に追い込んで放置。

次に片手の刀を順手に持ち替え、そのまま瞬時に回復職に追い縋った。

彼女は詠唱を止めてそのままため息を吐くのと同時に…盾を使って私の刀を抑えた。

 

「…流石」

「さっちゃ…コホン。サミダレの事なら全部わかりますよ」

「……じゃあ、これからする事も?」

「それは、どうでしょうね?」

 

その言葉と同時に盾が光始める。

…ホーリーシールドかと、小さく舌打ちをするのと同時に私の視界が白くなる。

それと同時に、聴覚と勘だけで真後ろからの攻撃を捌いた。

 

「…つよい…」

「成るべく音を出さずに。アイザックなら気付いたぞ?」

「……ん、頑張る」

「ほい」

 

その言葉と同時に、私は瞬時に首を狙いつつ…くるりと回って盾を踏みつけた。

…それを無理矢理引き剥がそうとしてくる梅雨に微笑みながら、私は蹴りを入れる。

 

「っ!」

「タンクやりたいなら痛みを恐れない事」

「…はい!」

 

瞬時に反撃の一手を加えながら、私は一歩下がって障壁の更新を行う。

それと同時に真後ろからの一撃を跳ね返しつつ、避けられない攻撃に合わせて受け流しをした。

 

「…本当に削れない。どうすればよいと思う?」

「……別機動隊が何とかやってくれれば良いのですが…」

 

その言葉と同時に、二名が瀕死(レッドゾーン)に入ったのを耳に入れつつ、少しだけ苦笑した。

それを聞いた二人は小さく目を合わせ…そのまま小さく微笑んだ。

 

「…さて、形勢逆転ですかね?」

 

その言葉と同時に私の周囲に四人が集まりつつある。

…と言っても、其処まで怖くはないが。

今の私は障壁も限界まで張られているし、他のスキルも万全だ。

次からの試合もないし、私としてはかなり楽になってくる。

 

「…かと言って、このまま放置しても死にそうだし…ふむ」

「諦めますか?」

「……ううん?諦めないよ?だってさ…」

 

その言葉と同時に、私達の頭上から剣が降り注いできた。

それを回避しようとするが、それと同時に全員の動きが鈍くなる。

 

「回復役の瀕死(レッドゾーン)を確認するまでは気を抜かない事。ずっと逃げてる付与術師は無理やりでも追う事。後は…囲んで叩けば勝てると思わない事?」

「…うわぁ。後で課題盛沢山だぁ…」

「こういう風にならない為の吟遊詩人だよ?初手からずっと適当な歌を歌わせてたら意味がないでしょ?」

 

その言葉と同時に大量の剣が落ちる。

それを見た二人が自傷を行って瞬時に眠りの抵抗を完了し、逃げていく。

…私は残っている三人に指示を出してから瞬時に息を吸って…全力で範囲から逃げ出した。

 

「…じゃあ教えて。私は何が間違ってた?」

「色々間違ってたよ。先ず初めに、もう少しちゃんと話さないとちゃんと意思道理には動かない」

 

その言葉と同時に、片手で攻撃する白灰姫が苦痛に歪む。

…一応話はした。けれど何かがあって気不味い雰囲気になってしまった…と言う感じだろうか?

 

「ふいんき大事だよふいんき」

「…それは、変換できないネタですか?」

「そうそう。…っと、ヒーラー半分(ハーフ)。麻痺でいいよ」

 

その言葉と同時に、ヒーラーが撃たれ…瀕死(レッドゾーン)になり退場。

…それと同時に私が飯綱斬りを放ち、もう片方の少女を瀕死(レッドゾーン)に変わった。

 

「残りは二人。続ける?」

「…続ける」

 

その言葉と同時に私の首元に小刀が来る。

それを小さくため息を吐くのと同時に、私は二人に微笑みながら刀を仕舞う。

 

「…そう?」

 

それと同時に私の身体は勝手に動き出し、そのまま瞬時に二人の武器を抑えた。

…少々格好が不格好だが、残りは二人だけだから大丈夫だろう。

 

「…切り返し…」

「うん。と言っても其処まで完璧に出来ている訳じゃないけどね」

「……っ…」

「模倣って言った方が良いのかな。…後でちゃんと修理しないと」

 

その言葉と同時に力が強くなり…私は刀を技任せに振り切る。

…それと同時に二人の場所が交代したように変わり…そのまま私は小さく微笑んでから二人を優しく傷つけた。

 

「二人瀕死(レッド)。終わりだね」

 

その言葉に少しだけため息を吐いた二人が…そのまま先程のパーティメンバーの所に戻っていく。

それと同時に、私の手にも小さな違和感があった。

……それを確認するべく、じっと自分の手を見つめた後に……そのまま両手の刀を振り出した。

 

「…マスター?何を…」

「試したい事があったから…ねっ!」

 

その言葉と同時に、私は全ての技の基本動作を思い出す。

……ああ、“コレ”だ。小さな違和感があったのは。

 

「…成程。模倣…ね」

 

小さく口を緩めながら、私は刀を振り下ろし…そして瞬時に刀を仕舞う。

…そして仮想敵の喉元に両刀を振り…そして瞬時に息を吐いた。

 

「……成程ね。もっと頑張ろうかな」

「…?どうしたの?」

「んっと…まぁ、色々頑張れば強くなれそうだなって」

「…?」

 

その言葉を聞いて、ツキサギが小さく首を傾げた。

…私は目の前に現れたウィンドウを閉じて…そのままゆっくりと微笑む。

 

「…私の場合は機械的に…他の人は、どんな感じなのかな。……成程、ソウジロウのアレは……こういう事か」

 

小さく微笑みながら私が言うのと同時に…あのパーティが盛り上がる。

…それなら一人だけ抜ける人を考えないと…なんて呑気な事を考えながら、私は小さく微笑んだ。

 

「…」

 

それと同時に、奥で誰かの姿が見える。

…その事に少しだけ苦笑しつつ…ゆっくりと手を振ってから他の戦闘を見続けた。



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022

「…それで?何時まで覗いている心算?」

 

ギルドメンバーが各自で先程の戦いの反省をしている中、私は後ろの茂みに問いかける。

…それを聞いて少しだけ諦めた様な表情を浮かべた一人の男性が現れ…

 

「嫌ですね。私は覗いているとは思っていませんよ」

「そうなんだ?じゃあ私がストーカーの疑いで高山三佐に言っても良いと?」

「おやおや。折角貴女方のギルドが困ってそうだから力を貸そうとしていたんですけれどね」

 

そう言いながら私の方にやって来たD.D.Dの団長を見ながら、私は小さくため息を吐いた。

…つまりは暇になったのだろう。

本来なら暇潰しにレイドにでも行くのだろうが、私がシロエに協力させる為にこのアキバに留めているのだ。

私達だけがレイドに行ける事に大いに不満を抱いているに違いない。

私が警戒するのと同時に、D.D.Dの精鋭がため息交じりにクラスティの近くに歩き…そしてクラスティが凶悪の笑みを浮かべたのを見て…私はため息を吐きながらもゆっくりと刀に手を置いた。

 

「…何の心算」

「分かっているでしょう?」

「……分かった。パーティの編成はどうするの?」

「そんなの決まってるじゃないですか」

-タイマンですよ。

 

その言葉と同時に斧が振るわれ、私はその斧に足を付けて踏みつけながら宙に移動して考える。

…成程、タイマンバトルとは考えた。

仮に私が高山三佐に言っても何時もの事と処理される可能性も高いし、何なら…

 

『これからも定期的にミロードのガス抜きに付き合ってください。もし死んだら経験値集め位は手伝いますから』

 

とか言われそうだ。

流石にそれはご免だし、私はそもそもサブ職業の方を集中してやりたいのだ。

取り敢えずそんな事を考えつつ、私はクラスティの頭を踏みつけながら後ろの方に着地をした。

 

「こいーん」

 

それと同時に私の背中側から今までとは違う速度で振り下ろされる。

流石にふざけた状態で避ける訳にはいかないので、今回は真面目に振り下ろされた斧を片方の刀で抑え付ける。

 

「…っ?!マス…」

「大丈夫、ちょっとこいつのガス抜きをしてるだけ。適当に相手をしたら返すから」

「ですが…」

「それよりももっと戦闘訓練!今ならD.D.Dが相手をしてくれるってよ!」

「「「「「えっ」」」」」

 

私の無茶振りにD.D.Dのメンバーが思わずと言った様な声を出し、それを聞いたクラスティが面白そうに微笑みながら私の刀を弾き飛ばし…そしてもう一度斧を振り下ろした。

それを避けようとするが思ったよりも速く振り下ろされた為、弾き飛ばされた刀とはまた別の刀を使ってスキルを発動させる。

 

「受け流し」

 

小さく呟くのと同時に、私はもう片方の刀を使って居合の構えを取り…そのまま斧の先端に合わせる様に刀を振るう。

今までより一際大きい金属音が鳴り響き、私のステータスに防御力低下のデバフが書き込まれた。

 

「アーマークラッシュ!?」

 

私が驚きながら木霊返しで攻撃を返すと、クラスティの片手に大量の切り傷が走り出す。

それを見て面白そうに笑うのと同時にクラスティが新しくスキルを使おうとして……

 

「私達のマスターに何してるんだ!この狂戦士馬鹿元ミロードがぁぁぁ!」

 

突然叫ばれた一言を聞いて目の前のクラスティの顔に冷や汗が吹き上がる。

それを見て私が警戒するのと同時に…

 

「アンカーハウル!」

「ワイバーンキック!」

 

二人の叫び声が聞こえ、クラスティの身体が私の反対側に向き…そのままクラスティの背中にキックが叩きこまれた。

クラスティがアンカーハウルを使った守護戦士に攻撃を入れようとするが、その前に守護戦士の少女がシールドスマッシュを放って技をキャンセルさせる。

それを見て私が弾かれた武器を仕舞いつつ、後ろの方で回復をしたそうにしている少女の方に近寄り…

 

「ヒーリングライト」

「ありがとう…と言うか、割り込みさせちゃったけど良いのかな?」

「……まぁ、良いんじゃないんでしょうか。旧知の仲ですから」

「…それに元ミロードは唯暴れたいだけだしね。私達でも良いし何なら…」

 

その言葉と同時に、D.D.Dの人達が吹っ飛んでいき……それを見ていた少女達がゆっくりと笑いながら武器を仕舞っていった。

…全員集合したなぁ…なんて考えながらも、私は全員を見てから……小さく頷いた。

 

「ハヅキを入れて48人か……」

「…マスター、まさかとは思いますが…ダブルレイドに行こうとか考えてませんよね?」

「そのまさかだったらどうする?」

「私達が躍起になってしていたことが無駄になりましたね…本当にどうするんですか」

 

その言葉を聞きながら、私は一対一で戦っている守護戦士の少女を見て…少しだけ笑みを浮かべた。

 

「タンクが8人でヒーラーが14人でしょ?火力リソースは足りる筈だけど?」

「……シロエさんに報告しますからね。後安全なレイドにして下さい」

「私が全員守るよ。絶対にね」

 

そう言いながら私が微笑めば、エリナの顔が少しだけ朱く染まった。

それを見て私は首を傾げるが…

 

「…それだったら、私は貴女の傍に居ますからね。絶対、守って下さいね…」

 

その言葉を聞いて私は小さく頷いた後に、優しく頭を撫でようとして……昔の身長より今の身長が低い事を思い出して思わず手を引っ込めた。

…それを見たエリナが何かに耐える様に口を結んだ後に…私の手が届く範囲に頭を下げてくれて…私は微笑みながらエリナの頭を撫でた。

 

「えりなー」

「…ぅ…」

「鬼畜エリナが頬赤らめてるの、久々に見た」

「黒お姉様言っちゃ駄目。本人は恥ずかしいんだから」

「其処に居なさい白黒!逃げたら次のレイドバフ最低限しか付けませんからね!」

「「はーい」」

 

エリナが怒った様に言うのと同時に、白黒姉妹が私を優しく抱きしめてから私の身体を触り始める。

…それを見て私は首を傾げるが、白黒姉妹は特に気にせずに隅々まで私の身体を触り続ける。

 

「白灰姫?黒灰姫?」

「…私達は飼い猫。マスターの思い通りにしていいよ」

「可愛い黒耳に可愛い黒尻尾。マスターは猫好きだよね?」

 

その言葉と同時に私の両腕に尻尾が絡まり、それを見たミントが小さくため息を吐いてから…私に小さく頷いた後にギルドハウスに戻り始めた。

それを見て苦笑するのと同時に…

 

「ほほう?私の相手を止めた後は両手に花ですか?」

「両手に花と言うよりは猫のお世話かな」

 

私がそう言いながら二人の絡まった尻尾を見れば、二人は少しだけ頬を緩ませながら私の身体を抱きしめ続ける。

 

「そう。私達は飼い猫、寂しがり屋だからお世話しないと駄目」

「寂しいならD.D.Dの高山三佐に構ってもらったら?」

「味無しを食べて空しそうにしている彼女で遊ぶ程、私も鬼じゃありませんよ」

「遊ぶのを止めるべきじゃない?」

 

私が呆れた様にそういえば、それだけは無理ですねと言いながら立ち上がったクラスティの後ろを……

 

「ほう?私に新入りを任せたのはそういう理由だったんですねミロード」

 

鬼の様な笑顔を浮かべていた高山三佐が立っていたのを見て、クラスティ以外の全員が吟遊詩人から支援を貰いながら全力で逃げ出した。



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023

「…それで、どうする心算なんです?」

「どうするって…ああ、レイドの事?」

 

私が椅子に座ってぼーっとしていると、隣に座っていたエリナから少しだけ諦めの入った様な声で話しかけられる。

それを聞いて私は少しだけ首を傾げるが…レイドの難易度について聞いているのだろうと納得し、少しだけ真剣に考え始める。

 

「…そうだね。アキバ近くの方が良いかな?」

「アキバ近く…ああ、あの難易度なら丁度良さそうですけど…片道1日くらい掛かっちゃいますよ?」

「アキバ近くのダブルレイド…って、平均レベル86のあそこですか!?」

 

私達の会話を聞いて場所をある程度推測したハヅキが驚いた様な表情でこちらを見つめる。

それを見た白黒姉妹が少しだけ無表情になりつつも…私の方を見て頬を緩めた。

 

「マスターが居るなら余裕。ぶいっ」

「ハヅキは心配しすぎ。あそこは難易度がレベル負けしてるから絶対余裕」

「で、でも前回のレイドは今までとは違う行動を…」

「…?どういう事?」

 

白灰姫が首を傾げるのと同時に、アイが大量の紙を持って机の前にやって来た。

それを見た白黒姉妹が口を歪めるが、アイは気にせずに大量の紙束を二人の前に置いていった。

 

「これを全部読んで下さい。私が考え得る限りの行動を全て書き写して貰いました」

「…考え得る限りの行動?」

 

私が小さく呟きながらアイが持ってきた書類を見ると、其処には大量の情報がドイツ語で書かれていた。

それを見た黒灰姫が少しだけ考えるのと同時に…

 

「…ボスの移動、未知の攻撃……合体技…?」

「可能性として考えられるものを幾つか上げましたが、この中のどれかはやってくると言っても過言ではないでしょうね」

 

黒灰姫とエリナが小声で喋っているのを見ながら、私は少しだけ小さくため息を吐いた。

…今まで見た事ない様な行動から此処まで予測出来るとは、流石はこのギルドの参謀だ。

なんて事を考えながらも、私は疑問に思ったことを首を傾げながらアイに問いかける。

 

「……アイってドイツ語出来たんだね」

「寧ろマスターが出来る事が吃驚です。運動神経抜群で頭脳明晰とか才能の塊ですか?」

「黒灰姫が読める方はノータッチなんだね…」

 

少しだけ呆れた様な表情で私がため息を吐くと、アイは苦笑しながら「黒様ですから」と小さく呟いた。

…まぁ、黒灰姫は天才と呼ばれる部類だししょうがないと言えばしょうがないのだろう。

 

「…因みにアイはこれを書き写してる間、どんな事を思った?」

「……ギルドメンバーに言った方が良いとは思います。…と言っても全員分かっているとは思いますけど」

「?それはどうして?」

 

私が首を傾げながらそう問いかければ、アイは少しだけ考えた後に…

 

「…今日来たメンバーで一足先にレイドに行ったらしいんです」

「……えぇ。知らなかった」

「らしいですね。心配を掛けたくなかったらしいです」

 

そんな事を言いながら小さくウインクをするアイを見て私は思わず苦笑する。

 

 

「…まぁ、それで?」

「実はですがレイドボスが移動してきたらしいんです」

「……移動してきた?それはエリアを無視してって事で良い?」

「えぇ。と言っても“エリア”は越えても“フィールド”を跨ぐ事は出来ないらしいですけどね」

 

籠められたその言葉を聞いて私は少しだけ考えを纏める。

…そもそもレイドダンジョンは1~5階層で別れていて、その階層の部屋を“エリア”と呼ぶのだ。

逆に一階層を纏めて呼ぶ時は“フィールド”と呼ぶ事が多い。

 

「…成程ね。フィールドを越えないと考えた理由は?」

「全部のボスが集合しなかったかららしいですね」

「……えぇ。ボスが集合したのに勝ったの?」

 

私がドン引きした様な声で問いかけると、アイがきょとんとした様な表情で私を見つめ返しながら小さく頷いた。

 

「腐ってもレギオンレイドのメイン盾ですからね。……後、大きな声では言えませんが新しいスキルを習得したとも聞きましたし」

 

その言葉を聞いて白灰姫の耳がぴくりと動き出した。

…それを見て私は少しだけ考えを纏めつつ、小さく視線を逸らしてから私の真後ろに居る人間に問いかける。

 

 

「という事だけど、どうなの?」

「流石はマスター?」

「疑問形なの?」

「今マスターと呼ぶべきかサミダレ様と呼ぶか迷…」

 

サミダレ様と言う言葉を聞いて私は思わず彼女を睨み付け…その視線に気づいた弓を持った暗殺者…ヒータァ…が慌てて喋り出す。

 

「じょ、冗談ですよマスター。嫌だなぁ…」

「そう?それで手に入れたの?」

「……まぁ、手に入れたっちゃあ手に入れたんですけれど……うーん」

 

少しだけ困った様な表情で私の方を見るヒータァを見て、私は思わず苦笑し…優しく手招きをした。

…それを見て小さく頷いたヒータァが、ゆっくりと手を振ってから私を抱きかかえて私が座っていた椅子に座った。

 

「…えっとですね。先ず初めに新しいスキルの名前は“口伝”って言います」

「……それはスキル名?それとも階級?」

「別のゲームで言うユニークスキルの方が近いと思いますね」

 

その言葉を聞いて、私は考える様に目を細めた。

…つまり口伝と言うのはプレイヤーによって全く別のスキルになる?

そんな事を考えながらゆっくりとヒータァを見れば、ヒータァは小さく頷いた後にゆっくりと人差し指を天井に差しながら喋り始めた。

 

「多分そうだと思います。そして、口伝はその時危機に陥った自分が“最も欲しいスキル”を与えられる」

「……」

 

最も欲しい者、例えばあの時のソウジロウは“防御”に関するスキルが欲しかったのだろうか?

…いや、きっと違う。

もし欲しいのであれば、もっと別の何かだ。あそこまで攻撃に特化した防御スキルを欲しがる理由……

 

「……先読みのカウンター」

「…?どうしたんですマスター」

「…ソウジロウと戦った時の違和感はそれだったのかと思ってね」

 

つまりソウジロウは相手の視線を自分に惹き付ける事前提だったのだ。

他人を傷付けさせない様にするには、唯避け続けた所で意味がない。

腐った根本は切り落とさない限り腐食を促すのだ。

 

「…」

 

そしてその侵食を0.01%でも抑える方法として、彼は速度を選ぶ。

相手の攻撃の“隙”を見てカウンター(攻撃)…それがソウジロウが選んだ選択なのだ。

 

「…それで?ヒータァは何を求めたの?」

「速度を」

 

その言葉と同時に、空になっている矢筒をトンと叩いた。

 

「…あの時は火力が足りなかった。ボスが二匹も居て、ヒーラーが専属でついてないといけない状態だった」

「……だから、速度?」

 

私の言葉を聞いて、ヒータァは小さく頷いてから私を宙に投げた。

…それと同時に矢筒には矢が入り、ヒータァは私の目の前で矢を射っていた。

私はそれを全て避けようとするが…後ろに居る人間を守る為に両刀で矢を切り落とした。

 

「…早業。五本同時?」

「違います。五本“同時”じゃなくて一呼吸の間に五本“連続”で撃ったんです」

「……それが口伝?」

 

その言葉を聞いて、ヒータァが小さく頷いた。

…それと同時に全員が集い始め、期待する様にヒータァの方を見た。

 

「私の口伝は“神射”、効果は自分が攻撃速度が速くなる事です」

 

そう言いながら小さく微笑んだヒータァを見て、全員が少しだけ驚いた様な表情を浮かべる。

…それを見て私が苦笑しつつも、ゆっくりとため息を吐いた。

 

「…口伝は個人によって違うらしいからね。もし新しく手に入れたら教えて欲しいな」

「マスターは口伝持ってないんですか?」

 

誰かからの質問を聞いて、私は小さく頷いた。

……いや、手に入れようとすれば多分手に入れられる段階なのだろう。

…私はその一歩を怖がっているだけだ。

 

「まぁね。まだピンチに陥った事もないしね」

「確かに。でもそれなら明日のレイドで手に入れられないと良いですね」

 

もし私の口伝が想像通りだったら…

 

「……そうだね」

 

もしかしたら、皆が離れてしまうかもしれない。

そんな想いがきっと…口伝習得を妨げているのだろう。



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024

ダブルレイド“氷川神社跡地”第一階層。

86レベルという比較的高難易度な、けれど実際はレベル負けしていると言われていたレイドゾーン。

…そう、“言われていた”…つまりは過去形だ。

私は全員のステータスを確認しながら敵の場所を逐一連絡し始める。

 

「撃ち漏らし!2パーティ!」

「雑魚狩りお願い!即死耐性弱!」

「「ゲイジングアイ!キャストオンビート、ブラックアウト!」」

「朦朧1、即死1!」

 

その言葉を聞いて、マスターが刀を引き抜きながら新たな敵に向かっていく。

それを見ながら私は支援を飛ばし、他の敵にバインドをかけ続けた。

それと同時に鈴が私の横に移動するのを見て、私は視線だけで会話を促す。

 

「エリナ。奥開いた」

「…開いたのにも関わらず敵が消えない……という事は…」

「っぽいね。火力上げる?」

 

盗剣士の鈴がそう言いながら投擲武器を投げ、瀕死の敵にぶつかって体力がなくなっていく。

それを見て私は少しだけ考えつつ…マスターの方を見て小さくため息を吐いた。

 

「…いや、まだしない方が良さそうですね」

「どういう事?」

「後方増援。5パーティ!」

 

その言葉と同時に第三と第四パーティが反転して攻撃をし始める。

…それを見ながら私は吟遊詩人の二人を別の場所に移動させつつ、CC役として活躍をする事にした。

それと同時にマスターが更に別の敵を引き付け、メインタンクが暇になって後ろ側へ移動していく。

 

「…流石はマスター。普通のサムライだったらあの量は捌けない」

「……多分ゲーム時代のマスターでも無理でしたね。現実になった弊害…とも言うべきでしょうか」

 

真後ろからの攻撃を捌きながら目の前の敵を倒しているマスターを見つつ、私はマスターに支援を当てて回避率を上げる。

…今の状態で回避率が役に立つかどうかは分からないが、念には念だ。

 

「…流石ダブルレイド。結構きついね」

 

メインタンクが居る第一部隊の方を見ながら、鈴が小さくため息を吐いた。

メインタンクと言いながらも遊撃のマスターが敵の攻撃を捌く機会が多いし、実際は雑魚を集めて耐える部隊だろう。

 

「…第五!マスターの支援!」

『ちょっとこっちは無理!寧ろタンク回して欲しいんだけど!?』

「こっちもタンク回したいんだけど火力が足りてないんです!後衛からの増援にメインタンク部隊が行ってますからもう少し堪えて!」

『無理無理!?もう十分耐えてるって障壁がウヒィ!?』

 

謎の悲鳴を上げながら障壁が割れた音が聞こえ、それと同時に鏑矢が第五部隊の方に向かって飛んでいく。

それを見て私は月影に対してバフを利用しつつ、他のパーティに連絡を入れる。

 

「私が限界まで引き付けます!」

『月影さんありがとう!今急いで向かうから…!』

『ゆっくりでいいよ。あんまり体力減ってないから』

 

マスターの言葉と同時に雷鳴が轟き、マスターの周囲の敵に大量の魔法がぶつかり始める。

…それを見つつ的確に攻撃を捌いていくのを見ながら、私はアストラルヒュプノをし続ける。

 

「…鈴はマスターの周囲を倒した後に再度凧揚げ(カイティング)。反転して七部隊に合流して」

「了解」

『エリナ。最後の敵が死んだからボスの場所に移動する』

 

その言葉と同時に走っていくマスターを見て、私は最大限のバフを渡してからアイに命令を出す。

頷いたアイを見た後に私達第八部隊が走りだし、ボスを相手取っているマスターを二秒待ってから攻撃を開始する。

…それを見たレイドボスが私達の方へ遠距離攻撃をしようとしてきたが…

 

「っ!?」

 

それをマスターが無理矢理上に逸らしたのと同時に、他のメンバーが攻撃をし始める。

今戦っている第一のレイドボス《楽園のヴァルキリー》は順番に倒さないといけない。

先ず初めに此処のボスを倒し7つの門を開く。

しかしその時に倒したパーティはデバフを受け、次の扉のヴァルキリー戦に参加すると有無を言わさずに死ぬ呪いに掛かるのだ。

そして参加しなかったパーティには強化バフが掛かり、次のヴァルキリー戦に対して有利に戦える事になる。

デバフを低人数で受けつつ、何処まで楽に攻略できるかがこの第一階層の議題だ。

 

「…ふむ。行動パターンは変わってないですね」

 

周囲に大量のバフを掛けながら呟くのと同時に、ヴァルキリーの槍が輝き始める。

…それを見た全員が一瞬安堵の息を吐こうとするが…

 

『全員回避行動!名前見ないと痛い目遭うよ!』

「「「「「っ!?」」」」」

 

その言葉と同時に、私達は相手のステータスを確認し……そして漸く理解した。

《楽園のヴァルキリー》ではなく、《失楽園の戦乙女(ヴァルキリア)》。レベルは91。

…余りの余裕から忘れていた…此処は元のゲームじゃない。

それと同時に私達の頭に数字が一瞬だけ現れ、そのまま掻き消える。

 

「えっ今の順番!?マスターしか見てなかった」

「私も見てない!ツキ見てた?」

「見てない見てない!マスター6のエリナ2!」

『ツキエリナタソガレ睦月アンブローズ私!ヘイトの逆順!』

 

マスターからの言葉を聞いて、私達は慌てて攻撃を避けようとするが…既にツキの目の前にはヴァルキリアが現れており…それと同時にマスターが宙を飛んでツキの方に吹き飛ばされていた。

 

「マス…」

 

障壁が割れそうになるのを見て睦月が新しく貼り直し、それを見たマスターが刀を二つ使ってヴァルキリアの攻撃を一瞬だけ抑え込む。

…それを見た瞬間、私は思わず悲鳴を上げそうになった。

 

『ツキ、退避』

「…了解」

 

片方の刀で相手の武器を抑え、もう片方の刀で腕を突き刺して腕を固定させる。

勿論ボスのSTR値の影響で刀を抜かれながら攻撃されるが、その攻撃速度が少しだけ遅くなるのだ。

…そしてそれを受け流しを使って上手くダメージを軽減しつつ…今度は私の方に吹き飛ばされる。

次の瞬間私の下に転移したヴァルキリアが攻撃をしようとするが、それをマスターが同じ様な方法で防ぐ。

 

「……」

 

本当に人間なのだろうか?

そんな事を考えながら、私は癖となったバフを飛ばしていく。

…それと同時にツキの一撃がヴァルキリアに刺さり、体力が少しずつ減っていった。

 

『タソガレは回避後アクセルファングで追撃。そして私に最後の一撃を与えた瞬間にエリナがカルマドライブを使ってタソガレにインフィニティフォース。

アンブローズは回避後直ぐにシンギュラリティ。その後ロバストバッテリー使用してからエンハンスコードとエナジーフラクション使用してから攻撃開始。

ツキは後ろに回り込んでステルス主体で威力特化。睦月は私に常時障壁を貼り続けて最後の一撃時に神楽舞を使ってから防人の加護と禊ぎの障壁の同時使用。攻撃が当たる三秒前に石凝の鏡を使って。

もし倒しきれなかったらエリナがマナチャネリングを使用してからタソガレにフォースステップ使用。次の攻撃を考えてMP吸収優先!』

 

マスターが一斉に喋るのを聞いて、私達は頷きながら行動を開始する。

全員が呟きながら攻撃をしたりしている間にも、マスターは相手の攻撃を捌きながらギミックを考えている。

…その格の違いに打ちひしがれながらも、私は今出来る事を必死にやっていた。

 

『全員に通達。ボスの行動が違ってるからもしかしたらギミックが違うかもしれない。門の前に待機してるだろうけど…全員所定の位置に移動して。もしかしたら何か違ってるかもしれない』

『第一部隊了解。まだ開いてないです』

『第二部隊了解。こちらもまだです』

『第三部隊了解ですー、まだでーす』

『第四、まだ』

『第五もまだです』

『第六はまだ辿り着けてないです。近くの第七確認お願いします!』

『第七了解。両方見たけどまだ開いてないよ。第六部隊は落ち着いて来るように』

 

全員の会話を聞きながらマスターは真顔で刀を振り上げる。

それと同時にヴァルキリアの攻撃が降り注ぎ……障壁が割れた。

 

「…今!」

 

マスターが念話を使わずに叫ぶのと同時に、もう一度マスターに障壁が貼られ……

 

「っ!?」

「空を飛んだ…!?マスター!」

 

私の一言を聞いて、マスターが刀を逆手に構えて警告を飛ばす。

 

「エリナ!さっき言ったバフを全部アンブローズに!アンブローズはヘイト管理全無視して殴れ!タソガレは私に近づくな!死ぬぞ!」

「了解!」

 

マスターの命令を聞いて私達は動き始め、まず初めにアンブローズが攻撃をし続ける。

それを見つつ、私は相手の攻撃を見ようとして……

 

「…えっ?」

 

空中に7体のヴァルキリー達が待機して大技を構えている。

それを見て私は思わず息を呑みマスターに警告を飛ばそうとするが…マスターは既に体勢を低くして構えていた。

 

「…嘘…まさか全員此処に集って…」

「という事はあの門は囮!?…っ!今から連絡を…」

「間に合わないって!どうするのこれ!」

「落ち着いて。マスターは諦めてない…という事は解決策はある筈」

 

ツキがそう言いながら念話を取っている。

どうやら花鳥風月のリーダーに話している様だ。喋っている言葉に棘がある。

 

「…っ!間に合わない…ハナ早く来て!」

『これ以上は無理だって!というか最初に話しかけるなら近場の第五部隊でしょ!』

「だって連絡先それくらいしか知らないし…」

『いい加減フレンド増やせ馬鹿ぁぁ!』

 

花鳥風月の二人が漫才しながらも戦っているのを見て、サミダレの口元に笑みが零れた。

…それと同時に放たれる大量の光を見て……

 

「…叢雲の太刀」

 

マスターが何かを呟くのと同時に…ヴァルキリア達の攻撃が細切れになり粒子へと変わっていく。

…それを見た私達が目を瞬かせるが…地上に降りたヴァルキリアの体力が尽きて突然粒子に変わる。

ツキとアンブローズが何とかしてくれたのだろう。火力馬鹿の二人が一分の間自由に攻撃できるのならあの程度の体力削れるに決まっている。

 

「持ち堪えるよ!」

 

その言葉と同時に空中のヴァルキリー達が一斉にアンブローズに襲いに行く。

それを見たマスターが一騎駆けを使ってからアンブローズに向かって近づき……武士の挑戦を使ってから全てのヘイトを吸い取った。

 

「ヴァルキリアの所為でMPが……」

「受け流し使わないでください!マナチャネリング!」

「…っ!障壁が破られ…」

 

避けきれない攻撃を喰らってマスターの障壁が消える。

それを見た睦月が障壁を貼り直すが殆ど意味がなく、すぐに障壁は破られた。

睦月が急いで近づこうとするが、マスターから少しだけ遠くもし仮に移動しても……マスターは助からない。

 

「……あ、あ、……あああ!」

「エリナ!?」

 

30秒もすればマスターが死ぬ。

これが私の計算結果だ。何度計算しても秒数が変わるだけでマスターが死ぬ結果には違いない。

何が違った?何を間違えた?

 

「エリナが発狂してる!っ!私も間に合わな…」

 

決まってる、全部間違えているのだ。

マスターに頼り切って戦術も何も考えなかったツケが回ってきたのだ。

…そう、最悪の結果を引き連れて。

 

「…させない。そんな事させるもんか!」

 

杖を構え、魔法を唱える。

キャストオンビート、オーバーランナー、リフレックスブースト…ソーンバインド・ホステージ。

どの技を使っても時間を引き延ばすだけでマスターは救えない。

必要なのは新しいスキル、そう…マスターを救う為のスキルが必要なんだ。

 

-「多分そうだと思います。そして、口伝はその時危機に陥った自分が“最も欲しいスキル”を与えられる」

 

チリチリの首の後ろが熱くなる。

…考えろ、口伝とはなんだ?何を持って口伝と呼ばれるのだろう?

システム外の操作(ミントの料理)本来の回避率(マスターのスペック)新たなスキル(口伝“神射”)

私はどれだ?考えろ!私がマスターを救う唯一の方法を!…システム外?スペックか?スキルを入手すれば……

 

『…エリナ』

 

私が思考の深みにハマった瞬間、敵を見ていた筈のマスターから念話が聞こえた。

…念話を取れば、マスターは少しだけ嬉しそうに微笑んでから…

 

『大丈夫だよ。賢くて可愛いエリナならすぐにわかる。エリナだけの口伝を手に入れる方法を』

「…私、だけの…」

-「…口伝は個人によって違うらしいからね。もし新しく手に入れたら教えて欲しいな」

 

ギルドハウスで呟いていた言葉を思い出し、私は力んでいた手をゆっくりと緩める。

…それを見たサミダレが微笑んだ後に…

 

「…“口伝”」

「っ!?まさかエリナ、口伝を手に入れて…」

 

その言葉と同時に、マスターに多重のバフが掛かる。

移動速度増加、攻撃力上昇、命中率上昇、回避力上昇、抵抗力上昇、“ヘイト率軽減”、リミッター解除、使用後硬直時間・再使用規制時間短縮、加速、特技再使用時間加速。

 

「…ただ一人の愛する少女の為に…って!何ですかこのフレーバー!?思い籠めましたけど流石に…いえ、マスターがごういしてくれるなら…えへへ…」

「エリナ、照れてる場合じゃない。というかどうやって口伝を…?」

「無我夢中で、マスターを助けたいと思ったら出来ました!」

 

口伝“who sustain girl”…直訳すれば少女を支える者。

…確か付与術師のスキルにサステナー・スタイルというスキルがあった筈だ。つまり今回の口伝は、それを更に特化させた物だろう。

護符や指輪などに付与するのではなく、一人の少女に全て纏めて付与する。

 

「……だからヘイト率軽減も入ってるのか。ちょっとあれだなぁ…」

 

私がため息を吐くのと同時に、私達の後ろから足音が聞こえ……それと同時にマスターが受け流しを使って敵の攻撃を最大限逸らし始める。

インフィニティフォースのお陰でMPは減っていない。つまりは受け流し使い放題だ。

一気呵成を使って更に別のスキルを使っているマスターを見ながら私達は急いで場所を移動し…

 

「一二三部隊到着!マスターに引っ付いている奴等を二体ずつ離すよ!」

『『『了解!』』』

 

その言葉と同時にアンカーハウルや武士の挑戦と言ったスキルが叩きこまれ、ヴァルキリー達が離れていく。

…それを見た睦月がヒールを使ってマスターを回復し始める。

 

「…レベルが低くて助かった。もしヴァルキリアレベルだったらもっと早く死んでた」

「……まぁ、あのレベルでも死んでたけどね」

「…うん。ちょっと油断してた…ごめん」

 

マスターが踊る様に両刀を動かしながら敵の攻撃を捌き…そして念話を繋いだままサミダレが微笑んでから…

 

『だから…ありがとうエリナ。大好き』

 

その言葉と笑顔を見て、私は思わず頬を赤らめてアストラルヒュプノをヴァルキリーに掛ける。

…それと同時に一瞬だけ眠ったのを見て、サミダレが更に嬉しそうに笑った。

 

『愛してる』

「ぁぁぁ!!にゃぁぁぁ!」

『まって活躍すればサミダレからご褒美が貰えるの!?急いで行くから取り分残せ!』

 

サミダレの駄々洩れの告白にミントが反応して、私が頬を赤らめたまま他の敵にデバフを撒き散らす。

さっきの口伝で更にクールタイムが増えてしまい、デバフしか使えないのだ。

…そして、全員が辿り着いた時には既に敵は半壊しており…それを見たミントが怒りながら敵に突撃したのを機に…

 

【……終わったぁぁ!】

 

第一階層の最期のヴァルキリーが倒れ、下に続く階段と大量の金貨が現れた。

…それを見た全員がため息を吐いた後に、自分が汚れるのも関係なしに床に倒れ込んだ。



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025

「…まーすたー…もっとあまえていいですかー?」

 

エレナが私の膝に頭を乗せて、ゆっくりと目を細める。

…それを見て私が小さく頭を撫でて微笑めば…エレナは嬉しそうに杖を構えながらオリジンにバフを飛ばし始めた。

それを見て私は少しだけため息を吐きながら、ゆっくりと第三階層のボスを見つめる。

 

「…第二階層は二匹しかいなかったから何とかなったけど、三層はやっぱりきつそうだね」

「……んー?ますたーいればむてきでーす」

「そうなの?エリナが助けてくれなかったら死んでたよ?」

「じゃあわたしたちふたりでむてき!」

 

その言葉を聞いて私が思わず苦笑すると、エリナが少しだけ怒った様な表情で私の頬を突いてきた。

それと同時に私の方に敵が向かおうとしてくるが、反対側の守護戦士の少女がアンカーハウルを使って敵の方向を移し……

 

「ッグルゥ!?」

「Giaaaaaaaaa!!!!」

 

反対側の敵にスキルが当たり、それに当たった反対の敵が怒った様に攻撃を繰り出す。

…それを見た月影が少しだけ口に指を当てて微笑んだのを機に、モンスター同士が争い始めた。

 

「…どうしようかな?」

「ますたー?どうしたのー?」

「……んーっとね。これからどうしようかなって思って」

 

私のその一言を聞いて、エリナが小さく首を傾げた。

それを見て私は少しだけ目を逸らした後に考え込み…小さく溜め息を吐いた。

エリナがそれを見て更に首を傾げて私のお腹に頭をくっ付けた。

 

「敵同士を戦わせてどうなるか…なんて、普通なら考えないよね」

 

私の言葉を聞いてエリナが少しだけ目を逸らし、そのままゆっくりと私の手を握って微笑んだ。

 

「…んー。私は考えていましたけど、それを決め打って新しい戦術を考えるのは流石だと思いますよ」

 

先程の甘えた声とは打って変わって真剣な言葉で喋ったのを聞いて、私は少しだけ口を緩めた。

 

「決め打って…というよりは、この階層で見極めようかなってね」

「…?どういうことですか?」

 

エリナの質問を聞いて、私は少しだけ考える様に視線を移動させてから…エリナの視線をボスの方に移動させた。

 

「73、74、75。はい此処」

 

二匹のレイドボス“龍虎の守護者(ガーディアン・オブ・ツインズ)”の片方、“虎たる守護者(ガーディアン・オブ・タイガー)”がスキルを使いだす。

確か名前は“怨望の速撃”で、効果は強力な二連撃と呪いのバッドステータス付与だ。

 

「…?えっと、単純なスキル使用ですよね?」

「今回のスキルはそうだね。75秒間隔の“怨望の速撃”、次の使用は何時?」

「150秒、225秒、300秒、375秒…倒す時間を含めれば300秒までで良かったですかね?」

「そうだね。じゃあ次。“龍たる守護者(ガーディアン・オブ・ドラゴン)”のスキル、“封監の鉄槌”のリキャストは?」

「…えっと、100秒間隔ですね。100、200、300秒ですよね?」

 

その言葉と同時に頷き、私は次の攻撃を待つ。

速撃(75秒)”“鉄槌(100秒)”“速撃(150秒)”“鉄槌(200秒)”“速撃(225秒)”“鉄槌(300秒)”“速撃(300秒)”。

 

「…そして最後、龍虎の守護者(ガーディアン・オブ・ツインズ)のリキャストは?」

「……?そんなの300秒に決まってるじゃないですか。スキル名も“龍虎の双撃槌”…ですし……あれ?」

 

エリナが自分が言った内容を考え…そして何か分かったのか目を瞬かせた。

…そう、“龍虎の双撃槌”は“龍たる守護者(ガーディアン・オブ・ドラゴン)”と“虎たる守護者(ガーディアン・オブ・タイガー)”の合体技。

二匹が武器を打ちつけ合って攻撃をし、更には呪いとスキル封印まで付いてくるというお得な技(即死技)だ。

如何に300秒までに片方を倒せなければ時間切れ、但しスキル封印をする“封監の鉄槌”を使う“龍たる守護者(ガーディアン・オブ・ドラゴン)”の体力は18億6370万。

逆に“怨望の速撃”を使う“虎たる守護者(ガーディアン・オブ・タイガー)”の体力は13億2000万。

だから最初は“虎たる守護者(ガーディアン・オブ・タイガー)”を倒してスキル封印を受けた瞬間に他の守護戦士(メインタンク)にスイッチをするというのが主流の戦法だ。

どっかの茶会ではこれを同時に倒すぞとか訳分からない事に挑戦していたが…今では懐かしい思い出だ。

 

「……」

 

考える事は二つ。

最初の違いは“パーティ”と“ギルド”の違い。

最後は人間達の“パーティ”とレイドボスやモンスターといった“パーティ”の違い。

 

「エリナはパーティを説明をする時、どうやって説明する?」

「…パーティの説明ですか?…えっと、パーティは6名までで、フレンドリーファイアは無し。…これで良いんですか?」

「うん。じゃあ次はギルドを説明してみて?」

「……えっと、所属限界数は殆ど無限。その代わりフレンドリーファイアはありです」

 

その言葉を聞いて私は少しだけ苦笑する。

…それを見たエリナは小さく首を傾げるのを見て、私は少しだけ微笑みながらエリナの頭を撫でる。

 

「まぁ、大体はあってるよ」

「…?他に何か必要な情報がありました?」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ考える。

…まぁ、確かに必要な情報は全部言ってくれたのだが…私からすればまだ足りない。

 

「…パーティとギルドに入れるのは?」

「……?プレイヤーですよ?」

「プレイヤーのみ?……クエストNPCは?」

「…え?あっ!?まさか…!」

 

西欧鯖で追加されたクエスト“Knights of the Round Table”。

このクエストはパーティ時にクエストNPCを、更にはギルドがクエストと同じだとクエストNPCの一人をギルドに入れられるという謎の特典があったのだ。

…勿論、そのクエストはアタルヴァ社の監督の下削除され…それに議論が盛り上がったのも良い思い出だったりする。

 

「…NPCをギルドに入れたりパーティに入れたり…結構面白かったんですけどね」

「……其処じゃないよ。分かってるでしょ?」

 

私の一言と同時に、300秒が経過する。

お互いの武器がぶつかり合い(・・・・・・)、体力が減らずに攻撃を繰り出す。

 

「…パーティはフレンドリーファイア無し。ギルドはフレンドリーファイアあり。

パーティは6人制限。ギルドは制限なし」

「……っ!?同時ボス(パーティ)レイド(ギルド)って事ですか!?」

 

エリナの一言と同時に、ヘイトを持っていた守護戦士がキャッスル・オブ・ストーンを使って無傷で耐える。

それと同時にお互いで争い合っていたレイドボスの片方が倒れ……レイドボスの強化された咆哮を聞いて思わず苦笑した。

 

「…成程、レベルね」

「……どうしますか?スキルはまだ余り回復してないですけど…」

「必中無いから私が出るよ。スキル無くても戦えるボスだし…ねっ!」

 

エリナを優しく撫でてから私は一騎掛けを使用する。

…それと同時に全員が微笑みながら私の為に道を空け…それを見たボスが私の方を恨む様な視線を向けてから…スキルを使用する。

 

「…っうっそ!?」

 

スキル“悪しき獄炎と極光”。

一個でも当たれば体力の半分が削れる大量の炎と光の矢を、私は全て躱しながら近づいていく。

それを見た全員がドン引きした様な表情を浮かべるが、私は気にせずに武士の挑戦を撃ち込んでから全員に指示を出す。

 

「全員何となくこの世界の事しれたから火力上げて!まず180秒で龍の守護者を倒すよ!」

【了解!】

 

全員が笑いながら攻撃を守護者に撃ち込むのを見て、私は少しだけ苦笑しながら相手の攻撃を引き付ける。

…今までよりも格段に速く鋭くなった一撃を見つつ、私は両刀を構えて相手のステータスを見た。

 

レイドボス“光の龍”レベル93

 

元々のレイドボスは“光の龍の化身”であり、レベルは86だった筈だが…どうやら先の戦闘でレベルアップしたらしい。

…全力で守護者達から離して範囲攻撃を当てない様にしつつ…私は思わず苦笑した。



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