ダンブルドアは自由に生きられるか (藤猫)
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ダンブルドアは自由に生きられるか

「クソガキども、何してくれたんだ。あ゛あ゛!!?」

 

騒ぎを聞きつけてやって来たアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは茫然とその光景を見つめていた。

まずは、地面に座り込み茫然と目の前で起こっていることを見つめる妹、アリアナ。それに駆け寄る、弟のアバーフォース。

そうして、少年三人を足蹴にして、歴戦の強者のように仁王立ちする従姉のニゲルであった。

ニゲルは、その真っ黒な髪をまるで鬣のように振り乱し、少年たちにドスの利いた声で吐き捨てた。

 

「てめえら、また人の身内に手え出してみろ、そのい○もつ引っこ抜くからな!?」

 

自分の血縁の口から吐き捨てられた耳を塞ぎたくなるような言葉に、アルバスはその賢しい頭でさえもどういった状態なのか理解できなかった。

 

 

ニゲル・リンデムはどうしたものかと頭を抱えていた。

 

(・・・・・アルの闇落ち?ルートは回避できたんだよな?)

 

彼女は恐る恐る、ちらりと隣にいるすました顔で本を読む秀才の顔を見た。

鳶色の髪に、きらきらとした青い目の男前である。

 

(これが、あのサンタクロースみたいな外見になると思うと時間とはまさしく偉大な事だよなあ。)

 

ニゲルの脳内には、遠い、前世にてスクリーン越しに見たアルバスの顔であった。

 

 

ニゲル・リンデムは、ふと、本当にふと思い至った。

自分、ハリポタの世界に生まれてね?と。

ざっくり言ってしまえば、ニゲルには何故か前世といえる記憶があった。といっても、はっきりとしたものではなく、ぼんやりとニゲルとは違う生き方をした記憶があるだけだった。

そんな彼女が、はっきりとその記憶を意識したのは、今は病死した亡き両親のホグワーツという名前からだった。

その時は、特別なことは思っていなかった。

両親の話からして、ラスボスの名前を言ってはいけない人の話も無く、どうも原作から大分昔のようであったからだ。

時代が時代の為、不便なことも多かったが体を動かすのは嫌いではなく、そこそこ順応していた。なによりも、自分が魔法使いであることが嬉しかった。

 

(原作から離れてるし、魔法使いの生活を楽しむぞ!)

 

が、そんなことは問屋が卸すはずも無く、自分の叔父夫婦がダンブルドアと知った時の衝撃たるや。

おまけに、その子どもに同い年のアルバスや、アバーフォース、そうしてアリアナの存在。

ヤバいと思った。

前世は、どちらかといえば本は読まない方ではあったが、学校で読書をするという宿題があった折、読みやすいハリーポッターシリーズは読破していた。

 

アルバス・ダンブルドアといえば、好々爺みたいな奴でありながら、最終的に全てその掌の上であったというなんとも策略的なキャラクターであった。

ニゲルの印象としては、優しいのに怖い人という印象が根付いていたが。

全て、自分で背負って、何もかも用意して、死んだ人。

が、ニゲルのあったアルバスは、もちろん頭は良くても年相応の性格であった。

アバーフォースのように体を動かすことよりも、読書が好きなようでニゲルとアバーフォースが仔犬のように外を駆けまわるのを横目に、一人で本を読んでいる姿が印象的であった。

無口で、あまり話すことも無いアルバスは、どうもこのころから秘密主義であったらしい。記憶を思い出した当初は、よくその頬を突っついたりと変なちょっかいをかけては鬱陶しがられていたのは良き思い出だ。

そうして、話の筋は曖昧なニゲルも、ダンブルドアという存在について覚えていたこと。

妹であるアリアナの死である。

何故、死んだかは覚えていないが、確かそれにアルバスは関係し、そうして弟の関係がぐちゃぐちゃになるのだ。

はっきり言おう、身内でそんなドロドロ展開ごめんである。

 

(・・・・なんか、アリアナになんかあって?そんで精神的に不安定になったのがきっかけなんだっけ?)

 

それだけを覚えていたニゲルは、アリアナに出来るだけくっ付いていた。

姉妹のいないニゲルが、年下の彼女を可愛がるのは不自然ではなかったし、何よりもアリアナは非常に可愛らしかった。

ダンブルドア家であるためか、人よりも賢しく、小柄で臆病な性質はどこか兎のように愛らしかった。

短気なニゲルからすれば、自分と同じ性格のアバーフォースやよくわからないアルバスよりもずっと分かりやすく付き合いやすかった。

そうして、ある時、悲劇は起きた。

ダンブルドア家に遊びに来ていたニゲルは、アリアナが一人で散歩に行ったことを聞きつけ、嫌な予感と共に飛び出した。

そうして、見つけたのは村のクソガキに何か言いがかりを付けられているアリアナの姿だった。

それに、ニゲルは問答無用と、クソガキの一人にドロップキックを決めた。

吹っ飛ばされた少年を横目に、ニゲルは無言で他の子どもにローキックを決めた。

そうして、吐いたのが冒頭の台詞である。

ニゲルはもちろん、村の大人たちから怒られたが、幼い少女を三人で襲った少年たちをこき下ろし、さらにアリアナの魔法について言及されても幻覚でも見たんだろうと突き放した。

その様を、アバーフォースなんて、怒れる番犬などと呼んでいた。

 

そうして、ダンブルドア一家は結局のところゴドリック谷に引っ越し、生活をし始めた。

アリアナは少し臆病さは増したものの、不安定さはなくなった。

ただ、自分のピンチを救ったニゲルに大層懐いてはいたが。

ニゲルも、これで一安心と思っていたが、やっぱりそうは問屋が卸さなかった。

ニゲルの両親が立て続けに流行り病で病死したのだ。そうして、唯一の身内であるダンブルドア家に引き取られたわけだ。

ダンブルドア家も、彼女がアリアナを助けたということに感謝していたし、アリアナも、アバーフォースも彼女に懐いていたためか、快諾した。

ニゲルは、無駄な前世分の経験のせいか、さほどのダメージは負っていなかったが、それでも辛いことは辛かったのを覚えている。

そうして、その後すぐに、今度は父親であるパーシバルが病死したのだ。

それによって、またダンブルドア家はがたがたになった。ニゲルは、死ぬ気でアルバスやケンドラのケツを叩き、事態を収拾したのだ。

その折、アルバスとアバーフォースが大げんかをし、それを仲裁したこともよくよく覚えている。

そうして、時間は経ち、アルバスとニゲルは、ホグワーツ魔法学校の四年生で在り、アバーフォースやアリアナもまた学校に通っている。

 

(・・・・このまま平和に過ごせれば、どれだけいいかなあ。)

 

などと、そんなことを考えながら、ニゲルは懐から菓子を取り出した。

ニゲルは、その、これから悲劇の中心になるかもしれない弟分を愛していた。

いつか、その男が、苦しみに溺れることなんてないように。

 

 

 

「どうかしたのかい?」

「いや、甘いもんいる?」

 

アルバスは自分を見つめる視線に口を開けば、ニゲルはまるでそれが少年の機嫌を損ねない唯一であるように甘いものを差し出した。

十四になっても変わらず甘いもので機嫌を取られている自分が子どものように感じるが、好きであるのは事実な為に無言でそれを受け取った。

列車の個室は、ニゲルとアルバスの二人っきりだ。

別段、二人に友人がいないというわけではない。

ニゲルは変わり者で学校内で浮いているが、共に過ごす友人がいないわけではなかったし、アルバスなど学校の誰もが仲良くしたいと思われているほどの人気者だ。

けれど、個室の中は不思議と二人だけだ。

入学の折、二人っきりで個室に乗った時から、この時だけは何故かコンパートメントは二人だけになる。

アルバスは、それがニゲルが手を回したことを知っている。

誰かがコンパートメントに来ようとするたびに、ニゲルがやんわりと追い返すのだ。

それを、アルバスは特別、何か思ってはいなかった。

もちろん、友人との会話を邪魔されているのは事実であったが、彼らとは学校で幾らでも話せる。

そうして、その、静かな空間が嫌いではなかった。

実家は、家族がいるために本当に一人にはなれないし、学校では秀才の彼を慕った存在がひっきりなしに話しかけて来る。

アルバスは、慕われることも、賞賛されることも、好きではあった。けれど、ずっとそんな調子で気疲れしないわけではなかった。

だからこそ、その、学校までの数時間、甘いものをアルバスに渡すことはあっても話しかけてくるわけでも、気にしているわけでもなく、ただ放っておくニゲルとの時間は嫌いではなかった。

ニゲルとは、アルバスにとって昔からよくわからない存在であった。

活発的な彼女は弟のアバーフォースとは気が合っても、読書が好きな賢しいアルバスとはあまり相性は良くなかった。

ただ、とある時から妙にアルバスのことを気にしてくるようになった。

読書の最中に、思いついた様にアルバスの隣に座る。といっても、何かをしてくるわけでもない。アルバスの顔をじっと見て、時折何故か頬っぺたを突いてくるようになった。

止める様に言えば、きょとりとした顔をして謝罪をしてきた。

そうして、詫びの証だと言って何故か甘いものを差し出してきた。

好きだろう、とそう言って、差し出してきたそれにアルバスは少し驚いた。

アルバスは、秘密主義だ。

彼は、態度には出ていたかもしれないが、甘いものが好きであると言ったことはない。なのに、何故、それをニゲルが知っているのか不思議で仕方がなかった。

それを、恐る恐る問えば、ニゲルはうーんと困ったような顔をした後、こう言った。

 

「君、の、ことがあれだよ、よく見てたんだよ、うん。えっと、好きだから。」

 

しどろもどろのそれに、アルバスは目を見開いた。

秘密主義の彼は、家族以外に親しい存在もおらず、それは彼が生まれて初めて提示された異性からの告白であった。

もちろん、その告白自体、ニゲルのとっさの言い訳で本人からすれば家族間の言葉であったのだが。

だが、アルバスにとって、ニゲルは良くも悪くも、生活を共にするようになった他人の枠を出ていなかった。何よりも、予想が出来ない彼女は、アルバスにとって扱いかねていたというのはある。

その後、そそくさと立ち去ったニゲルの後ろ姿を見つめながら、アルバスは困惑した。

今に思えば、あの言葉は親愛であったのか、それとも恋愛といえるのか、アルバスには分からない。

ニゲルは、アルバスのことをよくよく気遣っていた。

アルバスは、父が死んでから実質といえるほど家長のような立ち位置にいた。

父が死んだ折も、母も弱り切り、実質的な手続きは殆どアルバスが動いていた。彼も父がいなくなったためにそれ相応に悲しんでいたが、そんなことは赦されず、出来るだけその感情を隠していた。

それが、きっと、素直なアバーフォースの鼻についたのだろう。

アバーフォースに、アルバスは散々なじられたのだ。

 

悲しくないのか、父さんが死んだのに。兄ちゃんは泣きもしないじゃないか!

 

悲しくないわけじゃない、苦しくないわけじゃない、寂しくないわけじゃない。

 

ただ、自分がしっかりしなくてはいけないという義務感で、必死に立っているだけなのだ。

無反応なアルバスに、アバーフォースは余計に苛立ったのか、さらに言葉を付きつけようとしたとき、無言でニゲルが間に割って入り、そうして無言でその頭に手刀を叩き込んだ。

驚いている二人に、ニゲルは言い切る。

 

「顔に出てないからと言って、何にも思っていないなんて言うのはこじつけが過ぎる。」

 

よく、分からない。アルバスは、ただ、なんだか、今でも上手く言葉に出来ないけれど、何となく思うのだ。

彼女の前では、何だか、少しだけ気が楽になる。

 

ニゲルは、アルバスをまるで年端もいかない幼子のように思っているのではないかと考える時がある。

彼女は、あまりアルバスに関わってこない。けれど、時折、ふらりと現れて変わることなく聞いてくるのだ。

 

「飯はちゃんと食べてるか、温かくして寝ているか?」

 

ホグワーツにいるのだ。食事はしっかりと食べていられるし、部屋だって暖かだ。

けれど、ニゲルは変わることなくそんなことを聞いてくる。そうして、アルバスが是と答えると、満足したように去っていく。

ニゲルは、アルバスがどれだけ才能豊かと認められても、興味を示すことはない。ただ、彼女は、アルバスが当たり前のように健康で暮らすことを気にしていた。

ニゲルとは、アルバスのなすことに無関心でありながら、アルバスのことをまるで親のように気にしていた。

アルバスは、ニゲルのことが分からなかった。けれど、彼女は、何故かいつだってアルバスの欲しい言葉をくれた。

 

 

それは、何時かのことだろう。

何気ない、会話の中でのことだった。

 

「そういや、お前、学校卒業した後、どうするんだ?」

「・・・・・この家に帰って来る。母さんを、一人にしては置けないからね。」

 

少しの沈黙は、その選択肢を取りたくない意思の表れだった。

けれど、仕方がない。今は、学校があるために仕方がないが、自由になれば母を一人にはしておけない。父が死んでからすっかり弱り切った彼女を、一人にはしておけないだろう。

それに、不満はあった。

アルバスは、己が才を試したかった。

彼は、自分が成功を収めることができると確信していた。だというのに、自分はあの田舎で母の世話をして時間を消費するだろう。

仕方がないのだ、分かっていた。

彼は、家の長男で、父がいない今、自分が支えなくてはいけないのだ。

母のことは、嫌いではない。けれど、けれど。

そんな言葉が、浮かんでは消えていく。

 

「え、お前家出ないの?私、家に残っておばさんの世話する気なんだけど。」

「え?」

 

アルバスは思わず、ニゲルに視線を向けた。

ニゲルは、アルバスには劣るが、そこそこ優秀な成績を収めている。場合によっては、魔法省に入ることだってあるだろう。

だからこそ、ニゲルがあんな片田舎で生活しようとしていることなど最初から考えていなかった。

 

「まあ、薬草学の成績が一番よかったし、農家でもやろうかと思ってるんだよね。お前さんは家を出るかと思ってたから、おばさんのことは私が見ようと思ってたんだけど。」

「いいのか?」

「良いも何も、そっちの方が生産的だし。というか、アル、お前さん野心強いから、魔法省とかに入ってバリバリ出世でも目指すと思ってたんだけど。」

 

アルバスは、それにどきりと心臓を刺されたような気がした。

自分の力を試したい、認められたい、そういった節がなかったと言えば嘘になるが、それを真正面から指摘されれば、それ相応に心臓が鳴る気がした。

そんなことを気にしたことなく、まるでそれが周知の事実のようにニゲルは言葉を続けた。

 

「別に、悪いことじゃないだろ。自分の力を試したいって思うの。まあ、あんまりがつがつして、わき目もふらずにっていうのは止めろよ。お前さん、大いなる目的のためには小さな犠牲もいとわないところあるし。それは、きっと、正しいが。でも、小さな犠牲になる方からすればたまったもんじゃないだろうけど。」

 

お前さんは、正しさのために汚れることに躊躇ない奴だし。

 

自分の心の中を、覗かれているんじゃないかと思うほどに、彼女の言葉を理解できた。開心術でも使われているのではないかとも感じたが、そこまでの能力は目の前の存在にはない。

 

ニゲルは、アルバスの思案顔に何気ない様子で言った。

 

「アル、あのなあ。家族だからって、それを何よりも優先するこたあないんだぞ?」

「どういう意味だい?」

 

努めて、穏やかにアルバスは言った。

 

「そりゃあ、家族は大事だ。大事にすべきだ。大事にされたのなら、なおさらに。でもな、それでお前さんの人生を犠牲にするのはまだ違うだろう。家族だからと言って、それがこの世の中で一番に大事にしなくちゃいけないわけじゃない。お前は、お前の人生を蔑ろにしなくていい。少なくとも、私がいる。」

 

お前は自由に、好きな事すりゃあいいだろう。

私が、好きにするように。

 

その言葉に、そのたった一言に、アルバスは救われたのだ。

アルバスは、子どもで、けれど、彼は彼なりに背負わなくてはいけないものがあった。それが、煩わしくて仕方がなかった。

どうして、自分は好きにできないのだろう。それが赦される能力があるのに。

けれど、そんなことを思ってはいけないのだと思っていた。そう、母にそんなことを思ってはいけないのだと、思っていた。

けれど、その言葉に、少しだけ肩の荷が下りた様な気がした。

 

「まあ、だからといって独善に走って独裁者とかになるなよ。それが一番こええんだから。」

「僕が、かい?」

「だって、お前、権力とか大好きじゃん。褒められたら、すげえ得意そうだし。本当に正しい奴も、完璧な奴もいないんだからな。もしも、お前さんがそんなことになったら、私が殴ってでも止めるから。」

 

あの時の虐めっ子みたいに。

 

その声は、ひどく温かで、ぬるま湯のように優しかった。

 

「・・・・どうして。」

「うん?」

「どうして、ニゲルは僕にそこまでしてくれるんだ?」

 

それは、アルバスがずっと思っていた疑問だった。

自分のことが好きな様子もない、弟や妹の方が好きなように見えた。

恩を返そうとしているのも違う、彼女にはダンブルドア家に来てから母のことや父のことで苦労ばかり掛けている。

けれど、何故か、ニゲルは誰よりもアルバスのために行動していた。

だから、何故かと、そう思った。

それに、ニゲルは淡く苦笑した。

まるで、幼子に微笑む母のような、そんな笑み。彼女は、そう笑って、ダンブルドアを抱きしめた。

 

「お前の幸せを願っているよ。」

 

それは、なんて、柔らかで、優しい言葉だろうか。

ああ、それは、きっと無償の何かだった。

ただ、ただ、アルバスのことを思っているだけの言葉だった。

それに、アルバスは、なんだかほっとした。

自分を、ずっと、そんなふうに見ていてくれた人がいたことに、ほっとした。

 

 

アルバスはちらりと、ぼんやりと窓の外を眺めているニゲルを見た。

彼女が、何を思っているのかは分からない。

ただ、たった一つを知っている。

自分は、愛されていて、そうして、守られているのだ。

彼女だけが、アルバスを、アルバスの願いを守ろうとしてくれた。

それだけで、きっと、よかったのだ。

 



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少なくとも自由である


アルバスさんの口調、若いころでめちゃくちゃ悩んでます。
なんとなく、丁寧語で、身内の前で僕、仕事では私が一人称。


「アルの奴、結婚しないのかね?」

 

何気ないその台詞に、隣で薬草畑の雑草取りをしていたアバーフォースが顔を思いっきり顰めた。

 

「アブはどう思う?」

「どうもこうも、どうでもいいだろそんなこと。」

「何だよ、気にならないのか。あの、アルが連れて来る嫁さんだぞ?」

 

ぶちぶちと、雑草を抜く音が辺りに響く。

彼ら二人は、家の近くに作った小さな農園にてせっせと仕事に励んでいた。

アバーフォースは丁度、ホグワーツの夏休みで帰省している。そうして宿題の隙を見て、何だかんだで逆らえない関係であるニゲルの手伝いをしていた。

 

そんな時、唐突に姉貴分の言い出したことにアバーフォースはあきれ果てた。昔から意味の分からないことを言い出すニゲルであったが、さすがに唐突過ぎる。

まあ、昔から変わり者であったのは事実であるが。

だからといって、己が兄はエリート中のエリートである闇祓いに就職し、姉貴分である彼女も卒業後は実家に戻り、母親の世話をしながら細々と薬草を売って暮らしている。

幸いなことに、根気強く凝り性な為か、質の良い薬草だと評判であるらしい。

アバーフォースは、土いじりをする姉貴分を見た。

ニゲルは確かに変わり者であるが、それでもそこそこ優秀ではあったのだ。

ある程度、望める就職先があったというのに、彼女はこんな片田舎で実の親でもない存在を世話する理由もない。

最初は、兄に言いくるめられたのかと思ったが、ニゲルはアバーフォースの知る中で特にアルバスの扱いが雑な人だ。

本当に嫌ならば、徹底的に拒否しているはずだと考え直した。

だからこそ、アバーフォースはニゲルのことが好きだった。

自分と同じものを、大事に、慈しんでくれる彼女を慕っていた。

 

ある時の事、ニゲルは本当に唐突に何を思ったのか、アバーフォースにこんなことを言った。

 

「アルバスは家から出るけど、別に私たちを置いて行くわけじゃないから寂しがらなくていいぞ。」

 

何を言っているんだ、これは。

アバーフォースが胡乱な目で彼女を見返した。アルバスが、卒業旅行に出かけて少ししてからのこと。

母親とアリアナが寝入り、アバーフォースは居間で宿題を片づけていた時のことだった。

自分の机に温かい紅茶を置いて彼女は、のんびりとそう言った。

 

「何気持ちの悪いこと言ってんだよ。」

「でも、お前、アルのこと大好きだろ?」

 

アバーフォースは心の底から不服そうな顔をする。けれど、そんな態度など気にした風も無く、彼女は言い切った。

 

「だって、お前さん本当にどうでもいいなら無視してるだろ。アルバスが、家を出ていくのだって、嫌いならもろ手を挙げてるだろう。」

 

その言葉に、アバーフォースは固まって、思わず手を止めた。

その、思いっきり不機嫌ですと言う顔に対して、ニゲルは平然とした顔をしている。

アバーフォースは、それに精神的な動揺を隠すため、指で机を叩いた。

 

アバーフォースは、外に出しているほど兄のことが嫌いなわけではない。

アバーフォース自身、ひねくれた部分があると言ってもアルバスのことを慕っていた。

優秀で、人に慕われる兄のことが嫌いなわけではなかった。

ただ、ただ、時折、たまらなく寂しくなる。

アルバスは、優秀で、家族よりももっと多くの誰かに認められることを求めていて。

アバーフォースは、家族が好きだ。

兄のこと、母のこと、何よりも、妹のことが好きだった。

けれど、アルバスは、そんな小さな箱庭よりも、外のことに目を向ける。

それを、寂しさと言わずにして何と言えばいいのか分からなかった。

それにアバーフォースがアルバスにぶつけても、その兄はどこかするりと躱してしまう。

置いて行かれる悲しさを、あのくそったれは知らぬのだ。

けれど、けれど。

目の前の姉貴分だけは違った。

 

ニゲルは、元より、アルバスからの共感を求めない。

兄のなす、業績だとか、そんなことに興味はない。アルバスが、悪事以外であれば何をしようと気にしない。

けれど、不思議と、彼女の言葉はアルバスの心を震わせる。

何故か、彼女は、アルバスの隠し続ける何かを知っていた。

そのせいか、アルバスは彼女に対してひどく無防備な表情をする。

困ったような、苦笑するような、まるで、子どものような。

その表情を見ると、ほっとした。

 

兄は、ここにいるのだと。どこにだって行かずに、きっとこの変わり者と共に在るのだと。

神様なんかじゃないんだと。

 

「しるか。」

 

アバーフォースは、そんなこと言えなくて。

本音なんて、気恥ずかしくて言えなくて。そんな素っ気ないことを、赤みがさした頬を隠して言い切った。

それにニゲルは軽く肩をすくめる。

 

「そうかい。」

 

暖かな紅茶を少しだけ啜った姉貴分の横顔を見て、兄が必ず帰って来るという確信に心底安堵した。

 

 

そんなことを思い出して、アバーフォースはニゲルの台詞に耳を傾けた。

 

「いやさ。アルの奴、卒業旅行行っただろ?」

「いったが。たんまり土産話は聞いただろう。」

「ふとな、あいつもう学校卒業したっていうのに、浮いた話の一つも聞かなかったんだよ。ああ、お前、結構熱心に聞いてたじゃないか。」

 

アバーフォースはそれに思わず横を睨み付けた。それに、ニゲルは気にした風もない。

アルバスが卒業旅行から帰った夜、そこまで話す性質ではない彼は、珍しく饒舌に旅先でのことを語っていた。

ニゲルは、それを聞いてはいたものの、アバーフォースたちへの茶を注いだり、雑用をこなしながらであったためそこまで自分たちに注意を払っていなかったと思っていたが。

変な所で、彼女はよくよく周りを見ていた。

アバーフォースは兄の話を聞いていたことがばれているのに気恥ずかしさを覚え、皮肉気に台詞を返した。

 

「・・・・週に何度も、従妹とはいえ年の近い女が差し入れなんぞ持って来れば、浮いた話なんぞ出てこないだろう。」

「あー、確かにそうかあ。アルが嫌がってないからついついやってしまっているんだが。」

 

ニゲルはそう言って、泥だらけの顔を流れる汗を拭った。

今日も今日とて、平和である。

アリアナは癒者になるのだと頑張っているし、アバーフォースは素直ではないが兄との関係は良好だ。その母も、病弱ではあるが生きている。

学校を卒業したアルバスは、魔法省の闇祓いにて仕事をこなしている。

ニゲルも、アルバスの闇堕ち防止のために、多忙な彼の世話兼見守りと、薬草栽培を続けている。

何もかもが、順当に回っているそんな中、ニゲルがそんなことを口にしたのは、彼女に残った懸念があったためだ。

 

(えっと、名前は、グリンデルバルドだっけなあ?)

 

それは、作者曰くアルバス・ダンブルドアの唯一愛した男の名前であった。

 

 

 

「アル、君、好きな人っているかい?」

「藪から棒だね、また。」

 

ニゲルは、自分の前でお手製のアップルパイをもぐもぐと至福そうに食べる男を見つめた。

鳶色の髪を整え、きらきらとした青い目をしたとびっきりの美形である男は、何故か寝巻のままニゲルの作ったアップルパイを食べている。

狭い部屋の中に置かれた、唯一のテーブルには二脚の椅子が置かれ、向かい合わせにアルバスとニゲルは座っていた。

バターをたっぷりと、前世で知ったなんちゃってカスタードクリームがたっぷり入ったそれは、この頃のアルバスの気に入りである。

 

(・・・・糖尿にならないか心配だ。)

 

いや、もちろん、アルバスを釣るためにせっせと菓子作りを練習し、その果てに貢いでいるニゲルの言えたことではないのだが。

 

(・・・住んでるのが田舎のおかげで、大抵のものが現物支給で手に入るのがいいなあ。)

 

そんなことを考えているなど露も知らないアルバスは、昔から知っている変わり者の昔なじみを見つめた。

 

「それは、僕のティータイムを邪魔するほどのことかな?」

「私が持ってきたもんなんだから、菓子代ぐらいにはなるだろう?つーか、それ喰うのはいいけど、真面な飯もちゃんと食べてるんだよな?」

 

その言葉に、アルバスはそっと目を逸らした。

 

アルバスは、闇祓いになった折に、家を出て一人暮らしを始めていた。

ロンドンの中にある小さなアパートメントを借りたのだ。

新人とは言え、エリート枠である闇祓いである彼はそこそこ余裕もある。

ニゲルも、アルバスの完璧ぶりを知っているため、一人にしても大丈夫だろうと放っておいたのだ。

が、それが幻想であることを知ったのは、それから少ししてのこと。

ニゲルは、久方ぶりにアルバスを訪ねた。

休みの日を訪ね、特製の菓子でつれば訪問は容易かった。

アルバスの家はきっちりと片付いていた。それこそ、実家暮らしから一人暮らしに変わった男性の部屋へのイメージというものを軽く超えていた。

魔法が使えると言っても小まめに掃除もしているようであったし、洗濯物を溜めている様子もない。

強いて言うならば、文机らしい場所に、大量に積み重なった本や紙がご愛敬だろう。

流石、と安心していたニゲルはアルバスの許可を取り、持って来ていた菓子を手に簡易のキッチンへ向かった。

其処で見た光景に、ニゲルは固まった。そうして、勢いよくアルバスへ叫んだ。

 

「アルバス、てめえ、菓子を飯代わりに食べてるな!?」

 

その怒声に、アルバスはやっぱりそっと目を逸らした。

 

 

聞けば、さすがに毎日というわけではないが、どうも忙しい昼間など軽く菓子を摘まんで終わらせたりしていた。

 

「だからって、買ってくりゃいいだろうに。」

「買う時間もない。」

「どんだけ忙しいんだよ、闇祓い・・・・・」

 

審査が厳しすぎるために人数がいないので、新人といえど優秀なアルバスにはなかなかの案件が重なっているらしい。

 

「だからといって、自分で作る気もないしね。」

 

あっさりとそう言い切ったアルバスに、ニゲルの選択は早かった。このごろ、原作に於いての鬱展開を回避するよりも、弟分の健康的な生活を保つことが主な目的になっていることからは目を逸らしながら。

ニゲルは、週に何度か、アルバスの夕飯を差し入れるようになった。仕事で帰れない日は、伝えてもらい、それ以外は空いた時間で食事を作りに通った。

アバーフォース曰く、母親より過保護が過ぎると不評になっているが、そんなことなど気にしていない。

ニゲルとしては、このままではマルフォイに殺されるよりも先に生活習慣病で死にそうで怖いのだ。

ニゲル自身も、どうせ実家の晩御飯を少し多めに作ればいいだけの話だ。移動も、姿現しを使えばいい。

そんなこんなで、ニゲルのアルバスへの差し入れは続いている。

 

 

 

「少なくとも、いないかな。」

「だよな、お前、仕事とか研究とか楽しすぎて恋愛とかに頭いかないもんな。」

 

ニゲルの当人のような口ぶりに、アルバスは何とも言えない顔をする。けれど、図星でもあったのか肩を竦めた。

 

「そうだね、今は仕事の方が楽しいかな。」

「でも、初恋だってまだなのはどうかと思うんだけどなあ。」

「・・・・何を根拠にそんなこと言うんだい?」

「え、初恋あるの?」

 

そのニゲルの悪意のない台詞に、アルバスは顔をしかめた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・あるよ。」

「ねえんだな。」

 

長い前置きにニゲルがばっさりと斬り捨てると、アルバスは心の底から不服ですということを前面に押し出した表情をする。

それに、嫌がった犬の表情を思い出した。

それを見つつ、ニゲルは頬杖を突きながら、アルバスを見た。

 

「・・・・いやあ、つってだらけすぎじゃね。何が悲しくて、お前さんのパジャマの柄なんぞ知らにゃあならんのだ。」

「家にいたころも知ってるだろうに。」

 

そう言って、ニゲルの目の前には相変わらずアップルパイにぱくつくアルバス。

 

(・・・・この頃、こいつ分かりやすくだらけてきたような。)

 

いや、別段、目の前の存在が家でもだらけていなかったわけではないが。それでも、一応は身内といえど、パジャマ姿で土産にぱくつくほど適当であった覚えはなかった。

それを、態度がおざなりであると言えばいいのか、それとも心を開いていると言えばいいのか。

 

(まあ、頭脳仕事なわけだし、人よりも多めの糖分は赦されるだろ。その他の食事も、ちゃんと食べてるようだし。)

 

仕事も順調であり、私生活でも魔法の研究を続けているらしい兄弟分は、少なくとも今の所幸せであるらしい。

ニゲルにとっては、少なくとも彼女の知る未来において苦労ばかりのそれが、今は満たされた生活をしている。それ以上に良いことなどあるはずもない。

ニゲルが、そんなことを考えていると、アルバスはどこか拗ねた様な表情をする。

 

「そう言うニゲルはあるのかい?初恋ってものが。」

 

けれど、瞳の奥に透けて見えたいたずらっ子のようなしたたかさに、お互いさまだろうという意思が透けてみる。

それに、ニゲルははんと鼻で笑い返した。

 

「残念ながら、初恋はとっくに済ませているんでね。」

 

まあ、それも前世の話であるが。

けれど、別に嘘というわけでもない。ニゲルはそう思っていると、かちゃんと音がした。その音に、アルバスの方を見ると何故か先ほどまで動かし続けていた手を止めていた。

 

「・・・ニゲルに、好きな人がいたなんて知らなかったよ。」

「そりゃあ、言ってないからな。」

 

アルバスは、変わらず淡く笑っていた。けれど、長い付き合いのニゲルからすれば、それが何かしらを誤魔化すための笑みであることを察する。

いったい何が男の琴線に触れたのか分からず、ニゲルは自分で入れた紅茶を啜った。

アルバスは、少しだけ考えこんだような顔で机を指で叩いた。

 

「それでどんな人なんだい?」

「あー、まあ、別に良いだろ。」

「なんだい、僕に言えないのかい?」

 

言えない、というよりはあんまりにも遠い記憶のためにぼやけて詳しいことを思い出せないのだ。

それと同時に、ニゲルは目の前の存在の変な茶目っ気を知っているため、揶揄われることを察知して肩を竦めた。

 

「関係ないだろ。」

「・・・・ふぅん?」

 

妙に間延びした返事と共に、アルバスは改めてアップルパイを食べ始めた。それにこの話を終わったと悟り、ニゲルはほっと息を吐く。

 

(・・・・そうかい、アルはまだ、初恋もまだなのか。)

 

 

ニゲルは、ダンブルドア家の三兄妹の幸福を何よりも願っている。

少なくとも、精神年齢の違いから、感覚としては子どものころから世話してきた三人は、子ども、下手をすれば孫に近い。

すっかり大人になった三人に関して、ニゲルはさほどの心配はしていない。

アルバスは願った仕事をしているし、シスコンブラコンのアバーフォースはこのまま穏やかに過ごすだろう。アリアナは、夢に向かって頑張っている。

そんな時、ニゲルはふと思ったのだ。

アルバスは、恋を、真実の愛というものを得られるのだろうかと。

 

(・・・・姉貴分が兄の恋愛事情を気にしてる中、なんで弟妹どもは私の初恋に食いつくのか。)

 

アルバスから流れたらしい初恋の話に、何故かアバーフォースはいつも以上のむすりとした顔して聞いて来たし、アリアナにいたっては鬼気迫る顔で誰かと聞いて来た。

学校が始まってよかったと思うのは、この話から逃げられることだ。

 

アルバス・ダンブルドアが同性愛者であることに関してはどうだっていい。そんなのは当人の自由だ。魔法界を巻き込んだ事情を巻き起こすより、数倍はましだ。

ただ、ババア精神としては孫の顔が見られないことは少々残念であるが。

 

グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアは出会うことがない方がいいのだろうか。

もちろん、グリンデルバルドがアルバスの気持ちを受け入れるのかもわからない。

この時代、同性愛など差別の対象だ。

何よりも、グリンデルバルドとアルバスが出会い、何が起こるのか分からない。

 

恋をし、結婚をすることが何よりの幸福であるとは言わない。

けれど、それを知らないのは不幸であるのかもしれない。

ニゲルは、アルバスに真実の愛というものを与えてやりたかった。手に入れられるのならば、なおさらに。

 

(・・・・まあ、こういう考え方も傲慢なのかもしれないが。)

 

 

そんなことを思っていたことをニゲルは思い出していた。

 

「どうかしたのかい?」

 

聞き心地の良い声が、耳朶を擽る。

 

「あー、いいえ?」

 

現実逃避もしたくなる。

目の前には、金髪の麗しい青年が一人。

 

現在、ニゲルはゲラート・グリンデルバルドと二人っきりでお茶をしていた。

 






アルバスさん、我が世の春を謳歌してますが、アリアナの事件がなかったので権力大好きで調子に乗ってる感じです。

ただ、もうちょっと謙虚になってほしいんでアリアナさんとは別口で心をへし折りたいんですが、考えてる展開についれこれでいいかと悩み中です。


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遅い思春期


これは、思春期なのか。
ちょっと短め。


 

 

アルバスにとってニゲルが初恋をしているという事実に対して感じたのは、苦笑であった。

 

(・・・・見栄をはっているなあ。)

 

もちろん、最初は動揺じみたものがありはしたが、よくよく考えればそんなことなどありえないだろうということに考え付いた。

ニゲルの学校生活は、お世辞にも他と親密な関係性を築いていたとは言えない。

もちろん、浅く広く交友関係はあった。

ハッフルパフ寮であった彼女は良くも悪くも平等で、果ては寮を越えて交友関係を持っていた。

ふと、本当にふと、彼女の姿が目に付くことがあった。その隣には、グリフィンドールやレイブンクロー、果てはスリザリンの人間の姿があった。

元より、人の捌き方が上手かった。のらり、くらりと、人の間で生きているような人だった。

だからこそ、初恋なんて言葉をありえないと否定できた。

そこまで、ニゲルがたった一人に関して態度が違ったというならば、自分が知らないはずがない。

アルバスは、友人たちの恋愛事情を思い浮かべ、そんな様子がなかったと頷いた。

そんな確信がアルバスにはあった。

そのために、初恋云々という話は、おそらく彼女の見栄であるのだと考えていた。

 

 

「馬鹿だろ、くそ兄貴。」

 

アルバスは、目の前で紅茶を啜る弟を見た。

 

「いったい何がだ、アブ?」

「姉貴だって初恋の一つや二つはしてるだろ。精神未熟児のあんたと違って。」

 

皮肉が酷い弟だ。そう思いつつ、アルバスはニゲルの置いて行ったクッキーを一つ口に放り込んだ。

時期は、丁度、夏休みの始め。

ニゲルと母親は、ダイアゴン横丁に、薬草の卸しと買い物へ出かけた。

アルバスは、久方ぶりの休みを実家で過ごすために帰省していた。そんな折、丁度学校から帰省したアバーフォースに勉強のことで質問されていた。

そんな折に、世間話の体でアルバスがニゲルの初恋について口にしたのだ。

最後に、ニゲルの見栄であるとアルバスが言ったのに対して、アバーフォースは大きめのため息を吐いた。

そうして、彼は持っていた羽ペンをびっと目の前のアルバスに向けた。

 

「あのな、言っとくが姉貴はあれでもモテるからな?」

 

それに今度はアルバスの方が、何言ってんだこいつという様な顔をした。それに、アバーフォースは更にあきれ果てた様な顔をした。

 

「・・・・すまないがお前がニゲルのことを慕っているのは知っているが、それはあまりにも贔屓が過ぎる気が。」

 

アルバスは弟を傷つけないように、恐る恐る声を掛けた。

確かに、ニゲルは善人だ。

それは例えば世界を救う様な正しさではなく、巨悪を討つような光ではない。

それはどんな人間にも宿っている様な平凡な、陽だまりのような善性だ。

いつだって、忘れてしまいそうな当たり前を抱えているような人だった。

けれど、それははっきり言って異性に対して有利な条件ではないはずだ。

ダンブルドアはぼんやりと友人たちとした、年頃の少年たちらしい下世話な話だったが、人気のある異性の特徴をずらりと並べた。

魅力的な容姿?

確かに見目は悪くないが、凛々しすぎる顔立ちはどちらかといえば女子に人気があった。

女性らしい体つき?

畑仕事などを好む彼女の体はスレンダーで、背が高い。

趣味があうこと?

さほど趣味らしい趣味のない人だ。

可憐で笑顔がよく似合う?

可憐さとは134度は差がある。

アルバスから言わせれば、彼にとって異性から人気のある女性というのはイメージするならばアリアナのような可憐な乙女であった。

アルバスが一つずつ、なぞるようにそう言えば、アバーフォースは深くため息を吐いた。

この、曇り切った目の兄貴に何と言おうか。いっそのこと、そうだなと適当な相槌を打って終わらせたい欲求に襲われる。

だが、それ以上にこのままこの感覚を引きずった挙句、あの姉が婚姻した時どうなるか?

絶対と言い切れるほど、宥めることになるのは己であると理解できた。

 

「あのな、いいか。あんたの言う姉貴は、俺の知り合いから言わせるとこうだ。」

 

大人びた容姿に、世話好きで、誰にだって平等な、勉強の出来る素敵なお姉さん。

 

「年上やら同い年は知らないが、ニゲルは年下には人気があったんだぞ?」

「・・・そんな。」

 

そんなこと知らない。

 

アルバスのいつだって淡い表情で笑うそれに浮かんだ驚愕にアバーフォースは少しだけ驚いた。

そうして、その、いつだってキラキラと輝くそれが、だんだんと爛々としたものに変わっていくことにかたまる。

 

「・・・・そりゃあ、知らないだろ。お前さんの周りはニゲルのこと、そこまで好きじゃなかったしな。不出来な従妹の恋愛話を振るほど暇じゃないだろ?」

 

呆然とした様子で、アルバスは目の前に置かれたクッキーの皿を見つめた。

それを見つつ、アバーフォースは言う気のなかったことについて口にした。

 

「その様子だと、ニゲルに縁談が来てるの知らないのか?」

「なんだと?」

 

それにアバーフォースは、自分の言ったことを心の底から後悔した。

何故って、目の前のアルバスは確かに笑っていた。けれど、心底冷え切った氷のような青い瞳を爛々とアバーフォースに向けていたからだ。

 

 

 

その時、アリアナは激怒していた。

彼の姉に関しては鈍すぎる長兄を叱らねばならぬと。

 

 

アリアナという少女にとって、ニゲルという従姉はまさしくヒーローであった。

幼いころ、自分を虐める悪ガキどもを打倒し、自分を背に庇ったその姿はまさしく幼い少女にとって白馬の王子様であった。

弱い誰かに手を差し伸べ、泣いた誰かを慰め、優しい目を向ける。

何よりも、ニゲルはアリアナに優しかった。

彼女はいつだって、幾つも歳の離れたアリアナの側で、彼女の歩幅に合わせて歩いてくれた。

彼女の実の兄たち、アバーフォースは夢中になるあまりアリアナを置いて行ってしまうことがあったし、アルバスは良くも悪くも自分の道を行く人だ。

けれど、ニゲルはいつだってアリアナのことを気にしてくれた。

他の兄弟よりも、いささか繊細すぎるアリアナのことを誰よりも細やかに世話したのはニゲルであった。

体の弱った母の代わりにご飯を作ってくれたのも、おやつをくれたのも、眠れない夜に暖かなミルクを作ってくれたのも、柔らかな手つきで髪を結ってくれたのも。

全て、ニゲルであった。

自分の体から、成熟した証として血が流れた時も、寄り添ってくれたのはニゲルであった。

アリアナは、兄たちの喧嘩が苦手であった。

二人のことが好きであるからこそ、彼らが争うことが苦手であった。

けれど、そんな時ニゲルだけが二人の間に割って入ることができる。二人を傷つけるわけでもなく、ただ、悲しそうな顔で二人を宥めるニゲルのことが好きだった。

 

「アリアナの手は優しいな。」

 

その言葉を、覚えている。

怪我をしたニゲルに何かをしたくて、必死に見様見真似でした手当に姉は笑っていた。

 

「私を治そうと頑張ってくれる、この手はとても優しいね。」

 

アリアナは、兄たちから弱者として扱われる。それも仕方がない。なんといっても、アリアナは幼く、出来ることなど少ない。臆病で、いつだって誰かの後ろに隠れている。

けれど、ニゲルはアリアナのことを強いと言った。

 

アリアナは、私が傷ついてことに苦しんで、怯えてる。お前は誰かの痛みを自分のものとしてしまうから。私のために何かしようと立ち上がってくれる。お前は、優しくて、そして強い子だね。

 

誰かのために立ち上がれるアリアナは、強くて優しい子だね。

 

アリアナは、その言葉を憧れとした。

優しい人になりたかった、臆病な自分であることから変わりたかった、強くなりたかった。そんな風に笑ってくれた、美しく、強いニゲルのようになりたかった。

ピンと伸びた背筋、風にはためくさらさらとした黒い髪、涼し気な目元、薄い唇。

そうして、まるで森林のような澄んだ緑の眼。

優秀で神様のようなアルバスでも、自分のことを心配してくれるアバーフォースではなく、自分を強いと認めてくれたニゲルを、彼女は憧れとした。

 

好きで、あったのだ。どうしようもなく、焦がれていた。近いようで、遠い、あの人に。

 

 

「なのに、どういうことなの、アル兄様!!」

 

アリアナは、その可憐な顔立ちにはっきりとした苛立ちを浮かべ、目の前の兄に吠えた。

そんな妹に詰め寄られているアルバスは、どこか傷心したような面持ちでアリアナを見返した。

丁度、実家に帰り、アバーフォースから色々なことを聞き出したアルバスはどんよりと自室にて物思いにふけっていた。

そこに、兄の帰省を聞きつけ、友人宅よりアリアナが帰って来たのだ。文机に向かっていたアルバスにアリアナは回り込むように彼へと向いた。

 

「何がだい、アリアナ?」

「ニゲル姉さまの事よ!」

 

それにアルバスは、納得の意味を込めて頷いた。

何よりも、臆病で優しいアリアナがここまで感情を発露するなどニゲル以外ではありえない話だ。

 

「アリアナも、あの話で来たのかい?」

 

その声はどこか弱々しい。アルバスの脳裏にはアバーフォースから聞いた、ニゲルの異性からの人気について埋め尽くされていた。

アルバスは、その事実にひたすら困惑していた。

それほどまでに、アルバスにとってニゲルの異性関係というのは衝撃であった。

 

アルバスの中のニゲルというのは、徹底的に性の匂いというものが排除された存在であった。それは、元より中性的な容姿というものもあるが、仕草もどこか男性的なものが多かった。

アルバスの周りでは、ニゲルのことをそう言った対象として見るものもいなかったということもあるだろう。

何よりも、アルバスにとってニゲルとは女である前に、家族という枠組みに入っていた。

何があっても離れることもなく、当たり前のように近くにいる存在。

自分の後ろに立っている人、ずっと自分を見ていてくれる人。

アルバス自身、恋愛だとか、男女関係に疎いということもある。

もちろん、彼自身人の心の機微というものを理解することには長けている。けれど、その恋愛感情というものを理解してはいなかった。

二十に差し掛かろうとしているにも関わらず、初恋さえもまだなのだ。

正直な話をすれば、アルバスは自分が結婚するという未来を考えていなかった。

政治という世界にいるのならば、政略結婚について考えるだろうが、悲しいことにアルバスという男はそんなことをせずとも出世できる能力を持っていた。

アリアナについても、アバーフォースについても、何時かは結婚でもして家から離れていく想像はしていた。

その時は、何となしにニゲルと共に独身のまま実家を守って衰えていくのだろうとさえ思っていたのだ。

が、アルバス・ダンブルドアという男はアバーフォースの指摘によって、ようやくそんな未来が来ない可能性があることをようやく理解したのだ。

ニゲルというのは、別段いつまでもアルバスに付っきりでいてくれるわけではない。

 

アルバスは、何の躊躇も疑いも無く、自分はニゲルに一等に愛されているという自負があった。

もちろん、アバーフォースやアリアナと比べられると少しは遠慮する気はあるが、それでも彼は自分が一番に愛されているという自負があった。

どんなことがあっても優先されるし、どんな願いだって聞いてもらえるということを事実として受け入れていた。

 

ああ、けれど、けれどだ。

いつか、ニゲルには己よりも、特別な唯一というものが出来る日が来るのかもしれない。

それに、納得できなかった。

 

悲しいことに、ようやくその男はその身内である姉が、女であって。そうしてどうしようもなく分かたれた人間であると理解したのだ。

何よりも、アルバスは、ニゲルが何人かに告白というものをされていることにショックを受けていた。

言ったように、ニゲルの在り方というのは確かに善性であるが、さほど目立つものではない。当たり前であるがゆえに、無視されてしまう様なものだ。

それを知るのも、理解しているのもアルバスは傲慢なことに自分や弟妹達だけだと思い込んでいた。

他人が、それを理解している。

それが、なんだかひどく不愉快だった。

 

(・・・・・縁談のことも。)

 

ニゲルに縁談が来ていることについて知らなかったのは単純な話、アルバスの多忙さゆえだ。

縁談というのも、ゴドリック谷での近所からものでニゲル自身が断っていた手前話していなかった。

そうだ、働き者でおばの世話を小まめに見ている彼女は嫁として周りの家からひどく人気があったのだ。

それを教えてもらっていなかったということにも、ニゲルがそういった対象として誰かに見られていたこともショックであった。

 

アリアナはアルバスの呟く独り言の内、ニゲルへの告白というものへ不思議そうに首を傾げた。

 

「アル兄様、姉様が異性に人気があること知らなかったの?」

「アリアナは知っていたのかい?」

「話題に出なくても兄様は少しは想像位してると思ってた。だって、姉様もアル兄様の関係者だもの。」

 

その意味が分からずに、アルバスは不思議そうな目でアリアナを見る。

 

「だって、姉様と親しくなれば自動的に兄様とだって親しくなれるでしょう?有能な兄様との関係を築いておきたいって人多いもの。」

 

私も、アブ兄様も学校で声を掛けられるし。

 

それにアルバスは固まった。

アルバスにとって恋人も、結婚というのも恋や愛が前提にあるもので、そういった政略的なものというのは度外視していた。

そういったものを理解していても、あくまでのその範囲は自分だけ向けられるもので弟妹達やニゲルというのはそこから無関係であると考えていたのだ、

自分がしみじみと、多くのことへ鈍感であったことに気づき、アルバスは一段とショックを受ける。

そこに、追い打ちのようにアリアナの声が重なった。

 

「それよりも、兄様に聞きたいことがあるの!」

「なんだい?」

 

ぐったりとしたアルバスに、アリアナは叫んだ。

 

「この頃、姉様がブロンドの美男子とデートしてるの!兄様、知ってた!?」

 

「は?」

 

アルバスの青い目が鋭くなった。

 





アリアナさんのキャラが掴み切れていない感がすごい。
次回はゲラートさんが出ます。


ニゲルは、ハッフルパフ生になります。特別なことはない、薬草学と魔法薬学が好きだったもよう。
他の寮に知り合いが多いのは、迷子だとか学校に馴染めていないマグルだとか混血の子だとか世話していたため。
後輩から慕われていたが同級とか先輩にはアルバスさんに気安過ぎると評判がよくなかったりしてます。


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特異なもの



魔法族は裏と闇の中を知ることができるけれど、マグルは宙の果てを見ることができるんだろうなあと。

グリンデルバルドさんはムズイ。


 

 

(顔がいいなあ。)

 

気だるい、午後。

 

日課である、おばの世話や畑仕事を終えた後、つかの間の休憩である。

普段ならば、魔法薬の本などを読みふける。

この世界では専門書でも、マグルであったニゲルからすればファンタジーの設定集のような感覚で読める。

が、何故かニゲルは今、アルバスに負けず劣らずの美男子を前に優雅な、と一応つくだろう茶会に興じていた。

目の前にはニゲルの用意したクッキー、といっても二番目に綺麗に焼けたもの、とミルクティー。

 

「どうかしたのかな?」

「・・・・・いいえ、何でもありませんよ、グリンデルバルドさん。」

「ははは、僕のことはゲラートと呼んでくれればいいよ。」

 

にっこりと自分に笑う青年は、ぱちりと見事なウィンクをする。それが、ダサくならないのが美男子の特権だろうか。

といっても、ニゲルは平然とはははははとカラ笑いしながらミルクティーを啜る。

 

(ありがとう、アルバス、アバーフォース!お前らのおかげで無駄についたイケメンへの耐性がこんなところで役に立つとは!)

 

そんなことを思いつつニゲルは何故、自分がかの有名な、会いたいと言えば会いたかったグリンデルバルドと二人で会っているのか。

というよりも、彼女としてはアルバスより何故自分が先に会っているのか首を傾げたい。

 

(・・・・これも全部、バチルダさんのせいだ。)

 

恨み節を呟いて、ニゲルははははははと笑い声をあげた。

 

 

 

ニゲルは別段に、結婚願望があるわけではない。

それよりも気にしなくてはいけないことが多すぎるし、精神年齢の高さによって結婚適齢期の男が完全に対象外に入ってしまっている。

が、それを周囲は赦してはくれないのも事実だ。

ニゲルを嫁に欲しがる人間は多かった。

見目も悪くなく、勤勉で、おばの世話をよくしている。それに加え、ニゲルは有名な家の出ではなくとも純血の魔法使いに分類されていた。

そこにおばの世話をするために家を出ず畑仕事をしているというのは美談に入り、親たちからの人気は絶大であった。

そうして、かの有名なアルバスとの繋がりを欲しがるものも多く、そういった経緯で縁談が来ることは多々あった。

が、ニゲルはそれを全て断った。

表向きは、未成年の兄妹がいることと、不安定な母親がいるためであったが実際は違う。

めんどくさかったのだ。

ニゲルの生活スタイルというのはしっかり定まってしまっていて、そこに新たな結婚相手との生活を加えることが面倒で仕方がなかった。

縁談について、アルバスには伝えようとは思わなかった。

アルバスは同性愛者である。

が、今の時代は同性愛など禁忌に入り、表ざたには出来ない。

ニゲルが結婚となれば自然にアルバスにもその話題が向けられるだろう。

その時のアルバスの心情を考えれば、ニゲルは結婚をするという気にはなれなかった。

 

アルバスが、祝福され、愛し合った誰かと結婚をすることはない。

 

その事実が、ひどく悲しかった。

ニゲルだけは祝福するのだと誓っても、数の暴力を前にそれがどうにかなるかは分からない。

だからこそ、彼女は結婚という話題を遠ざけることにした。

いっそのこと、アルバスや他に結婚しそうにない後の兄妹と家を守って独身同士で暮らしてもいい。

あの子が、あの子たちが幸福であればそれでいい。

 

などと、そんなことを思っていたニゲルは縁談を断り続けていたわけだ。

もちろん、そんなニゲルにやって来る縁談は少なくなっていった。

普通の家ならば、ニゲルのことを心配しただろうが彼女のいとこたちは結婚など望んでいないし、アルバスたちの母は自分の世話をさせることを後ろめたく思っていたために強く言われることがなかった。

そんなこんなで、ニゲルは一応は平和に暮らしていたわけだ。

 

そんな中、彼女はある日、近所に住むバチルダに本を借りに出かけた。

ニゲルの読みたがっていた本を手に入れたと聞き、彼女はいそいそとバチルダの家へとでかけた。

訪れたバチルダの家にて、ニゲルは茶に誘われた。

それ自体は珍しいことではない、バチルダに話し相手として望まれることはよくあった。ニゲルはそれに是と答えた。

そこに、ゲラート・グリンデルバルドがいることなど知らずに。

 

グリンデルバルドに会った最初の感想なんて、アルバス並みの美形に会うの久しぶりだなであった。

まあ、まず最初の感想としてそれを抱いた後に、ニゲルはグリンデルバルドと取り残された部屋にてすぐに察した。

 

(あ、これ、見合いだ。)

 

会うだけ会ったら?的な、あれである。

こう言った田舎で見知らぬ男女を二人っきりで放置するなぞそれ以外にないだろう。

そうして、ニゲルは何故バチルダがそんなことをしたのか少し察した。

 

(確か、グリンデルバルドって学校退学になって、親戚のバチルダさんとこにいるんだよな?あれかな、荒れてるし結婚させて一人前みたいなノリなのか?)

 

何よりも、バチルダは本の趣味があい、かつ働き者のニゲルを気に入っている。

というか、何ゆえ初エンカウントが自分なのだ。そこは、アルバスと運命的な出会いをしておけよ。

などという内心を察する人間はここにいない。

 

肝心のグリンデルバルドとはいうと、別段おかしなことなどはない。

ニゲルはグリンデルバルドの話に頷きながらぼんやりと考える。

グリンデルバルドと会話をしてみて、ニゲルの感想としてはアルバスが好きそうだなあということである。

まず、話題の運び方が上手い。誰でも知っていそうな話題から入っていくために非常に話しやすい。己の見目の良さを分かっており、仕草も人を引き付けるものだ。

 

(あいつの好みだろうなあ、頭いいのも、顔がいいのも。というか優秀な奴全般好きだし。)

 

そんなことを思いはしても、ニゲルに出来ることはない。

ニゲルは、目の前の美男子がいつか悪党になることを知っている。はっきりとした罪状は覚えてなくとも、たくさんの誰かを殺して、たくさんの誰かにひどいことをする。

それを止める術を持たぬことは、ニゲルが誰よりも知っている。

けれど、けれどだ。

 

(・・・・アルバスは、悲しむかなあ。)

 

未だ、出会うことは無くても。それでも何時かであうはずの愛しい弟分の真実の愛よ。

私に何が出来るだろう。何も、出来はしないだろう。

 

(ああ、でもなあ。)

 

アルバスは悲しむだろうなあ。

 

それを思うと、心が痛んだ。

けれど、ニゲルは何となしにグリンデルバルドが自分への興味を薄れさせていることを察した。なんといっても、ニゲルはそこそこの能力はあってもあくまで平均程度だ。

知識も、振る舞いだってそうだ。

話しているうちにそれを察したのか、グリンデルバルドの目から興味が失せていく。

 

(どうしたもんかなあ。)

 

そう思いながら、ニゲルはずっとグリンデルバルドというキャラクターに感じていた疑問を口にした。

このまま会えなくなるなら、いっそのこと聞いておこうと思って。

 

 

 

「グリンデルバルドさんってマグルのこと嫌いですか?」

 

目の前の存在から漏れ出た台詞にグリンデルバルドは一瞬だけ動きを止めた。

そうして、うっそりと目を細めた。

 

(・・・何故、そんなことを?)

 

グリンデルバルドは身の内にある警戒心をねじ伏せて、極めて友好的な笑みを以てニゲルを見た。

 

彼がゴドリック谷に来たのは、偏に彼にある未来を見るという才能ゆえだ。

彼は、確かにこの谷で自分にとって運命的な存在に出会うはずだった。

そうして出会った、大おばの紹介である存在は平凡の一言に尽きた。

真っ黒な髪に、翠の瞳。容姿は悪くなかったが、振る舞いは粗暴で話す話題もつまらない。

ニゲルが自分の望んだ存在ではないのかと考えたが、ゴドリック谷を探しても目的のものはいなかった。

 

グリンデルバルドは、それに冷静に目の前の存在から興味をなくす。さっさと見切りをつけようとした。

けれど、それから紡がれた台詞に固まった。

 

 

グリンデルバルドは、他人を好きに動かすということに長けている自負はあった。

誰とて、望みというものがある。

男はそれを引き出すことに長けていた。己が願いを叶えんがために、相手の望みとの共通点を見つけて仲間を増やすことに長けていた。

学校において、諍いを起こしたことに反省し、彼はどれだけ相手と話を合わせ自分の願いに添わせるかが重要であるかを学んだのだ。

そうであるがゆえに目の前の存在に話してもいないグリンデルバルドの本心に動揺してしまった。

相手を信頼させるには、自分がどれほど同調した考えをしているかを示すことが重要である。

ニゲルの話には、主張というものがない。

グリンデルバルドはありとあらゆる話題を出し、彼女の関心があることを引き出そうとした。けれど、彼女はどんな話題にも当たり障りない言葉を返すだけだ。

それにグリンデルバルドは興味をなくしたはずだ。

何といっても、別段彼女は彼の望みに必要なわけではない。

だというのに、ニゲルはあっさりとグリンデルバルドの核心をついてみせた。

 

「・・・・・なぜ、そんなことを?」

 

彼は机に腕をついて組み、顎を乗せた。そうして、にっこりと魅力的な笑みを浮かべた。ニゲルはそれに、あーと気まずげに言葉を吐いた。

 

「グリンデルバルドさん、アメリカの魔法使い秘匿の法律話すとき不機嫌そうだったんで、なんとなーく?」

 

ニゲルの言葉に特別な何かが隠れている風には聞こえなかった。ただ、純粋にそう思っている風に聞こえた。

それにグリンデルバルドは探りを入れる様に声を掛けた。

 

「そうだね。確かに、あの法律に関しては保守的すぎると思ってはいるけどね。魔法族は強力な力を持った存在だ。もう少し、世界に対して主張してもいいと思うんだけどね。」

「それって魔法族がマグルを支配した方がいいってこと?」

 

グリンデルバルドが幾重に纏わせたベールを、ニゲルはあっさりと取り払った。グリンデルバルドはさすがに湧き起こった動揺を隠しきれなかった。

それに納得したのか、ニゲルはしみじみと頷いた。

 

「うーん、思想としてはぶっ飛び過ぎじゃないか?」

 

なんてことを、平然と言った。

グリンデルバルドは、目の前の存在に目を向けた。まるで、凍り付いた様に体は動かない。

これはなんだ?

グリンデルバルドは必死に、目の前の存在が何なのか考える。

それから、特別な才能など感じなかった。それから、特異な思想など感じなかった。それからは、何も。そうだ、ニゲルはどこにでもいる女だ。

そうであるというのに、何故、それはまるでグリンデルバルドの思想を完璧に理解しているのか。

自分の目の前にある存在が、まるで突然皮を被ったバケモノのように感じた。

グリンデルバルドは湧き起こった感覚を封じる様に、女に問う。

 

「ニゲルも、そう思っているのか?」

「どうしてだい?」

「僕は何も言っていないのにそんなことを言うから。」

 

グリンデルバルドはぐるぐると渦巻く感覚に歯止めをかけようとそう言った。それに、ニゲルは不思議そうな顔でグリンデルバルドを見た。

 

「いや、別にそんなこと思っていないし。君がどう思っていても私にはどうしようもないから何もしようとは思わないんだけど。でも、そうだなあ。私の言ったことが、合っているとしたら。」

 

ゲラート・グリンデルバルド、君は大分ロマンチストのお人好しだと思うけど。

 

返って来たそれはグリンデルバルドの予想よりもだいぶかけ離れたものだった。

 

 

ニゲルは、ダンブルドア家や彼女を知る者からは良き人だと思われているが、彼女自身はそこまで世界というものに期待していない。

マグルとして、そうして魔法族として生きた者としてしみじみと思うのだ。

 

所詮は、魔法族も、マグルも所詮は屑でしかないのだと。

 

集団となれば自分と違うものを疎み、自分よりも際立ったものを妬み、独善を孕み、自分が傷つくことを恐れ見て見ぬふりをする。

ああ、馬鹿らしいほどに、魔法族もマグルも人間でしかないのだと。

 

「例えばだよ、私の、いやまあ、ここは仮にAとする。こいつは良い奴だ。見た目に振り回されず本人の資質を評価し、努力を怠らず、高潔で、そんでもって正しいことを願ってる。でも、このAはなあ、ものすごい独善的な部分があるんだよ。」

 

ニゲルは思わずアルバスのことを口にしようとしたが、ここで未来の初恋相手にネガティブなことを言うのはどうかと思い、慌てて取り繕う。

 

「いや、良い奴だよ。良い奴だけど、自分の価値観で切り捨てることだとか、そういうの選ぶからさあ。それって、切り捨てられる方からすればふざけんなよって話だもの。大いなる善の為、とか言うけどさ。そんなの少数派からすれば知らねえよって話じゃん?優秀で、高潔、善人で、それが誰かを切り捨てることを決める権利じゃないだろ?」

 

もう一人の弟分は思い込んだら一直線な部分がある。というよりも、アルバスに似てアバーフォースも独善的な部分がある。

 

ニゲルもまた、自分をいい人とは思っていない。これから起こる数々の悲劇を一応は止めようとは思っているがそれはあくまで保身のためだ。

長所が在れば短所がある。

 

(・・・・人とは、所詮賢しい獣につけられた名でしかない。)

 

そんなことを言ったのは、いや書いてあったのはなんという本だったか、アニメだったか、ドラマだったか。

ニゲルはそう言った意味で人間というものをその程度だと思っている。けれど、誰かの幸福や優しさを願うのだって人間だ。

失望されるほどでもなければ、希望を託せるほど気高くもない。

 

「だからさ、人に人を支配するだとか導けるだとか、対等になれるだとか夢を見すぎてるだろ。魔法族はマグルに劣るか、いや否だ。私たちも、彼らも所詮は人という枠組みの中で生きる獣だ。」

「・・・・・魔法族がマグルと同等だというのか?」

 

押し殺し切れなかった憎悪といえるものが漏れ出た。それにニゲルは平然とした様子でうーんと顔を傾げた。

そうして、何でもないように空を見上げた。

 

「例えばさ、今の状況は魔法族とマグルじゃあ、魔法族の方が有利ではあるんだ。私たちは、この星に二つの世界があると知っている。どちらの世界でも、生きて行こうと思えば生きていける。」

 

ニゲルは上に向けた視線をグリンデルバルドに向けた。

その眼には、何の色も無い。その瞳には、同意も、肯定も、憐れみも、優しさも、悲しみも、憎しみも、好意もない。ただ、ただ、透き通った透明な瞳だった。

そうして、机をトンと叩いた。

 

「そうだ、私たちは確かに特別だ。マグルには見えぬ、聞こえぬ、感じない世界を深く知ることが叶うものたちだ。私たちは、確かにこの惑星の全てを知ることができる、闇の底、海の揺らぎ、地の果て、空の中。私たちは、この惑星に愛されているだろう。でも、きっと。」

 

私たちは宙の果てを見ることは出来ない。

 

女は、そういってまるで夢を見る幼子のようにもう一度空を見上げ、指を差した。

 

 

グリンデルバルドは、固まってしまった。

彼には、女が何を言っているのか分からなかった。

 

ニゲルは確かに魔法族を肯定していた。けれど、それと同時にマグルというものに憧憬を思っていた。彼女が言っていることが分からなかった。

 

「空の、果て?」

「そうだ。なあ、お前さんこの空の向こう側にどんなところがあるか知っているか?空の上には、宙が一つあるんだ。夜のような、暗闇が延々と続いて、星々が散らばっている。神様はいない、天国はない。世界は、一つの園ではなく、私たちでは行くことのできない場所が続いている。私たちは、その世界で生きていくこと出来ないだろうが。きっと、マグルは違う。彼らは、きっとこの世界を飛び出して、遠い宙の果てに行くだろう。私たちを置いて。」

 

何故だろうか。グリンデルバルドは、その言葉に奇妙な魅力を感じた。

 

 

 

グリンデルバルドは、力なきものを蔑んでいた。

魔法使いとは、無から有を生み出す。それは、まさしく神のような存在ではないか。

だというのに、この星はすでにマグルというただ数が多かっただけの無力で愚かな存在がはびこっている。

どうして、それが赦される?

オブスキュラスというものがある。

魔法族が魔法を振るうことも出来ずに、その果てに溢れた力の末路。

その末に、幾人が死んだのだろうか。そのせいで、幾人が大人になれずに死んだのだろうか。

グリンデルバルドは魔法を振るいながら考える。

どんなものだろうと倒せる力がある。マグルなんてあっさりと殺せる力がある。

ならば、どうして自分たち魔法使いは日陰の中で、隠れ住んでいるのか。

その、消えていった存在たちは死なずに済んだのではないか。

マグルたちを見てみろ。

彼らがこの星で何をしている?

争い、その果てに幾人が死んだ?

 

魔法使いならば、賢しき魔法族であるならばそんなことは起こらないはずだ。

そうして、その頂点に己が立つ。

死を克服し、永遠にその頂点に立つのだ。

 

今まで、魔法族とマグルたちを比べ魔法族が優位であることに反論してきたものたちはいた。けれど、その理由はほとんど曖昧でグリンデルバルドの思考に引っかかるものではない。

けれど、ニゲルの言葉は、今までのどんなものよりも特異で、そうして惹かれた。

 

 

「私たちは確かに特異な力を持つだろう。けれど、所詮は人だな。人でしかない。学校を見ろ、弱者を虐げるもの、己と違うものを蔑むもの。マグルのすることといったい何が違う。マグルの世界を巡った戦いを見ろ。それに触発されるように魔法族まで諍いだ。いったい、彼らと私たちはどこが違う?争い、憎み、すれ違い、誤解し。それでもなお。理想的な世界を願い続けている。」

 

翠の瞳が、グリンデルバルドを見た。

 

「なあ、ゲラート・グリンデルバルド。私は聞きたい。お前は、マグルをどれほど知っている?お前は、どれほどマグルというものが自分たちに劣っていると思う。」

 

グリンデルバルドはそれに一瞬つまった。マグルとは愚かである。魔法も使えぬ、自分たちに劣る存在。

けれど、自分はどれほど、彼らの生き方を知っているだろうか。

考えるグリンデルバルドに対して、ニゲルはそこで一旦言葉を切り、そうして肩を竦めた。

 

「まあ、さっきも私は言ったがお前さんがどうなろうと、何を考えていようとどうしようもない。けどなあ、私は知りたいんだ、グリンデルバルド。マグルは魔法族に劣っているか?」

 

私たちは、魔法使いはこの空の先を思い浮かべることが出来るか?この空の果てに進もうという意思を持つものがいるか?

お前は、宙の果てを行くことができるか?

 

 

それは、確かに特別であった。その言葉、その問いは、グリンデルバルドにとって、一度だって聞いたことも無い、特異な言葉であった。

空の先、宙の果て。

そこに何があるのだろうか。そう考えると、ワクワクしてしまう自分がいた。

 

 

 






グリンデルバルドさんの情報があんまり出ていないのでちょっと曖昧な感じになりました。
ただ、彼自身の映画での誰を守る法だって言葉自体はちゃんと本音でもあったんだと思ってます。
次回はアルバスさんも出ます。


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幸福な不幸

とある方の作品に感化されたものです。
このテーマはずっと書きたかったものなんですが。ざっと書いたものなので薄味かもしれません。

時系列な所はちょっと気にしないでください。衝動のままに書いたので。
アルバスさんはちょっとだけ出ます。だんだん情けなくなっていくような


 

ロンドンの冬は寒い。いや、寒いという言葉では足りないだろう。

雪のちらつく冬のロンドンは極寒という言葉がよく似合う。

そんな冬は誰だって家の中で、暖炉を前に暖かな紅茶を啜るものだ。

もちろん、それは普通の人の話で。

そんな温度の恩恵にあずかれないものは少なからず存在した。

 

ノクターン横丁の入り口、そこにはまるで痩せた猫のようにぼろぼろの男が蹲っていた。

男といっても、未だ少年の域を出来っていない。

そのやせ細った男には雪が積もり、それにがたがたと震えていた。

それもまた魔法族の端くれ、小さいとはいえ確かに魔法の恩恵を得た男の外套は確かにそれを温めていた。

けれど、そんなもの焼け石に水で、男の命は風前の灯といえた。

 

(・・・・寒い。)

 

考えられることなどその程度だ。少しでも寒さをしのぐために出来るだけ体をちぢこませはしてもそれだけで耐えられることなどたかが知れている。

男はぼんやりとした頭で自分がどうしてこんなことになっているのか漠然と考える。

父や母のこと、思い浮かぶのなんてそれぐらいだ。

碌な友人もいなかった。

 

不幸な人生だった、惨めな人生だった、下らない人生だった。

 

だというのに、やってくるらしい最期はなんだかひどく優しい。そう思って、男は諦めのために最期を受け入れる様に瞳を閉じた。

その時、まるで夏の昼に響く獣の鳴き声のような騒々しい声がした。

 

「おいおい、死んでるのか?」

 

自分に話しかけてきているらしいそれに、少しだけ目を開けた。視界の中に、どこか心配そうな顔をした、翠の瞳を持った人がいた。

その眼は、不思議なことに、汚らしい浮浪者に向ける目にしてはあんまりにも透明な目をしていた。

 

 

 

温かくて、フカフカとしたものに包まれている。腹の部分にはずっしりとしているが、心地のいい重みが乗っかっている。

かすかに、耳がコトコトと何かが微かに揺れる様な音を拾う。くんと、香ったそれは温かくて優しい匂いがした。

ゆっくりと、夢心地で目を開けると、男は己の腹の上に乗っかったニーズルと対面した。

ニーズルは、金の瞳でじっと男を見つめていた。

 

「なんだ、美人さんだな。」

 

寝ぼけた頭の中、男はゆったりと微笑んだ。柔らかな布団から手を取り出し、その頭を撫でた。フカフカとした毛並みは、そのニーズルが丁寧に飼育されていることが察せられた。

ニーズルは男の言葉に、一言鳴くと腹の上から地面に降りた。そうして、部屋の唯一の出入り口であるらしい扉に向かった。そうして、そこに取り付けられた専用の小さな扉を潜って部屋を出ていく。

そこでようやく男は、自分が何処にいるのかを理解した。

びくりと、男は慌ててベッドから這い出す。

男がいた部屋は、ベッドと簡単な机、そうしてタンスがある程度の簡素なものだ。けれど、手入れはしっかりとされており埃は見受けられない。古びてはいるものの、居心地のいい部屋だ。

 

(・・・・ここはどこだ!?)

 

男が覚えている限り、最後の記憶は自分を見つけた、おそらく女が自分を覗き込む瞬間だ。

攫われたのかと一瞬考えるが、それにしては待遇がよく、何よりも自分に攫う様な価値がないことを思い出し、男は自嘲する様に笑った。

きい、と扉が開く。

男は警戒するように視線を向けた。

 

「よし、起きたな。」

 

そこに立っていたのは、一人の女だった。

腰まで伸びた真っ黒な髪を三つ編みにし一つにまとめている。人種特有の白い肌をしていた。女はすたすたと男に近づいてくる。

女にしては珍しいことに白いシャツに黒いズボンというシンプルな格好をしており、その仕草はどこかさっそうとしていた。

その顔立ちは女性的というには鋭く、男にしては優しい。

色味の少ない見目において、唯一、その緑の瞳が色彩を放っていた。

 

「ラピス、ご苦労さん。」

 

女は労わる様にそう言って、足元に侍ったニーズルを撫でた。それにラピスと呼ばれたニーズルは応える様に一声鳴いてさっさと部屋を出ていく。

状況はわからない男に、女はくいっと親指で扉の外を示した。

 

「飯が出来てる。温かいうちに食べるぞ。」

 

そう言い放つと、女はさっさと部屋を出ていく。まるで嵐のように過ぎ去った女を男は茫然と見送った。

 

 

逃げるわけにもいかず、ともかく自分の状況というものを知りたくて男は女の後を追う。部屋を出ると短い廊下があり、幾つかのドアがあった。一番奥の扉が開いており、中から灯りが漏れていた。

その部屋に入ると、鼻を柔らかで暖かな匂いが刺激した。

部屋はどうもリビングの様で赤々と燃える暖炉に、古びているが手入れをされているらしい大きなテーブルが目を引いた。

女は、部屋の隅にあったキッチンからお盆を持ってテーブルに歩み寄った。お盆の上には湯気を立てたスープとパンが乗っている。

女はそれをおもむろにテーブルに置いた。そうして、椅子の一つを指さした。

 

「座れ。」

 

従う義理も無い。何よりも、目の前の存在が安全かどうかも分からない。逃げた方がいいかもしれない。

そんな思考が頭を襲う。

けれど、男はまるで誘われるようにその椅子に座った。

女はそれに穏やかに微笑んだ。

 

「まあ、話をする前にまずは腹ごしらえだな。」

 

その眼には、男が、アーガス・フィルチが当たり前のように向けられ続けた憐れみも、同情も、一欠片だって存在しなかったから。

 

 

アーガス・フィルチの人生において、彼が己の人生は不幸なものであると知ったのは十を過ぎたころのことだった。

彼はマグル出身の父親と魔法族出身の母親の間に生まれた混血であった。

どこの家庭にも例に漏れず、彼ら二人は生まれて来た息子を一心に愛した。きっと、この子も素敵な魔法使いになるであろうと。

少年はその柔らかな愛を受け、すくすくと成長した。両親はそれを温かく見守った。

少年に魔法使いとして、魔力が備わっているという兆候は表れなかったが彼らは気にしなかった。きっと、いつかは現れるだろうと。

けれど、少年が十を過ぎても魔力のある兆候というものは現れなかった。両親は、それに病気を疑い、聖マンゴ病院に相談した。

結果として、少年は病気ではなかった。彼は単純に魔力がなかった。

 

「お子さんは、スクイブになります。」

 

癒者から言われたその発言に、両親の目が絶望に染まる。けれど、幼い少年にはその言葉の意味なんて分かるはずもなかつた。

 

 

それを何よりも嘆いたのは、母親だった。

魔法というものが生まれたころより世界の中心であり、それと友のように親しんだ彼女からすればそれを持たぬ己が子はどれほど哀れであっただろう。

この子は、永遠の友となる杖を持てぬのだ、あの美しい力を使うことはないのだ。

ああ、この子は、あの偉大なる学校に通うことはないのだ。

女は、そう言っては息子を抱いて、その顔を撫でて涙をこぼした。

少年は、アーガスは自分がひどく悪い子なのだと思った。自分を愛してくれる母をこれだけ嘆かせる自分は、それほどまでに悪い子なのだと。

それとは変わって、父親は違った。元より彼はマグル生まれであり、魔法がないことは当たり前のことであったのだ。ならば、いったい何に絶望することがある。

父は息子が魔法を使わずとも生きていける術を見つけようとした。

が、母親はそれを赦さなかった。

魔法族として生まれたこの子がどうしてマグルのように生きて行かねばならないのだと。

それは、マグルであった父親にとって侮辱に等しかったのかもしれない。

少なくとも、幼いアーガスにとって両親の諍いの理由が自分であること。それだけを理解した。

 

それから、転がり落ちる様に少年の家庭は崩れていった。

二人はアーガスには優しかったが彼の見えるところで諍いを起こしていることに変わりはなかった。

母親はいつだってアーガスがいつか魔力を発現しないかと見ていたし、父親はアーガスにマグルの学校に編成するようにと進めた。

二人は互いの行動を見つけるたびに怒り狂った。

アーガスは自分がほとほと不幸の原因であるようにしか思えなかった。

 

そうして、両親はとうとう離婚した。

アーガスは最後まで父親に一緒にマグルの世界で暮らす様にといわれていたが、一人残される弱々しい母親を放っておけるはずもなかった。

そうやって共に過ごした母親もまた、アーガスが成人してまもなく病で亡くなった。

彼女の最期の言葉は、ごめんねというアーガスという存在への謝罪であった。

 

可愛そうなアーガス。優しいアーガス。ごめんね、ちゃんと産んであげられなくて。

 

その時、アーガスは思ったのだ。自分は、不幸で、可哀そうで、哀れでしかないのだと。

 

庇護者を失った彼は働きにでるという選択肢しかなかった。けれど、読み書きは出来ても魔力を持たない青年を雇ってくれる存在もいない。

彼が最終的に行きついたのは夜の闇横丁であった。そこは、闇の魔法使いから人外までありとあらゆる脛に傷のある存在が寄せ集まる場所だ。

スクイブの青年が一人紛れ込んだ程度ならば誰とて気にはしなかった。

彼は幸いなことに仕事にありつくことが出来た。雑用のようなものではあったが、魔力に触れれば作動する道具もあったためその管理の上で重宝されていた。

彼は食うに困ることのない生活を送っていた。

夜の闇横丁はよくも悪くも無力な青年に無関心であり、そうして冷たかった。

無力な彼を魔法使いたちは食い物にした。

給金を奪われることもしょっちゅうで、魔法で痛めつけられる日もあった。

そんなものだった。

彼がスクイブであると知れると、魔法使いたちは二通りの行動をした。

蔑みか、そうして憐れみ。

アーガスは、憐れみがことさらに嫌いだった。

その、アーガスという存在を否定する、憐憫よ!

見るな、みないでくれ。

そんな眼で、そんな、色を持って。

魔力を持たぬ自分を見ないでくれ。

 

蔑まれる方がずっとよかった。暴力を振るわれる方がまだよかった。

憐れみの中にある、湿った、仄かな優越感と否定が苦手であった。

 

(どうしてだ。)

 

どうして、どうして。

自分は魔法が使えないんだ。母は使えた、父は使えた。

周りの人間を見ろ。

当たり前のように、魔法が使える。自分と、彼らのいったい何が違うんだろうか。

悲しんだ母のことを思いだす。背を向けて去った父を思い出す。

孤独な己を想う。

父の使った、母の使った、美しい力を思い出す。

どうして、それは自分の手には入らなかったのだろうか。

 

アーガス・フィルチは不幸(スクイブ)である。それは、ずっと、永遠に変わらない事実だった。

 

 

 

その冬は不幸なことに一つの仕事も得ることが出来なかった。魔法を持たぬ青年には生きていく術などなく、真冬の中、その寒さに耐えることしか出来なかった。

死ぬことに対して、大した感慨は持てなかった。感慨を持てるほどの人生を持たなかったから。

 

 

 

「よしよし、よく食べたなあ。いやあ、助かった。今日は家の奴が帰ってこないのを忘れて作りすぎてしまってなあ。」

 

スープとパンをたらふく食べ、アーガスは暖炉で温められた部屋の中でニーズルを膝に置きぼんやりと片づけをする女を眺めていた。

女は空になった器を見てゆるゆると笑っていた。

それを見ていたアーガスは、ずっと考えていた疑問を口にする。

 

「どうして、俺に飯まで食わせてくれたんだ?」

 

その言葉に女はふむと頷き、食器を片付けながら答えた。

 

「腹減っていたんじゃないのか?」

「減ってはいたが。理由がないだろう。」

 

アーガスはそう言って、ニーズルの頭を撫でた。アーガスはこれでも悪意には敏感だ。けれど、女からはやっぱりその気配は欠片だってなかった。

アーガスは、女のことを処理しきれていなかった。

女にはアーガスのことを助ける理由なんてない。けれど、女はアーガスを助けた。汚い、ぼろぼろの存在をいったいどうして助けたのだろうか。

だからといって、ここを出てどこに行けるというのか。

もう少し前ならばさっさと出ていっただろうが、寒さで疲れ切ったアーガスにはその温かさは惜しかった。

 

「お前さん、スクイブだろう。」

 

それに動揺を隠しきれずアーガスは机を揺らした。

女はその音に振りかえる。視線の先にいたどうしてという顔をした青年に苦笑する。

 

「簡単な推理だ。夜の闇横丁にいる時点で君はマグルではない。けれど、魔法使いであるならば例え金がなくても留守のマグルの家に忍び込んで過ごすことも出来た。けれど、それをしていない君は魔法族でも魔法を使えない、スクイブである。」

 

アーガスは思わずそれに立ち上がる。それに伴ってニーズルが地面に飛び降りた。警戒する様に固まった青年に、女はやっぱり苦笑する。

 

「そんな顔をするな、とは言えないか。今んとこ、めちゃくちゃ怪しいもんな。」

「・・・・どうして、俺を助けた。」

 

重ねられた言葉に女はのんびりと言い切った。

 

「いやあ、あそこで見捨ててたら後で罪悪感に襲われるしなあ。」

 

それは、アーガスの考えたどれでもなく、ただ苦笑交じりの穏やかさがあるだけだった。

女はそう言うと、出入り口を指さした。

 

「さて、もう夜も遅いから寝なさい。さっきの部屋をもう一度使っていいから。」

 

くるりと自分に背を向けたそれにアーガスは理解の追いつかない頭で再度問いかけた。

 

「どうしてだ?」

 

その言葉に女は聞かん坊の子どもを宥める様な仕草でやっぱり苦笑して。そうして首を傾げた。

 

「そりゃあ、お前さんにだって分からないことはあるだろう。私にだって分からないことがある様に。」

 

この世界には吐き捨てたくなるような気まぐれもあれば、泣きたくなるほど優しい気まぐれだってあるだろう。

 

そう言って微笑んだ、その瞳はやっぱり何にも浮かんでいない、どこまでも透き通った目をしていた。

そこには、自分の知る憐れみも蔑みだってなければ、女の言う優しさも無かった。

 

そう言えば、名乗っていなかったね。私の名はニゲルだ。行くところがないなら、しばらくここにいるといい。

 

それを促す様にニーズルが鳴いた。

 

 

 

アーガス・フィルチは結局のところ、ニゲルの元に留まった。

それは、行ける場所などなかったということもあった。

けれど、それと同時にその女の浮かべる透明な目に安堵していたから。

何よりも、ニゲルの家はなんだかひどく不思議な家だったということもある。

アーガスはニゲルの家にて、彼女の仕事としている薬草の育成を手伝うことになった。仕事自体は水をやるだとか特定の薬とやるだとか、間引きをするだとか。そんなことだ。幸いなことに、それらの作業には魔力は必要なかった。

彼女はよくよくアーガスに仕事を教えてくれた。物覚えが悪いわけではない彼はすぐに仕事に馴染んだ。

その時間は、ひどく穏やかで、静かだった。

接する人間はニゲルぐらいで、近所の人間は彼女が対応するため気楽なものだった。

そこでは、アーガスは本当にただの、どこにでもいる存在の様であった。

ニゲルが元々あまり魔法を使う人ではなかったというのもある。

彼女の心象として、杖を態々振るよりも自分の手でした方が早いこともあるらしい。だからこそ、だろうか。

ニゲルと生活していると、時折魔法という存在を忘れそうになる。

それは、言いようのない、穏やかな生活であった。

 

 

 

そうして、何よりも不思議な心地になったのは家に住んでいるわけではないが、通う三弟妹(きょうだい)のことだった。

 

 

「君がアーガス君かな?」

 

アーガスが一夜を明かした後、リビングに出た彼を出迎えたのは滅多に見ないような麗しい男だった。

鳶色の髪に、キラキラとした青い瞳の男。

男は、どんな人間でも魅了されてしまいそうな柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「やあ、おはよう。」

 

滅多にないような爽やかな挨拶に、アーガスは同じようにかすれた声でおはようと返した。

 

「君がアーガス君だね?」

「は、はい。」

「私の名はアルバス・ダンブルドアというんだが。君をここに招き入れたニゲルのいとこなんだがね。」

 

アルバスと名乗った青年は妙に威圧感のある笑みを浮かべてアーガスに微笑んだ。アーガスはそれに怯えつつ、ぎくしゃくと頷いた。

 

「そうか。まあ、君の事情としては色々と大変なこともあるだろうが。ここにしばらくいるといい。」

「は、はい。」

 

にこやかに微笑んでいるというのに、なんだろうかその威圧感といえるのは。

今まで受けた、悪意ではないのだが。

 

「・・・・ところでなんだが。」

「は、はい?」

「ニゲルは優しい。人がいいというのはあるんだがね。」

「はい?」

「ある程度のことは強要してしまうわけで。見ず知らずの人間にもそれを強要されてしまうんだ。まあ、昔から、それこそ子どものころからそうなんだが。だから君に優しいのもひどく自然のことで。」

「はあ。」

「まあ、私はニゲルと長い付き合いでそこらへんは分かっている・・・」

 

どす、という音がした後にアルバスの体がゆっくりと沈んだ。いきなり床に蹲った男にアーガスが目を瞬かせると丁度男の後ろにニゲルが立っていた。彼女からは良い匂いがしていた。どうやら朝食の準備をしていたのだろう。

拳を握っているところからしてどうみてもアルバスの背を殴ったように見えた。

 

「ガキ虐めてんじゃねよ。」

 

プルプル震えるアルバスにニゲルが吐き捨てる様に言い捨てた。アーガスがその光景に固まっている中、ニゲルはその蔑みに満ちた目を柔らかく細めた。

 

「ああ、アーガス。おはようさん。」

「は、はい。おはようございます。」

「はははは、敬語なんて使わなくていいぞ。それよりも、朝飯だ。まだ若いんだからたくさん食うだろ?たんと食えよ。」

「ええっと。」

 

この目の前で蹲る存在にどう扱えばいいのか分からない。無視してもいいのだろうか。

ニゲルは平然と去っていく。アーガスはおろおろと辺りを伺う。

そこでアルバスがよろよろと立ち上がりニゲルに追いすがる。

 

「・・・・ニゲル、殴らなくともいいだろう?」

「・・・・夕食のリクエストしときながら仕事で帰ってこずに連絡も寄越さずに。おまけに自分よりも年下に威圧感振り撒いてる奴に慈悲はない。」

 

それにアルバスは一気にしょげた様子で顔を下に向けた。

 

「それについては悪かったと思っている。連絡しなかったのも、その、すまないと。」

「お前さんがいなくて作りすぎたスープの処理を手伝ってくれたのはそいつだし。連絡とれねえからわざわざ魔法省に行って?その後にお前さんが案件の処理に忙殺されたことに安心して。その帰りに拾ったんだ。お前さんに何か言われる筋合いはないぞ。何よりも、ラピスだって懐いてる。悪意はないだろ。」

「その、連絡取れなかったことに関しては、本当にすまないと。時間がなくてね。」

「一言伝言頼んで梟飛ばすぐらいはできただろ。」

「・・・・その。」

 

すたすたと先に行くニゲルを慌ててアルバスが追っていく。そうして、ふと気づいた様にニゲルはアーガスに振り向いた。

 

「ほら、食事だ。お前さんも、席につけ。」

 

 

 

アーガスは、本当に不思議な事だと思った。

何故なら、ダンブルドア家の人間というのは、アーガスに対して憐れみでも侮蔑でもなく、不思議なことに嫉妬を向けて来るからだ。

 

長男であるらしいアルバスは、それが顕著であった。

アーガスはそれを不思議な気持ちで眺める。

はっきりいってアーガスにはアルバスという男が嫉妬する要素など一欠片だってない。

アルバスのように、見目が麗しいわけでも、優秀なわけでもない。闇祓いである、魔法使いとして優秀な彼にいったいどうしてそんな目を向けられるのか。

いや、分かるのだ。

分かってしまうのだ。

 

アーガスが、彼女に贔屓されているからだ。

 

仕事を教えるために近しい位置にいるのは仕方がないのだが、それでも彼らは執拗にアーガスのことを羨ましいという目で見る。

正直な話、ニゲルという存在にそこまでの価値があるようには思えなかった。

 

確かにアーガスにとっては滅多に会えない貴重な、彼をひどく透明な澄んだ目は珍しくはあっても、魔法使いとしてエリートといえるアルバスがそこまで執着する理由が見えなかった。

 

見目が麗しいわけでも、賢しいわけでも。

魔法使いとして優れているわけでもない。探そうと思えば幾らでも探せるような人であった。

ただ、彼女は優しい人なのだとは思う。

 

彼女はアーガスという存在の不出来さを気にしなかった。出来ないことを、出来ることを選別し、彼を下に見るのではなくやれることを渡して対等としてくれた。

人と付き合うことのなかった彼でも、憐れみと蔑みだけを背負い続けた彼には、それがどれほど優しいことなのか理解できた。

 

 

「・・・・あの。」

「うん、どうした?サンドイッチまずいか?」

「いや!これはものすごくおいしいです!でも、その、聞きたいことがあって。」

「うーん、仕事のことか?」

 

昼下がりの畑で、彼らは昼食にと持って来たサンドイッチを食べていた。

簡易に作ったベンチに腰掛け、汗を拭いながらアーガスは口を開いた。

 

「・・・・どうして、俺の事助けてくれたんですか?」

 

それは、ずっと、ずっと、そんな穏やかな生活の中で抱えていた青年の疑問であった。

それに、ニゲルはうーんと悩むように首を傾げた。

 

「そりゃあ、そうしたかったから。じゃあ、納得できないか?」

「・・・・はい。」

「そうだな。あのな、私がそうしたいと思ったのは、ただそれだけのことだったんだがなあ。」

「でも、それだけで終わるほど簡単な事じゃなかったと思います。」

 

少なくとも、女が一人の家に男を一人同居させ、生活の面倒を見るというのは簡単なことはないはずだ。

そこでニゲルは考えた末に、指を一本を立てた。

 

「例えばの話なんだがな。お前さん、砂漠って知ってるか?」

「あの、一面砂だらけだっていう?」

「そうそう、私たちは水一杯にそこまでの価値は付けないだろう?けれど、例えば砂漠ではそのたった一杯の水でさえ、同じ重さの金と同等の価値を持つ。人にとって、何を価値として何を優先するのか。私にとって、お前さんがあったかい場所で、腹いっぱいになってゆっくり眠らせてやりたいっていうのは私にとってあの時何よりも優先したかったことだったんだ。」

 

苦笑交じりにそう言った女の顔は、やっぱり蔑みだって同情だってない。ただ、柔らかな優しさが少しだけ加わった目をしていた。

 

「自分にとって・・・・」

「そうだ。誰にだって自分だけの価値観がある。そうしたいと思えること、そうありたいと思えること。難しいことだよ。自分にとっての価値あること、他人にとっての価値あることが違うっていうのは。誰にだって、己の幸福がある。それを理解するのも、理解されるのも。」

 

幸福、という言葉にアーガスは反応した。

その耳について離れない言葉に、思わず口を開いた。

 

「自分にとっての幸福?」

「ああ、そうだ。自分にとっての当たり前が他人にとってはたまらなく羨ましいことだったり。他人にとって幸福なことが自分にとって憐れむべきことだったり。誰にだって己だけの幸福がある。」

 

それにアーガスは彼にとって一番にずっと、ずっと、誰かに対して問いたいことがあった。

アーガスは、それを誰かに問う気はなかった。

問うたとして、無駄でしかなくて。それに思いをはせること自体が虚しくて。

だから、ずっとアーガスはそれを考えようとは思っていなかった。

けれど、けれど、けれど。

その女にだけは、その、下らない問いをしてみたかった。

その女にだけは、その問いへの答えを求めたかった。

その、何にも染まっていない透明な瞳に。

 

 

「あの。」

「うん?」

 

アーガスはおどおどとしながら、そうして恐る恐るニゲルに問いかけた。

 

 

魔法使い(当たり前)でないことは不幸ですか?」

 

 

その言葉にニゲルは目をこぼれんばかりに見開き、そうして困り果てたように額を掻いた。うーんと、唸った後に空を見上げた。

アーガスは伏し目がちにニゲルを見た。

 

「そりゃあなあ。お前さん、お前にとってそれは不幸なのか?」

 

問い返されたそれに、アーガスは困ったような顔をする。分からないからこそ聞いたのだから。けれど、何故だろうか。ひどく、ひどく、気楽であった。何故、だろうか。

今までずっと、聞けなかったこと、聞きたくなかったこと。

きっと、それを聞けば、それを問えば、きっと人はアーガス・フィルチを憐れむだろう。

けれど、その女にはそんな色はない。そこにあるのは、微かな戸惑いだけで。

その透明な目は濁ることなく、澄んだままだ。

それは、確かな安堵であった。自分と彼女は、確かに同じ場所にいるのだと。

ニゲルはそれを察して肩を竦めた。

 

「私は、お前の納得のいく答えを出せないかもしれないぞ?」

 

それでもいいのかと言外に問われたが、アーガスはそれでも頷いた。

 

「・・・・・そうだな。私の答えは簡単で。魔法が使えないっていうのは不運であって不幸ではないな。」

「どうして、ですか?」

「当たり前を持たないことで不幸であるかが決まるというのは、少し残酷が過ぎると思うから。」

 

ニゲルはそう言うと、立ち上がりぐっと背伸びをした。ニゲルの前には、清々しい青空が広がっている。ずっと見つめていればそれこそ吸い込まれるような色だ。

 

「当たり前って複雑でな。例えばな、私はあんまり友達ってものがいないんだ。」

 

唐突な言葉にアーガスは、はあと気のない返事を返した。それにニゲルはふふふと笑う。

 

「まあ、学校でそういうのがいなかったわけじゃないんだが。ただ、大人になって疎遠になった。私も連絡する気はない。でも、平気で、私は友人というものにあまり関心がない。だってなあ、私には家族がいるから。私にとって彼らは世界の中心で。愛おしい全てでなあ。だから、私は幸福だ。だが、人によってはその在り方を不幸というものもいるかもしれない。」

 

私には、世界の言う、いることが幸福である友人がいなくても平気だ。それは、私の幸福には必要がないから。

 

ニゲルはそう言い放つと、アーガスを柔らかい微笑みを湛えたまま見下ろした。

 

「まあ、昔は私も真実の愛なんてものが必要だとは思っていたけど。でも、そうではないんだろうな。そんなものがなくたって。人は幸福になれる。幸せだと、笑い合える。勇気がなくても、知恵がなくても、誠実さがなくても、狡猾でなくても。欠けていたって、それでいいんだろうなあ。いいんだ、特別が無くたって。きっと。」

 

朗らかな、春風のような声だった。

 

「アーガス。なあ、お前さんはマグル全員が不幸だと思うか?」

「え、いや、そんなことはないと思います。」

「お前と同じように魔法使いではないのに?」

 

それにどきりと、何かをするりと剥がされたかのような心地だった。それは、それは、何となく分かるのだ。

アーガスの疑問の何かを抉る様な気がした。

言葉を失ったアーガスに、ニゲルはやっぱり苦笑する。そうして、彼女は彼と目線を合わせる様に屈みこんだ。

 

「あのな、アーガス。幸福であることが何なのか。それは自分で決めていいんだよ。」

「自分で?」

 

それは、ひどく、ひどく、意味の分からない異国の言葉のように聞こえた。

 

「ああ、そうだ。」

 

ニゲルはまるで教えを説く聖者のごとく緩やかな言葉であった。

 

人はなあ、寂しいから誰かに肯定してほしいんだ。誰もが認めることを幸運として、誰かの思いを肯定したり、否定したりしてしまう。

でもな、誰もが憐れんでも、誰もが否定しても、誰もが悲しんだとしても。

それでもな、自分が幸福なのだと笑ってもいいんだよ。

例え、泥にまみれた人生だとしても、例え、暗闇に包まれた人生だとしても、例え、誰にも知られぬ無為なる人生だとしても。

それでも、その生を君だけが祝福できるのだから。

 

ニゲルはそっと、その痩せた青年の頭を撫でた。まるで、祝福を謳う使いのように、祈る様な手つきだった。

 

「なあ、アーガス。たった一つだけ、忘れないで。」

 

逃げたいのなら逃げていいんだよ。

 

それにアーガスは、涙でゆらゆらと揺れる水面のような瞳をニゲルに向けた。

ニゲルはその目をじっと見て、流れる様に言い放った。

 

「アーガス・フィルチ。君を幸福だと、不幸であるのだと見せつけ続ける世界なら、背を向けて君が幸福になれる世界にお逃げ。君にはそれが赦される。君には、自分を幸せにする権利がある。」

 

それに、アーガスは、ぼたりと零れた涙をそのままに、掠れた声で呟いた。

 

「・・・・かあさんととうさんと、ふこうにしたおれでも、ですか?」

「いいんだよ。」

 

断言するような声だった。

 

「・・・・私は、運命だと、そういう生まれて来た意味を信じない。でも、人は幸せになるために生きるのだと信じている。誰かの不幸の上にいたとして、それでもいったいお前さんの何が悪いってんだ?そこに、お前の悪意があるか?」

 

アーガス・フィルチ。お前がこの言葉で救われるかは分からない。でも、私はこう思うから、言葉を綴る。

幸福の前にある当たり前でないことが不幸に続くわけじゃない。お前の人生はお前だけのものだ。自分を救うために生きなさい。お前を否定する全てから背を向けて、お前はお前の幸福を定義しろ。

魔法使いでないことは、不運であった。それは、例えば、四肢が欠けたマグルのように、それは、貧しい場所に生まれた者のように、不運である。だが、不幸でしかないわけじゃない。

お前は、ちゃんと幸福になれる。

お前は、スクイブだ。でもな、お前が己を幸福だというのなら、それでいいんだ。

 

アーガス・フィルチはぼたぼたと流れる涙をそのままに、鼻水を啜ってとうとう泣きじゃくった。

 

 

ずっと、ずっと、アーガス・フィルチは幸福であった。

自分を愛してくれる父と母がいた。愛されていた、優しくされていた。

あの、小さな家で暖炉の前で母が読んでくれた絵本を思い出す。

あの、小さな家で父が自分に子どもの頃の話をしてくれたことを思い出す。

どうしてだろうか、それだけで、それだけを抱えて生きていくことを幸福といってはいけないのだろうか。

誰もが、アーガス・フィルチを可哀想という。哀れだという。

違うのだと、そう言いたかった。けれど、両親が、アーガスの幸福の象徴は、彼の人生を誰よりも真っ先に否定した。

彼が幸せだと笑う姿に首を振って、無理をしていると首を振る。

違う、違う、違うのだ。

アーガス・フィルチは確かに、ちゃんと、幸福であったから。

その頭を撫でる温かさに、アーガス・フィルチはようやく己を赦せたのだ。

 

アーガス・フィルチは、スクイブ(不幸)である。幸福な、スクイブである。

 




スクイブは不幸であるかという話は、ハリポタでは一回は書いてみたかったんです。
当たり前でないことは罪であるのか、不幸であるのか。でも、叶うなら、そこから逃げ出して、自分だけの幸福を抱えて生きていくことも赦されていいのかと。


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止まり木の人

別段、生まれた場所にこだわる必要もないような。いきたい場所があるならそこにいけばいいのでは。
魔法使いも、マグルも。

外に出ていったスクイブと、未だ卵から生まれ出ていないかもしれない魔法使い。

作中に出て来る小説の一節は、これだけ印象に残っております。



 

「・・・・あのスクイブ、出て行ったんだね。」

「ん?ああ、そうだね。」

 

満天の星空の下、辺りには灯りなどない真っ暗闇の中。

未だ、大人であるか少々悩んでしまうほどに年若い男女が身を寄せ合っていた。

一人は、それはそれは見目麗しい青年だ。

淡い金の髪は微かなカンテラの光にキラキラと輝いている。そうして、知性を帯びた青い瞳はまるで凪いだ海のように静まり返っている。

まるで俳優のような端正な顔は、どこか不機嫌そうな表情が浮かんでいた。

その隣に座る女は、正直な話をすればその青年の隣に座っていることに疑問を持ってしまう程度の容姿であった。

といっても、別段醜いというわけではない。

真っ黒な夜のような髪は艶があり、さらさらと風に靡いていた。そうして、切れ長の瞳は澄んだ緑。

その顔立ちは、男らしいというには優しすぎたし、女らしいというには鋭すぎた。

どこか中性的な顔立ちは別段悪いわけではないのだが。隣に並んだ美麗な男のおかげでその感覚はだいぶ薄れてしまうのだ。

 

「ニゲル、あまり見ず知らずの人間を、しかもスクイブなんて家に上げるのはさすがにどうかと思うんだが。」

 

ニゲルが家から持って来た温かなココアを受け取りながらグリンデルバルドはそう吐き捨てた。

そんなことを言われたニゲルは、同じように魔法のかかった瓶から平然と温かなココアを注いだ。

 

「だから、アルバスの奴も許可出したんだからいいだろ。というか、あいつのことをそんな風に言われる筋合いはない。」

「僕は友人として忠告をしているんだよ?」

「学校で乱闘騒ぎを起こした短慮さでそんなこと言えるのか?」

 

ぴしゃりとそう言われれば、グリンデルバルドはひどく不満げであっても黙り込んだ。自分自身、軽率な行動であったという自覚はあった。

ニゲルはそんなグリンデルバルドの様子を呆れた風に見つめ、そうして温かなココアを啜った。

丁度、夏の終わりかけたゴドリック谷の夜は日本人としての記憶があるニゲルからすれば寒いとさえ言える。そうして、彼らが天体観測のために星空を見上げる今日は特に冷え込んだ。それを予期して持って来たココアは確かに丁度いい。

 

「だいたい、私は前に問いかけたはずだ。魔法族でないことが、魔法を使えないからこそ見えるものも、得るものもある。彼と君は違うだけでけして優劣があるわけじゃないと思うがな。」

「僕がスクイブに劣っているとでもいうのか?」

 

明らかに棘のある声に、ニゲルはぼんやりと宙を見上げたまま口を開いた。

 

「少なくとも、あの子は私や君よりもずっと勇敢だよ。」

「へえ、それは是非とも教えてほしいね。」

 

グリンデルバルドはまるで高慢な猫の様につんとそっぽを向く。それにニゲルは苦笑する。悪い奴ではないのだが、少々高慢な所が多々、鼻につく。

 

「あの子は、同じようなスクイブの伝手を頼ってマグルの学校に通っているよ。」

「マグルの?」

「ああ、魔法界のことが嫌いじゃない。けれど、少し息苦しいからと言ってな。」

 

晴れやかな笑顔で旅立っていたよ。

 

ニゲルはそう言って心の底から嬉しそうに微笑み、そうしてグリンデルバルドに視線を向けた。

 

「君には出来るかい?」

「何がだい?」

「魔法という私たちにとって唯一の無二の力を持たず、まったく違う価値観、文化の世界に君は飛び込むことが出来るかい?」

 

その問いかけに、答えを窮してしまったのは。

それは、唐突であったからだろうか。それとも、出来るとは言えなかったせいだろうか。

いや、それ以前に、魔法のない世界で生きる自分というものを想像できなかったせいだろうか。

黙り込んだグリンデルバルドに、ニゲルは苦笑する。

 

「意地の悪い質問だよな。誰だって、未知なる世界に歩み出すことを悩みもせずにやることはできないだろうしなあ。」

「・・・それでも、彼はその一歩を踏み出したんだろう?」

「ああ、だからこそあの子は私たちよりもずっと勇敢だ。」

 

そう言った後に、ニゲルはココアを一口すすった。それに倣って、グリンデルバルドもココアを啜った。

甘いそれは、どこかほっとする味がする。

 

グリンデルバルドは、ニゲルの問いかけについて考える。

魔法とは、彼にとっては絶対的な力だ。けれど、それが使えずに。己は、そんな未知の世界にいけるだろうか。

グリンデルバルドは、空の先、宙の彼方を想う。

もしも、自分は、その先に行ける手段があるとして。その一歩を歩みだせるだろうか。

もちろん、グリンデルバルドの思う世界と、あのスクイブの歩み出した世界は全く違う。けれど、道に歩みを向ける意味ではきっと同じだ。

考え込むグリンデルバルドを見て、ニゲルは苦笑する。

そうして、まるで歌うように言葉を紡いだ。

 

「・・・・私たちは、少年という名の鳥の雛なのだ。卵は世界であり、私たちは生まれようとするその瞬間、一つの世界を壊さなくてはいけない。」

 

まるで、詩のような言葉だった。

 

「なんて、言葉があったなあ。」

 

ニゲルはくすくすと笑って、思い出す様に頷いた。そうして、自分を不思議そうに見るグリンデルバルドに気づいたのか、照れたように肩を竦めた。

 

「ああ、すまん。何かの、確か小説の言葉だったんだが。唐突に思い出したんだ。」

「いや、いいんだけれど。それは、どんな意味なんだ?」

 

ひどく、グリンデルバルドは、その言葉が美しいように思えた。

ニゲルは、ふむと考え込むように顎に手を当てた。

 

「あー。そうだな、すまん。私も、この文章しか知らなくて。ただなあ。」

 

未知へ歩みだすとき、私たちは確かに世界を壊さなくちゃいけないんだろうと思うよ。

 

グリンデルバルドはそれを不思議に思って、どういう意味かと聞いた。ニゲルはやはり苦笑する。

 

「未知に飛び込むってことは、それまで培った常識ってものが通じなくなることだってあるだろう?魔法がマグルの世界では知られない様に、マグルの在り方もまた魔法界には合わない。常識、当たり前の理っていうのはある意味では世界と同等だろう。」

 

人は、いつか大人になる。家庭という世界を飛び出すその瞬間、私たちは多くの誰かの世界が重なり合っていることを知るだろう。そうして、全く違う誰かの当たり前と帳尻を合わせて生きていく。

 

「アーガスもまた、魔法使いでなければいけないという世界を殻を壊して、己が幸福になれるかもしれない世界に生まれ落ち、そうして飛んだというならば。それは、きっと祝福に満ちていると思うんだ。」

 

あれは、確かに魔法使いではない。けれど、勇気ある者であり、未知に憧れ、誰かを想いやり、そうして手段を持って歩む狡猾さがある。

あれは、立派な開拓者なのさ。

君と同じようにね。

 

「だから、あれだ。君もマグルの世界に行っても構わないんだぞ?」

「は?」

「マグルの世界のほうが、少なくとも宇宙に行く方法にたどり着くのは早いと思うし。そこら辺を勉強して魔法で技術を補うのだって出来る。」

 

別に、魔法界でそれをなさなくてもいいと思うんだがねえ。

 

それは、何と言うのだろうか。全く考えたことのないものだった。

もちろん、それは別に馬鹿にしているわけではない。ニゲルと話してきたからこそ分かる。それは、一つの、グリンデルバルドに存在する選択肢の一つだ。

考えたことも無い、ことだった。

 

「僕が、マグルの?」

「まあ、いやならいいし。でも、行ってみてもいいんじゃない?分からないことを判断するのは酷だろう。知るということは大事だ。判断するという上ではね。」

 

蔑みだけで成長できるなんて思うほど、君は愚かではないだろう。君は、美しく、強く、そうして賢いのだから。

 

 

女は、そう言って微笑んだ。

まるで、母の様に、姉の様に、友人の様に。そうして、まるで人を見守る神の様に。

優しく、柔らかに微笑んでいた。

グリンデルバルドは、それを美しいと思った。

際立った容姿は無くとも、けれども、その女の慈しみに満ちた笑みを心の底から美しいと思った。

 

「どうした、惚けたみたいな顔をして。」

「あ、ああ。いや、何でもない。」

 

何となく、友人の知らない面を知ってしまったかのような、気恥ずかしさというのだろうか。何となしの気まずさを感じて、グリンデルバルドは首を振る。

そうして、ふと、呟いた。

 

「・・・心細いだろうな。」

 

伝手があり、同じようなスクイブがいたとしても。全く違う常識の世界で、道に飛び込むことはきっと心細いだろう。

一度生まれてしまえば、暖かな揺り籠であった卵の中にはもどれない。二度と、戻れないままに飛翔を続けることはきっと心細いだろう。

自分は、自分はどうだろうか。

グリンデルバルドは、夜空の先、宙を見上げる。グリンデルバルドの思う世界は、マグルの世界とは全く違う。そこにあるのは、まさしく非情なまでの未知だ。

いつか、いつか、その先に旅立てる準備が出来たとして。

自分は、その一歩を踏み出せるだろうか。

おそらく、宙へ行くための最短であるはずのマグルの世界に行くという選択肢さえ、蔑みによって踏み出せぬ自分は。

生まれ出でたことを、後悔しないだろうか。

ニゲルは、その言葉の全てを察したらしくグリンデルバルドを慰める様に微笑んだ。

 

「そんな顔をするな。そりゃあ、卵の中には戻れない。でも、止まり木を決めることは出来る。戻ることも、飛ぶことを止めることも、きっと赦されているよ。何よりも、あいつに言ったしな。辛くなれば帰ってくればいいってさ。」

 

それを言った時、フィルチはまるで子どものような顔をした。

ニゲルとしては、そこまで大仰なことを言ったことはない。聞いた話ではとうに実家も無いらしい彼が魔法界で帰れる場所など自分の所以外に思い浮かばなかっただけの話だ。

 

(・・・・いや、まさか彼がアーガス・フィルチだったとは。)

 

ニゲルは原作での彼の歳など知らないわけで、雪の降る街でであったやせっぽちの青年がそれであるなどと分かるわけはない。

スクイブは、良くも悪くも差別される存在だ。

当たり前にはなれず、無力なお荷物。

魔力が無くとも出来ることはあるにはある。生きてはいける。けれど、それでも仕事は少なくフィルチのようにのたれ死ぬものもいるし、はてはマグルの世界へいくものもいる。

 

ニゲルは、フィルチが選ぶならばそれでいいと思っていた。

生きづらい世界ならば、生きにくい世界ならば、違う世界へ逃げることも、旅立っていくこともきっといいことだ。

行き先が在るのならなおさらに。

この世界は、希望を抱くには狭すぎて。そのくせ、絶望するには広すぎる。

それでも、フィルチはまるで子どものような顔をして呟いた。

 

かえってきていいのでしょうか。魔法も使えない自分が。

 

それにニゲルはどういえばいいのか分からなくて。

それでも、こう言うしかなかった。

 

君の故郷だ、帰っておいで。

 

彼は何になれるのだろうか。何になって帰って来るのだろうか。

それとも、帰って来ることはないのだろうか。

それでもいいと思う。

広い世界で生きていくにも、ここに帰って来るのも自由だ。

あの小説では、あの文章はどんな意味だったのだろうか。

もう、それは分からないけれど。

ただ、生まれ出でたひな鳥たちにとって優しい意味であってほしい、叶うなら希望を願うものであってほしい。

ニゲルは、ただ待つだけだ。

彼女は、ただそれだけしか出来ないけれど。

それでも、帰りを持つ誰かがいるということは嬉しいことのはずだから。

 

「まあ、そこらへんは選ばないのも選ぶのも自由だ。どんな道を行くのか、結局のところ行かなきゃ結果が分からないならなおさらに。」

 

そんな時、彼女は隣りから漏れ出た声に気づく。

 

「・・・それは、彼以外も赦されるのかな。」

 

思わず漏れ出たそれに、グリンデルバルドは慌ててニゲルの方を見るが、それよりも先に彼女は彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ああ、お前さんも疲れたら帰っておいでよ。そりゃあ、ずっとここにいるってことはないかもしれないが。それでも、どこかで君が来るのを待っているよ。温かなココアでも入れて、君の話を聞くからさ。」

 

ニゲルはそう言った。

なんの含みも、てらいも無く。ひどく、ひどく、穏やかな声で。

ああ、それに。それに、グリンデルバルドは泣きたくなる。

何故だろうか。

ただ、ただ、そう思う。

きっと、その言葉はこれ以上にないほどに、優しいものだ。

これから旅立つ、未知へと飛び込むものにとって、何よりも優しい言葉なのだと。

ニゲルは、グリンデルバルドの頭から手を離し、改めて目的であった天体観測のために目を向ける。

 

「さて、それじゃあさっそくだけど。約束してた星の話を始めようか。」

 

グリンデルバルドはその話に耳を傾けて、そうして思うのだ。

女の言葉は、ひどくグリンデルバルドを悩ませる。

自分の信じて来たもの、自分の理想。

それが、どこか間違っているように思える。その感覚は、ひどくそわそわして。落ち着かなくて。

今までで、何の迷いも無く進んだ道をふと、振り返ってしまう。

その道は、信じていた通り間違っていないような、けれどどこか間違っている様な、そんな不思議な気分になる。

けれど、女は結局のところ、正解などくれないのだ。

何が正しい?

女は微笑んで、自分にしかわからないだろうがと、そんな言葉しかくれないのだ。それでも、何故だろうか。女はその答えを知っている気がする。

失望されたくないのだ。結局のところ。

彼女は語る、グリンデルバルドの望む星の話。

星への距離はひどく遠くて、光の速さでも数万年かかること。光に速さがあるなんて感覚をグリンデルバルドは初めて知った。

グリンデルバルドに多くのことを与えた、平凡のような、けれど特異なことを知る人に失望されたくないと思った。

グリンデルバルドは、思わず微笑む。

ニゲルの言葉は、まるで遠い異国の言葉の様に不可思議で、未知に溢れ、そのくせひどく慕わしい。

女は、いつだってグリンデルバルドに何も望まない。

彼女は、グリンデルバルドの宙への憧れに微笑んだ。

聞く限り、宙の果てへ行くということはひどく難しい。

けれど、彼女はその夢を嗤うことはしない。いや、元より、グリンデルバルドに夢を見せたのは彼女であったから。

 

伸ばし続ける手に諦めがないなら、いつか星にだって届くだろう。

 

先ほどの様にスクイブにだって対等に夢を見ることを嗤わない。魔法界とマグルの世界に呆れながら、それでも否定をしない。

そんな、どうしようもなく気になって、そうして優しい人に呆れられたくない。

平凡でありながら、特異な言葉を持つ人よ。

 

「それでな。今、私たちが見ている星の輝きは、届くことの遅れた遠い、過去の光なんだ。」

 

ああ、また、新しい、ワクワクするような言葉を、知識を知る。

マグルたちは、こんなにもワクワクするようなことをもっと知っているのだろうか。

その知識だけで、グリンデルバルドの当たり前は崩れていく。けれど、それは嫌ではなかった。

その変化は、どこか未知に満ちていた。

 

「どうした、そんな顔をして。」

「・・・・君と出会えてよかったよ。」

「なんだよそれ。」

 

変な奴だな。

女は笑う、自分と会えて何をそんなに嬉しがるのかと。

 

グリンデルバルドは、その、誰もが認める麗しい笑みに、とびっきりの笑みを浮かべる。けれど、その場にそれを気にするものはいない。

そこには、良くも悪くも平等な彼女しかないから。

感謝しよう、この世界に、だって自分は確かに運命に会えたのだから。

そうして、その星の話を聞きながら、自分の蔑んだスクイブについて考えた。

彼は、どんな気持ちで未知へ歩みを進めたのだろうかと。

グリンデルバルドは、考える。

自分の考え、思い、彼女の言ったこと。自分たちには出来ないことをする、分かたれたもう一つの世界について。

いつか、いつか、己がどうしたいのか。この世界にどんな思いを持つのか。

それをその、特異な人に話した時、呆れられることなんてないように。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・遅かったね。」

「はう!」

 

とっさに声を噛み殺せたことにニゲルはほっとする。

玄関から家に入り、来ていた上着を脱いでいる最中のことだ。驚いても仕方がないのだろう。

時間も、お世辞にも出かけるには適しているとは言えない時間だ。

おばもとっくに寝ているだろう。

そんな中、声を殺したことにほっとしながら自分に声を掛けた存在に振り返る。

そこにいたのは、お世辞にも機嫌がいいとは言えないアルバスだった。

 

「・・・お前か。びっくりさせないでくれ。にしても、珍しいな。お前さんがこんな時間に実家に帰ってるなんて。」

 

明日は休みだったろうかとニゲルが首を傾げていると、アルバスは眉間に皺をよせ吐き捨てるように言った。

 

「・・・・あの男とは会うなと私は言ったはずだ。」

 

その言葉にアルバスが何故、わざわざこんな時間に家にいたのかを察してニゲルははあとため息を吐いた。

 

「お前さんに私の交友関係を言われる筋合いはないよ。」

「・・・・身内でもない男女がこんな時間にあっていることを私は言っているんだ。」

「別に何にもないしいいだろ?ゲラートは良い奴だ。」

 

ニゲルとしては、いつの日にかやって来るアルバスとグリンデルバルドとの邂逅のためにせっせと接点作りをしていたというのに。

何故か、アルバスとグリンデルバルドは仲が悪い。

いや、というよりも初対面が悪かったのだ。

 

(・・・いやまあ、そりゃあ初対面が和やかな茶会に唐突に入り込んできて、男女が二人っきりなんて非常識だとか言われりゃあな。)

 

脳裏に浮かぶ喧嘩腰のアルバスと、いちゃもんを付けられ見る見る不機嫌になるグリンデルバルドの姿だ。

 

(・・・・何でですか、創造神。)

 

脳裏に浮かぶのは、何時かの写真で見た作者の姿だ。

グリンデルバルドはアルバスにとっての真実の愛だったのでは?

だというのに、どうしてこんなにも不仲になったのか。

というか、アルバスがそこまでグリンデルバルドに警戒心を持つのかもわからない。

もちろん、ニゲルはそのまま裏でグリンデルバルドに会うのを止めなかった。今はどれほど不仲でも、いつかは何かしらで愛に目覚めるはずだ。

ならば、その仲を取り繕うこともやぶさかではない。というか、そうでなければあまりにも哀れだ。

 

(・・・・たぶん、身内に近寄る不審者だと思ったんだろうなあ。というか、あいつもあの茶会が見合いみたいなもんだって察したろうしなあ。二人ともなんだかんだでいい奴だし、分かり合えると思うんだが。)

 

結構な期間、グリンデルバルドに対して知る限りの星について教えていた身としてはすでにしっかりと情が湧いてしまっている。

話すと、好奇心の強い、素直な男だ。

一を教えれば、ニゲルも把握できないほどの考察を重ねる。

 

(ぜってえ好きなタイプだもんなあ。)

「ニゲル、そんなにあっさりと人を信じるのは君の美点だが。今は、美点とは言えないね。」

「事実だからいいだろう。大体、今まで何回もあってるが別に何もないぞ?」

「学校を暴力沙汰で追い出された様な奴だぞ!?信用できるのか?」

 

思わず出たというアルバスの怒鳴り声にニゲルの眉間に皺が寄った。

 

「お前、あいつの経歴勝手に調べたのか!?」

 

流石のアルバスも気まずさは感じたのか、そっと目線を逸らした。

 

「おま、それはさすがに駄目だろ!?最低だ!」

 

思わずそんな言葉が出てしまったのは、アルバスの行動に純粋に非難したことと、何よりもお前のためにやってるのになんでわざわざ引き離そうとしてるんだよという不満もありはした。

久方ぶりのニゲルの怒りにアルバスもひるんだのか、顔を逸らす。

言いたいことはたくさんあった。けれど、さすがにそれは夜遅くの、リビングですることではないということも理解していた。

 

「・・・はあ、もう私の部屋に行くぞ。」

 

くいっと指さしたニゲルの指先にアルバスの目は大きく見開かれた。

 

 

 

「お前はそっちに座れよ。」

 

アルバスは、その時酷く落ち着かなかった。というか、妙にそわそわしてしまう。

アルバスとニゲルがいるのは、女の自室だ。

特筆すべき点などない、強いて言うなら目いっぱいに満たされた本棚と、魔法薬を作る為の作業台ぐらいだろう。

ニゲルは、作業台近くに置かれた、部屋で唯一の椅子に座る。そうして、彼女はアルバスにベッドに座る様に促した。

自分の部屋にあるベッドとさほど変わらないはずだ。だというのに、なんだろうか。全くの別物のように感じる。

元より、アルバスはさほどニゲルの部屋に入ったことはない。それは、プライバシーだとかもあるが、何よりも自分たちはいとこではあってもきょうだいではない男女なのであるということはちゃんと意識はしていたのだ。

常識の範囲で、婦女子の部屋に入るものではない。

そんな意識があった。

といっても子どものころ、幾度か出入りした部屋はほとんど変わってはいなかった。

ただ、何と言うのだろうか。匂いが違う気がした。

 

(・・・甘い、ような。)

 

花のような、けれど、いつもニゲルの作る菓子のような、甘い匂いがした気がした。幼い時は意識しなかったはずの、その匂いにアルバスは何となく気まずくなる。

 

(・・・・というか、普通私をベッドの方に行かせるか?)

 

少し、そんな苛立ちを覚える。

けれど、そんなことなど理解していないニゲルはどうしたものかと悩むようにアルバスを見る。

 

「・・・・・あのな、アルバス。そりゃあ、男女が二人で夜に会うのはいいことじゃないが。私とゲラートがそんな仲じゃないのはわかってるだろう?」

 

ようやく始まった話に、アルバスは匂いのことを必死に頭から追い出し、口を開く。

 

「そんな仲じゃなくとも、相手にどんな思惑があるかなんてわからないじゃないか。君だって、あの男がどんな奴が分かってないだろう?だいたい、闇の魔術に傾倒していた奴なんて信じられるわけないだろう?」

 

嫌味の含んだ声音に、さすがにカチンと来たニゲルが言い放つ。

 

「少なくともお前さんよりは知ってる。そりゃあ、ちょっと偏った考えは持っちゃあいるが悪い奴じゃあない。それに、だ。」

 

滅多に家にも帰ってこないお前さんと違って、あいつとはよく会ってる。信用できると、今までのことで私が判断したんだ。

 

滅多に、という言葉に盛大な皮肉を含ませたことに気づいたらしいアルバスは激昂する様に言い放つ。

 

「いとこの僕よりもあんな奴を信用するのか!?」

「信用できる程度に私はあいつと話して、知っていったんだ。大体、アルに私が誰と仲良くしようと関係ないだろ?何も知らないアルにそんなこと言われる筋合いはない!」

(なんで、お前の運命を私がこんなに庇ってるんだ?)

 

苛立ちの下にある感情の殆どが、なんで運命の相手であるはずのアルバスからグリンデルバルドを庇わなくちゃならないんだという疲労だ。というか、なんでアルバスとグリンデルバルドの明るい未来のためにこんなに頑張ってるんだろうか?

 

「関係ないはずがないだろう!?君に何かあったらどうするんだ!?」

「そんなに信用できないなら、直接会って話してみろよ。そうしたら納得できる。あいつは良い奴だって。」

「もういい!」

 

アルバスがとうとうそう怒鳴り、ドアへと進む。

 

「あんな男とつるんで後悔するのはニゲルだからな!?」

 

乱雑にドアを開けて、アルバスは出ていく。

その後姿は、完全に拗ねている子どもだ。

 

「・・・・言い過ぎたかなあ。」

 

ニゲルは拗ねた子どもの機嫌取りを考えて、はあとため息を吐いた。

 

(・・・・明日、何か、甘いもんでも作ってやるか。買い物行かねえと。)

 

 

 

アルバスは、苛々としながら自室に入り、ベッドに倒れ込む。

彼は非常に苛立っていた。

何故って、アルバスは初めて弟妹たち以外の理由でニゲルから味方をされなかったためだ。

ニゲルは、いつだってアルバスの肩を持ってくれたし、味方であってくれた。それは、もちろんアルバスが滅多に間違う様なことがなかったということもあるのだが。

それでも、ニゲルはいつだってアルバスの言葉を聞いて、アルバスの味方であってくれた。

だというのにだ。

ニゲルが、あの、自分のためのニゲルが!

家族以外の味方をしている。自分たちとは全く知らない誰かの肩を持っている。

それが、それがたまらなく面白くない。

 

(・・・ぼくの、姉さんだ。)

 

甘ったれの様に胸の内で呟いた。苛立ちを重ねる様に、枕に拳を軽くたたき込む。

アルバスは、ゆっくりと目を閉じる。

自分が悪いのはわかっている。だからこそ、眼を閉じる。

いつだって、謝るのはニゲルだ。

だから、明日も変わらずニゲルは謝って来るだろう。その時は、自分も悪かったと謝って。そうして、どうにかニゲルを説得する。

アルバスはそう思って、眠るための準備を始めた。

 

 




グリンデルバルドさんは、基本的に毎日のようにニゲルから宙の話を聞いております。ダンブルドア家はそれを知ってますが、あんまり自由のないニゲルさんが望んでること何でスルーしてます。

後半のアルバスさん、さすがに子供過ぎたかな?いや、ニゲルさんとかに甘やかされてるのと調子に乗ってるので、違和感、ないかな?

そろそろ心へし折りタイムしたい。

ちなみに、ニゲルさんが死ぬルートもありますが、ルートやらタイミングでリドルさんとアルバスさんの立場がひっくり返ったり。
大穴でサンタクロースなアルバスさんの頭を幼女なニゲルさんがよしよしするジジロリというマニアックなルートなんかもあります。


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矯正された先について


案外、筋書は簡単に戻るもので。でも、変わることもちゃんとある。

ニゲルさんの杖はちなみに林檎にセストラルの尾毛。
オリバンダ―さんも覚えがなかった杖なのだが、ニゲルさんを選んでしまったので仕方なく売った。

「え、怖いんですけど!?なにその微妙にホラーな話!?」
と嫌がったが仕方がなく使っている。本人が魔法をあんまり使わない主義の為出番はあんまりない。


 

 

その日、アルバスは最悪の気分で仕事に赴いていた。

昨日の喧嘩でなかなか眠れずに本当に珍しく寝坊をしたアルバスは朝食も食べられずに出勤することになったのだ。

ニゲルもアルバスが家に帰って来ていたため、てっきり休みだと勘違いしていたこともある。

そうして、ばたばたと出て来たアルバスは、これまた珍しく空腹とニゲルと何も話せなかったという二つの事実で余計にいらいらとし始めた。

温和で理知的なアルバスが明らかに不機嫌であることを見て、魔法省の人間は遠巻きにしていた。

といっても、アルバスを知る人間たちからすれば彼の機嫌が悪くなる理由など一つしかない。どうせ、すぐに仲直りなんなりするのは知っている。それならば、放っておくに限る。

ニゲルがアルバスの唯一の欠点というか、弱点であることは皆が知っていることだ。

そのためにアルバスは彼女のことを話すのは避ける傾向にある。居場所が知られれば厄介で、かつ、何重にも保護呪文もかけて守っているのだからその熱の上げ方は知られるところだ。

彼と付き合いの長いものは、その様子にそっと距離を置いたことだろう。

 

(・・・・守りの補強もしていない。)

 

アルバスの実家は見る人間が見ればドン引きするような守護の呪文がかけられている。実家に帰るたびに点検していたが、今回は喧嘩のせいでおざなりにしてきてしまった。

急いでいたこともあったが、謝ろうと思っていたくせにどこか気まずいと逃げてきてしまった自負が湧き出て来る。

 

(・・・・明日は休みを取った。ニゲルに何か、お詫びを。)

「・・・・ダンブルドア?」

 

自分に声を掛けられたことを覚り、アルバスは振り返る。そこには、自分よりも一つ歳が上の二人の同僚の姿があった。片方の女性は金の髪にくすんだ緑の瞳をしており華やかな印象を受ける。男性の方は黒髪に灰の瞳をしたどこか気弱そうな印象を受ける。

 

「やあ、おはよう。」

「ええ、おはよう。」

「おはよう。」

 

同僚と言っても部署は違い、女性の方は魔法警察部隊、男性の方は忘却術士本部に所属していた。

アルバスは、素早く記憶を攫った。

 

「エーミールに、アルマじゃないか。」

「・・・・覚えていてくれたの?」

「光栄だよ!」

 

嬉しそうな二人の顔を見て、アルバスは内心でため息を吐きたくなる。

エーミールについては、一度同級生から紹介を受けたことがある。どうも、アルバスに憧れているらしい。

そうしてアルマについてだが知っているのは当然の話、アルバスのことが好きであるらしいためだ。

名前も、身内から漏れ聞いたため知っている。だからといって何かできるわけではない。

昔も、今も、恋愛というものに興味がないのなら何をすることも無い。ただ、何かの折に協力は得られそうだと名前は覚えていた。

 

「珍しいね、こんな時間にいるなんて。」

「そうかい?」

「ええ、私たちいつも同じぐらいに来てるんだけど。あの、えっと、会えるなんて。」

 

熱のこもったアルマの熱のこもった目に面倒さを感じる。ただでさえ空腹で苛立っているというのに、これ以上は会話を続ける気にならずさっさと立ち去ろうとする。

けれど、それが分からなかったらしいアルマが変わらずに話しかけて来る。

 

「顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」

「ああ。大丈夫だよ。」

「ハードな部署だもなあ。寝てないのかい?」

「まあね。」

 

早く振り切るなりしようとしたとき、アルマが何気ないしぐさで言った。

 

「・・・・家に帰られたそうですけど。あの、また、彼女が何か?」

 

アルバスの中で、ぐるりと何かが蠢いた。何故、実家に帰ったことを知られているかは知らない。ただ、昨日同僚と少し話したため、そこから漏れたのかもしれない。いつもならば、無視しただろう。ただ、その時は余りにもタイミングが悪かったのだ。

 

「・・・・人のことを詮索するぐらいなら仕事をしたらどうだい?」

 

ぴしゃりと言われたその言葉に二人が焦った顔をするが、それをアルバスは無視して廊下をさっさと歩いて行く。

苛々としながら歩いて行くアルバスに話しかける存在はそれからいなかった。

 

 

 

「ええっと、買い物はこれだけか。」

 

ニゲルは持っていた買い物のリストを見つめて呟いた。

彼女がいるのは闇の横丁であった。人気がないわけではないが、フードを被っていたり、どこか薄汚れた衣装の、アングラ系の魔法使いの視線を感じつつ歩みを進める。

ニゲルが闇の横丁にいるのは単純な話、彼女の畑で取り扱っている特殊な薬草の為の、これまた特別な肥料を買うためだ。

少々、グレイゾーンな材料の為闇の横丁にしか取り扱われてはいない。

明らかに毛並みの違うニゲルに絡むものがいないのは単純な話、関わりたくないためだ。

それは単純にニゲルが騙しにくいということもある。そうして、ニゲルが自分に無理に絡んできたものを拳でのしたことにもよる。

何と言っても魔法使いは基本として何があっても杖を使おうとする。そんな中、何の躊躇もなく拳を振るったニゲルはあまりにも異端者過ぎたのだ。おかげで、彼女に関わろうとする人間は闇の横丁ではほとんどいなかった。

 

(・・・・肥料は買ったし。後は、どうしようか。今日、アルの仕事はどうなるか分からんしなあ。焼き菓子でもしてあいつの家にでもおいとけばいいか。謝罪のカードでも添えといて。)

 

ニゲルとしても、後々考えればアルバスの言いたいことも分かりはするのだ。確かに、グリンデルバルドはどちらかといえば不審者だろう。

けれど、ニゲルとしても言い分があり、そこまで一方的に言われる筋合いはないだろう。

が、あの弟分が自分の心配をしていることだって分かっているつもりだ。

ニゲルは早く夜の横丁から出るために足を速めた。

建物に囲まれた一本道だ、薄暗い中を速足で進む。そんな時だ、前に人影を見つける。

それを不審に思いはしても気には留めない。こういった時は無視するに限るのだ。

無言で歩き続ける彼女に向けて人影は徐に杖を構えたのだ。ニゲルはそれにぞわりと寒気が走る。

ニゲルはとっさに屈みこむ。頭上を、何かしらの光線が駆け抜けていく。

ニゲルは持ち前の反射神経で杖を取り出し、相手に向けた。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

素早かったせいで避けきれなかったのだろう、相手はそのまま吹っ飛んでいく。

ニゲルはそれに来た道を脱兎のごとく駆け出した。

 

(ええっと、アルから聞いた、襲われたときの対処法は・・・・)

 

ニゲルは必死にそこそこ敵を作りやすい立場のアルバスから口を酸っぱくして聞かされたことを思い出す。

 

(戦わずに逃げる、人のいるところ。大声を出して、助けを呼ぶ・・・・・)

 

が、そうはいっても焦りに焦った精神ではお世辞にも真面な考えなど出てこない。そのために、初めて思い出したことを必死に繰り返す。

元より、ニゲルは一般人だ。魔法使いの決闘など存在を知っている程度だ。

というか、そう言ったことになりそうになっても杖を出す前に拳で行くという物理的すぎたということもあるだろう。

そうして、走り出して少しして、目の前にまた人影が現れる。

ニゲルは握りしめた杖を構えた。

 

「プロテゴ (護れ)!」

 

これだけは覚えろと周りに叩き込まれた守護の呪文だ。それによって、自分に向かって来た呪文は何とか跳ね除けることが出来た。

 

(畳みかけるしかねえ!)

 

どうせ、前門の虎後門の狼、それならば進むことを選択した。

持ち前の運動神経で、素早く杖を振る。

 

「ス・・・・」

 

その時、後ろから声がした。

 

「インペリオ(服従せよ)」

 

 

 

グリンデルバルドは少々浮かれていた。

その理由と言うのも、マグルの本屋で面白そうな本を見つけたのだ。

 

(・・・・スクイブにも出来たんだ、思った通り、マグルからの買い物程度楽勝だった。)

 

事前にニゲルからある程度の情報は聞いていたとしても、初めて買い物を成功させたことについては褒められるべきだろう。

 

(にしても、適当に宇宙に関係がありそうな本を買ってきてしまったが大丈夫だろうか。)

 

そんなことを考えながらグリンデルバルドは村の道を歩く。そんな時だ。

ふと、そこで同じように道を歩くニゲルの姿を見つけた。普段は、家にいて伯母の世話などをしている彼女と昼間に会うことが珍しく、グリンデルバルドは急ぎ足に彼女に駆け寄った。

 

「ニゲル!」

「・・・・うん?ああ、グリンデルバルドか。こんにちは。」

「ああ、こんにちは。」

 

律儀なあいさつの後、グリンデルバルドは後ろからのぞき込むようにニゲルに微笑みかけた。己の自覚通り、魅力的な微笑みを前にしてニゲルはどこ吹く風だ。

その変わらない彼女がグリンデルバルドは好きだ。

 

「買い物帰りかい?」

「ああ、畑のための肥料とかね。」

「へえ。」

 

そんなことを言っているニゲルに、グリンデルバルドはふと彼女の持っている古びた箱に気づいた。グリンデルバルドはそれを指さした。

 

「ニゲル、それは何だい?」

「ああ、これは・・・・」

 

彼女は大事そうに抱えた箱を嬉しそうに見た後、ふと、ひどく不思議そうな顔をした。まるで、自分が何故その箱を持っているのか分からないというように。そうして、少しの間考えた後、唐突に言った。

 

「贈り物だよ。アルへの。」

「・・・・彼への?」

「ああ!」

 

彼女はにこにこと、まるで子どものように笑った。

その笑みに、グリンデルバルドは強烈な違和感を覚える。

だって、あまりにもらしくない。

彼女がアルバスに贈り物を与えること自体には違和感はない。というよりも、彼女がアルバスを喜ばせようとすること自体よくあることだ。

けれど、その、ニゲルの様子があまりにもらしくない。

彼女がアルバスを思う時、その表情いつだって母の様だ。愛することを是とする、与える様な感情だ。

けれど、今、微笑む彼女はなんだか、ひどく子どものように一方的な何かを感じる。

 

「・・・少し、一緒にいていいかい?」

「ああ、別にいいが。」

 

不思議そうな彼女の表情に、グリンデルバルドは神妙な顔で見つめる。ニゲルはそのまま、他愛も無い話を続けた。グリンデルバルドは、それに相槌を打ちながら歩いて行く。

別段、おかしな様子はない。

けれど、先ほど感じた違和感をどうしても見逃すことは出来なかった。

そのまま、ニゲルの家まで共に歩いた。

 

「それじゃあ、また夜にな。」

「・・・・すまない、ニゲル。お腹が空いたんだが、何か貰えないか?」

「珍しいな。まあ、いいが。確か、焼いたパンと、昼に作ったスープが残ってたはずだからな。」

 

あっさりとあげられた家に、グリンデルバルドは無言で入っていった。

そうして、ニゲルに示された席に座る。ニゲルは、玄関の脇に肥料が入っているらしい袋を置いて、家に入っていく。

そうして、彼女はスープとパンを持ってやってきた。変わらずに、その古びた箱を持ったまま。

 

「・・・・ニゲル。その箱は、置かないのかい?」

「置かないよ?」

 

きょとりと、眼を瞬かせるその表情は無邪気そのものだ。それ故に、普段と彼女との落差を感じる。

大事そうに、抱えたその箱が、けして良いものでないと悟ったのだ。

 

「ニゲル、その箱を見せてくれないか?」

「だめ。」

 

がらんどうの目が、グリンデルバルドを見る。彼女は自分の手の中に大事そうに小箱を隠す。グリンデルバルドは、とっさに彼女が持つ小箱を奪おうとした。

彼の中でびりびりと、何かが騒めいた。

それを、彼女に持たせてはいけないと、どこか、遠くに放らないといけないと。

けれど、それよりもニゲルの方が早かった。

彼女は自分の持っていた木箱を開け放ち、中から金色の華奢なペンダントを取り出した。

グリンデルバルドは、その行動に、とっさに奪うのではなく、そのペンダントを壊すことを選んだ。

 

「レダクト(粉々)!」

 

その時、辺りを光が包んだ。

 

 

 

その日、幸いなことにアルバスに不用意に話しかけるものはいなかった。

流石に当たり散らすほど子どもではないがどこかピリピリした何かが漏れ出ていたのは確かだろう。闇祓いの人間はそれを察して、誰もが彼に話しかけることはなかった。

幸いなことに急を要する事件も起きていなかった。

アルバスは何とか、今日は早く帰ってニゲルに謝ることを決意していた。

よくよく考えれば、自分がこんな風に喧嘩している間にあの金髪男とニゲルが仲良くなる可能性を考えれば意地を張るなど愚かな事なのだ。

 

(・・・・帰りに何か、お詫びを。女性の喜ぶもの。菓子は、僕に食べさせて終わるだろうし。服は、たぶんあまり喜ばない。宝石?未知の領域だ。花は?)

 

ニゲルの喜ぶものと言えば、新しい薬草の種か、それとも暇なときに読み物になる書物の類なのだが。

ここでそれを送るのは、何故だろうか、駄目な気がした。

それは、少々、何と言うのか、身内感覚がありすぎるというのか。

訳の分からない感覚であるが、弟として振る舞うには不思議とあの金髪男の顔がちらついて仕方がないのだ。

 

(・・・・・花だ。断固として、花だ。)

 

豪華な、いっそのこと赤いバラの花束を買って帰ることを決意する。

何だかんだで花が好きな彼女のことだ。嬉しがるだろう。

アルバスはお詫びの品を決めたことに安堵して、少しだけ穏やかさを取り戻した。残っていた仕事を片付けようと、アルバスが手を動かそうとしたとき、ふくろうが飛び込んできた。

アルバスはふくろうに礼を言いつつも、面倒事ではないかと懸念しながら紙を開く。

そうして、紙の内容を読んだ彼は脱兎のごとく闇祓い局から飛び出した。

紙には、簡素にこう書かれていた。

 

母君、ケンドラ・ダンブルドア死亡。従姉君、ニゲル・リンデル危篤。

至急、聖マンゴ魔法疾患障害病院まで来られたし。

 

 

 

聖マンゴ魔法病院にやって来たアルバスはそこで母の遺体と対面した。

魔法で修復はされていたが、当初は損傷が激しかったことを聞いた。

病院の人間は何があったのか詳しくは知らないらしく、家が崩れたそのがれきに母が潰されたことを知った。

そうして、次にニゲルのことだ。

 

「ニゲルは!?危篤、と聞いたんだ・・・・・」

「・・・・彼女は。」

 

癒者の一人はどこか困ったような顔をした。

ニゲルと対面したアルバスは、彼女が眠っているのかと思った。それ程までに、その姿は普通であった。

けれど、事態は深刻で何らかの呪いを幾つか受けているらしい。

 

「呪い自体がとても古いもので、それに絡まり合っていて。私たちも今、彼女がどういった状態なのか調べている最中なのです。」

 

そう言って、そそくさと癒者は部屋を出ていく。

眠り続ける彼女。死んではいない彼女。でも、目を覚ますかも、このまま死んでしまうかもしれない彼女。

 

(・・・どうしよう。)

 

ぼろりと出てきたのは、そんなこと。

いや、分かっている。これからやることなんて、それはたくさん、嫌と言うほど。

姉の入院の手続きや母の墓の手配に葬式。弟妹たちに事情を話して呼び戻して。ああ、そうだ、家が壊れたのならそちらの処理もしなくちゃいけない。

仕事場にもしばらく休むよう話を。

ずらずらと、出て来るやらなくてはいけないこと。

けれど、足は重く、動いてくれない。

いつもなら、もっと、ちゃんと動けるのに。そう、いつもなら。

 

(・・・・行くぞって、僕の手を引いてくれて。)

 

泣くのは後だ。やることやって、そうしたら、一緒に枯れるぐらい泣いてやる。

 

そんな、温かくて、自分よりも小さな手はいつまでも現れなかった。

 

 

呆然と立ち尽くしたまま、アルバスはのろのろと動き始める。

しょぼくれてばかりはいられない。それでも、彼はちゃんとそこら辺は大人になっていたらしい。

ふらふらとした足取りでも、彼はしっかりと自分のやるべきことのために歩き出した。

病室を出た彼は、誰かにぶつかった。

 

「きゃ!」

「ああ、すいません。」

 

ノロノロとぶつかった存在を気遣うと、そこには朝に会った女性が立っていた。

 

「ああ、アルマか。」

「ええ、アルバス。こんな所で奇遇ね!ああ、やっぱり体調が悪かった?」

 

こんな場所で奇遇もクソも無いだろうに。

そんな口汚い言葉も浮かんだが、何もかも面倒で黙っていた。

 

「いや、別に。少しね。」

「そう、私は少し事件があって。まだ、詳細は知らないんだけど。ゲラート・グリンデルバルドって男が。」

 

その、単語にアルバスの瞳に光が宿った。

 

「・・・・彼は、どこに?」

 

アルマはそれに不思議そうな顔をしたが、珍しくアルバスが食いついたことに気をよくしたのか部屋の場所をすらすらと教えてくれた。

 

「そうかい、ありがとう。」

 

にっこりと微笑んだ彼は無言でその部屋に向かった。

この騒動の全てを、その男が知っていると確信して。

 

 

 

がらりと開いた扉を魔法警察部隊の人間であるらしい男が驚いた様に振り向いた。

普段のアルバスならば、にこやかに挨拶し、名乗る程度の礼儀はあっただろう。

けれど、その時の彼にそんな余裕はなかった。

彼は、ベッドに座った男にぎらぎらとした視線を向け、走り寄った。

そうして、グリンデルバルドの胸座を掴む。

 

「お前か!!」

 

止めに入ろうとした男は、普段から聞いていたアルバス・ダンブルドアの様子との差異に戸惑い、固まっている。

 

「薄汚いろくでなしが!お前が、あの人と、母さんを・・・・ニゲルの善性に付け込んで、結局がそれなのか!?学校でしたことを繰り返したというのか!?」

 

ぐちゃぐちゃになった感情が口から漏れ出る。

 

「裏切ったんだ!信じていたニゲルを!夜に、あんなに笑い合っておきながら、ニゲルを・・・・」

 

そこで、アルバスの肩をグリンデルバルドは掴んだ。

そうして、その青い瞳と、青い瞳が重なった。

 

「それ以上、何も言うな!」

 

それは、彼女への、彼女が僕に持ってくれた信頼への侮辱だ。

 

ぎりぎりと、掴まれた肩が痛んだ。それでも、その手を振り落とさなかったのは、重なる様に自分の瞳を覗き込んだ、その青からぼたりと滴が零れ落ちていたからだ。

 

怒りならば、悲しみならば、憎しみならば、受け取ろう。

僕には何もできなかった。友人を守ることさえできなかった。僕は、無力だった。

世界を変えるなんて、そんなことを考えていたことだってあったのにだ。

友人一人、守れていない。

けれど、信頼を、夜に笑い合った事実を、裏切りがあったと、それだけは罵らないでくれ。

 

「彼女が見せてくれた、宙の果てを、嫌なものにしないでくれ。」

 

その、自分とは違う青い瞳に、確かな悲しみを見た。

苦悩を、後悔を、無力感を。

アルバスは、愚かではなかった。

それ故に、男が、その嫌い抜いている男が自分と同じようにひたすらに悲しみ抜いていると知ってしまった。

手の力が緩んだ。それによって、グリンデルバルドは、力なくベッドに体を預けた。

そうして、訥々と、ニゲルの様子がおかしかったことなどを話し始めた。

全てを知ったアルバスの胸には、幾つかの疑念が湧き出て来る。

 

守護の呪文は、何も効かなかったのか?

 

グリンデルバルドの話からして、ニゲルは服従の呪文を使われていた可能性が高い。そうして、その金のペンダントが呪いの品であることも予想がつく。

それを予期してかけておいた守護の呪文は、まったく効かなかった?

 

(僕が、点検を、しなかったから?)

 

綻びが生まれていた?

グラグラと揺れる思考の中で、扉が開く音がした。のろのろとそちらに視線を向けると、先ほどニゲルのことを説明してくれた癒者が立っていた。

 

ニゲルが、目を覚ました。

 

アルバスは、それだけを聞いてまた部屋を飛び出した。

走り、まるで子どものように扉をあけ放つ。

 

「ニゲル!」

 

今は、何も考えずに彼女を抱きしめたかった。ただ、それだけだった。

けれど、身を起こした彼女はアルバスに怯える様に身を竦ませた。

それだけで、何か異常なことが起こっていることを覚る。

固まったアルバスに不思議そうな、そうして怯えるような顔で、ニゲルは言う。

 

「すいません、おにいさん、誰ですか?」

 






心を折れたので満足です。

前回から思うんですが、みなさんジジロリ√好きですね。

ここからは裏話的なものなのですが、元々この話自体、神様ぶった賢者を凡俗なる人間に引きずり落とそうぜ的な筋を前置きにしてたのでジジロリルートが本当は正規だったりします。
ただ、書き手が策略家としてのダンブルドアをかけずにこんなふうに始まりました。他の作品の狡猾なダンブルドアをかける方はすごいですね。

あと、ルート分岐として他にはハリーときょうだいみたいに過ごすジジロリルートの亜種やニゲルさんがいない原作の世界線になんでか紛れ込んじゃうものもあります。


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家族ごっこ

家族かどうかは知らないけれど、あんまりにも君たちは死にそうな顔をするものだから。


説明回的なものに、薄味です。

説明するのを忘れてましたがニーズルのラピスさん、アルバスさんが防犯のために買ったものです。ニゲルさんのピンチに役立てなかったことを後悔してるのかこの頃毛の艶がないです。ちなみにオス。


 

「・・・・・こんな所か。」

 

ニゲルは作り終えた料理を前に一息ついた。簡易のキッチンのせいでさほど凝ったものは出来ていないが二人分としては十分だろう。

キッチンから離れ、時計を見れば同居人が帰って来るまでそこそこ時間がある。

そうしていると、にゃーと鳴き声がして足もとに温かい何かが擦り寄った。

 

「ああ、ラピスさんか。」

 

そこには青みがかった毛並みのニーズルがいた。ニゲルはそれに餌の催促だと察して台所の棚から彼専用の皿と、魔法生物用の餌を出す。

 

「ほい、召し上がれ。」

 

ラピスはそれの前に座り、静かにむぐむぐと食べ始める。それにニゲルは満足し、立ち上がる。そうして、彼女は周りを見回した。リビングには二人分の椅子とテーブル。そうして、二人ほどゆったりと座れそうなソファ。寝室へつながる部屋。

 

(・・・・・掃除も終わったしなあ。)

 

ニゲルはソファへ歩き、ぽすりと座り込んだ。

 

「暇だあ。」

 

アルバス・ダンブルドアと二人きりで同居を始めて時間が経ったある日。ニゲルは悲しいことにニートをしていた。

 

 

 

ともかく、ニゲル・リンデムというらしい自分の最初の記憶は聖マンゴ病院というところの天井だった。

周りを見回せば、小さな、ベッドぐらいしか置かれていない白い部屋だ。

ここはどこだと考え、そうして出てきたのは日本で過ごした記憶、のはずが不思議と自分の名前などは出てこない。

体に触れても特別傷があるようには見えない。不思議に思っていると、何故か扉から、古いデザインの白い衣装を着た人が入って来る。

その人の第一声はこうだ。

 

「ニゲル・リンデムさん!目を覚まされたんですね!?」

 

いや、誰って話だ。自分の記憶が正しいのなら、もっと由緒正しい和名のはずだ。

だからこそ、自分は誰ですかそれと素直に答えた。

そこからは怒涛の様に過ぎていく。

まず、白い衣装の人が部屋から飛び出し、少しすれば目を覆うほどの美形が入って来た。

 

「ニゲル!」

 

まず初めにどなたですかという話だ。そうして、叫んだのはさきほど呼ばれた名前。

うん、だから誰なのそれ。というか、ここどこなの。

なんで誰も教えてくれないの?

というか、勢いよく来るなこええだろう。

そんな風に思いつつ、体をのけぞらせると美形の動きが止まった。

 

「すいません、おにいさん、誰ですか?」

 

そうだ、名を名乗ってくれ。君誰よ、というか、ここがどこか教えてほしい。

正直な話、それを聞いたことに関してひどく後悔している。それ以外に言葉がなかったとしても、それでもあんなこと言わなければよかったと。

 

(・・・・あんな顔、されたらなあ。)

 

その時、美形、アルバス・ダンブルドアが浮かべた、全てに裏切られたような絶望に満ちた顔を、ニゲルは忘れることはないだろう。

 

その後は、もうされるがままだ。癒者たちに連れていかれ、検査だと言われたよくわからない呪文やら薬を飲まされた。果ては血まで取られたわけだが。

結論を言おう、ニゲルにかけられた呪いの正体は『断ち切る』『奪う』『保存』というものらしい。

意味が分からなかったが、言葉通りの呪いであるらしく、単純な効力故に解くことが難しい。

さて、ここで疑問だ。ニゲルは、何を『断ち切られ』『奪われ』『保存された』のか。

それがどうも、自分の中にないらしい記憶なのだそうだ。

記憶というのはざっくりしており、自分は知識は奪われておらず、どうも思い出だけをなくしているらしい。確かに、呪文を言われると自然に杖の振り方が頭に浮かぶ。

幸運だったというのは癒者の一人の言葉だ。

どうも、ニゲルにかけられた呪いは中途半端であるらしい。アルバスがかけていた守護の呪文は確かにニゲルを守り、グリンデルバルドのとっさの行動は呪いの進行を食い止めたそうだ。

呪い自体は一応半端な形で完成しており、これ以上の危険はないとのこと。ただ、ぼそりと呟かれた言葉は聞き逃せなかった。

 

「・・・下手をすれば、もっと違う何かを取られていたでしょう。」

 

ぶるりと震えたのは、けして寒さではなかった。

さて、奪われたのが幸運なことに記憶だけだったが、解呪は出来るのか。

ニゲルとしては、それが何より重要な事だ。

ニゲルは現状を理解するにつれ、自分がハリポタの世界にいることに気づいた。

ここで、彼女には一つの考えが浮かぶ。

自分は、いなくなったかもしれないニゲルさんの体に乗り移ってしまったのではないかと。

でなければ、前世?の記憶だけ失っていないのはおかしいだろう。

自分の状態の複雑さに吐き気を催しながら話を聞く。

どうも、解呪自体は簡単にできるかもしれないとのこと。呪いの媒体であるらしい金のネックレスに書かれた式を弄ればいいのだが。

何故か、その金のネックレスが見つからない。

家が爆発してすぐに住人たちが通報し、魔法警察部隊が到着しており、奪う暇はなかったそうだ。

ニゲルが持っていたらしい、なくなったそれ。それについて、ニゲルは非常に気になる。何故なら、どうも体を奪ってしまっているらしいニゲルさんに非常に申し訳なかったからだ。返せるなら、すぐに返したかった。

が、どうもそうではないと気づくのは、検査が終わり、呪いについて説明を終えた後のこと。

 

「・・・・・お疲れさま。」

「ああ、ありがとうございます。」

 

返されたのは同じ病室だ。ベッドに上がった自分にそんな言葉をかけるのは、見たことないほどの美形だ。

整えた茶色の髪に、きらきらとした青い瞳。誰もが魅了されるような、甘い顔立ちと。それに似合わぬ理知的な表情をしていた。

ただ、今は迷子の子どものように頼りない顔をしている。

 

(・・・・これが、みんな大好き、かは分かれるけれど有名なアルバス・ダンブルドア。)

 

原作では、というのは止めよう。前もやった気がする。

アルバスは疲れ切った顔で、そっと杖を渡してきた。ニゲルはそれが自分のだと気づき、どきどきとしながら受け取る。

 

「・・・・桜だったりして。」

 

なんてことを言う。日本人と言えば桜だろう。けれど、よくよく考えれば杖の素材に桜があるのかなんて知らない。

そこで、アルバスがなんだか驚いたような顔をする。

ニゲルの不安そうな顔に気づいたのか、アルバスは慌てた様子で首を振った。

 

「ああ、いや、すまない。ただ、ニゲルも杖を欲しがる時に桜が、いいと言っていたから。」

「・・・・私、もしかして米って食べ物食べたがってなかった?」

「・・・・ああ、君が時々、そんなことを。もしかして。」

「いや、覚えてないけど。何となくね。」

 

はははははと笑いながら、ニゲルは頭を抱える。

アルバスからの質問攻めは勘弁願いたかった。さすがに、答えていくたびに濁っていく青い瞳はもう見たくなかった。

 

(・・・・・めっちゃめんどくさいな、私の状況!)

 

おそらく、こんな時代のこの国で桜や米に食いついていたというならば記憶を失う前のニゲルは日本の記憶があったということだ。

つまり、自分は前世の記憶を持ったままニゲルと言う少女になり、何故か魔法使いとして過ごした思い出だけがすっぽ抜けているという状態なのだ。

頭を抱えたニゲルは視線を感じて、顔を上げるとそこには途方に暮れた様なアルバスがいた。

そんな顔をしたいのはこちらだと言いたかった。

ニゲルは何となくアルバスの顔を見つめる。この、情けなさそうな青年がアルバス・ダンブルドアだというのだ。

 

(・・・いとこなあ。)

 

ニゲルは自分がアルバスのいとこであることなど、もろもろの事情については知っている。何となしに、アルバスの話からして自分はそこそこ慕われていたようだ。

けれど、何となく、自分の知るアルバス・ダンブルドアとはだいぶかい離があるように思う。

ニゲルの知るアルバス・ダンブルドアは、もっと頼りがいと言うか、肝が据わっていそうというか。

けれど、目の前にいる青年は今にも崩れて落ちてしまいそうだ。きらきらとした青い目に、目を見開くような美形であること以外特筆すべき点はないだろう。

じっと自分を見つめるニゲルに気づいたのか、アルバスは立ち上がり、すまなさそうに部屋から出て行こうとする。

 

「・・・すまない、今日は疲れただろう。もう、休んだ方がいい。僕も、帰って。」

 

ニゲルは思わずふら付くアルバスの体を支えた。

 

「いやいや、君の方が休んだ方がいいだろ。」

 

よくよく見れば、アルバスの顔は真っ青でそれこそ吸血鬼とも張り合えるだろう。

そうして、ニゲルは目の前の存在が今日、実家が倒壊し、母親が死に、親しくしていたらしいいとこの記憶がぶっ飛ぶという普通ならば心労で倒れていそうなことのオンパレードであったものを思い出す。

 

「・・・・これから、アルバスがしなくちゃいけないこと、教えてほしいんですが。」

「やること?」

「私の病院の手続きとか、ほら、あるじゃん。」

「・・・・そうだね。病院の手続きと、家の処理と、警察へ状況を聞きに行って、母の葬儀の支度と、墓の準備に。ああ、そうだアバーフォースたちにも知らせて、学校のことも。」

「・・・・退院するわ。」

「え?」

「今日で退院する!!」

 

 

 

(・・・・あれ以上あいつ一人に負担かけたらシンプルに死にそうだったもんなあ。)

 

ニゲルの退院宣言にアルバスは度肝を抜かれた様に目を見開いた。そうして、当たり前のように止められたが意外なことに病院の方からは許可は下りた。

答えは簡単で、ニゲルの呪いはすでに成立していて、これ以上のことがないことはお墨付きは出来るそう。ただ、中途半端に呪いが完遂されたせいで解呪することは難しく、病院にいても出来ることはないためだった。

適当過ぎじゃねと言いたいが、それが今はありがたい。

専門家からのお墨付きがもらえればアルバスに出来ることはない。

ニゲルはさっさと病院への定期通院は言い渡されても、退院の手続きを済ませた。

そうして、病院を出ると魔法省まで共に生き、ニゲルはさっそうとケンドラについての事務処理を済ませていく。

そうして、次にアルバスを引きずって買い物に行き、食料を買い込んだ。

アルバスはその間、オロオロとしていたが、記憶がないという大前提のせいか何も言わずについてくるだけだった。

 

その時、ニゲルは殆ど本能で動いていた。

今、自分が連れまわしている、よくわからないが将来タヌキ爺になるだろう青年を労わらねばと。

そのために彼女はすぐにしなくてはいけない手続きだけを終えて、その日はアルバスに食事をさせ、ベッドに叩き込んだ。

聞いた話、叔父やら両親のおかげかそう言った手続きへの知識があったのは幸運だった。

そうして、ニゲルは出来る限りの雑務を切り抜け、アルバスを休ませたのだ。

何も分からなかった。思い出も、目の前の存在が自分にとって何であったのかもわからなかった。

それでも、ニゲルと言う人間の価値観が自分のすべきことだと感じたことだけはやろうと思った。

その、ズタボロで、どうやら誰も守ってはくれない子どもをせめて庇ってやるのだと。

 

 

 

次に大変だったのは、ケンドラ・ダンブルドアの葬儀のことだ。

ニゲルはその時まで、アバーフォース・ダンブルドアとアリアナ・ダンブルドアに会っていなかった。

仕方がない話、物理的に家がないのだから帰って来ようがない。

墓の場所は、パーシバル・ダンブルドアの隣に決まり、なんとか葬儀にこぎつけることが出来た。ちなみに、参列者はダンブルドア家と、ニゲル。そうして、ゲラート・グリンデルバルドだけだった。

バチルダ・バグショットが部屋の一部を貸してくれることになり、そこで弟妹達は一夜を過ごすことになった。

幸いなことに、ニゲルが丁寧なご近所づきあいをしていたおかげで葬儀の段取りはスムーズに進んだ。

ニゲルはこの時、よくわからないが過去の自分にハグをしたくなった。

バチルダもひどく同情的で、涙ぐみながら抱き付かれたときは固まった。古い紙のにおいがする老女のことは嫌いではなかった。

 

そうして、ニゲルにとってケンドラの葬式と言うのは非常に気まずいものだった。

何と言っても、自分のやらかしたことが原因で亡くなったというのだろうから非常に気まずい。

自分が彼女にどんなふうに接していたか分からないからこそ、その感覚はひとしおだ。

皆はことあるごとにニゲルは献身的であったと語っても実際どうであったかなんてことは忘れる前の自分にしかわからないことであるのだし。

 

(・・・・なんで、私の身内らしい人は、記憶がないって知ると死にそうな顔をするんだろう。)

 

葬儀の前日、ニゲルはバチルダ邸の一室でアリアナとアバーフォースの帰って来るのを待っていた。

ちょこんと、部屋に置かれたソファに座っていれば、扉が慌ただしく開かれた。

扉の向こうには、淡い金にも見える茶の髪に青い瞳の少女と、くせっけの茶髪に青い瞳の青年だ。

アリアナが生きているという事実に記憶を失う前のニゲルの足掻きが見える気がする。

入って来た美しい少女と青年はまるで親に捨てられる寸前のような顔でニゲルを見る。

そんな顔をされても、ニゲルに言えるのは一つだけだ。

 

「あー、こんにちは。アリアナ、アバーフォース。」

 

愛称で呼ばれなかったこと、そうしてニゲルの逃げ腰の様子に全てを覚ったのかアリアナは飼い主に縋りつく犬の様にニゲルに駆け寄った。

 

「嘘よね!?ニゲル、ねえ、そうでしょう。忘れたなんて、そんな。」

 

いきなり、言っては何だが見知らぬ少女にすがられてニゲルとしては怯えてしまった。彼女は体を固くして、唯一、ようやく知り始めたアルバスに縋る様な目を向ける。

それに、アリアナは顔を真っ青にして、ニゲルから離れた。そうして、嘘だと幾度もぶつぶつと言い続けている。

それに一種の何か、狂気的なものを感じてニゲルは若干アリアナから距離を取る。

アリアナはアルバスに引かれてニゲルの座っていたソファに座った。

その傷心しきった表情に罪悪感がする。そうして、ぞわりと何か、嫌な視線を感じた。その方向に視線を向けると、そこには憎悪と言っても差し支えのないものを向けて来るアバーフォースがいた。

ニゲルは、そっとそれから視線を逸らした。アバーフォースは無言でそのままアルバスに慰められているアリアナの元に向かう。

ニゲルは、なんとなく家族団らんの場に一人取り残された他人のような心境でそっと部屋の隅に向かう。

おざなりに置かれた木製の椅子に座り、場の終息を待った。

自分に貸し出された部屋に寝に帰ってもよかったが、どうせアリアナと同室になるのだ。さすがに寝るまであのままではきついので様子だけは窺っておく。

アリアナのすすり泣きが聞こえる、アバーフォースの苦み走った声が聞こえる、アルバスは唯黙ってそれを聞き続けている。

 

(・・・・家族仲、けっこう悪いんだな。)

 

グリンデルバルドに聞いた話では、仲はいいはずだったのだが。

 

(というか、呪いを受けた本人の方が退院が早いってどういうことかって。まあ、あっちは崩れた家屋から私を庇って物理的に被害があったらしいし。)

 

さすがに何もしないというのはひどいだろうとニゲル一人で見舞いに行ったのだ。ただ、その後のアルバスの怒り様は目を覆うほどであったが。

悲しみに匂いがするとすれば、こんな匂いなのだろうか。ニゲルはぼんやりと、どこか蚊帳の外に進む家族の世界を眺める。

さすがにニゲルに聞かせるのは遠慮しているらしくアルバスとアバーフォースのぼそぼそとした声とアリアナが泣いている。

ニゲルは見ていることも気まずくなり、床に視線を向けた。

そんな時、がたりと大きな物音と、アリアナの細い悲鳴がした。

音に反応してそちらを見れば、アルバスの胸座を掴んだアバーフォースの姿があった。アリアナは怯え切り、ソファの上で縮こまっている。

 

「おい、家族がこんなになってまで、てめえどういうつもりだ?」

「・・・・すまない。」

 

ドスのきいた、アバーフォースの台詞にアルバスは目を逸らした。

ニゲルは、だらだらと冷や汗を垂らす。

もちろん、諍いに動揺しているのあるが、何かヤバいと感じる。

 

「こんな時まで仕事続ける気かよ!?姉貴のこと放っておく気か!?」

「やめて、ねえ。二人とも、やめて・・・・・」

 

憤怒の表情をアバーフォースが浮かべている。アルバスの表情には諦観が。アリアナはガタガタと震えながら焦点の合わない目をしている。

何かが壊れる気がする。本能と言える部分で、そんなことを覚る。

それでも、ニゲルは躊躇する。

その場に、自分は踏み込んでいいのかと。

確かに、ニゲルは何となしに、記憶を失う以前の自分が確かに愛されているのだと理解している。

ニゲルと言う存在の喪失を知った人間は、本当に、悉く、死んでしまいそうな顔をする。

それを見てなお、理解しないというのは少々どうかと思うのだ。

けれど、自分は、ここで彼らの中に飛び込んでいいのだろうか。記憶を失う前の自分ならば、どうしていただろうか。

踏みこむには、早すぎる。結局の話、自分にとって彼らはどうしようもなく他人でしかない。そんな簡単には彼らは家族と受け入れられない。

それでも、ニゲルは憎悪に塗れたアバーフォースが拳を握ったその瞬間、足を動かしていた。

 

「さすがに暴力沙汰は止めといた方が。」

 

思わず手を掴んだニゲルを見たアバーフォースに彼女はそう言った。

 

「っ関係ないだろ!?」

「さすがに目の前で暴力沙汰は無視できないからね!?」

 

ニゲルの手を振り払ってアバーフォースがばつの悪そうな顔で床に視線を向ける。

ニゲルは丁度ソファの前で喧嘩をしていたアルバスとアバーフォースの間に入った。そうして、彼女は怯えていたアリアナの顔を自らの腰に押し付ける様な形で抱きしめる。

落ち着ける様にアリアナの背や肩を撫でる。心境としてはセクハラまがいをしている気分であるが背に腹は代えられないだろう。

アルバスを庇った形のニゲルはちらりと彼を見るが、俯いた青年の顔が己の肩越しに見えた。

 

「どうしたんだ、殴ろうとするなんて。」

 

アバーフォースはがりがりと自分の頭を掻き捨てて、怒鳴るように言った。

 

「そこにいるくそったれが、葬儀が終わったらすぐに仕事に戻るなんて言ったからだ!」

 

ニゲルはそれに思わずアルバスを見る。彼は、やっぱり床に視線を向けたまま、無表情にたたずんでいる。

 

(・・・・昨日の今日で仕事!?いやいや、さすがに数日は休まないと駄目だろう!?)

 

 

ニゲルの驚いた顔に自分と同じ意見だと思ったらしいアバーフォースは畳みかける様にアルバスに言った。

 

「あんたのせいでニゲルが襲われたんだ!闇祓いなんてものになって、敵を作ってこのざまじゃないか!母さんだってそのせいで死んだんだぞ!なのに、仕事、仕事って、そんなに大事なのか!?なんだよ、あんた、家族の事なんてどうだっていいのか?守れもせず、何も思わないのかよ!?」

 

悲しんでもいないじゃないか!

 

「おい、止めろ。」

 

ニゲルはアバーフォースの言葉を遮った。先ほどまでの遠慮しがちな声音ではなく、それは紛れも無く自分たちを叱る時の声だと理解して三きょうだいは動きを止めた。

ニゲルはそんなこと気にした風も無く、アバーフォースの目を真っ直ぐと見て言い放った。

 

「悲しんでるのが、後悔しているのが自分だけなんていうのはあんまりにも傲慢が過ぎるぞ。」

 

ニゲルは、今、ここにいるニゲルと呼ばれる人間は、アルバス・ダンブルドアのことなんて知らない。

知っているのは、策略家な、多くのために少数を切り捨てる様なそんな舞台装置のようなキャラクター像。もしも、そんなキャラクター像と、今のような静まり返った表情だけを見ていればアバーフォースと同じようなことを言っただろう。

けれど、ニゲルは知っている。

自分の記憶がないとしって、怯えてしまったあの瞬間の、心細そうな青年の顔を覚えている。

そうだ、今、後ろにいる青年は未だに二十にもならない子どもなのだ。

そんな青年に、テロ組織への守護を任せるのは、その責任を問うのはあんまりな気がする。

 

「・・・表面に出てないからって悲しんでないっていうのは暴論過ぎるだろう?」

 

正直気まずい。なんといってもニゲルの体感として、彼らは所詮他人で、それでも目の前の三人は彼女にとって気遣うべき子どもでもある。

自分でこんなふうに飛び込むこと自体が正解だったのかもわからない。ただ、せめてヘイトが自分に飛んで来れば御の字であった。

何よりも、後ろにいる青年が自分やら母親のことですでにズタボロであることも分かっていた。せめて、庇ってやりたかったのだ。あの、途方に暮れたような顔をみればなおさらに。

 

「・・・・なんでだよ。」

 

掠れた声に、アバーフォースの方を見ると、彼はぐずぐずと泣いていた。ニゲルは、それに固まる。どうして、アバーフォースが泣いているのか分からない。

 

「なんで、忘れてるくせにそんなこと、言うんだよ。」

 

その涙にニゲルは、そう言えばと思い出す。

この、目の前で暴力的な言動が目立つ存在はアルバスよりもずっと年下で、そうして子どもであるのだと。

それを思い出すと、また罪悪感がぶり返してくる。

思えば、目の前の存在だってアルバスと同じで母親と、そうして姉貴分を失ったのだ。

ニゲルはものすごく気まずくて、且つ、躊躇はあったがそっとアバーフォースを抱きしめた。

少なくとも日本人である記憶の残る彼女にはひどく勇気がいることだった。

それでも、ニゲルはアバーフォースのことを抱きしめて、その背を叩いた。

八つ当たりのようなそれでしか悲しみも苦しみも吐露できない、不器用な青年を慰めたかった。

 

「・・・・・あんまり兄貴に甘えてやるなよ。」

 

アバーフォースは何も言わない。それでも、ニゲルに縋る様に手を回した。

 

 

 

 

 

 

(・・・・・そんなこんなで、私はアルバスの家で居候しながら途中経過をみてるわけだが。)

 

わざわざ広い部屋に引っ越しまでしたのだ。

ニゲルがとつとつと今までのことを思い出しているのは、仕方がない話であった。

理由は簡単だった。

 

(・・・・私はなんでアルバスと同じベッドで眠ってるんだろうね。)

 

同じ布団に入っているせいか、普通よりもぬくぬくしており少々狭い。がっちりつかまれている左手。

すーすーと、隣から聞こえて来る寝息にニゲルは少しほっとした。

ちらりと見た顔は安らかでしっかりと眠れているらしい。そうして、ニゲルはまた現実逃避をし始めた。

 




前回、わになのかという感想がありましたが、書き手はあの作品を概ねハッピーエンドだと感じているので趣味はあってるかと思います。
ただ、ああいった作品は書けないなあとも思っていますが。


ちなみにニゲルさんは記憶を失わなかった場合、腕やら脚やら片目を無くす予定もありました。眼帯とか義足ってカッコよくないですか?

出来れば、感想お願いします。


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番外編:ホグワーツの管理人

彼女は皆の味方だ。助けを求めれば、どんなことがあっても助けてくれる。でも、不思議と目に留まらない。幽霊みたいな人だ。


前回から思うんですが、皆さんわにという単語を何だと思っているんでしょうか。
というか、そこまでわにかと疑問に思って何故か鬼滅を再履修してたんですが。なぜ、ハリポタの二次を書くために違う作品を再履修してんだろうか自分。

思い余って、考えてたルートの一つを番外編として書きあげました。
ハリーとニゲルさんの話、あんまりアルバスは出てこない。


「夜更かししてまでそんなに楽しいものがあるのか?」

 

ハリー・ポッターは突然自分にかけられた言葉に動揺して立ち上がった。振り返った先には、どこか陽気そうな笑みを浮かべた女がいた。

 

「あ、あの、えっと・・・」

 

夜に抜け出していることを見つかってハリーは動揺のために震えた。けれど、その女は、苦笑しながら手を振った。

 

「別に叱ろうとかは考えてねえよ。まあ、確かに夜更かしは褒められたことじゃあないけどな。」

 

そう言って自分の隣りに立ち、鏡を覗き込んだ彼女にハリーは困惑しつつも同じように並んで立った。

そうして、ちらりと横目でその人を窺った。

隣りに立った女、もうだいぶ歳を取っているだろう彼女の名はニゲル、ホグワーツ魔法魔術学校の管理人をしている人だ。

 

ホグワーツで生活するなら、ニゲルと仲良くしておいた方がいいというのは上級生の皆が言うことだ。

ハリーがニゲルと言う女と最初に会ったのはそんなことをウィーズリーの双子たちに吹きこまれている時のことだ。

丁度、庭に面した廊下を一人で歩いていた彼に、学校慣れしていないハリーに助言をしてやると双子たちが纏わりついて来たのだ。

廊下に置かれたベンチで両方から固められて、そんなことを言われた。

 

「ニゲル?」

「そ、ほら、夕食の時にダンブルドアの隣りに座ってた・・・・・」

「よーお、クソガキども、何してんのかな?」

 

後ろから聞こえて来たそれに三人は驚いて振り返る。そこには中庭からにっこりとベンチを覗き込んだ女がいた。

 

「やあ、ニゲル!別になーんにも?」

「そうだね、ニゲル!俺たちは良い子な事に可愛い後輩に助言をしてやってるだけだぜ?」

「はっはっは!良い子は禁じられた森に忍び込もうとする前科なんてないもんだがなあ?」

 

ニゲルと呼ばれたその人は、双子の頭を掴みぎりぎりと握りしめた。

 

「いだだだだだだだ!」

「止めろよ!ニゲル!」

「やめねえよ!てめえらだろうが、トイレ爆破して、便座ぶんどっていったの!」

「俺たちじゃないよ!」

「そうだぜ、信じてくれよ!何もせずに疑うなんて大人のすることじゃないだろ!?」

「ラピスがしっかり見てたんだよ!ミネルバんとこに連行だ!」

 

ぎゃああああああと、双子の悲鳴が響き渡る。ハリーはオロオロとどうしようか迷っているが、周りを歩く生徒たちはまたやってるよという目でそれを無視していく。そうして、ニゲルはその細い体から信じられないことに双子を両脇に抱えた。

ハリーはそれをじっと見る。

目の前にいる女性、老いてはいるらしいその人は今までで見たことのない人種であった。

 

髪はまるで雪の様に真っ白で、それを三つ編みで一つにまとめている。来ている服装も、こういっては何だがマグル視点からすれば比較的真面だ。

白いシャツに黒いズボン、ローブは膝程度の長さでまるでマントのように羽織っている。服装の中で一番に目につくのは、なにや工具らしいものが飛び出た革製の鞄に丈夫そうなエンジニアブーツをはいている。

皺の寄った顔からは確かに老人と言ってもいいのだが、ハリーの知る同い年ほどのマクゴナガルとは全く違う人種だった。

双子たちとのやり取りも、どこかじゃれ合いの匂いがしている。陽気そうでおおらかな、土や草のにおいがする人だった。

そこでニゲルは取り押さえていた双子たちから目を離し、ようやく困り果てていたハリーに視線を向ける。

 

「・・・・お前さん、もしかしてハリー・ポッター?」

「えっと、はい・・・・」

 

ハリーは慣れてしまった対応としようとニゲルに視線を向ける。傷のことを聞かれるかと額に触れようとした。

けれど、それよりも先にニゲルの笑いをこらえる様な声が響いた。

 

「ほんっとにジェームズに似ちゃったな。」

「え?」

 

見知らぬ名前が出てきたことにハリーが反応した。けれど、ニゲルは気にした風も無く言葉を続ける。

 

「あれ、知らないの?君のお父さんだよ。君みたいに、くるくるした黒髪でさ。ああ、好奇心旺盛で、この双子とため張るぐらいのクソガキだったよ。」

 

怒涛の様に出て来る知りもしない父らしい存在の情報にハリーは目を白黒させる。クソガキと言う単語に罵倒されているのかと考えたが、その楽しそうな、懐かしそうな声音に親しみの部類であることを覚る。

そうして、ハリーはようやく彼女の瞳を真正面から見た。

緑の瞳だ。

自分と同じような、アーモンド型の、けれど何だかきらきらとした緑の瞳だ。

彼女はその目を、柔らかに細め、弾む様な声で言った。

 

「少年よ、君がここに望んできたのか、望んでいなかったのかは分からないが。それでも、私は君を歓迎しよう。ここには、君にとって楽しい人も良き人もいる。それと同時に、君にとって嫌な奴も酷い奴もいる。楽しいことも、苦しいことも、下らないことも、悲しいこともある。」

 

それでも、嫌な事があれば私の所に来るといい、気晴らしぐらいにはなるだろう。

 

その人は、そう言ってさっそうとフレッドとジョージを引きずって歩いて行ってしまった。

 

 

(・・・・・よくわからない人だな。)

 

ハリーはそれからニゲルと言う存在について色々な話を聞いた。

まず、ニゲルは先生というわけではない。学校の雑用をする管理人という立場らしい。権力と言うか、権限と言うものはないらしいのだが彼女は不思議と学校内に影響力はあるようだった。

一番に目に見えてハリーがそれを理解したのは、セブルス・スネイプのことだった。

彼は不思議と、ニゲルを前にすると理不尽な減点をせず、長い説教で終わらせる。マクゴガナルもまた、彼女が絡むと少しだけ対応が甘くなる。

ニゲル自身、昔学校で教員をしていたらしくその関係で付き合いが長いらしい。

先生だけでなく、生徒たちへもニゲルは影響力があった。

例えば、分かりやすい所でいうとウィーズリーの双子や、そうしてスリザリンの純血主義の存在だろう。

ニゲルがなんだなんだと寄っていくと喧嘩やいじめをしていた上級生たちが去っていく。

不思議に思ったハリーが何故かとフレッドとジョージに聞いたことがあった。

それを彼らはけらけらと笑いながら教えてくれた。

簡単な話、ニゲルは数匹のニーズルたちを飼っているらしく学校のことは庭の様に知り尽くしているらしい。そうして、古参である彼女は上級生たちや、果てはその親たちの失敗談をたらふく抱えているそうだ。

 

「何よりも、あの人、お世辞にも上品とは言えないからなあ。」

 

というのは、フレッドの言葉だ。

聞くと、ニゲルはマグルを穢れた血と呼んだ生徒には、血筋しか自慢できるものがないのかと言い、スリザリンを袋叩きにしていたグリフィンドールの生徒に、騎士道らしく一対一も出来ないのか卑怯者と言い捨てるような人らしい。

そのせいか、一定数の魔法使いから苦手な存在と認識されている。

嫌がらせをしようにも彼女を守るニーズルや、本人の無駄にいい運動神経によって悉く阻止されているそうだ。

 

「・・・・マルフォイみたいな奴は親を引っ張り出してきそうだけど。」

「あー、そう言う奴もいたらしいけどなあ。」

「その引っ張り出してきた親も親でニゲルに恥ずかしい秘密暴露されたらしくてな。それ以来、パンドラの箱扱いらしいぜ?」

 

それにけらけらと笑うフレッドとジョージも一度、ニゲルに幾つか言われたことがあるらしい。

フレッドとジョージは、一時期、スリザリン生に向けて執拗に悪戯を仕掛けていたらしい。そんな時、ニゲルは二人を執拗に追いかけまわしたらしい。

もちろん、二人は抗議したそうだ。自分たちだけをそんなにも追いかけまわすのはおかしいと。

ニゲルはそれににっこり笑った。

 

理由も無くスリザリン生を追いかけまわすお前たちも同じようなもんだろう。

 

その時、ニゲルは怒り狂っており、理由と言うのもフレッドとジョージが悪戯を仕掛けた存在の中には純血主義ではなくスリザリンの中でも立場の弱い混血やマグル出の存在も含まれていたらしい。

 

悪戯って呼ぶぐらいならせめてどんな人間も笑えるようなものにしろ、お前たちのやってることはただの嫌がらせだ。

 

そこからフレッドとジョージとしても、悪戯仕掛け人を名乗っている手前、一応やり方や方法を考えるようにはなったらしい。

 

「今んとこ一番受けてるのは、ダンブルドアの髭を七色に染めた奴だなあ。」

「ニゲル、あれめちゃくちゃ笑ってたもんなあ。」

 

そんな台詞を聞いたことがある。

ハーマイオニーもニゲルのことを知っていた。訳を聞くと、彼女は虐められている生徒たちの駆け込み寺の様になっているそうだ。

ハーマイオニー曰く、彼女の管理室というのは雑多な人間が溢れているそうだ。

ハッフルパフやレイブンクロー、そうしてグリフィンドールにスリザリン。

歳も違えば、所属している寮も違う。けれど、皆、そこら辺に関して何も言わなかった。

ニゲルのそこは、来るもの拒まず、去る者追わずという状態で、一時期そこに入り浸っていたハーマイオニーも名前を知らない人間もいた。

けれど、不思議と居心地が悪いわけではない。そこは、穏やかな静寂に満ちていて、ハーマイオニーもニコニコとしながら話を聞いてくれるニゲルを慕っているらしかった。

そこは大量のお菓子が置かれていて、好きに食べていい。ただ、一つだけルールがあり、けして諍いをしないことだ。

ハーマイオニーも喧嘩をしていたグリフィンドール生とスリザリン生が放り出されていたのを見ていた。

そんな風に会って以来、ニゲルに話しかけたことはない。用がなかったというのもあるし、彼女はいつも誰かしらと共に居たというのもある。

木陰の中で、鼻歌が聞こえる。真っ白な髪がゆらゆら揺れていて。

その姿を見て、暖かそうな人だと思った。体温の高そうな人だと、何故かそんなことを思った。

それでも、彼女はふといつの間にか自分の側にいて、笑いながらお菓子をくれる人だった。

頑張りすぎるなよ、そんな言葉。クンと香ったお菓子の匂い。

それがハリーにとって、ニゲルに感じるものだった。

彼女はハリーを気遣ってくれていたのだとは思う。それでも、別にそれはハリーにだけ向けられるものではない。

スリザリンだろうと、ハッフルパフだろうとレイブンクローだと、グリフィンドールだろうと、彼女はすべからく、庇っていたし、お菓子だって貰っていた。

最初に貰ったお菓子が決して自分だけの物でないこと知って、少しだけ味気なく思ったのはどうしてだろう。

 

何となく、の話だが。

ニゲルと言う人間は、彼女なりの何かを芯にして動いているらしい。

彼女は基本的にどんな人間の味方であって、敵ではないのだ。それは八方美人であるとも言えるかもしれないが、弱い立場の人間にとってはありがたい存在なのだろう。

そんな彼女で一番に有名なのは、アルバス・ダンブルドアのいとこであるという話だろう。

言われてみれば、ニゲルの、色が違うとはいえどきらきら光る眼はよく似ているように思えた。

ニゲルとダンブルドアの関係というのは、謎だ。

アルやニゲルと呼びあっていることから親しいのは分かるのだが、何と言うのだろうか。ニゲルからのダンブルドアの扱いと言うのは雑だ。

二人は、時折、中庭なんかを二人でのんびり散歩している。その様は、落ち着いた老夫婦の様で、気心の知れた男兄弟のようなやり取りをしている。

ハリーも数度しか見たことがないのだが、何と言うか、雰囲気が雑なのだ。

それでも、その雑な扱いをダンブルドアは嬉しそうに受け止める。

ダンブルドアとニゲルの関係というのは、噂はたくさんあって、ただ仲がいいだけのいとこ同士という話も、実はめちゃくちゃ仲が悪いとか、結婚していて子どもまでいるという話もある。

 

(・・・・噂はよく聞くけど。)

 

ハリーは今まで聞いた話を反芻しながら、ちらりと鏡を眺める老いた人を見る。結局の話、実際のことはちっともわからないという話だ。

そんな風に思っていたハリーと、ニゲルの視線が合った。

 

「まだ、寝ないのか?」

「・・・・もう少しだけ。」

 

突然のそれが、鏡を見るのを止めないかという言外の言葉であることを察して、ハリーは首を振った。

ニゲルはそれに苦笑交じりにため息を吐いて、鏡の前で俗に言うヤンキー座りをした。

 

「この鏡がどんなものか分かってるんだろ?」

「見たいものを、見せてくれる。」

「みぞの鏡な、これなあ、すげえ始末が悪くてな。見たいものを映して、ずっと見続けたあげく餓死したやつがいたんだと。」

 

その言葉にハリーもさすがに怯えたらしく、鏡から少し距離を置いた。ニゲルはそれにまたけらけらと笑う。よく笑う人だ。

そうして、立ち上がった。

 

「まあ、こんなとこに隔離されてるのはそれ相応に理由があるってこったな。まあ、これはこれで、どういう経緯で作られたのか分からねえし。悪意ならまだしも、善意で作られたんなら救いようがないなあ。」

「どうして?」

 

ハリーは思わずそう聞いた。ニゲルはそれに肩を竦めた。

 

「悪意ならまあ、そういうことを好むネジくれた奴だっているだろうが。でも、善意でこんなことをやったのなら、夢に縋らなくちゃいけないほどに地獄を見たって事だぞ?」

 

その言葉にハリーの体が知らずに震えた。それにニゲルはやっぱり苦笑して、そうしてハリーをじっと見た。

 

「さて、ここまで言っても帰らねえの?」

 

ハリーはちらりと鏡を見る。そこには、ずっと会いたかった家族の姿があった。離れがたかった。

ダーズリーの家を思い出す。あの場所の、疎外感を思い出す。今、両親に抱きしめられているこの場所の安心感は何だろうか。

 

「まあ、過去は優しいもんなあ。」

 

のんびりとした声がした。ニゲルはじっと鏡を眺めている。そんな様子に、ハリーは思わず問いかけた。

 

「どんなものが見えてるんですか?」

「んー?」

 

ニゲルは少しだけ首を傾げた後に、ふふふふと笑った。

 

「そうだなあ。まずな、アルバスがいるんだ。そんで、アバーフォースとアリアナに、それからグリンデルバルドもいる。あと、父さんとか母さんとか、叔母さんに叔父さんもいる。みんな楽しそうだよ。あ、お前さんは知らないか、アバーフォースとアリアナはアルバスの弟妹で、グリンデルバルドは、あれだな。面白宇宙くそジジイだ。」

「面白宇宙くそジジイ?」

「そうそう、引くほど美形なんだけど。めちゃくちゃ宇宙好きでなあ。今も変装したりしてマグルの大学に通ってるよ。話してると面白いんだけど、いつの間にか学校卒業したら宇宙工学の大学に行くことになってるから気を付けろな?」

「それ、もう洗脳じゃあ。」

「・・・・魔法、一切使ってないんだけどなあ。個人的なカリスマだけでやってるから。でも、マグル出身者とかが実際進学してるんだよなあ。」

 

魔法使いとしてではなくそう言った生き方をしているらしい先達がいることにハリーが驚いていると、ニゲルはゆるりと微笑みを浮かべて改めて口にした。

 

「ハリー、過去は優しいし、夢は居心地がいいけどな。それでも、ずっと浸り続けるのはお勧めしないぞ。」

「・・・・でも。」

 

本来なら素直に聞いた方がいいのだと分かっている。それでも、そんなふうに抵抗してしまうのはニゲルという存在が自分を咎める存在でないのだと察していたせいだろうか。

 

「・・・・寂しい。」

 

零れた言葉と共にハリーは顔を下に向ける。

ずっと寂しかったのだ。あの家で、自分がひどく独りであったことを自覚する。少なくとも、ハリーの周りの子どもたちはすべからく家族に愛されている者ばかりだ。

両親の名前も知らず、顔も知らない。この鏡でようやくハリーは父母のことをはっきりと知覚出来たのだ。

 

「・・・・よし、ハリー。握手をしよう」

「え?」

「いいから。」

 

ハリーは促されるままにニゲルの手を取った。

その手は、がさがさしていて、自分よりも少し大きく、そうしてひどく温かった。

彼女はハリーの小さな、そうして少し荒れた手を握りしめた。

 

「・・・・あのな、ハリー。傷を負わない人間はいないのさ。悲しいことに。」

「傷・・・・」

「過去は優しいさ。傷を負う前なんだから。夢は居心地がいい。そこには傷なんて存在しないから。私も、鏡の中に焦がれた時が少しあった。大好きな人が、生きている世界。自分のせいでいなくなった人が笑っている世界。それには焦がれる。でも、ハリー。お前さんには友達がいるだろう?」

「うん。」

「鏡の中の存在は確かに微笑みかけてくれるけれど、彼らはけして抱きしめても、愛しているとも言ってはくれない。」

 

繋がれた手の力が強くなった。その手は、鏡に触れた冷たさに反して、ひどく熱かった。

 

「鏡は温かくはない。彼らは私たちの幻影だ。私たちは彼らを置いて先に来てしまった。さよならだけが人生なんてことを言った詩人がいるがな。それでも、はじめましてもまたねだって人生だ。だからな、ハリー、父ちゃんと母ちゃんはお前さんの側にいないけど。それでも私はここにいるよ。」

 

君が私のことをどう思っているかは知らないけれど、それでもなお、君の幸福を願っているよ。

 

ニゲルは、ハリーを見た。きらきらとした、緑の瞳。自分と同じ、母と同じ、緑の瞳。

何故だろうか、ああ、何故だろうか。

殆ど、話したことはない。どこにいるかもわからない、ただ、時折ふっと見かけるぐらいで。それでも、その人は自分のことを見ていてくれるのだと奇妙な信頼感はあった。

幾人もいる生徒の中で、自分のことを見ていてくれると、そんな感覚を覚える人だった。

何故だろうか、その言葉はひどく優しくて。

その、握られた熱が温かくて。

ニゲルはまるで鏡の中の母の様に微笑んで、ハリーを抱きしめた。

苦しくなるような、それ。けれど、ハリーはその抱擁が彼の叔母がいとこにするときのものに似ていると感じた。

その熱が、鏡の中の両親の冷たさを余計に感じさせる。

 

(・・・・これは、僕のだ。)

 

微笑みも、お菓子も、自分の物ではないけれど。それでも、この熱は、この抱擁だけは自分のものだ。それに、なんだか心を満たされた。

 

 

 

「・・・・ニゲル?」

「ありゃ、アルか?」

 

ハリーを見送った後、少しの間みぞの鏡を眺めていた彼女に背後からアルバスは声をかける。

アルバスは急ぎ足に彼女に駆け寄り、そうして縋る様に抱き付いた。

その様は、親を見つけた迷子の様にも、不安そうな恋人たちの様にも、離れ離れになった姉妹のようにも見えた。

アルバスはニゲルに抱き付くと、甘える様にその肩に額を押し付けた。

 

「心配したよ。部屋に来んし、ラピスもいない。」

「あのな、こちとら管理人として見回りをせにゃいかんのだが。」

「・・・・わしには、一言も行くといわなかった。」

 

子どもか、そう言いたくなる。もう、図体的にはサンタクロースもびっくりな真っ白な髭まで蓄えているというのに。

 

「はいはい、悪かったよ。ほら、もう寝るぞ。」

「・・・・・うん。」

 

子どものような声を出した後に、アルバスはニゲルから体を離した。そうして、アルバスは置かれていた鏡に視線を向けた。

 

「ハリーが来ておったのか?」

 

急にIQが上がったなあとニゲルは思いつつ頷いた。

 

「ああ、説得して追い返したよ。」

「鏡の場所を移さんとなあ。」

「つーか、一年生に見つかるとこにこんなやばいもんを置くなよ。」

 

ニゲルはそうぼやきつつ、ふと、疑問を口にした。

 

「なあ、アル。お前さん、鏡に何が映ってる?」

「そうじゃの、皆でニゲルのアップルパイを食べとるな。」

 

ニゲルはそれに無言の圧力を感じた。チラリと見ると、アルバスは普段よりも目をキラキラとさせている。ニゲルは、それにため息を吐いた。

 

「・・・・明日、アップルパイ、焼くか。」

「ほっほっほ、楽しみじゃなあ。」

 

アルバスはそれにるんるんと明らかに喜び始める。ニゲルはその様に、ピンと立った犬耳と、スクリューする尻尾を幻視する。といっても、そんな様子はどうもニゲルにしか見えないらしく、ミネルバやセブルスはその言葉に何とも言えない顔をする。

理解されないことは悲しいが、確かに言われてみればアルバスはどちらかと言えばネコ科なのかもしれない。

 

「さて、明日の楽しみも知れたことだし、さっさと寝るか。」

「そうじゃの。」

 

部屋から出ていくアルバスを追いながら、ニゲルは少しだけ後ろを振り返った。

鏡には、彼女がハリーに語った通りの光景が映し出されている。たった一つ、隅に黒髪の見目の整った青年がいること以外は。

 

(・・・・トム。)

 

鏡の中は、優しい。傷など、一つだって存在しないのだから。

 




ニゲルさん生存のまま原作に突っ込んだルート。

ニゲルさん
このルートではどうしても助けたかった幼い子どもと分かり合えずにそのまんま闇落ちを赦してしまった人。そのためか、生徒とはあんまり積極的には関わりを持ってない。ただ、逃げ場だけは提供してる。家族のことは何とか助けられたけど、家族にはなれなかった赤い瞳の幼子について傷を抱えて生きている。

アルバスさん
どうしても必要な人は自分の側にいるしけっこう幸せ。学校だと姉を独り占めできて役得。たぶん、どんな原作のアルバスさんたちの中で一番にふくふくしてるし、心なしか肌艶がいいし、毛並みもいい。赤い瞳の幼子については後悔を抱えている模様。

赤い目をした幼子だった人
愛したかったけど、愛し方はわからなかった。

セブルスさん
学生時代に庇ってくれたし、優しい人だと分かってるけど苦手。ニゲルさんがシリウスとジェームズに対して関節技かけてたのに爆笑した。
彼女の作るお菓子は好き。自分を見る、生温くて優しい目が苦手。

ハリー
母さんと、同じ緑の目が気に入っている。




ニゲルさんとアルバスさんは、ルートによってはマジで結婚してるし子どもがいることもあります。



ちなみに、ニゲルさんがトムの矯正に失敗すると、原作はいった時点でニゲルさんは殆ど死ぬルートに入ります。


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番外編:善良さを装った悪徳

私は君たちを恥とする。

現在、家に籠る時期でハリー・ポッターを見直していますが。
書き手の一番、寮の特徴に恥じないのはスリザリンだと思ってます。

アルバスさんは出ません。
ムーディーのネタもあるからそっちも書きたい。


「ニゲル!」

 

後ろから聞こえた、はしゃいだ声にニゲルは振り返った。

彼女は丁度、廊下に面した庭にて誰かと話し込んでいた。彼女の陰に隠れ、それが誰かは分からない。それを見つけた、ニゲルを慕っていたハッフルパフ生が声を掛けたのだ。

彼女は今までセドリック・ディゴリーを中心とした集団から抜け、庭の方に向かう。

大声を上げてその場から去った彼女に、その集団から視線が向かった。。

 

「ん?」

 

くるりとニゲルが声の方に振り向いたために彼女や物陰に隠れていた存在が姿を現した。

それにハッフルパフ生の彼女は顔をしかめた。

それは、ハリー・ポッターとそうして珍しく一人のドラコ・マルフォイだった。

 

「どうかしたか?」

「・・・・ううん、なんでもないわ。目に入ったから声を掛けただけなの。」

 

少女は何かしら言いたそうな顔をしたが首を振ってニゲルに微笑みかけた。そうして、慌ただしく、その場から離れていく。それに、マルフォイは少女の向かう先にセドリックの姿を見つけ、何か面白いことを思いついたかのような顔をした。

 

「・・・・ニゲル、少しいいかな?」

「おい、ニゲルはこれから僕と図書館に行くんだ。」

「分かってるさ。さすがにここで割り込むほど子どもじゃない。すぐに終わる。」

 

ハリーは、近くにいるセドリックの姿とドラコの意地の悪そうな顔に嫌な予感を覚える。

 

「・・・・いや、私の意見をまず聞けよ。」

 

ニゲルは呆れたようにため息を吐いた。

何よりも、ハリーとマルフォイに挟まれるという奇妙なこの状況も不本意なのだ。

炎のゴブレットに何故か選ばれたハリーは、お世辞にも心地のいい生活を送れていなかった。

そのため、ハリーはよくニゲルの管理室に入り浸っていた。

幸いなことにニゲルの管理室に入り浸る人間はよくよく他人に干渉しないことを旨としていたため、居心地は比較的に良かった。

今回、ハリーがそんな管理室から出ていたのは偏に試験に向けて調べものをしたがったためだ。ニゲルがそれに同行しているのは彼女がいれば比較的に嫌がらせもない。

と、そこにニゲルがいようと気にしない少数派のマルフォイがやってきたのだ。

そうして、その応酬をしている最中にハッフルパフの彼女がやってきたわけだ。

 

「まあ、すぐにすませるならかまわないが。」

「それじゃあ、着いて来てくれ。」

 

比較的さほどマルフォイだろうと気にしないニゲルはすぐに済むならとそれを了承する。

 

「ハリーはここで待っててくれ。」

 

すたすたと歩いて行くニゲルの背を、ハリーは重い足を引きずって追いかける。

一人でいるよりもずっとましなようにその時は感じたのだ。

 

「やあ、セドリック。」

「ああ、マルフォイ。」

 

ディゴリーは話しかけてきたマルフォイに驚きつつも返事をする。マルフォイはにやにやと笑いながら、連れて来たニゲルと少し離れた場所にいるハリーを見た。

 

「なあ、ドラコよ。なんでもって私は連れてこられたんだ?」

「いや、同じハッフルパフ生が代表選手に選ばれたんだ。激励の一つもあると思ってね。」

 

それにハリーが顔を伏せた。

ニゲルのことは信用できるが、それによって目の前のセドリックは置いておいても他の生徒から何を言われるのか分かったものではない。

 

「いや、私はセドリックのことに関して別に応援する気はないが。」

「は?」

 

ニゲルの言葉に、それを聞いていたディゴリーたち、そうして遠巻きに見ていた誰もが驚いた顔をする。

 

「・・・・これはこれは、さすがはお優しいニゲルだな!同情でそこまでいうのか!」

「・・・・・お前さんは。いや、いいか。」

 

彼女は何故か、ひどく何かを言いたそうな顔をしたが、すぐにそれを引っ込めた。ニゲルはちらりとディゴリーを見た後にどこからか取り出したバッジを彼に見せた。

 

「そういや、一つ聞きたかったんだが。これ知ってるか、お前さん。」

 

バッジにに書かれた文面を見て、ディゴリーは顔をしかめた。

 

「ああ、良くないと思っています。」

「知ってる、って当たり前か。」

「僕も止める様に言っているんですが。どんな理由があるにせよ、決まってしまったことに関して一人を貶めるのはハッフルパフの人間として恥ずべきことだと。けれど、なかなか収まらなくて。」

「・・・・そうか。」

 

ニゲルは手の中にあるバッジを弄る。

セドリックを称え、ハリーを侮蔑するそれ。

彼女はくるりと振り向き、ハリーを促す。

 

「邪魔したな。ほれ、図書館いくぞ。調べものがあるんだろう?」

「え、あ、うん。」

 

ハリーは気まずそうに周りの人間を見回した。

セドリックと、その取り巻き。そうして、ニゲルをここに連れて来たマルフォイ。

ドラコは、それが不服だったのか苛々としたように腕を組み、ニゲルを睨んだ。

 

「おい、言いたいことがあるなら言えよ!」

「いや、別段、お前さんには。まあ、言いたいことがあるけど。さっきのはセドリックのことだから気にしなくていいんだよ。」

「へえ、我が校の代表にかの古株殿が言いたいことがあるなんてな!」

 

マルフォイはわざと大きな声でそう言った。そうすれば、庭に面した廊下だ。

人目が向けられることは必然だ。

ニゲルは何とも言えない顔で当たりを見回して、めんどくさそうな目でマルフォイを見た。彼は、ニゲルからいつもの飄々とした雰囲気が鳴りを潜めていることを察し、得意満面な顔をする。

 

「なんでもニゲルはわが校の代表のセドリックではなく、卑怯者のハリー・ポッターを応援しているっていうじゃないか?是非ともその理由を教えてほしいな?」

 

ニゲルはそれに気だるそうにため息を吐き、マルフォイには目もくれずにじっとセドリックを眺めた。

セドリックはそれに無言でじっと見返した。

 

「・・・・いや、まあ、言ってもいいけどさあ。」

 

ニゲルはどこか気まずそうな顔をした後に、はあとため息を吐いた。

 

「そうだなあ、さっきも言ったが私は今回、ハリーだけを応援している。最初はそりゃあディゴリーのことを応援しようとは思っていたさ。まあ、さほどの帰属意識があるかと言われれば悩むが、ハッフルパフに愛着がないわけじゃない。」

「なら、セドリックを応援するべきだわ!」

「もしかして、ポッターに何か言われたのか?」

「あほか、私は純粋にディゴリーのこと、つうか。ハッフルパフに愛想つかしただけの話だ。」

 

それに、一瞬だけ、聞いていた生徒たちにはざわざわとさざ波のように動揺が広がった。

どの寮に属しているかというのは、生徒たちにとっては強烈なアイデンティティなのだ。

彼女は、今、何のためらいも無く、己の在り方の一部を堂々と否定したのだ。

それに驚きを隠せないものは多い。

ニゲルは頭をガリガリと掻きながら、手の中のバッジを弄る。

 

「そりゃあさ、まあ、自分でもそこまで誰かしらの味方をしてるって自覚はないがなあ。それでもよお、ハッフルパフの在り方っていうのは好きだ。」

 

ハッフルパフの公平さは好きだ。

悪評があるからつって最初から話すことを放棄しない在り方が好きだったさ。

私も、まあ、ふらふらとしてたけどそれが赦される寛容さも好きだ。

 

「・・・・なあ、ドラコ。言っとくけど、これから私の言うことは別に侮蔑とか、そういった類じゃないことを分かってくれ。」

「え、あ、ああ。」

「ん、礼を言う。だがな、今はどうだ?」

 

マルフォイからの返事の後、ニゲルの吐き出した声はまるで吹雪のように冷たく、そうして侮蔑に満ちたものだった。

 

ニゲルという人間を慕っている者はそこそこいる。

爪はじきものとはいえ、あらゆる寮の者を受け入れ、且つ、勉強や人付き合いなどなにくれと世話を焼いている。

何よりも、彼女は平等だ。

例え、どんなことをなしても、どんな立場にいても助けてくれる存在はなにかとありがたかったのだ。

それ故に、彼女の侮蔑に満ちた声は、ひどく動揺を誘う。

独特の価値観を持つとはいえ、確かに誠実なそれからの侮蔑は後ろめたさを誘った。

 

「・・・・てめえの寮を庇うのは当たり前だ。他人よりも身内を優先するのは私だってしはするさ。だがな、これは少し、醜さが過ぎる。いや、いいね。他人のふんどし使って、自分の寮が有利に動くようにするなんざ、スリザリンよりも狡猾じゃねえか、え?自分たちがやったんじゃない、それでもいいものがあったと喜んでるな?」

 

ニゲルはそう言って、マルフォイが作ったバッジを掲げて振った。

その言い方に、ハッフルパフだけでなく、ニゲルに助けられた覚えのある生徒が恥じ入る様に顔を伏せた。

 

「・・・・別に狡猾であることを罵倒する気じゃねえさ。スリザリンの狡猾さっていうのは、本当に大事なものや自分のことを守る上では重要だ。彼らは自分にとって本当に大事なものを分かってる奴が多い。私もこのバッジを見た時は、正直感心したよ、まあ、ドラコらしいっちゃらしいし。でも、これをハッフルパフの人間まで付けてるのは、正直驚いた。」

 

ニゲルは軽くため息を吐いた。ぐるりと、周りの人間を見回した。それに、自分の胸につけたバッジを隠すような仕草をするものが数人いた。

 

「多数派に入って少数派の人間を弄るっていうのは気持ちがいいさ。自分が絶対的に正しいって感覚が味わえるからな。だがな、この行動を、勤勉やら誠実さやらと結びつけられたならなかなかに独特の価値観をしてるな。」

 

皮肉を効かせた物言いは、どこかマルフォイの声音を似ているようだとハリーは他人事のように感じた。

 

「・・・・ハッフルパフは、資格があるならだれでも入れる。だからこそ、その、勤勉やら誠実さから外れた人間もいるかもしれないが。それでも、私はお前たちが後輩であることを恥だと思う。このバッジに、フェアプレーの精神があると思っているお前たちのことがな。」

 

恥だと、失望したと、ニゲルは言った。

それにとうとう我慢できなくなったのか、叫ぶように生徒の一人が言った。

 

「それならポッターはどうなんだよ!」

 

それに勢いを取り戻したらしい誰かの声が上がる。

 

「最初にルールを破ったのはそっちだろう!?」

「そうよ、本当ならホグワーツの代表はセドリックだけのはずだった!」

「ハリーが目立ちたいために・・・・」

「うぬぼれるなよ、若造ども。」

 

低く、威圧的なそれに皆が言葉を失う。

その時、その場に、いつもの温厚で親しみやすい、気さくな老女はいなかった。

老いと、そうして生き疲れたような目に浮かんだ覇気と言えるそれは、確かに闇の時代を生き抜いた賢者としての影があった。

 

「ハリーが炎のゴブレットに何かが出来ると思ってるのか?炎のゴブレットが、この対抗試合の選手の選定に選ばれたのはそれ相応に理由がある。死の危険があるこの試合において、生き残れる程度の生徒、そうして公平さを求められたがゆえにあれは選ばれたのだ。たかだか、十数年程度生きた、小童に破られる程度の魔法が込められていると思うのか?」

 

ニゲルはそう言った後に、ゆっくりと今まで黙り込んでいたセドリック・ディゴリーに視線を向けた。

 

「・・・・ディゴリー。私はな、お前さんのこと、少しだけアルに似てるって思ってたんだよ。」

「それは、光栄ですね。」

「ああ、だが、今は違うな。お前さんとあいつは全く違う。」

「どこがですか?」

「お前さんは良い奴だよ。ああ、そうだな。優秀で、生活態度もいい。人に信じてもらえる奴だ。他人を一方的に辱めないとことかな。そこらへんは、アルと一緒だなあと思ってた。でも、お前さんには、圧倒的に誇りが足りねえ。」

 

誇り、その言葉に誰もが困惑したような顔をする。ニゲルはそれに、苦笑する。

 

「・・・優等生ならたくさん見た。真面目なだけじゃなくて、人との繋がりを結べる奴。でも、そうだな。それと同時にアルは、ちゃんと狡猾な部分もある。正当さだけじゃ守れないものを守るための在り方だ。大事な事だ。私は、それだってお前の中に見てた。でも、やっぱり似てねえな。お前さんには誇りが足りない。」

「僕はあなたに罵倒されているんですか?」

 

一方的な評価に等々、セドリックは少々苛立った声を上げる。それにニゲルはけらけらと陽気そうに笑った。

 

「お前さんこそ、スリザリンのことを罵倒するのか?狡猾さは悪口じゃない。綺麗なままじゃ、喪うばかりだ。清濁併せ呑むことも必要だ。あと、そうだな、誇りが足りないってのは単純におまえさんがこのバッジを持つことを、表立って止めないことだな。」

「・・・・僕もそれについては止める様に言ってはいます。少なくとも、彼は契約に縛られている。そんな彼を貶める様なことは止めるべきだと。」

「いや、お前さん、実際この状況そこまで強く止めてねえだろ?」

 

ばっさりと斬り捨てられた言葉がその場に転がる。それにとうとうセドリックが明らかに苛立った声を上げる。

 

「っあなたがハリーの味方であるために僕を侮辱するなら・・・・・」

「へえ、監督生で最上級生、今を時めく代表選手のお前さんの言葉がそれほど影響力がないとは、お前さんも人望がないな。」

 

ぞわりと、ハリーは背筋に寒気を感じた。

きょろりと、辺りを見回した。何かが、自分に向けられていた、敵意と呼ぶことのできるそれが、変わりかけている気がする。

何かの流れが、変わっていく。

セドリックの表情に、微かな動揺が走った。

 

「・・・・・私だってホグワーツの人間だ。そこまでの、おまけに人気者の存在に言われたことがどれほどの影響力があるか想像できる。」

 

ニゲルは、持っていたバッジをセドリックに放り投げた。彼はそれを無言で受け取った。

 

「お前さんだってシーカーだろうが。アウェーでたった一人で飛ぶプレッシャーが分からないわけないだろう。私が誇りが足りねえなって言ったのは、アルなら相手の全力を出せる状態で戦うことを望むからだ。あいつは、プライドが高すぎるからな。自分が本当の意味で勝ったって証明したがるからさ。そう言ったじゃあ、お前さんには誇りが足りない。自分が勝るのではなく、相手が不利であることを放ってるんならな。」

 

セドリックはじっとバッジを見つめていた。

ニゲルはそれに視線を向けつつ、今度はまわりをぐるりと見まわしながら言った。

 

「もしも、このバッジをつけることでディゴリーの味方をしてるだとか思ってるなら辞めるんだな。お前さんたちは、間接的にハリーが万全の状態でならディゴリーが勝てないって思ってるって証明してるようなもんだ。この試合はな、大多数に守られる程度の奴ならすぐくたばるだけだ。」

 

皮肉がききすぎたそれは、誰もの身のうちにあった何かを抉りだした。ニゲルはそれを確認した後に、そこに佇んだ、多くの取り巻きに囲まれながらなんだか一人でいるような青年を見た。

 

「セドリック。お前さんには、私がお前を侮辱して、貶めてるように思えるだろうが。そうだな、正直後輩のこれにブチギレて、お前らのことを徹底的にこき下ろしたかったていうのは確かにある。私は教師じゃない、お前たちを導くものでも、模範とされるものではない。私は私の正しさに跪く。でもな、それ以上に、一応は先輩として忠告しておきたいことがあっただけだ。」

 

フェアプレイで勝ち取れなかった勝利の栄光なんざ、ほんの一時で終わるもんさ。

 

その言葉は、老いと積み重ねてきた苦みの走った何かによって彩られていた。そのためだろうか、誰もがその言葉を無視できなかった。

そこには、確かに老いた人の積み重ねた現実があった。

 

「そういった後悔ってのは、年を取ればとるほどに苦みが増していくんだよ。別段、お前さんがこの試合をフェアプレイであって、卑怯な事なんてしていないと思うならそれでいい。所詮は、私の一方的な侮蔑であり、批判だ。それを否ということも、是ということもお前の自由だ。」

「・・・・この状況で、それをいうのか。」

 

マルフォイの呆れに満ちたそれに、ニゲルはケラケラと笑う。

 

「あっはっは、だから言ったろ、私はハッフルパフのやってることが気に食わないから非難したんだ。それで変わるなら万々歳だ。でもな、ディゴリー、これだけは言っておくぞ。この状況がお前さんにとってどれほど思惑とか、諸々があったのかは知らない。まあ、それでも、お前さんはもう少し声は上げる必要はあっただろう。監督生という肩書を背負うならばなおさらに。つって、止めろっていって止めない奴もいただろうからな。安心しろ、今回のことはお前さん以上に、全員くそったれの最低だからな!」

 

最後に添えた、皮肉と侮蔑に満ちた言葉にこそこそとバッジを取るものはいた。今、この瞬間、そのバッジをすることを恥だと感じるものはいた。

それを見て、ニゲルは呟いた。

 

「・・・・・傷を持たない人間はいない。」

 

ハリーは、その言葉に聞き覚えがあった。彼は横にいた彼女の顔を見る。彼女は凪いだ、いつもの陽気さの消えた眼をしていた。

ああ、それは、なんだか。ダンブルドアに似ていた。

 

「誰もかれもが傷を持つ。私も、アルも、ミネルバも、セブルスだって傷だらけだ。話も出来ない、傷の多い人生さ。完全無欠なんて存在しない。幾度も言うが、私のさっきの言葉は私なりの正義と善意だ。誰が何といおうとな。叶うなら、私の言葉によって、恥を持ち、後悔を持って、自分の中の間違いから逃げたがっているのなら私は嬉しい。それは傷だ。けれど、傷を受けたことは恥ずべきものではない。」

 

そこでニゲルは何故かマルフォイの方を向いた、にやりと笑った。

 

「あと、マルフォイ。今回の皮肉は少しお粗末だな。」

「急になんだよ。」

「いや、少なくともお前の親父やじいさんは、ハッフルパフ生をホグワーツの代表だとは言及しなかったって話だ。」

 

それに、マルフォイは目を見開いた。自分からニゲルの視線が遠ざかるのと同時に、自分のしていたバッジを憎々しげに引きちぎった。

ニゲルは改めてセドリックを見た。

彼は、感情を感じさせないどこか苦みの走った顔でニゲルを見返した。

 

「この批判によって君が、いや君たちが傷を負ったというならば叶うなら、私は嬉しい。原石のままでなんていてくれるな。それが君たちを損なう傷物の証ではなく、宝石へと至るためのものであることを祈るよ。アルやミネルバ、そうしてセブルスと同じように。」

ニゲルはゆるりと笑って、ひらりとセドリックに手を振った。

 

「ディゴリー、それでもお前さんは選ばれたことを忘れるなよ!」

 

唐突に振られた激励の言葉にセドリックはもちろん、周りの人間も驚いた顔をする。

 

「私はな、ハリーを確かに応援するが。別に誰が勝とうがどうだっていいんだよ。お前さんは選ばれた、なら勝つにいたる資質がある。見せつけてみせろ、ハリーなんて関係なく、自分が優れているんだってな。フェアプレイでやってみろ、それこそ本当にかっこいい勝ち方だろ?例え負けたって気にするな、それでも優れていると選ばれたのがお前なら、自負のうちに胸をはれ。」

 

君たちは無限の可能性を持った、子どもっていう珍しい生き物だ。その恥と後悔を持ってなお、どこにだって至れるのさ。誰もが憎くんだ、孤独の者になることも。誰にも好かれる、当たり前の善人になることも。それを選ぶのは君たちだ。生きるって、楽しいだろう?

 

「あなたは、僕に何を願っているんですか?」

「ハッフルパフに恥じない、フェアプレイと己が優れているという自負に満ちた足掻きをさ。私は、お前が努力し、足掻き、善性を持つと知っている。勝てない戦いじゃないだろ?」

 

ディゴリーは、その青年は、何故かその言葉が祝福に満ちていると思った。

苛立ちに怒りが存在した自分から、何故か透き通る青空を見たかのような柔らかな思いが生まれる。

分かるのだ。確かに、目の前の人は今の現状に苛立って、怒って、軽蔑していても。

確かにセドリックという存在を信じているのだと。

きらきらとした、緑の瞳が自分を見る。

何故だろうか、そこには確かに怒りがあっても、拒絶は感じられなかった。

ああ、なるほど。

ディゴリーは、あまり彼女と話したことはない。彼は彼女に頼るべき弱者ではないから。それでも、話に聞いた優しい人だという言葉の意味を今知った。

彼女は確かに、自分に今、苛立っていても、けして敵になることはないのだと。

 

ニゲルはハリーを促す様にたんと背を叩いた。

 

「私がハリーだけを応援する理由はそれだけだ。今の君たちのことが嫌いだ。腹が立つ。それでも、私は君たちの敵にはならない。批判も、呆れも、君たちの味方であることを願うからだ。そんじゃ、私たちは図書館にいくからな。」

 

促されるままに、ハリーは歩き出す。誰もがハリーを見る。けれど、不思議と居心地は悪くなかった。ハリーを見ていたその眼には、後悔と、罪悪感と、苛立ちがあった。

前まであった、自分たちが正しいという絶対的な自信が消え失せていたせいだろうか。

ニゲルは、歩き出したハリーを追う形で歩き出した。

 

(・・・・安心する。)

 

ニゲルは確かに自分の味方であるのだと、心底そう思えて。ひどく、安心する。

炎のゴブレットから自分の名前が吐き出されたとき、疑いのまなざしから庇うように自分の前に立った彼女を思い出す。

信じてくれる人がいる、それはどれだけ嬉しいことだろうか。

 

 

その背を、青年はじっと見た。手の内にある、誰かを貶めるバッジ。

先ほどまで昏さを伴った瞳に、光が宿る。

 

「・・・・ああ、そうだ。僕は、確かに選ばれた。」

 

囁きのような声は誰に耳にも入らない。それでも、確かに、その声には後悔と、奮い立たせるような意思があった。

 




書き手は、炎のゴブレットを読んだ当時、ハッフルパフ生も何だかんだでくそじゃねえかと憤慨した記憶があります。
作者さんがハッフルパフの善性を語るたびにどこがだと感じてます。
もう、どこの寮かっていうよりもどんな人間かみないと駄目ですね。

原作読んでるせいで番外編が書きたくなる。いっそ、番外編だけで分けようか。


前回の後編で、お辞儀様が生まれるとニゲルの致死率が上がるのは単純に死んだらアルバスさんへのダメージが多いことと、下手に親子関係を築くルートが多いため愛憎ましましで狙われるためです。




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変わらぬあなたへ想うこと


彼女は、確かに己の姉でも、母でも、ヒーローでも、友でもなくなったかもしれなくても。彼女は彼女であるらしい。


番外編ではないです。
ニゲルはニゲルである話。



 

 

 

世界の全てがひっくり返って悉く壊れていくのはこんな感じなのだろうと、アリアナは己の姉を見つめた。

泣けばあやしてくれた手も、微笑んでくれた瞳も、歌うように気遣ってくれた声も、何もかもがアリアナを知らぬのだというように遠ざかったその瞬間、アリアナは世界が壊れてしまったのだとそう思った。

 

いつものように授業を受けていたある日、慌ててやって来た寮監の先生はニゲルが聖マンゴ病院に運ばれたことを告げた。

アリアナはそれに取るものも取らずに共に知らせを受けたアバーフォースと共に姿現しを出来る場所まで向かった。

迎えに来ていた兄は、今までの見たことのないような悲壮に満ちた顔をしていた。

アリアナは、正直な話、ニゲルが記憶を無くしたと聞いても信じてなかった。

 

私の、ヒーローが私を忘れることなんてないと、頑なに信じていた。

 

呪いを受けた、そんなことを聞いてもニゲルならば平気だと無邪気に信じていた。

 

目の前にいる。それこそ、損なわれることなく、そこにいる。

なのに、その緑の目から零れ落ちた不信感と忌避感を見た時、差し伸べた手がどれほど無駄であるか、まざまざと理解したのだ。

アバーフォースに連れられてソファに座らされた。

涙が溢れ出た。

泣き止め、泣き止まなくちゃ。

自分は、こんな時まで弱いままじゃないか。

そうして、心の奥底で期待を、してしまっていた。

泣いていれば、弱さを示してさえいれば、きっと、ニゲルが慰めてくれるなんて。

どうしたなんて、そんな柔らかな声が自分にかかるのだと、そんなことを信じていた。

けれど、そんな声がかかることはなかった。

そんな声が聞こえて来ることはなかった。暖かな手が、自分の肩を撫でて来ることはなかった。

そうしていると、意識の外側にあった長兄と次兄の諍いの声が聞こえて来る。

 

(とめ、なくちゃ。)

 

自分以外にいないのだ。ニゲルには、今はきっと止められないから。だから、自分が止めなくちゃいけない。

けれど、アバーフォースの声が大きくなるにつれ、ぐらぐらと意識が揺れる。涙が止まらない、ひっくりとしゃっくりまで出て来る。

 

怖い、嫌だ。

 

耳を塞いで、蹲りたい。

ああ、怒っている。アバーフォースが、悲しくて、怒っている。

それだけが分かる。

涙は止まらない、止まってよ、せめて、たちあがってここから逃げたいよ。

お父さん、お母さん。

兄様たちが、喧嘩をしてるの、どうしよう、止めたいのに体が動かないの。

ねえ、アル兄様、アブ兄様、止めてよ。怖いよ。

 

体の中で何かががたがたと揺れ始める。何かが、あふれ出しそうになる。

体をちぢませて、それに耐える。

嫌なものを感じる、父が死んだときの同じ、そんな嫌なものが部屋に漂っている。

悲しみを感じる。それが部屋を満たして、泣けないのに叫ぶことしか出来ないみたいに。

止めてと、震える声で言ってみた。

けれど、そんなものは届かない。

助けて、誰か、止めて。

助けて、ニゲル。

 

ニゲルが、助けに来れないなんて分かっている。だって、彼女は他人なのだ。忘れてしまったのだ。

あの、困惑に満ちた目を見て、そんなことはわかっている。でも、そんなことを思ってしまう。

それは、困り果てた子供が、母に助けを求める時のものと同じだ。

アバーフォースがこぶしを握った。

アリアナは、恐ろしくて、悲しくて、か細い声で止めてと言った。

それでも、その声が、いつだって二人には届かない。

アリアナがぎゅっと目をつぶって、体を強張らせたその瞬間、アバーフォースの前に誰かが躍り出た。

 

「さすがに暴力沙汰は止めといた方が。」

 

声がした。待ち望んだ、来てほしかった、あの声が。その声が、した。

自分の肩に回って、押し付ける様に抱きしめられた、馴染んだ体温がした。

アリアナの目から、少しでも堪えようとした涙が一気にあふれ出した。

その手は、遠慮がちで、けれど確かにその手から守ってくれようとしている意思を感じた。

匂いがした。

ニゲルがいつもさせていた、草と土、そうしてお腹がすくようなご飯の匂い。

 

(・・・・ニゲルだ。)

 

確かに、彼女は、アリアナの大好きなニゲルであった。

 

 

 

アリアナたちの通された部屋は、大きめのベッドが一つだけ置かれていた。

 

「・・・・私は。」

「一緒に寝ましょう?」

 

ニゲルの雰囲気から何を言うか予想してアリアナは彼女の手を掴んだ。

ニゲルは非常に不服そうで、そうして気まずそうな顔をする。

それも仕方がない話、さすがに年下とはいえ知りもしないらしい存在とベッドを共にするというのは誰だって躊躇するだろう。

けれど、アリアナは確信があった。

どうやら、ニゲルは結局根っこのところでニゲルでしかないらしい。

彼女は自分にとって守るものだと判断した存在からの頼みを断れないのはアリアナにとっては分かり切ったことだった。

じっと無言で見つめれば、根負けしたのかニゲルは渋々ベッドに横たわる。アリアナもまた、ベッドに寝転んだ。

 

「・・・・寝がえり激しかったらごめんね。」

「ニゲルは寝相は良いわ。」

「あ、さいですか・・・・」

 

ニゲルはぽすりと、出来るだけアリアナから体を離して横たわる。アリアナもさすがにニゲルに気を使い、距離を置いた。

アリアナは杖を振り、明かりを消した。暗くなった中で、アリアナは最初に感じた疎外感など忘れてしまった。

 

「・・・・ニゲル。」

「何だい。」

 

暗闇の中で、アリアナはじっと自分に背を向けたニゲルに声を掛ける。

 

「・・・・学校、休んでニゲルと一緒にいていい?」

「え?」

 

ニゲルはそれに反応して、首だけをアリアナの方に向けた。

 

「・・・・学校で嫌な事があったのか?」

「記憶がないニゲルのこと、放っておけないわ!」

 

アリアナはひどく不安だった。ニゲルが記憶を無くしたとはいっても一般知識がないわけでないのは知っている。

だからといって、ニゲルはこのままだとアルバスと二人っきりで過ごすことになる。

もちろん、アリアナはアルバスが善人であることは知っている。

けれど、アリアナの感覚として他人の世話を焼けるタイプではないのだ。

おそらく、ニゲルが相手であれば、アルバスは全力で甘える態勢に入ってしまう。幼いアリアナにもアルバスのそう言った情けなさは理解していた。

ニゲルは寝返りを打ち、アリアナの方を向いた。

 

「・・・・・私のこと、心配してくれてるんだね?」

「うん。」

 

ニゲルは少し悩んだ後、首を振った。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、今は自分のこと優先させなさい。」

「どうして!?」

 

起き上がって、そう不服そうに言ったアリアナにニゲルは苦笑した。

 

「まあ、生活できないわけじゃないし。試験だって控えてる大事な時間だろう?」

「でも、ニゲルが!」

 

彼女は少しだけ悩む様な仕草をした後に、アリアナをじっと見た。

 

「・・・・・君が私を心配する様に私も、君の時間を犠牲にするのは忍びないんだよ。君にだって、夢があるだろう?」

「・・・・癒者に、なりたいって思ってる。」

「へえ、いいね。なら、余計にがんばらないといけないことがたくさんあるだろう?そうだな、それに癒者になったその時は、私の呪いも解いてくれるかい?」

 

軽口のようなそれは、幼子の機嫌を宥めるものだとアリアナも分かった。

けれど、アリアナは衝撃を受けた様に口を開いた。

 

「私に、出来ると思う?」

「あー・・・・」

 

ニゲルとしては少女の反応の理由が理解できず、戸惑いに満ちた声を上げたがそれでも恐る恐るに呟いた。

 

「私の呪いがどれだけ難しいかは分からないけど。そうだな、そうあってほしいし。もしも、そうなったら君は私のヒーローだね。」

 

アリアナは、それに固まった。黙りこみ、思わずニゲルに背を向けた。そうして、横たわった。

あなたが、記憶を失ったあなたが、私にそんな言葉をかけるのか。

昔、アリアナを助けてくれたヒーロー。カッコよくて、綺麗な、アリアナのヒーロー。

あなたは、記憶を失って、アリアナに何をしたのか忘れはてて、それでもそんな言葉をくれるのか。

ヒーローになんてなれるのだろうか。

こんなふうに、未だ無力で、子どもの自分が。そんな、冗談のようでも、言葉通りになれるのだろうか。

 

「・・・寝たのか?」

 

ニゲルの声がする。黙り込んだアリアナが眠ったと勘違いしたらしい。

けれど、アリアナは目から溢れ出る涙に気づかれるのを恐れて黙り込んだ。ニゲルは少しの間黙り込んだ後、そっとアリアナに肩まで布団をかけた。

 

「・・・・強い子だな。母ちゃん死んじゃったのに、私の事なんて気にかけて。優しすぎるな。」

 

それに、余計にアリアナから涙が溢れ出た。

違う、強くなんてない、優しくなんてない。

 

お母さんのことは、未だ実感が湧かないだけだ。ニゲルの側にいたいのだって、自分が不安なだけだ。

ああ、それだけだ。

アリアナは、そうなりたいと願いながら、ちっとも優しくも強くもない。

兄たちの喧嘩さえも止められない。

 

(・・・・・でも、ニゲルはそう言ってくれる。)

 

灯の様に、アリアナの世界を照らしてくれた言葉が変わることなく与えられた。

 

ああ、そうだ。変わってなどいなかった。

確かに、記憶を失っても、それでもなお、ニゲル・リンデルは変わることなくアリアナのヒーローのまま、美しい憧れのまま。

アリアナが本当に助けてほしい時、叫び声さえ上げられないその時、彼女は当たり前のようにそこに現れる。

 

(ニゲル、ねえ、ニゲル。)

 

ああ、そうか。ヒーローは変わらないまま、そこにいた。

 

 

アリアナ・ダンブルドアは、自分が弱いと知っている。誰かに守られることしか出来ないと知っている。

それでもなお、アリアナは誓うのだ。

優しい、強い姉が彼女に微笑んでくれた、そのままに強くて優しい人になろうと。

例え、どれほど時間が経っても、もしも、誰かと戦う強さは持てずとも、誰かを癒す優しい人であろうと思う。

怖いと思う、不安だってある。それでも、アリアナはぴんと背筋を伸ばすのだ。

遠い日に、自分の前に立った王子様の様に。

アリアナは自分の指針として仰ぎ見た、優しい人が変わらないことを知っている。

その人を、守れるような、兄たちが迷子になっても手を引けるような、そんな人になりたい。

それは、どれほど果てしなくて。どれほどまでに遠いのだろうか。

自分は弱くて、守り、慈しんでくれるヒーローに縋ってしまう弱さを放り捨てられない。

それでも、いつかを願うことは出来るだろうか。

自分は子どもだ。そうだ、まだ、大人ではないから。

だから、どうか、待っていてほしい。

アリアナ・ダンブルドアは、悪をくじく英雄になれないかもしれない。それでも、誰かが傷ついたその瞬間、手を差し伸べるヒーローにはなれるのだ。

 

 

 

 

 

 

アバーフォース・ダンブルドアが抱いたのは、漠然とした怒りだった。

 

アバーフォースは最初、彼からすれば比較的冷静であった。もちろん、ニゲルが記憶を失ったことも、母が亡くなったことにもそれ相応に動揺はしていたものの心の奥底で思っていたのだ。

ニゲルが死なない限り、本当の最悪ではないのだ。

アバーフォースは正直な話、姉や兄に頼りきりの母に少々失望していた部分がある。

もちろん、母がそこまで弱ってしまった理由も分かる。父やニゲルの父母が立て続けに亡くなったことはしかたがないだろう。

けれど、それでも母が情けなさ過ぎる部分はあった。

アルバスやニゲルがしっかりしすぎている部分があったせいもあるだろう。

けれど、ケンドラと言う女性のために二人が重荷を背負っていることも知っていた。

優しい人だ、分かっている。アリアナは母に似たのだろう。

愛情深くて、優しくて、抱え込む人だった。

分かってはいる。けれど、弱すぎる人だった。

そうだ、アバーフォースは少しだけ思ってしまった。ようやく、母は父の元に行けたのだろうと。

そうして、兄や姉貴分の重みが少しは解消されたのだろうかと。

彼女が、ぼんやりと父の埋葬された墓の方向を眺めていたのを知っている。

それゆえに、アバーフォースは少しだけ、思ってしまった。

悲しいとも、寂しいとも、やりきれないとも思いながら。母は父に会えるのだろうかと。

何よりも、ケンドラが死んだ理由がニゲルによって起こったという事実が怒りよりも悲しみや寂しさに繋がった部分もあった。

そうして、アバーフォースは後ろめたくはあれど、母よりも苦労を背負っていると理解のしやすかった姉や兄に愛情があった。

アバーフォースは分かっていた。

ニゲルが死なない限り、彼女はいなくならない限り、自分たちきょうだいは大丈夫だと。

まだ、自分たちはきょうだいのまま、そのまま生きていけるのだと。

 

 

だというのに、ああ、だというのに。

アバーフォースは自分が事態をあまりにも軽く見ていた。

 

アバーフォース、そう呼ばれたときの彼の衝撃を誰が知るだろうか。

 

(違うだろう。)

 

なあ、アブだろう。いつもみたいに、小さな子供を呼ぶみたいな、そんな少し高めの甘ったれな声で自分を呼ばないのか。ずっと、もう少し何とかならないのかって言っただろう。ああ、そうか、ようやく分かってくれたのか。

 

そんな考えがぐるりと頭を巡った、けれど、彼女の自分を見た怯えに満ちた目、知らぬものを見る目。

駆け寄ろうとした足は、ずしりと重く動いてはくれなかった。

アリアナが駆け寄る、助けを求めるような目でアルバスを見た。

 

(止めてくれ!)

 

そんな顔をしないでくれ!

さあ、いつも通りアリアナを抱きしめてくれ!

アルバスに夕飯の献立を笑いながら伝えてくれ!

 

(・・・・俺に、なあ、いつもみたいに。)

 

乱雑な仕草で、頭を撫でてよ。

 

請うように、そう思った。神に祈る様に、そう思った。

愚かな自分を、その瞬間目いっぱいに呪った。そうだ、記憶がないことを大したことないのだと思った自分を呪った。

そうだ、今、この瞬間、ニゲルは自分たちと出会い、過ごし、手を取った関係性をごっそりと落としてきた他人に成り果てているのだと。

 

(・・・・嘘つき!)

 

憎悪を燃やす様にそう思った。睨み付けて、喉の奥からせりだしてくる怒りの言葉を必死に飲み込んだ。

分かっている。ニゲルが悪いわけではないのだと。

だから、憎悪を噛み殺したのだ。

 

 

「仕事、辞めないのか?」

 

震える声が、辺りに響いた。アリアナのすすり泣く声が聞こえる。

 

「・・・ああ。」

 

アルバスが短く紡いだ言葉にアバーフォースは拳を握りしめた。

ニゲルの状態を聞き、そうしてアルバスにこれからどうするのか聞いた時のことだ。

彼は短く仕事を続けると言った。

 

「ふざけるなよ、ニゲルのこと、ほっとく気か?」

「・・・・・すまない。」

 

ぶわりと、己の腹に募ったのは怒りだった、憎しみだった。

ぐつぐつと、煮えたぎる様な痛み。

悲しみに沈んだ表情、伏せた瞳。

 

「なんでだよ?」

 

冷静になれ、そうだ、冷静に、どうしてか聞くんだ。

 

「どういうつもりだ?」

 

アルバスは、黙り込んだままだった。それに、アバーフォースは叫ぶように言った。

 

「いい加減にしろ!家族がこんな時に仕事だって!?勝手をしやがって!今更、ニゲルに散々世話になっといて自分の地位が惜しいっていうのか?」

 

アルバスは黙り込んだままだ。それに、アバーフォースの中で何かが爆発した。

いつもそうだ。そうやって、辛そうな顔をして、そのくせ黙り込む。

何も言いやしない。勝手な事ばかりするのに、どうしてそんなことをするのかいいやしない。

アバーフォースはがっと、その胸ぐらをつかんだ。

 

アバーフォースは叫んだ。

どうしてだと、どうして、側にいてくれない。こんな時だからこそ、側にいてくれない。

危険な仕事について、家族まで巻き込んで。今更、まだ、仕事に執着するのか。

 

愛されていたくせに。慈しまれていたくせに。

そうだ、くせに、くせに。

言わないでおこうと思っていた言葉が口から漏れ出た。望んでいないのに、叫ばずにはいられなかった。

ずっと、ニゲルに甘えていたのに。べったりと、無償のそれを疑うことも無く甘えていたのに。彼女が一番に大変な時に支えてくれない、側にいてくれない。

どうしてだよ、どうしてだよ。

どろどろに口から漏れ出る憎悪の言葉にアルバスは瞳を閉じて受け入れる。その様が余計に頭に来た。

 

いつもそうだ。いつだって、自分の言葉は目の前の男に届かない。伝えたくて、引き留めたくて、それなのに彼は自分の言葉を受け入れるだけだ。

感情のままにこぶしを握った。

ああ、どうか、届いたと自分に教えてほしい。言葉が届かないのなら、痛みでしか、アバーフォースに出来なくて。

がしりと、それを止めたのは、驚いたことに姉貴分だった。

驚いたその眼と、怯えを含んだ眼がぶつかった。

そうして、口から飛び出てきたのは、昔自分と兄の諍いを止めた時と同じような言葉だ。

 

どうしてだ、そう思った。

記憶なんてないんだろう。何もかも失って。自分たちとは他人に成り果てて、関係なんて無に等しい。

なのに、どうしてだ。

 

(どうして、変わらないんだよ。)

 

自分に向けられた、優しさも厳しさもまるで家出してしまったように存在しないのに。それでも、どうしてか、ニゲルは変わらない。

本当に自分が、何かのラインを超えようとするその瞬間、引き留める言葉と手を、彼女は与え続けてくれる。

抱きしめられた。

体が震えている。

ああ、それに、彼女が決して自分の姉ではないのだと、他人でしかないのだと、まざまざと理解できた。

それでも、その温もりは、背中をさする手は、その言葉も、その仕草も、変わることはない。

 

(ああ、そうだ。)

 

彼女は、確かにアバーフォースの姉ではなくとも、確かにニゲルであるのだと。

 

「・・・・・あんまり兄貴に甘えてやるなよ。」

「うん。」

 

アバーフォースはニゲルの言葉に微かに頷いた。目いっぱいに甘える様に、その肩に頭を擦り寄せた。

そうだ、ニゲルは変わることなく、ニゲルのままだというならば。

 

(大丈夫だ、また、家族になれる。)

 

 

アバーフォース・ダンブルドアは、当たり前は崩れることを知っている。変わってしまうものを知っている。

だからこそ、彼は信じて、手を伸ばすのだと誓った。

彼は、夢を持つことはないだろう。彼は、偉大なものになることはないだろう。彼は、いく人にも忘れられていくだろう。

けれど、アバーフォースは自分にとって本当に大事なものが何なのかを知っている。

彼は、例え、どんな時だって自分の大切なものを間違えないだろう。

彼は、信じることにした、叫び続けることにした。

彼にとって愛しい家族が迷子にならない様に。

アバーフォース・ダンブルドアはけして英雄にはならないだろう。それでも、彼は家族を守る優しい人になれるのだ。

 

 

 

 

 

「・・・・呪いを受けた本人が僕よりも先に退院するなんてね。」

「はははははは、まあ、それは。」

 

ゲラート・グリンデルバルドは目の前で苦笑するニゲルをじっと見た。

記憶を失い、呪いを受けた彼女へ感じたのは腹に重たくのしかかる様な罪悪感だった。

そうして、会った彼女は確かにグリンデルバルドを忘れていた。

さっぱりと、きっぱりと。まるで、彼女との記憶が夢であったかのように。

 

世界を変えたかった。

この世界は、漠然と間違っているのだと思った。

傲慢にも、過信していたのだ。この世界を、自分は変えられるのだと。

それがどうだ。

友人一人、自分には守れなかった。

美しい夢を見せてくれた、春の夜のような人。

大好きだった人。

 

彼女の中から自分が消え失せていることは罰だと思った。

傲慢に何もかもが出来るなんて、そう思った自分への罰なのだと。

痛みがあった。それでも、その痛みも飲み込むことと決めたのだ。

何もできなかった自分への罰だと。

 

グリンデルバルドとニゲルは今、バチルダ・バグショットの家でお茶をしていた。

グリンデルバルドが望んだらしいそれは、ニゲルとアルバスが新居を何とか探し、生活が落ち着いてからのことだった。

ニゲルは正直、このお茶会を忌避していた。

 

(・・・いや、だってあのグリンデルバルドだよ?)

 

原作にて燦然と闇の魔法使いとして輝く、その名前。

 

(そうして、ダンブルドアの初恋の相手。)

 

いや、気まずい。めちゃくちゃに気まずい。

心境を表すなら間男ならぬ間女になった気分だ。もしかすれば、ダンブルドアに気安くないかと言う釘を刺されるかと思ってさえいた。

 

(・・・でも、ダンブルドアは大丈夫だと言ってたけど。なんか一応、信頼関係はあるみたいだし。)

 

それが、全てとは言えないけれど。どうも、自分はグリンデルバルドとは前から親交があったらしい。それならば、記憶を失う前の自分を信じてみようとこのお茶会に挑むこととなった。

 

(一応、ダンブルドアに探りはいれたけど。どうも、死の秘宝関連にはあんまり興味がないみたいだし。)

 

ニゲルは腹に力を入れて、怯えてしまいそうなほどに見目麗しい男に向かい合った。

 

 

グリンデルバルドは、少しだけ安堵していた。

何故って、改めてあった彼女の反応は最初の茶会と本当によく似ていた。

警戒心と不安感、そうしてちらりと目の先に見える好奇心。

それは本当にニゲルと言う人との出会いを思い出す。

アルバスの守りの魔法がかかっていたニゲルと、魔法をとっさに使ったとはいえグリンデルバルドとでは外傷の差があったとはいえ、自分よりも先に退院していった彼女はあまりにもらしいといえた。

彼女らの母の葬式の時もろくに話すことはなかった。単純に彼女の弟妹達に警戒されていた面もあるが。何よりも、ニゲルはその時あまりにも不安定であったためだろうか。

ぽつんと、まるで絵空事を見る様な目で葬式を眺める彼女は見まごうことなく、他人であった。

何となく、覚悟が必要だった。

彼女が他人であるという事実、彼女が自分を知らないという事実、彼女を、助けられなかった己。

少しでもいい、ゲラート・グリンデルバルドは覚悟を決めたかったのだと思う。

自分にとって、守れなかった、愛しかったものががちゃんと壊れたという事実を受け入れるために。

そうして、一つ、選択をするために。

覚悟は決まった、自分の行き先を決めた。

だからこそ、ニゲルに会うためにアルバスに頼んでこの茶会を設定したのだ。

 

「今日、君に会いたかったのは、一つ報告があったんだ。」

「報告?」

「そうだね。それに関して、君に言っておきたかったんだ。」

 

ニゲルはそれに不思議そうに首を傾げる。なんといってもわざわざグリンデルバルドにそんなこと言われる覚えがないのだろう。

グリンデルバルドはそれにくすりと笑った。

青年は、淡い金の髪に青い瞳。まるで王子様のような麗しい顔をほころばせた。

 

「・・・ホグワーツに編入しようと思ってるんだ。」

 

ニゲルはそれに目を大きく見開いた。

 

「どうした?」

「え。いや、うん?ホグワーツに?」

「ああ、そうだよ。もう試験も受けてね六年生になるはずだ。」

「ホグワーツって編入できたの?」

「それはそうだろう。学校なんだからな。」

「・・・・まじか。」

 

グリンデルバルドはニゲルの反応を疑問に思いつつ、入れられた紅茶を啜った。

もちろん、暴力沙汰で問題を起こしたグリンデルバルドにはそれ相応の評価というものが向けられるが今回は協力者がいたためあっさりと試験は許可された。

 

(・・・ダンブルドアの協力のおかげだ。)

 

アルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドはお世辞にも仲がいいとは言えない。

アルバスは大事なニゲルに暴力沙汰を起こした人間が近づくのを嫌ったし、グリンデルバルドはプライドが高く友人を束縛する面倒な男だった。

それでも、彼らは確かにたった一つだけ、共有した事実があった。

 

優しくて、自分の手を引いてくれた、大事な人を守れなかった。

 

葬式が終わった後、アルバスは一人で外にいた。そこは偶然なのかどうなのか、グリンデルバルドがニゲルと星を見上げていた丘だった。

別段、示し合わせたわけではない。ただ、グリンデルバルドは独りになりたかっただけだ。そこにアルバスがいた。

 

「僕を、怨むか。」

「下らないことを言わないでくれないか?」

 

無粋にそう言ったのは、ただ純粋にどう思われているのだろうかと言う疑問だった。

アルバスは後ろから声を掛けて来たグリンデルバルドに振り返りもせずにそう吐き捨てた。

 

「それは、僕だって同じだ。」

 

平淡なようで、それは血反吐を吐くような声だった。

憎しみと、嘆きと、腹に溜まる様などろどろとした何かを吐き出したような声だった。

 

「自分だけが彼女を守ろうとしていたなんて、自分だけが彼女のことを思っていたなんて、そんな傲慢なことを思うな。」

 

それにグリンデルバルドは恥じ入る様に視線を下げた。

アルバスが誰よりも憎んでいるのはきっと己自身なのだ。グリンデルバルドはそれを分かりはしない。

けれど、一番近しいからこそ、誰よりも彼女の安寧を求めていたのはこの男だった。

誰かに、ただ、当たり前のように生きてほしい、当たり前のように平穏に在ってほしい。

それは、なんて優しくて素朴な願いだろうか。

それは、誰かの悪意によって簡単に砕け散った。

 

「・・・仕事を辞めないのは、復讐のためかい?」

 

グリンデルバルドは思ったよりも、優し気な声でそう聞いた。それにアルバスは振り返る。

 

「なら、お前は赦せるのか?」

 

アルバスの瞳から、涙がこぼれ落ちた。青い、キラキラとした瞳から、ぼたりとこらえきれなかったような滴が零れ落ちた。

 

「ニゲルのどこに、誰かに傷つけられる理由があった!?」

 

彼女は英雄ではなかっただろう、彼女は聖人ではなかっただろう。

それでも、当たり前のように、優しさを、微笑みを、慈しみを持った人だった。

誰かを救えはしなくとも、誰かを助けられる人だった。

 

「そうだ、際立ったところなんてなかっただろう! 嫌われていなかったとも言わない。それでも、あんな目に遭う謂れなんてなかったはずだ!」

 

子どもの癇癪のようなそれは、怒りだった、憎しみだった。

それは、グリンデルバルドが抱えた物に似ていた。

 

「赦せるはずがない、分かってる。ニゲルを一人にしていいわけないなんてことは!でも、ここでこの憎しみを晴らさなければ、僕は。僕は。」

 

掠れた声は、グリンデルバルドの知る優等生の皮を脱ぎ捨てた、一人の男の声だった。

グリンデルバルドは一度だけ、瞳を閉じた。

そうして、そっとアルバスに手を差し出した。

 

「誓いを立てよう。」

 

その言葉で、アルバスは全てを察した。破れることなき、その誓い。

 

「・・・・何を?」

「僕はお前に、お前は僕に。」

 

今度こそ、守ることを。

 

それは、なんて曖昧な言葉だろう。なんて、曖昧な祈りだろう。

なんて、なんて、子どものように強く、純粋な誓いだろう。

その日、大人と言えるほど老いてもおらず、子どもといえるほど幼くはない二人の彼らは互いに誓いを立てた。

彼らは、友人ではなかったのかもしれない。彼らは、けして穏やかなだけの関係ではなかったのかもしれない。

それでも、認めてはいたのだ。だからこそ、誓うに足るのだと認め合った。

その夜、二人は、友愛を持たず、親愛を持たず、それでもなお、共犯者に成り果てた。

いつか、友になる日が来ようと。彼らの誓いは続いていく。

 

 

グリンデルバルドはホグワーツへの編入を決めたのは、ニゲルの呪いを解くにせよ、自分の夢をかなえるにせよそれ相応の地位や知識が必要になる。

そう言った意味で、魔法学校を卒業するというのは必須だった。

彼女にアルバスとの誓いを伝えることはなかったが、それでも覚悟のために会っておきたかった。

 

「ええっと、おめでとう?」

「ふふふふ、まだ試験も受けていないのに?」

「あー、何となく受かってそうだなって。」

「それはありがとう。」

 

グリンデルバルドはゆるゆると笑った。そうして、気まずそうに首を摩るニゲルにふと、問いかけた。

 

「・・・・・君は、魔法使いが宇宙に行けると思うかい?」

「は?宇宙?」

「君がね。教えてくれたんだ。空の果てには、もう一つの宙があるって。」

 

グリンデルバルドは幼いころ描いた日記帳を捲る様な声でぽつりとその話を聞かせた。ニゲルはひたすらに驚いていた。

 

「まあ、そんなところなんだけど。宇宙のことも忘れてしまったのか?」

「あ、いや。覚えてるけど。そうかあ、なるほど、宇宙に興味が。」

「そうなんだ。だからこそ、少しだけ君はどう思っているんだろうと思ってね。宇宙に行きたいと思っても。僕が不老不死にならない限りいけない気がするよ。」

 

お道化るように言った。

グリンデルバルドも自覚していた。マグルと魔法使いでは多くの物事の見方が違うのだ。

例えば、魔法使いは一瞬で距離を飛ぶことは出来る。マグルはそれが出来なくとも、光の速さと言う速さの概念を考えている。

どちらが悪いというわけではない。けれど、絶対的な差があることはわかる。

宙の果てを見たいと、グリンデルバルドは思う。けれど、道は遠すぎて、あまりにも永い。

 

「・・・・・君、宇宙に行くために一人で頑張る気なの?」

「それはそうだろう?研究なんて一人でするものだろう?」

「あー、そういや魔法使いって個人主義だね。学者肌が多いし。でもなあ、私たちは人間だ。」

 

唐突に出て来た発言に、グリンデルバルドはめをぱちぱちと瞬かせた。

 

「人、間?」

「不老不死ってたしかに究極的なものだよ。たぶん、時間って目的を遂げる上では最高の単価だと思うし。でも、私たちは人間だ。この星で生きていく上でひどく脆弱で脆い。でも、その代り知恵を絞り、身を寄せ合い、道具を用いることを選んだのが人間だ。多様性こそが、人が栄え、歩き続ける力になったと思う。」

 

グリンデルバルドはそれに耳を傾けた。それは、なんだか、ひどく価値のある言葉のように思ったから。

 

「グリンデルバルド、君は賢い。賢い人間はたくさんいる。でも、たった一人だけの人間に固執するのはものすごくつまらないんだと思う。」

「つまらない?」

「だってそうだろう、どんなに賢くたって誰にだって価値観がある。忌避すること、是とすること、好きな事、嫌いな事。結果を叶えるためにはたくさんの過程がある。でも、必ず自分では考えつかない過程がある。人はさ、自分が至らなかったとしても、それを誰かに託していくからこそ面白いんだと思う。だって、見たことも無いものを知るのって楽しいだろ?自分じゃないからこそ、思いついた過程は悔しくて、それでも心躍るほどに面白いと思うんだ。」

「・・・・自分が結果にたどり着かなかったとしても?」

「楽しいさ。」

 

だって、誰かと楽しいことを共有した方がもっと面白いだろ?

 

そう言ってニゲルが笑っていた。それは、なんともらしい笑い方だった。

 

「宙に行くっていうのは先にそれを始めてたマグルたちにとってだってものすごく遠いものだったと思う。結末にたどり着くための旅路は途方も無く永いだろうから。それなら、道連れがあった方が楽しいとは思わないかい?」

 

未知を知る瞬間、一人でそれを消化するよりも誰かと語り合うほうがずっと愉快だと思う。

それに、もしも自分が辿り着けなかったとしても、自分の後輩にさ。

託したいと思える相手は見つかったとすれば、そんな相手に会えたその瞬間。

何よりも、そんな楽しいことをお前よりも先にしって、たくさん、初めて分かった瞬間を自慢するのは楽しいぞ。

 

「そうして、次はお前だって、自分は未練もある、知りたいこともある。それでも楽しんだ。お前は、自分よりも距離を進むことができるのかいって発破をかけて、その背を、旅路を見送る瞬間は、ひどく嬉しいんじゃないのかって思う。」

 

結果を知りたいさ。その先に何があるのかを知りたいさ。

でもなあ、物語が終わってしまうのを寂しいと思ってしまう私がいる。最後の頁を捲りたくない自分がいる。

 

「ねえ、グリンデルバルド。」

「何だい?」

「一人ぼっちで遊ばないで、それならいっそ誰かと遊んだ方が楽しいじゃないか?」

 

宝物のような未知を。知ることはない世界を。

独り占めなんてみっともなくて、つまらないことなんてしないでよ。

 

「君が終わったその瞬間、消えてしまうなんて寂しいだろう?」

 

長くて、永い旅路だと思う。それでも、一歩と言う足を進めた先があるなら、それを止めないなら行きつく先はきっとある。

 

「魔法使いも、マグルも、人間だ。たぶん、どれほど遠くても、進み続けた生き物だ。海を越えて、森を進んで。未知をすくい上げながらそれを既知にするのが人間だ。だから、私たちは星にだって手が届くと思うんだ。」

 

ああ、と。

グリンデルバルドは思う。

その言葉を、自分はどれほど理解できたかは分からない。

終わりたくはないと思う。空の果てを、自分で見たいと思う。

それでも、永い旅路に、進み続けるというなら確かに話し合える友は欲しいと思った。

 

 

ゲラート・グリンデルバルドは理想家だ。傲慢で、一人でいいと思っていた理想家だった。

それでも、彼は結局の話、地面しか見ていなかった、遥か彼方遠い場所を見ていても、それは地平線の彼方で一方しか見ていなかった。

それでも、彼は友人に空を見上げることを教わった。

遠く、どんな人間もいない、未知の世界。宙の果て。

グリンデルバルドは誓う、守れなかった彼女を守るためにダンブルドアと手を組んだ。

その、守りたいと思う感情を人が何と言うかは知らないけれど。

それでも、それは愛しているのだと思う。

友のような、恋のような、師のように、姉の様に、庇護する様に。

ゲラート・グリンデルバルドは傲慢で、優秀な、夢想家だ。

それゆえに、彼はいつか宙の果てにたどり着くだろう。彼の運命と話し合った、遠い宙の果てに。いつか、彼自身ではなくとも、彼に何かを託された誰かが。

魔法使いであり、彼は人間なのだから。

 





アルバスさんとニゲルさんの話は次回。
長くなりそうなのでいったん切りました。


アルバスさんとグリンデルバルドさんの誓うシーンはどうしても書きたかったもの。


ケンドラさんの話はもう少し書きたかったなあ。上手く話しが出来なかったです。

アルバスさんの闇落ちルートではもれなくニゲルは死んでます。


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彼らのエゴなる愛について


君を愛そう。例え、世界を敵に回しても。それは、間違ってるかは知らないけれど、叶うならば愛と言おう。


原作のアルバスさんは博愛主義の気があってけれど。でも、確かに誰かを愛していたけれど、何故か愛したかった人を悉く失ったゆえに行きついた博愛主義な感じはあったなと。

感想、欲しいので待ってます。


 

 

ニゲルは温いものが自分にぴったりと張り付いており、それが少し熱くさえ感じて目を覚ました。

自分にぴったりとくっつき、尚且つがっちりと手を繋いでいる存在を認識して、ニゲルは軽くため息を吐いた。

柔らかそうな鳶色の髪に、今は閉じられて見えないキラキラとした青の瞳。見とれてしまいそうな麗しい顔立ち。

ニゲル・リンデムとしての記憶をどこかに放り出してから少々の時間が経った。そうして、この隣りで眠っているアルバス・ダンブルドアという厄ネタが豊富な男と添い寝をするようになってから少々の時間が経った。

 

ニゲルになってからまず悩んだのは、ダンブルドアきょうだいとゲラート・グリンデルバルドへの対応についてだ。

グリンデルバルドは何故か宇宙を目指していたし、ダンブルドア家は問題なく生き残っていた。まあ、母親に関しては、なんというか罪悪感というか申し訳なさはあるのだが。

そこは今は置いておこう。一言では語れない程度の申し訳なさがある。

ただ、何となく、記憶を失う前の自分が何かを変えたいと足掻いていることは察せられた。

守りたかったのだと思うし、愛していたのだと、何となく察せられた。

子どもが、泣いていた。

 

(・・・・忘れてしまったのって、泣いてたなあ。)

 

ああ、子どもが、泣いている。自分のせいで、泣いている。

それは、ニゲルという人間にとっては非常に、なんというか、心を抉られる。

彼女が彼女足りえる確固たる価値観としては、非常にそれは心がえぐられた。

といっても、自分の中にある日記と言えるものはまっさらなままそこにあるのだ。

崩れ落ちた家屋が撤去されて、何の問題も無いとされた荷物を引き取ってみると、ニゲルの私物は驚くほど少ない。あるものといえば、仕事の為の本や道具、あとは服が何着か。そうして、おそらく友人が誰かに贈られたのだろう、時計などの小物だ。

そうして、何よりも目を引いたのは日本人の記憶のために相当苦心したらしいレシピ集だ。その書き込み具合から見て、相当この国の料理が苦痛だったらしいことが察せられた。

そうして、所々にある、三きょうだいについての書き込みだ。

これはアルの好物だとか、これはアリアナが嫌いだとか、これは濃い目にした方がアブは好きだとか。

それに、理解してしまったのだ。

愛していたのだと。

どうしようもなく、記憶を失う前の自分と言うのは、ダンブルドアの三きょうだいを愛していたのだと。

それが、どんな経緯があったかは分からない。

ニゲルは、ハリー・ポッターの物語を知っている。そこで、不幸によって死んだ少女を知っている、仲たがいしたままの兄が死んだ弟を知っている。

そうして、世界のためにしか死ねなかった博愛主義の老人の孤独を、知っている。

 

(・・・・幸せを、願いたくもなるよなあ。)

 

バッドエンドよりもハッピーエンドを望むのが人情だろう。その内にほだされたというのも納得できる。

けれど、その日記に等しいレシピを見ていると、分かるのだ。

きっと、きっと、自分と言うのはひどく真摯に、真っ当に、どうしようもなく、何の理由も必要なく、共に育った彼らのことを愛していたのだと。

ニゲルには、そんな自分の置き土産を見たとしてもどうしようもない。

ただ、三人は、ニゲルの困惑した顔を見ると、まるで死んでしまいそうな顔をする。

まるで、置いていかれたかのような顔をする。

そんな顔をされても困るのだ。忘れてしまったものは忘れてしまった。

大体、考えてほしい、案外致死率が高いハリポタの世界で呪われても生き残れた時点でものすごい頑張っていないだろうか、自分は。

そう思って、そんなことを知らない三きょうだいには関係ない話だ。

そうやってアルバス・ダンブルドアと同居をするようになって思うのは、ものすごい気まずさだ。考えてほしい、身内だった、きょうだいのように育ったという記憶がすっこ抜けた状態で異性と暮らすのは非常にハードルが高かった。そうして、意識をし過ぎいているのかもしれないが滅多に見ないような美形との同居はなかなかに気まずい。

どうなることかとそわそわしていた同居生活であるが、はっきり言おう、そんなことを気にしていられる余裕などはなかった。

ある意味では居候のような立ち位置なのだからとせっせと家事をこなしていた。なんといっても今を時めくアルバス・ダンブルドアだ。ものすごい忙しい。それに加えて、知識はあっても馴染んでいない魔法使いの常識をアップデートさせ、かつ病院への通院や毎日のように送られてくる梟便の処理などを済ませれば日々のことなどあっという間に終わる。

尚且つ、アルバスは仕事漬けで滅多に帰ってこなかった。

ニゲル自身、外に出ることを禁じられ、部屋の中で過ごしていたが別段不満はなかった。というよりも、馴染んだ時代とは全く異なる世界に一人で出る胆力はニゲルには存在しなかった。

自分が飼っていたらしい、ニーズルのラピスが相手をしてくれたのでさほどの孤独は感じなかった。

何よりも、仕事馬鹿といっていいアルバスの世話をするために遠慮やときめきなど時空の彼方に早々に放り出してしまった。

 

(・・・・まじで、飯も碌に食わずに徹夜までして。)

 

一回、数日間連絡も寄越さなかったため吠えメールでも送ってやろうかと思ったが、疲労で上司に返されたというアルバスを見ればそんな気もうせてしまう。

というよりも、不思議なのはアルバスはここまで忙しかったのかという話だ。

ニゲルの付けていた端々のメモを見れば、ここまで忙しいことなどなかったようなのだが。

そう思って、アルバスと言う人間への遠慮など、そのズタボロ加減を見れば失せてしまう。

ニゲルは何とかアルバスをシャワーに押し込め、消化に良さそうなスープを作りベッドに放り込んだ。

そうして、聞いてしまったのだ。

微かな、寝言なのか、いっそうわごとなのか、その言葉。

ニゲル、ごめん。

アルバスは、幾度も、ごめんと囁いていた。

君に呪いをかけたやつらを、僕は必ず。

それに覚ってしまう。この青年は、どうも自分の敵を討つためにそこまでズタボロになっているのだと。

それに、心底呆れてしまう。

自由に生きればいいのにと。

少なくとも、この世界のアルバス・ダンブルドアにしがらみがないのなら好きに生きればいいのに。魔法大臣になろうと、教師になろうと、誰かを一方的に排除なんかしない限り自由に生きればいいはずだ。

はっきり言って、ニゲルは自分をこんな目に遭わせたという存在にそこまでの感情を持っていない。なんというか、記憶が無くなったという実感が湧かない分、怨みやら憎しみやらが薄いのだ。

ニゲルとしてはアルバス・ダンブルドアが幸福であればそれでいい。きっと記憶をなくす前のニゲルの願いでもあったのだと思う。

一度、ズタボロになって、誰かを愛していたようで、結局届いてほしかった願いは全てなくなって。

それならば、それならば、ニゲルは気にしないのだから好きに生きてほしいのに。

 

「・・・・・好きに生きればいいんだがなあ。お前さんが、あの子たちが幸福であればそれでいいのに。」

 

そんな呟きをして、そっと眠るアルバスの頭を撫でてやった。

あやすように、子どもの頭を撫でる様に、撫でてやった。少なくともニゲルにとってアルバスはただの子どものようにさえ思っていた。

武器をめちゃくちゃに振り回すような、そんな幼い怒りを感じて。

 

(・・・・だからといって、もう充分大人になった男女の添い寝は駄目かなあ?)

 

ニゲルはそんなことを思う。

ニゲルとアルバスがそんな風に一緒のベッドで添い寝をするようになったのは少し前の事だった。

元々、ニゲルとアルバスは違う部屋で寝ていたのだ。けれど、ある時のこと、アルバスが同じ部屋で眠っていいかと言い出した。

もちろん、アルバスはそれがどれだけ失礼と言うのか、駄目な事で、距離感を見失った提案であるのかは分かっているようだった。

けれど、アルバスはそれでもとニゲルと同じ部屋で眠る許可を求めた。

別段ニゲルとしては構わない。その時には図太い性質のままに、アルバスへの遠慮も宙の彼方に放ってしまっていた。

けれど、その提案自体があまりにもらしくなくてニゲルはどうしたとアルバスに聞いた。それに、彼は顔色を真っ青にしていった。

 

眠っている間に、君が、死んでいないか不安になる。

 

その言葉にニゲルは寝室を共にすることを是とした。

同じ部屋で眠ることでアルバスの安眠が約束されるなら安いものだ。その程度に割り切って。

けれど、アルバスの様子がおかしいと思ったのは同じ部屋で眠るようになってからのことだ。

夜中に、突然起きて来るのだ。ニゲルがそれに気づいたのはただの偶然だった。ただ、何となく寝付けなかったある日。

突然起き上がったアルバスが、自分の寝ていたベッドから起き上がり、自分のベッドへ近寄ってきたのだ

思わずニゲルは身を固くして、それを待つ。

そうして、アルバスはニゲルへ近づくとそっと彼女の口元に手を持っていく。

次に聞こえてきたのは安堵の声だ。

 

「・・・・生きてる。」

大丈夫、ニゲルは、大丈夫。

 

子どもが不安に押しつぶされるその瞬間、必死にこらえる時のような声だ。それからも、時折アルバスはニゲルの生死をそっと確かめる。

息をしているか、温かいのか、脈があるのか。

時折、何度も起きてはということさえあった。けれど、どうやら偽装は完璧であるらしく起きたアルバスは、変わることなくニゲルへ気を遣う紳士だ。

子どものような、不安感を持つなどおくびに出しもしない。

そこにいるのは、完璧で、姉を気遣う弟で、何があっても揺らぐことのない、アルバス・ダンブルドアだ。

 

(・・・・そんな無理しなくても。)

 

けれど、無理させる理由も自分なのだから何とも言えない。

それ故にニゲルは気づいていないふりを続けた。けれど、ある時のこと、ちょうどアルバスが布団の外に放られた腕でニゲルの脈を取っている時のことだ。

その時、ニゲルは機嫌が悪かった。うとうとと心地の良い微睡みに浸っている時にゆすぶり起こされたかのような感覚で、ニゲルはむくりと起き上がった。

そうして、アルバスの手を引いてベッドに引きずり込んだ。字面からすればだいぶ問題があるが、寝起きの機嫌の悪いニゲルには関係がないことだ。

ベッドに横たわったアルバスは、あまりの行動に茫然としている。

ニゲルはおっさんがごろ寝をするときの様に腕を立てて不機嫌そうにアルバスを睨み付ける。

 

「さすがに起きる。」

「その、すま・・・・」

 

アルバスがそう謝罪をしようとしたがニゲルは不機嫌のままにアルバスの履いていた靴を脱がせ、奥に引きずり、そうして一人用のために狭いベッドから落ちない様に抱き寄せる。

 

「ニ、ニゲル?」

 

アルバスの困惑した声がする。が、やっぱり、眠いニゲルにはそんなことは関係ない。

 

「・・・・ほら、こうすれば、死んでるのか生きてるのか分かんだろ?」

「だが。」

「ねむいから、おまえもねて。」

 

アルバスの抗議の声がするけれど、ニゲルには子どもの愚図る声に等しかった。ニゲルはそのまま、アルバスに子ども同士が昼寝でくっつきあって眠るように夢に落ちていく。それに、アルバスの体のこわばりがとけていく。

それに、ニゲルはぼんやりとした思考でほっとする。

よしよし、そのまま眠ってしまえ。怖いことなんてないんだよ。忘れてしまったけれど、でも、いなくなったわけじゃないんだから。だから、そんな死にそうな顔をするな。

幸福で、そうだ、幸福であってくれ。

誰かのためにではなく、自分のために、どうか幸福であってくれ。

 

 

それから、ニゲルとアルバスの添い寝が続いている。添い寝をしていると言っても何かが起こることがないのなら、別にかまわないのだろうが。何となく、ニゲルの中の倫理観と言うか常識が、あかんくないかと言っているもののアルバスが夜中に何度も起きるという睡眠障害的なものは収まっている様で止める気も起きない。

ニゲルとしても自分のせいでそこまでアルバスが追い詰められているという事実を前にすれば、本人が嫌がっていないのならこのままでいいかと思ってしまっている。

ニゲルは、握られたそれとは反対の手で、そっとアルバスへ布団をかけ直してやった。

 

「・・・・・無理はするなよ。」

 

自由に生きればいい、ニゲルだって自由に生きている。なら、どんな道だって歩めばいい。本当に間違えたその時は、違うんじゃないかと声ぐらいはかけられるだろうから。

地位などなくても、愛さえも得られずとも、名誉さえも与えられなくても、それでもニゲルにとって波乱に満ちた人生に比べれば、アルバスというそれが幸福であったと満足出来ればそれだけでいいのだ。

不幸なんて誰だって見たくない。ハッピーエンドこそ、人は愛するものだろう。

そっと、声を掛けてやった。そうして、ニゲルもさっさと目を閉じて眠りについた。

 

 

眠るのが怖くなったのは、ニゲルと同居を始めてからの事だった。

体も心も疲れ切り、そのまま眠りについた。そうして、夢を見たのだ。

いつものように起きて、けれど、ニゲルは起きてこず。不審に思い、部屋を訪れた。

そうして、アルバスを出迎えたのは、冷たくなったニゲルだった。

白い肌、硬化した体、冷たい肌、濁った、緑の瞳。

二度と笑ってくれない、二度と怒ってはくれない、二度と手をつないでくれない。二度と、目覚めてくれない。

声も無く飛び起きたアルバスは、今にもニゲルの部屋に駆け込みたい衝動に駆られる。以前ならば、ニゲルが記憶を失う前ならきっと、飛び込んでいただろう。けれど、今の彼女にそれをするのははばかられた。そのために、アルバスは必死に悪夢だ、そんなことはないと言い聞かせてベッドに潜り込んだ。

それから、幾度もそんな夢を見るようになった。寝不足によってくっきりと浮かんだ隈に、疲労に満ちた体。同じ部屋で眠らせてほしいというのは、アルバスとって本当に最終的な苦肉の策であったのだ。

同じ部屋で眠るようになってようやく悪夢は見なくなった。ニゲルの私室と言う括りの部屋にアルバスはベッドだけを置いて、そっと彼女の寝息に耳を澄ませた。それにようやく救われた。ようやく、悪夢を見なくなった。

けれど、ふと、また夜中に目が覚めるのだ。寝息が小さくなって、よく聞き取れないときがあった。

駄目だと、それはあまりにも境を踏み越えすぎていると理解しても、ざわざわと腹の奥に巣食った不安に押しつぶされそうになりながら、救いを求めて彼女の生を確かめるのだ。

ああ、生きている。大丈夫だ、ああ、大丈夫、彼女はちゃんと生きている。

朝、空っぽになったベッドを見るだけで泣きそうになった。

よかった、今日も、彼女は朝を迎えて目を覚ましたのだと。

それだけで、アルバスは救われるのだ。

家に帰ったその瞬間、ニゲルが家にいるだけでアルバスは胸の内、頭の奥、思考の果てにある不安感から一瞬だけ解放される。

ニゲルは、変わることなく優しい。

記憶がなくてきっと彼女だって不安なのに。そんなことをおくびに出すことなく、アルバスのことを心配してくれる。

そのたびに、死にたくなった。

アルバスにとって、ニゲルは、どんな誰よりも特別であった。弟のことも、妹のことも、母のことも、友人のことも、愛していた。

けれど、ニゲルだけは、どんな誰とも比べることは出来なかった。

彼女だけが、アルバスの献身を望むことはなかったから。

正しくあることも、愛する者への献身も、世界のための奉仕も、彼女に取っては関係なく、そこにあるのはアルバス・ダンブルドアという個人が幸福になることだった。

だから、特別だった、居場所だった。

アルバスにとって、ニゲルだけが甘えても、理不尽を言っても、赦してくれる存在だった。

アルバスは、正しくありたいと思っていた。自分の力を証明し続けるのは好きだった。

けれど、ニゲルだけは、彼女だけは、アルバスの正しさに興味を示さず、彼の家族よりも夢を優先したエゴを肯定してくれた、赦してくれた。

愛してくれた。

それ故に、アルバスは、ただ、絶望した。

自分の夢への歩みは、たった一人、アルバスの夢を肯定してくれた人を徹底的に傷つけたから。

ニゲルがアルバスに願っていたのと同じぐらいに、彼だって彼女の幸福を願っていた。

だからこそ、ゲラート・グリンデルバルドが近づくのだって嫌がって。そのくせ、彼女の言葉など聞いていなくて。

わかっている。結局のところ、アルバスは優しいニゲルに甘えて、彼女が自分の側でずっと手を握り続けていてくれるのだと、そんな愚かなことを考えていたのだと。

守られていたのは、自分の方だと、見知らぬ自分を見るニゲルを見た時覚った。

だからこそ、今度は甘えない様にと誓ったのだ。今度こそ、辛くても、悲しくても、何があってもニゲルを守るのだと誓ったのに。

けれど、アルバスはニゲルにベッドに引きずり込まれて、抱きしめられた時、それを甘受してしまった。

こんなことをしなくてもいいと、大丈夫だと、そう言わなくてはいけなかったのに。

ニゲルの優しい声に、どうしようもなく、甘えてしまった。

その、ここならばどんな悲しいことも、苦しいことも無いという、奇妙な確信に体を委ねてしまった。

声がする。途切れ途切れの、ニゲルの言葉が聞こえる。

眠ってしまえ、そのまま、どうか。大丈夫だから、眠ってしまえ。

ああ、優しい声がする。自分を守ってくれる声がする。

アルバスは、自分の目から涙がこぼれたのを自覚して、それを隠すように目を閉じた。

柔らかな体と、暖かな体温は、彼女は生きているのだと何よりもアルバスを安堵させた。

起きた時、アルバスは思わず彼女に聞いた。

どうして、こんなにもしてくれるのだと。ニゲルはそれに、うーんと困り切った形で首を傾げた。そうして、ベッドの上に向かい合わせになる形でじっとアルバスの瞳を見た。

 

「・・・・君はさ、あれだよね。まあ、私のことを大事にしてくれている、よね?」

「ああ。ニゲルは僕の家族だ。愛しているよ。」

 

アルバスはそれに素直にそう言った。ニゲルはそれに動揺を含ませて、耳を赤くしながら苦笑した。

 

「まあ、自分のこと大事にしてくれてるんなら、同じように大事にしてやりたいもんだろ?」

「それだけ?」

「そりゃあ、そうだろ。そんなもんだろ、大抵は。だから、まあ。あれだな。私はお前の味方だからさ。そんなに自分を罰しようとしないでほしい。」

幸福であってほしいって、これでも思ってるんだ。

 

あっさりと、ニゲルはそう言った。

ああ、それだけだった。ニゲルにとって、アルバスへの感情なんてそんなものだった。

アルバスは、確かに愛されているのだ、守られているのだ。

たった一人の、さほど際立ったものなんてない、どこにでもいそうな彼女にずっと守られている。

記憶が無くなってさえも変わらないそれは、きっと彼女と言う人間性なのだろう。

アルバスは、隣りだって眠る時、その繋がれた手の体温にどれだけ救われるだろうか。

記憶がない、その状態で変わることなく苦しいアルバスに手を差し出してくれた。

苦しくて、間違えて、どうしようもなく自分と言うそれがぶれてしまう時、彼女は変わることなくアルバスのことを守り続けてくれた。

ニゲルは優しい。だからこそ、自分のほかに苦しい誰かがいれば、彼女はその人を助けるだろう。昔、ニゲルが拾って来たスクイブの青年の様に。

昔、こんなふうに身を寄せ合って眠ったことがあった。

そんな軽やかで、柔らかな感情をニゲルはアルバスにずっと与え続けてくれる。

ニゲルはきっと知らないだろう。それを欲しがるものがどれだけいるか。どんなことがあっても、手を引いてくれる誰かの存在が、どれだけ希少なのか。

自分は、彼女を失った。彼女を、自分は傷付けてしまった。それでも、ニゲルは変わることなく、アルバスの手を握ってくれるから。

だから、彼は決めたのだ。

アルバス・ダンブルドアはきっと変わることなく正しいものであろうとするだろう。地位が高くなっても、名誉を得ても、きっとアルバスは自分の本当に大切なものだけは失うことはない。たった一人、自分の手を握り続けてくれる彼女がいるならば、きっとアルバス・ダンブルドアは闇に飲まれることはないだろう。

だからこそ、決めたのだ。

もしも、もしもの話。

ニゲルという存在が、どんな立場に立ったとしても、誰かとニゲルを天秤に置く時があるとしたら。

その時は、アルバス・ダンブルドアはニゲルを選ぶことを決めたのだ。

それはエゴだ。それは、どうしようもないエゴだ。

けれど、アルバス・ダンブルドアはそう決めた。

ニゲルだけが、アルバスの正しさを疑い、平凡を知り、傲慢に呆れ、献身を求めず、愛してくれたから。

それだけで、それだけが、誰にもできなかったことだったから。だからこそ、アルバスはニゲルを愛すると誓ったのだ。

アルバス・ダンブルドアは、世界を敵に回しても、ニゲルの味方で在り続けると誓ったのだ。

 






アルバスさんが自分のために誰かを愛していくと決めた話。


アルバスさんの闇落ちルートもありますが、ニゲルさんの闇落ちルートもあります。ちなみに、ニゲルさんが闇落ちした場合、原作知識をフルに使うのでハリーさんは生まれる前に消されます。


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番外編:裁判の前夜

魔法とは、まるで最初の友人のようなものだ。なくれなば、きっと悲しい。それでも、なくなったとしても私は私として生きるだろう。


今後の展開に悩み中。
ちなみに、番外編のニゲルさんは基本的に記憶を取り戻してます。
ニゲルさんがハリーと幼なじみになってしまったルートについて。
最初のアルバスさんのよしよし感、もう少し気持ち悪くしたかった。


「・・・・・怖くないの?」

 

掠れたその声に、ニゲル・ダンブルドアはきょとんと眼を瞬かせた。

それに、ハリー・ポッターはそわそわと落ち着かないというように体を動かした。

 

その少女と出会ったのは、ハリーがマグルの学校へ通っていたころのこと。

ニゲルはハリーのよく預けられていたフィッグばあさんの家の子だった。

家の子だった、というけれどニゲルは別にフィッグばあさんの孫と言うわけではなく、昔世話になったひとの子どもであったそうだ。だが、両親も死に、フィッグばあさんが引き取られたそうだ。

フィッグばあさんに預けられることの多かったハリーとニゲルは嫌でも顔を合わせたし、関わることが多かった。

ハリーは、ニゲルという少女が好きだった。

彼女は、数少ない、ハリーに優しくしてくれる人だった。

ハリーがいとこやその取り巻きに虐められている時、率先して助けてくれたのは彼女だ。笑えることに、ダドリーはニゲルのことが好きであったらしく、彼女が出て来ると逃げ腰になってしまう。

といっても、ダドリーがニゲルのことを好きになるのは、ハリーにも少しわかってしまう。

ニゲルは、それはそれは綺麗な少女だった。

さらさらとした黒い髪に、白い肌。いつだって微笑んでいる朗らかな人柄に、勉強だって出来る。何よりも、ハリーが好きなのは、その眼だった。自分と同じようで、少し違うキラキラとした緑の瞳。

何よりも、自分と同じように彼女は人とどこか違った。

歳が一つの上の彼女とは学校ではあまり会うことはなかったけれど、それでもハリーはニゲルと自分は同じであると察していた。

ニゲルだけは、ハリーの悲しみや苦しみに寄り添ってくれた。ダドリーから守ってくれた。バースデーにお小遣いを溜めてプレゼントをくれた。クリスマスのカードをくれた。

大丈夫だよと、そういって寄り添ってくれた。

それは、恋というにはあんまりにも、甘ったれで、細やかで、一方的な心だった。それは、愛と言うのはあんまりにも求めてばかりの心だった。

時折、ニゲルに感じた感情は、姉や母がいればこんなふうだったのだろうか。

たった一言言えるのは、幼いハリーにとって彼女はまさしく世界そのものだった。

だからこそ、ニゲルが自分と同じように魔法使いであると知った時、どれだけ嬉しかっただろうか。

一つ年が違うために入学式は一緒ではなかったけれど、それでも自分の入学を心から嬉しがってくれていることだけは分かっていた。

ニゲルの寮はハリーと同じグリフィンドールで変わることなくハリーを構ってくれた。

学校全体が敵のように感じた時だって、彼女はハリーの側にいてくれた。

大好きだった、本当だ。

だからこそ、あの夜、吸魂鬼に襲われたとき、庇われたとき心の底が冷える気がした。

やめて、そう叫んだ気がする。

自分を守ってくれた人、自分を愛してくれた人、自分を大切にしようとしてくれた人。

吸魂鬼の恐ろしさを、ハリーは知っている。

自分を背に庇う彼女の姿と、覚えていない母の人影が重なった気がした。

守護霊の呪文か聞こえる。彼女の杖から、銀色の何かが飛び出た。

 

(・・・・あれは、何だったんだろう?)

 

一瞬だけ見えた、銀色の何か。それは、鳥のように見えた。

そうして、魔法省から通知が来て、あれよあれよという間に二人が今いる、グリモールド・プレイス 十二番地、シリウス・ブラックの生家だ。ハリーは自分のせいでこんなことになったのかもしれないという自負のために、夜遅く彼女の部屋に訪ねてきてしまった。ニゲルはすでに寝る支度をしていたらしく、緩い服装であった。

さすがに歳の近い男女と言う倫理観もあったが、それよりも不安感が惜しかったということと、ニゲルの赦しにより部屋に入り込んだ。

明日が裁判だというのに、ニゲルは、なんというか普通だ。下手をすれば、周りの方がずっと焦っているというのに。

それでも、ニゲルはゆるゆると笑っている。

 

「何か知ってるの?ダンブルドアが何かしてくれてるの?」

「ああ、アルバスは、まあ。色々してくれてるんだよ。過労でぶっ倒れなきゃいいけど。」

 

のんびりとした言葉に、ハリーはもう一ついつも気にかかっていることを思い出した。

ニゲルは何故か、アルバス・ダンブルドアとやけに親しい。もちろん、養子にまでなっているのだから、親しいなどという言葉では収まり切らないのだけれど。

ニゲルの父母とダンブルドアが親しかったらしいのだが、彼らが無くなった後ニゲルの行方も分からなくなり、学校への入学時にようやく発覚したらしい。

フィッグばあさんへの恩があると最初はそれも断っていたが、色々あって養子に落ち着いたらしい。といっても、ニゲルがダンブルドアの養子になったこと自体は伏せられていて、特定の人しか知らない。ハリーはその一人だった。

 

「ハリー?」

 

柔らかな声がする。それに視線を向ける、緩やかに笑みをたたえたニゲルがそこにいた。ベッドに隣り合わせに座った彼女は、そっとハリーの頬に触れた。

 

「そんな顔をするなよ。お前さんは何にも悪くないんだから。」

 

それは、自分を甘やかして、自分を赦して、自分をねぎらうための声だと理解できた。

違うのだと、自分は守られた。一欠けらだって悪くないはずがない。

けれど、ハリーはこくりと頷いた。

 

「大丈夫だ。私は、大丈夫だ。だから、お前さんは自分のことだけ考えてればいい。」

 

とんとんと、背中を叩かれる。あやされて、宥められて。

情けないことに、その甘やかしがどうしようもなく心地がいい。

こんこんと、ドアが叩かれる。返事をする前に、それは不躾に開かれた。

 

「ニゲ・・・・・」

 

ドアを開いて慌てて入って来るダンブルドアと目が合い、やましいことなどないというのにハリーは慌てて立ち上がる。

 

「・・・ハリーよ、なぜ、ニゲルの部屋に?」

「ええっと。」

 

学校ではきいたことも無いとげとげしい声にハリーは固まる。それに、ニゲルが変わることなくのんびりと答えた。

 

「ああ、私が不安がってたから少し話をしてくれてたんだよ。」

 

それにダンブルドアの目から険は一応とれたものの、視線は逸らされない。ハリーは慌てて出入り口に駆け寄る。

そうして、ダンブルドアの横をすり抜けていく。廊下に飛び出たハリーは、ばくばくとなる心臓を抑えた。

 

(・・・・びっくりした。)

 

ハリーはちらりとすでに閉じている扉に視線を向けた。姉弟同然に育ったという前提があるとしても、夜遅くに二人でいたところを見られたのは気まずさと言うものはある。

 

(・・・でも。)

 

ニゲルを前にしたダンブルドアは、時折、ハリーにはよくわからない顔をするときがある。それを見ると、奇妙な寂しさと怖さを感じてしまうのだ。

 

 

「お前さ、ハリーのことあそこまで睨まなくたっていいだろ?」

 

ニゲルはそう言って自分の薄い腹に顔を埋めるアルバス・ダンブルドアの頭を撫でてやった。

 

「・・・姉妹同然と言っても、よいことではない。」

 

アルバスはニゲルの腹に顔をうずめたままそう言った。ニゲルは自分の腹に感じる温かさに少しだけ落ち着かなくなりながら苦笑した。

アルバスはハリーがいなくなると同時にニゲルに駆け寄り、ベッドに座る彼女へ跪いてその腰に縋りついた。そうして、まるで嵐の夜に母親のベッドに飛び込む子供のような仕草でその腹に擦り寄った。

ニゲルは別段嫌がることも無く、慣れた調子で彼の頭を撫でた。

 

「・・・ニゲル、頼む、心配をさせないでくれ。」

「いや、だってどう見ても今回の件は魔法省のごたごただろう?あの子が巻き込まれるのはさすがになあ。」

「肝が冷えた。」

 

ダアルバスはそう言った後に、彼女の腰に回した手を更に強く巻き付けた。

 

「もしも、もしも!君が、守護霊の呪文を覚えていなかったらと思うと!わしがどれほど恐ろしかったか分かるか?」

 

アルバスはそう言っていきなり起き上がり、ニゲルの頬に両手を添えた。そうして、懇願をするように彼女に顔を近づけた。そうして、まるで小さな獣が親愛を施すかのように額を擦り付けた。

 

「ぼくの、ニゲル。僕たちのニゲル、頼む。今度は、僕を置いて逝かないで。」

 

昔に比べればずっと老いたしわしわの手にニゲルは自分と目の前の弟分との分かたれた時間を思ってしまう。

ニゲルはアルバスがしたようにその顔に自分の手を添えた。

 

「逝きゃしないさ。今度は、最後まで一緒だよ。」

 

ニゲルはそっとアルバスの頬に添えた手をするりと動かして、彼を抱きしめた。自分の胸にかき抱く様に、アルバスを抱きしめる。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。安心しろ、アル。」

 

柔らかな声にアルバスはまるで夢を見るような顔で、そうして、甘ったれた子どものように目をとろんとゆらゆらさせた。

ニゲルは、それにとんとんと背中を叩いてやった。あやすように、甘やかすように、幼子を寝かしつける様に。

いつの間にか聞こえて来た寝息にニゲルはほっと息を吐く。

そうして、アルバスをベッドに引きずりあげ、帽子や靴を取り、服を緩めて布団をかけてやる。

しわくちゃの顔は、何故か幼いころに見た寝顔とよく似ていた。

 

(・・・・苦労が顔に刻まれてるや。)

 

ニゲルは、人には見えないその老人の心の傷を考えた。

 

何があったのかは覚えていない。

ただ、覚えているのはまばゆいまでの閃光と、そうしてその前に誰かに魔法をかけられたことだけだ。

気づけば、何でかもう一回転生していた。厳密に言うと違う様なのだが、何はともあれ彼女はハリー・ポッターの近所の、おまけにもしかしたら有名かもしれないニーズルの繁殖を仕事としているフィッグばあさんの養子になっていた。

意味が分からなかったが、そうなったのも二回目で正直もう無の境地にあったりする。

 

(・・・・まあ、悪い事ばっかじゃないか。)

 

少なくとも、寂しいままであるはずの少年の側にいられたのだ。まあ、そうはいっても置いて来てしまった弟と妹たちが気かがりで仕方がない。

それ故に、魔法使いの学校からの手紙が来た時、どれほど嬉しかっただろうか。どれほど、歓喜しただろうか。

正直、自分がいた世界なのかもわからない。この世界に、孤児のハリー・ポッターが存在している時点で辿った道筋はあまりよろしくないものだろう。

もしかしたら、自分の存在しなかった世界なのかもしれない。

それでも、会いたかった。

愛しい、幸福であった欲しいと願った、可愛い子どもたち。

だから、組み分け帽子に選ばれるその瞬間、老人の前に進み出るその瞬間、涙が出るほど嬉しかった。

サンタクロースにそっくりの顔に、大好きだったきらきらとした青い瞳。老いたせいで無垢さなど削ぎ落とされた、老獪な表情。

それでも、変わることなく、どこか一人であった。どこか、一人でいる。

駆け寄りたかった、抱きしめてやりたかった。

アリアナやアバーフォースがどうなったか聞きたかった。

けれど、それをぐっと我慢して組み分け帽子をかぶせられた。

幸いなことに、一度目にホグワーツに入った折に言われていたがニゲルにはグリフィンドールの素質があるらしく頼みこめば入ることが出来た。

正直、ハリーのことを考えれば同じ寮であることがいいだろうと。

そうして、組み分けの次の日の夜、彼女はアルバスに呼び出された。

ドキドキしながら行った先、アルバスはひどく幼い表情で、言ったのだ。

 

「ニゲル?」

 

ああ、それに、また会えたのだと。そう思えば、泣きたくなるほど嬉しくて。

 

「アル!ただいま!」

 

 

弾むようにそう叫んだ。

アルバスは豪奢な校長室の中を、老いた足取りで走り寄る。ニゲルはそれに慌てて、彼を迎えに行った。

アルバスは、まるで絞め殺さんばかりに、まるで逃がさないというように、まるで縋りつく様に、ニゲルを抱きしめた。

その重さによってニゲルは崩れ落ちる様に座り込んだ。アルバスは、彼女の小さな体をまるで覆い隠すように抱きしめる。

 

「ニゲル!ああ、ニゲル、ニゲル、ニゲル!!」

 

歓喜に叫ぶように、アルバスは叫んだ。泣き叫ぶような声がした。

首筋に感じる、暖かなそれに、その老人が泣いていることを理解した。

彼女は、ただ、抱きしめた。

老いてしまって、大きくなって、立派になった弟分の幼さに、彼女はほっと安堵した。

それから、アルバスは定期的にニゲルを呼びだしては、べったりと張り付いた。

ひっきりなしに抱き付いて、ニゲルの名を呼んだ。ニゲルの作るものを強請る時もあったし、子守唄を歌って寝かしつけてやる時もあった。

それを、情けないというか、大人としてどうなのだろうという気持ちがないわけではなかったけれど、それ以上に感じたのは寂しさだった。

アルバスが、ニゲルに縋るたびに、誰も彼を甘やかしてはくれないのか、誰も縋らせてはくれないのかと、そんなことを考えて。

 

「・・・・大人でも、甘えたいよなあ。」

 

ニゲルは、自分が寝るはずのベッドで眠るアルバスにそんなことを囁いた。

 

 

皆が皆、じっと目の前の彼女を見る。大法廷の中、その真ん中には鎖の付いた大きな椅子がある。そこには、落ち着き払った顔で座る少女は一人。

美しいさらさらとしたブルネットは腰までありそれは緩くまとめられている。ほっそりとした体つきに、真っ白な肌はどこ繊細そうにさえ見える。

けれど、彼女のその瞳が全てをぶち壊す。

きらきらとした、翡翠のような、エメラルドのような、夏の新緑のような、生命に満ち溢れたその瞳と、弾む様な陽気そうな雰囲気は見目とどこかかい離しているように見える。けれど、そのアンバランスさがどこか人を引き付けた。

法廷に集まった裁判官たちの多くは彼女に好奇の視線を向けている。そうして、数人のものは何故、彼女は時間通りに法廷に現れたのかを気にしていた。

好奇の理由というのも、彼女の伏せられていた名前、ダンブルドアという苗字に反応してのことだった。

ハリーは、法廷の隅、証言人として呼ばれた立場としてどきどきとしながら順番を待っていた。

 

(ああ!ニゲルの奴、どうしてあんなにも落ち着いてるんだ!?)

 

彼女の代わりに叫びだしたくなるほど、その仕草は落ち着いている。

それは、証言に来たフィッグばあさんに笑いかけることで察せられる。裁判官たちもまたニゲルのその態度に不思議そうな顔をした。

アルバスの冷ややかな、コーネリウス・ファッジへの非難の言葉があたりに響く。

そうして、判決の時だ。

その時、ニゲルがそっと手を挙げた。

皆が皆、判決の時だと気を張っているその瞬間、それに水を差す形だ。誰もが、なんだとそれに視線を向ける。

 

「被告人、何か?」

 

困惑気味のマダム・ボーンズが彼女に聞いた。それにニゲルは、今まであまりしゃべることのなかった彼女は恐る恐る問いかけた。

 

「あー・・・申し訳ありません。判決の前に聞きたいことが。」

「何か?」

「もしも、私が杖を折られた場合、魔法界との縁って切れたりしますか?あれです、マグルみたいに記憶を消されたりとかって?」

「・・・いいえ。魔法が使えずとも魔法族は魔法族です。」

「あ、それならいいです。」

 

心の底から安堵して、後はどうでもいいと椅子に体を預ける彼女の姿は異端だ。ひどく、ひどく、異端だ。

それ故に、彼女は、マダム・ボーンズは、いや彼女以外の殆どの魔法使いが思っていた彼女への疑問を吐露した。

 

「被告人、あなたは魔法が使えなくなることが恐ろしくはないのですか?」

 

その質問を遮るものはいない。誰もが、ニゲルの自然体の姿を疑問に思っていたためだ。

ニゲルはそれに背筋を正し、一周の沈黙を挟んだ後、まっすぐとマダム・ボーンズを見た。

 

緑の、キラキラとした瞳が真っ直ぐと彼女に注がれる。

「・・・・それは、侮辱でしょうか?」

「いえ、そのような意図はありませんが。何故、そう思ったのですか?」

「ああ、すいません。ただ、あなたの言葉を聞いていると、魔法が使えなくなった時点で私の人生が全部終わってしまうと思っているように聞こえたので。」

「そうではないと?」

「当たり前ですよ。私の人生は、魔法使いであることにしか縋れないほどの軽い人生では決してない。」

 

それは、下手をすれば若い人間の生意気な言葉にだって聞こえただろう。けれど、誰もが、そのキラキラとした緑の瞳に生き抜いた人間の老獪さと魅入られる様な深淵を見出した。

 

「私は、両親は魔法使いでしたけど死に別れてマグルとして育ちました。世界は別段、ここだけではなくて、思った以上に広いことを私は知っている。」

 

ニゲルはとんとんと、その場で足を鳴らして地面を叩く。

 

「海の底にいる生き物たちを知っている。地面の最果てで燃え盛る炎を知っている。そうして。」

 

ニゲルは上を仰ぎ見た。底に広がる暗闇の果てにある、彼女の知る宙を見つめる。

 

「空の果てに、宙が在ることを知っている。」

 

ニゲルは笑う、心の底からの楽しそうに、彼女は魔法使いたちに微笑んだ。

 

「魔法使いでなくなったとして、私が、ニゲルとして生まれたその時から側にあった力と、友人のように側にあった存在と別れるかもしれないのはそりゃあ悲しいですよ。でも、それがなくなったとしても、私は不幸に至るだけでなんてありえない。そんなつまらないものだとは思いたくない。」

 

その時、その場にいた魔法使いたちは、裁判官たちを含めて、アルバスやハリーも又ニゲルの言葉を聞いていた。魅入られた様に、その言葉を聞いていた。

 

「裁判官殿、あなたには大事な誰かがいますか?愛されているという自負の持てる人はいますか?私は、います。私は、愛されているし、愛している存在がいる。彼らは私が魔法使いでなくたって、愛してくれる、愛している。魔法が使えなくなった、それは、確かに私の世界の一部の崩壊だ、消え去る瞬間だ、断絶だ。けれど、魔法という力でしか私の全てが消えさるほど、つまらない人生なんて送っちゃいない。」

 

ああ、弾むような声がする。ああ、まるで高らかに、世界が美しいと信じてやまない声がする。

それは、若いゆえの軽々しい声のように聞こえた。けれど、何故だろうか、それと同時にまるで老いた賢者の語る金言のようにだって聞こえた。

 

「私は例え魔法が使えなくなったって、誰かを愛して、誰かを憎んで、何かに焦がれて、何かを妬んで、苦しみを抱えて、幸福と共に生きるだろうさ。何かを失ったのなら、それを埋めるものだって見つけるさ。ここで幸福になれないなら、幸福になれる場所にまで走っていきます。」

 

私は、魔法族である前に、マグルとして生きる前に、私は人間なんだから。

ニゲルはそう言ってにやりと笑った。

 

「それだけの話ですよ。繋がりが在るのなら、寂しく何てないでしょう。一人でないのなら、生きる糧が在るのなら、生きていけるものなんですから。生きた先で、私は私なりの幸福も不幸も抱えて生きていきます。世界が広いなら、世界の外にだって駆けてだっていけますよ。それが、人間ってものなんですから。」

 

誰もが、言葉を失った。

ニゲルの発言に、明確な感想を持てるものなんていなかった。あまりにも、ニゲルの言葉は未知に満ちていた。知らなくて、それでもなお、輝かしいどこかへ至るための言葉だ。

それを、忌々しく、魔法と言うものを軽視していると感じるものもいた。けれど、それ以上に、どこか、自分たちの知らないどこかへの夢を見たくなる言葉だった。

 

「・・・・無意味な質問、失礼しました。被告人を無罪放免とすることに賛成の者?」

 

その声に、半数以上のものが手を挙げた。

きらきらとした緑の瞳は、嬉しそうに細まっていた。

 




ニゲルさんが本筋で呪いを浴びてそのまんま死んだ後にハリーの姉貴分として生きてるルート

ニゲル
本人はあんまり自覚がないのでものすごく元気に生きてる。ダンブルドアの人間が心配だったけど確かめるすべもないためハリーをせっせと甘やかしていた。このルートだとハリーの被るはずの不幸をせっせと肩代わりしてる。
フレッドとジョージとはどの過ぎる悪戯を諫めたいしていたせいか一等に仲がいい。
アルバス・ダンブルドアが静かに息を引き取り、その後墓守でもしながらのんびり過ごすことが目標。

ハリー
原作よりも子どもの頃に愛されてた記憶があるのでちょっと余裕がある。ただ、ニゲルが危険になるとちょっと情緒が落ち着かなくなる。
ニゲルに関しては自分を守ってくれる母親と姉を求めている。無意識にニゲルはどんなことがあっても自分の味方と言う傲慢さがある模様。


アルバス
ニゲルが自分のせいで死んだため、原作以上に心が折れていた。そのため、茶目っ気はあんまりない。ただ、ニゲルが帰って来たことに狂喜乱舞している。本音を言えばヴォルデモートの関係で学校内が危険になることを予想して記憶を消して他の国に匿うことも考えていたが彼女の様子を見守るためにホグワーツに在籍させている。
子どもだろうと焼きもちが激しくなっている。

アリアナとアバーフォース
ニゲルの死によってアルバスと仲たがいしていたが、彼女の帰還によって気まずい関係はともかく解消されている。現在、アバーフォースは学校の管理人を、アリアナは臨時で保健室に所属している。


ニゲルとアンブリッジの相性は最悪だろうな。



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家族であり足る条件


お久しぶりです。フィーリングで書いてる感は否めません。


 

 

「・・・アルバス。」

「・・・はい。」

 

二人の間に非常に、何とも言えない気まずい空気が流れていた。

向かい合うニゲル・リンデムとアルバス・ダンブルドア。

その理由と言うのも、話すには何とも間抜けとまではいかないが言いにくいものがあった。

全ての根源と言うのは、昨日までにさかのぼらずとも一言で済む。

 

「お前さんの仕事熱心も分かる。でも、さすがに過労で倒れたら一言、二言は口を挟ませてもらうよ。」

「ああ。」

 

その生返事具合にニゲルはため息を思わず吐いた。

 

 

魔法省からの梟が家に飛び込んできたときは何事かと慌てたものだ。何があったと手紙の中身を見てみれば、アルバスが過労でぶっ倒れて医務室に担ぎ込まれたという内容だった。

 

(・・・確かに家に帰ってくれば寝かせて飯だって食わせられるけど。)

 

流石は花形且つ厄介な存在たちへの対処の中枢だ。この頃殆ど帰ってこず、魔法省に泊りっきりだった。

 

「・・・心配してくれるのは分かる。だが、出来れば、その。この家から出ない様に。」

「ベッドで薬飲まされて眠りこけてる人に服とか持ってかなくちゃいけなかったんだから仕方ないでしょうが。体調管理も出来ないんじゃ仕事をする上ではそっちの方が問題だろう?」

 

最後になっていくにつれ尻すぼみになっているところを、ニゲルはぴしゃりと吐き捨てる。本人も自覚があったらしくしおしおとうなだれた。

その顔に微かな罪悪感は湧いてくるが。それ以上に腹の内でくすぶるのは呆れだった。

 

アルバスが過労で倒れたという報が家の中に文字通り飛び込んできたときはそれは慌てたものだ。けれど、慌てて魔法省に飛び込めば、過労だと言われた。もちろん、過労を馬鹿にするわけではない。それでも、アルバスと言うそれは何だかんだで自分の体調ぐらいは管理できていると信じ込んでいた節がある。

 

二人がいるのは、自宅だ。流石にこのままでは使い物にならないとニゲルはアルバスを連れて帰ったのだ。

ふらふらとしたアルバスを風呂にぶち込み、くつくつと煮込んだスープを飲ませ、ふかふかとした布団の中に放り込んだ。起きてこない様にニーズルのラピスに監視を任せた。体を温めて、腹を満たし、そうして清潔なシーツの中に入れば素直にアルバスも眠りに落ちた。

ニゲルはそれにほっと息を吐き、アルバスにひと眠りをさせる為その場を離れた。そうして、家の用事を済ませているとラピスが起床の知らせにやって来てくれたのだ。

そうして、ニゲルはアルバスの起き上がっていたベッドに腰かけた。

 

それが冒頭の言葉に繋がったのだ。

 

「・・・・私は、君のなしたいことを否定しようとは思わない。せっかく、なしたいことがあるのなら応援したいと思う。けどね、自分の体を壊すぐらいに無理をするならさすがに苦言は言わせてもらうよ。」

「・・・今回は、仕事が立て込んでいたんだ。」

「君の上司から聞いたよ。今はそこまで君があくせく働く必要はないんだよな?」

 

それにアルバスはまた気まずそうに顔をしかめた。その顔に、ニゲルは息を吐いた。少なくともその男が確かにやってしまったという自覚を持っていることを察したためだ。

ニゲルはそのままベッドから立ち上がる。丁度、料理の途中だったのだ。

 

「・・・・まあ、今日は一日ゆっくりと休むといい。明日も休暇だからね。」

「な!?勝手に決めないでくれないか!?」

「勝手じゃない。君の上司からの命令だよ。体調管理も出来ないようならこの仕事は続かないってさ。」

「僕は今、やることがあるんだ!」

 

アルバスはそう言ってベッドから降りようとする。それを、ラピスラズリの体当たりによってベッドに沈んだ。ニゲルは力なく、そこそこ大きなラピスを乗っかられ、アルバスを見た。

 

「その体でどうするんだ。やることなんて。」

「気にしないでくれ。今回のことはすまなかった、これからは気を付ける。」

 

アルバスはラピスを持ち上げて、起き上がる。そうして、慌ただしく部屋を出て行こうとした。ニゲルは慌てて、その男の肩を掴んだ。

 

「おい、だから、寝てろって・・・・」

「寝てる暇なんてないんだ。僕は、やらないといけないことがあるんだ・・・・・!」

 

振り払われた手を負うようにアルバスがニゲルへ振り返る。そうして、ラピスがニゲルの足もとで男の怒りに唸り声をあげる。ニゲルは、俯いた青年の美しい顔立ちを茫然と見た。

ふら付いた男の体は、やけに自分よりも大きく見えた。

疲労によって落ちくぼんだ青い瞳が、キラキラとした星のような瞳が、今はまるで焔のように焼けつくような光を放っていた。

大きな手が、ニゲルの肩を掴んだ。

 

「僕のせいで!」

(ああ、燃えてるみたいだ。)

「ニゲルは、僕を忘れた、全てを忘れた!」

(青い炎に、焼かれるみたい。)

「なら、これ以外に僕は一体。」

(溶けてしまいそうだ。)

「どうやって、君に償えばいい。」

 

掠れた声とともに、揺れる炎のような、青い瞳がニゲル捉える。

飲みこまれて、燃やし尽くされてしまうと、ニゲルはくらくらするようにその瞳を見返した。

 

アルバスの青い瞳に、ニゲルは少しだけ口を開けて反射的に言葉を言いそうになった。

けれど、それを慌てて飲みこんだ。

 

そんなことしなくても、なんて。

誰が言えたことだろうか。

ニゲルが自分の記憶を奪ったという誰かに対して、何かを思っているわけではない。元より、ニゲルは魔法使いとしての何かを失っていても、彼女が彼女足りえる何時かの記憶はしっかりを抱えている。

それ故に、ニゲルにとって自分を襲ったという存在は、言っては何だがニュースの中で見る通り魔のように遠くて、関心がない。

けれど、目の前の彼は、その被害者なのだ。大事なものを奪われて、今だって自分のせいだとのたうち回っている。男が、自分に縋りつくように抱きしめて、震える様に眠りに落ちる瞬間を知っている。

ならば、ああ、ならば。

自分はどうすればいいのだろうか。

 

気にしなくていいなんて、そんなことをどうして言えるものか。

 

ニゲルはなんと返せばいいのか分からずに、思わず目を逸らしてしまった。焼けつくような、その眼から逃れる様に目を逸らした。

それに、アルバスの手の強さが増した。肩に痛みが走った瞬間、その手は離れていく。

 

「・・・・すまない、職場に戻る。」

 

アルバスはそう言って、ベッドの近くに置いてあった己の杖を持ち、部屋を出ていく。

ニゲルはそれを引き留めることも出来ずに、茫然と見送る。なあーん、と足元でラピスが鳴いた。それに、ようやくニゲルは吹っ飛んでいた全てが返って来た。

隣り、アルバスの私室からばたばたと音がしたあと、しんと家全体から音が消えた。それに、ニゲルはすとんと座り込んだ。

 

「あああああああああああ・・・・・・」

 

ため息のような、唸り声のようなそれをニゲルはひねり出した。そうして、やってしまったと頭を抱えた。

ラピスが慰める様にニゲルの手に擦り寄った。そうして、にゃあと鳴いた。ニゲルはそれに、苦笑して、そっとその頭を撫でた。

 

何と言えばよかったかなんて、誰が分かるというのだろうか。

 

(・・・・いや、ずっと分かってんだよ。本当は、ずっと。)

 

ここにいるニゲル・リンデムは結局の話、アルバス・ダンブルドアと他人でしかないのだと。

 

 

その男に、憐れみを持ったのも、愛されていた事実を理解しているのも、幸福であればいいと願っているのも、全て、悉く本当だ。

けれど、結局の話、それは祈りや願いであって、決意や覚悟ではないのだ。

ニゲルは今、アルバスの世話を焼いている。弟妹達の手紙を返信し気遣って入る。けれど、心の奥底で、それが近いうちに終わるのだろうと思っていた。

いつか、心の奥底で、彼らとは違うどこかで生きていくのだと感じている。

だって、共に居る理由が、ニゲルにはない。彼らに一人で暮らすように言われても、それでもそうだとニゲルは納得してしまう。

ああ、そうだ。

今、ここにいる自分には、ニゲル・リンデムであったそれと比べて、魔法への思い入れはなく、世界に対して関心が薄く、友人への親しみは無く、重ねたはずの別れを忘れて、営んできた職は無く、自分を愛する誰かへの愛は消えた。

アルバスとまるで子どものように寄り添って慰めたことでさえも、ただの、恥はかき捨てと言う割り切りだ。

 

(・・・・・ここを嫌っているわけじゃない。)

 

どうして、どうして、嫌えなんてするものか。

美しい男が、ブルーサファイアのような瞳を瞬かせて、自分に縋りつくことを知っている。

まるで今にもこぼれ落ちそうなものを必死に硬く握りしめる様にすることを知っている。

 

ああ、それでも。それでも、自分はアルバス・ダンブルドアを、愛してはいないのだ。

全てのことは遠く、ただ、自分の手に転がり込んできた全てに、己にとって正しいと思える振る舞いをしているだけだ。

それが、どれほどまでにニゲル・リンデムと同じ行動であっても。

そこにニゲル・リンデムはいないのだ。

ここにいるのは、ニゲル・リンデムではなくて。ただ、ここにいるしかない、いつかの人間で。

 

(なら、私はなんだ?)

 

ニゲルは、はあとため息を吐いた。

 

 

 

 

「・・・・・ラピスさん。食べやすかい?」

 

ニゲルは自宅のリビングのテーブルについている。目の前には、ほかほかと湯気を立てているアップルパイがある。残されていたレシピ通りに作ったそれは良い出来になった。

 

(まあ、体が何もかもを覚えていたとも言えるが。)

 

机の上には、ラピスが乗って興味深そうにアップルパイを眺めている。といっても、齧り付くなんて行儀の悪いことはしていないが。

 

「・・・帰ってこないよなあ。」

 

ニゲルは座った椅子の背凭れに体重をかけ、ぐっと仰け反る。そうして、ちらりと壁にかかった時計を反転して見た。

すでに夜も深まっている。

アルバスとの言い争いから数日が経った。あれから、アルバスが家に帰って来ることはない。といっても、どうやら夜中に着替え等はとりに帰っているようではあった。

 

(あいつ、私が洗濯とかしてなかったらどうする気なんだろ?あー、でも、魔法省確か泊りがけの奴とか用に洗濯用のスペースあった気も。)

 

ぎーぎーと椅子をこぐ軋んだ音が部屋の中に響く。ここ数日帰ってきた形跡も無く、おそらく今日ぐらいに帰って来るだろうと予想を立てていたのだ。

けれど、こんな時間になっても、男は一向に帰ってくる気配はない。

ニゲルはぼんやりと、目の前のアップルパイを見た。

 

仲直りのアップルパイなんて笑える話だ。自分のたちの諍いは所詮、喧嘩であるかさえも分からないというのに。

ニゲルには、アルバスを止める資格なんてないだろう。アルバスの罪悪感を晴らすことも出来ないのなら、ずっと一緒にいる気だってないのに。

半端じゃないか、こんなにも、全てが半端で。

アルバス・ダンブルドアが心配だ。けれど、本人がそこまでいうならばと諦められる程度のことで。アルバス・ダンブルドアを憐れんでいる。どうしようもないだろうと無視してしまう程度の感情だ。アルバス・ダンブルドアの幸福を祈っている。結局祈るだけの話だ。

感情はある。けれど、それは、遠い何時かに文字を追って得た、ただの憐れみだ。

 

「なあーん。」

 

ラピスが鳴き声を上げた。そうして、ニゲルがその方向に視線を向けると、とすんと彼女の膝の上に乗って来た。ニゲルはよろけながら何とか受け止めた。

ラピスはぐりぐりとニゲルの腹に擦り寄った。

 

「慰めてくれんのか?」

 

そう言えば、ラピスはじっとニゲルを見た。それに、ニゲルはそっとその小さな頭を撫でた。

どうしたものかと、ニゲルは考える。

何かをしたいと考える。どうにか、この鬱屈とした空気から脱したいと考える。けれど、何をすればいいのか思いつかない。

ニゲルには、どうしたいのかという結果への渇望がたりないのだ。

 

「つって、ここで考え込んでてもらちが明かないか。」

 

深いことを考えても仕方がない人間であることを思い出して、ニゲルはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

アルバスは、そろりと、自宅であるというのにそれこそ泥棒のように足音を潜めて帰宅した。帰宅したと言っても、衣服を交換すればさっさと出ていくことにしていた。

すでに顔を合わせづらいニゲルは眠ってしまっているらしく、起こさない様にそっと床を歩いて行く。

あの日から、アルバスは出来るだけニゲルと顔を合わせない様にと気を使っていた。顔を合わせても、どうすればいいのか分からない。普段ならば、他の人間ならばどんなふうに振る舞えばいいのか分かるのに。ニゲルへの罪悪感がぐるぐると腹の中で渦巻くのだ。

上司や同僚はアルバスが自宅に帰らないことに関しては何も言わない。元より、忙しい部署で泊りがけなど当たり前なのだ。誰がどれほど帰っていないかなど誰も詳しく把握していない。それでも、疲労でぶっ倒れたこともあり、アルバスは気にはされていたが。

そうして、アルバスは自室のドアの前に立つ。アルバスの自室は、ベッドをニゲルの自室に移動させたこと以外は特に変わったことも無い。着替えも、部屋にある。

そこで、アルバスは扉にでかでかと張り紙がされていたことに気づく。ニゲルが起きないように明かりをつけていなかったせいで近づくまではわからなかった。

アルバスはそれから目を逸らそうとした。

ニゲルから、どんなメッセージがあるか分からない。自分が、気遣ってくれた彼女に対してお世辞にも丁寧な対応など取った覚えも無い。

普通ならば、もっと上手く振る舞えた。もっと、和やかに話を出来た。

けれど、あの時は駄目だった。彼女については、どうしてもアルバスは駄々っ子のように喚いてしまう。

きっと、それが赦されると疑いもせずに。

けれど、文の中でも特に大きな文字で書かれていたそれだけは目についた。

 

ちゃんと飯を食え。

 

読んだそれに、アルバスは思わず文章に目を走らせた。

 

君が帰らずに顔も見なくなって結構経った。そうしてしまう理由も察せられるし、私自身も君に会ってどうすればいいのか分からない。だから、まあ、現状について文句を言う気はない。事実、私は君に養われている状態だし。

それでも、さすがに心配する。

食事をしてるのかだとか、ちゃんと寝てるだとか、どうしてるのだろうかとか。

それ相応に気になる。

私に会うのがそんなに嫌ならここを出て行っても構わない。自分の世話位自分でするから。

だから、アルバス、ちゃんと飯を食え、ちゃんと寝ろ。

私の願いはそれぐらいだ。それだけ出来れば生きていけるんだから。

君のしたいことやら、願いやら、そう言ったことに関して口に出す気はないけれど。

それでも、一つだけ覚えておいてほしい。私は、君に不幸になってほしいわけじゃないんだよ。好きに生きればいい。

 

PS.

台所にスープと、棚にパンがあります。温めれば食べられるから、食べられるなら食べなさい。食器は私が朝に洗うからそのままにしておいて。手紙を送ってくれれば、お弁当ぐらい受付に言づけるから言って下さい。

 

 

アルバスは、久しぶりに見る彼女の文字をじっと見た。大振りで、勢いのある文字だった。

 

台所を見ると、確かにそこにはナベが置かれており、火をかけるとくつくつと音がする。そうして、柔らかないい匂いが辺りに漂った。

アルバスはそれを皿に装い、そうして、パンを浸してそれを食べた。

暖かなそれは、薄く味付けのされた優しい味付けのものだった。中には、ベーコンとそうして野菜のプティングが入っている。

アルバスはそれを無言で平らげていく。手間のかかる料理だ。

野菜を煮込んで、その次にペーストになるまで刻まなくて行けない。魔法を使っても面倒なそれは、ニゲルが誰かが体調を崩すとよく作ってくれたものだ。

それを、疲れているだろう自分を思って作ってくれたのかと。帰ってくるかもわからない自分のために。

そんなことをぼんやりと考えていると、机の上に何かが乗る。

その音の方向に視線を向けると、そこにはじっと自分を恨みがましそうに見るラピスがいた。

 

「・・・起こしたかい?」

 

その言葉にラピスはのそりとアルバスに近寄る。そうして、アルバスが机の上で組んだ腕に前足を乗せた。そうして、次にむにりとその頬っぺたに肉球をぐいっと押し付けてきた。

それに、アルバスは驚いてラピスを見る。

 

「・・・・怒っているのかい?」

 

それにラピスはぐるりと目を細めて、ばしりと机を尻尾で叩いた。アルバスはそれに苦笑した。

ラピスを貰って来たのはアルバスだ。けれど、そこまで強い思い入れがあるわけではなかった。

元より、ニゲルの安全のために連れてこられたそれは、ありかたそのままにアルバスにとってしもべに等しかった。

けれど、ニゲルは違った。新しく自分の家にやって来たそれに一心に愛情を注いだ。といっても、どろりとした甘ったるいものではない。

ただ、居心地のいい場所を整え、過剰な干渉をせず、甘えたいときに甘えさせてくれる。そんな彼女にラピスが懐くのは早かった。

ラピスは、己の上司へ抗議する様にじっと視線を向ける。

 

「・・・・僕だって、悲しませたいわけじゃないんだ。ただ、早くニゲルへ呪いをかけた相手をみつけないといけないんだ。」

 

アルバスが今でもニゲルへ呪いをかけた相手を執拗に探すのは、怒りと憎しみもある。けれど、それ以上にニゲルへかけられた呪いの詳細が知りたいのだ。

ニゲルの呪いはあまりに古く、詳細が分からない。今は、確かに記憶を奪われただけに留まっている。けれど、本当にそれだけで終わるのか。

それを思えば、心は逸る。だって、もしも、もしも、呪いが進行した場合は?それが、彼女を蝕めば?

自分は、自分は、どうすればいいのか。

償いなんてどれほど赦されるのか。

だって、彼女は何も悪くない。ただ、彼女はいとこである自分を慈しんでくれただけだ。ああ、ただ、それだけなのに。

だから、早く。早く、相手を見つけなければ、呪いを解かなければ、そうだ、記憶を取り戻さなければ、ニゲルは。

 

ばし!

 

アルバスは、その音に我に返る。そうして、音をさせたラピスに視線を向ける。

その眼は、それだけかと、そんなことを問いかけていた。

それは、アルバスの罪悪感のせいか、それとも魔法生物であり、アルバスの使い魔であるからゆえの意思のやり取りであったのか分からない。ただ、そう言われている気がした。

その時、その時、アルバスは、ころりと、思わず言葉を吐き出した。

 

「・・・・・本当は、怖いんだ。」

彼女が、いなくなることが怖いんだ。

 

それは、ニゲルへの償いを望むアルバスの、嘘ではない本音であった。アルバスはずっと、ニゲルに対して思い悩んでいた。

けれど、それを相談したことはない。アルバスには友がいた、いけ好かない共犯者も、家族もいた、信頼の出来る上司もいた。

けれど、その感情を相談することは出来なかった。

だって、誰もが、アルバスを強者だと思っていた。

知恵を持ち、平等で、勇気を持ち、狡猾さがある、完璧に等しい存在であると。それは、別段間違っていない。それは、確かに事実だ。

けれど、弱さを持っていないわけではなかった。

ニゲルは、アルバスにとってその弱さの象徴だった。

母よりも母として慈しんでくれた。大人よりもなお、守ろうとしてくれた。友よりもなおアルバスを知ってくれていた。弟妹たちよりもなおアルバスの身勝手さを分かってくれた。

特別だった。いつだって、遠く離れてもアルバスを見ていてくれると、振り返れば変わらずにそこにいるのだと。

だって、彼女は家族だったから。

けれど、ニゲルの記憶はなくなり、そうして他人を見る様な目を彼女に向けられた時、アルバスは分かったのだ。

以前に、アバーフォースに釘を刺された時以上にまざまざと理解したのだ。

彼女は、結局の話、他人であるのだと。

 

ニゲルが違う場所に行こうとしても引き留める権利はなく、自分以上に愛する誰かを得ても止める意味はなく、自分以外に家族を、家を持つかもしれない彼女。

ニゲルとアルバスはいとこだ。血縁だ。確かに、幼いころからずっと共に在った自分たちは家族であったはずだ。

けれど、その家族であるという事実は、自分たちがそうであるという信頼の上での話だ。

もちろん、そんなことは当たり前だろう。血縁よりもなお、深いつながりには心が必要なのだから。けれど、愛することよりも、愛されることで埋まる渇望もある。

以前だって、ニゲルには好きな誰かが出来て、違う家庭を持つ可能性はあった。

それでも、アルバスは自信があったのだ。自分こそが、彼女に誰よりも愛されているという自負が。

けれど、今はどうだろうか。

 

いつか、ニゲルがアルバスに養われることを拒絶して、一人でこの家を出て、新しい生活を始めて、いつか自分以上に、自分たち家族以上に何かを愛するのだろうか。

 

嫌だ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 

それだけは嫌だ、それだけは、それだけは。

彼女は、ニゲルの愛は自分や弟妹たちのためだけのものだったのに。

 

誰が、アルバスの弱さを、傲慢さを、身勝手さを知って、叱って、呆れて、それでも認めてくれるだろう。完璧でない自分を笑ってくれるだろう。

愛されていた。アルバスという人間は、誰にだって愛されていた。

けれど、愛を与えても、愛を望まなかった人がどれほどいるだろうか。

だからこそ、焦るのだ。

 

「ニゲルとずっと、共に在りたい。ただ、幸せに、彼女が家族と共に居たい、それだけなんだ。」

 

秘密主義の彼が、己の言葉をそこまで吐露したのは、誰かにそれを伝える術のない獣であるラピスだからであり、そうして、疲労と疲弊。彼にとって、何よりも、一番に柔く、もろい部分が崩壊したせいだった。

言葉を必要とする、意思のやり取りをする人間では、ここまでのことはしゃべらなかったろう。

ただ、その時は、ある意味で彼にとっての独白だった。

それを聞いていたラピスは、呆れた様なふんと息を吐き出し、机を降りる。その後に、べり、という音がした。その後すぐに、ラピスは何かを咥えてアルバスの元に戻った。

 

それは、ニゲルからの張り紙だった。

 

「なんだい?」

 

アルバスはそれの張り紙に目を向ける。ラピスは、机に張り紙を置き、ある一文をとんとんと叩いた。

好きに生きればいい。

その一文にアルバスが目を向けた後、ラピスを見る。

 

「なあーん。」

 

一声鳴いたそれは、自分を見るその瞳は、文そのままに、お前の望みは何だと問いかけるようだった。

 

「・・・・僕は、ただ、夢を叶えて、アブやアリアナ。そうして。」

ニゲルと生きられればそれで。

 

その言葉にニーズルは、なあーんと鳴いた。

素直に話せと、そう言った気がした。

 

「ああ、そうか。そうだ。」

 

アルバスの中で、何かがカチリとはまり込んだ気がした。好きなように生きればいいのだ。望みを叶える。

アルバス・ダンブルドアは、勇気を持ち、知恵を是とし、人を平等に評価し、そうして望みを叶えるだけの狡猾さを持っていた。

 

 

「・・・・・まて。もう一回言ってくれるか?」

 

ニゲルは、次の日の朝、リビングにて少々眠気のある中、目の前のいとこを見た。

鳶色の髪を綺麗に整え、きらきらとした青い目をじっとこちらに向ける青年に聞いた。

それに、アルバスはにっこりと微笑んだ。

 

「ニゲル、僕と結婚してくれ。」

「いや、分からん。」

 

それを部屋の隅で見ていたニーズルはお手上げというように尻尾をばしりとソファにたたきつけ、面倒そうに丸まってしまった。

 





アルバス
いなくならないでほしいという感情が一周回った。恋してるかは分からないが、愛してはいる。

ニゲル
いとこへの感情は、文字でおった、スクリーン越しで見た絵空事への憐れみまでリセットされている。それでも、体は壊さない程度に生きてほしい。一人で生きていけるガッツも、自分だけで幸せになる程度の胆力はある。

ラピス
素直に話し合ってほしかっただけなのに、暴走の引き金になる。


ニーズルの知性の程度はわからないですが、そこそこ賢い設定でいきます。ダンブルドアが素直に感情を吐露するのに、人にはしてくれなさそうでこうなりました。

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