ダンブルドアは自由に生きられるか (藤猫)
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ダンブルドアは自由に生きられるか

「クソガキども、何してくれたんだ。あ゛あ゛!!?」

 

騒ぎを聞きつけてやって来たアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは茫然とその光景を見つめていた。

まずは、地面に座り込み茫然と目の前で起こっていることを見つめる妹、アリアナ。それに駆け寄る、弟のアバーフォース。

そうして、少年三人を足蹴にして、歴戦の強者のように仁王立ちする従姉のニゲルであった。

ニゲルは、その真っ黒な髪をまるで鬣のように振り乱し、少年たちにドスの利いた声で吐き捨てた。

 

「てめえら、また人の身内に手え出してみろ、そのい○もつ引っこ抜くからな!?」

 

自分の血縁の口から吐き捨てられた耳を塞ぎたくなるような言葉に、アルバスはその賢しい頭でさえもどういった状態なのか理解できなかった。

 

 

ニゲル・リンデムはどうしたものかと頭を抱えていた。

 

(・・・・・アルの闇落ち?ルートは回避できたんだよな?)

 

彼女は恐る恐る、ちらりと隣にいるすました顔で本を読む秀才の顔を見た。

鳶色の髪に、きらきらとした青い目の男前である。

 

(これが、あのサンタクロースみたいな外見になると思うと時間とはまさしく偉大な事だよなあ。)

 

ニゲルの脳内には、遠い、前世にてスクリーン越しに見たアルバスの顔であった。

 

 

ニゲル・リンデムは、ふと、本当にふと思い至った。

自分、ハリポタの世界に生まれてね?と。

ざっくり言ってしまえば、ニゲルには何故か前世といえる記憶があった。といっても、はっきりとしたものではなく、ぼんやりとニゲルとは違う生き方をした記憶があるだけだった。

そんな彼女が、はっきりとその記憶を意識したのは、今は病死した亡き両親のホグワーツという名前からだった。

その時は、特別なことは思っていなかった。

両親の話からして、ラスボスの名前を言ってはいけない人の話も無く、どうも原作から大分昔のようであったからだ。

時代が時代の為、不便なことも多かったが体を動かすのは嫌いではなく、そこそこ順応していた。なによりも、自分が魔法使いであることが嬉しかった。

 

(原作から離れてるし、魔法使いの生活を楽しむぞ!)

 

が、そんなことは問屋が卸すはずも無く、自分の叔父夫婦がダンブルドアと知った時の衝撃たるや。

おまけに、その子どもに同い年のアルバスや、アバーフォース、そうしてアリアナの存在。

ヤバいと思った。

前世は、どちらかといえば本は読まない方ではあったが、学校で読書をするという宿題があった折、読みやすいハリーポッターシリーズは読破していた。

 

アルバス・ダンブルドアといえば、好々爺みたいな奴でありながら、最終的に全てその掌の上であったというなんとも策略的なキャラクターであった。

ニゲルの印象としては、優しいのに怖い人という印象が根付いていたが。

全て、自分で背負って、何もかも用意して、死んだ人。

が、ニゲルのあったアルバスは、もちろん頭は良くても年相応の性格であった。

アバーフォースのように体を動かすことよりも、読書が好きなようでニゲルとアバーフォースが仔犬のように外を駆けまわるのを横目に、一人で本を読んでいる姿が印象的であった。

無口で、あまり話すことも無いアルバスは、どうもこのころから秘密主義であったらしい。記憶を思い出した当初は、よくその頬を突っついたりと変なちょっかいをかけては鬱陶しがられていたのは良き思い出だ。

そうして、話の筋は曖昧なニゲルも、ダンブルドアという存在について覚えていたこと。

妹であるアリアナの死である。

何故、死んだかは覚えていないが、確かそれにアルバスは関係し、そうして弟の関係がぐちゃぐちゃになるのだ。

はっきり言おう、身内でそんなドロドロ展開ごめんである。

 

(・・・・なんか、アリアナになんかあって?そんで精神的に不安定になったのがきっかけなんだっけ?)

 

それだけを覚えていたニゲルは、アリアナに出来るだけくっ付いていた。

姉妹のいないニゲルが、年下の彼女を可愛がるのは不自然ではなかったし、何よりもアリアナは非常に可愛らしかった。

ダンブルドア家であるためか、人よりも賢しく、小柄で臆病な性質はどこか兎のように愛らしかった。

短気なニゲルからすれば、自分と同じ性格のアバーフォースやよくわからないアルバスよりもずっと分かりやすく付き合いやすかった。

そうして、ある時、悲劇は起きた。

ダンブルドア家に遊びに来ていたニゲルは、アリアナが一人で散歩に言ったことを聞きつけ、嫌な予感と共に飛び出した。

そうして、見つけたのは村のクソガキに何か言いがかりを付けられているアリアナの姿だった。

それに、ニゲルは問答無用と、クソガキの一人にドロップキックを決めた。

吹っ飛ばされた少年を横目に、ニゲルは無言で他の子どもにローキックを決めた。

そうして、吐いたのが冒頭の台詞である。

ニゲルはもちろん、村の大人たちから怒られたが、幼い少女を三人で襲った少年たちをこき下ろし、さらにアリアナの魔法について言及されても幻覚でも見たんだろうと突き放した。

その様を、アバーフォースなんて、怒れる番犬などと呼んでいた。

 

そうして、ダンブルドア一家は結局のところゴドリック谷に引っ越し、生活をし始めた。

アリアナは少し臆病さは増したものの、不安定さはなくなった。

ただ、自分のピンチを救ったニゲルに大層懐いてはいたが。

ニゲルも、これで一安心と思っていたが、やっぱりそうは問屋が卸さなかった。

ニゲルの両親が立て続けに流行り病で病死したのだ。そうして、唯一の身内であるダンブルドア家に引き取られたわけだ。

ダンブルドア家も、彼女がアリアナを助けたということに感謝していたし、アリアナも、アバーフォースも彼女に懐いていたためか、快諾した。

ニゲルは、無駄な前世分の経験のせいか、さほどのダメージは負っていなかったが、それでも辛いことは辛かったのを覚えている。

そうして、その後すぐに、今度は父親であるパーシバルが病死したのだ。

それによって、またダンブルドア家はがたがたになった。ニゲルは、死ぬ気でアルバスやケンドラのケツを叩き、事態を収拾したのだ。

その折、アルバスとアバーフォースが大げんかをし、それを仲裁したこともよくよく覚えている。

そうして、時間は経ち、アルバスとニゲルは、ホグワーツ魔法学校の四年生で在り、アバーフォースやアリアナもまた学校に通っている。

 

(・・・・このまま平和に過ごせれば、どれだけいいかなあ。)

 

などと、そんなことを考えながら、ニゲルは懐から菓子を取り出した。

ニゲルは、その、これから悲劇の中心になるかもしれない弟分を愛していた。

いつか、その男が、苦しみに溺れることなんてないように。

 

 

 

「どうかしたのかい?」

「いや、甘いもんいる?」

 

アルバスは自分を見つめる視線に口を開けば、ニゲルはまるでそれが少年の機嫌を損ねない唯一であるように甘いものを差し出した。

十四になっても変わらず甘いもので機嫌を取られている自分が子どものように感じるが、好きであるのは事実な為に無言でそれを受け取った。

列車の個室は、ニゲルとアルバスの二人っきりだ。

別段、二人に友人がいないというわけではない。

ニゲルは変わり者で学校内で浮いているが、共に過ごす友人がいないわけではなかったし、アルバスなど学校の誰もが仲良くしたいと思われているほどの人気者だ。

けれど、個室の中は不思議と二人だけだ。

入学の折、二人っきりで個室に乗った時から、この時だけは何故かコンパートメントは二人だけになる。

アルバスは、それがニゲルが手を回したことを知っている。

誰かがコンパートメントに来ようとするたびに、ニゲルがやんわりと追い返すのだ。

それを、アルバスは特別、何か思ってはいなかった。

もちろん、友人との会話を邪魔されているのは事実であったが、彼らとは学校で幾らでも話せる。

そうして、その、静かな空間が嫌いではなかった。

実家は、家族がいるために本当に一人にはなれないし、学校では秀才の彼を慕った存在がひっきりなしに話しかけて来る。

アルバスは、慕われることも、賞賛されることも、好きではあった。けれど、ずっとそんな調子で気疲れしないわけではなかった。

だからこそ、その、学校までの数時間、甘いものをアルバスに渡すことはあっても話しかけてくるわけでも、気にしているわけでもなく、ただ放っておくニゲルとの時間は嫌いではなかった。

ニゲルとは、アルバスにとって昔からよくわからない存在であった。

活発的な彼女は弟のアバーフォースとは気が合っても、読書が好きな賢しいアルバスとはあまり相性は良くなかった。

ただ、とある時から妙にアルバスのことを気にしてくるようになった。

読書の最中に、思いついた様にアルバスの隣りに座る。といっても、何かをしてくるわけでもない。アルバスの顔をじっと見て、時折何故か頬っぺたを突いてくるようになった。

止める様に言えば、きょとりとした顔をして謝罪をしてきた。

そうして、詫びの証だと言って何故か甘いものを差し出してきた。

好きだろう、とそう言って、差し出してきたそれにアルバスは少し驚いた。

アルバスは、秘密主義だ。

彼は、態度には出ていたかもしれないが、甘いものが好きであると言ったことはない。なのに、何故、それをニゲルが知っているのか不思議で仕方がなかった。

それを、恐る恐る問えば、ニゲルはうーんと困ったような顔をした後、こう言った。

 

「君、の、ことがあれだよ、よく見てたんだよ、うん。えっと、好きだから。」

 

しどろもどろのそれに、アルバスは目を見開いた。

秘密主義の彼は、家族以外に親しい存在もおらず、それは彼が生まれて初めて提示された異性からの告白であった。

もちろん、その告白自体、ニゲルのとっさの言い訳で本人からすれば家族間の言葉であったのだが。

だが、アルバスにとって、ニゲルは良くも悪くも、生活を共にするようになった他人の枠を出ていなかった。何よりも、予想が出来ない彼女は、アルバスにとって扱いかねていたというのはある。

その後、そそくさと立ち去ったニゲルの後ろ姿を見つめながら、アルバスは困惑した。

今に思えば、あの言葉は親愛であったのか、それとも恋愛といえるのか、アルバスには分からない。

ニゲルは、アルバスのことをよくよく気遣っていた。

アルバスは、父が死んでから実質といえるほど家長のような立ち位置にいた。

父が死んだ折も、母も弱り切り、実質的な手続きは殆どアルバスが動いていた。彼も父がいなくなったためにそれ相応に悲しんでいたが、そんなことは赦されず、出来るだけその感情を隠していた。

それが、きっと、素直なアバーフォースの鼻についたのだろう。

アバーフォースに、アルバスは散々なじられたのだ。

 

悲しくないのか、父さんが死んだのに。兄ちゃんは泣きもしないじゃないか!

 

悲しくないわけじゃない、苦しくないわけじゃない、寂しくないわけじゃない。

 

ただ、自分がしっかりしなくてはいけないという義務感で、必死に立っているだけなのだ。

無反応なアルバスに、アバーフォースは余計に苛立ったのか、さらに言葉を付きつけようとしたとき、無言でニゲルが間に割って入り、そうして無言でその頭に手刀を叩き込んだ。

驚いている二人に、ニゲルは言い切る。

 

「顔に出てないからと言って、何にも思っていないなんて言うのはこじつけが過ぎる。」

 

よく、分からない。アルバスは、ただ、なんだか、今でも上手く言葉に出来ないけれど、何となく思うのだ。

彼女の前では、何だか、少しだけ気が楽になる。

 

ニゲルは、アルバスをまるで年端もいかない幼子のように思っているのではないかと考える時がある。

彼女は、あまりアルバスに関わってこない。けれど、時折、ふらりと現れて変わることなく聞いてくるのだ。

 

「飯はちゃんと食べてるか、温かくして寝ているか?」

 

ホグワーツにいるのだ。食事はしっかりと食べていられるし、部屋だって暖かだ。

けれど、ニゲルは変わることなくそんなことを聞いてくる。そうして、アルバスが是と答えると、満足したように去っていく。

ニゲルは、アルバスがどれだけ才能豊かと認められても、興味を示すことはない。ただ、彼女は、アルバスが当たり前のように健康で暮らすことを気にしていた。

ニゲルとは、アルバスのなすことに無関心でありながら、アルバスのことをまるで親のように気にしていた。

アルバスは、ニゲルのことが分からなかった。けれど、彼女は、何故かいつだってアルバスの欲しい言葉をくれた。

 

 

それは、何時かのことだろう。

何気ない、会話の中でのことだった。

 

「そういや、お前、学校卒業した後、どうするんだ?」

「・・・・・この家に帰って来る。母さんを、一人にしては置けないからね。」

 

少しの沈黙は、その選択肢を取りたくない意思の表れだった。

けれど、仕方がない。今は、学校があるために仕方がないが、自由になれば母を一人にはしておけない。父が死んでからすっかり弱り切った彼女を、一人にはしておけないだろう。

それに、不満はあった。

アルバスは、己が才を試したかった。

彼は、自分が成功を収めることができると確信していた。だというのに、自分はあの田舎で母の世話をして時間を消耗するだろう。

仕方がないのだ、分かっていた。

彼は、家の長男で、父がいない今、自分が支えなくてはいけないのだ。

母のことは、嫌いではない。けれど、けれど。

そんな言葉が、浮かんでは消えていく。

 

「え、お前家出ないの?私、家に残っておばさんの世話する気なんだけど。」

「え?」

 

アルバスは思わず、ニゲルに視線を向けた。

ニゲルは、アルバスには劣るが、そこそこ優秀な成績を収めている。場合によっては、魔法省に入ることだってあるだろう。

だからこそ、ニゲルがあんな片田舎で生活しようとしていることなど最初から考えていなかった。

 

「まあ、薬草学の成績が一番よかったし、農家でもやろうかと思ってるんだよね。お前さんは家を出るかと思ってたから、おばさんのことは私が見ようと思ってたんだけど。」

「いいのか?」

「良いも何も、そっちの方が生産的だし。というか、アル、お前さん野心強いから、魔法省とかに入ってバリバリ出世でも目指すと思ってたんだけど。」

 

アルバスは、それにどきりと心臓を刺されたような気がした。

自分の力を試したい、認められたい、そういった節がなかったと言えば嘘になるが、それを真正面から指摘されれば、それ相応に心臓が鳴る気がした。

そんなことを気にしたことなく、まるでそれが周知の事実のようにニゲルは言葉を続けた。

 

「別に、悪いことじゃないだろ。自分の力を試したいって思うの。まあ、あんまりがつがつして、わき目もふらずにっていうのは止めろよ。お前さん、大いなる目的のためには小さな犠牲もいとわないところあるし。それは、きっと、正しいが。でも、小さな犠牲になる方からすればたまったもんじゃないだろうけど。」

 

お前さんは、正しさのために汚れることに躊躇ない奴だし。

 

自分の心の中を、覗かれているんじゃないかと思うほどに、彼女の言葉を理解できた。開心術でも使われているのではないかとも感じたが、そこまでの能力は目の前の存在にはない。

 

ニゲルは、アルバスの思案顔に何気ない様子で言った。

 

「アル、あのなあ。家族だからって、それを何よりも優先するこたあないんだぞ?」

「どういう意味だい?」

 

努めて、穏やかにアルバスは言った。

 

「そりゃあ、家族は大事だ。大事にすべきだ。大事にされたのなら、なおさらに。でもな、それでお前さんの人生を犠牲にするのはまだ違うだろう。家族だからと言って、それがこの世の中で一番に大事にしなくちゃいけないわけじゃない。お前は、お前の人生を蔑ろにしなくていい。少なくとも、私がいる。」

 

お前は自由に、好きな事すりゃあいいだろう。

私が、好きにするように。

 

その言葉に、そのたった一言に、アルバスは救われたのだ。

アルバスは、子どもで、けれど、彼は彼なりに背負わなくてはいけないものがあった。それが、煩わしくて仕方がなかった。

どうして、自分は好きにできないのだろう。それが赦される能力があるのに。

けれど、そんなことを思ってはいけないのだと思っていた。そう、母にそんなことを思ってはいけないのだと、思っていた。

けれど、その言葉に、少しだけ肩の荷が下りた様な気がした。

 

「まあ、だからといって独善に走って独裁者とかになるなよ。それが一番こええんだから。」

「僕が、かい?」

「だって、お前、権力とか大好きじゃん。褒められたら、すげえ得意そうだし。本当に正しい奴も、完璧な奴もいないんだからな。もしも、お前さんがそんなことになったら、私が殴ってでも止めるから。」

 

あの時の虐めっ子みたいに。

 

その声は、ひどく暖かで、ぬるま湯のように優しかった。

 

「・・・・どうして。」

「うん?」

「どうして、ニゲルは僕にそこまでしてくれるんだ?」

 

それは、アルバスがずっと思っていた疑問だった。

自分のことが好きな様子もない、弟や妹の方が好きなように見えた。

恩を返そうとしているのも違う、彼女にはダンブルドア家に来てから母のことや父のことで苦労ばかり掛けている。

けれど、何故か、ニゲルは誰よりもアルバスのために行動していた。

だから、何故かと、そう思った。

それに、ニゲルは淡く苦笑した。

まるで、幼子に微笑む母のような、そんな笑み。彼女は、そう笑って、ダンブルドアを抱きしめた。

 

「お前の幸せを願っているよ。」

 

それは、なんて、柔らかで、優しい言葉だろうか。

ああ、それは、きっと無償の何かだった。

ただ、ただ、アルバスのことを思っているだけの言葉だった。

それに、アルバスは、なんだかほっとした。

自分を、ずっと、そんなふうに見ていてくれた人がいたことに、ほっとした。

 

 

アルバスはちらりと、ぼんやりと窓の外を眺めているニゲルを見た。

彼女が、何を思っているのかは分からない。

ただ、たった一つを知っている。

自分は、愛されていて、そうして、守られているのだ。

彼女だけが、アルバスを、アルバスの願いを守ろうとしてくれた。

それだけで、きっと、よかったのだ。

 



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少なくとも自由である


アルバスさんの口調、若いころでめちゃくちゃ悩んでます。
なんとなく、丁寧語で、身内の前で僕、仕事では私が一人称。


「アルの奴、結婚しないのかね?」

 

何気ないその台詞に、隣りで薬草畑の雑草取りをしていたアバーフォースが顔を思いっきり顰めた。

 

「アブはどう思う?」

「どうもこうも、どうでもいいだろそんなこと。」

「何だよ、気にならないのか。あの、アルが連れて来る嫁さんだぞ?」

 

ぶちぶちと、雑草を抜く音が辺りに響く。

彼ら二人は、家の近くに作った小さな農園にてせっせと仕事に励んでいた。

アバーフォースは丁度、ホグワーツの夏休みで帰省している。そうして宿題の隙を見て、何だかんだで逆らえない関係であるニゲルの手伝いをしていた。

 

そんな時、唐突に姉貴分の言い出したことにアバーフォースはあきれ果てた。昔から意味の分からないことを言い出すニゲルであったが、さすがに唐突過ぎる。

まあ、昔から変わり者であったのは事実であるが。

だからといって、己が兄はエリート中のエリートである闇祓いに就職し、姉貴分である彼女も卒業後は実家に戻り、母親の世話をしながら細々と薬草を売って暮らしている。

幸いなことに、根気強く凝り性な為か、質の良い薬草だと評判であるらしい。

アバーフォースは、土いじりをする姉貴分を見た。

ニゲルは確かに変わり者であるが、それでもそこそこ優秀ではあったのだ。

ある程度、望める就職先があったというのに、彼女はこんな片田舎で実の親でもない存在を世話する理由もない。

最初は、兄に言いくるめられたのかと思ったが、ニゲルはアバーフォースの知る中で特にアルバスの扱いが雑な人だ。

本当に嫌ならば、徹底的に拒否しているはずだと考え直した。

だからこそ、アバーフォースはニゲルのことが好きだった。

自分と同じものを、大事に、慈しんでくれる彼女を慕っていた。

 

ある時の事、ニゲルは本当に唐突に何を思ったのか、アバーフォースにこんなことを言った。

 

「アルバスは家から出るけど、別に私たちを置いて行くわけじゃないから寂しがらなくていいぞ。」

 

何を言っているんだ、これは。

アバーフォースが胡乱な目で彼女を見返した。アルバスが、卒業旅行に出かけて少ししてからのこと。

母親とアリアナが寝入り、アバーフォースは居間で宿題を片づけていた時のことだった。

自分の机に温かい紅茶を置いて彼女は、のんびりとそう言った。

 

「何気持ちの悪いこと言ってんだよ。」

「でも、お前、アルのこと大好きだろ?」

 

アバーフォースは心の底から不服そうな顔をする。けれど、そんな態度など気にした風も無く、彼女は言い切った。

 

「だって、お前さん本当にどうでもいいなら無視してるだろ。アルバスが、家を出ていくのだって、嫌いならもろ手を挙げてるだろう。」

 

その言葉に、アバーフォースは固まって、思わず手を止めた。

その、思いっきり不機嫌ですと言う顔に対して、ニゲルは平然とした顔をしている。

アバーフォースは、それに精神的な動揺を隠すため、指で机を叩いた。

 

アバーフォースは、外に出しているほど兄のことが嫌いなわけではない。

アバーフォース自身、ひねくれた部分があると言ってもアルバスのことを慕っていた。

優秀で、人に慕われる兄のことが嫌いなわけではなかった。

ただ、ただ、時折、たまらなく寂しくなる。

アルバスは、優秀で、家族よりももっと多くの誰かに認められることを求めていて。

アバーフォースは、家族が好きだ。

兄のこと、母のこと、何よりも、妹のことが好きだった。

けれど、アルバスは、そんな小さな箱庭よりも、外のことに目を向ける。

それを、寂しさと言わずにして何と言えばいいのか分からなかった。

それにアバーフォースがアルバスにぶつけても、その兄はどこかするりと躱してしまう。

置いて行かれる悲しさを、あのくそったれは知らぬのだ。

けれど、けれど。

目の前の姉貴分だけは違った。

 

ニゲルは、元より、アルバスからの共感を求めない。

兄のなす、業績だとか、そんなことに興味はない。アルバスが、悪事以外であれば何をしようと気にしない。

けれど、不思議と、彼女の言葉はアルバスの心を震わせる。

何故か、彼女は、アルバスの隠し続ける何かを知っていた。

そのせいか、アルバスは彼女に対してひどく無防備な表情をする。

困ったような、苦笑するような、まるで、子どものような。

その表情を見ると、ほっとした。

 

兄は、ここにいるのだと。どこにだって行かずに、きっとこの変わり者と共に在るのだと。

神様なんかじゃないんだと。

 

「しるか。」

 

アバーフォースは、そんなこと言えなくて。

本音なんて、気恥ずかしくて言えなくて。そんな素っ気ないことを、赤みがさした頬を隠して言い切った。

それにニゲルは軽く肩をすくめる。

 

「そうかい。」

 

暖かな紅茶を少しだけ啜った姉貴分の横顔を見て、兄が必ず帰って来るという確信に心底安堵した。

 

 

そんなことを思い出して、アバーフォースはニゲルの台詞に耳を傾けた。

 

「いやさ。アルの奴、卒業旅行行っただろ?」

「いったが。たんまり土産話は聞いただろう。」

「ふとな、あいつもう学校卒業したっていうのに、浮いた話の一つも聞かなかったんだよ。ああ、お前、結構熱心に聞いてたじゃないか。」

 

アバーフォースはそれに思わず横を睨み付けた。それに、ニゲルは気にした風もない。

アルバスが卒業旅行から帰った夜、そこまで話す性質ではない彼は、珍しく饒舌に旅先でのことを語っていた。

ニゲルは、それを聞いてはいたものの、アバーフォースたちへの茶を注いだり、雑用をこなしながらであったためそこまで自分たちに注意を払っていなかったと思っていたが。

変な所で、彼女はよくよく周りを見ていた。

アバーフォースは兄の話を聞いていたことがばれているのに気恥ずかしさを覚え、皮肉気に台詞を返した。

 

「・・・・週に何度も、従妹とはいえ年の近い女が差し入れなんぞ持って来れば、浮いた話なんぞ出てこないだろう。」

「あー、確かにそうかあ。アルが嫌がってないからついついやってしまっているんだが。」

 

ニゲルはそう言って、泥だらけの顔を流れる汗を拭った。

今日も今日とて、平和である。

アリアナは癒者になるのだと頑張っているし、アバーフォースは素直ではないが兄との関係は良好だ。その母も、病弱ではあるが生きている。

学校を卒業したアルバスは、魔法省の闇祓いにて仕事をこなしている。

ニゲルも、アルバスの闇堕ち防止のために、多忙な彼の世話兼見守りと、薬草栽培を続けている。

何もかもが、順当に回っているそんな中、ニゲルがそんなことを口にしたのは、彼女に残った懸念があったためだ。

 

(えっと、名前は、グリンデルバルドだっけなあ?)

 

それは、作者曰くアルバス・ダンブルドアの唯一愛した男の名前であった。

 

 

 

「アル、君、好きな人っているかい?」

「藪から棒だね、また。」

 

ニゲルは、自分の前でお手製のアップルパイをもぐもぐと至福そうに食べる男を見つめた。

鳶色の髪を整え、きらきらとした青い目をしたとびっきりの美形である男は、何故か寝巻のままニゲルの作ったアップルパイを食べている。

狭い部屋の中に置かれた、唯一のテーブルには二脚の椅子が置かれ、向かい合わせにアルバスとニゲルは座っていた。

バターをたっぷりと、前世で知ったなんちゃってカスタードクリームがたっぷり入ったそれは、この頃のアルバスの気に入りである。

 

(・・・・糖尿にならないか心配だ。)

 

いや、もちろん、アルバスを釣るためにせっせと菓子作りを練習し、その果てに貢いでいるニゲルの言えたことではないのだが。

 

(・・・住んでるのが田舎のおかげで、大抵のものが現物支給で手に入るのがいいなあ。)

 

そんなことを考えているなど露も知らないアルバスは、昔から知っている変わり者の昔なじみを見つめた。

 

「それは、僕のティータイムを邪魔するほどのことかな?」

「私が持ってきたもんなんだから、菓子代ぐらいにはなるだろう?つーか、それ喰うのはいいけど、真面な飯もちゃんと食べてるんだよな?」

 

その言葉に、アルバスはそっと目を逸らした。

 

アルバスは、闇祓いになった折に、家を出て一人暮らしを始めていた。

ロンドンの中にある小さなアパートメントを借りたのだ。

新人とは言え、エリート枠である闇祓いである彼はそこそこ余裕もある。

ニゲルも、アルバスの完璧ぶりを知っているため、一人にしても大丈夫だろうと放っておいたのだ。

が、それが幻想であることを知ったのは、それから少ししてのこと。

ニゲルは、久方ぶりにアルバスを訪ねた。

休みの日を訪ね、特製の菓子でつれば訪問は容易かった。

アルバスの家はきっちりと片付いていた。それこそ、実家暮らしから一人暮らしに変わった男性の部屋へのイメージというものを軽く超えていた。

魔法が使えると言っても小まめに掃除もしているようであったし、洗濯物を溜めている様子もない。

強いて言うならば、文机らしい場所に、大量に積み重なった本や紙がご愛敬だろう。

流石、と安心していたニゲルはアルバスの許可を取り、持って来ていた菓子を手に簡易のキッチンへ向かった。

其処で見た光景に、ニゲルは固まった。そうして、勢いよくアルバスへ叫んだ。

 

「アルバス、てめえ、菓子を飯代わりに食べてるな!?」

 

その怒声に、アルバスはやっぱりそっと目を逸らした。

 

 

聞けば、さすがに毎日というわけではないが、どうも忙しい昼間など軽く菓子を摘まんで終わらせたりしていた。

 

「だからって、買ってくりゃいいだろうに。」

「買う時間もない。」

「どんだけ忙しいんだよ、闇祓い・・・・・」

 

審査が厳しすぎるために人数がいないので、新人といえど優秀なアルバスにはなかなかの案件が重なっているらしい。

 

「だからといって、自分で作る気もないしね。」

 

あっさりとそう言い切ったアルバスに、ニゲルの選択は早かった。このごろ、原作に置いての鬱展開を回避するよりも、弟分の健康的な生活を保つことが主な目的になっていることからは目を逸らしながら。

ニゲルは、週に何度か、アルバスの夕飯を差し入れにするようになった。仕事で帰れない日は、伝えてもらい、それ以外は空いた時間で食事を作りに通った。

アバーフォース曰く、母親より過保護が過ぎると不評になっているが、そんなことなど気にしていない。

ニゲルとしては、このままではマルフォイに殺されるよりも先に生活習慣病で死にそうで怖いのだ。

ニゲル自身も、どうせ実家の晩御飯を少し多めに作ればいいだけの話だ。移動も、姿現しを使えばいい。

そんなこんなで、ニゲルのアルバスへの差し入れは続いている。

 

 

 

「少なくとも、いないかな。」

「だよな、お前、仕事とか研究とか楽しすぎて恋愛とかに頭いかないもんな。」

 

ニゲルの当人のような口ぶりに、アルバスは何とも言えない顔をする。けれど、図星でもあったのか肩を竦めた。

 

「そうだね、今は仕事の方が楽しいかな。」

「でも、初恋だってまだなのはどうかと思うんだけどなあ。」

「・・・・何を根拠にそんなこと言うんだい?」

「え、初恋あるの?」

 

そのニゲルの悪意のない台詞に、アルバスは顔をしかめた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・あるよ。」

「ねえんだな。」

 

長い前置きにニゲルがばっさりと斬り捨てると、アルバスは心の底から不服ですということを前面に押し出した表情をする。

それに、嫌がった犬の表情を思い出した。

それを見つつ、ニゲルは頬杖を突きながら、アルバスを見た。

 

「・・・・いやあ、つってだらけすぎじゃね。何が悲しくて、お前さんのパジャマの柄なんぞ知らにゃあならんのだ。」

「家にいたころも知ってるだろうに。」

 

そう言って、ニゲルの目の前には相変わらずアップルパイにぱくつくアルバス。

 

(・・・・この頃、こいつ分かりやすくだらけてきたような。)

 

いや、別段、目の前の存在が家でもだらけていなかったわけではないが。それでも、一応は身内といえど、パジャマ姿で土産にぱくつくほど適当であった覚えはなかった。

それを、態度がおざなりであると言えばいいのか、それとも心を開いていると言えばいいのか。

 

(まあ、頭脳仕事なわけだし、人よりも多めの糖分は赦されるだろ。その他の食事も、ちゃんと食べてるようだし。)

 

仕事も順調であり、私生活でも魔法の研究を続けているらしい兄弟分は、少なくとも今の所幸せであるらしい。

ニゲルにとっては、少なくとも彼女の知る未来において苦労ばかりのそれが、今は満たされた生活をしている。それ以上に良いことなどあるはずもない。

ニゲルが、そんなことを考えていると、アルバスはどこか拗ねた様な表情をする。

 

「そう言うニゲルはあるのかい?初恋ってものが。」

 

けれど、瞳の奥に透けて見えたいたずらっ子のようなしたたかさに、お互いさまだろうという意思が透けてみる。

それに、ニゲルははんと鼻で笑い返した。

 

「残念ながら、初恋はとっくに済ませているんでね。」

 

まあ、それも前世の話であるが。

けれど、別に嘘というわけでもない。ニゲルはそう思っていると、かちゃんと音がした。その音に、アルバスの方を見ると何故か先ほどまで動かし続けていた手を止めていた。

 

「・・・ニゲルに、好きな人がいたなんて知らなかったよ。」

「そりゃあ、言ってないからな。」

 

アルバスは、変わらず淡く笑っていた。けれど、長い付き合いのニゲルからすれば、それが何かしらを誤魔化すための笑みであることを察する。

いったい何が男の琴線に触れたのか分からず、ニゲルは自分で入れた紅茶を啜った。

アルバスは、少しだけ考えこんだような顔で机を指で叩いた。

 

「それでどんな人なんだい?」

「あー、まあ、別に良いだろ。」

「なんだい、僕に言えないのかい?」

 

言えない、というよりはあんまりにも遠い記憶のためにぼやけて詳しいことを思い出せないのだ。

それと同時に、ニゲルは目の前の存在の変な茶目っ気を知っているため、揶揄われることを察知して肩を竦めた。

 

「関係ないだろ。」

「・・・・ふぅん?」

 

妙に間延びした返事と共に、アルバスは改めてアップルパイを食べ始めた。それにこの話を終わったと悟り、ニゲルはほっと息を吐く。

 

(・・・・そうかい、アルはまだ、初恋もまだなのか。)

 

 

ニゲルは、ダンブルドア家の三兄妹の幸福を何よりも願っている。

少なくとも、精神年齢の違いから、感覚としては子どものころから世話してきた三人は、子ども、下手をすれば孫に近い。

すっかり大人になった三人に関して、ニゲルはさほどの心配はしていない。

アルバスは願った仕事をしているし、シスコンブラコンのアバーフォースはこのまま穏やかに過ごすだろう。アリアナは、夢に向かって頑張っている。

そんな時、ニゲルはふと思ったのだ。

アルバスは、恋を、真実の愛というものを得られるのだろうかと。

 

(・・・・姉貴分が兄の恋愛事情を気にしてる中、なんで弟妹どもは私の初恋に食いつくのか。)

 

アルバスから流れたらしい初恋の話に、何故かアバーフォースはいつも以上のむすりとした顔して聞いて来たし、アリアナにいたっては鬼気迫る顔で誰かと聞いて来た。

学校が始まってよかったと思うのは、この話から逃げられることだ。

 

アルバス・ダンブルドアが同性愛者であることに関してはどうだっていい。そんなのは当人の自由だ。魔法界を巻き込んだ事情を巻き起こすより、数倍はましだ。

ただ、ババア精神としては孫の顔が見られないことは少々残念であるが。

 

グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアは出会うことがない方がいいのだろうか。

もちろん、グリンデルバルドがアルバスの気持ちを受け入れるのかもわからない。

この時代、同性愛など差別の対象だ。

何よりも、グリンデルバルドとアルバスが出会い、何が起こるのか分からない。

 

恋をし、結婚をすることが何よりの幸福であるとは言わない。

けれど、それを知らないのは不幸であるのかもしれない。

ニゲルは、アルバスに真実の愛というものを与えてやりたかった。手に入れられるのならば、なおさらに。

 

(・・・・まあ、こういう考え方も傲慢なのかもしれないが。)

 

 

そんなことを思っていたことをニゲルは思い出していた。

 

「どうかしたのかい?」

 

聞き心地の良い声が、耳朶を擽る。

 

「あー、いいえ?」

 

現実逃避もしたくなる。

目の前には、金髪の麗しい青年が一人。

 

現在、ニゲルはゲラート・グリンデルバルドと二人っきりでお茶をしていた。

 






アルバスさん、我が世の春を謳歌してますが、アリアナの事件がなかったので権力大好きで調子に乗ってる感じです。

ただ、もうちょっと謙虚になってほしいんでアリアナさんとは別口で心をへし折りたいんですが、考えてる展開についれこれでいいかと悩み中です。


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遅い思春期


これは、思春期なのか。
ちょっと短め。


 

 

アルバスにとってニゲルが初恋をしているという事実に対して感じたのは、苦笑であった。

 

(・・・・見栄をはっているなあ。)

 

もちろん、最初は動揺じみたものがありはしたが、よくよく考えればそんなことなどありえないだろうということに考え付いた。

ニゲルの学校生活は、お世辞にも他と親密な関係性を築いていたとは言えない。

もちろん、浅く広く交友関係はあった。

ハッフルパフ寮であった彼女は良くも悪くも平等で、果ては寮を越えて交友関係を持っていた。

ふと、本当にふと、彼女の姿が目に付くことがあった。その隣には、グリフィンドールやレイブンクロー、果てはスリザリンの人間の姿があった。

元より、人の捌き方が上手かった。のらり、くらりと、人の間で生きているような人だった。

だからこそ、初恋なんて言葉をありえないと否定できた。

そこまで、ニゲルがたった一人に関して態度が違ったというならば、自分が知らないはずがない。

アルバスは、友人たちの恋愛事情を思い浮かべ、そんな様子がなかったと頷いた。

そんな確信がアルバスにはあった。

そのために、初恋云々という話は、おそらく彼女の見栄であるのだと考えていた。

 

 

「馬鹿だろ、くそ兄貴。」

 

アルバスは、目の前で紅茶を啜る弟を見た。

 

「いったい何がだ、アブ?」

「姉貴だって初恋の一つや二つはしてるだろ。精神未熟児のあんたと違って。」

 

皮肉が酷い弟だ。そう思いつつ、アルバスはニゲルの置いて行ったクッキーを一つ口に放り込んだ。

時期は、丁度、夏休みの始め。

ニゲルと母親は、ダイアゴン横丁に、薬草の卸しと買い物へ出かけた。

アルバスは、久方ぶりの休みを実家で過ごすために帰省していた。そんな折、丁度学校から帰省したアバーフォースに勉強のことで質問されていた。

そんな折に、世間話の体でアルバスがニゲルの初恋について口にしたのだ。

最後に、ニゲルの見栄であるとアルバスが言ったのに対して、アバーフォースは大きめのため息を吐いた。

そうして、彼は持っていた羽ペンをびっと目の前のアルバスに向けた。

 

「あのな、言っとくが姉貴はあれでもモテるからな?」

 

それに今度はアルバスの方が、何言ってんだこいつという様な顔をした。それに、アバーフォースは更にあきれ果てた様な顔をした。

 

「・・・・すまないがお前がニゲルのことを慕っているのは知っているが、それはあまりにも贔屓が過ぎる気が。」

 

アルバスは弟を傷つけないように、恐る恐る声を掛けた。

確かに、ニゲルは善人だ。

それは例えば世界を救う様な正しさではなく、巨悪を討つような光ではない。

それはどんな人間にも宿っている様な平凡な、陽だまりのような善性だ。

いつだって、忘れてしまいそうな当たり前を抱えているような人だった。

けれど、それははっきり言って異性に対して有利な条件ではないはずだ。

ダンブルドアはぼんやりと友人たちとした、年頃の少年たちらしい下世話な話だったが、人気のある異性の特徴をずらりと並べた。

魅力的な容姿?

確かに見目は悪くないが、凛々しすぎる顔立ちはどちらかといえば女子に人気があった。

女性らしい体つき?

畑仕事などを好む彼女の体はスレンダーで、背が高い。

趣味があうこと?

さほど趣味らしい趣味のない人だ。

可憐で笑顔がよく似合う?

可憐さとは134度は差がある。

アルバスから言わせれば、彼にとって異性から人気のある女性というのはイメージするならばアリアナのような可憐な乙女であった。

アルバスが一つずつ、なぞるようにそう言えば、アバーフォースは深くため息を吐いた。

この、曇り切った目の兄貴に何と言おうか。いっそのこと、そうだなと適当な相槌を打って終わらせたい欲求に襲われる。

だが、それ以上にこのままこの感覚を引きずった挙句、あの姉が婚姻した時どうなるか?

絶対と言い切れるほど、宥めることになるのは己であると理解できた。

 

「あのな、いいか。あんたの言う姉貴は、俺の知り合いから言わせるとこうだ。」

 

大人びた容姿に、世話好きで、誰にだって平等な、勉強の出来る素敵なお姉さん。

 

「年上やら同い年は知らないが、ニゲルは年下には人気があったんだぞ?」

「・・・そんな。」

 

そんなこと知らない。

 

アルバスのいつだって淡い表情で笑うそれに浮かんだ驚愕にアバーフォースは少しだけ驚いた。

そうして、その、いつだってキラキラと輝くそれが、だんだんと爛々としたものに変わっていくことにかたまる。

 

「・・・・そりゃあ、知らないだろ。お前さんの周りはニゲルのこと、そこまで好きじゃなかったしな。不出来な従妹の恋愛話を振るほど暇じゃないだろ?」

 

呆然とした様子で、アルバスは目の前に置かれたクッキーの皿を見つめた。

それを見つつ、アバーフォースは言う気のなかったことについて口にした。

 

「その様子だと、ニゲルに縁談が来てるの知らないのか?」

「なんだと?」

 

それにアバーフォースは、自分の言ったことを心の底から後悔した。

何故って、目の前のアルバスは確かに笑っていた。けれど、心底冷え切った氷のような青い瞳を爛々とアバーフォースに向けていたからだ。

 

 

 

その時、アリアナは激怒していた。

彼の姉に関しては鈍すぎる長兄を叱らねばならぬと。

 

 

アリアナという少女にとって、ニゲルという従姉はまさしくヒーローであった。

幼いころ、自分を虐める悪ガキどもを打倒し、自分を背に庇ったその姿はまさしく幼い少女にとって白馬の王子様であった。

弱い誰かに手を差し伸べ、泣いた誰かを慰め、優しい目を向ける。

何よりも、ニゲルはアリアナに優しかった。

彼女はいつだって、幾つも歳の離れたアリアナの側で、彼女の歩幅に合わせて歩いてくれた。

彼女の実の兄たち、アバーフォースは夢中になるあまりアリアナを置いて行ってしまうことがあったし、アルバスは良くも悪くも自分の道を行く人だ。

けれど、ニゲルはいつだってアリアナのことを気にしてくれた。

他の兄弟よりも、いささか繊細すぎるアリアナのことを誰よりも細やかに世話したのはニゲルであった。

体の弱った母の代わりにご飯を作ってくれたのも、おやつをくれたのも、眠れない夜に暖かなミルクを作ってくれたのも、柔らかな手つきで髪を結ってくれたのも。

全て、ニゲルであった。

自分の体から、成熟した証として血が流れた時も、寄り添ってくれたのはニゲルであった。

アリアナは、兄たちの喧嘩が苦手であった。

二人のことが好きであるからこそ、彼らが争うことが苦手であった。

けれど、そんな時ニゲルだけが二人の間に割って入ることができる。二人を傷つけるわけでもなく、ただ、悲しそうな顔で二人を宥めるニゲルのことが好きだった。

 

「アリアナの手は優しいな。」

 

その言葉を、覚えている。

怪我をしたニゲルに何かをしたくて、必死に見様見真似でした手当に姉は笑っていた。

 

「私を治そうと頑張ってくれる、この手はとても優しいね。」

 

アリアナは、兄たちから弱者として扱われる。それも仕方がない。なんといっても、アリアナは幼く、出来ることなど少ない。臆病で、いつだって誰かの後ろに隠れている。

けれど、ニゲルはアリアナのことを強いと言った。

 

アリアナは、私が傷ついてことに苦しんで、怯えてる。お前は誰かの痛みを自分のものとしてしまうから。私のために何かしようと立ち上がってくれる。お前は、優しくて、そして強い子だね。

 

誰かのために立ち上がれるアリアナは、強くて優しい子だね。

 

アリアナは、その言葉を憧れとした。

優しい人になりたかった、臆病な自分であることから変わりたかった、強くなりたかった。そんな風に笑ってくれた、美しく、強いニゲルのようになりたかった。

ピンと伸びた背筋、風にはためくさらさらとした黒い髪、涼し気な目元、薄い唇。

そうして、まるで森林のような澄んだ緑の眼。

優秀で神様のようなアルバスでも、自分のことを心配してくれるアバーフォースではなく、自分を強いと認めてくれたニゲルを、彼女は憧れとした。

 

好きで、あったのだ。どうしようもなく、焦がれていた。近いようで、遠い、あの人に。

 

 

「なのに、どういうことなの、アル兄様!!」

 

アリアナは、その可憐な顔立ちにはっきりとした苛立ちを浮かべ、目の前の兄に吠えた。

そんな妹に詰め寄られているアルバスは、どこか傷心したような面持ちでアリアナを見返した。

丁度、実家に帰り、アバーフォースから色々なことを聞き出したアルバスはどんよりと自室にて物思いにふけっていた。

そこに、兄の帰省を聞きつけ、友人宅よりアリアナが帰って来たのだ。文机に向かっていたアルバスにアリアナは回り込むように彼へと向いた。

 

「何がだい、アリアナ?」

「ニゲル姉さまの事よ!」

 

それにアルバスは、納得の意味を込めて頷いた。

何よりも、臆病で優しいアリアナがここまで感情を発露するなどニゲル以外ではありえない話だ。

 

「アリアナも、あの話で来たのかい?」

 

その声はどこか弱々しい。アルバスの脳裏にはアバーフォースから聞いた、ニゲルの異性からの人気について埋め尽くされていた。

アルバスは、その事実にひたすら困惑していた。

それほどまでに、アルバスにとってニゲルの異性関係というのは衝撃であった。

 

アルバスの中のニゲルというのは、徹底的に性の匂いというものが排除された存在であった。それは、元より中性的な容姿というものもあるが、仕草もどこか男性的なものが多かった。

アルバスの周りでは、ニゲルのことをそう言った対象として見るものもいなかったということもあるだろう。

何よりも、アルバスにとってニゲルとは女である前に、家族という枠組みに入っていた。

何があっても離れることもなく、当たり前のように近くにいる存在。

自分の後ろに立っている人、ずっと自分を見ていてくれる人。

アルバス自身、恋愛だとか、男女関係に疎いということもある。

もちろん、彼自身人の心の機微というものを理解することには長けている。けれど、その恋愛感情というものを理解してはいなかった。

二十に差し掛かろうとしているにも関わらず、初恋さえもまだなのだ。

正直な話をすれば、アルバスは自分が結婚するという未来を考えていなかった。

政治という世界にいるのならば、政略結婚について考えるだろうが、悲しいことにアルバスという男はそんなことをせずとも出世できる能力を持っていた。

アリアナについても、アバーフォースについても、何時かは結婚でもして家から離れていく想像はしていた。

その時は、何となしにニゲルと共に独身のまま実家を守って衰えていくのだろうとさえ思っていたのだ。

が、アルバス・ダンブルドアという男はアバーフォースの指摘によって、ようやくそんな未来が来ない可能性があることをようやく理解したのだ。

ニゲルというのは、別段いつまでもアルバスに付っきりでいてくれるわけではない。

 

アルバスは、何の躊躇も疑いも無く、自分はニゲルに一等に愛されているという自負があった。

もちろん、アバーフォースやアリアナと比べられると少しは遠慮する気はあるが、それでも彼は自分が一番に愛されているという自負があった。

どんなことがあっても優先されるし、どんな願いだって聞いてもらえるということを事実として受け入れていた。

 

ああ、けれど、けれどだ。

いつか、ニゲルには己よりも、特別な唯一というものが出来る日が来るのかもしれない。

それに、納得できなかった。

 

悲しいことに、ようやくその男はその身内である姉が、女であって。そうしてどうしようもなく分かたれた人間であると理解したのだ。

何よりも、アルバスは、ニゲルが何人かに告白というものをされていることにショックを受けていた。

言ったように、ニゲルの在り方というのは確かに善性であるが、さほど目立つものではない。当たり前であるがゆえに、無視されてしまう様なものだ。

それを知るのも、理解しているのもアルバスは傲慢なことに自分や弟妹達だけだと思い込んでいた。

他人が、それを理解している。

それが、なんだかひどく不愉快だった。

 

(・・・・・縁談のことも。)

 

ニゲルに縁談が来ていることについて知らなかったのは単純な話、アルバスの多忙さゆえだ。

縁談というのも、ゴドリック谷での近所からものでニゲル自身が断っていた手前話していなかった。

そうだ、働き者でおばの世話を小まめに見ている彼女は嫁として周りの家からひどく人気があったのだ。

それを教えてもらっていなかったということにも、ニゲルがそういった対象として誰かに見られていたこともショックであった。

 

アリアナはアルバスの呟く独り言の内、ニゲルへの告白というものへ不思議そうに首を傾げた。

 

「アル兄様、姉様が異性に人気があること知らなかったの?」

「アリアナは知っていたのかい?」

「話題に出なくても兄様は少しは想像位してると思ってた。だって、姉様もアル兄様の関係者だもの。」

 

その意味が分からずに、アルバスは不思議そうな目でアリアナを見る。

 

「だって、姉様と親しくなれば自動的に兄様とだって親しくなれるでしょう?有能な兄様との関係を築いておきたいって人多いもの。」

 

私も、アブ兄様も学校で声を掛けられるし。

 

それにアルバスは固まった。

アルバスにとって恋人も、結婚というのも恋や愛が前提にあるもので、そういった政略的なものというのは度外視していた。

そういったものを理解していても、あくまでのその範囲は自分だけ向けられるもので弟妹達やニゲルというのはそこから無関係であると考えていたのだ、

自分がしみじみと、多くのことへ鈍感であったことに気づき、アルバスは一段とショックを受ける。

そこに、追い打ちのようにアリアナの声が重なった。

 

「それよりも、兄様に聞きたいことがあるの!」

「なんだい?」

 

ぐったりとしたアルバスに、アリアナは叫んだ。

 

「この頃、姉様がブロンドの美男子とデートしてるの!兄様、知ってた!?」

 

「は?」

 

アルバスの青い目が鋭くなった。

 





アリアナさんのキャラが掴み切れていない感がすごい。
次回はゲラートさんが出ます。


ニゲルは、ハッフルパフ生になります。特別なことはない、薬草学と魔法薬学が好きだったもよう。
他の寮に知り合いが多いのは、迷子だとか学校に馴染めていないマグルだとか混血の子だとか世話していたため。
後輩から慕われていたが同級とか先輩にはアルバスさんに気安過ぎると評判がよくなかったりしてます。


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特異なもの



魔法族は裏と闇の中を知ることができるけれど、マグルは宙の果てを見ることができるんだろうなあと。

グリンデルバルドさんはムズイ。


 

 

(顔がいいなあ。)

 

気だるい、午後。

 

日課である、おばの世話や畑仕事を終えた後、つかの間の休憩である。

普段ならば、魔法薬の本などを読みふける。

この世界では専門書でも、マグルであったニゲルからすればファンタジーの設定集のような感覚で読める。

が、何故かニゲルは今、アルバスに負けず劣らずの美男子を前に優雅な、と一応つくだろう茶会に興じていた。

目の前にはニゲルの用意したクッキー、といっても二番目に綺麗に焼けたもの、とミルクティー。

 

「どうかしたのかな?」

「・・・・・いいえ、何でもありませんよ、グリンデルバルドさん。」

「ははは、僕のことはゲラートと呼んでくれればいいよ。」

 

にっこりと自分に笑う青年は、ぱちりと見事なウィンクをする。それが、ダサくならないのが美男子の特権だろうか。

といっても、ニゲルは平然とはははははとカラ笑いしながらミルクティーを啜る。

 

(ありがとう、アルバス、アバーフォース!お前らのおかげで無駄についたイケメンへの耐性がこんなところで役に立つとは!)

 

そんなことを思いつつニゲルは何故、自分がかの有名な、会いたいと言えば会いたかったグリンデルバルドと二人で会っているのか。

というよりも、彼女としてはアルバスより何故自分が先に会っているのか首を傾げたい。

 

(・・・・これも全部、バチルダさんのせいだ。)

 

恨み節を呟いて、ニゲルははははははと笑い声をあげた。

 

 

 

ニゲルは別段に、結婚願望があるわけではない。

それよりも気にしなくてはいけないことが多すぎるし、精神年齢の高さによって結婚適齢期の男が完全に対象外に入ってしまっている。

が、それを周囲は赦してはくれないのも事実だ。

ニゲルを嫁に欲しがる人間は多かった。

見目も悪くなく、勤勉で、おばの世話をよくしている。それに加え、ニゲルは有名な家の出ではなくとも純血の魔法使いに分類されていた。

そこにおばの世話をするために家を出ず畑仕事をしているというのは美談に入り、親たちからの人気は絶大であった。

そうして、かの有名なアルバスとの繋がりを欲しがるものも多く、そういった経緯で縁談が来ることは多々あった。

が、ニゲルはそれを全て断った。

表向きは、未成年の兄妹がいることと、不安定な母親がいるためであったが実際は違う。

めんどくさかったのだ。

ニゲルの生活スタイルというのはしっかり定まってしまっていて、そこに新たな結婚相手との生活を加えることが面倒で仕方がなかった。

縁談について、アルバスには伝えようとは思わなかった。

アルバスは同性愛者である。

が、今の時代は同性愛など禁忌に入り、表ざたには出来ない。

ニゲルが結婚となれば自然にアルバスにもその話題が向けられるだろう。

その時のアルバスの心情を考えれば、ニゲルは結婚をするという気にはなれなかった。

 

アルバスが、祝福され、愛し合った誰かと結婚をすることはない。

 

その事実が、ひどく悲しかった。

ニゲルだけは祝福するのだと誓っても、数の暴力を前にそれがどうにかなるかは分からない。

だからこそ、彼女は結婚という話題を遠ざけることにした。

いっそのこと、アルバスや他に結婚しそうにない後の兄妹と家を守って独身同士で暮らしてもいい。

あの子が、あの子たちが幸福であればそれでいい。

 

などと、そんなことを思っていたニゲルは縁談を断り続けていたわけだ。

もちろん、そんなニゲルにやって来る縁談は少なくなっていった。

普通の家ならば、ニゲルのことを心配しただろうが彼女のいとこたちは結婚など望んでいないし、アルバスたちの母は自分の世話をさせることを後ろめたく思っていたために強く言われることがなかった。

そんなこんなで、ニゲルは一応は平和に暮らしていたわけだ。

 

そんな中、彼女はある日、近所に住むバチルダに本を借りに出かけた。

ニゲルの読みたがっていた本を手に入れたと聞き、彼女はいそいそとバチルダの家へとでかけた。

訪れたバチルダの家にて、ニゲルは茶に誘われた。

それ自体は珍しいことではない、バチルダに話し相手として望まれることはよくあった。ニゲルはそれに是と答えた。

そこに、ゲラート・グリンデルバルドがいることなど知らずに。

 

グリンデルバルドに会った最初の感想なんて、アルバス並みの美形に会うの久しぶりだなであった。

まあ、まず最初の感想としてそれを抱いた後に、ニゲルはグリンデルバルドと取り残された部屋にてすぐに察した。

 

(あ、これ、見合いだ。)

 

会うだけ会ったら?的な、あれである。

こう言った田舎で見知らぬ男女を二人っきりで放置するなぞそれ以外にないだろう。

そうして、ニゲルは何故バチルダがそんなことをしたのか少し察した。

 

(確か、グリンデルバルドって学校退学になって、親戚のバチルダさんとこにいるんだよな?あれかな、荒れてるし結婚させて一人前みたいなノリなのか?)

 

何よりも、バチルダは本の趣味があい、かつ働き者のニゲルを気に入っている。

というか、何ゆえ初エンカウントが自分なのだ。そこは、アルバスと運命的な出会いをしておけよ。

などという内心を察する人間はここにいない。

 

肝心のグリンデルバルドとはいうと、別段おかしなことなどはない。

ニゲルはグリンデルバルドの話に頷きながらぼんやりと考える。

グリンデルバルドと会話をしてみて、ニゲルの感想としてはアルバスが好きそうだなあということである。

まず、話題の運び方が上手い。誰でも知っていそうな話題から入っていくために非常に話しやすい。己の見目の良さを分かっており、仕草も人を引き付けるものだ。

 

(あいつの好みだろうなあ、頭いいのも、顔がいいのも。というか優秀な奴全般好きだし。)

 

そんなことを思いはしても、ニゲルに出来ることはない。

ニゲルは、目の前の美男子がいつか悪党になることを知っている。はっきりとした罪状は覚えてなくとも、たくさんの誰かを殺して、たくさんの誰かにひどいことをする。

それを止める術を持たぬことは、ニゲルが誰よりも知っている。

けれど、けれどだ。

 

(・・・・アルバスは、悲しむかなあ。)

 

未だ、出会うことは無くても。それでも何時かであうはずの愛しい弟分の真実の愛よ。

私に何が出来るだろう。何も、出来はしないだろう。

 

(ああ、でもなあ。)

 

アルバスは悲しむだろうなあ。

 

それを思うと、心が痛んだ。

けれど、ニゲルは何となしにグリンデルバルドが自分への興味を薄れさせていることを察した。なんといっても、ニゲルはそこそこの能力はあってもあくまで平均程度だ。

知識も、振る舞いだってそうだ。

話しているうちにそれを察したのか、グリンデルバルドの目から興味が失せていく。

 

(どうしたもんかなあ。)

 

そう思いながら、ニゲルはずっとグリンデルバルドというキャラクターに感じていた疑問を口にした。

このまま会えなくなるなら、いっそのこと聞いておこうと思って。

 

 

 

「グリンデルバルドさんってマグルのこと嫌いですか?」

 

目の前の存在から漏れ出た台詞にグリンデルバルドは一瞬だけ動きを止めた。

そうして、うっそりと目を細めた。

 

(・・・何故、そんなことを?)

 

グリンデルバルドは身の内にある警戒心をねじ伏せて、極めて友好的な笑みを以てニゲルを見た。

 

彼がゴドリック谷に来たのは、偏に彼にある未来を見るという才能ゆえだ。

彼は、確かにこの谷で自分にとって運命的な存在に出会うはずだった。

そうして出会った、大おばの紹介である存在は平凡の一言に尽きた。

真っ黒な髪に、翠の瞳。容姿は悪くなかったが、振る舞いは粗暴で話す話題もつまらない。

ニゲルが自分の望んだ存在ではないのかと考えたが、ゴドリック谷を探しても目的のものはいなかった。

 

グリンデルバルドは、それに冷静に目の前の存在から興味をなくす。さっさと見切りをつけようとした。

けれど、それから紡がれた台詞に固まった。

 

 

グリンデルバルドは、他人を好きに動かすということに長けている自負はあった。

誰とて、望みというものがある。

男はそれを引き出すことに長けていた。己が願いを叶えんがために、相手の望みとの共通点を見つけて仲間を増やすことに長けていた。

学校において、諍いを起こしたことに反省し、彼はどれだけ相手と話を合わせ自分の願いに添わせるかが重要であるかを学んだのだ。

そうであるがゆえに目の前の存在に話してもいないグリンデルバルドの本心に動揺してしまった。

相手を信頼させるには、自分がどれほど同調した考えをしているかを示すことが重要である。

ニゲルの話には、主張というものがない。

グリンデルバルドはありとあらゆる話題を出し、彼女の関心があることを引き出そうとした。けれど、彼女はどんな話題にも当たり障りない言葉を返すだけだ。

それにグリンデルバルドは興味をなくしたはずだ。

何といっても、別段彼女は彼の望みに必要なわけではない。

だというのに、ニゲルはあっさりとグリンデルバルドの核心をついてみせた。

 

「・・・・・なぜ、そんなことを?」

 

彼は机に腕をついて組み、顎を乗せた。そうして、にっこりと魅力的な笑みを浮かべた。ニゲルはそれに、あーと気まずげに言葉を吐いた。

 

「グリンデルバルドさん、アメリカの魔法使い秘匿の法律話すとき不機嫌そうだったんで、なんとなーく?」

 

ニゲルの言葉に特別な何かが隠れている風には聞こえなかった。ただ、純粋にそう思っている風に聞こえた。

それにグリンデルバルドは探りを入れる様に声を掛けた。

 

「そうだね。確かに、あの法律に関しては保守的すぎると思ってはいるけどね。魔法族は強力な力を持った存在だ。もう少し、世界に対して主張してもいいと思うんだけどね。」

「それって魔法族がマグルを支配した方がいいってこと?」

 

グリンデルバルドが幾重に纏わせたベールを、ニゲルはあっさりと取り払った。グリンデルバルドはさすがに湧き起こった動揺を隠しきれなかった。

それに納得したのか、ニゲルはしみじみと頷いた。

 

「うーん、思想としてはぶっ飛び過ぎじゃないか?」

 

なんてことを、平然と言った。

グリンデルバルドは、目の前の存在に目を向けた。まるで、凍り付いた様に体は動かない。

これはなんだ?

グリンデルバルドは必死に、目の前の存在が何なのか考える。

それから、特別な才能など感じなかった。それから、特異な思想など感じなかった。それからは、何も。そうだ、ニゲルはどこにでもいる女だ。

そうであるというのに、何故、それはまるでグリンデルバルドの思想を完璧に理解しているのか。

自分の目の前にある存在が、まるで突然皮を被ったバケモノのように感じた。

グリンデルバルドは湧き起こった感覚を封じる様に、女に問う。

 

「ニゲルも、そう思っているのか?」

「どうしてだい?」

「僕は何も言っていないのにそんなことを言うから。」

 

グリンデルバルドはぐるぐると渦巻く感覚に歯止めをかけようとそう言った。それに、ニゲルは不思議そうな顔でグリンデルバルドを見た。

 

「いや、別にそんなこと思っていないし。君がどう思っていても私にはどうしようもないから何もしようとは思わないんだけど。でも、そうだなあ。私の言ったことが、合っているとしたら。」

 

ゲラート・グリンデルバルド、君は大分ロマンチストのお人好しだと思うけど。

 

返って来たそれはグリンデルバルドの予想よりもだいぶかけ離れたものだった。

 

 

ニゲルは、ダンブルドア家や彼女を知る者からは良き人だと思われているが、彼女自身はそこまで世界というものに期待していない。

マグルとして、そうして魔法族として生きた者としてしみじみと思うのだ。

 

所詮は、魔法族も、マグルも所詮は屑でしかないのだと。

 

集団となれば自分と違うものを疎み、自分よりも際立ったものを妬み、独善を孕み、自分が傷つくことを恐れ見て見ぬふりをする。

ああ、馬鹿らしいほどに、魔法族もマグルも人間でしかないのだと。

 

「例えばだよ、私の、いやまあ、ここは仮にAとする。こいつは良い奴だ。見た目に振り回されず本人の資質を評価し、努力を怠らず、高潔で、そんでもって正しいことを願ってる。でも、このAはなあ、ものすごい独善的な部分があるんだよ。」

 

ニゲルは思わずアルバスのことを口にしようとしたが、ここで未来の初恋相手にネガティブなことを言うのはどうかと思い、慌てて取り繕う。

 

「いや、良い奴だよ。良い奴だけど、自分の価値観で切り捨てることだとか、そういうの選ぶからさあ。それって、切り捨てられる方からすればふざけんなよって話だもの。大いなる善の為、とか言うけどさ。そんなの少数派からすれば知らねえよって話じゃん?優秀で、高潔、善人で、それが誰かを切り捨てることを決める権利じゃないだろ?」

 

もう一人の弟分は思い込んだら一直線な部分がある。というよりも、アルバスに似てアバーフォースも独善的な部分がある。

 

ニゲルもまた、自分をいい人とは思っていない。これから起こる数々の悲劇を一応は止めようとは思っているがそれはあくまで保身のためだ。

長所が在れば短所がある。

 

(・・・・人とは、所詮賢しい獣につけられた名でしかない。)

 

そんなことを言ったのは、いや書いてあったのはなんという本だったか、アニメだったか、ドラマだったか。

ニゲルはそう言った意味で人間というものをその程度だと思っている。けれど、誰かの幸福や優しさを願うのだって人間だ。

失望されるほどでもなければ、希望を託せるほど気高くもない。

 

「だからさ、人に人を支配するだとか導けるだとか、対等になれるだとか夢を見すぎてるだろ。魔法族はマグルに劣るか、いや否だ。私たちも、彼らも所詮は人という枠組みの中で生きる獣だ。」

「・・・・・魔法族がマグルと同等だというのか?」

 

押し殺し切れなかった憎悪といえるものが漏れ出た。それにニゲルは平然とした様子でうーんと顔を傾げた。

そうして、何でもないように空を見上げた。

 

「例えばさ、今の状況は魔法族とマグルじゃあ、魔法族の方が有利ではあるんだ。私たちは、この星に二つの世界があると知っている。どちらの世界でも、生きて行こうと思えば生きていける。」

 

ニゲルは上に向けた視線をグリンデルバルドに向けた。

その眼には、何の色も無い。その瞳には、同意も、肯定も、憐れみも、優しさも、悲しみも、憎しみも、好意もない。ただ、ただ、透き通った透明な瞳だった。

そうして、机をトンと叩いた。

 

「そうだ、私たちは確かに特別だ。マグルには見えぬ、聞こえぬ、感じない世界を深く知ることが叶うものたちだ。私たちは、確かにこの惑星の全てを知ることができる、闇の底、海の揺らぎ、地の果て、空の中。私たちは、この惑星に愛されているだろう。でも、きっと。」

 

私たちは宙の果てを見ることは出来ない。

 

女は、そういってまるで夢を見る幼子のようにもう一度空を見上げ、指を差した。

 

 

グリンデルバルドは、固まってしまった。

彼には、女が何を言っているのか分からなかった。

 

ニゲルは確かに魔法族を肯定していた。けれど、それと同時にマグルというものに憧憬を思っていた。彼女が言っていることが分からなかった。

 

「空の、果て?」

「そうだ。なあ、お前さんこの空の向こう側にどんなところがあるか知っているか?空の上には、宙が一つあるんだ。夜のような、暗闇が延々と続いて、星々が散らばっている。神様はいない、天国はない。世界は、一つの園ではなく、私たちでは行くことのできない場所が続いている。私たちは、その世界で生きていくこと出来ないだろうが。きっと、マグルは違う。彼らは、きっとこの世界を飛び出して、遠い宙の果てに行くだろう。私たちを置いて。」

 

何故だろうか。グリンデルバルドは、その言葉に奇妙な魅力を感じた。

 

 

 

グリンデルバルドは、力なきものを蔑んでいた。

魔法使いとは、無から有を生み出す。それは、まさしく神のような存在ではないか。

だというのに、この星はすでにマグルというただ数が多かっただけの無力で愚かな存在がはびこっている。

どうして、それが赦される?

オブスキュラスというものがある。

魔法族が魔法を振るうことも出来ずに、その果てに溢れた力の末路。

その末に、幾人が死んだのだろうか。そのせいで、幾人が大人になれずに死んだのだろうか。

グリンデルバルドは魔法を振るいながら考える。

どんなものだろうと倒せる力がある。マグルなんてあっさりと殺せる力がある。

ならば、どうして自分たち魔法使いは日陰の中で、隠れ住んでいるのか。

その、消えていった存在たちは死なずに済んだのではないか。

マグルたちを見てみろ。

彼らがこの星で何をしている?

争い、その果てに幾人が死んだ?

 

魔法使いならば、賢しき魔法族であるならばそんなことは起こらないはずだ。

そうして、その頂点に己が立つ。

死を克服し、永遠にその頂点に立つのだ。

 

今まで、魔法族とマグルたちを比べ魔法族が優位であることに反論してきたものたちはいた。けれど、その理由はほとんど曖昧でグリンデルバルドの思考に引っかかるものではない。

けれど、ニゲルの言葉は、今までのどんなものよりも特異で、そうして惹かれた。

 

 

「私たちは確かに特異な力を持つだろう。けれど、所詮は人だな。人でしかない。学校を見ろ、弱者を虐げるもの、己と違うものを蔑むもの。マグルのすることといったい何が違う。マグルの世界を巡った戦いを見ろ。それに触発されるように魔法族まで諍いだ。いったい、彼らと私たちはどこが違う?争い、憎み、すれ違い、誤解し。それでもなお。理想的な世界を願い続けている。」

 

翠の瞳が、グリンデルバルドを見た。

 

「なあ、ゲラート・グリンデルバルド。私は聞きたい。お前は、マグルをどれほど知っている?お前は、どれほどマグルというものが自分たちに劣っていると思う。」

 

グリンデルバルドはそれに一瞬つまった。マグルとは愚かである。魔法も使えぬ、自分たちに劣る存在。

けれど、自分はどれほど、彼らの生き方を知っているだろうか。

考えるグリンデルバルドに対して、ニゲルはそこで一旦言葉を切り、そうして肩を竦めた。

 

「まあ、さっきも私は言ったがお前さんがどうなろうと、何を考えていようとどうしようもない。けどなあ、私は知りたいんだ、グリンデルバルド。マグルは魔法族に劣っているか?」

 

私たちは、魔法使いはこの空の先を思い浮かべることが出来るか?この空の果てに進もうという意思を持つものがいるか?

お前は、宙の果てを行くことができるか?

 

 

それは、確かに特別であった。その言葉、その問いは、グリンデルバルドにとって、一度だって聞いたことも無い、特異な言葉であった。

空の先、宙の果て。

そこに何があるのだろうか。そう考えると、ワクワクしてしまう自分がいた。

 

 

 






グリンデルバルドさんの情報があんまり出ていないのでちょっと曖昧な感じになりました。
ただ、彼自身の映画での誰を守る法だって言葉自体はちゃんと本音でもあったんだと思ってます。
次回はアルバスさんも出ます。


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幸福な不幸

とある方の作品に感化されたものです。
このテーマはずっと書きたかったものなんですが。ざっと書いたものなので薄味かもしれません。

時系列な所はちょっと気にしないでください。衝動のままに書いたので。
アルバスさんはちょっとだけ出ます。だんだん情けなくなっていくような


 

ロンドンの冬は寒い。いや、寒いという言葉では足りないだろう。

雪のちらつく冬のロンドンは極寒という言葉がよく似合う。

そんな冬は誰だって家の中で、暖炉を前に暖かな紅茶を啜るものだ。

もちろん、それは普通の人の話で。

そんな温度の恩恵にあずかれないものは少なからず存在した。

 

ノクターン横丁の入り口、そこにはまるで痩せた猫のようにぼろぼろの男が蹲っていた。

男といっても、未だ少年の域を出来っていない。

そのやせ細った男には雪が積もり、それにがたがたと震えていた。

それもまた魔法族の端くれ、小さいとはいえ確かに魔法の恩恵を得た男の外套は確かにそれを温めていた。

けれど、そんなもの焼け石に水で、男の命は風前の灯といえた。

 

(・・・・寒い。)

 

考えられることなどその程度だ。少しでも寒さをしのぐために出来るだけ体をちぢこませはしてもそれだけで耐えられることなどたかが知れている。

男はぼんやりとした頭で自分がどうしてこんなことになっているのか漠然と考える。

父や母のこと、思い浮かぶのなんてそれぐらいだ。

碌な友人もいなかった

 

不幸な人生だった、惨めな人生だった、下らない人生だった。

 

だというのに、やってくるらしい最期はなんだかひどく優しい。そう思って、男は諦めのために最期を受け入れる様に瞳を閉じた。

その時、まるで夏の昼に響く獣の鳴き声のような騒々しい声がした。

 

「おいおい、死んでるのか?」

 

自分に話しかけてきているらしいそれに、少しだけ目を開けた。視界の中に、どこか心配そうな顔をした、翠の瞳を持った人がいた。

その眼は、不思議なことに、汚らしい浮浪者に向ける目にしてはあんまりにも透明な目をしていた。

 

 

 

温かくて、フカフカとしたものに包まれている。腹の部分にはずっしりとしているが、心地のいい重みが乗っかっている。

かすかに、耳がコトコトと何かが微かに揺れる様な音を拾う。くんと、香ったそれは温かくて優しい匂いがした。

ゆっくりと、夢心地で目を開けると、男は己の腹の上に乗っかったニーズルと対面した。

ニーズルは、金の瞳でじっと男を見つめていた。

 

「なんだ、美人さんだな。」

 

寝ぼけた頭の中、男はゆったりと微笑んだ。柔らかな布団から手を取り出し、その頭を撫でた。フカフカとした毛並みは、そのニーズルが丁寧に飼育されていることが察せられた。

ニーズルは男の言葉に、一言鳴くと腹の上から地面に降りた。そうして、部屋の唯一の出入り口であるらしい扉に向かった。そうして、そこに取り付けられた専用の小さな扉を潜って部屋を出ていく。

そこでようやく男は、自分が何処にいるのかを理解した。

びくりと、男は慌ててベッドから這い出す。

男がいた部屋は、ベッドと簡単な机、そうしてタンスがある程度の簡素なものだ。けれど、手入れはしっかりとされており埃は見受けられない。古びてはいるものの、居心地のいい部屋だ。

 

(・・・・ここはどこだ!?)

 

男が覚えている限り、最後の記憶は自分を見つけた、おそらく女が自分を覗き込む瞬間だ。

攫われたのかと一瞬考えるが、それにしては待遇がよく、何よりも自分に攫う様な価値がないことを思い出し、男は自嘲する様に笑った。

きい、と扉が開く。

男は警戒するように視線を向けた。

 

「よし、起きたな。」

 

そこに立っていたのは、一人の女だった。

腰まで伸びた真っ黒な髪を三つ編みにし一つにまとめている。人種特有の白い肌をしていた。女はすたすたと男に近づいてくる。

女にしては珍しいことに白いシャツに黒いズボンというシンプルな格好をしており、その仕草はどこかさっそうとしていた。

その顔立ちは女性的というには鋭く、男にしては優しい。

色味の少ない見目において、唯一、その緑の瞳が色彩を放っていた。

 

「ラピス、ご苦労さん。」

 

女は労わる様にそう言って、足元に侍ったニーズルを撫でた。それにラピスと呼ばれたニーズルは応える様に一声鳴いてさっさと部屋を出ていく。

状況はわからない男に、女はくいっと親指で扉の外を示した。

 

「飯が出来てる。温かいうちに食べるぞ。」

 

そう言い放つと、女はさっさと部屋を出ていく。まるで嵐のように過ぎ去った女を男は茫然と見送った。

 

 

逃げるわけにもいかず、ともかく自分の状況というものを知りたくて男は女の後を追う。部屋を出ると短い廊下があり、幾つかのドアがあった。一番奥の扉が開いており、中から灯りが漏れていた。

その部屋に入ると、鼻を柔らかで暖かな匂いが刺激した。

部屋はどうもリビングの様で赤々と燃える暖炉に、古びているが手入れをされているらしい大きなテーブルが目を引いた。

女は、部屋の隅にあったキッチンからお盆を持ってテーブルに歩み寄った。お盆の上には湯気を立てたスープとパンが乗っている。

女はそれをおもむろにテーブルに置いた。そうして、椅子の一つを指さした。

 

「座れ。」

 

従う義理も無い。何よりも、目の前の存在が安全かどうかも分からない。逃げた方がいいかもしれない。

そんな思考が頭を襲う。

けれど、男はまるで誘われるようにその椅子に座った。

女はそれに穏やかに微笑んだ。

 

「まあ、話をする前にまずは腹ごしらえだな。」

 

その眼には、男が、アーガス・フィルチが当たり前のように向けられ続けた憐れみも、同情も、一欠片だって存在しなかったから。

 

 

アーガス・フィルチの人生において、彼が己の人生は不幸なものであると知ったのは十を過ぎたころのことだった。

彼はマグル出身の父親と魔法族出身の母親の間に生まれた混血であった。

どこの家庭にも例に漏れず、彼ら二人は生まれて来た息子を一心に愛した。きっと、この子も素敵な魔法使いになるであろうと。

少年はその柔らかな愛を受け、すくすくと成長した。両親はそれを温かく見守った。

少年に魔法使いとして、魔力の備わっているという兆候は表れなかったが彼らは気にしかった。きっと、いつかは現れるだろうと。

けれど、少年が十を過ぎても魔力のある兆候というものは現れなかった。両親は、それに病気を疑い、聖マンゴ病院に相談した。

結果として、少年は病気ではなかった。彼は単純に魔力がなかった。

 

「お子さんは、スクイブになります。」

 

癒者から言われたその発言に、両親の目が絶望に染まる。けれど、幼い少年にはその言葉の意味なんて分かるはずもなかつた。

 

 

それを何よりも嘆いたのは、母親だった。

魔法というものが生まれたころより世界の中心であり、それと友のように親しんだ彼女からすればそれを持たぬ己が子はどれほど哀れであっただろう。

この子は、永遠の友となる杖を持てぬのだ、あの美しい力を使うことはないのだ。

ああ、この子は、あの偉大なる学校に通うことはないのだ。

女は、そう言っては息子を抱いて、その顔を撫でて涙をこぼした。

少年は、アーガスは自分がひどく悪い子なのだと思った。自分を愛してくれる母をこれだけ嘆かせる自分は、それほどまでに悪い子なのだと。

それとは変わって、父親は違った。元より彼はマグル生まれであり、魔法がないことは当たり前のことであったのだ。ならば、いったい何に絶望することがある。

父は息子が魔法を使わずとも生きていける術を見つけようとした。

が、母親はそれを赦さなかった。

魔法族として生まれたこの子がどうしてマグルのように生きて行かねばならないのだと。

それは、マグルであった父親にとって侮辱に等しかったのかもしれない。

少なくとも、幼いアーガスにとって両親の諍いの理由が自分であること。それだけを理解した。

 

それから、転がり落ちる様に少年の家庭は崩れていった。

二人はアーガスには優しかったが彼の見えるところで諍いを起こしていることに変わりはなかった。

母親はいつだってアーガスがいつか魔力を発現しないかと見ていたし、父親はアーガスにマグルの学校に編成するようにと進めた。

二人は互いの行動を見つけるたびに怒り狂った。

アーガスは自分がほとほと不幸の原因であるようにしか思えなかった。

 

そうして、両親はとうとう離婚した。

アーガスは最後まで父親に一緒にマグルの世界で暮らす様にといわれていたが、一人残される弱々しい母親を放っておけるはずもなかった。

そうやって共に過ごした母親もまた、アーガスが成人してまもなく病で亡くなった。

彼女の最期の言葉は、ごめんねというアーガスという存在への謝罪であった。

 

可愛そうなアーガス。優しいアーガス。ごめんね、ちゃんと産んであげられなくて。

 

その時、アーガスは思ったのだ。自分は、不幸で、可哀そうで、哀れでしかないのだと。

 

庇護者を失った彼は働きにでるという選択肢しかなかった。けれど、読み書きは出来ても魔力を持たない青年を雇ってくれる存在もいない。

彼が最終的に行きついたのは夜の闇横丁であった。そこは、闇の魔法使いから人外までありとあらゆる脛に傷のある存在が寄せ集まる場所だ。

スクイブの青年が一人紛れ込んだ程度ならば誰とて気にはしなかった。

彼は幸いなことに仕事にありつくことが出来た。雑用のようなものではあったが、魔力に触れれば作動する道具もあったためその管理の上で重宝されていた。

彼は食うに困ることのない生活を送っていた。

夜の闇横丁はよくも悪くも無力な青年に無関心であり、そうして冷たかった。

無力な彼を魔法使いたちは食い物にした。

給金を奪われることもしょっちゅうで、魔法で痛めつけられる日もあった。

そんなものだった。

彼がスクイブであると知れると、魔法使いたちは二通りの行動をした。

蔑みか、そうして憐れみ。

アーガスは、憐れみがことさらに嫌いだった。

その、アーガスという存在を否定する、憐憫よ!

見るな、みないでくれ。

そんな眼で、そんな、色を持って。

魔力を持たぬ自分を見ないでくれ。

 

蔑まれる方がずっとよかった。暴力を振るわれる方がまだよかった。

憐れみの中にある、湿った、仄かな優越感と否定が苦手であった。

 

(どうしてだ。)

 

どうして、どうして。

自分は魔法が使えないんだ。母は使えた、父は使えた。

周りの人間を見ろ。

当たり前のように、魔法が使える。自分と、彼らのいったい何が違うんだろうか。

悲しんだ母のことを思いだす。背を向けて去った父を思い出す。

孤独な己を想う。

父の使った、母の使った、美しい力を思い出す。

どうして、それは自分の手には入らなかったのだろうか。

 

アーガス・フィルチは不幸(スクイブ)である。それは、ずっと、永遠に変わらない事実だった。

 

 

 

その冬は不幸なことに一つの仕事も得ることが出来なかった。魔法を持たぬ青年には生きていく術などなく、真冬の中、その寒さに耐えることしか出来なかった。

死ぬことに対して、大した感慨は持てなかった。感慨を持てるほどの人生を持たなかったから。

 

 

 

「よしよし、よく食べたなあ。いやあ、助かった。今日は家の奴が帰ってこないのを忘れて作りすぎてしまってなあ。」

 

スープとパンをたらふく食べ、アーガスは暖炉で温められた部屋の中でニーズルを膝に置きぼんやりと片づけをする女を眺めていた。

女は空になった器を見てゆるゆると笑っていた。

それを見ていたアーガスは、ずっと考えていた疑問を口にする。

 

「どうして、俺に飯まで食わせてくれたんだ?」

 

その言葉に女はふむと頷き、食器を片付けながら答えた。

 

「腹減っていたんじゃないのか?」

「減ってはいたが。理由がないだろう。」

 

アーガスはそう言って、ニーズルの頭を撫でた。アーガスはこれでも悪意には敏感だ。けれど、女からはやっぱりその気配は欠片だってなかった。

アーガスは、女のことを処理しきれていなかった。

女にはアーガスのことを助ける理由なんてない。けれど、女はアーガスを助けた。汚い、ぼろぼろの存在をいったいどうして助けたのだろうか。

だからといって、ここを出てどこに行けるというのか。

もう少し前ならばさっさと出ていっただろうが、寒さで疲れ切ったアーガスにはその温かさは惜しかった。

 

「お前さん、スクイブだろう。」

 

それに動揺を隠しきれずアーガスは机を揺らした。

女はその音に振りかえる。視線の先にいたどうしてという顔をした青年に苦笑する。

 

「簡単な推理だ。夜の闇横丁にいる時点で君はマグルではない。けれど、魔法使いであるならば例え金がなくても留守のマグルの家に忍び込んで過ごすことも出来た。けれど、それをしていない君は魔法族でも魔法を使えない、スクイブである。」

 

アーガスは思わずそれに立ち上がる。それに伴ってニーズルが地面に飛び降りた。警戒する様に固まった青年に、女はやっぱり苦笑する。

 

「そんな顔をするな、とは言えないか。今んとこ、めちゃくちゃ怪しいもんな。」

「・・・・どうして、俺を助けた。」

 

重ねられた言葉に女はのんびりと言い切った。

 

「いやあ、あそこで見捨ててたら後で罪悪感に襲われるしなあ。」

 

それは、アーガスの考えたどれでもなく、ただ苦笑交じりの穏やかさがあるだけだった。

女はそう言うと、出入り口を指さした。

 

「さて、もう夜も遅いから寝なさい。さっきの部屋をもう一度使っていいから。」

 

くるりと自分に背を向けたそれにアーガスは理解の追いつかない頭で再度問いかけた。

 

「どうしてだ?」

 

その言葉に女は聞かん坊の子どもを宥める様な仕草でやっぱり苦笑して。そうして首を傾げた。

 

「そりゃあ、お前さんにだって分からないことはあるだろう。私にだって分からないことがある様に。」

 

この世界には吐き捨てたくなるような気まぐれもあれば、泣きたくなるほど優しい気まぐれだってあるだろう。

 

そう言って微笑んだ、その瞳はやっぱり何にも浮かんでいない、どこまでも透き通った目をしていた。

そこには、自分の知る憐れみも蔑みだってなければ、女の言う優しさも無かった。

 

そう言えば、名乗っていなかったね。私の名はニゲルだ。行くところがないなら、しばらくここにいるといい。

 

それを促す様にニーズルが鳴いた。

 

 

 

アーガス・フィルチは結局のところ、ニゲルの元に留まった。

それは、行ける場所などなかったということもあった。

けれど、それと同時にその女の浮かべる透明な目に安堵していたから。

何よりも、ニゲルの家はなんだかひどく不思議な家だったということもある。

アーガスはニゲルの家にて、彼女の仕事としている薬草の育成を手伝うことになった。仕事自体は水をやるだとか特定の薬とやるだとか、間引きをするだとか。そんなことだ。幸いなことに、それらの作業には魔力は必要なかった。

彼女はよくよくアーガスに仕事を教えてくれた。物覚えが悪いわけではない彼はすぐに仕事に馴染んだ。

その時間は、ひどく穏やかで、静かだった。

接する人間はニゲルぐらいで、近所の人間は彼女が対応するため気楽なものだった。

そこでは、アーガスは本当にただの、どこにでもいる存在の様であった。

ニゲルが元々あまり魔法を使う人ではなかったというのもある。

彼女の心象として、杖を態々降るよりも自分の手でした方が早いこともあるらしい。だからこそ、だろうか。

ニゲルと生活していると、時折魔法という存在を忘れそうになる。

それは、言いようのない、穏やかな生活であった。

 

 

 

そうして、何よりも不思議な心地になったのは家に住んでいるわけではないが、通う三弟妹(きょうだい)のことだった。

 

 

「君がアーガス君かな?」

 

アーガスが一夜を明かした後、リビングに出た彼を出迎えたのは滅多に見ないような麗しい男だった。

鳶色の髪に、キラキラとした青い瞳の男。

男は、どんな人間でも魅了されてしまいそうな柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「やあ、おはよう。」

 

滅多にないような爽やかな挨拶に、アーガスは同じようにかすれた声でおはようと返した。

 

「君がアーガス君だね?」

「は、はい。」

「私の名はアルバス・ダンブルドアというんだが。君をここに招き入れたニゲルのいとこなんだがね。」

 

アルバスと名乗った青年は妙に威圧感のある笑みを浮かべてアーガスに微笑んだ。アーガスはそれに怯えつつ、ぎくしゃくと頷いた。

 

「そうか。まあ、君の事情としては色々と大変なこともあるだろうが。ここにしばらくいるといい。」

「は、はい。」

 

にこやかに微笑んでいるというのに、なんだろうかその威圧感といえるのは。

今まで受けた、悪意ではないのだが。

 

「・・・・ところでなんだが。」

「は、はい?」

「ニゲルは優しい。人がいいというのはあるんだがね。」

「はい?」

「ある程度のことは強要してしまうわけで。見ず知らずの人間にもそれを強要されてしまうんだ。まあ、昔から、それこそ子どものころからそうなんだが。だから君に優しいのもひどく自然のことで。」

「はあ。」

「まあ、私はニゲルと長い付き合いでそこらへんは分かっている・・・」

 

どす、という音がした後にアルバスの体がゆっくりと沈んだ。いきなり床に蹲った男にアーガスが目を瞬かせると丁度男の後ろにニゲルが立っていた。彼女からは良い匂いがしていた。どうやら朝食の準備をしていたのだろう。

拳を握っているところからしてどうみてもアルバスの背を殴ったように見えた。

 

「ガキ虐めてんじゃねよ。」

 

プルプル震えるアルバスにニゲルが吐き捨てる様に言い捨てた。アーガスがその光景に固まっている中、ニゲルはその蔑みに満ちた目を柔らかく細めた。

 

「ああ、アーガス。おはようさん。」

「は、はい。おはようございます。」

「はははは、敬語なんて使わなくていいぞ。それよりも、朝飯だ。まだ若いんだからたくさん食うだろ?たんと食えよ。」

「ええっと。」

 

この目の前で蹲る存在にどう扱えばいいのか分からない。無視してもいいのだろうか。

ニゲルは平然と去っていく。アーガスはおろおろと辺りを伺う。

そこでアルバスがよろよろと立ち上がりニゲルに追いすがる。

 

「・・・・ニゲル、殴らなくともいいだろう?」

「・・・・夕食のリクエストしときながら仕事で帰ってこずに連絡も寄越さずに。おまけに自分よりも年下に威圧感振り上げてる奴に慈悲はない。」

 

それにアルバスは一気にしょげた様子で顔を下に向けた。

 

「それについては悪かったと思っている。連絡しなかったのも、その、すまないと。」

「お前さんがいなくて作りすぎたスープの処理を手伝ってくれたのはそいつだし。連絡とれねえからわざわざ魔法省に行って?その後にお前さんが案件の処理に忙殺されたことに安心して。その帰りに拾ったんだ。お前さんに何か言われる筋合いはないぞ。何よりも、ラピスだって懐いてる。悪意はないだろ。」

「その、連絡取れなかったことに関しては、本当にすまないと。時間がなくてね。」

「一言伝言頼んで梟飛ばすぐらいはできただろ。」

「・・・・その。」

 

すたすたと先に行くニゲルを慌ててアルバスが追っていく。そうして、ふと気づいた様にニゲルはアーガスに振り向いた。

 

「ほら、食事だ。お前さんも、席につけ。」

 

 

 

アーガスは、本当に不思議な事だと思った。

何故なら、ダンブルドア家の人間というのは、アーガスに対して憐れみでも侮蔑でもなく、不思議なことに嫉妬を向けて来るからだ。

 

長男であるらしいアルバスは、それが顕著であった。

アーガスはそれを不思議な気持ちで眺める。

はっきりいってアーガスにはアルバスという男が嫉妬する要素など一欠片だってない。

アルバスのように、見目が麗しいわけでも、優秀なわけでもない。闇祓いである、魔法使いとして優秀な彼にいったいどうしてそんな目を向けられるのか。

いや、分かるのだ。

分かってしまうのだ。

 

アーガスが、彼女に贔屓されているからだ。

 

仕事を教えるために近しい位置にいるのは仕方がないのだが、それでも彼らは執拗にアーガスのことを羨ましいという目で見る。

正直な話、ニゲルという存在にそこまでの価値があるようには思えなかった。

 

確かにアーガスにとっては滅多に会えない貴重な、彼をひどく透明な澄んだ目は珍しくはあっても、魔法使いとしてエリートといえるアルバスがそこまで執着する理由が見えなかった。

 

見目が麗しいわけでも、賢しいわけでも。

魔法使いとして優れているわけでもない。探そうと思えば幾らでも探せるような人であった。

ただ、彼女は優しい人なのだとは思う。

 

彼女はアーガスという存在の不出来さを気にしなかった。出来ないことを、出来ることを選別し、彼を下に見るのではなくやれることを渡して対等としてくれた。

人と付き合うことのなかった彼でも、憐れみと蔑みだけを背負い続けた彼には、それがどれほど優しいことなのか理解できた。

 

 

「・・・・あの。」

「うん、どうした?サンドイッチまずいか?」

「いや!これはものすごくおいしいです!でも、その、聞きたいことがあって。」

「うーん、仕事のことか?」

 

昼下がりの畑で、彼らは昼食にと持って来たサンドイッチを食べていた。

簡易に作ったベンチに腰掛け、汗を拭いながらアーガスは口を開いた。

 

「・・・・どうして、俺の事助けてくれたんですか?」

 

それは、ずっと、ずっと、そんな穏やかな生活の中で抱えていた青年の疑問であった。

それに、ニゲルはうーんと悩むように首を傾げた。

 

「そりゃあ、そうしたかったから。じゃあ、納得できないか?」

「・・・・はい。」

「そうだな。あのな、私がそうしたいと思ったのは、ただそれだけのことだったんだがなあ。」

「でも、それだけで終わるほど簡単な事じゃなかったと思います。」

 

少なくとも、女が一人の家に男を一人同居させ、生活の面倒を見るというのは簡単なことはないはずだ。

そこでニゲルは考えた末に、指を一本を立てた。

 

「例えばの話なんだがな。お前さん、砂漠って知ってるか?」

「あの、一面砂だらけだっていう?」

「そうそう、私たちは水一杯にそこまでの価値は付けないだろう?けれど、例えば砂漠ではそのたった一杯の水でさえ、同じ重さの金と同等の価値を持つ。人にとって、何を価値として何を優先するのか。私にとって、お前さんがあったかい場所で、腹いっぱいになってゆっくり眠らせてやりたいっていうのは私にとってあの時何よりも優先したかったことだったんだ。」

 

苦笑交じりにそう言った女の顔は、やっぱり蔑みだって同情だってない。ただ、柔らかな優しさが少しだけ加わった目をしていた。

 

「自分にとって・・・・」

「そうだ。誰にだって自分だけの価値観がある。そうしたいと思えること、そうありたいと思えること。難しいことだよ。自分にとっての価値あること、他人にとっての価値あることが違うっていうのは。誰にだって、己の幸福がある。それを理解するのも、理解されるのも。」

 

幸福、という言葉にアーガスは反応した。

その耳について離れない言葉に、思わず口を開いた。

 

「自分にとっての幸福?」

「ああ、そうだ。自分にとっての当たり前が他人にとってはたまらなく羨ましいことだったり。他人にとって幸福なことが自分にとって憐れむべきことだったり。誰にだって己だけの幸福がある。」

 

それにアーガスは彼にとって一番にずっと、ずっと、誰かに対して問いたいことがあった。

アーガスは、それを誰かに問う気はなかった。

問うたとして、無駄でしかなくて。それに思いをはせること自体が虚しくて。

だから、ずっとアーガスはそれを考えようとは思っていなかった。

けれど、けれど、けれど。

その女にだけは、その、下らない問いをしてみたかった。

その女にだけは、その問いへの答えを求めたかった。

その、何にも染まっていない透明な瞳に。

 

 

「あの。」

「うん?」

 

アーガスはおどおどとしながら、そうして恐る恐るニゲルに問いかけた。

 

 

魔法使い(当たり前)でないことは不幸ですか?」

 

 

その言葉にニゲルは目をこぼれんばかりに見開き、そうして困り果てたように額を掻いた。うーんと、唸った後に空を見上げた。

アーガスは伏し目がちにニゲルを見た。

 

「そりゃあなあ。お前さん、お前にとってそれは不幸なのか?」

 

問い返されたそれに、アーガスは困ったような顔をする。分からないからこそ聞いたのだから。けれど、何故だろうか。ひどく、ひどく、気楽であった。何故、だろうか。

今までずっと、聞けなかったこと、聞きたくなかったこと。

きっと、それを聞けば、それを問えば、きっと人はアーガス・フィルチを憐れむだろう。

けれど、その女にはそんな色はない。そこにあるのは、微かな戸惑いだけで。

その透明な目は濁ることなく、澄んだままだ。

それは、確かな安堵であった。自分と彼女は、確かに同じ場所にいるのだと。

ニゲルはそれを察して肩を竦めた。

 

「私は、お前の納得のいく答えを出せないかもしれないぞ?」

 

それでもいいのかと言外に問われたが、アーガスはそれでも頷いた。

 

「・・・・・そうだな。私の答えは簡単で。魔法が使えないっていうのは不運であって不幸ではないな。」

「どうして、ですか?」

「当たり前を持たないことで不幸であるかが決まるというのは、少し残酷が過ぎると思うから。」

 

ニゲルはそう言うと、立ち上がりぐっと背伸びをした。ニゲルの前には、清々しい青空が広がっている。ずっと見つめていればそれこそ吸い込まれるような色だ。

 

「当たり前って複雑でな。例えばな、私はあんまり友達ってものがいないんだ。」

 

唐突な言葉にアーガスは、はあと気のない返事を返した。それにニゲルはふふふと笑う。

 

「まあ、学校でそういうのがいなかったわけじゃないんだが。ただ、大人になって疎遠になった。私も連絡する気はない。でも、平気で、私は友人というものにあまり関心がない。だってなあ、私には家族がいるから。私にとって彼らは世界の中心で。愛おしい全てでなあ。だから、私は幸福だ。だが、人によってはその在り方を不幸というものもいるかもしれない。」

 

私には、世界の言う、いることが幸福である友人がいなくても平気だ。それは、私の幸福には必要がないから。

 

ニゲルはそう言い放つと、アーガスを柔らか微笑みを湛えたまま見下ろした。

 

「まあ、昔は私も真実の愛なんてものが必要だとは思っていたけど。でも、そうではないんだろうな。そんなものがなくたって。人は幸福になれる。幸せだと、笑い合える。勇気がなくても、知恵がなくても、誠実さがなくても、狡猾でなくても。欠けていたって、それでいいんだろうなあ。いいんだ、特別が無くたって。きっと。」

 

朗らかな、春風のような声だった。

 

「アーガス。なあ、お前さんはマグル全員が不幸だと思うか?」

「え、いや、そんなことはないと思います。」

「お前と同じように魔法使いではないのに?」

 

それにどきりと、何かをするりと剥がされたかのような心地だった。それは、それは、何となく分かるのだ。

アーガスの疑問の何かを抉る様な気がした。

言葉を失ったアーガスに、ニゲルはやっぱり苦笑する。そうして、彼女は彼と目線を合わせる様に屈みこんだ。

 

「あのな、アーガス。幸福であることが何なのか。それは自分で決めていいんだよ。」

「自分で?」

 

それは、ひどく、ひどく、意味の分からない異国の言葉のように聞こえた。

 

「ああ、そうだ。」

 

ニゲルはまるで教えを説く聖者のごとく緩やかな言葉であった。

 

人はなあ、寂しいから誰かに肯定してほしいんだ。誰もが認めることを幸運として、誰かの思いを肯定したり、否定したりしてしまう。

でもな、誰もが憐れんでも、誰もが否定しても、誰もが悲しんだとしても。

それでもな、自分が幸福なのだと笑ってもいいんだよ。

例え、泥にまみれた人生だとしても、例え、暗闇に包まれた人生だとしても、例え、誰にも知られぬ無為なる人生だとしても。

それでも、その生を君だけが祝福できるのだから。

 

ニゲルはそっと、その痩せた青年の頭を撫でた。まるで、祝福を謳う使いのように、祈る様な手つきだった。

 

「なあ、アーガス。たった一つだけ、忘れないで。」

 

逃げたいのなら逃げていいんだよ。

 

それにアーガスは、涙でゆらゆらと揺れる水面のような瞳をニゲルに向けた。

ニゲルはその目をじっと見て、流れる様に言い放った。

 

「アーガス・フィルチ。君を幸福だと、不幸であるのだと見せつけ続ける世界なら、背を向けて君が幸福になれる世界にお逃げ。君にはそれが赦される。君には、自分を幸せにする権利がある。」

 

それに、アーガスは、ぼたりと零れた涙をそのままに、掠れた声で呟いた。

 

「・・・・かあさんととおさんと、ふこうにしたおれでも、ですか?」

「いいんだよ。」

 

断言するような声だった。

 

「・・・・私は、運命だと、そういう生まれて来た意味を信じない。でも、人は幸せになるために生きるのだと信じている。誰かの不幸の上にいたとして、それでもいったいお前さんの何が悪いってんだ?そこに、お前の悪意があるか?」

 

アーガス・フィルチ。お前がこの言葉で救われるかは分からない。でも、私はこう思うから、言葉を綴る。

幸福の前にある当たり前でないことが不幸に続くわけじゃない。お前の人生はお前だけのものだ。自分を救うために生きなさい。お前を否定する全てから背を向けて、お前はお前の幸福を定義しろ。

魔法使いでないことは、不運であった。それは、例えば、四肢が欠けたマグルのように、それは、貧しい場所に生まれた者のように、不運である。だが、不幸でしかないわけじゃない。

お前は、ちゃんと幸福になれる。

お前は、スクイブだ。でもな、お前が己を幸福だというのなら、それでいいんだ。

 

アーガス・フィルチはぼたぼたと流れる涙をそのままに、鼻水を啜ってとうとう泣きじゃくった。

 

 

ずっと、ずっと、アーガス・フィルチは幸福であった。

自分を愛してくれる父と母がいた。愛されていた、優しくされていた。

あの、小さな家で暖炉の前で母が読んでくれた絵本を思い出す。

あの、小さな家で父が自分に子どもの頃の話をしてくれたことを思い出す。

どうしてだろうか、それだけで、それだけを抱えて生きていくことを幸福といってはいけないのだろうか。

誰もが、アーガス・フィルチを可哀想という。哀れだという。

違うのだと、そう言いたかった。けれど、両親が、アーガスの幸福の象徴は、彼の人生を誰よりも真っ先に否定した。

彼が幸せだと笑う姿に首を振って、無理をしていると首を振る。

違う、違う、違うのだ。

アーガス・フィルチは確かに、ちゃんと、幸福であったから。

その頭を撫でる温かさに、アーガス・フィルチはようやく己を赦せたのだ。

 

アーガス・フィルチは、スクイブ(不幸)である。幸福な、スクイブである。

 




スクイブは不幸であるかという話は、ハリポタでは一回は書いてみたかったんです。
当たり前でないことは罪であるのか、不幸であるのか。でも、叶うなら、そこから逃げ出して、自分だけの幸福を抱えて生きていくことも赦されていいのかと。


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止まり木の人

別段、生まれた場所にこだわる必要もないような。いきたい場所があるならそこにいけばいいのでは。
魔法使いも、マグルも。

外に出ていったスクイブと、未だ卵から生まれ出ていないかもしれない魔法使い。

作中に出て来る小説の一節は、これだけ印象に残っております。



 

「・・・・あのスクイブ、出て行ったんだね。」

「ん?ああ、そうだね。」

 

満天の星空の下、辺りには灯りなどない真っ暗闇の中。

未だ、大人であるか少々悩んでしまうほどに年若い男女が身を寄せ合っていた。

一人は、それはそれは見目麗しい青年だ。

淡い金の髪は微かなカンテラの光にキラキラと輝いている。そうして、知性を帯びた青い瞳はまるで凪いだ海のように静まり返っている。

まるで俳優のような端正な顔は、どこか不機嫌そうな表情が浮かんでいた。

その隣に座る女は、正直な話をすればその青年の隣りに座っていることに疑問を持ってしまう程度の容姿であった。

といっても、別段醜いというわけではない。

真っ黒な夜のような髪は艶があり、さらさらと風に靡いていた。そうして、切れ長の瞳は澄んだ緑。

その顔立ちは、男らしいというには優しすぎたし、女らしいというには鋭すぎた。

どこか中性的な顔立ちは別段悪いわけではないのだが。隣に並んだ美麗な男のおかげでその感覚はだいぶ薄れてしまうのだ。

 

「ニゲル、あまり見ず知らずの人間を、しかもスクイブなんて家に上げるのはさすがにどうかと思うんだが。」

 

ニゲルが家から持って来た暖かなココアを受け取りながらグリンデルバルドはそう吐き捨てた。

そんなことを言われたニゲルは、同じように魔法のかかった瓶から平然と暖かなココアを注いだ。

 

「だから、アルバスの奴も許可出したんだからいいだろ。というか、あいつのことそんな風に言われる筋合いはない。」

「僕は友人として忠告をしているんだよ?」

「学校で乱闘騒ぎを起こした短慮さでそんなこと言えるのか?」

 

ぴしゃりとそう言われれば、グリンデルバルドはひどく不満げであっても黙り込んだ。自分自身、軽率な行動であったという自覚はあった。

ニゲルはそんなグリンデルバルドの様子を呆れた風に見つめ、そうして温かなココアを啜った。

丁度、夏の終わりかけたゴドリック谷の夜は日本人としての記憶があるニゲルからすれば寒いとさえいる。そうして、彼らが天体観測のために星空を見上げる今日は特に冷え込んだ。それを予期して持って来たココアは確かに丁度いい。

 

「だいたい、私は前に問いかけたはずだ。魔法族でないことが、魔法を使えないからこそ見えるものも、得るものもある。彼と君は違うだけでけして優劣があるわけじゃないと思うがな。」

「僕がスクイブに劣っているとでもいうのか?」

 

明らかに棘のある声に、ニゲルはぼんやりと宙を見上げたまま口を開いた。

 

「少なくとも、あの子は私や君よりもずっと勇敢だよ。」

「へえ、それは是非とも教えてほしいね。」

 

グリンデルバルドはまるで高慢な猫の様につんとそっぽを向く。それにニゲルは苦笑する。悪い奴ではないのだが、少々高慢な所が多々、鼻につく。

 

「あの子は、同じようなスクイブの伝手を頼ってマグルの学校に通っているよ。」

「マグルの?」

「ああ、魔法界のことが嫌いじゃない。けれど、少し息苦しいからと言ってな。」

 

晴れやかな笑顔で旅立っていたよ。

 

ニゲルはそう言って心の底から嬉しそうに微笑み、そうしてグリンデルバルドに視線を向けた。

 

「君には出来るかい?」

「何がだい?」

「魔法という私たちにとって唯一の無二の力を持たず、まったく違う価値観、文化の世界に君は飛び込むことが出来るかい?」

 

その問いかけに、答えを窮してしまったのは。

それは、唐突であったからだろうか。それとも、出来るとは言えなかったせいだろうか。

いや、それ以前に、魔法のない世界で生きる自分というものを想像できなかったせいだろうか。

黙り込んだグリンデルバルドに、ニゲルは苦笑する。

 

「意地の悪い質問だよな。誰だって、未知なる世界に歩み出すことを悩みもせずにやることはできないだろうしなあ。」

「・・・それでも、彼はその一歩を踏み出したんだろう?」

「ああ、だからこそあの子は私たちよりもずっと勇敢だ。」

 

そう言った後に、ニゲルはココアを一口すすった。それに倣って、グリンデルバルドもココアを啜った。

甘いそれは、どこかほっとする味がする。

 

グリンデルバルドは、ニゲルの問いかけについて考える。

魔法とは、彼にとっては絶対的な力だ。けれど、それが使えずに。己は、そんな未知の世界にいけるだろうか。

グリンデルバルドは、空の先、宙の彼方を想う。

もしも、自分は、その先に行ける手段があるとして。その一歩を歩みだせるだろうか。

もちろん、グリンデルバルドの思う世界と、あのスクイブの歩み出した世界は全く違う。けれど、道に歩みを向ける意味ではきっと同じだ。

考え込むグリンデルバルドを見て、ニゲルは苦笑する。

そうして、まるで歌うように言葉を紡いだ。

 

「・・・・私たちは、少年という名の鳥の雛なのだ。卵は世界であり、私たちは生まれようとするその瞬間、一つの世界を壊さなくてはいけない。」

 

まるで、詩のような言葉だった。

 

「なんて、言葉があったなあ。」

 

ニゲルはくすくすと笑って、思い出す様に頷いた。そうして、自分を不思議そうに見るグリンデルバルドに気づいたのか、照れたように肩を竦めた。

 

「ああ、すまん。何かの、確か小説の言葉だったんだが。唐突に思い出したんだ。」

「いや、いいんだけれど。それは、どんな意味なんだ?」

 

ひどく、グリンデルバルドは、その言葉が美しいように思えた。

ニゲルは、ふむと考え込むように顎に手を当てた。

 

「あー。そうだな、すまん。私も、この文章しか知らなくて。ただなあ。」

 

未知へ歩みだすとき、私たちは確かに世界を壊さなくちゃいけないんだろうと思うよ。

 

グリンデルバルドはそれを不思議に思って、どういう意味かと聞いた。ニゲルはやはり苦笑する。

 

「未知に飛び込むってことは、それまで培った常識ってものが通じなくなることだってあるだろう?魔法がマグルの世界では知られない様に、マグルの在り方もまた魔法界には合わない。常識、当たり前の理っていうのはある意味では世界と同等だろう。」

 

人は、いつか大人になる。家庭という世界を飛び出すその瞬間、私たちは多くの誰かの世界が重なり合っていることを知るだろう。そうして、全く違う誰かの当たり前と帳尻を合わせて生きていく。

 

「アーガスもまた、魔法使いでなければいけないという世界を殻を壊して、己が幸福になれるかもしれない世界に生まれ落ち、そうして飛んだというならば。それは、きっと祝福に満ちていると思うんだ。」

 

あれは、確かに魔法使いではない。けれど、勇気ある者であり、未知に憧れ、誰かを想いやり、そうして手段を持って歩む狡猾さがある。

あれは、立派な開拓者なのさ。

君と同じようにね。

 

「だから、あれだ。君もマグルの世界に行っても構わないんだぞ?」

「は?」

「マグルの世界のほうが、少なくとも宇宙に行く方法にたどり着くのは早いと思うし。そこら辺を勉強して魔法で技術を補うのだって出来る。」

 

別に、魔法界でそれをなさなくてもいいと思うんだがねえ。

 

それは、何と言うのだろうか。全く考えたことのないものだった。

もちろん、それは別に馬鹿にしているわけではない。ニゲルと話してきたからこそ分かる。それは、一つの、グリンデルバルドに存在する選択肢の一つだ。

考えたことも無い、ことだった。

 

「僕が、マグルの?」

「まあ、いやならいいし。でも、行ってみてもいいんじゃない?分からないことを判断するのは酷だろう。知るということは大事だ。判断するという上ではね。」

 

蔑みだけで成長できるなんて思うほど、君は愚かではないだろう。君は、美しく、強く、そうして賢いのだから。

 

 

女は、そう言って微笑んだ。

まるで、母の様に、姉の様に、友人の様に。そうして、まるで人を見守る神の様に。

優しく、柔らかに微笑んでいた。

グリンデルバルドは、それを美しいと思った。

際立った容姿は無くとも、けれども、その女の慈しみに満ちた笑みを心の底から美しいと思った。

 

「どうした、惚けたみたいな顔をして。」

「あ、ああ。いや、何でもない。」

 

何となく、友人の知らない面を知ってしまったかのような、気恥ずかしさというのだろうか。何となしの気まずさを感じて、グリンデルバルドは首を振る。

そうして、ふと、呟いた。

 

「・・・心細いだろうな。」

 

伝手があり、同じようなスクイブがいたとしても。全く違う常識の世界で、道に飛び込むことはきっと心細いだろう。

一度生まれてしまえば、暖かな揺り籠であった卵の中にはもどれない。二度と、戻れないままに飛翔を続けることはきっと心細いだろう。

自分は、自分はどうだろうか。

グリンデルバルドは、夜空の先、宙を見上げる。グリンデルバルドの思う世界は、マグルの世界とは全く違う。そこにあるのは、まさしく非情なまでの未知だ。

いつか、いつか、その先に旅立てる準備が出来たとして。

自分は、その一歩を踏み出せるだろうか。

おそらく、宙へ行くための最短であるはずのマグルの世界に行くという選択肢さえ、蔑みによって踏み出せぬ自分は。

生まれ出でたことを、後悔しないだろうか。

ニゲルは、その言葉の全てを察したらしくグリンデルバルドを慰める様に微笑んだ。

 

「そんな顔をするな。そりゃあ、卵の中に戻れない。でも、止まり木を決めることは出来る。戻ることも、飛ぶことを止めることも、きっと赦されているよ。何よりも、あいつに言ったしな。辛くなれば帰ってくればいいってさ。」

 

それを言った時、フィルチはまるで子どものような顔をした。

ニゲルとしては、そこまで大仰なことを言ったことはない。聞いた話ではとうに実家も無いらしい彼が魔法界で帰れる場所など自分の所以外に思い浮かばなかっただけの話だ。

 

(・・・・いや、まさか彼がアーガス・フィルチだったとは。)

 

ニゲルは原作での彼の歳など知らないわけで、雪の降る街でであったやせっぽちの青年がそれであるなどと分かるわけはない。

スクイブは、良くも悪くも差別される存在だ。

当たり前にはなれず、無力なお荷物。

魔力が無くとも出来ることはあるにはある。生きてはいける。けれど、それでも仕事は少なくフィルチのようにのたれ死ぬものもいるし、はてはマグルの世界へいくものもいる。

 

ニゲルは、フィルチが選ぶならばそれでいいと思っていた。

生きづらい世界ならば、生きにくい世界ならば、違う世界へ逃げることも、旅立っていくこともきっといいことだ。

行き先が在るのならなおさらに。

この世界は、希望を抱くには狭すぎて。そのくせ、絶望するには広すぎる。

それでも、フィルチはまるで子どものような顔をして呟いた。

 

かえってきていいのでしょうか。魔法も使えない自分が。

 

それにニゲルはどういえばいいのか分からなくて。

それでも、こう言うしかなかった。

 

君の故郷だ、帰っておいで。

 

彼は何になれるのだろうか。何になって帰って来るのだろうか。

それとも、帰って来ることはないのだろうか。

それでもいいと思う。

広い世界で生きていくにも、ここに帰って来るのも自由だ。

あの小説では、あの文章はどんな意味だったのだろうか。

もう、それは分からないけれど。

ただ、生まれ出でたひな鳥たちにとって優しい意味であってほしい、叶うなら希望を願うものであってほしい。

ニゲルは、ただ待つだけだ。

彼女は、ただそれだけしか出来なけれど。

それでも、帰りを持つ誰かがいるということは嬉しいことのはずだから。

 

「まあ、そこらへんは選ばないのも選ぶのも自由だ。どんな道を行くのか、結局のところ行かなきゃ結果が分からないならなおさらに。」

 

そんな時、彼女は隣りから漏れ出た声に気づく。

 

「・・・それは、彼以外も赦されるのかな。」

 

思わず漏れ出たそれに、グリンデルバルドは慌ててニゲルの方を見るが、それよりも先に彼女は彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ああ、お前さんも疲れたら帰っておいでよ。そりゃあ、ずっとここにいるってことはないかもしれないが。それでも、どこかで君が来るのを待っているよ。温かなココアでも入れて、君の話を聞くからさ。」

 

ニゲルはそう言った。

なんの含みも、てらいも無く。ひどく、ひどく、穏やかな声で。

ああ、それに。それに、グリンデルバルドは泣きたくなる。

何故だろうか。

ただ、ただ、そう思う。

きっと、その言葉はこれ以上にないほどに、優しいものだ。

これから旅立つ、未知へと飛び込むものにとって、何よりも優しい言葉なのだと。

ニゲルは、グリンデルバルドの頭から手を離し、改めて目的であった天体観測のために目を向ける。

 

「さて、それじゃあさっそくだけど。約束してた星の話を始めようか。」

 

グリンデルバルドはその話に耳を傾けて、そうして思うのだ。

女の言葉は、ひどくグリンデルバルドを悩ませる。

自分の信じて来たもの、自分の理想。

それが、どこか間違っているように思える。その感覚は、ひどくそわそわして。落ち着かなくて。

今までで、何の迷いも無く進んだ道をふと、振り返ってしまう。

その道は、信じていた通り間違っていないような、けれどどこか間違っている様な、そんな不思議な気分になる。

けれど、女は結局のところ、正解などくれないのだ。

何が正しい?

女は微笑んで、自分にしかわからないだろうがと、そんな言葉しかくれないのだ。それでも、何故だろうか。女はその答えを知っている気がする。

失望されたくないのだ。結局のところ。

彼女は語る、グリンデルバルドの望む星の話。

星への距離はひどく遠くて、光の速さでも数万年かかること。光に速さがあるなんて感覚をグリンデルバルドは初めて知った。

グリンデルバルドに多くのことを与えた、平凡のような、けれど特異なことを知る人に失望されたくないと思った。

グリンデルバルドは、思わず微笑む。

ニゲルの言葉は、まるで遠い異国の言葉の様に不可思議で、未知に溢れ、そのくせひどく慕わしい。

女は、いつだってグリンデルバルドに何も望まない。

彼女は、グリンデルバルドの宙への憧れに微笑んだ。

聞く限り、宙の果てへ行くということはひどく難しい。

けれど、彼女はその夢を嗤うことはしない。いや、元より、グリンデルバルドに夢を見せたのは彼女であったから。

 

伸ばし続ける手に諦めがないなら、いつか星にだって届くだろう。

 

先ほどの様にスクイブにだって対等に夢を見ることを嗤わない。魔法界とマグルの世界に呆れながら、それでも否定をしない。

そんな、どうしようもなく気になって、そうして優しい人に呆れられたくない。

平凡でありながら、特異な言葉を持つ人よ。

 

「それでな。今、私たちが見ている星の輝きは、届くことの遅れた遠い、過去の光なんだ。」

 

ああ、また、新しい、ワクワクするような言葉を、知識を知る。

マグルたちは、こんなにもワクワクするようなことをもっと知っているのだろうか。

その知識だけで、グリンデルバルドの当たり前は崩れていく。けれど、それは嫌ではなかった。

その変化は、どこか未知に満ちていた。

 

「どうした、そんな顔をして。」

「・・・・君と出会えてよかったよ。」

「なんだよそれ。」

 

変な奴だな。

女は笑う、自分と会えて何をそんなに嬉しがるのかと。

 

グリンデルバルドは、その、誰もが認める麗しい笑みに、とびっきりの笑みを浮かべる。けれど、その場にそれを気にするものはいない。

そこには、良くも悪くも平等な彼女しかないから。

感謝しよう、この世界に、だって自分は確かに運命に会えたのだから。

そうして、その星の話を聞きながら、自分の蔑んだスクイブについて考えた。

彼は、どんな気持ちで未知へ歩みを進めたのだろうかと。

グリンデルバルドは、考える。

自分の考え、思い、彼女の言ったこと。自分たちには出来ないことをする、分かたれたもう一つの世界について。

いつか、いつか、己がどうしたいのか。この世界にどんな思いを持つのか。

それをその、特異な人に話した時、呆れられることなんてないように。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・遅かったね。」

「はう!」

 

とっさに声を噛み殺せたことにニゲルはほっとする。

玄関から家に入り、来ていた上着を脱いでいる最中のことだ。驚いても仕方がないのだろう。

時間も、お世辞にも出かけるには適しているとは言えない時間だ。

おばもとっくに寝ているだろう。

そんな中、声を殺したことにほっとしながら自分に声を掛けた存在に振り返る。

そこにいたのは、お世辞にも機嫌がいいとは言えないアルバスだった。

 

「・・・お前か。びっくりさせないでくれ。にしても、珍しいな。お前さんがこんな時間に実家に帰ってるなんて。」

 

明日は休みだったろうかとニゲルが首を傾げていると、アルバスは眉間に皺をよせ吐き捨てるように言った。

 

「・・・・あの男とは会うなと私は言ったはずだ。」

 

その言葉にアルバスが何故、わざわざこんな時間に家にいたのかを察してニゲルははあとため息を吐いた。

 

「お前さんに私の交友関係を言われる筋合いはないよ。」

「・・・・身内でもない男女がこんな時間にあっていることを私は言っているんだ。」

「別に何にもないしいいだろ?ゲラートは良い奴だ。」

 

ニゲルとしては、いつの日にかやって来るアルバスとグリンデルバルドとの邂逅のためにせっせと接点作りをしていたというのに。

何故か、アルバスとグリンデルバルドは仲が悪い。

いや、というよりも初対面が悪かったのだ。

 

(・・・いやまあ、そりゃあ初対面が和やかな茶会に唐突に入り込んできて、男女が二人っきりなんて非常識だとか言われりゃあな。)

 

脳裏に浮かぶ喧嘩腰のアルバスと、いちゃもんを付けられ見る見る不機嫌になるグリンデルバルドの姿だ。

 

(・・・・何でですか、創造神。)

 

脳裏に浮かぶのは、何時かの写真で見た作者の姿だ。

グリンデルバルドはアルバスにとっての真実の愛だったのでは?

だというのに、どうしてこんなにも不仲になったのか。

というか、アルバスがそこまでグリンデルバルドに警戒心を持つのかもわからない。

もちろん、ニゲルはそのまま裏でグリンデルバルドに会うのを止めなかった。今はどれほど不仲でも、いつかは何かしらで愛に目覚めるはずだ。

ならば、その仲を取り繕うこともやぶさかではない。というか、そうでなければあまりにも哀れだ。

 

(・・・・たぶん、身内に近寄る不審者だと思ったんだろうなあ。というか、あいつもあの茶会が見合いみたいなもんだって察したろうしなあ。二人ともなんだかんだでいい奴だし、分かり合えると思うんだが。)

 

結構な期間、グリンデルバルドに対して知る限りの星について教えていた身としてはすでにしっかりと情が湧いてしまっている。

話すと、好奇心の強い、素直な男だ。

一を教えれば、ニゲルも把握できないほどの考察を重ねる。

 

(ぜってえ好きなタイプだもんなあ。)

「ニゲル、そんなにあっさりと人を信じるのは君の美点だが。今は、美点とは言えないね。」

「事実だからいいだろう。大体、今まで何回もあってるが別に何もないぞ?」

「学校を暴力沙汰で追い出された様な奴だぞ!?信用できるのか?」

 

思わず出たというアルバスの怒鳴り声にニゲルの眉間に皺が寄った。

 

「お前、あいつの経歴勝手に調べたのか!?」

 

流石のアルバスも気まずさは感じたのか、そっと目線を逸らした。

 

「おま、それはさすがに駄目だろ!?最低だ!」

 

思わずそんな言葉が出てしまったのは、アルバスの行動に純粋に非難したことと、何よりもお前のためにやってるのになんでわざわざ引き離そうとしてるんだよという不満もありはした。

久方ぶりのニゲルの怒りにアルバスもひるんだのか、顔を逸らす。

言いたいことはたくさんあった。けれど、さすがにそれは夜遅くの、リビングですることではないということも理解していた。

 

「・・・はあ、もう私の部屋に行くぞ。」

 

くいっと指さしたニゲルの指先にアルバスの目は大きく見開かれた。

 

 

 

「お前はそっちに座れよ。」

 

アルバスは、その時酷く落ち着かなかった。というか、妙にそわそわしてしまう。

アルバスとニゲルがいるのは、女の自室だ。

特筆すべき点などない、強いて言うなら目いっぱいに満たされた本棚と、魔法薬を作る為の作業台ぐらいだろう。

ニゲルは、作業台近くに置かれた、部屋で唯一の椅子に座る。そうして、彼女はアルバスにベッドに座る様に促した。

自分の部屋にあるベッドとさほど変わらないはずだ。だというのに、なんだろうか。全くの別物のように感じる。

元より、アルバスはさほどニゲルの部屋に入ったことはない。それは、プライバシーだとかもあるが、何よりも自分たちはいとこではあってもきょうだいではない男女なのであるということはちゃんと意識はしていたのだ。

常識の範囲で、婦女子の部屋に入るものではない。

そんな意識があった。

といっても子どものころ、幾度か出入りした部屋はほとんど変わってはいなかった。

ただ、何と言うのだろうか。匂いが違う気がした。

 

(・・・甘い、ような。)

 

花のような、けれど、いつもニゲルの作る菓子のような、甘い匂いがした気がした。幼い時は意識しなかったはずの、その匂いにアルバスは何となく気まずくなる。

 

(・・・・というか、普通私をベッドの方に行かせるか?)

 

少し、そんな苛立ちを覚える。

けれど、そんなことなど理解していないニゲルはどうしたものかと悩むようにアルバスを見る。

 

「・・・・・あのな、アルバス。そりゃあ、男女が二人で夜に会うのはいいことじゃないが。私とゲラートがそんな仲じゃないのはわかってるだろう?」

 

ようやく始まった話に、アルバスは匂いのことを必死に頭から追い出し、口を開く。

 

「そんな仲じゃなくとも、相手にどんな思惑があるかなんてわからないじゃないか。君だって、あの男がどんな奴が分かってないだろう?だいたい、闇の魔術に傾倒していた奴なんて信じられるわけないだろう?」

 

嫌味の含んだ声音に、さすがにカチンと来たニゲルが言い放つ。

 

「少なくともお前さんよりは知ってる。そりゃあ、ちょっと偏った考えは持っちゃあいるが悪い奴じゃあない。それに、だ。」

 

滅多に家にも帰ってこないお前さんと違って、あいつとはよく会ってる。信用できると、今までのことで私が判断したんだ。

 

滅多に、という言葉に盛大な皮肉を含ませたことに気づいたらしいアルバスは激昂する様に言い放つ。

 

「いとこの僕よりもあんな奴を信用するのか!?」

「信用できる程度に私はあいつと話して、知っていったんだ。大体、アルに私が誰と仲良くしようと関係ないだろ?何も知らないアルにそんなこと言われる筋合いはない!」

(なんで、お前の運命を私がこんなに庇ってるんだ?)

 

苛立ちの下にある感情の殆どが、なんで運命の相手であるはずのアルバスからグリンデルバルドを庇わなくちゃならないんだという疲労だ。というか、なんでアルバスとグリンデルバルドの明るい未来のためにこんなに頑張ってるんだろうか?

 

「関係ないはずがないだろう!?君に何かあったらどうするんだ!?」

「そんなに信用できないなら、直接会って話してみろよ。そうしたら納得できる。あいつは良い奴だって。」

「もういい!」

 

アルバスがとうとうそう怒鳴り、ドアへと進む。

 

「あんな男とつるんで後悔するのはニゲルだからな!?」

 

乱雑にドアを開けて、アルバスは出ていく。

その後姿は、完全に拗ねている子どもだ。

 

「・・・・言い過ぎたかなあ。」

 

ニゲルは拗ねた子どもの機嫌取りを考えて、はあとため息を吐いた。

 

(・・・・明日、何か、甘いもんでも作ってやるか。買い物行かねえと。)

 

 

 

アルバスは、苛々としながら自室に入り、ベッドに倒れ込む。

彼は非常に苛立っていた。

何故って、アルバスは初めて弟妹たち以外の理由でニゲルから味方をされなかったためだ。

ニゲルは、いつだってアルバスの肩を持ってくれたし、味方であってくれた。それは、もちろんアルバスが滅多に間違う様なことがなかったということもあるのだが。

それでも、ニゲルはいつだってアルバスの言葉を聞いて、アルバスの味方であってくれた。

だというのにだ。

ニゲルが、あの、自分のためのニゲルが!

家族以外の味方をしている。自分たちとは全く知らない誰かの肩を持っている。

それが、それがたまらなく面白くない。

 

(・・・ぼくの、姉さんだ。)

 

甘ったれの様に胸の内で呟いた。苛立ちを重ねる様に、枕に拳を軽くたたき込む。

アルバスは、ゆっくりと目を閉じる。

自分が悪いのはわかっている。だからこそ、眼を閉じる。

いつだって、謝るのはニゲルだ。

だから、明日も変わらずニゲルは謝って来るだろう。その時は、自分も悪かったと謝って。そうして、どうにかニゲルを説得する。

アルバスはそう思って、眠るための準備を始めた。

 

 




グリンデルバルドさんは、基本的に毎日のようにニゲルから宙の話を聞いております。ダンブルドア家はそれを知ってますが、あんまり自由のないニゲルさんが望んでること何でスルーしてます。

後半のアルバスさん、さすがに子供過ぎたかな?いや、ニゲルさんとかに甘やかされてるのと調子に乗ってるので、違和感、ないかな?

そろそろ心へし折りタイムしたい。

ちなみに、ニゲルさんが死ぬルートもありますが、ルートやらタイミングでリドルさんとアルバスさんの立場がひっくり返ったり。
大穴でサンタクロースなアルバスさんの頭を幼女なニゲルさんがよしよしするジジロリというマニアックなルートなんかもあります。


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