英雄の子どもたち (銀楠)
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日常
英雄の子ども


ダンまち好きが爆発して書いてしまった。
面白かったら高評価とかコメントください。


その昔、といってもほんの20年ほど前、小さな小さな兎は英雄になった。

兎は伝説の竜を倒し、過去最高のレベル10へと至った。

兎はハーレムを作り全ての種族を嫁に娶った。

 

 

その兎の名はベル・クラネルという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石畳の道を走る。彼の額から流れ落ちた汗は石畳に丸い染みを作った。しかし、この気温であればものの数分でこの染みも消えるだろう。

 

彼、アイル・クラネルはレベル4のステイタスを駆使して全力疾走していた。

全力疾走の理由はとても単純………『逃走』である。

 

「ちっ、しつこいな…」

 

アイルは大粒の汗を地面に落としながら毒づいた。

 

ではレベル4の高位冒険者である彼をここまで追い詰めているのは誰か。それは彼の異母姉である。

名はリーユ・クラネル、年はアイルの2つ上の16歳でレベルは5、アイルが簡単に振りきれないのも当たり前だ。

アイルは父と母の両方の遺伝で『敏捷(足の速さ)』は相当なものであり、レベル差があるにも関わらず『追いかけっこ』になっている時点で素晴らしいといえる。

 

しかし、追いかけっこはそろそろ決着が着くだろう。『敏捷(速さ)』は()っていても、体力には開きがある。ものの数分で彼は捕まった。

 

 

 

さて、何故アイルとリーユが街中をスピード違反になりそうな速度で疾走していたかというと…

 

「アイル、何度も言ってるけど一人でダンジョンに行かせるわけにはいけない

ダンジョンに潜るなら私に一声掛けてほしい」

と、いうことなのだ。

一人でダンジョンに行き、研鑽を積みたいアイルは弟大好きな姉、リーユに何度も止められている。

 

「やだよ、姉同伴でダンジョン探索とか恥ずかしいって」

 

「しかし、それは危険だ

そう易々とは許可できない」

 

「でもリーユ姉さんと一緒に潜ったら、モンスター皆倒しちゃうじゃないか」

 

アイルは焦っている。もっと強くなりたい、父のような冒険者になりたいと。

14歳でレベル4はかなり早い方だ。ベルも大体そのくらいだった。が、アイルとベルは年数が違う。ベルがレベル4に至ったのは一年そこらとされているがアイルが冒険者になったのは僅か6歳、比べられるものではない。

リーユはアイルと共にダンジョンに入るとどうしても(はや)ってしまう。可愛い弟にモンスターの相手をさせるのが怖くてついついやり過ぎてしまう。

ハーフエルフなのに魔法をろくに使わず、小太刀で(モンスター)をなぎ倒していく姿はかっこいいのだが、アイルはそれを『見たい』のではなく『やりたい』のだ。

よってアイルはリーユとダンジョンに潜るのを嫌がる。

 

「神様も何とか言ってください」

 

「まあ、言っても仕方ないさリーユ君、アイル君は昔のベル君にそっくりだからね

後、ボクのことはお母さんって呼んでくれたまえ」

 

「だってさ、リーユ姉さん」

 

「また調子に乗って

ヘスティア様もアイルを調子に乗らせないでください」

 

「まあ確かに

アイル君、レベル4の君を一人でダンジョンには行かせられないよ

本当はもっと大勢で行ってほしいって思ってる

むしろ行ってほしくないとすら思ってる程だ

だからアイル君、リーユ君と一緒に行っておくれ

リーユ君もアイル君の敵まで横取りしてはいけないよ

 

後、ボクのことはお母さんと呼んでくれたまえ!」

 

「むぅ…」

 

「…わかりましたヘスティア様」

 

「うむ!わかったならダンジョンに行ってきたまえ

後、ボクのことはお母さんと呼んでくれたまえ!!」

 

神ヘスティア、ギリシャ神話の最高神であるゼウスの姉にして、炉の神。ついでに処女神。下界では英雄ベル・クラネルを見出だした女神。アイルに恩恵()を与えたヘスティアファミリアの主神だ。

 

ちなみに先程からヘスティアが言っている『ボクのことは~』のくだりはヘスティアの口癖のようなものだ。

神は子供(人間)と子をなすことが出来ないため、ベルの子供に『お母さん』と呼ばせようとしている。

 

「そういえば神様、ベル(父さん)たちはいつ頃帰って来るんですか?」

 

アイルの父とその妻たちはよく遠征に行く。

ベルのレベルは20年程前から10で止まっている。といっても別にベルが『冒険』をしていない訳ではない。ただ、ダンジョンが神に『レベル10の冒険』と認めさせるものを用意出来ないだけだ。

すでにベルはダンジョンの最深層と思われる場所を探索しつくしてしまっていた。

それでもベルがダンジョンに潜るのはお金を稼ぐためでもあるし、習慣でもあるのだろう。

 

「さあ?はっきりとは分からないな

いつもいきなり帰って来るからね

後、ボクのことはお母さんと…」

 

「そうですか」

 

そう言いながらアイルはリーユとホームを出る。

アイルはヘスティアファミリアに所属している。母はロキファミリアに所属しているのだが、アイルが憧れたのはベル()なのでヘスティアファミリアに所属することにした。とはいえ、クラネル家の全員がヘスティアファミリアに所属している訳ではない。ロキファミリアに所属している妹もいるし、そもそも冒険者をやっていない姉もいる。

 

門を出て振り返ると見慣れた大きなホームが見える。オラリオで間違いなく一番大きなホームであろう。ベルが黒龍を倒した後にヘスティアファミリアは大量な入団希望者が現れた為、黒龍討伐の褒賞金を使って建て替えたのだ。ちなみに一括払いだったらしい。

 

季節は夏に近づき暑さに拍車を掛けている。昨日の雨が嘘みたいに晴れて濃い陽炎がたち揺らめいている。汗水垂らすなど冒険者には慣れっこだが戦闘もしていないのにこうも体力を削られていくのはもはや状態異常(デバフ)と呼べるだろう。理不尽な体力消費を嘆きながらダンジョンにたどり着く。

 

軽い手続きをし、ダンジョンに潜る。日の通らないダンジョンは案の定涼しく、外より格段に過ごしやすいといえるだろう。

 

いかに高位の冒険者でもダンジョンは第一階層から入らなければいけない。上層と呼ばれるこの場所は本来駆け出しの冒険者が狩場としているためアイルとリーユは出会ったモンスターを瞬殺しながら下の階層を目指す。無論油断はしない。どれだけ相手が弱くても油断しないのが経験を積んだ冒険者というものだ。そして、狩りすぎもしない。上層のモンスターを高レベルの冒険者が狩りすぎるのはマナー違反だからだ。そこそこ知名度の高いアイルとリーユがそのようなことをすれば、広そうで狭いオラリオに一晩のうちに広まってしまうだろう。

 

今回の目的は中層当たりで適当にモンスターを倒してステイタスを伸ばすことだ。

 

「アイル、やはりあなたは素晴らしい才能を持っているようですね」

 

「そう…思うなら…僕にももう少し…モンスターを…倒させてくれる?」

 

リーユが瞬殺しようとしたモンスターを自慢の足で先に叩く。リーユに合わせて戦うのは非常に難しい。レベルギャップというのはたった一つの数字で大きな違いをもたらす。リーユがまだ涼しそうな顔をしているのに対してアイルの顔は既に汗がにじみ出ている。

 

「そろそろ上がりますか、アイル」

 

「…そうだね…」

 

 

 

ダンジョンを出ると既に日が傾き始めていた。茜色に染まった空を見ると、忘れていた空腹を思い出す。

 

「お腹すいたね」

 

魔石の換金を終えた姉に合流し話を繰り出す。

 

「そうですね、母さんの店にでもよって帰りますか」

 

ヘスティアファミリアは団長(ベル)が不在のことが多いため、食事は基本各々でしている。ファミリアにはキッチンもあるのだがリーユは致命的に料理が出来ず、アイルも好き好んでやるという訳ではないので二人とも外食が多い。

 

「僕たちって英雄の子なのに普通だね」

 

アイルの思い描く華々しい冒険はそうそう起こらない。それは安全であるという事でもあり、退屈ということでもある。父が同じ年のころはもっと事件が乱発していたと聞いたのだが。

 

「14歳でレベル4は十分に特殊だと思いますが?」

 

 

いつもの会話をいつもの距離で行う。子供の半日の収入とは思えない大金を持って歩いていく。やたら長い影を引き連れた姉弟は『豊穣の女主人』に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイル・クラネル Lv,4
力:C621 耐久:H186 器用:A865 敏捷:S1001
魔力:E402
幸運:G 対異常:H 逃走:I

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正

アイズの子供。14歳。父に憧れて冒険者になった。普段はナイフを用いた一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返す戦闘スタイルのため、耐久が異常に低い。母に教えられたため細剣も使える。何故か生まれつき敏捷のアビリティだけ異常に伸びる。
白い髪に金色の目を持つ。万事幻視(ファントムアイ)を使うと目が赤くなる。
二つ名は『子兎(ラビット)



リーユ・クラネル Lv,5
力:B790 耐久:F349 器用:A809 敏捷:A884
魔力:C652
狩人:F 対異常:G 魔防:H 治力:I

《魔法》
【ディライト・ウインド】
・広域攻撃魔法
・風、光魔法
【ロード・トゥ・グローリー】
・範囲内にいる味方全員(自分も含む)を回復
・範囲内にいる味方全員(自分も含む)の全アビリティ小上昇

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
森林回復(バックマジック)
精神力(マインド)小回復(常時)
半妖半人(フェアリー・アンド・ヒューマン)
・戦闘時、魔力のアビリティ高補正
・戦闘時、器用のアビリティ高補正
星ノ力(スターマジック)
精神力(マインド)を消費して力のアビリティ高補正
・夜間に使うと超高補正
・消費精神力(マインド)含めて任意発動(アクティブトリガー)

リューの子供でハーフエルフ。16歳。エルフ特有の触れられることへの嫌悪感は余りない。戦闘スタイルは小太刀を用いた一撃必殺(ヒット・アンド・ファイア)であるため耐久のアビリティは低め。
容姿は金色の髪に青とも緑ともとれる綺麗な瞳と、とことん母似。
二つ名は『旋風』

詠唱
【ディライト・ウインド】
我が母の想い、我が友の願い
千の距離を駆け、千の敵を砕く
愚かなる我が身を救うため、顕現せし暴風
光よりも速く、風よりも強く
俊足にして、強靭なる一撃
我が敵を撃て

【ロード・トゥ・グローリー】
英雄は現れた
弱き者は泣き、強き者は啼く
邪悪なる者は絶え、善良なる者は讃える
ここに(あま)く全ての者よ、英雄の道を空けろ
これは英雄の一歩なり







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小さな妹

キャラ作り意外としんどい
アイディア応募中!!



雨は嫌いだ。じめじめするし歩きづらくなる。更に、運ぶ荷物が濡れてしまうというオプション付き。サポーターである私にとってこれ以上厄介なことはない。これならダンジョンの中の方がマシというものだ。

今日は珍しく兄がダンジョンに誘ってくれた日なのに…

 

小人(パルゥム)である私はダンジョンではお荷物にしかならない。荷物持ちが荷物になるとはとんだ笑い話だ。

小人(パルゥム)は生来全アビリティが低く冒険者には向いていない。その中で冒険者になり名を馳せることができるのはごく一部だけだ。

 

私、リリア・クラネルはレベル2。小人(パルゥム)にしてはよくやっている方だがいかんせん血筋の問題がある。英雄(クラネル)の名を持つのにレベル2では話にならない。私の一つ上の兄、アイル・クラネルはレベル4だというのに。

アイル兄さんとは昔からよく遊んでいた。ダンジョンにも一緒に行っていたが、私より速く成長する兄に私は距離をおくようになっていた。

『クラネルの落ちこぼれ』と呼ばれる私は自分で自分が惨めになる。強さに固執している兄が月に一度はこうしてダンジョンに誘ってくれるのが惨めさを際立たせる。

そして、兄と二人の時間を楽しんでいる自分の卑しさが恥ずかしくなる。今だけは対等なのだ。選ばれた英雄と対等なのだと。

 

優れた能力を持つ兄や姉を羨ましくは思わない。恨めしくもない。妬みも嫉みもしない。ただ、寂しいのだ。凄まじいスピードで輝かしい道を歩んでいく兄達においていかれるのが。

 

 

 

ダンジョンに入るとじめじめしていた空気が一転からっとした空気に変わる。上層を踏破してすぐに中層に入る。私には少し早い気がするが、アイル兄さんにとっては物足りないといったところだろう。私はやっぱりお荷物だ。

 

アイル兄さんは中層の魔物を一人でさくさく倒しながら時々私に止めを任せてくれる。アイル兄さんなりに私が危険を犯さずに経験値(エクセリア)を稼げるようにしてくれているのだろう。やっぱり惨めだ。

 

 

私も冒険者に憧れたことがないわけではない。しかし、私には致命的に才能がなかった。剣を振るえば振り回され、槍を振るえばすっぽ抜ける。弓は当たらず、格闘も出来ない。兄達(冒険者)の後ろに付いていって魔石を回収するだけ。

 

アイル兄さんは稼ぎが増えるて嬉しいと嘘をつく。

稼ぎなど気にしていないくせに。

 

 

 

 

英雄ベル・クラネルの子供たちには生まれつき特殊なスキルが発現する。

英雄ノ子(クラネルブラッド)

このスキルの最大の特徴といってもいいものが、《早熟する》という効果だ。ステイタスの伸びが少し速くなるという特殊な効果。しかし、この《早熟する》という効果には大きな個人差がある。アイル兄さんやリーユ姉さんはかなり早い方だ。それに対して私はかなり遅い。普通の人よりちょっと早いかな?程度である。私が落ちこぼれと呼ばれるのも納得だ。

 

「かなり倒したね、そろそろ帰ろうか?」

 

うっすら浮かんだ汗を拭いながらアイル兄さんは振り替える。

おそらく私を気遣ってくれているのだろう。やっぱり優しい。その優しさが私には痛い。

 

「ううん、私は大丈夫

アイル兄さんももうちょっとやりたいでしょ?」

 

「でもリリアの荷物大きすぎるし」

 

「大丈夫、私には縁下力持(スキル)があるから」

 

「そう?じゃあお言葉に甘えてもう少しだけ」

 

少し笑って答える。アイル兄さんの笑顔は好きだ。元気になれるなんて陳腐な表現だけど、まさしくその通りだと思う。

アイル兄さんは昔ほど笑わなくなった。焦っているのだろう。英雄には年齢制限がある。大人になりすぎては英雄になれない。純粋な人間(ヒューマン)であるアイル兄さんにはボケッとしている暇がない。増えていく私のバックの魔石とアイル兄さんの頬を伝う汗の量がその焦りを表しているように見えた。

 

何時間経っただろうか?朝にダンジョンに入って、途中お昼ご飯を食べてから数時間経っている。背中のバッグもパンパンになった。

もう魔石が持てないのでさすがに出ることになった。

 

ダンジョンを出たらその足で換金に行く。とんでもない量を稼いできてしまったので換金に時間がかかる。渋滞をつくってしまった。それがいけなかった…。

 

「痛っ…」

 

大きな人とぶつかって倒れてしまう。まあ小人(パウルム)である私にとって大抵の人は大きいのだが。

 

「いてーなーっ!!

どこ見て歩いてんだよ!リリア!」

 

顔を上げると人間(ヒューマン)の青年がいた。この男とは顔見知りだ。ロキファミリアでティオ姉さんの側付きをしているレベル2の冒険者だ。名前は確かダイロンだったか?

どうも私のことが気に入らないらしく見かける度に何かとつっかかってくるのだ。

 

パウルム(雑魚)の癖に俺に当たっといて謝罪の一つもなしですかー?」

 

「ひっ!ご、ごめんなさ」

 

「どうかしたの?リリア」

 

「ア、アイル兄さん…」

 

思わず謝罪しそうになっているとそこにはいつの間にかアイル兄さんがいた。

 

「げ、子兎(ラビット)

 

ダイロンの顔色が目に見えて悪くなる。それだけで十分面白い。この男格上には大きく出れないのだ。

 

「はぁ、またアンタかダイロン

今度はどうしたんだ?」

 

「い、いや、その小人(パルゥム)が俺に当たって来たからよ…」

 

「そいつはうちの妹が失礼したな

でもわざわざ怒鳴り散らすことはないんじゃないか?」

 

アイル兄さんは怖いほど冷たい声で言う。アイル兄さんは身内以外にはひどく淡白に会話することが多い。

 

「はぁ!?相手は弱者(サポーター)だぞ!

少しくらい強気に出たっていいだろ!」

 

サポーターを恩恵(ファルナ)を受けておきながら非戦闘員であることから弱者と呼ぶものがいる。ダンジョンで戦えないサポーターの扱いは酷いものだ。しかし、これでも何年か前よりは大分よくなった方らしい。20年ほど前は暴力を振るわれ分け前は貰えず、あまつさえ囮にされることもあったそうだ。今ではサポーター組合というものが設立され、ある程度の権利が保証されている。

 

「はぁ…。お前は器が小さい癖に態度だけはでかいな…

 

まぁいいや、ティオはどうしたんだ?お前、あいつの側付きだろ?」

 

ちなみなに側付きとはロキファミリアで最近で始まった制度で、低レベルの冒険者が高レベルの冒険者の身の回りの世話をするというものだ。ティオ姉さんは生活力が致命的にないので側付きが4人もいる。

 

「ティオさんならどっか行っちまったよ」

 

「全くあいつは…」

 

ティオ姉さんの自由奔放さは昔から手を焼いていたが、冒険者になった今でもそうらしい。

 

「まぁいい、もうリリアに絡むなよ」

 

「はぁ!ふざけんな!そっちが先に…」

 

「分かった分かった」

 

と、言いながらアイル兄さんは私の手を取って歩き出す。アイル兄さんにとってはダイロンなどとるに足らない存在なのだろう。その強さはやっぱり少しだけ羨ましいかもしれない。

 

バベルを出ると空は晴れていた。

 

「アイル兄さん、手…」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

繋ぎぱなしだった手を離すと少し寂しく感じた。やっぱり言わなかった方がよかっただろうか?

 

しっとりとした空気は少し気持ちいい。空にはうっすら虹が掛かっていた。雨は嫌いだったがやっぱり少し好きになってもいいかもしれない。

 

「リリア!危ないぞ!」

 

「へっ?」

 

ツルッ

 

マヌケな声を出しながら盛大に転んでしまった。ぼうっとしていたら水溜まりで足を滑らせてしまったらしい。全身びしょびしょだ。アイル兄さんを見ると笑っていた。笑顔は好きだがなんか腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり雨は嫌いだ。

 

 

 

 




リリア・クラネル Lv,2
力:E402 耐久:H112 器用:D502 敏捷:I35
魔力:D513
幸運:I

《魔法》
【トレード】
・二つ以上の物体の位置を入れ換える
・二つの物体の大きさに差がありすぎる場合不可
・消費精神力(マインド)は距離と重量に比例する

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備過重時に能力補正
・能力補正は重量に比例

リリルカの子供。13歳。冒険者に対して少し苦手意識がある。武器は使えず攻撃系の魔法もないためダンジョンではほぼ活躍できない。しかし、空間に作用する魔法という特殊な魔法を持っている。
容姿は茶髪に茶目、小人(パルゥム)なので身長はかなり低い。
二つ名は『子栗鼠(スクイル)

詠唱
【トレード】
小人(ごども)子供(ごども)
英雄になれない小さきもの
弱者の小賢しい小さな悪戯


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癒しの森

感想お待ちしております!!

前書きって書くことないですね…


僕は今ピンチだ。まぁ、冒険者にとってピンチなどダンジョンで何十回も経験するものだが、今回は毛色が違う。

 

「アイル、昨日どこで何をしていたのですか?」

 

リーユ姉さんは弟大好き。決して一人でダンジョンに行っていたなどばれてはいけない。

 

「昨日はリリアと『豊穣の女主人』に行ってたよ」

 

「ほう、では昨日そのリリアがアイルが一人でダンジョンに入っていったのを見た、というのは何かの間違いでしょうか?」

 

詰みである。

こうなると話し合いなど無駄。自慢の健脚をいかしてホームの窓から飛び出す。そして、いつもの追いかけっこ開始。

街の人々には慣れ親しんだ姉弟の微笑ましい追いかけっこ。まあ、速すぎて普通の人には何かが通ったことしか分からないのだが。

入り組んだ裏路地を駆け回り屋根の上を走る。

アイルには規格外の敏捷に加え逃走の発展アビリティがあるが、リーユにも高い敏捷と狩人の発展アビリティがある。レベルに開きがあるためアイルが逃げ切れたことは一度もない。しかし、今日のアイルはついていた。

今日はオラリオの外から食品を大量輸入していたのだ。つまり、かなり大きい馬車が来ていたのである。裏路地を走っていたとき万事幻視(ファントムアイ)で見つけた。リーユはまだ気付いていないであろう。アイルはそれを利用することに決めた。

とはいえ、アイルやリーユにとって、馬車はそこまで速いものではないし、ぶつかってもダメージを負うのは馬車のほうであろう。単に馬車を遮蔽物とするのでは意味がない。

 

アイルは路地を抜けた瞬間勢いよく右に曲がった。無論これだけでふりきれるわけがないので馬車の荷台に乗り込む。

食べ物の詰まった荷台はキツイ匂いで充満していた。入ると同時に息を殺す。肺が限界を知らせるように激痛を放ち脳が酸素を寄越せとうるさく喚く。

しかし、運良く逃走は成功したようだ。

視界から消え、音を出さず匂いも消せば狩人のスキルでも追いかけることはできない。

 

アイルを乗せた馬車はリーユの索敵範囲からまんまと逃れることに成功した。

 

 

しかし、どこに行こうかという問題である。

ホームは論外だし、ダンジョンに行くにも装備を持ってきていない。お金も置いてきたため。完全にできることがない。

 

「まぁ、あそこしかないか」

 

こんな状況で行けるところをアイルは一つしか知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

カランコロン

 

涼やかな音色のドアベルがなる。

 

「いらっしゃー…

おろ?アイル君じゃないかー」

 

「久しぶり、アイナ姉さん」

 

店内の雰囲気は落ち着いているという表現が一番あっている。少ないテーブルに趣味のいい古本とそれを収める本棚。観葉植物が壁や角を彩っている。

ここ、『癒しの森』は去年アイナがオープンしたお店で、軽食と飲み物を主体に出す店である。アイナのほんわかとした雰囲気と良くマッチしている。ちなみに酒はアイナが苦手なので置いてない。

 

「珍しいねーアイル君が来るなんて

今日はどうしたの?」

 

「リーユ姉さんとちょっとね」

 

「ほえー、逃げ切れたんだ、これは珍しい!

お祝いになんか作ってあげよう」

 

「いいよ、今日お金持ってないんだ」

 

(というか、よく考えたら僕ただの迷惑客じゃん)

お代を持たずに店にはいるのはただの冷やかしだ。

 

「だから、お祝いだって

お金はいいから食べてきなー」

 

アイナ姉さんは昔から優しい。

アイナ姉さんはクラネル家の長女でありながら恩恵(ファルナ)をもらっていない。昔から頭が良く、その賢さは姉弟随一だった。若干18歳にして店を一つ持っているのだから相当なものだろう。

ちなみにけして弱いというわけではない。格闘術に関しては天才で、そこら辺のレベル2位だったら普通に倒せてしまうかもしれない。というか、ちょっと前に調子に乗りすぎたダイロンがぶっ飛ばされていた。

 

「それで?どうして追いかけっこなんてしてたのー?」

 

「昨日一人でダンジョンに行ってたのがバレてさ」

 

「相変わらずブラコンだなー、リーユちゃんは

男の子には冒険が必要なのにねー」

 

そう、なんと以外にもアイナはアイルが一人でダンジョンに行くのに肯定的なのである。

可愛い弟には是非ダンジョンで冒険をして、いっぱしの(おとこ)になって欲しいのだ。そういった点ではリーユとアイナは正反対と言えるだろう。

まあ、もしアイルがダンジョンでモンスターにやられでもしたら、怒り狂ったアイナはダンジョンモンスターを血祭りあげるかもしれないが。

 

「はぁー、この店やっぱ落ち着くわ」

 

「そぉー?ありがとー」

 

「うん、すごく静かで…

時間がゆっくり流れてるみたい」

 

「ふっふーん

実は本当にゆっくり流れてるかもねー」

 

店内の雰囲気は静かで落ち着いていてゆっくりしている。しかし、決して閑古鳥が鳴いている訳ではない。常連は沢山いるらしい。まぁ、この雰囲気の店でこの料理を出せばそれもそうかという感じだが。

 

「これからはたまに来るかも」

 

「いつでもおいでー

家族割引してあげるから」

 

「ふふっ、ありがと」

 

まあ、アイナ姉さんのことだから何かと理由を付けてタダにしてくれるのだろう。優しいのだ、この姉は。

 

「はぁー、この時間が永遠に続けばいいのに」

 

「うーん、それはちょっと厳しいかもねー」

 

「へっ?」

 

カランコロン

 

ドアベルの音と共に殺気がいらっしゃいませ。振り返らなくても分かる、リーユ姉さんだ。

お帰りくださいませお客様。

 

「いらっしゃーい、リーユちゃん」

 

「お久しぶりです姉さん

いきなりで悪いですがアイルは連れていきますね」

 

「はぁーい、どーぞー」

 

もう窓から逃げるしかない。窓ににじり寄りながらリーユ姉さんに話しかける。

 

「どうしてここが分かったの?」

 

「アイルがこれる場所などここぐらいでしょう」

 

「なるほど…」

 

まあいい、もう一度窓から逃げてやる。

 

「さぁアイルお説教です」

 

「お断りしまーす」

 

勢いよく窓に飛び付く。逃走開始だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はめ殺しだと!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

一年ほど前、アイナが『癒しの森』を開店して一週間も経たない頃の話。

 

「センパーイ、レベルアップおめでとうございます」

 

「おー、まあ俺にかかればこれくらいチョロいもんよ」

 

今日はこの男、ダイロンがレベル2になったお祝いをしていた。

と、言ってもロキファミリア総出のお祝いではない。大規模ファミリアであるロキファミリアでは低レベル団員のレベルアップのお祝いは月に一度まとめて行われる。

今日はあくまでダイロンと後輩のギアンの個人的なお祝いであった。二人はまだ低レベルであるためちょっとお高めの『豊穣の女主人』には行けなかったのだ。そこに開店セールをしていた『癒しの森』を発見して渡りに船といわんばかりに入店したのである。

 

「それにしてもやっとあのクソ小人(パウルム)に追いついたぜ」

 

「あー、あのリリア・クラネルとかいう」

 

「そうそう、『クラネルの落ちこぼれ』だよ

どうせ優秀な兄貴にくっついて、おこぼれでレベルアップしただけの癖に、俺より早くレベル2になりやがって」

 

「まぁ、先輩の敵じゃないっすけどね」

 

「おーよ、あんなクソ小人(パウルム)、敵じゃない

どうせ、一人じゃなんもできねーんだからな!」

 

今日のダイロンは機嫌が良かった。レベルアップをして、雰囲気のいい店を見つけたからだ。ダイロンは上機嫌になっていた…というよりは調子に乗っていた、乗りすぎていた。店主が薄ら寒い笑顔を浮かべていることに気づかないほどに。

 

「お客様」

 

「あ?なんだ?」

 

 

「誰の店で誰の悪口言ってんだこのガキ」

 

 

瞬間、ダイロンはちょっと文字には起こせないような(むご)い音を出しながら飛んでいく。店のドアをつき破り、道の反対側の小物屋の壁に当たって止まる。

かわいそうなのは店に残されたギアンの方だ。アイナに睨まれたギアンはまさに蛇に睨まれた蛙、というより龍に睨まれた(おたまじゃくし)。惨めにも程がある。

 

「お客様はー、アレ(・・)のお連れ様ですかー?」

 

「ひっ」

 

「お代はけっこーですのでー、アレ(・・)持って帰ってくださいねー」

 

「はいぃぃぃ!!」

 

ギアンはダイロンを回収して走り去っていった。

 

めでたし、めでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイナ・クラネル 恩恵無し
エイナの子供。18歳。姉弟で一番年上。頭が良く、よく他の妹たちから頼られる。格闘術の天才で鬼のように強い。ほんわかと会話することから適当に流していると思われがちだが家族に対してはかなり真剣に話している。家族以外に対しては………営業妨害になってしまうので言わないでおこう。
容姿は薄い茶色の髪に濃い茶色の目で長身、そして巨乳。


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本編:英雄と冒険
異常(イレギュラー)


感想お待ちしております!!

今回辺りから、本編っぽいものに入っていきたいと思います。




バベルの前、よく冒険者が待ち合わせ場所として利用する噴水前にリリアとアイル、リーユは立っていた。既に待ち合わせ時間を半刻ほど過ぎている。

 

「遅い!」

 

「まあまあ、そんなにカリカリしないでよリーユ姉さん

いつものことじゃないか」

 

「いつものことだから怒っている!」

 

ルーズな性格の多い冒険者といえど、理由もなく遅れるものは少ない。ダンジョンで死と隣り合わせの冒険をする彼らはそういったところには厳格な節がある。

さて、フルメンバーともいえるこの三人が揃っていて誰が来ていないのかというと、ティオである。あまり一緒にダンジョンに行くことはないが時々共に潜っているのだ。

時間どころかあらゆることにおいてルーズな性格をしているティオは待ち合わせに時間通りに来たためしがない。

 

 

 

 

「おーまったせー!」

 

「遅い!何をしていたんですか!

いいですかティオ、冒険者が時間にいい加減なのは共に探索するものとして…」

 

リーユ姉さんのありがたい説教が始まったがおそらくティオは聞いていない。というかあの顔を見るに怒られていることにも気付いていないのだろう。

 

「聞いてますか?ティオ」

 

「きーてる、きーてる」

 

聞いてないだろ。

 

こういった適当な性格をしているティオは、何事もきちんとしたいリーユとは折り合いが悪い。というか相性か悪い。

 

「おはよーアイル」

 

ティオはリーユのことを完全無視しながら無駄に元気のいい挨拶をしてくる。(ぬか)に釘という諺を思い出した。

余談だがアイルはティオを若干苦手に感じている。昔ちょっとあったので。

 

「…おはよ、ティオ

レベルアップおめでとう」

 

「ありがとー」

 

そう、実はつい三日ほど前にティオはレベル4になったのだ。

 

「ここで話をしていても仕方ありません

早速ダンジョンに行きましょう」

 

「おー!!」

 

 

「ちょっと待てや!」

 

いざ行かん!ってタイミングで怒鳴り声が響く。そちらを見るとなぜかダイロンがいた。

そういえばティオの側付きやってたっけ。

 

「あれ?ダイラン何でいるの?」

 

「ダイロンです!

というかティオさん、ヘスティアファミリアの奴らとダンジョンに行くなんて聞いてませんよ」

 

「えっ?ティオ、言ってなかったの?」

 

現代では違うファミリアの者同士でダンジョンに潜るのは珍しくない。しかし、その場合は主神に許可を取るのが常識だ。当然、アイルたちもヘスティアに許可を得ている。

ロキの名前を出したとき非常に渋い顔をされたが…

 

「あれ?言ってなかったけ?」

 

「聞いてません!」

 

「じゃあそういうことだから、

ロキには言っといてタイロン」

 

「ダイロンです!

あと、俺も連れてってください」

 

それは困る。リリアに絡まれると面倒なのでアイルは断るために話に入ろうとする。

 

「いや…」

 

「んー、でもパイロンにはちょっと早いんじゃない?25層辺りまで行くつもりだし」

 

「それならそこの小人(パウルム)も同じじゃないですか!

あと、ダイロンです」

 

「リリアはいいんだよ、リリアだもん

 

いーからロキに伝えといてね、シェンロン」

 

いい加減名前を覚えてあげてほしい。願いを叶える龍みたいな名前になってしまっている。もはやダイロンがかわいそうだ。

 

「それじゃー行こー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上層を一気に通り抜けて中層に到着。リリアもいるためここからはそれなりに気をつけなければならない。まあ、アイルの万事幻視(スキル)は壁を透視してモンスターの出現を先に知ることができるためそこまで問題はないのだが。

アイルの万事幻視(ファントムアイ)精神力(マインド)を消費しないのでダンジョンではほとんど発動しっぱなしにしている。

 

「16層にもなると私じゃ勝てなそうだな」

 

「そうかな?頑張ればなんとかなると思うよ」

 

中層のモンスターはレベル2にとってちょうどいいくらいである。しかし、リリアは戦闘センスがないのでここら辺でも厳しいかもしれない。もちろんそんな事本人には言わないが。

モンスターの掃討は基本的に他の三人で引き受ける。リーユが小太刀で敵を吹き飛ばし、アイルがナイフで切り刻む。

そして、ティオは…ミノタウロスにドロップキックしていた。

 

「ティオ…武器はどうしたのですか?」

 

「忘れて来ちゃった」

 

「そんなやつおる!?」

 

リーユの質問に悪びれもせずティオは答える。

ダンジョンに入るのに武器を忘れるなど前代未聞ではないだろうか。

今回の目的地は25階層付近。レベル4から5の彼らにとっては危険というほどの深さではないが、安全マージンは取れるだけ取っておいた方がいい。武器を忘れるなどもっての他だ。

 

「まったく、仕方ないなティオ姉さんは

どこに忘れてきたの?」

 

「私の部屋かな?」

 

「ティオ姉さんの部屋ね…

 

小人(こども)子供(こども)』…」

 

リリアが詠唱を開始する。おそらく魔法を使うのだろう。

リリアの魔法『トレード』は二つ以上の物の場所を入れ換えるという、他に類を見ない貴重で特殊な魔法だが五つの発動条件がある。

一つ目は、入れ換える物は二つとも非生物に限ること。つまり瞬間移動には使えないとういことだ。二つ目は入れ換える物の片方は自分の手元になくてはならないこと。三つ目は手元にない方の物の形をよく知っていなければならないこと。四つ目は二つの物が同じくらいの大きさでなければならないこと。

そして最も厄介な条件である五つ目は、入れ換える二つの物が詠唱中に動くと発動できないというものである。

これらの厳しい条件を満たさなければならないため非常に使いづらい。まあ、それを差し引いても強力であることにはかわりないが。

 

「『英雄になれない小さきもの

弱者の小賢しい小さな悪戯

トレード』」

 

瞬間、ダンジョンの壁面から落ちて転がっていた岩がティオ愛用の大剣に変わる。

 

「何度見てもすごい魔法だね」

 

「ありがとアイル兄さん」

 

「ティオ、あなたもレベル4になったのだからもっとちゃんとしなさい」

 

「わかったよー」

 

分かってないのがまる分かりな返事をするティオ。おそらくまたいつかやらかすだろう。

 

「レベルアップといえば、ティオ姉さんの次の二つ名何だろね」

 

「そっか、二つ名更新されるのか…

次の神会っていつだっけ?」

 

「一週間後だって、ロキが張り切ってた」

 

アイルは二つ名に関してはあまり恵まれていないと思っている。無難なものばかりだからだ。ヘスティアはいいものを勝ち取ったと満足げだったが、アイルはもう少し格好いいものがほしい。英雄への強い固執があるのだ。

 

 

 

三人でモンスターを倒しているのでローテーションを組んでいる。二人がモンスターを倒し、一人がリリアを守る。やり過ぎな気がしないでもないが何が起こるかわからないのがダンジョン。念には念をいれておきたい。そういった対応がリリアにとっては辛いのだが。

 

「じゃあ今度はアイルが後ろね」

 

「分かった」

 

とはいうもののレベル4と5の冒険者が二人がかりで殲滅に向かえばいかに中層のモンスターといえど長くは持たない。

しかし、リーユとティオは致命的に『合わない』。大剣を大きく振り回して戦うティオは他人と共闘することができない。

結局コンビネーションを棄てて各々戦うことにした。

 

「なにやってるの二人とも…」

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、ダンジョンにはイレギュラーがつきものだ。冒険者にとっては当たりまえに知っていること。当然彼らも知っていた。知っていただけだったが………

 

リーユとティオがモンスターを殲滅し終わったその瞬間、ピシッという妙な音がした。

アイルはリリアを守るべくそっと近くによる。同時に万事幻視(スキル)を使い左右の壁を見るが異常はない。当たり前だ、異常があるのは左右()ではなく(天井)なのだから。

 

落石。ダンジョンの中層ではありふれたハプニング。しかし、アイルたちはそれを経験したことがなかった。落ちてきた石は天井まで積まれ道を塞ぐ。

幸運にも一人として巻き込まれなかった。不幸にも分断されてしまったが。リーユとティオ、アイルとリリアに別れてしまった。

 

「リーユ姉さん、ティオ、そっちは大丈夫?」

 

「こちらは問題ありません

そちらは大丈夫ですか?」

 

「僕もリリアも無事だよ

それにしても見事に分断されちゃったね」

 

「リーユねぇ、魔法でこの瓦礫吹っ飛ばせない?」

 

「できますけど、やめておいた方がいいでしょう」

 

ダンジョンで落石が起きた場合、高火力な攻撃魔法は使わないのが鉄則である。脆くなった天井がさらに崩れ、被害が広がる可能性があるからだ。

 

「仕方ない、一端別れて後で合流しましょう

18階層のリヴィラの街で待っています」

 

「分かった」

 

18階層はモンスターが一切自然湧き(ポップ)しない『安全階層(セーフティ・ポイント)』として有名で、宿や店も揃う街まである。

問題は17階層にいるゴライアスだが、レベル4の身体能力なら、走って突っ切れるだろう。

 

「じゃあ、後でね」

 

「ええ、気をつけて」

 

 

 

 

 

 

数分後、先に17階層にたどり着いたのはリーユとティオの方だった。

 

「行きますよティオ」

 

疾走する。ティオはレベル4に成りたてだが、一直線に走り抜けるぐらい訳ない。正直、レベル4と5の冒険者が二人がかりで戦えばゴライアスを倒せないこともないのだが、ティオはレベル4に成りたてで、体がついていけているとは言いがたいので一応やめておいた。

脇目も振らずに疾駆する。結果、無事17階層に到着できた。

 

しかし、彼女たちは気付いていなかった。『迷宮の弧王(モンスターレックス)』の異変(・・)に………

 

 

 

 

これはアイルたちが17階層に到着する僅か一分ほど前の話

 

 

 




ティオ・クラネル Lv,4
力:E475 耐久:G208 器用:I34 敏捷:H124
魔力:I0
拳打:F 潜水:H 対異常:I

《魔法》
なし

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
熱戦激闘(デッドヒート)
・戦闘開始後、一定時間経過ごとに力のアビリティ上昇
損傷(ダメージ)を与えるほど力のアビリティ上昇
狂化狂乱(バーサーク)
損傷(ダメージ)を受けるほど力のアビリティ超上昇
損傷(ダメージ)を受けるほど耐久、器用、敏捷のアビリティ低下

ティオナの子供でアマゾネス。14歳。大剣を用いた大雑把な戦い方をするため、器用が非常に低い。生まれつき力のアビリティの成長が速い。適当な性格をしていて自力で生活するのも厳しい。
容姿は浅黒い肌にセミロングの黒髪、黒い目をしている。
二つ名は『怪力(ギガンツ)



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強化種(ミノタウロス)

感想お待ちしております!!

やっと戦闘シーンが書けます(歓喜)


女が三人寄れば姦しいという。なるほど、うまく言ったものだ。

では、牛が三匹寄ればどうだろう?

なるほど、確かに(ひし)めいている。

目の前には(ミノタウロス)が三体立っている。ただのミノタウロスなら問題ないだろう。しかし、その肌は赤黒い。おそらく強化種だ。

通常のミノタウロスの適正レベルは2、しかし強化種となれば少し上がる。しかも三体だ。正直レベル4では足りない。

 

「三体同時に強化種とかあり得るの?」

 

「あり得ないよ普通…

逃げた方がいいと思うアイル兄さん」

 

「いや、ここを通らないと下には行けない…

リリア、離れてて」

 

腰に差したナイフを抜き構える。長年の相棒《小さな牙(リトルファング)》だ。第一等級武器には及ばないがヘファイストスファミリアで手にいれた大事な相棒だ。

 

三体のミノタウロスのうち二体は素手、残り一体は大剣を持っている。油断すると深傷を負うかもしれない。

 

自慢の敏捷をいかして突貫する。一番奥の大剣を持ったミノタウロスに斬りかかる。こういった場合一番手前の相手に攻撃し相手を盾にして戦うのが定石(セオリー)だが、モンスターの場合は仲間ごと大剣で斬り飛ばしにくるのでリーチの長い得物を持つものから倒しにいったほうがいい。

普通であれば成す術なく一瞬でやられていたであろうミノタウロスはさすが強化種といったところか、見事大剣でその一撃を防いだ。あと数合やりあえば魔石に届くだろうが、今回は一対一ではない。

振り替えると同時にハイキックを放つ。遠心力をのせた蹴りは迫っていたミノタウロスの拳を払いのける。その衝突の勢いを利用して、上がった右足を下ろす事なくバク転する。三体目の拳をバク転でかわしながら大剣を持ったミノタウロスの剣の間合いの内側に入り込む。

ミノタウロスは右手の剣で攻撃することを諦め左手で拳を放つ。体の大きいミノタウロスにとってかなり無理な体勢だが、強化種の一撃はそこそこの威力がある。アイルは横に飛びギリギリでかわしたが、拳がぶつかった地面には小さな陥没ができるほどだった。

 

仕切り直し。すでにアイルは三体の力量を計り終えていたが、そう簡単に決着はつかないだろう。

 

再び突貫。スキルによってブーストされた敏捷は残像を残すほどの速度でミノタウロスに迫る。おそらく本能で防いだのだろう。小さな牙(リトルファング)がミノタウロスの外皮に触れる前に大剣が滑り込まれる。超高速で衝突した二つの金属は激しく火花を散らす。ギャリッ、という嫌な音をたてながらお互いを逆方向に弾いた。アイルは弾かれた勢いを利用して、空中で体を捻る。そして、真後ろにいたミノタウロスの顔面に蹴りを放った。空中で発生した回転のエネルギーを余すことろなく込められた横薙ぎの蹴りはかなりの威力があったが倒すには至らなかったらしい。派手に回転しながら飛んでいったミノタウロスはそれでも動いていた。追撃したいところだが二体のミノタウロスに背を向けたままなのは非常にまずい。既に三体目のミノタウロスが強靭な角をこちらに向けて突進してきているのが気配で分かった。アイルは空中で蹴りを放った直後だ、着地してから回避は難しい。

しかし、アイルが焦ることはなかった。着地と同時に体を反転させる。ミノタウロスの角はすぐそこまで来ている。アイルは体を大きく後ろに反らした。二本の足でしっかりと地面を捕まえ、倒れるのをなんとか防ぐ。

結果、アイルは突進のために前傾姿勢になったミノタウロスの下に潜り込んだのである。この好機を逃すアイルではない。小さな牙(リトルファング)をミノタウロスの胸の中心に突き立てる。万事幻視(ファントムアイ)で魔石の位置は丸見えなため一撃で魔石を砕くことに成功した。

しかし、体を大きく反った状態から戻ると二体のミノタウロスに挟まれた状態になる。二体ミノタウロスは同時に攻撃してきた。コミュニケーションをとれるという情報はないので、おそらく偶然タイミングが合っただけだろう。しかし、二体同時の攻撃を捌ききるのは厳しい。

 

「ケラヴィス!」

 

瞬間、アイルの左手から発生した雷が大剣を持ったミノタウロスを襲う。速攻魔法であるため威力には期待できないが目眩ましにはなる。もう片方のミノタウロスの大振りな角の一撃を右手のナイフで逸らしてから、跳躍して離脱する。一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を行う上で最も大切なのは常に一対一の状況を作ることだ。二体に挟まれた状態で戦うのはアイルの戦い方ではない。

既にミノタウロスは体制を整えこちらの隙をうかがっている。しかし、先程とは違いその数は二体だ。たった一体の差が心理的な面で大きな余裕を作った。

 

「ケラヴィス!」

 

速攻魔法の七連射。威力が低い代わりに反応しずらい雷撃が素手のミノタウロスを襲う。倒すには至らずともその表皮を焼くことはできたようだ。しかし、アイルはそれを確認せずに大剣を持ったミノタウロスに突進する。突き出したナイフは再び大剣に防がれるが今度はそのまま押しきった。地面を踏みしめ踏ん張ったアイルはミノタウロスを奥に数M(メドル)ほど押し込む。

そして再び突進。魔法を当てたミノタウロスが戦線に復活する前に走り出す。ミノタウロスは大剣を大きく振り応戦しようとするがアイルはそれを読んでいた。

陽動(フェイント)。突進を中断(キャンセル)し急停止したアイルの鼻先僅か数ミリを大剣が(はし)る。大剣を振り切ったミノタウロスの体はがら空きそのもの。一M(メドル)ほどの距離を一瞬で詰め、魔石にナイフを突き刺す。

 

「ケラヴィスッ!!」

 

ついでと言わんばかりにナイフを通して魔法を叩き込むと、ミノタウロスの背中に雷が咲いた。

残すは一体。大剣を拾い上げ、ナイフを腰の鞘にしまう。

アイルは大剣を使ったことがない。しかし、大剣を扱うのに技術は余り必要ない。大剣とはそもそも『斬る』ではなく『叩きつける』ための武器であるため、筋力さえあれば扱える。

アイルは大剣の柄を両手で握りしめてミノタウロスに突貫する。そして、ミノタウロスの目の前で左足を軸に駒のように回り大剣を叩きつけた。その様は不恰好としか言いようがなく剣に振り回されているようにしか見えない。しかし、威力はあった。十分な助走を経た回転は剣先に伝わり、ミノタウロスの体を吹き飛ばした。

ダンジョンの壁に叩きつけられたミノタウロスはピクリとも動かない。絶命したのだろう。

 

 

 

 

 

 

リリア・クラネルはその戦いを見ていた。最初から最後まで。

 

アイルは自己評価が低いが、間違いなく戦闘の天才である。

背中に目がついているかのように背後を把握し、未来でも見ているかのように次の動きをベタ読みする。反射神経は人並みを大きく上回り、判断力は既に熟年の冒険者と比べても遜色ない。

リリアが尊敬する兄はそういったステイタスに反映されない部分において他の冒険者たちと一線を画している。その証拠に兄はミノタウロスの強化種三体に挑み、一撃ももらわずに勝ってしまった。アイルの姉弟達はこの才能を高く評価している。そしてリリアもまた憧れている。

 

「リリア、悪いけど魔石とってもらえる?」

 

そう言うと、アイルは座り込んでしまった。疲れたのだろう。

 

「あ、うん…分かった」

 

強化種の魔石はギルドで高く買ってもらえる。いまだに生態が掴めない強化種の魔石は希少であり調査する必要があるからだ。三体中一個しか残せなかったのは残念だが、背に腹は変えられない。

『死んで花実が咲くものか』というやつだ。

リリアはサポーター歴がかなり長い。魔石を抉り出す作業は慣れたもので、簡単に終わらせてしまう。取り出した魔石を背嚢(バッグ)に放り込んで代わりに小瓶を二つ出す。

 

「はい、アイル兄さん」

 

「ありがとうリリア」

 

小瓶を受け取ったアイルは一気に二つともを飲みほした。中身はもちろん回復薬(ポーション)だ。旨くも不味くもない味が口内に広がる。微妙な味がするこの液体は可能な限り一気飲みする方がいい。

昔、一時だけ回復薬(ポーション)に味がつけられていて甘い味がした時期があったが、嗜好品として楽しむ者が出始めたため現在ではなんともいえない味に戻っている。

今アイルが飲んだ回復薬(ポーション)は疲れを癒すポーションと精神力(マインド)を回復するポーションだ。既にアイルは万全の状態になっていた。

 

「そういえばアイル兄さん、何で剣を使わなかったの?」

 

「………」

 

アイルはナイフを好んで使うが細剣も使える。ナイフの方が小回りが効くため普段はそちらを使っているが、単純な攻撃力では剣には及ばない。最初から剣を使っていればもっと速く片付いていたであろう。

そんな意図が込められたリリアの質問に対するアイルの答えは黙秘。

リリアは嫌な予感がしながらも再度問う。

 

「アイル兄さん…?

そういえば剣、何処にあるの?」

 

普段アイルの腰につけられている剣が見当たらない。もうほとんど確信に変わった疑念がアイルに向けられていた。

 

 

「………忘れちゃった」

 

 

「は? はあぁぁぁぁぁ!?」

 

どうやらダンジョンに得物を忘れるバカはティオだけではなかったらしい。

こんな兄に憧れを抱いているのか…と、リリアの評価が少し下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイル・クラネル Lv,4
力:B754 耐久:H186 器用:S986 敏捷:SS1102
魔力:D501
幸運:G 対異常:H 逃走:I

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正



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嘆きの巨人(ゴライアス)

感想お待ちしております!!
出来れば高評価もしてください!


ダンジョンは地下に深く伸びていて、階層を下るほど出てくるモンスターが強くなっていく。

しかし、16、17、18階層に関しては例外と呼べるだろう。数字上では連続していてもその様相は大きく異なる。

16階層では強くてもミノタウロス程度。ミノタウロスの単独撃破は実質レベル3クラスと言われているが、他のモンスターはレベル2相当だ。

しかし、17階層はダンジョンの中でも例外中の例外。『迷宮の弧王(モンスターレックス)』が支配するその階層は他のモンスターは出ない。しかし、そのたった一体の強さが16階層とは桁外れなのだ。

ゴライアス。全長7M(メドル)にも及ぶその巨人は、最低レベル4相当。一個上の階層と大きな差がある。

しかし、その難所を抜け18階層に到着すれば、そこは一転安全階層(セーフティ・ポイント)と呼ばれるモンスターが出現しない階層となる。

今アイルとリリアはそこに向かっている途中だった。

 

「さすがに緊張するねアイル兄さん」

 

「まあ、確かにね」

 

ゴライアスはレベル4相当だがさすがにアイル一人での撃破は厳しい。走って逃げきりたいが今回はリリアがいる。リリアを担いで走り抜けるのは敏捷の高いアイルでも怪しい。これは一種の賭けでもあった。

 

「じゃあ行くよ」

 

アイルはリリアを担ぐ。さながら米俵のように。

英雄なら横抱き(お姫様抱っこ)するべきだろうが、リリアは大きな背嚢(バッグ)を持っている。横抱きは無理があるだろう。

 

 

17階層に下りると脇目も振らずに走り出す。18階層へ続く穴までの距離は30M(メドル)ほど。アイルならたとえリリアを担いでいたとしてもほんの数秒で到達できる。

ゴライアスの攻撃はギリギリ間に合わないはずだった…本来は。

あとほんの5M(メドル)ほどといったところで漆黒の巨腕がアイルの真横を通過した。弾丸のような速さで通り過ぎて行った巨腕(それ)は17階層の白い壁面に突き刺さる。アイルとリリアはそこで初めてゴライアスを見た。

 

漆黒。

伝え聞くそれとは、今まで見たそれとは大きく異なるその色。知っているゴライアスと似ているが確かに違う深い黒。

『漆黒のゴライアス』。20年ほど前、(ベル)が討伐したとされる幻のゴライアス。ダンジョンに入り込んだ神を抹殺するために出現した嘆きの巨人。

 

「どう…して…?」

 

漆黒のゴライアスがいるのか?

そんな事を問うても意味はない。逃げなければ。『漆黒のゴライアス』はレベル4では到底敵わない。そんな事分かっているが足が動かない。

 

「アイル兄さん…アイル兄さん!

走って、早く!」

 

リリアの叱咤で意識が戻る。恐怖が和らぎ逃走を再開せんと腰を浮かす。前を向き足に力を込める。

そして見てしまった…絶望を。

おそらく先程の一撃のせいだろう…18階層に続く穴が瓦礫で塞がれていた。

 

「うそ…でしょ…」

 

逃げるしかない。

アイルは急いで反転して来た道を戻ろうとする。

しかし、ゴライアスはそんなアイルを嘲笑うように入り口の上に巨腕を叩き込む。

派手な音をたてながら崩れた壁は入り口を塞いでいた。閉じ込められたのだ17階層に。

おかしい。賢すぎる(・・・・)。モンスターが知恵をもって逃げ道を塞いだ。ゴライアスは比較的知能の高いモンスターだがここまで賢くはなかったはずだ。

しかし、その事を今考えている余裕はない。

逃げれないなら討伐するしかない。

 

「リリア、離れてて」

 

「そんな…無理だよ、勝てっこない!」

 

そんな事は分かっている。

 

「いいから早く行け!」

 

これしか選択肢がないのだ。

戦うしかない。ゴライアスに向けて高速で走り出す。戦闘に入ることで上昇した敏捷はレベル4どころかレベル5の中でも上位にくい込むだろう。

一瞬で肉薄して腰の小さな牙(リトルファング)を抜き放ちゴライアスの右足に斬りかかる。

長年の相棒はゴライアスの漆黒の外皮に接触し……………弾かれた。

ガギンッ、という嫌な音をたてながら後ろに弾かれたアイルは直後、直感に任せて後方に跳躍する。アイルと入れ違いになるように現れた漆黒の拳は地面を大きく抉った。

人形(ひとがた)モンスターであるゴライアスが自分の足元に拳を叩き込んでくるのはさすがに予想外だった。

無理な体勢になっていてどう見ても隙だらけなのにアイルの嫌な予感は消えない。

ゴライアスは上体を起こしながら左足で蹴りを放ってきた。アイルは冷静に横に避け、通り過ぎていくゴライアスの足にナイフを滑らせる。

しかし、それでも斬れない。ガリガリガリッと、嫌な音をたてるだけでゴライアスには傷ひとつなかった。

 

「ふざけんなっ!」

 

固すぎる。(ベル)が戦ったというゴライアスより固いのではないか。レベル4の攻撃を受けて傷ひとつつかないのは明らかにおかしい。

 

「アイル兄さん!」

 

リリアの声に反応してそちらを向くと水色の物体がとんできた。能力上昇薬(ステイタスブースター)だ。

アイルは棒状のそれの片端を口に咥えると、もう片端に精神力(マインド)を流し込む。するとたちまち蒼炎がたち揺らめいた。ゴライアスの拳をかわしてから岩陰に隠れると、蒼炎は根本の方まで来ていた。

口内に溜まった気化薬を飲み込む。肺で血液に溶けた薬は心臓の拍動に押し出され全身を駆け巡った。

 

「あっ…がぁ…」

 

激痛。

能力上昇薬(ステイタスブースター)』とは、その名の通り一時的にステイタスを跳ね上げることができるアイテムだ。

当然、強力であるゆえに反利益(デメリット)も多い。その一つが激痛だ。全身の血管が一気に膨張するかのような激痛がはしる。

しかし、いつまでも岩陰に隠れてはいられない。痺れを切らしたゴライアスはアイルを岩ごと吹き飛ばそうとした。

アイルは直前に飛び出していたが、くらっていたらただでは済まなかっただろう。

 

激痛を無視してゴライアスを見上げると(わら)っているような気がした。

 

再び突進。ドーピングによって強化されたステイタスは先程とは比べ物にならない威力を実現する。

アイルとそのナイフはゴライアスの外皮に当たり……………

 

 

 

 

 

もう一度弾かれた。

 

 

 

 

 

 

兎は牙が効かない相手には太刀打ちできない。ゴライアスの強力な攻撃をひたすらかわし続けるだけ。敏捷のステイタスだけがゴライアスを上回っている。

ゴライアスはただ拳を振るい、足で踏み潰そうとしているだけ。何の技もないその攻撃がアイルを追い詰めているということは、それだけお互いの実力差があるということだ。

このままではジリ貧だ。先に体力が尽きるのはどう考えてもアイルの方。どこかで打開しなければならないのはアイルが一番わかっているだろうが、アイルにはゴライアスに傷をつける方法すら持ち合わせていない。

それこそがアイルの弱点。圧倒的な火力の低さ。強力な魔法を持たないアイルにはゴライアスの外皮を破る方法はない。かねてよりの弱点が今、露見した。

 

ゴライアスの拳がアイルの裾をかする。余裕を持ってかわしていた攻撃が近付き始めた。むしろよく凌いでいたとすら言えよう。さすがの敏捷だ。

しかし、耐久の低いアイルではゴライアスの攻撃に耐えれるかは分からない。回避が失敗したときがアイルが敗北するときだろう。そして、それはもうすぐだ。

体力が尽き始めたアイルは額に大量の汗をかいていた。息はあがり速度も落ちてきている。誰が見てもアイルが限界なのは一目瞭然。

そう、誰が見ても…。

 

「アイル兄さん!!」

 

リリアは岩陰を飛び出し大声をあげた。その両手にはアイルの細剣が握られている。魔法を使ったのだろう。

しかし、それは危険過ぎる行為だった。

 

「リリア!?ダメだ!」

 

アイルがリリアに気づいたようにゴライアスもまた、リリアに気づいていた。

アイルはリリアに向けて走り出す。その距離10M(メドル)ほど。

間に合う筈だった…いつもなら。

限界が近いアイルの体は鉛のように重く、足は思った速度を出してくれない。

ゴライアスが嘲笑(わら)ったような気がした。

リリアの小さい体は漆黒の巨腕に軽々と吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリア!?リリアッ

返事してっ…お願いだから返事してよっ!」

 

吹き飛ばされたリリアの体は無惨の一言だった。見るからに血は流れすぎていたし四肢はおかしな方向に曲がっている。折れた肋骨が胸を突き破り、胸は僅かにも上下運動をしなかった。

隙だらけのアイルにゴライアスは攻撃してこない。楽しんでいるのだろう。見なくても嗤っていることが分かる。

 

「リリア…リリア…」

 

アイルの頬には涙が流れ、乱れた呼吸はなかなか戻らない。

アイルはリリアの背嚢(バッグ)を拾い上げ無造作に開く。いつもは整頓されているはずの中身はさっきの衝撃のせいか混沌としていた。

アイルは中をあさり目的の物を引っ張り出す。金色の液体が入ったビン。

最近開発されたばかりの回復薬(ポーション)。名前は『神の雫』。体力全回復、精神力(マインド)全回復、状態異常全回復、欠損部位修復の効果を持つ最高級回復薬(ポーション)だ。

 

「リリア?聴こえる?ポーションだよ

飲んで、お願いだから飲んで!」

 

しかし、リリアは飲まない。気絶しているからだ。心停止もしている。このままではあと数十秒ももたないだろう。

アイルはビンの蓋を開けると中身を自身の口に流し込んだ。他のどんな回復薬(ポーション)よりも気持ちの悪い味が広がる。

アイルは『神の雫』を含んだ口をリリアの口に押し当てる。自らの口からリリアの口の中に液体を流し込み、舌を入れて器用に喉へと押し込む。

『神の雫』でも死者を生き返らせることは出来ない。リリアの命がまだあるかは正直微妙。生きてさえいればなんとかなる。

リリアの口から離れ数秒経つとリリアの体が急速に治り始めた。どうやら生きていたらしい。

 

「…よかった…」

 

目を開けないリリアを背嚢(バッグ)ごと岩陰に放り込み細剣を拾う。デスペレートMK2(マークツゥー)、母の予備の剣をアイル用に加工した剣。

リリアを『守る』ために戦う。

格上に対する守るための戦い。【英雄ノ子(クラネルブラッド)】が最も効力を発揮する状況が今出来上がった。

涙はいつの間にか止まり、疲れも感じない。超強化されたステイタスと戦意だけがアイルに残っていた。

 

ゴライアスの攻撃を紙一重で避ける。先程とは違い完璧に見切った上での最小回避。ナイフを片手にゴライアスの周りを回る。剣は腰に差したままだ。

ゴライアスの攻撃を避け、避け、避け続ける。

そして、その時が来た。ゴライアスの無駄に大振りな一撃。これを待っていた。

ゴライアスが大きく腕を振りかぶった瞬間、アイルも同時に腕を振りかぶる。そして、ナイフをゴライアスの顔に投げつける。拳を放とうとしていたゴライアスはそれに驚き拳の威力を落としてしまう。結局、ゴライアスの腕はアイルの目の前で止まった。

それを見たアイルの動きは素早かった。腰に差した細剣を高速で引き抜く。全身の関節を連動して振るわれた剣は抜剣と剣閃が一対となった神速の(ひらめき)。アイルが最も信頼する最速最強の一撃。

アイルの最強はゴライアスの漆黒の外皮を捉え、食い破っていき…

 

 

 

 

…巨人の腕の半分ほどで止まった。

 

「…う…そ…」

 

絶望(desperate)

アイルの最強の一撃はそれでもゴライアスの腕を斬り飛ばすには至らなかった。

 

ゴライアスは左の巨腕を振るう。呆然としているアイルはまともに防御することも出来ずもろにくらってしまう。弾丸の様に吹っ飛んでいったアイルは空中でゴライアスに捕まる。巨人に握られたアイルはなす術なく地面に叩きつけられ、ついでとばかりに右腕の一撃で白壁まで飛ばせれる。

壁に赤いシミを作ったアイルはピクリとも動かない。

 

漆黒のゴライアスは嘲笑(わら)っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイルのいる17階層の遥か上。バベルの一角にいるフレイヤはその様子を見ていた。美の女神であるフレイヤはそこにいるだけで子供達を魅了してしまうため特別にバベルに住むことを許されている。

側に控える一人の大男は苦々しい顔をしている。その男の名はオッタル。かつて頂天と渾名された男。英雄(ベル)と覇を競いあった猛者。現在のレベルは9、最強の一角である。

 

「フレイヤ様、畏れ多くも意見させて頂いてよろしいでしょうか?」

 

「いいわオッタル

言ってみなさい」

 

アイル(あの子供)にこの試練はまだ早いかと…」

 

「そうかしら?だって英雄(ベル)の子よ?

このくらいなんとかしてくれないと困るわ」

 

その瞳には愛情が浮かんでいる。

かつて手に入れることが出来なかった宝石の子供。宝石(ベル)に勝るとも劣らない輝き。

欲しい…欲しい…欲しい…

歪んだ愛情を持つ美の女神が与えた試練はアイルを苦しめる。

 

英雄は立ち上がらない。

 




能力上昇薬(ステイタスブースター)
アスフィと作った薬。一時的にステイタスを跳ね上げることができる。
しかし、激痛を伴うことも多い。
また、反動で体を壊しやすいので好んで使う者はいない。
薄い水色で煙草のような形をしている。
先端に魔力を流すと綺麗な青色の炎が出る。
体内に摂取できれば何でもいいのだが口に咥えて経口摂取するのが一般的。
5本セットで一億ヴァリスほど。

『神の雫』
ナァーザが開発した薬。
体力全回復、精神力(マインド)全回復、状態異常全回復、欠損部位修復の効力を持つ。
非常に強力な薬であるため、開発から半年も経っていないにも関わらず売れに売れて、ミアハファミリアは長年続いた零細ファミリアの汚名を払拭した。
1本2億ヴァリスほどする。(ぼったくりではないらしい)



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英雄(アイル・クラネル)

感想お待ちしております!

アイルは死なない、だって主人公だから

今回はアイル主観を主観にして書いてみました


18階層、リヴィラの街。最近拡大し続けているこの街は物価が異常に高いことで有名だが、それでも物珍しさというのはそれだけで観光資源になるものだ。ダンジョンの中とは思えないほど活気づいたこの街の入り口でリーユとティオは立っていた。既に到着から半刻ほど経っている。

 

「遅いですね、アイルとリリア…

別れた場所を考えるともうとっくに着いていてもおかしくはないんですが」

 

「そう?まだそんなに経ってないよ?」

 

「あなたの感覚で言わないでください

何もなければいいのですが…」

 

「アイルとリリアなら大丈夫だよ!」

 

ティオは無駄に元気な声を上げる。自分の異母兄妹に何かあったと思いたくないのだろう。それはリーユも同じだ。

嫌な予感を抱きつつもリーユとティオは黙って待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…

 

 

自分の体を見ると血まみれだった。着けていたはずのプレートアーマーは木端微塵に砕け、地面に散らばっている。肋骨がバラバラになったせいか胸が不自然に凹凸している。

両腕両足は無事だった。生きているということは首も折れてはいないだろう。

たった三発の攻撃でここまでやられるとは…低すぎる耐久を今頃呪いたくなった。

首を持ち上げ前を向くとゴライアスが嗤っていた。圧倒的弱者を前にした余裕。悔しい。

首を上げたことで頭から血が流れてきた。睫毛に一瞬塞き止められるが結局目に入ってくる。視界が赤く染まった。

これだけやられてもまだ意識があるのは不撓不屈(スキル)のおかけだろう。恩恵(ファルナ)は最後まで戦うことをお望みらしい。

しかし、体が動かない…痛みと恐怖のせいで。

 

 

おそらくもう勝ちの芽はない。ゴライアスが僕をどれ位弄ぶかは分からないが最後には殺されるだろう。

僕は揺らされ過ぎてまともな思考ができなくなった頭でぼんやりとそう考えていた。

 

僕を見下ろすゴライアスはにやっと笑い僕の反対を向く。

 

何処に行くつもりだ?そっちに何があるんだ?何故僕を殺さない?

 

ゴライアスが目指す先には岩があった。そこら辺にいくらでも転がっている岩。

アイルが陰にリリアを放り込んだ岩。

 

まさか…リリアを!?

 

「…や……め……」

 

ゴライアスを止めなければ。

無理に声を出そうとした僕は喉に溜まっていた血塊を吐いた。吐いた血は先に流れ出た血と合流し、血だまりを少し大きくする。

寝っ転がっている場合ではない。ゴライアスを止めなければリリアは殺されてしまう。

軋む体に自分で渇を入れ、無理矢理立ち上がる。

 

「やめろっ!!」

 

みっともなく血を撒き散らしながらあらん限りの声で叫ぶ。痛みを忘れ、怒りだけで体を動かしている状態。

 

ゴライアスはリリアを狙うのをやめ、こちらを向いた。先程とは違う雰囲気。嘲るのをやめた本気の殺意。

ゴライアスは拳を振りかぶる。止めを刺すつもりだろう。

僕は走り出す。不撓不屈(スキル)によって更に強化されたステイタスは先刻よりも遥かに上の速度を実現していた。

通り過ぎた腕を見ると僕の剣が突き刺さったままだった。半分ほどまで斬った筈なのにその痕がない。

 

「…自己再生(リジェネレート)か…」

 

自己再生(リジェネレート)…その名の通り損傷(ダメージ)を自動で回復する能力。

自己再生(リジェネレート)を持つモンスターを倒すには魔石を狙うしかない。魔石を破壊すればどんなモンスターでも活動を停止する。既に魔石の場所は確認済み。後はどうゴライアスの硬い肉を破るかが問題だ。

頭から流れる血を拭うと視界が晴れた。相棒であるナイフを探す。黒に近い岩の地面の中で鈍色に輝き存在感を放っている相棒は僅か数M(メドル)先にあった。

ゴライアスの拳を避けながらナイフに駆け寄る。いちいち屈んで拾い上げている暇はないので前転しながら拾う。速度を殺さないように走り続けながら手の中でナイフを回して逆手に持ち変える。

ゴライアスの巨腕は相変わらず何の芸もなくただ振られているだけ。しかし、その威力の凶悪さは我が身を持って知っている。

ゴライアスの拳を上体を反らすことでギリギリでかわし、逆手持ったナイフを突き立てる。上体を起こしながら力を込めたナイフはゴライアスの外皮に僅に傷をつけた。

しかし、それだけ。確かにステイタスは跳ね上がっているが肉を抉るにはまだ足りない。せっかくつけた傷もほんの一瞬で回復されてしまった。

ゴライアスの伸びきった腕が真横に振るわれる。それだけで僕の体は面白いように宙を舞った。血が空中で撒き散らされて真っ白な17階層に彩りを与える。周りを見渡すと流れた血があちらこちらに散らばって、奇天烈なアートを作っていた。

血を流しすぎている。毎秒ごとに体が重くなっていくような感覚。いっそ眠ってしまえと悪魔の声が聞こえてくる始末。

それでも諦めることはできない。敗けを認めれば『決着』が着いたことになり、不撓不屈(スキル)の効果がなくなって意識が落ちてしまう。そしたら僕は殺されリリアも殺されてしまうだろう。

それは認められない。例えどんなに痛くたって、みっともなく血を撒き散らしたって(リリア)だけは助けなくては。

 

ゴライアスの攻撃を避けて、防いで、弾いて…向上したステイタスは僕とゴライアスに僅かな拮抗をもたらした。避けるしか出来なかった攻撃を受けられるようになり、弾けるようになり、勝負が一方的展開から対等なものに変わる。

しかし、長くは続かないだろう。出血し過ぎた僕は既に動かなくなっていてもおかしくない状態だ。もって後数分といったところ。それまでに奴の魔石を砕かなければいけない。

残り少ない血を頭にまわして考える。

ステイタスは届いている。しかし、相手の防御は突破できていない。ならば技で、経験で、作戦で勝てばいい。ベル()がそうしてきたように、数々の英雄がそうだったように。

そろそろ本当にヤバい。足元がおぼつかなくなってきた。激しい運動をしている筈なのに体は妙に寒い。出血で気を失うことはないが死にはする。

 

 

 

おかしい。今にも死にそうで、怖くて怖くて仕方ないのに、楽しくてしょうがない。

気でも触れてしまったんだろうか?

いや、違う。そうか、このワクワクが冒険ってことなのか。

今までにない窮地。格上に単体で挑む恐怖。死と隣り合わせで戦う高揚感。

これが本当の冒険か。これが英雄の戦場か。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今『冒険』している。

 

 

 

 

 

ゴライアスの表情からは既に嘲りは消えていた。 嘲りは焦燥に、焦燥は疑問に、疑問は恐怖にと忙しく変わり、今は気味悪さに落ち着いていた。

当たり前か、血まみの子供が自分に向かってくるのだから。何度打ち払っても立ち上がり、血を振り撒きながら襲いかかってくるのだから。打ちのめせば打ちのめすほど強くなっていくのだから。

 

さすがに限界だ。決着をつけよう。

限界まで細分化された意識でそう思った。極限の集中状態で次の次の次まで読みきる。ゴライアスの拳がやけにゆっくりに感じた。

 

「ケラヴィス!」

 

速攻魔法の五連射。発生した雷撃をゴライアスに向かって放出………せず、ナイフに押し込める。

『ケラヴィス』は本来付与魔法ではない。だから、これは本来あり得ないなはずの使い方。雷をナイフに押し込み精神力(マインド)で無理矢理押さえつけているだけ。集中を切らせば空気中に霧散してしまうような状態。

魔法に集中しながらもゴライアスの相手をしなくてはいけない。迫るゴライアスの拳をもう一度避ける。今度は横ではなく上に。地面に刺さったゴライアスの腕に乗り顔に向かって疾走する。

巨人の腕を走る少年。まるで物語の主人公のようだ。僕は今、このときだけは英雄なんだから。

 

とはいえ、なにもせずにやられてくれるゴライアスではない。左手で右肩の僕を叩き落とそうとしてくる。当然避ける。もう一度上に。

勢いよく跳ねた僕はそのまま天井に張り付く。ゴライアスの腕の届かない場所(間合いの外)

 

「ケラヴィス!ケラヴィス!ケラヴィス!」

 

これ幸いとばかりに怒涛の連射を行う。一撃も漏らさずにナイフに打ち込み、閉じ込めていく。本来鈍色の刀身は青白く光っている。バチッ、バチッ、っと音をたてながら解き放たれるときを待っているようだ。

下を見るとゴライアスもこちらを見ていた。右腕には僕が走った証拠の赤い線がついている。

 

ゴライアスが口を開ける。『咆哮(ハウル)』の準備だ。質量を持った音はこの距離でも容易く届く。地面に足が着いていない今の僕ではかわせない。

ゴライアスは自らの十八番(おはこ)をこのときのためにとっておいたらしい………僕の読み通りに。

 

天井を強く蹴りつける。跳躍ならぬ墜落。スキルによって超強化されたステイタス、プラス重力によって加速した僕の体は、一瞬で音速の壁を突き破りゴライアスの口の中に突っ込む。大魔法にも届くほどの雷を纏いながら落ちるその姿は神の怒り(落雷)のよう。

神雷の英突(アルゴ・ケラウノス)』。今の僕の全力の一撃。

硬い体を突き破れないなら直接体内に全力の一撃を。

ゴライアスの体内で魔石に突き刺さったナイフは膨大な青雷を流し込み、一瞬の抵抗も許さず砕く。

 

ゴライアスを縦に貫通して地面に降りると体から力が抜けていく。ふと右手のナイフを見ると刀身が炭化していた。パラパラと崩れていく。

 

「今まで有り難う『小さな牙(リトルファング)』…」

 

 

 

 

 

崩れ去った相棒に深い悲しみを抱く。リリアは無事だろうか?リーユ姉さんとティオ、心配してるだろうな。ホームに帰って暖かいご飯が食べたい。

色んな想いが溢れて駆け巡って、纏まらない。

 

ゴライアスが崩れて煙のように消え去った。僕の横に大きな魔石が落ちてきて、僅に遅れてデスペレートMK2(マークツゥー)が落ちてきた。

意識が落ち始める。決着がついたからだ。眠りに落ちるような、闇に飲まれるような、そんな感覚。

 

18階層へ続く穴に積った岩が吹き飛ばされるのを見て僕の意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レベルアップおめでとー」

 

派手なクラッカーの音と共にファミリアの団員が一斉に声を上げる。

 

いつもはバラバラの夕食も今日は一緒だ。自惚れでなければ僕は愛されているのだろう。

 

 

 

今回の一件の落ちを話すと、僕が気を失う少し前にリーユ姉さんとティオが心配になって17階層に来たところ、17階層が瓦礫に塞がれているのを発見したらしい。焦ったリーユ姉さんが詠唱破棄(スペルキャンセル)魔道具(マジックアイテム)まで使って魔法を発動し瓦礫を吹き飛ばしたところ、血まみれで倒れる僕を発見して慌てて回復薬(ポーション)を大量に飲ませたらしい。

その後、リリアも無事発見して地上まで戻ったそうだ。

リリアはその日のうちに目が覚めたが、僕は次の日の夜まで眠っていた。

目が覚めた後はリーユ姉さんにこっぴどく怒られ、そして誉められた。嬉しくもあり、ちょっと照れくさくもある。

リーユ姉さんに怒られた後は抱きついてくるティオをかわしてながら神様のところに赴き、今回の事の顛末を僕の口から説明し、その後ステイタスの更新を行った。

そこでレベル5になり、その次の日である今日、こうして仲間内でお祝いをしているというわけだ。

お祝いはホームの食堂で行っているが、ヘスティアファミリアは料理をできる人間が致命的に少ないため、祝われる側の僕まで準備に駆り出されるという珍事があったが、概ね順調に執り行われている。

 

夜中に明かりをつけて馬鹿騒ぎしているヘスティアファミリアは、静寂な夜のオラリオに少しばかりの活気を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たかしらオッタル…

あの子(アイル)の輝きを」

 

「はい、しかとこの目で」

 

アイルは勇猛な冒険者だった。あの場で最も輝く英雄の原石だった。

オッタルの予想を上回り、単体で『漆黒のゴライアス』を少しばかり強化したもの(・・・・・・・・・・・・)を討伐してしまった。自らの主神の慧眼に今一度平伏するばかりである。

 

「どう、オッタル?貴方から見て、あの子(アイル)は英雄になれそう?」

 

「…はい、

父に勝るとも劣らない輝き、まさに英雄の気配だったかと」

 

アイルの才能と努力には敬意を評するが、やはりオッタルの中で最も重要なのは主神(フレイヤ)だ。正直に答えざるを得なかった。

 

 

 

それがアイルに苦行難行をもたらすと分かっていても。

 

 

 

 

 




アイル・クラネル Lv,5
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0
幸運:G 対異常:H 逃走:H 治力:I

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正

神雷の英突(アルゴ・ケラウノス)
アイルが咄嗟に思い付いた、所謂必殺技。
魔法をナイフに無理矢理蓄積(チャージ)して突進する。
全体的に火力の低いアイルの中ではダントツ一位の火力を誇り、単純破壊力ならレベル6の大魔法に匹敵する。


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閑話:リーユ、リリア、アイナ
休養


感想お待ちしております!


神会(デナトゥス)、三ヶ月に一回行われる神の集まりは主に冒険者の二つ名を決めるために開催される。レベル2を越えた冒険者には二つ名がつけられる。子供たちにとってはカッコいい二つ名だが、実のところ神が中二病的な名前をつけて笑いのネタにしているだけであったりする。

神々が真剣に二つ名を考えるのは一部のある程度の実績を持ち、敬意を持てる者に対してだけだ。実際、アイルの二つ名である『子兎(ラビット)』はその容姿や戦闘スタンスから、『劣化版ベル』という意味の皮肉から来ていたりする。

レベル2の時に得たこの二つ名は二度の冒険を経ても更新されないままだった。

しかし、今回はどうやら二つ名が更新されるらしい。今朝、ヘスティアがアイルにサムズアップしながらそう言っていた。無難に格好いいものを勝ち取って来るらしい。

 

神会におけるヘスティアの地位はこの20年ちょっとで大きく変わった。ベルが黒龍を討伐したため人気ファミリアになり、一躍巨大ファミリアになったからだ。そこそこの発言力があり、恥ずかしい二つ名がつけられるのを何度も防いでいる。しかし、ヘスティアが参加しなかった神会ではそういった中二病的な名前を多めにつけられるため、ヘスティアが参加する神会は『当たりの神会』と称されることもある。

ヘスティアは眷属(子供)を深く愛している神としても有名で、その愛はオラリオでも一、二位を争うほどといわれる。そのため、ヘスティアファミリアの団員の二つ名は比較的落ち着きのある格好いい名前である者が多い。主神に任せておけば大丈夫だと、アイルは安心しながら待っていた。

 

ここ一週間ほどアイルはダンジョンに入っていない。というのも療養中だからだ。日常生活を行う分には全く問題ないが、戦闘はやめておいた方がいいとのこと。

ゴライアスの攻撃はアイルの体に大きなダメージ与えていたようで、医者に見せたところ回復薬(ポーション)で回復したにも関わらず内臓に深刻なダメージを負っていたらしい。能力上昇薬(ステイタスブースター)の反動もあり、体はボロボロだった。

回復薬(ポーション)や回復魔法を使うことで、すぐに治療できないこともないのだが、いい機会だから長めの休息をとった方がいいとリーユが言い張ったためこうして一週間近く休んでいるのである。

 

「といってもさすがに暇だな」

 

アイルは愚痴を溢す。ダンジョンに行けないのならホームの雑事でもやろうかと思っていたが、そういうのはレベルの低い冒険者がやる決まりになっている。といっても、食事や洗濯は各々やっているので、掃除くらいしかやることがないのだが。

このファミリアに集まっている団員のほとんどはベルに憧れて入団している。そのため、アイルたちは敬遠されがちで手伝うといったら凄まじい勢いで拒否されてしまった。

結局、アイルは自室のベッドで本を読むくらいしかできることがない。本を読むのは好きだが、さすがに一週間近くずっと読んでいると飽きてくる。

 

「そんなこと言っても仕方ないでしょう」

 

心地よう透き通った声が戒めるようにアイルに向けられた。アイルが金色の瞳をそちらに向けるとそこにはリーユが座っていた。エルフの中でも特に優れた容姿を持つリーユはアイルの部屋に幻想的な雰囲気を演出している。

本人曰く監視をしているらしいが、実のところは弟が一人で寂しい思いをしないように付き添っているのだろう。姉弟でなければ甘い空気になっていてもおかしくないシチュエーションだが本人たちにその気は全くない。パラパラとページが捲られる音と時折交わされる数言の会話が和やかな日常の空気を作っていた。ダンジョンで日常的に命懸けの戦いをしている彼らにとっては貴重な時間といえる。しかし、貴重な時間も長く味わえば貴重でなくなる。有り体にいえば飽きる。

 

「…では南区(サウス)にでも行きますか?」

 

「そうだね、本でも買いに行こうか」

 

南区(サウス)とはオラリオの南の方に位置する娯楽専用都市。

 

新しい英雄の誕生によりオラリオは20年前から人や神が集まるようになった。人や神が集まると当然スペースが必要になる。拡大を続けたオラリオは20年前の倍以上の面積にまで肥大した。

バベルを中心とした円形巨大都市オラリオは五つの区画に別れている。オラリオの半分以上の面積を占める円形の中央区(セントラル)を中心に残りの場所を東西南北で四つに別けることで全部で五つとなる。

それぞれの区画にホームを構えるファミリアには特色があり、南区(サウス)には娯楽施設が建ち並ぶ。本や雑誌も売っているし、有名な飲食店はここに集まる。

 

「では十分後にホームの前で」

 

簡易的な待ち合わせをしてリーユは部屋を出ていった。それを確認したアイルは寝間着を脱ぎ外出用の服をクローゼットから取り出す。Tシャツの上に黒いパーカーを着て、ベージュの長ズボンを履く。オシャレさなど微塵もない格好だが姉と出掛けるだけでデートではないのだ、服は着てさえいれば何でもいいだろう。所々跳ねている髪の毛を鏡を見ながらささっと直して玄関に向かった。

 

 

 

 

服は着てさえいれば何でもいいと言ったがあれは間違いだったようだ。

リーユは女性にしては準備が早い。それは基本的にオシャレを楽しむ性格ではないからだ。化粧はしないし服にも頓着しない。

 

「だからってリーユ姉さん、探索着はないんじゃない?」

 

「???」

 

そう、なんとリーユはダンジョン探索するときの服装で来たのである。動き易さを追求したため布面積は少ない。さすがに武器は持っていないが、その格好でオシャレの代名詞的な街、南区(サウス)に行くのは恥ずかしい気がする。

 

「…さすがに浮くと思うよリーユ姉さん、

待ってるから着替えてきなよ」

 

「そうですか?しかし困りましたね、私はこれ以外だと寝間着しかもっていない」

 

「………本当に?」

 

確かにそういった人は冒険者には多い。探索中は寝間着を洗濯して、帰ってきたら寝間着に着替え探索着を洗濯する、みたいなサイクルを取る人は珍しくないがそういうのは大抵男だ。年頃の女の子が二着を使い回しているのはどうなのだろう?

 

「とりあえず行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局浮いた。

南区(サウス)についたとたんにリーユは奇異の視線を集めるようになった。

 

「最初は洋服屋に行こうか」

 

 

 

 

大抵の娯楽が揃う南区(サウス)には当然洋服屋も存在する。今回アイルたちが立ち寄ったのは最近できたばかりの『フィモール』という店だった。五階建ての建物の中にはピンからキリまで多種多様な洋服が揃っていて、優秀な店員が愛想よく接してくれることで有名だ。

アイルたちは安い服を探していたので一階を徘徊している。お金がないわけではないがリーユの服を三着は買いたいので高い方には行かなかったというわけである。

オシャレなどわからない二人がどうすればいいのか分からないままさまよっていると噂通り店員が話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませお客様

何かお買い求めでしょうか?」

 

愛想のいい笑顔で話しかけてきた店員は完璧な角度と姿勢のお辞儀をした。グレーと白の制服をピシッと着こなしたショートボブの女性で上品さを纏っている。

 

「はい、姉の服を上から下まで一式揃えて三セットほど…」

 

リーユの方を見ると少し恥ずかしそうにしていた。どうやらこの『お洒落五段』って感じの女性を前に探索服で立っていることに僅に残っていた女としての羞恥心がやっと仕事を始めたらしい。

 

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 

店員の案内通りに昇降機に入ると店員も入ってきて5のボタンを押した。

魔石の力を用いて上に上がることができるこの機械は南区(サウス)の高級店か、バベル位でしか見かけることがないためアイルやリーユも久しぶりに乗る。機械的な音と共に奇妙な浮遊感にさらされ二人そろって驚く。

同時に肩を縮こまらせた姉弟を見て店員はクスリと笑った。

 

昇降機はものの数秒で五階についた。扉が開くとそこはいかにもセレブという感じの作りの店内だった。売っている服はどれも高級そうで、宝石が散りばめられたドレスまである。

店員はドレスコーナーまで歩いていくとこちらに向き直った。

 

「こちらのドレスはいかがでしょうか」

 

手に取ったドレスは黒いシックなデザインで余計なものがつけられていないが、いかにも高級そうな生地を使ったドレスだった。確かにリーユに似合いそうだが今回はそういうものは求めていない。

 

「あの…今回はですね、普段着を買いに来たんですよ

ドレスとかはまだ僕たちには早いですし」

 

「そうでしたか…それは失礼致しました

しかし、どうですか?試着だけでもしてみては?」

 

「そう…ですね、試着だけなら…

すみませんアイル、少し待っていてください」

 

「え!?あ、うん、いってらっしゃい」

 

リーユは店員に誘導されて試着室に入っていった。いきなり高級店で一人になったアイルは途端に緊張し始める。ダンジョンで色々な経験をしていても中身はまだ14歳なのだから仕方ない。リーユの着替えが終わるまでアイルは肩身が狭い思いだった。

 

 

 

「どう………でしょうか?」

 

リーユが着たドレスは黒いロングスカートのドレスだった。胸元が大きく空いたドレスはリーユの慎ましい胸を最大限に引き立て、スカートの裾から僅に覗くふくらはぎは妙に艶かしい。肩を多めに出していて、背中にはスリットが入っている。布面積が小さいからかリーユはモジモジと落ちつきがなく、それが返ってエロい。

何の飾りもない漆黒のドレスは、飾る必要のないリーユの体の魅力を最大限に引き出していた。

 

「き、綺麗だよリーユ姉さん…」

 

「あ、有り難うございます…」

 

付き合いたてのカップルみたいな雰囲気を醸し出す二人に店員はニヤニヤが押さえられていなかったが、二人はそんなことには気付いていなかった。

 

「お買い上げになります?」

 

「いえ、結構です…使いどころがありませんし」

 

「いえいえ、パーティーに参加するとこくらいいつかはあるでしょう

それにとってもお似合いですし、弟様もそう思いますよね?」

 

「え、ああそうですね

とっても似合ってると思いますけど」

 

「そうでしょう?

少し、値引かせて頂くので是非お買い上げください」

 

っといった調子で結局押しきられてしまった。

ついでにアイルもお揃いの衣装をということで、これまた十分ほど話した後、結局買わされた。

こういう商いのテクニックはまだ子供の彼らにはあしらえなかったらしい。

 

その後リーユは一階で安い服を一セット買い、それを着て店を出た。

 

「…散財です」

 

「…何で僕まで」

 

レベル5の冒険者として毎日ダンジョンに潜るアイルたちには払えない金額ではなかったが貯金の何割かは持っていかれた。さすがに持ち歩いている金額を大幅に超えたため後日お金だけ持っていくことになった。

二人とも好んでパーティーに参加するタイプではないので正直使う機会はないだろう。正に余計な散財だった。

 

照りつける太陽が鳴りを潜め暑さも和らぎ始めると、凍える寒さへの準備期間かのように過ごしやすい季節が到来する。足早に過ぎ行く季節だが街をぶらつくには丁度いい季節といえる。

 

予てよりの予定通り本屋に寄ると『月刊神話(オラリオミィス)』の新刊が店頭に並んでいた。『月刊神話(オラリオミィス)』は昨今、老若男女、種族問わず人気の雑誌で、オラリオの6割強の人は読んでいるといわれるほど。世俗に疎いアイルやリーユでさえ毎月欠かさず購読しているほどに人気である。先程行った『フィモール』もこの月刊誌で見つけたものだ。五区画全ての情報が載っているこの雑誌は一昨日発売だったはずである。アイルはそれほど高くないその雑誌と本を一冊持ち店主に金を払い購入した。

 

アイルは近くにあったベンチに座るとすかさず『月刊神話(オラリオミィス)』を開く。新書特有の匂いが涼やかな風に運ばれて鼻に到達した。

中央区(セントラル)のページを探す。毎回最後尾に収録されているので、後ろからめくった方が早い。少し行きすぎたので左手の親指でパラパラと二、三ページ戻すと中央区(セントラル)のコーナーに到達した。

見開き一ページを使って『アイル・クラネル、レベル5到達!』という文字が踊っている。『笑顔×緊張』みたいな顔をしているアイルの写真付きだった。

中央区(セントラル)のコーナーは毎回、誰々がレベルアップしたとか、誰々の二つ名が決まったとかそんな感じである。英雄(ベル)の子供であるアイルたちは世間の注目を集めているので、レベルアップするとこのように見開き一ページを使って報じられるのだ。

更に一ページ捲ると、また見開き一ページを使って『ティオ・クラネル、レベル4到達!』という文字と満面の笑みでピースをするティオの写真が載っていた。

 

「恥ずかしい…」

 

「…こればかりは慣れませんね本当に」

 

横から覗き込んでいたリーユも同意を示した。さすがにこうも大々的に報じられると恥ずかしい。普通は見開きで6人程度のはずだ。

 

リーユは横からページを戻し一角を指で示す。

 

「どうやらちゃんと(・・・・)報じられているようですね」

 

『17階層にて、ゴライアス単独討伐』と書かれている。

厳密には『漆黒のゴライアス単独討伐』だが敢えて嘘の情報を流した。理由は混乱を防ぐためと、神の注目を集め過ぎないためだ。そもそも現場にはリリアとアイルしかいなかったし、知っているのはアイル、リリア、リーユ、ティオ、ヘスティア、ギルドの上層部だけなのでばれる心配はないのだが、隠し事というのは持っているだけで緊張してしまうものである。ティオもさすがにそこら辺の一線は弁えているので大丈夫だろう。

 

同ページの左下には『笑顔が可愛いアイル・クラネル』と書かれている。オラリオにおけるアイルの認識は「可愛い」が殆どだ。まだ若いこともあるが中性的な顔立ちは一般的に可愛いほうに傾くらしい。アイルからすると近い顔立ちをしている(ベル)は「格好いい」なのにアイルは「可愛い」と呼ばれることはなんとも解せないが、業績(キャリア)を考えると当然なような気もしてしまうといったところ。

確認したいことは確認できたので雑誌を袋に入れ立ち上がる。残りは後でじっくり読むとしよう。

 

「後で貸してください」

 

「うん…」

 

月刊神話(オラリオミィス)』を姉弟間で貸し合うのはいつものことである。前回はリリアが買ってきた物を回し読みしていた。

 

ほどよく晴れた空は非常に過ごしやすく散歩日和になっている。結局アイルとリーユはしばらくウィンドウショッピングを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この季節の空は信用できない。つい先程まで快晴だったにも関わらず、突然現れた暗雲はいつの間にか太陽を隠し空から青を奪う。パラパラと雨が降ったと思ったらすぐに本降りになる。

アイルとリーユは見慣れない街を走った。丁度いい軒先を見つけて雨宿りをする。娯楽都市の喧騒は鳴りを潜め穏やかな雰囲気を出している。静寂が支配する街は先程とは別の街のようで………というか別の街そのものだった。

 

「なんか、雰囲気違くない?」

 

「え、ええ、そうですね」

 

気が付くと雨が上がり雲が薄れ始める。しかし、空に青は戻らず漆黒とそこに散りばめられた星の光が覗き始める。やはりこの時期の空はあてにならない。

雨が去ると屋内に隠れていた人々がちらほらと現れ始める。静寂が嘘のように賑やかになる。しかしそれは活気ではなく、どこか怪しげなというより淫靡なものになっていく。

現れた人々は女性が殆どで、その多くがアマゾネスだった。

 

「まさかここって…」

 

二人そろって振り返る。雨宿りしていた店は瓶入りの真っ赤な薬を売っていた。回復薬(ポーション)ではない。回復薬(ポーション)は東区《イースト》を主流にしている。こんなところに売っている筈がない。媚薬だ。感度を高め性交を楽しむための薬。通称『奇跡の無駄遣い』。

 

正面の建物を見ると『シンデレラの城』という看板がかかったホテルだった。娼館だ。

 

歓楽街。

南区(サウス)の南端に拡がる娼婦の街。

どうやらアイルとリーユは北に向かっているつもりで南に向かっていたらしい。

 

アイルとリーユは顔を真っ赤にする。初心な二人にはまだまだ早い街だ。限界まで緊張した二人は小さい頃のように手を繋いで走って逃げていった。レベル5の敏捷を生かして走り去っていく二人の背中を上弦の月が見守っていた。

 




【オラリオマップ】
中央区(セントラル)
探索系ファミリアが多く集まる。飲食店も街中にちらほら見かける。ヘスティアファミリアやロキファミリアはここにホームを持っている。
月刊神話(オラリオミィス)』では冒険者のレベルアップや二つ名の情報が載っている。

東区(イースト)
ダンジョンアイテムを扱うファミリアが多い。魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)は大体ここで買い揃える。ミアハファミリアやヘルメスファミリアはここにホームを移転した。
月刊神話(オラリオミィス)』では魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)の発売情報がのせられる。

西区(ウェスト)
鍛冶系ファミリアが多い。常に汗と鉄の匂いで充満していて、冒険者以外はまず立ち入らないが、ここに来れば大抵の武具防具は揃う。ヘファイストスファミリアがホームを置く。
月刊神話(オラリオミィス)』では武器や防具の発売情報が載っている。

南区(サウス)
娯楽商品を取り扱うファミリアが多い。高級な飲食店や有名な飲食店の本店がある。オラリオで有名な雑誌は全てここで作られる。南端には、現れたり消えたりを繰り返し、なんやかんやで結局生き残っている歓楽街もある。ソーマファミリアはここにホームを移転した。
月刊神話(オラリオミィス)』では新商品や新店舗の情報が載っている。

北区(ノース)
研究が行われる場所。研究を好んで行うファミリアもいないことはないが、殆どは恩恵を得ていない普通の人間で、五つの区でダントツ一番ファミリアのホームが少ない異色の区画。
月刊神話(オラリオミィス)』では新しく提唱される説やそれに関する本の発売情報が載っている。毎回一番ページ数が少なく、ないこともたまにあるほど。



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新たな相棒

感想お待ちしております!

閑話ほど筆が進む。
今回、長いです。ごめんなさい。

二つ名は次回です


アイルの体の調子が戻り療養期間が終了したがアイルはまだダンジョンには行けない。先日のゴライアスの一件でアイルは相棒『小さな牙(リトルファング)』を失ってしまっているからだ。療養中はなんとなく買いに行く気にならなかったのでこうして今になって買いに行く羽目になっているのである。

先日買った『月刊神話(オラリオミィス)』をひろげ西区(ウェスト)のページを開く。商品カタログのようになっているこのページは先月作られた武器の情報が詰まっている。つまり、最新の武器一覧ということだ。

別に新しい武器じゃなければならないわけではないのだが、武器は新しい方がいい。達人はどんな武器でも使いこなせると思われがちだが実際は少し違う。優秀な冒険者は武器を自分にあわせて慣れさせるのである。つまり武器を自分に合わせるのだ。こういった場合作られてから日が浅いにこしたことはない。

 

カタログを見てもよさそうなナイフはなかった。実際に西区(ウェスト)に赴いて店に並んでいる物を見たらいいものがあるかもしれないが、自分好みになるまで使いならすのは時間がかかる。

 

「…専用装備(オーダーメイド)で発注するしかないかな?」

 

鍛冶師に直接頼んで作ってもらえば時間はかかるかわりに自分にぴったりな武器を得ることができる。ただしお高い。

 

服を着替え、財布を持ち部屋を出る。しかし、門の方には向かわず、それどころか反対に向かった。

ヘスティアファミリアのホームは非常に広く、団員の私室だけでなく、食堂、風呂、庭、稽古場などなど様々な施設がある。今回アイルが向かっているのは鍛冶場だった。

ホームの最南端にあるこの建物は滅多に来ることがない。今日も今日とて鉄と鉄がぶつかる音が響き、鉄が焼ける匂いがする。扉を開けると熱風が外になだれ込んできた。

中では男が鎚を振るっていた。何度も何度も。

 

ヴェルフ・クロッゾ。ベルの専属鍛冶師。ヘスティアファミリアの古参の一人である。

魔剣を打てる特殊な力を持っているが魔剣を打つことは殆どない。しかし、黒龍討伐の時は大量に魔剣を打ち大きく貢献した。当然それ以来魔剣は打っていないらしい。

ヴェルフは伸ばされ、折り畳まれ、叩かれた鉄と真剣に向き合っていた。

 

アイルはその作業を見ていた。終わるまでずっと。興味があったというのもあるし、邪魔できない雰囲気を出していたというのもある。

鎚を置いたヴェルフは立ち上がりそのナイフを奥の棚に並べた。棚にはアーマーや剣、ナイフが並んでいる。その数は膨大で不思議な威圧感を放っているようですらあった。

 

棚にナイフを置いたヴェルフはここでようやくアイルに気付く。

 

「おお、坊主、来てたのか」

 

「はい、お邪魔しています」

 

「まあ、座れって」

 

アイルは促されるままに椅子に座った。ヴェルフは近くの机に座る。客が来ることなど想定していないこの工房は椅子が一つしかない。アイルは椅子を取ってしまったことを申し訳なく思った。

 

「久しぶりだな」

 

「一週間前会ったばかりですよ

ほら、僕のレベルアップのパーティーの時」

 

「ああ…あれから一週間も経つのか」

 

基本的に工房に籠っているヴェルフは日付感覚が狂っていることが多い。

とはいえ、籠りきりという訳ではない。ファミリアでのお祝いには参加してくれるし、街を歩いていると散歩中のヴェルフにばったり会うこともある。

 

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

「実は………」

 

アイルはナイフが壊れたことを話した。

長年の相棒だったのでできればもっと使いたかったが、炭化して崩れ去ってしまったのでおそらく修理は無理だろう。

 

「悪いが坊主、俺は打てないぞ」

 

「あ、それは分かってます」

 

ヴェルフは基本的にベル以外の武器は打たない。そしてベルもまたヴェルフ以外の武器を使わない。ベルの装備は一振りを除いてインナーまでヴェルフ制である。そのためヴェルフとベルの関係を専属契約ではなく専用契約と呼ぶ人もいる。

かつては作った武器を普通に店頭に出していたが、『英雄(ベル)の専属鍛冶師』という肩書きのせいで高値で売買されるようになってしまった。お金と共にオラリオの中をめぐるだけの存在になってしまったためヴェルフは自分の武器を売るのをやめたのだ。

今はこうして時々鎚を手に取り、作った作品を棚に並べるだけになっている。本人は楽しそうなのでそれでもいいような気がするが。

 

「実は専用装備(オーダーメイド)にしようと思っていて…

ヴェルフおじさんに知り合いの鍛冶師を紹介していただければと思いまして」

 

「なるほど………それなら丁度いい奴がいるな」

 

「ほんとですか!」

 

「ああ、ヘファイストスファミリアのカドックって男だ

腕は確かだぞ」

 

と言いながらヴェルフは紙に何かを書いてアイルに渡した。

 

「紹介状だ

難しい奴だがそれを見せれば話くらいは聞いてくれると思う」

 

「ありがとうございます

早速行ってきますね!」

 

「おう、気ぃつけろよ」

 

「はい!」

 

アイルは紹介状を握りしめて走っていってしまった。どたばたと騒がしいところは父親似だなとヴェルフは少し笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この季節の空は女心と比喩されるほどにコロコロ変わる。昨日は雨が降ったり止んだりを繰り返していたのに、今日は一転からっとした快晴だ。しかし、この晴れ渡った空さえ一刻も経てばどうなっているかは分からない。

早めに済ませてしまいたいというのと新しい武器を買うワクワクで逸るアイルは軽やかな足取りで門を出る。するとほぼ同時に門からリリアが出てきた。

 

「あれ?リリア、どうしたの?」

 

「私は買い出し

…アイル兄さんは?」

 

「僕は新しい武器をね…」

 

リリアのようなサポーターは使い捨ての武器や魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)などを常備して冒険者をサポートする。これらは消費物であるため定期的に買い足さなくてはならない。リリアはこまめに補充するタイプなので週に3,4回は行っている。

ちなみにヘスティアファミリアでは冒険に必要な買い物をするとき資金が下りることがある。ファミリアの資金は余裕のある団員が寄付していく制度になっている。

アイルもたまに入れているが所詮は雀の涙。資金の殆どはベルに依るものだ。噂に寄るとその総額は数十億ヴァリスほどあるらしい。あくまで噂だが。

自力では余り稼げないリリアはこの制度を利用していた。特に『神の雫』などの高級なものは自力で買えるわけがない。この制度は大いに役立っていた。

 

西区(ウェスト)まで一緒に行く?」

 

「そうだね…そうしよっか」

 

リリアもどうせ西区(ウェスト)には行くのでアイルと一緒に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西区(ウェスト)は独特の空気感がある。というか空気がそもそも違う。

無味無臭のはずの空気は鉄の匂いがして、常にどこかから鉄と鉄をぶつけ合う音がする。

五つの区画の中で間違いなく一番独特な空気感を持っている。

全体的に鉄によって構成され、メタリックなこの街は冒険者なら慣れたものである。

低品質低価格な武器の専門店や防具の専門店、修理専門店に専用装備(オーダーメイド)専門店から魔剣専門店まであり、とにかく鍛冶に特化している。

 

アイルはヴェルフからもらった紹介状を裏返し住所を確認した。

 

「僕はヘファイストスファミリアのところに行くけどリリアはどうする」

 

「私は、使い捨て武器を買いに行くからここでお別れだね…」

 

「うん、じゃあ気をつけて」

 

そう言って、二人は別れた。アイルはヘファイストスファミリアのもとに行く。

 

ヘファイストスファミリアはオラリオ随一の鍛冶ファミリアで西区(ウェスト)で最も栄えているファミリアだ。当然、混んでいて受付で待機番号を渡されるようになっている。

今アイルがいる場所はヘファイストスファミリアの専用装備(オーダーメイド)専門店。

アイルはヘファイストスファミリア系列の店に初めて来たので親切そうな受付のお姉さんに聞くことにした。

 

「あの…カドックっていう鍛冶師に用があるんですけど………」

 

「カドックさんですか!?

…承知しました少しお待ち下さい」

 

明らかに動揺した様子の受付のお姉さん。周りを見ると皆奇異の視線でこちらを見ていた。どう考えてもおかしい。

アイルが嫌な予感に苛まれていると、奥に下がった先程の受付嬢が帰って来た。

 

「お待たせしました

それでは右から二番目の通路のつきあたりになります」

 

「あ、はい………ありがとうございます」

 

受付の横を通りすぎ、言われた通りの通路をつきあたりまで歩く。

閉ざされた鉄製の扉の奥からは鉄を打つ音が響いていた。真っ直ぐで紳士な音、愚直に鉄に向かう者の音が。

アイルは試しに扉をノックしてみるが意味はなかった。集中しているのだろう。返事はない。仕方なく無許可で扉を開けると、錆び付いたドアの蝶番が悲鳴を挙げた。

さすがに気づいた中の男は顔を上げてアイルを睨む。

中にいたのは青年だった。左腕と比べ、右腕に異常なほど筋肉がついている。鍛冶師特有のアンバランスな体つき。

 

「あん?誰だてめえ!?

ここは餓鬼の来るところじゃねぇーぞ!帰んな!」

 

青年は威圧するような声を挙げ、アイルを本気で睨む。

ダンジョンに潜るアイルにとってはなんともない殺気だ。それはともかく、さすがにここまでくればアイルも察しがついた。

おそらくこの青年は来る客全員をこの威圧的で高圧的な態度で睨んできたのだろう。結果この青年は完全に厄介者扱いされている。

本来であればアイルも関わりたくないのだがヴェルフの推薦である。鍛冶の腕は間違いがない。戻って待つのも面倒なのでこの男に頼むしかあるまい。

 

「ナイフを作って欲しいんです

ヴェルフおじさんの推薦なんですけど」

 

ヴェルフから預かった紙を差し出しながら言葉を紡ぐ。正直苦手なタイプだが、仕方あるまいと自分を騙して。

 

「ヴェルフさんの!?」

 

アイルが差し出した紙を引ったくってまじまじと見始める。

 

「お前、レベルは?」

 

どうやら、鑑定結果は本物だったらしい。いや、知っていたのだが。

それよりもこの青年、アイルを知らないらしい。純度百パーセントの自惚れだが、自分を知らない人などいたのか…と、アイルは驚いた。

 

「5です………一週間前に上がったばかりですけど」

 

「5か…主武装(メインウエポン)はなんだ?」

 

「ナイフです…細剣も使いますが、今回はナイフをお願いしたくて…」

 

そこまで聞くとカドックは奥まで引っ込んでしまった。しかし、数刻もしないうちにまた出てくる。その手にはナイフが握られていた。

 

「ちょっと振ってみろ」

 

カドックはそう言ってナイフを押し付けてきた。

刃渡りは小さな牙(リトルファング)に近いが重さは大分軽い。鍛冶師の腕がいいのは見れば分かるが材料は大したものではないらしい。

振れと言われたので振ってみる。アイルのナイフは特に型などは決まっていないので、実戦を想定した素振りを行う。

全身を激しく動かしながらナイフを振るうアイルの動きは無茶苦茶なようでいて、完成された一つの武術のようにも見えた。

 

「…お前、壊れたっていうナイフはどんな奴だった?」

 

準不壊属性(デミデュランダル)で刀身15cmのナイフでした」

 

準不壊属性(デミデュランダル)だぁー!?

それが壊れるって、どんな無茶苦茶な戦い方したんだよ!」

 

「あはは…」

 

準不壊属性(デミデュランダル)とは、最近主流の技術である。武具の表面にだけ不壊属性(デュランダル)を施すことで、全体的なコストを押さえた武具を指す。その代わり不壊属性(デュランダル)ほどの耐久性はないが、普通の戦闘で壊れることもあり得ない。

アイルが魔法を中に蓄積しすぎたせいで中から崩れてしまったのだ。

 

「まあいいか…

いいぜ、造ってやるよお前の武器(相棒)

 

「あれ?いいんですか?」

 

「んだよ、不満か?」

 

「いえ、そんなことは

てっきりもっと渋るのかと思って

どうしてこんなあっさり?」

 

カドックの性格を鑑みるに断られると思っていたのだが、その予想は外れまさかの快諾を頂いてしまった。そのこと自体はめでたいのだが明らかに不可解だったので尋ねてみることにした。

 

「まあ、なんだ…

お前が面白そうだってのもあるし、何よりヴェルフさんの紹介だからな」

 

「僕のことはアイルでいいですよ

 

というか、カドックさんとヴェルフおじさんはどういう関係なんですか?」

 

「ヴェルフさんは俺の鍛冶の師匠なんだよ

俺はあの人みたいな鍛冶師を目指してんだ

 

後、俺のことはカドックでいい、敬語もいらねぇ」

 

「わかったよカドック

それにしても、ヴェルフおじさんが師匠か…すごいな」

 

こうして二つの話題を同時に話せる時点で彼らは相当相性がいいのかもしれない。

 

「んなことより、ナイフについてだ

どんなのがいい?」

 

不壊属性(デュランダル)で刀身15cmくらい、持ち手は10cmくらいで、真っ直ぐなもの

切れ味重視でお願い」

 

「なるほど、分かった

今から打つから三日後くらいにまた来い」

 

「随分早いね?」

 

普通は一週間程度かかる。三日は超ハイスピードだ。

 

「おう、俺はアイル以外に客がいないからな」

 

「なにその悲しい自己申告…」

 

そんな訳でアイルは工房を出る。中にいられると気が散るそうだ。完成するまでに入ったら殺すと言われた。

罰が厳しすぎる鶴の恩返し。

 

待合室で待つには三日は長すぎるので一旦外に出る。適当に街をぶらつこうとしていると見知った小さな影を発見した。

 

「リリア、奇遇だね

そっちも終わったの?」

 

「今日は奇遇が多いねアイル兄さん

私は終わったけど、兄さんは?」

 

リリアの背曩(バッグ)を見ると確かに先程より大きくなっていた。

 

「僕も発注して完成を待っているところ

リリアはこの後どうする?」

 

「私は東区(イースト)に行って補充の続きをするけど…」

 

「僕も一緒にいっていい?暇なんだ」

 

「うん、一緒に行こう」

 

 

 

 

とはいったもののアイルたちがいる西区(ウェスト)東区(イースト)は真逆の位置にある。最短ルートだと中央区(セントラル)を通過することになるので、アイルとリリアは中央区(セントラル)で昼食を食べていくことにした。東区(イースト)には飲食店は殆どないのだ。

 

中央区(セントラル)に古くからある飲食店『豊穣の女主人』は今でも人気の店で連日行列ができるほどである。値段が高めに設定されているため客の殆どが冒険者だが、それを満足させる味とボリュームがある。

昼には大分早いこの時間ではさすがに並ぶことはなかった。

 

少食であるアイルとリリアにとってボリューミーなこの店の料理は、一皿でも十分に満足できるものである。

アイルはオムライスを、リリアはカルボナーラを頼んだ。兄妹でこんな時間から卵を消費しまくっている。ちなみにアイルのオムライスはタンポポ式である。

アイルは最近内蔵に気を使って胃に優しいものしか食べていなかったので感動していた。口一杯に頬張り舌鼓を打つ。

 

「そういえばアイル兄さん」

 

「……………なに?」

 

口の中にあったオムライスを咀嚼、嚥下してから問い返す。

 

「リーユ姉さんと歓楽街に行ったんだって?」

 

「げほっ、げほっ!!」

 

思いっきりむせた。店主のミアさんが軽蔑の目を向けてきている。まさかこの距離で聞こえたのだろうか。

 

「…………………だ、誰に聞いたの?」

 

「リーユ姉さん」

 

「リーユ姉さ~ん!」

 

あのポンコツエルフはなにをやっているのだろう?まさかの犯人にアイルは天を仰いだ。

 

「昨日、様子が変だったから本人に聞いたら勝手に語りだしたよ」

 

まさかの完全自爆。誘導されてないのに誘導尋問されてしまったらしい。

蛙の子は蛙。ポンコツエルフの子はポンコツエルフ。

 

「いや、あれは事故というか不注意というか…

とにかく、意図的にいった訳じゃないから!」

 

「知ってる、リーユ姉さんが全く同じ言い訳してた」

 

「あ、うん、そうですか…」

 

リリアの視線はゾッとするほど冷たい。妹から白い目を向けられていることに大変焦っている。

浮気が発覚した男とその妻、みたいな雰囲気が作られていた

結局アイルとリリアはその状態のまま店を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「アイル兄さん、あれ欲しい」

 

東区(イースト)西区(ウェスト)とは違う賑わいを見せていた。魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)を取り扱う店が建ち並んでいて商品を順調に捌いている。

西区(ウェスト)の人々は職人だが、東区(イースト)の人々は研究者が多いため熱気はない。理知的な接客は西区(ウェスト)とは正反対かもしれない。

 

リリアが指差したのはハートの形をしたペンダントだった。装備するタイプの魔道具(マジックアイテム)。というものの、効力は大したことがなく駆け出しの冒険者が御守りがわりに買うようなもの。最近ではファッションアイテムとして用いられることもある。

 

「あれが欲しいの?要らなくない?」

 

「リーユ姉さんと歓楽街で…」

 

「買わせていただきます!!」

 

実はリリアの機嫌は今だ直らず、機嫌の傾斜はきつめのままだった。

周りに言いふらされたら堪ったものではないので、言うことをきいてご機嫌をとっていた。何故アイルが姉の尻拭いをしているのだろう?

 

その後も必要そうにないアクセサリーを買い続けた。リリア自信がお洒落を楽しむタイプではないので多分本当に必要ないものだ。一個一個は大した値段ではないが最近出費が嵩んでいるアイルにとってはこの微ダメージが意外と効く。

東区(イースト)西区(ウェスト)よりも専門店の種類が多い。そのためサポーターが消費した道具を買い足すときは大抵東区(イースト)中を駆け回ることになる。

リリアは気に入ったものを発見する度にアイルを脅してくるので、かなりの量のアクセサリーを買わされた。

 

そして今アイルたちは高級な魔道具(マジックアイテム)を取り扱う店に来ていた。並んでいる商品はどれも希少で強力、ダンジョンにおいて必要そうなものばかり。ここにリリアは今回、詠唱破棄(スペルキャンセル)を買いに来ていた。

詠唱破棄(スペルキャンセル)は正八面体の結晶で、砕くことで一度だけ魔法の詠唱を省略できる魔道具(マジックアイテム)である。アイルには縁のないアイテムだが、強力であり非常に高価である。

 

「アイル兄さん、あれ…」

 

「ん?」

 

リリアの指差す方を見ると一対の指輪があった。白銀のリングに美しい水晶があしらわれている。

眼晶指輪(オクルスリング)眼晶(オクルス)という魔道具(マジックアイテム)を砕き指輪に取り付けたものである。

 

「買って」

 

「…はい」

 

この店の中では割と安価な方ではあるが、決して安くはない。少なくともファッションにかける金額ではないだろう。しかし、使い所がないわけでもないので仕方なく支払う。

アイルは財布の重さを生け贄にして手に入れた指輪をリリアに渡す。すると渡した物が無言で返ってきた…片方だけ。

 

「これで許してあげる」

 

今日一番の笑顔だった。華やいだ少女の笑顔。

 

「…ありがとう」

 

アイルとリリアは眼晶指輪(オクルスリング)を左手の薬指にはめる。

冒険者は指輪(リング)系の装備をするとき、基本的に利き手の逆の手の薬指に着ける。それが一番得物と干渉しない位置だからだ。

 

「アイル兄さん、今日は楽しかった

ありがと」

 

「…それならよかった」

 

随分痩せ細った財布を撫でながら返事をする。

リリアの荷物は軽くなったアイルの財布の分だけ大きく重くなっていた。

しかし、アイルは手伝おうとしない。別に意地悪をしているわけではない。リリアの荷物を持つことがリリアの価値(仕事)を奪うという事であると理解しているため、そんな事は口が裂けても言えないのである。

少し変わった信頼関係がそこにはあった。

 

二人並んで街を歩く。

友人よりは近く、恋人よりは距離を空けて歩く。兄妹特有の程よい距離。

 

茜色の空と長く伸びた影が日の短さを伝える。

僅かに寒さを感じながら二人は(ホーム)に帰った。




カドック・アルドレア Lv,3
力:A834 耐久:E442 器用:B775 敏捷:F312
魔力:G278
鍛冶:E 神秘:I

《魔法》
【スクローシティス】
・硬化付与魔法
・永続魔法
・同物質に二重付与不可

《スキル》
鬼面怒声(オグルス)
・戦闘開始時格下の相手を硬直(スタン)する
硬直(スタン)無効

ヒューマンの19歳。神ヘファイストスに才能を見込まれ、ヴェルフに師事した天才。口と態度と顔立ちは悪いが本質的には優しい。尊敬しているヴェルフと、逆らうと『鉄拳☆制裁』してくるヘファイストスに対してのみ従順。
黒髪黒瞳で長身、筋肉質だが顔は怖い。
二つ名は『鏖鎚(キルスミス)』。

詠唱
【スクローシティス】
英雄の刃よ、力を与える
我が身を守り、我が敵を討て


眼晶指輪(オクルスリング)
オラリオにおける数少ない通信機器。眼晶(オクルス)を特殊な方法で砕き、欠片を指輪に取り付けたもの。
砕いているため眼晶(オクルス)よりは性能が低い。ただ、値段は眼晶(オクルス)よりは安い。
音声のみの通信ができる。
しかし、ダンジョンの中では通信できないことも多い。


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アイナの過去

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そしてすいません二つ名は次回に持ち越します。
めっちゃ引っ張って申し訳ないorz

因みに次回からまた本編的なつです


現代は20年前(英雄の時代)に比べ下界に降りてきた神が激増している。そのため通常一日で終わる神会も長引くようになった。

神会が終わった後に続けてパーティーを開催するようになり、長いときでは一週間近く行われることもある。主要ファミリアの主神であるヘスティアはなかなか途中抜けすることができず、神会が開催される度に長いことホームを留守にしていた。よって、二つ名がアイルに知らされるまでには時間がある。

 

という事で今回は時間潰しにアイナの過去について語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

今から6年前。少し肌寒さを覚え始める季節。

アイナ・クラネルは生まれて初めてレベルアップをした(・・・・・・・・・)

神ヘスティアによって紙に記された数値は何度見ても2であった。

 

「やったねアイナ君

僕は君が誇らしいよ!

次の神会は一月先だけど、ロキに一杯自慢してやることができるさ

もちろん、二つ名も期待してくれたまえ!」

 

ヘスティアは興奮した様子で捲し立てる。それもそうだ。初めてベルの子供がレベルアップしたのだから。アイナが冒険者になって五年経った。ヘスティアはその間ずっとこの瞬間を楽しみにしていたのだ。

 

「ありがとうございますー、ヘスティア様

でも、余りロキ様と喧嘩しては駄目ですよー」

 

アイナも冷静ぶってはいるが内心では興奮している。いかに機知に富み、神童と呼ばれようとまだ12歳なのだから。

 

その後、ヘスティアと数言話したがアイナは内容を覚えていなかった。それだけ子供たちにとって初めてのレベルアップは重要で衝撃的なものだということである。

普段の大人ぶっているキャラクターを崩さないためにスキップはなんとか堪えたが、溢れ出る幸せオーラは慣れ親しんだ者が見れば一目瞭然だった。

 

アイナはアイルを探した。今年8回目の誕生日を迎えた弟は目に入れても痛くない可愛い少年だ。子供には広すぎるヘスティアファミリアのホームでたった一人の子供を探すのは本来一苦労だが、アイルに限ればほぼ二択に絞れる。そして、その内の一つであるアイルの自室にいないことは今確認した。となれば可能性は一つである。

ホームの北西に存在する訓練場は当時のアイルが最も長い時間を過ごしている場所だった。

 

ベルは自分の子供が冒険者になることを喜んでいた。しかし、子供を愛しているベルは危険な目にはあって欲しくないと思ったらしい。母親たちも大方その意見に賛成だったようで、ベルの子供たちは10歳までダンジョンに入れないという決まりになった。だから、10歳になっていないアイルはいつも訓練場で鍛練をしている。

 

訓練場に着くとアイルはやはり鍛練に励んでいた。木製のナイフを持ち素手のレベル3の冒険者に果敢に挑んでいる。勿論、レベル3の大人はアイルに攻撃はしない。手加減しないと怪我では済まないからだ。

アイルの戦い方は特徴的だった。速さを生かし相手の腕の内側に滑り込むように体を動かす。(ベル)のような戦い方。当然スピードには大きな差があるため一度も腕の内側には入れさせてもらえない。

アイルのナイフ捌きも目を見張るもので圧倒的なほど華麗。正確に肘や膝などの関節を捕らえ、ダメージを与える。レベルに2つもの差がなければ相手は動けなくなっていたかもしれないほど。とてもたった二年前から鍛練を始めたものとは思えない。

 

しばらく見ているとアイルは膝に手を着き頭を垂れた。体力を使い果たしてしまったらしい。肌寒いのに汗が垂れて木製の床に丸を作る。アイルは鍛練相手と数言話すと備え付けのベンチに座った。

 

「アイル君、お疲れ様ー」

 

「ああ、アイナ姉さん…来てたんだ」

 

アイルは顔を上げて返事をした。集中していて気づかなかったらしい。

激しい運動で上気した頬が中性的な顔や(たお)かな体格と相まって妙に艶かしい。アイルのそういうところもアイナのお気に入りであったりする。

アイルは用意していた水筒を取り出し中の水を口に運ぶ。急いで流し込んだせいで口の端から漏れ、頬を伝い顎から落ちていった。

アイナ大興奮。無駄に女子っぽいアイルの微エロい仕草に昂ったアイナは何故かアイルより息を荒くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイル君、実は重大発表があります…」

 

「どうしたの?アイナ姉さん」

 

「なんと………私この度、レベル2になりましたー」

 

アイナは大人ぶっていてもまだ12歳。お気に入りの弟に自慢したかっただけだったのだ。

 

「本当!?おめでとうアイナ姉さん!」

 

アイルも興奮した。レベルアップへの憧れは誰よりも強い。一足先にレベルアップした姉を素直に尊敬し羨んだ。

 

「すごいだろー」

 

「うん、すごい!さすがアイナ姉さんだよ!」

 

アイナは賢い上に武術に関しても天才で下の兄妹からは非常に愛されていた。アイルも昔から懐いていて、才能に富んだアイナは憧れの姉だった。アイルは褒め称え、アイナはそれを喜んだ。子供が時々見せる可愛らしい自尊心が微笑ましい光景を作っていた。

まだ幼さの残る、鈴のように美しく少し高い声は姉に一心に向けられている。

 

「そうだ、アイナ姉さん組手してよ」

 

「えー、組手かー」

 

アイルは時々アイナに徒手空拳での試合を挑んでいた。別にアイナにライバル意識を抱いて打ち倒してやろうと思っているわけではない。武術の天才である姉と戦いその技を直接学びたいと思っているのだ。

ナイフを主体とした戦闘では素手の技能も当然必須。早く英雄になりたいアイルは様々な冒険者に挑み技術を盗んでいた。先も言った通りその成長速度は常識的と呼べる範疇を大きく超え、その思いの丈を如実に示しているようであった。

 

アイナにとってアイルなど組手では相手にならない。はっきり言ってしまうと手合い違いと呼べるほど。しかし、アイナがアイルとの組手を嫌がるのはもっと別の理由である。

組手をするとアイルは成長する…恐ろしいほどに。一打ごとに、一呼吸ごとに強くなっていくアイルに自分にない何かを感じとってしまっていた。それが、本能的にアイルと手合わせをすることを避けてしまという、聡明で理知的なアイナらしからぬ行動を生んでいた。

 

「組手はー、また今度にしよっかー」

 

「…分かった」

 

アイルはとても小さい頃から素直でアイナに懐いていた。父の物語を読むようになってから憧れの対象は父に移ってしまったが、多くの才能に恵まれた姉を信じきっている節もあったのかもしれない。

 

アイナにふられたアイルは再度立ち上がり今度は木刀を握った。道場の中央まで歩くと素振りを始める。といってもアイルの剣は(アイズ)に教えてもらったものだ。ただ速さを主軸に振るうだけ。単調かつ最も実戦に適した動き。

恩恵があるとはいえ僅か8歳の子供が木刀を使いこなしているのは異様な光景である。冒険者としての才能はアイナよりも大きい。

しかし、木刀が空気を薙ぐ音と、床と素足が擦れる音の中に荒い息の音が紛れ始めた。先程レベル3の団員と稽古したばかりで休みもろくにしていないのだ。本人の意思とは関係なく、体に溜まった疲労が動きを鈍らせていた。

誰がどう見ても過剰運動(オーバーワーク)。幼い体がそれに耐え続けられているのは(ひとえ)に恩恵のおかげでしかない。

アイナは小さな体を酷使する弟を見過ごせる質ではなかった。

 

「ねぇ、アイル君

私が戦う所見たくないー?」

 

「え?」

 

アイナはアイルの興味を引ける唯一のカードをきることにした。これ以外の方法では弟の興味を引くことはできない。

弟を心配しているというのも当然あったが、自慢したいという感情も少しばかりあったのかもしれない。強くなるにつれ自分から離れていく弟が寂しかったのだろう。

 

「相手してくれるの?」

 

「アイル君とは戦わないよー」

 

アイルは2年前冒険者になり、英雄を志すようになってから戦闘狂のような言動をするようになっていた。遺伝というやつだろうか?

 

「じゃあ…どうやって?」

 

「んー…ダンジョンにでも行く?」

 

2年近くダンジョンを経験しているアイナにとってそれが最も思い浮かべやすい戦場だった。

 

「え!…ダメだよ、僕入れない」

 

アイルの素直さはさすがの父譲りで、大人の言いつけを破ることは殆どない。しかし、アイナはアイルの過剰運動(オーバーワーク)さえ止められれば何でもよかった。

 

「大丈夫だよー、多分サポーターとしてなら問題ないってー」

 

「そうかな?」

 

「そうだよー」

 

この後結局丸め込まれることになる。アイルの押しの弱さとアイナへの信頼、アイナの賢さの勝ちだった。

 

 

 

 

 

アイナは自室にアイルを連れ込みフード付きのコートを着せた。アイルの白い髪は目立ってしまうからだ。大きめの背曩(バッグ)にぬいぐるみを詰め込んで背負わせれば、なんちゃってサポーターセットの完成だ。アイルの背の低さも相まって小人(パウルム)のサポーターに見える。子供の冒険者は珍しいが小人(パウルム)のサポーターは余り珍しくない。

 

「よーし、かーんせーい!」

 

「なんか…悪いことしてる気分…」

 

ホームの廊下は日中静かである。殆どの団員はダンジョンに潜っているからだ。本来は人に会うことなどそうそうない。

 

対面から歩いてきたのはリーユだった。幼さの中に既に大人の美しさを持ち始めた容姿を持ち、今日は白いワンピースを着ている。よくアイルの訓練相手になってあげていた。今日は休息日(オフ)だったらしい。

 

「…ん」

 

リーユは言葉もなくアイルを指差す。今でも寡黙なリーユだが6年前のリーユはもっと物静か…というか致命的に言葉足らずだった。しかしそこは家族の愛的なあれでなんとかなる。アイルの格好について言及しているのだろう。

 

「これはねー、アイル君にサポーターのコスプレさせてみたのー、可愛いでしょー?」

 

「???」

 

可愛らしく首をかしげるリーユ。納得していないらしい。当たり前だ。嘘が適当すぎる。

 

「ちょっと、お母さんに見せてくるねー」

 

「…ん」

 

ゴリ押し気味に嘘を重ねて、リーユの横を通りすぎていく。

 

外に出るとこの季節特有の風が頬を撫でた。感性豊かな人がいれば風に色を感じ、一句詠んでくれたかもしれない。それほどに美しい風だった。

 

冒険者になって以来こうして姉弟仲良く並んで歩く機会は少なくなった。それぞれのファミリアでそれぞれの活動を始めたせいで、昔ほど会う機会がなくなってしまっていた。家族大好きなアイナにとってこうして歩くのは貴重で重要な時間だった。

 

ダンジョンの入り口は数年前からチェックが入るようになった。恩恵を持たないものが悪ふざけで入り帰ってこないという事件が多発したため監視が入るようになったのだ。職員にギルドから配布される冒険者登録証を提示しなければならない。サポーターはさらにサポーター組合登録証も提出しなければならない。

アイルはギルドの登録を済ませておらず、当然サポーター組合にも登録していない。つまり、アイルはダンジョンに入れないのだ。

 

ダンジョンの入り口にたっているのは若いヒューマンの女性の職員だった。

 

「登録証の提示をお願いします」

 

「あのー、サリバンさんでしょうかー?」

 

「あ、はい…そうですが…?」

 

「アニエラさんがー、休憩室に呼んでましたよー、

ここは私たちが見とくのでー、行っちゃってくださいー」

 

当然そんな頼まれごとはしていない。

アイナの嘘は流れるようだった。女優の才能もあるらしい。

対して、アイルはドキドキしっぱなしだった。もちろん、恋愛的なアレではなく緊張的なソレである。

 

「さっきの人とは知り合い?」

 

「全然ちがうよー、初対面ー」

 

「じゃあ、何で名前知ってたの?」

 

「冒険者登録したときのとなりのカウンターの人がー、あの人だっんだよねー」

 

「…えっ、すごっ」

 

つまりアイナは二年も前にちらっと見ただけの人の顔と名前を覚えていたということである。化け物じみた記憶力。相変わらずの頭の良さだ。

 

何はともあれダンジョンに入ることは成功した。ダンジョンの入り口を見張る人がいなくなってしまったが、特に問題はないだろう。最近ではダンジョンに無謀に突っ込む者はいなくなった。アイナは以前から登録証を態々確認するのは人件費の無駄遣いだと思っていたのだ。

 

 

 

ダンジョンの中に初めて入ったアイルは少し高揚していた。完全に日の当たらない洞窟、初めて目にするゴブリン、ダンジョンでの戦闘。怪物祭(モンスターフィリア)でしか見たことないモンスターを始めて見て緊張していた。

そんなアイルに二年前の自分を思い起こしたアイナは少し笑った。誰でも最初のダンジョンではこうなるものである。地上と違い、はっきりと死を感じる場所。緊張しない方がおかしく、緊張しない者は冒険者に向いていない。

 

アイナは双剣を用いて敵を捌いていく。格闘が得意だがさすがに決定力が足りない。ナイフより長く、剣より短いこの双剣がアイナの相棒であった。

 

上層で終わりにするはずだった。ぱぱっとアイナの戦いを見せて終わりにするはずだった。しかし、想定よりアイルの反応が良く、アイナも調子に乗ってしまった。若さ故の過ち。

 

8層。実質一人…どころか弟を庇いながら戦わなければならないアイナにとって少し荷が重い階層。とはいえレベル2になったばかりのアイナに丁度いいくらいの場所。本来はそこまでの危険はない。

しかし、当然ダンジョンに絶対はない。油断は危険を呼び、危険は死を招く。

 

派手な足音をたてながら現れたのはミノタウロスだった。神話の怪物。比較的上の層に出てくる割にはそこそこ強いモンスター。今までいくつもの冒険者を屠ってきた怪物。特殊な能力もなく、魔法もないがその肉体だけで弱き者を殺す。

 

「アイル君、さがって…」

 

さすがのアイナも緊張せざるを得ない。ミノタウロスと単独(ソロ)でやりあうのは初めてだ。

 

力強い踏み込みと共にミノタウロスに接近する。反応の隙を与えず双剣を一閃。左の剣をフェイクに使い振るわれた右の剣は猛牛の脇腹を捕らえ………止まった。

ミノタウロスを両断するかに思えたその剣はミノタウロスの胴の半分程で止まり動かなくなった。

火力不足。レベル2の冒険者の大半がそれで死ぬ。ミノタウロスの肉は非常に断ちにくく、単独での撃破難易度は実質レベル3ほど。レベルがやっと2になったばかりのアイナでは到底及ばない。

 

ミノタウロスの反撃。アイナは剣を引き抜き、両方を体の前でクロスさせるがその上から拳を叩きこまれ、アイルがいる位置まで簡単に吹き飛んだ。

双剣は両手からこぼれ、全身が痛い。ミノタウロスが腹から血を出しながら嫌な笑い顔を浮かべている。

ゆっくりと近づいてきている脅威に立ち向かわなければならない。それが出来ないのならアイルを連れて逃げなければならない。そのためのスキルを持っている。弟を守らなくては。

 

心は動くのに体は動かない。恐怖で。

 

絶望(ミノタウロス)はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

剣を取ったのはアイルだった。双剣を手に取りミノタウロスに挑む。その様は拙いとしか表現できない。左右の連携ができておらず、右と左の剣を別々に振っているだけ。そもそも剣が当たっても威力が足りず、傷すらつかない。

ミノタウロスは目の前の子供を煩わしそうに、羽虫のように片腕ではね除けた。

軽々と飛んだアイルの体は間もなく壁に激突し、地面に滑り落ちる。しかし、それでもアイルは落ちることはなかった。立ち上がったアイルは頭から血を流している。

ミノタウロスに吹き飛ばされたレベル1が立っているのはそれだけで運がよかったと言える。しかし、状況は変わらない。ミノタウロスはこの場で最強だった。

 

アイルよりも強く、速い。ならば技で勝負するしかない。

ミノタウロスは左の拳を振りかぶった。先程の払いとは違う、止めを差すため動き(モーション)。しかし、アイルは臆することなく前に出た。拳を紙一重で避け、逆手に持った左の剣を腕に突き刺す。線ではなく点の、一極集中の攻撃。更に、刺さった剣を持ち手のようにして自分側に引っ張った。

相手の勢いを利用して体制を崩す、アイナが得意とする武術の柔の技。本来対人用の技だが人形(ひとがた)であるミノタウロスにも通用する。

しかし、アイナはこの技を教えていない。つまりアイルはアイナの動きを見て、自分用に改良して自分の体に落とし込んだ訳である。

 

アイルは体制を崩したミノタウロスの懐に潜り込み、右手の剣をアイナがつけた傷に刺し込む。腕ごとミノタウロスの体内に突っ込み魔石に剣を突き立てた。

どれだけ力量差があっても魔石を砕かれればモンスターは絶命する。ミノタウロスが煙になって消えるのと同時にアイルも前のめりに倒れ込んだ。アイナを守るために無理矢理体を動かしていたのだろう。頭を自らの血で、右腕をミノタウロスの血で紅く染め上げたアイルは動かなくなった。

 

アイナが最初に感じたのは感動。自らの前に現れた英雄の勇ましい戦いへの強い感動。アイルが英雄に至ることに確信を抱くほどの。

次に感じたのは後悔。大切な弟を危険な目に合わせてしまった自分の行動に対する深い自責の念。

のほほんとしているようで、実は一番繊細な性格のアイナにはその重責が耐えられなかった。

 

気を失ったアイルを背負ったアイナはアイル(英雄)を応援することにした。

 

アイナの聡明な脳は訪れるであろう未来を正確に捕らえている。

アイルとその傍を歩く兄妹たち………そこにアイナはいない。

 

アイルにとってただ姉を助けただけの行為は、アイナの人生を大きく変えてしまった。

 

 

 

後日、オラリオを2つの衝撃的なニュースが轟くことになる。

 

 

 

 

『アイル・クラネル レベル2到達』

 

『アイナ・クラネル 恩恵剥奪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイナ・クラネル(6年前) Lv,2
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
拳打:I

《魔法》
【フラッシュブレイズ】
・単発攻撃魔法
・火、光魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
守護竜(クリソマリィ)
・眠り無効
・逃走成功確率上昇(二人まで)
・竜属性付与

非常に賢くまた、格闘術の天才だがダンジョンでは決定力に欠けるため双剣を用いる。
常時竜属性が付与されているため竜属性特効に弱い。(竜属性付与によるメリットはない)
自らヘスティアに頼み恩恵を剥奪されたため、それ以来更新はされていない

詠唱
【フラッシュブレイズ】
逆巻く紅蓮の焔、猛き王者の聖火
壊し、鍛え、揺蕩う実態なき脅威
畏れ、敬い、平伏せよ
焼き尽くせ、光の神炎



アイル・クラネル(6年前) Lv,2
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
幸運:I

《魔法》
なし

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正

当時は格闘が上手くなかったため、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)ではなく、懐に潜り込んで急所狙う暗殺型(アサシンスタイル)を好んでいた。初めてのダンジョンアタックでレベルアップを経験する。幼い頃はアイナに非常に懐いていた。レベルアップと同時に【不撓不屈(アイアンスピリット)】を手にいれる。


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本編:紫宛(しおん)の少女
英雄の帰還


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やっとアイルの二つ名が…


ゴライアスの一件から一週間の間に様々なことがおきた。リーユと南区(サウス)に行ったり、リリアと買い物したり、完成したアイルのナイフをカドックから受け取り(ローンを組めるだけ組んだ)、ダンジョンにも行った。久方ぶりのダンジョン探索は緊張すれどもすぐに感覚を取り戻し、以前のようなスムーズな攻略になりつつある。

昨日ヘスティアも帰って来た。疲れた様子だったがアイルに二つ名だけ伝えて神室に向かった。気になっていることを察して態々気遣ってくれたようである。そういった善性が人を惹き付けるのかもしれない。

 

羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)

 

神々が悪ふざけをするなか何とか守り通した、ギリギリ無難と呼べなくもない範囲の二つ名である。途中でフレイアが珍しく手助けをしてくれたらしいが、ほとんどの功績はやはりヘスティアにあるだろう。

 

新調したナイフも試し斬りは済ませてある。アイルのオーダー通りのナイフで刀身が白銀、柄が黒のシンプルなデザイン。銘は『雪兎』。

不壊属性(デュランダル)でありながら柔らかく(しな)る刀身は滑るようにモンスターを切り裂くことができる。

 

刃物において使いやすさと耐久はトレードオフである。柔らかく撓るほど斬りやすくなるが同時に耐久性も落ちる。

故に、撓る不壊属性(デュランダル)とは一つの極致であり、それにレベル3で辿り着いたカドックはやはり、神ヘファイストスが天才と認めるだけのものがある。

 

そして現在アイルはリーユとリリアと共にダンジョンに潜っていた。珍しくアイルからリーユに頼んでついて来てもらっていた。

ナイフを用いて戦うスタンスをとる冒険者は基本ナイフを二本持つ。両手に持つこともあれば、片方を投げ物として用いるためである。アイルも二本目のナイフをカドックに頼むので少しでも値段を抑えるため、自分でとれる素材は自分で回収しに来ているのであった。

 

16階層でミノタウロスをひたすら狩り続ける。ミノタウロスが希に落とすミノタウロスの角を狙ってのものだが、アイルはなかなかミノタウロスを倒そうとしなかった。

実はアイルがダンジョンに来ていたのは素材集めの他にも理由がある。

 

一つはレベル5の体に慣れることと、新しいナイフの確認。

身体能力が急激に上がるレベルアップ直後は思った動きができないことが多い。ダンジョンで実際の戦闘を行い慣れていくしかない。

武器も、特にナイフなどの手先の感覚で使う武器は新調したら慣らしておくのが高位の冒険者にとって当たり前である。

 

「ケラヴィス!」

 

そしてもう一つが実験。アイルが一週間前17層のゴライアス戦で行った魔法の蓄積(チャージ)。当時は無我夢中であったためどのような感覚で行っていたかは覚えていないが、理論だけは覚えている。

魔法を刀身に纏わせ精神力(マインド)で押さえつける。それだけのことだが案外難しい。かなりの集中力を要するものだった。

 

魔法を一発押さえると刀身に紫電が疾る。二発目を押さえるとバリバリと音をたて始める。三発目を押さえると刀身が青白く発光し始める。四発目を押さえようとするとナイフが手から弾け飛んだ。先程から何度やっても三回が限度だった。

暴発した精神力(マインド)によって右手が焼かれ、表皮が焼ける匂いとともに爛れる。

回復薬(ポーション)を口に突っ込み飲み干す。効果の強いものではないが右手が火傷しただけなので問題ないだろう。

 

ナイフを拾うとさすがの不壊属性(デュランダル)、壊れるどころか傷一つついていなかった。

 

「大丈夫?アイル兄さん…」

 

「うん、大丈夫だよ…

…それにしてもたった三回か…」

 

「いえ、三回でも十分驚異的だと思いますが…?」

 

たった一発でも速攻魔法を蓄積(チャージ)できるのは驚異的である。しかし、アイルが最初にやったときは三十発近く蓄積できた。命が懸かった状態でおきた極限の集中状態だったからこそできたものだったらしい。

蓄積(チャージ)の限界回数は分かったので、今度は威力の検証である。

 

ダンジョンモンスターは岩の壁面から現れる。何の予兆もなく突然壁から出現するのだがアイルはそれを事前に視ることができる。数秒後に出現するミノタウロスに向けて魔法を蓄積(チャージ)する。

壁から出現した三体のミノタウロスは直後にアイルの一撃によって壁ごと消し飛んだ。さすがに可哀想である。

 

「…すごいですね…」

 

「うーん…まだちょっとね…」

 

超高火力。とてもレベル5になりたての冒険者の攻撃ではない。しかし、アイルからするとゴライアスの時より少し威力が低く感じた。魔法の威力は上がっているが、蓄積(チャージ)できた回数が少ないせいで威力が下がってしまったらしい。

 

その後、16階層で何度か試してみたが威力は変わらなかったため、諦めて下層に赴き、必要な素材を入手した。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンを出ると何やら街が活気づいていた。まるで祭りでもあるかのように。しかし、直近で祭りがあるとは聞き及んでいない。

忙しく馬車が行き来し、人々は出店を用意し始める。誰が見ても祭りの準備だと思うだろう。

 

オラリオではこういった祭りでもないのに街が騒がしくなることが年に数回ある。

 

英雄行進(パレード)

 

英雄の帰還を祝福して行われる馬鹿騒ぎ。ダンジョンでベルを見つけた誰かがオラリオに情報を持ち帰り、言いふらすせいで大騒ぎになるのだ。

英雄、つまりベルはほとんどの時間、ダンジョンにいる。ベルが探索するような階層は往復だけで二、三週間ほどかかるし、地下深くで長い時間探索するからである。ダンジョンでは深い階層ほどイレギュラーがおこるため帰ってくる時期は特定できない。

そのため、ベル達がオラリオにいるのはかなりレアであり、こうして人が集まるのだ。

 

アイルはそんな人混みの中に明らかに怪しい人物を発見した。

顔を隠すフードつきの白いロングコート、大きな背曩(バッグ)。ダンジョンではフードを深くかぶる者も多いが街中では余り見ない。というか、フードを深くかぶりすぎてある。あれではほとんど前が見えないだろう。

案の定、パレードの準備で重い荷物を持っていたドワーフにぶつかって倒れた。

 

アイルは近寄り助け起こす。フードの人物はヒューマンの少女だった。薄めな紫の髪。全体的に細い印象を受け、アイルと同程度の身長と美しい容姿を持っていた。

衝撃に備えて閉じられた双眸がゆっくりと開かれる。

 

「…ダメ!!」

 

少女は開眼と同時に大声をあげる。伸ばされた手はアイルの横を通りすぎた。その双眸はアイルを捉えず、後ろのドワーフに向けられていた。

つられてアイルも後ろを向くと頭の上に『?』を浮かべたドワーフしかいなかった。

アイルは少女に問いかけようとする。

 

「…どうし………」

 

瞬間、派手な金属音。再び男の方を見ると男に向かって大量の剣が降り注いでいた。

横を通ろうとしていた馬車の荷台が激しく傾いている。小石か何かに突っ掛かって荷台の中身が飛び出してきたようだ。実戦用ではなく展示用なのだろう、剣はきらびやかな装飾がなされている。

 

数瞬後にはドワーフが串刺しにされ、街中にグロテスクなモニュメントを作り上げることになるだろう。

アイルは反射的に走り出す。男を押し倒し、ナイフを取り出して構える。二、三十本程ある剣をナイフで迎え撃つ。

アイルがダンジョン帰りだったのは運がよかった。すぐに抜ける場所にナイフを刺していたため、全て叩き落とすことに成功した。二、三本かすったが深い傷ではなく、後ろのドワーフも特に問題は無さそうだった。ドワーフにしてみても不幸中の幸いといったところか…。

それにしてもおかしいのは先程の少女である。明らかに馬車が傾くより早く男の危機を察知していた。

 

アイルがフードの少女の方を向くと少女もアイルの方を見ていた。その整った顔には驚愕が張り付けられている。

 

「大丈夫?……………あれ?本当に大丈夫?」

 

少女の様相は一言で表せば茫然自失といった感じ。心ここにあらずで反応がない。確かにちょっとした神業だったかもしれないがいくらなんでも驚きすぎではないだろうか?

試しに肩に軽く触れてみると、ビクッと震えた。やっと気づいたようだ。虚空を見つめていた両目はやっとアイルに焦点を合わせる。紫宛(しおん)色の目がアイルの金色の双眸と交差する。

アイルが先程のことについて聞こうと口を開けかけたときである。

 

「きっ、…」

 

「き?」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

絶叫とともに走り去ってしまった。地味にショックである。アイルは比較的整った顔立ちをしているがどうやら彼女のお眼鏡には叶わなかったらしい。絶叫されるほど醜い容姿はしていないと思うが…。

追いかければ一瞬で追い付けるが、精神的ダメージがアイルの行動を遅らせた。

 

 

 

 

羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)、ありがとな!」

 

先程助けたドワーフに声をかけられる。

 

「すごい!ナイフが見えなかった!」

「おい!皆見たか、今の神業!」

「さすがは英雄の子供だな!」

 

 

あっという間に大騒ぎ。ベルを見に集まっていた者達がベルの息子のプチ神業を目の当たりにしたのである。当たり前のように人だかりができて大騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 

ヘスティアファミリアのホーム、そこでアイルたちは(ベル)の帰りを待っていた。窓から覗く外の景色はどこもかしこも誰も彼もが馬鹿騒ぎ。20年経っても衰えぬベルの人気には舌を巻くばかりである。

 

「君たちは行かなくていいのかい?」

 

ファミリアのホームには当然主神がいる。ヘスティアは愛する両親に我先にと飛び付くことのない兄妹たちに問う。

 

「どうせ、ホームで会えますから…」

 

アイルは淡白に答える。

ベルたちはどう転ぼうがホームに帰ってくる。馬鹿騒ぎしている街の人もさすがに無許可でファミリアのホームに侵入することはできない。久しぶりの邂逅は静かな場所で行いたかった。

かつては街に繰り出し、出店を楽しみ、もみくちゃにされている父に抱きつきに行っていた。しかし、14にもなってそれをするほどの胆力はない。

 

「ヘスティア様こそ、よろしいのですか?」

 

今度はリーユが問う。

確かにこのメンバーで一番ベルに飛び付いていきそうなのはヘスティアだった。愛情的な面と性格的な面で。

 

「僕は後でいいさ…

今は皆の英雄(ベル君)だからね」

 

温かく見守る親のような声音。

悠久の時を生きる神は時々、人智を超越した者の風格を見せる。一見、内外ともに幼く見えるこの幼女(ロリ)神も幾星霜も生きる神であると認識させられる時がある。

 

窓の外の世界と内の世界はまるで反対の様相。ベルの帰還を喜ぶ民衆と久しい父を懐かしむ家族。

外を見ればベルが何処にいるかはだいたい分かる。こちらに真っ直ぐと向かう足取りをまるで引き留めるように人々は沸き立つ。しかし、英雄は止まらない。ベルの目的地は此処(家族の元)であり此処でしかない。

ホームの門を通ると街の人々は名残惜しそうにしながらもそれぞれの日常に帰っていく。通り抜けてきたベルと妻たちは慣れた足取りでアイル達がいる建物を目指す。ファミリアの団員も気を使って今だけはこの建物に寄り付かない。一番に逢わせてやろうという気遣いだ。

 

 

 

共有スペースに到着したベルは今回も無事、愛しの子供たちと再開できた。

白髪に宝石のような深紅(ルベライト)の双眸、余り高くない身長で十代といっても通りそうな容姿。体の成長には恵まれなかったらしい。

 

「お帰り、父さん」

 

「ただいま、アイル、リーユ、リリア…」

 

感動の再開…というわけではない。少なくとも数月に一度は行っている。しかし、それでもこうして無事を確認するとどこか安心するものがある。お互いに。

 

「ベェ~~~ルゥ~くぅ~~~ん!!」

 

先程の大人びた表情はどこえやら?幼女と化した我らが主神がベルの懐に強烈なタックルを叩き込む。

何十年も続く伝統のじゃれ合いは早くも開催されたようである。もうちょっとしんみりしたかった感がある。

 

「母さんも、お帰り…」

 

「うん、ただいま」

 

主神と団長のじゃれ合いはシカトするのがこのファミリアの決まりなので放っておいて、それぞれの母との会話に移る。

 

アイズのこういうあっさりしているところは大分昔かららしい。

30歳を超えているにも関わらず崩れない美貌、一児の母とは思えないスレンダーな体型。何を考えているか未だに分からない無表情。

 

「それじゃあベル君たちは部屋で休んでいたまえ!」

 

「はい、神様………もう、へとへとで…」

 

ベルのパーティーは久しぶりのベッドを求めて自室や客室に向かってしまった。

 

 

 

ヘスティアファミリアのホームには大きめのパーティールームがある。ほとんど使われることがないこの部屋の唯一の使いどころがベルたちの帰還パーティーである。結局アイルたちも騒ぎたいのだった。

 

ファミリア総出で準備を開始する。料理ができる人は調理担当、他は掃除や装飾を行う。装飾といってもきらびやかなものではなくテーブルに布を敷くだけといった簡易的なもの。

アイルとリリアは調理担当、リーユは装飾担当だ。

 

ベルのパーティーはヘスティアファミリアだけで構成されているわけではない。むしろ半分程はロキファミリアの団員であるため、帰還を祝うにもそのファミリアを呼ばない訳にはいかない。

 

夜になると食べ物の準備が完了する。ホーム内の様子と反比例するように外の活気は静まりつつある。

 

「ロキファミリア、もうすぐです!」

 

ファミリアの下級団員が大きな声で報告する。ただのパーティーでもファミリア間で行われるとなるとそれなりに大変なものになる。ベルが寝た後からヘスティアはギルドに許可を取りに行っていた。それほどまでに一大事であるということだ。

そもそもロキとヘスティアは仲が悪く遭遇すればお互いを罵って喧嘩するほどである。そのため、ベル達が帰ってくるとほとんどの毎回揉め事がおこる。祝杯の席ぐらい仲良くできないものか…。

 

 

 

冷たい夜風とともに入ってきたロキファミリアの先頭には赤髪の女だった。言わずと知れた神ロキ。後ろを追従するのが、彼女のファミリアの団員たちである。

いかに広い会場といえど一人一人が座るほどの広さはない。毎回立って食事するのが恒例である。

ベルのパーティーが目立つ場所にたっている。他の団員たちは特に決まりがあるわけではないがレベルが高いものほど前の方に位置するのが暗黙の了解だった。

 

「えーっと、いつもこんなに集まっていただいてすみません…

それでは…今回も無事を祝して………乾杯!」

 

これも恒例。パーティーリーダーとは思えぬほど控えめな音頭で開催される。

机の上に特に規則性もなく置かれている食事を自分の取り皿によそる。

アイルは好きなものも苦手なものも特にないので、それらしく適当によそった。それが済むとすぐに壁際に移動した。人混みが苦手なのである。

 

壁際に立っていると同じ様に人に当てられたリーユとリリアが来た。リリアは甘いもの多め、リーユは野菜多めだ。

 

「毎度、騒がしいですね…」

 

「まぁ、たまにはね…」

 

「私はどうしてもあの中に混じろうと思えません…」

 

「私も…」

 

まあ、苦手なものに進んで突っ込んでいく必要はないだろう。特にリリアは下手に加わればダイロンにウザがらみされる可能性もある。三人は傍観に徹することにした。

 

ロキとヘスティアは既に喧嘩を始めていた。どうせ、どっちかがチビだとかまな板だとか言ったのだろう。周りも止めようとせずむしろ(はや)し立てている。

ベルや母達も相変わらずの人気で人が(たか)って近付けそうにない。

 

「やっほー、アイル君、リーユちゃん、リリアちゃん」

 

「久しぶり、アイナ姉さん」

 

今回のパーティーで唯一ロキファミリアでもヘスティアファミリアでもないアイナは相も変わらずのほほんとしている。これだけ冒険者がいるのに気後れしないのはさすがの一言である。

 

「ほんと賑やかだよねー、お父さんに全然近づけないよー」

 

「そういえばエイナさんは?」

 

「お母さんは忙しくて来れないってー

すっっっごい、悔しそうにしてたよー」

 

エイナはこの祝宴に呼ばれるものの大抵いつも欠席していた。それだけ忙しいということである。

 

「とても充実してるってことでしょ、いいことじゃないですか?」

 

「びっくりした………久しぶりフィーとティオ」

 

唐突に会話に割り込んできたのはティオとフィーネだった。

ちなみにティオは前回の神会で二つ名は更新されず、保留となった。

 

「なんか皆集まっちゃったね…」

 

こんな会場の際の際にまさかのクラネル家大集結である。主役の血族とは思えない。

 

「皆といえば、シリィとか夏姫(ナツキ)とかは?」

 

夏姫(ナツキ)ちゃんはー、さっきいたよー

シリィちゃんはー、欠席だってー」

 

「シリィって、いないこと多いよね!」

 

「確かにそうかもしれません」

 

そもそもクラネル家の兄妹は多すぎるので全員の予定が合うことなどそうない。冒険者は基本的に忙しいのである。今回の祝宴も兄妹の半分ほども参加していなかった。

 

「ていうか、フィンパーティーの皆さんいなくない?

任務かなんかなの?フィー、知らない?」

 

ロキファミリアの最強パーティーであるフィンパーティーもいつもはこの祝宴には参加していた。フィンはベルと話すことを楽しんでいるようだった。

珍しく不参加なのが気になったのでアイルはフィーネに尋ねた。

 

「フィンパーティーの皆さんなら、一週間前から『迷宮(ラビリンス)』の調査に行っちゃいましたよ」

 

「あっ、そういえばそうだったね」

 

迷宮(ラビリンス)』はそもそも立地的にオラリオから遠くて、探索も難しいため、一度いくと長い間帰って来れなくなる。

謎の多い迷宮をフィンはオラリオ最強の一角として攻略をしていた。

 

 

冒険者が集まると大抵、喧嘩騒ぎになる。机と皿が宙を舞いながらあちこちで喧嘩が勃発していた。案の定、恒例である。

 

「平和だねー」

 

「このどんちゃん騒ぎを見て平和だと思ってしまう自分が悲しいよ」

 

 

 

 

 

 

宴会が終わると後片付けが残る。酔っていないロキファミリアの団員も手伝ってくれたがいつまでもやらせるのは悪いのですぐに帰ってもらった。ティオはロキをおぶって帰った。

酒を飲んでいないアイルはヘスティアを神室まで運んだり、皿を洗ったりなど何気に重労働だった。酒を飲んでいないのに飲んで馬鹿騒ぎしていた者たちの後片付けをしなければならないのは少し理不尽だと心の隅で思った。当然声には出さないが。

 

 

 

片付けが終わると机に思いっきり突っ伏した。自室まで帰る余裕もないといった感じ。先程までの喧騒は鳴りを潜めすっかり静かになった。こうなってみるとなかなか寂しい。

背後でドアが開く音がしたが、振り替える気力も湧かない。

 

「アイル…」

 

声の主は一瞬で分かった。最愛の父の声。

 

「父さん…久しぶりだね」

 

「そうだね…

あっ、そういえば聞いたよ、レベルアップしたんだって?

おめでとう、さすがだね」

 

アイルにとってベルは誉れであり憧れでもある。そんな父に誉められて嬉しくないはずがない。

 

「…ありがとう」

 

今日のアイルはいい夢を見るだろう。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フィーネ・クラネル Lv,3
力:F333 耐久:D510 器用:C642 敏捷:D542
魔力:A872
対異常:H 魔防:H

《魔法》
【インフェルディア】
・広域攻撃魔法
・火魔法
【コキュートス】
・広域攻撃魔法
・氷属性
【スペルオミット】
・魔法の詠唱省略
・効果時間五秒

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
森ノ恵(フェアリーダンス)
・戦闘時、魔力中上昇
・魔法使用時の消費精神力(マインド)半減
不確定体(フェアリーテイル)
・攻撃を受けた際の損傷(ダメージ)半減
任意発動(アクティブトリガー)
再使用時間間隔(リキャストタイム)、二時間

レフィーヤの子供。12歳。装備は杖で魔法が非常に得意。【スペルオミット】の能力で五秒だけだが高火力魔法を魔法名の詠唱だけで行使できる。特殊な魔法も相まって単純火力なら既に兄妹で最強。家族にはフィーという愛称で呼ばれる。
容姿は、山吹色の髪と青い瞳を持ち、非常に色白。
二つ名は『妖精(キャスター)

詠唱
【インフェルディア】
火炎の精よ、我が願いに応えよ
我が敵に(いた)ましい炎を、劇甚なる炎を
鋼鉄を溶かす地獄の炎

【コキュートス】
氷結の精よ、我が願いに応えよ
我が敵に静かなる眠りを、永劫なる眠りを
炎すら凍てつく地獄の冷気

【スペルオミット】
我が究極の絶技
友を救い、(家族)を助くために
悠久を絶ち、恵みを汚す
神秘の最奥をもって、神秘に終局を
最速最強の襲撃を


迷宮(ラビリンス)
ベルが黒龍を倒した次の日に討伐地にできた第二の自然迷宮。地下に向かってのびている。
しかし、中は大分オラリオの『迷宮(ダンジョン)』と異なるらしい。


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逃走は美少女と共に

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アイルは今日もダンジョンに来ていた。例によって例のごとくリーユも一緒である。

ベルはホームで休息をとっている。おそらくファミリアのチビッ子どもを相手に遊んであげているのだろう。

 

アイル達冒険者にとってダンジョン探索とは仕事である。ついこの間、長めの休息を設けたばかりのアイルは例えベルが帰ってきていても働かなくてはならなかった。

レベル5の体には順調に適応し始め、ナイフもしっくりくるようになってきた。僅か15センチで雪原を思わせる刀身は空中に白銀の線を残しながらモンスターを切り飛ばしていく。

 

アイルは金に頓着するタイプではないが今は状況が違う。出費が嵩んだせいで借金までできてしまった。普段は瞬殺するモンスターを可能な限り魔石を残すように倒す。倒れたモンスターの魔石を慣れない手つきで抉りだした。

魔石はギルドで換金することができる。しかし、今回はリリアを連れてきていないので余り多くは持てない。普通サイズの背曩(バッグ)に詰められるだけ詰めて持つ。サポーターの存在は大半の冒険者が思うより重要であり、収入に大きな差がでてしまう。

本日のリリアは母と一緒に買い出しに出るそうである。親子共にマメな性格であるため必須用具の準備を怠ることはない。こういったサポーターの丁寧な性格がダンジョン内での死亡率を大きく左右するため、サポーターに関しては慎重に選ばなければならない。

リリアはクラネルの名前があるため敬遠されがちだが、かなり丁寧な性格をしているので実際に組んだ冒険者の大半がリピーターになるほど優秀である。

 

 

 

一狩り終えたアイル達は昼前にダンジョンを出た。稼ぎは山分けにするつもりだったがリーユが気を使って7:3でいいと言い出したため、しばらく話し合って6:4ということになった。

 

午前中だけとはいえ、レベル5の冒険者二人の収入は馬鹿にならないもので、大金といって差し支えないものである。アイルの借金もそう遠くない内に返済が完了するだろう。

 

ホームに帰る道は昨日の喧騒はどこえやら、いつも通りの活気である。いつものアイルとリーユならこのまま『豊穣の女主人』に直行するのだが、今日はホームで食べる予定だ。

父と食事を共にしたいという理由とアイルの財布を少しでも重くするためでもある。

 

ホームにはアイズはいなかった。ロキファミリアの方に顔を出しているようである。ベルは小さい子供達の世話に尽力していた様で、珍しく疲れた様子であった。親をなくした彼らが甘えられる対象は限られていて、こうしてベルが帰って来ることを一番喜んでいるのはもしかしたらあの子達かもしれない。

 

アイルやリーユがファミリアの食堂で昼を済ませることは少ない。といっても、特に深い理由はなく、稼げる自分達がファミリアの資金で作られる食事に手をつけることに何となくの罪悪感を抱いてしまうからだ。

 

正午を回ってもリリア達は帰って来なかったため、アイルとリーユ、ベル、リューは先に食事を開始した。

顔を合わせる回数が少ないこの親子の距離感は非常に微妙で会話が絶えず飛び交うということはない。リーユとリューは元々寡黙であり、ベルとアイルも特に賑やかな方が好きという訳ではない。スプーンと皿がぶつかる音だけが四人の間で空回りしていた。ちなみにメニューはカレーである。

 

「…二人とも、午後は予定とかあるの?」

 

最初に沈黙を破ったのはベルだった。さすがに静か過ぎたのが辛かったのだろう。

 

「…私はありませんが…アイルは?」

 

「僕はちょっと、北区(ノース)に用事があるんだ」

 

用事…というほどでもないが確認したいことがある。アイルは午後にそれを予定していた。

そこからはまた沈黙である。この先の会話の展開を用意して無かったのか…と、アイルは思ったが口には出来なかった。結局それだけで昼食は終わってしまう。お互いもっと話したいと思っているにも関わらずこれで終わってしまうのだから、ほとほと不器用な一家である。

 

 

 

 

 

 

午後、アイルは予定していた通り北区(ノース)にいた。ほとんど外に人がいない。活気というものが圧倒的にない街だった。

研究や学問を主体で行うこの街で今最も主流の研究テーマは『英雄学』である。

『英雄学』とはベルや物語の主人公を研究し、その内面を解き明かすことを目標とした学問だ。一見ふざけている様だが本人達はいたって真面目であり、数々の本が出版されている。

その他にも薬学や魔道具学などのオラリオ特有の研究職や、数学者や科学者などの知識人も集まっている。

しかし、アイルが今求めているのは研究者ではない。北区(ノース)の南端、中央区(セントラル)に最も近い場所に門を構えるこの場所、『ダンジョンスクール』に用があった。

『ダンジョンスクール』はエイナが前職を退職した後に立ち上げたもので、ダンジョンに関する様々な知識を得ることができる。英雄に焦がれる多くの子供が通い知識を深めている場所だ。二年ほどの月日を用し、ある程度の金額がかかるが、実際に卒業生のダンジョン生存率が大きく上がっているため、近年注目を高めているらしい。

関係ないがアイルは一月(ひとつき)で辞めた。

 

事務職をこなしながら教壇にも立つエイナは基本的に暇と呼べる時間がない。しかし、実際に訪ねれば時間を作ってくれる。アイルは現在事務室でエイナを待っていた。もう既にそれなりの時間を待っている。

 

「…お待たせ………アイル君…」

 

「エイナさん………お久しぶりでぇっ!」

 

アイルはエイナを見た途端声を裏返す。ドアから現れたエイナは目の下に大きな隈を作っていた。全体的に痩せこけ、不健康を体現している様な感じ。一言で表すなら『エイナ闇落ちバージョン』。

アイルの記憶にあるエイナはもっと若々しく圧倒的な美貌を持ち合わせていたと思うのだが…。

若々しい辺りのことは口にすると今日が命日になってしまうので決して言わないが。

 

「ど、どうしたんですか?…もしかして体調がよくないとか…?」

 

「…大丈夫…ちょっと寝不足なだけだから」

 

全然大丈夫には思えない返事が返ってくる。疲労を滲ませた吐息と声音は限界を知らせている様だった。

 

「今すぐ寝た方が良いと思いますけど…」

 

「大丈夫、大丈夫…

それより、今日はどうして此処に?」

 

本人にいくら言ってもどうにもならなそうだったのでアイルは本題に入ることにした。

 

「実は昨日、女の子に絶叫されながら逃げられてしまって…」

 

「………恋愛相談?」

 

「ちっ、違います!!」

 

アイルは昨日出会った紫の少女について話した。

髪と瞳が紫の少女に出会ったこと、その少女がドワーフの危機を予見したかのような言動を取ったこと、そしてその少女がどう見ても恩恵を持っている様に見えなかったことを。

 

「…その女の子の名前は分かる?」

 

「いえ、聞く前に逃げられてしまったので…」

 

「だったらこの先は私の憶測になっちゃうけど…

多分その子はシーナ・ラジエラっていう名前だと思う」

 

「シーナ・ラジエラ…?」

 

全く聞いたことがない名前に戸惑うアイル。エイナの挙げた名前は少なくとも著名な冒険者ではないはずだ。もしそうであればアイルが知らないはずがない。

 

「そう…アイル君はクロッゾ氏の特殊な能力は知っているでしょ?」

 

「?ええ、もちろん…」

 

ヴェルフ・クロッゾには魔剣を打つ能力がある。その魔剣は正式魔法(オリジナル)を超えると言われるほど。

その強力な能力はクロッゾの先祖が精霊を助けたことから祝福として得られたものであるとされる。クロッゾという家名もその男の名前を名乗っているらしい。

しかし、ある代のクロッゾが精霊の怒りをかってしまったためその力は失われ、現在ではヴェルフしか持っていない。

余談だが、英雄学ではヴェルフの魔剣鍛冶師としての力は『先祖返り説』と『英雄補助説』の二つの勢力に別れている。

 

しかし、そのクロッゾが少女とどう関係しているというのか?

 

「ラジエラという家名もそう、精霊によって能力を与えられた一族なの…」

 

曰く、シーナ・ラジエラの先祖、ニール・ラジエラは一人の男に食事を与えた。しかし、その男は精霊の愛する森を焼いた大罪人だったのである。ニールは精霊の怒りをかってしまい、呪われた。

 

「その呪いは人の『死』を見る能力だった…」

 

彼女の黒瞳(こくどう)紫宛(しおん)色の瞳に変化し、人の死を捉えるようになった。以後、子孫は総じて紫の容姿を持ち、人の死を見るようになる。

しかし、それはニールから丁度十代目で許されることになった………はずだった。

 

「シーナ・ラジエラ氏はクロッゾ氏と同じ様に…」

 

先祖返り…だろうか?

過ぎ去ったはずの呪いは何故かシーナに発現してしまった。

 

この呪いの厄介な所は死を覆すことが出来ないことにある。いかな方法を持ってしても死は覆らず、定められた時刻に定められた場所で定められた死に方をする。決して揺るがない死の運命。

 

「人々はこの呪いを『死怨(しおん)の呪い』と呼ぶようになったの」

 

シーナが産まれて初めて見たものは母親の死に顔だった。

 

なんとも惨たらしい話。

しかし、アイルがドワーフを救った後、少女が異常に呆然としていた理由が分かった。

更にいうと、アイルは少女が自分から走り去っていった理由も何となく分かっていた。

 

「あのね、アイル君…特殊な能力を持つ人は得てして厄介事を呼び寄せるの…

だから…その………関わらない方が良いと思うんだ…」

 

「…はい…分かってますエイナ異母(かあ)さん」

 

アイルはベルによく似て、本質的には素直だが、嘘ぐらいつくものである。しかし、親は子の嘘を容易く見抜けるものだ。さながら神の様に。

血は繋がらなくとも歴とした母親であるエイナは当然アイルの嘘を見抜いていた。

 

見抜いていながら見逃したのは寝不足のせいということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

エイナをかなりの時間待ったせいで既に時刻は四時を回っていた。このままホームに直行してもいいが折角北区(ノース)に来たので少しぶらつくことにした。研究が盛んに行われるこの街では様々な学説を紙にまとめ展示しているコーナーがある。その中の特に出来のよかったものを集めて書籍とするのが通例だそうだ。

 

アイルは決して勉強熱心という訳ではないが英雄学の本は好んで読んでいた。自分の足しになるかもと思っているところもあるし、実際の父と学者の頭の中の英雄とのギャップを面白がっている節もあったりする。

結局アイルは外が暗くなるまで様々な学説を漁っていた。こういった活字に夢中になってしまうのは本好きにしか分からないためリーユ以外の家族から同意を得れたことはない。

 

 

 

さて、ここで唐突だが………皆さんは空から美少女が降ってきたことはあるだろうか?

 

アイルが薄暗くなりつつある空を見ながら歩いていると美少女が降ってきた。まあ、屋根から落ちてきただけなのだが…。

ぶつかって頭をごっつんこ…ということはない。レベル5の動体視力と運動能力なら落ちてきた少女を受け止めるくらい大したことではない。問題は落ちてきた少女の正体である。

 

「…シーナ………ラジエラ…?でしたっけ?」

 

「…あなたはあの時の!」

 

紫色の髪、紫色の瞳、非常に珍しい容姿をしているため見間違うことなどあり得ない。

息は荒く屋根から落ちてきた、状況を考えると追われているという線が濃厚である。彼女が悪事を働くようには見えない。おそらく、変な奴らに追われているのだろう。実際、現在進行形で追っ手が迫っているのをアイルの聴覚は捉えていた。

複数の足音、歩幅の間隔からして全員男、速さを考えると全員レベルはそれほど高くない。

 

ちなみに、アイルの聴覚を用いた周辺情報収集能力は先天的なものではない。なんやかんやで子煩悩なアイズが幼いアイルに教え込んだものだった。

 

アイルは少女を抱えたまま走り出す。足の速さにはかなりの自信があった。

 

「…な…な…なん…!」

 

少女は上手く言葉を発せていない。レベル5のアイルの速さは恩恵を持たない少女には厳しかったらしい。速さのせいで生まれた空気抵抗は常人の体には余りよろしくない。

肺が圧迫され、呼吸が落ち着かず、発声もおぼつかない状況で少女は何かを問うている様に思える。

 

「…何となくですから…」

 

「…え…あ?」

 

「何となく助けたかっただけです…

だから、気にしないでください」

 

ここで彼女を落とす甘い台詞の一つでも言えたらアイルも立派な英雄(女誑し)の仲間入りだったのだが…まだまだ経験が足りないようである。

 

アイルのスピードはさすがのもので追っ手の追従を許さない。一人分の重量が増えているとはいえ、その程度でレベル差の理不尽は埋まらない。

しかし、厄介なことに相手は想定よりも多かった。振り切ってなお、待機していた別の集団が現れて襲いかかってくる。定かではないが、おそらく高レベルの司令塔がアイル達を遠くから監視して指令を送っているのだろう。高みの見物といったところか。

 

 

 

長時間走り回っていると気が付いたら南区(サウス)にいた。空は完全に夜の(とばり)を下ろしている。夜でも活気の絶えない南区(サウス)でなければ美しい星空を拝むことができたであろう。

 

追っ手はいい加減キレそうになるほどしつこく、未だに気配を感じる。

このしつこさ、前世は(すっぽん)に違いない。

 

南区(サウス)でも一際高い建物の屋根に着地して一呼吸を置く。

現在アイル達がいるこの建物は『大賭博場(カジノ)』。このオラリオで最も金が集まる場所であり、余りいい噂は耳にしたことがない。当然アイル達は『大賭博場(カジノ)』への立ち入りをファミリアからきつく禁じられており、一度も中を見たことはない。しかし、屋根の上なら立ち入りとは言えないのでセーフだろうというのがアイルの言い訳だった。

 

「どう…して…助けてくれるのですか?」

 

息も絶え絶え、一風変わったジェットコースターを経験したシーナは調子を調えながら訝しげな視線をぶつけてくる。

 

「だから、何となくです」

 

「……………分かりました、一旦は納得しておきます」

 

アイルの真剣な顔を信頼したのか、はたまたそんな場合ではないと思ったのか、どちらにせよシーナがこれ以上聞いてくることはないらしい。

 

「あなたには聞きたいことが沢山あります」

 

「でしょうね」

 

アイルとて現状について色々聞きたいところである。

 

「でも、その前に…敬語は結構です

何だかむず痒いので崩して下さい」

 

「分かった………シーナも敬語なしでいいよ」

 

「それです!…あっ、それ!

何で名前を知っているんですか………だ?」

 

敬語を抜くことを意識したせいで言葉が変になっている。

 

「申し訳ないけど、ちょっとだけ調べさせてもらった

…その………呪いのこととかも」

 

「…そう………」

 

微妙そうな表情を浮かべるシーナ。それもそうか、死に方を見ることができる目を持ってることなど知られたくないだろう。憐れまれたりなどしたらたまったものではない。

 

「…それなら話が早いですね………だ」

 

「話易い方でいいよ」

 

さすがのアイルも半笑い。シーナは僅かに頬を染めて言葉を続ける。

 

「…あなたは何故、死の運命を変えることができたのですか?」

 

切実な質問。

変わらない『死』という現象に苦しめられてきた彼女の光明。もし覆せるのならば、運命をねじ曲げられたら、そう思わなかった日はない。

数瞬後に死ぬと分かっていながら助けられなかった、その悔しさは、無力感は、彼女にしか分かりえない。

 

「それに関しては…ごめん、僕も何でか分からない」

 

「…ほん…と…ですか?

 

……………そんな……………」

 

アイル自身も、そしてエイナすらも分からなかった。全くの原因不明。むしろアイルが知りたいほどである。

シーナからしたら肩透かしもいいところ。15年間続いている苦しみを少しでも和らげる、そんな方法を目の前にちらつかされて、結局手に入らなかったといった具合。

 

 

「それじゃあ…

 

あなたの(・・・・)『死』(・・・)が見えない(・・・・・)のは(・・)どうして(・・・・)ですか(・・・)?」

 

 

そう、シーナが先日アイルから逃げ出したのはこれが理由。

神ではない、ただの人間に死が浮かび上がらないという珍事。シーナからしたら産まれて初めて出会う死なない人間。彼女にはアイルが怪物(ばけもの)に見えた訳である。

 

「それは…多分僕に精霊の血が流れているからだと思う…」

 

アイルには微量だが精霊の血が流れている。母方から継がれている精霊の血脈はしっかりとアイルの体を廻っていた。

 

シーナの能力は精霊の呪い。精霊の血を受け継ぐアイルには通用しないというのも頷ける。

 

「精…霊…?

…嘘ですよね?」

 

信じられないといった風貌。

シーナは精霊を憎んでいる。自らの呪いの根源である精霊を。

別にニールを呪った精霊とアイルに混じる血の主が同じ精霊であるという訳ではない。しかしそれでも、自分を助けてくれた少年が自分が憎む精霊の子孫だと思いたくなかった。

 

無論、嘘ではない。アイルは精霊の血脈を持つ。

少女が動揺すると分かっていて、アイルが態々それをシーナに告げたのは別にアイルの性格が歪んでいるからではない。黙って隠すのは不平等だと思ったからである。

こういった真っ直ぐなところはアイルの美徳だが、今回に関しては言わない方がよかったかもしれない。

 

 

呆然とした少女に気遣って何か一言で言いたいところだが、生憎そうはいかないらしい。既に、軽く三十を超える男達が『大賭博場(カジノ)』の屋根に到着していた。

 

アイルは急いで少女を抱き抱える。シーナは一瞬震えた。先程までと違い、アイルに少なくない恐怖心を持ち始めたのかもしれない。

 

取り囲んできた男達は一様にナイフや剣、槍などの武器を携帯していた。魔法で一掃したいところだがそうはいかない。

まだ相手は攻撃を仕掛けてきてはいない。そのため、此方から仕掛ければ先に手を出したことになりギルドを通して(ペナルティ)が下ることになる。おそらく相手の狙いはアイルの攻撃を誘うことだろう。

故にアイルがとれる選択肢は逃走のみ。アイルは屋根の上を走り、際に近づいた。そして迷いなく飛び出す。

 

大賭博場(カジノ)』の高さは数百M(メドル)ほどある。例え冒険者でも尻込みしてしまう高さであり、着地をミスればただではすまない。

 

アイルとシーナは踏み切りと共にフライアウェイ。夜空を舞い、このまま飛んでいけそう。ぱっと見、少年少女のランデブー。

しかし、一瞬の無重力感後には無慈悲な重力。地面に引っ張られるように落下して地上に帰還。どうやら人間は一生地面とランデブーしなければならないらしい。

 

地面との衝突の瞬間、膝をクッションにして威力を可能な限り殺す。しかし、数百M(メドル)の落下によって生まれた運動エネルギーはそう易々とはなくならず、残った衝撃はアイルの体を突き抜けた。

当然アイルの体には特に影響はないが、彼に抱えられていた少女には強烈な負荷だった。脳が揺らされ、内蔵に激しいダメージが響く。

 

上を見上げると追っ手は案の定尻込みしていた。上るのは簡単だが下るのが難しいというのは世の常である。フィニッシュポーズでもとって煽り倒してもいいところではあるが、逃走が先決である。

 

アイルはそのままホームに向かった。路地を歩いては通行人と交通事故をおこす可能性がある。冗談ではなく、アイルが恩恵のない人間と衝突すれば間違いなく相手は死ぬだろう。全力疾走したい場合は屋根の上を行くしかない。幸い『大賭博場(カジノ)』に人を集めたようで、追っ手はそれほどいなかった。

 

「このまま、僕のホームまで行くけど、いいよね?」

 

「…あ…かっ…」

 

相変わらず何を言っているかは分からない。速さに加え先程の落下ダメージが残っているのだろう。

 

「ごめん、何言ってるか分からな………」

 

殺気。五感のどれでも感知できないそれは第六感とも呼べる。アイルは感じとったそれを元に急遽足を止める。屋根瓦を捲り上げながら停止したアイルの目の前を一本の矢が通過した。

アイルは矢の飛んできた方向に目を向ける。万事幻視(スキル)を駆使して見た矢の主は遥か数千M(メドル)も離れていた。いくらオラリオとはいえ、この距離で矢を当てられる冒険者はそう多くない。アイルは男の顔を知っていた。

 

大鷹(メガロ・ボウ)』と呼ばれるレベル6の冒険者。本名はオーブ・ジュラ。

 

大鷹(メガロ・ボウ)…ということは………」

 

エリスファミリア。

黒い噂の絶えないファミリアであり、一説では『大賭博場(カジノ)』と癒着しているとの噂すら流れている。レベル6の冒険者を三人も抱えるそこそこの規模のファミリアであり、ギルドも強く口出しできないため好き勝手やってるとかやっていないとか。

 

収穫はあった。敵の正体とその規模。

今回はこのままホームに逃げ込むのが得策。そう判断したアイルはヘスティアファミリアに帰った。

 

 

 

 

 

 

ヘスティアファミリア。オラリオ最強の本拠地ともなればそうそう入ってはこられない。無許可で立ち入れば違反行為となり、戦闘せずして(ペナルティ)が決まる。そもそもダンジョン深くで日々冒険をするベルの索敵を掻い潜ってホームに侵入するなど不可能であるため、現在オラリオでここ以上に安全な場所はない。

 

シーナはホームの客室に通した。親交のあるタケミカズチファミリアやミアハファミリアの団員が泊まることも多いため、それ相応に整備されている。

アイルの無茶な逃走の負荷と追われていたという心理的疲労のおかげか、シーナはベッドに到着するなり一瞬で眠りについた。

 

アイルはその足でヘスティアの元に赴き、事情を説明する。「厄介事に捲き込まれるのは遺伝子なのかい?」と、言われたが概ね事情を理解してくれた様でシーナをファミリアで匿うことを許諾してくれた。同時にエリスについて探りを入れてみると約束してくれたが、今までギルドに尻尾を掴ませなかったファミリアであるため望み薄だろう。

 

 

 

 

 

 

ヘスティアから事情を聞いたベルはアイルを想う。

ベルはアイルはとても危ういと思っていた。

 

アイルが四歳のとき、与えた冒険譚を読んだアイルの喜んだ様子を未だに覚えている。次々と本をねだり、与えれば喜んだ。まるで、かつての自分と祖父のようだと思ったものだ。

 

アイルが六歳になると恩恵を欲しがった。アイルにナイフでの戦いを教えると驚くほど強くなっていった。まごうことなき天賦の才。ベルも未来に期待した。

 

アイルが十歳になりダンジョンに潜るようになると物をねだらなくなった。もともと、そこまで物欲が強い方ではないため、欲しいものはレベル1の実入りで賄えるようになっていたのだ。

 

親離れしていくアイルにそこはかとない寂しさを覚える。ベルの周りには親がいない者が多いため、親元から巣立つという経験に乏しい。愛する我が子を心配しない道理はなかった。

アイルの成長を喜べばいいのか、それとも危険事に身を置く我が子を憂えばいいのか、ベルの貧相な経験では判断しかねるものだった………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオ、中央区(セントラル)の北端、一日を通して人気の少ない位置にそのファミリアのホームはあった。

 

「そう…失敗してしまったの…」

 

神秘と美を兼ね備えた青髪の女はそう言った。

 

不和の女神エリス。

美を象徴する存在でなくとも女神は整った造形をしている者が多い。恒常的な平和を良しとしないこの女神もその例にもれず美しい容姿をしていた。

 

先に言っておくが、エリスはけして悪神ではない。ただ、退屈な日常に刺激を求めて人間(子供達)を弄ぶのが趣味なだけである。そこに一切の悪心はなく、ただの暇潰しでしかない。

しかし、エリスのそれは多くの神のそれと比べるといくらか過激であり、ギルドの規定を破ることも間々あった。

 

「申し訳ありません…私の失態であります」

 

「いいのよ、オーブ…

もっと面白いことになったじゃないの

前々からアイル(あの子)には興味があったの」

 

女神の命令で数々の悪事に手を染めてきたオーブにとって、今回の失敗は正直予想外であった。アイル・クラネルのスペックが想像を上回っていたせいである。最後には主神から禁じられていたにも関わらず、自ら手を出してしまった程に。

 

「コキリ、いるでしょう」

 

虚空に飛ばされたエリスの声が空気中に溶けきる前に薄闇から返信が返る。

 

「はい、ここに」

 

コキリ・アーネウス。レベル4にして、エリスファミリアの団長を務める男。

 

「今回の件は貴方に任せるわ…

フリードとアイセルも使っていいから上手くやってネ」

 

「…仰せのままに」

 

 

かくして、闇もまた動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『英雄補助説』
ベルの周りに特殊な能力を持つ存在が集まった理由を『精霊が英雄のためにそういう運命にした』という乱暴な考えでまとめてしまった理論。
意外と有力で様々な本が出版されている。

シーナ・ラジエラ 恩恵なし
15歳。血筋の特殊能力『死怨の呪い』を先祖返りした少女。生まれつき人の顔に『死』を見てしまうので、基本的にはいつも目深にフードをかぶっている。ガラス越しや鏡越しでも能力は発動するが、自分の『死』は見えない。
薄紫の髪と紫宛色の瞳を持ち、背丈はアイルと同程度。体型は一般的な少女のそれ。


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悪意

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夜を過ぎ朝になるとファミリアの団員は一斉に起き出す。ファミリアであるヘスティアファミリアでは、毎朝洗面所やトイレが混むためアイルは日頃から日の出直前に起きるようにしていた。

 

地平線ギリギリに太陽が覗き始めているのを見ながら着替え、洗面所で顔を洗う。よく冷えた廊下から足を守るため、スリッパを装着し食堂に赴く。調理場に入りランプを灯した。

朝が早すぎるため調理担当の者はいないが、簡単な料理ならアイルもできるためささっと仕上げる。

卵を溶いて軽く火を通した物に塩をざっくり振る。パンと羊の肉をスライスして肉には火を通しておく。羊肉は塩だけで味付けするのがアイルの好みである。

これで四人分(・・・)の朝食完成である。

 

四つの皿を器用に持って食堂にでるとリーユとリリアが待機していた。朝食の当番はアイルとリリアで回すのが通例である。リーユに任せると調理場が吹き飛ぶので立ち入り禁止になった。

 

「お早うございます、いつも申し訳ない…」

 

「おはよう、アイル兄さん」

 

「おはよう、リリアとリーユ姉さん」

 

混雑するなか朝仕度するのが面倒だと考える三人は毎日こうして早朝から集まる。

向かい合って座る二人の前に皿を置き、リーユの隣の席にもう一つ皿を置く。

 

「あれ?一人分多くない?」

 

「うん…まあ、ちょっとね…

先に食べてて」

 

皿を左手から右手に移して宿舎の客室に向かう。

敷地が広いため作りたてだった料理は冷めてしまったいた。

太陽が上り始め朝を主張し始める。ホームが徐々に喧騒に満ち始めた。あっち行ったりこっち行ったりして大騒ぎしている団員の騒ぎを感じながら、宿舎の隅で扉をノックする。

トン、トン、トン………リズムよく木製の扉を叩き、中のシーナに入室の許可を求める。

 

返事はなかった。寝ているのか、それともアイルを避けているのか………いずれにせよ客室とはいえ女性の寝室に許可なく侵入することはできない。

 

「朝ごはんここに置いておくから、食欲があったら食べてね」

 

結局アイルはドアから少し離れたところに皿とスプーンを置き、シーナに声をかけてから食堂に帰った。

 

 

 

 

 

食堂は出たときと違いかなりの人でごったがえしていた。自分の席に戻るとリーユとリリアはまだ朝食に手をつけていなかった。できたてだった朝食は冷めてしまっている。

 

「先に食べてって言ったのに…」

 

「やはり朝は三人で食べなくては」

 

「アイル兄さん抜きでは食べないよ」

 

朝ごはんは冷めてしまったが兄妹からの愛がとても暖かかった。

 

 

 

 

 

今日のアイルの予定は母に特訓をつけてもらうことになっていた。ダンジョンで扱うのに問題ない程度には剣を使いこなせているが、母のそれとは比べ物にならない。

 

剣とナイフの違いは想像よりも大きい。振るうにあたりリーチが大きく異なる上に、遠心力の関係上剣の方が圧倒的に威力が高い。代わりにナイフは小回りが効くため基本的にどんな場所でも使うことができ、また防御においてもナイフの方が勝手がいい。

 

アイルが用いる細剣は軽い。つまり、速度においては優れているが、威力において大剣には及ばない。

一撃の踏み込みを大きくし過ぎるのは隙を生むことになる。威力に期待できない細剣で行うのは向かず、一般的に速度を生かした手数で戦うのが基本だ。

刀剣類における手数とはすなわち切り返しの速さである。振るった剣を再度反対方向に振るには、一度運動エネルギーをキャンセルしなければならないためタイムラグが生まれる。どれだけの手練れでもそれは変わらない。

しかし、オラリオ最強の細剣使いであるアイズにもなるとその時間は0,1(ゼロ・コンマ・イチ)秒をきり、認識できるものではなくなる。

 

対モンスター戦においてアイルは魔石を見ることができるため、切断能力の高い不壊属性(デュランダル)の剣はアイルにとって一撃必殺である。それ故、アイルは切り返しの速度に関して実戦でほぼ使わないため優れているとはいいずらい。アイズにはこうして、帰還する度に教えを乞うていた。

 

 

 

アイズは幼少の頃より非常に不器用であり他人にものを教えられる質ではない。故にアイズは実戦方式で試合をし、目で盗め方式で特訓していた。

 

アイルの剣がアイズに届くことはない。アイズは剣を鞘にしまったまま戦う。時々反撃をいれるが基本的には防御に徹していた。

アイルの剣筋はアイズから見ても悪くない。ナイフを得意としているが剣も一級でメインにしても問題ないとほど。しかし、アイルの剣は少し物足りなかった。

 

軽すぎる(・・・・)

細い剣を使う以上仕方のないことではあるが、一撃の重さが足りない。下層程度のモンスターを両断するには十分だろうが、硬度を武器とする敵には通用しないかもしれない。

そして、切り返しが遅い。攻撃のタイムラグが長すぎるので隙だらけである。アイルの最大の強所である速度をいかしきれていない。

剣の切り返しは敏捷ではなく技術がものをいう。技術は才能と経験が全てである。才能はともかく経験においては乏しいアイルは二撃目が苦手だった。

 

アイルの剣閃は鋭い。空中でぶれることなく真っ直ぐと振るわれる剣………しかし、アイズは難なく防ぐ。レベル差もそうだがやはりアイルの攻撃の軽さが際立っていた。

 

 

 

アイルとアイズの稽古は大抵同じ終わり方をする。アイズが反撃の力加減を間違えてアイルの意識が飛んで終わる。毎度恒例のこと。

 

暗転した意識が戻ると母を見上げる形だった。後頭部には柔らかい感触がある。幼い頃はこうしてよく膝枕をしてもらっていた。

今では………少し恥ずかしい。

 

「…何かアドバイスとかある?」

 

「アイルは…一撃に拘らなすぎかな?

もうちょっと一撃一撃の威力を意識した方がいいと思う」

 

「なるほど…踏み込みを強くすればいい?」

 

「うーん…それよりもっとこう、ビュッて感じで」

 

「なるほど…分からん」

 

説明下手あるある…表現が抽象的。

文句を言っても仕方がないので諦める。言葉で習うのが無理ならば今一度実戦で学べばいいこと。

その後、昼飯時まで母と手合わせをした。

 

 

 

 

昼食前に風呂に入る。激しい運動後で汗だくなので最低限のマナーとして入った。そして今日も家族と食事。昨日の食卓にアイズが加わっただけで、相変わらずお通夜みたいな雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪意というのには種類がある。切り裂くような鋭い悪意もあれば、巧妙に隠れた分かりずらい悪意もある。

エリスファミリア団長、コキリ・アーネウスの悪意は一言で表せば『粘着』。べっとりとした気色の悪い悪意が彼の象徴であった。

エリスファミリアはオラリオでは珍しい、最高レベルの団員が団長ではないファミリアであった。

 

コキリが団長を勤めているのはコキリがエリスファミリアで最も優秀だからである。こと頭脳戦においては一度も負けず、レベル6が三人もいるファミリアで一番実績を持っていることから、いかに優秀かも分かるだろう。

しかし、そのやり方は残虐非道であり団員からも忌避されるほど。当然、オラリオ内では余りいい話は聞かず、黒い噂ばかりが流れている。

 

エリスに指示されたコキリは直ぐに準備を開始した。数々の悪事をこなしてきたコキリにとって、アイルは今までで五本の指に入るほど楽しみな獲物だった。

何かと話題になりがちなアイルには食指が動く。どう遊んでやろうかと考えながら作戦を練っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼を過ぎるとアイルは客室に向かう。シーナと話がしたかった。

三度客室の外にはきれいに食べられた朝食の空の器が律儀にも出されていた。

三度ノックして待つ。中から「…どうぞ」という声が返ってくるまで数瞬の間があった。

ドアノブをひねり、入室する。よく整備された客室のドアは年期を感じさせない滑らかな動きで駆動する。中で待機していた少女は既に身仕度を整えた状態でこちらを見ていた。

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

「…おはようございます。お陰様で…」

 

未だに警戒した様子の少女にアイルは不謹慎ながら笑いが込み上げる。精一杯睨んでるつもりなんだろうが根の優しい少女の殺気など程度が知れている。常日頃からダンジョンに潜っているアイルからしたらむしろ可愛いといった感じ。

 

「お昼は?お腹すかない?」

 

「先程食べたばかりなので結構です」

 

シーナは先程まで寝ていたらしい。昨日の逃走劇を考えるとそれくらい疲労していても仕方なかろう。

朝食は先程昼食として食べたようで、空腹は感じていないとのこと。それならよかったとアイルは言葉を発する。

 

さて、問題はここからである。アイルはここまでしか話題を用意していなかった。話下手が話題を用意せずに会話を開始すると大抵事故る。現に今もアイルは微妙な空気のなか次の話に困っていた。

 

「…先に言っておきますが…」

 

先に口火を切ったのはシーナだった。

 

「私はあなたとは仲良くできません。

私は精霊を憎んでいるんです。あなたが善人なのは分かっていますが………それでも私はどうしてもあなたに好感を持てないんです」

 

明確な拒絶宣言。馴れ合うつもりはない、関わるなと。アイルを憎んでいる訳ではない。アイルのことを誤認している訳でもない。しかし、受け入れられない。それだけ。

 

「………そう」

 

アイルとて『救ってやろう』などと尊大なことを考えていた訳ではない。ただ、力になりたかっただけ。それ故拒絶されたことに少なくないショックを受ける。

 

「食事と寝床には感謝します。

しかし、これ以上私に関わらないで…ください」

 

「分かった…」

 

アイルはまだ14歳。

アイルが俯いている間にシーナは出ていってしまった。人の少ないホームに少女の足音は虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻になると気持ちも僅かに晴れてくる。ぐじぐじといつまでも引きずるタイプは冒険者に向かない。アイルも当然セルフメンタルケアを行える。

 

夕飯の準備でも手伝おうかと自室から出る。足取り軽くとはいかないがいつもとそう変わらない気分には回復できていた。

団員が帰ってきだすこの時間帯はファミリアもあわただしくなる。アイルの足音は雑踏に紛れ、昼間ほどの虚しさはない。

忙しない者がもう一人。

角から飛び出してきたのは我らが主神様。アイルがもう少し速く歩いていたら少女漫画が始まったかもしれない。

ヘスティアが焦っているのは珍しい。子供っぽい言動が目立つヘスティアだが、実は内面は神相応であり人より遥かに成熟している。元気な様子はよく見るが慌ただしい様子は久しぶりに見た。

 

「神様!?どうしました?」

 

「アイル君!君を探してたんだ!」

 

焦燥に駆られた様子。本当に珍しい。ここまで冷静さを失っているのはなかなかない。

 

「何かあったんですか?」

 

「君が連れてきたシーナ君って娘が………誘拐されたらしいんだ…」

 

「え…?」

 

日がオレンジをおび始めた頃に、路地裏で紫色が特徴的な少女が拐われているのを見たという届け出がギルドにあったらしい。

 

「神様!ちょっと出かけてきます!」

 

「アイル君待つんだ!エリスの本当の狙いは………」

 

君だ、という声はアイルには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

アイルもそのまま街に繰り出すほど馬鹿ではない。一度部屋に帰り、ナイフと剣を持って飛び出す。ホームの廊下を全力疾走する。

 

「アイル、リリアを見ませんでしたか?」

 

「ごめん急いでる!」

 

リーユに途中話しかけられたが返答している余裕はなかった。

 

 

オラリオは広いが意外と目立たない場所は少ない。少なくとも南ではないことは確かである。可能性があるとしたらエリスファミリアのホームか、北区(ノース)のどちらかだろう。

 

ホームの門を開けるのも億劫で飛び超える。高さは10M(メドル)ほど有るがレベル5の身体能力なら問題ない。ホームの柵は冒険者社会であるオラリオでは、侵入防止のためではなく外との区切りの目印として設置されている。

門を飛び超えた勢いを助走としてもう一度飛ぶ。今度は屋根に着地して北に向かって走る。

黄昏は薄闇を覚え始め視界が悪くなる。吐く息は冷たい空気と触れて靄になった。

 

エリスファミリアより少し遠くに止まって中を覗いて見たが、特に異変はない。ホームではないらしい。それを確認するやいなやホームの横を通り抜け北区(ノース)に立ち入る。

 

屋内の明かりが漏れ出ているが、街灯はほとんどない。ダンジョンは階層によっては薄暗いので問題ないが、不気味さを醸し出していることは確かだった。

 

 

 

北区(ノース)、北端。廃区画。誰も来ないこの場所は犯罪を行う上で非常に便利であり、アイルの予想した場所のひとつだった。

 

「いらっしゃーい!羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)

首をながーくして待ってたよ」

 

当たり前のごとく待ち伏せ。レベル4の冒険者であるため見覚えはある。悪意(ヒール)と呼ばれるエリスファミリアの団長。

 

「この場所はね、あの餓鬼(シール)と初めて会った場所なんだ。

ここであいつを売る予定だったんだけどねw」

 

「シールはどこだ?」

 

「ここにはいないよ?」

 

「巫山戯てるのか?」

 

自分でもびっくりするほど低い声が出る。切り裂くような外気よりも更に冷たく冷めた声。怒りが過ぎて逆に冷静になっていた。

 

「巫山戯てなんかないよ、ホントホント。

最初から拐ってなんかないんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…どういうことだ?」

 

嘘をついていない…ような気がしたアイルはとりあえず聞き返す。本来は速攻で殴りかかってしまった方がいい。レベル差があるため瞬殺できる。しかし、それ故にいつでも倒せるという油断があった。

 

「だからー、ギルドに嘘の情報を流したってこと。そうすれば君が釣れるからね」

 

「何故僕を?」

 

「うちの主神様が君に興味持っちゃってさ。

ヒュー、モテ男ー!」

 

飄々…というよりは小馬鹿にしたような態度。明らかに追い詰められているにも関わらず、崩れない余裕の態度に少し警戒の段階を上げる。

 

「ち・な・み・に、今頃中央区(セントラル)では君が誘拐されたことになってると思うよ」

 

「?」

 

もう構っていられない。腰のナイフに手を当てて飛びつく為に姿勢を低くする。

 

「言い忘れてたけどー…君の妹、リリアだっけ?誘拐しといたからw」

 

「なんだと?」

 

「ロキファミリアのダイ………ロン?とかいうのを適当に焚き付けたら簡単に言うこと聞いてくれたよ」

 

「…っ!

リリア!?リリア!?、答えてリリア!」

 

眼晶指輪(オクルスリング)に呼び掛けても応答がない。リリアが指輪を放しているのは基本的にない。湯浴みの時さえ外さないらしい。何か不足の事態で外しているだけだと思いたいが、そうではないだろう。

 

ぶちギレ。

話す余地なしとばかりに最初っからトップスピードで突っ込む。殺しはしないが、両腕を飛ばすためにナイフを振るおうとする。

 

ガギンッ

 

しかし、響いたのは金属音。とても人の肩との衝突音ではない。

間に割って入ってきたのは大剣を持った冒険者。勿論見覚えがある。

フリード・ゴリウス、二つ名は『大獅子(ギガ・クシフォス)』でレベル6。エリスファミリア主戦力の一人。

 

後ろに大きく飛び仕切り直す。

周囲の気配を辿ると複数の存在を感じた。現れたのは二人の男。

一人は先日からお馴染みの『大鷲(メガロ・ボウ)』。

そしてもう一人がアイセル・ヴォールス。筋骨隆々の槍使い。二つ名は『大犀(マグナ・ランス)』で、レベルは6。

大鷲(メガロ・ボウ)』、『大獅子(ギガ・クシフォス)』、『大犀(マグナ・ランス)』、エリスファミリア最強戦力の三人が集結していた。

 

「どうするー?妹ちゃん助けに行く?良いと思うよ?ちなみに場所は西区の廃鍛冶場だよ。

ま、この三人の包囲網を抜けられたらねー」

 

………殺す

 

駆け出したアイルの目的は大鷲(メガロ・ボウ)。遠距離を先に仕留めるのは多対一における基礎中の基礎。他の三人に速攻魔法の牽制も忘れない。

当然、レベル6の冒険者が黙ってやられてくれるはずもない。一瞬の後に弓に矢を(つが)え放つ。弓の性能もあるが、確かな腕によって放たれる矢は鋼鉄をも容易く貫く威力がある。

しかし、アイルは止まらない。矢が眉間を捕らえる寸前に体を回転させる。回りながら矢を素手で掴み取り、投げ返す。

 

現在、アイルの敏捷はスキルの重ねがけにより超上昇している。

矢は目眩まし。返ってきた矢に対応しようとしている大鷲(メガロ・ボウ)に対して、投げた矢を追い越しながら接近すし、腕の内側で急停止。

大鷲(メガロ・ボウ)の間合いの内側。既に対応は不可能。

アイルは相手の弓を掴みながらで蹴りを放った。三日月蹴りと呼ばれる肝臓を蹴り抜く技は、内蔵に大きなダメージを与えるため、レベルギャップがあってもよく通る。

アイルの手に弓を残して大鷲(メガロ・ボウ)は飛んでいった。壁にめり込んだ大男は動かない。三日月蹴りは血液の集中する肝臓を直接蹴るため、大量の皮下出血をおこして瞬く間に意識を奪う。

 

しかしそれを確認することなくアイルは弓を持ったまま適当な建物の上に飛び乗り、右手のナイフを番る。

 

「ケラヴィス!」

 

新しい相棒に魔法を押し込みながら右手を放す。

雷は闇を切り裂きながら夜空を駆けた。

 

アイルの深紅(ルベライト)に染まった双眸には確かな怒りが浮かんでいる。

 

 

 

 

 




キコリ・アーネウス Lv,4
力:F301 耐久:G258 器用:C654 敏捷:E496
魔力:C612

《魔法》
【ヒプノシス】
・触れている相手の感情の増幅が可能
・ある程度の感情方向の操作

《スキル》
百顔百舌(クルーク)
・相手の感情を負の方向に変化させる
拒絶(レジスト)可能
勧悪懲善(マリス)
・善意で行動する者の思考能力低下
・使用者の悪意が強ければ強いほど強力になる

エリスファミリアの団長。23歳のヒューマン。団員からも忌避されるほど残虐な思考を持つ。単体での戦闘能力は皆無だが、対人特化のアビリティによって団長を務め上げる。
二つ名は『悪意(ヒール)

詠唱
【ヒプノシス】
争え、奪え、殺せ
どす黒く醜い腹の内を晒せ
我が右翼は悪意、左翼は争いの象徴である
舞え、我が傀儡(かいらい)



オーブ・ジュラ Lv,6
力:C612 耐久:E450 器用:B786 敏捷:B702
魔力:C654
狩人:F 対異常:G 潜水:H 治力:I

《魔法》
【ゲイルショット】
・付与魔法
・風魔法

《スキル》
光陰矢如(グリッターフォース)
・自身が使う飛び道具の速度上昇
影隠シ(ハイド)
・索敵能力の無効(直視されると解ける)
任意発動(アクティブトリガー)
鷹ノ目(シーク)
・特定範囲内の生態反応の検知
任意発動(アクティブトリガー)

エリスファミリア所属。エルフの35歳。大きな弓を用いた中、遠距離戦を得意とし、弓の腕はオラリオでも五本の指には入るといわれる。格闘術も会得しているがあまり得意ではない。
二つ名は『大鷹(メガロ・ボウ)

詠唱
【ゲイルショット】
吹き荒べ(ブラスト)



フリード・ゴリウス Lv,6
力:B759 耐久:E412 器用:D536 敏捷:B705
魔力:I0
逃走:H 対異常:H 魔防:I

《魔法》
なし

《スキル》
君子器否(デキシオーティタ)
・全アビリティの内任意の二つを上昇
司令塔(ワーズ)
・特定範囲内にいるエリスの加護を受けた者に対する思念送信(テレパス)
・受信不可
任意発動(アクティブトリガー)
能力連結(チェイン)
・特定範囲内にいるエリスの加護を受けた者のアビリティ上昇(自身を含む)
・範囲内の見方が多いほど効果上昇
任意発動(アクティブトリガー)

エリスファミリア所属。29歳のヒューマン。大剣を用いた近距離戦を得意とする。ダンジョン探索ではスキルの関係上隊長になることが多い。
二つ名は『大獅子(ギガ・クシフォス)



アイセル・ヴォールズ Lv,6
力:A896 耐久:A832 器用:H101 敏捷:G286
魔力:I0
逃走:H 対異常:H 治力:I

《魔法》
なし

《スキル》
馬鞭虎翼(マッスル)
・力と耐久のアビリティ超上昇
停滞ノ瞳(レッドライト)
・視認している相手の敏捷のアビリティ小減少
任意発動(アクティブトリガー)
韋駄天(グリーンライト)
・相手の視角外での敏捷のアビリティ小上昇
任意発動(アクティブトリガー)

エリスファミリア所属。32歳のドワーフ。大槍を使った中、近距離戦を得意とする。筋骨隆々で力と耐久に自信がある。敏捷が低いがスキルで補っている。
二つ名は『大犀(マグナ・ランス)


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私と英雄

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時は遡り、まだ日が空にある頃の話。リリアはダンジョンから帰還した。今日はファミリアの下級団員と行動を共にしている。リリアはレベル2だがレベルの低い団員の育成も任されるほどに経験が豊富であった。

普段はもっと高レベルの冒険者と共に探索を行うリリアにとって、正直退屈な仕事だったが収入が少しでもあるので有難い。決してお金がないわけではないが、サポーターは何かと理由をこじつけられて報酬を不当に減らされることが多いのでお金に困りがちなのだ。

 

日の色はまだ白に近いが、時刻を見れば予定より遅れていた。共に探索した冒険者がいつもと異なるため、時間感覚が狂っていたらしい。

夕飯は家族と共にしたいのでそろそろ帰らないといけない。しかし、面倒を見ていた団員に雑事を押し付けられる性格ではないため、リリアは団員に先に帰るように促した。渋ってはいたが最終的には納得して帰ってくれた。

 

換金所は混雑していた。この時刻はいつもこうで、仕方のないことではある。大きな背嚢(バッグ)の7割ほどまで詰まった魔石を換金した。レベル1三人の冒険者の一日の総量がこれ。正直少ないが、彼らからしたら重要な収入。きっちりと頭の中で計算してから換金する。幸い、ちょろまかされはしなかったようで、余計ないざこざは回避できた。ギルドすら信用できない昨今である。

実はリリアは『ダンジョンスクール』を卒業していて、算術が使える。アイナほどてはないが勉学はある程度修めていた。

 

魔石には質があり、下の層のモンスターほど質の高い魔石を落とす。当然、質の高い物ほど高く売れるが、今日は上層を中心に回っていたため金額は大したことがなく、換金する前よりも背嚢(バッグ)の中身が軽くなっていた。

 

換金後のサポーターは非常に狙われやすい。大量の金銭を持っているが、強さ事態は大したことがないと思われていて、良からぬことを考え付く者が後を絶たないのだ。

リリアも以前何度か狙われたことがあり、それ以来警戒していた。当然いつもは人通りが多い道を歩くが、今日は少し焦っていた。換金所が混雑していたため思っていたよりも遅くなり、既に日がオレンジ色になりつつある。

ベルたちが先に食べ始めるということはないだろうが、それが余計に焦りを加速させる。待たせるのは悪いと焦ってしまう。

ダンジョンからホームまでの道にはショートカットがある。裏路地を通らなければならないためリリアはほとんど使わないが、今日くらいはいいだろうと思った。

 

大抵の物語では路地裏は無法者の領域である。現実でも物語の示す通り荒くれ者が集まるのが日常的光景。しかし、今日は一人としてそういった者がいない。逆に不自然で不気味だった。

一気に抜けてしまおうと足取りが速くなる。小走りというよりほとんど走っている状態。

後、数M(メドル)で裏路地を抜ける。そんな時、外套のフードを強く引っ張られた。リリアの軽い体は簡単にひっくり返り頭を強かに打つ。

痛みで細めたリリアの狭い視界に映り込んだのは拳を振りかぶる男の顔だった。

 

拳が鳩尾に刺さったリリアは一撃で昏倒。

拳の主…ダイロンはリリアを麻袋に詰めて西区(ウェスト)に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄の匂いで目を覚ます。

明滅する視界がもとに戻ると知らない天井だった。ガラスのはめられていない窓の格子の間から陽光が入りこみ、私の眼球を直撃する。記憶にある太陽の色と異なる。気絶してそこそこの時間が経っているらしい。

左の壁には朽ちた炉が映り、ここが棄てられた鍛冶場であることが分かった。西区(ウェスト)のどこかだろう。

体が鈍い。気絶していた影響で上手く動かない。助けを呼ばなくては。

声を出そうとすると肺が締まった。大きな声は出ず、代わりにキュッというみっともない音が漏れるのみ。

体を起こすことも出来ず這いつくばりながら出口を目指す。しかし、目的地に到着する前に引き留められた。

 

後ろにいたのは二人の男。

ダイロンとその後輩の………ギアンだったか?とにかく二人の冒険者だった。

そういえばダイロンは先日晴れてレベル3になったらしい。

 

「な…にを…して」

 

声が上手く出なくて苦しいが、問わずにはいられなかった。元々愚かしい男だったがここまで馬鹿な真似をする奴ではなかったはずだ。ファミリア間に大きな亀裂が生じかねない。普通の(ペナルティ)では済まないだろう。

 

「リリア………おれはなぁ!お前が前々から気にくわなかったんだよ!

雑魚の癖に俺より目立ちやがって!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴り散らすダイロンに戸惑う。ここまでの怒りを買った覚えはないし、そのような行動をするはずもない。

 

「こ…こんな…こと…したら」

 

「うるせぇ!

ぶっ殺す…ぶっ殺す…ぶっ殺す…」

 

明らかに異常。冷静でないどころか一種のトランス状態に陥っているようにすら見える。ギアンもダイロンの様子に戸惑っているが、怖くて声がかけられないようだ。

 

ダイロンの様子は酒に酔ったようにも見えるが、酒の匂いはしない。顔の赤くなりかたも泥酔というよりは、興奮といった感じ。

 

と、すればまず思い浮かぶのは違法薬物(ドラッグ)の使用である。違法薬物(ドラッグ)は感覚、及び身体能力を引き上げる代わりに精神状態を狂わせる副作用がある。思考能力が異常に低下するため、常識的にあり得ない行為を行ってしまうことが多く、使用はオラリオの法で禁じられている。

ギルドで背中のステイタスを見せ、『対異常』の発展アビリティがFを超えていることを証明しなければ手にいれることはできず、当然受け取った本人以外が使用することも法で禁じられている。

噂では大賭博場(カジノ)が不法に所有しているらしいが、ダイロンにそんなコネクションがあるとは思えなかった。

 

どちらにせよ私のピンチには変わらないので、原因は後で考えよう。現状を何とかするとこが最優先だ。

 

よろよろと立ち上がろうとするとダイロンが近寄ってきた。殴り飛ばされる。

右頬を強く殴られ、右回転をしながら吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられると、口から血と共に奥歯が落ちてきた。

 

助けを呼ぶしかない。情けない話だが強いものにすがらなくては。眼晶指輪(オクルスリング)でアイル兄さんに助けを求めれば直ぐに駆けつけてくれるだろう。

左手の薬指に精神力(マインド)を込める。しかし、反応はなかった。左手を見ると指輪がない。殴られた衝撃で外れてしまったんだろうか?

 

私の中でゆっくりと恐怖心が広がっていく。逃げられない、助けも呼べない、相手は自分より強い。考えれば考えるほど絶望的な状況を理解し始める。

ダイロンの振りかぶった拳は再度、私の頬を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は冒険者が嫌いだ。

人外の能力を得て増長する。得意気になって他人を見下す奴らばかり。サポーターを差別して、反論できないのをいいことに不当な要求を繰り返す。

兄のように正しく強くなることができるほど、人の心は強くなかったらしい。

 

私は(弱者)が嫌いだ。

体が小さく、才能もない。強い兄の陰に隠れてこそこそしている。冒険者に対して一戦を引いて、勝手に敵対心を抱いている。

兄のように果敢に格上に挑めるほど、私は勇ましくなかった。

 

 

 

 

 

 

ねぇ神様、どうして私は弱者(パルゥム)なのですか?

 

 

 

 

 

 

ダイロンの興奮状態は落ち着くどころか悪化の一途を辿り、私の体中、青(あざ)だらけ。途中で何度かギアンが止めに入ろうとしたが、結局ダイロンに怒鳴られて肩を縮こまらせてしまう。

外は既に夜を迎え、寝っ転がっている私からは星空が見えた。トンカントンカンと金槌が振るわれる音が五月蝿い。

 

目の辺りが湿っているが、それが血なのか涙なのか分からなかった。私は既に立ち上がることも諦めてサンドバッグに徹していた。

やがて、飽きたのだろうか、ダイロンは一つ大きな息を吐いた。それで冷静になってくれればよかったのだが、そうは問屋がおろさない。

ダイロンは腰に差してあったナイフを抜いた。考えなくても分かる。とどめだ。

 

後ろにアワアワしだしたギアンが映って、面白いなと思った。そんなことを思うくらい全てがどうでもよく思えた。

 

ダイロンが振り上げたナイフを下ろし始める。厭にゆっくり感じた。死の間際をこんなに長く感じさせるなんて、神様は性格が悪い。

 

ナイフが顔のすぐそこまで来たとき、「ああ、死ぬんだな」なんて、他人事のように思った。一瞬後には私は頭蓋を切り裂かれ脳を垂れ流しながら死ぬのだろう。願わくばもっと華々しく格好いい死に方がよかったが、(弱者)がそんなことを望むのは欲張りなのかもしれない。

 

後一センチ………五ミリ………三ミリ………一ミリ………

 

 

 

 

 

 

紫電。

私の目に映ったのは血でも脳でもなく雷だった。雷光に網膜が焼かれ光の残像を作る。私に分かったことはダイロンの右腕が肩からなくなっていることだけだった。

視線を右に移すと壁に、ナイフを握った右腕がナイフごと手の甲側からナイフに貫かれていた。

 

突然のことに安堵もできず、ただ困惑する。思考が飛んで呆然とする。

 

私は何となく、地面を這ってナイフのもとに行った。特に何か考えていたわけではない。本能のように、導かれるように。

 

ナイフを引き抜く。手に刺さっていたナイフは血塗れで真っ赤だったが、その下から確かに白銀に煌めきが覗いている。

見覚えがあるナイフ、一瞬で確信する。アイル兄さんの物だ。

 

『リリア、聞こえる?』

 

聞こえないはずの兄の声が聞こえた。幻聴ではない。音の方に目を向けると、丁度足下に眼晶指輪(オクルスリング)が転がっていた。先程落とした指輪が偶々近くにあったらしい。

 

 

『リリア………頑張って』

 

 

何が何だか分からない。全然理解が追い付かない。でも、直感的に分かった。直感が信じられないなら兄弟愛的なやつでいい。

 

兄も戦っているのだ。

 

きっと強い相手と戦っているのだ。勇ましく、或いは猛々しく。

それなのに自分はどうだ?兄の助けにすがり、あまつさえ勝手に絶望して諦めて…。

目の周りが湿ってきた。

今度は分かる。

涙だ。悲しいからではない。痛いからではない。でも、感動でもない気がする。まあ、何でもいいのだ。何となく涙が出ることだってあるだろう。

今すぐ兄と話したい。眼晶指輪(オクルスリング)に触れて精神力(マインド)を流せばすぐに語りかけられる。

しかし、この期に及んで兄に甘えようとする自分に失笑が漏れた。

やっぱり辞めた。兄には頼らない。

 

 

私は今日、初めて一人になる。

 

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

意味もなく叫んでみた。

何となく英雄っぽいと思ったのだ。

私らしくない。でも、今日くらい良いだろう。今日だけは、今だけは…

 

…私は冒険者なんだから!

 

 

ダイロンの様子はやっぱり大混乱で、右肩を押さえながら不恰好なダンスを踊っていた。しかし、私の雄叫びに驚いたようで今は少し落ち着いたようである。落ち着いたといっても元に戻ったわけではなく、その目は未だに狂気に染まっている。

 

兄の相棒を握りしめ、ダイロンを目一杯睨む。

戦闘の経験は浅いが、ナイフは比較的とっつき易い武器である。魔石の回収など以前から触っていた武器であるため、全く使えない訳ではない…はずだ。更に、相手は冷静でなく右腕もない。

しかし、それでも実際に戦えばダイロンに軍配が上がるだろう。レベルギャップは片腕の有無程度でひっくり返ることはないし、戦闘経験だって相手が上手(うわて)

アイル兄さんの言葉に依るところでは、素の能力と戦闘技能、経験、そして運が勝負を左右する要素らしい。

しかし、私は能力が低く、技能も乏しい。運に頼れるほど善行を積んでいない。

どう考えても絶望的な状況。でも、先程まで心を占めていた諦観の念は既になくなっていた。そんなものはアイル兄さんの一撃に吹き飛ばされてしまった。

ナイフを胸の前に構えて腰を落とす。

 

技術が乏しいなら真似れば良い

 

突撃。

私の思うそれとは比べ物にならないほど遅い。

錯乱しててもレベル3の冒険者、左腕で迎撃をしてきた。私の体は小さすぎて、ナイフを持ってもダイロンの腕よりリーチが短い。このままではいとも容易く払い飛ばされるだろう。

だから私は足を前に投げ出す。スライディングで回避する。直前で標的に沈没された腕は空をきった。

スライディングの勢いそのままにダイロンの股下を潜り抜けて背中をとり、振り返りながらナイフを突き出した。

レベル2の頃、アイル兄さんがよく使っていた技。当時のアイル兄さんはこの技でミノタウロスを乱獲していた。

 

格下に背中を簡単にとられるような冒険者がレベル3になれるはずがない。ダイロンは既に振り替えって対応を開始していた。ナイフと胴体の間に左腕が滑り込まれる。英雄ノ子(スキル)でもレベルの壁は超えられないため、ここを取り逃せば敗北するだろう。

 

ダイロンの左腕にナイフが刺さる。一瞬の硬直。

ナイフの性能が良いため簡単に刺ったが、筋力が足りないせいで胴体までいかない。

でも、ここで諦めたら今までの私と同じになってしまう。せっかくの勇気が台無しになる。それは嫌だ。

 

肩で股関節を押すようにして腰を落とす。そして、下半身の筋力をフル活用して斜め上に突進する。

リーユ姉さんがよく使う二段階突進技。本来は一度目の突進の衝突の瞬間に二段階目を解放して超高火力を実現する技だが、私にそれができるほどの技能はない。

しかし、ナイフが刺さった状態で再度全身突進を行えば、それなりの威力になる。下から突き上げるナイフにダイロンは首を反らす。

逃がさない。

気合いと根性で肩を捕らえる。切断能力の高い白銀の刃はダイロンの左肩を斬り飛ばした。

 

 

 

両腕を失くしたダイロンは絶叫しながら後方に倒れこむ。しかし、断末魔も長くは続かず、たちまち気を失った。元々失血多量だったのだろう。

正直、何もしなくてもダイロンは直ぐに気を失っていたと思うが、私にとっては確かに意味がある戦いだった。主に成長的な意味で…。

 

 

 

ああ、もう寝ちゃいたい。まだ、一人いるのに…。

大勝の後、すぐに気絶するのも英雄っぽいなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子をアイナは見ていた。

実はリーユに要請されてオラリオを探し回っていたのだ。本当はリリアが雄叫びを上げた辺りからいたのだが、そのタイミングで助けに入ってもリリアのためにならないと思い静観に徹していた。リリアの体が痣だらけなのを見たときは本気で(みなごろし)にしてやろうかと思っていたが、今ではリリアの勇姿を見れたことに感謝しているほど。

 

リリアも英雄の血族なんだな、なんて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のオチ。

私が気絶した後、アイナ姉さんがすぐに駆けつけてくれたらしく、救急で医者の元に運ばれた私は特に異常もなく全快していた。

ヘスティア様は私とアイル兄さんの怪我にひどくご立腹で、「エリスなんか潰してやるー!」と怒っていた。

 

ダイロンはエリスファミリアの団長のスキルに誑かされていたということが判明したが、明るみに出ることはないらしい。その代わり、ダイロンの処遇はロキファミリア内でそれなりに議論されたのち、三ヶ月の謹慎で片がついた。

事件の次の日にはロキ様がダイロンを連れて謝罪に来た。ダイロンも既に両腕を完治させたらしく、先日殺しあったばかりとは思えなかった。

ロキ様も自身の子供に手を出されたことにカンカンで、「エリスは潰しちゃる!」と息巻いていた。

 

後は特にいつもと変わらず、しいて言うなら私がレベルアップした程度である…。

 

 

 

 

 




リリア・クラネル Lv,3
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0
幸運:H 対異常:I

《魔法》
【トレード】
・二つ以上の物体の位置を入れ換える
・二つの物体の大きさに差がありすぎる場合不可
・消費精神力(マインド)は距離と重量に比例する

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備過重時に能力補正
・能力補正は重量に比例
英雄憧憬(イミテーション)
・使用者がよく理解している人物のステイタス、魔法、スキルの全てを一時的に模倣できる
本来(オリジナル)ほどの能力は発揮できない
・模倣対象によっては身体損傷(フィードバック)を受ける

特殊なスキルを発現したため、冒険者として戦闘することもできるようになった。しかし、身の丈に合わないものを模倣すると身体損傷(フィードバック)で、最悪即死する可能性もある。

詠唱
【トレード】
小人(ごども)子供(ごども)
英雄になれない小さきもの
弱者の小賢しい小さな悪戯


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紫宛の少女

今回の後半はごりごりに戦闘シーンです。

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街灯がない北区(ノース)は暗闇が支配している。僅かな月明かりと家屋から漏れでる光が数少ない光源であった。

普段ダンジョンに潜っているアイルたち冒険者は夜目が効くためほとんど問題はない。しかし、戦いずらいことに変わりはなかった。

 

四人いたのちの一番厄介な遠距離型の敵は不意打ちで倒せた。しかし、まだ三人残っていて、内二人はレベル6。団長のキコリが参戦する様子はないが、それでも圧倒的不利は変わらない。

平常時であれば逃走を視野に入れるような局面。しかし、アイルの頭には怒りが占めていた。冷静さを失っていないのは不幸中の幸いだが、選択肢から逃走が消えているというのは危険そのものである。相手の思考を言葉巧みに誘導できているキコリが一枚上手(うわて)だったというわけだ。

 

ナイフを失ったアイルは剣を抜く。左腰に刺した鞘から滑るように抜けた剣は闇夜で月光を跳ね返して光った。跳ねて走って、立体的な動きでフリードに迫り、迷いなく首を取りに行く。横一文字に振るわれた剣は大剣に弾かれた。一撃が圧倒的に軽いアイルはそれだけで大きくノックバックする。

フリードは鎧を着ている。こういった場合鎧の隙間を狙うのが常套手段だが、アイルの剣ならば鎧ごと両断できるだろう。しかし、アイルの剣は一向に届かない。何度も振るわれた剣は振るった数だけ弾かれた。

フリードは冒険者になって二十年近く経つ。対人戦は主神の意向上それなりにこなしてきた。圧倒的な経験の差が覆せない力量差として現れていた。

フリードは未だに反撃していない。アイルの手数を前に攻撃のタイミングを見つけられずにいた。しかし、フリードは焦らない。剣を着実に防ぎながら隙を伺う。

 

それに対してアイルの注意は散漫だった。敵は後二人いるため集中しきれなかったのだ。それでも剣閃がぶれないのは日々の鍛練と才能の賜物だろう。

キコリはともかくアイセルも未だに仕掛けてこない。槍を地面に突き刺し、腕を組んで直立していた。

 

アイルの目標はキコリである。取っ捕まえてギルドに引き渡したいと思っていた。しかし、アイルがそこに到達するには目の前のフリードとアイセルを倒さねばならない。しだいにアイルの剣筋には焦りが映るようになっていった。

 

アイルの剣の乱れをフリードは見逃さなかった。僅かに緩んだ一撃を見切り大剣で押し返す。後ろに大きく仰け反ったアイルの隙を見逃さず大剣を叩きつけた。

ここにきて初めての反撃にアイルは防御を遅らせる。細剣は防御には不向きである。不壊属性(デュランダル)の剣が折れることはないが、重さが足りないため容易く吹き飛ばされた。

地面を転がりながら受け身を取り、すぐに剣を正眼に構える。復帰は早いほど良い。すでにアイルの息は上がっていた。体力のないアイルはどんどん動きを鈍らせる。

 

攻守交代。

フリードの攻撃をアイルが受ける。受けるといっても弾くのではなく、剣の腹で滑らせるようにして受け流していた。それなりに高度な技術ではあるが、高度な技術であるため長くは続かない。しだいに剣先がかするようになっていきアイルの体に傷がつき始める。一度アイルはわざと剣を受け、後ろに大きく飛ぶ。

 

着地するやいなや腰に手を伸ばした。しかし、目的の物は手に入らない。ナイフと剣だけ持って飛び出してきてしまったアイルは、回復薬(ポーション)を持っていなかった。ダンジョン探索のときは必ず腰にさしてある。

一瞬の隙の後には大剣が男と共に飛んでくる。大剣は重いため突進技が行いにくく、隙が大きいが、実際に当たれば強力な攻撃になる。直前に剣を滑り込ませたおかげで串刺しは避けられたが無様に吹き飛び壁に突っ込む。受け身すら取れずに壁と衝突したせいでおもいっきり石壁にめり込んだ。全身を圧迫するような痛みに意識が飛びそうになる。無論失神はしないが頭部を揺らされ少なくないダメージをうけた。

一撃入れれば可能性はあるが、そんな隙はない。

 

フラフラになりながらも剣を構える。目の前にいる敵はいつの間にか槍を持つドワーフに変わっていた。時間で交代にするつもりだったらしい。

剣を水平にして先をアイセルに向ける。十分な屈伸の後、突進。地面を抉りながら突っ込むが、思ったほどのスピードが出ない。

大した速度でもない突進は容易く槍に払われる。そして、突きの乱打。大槍なのに軽々と突きまくり、アイルは防戦一方。剣を必死に滑り込ませるが思ったように体が動かず、数度肉を抉られる。

アイセルは回転しながら槍に勢いをつけ始めた。隙だらけだがアイルは動けず、回転槍の一撃を受けてしまった。

血を撒き散らしながら飛んでいき、地面を転がる。体がうまく動かない。

 

不審なのはいくらなんでも強すぎることである。アイルのスキルを考えれば、ステイタスの面では決して遅れをとっていないはずだ。

最も可能性が高いのは『能力上昇薬(ステイタスブースター)』の使用である。青い気化薬は血液に溶けて全身を巡り、ステイタスを跳ね上げる能力がある。副作用が凄まじい代わりに強力な効果を持つ劇薬は、比彼の戦闘力に圧倒的な差を生み出していた。

 

「お前はまごうことなき天才なのだろう…」

 

そしてもうひとつ彼らの間に差を与えていたもの…それは。

 

「しかし、才能だけで我らの二十年は破れないぞ!」

 

やはり、圧倒的経験差。一人の天才では絶対に超えられない経験の壁。アイルの知らない、対人戦特有の立ち回りを用いてアイルを捩じ伏せた。

 

敗色濃厚

 

それでも…と立ち上がるのはアイルらしい。

しかし、ただそれだけで微笑んでくれるほど勝利の女神は甘くない。痛みに耐え、絶望を捩じ伏せても勝ちは手に入らない。

次の一撃で動けなくなり、その次の一撃で死ぬのだろう。もしかしたら、動けなくなったら主神の元に連れていかれるのかもしれない。

 

両足に力を入れて立つ。

しかし、アイセルの一撃は無慈悲にアイルを地に沈める。

這いつくばったアイルは槍を振り上げるアイセルを見上げていた。

 

 

 

「やめてっ!!」

 

 

 

これはヒロインが英雄を助ける物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月に住みたいと思っていた。

誰もいない星で、誰の()も見ずにゆったりと、ゆっくりと…。

母は早くに亡くなった。父は私をスラム街に捨てた。

疫病で死にそうな、或いは屍となった老人が道に転がり、人拐いが頻発して、路地裏には顔のない小動物の死骸が転がる。そんな場所。

 

他人を信用しないと誓った。

私を呪った精霊を何度も呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

街中を疾走する。滅多に走らないから、肺がぎゅうってなって痛い。すれ違い行く人々の死が走馬灯のように流れていく。

 

 

『アイル・クラネル誘拐!?』

 

 

街の人は皆一様に同じ速報を見ていた。アイル・クラネルが誘拐されたという目撃情報がギルドに届いたという。人々は英雄が帰還しているときに子供を拐うとは大胆なことをするな、と思っていた。

 

恐らくこの街で私だけが想定できること。

あの優しい少年は、精霊の子孫は私のせいで拐われたのではないか?だとしたら北区(ノース)のあの場所にいるのではないか?

違ったら違ったでいい。ただ、確認するためだけに走っていた。

 

夜の北区(ノース)は相変わらず薄暗く、何度も何か分からないものを蹴飛ばした。つまづいて体制を崩したり、壁にぶつかったりしながら目的地まで走る。

恩恵もない私の肉体はそれだけでボロボロで、あちこち擦りきれて血が滲んでいた。

 

近付けくと私の耳にも金属同士の衝突音が聞こえてくる。後もう少し。入り組んだ路地を何度も転けながら抜けると、地面に伏す白髪の少年と槍を振り上げるドワーフが目に入った。

 

「やめてっ!!」

 

無意識の内に声を張っていた。とどめを邪魔された大男は槍をこちらに向ける。この場全員の警戒が私に向いた。幾重もの死線を潜ってきた男たちの殺気には足がすくむ。膝が震えて、腰が抜ける。

でも、それでもと立ち向かう。

 

「あなたたちの標的は私のはずです!

彼は関係ないでしょう!?」

 

「…なん…で…ここに?」

 

白髪の少年は震える両腕で立ち上がりながら問う。

 

「…何となくです。何となく助けたかっただけです…」

 

我ながら随分と下手な照れ隠しだなと思った。

 

「なぜ、彼に手を出したのですか!」

 

先日顔を合わせたばかりの、もう二度と見たくないと思っていたキコリの顔を睨む。

 

「ははっ、ははははははははっ」

 

突然狂ったように笑い始める狂人に尻込みする。狂気によって動かされる表情筋は愉悦を表現していた。

 

「皆、馬鹿すぎる!全部俺の思い通りだ!

ははははははははっ」

 

「何を言って…」

 

「お前なら来ると思ってたよ、シーナァ!

この坊主が誘拐されたって噂を流せば、頭ん中お花畑なお前なら助けたくなっちゃうよなぁ!」

 

全て作戦通り、そうこの男は(のたま)う。

つまり私はまんまと釣りだされた訳だ。自分から、助けの望めないこの場所に。

 

キコリはどすどすと得意気な音をたてながら私に近付いてくる。三日月型に吊り上がった口が気色悪い。

 

キコリの右腕が上がった。そして、振り下ろされる。素人の私から見ても分かるほど、武術も何もない平手打ち。しかし、私の体は面白いくらい吹っ飛んだ。

これで昏倒しなかったのだから意外に私の耐久は高いのかもしれない。

 

ニタニタした狂人は二撃目を繰り出さんと近付いてくる。

 

「待て!!」

 

今度は少年のストップが入った。

ゆらりのろのろと立ち上がった白髪の少年は苛烈な殺気を振り撒いていた。

 

「彼女をどうするつもりだ?捕らえても、オラリオの中じゃ売り捌くこともできないだろ」

 

オラリオは世界一安全な巨大都市。当然人身売買も禁止されていて、発覚すれば厳罰が下る。買った側にもリスクが生じるため、ほとんど売れることはなく、その商売は何年も前に衰退していた。

 

「分かってないなーぼっちゃまは。こいつには特殊な能力がある。こーゆー奴は北区(ノース)の研究者どもに高値で売れるんだよ」

 

「研究者…」

 

「まっ、どーしても買い手がつかなかったら、南区(サウス)の娼館にでも売るかな?」

 

「お前はどこまで…」

 

 

 

少年の突進。キコリを害さんとする細剣は直前に少年ごと大剣に払われる。

ごろごろと転がっていく少年は血塗れで、とてもではないが戦っていて良い状態ではない。それでも、腕に力を入れて立ち上がろうとする。

 

「やめて………もうやめてよ…。私のことなんてほっといて逃げてよ…。

言ったでしょ………『関わらないで』って。」

 

声は飛び飛びで息も絶え絶え。やっと、私が泣いてるんだって気づいた。これがどんな種類の涙なのか私には分からなかったけど…。

 

「そんなこと…できないよ。知っちゃったんだ………助けたいって思うだろ?」

 

少年の心は優しくて、それが私には辛くて。

 

「私はあなたに助けてもらえるような人じゃない。だって…だって私は………」

 

パンッ、と乾いた音が響いた。私の体が宙を舞う。キコリに殴られたんだと分かった。

 

「あのねー、お涙ちょうだいの物語は要らないんだよ。そういうのは他所でやってくれる?」

 

まったく、空気の読めない男である。

無様に地面に転がった私の意識がまだ保たれているということは、やはり私の耐久は優れているらしい。

 

少年は未だ諦める気配が毛ほどもなく、拳を地面に突き立てながら立ち上がろうとする。何度も突っ込んで、何度も弾かれて。

私には速すぎて見えないが、彼に勝機がないのは明白だった。素人の私にだって分かるのだから、当の本人だって分かっているだろうに。

 

なんで何度でも立てるのですか?

どうして諦めないのですか?

どうやったらあなたのように強くなれますか?

 

「止めて、もう止めて…。私を助けないで!

死にたいの!もう死にたいの!」

 

英雄は止まらない。

 

私のために傷ついていく彼を見ていられなくて、或いは私にない心の強さが厭に怖くて…私は目を逸らした。

彼は私のために戦っているのだ。目を逸らすなど無礼であろう。そんなこと、分かっているのに………分かってるくせに………。

 

痛みで朦朧としながら夜空を眺める。

円形の名月は夜雲の合間を掻い潜り、空から覗き見しているようだ。何とはなしに手を伸ばしてみる。あれから何年も経った私は既に手が届かないと知っていた。それでも意味もなく手が伸びていく。

私の視界では手にすっぽり収まっているのに…

月に住みたい。今でもそう思っている。一人で、孤独に、誰とも関わらず。

 

だって私は『化け物』だから。

 

私の上がっていた手は蹴り飛ばされ、踏みつけられた。バキバキと右手の骨が()り潰されて、余りの激痛に思わず(あめ)く。

 

月はなにもしてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憤怒は七つの業に数えられるほどの大罪とされる感情だが、時として英雄を奮起させる。少女の悲痛な叫びは英雄を励起した。

 

怒りという糧を得たアイルは再度突進を行う。弾丸のような速度で低空を飛来して剣を掲げる。

当然、フリードが間に入ってくるが勢いそのまま叩きつけた。先程と同じ様に響く鈍い音。先程と違うのはアイルが押し返されなかったことである。

助走によって生まれたエネルギーを余すことなく一撃に籠める。滑り込ませた大剣の上から細剣を捩じ込み、フリードを押す。そのまま、フリードを弾いて、たたらを踏ませたら、崩れた姿勢を見逃さずもう一撃。

石畳の地面を踏み抜きながら二撃目を放つ。怒りの感情は威力として剣に乗り、高い火力を実現していた。

 

大剣は防御に向かない。小回りの効きずらい剣では速い攻撃に対処できない。

損傷(ダメージ)を負うことでアイルはさらに速くなっている。フリードはしだいに捌ききれず、鎧の隙間に剣が滑るようになっていく。

 

当然、アイセルも見ているだけではない。

大きな槍を構えて突進。槍の突進技は剣のそれより突貫能力が高く、防ごうとしても吹っ飛ばされる。超高火力の突進がアイセルの必殺技であった。

同時にフリードは後退。大剣を無理矢理振るい一瞬距離を取る。息ぴったりの交代(スイッチ)でアイルに槍の突進を受けさせようとする。

 

しかし、これはアイルが誘った展開。

柔軟な足首、膝、股関節を限界まで曲げながら体を前に倒し、アイセルの膝下辺りまで落ちる。ここまで低いと膝蹴りすら当たらない。地面すれすれまで沈んだ後、起き上がる力を利用してアイセルに一撃入れる。胴体を逆袈裟に斬りつけて、ついでに回し蹴りも加えた。

アイセルは抵抗せずに蹴られた勢いのままに飛んでいく。アイルから離れ行くアイセルの陰からフリードが現れた。交代(スイッチ)だ。

フリードはスイッチを利用して既に回復薬(ポーション)を飲み、傷は塞がっている。

対人戦の経験が豊富な彼らは交代(スイッチ)を上手いこと活用していた。

アイセルを放っておけばすぐに回復されてしまうだろう。

 

アイルもアイセルを追うように駆け出す。フリードが剣を構えるのを気にせず体を沈めた。元より体の小さいアイルは前傾になるだけでさらに的が小さくなる。

フリードも同様に腰を落とした。迎撃するために姿勢をアイルに合わせる。

剣を後ろに引いたアイルとフリードはお互いの剣をぶつけ合う………ことはなかった。

衝突の直前、アイルはいきなりジャンプする。アイセルの突進のこともあり、下にばかり注意が向いていたフリードは突然視界から消えたアイルに驚いた。

 

対人戦において、驚愕はすなわち敗北。

アイルはフリードの頭頂部を足場にして前転しながら側頭部後方に剣の柄を叩き込む。

乳様突起と呼ばれる人間の急所であり。攻撃されれば激痛と平衡感覚の喪失を引き起こす。

 

バランスを失い、立てなくなったフリードの後頭部に容赦なく踵落としをお見舞いする。レベル差がなければ即死コースだが、恐らく大丈夫だろう………はずだ。

『神の雫』を使えば死んでなければなんとかなる………と思う。

 

兎にも角にも今はアイセルが先決。

既に回復薬(ポーション)を一つ飲んだようで幾分か回復しているようだが、まだ体には生々しい傷が残っていた。二本目を飲まれる前に距離を一気に詰める。

 

アイセルに見られた途端、速度が幾分か落ちた。しかし、止まらない。スキルか何かだろうと当たりをつけながら突っ込む。抑制されても尚、元の速度が速いので刹那の後に距離を詰めることができた。あと、数M(メドル)で二つの影が交差する。その時………

 

アイルは剣を捨てた。

 

 

大槍は突進も強いが迎撃も強い。手数が少ない分、カウンターで攻めるのが一般的でアイセルもそれを行おうとしていた。

 

正面戦闘が不利だと感じたアイルは剣を捨て、ついでに腰の鞘も装備解除(キャストオフ)したのだ。

細剣は軽いといったが、不壊属性(デュランダル)の剣ともなればそうはいかない。レベル2程度では重くて振れないくらいの重さはある。

故にそれを手放せばさらに加速する。

直前にいきなり加速したアイルにアイセルはついていけない。何とか振るった槍も勢いが足りず、槍の下を潜られてしまう。

 

タイミングずらし(チェンジ・オブ・ペース)

人間は何かとリズムを取りたがるため、戦闘中でも独自のテンポやペースを持っている。しかし、そこを崩されると十全なパフォーマンスができない。

対人戦では常套手段であり、また高等テクニックでもあるが、アイルがそんなテクニックを磨いているわけがない。アイルは感覚…すなわち才能だけでそれをやってのけたのである。

 

無防備区域(間合いの内側)に入り込まれたアイセルに為す術はない。限界まで接近してしまうと、体が小さいほど有利になる。

 

ここからはアイルの独壇場。

アイナ式組手術で内蔵を狙う。

 

「ケラヴィスッ!!」

 

肝臓に左手で手刀、心臓に右手で貫手、脾臓に左肘で肘鉄、賢臓に右手で裏拳、肺に両手で掌打を、魔法と共に叩き込んだ。

 

速攻魔法は付与魔法ではないため(アイルの裏技を除いて)基本的に付与はできないが、素手の場合のみ例外である。速攻魔法は発動の際に手から発生するため、行使速度を利用して攻撃の度に詠唱すれば擬似的な付与魔法にできる。

 

五臓掌(ごぞうしょう)(いかずち)を添えて~

五臓掌をフルコースで完食したアイセルは呆気なくその意識を闇に落とした。

 

 

残るはキコリのみ。

アイルの殺気は冷たい夜をも切り裂き、キコリを震え上がらせる。その顔にもう余裕はない。

 

「ま、待て!!それ以上俺に近づいたらこの女の命はないぞ!」

 

三流悪党の常套句を口にしながらシーナの首に手を当てる。確かにレベル4のキコリならばいとも容易くシーナを殺せるだろう。

しかし、相手が悪い。

 

「…ケラヴィス」

 

レベル4の動体視力では雷を見切るなど不可能。ましてキコリは普段、まったく戦闘をしない。そんな男が雷属性の速攻魔法という速度最強魔法を認識できるはずもなく、紫電は容易く顔面にクリーンヒット。

焼け爛れたその顔面をアイルは殴り抜いた。

 

一件落着。

ここからは英雄と姫の甘々物語といきたいところだが、生憎英雄は大勝したらすぐに気を失うと相場が決まっているらしい。

何か言おうとしたアイルの口からはついぞ何の言葉も出てこず、英雄はその場に倒れ伏した。

 

シーナの口から(こぼ)れた「…ありがとう」が聞こえたかは永遠の謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実を言うとこの戦場にも傍観者がいた。傍観者というよりは保護者だが。

高レベルの冒険者が何人も揃っているにも関わらず、その誰にもバレずに静観できる者は限られていて……………つまり、ベルである。

シーナが到着した数十秒後には到着していた。

 

ベルはアイルの憧れが自分であると知っている。

故に、あの場でアイルを助けることがどういうことを意味するかを理解していた。誰よりも…。かつて、彼女に憧憬を抱いていたベルだからこそ。

 

アイルに命の危機が迫ったとかならいざ知らず、そうでもない限りベルが干渉することはないと心に決めていた。

 

 

少女がアイルを担ごうとしている。しかし、うまくいかない。それはそうだ。少女もボロボロである。終いには少女も倒れた。

「ちょっと位助けるのはいいか」と、結局自分ルールに甘いベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は次の日、先日と同じ客室で目が覚めた。話に依るとベルさんが運んでくれたらしい。

リリアさんも無事帰還し、後日ロキ様直々に謝罪に来ていた。

 

ヘスティア様はリリアさんと白髪の少年の怪我にひどくご立腹で、「エリスなんか潰してやるー!」と怒っていた。

 

ロキ様も自身の子供に手を出されたことにカンカンで、「エリスは潰しちゃる!」と息巻いていたのも印象的だった。

 

白髪の少年は三日も眠り続けた。何でも、つい一週間ほど前に回復薬(ポーション)を大量に使った治療をしたばかりで、中毒を防ぐために回復魔法のみの治療にしたらしい。そのせいで体力を持っていかれ、三日も寝たそうである。

 

ベルさんが私たちをホームまで運んだ後、もう一度現場に戻ると既に、『大鷹(メガロ・ボウ)』、『大獅子(ギガ・クシフォス)』、『大犀(マグナ・ランス)』は逃げていたそうだ。仕方なく、『悪意(ヒール)』だけを回収しギルドに渡したらしい。処遇は決定していないが、とりあえず牢獄に入れられたという記事は読んだ。憎まれっ子にも盛者必衰が適応されるというわけだ。

 

 

後、話す事といえば、私がヘスティアファミリアに入団した程度である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水面から浮上するように意識が戻り始める。

神経が開通していないのか、目がよく見えず耳もよく聞こえない。しだいに、意識が覚醒し始めると、白昼の陽光と風に(なび)くカーテンが目に映った。

天井と壁際しか見てないが、ベッドの感触と合わせて自分の部屋だと分かる。

 

ふと気配を感じ横を向くと、紫の少女がいた。

 

「おはよう。アイル」

 

白昼夢のように幻想的で………

…というか、実際夢だったのかもしれない。

 

 

 

 




シーナ・ラジエラ Lv,1
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0

《魔法》
なし

《スキル》
紫宛血統(ラジエラブラッド)
・自身を除く人の死の運命を見る


アイル・クラネル Lv,5
力:F370 耐久:F305 器用:E408 敏捷:D592
魔力:G259
幸運:G 対異常:G 逃走:H 治力:H

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正


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閑話:ティオ、フィーネ、+α
(しとね)を共に


さあ、やって参りました日常編
正直、戦闘シーンよりこっちの方が好きなんよ…
今回はティオが主役です
微エロなんでご注意を
(あくまでR18に抵触しない範囲です)

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以前も言ったと思うが、アイルはティオを苦手としている。

当然、理由がある。今回はそれを語ろう。

それは四年前、アイルが10歳の頃に遡る………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、アイルとティオはとても仲がよかった。年が同じであるため、ダンジョン入りの時期も同じであり、上位冒険者に案内されながら二人でダンジョンを経験していた。

もっと遡ると、ダンジョンに行けるようになる前は同じ武道の師を持ち、『力のティオ』、『技のアイル』みたいな感じで、良い感じに切磋琢磨していたこともある。

 

しかし、二人の実力が拮抗していたことはない。アイルは生まれ持った才覚で、いつもティオの先を行った。負けじと努力するティオの成長も凄かったが、周りの注目はアイルにばかりに向く。

ティオがまだ十分に大剣を扱えていない段階でアイルは既にナイフを使いこなし、細剣の修行に入っていた。武道の習得もアイルの方が早く、師匠の免許皆伝を受けたのはアイルの方が半年近く早かった。

 

嫉妬していた時期もあった。しかし、ダンジョンに潜るようになるとどうでもよくなっていく。優れた冒険者になる者は他者の能力に羨望はしても嫉妬はしない。

命と隣り合わせの戦闘を経験していく内に、命のやり取りを経験する内に、アイルへの嫉妬は興味へと変わっていった。どんな大人になるのかと。

 

そもそも、アイルは二年も前にレベル2へと昇格しており、アイルとティオはすぐに別行動になっていく。リーユと共にどんどん下の層へと下っていくアイルに一抹の寂しさを感じながら、上層での戦闘を日々繰り返していた。

 

しかし、半年が経つ頃になっても頻繁に二人でダンジョン攻略に挑んでいた。ティオがアイルに乞うていたというのもあるし、アイルがずっと一緒だった妹と離ればなれになるのを忌避したというのもある。

異なるファミリア間での合同攻略は強豪ファミリアとして誉められたものではないが、両ファミリアの主神共に黙認していた。

 

ティオはアイルの戦闘を見るのが好きだった。華麗で流麗で滑らかな動き。ゴブリンの群れを容易く捌くアイルのナイフは、技を持たないティオにとっては憧れでもある。

アイルの天性の空間認知力は小回りの効くナイフとベストマッチしていた。私も負けじと大剣を振るうが、ダンジョンの壁に何度もぶつかり、振り回され、となんとも不格好。

大剣がダンジョンに向いていないのではない。私の技術が未熟なだけである。

 

もう少し下に潜ってみる。実はティオは初めての層だったが、アイルには言わなかった。

 

ティオは初めての相手に苦戦を強いられた。キラーアントは仲間を呼ぶ習性が厄介と言われるが、レベルが低い冒険者からしたら単体でも驚異になる。それが、群れるのだ。

 

ティオはキラーアントの攻撃をくらう。未だに上手く戦えないティオにとっては上層すら危険区域のようだ。

ティオはしだいに劣勢を勢いづけ…死にそうになる。

 

さすがにアイルも異変に気付き、急いで『反怪物香(アンチ・モンスター・ステンチ)』を焚きながら近寄ってくる。

ナイフを投げてティオの目の前のキラーアントを仕留める。続いて腰の剣を抜きながらキラーアントに応戦する。

 

ギルドで買った安物の剣であるため斬れ味は余り良くない。

アイルは修行中と言っていたが、その剣はキラーアントを次々と屍に変えていった。器用に持ち替えながら、敵を薙ぐ。

右も左も同じ様に剣を扱えているし、見ないで背後の敵を斬る。高位の冒険者とてここまで上手く扱えはしない。剣の師匠が異常なせいでアイルの感覚がおかしいだけで、アイルの技術は既に修行のステージを突破している。

レベル2からしたらキラーアントなど大したモンスターでもないが、この大群をティオを庇いながら戦えるのはアイルの戦闘センスに依るところが大きかろう。

 

しかし、やはり安物は安物。斬り飛ばした敵が二十に届こうかというときにアイルの得物は折れた。細剣はその名の通り細いため、非常に折れやすい。アイルは武器を失った。

 

それでもアイルが焦ることはない。得物がないなら素手で戦えば良い。

拳を握り殴りつける。回し蹴りで魔石を砕く。

最終的にはアイル一人でキラーアントの大群を撃退した。

 

 

 

天才の戦闘。

ティオが憧れるのも頷けよう。

 

結局ティオはアイルの助けを借りながら一日の探索を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

クラネル家の兄妹はお互いの誕生日を祝うのが通例である。毎年プレゼントを用意して祝っていた。

両親がいないことも多いため、寂しさを紛らわすためにパーっと派手に祝うのだった。

 

アイルとティオは同じ父のもと、違う胎から同じ日に生まれた。アイルの方が早く生まれたため、アイルが兄ということになっていた。

誕生日パーティーを同時にこなされる二人は当然主役も半分こ。毎年同じ日に二人揃って祝ってもらっていた。

 

兄妹たちは二人に一個ずつ、つまり二個プレゼントを用意するが、アイルとティオはお互いにプレゼントを贈らない。

数年前に話し合って、そういう取り決めにしていた。

 

寒さの厳しさがピークを迎える季節。空気が凍てつくという表現が似合う時期に二人は生まれた。違う世界だったら恋人たちの日(バレンタインデー)だったかもしれない日。

 

季節特有の澄んだ空気は星座観賞には丁度いい。アイルはファミリアの屋根で星座を観賞していた。隣にはティオがいる。

パーティー用の飾り付けをするから出ていろと言われたので、夜空を見に来ていたのである。ちなみにティオはアイルを見ている。

 

ティオの視線はアイルに一心に注がれる。白い髪も、黄金の目も、アイルの口から漏れる白い息まで。

 

ティオは今日のダンジョンでのアイルの活躍に目を輝かせていた。

アイルの目は星座から離れない。

ティオは憧れているのに、アイルは興味なしといった様子。

 

手は深く繋がれているのに、心は全く絡んでいなかった。

 

 

 

 

 

誕生日会はつつがなく例年通りに行われた。

ベル達は帰還が間に合わず出席していなかったが、大人は何人か来ていた。

ヴェルフ、ヘスティアはいつもホームにいる面子であり、エイナも忙しい仕事の合間を縫って顔を出してくれた。ロキも飛び入りで参加し、春姫も出席してくれたようである。

 

 

春姫はベルパーティーの一人だが、探索には同行しないことが多い。理由は単純。実力である。

探索が進むにつれ春姫はお荷物になっていき、途中でホームでお留守番することを自分から提案した。

もう何年も前の話だが…。

 

現在では春姫はベルの物語を紡ぐ小説家になっていて、かなりの人気がある。

さもありん、ベルの勇姿を間近で見ていたパーティーメンバーとそんじょそこらのモノカキの書く物語とでは、リアリティーと迫力において圧倒的な差がある。出版される春姫の本は毎度飛ぶように売れ、収益も洒落にはならない。

ファミリアの資金に一番貢献しているのは地味に春姫かもしれなかった。

 

それはともかく、本日のパーティーも派手だった。二人分のお祝いということで、ケーキはかなりデカい。飾り付けも無駄に豪勢で、美味しそうな料理がずらりと並ぶ。うちのファミリアで料理ができる人なんてほぼいなかったと思うが、どうしたのだろう?

 

「…プレゼントです」「どうぞ」「大切にしてねー」「はい、これあげる!」「使ってください」

 

以下順番に、リーユがマフラーを、リリアが手袋を、アイナはコートを、夏姫は帽子を、フィーネはセーターを二人にそれぞれプレゼントした。他の兄妹は諸々の事情で不参加である。

この被らなさを見るに、恐らく皆で相談しながら買ったのだろう。微笑ましいことである。

毎年こうして冬物がまとめて二人にプレゼントされるので、アイルとティオは冬の間だけペアルックになっていた。

 

ヘスティアとロキはどっちのプレゼントが優れているかで喧嘩していた。時間の無駄である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜遊びをする子供はミノタウロスに拐われる。

 

そんな脅し文句を聞いて育ったアイルは、基本早寝早起き。姫以外も拐ってくれるとは、最近のミノタウロスはサービスが行き届いているな。

実際問題、今のアイルならミノタウロスが現れても普通に倒せるが、染み付いた習慣はそういうものではない。アイルはパーティーがお開きになるとシャワーをささっと浴びてさっさと床についた。

 

パーティーに参加したヘスティアファミリア以外のメンバーは、夜も遅いということで客室に泊まっている。

 

 

事件はその夜おきた。

 

 

寝苦しさに目を覚ます。深夜に目を覚ますことが余りないアイルにとって不審であり、不安であった。

窓の外からは半月の月光が注ぎ込み、星々が煌めいている。

腹部に重みと生暖かさを感じる。布団を捲れば正体も分かるだろうが、それができるほどの勇気を求めるのは酷というものだろう。まだ十歳の少年には幽霊の可能性を排除する人生経験はなかった。

 

「一旦落ち着こう。幽霊(ゴースト)系のモンスターは何が有効だったっけ?」

 

『ダンジョンスクール』二ヶ月中退という、低学歴の猛者たるアイルにはその知識がない。というか、全然落ち着けてない。

 

しかし、いつまでも茶番をしていてもしょうがないので、勇気を振り絞って布団を捲る。冷気が布団の中に入り込んで体を震わした。

中に見えたのは二対の目、幽霊にしては黒い肌、どこか見覚えのある面立ち……というか、ティオだった。

布団を閉じてティオを一旦しまい、思わず天を仰ぐ。天を仰いでも見慣れた天井しかなく、三つの染みが人の顔みたいだなと思った。

 

現実逃避をしても現実は変わらない。

「あの染み、ギルドの受付のお姉さんに似てるな…」という、しょうもない逃避旅行から帰って来て、現実と向き合う。ぶっちゃけ向き合いたくない現実がそこ(布団の中)にはあった。

 

掛け布団を再度捲るとやはりティオがいた。心なしか先程より上の方にいる気がする。さっきは腹の上だったのに今は胸の上にいた。

 

「ね………眠れなかったの?」

 

ゆっくり首を振るティオ。何か分かんないけど妙に艶かしい気がする。

 

「じゃあ、何してるの?」

 

「アイルに誕生日プレゼントあげてなかったよね?」

 

「うん?うん…そういうふうに決めたもんね」

 

何年も前からお互い贈りあっていない。

 

「だから…私がプレゼント」

 

「はい!?」

 

普段と同じ状態には見えないが、酒の気配もしないし寝惚けているようには見えない。いつもおかしな言動をする娘だが、今日は明らかに様子がおかしかった。

 

「私のプレゼントはアイルで…」

 

「何言ってるの?」

 

ティオはぐいぐいとアイルの背中に回された腕を締め、アイルに密着してくる。

 

「ねぇ、アイル…」

 

年に似合わない色気を携えた黒瞳はアイルの金眼を射ぬく。お互い今日、というか昨日11歳になったばかりの子供だが、その雰囲気はどこか大人のしどけなさを含んでいた。

 

 

「私と………エッチしない?」

 

 

「…え?」

 

幻聴かと思った。否、思いたかった。

ティオの瞳に宿っている色気の正体は色欲。ティオは己が欲求を満たすために布団に潜り込んだのだった。

 

 

アマゾネスは本能的に強い雄に惹かれる。

ティオにとって最も身近な強い雄はアイルだった。或いは、その内に秘めた才能に惹かれていたのかもしれない。

アマゾネスには近親愛に対する生物的忌避感がほとんどない。アマゾネスはその種族の特徴上、近親に男がほとんどいないからである。

 

 

ティオは短絡的で本能的だった。

「アイル好き………エッチしよう!」みたいなノリでアイルの布団に突入した次第である。

 

それに対して、アイルは一般的。近親愛に対する忌避感は普通にあるのでとりあえず拒絶を選択。

ティオの肩に手を置いて引き剥がした。

 

月光に照らされたティオは美しかった。

しっとりと艶やかな黒髪、細い鎖骨、嫋やかな肩、程よく筋肉のついた腕、なだらかな胸とその頂点に位置する桜色の………

 

「………えっ?」

 

()

 

まあ、ティオがこれからしようとしていたことを考えると当たり前なのかもしれないが………。

 

「ちょっ、ちょっと、服ぐらい着てよ!」

 

「えー、どうして?昔は一緒にお風呂とか入ったじゃん…」

 

「昔はむかし、今はいま!」

 

確かに二人はお風呂にも一緒に入っていたが、ある程度成長してからしばらく一緒していない。裸なんて今更だと思っていたが、アイルの記憶にあるそれより大分成長した体に不覚にも少しドキッとした。

 

「いいじゃん………ちょっとだけだから」

 

「ちょっとだけって何!?」

 

引き剥がされたティオはアイルをベッドに押し付けるようにして拘束してくる。レベルはアイルの方が上だが、力特化のステイタスと乙女のパワー的なアレのせいでアイルは振りほどけずにいた。

 

右手でアイルを拘束しながら器用に左手で服を脱がしてくる。いつもは不器用な癖に妙なところで器用な奴である。

 

アイルの服は着々と脱がされていき、既に上の寝巻きは脱がされてしまった。そして、ズボンに手をかけた………その瞬間、ティオの手が止まる。

 

「エッチって何すればいいの?」

 

「………は?」

 

何すればいいのかも分からないまま、勢いでこんなことをしたのか。アイルもその辺の知識は疎いが、もうワンステップ、ツーステップくらいは知っている。

 

何はともあれ、この隙を逃すアイルではない。一瞬でティオの右手をほどき、寝巻きを掴んで駆け出す。廊下に飛び出て寝巻きを着直しながら、隣室のリーユの部屋に飛び込んだ。

 

「リーユ姉さん!起きて、そして助けて!」

 

「………どうしました?」

 

寝惚け眼を擦りながらリーユは問う。元々寝起きは悪い方ではないが、深夜も真っ直中のこの時間は誰だって熟睡している。起こされれば意識がはっきりしないのも当たり前かもしれない。

 

「アイルゥ~、どこ行くの~」

 

「………だから服着てよ!」

 

隣室とはいえ、廊下を裸で歩いてきたんですか?ティオさん。

普通に変態な行動にさすがのアイルもドン引いていると、どうやらリーユも目覚めたようである。そして絶句。姉弟揃って妹にドン引きしていた。

 

「何………してるんですか?」

 

「アイルと子供作ろうと思って」

 

「ファ!?」

 

真っ赤なお顔のリーユさん。

そういったことに免疫がないのは親譲りですね。

 

 

 

 

 

「………アイルは部屋に帰って寝ててください」

 

呆れが多めに内包された声でリーユは言う。

 

「…了解」

 

「私は?」

 

「ティオはここに残ってください」

 

 

 

アイルはすごすごとティオの横を通過して自室に帰る。

別に寒い訳ではないが頭まで布団を被った。

隣の部屋からはリーユの説教が聞こ…………

…えないようにアイルは耳を塞いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、アイルはティオを避けるようになる

ちなみにティオは一切気にしていないそうだ。

リーユの朝まで続いた説教は幸い功をそうしたようで、この夜のようなことはそれ以来なくなった。

しかし、こんなことがあればアイルがティオを避けるのも当然である。

それでも定期的に一緒にダンジョンに行くのだから、結局アイルもティオを大切に思っているのだろう。あくまで、家族的な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




反怪物香(アンチ・モンスター・ステンチ)
モンスターを寄せ付けない魔道具(マジックアイテム)
同じ効能を持つ『臭い袋』より効果時間は短いが、効能は強い。
怪物香(モンスター・パフューム)』は反対の効能を持つ。


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お料理教室

料理って意外と難しいんですよね。
特に食材の性質が違うと調理法が全然変わっちゃったりしてw

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きっかけはフィーネがヘスティアファミリアに訪れたことだった。

先日、アイルはエリスファミリアの団員達と大立ち回りを繰り広げ、その負傷のせいで昨日まで眠っていた。完治はしていたが大事をとって今日まで休養をとらされている。

 

リーユは探索に、シーナはリリアに付き添われダンジョンの見学に行った。夏姫は相変わらずどこにいるか分からない。ベルはヴェルフのところに行き、何やらしているようである。

 

そんな訳でフィーネに対応できる人はアイルしかいなかった。

 

「久し振り…でもないか。こないだ振り、フィー」

 

フィーネとアイルは先日、ベルの帰還パーティーに参加していた。間に激戦を繰り広げているせいで体感的に久し振りに感じたが、実際は一週間も経っていない。

 

「こないだ振りです、兄さん」

 

「うん。

どうしたの?うちに来るなんて珍しいね」

 

フィーネがヘスティアファミリアのホームを訪れるのは非常に珍しい。というか、異なるファミリアの門を頻繁に叩くのは非常識である。

許可なく侵入してくるティオに比べればましだが。

 

「今日はお願いがあってお邪魔したんですが………兄さんだけですか?」

 

「うん、僕しかいないけど………僕にも手伝えそう?」

 

女性特有とかだったらアイルは手伝えない。もしそうだったらリーユかリリアに頼みに来たということだろう。

 

「兄さんって料理できましたよね?」

 

「? まあ、人並みには…」

 

「じぁあ、教えてください…」

 

フィーネは小さい頃からしっかりしていて、基本なんでもできる。

 

「………料理を?」

 

それ故、フィーネができないことがあることにも驚いたし、自分に教えを乞うていることにも驚いた。

 

「お願いできますか?」

 

「…いいけど」

 

何となく嫌な予感がしたが、断る理由も特にない。ざわつく勘を押さえつけてフィーネのお願いを許諾する。

 

そんな訳でアイルとフィーネのお料理教室が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、何でいきなり料理を?」

 

フィーネの所属するロキファミリアはホームに食堂がある。専属の調理師が三食作っているので、基本的に自分で作る必要はないはずだ。

そもそも料理ができる冒険者は少ない。やらしい話だが冒険者は実入りがめっぽう良いので、態々自炊しなくても外食すればいい。

 

「そ、それは………その………」

 

なにやら口ごもるフィーネ。明らかに様子がおかしい。何かを隠しているようにしか見えない。

こういう時子供はしょうもない勘を巡らせがちである。

 

「ははーん」

 

アイルは「さては彼氏でもできたな」なんて下世話なことを考えていた。

なんだったら、「12歳で彼氏なんて、最近の子は進んでるな」ぐらい考えていた。

アホである。

 

「何かよからぬ想像をされている気がします」

 

「気のせいだよ」

 

女というのはある程度成長すると謎の勘を発揮するようになるものだ。フィーネもまだ12歳とはいえ、立派なレディなのかもしれない。

 

「それより、何をすれば良いですか?」

 

エプロンの腰ひもを背中側で結びながら問うてくるフィーネ。まだ発育途中なので体が小さく、ショートエプロンが膝下まできている。

 

料理をする際にいちいちエプロンをするのは丁寧なことで非常に感心なのだが、そこはかとない不安を感じるのは気のせいだろうか?

フィーネのエプロン装着姿がリーユと似ているのは気のせいだと信じたい。

 

「とにかく何か作ってみてよ」

 

アイルも料理の専門家というわけではないが、味をみてみたいと思った。手際や知識、器用さや慣れなどを把握したいというのもある。

 

「…分かりました」

 

 

 

 

 

フィーネは食材を持参していた。

手を丁寧に洗った後、包丁を構える。

袋の中から取り出したキャベツを短冊切りにした。続いて赤と黄色のパプリカを取り出し、乱切りにする。

それが終わると、コンロの上にフライパンを乗せ、オリーブの実の油を垂らした。火をかけると途端に薫りが漂い始める。

油が馴染むのを見計らい、先程のキャベツと二色のパプリカを投入した。更に、メレン産のツナを油きりして、よく解しながら投入する。

へらでかき混ぜながらフライパンを程よく振り、中身をごちゃ混ぜにする。

最後に塩と胡椒で味を調えたら、野菜炒めの完成だ。

 

アイルは見た感じだと問題無さそうだと思った。確かに難しい料理ではないが、どう見ても不味そうには見えない。手際よくて丁寧、調理工程に余計なこともしていない。正直アイルより上手なまである。

これは教えられることなんてないかな?なんて、思った。思っていた………この時までは。

 

 

「どうぞ、召し上がっちゃってください」

 

こんなに美味しそうなのに、何故か不安気な表情。こっちまで不安になる。

 

「いただきます」

 

行儀よく手まで合わせて唱えた。

 

よく油が絡んだキャベツを口元に運ぶ。

葉野菜は実野菜より料理人の技量が如実に出やすい。アイルも小さい頃は葉野菜の料理が苦手だった。

十分に火が通されているが歯ごたえを上手く残したキャベツは………美味しくない。

 

フィーネの料理は不味かった。

というのも、美味しくもなく、かといって癖にもならないような味である。例えば、リーユの作った料理(劇物)だったらその奇抜な味から一億人に一人くらいは好む者がい…る?………かもしれない。

対して、フィーネの料理は良くも悪くも普通。主に悪い意味で。美味しくはないが奇抜でもないため、この味を好む者はそういまい…という感じだった。

 

「どう…ですか?」

 

不安気な表情。こんな表情の妹を傷つけられるアイルではない。

なんと伝えようか?

そもそも、作ってもらっといて酷評するのも如何なものか?とはいえ、料理を教えるならば伝えねばならないような気がする。

 

「…可もなく不可もなくって感じかな?」

 

結局、適当に濁しただけ。まさしく可もなく不可もなくな回答にありついた。

 

しかし、どう料理を教えようか?そもそも、アイルにはフィーネのミスが見当たらない。これでは教えようがなかった。

アイナを即時召集したいところだが、生憎忙しいそうだ。アイナの店は随分繁盛しているようで、日々母のように忙殺されている。充実しているようで喜ばしい限りだが、今だけはそれが恨めしい。

 

とにかく、アイルも同じ材料、同じ工程で野菜炒めを作ってみる。フィーネと同じような手際で終わり、そこそこ美味しい物ができた。普通に美味しい………フィーネのと比べれば。

フィーネも自分の物とアイルの物とを交互に食べ、味比べしている。

 

「………エプロンですかね?」

 

「違うと思う」

 

リリアもそうだが、アイルは簡単な料理のときはエプロンをしない派である。それに対してフィーネは三角頭巾まで装着した完全装備状態。

確かにアイルとフィーネの違いは今のところエプロンの有無ぐらいしか見当たらないが、そんなことで味に違いが出る訳なかろう。

 

そもそも、野菜炒めという料理は素材が全てな訳で、この新鮮な野菜を使って不味い野菜炒めを作れるなんて逆にすごいのではないか?

別にリーユ姉さんのように調理場を破壊する訳でもないし、リーユ姉さんのように有毒ガスを発生させてしまう訳でもない、リーユ姉さんのように液体のスープを固形物に錬金してしまう訳でもない。

無理に料理を習得しないでも良いのではないか?

 

そんな旨をフィーネに伝えると…

 

「諦めて、説得しようとしてませんか?」

 

一瞬でバレた。乙女の勘、恐るべし。

 

「後、ちゃっかり料理の習得を無理とか言わないでください…」

 

さらに怒られた。

 

しかし、改善の余地がないのもまた事実。

大前提としてアイルは人にものを教えられる質ではない。母譲りで言葉に置き換えるのが苦手なタイプだ。

という訳で、とにかく実戦あるのみ。

 

 

 

アイルの指導のもとフィーネはひたすら料理を練習した。どうやら相当な量を買い込んでいたらしく、野菜は尽きることがない。

 

ちなみに、オラリオに出回る野菜はほとんどオラリオ産だったりする。牧畜や水産はほとんど行われていないオラリオだが、農業だけは盛んに行われる。

というのも、肥大した人口を支えるにあたり必要になったからだ。他国と戦争にでもなった際に供給を少しでも止められたら少なくない被害が出てしまう。それを解消するために、農業系ファミリアにはギルドから援助が出ている。

 

オラリオにおける農業系ファミリア最大派閥はデメテルファミリアだ。そのシェア率はなんと8割を超える。デメテルと神友であるヘスティアのファミリアは値段をまけてもらうことも間々あった。

デメテルファミリア産の野菜はオラリオに出回る野菜の中では間違いなく最高品質で、味がしっかりしていてエグみが少ない。

神デメテル監修のもとしっかり管理されている広大な畑は、力強い野菜を生み出す。オラリオ外から仕入れた野菜を食べた者達は皆一様に「野菜に元気がない」と、口を揃えて言うほどにデメテルファミリアの野菜は生命の力強さを表現していた。

 

対して、オラリオにある海産物は完全にオラリオ外からの輸入品である。オラリオに出回る海産物は主に港町メレンに頼っていた。

ポセイドンファミリアが強い権力を持つメレンだが、昨今では様々な海神がメレンに移り住むようになっている。その内の一つ、ワダツミファミリアは海産物の一大ファミリアであり、オラリオへの供給の大部分を占める。

しかし、生物(ナマモノ)は鮮度が命であり、メレン産といえどオラリオの魚は余り美味しくない。値段も高価であるため、人気はほとんどないらしい。

オラリオでの料理に魚を使うのは厳しかろう。特に初心者には向かない。

 

という事で、牛の肉を買ってきてみたが、フィーネの料理の味は大して変わらなかった。素材が原因ではないらしい。

まあ、分かってはいたが…。

 

ただ一つの救いがあるとすれば、リーユよりはましということだろう。

リーユの作る料理は不味い。

マズイくらいに不味い。マズイほどに不味い。どうマズイかというと、不味いの種類が『不味い』だというのが本当にマズイ。不味過ぎてマズイ。

何が言いたいかというと『まずい』って言い過ぎてゲシュタルト崩壊しそう。

 

リーユくらい致命的に料理下手だったら終わっていたが、フィーネくらいならまだ可能性はある。

リーユはアイナの指導ですら食材で錬金術を疲労して、アイナに匙を投げられた。というか、投げつけられた。

 

 

 

 

それはおいといて、フィーネの料理は一向に上達しない。

味は目標とする一般的な味付けに近づくのだが、一向に到達しない。一歩足りないといった感じ。

時々、良い感じになることもあるのだが、安定しない。味覚を文字表現するのは難しいのだが………こう、なんか違うのだ。

 

しかし、試しにアイルとフィーネで役割分担して作ったら美味しく作れた。味も安定して納得できる味になる。

 

こうなってくるとアイルにも原因が分かってきた。

 

フィーネの飯マズの正体は経験不足だろう。

 

料理はレシピ通り作れば美味しくできると言うが、実際のところは半分正解で半分不正解である。

レシピ通り作れば形にはなる。ただし、美味しくなるかは別問題。食材は生物であるため当然個体差があり、それに合わせて作らなければならない。特にデメテルの作る野菜は自然の天恵に任せて作るので、味が豪快な代わりに個体差が大きい。

 

料理に慣れてくるとそういった差は何となくで判断できるようになってくるが、経験がない者にはなかなか厳しいだろう。

 

料理は知識と経験だが、ことオラリオにおいては経験からくる感覚の方が重要視される。

 

フィーネの料理に必要なのは経験だけ。

 

「だから、練習し続ければなんとかなるよ」

 

むしろそれしかない。何事も練習。時間をかけなければ何事も上手くいかない。逆に時間さえかければ何事も上手くいく。

 

しかし、フィーネはなにやら不満らしい。

 

「…それは困ります」

 

「?」

 

「できる限り早く習得したいんです」

 

とのこと。しかし………

 

「それは難しいよ」

 

いかな事情があろうとこればっかりは仕方ない。時間が必要になってくるものだ。

 

「むぅ………」

 

「私、不満です」と言った風貌のフィーネ。どうしても外せない事情があるらしい。

妹がそこまで言うならアイルも仕方ないな、といった様子でアメリカンに肩を竦める。ウザい。

 

「なら簡単に上達する方法を教えてあげる」

 

「そんなのがあるんですか!?」

 

「もちろんだとも」

 

ドヤ顔しながら言葉を発す。声音には得意気な気配が滲み出る。

アイルの得意気な気持ちは行動にも現れていた。

アイルの人差し指は胸の前で立てられメトロノームのように、或いは指揮棒のように左右に振られる。

 

「料理に一番必要なのはね………愛だよ」

 

「は?」

 

恋は下に心を書いて下心(したごころ)、愛は真ん中に心を書いて真心(まごころ)

アイル曰く、フィーネの料理に足りないものは愛であるとのこと。

 

あんた、そこに愛はあるんか?

 

「愛を込めて作ればどんな料理も美味しくなるさ!愛は最高のスパイスだからね。

恋愛、友愛、家族愛……種類は色々だけど、籠めれば伝わるんだよ。それが美味しさになるの(ってアイナ姉さんが言ってた)」

 

フィーネの表情はどんどん呆れ顔になっていく。兄にポエムチックな教訓を説かれれば誰でもウザがるだろう。

 

「………はぁ…。

陳腐ですね。もっと言えばありきたりです。更に言うと気持ち悪いです。

何キャラにないこと言ってるんですか…」

 

「辛辣ぅ」

 

全くその通りだが。

 

まあ実際、愛がスパイスになりうるというのはあながち間違いではない。

意外と伝わるものなのだ、そういうものは…。

 

「もういいです!自分で何とかします!」

 

「あらら…」

 

拗ねたというか怒ったいうか、フィーネは荷物をまとめて帰ってしまった。

エプロンのまま飛び出したが大丈夫だろうか?

 

さてフィーネが料理を勉強しだしたのはどういった理由だろうか?

味はさんざんだっが最初の手際は素晴らしかった。知識はもちろんのこと、何度か練習していたのだろう。

愛云々は冗談ではないらしいが、努力家な彼女のことだ、すぐにアイルより上手になることを祈るばかりである。

 

それにしてもフィーネの急ぎの用事とは何なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛を込めてか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デメテルファミリア
主神に豊穣の女神デメテルをおくファミリア。オラリオの農業の大部分を任される一大ファミリア。ヘスティアとは神友で野菜を融通してくれることもある。
敷地面積は農業を行う関係上オラリオでもっとも大きい。オラリオの外にも敷地を有しており、当然畑を営む。中央区(セントラル)にホームをおく。



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サプライズ

次回からはまた本編に戻ります。
とうとうエリスファミリアとの決着か?
閑話には今回までお付き合い下さい。

感想お待ちしております!
高評価頂けると励みになります!





天から舞い落ちる白い雪。

寒さも佳境を迎え、寒いというより痛いという表現が似合う気温が特徴的なこの季節。凍てつく空気が雨をも凍らし白く舞わせる。

 

折角の澄んだ空気も暗雲のせいで夜天を望めない。代わりに雪のプレゼント。天も今日を祝福してくれるらしい。

 

本日はアイルとティオの誕生日。

アイルは寒空の中買い物に駆り出されていた。アイルの誕生日を祝うというのにアイルが準備に駆り出されるとは…。

毎年、準備が間に合わずアイルとティオが買い物を任されるのは通例だった。

 

袋に提げた食べ物に雪が被らないように、袋に布をかける。

ブーツが雪を踏む独特な音だけが響いていた。

 

寒くなり雪まで降り始めるとさすがのオラリオも活気を静める。夜でも静寂が中央区(セントラル)を支配しているのは非常に珍しいことであり、たまにはいいかなと思ったりもする。

 

人は国を構成する最も重要なパーツであると言われる。つまり、人の雰囲気が変われば国の雰囲気も変わる。

異国情緒が溢れる静寂の町は宵闇と独りを強調しているようで、一人歩くアイルは舞台の主人公のようだった。

 

特別なオラリオを独占している優越感に浸っているアイルは上機嫌で、珍しく鼻歌まで歌っているほど。

 

しかし、その独占は長く続かない。アホに天下を邪魔される。

 

「あれ?アイルじゃん!きぐー」

 

主人公タイム終了。

三日ももたなかった天下に泣く泣く別れを告げながら、ゆっくりと振り替える。

誕生日の人を主人公とするなら今日はもう一人主人公がいた。アイルと同日に生まれたティオはアイルと同じ立場と言えるだろう。

任された買い物は無事達成したようで、ティオの手にはアイルと同じ様に買い物袋がぶら下がっていた。

 

「奇遇だね、ティオ。ティオも帰り?」

 

「そーそー、ちゃんと買えたよー」

 

という言葉を聞きながらアイルは買い物袋を確認。ティオの性格を考えると確認しておいた方が良いだろう。

この年になってもお使いを任せられないのがティオである。昨年などキャベツを頼んだらトマトを買ってきた。何でやねん。

 

しかし、今年は問題ないようだ。ティオが頼まれていた果物は全部揃っていた。

珍しいこともあるものだ。明日は雪かもしれない。今の天気を考えれば高確率でそうだろうが…。

 

 

 

「一緒に帰ろうか…」

 

「そだね。準備できてるかなー?」

 

「順調だと思うけど………いやどうかな?」

 

集まった面子を考えると喧嘩が勃発している気がする。順調に進んでるかというと…8:2でできてないに傾く。賭けだった2万ヴァリスまで賭けられるくらいには確信している。

 

雪道を二人で歩く。

コートにマフラー、手袋などの昨年のプレゼントを装着して夜の町を歩く。

ティオは赤、アイルは青。デザインは同じの物である。

 

特別な町を独占するのもいいけれど、二人で歩くのも悪くないな。

そんな風にアイルは思った。

 

アイルとティオの距離は幼い頃より遠い。手は絡まない。言葉は行き交わない。

微妙な距離で上下する二つの肩は一度も当たることなくロキファミリアのホームに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイル達姉弟の誕生を祝うパーティーは毎年、所属ファミリアで行われる。ただし、アイルとティオは同じ日に生まれたが別のファミリアに所属しているため、どちらのファミリアでパーティーを行うかで両ファミリアの主神は喧嘩していた。まあ、その話題関係なく顔を合わせる度喧嘩しているが…。

 

所属するファミリアの姉弟と主神に招待状が送られている。

昨日、ヘスティアとロキの間で行われた激しい協議(物理攻撃有り)の結果、パーティー会場を勝ち取ったロキはその申請をギルドに行っていたらしい。強豪ファミリア同士が集会を行う場合、ギルドに一声通しておくのがルールとなっている。

 

ロキファミリアには料理をできる人材が少なく全体的に器用なものが者がいないため、ヘスティアファミリアは昼過ぎからロキファミリアにお邪魔して準備の手伝いに勤しんでいた。

準備が進み、会場が完成に近づくとアイルとティオは例のごとく、買い物を押し付けられて追い出された。

 

外から見たロキファミリアは煌々と光を放っていて、息を潜めている町で派手に目立っている。

アイル達が本日誕生日であることは何故かオラリオの人々に膾炙(かいしゃ)しており、パーティーを催していることは何となく分かっていた。今日のアイルとティオはどこに行っても祝詞(のりと)を浴びせられ、買い物も多めにおまけしてもらっていた。

 

キンキンに冷えた鉄門に手をかける。手袋ごしでも指先に鋭い痛みが走った。

敷居を跨ぐ。比較的常識人なアイルは他ファミリアの敷地に足を踏み入れることに変な罪悪感を覚えた。

 

ロキファミリアのホームは数年前に改築して僅かに大きくなった。ホームパーティー用のスペースを増築したお陰で、アイル達も毎年大規模なパーティーを行うことができる。

フィーネの誕生日のときもここで派手に行われる。

 

本日は姉弟達もプレゼントの準備で忙しかったらしく、ホームでも町でも見かけなかった。

アイルとティオの誕生日は二人分のプレゼントを用意しなければならないため、一番出費が嵩み、忙しいらしい。

 

重い木戸を開く。そして、直ぐに左に曲がれば目的地。

入り口の物より新しい戸を手前に引く。

 

「「誕生日おめでとう!!」」

 

パンッ、という音と共にアイルとティオにテープと火薬の匂いが襲いかかる。ハッピーなバースデーを祝うのにありふれた道具。

 

「あっ、うん…ありがとう」

 

サプライズは予期していないからサプライズなんだなと思った。幼いころは本気で驚いて、本気で喜べたのだが…。

さすがに毎年やられると馬鹿でも予測できてしまうだろう。

 

「ビックリした!態々、待機してたの?

皆ありがとーー!!」

 

少し訂正。ティオ以外の馬鹿でも予測できるだろう。

毎年やってんのに何で分からないんですか?

 

とはいえ、アイルも感動していることにはかわりない。毎年、姉弟揃って祝ってくれることには感謝していた。

 

「と、いうわけで準備終わってないから手伝ってね」

 

「………だよね」

 

会場はどう見ても準備中といった感じ。見るからに早く帰ってきすぎた。

 

もうちょっと浸らせてくれてもいいんじゃないですか?感傷に………

 

そんな風にアイルは思う。

尚、ティオは楽しそうにニコニコしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティーの主役が準備で大活躍するという、恒例の珍事があったものの、そこは割愛。

 

パーティーの最初に(ベル)の祝辞、アイルとティオの挨拶があった後、ドンチャン騒ぎ。主役のことなど忘れて大騒ぎし始める。これも毎度の事。ちなみにティオも混ざっていた。

 

大騒ぎが得意ではないアイルは姉弟たちのもとに赴く。騒ぎが得意でないアイル達は壁際に集まって静かに談笑する。

 

「おめでとうございます…アイル」

 

「ありがとうリーユ姉さん」

 

「手伝わせてしまって申し訳ない…主役なのに…」

 

「まあ、いつものことだし」

 

そんな話をしているとリリアもやってくる。げっそりしているというか、げんなりしているというか。

 

「ほんとに料理人雇った方がいいと思う」

 

「確かに」

 

パーティーにどれだけの人が来ようと料理人を雇うことはない。理由も特にない。毎度、アイル達料理組が死にかけてぐったりしているのも恒例行事である。

 

「今回なんて料理足りてないんじゃない?」

 

「………」

 

そもそも人が少なすぎるのだ。

以前も言ったが冒険者が料理スキルを習得する意味はほとんどない。アイルも朝食に簡単なものを作る程度で、他は外で済ませることがほとんどである。

そんな外食文化が根付いた冒険者達はパーティーを行う際は料理人を雇うのが一般的である。しかし、何故かヘスティアファミリアはそういったことはなかった。

ヘスティアやベルに根付いた貧乏性のせいかもしれない。

 

「まあ、雇われた料理人の気持ちになるとちょっと不憫ですしね…」

 

と、言ったのはフィーネ。

 

まあ、分からんでもない。ヘスティアファミリアとロキファミリアといえばオラリオトップファミリアであり、そんな場所に召集されたら緊張も尋常ではあるまい。

 

「今年は集まりいいね」

 

「そうかもです」

 

騒ぎに便乗している夏姫もいるし、ベルのパーティーも来ている。

そして、最も珍しいのが…

 

「久し振り、アイル。誕生日おめでとう」

 

母譲りの銀灰色(アッシュグレイ)の長い髪、父譲りの深紅(ルベライト)の双眸。

比較的カジュアルなこのパーティーで一人だけドレスアップし、しかし浮くことなく、それどころかまるで主役のように目立っている。

 

シリィ・クラネル。

アイルとティオより半年早く15歳の領域に踏みこんだアイルの姉。

最近体が女性らしくなってきて妙な色気を出すようになり、男を魅了するようになった。

余り家族の集まりに顔を出さないので、アイルも久し振りに会う。

 

「久し振り、シリィ。珍しいね」

 

半年前に行われたシリィの誕生日パーティー以来かもしれない。15歳の半年は馬鹿にならないもので、アイルの記憶の彼女より一層大人の女に近付いていた。

 

「フレイヤ様は来てないの?」

 

シリィはフレイヤファミリアに所属している。

美の女神たるフレイヤは街中で見かけることはないが、アイル達とは時々接触している。

アイルはシリィの誕生日パーティーの度にフレイアを見ていたが、特に魅了を受けることはなかった。しかし、姉弟では受けるものもいたため、原因は不明である。シリィも魅了は効かないらしい。

 

「ええ、もちろん。来るわけないでしょ」

 

「それもそっか」

 

そこそこの人が集まっているところに美の女神などが現れたら大惨事である。ただでさえ馬鹿騒ぎなのに、これ以上悪化させられては堪らない。

それにアイルはフレイヤの値踏みするような視線が苦手だった。

魅了は効かずともその容姿の美しさは確かなので見れないことは残念だが、余計な騒ぎを防いでくれた美の女神(フレイヤ)の英断には感謝の念しかない。

 

久方ぶりの姉に話が弾む。

アイルのレベルアップのときは遠征だったらしいので、会えなかった。そのため、そのときのことも少し話したりもした。

どうやら、リリアやリーユはシリィの持つ魔性の女の雰囲気が苦手なようで、昔から仲良く話しているところを見かけない。

決して仲が悪いわけではないが、好んで絡みにいくということもなかった。

 

「久し振りー!シリィ、いつ以来だっけ?」

 

空気は読まないむしろ壊す。相性なにそれ美味しいの?

誰にでもぐいぐいいくティオには苦手なタイプなどない。当然シリィにもフレンドリーに詰め寄るのがティオスタイル。久し振りに見る姉の顔に大興奮した主役様は、騒ぐ群衆を蹴散らしながらシリィのもとに到着。

落ち着いた生活を心がけようね。

 

「ティオもおめでとう。相変わらず元気ね」

 

達観した風を装い、大人ぶっているシリィもさすがに引きぎみ。姉妹とはいえ、久し振りに会った相手にぐいぐいこられれば誰でも困るというものだ。当然、ティオは気づいていないが…。

 

「はーい、皆、注目ー。今日のー、メインイベント始めるよー」

 

アイナが大声をあげて注目を引き付ける。壁掛けの時計を見ると開始からそこそこ時間が経っていた。確かにそろそろ始めないとマズイだろう。

 

アイナの言うメインイベントとはプレゼントのことである。ほぼ毎年、防寒着一式のため珍しさはないが、来年の冬を快適に過ごすのにこの上なく役立つのでありがたい。

しかし、妙なことにリリア達は包装された箱を持っていなかった。

 

「なんと!今年はー、例年とは少ーし毛色が違うんだなー。

毎年、毎年同じ様な物じゃ面白くないしねー」

 

とのこと。

確かに成長期のアイルとティオは、貰ったプレゼントも来年に着るとキツキツだったりする。

しかし、今年は少し違った物を用意してくれたらしい。こうなってくるとアイルも期待が高まる。

後、アイナの司会チックな喋り方に違和感を感じる。

 

「でも、その前にー、父さん達からどうぞー!」

 

アイル達子供組はベルと実母からしかプレゼントを受け取らない。そうしないと物が溢れるくらい大家族だからである。

ベルから当日にプレゼントを貰えるかはいいところで半々くらいだが、今年は当日らしい。去年は残念なことに帰ってきてからで、たしかボディーアーマーだった。

 

「はい、誕生日おめでとう。アイル」

 

「ありがとう、父さん」

 

受け取った箱の包装を丁寧に剥ぐ。縦長の直方体の木箱でそこはかとない高級感が出ている。

ゆっくりと箱を開くと中は薄青のアームプロテクターだった。左腕用で右利きのアイルにピッタリなサイズだ。

 

「こっちはティオに。おめでとう」

 

「ありがとうー!」

 

ティオには濃赤のレッグプロテクター。両足首から脛を保護する物である。アイルとティオ、両方にプレゼントされた物はどちらもかなり高級であることが分かる。かなりの硬度と機能性を熟考された逸品だ。

 

「私からも…これ………」

 

「ありがとう、母さん」

 

アイズから貰ったのは青のベルト。左腰に当たる部分には剣を指すためのソードホルダーが備え付けられている。ダンジョン探索用に設計されているからか、非常に頑丈な革でできていて、これまた高級感がある。

 

ちなみにティオはティオナから剣の整備用の石を貰っていた。おそらく使われることはないと思うが。だって、プレゼントした本人も滅多に得物の整備などしないのだから。

 

 

「さて!親子のしんみりタイムは早めに切り上げてー、そろそろ本題に入ろうかー!

なんとなんと!今年のプレゼントはー…

それぞれの手料理だー!」

 

「手料理?」

 

リリアの作る手料理に関しては高頻度で食べているのだが…。

そもそも昨年までと比べて大分違った物である。幾らなんでも変化し過ぎな気がした。

 

「形に残らないので辞めようって言ったんですけど…」

 

と、フィーネは言う。

なるほど、それで先日料理を教わりにきたのか。振る舞う本人に直接教わるとは随分とストロングスタイルである。

 

「まあまあ、積もる話は後にしよー。

まずは、私から。最初からクライマックスになっちゃうかもねー」

 

皿を突き出しながら言うアイナ。

繁盛店すら持っているアイナが最初とは………本当にクライマックスになってしまうかもしれない。

 

真ん中の円形卓に置かれた皿に乗っているのはマリネだ。

デメテルファミリア産のセロリとパセリと玉ねぎ、メレンのワダツミファミリア産のサーモンを酢漬けにして各種調味料で味付けした料理。

 

「「頂きます」」

 

極東の文化に習い、手を合わせながら挨拶を口ずさむ。アイルは常々語呂がいいなと思っていた。

 

それはさておき、アイナの料理はやはり美味しかった。

ワダツミファミリア産のサーモンの繊細な味とデメテルファミリア産の豪快な野菜の味を、酢で完璧にコントロールしてある。

力強さの中に確かな繊細さを感じ、アイナの手腕に舌を巻く。

 

「美味しい…」

 

「それは良かったー」

 

ティオも美味しそうにしていた。繊細な味など感じれるとは思えないが、態々言うのは野暮だろう。

 

 

 

「次は私のを」

 

今度はリリアが皿を出す。

リリアの料理はグラタンだった。先程暖め直したのか、美味しそうな湯気がたっている。

 

グラタンはアイルの好物である。

作れる人が少なく、アイル自身グラタンを作る時間がないのでなかなか食べられず、リリアが作ってくれたのは普通にありがたい。

 

チーズで作られた蓋にスプーンで穴を開ける。

穿たれた場所からホワイトソースが溢れ出した。中には半分に切られたナスが入っている。

 

「あふ、あつっ」

 

熱々のグラタンと瑞々しいナスがよくマッチしている。なかなかに手間がかけられているのが分かった。

 

「リリアって、料理上手だね!」

 

「………ありがと」

 

 

 

「では、お召し上がりください」

 

次は夏姫。彼女は料理ができないが…。

出された物は()かし芋にケチャップとマヨネーズとマスタードがかけられたものだった。すなわち、じゃがまるくんオリジナルフレーバー。

これ美味しいんですか?

 

一応食べた。味については敢えて語らない。察して。

 

 

 

「では、私のを」

 

続いてシリィ。彼女が最も未知数である。そもそも絡みが少ないので料理ができるかなど知らない。

 

円卓に置かれたお洒落な皿にはフレンチトーストが乗っていた。

角食の縦横に二本ずつ切れ込みをいれ、バターと蜂蜜が染み込まされている。

外はふわふわで中はとろとろ。詳しくは知らないが凄い技術なのではなかろうか?

 

「普通に旨いわ…」

 

「ありがとう」

 

 

「では私も便乗して…」

 

続けて出してきたのはシーナだった。

今年は彼女も出してくれるらしい。ついこの間まで彼女自身大変だったはずなのに………まめな性格である。

 

皿に盛られてきたのはシチューだった。ホワイトソースで野菜の多く盛られた、美味しそうなシチュー。

 

「母が死ぬまえに教えてくれた料理です」

 

………重い。

 

「美味しいよ…」

 

「それはよかったです。

…そういえば、二人は同じ日に生まれたんですね。驚きました」

 

「そう?」

 

「ええ、異母双子ですね」

 

「異母双子?」

 

「造語です」

 

「象語?なにそれ。パオーンって感じ?」

 

「ティオは今日もお馬鹿だね…」

 

 

 

「あ、言い忘れてたけどー、一番を決めてもらうからそのつもりでねー」

 

「ゑ!?」

 

 

 

「次は私です!」

 

「ちょっと待ってフィー。今アイナ姉さんが凄いこと言ってた気がするんだけど」

 

アイルの抗議は全員にスルーされた。

 

フィーネが作ったのは野菜炒め。先日アイルと特訓した物である。

前回からそれほど時間が経ってないので不安なのだが…。この短期間でそこまで味に変化があるとは思えない。

野菜と肉を同時に掬って口に運ぶ。

 

「あれ?美味しい…」

 

前回の感じからの飛躍とは思えない。

 

「フィーってこんなに料理上手だったっけ!ホームで料理してるイメージないけど?」

 

「それはね姉さん。最高のスパイスを使ったから」

 

……………優勝

 

あざといけど可愛かった。

あざとい娘に引っ掛かっちゃうのも遺伝子だと思います。

 

 

 

「では、最後は私ですね」

 

「あ、」

 

死んだ。

 

最後に残ったのはリーユだった。飯マズの女王。

料理下手に関しては母の上を行くとの噂もあるほど。マイナス方面で上を行くとはこれいかに。

 

横を見るとさすがのティオも冷や汗をかいている。

クライマックスはアイナではなくリーユの方だった。人生の方の。

 

リーユの持つ皿の上には何か分からない物が置いてあった。

これほんとに料理ですか?なんか動いてるんですけど?

 

「いや大丈夫、リーユ姉さんが調理場を破壊せずに料理できたんだから問題ないだろう」と、自己暗示をかけながら一口。

 

「「………」」

 

「……………あの、どうでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の勝者リーユ・クラネル。

 

勝因、TKO(テクニカル・ノック・アウト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シリィ・クラネル Lv,5
力:F321 耐久:E406 器用:B798 敏捷:C658
魔力:G210
幸運:G対異常:H 治力:I 潜水:I

《魔法》
【ディスセラピー】
・一定空間内の回復完全封殺

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
黄金ノ美(ブリージンガメン)
・人間、モンスターの魅了
拒絶(レジスト)可能
乙女ノ館(セスルームニル)
・使用者の一定距離以内に存在する契約者(エインヘリャル)の一時強化
任意発動(アクティブトリガー)
戦略眼(アフェクション)
・未来を見ることができる
偶発的発動(アクシデンタルトリガー)

シルの子供。15歳のヒューマン。戦闘は好まないが才能はある。弓を用いた遠距離戦が得意。スキルと知性も相まってパーティーリーダーを担うことが多い。あらゆる回復手段を封殺できる魔法があるが、範囲20M(メドル)とやや狭く、精神力(マインド)の消費量が多いため余り使わない。未来を見るスキルもあるが自身で意識して発動はできない。
アイルはシリィを姉だが呼び捨てにしている。
フレイヤにはある理由から溺愛されており、幼い頃フレイヤ直々にファミリアへ勧誘された。
腰まで伸びる銀灰色(アッシュグレイ)の髪と深紅(ルベライト)の瞳を持つ。
その容姿から二つ名は『小悪魔(リトルフレイア)』と呼ばれる。

詠唱
【ディスセラピー】
(はなぶさ)を散らし、(なかご)を折る
(すく)いを枯らし、(いた)みをもたらす
(はら)の内から(いず)晦冥(あいまい)、乙女の毒
朽ち果てろ


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本編:命の樹木
不和の女神(エリス)


久しぶりの本編。
さて、エリスファミリアの処遇はいかに…


エリスファミリアの主神、エリスは狡猾だった。

数々の悪行を暇潰しと称して行って来たにも関わらず、ギルドのペナルティを掻い潜って来たのだから。元団長のキコリ・アーネウスの悪知恵も一枚噛んでいたことには変わりないが、それでもファミリアを救ってきたのは間違いなく主神の力だろう。

しかし、そんな彼女も今回ばかりはそうもいかない。先日の一件で団長を捕らえられてしまったのだから、言い逃れはできないだろう。

 

 

 

 

夕陽を背にしてヘスティアを待つ。アイルの隣にはシーナがいる。

先日の一件に関してエリスを詰問し、ギルドを通した(ペナルティ)を課す所存らしい。

地味にアイル達の戦闘より、こういった事後処理の方が大変だったりする。アイル達が問題をおこす度に面倒事を押し付けられるヘスティアも大変だ。

 

シーナの安全を確保するにはエリスファミリアをオラリオ追放ぐらいはしなければならない。エリスファミリアのしでかしたことを考えればそれくらいの措置がとられてもおかしくはないが………相手は百戦錬磨のブラックファミリア。正直、どうなるかは分からない。ヘスティアにはぜひ頑張ってほしい。

 

心配というか、何というか…そわそわと何をするでもなくヘスティアを待つアイルと妙に落ち着いているシーナが談話室で待っていた。

 

 

 

 

 

やがて入り口の門戸が開く気配があった。

足音は真っ直ぐと談話室に向かっている。戸が開き、冷たい空気を連れてきたのはやはりヘスティアだった。羽織っているコートを外して外套かけにかける。

 

「どうでした?ヘスティア様…」

 

「まあ、落ち着いて話そうじゃないか…」

 

ヘスティアは目で机を指しながら言う。

頷いたアイルは三人分のお茶を用意した。シーナにも手伝ってもらいながら机に並べる。ガラス制の高級な机とカップがぶつかる音が虚しく響く。ヘスティアにはいつもの賑やかさがない。

 

 

 

「それで………どうでした?」

 

「………」

 

何やら神妙な面持ちのヘスティア。アイルに嫌な予感がはしる。

 

「エリスの処遇に関してだけど………保留になった…」

 

「保留!?あれだけのことをやったんですよ。

普通、即(ペナルティ)でしょう…?」

 

(ペナルティ)の重さや猶予は犯した罪の重さによって決まる。エリスファミリアがおこした騒動は軽いものではないはずだ。

アイルやシーナに街中で攻撃を仕掛けたことはたいした問題ではない。ロキファミリアの下級団員をスキルでけしかけ、害そうとしたことが最も問題なのだ。

恩恵は悪用厳禁。発覚すれば本人とファミリアに厳罰が下る。

 

「アイル君、どうやらエリスは録晶(レコード)で撮影していたらしいんだ…」

 

「それがどうしたっていうんですか?」

 

録晶(レコード)とは映像記録の能力を持つ水晶型の魔道具(マジックアイテム)である。録音機能が搭載されているものがあり、高級店では防犯として活用されることもある。

 

 

「アイル君…君がエリスの子達と戦ったとき、君から仕掛けたんじゃないのかい(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「………あっ…」

 

確かにアイルが先に攻撃を仕掛けている。

キコリの口車に乗って攻撃をしてしまったのだ。攻撃は防がれたが、アイルが先に攻撃したことには変わりない。この場合、アイルがルールに違反したことになる。たかが喧嘩とはいえ、アイルは実際に四人もダウンしてしまっている。

それを利用して自分の悪事を煙に巻こうとしたらしい。

 

当然、ヘスティアはアイルを庇った。事実を伝え、エリスを糾弾しようとした。しかし、証拠がない。

アイルがシーナを救うために戦闘したと証明できればいいのだが…。

 

「とりあえずエリスがオラリオから出られないようにしたんだけど…」

 

「………すいませんでした。ヘスティア様」

 

「謝ることはないさアイル君。

君の思う正しさに基づいて、君の判断でやったんだろう?

なら、問題ないさ。後は僕に任せてくれたまえ!」

 

ヘスティアの笑顔には勇気付けられてきた。

しかし、今はそれがアイルのためにわざとやっているんだと分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリスがホームでパーティーを開催するらしい」

 

ヘスティアがそう言ったのは次の日の昼だった。

どうやら、明日の夕刻から参加自由のパーティーを開催するらしい。

確かに神が暇を潰すため、或いは自分の権力を誇示するために神を招いてパーティーを行うのは珍しいことではないが………。

 

「この状況で、ですか?」

 

エリスは先日ヘスティアにより犯罪行為に関して糾弾されている。

エリスの策略によって難を逃れていてもヘスティアの名は伊達ではない。

オラリオ有数の善神として知られるヘスティアはギルドから厚い信頼を得ている。エリスが疑われていることには変わりない。

 

その状況で、他の神を招いてのパーティーを行うとは随分と肝がすわっているというか、変わっているというか………。

 

「そこで提案なんだけどね、アイル君。

明日、僕のパーティーに同行しないかい?」

 

「同行…ですか?」

 

子供の同行が許可されたパーティーは珍しくない。オラリオではよく行われていた。

しかし、このタイミングでその条件だと何やら作為的な物を感じる。

誘い出されているような…悪意を。

 

それでも、アイルには引く選択肢がなかった。自分の失敗を自分の手で拭いたかった。

 

「ヘスティア様。明日、僕も連れていってください」

 

「君ならそう言うと思ったよ」

 

子を想う親のような、成長を喜ぶ微笑み。久方ぶりにヘスティアが女神らしかった。

 

 

 

 

 

と、そうは簡単に物語は進まない。

いつだって第一関門は家族の想いなのだ。

 

「ヘスティア様。少しお待ち下さい」

 

声をかけたのはリーユだった。部屋の外で盗み聞きしていたらしい。

 

「アイルをこれ以上危険に晒すわけにはいきません。明日の宴には参加させないで頂きたい」

 

「リーユ姉さん、僕は………」

 

「アイルは黙っていなさい!」

 

弟が傷ついて帰ってきた。話によるとレベル6三人を相手にしたらしい。ついこの間ダンジョンでも死にかけたたばかりなのに。

リリアもボロボロになっていたらしい。リーユが見たのは医者に診てもらった後なのでよく分からないが…。それでも、妹が傷だらけになったと聞いただけで胸が張り裂ける思いだった。

 

年下の姉弟が生死の境を行ったり来たりしている。リーユにはそれがどうしても耐えられない。

 

心配しないわけがなかった。大切な弟が危険なことをすることを見過ごすせはしない。毎度、傷だらけになって帰ってくる姉弟への心労は計り知れない。

 

リーユはまだ子供だった。危険な行為一つ一つが弟や妹の経験になると、そう分かっていても納得できない。行く末を見守ることに徹することができなかった。

 

ヘスティアとて心配していないわけではない。本心ではアイルに手を引いて欲しいと思っている。

しかし、危険を犯してこそ子供は成長する。故に神とて見守ることしかできない。案ずることしか、祈ることしかできない。

ヘスティアはそれを理解していた。

 

「リーユ君…」

 

ヘスティアは首を振る。

そうではないと。大人になれとの意味を込めて。

 

「危険から遠ざけることだけが愛じゃないんだ。時には危険に飛び込んでいくのを見守るのも必要なんだよ。

それが、家族ってものだろう?」

 

獅子は我が子を千尋の谷に落とすという。

可愛い子には旅をさせよという。

 

家族が大切なら、わざと危険に飛び込ませるのも愛なのだ。

 

「なら私は家族じゃなくていい!

アイルを愛していなくていい………

だから、危険なことはしないで…アイル」

 

透明がリーユの頬を撫でる。

長年一緒にいるが、久方ぶりに泣き顔を見た。それほどまでにアイルを案じていたのだろう。

 

それにも関わらず、愛していないなど…。

 

「子供のようなことを言ってはいけないよ。

君はもう16歳なんだから」

 

オラリオでは16歳にもなれば十分大人と呼べる。来月にはもうひとつ年を重ねるのだ。

 

リーユの意見は通らないと、ヘスティアが珍しく強情だった。

この一件に関してなにか思うところがあるのかもしれない。それか、何かを感じているのかも………。

 

しかし、リーユもただでは引かない。

せめてもの折衷案を投じる。

 

「なら………ならせめて、私も同行します」

 

「………分かったよリーユ君。明日までに準備しておいておくれ」

 

結局ヘスティアも折れた。

 

終始陰だったアイルは見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、空の茜が僅かに黒みを帯びる頃、ヘスティアはアイルとリーユを伴ってエリスファミリアを訪れた。

 

様々な神が自身の子供を連れてホームに入っていく。アイルとリーユもヘスティアと共に入った。

 

二人の子供を連れだっているのはヘスティアの他にはおらず、珍妙な目で見られている。

しかし、ヘスティアは下界に降りてからというもの珍妙な言動は珍しくもないので、黙認されていた。

 

それより注目を浴びたのはフレイヤである。

神の宴に滅多に顔を出さないフレイヤは神々の中でも人気がある。そんなフレイヤが宴に出てくると神々はいつもどよめく。

まして、今回は子供の同伴が許可されている。美の女神が現れるなど、誰も予想だにしなかった。

 

対してヘスティアが抱いたのは警戒。

フレイヤが意味もなく神の宴に参加するわけがない。何かしらの狙いがあるのではないかと心配していた。

 

フレイヤは相も変わらず色気を振り撒いている。男神がデレデレしているのは、なんというか残念だった。

男というのは神も人も変わらないものである。

 

よく見ると後ろにはシリィが付き添っていた。美しい薄青のドレスで着飾っている。

余談だが、今日はアイルとリーユも正装だったりする。先日、やり手店員によって買わされたドレスが思ったより早く活躍したようだ。

 

 

「相変わらず目立つなフレイヤは!」

 

と、ヘスティアはいきりたっている。

今では最強ファミリアの名はヘスティアの物となったが、人気は未だフレイヤの物のようである。

嫉妬しているのかもしれない。或いは、昔ベルを巡っておきた諍いを気にしているのかもしれないが…。

 

「ほんまや!目立ちよってからに…」

 

死角から声がかかる。

背後に立っていたのはロキだった。傍らにはフィーネがいる。

 

「なんだい、ロキ。音もなく現れて。

最大ファミリアの一角らしく派手に登場しないか!」

 

「うっさい。文句ならフレイヤに言えや!

派手に登場したのに全部持っていきよって…」

 

「人のせいにするんじゃない!」

 

「なんやと!」

 

とまあ、いつも通りの喧嘩が始まる。

別段二人は本気でいがみ合っているわけではないが、犬猿の仲なのだ。

顔を合わせればいつも喧嘩。神も人もこれには慣れたもので、いつものように放っておいた。

 

アイルとリーユはロキに同伴していたフィーネと話すことにした。

 

「フィーネがこういうパーティーに出るのって珍しいね?」

 

「兄さんと姉さんもね」

 

「確かに」

 

フィーネもそうだがアイルやリーユも賑やかなのはあまり好みではなかった。

こういったものに進んで参加するのはティオの専売特許のような気がする。元気に手を挙げて参加意思をアピールするティオの絵面が容易に思い浮かぶ。

 

ティオ(姉さん)はロキ様にお留守番を言い渡されてました」

 

「なるほど…」

 

納得の理由かもしれない。

ヘスティアもそうだが、ロキはエリスに文句を言うために来たのだろう。ならば、日頃から騒がしいティオを連れてくると滅茶苦茶になってしまう可能性がある。

ロキもそこら辺を懸念してお留守番と言ったのだろう。

 

「それにしても神エリスは何を企んでいるのでしょうか?」

 

「それが謎だよね」

 

このタイミングで神々を集めるなど何かしらの思惑があるとしか思えない。

アイルとリーユに嫌な予感が拡がっていた。

 

 

「皆さん、今日は集まってくれてありがとう。

楽しいパーティーにしましょう…」

 

 

突然、大きな声が響く。

パーティーホールの主人たるエリスは拡声器を使って声をかけた。

 

「神はいつも餓えています…。

面白い子供達と出会える場になるとイイですね」

 

アイルに意味ありげな流し目を向けるエリス。

その目に浮かぶのは好奇心のような何か。アイルは確かに身の危険を感じていた。

 

 

 

とはいえ、実際には何もされなかった。

 

アイルは食事もそこそこに壁沿いに立って宴を眺めている。隣にはリーユもいた。

二人ともダンスが踊れないので見ていることしかできないのだ。

 

ホールの中央では様々なファミリアの団員が踊っている。フィーネやシリィも知らん男と踊っていた。

 

「暇ですね」

 

勇んで参加したわりには、二人とも何をするでもなく時間をもて余していた。

 

「本当にね」

 

戦いにしか興味がない二人は当然ステップなど踏めようはずがない。

二人は昔から、こういったパーティーの参加は親や姉弟に任せきりだったので、見知らぬ冒険者や主神が集う宴の慣れない雰囲気に気圧されていた。

 

フィーネもシリィも完璧なステップを踏めている。こちらの二人は何でもそつなくこなすタイプなので、慣れたものなのだろう。

 

踊っていない神々も普段絡みのない神と話ながら子供達のダンスを楽しんでいるようだ。

ヘスティアとロキもその辺でお酒を煽っている。

 

「ヘスティア様大丈夫でしょうか?

お酒あんまり強くなかったと思いますが…」

 

ヘスティアは酒に弱いというより、調子に乗って飲み過ぎるタイプだ。

 

「ベロベロにならないといいね」

 

もはや祈るしかあるまい。アイルは神頼みした。

 

「………私たちも踊りますか?」

 

「僕踊れないんだけど、リーユ姉さん踊れたっけ?」

 

「踊れませんが…」

 

「ダメじゃん」

 

といっても、二人とも何もしていないのはよろしくないだろう。子供が全員踊っている中、何もしていないアイルとリーユは逆に目立っていた。

 

 

「アイル君とリーユ君、聞こえるかい?」

 

不意に聞き覚えのある声が聞こえた。

この声は…

 

「………!ヘルメ」

 

「おおっと。静かにするんだ。

秘密の話だぜ。バレないように声を落として」

 

声の主はヘルメスファミリアが主神、ヘルメスのものだ。魔道具(マジックアイテム)の生産、販売において強いファミリアである。

 

軽薄な声音とは裏腹に非常に賢い青年神である。ヘスティアファミリアとは古くから付き合いがあり、アイルとも交流があった。

なにかと裏で考えているイメージがあり、胡散臭いというのがアイルの印象だったりする。

 

それよりも問題なのが声の出所である。アイルとリーユの周りどころか、パーティーホールのどこにもヘルメスは見当たらない。

 

「外だよ外。バルコニーにいるんだ」

 

音は壁から聞こえていた。どうやらヘルメスはバルコニーにいるらしい。魔道具(マジックアイテム)かなにかを使って声を届けているようである。

アイルは更に壁に近づき背中を預けた。楽するためではなく、音を聞きやすくするためである。

 

「先に注意しておくけど、今から話すことは秘密だ。

俺がバラしたって誰にも言わないでくれよ?」

 

「分かりました」

 

噂話が好物のこの神は情報屋的な役割を担える。(いたずら)に噂話をばらまくという趣味がいいとはいえないことを楽しみとしていた。

しかし、根も葉もないことは言わないのがこの神である。その情報の信憑性はかなり高いと思っていいだろう。

 

「ここだけの話なんだが、どうやらエリスファミリア………金庫(バンク)から殺生石を仕入れたらしい。

もちろん、非合法に。」

 

殺生石は現在、非合法素材である。オラリオでは流通しておらず、オラリオ外からの輸入も厳しく制限されている。

 

「この意味分かるだろ?」

 

殺生石の用途など一つしかない。

 

殺生石は狐人(ルナール)の妖術を封じ込めることができ、その石を持つだけで同じ妖術が誰にでも使えるようになる。しかし、犠牲になった狐人(ルナール)の精神は無事では済まない。

特殊な儀式が必要だが今宵は満月。条件は調っている。むしろ、今日を逃せば後一月はない。

派手な宴を態々開いた理由がなんとなく分かった。

 

狐人(ルナール)を標的にしている。

狐人(ルナール)は珍しい種族だが、決して一人二人というわけではない。故に確証があるわけでもない。

しかし、アイルに妙な確信があった。

 

夏姫(なつき)が狙われているのでは!?

 

夏姫はハーフとはいえ狐人(ルナール)で、妖術を有している。標的になりうる条件をクリアしていた。

 

「ありがとうございますヘルメス様」

 

「感謝します、神ヘルメス。

私たちはこれで…」

 

「ああ、気をつけて」

 

アイルとリーユは足早にその場を立ち去った。

外に残されたヘルメスはニヤリと嗤う。

 

「おっと、一つ伝え忘れてしまったな。

 

エリスファミリアが仕入れたのは殺生石だけじゃないってことを…」

 

この神の情報は信憑性が高い。

しかし、嘘はつかずともその言葉の全てが真実とは限らないのである。

 

「うまくやってくれよアイル君。

俺は喜劇(コメディ)が好きなんだ」

 

アイル達は知らない。

この神もまた、暇を持て余しているということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホールを抜けようとする二人を阻む陰。

長い青髪、深い青の瞳、扇情的なドレス姿の女神。今宵の主役たるエリスである。

 

「あら、どこへいくの?二人揃って」

 

「…少し外へ涼みに行こうかと」

 

適当な出任せを言う。

神に嘘は通じないが、正直に言うわけにもいかず強行突破は下策もいいところ。圧倒的不利を自覚しながら舌戦に挑むしかなかった。

 

「それならバルコニーを使ったら?」

 

「そんなものがあったんですね、初めて知りました。」

 

嘘は効かない。しかし、それ以外方法がない。

 

エリスは突っ込んでこなかった。楽しんでいるのだろう。

 

「僕の子供にちょっかいを出さないでくれるかな、エリス」

 

ここで救いの女神が登場した。

頬を僅かに染め微酔(ほろよ)いだが、酩酊状態ではないようだ。

 

「せや。他所の子供に手、出すなんて非常識じゃろうが!」

 

今度はロキが現れた。横にはフィーネも付き添っている。

ヘスティアがエリスに食ってかかるのを待っていたのかもしれない。

 

「あら?天界のトリックスターがまともなことを言っているように聞こえたのだけれど…。

気のせいよね?」

 

「うっさいわ! この性悪女神が」

 

会話を開始して直ぐに喧嘩に移れるのはある意味すごいのではなかろうか?

ロキ様っていつも喧嘩してるな、とアイルは思った。

 

「その辺にしておいたら?折角のパーティーなのよ」

 

続けて現れたのはフレイヤ。シリィもいる。

 

出入口付近なのに主要ファミリア達が集結したせいで注目を集めていた。

 

「アイル君達、ここは僕達に任せて行きたまえ」

 

と、死亡フラグ調のことを言いながらサムズアップするヘスティア。少年ぽい言動も似合う主神様であった。

 

「ありがとうございます!ヘスティア様」

 

アイルはヘスティアに礼を言って駆け出す。リーユとフィーネ、シリィもついてきた。

 

ホールから出たアイル達はロッカールームへ向かう。実はこんなこともあろうかと鞄に探索着を詰め込んでいた。

 

手早く着替えながら眼晶指輪(オクルスリング)精神力(マインド)を流す。

 

「リリア!リリア聞こえる?」

 

『どうしたのアイル兄さん?』

 

「エリスファミリアの狙いは夏姫かもしれないんだ。悪いんだけど、夏姫を連れて逃げてるれる?」

 

本日はベル達が用事でオラリオにいない。エリスファミリアがホームを狙う可能性も捨てきれないとアイルは判断した。

 

『分かった…。南区(サウス)の方に逃げるね』

 

探索着に着替えたアイル達は班分けを行う。

 

「リーユ姉さんとシリィは南区(サウス)の方に行って、リリアと夏姫をお願い。

僕は一応ホームにシーナを迎えに行く。

フィーネは後からヘスティアファミリアに来て」

 

「「「了解」」」

 

フィーネはこの中で一番敏捷が低い。

火力的には戦力になるが、フィーネに合わせて走っていては間に合わない可能性があった。

 

エリスファミリアを飛び出して屋根の上を走る。

合わせたりはしないので、敏捷の近いアイルとリーユが先行した。シリィは少し遅れている。

 

四つの影がバラバラに夜街を疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




金庫(バンク)
ギルドが保有する金庫。様々な魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)、素材などを所持している。押収した非合法的な物や許可が必要な物があり、中の物は正規の手段でしか手に入らない。
しかし、財源確保のために『大賭博場(カジノ)』に秘密裏に売っているという噂も………


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各々の戦場

久しぶりの戦闘シーンです。
戦闘シーンが下手くそなのがほんとにもう
………orz










オラリオは海が遠いこともあり、非常に降水量が少ない。特に寒さのオプションで乾燥が付いてくるこの季節は輪をかけて雨が降らず、雲すらできない日が多い。

しかし、今年は珍しいほどに降水量が多く、現に今も雪が降っていた。

昔は物珍しい雪に大興奮したものだが、今ではどうでもよくなっている。

しんしんと降る雪は街道に薄く積もり、季節を強調しているようだった。

 

そんな中、アイルは屋根に積もった雪を巻き上げながら全力疾走していた。

本来なら危険極まりない行為だが、ダンジョンにおいて濡れた岩の上での戦闘経験すらあるアイルにとってはなんてことないものである。

 

嫌な予感を振り払うために、或いは払拭するために疾走した。

 

 

 

 

 

ホームは静かだった。

ファミリアの団員が外出する用事など聞いていないが、人の気配は薄い。

 

「シーナ、どこにいるの」

 

とにかく声を張ってシーナを探す。

 

しかし、返事はなかった。

代わりに物音がする。中庭の方だ。

 

「シーナ?」

 

「………少年ですか?」

 

中庭の木陰に隠れるようにシーナがいた。

 

「皆はどうしたの?」

 

「いつの間にか…」

 

いなくなっていたらしい。

こんな悪天の夜に揃って外出など明らかにおかしいが、謎解きをしている時間はない。アイルの耳は既に敵の存在を確認していた。

 

「一応警告しますけど、他ファミリアのホームへの無断侵入はギルドから(ペナルティ)を受けますよ」

 

「………無駄口を叩きに来たのではない」

 

現れた男は先日以来の剣士フリード。大剣を操るレベル6の猛者だ。

 

「他の二人はどうしたのですか?」

 

剣豪フリード、又の名を『大獅子(ギガ・クシフォス)』は『大鷹(メガロ・ボウ)』、『大犀(マグナ・ランス)』の二人と三人一組(スリーマンセル)を組んでいることが多い。

彼がソロでいるこの状況が既に不自然。

 

「分かっているから宴を抜けて来たのだろう?」

 

「…なるほど」

 

どうやら、リーユとシリィにリリア達を追いかけさせたのは正解だったようである。

 

「降伏することをお勧めします」

 

アイルの最終勧告にも返答はなかった。代わりにフリードは大剣を正眼に構える。

戦闘は避けられない。そう、態度と殺気で物語っていた。

 

「シーナ、離れてて」

 

 

前回、アイルはフリードに辛くも勝利を納めている。しかし、同じ様に行くかというと否である。

 

前回はアイルも不思議と実力以上のパフォーマンスができていた。だが、それを今回も望むのは欲張りというものだろう。

フリードとアイルの素の実力はフリードが上。運が良くなければ勝てない。

アイルは運に勝敗を任せるほど愚かではなかった。

 

「何がっ……目的ですか!」

 

突進しながらも言葉を発する。

 

前回のような状況ならまだしも、今回は完全に侵入行為である。アイルには攻撃する理由があるし、エリスファミリアも(ペナルティ)は免れない。

そこまでしてヘスティアファミリアにちょっかいを出して何が狙いなのか?

 

フリードは答えない。そもそも寡黙な男であるというのもあるが、主神のために口をつぐんでいる。

フリード自信、主神のこの方針には常々疑問があったが、孤児の自分を拾ってくれた主神のために任務をこなしていた。

 

前回の戦闘とはうって変わって、力対技の勝負になっていた。

アイルはナイフを使用し、フリードは鎧を着ていない。戦いの様相が変わるのも当然である。

 

大剣は力押しが主な戦闘方法になる。対してナイフは技で捌き、凌ぎ、チャンスを待つのが戦闘方法。

ある程度熟達した使い手の戦闘では、ナイフ使いが相手の懐に潜れるかどうかが決め手になる。

 

フリードの剣はさすがの一言だったが、アイルも負けてはいなかった。

大剣をナイフの腹で滑らし、一撃ももらわずにいなし続ける。時には相手の間合いの内に入ろうとしていた。フリードもその度にアイルを払ってはいたが、とても二人の間にレベルギャップがあるような戦闘ではなかった。

 

幾度目かの剣突の後、両者距離をとる。

 

「強いな……。剣が主武装(メインウエポン)かと思っていたが…」

 

「………どうも」

 

二人の呼吸は既に乱れている。獲物はフリードの方が重いが、運動量はアイルの方が多い。

 

こうなってくると、経験の多いフリードが有利になるだろう。疲労は思考と動きを鈍らせる。

しかし、経験の多い者はこういった場合の安定のさせ方を心得ているものだ。

 

これ以上長引かせても不利になる一方。

アイルは何か策を弄する必要があった。相手の意表を突く作戦ならば一気に逆転の芽がでるかもしれない。

不安要素があるとすればフリードは前回とは違いもう一本剣を携帯していることだが……。

 

突進。

限界まで体を前に倒して、地面スレスレを走る。しかし、そのまま突進することなく、ナイフを投げつけた。

意表を突く作戦だが、ありふれている。対人戦では歴戦の猛者であるフリードは当然予想していた。

フリードは弾かずに避ける。それも最小の動きで。もし迎え撃てば、一気に加速したアイルに詰められて無防備なまま格闘に持ち込まれていただろう。

 

しかし、アイルは既に次の手を放っていた。

投げつけたのは円筒。放物線を描かず、直線でフリードの足下に落ちる。

 

発煙筒(スモークグレネード)

衝撃を加えると白煙を撒き散らすこの探索アイテムは基本逃走用に用いるものである。が、アイルが使えば全く別の用途として使える。

予定通り広範囲に煙が舞い上がり視界を奪う。

 

フリードは煙の範囲から離脱しようとするが、それを逃すアイルではない。

赤く染まった双眸を携え、白煙の中に躊躇なく入る。

 

透視スキルのあるアイルにとって、煙は目眩ましにならない。つまり、一方的に視認できるのである。

視角の有無が戦闘に及ぼす影響など語るまでもないだろう。

 

人の五感は視角が八割。

煙から脱出される前に下半身をフル稼働して、地面を滑るように飛んでいく。フリードは音と気配でこちらを察知したようだが、反応は鈍すぎる。

全身を空中で捻りながら放つ回し蹴り、右足旋風蹴りをフリードの手首に放った。

足の甲で関節を狙い打ち、大剣を弾き飛ばす。

 

続けて、そのまま空中で逆足を振るう。左足の踵で胴を捕らえる。

 

運体二段蹴り。

十分な遠心力によってなされる重い蹴りはフリードを軽々と吹っ飛ばした。

 

「ぐっ、………重いな。…いい蹴りだ」

 

両者の手には得物はない。徒手空拳ではアイルが優っているという自信があった。

しかし、フリードも上手い。先ほどの一撃でわざと大袈裟に飛んだのだろう。彼我の距離は大きく離れていて、二本目の刃を抜き放つのに十分な間合いである。

 

故にアイルがとるのは最優の策。

 

「ケラヴィス!」

 

速攻魔法の連射。これ以上に優れた選択肢はなかろう。

魔法を放ちながらも距離を詰める。

 

フリードは二本目の剣を抜き魔法を迎撃しようとした。

それでも問題ない。アイルは既に詰めより始めている。迎撃後の硬直を考えれば間に合う……はずだった。

 

フリードが横一文字に振るった剣は紫電を払いながら……伸びた(・・・)

 

アイルは慌てて頭をさげて回避する。

アイルの頭上を通過した剣は大きく撓りながら再び縮み、フリードの手元に戻った。

 

「…スネークか」

 

連接剣……蛇腹剣とも呼ばれる珍しい剣である。曲芸などでは見るが実戦では滅多に見ない。

幾つもの小さな刃をワイヤーで繋ぎ、時には剣として、時には鞭のように扱える武器だが…いかんせん扱いが難しいため使い手が少ない。

強度が低く、扱う際に幅をとるせいで仲間との連携が取りずらいし、狭いダンジョンでは使えない。

 

とにかく使い勝手が悪い武器だが、その使い手の少なさ故、対人戦では大きな戦力になりうる。トリッキーな動きは相手を翻弄するのに非常に役にたつのだ。

 

当然、アイルも連接剣を相手するのは初めてだった。

 

こんな隠し玉を持っていたとは…。

 

「今回は本気ってわけね…」

 

前回の戦いでは手を抜いていた…というより、奥の手が使えなかったのだろう。状況的に。

 

アイルは苦戦を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって南区(サウス)にて。

シリィより幾分か早く到着したリーユは未だにリリア達を発見できず、一人の男と対峙していた。

 

「……『大犀(マグナ・ランス)』。

やはりエリスファミリアが動いているのですね」

 

槍を携えた巨漢。ドワーフの戦士。エリスファミリアの主戦力たるレベル6の男だ。

この男がいる以上エリスファミリアの狙いも確定したようなもの。

 

「他の二人が見当たらないようですが…。

どこにいるのですか?」

 

エリスファミリアの三巨頭は大きな仕事のとき共に行動するらしい。

天下のヘスティアファミリアに仕掛けるのだ、総動員でもおかしくなかろう。

 

「ガハハ…。

分かっているから『羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)』がいないのだろう?」

 

「…」

 

どうやらアイルの行動は正しかったらしい。

リーユは遠くで戦っているであろう弟の健闘を祈った。

 

「降伏しなさい。そうすれば痛い思いをしないで済みます」

 

「喋りに来たわけではあるまい?

守りたいならオレを倒して行くがいい…」

 

豪快な、そして好戦的な男だ。

 

背はリーユより小さいが、内包する濃密な気配を含めればアイセルの方が圧倒的に巨大だった。

 

リーユは実は対人戦の経験が余りない。

 

アイルの稽古に付き合っていたことはあるが、それはあくまで稽古。本当の命の取り合いではない。

 

アイセルは大槍を、リーユは木刀を構える。

一見得物の差が激しいように見えるが、切断能力を犠牲に軽さを手にいれた木刀は意外と使いやすい。

リーユのステイタスを考えれば、それほど不利というわけでもないかもしれない。

 

先に仕掛けたのはリーユ。

敏捷をいかし、一気に突貫する。石の地面を踏み砕きにながら接近し、横一文字に木刀を振るう。

アイセルは当然防ぐ。

 

リーユは既に次の手を放っていた。

右足で蹴りを放つ。並みの相手ならば内臓を散らすほどの威力がある蹴りはドワーフの恰幅の良い腹に吸い込まれた。

しかし、アイセルにダメージはない。

 

受けたのだ。体で。

 

「……くっ」

 

思わぬ手応えによろめくリーユ。それを逃すアイセルではない。

大槍を振るってリーユを吹き飛ばした。

 

不幸中の幸いというかなんというか。

もし、大槍でなく細剣だったら、反応しきれず胴を両断されていただろう。重い武器の短所が如実に出た一戦だった。

 

大きめに飛んだリーユは上手く着地して体勢を立て直す。

 

「遅い…」

 

体の調子は良好。

だが、思ったスピードが出ない。

 

(……デバフ系のスキルでしょうか?)

 

速度を下げるタイプのスキルは珍しくない。リーユも耳にしたことはある。しかし、実際に相対してみると…厄介の一言。

 

想定した速度が出ないとなると、いつもの戦術が使えなくなる。

リーユは何か作戦を立てねばならなかった。

 

と言いつつも、実は作戦は最初からある。

リーユは状況で作戦を使い分けて戦うタイプなのだ。

 

「『我が母の想い、我が友の願い』…」

 

魔法。

リーユは分類わけすれば魔法戦士にあたいする。すなわち、直接戦闘と魔法戦闘、及び支援を両方こなせるのだ。

 

「『千の距離を駆け、千の敵を砕く 』…」

 

もちろん、ただ詠唱の完了を待つほどアイセルも馬鹿ではない。

詠唱を認めるやいなや駆け出した。

詠唱中の魔法使いほどいい的になるものはなかろう。

 

「『愚かなる我が身を救うため、顕現せし暴風』…」

 

動けないのに詠唱を始めるリーユではない。

リーユはアイセルの攻撃を木刀でいなした。まともに受けていれば、木刀ごと叩き折られていただろう。

 

並立詠唱。魔法戦士の必須スキルであり、習得が難しい技術でもある。

 

「『光よりも速く、風よりも強く』…」

 

ただ一点、特徴を挙げるとしたら、リーユの並立詠唱は上手すぎた。

詠唱しながらも休みなく攻撃を流し続けている。

 

攻撃をいなすというのは言うほど簡単ではない。卓越した技術と極限の集中力を要するものだ。

魔法の詠唱と共にできるのはオラリオでも限られてくるだろう。

さすがはリューの娘というだけのことはある。

 

「『俊足にして、強靭なる一撃』…」

 

アイセルの槍が振り終わって切り返す、その瞬間の僅かな硬直を狙ってリーユは槍を蹴りあげた。

同時に大きめのバックステップで距離をとる。

本来バックステップは着地の硬直が狙われやすいため、小さめにとるものである。しかし、今回はこれでいい。

 

「『我が敵を撃て』」

 

魔法の完成。

再び距離を詰めようとしているアイセルは回避が間に合わない。

 

「ディライト・ウィンド!」

 

広域風、光属性の攻撃魔法。

リーユの前面に対して強烈な突風が吹いた。破壊の力を持った緑の光は(いしだたみ)を巻き上げながらアイセルを吹き飛ばす。

殺人性の高い鎌鼬はアイセルの装備を根こそぎ奪い去った。

 

この機を逃すほどリーユは甘くない。

 

飛ばされたアイセルを追いかけ木刀を突き出す。

突きは薙ぎより防ぎずらく、威力が高い。リーユの実力で放てば、文字通りの必殺となるだろう。

 

当たればだが…。

 

 

リーユの必殺がアイセルの喉元に刺さるその瞬間、夜天を飛来した矢がリーユに牙を剥く。

 

ギリギリで上体を反らし、脳天を射ぬかれるのを免れたリーユだが、せっかくの好機を逃してしまった。

 

言わずとも分かると思うが、オーブである。

大鷹(メガロ・ボウ)』の二つ名を戴く弓使い。遠距離戦でこの戦場を支えるつもりらしい。

 

二対一。数的不利になったリーユに勝ち目はない。

 

 

わけではない(・・・・・・)

 

 

オーブを一本の矢が襲う。当然、リーユの物ではない。

シリィが援護したのである。

 

矢を放ったことで、軌道から位置を特定された、つまり視認された(・・・・・)オーブはシリィに狙われたのだ。

 

狙撃主(スナイパー)は場所がばれてしまえば、戦力として半分以下の活躍もできない。

敵味方両方に弓兵がいる場合、先に矢を放った方が負け。それが、遠距離戦の常識だ。

 

シリィは移動しながらオーブに向かって矢を何度も放つ。

隠れる時間を与えないために。

距離にして数百M(メドル)もあるが、シリィもレベル5の冒険者である。これくらいは余裕。

 

アイセルは得物がなく、オーブも後手に回っている。一見、勝敗は明らかだった。

 

 

詰め寄るリーユ、再度言うがアイセルに得物はない。ならば残された選択肢は一つ。

 

「ふっ…」

 

リーユが繰り出した渾身の横薙ぎは

……右手で受け流された。

 

徒手空拳。

 

ドワーフは武道を修めている者がほとんどいない。理由は単純、体格的に合わないからである。

 

故にアイセルが見せた華麗な動きはリーユにとって予想外もいいところ。その表情には驚愕が張り付いている。

 

アイセルの動きは終わっていない。流れるように前へ踏み込み、掌底を放つ。

リーユはまともに腹にくらって面白いように吹き飛んだ。

 

リーユは地面を転がりながら体勢を整える。

 

「まさか武道を修めているとは…」

 

先ほどの流しから掌底までの一連の動き…熟達と言ってよいほど切れ目がなかった。

護身術程度ではない。素手も戦闘方法の一つとして持っていたのだろう。

リーユも直前に腹の筋肉を固めていなかったら、内臓をぐちゃぐちゃにされていたかもしれない。

 

「グハハッ!

まだまだこれからだぞ!」

 

血気盛んというか、血が滾っているというか…。

ここから仕切り直し、第二ラウンドということらしい。

 

 

一方、シリィの方も苦戦していた。

シリィが矢筒から矢を取り出すのに手間取った一瞬の隙、その刹那の間にオーブは矢を番え、放つ。大きく撓った弓が勢いよく元に戻り矢を高速で弾き出す。

スキルのブーストも合わさり、加速した矢はまともに狙いをつける素振りなどなかった。それにも関わらず、水平に飛びシリィの眉間を正確に狙った。

 

風よりも速い矢をかわし、シリィも矢を番える。しかし、既にオーブは次の矢を放っていた。

番えた矢の照準を飛んでくる矢に合わせ、打ち出す。

狙い通り、空中で衝突、相殺したもののオーブは既に次矢を構え終えていた。

 

 

早打ち。

 

オーブが得意とするその技能は正面戦闘ですら役立つ究極技能。

矢を抜く、矢を番える、狙う、放つの工程を高速で行うため、制度が落ちるのが普通だが、オーブにそれはない。

高速で矢を放ちながらもその矢は百発百中。神業の領域である。

 

弓矢で連射という他に類を見ない絶技で攻め立てられたシリィはたまったものではない。

攻撃に転ずる隙など微塵もないままに回避し続ける。シリィもよく避けている方だろう。しかし、このままではジリ貧。リーユからの援護も望めない状況を打開する必要があった。

 

こちらの二人もなかなかに苦戦しそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに所変わって南区(サウス)、『大賭博場(カジノ)』付近にて、リリアと夏姫はエリスファミリアの下級団員に追いかけられていた。

下級団員とはいえ、リリアと夏姫もレベルは高くない。圧倒的不利であることに変わりはないだろう。

 

敏捷値的に走って逃げきることは不可能。

リリアは夏姫を庇いながら応戦して、徐々に撤退していた。

 

「……夏姫に何をするつもりですか!?」

 

聞くだけ無駄、目的は兄から既に聞いている。

しかし、納得がいかない。

今宵は生憎の曇天、どころか雪まで降る始末。真円の月は望めず、儀式も執り行えるものとは到底思えない。

夏姫を拐う意味がない。

 

何はともあれ、時間を一秒でも稼がねば。そうすれば、信頼する兄と姉たちなら…。

 

しかし、敵は答えない。

話すなと命令されているのか、話す必要もないと判断したのか。会話での時間稼ぎには乗らないようである。

敵はいつの間にか四方に散らばり取り囲まれていた。その数、視認できるだけで二、三十人。とてもリリアと夏姫だけで相手取れる数ではない。

 

ジリジリと寄ってくる包囲に指を咥えて見ているだけではやられてしまう。

こういう場合、ただ一点を目指した強行突破において他に策はない。

 

パッと見で弱そうな敵を探す。

失礼極まりない行為だが、丁度よく小人(パルゥム)の少年を発見した。少年かは分からないが。

 

小人(パルゥム)が弱いというのは非道な偏見だが、リリア自身小人(パルゥム)であるためその能力値の低さは理解している。

この中で最も弱いと思われるのも致し方あるまい。

 

しかし、世の中には見た目通りでないこともしばしばある。

フィン・ディナムが小人(パルゥム)でありながらオラリオの頂点の一角に君臨しているように、小人(パルゥム)にも猛者はいる。

 

この少年の名はカリュ、レベル4。先日レベル3の領域に足を踏み入れたばかりのリリアには荷が重かろう。

リリアの知るところではないが。

 

「夏姫は魔法の詠唱をして」

 

夏姫には高速詠唱という特技がある。

直接戦闘はリリア以上にからきしな夏姫だが、魔法の完成までの速さは一流である。この状況を打破する鍵になる可能性もあった。

 

リリアは腰元からナイフを抜いて駆ける。

速いとは言えない疾走を経て小人(パルゥム)に飛び付いた。

対してカリュは素手。小人(パルゥム)はドワーフと反対に武芸を極める者が多い。筋力に期待できない分技術が必要になるからである。

カリュも当然武芸は修めていて、ナイフの相手など慣れたもの。筋の甘い突きを左腕で絡めとり逆腕で拳打を放つ。

リリアも左腕を滑り込ませて防いだが、レベル差がある。前腕が容易く折れ、真後ろに吹き飛んだ。

 

派手に飛んで距離を取りたいところだが、後ろには後ろで敵がいる。地面に足をずって、堪える。

同時に右手で腰のホルダーから回復薬(ポーション)を取り出す。リリアの本職はあくまでサポーター。背曩(バッグ)はなくとも必需品は当然常備している。

ナイフを持ったまま器用に開けて飲み干す。

するとたちどころに、だらんと垂れていた腕が元に戻った。骨折程度ならそこそこ高位の回復薬(ポーション)で事足りる。

 

回復薬(ポーション)の空き瓶を捨てて、もう一度ナイフを構える。

今の一合で実力の差は歴然。リリアには撤退の選択肢が最優に見える。しかし、リリアが引くことはない。

予てよりリリアは自分が勝てるなどと奢ってはいなかったのだ。つまり、ここまでは作戦通りということ。

 

「…『酬いを受けよ』

 

百鬼夜行(ダイショウツヅラ)!」

 

召喚魔法。その中でも二種類の物質を召喚できるレア魔法。

『ダイショウツヅラ』はモンスターを召喚できる。しかも調教(テイム)された状態で。

自分より格下のモンスターしか召喚できない代わりに、その場にモンスターを大量召喚できるという凶悪な魔法である。

 

召喚されたモンスターはどれもダンジョン上層で見かけるような雑魚ばかり。

それでも、夏姫の魔力が高いおかげで召喚されたモンスターは十や二十ではない。

 

数的不利を一瞬で覆したが、これで勝ちにはならない。

寄せ集め部隊とはいえ相手も冒険者。モンスターとの戦い方など体に染み付いているだろう。所詮時間稼ぎにしかなり得ない。

 

ここからはリリアの仕事。先ほどの小人(パルゥム)に狙いを定める。

 

先日取得したスキル、『英雄憧憬(イミテーション)』で恩恵を書き換える。参考にした模倣対象はリーユ。

 

リリアはあらんかぎりの力を込めてカリュに飛び付いた。

いきなり跳ね上がった身体能力に振り回されるように、暴走しながらカリュに接敵する。

しかし、あまりの速さにカリュどころかリリアすら反応しきれず、拳も蹴りも出ずそのまま突っ込んだ。

腹に頭突きをくらったカリュは目を剥きながら壁に突き刺さる。内臓に激しいダメージを受けて意識を飛ばされたようである。

 

まあ、方法はともかく一人倒した。格上を一撃で倒したのだ。十分な戦果である。

 

しかし、すぐに短い効果時間が終わる。

 

「……いっ、たぁい!」

 

リリアとリーユのレベル差は2。レベル3の肉体でレベル5の恩恵を使った代償は馬鹿にならない。

あらゆる筋肉がねじ曲がったような痛み、内臓が軋み、肋骨がポキポキ折れている。

 

腰のホルダーから回復薬(ポーション)を取り出し、喉元から込み上げる血塊ごと嚥下する。

 

折れた骨が繋がっていき、全身の痛みも引いていく。薄れていた意識が現世(うつしよ)に戻ってくる。

意識が飛ぶ前に回復が終わってよかった。まだまだ敵は多い。

 

夏姫の前に立ち、並みいる敵を睨み付ける。イメージはリリアを守ってくれる兄の姿。

スキルでイメージを具現化するように恩恵を書き換える。

 

心配なことがあるとすれば…

 

……腰のホルダーに刺さった七本の回復薬(ポーション)に手を翳した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




夏姫(なつき)・クラネル Lv,2
力:E451 耐久:D510 器用:C602 敏捷:D572
魔力:B792
対異常:I

《魔法》
【ダイショウツヅラ】
・召喚魔法
・貴金属、及びモンスターの召喚
・量、質は消費精神力(マインド)に比例

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
狸寝入リ(フォックス・スリープ)
・瀕死状態の時、全アビリティ高補正
・眠り耐性低下

春姫の子供。12歳の狐人(ルナール)。武芸はからきしだが、使い勝手のいい召喚魔法と高速詠唱の特技を持つ。最近はませてきたからか、母のようにお嬢様っぽい喋り方をするが、小さい頃は英雄になるという夢を持つ活発な少女だった。
金の髪、翡翠の瞳、狐耳と12歳にしては大きく育っている胸を持ち、和服を好んで着用する。
二つ名は『子狐(フォックス)』。

詠唱
【ダイショウツヅラ】
大きな欲と、小さな愛
貪婪に代償を、大聖に恵みを
訪れるは魑魅魍魎か、巨万の富か
酬いを受けよ


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勝利の味

戦闘シーンが続くと辛い…。
まだまだ戦闘シーンなんです。
稚拙ですがしばらくお付き合いください。


アイル対フリードの戦いは想定よりも接戦だった。フリードの連接剣の奇怪な動きも持ち前の反射神経で対応できている。

アイルも先日より使っている青のベルトから剣を抜き、果敢にフリードに近付こうとしていた。

 

両者ともに刃を用いているため、その一撃一撃は必殺。先に集中を欠いた方が、その首と命を落とすことになるだろう。

 

英雄ノ子(スキル)のブーストもあり、純粋なステイタスで言えばアイルはフリードを越えているかもしれない。

もし、スキルがなければステイタス差と技術でとっくに微塵にされていたであろう。

 

フリードの骨身に染み付いたトリッキーな殺人剣は、迷いなくアイルに迫る。奇っ怪な、もしくは生物的な動きでアイルに動きを読ませない。

端から見ても分かるほど苦戦していた。

 

アイルの体力は徐々に減っていく。

見慣れない剣の軌道がアイルから『最小限の回避』という選択肢を奪い、疲労を加速させていた。

疲労で鈍る思考と余裕ない回避の連続がアイルから思考を奪い、作戦を立てる隙を許さない。

 

そして、均衡は崩れる。

 

アイルが小石を踏み、僅かに姿勢を崩した。その瞬間を歴戦の猛者は見逃さない。横薙ぎで振るわれた連接剣はアイルに高速で迫った。アイルは連接剣を細剣で受ける。

アイルは今までは回避と受け流しに専念していたが、この戦いで初めて連接剣を受けた。

連接剣は見た目より攻撃が重い。伸びる剣は多大な遠心力を含んでいるため、高い威力を内包しているのだ。

 

しかし、問題はそこではない。多少重い程度ならアイルも困りはしなかっただろう。

 

連接剣は鞭のように撓る。卓越した使い手が使えば、一度の振りで二度三度攻撃することすらできるのだ。

 

アイルの背中に鋭利な痛みが走った。

激痛に意識が揺らめき、派手に血を飛ばしながら体勢が前に傾く。アイルは倒れるように膝をついた。

アイルは剣の中程を受けたが、伸びた連接剣の剣先が背後で撓り返ってアイルの背中をバックプレートごと刺したのだ。

 

「……ぐふっ」

 

「核には届かずか…」

 

心臓まではいかなかったようだが、体の内で漏れた血が肺に混ざり口から出てきた。

急所を破壊されるのは防げても、心臓の周りは大量の血管が集まる。大量出血による死も考慮すれば、あまり長引かせる事はできないだろう。

逆に、フリードは防御に徹すればアイルは勝手に死ぬ状況ができたわけである。

 

フリードは剣を戻そうとした。伸びた剣のワイヤーが剣の柄に巻き込まれるように戻っていく。

 

(今しか……ない…)

 

しかし、その剣をアイルは掴んだ。素手で刃を鷲掴みにしたせいで、手のひらから血が出てくる。

しかし、アイルは痛みを感じない。アドレナリンドバドバ状態のアイルは回復ではなく、短期決着を選んだようだ。

この選択は危険故、選び取りにくいが…正しい。長引かせても状況は悪化の一途辿るのみ。

ならば、背中に刃が刺さった、その一瞬の硬直を利用するしかない。ピンチをチャンスに転換する奇跡を起こすしかないのだ。

 

連接剣は刃の一つを掴んだ程度では止められない。フリードが柄を振るうと、たわんだ刃がアイルを斬りつけた。激しく乱れる剣はアイルの体に絡み付くようにいたるところを斬り裂く。

害ある刃は柔らかい肌を容易く喰い破り、鮮血を撒き散らした。アイルに積もる雪は赤く染まっていく。

 

「ケラ……ヴィスゥ…」

 

込み上げる血痰を押し殺しながら詠唱する。超短文詠唱による驚異的な行使速度……しかし、(いかずち)は現れなかった。

失敗ではない。

発生した紫電は、右手の細剣に纏わり付いたまま保持されていた。

 

「ケラヴィス……ケラヴィス!」

 

今度は押し戻さず、口から血を飛ばしながら詠唱する。三度分の魔法を細剣が纏った。

 

神雷の英突(アルゴ・ケラウノス)

アイルが二月ほど前に作った奥の手(必殺技)。速攻魔法の蓄積(チャージ)よる高火力の一閃。

しかし、なかなかな集中力を要するため、戦闘しながらでは行えないという欠点も抱えていた。

元より火力不足気味だったアイルの弱点を補うための技だが、理想とする三十発近い蓄積(チャージ)は未だに意識的にはできずにいる。

故に今回は限度である三発のチャージで満足しておいた。それでも、威力的には事足りるだろう。

 

フリードの警戒も最大レベルまで引き上がった。

アイルの剣から漏れる魔力に対して注意を逸らさない。

三度目の詠唱後、詰め寄ってくる少年の一挙一動を注視する。

足取りはフラフラだが、その速度はとても怪我を感じさせるものではない。前回戦った時に思ったが、条件/損傷(ダメージ・トリガー)のバフスキルを保有しているのだろう、とフリードは当たりを突けた。

 

アイルとフリードの距離が徐々に近づく。その距離、僅か10M(メドル)ほど。

フリードは自らの直感に従い、距離を取ろうとした。何かまずい予感がする。

 

もう遅い。

 

「『雷突(アルゴノス)』!」

 

劣化番『神雷の英突(アルゴ・ケラウノス)』。

劣化番といえどその威力は絶大。

 

フリードも直前に剣を幾度も撓らせ、幾重もの鋼の壁を作った。稀有な技術である。『技』においては一つの極地とも言えるほど。

 

しかし、その鉄壁は豪雷によって蹴散らされた。他愛もなく、易々と、赤子の手を捻るように。

 

フリードの『技』とアイルの『力』。

つい先ほどまでとは全く逆の展開。その方法をもってアイルはフリードに仕掛けた。

『力』には『技』を、『技』には『力』を。それがアイルの戦い方。

 

解き放たれ、鋼を貫いた雷はフリードの意識を暗闇に叩き落とした。

 

 

倒れたフリードが起き上がらないことを確認したアイルはやっとこ安堵を手にいれる。

するとたちまち、遅めにやって来た激痛が背中で暴れだした。勝利の高揚を楽しむ時間も貰えないとは。

 

勝ったご褒美代わりにと回復薬(ポーション)を一瓶煽る。途端に、全身の傷は背中も含めてゆっくりと塞がった。痛みも引いていく。

 

勝利の美酒は血の味がした。

 

 

 

 

 

 

「シーナ?大丈夫、終わったよ」

 

辺りに敵の気配はない。どうやらフリード一人で来たようである。

他の団員は夏姫たちの方に向かったのだろうか?リーユたちが上手くやっていることを祈るばかりである。

 

緊迫した戦いで心理的疲労をどっさり蓄積したアイルは、迎えに行くのも面倒で声だけかけた。

 

「さすがです少年、助かりました」

 

「いえいえそれほどでも…。

それにしても、何で誰もいないんだろう?

知ってることがあるならシーナも…」

 

「そんなことより!

大変なんです…」

 

切羽詰まったような様子のシーナ。

金色の瞳と紫宛の瞳が交わる。

 

「実は……」

 

その続きの言葉を聞いた途端、アイルは鉄砲玉のように飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーユとシリィは昔からあまり付き合いがない。

リーユの記憶にある幼い彼女は活発で溌剌としていて、可愛らしい少女だった。

しかし、フレイヤファミリアに加入して数年経つと何というかこう、大人のような妖艶さを纏うようになっていた。

そんなシリィが嫌いなわけではないが……

 

苦手だった。

 

 

 

 

近接で勝てないと判断したリーユは早めに見切りをつけて下がることにした。

一時撤退。

素直に不利を認めるのは殊勝な事だが、急ぎ前に進まねばリリア達が危ない。そんなことはリーユとて分かっている。

下がったのはあくまで一時(・・)撤退。シリィと合流して作戦を立てるためであった。

本来、例えばアイルとならばアイコンタクトで即興のコンビネーションを披露し、敵の殲滅も難しい事ではないのだが……コミュニケーションを避けてきた弊害が厄介なところで出てきてしまったようである。

 

小さ目のバックステップを三度行い、そのまま後ろ向きに跳躍。屋根の上のシリィに合流して煙突の影に隠れた。

オーブの狙撃は一瞬避けられているだろうが、このままではジリ貧。手間取るようでは本格的な撤退も考慮に入れなければならない状況に陥ることだろう。

 

「シリィ、分かっていると思いますが、急ぎ戦略を練る必要があります。

恥ずかしながら私は何も浮かんでないのですが……

……聡明な貴女のことです、何か案があるのでしょう?」

 

確信はない。ほとんど願望に近いものである。本心ではさっさと倒して、妹達を迎えに行きたいのだ。

シリィに立案を全任するのは他力本願もいいところ。リーユの好むところではないが、致し方ない。背に腹だ。

 

「ええ、もちろん」

 

「本当ですか!?」

 

正直なところ、リーユは打開策などあるとは思っていなかった。

驚きのあまり声がひっくり返って、すっとんきょうな声が出たが気にもならない。

 

「ちょっと失礼」

 

そう言いながら、シリィの顔が近づいてくる。耳打ちかな、と思い首を横に向けようとしたが、シリィによって妨害された。嫋やかな美しい指が頬に添えられる。

 

「あの、シリィ?」

 

シリィの顔はみるみる近づき……

そして………

 

 

………大輪の百合が咲いた。

 

 

当然、比喩である。

「満月が作る二人の影が重なった」

という表現でも可。

 

つまる海馬(とど)のところ、ぶっちゃけると…

 

キスしたのである。

 

「!?!?!?」

 

リーユは大混乱。

そりゃそうだ。生きるか死ぬかの戦場でディープな接吻を経験するとは夢にも思うまい。まして、リーユは地味に初めて(ファーストキス)だったりする。

女同士とはいえ、初な処女(おぼこ)挿入(ディープ)は刺激がいささか強すぎる。

 

というかそれ以前に、戦場でやることではなかろう。いや、戦場以外でもやることではないが。

 

「な、なな、な、何を????」

 

やっと唇が離れる。二人の間に架かった銀糸の橋は雪に断ち切られた。。

 

動揺がで口元が覚束ず、ラップのリズムで疑問を刻む。

 

「それじゃあ、下のドワーフ(おじさん)はよろしくね」

 

そう言ってシリィは陰から飛び出していく。途端に、激しい撃ち合いが始まった。乱射される矢を正確に避けながら、時に撃ち返している。

しかし、好勢には見えなかった。

 

「え?ちょっ!」

 

戸惑いながらも屋根を下りてドワーフと向き合う。

アイセルは既に構えていた。

半身になり右手を前に出している。隙と呼べるものは伺えない。

 

リーユは木刀を捨て、小太刀を手に取った。威力は下がるが、小回りが効く分技術方面に能力値が振られる。

リーユは基本、小太刀は二刀流で扱う。

両小太刀を順手に持って、姿勢を落とした。

 

走り出すリーユ。そして気付く。

 

(速い!?)

 

まるで、英雄ノ子(スキル)でブーストされたときのような急な能力上昇。

しかし、急な加速の理由が思い浮かばない。

 

原因不明の加速に体を合わせながら前に集中する。敵もこちらの加速に動揺しているとはようだった。

 

「はあ!」

 

どのみち加速する分には一向に構わない。

 

最速の突進で迫ったリーユはアイセルに斬りかかる。

しかし、その体は交わらなかった。

交差の瞬間、スライディングによりアイセルの下をくぐり背後をとったのだ。

 

両者同時に振り返りながらそれぞれの攻撃を放つ。

 

二対の小太刀は二本の腕に流される。しかし、先ほどまでとは違った。

流されても、軽い得物は易々と切り返しが行える。敏捷の上昇も相まって、アイセルは次第に押され始める。

リーユの捌きもうまかった。流しの硬直、厭らしい角度、絶妙な間合い取り…アイセルから離脱と攻撃の選択を奪いながらじわじわと迫っていく。

 

『技』対『技』。

研鑽により磨きあげられた絶技の応酬。いつまでも見ていられるような美しい戦いだったが、長くは続かなかった。

 

先に仕掛けたのはリーユから。

刹那の間に右の小太刀を手内で回し、逆手に持ち変える。同時に体に左回転を加え、独楽のように回りながら高速連撃を行う。

先ほどまでの繊細な技術のやり取りと比べるといささか強引な攻めであり、アイセルもここに付け入る隙を見いだした。

 

アイセルは大きく一歩下がる。

回転が終わる瞬間に突進、貫手で急所を抉る作戦だ。

 

しかし、それは実現しなかった。

 

回転が終わる直前、リーユは二本の小太刀をアイセルに向かい投げつけた。

もちろん、それで終わることはない。

すかさず、レッグホルダーに付いている木製の物体に手を伸ばす。それを振るうと、伸びて槍になった。

折り畳み式の槍。

強度が異常に低いためあまり打ち合いに向かないが、リーユは持ち運びがいいため愛用していた。

 

木刀、素手、小太刀、槍。

実は、リーユはどんな武器でも基本的に使いこなせるタイプである。

やろうとおもえば、大剣や弓なども普通に使えてしまうのだ。

 

リーユは投げつけられた小太刀に対応しているアイセルに一瞬で詰め寄った。

同時に『星ノ力(スターマジック)』を発動し、精神力(マインド)を溶かす。夜間であることも作用し、爆増した力のアビリティを余すことなくアイセルに叩きつけた。

 

槍の基本動作、薙ぎ。

突きとは違い突貫能力はないが、ダメージ的には無視できない攻撃である。

そんなことは槍使いであるアイセルが一番分かっていたが、反応できなかった。

 

スキルにより、過剰ブーストされた力は余すことなくアイセルの腹に吸い込まれる。

僅かな時間を幾秒にも感じ…

…そして、吹き飛ばされた。

 

リーユの槍も反動で木端微塵になったが、無事アイセルも意識を手放したようである。

壁に皹を作って寝そべるドワーフはピクリとも動かない。

 

安定と安心のやり過ぎだが、今は勝ったことを喜ぶべきだろう。

 

 

 

 

 

丁度そのころ、屋根の上も決着がついた。

 

オーブの矢をかわし続けたシリィには秘策がある。

問題は姉の方だが、『乙女ノ館(セスルームニル)』で強化した。苦戦どころか、圧勝の可能性すらある。気にかける必要はないとシリィは判断した。

 

さて、シリィの立てた作戦に関してだが、これはほとんどズルのようなものである。

実は先ほど煙突の陰に飛び込んだ際、シリィら視た(・・)のだ。

 

偶発的、全くの予告なしで発動するスキル、『戦略眼(アフェクション)』は未来を覗き見する反則級のチートスキル。

これにより、シリィは最短の勝ち筋を見切っていた。

 

「今回は私のラッキー勝利ってことで…」

 

そう言いながらシリィは弓に特殊な矢を番える。

 

番えられ、一対となった弓と矢をオーブに向けた。当てるのが難しい矢なので集中して狙う。

当然、オーブも矢を有らん限り連射した。

しかし、シリィはそれにほとんど見向きもしないまま、全て避けた(・・・・・)

 

未来を知っているが故に、見切らずとも容易く避けられる。

 

そしてついぞオーブの矢はシリィにかすることすらなく、シリィは矢を放った。

 

舞い踊る雪を散らしながら冷たい空気の中を直進した矢はオーブ足下に刺さる。

 

瞬間、爆発。

 

『呪矢』

術を封じ込めた矢形の魔道具(マジックアイテム)。矢形とは名ばかりの珍妙な形であるため達人でも狙い通り当てることはできないといわれる、所謂失敗作であるが、矢が刺さった後に予め封入されている魔法が発動するという凶悪な能力を有している。

狙いがつけられないため使い手はほとんどいないが、シリィはどうやら少数派だったらしい。

 

「まだまだ」

 

と、いいながら呪矢をじゃんじゃか放つシリィ。一発で仕留められるなど思っていないのだろう。実際、一度の爆発程度でくたばるオーブではないが…さすがにやり過ぎな気もする。

 

やがてシリィが満足して乱射を辞めると、意識のないオーブが転がっていた。

どれ程前から気絶していたかは不明である。

 

「次は普通(未来視なし)で戦いましょ?」

 

決め台詞もきまったところで、シリィは下に目を向けた。

 

リーユの方も決着がついたらしい。

予想通りの大勝で、姉の体に傷は見当たらない。

 

「やり過ぎでは?」

 

と、リーユが言うと。

 

「姉さんにだけは言われたくないわ…」

 

と、呆れた様子のシリィ。

激戦後とは思えない緊張感の無さである。

 

 

 

「そういえば、シリィ。

先ほどのキ……、接吻についてですが…」

 

リーユはもじもじしながら問う。

愛情表現的なアレではないことを確認したかった。

 

「キスも接吻も大して変わらないんじゃない?」

 

「そういう問題ではなくて!」

 

あわあわした様子の姉を十分に楽しんで…

 

「分かってるわよ。

スキルよ、スキル。契約が必要なタイプなの」

 

ネタバラシをした。

 

「そうですか……契約ですか。

良かった…………………」

 

姉妹の禁断の愛的ねソレではなくて良かったと一安心。

しかし、安堵はつかの間。

 

「……?良かったのでしょうか?」

 

ここでやっと、リーユは実際ベーゼをしたことには変わりないことに気づいてしまった。

 

「良いじゃないチュッ、てするくらい」

 

「いえ、決してそんな可愛らしいものではなかっと思うのですが…」

 

むしろブチュッ、て感じだった。間違いなくディープな方だった。

決してちょっとだからいいか、で済まされる範囲ではなかろう。

 

「大丈夫よ。

なんならもう一回してみる?」

 

「しません!」

 

「良いじゃない。一回くらい。

ね、先っぽだけ、ちょっとだけだから」

 

全く本当に、緊張の欠片もない二人である。

 

こちらの二人の勝利の味はレモンフレーバーだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、最も重要なリリア達である。といってもこちらの様相は既に絶望としか表現できなくなっていた。

 

召喚されたモンスターは既に掃討されている。なかなか、相手を削ってはくれたがそこまでだった。

気絶した男達が地面に並んでいる。相手は既に半分ほどに減っていた。

しかし、リリアも回復薬(ポーション)の底が尽きかけていた。

 

囲まれていなければ、魔法を模倣して一掃したいところなのだが…。

 

アイルのステイタスを使ってエルフの男を殴り飛ばし、すかさず近くにいたドワーフの男も蹴り飛ばした。

そこで、リリアが全身から血を吹く。

スキルの反動で体がねじ曲がるような痛みを感じた。

震える手で回復薬(ポーション)を飲んで、痛みを誤魔化す。急速に傷は塞がったものの、リリアに確実な疲労を重ねていった。

さらに悪いことに、現在飲んだ回復薬(ポーション)は九本目。持ってきた回復薬(ポーション)の全てである。

つまり、回復手段がもうない。絶望的な状況である。

 

夏姫を中心に守るようにリリアが八面六臂の大活躍をしたせいで、降りつのった雪は鮮血に染まっている。倒れた男たちも含めて死屍累々といった様相。

とても、お洒落の街、南区(ノース)とは思えなかった。

 

大賭博場(カジノ)の裏手であるここは表とうってかわって人がほとんど通らず、助けを望むには少し場所が悪い。

 

スキルの身体損傷(フィードバック)で何度も内臓がぐちゃぐちゃになってしまった。

思考がぶれぶれで、吐き気が酷い。回復薬(ポーション)の使いすぎで急性回復薬(ポーション)中毒になってしまったのかもしれない。

毒と薬は表裏一体。回復薬(ポーション)は回復アイテムであると同時に強烈な毒でもある。短い期間に多用し過ぎると体に様々な不備を起こす。

今のところ、回復薬(ポーション)中毒を治す薬は『神の雫』しかない。

 

それはともかく、中毒症状が酷くなりつつあるのが深刻だった。

頭がガンガン痛くて、胃がひっくり返りそうなほど気持ち悪い。さらには、視界が縦揺れを起こし始める始末。

 

しかし、休憩などできない。にじり寄る敵を倒すために足に力を入れる。スキルを発動すると、リリアに刻まれたステイタスが上書きされた。

 

兄特有の特化敏捷で近付く敵を一掃する。

蹴りで、拳で、体当たりで。それでも倒せたのは僅か三人だけ。効果時間が短すぎる。

 

スキルが切れると地獄の身体損傷(フィードバック)が待っている。

筋肉が捻りあげられるような痛み、内臓が内側から破裂するよな激痛。中毒で鈍くなっていた頭が痛みで覚醒する。

 

「あ、あっ、あぁぁぁぁ!」

 

眼球の毛細血管が破裂して血が溢れ出す。全身を抑えて悶え苦しむ小人(パルゥム)の姿に、敵もドン引きだった。

 

血涙、絶叫、喀血。

満身創痍という言葉すら生温い姉の姿に夏姫も心を痛める。

 

「姉様、もうお辞めください」

 

耐えられない。堪えられない。

血貯まりに膝をつく姉の姿が。もがき苦しむその動きが。決して折れないその心が。

 

 

 

リリアは回復できない故に耐えるしかない。リリアはもう立てない。

…普通なら。

しかし、リリアは英雄の血族だった。

……不幸なことに(・・・・・・)

 

絶望的な状況も、気の狂いそうな痛みも、深刻な中毒症状も、妹の命とは天秤にかけるまでもない。

 

痛みに耐えながら立ち上がる。歯を食いしばり過ぎて口内が切れてしまった。

 

「次は……誰だ…」

 

再び、スキルを発動する。

危険というより、自ら進んで死ににいくような所業。狂気の沙汰だ。

 

ゆらりと幽鬼のようにおどろおどろしく歩き、近くにいた青年を殴り付けた。

種族すら確認できなかったが、辺りの者たちも恐怖で足がすくんでいるようだ。

しかし、リリアもここまでである。満身創痍のリリアには短い効果時間では一人しか倒せなかった。

 

高い能力の代償に求められる地獄の激痛。

グリグリと心臓が捻れていくのを感じる。

 

(あっ………死ぬ)

 

 

リリアの心臓が爆発した。

 

 

 

 

 

ところがどっこい、簡単に死にはしない。

リリアの心臓が捻切れたその瞬間、空から兎が降ってきた。今日の天気は雪、時々兎らしい。

 

救世主な白兎は何も言わずに瓶をリリアの口に突っ込む。

瓶の中身は滑らかな琥珀色。

一目で分かる。『神の雫』だ。あらゆる身体不良を一瞬で治す、開発者(ナァーザ)曰く「死んでなければ何とかする薬」。

 

リリアの筋肉は徐々に繋がっていき、内臓も修復された。乱れた呼吸は静まっていき、中毒症も完治する。

 

やがて元に戻ったリリアは穏やかに眠った。

 

「さてっ……

…エリスファミリアの方々ですよね?」

 

確認するまでもないが。

 

言うまでもないがアイルは怒っている。

雪よりも冷たい殺気が無差別にばらまかれた。ぶちギレアイルによる殺戮タイムまで

3………2………1………

 

 

アイルが動き出すその一瞬前、空より豪炎と豪氷が降り注いだ。

今日の天気:雪、時々兎、所により魔法。

 

降り注いだ魔法の主はフィーネだ。

 

「ありがとうフィー、ナイスタイミング」

 

詠唱を破棄する魔法による、高火力魔法の連射。あっという間に地獄絵図の完成だ。

地面が溶けたり凍ったり。

冒険者たちも只では済まないだろう。死んでいないことを心より祈るばかりである。

 

「はぁ、はぁ……兄さん達……早すぎ」

 

フィーネのレベルは3。巨大都市オラリオの北の方から南区(サウス)まで来るにはかなりの距離がある。

レベルが2つ違えば速度にも大きな開きができる。兄たちに10分近く遅れてしまうのも無理はない。

そして、ぜぇぜぇ、はぁはぁ、と息も絶え絶えに現着してみれば瀕死の妹を発見。急いで詠唱に移ったわけである。

 

「兄さんも大分早かったね…

ホームの方は大丈夫だったの?」

 

「いや、大獅子(ギガ・クシフォス)と一戦交えてきた」

 

その後、シーナにリリアの死を見た(・・・・)と言われたので、ホームで『神の雫』を回収してここまで飛んできたというわけだ。

 

「それにしては早いね…」

 

兄の敏捷の異常さにフィーネも苦笑い。

 

その時、遠くから二つの足音が聞こえた。真っ直ぐここに向かっている。

こんな所に用事があるとは思えない。十中八九、アイル達に用があるのだろう。

 

アイルはフィーネの前に立ち、ナイフを構えた。

 

「フィー、下がって魔法の準備を」

 

フィーネも何も言わずに後ろに下がる。

心配なのはフィーネの精神力(マインド)残量である。フィーネの特殊魔法は詠唱を省略できても精神力(マインド)は消費する。

大魔法をポコジャカ撃てばあっさり精神疲弊(マインドダウン)することもあった。

 

足音の主は速さ的に、レベル5前後。アイル一人での勝ち目はなんとも言えない。アイルは警戒レベルを上げた。

 

かつかつかつかつ。

 

出てきたのはリーユとシリィだった。

まあ、アイルも予測してなくはなかったので、驚きはしない。というより、姉達が無事なことに安堵していた。

 

「アイル!?随分早いですね…」

 

「まあ、急いできたからね」

 

夏姫救出作戦は無事成功。

リリアが瀕死までいったことを除けば完璧である。

 

ならば、こんな薄暗い路地裏にいる必要はない。

さっさと撤収するためにアイルはリリアを担いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一件落着ね」

 

「……そうだね」

 

「?、どうしましたアイル?」

 

確かに一件落着。

エリスファミリアは掃討され、夏姫を拐う作戦も見事防げたが…

 

アイルは嫌な予感が拭えなかった。

昔からアイルの不吉な予感は当たる。そわそわしてしまう不快感がアイルの喉奥を支配していた。

 

 

 

「兄様、姉様あれを……」

 

夏姫が指を指す。指先はシリィとリーユの間を抜け、北の空を指していた。

アイル達は一斉に振り向く。そして、見た。

 

「…バベルが光ってる!?」

 

オラリオのどこからでも見える巨搭。オラリオ最大のシンボルたるバベルが青白く発光していた。

 

「ライトアップかな?」

 

とりあえずアイルはボケてみた。

 

「冗談を言ってる場合ではありません」

 

「ごめんなさい」

 

怒られた。

 

 

バベルに光る機能などない。当たり前だが。

つまり、異常事態である。

 

「いえ、よく見て。バベルの奥が光ってるのよ」

 

「……あっ、ほんとだ」

 

バベルのより北、その空が光っていたようである。どのみち異常事態なのだが。

 

「行った方がいい気がする」

 

そう、アイルの勘が囁く。

 

バベルの北。エリスファミリアのホームがある場所だ。

 

何でもかんでもエリスファミリアのせいというわけではないことは分かっている。

それでもアイルは不安だった。神エリスが何か企んでいるのでは?っと。

 

「そうね、行きましょ」

 

「ええ、行きましょう」

 

「そうだね」

 

満場一致。

全員が同じ最悪を想定していた。

 

「フィー、夏姫とリリアをお願い」

 

担いでいたリリアをフィーネに渡しながら言う。

レベル差を考えれば、フィーネは速度的に間に合わない。動けないリリアと夏姫を守ってもらう方がよかろう。

 

「分かりました、ロキをお願いします。

 

あと……………気をつけて」

 

「…了解」

 

北から来た三人は再度、北に走っていった。

 

戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 




乙女ノ館(セスルームニル)
かなり広い効果範囲のバフだが、事前に『戦士(エインヘリャル)』として、接吻(契約)する必要がある。因みに、ディープである必要はない。


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生命(セフィロト)の樹

戦闘シーンが続く……
……辛い
そして、エリスがどんどんクズに…

次回でこの章は終わりです



発光の元へ三人は急ぐ。

 

しんしんと降り積もる雪も強さを増し始めた。数年ぶりの豪雪だった。視界が悪くなるほどの雪というのはアイルたちも始めての経験である。

悪い視界と滑る足下で何度も転けそうになる。それでも、三人は速度を落とさなかった。一秒でも早く主神を迎えにいきたい。

 

「止まれ!」

 

逸る気持ちとは裏腹に先ほどからこうして何度も邪魔されていた。

エリスファミリアの残党がアイル達の行路に立ち塞がり、少しでも時間を稼いでやろうと攻撃を仕掛けてくる。

撃退に時間を裂くのも面倒だが、始末しないと絡まれ続けて厄介なので一人一人倒していった。

 

三人の前に立っているのは女だった。吹雪が酷いせいでそれしか分からない。

相手の動きもよく分からないが、それは相手も同じ。条件がイーブンなら人数差でこちらが有利と見たアイルは一歩進んだ。

 

パリンッ

 

瞬間、硝子製の何かが割れた音がした。

警戒でアイル達は一歩下がる。結果、進んだ分下がることになった。

しかし、何もおこらない。爆発はおきなかったし、相手がこちらに寄ってきている気配もない。それどころか、気配では遠ざかっているようだった。

 

何も問題ないならと、一歩前に踏み出した瞬間、アイルの鼻が異常を捕らえた。

 

「下がって!」

 

声をかけてバックステップで飛び退く。リーユとシリィも理解したようで同じ様に飛び退いてきた。

 

気化毒。

特定の回復薬(ポーション)を複数混ぜ合わせることで気化した毒物が発生するというものだ。

本来はかなりの劇物で、少し吸ったら意識障害をおこすことすらあるが、アイル達も吸ってしまったのに特に問題らしい問題は感じていない。対異常のアビリティと治力のアビリティでギリギリ中和できているのだろう。しかし、長時間吸ったら危ないかもしれない。

 

「リーユ姉さん!」

 

「分かってます」

 

気化毒は攻撃として非常に残酷かつ優秀だが、はっきりとした対処法がある。

 

リーユはレッグホルスターから詠唱破棄(スペルキャンセル)を取り出し、その八面体を握り潰した。

詠唱破棄(スペルキャンセル)は希少で市場に出回る数が少ないが、魔法戦士の必須アイテムの一つである。

詠唱を一度だけ省略できる強力な効果を持つため、息をせずに魔法を使えるのだ。

例えば、水中や気化毒の中など(・・・・・・・)

 

「ディライト・ウインド!」

 

これが気化毒の弱点にして、最良の対処法。

毒は気化している以上風に簡単に流される。そして、リーユの魔法は風属性も含んでいる。

リーユが発動した魔法は、突風によって雪ごと毒を蹴散らした。

 

旋風(つむじかぜ)によって吹雪が一瞬晴れると、呆然とした人間(ヒューマン)の少女が姿を現す。

 

標的を発見したアイルの行動は素早かった。

自慢の俊足で距離を詰め、掌底を鳩尾に打ち付けた。

鳩尾は横隔膜が近いため、衝撃を加えられると呼吸が苦しくなる。それ以前に滅茶苦茶痛いため、レベル差があろうものなら一撃昏倒してしまうことも多い。現に今回がそうだ。

 

幾度目かも分からない刺客を退けると、また三人は走り出した。

 

 

 

 

 

吹雪を掻き分けるようにして爆走。バベルを右回りで回るようにして北側へ。あと少し。

 

近年まれに見る寒さがアイルの頬から飛んだ汗を結晶に変えた。

 

 

 

 

エリスファミリアのホームに着いた。

いや…正しく言うとたどり着けなかった(・・・・・・・・・)

 

無かったのだ。ホームが。

 

つい先ほどまであったはずなのに。アイル達も確かに賑やかな宴に参加していたはずだ。

 

隣の屋根に三人で待機する。

眼下に広がるのは平地だった。中心地には大樹とそれに寄り添うエリスが、周りには他の神々がいる。

大樹は幹から枝葉まで青く発光していた。どうやら先ほどの光はこれが原因だったらしい。

 

「何……が…」

 

「…まずは神と子供の救出を」

 

「そうね」

 

神エリスから、厳密に言うとエリスの横の大樹からは強風が吹き荒れ、天より落ちる雪も侵入できない不可視のドームを作っていた。

 

半球形のドームに入れば肌に打ち付けていた雪がぱったりと消え、代わりに強風が頬を撫でゆく。

宴に参加していたであろう人々は膝や、尻をつきながらエリスを眺めていた。

 

 

「アイル君!?」

 

ふと、ヘスティアの声がした。驚いたような、安心したような、その逆のような。

 

「ヘスティア様!何があったんですか…」

 

「今はそれより、皆を助けてやってくれ」

 

「分かってます。今、リーユ姉さんとシリィが手分けして救出してます」

 

人々は呆然としていた。これだけの災害に阿鼻叫喚しないとは、それだけ彼らが驚愕しているということか。

 

あの魔道具(マジックアイテム)がホームを消し飛ばしたのだろうか?

だとしたら強力が過ぎる魔道具(マジックアイテム)だ。そんなもの市販されているはずがない。

そもそもあの様子を見るにまだ効果は終わっていないようである。まだ何かあるらしい。

 

ヘスティアを連れたアイルは近くにあった建物に避難する。

リーユとシリィによって誘導された神々は各々エリスへの愚痴を垂れ始める者や子供と話し始める者など様々。アイル達は後者に分類された。

 

「随分な大騒ぎね」

 

ヘスティアとロキ、リーユ、アイルが集まっているところにシリィもやってきた。

 

「シリィ……フレイヤ様は大丈夫なの?」

 

「フレイヤ様は直前にどこかへ行ってしまったそうよ」

 

まあ、フレイヤ様のことだからそんな気はしていた。

 

「それでヘスティア様、いったい何があったんですか?」

 

「それは…」

 

 

「それは俺から説明しよう」

 

横から入ってきたのはヘルメスだった。顔に胡散臭い苦笑いを浮かべながら歩いてきた。

 

「ヘルメス…何か知っとるんか?」

 

「ああ」

 

ヘルメスが語ったのは大体次のようなことだった。

 

宴の最中、ヘスティア、ロキ、フレイヤに囲まれたエリスは当然のごとく会場中から注目されていた。

それに気づいたエリスは丁度いいとばかりに笑ったという。ヘスティアに何か言われる前に手でヘスティアを制して、ホールの中心に悠然と歩いていったという。当然、皆静なまま注視していた。

ヘルメス曰く、この時フレイヤはホールを抜けていったらしい。

そして、ホールの真ん中、丁度真ん中に立ったエリスは懐から魔道具(マジックアイテム)を取り出し、こう言ったという。

「楽しみましょ?」

と。

その瞬間、極光と強風が襲い、気づけばあの通りだったらしい。

 

「あれは秘宝(レリック)だ。

アイル君達は当然、秘宝(レリック)を知っているだろう?」

 

「ええ、人並みに」

 

秘宝(レリック)ならばあの威力も頷ける。

強力、強大。破壊したり直したり。とにかく常識というものが絶対的に通用しないのが秘宝(レリック)である。

 

「あれは何という秘宝(レリック)ですか?」

 

問題はそこである。

現在発掘され、金庫(バンク)に保管されている秘宝(レリック)は五種類。

物によってはベルを呼ばなくてはいけない。最悪のその先の事態すらあり得る。

 

「……………生命(セフィロト)の樹だ」

 

「なんてこと!」

 

金庫(バンク)に保管されていたはずなんだが…」

 

生命(セフィロト)の樹』

現存するあらゆるアイテムの中で最強の名を戴く凶悪なアイテム。

様々な条件と制約がある代わりに、発動、召喚に成功すれば、規格外なモンスターを召喚できる。

その強さは一体につきレベル10相当。そして、最大10体召喚できる。

 

もし、全て召喚されればベルでも敵わない可能性があると言われるほど。

 

「召喚を成功させるわけにはいきません」

 

もし、召喚されればまずいことになる。

 

「ヘルメス様、何とか防ぐ方法はありませんか?」

 

「いいかい、三人とも。召喚には樹に(セフィラ)を成らす必要がある。それを破壊するんだ」

 

エリスが成らそうとしている(セフィラ)は3個。それを未然に防げば、天使が召喚されることはない。

 

「ヘスティア様!……行ってきます」

 

「気を付けるんだよ、アイル君もリーユ君も、シリィ君も」

 

「「「はい!」」」

 

とは言うもののそう簡単な話ではない。

生命(セフィロト)の樹はバベルと同じくらいの高さがある。その頂点に成る実を壊すのは、さすがのレベル5でも至難の技だ。

その実の場所を確認するだけでも、首が直角に曲がるほど。

 

「確認できました?」

 

「まあ、場所は分かった」

 

距離的に遠視を持つアイルしか物を確認できない。

しかし、確かにアイルの目は三色の実を発見した。(セフィラ)は未だ胎動し、少しずつ大きくなっているように見える。まだ、完成していない安堵と、完成が近いことへの焦燥を感じた。

 

「どうやって破壊する?」

 

あそこまで遠いと、アイルの魔法どころかリーユの魔法すら届かない。

超長距離攻撃の手段を持たないため手の打ちようがない。

 

「……登りますか」

 

「…それしかないよね」

 

届かないなら近くに行くしかない。樹をよじ登って(セフィラ)を破壊しに行く以外の方法が思い付かなかった。

 

 

「あら、ヘスティアとフレイヤの所の…」

 

エリス。青い長髪を風に靡かせる女神は三人の姿を認めると、声をかけてきた。面白がるような、そんな感情が声に込められている。

 

「神エリス。貴女に構っている暇はないのです」

 

「そんな事言わないで、楽しくお話ししましょ」

 

馬鹿でも分かる。時間稼ぎだ。

 

「楽しいでしょ、こんな大きな木も作れたし」

 

「貴女は狂ってる。ギルドの規定に違反してます」

 

ここまで大々的に規定違反を犯しているのも珍しい。オラリオの歴史でももう少し隠蔽に力を注ぐ者が多かったはずだ。

 

「ルールに従うだけなんてとてもつまらないと思うの。

戒律に平伏して従順な隷従に堕ちるくらいなら、おもいっきり遊んで、(ペナルティ)をもらった方がマシだと思わない?」

 

それがこの女神。ルールの下、安心安全にぬくぬくと暮らすのをこの神は望まない。

罰を含めて楽しむのがこの女神である。

 

「エリス様、まだ誰も死んでません。

今止めれば、(ペナルティ)も少なく済むかもしれませんよ」

 

オラリオにおけるギルドからの(ペナルティ)は人が死んだか否かで大きく内容が変わる。

今のオラリオにはベルがいる。万が一にもエリスが無事で済むことはなかろう。死人が出る前に手を引いた方が賢明だ。

 

「ふっ、ふふふ…………。

誰も死んでない…ね。

ヘルメスは何も教えてくれなかったの?」

 

「どういう意味です?」

 

余裕綽々といった態度、言葉。乗る必要はないと分かっていても、15歳の少年は好奇心に勝てなかった。

 

(セフィラ)を成らすには必要なものがあるのよ」

 

「必要なもの?」

 

ヘルメスはそんな事は言っていなかった。

 

「何を要すると言うのですか?」

 

聞かなければよかった。後にアイル達はそう思ったらしい。

 

 

「い☆け☆に☆え」

 

 

「は?」

 

「生け贄よ。一つ実を咲かすのに百人。

大量の生命の力を提供してあげないといけないのよ。燃費悪いでしょ?」

 

生け贄。生ける贄。

生きた人間の心臓を抉り出し、苗に食わせる。実が三つということは、全部で三百人。狂気を通り越している。

 

「そんなの……」

 

「あり得ません!」

 

「……なるほど」

 

順にアイル、リーユ、シリィの発言。反応は二つに別れていた。

 

アイルとリーユは知らなかった、狂気というものを。

エリスにとって命など玩具に過ぎない。

不和(楽しいこと)のために命を融かすことに躊躇いはないし、楽しんだ結果命が潰えることにも何も思わない。

 

逆にシリィは慣れたものである。

フレイヤファミリアの一員として異常者と何度も相対してきた経験があった。狂気に至った者の理解不能さも、異常な行動力も。

倫理的にあり得ないことを平気でやれる、それを理解できないことを理解していた。

 

大賭博場(カジノ)でいっぱい奴隷買っちゃって……お金失くなっちゃったから、貴方達の妹を拐おうと思ったのに……。

うまくいかなかったみたいネ」

 

『ダイショウツヅラ』による貴金属の生成。殺生石を砕いて大人数で使えば、それはそれは大金になるだろう。

 

まさかそんな下らないことのために妹の命が狙われていたとは…。

アイルの怒りもピークを過ぎる。

 

「…………かよ……。

 

 

 

 

それでも()かよ!!お前は!

 

 

 

 

アイルと親交のある神はヘスティアやロキなど、人間(子供)を深く愛する善神ばかり。故にエリスに激怒した。そんなのは神ではないと。

神に怒鳴るなどアイルにとって初めての行為。

 

声こそ出してないが、リーユも激怒しいた。正確にいうと声もでないほどにキレていた。

 

「あら残念。お話は楽しかったのだけれど、時間切れ(タイムアップ)みたいね。

私史上最高の脚本だわ。せいぜい楽しんでね」

 

そう言いながらエリスは上を向いた。

 

なんと表現すれば良かったのだろう。いや、適切な表現などなかろう。しかし、敢えて言葉にするのなら、空気が裂けるような音だった。

 

虚空に虚無が生まれ、中から何かが這い出て来る。

 

「まさか………」

 

「時間をかけすぎたわね」

 

 

 

「さぁ、"マーダー・ショー"の始まりね」

 

 

 

見た目は顔のない人形。

頭部が存在しない人の体に背中から羽が生えている。全部で三体。

気色の悪い見た目に反して神秘的な雰囲気を纏っていた。

 

「一番目から三番目まで、全部綺麗に生ったわね」

 

王冠(ケテル)の守護天使、メタトロン

知恵(コクマー)の守護天使、ラツィエル

理解(ビナー)の守護天使、ザフキエル

 

 

三つの(セフィラ)と五体の守護者。

 

召喚された天使の最初の行動は排除だった。

テリトリー内に存在するアイル達を実を狙う者と判断し、その首を狩りに行く。

 

アイル達が死ななかったのはただのラッキーだ。直前に直感で後ろ飛びしたのが効をそうし、直撃を免れた。

アイル達は速すぎて反応できなかったのだ。

 

音速を遥かに越えて落下してくる天使を避けれたはいいものの、その余波だけで軽く数10M(メドル)は吹き飛んだ。

 

「速すぎ!」

 

一体一体が既にアイル達を上回っている。数の利もない。

 

俗に言うと『詰み』である。

 

まあ、それで諦めるアイルではないが。

天使は樹から200M(メドル)以上離れられないが、200M(メドル)は以外と広い。ヘスティアやロキ達が安全圏にいるかどうかは正直微妙なところである。

しかし、三人で天使三体を相手するのは土台無理な話。作戦や知恵でひっくり返る差ではない。

 

「一旦、防御に専念して!」

 

こういった場合、もうほんとに運に身を委ねる他ない。奇跡的に状況を好転させてくれる外的要因を待ち続けるしかないのだ。

 

防御に専念すると言ってもそう簡単な話ではない。アイルも試しに攻撃をナイフで受け流そうとしてみたが、全く意味なく吹っ飛ばされた。

アイルはどちらかといえば防御を得意とするタイプだ。しかし、圧倒的な力でアイルの技は捩じ伏せられ、意味を成さなかった。

 

リーユも同じ様で、ギリギリ首の皮が繋がっている程度。二人は既にぼろぼろだった。

 

シリィは天使の範囲外から矢でチクチクと攻撃している。天使には全くと言っていいほど効いていないが、鬱陶しそうにしている分、役にはたっているようだった。

 

「無理くない?」

 

「…厳しいですね」

 

一度二人で集まり、背中合わせでお互いをカバーする。

二人とも血が至るところから漏れでてフラフラ。戦える状況には見えない。

先の戦いで回復薬(ポーション)を使って、補給もしていなかったので、持ち合わせが少ない。というかアイルに至っては持っていない。

 

「飲んでください」

 

リーユが後ろ手に渡してきたのは飲みかけの回復薬(ポーション)だった。半分ほど残ったのを分けてくれたようである。

 

「ありがとう」

 

傷が回復しても状況は最悪。一瞬で死ぬ可能性もある戦場だ。

 

「さすがに撤退だね」

 

「そうですね」

 

無論、ただ逃げるだけではない。一度引いて体勢をたて直したいのだ。

 

アイルとリーユは最短距離で範囲外を目指した。当然、追撃はあったが何とか掻い潜った。何度かくらったが。

 

天使の攻撃に飛ばされるようにして範囲外に転がっていく。

二人は回復したばかりなのにまた怪我だらけになっていた。

 

「これが最後の回復薬(ポーション)ね」

 

「ありがとう」

 

シリィと合流したアイル達は回復薬(ポーション)を一瓶もらった。アイルもリーユも使いきってしまい、シリィも一つしか持っていなかったようなので半分ずつ分けあう。幸い、怪我の具合も余り酷くはなかったので半分でも事足りた。

 

「ヘスティア様たちは?」

 

「バベルの方に避難したわ」

 

「よかった」

 

バベルとここは大分離れている。さすがの天使もそこまでは及ばない。

ならば安心して戦うのみだが……。

 

「やはり(セフィラ)を狙うしか無さそうてすね」

 

天使と戦っても無意味。そう判断したリーユは作戦の変更を提案した。防衛すら不可能な実力差を正しく判断した提案である。

 

「それはそうなんだけど、どうやって狙うの?」

 

アイルとて(セフィラ)を狙えるものなら狙いたい。しかし、先ほども説明した通り、地上から狙うのは不可能。当然、木登りで上まで行く作戦も不可能だろう。

 

それでも放置はできない。危険物をオラリオに放置するのはヤバい。人口が多いため、事故が多発すること間違いなしである。

 

「とにかく、能力上昇薬(ステイタスブースター)を」

 

「そうだね」

 

度々お世話になっている能力上昇薬(ステイタスブースター)の出番である。副作用が激しいため、普通の冒険者は余り使いたがらないが、大抵の冒険者は非常時のために常備している物でもある。携帯しやすいサイズであることも起因しているだろう。

アイルとリーユは腰の鞄から能力上昇薬(ステイタスブースター)を取り出し、着火する(精神力を流す)。端から蒼炎が立ち揺らめき始めると、逆の端を勢いよく吸った。気化薬が肺から血管に乗り、心臓に到着。

 

「ぐっ!」

 

能力上昇薬(ステイタスブースター)は危険故、使用を禁じているファミリアがあるほどだ。

 

副作用は体を破壊すること。血管に乗って全身を巡るその薬は、肺の直後に心臓を通過する。そのときに心臓へ激痛が走るのだ。

 

次第に心臓のポンプで全身へと激痛が広がっていった。冒険者でなければ動くこともできないような痛みである。

 

「相変わらずキッツいね」

 

「そうですね」

 

ちなみにシリィは使っていない。弓は当人の筋力ではなく弓の撓りで威力が決まる。レベル5の冒険者にもなれば、ステイタスを強化する意味などなかった。決して痛いのが嫌とかいうのではないので悪しからず。

 

 

 

うようよと樹の周りを徘徊している天使に気付かれずに実を破壊するのは不可能な気がする。

感覚器官の集中する頭部を持たないくせにアイルたちを正確に攻撃していたことを考えると、人間にはない高度な感覚を有している可能性が高い。つまり、こっそり天使の索敵を潜り抜けることができないのだ。

 

「試しに奇襲でもかけてみる?」

 

「効果はない気がしますが?」

 

「まあ、やるだけやってみよう」

 

最終的には父に任せる所存だが少しでも疲労を稼いでおきたい。はたしてあの怪物に疲労などあるのかは不明だが、やるだけやっておきたい。

あと、あの樹の養分にされた奴隷達の無念を少しでも早く晴らしてあげたかった。

 

 

 

「ケラヴィス!」

 

雷魔法は閃光と轟音故に奇襲にもってこいである。視覚と聴覚を両方撹乱できるが、天使には効き目が薄い。故にアイルが狙ったのは少しでも効き目が大きそうな一体だった。

 

三体の内、一番強そうであると同時に異形である天使。王冠(ケテル)の守護者、メタトロン。

三十六対の羽と全身に点在する無限の目。唯一分かりやすく目があるので選んだが、できれば戦いたくない見た目だった。

 

アイルは疾走して斬りかかる。ダンジョンモンスターもそうであり人間もそうだが、目は生物の弱点。大量の目があるということは、それだけ隙がないということであると同時に、それだけ狙いやすい的があるということでもある。

 

スキルによって多段ブーストされたアイルの速度なら放った魔法に遅れること数ミリ秒で接近できる。

大量に目があるメタトロンが眩しさに硬直している間に仕掛けるつもりだった。

 

 

 

速攻魔法をものともしなかったメタトロンは一切怯むことなくアイルに剣を振るった。

どうやら目は感覚器官ではなかったか、それ以外にも感覚器官を持っていたようだ。

 

メタトロンの剣速はアイルが回避の選択をとれるほど遅くない。左腕のアームプロテクターで防ごうとするが無意味。アイルはプロテクターごと肩を切断された。

 

「があぁぁぁぁ!」

 

骨肉が断たれた痛みに思わず声が漏れる。狂乱にまで至らなかったのは単に能力上昇薬(ステイタスブースター)のせいで感覚がおかしくなっていたおかげだ。

 

しかし、ピンチには変わりない。天使の目的は(セフィラ)の守護。外敵と判断したアイルを殺すまでは攻撃を止めない。

アイルの肩を通り抜けた刃は空中で軌道を反転させ、アイルの胴を狙う。腕くらいなら後で何とかなるが、胴を斬られれば生命の危機。

 

天使の刃がアイルの胴を両断するその直前、アイルはリーユに突き飛ばされた。

ありがちなシーンだがリーユが弟の身代わりになったのだ。入れ替わるのように剣の軌道に割り込んだリーユは右腕を飛ばされた。

 

舞う二本の腕は時間差で地面に落ちる。べちゃっ、という生々しい音がした。

 

「アイルは逃げてください!」

 

二人揃って助かるのはまず不可能。ならば、自分の命で弟を………。そう考えたリーユはアイルに逃げるように指示した。そして自分は左の小太刀を構える。

一瞬でも稼いでアイルの生存率をあげたい。その一心だった。

そして、惨たらしくリーユの左腕も飛ばされる。

 

しかし、アイルの脚は動かない。姉を置いていくことへの躊躇がその足に重りとして引っ張っていた。

情のない話だが、この躊躇いは無駄の極みである。どちらも助かる道がないならリーユの意思をかって、脱兎の如く逃げるのが最適解。このままでは両方死ぬだけになる。

 

ガンッ

 

一瞬の後に響いたのは肉が裂ける音ではなく、大剣と天使の剣が衝突する音だった。

 

「フリード!?」

 

フリード・ゴリウス。エリスファミリアの大剣使いが二人の前に立ちはだかっていた。

 

「退けっ!早く!」

 

言葉が足りないが、二人には伝わったので良しとしよう。フリードは二人に撤退を命じたのだ。既にほかの天使達がこちらに寄り始めている。迷う暇などなかった。

 

アイルとリーユが再び範囲の外に逃げ帰ってくる頃には、フリードは隣のアイセルと外から援護射撃しているオーブの力を借りて撤退を始めていた。

 

 

 

「なぜ助けたのです?」

 

エリスファミリアのエースたちがアイルとリーユを助ける理由がない。つい先ほど、戦ったばかりだというのに。

 

その問いに答えたのはフリードだった。

 

「シーナ・ラジエラに頼まれたのだ」

 

「シーナが?」

 

「死を見たという」

 

曰く、今朝方にリーユの死を見たらしい。アイルには敢えて言わなかったが、フリードに加勢を頼んだらしい。頭を下げ、涙まで流されたら無下にはできない。

 

「シーナは何と?」

 

「この後、天使に殺されると」

 

未来を変えられるのはアイルだけ。それ以外の人では決まった未来に干渉できない。定まったレールを滑るように死に直結する。

 

「僕がやるしかない」

 

アイルの中で使命感が燃えた。

 

「我らも手伝おう」

 

「………いいのか?」

 

それは主神の意向ではなかろう。

 

「今のエリス様の行動は目に余る。道を誤った親を戒めるのも子の務めだろう」

 

これも一つの愛の形。正しい方向を指し示すことが()のためだと信じて。

 

「感謝します」

 

「では、作戦を練ろうか」

 

果報は寝て待っても永眠コース。結局、何事も命の限り努力するしかないのだ。

 

 

「ほんとは良くないけど…」

 

アイルが出したのは能力上昇薬(ステイタスブースター)。つまり、能力上昇薬(ステイタスブースター)の再使用だ。

この薬の二重使用が非常に危険であるのは人々に鱠炙(かいしゃ)するところである。一回目と二回目では副作用が跳ね上がり、致命的な後遺症を残したという事件もあった。

それでも、今は生存率を僅かでも上げるために後の心配など捨て置く。

 

「アイル。私にも咥えさせてください」

 

「リーユ姉さんは休んでて」

 

両腕がないリーユは正直戦力にならない。安全圏で安静にしていて欲しかった。

しかし、リーユは首を振る。言葉はない。でも、強い意思を確かに伝えた。

 

アイルも言葉を発さなかった。その代わり、リーユの口に能力上昇薬(ステイタスブースター)を突っ込む。

 

アイルは煙草のような形の物の端に精神力(マインド)の火を灯す。そして、その火をリーユのソレの端に近づけた。

 

シガレットキス

 

腕が無いことを除いてロマンチックな行為を終えた二人は激痛に顔を歪ませる。

 

 

 

 

「あのー………一応私もいます」

 

「あれ!フィー、なんでいるの?」

 

声がした方を向くとフィーネがいた。この場の全員が気づいていいなかったのは逆にすごい。

 

「心配でリリアを夏姫に任せて追ってきたんですけど…。エリスファミリアの皆さんの登場と被ってしまって」

 

可哀想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この面子だと最大火力はフィーネの魔法乱射である。が、フィーネが(セフィラ)に攻撃するのはあまり現実的でない。

(セフィラ)を攻撃するには空中で魔法を使うことになるが、フィーネにはその能力も技能もなかった。

 

故に、今回フィーネがかって出た役割は撹乱。範囲外から高火力魔法を乱発して、天使に攻撃するというものである。

 

「走れ!!」

 

フリードはアイセルにカバーされながら突っ込んでいった。それに隻腕のアイルがリーユの魔法にカバーされながら続く。

 

「来い!」

 

「おう!」

 

フリードのかざした大剣にアイルは乗った。二人をリーユとアイセルが守る。ほんの一瞬だけ。

 

 

作戦は単純。

オーブ、シリィ、フィーネが撹乱している間にフリードがアイルを実の近くまでとばし、アイルが破壊するというものである。

 

先ほどまでと違い、フィーネが加わったことは大きな変化となった。

大魔法を速攻魔法並みの連射で放たれるのは、さすがの天使達にも(こた)えたようで、アイル達への攻撃も手緩い。作戦実行に十分な余裕を生み出していた。

 

しかし、フィーネの魔法は五秒間のみ。時間がくると同時にフィーネは倒れた。

精神疲弊(マインドダウン)。大魔法を五秒間、本気で撃ちまくったことで魔力を使い果たしたのだ。

 

「行くぞぉぉ!!」

 

「ケラヴィスッ!!」

 

フリードのかけ声に合わせてアイルも詠唱する。

フリードの高い筋力値に軽いアイルは易々と飛ばされた。

 

紫電を纏うアイルは夜空を駆け昇る。

その様は英雄譚の一ページのようだった。

 

「『雷突(アルゴノス)』!!!!」

 

英雄ノ子(スキル)能力上昇薬(ドーピング)による強化を加えたアイルの必殺技。

 

小さな英雄の一撃は(セフィラ)を捕らえ…………

 

 

 

 

 

 

………ることなく、阻まれた。

 

 

一対二翼の羽。知恵(コクマー)の守護者ラツィエル。

未来を記すこの天使にはあらゆる作戦が意味を成さない。アイルの一世一代の勝負は敗北に終わった。

 

穹を舞ったアイルは当然落ちなければならない。墜落するように為す術なく地面に戻された。

地面に骸をぶちまけなくてすんだのは、アイセルが受け止めてくれたからである。

 

落下死は免れても状況は好転しない。天使に囲まれた三人は絶体絶命。三体の天使は三人に群がる。

そんな時、アイルの瞳は嗤うエリスを映していた。

 

「最高の暇潰し(ショー)だったわぁ」

 

あくまで遊びらしい。厭な嗤いが頭にこびりついた。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、単にアイル達が死ぬわけがない。玉を七つ集めれば死者が蘇る世界ではないのだ。そう簡単にアイル達は死なない。

 

なんせ現在オラリオには彼がいるのだから。

 

 

 

天使の毒牙がアイル息の根を止める、その直前、紅炎が空間を焼いた。

 

「ファイアボルトォォ!」

 

現れたのは当然ベル・クラネル……

 

……だけではなかった。

 

その傍らには金髪の剣士が、アマゾネスの戦士が、小人(パルゥム)のサポーターが、エルフの魔法戦士が。

伝説のベルパーティーが勢揃いしていた。

 

それだけではない。

フィン、レフィーヤ、ティオネ、ガレス……さらには里に帰ったはずのリヴェリアまで勢揃い。こちらも、伝説級のフィンパーティーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ諸君、刮目したまえ。

これから語られるのが、本物の英雄譚である。




秘宝(レリック)
迷宮(ラビリンス)から希に発掘される天然の魔道具(マジックアイテム)。そのほとんどが規格外に強力であるためギルドが金庫(バンク)に保管している。
生命(セフィロト)の樹』『天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)』『不可侵(アイギス)の楯』『雷神の槌(ニョルニル)』『八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)
の五個が発見されている。

生命(セフィロト)の樹』
鉢植えの形をした秘宝(レリック)。発動させると地面に根付き、大樹になる。また、青白く発光する。(セフィラ)は最大10個まで。
発動には(セフィラ)一個につき、百人の生け贄を捧げなければならない。
召喚された天使は生命(セフィロト)の樹から200M(メドル)以上離れられず、(セフィラ)が破壊されれば消滅する。


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天使討伐(セフィラ狩り)

この章は今話で終了。
長かった…………………

ホントに長かった………



伝説の集結。

生ける伝説、ベルパーティーとフィンパーティー。

 

オラリオの頂点に座する巨頭がここに集結していた。

 

フィンパーティーがここにいるのは迷宮(ラビリンス)から急いで帰ってきたからだ。ベルに要請を受けて、急いで帰ってきたから次第である。

 

「あらあら。ヘスティアの自慢のベル・クラネルと、ロキの自慢のフィン・ディナムね。

こんな物語の英雄達が揃ってくれて嬉しいわ」

 

エリスからしたらピンチもいいところのはずなのにその余裕は崩れない。決して、ベル達を軽視しているわけではない。所詮、勝っても負けてもいいのだ。

大混乱を引き起こした。それだけで満足したのだ。天使が勝とうが、ベルが勝とうがどうでもいい。それがこの女神であった。

人々を混乱に陥れ、それを見て楽しむ。それだけが生き甲斐であり、本能。天界のころから何も変わっていない。

 

「エリス様。貴女の処遇は神様がしっかりと裁く所存だそうです」

 

「あら、それは楽しそうね」

 

「………。それより今は天使を何とかしなくては。オラリオにこんな物があったら邪魔ですから」

 

ベルは冷静沈着。表面的には。

 

「そうだね。これは邪魔だ」

 

フィンも冷静。こちらは本心から。

 

「リリ、アイル達を回収して外にいて。関係ない人たちが入ってこないに気をつけて」

 

「分かりました。ベル様、お気をつけて」

 

リリルカはそう言い、アイルとリーユを肩に担いで去っていった。

安全な場所まで運ぶと、背嚢(バッグ)から『神の雫』を取り出しアイルとリーユに飲ませた。事前に取れた腕は三本とも回収してある。

 

余談だが、『神の雫』は部位の欠損も治せるが、失った部位を新たに生やす『再生』よりも、欠損部位をくっつける『結合』の方が好ましい。

『結合』の場合、部位を失う前に戻るだけだが、『再生』の場合、新たに部位が生えてくるため違和感がある。新しい器官に慣れなくてはいけないため、約3週間ほど慣らすの時間を要する。冒険者にとって、3週間は短くない。特に腕などの戦闘に関わる部位では、小さな違和感が命に関わることもある。

故に腕が取れた場合も保存しておく必要があるのだ。

 

閑話休題

 

本題はベル達のほうである。オラリオ最強がこれ程揃えば勝ちは確定したようもの。

 

それではエリスが満足しない。

どんちゃん騒ぎのような、ギリギリの戦いが見たいのだ。

 

「それじゃあ、もっと面白くしましょうか」

 

そういいながらエリスが出したのは背嚢(バッグ)だった。ただの背嚢(バッグ)ではない。

無限背嚢(バッグ)と呼ばれる魔道具(マジックアイテム)である。

その名の通り、中にいくらでも収納できる優れた魔道具(マジックアイテム)だが、質量は入れたぶんだけ重くなるし、大量に物を入れると取り出すのに手間取るという理由から不人気である。

そんな背嚢(バッグ)をエリスは樹に向かって傾けた。

 

中から出てきたのはどう見ても人の心臓。それも数えきれないほどの。

ごろごろと再現なく出てくる心臓を生命(セフィロト)の樹は余すことなく吸収した。

樹は既に完成しているため、実が生るのにもそれほど時間はかからないだろう。

 

「さあ、いっぱい楽しみましょ」

 

発動者以外の範囲内にいる全ての生物を敵と判断し、排除する。それが、天使達の特性だ。むしろ、天使達にはそれ以外何もない。

低レベルの者達には到底見ることすらできない速度で飛来する天使達。素手、剣、魔法と各々の方法で三体の天使が迫る。

 

「魔法を使えるものは詠唱を!」

 

こういった時の指示出しはベルよりも圧倒的にフィンが優れている。経験もさることながら、そもそものリーダーとしての才覚が違う。

 

対して、ベルはどこまでも英雄。仲間に指示をするよりも自分から迎え撃つタイプである。

 

自慢のナイフで迎え撃つ。ベルの相手はメタトロンだった。羽にまで目が生えた気色の悪い見た目だが、能力は全守護天使最強。ベルとて簡単に勝てる相手ではない。

 

低空を翼で滑るように飛んでくるメタトロン対、ベル。ベルのナイフとメタトロンの剣が衝突する。

しかし、アイルの時とは違う。逆手のナイフは剣に飛ばされることなく拮抗する。

ギリッギリッ、とナイフと剣が火花を散らし押し合いになる。

 

ベルは力のアビリティに自信がない。しかし、ベルといえば、技の勝負である。

 

逆手のナイフを一瞬上にずらした後、剣を上から押さえつけるように下ろす。そして、ナイフを順手に回しながら腕を回し、メタトロンの腕を外側から巻き込むように絡めとった。

メタトロンを引っ張りながら右肘で相手を固定し、左手のナイフで斬りつけた。

 

身体中にある目をナイフで幾つも潰す。が、二太刀目を入れる前に、振りほどかれた。

 

ベルが仕切り直しのために飛び退く頃には、メタトロンの傷も回復していた。

 

「自己回復もあるのか」

 

近接ではベルが上回っている印象だが、自己回復は厄介である。そしてなにより、威力が大きい。一撃の重さはメタトロンが上のようだ。

 

 

そんなこんなをしている間にも樹の頂上では実が大きくなりつつあった。

 

胎動する七つの実。

時が満ちればさらに七体の天使が召喚され、全ての天使が揃うことになる。

 

「意外と大変そうですね」

 

「そうだね」

 

ベルもフィンも本気でいけば押しきれる自信があった。しかし、そんなことしたら最悪エリスが巻き添え食ってしまう可能性がある。下界の神は惰弱。このレベルの本気の戦闘に巻き込まれようものなら十中八九死んでしまうだろう。

 

如何なる理由においても神殺しは絶対禁忌。そもそも、エリスはギルドに突き出して正しく罰せられるべき、というのがベルとフィンの考えだった。ここで本気で暴れるわけにはいかない。

 

「前衛組、退け!」

 

ここで後衛から声がかかる。魔法の完成をリヴェリアが報告したのだ。

声を聞いたベルとフィンはすぐさま後ろに退く。

 

退いた前衛組と入れ替わるようにして魔法が天使に襲いかかった。

複数人の魔法使いによる一斉魔法。

雷が、炎が、氷が、風が、光が。

色とりどりのある意味鮮やかな破壊が天使を地獄に導く。余波の魔力と風が過ぎれば、天使達はぐちゃぐちゃになっていた。

しかし、見るも無惨な形にされた天使は瞬きほどの間に元に戻ってしまう。ベルもフィンもそれなりに経験を積んだ冒険者だが、これ程速い自己回復は初めてだった。

 

「どうします?」

 

ベルはこういうとき、知恵者のフィンに任せることが多い。今まで何度か探索を共にした経験から頼りやすい関係が築けてしたのだ。

 

「大火力の攻撃で再生不能まで破壊しちゃうか、(セフィラ)を破壊するしかないだろうね」

 

破壊された天使の体がニュルニュルと元に戻っていくという、世にも気色の悪い映像を眺めながら方針を定めることにする。

 

(セフィラ)の破壊の方が現実的ですね」

 

「そうだね」

 

天使の素の能力を考えると再生不能なほど木っ端微塵にするのは困難を極める。万が一できてもエリスも一緒にサヨナラすることになるだろう。

そうなると(セフィラ)の破壊の方が可能性がある。非常に高い所にあるが、後衛陣の魔法なら届くだろう。(セフィラ)の強度は分かりかねるが、天使が守っているということは天使より硬いということはないはずだ。

 

「リヴェリアとレフィーヤは魔法で(セフィラ)を狙って。それ以外は天使達の対処を!」

 

フィンは伝達系のスキルを有しているため、どれだけ距離があっても基本的に指示が届く。受けとる側がパニックにでもなっていなければ連携に問題が生じることはないし、歴戦の猛者である彼らもこの程度でパニックにはならない。全員がフィンの指示通りに動きだした。

 

ベルは再度メタトロンに挑む。

地面スレスレを滑るように滑走し、メタトロンに接近する。当然、メタトロンは空中に飛んでいるため、ベルは天使の下に潜り込む形になった。

お互いの刃が交差する。剣とナイフはそもそもナイフが威力的に劣る。ベルは天使より力が劣るのは分かっていたので、まともにとりあうつもりはなかった。

握るナイフを僅かに傾け、剣を横にそらす。流れ、空をきった剣は剣圧を発し地面を幾らか抉った。それを気にすることなく、ベルは右足を振るう。人間でいう脇腹よ部分の目に足のアーマーが食い込んだ。が、天使も反撃を始める。ベルに剣を持たない方の拳が迫った。

 

しかし、ベルは一人ではない。既に背後にアイズが回り込んでいる。直前に天使も気づいたようだが、もう遅い。

全身を細切れにされ、地面に堕ちた。

ホラー映画のようなスプラッタ(青かったが)と共に地面に散らばった天使はやはり一瞬で再生する。

 

「……魔石がない」

 

「やっぱりそうか」

 

ダンジョンモンスターにも自己再生を持つものはいる。しかし、そういったモンスターの弱点はやはり、魔石だ。再生も魔石を砕かれれば止まり、通常のモンスターと同じ最後を迎える。しかし、この天使には魔石がなかった。

何事にも例外は付き物。例えば、ダンジョンモンスターであるジャガーノートには魔石がない。まあ、あれはイレギュラーモンスターだが。

そもそも、モンスター扱いでいいのか分からないこの天使に魔石が存在しないのは、ある程度予測のついているところではあった。

 

しかし、どうでもいい。既に魔法は完成しているようだ。後は目の前の天使を逃がさないようにすれば、樹の上の実が破壊され、この天使も消滅するだろう。

 

同時に放たれた魔法。おそらくわざと揃えたのだろう。二つの魔法は両方、火炎魔法だった。炎が地から空に向かって昇る。紅蓮は空気を焦がす匂いを残しながら(セフィラ)へ一直線に向かった。

三体の天使は自らの守護する実を守らんと飛び立とうとする。

 

「待て!」

 

行かせるわけにはいかないと、ベルは天使の腕を掴んだ。ベルは天使より力が弱いがさすがに簡単に振りほどけはしないだろう。本来は。

天使の行動はさすがのベルも目をむくものだった。

 

天使は自らの剣で、切断したのだ。自分の腕を。

ベルから解放された天使は魔法の軌道上に自らを滑りこませることで(セフィラ)を守った。そこからは先ほどと同じ様に再生しただけ。

 

「嘘でしょ…」

 

自らの腕を切断した。確かに正しい選択である。おそらくベルも同じ行動をとるだろう。

しかし、相手は人間ではない。モンスターがあの一瞬でその判断を行えたことが驚きなのである。まるで、歴戦の冒険者のような判断速度。

 

 

 

何はともあれ実の破壊に失敗したわけだ。

 

そして、時間切れ(タイムアップ)

 

雪の夜天が割れる。這い出るように首のない何かが生まれる。その数は七体。

 

「全部の天使が揃うなんて、きっとこれが初めてね。

……とーっても楽しそう」

 

(セフィラ)が完全に成長して、天使が召喚された。

 

慈悲(ケセド)の守護天使、ザドキエル

峻厳(ゲブラー)の守護天使、カマエル

(ティファレト)の守護天使、ミカエル

勝利(ネツァク)の守護天使、ハニエル

栄光(ホド)の守護天使、ラファエル

基礎(イェソド)の守護天使、ガブリエル

王国(マルクト)の守護天使、サンダルフォン

 

全十体の天使が勢揃い。こうなるとベル達も危うい。

 

「ちょっと荒っぽいけどアレしかないか……」

 

秘策がないわけではない。ただ、あまり進んでその選択を取りたくなかった。フィンも悩んだ結果、それが最善だと判断した。

 

アレ(・・)を行う!全員準備して!」

 

スキルによる拡声は間違いなくその場にいた全員に作戦を伝えた。

メンバーに動揺がはしる。予想はついていたが本当にやるとなると少し緊張してしまう。

しかし、全員フィンの指示通り作戦の実行に移った。

 

作戦は至って単純。作戦と呼べないほどに。

ベルの代名詞的な技、『聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)』の発動。魔法と攻撃の二重蓄積(デュアルチャージ)による超火力の攻撃は破壊力が高すぎるため、ダンジョンですら滅多に使わない。

そして、もう一つダンジョンでこの技を行わない理由がある。それは単純に蓄積(チャージ)に時間がかかるからだ。蓄積(チャージ)の間、仲間はベルを守らなければならない。

しかし、それに見合うリターンは見込める。

 

ベルは蓄積(チャージ)を、それ以外のメンバーは天使への対応を始めた。

 

鐘の音が響く戦場。雪と神秘的な大樹とうまいことマッチして美しい情景を生み出している。

 

リリアは非戦闘員でベルは蓄積(チャージ)に集中しているため、戦力比は10対8。仕方ないので、フィンとアイズは二体ずつ対応することにした。

 

天使の能力は推定レベル10相当。フィン達は能力で劣る分、経験とスキルでうまいことカバーしていたが優勢とは言いがたい戦況である。

 

アイズが相手にしたのはメタトロンとカマエル。フィンはサンダルフォンとミカエル。

二人とも二対一で戦っていたがその戦いかたは全くの逆。

フィンは技と立ち回りで常に一対一の状況を作って耐えている。

対して、アイズは昔から攻めっ気が強い。攻撃こそ最高の防御とばかりに攻撃を絶えず仕掛けていた。

 

風を纏った剣は縦横無尽に駆け回り、天使を刻む。しかし、天使は死ぬことなく傷も一瞬で回復してしまう。

あまり調子が良いようには見えない。

 

「……エヘ…イエー……」

 

天使がそう言った気がした。全身に目はあれど発声器官は見当たらないが……どこから音を出したのだろう?

天使が何かを発した瞬間、メタトロンの体の周りに大量の鉱石が出現した。透明感を持ちながら光を複雑に反射して、七色を表現している。

 

ガツンッ

 

「……かた!」

 

アイズが振るった剣はその鉱石に弾かれた アイズの剣を防ぐとは、なかなかの硬度である。剣を弾く物体が無数に浮いていて攻撃な通らない。そもそも、相手はカマエルもいるのだ。

劣勢が加速していた。

 

フィンの立ち回りては二体の相手と自身を同一直線上に置くことで奥の天使の攻撃を制限するという、アイズに比べて消極的な作戦だった。

そしてこちらも易く守りきらせてはくれない。

 

「……エロハ……」

 

フィンとミカエルが遠ざかっているとき、ミカエルがそう言った。発声源は分からない。

瞬間、石畳を溶かすような高熱が生じた。

相対していたサンダルフォンごと、フィンを焼きにくる。フィンもギリギリで飛び退いたが、その熱量と威力へ危険である。

そして、サンダルフォンもすぐさま再生する。

 

「…アド…ナイ…・………メレク」

 

続いてサンダルフォンから音が出た。フィンも絶対絶命である。

 

 

 

しかし、希望はすぐに訪れた。

英雄の鐘が止む。完全蓄積(フルチャージ)だ。

 

「全員撤退!」

 

フィンの指示のタイミングは完璧だった。戦闘もそこそこに、ベルの蓄積(チャージ)状況を確認しながら天使に対応していたのである。

 

六人の前衛と入れ替わるようにベルは前へ出た。

六、一の大胆な交代《スイッチ》。

 

ベル以外の全員は天使の攻撃対象外へ、ベルは生命(セフィロト)の樹の真下へ。

 

「あら、折角召喚に成功したのに。もう終わらせてしまうの?」

 

「………」

 

「そう。

ねえ、英雄さん。ショーはね幕引きが一番重要なの。豪華な最期にしてね」

 

たった一人の異分子に天使は殺到する。

 

飛んで火に入る夏の虫。十体の守護者はベルの一撃を知らない。

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)!!」

 

約一分ぶんの蓄積(チャージ)。雷炎が垂直に樹を駆け昇る。

魔法であり、斬劇であり、その両方でない必殺の一撃。

炎が通過した樹の幹は焼け爛れ、天使は一網打尽、まるで蒸発するように消し飛んだ。しかし、それで収まることなく、炎は頂上の実すら侵す。

 

天に座する生命の実は消し炭すら残らず消滅し、オラリオを覆う青い光は静かに潰えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のオチ。

 

ベルやフィンどころか、リヴェリアまでオラリオにいたのは種がある。実は事件の朝にシーナがベルに未来の死を伝えていたのだ。

死に天使のようなものが映っていたと聞いたベルは急いでフィンを頼ったという次第である。

 

エリスはギルドにつきだされた後、即(ペナルティ)を受けた。全資産没収と天界へ強制送還。二度と地上に降りることはできないらしい。

エリスファミリアの面々はエリスが無理矢理やらせたと証言したことにより減刑が決まり、団長キコリを除いて数日の禁固刑で済んだそうだ。

出所した彼らの噂は特に聞き及んでいない。

 

ギルド金庫の秘宝(レリック)が持ち出された件について、ギルドはしらを切っているらしい。大賭博場(カジノ)も同様で、禁止されているはずの奴隷に関しては知らぬ存ぜぬを貫いている。ヘスティアとロキは糾弾を続けるらしいが、うまいこと証拠が見つかっていないとのこと。

すっかり忘れがちだったアイルがエリスファミリアに手出しした件は、エリスが自白したらしく不問となった。

 

 

アイルとリーユは事件の翌日に目を覚まし、お互いの無事を喜んでいた。顛末を聞いたアイルは一安心だね、と言ったらしい。

ちなみにリーユとフィーネはレベルアップを果たした。

 

 

生命(セフィロト)の樹の残骸はなぜか苗に戻らず放置されているらしい。固くて切れない上に、大きすぎて切っても使い道がないからである。

中央区(セントラル)の北端にそびえる大樹は昨日の雪のせいでできた残雪と氷柱がしぶとく残り、なかなか良い情景を作り出していた。

さらに、樹にベルの『聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)』が作った焼け跡が、木に(かみなり)が落ちたみたいという事で『昇り(いかずち)』と呼ばれ、新たなベルの伝説として残ることになった。

生命(セフィロト)の樹の残骸はなんやかんやで観光地化していて、再開発の予定はないらしい。

 

そして、ベルもレベルアップをした。天使の一掃はレベル10の冒険と見なされたようで、数十年ぶりにオラリオ初のレベル11が誕生した。ベル、フィンパーティーの面々も皆レベルを一つ上に上げ、オラリオの情報誌は大抵その話題で持ちきりである。

 

ベル達は事件から二日後にダンジョンへ向かった。十分休息をとれたとのことでそろそろ探索を開始したいらしい。結局冒険者にとって探索とはライフワークであり、しばらく休んでいると落ち着かなくなってくるものなのだ。

 

フィンパーティーも同様に、ベル達が出発した日と同じ日にオラリオを発った。『迷宮(ラビリンス)』の探索も順調に進んでいるとのことである。

 

フィンとベルが揃っているころのオラリオは相も変わらず大騒ぎだったが、双方がオラリオからいなくなると途端に騒ぎが静ま……ることもなく、レベルアップだなんだと大騒ぎを続けている。

 

アイルはベル達の出立を少し寂しく思った。しかし、これからは忙しくなる時期でもある。それに伴う準備などが目白押しで時間と金が圧倒的に足りない。しばらくはダンジョン探索に明け暮れることになるだろう。

 

「…よし、特に問題なし」

 

「有難うございます」

 

ちなみに切断されたアイルの腕は綺麗にくっつき、特に問題らしい問題もない。経過観察として毎日こうしてナァーザに診てもらっているが、今日もOKをもらった。リーユも同様に両腕とも良好で、戦闘に支障は感じていないらしい。

ナァーザの腕は『神の雫』を開発したときに自分を実験台として修復したらしいが、元の腕を保存していなかったため、未だ上手く動かせないらしい。つい半年前に生えてきたばかりの腕に慣れるため、連日リハビリに勤しんでるとのこと。

まあ、実は既に普通に動かせるが、調薬を口実に主神といちゃつきたくて隠してるのでは?と、アイルは睨んでいるが。

 

そんなことはどうでもよくて、許可をもらったアイルは今日もダンジョンに向かわなければならない。

 

長い長い事件がようやく決着を迎えたことで肩の荷が降りたアイルは、今日も借金に追われることになる。

 

まだ若いのに、何と哀れなことか。

ベルもレベル4の頃合い、同じ様にゼロがいっぱいつく借金をしていたが………遺伝っておそろしい。

 




リーユ・クラネル Lv,6
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0
狩人:E 対異常:F 魔防:H 治力:H 潜水:I

《魔法》
【ディライト・ウインド】
・広域攻撃魔法
・風、光魔法
【ロード・トゥ・グローリー】
・範囲内にいる味方全員(自分も含む)を回復
・範囲内にいる味方全員(自分も含む)の全アビリティ小上昇

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
森林回復(バックマジック)
精神力(マインド)小回復(常時)
半妖半人(フェアリー・アンド・ヒューマン)
・戦闘時、魔力のアビリティ高補正
・戦闘時、器用のアビリティ高補正
星ノ力(スターマジック)
精神力(マインド)を消費して力のアビリティ高補正
・夜間に使うと超高補正
・消費精神力(マインド)含めて任意発動(アクティブトリガー)

フィーネ・クラネル Lv,4
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0
対異常:H 魔防:G 魔導:I

《魔法》
【インフェルディア】
・広域攻撃魔法
・火魔法
【コキュートス】
・広域攻撃魔法
・氷属性
【スペルオミット】
・魔法の詠唱省略
・効果時間五秒

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
森ノ恵(フェアリーダンス)
・戦闘時、魔力中上昇
・魔法使用時の消費精神力(マインド)半減
不確定体(フェアリーテイル)
・攻撃を受けた際の損傷(ダメージ)半減
任意発動(アクティブトリガー)
再使用時間間隔(リキャストタイム)、二時間


アイル・クラネル Lv,5
力:C699 耐久:F305 器用:S1020 敏捷:SS1190
魔力:D582
幸運:F 対異常:F 逃走:H 治力:G

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正


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閑話:シリィ・シーナ、+α
英雄願望


日常パートだぁぁぁぁ(歓喜)

束の間の平穏



アイルは朝も早よから起き、身支度を整える。いつもより半刻以上早い時間に起き出した。ただでさえ日が短いこの季節の早朝は深夜と変わらない宵闇が空を支配している。空気が澄み渡っているおかげで星々がよく見える。

太陽の光が顔を出す前にアイルはホールを発った。

 

ホームを出てすぐに北を目指して歩き出す。夜の静寂はまだ明けず帳が下りきっている。

街を歩くアイルの第一目的地はバベル…にいるシリィを迎えに行くことだ。

 

バベルにはダンジョン探索のために毎日行っているがフレイヤファミリアを訪ねるのは記憶の限りでは初めてである。

アイルは妙に緊張していた。

今日の目的はデート……らしい。昨日の夜、シリィが唐突に訪ねてきてデートに誘ってきたのだ。早朝に一緒に出掛けたいとのこと。

バベルまで迎えに来てと言われたが、その後どこに行くのかは聞き及んでいない。シリィ曰く見せたいものがあるらしい。

 

所々凍った地面に足を滑らせながら危うく歩くと、バベルの元に着いた。そびえ立つ巨塔は万が一にも見逃すことはないので待ち合わせの名所である。

アイルが来る時間を予想していたのかシリィは先にバベルの下で待っていた。

 

「思った通りの時間ね」

 

「態々こんなに早い時間から集まる必要あったの?」

 

防寒たっぷりの服装で手袋越しに手を擦りながら問う。昼でも良かったのでは?っと、アイルは言いたかった。

 

「早朝が一番綺麗に見えるの」

 

「そうなの?」

 

そもそもオラリオはかなり発展した都市である。どこに行っても建物しかなく、大したものなどない。まして、こんな早朝から行くほどの絶景などありはしないと思うのだが…。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「…そういえばどこに行くの?」

 

「それは着いてからのお楽しみ」

 

こういう時にもったいぶるのはいかにもシリィらしいと思った。

シリィはアイルを先導するように前を歩く。北に向かって歩いていく。ヘスティアファミリアのホームは現在バベルの南にあるので、バベルの周りを回るように歩いていく。すると、バベルの陰に隠れていた巨樹が姿を現した。

先日の戦いを想起させる大樹。生命(セフィロト)の樹の残骸。南側の幹に残る焼け跡がベルの一撃の象徴である。

 

アイルとシリィの間に会話はない。早朝の静寂が二人の会話を奪っていた。

夜明け前故、道には人がほとんどいない。数少ない道行く人々は凍った地面を時に転びながら歩きずらそうにしていた。

 

月光を反射する石畳の道を歩くこと十分ほど、シリィは足を止めた。

 

「到着」

 

「え?ここ?」

 

シリィの目的地は件の大樹。生命(セフィロト)の樹の根元である。確かにベルの『聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)』の跡は荘厳で絶景と言えば絶景だが……正直見飽きている。先日も見に来たし、何度も見ていた。

 

「結構見飽きてるかもなんだけど」

 

「幹はね。上を見てごらん」

 

「上?」

 

背の異常に高い生命(セフィロト)の樹は根元まで近づいてしまうと枝を見るには首をほぼ直角に曲げることになる。根元から上を見るのは初めてだった。

 

事件の日の豪雪はオラリオの中でも盛んに報じられるほど珍しく、未踏である樹の天辺に未だしつこく残る雪が積もっていた。

 

今夜は星夜。雲が一切ない今日は空の星々がよく見える。満月を少し過ぎた月はほぼ円形を保っており、雅な月光を放っていた。

 

樹に付く氷柱と残雪が星明かりと月光を反射してキラキラと光っている。細い光を最大限活かすように控えめに明かりを灯していた。

 

「………綺麗だね」

 

「そうでしょ?」

 

確かに早起きしてまで見る価値がある絶景。

しかし、夜中にこの樹の真下まで来なければ見つけられないような光景だが、どうやって見つけたのだろう?

 

「誰かに教えてもらったの?」

 

アイルはとにかく聞いてみることにした。

 

「いいえ、自分で見つけたのよ」

 

「自分で?」

 

「そう。夜歩いてたら偶々見つけたの」

 

オラリオは非常に広い。フレイヤファミリアのホームからここまでの距離はそれほど近くない。夜中の散歩というにはいささか遠すぎるだろう。

 

「あまり女の子が夜に一人歩きするのは感心しないけど」

 

「レベル5の私に危害を加えようとする人なんかなかなか逢えないわよ……」

 

「でも…」

 

そんなことはアイルも分かっていたが、そういうことではない気がしてしまう。

 

「分かってるわよ。ほんとは夢で知ったの」

 

「ああ、なるほど」

 

夢、といっても無論普通の夢ではない。『戦略眼(スキル)』が絡む夢は未来を見る予知夢となる。このスキルはいつ発動するか、どのタイミングの未来を見るかも分からない完全運任せのスキルだが、今回はこの光景を発見してくれたらしい。

 

「いい光景だね。心が癒される」

 

「そう?でもまだよ」

 

十分美しい光景だが、シリィがなにやら思わせ振りなことを口にした。

 

「???」

 

「そろそろね」

 

当たり前だが日の出は高い場所ほど早く訪れる。オラリオにそびえるこの巨木の高さはバベルといい勝負。朝日はどこよりも早く訪れるのだ。

 

太陽の光をその身に受けた雪や氷柱は一斉に輝きを強くする。先程まで月や星の光で細々と輝いていたが、太陽によりその活気が増した。

辺りはまだまだ日の出前で薄暗い。そんな中、樹の輝きが空からオラリオを照らした。太陽の光で激しく輝くソレは疑似的な太陽のようだった。

 

「凄いね……これは絶景だわ」

 

「そうでしょ?」

 

真下から見上げるのがまた、真っ白な幹と映えている。『昇り雷』が模造太陽に向かって伸びているようで格好いい。先程の夜空の景色は女性的な美しさだったが、今の太陽の景色は男の子向きな雄々しい絶景だった。

 

しかし、このお金が取れそうな光景も長くは続かない。太陽が角度を高くし始めるとオラリオ全体が明るくなり始め、樹の明るさが目立たなくなってきた。

雪と氷柱がなくてはならないことも含め、季節限定の絶景なのかもしれない。

 

「一瞬だったね」

 

「だからこそ綺麗だったのよ」

 

短いからこその美というのをシリィは理解できるらしい。戦闘で頭がいっぱいのアイルにはあまり理解のできるものではなかったが。

しかし、美は理解を示さない者に対しても平等である。日々戦闘と事件で疲労と心労の絶えないアイルに癒しをもたらしいていた。

 

「今日はありがとう。何か疲れが取れたきがするよ…」

 

おそらくだが、シリィはアイルに気を使って誘ってくれたのだろう。アイルのお財布事情が姉弟に筒抜けなのは恥ずかしい限りだが、シリィの気遣いは素直に嬉しかった。本人は決して言わないだろうが。

 

「………何を言ってるの?デートはこれからよ?」

 

「はい?」

 

樹の頂上は日の出を迎えたようだが地上は未だ日の出と言えるかは微妙で、所謂彼は誰時(かわたれどき)である。微妙に薄暗く今からデートでは早朝デートと呼ぶにも早い気がする。というか、店はどこもやっていないので遊べる場所など何処にもない。

 

「どこ行くの?この時間だと遊べる場所なんて無くない?」

 

「遊びじゃなくてデートね」

 

おませなシリィは些細な言葉の差異に拘るが、客観的に見れば仲睦まじい姉弟にしか見えないだろう。

シリィは無駄に腕を絡めて恋人感を出しているが、やはり意味は感じられない。

 

「今日はどういった意図で?」

 

「恋人とデートって大人っぽいでしょ?」

 

こんな感じ。シリィは色気たっぷりの魔性の魅力を携えているが、その実大人っぽい行動に憧れるただのおませさんである。

 

「またそんなこと言ってるの?」

 

こういうのに付き合わされるのは決まってアイルだった。年が同じ弟に迷惑をかけまくっていたし、アイルは迷惑を受けることを諦めている。

 

「今日は中央区(セントラル)にいい感じのカフェができたらしいから、そこに行きましょ」

 

シリィが持ってくるこういった情報は毎度、しょうもないタウン誌から得てきたものである。情報を仕入れてはアイルを誘って大人ごっこをするのだ。

ちなみに昔、アイルとシリィでアイナのカフェに赴き、アイナに弄り倒されたという過去もある。それ以来、シリィは事前調査を欠かさなくなったらしい。

 

「『恋人の家』っていって、先週オープンしたばかりらしいわ。アイナ姉さんの店のオマージュね。ここで早めの朝食をとるのが流行っているらしいわ」

 

どこから出したのか、情報誌を広げてあるページを指差すシリィ。ページ左下には地図と共に店の位置が標されている。どうやら中央区(セントラル)の西側にあるらしい。無駄に広いオラリオは北から西に移動するにもそこそこの時間がかかり、今から行けば丁度早朝と呼べる時間帯になっているだろう。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「………………おー」

 

アイルはまだ行くとは言っていないのだが。シリィは弟の意見聞く気はないらしい。やる気のない返事をしてシリィの隣に並んだ。

 

街は先日のベルのレベルアップで騒がしく、どこもかしこもレベルアップの文字が踊っている。

 

「よく飽きもしないわね」

 

「それだけ父さんが人気ってことだね」

 

父が人気なのは嬉しい限りだが正直しつこい。もう、一週間も経っているのに。レベルが一つ上がったくらいで街を上げての大騒ぎである。

 

「歩くの面倒臭いわね」

 

「まだ数分しか歩いてないんですけど……」

 

常日頃から歩く習慣のないシリィは苦言を提した。バベルに住まうシリィには街歩きが億劫らしい。

シリィは街でぶらりと散歩することなどないので、普通にできることが色々できなかったりする。オラリオ特有の石畳の路地はお気に召さないらしい。

それによく迷子になるのだ。広大で入りくんだオラリオは慣れないものにとっては迷路になる。別にシリィが方向音痴というわけではない。

 

「あら、こっちの路地を通った方が早そうね」

 

シリィが視線を向けたのは細い路地だった。確かに向かう方向を考えればそちらの方が早いのだが、そこはアイルが敢えて無視した道でもある。

 

「シリィ、そっちには行かない方がいいよ。別の道を通ろう?」

 

「いいから行くわよ」

 

歩き飽きたシリィはアイルの忠告を無視してその路地に突入した。

薄暗く人通りの少ない裏路地は危険極まりない。が、アイルとシリィはレベル5。どんな荒くれ者でも手を出して無事で済むことはない。ならばなぜアイルが止めたのか……。

 

「ちょっと待てや!」

 

荒んだ声が響く。怒鳴り声は路地を反射しながら抜けていった。

目をやると身なりの良くない男が立っている。体格は筋肉質だが身のこなし的に冒険者には見えない。

野蛮を隠さない男はギラついた目をアイルとシリィに向けていた。

 

「お前ら、冒険者だろ。知ってるぞ、その顔」

 

「そうだけど……何かしら?」

 

怒鳴り付けた男は指を指しながら大声を上げた。シリィは困惑気味に返答する。

アイルはあちゃー、みたいな感じで頭に手を当てていた。

 

「お前ら、ここを通る意味分かってんだろうな……」

 

厭に気の立った男は相も変わらず馬鹿でかい声を上げている。怒鳴りというだけではない、仲間を呼んでいるのだ。

 

背信者(レベル0)

ファミリアに所属を断られたり、主神から恩恵を剥奪されたなどの理由で恩恵を持たない者たちのことである。彼らは冒険者を憎み、妬み、恨んでいる。

この路地はそういった者たちの溜まり場であるのは有名であり、無駄に刺激しないよう冒険者はここを通らない。アイル達にとっては常識だが、シリィは知らなかったようである。

 

「お前ら……まさかギルドの命令で来たんじゃないだろうな」

 

「何を言ってるのか…」

 

「違いますよ。何か悪いことでもしようとしてるんですか?」

 

シリィは相手を刺激しそうだと考えたアイルは急いで会話に割って入った。

 

「……あぁん。何か文句あんのかよ!」

 

隠そうともしない敵意。良からぬことを企んでいると言っているようなものだ。しかし、問題ない。背信者(レベル0)は時々こうして何やら作戦を立てオラリオでちっちゃなテロを起こすのだが、いつも一瞬で冒険者に鎮圧されるためギルドも相手にしないのである。

 

しかし、背信者(レベル0)がギルドを警戒するとは……どうやら大きな計画を立てているらしい。

 

「あなた方のテリトリーに入ってしまったのは謝ります。しかし、僕たちは通りたいだけなので通してくれますか?」

 

「そうはいかねぇよ」

 

ぞろぞろと屈強な男達が現れた。恩恵は持っていなくても数が集まれば厳しい………ことはない。

恩恵を持っていない者がどれだけ集まってもレベル5には届かない。所詮はチリツモ、烏合の集である。

仕方ないかとアイルが構えた瞬間、シリィがアイルと入れ替わるように前に出た。

 

「『どいてくださる?』」

 

シリィの目は美しい赤を深めていた。引き込まれるような怪しく美しい赤に。

まるで男の情欲を揺さぶられるような魔力に絡め取られシリィの声に脳が溶けそうになる。

シリィの目を一瞬見たアイルは精神でそれを抑え込んだ。

 

「「「はい」」」

 

アイル以外のいきり立っていた男達はそのたった一言で落ち着いた。しかし、その声に意志が含まれているようには聞こえない。まるで操られたように声を揃えて返事をした。

道に犇めいていた男達は端に寄り、道の真ん中をあける。

アイルとシリィはその真ん中を堂々と歩いた。

 

「魅了するのはどうなの?」

 

「乱暴するよりいいでしょ?」

 

疑問詞に疑問詞で返すシリィ。

黄金ノ美(ブリージンガメン)』は紅の瞳を見たあらゆる生物を魅了する。例外は神のみ。アイルのように同実力以上の者は拒絶(レジスト)できるが、恩恵を持っていない彼らに抵抗の手段はなかった。

 

「神に見放されるとああなっちゃうんだね……ヘスティア様がいなければ父さんもああなってたのかな?」

 

何となく、そうはならない気がするが。

 

「ていうか、あんな奴等がいるなら先にそう言いなさいよ」

 

「シリィが何も聞かないで入ってっちゃったんでしょ……」

 

姉が理不尽なのはいつものこと。そんな姉に慣れてしまっているアイルもアイルだが。

 

「なんか冷めちゃったし、今日は解散ってことで」

 

「何言ってんの。さっさと行くわよ」

 

「……はい」

 

渋々、本当に渋々アイルはシリィと店に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構美味しいわね」

 

さすがはタウン誌に乗るほどの人気店。店の外に列を作るほど繁盛しているようである。近道のお陰で混み始める直前に滑り込んだ二人は窓際の席に座っていた。

シリィはパンケーキを、アイルは一般的なモーニングセットを頼んだ。

 

「……うへぇ」

 

アイルはシリィのプレートを見て珍妙な声を上げた。

三段のパンケーキには生クリームとベリーソースがたっぷりかかっている。三時のおやつですらこんなには食べたくない。

 

「何?」

 

「…何にも」

 

「太るよ」ぐらい言ってやろうと思ったが、シリィに言い返されて泣く未来が見えたので止めといた。アイナほどではないがシリィも頭が非常に良いので、言い合えば絶対に負けることは経験で分かっている。

 

「そういえば、ナァーザさんの検診はもういいの?」

 

「ああ、昨日もう来なくていいって言われた」

 

腕が取れたという怪我の経過をナァーザに診てもらっていたが、そもそもナァーザの専門は調薬であって問診ではない。特に問題らしい問題も長期に渡ってないとのことで、毎朝ナァーザのもとに召集されるのも昨日で終わった。

ちなみに両腕取れたリーユはもう少し経過を診るらしい。

 

「後遺症はなかったの?」

 

「幸いね」

 

後遺症とは能力上昇薬(ステイタスブースター)の二重使用によるものである。一本でも大きな代償を伴うこの劇薬は、二本使ってしまうと代償は二倍では済まない。故に厳禁である。

実際、運動能力や反射能力に重大な損傷が残った者もいる。こちらに関しては、直後に摂取した『神の雫』が幸いしたようで後遺症らしい後遺症は残らなかった。

 

「ナァーザさんか、懐かしいわね。しばらく会ってないわ」

 

薬屋に行ったり、大きな怪我をしたりしないシリィはナァーザとの絡みが少ない。しばらく会っていないのも当たり前な気がする。

 

「そういえば、僕はシルさんに会ってないな。どこにいるか知ってる?」

 

シルは未だに『豊穣の女主人』の店員だが、店を空けることが多くなっている。看板娘だったシルも今ではすっかりレアキャラになっていた。

アイナも幼少の時分にはしょっちゅう遊んでもらっていたが、今では顔もあやふやである。

 

「さあ?どこにいるかは知らないわ」

 

「だよね」

 

いつもどこにいるのか分からない。それがシルである。

 

話題が切れたアイルは少し焦る。この状況で会話が切れるのはなんだか気まずかった。

 

「…そういえば、さっきの背信者(レベル0)の人たち、何か企んでるみたいだったね」

 

何やら大きなテロを企てていたようだ。何度鎮圧されても諦めない、その姿勢だけには感服する。

 

「そうね。何か嫌な予感がしたのだけれど」

 

「……予知?」

 

シリィが予感というと重みが違う。未来を知るスキルを持つシリィの言葉は不穏でしかない。

 

「違うわ……違うのだけれども…」

 

「なら大丈夫だよ。いつもすぐに鎮圧されるんだから」

 

背信者(レベル0)による暴動は度々起きるが、ほとんどいつも一瞬で対処され尽くす。アイルが知る頃にはいつも完全鎮圧の後だった。

 

「……」

 

アイルは話題が尽きた。そもそもあまりお喋りな方ではない。にしても早いが。

運ばれてきたサンドイッチは既にたいらげており、コーヒーをちまちまと啜っている。熱々のコーヒーは熱いうちに一気に飲みほしてしまうのが本来の飲み方らしいが、アイルは猫舌のため少しずつ口に含んでいた。豆に拘っているのか、コーヒーは非常にコクが深く美味しい。喉を過ぎ行くコーヒーの薫りが鼻を抜けていった。

 

「甘くて美味しいのだけれど、量が多いわ」

 

「でしょうね」

 

シリィは結局完食したが、総評では難色を示した。量が多いことなど見れば分かるし、どういった意図で量が多く設定されているのかも分かる。

 

「カップルでイチャイチャしながら食べる用だと思うよ。それ」

 

「……何で先に言わなかったのかしら?」

 

無論、実演を避けるためである。余計なことを言って、シリィにあーんしろとか言われたら堪ったものではない。窓際の席でただでさえ目立っているのだ。現に先程から外を歩く人々がアイルとシリィに目を向け驚いている。イチャイチャなどしたくない。

 

「口の中が甘ったるいわ…」

 

「それも、でしょうね」

 

大量の生クリームとベリーソースを食べたのだ。口の中はベタ甘に違いない。カップルで食べさせ合う分には丁度いいのかもしれないが一人で頂くにはいささか甘すぎたようだ。

 

「それ貰うわね」

 

そう言ってシリィが手に取ったのはアイルのカップ。アイルの返事も聞かずに中身を一気に飲みほしてしまった。カップの中を覗くと案の定空。

今頃シリィの口内では、残った甘味とコーヒーの苦味がいい感じに混ざりあっていることだろう。羨ましい、並びに腹立たしい。

 

アイルは恨みたらたらな視線をシリィにぶつけてみたが当の本人はどこ吹く風。関係ないとばかりに窓の外を見ている。外は既に朝を迎え、凍てつく空気を少しでも暖めようと頑張っていた。

 

「そろそろ出ようか」

 

「…そうね」

 

注文した物を片したのにいつまでも店に居座っては迷惑客である。アイルとシリィはささっと身支度を整え、外に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリィは相変わらずアイルと腕を組んでいる。背筋は伸ばして自信を魅せている。惚れ惚れするほど完璧な所作の少女に街の人々は皆振り替える。

アイルだけが知っている。これがハリボテだということを。無理して、背伸びしておとなぶっているだけだと。

憧れのフレイヤに近付きたくて魅力的な女性を演出しているのだ。なぜフレイヤに憧れているのかはアイルにも教えてくれていない。シリィのトップシークレットである。

 

「そんなに無理しなくていいんじゃない?もう十分でしょ」

 

周りの人に聞こえないよう、声を抑えてシリィに問う。

 

「魔性の魅力は心地いいのよ。磨けるだけ磨きたいわ」

 

シリィも合わせて声を落としたが、内容はちょっとジョークを含んでいる。シリィが自分を偽るのは気持ちいいからではない。

 

小悪魔(リトルフレイヤ)

シリィの二つ名はフレイヤに近い容姿から呼ばれているものだが、その実これはシリィを貶しているものだったりする。

この場合の『リトル』は劣化番という意味である。神々は近い容姿をしていながらフレイヤほどの魅力はないと鼻で笑っているのだ。

 

「フレイヤ様の髪は美しい銀だけど、私の髪はそこまで綺麗じゃない。まるで灰でも被ったみたい」

 

シリィの銀灰色(アッシュグレイ)の髪は確かに美しいが、フレイヤの銀髪と並ぶとくすんで見えてしまう。

 

「見た目を取り繕って、中身を取り繕って。外から見た私はもう別人ね。現代の灰かぶり姫とは私のことだわ」

 

シリィは語尾を跳ねながら嬉しそうに言う。その内心では逆の感情が蠢いていると知っているのはアイルくらいだろう。

 

「灰かぶり姫も最後は王子様と結ばれたよ」

 

「私の王子様はどこにいるのかしら?」

 

下らない冗談である。フレイヤも似たようなことを言っていたが。

 

「シリィはそのままでも十分魅力的だと思うけど…」

 

「…あら。私を落とすつもり?ますますお父さんに似てきたじゃない」

 

「いや違うけど」

 

弟をからかって、呆れた弟のツッコミを聞く。

日々無理をしているシリィには丁度いい息抜きである。それが分かっているからこそ、アイルも嫌々付き合っているのだが。

 

「違っちゃ駄目じゃない。英雄になりたいなら色を好まないと」

 

「姉を好んだらお終いだよ」

 

軽妙なジョークが二人の間を行き交う。会話のキャッチボールにはジョークが欠かせない。笑えない会話は求めてないのだ。

 

しかし、その空気を壊すように「はぁ」と、シリィがため息をついた。

 

「………ほんと、フレイヤ様に近づきたい。少しでも」

 

「それ、どうしてなの?」

 

毎度聞いて毎度誤魔化されるのが恒例行事の質問。意味ないと分かりつつも、恒例行事なので聞かずにはいられない。

 

「…フレイヤ様はね、希望なの。誰だってフレイヤ様みたいな女性になりたいと思ってる」

 

「あれ?」

 

言っちゃうの?という言葉はギリギリ飲み込んだ。余計な茶々をいれるべきではないと判断したのだ。珍しく真面目な様子のシリィの言葉に耳を傾ける。決して、何で唐突に?とかいうツッコミはしない。

 

「何人にも左右されない圧倒的な個。自我を周りに認識させる強さ(美しさ)が欲しい。貪欲だけど」

 

「……」

 

「…男の子には難しいかしら?」

 

女は男よりも早く精神が成長する。深く、広く、複雑に。

自分を表現したいという欲求は誰もが本能的に持っているものらしいが、シリィはそれが強かったようだ。

ならば、フレイヤの存在は渡りに船だったろう。あれほど女性として存在感がある神はいない。女性の象徴である。

 

 

 

「私は選ばれた存在になりたい」

 

 

 

なるほどと思った。アイルも強い英雄願望でここまで来た男である。自分が特別だと思いたい、自分を周りに知って欲しい。

誰だって選ばれし者になりたいのだ。

しかし、現実は非情で大抵の人間は何の意味もなく、何も成さずに死んで行く。ニヒリズムを説くつもりは毛頭ないが、それが現実。

しかし、人生は何かを成すには短すぎるし、何も成さないには長すぎる。ならば、何か成そうとする方がよかろう。

何かを成すにはたゆまぬ努力と圧倒的な才能を要する。自分が何かを成せる器なのかは限界まで努力してみないと分からない。

 

アイルが英雄(男の象徴)に憧れるように、シリィも美しさ(女の象徴)に憧れているということだ。

 

「美しくなりたいなんて、最も醜い感情だと思わない?」

 

内面に秘めた矛盾。美への渇望は浅ましくも見える。

しかし、アイルはその言葉に取り合ってあげない。

 

「まあ、お互い頑張ろう?」

 

「……そうね」

 

お互いの悲願のために。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでずっと言おうと思っていたのだけれど……」

 

「何?」

 

「寝癖直ってないわよ」

 

そう言いながらシリィが取り出した手鏡に映っていたのは芸術的な髪型をしたアイルだった。

 

「……もっと早く言って!?」

 

いくらでも言う機会はあっただろうに。なんだったら会った瞬間に言ってくれれば。

赤面したアイルの咆哮も、シリィは華麗にかわしてクスクス笑った。

 

まあ、結局のところシリィはアイルをからかいたいだけなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




背信者(レベル0)
恩恵を持たない集団。それぞれ、恩恵を持っていない理由があり、これに属する者達は一様に冒険者に対して私怨を持っている。
度々テロ紛いのことを起こすが、冒険者達に一瞬で鎮圧されてしまう。

『恋人の家』
最近人気のデートスポット。実は『癒しの森』の姉妹店であり、雰囲気やメニューは意図的に似せている。店主はアイナがダンジョンスクール学生時代の同級生であり、非常に仲がいいらしい。


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明日のために

個人的に今回はお気に入りです

戦闘がないと筆が進む進むw




長い戦闘と戦略を経て、最終的にはオラリオ有数の大事件にまで発展したエリスファミリアの一件はうまいこと収まった。よって、シーナ・ラジエラは晴れて追われる身から解放されたわけだが、それでめでたしめでたしとはならない。

巨悪を倒して、敵を滅しても根本的解決には至っていない。シーナに刻まれたラジエラの呪いは未だ健在で、シーナを日々悩ませている。その特異な能力は今回の一件でオラリオに広く知れ渡ることになってしまった。無条件発動の未来視など娯楽に餓えた神々からしたら格好の的であろう。

 

シリィの能力に関しても対処しなければならないし、シリィの護衛も必要になる。まあ、天下のヘスティアファミリアのホームにいる限りは安全だろう。

 

「と、いうことで、アイル君はシーナ君とデートしてきたまえ!」

 

「どういうことですか!」

 

すっかりツッコミ役が板についてきた今日この頃のアイルである。ヘスティアがいきなり珍妙な叫びを上げるなど慣れたものだが、今回はさすがに意味不明だった。

朝という時間もあり、ホームにいた団員達もこちらに目を向け、ニヤニヤしている。中にはわざとらしく口笛を吹いている者までいた。

 

それにしても脈絡がない。シーナとアイルが共に出かける意味が分からなかった。

 

「シーナ君は今大変曖昧な立ち位置だ。ヘスティアファミリアに所属した以上、僕の命に変えても守って見せるが……僕以外の神が放ってはおかないだろう」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

今度はシーナが会話に入ってきた。その出自故、面倒事に巻き込まれるのは慣れたもの。それに関して今さら思うところはない。

 

「まあ、他の神には僕からうまいこと釘を刺しておく。でも、それ以前にシーナ君の呪いを何とかしなくては。

常日頃から死に顔なんて見てたら疲れるだろ?」

 

「それはまあ、そうですけど……。

何とかなるんでしょうか?」

 

何とかなるならとっくにしてる。そう言外に込めて質問した。

 

「なるさ。ここは天下の大都市オラリオだぜ。探せば方法の一つや二つくらい見つかるさ!きっと」

 

まあつまり、無策である。

 

 

 

 

 

 

 

 

アイルは積極的な性格ではないため交友関係が狭い。そもそも北区(ノース)に知り合いなどいない。つまり、魔眼に関する専門家に思い当たる節はなかった。

しかし、考えはある。餅は餅屋というが、何事も例外が付き物。知り合いに魔眼研究の専門家がいないなら、万能者に頼めばいい。なんせ万能なんだから。

 

東区(イースト)

オラリオの東に位置するここは一般的に、魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)を生成、販売するファミリアが集う。

今回アイルが門戸を叩いたのはヘルメスファミリアのアスフィだった。万能者と名高い彼女にアポなしで突撃するなどアイルも肝が据わっているというか、考えが足りないというか。

 

「私にアポなしで訪問してくるなど貴方くらいですよ、アイル」

 

呆れたような声で窘められる。そう言いつつも元よりの予定をキャンセルしてまでアイルに時間を作くってくれていたりする。

 

「いや、すいません。わざわざ時間を頂いてしまって」

 

多忙を極めるアスフィに面会するのはそれなりに難しい。魔道具(マジックアイテム)の大手であるヘルメスファミリアの顔のアスフィとの面会には面倒な手続きをいくつもしなくてはならない。アポなし訪問でアスフィと会えるのはアイルくらいだろう。

 

「それで、今回はどうしたのですか?」

 

世間話など不要とばかりに本題を急かすアスフィ。無駄話できるほど彼女は暇ではなかった。

 

「実は彼女について相談があって」

 

そう言ってアイルはシーナに視線を向ける。当然アスフィも気づいていた。アイルが親族以外の女の子を連れてくるのは初めてのことなので気になってはいた。

 

「ああ、シーナ・ラジエラですね。魔眼に関してですか?」

 

「……知ってるんですか?」

 

ラジエラ家の呪いは有名で知っている者は知っているが、今代のラジエラ、シーナの容姿を知っている者は少ない。

 

「勿論」

 

「……なら話しは早いですね。彼女の魔眼をどうにかできませんか?」

 

「また、ざっくりとした依頼ですね」

 

伝わっているからいいものの、アイルの依頼は余りにも内容の意味分からない。まあ、アスフィの賢さが幸いしてアイルが何を求めているのかは分かっていたが。

 

魔道具(マジックアイテム)は無数にあります。その効能も千差万別。何とかすることができないこともないですが……」

 

魔眼事態は珍しいスキルではない。例えば、アイル自身クレアボヤンスの魔眼を保有しているし、シリィも未来視の魔眼を持っている。

アイルの魔眼は任意発動(アクティブモーション)であるため特に問題はないが、シーナのように常時発動型の魔眼に悩まされる冒険者は少なくない。当然それを解決する方法も確立されていた。

例えば、普段は目を瞑って生活するというもの。力業過ぎる気がしないでもないが、これが最も分かりやすい解決方法でもある。

 

しかし、今回アイル達が求めたのは魔道具(マジックアイテム)による解決であった。

だが、魔道具(マジックアイテム)は所詮人間の技術の結晶。神の加護と同義である恩恵を封殺する魔道具(マジックアイテム)などそうそうありはしない。オラリオ広しといえどそんな物を創れる人をアイルは一人しか知らなかった。

 

それに問題はまだある。

 

「分かっていると思いますが……高いですよ?」

 

そう、高いのだ。オラリオで創れる者が少ないということは、それすなわち希少ということ。当然、値は張る。アスフィも無償でプレゼントしたいのだが、それをしてしまうと問題が出る。ヘルメスファミリアとヘスティアファミリアは強豪ファミリア。無償で物の取引などしたらギルドから余計な嫌疑をかけられかねない。騒ぎをおこしたばかりのヘスティアファミリアもそれは望まないだろう。

かといってアイルやシーナが払える金額でもない。冒険者になったばかりのシーナには貯金と呼べるものがほとんどないし、アイルにいたっては借金まである。金銭的問題はどうするのか?と、アスフィはアイルに聞いているのだ。

 

「大丈夫です!借金するので!」

 

「…………そうですか」

 

それは大丈夫ではないのでは?とか、今も借金返しきってないんでしょ?とか、言いたいことは沢山あったがアスフィはそれを全て呑み込んで一言だけ発した。

アイルは既に15歳で、大人ではないが子供でもない。冒険者として活躍していて、レベルは5で実入りも馬鹿にならない。そんな子に対して親でもないのに口出しするのはアスフィの好むところではなかった。

 

「まあ、運良く素材は粗方昨日仕入れたばかりです。『魔眼殺し』を作るのに問題はありませんが…時間はかかりますよ?」

 

「どれくらいですか?」

 

「どれだけ急いでも二時間ほどは」

 

二時間。微妙な時間である。

此処は東区(イースト)。アイル達のホームは中央区(セントラル)にあるため、徒歩の往復で丁度二時間くらい。

態々戻る意味もないし、この辺りで若い少年少女が遊べる場所もない。

 

「店頭を見学して待ってます」

 

「それが良いでしょうね」

 

まあ、最初からそれしか選択肢はなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しつこいがヘルメスは超大手のファミリア。魔道具(マジックアイテム)の販売を主軸にしているファミリアの本拠地の店頭には珍しい品も当然のごとく置かれている。

一日の半分近くをダンジョン探索に費やしているアイルはこういった探索アイテムを眺めるのが好きだった。現代風にいうと魔道具(マジックアイテム)オタクである。

 

「うわ、珍し!時限式爆弾(タイムボム)だ。使いどころが無さすぎて誰も使わないんだよね」

 

罠アイテムの方にフラフラと、

 

「お!属性札(エレメント)だ。使い勝手が良くなくて、人気ないんだよね……」

 

補助アイテムの方へフラフラと。

 

心の上下があまり激しくない彼にとって珍しい反応である。そもそも彼の趣味はダンジョン探索に関することであるが、アイルは戦闘を嬉々として行うタイプではない。よって、店頭巡りが唯一アイルがテンションを上げる時だった。

アイルがウィンドウショッピングという女子っぽい趣味を堪能している間、本物の女子は退屈していた。

まあ、シーナはつい最近恩恵を持ったばかりでありダンジョンアイテムなど分からない。そもそも戦いを好むタイプではないので、傍観に徹していた。

 

「楽しそうですね……少年」

 

「うん……そうだね」

 

聞いてないというか、聞き流しているようだ。夢中になって道具を精査している。一つ一つを色んな方向から見ていた。

 

「買わないのですか?」

 

「買わない」

 

「というか、少年が魔道具(マジックアイテム)を装備しているの見たことないですね」

 

「僕は攻撃役(アタッカー)だからね」

 

ダンジョンで魔道具(マジックアイテム)を装備するのは限られた役職である。

補助役(サポーター)、魔法戦士、そして最近では道具役(アイテムマスター)という役割も活躍し始めている。

 

攻撃役(アタッカー)は近接を担うことが多いため魔道具(マジックアイテム)を使用する暇がないし、激しい運動をする前衛が精密な魔道具(マジックアイテム)を持つと壊れることが多いからだ。

故に攻撃役(アタッカー)回復薬(ポーション)ぐらいしか持たないのが一般的であり、魔道具(マジックアイテム)は持っても一個二個が限度だ。

 

「使わないのにそんなに知識があるのですか?」

 

「冒険者はある程度になると他派閥のファミリアと合同遠征をすることもあるからね。面識のない補助役(サポーター)に合わせられるように知識だけは誰でもつけておくんだよ」

 

年一くらいで他ファミリアと遠征を行う義務がある高位冒険者は『知っている』のがマナーである。当然アイルも教養として身に付けていた。

 

「そういうものですか」

 

「シーナもいつか勉強する日が来ると思うよ……」

 

何やら遠い目をして言葉を溢すアイル。トラウマでもほじ繰り返したのかもしれない。

 

その言葉にシーナは微妙な顔をした。アイルは自覚が足りないが、クラネル家の子供勢の成長は異常に早い。シーナの年で冒険者デビューしても高位の冒険者になれるかは正直微妙なところである。

 

「そうですね……いつかは」

 

シーナとて憧れてヘスティアに恩恵を頼んだ者。いつかはと夢見るくらいはいいだろう。現実はきっと非常だが……。

そんなシーナの憧れは相も変わらず魔道具(マジックアイテム)に興味を傾けていた。

 

奇妙な色、奇妙な形。様々な魔道具(マジックアイテム)が並んでいるこの場所は、知識のないシーナにとって美術館に見える。

 

近代では下界に降りた神々が増加したため魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)の種類が覚えきれないほどある。

アイルも冒険者歴はそこそこあるが、今でも毎月『月刊神話(オラリオミィス)』で最新情報を追いかけている。

 

マイナーな道具を使う道具役(アイテムマスター)と組んだりすると知識の有無はコンビネーションに大きな影響を与える。

実際にアイルはか一年ほど前、自爆魔道具(マジックアイテム)と名高い『核爆薬(アトム)』を投げられて死にかけたことがあった。優秀な男だったが、アイルは二度と組むまいと思ったらしい。

 

「同じような物が多いんですね…」

 

「そうだね、シリーズ物はね」

 

ヘルメスファミリアは他ファミリアの製品の委託を受けたり、弱小ファミリアに店頭の一スペースを貸していたりする。

同じファミリアが作る性能が似た魔道具(マジックアイテム)をシリーズと呼び、意図的に形を似せることでファミリアの名前を売るのだ。そのため、シリーズ物は形が似たものが多く初心者にはハードルが高い。

しかし、シリーズ物はファミリアの顔であり、得意分野の道具でもあるため質が高いものが多く、マニアはこういった物を見逃さない。

 

アイル達の前に並んでいるシリーズはニュクスファミリアによるものである。

ニュクスファミリアはつい昨年下界に降りてきたばかりにも関わらず魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)、探索と様々な分野に手広く手をつけているファミリアであり、その勢力は既に無視できないものとなっているらしい。

 

ニュクスといえば、あのエリスを含め様々な忌まわしい神を産み出した夜の神であり、ニュクスファミリア事態黒い噂が囁かれている。

しかし、噂は噂。エリスとは違い実際に問題行動をしているのを見たという者はいないため真偽は非常に怪しい。

 

ちなみに、ギリシャで魚類の如く子供をポコジャカ産んでいるニュクスと、ギリシャきっての処女神であるヘスティアは相性が悪く、ヘスティアは子供達にニュクスに関して知ることを禁じていた。

美の女神としての側面も持つニュクスはそうそうお目にかかれる神ではないが、噂によると艶やかな黒髪を携えたそれはそれは美しい女神らしい。ヘスティアに禁じられつつもアイルは一目見てみたいと思っていたりする。

 

「いいよなぁ、夜シリーズ。いつか買いたい。

……お金が貯まったら」

 

光を放たない漆黒。夜空を思わせるその見た目はニュクスファミリア自慢の『夜シリーズ』である。

ニュクスファミリアの『夜シリーズ』は質がかなり高く、アイルもお金が貯まったら買いたい物の一つだった。

 

そんな憧れの『夜シリーズ』とは籠手、前腕、上腕、肩の四パーツの総称であり、四つそれぞれが近接戦を想定とした特殊機能を有している。

 

このアイテムは防具と魔道具(マジックアイテム)を包含しているという非常に珍しいタイプである。一般的には鍛冶師ファミリアとアイテム製作系ファミリアが共同で作らねばならないため面倒なのだ。

しかし、ニュクスファミリアはあらゆる分野に精通しているため単体でこのシリーズを手掛けることができるのだった。

 

「あっ、五色シリーズだ……懐かしい」

 

続いてアイルが目を止めたのは『五色シリーズ』と呼ばれるシリーズである。ヘルメスファミリアによるものであり、指輪型の五個一組、比較的安価であることが有名である。

何を隠そう、アイルも数年前に貯金を叩いて買ったことがあった。しかし、普段の探索で装備するにはいささか勿体ないので、遠征の時などにしか装備しない。

 

「少年には好きなことがあっていいですね」

 

「シーナにはないの?」

 

「そんなことできる立場ではないので」

 

重く暗い話をいきなり始めようとするシーナ。しかし、人の心の機微を悟れるほど少年は敏くなかった。

 

「そうかな」

 

アイルは視線を隣の棚に移しながら溢した。エメラルドの嵌め込まれた拘束用の枷を吟味するように見つめる。

 

「まあ、シーナは今回の件で晴れて自由の身になったわけだ。魔眼に関してもオラリオの万能者が何とかなるって言ってる。

やりたい事、好きな事なんてそのうち見つかるよ」

 

アイルは何年も前から同じ目標を掲げ生きてきた。それは幸運な事であると知らずに。

 

何でもないことのように軽く語る少年の背中に腹がたって、シーナは声を少しだけ荒げた。

 

「少年はそうかもしれませんが!」

 

ビクッと、アイルは肩を弾ませる。

いきなりの大声に何かを感じ、枷をおきながら振り返った。

ゴトッと、無機質な音が一区切りとなる。

 

「少年のように誰もが願いを持っている訳じゃない!

私はいつも明日が怖い。未来が訪れるのが、誰かの死が近づくのが。本当は時計の針が一秒を刻むのだって怖い。

そんなことしか考えて来なかったんです……」

 

堰を切ったように溢れ出した弱音は生来の本音。可笑しな考えかもしれないが数ヶ月前は弱音を吐く相手すらいなかったのを考えると、悪いことではないのかもしれない。

弱々しい声は尻すぼみに勢いを落とし、最後には黙ってしまう。

 

「すみません。取り乱しました」

 

シーナは不意に訪れた幸運に戸惑っていた。

顔を隠さない生活も、自分を受け入れてくれるファミリアの仲間も。あり得ない幸運に精神は混乱し、先行きの見えない状態に困惑しっぱなし。

 

これはヘスティアも危惧していた事だった。

 

『いいかい、アイル君。きっとシーナ君は今、新しい環境に戸惑っている。軽はずみなことは言わないでおくれよ?』

 

数日前に釘を刺されていたのを思い出す。

 

「ごめん、軽率だった」

 

アイルは未来というものに人一倍敏感な彼女に対して、あまりに軽率で楽観的過ぎる物言いだったと反省した。

 

「ならさ、シーナ。今日を過ごすことを目標にしたら?」

 

「はい?」

 

アイルが出した代案はあまりに意味不明で、相変わらずの言葉足らずである。

 

「明日が怖いなら今を見続ければいい。無難でつまらない今日をつまらないと思いながら過ごせばいい。

そしたら気がつくと、さらっと明日が訪れていたりする」

 

って、本に書いてあった。

という言葉は飲み込んだ。かっこつけたかったのである。男として。

微妙にこの状況と合ってない台詞だが、そこはゴリ押す。

 

「そして、いざ明日になれば今日が怖くないってことを理解できる」

 

「はあ…」

 

やっぱり何も解決してない台詞。状況に相応しくない。シーナも勢いだけで頷かされているようだった。

 

「いつか未来が怖くなくなるよ」

 

ここまでは本の台詞。

だから、ここからはアイルの言葉。ありきたりでもシーナを励ますために。

 

「だから、明日のために生きられることを最終目標にしよう。大丈夫、シーナならきっとできる。だって、シーナは……」

 

 

 

「完成しましたよ」

 

空気読めないパターン。

奥から出てきたアスフィは当然状況を理解できていない。

アイルもかっこよく決め台詞を言おうとしていた手前で止められて、恥ずかしさに悶える。

 

「早かったですね…」

 

まだ一時間ちょっとしか経っていない。

 

「ええ、急いで作りました。これでも万能と渾名されたこともある身ですから。

貴方がたを待たせるのも悪いと思って最速で作りました」

 

「……ありがとうございます」

 

並びにありがた迷惑でございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい木目の細長い木箱を開ける。中には銀フレームの眼鏡が入っていた。

フロントやリムには色とりどりの石が埋め込まれ、レンズの光の屈折がややおかしい。

お洒落とは微妙に言いがたいが、この眼鏡の目的はお洒落ではない。大切なのは機能しているかどうかである。

 

「どうぞ、まずはかけてみてください。サイズは後で調節しますから魔眼を封じれているかだけ確認してください」

 

アスフィはそう言いながら箱を突きだした。

 

シーナは緊張した面持ちでそれをつまみ上げ、そっと顔に近づける。

耳の上を滑るように通過して、レンズが目のすぐ前に来たところで指を放した。万有引力に引かれた眼鏡は両耳と鼻頭で支えられるが、シーナが眼鏡をかけ慣れていないせいか少しずり落ちた。

シーナの細い人差し指がブリッジを僅かに押し上げ、正位置に直す。

眼鏡をかけたシーナは理知的でまた違った魅力を醸し出していた。

 

「…どう、ですか?」

 

シーナへ不安そうにアイルの方を向いた。眼鏡越しに二人の視線が交わる。

 

 

 

 

「…僕を見ても魔眼殺しが機能してるかは分からないでしょ?」

 

 

 

 

「………………そうですね」

 

確実に地雷を踏み抜いていくのがアイルクオリティー。変なところが遺伝したものである。

そういうこと聞いてんじゃねーよ、というツッコミをしてくれる人はここにはいなかった。

 

アスフィも一周回って苦笑い。こういうのは父親の方で慣れているらしい。

 

「あ、はい。問題なく機能してますね。ありがとうございます」

 

アスフィの方を向いたシーナが機能を確かめた。流れ作業のようにどうでもいい感を出しながら早口に言い放つ。

本来ならもっと喜べたものを。

 

「…で、代金は?」

 

アイルの心配はそこである。

アイルは男の甲斐性とかで一応全部自分で払うつもりである。

アイルの武器の借金は着実に減り、今では100万ヴァリス程度である。全然『程度』ではないが。

当初の負債を考えるとかなり減ってはいた。

 

アスフィは無言で紙を渡してきた。口では言えないような金額なのだろうか?不安がつのる。

 

「はち、ぜろ、ぜろ、ぜろ……

わぁ、ぜろがいーっぱい」

 

いくらかは想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて借金地獄に陥ったアイルは意気消沈、というか現実逃避するように上を向いて歩いていた。

 

「おそら、きれい」

 

「そろそろ帰ってきてくれます?」

 

借用書を握りながら歩くアイルに声をかける。空を漂っていた魂はやっとこ戻ってきた。

 

「ああ、シーナ。眼鏡似合ってるよ」

 

「タイミングちげーよ!!」

 

キャラぶれっぶれ。もう、しっちゃかめっちゃかだが、なんやかんやシーナの求めていた言葉が聞けたので良しとしよう。

 

しかし、問題はアイルの方である。

放心状態のアイルはシーナを見ているようでシーナの手前を見ている。つまり、虚空を見つめている。

 

「あの、やっぱり私が払います。私のための買い物ですし」

 

「大丈夫。入団祝いだと思って」

 

全然だいじょばないのだが、本人も譲る気は無さそうなのでシーナは一端引き下がった。

 

二人揃って街を歩く。何気に今日が始めてかもしれない。

昼から冷え込んでいる空気だが、少しずつ暖まっているような気がする今日この頃だ。

 

「先程の話ですが……。

私は少年の言ったことを目指したいと思います」

 

「そう?意外と難しいかもだけど…がんばって」

 

少女の決意に敬礼。飽くまで心の中でだが。

 

「僕はこのままダンジョン行くけど…。

シーナはどうする?」

 

「私は一度戻ります。ヘスティア様に報告しなければなりませんし」

 

「じゃあここで」

 

分かれ道をそれぞれの方向に曲がる。

立ち向かうことを決意した少女は英雄の卵に背を向けた。

 

 

 

 

「シーナならできるよ。

だって、シーナは強い女の子だから………」

 

…………………………。

やっぱ、直接言わなくて良かったと思うアイルだった。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、『魔眼殺し』代は結局ヘスティアの提案でファミリアの資金を使った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




時限式爆弾(タイムボム)
文字通り時間式の爆弾。時間を設定して任意のタイミングで起爆できる罠アイテムだが、威力的にも大きさ的にも優れているものはもっと多くあるので人気はない。

属性札(エレメント)
発動すると、武器に特定の属性を付与できる貴重な魔道具(マジックアイテム)。しかし、精神力(マインド)をごっそり持ってかれる割りに威力はそこそこなので使い勝手が悪い。
火、水、土、風、光の五属性がある。
ちなみにリーユはこれを携帯している。

核爆薬(アトム)
超大な破壊を実現できる爆弾だが、大量の精神力(マインド)をごっそり消費したり、仲間もまとめて吹き飛んだりするため使う人はほとんどいない。
ちなみに、少し前にギルドから禁止道具(アイテム)認定を受けたため市場から消えた。


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双子の相棒

次回からまた本編に戻ります

束の間の平穏に万歳


西区(ウェスト)

焼けた鉄の匂いと、金槌が打ち付けられる音が印象的なこの街。

インゴットが鋭い刃へと形を変え行くこの街は、冒険者ならば庭のように把握している。妙に入りくんでいるが、武器の新調の度に訪れているので今さら迷子になるような者などいない。

 

アイルは今日、待ちに待った二振り目の相棒の完成を聞き付けてここに来ていた。

 

この西区(ウェスト)最大派閥、ヘファイストスファミリア。その子店の一つであるここで、アイルの現在の相棒『雪兎』の製作者、カドックが所属している。

 

アイルは受付をスルーして中へ入っていった。

本来はそこそこの時間を待たねばならないが、カドックはその荒すぎる気性故、顧客がアイル一人であり、受付を通す意味がないのだ。

 

「カドック、居る?入りますよ!」

 

鉄扉は音をあまり通さず、中の人には声が伝わりづらい。大声で扉向こうの男に声をかけた。

ゴンゴンゴンと、扉を叩いてアピールするが返答はない。

というか、ここには何度も来ているが、一度として返事を得れたことはない。

 

毎度無許可で扉を開くという、無礼極まりないことをしていた。

 

ギイィ

 

初めて来たときより重たい音が鳴る。中の人物は経年劣化を気にしないタイプらしい。

 

「カドック。いい加減扉に油差したらどうなの?」

 

「いいだろ、別に。お前と俺以外使わない扉なんだから」

 

「扉がこんなんだから客が着かないんじゃないですか?」

 

「ハッ!それはないな」

 

なんとも悲しい自信。自分の態度のせいだと自覚しているようである。

いや、それかその程度で客をやめる輩などこちらから願い下げと言いたいのかもしれない。

 

「腕はいいんですけどね~」

 

アイルはカドックに対して、敬語とタメ語が混じった話し方をする。

本人には敬語なしでいいと言われているのだが、カドックの醸す圧倒的年上感がアイルから時々敬語を引き摺り出していた。

 

「それより、二本目が出来たんだって?」

 

「ああ、なかなかな出来だぜ。ほらよ」

 

自信満々に出されたナイフはアイルのオーダー通りにサイズである。

刃渡りは15センチほどであり、刀身は燦々と降る雨を思わせる鈍色。『雪兎』と色違いのようだった。

 

「銘は『雨兎』。切れ味重視の『雪兎』と違って、限界まで固さに拘ってみた」

 

『雪兎』は不壊属性(デュランダル)でありながらよく撓るという特性を持つ。その属性故、切れ味がよく受け流しもしやすかったのだが、押し合いに弱いという弱点があった。

今回オーダーした『雨兎』は逆に固さだけを特化させた防御専用ナイフ。

 

「二刀流なんてできんのか?」

 

「普通にできますけど?」

 

二本のナイフを同時に使う二刀流。これが意外と難しい。

まず利き手じゃない手でナイフを扱うのが難しいのだ。利き手の逆の動きをすればいいだけなのだが、それが簡単ならそもそも利き手という概念は存在しない。

しかし、アイルはベルとアイズのサラブレッド。アイルは右利きだが、左手でも同じ様に戦える。

 

「まあいいや。ちょっと振ってみろよ」

 

どこから出したのか、試し切り用の丸太を出し、三歩下がるカドック。

アイルは左手で『雨兎』を構え横一文字で振った。

 

切れ味重視ではないと言っていたが、ただの木をスパッと何の抵抗もなく斬り逆側から抜ける。

 

「……ちょっと重いですね」

 

「まあ、硬度と重量は比例関係にあるからな」

 

続いてアイルは『雪兎』を抜き、右手に装備する。頭のなかにミノタウロスを描き、二刀で攻め立てる。

切断切断切断切断切断。

想像のミノタウロスは細切れの肉片になった。

 

「重いのは重いのでいいかも」

 

重量が大きいのは必ずしも悪いことではない。体に寄せて使えば、体幹を安定させることができる。防御も安定するので、アイルは意外と使えると知った。

 

「『雪兎』と『雨兎』で姉妹作。念願のシリーズ物だな」

 

「勝手にシリーズ物とか言っていいんですか?」

 

シリーズはその鍛冶師、ひいてはファミリアの顔となるものである。もちろん、個人で勝手に語ってっていいものではない。

 

「ヘファイストス様の許可は貰ってるよ」

 

「そうなんだ」

 

「『兎シリーズ』はこのまま増やしていくつもりだが……欲しいか?」

 

「お金が貯まったら」

 

最近これしか言っていない気がする。金、かね、カネと貯金ばかり頭にしながらダンジョン探索を行っている。

カドックの兎シリーズは是非とも揃えたい所だがお金が……。

 

「さて、『雨兎』の代金だが……」

 

「待って、その前にお願いがあるんだけど」

 

せめてもの延命にと時間稼ぎを敢行するアイル。最近、すっかり金の亡者のような言動が板についてきた。

ただ、本当に無駄な時間稼ぎというだけではない。

 

「実はこの間アームプロテクターが壊れちゃって。大切なものなんだけど、直せます?」

 

「どれ……っっって、んだこれ!

どうやったらこんな綺麗に真っ二つになるんだよ」

 

先日の天使戦で腕ごと斬り飛ばされたアームプロテクター。かなりの硬度を持つ優秀な装備だったが、あえなくあっさり両断された。

腕はくっつけることができたがプロテクターの方はそうもいかない。そもそもアイルはこれが直るのかどうかの知識すらなかった。

 

「直るけどよ、買い直した方が安いし早いぞ」

 

「うん、でも大切な物だから。直してほしいんだ」

 

ベルに貰ったもの。プレゼントとして貰ったものを買い換えるという選択肢は頭になかった。

安いという言葉に反応なんてしてない。

 

………決してない。

 

「ああ、まあ。言うほどムズくはないがな。時間は結構かかるぞ」

 

「お願いします」

 

そう言ってアイルは鍛冶場から立ち去った。つまり、支払いから逃げたのである。真似しないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げて逃げられるものではない。

結局のところ後回しにしているだけで向き合わなければならない日が来るのだ。

 

かっこよく言ってみたが、その実しょうもない。後日カドックから連絡が入り、修理の完了が伝えられた。

 

「ふう、とうとうこの日が来たか」

 

「あまり嬉しそうではないですね?

修理が終わったのでしょう?」

 

たまたま、出立前だったリーユに話しかけられた。

アイルのため息は修理が完了したという報せを受けた者のそれではない。

 

「とうとう、とうとう来てしまったんだよ。アレが」

 

「どれが?」

 

「支払いが」

 

「さっさと行きなさい」

 

しょうもなっ!と、ばかりにリーユは告げる。にべもないリーユの声にアイルは項垂れた。

その様子から分かる通り金は揃っていない。『雪兎』の代金もまだなのに『雨兎』の借金ができてしまった。

 

「お金、おかね、オカネ……

アバババババババババババババ」

 

「行きなさい」

 

蹴り出された。

 

 

 

 

 

 

足取りは重く、暗く。鋼が鍛えられる音がやけに耳障りに感じる。

纏わりつく鉄臭さが憂さったく、今日は不機嫌なんだとアイルに伝えていた。

ヘファイストスファミリアの子店舗は当然アクセスがいい場所に位置している。比較的大きな道を通って行けるので間違いようがないのだが、アイルは可能な限りの回り道をして向かった。完全に子供のそれである。

 

近づく度に重くなる足を引きずるようにして店に入る。毎度のごとく顔パスのように受付を通り抜け、慣れた通路に入った。

光を反射するほど磨かれた石の床にアイルの靴が刻む音が虚しく響く。

 

慣れ親しみつつある鉄扉の前に立ち、深呼吸。腹をくくる。

 

ゴンゴン

 

「カドック?入るよ」

 

一応ノックして、一応呼び掛ける。

が、これは形式だけのもの。絶対中の人物は聞いていないので、返事を待たずにドアを開けた。

ずうっと抵抗なくドアが開く。

 

「えっ?」

 

なんということでしょう!?

よく見ると錆び付いていた蝶番は綺麗になっており、古びたドアが新品のようになっているではありませんか。

 

いつもは地獄の門みたいな音をたてていたこの扉が無音で開いたことに驚きを隠せない。

アイルは借金も忘れるほど呆然としていた。まさかカドックが自分から直したわけではあるまい。この男はそういうことをするほどマメな性格ではないはずだ。

 

「カドック、変だよ。

ドアが直ってますよ!」

 

「全然変じゃねーよ。直したんだよ俺が。油差して、修理して」

 

「なん………だと」

 

短い付き合いだが、カドックがどういう男かはよく理解している。鍛冶以外に致命的に興味のないこの男がドアの修理などするはずがない。

 

「カドック。風邪でも引いた?

レベル3の冒険者なのに風邪引くなんて、外にでないからだよ」

 

「お前はオカンか!

こないだ来たヘファイストス様に怒られたからな。ちょちょいと直しといたんだよ」

 

なるほど。

この触る者皆傷つけるギザギザハートの男が言うことを聞くのは主神ヘファイストスか師匠のヴェルフだけである。アイルとて会話がギリ成立する程度である。

 

「折角なら片付けもすれば良かったじゃん」

 

カドックの部屋は常に物が散乱していて、カオスな状況である。片付けなどする気配がないカドックの部屋は放っておくと足の踏み場もないので、アイルは来る度軽く掃除してあげていた。

そんな事をしているうちに、受付嬢にはカドックの通い妻と呼ばれるようになってしまったが。

 

「めんどい。お前がやっといてくれ」

 

「………」

 

アイルは言い合いがめんどくさくなって落ちてる物を拾い始めた。作りっぱなしのナイフを拾い、奥の部屋の箱の中にしき詰める。工具を拾って所定の位置に戻しておいた。

 

「んなことより、お前のアームプロテクターだがな。綺麗に直ったぞ」

 

そういいながらカドックが出したのは青いアームプロテクター。丁度真ん中で両断されていたはずの部分は綺麗にくっつき元の形に戻っている。

 

「ちょっと改良でな。ナイフ一本分のホルダーをつけといたからな」

 

「おお!ありがとう」

 

渡されたプロテクターを裏返すと、確かにナイフ一本分のホルダーがつけられていた。

アイルはこれから二刀流で戦うことになる。これは素直にありがたかった。

 

試しにプロテクターを左腕に装着して内側のホルダーに『雨兎』を収納する。そのまま、腕を数度振って感触を確かめた。

 

「うん、いい感じ。干渉しないね」

 

「ああ、調整したからな」

 

アームプロテクターの内側にナイフを収納するのはありふれた技術だが、実は簡単ではない。腕を振るうときに干渉しない絶妙な位置取りが必要になるのだ。

 

「ありがとう」

 

「おう。

そんで、代金に関してだがな」

 

「……………」

 

来てしまった。この話題が。

お金がない。足りない。圧倒的に。

しかし、もう逃げることはできない。

 

「一銭も払えない。なぜなら貯金がゼロだから!!!」

 

みっともなく言い訳するくらいならと、いっそ清々しいまであるほど自信満々に胸を張りながらそうのたった。

ここまで清々しいとむしろ格好いい。

いや、よくない。

 

「お、おう。よくそんな堂々と言えたな。

まあ、いいんだよ金は。死ぬまでに払ってくれりゃーな」

 

「………カドック大好き」

 

「気持ち悪い」

 

一蹴。

まあ、カドックは金には一切興味がない。自分の鍛冶の腕を活かせる顧客がいるのだ。みすみす逃すわけにはいかなかった。

 

「んで、代金だけどよ。『雨兎』は『雪兎』と同じ値段。プロテクター修理は200万ヴァリスだ。

死ぬまでには払えよ」

 

「え!修理代そんなにするの!?」

 

「だから買い直した方が安いって言ったろ」

 

武器や防具を直すのは作るのより難しい。一度壊れてしまった以上、ただくっつけるだけでは強度に大きな問題が出る。

そして、アイルが頼んだ修理品はそこそこ高価な物。即ち、いい素材が使われていた。そこら辺の鉄とかなら溶接すればいいのだが、今回の素材は熱に強い上、成形した後耐熱加工がしてあった。修理は難航を極めたそうである。

 

「にしても、あの硬度のプロテクターがどうやったら真っ二つになるんだよ」

 

カドックの見たところでは鍛冶師の腕が悪かったようには見えない。一級と言っていいほどの出来の品を綺麗に両断するなど至難の技だろう。

 

「ちょっと天使にスパッとやられた」

 

「天使?ああ、こないだの事件か」

 

「知ってるの?」

 

世俗に疎いというか、完全に浮世離れしてしまっているこの青年がこの間の一件を知っているのには驚いた。

それだけ、オラリオの中で話題になっているということである。

 

「あの日は寒くて、炉がなかなか暖まらなくてイライラしたな」

 

「カドックがそんなことでイライラしている間に僕は左腕を飛ばされたよ」

 

というか豪雪日に炉を灯したらダメだろう。一酸化炭素中毒は冒険者すら簡単に殺す。まして、カドックは対異常のアビリティを獲得していないのだ。

 

「いつか鍛冶のせいで命を落としそうだね」

 

「鍛冶で死ねるなら本望だ」

 

「…無駄に格好いい」

 

アホらしいが。

この男の興味は鍛冶に全振りなので死ぬとしても炉の火は落とさないだろう。

 

「んで、天使はどうだった?」

 

「強かったよ。死ぬほど」

 

死にかけるほど。

 

「天使には勝てたか?」

 

「全然、歯もたたなかったよ。

ていうか詳しく知らないの?」

 

新聞でも雑誌でも、『ベル・クラネル、天使を一掃』の文字が踊っている。事件について知っているならば討伐者も知っているはずだった。

 

「燃やした新聞の端切れを見ただけだからな」

 

「なんで読まずに燃やしてるの?」

 

「燃やすために買ってんだよ」

 

新聞は情報媒体として人気の高いものである。早く、正確、そして安価。

確かに、処理法方として燃料とする者は多いが、燃やす方メインで買っている者はなかなかいないだろう。

 

「なんで勝てないのに戦ったんだ?

お前ほどの者なら見ただけで実力差ぐらい分かんだろ」

 

「逃げるのは英雄じゃない。戦いたかったんじゃない、逃げないことに意味があったんだよ」

 

「英雄ねー……」

 

アイル・クラネル唯一のアイデンティティー。目指すものの高さを誇りとし、日々精進する。アイルの活力は全て憧れから来るものであり、その憧れはベル・クラネルに基づき形作られる。

 

「お前は英雄になってなにがしたいの?

女でも抱きたいのか、それとも皆を救いたいとか青いことでも言ってんのか?」

 

「いやそんなんじゃないですけど……」

 

「じゃあ、何?」

 

「いや特に何がしたいとかは…」

 

なってみたい。父のようになってみたい。でも目的があるわけではない。目標があっても目的はない。アイルはなることに夢中になって、その先を考えていなかった。

 

「そもそもお前にとっての英雄って何?何をもって英雄と呼ばれるものなんだ?」

 

「え?それは……」

 

アイルが今やっているのは強くなろうとしているだけ。確固たる何かを目指している訳ではない。ただ、人々に英雄と呼ばれたいだけ。それが何を示すかはアイル自身分かっていなかった。

 

「きょ、今日はよく喋りますね、カドックさん」

 

たじたじになったアイルは苦しい話題転換を図った。しかし、それは事実。寡黙な印象のカドックが珍しくしつこく話しているのは不審だった。

 

「……まあ、いい。今日はもう帰れ。後、支払いはちゃんとしろよ」

 

「分かったよ」

 

耳の痛い話を聞きながら後ろ手に鉄扉を開ける。整備された扉は音もなく開き、静寂を強調していた。

アームプロテクターを持ってターン、挨拶もないまま敷居を跨ぐ。

 

 

逃げるように。

 

「アイル…」

 

呼び止められた。地味に初めて名を呼ばれたかもしれない。

言葉なく振り替えるアイル。

 

「目的は持った方がいい。絶対に」

 

言っていることが正しいのは分かっている。しかし、素直には頷けなかった。精神的にはまだまだ子供なのだ。

 

「ドア、よく直ってるね。家具屋に転向したら?」

 

静かになったドアは大きな音をたてながら閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もの憂げな表情を浮かべながら少年は歩く。

灼熱の鍛冶場から出てきたアイルは冷たい空気が気持ちいいと感じていた。

 

ホームに着く頃には丁度昼時だな。昼食はホームで食べようかな。と、考えながら歩く。

まあ、逃避である。

 

カドックの言葉はアイルに予想以上に深く刺さっていた。最終的な目標を持たず、ただ漠然と生きていたのだ。先日、シーナに言われた言葉を思い出す。

 

『少年のように誰もが願いを持っている訳じゃない!』

 

その時もアイルには少なからず刺さるものがあったが、今は別方向からアイルに刺さっていた。二度も殴ってくるとは、シーナの発言の深さに感嘆の声が漏れそうだ。

アイデンティティーを砕かれたような感覚。自分の信ずる目標を失った者の典型的な反応をしている。

 

「…………空っぽ」

 

しょうもない単語が漏れた。口は災いの素。自分の言葉が自分を苦しめた。気がした。

 

しかし、運命は彼に都合よく廻っているようだ。

 

「あれ?少年ではないですか」

 

「……シーナ?どうしてこんなところに?」

 

鉄臭いこの街と彼女は相性が悪い。はっきり言って彼女に似合ってなかった。

 

「教育係のリリアさんに自分の武器を持っては?と、言われましたので」

 

「なるほど」

 

彼女はまだギルド支給の安い武器を使っていた。駆け出しも駆け出しだから当たり前なのだが、自分専用の武器は早めに持っておいた方がいい。

武器に合わせて戦いかたを学んでいくのも必要だし、武器を自分に慣らしていく必要があるからだ。

ヘスティアファミリアのような強豪ファミリアは最初の武器に限り、ある程度までファミリアの財源から出してもらえる。それが強豪たる所以でもあるが。

 

「獲物は何を?」

 

「ナイフにしようかと…」

 

「いいね」

 

ナイフはもともと安く、そして使い勝手がいいため人気だった。それに加え、ベルの主武器(メインウエポン)がナイフのため、昨今では高い人気に拍車をかけているようである。

 

人気な物はどんどん技術が進歩していく。

最近では安いナイフでもそれなりの品質が期待できる時代だった。

 

「それより。どうかしましたか?らしくもなく、浮かない顔をしていましたが」

 

目敏くアイルの変化を見つけたシーナがアイルに聞いた。

 

「……何でもないよ?」

 

明らかに何でもありそうな調子で誤魔化した。

 

「それが何でもない人の調子ですか。悩みがあるのでしょう?

言ってみてください。ほら、ほら」

 

両手を立て、くいっくいっとしながら近寄ってくる。

 

「なんだって今日の皆はぐいぐいくるんだろう?」

 

「いいですから、ほら言ってみてください」

 

「……ちょっと目標を見失っちゃって」

 

誤魔化しても意味ないと観念したアイルは正直に話すことにした。話すと楽になるってなんかの本に書いてあった気がする。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。一つ言ってもよろしいですか?」

 

「…どうぞ」

 

全部を聞き終えたシーナはそう言った。

 

「それが私に偉そうに説教した者の態度ですか!」

 

「おおう」

 

アイルは珍しいシーナの怒鳴り声に変な声が出た。

 

「何を悩んでいるんですか……。」

 

落ち着いたのか、今度は少し呆れた声がアイルに向けられる。

 

「私に言ったじゃないですか。「今」を目標にすればいいって」

 

「今?」

 

「そう、今。とりあえず、借金返済を目標にしては?」

 

「…なるほど。…なるほど」

 

アイルは自分の言葉で慰められる馬鹿だった。

 

この理論は結局のところ誤魔化しているだけで、所詮先延ばし。いつか、もう一度その悩みと対峙しなければならなくなる。

しかし、今だけは誤魔化される馬鹿になっておくアイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、シーナと別れた。昼食に誘ったが、シーナは既に食べてしまったらしい。デートに振られたアイルは街をゆったりと歩く。

 

「まずは借金返済だな」

 

シーナのお陰で活力を取り戻したアイルは主神が待つホームへ急ぐ。タダ飯を喰らいに。

そもそもうじうじ悩んでいる時間などない。そろそろ、毎年恒例の忙しくなってくる時期が来る。

 

「借金かぁー……」

 

悩みが片付いたアイルは、早速次の悩みを思い出していた。

忙しい少年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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迷宮に巣くう脅威
ばか騒ぎからの逃避


本編に入ると露骨に筆が鈍る




英雄譚の一ページ目は決まってミノウタウロスが描かれている。

ベル・クラネルがレベル1の時に討伐したらしい。その猛々しい様を幾つもの文筆家達が記してきた。

一対一の勝負。好敵手(ライバル)の物語。ベル・クラネルの物語で一、二位を争う人気のストーリーである。

 

アイルが一番好きなストーリーでもある。

 

 

 

 

 

 

厳しい寒さが引き始め、動植物達が一斉に元気になり始める今日この頃。奇跡的に降りまくった雪も完全に溶けきり、反射する光の鬱陶しさから解放されつつあるこの季節。

 

生命の芽吹きを感じたオラリオ民はテンションをぶち上げる。

 

怪物狩り(モンスターサーカス)

 

ベルが黒龍を討伐した日の前後十日、合わせて21日間に渡って開催されるお祭り騒ぎ。期間内におけるダンジョンモンスターの討伐数を競う祭典だが、基本的に優勝者に褒美はない。強いて言うなら名声くらいである。

しかし、冒険者にとって名声とは価千金であり、探索系ファミリアはこぞって参加する。

危険であるため、ギルドは止めようとするのだが主催者が不明であるためなかなか止められない。

ちなみに、主催者はロキである。

 

探索系ファミリアが一斉にダンジョンで乱獲を始めるため、ダンジョンの免疫、ジャガーノートが大量発生し、毎年この行事のせいで死人が大量にでる。

 

アイルも参戦するのだが、ダンジョンが混むため正直あまり好きではなかった。

 

「今年も来ましたね、めんどくさい時期が」

 

「来ちゃったねー」

 

怠そうなリーユの発言に遠い目をしたリリアが同意する。

サポーターにとって、ダンジョンに大量の冒険者が蔓延るこの時期は辛い以外の何物でもない。

実入りが減るこの時期をリリアは嫌っていた。

 

「といっても休業するほどのことでもないしね」

 

21日間も休むわけにはいかない。ならば、少しでも戦果を挙げ名声を売った方がまだいいだろう。

ということで、今日も気乗りしないまま準備を行っていた。

 

「げっ、高回復薬(ハイポーション)買い忘れた」

 

「なにやってるんですか……」

 

ポカッたアイルにリーユの呆れ声が突き刺さる。

冒険者が活動的になるこの時期は回復薬(ポーション)魔道具(マジックアイテム)も爆売れする。当然、それにともない値段が高騰したり、物によっては市場から消えたりする。

アイル達は毎年、事前準備として買い物は済ませておくのだが、運悪くアイルは買い忘れがあったようだ。

 

「私が多めに買っといたから大丈夫だよ」

 

「さすがリリア」

 

こういうとき、丁寧かつ慎重なサポーターの重要性が身に染みる。

 

「準備はいい?そろそろ出ようか」

 

アイル、リーユ、リリアは毎年一緒に行動している。ジャガーノートと遭遇する可能性が高いので、少しでも生存率を上げるためである。今のアイルとリーユが共闘すれば、ジャガーノートでも討伐できるだろう。

 

ホームを出ると、既にげんなりする光景が見えた。

北に見える行列。朝も早よからバベルに行列が出来ていた。皆張り切っている。

 

「うわぁ」

 

アイルのやる気が10削がれた。

 

「バベルに行列ができるなんてこの時期ぐらいですよね」

 

「名物だもんね」

 

あれに並ぶのかと思うとしんどい。アイルは早速ホームに引き返したくなった。しかし、毎年そう思いながら結局ダンジョン探索を行うのだ。

 

温かくなり活動的になった人々が賑わいを見せ、一列に並んでいる。誰もが血気盛んにモンスター狩りへ向かうんだと思うと逆に冷めていく。

 

そんな同じ方向を向く列を眺めていると、一人だけ逆方向を向いている者がいた。

靡く銀髪が目立っている。深紅の瞳がアイルの金眼と確かに交わった。

 

一人だけ人の流れに逆らいながら歩いてくる少女はアイルの姉、シリィ・クラネルだった。胸元の開いた大胆な白い服を着ている。

 

「あれ、シリィじゃん。どうしたの?」

 

「バベルが騒がしくって」

 

「だろうね」

 

あれだけ人が雪崩れ込めば喧しくもなることだろう。シリィのうんざりした顔も頷ける。しかし、窶れ気味の顔にも関わらず、なにやら企んでいる顔だ。

 

「ねぇ、あんな騒がしいダンジョンよりいい所あるんだけど……興味ない?」

 

「怪しいので却下です」

 

リーユはばっさりと切り捨てたが、アイルは興味がある。聞くだけならタダなので、深く聞いてみることにした。

 

「どゆこと?」

 

迷宮(ラビリンス)よ。行ってみない?」

 

迷宮(ラビリンス)かー」

 

アイル達は迷宮(ラビリンス)に行ったことがない。理由は単純、遠いからだ。結構な規模の遠征になるためなかなか行きづらい。また、迷宮(ラビリンス)はオラリオダンジョンより圧倒的に攻略難易度が高く、死亡率が高いため忌避感があった。

 

「そもそも、どうやって行くの?」

 

迷宮(ラビリンス)は滅茶苦茶遠い。馬車を雇うのは結構なお金がかかるし、馬車を使っても片道二日近く要する。

丁度いい足がないのが予てよりの問題だった。

 

しかし、シリィはふわっと微笑みながら懐に手を入れる。そして、何やら紙を取り出した。

胸の前でヒラヒラと振りアピールしてくる。

 

「空の旅なんてどうかしら?」

 

「うわぁ……」

 

「私は辞めとく」

 

その言葉を聞いたアイルはあからさまに嫌そうな声をあげ、リリアは即辞退を表明した。

 

オラリオで空の旅といえば一つしかない。

 

穹の舟(アークス)

飛翔する船とも呼ばれる世界最速の移動手段であり、天空を航路とするため地形を無視して移動できる。天候の影響を如実に受けるという弱点もあるが、馬車のように盗賊に絡まれる心配がないため確実な移動手段だった。

 

ならばなぜアイル達が難色を示したのかというと、単純に怖いのである。空を飛ぶ経験などなかなか出来るものではないため慣れないし、浮いているため非常に揺れる。

それなりの高さまで行くため、もし墜落でもしようものならアイルとて助かりはしないだろう。

そこまでのリスクを負ってまで迷宮(ラビリンス)に行く理由はなかった。

 

「あら、怖いの?」

 

「怖いよ、普通に」

 

「当たり前です」

 

日々、ダンジョンにて命のやり取りをする彼らでも理不尽に死にたいとは思わない。そもそも、『穹の舟(アークス)』はつい最近確立された技術であり、不測の事態は大いにありうる。これに好んで乗る者などそうはいなかろう。

 

シリィから紙を取り上げると、『空の旅、心踊る空中ツアー。十名以下限定チケット』と代うった怪しげな文面が目に映った。ポップな絵が騒がしく散らかり、右下にはヘルメスファミリアの文字が記されている。

 

「怪しさしかないんだけど……これ本物なの?」

 

「本物だと思うわよ。フレイヤ様がヘルメス様に直接貰ったそうだもの」

 

「これが本物だとすると、それはそれで問題がありますね」

 

アイルの横からチケットを覗き込んだリーユが言う通りである。ダサイし怪しい。ポップでファンシーな感じをだしてもこれに引っ掛かる人はそうはいまい。

ヘルメスファミリアの闇が垣間見えた。アスフィも頭を抱えていることだろう。

 

「まあ、僕たちは今回は見送らせてもらうよ。シリィはファミリアの仲間と行ったら?」

 

フレイヤファミリアは一人一人が一騎当千、実力者揃いのファミリアだが、怪物狩り(モンスターサーカス)には参加しない者が多い。主神を絶対とし、それ以外に興味らしい興味を向けることのない彼らは名声などには興味がない。彼らもこのばか騒ぎには辟易としていた。

ならばフレイヤファミリアの団員もさぞ暇だろう。誘えば来てくれるのではなかろうか?本来は自分のファミリアと行動を共にするのが常識である。

 

「無理ね。あの人達がフレイヤ様から離れるわけないもの」

 

「なるほど」

 

フレイヤファミリアの団員は狂信者と揶揄されることがえるほどフレイヤにベッタリである。そんな彼らは遠征すら拒否するほどフレイヤから離れることを嫌がり、まして迷宮(ラビリンス)などに行くはずもなかった。

 

「ほんとに行かないの、アイル?」

 

「行かないよ」

 

迷宮(ラビリンス)攻略はダンジョンと比べ物にならないくらい収入あるわよ」

 

アイルの耳がピクッと動いた。

迷宮(ラビリンス)はダンジョンより遥かに謎が多いため探索によって得た物が高く売れる。ダンジョンの五倍以上の収入になるという噂も聞いたことがあった。

 

「む、むぅ」

 

揺れ動くアイルの心。最近、すっかり守銭奴と化しているアイルだった。

 

「しかし、危険を考えると収益が見合っているとは限りません。リスクに見合うリターンが確約されていない」

 

ここにいる四人では迷宮(ラビリンス)の攻略は危険である。それほどまでに迷宮(ラビリンス)とは危険な場所であり、死を覚悟して挑まねばならないとされる。リーユはアイルやリリアにはまだ早いと考えていた。

 

「相変わらずのブラコンね、リーユ姉さん。縛り付けるのは良くないと思うけど」

 

弟イビりが趣味のシリィとブラコンのリーユは相性がよくない。犬猿の仲というわけではないが水面下でバチバチやるタイプの関係だった。

昔から反りが合わない二人は特にシリィが合わせる気がなく、いつもリーユを怒らせるような発言をする。

精神的に少し先を行くシリィはリーユをからかい倒すのだが、そのせいで二人は一向に仲良くならないのだった。

 

「喧嘩はまた今度ね。で、私は行ってもいいと思うんだけど。アイル兄さんは?」

 

喧嘩の仲裁はいつもリリアが行っていた。二人の小競り合いなどどうでもいいとばかりに流し、話を進めようとする。

 

リリアが迷宮(ラビリンス)行きに賛成なのは単純に実入りがいいからである。リリアは迷宮(ラビリンス)に関してそれなりに知識をつけていたため、何とかなることを知っている。

また、折角得た知識が陽の目を見ないのが虚しいので、一度は行ってみたいと思っていたのだ。

 

「僕は……まあ、なんというか行ってもいいというか、興味がなくもないというか、いい経験になる可能性がなきにしもあらずというか……」

 

まごまごと何やら内容の薄い言葉を並べ立てているが総じて行きたいということらしい。遠回し(のつもり)で話しているのは、申し訳程度のリーユへの気遣いだった。

 

ちなみに本心はお金を稼ぎたいだけでゲス。

 

「しかし、四人だけはどう考えても危険です。ヘスティア様だって許してくれないでしょう」

 

無駄な危険は回避したいのがリーユ。可能な限り安全な道を選ぶ慎重さは人として間違っていないが……冒険者としては微妙である。

賢いということと優秀なことは必ずしもイコールではない。

 

しかし、リーユが言っていることに反論の余地はない。四人で迷宮(ラビリンス)攻略など愚の骨頂。ヘスティアが許可を出すわけがない。

 

四人ならば(・・・・・)

 

「四人じゃないわよ」

 

「へ?」

 

一様に北を向く人混みの中で南を向いていればそれだけで目立つ。ましてそれが兄妹ならばより見えやすいというもの。

こちらに歩いてくる二人の少女はどう見てもティオとフィーネだった。

 

「兄さん、姉さんお久しぶりです」

 

「うん、よりティオの方が久しぶり感あるけどね」

 

なんかしばらく活躍してない気がする。

 

「ティオはともかくフィーまで誑かされてしまったんですね」

 

「さらっと酷いこと言うね、リーユ姉さん」

 

まあ、ティオは相変わらずニコニコしているので、貶されていることには気づいてなかろうが。シリィにも誑かすとか言ってるし。

 

姉妹が再びバチバチにバトり始めるのは時間の無駄なのでアイルが割って入ることにした。

 

「どうして二人は迷宮(ラビリンス)に行きたいの?」

 

「私は理由とかないよ!」

 

「でしょうね」

 

ティオには理由とか求めてない。形式上二人に聞いたがその実フィーネにのみ向けられた質問である。

 

「私は魔法の成長を確かめたくて」

 

「うん?……ああ、なるほど」

 

フィーネは『馬鹿魔力』の娘。既に超火力の魔法を有していて、そう簡単に街中で魔法を試し射ちしてみるわけにはいかない。かといってダンジョンで行えばいいのかというと、そういうわけではない。

今、ダンジョンには人が溢れている。フィーネが全力で魔法でも放とうものなら、どれだけ事故がおきるか分かったものではないのだ。

だから、フィーネは魔法の試し射ちができるところに行きたいのだった。

 

「……どうする、リーユ姉さん」

 

リーユが心配していたことは解消された。この場にいるのは六人。レベルもそこそこ高い。しかも、このメンバーは結構バランスがいいときたものだ。

 

「うっ、ぐう………………………………行きましょうか」

 

結局折れた。

 

「じゃあ、早速準備してきて。リーユ姉さんはギルドに申請しに行くから早めに準備してね」

 

「待ってほしい。私がパーティーリーダーなのですか?」

 

「当たり前でしょ、レベル6さん」

 

パーティーリーダーは一番強い人が勤めるのが一般的。必ずしもそうとは限らないが、今回は例外的な環境ではなかろう。

 

「ヘスティア様は許可してくれるかな?」

 

リリアが言ったのはアイルも懸念していたこと。許可してくれる気もするし、してくれない気もする。

 

「ロキ様はどうだったの?」

 

「………長い交渉でした」

 

「あ、そう」

 

なにやら遠い目をしていた。それなりに大変な思いをしたらしい。

 

深掘りは面倒そうだと思ったアイルはそのまま回れ右してホームに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいよ行ってらっしゃい」

 

「軽!」

 

ヘスティアに相談したら二つ返事で許可された。一瞬の間もなく返されたのだが、最初から返答は決まっていたようだった。

 

「実は前からシリィ君に相談されてたからね」

 

「……あの女狐」

 

リーユがキャラぶれするほどキレていたが、アイルは見なかったことにした。

 

それにしても、ヘスティアに許可をとっていたなら最初から言って欲しかった。さっきの問答は無駄な時間ではなかろうか?

 

「気をつけるんだよ、三人共」

 

「「「はい」」」

 

主神からありがたい言葉を戴いてから三人は準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準備といっても、アイルはさほど変わらない。多少の着替えを持ち、装備を軽く弄っただけで他は特に変えていない。

 

おそらく一番大変なのはリリアだろう。サポーターである彼女は大量の荷物を持っていかなければいけない。魔法が使える距離ならよかったが、迷宮(ラビリンス)とここは遠すぎる。リリアどころかフィーネくらい精神力(マインド)があったとしても、届かないのは目に見えていた。

 

アイルは自分の準備が終わったらさっさとホームを出た。門の前に集合していたフィーネとティオに合流する。

 

「シリィは?」

 

「リーユ姉さんと申請に行きました」

 

「リーユ姉さん早ぁ……」

 

別に急いだわけではないが、アイルもそれほど時間はかかっていない。リーユの性格上、焦って準備を杜撰に済ませたという可能性はないと思うが、にしたって早すぎだった。

 

「フィーは準備いいの?」

 

ティオもフィーネも比較的身軽である。ダンジョンならともかく迷宮(ラビリンス)に行くにはそれなりの装備が必要だろう。前衛職のティオはともかく、後衛のフィーネはそれなりにサポートアイテムを持っておくべきだと思うが。

 

リーユとリリア(姉さん達)がいますから、アイテムサポートは任せて詠唱に集中しようと思うってるんです」

 

魔法補助アイテムは持っているが、それ以外は持っていないらしい。

そもそも、アイテムサポートは戦況を深く理解し戦略戦術を立てることができる、軍略的才能が必要となる。パーティーリーダーであるリーユや、軍師の才能があるリリアにアイテムサポートを任せた方が全員安心なのは否定できなかった。

 

フィーネとアイルは大衆を動かす才能に恵まれなかった。しかし、個人戦力として大きな能力を持つ。

要は役割分担なのだ。適材適所。

 

しかし、隣の芝生は真っ青。

フィーネは軍略の才が羨ましいし、リリアは高い個人戦闘力が羨ましい。

無い物ねだりは人間という種の本能なのかもしれない。

 

「お待たせしました」

 

噂はしていないが本人が来た。

そして全員が目を剥く。驚愕に打ち震えた。

ちょっとオーバーな表現をしたが三人が驚いたことが伝わっていればいい。

 

そこにいたのは巨大な背嚢(リュック)だった。妹の声が聞こえたが姿は大きめの鞄に足が生えたもの。よく見ると、複数の背嚢(リュック)が積み重なっている。

ダンジョンだったら新種のモンスターだと判断していただろう。

 

「え、いやなにそれ。荷物多くない?」

 

「これくらいが普通だよ」

 

背嚢(リュック)はリリアの三倍以上の体積があり、高さはアイルより少し高い。埋もれたリリアは相変わらず姿を隠し、可愛らしい足が見えているのみであった。

 

つい最近防寒具をキャストオフした人々と対比するような重装備は滑稽を通り越していっそ痛々しく、心配になるレベルだった。

 

「ちょっと持つよ」

 

アイルは基本的にリリアの荷物を持ってあげることはない。しかし、今回ばかりは言わざるをえなかった。この状況をスルーできるほどアイルは狂ってない。

 

「私にはスキルがあるから……」

 

「いや、うん。そういうことじゃなくてさ」

 

やる気と覇気の一切が抜け落ちたような冷めた声音はリリアのデフォだが、今ばかりは辛そうに聞こえた。

 

リリアには縁下力持(アーテル・アシスト)というバフスキルがあるし、レベル3なので重くはないのかもしれないが、見ている側が痛々しく感じるのが問題なのである。

 

リリアの許可を得ないまま一番上に積まれていた背嚢(リュック)を取り上げ、持つ。アイル自身、自分の荷物があるがあるため背負うことはできなかった。

 

「結構重いね」

 

「そう?」

 

重いといってもアイルからすれば軽々持てるものだったが、それなりに引っ張られる感覚はあった。おそらくだが中身は魔道具(マジックアイテム)の類だろう。

 

「私も持つー」

 

ティオも便乗して荷物を取り上げ担ぐ。ティオは脳力を筋力に吸われたような女だ。一番荷物持ちに向いているといっても過言ではない。

 

しかし、こうなると逆に立場が悪くなる者がいた。

 

「わ、私も持ちますね」

 

フィーネだけ軽装だと世間体が悪い。別に見栄えのためだけというわけではないが、フィーネも持たないわけにはいかなかった。

 

「皆……ありがとう」

 

リリアは微妙な顔をしていた。荷物持ちはサポーターの重要な仕事であり、リリアにとって活躍の場は唯一の存在証明の場。

アイル達のようにモンスターを倒せないリリアは、荷物持ち(仕事)を取られることを素直に感謝できなかったのかもしれない。

 

「それじゃー、レッツゴー」

 

ティオの空気の読めなさに、これ程感謝することになったのは初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドに向かいリーユとシリィに合流。その足で東区(イースト)を目指した。

 

探索を主としない街でもこの時期は活気づいている。大量に冒険者が流れ込むため稼ぎ時なのだ。

 

重装備で物々しい雰囲気を出している六人に気づくことなく忙しそうに店内を駆け回っている。

そんな中を抜け、そそくさと歩くとすぐにヘルメスファミリアに着いた。

 

大きな商業ファミリアは中央区(セントラル)とアクセスがいい場所に立地しているので非常に楽である。

 

「やあ、皆。待っていたよ」

 

仰々しい動きと発言が胡散臭さを引き立てる。今日もひたすら胡散臭い神、ヘルメスは自らアイル達の対応をしていた。

 

「フレイヤ様からこれを貰って。迷宮(ラビリンス)まで行こうかと思ってるんですが」

 

シリィが取り出したチケットをヘルメスは一瞥もせずに受け取り、わざとらしく声をあげた。

 

「フレイヤは君たちに譲ったんだね。任せてくれ。この時期はいつも使いどころがないからね。船はタダで貸すさ」

 

「ありがとうございます」

 

ヘルメスは交友の深い神である。アイルもお世話になってる分信頼はしているが、胡散臭さが拭えないため信じきれていないのが現状だった。

対して、リーユとリリア、フィーネは印象が胡散臭いで完全に固定されている。信じない方がいいという前提で話を聞いているので、どうもどの発言にも裏があるように感じてしまう。

 

「いいんですか?結構な物だと思いますけど、タダでお貸し頂いて」

 

「いいよ、全然。うちにあっても使い道がないからね」

 

ヘルメスファミリアは魔道具(マジックアイテム)だけでなく運送にも手をつけている。『穹の舟(アークス)』はそのためにヘルメスファミリアが開発したものであり、その構造は企業秘密とされている。

しかし、ヘルメスファミリアは怪物狩り(モンスターサーカス)の前に大量輸入してしまうらしい。そのため、いざこの時期が来てしまうと運ぶ物がなくなり使い道がなくなってしまうということ。

 

……そうだろうか?

猜疑心に苛まれたリーユ達は疑いの目でヘルメスを見ていたが、当の本人はどこ吹く風で知らない振りをしていた。

 

「そこの車庫の中に入ってる。使い方は彼に聞いてくれ」

 

ヘルメスが指し示した方を向くと、筋肉質な好青年が立っていた。ヘルメスファミリアの輸送を担当する男らしい。

その男が錆びついたシャッターを上げると中には有名な空船。アイルの中の男の子が疼いた。

 

「早速操縦をお教えしたいのですが……一番魔力量がある方はどなたですか?」

 

兄妹は無言でフィーネを前に押した。

 

「なんか、納得できません」

 

 

 

 

 

 

 

 

超重量の船をどのように浮かすか、開発者のアスフィはかなり悩んだらしい。既に飛ぶ技術は確立していたが、この規模の物体を飛ばすエネルギー源の確保に悩まされたそうだ。

人間から出るエネルギーでは人ひとり飛ばす程度しかできない。こんな物を飛ばそうものなら一瞬で枯渇してしまう。

しかし、世紀の天才アスフィはそれを見事解決した。

 

詳しいことは秘密だが、船に搭載されたある機関が効率よくエネルギーを生成することで問題を解決したらしい。

そのため、一度起動すれば数時間飛ぶことができ、エネルギーが尽きる度精神力(マインド)を流すことで持続的な空の旅を実現したそうだ。

 

操縦室に入るとまず宝玉が目にはいった。黄金色の美しい球形の宝石が取り付けられた起動用宝玉らしい。

宝玉の奥には円形の操縦捍があり、左右を調整できる。ちなみに上下は横についているレバーで行えるらしい。

 

部屋の内装は木製の外観とうってかわってメタリックな印象を与え、全体的に近未来感がある。

 

「じゃあ、早速飛ばしますね」

 

緊張した面持ちで、フィーネが宝玉に手をかざす。途端に黄金の宝玉が光輝き船体がガクンと揺れた。

そして、少しずつ感じられる浮遊感。

 

「なんか嫌な予感が……」

 

「それ今禁句」

 

リーユが言いかけた言葉をアイルは封殺した。スタート直後に墜落などしたくない。いや、むしろ墜落などするなら離陸直後がいいか。

 

アイルのキャラじゃないがフラグは一瞬でへし折っといた。

 

アイル達は過度に怖がっているがそれは仕方ないことだ。大質量の物体と遊覧など彼らにとっては初。恐怖を感じないほうがおかしいのだ。

 

「出発しんこー!」

 

ティオのお馬鹿さがこれ程羨ましかったことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうルートで行くの?」

 

協議の結果操縦捍を握ることに成功したアイルはリーユに問う。

他のメンバーは別室でくつろいでいるらしい。

 

「一度メルンによって食料調達をするそうです」

 

「なるほど」

 

メルンは迷宮(ラビリンス)の道中にある海洋都市である。鮮魚を扱う都市であるため、食料があるのはもちろんのこと、氷を購入することができる。

何日もダンジョンや迷宮(ラビリンス)に潜る場合、食料問題は一番の壁になるためさっさと解決したかった。

 

「メルンの近くの平地に下ろしましょう。この船なら半刻ほどで到着できるはずです」

 

「分かった」

 

現在高度は1200M(メドル)ほど。小さい山なら上を通過できるためメルンまではほぼ直線で行ける。馬車で行くのとではかなりの時間的差が出るのは当たり前だった。

 

「操縦、楽しいですか?」

 

「うん……いや、怖い」

 

操縦するということは当然外が見えている。その高さを誰よりも体感しているアイルは恐怖に打ち震えていた。

 

しかし、アイルとて男の子。巨大な乗り物を操作するのは全男子の夢といっても過言ではなかろう。

ある程度楽しめてもいた。

 

迷宮(ラビリンス)の資料は頭に入れましたか?」

 

「ざっとね」

 

迷宮(ラビリンス)はダンジョンと大きく形態が違う。そもそも出てくるモンスター事態が大きく異なるのだ。新しい情報を一から覚えておかなくてはならない。

 

「何もなければいいのですが」

 

「……アハハ」

 

そのフラグを折れる自信はなかった。

 

 

 

 

 




穹の舟(アークス)
ヘルメスファミリアの象徴的な財産。アスフィが開発した。主に輸送用として用いられる。その理論、製法の一切は秘匿されている。
木造の外観だが内部の近未来的であり、(コア)と呼ばれる物質でエネルギーを増幅させて飛んでいるらしい。


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一休憩で大疲弊(ネタ)

先に断っておきますと、本話にはポセイドンがでます。が、原作ではキャラクターが明記されてないので、作者の感覚でキャラメイクしました。
想像とのギャップはお許しください。





やって参りましたメルン!!

 

青い海、煌めく砂浜、燦々と輝く太陽。

 

ベストシーズンではないが、それでも物珍しさだけで十分興奮できる。

 

オラリオ産まれ、オラリオ育ちの彼らにとってそこは最も有名な観光地であり、一度は行ってみたい場所だった。

水産業が盛んで、オラリオの市に登場する魚のほぼ100%を占める都市。だから、当然潤っている。

 

数年前から突然整備が始まり、以前にも増して観光地としての価値を高めたこの楽園にとうとうアイルたちも訪れたのである。

 

まあ、目的は補給だが。

 

これから長期遠征を行うに辺り、食料を持たなければ餓死は免れない。食料補給は当然必要だった。

 

しかし、オラリオは何かと物価が高い。こと食材に関しては特に。

迷宮(ラビリンス)への道中にメルンがあるので、折角なら安い場所で入手しようという魂胆だった。

 

あと、厳しい攻略前の慰安も兼ねている。

 

「買い物は後にして、取りあえず観光しますか」

 

「そうだね」

 

パーティーリーダーがそう言ったので、最初は遊ぶことにした。

 

メルンといえば、何よりもまず海である。水遊びなどオラリオではできない。

揺らめき光をキラキラさせる波も、白く広がる砂浜も、独特な潮の匂いも、全てが新鮮である。

 

「海の匂いって生物の死臭らしいわよ。母なる海も形無しね」

 

「何でテンション下がるこというかな」

 

空気をぶち壊して笑っているシリィに白い目を向けるリリア。

今のはシリィの悪行である。

 

「うみーー!」

 

「姉さん。恥ずかしいんで声抑えてください」

 

元気溌剌なティオと比較的常識人なフィーネの掛け合いはいつものことなので放っておく。ロキファミリアの名物らしい。

 

カオスだなロキファミリア。

 

「それじゃあ、各自水着に着替えてきてください」

 

リーユがそう言いながら更衣室を指差した。海の観光名所なので、当然更衣室ぐらいある。

 

アイルは一人で男向けの方へ、リーユたちは女性向けの方へ。

 

更衣室といっても簡易なロッカーと粗末なカーテンがあるだけである。適当にカーテンレールを走らせ、適当な売店で買った水着にパパっと着替える。男は楽だ。

 

着ていた服をロッカーに詰め、鍵のホルダーを手首に巻いてから更衣室を出た。

 

海は閑散としている。当たり前だ。つい先日まで極寒の季節だったのだ。まだ、肌寒さが残る現在に海など行きたくないだろう。

人はちらほらといかいなかった。

 

ちなみにアイルの水着は普通の形で、色は赤色。特に面白みもない無難なものである。

 

「遅いな~」

 

親族とはいえ女の子の着替えの遅さを言うのはマナー違反だが、アイルも海を前に呆然と見ているだけなのは辛い。

パラソルを立て、シートを敷いたらやることもなく座り込んでいた。

 

「申し訳ない。遅くなりました」

 

最初に登場したのはリーユだった。意外である。リーユも早い印象があるが、ティオの方が先に来るだろうと思っていた。

 

アイルが振り替えると、やはり美しいという表現しか思い付かなかった。

 

起伏の少ない体型にマッチした若葉色のビキニ。真っ白な肌が眩しい。

 

邪魔になると想定したのだろうか?

いつもはそのまま流しているショートボブの金髪を、今は後ろで一つに結んでいた。見慣れない首筋。スラッと長い首も美しかった。

煌めく金髪と潮の匂いが相まって、季節を勘違いしそうだ。

 

「…いいね。可愛いと思う」

 

「ありがとうございます」

 

別に姉弟なので普通のことなのだが、何だか妙に気恥ずかしくてアイルは目を逸らした。

 

リーユは遊び道具も一緒に持ってきてくれたらしい。

浮き輪、ビーチボールなどなど。

 

アイルとリーユは二人で空気入れに取りかかった。

 

浮き輪のゴムチューブに口をつけ、息を吹き込む。すると、生き物のように浮き輪が膨らんだ。慣れない作業が少し楽しくって、捗る。

 

どんどん膨らましていくと、気がつくと四個も出来上がっていた。

 

リーユはボールを膨らませてくれたらしい。

 

「ビーチバレー……やってみたかったんです」

 

「そうなんだ」

 

リーユは基本的に危険なことが嫌いである。が、意外と好戦的な一面も持っており、このような命の関わらない勝負ごとが大好きである。

昔はアイルもよく、リーユとカード勝負したものだ。

 

ちなみに、ボールは冒険者用の物でちょっとやそっとの衝撃では壊れない。じゃないとゲームにならないからだ。

 

「最初からバレーやるならネット立てとく?」

 

「……そうですね」

 

と、コート作成を始めようとした瞬間に三人目が到着した。

 

「おーまったせー!」

 

「あ、うん。ティオも手伝って」

 

ティオは白いチュートップの水着だった。アマゾネス特有の浅黒い肌と、水着の白の対比が素晴らしい。こちらも起伏の少ない体を最大限に活かしていた。

 

しかし、ティオはアマゾネスあるあるな少々破廉恥な服を常着していた。今の水着と大差ない格好なので、アイルも特に何も感じることなく流してしまったのである。

 

ティオもスルーされたことには言及せず、言われた通りネット張りを手伝っている。

冒険者同士のビーチバレーで最も重要なのがネット張りだ。しっかりと立てなければネットごと吹っ飛ぶ。

 

アイルとティオがネットを張っている間にリーユが砂にコートを描いてくれた。非常に広い。一般人用のコートでやればボールが落ちないからだ。

 

「お、お待たせしました」

 

「ごめんなさい。遅れた」

 

ここで、リリアとフィーネが到着した。

 

フィーネは何の捻りもない普通の白びきにだった。水着事態にはそれ以外特筆すべき点はない。

フィーネの未発達なカラダとミスマッチで、それがかえってエロい。

 

 

……これ以上は通報案件になりかねないので自主規制いたします。

 

 

リリアはパレオタイプの水着である。薄青で裾に申し訳程度のフリルがついている。全体的に質素な水着だった。

しかし、質素=地味ではない。リリアは素が可愛らしいので、衣装は控えめな方がより映える。恥ずかしがってもじもじしているのもポイント高かった。

 

「ふ、二人とも可愛いよ」

 

「「……ありがとう」」

 

※兄妹です。

 

兄妹ラブコメという急展開は用意してないので、カット。

 

そんなこんなで、最後の一人を待つ。下品な話だが一番引っ掛かりが多い彼女が、一番時間がかかるのは当たり前なのかもしれない。

 

 

フィーネとリリアに遅れること数分でシリィがやって来た。

 

「お待たせ」

 

シリィは黒のビキニだった。これまた、シックでとくに飾り気ない。

シリィの白い肌と白い髪、そしてビキニの漆黒は印象的なコントラストをうみ、その美しさをメレンの海に知らしめていた。

 

「どう?アイル」

 

「うん、いいと思うよ」

 

なんだかんだでティオ以外全員に感想を言ってる辺り、さすがは女誑しの息子である。

 

そんな恒例の水着コンテストはおいといて、本題のビーチバレーだ。

 

実力をなるべく均等にするため、チーム構成はくじ引きではなく話し合いとなった。

 

以下、チーム編成である。

 

Aチーム:リーユ、ティオ、リリア

Bチーム:アイル、シリィ、フィーネ

 

ルールは簡単。本来は複雑なルールがあるが、今回は全員初心者なので分かりやすくした。

 

・ボールがコートに落ちたら相手に1ポイント

・ボールは持ってはいけない

・ボールは全員で3タッチ以内で返さなければならない

・同じ人が二連続で触ってはいけない

・ボールを壊す、ネットを破壊したら負け

 

以上である。

 

「では、始めましょう」

 

「「「おーー!」」」

 

少し青くなりつつある空に伸ばされた7本の拳。

 

……7本?

 

「え……」

 

ちょっとホラーチックだったが、ようは気づかないうちに一人混じっていたのである。

…やっぱホラーじゃん。

 

「え……もしかして、ポセイドン様?」

 

「正解!」

 

浅黒い肌、青みがかった黒髪、筋肉質な肉体美、ブーメランパンツ。

オラリオでも有名なポセイドン神である。

 

「どうして、ポセイドン様がこちらに?」

 

リリアは警戒心剥き出しでアイルの後ろに隠れていた。といいつつ、リリア以外も態度には出さないが警戒している。

 

「いや、季節外れにいい素材が団体で来たって聴いたからさ…

…うんうん、いいねぇ」

 

ジロジロと隠そうともしない不快な視線を巡らせる。なぜかアイルにも。

 

これは関係ない話だが………本当に関係ない話だが、ポセイドンはどっちもイけるクチだという噂である。

何がとは言わないが。

 

 

………ナニがとは言わないが。

 

「ビーチバレーをするんだろう?

俺が審判をしてやる!」

 

「いえ……結構ですけど」

 

「俺が審判をしてやる!」

 

「………お願いします」

 

神とは大抵変な性格をしている。オラリオ生まれのリーユはそれをよく理解していた。こういう面倒なタイプの神は放っておくに限る。

 

そんなわけで、海の神が見守るビーチバレーが幕を開けた。

 

 

 

 

「試合開始」

 

審判の掛け声と共に両サイドに別れたリーユたちが頭を下げる。

本当は遊びのつもりだったが、なぜかマジの試合みたいになっていた。アイルはそこまで求めていないのだが…。

 

サーブは合計レベルの低いAチームからとなった。

 

最初はティオである。

 

コートのエンドラインから10歩ほど離れてボールを鷲掴みにしている。

 

「いっくよー!」

 

トスを上げる。宙高くとんだボールを追いかけるようにティオも走り、跳んだ。

砂浜に足をとられてなお、4~5M(メドル)ほど跳んでいる。

 

余談だが、冒険者用ビーチバレーのコートはエンドラインからネットまで20M(メドル)、ネットの高さは3M(メドル)弱。

 

つまり、サーブから完全に撃ち下ろせるのである。

 

「そりゃーー!」

 

山なりなんて甘いことを許さない一直線の弾丸は、正確に誰もいないところへ向かった。

 

「アイル!!」

 

「分かってる!」

 

非常に広いコートを三人で守備するのはさすがに冒険者でも難しい。故に、敏捷が最も高いアイルがカバー範囲を広くとっていた。

 

ボールの軌道上に割り込み、前腕の平らなところにボールを当てる。

すると、まるでバレーとは思えない音をたてながらボールが高く上がった。

 

「チャンボ!」

 

「了解です」

 

セットポジションにいたのはフィーネだった。膝を軽く屈伸して、伸び上がる。空中のボールを迎えに行き、両腕を柔らかく使ったオーバーハンドでボールを浮かす。

 

3タッチ以内に相手コートに返さなければならない。アイルはレシーブで吹っ飛ばされていたので、アタックはシリィしかできなかった。

 

フィーネが空中にセットしたボールを今度はシリィが迎えに行く。背中を撓らせ、左肩を回す。

関係ないが、シリィはバレーをやるにあたって髪をお団子に纏めていた。

 

「いく…わよ!」

 

「させません!」

 

このビーチバレーにおいて最も重要性が高いのはブロックだ。この少し高めのネットとはいえ、レベル5の冒険者が本気で叩きつければ着弾にはコンマ秒もかからない。さすがにレシーブは無理だ。

 

シリィに合わせ跳んだリーユは両手を万歳して、行く手をふさぐ。トスがネットに近すぎて、打つ場所がない。

 

「甘いわね」

 

しかし、シリィはそれでも余裕だった。焦り一つなく鞭のように曲げた肉体を元に戻す。

 

ボールと手の平のミート。しかし、大きなバックスイングとはうって変わって、ポスッという微かな音だった。

 

「しま……!」

 

柔らかく打ち出されたボールはリーユの右腕とネットな間に吸い込まれ、砂浜に落ちた。

 

「ナイスフェイントだ!」

 

ポセイドンは一点目から応援と化していたが、そもそも誰も見向きしてしていない。

……審判しろよ。

 

「1-0ね」

 

「……サーブはそっちです」

 

ちなみに3ポイントマッチである。

 

サーブはアイル。

トスを高く上げ、叩きつける。アイルは器用さが売りだ。コートの丁度角辺りを狙ってボールを撃ち出す。

 

亜音速で角に突き刺さるはずだったボールはリーユにカットされた。

リーユは衝撃の瞬間に膝を曲げて威力を地面に逃がす。そして、急いでアタックに加わった。

 

「ナイス、リーユ姉さん」

 

Aチームのセッターはリリアである。

 

小さいが冒険者。ジャンプトスはネットより高い場所だ。

 

リリアなこういう細かい駆け引きが上手い。戦闘センスは光らないが司令塔の才はある。セッターはベストマッチなポジションだった。

 

セットは軽くタッチするだけ。その場に置き去るようにしてからリリアはそこを退く。そのとき既にティオは跳んでいた。

 

速攻。

 

ブロックさせないための速度特効。初心者のアイルたちはブロックが間に合わない。

 

「せぇーーい!」

 

手加減無しで砂浜に叩きつけられたボールは水飛沫みたいに砂を巻き上げて1ポイントとなった。

 

 

 

「結構楽しいですね」

 

「そうだね」

 

命に関わらない勝負など久しぶりな気がする。純粋に楽しかった。

 

「1-1で並びましたね。ここからです」

 

取られた分取り返してイーブンに。負けず嫌いの血が騒ぎ出す。

 

「サーブは?」

 

「私です」

 

「リーユ姉さんかぁ……」

 

リーユはこのメンバーで唯一レベル6に至っている。すなわち一番強い。

純粋な自力差があるのでリーユのサーブが一番怖かった。

 

「ふぅーー…」

 

「ねぇ、リーユ姉さん。深呼吸するほど本気出すのはどうなの?」

 

むしろ、手加減して然るべきではないか?

 

「真剣勝負です」

 

「さいですか」

 

リーユがあまりにもマジ顔だったのでアイルもそれ以上言えなかった。

 

「フィーはネット前まで行って」

 

フィーネがレシーブすれば腕が危ない。そう判断したアイルはフィーネにセットを任せることにした。

 

 

「こい!!」

 

アイルが叫ぶと、リーユは無言でトスを上げた。ゆっくり上がりゆっくり落ちるボールを、高く跳んだリーユの右手が捉える。

 

 

ずがんっっ!!

 

 

「へ?」

 

サービスエース。

 

認識できないほど高速なサーブは砂のコートを変形させながら地面に埋まっていた。

 

……いくらなんでも速すぎる。

レベル6の身体能力でもこれほどの力はないはずだ。

 

「…リーユ姉さん。もしかして、スキル使った?」

 

リーユには『星ノ力(スターマジック)』という、力のアビリティを上昇させるスキルがある。どう考えてもそれを使っているようにしか考えられなかった。

 

「……真剣勝負です」

 

「さすがにルール違反でしょ……そうですよね、ポセイドン様?」

 

スキル使用はズルい。

都合いいときだけポセイドンに助力を求めたアイルだったが、ポセイドンは意味不明とばかりに首を傾げていた。

 

「冒険者同士の勝負なんだ。スキルくらい使うだろ?」

 

まさかの不問。スキル使用オーケーはズルすぎる。

 

しかも、リーユはしれっと次のサーブを準備していた。

 

スコアは1-2。次取られたら敗けである。

 

「シリィ。僕が取るから」

 

「……分かったわ」

 

なんだかこのままやられるのは釈然としないので、アイルも本気を出すことにした。

 

 

集中する。動体視力なら自信があった。

 

リーユの上げたボールが手に当たると同時に加速した。でも、今度は見えている。

軌道からコースを読んで、アイルもそこは向かった。

 

しかし、遠い。砂の地面はアイルの速度を奪っていた。

間に合いそうにないと判断したアイルは砂を蹴って一思いに飛び込んだ。ダイビングレシーブだ。

 

それでも足りなかった。

 

全てが減速したアイルの視界でボールが地面に突き刺さる瞬間がゆっくりと見える。手は少しだけ、遠かった。

 

 

 

「ケラヴィス!」

 

…だから魔法。

 

スキルがありなら魔法もあり。長短分詠唱で発動した雷は砂浜とボールの間に割り込み、ボールを宙へ追い返した。

ポセイドン神をちらっと見ると、うんうんと頷いている。……アリらしい。

 

しかし、飛び過ぎた。魔法の威力調整ができなかったのだ。

 

浮いたボールはネットを越えてAチームのチャンスボールに。

本気で勝ちに来てるリーユに遊びはない。

 

流れてきたボールに合わせて跳ぶ。ダイレクトだ。

 

「させない…」

 

相手がダイレクトならこちらはブロックが必須。シリィでは間に合わないと考えたフィーネがブロックを担った。

 

しかし……

 

「バカッ、フィーじゃ無理だ!」

 

テンパって気遣いのない表現になってしまったが、それは事実である。リーユが手加減などするはずがない。

 

フィーネはこの間レベル4になったばかりである。

彼女の耐久では腕が砕かれる可能性すらあった。

 

リーユも一応気遣ったのだろう。ブロックに当たらないコースに撃ち込んだ。しかし、フィーネは予想していたようで、空中で腕を動かした。腕に当たり跳ねとぶボール。

 

「アイル兄さん!」

 

「……なるほど」

 

フィーの特殊スキル『不確定体(フェアリーテイル)』でダメージを半減させたのだらう。無茶苦茶なスキルである。

 

浮いたボールをアイルはフィーネの位置までレシーブする。素人にしては安定した軌道だった。

 

そして、フィーネのセット。

アタック準備をしているのはシリィだけ。

 

……だからこそ意表をつけるのだ。

 

「兄さん!」

 

シリィのアタックモーションに釣られ、ネットの左の方で跳んだリーユは目をむいた。

 

アイルがエンドラインから一瞬で走ってきたのである。

ネット右端一杯におかれたボールをアイルは撃ち抜く。ブロックはない。

 

容赦などなかった。

先にやったのはAチームだ。大義名分は我にあり、とばかりに砂浜へ一直線。縦回転のかかったボールは砂浜を抉る……はずだった。

 

ティオがギリギリでレシーブしたのだ。

見て間に合うはずはない。勘だろう。こういう野生の勘はティオの十八番である。

 

「せい!!」

 

いっそ気の抜ける掛け声と共に空中は舞い戻ったボールはリリアのもとへ。

 

リーユは既にアタックの準備をしている。

 

「ティオはない。リーユ姉さんを止めるよ!」

 

アイルとシリィ。二人でリーユの道をふさいだ。少々ガチムーブ過ぎる気がするが今さらである。

 

油断はしない。リリアはこういう時秀逸だ。リーユをうまく使ってくるに違いない。

 

そして、リリアがボールを二つの手で受け止め…

 

 

 

………そのままBチームのコートに落とした。

 

 

つまり、ツーである。

 

「最終的には人の技術だよ」

 

 

…リリアかっけー。

 

 

 

「いい、勝負だった!!少年少女たち!」

 

最後の方のやり取りが緊迫していたせいですっかり忘れていたが、ポセイドンが審判だった。

 

「本当によかった。特にシリィ嬢!

揺れるパイオツは本当にガンプクだった……」

 

神のセクハラは当然のようにスルーして話題転換を図る。

 

「すいません。ビーチ滅茶苦茶にしちゃって……」

 

アイルたちがあまりにも本気で()りやったせいで、砂浜は大きく波打っていた。

最初はほぼ平らだったので、さすがに暴れすぎたと反省している。

 

「気にするな!メルンのトップビーチバレー選手が試合するともっと酷いことになるからな!」

 

「それはそれで気になりますけどね」

 

メルンが人外魔境なのは置いておき、アイルたちは海に目を向ける。

 

「どうする?行く?」

 

正直嫌そうな声音でアイルが言った。もうヘトヘトである。

 

「…私は結構です」

 

「私、そもそも泳げないし…」

 

「疲れました」

 

「また今度にしよーねー」

 

「私もパスね」

 

満場一致だった。

楽しみにしていた海の前座で体力を使い果たしてしまったのである。

 

本当に、何してんだこいつら。

 

「片付けて、買い物をしたら宿を取りましょう」

 

もっと暑い時期になるとメルンで宿を取るのは難しくなるらしいが、まだ海には早い季節でよかった。

 

ベストシーズンだと宿に大金を積まねば泊めてもらえないらしい。メルンは観光地なのでただでさえ、宿代が高いのだ。高騰期などに来る人の気が知れなかった。

 

「オラリオの冒険者たちよ、メルンの宿は高い。よければ、ポセイドンファミリアに宿泊してもよいが……どうするかね?」

 

「絶対、結構です!!」

 

リーユの強い意思によってパーティーの貞操は守られたのだった。

 

 

 

「それでは失礼します」

 

セクハラ神から逃げるように撤退。が、アイルがポセイドンに捕まった。

 

「……なんです?」

 

正直面倒だったが、相手が神では無下にもできない。馴れ馴れしく肩を組んでくるポセイドン神に努めて親しげに返した。

 

それにしても距離感の近い神だ。神は人間を遥かに超越しているため人間とは感覚が異なる。しかし、ここまでおかしな距離感を保つ者も珍しい。

 

「これからあの娘たちと宿に泊まるんだろ?

羨ましいなぁ」

 

「一応言っときますけど、姉弟ですからね?

あと、さりげなく肩とか撫でまわすの辞めてください」

 

ポセイドンはどっちもイけるクチらしい。

 

「ま、それはどうでもよくて。これは先輩からの忠告だと思って聞いてくれ」

 

「はぁ………先輩?」

 

神と人は親と子で例えられることはあるが、先輩後輩で例えられることはない。

では、何の先輩か………。

 

「アイル・クラネル……

避妊はした方がいいぞ?」

 

「しませんよ!?いや、するけどしませんよ!?」

 

ギリシャきっての下半身男からのありがたいお言葉でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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迷宮(ラビリンス)

やっと出てきた迷宮(ラビリンス)
詳細設定が明らかに


メルンで食料を補給したあと予定通り迷宮(ラビリンス)の周辺都市、リコリスに到着。

オラリオと比べると大変小規模な都市だが、迷宮(ラビリンス)の影響で賑わっている。人口はあまり多くないが、利便性に問題点はない。強いてあげるとすれば周囲に都市がないことぐらいである。

 

リコリスに降り立ったアイル達一行はそのままフレイファミリアに直行した。

フレイファミリアは『愛と信頼の預かり所』という謎のキャッチコピーが有名なファミリアであり、主に物を預かってくれるだけのファミリアである。

 

迷宮(ラビリンス)に入る前にここに冷凍した食料を預ける。この近さならリリアの魔法で呼び出せるので、持っていく必要がないのだ。荷物は少ないに越したことはない。

また、試しに船も頼んでみたら預かってくれた。

 

「まさか船まで預かってくれるとはね……」

 

「ほんとに、どうやって保管するんだろう?」

 

彼らにとってはリコリスは全くの未知の場所。フレイファミリアがどういったファミリアなのか知らなかった。

フレイはフレイヤの双子の兄らしいが……そこはかとない不安を感じざるをえない。

 

初めて迷宮(ラビリンス)の入り口に来たが噂と違わぬ物々しさを醸し出している。白石で両開きのドア。引き摺る音が死を強く意識させる。

 

「失礼。許可証の確認を」

 

ドアの前に立っていた番兵が確認してくる。迷宮(ラビリンス)はその危険性ゆえギルドの許可証が必要になる。リーユがギルドに申請しに行ったのはこれだった。

 

迷宮(ラビリンス)はその危険度ゆえ入るには資格がいる。資格といっても難しい試験があるわけではなく、条件さえ揃っていれば簡単に取得できる。

条件は恩恵のレベルが4以上であること、サポーター組合から出される認定サポーター三等級以上を取得していること、のどちらかを満たしていればいい。

 

アイル、リーユ、ティオ、フィーネ、シリィはレベル制限を越えているし、リリアは認定サポーター二等級を取得している。

 

「サポーターリリア・クラネルは前へ出てください」

 

「は、はい」

 

認定サポーター制度は十年ほど前にできた制度であり、その認定は階級によって冒険者のサポーター選びを円滑にするためのものである。しかし、その内容は異常に厳しいことでも有名で、膨大な知識を必要とする筆記試験など、様々な試験を突破しなければならない。

若冠13歳にて二等級を持っているのは十分に才人と言え、同時に疑わしくもある。

 

リリアは服の襟に付けていた徽章(バッジ)を外し、門番の男に渡した。サポーター組合から配給されるサポーター組合員であることの証。当然、特殊な作りになっているため偽造は不可能。

番兵は確認用の特殊な板を取り出し徽章(バッジ)を押し当てる。すると板に疾しる線が赤く発光した。

 

「問題ありませんね。失礼しました」

 

これが確認方法。

板が赤く光ったのは、徽章(バッジ)が本物であり、且つ認定サポーター二等級を所持しているということの証明である。

 

徽章(バッジ)を返却されたリリアはそそくさと襟につけ直す。

 

「では行きましょうか」

 

リーダーの号令で六人は初迷宮(ラビリンス)アタックを開始した。

 

 

 

 

 

 

第一階層。ダンジョンに慣れているアイル達からするとそこは異様な環境に思えた。

ダンジョンにおける第一階層といえば狭く、薄暗く、岩肌のゴツゴツといた壁をイメージする。

しかし、リーユ達が足を踏み入れたそこはイメージのそれとはかけ離れた様相だった。

 

白煉瓦が規則的に積まれ、道幅はかなり広い。光源らしき物は見当たらないが、十分明るく、まるで人の住居のようだった。

ある種高級感を出している回廊は人の気配がないせいで不気味でもあった。

 

第一層はこの様相故、『迷路(メイズ)』と呼ばれる。

 

迷宮(ラビリンス)にはダンジョンと決定的に異なる点がある。

モンスターが滅多に湧かないのだ。

その分出てくるモンスターが強力だが、基本的に平和である。

また、同じモンスターは二体以上同時には湧かない。基本的に強力無比な徘徊モンスターと集団戦することになる。

 

特に規則性もなく回廊をさ迷う迷宮(ラビリンス)のモンスターは、その特性から『徘徊者』と呼ばれる。

ちなみに徘徊者は絶対に階層間を移動しない。フィンパーティーが徘徊者を捕らえて下の階層に潜ってみたところ、一瞬で消滅したらしい。

 

そんな徘徊者がリーユ達の前にいた。

初、徘徊者である。

 

人形(ひとがた)のモンスターは何度も相手してきましたが……ここまで人に近しい見た目をしているのは初めてですね」

 

頭部、胴、二本の腕と二本の足。だいたい七頭身。短めの黒髪と切れ長の黒瞳、極東よりの顔立ち。白い装束。

 

(オニ)

 

第一階層ではわりとポピュラーな徘徊者。特殊な能力は特にないが、非常に高い身体能力と不死身に近い再生能力のせいで討伐は難航を極める。

極東出身者と類似した見た目だが、意志疎通は不可能らしい。

 

「フィーは魔法の準備を、前衛は魔法完成まで時間稼ぎです」

 

「「「了解!!」」」

 

リーユはてきぱきと指示をした。人の見た目でもモンスターはモンスター。倒さなければ殺される。今さらモンスターを討伐することに忌避感はない。

 

「『火炎の精よ、我が願いに応えよ』…」

 

指示を受けたアイルとティオは自身の得物を抜き、飛びかかる。(オニ)に武器らしい武器は見当たらないが、油断はしないほうがいいだろう。倒す必要がないなら相手が攻撃できない程度に攻撃を加え続ければいい。

 

初速から八割ほどの速度で詰め寄りナイフを振るう。ちなみに一本しか使っていない。

 

(オニ)とアイル、どちらの身体能力が上か。

結論から言うと、(オニ)である。

 

たかがレベル5程度にやられるなら迷宮(ラビリンス)はそれほど危険とは言われないだろう。

 

アイルの白刃が届く直前、豪腕がアイルの腕を掴んだ。万力のようにジリジリと締まる手。

アイルは腕を握り潰される前に(オニ)を蹴りあげた。

 

(オニ)の身体はほとんどヒトと同じ作り。ならば急所も同じだ。

肋骨の下、鳩尾を爪先で蹴り抜く。怪物の体は浮き上がり、万力は緩んだ。

 

「『我が敵に(いた)ましい炎を、劇甚なる炎を』…」

 

その隙を逃さずアイルはバク転の要領で後退する。移動できる距離を考えると、あまり効率のいい方法ではないが、移動開始までの速さならこちらのほうが優れる。

今回は距離をとるのが目的ではなく場所を空けるのが目的だ。

 

アイルの抜けた隙間を埋めるように少し遅れたティオが滑り込んでくる。大剣を腰だめに構え浮いた敵を睨む。

空中にいる生物ほど狙いやすい的はない。

無抵抗な(オニ)の体を上下に別けた。

 

鮮血。

真っ赤な血が一瞬宙を舞い、時間が遡るように(オニ)へと吸い込まれていく。驚異的な回復速度だ。天使といい勝負かもしれない。

 

上下に分かたれた胴体は地面に着く頃にはくっついており、どういう訳か白装束すら綻び一つない。

 

「『鋼鉄を溶かす地獄の炎』…」

 

魔法が完成した。しかし、まだ撃てない。

前衛の二人を巻き込んでしまうだろう。ここは中衛の出番である。

 

「撤退を!」

 

最低限の言葉で指示を出しつつリーユ自身前線に突っ込む。木刀を囮にしつつ蹴りを胸の中央に叩き込んだ。重心を押され、よろめく(オニ)にさらなる刃が向かう。

飛来した三つの矢は額、首、心臓を正確に射抜いた。シリィの援護射撃だ。

 

相手も半死半生。この程度では死ねない。

深々と刺さった矢が、内側から肉に押されるようにして抜けた。傷は既にない。

 

しかし、これでいいのだ。撤退は完了している。今、前衛には誰もいない。

 

「インフェルディア!!」

 

最前線に陣取るフィーネの火炎魔法。焼き尽くす地獄の焔。超再生すら許さない圧倒的な熱量は(オニ)の細胞をチリ一つ残さず溶かし尽くす。

 

炎が収まると、すでに敵はいなかった。

 

「殲滅級魔法をたった一体のために使うって凄い贅沢だね」

 

大群すら焼き払える炎で火葬して貰えたのだ、(オニ)もさぞ嬉しかったろう。

 

よく見ると回廊の煤けた白煉瓦が徐々に白く戻っていく。数度も瞬きしないうちに元に戻ってしまった。

 

「掃除しなくていいなんて便利ですね」

 

掃除が苦手なリーユがそう呟いた。

 

「じゃあここに住んだら?」

 

「…下手くそな冗談ですね」

 

今朝の喧嘩を未だ引き摺っている二人がバチバチやりだしたが、全員我関せずとばかりにそっぽを向いていた。

どうせ本当にいがみ合っている訳ではない。放っておいても問題ないのだ。

 

 

 

 

第一層『八百万の冥道(メイズオブヤマト)』攻略開始。

 

 

 

 

 

どこを向いても同じ景色だと方向感覚が鈍る。段々現在位置が分かりづらくなり、最終的に迷うことになる。故に綿密なマップ確認が必要であり、その役は方向感覚が優れた者でなければできない。

 

このパーティーではリリアが地図読みが得意であり、未だ現在地を見失っていない。マッピング技術はサポーターの必須技能。荷物持ちだけがサポーターの仕事ではない。

 

「なんだか飽きてきましたね」

 

そんな不真面目な言葉が漏れるほど平和だった。

右も左も永遠に変わらない見た目。別れ道が時々あるだけで、ずっと同じ内装。モンスターのポップ率が低いせいで、なかなかエンカウントできない。飽きてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

リーユとリリアは先ほどの戦闘でのコンビネーションについて議論している。初めて六人で戦ったが、やはり兄妹。それなりの立ち回りだった。

しかし、万全は期すに超したことはない。形が決まった作戦を一つくらい持っておいた方がいいだろう。

 

迷宮(ラビリンス)はダンジョンと違い、一層一層が非常に広い。先駆者が残したマップには迷路かと見紛うほど特徴のない道しかのっておらず、その上広すぎる。リリアも時々頭を捻らせながら難解な地図を解読していた。気分は真っ白なジグソーパズルを解いてる感じである。

 

「戦いが少ないのはいいけど、本当に迷路だね」

 

「噂には聞いたことありますけど、本当にサポーターが命綱ですね」

 

フィーネの言う通りオラリオでもサポーターが重要だと有名である。しかし、オラリオではまだまだサポーターの地位が低い。眉唾ものという捉え方をする者が多く、アイル達もここまでとは思わなかった。

正直、リリアがいなければ迷子になっていただろう。

 

「リリア、後どれくらい歩く感じ?」

 

「……具体的な数字は分からないけど、ここを直進したら宝物庫みたい」

 

「おお!」

 

宝物庫とは文字通り宝物が保管される隠し部屋である。

中の宝物はモンスターのように不定期にポップし、その物品は毎回異なる。

各層に一つだけ存在し、その門前には必ず徘徊者が存在する。守護者のように聳えるその徘徊者を倒さねばならないが、その徘徊者が存在することが宝物がポップしていることの証らしい。

 

一行が数分歩くと、彼方に異形の姿をとらえた。

このまま直線的に進めばエンカウント間違いなしだろう。なんだか久しぶりな気がする戦いに血が滾ってくる。

 

「アイル兄さん、徘徊者の姿はどんな感じ?」

 

「ちょっと待って」

 

アイルの金眼が赤く染まる。遠視透視の魔眼スキル。遠くにいる徘徊者を先に知っておいて作戦をたてておくのだ。

 

スキルが発動すると同時に数百M(メドル)の距離が一瞬で詰まる。

この視界がいきなり切り替わる感覚は何度やっても慣れない。肉体が吹っ飛ばされるような錯覚を覚えながら敵の姿を確認する。

 

「細めの八本足、人面、蜘蛛の胴……めっちゃ気持ち悪い」

 

「…土蜘蛛(ツチグモ)だね」

 

頭に叩き込んだ知識を引っ張り出したリリアが言った。

第一階層において最も厄介な徘徊者。正面戦闘では苦戦を強いられる。正直避けた方がいい相手ではある。

しかし、このパーティーなら問題ない。

 

「フィーには負担をかけることになりますが……お願いできますか?」

 

「はい、任せてください」

 

フィーネの大火力魔法連射。先に敵を認識していれば先手必勝で相手を溶かせる。

土蜘蛛(ツチグモ)の弱点は斬撃だが、魔法に耐性があるわけではない。フィーネの火力なら押しきれるだろうとリーユは踏んでいた。

 

「では……

『我が究極の絶技

友を救い、(家族)を助くために

悠久を絶ち、恵みを汚す

神秘の最奥をもって、神秘に終局を

最速最強の襲撃を』…」

 

詠唱しながら歩みを進める。

作戦は単純。ただ大火力魔法を出会い頭に乱射して滅ぼす。

 

「スペルオミット」

 

ここからは五秒間の一方的展開。

 

………のばずだった。

 

土蜘蛛(ツチグモ)が第一層で最も厄介と呼ばれる由縁はいくつもあるが、その一つは変身能力である。

敵を認識するとたちまち姿を美女に変えるという能力を持つ。その姿は違わず人のそれ。しかもそれだけではない。

 

「私を殺すの?」

 

こくんっと、首を傾げながら言葉を発する。男を落とすためのあざとい動作。

人間らしい動き、人間らしい声、人間らし過ぎるソレはまるで、人間特有のコミュニケーションのようで………フィーネを惑わせた。コミュニケーションの有無は化け物とそれ以外とを大きく分けてしまう。

 

フィーネの魔法はたった5秒の奇跡。逃せばまた詠唱し直さねばならない。惑わされるのは致命的と言える。

しかし、仕方なかろう。フィーネはまだ12歳。ヒトのそれにしか見えない者を殺すなどできない。

 

「バカっ!」

 

集団戦の利点はお互いをカバーできること。フリーズしたフィーネと徘徊者の間に割って入り、ナイフを抜きさる。

速効こそ最大の攻撃。構える隙も与えず加速する。しかし、アイルの速度はあまりに遅かった。

 

土蜘蛛(ツチグモ)の能力。あらゆるデバフを使える。

減速(スロー)はアイルの対異常:Fを貫通して敵の動きを鈍らせた。

速度(スピード)を奪われた兎などただの的。

女に化けた蜘蛛は大量の粘糸を飛ばす。蜘蛛の糸に絡めとられる兎。避けることも防ぐこともできず動きを封じられた。

 

糸で宙吊りにされたアイルに女が襲いかかる。口を大きく開けアイルの右腕を噛み砕かんと顔を寄せた。

土蜘蛛(ツチグモ)に捕まった者は捕食される。美しい女の陰など欠片もなくし、唾液まみれの歯がその二の腕を捕らえる直前、アイルは後ろに勢いよく引っ張られた。

 

アイルのカバーに入っていたティオが後ろから襟を引いたのである。筋力に全振りしたようなステータスが役に立った。

ベリベリと音をたてながら糸から剥がされたアイルは地面を転がる。

 

「痛った……」

 

粘糸に幾ばくか皮膚を持っていかれた。所々から血が滲み出てくる。

 

「リリア!フィーネを連れて引いてください」

 

「分かった」

 

使い物にならなくなったフィーネを戦闘区域から連れ出す。

フィーネは呆然とした様子で会話もできない。おそらく、驚いている隙をつけこまれ魅了でもかけられたのだろう。

 

リーユはティオとアイルのカバーのために二人の前に出る。同時に敏捷が下がった。しかし、問題ない。

 

「『英雄は現れた』…」

 

詠唱と共に戦闘。デバフをかけられても並立詠唱を成立させるその集中力はさすがである。

 

「『弱き者は泣き、強き者は啼く

邪悪なる者は絶え、善良なる者は讃える』…」

 

リーユから仕掛けはしない。必要なのは魔法完成までの時間稼ぎ。

あらゆる糸を捌き、見た目にそぐわない強大な攻撃を逸らす。

 

「『ここに(あま)く全ての者よ、英雄の道を空けろ

これは英雄の一歩なり』…」

 

魔法の詠唱が完了した。

 

「ロード・トゥ・グローリー」

 

一陣の風が吹き渡る。風はリーユパーティーを舐めるように纏わりつき、その効力を発揮しだした。

アイルの剥がれた皮が少しずつ再生し、血が収まっていく。

 

「ありがとうリーユ姉さん」

 

回復とアビリティ小上昇。

アイルとティオは再び構える。リーユはそれを確認したあと、木刀で敵を大きく弾き、同時に後退した。

 

入れ替わるようにアイルが詰め寄る。合わせるように背後から矢が通りすぎていった。

シリィの援護射撃だ。

 

「ティオ!」

 

「分かってる」

 

土蜘蛛(ツチグモ)は矢を指先で弾いた。一瞬の隙。瞬きほどの時を狙いアイルは土蜘蛛(ツチグモ)の真横を通り過ぎた。

ティオは半秒ほどずれて敵に詰める。

 

アイルは取っ掛かりのない地面を滑るように半回転し、ナイフを振るう。しかし、躊躇いない一閃は振り返りもせずに右腕で防がれた。指でナイフを掴まれ、ピクリとも動かなかった。

ヒトに化けているだけでヒト体ではない。感覚器官は蜘蛛のソレに近い。背後も容易く把握できるのだろう。

 

しかし、前後で挟んでいる。

 

ティオの大剣の一撃はアイルのナイフとワンテンポずれて放たれた。人間だったらタイミングがずらされて対応できなかったかもしれない。

背後に回した右手では間に合わないと判断したのだろう。左手一本で剣を鷲掴みにした。

 

バキンッ、と人間の見た目にそぐわない金属音と共に剣は動きを止めた。その細腕から想像できる防ぎかたではない。

 

「ナイス、ティオ!」

 

両腕は塞がれた。このタイミングしかない。

アイルは左腕のプロテクターから二本目のナイフ『雨兎』を取り出し、逆手に構えて振り下ろす。項と金属音を奏でた新しい相棒は、弾かれることなくそのまま食い込んだ。

ぶちゅり、と気色の悪い音に合わせるように青色の液体を撒き散らす。

 

「ぎゃぁぁぁ」

 

人間のふりを辞め、怪物の声をあげながら体を振り回す。その姿は徐々に蜘蛛へと戻っていった。

 

巨大。その一言に尽きる。

アイルの倍以上の高さから見下ろす蜘蛛はやっと本性を表したらしい。

 

「一度撤退してください!」

 

リーユはアイルに撤退を促す。一人だけ孤立状態にあるアイルは危険で、カバーできる範囲にいない。

団体で戦う場合は、お互いの邪魔にならない分だけのスペースを空けつつお互いのがバーができる範囲に固まるのが基本だ。

 

アイルもそれは重々承知しているところであり、蜘蛛の下を潜るようにしてリーユ達に合流した。

 

「ここからが本番です。再生能力はありませんが、非常に硬い外皮と高い攻撃力に注意してください」

 

「僕は左側に回るよ」

 

「私は右に行くね」

 

「では、私は中央ですね」

 

それぞれの役割分担をささっと済ませて行動を開始する。こちらを待ってくれるほど敵は優しくない。適当が過ぎる作戦だったが致し方あるまい。

 

パーティーでのリーユの存在は非常に重要である。今のように前衛にもなれるし、中衛にも後衛にもなれるオールラウンダーであるため、実質一番忙しい。

 

蜘蛛は当然八本足。前衛三人では足りない。どういう脳の構造をしているのか非常に気になるが、三人を同時に相手しても一切隙がなかった。

 

「ダメだ……火力が足りない。リリア、フィーはまだ?」

 

デカイ図体の癖に意外と器用に三人をあしらう蜘蛛はなかなかに厄介。時折攻撃が当たることはあるが、噂に違わぬ鋼鉄の外皮がそのことごとくを弾き返していた。

火力の低さは何ともし難い。情けなくも妹に頼りたいところだった。

 

「もうちょっと待って!」

 

魅了を治す薬は手持ちにない。フィーネが自力で解くのが最も現実的な解決策だが、それは未だに成らなかった。

 

人間の集中は長く続かない。モンスターの仕組みはよく分かってないが、人間よりは長く高水準の戦闘を行える。

つまり何が言いたいのかというと、人はミスを犯すのだ。

 

「あっ……」

 

一瞬のミス。といってもただ受け流しを失敗しただけである。エネルギーを逃がしきれず微妙に残った勢いに押されたたらを踏んだ。

それが、致命的だった。

後ろに下がりながら尻餅をついた。

 

「…やっべ」

 

蛇に睨まれた蛙。しょうもない言葉しかでなかった。恐怖で頭が真っ白になり振り下ろされる黒と黄色のボーダーの足がゆっくりと見える。

 

「アイル!!しっかりして!」

 

直前にティオの喝がなければアイルは串刺しにされていたであろう。

ギリギリで我を取り戻したアイルは不様に転がりながら回避を試みた。一瞬後に地面を足が抉った。数瞬前までアイルがいた場所だ。

 

「アイル!」

 

リーユのカバーは迅速だった。自分の担当場所を放棄して急いでアイルまで駆け寄る。追撃を準備している土蜘蛛(ツチグモ)とアイルの間に割り込み、アイルに後ろ蹴りを当てる。

踵が突き刺さり吹っ飛ばされたアイルは一気に後衛区域まで後退した。

 

「げほっ……あり、がとう。リーユ姉さん」

 

実際最善だったが何となく素直に感謝できないアイルだった。が、その傷みもすぐに回復した。

 

立って前線に復帰しなくてはとアイルは腰に力を入れる。しかし、中腰になった瞬間膝がカクッと折れた。

 

「あ……へ?」

 

頬から血が垂れている。先ほどかすっていたらしい。とはいえ、傷は直ぐに塞がった。しかし、問題は傷ではない。

 

土蜘蛛(ツチグモ)は己を見た者に魅了を、己が捉えた者に減速(スロー)を、己が足で傷付けた者に毒のデバフをかける。

対異常のアビリティも万能ではない。猛毒をくらえば対処しきれないこともある。

 

視界が馬鹿みたいに明滅して、脳が命令してないのに体が前後に揺れる。千鳥足でフラフラと、捕まるものもなく最後には倒れこんだ。

前後不覚程度済んでいるのは対異常:Fのお陰だろう。なかったら即死の可能性すらあった。

 

「アイル兄さん!」

 

リリアの救助により、前線からさらに遠ざけられるアイル。襟を掴んでずりずりとアイルを運んだ後、全身脱力しているアイルの口に小瓶を押し当てる。毒消しの回復薬(ポーション)だ。

しかし、アイルは毒に犯されているせいで嚥下できず、口に入れた薬は入れた分だけ口端から溢れ落ちた。

 

意識不明時、又は完全脱力状態の患者に回復薬(ポーション)を飲ませる方法はスクールで習う。

リリアは小瓶を自分の口に持っていき、中身を呷る。そのまま飲み込まずに口の中に貯めてアイルに口付けした。

 

喉奥に無理矢理液体を流し込む。回復薬(ポーション)は基本的に喉を過ぎれば速効で効能を発揮する作りになっている。

 

「げほっ、ごほっ。

ありがとう、リリア」

 

少し噎せながらも全身の倦怠感が薄れていることを確認したアイルは再び立ち上がった。

一度で毒で臥せった程度で折れるほど英雄は柔ではない。

 

「リーユ姉さん、ティオ。もう少しだけ耐えて」

 

申し訳なく思いつつもカバーの延長を申し出る。この状況を打開するなら後一手欲しい。高火力攻撃が。

 

「リリア、少し離れてて」

 

リリアが頷き少し離れたのを確認した後、蓄積(チャージ)に取りかかる。

 

「ケラヴィス…ケラヴィス…ケラヴィス…」

 

三重蓄積(トリプルチャージ)でナイフがガタガタと震え始める。不壊属性(デュランダル)なので壊れる心配はないが、武器に優しい技とは言えないだろう。

魔法の威力が向上しているせいで制御がどんどん難しくなっている。毒から回復したばかりということもあり、あの土蜘蛛(ツチグモ)に命中させられるかは正直微妙だった。

 

一人なら。

 

「ティオ!」

 

リーユはアイルの蓄積(チャージ)が完了したのを確認すると、ティオに合図を出した。

ティオはそれを聞いた瞬間、なんと大剣を投げつけた。唯一の得物を投げつけたティオはその大剣を追いかけるように駆け出し巨体な蜘蛛に駆け寄った。そして、スライディングの要領で地面を滑り蜘蛛の腹下に潜りこむ。

腹下に陣取ったティオは流れるように手を地面に着き、逆立ちする。そして、足の裏を腹に着け全身のあらゆる筋肉を使い延び上がった。

 

「とおっ!!」

 

蜘蛛は蹴り上がり、空中に飛ばされる。

 

「アイル!!」

 

雷突(アルゴノス)!!」

 

僅かな助走で加速し、踏み切る。跳躍。地面を跳ね、空中に取り残された敵を討つ。

紫電の一撃。空踊るアイルの最強。

 

その発光する『雪兎』は蜘蛛の胴を捕らえた。

 

 

しかし、しかし、しかし、

 

 

アイルの手は力を籠めきれなかった。

 

「くそっ、毒が……まだ……」

 

ナイフに閉じ込められた三発分の電気は硬い外皮に跳ね返されアイルを襲う。

爆発的な雷電により体を焼かれながら地面に墜落するアイル。数瞬後に土蜘蛛(ツチグモ)も着陸する。その体は一部が焼け爛れているが、活動に支障は無さそうである。

 

地面に転がるアイルはリーユの魔法により少しずつ火傷を治していくが、戦線復帰は暫く期待できない。

 

リーユの魔法も永続魔法ではあるが、発動時間が長引くほど精神力(マインド)を喰われる。効果時間的にも状況は芳しくない。

 

「まずいかもですね」

 

リーユの言葉は迫真に迫っていて、切迫した心境を如実に表しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




認定サポーター制度
実技と筆記からなる試験を通ることで得られるもの。基本的に冒険者はサポーターを雇うときこれを基準にする。
サポーター組合登録時に配られる特殊な徽章(バッジ)に等級が刻まれていて、対となる板を用いることで等級を確認できる。
等級未取得……無色
五等級…………緑色
四等級…………青色
三等級…………紫色
二等級…………赤色
一等級…………黄色


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魔法の力

戦闘の読みにくさが酷い酷い…
これだけ読みづらいと逆に面白いですね。
わっはっはっ


……すみません。精進します


絶望的だな。

そう現状をリーユは称した。

圧倒的な存在とは何度も相対してきた。死にかけた経験など指の数では数えきれない。

 

ある冒険者が『死に際から這い上がる力を冒険の才能の呼ぶ』と言ったらしい。なるほど的を射ている。

生き残るためにひたすら脳を働かせるが、全員が助かる未来はどうも得られそうにはなかった。

 

犠牲(サクリファイス)

 

益体もない考えばかりが頭をよぎる。いざというときは自分を生け贄に……声には出さないがそう考えていた。

 

パーティーリーダーは思うよりも責任が重大である。自分がなってみて再認識した。自分の振るう采配が他者の命を容易く左右してしまう。その恐怖は経験しなければわからない。

フィーネのフリーズにも責任を感じていた。妹を理解できていなかった。そんな責任感に押し潰されそうだった。

 

補給なしの連続戦闘はさしものリーユにも疲労をつのらせ、動きを鈍らせていく。いつかアイルのようにミスして命を落とすことになるかもしれない。

 

「ティオ、撤退を……」

 

倒れ伏すアイルを一瞥して、そう判断を下した。勝ち目はない。

 

「え?リーユはどうするの?」

 

純粋な疑問。どう見ても一人で相手できはしない。ティオとリーユがいるからギリギリ均衡が保てているのであって、一人抜けたら数合ももたないだろう。

確かに撤退はできるかもしれないが、残った一人はどうなるのか……。

 

犠牲という言葉を記録していない善良なお馬鹿と対照するように、聡明なリーダーの脳には犠牲、生け贄、囮、人身御供といった単語が躍り狂っていた。

 

 

 

 

 

 

夢うつつだった。

私は心地よい春風に吹かれ、桃色の世界に溶けるように存在している。気疲れするものは何もなく、唯一目の前に美女が佇んでいた。

見覚えのない女だったが、女の私からみても美しく、妬みと見とれとがない交ぜになったややこしい感情が浮かぶ。

 

「殺すの?」

 

女はそう言った。

 

「殺さないよ」

 

私はそう答えた。人を殺めるなど私にはできない。

 

「じゃあ、ソレを下ろして?」

 

女の腕は存在しない地面と水平になり、細長く美しい人差し指は私を指していた。視線を落とすとどういうわけか私は女に杖を向けていた。

 

「ごめんなさい」

 

私は謝りながら杖を下げた。お話しするのにこんなものは要らないだろう。

 

「貴女はどうして戦うの?」

 

女は私に聞いてきた。

 

「……どうしてだっけ?」

 

私が戦闘に参加する意味は分からない。元々、上の兄弟達がこぞって冒険者になっていくから便乗しただけでだった。

 

フワフワとしたこの気分には聞き覚えがある。確か、魅了の効果だ。深く魅了にかければ幻覚を見せられるらしい。

そういえば、何かと戦っていた気がする。つち……なんだったか?

 

フワフワとした気分が心地よすぎて全てがどうでもよかった。

 

「それじゃあ、ずっとここにいて?」

 

女はそう言いながら首を傾げた。計算されたような完璧な角度。あざといなぁ、と思いつつもその罠に引っ掛かってしまう。

 

「もちろん」

 

何がもちろんなのか分からないが、別段なにかすべきことがあるわけでもない。全てがどうでもよかった。

 

女の方に歩いて行く。厳密にいうと歩いているのかすら分からない。地面らしきものは見当たらないが、気分的には歩いていた。

 

「ここには何でもあるわよ」

 

「そうなの?」

 

むしろ何もないようにすら見える。

 

「欲しいものはある?」

 

「……素敵な本が読みたい」

 

読書は数少ない趣味である。兄妹にもほとんど読書家はいなかった。

 

…兄妹って誰だっけ?

 

「ほら、どうぞ」

 

女が手を叩くと本が落ちてきた。古びた表紙は所々剥げてしまっていて、この本がいかに読み込まれたかが分かる。しかし、紙の状態がいいのできっと大切にされてきたのだろう。

 

本を手に取った瞬間分かった。私の部屋の本だと。何度も読み返した後が、本を掴んでいた部分の剥げ方が私そっくり。

 

『兎の冒険』

幼児向けの所謂お伽噺。誰よりも気高い父の物語。小さい頃から何度も読んで、今でも時々本を開く。

 

慣れた手つきで本を開くと一(ページ)目から牛の怪物の挿し絵だった。ミノタウロスである。ミノタウロスに背を向けて走る少年があの父だと思うと不思議な感覚だった。

白髪、紅眼の少年が逃げ惑うシーンであり、滑稽で英雄の脆さを描いたシーンである。

 

左親指で次のページを捲ろうとすると、古本はうまく一(ページ)だけ捲ることができず、二、三十(ページ)ほど一気に飛んでしまった。

何度も読み返しされ痕がついていた。お気に入りの場所なのだろう。

 

またも挿し絵の(ページ)だった。同じ様にミノタウロスが猛々しく描かれている。

(ページ)目と違うところがあるとすれば、少年が立ち向かっているところだ。その背中は弱々しくも、雄々しい。小さな英雄と呼べるものだった。

 

英雄ベル・クラネルの最初の冒険。

 

ベル・クラネルの物語でも一、二位を争う人気のストーリーであり、私の一番お気に入りのストーリーだった。

 

「これが好きなの?」

 

迫力のある絵を指差し問うてくる女。

 

「うん、好き」

 

短い返事だった。

 

ミノタウロスは狂暴で怖くて、今でも少しビビってしまう。

レベル1の父が果敢に挑み、終には一人で勝ってしまった。そんな物語が好きだった。

 

この物語には父とミノタウロスしか出てこない。

好敵手(ライバル)である二人の物語。一対一のサシの勝負。格好いいと思った。女なのに変だろうか?

 

「なればいいじゃない」

 

女はそう言った。事も無げに。さりげなく。

 

言い返してやりたかった。できたらやってると。

言わなかったのは私のみみっちい矜持(プライド)が邪魔したからである。

 

「やればいいじゃない。ここなら何でもある。何でもできる。一から十まで貴女の思うままよ」

 

「そうなの?」

 

情けない話だが興味を持ってしまった。諦めていた憧れに、小さい頃からの憧憬を経験できるという誘いはあまりにも魅力的がすぎた。

 

「やってみる?」

 

「……」

 

甘美な誘いだった。

私でも英雄になれる気がした。この妄想の世界で願いを叶えてやりたかった。

 

私はぎこちなく首を縦に振った。

 

私は堕落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピシッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渇いた音がした。

 

私は何とはなしに音の方向に目を向ける。

何もないはずの空間に亀裂が入っていた。薄桃色の空間が裂け、亀裂からは深紅の目が覗いていた。

 

普通だったら恐怖画像だが、その瞳の赤は引き込むような魅力を携えていて、私は不思議とその瞳を見つめ続けた。

 

『それでいいのかしら?』

 

「え?」

 

目の前の女の声ではなかった。もちろん私の声でも。

ならば、必然的に空の目の主の声ということになる。その声には聞き覚えがあった。

 

女が私の腕を引いて急かしていたがなぜか私はその瞳から目を逸らせなかった。

 

心の中(そんなところ)でするごっこ遊びが楽しい?』

 

苛めるような、責めるような声音で私を咎めていた。

 

フワフワと浮わついていた意識がはっきりとし始めている。

私の腕を掴む女の力が強くなっていき、次第に傷みはじめた。

 

『自分で出てきなさい』

 

最後には突き放すような声でそう告げ、目は亀裂から消えた。たちまち、亀裂は広がっていき桃色空間を台無しにしていく。

 

「ねえ、早くしましょ。英雄になってみたいんでしょ?」

 

女が急かしてくる。

そういえば、この女は誰だっけ?(・・・・・・・・・)

私は腕を振りほどいた。

 

「私を裏切るの?」

 

私を惑わせていた女の声も今は不快だった。脳を蕩かす甘美な振動は右耳から左耳に抜けいく。

 

「どうして!?」

 

女はいきなり激怒しだした。怒髪天を突く勢いで、先ほどまでの女とは思えない。

 

「ここは楽園でしょ。全て貴女の都合いいように進む世界よ?」

 

「そんなのつまらないじゃないですか」

 

初めて言い返した。

全てが都合よく進むなど面白くない。危険を冒してこそ冒険である。

 

私の言葉を聞いた女は途端に怒りを静めた。情緒不安定だな、とかどうでもいい考えが浮かんだ。

 

杖はどこだろう?

探すと足下に転がっていた。これを手放すなんてどうかしていた。(これ)こそが私が冒険者である証左なのに。

 

「私を殺すの?」

 

私は杖を振り上げた。

 

「殺します。絶対に」

 

勢いよく杖を振り下ろした。

 

女は蜘蛛に変わった……いや、戻った。

 

桃色の世界は砕けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最大の敵は妹だった。

撤退しろと言っても聞かない。

 

「速く退きなさい。私が時間を稼ぎます!」

 

「だからダメだって。その作戦はチャッカだよ」

 

「それを言うなら却下(きゃっか)です!」

 

アホのせいで台無しだが、その会話は重大だった。リーユの判断は正しい。犠牲が最優の作戦だったがであることは否定できなかった。

 

しかし、ティオは首を縦に振らない。

それを良しとするほど彼女は『お利口さん』ではなかった。

 

「単純な話です。一人の犠牲で済むならそれがいいに決まってる。

一か六か、考えるまでもないでしょう」

 

「人命は天秤の皿に乗らないんだよ、リーユ姉さん」

 

起き上がったアイルがそう宣った。フラフラで全快という訳ではないらしい。

 

一人の犠牲か六人の全滅か。正解は一人の犠牲だがアイルはそうは思わなかったらしい。

どちらか選べと言われたら、どちらも嫌だと答えるのが英雄である。

どっちもやだ、という我が儘も英雄というだけで意味が変わってしまう。究極の自分勝手(エゴイズム)こそ英雄の本質と考える学者もいるらしい。

 

アイル・クラネルはそれほで難しいことは考えていなかった。そして、リーユほど現状を悲観していなかったのである。

確かに現行メンバーでは火力が足りないかもしれない。しかし、心配には及ばない。自慢の妹がたかが蜘蛛程度に囚われ続けるとは端から考えていなかったのである。リーユが自分たちに攻撃してこないのが、フィーネが魅了に抗っている証拠だ。

 

ようは、時間稼ぎだ。時間さえ稼げば戦況は逆転する。

 

「ケラヴィス!」

 

とにかく魔法を乱射した。

少しでも相手が嫌がれば良し、というただの嫌がらせである。軋む体に鞭を打って立ち上がった。

 

アイルにとって、犠牲は許容できる作戦ではない。一人を見殺しにするくらいなら奇跡がおこるまで粘るのだ。

 

 

 

「ケラヴィス!」

 

どれ程経った頃か、詠唱しても魔法が発動しなくなった。精神力(マインド)が尽きたのだろう。スキルがなかったら倒れ伏していた。

精神力(マインド)を回復している暇はない。得物を二本抜き、構える。攻撃する必要はない。時間を、一秒でも。

 

狙い(ターゲティング)が分散するように前衛三人はうまいこと立ち回っていたが、その動きは見るからに悪い。

疲労が積もり、次第に僅かな動きすら許容しなくなっていく。防御に専念している分一撃もくらっていなかったが、その精度が落ち始めているのは明らかだった。

特にティオは非常に危うかった。そもそも技術的なことの一切が苦手な彼女である。捌ききれているのは幸運の方が担っていた。

後衛のリリアが投げ込む支援系魔道具(マジックアイテム)が地味に助かるのだが、数限りある物をバカスカ投げ込むわけにもいかない。

三人はじり貧を知りつつも戦っている。

リーユは既に囮作戦を唱えなくなっていた。唱える余裕もなくなっていた。

 

既に戦闘開始から20分近く経過していた。

 

戦況は未だ好転しない。

フィーネは戦線復帰できず、いまだフリーズしている。土蜘蛛(ツチグモ)の魅了は強力でレベル4に成り立てのフィーネでは抗いきれないのかもしれない。

しかし、フィーネが唯一の頼みの綱。攻撃が少しずつ近づいているのを感じながらひたすら避け続けていた。

 

ジリジリと圧される戦いは精神力が試される。集中力を保ち続ける強い意志が必要になるのだ。

 

故に経験の浅い者ほど早く脱落する。慣れない防戦に一早く振り落とされたのはティオだった。

そもそも大剣は防御に向かない。著しく低い防御力を突破されたティオは、尖る足先を腕に刺され、その毒に身を伏した。

 

アイルとリーユもカバーを試みる。妹の窮地にこれでもかと腰に力を入れ加速を願った。しかし、届かない。疲労はここに来てその存在感を一層強めていた。

 

「ティオ!」

 

毒々しい見た目の足がティオの腹に吸い込まれていくのがゆっくりと見えた。

 

不幸は重なるばかりでリーユの顔色が目に見えて悪くなっていた。永続魔法のせいで精神疲弊(マインドダウン)寸前なのだろう。

リーユには精神力(マインド)を回復するスキルがあるが、魔法による消費精神力(マインド)の方が回復精神力(マインド)より圧倒的に多い。

 

アイルとて元気溌剌とはいかない。覚束ない足が数合も持たないと告げていた。

 

リーユとアイルはティオに寄り役割を分担した。

アイルは防御に専念し、リーユはティオをリリアのいるところまで投げ飛ばす。リリアならば今のティオの状態からでも助かる可能性はあるはず。

 

「アイル貴方も下がりなさい」

 

「まだそんなこと言って…」

 

「もう無理です。全員が助かる道はない!」

 

限界まで抗ったが不可能だった。ならば、リーダーの責任として弟たちだけでも。

リーユの決意は揺るぎなかった。

 

 

一瞬先は闇。

 

それに先に気がついたのはアイルだった。

 

一人減ったのを好機と見たのか、土蜘蛛(ツチグモ)はここぞとばかりに畳み掛ける選択をしたらしい。

 

足ばかりを見ていたが、その頭部らしき部分がモゾモゾと動いたのをアイルは目敏く見つけた。しかし、リーユは気づいていない。

 

口頭で告げればよかったが折角の機会なのでアイルはリーユに回し蹴りをした。

別に恨みがあったわけではない。リーユを後衛まで飛ばすことでついでに撤退させたわけである。

 

アイルが見た頭部の動きは予想通り予備動作だったようで、一瞬の間を空けて口らしき部分から大量の糸がとんできた。

先ほどアイルを絡めた粘糸である。くらえば逃げることはできない。犠牲になるしかなかろう。

 

アイルも避けられるものなら避けた。というか、回避動作は行っていた。しかし、一歩間に合わず左足を地面に固定されてしまったのである。

 

「アイル!」

 

「逃げて!僕が囮になる」

 

「却下てす!」

 

結局リーユも逃げる側(こっち側)になるとそう言った。今回はリーユが支離滅裂である。

アイルは足が固定されて逃げれない。ならば、囮はアイルにしか務まらないだろう。一の犠牲で全滅を回避するのが常道である。

 

しかし、はっきり言ってもはや逃走すら愚策だった。ティオは既に毒に犯されていて直ぐに治療しなければならない。リリアの処置はまだ終わっておらず、一度撤退してから再開では間に合うかは非常に微妙なところ。何もかもが遅かった。

 

 

だから、結果論としては全てが正しかったといえる。

 

 

「…イン……コキュ……」

 

あまりの轟音に所々しか聞こえなかったが、それが妹の声だということは分かった。

 

アイルの視界いっぱいには炎と氷が乱舞し、地獄を再現していた。

 

アイル達前線組にとって五秒とは十分に長い時間だが、足を縛られたアイルはぼおっとしている間に過ぎ去っていく。残っているのは見覚えのある糸だけだった。

 

「……ドロップアイテムだ。ラッキー」

 

今はどうでもいいことを呟いたアイルはそのまま意識を落とした。精神疲弊(マインドダウン)である。

 

 

 

 

 

 

 

時は一瞬遡って。

 

私が目を開けると直ぐに戦況な理解できた。まずい。兄さんが足を止められ今にも止めを刺されそうである。

 

そんな状況なのに私は嫌に冷静だった。振り下ろされる蜘蛛の足がゆっくりと見える。馬鹿みたいに頭が回転して数瞬で最適解を打ち出した。

 

腰に左手を回す。見る必要はない。場所は覚えている。ポーチから引き抜いたそれを握りつぶした。

 

詠唱破棄(スペルキャンセル)

非常に希少で値段以前に市場に滅多に出回らないため、今回も全員で三つしか持ってきていないが、ここが使い時だろう。

 

面倒な詠唱を飛ばして一瞬で魔法を完成させる。

 

「…スペルオミット」

 

高速で魔力が体を循環する感覚がある。暴れる魔力をやたらめったら放出するように魔法を連打した。

スペルオミットはスペルオミット以外の魔法の詠唱を省略できる。

 

この五秒間のみ私は最強だ。

 

懸命で、必死で、全力でどちらをどれだけ発動したかは分からなかったが、蜘蛛は討伐できていたと思う。

 

紅炎と魔氷はその火力もさることながら、温度差という科学的破壊力も有する。あれで討伐できなかったら、諦めるしかなかろう。

 

「……フィ………だい……か?」

 

誰かが何かを言った気がするが、意識が薄れ朦朧として、答える前に体がぐらっと揺れた。

 

私が最後に見たのは白い床だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一件落着だね」

 

「そうかしら?」

 

リリアの安堵した声にシリィは疑問を呈した。その目は倒れている四人に向けられている。

 

アイルとフィーネが気を失った後、リーユも直ぐに精神疲弊(マインドダウン)でぶっ倒れた。ティオも毒消しと傷の修復を終えた後、疲弊から眠っている。

意識のない四人を宝物庫まで引きずっていくのは面倒だったが、恩恵があるため大変ではなかった。

宝物庫内はモンスターがポップしないため休息に用いることができ、予てよりここで夜泊するつもりだった。

 

大型携帯テントを広げ、中に全員を転がした。

ティオは経過観察という事でリリアが付きっきりになっていたため宝物庫の探索はシリィが一人で行っている。

とはいえ、宝物庫は意外と広い。丁重に扱うべき宝物を雑に扱うこともできず、それなりの重労働だった。

 

「何もなかったわね」

 

「そう」

 

宝物庫を見て回ったシリィはそう言った。しかし、ここで言う何もなかったは目を張るような貴重な物はなかったというだけで、実際にこの倉庫内の物を全部換金すればそれなりの大金になることは間違いない。

 

「後はお願いね」

 

そんな丸投げな言葉と共にシリィは屈んだ。フィーネの額に手を当てて微笑む。

リリアはシリィに頼まれた通り宝物を魔法で物資と入れ換える。先の戦闘で消費した分の道具を補給しながら宝物を預け所に預けた。

 

ティオの容態は比較的落ち着いてきていて問題は特に無さそうである。本人が目覚めてみないことには分からないが、おそらく毒は完全に抜けているだろう。

 

「フィーに何したの?」

 

「……聡い子ね」

 

シリィは先の戦闘でほとんど何もしていなかった。不自然なほど。

気づいていたのはリリアだけではない。リーユもアイルも気づいていた。

 

上書き(オーバーライト)よ」

 

状態異常は種類が多いが、その中で最も特異なのは魅了である。他の状態異常と違い上書き(オーバーライト)という治し方がある。まあ、厳密に言うと治してはないのだが。

魅了をより強力な魅了で封殺して、その効力を上書きするという方法である。

 

土蜘蛛(ツチグモ)の魅了はシリィの魅了を上回るが、長時間に渡ってかけ続ければ越えることもできる。

 

「といっても、私は飽くまで弱まらせただけで、魅了を破ったのはフィーの力よ」

 

「そう」

 

リリアは短い返事の後に「うそばっかり」と、付け加える。シリィの耳はそれを拾っていた。

 

「正解」

 

シリィの呟きにリリアは顔を苦々しく歪めた。シリィの性格が悪いわけではないと分かっているが、何ともやりづらい。リリアはシリィが苦手だった。

 

フィーネは自分で魅了を破ったわけではない。飽くまで押し込んだだけ。土蜘蛛(ツチグモ)の魅了は未だ奥底で燻っているだろう。いや、もしかすると今まさに戦っているのかもしれない。

 

シリィはフィーネの頭を撫でながらほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘く蕩けるような、不自然なほど居心地の良い空間。私を惑わし、私を堕落させるための罠だ。

 

「どうしてここに?」

 

私の記憶が正しければこの空間は砕けたはずである。私は幻惑を食い破り土蜘蛛(ツチグモ)を倒したはずだ。

 

なのに何故、あの女が目の前にいるのか?

 

「貴女は死んだのでは?」

 

「ええそうね、そのはずね」

 

人間を誑かす美貌は三日月型に歪んだ唇のせいで台無しである。

 

本性を表しているのはいったいどういう意図なのだろう。怪物の本性に歪んだ仮初めの笑みが背筋をざわつかせる。

 

「私の魔法は貴女を消し飛ばしたはずです」

 

私の魔法は問題なく最高火力を記録していた。間違いなく倒しきれたはずだ。主体がいなくなったならこの魅了の幻覚も消えて然るべきではないか。

 

「残留思念みたいな?」

 

「適当言わないでください」

 

そんなものがあるはずない。まして、相手は徘徊者だ。魔石すら持たないやつらが、肉体も持たずに現世に存在できるはずがない。

そもそも、普通のモンスターは思念というものを持たない。魅了によって見せられる幻覚はあくまで本人の妄想であり、実際に存在するものではなかったはずだ。

 

「詳しくはわからないけど、何かの力で此処に押さえつけられてるようだけど……出ていけないから此処に住ませてもらうわね」

 

「最速で出て行ってください」

 

冷たいフィーネの返しも意に介さず、飄々とした態度。余裕を感じさせるその様相がフィーネの癪に触った。

 

「さっさと出てってください。私の心なんて楽しくないでしょう?」

 

「そうでもないわよ」

 

「はい?」

 

意味深は言葉に反応してしまったのは失策だったかもしれない。

しかし、フィーネは肉体が目覚めるまでここから出れないのだ。暇を潰す意味でも話を聞くのはそこまで問題ではない。

 

聞くだけなら。

 

「私の本質は堕落と怠惰。貴女ほど美味しそうな子供はなかなかいないわ」

 

「何を言っているんですか!」

 

女の言った言葉はフィーネが怠慢であると言っているようなもので、フィーネは反論せざるをえなかった。

 

「あら、何を焦っているの?」

 

「焦ってません!」

 

「嘘ついても無駄よ。私たちは心の奥底で繋がってるの。考えていることは……」

 

粘り付く声が耳障りで耳を閉ざしたかった。心象世界では全くの無駄だが。

 

「……つ・つ・ぬ・け」

 

悪魔に魂を売っ払われた気分である。こんな人の弱いところに漬け込むような怪物に心を覗かれるなど、最悪の中の最悪である。

 

「……………」

 

冒険者になりたいわけではなかった。

ただ、兄妹に置いていかれたくなかっただけ。冒険がしたいわけでもないし、名声が欲しいわけでもなかった。

 

天才と呼ばれたことがある。

成長が速かった。レベルアップの記録が兄妹より少しばかり速かったのだ。それだけ。

 

堕落。堕落。堕落。堕落。

 

目標の無い私は彼女にとっていいカモだろう。堕落していく様を嘲笑うのだろう。誰よりも近くで。

 

「貴女が何処まで堕落する(おちる)か楽しみね」

 

いっそ清々しいほど厭らしい笑みを浮かべながらわざとらしくゆっくりと迫ってくる。女の歩みにあわせて後退する私だったが、背中が無いはずの壁にぶつかった。止まる私、迫る女はゆっくりと指を開き、手を伸ばす。

 

「カラダは別に蜘蛛の物じゃなくてもいいのよ」

 

手は私の心臓に添えられ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『兎の冒険』
春姫が記したベルの物語。子供用に作られているため非常に簡略化されている。ベルを過度に美化しているため完璧に有史通りというわけではないが、主に本当の物語。


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心の闇

実はフィーネが好き。だからキャラが異常に作り込まれていく。


女の魔手が私に伸びる。こんな女に心を許すわけにはいかないと、身構えた。

 

「なーんてね☆」

 

「はぁ!?」

 

声音に殺意が滲んだ。隠す気はない。

 

「いや、さすがに主導権奪えるほどの権能なんてないし。しばらくは見てるだけかな?」

 

「そう……ですか……」

 

私の頭に浮かんだのは安堵でもなく、怒りすら生ぬるい……殺意だった。

 

念じると右手に馴染んだ杖が出現した。此処は空想の世界。全てのことは私の匙加減である。

杖を振り上げる。詠唱はしない。こんな奴に私の魔法はもったいない。

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

「いきなり口悪いわね!?」

 

命懸けの鬼ごっことなった。心象世界である此処では全てがフィーネの思うままだが、この女だけは当てはまらない。心の一部に侵食することでこの世界でのある程度の権能を持っているこの女はフィーネと同格である。

振り下ろした杖は掠りもせずに、走ってるんだか滑ってるんだか分からない移動をしながら追いかけっこしていた。

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい!」

 

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

フィーネの荒い息づかいに対し、女は全く疲れた様子はない。

心象世界は心の有り様をそのまま映す。フィーネにとって走れば疲れるのが当たり前であるように、元々徘徊者である女にとって疲れるというのを理解できないのだった。

 

「そもそも、私の本体はもう死んでるんだから貴女なんかに殺せるわけないでしょ…」

 

「はぁ、はぁ、はぁ………ちっ」

 

「こら、舌打ち!」

 

フィーネの乙女にあるまじき言動に女は過度に反応した。

 

「…やけに人間味を帯びましたね。ウザイです」

 

「貴女の一部を取り込んでるからね。後、ウザイとか言わない」

 

こんな輩が自分をベースに人間性を得たなど信じたくないが、自分以外誰も認知していない女であるためどっちでも同じだろう。

 

「落ち着いた?」

 

「は?最初から取り乱してませんけど?」

 

「心象だからって何でも思い通りになるとは思わないことね……」

 

現在も未来も思うがままだが、過去だけは別である。目の前の女という客観的傍観者がいる場合、過去は観測によって確定してしまうため主人でも改変はできない。

 

「まあ、そんな話は捨て置いて、ガールズトークでもしましょ?」

 

「そろそろ起きたいんですけど?」

 

精神疲弊(マインドダウン)しちゃったからしばらくは無理ね」

 

フィーネは舌打ちを呑み込んだ。賢明な判断である。無駄に絡まれてはたまらない。

 

「ねぇ、提案があるんだけど」

 

「何ですか?」

 

一応、下らないことを言った時のために杖を振り上げておく。

 

「……貴女って実は好戦的よね」

 

大人しいという印象を抱かれがちなフィーネだが、その実彼女は非常に好戦的だったりする。普段は押さえているが、心の中ではどう思っているか分からないのが女というものだ。

 

「まあ、それはともかく。私の名前を決めましょ?」

 

「名前?」

 

「ないと不便でしょ」

 

「ツチグモでいいんじゃないですか?」

 

そもそも名前など呼びたくない。というか、関わりたくない。

 

「可愛く無いじゃない」

 

「何、蜘蛛のくせに可愛さとか求めてるんですか」

 

「だから、ベースは貴女なんだって」

 

本質的な部分は土蜘蛛(ツチグモ)のものだか、大部分はフィーネである。物の捉え方や考え方はフィーネよりである。

 

「これでも貴女の一部なんだから真剣に考えなさい」

 

いっそ不遜な頼みかたをした女はフィーネを見つめて押し黙る。返答を待っているのだろう。

フィーネも「まあ、名前くらい真剣に考えてもいいか」くらいに考え、ピッタリな名前を考え始めた。

 

その容姿は何度も記した通り美女である。しかし、最初に見たときと異なり、女の髪は山吹色に変化していた。よく見るとエルフ特有の長耳を持っており、改めてフィーネと融合していることを実感した。

 

(……似てますね)

 

悔しいながらも自分と似ていることは否めなかった。年の離れた姉妹に見えなくもない。

自慢の髪色まで同じなのは何だか……。

 

「……レフィーなどどうでしょう?」

 

敬愛する母からもじることにした。

こんな意味わからん奴には分不相応だが、自分や母に近い容姿をしているので、何となく合うと思ったのである。

 

「……いいわね。それでいきましょ」

 

存外いいものが出てきたからか少しだけ驚いた様子だったが、フィーネの心を察して一つだけ頷いた。

 

「じゃあ、ガールズトークの続きね。コイバナしましょ、コイバナ」

 

「死ね」

 

予め杖を上げといて良かったとばかりに、力の限り杖を振り下ろす。

まあ、当たらないのだが。

 

「何が不満なのかしら。いいじゃないコイバナ。普通でしょ」

 

「普通じゃない!」

 

そもそもレフィーはフィーネの心を覗ける。コイバナは完全に意味がない。

 

「貴女もそれくらいの年になったなら、好きな男の二百や三百はいてもいいんじゃないかしら」

 

「桁がおかしいでしょう」

 

「貴女のお兄さんなんてどうかしら?なかなかいい素材だったし…

これから、テントで夜泊なんでしょ?襲ってパクっとイっちゃえば良いじゃない」

 

「何も良くないですけど!?」

 

下品極まりない女である。そもそも、相手は血の繋がりもある兄だ。アイルのことは好きだが、別に恋愛的に好きというわけではない。

 

「なんなら、私に譲ってくれればうまくやるけど?」

 

「死ね」

 

婬猥な気配を醸し出しながら体を譲れと言うレフィー。確かに無駄に色気のあるこの女に体を任せれば童貞などイチコロかもしれない。が、フィーネのカラダでヤるなという話である。というか、兄を襲うな。

 

そもそも、レフィーを信用したわけではない。例えどんな条件でも体を譲るつもりはなかった。

 

「お子さまねぇ」

 

やれやれと首を振るレフィー。

 

「もっと体を使えばいいのに」

 

滴る色気を振り撒きながら流し目でフィーネを見るレフィー。しかし、その艶やかな流し目がフィーネを捉えた途端、レフィーはこう宣った。

 

「あっ、無理か」

 

「煽ってるんですか?」

 

いよいよ、詠唱しだしそうな勢いで青筋を浮かべるフィーネ。限界まで引き上げられた怒りで心象世界が赤く染まる。

 

「分かりやすい……」

 

怒りを静めるのは子供には難しい。レフィーにいいように遊ばれていた。

 

フィーネの抵抗は微力過ぎたが正しかった。レフィーはフィーネの一部を取り込んだ土蜘蛛(ツチグモ)。堕落させるためにフィーネの弱い部分を狙う存在だ。気を許してはいけない。

しかし、再度言うがレフィーはフィーネをベースに形づくられたもの。何人も自らに抗うのは困難を極めるだろう。

 

「どれくらいもつかしら?」

 

「何か言いましたか?」

 

「何でもないわよ」

 

そう言いながらレフィーはすり寄ってくる。豊満な女の体を擦り付け、フィーネの貧相なカラダを馬鹿にしているようである。

 

「えぇーい、寄るな、触るな。恥ずかしい、気持ち悪い、いい匂い!!」

 

フィーネは反射的に突き飛ばしながら、その感触が悪くなかったことに苦々しい顔をした。

深層心理ではこの女に絆されていっているのだ。この短時間で。

 

レフィーはフィーネの堕落する様を楽しむだけである。

フィーネの意志の低さはいいように漬け込まれる弱点だった。

 

「そろそろ貴女の体が目覚めそうね」

 

精神疲弊(マインドダウン)で停止した肉体が再起し始めたようである。現実の感覚が流れ込むにつれ、幻想空間から浮上するような、気分良くない浮遊感に魘される。

 

「次来る頃には消えてますように……」

 

「それは無理ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてたのがリーユ姉さんじゃなくてよかった。本当に」

 

全員が起き上がる頃にはリリアが夕食を用意してくれていた。外泊中に料理を食えるのは、純粋に贅沢である。普通は旨くもない携帯食を貪るものだ。

 

非戦闘員であるリリアが気を失う事態など想定しづらいが、リリアが起きていなかったら彼らは飢えることになっていただろう。

 

まあ、料理といっても予め作っておいたシチューを温めるだけなのだが、リーユにやらせたら折角のシチューが乱舞していただろう。物理的に。もはや奇跡の領域である。

 

「それで、どんなのがあった?」

 

アイルはスプーンを口へ運びながら聞いた。迷宮(ラビリンス)での実入りは宝物庫の中身がほぼ全てなので気になるのである。

 

「ダメね。良い物でも魔道具(ツール)程度だったわ」

 

迷宮(ラビリンス)宝物庫の物は五段階で分割される。『魔道具(ツール)』は下から三番目。十分に高価値なのだが、せっかく命懸けでここまで来たのだ、『宝具(ジュエリー)』くらいは出て欲しかった。

 

「せっかく、足を伸ばした割には合いませんね」

 

リーユはそう言った。

遠出したのだからもう少し稼ぎたい。稼ぎは六等分する取り決めである。これでは旨みが少なすぎるだろう。

 

「そういえばドロップアイテムがなかったっけ」

 

「ああ、粘糸ね。あれはあまり良い値はつかないみたいだよ」

 

リリアは手帳を眺めながら答えた。リリアは知識を手帳に留めておくタイプである。

 

アイルはそれを聞いて落胆した。これではリスクに見合った報酬な得られていない。

 

「明日は下の階層に行ってみましょうか」

 

「そうだね」

 

1から3階層はそれぞれ全く違った内装だが、基本的に難易度は変わらないらしい。この階層の宝物庫の再ポップを狙ってキャンプするより、どんどん潜った方がいいだろう。

 

「ではもう寝ましょう」

 

「了解。最初は僕とフィーだったよね」

 

宝物庫内はモンスターがポップしない。故にキャンプには最適である。しかし、ダンジョンよりは少なくとも、迷宮(ラビリンス)にも非常事態(イレギュラー)は起こる。寝るときも見張りをするのは当たり前である。

 

見張りは突然戦闘になったときのために、一人は前衛職でなければならない。前衛として働けるのはアイル、ティオ、リーユだけなので睡眠時間を三等分してそれぞれ担当することにした。

 

最初はアイルとシリィ、次はティオとリリア、最後にリーユとフィーネという順番である。

 

「はい、じゃあアイル兄さん。これ」

 

「ありがとう」

 

アイルがリリアから受け取ったのは見張り用の魔道具(マジックアイテム)だ。適当に設置してボタンを押すと、近づく物体を感知して音を鳴らす。感知した物がモンスターなのかただの瓦礫なのかも分からないが、無いよりはあった方がいい。

 

リリア達はテントの中に入っていった。テントは完全に光を遮断する作りであり、明るいこの部屋の中でも十分寝やすい環境を作っているだろう。熟睡はしないだろうが。

 

アイル達は命の危機を常に感じるこの場所で熟睡できるほど変態的ではなかった。

 

「お休み~」

 

「お休み。ティオは三時間後に来てね」

 

「分かってるよ」

 

ティオとてこんな場所で深い眠りにつくことはない。寝起きの弱いティオだが、見張りの交代は問題ない。

 

四人がテントに消えると、途端に静かになった。

 

「ねぇ、シリィ」

 

アイルはすかさず話しかけた。眠くならないようにするためである。

 

迷宮(ラビリンス)の第一層は明るく、全く代わり映えしない景色のせいで、方向感覚と時間感覚が狂う。アイルは今が夜なのか、夕方なのかもよく分かっていない。

 

「フィーは大丈夫そう?」

 

抽象的な表現だった。元より言葉が足りないことが多いアイルだが、今回ばかりはわざとである。意図的に明言を避けた。

 

「大丈夫って?」

 

しかし、シリィは臆せず突っ込んだ。意味は差異なく伝わっているのに。

 

「フィーの魅了(デハフ)、嫌な予感がして」

 

「相変わらず勘がいいわね」

 

そして、言葉が足りないわね。

そんな茶化した発言はさすがに控えた。

 

アイルの勘はよく当たる。幸運のアビリティの恩恵だろうか。

そもそも、勘とは人間の脳が無意識のうちに計算して出すものらしいので、アイル自身のスペックが高いだけというオチもありうるが。

 

「分からないわ。私が上からかけた魅了は自分で打ち破ったみたいだけど、他人がかけた魅了の経過観察なんてできっこないもの」

 

「それもそうか」

 

自分の能力を完璧に御し、理解している冒険者はそういない。恩恵は神のおこす奇跡の一端であり、人間には理解できないものが多いからだ。

 

魅了は単純明快にして、複雑雑多なデハフである。というか、その特性上デバフであっているのかすら微妙なところ。魅了治しがほとんど存在しないのがその理由である。

 

「まあ、貴方が心配することじゃないわ、アイル。

……なかなか面白いことになっているだろうしね」

 

最後に呟いた言葉はアイルの耳には届かなかった。

 

結局シリィもフィーネの顛末を傍観する者だった。断っておくと、シリィは別に今回のことを狙っていたわけではない。全員が思ったままに行動した結果、たまたまこうなったのである。

 

そもそも、シリィは強さに興味がない。故に、フィーネの成長などどうでもよく、その意識の低さだけが気になっていた。今回のことで是非主体性を持って欲しいと考えている。

 

手は貸さない。それをしてしまうと意味がないから。でも見守りはする。

なんやかんやで、妹思いなシリィだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきの今でまたここに来てしまった。微睡む桃色の空気感が自分を象徴しているのかと思うと少しだけ気分が良くない。

 

「おかえり」

 

「……これもしかして、寝る度にここに来ちゃう感じですか?」

 

「そうね」

 

フィーネは頭を抱えた。

 

毎夜この女と顔を合わせなければならないとなると面倒だった。レフィーのウザ絡みは精神的に疲れる。疲労回復もできやしない。

 

心を許せば一瞬で堕とされ、体を乗っ取られる。油断はできない。ある種、戦闘より緊張する。とにかく、自分の怠惰なる部分を拒み続けねばならなかった。

 

「じゃあ、ガールズトークしましょうか」

 

「しません」

 

しつこい、と言外に込めてピシャリといい放った。

 

でも、結果論ではガールズトークに付き合った方がよかったかもしれない。

 

 

「なら、貴女の悩みの話でもする?」

 

 

ぞくっ、とした。誰だって本心を見透かされたような発言をされれば気分は良くない。しかし、冷静になってみれば考える必要もないことだ。目の前にいるのはあくまで自分。考えていることなど筒抜けなのだった。

 

「確かに、あっさり私に騙されちゃったものね。兄妹にまで迷惑をかけちゃって」

 

「うるさい!」

 

思わず大声を張ってしまった。動揺を悟ったようにレフィーの顔がニヤリも歪む。

 

どちらか分からなくなっていく。目の前にいるのが土蜘蛛(ツチグモ)なのか自分なのか。騙した方なのか騙された方なのか。

レフィーは自分の一部であり、そこに境界ないはず。しかし、一緒くたにしてはいけない。拒み、拒絶し、隔離しなければ。

 

「覚悟が足らなかったのかしら、それとも純粋に実力?」

 

目を覚ましたかった。寝始めたばかりなのに。この女の言葉を聞きたくなかった。

 

「やる気がないならお姉さん達にも迷惑なんじゃない?」

 

「………」

 

「ねぇ、そもそもなんで探索なんてしてるの?」

 

レフィーの顔は目がニコニコしていて、口が厭らしく歪んでいた。アンバランスな表情もいちいち艶やかで、それが神経を逆撫でする。

楽しんでいるのだろう。

 

「目標もないのに命懸けの戦闘ができるなんて狂ってるわね」

 

「それは…」

 

「貴女は自分しか担えない役を持ってるのに、その役を満足にこなせない………そうでしょ?」

 

甘い空間がギシギシと音をたて桃色が灰色に変わっていく。カタチのない痛みに胸を握ると耳を塞ぐ手が足りなくなった。

 

「貴女は野望があるわけでも誰かに讃えて欲しいわけでもない。ただ、一人が嫌だから兄妹に甘えているだけ」

 

「貴女に何が分かるんですか!」

 

自分でも支離滅裂だと分かった。目の前の女は私を私より理解している。私は結局認めがたい事実から目を逸らしているだけなのだ。

 

「貴女は無理に意識から外しているだけ。私を」

 

そんな意味深な言葉を最後にレフィーはそれきり黙ってこちらを見ているだけだった。その不気味な笑顔は少しも動かない。

私も何もできず、目が覚めるまで居心地の悪いままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると酷い寝汗だった。シャワーを浴びたいと思ったが、今迷宮(ラビリンス)にいることを思い出して首を振るう。

着ている服を脱いでタオルで汗を拭った。起伏の少ない肌を柔らかなタオルが撫でていき、珠のような汗を吸いとっていく。

 

「……疲れた」

 

およそ寝起きとは思えない呟きと共に辺りを見回すと、薄暗いテント内でアイル、シリィ、リーユが寝ていた。

最初の見張りはアイル達だったので、今は二組目のティオとリリアが見張りをしているのだろう。

 

「なんじ…」

 

寝惚けたまま時計を取ると、交代の時間まで30分ほどである。少しだけ早起きした程度だ。二度寝する必要もなかろう。

決して、レフィーから逃げているわけではない。

そう自分に言い聞かせた。

 

無理に覚醒したせいか、体の感覚に微妙に違和感を覚える。怠い肉体に鞭を打って立ち上がった。

 

テントを開くと明るさが差し込んで目を刺激する。チカチカとする視界を治すように目蓋の上から目を揉んで痛みに耐えた。

 

「あれ、フィー。ちょっと早いんじゃない?」

 

「目、覚めちゃって」

 

「お早う。フィー」

 

ティオとリリアがフィーネを迎えた。ティオとリリアは何やら飲んでいる。カップからは湯気が立ち、黒と茶色の中間色の液体が揺らいでいる。

 

「ココアだけど、飲む?」

 

「頂きます」

 

リリアはふわっと笑みを浮かべながらカップに粉とお湯を注ぎ、金属性のスプーンで掻き回してから水を加えた。

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

フィーネは礼と共に一口だけココアを口に含んむ。仄かな甘味と蕩ける苦味が口内に広がりフィーネを癒した。暖かさと甘さは人間を落ち着かせる効果がある。

しばらく気を張っていたフィーネはやっと落ち着くことができた。

 

「ちょっと早いですが、交代しましょうか」

 

「いいの?ありがとー」

 

元気のいいティオと申し訳なさそうなリリアはテントに向かった。昨日はあんな戦闘をしたばかりである。特にティオは毒から復帰したばかり。元気そうではあっても、それなりに辛いのだろう。

 

ティオとリリアがテントに消えてすぐにリーユが出てきた。

 

「早いですね、フィー」

 

「ちょっと目が覚めちゃって」

 

そう言うリーユも万全とは言えない顔だった。隈こそできていないが少しやつれている。疲労が滲んだ顔だった。

 

「寝つき、よくなかったんですか?」

 

そんなわけがないのだが。

オラリオでは一般的にレベル4以上は遠征に召集される。このメンバーでは、アイルとリーユだけが遠征参加経験があり、リーユに至ってはそこそこベテランである。

遠征中は浅い睡眠で質の高い疲労回復が求められ、リーユも当然習得している。故に、寝つきが良くないなど高位の冒険者にはありえない話であり、フィーネも言ってみただけだった。

 

「いえ、先日の戦闘が思ったより過不可だったようです」

 

「………すみません」

 

土蜘蛛(ツチグモ)は第一層の徘徊者の中でも特に面倒な相手である。魅了を受けたフィーネもそうだが、なにより前衛を担っていた三人の方が辛かっただろう。

そして、そのような事態を招いたのは他でもない……

 

「気にする必要はありません」

 

リーユ特有な抑揚の抑えられた声音はわざとらしいほど感情に富んだレフィーとかけ離れていて、その明白な立ち位置の違いを物語っていた。

 

「貴女が魅了に犯されるのは想定外でした。パーティーリーダーとして貴女の強さを正しく理解できていなかった私の責任です」

 

「そんなことないですよ」

 

リーユが慰めるためにこんなことを言うタイプでないことは分かっている。だが、本心だからといってそれがフィーネを赦す言葉になるとは限らない。

 

「いいえ、私の指揮能力がまだまだだったんです。貴女は悪くない」

 

リーユの弁はあまりにもフィーネに都合が良すぎて、フィーネには許容できないものだった。

 

お前は悪くない。そういう言葉に人間は弱い。自らの失敗をフォローしてもらうことで人は自らの過ちを揉み消そうとする。

しかし、懸命に上を目指す者には理解できない。こと、クラネルには特に。

 

「貴女が万全に力を使えるように、もっと完璧な作戦を立ててみせますから、安心してください」

 

リーユの言葉は意識せずともフィーネを道具として見ているようで、そんな言葉をフィーネは奥底で許容していた。

 

『貴女は無理に意識から外しているだけ。私を』

 

夢がフラッシュバックする。

レフィーの言っていることは正しかった。フィーネは惰性(レフィー)から目を背けているだけで、その本心では探索など興味がない。自分(レフィー)の考えていることが読めないのが、目を背けていることの何よりの証拠である。

 

「………」

 

ココアから惑うように立ち揺らめく湯気はフィーネの心を比喩しているようだった。

 

メンタルの管理が甘い。

 

例えば、リーユは指示ミスについて反省している。が、反省しつつもメンタルに影響がでないように気をつけている。精神の揺らぎはパフォーマンスに悪影響を与えかねないため、地上に帰るまでは自己嫌悪をしない。

経験の薄いフィーネには土台無理な話だが。

 

メンバーの年齢は皆一様に近しいが、思春期の一年二年はかなり大きい。

フィーネの精神はまだ幼く、稚拙で、レフィーが思った通り簡単に堕ちる。

 

しかし、フィーネも強情だった。正確に言うと負けず嫌いだった。

何となくレフィーに負けるのは嫌だったのである。

冷たくなる精神に(かぶり)を振り、認めないとばかりに怠惰という魅惑を蹴飛ばす。

 

「はぁ…」

 

気怠いフィーネのため息は馴れない空気に溶けていった。

 

そんな激しい葛藤もレフィーは楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『宝物庫』
迷宮(ラビリンス)の各層に一つだけ存在するもの。中身は『無価値(オブジェクト)』、『材料(マテリアル)』、『魔道具(ツール)』、『宝具(ジュエリー)』、『秘宝(レリック)』の五段階に分けられる。


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憂さったい自分

戦闘描写が苦手とほざきながら、心理描写も下手くそというね……泣ける

どなたか文才をください。


夜が明け、正確に言うと睡眠を終えたら全員で集まって本日の活動方針を話し合うことになった。

睡眠は大事だがいつまでもだらだらしていたら地上で死亡判定になって、預けたものが全部オラリオのファミリアに送られてしまう。

ヘスティアに心配をかけるのは本意ではないので、余裕を持って帰還したい。期限はたった五日なので、だらだらしていたら収入をいくらか溶かすことになるだろう。

 

「本日は第二層に向かい、宝物庫まで行ってキャンプにしたいと思いますが……どうでしょうか?」

 

パーティーリーダーには主に二種類いる。全部自分で決定するパターンとパーティーメンバーの意見を採り入れるパターンだ。

例えばフィンは典型的な前者のパターンであり、ベルは逆に後者のパターンである。

 

リーユはリーダー経験も浅いので、メンバーと擦り合わせることで最善を目指すことを最上とし、知識の広いリリアを頼りにしていた。

 

「そうだね。キャンプは宝物庫が一番安全だから、一気に進んじゃった方がいいと思う」

 

リリアが賛成を示したことに続き、他のメンバーも同じ様に首肯した。

結局安全圏まで駆け抜けてしまう方が何かと楽なのだが、宝物庫の前には必ず強い徘徊者がいる。面倒な戦闘は避けられないだろう。

 

「リリア、一層の階段までと二層の階段から宝物庫まではどれくらいあるの?」

 

今度はアイルが質問した。

移動は何より大変であり、時間面と距離面を考慮しながらペースを決める必要がある。

 

「一層の階段までは入り口と同じくらいの距離だから……戦闘なしなら二、三時間くらい。

二層の階段から宝物庫までは……戦闘なしなら四時間超くらいかな」

 

「なるほど……」

 

戦闘は時間を食う。戦闘時間そのものは短くともその後の補給などに時間を取られるため、そこそこの時間を浪費するのだ。

あまつさえ、体力まで削られ移動ペースを落とすことになるのだ。

 

迷宮(ラビリンス)の徘徊者は本当に出現パターンが分からない。どれくらいエンカウントするかは全くの未知数。昨日のように少なければラッキーだが、今日もそうとは限らない。

 

「とにかく、朝食を食べたら出発しましょう」

 

リーユの一言でそれぞれがそれぞれの準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「リリア、今日もごめんね」

 

「いいよ、私は戦闘に参加できないから」

 

リリアは地図から目を離さずに答えた。迷路になっているこの階層では、宝物庫から出た瞬間からリリアの案内が欠かせない。

戦闘でもサポートしてくれているし、リリアもリリアで非常に大変だった。

 

サポーターは優秀なほど重労働になり、疲労が加速度的に増えるという謎のジレンマがある。リリアの勤勉な姿勢はリリア自身の首を絞めているのかもしれない。

 

「あ、いるね敵」

 

アイルが瞳を赤くしながら言った。索敵はアイルの仕事である。

万里を見渡す目は複雑に入りくんだ迷宮(ラビリンス)でも問題なく敵を発見できる。

 

「うわ」

 

敵の姿にアイルは声を漏らした。

 

蛇のように長い胴、三本指の足が四本、青銅の鱗。ドラゴン系のモンスターによく似ているが翼は存在しない。

 

(リュウ)だね」

 

(リュウ)かぁー。どうする、リーユ姉さん?」

 

第一層で最も面倒な敵は土蜘蛛(ツチグモ)だが、最も強い敵はこの(リュウ)である。避けた方がいいとも考えられる。

 

「……討伐しましょう」

 

しかし、リーユは戦闘を選んだ。第二層に入る前に色々確認しておきたいことがあったのだ。

慎重さが生む安全と、冒険心が生む戦闘欲とを天秤にかけた結果だった。

 

「作戦は?」

 

とはいえ、無策で突っ込むのは馬鹿である。先に敵を感知しているなら、奇襲は当然のこと連携も最初から決めておきたい。

その場で咄嗟に行う連携よりも綿密に練られた連携の方が各員動きやすい。

 

「リリア、何か意見はありますか?」

 

こういう時は知恵者に限るとばかりにリリアを頼る。頭の良さだけならシリィもリリアに匹敵するが、軍才はリリアが頭一つ抜きんでる。

作戦の立案はリリアが立て、リーユが纏めるのがこのパーティーの方針になっていた。

 

(リュウ)には炎系のブレスと足の引っ掻きしか攻撃がない。当然どっちも高威力だけど避けられない程じゃないはず。一番注意すべきはその鱗。非常に硬いって書かれてるからティオ姉さんの攻撃でも通らないかも」

 

手帳を読みながらつらつらと情報を並べたリリアは、少し押し黙ってから作戦を告げた。

 

逆鱗(げきりん)を狙おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を潜め、身を縮ませる。

幼い頃から体が小さいアイルは、そのハンデを克服するため不意打ちを練習してきた。気配を殺すのは得意である。

 

その喉元を見据える。髭のせいで見づらいが一つだけ逆さに生えた鱗があった。

それを確認すると同時に腰に力を入れる。

 

「ケラヴィス!」

 

魔法の詠唱と同時に駆け出す。ただし、魔法は飛ばさない。

 

ナイフに纏わりついた雷のせいで手元がピリピリするが気にせず走り続ける。

(リュウ)もその魔力を感知してアイルに気づいたが、もう遅い。

 

「ケラヴィスッ!ケラヴィス!」

 

急ぎ残り二回の魔法詠唱をしてから一瞬地面に沈み、直後に膝を伸ばして跳躍する。

 

狙うはたった一枚の鱗。

小さな英雄の小さな必殺。駆け昇る紫電は決して狙いを違えない。

 

雷突(アルゴノス)

 

緊迫した空間を駆ける一筋の雷光は吸い込まれるように逆鱗へ突き刺さり、膨大な魔法を解放した。

迸る激雷は逆鱗を抉り、(リュウ)は激痛に悶え苦しむ。その蛇のような体を大きくうねらせ、堪えるように、或いは発散するように咆哮した。

 

のたうち回る大蛇にアイルは振り落とされる。地面に帰還したアイルは素早く後退した。

 

(リュウ)は倒せていない。ここからが本番である。

 

「分かってたけど……ごめん、火力が足りなかった」

 

「大丈夫です。全員、所定の通りに動いてください!」

 

リーユの指示にそれぞれの場所に陣取る妹たちが頷く気配がした。

 

(リュウ)はまだまだ元気そうである。しかし、その鱗は青銅から猩々緋に変わっている。激怒しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逆鱗を狙おう」

 

「逆鱗?」

 

「そう、(リュウ)の首に一つだけ逆さに生えた鱗があるの。それが弱点。でもそれに攻撃すると激怒状態に入って攻撃力が上がるみたい。もし、倒しきれなかったら引いてきて」

 

「了解」

 

「撤退したら再度強襲する。激怒状態だと防御が疎かになるって資料に書いてあるからね」

 

怒りで興奮したその隙を狙って何度も逆鱗を狙う。弱点に何度も攻撃すれば倒せるかもしれない。

 

「ブレスは近づけば放たないらしいから、前衛が奮闘するしかないかも」

 

「では、前衛に私が加わって三人体制にして、分散しながら立ち回りましょう。誰かが隙を見つけ次第逆鱗を攻撃するということで」

 

「ティオは敏捷が高くないから控え目にね」

 

「分かった」

 

一撃離脱はアイルの得意分野だが、ティオは逆に最も苦手な分野だろう。

 

「あの、私はどうすればいいでしょうか?」

 

フィーネが声をあげた。

今の指示に後衛の動きは指定されていなかった。

 

「後衛は適宜支援を。リリアは回復薬(ポーション)を準備して、支援は控え目で結構です」

 

「「「了解」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒットアンドアウェイは根気と辛抱の我慢比べである。

 

お互いに決まり手がないまま体力が削られていくのを感じ、いかに焦らないかが肝となる。ジリジリと攻め勝つ自信を持っていないと、途中で離脱を遅らせ、結果敗北に繋がる。

 

その点、前衛の三人は非常によくやっていた。アイルやリーユはともかく、ティオも深追いせず適切に撤退を繰り返している。

日常では致命的に馬鹿な彼女だが、やはり親の血がいい。戦闘センスはピカイチだった。

 

「スイッチィィ!!」

 

(リュウ)は宙に浮いているため、攻撃は四本の足全てが飛んでくる。掠りでもすれば肉片になるであろう攻撃をひたすらに避け続ける。

常に戦闘を行うアタッカーが二人になるようにローテーションを組み、小休止と回復を行ってから前線復帰する。

 

アイルは剣で、ティオは素手で戦っていた。

強大な前足を捌くのにナイフでは役不足だったし、豪速の薙ぎ払いを避けるのに大剣は無用の長物と化していたからだ。

 

お互いの場所が近づかないようにすることで狙い(ターゲティング)を分散させ、均衡を保つ。

 

しかし、人間の集中力は無限ではない。それもこんな究極的な戦闘ではしかないのかもしれない。

 

特段ミスをしたわけでもなく、ただの地力の差でアイルは体制を崩した。スイッチのタイミングまで耐えられなかったのである。カバーに入れる、後退中のティオでは敏捷が足りないだろう。

 

勝機を見出だした徘徊者はここぞとばかりに全力を傾けた。リーユの対処を一度放棄して、アイルを圧殺せんと四本の足を向ける。

 

「かかった!」

 

しかし、これは想定できていて敢えて放置していた穴。つまり、誘ったのである。長くジリジリとした押し引きが続くと、魅惑的な弱点に簡単に飛び付いてしまうのは徘徊者も同じだったらしい。

 

これは一対三の戦闘ではない。

一対六の戦闘である。

 

弓は古来より最強の武器だった。山なりに射つことでかなりの距離を翔ばせる。剣の間合いの外から一方的にチクチクできる弓を失念すれば狙撃主は急所を狙い射つ。

 

特別製の弓は数百M(メドル)距離を直線的に飛来し、その逆鱗に突き刺さった。

弓の性能もさることながら、シリィの技量も素晴らしい。

 

逆鱗を穿たれた徘徊者はその長い胴を大きく仰け反った。

 

このチャンスを逃すアイルではない。

後ろに大きく崩れた体制を腹筋で無理矢理戻し、下半身の全てを使って走り出す。

剣を放り捨て、アームプロテクターから『雨兎』を取りだし、逆鱗に突き刺した。

 

「ケラヴィス!!!」

 

ナイフを通じて速攻魔法の連射。体内に直接攻撃すれば鱗は関係ない。

のたうち回る(リュウ)に今度は振り落とされず、あらんかぎりの魔力を溶かす。溶かしては回復薬(ポーション)で回復する。

 

対魔力の高い鱗は体内の電気をうまく外へ逃がせず、次第に溜まる魔力は内側から弾けるように(リュウ)を焼き殺した。

 

モンスターが消滅するとき特有の黒い煙に巻かれながらアイルは脂汗を床に落とす。

 

「これは心臓に悪い」

 

「そうですね」

 

へたり込んだアイルを助け起こしながらリーユは答えた。

 

作戦通りではあったが、あまり余裕のある戦闘ではなかった。そのヒリヒリ感こそが戦闘の醍醐味なのだが……エイナに知られたら説教ものだな、とアイルは笑う。

 

「とにかく、移動しましょう」

 

回復は移動しながらでもできる。

とにかく、距離を稼がねばならなかった。眠くなる前に下の層の宝物庫に到着できなかったらまずいから。

 

 

 

 

 

 

 

フィーネ・クラネルの出来のいい頭は理解していた。早めに発達した精神は理解してしまった……。

 

先ほどの戦闘は明らかにフィーネを外した戦闘だった。リーユたちは認識を改めたのである。幼い妹に頼るべきではないと。

 

それは彼らからしたら純粋な気遣いであり、一つの愛のカタチだった。しかし、こと人と人との間においては善意が正しく伝わるとは限らない。

フィーネにとって先の作戦は事実上の戦力外通告に等しかった。

 

そういった観点から見ると、彼らはやはり皆幼すぎたのかもしれない。十代にとって他人を慮ることは慣れないことだ。一番精神的に先を行シリィでさえ、フィーネの内を考えることはなかった。

隊列を組んだ迷宮攻略において最も重要なのは間違いなくコミュニケーションだ。それを欠いてしまったのは、若さ故か、兄弟愛を過信した慢心故か。

 

フィーネには堪えていた。が、同時に安堵していた。要のポジジョンを任される責任感から逃れられたから。

 

 

フィーネはそんな自分を侮蔑していた。

 

 

『貴女、本当に要らなくなっちゃったわね』

 

あの世界にはいないのに内側から染み出るようにあの女の声が聞こえる。

 

『貴女の役割は失くなってしまった。後ろで見てればいいだけ。こんなに楽なことってないわよ?

よかったわね』

 

侮言が心を抉り、染みでた血が内臓にたまるような不快感。

 

レフィーは絶好の機会に畳み掛ける。

 

『貴女は姉や兄に甘えてるだけでしょ。

兄弟愛?

貴女は依存して、満たされることを愛と勘違いしてるだけでしょ?』

 

長ったらしい嫌みから逃げるように頭を振り、手の甲をつねって紛らわす。肉体的苦痛により精神の苦痛から逃れる、どうしようもないほど愚かなやり方。

フィーネはそれしか知らなかった。

 

「フィー………大丈夫?」

 

移動中はリーユとリリアばかりが大変で、暇を持て余したアイルがフィーネの異常を察したように声をかけた。

ピクリッと、少しだけ肩が反応したが無理矢理笑顔を作る。

 

「………大丈夫だよ。全然…大丈夫」

 

彼女は誤魔化す。何も探索中に不和を起こす必要はないだろうと思い。

 

そんなところだけは大人びていた。或いは、そんなところが子供故の強がりだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一層ではそれ以外の敵には遭遇しなかった。

 

迷路(メイズ)攻略完了」

 

アイルはちょっとだけカッコつけてそう言った。まあ、一区切りという意味で、全員が思ったことではあるが。

 

地獄の階段と呼称するに相応しい階段の前で一休憩を取る。ここなら、万が一徘徊者と遭遇しても、階層を渡ってしまえば容易く逃げ切れる。

 

「先に第二層、『庭園(ガーデン)』のことを話しておくね。

庭園(ガーデン)は一面に色んな花が咲いたお花畑みたい。ポツポツと木も生えてるから庭園(ガーデン)って呼ばれるようになったらしいよ」

 

庭園(ガーデン)はその独特な生態系故、最も研究者の興味を集める階層らしい。

 

「植物が一面に広がってるから炎系は控えた方がいいみたい。アイル兄さんの魔法も辞めといた方がいいかもね」

 

「分かった」

 

道が、壁が、天井が燃えれば人間は火炙りである。徘徊者には都合よく、冒険者には不利な環境を自ら作るのは控えた方がよかろう。

 

しかし、アイルの強みは即効性が高い魔法である。翼をもがれた鳥…は言い過ぎだが、片翼は持っていかれていると言っても過言ではないだろう。

 

「足に草が絡んで戦いにくいみたいだから、一気に宝物庫まで駆け抜けちゃった方がいいと思うんだけど……どうかな?」

 

最終的な決定権はパーティーリーダーにある。リリアはリーユの方を向いた。

 

「…ええ。では少しペースを上げて進みましょう」

 

何とはなしに決断したようだが、その実かなりの重責を負っている。

ペースを上げるのも、そのまま進むのも、両方にメリットとデメリットがある。そして、その決断はパーティーの安全を左右するのだ。

その一切の責任を一人で負うというのは、リーユにとってもかなり堪えるものだった。

 

何気ない一つの決断だって、甘くはない。全滅か、生還か、自分が持つ天秤にパーティーメンバーの命が乗る恐怖にはリーユとて震える。

しかし、それでいいのだ。その恐怖を知らない者のパーティーは容易く朽ちる。

 

階段を下る気高い足音がリーユの在り方なのかもしれない。その勇ましさはまさに英雄の子であった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

一面に広がる花々、ありもしない風にそよぐ花畑は一つの絵画にしたくなる風景だった。

 

リリアとフィーネも久しく封じていた女の子の部分が刺激され思わず声を漏らす。シリィも声には出してなかったが、見とれてはいた。

 

リーユとティオはシラッとしているが。

 

まあ、それはおいといて。アイルの瞳によれば周囲に徘徊者はいない。

しかし、突然目の前生成されることもありうる。一ヶ所のとどまり続けるのはよくない。

 

「早く行きますよ。同じ場所に居続けるのは危険です」

 

リーユは急かしたが、実は階段を登ればいいだけだったりする。

 

「いや、そういえば昼食食べてなかったね。リーユ姉さん。階段の前で済ませちゃお?」

 

「…そうでしたね」

 

リーユは少し恥ずかしそうに返した。

 

昼食と言っても座ってゆっくりとはいかない。携帯食を立って頬張るだけである。

 

「結構歩いたね。足が棒になりそう」

 

ティオは言動一致とばかりにアイルに(もた)れ掛かった。

 

「……冒険者が何言って…って感じだけど、ちょっと分かる」

 

歩くのも意外とカロリーを消費するのだ。それもかなりの時間歩いている。

 

この後、最低でも一回は辛い戦闘をしなければならないと思うと、少しばかり憂鬱だった。

 

「予定よりちょっとずれてる。……急いだ方がいいかも」

 

リリアは腕時計を見ながら言った。貴重な小型の時計はリリアが管理している。時間配分などもリリアに任せているのは申し訳なかったが、シリィが嫌だと言ったので仕方なかった。

 

「…そろそろ出ようか」

 

別に何時までに着かなければならないとかはないのだが、人間には生命リズムがある。一度起きてから二十時間以上活動するのは効率がよくない。つまり、この地の底においては命の危険があるということである。

眠くなる前には拠点を作らねばならなかった。

 

 

 

 

マラソンのようにペースを自分で調整しながら走る。マラソンと言っても冒険者のマラソンは軽く、馬速に匹敵する。

 

先頭はリリアを背負ったアイルだった。殿はリーユである。

 

道案内のリリアと索敵のアイルが先行し、リーユが後ろからパーティーの様子を確認している。

ちなみに、フィーネはティオにおぶられていた。

 

「そこ右!……敵は見える?」

 

「……分からない」

 

アイルの遠視透視には一点だけ欠点がある。それは、生物を透視できないということだ。故に、この庭園(ガーデン)では索敵がしずらい。

ちなみに、モンスター生物判定ではないらしく透視しようと思えばできる。

 

まあ、アイルはそれを抜きにしても聴覚が優れていて、他のメンバーよりは索敵能力が高かったりするので、結局先頭を任されるのだが。

 

壁に張り付く蔦のせいで透視がうまく働かないが、頑張って索敵をする。見えないのでなんとも言えないが、特に徘徊者の気配は察知できなかった。

 

「結構……疲れるね」

 

「植生の薫りも鼻につきますね」

 

庭園(ガーデン)の地面は当然といえば当然だが、土である。アイルたちオラリオ育ちにとって土の地面は踏み馴れなく、走るほどに疲れていく。馴れない地面は足腰に負担をかけているせいで、徐々にペースが鈍っていった。

 

さらに、踏み荒らした草花の薫りが地味にしんどい。

一つ一つならいい匂いなのかもしれないが、大量に混ざるせいで異臭となっていた。

 

(はなぶさ)を蹴散らしながら駆ける。その踏み荒らされた草花は時間を戻すように、或いはその生態系を維持するように元に戻っていった。

 

 

不気味な世界は彼らを食い潰そうとする。

 

 

「止まって!」

 

アイルの声ではなく、アイル自身な停止したせいで全体が急ブレーキをかけた。

微妙に湿った土を巻き上げながら止まり、アイルに目を向ける。全員、澄んだ空気がピリピリさせるアイルのただならぬ気配から状況を察していた。

 

「敵……だね」

 

見えはしないが音を捉えていた。地面を僅かに震わせる、大きな足音。響きから人間の重さではない、大きな二足歩行の生物。

 

「正体は分からないけど、どうする?」

 

「戦闘を避けるだけでは意味がありません。気づかれないように様子を見て、それから決めましょう」

 

まあ、結局それが一番である。勝てるなら戦った方がいいし、負ける可能性があるなら回避した方がいい。

 

「音的にはそこの角を左だけど…」

 

「…進行方向だね」

 

地図を確認したリリアが呟いた。なんとも都合が悪い。

 

はたしてその徘徊者は巨大な牛だった。

牛頭人体。不気味なほど発達した筋肉。黒に近い肌色。

 

それはまるで………。

 

「……ミノタウロス?」

 

「いや、あれは…」

 

見た目は非常にミノタウロスに近いが、その大きさは悠に五、六M(メドル)を越えている。

 

金牛(タウルス)だね」

 

神話の大怪物。ミノタウロスを原形にもつ牛の化け物。

ギリシャの神々によって星にまで奉られた怪物であり、『アステリオス』の名を戴く。

人間ではその怪力に決して及ばない。

 

しかし、ラッキーだったと言えるかもしれない。

 

この階層の中では金牛(タウルス)は決して強くない。ただただ、鋼のような肉体を持つだけで、特殊な能力はないのだ。

この比較的技巧派なパーティーならば、強敵ではない。

 

「……やってみますか」

 

リーユは戦闘を決断した。

 

「リリア、アステリオスの弱点は?」

 

アイルにとって魔法を使えない戦闘ではせめて弱点くらいは知っておきたかった。

 

「……弱点らしい弱点はないかな?」

 

「普通に連携してダメージを稼ぎましょう」

 

近接の戦いは大雑把に別けて二つの種類がある。

 

一つは弱点を狙い打ちすることによる討伐。

もう一つはチクチクと地味なダメージを稼いで、最終的に倒すというものである。

 

金牛(タウルス)は弱点らしい弱点がない。結局、純粋なパワータイプが一番面倒なのである。

 

前者の方が簡単で素早く終わるが、後者は長く苦しい戦いになる分討伐が確実である。

 

「……うん。アステリオスは再生能力もない。それが一番かもね」

 

軍司(リリア)からのお墨付きも出たところで、それぞれが一様に緊張感を発した。

 

意識を戦闘モードに切り替えるのだ。これは非常に重要な作業だったりする。

 

「では、行きましょうか…」

 

 

迷宮(ラビリンス)第二層、『庭園(ガーデン)』。

この層が彼らにとって、重要な転換期になることは神すら知りえないだろう。

 

 

神代の箱庭(ガーデンズオブアテネ)』攻略開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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自己犠牲(最大の愛)

長くなりつつあるこのストーリーですが。次辺りで一区切り付けたいと思っています。




筋骨隆々。ゴリマッチョというかなんというか……牛なのだが。

 

ゴライアスとミノタウロスを混ぜたらこうなるのかな?みたいな見た目の怪物だった。

 

「ブモォォォ!!」

 

怪物の怪力が空気を唸らせながら振るわれる。天災急の暴力的一撃。

 

「散開!!」

 

リーユの掛け声と共にそれぞれが離脱する。

 

リリア、フィーネ、シリィは後退し、ティオは横に逸れた。リーユとアイルは自慢の敏捷を生かし、敢えて前に突っ込むことで腕の下を掻い潜った。

 

シリィは後退と同時に矢を纏めて五発放つ。一応狙ってはいるが、静射したわけではない。シリィ自身の移動の慣性のせいで矢が少し流れ、全弾命中とはいかなかった。

しかし、金牛(タウルス)の気を引くには十分だったようで、足元のアイルとリーユから意識を完全に外していた。

 

リリアの事前情報によると、金牛(タウルス)は知性が著しく低い。作戦を練れば、割りと容易く倒せる徘徊者らしい。

 

「アイルは右足を」

 

「了解!」

 

地面をあらんかぎりの力で蹴り付け、土を跳ね上げながら疾走する。

金牛(タウルス)はミノタウロスやゴライアスと同じく体は人間ベースだ。その構造は人間と同じ弱点を持っている。

 

巨人崩しは定石(セオリー)が確立されている。その人体の弱点である膝の関節を砕き、頭部を下ろすのが目的だった。

 

「いきますよ?せーのっ!」

 

リーユの音頭に合わせて一斉に攻撃を開始する。リーユは木刀で、アイルは剣で。一瞬の閃きは金牛(タウルス)の膝を真正面から捉えた。

一分でもズレれば金牛(タウルス)の発達した筋肉に阻まれてまともなダメージを与えられなかっただろう。逆に、筋肉の防護がないからこそ、関節は人体の弱点なのである。

 

さりとて、迷宮(ラビリンス)の徘徊者。外皮すら鋼鉄のように硬く、バターを切るようにはいかない。

 

「どうする!?」

 

「押しきります!!」

 

リーユからの指示に一つ大きく頷くと、アイルはそのまま剣を捩じ込んだ。

 

アイルたちは【英雄ノ子(スキル)】のブーストでステイタスを底上げされている。

アイルも力には自信がないとはいえ、ブーストされているからそれなりの馬力があった。

 

アイルの頭より僅かに高い膝にその