英雄の子どもたち (銀楠)
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日常 英雄の子ども

ダンまち好きが爆発して書いてしまった。
面白かったら高評価とかコメントください。


その昔、といってもほんの20年ほど前、小さな小さな兎は英雄になった。

兎は伝説の竜を倒し、過去最高のレベル10へと至った。

兎はハーレムを作り全ての種族を嫁に娶った。

 

 

その兎の名はベル・クラネルという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石畳の道を走る。彼の額から流れ落ちた汗は石畳に丸い染みを作った。しかし、この気温であればものの数分でこの染みも消えるだろう。

 

彼、アイル・クラネルはレベル4のステイタスを駆使して全力疾走していた。

全力疾走の理由はとても単純………『逃走』である。

 

「ちっ、しつこいな…」

 

アイルは大粒の汗を地面に落としながら毒づいた。

 

ではレベル4の高位冒険者である彼をここまで追い詰めているのは誰か。それは彼の異母姉である。

名はリーユ・クラネル、年はアイルの2つ上の16歳でレベルは5、アイルが簡単に振りきれないのも当たり前だ。

アイルは父と母の両方の遺伝で『敏捷(足の速さ)』は相当なものであり、レベル差があるにも関わらず『追いかけっこ』になっている時点で素晴らしいといえる。

 

しかし、追いかけっこはそろそろ決着が着くだろう。『敏捷(速さ)』は()っていても、体力には開きがある。ものの数分で彼は捕まった。

 

 

 

さて、何故アイルとリーユが街中をスピード違反になりそうな速度で疾走していたかというと…

 

「アイル、何度も言ってるけど一人でダンジョンに行かせるわけにはいけない

ダンジョンに潜るなら私に一声掛けてほしい」

と、いうことなのだ。

一人でダンジョンに行き、研鑽を積みたいアイルは弟大好きな姉、リーユに何度も止められている。

 

「やだよ、姉同伴でダンジョン探索とか恥ずかしいって」

 

「しかし、それは危険だ

そう易々とは許可できない」

 

「でもリーユ姉さんと一緒に潜ったら、モンスター皆倒しちゃうじゃないか」

 

アイルは焦っている。もっと強くなりたい、父のような冒険者になりたいと。

14歳でレベル4はかなり早い方だ。ベルも大体そのくらいだった。が、アイルとベルは年数が違う。ベルがレベル4に至ったのは一年そこらとされているがアイルが冒険者になったのは僅か6歳、比べられるものではない。

リーユはアイルと共にダンジョンに入るとどうしても(はや)ってしまう。可愛い弟にモンスターの相手をさせるのが怖くてついついやり過ぎてしまう。

ハーフエルフなのに魔法をろくに使わず、小太刀で(モンスター)をなぎ倒していく姿はかっこいいのだが、アイルはそれを『見たい』のではなく『やりたい』のだ。

よってアイルはリーユとダンジョンに潜るのを嫌がる。

 

「神様も何とか言ってください」

 

「まあ、言っても仕方ないさリーユ君、アイル君は昔のベル君にそっくりだからね

後、ボクのことはお母さんって呼んでくれたまえ」

 

「だってさ、リーユ姉さん」

 

「また調子に乗って

ヘスティア様もアイルを調子に乗らせないでください」

 

「まあ確かに

アイル君、レベル4の君を一人でダンジョンには行かせられないよ

本当はもっと大勢で行ってほしいって思ってる

むしろ行ってほしくないとすら思ってる程だ

だからアイル君、リーユ君と一緒に行っておくれ

リーユ君もアイル君の敵まで横取りしてはいけないよ

 

後、ボクのことはお母さんと呼んでくれたまえ!」

 

「むぅ…」

 

「…わかりましたヘスティア様」

 

「うむ!わかったならダンジョンに行ってきたまえ

後、ボクのことはお母さんと呼んでくれたまえ!!」

 

神ヘスティア、ギリシャ神話の最高神であるゼウスの姉にして、炉の神。ついでに処女神。下界では英雄ベル・クラネルを見出だした女神。アイルに恩恵()を与えたヘスティアファミリアの主神だ。

 

ちなみに先程からヘスティアが言っている『ボクのことは~』のくだりはヘスティアの口癖のようなものだ。

神は子供(人間)と子をなすことが出来ないため、ベルの子供に『お母さん』と呼ばせようとしている。

 

「そういえば神様、ベル(父さん)たちはいつ頃帰って来るんですか?」

 

アイルの父とその妻たちはよく遠征に行く。

ベルのレベルは20年程前から10で止まっている。といっても別にベルが『冒険』をしていない訳ではない。ただ、ダンジョンが神に『レベル10の冒険』と認めさせるものを用意出来ないだけだ。

すでにベルはダンジョンの最深層と思われる場所を探索しつくしてしまっていた。

それでもベルがダンジョンに潜るのはお金を稼ぐためでもあるし、習慣でもあるのだろう。

 

「さあ?はっきりとは分からないな

いつもいきなり帰って来るからね

後、ボクのことはお母さんと…」

 

「そうですか」

 

そう言いながらアイルはリーユとホームを出る。

アイルはヘスティアファミリアに所属している。母はロキファミリアに所属しているのだが、アイルが憧れたのはベル()なのでヘスティアファミリアに所属することにした。とはいえ、クラネル家の全員がヘスティアファミリアに所属している訳ではない。ロキファミリアに所属している妹もいるし、そもそも冒険者をやっていない姉もいる。

 

門を出て振り返ると見慣れた大きなホームが見える。オラリオで間違いなく一番大きなホームであろう。ベルが黒龍を倒した後にヘスティアファミリアは大量な入団希望者が現れた為、黒龍討伐の褒賞金を使って建て替えたのだ。ちなみに一括払いだったらしい。

 

季節は夏に近づき暑さに拍車を掛けている。昨日の雨が嘘みたいに晴れて濃い陽炎がたち揺らめいている。汗水垂らすなど冒険者には慣れっこだが戦闘もしていないのにこうも体力を削られていくのはもはや状態異常(デバフ)と呼べるだろう。理不尽な体力消費を嘆きながらダンジョンにたどり着く。

 

軽い手続きをし、ダンジョンに潜る。日の通らないダンジョンは案の定涼しく、外より格段に過ごしやすいといえるだろう。

 

いかに高位の冒険者でもダンジョンは第一階層から入らなければいけない。上層と呼ばれるこの場所は本来駆け出しの冒険者が狩場としているためアイルとリーユは出会ったモンスターを瞬殺しながら下の階層を目指す。無論油断はしない。どれだけ相手が弱くても油断しないのが経験を積んだ冒険者というものだ。そして、狩りすぎもしない。上層のモンスターを高レベルの冒険者が狩りすぎるのはマナー違反だからだ。そこそこ知名度の高いアイルとリーユがそのようなことをすれば、広そうで狭いオラリオに一晩のうちに広まってしまうだろう。

 

今回の目的は中層当たりで適当にモンスターを倒してステイタスを伸ばすことだ。

 

「アイル、やはりあなたは素晴らしい才能を持っているようですね」

 

「そう…思うなら…僕にももう少し…モンスターを…倒させてくれる?」

 

リーユが瞬殺しようとしたモンスターを自慢の足で先に叩く。リーユに合わせて戦うのは非常に難しい。レベルギャップというのはたった一つの数字で大きな違いをもたらす。リーユがまだ涼しそうな顔をしているのに対してアイルの顔は既に汗がにじみ出ている。

 

「そろそろ上がりますか、アイル」

 

「…そうだね…」

 

 

 

ダンジョンを出ると既に日が傾き始めていた。茜色に染まった空を見ると、忘れていた空腹を思い出す。

 

「お腹すいたね」

 

魔石の換金を終えた姉に合流し話を繰り出す。

 

「そうですね、母さんの店にでもよって帰りますか」

 

ヘスティアファミリアは団長(ベル)が不在のことが多いため、食事は基本各々でしている。ファミリアにはキッチンもあるのだがリーユは致命的に料理が出来ず、アイルも好き好んでやるという訳ではないので二人とも外食が多い。

 

「僕たちって英雄の子なのに普通だね」

 

アイルの思い描く華々しい冒険はそうそう起こらない。それは安全であるという事でもあり、退屈ということでもある。父が同じ年のころはもっと事件が乱発していたと聞いたのだが。

 

「14歳でレベル4は十分に特殊だと思いますが?」

 

 

いつもの会話をいつもの距離で行う。子供の半日の収入とは思えない大金を持って歩いていく。やたら長い影を引き連れた姉弟は『豊穣の女主人』に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイル・クラネル Lv,4
力:C621 耐久:H186 器用:A865 敏捷:S1001
魔力:E402
幸運:G 対異常:H 逃走:I

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正

アイズの子供。14歳。父に憧れて冒険者になった。普段はナイフを用いた一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返す戦闘スタイルのため、耐久が異常に低い。母に教えられたため細剣も使える。何故か生まれつき敏捷のアビリティだけ異常に伸びる。
白い髪に金色の目を持つ。万事幻視(ファントムアイ)を使うと目が赤くなる。
二つ名は『子兎(ラビット)



リーユ・クラネル Lv,5
力:B790 耐久:F349 器用:A809 敏捷:A884
魔力:C652
狩人:F 対異常:G 魔防:H 治力:I

《魔法》
【ディライト・ウインド】
・広域攻撃魔法
・風、光魔法
【ロード・トゥ・グローリー】
・範囲内にいる見方全員(自分も含む)を回復
・範囲内にいる見方全員(自分も含む)の全アビリティ小上昇

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
森林回復(バックマジック)
精神力(マインド)小回復(常時)
半妖半人(フェアリー・アンド・ヒューマン)
・戦闘時、魔力のアビリティ高補正
・戦闘時、器用のアビリティ高補正
星ノ力(スターマジック)
精神力(マインド)を消費して力のアビリティ高補正
・夜間に使うと超高補正
・消費精神力(マインド)含めて任意発動(アクティブトリガー)

リューの子供でハーフエルフ。16歳。エルフ特有の触れられることへの嫌悪感は余りない。戦闘スタイルは小太刀を用いた一撃必殺(ヒット・アンド・ファイア)であるため耐久のアビリティは低め。
容姿は金色の髪に青とも緑ともとれる綺麗な瞳と、とことん母似。
二つ名は『旋風』

詠唱
【ディライト・ウインド】
我が母の想い、我が友の願い
千の距離を駆け、千の敵を砕く
愚かなる我が身を救うため、顕現せし暴風
光よりも速く、風よりも強く
俊足にして、強靭なる一撃
我が敵を撃て

【ロード・トゥ・グローリー】
英雄は現れた
弱き者は泣き、強き者は啼く
邪悪なる者は絶え、善良なる者は讃える
ここに(あま)く全ての者よ、英雄の道を空けろ
これは英雄の一歩なり







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小さな妹

キャラ作り意外としんどい
アイディア応募中!!



雨は嫌いだ。じめじめするし歩きづらくなる。更に、運ぶ荷物が濡れてしまうというオプション付き。サポーターである私にとってこれ以上厄介なことはない。これならダンジョンの中の方がマシというものだ。

今日は珍しく兄がダンジョンに誘ってくれた日なのに…

 

小人(パルゥム)である私はダンジョンではお荷物にしかならない。荷物持ちが荷物になるとはとんだ笑い話だ。

小人(パルゥム)は生来全アビリティが低く冒険者には向いていない。その中で冒険者になり名を馳せることができるのはごく一部だけだ。

 

私、リリア・クラネルはレベル2。小人(パルゥム)にしてはよくやっている方だがいかんせん血筋の問題がある。英雄(クラネル)の名を持つのにレベル2では話にならない。私の一つ上の兄、アイル・クラネルはレベル4だというのに。

アイル兄さんとは昔からよく遊んでいた。ダンジョンにも一緒に行っていたが、私より速く成長する兄に私は距離をおくようになっていた。

『クラネルの落ちこぼれ』と呼ばれる私は自分で自分が惨めになる。強さに固執している兄が月に一度はこうしてダンジョンに誘ってくれるのが惨めさを際立たせる。

そして、兄と二人の時間を楽しんでいる自分の卑しさが恥ずかしくなる。今だけは対等なのだ。選ばれた英雄と対等なのだと。

 

優れた能力を持つ兄や姉を羨ましくは思わない。恨めしくもない。妬みも嫉みもしない。ただ、寂しいのだ。凄まじいスピードで輝かしい道を歩んでいく兄達においていかれるのが。

 

 

 

ダンジョンに入るとじめじめしていた空気が一転からっとした空気に変わる。上層を踏破してすぐに中層に入る。私には少し早い気がするが、アイル兄さんにとっては物足りないといったところだろう。私はやっぱりお荷物だ。

 

アイル兄さんは中層の魔物を一人でさくさく倒しながら時々私に止めを任せてくれる。アイル兄さんなりに私が危険を犯さずに経験値(エクセリア)を稼げるようにしてくれているのだろう。やっぱり惨めだ。

 

 

私も冒険者に憧れたことがないわけではない。しかし、私には致命的に才能がなかった。剣を振るえば振り回され、槍を振るえばすっぽ抜ける。弓は当たらず、格闘も出来ない。兄達(冒険者)の後ろに付いていって魔石を回収するだけ。

 

アイル兄さんは稼ぎが増えるて嬉しいと嘘をつく。

稼ぎなど気にしていないくせに。

 

 

 

 

英雄ベル・クラネルの子供たちには生まれつき特殊なスキルが発現する。

英雄ノ子(クラネルブラッド)

このスキルの最大の特徴といってもいいものが、《早熟する》という効果だ。ステイタスの伸びが少し速くなるという特殊な効果。しかし、この《早熟する》という効果には大きな個人差がある。アイル兄さんやリーユ姉さんはかなり早い方だ。それに対して私はかなり遅い。普通の人よりちょっと早いかな?程度である。私が落ちこぼれと呼ばれるのも納得だ。

 

「かなり倒したね、そろそろ帰ろうか?」

 

うっすら浮かんだ汗を拭いながらアイル兄さんは振り替える。

おそらく私を気遣ってくれているのだろう。やっぱり優しい。その優しさが私には痛い。

 

「ううん、私は大丈夫

アイル兄さんももうちょっとやりたいでしょ?」

 

「でもリリアの荷物大きすぎるし」

 

「大丈夫、私には縁下力持(スキル)があるから」

 

「そう?じゃあお言葉に甘えてもう少しだけ」

 

少し笑って答える。アイル兄さんの笑顔は好きだ。元気になれるなんて陳腐な表現だけど、まさしくその通りだと思う。

アイル兄さんは昔ほど笑わなくなった。焦っているのだろう。英雄には年齢制限がある。大人になりすぎては英雄になれない。純粋な人間(ヒューマン)であるアイル兄さんにはボケッとしている暇がない。増えていく私のバックの魔石とアイル兄さんの頬を伝う汗の量がその焦りを表しているように見えた。

 

何時間経っただろうか?朝にダンジョンに入って、途中お昼ご飯を食べてから数時間経っている。背中のバッグもパンパンになった。

もう魔石が持てないのでさすがに出ることになった。

 

ダンジョンを出たらその足で換金に行く。とんでもない量を稼いできてしまったので換金に時間がかかる。渋滞をつくってしまった。それがいけなかった…。

 

「痛っ…」

 

大きな人とぶつかって倒れてしまう。まあ小人(パウルム)である私にとって大抵の人は大きいのだが。

 

「いてーなーっ!!

どこ見て歩いてんだよ!リリア!」

 

顔を上げると人間(ヒューマン)の青年がいた。この男とは顔見知りだ。ロキファミリアでティオ姉さんの側付きをしているレベル2の冒険者だ。名前は確かダイロンだったか?

どうも私のことが気に入らないらしく見かける度に何かとつっかかってくるのだ。

 

パウルム(雑魚)の癖に俺に当たっといて謝罪の一つもなしですかー?」

 

「ひっ!ご、ごめんなさ」

 

「どうかしたの?リリア」

 

「ア、アイル兄さん…」

 

思わず謝罪しそうになっているとそこにはいつの間にかアイル兄さんがいた。

 

「げ、子兎(ラビット)

 

ダイロンの顔色が目に見えて悪くなる。それだけで十分面白い。この男格上には大きく出れないのだ。

 

「はぁ、またアンタかダイロン

今度はどうしたんだ?」

 

「い、いや、その小人(パルゥム)が俺に当たって来たからよ…」

 

「そいつはうちの妹が失礼したな

でもわざわざ怒鳴り散らすことはないんじゃないか?」

 

アイル兄さんは怖いほど冷たい声で言う。アイル兄さんは身内以外にはひどく淡白に会話することが多い。

 

「はぁ!?相手は弱者(サポーター)だぞ!

少しくらい強気に出たっていいだろ!」

 

サポーターを恩恵(ファルナ)を受けておきながら非戦闘員であることから弱者と呼ぶものがいる。ダンジョンで戦えないサポーターの扱いは酷いものだ。しかし、これでも何年か前よりは大分よくなった方らしい。20年ほど前は暴力を振るわれ分け前は貰えず、あまつさえ囮にされることもあったそうだ。今ではサポーター組合というものが設立され、ある程度の権利が保証されている。

 

「はぁ…。お前は器が小さい癖に態度だけはでかいな…

 

まぁいいや、ティオはどうしたんだ?お前、あいつの側付きだろ?」

 

ちなみなに側付きとはロキファミリアで最近で始まった制度で、低レベルの冒険者が高レベルの冒険者の身の回りの世話をするというものだ。ティオ姉さんは生活力が致命的にないので側付きが4人もいる。

 

「ティオさんならどっか行っちまったよ」

 

「全くあいつは…」

 

ティオ姉さんの自由奔放さは昔から手を焼いていたが、冒険者になった今でもそうらしい。

 

「まぁいい、もうリリアに絡むなよ」

 

「はぁ!ふざけんな!そっちが先に…」

 

「分かった分かった」

 

と、言いながらアイル兄さんは私の手を取って歩き出す。アイル兄さんにとってはダイロンなどとるに足らない存在なのだろう。その強さはやっぱり少しだけ羨ましいかもしれない。

 

バベルを出ると空は晴れていた。

 

「アイル兄さん、手…」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

繋ぎぱなしだった手を離すと少し寂しく感じた。やっぱり言わなかった方がよかっただろうか?

 

しっとりとした空気は少し気持ちいい。空にはうっすら虹が掛かっていた。雨は嫌いだったがやっぱり少し好きになってもいいかもしれない。

 

「リリア!危ないぞ!」

 

「へっ?」

 

ツルッ

 

マヌケな声を出しながら盛大に転んでしまった。ぼうっとしていたら水溜まりで足を滑らせてしまったらしい。全身びしょびしょだ。アイル兄さんを見ると笑っていた。笑顔は好きだがなんか腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり雨は嫌いだ。

 

 

 

 




リリア・クラネル Lv,2
力:E402 耐久:H112 器用:D502 敏捷:I35
魔力:D513
幸運:I

《魔法》
【トレード】
・二つ以上の物体の位置を入れ換える
・二つの物体の大きさに差がありすぎる場合不可
・消費精神力(マインド)は距離と重量に比例する

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備過重時に能力補正
・能力補正は重量に比例

リリルカの子供。13歳。冒険者に対して少し苦手意識がある。武器は使えず攻撃系の魔法もないためダンジョンではほぼ活躍できない。しかし、空間に作用する魔法という特殊な魔法を持っている。
容姿は茶髪に茶目、小人(パルゥム)なので身長はかなり低い。
二つ名は『子栗鼠(スクイル)

詠唱
【トレード】
小人(ごども)子供(ごども)
英雄になれない小さきもの
弱者の小賢しい小さな悪戯


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癒しの森

感想お待ちしております!!

前書きって書くことないですね…


僕は今ピンチだ。まぁ、冒険者にとってピンチなどダンジョンで何十回も経験するものだが、今回は毛色が違う。

 

「アイル、昨日どこで何をしていたのですか?」

 

リーユ姉さんは弟大好き。決して一人でダンジョンに行っていたなどばれてはいけない。

 

「昨日はリリアと『豊穣の女主人』に行ってたよ」

 

「ほう、では昨日そのリリアがアイルが一人でダンジョンに入っていったのを見た、というのは何かの間違いでしょうか?」

 

詰みである。

こうなると話し合いなど無駄。自慢の健脚をいかしてホームの窓から飛び出す。そして、いつもの追いかけっこ開始。

街の人々には慣れ親しんだ姉弟の微笑ましい追いかけっこ。まあ、速すぎて普通の人には何かが通ったことしか分からないのだが。

入り組んだ裏路地を駆け回り屋根の上を走る。

アイルには規格外の敏捷に加え逃走の発展アビリティがあるが、リーユにも高い敏捷と狩人の発展アビリティがある。レベルに開きがあるためアイルが逃げ切れたことは一度もない。しかし、今日のアイルはついていた。

今日はオラリオの外から食品を大量輸入していたのだ。つまり、かなり大きい馬車が来ていたのである。裏路地を走っていたとき万事幻視(ファントムアイ)で見つけた。リーユはまだ気付いていないであろう。アイルはそれを利用することに決めた。

とはいえ、アイルやリーユにとって、馬車はそこまで速いものではないし、ぶつかってもダメージを負うのは馬車のほうであろう。単に馬車を遮蔽物とするのでは意味がない。

 

アイルは路地を抜けた瞬間勢いよく右に曲がった。無論これだけでふりきれるわけがないので馬車の荷台に乗り込む。

食べ物の詰まった荷台はキツイ匂いで充満していた。入ると同時に息を殺す。肺が限界を知らせるように激痛を放ち脳が酸素を寄越せとうるさく喚く。

しかし、運良く逃走は成功したようだ。

視界から消え、音を出さず匂いも消せば狩人のスキルでも追いかけることはできない。

 

アイルを乗せた馬車はリーユの索敵範囲からまんまと逃れることに成功した。

 

 

しかし、どこに行こうかという問題である。

ホームは論外だし、ダンジョンに行くにも装備を持ってきていない。お金も置いてきたため。完全にできることがない。

 

「まぁ、あそこしかないか」

 

こんな状況で行けるところをアイルは一つしか知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

カランコロン

 

涼やかな音色のドアベルがなる。

 

「いらっしゃー…

おろ?アイル君じゃないかー」

 

「久しぶり、アイナ姉さん」

 

店内の雰囲気は落ち着いているという表現が一番あっている。少ないテーブルに趣味のいい古本とそれを収める本棚。観葉植物が壁や角を彩っている。

ここ、『癒しの森』は去年アイナがオープンしたお店で、軽食と飲み物を主体に出す店である。アイナのほんわかとした雰囲気と良くマッチしている。ちなみに酒はアイナが苦手なので置いてない。

 

「珍しいねーアイル君が来るなんて

今日はどうしたの?」

 

「リーユ姉さんとちょっとね」

 

「ほえー、逃げ切れたんだ、これは珍しい!

お祝いになんか作ってあげよう」

 

「いいよ、今日お金持ってないんだ」

 

(というか、よく考えたら僕ただの迷惑客じゃん)

お代を持たずに店にはいるのはただの冷やかしだ。

 

「だから、お祝いだって

お金はいいから食べてきなー」

 

アイナ姉さんは昔から優しい。

アイナ姉さんはクラネル家の長女でありながら恩恵(ファルナ)をもらっていない。昔から頭が良く、その賢さは姉弟随一だった。若干18歳にして店を一つ持っているのだから相当なものだろう。

ちなみにけして弱いというわけではない。格闘術に関しては天才で、そこら辺のレベル2位だったら普通に倒せてしまうかもしれない。というか、ちょっと前に調子に乗りすぎたダイロンがぶっ飛ばされていた。

 

「それで?どうして追いかけっこなんてしてたのー?」

 

「昨日一人でダンジョンに行ってたのがバレてさ」

 

「相変わらずブラコンだなー、リーユちゃんは

男の子には冒険が必要なのにねー」

 

そう、なんと以外にもアイナはアイルが一人でダンジョンに行くのに肯定的なのである。

可愛い弟には是非ダンジョンで冒険をして、いっぱしの(おとこ)になって欲しいのだ。そういった点ではリーユとアイナは正反対と言えるだろう。

まあ、もしアイルがダンジョンでモンスターにやられでもしたら、怒り狂ったアイナはダンジョンモンスターを血祭りあげるかもしれないが。

 

「はぁー、この店やっぱ落ち着くわ」

 

「そぉー?ありがとー」

 

「うん、すごく静かで…

時間がゆっくり流れてるみたい」

 

「ふっふーん

実は本当にゆっくり流れてるかもねー」

 

店内の雰囲気は静かで落ち着いていてゆっくりしている。しかし、決して閑古鳥が鳴いている訳ではない。常連は沢山いるらしい。まぁ、この雰囲気の店でこの料理を出せばそれもそうかという感じだが。

 

「これからはたまに来るかも」

 

「いつでもおいでー

家族割引してあげるから」

 

「ふふっ、ありがと」

 

まあ、アイナ姉さんのことだから何かと理由を付けてタダにしてくれるのだろう。優しいのだ、この姉は。

 

「はぁー、この時間が永遠に続けばいいのに」

 

「うーん、それはちょっと厳しいかもねー」

 

「へっ?」

 

カランコロン

 

ドアベルの音と共に殺気がいらっしゃいませ。振り返らなくても分かる、リーユ姉さんだ。

お帰りくださいませお客様。

 

「いらっしゃーい、リーユちゃん」

 

「お久しぶりです姉さん

いきなりで悪いですがアイルは連れていきますね」

 

「はぁーい、どーぞー」

 

もう窓から逃げるしかない。窓ににじり寄りながらリーユ姉さんに話しかける。

 

「どうしてここが分かったの?」

 

「アイルがこれる場所などここぐらいでしょう」

 

「なるほど…」

 

まあいい、もう一度窓から逃げてやる。

 

「さぁアイルお説教です」

 

「お断りしまーす」

 

勢いよく窓に飛び付く。逃走開始だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はめ殺しだと!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

一年ほど前、アイナが『癒しの森』を開店して一週間も経たない頃の話。

 

「センパーイ、レベルアップおめでとうございます」

 

「おー、まあ俺にかかればこれくらいチョロいもんよ」

 

今日はこの男、ダイロンがレベル2になったお祝いをしていた。

と、言ってもロキファミリア総出のお祝いではない。大規模ファミリアであるロキファミリアでは低レベル団員のレベルアップのお祝いは月に一度まとめて行われる。

今日はあくまでダイロンと後輩のギアンの個人的なお祝いであった。二人はまだ低レベルであるためちょっとお高めの『豊穣の女主人』には行けなかったのだ。そこに開店セールをしていた『癒しの森』を発見して渡りに船といわんばかりに入店したのである。

 

「それにしてもやっとあのクソ小人(パウルム)に追いついたぜ」

 

「あー、あのリリア・クラネルとかいう」

 

「そうそう、『クラネルの落ちこぼれ』だよ

どうせ優秀な兄貴にくっついて、おこぼれでレベルアップしただけの癖に、俺より早くレベル2になりやがって」

 

「まぁ、先輩の敵じゃないっすけどね」

 

「おーよ、あんなクソ小人(パウルム)、敵じゃない

どうせ、一人じゃなんもできねーんだからな!」

 

今日のダイロンは機嫌が良かった。レベルアップをして、雰囲気のいい店を見つけたからだ。ダイロンは上機嫌になっていた…というよりは調子に乗っていた、乗りすぎていた。店主が薄ら寒い笑顔を浮かべていることに気づかないほどに。

 

「お客様」

 

「あ?なんだ?」

 

 

「誰の店で誰の悪口言ってんだこのガキ」

 

 

瞬間、ダイロンはちょっと文字には起こせないような(むご)い音を出しながら飛んでいく。店のドアをつき破り、道の反対側の小物屋の壁に当たって止まる。

かわいそうなのは店に残されたギアンの方だ。アイナに睨まれたギアンはまさに蛇に睨まれた蛙、というより龍に睨まれた(おたまじゃくし)。惨めにも程がある。

 

「お客様はー、アレ(・・)のお連れ様ですかー?」

 

「ひっ」

 

「お代はけっこーですのでー、アレ(・・)持って帰ってくださいねー」

 

「はいぃぃぃ!!」

 

ギアンはダイロンを回収して走り去っていった。

 

めでたし、めでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイナ・クラネル 恩恵無し
エイナの子供。18歳。姉弟で一番年上。頭が良く、よく他の妹たちから頼られる。格闘術の天才で鬼のように強い。ほんわかと会話することから適当に流していると思われがちだが家族に対してはかなり真剣に話している。家族以外に対しては………営業妨害になってしまうので言わないでおこう。
容姿は薄い茶色の髪に濃い茶色の目で長身、そして巨乳。


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本編:英雄と冒険 異常(イレギュラー)

感想お待ちしております!!

今回辺りから、本編っぽいものに入っていきたいと思います。




バベルの前、よく冒険者が待ち合わせ場所として利用する噴水前にリリアとアイル、リーユは立っていた。既に待ち合わせ時間を半刻ほど過ぎている。

 

「遅い!」

 

「まあまあ、そんなにカリカリしないでよリーユ姉さん

いつものことじゃないか」

 

「いつものことだから怒っている!」

 

ルーズな性格の多い冒険者といえど、理由もなく遅れるものは少ない。ダンジョンで死と隣り合わせの冒険をする彼らはそういったところには厳格な節がある。

さて、フルメンバーともいえるこの三人が揃っていて誰が来ていないのかというと、ティオである。あまり一緒にダンジョンに行くことはないが時々共に潜っているのだ。

時間どころかあらゆることにおいてルーズな性格をしているティオは待ち合わせに時間通りに来たためしがない。

 

 

 

 

「おーまったせー!」

 

「遅い!何をしていたんですか!

いいですかティオ、冒険者が時間にいい加減なのは共に探索するものとして…」

 

リーユ姉さんのありがたい説教が始まったがおそらくティオは聞いていない。というかあの顔を見るに怒られていることにも気付いていないのだろう。

 

「聞いてますか?ティオ」

 

「きーてる、きーてる」

 

聞いてないだろ。

 

こういった適当な性格をしているティオは、何事もきちんとしたいリーユとは折り合いが悪い。というか相性か悪い。

 

「おはよーアイル」

 

ティオはリーユのことを完全無視しながら無駄に元気のいい挨拶をしてくる。(ぬか)に釘という諺を思い出した。

余談だがアイルはティオを若干苦手に感じている。昔ちょっとあったので。

 

「…おはよ、ティオ

レベルアップおめでとう」

 

「ありがとー」

 

そう、実はつい三日ほど前にティオはレベル4になったのだ。

 

「ここで話をしていても仕方ありません

早速ダンジョンに行きましょう」

 

「おー!!」

 

 

「ちょっと待てや!」

 

いざ行かん!ってタイミングで怒鳴り声が響く。そちらを見るとなぜかダイロンがいた。

そういえばティオの側付きやってたっけ。

 

「あれ?ダイラン何でいるの?」

 

「ダイロンです!

というかティオさん、ヘスティアファミリアの奴らとダンジョンに行くなんて聞いてませんよ」

 

「えっ?ティオ、言ってなかったの?」

 

現代では違うファミリアの者同士でダンジョンに潜るのは珍しくない。しかし、その場合は主神に許可を取るのが常識だ。当然、アイルたちもヘスティアに許可を得ている。

ロキの名前を出したとき非常に渋い顔をされたが…

 

「あれ?言ってなかったけ?」

 

「聞いてません!」

 

「じゃあそういうことだから、

ロキには言っといてタイロン」

 

「ダイロンです!

あと、俺も連れてってください」

 

それは困る。リリアに絡まれると面倒なのでアイルは断るために話に入ろうとする。

 

「いや…」

 

「んー、でもパイロンにはちょっと早いんじゃない?25層辺りまで行くつもりだし」

 

「それならそこの小人(パウルム)も同じじゃないですか!

あと、ダイロンです」

 

「リリアはいいんだよ、リリアだもん

 

いーからロキに伝えといてね、シェンロン」

 

いい加減名前を覚えてあげてほしい。願いを叶える龍みたいな名前になってしまっている。もはやダイロンがかわいそうだ。

 

「それじゃー行こー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上層を一気に通り抜けて中層に到着。リリアもいるためここからはそれなりに気をつけなければならない。まあ、アイルの万事幻視(スキル)は壁を透視してモンスターの出現を先に知ることができるためそこまで問題はないのだが。

アイルの万事幻視(ファントムアイ)精神力(マインド)を消費しないのでダンジョンではほとんど発動しっぱなしにしている。

 

「16層にもなると私じゃ勝てなそうだな」

 

「そうかな?頑張ればなんとかなると思うよ」

 

中層のモンスターはレベル2にとってちょうどいいくらいである。しかし、リリアは戦闘センスがないのでここら辺でも厳しいかもしれない。もちろんそんな事本人には言わないが。

モンスターの掃討は基本的に他の三人で引き受ける。リーユが小太刀で敵を吹き飛ばし、アイルがナイフで切り刻む。

そして、ティオは…ミノタウロスにドロップキックしていた。

 

「ティオ…武器はどうしたのですか?」

 

「忘れて来ちゃった」

 

「そんなやつおる!?」

 

リーユの質問に悪びれもせずティオは答える。

ダンジョンに入るのに武器を忘れるなど前代未聞ではないだろうか。

今回の目的地は25階層付近。レベル4から5の彼らにとっては危険というほどの深さではないが、安全マージンは取れるだけ取っておいた方がいい。武器を忘れるなどもっての他だ。

 

「まったく、仕方ないなティオ姉さんは

どこに忘れてきたの?」

 

「私の部屋かな?」

 

「ティオ姉さんの部屋ね…

 

小人(こども)子供(こども)』…」

 

リリアが詠唱を開始する。おそらく魔法を使うのだろう。

リリアの魔法『トレード』は二つ以上の物の場所を入れ換えるという、他に類を見ない貴重で特殊な魔法だが五つの発動条件がある。

一つ目は、入れ換える物は二つとも非生物に限ること。つまり瞬間移動には使えないとういことだ。二つ目は入れ換える物の片方は自分の手元になくてはならないこと。三つ目は手元にない方の物の形をよく知っていなければならないこと。四つ目は二つの物が同じくらいの大きさでなければならないこと。

そして最も厄介な条件である五つ目は、入れ換える二つの物が詠唱中に動くと発動できないというものである。

これらの厳しい条件を満たさなければならないため非常に使いづらい。まあ、それを差し引いても強力であることにはかわりないが。

 

「『英雄になれない小さきもの

弱者の小賢しい小さな悪戯

トレード』」

 

瞬間、ダンジョンの壁面から落ちて転がっていた岩がティオ愛用の大剣に変わる。

 

「何度見てもすごい魔法だね」

 

「ありがとアイル兄さん」

 

「ティオ、あなたもレベル4になったのだからもっとちゃんとしなさい」

 

「わかったよー」

 

分かってないのがまる分かりな返事をするティオ。おそらくまたいつかやらかすだろう。

 

「レベルアップといえば、ティオ姉さんの次の二つ名何だろね」

 

「そっか、二つ名更新されるのか…

次の神会っていつだっけ?」

 

「一週間後だって、ロキが張り切ってた」

 

アイルは二つ名に関してはあまり恵まれていないと思っている。無難なものばかりだからだ。ヘスティアはいいものを勝ち取ったと満足げだったが、アイルはもう少し格好いいものがほしい。英雄への強い固執があるのだ。

 

 

 

三人でモンスターを倒しているのでローテーションを組んでいる。二人がモンスターを倒し、一人がリリアを守る。やり過ぎな気がしないでもないが何が起こるかわからないのがダンジョン。念には念をいれておきたい。そういった対応がリリアにとっては辛いのだが。

 

「じゃあ今度はアイルが後ろね」

 

「分かった」

 

とはいうもののレベル4と5の冒険者が二人がかりで殲滅に向かえばいかに中層のモンスターといえど長くは持たない。

しかし、リーユとティオは致命的に『合わない』。大剣を大きく振り回して戦うティオは他人と共闘することができない。

結局コンビネーションを棄てて各々戦うことにした。

 

「なにやってるの二人とも…」

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、ダンジョンにはイレギュラーがつきものだ。冒険者にとっては当たりまえに知っていること。当然彼らも知っていた。知っていただけだったが………

 

リーユとティオがモンスターを殲滅し終わったその瞬間、ピシッという妙な音がした。

アイルはリリアを守るべくそっと近くによる。同時に万事幻視(スキル)を使い左右の壁を見るが異常はない。当たり前だ、異常があるのは左右()ではなく(天井)なのだから。

 

落石。ダンジョンの中層ではありふれたハプニング。しかし、アイルたちはそれを経験したことがなかった。落ちてきた石は天井まで積まれ道を塞ぐ。

幸運にも一人として巻き込まれなかった。不幸にも分断されてしまったが。リーユとティオ、アイルとリリアに別れてしまった。

 

「リーユ姉さん、ティオ、そっちは大丈夫?」

 

「こちらは問題ありません

そちらは大丈夫ですか?」

 

「僕もリリアも無事だよ

それにしても見事に分断されちゃったね」

 

「リーユねぇ、魔法でこの瓦礫吹っ飛ばせない?」

 

「できますけど、やめておいた方がいいでしょう」

 

ダンジョンで落石が起きた場合、高火力な攻撃魔法は使わないのが鉄則である。脆くなった天井がさらに崩れ、被害が広がる可能性があるからだ。

 

「仕方ない、一端別れて後で合流しましょう

18階層のリヴィラの街で待っています」

 

「分かった」

 

18階層はモンスターが一切自然湧き(ポップ)しない『安全階層(セーフティ・ポイント)』として有名で、宿や店も揃う街まである。

問題は17階層にいるゴライアスだが、レベル4の身体能力なら、走って突っ切れるだろう。

 

「じゃあ、後でね」

 

「ええ、気をつけて」

 

 

 

 

 

 

数分後、先に17階層にたどり着いたのはリーユとティオの方だった。

 

「行きますよティオ」

 

疾走する。ティオはレベル4に成りたてだが、一直線に走り抜けるぐらい訳ない。正直、レベル4と5の冒険者が二人がかりで戦えばゴライアスを倒せないこともないのだが、ティオはレベル4に成りたてで、体がついていけているとは言いがたいので一応やめておいた。

脇目も振らずに疾駆する。結果、無事17階層に到着できた。

 

しかし、彼女たちは気付いていなかった。『迷宮の弧王(モンスターレックス)』の異変(・・)に………

 

 

 

 

これはアイルたちが17階層に到着する僅か一分ほど前の話

 

 

 




ティオ・クラネル Lv,4
力:E475 耐久:G208 器用:I34 敏捷:H124
魔力:I0
拳打:F 潜水:H 対異常:I

《魔法》
なし

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
熱戦激闘(デッドヒート)
・戦闘開始後、一定時間経過ごとに力のアビリティ上昇
損傷(ダメージ)を与えるほど力のアビリティ上昇
狂化狂乱(バーサーク)
損傷(ダメージ)を受けるほど力のアビリティ超上昇
損傷(ダメージ)を受けるほど耐久、器用、敏捷のアビリティ低下

ティオナの子供でアマゾネス。14歳。大剣を用いた大雑把な戦い方をするため、器用が非常に低い。生まれつき力のアビリティの成長が速い。適当な性格をしていて自力で生活するのも厳しい。
容姿は浅黒い肌にセミロングの黒髪、黒い目をしている。
二つ名は『怪力(ギガンツ)



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強化種(ミノタウロス)

感想お待ちしております!!

やっと戦闘シーンが書けます(歓喜)


女が三人寄れば姦しいという。なるほど、うまく言ったものだ。

では、牛が三匹寄ればどうだろう?

なるほど、確かに(ひし)めいている。

目の前には(ミノタウロス)が三体立っている。ただのミノタウロスなら問題ないだろう。しかし、その肌は赤黒い。おそらく強化種だ。

通常のミノタウロスの適正レベルは2、しかし強化種となれば少し上がる。しかも三体だ。正直レベル4では足りない。

 

「三体同時に強化種とかあり得るの?」

 

「あり得ないよ普通…

逃げた方がいいと思うアイル兄さん」

 

「いや、ここを通らないと下には行けない…

リリア、離れてて」

 

腰に差したナイフを抜き構える。長年の相棒《小さな牙(リトルファング)》だ。第一等級武器には及ばないがヘファイストスファミリアで手にいれた大事な相棒だ。

 

三体のミノタウロスのうち二体は素手、残り一体は大剣を持っている。油断すると深傷を負うかもしれない。

 

自慢の敏捷をいかして突貫する。一番奥の大剣を持ったミノタウロスに斬りかかる。こういった場合一番手前の相手に攻撃し相手を盾にして戦うのが定石(セオリー)だが、モンスターの場合は仲間ごと大剣で斬り飛ばしにくるのでリーチの長い得物を持つものから倒しにいったほうがいい。

普通であれば成す術なく一瞬でやられていたであろうミノタウロスはさすが強化種といったところか、見事大剣でその一撃を防いだ。あと数合やりあえば魔石に届くだろうが、今回は一対一ではない。

振り替えると同時にハイキックを放つ。遠心力をのせた蹴りは迫っていたミノタウロスの拳を払いのける。その衝突の勢いを利用して、上がった右足を下ろす事なくバク転する。三体目の拳をバク転でかわしながら大剣を持ったミノタウロスの剣の間合いの内側に入り込む。

ミノタウロスは右手の剣で攻撃することを諦め左手で拳を放つ。体の大きいミノタウロスにとってかなり無理な体勢だが、強化種の一撃はそこそこの威力がある。アイルは横に飛びギリギリでかわしたが、拳がぶつかった地面には小さな陥没ができるほどだった。

 

仕切り直し。すでにアイルは三体の力量を計り終えていたが、そう簡単に決着はつかないだろう。

 

再び突貫。スキルによってブーストされた敏捷は残像を残すほどの速度でミノタウロスに迫る。おそらく本能で防いだのだろう。小さな牙(リトルファング)がミノタウロスの外皮に触れる前に大剣が滑り込まれる。超高速で衝突した二つの金属は激しく火花を散らす。ギャリッ、という嫌な音をたてながらお互いを逆方向に弾いた。アイルは弾かれた勢いを利用して、空中で体を捻る。そして、真後ろにいたミノタウロスの顔面に蹴りを放った。空中で発生した回転のエネルギーを余すことろなく込められた横薙ぎの蹴りはかなりの威力があったが倒すには至らなかったらしい。派手に回転しながら飛んでいったミノタウロスはそれでも動いていた。追撃したいところだが二体のミノタウロスに背を向けたままなのは非常にまずい。既に三体目のミノタウロスが強靭な角をこちらに向けて突進してきているのが気配で分かった。アイルは空中で蹴りを放った直後だ、着地してから回避は難しい。

しかし、アイルが焦ることはなかった。着地と同時に体を反転させる。ミノタウロスの角はすぐそこまで来ている。アイルは体を大きく後ろに反らした。二本の足でしっかりと地面を捕まえ、倒れるのをなんとか防ぐ。

結果、アイルは突進のために前傾姿勢になったミノタウロスの下に潜り込んだのである。この好機を逃すアイルではない。小さな牙(リトルファング)をミノタウロスの胸の中心に突き立てる。万事幻視(ファントムアイ)で魔石の位置は丸見えなため一撃で魔石を砕くことに成功した。

しかし、体を大きく反った状態から戻ると二体のミノタウロスに挟まれた状態になる。二体ミノタウロスは同時に攻撃してきた。コミュニケーションをとれるという情報はないので、おそらく偶然タイミングが合っただけだろう。しかし、二体同時の攻撃を捌ききるのは厳しい。

 

「ケラヴィス!」

 

瞬間、アイルの左手から発生した雷が大剣を持ったミノタウロスを襲う。速攻魔法であるため威力には期待できないが目眩ましにはなる。もう片方のミノタウロスの大振りな角の一撃を右手のナイフで逸らしてから、跳躍して離脱する。一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を行う上で最も大切なのは常に一対一の状況を作ることだ。二体に挟まれた状態で戦うのはアイルの戦い方ではない。

既にミノタウロスは体制を整えこちらの隙をうかがっている。しかし、先程とは違いその数は二体だ。たった一体の差が心理的な面で大きな余裕を作った。

 

「ケラヴィス!」

 

速攻魔法の七連射。威力が低い代わりに反応しずらい雷撃が素手のミノタウロスを襲う。倒すには至らずともその表皮を焼くことはできたようだ。しかし、アイルはそれを確認せずに大剣を持ったミノタウロスに突進する。突き出したナイフは再び大剣に防がれるが今度はそのまま押しきった。地面を踏みしめ踏ん張ったアイルはミノタウロスを奥に数M(メドル)ほど押し込む。

そして再び突進。魔法を当てたミノタウロスが戦線に復活する前に走り出す。ミノタウロスは大剣を大きく振り応戦しようとするがアイルはそれを読んでいた。

陽動(フェイント)。突進を中断(キャンセル)し急停止したアイルの鼻先僅か数ミリを大剣が(はし)る。大剣を振り切ったミノタウロスの体はがら空きそのもの。一M(メドル)ほどの距離を一瞬で詰め、魔石にナイフを突き刺す。

 

「ケラヴィスッ!!」

 

ついでと言わんばかりにナイフを通して魔法を叩き込むと、ミノタウロスの背中に雷が咲いた。

残すは一体。大剣を拾い上げ、ナイフを腰の鞘にしまう。

アイルは大剣を使ったことがない。しかし、大剣を扱うのに技術は余り必要ない。大剣とはそもそも『斬る』ではなく『叩きつける』ための武器であるため、筋力さえあれば扱える。

アイルは大剣の柄を両手で握りしめてミノタウロスに突貫する。そして、ミノタウロスの目の前で左足を軸に駒のように回り大剣を叩きつけた。その様は不恰好としか言いようがなく剣に振り回されているようにしか見えない。しかし、威力はあった。十分な助走を経た回転は剣先に伝わり、ミノタウロスの体を吹き飛ばした。

ダンジョンの壁に叩きつけられたミノタウロスはピクリとも動かない。絶命したのだろう。

 

 

 

 

 

 

リリア・クラネルはその戦いを見ていた。最初から最後まで。

 

アイルは自己評価が低いが、間違いなく戦闘の天才である。

背中に目がついているかのように背後を把握し、未来でも見ているかのように次の動きをベタ読みする。反射神経は人並みを大きく上回り、判断力は既に熟年の冒険者と比べても遜色ない。

リリアが尊敬する兄はそういったステイタスに反映されない部分において他の冒険者たちと一線を画している。その証拠に兄はミノタウロスの強化種三体に挑み、一撃ももらわずに勝ってしまった。アイルの姉弟達はこの才能を高く評価している。そしてリリアもまた憧れている。

 

「リリア、悪いけど魔石とってもらえる?」

 

そう言うと、アイルは座り込んでしまった。疲れたのだろう。

 

「あ、うん…分かった」

 

強化種の魔石はギルドで高く買ってもらえる。いまだに生態が掴めない強化種の魔石は希少であり調査する必要があるからだ。三体中一個しか残せなかったのは残念だが、背に腹は変えられない。

『死んで花実が咲くものか』というやつだ。

リリアはサポーター歴がかなり長い。魔石を抉り出す作業は慣れたもので、簡単に終わらせてしまう。取り出した魔石を背嚢(バッグ)に放り込んで代わりに小瓶を二つ出す。

 

「はい、アイル兄さん」

 

「ありがとうリリア」

 

小瓶を受け取ったアイルは一気に二つともを飲みほした。中身はもちろん回復薬(ポーション)だ。旨くも不味くもない味が口内に広がる。微妙な味がするこの液体は可能な限り一気飲みする方がいい。

昔、一時だけ回復薬(ポーション)に味がつけられていて甘い味がした時期があったが、嗜好品として楽しむ者が出始めたため現在ではなんともいえない味に戻っている。

今アイルが飲んだ回復薬(ポーション)は疲れを癒すポーションと精神力(マインド)を回復するポーションだ。既にアイルは万全の状態になっていた。

 

「そういえばアイル兄さん、何で剣を使わなかったの?」

 

「………」

 

アイルはナイフを好んで使うが細剣も使える。ナイフの方が小回りが効くため普段はそちらを使っているが、単純な攻撃力では剣には及ばない。最初から剣を使っていればもっと速く片付いていたであろう。

そんな意図が込められたリリアの質問に対するアイルの答えは黙秘。

リリアは嫌な予感がしながらも再度問う。

 

「アイル兄さん…?

そういえば剣、何処にあるの?」

 

普段アイルの腰につけられている剣が見当たらない。もうほとんど確信に変わった疑念がアイルに向けられていた。

 

 

「………忘れちゃった」

 

 

「は? はあぁぁぁぁぁ!?」

 

どうやらダンジョンに得物を忘れるバカはティオだけではなかったらしい。

こんな兄に憧れを抱いているのか…と、リリアの評価が少し下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイル・クラネル Lv,4
力:B754 耐久:H186 器用:S986 敏捷:SS1102
魔力:D501
幸運:G 対異常:H 逃走:I

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正



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嘆きの巨人(ゴライアス)

感想お待ちしております!!
出来れば高評価もしてください!


ダンジョンは地下に深く伸びていて、階層を下るほど出てくるモンスターが強くなっていく。

しかし、16、17、18階層に関しては例外と呼べるだろう。数字上では連続していてもその様相は大きく異なる。

16階層では強くてもミノタウロス程度。ミノタウロスの単独撃破は実質レベル3クラスと言われているが、他のモンスターはレベル2相当だ。

しかし、17階層はダンジョンの中でも例外中の例外。『迷宮の弧王(モンスターレックス)』が支配するその階層は他のモンスターは出ない。しかし、そのたった一体の強さが16階層とは桁外れなのだ。

ゴライアス。全長7M(メドル)にも及ぶその巨人は、最低レベル4相当。一個上の階層と大きな差がある。

しかし、その難所を抜け18階層に到着すれば、そこは一転安全階層(セーフティ・ポイント)と呼ばれるモンスターが出現しない階層となる。

今アイルとリリアはそこに向かっている途中だった。

 

「さすがに緊張するねアイル兄さん」

 

「まあ、確かにね」

 

ゴライアスはレベル4相当だがさすがにアイル一人での撃破は厳しい。走って逃げきりたいが今回はリリアがいる。リリアを担いで走り抜けるのは敏捷の高いアイルでも怪しい。これは一種の賭けでもあった。

 

「じゃあ行くよ」

 

アイルはリリアを担ぐ。さながら米俵のように。

英雄なら横抱き(お姫様抱っこ)するべきだろうが、リリアは大きな背嚢(バッグ)を持っている。横抱きは無理があるだろう。

 

 

17階層に下りると脇目も振らずに走り出す。18階層へ続く穴までの距離は30M(メドル)ほど。アイルならたとえリリアを担いでいたとしてもほんの数秒で到達できる。

ゴライアスの攻撃はギリギリ間に合わないはずだった…本来は。

あとほんの5M(メドル)ほどといったところで漆黒の巨腕がアイルの真横を通過した。弾丸のような速さで通り過ぎて行った巨腕(それ)は17階層の白い壁面に突き刺さる。アイルとリリアはそこで初めてゴライアスを見た。

 

漆黒。

伝え聞くそれとは、今まで見たそれとは大きく異なるその色。知っているゴライアスと似ているが確かに違う深い黒。

『漆黒のゴライアス』。20年ほど前、(ベル)が討伐したとされる幻のゴライアス。ダンジョンに入り込んだ神を抹殺するために出現した嘆きの巨人。

 

「どう…して…?」

 

漆黒のゴライアスがいるのか?

そんな事を問うても意味はない。逃げなければ。『漆黒のゴライアス』はレベル4では到底敵わない。そんな事分かっているが足が動かない。

 

「アイル兄さん…アイル兄さん!

走って、早く!」

 

リリアの叱咤で意識が戻る。恐怖が和らぎ逃走を再開せんと腰を浮かす。前を向き足に力を込める。

そして見てしまった…絶望を。

おそらく先程の一撃のせいだろう…18階層に続く穴が瓦礫で塞がれていた。

 

「うそ…でしょ…」

 

逃げるしかない。

アイルは急いで反転して来た道を戻ろうとする。

しかし、ゴライアスはそんなアイルを嘲笑うように入り口の上に巨腕を叩き込む。

派手な音をたてながら崩れた壁は入り口を塞いでいた。閉じ込められたのだ17階層に。

おかしい。賢すぎる(・・・・)。モンスターが知恵をもって逃げ道を塞いだ。ゴライアスは比較的知能の高いモンスターだがここまで賢くはなかったはずだ。

しかし、その事を今考えている余裕はない。

逃げれないなら討伐するしかない。

 

「リリア、離れてて」

 

「そんな…無理だよ、勝てっこない!」

 

そんな事は分かっている。

 

「いいから早く行け!」

 

これしか選択肢がないのだ。

戦うしかない。ゴライアスに向けて高速で走り出す。戦闘に入ることで上昇した敏捷はレベル4どころかレベル5の中でも上位にくい込むだろう。

一瞬で肉薄して腰の小さな牙(リトルファング)を抜き放ちゴライアスの右足に斬りかかる。

長年の相棒はゴライアスの漆黒の外皮に接触し……………弾かれた。

ガギンッ、という嫌な音をたてながら後ろに弾かれたアイルは直後、直感に任せて後方に跳躍する。アイルと入れ違いになるように現れた漆黒の拳は地面を大きく抉った。

人形(ひとがた)モンスターであるゴライアスが自分の足元に拳を叩き込んでくるのはさすがに予想外だった。

無理な体勢になっていてどう見ても隙だらけなのにアイルの嫌な予感は消えない。

ゴライアスは上体を起こしながら左足で蹴りを放ってきた。アイルは冷静に横に避け、通り過ぎていくゴライアスの足にナイフを滑らせる。

しかし、それでも斬れない。ガリガリガリッと、嫌な音をたてるだけでゴライアスには傷ひとつなかった。

 

「ふざけんなっ!」

 

固すぎる。(ベル)が戦ったというゴライアスより固いのではないか。レベル4の攻撃を受けて傷ひとつつかないのは明らかにおかしい。

 

「アイル兄さん!」

 

リリアの声に反応してそちらを向くと水色の物体がとんできた。能力上昇薬(ステイタスブースター)だ。

アイルは棒状のそれの片端を口に咥えると、もう片端に精神力(マインド)を流し込む。するとたちまち蒼炎がたち揺らめいた。ゴライアスの拳をかわしてから岩陰に隠れると、蒼炎は根本の方まで来ていた。

口内に溜まった気化薬を飲み込む。肺で血液に溶けた薬は心臓の拍動に押し出され全身を駆け巡った。

 

「あっ…がぁ…」

 

激痛。

能力上昇薬(ステイタスブースター)』とは、その名の通り一時的にステイタスを跳ね上げることができるアイテムだ。

当然、強力であるゆえに反利益(デメリット)も多い。その一つが激痛だ。全身の血管が一気に膨張するかのような激痛がはしる。

しかし、いつまでも岩陰に隠れてはいられない。痺れを切らしたゴライアスはアイルを岩ごと吹き飛ばそうとした。

アイルは直前に飛び出していたが、くらっていたらただでは済まなかっただろう。

 

激痛を無視してゴライアスを見上げると(わら)っているような気がした。

 

再び突進。ドーピングによって強化されたステイタスは先程とは比べ物にならない威力を実現する。

アイルとそのナイフはゴライアスの外皮に当たり……………

 

 

 

 

 

もう一度弾かれた。

 

 

 

 

 

 

兎は牙が効かない相手には太刀打ちできない。ゴライアスの強力な攻撃をひたすらかわし続けるだけ。敏捷のステイタスだけがゴライアスを上回っている。

ゴライアスはただ拳を振るい、足で踏み潰そうとしているだけ。何の技もないその攻撃がアイルを追い詰めているということは、それだけお互いの実力差があるということだ。

このままではジリ貧だ。先に体力が尽きるのはどう考えてもアイルの方。どこかで打開しなければならないのはアイルが一番わかっているだろうが、アイルにはゴライアスに傷をつける方法すら持ち合わせていない。

それこそがアイルの弱点。圧倒的な火力の低さ。強力な魔法を持たないアイルにはゴライアスの外皮を破る方法はない。かねてよりの弱点が今、露見した。

 

ゴライアスの拳がアイルの裾をかする。余裕を持ってかわしていた攻撃が近付き始めた。むしろよく凌いでいたとすら言えよう。さすがの敏捷だ。

しかし、耐久の低いアイルではゴライアスの攻撃に耐えれるかは分からない。回避が失敗したときがアイルが敗北するときだろう。そして、それはもうすぐだ。

体力が尽き始めたアイルは額に大量の汗をかいていた。息はあがり速度も落ちてきている。誰が見てもアイルが限界なのは一目瞭然。

そう、誰が見ても…。

 

「アイル兄さん!!」

 

リリアは岩陰を飛び出し大声をあげた。その両手にはアイルの細剣が握られている。魔法を使ったのだろう。

しかし、それは危険過ぎる行為だった。

 

「リリア!?ダメだ!」

 

アイルがリリアに気づいたようにゴライアスもまた、リリアに気づいていた。

アイルはリリアに向けて走り出す。その距離10M(メドル)ほど。

間に合う筈だった…いつもなら。

限界が近いアイルの体は鉛のように重く、足は思った速度を出してくれない。

ゴライアスが嘲笑(わら)ったような気がした。

リリアの小さい体は漆黒の巨腕に軽々と吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリア!?リリアッ

返事してっ…お願いだから返事してよっ!」

 

吹き飛ばされたリリアの体は無惨の一言だった。見るからに血は流れすぎていたし四肢はおかしな方向に曲がっている。折れた肋骨が胸を突き破り、胸は僅かにも上下運動をしなかった。

隙だらけのアイルにゴライアスは攻撃してこない。楽しんでいるのだろう。見なくても嗤っていることが分かる。

 

「リリア…リリア…」

 

アイルの頬には涙が流れ、乱れた呼吸はなかなか戻らない。

アイルはリリアの背嚢(バッグ)を拾い上げ無造作に開く。いつもは整頓されているはずの中身はさっきの衝撃のせいか混沌としていた。

アイルは中をあさり目的の物を引っ張り出す。金色の液体が入ったビン。

最近開発されたばかりの回復薬(ポーション)。名前は『神の雫』。体力全回復、精神力(マインド)全回復、状態異常全回復、欠損部位修復の効果を持つ最高級回復薬(ポーション)だ。

 

「リリア?聴こえる?ポーションだよ

飲んで、お願いだから飲んで!」

 

しかし、リリアは飲まない。気絶しているからだ。心停止もしている。このままではあと数十秒ももたないだろう。

アイルはビンの蓋を開けると中身を自身の口に流し込んだ。他のどんな回復薬(ポーション)よりも気持ちの悪い味が広がる。

アイルは『神の雫』を含んだ口をリリアの口に押し当てる。自らの口からリリアの口の中に液体を流し込み、舌を入れて器用に喉へと押し込む。

『神の雫』でも死者を生き返らせることは出来ない。リリアの命がまだあるかは正直微妙。生きてさえいればなんとかなる。

リリアの口から離れ数秒経つとリリアの体が急速に治り始めた。どうやら生きていたらしい。

 

「…よかった…」

 

目を開けないリリアを背嚢(バッグ)ごと岩陰に放り込み細剣を拾う。デスペレートMK2(マークツゥー)、母の予備の剣をアイル用に加工した剣。

リリアを『守る』ために戦う。

格上に対する守るための戦い。【英雄ノ子(クラネルブラッド)】が最も効力を発揮する状況が今出来上がった。

涙はいつの間にか止まり、疲れも感じない。超強化されたステイタスと戦意だけがアイルに残っていた。

 

ゴライアスの攻撃を紙一重で避ける。先程とは違い完璧に見切った上での最小回避。ナイフを片手にゴライアスの周りを回る。剣は腰に差したままだ。

ゴライアスの攻撃を避け、避け、避け続ける。

そして、その時が来た。ゴライアスの無駄に大振りな一撃。これを待っていた。

ゴライアスが大きく腕を振りかぶった瞬間、アイルも同時に腕を振りかぶる。そして、ナイフをゴライアスの顔に投げつける。拳を放とうとしていたゴライアスはそれに驚き拳の威力を落としてしまう。結局、ゴライアスの腕はアイルの目の前で止まった。

それを見たアイルの動きは素早かった。腰に差した細剣を高速で引き抜く。全身の関節を連動して振るわれた剣は抜剣と剣閃が一対となった神速の(ひらめき)。アイルが最も信頼する最速最強の一撃。

アイルの最強はゴライアスの漆黒の外皮を捉え、食い破っていき…

 

 

 

 

…巨人の腕の半分ほどで止まった。

 

「…う…そ…」

 

絶望(desperate)

アイルの最強の一撃はそれでもゴライアスの腕を斬り飛ばすには至らなかった。

 

ゴライアスは左の巨腕を振るう。呆然としているアイルはまともに防御することも出来ずもろにくらってしまう。弾丸の様に吹っ飛んでいったアイルは空中でゴライアスに捕まる。巨人に握られたアイルはなす術なく地面に叩きつけられ、ついでとばかりに右腕の一撃で白壁まで飛ばせれる。

壁に赤いシミを作ったアイルはピクリとも動かない。

 

漆黒のゴライアスは嘲笑(わら)っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイルのいる17階層の遥か上。バベルの一角にいるフレイヤはその様子を見ていた。美の女神であるフレイヤはそこにいるだけで子供達を魅了してしまうため特別にバベルに住むことを許されている。

側に控える一人の大男は苦々しい顔をしている。その男の名はオッタル。かつて頂天と渾名された男。英雄(ベル)と覇を競いあった猛者。現在のレベルは9、最強の一角である。

 

「フレイヤ様、畏れ多くも意見させて頂いてよろしいでしょうか?」

 

「いいわオッタル

言ってみなさい」

 

アイル(あの子供)にこの試練はまだ早いかと…」

 

「そうかしら?だって英雄(ベル)の子よ?

このくらいなんとかしてくれないと困るわ」

 

その瞳には愛情が浮かんでいる。

かつて手に入れることが出来なかった宝石の子供。宝石(ベル)に勝るとも劣らない輝き。

欲しい…欲しい…欲しい…

歪んだ愛情を持つ美の女神が与えた試練はアイルを苦しめる。

 

英雄は立ち上がらない。

 




能力上昇薬(ステイタスブースター)
アスフィと作った薬。一時的にステイタスを跳ね上げることができる。
しかし、激痛を伴うことも多い。
また、反動で体を壊しやすいので好んで使う者はいない。
薄い水色で煙草のような形をしている。
先端に魔力を流すと綺麗な青色の炎が出る。
体内に摂取できれば何でもいいのだが口に咥えて経口摂取するのが一般的。
5本セットで一億ヴァリスほど。

『神の雫』
ナァーザが開発した薬。
体力全回復、精神力(マインド)全回復、状態異常全回復、欠損部位修復の効力を持つ。
非常に強力な薬であるため、開発から半年も経っていないにも関わらず売れに売れて、ミアハファミリアは長年続いた零細ファミリアの汚名を払拭した。
1本2億ヴァリスほどする。(ぼったくりではないらしい)



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英雄(アイル・クラネル)

感想お待ちしております!

アイルは死なない、だって主人公だから

今回はアイル主観を主観にして書いてみました


18階層、リヴィラの街。最近拡大し続けているこの街は物価が異常に高いことで有名だが、それでも物珍しさというのはそれだけで観光資源になるものだ。ダンジョンの中とは思えないほど活気づいたこの街の入り口でリーユとティオは立っていた。既に到着から半刻ほど経っている。

 

「遅いですね、アイルとリリア…

別れた場所を考えるともうとっくに着いていてもおかしくはないんですが」

 

「そう?まだそんなに経ってないよ?」

 

「あなたの感覚で言わないでください

何もなければいいのですが…」

 

「アイルとリリアなら大丈夫だよ!」

 

ティオは無駄に元気な声を上げる。自分の異母兄妹に何かあったと思いたくないのだろう。それはリーユも同じだ。

嫌な予感を抱きつつもリーユとティオは黙って待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…

 

 

自分の体を見ると血まみれだった。着けていたはずのプレートアーマーは木端微塵に砕け、地面に散らばっている。肋骨がバラバラになったせいか胸が不自然に凹凸している。

両腕両足は無事だった。生きているということは首も折れてはいないだろう。

たった三発の攻撃でここまでやられるとは…低すぎる耐久を今頃呪いたくなった。

首を持ち上げ前を向くとゴライアスが嗤っていた。圧倒的弱者を前にした余裕。悔しい。

首を上げたことで頭から血が流れてきた。睫毛に一瞬塞き止められるが結局目に入ってくる。視界が赤く染まった。

これだけやられてもまだ意識があるのは不撓不屈(スキル)のおかけだろう。恩恵(ファルナ)は最後まで戦うことをお望みらしい。

しかし、体が動かない…痛みと恐怖のせいで。

 

 

おそらくもう勝ちの芽はない。ゴライアスが僕をどれ位弄ぶかは分からないが最後には殺されるだろう。

僕は揺らされ過ぎてまともな思考ができなくなった頭でぼんやりとそう考えていた。

 

僕を見下ろすゴライアスはにやっと笑い僕の反対を向く。

 

何処に行くつもりだ?そっちに何があるんだ?何故僕を殺さない?

 

ゴライアスが目指す先には岩があった。そこら辺にいくらでも転がっている岩。

アイルが陰にリリアを放り込んだ岩。

 

まさか…リリアを!?

 

「…や……め……」

 

ゴライアスを止めなければ。

無理に声を出そうとした僕は喉に溜まっていた血塊を吐いた。吐いた血は先に流れ出た血と合流し、血だまりを少し大きくする。

寝っ転がっている場合ではない。ゴライアスを止めなければリリアは殺されてしまう。

軋む体に自分で渇を入れ、無理矢理立ち上がる。

 

「やめろっ!!」

 

みっともなく血を撒き散らしながらあらん限りの声で叫ぶ。痛みを忘れ、怒りだけで体を動かしている状態。

 

ゴライアスはリリアを狙うのをやめ、こちらを向いた。先程とは違う雰囲気。嘲るのをやめた本気の殺意。

ゴライアスは拳を振りかぶる。止めを刺すつもりだろう。

僕は走り出す。不撓不屈(スキル)によって更に強化されたステイタスは先刻よりも遥かに上の速度を実現していた。

通り過ぎた腕を見ると僕の剣が突き刺さったままだった。半分ほどまで斬った筈なのにその痕がない。

 

「…自己再生(リジェネレート)か…」

 

自己再生(リジェネレート)…その名の通り損傷(ダメージ)を自動で回復する能力。

自己再生(リジェネレート)を持つモンスターを倒すには魔石を狙うしかない。魔石を破壊すればどんなモンスターでも活動を停止する。既に魔石の場所は確認済み。後はどうゴライアスの硬い肉を破るかが問題だ。

頭から流れる血を拭うと視界が晴れた。相棒であるナイフを探す。黒に近い岩の地面の中で鈍色に輝き存在感を放っている相棒は僅か数M(メドル)先にあった。

ゴライアスの拳を避けながらナイフに駆け寄る。いちいち屈んで拾い上げている暇はないので前転しながら拾う。速度を殺さないように走り続けながら手の中でナイフを回して逆手に持ち変える。

ゴライアスの巨腕は相変わらず何の芸もなくただ振られているだけ。しかし、その威力の凶悪さは我が身を持って知っている。

ゴライアスの拳を上体を反らすことでギリギリでかわし、逆手持ったナイフを突き立てる。上体を起こしながら力を込めたナイフはゴライアスの外皮に僅に傷をつけた。

しかし、それだけ。確かにステイタスは跳ね上がっているが肉を抉るにはまだ足りない。せっかくつけた傷もほんの一瞬で回復されてしまった。

ゴライアスの伸びきった腕が真横に振るわれる。それだけで僕の体は面白いように宙を舞った。血が空中で撒き散らされて真っ白な17階層に彩りを与える。周りを見渡すと流れた血があちらこちらに散らばって、奇天烈なアートを作っていた。

血を流しすぎている。毎秒ごとに体が重くなっていくような感覚。いっそ眠ってしまえと悪魔の声が聞こえてくる始末。

それでも諦めることはできない。敗けを認めれば『決着』が着いたことになり、不撓不屈(スキル)の効果がなくなって意識が落ちてしまう。そしたら僕は殺されリリアも殺されてしまうだろう。

それは認められない。例えどんなに痛くたって、みっともなく血を撒き散らしたって(リリア)だけは助けなくては。

 

ゴライアスの攻撃を避けて、防いで、弾いて…向上したステイタスは僕とゴライアスに僅かな拮抗をもたらした。避けるしか出来なかった攻撃を受けられるようになり、弾けるようになり、勝負が一方的展開から対等なものに変わる。

しかし、長くは続かないだろう。出血し過ぎた僕は既に動かなくなっていてもおかしくない状態だ。もって後数分といったところ。それまでに奴の魔石を砕かなければいけない。

残り少ない血を頭にまわして考える。

ステイタスは届いている。しかし、相手の防御は突破できていない。ならば技で、経験で、作戦で勝てばいい。ベル()がそうしてきたように、数々の英雄がそうだったように。

そろそろ本当にヤバい。足元がおぼつかなくなってきた。激しい運動をしている筈なのに体は妙に寒い。出血で気を失うことはないが死にはする。

 

 

 

おかしい。今にも死にそうで、怖くて怖くて仕方ないのに、楽しくてしょうがない。

気でも触れてしまったんだろうか?

いや、違う。そうか、このワクワクが冒険ってことなのか。

今までにない窮地。格上に単体で挑む恐怖。死と隣り合わせで戦う高揚感。

これが本当の冒険か。これが英雄の戦場か。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今『冒険』している。

 

 

 

 

 

ゴライアスの表情からは既に嘲りは消えていた。 嘲りは焦燥に、焦燥は疑問に、疑問は恐怖にと忙しく変わり、今は気味悪さに落ち着いていた。

当たり前か、血まみの子供が自分に向かってくるのだから。何度打ち払っても立ち上がり、血を振り撒きながら襲いかかってくるのだから。打ちのめせば打ちのめすほど強くなっていくのだから。

 

さすがに限界だ。決着をつけよう。

限界まで細分化された意識でそう思った。極限の集中状態で次の次の次まで読みきる。ゴライアスの拳がやけにゆっくりに感じた。

 

「ケラヴィス!」

 

速攻魔法の五連射。発生した雷撃をゴライアスに向かって放出………せず、ナイフに押し込める。

『ケラヴィス』は本来付与魔法ではない。だから、これは本来あり得ないなはずの使い方。雷をナイフに押し込み精神力(マインド)で無理矢理押さえつけているだけ。集中を切らせば空気中に霧散してしまうような状態。

魔法に集中しながらもゴライアスの相手をしなくてはいけない。迫るゴライアスの拳をもう一度避ける。今度は横ではなく上に。地面に刺さったゴライアスの腕に乗り顔に向かって疾走する。

巨人の腕を走る少年。まるで物語の主人公のようだ。僕は今、このときだけは英雄なんだから。

 

とはいえ、なにもせずにやられてくれるゴライアスではない。左手で右肩の僕を叩き落とそうとしてくる。当然避ける。もう一度上に。

勢いよく跳ねた僕はそのまま天井に張り付く。ゴライアスの腕の届かない場所(間合いの外)

 

「ケラヴィス!ケラヴィス!ケラヴィス!」

 

これ幸いとばかりに怒涛の連射を行う。一撃も漏らさずにナイフに打ち込み、閉じ込めていく。本来鈍色の刀身は青白く光っている。バチッ、バチッ、っと音をたてながら解き放たれるときを待っているようだ。

下を見るとゴライアスもこちらを見ていた。右腕には僕が走った証拠の赤い線がついている。

 

ゴライアスが口を開ける。『咆哮(ハウル)』の準備だ。質量を持った音はこの距離でも容易く届く。地面に足が着いていない今の僕ではかわせない。

ゴライアスは自らの十八番(おはこ)をこのときのためにとっておいたらしい………僕の読み通りに。

 

天井を強く蹴りつける。跳躍ならぬ墜落。スキルによって超強化されたステイタス、プラス重力によって加速した僕の体は、一瞬で音速の壁を突き破りゴライアスの口の中に突っ込む。大魔法にも届くほどの雷を纏いながら落ちるその姿は神の怒り(落雷)のよう。

神雷の英突(アルゴ・ケラウノス)』。今の僕の全力の一撃。

硬い体を突き破れないなら直接体内に全力の一撃を。

ゴライアスの体内で魔石に突き刺さったナイフは膨大な青雷を流し込み、一瞬の抵抗も許さず砕く。

 

ゴライアスを縦に貫通して地面に降りると体から力が抜けていく。ふと右手のナイフを見ると刀身が炭化していた。パラパラと崩れていく。

 

「今まで有り難う『小さな牙(リトルファング)』…」

 

 

 

 

 

崩れ去った相棒に深い悲しみを抱く。リリアは無事だろうか?リーユ姉さんとティオ、心配してるだろうな。ホームに帰って暖かいご飯が食べたい。

色んな想いが溢れて駆け巡って、纏まらない。

 

ゴライアスが崩れて煙のように消え去った。僕の横に大きな魔石が落ちてきて、僅に遅れてデスペレートMK2(マークツゥー)が落ちてきた。

意識が落ち始める。決着がついたからだ。眠りに落ちるような、闇に飲まれるような、そんな感覚。

 

18階層へ続く穴に積った岩が吹き飛ばされるのを見て僕の意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レベルアップおめでとー」

 

派手なクラッカーの音と共にファミリアの団員が一斉に声を上げる。

 

いつもはバラバラの夕食も今日は一緒だ。自惚れでなければ僕は愛されているのだろう。

 

 

 

今回の一件の落ちを話すと、僕が気を失う少し前にリーユ姉さんとティオが心配になって17階層に来たところ、17階層が瓦礫に塞がれているのを発見したらしい。焦ったリーユ姉さんが詠唱破棄(スペルキャンセル)魔道具(マジックアイテム)まで使って魔法を発動し瓦礫を吹き飛ばしたところ、血まみれで倒れる僕を発見して慌てて回復薬(ポーション)を大量に飲ませたらしい。

その後、リリアも無事発見して地上まで戻ったそうだ。

リリアはその日のうちに目が覚めたが、僕は次の日の夜まで眠っていた。

目が覚めた後はリーユ姉さんにこっぴどく怒られ、そして誉められた。嬉しくもあり、ちょっと照れくさくもある。

リーユ姉さんに怒られた後は抱きついてくるティオをかわしてながら神様のところに赴き、今回の事の顛末を僕の口から説明し、その後ステイタスの更新を行った。

そこでレベル5になり、その次の日である今日、こうして仲間内でお祝いをしているというわけだ。

お祝いはホームの食堂で行っているが、ヘスティアファミリアは料理をできる人間が致命的に少ないため、祝われる側の僕まで準備に駆り出されるという珍事があったが、概ね順調に執り行われている。

 

夜中に明かりをつけて馬鹿騒ぎしているヘスティアファミリアは、静寂な夜のオラリオに少しばかりの活気を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たかしらオッタル…

あの子(アイル)の輝きを」

 

「はい、しかとこの目で」

 

アイルは勇猛な冒険者だった。あの場で最も輝く英雄の原石だった。

オッタルの予想を上回り、単体で『漆黒のゴライアス』を少しばかり強化したもの(・・・・・・・・・・・・)を討伐してしまった。自らの主神の慧眼に今一度平伏するばかりである。

 

「どう、オッタル?貴方から見て、あの子(アイル)は英雄になれそう?」

 

「…はい、

父に勝るとも劣らない輝き、まさに英雄の気配だったかと」

 

アイルの才能と努力には敬意を評するが、やはりオッタルの中で最も重要なのは主神(フレイヤ)だ。正直に答えざるを得なかった。

 

 

 

それがアイルに苦行難行をもたらすと分かっていても。

 

 

 

 

 




アイル・クラネル Lv,5
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0
幸運:G 対異常:H 逃走:H 治力:I

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正

神雷の英突(アルゴ・ケラウノス)
アイルが咄嗟に思い付いた、所謂必殺技。
魔法をナイフに無理矢理蓄積(チャージ)して突進する。
全体的に火力の低いアイルの中ではダントツ一位の火力を誇り、単純破壊力ならレベル6の大魔法に匹敵する。


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閑話:リーユ、リリア、アイナ 休養

感想お待ちしております!


神会(デナトゥス)、三ヶ月に一回行われる神の集まりは主に冒険者の二つ名を決めるために開催される。レベル2を越えた冒険者には二つ名がつけられる。子供たちにとってはカッコいい二つ名だが、実のところ神が中二病的な名前をつけて笑いのネタにしているだけであったりする。

神々が真剣に二つ名を考えるのは一部のある程度の実績を持ち、敬意を持てる者に対してだけだ。実際、アイルの二つ名である『子兎(ラビット)』はその容姿や戦闘スタンスから、『劣化版ベル』という意味の皮肉から来ていたりする。

レベル2の時に得たこの二つ名は二度の冒険を経ても更新されないままだった。

しかし、今回はどうやら二つ名が更新されるらしい。今朝、ヘスティアがアイルにサムズアップしながらそう言っていた。無難に格好いいものを勝ち取って来るらしい。

 

神会におけるヘスティアの地位はこの20年ちょっとで大きく変わった。ベルが黒龍を討伐したため人気ファミリアになり、一躍巨大ファミリアになったからだ。そこそこの発言力があり、恥ずかしい二つ名がつけられるのを何度も防いでいる。しかし、ヘスティアが参加しなかった神会ではそういった中二病的な名前を多めにつけられるため、ヘスティアが参加する神会は『当たりの神会』と称されることもある。

ヘスティアは眷属(子供)を深く愛している神としても有名で、その愛はオラリオでも一、二位を争うほどといわれる。そのため、ヘスティアファミリアの団員の二つ名は比較的落ち着きのある格好いい名前である者が多い。主神に任せておけば大丈夫だと、アイルは安心しながら待っていた。

 

ここ一週間ほどアイルはダンジョンに入っていない。というのも療養中だからだ。日常生活を行う分には全く問題ないが、戦闘はやめておいた方がいいとのこと。

ゴライアスの攻撃はアイルの体に大きなダメージ与えていたようで、医者に見せたところ回復薬(ポーション)で回復したにも関わらず内臓に深刻なダメージを負っていたらしい。能力上昇薬(ステイタスブースター)の反動もあり、体はボロボロだった。

回復薬(ポーション)や回復魔法を使うことで、すぐに治療できないこともないのだが、いい機会だから長めの休息をとった方がいいとリーユが言い張ったためこうして一週間近く休んでいるのである。

 

「といってもさすがに暇だな」

 

アイルは愚痴を溢す。ダンジョンに行けないのならホームの雑事でもやろうかと思っていたが、そういうのはレベルの低い冒険者がやる決まりになっている。といっても、食事や洗濯は各々やっているので、掃除くらいしかやることがないのだが。

このファミリアに集まっている団員のほとんどはベルに憧れて入団している。そのため、アイルたちは敬遠されがちで手伝うといったら凄まじい勢いで拒否されてしまった。

結局、アイルは自室のベッドで本を読むくらいしかできることがない。本を読むのは好きだが、さすがに一週間近くずっと読んでいると飽きてくる。

 

「そんなこと言っても仕方ないでしょう」

 

心地よう透き通った声が戒めるようにアイルに向けられた。アイルが金色の瞳をそちらに向けるとそこにはリーユが座っていた。エルフの中でも特に優れた容姿を持つリーユはアイルの部屋に幻想的な雰囲気を演出している。

本人曰く監視をしているらしいが、実のところは弟が一人で寂しい思いをしないように付き添っているのだろう。姉弟でなければ甘い空気になっていてもおかしくないシチュエーションだが本人たちにその気は全くない。パラパラとページが捲られる音と時折交わされる数言の会話が和やかな日常の空気を作っていた。ダンジョンで日常的に命懸けの戦いをしている彼らにとっては貴重な時間といえる。しかし、貴重な時間も長く味わえば貴重でなくなる。有り体にいえば飽きる。

 

「…では南区(サウス)にでも行きますか?」

 

「そうだね、本でも買いに行こうか」

 

南区(サウス)とはオラリオの南の方に位置する娯楽専用都市。

 

新しい英雄の誕生によりオラリオは20年前から人や神が集まるようになった。人や神が集まると当然スペースが必要になる。拡大を続けたオラリオは20年前の倍以上の面積にまで肥大した。

バベルを中心とした円形巨大都市オラリオは五つの区画に別れている。オラリオの半分以上の面積を占める円形の中央区(セントラル)を中心に残りの場所を東西南北で四つに別けることで全部で五つとなる。

それぞれの区画にホームを構えるファミリアには特色があり、南区(サウス)には娯楽施設が建ち並ぶ。本や雑誌も売っているし、有名な飲食店はここに集まる。

 

「では十分後にホームの前で」

 

簡易的な待ち合わせをしてリーユは部屋を出ていった。それを確認したアイルは寝間着を脱ぎ外出用の服をクローゼットから取り出す。Tシャツの上に黒いパーカーを着て、ベージュの長ズボンを履く。オシャレさなど微塵もない格好だが姉と出掛けるだけでデートではないのだ、服は着てさえいれば何でもいいだろう。所々跳ねている髪の毛を鏡を見ながらささっと直して玄関に向かった。

 

 

 

 

服は着てさえいれば何でもいいと言ったがあれは間違いだったようだ。

リーユは女性にしては準備が早い。それは基本的にオシャレを楽しむ性格ではないからだ。化粧はしないし服にも頓着しない。

 

「だからってリーユ姉さん、探索着はないんじゃない?」

 

「???」

 

そう、なんとリーユはダンジョン探索するときの服装で来たのである。動き易さを追求したため布面積は少ない。さすがに武器は持っていないが、その格好でオシャレの代名詞的な街、南区(サウス)に行くのは恥ずかしい気がする。

 

「…さすがに浮くと思うよリーユ姉さん、

待ってるから着替えてきなよ」

 

「そうですか?しかし困りましたね、私はこれ以外だと寝間着しかもっていない」

 

「………本当に?」

 

確かにそういった人は冒険者には多い。探索中は寝間着を洗濯して、帰ってきたら寝間着に着替え探索着を洗濯する、みたいなサイクルを取る人は珍しくないがそういうのは大抵男だ。年頃の女の子が二着を使い回しているのはどうなのだろう?

 

「とりあえず行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局浮いた。

南区(サウス)についたとたんにリーユは奇異の視線を集めるようになった。

 

「最初は洋服屋に行こうか」

 

 

 

 

大抵の娯楽が揃う南区(サウス)には当然洋服屋も存在する。今回アイルたちが立ち寄ったのは最近できたばかりの『フィモール』という店だった。五階建ての建物の中にはピンからキリまで多種多様な洋服が揃っていて、優秀な店員が愛想よく接してくれることで有名だ。

アイルたちは安い服を探していたので一階を徘徊している。お金がないわけではないがリーユの服を三着は買いたいので高い方には行かなかったというわけである。

オシャレなどわからない二人がどうすればいいのか分からないままさまよっていると噂通り店員が話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませお客様

何かお買い求めでしょうか?」

 

愛想のいい笑顔で話しかけてきた店員は完璧な角度と姿勢のお辞儀をした。グレーと白の制服をピシッと着こなしたショートボブの女性で上品さを纏っている。

 

「はい、姉の服を上から下まで一式揃えて三セットほど…」

 

リーユの方を見ると少し恥ずかしそうにしていた。どうやらこの『お洒落五段』って感じの女性を前に探索服で立っていることに僅に残っていた女としての羞恥心がやっと仕事を始めたらしい。

 

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 

店員の案内通りに昇降機に入ると店員も入ってきて5のボタンを押した。

魔石の力を用いて上に上がることができるこの機械は南区(サウス)の高級店か、バベル位でしか見かけることがないためアイルやリーユも久しぶりに乗る。機械的な音と共に奇妙な浮遊感にさらされ二人そろって驚く。

同時に肩を縮こまらせた姉弟を見て店員はクスリと笑った。

 

昇降機はものの数秒で五階についた。扉が開くとそこはいかにもセレブという感じの作りの店内だった。売っている服はどれも高級そうで、宝石が散りばめられたドレスまである。

店員はドレスコーナーまで歩いていくとこちらに向き直った。

 

「こちらのドレスはいかがでしょうか」

 

手に取ったドレスは黒いシックなデザインで余計なものがつけられていないが、いかにも高級そうな生地を使ったドレスだった。確かにリーユに似合いそうだが今回はそういうものは求めていない。

 

「あの…今回はですね、普段着を買いに来たんですよ

ドレスとかはまだ僕たちには早いですし」

 

「そうでしたか…それは失礼致しました

しかし、どうですか?試着だけでもしてみては?」

 

「そう…ですね、試着だけなら…

すみませんアイル、少し待っていてください」

 

「え!?あ、うん、いってらっしゃい」

 

リーユは店員に誘導されて試着室に入っていった。いきなり高級店で一人になったアイルは途端に緊張し始める。ダンジョンで色々な経験をしていても中身はまだ14歳なのだから仕方ない。リーユの着替えが終わるまでアイルは肩身が狭い思いだった。

 

 

 

「どう………でしょうか?」

 

リーユが着たドレスは黒いロングスカートのドレスだった。胸元が大きく空いたドレスはリーユの慎ましい胸を最大限に引き立て、スカートの裾から僅に覗くふくらはぎは妙に艶かしい。肩を多めに出していて、背中にはスリットが入っている。布面積が小さいからかリーユはモジモジと落ちつきがなく、それが返ってエロい。

何の飾りもない漆黒のドレスは、飾る必要のないリーユの体の魅力を最大限に引き出していた。

 

「き、綺麗だよリーユ姉さん…」

 

「あ、有り難うございます…」

 

付き合いたてのカップルみたいな雰囲気を醸し出す二人に店員はニヤニヤが押さえられていなかったが、二人はそんなことには気付いていなかった。

 

「お買い上げになります?」

 

「いえ、結構です…使いどころがありませんし」

 

「いえいえ、パーティーに参加するとこくらいいつかはあるでしょう

それにとってもお似合いですし、弟様もそう思いますよね?」

 

「え、ああそうですね

とっても似合ってると思いますけど」

 

「そうでしょう?

少し、値引かせて頂くので是非お買い上げください」

 

っといった調子で結局押しきられてしまった。

ついでにアイルもお揃いの衣装をということで、これまた十分ほど話した後、結局買わされた。

こういう商いのテクニックはまだ子供の彼らにはあしらえなかったらしい。

 

その後リーユは一階で安い服を一セット買い、それを着て店を出た。

 

「…散財です」

 

「…何で僕まで」

 

レベル5の冒険者として毎日ダンジョンに潜るアイルたちには払えない金額ではなかったが貯金の何割かは持っていかれた。さすがに持ち歩いている金額を大幅に超えたため後日お金だけ持っていくことになった。

二人とも好んでパーティーに参加するタイプではないので正直使う機会はないだろう。正に余計な散財だった。

 

照りつける太陽が鳴りを潜め暑さも和らぎ始めると、凍える寒さへの準備期間かのように過ごしやすい季節が到来する。足早に過ぎ行く季節だが街をぶらつくには丁度いい季節といえる。

 

予てよりの予定通り本屋に寄ると『月刊神話(オラリオミィス)』の新刊が店頭に並んでいた。『月刊神話(オラリオミィス)』は昨今、老若男女、種族問わず人気の雑誌で、オラリオの6割強の人は読んでいるといわれるほど。世俗に疎いアイルやリーユでさえ毎月欠かさず購読しているほどに人気である。先程行った『フィモール』もこの月刊誌で見つけたものだ。五区画全ての情報が載っているこの雑誌は一昨日発売だったはずである。アイルはそれほど高くないその雑誌と本を一冊持ち店主に金を払い購入した。

 

アイルは近くにあったベンチに座るとすかさず『月刊神話(オラリオミィス)』を開く。新書特有の匂いが涼やかな風に運ばれて鼻に到達した。

中央区(セントラル)のページを探す。毎回最後尾に収録されているので、後ろからめくった方が早い。少し行きすぎたので左手の親指でパラパラと二、三ページ戻すと中央区(セントラル)のコーナーに到達した。

見開き一ページを使って『アイル・クラネル、レベル5到達!』という文字が踊っている。『笑顔×緊張』みたいな顔をしているアイルの写真付きだった。

中央区(セントラル)のコーナーは毎回、誰々がレベルアップしたとか、誰々の二つ名が決まったとかそんな感じである。英雄(ベル)の子供であるアイルたちは世間の注目を集めているので、レベルアップするとこのように見開き一ページを使って報じられるのだ。

更に一ページ捲ると、また見開き一ページを使って『ティオ・クラネル、レベル4到達!』という文字と満面の笑みでピースをするティオの写真が載っていた。

 

「恥ずかしい…」

 

「…こればかりは慣れませんね本当に」

 

横から覗き込んでいたリーユも同意を示した。さすがにこうも大々的に報じられると恥ずかしい。普通は見開きで6人程度のはずだ。

 

リーユは横からページを戻し一角を指で示す。

 

「どうやらちゃんと(・・・・)報じられているようですね」

 

『17階層にて、ゴライアス単独討伐』と書かれている。

厳密には『漆黒のゴライアス単独討伐』だが敢えて嘘の情報を流した。理由は混乱を防ぐためと、神の注目を集め過ぎないためだ。そもそも現場にはリリアとアイルしかいなかったし、知っているのはアイル、リリア、リーユ、ティオ、ヘスティア、ギルドの上層部だけなのでばれる心配はないのだが、隠し事というのは持っているだけで緊張してしまうものである。ティオもさすがにそこら辺の一線は弁えているので大丈夫だろう。

 

同ページの左下には『笑顔が可愛いアイル・クラネル』と書かれている。オラリオにおけるアイルの認識は「可愛い」が殆どだ。まだ若いこともあるが中性的な顔立ちは一般的に可愛いほうに傾くらしい。アイルからすると近い顔立ちをしている(ベル)は「格好いい」なのにアイルは「可愛い」と呼ばれることはなんとも解せないが、業績(キャリア)を考えると当然なような気もしてしまうといったところ。

確認したいことは確認できたので雑誌を袋に入れ立ち上がる。残りは後でじっくり読むとしよう。

 

「後で貸してください」

 

「うん…」

 

月刊神話(オラリオミィス)』を姉弟間で貸し合うのはいつものことである。前回はリリアが買ってきた物を回し読みしていた。

 

ほどよく晴れた空は非常に過ごしやすく散歩日和になっている。結局アイルとリーユはしばらくウィンドウショッピングを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この季節の空は信用できない。つい先程まで快晴だったにも関わらず、突然現れた暗雲はいつの間にか太陽を隠し空から青を奪う。パラパラと雨が降ったと思ったらすぐに本降りになる。

アイルとリーユは見慣れない街を走った。丁度いい軒先を見つけて雨宿りをする。娯楽都市の喧騒は鳴りを潜め穏やかな雰囲気を出している。静寂が支配する街は先程とは別の街のようで………というか別の街そのものだった。

 

「なんか、雰囲気違くない?」

 

「え、ええ、そうですね」

 

気が付くと雨が上がり雲が薄れ始める。しかし、空に青は戻らず漆黒とそこに散りばめられた星の光が覗き始める。やはりこの時期の空はあてにならない。

雨が去ると屋内に隠れていた人々がちらほらと現れ始める。静寂が嘘のように賑やかになる。しかしそれは活気ではなく、どこか怪しげなというより淫靡なものになっていく。

現れた人々は女性が殆どで、その多くがアマゾネスだった。

 

「まさかここって…」

 

二人そろって振り返る。雨宿りしていた店は瓶入りの真っ赤な薬を売っていた。回復薬(ポーション)ではない。回復薬(ポーション)は東区《イースト》を主流にしている。こんなところに売っている筈がない。媚薬だ。感度を高め性交を楽しむための薬。通称『奇跡の無駄遣い』。

 

正面の建物を見ると『シンデレラの城』という看板がかかったホテルだった。娼館だ。

 

歓楽街。

南区(サウス)の南端に拡がる娼婦の街。

どうやらアイルとリーユは北に向かっているつもりで南に向かっていたらしい。

 

アイルとリーユは顔を真っ赤にする。初心な二人にはまだまだ早い街だ。限界まで緊張した二人は小さい頃のように手を繋いで走って逃げていった。レベル5の敏捷を生かして走り去っていく二人の背中を上弦の月が見守っていた。

 




【オラリオマップ】
中央区(セントラル)
探索系ファミリアが多く集まる。飲食店も街中にちらほら見かける。ヘスティアファミリアやロキファミリアはここにホームを持っている。
月刊神話(オラリオミィス)』では冒険者のレベルアップや二つ名の情報が載っている。

東区(イースト)
ダンジョンアイテムを扱うファミリアが多い。魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)は大体ここで買い揃える。ミアハファミリアやヘルメスファミリアはここにホームを移転した。
月刊神話(オラリオミィス)』では魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)の発売情報がのせられる。

西区(ウェスト)
鍛冶系ファミリアが多い。常に汗と鉄の匂いで充満していて、冒険者以外はまず立ち入らないが、ここに来れば大抵の武具防具は揃う。ヘファイストスファミリアがホームを置く。
月刊神話(オラリオミィス)』では武器や防具の発売情報が載っている。

南区(サウス)
娯楽商品を取り扱うファミリアが多い。高級な飲食店や有名な飲食店の本店がある。オラリオで有名な雑誌は全てここで作られる。南端には、現れたり消えたりを繰り返し、なんやかんやで結局生き残っている歓楽街もある。ソーマファミリアはここにホームを移転した。
月刊神話(オラリオミィス)』では新商品や新店舗の情報が載っている。

北区(ノース)
研究が行われる場所。研究を好んで行うファミリアもいないことはないが、殆どは恩恵を得ていない普通の人間で、五つの区でダントツ一番ファミリアのホームが少ない異色の区画。
月刊神話(オラリオミィス)』では新しく提唱される説やそれに関する本の発売情報が載っている。毎回一番ページ数が少なく、ないこともたまにあるほど。



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新たな相棒

感想お待ちしております!

閑話ほど筆が進む。
今回、長いです。ごめんなさい。

二つ名は次回です


アイルの体の調子が戻り療養期間が終了したがアイルはまだダンジョンには行けない。先日のゴライアスの一件でアイルは相棒『小さな牙(リトルファング)』を失ってしまっているからだ。療養中はなんとなく買いに行く気にならなかったのでこうして今になって買いに行く羽目になっているのである。

先日買った『月刊神話(オラリオミィス)』をひろげ西区(ウェスト)のページを開く。商品カタログのようになっているこのページは先月作られた武器の情報が詰まっている。つまり、最新の武器一覧ということだ。

別に新しい武器じゃなければならないわけではないのだが、武器は新しい方がいい。達人はどんな武器でも使いこなせると思われがちだが実際は少し違う。優秀な冒険者は武器を自分にあわせて慣れさせるのである。つまり武器を自分に合わせるのだ。こういった場合作られてから日が浅いにこしたことはない。

 

カタログを見てもよさそうなナイフはなかった。実際に西区(ウェスト)に赴いて店に並んでいる物を見たらいいものがあるかもしれないが、自分好みになるまで使いならすのは時間がかかる。

 

「…専用装備(オーダーメイド)で発注するしかないかな?」

 

鍛冶師に直接頼んで作ってもらえば時間はかかるかわりに自分にぴったりな武器を得ることができる。ただしお高い。

 

服を着替え、財布を持ち部屋を出る。しかし、門の方には向かわず、それどころか反対に向かった。

ヘスティアファミリアのホームは非常に広く、団員の私室だけでなく、食堂、風呂、庭、稽古場などなど様々な施設がある。今回アイルが向かっているのは鍛冶場だった。

ホームの最南端にあるこの建物は滅多に来ることがない。今日も今日とて鉄と鉄がぶつかる音が響き、鉄が焼ける匂いがする。扉を開けると熱風が外になだれ込んできた。

中では男が鎚を振るっていた。何度も何度も。

 

ヴェルフ・クロッゾ。ベルの専属鍛冶師。ヘスティアファミリアの古参の一人である。

魔剣を打てる特殊な力を持っているが魔剣を打つことは殆どない。しかし、黒龍討伐の時は大量に魔剣を打ち大きく貢献した。当然それ以来魔剣は打っていないらしい。

ヴェルフは伸ばされ、折り畳まれ、叩かれた鉄と真剣に向き合っていた。

 

アイルはその作業を見ていた。終わるまでずっと。興味があったというのもあるし、邪魔できない雰囲気を出していたというのもある。

鎚を置いたヴェルフは立ち上がりそのナイフを奥の棚に並べた。棚にはアーマーや剣、ナイフが並んでいる。その数は膨大で不思議な威圧感を放っているようですらあった。

 

棚にナイフを置いたヴェルフはここでようやくアイルに気付く。

 

「おお、坊主、来てたのか」

 

「はい、お邪魔しています」

 

「まあ、座れって」

 

アイルは促されるままに椅子に座った。ヴェルフは近くの机に座る。客が来ることなど想定していないこの工房は椅子が一つしかない。アイルは椅子を取ってしまったことを申し訳なく思った。

 

「久しぶりだな」

 

「一週間前会ったばかりですよ

ほら、僕のレベルアップのパーティーの時」

 

「ああ…あれから一週間も経つのか」

 

基本的に工房に籠っているヴェルフは日付感覚が狂っていることが多い。

とはいえ、籠りきりという訳ではない。ファミリアでのお祝いには参加してくれるし、街を歩いていると散歩中のヴェルフにばったり会うこともある。

 

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

「実は………」

 

アイルはナイフが壊れたことを話した。

長年の相棒だったのでできればもっと使いたかったが、炭化して崩れ去ってしまったのでおそらく修理は無理だろう。

 

「悪いが坊主、俺は打てないぞ」

 

「あ、それは分かってます」

 

ヴェルフは基本的にベル以外の武器は打たない。そしてベルもまたヴェルフ以外の武器を使わない。ベルの装備は一振りを除いてインナーまでヴェルフ制である。そのためヴェルフとベルの関係を専属契約ではなく専用契約と呼ぶ人もいる。

かつては作った武器を普通に店頭に出していたが、『英雄(ベル)の専属鍛冶師』という肩書きのせいで高値で売買されるようになってしまった。お金と共にオラリオの中をめぐるだけの存在になってしまったためヴェルフは自分の武器を売るのをやめたのだ。

今はこうして時々鎚を手に取り、作った作品を棚に並べるだけになっている。本人は楽しそうなのでそれでもいいような気がするが。

 

「実は専用装備(オーダーメイド)にしようと思っていて…

ヴェルフおじさんに知り合いの鍛冶師を紹介していただければと思いまして」

 

「なるほど………それなら丁度いい奴がいるな」

 

「ほんとですか!」

 

「ああ、ヘファイストスファミリアのカドックって男だ

腕は確かだぞ」

 

と言いながらヴェルフは紙に何かを書いてアイルに渡した。

 

「紹介状だ

難しい奴だがそれを見せれば話くらいは聞いてくれると思う」

 

「ありがとうございます

早速行ってきますね!」

 

「おう、気ぃつけろよ」

 

「はい!」

 

アイルは紹介状を握りしめて走っていってしまった。どたばたと騒がしいところは父親似だなとヴェルフは少し笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この季節の空は女心と比喩されるほどにコロコロ変わる。昨日は雨が降ったり止んだりを繰り返していたのに、今日は一転からっとした快晴だ。しかし、この晴れ渡った空さえ一刻も経てばどうなっているかは分からない。

早めに済ませてしまいたいというのと新しい武器を買うワクワクで逸るアイルは軽やかな足取りで門を出る。するとほぼ同時に門からリリアが出てきた。

 

「あれ?リリア、どうしたの?」

 

「私は買い出し

…アイル兄さんは?」

 

「僕は新しい武器をね…」

 

リリアのようなサポーターは使い捨ての武器や魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)などを常備して冒険者をサポートする。これらは消費物であるため定期的に買い足さなくてはならない。リリアはこまめに補充するタイプなので週に3,4回は行っている。

ちなみにヘスティアファミリアでは冒険に必要な買い物をするとき資金が下りることがある。ファミリアの資金は余裕のある団員が寄付していく制度になっている。

アイルもたまに入れているが所詮は雀の涙。資金の殆どはベルに依るものだ。噂に寄るとその総額は数十億ヴァリスほどあるらしい。あくまで噂だが。

自力では余り稼げないリリアはこの制度を利用していた。特に『神の雫』などの高級なものは自力で買えるわけがない。この制度は大いに役立っていた。

 

西区(ウェスト)まで一緒に行く?」

 

「そうだね…そうしよっか」

 

リリアもどうせ西区(ウェスト)には行くのでアイルと一緒に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西区(ウェスト)は独特の空気感がある。というか空気がそもそも違う。

無味無臭のはずの空気は鉄の匂いがして、常にどこかから鉄と鉄をぶつけ合う音がする。

五つの区画の中で間違いなく一番独特な空気感を持っている。

全体的に鉄によって構成され、メタリックなこの街は冒険者なら慣れたものである。

低品質低価格な武器の専門店や防具の専門店、修理専門店に専用装備(オーダーメイド)専門店から魔剣専門店まであり、とにかく鍛冶に特化している。

 

アイルはヴェルフからもらった紹介状を裏返し住所を確認した。

 

「僕はヘファイストスファミリアのところに行くけどリリアはどうする」

 

「私は、使い捨て武器を買いに行くからここでお別れだね…」

 

「うん、じゃあ気をつけて」

 

そう言って、二人は別れた。アイルはヘファイストスファミリアのもとに行く。

 

ヘファイストスファミリアはオラリオ随一の鍛冶ファミリアで西区(ウェスト)で最も栄えているファミリアだ。当然、混んでいて受付で待機番号を渡されるようになっている。

今アイルがいる場所はヘファイストスファミリアの専用装備(オーダーメイド)専門店。

アイルはヘファイストスファミリア系列の店に初めて来たので親切そうな受付のお姉さんに聞くことにした。

 

「あの…カドックっていう鍛冶師に用があるんですけど………」

 

「カドックさんですか!?

…承知しました少しお待ち下さい」

 

明らかに動揺した様子の受付のお姉さん。周りを見ると皆奇異の視線でこちらを見ていた。どう考えてもおかしい。

アイルが嫌な予感に苛まれていると、奥に下がった先程の受付嬢が帰って来た。

 

「お待たせしました

それでは右から二番目の通路のつきあたりになります」

 

「あ、はい………ありがとうございます」

 

受付の横を通りすぎ、言われた通りの通路をつきあたりまで歩く。

閉ざされた鉄製の扉の奥からは鉄を打つ音が響いていた。真っ直ぐで紳士な音、愚直に鉄に向かう者の音が。

アイルは試しに扉をノックしてみるが意味はなかった。集中しているのだろう。返事はない。仕方なく無許可で扉を開けると、錆び付いたドアの蝶番が悲鳴を挙げた。

さすがに気づいた中の男は顔を上げてアイルを睨む。

中にいたのは青年だった。左腕と比べ、右腕に異常なほど筋肉がついている。鍛冶師特有のアンバランスな体つき。

 

「あん?誰だてめえ!?

ここは餓鬼の来るところじゃねぇーぞ!帰んな!」

 

青年は威圧するような声を挙げ、アイルを本気で睨む。

ダンジョンに潜るアイルにとってはなんともない殺気だ。それはともかく、さすがにここまでくればアイルも察しがついた。

おそらくこの青年は来る客全員をこの威圧的で高圧的な態度で睨んできたのだろう。結果この青年は完全に厄介者扱いされている。

本来であればアイルも関わりたくないのだがヴェルフの推薦である。鍛冶の腕は間違いがない。戻って待つのも面倒なのでこの男に頼むしかあるまい。

 

「ナイフを作って欲しいんです

ヴェルフおじさんの推薦なんですけど」

 

ヴェルフから預かった紙を差し出しながら言葉を紡ぐ。正直苦手なタイプだが、仕方あるまいと自分を騙して。

 

「ヴェルフさんの!?」

 

アイルが差し出した紙を引ったくってまじまじと見始める。

 

「お前、レベルは?」

 

どうやら、鑑定結果は本物だったらしい。いや、知っていたのだが。

それよりもこの青年、アイルを知らないらしい。純度百パーセントの自惚れだが、自分を知らない人などいたのか…と、アイルは驚いた。

 

「5です………一週間前に上がったばかりですけど」

 

「5か…主武装(メインウエポン)はなんだ?」

 

「ナイフです…細剣も使いますが、今回はナイフをお願いしたくて…」

 

そこまで聞くとカドックは奥まで引っ込んでしまった。しかし、数刻もしないうちにまた出てくる。その手にはナイフが握られていた。

 

「ちょっと振ってみろ」

 

カドックはそう言ってナイフを押し付けてきた。

刃渡りは小さな牙(リトルファング)に近いが重さは大分軽い。鍛冶師の腕がいいのは見れば分かるが材料は大したものではないらしい。

振れと言われたので振ってみる。アイルのナイフは特に型などは決まっていないので、実戦を想定した素振りを行う。

全身を激しく動かしながらナイフを振るうアイルの動きは無茶苦茶なようでいて、完成された一つの武術のようにも見えた。

 

「…お前、壊れたっていうナイフはどんな奴だった?」

 

準不壊属性(デミデュランダル)で刀身15cmのナイフでした」

 

準不壊属性(デミデュランダル)だぁー!?

それが壊れるって、どんな無茶苦茶な戦い方したんだよ!」

 

「あはは…」

 

準不壊属性(デミデュランダル)とは、最近主流の技術である。武具の表面にだけ不壊属性(デュランダル)を施すことで、全体的なコストを押さえた武具を指す。その代わり不壊属性(デュランダル)ほどの耐久性はないが、普通の戦闘で壊れることもあり得ない。

アイルが魔法を中に蓄積しすぎたせいで中から崩れてしまったのだ。

 

「まあいいか…

いいぜ、造ってやるよお前の武器(相棒)

 

「あれ?いいんですか?」

 

「んだよ、不満か?」

 

「いえ、そんなことは

てっきりもっと渋るのかと思って

どうしてこんなあっさり?」

 

カドックの性格を鑑みるに断られると思っていたのだが、その予想は外れまさかの快諾を頂いてしまった。そのこと自体はめでたいのだが明らかに不可解だったので尋ねてみることにした。

 

「まあ、なんだ…

お前が面白そうだってのもあるし、何よりヴェルフさんの紹介だからな」

 

「僕のことはアイルでいいですよ

 

というか、カドックさんとヴェルフおじさんはどういう関係なんですか?」

 

「ヴェルフさんは俺の鍛冶の師匠なんだよ

俺はあの人みたいな鍛冶師を目指してんだ

 

後、俺のことはカドックでいい、敬語もいらねぇ」

 

「わかったよカドック

それにしても、ヴェルフおじさんが師匠か…すごいな」

 

こうして二つの話題を同時に話せる時点で彼らは相当相性がいいのかもしれない。

 

「んなことより、ナイフについてだ

どんなのがいい?」

 

不壊属性(デュランダル)で刀身15cmくらい、持ち手は10cmくらいで、真っ直ぐなもの

切れ味重視でお願い」

 

「なるほど、分かった

今から打つから三日後くらいにまた来い」

 

「随分早いね?」

 

普通は一週間程度かかる。三日は超ハイスピードだ。

 

「おう、俺はアイル以外に客がいないからな」

 

「なにその悲しい自己申告…」

 

そんな訳でアイルは工房を出る。中にいられると気が散るそうだ。完成するまでに入ったら殺すと言われた。

罰が厳しすぎる鶴の恩返し。

 

待合室で待つには三日は長すぎるので一旦外に出る。適当に街をぶらつこうとしていると見知った小さな影を発見した。

 

「リリア、奇遇だね

そっちも終わったの?」

 

「今日は奇遇が多いねアイル兄さん

私は終わったけど、兄さんは?」

 

リリアの背曩(バッグ)を見ると確かに先程より大きくなっていた。

 

「僕も発注して完成を待っているところ

リリアはこの後どうする?」

 

「私は東区(イースト)に行って補充の続きをするけど…」

 

「僕も一緒にいっていい?暇なんだ」

 

「うん、一緒に行こう」

 

 

 

 

とはいったもののアイルたちがいる西区(ウェスト)東区(イースト)は真逆の位置にある。最短ルートだと中央区(セントラル)を通過することになるので、アイルとリリアは中央区(セントラル)で昼食を食べていくことにした。東区(イースト)には飲食店は殆どないのだ。

 

中央区(セントラル)に古くからある飲食店『豊穣の女主人』は今でも人気の店で連日行列ができるほどである。値段が高めに設定されているため客の殆どが冒険者だが、それを満足させる味とボリュームがある。

昼には大分早いこの時間ではさすがに並ぶことはなかった。

 

少食であるアイルとリリアにとってボリューミーなこの店の料理は、一皿でも十分に満足できるものである。

アイルはオムライスを、リリアはカルボナーラを頼んだ。兄妹でこんな時間から卵を消費しまくっている。ちなみにアイルのオムライスはタンポポ式である。

アイルは最近内蔵に気を使って胃に優しいものしか食べていなかったので感動していた。口一杯に頬張り舌鼓を打つ。

 

「そういえばアイル兄さん」

 

「……………なに?」

 

口の中にあったオムライスを咀嚼、嚥下してから問い返す。

 

「リーユ姉さんと歓楽街に行ったんだって?」

 

「げほっ、げほっ!!」

 

思いっきりむせた。店主のミアさんが軽蔑の目を向けてきている。まさかこの距離で聞こえたのだろうか。

 

「…………………だ、誰に聞いたの?」

 

「リーユ姉さん」

 

「リーユ姉さ~ん!」

 

あのポンコツエルフはなにをやっているのだろう?まさかの犯人にアイルは天を仰いだ。

 

「昨日、様子が変だったから本人に聞いたら勝手に語りだしたよ」

 

まさかの完全自爆。誘導されてないのに誘導尋問されてしまったらしい。

蛙の子は蛙。ポンコツエルフの子はポンコツエルフ。

 

「いや、あれは事故というか不注意というか…

とにかく、意図的にいった訳じゃないから!」

 

「知ってる、リーユ姉さんが全く同じ言い訳してた」

 

「あ、うん、そうですか…」

 

リリアの視線はゾッとするほど冷たい。妹から白い目を向けられていることに大変焦っている。

浮気が発覚した男とその妻、みたいな雰囲気が作られていた

結局アイルとリリアはその状態のまま店を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「アイル兄さん、あれ欲しい」

 

東区(イースト)西区(ウェスト)とは違う賑わいを見せていた。魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)を取り扱う店が建ち並んでいて商品を順調に捌いている。

西区(ウェスト)の人々は職人だが、東区(イースト)の人々は研究者が多いため熱気はない。理知的な接客は西区(ウェスト)とは正反対かもしれない。

 

リリアが指差したのはハートの形をしたペンダントだった。装備するタイプの魔道具(マジックアイテム)。というものの、効力は大したことがなく駆け出しの冒険者が御守りがわりに買うようなもの。最近ではファッションアイテムとして用いられることもある。

 

「あれが欲しいの?要らなくない?」

 

「リーユ姉さんと歓楽街で…」

 

「買わせていただきます!!」

 

実はリリアの機嫌は今だ直らず、機嫌の傾斜はきつめのままだった。

周りに言いふらされたら堪ったものではないので、言うことをきいてご機嫌をとっていた。何故アイルが姉の尻拭いをしているのだろう?

 

その後も必要そうにないアクセサリーを買い続けた。リリア自信がお洒落を楽しむタイプではないので多分本当に必要ないものだ。一個一個は大した値段ではないが最近出費が嵩んでいるアイルにとってはこの微ダメージが意外と効く。

東区(イースト)西区(ウェスト)よりも専門店の種類が多い。そのためサポーターが消費した道具を買い足すときは大抵東区(イースト)中を駆け回ることになる。

リリアは気に入ったものを発見する度にアイルを脅してくるので、かなりの量のアクセサリーを買わされた。

 

そして今アイルたちは高級な魔道具(マジックアイテム)を取り扱う店に来ていた。並んでいる商品はどれも希少で強力、ダンジョンにおいて必要そうなものばかり。ここにリリアは今回、詠唱破棄(スペルキャンセル)を買いに来ていた。

詠唱破棄(スペルキャンセル)は正八面体の結晶で、砕くことで一度だけ魔法の詠唱を省略できる魔道具(マジックアイテム)である。アイルには縁のないアイテムだが、強力であり非常に高価である。

 

「アイル兄さん、あれ…」

 

「ん?」

 

リリアの指差す方を見ると一対の指輪があった。白銀のリングに美しい水晶があしらわれている。

眼晶指輪(オクルスリング)眼晶(オクルス)という魔道具(マジックアイテム)を砕き指輪に取り付けたものである。

 

「買って」

 

「…はい」

 

この店の中では割と安価な方ではあるが、決して安くはない。少なくともファッションにかける金額ではないだろう。しかし、使い所がないわけでもないので仕方なく支払う。

アイルは財布の重さを生け贄にして手に入れた指輪をリリアに渡す。すると渡した物が無言で返ってきた…片方だけ。

 

「これで許してあげる」

 

今日一番の笑顔だった。華やいだ少女の笑顔。

 

「…ありがとう」

 

アイルとリリアは眼晶指輪(オクルスリング)を左手の薬指にはめる。

冒険者は指輪(リング)系の装備をするとき、基本的に利き手の逆の手の薬指に着ける。それが一番得物と干渉しない位置だからだ。

 

「アイル兄さん、今日は楽しかった

ありがと」

 

「…それならよかった」

 

随分痩せ細った財布を撫でながら返事をする。

リリアの荷物は軽くなったアイルの財布の分だけ大きく重くなっていた。

しかし、アイルは手伝おうとしない。別に意地悪をしているわけではない。リリアの荷物を持つことがリリアの価値(仕事)を奪うという事であると理解しているため、そんな事は口が裂けても言えないのである。

少し変わった信頼関係がそこにはあった。

 

二人並んで街を歩く。

友人よりは近く、恋人よりは距離を空けて歩く。兄妹特有の程よい距離。

 

茜色の空と長く伸びた影が日の短さを伝える。

僅かに寒さを感じながら二人は(ホーム)に帰った。




カドック・アルドレア Lv,3
力:A834 耐久:E442 器用:B775 敏捷:F312
魔力:G278
鍛冶:E 神秘:I

《魔法》
【スクローシティス】
・硬化付与魔法
・永続魔法
・同物質に二重付与不可

《スキル》
鬼面怒声(オグルス)
・戦闘開始時格下の相手を硬直(スタン)する
硬直(スタン)無効

ヒューマンの19歳。神ヘファイストスに才能を見込まれ、ヴェルフに師事した天才。口と態度と顔立ちは悪いが本質的には優しい。尊敬しているヴェルフと、逆らうと『鉄拳☆制裁』してくるヘファイストスに対してのみ従順。
黒髪黒瞳で長身、筋肉質だが顔は怖い。
二つ名は『鏖鎚(キルスミス)』。

詠唱
【スクローシティス】
英雄の刃よ、力を与える
我が身を守り、我が敵を討て


眼晶指輪(オクルスリング)
オラリオにおける数少ない通信機器。眼晶(オクルス)を特殊な方法で砕き、欠片を指輪に取り付けたもの。
砕いているため眼晶(オクルス)よりは性能が低い。ただ、値段は眼晶(オクルス)よりは安い。
音声のみの通信ができる。
しかし、ダンジョンの中では通信できないことも多い。


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アイナの過去

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そしてすいません二つ名は次回に持ち越します。
めっちゃ引っ張って申し訳ないorz

因みに次回からまた本編的なつです


現代は20年前(英雄の時代)に比べ下界に降りてきた神が激増している。そのため通常一日で終わる神会も長引くようになった。

神会が終わった後に続けてパーティーを開催するようになり、長いときでは一週間近く行われることもある。主要ファミリアの主神であるヘスティアはなかなか途中抜けすることができず、神会が開催される度に長いことホームを留守にしていた。よって、二つ名がアイルに知らされるまでには時間がある。

 

という事で今回は時間潰しにアイナの過去について語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

今から6年前。少し肌寒さを覚え始める季節。

アイナ・クラネルは生まれて初めてレベルアップをした(・・・・・・・・・)

神ヘスティアによって紙に記された数値は何度見ても2であった。

 

「やったねアイナ君

僕は君が誇らしいよ!

次の神会は一月先だけど、ロキに一杯自慢してやることができるさ

もちろん、二つ名も期待してくれたまえ!」

 

ヘスティアは興奮した様子で捲し立てる。それもそうだ。初めてベルの子供がレベルアップしたのだから。アイナが冒険者になって五年経った。ヘスティアはその間ずっとこの瞬間を楽しみにしていたのだ。

 

「ありがとうございますー、ヘスティア様

でも、余りロキ様と喧嘩しては駄目ですよー」

 

アイナも冷静ぶってはいるが内心では興奮している。いかに機知に富み、神童と呼ばれようとまだ12歳なのだから。

 

その後、ヘスティアと数言話したがアイナは内容を覚えていなかった。それだけ子供たちにとって初めてのレベルアップは重要で衝撃的なものだということである。

普段の大人ぶっているキャラクターを崩さないためにスキップはなんとか堪えたが、溢れ出る幸せオーラは慣れ親しんだ者が見れば一目瞭然だった。

 

アイナはアイルを探した。今年8回目の誕生日を迎えた弟は目に入れても痛くない可愛い少年だ。子供には広すぎるヘスティアファミリアのホームでたった一人の子供を探すのは本来一苦労だが、アイルに限ればほぼ二択に絞れる。そして、その内の一つであるアイルの自室にいないことは今確認した。となれば可能性は一つである。

ホームの北西に存在する訓練場は当時のアイルが最も長い時間を過ごしている場所だった。

 

ベルは自分の子供が冒険者になることを喜んでいた。しかし、子供を愛しているベルは危険な目にはあって欲しくないと思ったらしい。母親たちも大方その意見に賛成だったようで、ベルの子供たちは10歳までダンジョンに入れないという決まりになった。だから、10歳になっていないアイルはいつも訓練場で鍛練をしている。

 

訓練場に着くとアイルはやはり鍛練に励んでいた。木製のナイフを持ち素手のレベル3の冒険者に果敢に挑んでいる。勿論、レベル3の大人はアイルに攻撃はしない。手加減しないと怪我では済まないからだ。

アイルの戦い方は特徴的だった。速さを生かし相手の腕の内側に滑り込むように体を動かす。(ベル)のような戦い方。当然スピードには大きな差があるため一度も腕の内側には入れさせてもらえない。

アイルのナイフ捌きも目を見張るもので圧倒的なほど華麗。正確に肘や膝などの関節を捕らえ、ダメージを与える。レベルに2つもの差がなければ相手は動けなくなっていたかもしれないほど。とてもたった二年前から鍛練を始めたものとは思えない。

 

しばらく見ているとアイルは膝に手を着き頭を垂れた。体力を使い果たしてしまったらしい。肌寒いのに汗が垂れて木製の床に丸を作る。アイルは鍛練相手と数言話すと備え付けのベンチに座った。

 

「アイル君、お疲れ様ー」

 

「ああ、アイナ姉さん…来てたんだ」

 

アイルは顔を上げて返事をした。集中していて気づかなかったらしい。

激しい運動で上気した頬が中性的な顔や(たお)かな体格と相まって妙に艶かしい。アイルのそういうところもアイナのお気に入りであったりする。

アイルは用意していた水筒を取り出し中の水を口に運ぶ。急いで流し込んだせいで口の端から漏れ、頬を伝い顎から落ちていった。

アイナ大興奮。無駄に女子っぽいアイルの微エロい仕草に昂ったアイナは何故かアイルより息を荒くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイル君、実は重大発表があります…」

 

「どうしたの?アイナ姉さん」

 

「なんと………私この度、レベル2になりましたー」

 

アイナは大人ぶっていてもまだ12歳。お気に入りの弟に自慢したかっただけだったのだ。

 

「本当!?おめでとうアイナ姉さん!」

 

アイルも興奮した。レベルアップへの憧れは誰よりも強い。一足先にレベルアップした姉を素直に尊敬し羨んだ。

 

「すごいだろー」

 

「うん、すごい!さすがアイナ姉さんだよ!」

 

アイナは賢い上に武術に関しても天才で下の兄妹からは非常に愛されていた。アイルも昔から懐いていて、才能に富んだアイナは憧れの姉だった。アイルは褒め称え、アイナはそれを喜んだ。子供が時々見せる可愛らしい自尊心が微笑ましい光景を作っていた。

まだ幼さの残る、鈴のように美しく少し高い声は姉に一心に向けられている。

 

「そうだ、アイナ姉さん組手してよ」

 

「えー、組手かー」

 

アイルは時々アイナに徒手空拳での試合を挑んでいた。別にアイナにライバル意識を抱いて打ち倒してやろうと思っているわけではない。武術の天才である姉と戦いその技を直接学びたいと思っているのだ。

ナイフを主体とした戦闘では素手の技能も当然必須。早く英雄になりたいアイルは様々な冒険者に挑み技術を盗んでいた。先も言った通りその成長速度は常識的と呼べる範疇を大きく超え、その思いの丈を如実に示しているようであった。

 

アイナにとってアイルなど組手では相手にならない。はっきり言ってしまうと手合い違いと呼べるほど。しかし、アイナがアイルとの組手を嫌がるのはもっと別の理由である。

組手をするとアイルは成長する…恐ろしいほどに。一打ごとに、一呼吸ごとに強くなっていくアイルに自分にない何かを感じとってしまっていた。それが、本能的にアイルと手合わせをすることを避けてしまという、聡明で理知的なアイナらしからぬ行動を生んでいた。

 

「組手はー、また今度にしよっかー」

 

「…分かった」

 

アイルはとても小さい頃から素直でアイナに懐いていた。父の物語を読むようになってから憧れの対象は父に移ってしまったが、多くの才能に恵まれた姉を信じきっている節もあったのかもしれない。

 

アイナにふられたアイルは再度立ち上がり今度は木刀を握った。道場の中央まで歩くと素振りを始める。といってもアイルの剣は(アイズ)に教えてもらったものだ。ただ速さを主軸に振るうだけ。単調かつ最も実戦に適した動き。

恩恵があるとはいえ僅か8歳の子供が木刀を使いこなしているのは異様な光景である。冒険者としての才能はアイナよりも大きい。

しかし、木刀が空気を薙ぐ音と、床と素足が擦れる音の中に荒い息の音が紛れ始めた。先程レベル3の団員と稽古したばかりで休みもろくにしていないのだ。本人の意思とは関係なく、体に溜まった疲労が動きを鈍らせていた。

誰がどう見ても過剰運動(オーバーワーク)。幼い体がそれに耐え続けられているのは(ひとえ)に恩恵のおかげでしかない。

アイナは小さな体を酷使する弟を見過ごせる質ではなかった。

 

「ねぇ、アイル君

私が戦う所見たくないー?」

 

「え?」

 

アイナはアイルの興味を引ける唯一のカードをきることにした。これ以外の方法では弟の興味を引くことはできない。

弟を心配しているというのも当然あったが、自慢したいという感情も少しばかりあったのかもしれない。強くなるにつれ自分から離れていく弟が寂しかったのだろう。

 

「相手してくれるの?」

 

「アイル君とは戦わないよー」

 

アイルは2年前冒険者になり、英雄を志すようになってから戦闘狂のような言動をするようになっていた。遺伝というやつだろうか?

 

「じゃあ…どうやって?」

 

「んー…ダンジョンにでも行く?」

 

2年近くダンジョンを経験しているアイナにとってそれが最も思い浮かべやすい戦場だった。

 

「え!…ダメだよ、僕入れない」

 

アイルの素直さはさすがの父譲りで、大人の言いつけを破ることは殆どない。しかし、アイナはアイルの過剰運動(オーバーワーク)さえ止められれば何でもよかった。

 

「大丈夫だよー、多分サポーターとしてなら問題ないってー」

 

「そうかな?」

 

「そうだよー」

 

この後結局丸め込まれることになる。アイルの押しの弱さとアイナへの信頼、アイナの賢さの勝ちだった。

 

 

 

 

 

アイナは自室にアイルを連れ込みフード付きのコートを着せた。アイルの白い髪は目立ってしまうからだ。大きめの背曩(バッグ)にぬいぐるみを詰め込んで背負わせれば、なんちゃってサポーターセットの完成だ。アイルの背の低さも相まって小人(パウルム)のサポーターに見える。子供の冒険者は珍しいが小人(パウルム)のサポーターは余り珍しくない。

 

「よーし、かーんせーい!」

 

「なんか…悪いことしてる気分…」

 

ホームの廊下は日中静かである。殆どの団員はダンジョンに潜っているからだ。本来は人に会うことなどそうそうない。

 

対面から歩いてきたのはリーユだった。幼さの中に既に大人の美しさを持ち始めた容姿を持ち、今日は白いワンピースを着ている。よくアイルの訓練相手になってあげていた。今日は休息日(オフ)だったらしい。

 

「…ん」

 

リーユは言葉もなくアイルを指差す。今でも寡黙なリーユだが6年前のリーユはもっと物静か…というか致命的に言葉足らずだった。しかしそこは家族の愛的なあれでなんとかなる。アイルの格好について言及しているのだろう。

 

「これはねー、アイル君にサポーターのコスプレさせてみたのー、可愛いでしょー?」

 

「???」

 

可愛らしく首をかしげるリーユ。納得していないらしい。当たり前だ。嘘が適当すぎる。

 

「ちょっと、お母さんに見せてくるねー」

 

「…ん」

 

ゴリ押し気味に嘘を重ねて、リーユの横を通りすぎていく。

 

外に出るとこの季節特有の風が頬を撫でた。感性豊かな人がいれば風に色を感じ、一句詠んでくれたかもしれない。それほどに美しい風だった。

 

冒険者になって以来こうして姉弟仲良く並んで歩く機会は少なくなった。それぞれのファミリアでそれぞれの活動を始めたせいで、昔ほど会う機会がなくなってしまっていた。家族大好きなアイナにとってこうして歩くのは貴重で重要な時間だった。

 

ダンジョンの入り口は数年前からチェックが入るようになった。恩恵を持たないものが悪ふざけで入り帰ってこないという事件が多発したため監視が入るようになったのだ。職員にギルドから配布される冒険者登録証を提示しなければならない。サポーターはさらにサポーター組合登録証も提出しなければならない。

アイルはギルドの登録を済ませておらず、当然サポーター組合にも登録していない。つまり、アイルはダンジョンに入れないのだ。

 

ダンジョンの入り口にたっているのは若いヒューマンの女性の職員だった。

 

「登録証の提示をお願いします」

 

「あのー、サリバンさんでしょうかー?」

 

「あ、はい…そうですが…?」

 

「アニエラさんがー、休憩室に呼んでましたよー、

ここは私たちが見とくのでー、行っちゃってくださいー」

 

当然そんな頼まれごとはしていない。

アイナの嘘は流れるようだった。女優の才能もあるらしい。

対して、アイルはドキドキしっぱなしだった。もちろん、恋愛的なアレではなく緊張的なソレである。

 

「さっきの人とは知り合い?」

 

「全然ちがうよー、初対面ー」

 

「じゃあ、何で名前知ってたの?」

 

「冒険者登録したときのとなりのカウンターの人がー、あの人だっんだよねー」

 

「…えっ、すごっ」

 

つまりアイナは二年も前にちらっと見ただけの人の顔と名前を覚えていたということである。化け物じみた記憶力。相変わらずの頭の良さだ。

 

何はともあれダンジョンに入ることは成功した。ダンジョンの入り口を見張る人がいなくなってしまったが、特に問題はないだろう。最近ではダンジョンに無謀に突っ込む者はいなくなった。アイナは以前から登録証を態々確認するのは人件費の無駄遣いだと思っていたのだ。

 

 

 

ダンジョンの中に初めて入ったアイルは少し高揚していた。完全に日の当たらない洞窟、初めて目にするゴブリン、ダンジョンでの戦闘。怪物祭(モンスターフィリア)でしか見たことないモンスターを始めて見て緊張していた。

そんなアイルに二年前の自分を思い起こしたアイナは少し笑った。誰でも最初のダンジョンではこうなるものである。地上と違い、はっきりと死を感じる場所。緊張しない方がおかしく、緊張しない者は冒険者に向いていない。

 

アイナは双剣を用いて敵を捌いていく。格闘が得意だがさすがに決定力が足りない。ナイフより長く、剣より短いこの双剣がアイナの相棒であった。

 

上層で終わりにするはずだった。ぱぱっとアイナの戦いを見せて終わりにするはずだった。しかし、想定よりアイルの反応が良く、アイナも調子に乗ってしまった。若さ故の過ち。

 

8層。実質一人…どころか弟を庇いながら戦わなければならないアイナにとって少し荷が重い階層。とはいえレベル2になったばかりのアイナに丁度いいくらいの場所。本来はそこまでの危険はない。

しかし、当然ダンジョンに絶対はない。油断は危険を呼び、危険は死を招く。

 

派手な足音をたてながら現れたのはミノタウロスだった。神話の怪物。比較的上の層に出てくる割にはそこそこ強いモンスター。今までいくつもの冒険者を屠ってきた怪物。特殊な能力もなく、魔法もないがその肉体だけで弱き者を殺す。

 

「アイル君、さがって…」

 

さすがのアイナも緊張せざるを得ない。ミノタウロスと単独(ソロ)でやりあうのは初めてだ。

 

力強い踏み込みと共にミノタウロスに接近する。反応の隙を与えず双剣を一閃。左の剣をフェイクに使い振るわれた右の剣は猛牛の脇腹を捕らえ………止まった。

ミノタウロスを両断するかに思えたその剣はミノタウロスの胴の半分程で止まり動かなくなった。

火力不足。レベル2の冒険者の大半がそれで死ぬ。ミノタウロスの肉は非常に断ちにくく、単独での撃破難易度は実質レベル3ほど。レベルがやっと2になったばかりのアイナでは到底及ばない。

 

ミノタウロスの反撃。アイナは剣を引き抜き、両方を体の前でクロスさせるがその上から拳を叩きこまれ、アイルがいる位置まで簡単に吹き飛んだ。

双剣は両手からこぼれ、全身が痛い。ミノタウロスが腹から血を出しながら嫌な笑い顔を浮かべている。

ゆっくりと近づいてきている脅威に立ち向かわなければならない。それが出来ないのならアイルを連れて逃げなければならない。そのためのスキルを持っている。弟を守らなくては。

 

心は動くのに体は動かない。恐怖で。

 

絶望(ミノタウロス)はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

剣を取ったのはアイルだった。双剣を手に取りミノタウロスに挑む。その様は拙いとしか表現できない。左右の連携ができておらず、右と左の剣を別々に振っているだけ。そもそも剣が当たっても威力が足りず、傷すらつかない。

ミノタウロスは目の前の子供を煩わしそうに、羽虫のように片腕ではね除けた。

軽々と飛んだアイルの体は間もなく壁に激突し、地面に滑り落ちる。しかし、それでもアイルは落ちることはなかった。立ち上がったアイルは頭から血を流している。

ミノタウロスに吹き飛ばされたレベル1が立っているのはそれだけで運がよかったと言える。しかし、状況は変わらない。ミノタウロスはこの場で最強だった。

 

アイルよりも強く、速い。ならば技で勝負するしかない。

ミノタウロスは左の拳を振りかぶった。先程の払いとは違う、止めを差すため動き(モーション)。しかし、アイルは臆することなく前に出た。拳を紙一重で避け、逆手に持った左の剣を腕に突き刺す。線ではなく点の、一極集中の攻撃。更に、刺さった剣を持ち手のようにして自分側に引っ張った。

相手の勢いを利用して体制を崩す、アイナが得意とする武術の柔の技。本来対人用の技だが人形(ひとがた)であるミノタウロスにも通用する。

しかし、アイナはこの技を教えていない。つまりアイルはアイナの動きを見て、自分用に改良して自分の体に落とし込んだ訳である。

 

アイルは体制を崩したミノタウロスの懐に潜り込み、右手の剣をアイナがつけた傷に刺し込む。腕ごとミノタウロスの体内に突っ込み魔石に剣を突き立てた。

どれだけ力量差があっても魔石を砕かれればモンスターは絶命する。ミノタウロスが煙になって消えるのと同時にアイルも前のめりに倒れ込んだ。アイナを守るために無理矢理体を動かしていたのだろう。頭を自らの血で、右腕をミノタウロスの血で紅く染め上げたアイルは動かなくなった。

 

アイナが最初に感じたのは感動。自らの前に現れた英雄の勇ましい戦いへの強い感動。アイルが英雄に至ることに確信を抱くほどの。

次に感じたのは後悔。大切な弟を危険な目に合わせてしまった自分の行動に対する深い自責の念。

のほほんとしているようで、実は一番繊細な性格のアイナにはその重責が耐えられなかった。

 

気を失ったアイルを背負ったアイナはアイル(英雄)を応援することにした。

 

アイナの聡明な脳は訪れるであろう未来を正確に捕らえている。

アイルとその傍を歩く兄妹たち………そこにアイナはいない。

 

アイルにとってただ姉を助けただけの行為は、アイナの人生を大きく変えてしまった。

 

 

 

後日、オラリオを2つの衝撃的なニュースが轟くことになる。

 

 

 

 

『アイル・クラネル レベル2到達』

 

『アイナ・クラネル 恩恵剥奪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイナ・クラネル(6年前) Lv,2
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
拳打:I

《魔法》
【フラッシュブレイズ】
・単発攻撃魔法
・火、光魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
守護竜(クリソマリィ)
・眠り無効
・逃走成功確率上昇(二人まで)
・竜属性付与

非常に賢くまた、格闘術の天才だがダンジョンでは決定力に欠けるため双剣を用いる。
常時竜属性が付与されているため竜属性特効に弱い。(竜属性付与によるメリットはない)
自らヘスティアに頼み恩恵を剥奪されたため、それ以来更新はされていない

詠唱
【フラッシュブレイズ】
逆巻く紅蓮の焔、猛き王者の聖火
壊し、鍛え、揺蕩う実態なき脅威
畏れ、敬い、平伏せよ
焼き尽くせ、光の神炎



アイル・クラネル(6年前) Lv,2
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
幸運:I

《魔法》
なし

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正

当時は格闘が上手くなかったため、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)ではなく、懐に潜り込んで急所狙う暗殺型(アサシンスタイル)を好んでいた。初めてのダンジョンアタックでレベルアップを経験する。幼い頃はアイナに非常に懐いていた。レベルアップと同時に【不撓不屈(アイアンスピリット)】を手にいれる。


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本編:紫宛(しおん)の少女 英雄の帰還

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やっとアイルの二つ名が…


ゴライアスの一件から一週間の間に様々なことがおきた。リーユと南区(サウス)に行ったり、リリアと買い物したり、完成したアイルのナイフをカドックから受け取り(ローンを組めるだけ組んだ)、ダンジョンにも行った。久方ぶりのダンジョン探索は緊張すれどもすぐに感覚を取り戻し、以前のようなスムーズな攻略になりつつある。

昨日ヘスティアも帰って来た。疲れた様子だったがアイルに二つ名だけ伝えて神室に向かった。気になっていることを察して態々気遣ってくれたようである。そういった善性が人を惹き付けるのかもしれない。

 

羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)

 

神々が悪ふざけをするなか何とか守り通した、ギリギリ無難と呼べなくもない範囲の二つ名である。途中でフレイアが珍しく手助けをしてくれたらしいが、ほとんどの功績はやはりヘスティアにあるだろう。

 

新調したナイフも試し斬りは済ませてある。アイルのオーダー通りのナイフで刀身が白銀、柄が黒のシンプルなデザイン。銘は『雪兎』。

不壊属性(デュランダル)でありながら柔らかく(しな)る刀身は滑るようにモンスターを切り裂くことができる。

 

刃物において使いやすさと耐久はトレードオフである。柔らかく撓るほど斬りやすくなるが同時に耐久性も落ちる。

故に、撓る不壊属性(デュランダル)とは一つの極致であり、それにレベル3で辿り着いたカドックはやはり、神ヘファイストスが天才と認めるだけのものがある。

 

そして現在アイルはリーユとリリアと共にダンジョンに潜っていた。珍しくアイルからリーユに頼んでついて来てもらっていた。

ナイフを用いて戦うスタンスをとる冒険者は基本ナイフを二本持つ。両手に持つこともあれば、片方を投げ物として用いるためである。アイルも二本目のナイフをカドックに頼むので少しでも値段を抑えるため、自分でとれる素材は自分で回収しに来ているのであった。

 

16階層でミノタウロスをひたすら狩り続ける。ミノタウロスが希に落とすミノタウロスの角を狙ってのものだが、アイルはなかなかミノタウロスを倒そうとしなかった。

実はアイルがダンジョンに来ていたのは素材集めの他にも理由がある。

 

一つはレベル5の体に慣れることと、新しいナイフの確認。

身体能力が急激に上がるレベルアップ直後は思った動きができないことが多い。ダンジョンで実際の戦闘を行い慣れていくしかない。

武器も、特にナイフなどの手先の感覚で使う武器は新調したら慣らしておくのが高位の冒険者にとって当たり前である。

 

「ケラヴィス!」

 

そしてもう一つが実験。アイルが一週間前17層のゴライアス戦で行った魔法の蓄積(チャージ)。当時は無我夢中であったためどのような感覚で行っていたかは覚えていないが、理論だけは覚えている。

魔法を刀身に纏わせ精神力(マインド)で押さえつける。それだけのことだが案外難しい。かなりの集中力を要するものだった。

 

魔法を一発押さえると刀身に紫電が疾る。二発目を押さえるとバリバリと音をたて始める。三発目を押さえると刀身が青白く発光し始める。四発目を押さえようとするとナイフが手から弾け飛んだ。先程から何度やっても三回が限度だった。

暴発した精神力(マインド)によって右手が焼かれ、表皮が焼ける匂いとともに爛れる。

回復薬(ポーション)を口に突っ込み飲み干す。効果の強いものではないが右手が火傷しただけなので問題ないだろう。

 

ナイフを拾うとさすがの不壊属性(デュランダル)、壊れるどころか傷一つついていなかった。

 

「大丈夫?アイル兄さん…」

 

「うん、大丈夫だよ…

…それにしてもたった三回か…」

 

「いえ、三回でも十分驚異的だと思いますが…?」

 

たった一発でも速攻魔法を蓄積(チャージ)できるのは驚異的である。しかし、アイルが最初にやったときは三十発近く蓄積できた。命が懸かった状態でおきた極限の集中状態だったからこそできたものだったらしい。

蓄積(チャージ)の限界回数は分かったので、今度は威力の検証である。

 

ダンジョンモンスターは岩の壁面から現れる。何の予兆もなく突然壁から出現するのだがアイルはそれを事前に視ることができる。数秒後に出現するミノタウロスに向けて魔法を蓄積(チャージ)する。

壁から出現した三体のミノタウロスは直後にアイルの一撃によって壁ごと消し飛んだ。さすがに可哀想である。

 

「…すごいですね…」

 

「うーん…まだちょっとね…」

 

超高火力。とてもレベル5になりたての冒険者の攻撃ではない。しかし、アイルからするとゴライアスの時より少し威力が低く感じた。魔法の威力は上がっているが、蓄積(チャージ)できた回数が少ないせいで威力が下がってしまったらしい。

 

その後、16階層で何度か試してみたが威力は変わらなかったため、諦めて下層に赴き、必要な素材を入手した。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンを出ると何やら街が活気づいていた。まるで祭りでもあるかのように。しかし、直近で祭りがあるとは聞き及んでいない。

忙しく馬車が行き来し、人々は出店を用意し始める。誰が見ても祭りの準備だと思うだろう。

 

オラリオではこういった祭りでもないのに街が騒がしくなることが年に数回ある。

 

英雄行進(パレード)

 

英雄の帰還を祝福して行われる馬鹿騒ぎ。ダンジョンでベルを見つけた誰かがオラリオに情報を持ち帰り、言いふらすせいで大騒ぎになるのだ。

英雄、つまりベルはほとんどの時間、ダンジョンにいる。ベルが探索するような階層は往復だけで二、三週間ほどかかるし、地下深くで長い時間探索するからである。ダンジョンでは深い階層ほどイレギュラーがおこるため帰ってくる時期は特定できない。

そのため、ベル達がオラリオにいるのはかなりレアであり、こうして人が集まるのだ。

 

アイルはそんな人混みの中に明らかに怪しい人物を発見した。

顔を隠すフードつきの白いロングコート、大きな背曩(バッグ)。ダンジョンではフードを深くかぶる者も多いが街中では余り見ない。というか、フードを深くかぶりすぎてある。あれではほとんど前が見えないだろう。

案の定、パレードの準備で重い荷物を持っていたドワーフにぶつかって倒れた。

 

アイルは近寄り助け起こす。フードの人物はヒューマンの少女だった。薄めな紫の髪。全体的に細い印象を受け、アイルと同程度の身長と美しい容姿を持っていた。

衝撃に備えて閉じられた双眸がゆっくりと開かれる。

 

「…ダメ!!」

 

少女は開眼と同時に大声をあげる。伸ばされた手はアイルの横を通りすぎた。その双眸はアイルを捉えず、後ろのドワーフに向けられていた。

つられてアイルも後ろを向くと頭の上に『?』を浮かべたドワーフしかいなかった。

アイルは少女に問いかけようとする。

 

「…どうし………」

 

瞬間、派手な金属音。再び男の方を見ると男に向かって大量の剣が降り注いでいた。

横を通ろうとしていた馬車の荷台が激しく傾いている。小石か何かに突っ掛かって荷台の中身が飛び出してきたようだ。実戦用ではなく展示用なのだろう、剣はきらびやかな装飾がなされている。

 

数瞬後にはドワーフが串刺しにされ、街中にグロテスクなモニュメントを作り上げることになるだろう。

アイルは反射的に走り出す。男を押し倒し、ナイフを取り出して構える。二、三十本程ある剣をナイフで迎え撃つ。

アイルがダンジョン帰りだったのは運がよかった。すぐに抜ける場所にナイフを刺していたため、全て叩き落とすことに成功した。二、三本かすったが深い傷ではなく、後ろのドワーフも特に問題は無さそうだった。ドワーフにしてみても不幸中の幸いといったところか…。

それにしてもおかしいのは先程の少女である。明らかに馬車が傾くより早く男の危機を察知していた。

 

アイルがフードの少女の方を向くと少女もアイルの方を見ていた。その整った顔には驚愕が張り付けられている。

 

「大丈夫?……………あれ?本当に大丈夫?」

 

少女の様相は一言で表せば茫然自失といった感じ。心ここにあらずで反応がない。確かにちょっとした神業だったかもしれないがいくらなんでも驚きすぎではないだろうか?

試しに肩に軽く触れてみると、ビクッと震えた。やっと気づいたようだ。虚空を見つめていた両目はやっとアイルに焦点を合わせる。紫宛(しおん)色の目がアイルの金色の双眸と交差する。

アイルが先程のことについて聞こうと口を開けかけたときである。

 

「きっ、…」

 

「き?」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

絶叫とともに走り去ってしまった。地味にショックである。アイルは比較的整った顔立ちをしているがどうやら彼女のお眼鏡には叶わなかったらしい。絶叫されるほど醜い容姿はしていないと思うが…。

追いかければ一瞬で追い付けるが、精神的ダメージがアイルの行動を遅らせた。

 

 

 

 

羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)、ありがとな!」

 

先程助けたドワーフに声をかけられる。

 

「すごい!ナイフが見えなかった!」

「おい!皆見たか、今の神業!」

「さすがは英雄の子供だな!」

 

 

あっという間に大騒ぎ。ベルを見に集まっていた者達がベルの息子のプチ神業を目の当たりにしたのである。当たり前のように人だかりができて大騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 

ヘスティアファミリアのホーム、そこでアイルたちは(ベル)の帰りを待っていた。窓から覗く外の景色はどこもかしこも誰も彼もが馬鹿騒ぎ。20年経っても衰えぬベルの人気には舌を巻くばかりである。

 

「君たちは行かなくていいのかい?」

 

ファミリアのホームには当然主神がいる。ヘスティアは愛する両親に我先にと飛び付くことのない兄妹たちに問う。

 

「どうせ、ホームで会えますから…」

 

アイルは淡白に答える。

ベルたちはどう転ぼうがホームに帰ってくる。馬鹿騒ぎしている街の人もさすがに無許可でファミリアのホームに侵入することはできない。久しぶりの邂逅は静かな場所で行いたかった。

かつては街に繰り出し、出店を楽しみ、もみくちゃにされている父に抱きつきに行っていた。しかし、14にもなってそれをするほどの胆力はない。

 

「ヘスティア様こそ、よろしいのですか?」

 

今度はリーユが問う。

確かにこのメンバーで一番ベルに飛び付いていきそうなのはヘスティアだった。愛情的な面と性格的な面で。

 

「僕は後でいいさ…

今は皆の英雄(ベル君)だからね」

 

温かく見守る親のような声音。

悠久の時を生きる神は時々、人智を超越した者の風格を見せる。一見、内外ともに幼く見えるこの幼女(ロリ)神も幾星霜も生きる神であると認識させられる時がある。

 

窓の外の世界と内の世界はまるで反対の様相。ベルの帰還を喜ぶ民衆と久しい父を懐かしむ家族。

外を見ればベルが何処にいるかはだいたい分かる。こちらに真っ直ぐと向かう足取りをまるで引き留めるように人々は沸き立つ。しかし、英雄は止まらない。ベルの目的地は此処(家族の元)であり此処でしかない。

ホームの門を通ると街の人々は名残惜しそうにしながらもそれぞれの日常に帰っていく。通り抜けてきたベルと妻たちは慣れた足取りでアイル達がいる建物を目指す。ファミリアの団員も気を使って今だけはこの建物に寄り付かない。一番に逢わせてやろうという気遣いだ。

 

 

 

共有スペースに到着したベルは今回も無事、愛しの子供たちと再開できた。

白髪に宝石のような深紅(ルベライト)の双眸、余り高くない身長で十代といっても通りそうな容姿。体の成長には恵まれなかったらしい。

 

「お帰り、父さん」

 

「ただいま、アイル、リーユ、リリア…」

 

感動の再開…というわけではない。少なくとも数月に一度は行っている。しかし、それでもこうして無事を確認するとどこか安心するものがある。お互いに。

 

「ベェ~~~ルゥ~くぅ~~~ん!!」

 

先程の大人びた表情はどこえやら?幼女と化した我らが主神がベルの懐に強烈なタックルを叩き込む。

何十年も続く伝統のじゃれ合いは早くも開催されたようである。もうちょっとしんみりしたかった感がある。

 

「母さんも、お帰り…」

 

「うん、ただいま」

 

主神と団長のじゃれ合いはシカトするのがこのファミリアの決まりなので放っておいて、それぞれの母との会話に移る。

 

アイズのこういうあっさりしているところは大分昔かららしい。

30歳を超えているにも関わらず崩れない美貌、一児の母とは思えないスレンダーな体型。何を考えているか未だに分からない無表情。

 

「それじゃあベル君たちは部屋で休んでいたまえ!」

 

「はい、神様………もう、へとへとで…」

 

ベルのパーティーは久しぶりのベッドを求めて自室や客室に向かってしまった。

 

 

 

ヘスティアファミリアのホームには大きめのパーティールームがある。ほとんど使われることがないこの部屋の唯一の使いどころがベルたちの帰還パーティーである。結局アイルたちも騒ぎたいのだった。

 

ファミリア総出で準備を開始する。料理ができる人は調理担当、他は掃除や装飾を行う。装飾といってもきらびやかなものではなくテーブルに布を敷くだけといった簡易的なもの。

アイルとリリアは調理担当、リーユは装飾担当だ。

 

ベルのパーティーはヘスティアファミリアだけで構成されているわけではない。むしろ半分程はロキファミリアの団員であるため、帰還を祝うにもそのファミリアを呼ばない訳にはいかない。

 

夜になると食べ物の準備が完了する。ホーム内の様子と反比例するように外の活気は静まりつつある。

 

「ロキファミリア、もうすぐです!」

 

ファミリアの下級団員が大きな声で報告する。ただのパーティーでもファミリア間で行われるとなるとそれなりに大変なものになる。ベルが寝た後からヘスティアはギルドに許可を取りに行っていた。それほどまでに一大事であるということだ。

そもそもロキとヘスティアは仲が悪く遭遇すればお互いを罵って喧嘩するほどである。そのため、ベル達が帰ってくるとほとんどの毎回揉め事がおこる。祝杯の席ぐらい仲良くできないものか…。

 

 

 

冷たい夜風とともに入ってきたロキファミリアの先頭には赤髪の女だった。言わずと知れた神ロキ。後ろを追従するのが、彼女のファミリアの団員たちである。

いかに広い会場といえど一人一人が座るほどの広さはない。毎回立って食事するのが恒例である。

ベルのパーティーが目立つ場所にたっている。他の団員たちは特に決まりがあるわけではないがレベルが高いものほど前の方に位置するのが暗黙の了解だった。

 

「えーっと、いつもこんなに集まっていただいてすみません…

それでは…今回も無事を祝して………乾杯!」

 

これも恒例。パーティーリーダーとは思えぬほど控えめな音頭で開催される。

机の上に特に規則性もなく置かれている食事を自分の取り皿によそる。

アイルは好きなものも苦手なものも特にないので、それらしく適当によそった。それが済むとすぐに壁際に移動した。人混みが苦手なのである。

 

壁際に立っていると同じ様に人に当てられたリーユとリリアが来た。リリアは甘いもの多め、リーユは野菜多めだ。

 

「毎度、騒がしいですね…」

 

「まぁ、たまにはね…」

 

「私はどうしてもあの中に混じろうと思えません…」

 

「私も…」

 

まあ、苦手なものに進んで突っ込んでいく必要はないだろう。特にリリアは下手に加わればダイロンにウザがらみされる可能性もある。三人は傍観に徹することにした。

 

ロキとヘスティアは既に喧嘩を始めていた。どうせ、どっちかがチビだとかまな板だとか言ったのだろう。周りも止めようとせずむしろ(はや)し立てている。

ベルや母達も相変わらずの人気で人が(たか)って近付けそうにない。

 

「やっほー、アイル君、リーユちゃん、リリアちゃん」

 

「久しぶり、アイナ姉さん」

 

今回のパーティーで唯一ロキファミリアでもヘスティアファミリアでもないアイナは相も変わらずのほほんとしている。これだけ冒険者がいるのに気後れしないのはさすがの一言である。

 

「ほんと賑やかだよねー、お父さんに全然近づけないよー」

 

「そういえばエイナさんは?」

 

「お母さんは忙しくて来れないってー

すっっっごい、悔しそうにしてたよー」

 

エイナはこの祝宴に呼ばれるものの大抵いつも欠席していた。それだけ忙しいということである。

 

「とても充実してるってことでしょ、いいことじゃないですか?」

 

「びっくりした………久しぶりフィーとティオ」

 

唐突に会話に割り込んできたのはティオとフィーネだった。

ちなみにティオは前回の神会で二つ名は更新されず、保留となった。

 

「なんか皆集まっちゃったね…」

 

こんな会場の際の際にまさかのクラネル家大集結である。主役の血族とは思えない。

 

「皆といえば、シリィとか夏姫(ナツキ)とかは?」

 

夏姫(ナツキ)ちゃんはー、さっきいたよー

シリィちゃんはー、欠席だってー」

 

「シリィって、いないこと多いよね!」

 

「確かにそうかもしれません」

 

そもそもクラネル家の兄妹は多すぎるので全員の予定が合うことなどそうない。冒険者は基本的に忙しいのである。今回の祝宴も兄妹の半分ほども参加していなかった。

 

「ていうか、フィンパーティーの皆さんいなくない?

任務かなんかなの?フィー、知らない?」

 

ロキファミリアの最強パーティーであるフィンパーティーもいつもはこの祝宴には参加していた。フィンはベルと話すことを楽しんでいるようだった。

珍しく不参加なのが気になったのでアイルはフィーネに尋ねた。

 

「フィンパーティーの皆さんなら、一週間前から『迷宮(ラビリンス)』の調査に行っちゃいましたよ」

 

「あっ、そういえばそうだったね」

 

迷宮(ラビリンス)』はそもそも立地的にオラリオから遠くて、探索も難しいため、一度いくと長い間帰って来れなくなる。

謎の多い迷宮をフィンはオラリオ最強の一角として攻略をしていた。

 

 

冒険者が集まると大抵、喧嘩騒ぎになる。机と皿が宙を舞いながらあちこちで喧嘩が勃発していた。案の定、恒例である。

 

「平和だねー」

 

「このどんちゃん騒ぎを見て平和だと思ってしまう自分が悲しいよ」

 

 

 

 

 

 

宴会が終わると後片付けが残る。酔っていないロキファミリアの団員も手伝ってくれたがいつまでもやらせるのは悪いのですぐに帰ってもらった。ティオはロキをおぶって帰った。

酒を飲んでいないアイルはヘスティアを神室まで運んだり、皿を洗ったりなど何気に重労働だった。酒を飲んでいないのに飲んで馬鹿騒ぎしていた者たちの後片付けをしなければならないのは少し理不尽だと心の隅で思った。当然声には出さないが。

 

 

 

片付けが終わると机に思いっきり突っ伏した。自室まで帰る余裕もないといった感じ。先程までの喧騒は鳴りを潜めすっかり静かになった。こうなってみるとなかなか寂しい。

背後でドアが開く音がしたが、振り替える気力も湧かない。

 

「アイル…」

 

声の主は一瞬で分かった。最愛の父の声。

 

「父さん…久しぶりだね」

 

「そうだね…

あっ、そういえば聞いたよ、レベルアップしたんだって?

おめでとう、さすがだね」

 

アイルにとってベルは誉れであり憧れでもある。そんな父に誉められて嬉しくないはずがない。

 

「…ありがとう」

 

今日のアイルはいい夢を見るだろう。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フィーネ・クラネル Lv,3
力:F333 耐久:D510 器用:C642 敏捷:D542
魔力:A872
対異常:H 魔防:H

《魔法》
【インフェルディア】
・広域攻撃魔法
・火魔法
【コキュートス】
・広域攻撃魔法
・氷属性
【スペルオミット】
・魔法の詠唱省略
・効果時間五秒

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
森ノ恵(フェアリーダンス)
・戦闘時、魔力中上昇
・魔法使用時の消費精神力(マインド)半減
不確定体(フェアリーテイル)
・攻撃を受けた際の損傷(ダメージ)半減
任意発動(アクティブトリガー)
再使用時間間隔(リキャストタイム)、二時間

レフィーヤの子供。12歳。装備は杖で魔法が非常に得意。【スペルオミット】の能力で五秒だけだが高火力魔法を魔法名の詠唱だけで行使できる。特殊な魔法も相まって単純火力なら既に兄妹で最強。家族にはフィーという愛称で呼ばれる。
容姿は、山吹色の髪と青い瞳を持ち、非常に色白。
二つ名は『妖精(キャスター)

詠唱
【インフェルディア】
火炎の精よ、我が願いに応えよ
我が敵に(いた)ましい炎を、劇甚なる炎を
鋼鉄を溶かす地獄の炎

【コキュートス】
氷結の精よ、我が願いに応えよ
我が敵に静かなる眠りを、永劫なる眠りを
炎すら凍てつく地獄の冷気

【スペルオミット】
我が究極の絶技
友を救い、(家族)を助くために
悠久を絶ち、恵みを汚す
神秘の最奥をもって、神秘に終局を
最速最強の襲撃を


迷宮(ラビリンス)
ベルが黒龍を倒した次の日に討伐地にできた第二の自然迷宮。地下に向かってのびている。
しかし、中は大分オラリオの『迷宮(ダンジョン)』と異なるらしい。


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逃走は美少女と共に

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アイルは今日もダンジョンに来ていた。例によって例のごとくリーユも一緒である。

ベルはホームで休息をとっている。おそらくファミリアのチビッ子どもを相手に遊んであげているのだろう。

 

アイル達冒険者にとってダンジョン探索とは仕事である。ついこの間、長めの休息を設けたばかりのアイルは例えベルが帰ってきていても働かなくてはならなかった。

レベル5の体には順調に適応し始め、ナイフもしっくりくるようになってきた。僅か15センチで雪原を思わせる刀身は空中に白銀の線を残しながらモンスターを切り飛ばしていく。

 

アイルは金に頓着するタイプではないが今は状況が違う。出費が嵩んだせいで借金までできてしまった。普段は瞬殺するモンスターを可能な限り魔石を残すように倒す。倒れたモンスターの魔石を慣れない手つきで抉りだした。

魔石はギルドで換金することができる。しかし、今回はリリアを連れてきていないので余り多くは持てない。普通サイズの背曩(バッグ)に詰められるだけ詰めて持つ。サポーターの存在は大半の冒険者が思うより重要であり、収入に大きな差がでてしまう。

本日のリリアは母と一緒に買い出しに出るそうである。親子共にマメな性格であるため必須用具の準備を怠ることはない。こういったサポーターの丁寧な性格がダンジョン内での死亡率を大きく左右するため、サポーターに関しては慎重に選ばなければならない。

リリアはクラネルの名前があるため敬遠されがちだが、かなり丁寧な性格をしているので実際に組んだ冒険者の大半がリピーターになるほど優秀である。

 

 

 

一狩り終えたアイル達は昼前にダンジョンを出た。稼ぎは山分けにするつもりだったがリーユが気を使って7:3でいいと言い出したため、しばらく話し合って6:4ということになった。

 

午前中だけとはいえ、レベル5の冒険者二人の収入は馬鹿にならないもので、大金といって差し支えないものである。アイルの借金もそう遠くない内に返済が完了するだろう。

 

ホームに帰る道は昨日の喧騒はどこえやら、いつも通りの活気である。いつものアイルとリーユならこのまま『豊穣の女主人』に直行するのだが、今日はホームで食べる予定だ。

父と食事を共にしたいという理由とアイルの財布を少しでも重くするためでもある。

 

ホームにはアイズはいなかった。ロキファミリアの方に顔を出しているようである。ベルは小さい子供達の世話に尽力していた様で、珍しく疲れた様子であった。親をなくした彼らが甘えられる対象は限られていて、こうしてベルが帰って来ることを一番喜んでいるのはもしかしたらあの子達かもしれない。

 

アイルやリーユがファミリアの食堂で昼を済ませることは少ない。といっても、特に深い理由はなく、稼げる自分達がファミリアの資金で作られる食事に手をつけることに何となくの罪悪感を抱いてしまうからだ。

 

正午を回ってもリリア達は帰って来なかったため、アイルとリーユ、ベル、リューは先に食事を開始した。

顔を合わせる回数が少ないこの親子の距離感は非常に微妙で会話が絶えず飛び交うということはない。リーユとリューは元々寡黙であり、ベルとアイルも特に賑やかな方が好きという訳ではない。スプーンと皿がぶつかる音だけが四人の間で空回りしていた。ちなみにメニューはカレーである。

 

「…二人とも、午後は予定とかあるの?」

 

最初に沈黙を破ったのはベルだった。さすがに静か過ぎたのが辛かったのだろう。

 

「…私はありませんが…アイルは?」

 

「僕はちょっと、北区(ノース)に用事があるんだ」

 

用事…というほどでもないが確認したいことがある。アイルは午後にそれを予定していた。

そこからはまた沈黙である。この先の会話の展開を用意して無かったのか…と、アイルは思ったが口には出来なかった。結局それだけで昼食は終わってしまう。お互いもっと話したいと思っているにも関わらずこれで終わってしまうのだから、ほとほと不器用な一家である。

 

 

 

 

 

 

午後、アイルは予定していた通り北区(ノース)にいた。ほとんど外に人がいない。活気というものが圧倒的にない街だった。

研究や学問を主体で行うこの街で今最も主流の研究テーマは『英雄学』である。

『英雄学』とはベルや物語の主人公を研究し、その内面を解き明かすことを目標とした学問だ。一見ふざけている様だが本人達はいたって真面目であり、数々の本が出版されている。

その他にも薬学や魔道具学などのオラリオ特有の研究職や、数学者や科学者などの知識人も集まっている。

しかし、アイルが今求めているのは研究者ではない。北区(ノース)の南端、中央区(セントラル)に最も近い場所に門を構えるこの場所、『ダンジョンスクール』に用があった。

『ダンジョンスクール』はエイナが前職を退職した後に立ち上げたもので、ダンジョンに関する様々な知識を得ることができる。英雄に焦がれる多くの子供が通い知識を深めている場所だ。二年ほどの月日を用し、ある程度の金額がかかるが、実際に卒業生のダンジョン生存率が大きく上がっているため、近年注目を高めているらしい。

関係ないがアイルは一月(ひとつき)で辞めた。

 

事務職をこなしながら教壇にも立つエイナは基本的に暇と呼べる時間がない。しかし、実際に訪ねれば時間を作ってくれる。アイルは現在事務室でエイナを待っていた。もう既にそれなりの時間を待っている。

 

「…お待たせ………アイル君…」

 

「エイナさん………お久しぶりでぇっ!」

 

アイルはエイナを見た途端声を裏返す。ドアから現れたエイナは目の下に大きな隈を作っていた。全体的に痩せこけ、不健康を体現している様な感じ。一言で表すなら『エイナ闇落ちバージョン』。

アイルの記憶にあるエイナはもっと若々しく圧倒的な美貌を持ち合わせていたと思うのだが…。

若々しい辺りのことは口にすると今日が命日になってしまうので決して言わないが。

 

「ど、どうしたんですか?…もしかして体調がよくないとか…?」

 

「…大丈夫…ちょっと寝不足なだけだから」

 

全然大丈夫には思えない返事が返ってくる。疲労を滲ませた吐息と声音は限界を知らせている様だった。

 

「今すぐ寝た方が良いと思いますけど…」

 

「大丈夫、大丈夫…

それより、今日はどうして此処に?」

 

本人にいくら言ってもどうにもならなそうだったのでアイルは本題に入ることにした。

 

「実は昨日、女の子に絶叫されながら逃げられてしまって…」

 

「………恋愛相談?」

 

「ちっ、違います!!」

 

アイルは昨日出会った紫の少女について話した。

髪と瞳が紫の少女に出会ったこと、その少女がドワーフの危機を予見したかのような言動を取ったこと、そしてその少女がどう見ても恩恵を持っている様に見えなかったことを。

 

「…その女の子の名前は分かる?」

 

「いえ、聞く前に逃げられてしまったので…」

 

「だったらこの先は私の憶測になっちゃうけど…

多分その子はシーナ・ラジエラっていう名前だと思う」

 

「シーナ・ラジエラ…?」

 

全く聞いたことがない名前に戸惑うアイル。エイナの挙げた名前は少なくとも著名な冒険者ではないはずだ。もしそうであればアイルが知らないはずがない。

 

「そう…アイル君はクロッゾ氏の特殊な能力は知っているでしょ?」

 

「?ええ、もちろん…」

 

ヴェルフ・クロッゾには魔剣を打つ能力がある。その魔剣は正式魔法(オリジナル)を超えると言われるほど。

その強力な能力はクロッゾの先祖が精霊を助けたことから祝福として得られたものであるとされる。クロッゾという家名もその男の名前を名乗っているらしい。

しかし、ある代のクロッゾが精霊の怒りをかってしまったためその力は失われ、現在ではヴェルフしか持っていない。

余談だが、英雄学ではヴェルフの魔剣鍛冶師としての力は『先祖返り説』と『英雄補助説』の二つの勢力に別れている。

 

しかし、そのクロッゾが少女とどう関係しているというのか?

 

「ラジエラという家名もそう、精霊によって能力を与えられた一族なの…」

 

曰く、シーナ・ラジエラの先祖、ニール・ラジエラは一人の男に食事を与えた。しかし、その男は精霊の愛する森を焼いた大罪人だったのである。ニールは精霊の怒りをかってしまい、呪われた。

 

「その呪いは人の『死』を見る能力だった…」

 

彼女の黒瞳(こくどう)紫宛(しおん)色の瞳に変化し、人の死を捉えるようになった。以後、子孫は総じて紫の容姿を持ち、人の死を見るようになる。

しかし、それはニールから丁度十代目で許されることになった………はずだった。

 

「シーナ・ラジエラ氏はクロッゾ氏と同じ様に…」

 

先祖返り…だろうか?

過ぎ去ったはずの呪いは何故かシーナに発現してしまった。

 

この呪いの厄介な所は死を覆すことが出来ないことにある。いかな方法を持ってしても死は覆らず、定められた時刻に定められた場所で定められた死に方をする。決して揺るがない死の運命。

 

「人々はこの呪いを『死怨(しおん)の呪い』と呼ぶようになったの」

 

シーナが産まれて初めて見たものは母親の死に顔だった。

 

なんとも惨たらしい話。

しかし、アイルがドワーフを救った後、少女が異常に呆然としていた理由が分かった。

更にいうと、アイルは少女が自分から走り去っていった理由も何となく分かっていた。

 

「あのね、アイル君…特殊な能力を持つ人は得てして厄介事を呼び寄せるの…

だから…その………関わらない方が良いと思うんだ…」

 

「…はい…分かってますエイナ異母(かあ)さん」

 

アイルはベルによく似て、本質的には素直だが、嘘ぐらいつくものである。しかし、親は子の嘘を容易く見抜けるものだ。さながら神の様に。

血は繋がらなくとも歴とした母親であるエイナは当然アイルの嘘を見抜いていた。

 

見抜いていながら見逃したのは寝不足のせいということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

エイナをかなりの時間待ったせいで既に時刻は四時を回っていた。このままホームに直行してもいいが折角北区(ノース)に来たので少しぶらつくことにした。研究が盛んに行われるこの街では様々な学説を紙にまとめ展示しているコーナーがある。その中の特に出来のよかったものを集めて書籍とするのが通例だそうだ。

 

アイルは決して勉強熱心という訳ではないが英雄学の本は好んで読んでいた。自分の足しになるかもと思っているところもあるし、実際の父と学者の頭の中の英雄とのギャップを面白がっている節もあったりする。

結局アイルは外が暗くなるまで様々な学説を漁っていた。こういった活字に夢中になってしまうのは本好きにしか分からないためリーユ以外の家族から同意を得れたことはない。

 

 

 

さて、ここで唐突だが………皆さんは空から美少女が降ってきたことはあるだろうか?

 

アイルが薄暗くなりつつある空を見ながら歩いていると美少女が降ってきた。まあ、屋根から落ちてきただけなのだが…。

ぶつかって頭をごっつんこ…ということはない。レベル5の動体視力と運動能力なら落ちてきた少女を受け止めるくらい大したことではない。問題は落ちてきた少女の正体である。

 

「…シーナ………ラジエラ…?でしたっけ?」

 

「…あなたはあの時の!」

 

紫色の髪、紫色の瞳、非常に珍しい容姿をしているため見間違うことなどあり得ない。

息は荒く屋根から落ちてきた、状況を考えると追われているという線が濃厚である。彼女が悪事を働くようには見えない。おそらく、変な奴らに追われているのだろう。実際、現在進行形で追っ手が迫っているのをアイルの聴覚は捉えていた。

複数の足音、歩幅の間隔からして全員男、速さを考えると全員レベルはそれほど高くない。

 

ちなみに、アイルの聴覚を用いた周辺情報収集能力は先天的なものではない。なんやかんやで子煩悩なアイズが幼いアイルに教え込んだものだった。

 

アイルは少女を抱えたまま走り出す。足の速さにはかなりの自信があった。

 

「…な…な…なん…!」

 

少女は上手く言葉を発せていない。レベル5のアイルの速さは恩恵を持たない少女には厳しかったらしい。速さのせいで生まれた空気抵抗は常人の体には余りよろしくない。

肺が圧迫され、呼吸が落ち着かず、発声もおぼつかない状況で少女は何かを問うている様に思える。

 

「…何となくですから…」

 

「…え…あ?」

 

「何となく助けたかっただけです…

だから、気にしないでください」

 

ここで彼女を落とす甘い台詞の一つでも言えたらアイルも立派な英雄(女誑し)の仲間入りだったのだが…まだまだ経験が足りないようである。

 

アイルのスピードはさすがのもので追っ手の追従を許さない。一人分の重量が増えているとはいえ、その程度でレベル差の理不尽は埋まらない。

しかし、厄介なことに相手は想定よりも多かった。振り切ってなお、待機していた別の集団が現れて襲いかかってくる。定かではないが、おそらく高レベルの司令塔がアイル達を遠くから監視して指令を送っているのだろう。高みの見物といったところか。

 

 

 

長時間走り回っていると気が付いたら南区(サウス)にいた。空は完全に夜の(とばり)を下ろしている。夜でも活気の絶えない南区(サウス)でなければ美しい星空を拝むことができたであろう。

 

追っ手はいい加減キレそうになるほどしつこく、未だに気配を感じる。

このしつこさ、前世は(すっぽん)に違いない。

 

南区(サウス)でも一際高い建物の屋根に着地して一呼吸を置く。

現在アイル達がいるこの建物は『大賭博場(カジノ)』。このオラリオで最も金が集まる場所であり、余りいい噂は耳にしたことがない。当然アイル達は『大賭博場(カジノ)』への立ち入りをファミリアからきつく禁じられており、一度も中を見たことはない。しかし、屋根の上なら立ち入りとは言えないのでセーフだろうというのがアイルの言い訳だった。

 

「どう…して…助けてくれるのですか?」

 

息も絶え絶え、一風変わったジェットコースターを経験したシーナは調子を調えながら訝しげな視線をぶつけてくる。

 

「だから、何となくです」

 

「……………分かりました、一旦は納得しておきます」

 

アイルの真剣な顔を信頼したのか、はたまたそんな場合ではないと思ったのか、どちらにせよシーナがこれ以上聞いてくることはないらしい。

 

「あなたには聞きたいことが沢山あります」

 

「でしょうね」

 

アイルとて現状について色々聞きたいところである。

 

「でも、その前に…敬語は結構です

何だかむず痒いので崩して下さい」

 

「分かった………シーナも敬語なしでいいよ」

 

「それです!…あっ、それ!

何で名前を知っているんですか………だ?」

 

敬語を抜くことを意識したせいで言葉が変になっている。

 

「申し訳ないけど、ちょっとだけ調べさせてもらった

…その………呪いのこととかも」

 

「…そう………」

 

微妙そうな表情を浮かべるシーナ。それもそうか、死に方を見ることができる目を持ってることなど知られたくないだろう。憐れまれたりなどしたらたまったものではない。

 

「…それなら話が早いですね………だ」

 

「話易い方でいいよ」

 

さすがのアイルも半笑い。シーナは僅かに頬を染めて言葉を続ける。

 

「…あなたは何故、死の運命を変えることができたのですか?」

 

切実な質問。

変わらない『死』という現象に苦しめられてきた彼女の光明。もし覆せるのならば、運命をねじ曲げられたら、そう思わなかった日はない。

数瞬後に死ぬと分かっていながら助けられなかった、その悔しさは、無力感は、彼女にしか分かりえない。

 

「それに関しては…ごめん、僕も何でか分からない」

 

「…ほん…と…ですか?

 

……………そんな……………」

 

アイル自身も、そしてエイナすらも分からなかった。全くの原因不明。むしろアイルが知りたいほどである。

シーナからしたら肩透かしもいいところ。15年間続いている苦しみを少しでも和らげる、そんな方法を目の前にちらつかされて、結局手に入らなかったといった具合。

 

 

「それじゃあ…

 

あなたの(・・・・)『死』(・・・)が見えない(・・・・・)のは(・・)どうして(・・・・)ですか(・・・)?」

 

 

そう、シーナが先日アイルから逃げ出したのはこれが理由。

神ではない、ただの人間に死が浮かび上がらないという珍事。シーナからしたら産まれて初めて出会う死なない人間。彼女にはアイルが怪物(ばけもの)に見えた訳である。

 

「それは…多分僕に精霊の血が流れているからだと思う…」

 

アイルには微量だが精霊の血が流れている。母方から継がれている精霊の血脈はしっかりとアイルの体を廻っていた。

 

シーナの能力は精霊の呪い。精霊の血を受け継ぐアイルには通用しないというのも頷ける。

 

「精…霊…?

…嘘ですよね?」

 

信じられないといった風貌。

シーナは精霊を憎んでいる。自らの呪いの根源である精霊を。

別にニールを呪った精霊とアイルに混じる血の主が同じ精霊であるという訳ではない。しかしそれでも、自分を助けてくれた少年が自分が憎む精霊の子孫だと思いたくなかった。

 

無論、嘘ではない。アイルは精霊の血脈を持つ。

少女が動揺すると分かっていて、アイルが態々それをシーナに告げたのは別にアイルの性格が歪んでいるからではない。黙って隠すのは不平等だと思ったからである。

こういった真っ直ぐなところはアイルの美徳だが、今回に関しては言わない方がよかったかもしれない。

 

 

呆然とした少女に気遣って何か一言で言いたいところだが、生憎そうはいかないらしい。既に、軽く三十を超える男達が『大賭博場(カジノ)』の屋根に到着していた。

 

アイルは急いで少女を抱き抱える。シーナは一瞬震えた。先程までと違い、アイルに少なくない恐怖心を持ち始めたのかもしれない。

 

取り囲んできた男達は一様にナイフや剣、槍などの武器を携帯していた。魔法で一掃したいところだがそうはいかない。

まだ相手は攻撃を仕掛けてきてはいない。そのため、此方から仕掛ければ先に手を出したことになりギルドを通して(ペナルティ)が下ることになる。おそらく相手の狙いはアイルの攻撃を誘うことだろう。

故にアイルがとれる選択肢は逃走のみ。アイルは屋根の上を走り、際に近づいた。そして迷いなく飛び出す。

 

大賭博場(カジノ)』の高さは数百M(メドル)ほどある。例え冒険者でも尻込みしてしまう高さであり、着地をミスればただではすまない。

 

アイルとシーナは踏み切りと共にフライアウェイ。夜空を舞い、このまま飛んでいけそう。ぱっと見、少年少女のランデブー。

しかし、一瞬の無重力感後には無慈悲な重力。地面に引っ張られるように落下して地上に帰還。どうやら人間は一生地面とランデブーしなければならないらしい。

 

地面との衝突の瞬間、膝をクッションにして威力を可能な限り殺す。しかし、数百M(メドル)の落下によって生まれた運動エネルギーはそう易々とはなくならず、残った衝撃はアイルの体を突き抜けた。

当然アイルの体には特に影響はないが、彼に抱えられていた少女には強烈な負荷だった。脳が揺らされ、内蔵に激しいダメージが響く。

 

上を見上げると追っ手は案の定尻込みしていた。上るのは簡単だが下るのが難しいというのは世の常である。フィニッシュポーズでもとって煽り倒してもいいところではあるが、逃走が先決である。

 

アイルはそのままホームに向かった。路地を歩いては通行人と交通事故をおこす可能性がある。冗談ではなく、アイルが恩恵のない人間と衝突すれば間違いなく相手は死ぬだろう。全力疾走したい場合は屋根の上を行くしかない。幸い『大賭博場(カジノ)』に人を集めたようで、追っ手はそれほどいなかった。

 

「このまま、僕のホームまで行くけど、いいよね?」

 

「…あ…かっ…」

 

相変わらず何を言っているかは分からない。速さに加え先程の落下ダメージが残っているのだろう。

 

「ごめん、何言ってるか分からな………」

 

殺気。五感のどれでも感知できないそれは第六感とも呼べる。アイルは感じとったそれを元に急遽足を止める。屋根瓦を捲り上げながら停止したアイルの目の前を一本の矢が通過した。

アイルは矢の飛んできた方向に目を向ける。万事幻視(スキル)を駆使して見た矢の主は遥か数千M(メドル)も離れていた。いくらオラリオとはいえ、この距離で矢を当てられる冒険者はそう多くない。アイルは男の顔を知っていた。

 

大鷹(メガロ・ボウ)』と呼ばれるレベル6の冒険者。本名はオーブ・ジュラ。

 

大鷹(メガロ・ボウ)…ということは………」

 

エリスファミリア。

黒い噂の絶えないファミリアであり、一説では『大賭博場(カジノ)』と癒着しているとの噂すら流れている。レベル6の冒険者を三人も抱えるそこそこの規模のファミリアであり、ギルドも強く口出しできないため好き勝手やってるとかやっていないとか。

 

収穫はあった。敵の正体とその規模。

今回はこのままホームに逃げ込むのが得策。そう判断したアイルはヘスティアファミリアに帰った。

 

 

 

 

 

 

ヘスティアファミリア。オラリオ最強の本拠地ともなればそうそう入ってはこられない。無許可で立ち入れば違反行為となり、戦闘せずして(ペナルティ)が決まる。そもそもダンジョン深くで日々冒険をするベルの索敵を掻い潜ってホームに侵入するなど不可能であるため、現在オラリオでここ以上に安全な場所はない。

 

シーナはホームの客室に通した。親交のあるタケミカズチファミリアやミアハファミリアの団員が泊まることも多いため、それ相応に整備されている。

アイルの無茶な逃走の負荷と追われていたという心理的疲労のおかげか、シーナはベッドに到着するなり一瞬で眠りについた。

 

アイルはその足でヘスティアの元に赴き、事情を説明する。「厄介事に捲き込まれるのは遺伝子なのかい?」と、言われたが概ね事情を理解してくれた様でシーナをファミリアで匿うことを許諾してくれた。同時にエリスについて探りを入れてみると約束してくれたが、今までギルドに尻尾を掴ませなかったファミリアであるため望み薄だろう。

 

 

 

 

 

 

ヘスティアから事情を聞いたベルはアイルを想う。

ベルはアイルはとても危ういと思っていた。

 

アイルが四歳のとき、与えた冒険譚を読んだアイルの喜んだ様子を未だに覚えている。次々と本をねだり、与えれば喜んだ。まるで、かつての自分と祖父のようだと思ったものだ。

 

アイルが六歳になると恩恵を欲しがった。アイルにナイフでの戦いを教えると驚くほど強くなっていった。まごうことなき天賦の才。ベルも未来に期待した。

 

アイルが十歳になりダンジョンに潜るようになると物をねだらなくなった。もともと、そこまで物欲が強い方ではないため、欲しいものはレベル1の実入りで賄えるようになっていたのだ。

 

親離れしていくアイルにそこはかとない寂しさを覚える。ベルの周りには親がいない者が多いため、親元から巣立つという経験に乏しい。愛する我が子を心配しない道理はなかった。

アイルの成長を喜べばいいのか、それとも危険事に身を置く我が子を憂えばいいのか、ベルの貧相な経験では判断しかねるものだった………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオ、中央区(セントラル)の北端、一日を通して人気の少ない位置にそのファミリアのホームはあった。

 

「そう…失敗してしまったの…」

 

神秘と美を兼ね備えた青髪の女はそう言った。

 

不和の女神エリス。

美を象徴する存在でなくとも女神は整った造形をしている者が多い。恒常的な平和を良しとしないこの女神もその例にもれず美しい容姿をしていた。

 

先に言っておくが、エリスはけして悪神ではない。ただ、退屈な日常に刺激を求めて人間(子供達)を弄ぶのが趣味なだけである。そこに一切の悪心はなく、ただの暇潰しでしかない。

しかし、エリスのそれは多くの神のそれと比べるといくらか過激であり、ギルドの規定を破ることも間々あった。

 

「申し訳ありません…私の失態であります」

 

「いいのよ、オーブ…

もっと面白いことになったじゃないの

前々からアイル(あの子)には興味があったの」

 

女神の命令で数々の悪事に手を染めてきたオーブにとって、今回の失敗は正直予想外であった。アイル・クラネルのスペックが想像を上回っていたせいである。最後には主神から禁じられていたにも関わらず、自ら手を出してしまった程に。

 

「コキリ、いるでしょう」

 

虚空に飛ばされたエリスの声が空気中に溶けきる前に薄闇から返信が返る。

 

「はい、ここに」

 

コキリ・アーネウス。レベル4にして、エリスファミリアの団長を務める男。

 

「今回の件は貴方に任せるわ…

フリードとアイセルも使っていいから上手くやってネ」

 

「…仰せのままに」

 

 

かくして、闇もまた動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『英雄補助説』
ベルの周りに特殊な能力を持つ存在が集まった理由を『精霊が英雄のためにそういう運命にした』という乱暴な考えでまとめてしまった理論。
意外と有力で様々な本が出版されている。

シーナ・ラジエラ 恩恵なし
15歳。血筋の特殊能力『死怨の呪い』を先祖返りした少女。生まれつき人の顔に『死』を見てしまうので、基本的にはいつも目深にフードをかぶっている。ガラス越しや鏡越しでも能力は発動するが、自分の『死』は見えない。
薄紫の髪と紫宛色の瞳を持ち、背丈はアイルと同程度。体型は一般的な少女のそれ。


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悪意

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夜を過ぎ朝になるとファミリアの団員は一斉に起き出す。ファミリアであるヘスティアファミリアでは、毎朝洗面所やトイレが混むためアイルは日頃から日の出直前に起きるようにしていた。

 

地平線ギリギリに太陽が覗き始めているのを見ながら着替え、洗面所で顔を洗う。よく冷えた廊下から足を守るため、スリッパを装着し食堂に赴く。調理場に入りランプを灯した。

朝が早すぎるため調理担当の者はいないが、簡単な料理ならアイルもできるためささっと仕上げる。

卵を溶いて軽く火を通した物に塩をざっくり振る。パンと羊の肉をスライスして肉には火を通しておく。羊肉は塩だけで味付けするのがアイルの好みである。

これで四人分(・・・)の朝食完成である。

 

四つの皿を器用に持って食堂にでるとリーユとリリアが待機していた。朝食の当番はアイルとリリアで回すのが通例である。リーユに任せると調理場が吹き飛ぶので立ち入り禁止になった。

 

「お早うございます、いつも申し訳ない…」

 

「おはよう、アイル兄さん」

 

「おはよう、リリアとリーユ姉さん」

 

混雑するなか朝仕度するのが面倒だと考える三人は毎日こうして早朝から集まる。

向かい合って座る二人の前に皿を置き、リーユの隣の席にもう一つ皿を置く。

 

「あれ?一人分多くない?」

 

「うん…まあ、ちょっとね…

先に食べてて」

 

皿を左手から右手に移して宿舎の客室に向かう。

敷地が広いため作りたてだった料理は冷めてしまったいた。

太陽が上り始め朝を主張し始める。ホームが徐々に喧騒に満ち始めた。あっち行ったりこっち行ったりして大騒ぎしている団員の騒ぎを感じながら、宿舎の隅で扉をノックする。

トン、トン、トン………リズムよく木製の扉を叩き、中のシーナに入室の許可を求める。

 

返事はなかった。寝ているのか、それともアイルを避けているのか………いずれにせよ客室とはいえ女性の寝室に許可なく侵入することはできない。

 

「朝ごはんここに置いておくから、食欲があったら食べてね」

 

結局アイルはドアから少し離れたところに皿とスプーンを置き、シーナに声をかけてから食堂に帰った。

 

 

 

 

 

食堂は出たときと違いかなりの人でごったがえしていた。自分の席に戻るとリーユとリリアはまだ朝食に手をつけていなかった。できたてだった朝食は冷めてしまっている。

 

「先に食べてって言ったのに…」

 

「やはり朝は三人で食べなくては」

 

「アイル兄さん抜きでは食べないよ」

 

朝ごはんは冷めてしまったが兄妹からの愛がとても暖かかった。

 

 

 

 

 

今日のアイルの予定は母に特訓をつけてもらうことになっていた。ダンジョンで扱うのに問題ない程度には剣を使いこなせているが、母のそれとは比べ物にならない。

 

剣とナイフの違いは想像よりも大きい。振るうにあたりリーチが大きく異なる上に、遠心力の関係上剣の方が圧倒的に威力が高い。代わりにナイフは小回りが効くため基本的にどんな場所でも使うことができ、また防御においてもナイフの方が勝手がいい。

 

アイルが用いる細剣は軽い。つまり、速度においては優れているが、威力において大剣には及ばない。

一撃の踏み込みを大きくし過ぎるのは隙を生むことになる。威力に期待できない細剣で行うのは向かず、一般的に速度を生かした手数で戦うのが基本だ。

刀剣類における手数とはすなわち切り返しの速さである。振るった剣を再度反対方向に振るには、一度運動エネルギーをキャンセルしなければならないためタイムラグが生まれる。どれだけの手練れでもそれは変わらない。

しかし、オラリオ最強の細剣使いであるアイズにもなるとその時間は0,1(ゼロ・コンマ・イチ)秒をきり、認識できるものではなくなる。

 

対モンスター戦においてアイルは魔石を見ることができるため、切断能力の高い不壊属性(デュランダル)の剣はアイルにとって一撃必殺である。それ故、アイルは切り返しの速度に関して実戦でほぼ使わないため優れているとはいいずらい。アイズにはこうして、帰還する度に教えを乞うていた。

 

 

 

アイズは幼少の頃より非常に不器用であり他人にものを教えられる質ではない。故にアイズは実戦方式で試合をし、目で盗め方式で特訓していた。

 

アイルの剣がアイズに届くことはない。アイズは剣を鞘にしまったまま戦う。時々反撃をいれるが基本的には防御に徹していた。

アイルの剣筋はアイズから見ても悪くない。ナイフを得意としているが剣も一級でメインにしても問題ないとほど。しかし、アイルの剣は少し物足りなかった。

 

軽すぎる(・・・・)

細い剣を使う以上仕方のないことではあるが、一撃の重さが足りない。下層程度のモンスターを両断するには十分だろうが、硬度を武器とする敵には通用しないかもしれない。

そして、切り返しが遅い。攻撃のタイムラグが長すぎるので隙だらけである。アイルの最大の強所である速度をいかしきれていない。

剣の切り返しは敏捷ではなく技術がものをいう。技術は才能と経験が全てである。才能はともかく経験においては乏しいアイルは二撃目が苦手だった。

 

アイルの剣閃は鋭い。空中でぶれることなく真っ直ぐと振るわれる剣………しかし、アイズは難なく防ぐ。レベル差もそうだがやはりアイルの攻撃の軽さが際立っていた。

 

 

 

アイルとアイズの稽古は大抵同じ終わり方をする。アイズが反撃の力加減を間違えてアイルの意識が飛んで終わる。毎度恒例のこと。

 

暗転した意識が戻ると母を見上げる形だった。後頭部には柔らかい感触がある。幼い頃はこうしてよく膝枕をしてもらっていた。

今では………少し恥ずかしい。

 

「…何かアドバイスとかある?」

 

「アイルは…一撃に拘らなすぎかな?

もうちょっと一撃一撃の威力を意識した方がいいと思う」

 

「なるほど…踏み込みを強くすればいい?」

 

「うーん…それよりもっとこう、ビュッて感じで」

 

「なるほど…分からん」

 

説明下手あるある…表現が抽象的。

文句を言っても仕方がないので諦める。言葉で習うのが無理ならば今一度実戦で学べばいいこと。

その後、昼飯時まで母と手合わせをした。

 

 

 

 

昼食前に風呂に入る。激しい運動後で汗だくなので最低限のマナーとして入った。そして今日も家族と食事。昨日の食卓にアイズが加わっただけで、相変わらずお通夜みたいな雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪意というのには種類がある。切り裂くような鋭い悪意もあれば、巧妙に隠れた分かりずらい悪意もある。

エリスファミリア団長、コキリ・アーネウスの悪意は一言で表せば『粘着』。べっとりとした気色の悪い悪意が彼の象徴であった。

エリスファミリアはオラリオでは珍しい、最高レベルの団員が団長ではないファミリアであった。

 

コキリが団長を勤めているのはコキリがエリスファミリアで最も優秀だからである。こと頭脳戦においては一度も負けず、レベル6が三人もいるファミリアで一番実績を持っていることから、いかに優秀かも分かるだろう。

しかし、そのやり方は残虐非道であり団員からも忌避されるほど。当然、オラリオ内では余りいい話は聞かず、黒い噂ばかりが流れている。

 

エリスに指示されたコキリは直ぐに準備を開始した。数々の悪事をこなしてきたコキリにとって、アイルは今までで五本の指に入るほど楽しみな獲物だった。

何かと話題になりがちなアイルには食指が動く。どう遊んでやろうかと考えながら作戦を練っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼を過ぎるとアイルは客室に向かう。シーナと話がしたかった。

三度客室の外にはきれいに食べられた朝食の空の器が律儀にも出されていた。

三度ノックして待つ。中から「…どうぞ」という声が返ってくるまで数瞬の間があった。

ドアノブをひねり、入室する。よく整備された客室のドアは年期を感じさせない滑らかな動きで駆動する。中で待機していた少女は既に身仕度を整えた状態でこちらを見ていた。

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

「…おはようございます。お陰様で…」

 

未だに警戒した様子の少女にアイルは不謹慎ながら笑いが込み上げる。精一杯睨んでるつもりなんだろうが根の優しい少女の殺気など程度が知れている。常日頃からダンジョンに潜っているアイルからしたらむしろ可愛いといった感じ。

 

「お昼は?お腹すかない?」

 

「先程食べたばかりなので結構です」

 

シーナは先程まで寝ていたらしい。昨日の逃走劇を考えるとそれくらい疲労していても仕方なかろう。

朝食は先程昼食として食べたようで、空腹は感じていないとのこと。それならよかったとアイルは言葉を発する。

 

さて、問題はここからである。アイルはここまでしか話題を用意していなかった。話下手が話題を用意せずに会話を開始すると大抵事故る。現に今もアイルは微妙な空気のなか次の話に困っていた。

 

「…先に言っておきますが…」

 

先に口火を切ったのはシーナだった。

 

「私はあなたとは仲良くできません。

私は精霊を憎んでいるんです。あなたが善人なのは分かっていますが………それでも私はどうしてもあなたに好感を持てないんです」

 

明確な拒絶宣言。馴れ合うつもりはない、関わるなと。アイルを憎んでいる訳ではない。アイルのことを誤認している訳でもない。しかし、受け入れられない。それだけ。

 

「………そう」

 

アイルとて『救ってやろう』などと尊大なことを考えていた訳ではない。ただ、力になりたかっただけ。それ故拒絶されたことに少なくないショックを受ける。

 

「食事と寝床には感謝します。

しかし、これ以上私に関わらないで…ください」

 

「分かった…」

 

アイルはまだ14歳。

アイルが俯いている間にシーナは出ていってしまった。人の少ないホームに少女の足音は虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻になると気持ちも僅かに晴れてくる。ぐじぐじといつまでも引きずるタイプは冒険者に向かない。アイルも当然セルフメンタルケアを行える。

 

夕飯の準備でも手伝おうかと自室から出る。足取り軽くとはいかないがいつもとそう変わらない気分には回復できていた。

団員が帰ってきだすこの時間帯はファミリアもあわただしくなる。アイルの足音は雑踏に紛れ、昼間ほどの虚しさはない。

忙しない者がもう一人。

角から飛び出してきたのは我らが主神様。アイルがもう少し速く歩いていたら少女漫画が始まったかもしれない。

ヘスティアが焦っているのは珍しい。子供っぽい言動が目立つヘスティアだが、実は内面は神相応であり人より遥かに成熟している。元気な様子はよく見るが慌ただしい様子は久しぶりに見た。

 

「神様!?どうしました?」

 

「アイル君!君を探してたんだ!」

 

焦燥に駆られた様子。本当に珍しい。ここまで冷静さを失っているのはなかなかない。

 

「何かあったんですか?」

 

「君が連れてきたシーナ君って娘が………誘拐されたらしいんだ…」

 

「え…?」

 

日がオレンジをおび始めた頃に、路地裏で紫色が特徴的な少女が拐われているのを見たという届け出がギルドにあったらしい。

 

「神様!ちょっと出かけてきます!」

 

「アイル君待つんだ!エリスの本当の狙いは………」

 

君だ、という声はアイルには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

アイルもそのまま街に繰り出すほど馬鹿ではない。一度部屋に帰り、ナイフと剣を持って飛び出す。ホームの廊下を全力疾走する。

 

「アイル、リリアを見ませんでしたか?」

 

「ごめん急いでる!」

 

リーユに途中話しかけられたが返答している余裕はなかった。

 

 

オラリオは広いが意外と目立たない場所は少ない。少なくとも南ではないことは確かである。可能性があるとしたらエリスファミリアのホームか、北区(ノース)のどちらかだろう。

 

ホームの門を開けるのも億劫で飛び超える。高さは10M(メドル)ほど有るがレベル5の身体能力なら問題ない。ホームの柵は冒険者社会であるオラリオでは、侵入防止のためではなく外との区切りの目印として設置されている。

門を飛び超えた勢いを助走としてもう一度飛ぶ。今度は屋根に着地して北に向かって走る。

黄昏は薄闇を覚え始め視界が悪くなる。吐く息は冷たい空気と触れて靄になった。

 

エリスファミリアより少し遠くに止まって中を覗いて見たが、特に異変はない。ホームではないらしい。それを確認するやいなやホームの横を通り抜け北区(ノース)に立ち入る。

 

屋内の明かりが漏れ出ているが、街灯はほとんどない。ダンジョンは階層によっては薄暗いので問題ないが、不気味さを醸し出していることは確かだった。

 

 

 

北区(ノース)、北端。廃区画。誰も来ないこの場所は犯罪を行う上で非常に便利であり、アイルの予想した場所のひとつだった。

 

「いらっしゃーい!羊飼いの兎(ジャイアント・キラー)

首をながーくして待ってたよ」

 

当たり前のごとく待ち伏せ。レベル4の冒険者であるため見覚えはある。悪意(ヒール)と呼ばれるエリスファミリアの団長。

 

「この場所はね、あの餓鬼(シール)と初めて会った場所なんだ。

ここであいつを売る予定だったんだけどねw」

 

「シールはどこだ?」

 

「ここにはいないよ?」

 

「巫山戯てるのか?」

 

自分でもびっくりするほど低い声が出る。切り裂くような外気よりも更に冷たく冷めた声。怒りが過ぎて逆に冷静になっていた。

 

「巫山戯てなんかないよ、ホントホント。

最初から拐ってなんかないんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…どういうことだ?」

 

嘘をついていない…ような気がしたアイルはとりあえず聞き返す。本来は速攻で殴りかかってしまった方がいい。レベル差があるため瞬殺できる。しかし、それ故にいつでも倒せるという油断があった。

 

「だからー、ギルドに嘘の情報を流したってこと。そうすれば君が釣れるからね」

 

「何故僕を?」

 

「うちの主神様が君に興味持っちゃってさ。

ヒュー、モテ男ー!」

 

飄々…というよりは小馬鹿にしたような態度。明らかに追い詰められているにも関わらず、崩れない余裕の態度に少し警戒の段階を上げる。

 

「ち・な・み・に、今頃中央区(セントラル)では君が誘拐されたことになってると思うよ」

 

「?」

 

もう構っていられない。腰のナイフに手を当てて飛びつく為に姿勢を低くする。

 

「言い忘れてたけどー…君の妹、リリアだっけ?誘拐しといたからw」

 

「なんだと?」

 

「ロキファミリアのダイ………ロン?とかいうのを適当に焚き付けたら簡単に言うこと聞いてくれたよ」

 

「…っ!

リリア!?リリア!?、答えてリリア!」

 

眼晶指輪(オクルスリング)に呼び掛けても応答がない。リリアが指輪を放しているのは基本的にない。湯浴みの時さえ外さないらしい。何か不足の事態で外しているだけだと思いたいが、そうではないだろう。

 

ぶちギレ。

話す余地なしとばかりに最初っからトップスピードで突っ込む。殺しはしないが、両腕を飛ばすためにナイフを振るおうとする。

 

ガギンッ

 

しかし、響いたのは金属音。とても人の肩との衝突音ではない。

間に割って入ってきたのは大剣を持った冒険者。勿論見覚えがある。

フリード・ゴリウス、二つ名は『大獅子(ギガ・クシフォス)』でレベル6。エリスファミリア主戦力の一人。

 

後ろに大きく飛び仕切り直す。

周囲の気配を辿ると複数の存在を感じた。現れたのは二人の男。

一人は先日からお馴染みの『大鷲(メガロ・ボウ)』。

そしてもう一人がアイセル・ヴォールス。筋骨隆々の槍使い。二つ名は『大犀(マグナ・ランス)』で、レベルは6。

大鷲(メガロ・ボウ)』、『大獅子(ギガ・クシフォス)』、『大犀(マグナ・ランス)』、エリスファミリア最強戦力の三人が集結していた。

 

「どうするー?妹ちゃん助けに行く?良いと思うよ?ちなみに場所は西区の廃鍛冶場だよ。

ま、この三人の包囲網を抜けられたらねー」

 

………殺す

 

駆け出したアイルの目的は大鷲(メガロ・ボウ)。遠距離を先に仕留めるのは多対一における基礎中の基礎。他の三人に速攻魔法の牽制も忘れない。

当然、レベル6の冒険者が黙ってやられてくれるはずもない。一瞬の後に弓に矢を(つが)え放つ。弓の性能もあるが、確かな腕によって放たれる矢は鋼鉄をも容易く貫く威力がある。

しかし、アイルは止まらない。矢が眉間を捕らえる寸前に体を回転させる。回りながら矢を素手で掴み取り、投げ返す。

 

現在、アイルの敏捷はスキルの重ねがけにより超上昇している。

矢は目眩まし。返ってきた矢に対応しようとしている大鷲(メガロ・ボウ)に対して、投げた矢を追い越しながら接近すし、腕の内側で急停止。

大鷲(メガロ・ボウ)の間合いの内側。既に対応は不可能。

アイルは相手の弓を掴みながらで蹴りを放った。三日月蹴りと呼ばれる肝臓を蹴り抜く技は、内蔵に大きなダメージを与えるため、レベルギャップがあってもよく通る。

アイルの手に弓を残して大鷲(メガロ・ボウ)は飛んでいった。壁にめり込んだ大男は動かない。三日月蹴りは血液の集中する肝臓を直接蹴るため、大量の皮下出血をおこして瞬く間に意識を奪う。

 

しかしそれを確認することなくアイルは弓を持ったまま適当な建物の上に飛び乗り、右手のナイフを番る。

 

「ケラヴィス!」

 

新しい相棒に魔法を押し込みながら右手を放す。

雷は闇を切り裂きながら夜空を駆けた。

 

アイルの深紅(ルベライト)に染まった双眸には確かな怒りが浮かんでいる。

 

 

 

 

 




キコリ・アーネウス Lv,4
力:F301 耐久:G258 器用:C654 敏捷:E496
魔力:C612

《魔法》
【ヒプノシス】
・触れている相手の感情の増幅が可能
・ある程度の感情方向の操作

《スキル》
百顔百舌(クルーク)
・相手の感情を負の方向に変化させる
拒絶(レジスト)可能
勧悪懲善(マリス)
・善意で行動する者の思考能力低下
・使用者の悪意が強ければ強いほど強力になる

エリスファミリアの団長。23歳のヒューマン。団員からも忌避されるほど残虐な思考を持つ。単体での戦闘能力は皆無だが、対人特化のアビリティによって団長を務め上げる。
二つ名は『悪意(ヒール)

詠唱
【ヒプノシス】
争え、奪え、殺せ
どす黒く醜い腹の内を晒せ
我が右翼は悪意、左翼は争いの象徴である
舞え、我が傀儡(かいらい)



オーブ・ジュラ Lv,6
力:C612 耐久:E450 器用:B786 敏捷:B702
魔力:C654
狩人:F 対異常:G 潜水:H 治力:I

《魔法》
【ゲイルショット】
・付与魔法
・風魔法

《スキル》
光陰矢如(グリッターフォース)
・自身が使う飛び道具の速度上昇
影隠シ(ハイド)
・索敵能力の無効(直視されると解ける)
任意発動(アクティブトリガー)
鷹ノ目(シーク)
・特定範囲内の生態反応の検知
任意発動(アクティブトリガー)

エリスファミリア所属。エルフの35歳。大きな弓を用いた中、遠距離戦を得意とし、弓の腕はオラリオでも五本の指には入るといわれる。格闘術も会得しているがあまり得意ではない。
二つ名は『大鷹(メガロ・ボウ)

詠唱
【ゲイルショット】
吹き荒べ(ブラスト)



フリード・ゴリウス Lv,6
力:B759 耐久:E412 器用:D536 敏捷:B705
魔力:I0
逃走:H 対異常:H 魔防:I

《魔法》
なし

《スキル》
君子器否(デキシオーティタ)
・全アビリティの内任意の二つを上昇
司令塔(ワーズ)
・特定範囲内にいるエリスの加護を受けた者に対する思念送信(テレパス)
・受信不可
任意発動(アクティブトリガー)
能力連結(チェイン)
・特定範囲内にいるエリスの加護を受けた者のアビリティ上昇(自身を含む)
・範囲内の見方が多いほど効果上昇
任意発動(アクティブトリガー)

エリスファミリア所属。29歳のヒューマン。大剣を用いた近距離戦を得意とする。ダンジョン探索ではスキルの関係上隊長になることが多い。
二つ名は『大獅子(ギガ・クシフォス)



アイセル・ヴォールズ Lv,6
力:A896 耐久:A832 器用:H101 敏捷:G286
魔力:I0
逃走:H 対異常:H 治力:I

《魔法》
なし

《スキル》
馬鞭虎翼(マッスル)
・力と耐久のアビリティ超上昇
停滞ノ瞳(レッドライト)
・視認している相手の敏捷のアビリティ小減少
任意発動(アクティブトリガー)
韋駄天(グリーンライト)
・相手の視角外での敏捷のアビリティ小上昇
任意発動(アクティブトリガー)

エリスファミリア所属。32歳のドワーフ。大槍を使った中、近距離戦を得意とする。筋骨隆々で力と耐久に自信がある。敏捷が低いがスキルで補っている。
二つ名は『大犀(マグナ・ランス)


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私と英雄

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時は遡り、まだ日が空にある頃の話。リリアはダンジョンから帰還した。今日はファミリアの下級団員と行動を共にしている。リリアはレベル2だがレベルの低い団員の育成も任されるほどに経験が豊富であった。

普段はもっと高レベルの冒険者と共に探索を行うリリアにとって、正直退屈な仕事だったが収入が少しでもあるので有難い。決してお金がないわけではないが、サポーターは何かと理由をこじつけられて報酬を不当に減らされることが多いのでお金に困りがちなのだ。

 

日の色はまだ白に近いが、時刻を見れば予定より遅れていた。共に探索した冒険者がいつもと異なるため、時間感覚が狂っていたらしい。

夕飯は家族と共にしたいのでそろそろ帰らないといけない。しかし、面倒を見ていた団員に雑事を押し付けられる性格ではないため、リリアは団員に先に帰るように促した。渋ってはいたが最終的には納得して帰ってくれた。

 

換金所は混雑していた。この時刻はいつもこうで、仕方のないことではある。大きな背嚢(バッグ)の7割ほどまで詰まった魔石を換金した。レベル1三人の冒険者の一日の総量がこれ。正直少ないが、彼らからしたら重要な収入。きっちりと頭の中で計算してから換金する。幸い、ちょろまかされはしなかったようで、余計ないざこざは回避できた。ギルドすら信用できない昨今である。

実はリリアは『ダンジョンスクール』を卒業していて、算術が使える。アイナほどてはないが勉学はある程度修めていた。

 

魔石には質があり、下の層のモンスターほど質の高い魔石を落とす。当然、質の高い物ほど高く売れるが、今日は上層を中心に回っていたため金額は大したことがなく、換金する前よりも背嚢(バッグ)の中身が軽くなっていた。

 

換金後のサポーターは非常に狙われやすい。大量の金銭を持っているが、強さ事態は大したことがないと思われていて、良からぬことを考え付く者が後を絶たないのだ。

リリアも以前何度か狙われたことがあり、それ以来警戒していた。当然いつもは人通りが多い道を歩くが、今日は少し焦っていた。換金所が混雑していたため思っていたよりも遅くなり、既に日がオレンジ色になりつつある。

ベルたちが先に食べ始めるということはないだろうが、それが余計に焦りを加速させる。待たせるのは悪いと焦ってしまう。

ダンジョンからホームまでの道にはショートカットがある。裏路地を通らなければならないためリリアはほとんど使わないが、今日くらいはいいだろうと思った。

 

大抵の物語では路地裏は無法者の領域である。現実でも物語の示す通り荒くれ者が集まるのが日常的光景。しかし、今日は一人としてそういった者がいない。逆に不自然で不気味だった。

一気に抜けてしまおうと足取りが速くなる。小走りというよりほとんど走っている状態。

後、数M(メドル)で裏路地を抜ける。そんな時、外套のフードを強く引っ張られた。リリアの軽い体は簡単にひっくり返り頭を強かに打つ。

痛みで細めたリリアの狭い視界に映り込んだのは拳を振りかぶる男の顔だった。

 

拳が鳩尾に刺さったリリアは一撃で昏倒。

拳の主…ダイロンはリリアを麻袋に詰めて西区(ウェスト)に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄の匂いで目を覚ます。

明滅する視界がもとに戻ると知らない天井だった。ガラスのはめられていない窓の格子の間から陽光が入りこみ、私の眼球を直撃する。記憶にある太陽の色と異なる。気絶してそこそこの時間が経っているらしい。

左の壁には朽ちた炉が映り、ここが棄てられた鍛冶場であることが分かった。西区(ウェスト)のどこかだろう。

体が鈍い。気絶していた影響で上手く動かない。助けを呼ばなくては。

声を出そうとすると肺が締まった。大きな声は出ず、代わりにキュッというみっともない音が漏れるのみ。

体を起こすことも出来ず這いつくばりながら出口を目指す。しかし、目的地に到着する前に引き留められた。

 

後ろにいたのは二人の男。

ダイロンとその後輩の………ギアンだったか?とにかく二人の冒険者だった。

そういえばダイロンは先日晴れてレベル3になったらしい。

 

「な…にを…して」

 

声が上手く出なくて苦しいが、問わずにはいられなかった。元々愚かしい男だったがここまで馬鹿な真似をする奴ではなかったはずだ。ファミリア間に大きな亀裂が生じかねない。普通の(ペナルティ)では済まないだろう。

 

「リリア………おれはなぁ!お前が前々から気にくわなかったんだよ!

雑魚の癖に俺より目立ちやがって!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴り散らすダイロンに戸惑う。ここまでの怒りを買った覚えはないし、そのような行動をするはずもない。

 

「こ…こんな…こと…したら」

 

「うるせぇ!

ぶっ殺す…ぶっ殺す…ぶっ殺す…」

 

明らかに異常。冷静でないどころか一種のトランス状態に陥っているようにすら見える。ギアンもダイロンの様子に戸惑っているが、怖くて声がかけられないようだ。

 

ダイロンの様子は酒に酔ったようにも見えるが、酒の匂いはしない。顔の赤くなりかたも泥酔というよりは、興奮といった感じ。

 

と、すればまず思い浮かぶのは違法薬物(ドラッグ)の使用である。違法薬物(ドラッグ)は感覚、及び身体能力を引き上げる代わりに精神状態を狂わせる副作用がある。思考能力が異常に低下するため、常識的にあり得ない行為を行ってしまうことが多く、使用はオラリオの法で禁じられている。

ギルドで背中のステイタスを見せ、『対異常』の発展アビリティがFを超えていることを証明しなければ手にいれることはできず、当然受け取った本人以外が使用することも法で禁じられている。

噂では大賭博場(カジノ)が不法に所有しているらしいが、ダイロンにそんなコネクションがあるとは思えなかった。

 

どちらにせよ私のピンチには変わらないので、原因は後で考えよう。現状を何とかするとこが最優先だ。

 

よろよろと立ち上がろうとするとダイロンが近寄ってきた。殴り飛ばされる。

右頬を強く殴られ、右回転をしながら吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられると、口から血と共に奥歯が落ちてきた。

 

助けを呼ぶしかない。情けない話だが強いものにすがらなくては。眼晶指輪(オクルスリング)でアイル兄さんに助けを求めれば直ぐに駆けつけてくれるだろう。

左手の薬指に精神力(マインド)を込める。しかし、反応はなかった。左手を見ると指輪がない。殴られた衝撃で外れてしまったんだろうか?

 

私の中でゆっくりと恐怖心が広がっていく。逃げられない、助けも呼べない、相手は自分より強い。考えれば考えるほど絶望的な状況を理解し始める。

ダイロンの振りかぶった拳は再度、私の頬を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は冒険者が嫌いだ。

人外の能力を得て増長する。得意気になって他人を見下す奴らばかり。サポーターを差別して、反論できないのをいいことに不当な要求を繰り返す。

兄のように正しく強くなることができるほど、人の心は強くなかったらしい。

 

私は(弱者)が嫌いだ。

体が小さく、才能もない。強い兄の陰に隠れてこそこそしている。冒険者に対して一戦を引いて、勝手に敵対心を抱いている。

兄のように果敢に格上に挑めるほど、私は勇ましくなかった。

 

 

 

 

 

 

ねぇ神様、どうして私は弱者(パルゥム)なのですか?

 

 

 

 

 

 

ダイロンの興奮状態は落ち着くどころか悪化の一途を辿り、私の体中、青(あざ)だらけ。途中で何度かギアンが止めに入ろうとしたが、結局ダイロンに怒鳴られて肩を縮こまらせてしまう。

外は既に夜を迎え、寝っ転がっている私からは星空が見えた。トンカントンカンと金槌が振るわれる音が五月蝿い。

 

目の辺りが湿っているが、それが血なのか涙なのか分からなかった。私は既に立ち上がることも諦めてサンドバッグに徹していた。

やがて、飽きたのだろうか、ダイロンは一つ大きな息を吐いた。それで冷静になってくれればよかったのだが、そうは問屋がおろさない。

ダイロンは腰に差してあったナイフを抜いた。考えなくても分かる。とどめだ。

 

後ろにアワアワしだしたギアンが映って、面白いなと思った。そんなことを思うくらい全てがどうでもよく思えた。

 

ダイロンが振り上げたナイフを下ろし始める。厭にゆっくり感じた。死の間際をこんなに長く感じさせるなんて、神様は性格が悪い。

 

ナイフが顔のすぐそこまで来たとき、「ああ、死ぬんだな」なんて、他人事のように思った。一瞬後には私は頭蓋を切り裂かれ脳を垂れ流しながら死ぬのだろう。願わくばもっと華々しく格好いい死に方がよかったが、(弱者)がそんなことを望むのは欲張りなのかもしれない。

 

後一センチ………五ミリ………三ミリ………一ミリ………

 

 

 

 

 

 

紫電。

私の目に映ったのは血でも脳でもなく雷だった。雷光に網膜が焼かれ光の残像を作る。私に分かったことはダイロンの右腕が肩からなくなっていることだけだった。

視線を右に移すと壁に、ナイフを握った右腕がナイフごと手の甲側からナイフに貫かれていた。

 

突然のことに安堵もできず、ただ困惑する。思考が飛んで呆然とする。

 

私は何となく、地面を這ってナイフのもとに行った。特に何か考えていたわけではない。本能のように、導かれるように。

 

ナイフを引き抜く。手に刺さっていたナイフは血塗れで真っ赤だったが、その下から確かに白銀に煌めきが覗いている。

見覚えがあるナイフ、一瞬で確信する。アイル兄さんの物だ。

 

『リリア、聞こえる?』

 

聞こえないはずの兄の声が聞こえた。幻聴ではない。音の方に目を向けると、丁度足下に眼晶指輪(オクルスリング)が転がっていた。先程落とした指輪が偶々近くにあったらしい。

 

 

『リリア………頑張って』

 

 

何が何だか分からない。全然理解が追い付かない。でも、直感的に分かった。直感が信じられないなら兄弟愛的なやつでいい。

 

兄も戦っているのだ。

 

きっと強い相手と戦っているのだ。勇ましく、或いは猛々しく。

それなのに自分はどうだ?兄の助けにすがり、あまつさえ勝手に絶望して諦めて…。

目の周りが湿ってきた。

今度は分かる。

涙だ。悲しいからではない。痛いからではない。でも、感動でもない気がする。まあ、何でもいいのだ。何となく涙が出ることだってあるだろう。

今すぐ兄と話したい。眼晶指輪(オクルスリング)に触れて精神力(マインド)を流せばすぐに語りかけられる。

しかし、この期に及んで兄に甘えようとする自分に失笑が漏れた。

やっぱり辞めた。兄には頼らない。

 

 

私は今日、初めて一人になる。

 

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

意味もなく叫んでみた。

何となく英雄っぽいと思ったのだ。

私らしくない。でも、今日くらい良いだろう。今日だけは、今だけは…

 

…私は冒険者なんだから!

 

 

ダイロンの様子はやっぱり大混乱で、右肩を押さえながら不恰好なダンスを踊っていた。しかし、私の雄叫びに驚いたようで今は少し落ち着いたようである。落ち着いたといっても元に戻ったわけではなく、その目は未だに狂気に染まっている。

 

兄の相棒を握りしめ、ダイロンを目一杯睨む。

戦闘の経験は浅いが、ナイフは比較的とっつき易い武器である。魔石の回収など以前から触っていた武器であるため、全く使えない訳ではない…はずだ。更に、相手は冷静でなく右腕もない。

しかし、それでも実際に戦えばダイロンに軍配が上がるだろう。レベルギャップは片腕の有無程度でひっくり返ることはないし、戦闘経験だって相手が上手(うわて)

アイル兄さんの言葉に依るところでは、素の能力と戦闘技能、経験、そして運が勝負を左右する要素らしい。

しかし、私は能力が低く、技能も乏しい。運に頼れるほど善行を積んでいない。

どう考えても絶望的な状況。でも、先程まで心を占めていた諦観の念は既になくなっていた。そんなものはアイル兄さんの一撃に吹き飛ばされてしまった。

ナイフを胸の前に構えて腰を落とす。

 

技術が乏しいなら真似れば良い

 

突撃。

私の思うそれとは比べ物にならないほど遅い。

錯乱しててもレベル3の冒険者、左腕で迎撃をしてきた。私の体は小さすぎて、ナイフを持ってもダイロンの腕よりリーチが短い。このままではいとも容易く払い飛ばされるだろう。

だから私は足を前に投げ出す。スライディングで回避する。直前で標的に沈没された腕は空をきった。

スライディングの勢いそのままにダイロンの股下を潜り抜けて背中をとり、振り返りながらナイフを突き出した。

レベル2の頃、アイル兄さんがよく使っていた技。当時のアイル兄さんはこの技でミノタウロスを乱獲していた。

 

格下に背中を簡単にとられるような冒険者がレベル3になれるはずがない。ダイロンは既に振り替えって対応を開始していた。ナイフと胴体の間に左腕が滑り込まれる。英雄ノ子(スキル)でもレベルの壁は超えられないため、ここを取り逃せば敗北するだろう。

 

ダイロンの左腕にナイフが刺さる。一瞬の硬直。

ナイフの性能が良いため簡単に刺ったが、筋力が足りないせいで胴体までいかない。

でも、ここで諦めたら今までの私と同じになってしまう。せっかくの勇気が台無しになる。それは嫌だ。

 

肩で股関節を押すようにして腰を落とす。そして、下半身の筋力をフル活用して斜め上に突進する。

リーユ姉さんがよく使う二段階突進技。本来は一度目の突進の衝突の瞬間に二段階目を解放して超高火力を実現する技だが、私にそれができるほどの技能はない。

しかし、ナイフが刺さった状態で再度全身突進を行えば、それなりの威力になる。下から突き上げるナイフにダイロンは首を反らす。

逃がさない。

気合いと根性で肩を捕らえる。切断能力の高い白銀の刃はダイロンの左肩を斬り飛ばした。

 

 

 

両腕を失くしたダイロンは絶叫しながら後方に倒れこむ。しかし、断末魔も長くは続かず、たちまち気を失った。元々失血多量だったのだろう。

正直、何もしなくてもダイロンは直ぐに気を失っていたと思うが、私にとっては確かに意味がある戦いだった。主に成長的な意味で…。

 

 

 

ああ、もう寝ちゃいたい。まだ、一人いるのに…。

大勝の後、すぐに気絶するのも英雄っぽいなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子をアイナは見ていた。

実はリーユに要請されてオラリオを探し回っていたのだ。本当はリリアが雄叫びを上げた辺りからいたのだが、そのタイミングで助けに入ってもリリアのためにならないと思い静観に徹していた。リリアの体が痣だらけなのを見たときは本気で(みなごろし)にしてやろうかと思っていたが、今ではリリアの勇姿を見れたことに感謝しているほど。

 

リリアも英雄の血族なんだな、なんて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のオチ。

私が気絶した後、アイナ姉さんがすぐに駆けつけてくれたらしく、救急で医者の元に運ばれた私は特に異常もなく全快していた。

ヘスティア様は私とアイル兄さんの怪我にひどくご立腹で、「エリスなんか潰してやるー!」と怒っていた。

 

ダイロンはエリスファミリアの団長のスキルに誑かされていたということが判明したが、明るみに出ることはないらしい。その代わり、ダイロンの処遇はロキファミリア内でそれなりに議論されたのち、三ヶ月の謹慎で片がついた。

事件の次の日にはロキ様がダイロンを連れて謝罪に来た。ダイロンも既に両腕を完治させたらしく、先日殺しあったばかりとは思えなかった。

ロキ様も自身の子供に手を出されたことにカンカンで、「エリスは潰しちゃる!」と息巻いていた。

 

後は特にいつもと変わらず、しいて言うなら私がレベルアップした程度である…。

 

 

 

 

 




リリア・クラネル Lv,3
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0
幸運:H 対異常:I

《魔法》
【トレード】
・二つ以上の物体の位置を入れ換える
・二つの物体の大きさに差がありすぎる場合不可
・消費精神力(マインド)は距離と重量に比例する

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備過重時に能力補正
・能力補正は重量に比例
英雄憧憬(イミテーション)
・使用者がよく理解している人物のステイタス、魔法、スキルの全てを一時的に模倣できる
本来(オリジナル)ほどの能力は発揮できない
・模倣対象によっては身体損傷(フィードバック)を受ける

特殊なスキルを発現したため、冒険者として戦闘することもできるようになった。しかし、身の丈に合わないものを模倣すると身体損傷(フィードバック)で、最悪即死する可能性もある。

詠唱
【トレード】
小人(ごども)子供(ごども)
英雄になれない小さきもの
弱者の小賢しい小さな悪戯


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紫宛の少女

今回の後半はごりごりに戦闘シーンです。

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街灯がない北区(ノース)は暗闇が支配している。僅かな月明かりと家屋から漏れでる光が数少ない光源であった。

普段ダンジョンに潜っているアイルたち冒険者は夜目が効くためほとんど問題はない。しかし、戦いずらいことに変わりはなかった。

 

四人いたのちの一番厄介な遠距離型の敵は不意打ちで倒せた。しかし、まだ三人残っていて、内二人はレベル6。団長のキコリが参戦する様子はないが、それでも圧倒的不利は変わらない。

平常時であれば逃走を視野に入れるような局面。しかし、アイルの頭には怒りが占めていた。冷静さを失っていないのは不幸中の幸いだが、選択肢から逃走が消えているというのは危険そのものである。相手の思考を言葉巧みに誘導できているキコリが一枚上手(うわて)だったというわけだ。

 

ナイフを失ったアイルは剣を抜く。左腰に刺した鞘から滑るように抜けた剣は闇夜で月光を跳ね返して光った。跳ねて走って、立体的な動きでフリードに迫り、迷いなく首を取りに行く。横一文字に振るわれた剣は大剣に弾かれた。一撃が圧倒的に軽いアイルはそれだけで大きくノックバックする。

フリードは鎧を着ている。こういった場合鎧の隙間を狙うのが常套手段だが、アイルの剣ならば鎧ごと両断できるだろう。しかし、アイルの剣は一向に届かない。何度も振るわれた剣は振るった数だけ弾かれた。

フリードは冒険者になって二十年近く経つ。対人戦は主神の意向上それなりにこなしてきた。圧倒的な経験の差が覆せない力量差として現れていた。

フリードは未だに反撃していない。アイルの手数を前に攻撃のタイミングを見つけられずにいた。しかし、フリードは焦らない。剣を着実に防ぎながら隙を伺う。

 

それに対してアイルの注意は散漫だった。敵は後二人いるため集中しきれなかったのだ。それでも剣閃がぶれないのは日々の鍛練と才能の賜物だろう。

キコリはともかくアイセルも未だに仕掛けてこない。槍を地面に突き刺し、腕を組んで直立していた。

 

アイルの目標はキコリである。取っ捕まえてギルドに引き渡したいと思っていた。しかし、アイルがそこに到達するには目の前のフリードとアイセルを倒さねばならない。しだいにアイルの剣筋には焦りが映るようになっていった。

 

アイルの剣の乱れをフリードは見逃さなかった。僅かに緩んだ一撃を見切り大剣で押し返す。後ろに大きく仰け反ったアイルの隙を見逃さず大剣を叩きつけた。

ここにきて初めての反撃にアイルは防御を遅らせる。細剣は防御には不向きである。不壊属性(デュランダル)の剣が折れることはないが、重さが足りないため容易く吹き飛ばされた。

地面を転がりながら受け身を取り、すぐに剣を正眼に構える。復帰は早いほど良い。すでにアイルの息は上がっていた。体力のないアイルはどんどん動きを鈍らせる。

 

攻守交代。

フリードの攻撃をアイルが受ける。受けるといっても弾くのではなく、剣の腹で滑らせるようにして受け流していた。それなりに高度な技術ではあるが、高度な技術であるため長くは続かない。しだいに剣先がかするようになっていきアイルの体に傷がつき始める。一度アイルはわざと剣を受け、後ろに大きく飛ぶ。

 

着地するやいなや腰に手を伸ばした。しかし、目的の物は手に入らない。ナイフと剣だけ持って飛び出してきてしまったアイルは、回復薬(ポーション)を持っていなかった。ダンジョン探索のときは必ず腰にさしてある。

一瞬の隙の後には大剣が男と共に飛んでくる。大剣は重いため突進技が行いにくく、隙が大きいが、実際に当たれば強力な攻撃になる。直前に剣を滑り込ませたおかげで串刺しは避けられたが無様に吹き飛び壁に突っ込む。受け身すら取れずに壁と衝突したせいでおもいっきり石壁にめり込んだ。全身を圧迫するような痛みに意識が飛びそうになる。無論失神はしないが頭部を揺らされ少なくないダメージをうけた。

一撃入れれば可能性はあるが、そんな隙はない。

 

フラフラになりながらも剣を構える。目の前にいる敵はいつの間にか槍を持つドワーフに変わっていた。時間で交代にするつもりだったらしい。

剣を水平にして先をアイセルに向ける。十分な屈伸の後、突進。地面を抉りながら突っ込むが、思ったほどのスピードが出ない。

大した速度でもない突進は容易く槍に払われる。そして、突きの乱打。大槍なのに軽々と突きまくり、アイルは防戦一方。剣を必死に滑り込ませるが思ったように体が動かず、数度肉を抉られる。

アイセルは回転しながら槍に勢いをつけ始めた。隙だらけだがアイルは動けず、回転槍の一撃を受けてしまった。

血を撒き散らしながら飛んでいき、地面を転がる。体がうまく動かない。

 

不審なのはいくらなんでも強すぎることである。アイルのスキルを考えれば、ステイタスの面では決して遅れをとっていないはずだ。

最も可能性が高いのは『能力上昇薬(ステイタスブースター)』の使用である。青い気化薬は血液に溶けて全身を巡り、ステイタスを跳ね上げる能力がある。副作用が凄まじい代わりに強力な効果を持つ劇薬は、比彼の戦闘力に圧倒的な差を生み出していた。

 

「お前はまごうことなき天才なのだろう…」

 

そしてもうひとつ彼らの間に差を与えていたもの…それは。

 

「しかし、才能だけで我らの二十年は破れないぞ!」

 

やはり、圧倒的経験差。一人の天才では絶対に超えられない経験の壁。アイルの知らない、対人戦特有の立ち回りを用いてアイルを捩じ伏せた。

 

敗色濃厚

 

それでも…と立ち上がるのはアイルらしい。

しかし、ただそれだけで微笑んでくれるほど勝利の女神は甘くない。痛みに耐え、絶望を捩じ伏せても勝ちは手に入らない。

次の一撃で動けなくなり、その次の一撃で死ぬのだろう。もしかしたら、動けなくなったら主神の元に連れていかれるのかもしれない。

 

両足に力を入れて立つ。

しかし、アイセルの一撃は無慈悲にアイルを地に沈める。

這いつくばったアイルは槍を振り上げるアイセルを見上げていた。

 

 

 

「やめてっ!!」

 

 

 

これはヒロインが英雄を助ける物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月に住みたいと思っていた。

誰もいない星で、誰の()も見ずにゆったりと、ゆっくりと…。

母は早くに亡くなった。父は私をスラム街に捨てた。

疫病で死にそうな、或いは屍となった老人が道に転がり、人拐いが頻発して、路地裏には顔のない小動物の死骸が転がる。そんな場所。

 

他人を信用しないと誓った。

私を呪った精霊を何度も呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

街中を疾走する。滅多に走らないから、肺がぎゅうってなって痛い。すれ違い行く人々の死が走馬灯のように流れていく。

 

 

『アイル・クラネル誘拐!?』

 

 

街の人は皆一様に同じ速報を見ていた。アイル・クラネルが誘拐されたという目撃情報がギルドに届いたという。人々は英雄が帰還しているときに子供を拐うとは大胆なことをするな、と思っていた。

 

恐らくこの街で私だけが想定できること。

あの優しい少年は、精霊の子孫は私のせいで拐われたのではないか?だとしたら北区(ノース)のあの場所にいるのではないか?

違ったら違ったでいい。ただ、確認するためだけに走っていた。

 

夜の北区(ノース)は相変わらず薄暗く、何度も何か分からないものを蹴飛ばした。つまづいて体制を崩したり、壁にぶつかったりしながら目的地まで走る。

恩恵もない私の肉体はそれだけでボロボロで、あちこち擦りきれて血が滲んでいた。

 

近付けくと私の耳にも金属同士の衝突音が聞こえてくる。後もう少し。入り組んだ路地を何度も転けながら抜けると、地面に伏す白髪の少年と槍を振り上げるドワーフが目に入った。

 

「やめてっ!!」

 

無意識の内に声を張っていた。とどめを邪魔された大男は槍をこちらに向ける。この場全員の警戒が私に向いた。幾重もの死線を潜ってきた男たちの殺気には足がすくむ。膝が震えて、腰が抜ける。

でも、それでもと立ち向かう。

 

「あなたたちの標的は私のはずです!

彼は関係ないでしょう!?」

 

「…なん…で…ここに?」

 

白髪の少年は震える両腕で立ち上がりながら問う。

 

「…何となくです。何となく助けたかっただけです…」

 

我ながら随分と下手な照れ隠しだなと思った。

 

「なぜ、彼に手を出したのですか!」

 

先日顔を合わせたばかりの、もう二度と見たくないと思っていたキコリの顔を睨む。

 

「ははっ、ははははははははっ」

 

突然狂ったように笑い始める狂人に尻込みする。狂気によって動かされる表情筋は愉悦を表現していた。

 

「皆、馬鹿すぎる!全部俺の思い通りだ!

ははははははははっ」

 

「何を言って…」

 

「お前なら来ると思ってたよ、シーナァ!

この坊主が誘拐されたって噂を流せば、頭ん中お花畑なお前なら助けたくなっちゃうよなぁ!」

 

全て作戦通り、そうこの男は(のたま)う。

つまり私はまんまと釣りだされた訳だ。自分から、助けの望めないこの場所に。

 

キコリはどすどすと得意気な音をたてながら私に近付いてくる。三日月型に吊り上がった口が気色悪い。

 

キコリの右腕が上がった。そして、振り下ろされる。素人の私から見ても分かるほど、武術も何もない平手打ち。しかし、私の体は面白いくらい吹っ飛んだ。

これで昏倒しなかったのだから意外に私の耐久は高いのかもしれない。

 

ニタニタした狂人は二撃目を繰り出さんと近付いてくる。

 

「待て!!」

 

今度は少年のストップが入った。

ゆらりのろのろと立ち上がった白髪の少年は苛烈な殺気を振り撒いていた。

 

「彼女をどうするつもりだ?捕らえても、オラリオの中じゃ売り捌くこともできないだろ」

 

オラリオは世界一安全な巨大都市。当然人身売買も禁止されていて、発覚すれば厳罰が下る。買った側にもリスクが生じるため、ほとんど売れることはなく、その商売は何年も前に衰退していた。

 

「分かってないなーぼっちゃまは。こいつには特殊な能力がある。こーゆー奴は北区(ノース)の研究者どもに高値で売れるんだよ」

 

「研究者…」

 

「まっ、どーしても買い手がつかなかったら、南区(サウス)の娼館にでも売るかな?」

 

「お前はどこまで…」

 

 

 

少年の突進。キコリを害さんとする細剣は直前に少年ごと大剣に払われる。

ごろごろと転がっていく少年は血塗れで、とてもではないが戦っていて良い状態ではない。それでも、腕に力を入れて立ち上がろうとする。

 

「やめて………もうやめてよ…。私のことなんてほっといて逃げてよ…。

言ったでしょ………『関わらないで』って。」

 

声は飛び飛びで息も絶え絶え。やっと、私が泣いてるんだって気づいた。これがどんな種類の涙なのか私には分からなかったけど…。

 

「そんなこと…できないよ。知っちゃったんだ………助けたいって思うだろ?」

 

少年の心は優しくて、それが私には辛くて。

 

「私はあなたに助けてもらえるような人じゃない。だって…だって私は………」

 

パンッ、と乾いた音が響いた。私の体が宙を舞う。キコリに殴られたんだと分かった。

 

「あのねー、お涙ちょうだいの物語は要らないんだよ。そういうのは他所でやってくれる?」

 

まったく、空気の読めない男である。

無様に地面に転がった私の意識がまだ保たれているということは、やはり私の耐久は優れているらしい。

 

少年は未だ諦める気配が毛ほどもなく、拳を地面に突き立てながら立ち上がろうとする。何度も突っ込んで、何度も弾かれて。

私には速すぎて見えないが、彼に勝機がないのは明白だった。素人の私にだって分かるのだから、当の本人だって分かっているだろうに。

 

なんで何度でも立てるのですか?

どうして諦めないのですか?

どうやったらあなたのように強くなれますか?

 

「止めて、もう止めて…。私を助けないで!

死にたいの!もう死にたいの!」

 

英雄は止まらない。

 

私のために傷ついていく彼を見ていられなくて、或いは私にない心の強さが厭に怖くて…私は目を逸らした。

彼は私のために戦っているのだ。目を逸らすなど無礼であろう。そんなこと、分かっているのに………分かってるくせに………。

 

痛みで朦朧としながら夜空を眺める。

円形の名月は夜雲の合間を掻い潜り、空から覗き見しているようだ。何とはなしに手を伸ばしてみる。あれから何年も経った私は既に手が届かないと知っていた。それでも意味もなく手が伸びていく。

私の視界では手にすっぽり収まっているのに…

月に住みたい。今でもそう思っている。一人で、孤独に、誰とも関わらず。

 

だって私は『化け物』だから。

 

私の上がっていた手は蹴り飛ばされ、踏みつけられた。バキバキと右手の骨が()り潰されて、余りの激痛に思わず(あめ)く。

 

月はなにもしてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憤怒は七つの業に数えられるほどの大罪とされる感情だが、時として英雄を奮起させる。少女の悲痛な叫びは英雄を励起した。

 

怒りという糧を得たアイルは再度突進を行う。弾丸のような速度で低空を飛来して剣を掲げる。

当然、フリードが間に入ってくるが勢いそのまま叩きつけた。先程と同じ様に響く鈍い音。先程と違うのはアイルが押し返されなかったことである。

助走によって生まれたエネルギーを余すことなく一撃に籠める。滑り込ませた大剣の上から細剣を捩じ込み、フリードを押す。そのまま、フリードを弾いて、たたらを踏ませたら、崩れた姿勢を見逃さずもう一撃。

石畳の地面を踏み抜きながら二撃目を放つ。怒りの感情は威力として剣に乗り、高い火力を実現していた。

 

大剣は防御に向かない。小回りの効きずらい剣では速い攻撃に対処できない。

損傷(ダメージ)を負うことでアイルはさらに速くなっている。フリードはしだいに捌ききれず、鎧の隙間に剣が滑るようになっていく。

 

当然、アイセルも見ているだけではない。

大きな槍を構えて突進。槍の突進技は剣のそれより突貫能力が高く、防ごうとしても吹っ飛ばされる。超高火力の突進がアイセルの必殺技であった。

同時にフリードは後退。大剣を無理矢理振るい一瞬距離を取る。息ぴったりの交代(スイッチ)でアイルに槍の突進を受けさせようとする。

 

しかし、これはアイルが誘った展開。

柔軟な足首、膝、股関節を限界まで曲げながら体を前に倒し、アイセルの膝下辺りまで落ちる。ここまで低いと膝蹴りすら当たらない。地面すれすれまで沈んだ後、起き上がる力を利用してアイセルに一撃入れる。胴体を逆袈裟に斬りつけて、ついでに回し蹴りも加えた。

アイセルは抵抗せずに蹴られた勢いのままに飛んでいく。アイルから離れ行くアイセルの陰からフリードが現れた。交代(スイッチ)だ。

フリードはスイッチを利用して既に回復薬(ポーション)を飲み、傷は塞がっている。

対人戦の経験が豊富な彼らは交代(スイッチ)を上手いこと活用していた。

アイセルを放っておけばすぐに回復されてしまうだろう。

 

アイルもアイセルを追うように駆け出す。フリードが剣を構えるのを気にせず体を沈めた。元より体の小さいアイルは前傾になるだけでさらに的が小さくなる。

フリードも同様に腰を落とした。迎撃するために姿勢をアイルに合わせる。

剣を後ろに引いたアイルとフリードはお互いの剣をぶつけ合う………ことはなかった。

衝突の直前、アイルはいきなりジャンプする。アイセルの突進のこともあり、下にばかり注意が向いていたフリードは突然視界から消えたアイルに驚いた。

 

対人戦において、驚愕はすなわち敗北。

アイルはフリードの頭頂部を足場にして前転しながら側頭部後方に剣の柄を叩き込む。

乳様突起と呼ばれる人間の急所であり。攻撃されれば激痛と平衡感覚の喪失を引き起こす。

 

バランスを失い、立てなくなったフリードの後頭部に容赦なく踵落としをお見舞いする。レベル差がなければ即死コースだが、恐らく大丈夫だろう………はずだ。

『神の雫』を使えば死んでなければなんとかなる………と思う。

 

兎にも角にも今はアイセルが先決。

既に回復薬(ポーション)を一つ飲んだようで幾分か回復しているようだが、まだ体には生々しい傷が残っていた。二本目を飲まれる前に距離を一気に詰める。

 

アイセルに見られた途端、速度が幾分か落ちた。しかし、止まらない。スキルか何かだろうと当たりをつけながら突っ込む。抑制されても尚、元の速度が速いので刹那の後に距離を詰めることができた。あと、数M(メドル)で二つの影が交差する。その時………

 

アイルは剣を捨てた。

 

 

大槍は突進も強いが迎撃も強い。手数が少ない分、カウンターで攻めるのが一般的でアイセルもそれを行おうとしていた。

 

正面戦闘が不利だと感じたアイルは剣を捨て、ついでに腰の鞘も装備解除(キャストオフ)したのだ。

細剣は軽いといったが、不壊属性(デュランダル)の剣ともなればそうはいかない。レベル2程度では重くて振れないくらいの重さはある。

故にそれを手放せばさらに加速する。

直前にいきなり加速したアイルにアイセルはついていけない。何とか振るった槍も勢いが足りず、槍の下を潜られてしまう。

 

タイミングずらし(チェンジ・オブ・ペース)

人間は何かとリズムを取りたがるため、戦闘中でも独自のテンポやペースを持っている。しかし、そこを崩されると十全なパフォーマンスができない。

対人戦では常套手段であり、また高等テクニックでもあるが、アイルがそんなテクニックを磨いているわけがない。アイルは感覚…すなわち才能だけでそれをやってのけたのである。

 

無防備区域(間合いの内側)に入り込まれたアイセルに為す術はない。限界まで接近してしまうと、体が小さいほど有利になる。

 

ここからはアイルの独壇場。

アイナ式組手術で内蔵を狙う。

 

「ケラヴィスッ!!」

 

肝臓に左手で手刀、心臓に右手で貫手、脾臓に左肘で肘鉄、賢臓に右手で裏拳、肺に両手で掌打を、魔法と共に叩き込んだ。

 

速攻魔法は付与魔法ではないため(アイルの裏技を除いて)基本的に付与はできないが、素手の場合のみ例外である。速攻魔法は発動の際に手から発生するため、行使速度を利用して攻撃の度に詠唱すれば擬似的な付与魔法にできる。

 

五臓掌(ごぞうしょう)(いかずち)を添えて~

五臓掌をフルコースで完食したアイセルは呆気なくその意識を闇に落とした。

 

 

残るはキコリのみ。

アイルの殺気は冷たい夜をも切り裂き、キコリを震え上がらせる。その顔にもう余裕はない。

 

「ま、待て!!それ以上俺に近づいたらこの女の命はないぞ!」

 

三流悪党の常套句を口にしながらシーナの首に手を当てる。確かにレベル4のキコリならばいとも容易くシーナを殺せるだろう。

しかし、相手が悪い。

 

「…ケラヴィス」

 

レベル4の動体視力では雷を見切るなど不可能。ましてキコリは普段、まったく戦闘をしない。そんな男が雷属性の速攻魔法という速度最強魔法を認識できるはずもなく、紫電は容易く顔面にクリーンヒット。

焼け爛れたその顔面をアイルは殴り抜いた。

 

一件落着。

ここからは英雄と姫の甘々物語といきたいところだが、生憎英雄は大勝したらすぐに気を失うと相場が決まっているらしい。

何か言おうとしたアイルの口からはついぞ何の言葉も出てこず、英雄はその場に倒れ伏した。

 

シーナの口から(こぼ)れた「…ありがとう」が聞こえたかは永遠の謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実を言うとこの戦場にも傍観者がいた。傍観者というよりは保護者だが。

高レベルの冒険者が何人も揃っているにも関わらず、その誰にもバレずに静観できる者は限られていて……………つまり、ベルである。

シーナが到着した数十秒後には到着していた。

 

ベルはアイルの憧れが自分であると知っている。

故に、あの場でアイルを助けることがどういうことを意味するかを理解していた。誰よりも…。かつて、彼女に憧憬を抱いていたベルだからこそ。

 

アイルに命の危機が迫ったとかならいざ知らず、そうでもない限りベルが干渉することはないと心に決めていた。

 

 

少女がアイルを担ごうとしている。しかし、うまくいかない。それはそうだ。少女もボロボロである。終いには少女も倒れた。

「ちょっと位助けるのはいいか」と、結局自分ルールに甘いベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は次の日、先日と同じ客室で目が覚めた。話に依るとベルさんが運んでくれたらしい。

リリアさんも無事帰還し、後日ロキ様直々に謝罪に来ていた。

 

ヘスティア様はリリアさんと白髪の少年の怪我にひどくご立腹で、「エリスなんか潰してやるー!」と怒っていた。

 

ロキ様も自身の子供に手を出されたことにカンカンで、「エリスは潰しちゃる!」と息巻いていたのも印象的だった。

 

白髪の少年は三日も眠り続けた。何でも、つい一週間ほど前に回復薬(ポーション)を大量に使った治療をしたばかりで、中毒を防ぐために回復魔法のみの治療にしたらしい。そのせいで体力を持っていかれ、三日も寝たそうである。

 

ベルさんが私たちをホームまで運んだ後、もう一度現場に戻ると既に、『大鷹(メガロ・ボウ)』、『大獅子(ギガ・クシフォス)』、『大犀(マグナ・ランス)』は逃げていたそうだ。仕方なく、『悪意(ヒール)』だけを回収しギルドに渡したらしい。処遇は決定していないが、とりあえず牢獄に入れられたという記事は読んだ。憎まれっ子にも盛者必衰が適応されるというわけだ。

 

 

後、話す事といえば、私がヘスティアファミリアに入団した程度である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水面から浮上するように意識が戻り始める。

神経が開通していないのか、目がよく見えず耳もよく聞こえない。しだいに、意識が覚醒し始めると、白昼の陽光と風に(なび)くカーテンが目に映った。

天井と壁際しか見てないが、ベッドの感触と合わせて自分の部屋だと分かる。

 

ふと気配を感じ横を向くと、紫の少女がいた。

 

「おはよう。アイル」

 

白昼夢のように幻想的で………

…というか、実際夢だったのかもしれない。

 

 

 

 




シーナ・ラジエラ Lv,1
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0
魔力:I0

《魔法》
なし

《スキル》
紫宛血統(ラジエラブラッド)
・自身を除く人の死の運命を見る


アイル・クラネル Lv,5
力:F370 耐久:F305 器用:E408 敏捷:D592
魔力:G259
幸運:G 対異常:G 逃走:H 治力:H

《魔法》
【ケラヴィス】
速攻魔法

《スキル》
英雄ノ子(クラネルブラッド)
・格上と戦う際、ステイタス中上昇
・『守る』ために戦う際、ステイタス超上昇
・早熟する
不撓不屈(アイアンスピリット)
・戦闘開始後、決着か逃走が成立するまで意識を失わない
損傷(ダメージ)を受ける度、全アビリティ高補正
万事幻視(ファントムアイ)
・透視と遠視が可能
神速兎(スピードスター)
・戦闘時、敏捷のアビリティ高補正


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