さきりんはヒーローに憧れる (ドントクライ)
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1話
*
「早霧」
「ひぇ……じゃなかった。なんですか、お父さん」
父の呼ぶ声がして、私は思わず身を縮こませる。いつになく真面目腐った雰囲気に、何か恐怖を覚えたのだ。
「お前はヒーローになるんだ。父さんや母さんのようにな」
「……え、えぇ? 何でそんないきなり?」
「いきなりじゃない。常々考えていた事だ。な、おやつも買ってやるから」
あからさまな買収行為。私は内心ため息をつく。流石におやつの為に将来を曲げるなんて。私にはパティシエになるという立派な夢が──
「お前の好きなチョコマシュマロ、毎日でも買ってやるぞ」
「……………………やだなぁ」
父は知っていた。娘──淀川早霧がこう言う時、大抵
*
「よーし特訓だ! 早霧は模試の成績はバッチリだからな! そのナヨッた貧相ボディを鍛錬だ!」
「ひえぇ……」
早朝のランニング。この時点で、私の心は折れそうだった。何故、自分はこんな朝早くから走らなきゃ行けないんだ。その気持ちでいっぱいだった。私の緑がかった、肩口で切り揃えられた黒髪がへにゃりとしなった。
やっぱり、生まれ持ったこの”個性”のせいなのかな。私は呪いつつ、怒られたくないので必死に走る。
「──よーし緑谷少年! あと1周だ!」
「は、はいっ!」
どうやら近くで同じように走っている人が居るようだ。私は少しの勇気を貰い、父からの応援を耐えた。
「……き、筋肉痛」
「今日は休め」
休んだ。
*
「今日は個性の特訓だ! 俺の個性、『炎纏い』はそうそうお前に負けはせんぞ!」
「あ、あ、危ないよぉ……」
明くる日、トレーニング施設に連れていかれた私は、早速こんなことを言われた。いくら父とはいえ、私の攻撃を受けて無傷という訳にはいかないはずだ。私は遠慮がちに言う。すると、父は目頭を押え、こう言った。
「……こんな俺を心配してくれるのか。流石は母さんの娘だ。──だが問答無用っ! そして心配無用だっ!」
「く、狂ってる……」
仕方なく、本当に気が進まないが、私は個性を発動させる。私の”個性”は父の『炎纏い』と、母の『召剣』のハイブリッド。名前は適当にネットで拾った『封炎剣』と名付けた。
「ふふ、やはり荘厳なり! ゆるふわと
「……逆に燃え移ると頭がおかしくなって死ぬ」
問答無用と言った割には、普通に話しかけてくる辺りが理不尽だ。父は接近戦を好み、早速近寄ろうとしてくる。けど、素人の私でもそれは危ないことが分かるので、私の間合い──中距離を保つことを心がけた。
「──ガンフレイム!」
床に剣を突き立てると、不思議なことに炎が柱となって父を襲った。イメージ通りに行き過ぎて、逆に不安を煽るが、父は当然の様に難なく振り払う。
「温いわ! ──喰らえ『煉獄回転』!」
英語で言うとフレアドライブ。私は悲鳴を上げて、こんな感じの1ヶ月を過ごした。まさに煉獄……もとい地獄だった。
*
「あと2ヶ月。……だが、このひと月でお前はかなり強くなった。これなら、あの雄英もちょろいことだろう」
「…………」
筋肉痛で動けないが、父が笑っているのは伝わった。
このひと月で、前に比べて痩せた気がする。ただ、その分筋肉がついて、封炎剣を割と使いこなせるようになった……気がする。私は不確かな手応えに、不安を感じる。
「──お父さん!」
「む、母さん。どうした?」
艶やかな長い黒髪を揺らし、息を切らした母が現れた。何か慌てているようだ。
「女の子に何やらせてるの!」
今更!? 私は絶句した。父も困惑の表情を浮かべていることだろう。だが、予想は外れた。
「……何って、『走り込み10キロ』と『俺と組手100本』と『基礎的な剣術トレーニング2時間』を、週5でやっただけだが」
ありのままを伝えちゃうの!? 私は再び絶句した。そういう空気ではなかっただろう。私が呆れと驚きを抱いていると、母はヒステリックに叫ぶ。
「わかってるわよそんなこと! 私が言いたいのはね! ──もう受験は来週ってことよ!」
「な、なんだって!? まだ推薦してもらってないぞ! 急がねば!」
そんなの、誰でも知ってる。父は恐らく、『一般入試』の受験を想定していたのだろうが……。私は動けないので、そのまま目を閉じた。これまでの事が、まるで走馬灯の様に駆け巡る──
──投げられる私。
──怒られる私。
──追いかけられる私。
──泣かされる私。
……ろくな思い出が無いまま、入試当日を迎えた。
*
「ひ、人が多い……」
雄英高校。私は初めて来たが、まさかこんなにも人が大勢居るとは。あれ、推薦枠って、一般入試と場所違ったよね? なのに何でこんなに多いの……。
倒れ込みそうになる体を、ギリギリまで鍛えた体幹が何とか支える。──吐きそう。帰りたい。帰らせて。目が回る。そして、倒れそうになり──
「……はっ!」
寸前で耐える。危なかった。意識が飛びそうになった。こ、ここが雄英高校。何と恐ろしいところだ……。
「──おい、アンタ」
「ひぇ……な、なんですか? ──ぎゅぃっ!?」
急に声をかけられたことに驚き、返事をしながら振り向くと──髪が紅白の、顔半分に火傷を負った少年がいた。あまりの痛々しさに、遠慮も無く悲鳴を上げた。少年は気にせず、話を続ける。
「……ああ、これか。まぁどうでもいいが、アンタも受験者か?」
「こ、紅白……じゃなかった、そ、そうですけど──」
「──やめとけ。ここは親のコネで来たヤツとか、志が低いヤツが来る場所じゃねぇ。……アンタ、さっきからビビりまくってるけどよ。どうせそういうクチだろ?」
「! そ、それは……」
厳しい言葉。だが、事実だけに言い返せない。ズボンを握りしめる手に、力が篭もる。
「まぁ、それでも受けるってんなら、勝手にしろよ。記念受験にはなるだろうしな」
そう言い残し、彼は去っていった。……私だって、好きでここに来たわけじゃないもの。私はパティシエになりたかったのに、お父さんに言われて──
『私悪くないもん。サキちゃんが悪いんだもん』
「……っ!」
こんな時に思い出す、あの時の記憶。そうだ。これじゃあ私、あの人と変わらない。あの人と同じだ。自分に対する嫌悪感で、私は責任転嫁をやめた。
「そ、そこの貴方!」
「……?」
私は何をとち狂ったのか、先程の少年を呼び止める。少年は怪訝な顔で、緩慢に振り返った。
「お、お、お──同じクラスに、なれるといいですね!」
「……! はは、そうだな」
先程の無表情からは考えられない、爽やかな笑みを浮かべた少年は、そのまま会場に向かっていった。
──暫くして激しい恥辱に襲われ、顔に熱が籠る。
……い、いいもん。私だって、変わるんだから。
耳まで真っ赤にしながら、私は足早に会場に向かった。
*
実は私、臆病じゃないのでは? 私は開き直ることにした。
だって、何気に乗り越えられなかったことはあまり無いし、個性だってそこそこ強いし、少しくらい調子に乗っちゃっても──
「おや、こんなちっちゃい子も出るんだー。こりゃ余裕かね」
「……!!」
癖の強い黒髪、爬虫類のようなツリ目。第一印象は──こわい。私は彼女にからかわれているのも気にせず、教師による説明を待った。……言い返すの、何だか怖いし。
「なぁ、あの子本当に中学生なのか? 小学生じゃなくて?」
「まぁ柔軟に考えて小学生でしょ」
「……」
泣きそう。私は早くも、覚悟が揺らいでいた。
数分後、漸く説明が始まった。何でも仮想
「──はいスタート!」
……えっ。
「どうしたぁ!? 実践じゃカウントなんざねえんだよ!」
い、急がなきゃ。私は縺れそうになりながら、走り出した。
落ち着いて。まずは冷静に武器を出さないと──。
「──うぜぇ……」
あれ? 今の、誰の声? あ、敵が居──
「──ガンフレイムッ!」
見つけた途端、身体が勝手に動いた。火柱は的確に2体のロボットに直撃し、跡形もなく消えた。
……こ、声も勝手に。何で? というか、誰の声なのこれ。自分の口から渋い声が出た時、私は混乱の渦に陥った。
「おい、嬢ちゃん」
私の口は尚も勝手に動く。慌てるが、身体は澱みなく歩を進める。すると、やや大きめのロボットが近寄ってくる。人を察知すると、真っ直ぐ向かってくるタイプの敵だった。
「お前だよ、お前」
わ、私!? 心の中で、私は驚く。
「他に誰が居るんだ。……それより、あんまりチンタラすんなよ。うざってぇ」
私は自分でこんなことを言いながら、泣きそうになって『わかりました! わかりましたぁ!』と念じていた。中々カオスな状況だ。……もしかして、封炎剣が喋ってるのかな。今までろくに使って無かったし、話すことを知らなくても無理は無いかも。
なんて言ってる場合じゃない。目の前には敵が迫って──
「──寝てろッ!」
う、腕に火が着いたー!? 燃え盛る拳で、2ポイントのロボをアッパーで軽々と吹き飛ばす。何が起きたのかわからず、私の意識は黒く染まって──
「──おめでとうサキちゃん。これからも友達だよ」
10歳の誕生日。私には友達がいた。とても仲良しで、人見知りの私にもやさしい自慢の友達だった。
だけど──その友達のお家で遊んでいたら、友達が親が大切にしていた花瓶を割ってしまった。
当然、その親は怒る。『どっちが悪いんだ』と。私は友達の返答を待った。自分が言うのは、何だか晒しあげている感じがして嫌だった。
「私悪くないもん。サキちゃんが悪いんだもん。急に怒り出して、私を突き飛ばしたんだもん」
泣きじゃくりながら、彼女はそう言った。私は、足場が無くなったのかと思えるほどの動揺に襲われた。何で? 何でそんな嘘をつくの? 私たち、友達じゃなかったの。
『本当なのか?』
多分、娘の言い分を嘘だと見抜いていたのだろう。だがもうひとつの、”娘を信じたい気持ち”を抑えられず、私にも聞いてくれた。私はその気持ちが、幼いながらに分かってしまった。だから、その嘘を後押しするように──
「──そう、です。ごめんなさい」
その後、弁償しようと思ったが『子供のした事だし、しょうがないよ』と許してもらった。けど……。
「──私、サキちゃん嫌い。そういうのなんて言うか知ってる? ”ぎぜん”って言うんだよ!」
あまりの言い草に、私は耳を疑った。しかも、それをわざわざ学校で言ったのだ。彼女は私と違って友達もいて、仲間がいて──
「ぎぜん!? それって何?」
「えっとね、正義ぶって人に見返りを求めるような、馬鹿な人のことなんだよ」
「うわー淀川きもちわるー」
「ぎぜん! ぎぜん!」
その友達は頭がよかった。だから、人を傷つけるのも、”仲が良かった友達が、1番嫌がること”も知っていたのだ。それが、何を意味するかも知らずに。
それ以来、信じるのが怖くなった。人と接するのが嫌になった。外に出るのが──
*
目が覚めると、試験は終わっていた。私は状況が理解出来ず、ただただ周りを見渡した。
焼け焦げた地面。ボロボロになったロボットの残骸。私の服も、端の方が少し焦げていた。……練習の時は、こんなことにならなかったのに。どうして? 頭を抱えるが、答えは出ない。
「おや、アンタはほとんど無傷だね」
「ひぃ……?」
悲鳴をあげて、私は声の主に向き直る。そこには、大きなバイザーを付けた小柄な老婆が佇んでいた。老婆は不思議そうに首を傾げた。
「……? 何か、キャラが違わんかね、君」
「……え? こ、これがデフォですが」
意味のわからない問いに、私も首を傾げた。
「んん? いやいや、さっきまで『くたばれ!』みたいなニュアンスの言葉を言いまくっていたじゃないか」
!? まさか、意識を失った後も『封炎剣』が私を動かしてたの!? その言葉を理解した時、私は強い眩暈を覚えた。足元が不確かで、たたらを踏んだ。
「大丈夫かい? もしかして、個性の制御が……」
「……は、はぃ。出来てないです……」
そもそも、本格的に戦闘用に訓練し始めたのは先月からだ。まさか自我があるなんて知る余地も無かったし、コントロール出来るわけもなかった。
この後、何故か私は受かっていたのだが、絶望している今の私は、そんなことはどうでもよかった。
『……うぜぇ』
もし、こんな──恥ずかしい姿をまた誰かに見られたら……。
「……やだなぁ」
周囲の視線から身を守るように、早霧はそそくさと退場した。これはよくある、臆病者がヒーローになるまでの話。
さきりんに”ガンフレイム! ” 言わせたかっただけです。1時間後にもう一本上げます。
追記 少し修正しました
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2
*
「……どうして、あんなことに」
深夜。布団に潜り、先日の入試から一睡も出来ていない早霧は考える。
思い返すのは、試験当日。私の個性”封炎剣”に自我を奪われ、意識が戻った時には試験は終わっていた。その時の私には驚愕と、未知の出来事に対する恐怖しか無かった。
FXで有り金を全部溶かしたような顔で帰宅すると、父は物凄く心配そうに「大丈夫か?」と聞いてくれた。だけど、私はとても疲れていたし、一言謝ってから部屋にこもった。
が、眠れない。……もし、受かってしまったら、それは私の力ではなく、私の個性の力で受かってしまったということである。そんなの、誰も認めてくれないはずだ。そう思うと、とてもじゃ無いが安眠なんて無理だ。
そうだ。そもそも、受かるわけが無いじゃないか。私は臆病で、人見知りで、蟻にさえ怯えるような、しょぼい女。こんな奴が、少々”個性”が強いだけで、受かるわけが──
*
再びくぐることになった、雄英高校の校門。私の足元は、作り立ての粘土細工のように、ぐにゃぐにゃとしていた。足腰が水のようになって、上手く立てない。
「──見ろよ、推薦枠の」
「ああ、あれが──」
死んだ顔で突っ立っていると、噂話をしているのが耳に入った。……推薦枠って、そんなに凄いものなの? 言っても、私の中学はそれほど偏差値も知名度も高くないよ? そんな所から来た女なんて、たかが知れてるよね? なんて事を考えながら、ふらふらと歩を進める。
運良く、誰にもぶつかることなく、すっかり持ち芸となってしまったFX顔で『1-A』にたどり着く。かなり広かったが、全然長く感じなかった。緊張しすぎるのも良くないと、私はひとつ呼吸をする。
怖い人とかいなければいいな。私は隅っこでオブジェになってるんで、放置してくれればいいのにな。というある種前向きな考えを持ち、ドアを開く──
「──ぶっ殺しがいがありそうだなぁ!?」
「──な、なんて口が悪いんだ!」
「……」
帰りたくなってきた。私はつんつん頭の、悪人面で怖そうな少年と、メガネの、怖そうな少年の喧嘩を目の当たりにし、足を竦ませる。
もうやだ。もうやだ。私は震えながら、棒立ちになった。更に、後から後からモサモサ頭の人──つんつん頭の人に『デク』と呼ばれていた──とか、麗らかそうな人が入ってきて、挟み撃ちの形になってしまう。
私は仕方なく気配を殺し、巻き込まれないよう祈った。
……みんな背、高くない? たった140cmしかない私にとって、ここは大木に囲まれる密林だった。
「……あれ?」
影が薄いお陰か、一切巻き込まれる様子が無かった。少し冷静になった頭で教室を見回す。──机が埋まっている。どうして? 1クラス20人で、このクラスにある机は20個。……どうして、私の分は無いんだろう?
「──お友達ごっこしたいなら
唐突に響いた、低い声。私は硬直する。きっと、担任の先生だ。錆びたロボットの様に、ぎこちなく振り返ると──芋虫のように寝袋に包まった、おじさんがいた。
「ひぃぃ」
私は貧血で倒れた。最後に見たのは、こっちを見ている紅白の少年だった。その顔は、僅かに強ばっていたように見えた。……そりゃ強ばるよね。
*
掻い摘んで言うと、私は今絶望している。まず、机の数が足りなかったのは、『このクラスが、異例の21人クラス』だったので、対応が遅れたらしいのだ。……ありえないでしょ、そんなの。
しかし、そんな安堵をかき消すが如く、謎の先生──相澤消太さんというらしい──は『この個性把握テストで最下位の奴は除籍処分な』とか言い出した。やばい、ストレスで寿命が縮む。というか縮んだ。
私は心臓を吐きそうになりながら、つんつん頭の人が700メートルくらいボール投げをしたのを呆然と眺めた。すると、誰かに背中を
「君、もう大丈夫なの? 座ってなくても平気ー?」
「……え、あ──ひぃい!?」
体操服と靴が浮いている。私はタレ目がちの眼を、目玉が飛び出そうになるくらい見開く。
「恐怖!? そこまで怖がらなくても……」
しまった。流石に悲鳴を上げるのは失礼だった。条件反射で仕方ないとはいえ、私は慌てて頭を下げた。表情もわからないのが、余計に恐怖を引き立てる。
「あ、ご、ごごごめんなしあ」
「……ふふ、冗談冗談! 君はさき……
私の暗い雰囲気を掻き消されかねない程、底抜けに明るく振る舞う葉隠さん。それを向けられた私は──真顔で涙を流した。
「!? な、何!? 私なんかしちゃった!?」
「……あ、えと、ご、ごめんなさい。感極まってしまって」
「えぇ……?」
色んなことがありすぎて、キャパオーバーしてしまった。しかも、そこで優しくされてしまって、豆腐メンタルの私が泣かない訳がない。ただ、葉隠さんを困らせてしまったのはよくない。謝ろうとした時、相澤先生の不機嫌そうな声がした。
「次」
「あ、私だ。……ご、ごめんね淀川さん。また後でね!」
そう言って体操服──もとい葉隠さんは走っていった。私は出席番号が最後なので、それまでになんとか対策を考えないと。……数秒後、私は3つの択があることに気づく。
その1、早霧は暴走の危険がある個性なんて使わなくても、21人の中では最下位にならず、除籍処分にもならない。
その2、アメリカのヒーローの様に、個性が助けてくれる。
その3、最下位。除籍処分。現実は非情である。
──どうやら、私には1番しか残されていないようだ。私は腹を括る。鼓動が加速し、心臓が痛い。だが、私はやると決めたら一直線の女。帰ると決めたら帰るし、泣くと決めたら泣く。
とうとう私の番が来た。ただ、クラスの人数が奇数なので、並走する人が居ない。好都合だった。
「……あー、誰か一緒に走ってやれ。誰でもいいぞ」
余計なことを。と思ったけど、誰も手をあげない。……わかってたから、別にいいけど。私は目尻を意味もなく拭った。そう、意味もなく。
「──じゃあ、適当に……お前が行け」
えっ。
*
──見せてやろう。ひと月の訓練の成果を。隣にいるのは、何時ぞやの紅白少年だった。
「……まさか、本当に同じクラスになるとはな」
「そ、そうですね」
やばいやばい。確かこの人さっき、地面凍らせてその上滑ってたよね? 私は内心テンパっているが、キャパオーバーで表情が死んでいる。
「ま、見せてくれよ。あんたの実力。入試ん時は見かけなかったしな」
紅白さんは無表情を少し緩め、そう言った。ただ、今の私にはそんな機微はわからないので、『お手並み拝見させてもらうぜ』というノリのこの言葉を──
”実力如何次第では即チョメチョメ”!? 何言ってるのこの人!?
「──淀川、15秒32」
「転んだぞ、推薦入学者」
「転んだな」
紅白さん本当にごめんなさい。何処と無く悲しげな顔をした紅白さんに、心の中で謝罪した。
*
握力、立ち幅跳び、反復横跳び。そのどれもがクラスの平均以下という結果に終わった。勿論、ぶっちぎりの最下位。
「……ふぐ」
最早絶望的だ。泣くのを堪えると、情けない声が出てしまう。
「可哀想になぁ。きっと親に無理やり入れられたんだぜ」
しかも、誰かに哀れまれている。事実だし、何も言い返せない。悔しさと恥ずかしさで、視界が滲む。何で私がこんな目に。理不尽な現状と、自分の流されやすさを呪う。
「淀川」
「ひぃ! な、な……」
「いちいち怯えるな。……お前、あと3つで結果出せなきゃ、緑谷にも負けて最下位だぞ。……貧血で倒れたといえ、本気も出さずに終わる気か?」
緑谷。多分、モサモサ頭の人だ。あの人も絶望的な顔してたけど、私の記録を見て困惑の表情に落ち着いている。……何かものすごく腹立つ。
せめて、せめてボール投げだけでも……ッ!
「──33.4m」
なんでや! 阪神関係ないやろ! 安定のFX顔で呆然としていると、相澤先生はボールを投げてくれる。ああ、そういえば2回だっけと、私は取りこぼしたボールを慌てて拾う、
……もう、終わらせよう。こんな私が、こんなところに来ちゃいけなかったんだ。帰って、お父さんに謝ろう。
「淀川、お前の個性はどんなものなのか、俺はまだ実際に見ていない。これは──個性把握テストだぞ?」
暫く、沈黙に包まれる。先生も、私も、クラス皆も静まり返った。そんな中、私の心中は穏やかではなかった。
「……そ、そうだった」
完全に忘れていた。使うまいと思っていたので、完全に記憶から消し去っていた。それを聞いたクラスの皆は、驚き、乾いた笑いを浮かべ、ひたすら困惑した。
……恥ずかしいから、さっさと帰ろう。私はヤケクソで個性を発動させる。
「──はぁッ!」
だが、いつまで経っても体が乗っ取られる現象は起きなかった。よし、まだ”CV.石渡”じゃない。
「おお! 何だあの凄そうな剣!」
「成程、淀川さんは対人戦闘特化の個性だったのか! 道理で使わないわけだ!」
何か勝手に納得してくれているが、ただ乗っ取られるのが怖くて使えなかっただけだ。私はひとつ、呼吸を置いた。
思い出せ。今まで訓練した技を。ボール投げで使えそうな技術を見いだせ。──私だって、やれば出来るんだ。
「──え?」
誰かの、間の抜けた声が響く。よくよく思い出せば、私は剣技を殆ど使っていない。ほぼ、肉体のパワーで技を繰り出していた。個性による補助もあったが、身体には刻まれている。
私は剣を逆手に、もう片方の手にボールを握り、深く沈み込んだ。すると、高熱の炎が私の身を包みこみ──
「タイ、ラン──」
同時にボールを投げる。直後、私を覆っていた炎はボールを持っていた手に収束され──逆手のまま両手で剣を上に振り抜くと、恐ろしい熱量を持った爆炎が、円盤状に広がった。
「──レイブ!!!」
それはそのままボールに襲いかかり、凄まじい勢いで弾き飛ばした。私は呼吸を荒くして、ボールの行方を目で追った。汗が吹き出す。エネルギーを根こそぎ持っていかれてしまった。
「──630m」
「──おおお!? 何だあれ!? めっちゃ飛んだぞ!」
「すごいなー憧れちゃうなー」
尻もちをついた私は、乗っ取られない内に、急いで引っ込める。……昔からあまり個性は使わなかったから、イマイチ乗っ取られる条件がわからない。
でも、やりきった。少なくとも、私はこの個性を応用出来たのだ。達成感と疲れのせいか、腰が抜けて動けない。とはいえ、麗日さん(確か)の記録”∞”のせいで、結局平均以下だ。
「……まずまず、だな」
「えぇ……?」
あんまりな評価に私は驚くが、力が入らずすごく眠たい。
「1回個性を使っただけでそこまで消耗するということは、まだまだ使いこなせてない証拠だろう。──
「何で俺が……」
「……ん? 仲がいいんじゃないのか? まぁ、嫌なら1人で行かせるが。元々貧血で倒れたような奴だからなぁ」
先生の風上にも置けないセリフを吐かれ、紅白の少年──轟君は顔を顰めた。……別にそんな顔しなくても。私は若干ショックを受けるが、気持ちはわかるので黙っている。
「わかりました。……でも、俺の残りのテストは」
「保健室はすぐそこだから、歩いても5分くらいで往復出来る。すぐ戻ってくれば、測定出来るかもな」
他人事のように、相澤先生は保健室の入室許可証的な物を渡してくれる。最下位を除籍処分すると言い出したり、私を保健室に行かせたり……厳しいのか、優しいのか。
「おい、立てるか」
「……む、無理です」
いくら力を入れようとしても、こんにゃくのようにぐねるだけだった。轟君はため息を吐くと、くるりと後ろを向いて座り込んだ。
「おんぶだ。早く乗っかれ。それくらいなら出来んだろ」
「あ、はい」
私は意図を察知し、のそのそと動き始めた。というか、これ後で恥ずかしくなるやつだ。だが、頭が働かないので、無心でのしかかる。人肌とは思えない程に、冷たい背中だった。
「……アンタ、普段何食ってんだ」
「そ、そんな重たいですか」
昨日のご飯4杯に唐揚げ1kgが効いたのか? 私は不安げに尋ねる。
「軽すぎる。逆に不安だ」
不安がられてしまった。私は顔を赤くして、俯いた。
「お熱いねぇ、あの2人」
「だねー」
周囲の視線が痛かった。轟君は気に留めていないようだけども。
*
「──あれ」
気が付くと、ベッドで寝ていた。保健室のベッドだった。
「目が覚めたかい」
「……あ」
そこには、入試の時に見かけた小柄な老婆──『リカバリーガール』という人らしい──が佇んでいた。私は漸く、自分の体の痛みや苦痛が消えていることに気付く。
「どうだい? 身体の具合は」
「……あ、はい。もう大丈夫だとおうぶ」
のそのそと起き上がろうとすると、腕に力が入らず、膝カックンならぬ『肘カックン』になって、体制を崩してしまう。
「無理するんじゃないよ。かなり衰弱してたからねぇ。……ちなみに、もう夕方だよ」
「──え、ゆ、ゆ!??」
そんな馬鹿な。個性把握テストは朝に行われた。つまり、約半日ここで寝ていたということか。私は頭を抱えた。何となく、頭痛がしたからだ。つまり、テストは……。
……でも、これで良かったのかも知れない。半端者の自分が、崇高な『憧れのヒーロー』を目指しちゃいけなかったんだ。そう思うと、何故か悔しくて、また涙が出てきた。
「ど、どうしたの」
「……いえ、何でも」
ズビズビと鼻水を啜りながら言っても、なんの説得力も無いが。私がグズっていると、リカバリーガールは取り繕うように口を開いた。
「と、ところで、あんたを運んできた……轟君だったかね。その子が言ってたんだが──」
「……?」
*
「──やってらんないよちくしょー!」
「いーぞー、もっと食えー!」
「早霧ー、素敵よー!」
私がこうやって、投げやりにチョコマシュマロを貪っている理由はただ1つ。掻い摘んで言うならば──『最下位は除籍処分と言ったな。……あれは嘘だ』という事である。
怒りで有頂天になっていた私は、リカバリーガールに一言お礼を言ってから教室に向かった。誰も居るはずが無い。そう思っていたが──
「──あ、淀川さん」
「もう体調は平気なのかー?」
なんでいるの。何人かが、放課後の教室にたむろしていたのだ。
その後、私は個性について、私の人となりについて根掘り葉掘り聞かれたが、普段から自分のことはあまり話すことがなかった私は、顔から火が出る思いで帰宅した。
全く、誰が『轟君と付き合ってんの?』とか言ったんだ。私には生まれてこの方、彼氏は愚か、友達もいないというのに。それに、こんな幸薄げな女、あっちから願い下げだろう。個性把握テスト中、冷ややかな視線を送ってきた轟君の顔を思い浮かべる。
「やってらんないよー! バカー!」
「いい食いっぷりだ!」
「偉いわ早霧ー」
佳境の50個目に到達した私は、一呼吸置いた。
でも。
あそこなら、もしかしたら友達が出来るかも……なんて希望を持ったりして。
「ちょーしに乗りやがってー!」
「よっ! Dループ全1!」
「てやぁ! てやぁ!」
……そろそろこの
こうして、『最悪』の一日は幕を閉じたのだった。だが、早霧は知らない。──最悪は、常に更新されるということを。
青山くん生存ルート。葉隠さん好きだし、書いてたら轟君がいつの間にか好きになってた。……初期ロキくんはこれでよかったんだっけ
少し修正
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3
*
必修科目を終え、午後の授業に差し掛かると私──
登校。教室に入った瞬間、ザワザワしていた教室は静まり返った。一瞬中学時代に戻ってしまったのかと錯覚したが、そんなことは無かった。
「おはよう!」
「……え、あ、はい。おはよぅございましゅ……」
朝の挨拶をされるのは、両親以外からは久しぶりだった。私は葉隠さんに噛み噛みで答え、顔を赤くして俯いた。何かと話しかけてくれる、良い人だ。
雄英高校に合格し、晴れて生徒となった私は、不本意ながら2日目の朝を迎えた。一日目からグロッキーだったが、1年A組の皆が良い人だったので何とか来ようと思った次第である。
「おはようございます」
「……ひ、おはよう、ございます」
喉元まで出かかった悲鳴を堪え、私は前の席の
八百万さんは端正な顔に笑みを浮かべた。……当て付けかそれは。間抜けな私の
「今日の午前は座学ですわ。準備はちゃんとしてきましたの?」
「……そ、それは勿論」
そそっかしいと言われる私は、2日前の夜には今日の準備を机の横に並べている。準備を怠ると、人は呆気なく死ぬ。と、先週読んだ本に書いてあった。
「そう。まぁ、当然ですわね」
「で、ですよねぇ」
「ところで、体調はもう──」
あれ、いつまで会話を続ける気なんだ? 私は二、三言話したら寝たフリをしようと思っていたのに。何だか視線を集めているし。
「ヤオモモと淀川が仲良さげに何か話してるぞ」
「まるで姉妹ね」
何処がだ。私は顔を固めたまま、不満を口で転がす。こんな美人と姉妹だなんて、考えただけで劣等感を抑えられない。
「そう言えば、貴方は一体どういった個性ですの? 昨日のテストでは、あまりよくわからなくて。……あ、ちなみに私の個性は『創造』といって──」
「……えっ? えっ?」
情報量が多すぎる。まず、私の個性? 昨日話したはず……あぁ、確か八百万さんは居なかったっけ。それよりも『創造』?? なに、そのチートは。どうやって作るのかはわからないけど。しどろもどろになりながら、私は会話を成り立たせようと苦心する。
そして思い出す。この人も”推薦入学者”ということを。それだけで、何だか苦手意識を持ってしまった。轟君と同じくらいの実力を持ち、尚且つヒーローになるに相応しい、『強い意志』を持っている。……私なんかとは、かけ離れた存在だ。
『──やめとけ。ここは親のコネとか、志が低いヤツが来る場所じゃねぇ』
轟君の厳しい言葉を思い出し、自然と表情が暗くなる。私は待ってくれている八百万さんに何か答えようと、口を開いた。
「えと、私は──」
「──HRだ。静かにしろ」
タイミングが良いのか悪いのか、相澤先生がチャイムと同時に入ってきた。八百万さんは困ったような笑みを浮かべると、前を向いた。『では、またの機会に』。そう言われた気がした。
……目で語るとは、恐ろしい人だ。戦慄しながら、何故か今度は先生に目で怒られた。このクラスは高レベルな忖度が要求されるらしい。
*
そんなこんなで、午後の授業に差し掛かる。
「わーたーしーが──」
「「
私は思わず小さく声を上げ、口を塞いだ。何を隠そう、私の憧れはこの人『オールマイト』だからだ。存在するだけで悪行の抑止力となり、その実力も個性も未知数。そんな超人を超えた超人に、憧れない訳が無かった。──私なんかが憧れてもいいのかと、時々不安になるが。
グッズも沢山持ってる。……誰かとハモったけど、誰の声だろう。
「──普通にドアから来た!!!」
──作画が違う。何だ、この隔離感。正に私と、オールマイトのヒーローとして、人としての『差』を示すかのような存在感。私はオールマイトが話している間、鳥肌が立ちっぱなしだった。
午後から始まるのは『ヒーロー基礎学』。そして、今回は早速『戦闘訓練』を行うらしい。皆、頑張って。
「お前もやるんだよ」
「えー……やだなぁ」
「何か言ったか?」
「……いぇ」
隠れていると、相澤先生に首根っこを掴まれて連行された。私は仕方なく、届いた
……ただ、あのお父さんとお母さんが勝手に頼んだデザインだから、どんな物か想像もつかない。私は恐る恐る、箱を開く。
「──こ、これは」
*
「あ、淀川さん!」
「……ひえっ、は、葉隠さん? 何処……」
「ここだよ! 手袋手袋!」
声のした方を向くと、手袋1式と靴が1足浮いていた。成程、透明人間の彼女には持ってこいな戦闘服だ。……けれど。
「そ、それって服……」
「んー? 着てないよ! 私が透過出来るのは、私の身体だけだかんね」
多分得意げな顔で言っているのだろうが、ちょっとシャレにならんでしょこれは……。花の女子高生が、何故入学2日目で全裸にならんといかんのだ。私はあまりの事態に頭を抱えた。
「どしたの? 頭痛いの?」
「……いえ、何でもないです。平気です」
言うだけ野暮だろう。彼女もヒーローを目指す者。これくらいの試練はあって然るべき……だろうか?
「それより、淀川さんのコス素敵だね! 何か強そうって言うか!? でも何処か可愛いと言うか? 兎に角凄い!」
「……え? あ、あ、ありがとう、ございます……」
急に自分の戦闘服に矛先が向き、動揺に動揺を重ねる。確かに、言葉はあやふやだが的を射ているだろう。
赤と白を基調としていて、何処かの私兵団の様な服。ただ、所々花びらのような形に切られていて、可愛らしさが中途半端に醸し出されていた。
この服に、封炎剣……? 完全にアレじゃないですか……>>聖騎士ソル。
「──先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」
「ひぃ」
すると、ごつい鎧を着た人が、オールマイトに質問していた。……声的に、メガネの人だろう。そういえば、名前はまだ知らない。というか、20人中名前を知ってるのがまだ5人も居ないという。私は所在なさげに、赤い鉢巻を弄る。
「いいや、もう2歩踏み込む! 屋内での
対人。また嫌な予感が。私は何も無い右手を見詰める。勿論、封炎剣の暴走の懸念もあるが、もうひとつ。
いや、大丈夫、大丈夫。今まで暴走したのなんて一度だけだし、時間に気をつければいけるはず。私は煩い心臓を鎮める為に、深呼吸する。鼓動だけで肋骨が折れそうだ。
オールマイトが言うには、『屋内の方が凶悪
敵チームは『核』を隠していて、ヒーローがそれを処理する。ややアメリカンな設定だが、考えることが多そうだ。ヒーローは制限時間内に敵を捕まえる、または核を回収する。敵は核を守りきる、またはヒーローを捕まえることで勝利となる。
「コンビ及び対戦相手は──クジだ!」
運なの……。どうしよう。知らない人となりたくないし(寧ろ1人で恥をかく方がマシだ)。そんな後ろ向き気持ちを抱きながら、私はクジに手を伸ばす。すると、オールマイトの大きな手に、私のひょろひょろな腕は掴まれた。私の腕を2周出来そうなほどに。
無論、例のごとく”さきキャパオーバ表情死(早霧のキャパシティオーバーで表情が死亡)”を起こしている。
「……そうか。1組だけ3人チームになるんだったね……よし、淀川さん、君は余ってなさい」
「……えっ」
まさか、1人余るから私はしなくてもいいということ? もしくは、私はもう要らない子宣言? 期待と不安が入り交じり、足が震えを起こした。
「──後でまたクジを1つづつ戻すから、そこから君は引いてくれ」
「は、はい」
オールマイトは変わらぬ笑みで私に言う。……こんな事を考えていた手前、後ろめたかった。
……全員が引き終わり、とうとう私の番になった。
「……”
「そうか! じゃあ”尾白、葉隠チーム”に入ってくれ!
3人チームには……取り敢えず、こんなペナルティでどうかな?」
いつの間にかメモ用紙に書き込まれた文字に、私の目は吸い込まれる。というか、葉隠さんと一緒だ! 尾白……君? さん? とも話をしないと……。
「わか、わかりました」
「よし! 頑張れよ!」
「……!」
何だか、私だけズルい気がする。
大した志も無く、物に釣られて、流されるままここに来た。にも関わらず、仲良くしてくれる人がいて、しかも憧れのオールマイトにも激励されてしまうなんて。お世辞でも、社交辞令でも──ここで頑張らないなんて、あっちゃいけない。自分が期待してなくても、少なくとも両親は信じてくれているんだ。裏切りなんて、するのもされるのも嫌だ。
「は、はいっ。……頑張り、ます」
私は足早に立ち去り、2人の元へ向かった。ローブがパタパタとはためくが、特に邪魔とは感じなかった。特殊な繊維で出来ているらしい。
「──あはは、一緒だね!」
「推薦枠の淀川か! 頼もしいな、よろしく頼む」
葉隠さんがぽふぽふと頭を撫でてくれる。尾白君は期待してくれているようだ。尾白君には、強そうな尻尾が生えていた。なるほど、そういう個性か。シンプルな分、かなり汎用性が高そうで羨ましい。私のは
「ふ、2人共。私、足でまといになるかも知れないけど……よろしく、お願いします」
これは、第1歩。私がヒーローになる為の。なって、両親や、私も知らない、私を信じてくれる人に応える為の。
遠慮がちに伸ばした手は、2人に引き寄せられて繋がれる。すると何故か──私の顔が、勝手に綻んだ。
*
「──!!!」
「──!!!」
帰りたくなってきた。私はモニター越しに物凄い戦いをしている少年、緑谷君と爆豪君を見て、絶望していた。
「よ、淀川がやばい顔してるぞ……。目じりがいつもより30°近く下だ」
「これが、無我の境地……」
「やはり推薦入学者は格が違った」
確かに(悪い意味で)違う。
緑谷君と、爆豪君。こんな気迫で訓練に臨めるなんて……考えが甘かったことを自覚し、拳を握り締める。そうだ、訓練とはいえ、彼らは夢に向かって必死なんだ。今から歩き出した私が追いつける距離じゃないかもしれない。いや、もしかしたら、もう追いつけないかも──
「──淀川さんっ、お茶でも飲んでリラックスしてよ」
「……ひう」
冷たい水筒を頬に当てられ、情けない声を上げる。
……思い詰めてても仕方ない。私は私なりに努力しよう。葉隠さんがくれたお茶は、少し苦く感じた。ありがとう葉隠さん。
というか、私達の相手って……。あのメンツにペナルティ込で挑めと? いや、こっち敵側だから、どちらかと言えば”迎え撃つ”のか。やだなぁ……。
ビルを片手で、粗方吹き飛ばした緑谷君の姿を最後に、皆は口々に歓声を上げた。考え事をしていた私は、肩を跳ね上げた。
「……痛た」
緑谷君。何だか計り知れない力を持っている様だけど、何故かテストの時は私のひとつ上という結果に終わっていた。……能ある鷹は爪を隠すという。緑谷君、策士だったんだ。私は脱臼しかけた肩を摩る。
暫くして、場所が変わることを知らされた私達は、移動を始めた。──次の相手、”轟・障子チーム”と戦う為のエリアに。
いきなりラスボスじゃないですか、やだ……。
淀川早霧、15歳! 好きな物はチョコマシュマロ! 身長は141cmで、体重はもうちょっと仲良くなったら教えてあげる! 趣味はお菓子作りで、彼氏いない歴は年齢と同じ!
個性は暫く暴走しないよ。特訓してるからね(フラグ)
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4
*
『3人チームの君たちにペナルティだ! どれかひとつ、君たちで決めるといい!
・核が大きくなり、運びづらくなる。
・発信機がついて、核の場所がバレバレに!
・ヒーロー側が1度だけ確保を無効化できる──』
──オールマイトによる達筆で書かれた『好きなペナルティ選んでね表』を、私たち3人は必死に睨みつける。
「……私は別に、核が大きくなっても困らないと思うな」
葉隠さんが言うと、尾白君が反論する。
「いや、俺は両手を塞がずに、元のサイズならミサイルを持つことができる。多分、暴発もさせずに。そのアドを潰すのはどうかな。俺はこの『ヒーローが1回無敵』の方が……」
成程。1回弾かれても、また捕まえればいいという発想か。私は感心する。……ネガティブな私一人では、とてもその考えは思いつかなかった。
私は卑怯なことを思いついてしまい、直ぐにそれを消した。……あの人の性格を利用するなんて。
その考えというのは、『ヒーローチームの2人に聞いてみる』という物だ。だが、私が思うに──障子君はどうかわからないけど──轟君は、そういうのを嫌うと思うのだ。『ペナルティなんか必要ねぇ! 野郎1人でぶっ殺してやらぁ!』とか言いそうな顔してる。
まぁ、それを発言して私の立場がどうなるかはわかりきっているので、いつもの顔で黙りこくっていた。
「……よし、淀川さんも異論ないようだし、『ヒーローが1回無敵』が俺らのペナルティで!」
『OK、承った! じゃあちょっと待ってね!』
通信機越しに、オールマイトが返事をしてくれる。オールマイトはその情報をヒーロー側に伝える。とうとう、始まってしまうのか……。
『……何かあっちの2人、”ペナルティなんか必要ねぇ! ”って感じなんだけど……
あ、やっぱり。私は悪い予感だけは当たるのだ。あっちからのご厚意を断るのは、ただの舐めプでしかない。舐めプして負けるのは恥以下だ。
「わかりました。では無しでお願いします……」
「淀川さん!? 返事早くない!?」
「まさか、これを見越して……? 流石推薦入学者……」
その通りなんだけど、一々『推薦枠』とか、『推薦入学者』と付けるをやめて欲しいなぁ。私は渋い顔を、何とか真顔に抑えた。
*
「2人とも、私ちょっと本気出すわ。手袋とブーツも脱ぐわ」
「うん……」
葉隠さん……それでいいのか……? とうとう一糸まとわぬ姿──見えないけど──になった葉隠さんは、もう誰にも見つけられないだろう。ただ、倫理的に不味い。
「……が、頑張りましょう。せめて、瞬殺されないように……」
「……ああ、確かにな。あの氷の能力、触れたらやばそうだ。……君が何とかしてくれ!」
丸投げ。でも、地味に相性はいいかも知れないし、それでも構わないだろう。──多分勝てないということを差し引けば、だが。
『START!』
始まった。私は気を引き締め──まだ個性は使わず──ヒーローチームを探そうとして、歩を進める。
「──え」
しかし、足が動かない。見ると床が、壁が凍りついていた。
「……マジですか」
軽い戦慄を覚えた私はやむを得ず、『封炎剣』を呼び出し、周りを暖める。父との戦いで、それはお手の物だった。
「あ、あっぶな……! サンキュー淀川!」
足元の氷を溶かされ、自由になった尾白君は、警戒態勢を敷く。
……でも、1回じゃ多分終わらない。
私の個性が割れている以上、この部屋だけ凍っていないことは既にバレているだろう。だが、私は動かない。
「ど、どうした淀川? また凍らされるぞ。お前だって、炎を出せるのは無制限じゃないだろ!?」
尾白君は焦ったように尋ねる。私は動かない。
核も凍らせ、敵全員を無力化させるだろう轟君の”個性”。自分との差を見せつけるような、暴力的な氷結の範囲。
「──お、お、尾白君……」
「……な、何だ淀川?」
尾白君は私に釣られたのか、吃りつつ返事をしてくれた。
*
尾白君と別れた私は、早速集中する。耳を澄ませば、微かに足音が聞こえる。あれ、何か近くない……?
「……うわ」
居た。
白い髪。もう一方の赤い髪、というより半身は、まるで氷の怪物のようなプロテクターで覆われている。──轟君だ。
ここで、私が奇襲を掛ければ……。しかし、足が竦んで動けない。ここに来て、自分の”個性”を信じられなくなってしまった。
轟君は10数メートル向こうにいる。今ならまだ逃げれる。そうだ、私の案を採用しなくても、
私がそこまで思った時──轟君はこっちを見た。
「……ッ!!?」
不意打ちの氷攻撃。範囲を狭め、まるで氷柱のように尖った氷の塊は廊下を伝い、私に襲いかかった。私は咄嗟に、幾度も反復させられた”技”を放った。
『いいか早霧! 何度も使え! 何度もこなせ! 最初は貧弱な一撃でも、使えば筋力は鍛えられる! ──反復しろ、酷使しろ、それがいつかは技になるのだ! ……って、おじいちゃんが言ってた』
父は己の拳ひとつでヒーローになった。だから、自身の力には絶対の信頼を置いている。
そうか、私は今──”技”を、使えるんだ。昔とは違う、洗練された”技”を。目の前に迫る氷の前で、私は走馬灯の様に現れた父の幻覚に笑った。
「──ファフニールッ!」
直後、私を氷が覆った。──だが、それは一瞬で文字通り霧散し、視界を霧がシャットアウトした。氷を炎の拳で迎え撃ったのだ。
”剣使えよ”と母によく言われたが、私は教えをすぐ応用出来るほど器用じゃない。
雄英の人からすれば、私なんて大したことない。道端に転がってる石ころだ。更に言えば、その石ころに隠れるダンゴムシみたいなものだ。
「──ガンフレイム!」
1番得意な技を、轟君が居るであろう方向に放つ。炎の柱は地面を抉り、その方角を喰らい尽くす。
……ダンゴムシだって、やれば出来る。大きな困難にも、無数の足で立ち向かえるんだ。
「──うおッ!」
よかった。居た。私は安心し、そのまま剣を振り下ろした。
「──うおりゃあ!」
ガキリと音を立て、私の剣撃を氷が弾く。そろそろ視界が晴れてきた。
「……あれ?」
居ない。どこへ? 私は思わず、目の前の氷の塊から視線を外す。
「──うッ!」
「……余所見するなよな」
半身を氷漬けにされた私に、頭から血を流している轟君は言った。……しまった。光の屈折で、氷の向こうに『予想通り居た』轟君が見えず、混乱して注意散漫になってしまった。
「逃げれるか? ──じゃあ、アンタも終わりだ」
怒ってもいないし、勿論悲しんでもいない。事実を告げるように、平坦な声で轟君は呟いた。
「……の前に、ひとつ聞きてぇ」
「……はい?」
予想だにしていなかったセリフに、私は素っ頓狂な声を上げる。轟君は辺りを見回すと、1つ息を吐いた。
「そんだけの個性持ってたのに、何であんなにビビってたんだ?」
「……あぁ」
私は言いたいことを何となく察し、軽く俯いた。
それは、そうだろう。私の”個性”は間違いなく、対人戦では群を抜いてる力を持っている。その気になれば、人も殺せるだろう。
それを持ってして、私がここまで臆病で、挙動不審で、コミュ障なのか。それが彼は──とても強い彼は、不思議で仕方が無いのだ。
「……昔──友達を、傷つけちゃったんです」
私はボソボソと語り始める。まぁ、ここなら誰も聞いていないだろうし……。轟君は変わらず、冷たい視線を送ってくる。
「……ある日、その子は通り魔に襲われそうになったんです。それで、偶然通り掛かった私は何を思ったか、助けようと思ったんです。戦うすべなんて持ってなくて、ただただ一緒に逃げるので必死でした。
……でも、通り魔はとても強くて、逃げきれなかったんです」
「……それで、友達が酷い怪我でも負ったのか? そんなの、不可抗力ってやつじゃねぇのか? アンタはやるだけやったんだろ──」
「──違うんです」
私は食い気味に否定する。そんな程度ならどれほど良かったか。そんな陳腐な事件ならば。
「……?」
「──すみません」
寒くて上手く言葉が紡げない。轟君は訝しげに眉を顰める。『何の謝罪なんだ』と目が語っていた。
「──そろそろ危ないんで、離れて下さい」
私が言い終わるのと同時に──私の全身から『圧力』が生まれ、周りの氷を吹き飛ばした。そして、どういう原理か一瞬滞空した後、轟君に蹴りかかる。轟君は驚いたようだったが、恐るべき反応で腕でガードを張る。
「──今です!」
「──よいしょーッ!」
「な……ッ!?」
突如、轟君の身体が”浮き上がった”。
*
私、成長してるのでは? 最近臆病設定は鳴りを潜めているし? 轟君とも善戦出来たし? なら、少しだけ調子に乗っても……。
「──またあんたかい! あんたといいこの子といい……いい加減にしなよ本当に」
「す、すみません……」
担架で運ばれた私は、苦い顔でさっきまでの出来事を思い出す。
「すまねぇ淀川……。障子のやつ、アホほど強かった……」
「私も足でまといになっちゃった……。ごめんね」
何故か2人に謝られる始末。悪いのは立てた作戦がダメダメだった私、若しくは相手のくじ運なのに。あのチーム、総合的に見ても最強クラスだと思う。
「……お2人はとてもすごかったです。尾白君は最後の砦として、寒い中頑張ってくれましたし、葉隠さんの援護もとても心強かったです。──全部私が悪いんです」
いつもより饒舌に、私は自虐気味に呟いた。
あの後、私の飛び蹴り『ライオットスタンプ』は、羽交い締めにされていたにも関わらずあっさり避けられた。そして、そのまま葉隠さんに蹴りが直撃。
動転した私は挙動不審になり、その隙に氷漬けにされて終わった。その時の轟君の憐れむような視線は、今でも忘れられない。
作戦としては『尾白君が核を持ってガン逃げor籠城』、そして『私が轟君の個性切れを狙いつつ、いけそうなら頑張って倒す』というもの。
あれほどの個性を、長いこと連発できるわけが無いと踏んでいたのだ。葉隠さんは通信機で状況を見ながら、どちらかのサポートに入る手筈だった──が。
『悪ぃな』
そんな事を言いながら、”もう片腕から炎を出して、氷を溶かし始めた”轟君を見て、私は空いた口が塞がらなかった。……何そのチートは。フレイ○ードじゃないですか、やだ。
と言った具合で、完全に戦意を喪失した私は──封炎剣の暴走を忘れていた。
「──調子に乗りやがってぇッ!」
「は?」
久しぶりのCV.石渡。そこから覚えてないが、私の身体がボロボロになっている辺りから察しが付く。轟君に返り討ちにされたのだろう。
ああ、どうしよう。明日の授業が憂鬱だ。皆から白い目で見られる……。そんな事を思っていると、葉隠さんが額にチョップしてきた。
「──そんな事ない! 淀川さんだって頑張ってたよ! あの時の淀川さん、かっこよかったし!」
「か、か、かっこよ……!?」
予想外のセリフで、私の顔に熱が集まる。
「そうだな! お前の作戦だって、殆ど初対面なのに上手いこと組めてたしよ。やっぱすごいな!」
「そ、そそそんなこと、無いですよぉ〜。……えへへ」
柄にもなく喜んでしまい、間抜けなニヤけ面を晒してしまった。2人の微笑ましいものを見る目で我に返った私は、真顔を耳まで赤くした。
「──あと、最後の轟君に殴りかかったやつ! いやぁ、びっくりしたよあれー。個性が暴走しちゃったんでしょ? 大変だね」
「……えっ?」
しかし、次の葉隠さんのセリフは聞き流せなかった。尾白君は首を傾げているところを見ると、見ていなかったらしい。
「相澤先生が、”入試の時に淀川が個性に振り回されてたから、そうなった時は止めてやってくれ”って。多分、轟君にも伝わってると思うよー?」
「……な、なん、ななん……!??」
相澤先生、何てことを。というか、知ってたの? まぁ、あの人も審査員だったと考えれば合点はいくし、そうじゃなくても誰かの目には入っていただろう。しかも、何でこの2人だけに……。
『ん? 仲が良いんじゃないのか?』
……ああ、そういう事か。冷静さを欠いていた私は、暫く無言になってからその結論に至る。きっと、私のプライバシーを想って、私が関わりを持っている人にだけ伝えてくれたのだ。有難い反面、恥ずかしい。
「ふふ、何か、声も変わってたね。それもかっこよかったよ!」
「オウフ」
やめてください。ほんとに。あと、話についてこれてない尾白君がすごくアウェー。
「……ま、こっちのに比べたら全然マシだけどねぇ」
リカバリーガールが指さした方向には、緑谷君がまるで”集中治療室の患者”の様になった惨い姿が。私は顔を強ばらせる。私よりも惨状だった。
「あ、あの、あの人……緑谷君は大丈夫なんでしゅか?」
「ん、まぁ治るには治るが……。昨日の今日だからねぇ。あんまり頻繁に治し過ぎると、最悪死ぬからねぇ」
最悪死ぬ!!? 私は絶句した。これからは、怪我にも気を付けていかないと……。私はこの、だんだん大きくなってきた肝に刻んだ。
*
「……疲れたぁ〜」
「おかえり早霧。今日は確か、ヒーロー基礎学か。その様子だと……対人戦だな?」
お父さんの鋭い見立てに、私は「うん」とだけ答えた。
「……ん? まぁいいか。ところで早霧、今日は母さんが帰ってこないんだが──これで特訓しないか?」
特訓。その単語に、私は顔を引き攣らせた。いや、ほんとにヘトヘトなのだが。お父さんの手には……少し昔のゲームが。
「それは?」
「格闘ゲームだ。安売りしてたから買ってきたぞ。……もしかしたら、早霧の個性といい感じに噛み合う必殺技とか見つけられそうだしな!」
成程、面白そうだ。珍しく上機嫌な父に、私はつい嬉しくなった。
昔はヒーロー稼業が忙しく、両親が家を空ける日が多かった。だから、その贖罪のつもりでもあるのだろう。
「……お父さん」
「……なんだ? やっぱり、俺と遊ぶのは嫌か?」
なんだ、ただ遊ぶつもりだったのか。お父さんは不安そうに首を竦めた。
「ううん。えっとね……いつもありがとう。私、立派なヒーローになるね」
「……!!!!」
その後、動かなくなった父を放置して、私はお風呂に入って眠った。ちょっと勇気を出すとこれだ。私は身体を摩りながら、ため息をついた。
峰田「轟羨ましい」
バースト読んでぇ! また凍るぅ!
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もしかして、ヒロアカって激戦区ですか?
*
よく晴れていた朝だった。寒さはもう鳴りを潜め、開けた窓から暖かい風が吹き込んできた。私──淀川早霧は、気持ちの良い風に当たりながら、軽く伸びをした。
……学校行きたくないなぁ。私の想いは、それに尽きる。先日、個性の暴走が、皆の前で起こってしまい、それ以降顔を合わせていない。柔らかな羽毛のベッドに座り込むと、ズブリと沈んだ。まるで、今の私の気分のように。
だが、気分に反して視界がクリアだ。風邪薬が効きすぎて、とても和やかな気持ちになっている。……危ない薬とか入ってないよね?
轟君に幾度か凍らされた前日の訓練。私は夜中、寒気を覚えて風邪薬を慌てて飲んだ。それが功を奏したかは定かでは無いが、杞憂とは言い難いので微妙な所である。
「……やだなぁ」
決まり文句を吐き捨て、私は緑がかった、肩口で切り揃えられたショートカットを、優しく櫛でといた。もうすぐ父が目覚め、『ランニング行くぞぉ!』と血気盛んに現れるに違いなかった。
ふと、窓際にある自分の机に目をやると、ペットのハムスターがカラカラと走っていた。私の低いテンションを察知し、まるで喜んでいるかのように。畜生め。
私はこのハムスターのカラカラで目が覚めた。現在、朝の5時半である。折角なので、起きてみた次第である。
「……このままでいいのかな」
ふと零れた独白は、窓の外へ消えていった。
*
寝過ごした。私はギリギリで教室に滑り込むと、クラス全員の視線に晒された。まさかうっかり、二度寝をしてしまうとは思っても見なかった。父よ、どうして今日に限って目覚めなかった。八つ当たりも甚だしい怒りが、未だに収まらない。
「淀川」
「……お、おはよう、ございます」
先生が低い声で名を呼ぶ。私は怯えながら、しどろもどろで答える。先生は息を吐くと「早く席につけ」とだけ言った。怒られるかと思ったので、少し拍子抜けした。すごすごと席に向かう。
「おはようございます、早霧さん」
「……え? あ、おはよう、ございます」
八百万さんに”早霧さん”と呼ばれ、つい首を傾げてしまう。八百万さんは微笑むと、前を向いた。
何この微妙な空気は。私は居た堪れない気持ちになり、そわそわしてしまう。気恥しいやら、何やら、よくわからない感情を覚えた。
「──さて、昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった。……淀川、どうやらあの後、ちゃんと訓練に参加したようだな」
相澤先生は鋭い視線を送ってくる。そういえば、隠れていたところを、無理やり連行されたのだった。何で見つかったんだろう? 掃除用具入れはちょっとメジャー過ぎたのか。私は申し訳なさで、身を縮こませる。
「……早く”あれ”を使いこなせるようになれ。爆豪、お前ももうあんなガキみたいな──」
相澤先生の言葉に、私は震えた。”あれ”とは、封炎剣の暴走の事だろう。事実、それが問題なのが現状だ。今更だが、この先生は意外と面倒見が良い。去年の教師は、私のことを居ないものとして扱っていた。
「──さてHRの本題だ……。急で悪いが今日は君らに……」
私は前を向く。一体何の知らせだろう。もしかして、臨時テスト……? 青ざめながら、先生の言葉を待った。
「学級委員長を決めてもらう」
「学校っぽいの来たー!!!」
私は項垂れた。
*
その後、ほぼ全員が手を挙げるという、現代では珍しい現象が起きた。因みに私は、言うまでもないが挙げていない。学級委員長なんてそんな大役、私には無理だ。
中学の頃、1度みんなに祭り上げられて、委員長になった事がある。何でもかんでも雑務──掃除や提出物の運搬など──を1人でやらされて、泣きそうになったのを覚えている。ふつふつと、目じりに涙が浮かんだ。
ここは、安定の八百万さんで。……漢字が分からなかったので『ヤオヨロズさん』と書いて箱に入れた。間違えたら失礼だからね。まぁ、名前覚えてないのもどうかとは思うが。
結果、緑谷君に3票、八百万さんにも3票という結果に終わった。その他は1票か0票。
「……0票。わかってはいた!! さすがに聖職と言ったところか……!!」
「他に入れたのね……」
飯田君は、さっきの私の如く、激しく項垂れていた。さっき、『民主主義に則って多数決にしよう』と仕切っていた彼は、他の人に入れてしまったらしい。……そのリーダーシップがあれば、誰かに入れてもらえてもいいと思うのだが。私は、他人事のように思った。実際、他人事だが。
「ママママジでマジでか……!!」
「私以外に誰が2票を……」
誰よりも動揺しているのは、緑谷君。八百万さんはさも当然と言った顔だが、誰が入れたのか気になるようだ。確かに気になるが、わかってしまうと匿名の意味が無い。
「緑谷はなんだかんだアツいしな!」
「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」
どうやら、皆に異論は無いらしい。自分には入れるが、自分以外になっても素直に祝福し、認め合える。……え、何この聖人が集まるクラス。私は気後れした。
*
「はいお待たせー」
「ありっ、ありがとう、ございます……」
初の食堂はかなり混んでいた。今日は寝過ごした為、弁当を作れなかったのだ。あのおやつが生きがいだったのに。私は『チャーシュー特盛ラーメン』が5杯載ったトレイを受け取ると、近くの席に着いた。見かけに反し、トレイや皿の素材が軽いのか、私でも軽々と持ち運ぶことが可能だった。模様はよく見る、ドラゴンが描かれていて、良い風情であった。
「──いただきます」
手を合わせ、割り箸を割る。──私の食事は、誰にも邪魔できない。つるつると脂の乗った麺を啜ると、熱くて仕方がなかったが、美味しすぎてそんなのは気にならなかった。胃に滑り落ちる麺の感触は、まさに甘美の一時である。
「──ん」
5分で2杯食べ終わると、無言で3杯目に移る。ここは雄英。私くらい食べる人は大勢いる。なので、さほど目立たずに掻き込むことが出来る。なお、ラーメンは掻き込んで食べる物では無いらしいが。
「──おーい」
3杯目の佳境に入った辺りで、誰かが呼ぶ声がした。でも、きっと私の事では無いので1度無視する。
「──早霧ちゃん!」
「……ふぅ。……えっ?」
丼を下げるとそこには──頭部のない、制服姿の女性が。何だ、葉隠さんか……って葉隠さん!? いつからそこに!? 私は目をぱちくりさせた。
「もう! ずっと呼んでるのに気付いてくれないなんて……酷いよぉ」
「あ、あっ。ご、ごめっ、なさい……っ」
自分でも驚くほどの慌てぶりに、葉隠さんは吹き出した。私は「えっ? えっ?」と何も言えなくなった。まさか……演技? そう気づいた時、顔が恥辱で火照るのを感じた。
「いや、ごめんね。冗談だよ。そこまで慌てるとは思わなくて……」
「……じょ、冗談でも、言っていいことがあります」
状況を理解した私は、膨れっ面でそっぽを向いた。本当に不安だったし、何より泣きそうだった。勝手ながら、私は葉隠さんの事を友人だと思っていたので、慌てて当然だ。
「本当にごめんね。……そ、それにしても──よく食べるね」
「そ、そうですか? 普通だと思いますけど……」
私は言ってから理解した。”それにしても”と、”よく食べるね”の間に、”そんなにちっちゃいのに”が入ることを。その後に、”そんなに食べてるのにどうしてそんなに小さいのか”と思っていることは明白だ。私はまだ、フグのように頬を膨らませた。
「……普通? まぁ、人によって普通って違うよね。私も人と違う”普通”を持ってるし」
葉隠さんは対面の椅子に座ると、親子丼を頬張った。咀嚼されていくご飯が丸見えになっているが、段々と正体がわからなくなっていく。そして、喉元を過ぎた辺りで、完全に見えなくなる。葉隠さんは両手を広げ、演技っぽく言う。
「はいっ! ご飯が消えるマジック!」
「……マジックなんですか、それは」
葉隠さんの個性がどういう原理かは知らないが、個性による現象ならマジックでも魔法でも無いだろう。どう反応していいかわからず、そんな事を口走る。
「うん、マジック。だって本人にもよく分からない原理で消えるんだよ? マジックじゃん!」
「……マジックは、自分で種明かし出来ないと成立しないんですが」
葉隠さんは笑う。その陽気な笑い声に、私はさっきまでの怒りを保つ事が出来なかった。自然と頬が緩む。
「あ、ところでさ。……君、何か悩み事とかあるでしょ」
「……え?」
服の形を見るに、『ゲンドウポーズ』をしているだろう葉隠さんが言ったセリフは、小心者の私の心を容易く揺さぶった。脂で潤っていた口内が乾き、冷や汗が吹き出した。
「……個性が暴走したからといって、あんなに口が悪くなるなんておかしいよ! 私達に、それか日頃から不満があるんじゃないの!?」
「……あ、あぁ、そういう事ですか。というか、声が大きい……」
葉隠さんに反比例し、尻すぼみに消えていく私の声。
言われてみると、個性が暴走した私は『うぜぇ』とか『寝てろ!』とか『やる気ねぇのか?』とか、何かと悪態を突く発言が多い。私の深層心理がこんな感じなのだろうか? だとしたら何かやだなぁ。
『──セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』
──けたたましくサイレンが鳴り響く。私は空になった丼を重ねていた手を震わせる。葉隠さんも状況がわからないようだ。
セキュリティ3。葉隠さんが尋ねた3年生の方曰く、『誰かがここに侵入してきた』ということである。でも、一体誰が──
「──ひあああ」
「さ、早霧ちゃん!?」
人の波に攫われ、私の貧相な身体はいとも簡単に流されていく。葉隠さんが手を伸ばすが、時既に時間切れ。体幹も鍛えているとは言え、まだ弱い。体重の差で楽々運送されていく。深緑髪の私が波に翻弄される様は、『河童の川流れ』と言っても差し支えない。元々泳げないが。
「押すなって!」
「痛い痛い!」
「てめぇどけ!」
声を荒らげ、渋滞になる生徒達。お互いを押し潰し合い、このままでは怪我人が出てしまうだろう。中にはクラスの人も混じっていた。彼らは制止の声を上げているが、中々届かない。完全にパニック状態である。
かと言って、私に何が出来る訳でもない。臆病で、いつも人から離れて生きてきた私は、殆ど声を出すことが無かった。その弊害で、声が異様なまでにか細く、小さいのだ。
私は抗うことをやめた。というより、ある一点に視線を奪われ、茫然としてしまったのだ。
──猛回転しながら空中を走り、出口と書かれた掲示板の、丁度真上に張り付いた男、飯田君がそこにいた。そのポーズは奇しくも、非常口の『ピクトさん』に酷似していたのだった。
「──大丈ー夫!! ただのマスコミです! なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!! ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
奇怪なポーズで、壁に張り付く飯田君の姿は、紛うことなき、この場の誰よりもヒーローであると。私は無意識に、憧憬の眼差しを送った。
*
「──僕は飯田君がやるのが正しいと思うよ」
警察が到着すると、マスコミは直ぐに退散したそうだ。1体どうやって侵入したんだろう。
他の委員決めを始めようとした時、緑谷君はそう発言した。「非常口みたいになってたしな」という声を皮切りに、皆は緑谷君に賛成し、飯田君を推した。
「……委員長の指名ならば仕方あるまい!」
こうして、クラスの委員長は決まった。私はまだ、暗い面持ちであった。
「──今日のヒーロー基礎学だが……。俺とオールマイト。そしてもう1人の3人体制で見ることになった」
午後の授業。委員決めが終わり、ヒーロー基礎学の時間になった。
「ハーイ! なにするんですか!?」
「災害水難なんでもござれ──
そう言うと、相澤先生は『RESCUE』と書かれたカードを掲げた。ざわめく教室。……今回も、嫌な予感しかしない。頭を抱え、
ざわめきは先生によって諌められ、服については体操服または戦闘服のどちらでもよいとの事。ただ、聞き捨てならない事がひとつあった。
「──バス?」
「……ん? ああ、そうだが……まさかお前」
私の言い分を察した先生は、驚きと呆れを同程度にブレンドした視線を、私に向けてくる。
「……はい。多分、乗った瞬間吐きます……。臓器を」
「臓器!?」
八百万さんがやや大袈裟に反応すると、再び教室がどよめいた。でも、本当に苦手なのだ。5年ほど前に、バスジャックがあって、それに巻き込まれたことがある。ヒーローが近くに来ると、犯人はバスを強引に運転し始め──物凄く揺れた。その時の事を思い出しただけで、身の毛のよだつ思いである。
「……うぶ」
「……わかった。だが、お前だけ連れていかない訳にはいかない。一応酔い止めは持ってるから、それでダメでも、吐いてもいいから耐えてくれ」
「はぃ。すみませ……」
皆からの哀れみの視線を感じる。だが、こればかりは黙っている訳にも行かない。ヒーローが乗り物に乗れないなんて、事前に伝えないと混乱を招くからだ。
私は不安に思いながら更衣室に向かった。これ以上、周りと差が出来てしまうのは、どうしても避けたい事態だ。
私は覚悟を決め、前の戦いから傷1つ付いていない
──だが、これから起こる出来事に、酔いすら忘れてしまうだろうことは、私を含め誰も知らないことであった。
補足 さきりんの封炎剣は、技の使用時に物凄くエネルギーを使います。なので、多くのカロリーを摂取する必要があるのです。わかりやすく言うと太らないということです。成長もその分遅く、見た目は完全にロリです。まぁ峰田くんは身長100センチくらいだし、別に無理は無いでしょう(暴論)。
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6
*
景色が濁る感覚を、私──淀川早霧は初めて実感した。例えるなら、二日酔い。また、キノコの猛毒で幻覚を見せられている。私の状態はそれに近かった。
「も、もう少しだから。頑張ってくださいね」
隣に座る八百万さんは、遠慮がちに私の背中を摩った。情けないことで、私はそれに答える気力も湧かなかった。
ヒーロー基礎学。本日で合計3回目であったが、まさか今回、バスで移動する羽目になるとは思わなかったのだ。──尤も、この世の中で乗り物が使えないヒーローというのも、おかしな話ではあるのだが。兎に角、私はまるで仕事帰りのサラリーマンのように萎れた顔を晒していることは間違いなく、八百万さん含むクラスの皆さんを心配させている訳である。
「──爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「──んだとコラ、出すわ!!」
蛙吹さんが緑谷君と雑談していたらしいが、話の前後はまるで聞いていなかった。恐らく、爆豪君が将来、ヒーローになった時の事を言っているのだろう。爆豪君は目を吊り上げ、隣の、耳がイヤホンジャックの女子を押しのけて、勢いよく立ち上がった。
私はとうとう、身体が痙攣するまでに体調が悪化した。と言っても、吐くものは全てトイレで吐いておいたので、出るのは黄色い液体だけだが。
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格って認識されるのすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーはなんだコラ、殺すぞ!?」
「──うッ! ……おぇえ」
頭が怒声で揺れてしまい、一気に平衡感覚が無くなる。力なく、既に何度か吐いた形跡のある黒い袋に、私は再びぶちまけた。恥ずかしさより、気分の悪さが勝った瞬間である。
「……チッ」
そんな私を見てどう思ったか、彼は舌打ちしてから席に着いた。機嫌が悪そうだ。何だか、盛り上がっていたのを邪魔したみたいで、やはり、気分が悪い。私は目じりに浮かんだ雫を拭った。
*
「──すっげー! USJかよ!!」
誰かが叫んだそのセリフは、あながち的外れではない。それほどに、巨大な、アトラクションのような施設が目下に立ち並んでいた。
八百万さんの手厚い介護のお陰で、私は何とか、肩を借りて歩く程には回復している。酔い止めも飲みすぎると毒だが、そんなことは言っていられない。休んでいる間に、皆との差が開いてしまうことは明瞭である。
「──水難事故、土砂災害、火事、etc. あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も──
本当にUSJだった。目の前で話す先生──スペースヒーロー”13号”は誇らしげに言う。宇宙服の様な物を着用し、その丸々とした姿は愛らしくもあった。主に、救助で活躍するヒーローだ。
相澤先生と二、三言話すと、13号は小言を1つ、2つ3つ……どんどん増えていく。
──13号の個性は『ブラックホール』と言うらしく、何でも吸い込み、チリにしてしまうという恐ろしい力だ。だが、それを活かし、
使い方を誤れば、簡単に人を殺せる力だと、彼は言った。それは、私達の多くに言えることだとも。『殺す』という言葉の重みは、思っていた以上に重く、私にのしかかった。
世の中は個性を強く規制し、資格制にしたおかげで、一見、成り立っているように見える。そんな中で、己がそういった、『危険な力』を持っていることを、忘れないで欲しい。彼は言った。
「この授業では心機一転! 人命の為に”個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。──君達の力は人を傷付ける為でなく、人を救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」
沈黙が舞い降りる。それは白けていたり、落ち込んでいたりといった、負の感情で生まれたものでは断じて無く──『13号、カッコイイ』。
「以上! ご清聴ありがとうございました」
「ステキー!」
「ブラボー!! ブラーボー!!」
麗日さんと飯田君が絶賛の声を上げる。他の皆は声こそ上げないものの、気持ちは同じのようだ──
「……ひぃッ」
私は怯えた。鋭い視線で自分を睨みつける、爆豪君に。私は、殆ど無意識に小鳥のような悲鳴を上げた。私を支えている八百万さんが、何事かと辺りを見回す。
「どうかしましたの……えっ?」
爆豪君は視線を外し、憮然とした態度で前に直った。すると、八百万さんがらしからぬ、動揺したような声を漏らした。その視線は、USJの中心の辺り。噴水がある場所で止まっている。私の視線は、自然とその方向に向けられる。
私は、目を疑った。何か黒い靄のような物が、何も無いところから現れ──そこから、”大きな左手”を顔面に嵌めた青年が、ぬるりと出現したのだ。最早、悲鳴をあげることも叶わなかった。
「──一かたまりになって動くな!!」
「え?」
相澤先生がそれを察知し、怒声を上げる。その必死さは、アレが異常事態で──
13号さんに生徒を守るよう指示を出し、切島君の危機感の無い言葉を否定で返す。私は何も出来ず、ただ立ち尽くした。
「13号にイレイザーヘッドですか……。先日
黒い靄のような物が独りごちる。それに答えるように、顔に手を嵌めた青年はため息をついた。
「どこだよ……。せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ……。オールマイト……平和の象徴……いないなんて──子どもを殺せば来るのかな?」
どこまでも平坦な調子で、ソレは言った。彼らはどうやら、オールマイトを探しているようだ。一体何のために? というより、何故雄英の時間割を当然の様に知っているんだ? 考えても、恐怖に占拠された私の脳は思考を拒む。
何あれ。こわい、気持ち悪い。見たくない。
まるで、初めて
すると、八百万さんが私を抱き寄せた。生ぬるい人肌で、私は少し正気を取り戻す。
「……大丈夫ですわ。きっと、先生方が助けてくれます」
「……! す、すみません。つい動転してしまって……」
私は、震える声で慰めてくれる八百万さんに謝罪し、体制を整える。敵にとって、私たちはどう映るのだろう? ただの子供? オールマイトを釣るための餌?
八百万さんが侵入者用のセンサーの有無を問うと、13号さんは”あることはある”と答えた。だけど、それが作動していないということは──
「──現れたのはここだけか、学校全体か……。何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうこと出来る”
轟君が八百万さんに答えるように、前に乗り出した。
「校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割……。バカだがアホじゃねぇ。これは、何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」
冷静すぎる分析に、本当に同じ年代なのかと不安になる。
同時に、相澤先生──イレイザーヘッドが、敵地に向かった。相澤先生の”個性”は『目で見た者の個性を消す』という強力な物。だが、正面戦闘、しかも多対一は不向きなはず。緑谷君は叫ぶが、鉄格子のようなゴーグルを掛けると、相澤先生は言う。
「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん。13号、任せたぞ!」
イレイザーヘッドが飛び出すと、早速迎撃しようと敵は”個性”による飛び道具を放とうとして──捕縛布によって、
明らかにパワーよりの異形
あの特殊なゴーグルによって、イレイザーが誰を見ているかを悟らせずに立ち回れる。やっぱり、雄英の先生も凄い人ばかりだ。私が見入っていると、飯田君が避難を呼びかける。
「──させませんよ」
気づけば、いつの間にか黒い靄が、目の前に広がっていた。
「初めまして。我々は
慇懃な態度で、とんでもないことを口走る靄。
切島と爆豪君が奇襲を掛けるが、実体がないかのようにすり抜けた。
「危ない危ない……。そう……、生徒と言えど金の卵。──散らして、嬲り殺す」
──靄が恐ろしく広がると、私達に向かって襲いかかった。間違いなく、捕まればタダでは済まないだろう。だが、足が竦んで動けない。突然の出来事の連続で、思考が停止したのだ。
「──早霧さん!」
突然の浮遊感、そして、一瞬の無重力。
*
残されたのは、飯田君、麗日さん、障子君、芦戸さん、瀬呂君、砂糖君──そして、私だけだった。
助けられてしまった。動けなかった私は、八百万さんに押され、それを受け止めてくれた飯田君に助けられた。
何だ、これは。これじゃあ私、ただの邪魔──
「──皆は!? いるか!? 確認できるか!?」
「……散り散りにはなっているが、この施設内にいる」
「……!!」
障子君の言葉に、私は安堵する。無事ならば良かった。よかった、けど──
「──うあーッ!」
「……!? よ、淀川さん!?」
やり場のない怒り。自分に対する無力感。もう耐えられなかった。
これでもし、このモヤが即死の毒性を持っていれば、どうなっていた? もし、命の危険があったら? 考えただけで、発狂しそうだ。
「──ん? いきなり素手で突っ込んでくるなんて……一体何を教えられたんですかね」
私は拳を振り下ろす。靄は半歩下がり、難なく避け──
「──頂きぃ!!」
「!!!」
振り下ろす直前に、封炎剣を召喚する。剣は”靄を掠め”、そのまま地面を切り裂いた。
ハイスラッシュ。全力の剣撃に、私はそう名付けた。炎を出さなければ、大してエネルギーも喰わないので、私は剣で戦うことを試みる。暫くは通用しそうだが、やはりまだ付け焼き刃。10秒もしない間に躱され始めている。
「──は、は、早く行ってください飯田君!」
「……! すまない。──淀川さん、無理はするな!」
「ぐ……! 逃がしません……!」
足の速い飯田君なら、助けを呼びに行くにうってつけだ。私は後ろで、13号さんがそう言っていたのを聞いていた。戦っていると、不思議と冷静さを取り戻せる。私の個性と関係あるのだろうか。
「……皆さんも、ちょっと離れた方がいいです。戦闘だけが、私の取り柄ですから」
私が物凄く無理をして笑みを作ると、幾人かが軽く引いていた。……どうやら、私の苦笑いは不評だったらしい。
靄は飯田君を襲う。だが、障子君がそれを見越していたかのように、靄を捕まえた。
「行け!」
障子君の言葉に、飯田君は迷っているようだった。障子君が静かに急かすと、悔しげな声を上げ、全速力で発った。
「……しょ、障子君さん! そのままで!」
「……!」
「むッ!」
私が叫ぶと、障子君は、靄から私を隠すように移動する。そして──当たる直前で跳び上がった。……心臓に悪い。冷や汗を流しつつ、私は”技”を放った。
「──バンデッドブリンガーッ!」
前方向に跳び上がり、その勢いで封炎剣を突き立てる。やけにいい発音が舌から滑る。
やはりというか、攻撃は通じず、簡単に逃げられてしまった。──だが、時間は稼げた。
暫くしても、姿を見せなかった。私は暫くキョロキョロするが、どこにも見当たらない。
「……淀川」
「……え? な、なんですか?」
障子君の腕の先の口が、私を呼ぶ。何を言われるかわからず、たじたじになって聞き返す。
なんだろう、いちいち技名叫ぶのクソダサいとか? それとも、出しゃばりすぎてキモイとか? こんな時でも、自分の立場ばかり考えてしまう。
「……お前が居なければ、この戦いで怪我人が出ていただろう。ありがとう」
「…………??」
私は硬直した。勿論、”さきキャパオーバ表情死”を起こして。
「……わ、私達も何かしなきゃね!」
「そ、そうだな!」
「やはり淀川は格が違った」
麗日さん、瀬呂君、砂糖君が、何故か唐突にそんなことを言い出した。格って、何の格だろう? すぐに正気に戻った私は、今やるべきことを模索する。
「……!」
ふと広間を見る。そこには、何体もの敵と戦うイレイザーの姿があった。まだ、戦いは終わってない。
皆は大丈夫だろうか。敵全員がこの靄みたいに厄介だったら、かなり苦戦を強いられるだろう。──次に見えた光景で、私はそんな考えを続けることが出来なくなった。
黒く、大きく、おぞましいナニカ。脳みそが丸見えで、生理的嫌悪感を覚え、怖気が走った。それはジリジリと、青年と戦うイレイザーに迫っている。それの体格は、先生の倍はあるだろう。
助けなきゃ。いくら先生方とは言え、とても疲弊しているはず。
この時、私は思い上がってしまったのだ。強敵を退け、無駄な自信を付けてしまったのだ。
この思い上がりは、この後、私に深い傷を負わせるだろう。
──助けるんだ。
だが、この執念にも似た私の感情を、抑えることなど不可能だった。
胸に7つのトラウマを持つ女。
まぁ二次創作の主人公だし、オールマイト級のパワーもってる脳無なんて楽勝だよね(笑)
……黒霧さんは戦闘向きじゃ無さそうだと思って、ちょっと噛ませになってしまった。反省。
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7
*
私は急いで走り、少し高さはあるが飛び降りる。
そこには、このUSJの広場にて、黒い、脳が丸見えな生物に、無惨に組み伏せられた──相澤先生が。顔から血を流し、腕はあらぬ方向に曲がっている。
「──やめてください!」
「んー? 何だ、ガキか──」
手首を顔に複数引っ掛けている青年が、私に気付いた。しかし、頭に血が上っている私は、臆さず攻める。
「──やぁッ!」
空中で体制を変え、炎の拳を放つ。炎が勢いで槍のように延び、青年は反応出来ず、顔面に喰らう。
「──うげッ。……いってぇ〜。なんだよ、強いじゃねえかよ……」
5m程吹き飛ぶ。しかし、ズルズルと立ち上がろうとする。加減したとは言え、これを喰らって動けるなんて……。
「──淀川ッ! お前、何しに来た!!」
「……!!」
怪物に押さえつけられながら、相澤先生は私を叱責する。私はそれで、少し冷静さを取り戻した。でも、助けなきゃ先生が危ない。でも、よく考えたら私じゃダメかもしれない。私は数秒、迷う。
「さっさと退け! お前じゃ勝てない!!」
「……で、でも──んぎぃッ!?」
突然、何かが衝突した。てっきり、隕石でも降ってきたのかと思った。全身の感覚があやふやになり、身動きが取れなくなる。
──あの怪物が、相澤先生の所から消えていた。
「──淀川!!!」
「へへ、見たかよ……。あれが対平和の象徴──改人『脳無』だ」
私の背中に、硬い感触がして、視界が真っ黒になった。
*
”赤”。暗い夜道。私の目の前には、文字通り惨状が広がっていた。コンクリートには赤いモノが染み付いている。そこに横たわる、細身の少女。その身体には、斜めに大きく切り裂かれた跡があった。
私はふと、右手を見る。──私は、血みどろになった封炎剣を、固く握り締めていた。
全身に寒気がして、私の意識は暗闇から引き上げられた。
「──ああああああああああッ! ──ふんッ!」
それが自分の声だと気付いたのは、1秒後の事だった。反射的に封炎剣を目の前に掲げると、黒い拳が飛んできた。ミシリと嫌な音を立て、剣ごと私を吹き飛ばした。
危なかった。あのまま倒れていたら、確実に殺されていただろう。私は早まる心臓を押さえ付け、荒い息を吐く。目の前の怪物は、飛び上がり、再び私に襲いかかる。
「くッ! ……あ、れ?」
違和感を覚え、その正体に目をやる。──左腕が、完全に折れている。じっとりとした嫌な汗が、私の背筋を流れた。
漠然としていた『死』のイメージが、形を為して襲ってくる。私は全身に震えを起こすが、痛みによって正気を保つ。
──水の跳ねる音がした。ちらりと其方を窺うと、そこには何故か緑谷君と、蛙吹さん、峰田君が潜んでいた。何であのような危険な場所に? 私はどうにか巻き込まないように、立ち回りを考え──
「──ッ!」
──考える、暇がない。脳無は、まるで目で追えない攻撃を、殆どノーモーションで放ってくる。奴にとってはちょっとしたスイングだとしても、今の私には致命傷だ。
勘で5割は防げたが、残りの5割が痛すぎる。私はとうとう、急所の腹に喰らい、意識が飛びそうになった。
「うぶふ……ッ!」
内蔵を痛めたせいで、吐血してしまう。誰かが私を呼ぶ声がしたが、それも、攻撃の風圧で消し去られる。殴打の嵐に、私は為す術もなかった。
死にたくない。死にたくない。恐怖が今、麻痺していた脳に焼き付く。私はもう、力の入らない身体を、動かそうとすら出来なかった。
──怪物は突然振り返ると、”緑谷君たちを襲っていた青年を、守りに行った”。私は、これ以上無いほど絶望した。
私が勝手にやられるだけなら、それはそれで受け入れよう。だが、仕損じた挙句、周りに被害を与える結果に終わるなんて、死ぬことより苦痛だった。
でも、動かないものは仕方なくて。もう、手を伸ばすことも出来なくて。視界が滲む。
緑谷君が殴られそうになる。蛙吹さんが助けに入る。その蛙吹さんを、青年が襲う。峰田君は硬直していた。
「──だめ」
空虚に消えた、そのセリフ。
その願いは偶然にも、”憧れ”によって叶えられることになるのだが、私が知るのは、のちの話。
*
真っ暗闇の場所。私の体は何故か縮んでいた。もしかして、あの頃の記憶? ”誰かにそう教えられた気がして”、納得した。
【周囲の人間が嫌いだ。私をまるで、玩具の様に扱い、自分勝手に罵る。一人ぼっちだった。周りの人間が、怖くて、憎くて、嫌いだった】
視界に、昔の自分の映像が流れ込んできた。走馬灯だろうか?
それは小学校の頃に、あの子にいじめられ始めて、2年の歳月が経った頃。
そのせいで、もう二度と人は信頼しないと決めたし、引きこもりがちになった。でも、勉強はした。良いパティシエになりたかったから。
自分なりにネットで調べて、時々両親に振舞ったりもした。……その度に、両親は咽び泣いて喜んでいたのが、何だか懐かしい。
【家族だけが、私の救いであり、心が休まる居場所だった】
「……ああ」
そんなことも思ったっけ。何だか、とても恥ずかしかった。
【そんな私が偶然、父と喧嘩して気まずかったので、外を散歩していたあの日。通り魔『ジャックマン』に遭遇した──あの子を見つけた。気付けば身を乗り出して、”個性”の封炎剣を振り回した】
私は動けない。
【通り魔は冷たい眼をしていた。どこまでも静かで、感情の籠っていない、冷徹な瞳。それが細まった瞬間、私は半狂乱になって斬りかかった。身の危険を感じたのだ】
「──やめて!!」
私は叫ぶ。これ以上、思い出を引き摺り出されたく無かった。思い出したくもない。しかし、忘れることも出来ない、あの出来事……。
【気が付くと、目の前で血塗れになった、あの子が倒れていた。
背後で、くつくつとくぐもった笑い声がした。振り返ると、そこにはジャックマンが、背を向けて立ち去る姿があった。──後で聞いた話だが、ジャックマンの”個性”は『幻覚』というものだったそうで。
あの子は動かなかった。目は虚ろで、私を無感情に見つめていた。私は視線を落とす。斜めに大きく切り裂かれたその細い肢体からは、夥しい量の血が流れていた。私が殺した】
私はへたりこんだ。
寒くて、辛くて、死にたくなった。涙で視界が不確かなのに、映像ははっきりと見える。それが、ここが夢の中だと言うことを如実に物語っていた。
【走る。走る。いつもの様に、逃げる。現実から、人から、自分から。
「……あ゛あ゛……ッ」
見知らぬ場所に辿り着いた私は、首を絞められた鶏のような、掠れた悲鳴を上げた。足に力が入らず、塀に身を預ける。夕暮れ時なのが幸いしたのか、人通りは全く無かった。
そこで漸く、血塗れになっている自分の掌を見る。女子中学生の平均よりやや小さいその手に、ペンキの様にベッタリとこびりついていた】
「…………」
【誰にも言えなかった。誰にもバレなかった。通り魔”ジャックマン”は射殺されたらしく、私のことを知る者は誰も居なくなった。
私なんかが、何でのうのうと生きてるんだろう。
そう考えて、自殺なんて何度もしようとした。でも、一回目で見つかってしまった私は、両親の監視下で過ごすようになった。
”あまり思い詰めすぎるな。困ったらいつでも相談してくれ。頼むから”
お父さんは泣きながら懇願した。私はただ、泣きじゃくりながら、卑屈に、醜く、謝ることしか出来なかった。
私が心を許せる人なんて、一生出来ないだろう。なぜなら、私の傷の痛みは、私にしか共有出来ないものだから。
私は、1人だ。これまでも。これからも】
”おい”と、私を呼ぶ声がした。私は振り返らなかった。
「……何で、こんなことを」
私は震える声で、しかし、怒りを孕んだ声音で問う。こんなことをされて、どうすればいいのだ。わからない。私には、何もわからなくなった。
──そこを考えるのが、嬢ちゃんの仕事だ。甘ったれんなよ、ガキンチョ。
理不尽な物言いを最後に、私の背は誰かに押された。それは固く、大きな拳だったように思えた。
*
「……ああッ!」
目が覚めると保健室──では無く、何処かの病院に居た。消毒液の匂いがして、少し顔を顰めた。
今のは、夢? じっとりと浮かんだ汗を、私は入院着で拭う。頬に、何かが薄く固まっているような感触を覚えた。──泣いていたのか、私は。
「おはようございます。体調はどうですか?」
しばらくして、主治医と名乗る男が現れた。私はびびりながら、恐る恐る答える。
「……ひぃ。えと、おはよう、ございます。……ちょっと頭痛がします……」
「……まぁ、無理は無いですね。2日も寝込んでいたことですし」
2日!? タレ目がちの目を見開き、私は驚愕した。恐らく、あの
「そうそう、貴方の”ご友人”が、お手紙を持参していらっしゃいましたよ」
「手紙……?」
私は恐る恐る、白い引き出しを開ける。そこには、手紙が二通と、赤い小袋が入っていた。
手紙を手に取る。それには『淀川さんへ』と書かれていた。それが二通。つまり、あの2人が……。
「……うぎゅ」
「ど、どうして読む前から泣いてるんですか……?」
主治医の言葉は、既に聞こえていない。
これを、どんな顔で読めばいい。罪人のように? それとも、『心配されているクラスメイト』の様に?
わからない。答えなんて、誰にも。
あの場で私が助けに入ったのは、本能的な衝動だった。何かと気にかけてくれるあの先生が、無惨にやられる姿を見たくなかった。誰も、死んで欲しく無かった。助けたかった。
……助ける? こんな私が? 何をいきがっているんだろう。傲慢にも程がある。私は、人を助ける存在でも、ましてや、助けられるべき存在でもない、ふわふわとした存在。実体など、無い。からっぽなのだ。
「……私は、いつ退院ですか」
「ん、怪我は殆ど治ってるから、なんなら今日から退院できるよ。……ただ、左手は粉砕骨折してたから、もう暫くはギプスで生活してもらうけど」
「そう、ですか」
私が今からやることは、もう決まっている。私は感情の籠っていない顔を上げ、涙を拭う。
「どうする?」
「……今、お願いします。両親には、私から言います」
主治医は了承すると、すぐに立ち去った。私はほうと、ため息をつく。
私は、割とメルヘン思考だと思う。正義は勝つと思ってるし、純愛や友情があるという考えも、捨てきれずにいる。それが甘えだと知ってはいるから、私は普段、押し殺している。
だけど。今だけは、それに頼りたい。
先生にも、このことを話そう。お父さんにも、お母さんにも言おう。クラスの人にも。
軽蔑されるだろう。罵倒されるだろう。だけど、私は一縷の望みに賭けたかった。
『困ったらいつでも相談してくれ』
この言葉の胸を借りるつもりで。私は細く、深い息を吐いた。
人生が左右される、この告白。しない方が、皆にとっては良いのかもしれない。でも、それでは私がからっぽのままだ。自分勝手なことは重々承知している。そこまで馬鹿じゃない。
「あ、相澤先生」
「……ん、淀川か。どうした、こんな朝早くから」
学校に行き、職員室を訪れると、先生がミイラ男の様になっており、松葉杖を傍に立てかけて、自分の席に座っていた。生きてくれていたことに安堵しつつ、私は泣きそうになりながら言った。
「……少し、私の身の上の話を、させて欲しい、です」
震える声が、職員室に響いた。
プロットさん段階でのさきりんの過去が、あまりにも書くのキツすぎたのですっごい書き直ししました。誤字が多いかも知れません。
〜ここから蛇足〜
分かりづらかった人に向けて解説入れとくと
通り魔”ジャックマン”は個性『幻覚』を利用して、”あの子”を自分にみせかけるということをしました。そんなことを知らない早霧は、ジャックマン、(本当はあの子)に成敗の一撃を喰らわせようとしました。
……ヴィランになっちゃう人って、大抵やばい個性持ってるし、このくらい居てもいいよね。って感じで適当に生み出しました。ので、彼の過去は僕も知りません。はい。知ったこっちゃありません。
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8
雄英高校、その屋上。近代化が進んだ街並みが一望出来るが、フェンスが少し頼りない気もする。
ふと、空を見上げると、澄み切った青空が広がっていた。私という存在が、酷く矮小なものに見えてきた。
ただ、その矮小な存在が抱えた罪は、その身に余り過ぎていた。高度があるため、冷たい風を受け、身震いする。
──やだなぁ。
誰にでもなく、呟いた言葉。その直後、背後の扉が開く音がして、私は錆び付いたロボットの様に、緩慢に振り返った。
*
気にならなかったと言えば、嘘になるだろう。俺は目の前の、左腕にギプスをつけた生徒──淀川早霧を眺める。
常に何かに怯え、何事にも控えめ。かと思えば、やる時はやるし、無茶もする。よくわからないヤツだと、この頃思っていた。
突然、早朝の職員室に現れた淀川は、3分きっかり沈黙し、『身の上の話をしたい』と言い出した。意味はよく分からない。だが、それに関しては本人に聞くよりないだろう。
「──これは、世間にも、誰にも言ってないこと、です。……せ、先生は、このことを警察に言ってくれても、わ、私は構いません……」
何やら強気な事を言っているが、怯えきっているせいで説得力の欠片も無い。俺は痺れを切らし、軽く促す事にする。このままでは、始業の時間に遅れてしまう。
「それは、聞いてから判断することだ。……話しにくいなら、場所を変えるか?」
「……あ。……えと、ど、何処に……?」
この様子だと、余程の事を俺に言うつもりなのだろう。てっきり、無茶をしたことを詫びに来たものだと思っていた。……当然、話が終わればその事について問い詰めるが。
俺は松葉杖を使い立ち上がり、淀川を手招く。傍受などに対策が施されている、主に教育相談に利用される部屋に向かう。淀川は、遠慮がちにひょこひょこ着いてくる。
「……お前が何を言う気かは知らないが、自分の首を締めるようなことは言うな。もし、秘密を抱えていては人と関われはしない、なんて思ってるなら、それはすぐに改めて……ん?」
「────」
ふと振り返ると──目尻は普段よりも30度下がり、光が消えた瞳。半開きの口、脱力しきった顔を晒す淀川が、立ち尽くしていた。その顔は、いつかに見た覚えがある。──そう、FXで有り金を全て溶かした知人の顔に、瓜二つだった。
俺は遠い目で、淀川の顔の前で手を振る。反応がない。気絶しているようだ。
*
「──葉隠、ちょっと来てくれ」
「? はーい」
気の抜けるような、溌剌とした返事に、俺は尋ねる。
「早霧ちゃんですか? うーん、私からはよく話しかけますけど、早霧ちゃんはあんまり自分のこと話したがらない感じでした。……まさか、そんな感じですか?」
そのまさかだった。俺は図星を突かれたが、さほど焦らず、どう返すか悩む。だが、俺もどういった事情かは、完全に理解している訳では無い。
「……まぁ、多分な。葉隠、すまないが八百万を呼んでくれないか。結果はのちのち話す」
「……あ、はぐらかした。……まぁ、私は私なりに励まして見せます。八百万さんですね、わかりました!」
俺の曖昧な返事に、不貞腐れた様に、葉隠はスカートを揺らして呼びに行った。
「あの、何かあったのですか?」
「……ああ、それがな──」
同じことを告げると、八百万は顎に手を当て考える。どうやら、同じ対応を淀川はしていたらしい。
厄介だ。人見知りなヒーロー志願者など、最近は聞かない。居たとしても、ある程度自信がつき、改善された状態の生徒の相手しかした事がなかった。自分の教師としての経験不足を悔やむが、今はそれどころではない。
ここまで自分を殺せる生徒。というか、子供は初めて見た。俺は小さくため息をつき、八百万に礼を言う。
「いえ、お力になれず申し訳ありません。……轟さんですか? 承りました」
……このくらいしっかりしてくれれば。俺はつい、そう考えてしまう。尤も、八百万も危うい部分はあるが。
「轟、不躾で悪いが、淀川について何か知っていることはあるか?」
「……? いや、特に……」
少し考える素振りをして、轟は呟く。すると、轟は言ってから、何かに気づいた様に目を見開いた。
「何か知ってるのか?」
「……ああ、いや。知ってるというか、本人はそんとき寝惚けてたんだと思う」
寝惚け? 俺は首を傾げた。アイツは授業中に寝ることは無いと聞いている。……そういう関係なのか? 俺はその邪推を、すぐに打ち消した。
そうか、初日の話だ。轟は暫く黙り込むと、口を開いた。
「……俺が、アイツを背負って保健室に行った時、泣きながら俺の事をこう呼んだんだ。『■■ちゃん』と」
「……?」
確かに、それは寝惚けていたと言わざるを得ない。と、同時に、それが無意識から出た言葉──つまり、その人物が彼女にとって大切な人だという事だという事。
思わぬ収穫に、緊張が少し解れる。──轟は、また口を開いた。
「……あと、対人戦闘訓練の時、友達が通り魔に襲われたと言っていた。それを、自分が助けようとして、傷付けたと」
「……なんだと?」
通り魔? そんな話が出てくるとは思わなかった。俺は轟に礼を言い、飯田に始業を任せ、職員室に向かう。
轟が嘘を言っているとは思わない。ただ単に、俺の質問に誠意を持って答えてくれただけのように見えた。パソコンを開き、『通り魔』、『■■』と検索した。──3件程ヒットした。内2件は、通り魔を非難する記事。残りの1件は、『消えたもう1人』という記事。割と新しい記事だった。
「……」
無言でソレをクリックする。そこには、事件の概要と、1つの説が書き連ねられていた。
【『ジャックマン』という
今回の事件では『●●■■(13)』が、刀のような物で深く切り裂かれていた。だが、犠牲者は1人だった。その後から暫く、1人だけが生き残り、その1人は高確率で精神を病んでいる。──つまり、その場にもう1人居たのではないか? という説である。
尤も、居たとしてもその人物には何の非も無いが、この説はかなり信憑性が高いと言われる。まず、事件が起こった『□□月○○日』。その時の靴の後が、3つ確認されたのだ。だが、警察は犯人死亡として──】
俺は既に、歩き始めていた。
*
「──淀川!」
「……相澤先生? あの子なら今出てったよ。会わなかったのかい?」
保健室に向かうと、俺は声を上げた。
俺はリカバリーガールの言葉に、呻き声を上げてしまう。彼女がもし、教室に向かっているとしたら、何処かですれ違うはずだ。……どこに行った?
もし、彼女なら何処に行く。何処だ、何処だ。俺は立ち止まり、思案する。汗が包帯の上を伝った。
「──あれ、相澤先生?」
「……! なんだ、緑谷。もう始業は始まって──いや、待て」
緑谷出久。彼もよく、保健室に行く。もしかしたら、親交があるかもしれない。俺は数瞬迷い、口を開いた。
「淀川さん? 何処かに行っちゃったんですか!? でもどうして? ……まさか先日の襲撃事件がトラウマになっちゃってヒーローになることが嫌になったのかな、でも勿体ないなあんなに強くてかっこいい個性持ってるのにしかも彼女性格も良いし絶対人気ヒーローになれるとおも」
「うるさい」
少し、冷静になってしまった。
*
冷たく、嫌な風が吹いた。私は身震いする。
「ど、どうしてここが……」
「嫌なことがあると、大抵のやつは高いとこに来たがるんだよ」
それは個人差があるだろう。私は目の前の少年──轟焦凍君に、怯えた視線を送る。一体何をしに来たのだろう。
「それで、何でこんなとこにいるんだ? 飛び降りでもする気か?」
「……そんなこと、しません。私に、そんなことする権利も、度胸もありませんし」
何でもないように、轟君は問う。そこには『脳無にボコボコにされても生きてたような奴が、飛び降りくらいで死ねるわけがない』と、安心にも似た信頼があった。私は自嘲気味に苦笑する。
「……『■■ちゃん』ってのが、何か関係あんのか」
「えっ……?」
血の気が引き、肝を冷やした。足に力が入らず、青ざめる。轟君はそれを、静かに見詰めていた。
「その様子だと、図星か。何かあったのか? 話したくなきゃ、話さなくていいが。いきなり教室飛び出したから、ちょっと気になってな」
私は尻もちをつき、フェンスに寄りかかる。鼓動が激しくて、目眩がする。
あの後──相澤先生と話した後──目が覚めたら、保健室にいた。私はうっかり、気絶してしまったことに気付いた。
急いで教室に戻ったけど、先生は居なかった。仕方なく、教室で待とうと思った。──でも、あんな事をされて、その場にずっと居るなんて、今の心持ちでは不可能だった。
『大丈夫だった? 心配したよー。もう、早霧ちゃんだけだよ? 皆とメアド交換してないのー。明日スマホ持ってきてよねー』
『体調はどうですか? 何か悩んでいるなら、気兼ねなく相談してくださいね。まだ出会って1週間も経っていませんが、私たちは仲間なんですから』
入るなり、これだ。
無我夢中で走り、辿り着いた先がここだった。まるで、何かに導かれたかのような錯覚を覚え、困惑しながらも扉を開いた。
暫く景色を眺めていると、轟君が現れた次第である。
「……いえ。丁度、皆さんにも話したいと、おも、おもってていたところ、です……」
「そうは見えねぇが」
冷静な指摘に、私は喉の奥をヒュッと鳴らす。精一杯の強がりが通じず、涙腺が緩んだ。
「……まぁ、何と言うか。俺もそこそこ暗い過去持ってるから、そこまで引きやしねぇよ。話してみれば、楽になることもあるだろ」
轟君は捲し立てる。私はその言葉の真意を探ろうと目を見るが、本心のようで、それが余計に心臓の鼓動を早めた。
本当に? 本当に? 信じたい気持ちはある。けど、理性がそれを許さない。『お前は1人だ』『今までもそうだった』『わざわざ自分から破滅する必要は無い』、ずっとそう告げている。
──轟君は、私の隣に座った。驚いて目をやると、轟君は顔を逸らした。
「顔、見られんの苦手なんだろ。気持ちは分かる」
「……うぎ」
「……!?」
私は泣いた。悔しさでもなく、悲しいでもなく──葉隠さんと初めて会ったあの日と同じ──嬉しくて、優しさが心地よくて、涙が出た。
轟君は真顔だが、内心焦っているようだった。だが、何も言わずに、私が話すのを待ってくれた。
──1時間目の始まりを告げる、チャイムが鳴り響いた。
*
「──だから、私は」
「──いや、だからな」
私は全てを告白した。轟君は動揺していたが、話終わった途端、こう言った。
「……やっぱりアンタ、悪くなくないか?」
「……いえ、幻覚に騙されたとは言っても、直接的原因は私にありますし……」
「いや、それが犯人の思うツボなんだろ。確実に、そうなることを分かってやってる」
もう何度目かわからない問答。私が否定し、轟君が否定し、またそれを否定する。キリがなかった。
「だ、だ、第一、悪の基準なんて人それぞれじゃないですか。私は人を、しかもクラスメイトを手にかけてしまったんですよ? やっぱり、私が悪いです」
「今の世の中じゃ多数決が主流だ。なら、一般的に見てもアンタは1割も悪い所はねぇ。精々、アンタが親父さんと……いや、これは人の事言えねぇが。……兎に角、俺はそこまで思い詰めることじゃあねぇと思う。もう十分苦しんだだろうが」
轟君はいつにも増して饒舌だ。まぁ、普段はあまり会話しないのだが。しかし、『親父』と口にする度、苦しそうな顔をする。……そこについては、あまり踏み込まない方が良さそうだ。……あれ、轟君のお父さんって?
「──お前ら……ここに……居たのか……」
「先生、あまり無理はしないでください」
ギシギシと音を立て、扉が開く。轟君はすくっと立ち上がり、フェンスにもたれる。
そこには、相澤先生と──何故か障子君が居た。よく見ると、障子君の八本の腕の内『4つ』が、『耳』の形に変形していた。
「……淀川、一旦、降りるぞ……」
「……あ、は、はい」
病み上がり(絶賛重症中)の相澤先生に無茶させてしまった事に、強い後ろめたさを感じる。障子君が支えているが、それでも迷惑を掛けてしまった。
「……すみませんでした」
「……いや、いい。説教なら、後でいくらでも、出来るからな」
階段を降りつつ、先生は言う。私が俯くと、障子君が1本腕を伸ばし──口に変形させた。私は目を見開いた。
「淀川、この間はすまなかった。俺が止めていれば、お前は怪我しなくて済んだかも知れない」
障子君は顔を合わせない。まさか彼がそんなことを思っていたなんて思い至らず、私は困惑した。
「え? しょ、障子君……さんは全然悪くないですよね?」
「……それを、そのままお前に返そう」
私は、階段を降りきった所で固まった。後ろで誰かが吹き出す声がした。「キザなヤツだ」とも。
そうか。障子君、耳がとても良いんだ。……聞かれてた。そして、その上でこの紳士対応。
この後、私は失神して、頭を軽く打った。目が覚めると保健室のベッドの上で、そこで初めて、もうすぐ体育祭だということを教えられた。
*
……もしかして、私は飛んでもなく幸運なのでは? なら、ちょっとくらい想いをひけらかしても……。
なんて思っていたら、八百万さんがやたら落ち込んでいたり、葉隠さんに私のメアドをクラス全員にばらまかれたりと──最終的に、私はいつも通りに戻った。
まだ、心の傷は癒えない。昨日今日で治るならば、苦労していない。
それでも、ここでなら、トラウマのひとつくらい、気にせずに居られるかも、なんて。
『──テヤァ!』
部屋でハムスターと遊んでいると、LINEが届いた。私はスマホを取り、メッセージを確認する。『トオル』、つまり葉隠さんからのメッセージだった。
「はぁぁ……?」
間抜けな声を上げる。──直後、正気を取り戻し、赤面する。急いで返事を返す。
『ごめんね』
その短い1文で、何事かと慌てた。画面を開いた私は、一瞬何を見せられたのか分からなかった。だが、間違いなく、そこには私が屋上で、轟君と共に座っている写真が載せられていた。
……葉隠さん、居たんですね。私はキャパオーバーして、無表情になる。
「早霧ィ! 学校行くぞォ! 車に乗れえぇ!」
「……え、まだ着替えてな──」
「──車で着替えろォ!」
いつもの数倍うるさい父に引き摺られ、私はパジャマ姿の、寝癖でボサボサのまま連れていかれる。待って、せめてアレだけでも。私はすぐに部屋に戻り、赤い小包を掴む。
「大丈夫だぞ早霧! 不安がることは無い! 皆受け入れてくれるさ!」
「……そ、そのくらい、信じてるけど。ただ、忘れ物したから……」
私の反論を完全に無視し、お父さんは意気揚々と私を引き摺る。私は大切そうに、小包を抱いた。
「おはよう淀川さん」
「……おっ、おはよう、ございます」
「おはよう」
「……は、はようござます」
何だか、いつも以上に声をかけられる気がする。普段は遅刻ギリギリで来るので、入った直後にチャイムが鳴っていた。だが、今日は車で送ってもらったので、早めに着いた弊害だろう。害では無いが。
「早霧さん」
「あ、……おはよう、ございます」
席に着くと、八百万さんが改まったように私を呼ぶ。どうやら、自分が声をかけたせいで、私が失踪したものだと思っていたらしく、私は申し訳なさげに返す。というか、本当に申し訳ない。
「……えぇ、おはようございますわ。勝手ながら、相澤先生、葉隠さんから聞きましたわ。……辛かったですよね。なのに、私はあんな能天気なことを……!」
「……八百万さん。大丈夫、です。貴方に非は1ミリも無いです。寧ろ、悪いのはこっちですから」
私が屋上に逃げ出した次の日、轟君、障子君から先生に伝えられ、一人一人に私の過去を伝えてくれたらしい。……前の私なら、『なんてことしたんだアンタは』と叫びかねない。そんな度胸は無いが。
お父さんとお母さんにも言った。泣かれてしまったけど、結果は朝の通りであった。私もまた泣いた。
「……早霧さん、もう、1人で悩まないでくださいね。微力ながら、私たちも手助けしますから」
「……は、はぃ。その時は、お言葉に甘えさせていただきます、はい」
手を取られ、真っ直ぐ瞳を見られる。私は恥ずかしくて、嬉しくて、顔を赤く染める。
何だか、トントン拍子で話が進みすぎな気もする。私は少し暗い懸念を抱くが、考えてもしょうがない。私は私なりに頑張るしかないのだから。
教室のドアが開くと、轟君が入ってきた。すると、誰かがポツリと呟いた。
「お、ハンガリーが揃った」
「いや、三色団子だろ」
意味不明なワードに、私は首を傾げた。この言葉の意味を把握したのは、体育祭が終わってからの話。
「早霧さん、それ似合ってますわね」
「……ありがとうございます」
八百万さんはあまり気にしていないようで、私の少し変わった部分を褒める。私は2人にプレゼントされた、”月の形をした赤い髪留め”を、愛おしげに撫でた。
始業のチャイムが、今日も鳴った。
暗い回なんて必要ねぇんだよ! そういうの書くの苦手なんだよ!
ハンガリー、三色団子。……どっちがいいかなーって思ってたんですが、どっちも入れました。意味が分からない方は、画像で検索すれば何となく分かるはず。
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9
*
「早霧」
「……な、何、お父さん」
いつか聞いた様な、真面目腐った声音で、お父さんは私──淀川早霧を呼ぶ。私は今、着替えの真っ最中だった。
「体育祭、優勝するぞ」
「……え、無理でしょ」
「──知るかあああッ! 他の奴がどんだけ優れてようと、ウチのさきりんが負けるわけないだろ!?」
それをその『さきりん』本人に言うのは、どうなんだろうか。私は妙なテンションに着いていけず、辟易とする。
結局、チョコマシュマロ1年分を契約し、私はまたもや『すごい特訓』に挑むことになったのだ。少しは成長したと思っていたのに、流されやすさは相変わらずだった。
*
「おはようさきりん! どしたの、元気ないね?」
「……おはようございます。筋肉痛です」
さきりんと呼ばれたことに反応する余裕も無く、私は今ぎこちない動きで席に向かう。
「え? もしかして、体育祭に向けて特訓してる? もー、どんだけストイックなのさ」
「……約束、しましたから」
チョコマシュマロ1年分を。物に釣られたとは言えず、私はそれっぽいフレーズを呟いた。葉隠さんは(恐らく)首を傾げ、私の荷物を持ってくれた。優しい。
「おはようございます、さ、さきりんさん」
「……おはようございます。で、さっきから何なんですか、その呼び方」
とうとう、八百万さんにもそう呼ばれて、悪い気はしないのだが、この歳にもなってさきりんは少し恥ずかしい。すると、葉隠さんがスマホを開き、ある画面を見せてくれた。
「はい、これ見て」
「……何やってるのお父さん」
どうやらお父さんが勝手にLINEを交換していたらしく、全員にこんなメッセージを送っていたようだ。
『どうもうちの娘がお世話になっております。体調管理に気をつけて、是非ともうちのさきりんと仲良くしてやってください。お願いします』
「……おや、葉隠さんのメッセージは私のと少し違いますのね」
「え? さきりんのお父さん、全員に違うメッセージ送ってるの? どれだけマメな人なの……」
私は恥ずかしさで俯き、うなじを撫でる。本当に何やってるの。
「……おいチビ。これどういうことだ」
「えっ」
唐突に現れた少年──爆豪君は、いつも以上に不機嫌そうにスマホを見せつけてきた。私が何事かと、恐る恐る覗くと、やはり父からのメッセージが。
『こんにちは。どうもうちの娘がお世話になっております。君のお母様とは仲良くさせて貰っています。とはいえ、流石にうちのさきりんとは釣り合わないと思うので、距離を置いて頂きたいと思っています。それと、コネで訓練の様子を見せてもらったのですが、君はとてもセンスがありますね。まぁうちのさきりんには劣りますがね(苦笑)。あとついでですが──』
「──長ぇ!! しかもやたらお前と比較してくるしッ! うぜェからやめさせろ! 昨日から通知がうるせぇんだよ!」
「……ご、ごめんなさい。本当に、よく言っときます」
いやマジで申し訳ない。音読していたので、周りの何人かは爆笑している。笑いどころあったかな。
「……それと、俺はお前も踏み倒して、ここで1番になる。だからとっととその腕治せや」
「えっ、あ、はい……」
不快げに顔を歪め、彼は緑谷君に腕を当ててから、席に戻った。緑谷君は腕を摩る。
心配してくれた? よく分からない人だ。
「……ツンデレクソ下水煮込みか」
「何か言ったかモブ!」
「イエナニモ」
上鳴君がボソリと言って、思いの外響いた。
「まぁ、言い方はアレだけど、私たちも負けないよ、さきりん!」
「そうですわね。団体戦ならともかく、戦う時は正々堂々やりましょう」
「……わ、わかりました。……おふぅ」
こんなに人と話すことは普段ないので、私は脱力して机にへばりつく。
天気が良い。私は顔をほころばせ、目を閉じた。
*
「淀川。始業前に寝るとは何事だ?」
「……いえ、これは何と言うか、不可抗力と言いますか、天気が良すぎるのが悪いと思いますはい」
爆睡してしまった私は、誰にも起こされることなく、始業の時間を迎えた。何でも、『寝顔があまりにも気持ちよさそうだったから』という訳らしいが、まるで意味がわからんぞ。
「言い訳は無用だ。……ったく、お前は大人しいヤツこと思ったら、緑谷や爆豪よりも問題児かもしれんな」
「……え? 僕問題児扱いなの?」
「うるせーデク」
2人に睨まれ、黙り込む緑谷君。何だか可哀想だが、人のことを気にしている場合じゃない。問題児、か。言われ慣れていた為、あまり今の状況を深く考えていなかった。
体育祭。それはかのオリンピックに代わる、大々的なイベント。そこには世界中から大手のヒーローを始め、様々な有名人、一般人が集まる。つまり、そこでアピール出来れば、プロヒーローになることも夢では無いのだ。
ここで足踏みしていては、時間の無駄だ。私は頑張ろうと意気込む──つい、大勢の人の目に晒される、自分の姿を思い浮かべてしまう。
「──おい淀川。その顔をやめろ」
「……でた無心顔。さきりんの伝統芸だ」
「まるでFXで有り金を全て溶かした人みたいな顔だぁ……」
何故そこまでピンポイントなんだ。
*
「さきりんって、ペットとか飼ってないの?」
「ペットですか。……ハムスターを1匹飼ってます」
「へぇ、名前は何てつけてるの?」
休み時間、他愛の無い雑談を、葉隠さんは進んでしてくれる。私は話を続けようと、頑張って答える。
「……ハムスターです」
「種族名!? な、何か、渋いね」
渋い!? 私は無言で目を見開いた。すると、八百万さんが会話に加わる。
「では、可愛らしい名前をつけてあげましょう」
「……い、いいんですか?」
私は正直、名前などどうでもいいのだが。あのハムスター、私が落ち込んでいる時にだけ元気になるという、畜生っぷりを見せつけてくるのだ。だから、あんなヤツの名前なんてハムスターで充分だと思っていた。
「……ハム」
「……思いつかなかったの?」
「じゃあ、スター」
「思いつかなかったんだよね!?」
八百万さんが何のひねりもない名前をぼやくと、葉隠さんが驚く。私も少なからず驚いたが、別に悪くないと思った。
「じゃあ……サム」
「外人!?」
「……ベム」
「妖怪人間!?」
雲行きが怪しくなってきた。
「南無!」
「成仏!?」
「……じゃあ、ベロ」
「結局妖怪人間じゃん! もう、真面目に考えてるの?」
何を見せられているんだろう。私は真面目な様子の八百万さんと、ひたすらツッコミを入れる葉隠さんを、視線で往復する。
「……では、こうしましょう。さ、さきりんさん、貴方が試しにひとつ言って、そのニュアンスに似た名前を言っていきましょう」
「何か大喜利になった!?」
「……むぅ」
これは、良いのか? あのハムスターにも、自分の名前を決める権利はあるはず。……いや、なくていいか。うん。よし、勝手に決めておこう。私は投げやりに、「じゃあペット」と告げる。
「……ペットってなんですの?」
「そこから!?」
漫才を始める雰囲気に、私は少し期待してしまう。……ここって、ヒーロー育成の名門校だよね? 芸人育成する場所じゃないよね?
「……い、いえ、勿論知ってますわ。アレですね、映画で場面が切り替わるやつですよね」
「それはカットだよ!」
「……?? 違うのですか。では、工事の時に頭を守る……」
「それはメット!」
「ボールを投げて、モンスターを捕まえる」
「ゲット!」
「おい、お前ら! いつまで漫才やってんだ! ちなみにペットはアレだ。湯を沸かすやつだ!」
「「それはポット!」」
こんな感じで、切島君の乱入により、漫才師『ハガモモ』は解散したのだった。
*
「──走れ! 風のように!」
「……ひぃぃ」
入試の時よりもハードなトレーニング。封炎剣を出し、素振りをしながら、脚にタイヤを付けてランニングするという、何ともカオスなトレーニングだった。
「それ! ガンフレイムだ!」
「ガンフレイム! かかったな! ……もう、これ、いちいち技名言う必要あるの!?」
前々から気になっていたことだった。一部の技──空中で身を翻し、炎の拳を突き出す『サイドワインダー』や、飛び上がり、燃えるアッパーを繰り出し、蹴りを浴びせる『ヴォルカニック・ヴァイパー』など──は、技名を叫ばなくてもちゃんと発動する。
なら、訓練していけば叫ばなくてもいいのでは? しかし、お父さんの言葉はあまり嬉しいものではなかった。
「何を言っているんだ! ──その方がかっこいいだろ!」
「ひえぇ……」
理不尽な怒りに、私は悲鳴を上げるしかなかった。
「よし、これで最後だ。……自分の個性と、対話しろ」
「……えっ」
何その某
「以前、お前は『個性が喋った』と言ったな。……勝手だが、お前のクラスの子達とLINEを交換したんだが……偶然、お前と同じく『喋る個性』、つまり自我を持った個性を持っている子が居た」
「……ほ、本当に?」
初耳だった。お父さんは頷き、先を話す。
「詳しく聞くと、彼も個性を制御出来ない時があるらしい。だが、その訓練の仕方は、一族皆同じ──『自分の力だけでなく、個性と共に強くなることを意識する』、という物だった」
「……なるほど」
とは言っても、だ。私は自由に個性と話し合えるわけじゃない。気付いたら乗っ取られていて、法則が掴めないでいた
「……でも、私は──」
「──だから、
──雰囲気が変わった。その顔つきは、まさに炎上(色々な意味で)ヒーロー『フレイムマン』の、力強き姿だった。
「……これは、俺が親として出来る最大の贔屓だ。感謝しろ。エンデヴァーに次ぐ『炎系最強』の俺と、本気で1戦交えることが出来るのだからな!」
「……や、やっぱり狂ってる」
どうしてウチの家系は、戦う時に性格が変わるのだろう。よく分からない。
でも、本気で行かなきゃ意味が無い。私は左腕を隠し、右手の封炎剣を構える。
「行くぞ!」
「……どうなっても、知らないからッ!」
フレイムマンの拳は、自然界には存在しない温度。まともに喰らえば、火傷では済まない。勿論、今のフレイムマンはそんなことを気にしない。
友人だろうと、恋人だろうと、その燃え盛る身体で打ち倒してきたヒーロー。彼に情けなど不要だ。
「──ガンフレイム!」
「温い!」
炎の柱はいとも容易く弾かれる。その勢いのまま接近してくるフレイムマン。私はバックステップを入れて、片手で使える技を考える。
拳で打ち上げ、莫大な熱波を放つ『タイランレイブ』は使えない。勿論、あの最終奥義も使えるわけがない。使えば最後、相手は確実に『即死』してしまうからだ。
短期決戦が望ましい。私はひとつ、
「──ドラゴンインストールッ!」
「──『火炎膨張波』!」
私は赤いオーラの様な物を纏う。フレイムマンは合わせるように、掌から火球を放つ。それは徐々に膨れ上がり、大爆発を起こすだろう。
「──グランド……うおりゃッ!」
「ぬぐッ! 速い……ッ!」
”グランドヴァイパー”を1度止め、剣の柄で打ち上げる。フレイムマンは空中で、足から炎を噴射し、そのまま殴りかかってくる。
だが、上から来るのは読めていた。
「──寝てろォ!」
「──うげッ!」
空高く飛び上がりながら、炎の柱を描くようなアッパーを、空中に居たフレイムマンに直撃させる。
そのまま蹴り落とし、地面に叩きつけた。フレイムマンは何とか受け身を取るが、ダメージが大きく、すぐには動けない。
「……。やるじゃねぇか。……手の内は
私は漸く気付く。いつの間にか、私の声が変わっていたことに。フレイムマンは笑う。
「ふふ、やっと出てきたか。……なぁに、ここからが本番よ!」
「……ケッ。嬢ちゃん、見とけよ。──これが、俺の使い方だ」
封炎剣の言葉に、私は心の中で頷いた。そして何より──父の無事を祈った。
*
「──早霧ィ! 頑張れよ!」
「……うん、ありがとう。お父さん」
とうとう、体育祭の日がやってきた。この3日間、とても辛い特訓をこなしてきた。私でも、少しはいい結果を残せるかも知れない。
いや、それは違う。
「──絶対、優勝するから」
「……ふふ、立派だぞ。早霧」
「私ったら、最近涙脆くて……。早霧、頑張ってね!」
お父さんとお母さんの激励を受け、私は今までのように遠慮せず、力強く頷いた。
お父さんの怪我は無駄にはしない。私は完治した左手をぐっと握り、決意を新たにした。
「──淀川さんですね」
「……? そ、そうですけど」
駅に向かう道。通りすがりの女性が、話しかけて来た。名前を知られていることに警戒しつつ、私は顔を隠している女性に答えた。
「……これは予言です。本当に起こるとは限りません。信じるも信じないもあなた次第です」
「……あの、一体貴方は──」
「──貴方は今日、大切な物をひとつ失うでしょう」
不穏な言葉に、私は凍りつく。女は消えていた。その場から。何の痕跡も残さずに。
今のは一体……? 私は唾を飲み込んだ。
大切な物を失う。私はその言葉に後ろ髪を引かれる思いだが、遅れていく訳にもいかない。私は振り切るように、走った。
何処かで何かが、割れたような錯覚を覚えた。
取るに足らない会話ほど、書いていて楽しいものは無いです。
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